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2004年05月22日(土)
「山手線」vs「やまてせん」

「にほん語観察ノート」(井上ひさし著・中公文庫)より。

【もとより新しいことばを考えつくのは小説家や学者だけとは限りません。じつは、ごくふつうの市民もたいへんすぐれた考案家なのです。
 これはまちがって新しい言い方を発明してしまった例ですが、昭和の四十年代前半に、東京の国電(当時)に「山手線論争」というのがありました。山手線はもともと、「やまのてせん」と読むのが正しい。ところが、敗戦直後、進駐軍命令で駅の表示がローマ字表記になったとき、ペンキ屋さんたちが、ついうっかり”YAMATE LINE”と書いてしまい、それ以来「やまてせん」が通称になっていたのです。そしてこの論争の末に、ようやく山手線の読み方が、もとの「やまのてせん」に戻りました。】

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 僕は東京の人間ではありませんから、あまり深く意識したことはなかったのですが、「山手線」を「やまてせん」って読む人って、けっこう多いような気がしていました。たぶん「の」という助詞を入れるのが次第に面倒になってきた結果なんだろうなあ、なんて漠然と思っていたのですが、こんな「論争」にまでなっていたとは全然知りませんでした。
 世間には、僕が思っている以上に「こだわり」がある人がたくさんいるみたいです。
 でも、平成16年現在でも「やまてせん」と呼ぶ人がこれだけたくさんいるのですから、「読み方が戻った」というより、正式名称が「やまのてせん」に決定したというだけで、通称としての「やまてせん」というのは、ずっと残っていたのでしょうね。
 もちろん言葉の意味はわかりにくくなりますが、実際に発音してみると、確かに「やまのてせん」の「の」は、ちょっとまだるっこしい感じもしますから。
 「ファミリーコンピューター」が「ファミコン」になるというのは、あまりに正式名称が長いので自然な流れかな、という気がするのですが、「の」一文字くらいわざわざ略さなくても…とも思いますが。
 とりあえず、少しでも言いにくいことばは、どんどん省略されていく運命なのかもしれません。ペンキ屋さんの「書きまちがい」というのは、たぶん、そのひとつのキッカケにすぎず、もしそれがなくても「やまてせん」に向かっていくのが自然の流れというものだったのでは。

 ところで、実際に「山手線」を利用している都心の人たちが「やまのてせん」と正式名称で呼んでいる割合って、どのくらいなんでしょうか?