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2008年05月08日(木)
歴史上もっとも「ツイていない」画家

『三谷幸喜のありふれた生活6 役者気取り』(三谷幸喜著・朝日新聞社)より。

【今、執筆中のもう1本の芝居は、1888年のパリが舞台である。ゴッホ、ゴーギャン、スーラといった後期印象派の有名画家たちがまだ無名だった頃の話。彼らがお金を出し合って一つのアトリエを借りていたらという設定で、個性の強すぎる彼らの、うまく行くはずのない共同生活を描く。実際にゴッホとゴーギャンは短い間だったけど「同棲」していたわけだし、スーラもこの二人とは交流があったので、皆でアトリエを持つというのも、まったくあり得ない話ではないと思う。
 物語にはもう1人、シュフネッケルという人物が登場する。彼も実在の人。ゴーギャンが株式仲買人だった頃からの友人だ。一応画家仲間なのだが、描いた作品は、現在ではほとんど評価されておらず、むしろその名前は、自慢にならないあることで、美術史に残っている。すなわち「ゴーギャンに妻を寝取られた男」。
 シュフネッケルは親友のゴーギャンを家に居候させてやり、そして彼に妻を奪われてしまう。ゴーギャンが書いたシュフネッケルの奥さんの肖像画が残っていて、そこには隅っこの方に、背中を丸めた情けなーい旦那さんの姿が。どういう思いでゴーギャンはこの絵を描いたのか。哀れシュフネッケル。しかも小説家のサマセット・モームが、このゴーギャンと奥さんとの不倫のエピソードを基にして『月と六ペンス』を発表、それが世界的大ベストセラーになってしまうのだから、まったく彼もツイていない。
 ちなみにシュフネッケルは、ゴッホの絵を一時預かっていたことがあって、その間になんと「この黒猫はいらないなあ」と、自分の判断で消してしまったという、とんでもないエピソードもある(諸説あるようだが)。すなわち「ゴッホの絵に勝手に筆を入れた男」。なんだかこの人、とことん僕好みのキャラクターなのだ。】

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 このエピソードを読むと、世の中には、こんなに不運な画家もいたのか……と、シュフネッケルさんに同情するばかりです。いや、実際にはゴッホも「生前は1枚しか絵が売れなかった」不遇な画家だったわけで、生きている間はそんなに格差を感じることはなかったのかもしれませんけど。

 ゴッホの絵を「修正」しているくらいなので、シュフネッケルさんは、自分のほうが画家としては上だと考えていた可能性もありますが(ちなみに、シュフネッケルさんには、ゴッホやセザンヌの作品に後から筆を入れたり、贋作をつくったのではないかという「疑惑」もあるそうです)、もし、画家としての後世の評価や友人と妻との不倫が世界的大ベストセラーとなってしまったことをシュフネッケルさんが知ったら、成仏できないだろうなあ、というようなことを考えずにはいられません。
 もし、ゴーギャンとの交流がなかったら、シュフネッケルという人は「単なる売れない画家」として忘れ去られ、後世の人に知られることもなかったと思われますが、こんな形で歴史に残るというのは、さすがにちょっとかわいそうですよね。

 ちなみに、三谷さんがこのエッセイで紹介されている「シュフネッケルの奥さんの肖像画」というのは、この作品”The Schuffenecker Family. 1889”(オルセー美術館所蔵)です
 うーん、哀れシュフネッケル……
 画家と友達になるのは、やめておいたほうがいいかも……