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2005年07月04日(月)
黙ってたってなくなる財産なんだから。

「社会派くんがゆく!〜逆襲編」(唐沢俊一・村崎百郎共著、アスペクト)より。

【村崎:これもオレ、毎年同じこと言ってるような気がするんだけど、地方都市の若者なんて、成人式以外に人生の晴れ舞台なんてねえからな。あと自分が脚光を浴びる瞬間なんて、結婚式と葬式ぐらいしかねえもの。今回暴れた連中もどーせなんの才能もない第二次産業従事者で、歴史になーんにも残せないただの一般ピープルだろ。ほかに自分を表現できる舞台があったら、こんなところで暴れる必要ねえもの。そう思うと負け犬の遠吠えとしか思えなくて、ホント哀れだよなあ。

唐沢:暴れればとりあえずその瞬間はテレビカメラに撮られて、その晩のニュースで全国に流してくれるわけだから。

村崎:とにかくテメエが若いうちに、なんとか目立って有名になりたいってだけ。こんなの、報道する側も最初から、暴れたところで無視すりゃいいんだよ。

唐沢:だからこれも繰り返しで前回の『死闘編』でも言ったけどね、若い頃を自分の最盛期だと思い込むのは間違いなんだって。そういう人生観が、結局年を重ねるにつけ、自分を袋小路に追い込んじゃうんだから。それで才能ない人間はとりあえず暴れることで目立とうとするし、才能ある人間は人間でかえって「若いうちに花開きたい」ってことで焦って、逆にドン詰まりになる。若い学者でもそういうのがいるけどね。ヘンに浅田彰みたいな早熟の天才タイプ目指さなくたって、いろんな経験積み重ねていくタイプの方が、結局、人生の最終点までにいい仕事ができるんだ。何度も言いたいけど、若さを武器にするのは、ホント、止めたほうがいい。黙ってたってなくなる財産なんだから。】

〜〜〜〜〜〜〜

 もちろん、「早熟」でない人が、必ずしも「晩成」で、年を重ねてから成功できるとは限らないのですけど。
 いや、こんなことは「わかっている」はずだったのに、30を過ぎてしまった僕には、この唐沢さんの【ヘンに浅田彰みたいな早熟の天才タイプ目指さなくたって、いろんな経験積み重ねていくタイプの方が、結局、人生の最終点までにいい仕事ができるんだ。】という言葉が、ものすごく心強く思えるのです。
 僕の中では、「年をとっていく」というのはそんなにイヤなことではなくて、年齢とともに、仕事の面では「自分の手が届く範囲」が広がっている気がするし、精神的にも、余裕(というより「開き直り」かもしれないけど)が出てきたと感じているのです。10代の後半から20代前半くらいは、とにかく自分に自信がなくて、「僕はここにいていいのだろうか?」と、ずっと自分に問いかけていたりしたものだし。
 それに、世の中には芸能人やスポーツ選手のように、「若さ」が有利になりやすい職業もあるのですが、多くの一般的な職業では、「経験」というのは大きな武器になります。若くしてデビューした「天才作家」が、結局同じような作品しか書けなくなって消えてしまう一方で、売れなくていろんなバイトをしていた作家が、そのまわり道の分の「引き出し」をうまく利用して多彩な作品を発表している、なんてことも多いですし。まあ、芸術の世界では、「才能が経験を凌駕する」というのも、珍しいことではないのですが。
 でも、「若さ」を武器にして「20歳なんて、もうオバサンだしぃ」とか言っている女子高生は、まさに【自分を袋小路に追い込んでいる】ような気がします。自分も年をとるのだし、70年も80年も生きるのなら、そんなに早いうちがピークだと自分で決めてしまうのは、あまりにも寂しいのではないだろうか、と。

 ただ、正直、僕がこんなふうに考えるのは、若い頃(から)モテなかったせいもあるのかもしれません。これで、年取っても全然いいことなかったら、やってられないものなあ。