初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2005年08月01日(月)
サザンオールスターズの『真夏の果実』ができるまで

日刊スポーツの記事「歌っていいな・夏の名曲(5)〜真夏の果実(サザンオールスターズ)」より。

【サザンオールスターズが野外コンサートで「真夏の果実」を演奏するとき、必ず花火が上がる。桑田圭祐の依頼だ。スタッフは「曲名の『果実』とは、花火のことなんじゃないかって思うんですよ。一瞬で消えちゃうけど、強く心に残るという意味で」という。桑田にとって「真夏の果実」は、特別な思いがこもった曲だった。
 89年9月から約1年。桑田は人生で最も忙しい日々を送っていた。映画「稲村ジェーン」で初めて映画監督に挑んだ。

(中略)

 撮影は89年10月5日に伊豆、弓が浜でスタートし、12月14日にクランクアップしたが、編集作業を進めるうちに、次々と新たな情景が桑田の中に浮かび、90年5月に追加撮影を行うこととなった。映像だけでなく、音楽でも1つの思いがあった。映画で使う「忘れられたBIG WAVE」「希望の轍(わだち)」などは完成していたが「クライマックスに向かう前の場面で、もう1曲、へそになるようなグッとくるバラードがほしい」。
 追加撮影の準備のため、桑田はスタッフと伊豆・下田を訪れた。その時に、わずか2、3日でつくったバラードが「真夏の果実」だった。桑田は同行していたスタッフに「四六時中も好きと言って〜」のサビの部分をギターで弾きながら歌って聴かせた。桑田が出来上がったばかりの曲を聴かせるのは、きわめて珍しい。それほど会心の出来だったのだろう。当時を知るスタッフは「桑田さんは基本的に曲を先につくって後で作詞をするのですが、聴いた時にもう詞がついていた。映像を通じて、イメージが頭の中にあったのではないか」と推測する。

(中略)

 桑田は当時「映画の公開前で、忙しくもあり何か寂しくもありって時で。でも妙に充実している時期にフッとできた曲」と語っている。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「サザンの曲の中で、いちばん好きな曲を」と問われたら、この「真夏の果実」を挙げる人というのは、けっこう多いのではないでしょうか。この曲は、ちょうど大学に入った年の夏にものすごく流行っていたということもあって、僕にとっても、とても思い出深い曲なのです。
 「稲村ジェーン」という映画に関しては、当時も毀誉褒貶がありましたし、僕も正直、そんなに面白い映画とは思えなかったのですけど、それでも、あの映画のサントラは今でも夏になると引っ張り出してきて聴きますし、この「真夏の果実」という曲が、あの映画を忘れられないものにしている、と言えるような気もするのです。まさに映画の「へそ」になっている曲。名曲がたくさんあるサザンのなかでも、まさに「名曲中の名曲」と言えるのではないでしょうか。
 このエピソードを読んでみると、桑田さんにとっても、「真夏の果実」というのは、まさに「特別な曲」なのだなあ、ということが伝わってくるのです。これを読んでいて思い出したのですが、僕は以前一度だけサザンの野外ライブに行ったことがあって、確かにこの「真夏の果実」が演奏されたときに、花火が上がっていたような記憶があります。確かそのとき「こんなしみじみとしたバラードなのに、何で花火なんだろう?」と、ふと考えたような。あれは、桑田さんのリクエストだったんですね。それにしても、夏の夜の「真夏の果実」は、本当に心に染み渡るようでした。
 以前「映画を撮るのが夢だった」と語っていた桑田さんがメガホンを握ったのは、今のところ、「稲村ジェーン」だけです。そして、今後、新しく映画を撮るという話も聴きません。映画製作に「色気」を持ってしまったがために、借金を背負ってしまった「アーティスト」がたくさんいるなかで、興行的にもそれなりに成功をおさめていたにもかかわらず、これ一作しか撮っていないというのは、ひょっとしたら、この「真夏の果実」のような曲は、そうそうできるものじゃないと、桑田さん自身も考えているのかなあ、とも思うのです。ひょっとしたら、あの曲そのものが「真夏の果実」だったのかもしれません。

 …蛇足なんですが、僕が「真夏の果実」を忘れられない理由のひとつは、あの曲を聴きながら車を運転していて、はじめて車をぶつけてしまったことなんですよね。名曲にもいろんな思い出があるものだ、ということで…