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2005年01月29日(土)
どうしてそこで、「大量破壊兵器」を使わなかったのか?

『泣き虫弱虫諸葛孔明』(酒見賢一著・文藝春秋)のまえがきから。

【わたしはもう十年以上も前、『三国志』の後半、孔明南征のくだりを面白く読んでいたのだが、孔明率いる蜀漢軍に次々と襲いかかる一種の人種差別としか言いようのない、洞穴かなんかに棲んでいる南蛮の酋長どもの描写と戦闘がある。南蛮洞主が次々に繰り出す荒わざに、多分真面目な武将趙雲たちが、いきなり虎や豹の野獣軍と異種格闘技を強いられ苦戦するわけだが、ところが孔明少しもあわてず、
「既に成都におりしより情報を得て、このようなこともあろうかと準備しており申した」
 と、いつ造って運んできたのか知らないが、巨大な野獣模型兵器(人が中に入って動かすトロイの木馬的なものだが)を出動させ、口からは火炎放射、硫黄の毒煙を吐かせて野獣軍を四散させ、地雷まで仕掛けて、蛮族どもを虫けらのように焼き殺してしまうのであった。
 そんな孔明のこども好きのするおとなげない所業もさることながら、何故このロボット兵器群を、後の魏との北伐戦、斜谷、街亭、五丈原に投入して魏軍を攻撃させなかったのかが不思議でならない。読者だって司馬仲達の大軍が火を噴く怪獣兵器部隊にやられて地雷爆破を喰らって逃げまどうところを見たかったはずなのだ。そしたら勝てたのに、残念なことだ、と思うのはわたしだけか。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「いえ、あなただけではないです!」
 僕はこれを読んでいて、「三国志」を初めて読んでいた小学生の頃の疑問が鮮明によみがえってきました。ほんと、「なんであの新兵器を魏に使わないの?」と、まあ、そういうのが「お約束」であるのは内心悟りつつも、やっぱり「あれを使えば、蜀が勝っていたかもしれないのに!」と思わずにはいられませんでした。当時は、蜀=善、魏=悪、というシンプルな見方をしていましたから、それが覆らない歴史的事実に基づいたものだとしても、蜀を、孔明を勝たせたい、と切実に願っていたのです。現代人的な感覚でいえば、相手が未開の民族だからといって、そんな「大量破壊兵器」を投入するのは、ルール違反だし、そもそもそういう設定そのものが「人種差別的」なのではないかとも思われるのですが、とりあえずそのあたりは、「三国志」が書かれた時代からすれば、「あまり現代人が目くじら立てるのは、おとなげない」とも言えますよね。

 この手の「お約束」というのはいろんなところにあって、例えば「ドラえもん」を読んでいて、「どうしてここで、前に出てきたあの「ひみつ道具」を使わないんだ、その新しい道具よりも、あっちのほうがより効果的なんじゃないか?」と、ついツッコミたくなりますし、映画「ロード・オブ・ザ・リング〜王の帰還」でも、「アラゴルン、そこで解放してやる前に、もう一仕事させておけよ、どうせそいつらは死なないんだろ?」と言いたくなる場面がありました。そういうのは登場人物のプライドなのかもしれませんが、見ているほうとしては、つい口を出したくなるのですよね。
 どうしてここで、あれを使わないんだ!と。

 でも、最近僕は、そういう「お約束」に対して、自分が急速に寛容になってきているのを感じます。その一例が、アントニオ猪木さんに対するスタンスで、小学生の頃の猪木は、僕にとって、憧れのヒーローでした。常に体制に立ち向かっていく燃える闘魂・アントニオ猪木!
 しかしながら、「やっぱり、片手でブルーザー・ブロディと闘って、時間切れ引き分けなんていうのは、ちょっとありえないんじゃないか?」というあたりから僕の疑問は高まり、ハルク・ホーガンがアックスボンバーで猪木を場外ノックアウトしたときに、猪木を必死でリングに上げようとしている姿で、なんとなく僕は悟りました。プロレスというのは「お約束」の範疇なのだな、と。
 でも、30になる前くらいからでしょうか、僕はなんだか、「つまらない『リアル』よりは、面白い『フェイク」(あるいは『お約束』)のほうが、いいんじゃないか、と思えてきたのです。プロレスだって、あれだけ体を張ってやっているのだし、たとえある種の「お約束」に支配されているとしても、それを承知の上で、「乗せられてみる」のも、それはそれでいいのではないかと。
 というわけで、アントニオ猪木への僕の感情は、「ヒーロー」から「嘘つき」になったものの、最近は「ヒーロー」に戻ってきたのです。それは僕にとって「大人になった」ことなのかもしれないし、逆に「若さを失った」ことなのかもしれません。

 ほんと、子どものころって、「なんで大人は、『水戸黄門』なんてマンネリ&ワンパターンな時代劇が好きなんだ?」と思っていたのだけれど、ああいうのは、その「お約束」を楽しむものなんですよね。印籠見せびらかして歩いている、何もアクシデントが起こらない『水戸黄門』なんて、面白くないに決まっているのだから。