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2006年01月08日(日)
「春の熊くらい好いとーよ」

『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)2006年1月号の「Field Work(フィールドワーク)という記事より。

【ここで、方言がいかに説得力豊かなものなのか、実験してみたい。
「誰の本にしますか?」
「そりゃ、あの人しか考えられんな」
 テキストは標準語遣いの権化ともいえる村上春樹作品。代表作のひとつ『ノルウェイの森』で、いかにも春樹らしい比喩だと話題になったシーンだ。
 病院にいる直子を愛しつつ、緑ともつきあうワタナベ君が、緑にセマられるようなカタチで告白するところである。もしも映画化されるとしたら、二枚目俳優以外は口にできないようなセリフが続くのだが、これが方言になると、途端にナマナマしい会話に変貌するのだ。

<原文>(村上春樹『ノルウェイの森』より)
「もっと素敵なこと言って」
「君が大好きだよ、ミドリ」
「どれくらい好き?」
「春の熊くらい好きだよ」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。
「それ何よ、春の熊って?」

<名古屋編>(翻訳/竹本道子)
「まっといいこと言ってちょ〜よ!」
「おみゃあがどえりゃあ好きだがね、ミドリ」
「どんだけ好きだがね」
「春の熊くらい好きだがね」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。
「調子こいとるん?分からせん。何だがね?春の熊って?」

<青森編>(翻訳/hanahana)
「もっと素敵だこと言ってけぇ。」
「おめばわんや好ぎでらよ、ミドリ」
「何(なに)ほど好ぎでらのよ?」
「春の熊コくれぇ、好ぎだじゃ。」
「春の熊コ?」と緑がまた顔を上げた。
「せ、何だんず?春の熊コだがって?」

<博多編>(翻訳/北尾トロ)
「もっと素敵なこと言ってほしか」
「君がめっちゃ好いとーよ、ミドリ」
「どれくらい好いとーと?」
「春の熊くらい好いとーよ」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。
「それなん? 春の熊げな?」】

〜〜〜〜〜〜〜

 このほかにも、新潟、栃木、岡山、鹿児島弁に「翻訳」したこの場面が載せられていて、僕は半分面白がりつつ、半分なんだか好きな作品を傷つけられたような気がしつつ読んでいました。博多編の「好いとーよ」なんていうのは、僕にとっては耳慣れた言葉でもあり、あんまり抵抗ないんですけどね。
 「方言」というのは、テレビ番組などでは、「風情があっていい」なんて言われますが、こうして書き言葉にしてしまうと、文学作品の一部としては、ちょっと違和感が大きい場合もあるみたいです。というか、考えてみると、この「春の熊くらい好きだよ」は、『ノルウェイの森』のなかでは、村上春樹ワールドらしい表現としてけっこう自然に受け入れられていたのですが、あらためてここだけ抜き出してみると、「なんじゃそりゃ?」という比喩ではあるんですよね。日常生活での恋人同士の会話で「春の熊くらい好き」なんていわれても、全然理解不能でしかないと思いますし。
 方言というのは、生活に密着している言葉だけに、この手の「日常会話ではまず使わないような、文学的言い回し」には、あんまり馴染まないみたいですね。もっとも、それは僕たちが「標準語ベースの村上春樹作品」に慣れすぎているだけなのかもしれません。
 逆に、僕のような地方在住者にとっては、たまに東京に出てきたときに、みんな「○○じゃないですか!」とか標準語で普通にしゃべっているのを聞くだけで、ついつい、「こいつらみんなカッコつけやがって!」とか思ってしまいがちなのですが。