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2008年10月29日(水)
「のび太くんを選んだきみの判断は正しかったと思うよ」

『ドラえもん学』(横山泰行著・PHP新書)より。

(「第3章 あらすじで読むドラえもん」のなかで紹介されている「のび太の結婚前夜」のあらすじ)

【劇の稽古とも知らずに、しずちゃんと出来杉が演じる白雪姫のラストシーンを目撃したのび太は、顔を真っ赤にして「わ〜っ!! 手なんかにぎっちゃってや〜らしいやらし〜い」と、いつものように嫉妬の炎を激しく燃やす。「それにしても……。まるでほんとみたいだったなあ。このままだと、しずちゃんを出来杉にとられるのではあるまいか」とクヨクヨ考え込むのび太に、ドラえもんはタイムマシンに乗って結婚式を見てくるように勧める。
 ついに重い腰を上げ、未来に向かった二人。結婚式場であるプリンスメロンホテルに到着すると、急ブレーキをかけながら車を乗りつけ、大慌てで駆けこんでいくお婿さんののび太を発見する。受付で式場を尋ねると、返ってきた答えは「野比のび太さまと、源静香さまのお式は、あすの予定になっておりますが……」。一日勘違いしていたのだ。「いくつになってもしょうがないなあ」とドラえもんが嘆くのも無理はない。

(中略。のび太がジャイアン・スネ夫・出来杉に「うらやましいぞ!」などと手荒く祝福されながら、独身生活最後のどんちゃん騒ぎをしている場面が描かれています。)

 一方のしずちゃんはというと、親子三人、お別れパーティをやっていたらしい。ママに促されて、パパに挨拶に向かおうとするしずちゃんの姿を見て、のび太は敏感に「なんか沈んでる。もっとうれしそうにウキウキしなくちゃ」とひとり思う。「結婚の相手がきみだもんね」というドラえもんの冗談が耳に痛い。
 ところが、しずちゃんはパパに二度「おやすみなさい」をいうと、すぐに部屋から出てきてしまった。嫁入り前の娘と父親の微妙なやりとりに、のび太は心配になる。そこでドラえもん、ふつうなら照れくさくて話せないようなことまで、思っていることをなんでもしゃべらずにはいられなくなるひみつ道具「正直電波」を取り出し、しずちゃんに向けた。
 気をとりなおしてパパの部屋に引き返したしずちゃんは開口一番、「パパ! あたし、およめにいくのやめる!!」と爆弾発言。「透明マント」を被ってこっそり見守っていたドラえもんとのび太は驚天動地の表情。「わたしがいっちゃったらパパさびしくなるでしょ。これまでずっと甘えたりわがままいったり……、それなのにわたしのほうは、パパやママになんにもしてあげられなかったわね」としずちゃんは心情を述べるのだった。
 するとパパは、「とんでもない。きみはぼくらにすばらしいおくり物を残していってくれるんだよ。数えきれないほどのね。最初のおくり物はきみがうまれてきてくれたことだ。午前3時ごろだったよ。きみの産声が天使のラッパみたいにきこえた。あんな楽しい音楽はきいたことがない」。ソファーに腰を下ろし、パイプをくゆらせながら静かに語るパパ。
 おもむろにソファーから立ち上がり、絨毯が敷きつめられた部屋を数歩進んで窓際に立つと、パパは楽しげに述懐する。「病院をでたとき、かすかに東の空が白んではいたが、頭の上はまだ一面の星空だった。こんな広い宇宙の片すみに、ぼくの血をうけついだ生命がいま、うまれたんだ。そう思うとむやみに感動しちゃって。涙がとまらなかったよ」「それからの毎日、楽しかった日、みちたりた日日の思い出こそ、きみからの最高の贈り物だったんだよ。少しぐらいさびしくても、思い出があたためてくれるさ。そんなこと気にかけなくていいんだよ」―−その優しく温かい言葉の一つひとつに、一人娘をいたわる父親の思いが遷される。
「あたし……、不安なの。うまくやっていけるかしら」。不安を口にする娘を勇気づける父親の次のセリフは、ドラえもんマンガ史上、最高の感動を呼ぶ珠玉の言葉のひとつだ。
「やれるとも。のび太くんを信じなさい。のび太くんを選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。かれなら、まちがいなくきみをしあわせにしてくれるとぼくは信じているよ」
 あの(!)のび太が、思慮深いしずちゃんのパパからこのような発言を引き出したのだから、読者にも妙に感慨深いものがあるだろう。現実世界の翌日、しずちゃんが玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、涙を流しながら「きっときっと、きみをしあわせにしてみせるからね!!」と叫ぶのび太と、右手で大粒の涙を拭って立ちすくむドラえもんだった。】

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 この『のび太の結婚前夜』は、「てんとう虫コミックス」の25巻に収録されています。僕がこれをはじめて読んだのも、このコミックスだったはず。
 当時の僕はまだ小学生でしたから、この『のび太の結婚前夜』、「いい話」なんだろうけど、あんまりピンとこない感じだったんですよね。
 「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる」なんて、あたりまえのことなんじゃないの? のび太なんかと結婚して貧乏暮らしをするより、出来杉とかと結婚したほうがいいに決まってるだろ、このお父さんは「甘い」なあ……というようなことを考えていた記憶があります。
 いやまあ、実際はあの世代の子供のころの人間関係が、大人になってもそのまま継続しているということそのものがありえないのですが。

 しかしながら、自分が30代の半ばをすぎ、「オトナ」とみなされる年齢になって、この「しずちゃんのお父さんの言葉」の優しさ、深さをしみじみと噛みしめられるようになりました。
 子供のころ、「人間としてあたりまえのこと」だと思っていたはずの「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる」人間に、僕はなっている自信がありません。
 そして、この世界で本当にそれができている人間が、どのくらいいるのだろう?

 いま考えると、これは「しずちゃんのお父さん」に託した、藤子・F・不二雄先生から読者へのメッセージだったのでしょう。
 すでに「大人」だった先生は、いろいろな人間の姿をみてきて、「あたりまえに生きることの難しさ」を実感していたのだと思います。
 僕の場合、結局その「価値」がわかったのは、もう後戻りできないくらいのオトナになってしまってからだったのですが、たぶん、この話を読んだ、多くの子供たちも同じだったのではないかなあ。
 小学生にとって、「自分の娘が結婚するときの親の気持ち」というのは、やっぱりちょっと想像もつかないものだろうし。
 肝心なことというのは、肝心なときにはなかなかうまく伝わらないものなのかもしれません。
 あるいは、最初から「読者が大人になったときに思い出してもらうために」書かれた話だったのでしょうか。

 しかし、あらためて読みなおしてみると、この話も「のび太が出来杉に嫉妬したこと」がきっかけになっているのですから、のび太はのび太で「聖人君子」ではないというか、けっこう「邪念に満ち溢れている利己的な人間」のようにも思えます。
 まあ、そこがまた、のび太の「人間らしさ」でもあるのですけど。