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2006年10月01日(日)
「韓国には白か黒しかない。灰色はないんだ」

「週刊アスキー・2006.10/3号」(アスキー)の「今週のデジゴト」(山崎浩一著)より。

【あれは、そう、数年前に韓国のネット事情を取材したときのエピソードだった。当時、ネットで目の敵にされている某大新聞社の企画で、私は韓国の人気ニュースサイト主宰者のK君と出会ったのだった。K君はいわゆる386世代の末っ子に当たる30代後半。ご多分に漏れず、幼少期から反日教育を叩き込まれ、学生時代は過激な民主化闘争にのめり込み、主宰するサイトでも痛烈な保守批判に健筆をふるっていた。
 ソウル江南区にあたる彼のオフィスで通り一遍の取材を終えると、なんだか話し足りない様子のK君は、私と通訳のY嬢を食事に誘ってくれた。せっかくのお誘いなので、彼の行きつけの韓定食レストランで昼間っから一杯やりながら話の続きを……てなことになった。
 K君はいきなり焼酎のボトルを1本空けてしまうと、さきほどとはうって変わった韓国風べらんめえ口調でまくしたてた。びっくりする私に、Y嬢はあくまでも冷静に通訳してくれる。「どうも彼の身の上話を日本人に聞いてほしいみたいです」。ちょっと怖いけど、私も望むところだ。
 '90年代前半、海外旅行が自由化されたばかりの韓国を出国したK君は、バックパックを背負って世界放浪の旅に出る。主に西欧方面を旅した彼は、そこで激しいカルチャーショックに襲われる。それは西欧文化に対するものではなく、なぜか日本に対するものだった。つまり「西欧での日本と日本文化の存在感の大きさ」に彼は打ちのめされてしまったのだ。言うまでもなく、それは西欧での韓国のそれと比較してのものだった。彼は思った「俺は国家にずっとだまされていた!」と。この言葉を彼は3回くらい繰り返した。
 K君のテンションはますますエスカレートする。失意の放浪を終えて帰国したK君は、今度はひきこもりに転じる。自宅にひきこもってネットに明け暮れる生活を続けた。ほとんど1年間、パソコンの前から離れることがなかったほど。そして1年間のネット放浪から帰還した彼は、意を決して自らも情報を世界に発信すべく、件のニュースサイトを立ち上げるのである。
 彼自身の物語を語り終えた頃には、K君の前に焼酎の空ボトルが4本転がっていた。もちろん私も1本分くらいは飲んだのだが。その間、彼はここにも書けないほど過激な自国批判を声高に語り続けた。昼時のレストランはほぼ満席である。それを聞いて激怒した(いわゆる「ファビョった」)愛国者がわれわれに殴りかかってきやしないかとヒヤヒヤものだったが、周囲の客の声もK君に負けないほど騒々しかったためか、事なきを得たのである。

(中略)

 とまあ、K君が愛すべき人物であることはわかってもらえると思う。彼の身の上話を聞いて、K君の胸中に渦巻く苦悩の複雑さと深さも理解できる、ような気がする。でも、それでもやっぱりどうしても理解することができなかったのは、それほどのカルチャーショックを受け世界観がひっくり返るほどの体験をしながら、彼のサイトを見る限り、彼が反日・親北派であり続け、少なくとも発足当時の盧武鉉政権を熱烈に支持していることなのだ。韓国初の”革新”政権が誕生した時、オーマイニュースなどとともに彼のサイトもその誕生に少なからぬ影響力を持ったらしい、ということをある本で読んだ。
「韓国には白か黒しかない。灰色はないんだ」と彼は自嘲気味に言っていた。つまり保守(親米・反北)を支持しないのなら選択肢は革新(反米・親北)しかないのだし、”親日”が許されないのなら”反日”であり続けるしかないということか。彼と会う直前に会った韓国の著名な学者(K君に言わせれば西欧中心主義者だという)も、やはり自嘲気味に似たようなことを言っていた。「この国にはリベラルという言葉は存在しないんです」(実は日本にだって厳密な意味での”リベラル”政党はないのだが)と。そして彼もまた公の場では反日的な発言を繰り返している。】

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 日本人である僕からすると、韓国の人々の日本に対するさまざまな反感は、なんだかとても理不尽なもののように思えていたのです。とくに盧武鉉政権になってからの韓国政府というのは、もう「話が通じない」ようにしか見えなくて。
 でも、ここで山崎さんが書かれている「韓国の知識人たちのジレンマ」を読んでみると、彼らの気持ちもわからなくはない、と思えてきます。「灰色」のなかで「白に近いか、黒に近いか?」を考えるような日本的な感覚からすれば、こういう「白か黒しかない世界」というのには、すごく違和感があるのも事実なのですけど。だって、「バックパッカーとして世界放浪」の直後に「引きこもり生活」なんて、それはあまりにも対称的だものなあ。
 それにしても、「K君」が、日本や韓国という当事国やアジア諸国ではなく、西欧方面に旅をすることによって、日本と韓国との「影響力の差」を目の当たりにしてショックを受けた、というのは、ものすごくわかるような気がするのです。今まで「酷い国」だと教えられてきた国の文化が、誇りに思っていた自分の国の文化よりもはるかに、遠く離れている関係が薄いはずの国で重んじられているというのでは、いままで築き上げてきた「価値観」も崩れ落ちてしまうでしょうし。海外に行ってみると、国内にいるよりもずっと、「自分の国」というものを意識せざるをえない機会が多くなるんですよね、本当に。日本にいるときには目を留めたこともないような「SHARP」とか「SONY」の看板を見かけただけでも、「日本企業ガンバレ!」と心の中で応援してしまうくらいに。

 この文章に出てくるような「内心はわかっている人」ですら、自分が社会のなかで生き延びるために「反日」をアピールしなければならないような状況では、韓国の「反日感情」を緩和するのは、かなり難しいのだろうな、と暗澹たる気持ちになってしまいます。
 まあ、「”親日”が許されないのなら”反日”であり続けるしかない」というのが国民性であるとするならば、逆に”反日”でなくなりさえすれば、みんなガラッと”親日”になってしまう可能性だってあるかもしれないんですけどね……