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2004年03月16日(火)
高橋尚子選手に、伝えたい言葉。

日刊スポーツの記事より。

【アテネ五輪マラソンの女子代表に高橋尚子選手(31)が落選したことを受け、父良明さん(62)は勤務先の岐阜県関市の幼稚園で会見し、「尚子もアテネに行きたがっていたので、行かせてやりたかった」と残念そうに話しながらも「生身の人間には喜びばかりではないことも分かったので、さらに一回り成長してほしい」とエールを送った。

 また、岐阜市の自宅でテレビで落選を知った母滋子さんはインターホン越しに「今はお話しすることはありません」と言葉少なだったが、高橋選手に対し「(いつか)道は開けると伝えたい」ときっぱりと話した。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕は、高橋尚子選手の大ファンというわけではないんですが、昨日の「落選会見」を観ていたら、なんだかとても悲しくなってしまいました。
 今までは、僕とほとんど同世代の高橋選手に対して、あの年で「監督、監督」と小出監督ベッタリなのは、ちょっと気持ち悪いなあ、とか、なんか優等生すぎるよなあ、なんて、どうも好きになれないところが多かったんですけどね。
 昨日、悔しさとか悲しさを押し殺してインタビューにキチンと答える姿に、たぶん、代表に選ばれた他の選手たちも救われたのではないでしょうか。

 彼女は今、31歳。ランナーとしては、けっして高齢すぎるというわけではありませんが、少なくとも、これからどんどん力をつけていく、というコンディションではないでしょう。次のオリンピック、という言葉が昨日の会見で出なかったことからも(もちろん、あの状況ではそんな能天気なことは、口にできる雰囲気ではなかったでしょうが)、少なくても「結果を出せる選手」としての選手寿命は、それほど残っていないのではないかと思います。
 2000年にシドニーで金メダルを獲得してからこの3年半、彼女はさまざまなプレッシャーと戦ってきました。そして、社会的名声もお金も得て、普通の人間であれば、もう走ることに対してモチベーションが無くなるのではないかと思われるような状況の中、ずっと走り続けてきたのです。
 20代後半から30代前半というのは、人生において、ひとつの「転機」となりうる時期だと思うのですが、その大事な4年間、彼女はただひたすら走り続けてきたわけで。
 いろんな娯楽、勉強、恋愛、それに、画面の向こうの彼女を観ながら僕がやっていたような、ゴロゴロしてボーっと過ごすような気楽な時間…
 そんなものを沢山犠牲にして、高橋選手は走り続けてきたのです。
 もちろん、その犠牲は誰かに強制されたものではないでしょうし、他の代表選手だって、たくさんのものを犠牲にして、オリンピックに出場することに賭けてきたはずです。そして、その陰には、「残念とすら報道もされないような、高橋尚子になれなかったランナーたち」も。
 そういう意味では、「金メダルを取って、好きな陸上をやって生活できる」という高橋選手は、恵まれすぎている存在なのかもしれませんが。

 僕は、この御両親の話を読んで、どんなに有名になっても、親は親なんだなあ、と感じました。もちろん、ここに書いてあるのは「外向きの公式発言」であって、本音としては、「そろそろのんびりさせてあげたい」というような気持ちだってあるんじゃないかな、と思います。
 その中でとくに「一回り成長してもらいたい」「道は開ける」という言葉に、僕は最初、不思議な印象を受けました。だって、高橋尚子という人は、「世界最高のランナー」なのですし、今の年齢からいっても上がり目はそんなにないはずなのに。
 「これ以上、成長しようがないんじゃない?」「どこに道があるんだろう?」とか思ってみたり。

 でも、おそらく御両親の真意は違うんですよね、きっと。
 昔、14歳の岩崎恭子さんが、水泳で金メダルを獲得したときに「今まで生きてきたなかで、いちばん幸せ」と発言したのを、当時21歳だった僕は、微笑ましい気持ちで聞いていました。「14歳で、『今まで生きてきた中で』なんて語るなよ」って。
 僕は今、こんなことを考えます。
 「岩崎さんは、あれからの12年間で、『今まで生きてきた中で、いちばん幸せ』って感じた瞬間が、一度でもあったのだろうか?」って。
 普通の人は、オリンピックで金メダルを取る快感なんて味わう機会はないでしょうし、一度でもそんな快感を味わえれば十分じゃないか、なんて思う一方、14歳がピークで、それ以降が「余生」である人生は、ちょっと寂しいんじゃないかな、とも感じるのです。

 高橋尚子選手だって、死ぬまで陸上を続けることは可能かもしれませんが、競技者としての時間は、もう残り少ないでしょう。
 そういう意味では、これもひとつの「転機」なのかもしれません。

 マラソン7戦6勝、2着1回。シドニーオリンピック金メダリスト。元世界記録保持者。
 高橋尚子選手、あなたは凄いランナーだと思います。一度の挫折なんて、今までのキャリアからすれば、どうでもいい些細なことだと思えるくらいに。

 個人的には、「頑張れ」よりも、「これから、もっともっと、幸せになってね」という言葉を贈りたいと思います。
 どうすればもっと幸せになれるかは僕にもわかりませんけど、まだまだ、人生のピークはこれからだと信じたい。