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2008年06月19日(木)
「”この顔はウソじゃん”っていうのが、イヤなんです」

『BRUTUS (ブルータス)』2008年 7/1号(マガジンハウス)の「緊急特集・井上雄彦」より。

(2008年の春にアメリカで行われた「スラムダンク奨学金」の最終選考に同行した井上雄彦さんに密着取材したものの一部です。『バガボンド』を筆で描きはじめた頃の話。「」内は井上さんの発言です)

【練習期間はなし。いきなり本番で試した。主線はすべて面相筆でペン入れならぬ「筆入れ」をする。初回はまったくイメージ通りに描けず、ファンからは作画のレベルが下がったと評された。しかし井上自身は筆でうまく線を引けるようになれば、狙った効果が出せるという確信を得たという。ハードはソフトを規定する。例えばポータブルプレイヤーの出現が音楽の聴き方を変え、やがて楽曲の形式にさえ影響を及ぼしたように、道具の変化は井上の作品に本質的な変化を引き起こす引き金となった。

「やっぱりペンは”コントロール下のもの”なんです。ここしかないという、絶対的に正しい位置に線を引くためのもの。でも筆はもっとルーズで許されるというか、いろいろな意味で幅を許容してくれる。そうするとストーリーもユルいものになるような気がします。もともと僕は”ストーリーなんかなくたっていいじゃないか”というところがありますし(笑)、物語展開の妙みたいなものよりも、”今”を切り取るような物語、プロセスの連続でもいいんじゃないかという意識がより強くなってきています」

 筆に持ち替えた当初は、描き込みもさほど稠密(ちゅうみつ)ではなかった。というより、まだ稠密には描けなかった、というべきだろう。そのため不慣れな道具を使いながらも、ペンによる作画より短時間で仕上げることができた。ところが筆という道具が自分のものになってくると、今度はペン以上に描き込みが増え、作業量は増加の一途を辿る。『SLAM DUNK』連載時には決して破ったことのない締め切りを一度ならずも破り、休載やむなし、という憂き目にも遭った。

「これがまたダメなところで、4枚だけ落ちた(間に合わなかった)とか、まるまる落としたとか、何度もやってます。すごい敗北感ですよ。ダウンしたみたいな惨めな気持ちと、ああこれで倒れたまま立たなくていいんだっていう安堵も少し混じって……。ネームの難易度は圧倒的に『バガボンド』のほうが高いです。『SLAM DUNK』は試合など、やることがわりと決まっているので、その中でどう展開するかを考えればいい。でも『バガボンド』はそもそもどうするか、みたいな問いもあったりしますから。武蔵が動けなくなってしまうような局面は何度もありました。原作付きなんだから、その通りやればいいという判断もあるでしょうけど、そこが割り切れない。それと体力の低下も大きいです。『SLAM DUNK』の頃は若かったけど、体力に自信がなくなると、粘るための精神力も微妙に目減りするので(笑)。

 そうまでして描きたいものは、何なのか。

「”この顔はウソじゃん”っていうのが、イヤなんです。ある場面でその人物がどういう気持ちなのかは、表情で表すしかない。やっぱり、ジャストの顔を描きたいんです。微妙な表情でも、いろんな思いが混ざっているような表情でも、きっと描けるはずだと思っているから」

 終幕に向かって疾走する物語は、小さな我執を超えた武芸者たちが行き着く果てを描こうとしている。エゴを捨てた顔。空の表情へ。

「そこに意味を読み取ってくれればいいんですけどね……。意味が読めない人にとっては、ただ顔があるだけで、このマンガには何も描いてないじゃないか、ってことにもなりうる。いや、すでになっているんです。人によっては、そういう感想も聞きますし」】

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 『バガボンド』が筆で描かれるようになったときにはちょっと驚いたのですが、まさかあれが「ぶっつけ本番」だったとは驚きました。超売れっ子漫画家である井上さんには「練習のための時間」が無かったのかもしれませんが、いきなり絵を描く道具がペンから筆に変わったのには、読んでいる側としても、かなりの違和感がありましたし。

 そして、この「ペンと筆の比較」も含めて、井上さんが今、マンガというものをどういうふうに考え、どんな作品を描こうとしているのかというのも、僕には非常に興味深いものでした。
 たしかに、『バガボンド』は、絵の迫力もあり、「なんとなく凄いマンガだ」というイメージがある一方で、「何も描かれていない」というか、「ちょっとわかりにくい」あるいは、「読者への歩み寄りに欠ける」マンガであるような印象もあるんですよね。僕は好きなんですけど。

 僕がいちばん驚いたのは、【「やっぱり、ジャストの顔を描きたいんです。微妙な表情でも、いろんな思いが混ざっているような表情でも、きっと描けるはずだと思っているから」】という井上さんの言葉でした。
 絵画や写真であれば、たぶん、「ジャストの顔」をアーティストは求めると思うんですよ。
 でも、マンガの世界、それも定期連載される商業マンガの世界で、「ひとつの表情」にそこまでこだわっているなんて……そういう姿勢で連載を続けている井上さんは、本当に凄いとしか言いようがありません。「きっと描けるはずだと思っている」としても、それをずっと続けていくというのは、また別の次元の話でしょう。
 井上さんは、マンガの力、そして「絵」の力を、強く信じている人なのだなあ、と感心するばかりです。

 この話を読んでいると、正直、井上さんは、もう既成の「マンガ」の範疇で表現していくことに限界を感じているのかな、という気もしてきますね。井上さんの「行き着く果て」がどこなのかは、僕には見当もつきませんが……