初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2002年03月30日(土)
2002年3月30日。

梶井基次郎「桜の樹の下には」より抜粋(今回は、青空文庫を参照させていただきました。)

桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

〜〜〜〜〜〜〜
あまりに有名な、この文章。僕にも、桜を観ると思い出すことがあります。
もう、かれこれ7、8年前の話。当時、大好きだった後輩と結局すれ違いになってしまい(最初に相手に告白されたときには、僕が困惑して返事ができず、その後、僕から告白したときには、相手にはもう他の好きな人ができていた、という状況)振られてしまってから、2週間くらいのときの話。

僕たちは、表面上は今までどおりの部活の先輩後輩として、たぶん何も変わらない関係を続けていました。ちょうどこの春の時期ですから、一緒に新歓をしたり、練習をしたりの日々。先日、2人の間で起こった破綻は、2人だけの秘密。
そんななか、僕たちの共通の友人であり、彼女の同級生が、ある夜、「花見に行きましょう!」言ってきたのです。それも、彼女と3人で。
断ればよかったのに、なぜか断れずに肌寒い中ビールなど飲んでいたのですが、実際に彼女を前にすると、何も話せなくなってしまう僕。
ぎこちない彼女。見事に咲いた夜桜を前に、噛み合わない3人の宴は、沈黙とともに続いたのでした。
そういえば、追い出しコンパのとき、この同級生に「あのときは、いったいどうしたんですか?」と訊かれたなあ。
なぜか、このときに夜空に浮かんでいた桜の生白くて艶やかな印象だけは、心にずっと残っているのです。
彼女の顔の輪郭は、年とともに輪郭がぼやけてきたような気がするのだけれど。

春は、出会いと別れの季節、そして、桜の季節。
僕は、桜の樹の下には、あの頃の妙に構えすぎて生きていた自分の気恥ずかしくなるような記憶の残像が、埋まっているような気がしているのです。