初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2005年10月08日(土)
「のび太のくせに!」誕生秘話

「週刊アスキー・2005.10.14号」の対談記事「進藤晶子の『え、それってどういうこと?』」より。

(26年間「ドラえもん」の声をあてられていた、女優・声優の大山のぶ代さんへのインタビュー記事より)

【進藤:いまや、世界中どこに行っても、ドラえもんに出会いますものね。大山さんは声をアテるにあたって、日本語の美しさを伝えることにとても注意を払ってらしたそうですね。

大山:そうなの。子どももいつかは「バカヤロー」とか「コンチクショー」を覚えるかもしれないけど、小さいときからそんな悪い言葉を教えることもないでしょ。まず、ドラえもんは子守用ネコ型ロボットだし、子守用のロボットにスラングをはじめからインプットしないでしょうし。

進藤:なるほど。そうですね。

大山:だから、ドラえもんとのび太の初対面のときも、「やあ、オマエがのび太か」なんて、絶対に言わないはずだと思ったの。

進藤:最初の台本では、セリフはそうなっていたんですか。

大山:そう。でも私は「ドラえもんは、こんなこと言わない」と思って、「こんにちは、ぼく、ドラえもんです」と言ったんです。

進藤:うれしいっ! 「ぼく、ドラえもん」を生で聞けちゃった(笑)。

大山:そこからずっと、目上の人には「はい、そうです」、「ちがいます」と、いい言葉をつかうようにして。友だちどうしでも”ぼく”とか”きみ”って呼びかけるようにしてね。ほかの声優さんにも、きちんとした言葉をつかいましょうよと言っていたんだけど、困ったのがジャイアンね。「てめえ、このやろ、バカヤロ」って、いつものび太くんを追っかけ回さなきゃいけないから(笑)。

進藤:アハハ、確かに!

大山:私がそんな言葉はダメって言っちゃったから、ジャイアンも困ったのね(笑)。それまでは「待てーっ」とか「ウォーッ」とか言っていたのに、あるときから「このー、のび太のくせに!」って言いはじめたの。

進藤:悪口なのかどうなのか、わかるような、わからないような(笑)。

大山:でも、言われたのび太がエーンと泣けば、これは罵倒の言葉でしょ。それでジャイアンはその後ずっと「バカヤロー」を使わず、「のび太のくせに!」だけできたのよ(笑)。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「ぼく、ドラえもんです」というのは、ドラえもんの声真似をするときには必ず使われる、「ドラえもんのいちばん有名なセリフ」なのですが、これは、大山さんのオリジナルだった、ということなんですね。それも、「なるべく『美しい日本語』を使いたい」という配慮から生まれた挨拶だったのです。そういえば、「ドラえもん」では、ずっとのび太は自分のことを「ぼく」、相手のことを「きみ」(あるいはその相手の名前・愛称)と呼んでいたのですが、それは、当時子どもだった僕の実感からしても、やや「よそよそしい呼び方」だったような気がします。当時、学校で「ぼく」とか「きみ」なんていう人称を使っていたら、クラスメイトに「何カッコつけてるんだ!」とバカにされていたでしょうし。「都会ではそうなのか?」とか、田舎に住んでいた僕は思っていたんですけど。
 ところで、これを読んでいちばん意外だったのは、「このー、のび太のくせに!」というジャイアンの「のび太への罵倒の言葉」が、「悪い言葉を使わないために」という善意から生まれた、ということでした。僕の感覚としては「バカヤロー」よりも「のび太のくせに!」のほうが、はるかに「全人格を否定されている」ような印象があって、これは本当に容赦のない、インパクトの強い「罵倒」だなあ、と感じていたものですから。だって、「のび太」は、自分が「のび太」であることから、どうやっても逃げられないのだもの。
 言葉っていうのは、本当に難しいものです。「汚い言葉」のほうが意外と後味がスッキリしていて、「きれいな言葉」のほうが心に突き刺さることって、けっこう多いのかもしれませんね。