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2007年03月27日(火)
カンニング竹山「僕は芸人が一番素敵だと思いますね」

『QJ(クイック・ジャパン)・vol.70』(太田出版)の「カンニング全記録」という特集記事の「ロングインタビュー『竹山隆範すべてを語る23000字』」より。

(相方・中島忠幸さんが亡くなったときのことを振り返って)

【仕事は、お通夜の日だけは休ませてもらいました。その番組のプロデューサーが可愛がってくれていて、逆に「休め」と。ただ、葬儀の後は、そのまま生放送行きましたね。「傷つきました、しばらくお休みします」って感じに見られるのが嫌だったんですよ。それに、ちょっと周りと、時差みたいなものがあったんです。周りは「相方が亡くなられて……」ってスタンスで僕に向かってきますけど、そりゃあ気は落ちてはいますけど、実はみなさんが考えていることはちょっと前に終わったことなんで。だから、僕は大丈夫だってことを言うためにも、葬式終わったら働くしかねぇって。
 葬式の朝の、ギリギリまで迷いましたけど、結論としては生放送に行ってよかったです。芸人って優しいなって。まずナイナイの岡村さんが、相方が死んで、葬式が終わって生放送に来たいちお笑い芸人を、ちゃんとおいしくしてくれましたから。「竹山、切り替えろよ!」と言ってくれた、その一言で僕は全ての切り替えがつきましたからね。「あぁ、今俺キレていいんだ」って(笑)。「切り替えてるわ!」って。俺明日からも現場行けるな、みんな支えてくれるんだって、自信が付きました。
 紳助さんに言われた、俺が働くことによって、中島もみんなの記憶から消えないってことも、そればっかり意識しているわけでもないんです。「カンニング竹山」のままでいるのも、たけしさんがツービートを離れてもビートたけしと名乗っているのと一緒で、それが馴染んで呼びやすいからというだけで、こだわりはない。だけどたまに、控え室の札なんかに「竹山隆範(カンニング)」と書いてあるときがあるんですよね。それはちょっと戸惑うんですよね。カンニング自体はもうないですから。
 「中島の休業中にもギャラを折半していた」と言われていた問題にしても、ぶっちゃけギャラは分けましたけど、みなさんでも分けるんですよ。ずっと、たった二人でカンニングという”会社”をやってきたわけじゃないですか。夫婦ですよ、要は。その相方が白血病で倒れるわけですよ。単純に、お金かかるんです。正直僕も、二人の稼ぎが40万円だったら分けないです。でも、10万円もらえなかった二人が、ぶっちゃけ月100万円くらいもらえてるんです。一人で取ると200〜300万円ももらえるわけですよ。そこで相方が白血病なのに、一人で200万円ももらえねぇだろって。だから僕が苦労したことはひとつもないです。逆に僕が病気になって、あいつが僕の立場になっても、あいつも同じことをしたと思いますよ。

(中略)

 これ言うと語り過ぎかもしれないけど、僕は芸人が一番素敵だと思いますね。あったかいですよ、みんな。それほどギスギスした関係もなく、人を傷つけることもなく、いつも面白いことを考えて、一所懸命で。一つの笑いを作るために、一人が死に役になったり、どこへ行ってもみんなが協力して、支え合っている。この間「お笑ウルトラクイズ」(日本テレビ系/2007年1月1日放送)のロケに行った時も、体中の粘着を取るためにみんなで風呂に入ったんですよ。ダチョウ(倶楽部)さんが筆頭になって、粘着の取り方を教えてくれるんです。で、みんなで剥がし合って。「芸人っていいなぁ」としみじみ思いました(笑)。今食えるようになったんで言えるのかもしれないですけど、素敵な職業につけたとは思ってますね。
 うちの相方は、その全てを感じられないまま終わっちゃったかもしれないけど、芸人として名前は残せたと思うんですよね。】

〜〜〜〜〜〜〜

 このインタビュー記事で、竹山さんは、自らの子供時代から中島忠幸さんとの出会い、芸人になったきっかけ、そして、「カンニング」が売れなかった時期のことなどを本当に正直かつ丁寧に語っておられます。相方・中島さんの「悲劇」に関する部分を除いても、十分読みごたえのあるインタビューでした。

 カンニング竹山さんが、自分ひとりで仕事をしているあいだも、ギャラを相方の中島さんと折半していたという話は、「美談」として語られているのですが、この竹山さんのインタビューを読むと、竹山さんは、そのことに関して【正直僕も、二人の稼ぎが40万円だったら分けないです。でも、10万円もらえなかった二人が、ぶっちゃけ月100万円くらいもらえてるんです。一人で取ると200〜300万円ももらえるわけですよ。そこで相方が白血病なのに、一人で200万円ももらえねぇだろって。】と仰っています。いや、僕は竹山さんなら40万でも半分ずつにするだろうとは思うんですけど、確かにふたりで10万円だったら、分けない、というか、分けられなかったかもしれません。自分が食えるかどうかギリギリのところだったら、そんな「余裕」はなかったかも。

 世間では、「せっかくカンニングも売れてきて、竹山もせっかく稼げるようになったのに相方にギャラを半分渡しているなんて律儀だよなあ」と思っていても、当の竹山さんとしては、「単に自分が月に100万円ももらえるようになっただけ」であり、残りの半分のお金は、もともと自分のものではないというふうに考えていたのでしょう。コンビの芸人はたいがいプライベートでは仲が悪い、なんてよく言われるけれども、いざとなれば、これだけ強い結びつきがあるのだなあ、と感動してしまいました。

 そして、「売れたからこそ」なのかもしれませんが、この竹山さんの話に出てくるナインティナインの岡村さんやダチョウ倶楽部の「芸人仲間への温かさ」というのは、本当に羨ましいなあ、と、芸人になろうなんて想像したことすらない僕でも思うのです。
 僕もお正月に「お笑いウルトラクイズ」を観たのですけど、あの収録のあと、芸人たちがお風呂でお互いに粘着を剥がし合っている姿を想像すると、なんだか笑いながら涙が出てきてしまいそうになってしまうんですよね。