初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2007年09月10日(月)
筒井康隆さんが「サントリー・モルツ」のCMで苦労したこと

『笑犬樓の逆襲』(筒井康隆著・新潮文庫)より。

(筒井さんが、サントリー・モルツのCMに出演されていたときの話。初出は1999年3月です)

【もうお気づきの方も多いと思うが、今、サントリー・モルツのCFに出ている。いやはや、メジャーのCFに出るのがこんなに大変だとは思わなかった。今まで出たCFは「通販生活」だの「天下一品ラーメン」だの、比較的マイナーな商品のCFであって、撮影も一日で済んでいた。マックのCFに出たこともあったが、これは一回きりの放映で、やはり一日で撮り終えた。今回は1年契約だそうであり、何度か新しいバージョンを撮ったりもするようだ。現在の15秒バージョンと30秒バージョンは言わば声と写真とわがキャラクターによるアニメーションのみの出演であったが、ラジオの収録も含め、えらい苦労であった。

(中略)

 苦労は撮影や収録にまつわるものだけではなかった。1年契約ということは、その間、他の同業各社とは無関係でいなければならぬということであり、公的な場ではサントリーの酒以外は飲めないのであり、たとえドラマの中であろうと他社の商品を飲んではならず、他社の商品の名が同じ画面に出てもいけないという厳しさである。具合の悪いことに、おれは現在テレビ東京の「別れたら好きな人」という連続ドラマに出演していて、これが川島酒店という酒屋の親父の役。品川の戸越銀座という商店街に毎週のようにロケに出かけているが、撮影にお借りしている酒店の店先へはサントリー製品しか置けず看板も取り替えなければならないので、いつも並べ替えが大変なのだ。しかも最初のうちは、おれのサントリーCF出演については箝口令がしかれていたから、わがマネージャーの苦労たるや大変なものであった。なぜ店先をサントリー製品だけにしなければならないのかという説明ができないのだ。さすがに演出スタッフだけには内密に打ち明けていたらしいが、他のスタッフたちは怪訝な顔をしていて、今になってやっとあの時のわがマネージャーのあたふたぶりがわかって納得し、大笑いしている。
 この間、やはりテレビ東京の番組で日曜の「食わずに死ねるか」というドキュメンタリーにも出演した。食べ物の番組だからやはり酒がからんでくる。原宿の「ラ・スカラ」というイタリア料理店に行った時は、メニューの立看板にカールスバーグという商品名が入っていて、この部分は撮り直しとなったが、あとで聞いたところではカールスバーグはサントリーが扱っているとのことで、実は画面に出てもかまわないのだった。
 次に行ったのは阿佐ヶ谷の「鳥正」という焼鳥屋。繁華街の裏通りにあるので、そこに行くまでのわがうしろ姿にはどうしても酒類の広告や看板、時にはネオンまでが入ってしまうので、ここでもジャーマネが大奮闘。さらに店内には他社のビールや酒のポスターがいやというほど壁に貼られていて、ジャーマネはまたしてもそれらを裏返すのに大汗を掻くということとなる。ご亭主と話そうとしても、和服のご亭主は、いつもこの姿だからというので「賀茂鶴」の前垂れを取ろうとしてくれない。ここではカメラマンが大変な苦労をすることになった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「芸能人の誰某のCM出演料は、1本あたり○千万円!」
 なんていう話を耳にするたびに、ああやって「企業の顔」になるだけでそんなに凄い額のお金をもらえるなんて、と羨ましく感じるばかりなのですが、実際にCMに出演するとなると、けっこういろいろな苦労があるみたいです。
 「公の場では同業他社の製品を使ってはならない」なんていうのは、よく知られている話ではあります。車や高級アクセサリーのようなものであればさほどの問題はないでしょうが(でも、いざというときに知り合いの車でも運転できないというのは、困ることもあるかもしれませんね)、食料品や日用品の場合などは、テレビの画面の外でもかなりの注意を要するはずです。

 ここでの筒井さんの場合は「サントリー・モルツ」というビールのCMだったのですが、御本人が公の場では、サントリーのお酒しか口にしてはならない、というのは当然のこととしても(だって、サントリーのCMに出ている人が「本当はこっちが好きだから」って、キリンラガーをみんなの前で飲んでたら、やっぱり商品のイメージは損なわれるでしょうから)、「他社の商品の名が同じ画面に出てもいけない」というのは、かなり厳しい制約であるように思われます。ちょうどそんなときに「酒屋の店主役」なんていうのは、本当に間が悪いとしか言いようがありません。考えようによっては、ドラマの中でもサントリー製品をアピールできるいい機会、なのかもしれませんが。
 しかし、「月9」のような人気CMタレントが大勢出演するようなドラマでは、こういう「映してはいけないもの」をチェックするだけでも、スタッフの気苦労は並大抵のものではないはずです。別々のメーカーの車のCMに出ているタレント同士だと、絶対に二人で同じ車には乗れないでしょうし。
 「CMだけで稼いでいるタレント」というのは、実は、「CMにたくさん出ることによって、他の仕事での制約が多くなりすぎてしまっている人」の場合もありそうです。
 6社も7社も大きな企業のCMに出ていたら、それこそ、街も歩けないのではないかなあ。

 まあ、こういうのって、僕も含む「普通の人間」には、まず経験することはありえない「苦労話」ではあるんですけどね。