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2005年04月30日(土)
『白線流し』になんて、負けない!

「本の雑誌・増刊〜本屋大賞2005年」(本の雑誌社)より。

(書店員たちが選ぶ、2005年本屋大賞の受賞作「夜のピクニック」を書かれた恩田陸さんの「受賞のことば」の一部です。)

【『夜のピクニック』は私が通っていた高校の行事をほぼ忠実に描写したものです。いつかあの行事を書いてみたいとずっと思っていました。いっとき、やはりどこかの高校の行事を軸にドラマ化した『白線流し』というのがありましたが、「あれがドラマになるんだったら、うちの高校の行事だって」と密かにライバル心を燃やしていました。もっとも、『白線流し』は卒業生の制服のスカーフと学帽の白線を繋げて卒業式の日に川に流すという美しい行事でしたが、うちの行事の場合、夜通し80キロ歩くというあまり美しくないハードな行事だったので、ライバル心を燃やされても困るだろうなという気もしましたが。小説の中では登場人物が朝まで元気に喋っていますが、現実では無理です。夜半から疲労困憊で、誰も喋っていません。】

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 「この作品が直木賞候補にならなかったのはおかしい!」とか「恋人が死んだり、残酷な描写などで話題になる作品ばかりの現代で、数少ない他人にオススメできる作品」とか「永遠の青春小説!」というような賞賛の声が上がっていた、この「夜のピクニック」なのですが、恩田さんは、あの「白線流し」にライバル心を燃やしておられたのですね。
 この「受賞のことば」を読んで、僕がいつも「自分の周りには、言葉にできるようなドラマチックな出来事なんてないものなあ」と考えていたのは、「書くことがない」わけではなくて、「書くことを見つけ出す、あるいはそれを文章にするセンスというのがない」だけだということを痛切に感じました。「夜のピクニック」を読んでみると、この「歩行祭」というのは、ものすごくドラマチックなイベントのように感じられるのですが、現実の「歩行祭」というのは、「あまり美しくないハードな行事」であり、「夜半から疲労困憊で、誰も喋らなくなる」ようなものなんですよね。そりゃ、いくら若くても、80キロも歩けばそうなるのが当たり前。
 もっとも、僕も今思い出すと自分の学生時代で記憶に残っているのは、ものすごくキツかった練習とか、友達と一緒にやった馬鹿げた小冒険だったりするので、恩田さんがこの「歩行祭」に愛着を持っておられる気持ちは、よくわかるのですけど。「白線流し」だって、ドラマで取り上げられて有名になる前に、僕が実際に体験していれば、「こんなの何の意味があるのかわからないし、かったるいなあ…」とか思っていた可能性が高いです。正直、この「歩行祭」が僕の高校にあったとしたら、「途中で心臓の発作とかが起こりそうだから、勘弁してもらいたい」とか切実に感じていたでしょう。

 たぶん、この手の「名物行事」というのは、どの学校にもひとつやふたつはあるはずです。「夜のピクニック」を読んで多くの人が共感するのには、多かれ少なかれシンクロする体験を持っているからだろうし。でも、それを「ネタ」として、作品に昇華するというのは、やっぱり誰にでもできることではないのですよね。
 「ネタがない」わけじゃなくて、「ネタはゴロゴロしているのに気づかない」んだよなあ、きっと。