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2010年04月06日(火)
伝説のギャンブラーの「賭けに必ず勝つための二つの条件」

『偶然のチカラ』(植島啓司著・集英社新書)より。

【人間はだれしも自分が選んだことにとらわれて自由な判断ができなくなる。

 だれか他人が選んだことなら別に影響はないが、一度でも自分の判断が加わると、だれもがそれに多少の責任を感じるようになる。ちょっとしたはずみで決めたことでも、いったん決められてしまうとたちまち効力を発揮するようになる。だから、たとえば大きなギャンブルでは、まず自分より相手に判断させるように持っていくのがコツだということになる。すさまじい心理戦では、そこが勝敗の分かれ目になる。こちらが相手の選択に黙ってついていくと、次第に相手は自分の決断にとらわれて身動きがとれなくなっていく。もちろんこれはあまり力量差がない場合に限られる。

 森巣博『無境界の人』に次のようなエピソードがある。
 今世紀初頭に英国で活躍した賭けの銅元にチャーリー・ディックスという男がいた。彼は確率が正確に50%であるならば、二つの条件をつけて、どんなに金額の大きい賭けでも引き受けたといわれている。彼がつけた二つの条件とは次のようなものである。

(1)賭け金が大きいこと。その金を失うと死ぬほどの打撃をこうむるほどの金額であることが望ましい。

(2)たとえば、コインを投げた場合、表なら表、裏なら裏と賭けを申し出た当人が最初にコールすること。

 それだけだというのである。森巣氏は「これはわたしの経験則とも完全に合致する『必勝法』である。懼れを持って打つ博奕は勝てない。なぜだかは知らない。とにかくそうなのである」と書いている。ギャンブルでは先にコールしたほうが負けなのだ。何かを選択するということはそれだけ大きな負荷のかかる行為なのである。

 つまり、不幸は選択ミスから起こる。では、選択しなければいいのでは? そう、そのとおり。選択するから不幸が生じる。妻をとるか愛人をとるか、進学するか就職するか、家を買うか賃貸マンションに住むか? 海外旅行に行くか貯金するか、いまの会社にとどまるべきか転職するべきか? 果ては、「いつものティッシュを買うべきか、安売りになっている別のメーカーのティッシュを買うべきか」まで、われわれは人生のさまざまな場面で選択せざるをえない状況におかれている。

 うまく生きる秘訣はなるべく選択しないですますことである。「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」ということである。そういう状況に自分をおくように心がけなければならない。ただし、なるべく選択しないことが大切だとわかっていても、一夫多妻というわけにもいかないし、お金をつかったら貯金はできない。それでも、あなたはできるだけ選択せずに生きる道を探さなければならない。それを貫くのはかなり困難だが、それでもけっして不可能なことではない。】

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 僕は基本的に「自分で選択することが苦手な人間」なので、この文章には驚かされたのと同時に、少しホッとしたんですよね。
 「うまく生きる秘訣はなるべく選択しないですますことである」なんて言われると、いままで、「今日の夕ご飯、どこに食べに行く?」なんて「決断」を求められたときに、「うーん、どこでもいいんだけど…」なんて悩んでばかりで決められない自分を責めていた僕はダメ人間じゃなかったんだ、と考えてみたりもするわけです。
 もっとも、こういうときに「どこに行く?」って訊ねてくる女性というのは、「自分が選択することの不利」をよく理解しているからこそ、こちらに「選択」を委ねているのかもしれませんが。

 この話のなかのチャーリー・ディックスの「必勝法」、「なるほど」と感心してしまいますよね。
 いや、本当に「確率が正確に50%」という賭けというのはそんなに多くはないので(しかも、コンピューターが存在しない時代の話ですから)、そういう賭けが成立する状況はそんなに多くはないのでしょうが、実際に自分がその賭けに参加する側の立場になれば、「負けたら死んでしまうしかないくらいの金額の賭け」というのは、平常心ではできないと思います。
 「勝負する」と息巻いていても、途中で、「自分の負けでいいから、賭け金の半分を支払うことで勘弁してくれ……」と降りることを選択するかもしれません。というか、そうしてしまいそうな気がします……

 そういえば、『カイジ』でも、カイジの相手のギャンブラーたちは、だいたい、先にカイジに「選択」させますよね。僕はいままで、あれはゲストへの「サービス」だと思っていたのですが、実際は、「相手に先に選択をさせる」というのが、すでに「有利な状況」となりうるわけです。福本伸行先生は、このチャーリー・ディックスのエピソードをどこかで読んだのでしょうか。

 もちろん、どんな場合でもそうだとは限らないのでしょうが、「自分で選択をする側」が有利なのだというイメージにとらわれすぎるのは危険なようです。
 大事なことは、なるべく選択をしなければならないような状況を避けること、そして、どうしてもその必要があるときには、「自分で選択しないですむようにもっていく」こと。
 
 実際、「私と仕事のどっちを選ぶの?」なんて「選択」は、させられる時点で、すでに負けてるようなものですよね。