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2009年12月04日(金)
「『素直に承諾したものが損をする』というシステムは絶対に違う」


『Twitter』で僕もつぶやいています。
http://twitter.com/fujipon2



『のはなしに』(伊集院光著・宝島社)より。

(伊集院さん愛用のノートパソコンが故障してしまったときの話です)

【すぐに購入した家電量販店にパソコンを持っていくと快く「すぐにメーカーに頼んで無料修理をいたしますので、3週間お預かりいたします」という。3週間は少々痛いが、無料で直るのならいたしかたがない。と、パソコンを預けて帰宅。ここまでは良かったのだが…。
 3週間後、家まで宅配便で送ってくれるといっていたパソコンが届かない。問い合わせてみると、なんだかんだあった後に「メーカーに直接聞いてほしい」ということになった。
 その通り問い合わせてみると、メーカーの担当者が「すみません、あと3週間かかります」としれっというではありませんか。10年後の約束が3週間延びるのならばしれっといわれても仕方ないが、これでは倍の時間がかかるということではないか。びっくりして「ちょっと待ってください。これは仕事で使っているパソコンなので、そんなにかかるのならば最初にそういってもらわないと…一体どういうことなんでしょう?」といい返すと「少々お待ちください」と電話を保留する担当。
「三週間後に出来ます」っていって、三週間後に電話をかけたら「後三週間」ってどういうことだ? 修理作業20日目にして新たに3週間かかることが判明したってことか? そうじゃなければどこかで期日延長の連絡があってしかるべきじゃないのか?
 考えていると3分後「明日出来ます」ときてまたびっくり。先ほどの僕の声に多少不満のトーンはあったかもしれないが、誓って怒鳴ったり声を荒げたりしていない。いやいや、そんな問題じゃない。こんないいかげんな対応があるだろうか?
 僕が最初に「わかりました」といっていたら、どうなっていたんだ? 間違いなくまた3週間待たされたはずだ。これが「ごね得」というやつか? いや「ごね得」なんかじゃない「ごねない損」を回避しただけで、得なんてしちゃいない。不愉快な思いをした分まだ少しばかりの損だ。
 本当は「ちょっと待ってくださいその対応はおかしいでしょう、3週間といったり明日といったり…」と詰め寄るべきなのだろうが、そうなるとクレーマー扱いされるという恐怖があったし、何より僕は「早くパソコンが手元に届くならいいや」という気持ちでそれ以上話をせずに電話を切ってしまった。
 あとで「『クレーマーだから順番を早めてサッサと渡しちゃおう』ということだったのかも…」と思ったらなんか自己嫌悪と怒りの入り混じったひどく屈辱的な気持ちになった。
 僕はこういうことが嫌いだ。うまくいえないが、こういう応対が世の中をどんどん悪くしていると思う。「素直に承諾したものが損をする」というシステムは絶対に違う。こんな経験のせいで僕は次にこういうことがあっても一度訊き返すことだろう。正しいことをいってくれていても素直に「ではよろしくお願いします」ということはできないだろう。メーカーは期日がかかることが正当な理由なら毅然とした態度で譲らないべきだし、ミスがあるなら謝るべきだ。ひいてはみんなごね得を狙うようになる。絶対にメーカーもしっぺ返しを食う。
 結局翌日の夜、パソコンは手元に届いたが、僕は少しダメになった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この伊集院光さんの『のはなしに』は、非常に面白く、また考えさせられるところも多いエッセイ集なのですが、この話は、僕にとっては、共感できるものであり、その一方で、耳に痛いものでもありました。

 サポートセンターで働いている人が書いた文章を読むと、「パソコンの素人たちが投げかけてくる無理難題の数々」に対応するのは、ものすごく大変なんだろうなあ、と考えずにはいられません。
 でも、たしかにこのメーカーの「対応」はあまりに酷い。
 何の連絡もなく、期日になって、いきなり「あと3週間」(…って、伊集院さんのパソコンは、すっかり「忘れられていた」ということなのでしょうか…)などと言われれば、怒らないほうがおかしいとは思いますが、それ以上に「何だそれ?」と感じたのは、ちょっと「それはおかしい」と言っただけで、「じゃあ明日出来ます」という豹変っぷりです。
 じゃあ、それってもともと1日でできる仕事なんじゃないの?という気がするし、もし、「本来の順番を飛ばして、あなたのパソコンを優先的に修理します」というのなら、それは「修理するメーカーも忙しいんだろうしなあ」と何も言わずに待ってくれている人は、どんどん後回しにされていく一方だということになります。

 たしかに、「そんな世の中はたまらない」のだけれど、そういう伊集院さんですら、結局は「自分のパソコンが早く帰ってくるのだったら、ここで事を荒げても面倒なだけだな」と考えてしまったのもまた事実。
 もし僕が同じ目にあったとしても、おそらく、同じように「煮え切らない思いではあるけれど、これ以上あれこれ言っても、嫌われるばっかりで何のメリットもないよな」ということで、「優先修理」を受け入れておしまいにしてしまったでしょう。

 実は、病院でも、こういうケースはあるんですよね。
 「あの患者さん、順番はまだですけど、待たせるとすぐ腹を立てて文句ばかり言うし、他の患者さんにも迷惑だから、先に診察してしまいましょう」という看護師さんに、医者になりたての僕は「それはおかしい」と何度も反論したものです。そして、何度も「面倒なこと」が起こりました。
 「医者も忙しいのだから」と、黙って長い時間待ってくれている患者さんはどんどん後回しにされて、自分の都合の良いようにならないと騒ぎ立てる人が優先されるのは、どう考えてもおかしいのに。

 ……でも、最近の僕は、正直、そういう場に置かれたときに「余計なトラブルを起こすとかえって時間もかかるし、そうなるとめんどくさいから、先に診てしまう」ことが多いです。ほんと、僕も少しどころではなく、「ダメになった」と思う。
 社会の末端のレベルでは、そういう「妥協」をしないと、不毛なやりとりで精神的にどんどん消耗していって、外来は大騒ぎする「モンスター患者」で雰囲気が悪くなり、全体の予定も遅れ……ということが起こるし、それを「自分から正していく」ほどの気概も余裕もないのです。

 僕にできることは、待たせてしまった「黙って待ってくれていた患者さん」に、「お待たせしてすみませんでした」と謝ることくらい。そういう患者さんは、だいたい嫌味のひとつも言わずに「先生も大変ですね」とねぎらってくれる人すら少なくないのですが、内心は「いい人でいようとすると、余計に待たされる」ということに不満を感じている人もいるんじゃないかなあ。

 僕は思うのです。
 今はまだ、「ごねるのは、みっともない」という雰囲気が社会に残っているのですが、このままどんどん「ごね得」な世の中になってしまったら、「ごねる人」はもっと増えていくだろうし、みんなの「ごね」は、どんどんエスカレートしていく一方のはず。
 そうなったら、サービスをする側にだって、いつかは必ず「限界」が来ます。すべてのパソコンが1日で修理できるわけがないし、外来の患者さんを十人いちどに朝一番に診察するのも不可能なのだから。

 しかしながら、現時点で、この「ごね得社会」がどうすればマシになるのか、僕には良い解決法が思い浮かばないんですよね。
 
 僕にできるのは、「優しく待ってくれている人」が、どこかでその分幸せになってくれていることを祈るくらい、なんだよなあ……