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2007年08月31日(金)
友人にカネを借りるときの「最高の理由」

『異人伝〜中島らものやり口』(中島らも著・講談社文庫)より。

(巻末に収録されている、中島らもさんと伊集院静さんの「特別対談『アル中 vs ギャンブラー』」の一部です)

【中島らも:(はずれ車券の束を見て)これで幾ら?

伊集院静:これで何百万ぐらいあるのかな。

中島:へぇー。

伊集院:これだけはずれると気持ちいいもんですよ(笑)。「小説現代」ぐらいになると3日間徹夜してね、原稿料が8万円くるんです。そうするとね、これぐらい(はずれ車券が5、6枚)。これぐらいのために文学とはと言われたらたまらんでしょ。でも、このぐらいで終わるんですよ。気持ちいいもんでしょ。
 好きなのはね、中村鴈治郎の孫に浩太郎、智太郎というのがいるんだけど、おじいちゃんがいつも大晦日になるとダンボールからはずれ馬券を出して一人で焚き火してるんだって(笑)。よくあれだけ買ったもんだっていうぐらい、ブツブツ言いながら焚き火しているんだって。その煙を見てるとね、正月がくるんだなっていうね。私はそういう鴈治郎って好きだね。これ(はずれ車券の山)を記念にどうぞ(笑)。
 バクチのためにカネを借りに行くのは大変だよ。

中島:カネ借りに行くときっていうのは、バクチですって言うわけですか。

伊集院:一番いいのはね、女との手切れ金だとかね。

中島:あんまり変わりないじゃないですか(笑)。

伊集院:いやいや。

中島:「大作を書こうと思うので、ヨーロッパへ一年間取材に行きたいのでどうしてもカネが……」というんじゃなくて、女との手切れ金。

伊集院:わかりやすいのがいいんだよ。例えば自分が家を建てるとかいったら、貸すほうだっていやでしょ。いやらしいやつだなってね。ところが女の手切れ金というと、ははあ、やっぱり、そうだろうっていう、貸すほうにも快感を与える理由がいいのよ(笑)。】

〜〜〜〜〜〜〜

 まあ、「女との手切れ金」っていう理由では、銀行は貸してくれないでしょうけど、伊集院さんのこの話、なんだかちょっと面白いですよね。

 金額の多寡にもよるとは思うのですが、友人とお金の貸し借りをせざるをえなくなったとき、確かに、あんまりちゃんとした理由だと、かえって感じ悪かったりしますよね。
 「参考書買うから、お金貸して」って言われたら、「俺から借りた金で買った参考書で成績アップかよ……」と、なんとなく「利用された」ような気分になったりもするのです。
 それに比べて、「どうしても腹減っちゃってさぁ〜」とか、「お願い、もう1ゲームだけやりたいんだよ!」っていうような、自分にちょっとした優越感を抱かせてくれるような「しょうもない理由の借金」っていうのは、自分の懐に多少余裕があれば、「ま、返ってこなくてもいいか」という感じで、気軽に貸せてしまいがち。どうみても、こういうときのほうが返ってくる確率は少なそうなんですけどねえ。

 少額のやりとりは、「交際費のうち」だと割り切ることもできるのでしょうが、「ちょっとまとまったお金を友達に借りるときの理由」としては、確かにこの「女との手切れ金」というのは最強かもしれないなあ、という気がするのです。
 「家を買う」「旅行に出かける」などという理由では、相手も「自分の金でやれよ」という気分になるでしょうし、「身内の病気で治療費が……」などという理由では、嘘がバレたときに人間性が疑われます。
 しかしながら、友人に「女との手切れ金」と言われると「ほんと、お前もしょうがないヤツだなあ!」って、呆れながらも貸してしまう男は、けっこういそうな気がするんですよね。あとで「その後、あの女とはどうなった?」なんて追及する人もあまりいないでしょうし(内心興味津々でもね)。
 人間って本当に不思議なもので、「絶対に返ってきそうもない理由」のときでも、いやむしろそういうときのほうが、けっこう気前良く大金を貸してしまったりすることがあるのです。「合理性」よりも、「優越感をくすぐられる」ほうが、人をやさしくするものなのかもしれません。