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2005年08月14日(日)
気付かないところで、いろいろ守られているってこと

「幸福な食卓」(瀬尾まいこ著・講談社)より。

【「中原にいいこと教えてあげる」
「何?」
「俺、本当は鯖って大嫌いなんだ。昔ばあちゃんが鯖寿司食べて顔が腫れたんだよね。ぱんぱんに。鯖に棲んでいる虫のせいだったらしいけど、三日くらい腫れっぱなしだったんだぜ。それ見て以来、俺鯖って食べられないの。気持ち悪くてさ」
 坂戸くんの告白に私はかなり驚いた。鯖は彼の大好物だったはずだ。
「でもいつも私の分まで食べてくれたじゃない」
「すごいだろ?気付かないところで中原っていろいろ守られているってこと」
 坂戸君はそう言って、私の手を握った。坂戸君に手を握られたとたん、私は急激に悲しくなって、泣きそうになって、坂戸君と離れたくないと思って、そして早く家に帰りたいって思った。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この物語の主人公の中学生の女の子と、その同級生の男の子の最後のやりとり(男の子が転校してしまうので)。
 中原さんは給食に頻繁に出てくる鯖が苦手で、その鯖を坂戸君は「俺、鯖好きだから」と言って、いつも食べてくれていたのです。ごく自然に。
 でも、このとき初めて、坂戸君は「鯖なんて好きじゃなかった」ということを中原さんに「告白」するわけです。まあ、こういうときに「告白」せずに黙って去るのも美学かな、とオトナ的には思わなくもないんですけど。
 この年になって、あらためて自分の子供時代のことを思い返すと、僕も本当に自分では気付かなかったいろいろなものに「守られていた」ことに気がつくのです。あの頃のリアルタイムの感情では、自分が「束縛」されたり、「詮索」されたりしていることばかりに苛立ちがあったのだけれども、その一方で、親や学校の先生、友達が僕のことを守ろうとしていてくれたことに、目を向けることはほとんどありませんでした。いや、そういう傾向は、今になっても変わりないのかもしれないのですが……
 本当に、「親だから、そのくらいのことをしてくれるのが当たり前」とか「友達なんだから」と自分では感謝すらしていなかったことなのに、相手は一生懸命に頑張って、自分を守ろうとしてくれていた。年を重ねてくるにつれ、僕もようやくそういうことに気がつくようになってきました。
 でも、そのときには、もう恩返しするべき相手は手の届くところにいない…
 結局は次の世代や今、自分の周りにいる人たちの鯖を笑って食べられるようにしていくしかないのでしょう。たとえその「意味」が、すぐに相手に伝わることはなくても。
 そういう「意思」の連鎖というのも、先人の「遺産」なのだと思います、きっと。