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2009年03月04日(水)
久石譲さんの『もののけ姫のテーマ』誕生秘話

『NHK「トップランナー」の言葉』(NHK『トップランナー』制作班著・三笠書房)より。

(作曲家・久石譲さんの回(1998年3月6日放送)の一部です。宮崎駿監督の作品の音楽について)

【宮崎作品に対して久石は、1984年の『風の谷のナウシカ』以来、6作(番組放送時・現在は9作)にわたり多大な貢献をしてきた。とくに1992年『紅の豚』から5年ぶりに公開された『もののけ姫』では、わずか1分半の曲に2週間をかけるほど、音づくりに悩むことがあったという。

久石譲「『もののけ姫』に対しては、本当に正面から取り組んだんです。自分自身で逃げ道がないようにした。
 何でもそうですが、正面切って自分の逃げ道がないようにすると、気負いが先に立って逆にうまくいかないことってありますよね。だからわざと斜に構えて取り組むようなこともあります。そうするとかえっていいスタンスで良い仕事ができることがある。
 でもこれ(『もののけ姫』)に関しては宮崎監督の熱意に圧倒されちゃって、こちらも防御を張っている間もないうちに引きこまれてしまった。そうなると、こちらとしてもやることはただ一つ。フルオーケストラでいいものをつくることだけだった。これはキツかった。でもうまくいってよかったと思います」

 しかし、あの不朽の名作ともいえる『もののけ姫』のテーマ(歌)が誕生した瞬間について久石は、ファンには意外とも驚愕とも思える証言をする。

久石「あれにかけた時間は20分か30分ぐらいかなあ。だって全体のテーマ曲とは思ってみませんでしたから。
 実はいつものイメージアルバムづくりのやり方だと、宮崎さんからこういうイメージです、と10個ぐらい言葉をいただくんですよ。その言葉に対してこちらもイメージを広げて曲を書いていくんです。でも『もののけ姫』に関して言えば、来る言葉がすべて『たたり(神)』とか『もののけ(姫)』とかでしょ。どうしても暗くなってしまって、明るいアルバムはまずできない。
 宮崎さんもこれはマズイと思ったらしくて、珍しく1曲1曲に対して内容をしっかり書いた手紙をいただいたんです。その中の『もののけ姫』のところに、『はりつめた弓のふるえる弦(つる)よ 月の光に』というポエムのような一節があって、これは歌になるなと素直に思って、ささっとつくってレコーディングしちゃった。それがテーマになったという経緯ですね」

 宮崎監督との間で育まれたそんな絶妙のパートナーシップは、一見、入りこむ隙すらないような最高のコンビネーションだ。だが久石は極めて冷静である。

久石「いや、コンビではないですよ。毎回、宮崎監督は、『どこかにいい作曲家はいないか?』と探していると思いますよ。そのたびにたまたま、『やっぱり久石がいいや』と思って使ってもらっているだけだと思います。
 だから1回でもつまらない仕事をしちゃえば、それで終わりですね」

 この厳しさ、プロ対プロのクールな関係は、北野監督との場合でも同じだという。

久石「僕ら、すごくハッキリしているのは、仕事の場でしか会わないんです。普段飲みに行くようなことも一切しません。映画のたびに、『今度はこいう映画ですが、どうですか?』『では一緒に』というスタンスです。
 だからもう、本数を重ねるにつれてすごく苦しくなってきます。ほんと、苦しいですよ。だって同じ手は使えませんから。だから同じように一生勉強していかないと。だって『この前やったのとまた同じじゃない』と言われたら終わっちゃいますから。そう考えると、本当に、すごく厳しい現場なんです、音楽の現場というのはね」】

〜〜〜〜〜〜〜

 宮崎駿監督、北野武監督作品の音楽といえば、久石譲さん。
 日本を代表する作曲家のひとりであり、映画音楽の第一人者(坂本龍一さんもいらっしゃいますが、最近はあまり仕事をされていないようですので)として知られています。
 宮崎アニメの音楽を聴いたことがないという日本人は、たぶん少数派のはず。
 先日アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した、『おくりびと』の音楽も久石さんだったんですよね。

 これは、久石譲さんがちょうど10年前、『もののけ姫』の音楽と宮崎駿監督との関係について語られたものなのですが、あの『もののけ姫』のテーマ曲が、「20分か30分ぐらい」で作られたものだということに僕はすっかり驚いてしまいました。
 『もののけ姫』の音楽には、久石さんにとってもすごく情熱を持って臨まれていて、「1分半の曲に2週間もかけたこともあった」そうです。
 これを読んだときには、「ミュージシャンの曲作りって、そのくらいかかってもおかしくないんじゃないか?」と思ったのですが、映画の場面にあわせてかなり多くの曲を作らなければならない映画音楽では、かなり手早く仕事をこなさなければならないようです。「音楽ができていないから、公開を遅らせる」というわけにはいかないだろうし。
 それにしてもあの印象に残る名曲が、「20分〜30分」というのは、あまりにも早い。この久石さんのお話からすると、久石さん自身も最初はそんなに思い入れがなく、サッと出来てしまった曲が、結果的にメインテーマとして使われることになった、というのが真相のようですね。

 宮崎駿監督から久石さんへの「リクエスト」が、ふだんは「10個のキーワード」で構成されていて、それを見ただけで久石さんがあんな「映画に合った曲」を作ってしまうというのにも驚かされます。
 『もののけ姫』は、キーワードが暗い言葉ばかりになってマズイと思った、というのには、ちょっと笑ってしまいましたけど。
 たしかに、あの映画の世界を10個のキーワードであらわしていったら、ホラー映画の音楽になってしまいそう。

 この番組から10年経って、久石さんが宮崎駿、北野武監督と一緒に飲みに行くような関係になったかどうか僕にはわかりませんが、この時点でもあれだけの実績を残していて、「宮崎駿監督作品の音楽といえば久石譲」と世間では認められていたはずです。
 それでも、久石さんは、これだけの危機感を持って仕事をされていたのですね。
 まあ、これは逆に「オレ以上の作曲家はそうそういないはず」という自信のあらわれのような気もしますが。
 「前と同じようなものは出せない」と言いながらも、久石さんの仕事量は減っておらず、他の監督の作品にも精力的に曲を提供されています。
 ここまで久石さんの存在が大きくなってしまうと、正直、「久石譲がいなくなったら、日本の映画音楽はどうなるのだろう?」という不安もちょっとあります。すぎやまこういち先生と『ドラゴンクエスト』のようなものかもしれませんね。