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2008年08月18日(月)
スティーブ・ジョブズの「3分間で100億円を生むプレゼン」と「ホワイトボードへの異常な執着」

『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』(竹内一正著・リュウ・ブックスアステ新書)より。

【スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションは、「3分間で100億円を生む」と評される。
 iPodの販売総計が2200万台を突破する間、彼は3回プレゼンを行った。売上総額をプレゼン時間で割ると、3分間約100億円になるという。
 世の中には多くの天才的なパフォーマーがいるが、ジョブズのように、業績や技術などに関する話に2時間も聴衆に身を乗り出させ、聞きほれさせるエンターテインメントはいない。最後には、感動のあまりのスタンディング・オベーション(総立ち拍手)が鳴りやまなくなるプレゼンは神技であり、魔法のショーである。
 彼の卓越したプレゼン能力が、アップルという会社のブランド力を高めている。その力は、iPodやマッキントッシュ(マック)と同様に、最高の商品ともいえる。同時に、最高の営業交渉でもある。
 たとえば1984年1月のアップル株主総会だ。
 28歳のジョブズは、真っ暗な中、スポットライトに照らされて登場する。ダブルのジャケットに水玉模様の蝶ネクタイ姿で、ボブ・ディランの歌詞の一節を朗読してみせる。業績報告は社長のジョン・スカリーに譲り、再びジョブズにスポットライトが当たると、
「もう十分しゃべったよ。ここらでマッキントッシュにしゃべってもらおう」
 と、組み上がったばかりの新製品マッキントッシュを鞄から取り出した。マシンは、
「コンニチワ、私はマッキントッシュです」
 と合成音声で話し出す。聴衆が驚きながら見つめていると、こう続けた。
「人前で話すのは得意じゃないので、一つの定理をご紹介します。『持ち上げられないコンピュータを信ずることなかれ』です」
 大型コンピュータで世界を制覇し、エクセレントカンパニーと賞賛されたIBMのパソコンが、ひどく重かったことを皮肉った意味だ。さらに、こうジョブズの紹介を行った。
「では、誇りを持って、私の父親というべき人物を紹介しましょう。スティーブ・ジョブズです」
 斬新で未来的なデザインのパソコンがステージの上でしゃべり、ジョブズを紹介する。みごとな演出だ。観客はあっけにとられ、すぐに割れんばかりの拍手が会場全体に巻き起こった。そのときジョブズは伝説になった。マックは100日間で7万台もの売上を記録している。】

【ジョブズは、自分が認めるプロジェクトや人間のためには、社内の他部門から平気で予算をぶんどる。技術者が足りなければ別プロジェクトからかっさらってくる。最高の条件で最高のメンバーが最高の結果を出すようにしていった。
 だから、こんなこともある。
 別プロジェクトからジョブズのチームに異動が決まった技術者が、ジョブズたちの建物に引っ越そうと、机のまわりを整理していた。するとジョブズがやってくるなり、いきなりパソコンの電源を引っこ抜いた。そしてパソコンと本人をクルマに乗せて職場から連行していった。開発スケジュールが迫っていたのだ。
 アップルの成長は、「だからジョブズと働きたいんだ」と思う才能豊かな連中とジョブズとの相互引力が成し遂げていたといえる。
 反対にジョブズは、才能や貢献を認めていない人物が口答えでもしようものなら、導火線なしのダイナマイトとなる。期待に応えられない場合も悲惨な結果が待ち受ける。
 能力がなくて首になるのであればまだましだった。なんでもないささいなことで逆鱗にふれ、社史からも名前を消された人間がいる。
 ピクサーの創業メンバーであるCGの魔術師アルビー・レイ・スミスだ。

 スタンフォード大学でコンピュータサイエンスの博士号を収得したアルビーは、CGを使って観客に感動を与える長編フルアニメづくりの夢を求めてピクサーの創業に関わった中心人物だ。それが、ある会議でジョブズに反論したために、ピクサーを離れることになったばかりではなく、社史からも消されることになった。
 理由は実にささいなことだ。
 なんとホワイトボードが原因だった。
 ジョブズは、もともとアルビーの批判には比較的素直に耳を傾けていた。ときには指摘を検討することもあった。パソコンビジネスでは経験も才能も他を圧倒していたジョブズも、映画制作では素人だった。CG制作の経験豊富なアルビーの意見は十分聞くに値した。
 ところが、ある会議の席上、いつものようにジョブズが会議室でホワイトボードに書きながら話をしているところに、アルビーが割って入った。そこまではよかった。だが、アルビーがホワイトボードのところに行き、意見を説明しながらボードに書き込もうとしたのが致命傷となった。
 とたんにジョブズが爆発した。ヒステリックに叫び、アルビーをさげすみ愚弄する言葉を投げつけると、部屋を飛び出していった。
 ジョブズは基本的にマイクロ・マネジメントを行う。現場のこまかい点にまでくちばしを突っ込んで、担当者レベルの些事までコントロールしたがる。といって、ホワイトボードへの猛烈な執着は不可解だ。
 ジョブズには、「自分の」ホワイトボードに「自分以外の」アルビーが書き込むという行為が許せなかったらしい。ホワイトボードのどこに、そんなにこだわる価値があるのか。
 その答えは、世界中でジョブズただ一人しか知らない。
 ともあれアルビーは辞表を提出し、ピクサーは重要な人材を失うこととなった。
 しかしジョブズは、まだ気に入らなかった。ピクサーの歴史まで変えようと行動した。スピーチやインタビューからも、ピクサーのウェブサイトからもアルビー・レイ・スミスという名前を抹殺した。ピクサーをCGの先頭を走る企業とするために、何年も尽くしてきた人物だというのにである。
 ジョブズは太陽のようなものかもしれない。距離を置いていると暖かく心地よい。しかし近づきすぎると灼熱のエネルギーーで燃やし尽くされて滅ぶ。
 巨大イベントで、ジョブズはハリウッドスターのように何千人もの観衆を魅了するが、会議室では、怒鳴り、服従させて指示を出す。ジョブズのエネルギーは、半径10メートル以上離れている人々を熱狂させ、半径5メートル以内の人々を恐怖に陥れる。】

〜〜〜〜〜〜〜

 神か悪魔か、スティーブ・ジョブズ。
 ジョブズという人のさまざまなエピソードを読んでいると、僕のなかでは曹操や織田信長のイメージが浮かんでくるのです。

 この1984年1月のジョブズのプレゼンの記事をパソコン雑誌で読み、当時まだ中学生だった僕は、すごく感動したものでした。
 今と違って、「パソコンが喋る」ということだけで大きな驚きであった時代に、新しい「夢のマシン」であるマッキントッシュが、こんなにカッコよく登場するなんて!
 「普通の新製品のプレゼンテーション」であれば、演者が「マッキントッシュはこんなマシンで、こんなふうに喋れます!」と紹介するはずです。ところが、この「伝説のプレゼン」では、「マッキントッシュが生みの親であるジョブズを紹介している」のです。当時のパソコンの機能ですから、そんなに自由自在に喋れるわけがなかったのに、こういう「見せかた」の工夫によって、「マッキントッシュは夢のマシン」だというイメージ作りに見事に成功したジョブズ。本当に、アップルというのは「お洒落な企業」だったのですよ当時から。
 もっとも、ジョブズは企業のトップとしてはあまりにも独善的・専制的で、マッキントッシュの売れ行きが発売後しばらくすると鈍化してしまったこともあり、この後アップルを追放されているんですけどね(ジョブズは1985年にアップルの会長を辞職、1997年にアップルに復帰)。

 しかし、アルビー・レイ・スミス事件でのジョブズの行動には、「経営者として」以前の「人間性の問題」があるんじゃないかと思わずにはいられません。
 たぶんこれは「ホワイトボードだけの問題」ではなく、それ以前からジョブズの中にアルビー・レイ・スミスへの「不快感」「嫌悪感」が澱のように積もっていたのが些細なきっかけて「暴発」したのでしょうけど、それにしても、あれだけの大きな会社の社長が、社内の有能なスタッフをこういう形で「切り捨てる」なんていうのは、ちょっと信じがたい話です。いや、「クビにする」だけでは飽き足らず、「社史から名前を抹殺する」なんて、いつの時代の専制君主のエピソードなんだろう……
 長年コンピューター・ビジネスに関わっているジョブズであれば、そんなふうに「存在を抹殺」しようとすれば、かえってネットで批判されたり、軽蔑されたりすることは、すぐに理解できるはずなのに。

 僕のような「能力にもモチベーションにも自信がない人間」にとっては、「こんな上司のもとで働くのは勘弁してほしい……」としか思えないスティーブ・ジョブズなのですが、それでも(というより、だからこそ?)彼の周りには優秀な人材が集まり、日々「世界を驚かせるような新製品」が生み出されているのです。
 この本では、「それでも、なぜ多くの有能な人材がジョブズと働きたがるのか?」という問いに、こんなふうに答えています。

【スティーブ・ジョブズの下で働くのは大変なことだ。忠誠と能力が要求され、彼のメガネにかなわないと、あっという間に切り捨てられてしまう。にもかかわらず、なぜ多くの有能な人材がジョブズと働きたがるかと言えば、
(1)ジョブズと一緒なら、どこにもない「ものすごいもの」を生み出せる気がするから
(2)その障害はジョブズがみごとなくらいに取り除いてくれるから
 という二点に集約されるだろう。

 特に(2)の交渉に関しては、不可能に見えれば見えるほど他人任せにしない。みずから乗り出してものにしてくる頼もしさだ。】

 本当に「有能な人材」が「上司に求めるもの」というのは、結局のところ「優しさ」や「公正さ」ではなく(もちろん、それもあったほうが良い資質でしょうけど)、「自分の力が発揮できる環境をつくってくれること」なのですね。