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2009年06月11日(木)
『プリウス』のユーザーを喜ばせた「ガソリンタンク」

『ハイブリッド』(木野龍逸著・文春新書)より。

(ハイブリッド車『プリウス』をわずか2年間で開発したトヨタの技術者たちへの取材をまとめた新書から。文中の和田さんは当時の代表取締役副社長。藤井さんはBRVF(ビジネス・リフォーム・ビークル・フューエルエコノミー)室長(当時のハイブリッドシステムの開発・検証部署)、内山田さんは、『プリウス』を生んだG21プロジェクトのリーダー)

【それは1996年の真夏ではなかったかと、藤井は言う。ある日、テストコースに来た和田が聞いてきた。
「なんだ、まだバッテリーを床下にしてるのか。どうするつもりだ」
「いろいろやってるんですが、どうも……」
「そんなの、トランクに入れて冷やせばいいじゃないか。だいたい床下なんかに置いてたら、水たまりに入った時にどうするんだ。水深30センチのところを走れるのか」
「走れますが」
「いや、新車のときは気密すればいいが、使ってるうちに絶対に漏るようになる。そんなものはダメだ。背中に積め」
「でも、充電のときに水素ガスが出ることがあるんです」
「そんなものはトランクからホースでもなんでも出して、外に抜けばいいんじゃないか」
 これを聞いた内山田は、
「なるほど、人間と同じか」
 と思った。電池が耐えられる温度は、人間の環境に近かったのだ。だったら人間と同じ環境にすればいい。乗っていて暑ければエアコンをつけるだろうし、寒ければヒーターをつける。その風を電池に送れば電池にもやさしい。
 これで電池は後席背もたれの後ろに積むことになった。商品性と信頼性の狭間で身動きがとれなくなっていた藤井は、和田のひと言で本当に助かったという。
 内山田も、和田に感心したことがある。内山田たちG21では、燃費が倍になるのなら、ガソリンタンクを半分にすれば室内が広くなるし、車重も軽くなると考えていた。その案を和田に提示すると、すぐに反応があった。
「バカもん、ダメだ。お客さんが何を喜ぶと思ってるんだ」
「リッター何キロ走るってことじゃないですか」
「そうじゃない。ガソリンスタンドに行くインターバルが伸びると燃費がいいのがわかるんだ。ワンチャージの走行距離が長くなれば絶対に喜ぶぞ。そんなこともわからんのか。タンクを小さくなんてことは絶対にやっちゃいかん!」
 内山田は、「これはすごく正しかった」と言う。プリウスを発売してから集まってくるユーザーの声の中に、
「今まで二週間に一度の給油だったのが、一カ月に一度になりました」
 という感想が多くあった。大衆車を数多く手がけた和田ならではの一打だった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 初代プリウスの発売は、1997年12月。当時は「燃費はいいけどパワーがなくてスピードが出ない」などと言われていましたが、いまや、「環境にやさしい、経済的な車」の代表として、世界中で売れまくっています。
 2009年5月18日に発売された「3代目プリウス」も受注殺到で、納期は半年待ちくらいだとか。
 妻が「2代目プリウス」にずっと乗っていることもあり、僕にとっても馴染み深い「プリウス」なのですが、この本を読んでみると「まったく新しいハイブリッドシステムの開発」からはじめた「プリウス」は、難産の末にようやく生まれたのだということがよくわかります。
 「初代」のあまりにタイトな開発スケジュールをみると、「こんな直前までトラブルが出ていた新しいシステムの車を、よく買う人がいたなあ」と思ってしまったくらいでした。

 この文章中に出てくる、和田副社長(当時)は、若手技術者たちから親しみを込めて「大係長」と呼ばれていたほど、現場に頻繁に顔を出し、技術者たちとコミュニケーションをとっていた方だそうですが、これを読むと、和田さんは「ユーザーの気持ち」をすごく理解していたのだなあ、と感じます。
 技術者というのは、どうしても「技術によって、完璧を目指したい」とか「目に見える変化を見せたい」という気持ちになりがちなものなのでしょう。
 電池の話も興味深かったのですが、ユーザーとして印象的だったのは、プリウスのガソリンタンクの話です。
 内山田さんをはじめとする技術スタッフの「燃費が倍になるのなら、ガソリンタンクを半分にすれば室内が広くなるし、車重も軽くなる」という発想は、実に理にかなってはいるんですよね。
 ガソリンタンクが半分になることによって、乗っている人の「快適さ」は間違いなくアップするはず。
 逆に、ガソリンタンクの大きさを元のままにしておくことによるメリットは、まさに「ガソリンスタンドに行く回数が半分になる」ことくらいです。
 いまの日本では、よほど特殊な条件下でないかぎり、ちょっと気をつけておけば「スタンドが見つからなくて給油できない」なんてことはありませんし、燃費は同じわけですから、タンクが半分になっても、一ヶ月間、あるいは年間トータルのガソリン代はほとんど変わらないはず。
 
 「ガソリンスタンドに行く回数はいままでと同じなのに、乗り心地が良くなる」ほうが、「乗り心地が同じで、スタンドに行く頻度が半分になる」よりも、「普段ずっと乗るクルマ」としては、はるかにメリットが大きい、ような気がしますよね、冷静に考えると。
 技術者たちがそうしたがったのは、当然のことのような気もします。

 ところが、ユーザーたちには、「今まで二週間に一度の給油だったのが、一カ月に一度になった」ことを「プリウスを選んだことの大きなメリット」だと感じた人が多かったのです。
 いや、この気持ち、僕もわかるんですけどね。スタンドに寄って、「カード作りませんか?」「洗車しませんか?」なんて毎回尋ねられるのはけっこう煩わしいから。僕の場合はセルフ給油のスタンドに行くことが多いのですが、それでもけっこう「面倒」なものではあります。
 たしかに、「車好きで、スタンドに寄るのが苦にならない人」でなければ、頻度が半分になると、かなり嬉しいはず。前述したように、ガソリン代そのものはタンクが半分でも同じなのですが。

 「ユーザー」というのは、技術者たちが考えているよりも、よっぽど「単純」で「めんどくさがり」なのでしょう。
 実は、ガソリンスタンドが苦手、っていう人も、けっこう多いのかもしれませんね。