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| 2004年12月11日(土) ■ |
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| 幼年期と老年期だけの大作家 |
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「百年の誤読」(岡野宏文・豊崎由美著、ぴあ)より。
(内田百�里気鵑虜能蕕虜酩塀検慳重咫戮僚馼勝覆箸いΔ茲蝓�内田さん本人の話題なのですが)の一部です。)
【豊崎:『ノラや』で見せる、猫がいなくなった時の悲しみぶりは尋常じゃない。だって一日中泣いてんですよ。真正のペットロス症候群(笑)。
岡野:そのくせ、人間には厳しいんだよ。もの凄い癇癪持ちで、編集者かたら怖がられてた。
豊崎:怒ると両耳がひくひく動いたんですって。で、自分でそれに気づいてからはコツを覚えて、立腹するたびにわざとひくひくさせてたらしい。お茶目?
岡野:僕は苦虫をかみつぶしたようなお茶目って呼んでんだけど。この先生、玄関先が書斎を兼ねてた時期があったんだよ。戸を開けると、あがりがまちに机置いていきなり仕事してる(笑)。そのくせ人が来るのが嫌いで、晩年の『日没閉門』てエッセイによると、<世の中に/人の来るこそうるさけれ/とは云うものの/お前ではなし>って蜀山人の狂歌のパロディを、玄関脇の柱に貼ってたんだって。いわく<百鬼園「世の中に/人の来るこそうれしけれ/とは云ふものの/おまえではなし」>(笑)。最高。そいで、日没には閉門だから、暗くなったらもう誰も入れない。ところが、人が来なきゃ来ないでさびしがってるみたいだし。いいよねえ。子どもみたいだ。
豊崎:なんか、幼年期と老年期だけの作家ですよね。それは、デビューが遅い作家なので、若書きの作品が読めないせいもあるとは思うんですが。】
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百鬼園こと内田百�里気鵝複隠牽牽后腺隠坑沓院砲離┘團宗璽匹任后F眦弔気鵑箸い�作家は、黒澤明監督の「まあだだよ」でも描かれていることでも有名です。ほんとにもう、これだけ読んだだけでも、内田さんの「困った人なんだけど、憎めない」というキャラクターが伝わってきます。 なかでも、この蜀山人のパロディの<百鬼園「世の中に/人の来るこそうれしけれ/とは云ふものの/おまえではなし」>なんて、蜀山人の「最初にドキッとさせて、次に安心させる」というものとは、まったく正反対の性格になっていますから、これを見た人はさぞかしいたたまれない気分になったことでしょう。でも、そんなに人嫌いなら、山奥に住んで、奥の間で仕事をしていればいいものを、わざわざ玄関先で仕事しながらこんなことを言っているんですから、そのひねくれっぷりもおして知るべし。とはいえ、仕事上の理由もあるとはいえ、「電話なんて嫌い」と言いながら電話自体は引いているし、携帯も持ち歩いているし、「年賀状なんてめんどくさい」と言いながら、全然来ないとそれはそれで心配になる僕としても、こういうひねくれ方というのは、微笑ましくも思えるのです。もちろん、実際に日常接していた人たたちにとっては、「たまらない人」だったのかもしれませんが。 それでも、こんなめちゃくちゃな言動を日頃やっていて、編集者から恐れられていても周りには人の姿が絶えなかったというのは、やっぱり彼の「寂しがりやの面」を愛すべきところとして許容してくれた人というのも多かったのではないかなあ。ひょっとしたら、「本当は寂しがりやの自分」をプロデュースするのが、ものすごく上手だった人なのかもしれません。 もちろん、百�寮萓犬里茲Δ丙庸修�あればこそ、こういうのが許されたという面もあるのだろうとは思うんですけど。
ほんと、「客観的にみればヒドイのに、憎めない」って人、やっぱりいるんですよね…
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