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2007年07月02日(月)
立川談志が「高くてまずい定食屋」に遺した色紙

『コメント力』(齋藤孝著・ちくま文庫)より。

(「『コメント力』トレーニング集」という章の例題のひとつ)

【毒舌で知られる落語家の立川談志が、弟子と一緒にある定食屋に入った。そこはひじょうに高い割にはまずくて、談志は不機嫌になってしまった。しかしその店の亭主は気が利かず、談志に色紙を書いてほしいと頼みに来た。談志は何と書いたのだろうか。

「○○して食え」





答え:「『我慢』して食え」

 色紙というのは次のお客に伝える言葉だ。だから頼まれれば、店をほめる場合が多い。嘘でも「おいしかったです。○○さん」とか「ぜひ食べてみて」とか書くだろう。だが談志の「我慢して食え」はすごい。
 私ならたとえ批判しなければならないときでも、せいぜい「自分で味付けして食え」と入れるぐらいがせいいっぱいだろう。
 だが「我慢して食え」は「まずい」とか「こんなまずいものは食べたことがない」と書くよりはいい。それだと厭味になってしまい、笑えない。
「我慢して食え」は談志自身が俺だって我慢して食べたんだから、おまえも我慢して食べろよという意味がこめられていて、愛嬌がある。
 しかも、他の客に対して「食え」と命令しているところが面白い。色紙ではあまり見たことがないコメントだ。ふつうは命令されたら嫌だが、談志なら許されてしまう。そういう芸の域に達しているということだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この定食屋が本当にそんなにまずかったのか、実際のところは僕にはわからないのですが、いずれにしても、この談志さんのエピソード、あまりの「らしさ」に思わずニヤリとさせられてしまいます。

 「人格最低、芸最高」などと自らの弟子に評されるくらい「意地悪で依怙地」な面もある談志さんなのですが、この「我慢して食え」という言葉は、本当にギリギリのところでバランスがとれているんですよね。「まずいものを旨いとは言いたくない」「他のお客に自分がこの店を気に入ったとは思われたくない」けれど、「目の前の店主を傷つけるような酷いことを書くのはしのびない」というキツイ状況で、これだけ八方丸く収まるような言葉というのは、なかなか即興で出てくるものではないでしょう。

 もっとも、普通の芸能人が「我慢して食え」なんて書いたら、店の人だって気を悪くしてこの色紙を飾らなかったような気がします。毒舌で知られる談志さんだからこそ、こんな言葉でも店主に喜ばれたのです。そういう意味では、談志さんは、自分が立川談志であるということをうまく利用している、という面もあるのですよね。

 しかし、この定食屋、本当にそんなにまずかったんでしょうか。
 まずくて高いものを食べさせられてこんなに気の利いた言葉を遺したのだとしたら、談志さんってすごくサービス精神あふれる人なのでは……