初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2007年11月05日(月)
「キレる大人」として生きるということ

『週刊SPA!2007.10/30号』(扶桑社)の鴻上尚史さんのコラム「ドン・キホーテのピアス・639」より。

【仙台にワークショップに行ったのですが、帰り、東北新幹線の中で、隣に座ったサラリーマンの人が、ワゴンを押してきたお姉さんに、「××、1個ちょうだい」と声をかけました。「××」は、よく聞き取れなかったのですが、たぶん、沿線の銘菓だと思います。
 お姉さんは、「はい、××、1個でよろしいですか?」とおうむ返しに言いました。その途端、「1個って、言ったじゃないか!話をちゃんと聞けよ!バカかお前は!」と、そのサラリーマンの人は叫びました。
 僕はびっくりして、体がびくんとしました。お姉さんは、「すみませんでした」とすぐに答えて、「あいにく××は、今、切らしておりまして、後でお届けします」と答えました。サラリーマンの人は、「あ、そう」とだけ返しました。
 僕は、ちらりとサラリーマンの顔を見ました。普通の中年の男性でした。特に、そのスジの人でもなく、亀田のトレーナーお父さんのようなケンカ好きな顔でもなく、じつに普通の人でした。
 あのお姉さんは、ストレス溜まっただろうなあ、どこかで吐き出すのかなあと、僕は心配しました。
 それにしても、普通の人が、突然、「キレる」瞬間に立ち会うと、ドキドキするもんです。
 朝日新聞で、「キレる大人たち」という特集をしていました。
 それには、「暴行犯行時の年齢別検挙人員の推移」という警察庁の統計が引用されていました。
 ”警察庁によると、暴行の動機は各年代とも「憤怒」、いわゆる「キレ」が最も多く、8割前後を占める傾向に変わりはない。しかし、1998年から2006年までの推移をみると、10代がほぼ横ばいなのに20代以上は軒並み増加。60代以上は約10倍、30代と50代が約5倍と大幅に増加し、実数でも中高年の増加が目立つ。”
 と解説されています。
 統計グラフでは、ダントツの1位が検挙数5000人の30代、次に20代、50代、40代とほぼ同じ数が続き、なんと10代は最低の水準、30代の3分の1以下の1500人ほどなのです。
 んで、記事に登場するメンタルヘルスの専門家は、「今の職場はかなり抑圧され、一種のあきらめムードが漂っている感じがする」と指摘し、「職場で溜めた不満を、地域や公共の場で爆発させているのではないか」と、不満の対象と怒りをぶつける対象とのズレを特徴にあげています。
 新幹線のサラリーマンがキレた時に言った「話をちゃんと聞けよ!バカかお前は!」という言葉は、じつは、僕は聞きながら、「この言葉はとてもスムーズだ」と感じました。つまり、何回も言い慣れている言葉だと思ったのです。】

〜〜〜〜〜〜〜

 現在30代半ばの僕にとっては、まさに「他人事ではない話」なのですけど、確かにこういう人、ときどき目にすることがあるのです。
 鴻上さんの話では、「新幹線の車内販売の女性」が「キレられる対象」になっていますが、少なくとも、この文章を読んだ限りでは、この販売員は「ごく普通の対応」をしているようにしか思えません。こういう「注文の復唱」というのはごく一般的なものですし、それでいちいちキレていたら、ファミレスに入ったら毎回「ちゃぶ台返し」をやらなくてはならないはず。
 この「サラリーマン風の中年男性」の「キレっぷり」は、言いがかりというか、何かに対するやつあたりのようにしかみえないのですが、本人は、いったいどういう気持ちで「キレて」いるのでしょうか?
 こういう人って、本人は「接客のやり方を教えてやったんだ!」とか自分では考えているのかなあ。
 それとも、「さっきはなんであんなことでキレちゃったんだろう……どうしたんだ俺……」と、内心後悔しているのでしょうか?

 でも、僕がこのコラムを読んで感じたのは、「世の中には酷い人がいるものだなあ、許せん!」というような「憤り」ではなくて、「この例はさすがに酷いけど、僕も最近、ちょっとしたことでキレるようになってしまっているんだよなあ……」という「自分もこうなってしまうのではないか?」という「恐怖」だったのです。
 鴻上さんが引用されている朝日新聞の記事、僕も読んだのですが、「若者ほどキレやすいのではないか?」というイメージに反して、実際に「キレている大人」は30代以降が多いのです。僕が10代の頃に抱いていた、「人は年を重ねると落ち着きが増し、精神的にも安定してくる」というイメージは、大人の「実像」とは異なるものでした。

 病院でも、夜間の救急外来で、「病院のくせになんで待たせるんだ!」「うちの子に何かあったら責任取ってくれるんだろうな!」「たらいまわしにするんですか!」とキレている患者さんの対応をしなければならない場合は多いんですよね。
 学校とか役所とか、「お客様第一」を謳っている飲食店とかもそうなのですけど、大人たちは、「自分がキレても、けっして反撃してこない(あるいはできない)相手」を選んでキレまくります。当たり前ですが、彼らは暴力団の事務所の前ではキレないし、この新幹線の「キレサラリーマン」もコンビニの前で大声で騒いでいる高校生に対してすら、キレられないのではないでしょうか?
 こんなふうに「弱いものに対してしか向けられない、鬱憤晴らしのような『キレ』」というのは、本当に、悲しいし、情けないものです。そもそも、彼らは本当に相手に対してキレるだけの理由を持っているのではなくて、自分が抱えている時限爆弾を、安全なところで爆発させてスッキリしたいだけなのですから。
 でもさ、こういう「キレサラリーマン」も、会社や取引先で上司やお客さんの理不尽な言葉に平身低頭しているのかもしれないし、このワゴンのお姉さんも、買い物に行ったデパートでクレーマーになっているかもしれないんですよね。今は、そういう時代なのだと思う。

 正直に言うと、僕も最近、すっかりキレやすくなりました。「お客様」である患者さんには伝わらないように心がけているけれども、看護師さんの手際が悪かったり、寝不足のときに救急車が相次いで来たりすると、「爆発する」ことがあるのです。僕の実感としては、20代、新人のときは、「嫌われてはいけない」「そんなことではこの業界で上に行けない」なんていう「ストッパー」がかかっていたのですけど、年とともに「どうせ僕はそんなに偉くなれるような人間じゃないしな」「この職場を追われても、どうせそんなに人生変わらないしな」というような「負の悟り」みたいなものが出てきてしまっているんですよね。ほんと、我ながらみっともないし、キレてしまったあとには、心の中ですごく反省するんです。
 でも、その一方で、「時々少しキレておかないと、際限なく自分の仕事が増えたり、精神的に追い詰められていくんじゃないか?」という恐怖もあります。

 僕には「キレサラリーマン」を責める権利はないし、僕もそんなふうに他人から見えている瞬間があるのではないか、と考えずにはいられません。
 お願いだから、誰かキレずに心安らかに日々を過ごせる方法を教えてほしい……


 ……とか言ってたら、宗教の勧誘の人が僕のところに一斉に集まってくるんだろうなあ……なんかもう、どうしようもないや……