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2006年12月08日(金)
ボウリング場で「思いどおりにボールが曲がらない」理由

『雪沼とその周辺』(堀江敏幸著・新潮社)より。

(ある田舎のボウリング場経営者の肖像)

【「あの、お疲れですか?」
 聞こえるほうの耳に青年の声が滑り込んで、彼はわれに返った。
「第5フレームが7本と2本、第6フレームが8本のスペアです」
 あわててスコアに得点を書き込む。スペアは出たけれど、どうも思いどおりにボールが曲がらないなと愚痴っている青年に、備えつけのボールではプロみたいなフックは投げられないんですよ、と言いかけて口をつぐんだ。ハウスボールは右利きでも左利きでも使えるように穴がうがたれ、しかも重心が真ん中に設定してある。よくまわるコマとおなじ道理で軸がぶれないから、極端な曲がり方はしない。反対に、オーダーメイドのボールは重心をずらしてあるため、回転をかけると左右どちらかに傾き、レーンのワックスが途切れた瞬間に摩擦がかかって、蛇が鎌首をもたげたような曲がり方をする。そういう知識をみな、彼はハイオクさんに教えてもらった。】

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 廃業の日を迎えた田舎の小さなボウリング場とその経営者の男性を描いた小説の一部です。
 僕はボウリングに対しては、「学生時代にはけっこう行ってたんだけどねえ」というくらいの経験しかないのですが、そういえば、僕がまだ学生だった15年前くらいには、スコアは手書きでつけていくのが主流だった記憶があります。コンピューターが自動的にスコアをつけてくれるボウリング場にはじめて行ったときには、すごく感動したものです。今となっては、手書きスコアのボーリング場って、残っているのだろうか?と懐かしく思ってしまうくらいなのですが。
 ボウリング下手で、球をなるべく真っ直ぐに真ん中に転がすことしか芸のない僕は、隣のレーンで手袋をした人がカッコいいフォームでカーブのかかったボールを投げ、ストライクを連発しているのをみると、いつも「あのくらい上手だったら楽しいだろうなあ、僕も上達して、あんなふうに曲がるボールとか投げてみたいなあ」と感じていたものです。でも、この文章を読んでみると、「技術だけで曲がるわけでない」のですね。あんなふうにボールが曲がるのは、そもそも「曲がりやすいボールを使っているから」であって、あの頃僕が使っていたような「備えつけのハウスボール」では、どんなに頑張っても、あんなには曲がらないようなのです。あの頃、友達と「曲がるボール」を投げようとガーターを連発しながら悪戦苦闘したのは、結果的には徒労だった、ということみたいです。
 確かに、僕を含む大部分のボウリング場の客にとっては、「すごいフックがかかるけれど癖があって、扱いが難しいボール」よりも、「誰が使っても、そんなに大きな差が出ないボール」のほうが、使いやすいのは間違いないのですが、こうして「道具が違うからね」って言われてしまうと、なんだかちょっと残念な気もしなくはないですよね。
 もちろん、「プロ仕様のボール」さえ使えば誰でもストライク連発っていうわけにはいかないに決まっているのですけど。