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2006年04月24日(月)
『功名が辻』に秘められた司馬遼太郎の「本音」

「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)2006年5月号の読者ページ「今月のえこひいき」のなかの「私の本談義」というコーナーより。書かれているのは、原田由美子さんという方です。

【あとがきを読むのは、あとか、さきか。
(『功名が辻』(司馬遼太郎著・文春文庫)についての感想)

 「あとがき」は、いつ読むのがいいだろう。読後の余韻にゆっくりひたる。感動をより深く心に残す。物足りなさを感じたなら補足する。いずれも読後だ。
 しかし、提出期限のせまった読書感想文を前に、本すら読んでいない緊急時、本文を飛ばして「あとがき」をたよれば、原稿用紙を埋めるくらい頼りになる。
 今回、その危機の教訓をころりと忘れ去り最後の最後にやっとたどり着いた「あとがき」は、結末の知れた歴史小説で唯一のどんでん返しであった。
 永井路子さんによる「あとがき」は、作者司馬遼太郎さんへのインタビューが含まれていた。そこには、司馬さんへのインタビューが含まれていた。そこには、司馬さんの口から「千代のことはあまり好きではない」という暴露セリフがとび出していた。思い返せば、本文中に感じた違和感の原因、山内伊右衛門一豊が千代に抱く非難の発言の数々に納得がいった。
 司馬さんは、一豊に限らず小説の登場人物をして、司馬さん自身の気持ちを代弁させて読者の気持ちまでもスッキリさせる技術を持ち合わせている。それが司馬小説の魅力であるし面白さであり感情移入しやすいところだと思う。だからこそ、「あとがき」は読後でなく、先に読んでおけばよかったのだ。】

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 「あとがき」をいつ読むか?というのは以前からいろんな意見があるようですが、僕は基本的に「一番最後」と決めています。やっぱり、読み終えた本の余韻を感じながら「あとがき」を読むのが好きなので。なかには、「台無し…」というようなものもなくはないんですけどね。
 そういえば、僕が中学校くらいのときにも「あとがき」だけを読んで夏休みの宿題の読書感想文を仕上げるテクニックって、けっこうメジャーでしたよね。あとは、あらすじをまとめて、「やっぱり戦争は怖いと思いました」とか。
 しかしながら、僕は「功名の辻」は未読なのですが、よっぽどのマニアでないかぎり、こういう「司馬遼太郎の各キャラクターへの好み」を事前の情報として知っていることは、あんまりプラスにはならないような気がするんですよね。それはひとつの「謎解き」ではあるのかもしれないけれど、「語り部」としての司馬遼太郎を考えるときに、「作者が千代のことを好きじゃないから、千代に対して非難めいた書き方をしているところが多いのか…」と思われながら読まれるのって、けっしてプラスの影響ばかりではなさそうです。
 そういう意味でも、「あとがき」は、「あとに読まれること」を想定して書かれているのだろうし、逆に、そのあとがきを読んでから、もう一度作品を読み返してみようという興味をそそられるものなのではないかなあ。

 それにしても、「あまり好きではない」人物を主人公にあれだけの作品を書いてしまう司馬さんは、やっぱり凄いですよね。ある意味、過度の思い入れがないからこそ、客観的に見られた面もあるのかもしれませんけど。