≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2005年05月01日(日) ■
屈辱の「日勤教育」

スポーツニッポンの記事「時事・Q&A:屈辱の日勤教育」より。JR福知山線の脱線事故に関連して、現在問題視されている「日勤教育」に対するQ&A

【Q:どんなミスが対象に?
 A:関係者によると、ミスは4段階に分けられている。重い順に�\嫻せ�故=脱線事故、赤信号無視、10分以上の遅れ ��反省事故1=10分未満の遅れ �H疹併�故2=オーバーラン �ぅ劵筌螢魯奪函甕薪消罎縫劵筌蠅箸靴燭蝓▲魯辰箸垢襪茲Δ併�故の芽。運転区や電車区などの区長が事情聴取し、必要だと判断されると再教育が行われる。

Q:日勤教育の内容は?
A:JR西日本は「その社員をよく知る上司が、その人に合った指導を行っている」としている。一方で、経験者などによると、管理者に取り囲まれながら、リポートを書いたり、草むしりをしたり、廊下に立たされる児童のように駅のホームに立たされたりする。ホームでは、入線した運転士に「ご苦労さまです」「私は○○でミスをしました」などと声をかけなければならず、客からも不審そうに見られ、経験者は「思い出したくもない。屈辱を感じる日々だった」と話している。

Q:どんなリポート書かされる?
A:「死ぬ気で実行するとはどういうことか」「仕事に対する甘さをなくすには何に心掛けるか」など、答えに困ってしまうような設問を朝から夕方まで1日何枚も書かされる。関係者は「管理者は”文章に反省が足りない”などと赤えんぴつでチェックし、書き直しを命じる。社員は反省を示すため、何も悪いことをしていないのに自分ででっち上げることもある。そうすると、”なぜ、最初から書かない?”などとまたしかられる」と話している。

Q:日勤教育の期間は?
A:「いつ終わるのか、何をするのかをまったく本人には知らされない」と経験者。「今後ミスをしたらどうする?」と管理者に聞かれたときに「運転士を辞めます」と宣言しないと終わらないことが多い。ある運転士は「どうしたら終わるか知っていたが、黙っていたら教育は続いた」と証言した。

Q:日勤教育・成果はある?
A:脱線事故を起こした電車の運転士は昨年6月に駅を約100メートルオーバーランし日勤教育を13日間受けて復帰。JR西日本は「再教育で成果があった。運転士を続けさせた判断に問題はなかった」と説明している。だが、関係者は「ただのいじめ」と声をそろえる。経験した運転士は、「草むしりや、事実と違う反省文を書いても運転技術は向上しないと思う」と話す。

Q:JR西日本の考えは?
A:「厳しい日勤教育のプレッシャーが事故につながった」と指摘する関係者は多いが、南谷昌二郎会長は4月27日、「指導というものは、ある程度のプレッシャーが必要だ」とこれまでの方法を容認するような発言をした。】

〜〜〜〜〜〜〜

 ちょっと長い引用になってしまって、申し訳ないのですが。
 「草むしりをやっても運転技術は向上しない」と、僕も思います。そして、いい年をした大人が、こんなイジメのような「教育」を受けるというのは、筆舌に尽くしがたいほどの「屈辱」だろうなあ、とも。
 医療の現場でも、「医療ミス」には至らなくても、「もう少しで患者さんを危険な目にあわせてしまうところだった」というレベルの「ヒヤリハット」というのは、けっして少なくはないのです。そして、そのような場合、当事者は詳細なレポートを書かされたりするらしいのですが(幸運なことに、今のところ僕にはその経験はないので伝聞)、「立たされる」とか「草むしり」なんていう懲罰行為はないようです。もっとも、本当に「医療ミス」などしてしまった場合の「社会的制裁」は、草むしりどころの騒ぎではなさそうですけど。
 
 今回の事故では、「理不尽なJR西日本」という報道が連日流されているわけなのですが、僕は正直、この会長の「指導というものは、ある程度のプレッシャーが必要だ」という発言に対しては、一概に「ひどい話」だとも思えないのです。少々ミスをしても「ま、人間誰だってミスもするし、しょうがないよね、また次がんばれよ!」というような明るい社風のほうが、イメージ的にはいいのかもしれませんが、それこそ「人の命を預かる」現場で、そこまで寛容であることが果たして正しいのだろうか、という気もするのです。一種の「恐怖政治」ではありますが、僕たちがごく当たり前のように享受していた「時刻表通りに動く電車」を維持するためには、今まで何十年も、この方法が奏功していたのだし(というか、大きな事故は起こっていないのだから「変える必要はない」と上層部は考えていたのでしょう。甘くして何か起これば、責任問題になりそうですから)、「日勤教育を受けたくない」というのは、すごいプレッシャーであるのと同時に、運転士たちにとっては、ネガティブな理由ではあるとしても、仕事でミスをしないための動機にはなっていたはず。そして、そういう実態に関しては、こういう形で事故が起こるまで、第三者たちはみんな「でも、そうやって厳しくすることによって、時間に正確になっているんだから、いいんじゃない?」とか、考えていたんですよね。
 そういえば、研修医のハードな勤務実態が問題視されたのも、実際に過労で自殺してしまった研修医が出てしまってからでした。たぶん、この事故さえ起こらなければ、この「日勤教育」だって、「運転士っていうのも大変だねえ」というような苦労話で済まされていたのではないかなあ。こういう「イジメ的な懲罰で、規律を維持するシステム」って、JRだけのものではないはずだし。
 それに「一度でもミスをした運転士はクビ」というシステムよりは、「日勤教育を経て復帰できる」というのは、「甘い」のかもしれないのです。もっとも、一度の小さなミスでクビにしていたら、運転士はすぐに足りなくなってしまいそうですが。

 ただ、当事者にとっては、こういうイジメ的なシステムというのは、ものすごいプレッシャーになっていたのは間違いないでしょう。その一方で、「草むしりでは運転技術は向上しないと思うけど、じゃあ、どんなことをやったら短期間で運転技術が向上するのだろう?」とも考えてみたりするのです。本来は、そういう専門的なプログラムでもあればいいのでしょうが、特殊な仕事なだけに、なかなか難しそうです。

 理想論としては、失敗を予防する、失敗しても最小限に被害を食い止めるのが最善の策ですし、失敗した人に対しては「懲罰」よりも「再教育」が望ましいはずです。「草むしりなんて、バカバカしい!」と思うけれど、草むしりをさせるのを止めたら済むという問題ではないのです。その一歩先の「どうすればいいのか」を考えなくては。

 それにしても「ミスが絶対に許されない仕事」とはいえ、こんな厳しい環境の中で、長年正確に電車を運行しつづけてきた現場の鉄道員たちは、本当に偉いなあ、と思わずにはいられません。こんな事故が起こらなければ、僕は彼らの苦労なんて、考えてもみなかったと思うのです。