月の輪通信 日々の想い
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昨日のドライブのときの事。
父さんの車についているナビの調子が悪い。 時々、画面が全く表示されない事があって「ディスクを確認してください」と指示が出る。 どこかの接触が悪いか、なにかだろう。 父さんのナビは既に5年目。入れてあるディスクも99年版とあるから、時には新しく出来た道路が表示されていなかったり、混雑状況までは教えてくれなかったりする。 普段、近隣を走ることが多いので、本当にナビを頼って目的地を探す事はめったにないのだけれど、たまに必要だなというときに限って、ナビさんのご機嫌が悪くて、「ディスクを確認してください」と宣う。 なんどかCDを出し入れしてみたり、スイッチを入れなおしたりしてみるが、なかなかいつもの地図の表示が出てこない。 「ま、いいや、」と渋々、リアシートから分厚い地図帳を引っ張り出してくる羽目になる。
法隆寺までの最短コースを知りたくてさっそくナビをと思ったのだけれど、今日もやっぱりナビさんはストライキ中らしい。 助手席に乗っている人力ナビの私は、残念、地図が読めない女。 「ちょっと持ってて」と渡された地図をひっくり返したり裏返したりしているうちに、すぐに現在地を見失ってしまう。そのうち「もういいや。」と父さんが笑い出してしまい、地図無しで父さんの勘と方向感覚に任せて車を飛ばす。 結局これが一番確かだったりして・・・。
大体、カーナビってとっても高飛車で失礼。 「調べてやったんだから、ちゃんとその通り走れよ」って口調だもの。 違った道を選ぶとチッと舌打ちして「またかよ。」ってな具合で「再検索いたします」なんておっしゃる。 新しく出来たばかりの道を通ると、「そこ、道路じゃないよ。」とばかりに慌てふためく。 自分の持ち合わせているデータが5年も前の古いデータだということに気づきもしないで、「この行き方で間違いないんだから」といつも自信満々。 そのくせ、新しく覚えた情報は自分から取り入れようとはしないんだ。 これって、誰かに似てる?
半日ドライブする間中、父さんのナビは青い始動画面のまま、何の情報も表示してくれなかった。 あちこちまわって帰り道で買い物をして、自宅の近所の磐船街道まで帰ってきたとき、ふと気がつくと、ナビの画面がいつの間にかなじみの地図の画面を表示している。 「あれぇ。今頃、直ってるよ、このナビ。」 と父さんと笑う。 「知ってるところへ帰ってきたら急にやる気、出したんだな。」 「ふふ、こんなご近所で道案内してもらってもねぇ。あ〜あ、使えないナビだなぁ。」 と可笑しい、可笑しい。 知らない話題の時にはむっつり押し黙っちゃって、知ってる話題になると俄然元気になってペラペラしゃべりまくる。 これって、確かに誰かに似てる。
| 2005年05月17日(火) |
「いいこと、あってん」 |
子どもらを学校へ送り出してから、久しぶりに父さんとドライブに出かけた。今月末のお茶会に出すための作品の取材が目的。一直線に法隆寺へ向かい、修学旅行生の波に何度も呑まれそうになりながら、エンタシスの柱に触れ、塔の写真を撮り、夢殿の秘仏公開の列に並ぶ、超特急の斑鳩の旅。 大きなカメラバックを抱えて撮影ポイントをあれこれ探す父さんを横目に、どっしりと地にそびえる飛鳥の人の信仰の偉功の証を晴れ晴れと見上げる。 程よい気分転換の旅だった。
夕方、バタバタと帰宅したゲンがツンツンと私の肩を突く。 「あのな、あのな、今日、すンごくいいこと、あってん。」 なんだかニヤニヤ嬉しそうだ。 「何があったん?」と何度訊いても、「教えてあ〜げない」と下あごを突き出して嬉しそうに笑っている。 散々訊いても教えてくれないので、「もういいよ、別に分からなくても」と突き放すと、今度は自分からそばへ寄ってきて、「あ〜、すンごくいいことなんだけどな。」といいながらうろちょろしてる。要するにもっとしつこく聞きただして欲しいのだ。 「知りたかったら、T先生に訊いてみてよ。」 とヒントもどきのことを小出しにして、ニヤニヤと付きまとってくる。 馬鹿だなぁ。 なんだかとっても楽しい事が合ったのだろう。 楽しくてたまらない、自然と顔がにやけてくる。 こういうくすぐったい嬉しさをコロコロと手の中で転がして楽しんでいる、ゲンの笑い顔がそれだけで母にとっては「とってもいいこと」
この間、子どもらの遊び場となっている神社の清掃の呼び出しがあって、ちょうどその場でお喋りしていたU君母が同じような話を教えてくれた。 塾帰りの迎えを呼ぶ電話で、Uくんが「今日、とってもいいことがあったよ」と嬉しそうに報告してくれたという。うれしくて嬉しくて仕方がないくせに、帰りの車中で問いただしても「とってもいいこと!教えてあ〜げない!」と楽しそうに口をつぐむ。 塾のテストでとってもいい点でもとったのかしらん。 U君母もいろいろ「いいこと」の内容を推理しては見たけれど、結局「いいこと、教えてあ〜げない」のやり取りを嬉しそうに続けるU君の様子に、肝心の「いいこと」の正体が分からないまま、なんだか楽しい気分になってしまったという。 ホントにホントにそうだなぁ。 「いいことあったよ!」といの一番に報告しにきてくれる子どもの笑顔って、なんだかいい。とっても嬉しい。それだけでいい。
・・・・・追記・・・・・ 18日。クラスの仕事で下校時間が遅くなったからとT先生がわざわざゲンを車で家まで送ってきてくださった。 そのT先生に「昨日なんだかとってもいいことがあったらしいんだけど、ちっともおしえてくれないんですぅ。」とお話したら、T先生にも心当たりは無いという。 先生と二人でゲンに「教えて、教えて」と訊いてみて、どうやら、昨日のゲンのいいことの正体が判明した。 前日の放課後、T先生はゲン達数人の子ども達と一緒に教室の蛍光灯の交換をしていたのだという。その時いたずら心を起こしたゲンが、失礼にも蛍光灯でT先生のふくよかな部分を突っついて、とても楽しかったのだそうだ。 大好きなT先生にちょっといたずらして一緒に笑う。 その楽しい気分をそのまま大事に家まで持ち帰って、母にもおすそ分けしてくれたのだろう。 その内容を母に説明してしまったら、もしかしたら「あ、そう」で済まされてしまいそうな嬉しい気持ちを大事に大事に小出しにして伝えてくれたんだな。 わが息子ながら、ゲンってホントに面白いヤツだ。
雪柳も終わった。都忘れも盛りを過ぎた。宗旦ウツギが今年は思いがけなくたくさん花をつけた。 アジサイや甘茶が小さなつぼみをびっしりとつけ始めている。 春は終わっていくのだなぁ。 アプコに訊かれて「紫蘭」という花の名を教えたら、 「『知らん』って、へんな名前!それ、ウソ?ホント?」と信じようとしない。お約束のようなダジャレだけれど、最初に「紫蘭」の名を教えるとどの子も同じ反応をしてケラケラ笑う。オニイもアユコもゲンも・・・。 赤紫の派手な色合いの紫蘭は、白やブルー系統の花の多い我が家の庭ではいつもぱっと目立ちすぎて居心地が悪そうなのだけれど、「しらん」というダジャレの面白さを楽しむために、もう何年もでんと居座って花を咲かせる。 今年はことさら、花つきがよかった。
アプコが帰り道、「今日は席替えをしたよ」という。 「アタシのとなりはHちゃんになったよ。」 Hちゃんは、ひまわり学級という障害児学級の女の子。どんな子か私にはよくわからなかったけど、この間、急な雨で傘を持って迎えに行ったとき、自分の傘がないと先生にしがみついて泣いていたあの子らしい。 「Hちゃんのお隣はちょっと大変なんよ。自分のご飯を他の子のお茶碗に入れたり、ヘンな事するねん。」 アプコにとってはこれが障害を持った友達との始めての出会い。 「ときどきひまわり学級へいく子」とは理解しているらしいが、具体的にHちゃんに対して「障害のあるお友だち」という認識はまだないようだ。 「Hちゃんとは、よく一緒に遊ぶの?」と訊くと、「うん、いつも一緒に遊んでる。大うんていとか、Hちゃんは自分ではうまく登れないから、みんなで手伝って登るの。」という。 Hちゃんの障害そのものは理解していないけれど、何かとお手伝いの要るお友だちという認識はあるらしい。 どうもアプコは、障害のある子とそうでない子の違いをかぎ分ける感覚が他の子よりもちょっと鈍いらしい。
私自身が障害を持った子と初めて出会ったのは、公立の幼稚園に入園したときだ。 クラスに一人、Tちゃんと呼ばれる知的障害の女の子がいた。Tちゃんは大人しくて自分からはなかなか人に話しかけたりしないのだけれど、何となくクラスの中では一人浮いている感じがあった。 手洗い場で、みんな並んで手を洗っていると、何故だかTちゃんの番になると、後ろの子が順番抜かしで割り込んでいく。お弁当を食べる時にはTちゃんの机だけほんの数センチ離して配置されている。 多分クラスのほかの子達は、「Tちゃんは普通の子と違う」と言う事に入園後まもなく気がついて仲間はずれにしていたのだろう。けれども、その時何故だか私はずいぶん後になるまでTちゃんに障害があるということに気がつかなかった。 なんで他の子たちがTちゃんをのけ者にするのかがいつまでも分からなくて「手を洗いに行くときには早くしないと皆に追い越されちゃうよ。」とか、「髪の毛はちゃんと梳かしてもらってきたほうがいいよ」とか、コソッと人のいないところでTちゃんにお説教したりしていた記憶がある。 思えば私自身も今のアプコのように、友だちの障害を認知する感覚が他の子たちより少々鈍かったのかもしれない。
Tちゃんとはその後、中学3年までずーっと同じクラスだった。今思えば、多分私は「Tちゃんのお世話をしてくれる子」ということで、いつもTちゃんとセットでクラスに振り分けられていたのだろう。 障害児学級の子を特定の面倒見のいい子にくっつけてクラス配分する、そういうシステムが学校現場の中では常識なのかどうかは分からない。当時の私は「な〜んだ、またTちゃんと一緒のクラスなのか・・・。」と、先生たちのクラス編成に意図的なものを全く疑うことなく、10年間のTちゃんとのお付き合いがつづいた。その辺の先生たちの作為に対しても、私はかなり鈍感であったのだろう。 修学旅行や遠足など行事のあるごとに、Tちゃんは当然のように私と同じ班に編入された。時にはそれが原因で他の仲のいい友達と同じ班になれなかったりして、Tちゃんの存在をうっとおしく思ったり、Tちゃんの世話をいつもいつも背負わせる先生たちへの反発を感じて、本気で抗議しに行ったりすることもあった。時にはわざとTちゃんを避けるような態度を取ったり、したこともある。 それでもTちゃんは多分私のことを慕ってくれていたのだろう。中学の卒業式の朝、Tちゃんはいつものようにちょっと距離をおいた所に遠慮がちに立って、それでも決して離れることなくおずおずと私と一緒に友だちの輪に加わっていた。 あの時の私は、十年間一緒に学校生活を過ごしてそれぞれに違った進路に進んでいくTちゃんにちゃんと「さよなら」を言ったのだろうか。
今年、中一になったアユコもまた、軽い学習障害のあるSくんと同じクラスになった。小学校入学の時からずーっと同じクラスだから、今年で7年目のお付き合いだ。一年生の頃には、授業中に落ちついて座っていられなかったり集中力が保てなかったり、小さなトラブルがいくつかあったけれど、アユコはS君のことをちょっと世話のかかる弟のように、着かず離れず見守ってきたような観がある。 この春、入学式の朝、校舎の壁に張り出されたクラス編成表を見上げて、アユコは一番の仲良しのAちゃんと同じクラスになって大喜びだった。そしてそのあと、「あれ、Sくんも一緒のクラスだ。わぁ、一緒のクラスはこれで7年目だよ」とあっけらかんと驚いている。 「ホントだねぇ、よっぽど縁があるんだねぇ。」とその場では私も気にも止めずにいたけれど、後からSくんのお母さんに会った時に「うちの子は、アユちゃんと一緒のクラスにしてもらえるんじゃないかなと思ってたわ。」といわれて、初めて「あ、そうか」と思い至った。 中学生になって、普通学級から障害児学級にうつるSくんに、「仲のいい友だち」としてアユコとAちゃんの名前が小学校の先生から申し合わせがなされていたのだろう。「7年間一緒」は偶然ではなく、もしかしたらずーっと先生方の「作為」の結果だったのかもしれない。 けれども、私もアユコも今回S君母からほのめかされるまで、「いつもおんなじクラス」の偶然を疑いもしなかったし、そこに誰かの「作為」があるなど思いもつかなかった。 親子揃って、そういうことには鼻が利かないということだろう。
結果として、私が幼稚園から中学3年までTちゃんと一緒に過ごした10年間は私にとっては貴重な10年間だった。 大学卒業後、思いがけず私が飛び込んだ職場は知的障害の子ども達が学ぶ養護学校だった。重い知的障害の子や情緒障害でしょっちゅうパニックを起こす自閉症の子達と格闘する日々の中で、私はたびたびTちゃんが仲間はずれにされる理由をいつまでも理解できなかった幼い日の私の鈍感さを思い出した。 あの日の私はいつまでもTちゃんに「障害児」という名札をつける事ができなかった。他人より早く手洗い場に並ぶ事の出来ないTちゃんの要領の悪さと、小動物を苛めたり芽を出したばかりのチューリップを踏みにじったりしても心の痛まないやんちゃ坊主の無神経の違いがなかなか理解できなかった。その鈍感さのお蔭で、私は比較的抵抗無く、知的障害の子達や重い情緒障害を持つ子ども達との生活に飛び込んで行けたのかもしれない。時には「障害」に対する鈍感さは彼らと自分自身との距離を縮める最大の力になることもある。
「Hちゃんが泣いてるときは、アタシもちょっとだけ悲しくなるんよ。」 アプコはまだHちゃんに「みんなと違う子」という名札をつけていない。 「なんでかなぁ。」と首をかしげてHちゃんのそばにたたずんでいるようだ。 「Hちゃんは他の子とどこが違うんだろう。」 その疑問がアプコ自身の中からわきあがってくるまで、私は「障害児」という言葉の意味を教えないで置こうと思う。 いろいろな人の本質を公平に見る目というものは、知識ではなく経験から身につけていくものだと思うからだ。
朝剣道の帰り、汗臭い剣道着のままの息子二人を従えて、お昼前のスーパーをうろつくのが近頃の定番。 シャープペンの芯だの新しい国語のノートだの、時には替えの運動靴など、くだらないものをあれこれ買って、地下の食料品売り場へ流れ込む。 昼ごはんの焼そばを買う。 キャベツだのジャガイモだの普段は重くてうんざりする野菜のまとめ買いをする。 おやつ用の菓子パンやスナック菓子を買い込む。 日に日に消費量の増える牛乳を買う。 近頃では二人の息子達が、レジの済んだかごから買ったものをさっさとレジ袋に詰めてくれて、取り合うようにして重い荷物を持ってくれるので、楽チン、楽チン。 忠実な用心棒を二人引き連れてお買い物する有閑マダムのようで、ちょっと嬉しかったりする。 子どもってたくさん産んでおくモンね。(荷物持ち確保が目的・・・?)
お供の息子達が時々ふらりと姿を消す。 試食販売のウインナーの匂いに惹かれて行ったり、新しく出たカップめんのチェックに行ったり。 これはこれで息子達も結構楽しいらしい。 今日出会ったのは、パンの試食販売。 おじさんが、薄く切ったパンをトースターで軽くあぶり、お客に配って売り込んでいる。このおじさん、セールスに夢中になって、焼いていたトースターのパンを焦がしたり、「ここまで焼いたらあきまへんで。」と言い訳したり、何となく素朴ですっとぼけている。その喋り口が訥々として面白いとオニイがひっかかった。 「ほい、にいちゃん」とばかり貰った試食品を頬張りながら、イヤに熱心におじさんの講釈を拝聴している。 「かあさん、このパン、ごっつううまいで。」 あ〜あ、引っかかっちゃった。 男ってどうしてこんなに試食販売に弱いんだろう。 立ち止まったら買わずに帰れなくなってしまうのは、父さんそっくりだぁ。 「ああいうおじさん、僕、なんか好きやなぁ。」 ええい、ご祝儀だ。 レーズンとくるみの入ったパン、お買い上げ。
オニイの大人を見る目はなかなか渋い。 不器用にパンを売る試食販売のおじさんとか、新任研修で大きな声で指差し確認している若い車掌さんとか、高齢で引退間近の老剣士だとか、そういうい人たちの決してかっこよくはないけれど、その一生懸命さにオニイのアンテナは動く。そういう目立たない人の目立たない一生懸命に心動かされる事が多いようだ。 多分彼自身、自分が誰からも注目を浴びる華やかさや天性の才能でもてはやされる派手なパフォーマンスとは無縁の、静かに長く続く一生懸命を生きていくだろうという事に気づいているからなのだろう。 「15歳にして、この達観はどうよ」とも思うけれど、普通の人々に向ける穏やかで暖かなオニイの視線の確かさは、彼の最大の才能でもあると私は思いたい。
汗臭い防具袋と両手いっぱいの食料品、50円缶ジュースを飲み干す子ども達を詰め込んで、おんぼろトッポで家路に着く。 けっしてかっこよくはないけれど、これはこれで豊かだよなと思ったりする。 子どもらとの買い物は楽しい。
昨日の雨もあがり、すっきりとした青空の下、小学校遠足。 我が家の前を、1・2年、3・4年がぞろぞろと山に向かって歩いていった。玄関の所に立って、手を振って見送っていたら、アプコ恥ずかしそうにニコニコしながらわざと他所をむいて通り過ぎようとする。 面白いので、「アプコ!いってらっしゃい!」と声をかけたら、照れ隠しでへらへら笑っている。 可愛い。
午後から、5年生の宿泊学習の説明会と久しぶりの和太鼓の稽古。 今年、ひょんなことから和太鼓の連絡係を引き受けていて、20人あまりの参加者と指導のT先生(アユコの5・6年の担任だったT先生)のあいだの練習日程などの連絡をメールで行っている 昨晩は、和太鼓の参加者の大部分が5年生の保護者で和太鼓の稽古に最初から参加することが出来ないということが分かって、その調整に和太鼓連絡網がフル回転だった。 結局T先生が「少人数になってもOK」と言ってくださって、5年生組は後から遅れて合流する事で収まった。
体育館で5台の和太鼓の準備だけを手伝っておいて、説明会へ。 ゲンたち5年生は、来月、淡路へ一泊二日の宿泊学習に出かける。二日間の行程やとうじつの持ち物などの説明を受け、メモを取る。 「地引網の実習では、海に入るわけではないんですが、大概一人や二人、勝手に水に入ってしまってびしょぬれになる子が出ます」と説明の先生が愉快そうに笑う。 「それって、ウチのゲンに違いない!」ととなりのお母さんとクスクス笑う。濡れるはずのないところで、知らぬ間におパンツまでびしょぬれになってくるのは幼い頃からのゲンの「お約束」だ。 いっぱい着替えを持たせておくことにしよう。
そのうち、説明会の部屋の窓から、体育館の和太鼓の音が流れ込んできて、「うわぁ、私も太鼓叩きたい!」とついついそわそわ。周りを見回すと、同じく太鼓のメンバーのお母さんと目が合って、「早く行きたいね」の目配せ。 6時間目の授業の最中に早く部活に行きたくてそわそわしてる中学生みたいで楽しい。何十年ぶりかに、学生の頃のなんだか分からないあの嬉しいそわそわ感が急に思い出されて、懐かしい気がした。
急いで合流した体育館。 心配していたよりずっと人数も集まっていて、既に新しいリズムを一通り教えていただいた後の模様。 遅刻組が交代してもらって、最初から稽古を始める。 和太鼓を叩かせてもらうのは実に半年振り。 腕に、腹に、ずし〜んと伝わる太鼓の響が心地よい。 新しく習った打ち方は微妙に難しくて、複雑なパズルを解くように頭の中で忙しくカウントしながら音を出す。 「脳の中の普段使っていない部分をフル回転させてるみたいで、頭から煙でそうだわ。」 と仲間と笑う。 その緊張感もまた、皆で太鼓を叩く事の楽しみの一つだ。 ボケ防止?ストレス発散?運動不足解消? なんとでも言ってください(笑)
明日は、先週の雨で延期になった小学校の遠足。 今、外ではザーザー雨が降っているけれど、天気予報によれば明日は晴れるらしいので、ゲンもアプコもすっかりその気になって遠足の用意を再点検している。 遠足といっても、行き先は小学校近隣の山のハイキングコース。春の遠足の定番コースで、アプコに至っては一旦学校に集合してから、再び自宅の前を通過して山へ入る。帰りは多分アプコだけ、途中下車でウチへ帰らせてもらうことになるのだろう。
雨のため一週間お預けとなっていた遠足のおやつ。 そんなにひねくり回していたら、減っちゃうよというくらい何度も出したり入れたり、充分に楽しませてもらった。 高学年も低学年もおやつは一律150円。わざわざ、遠くの駄菓子屋まで遠征して選び抜いた駄菓子の数々。 ちまちまとゼリーやらガムやら小さなお菓子を念入りに選ぶアプコに対して ゲンは去年に続いて、制限額の全てをはたいて「うまい棒」15本という破天荒なチョイスに得意満面。「皆がどんな反応するか、それが楽しみなんだ。」と今からワクワクドキドキしている。 「きっと喉が渇くから、やめなよ。」という外野の声にも関わらず、去年は、自分の買って来た「うまい棒」を友だちのほかのお菓子とトレードしたり、違う味のをミックスして食べたり、結構楽しんで帰ってきたらしい。 「今年も絶対、うまい棒15本!」 ゲンの決意は堅かったようである。
「あのな、T先生にな、うまい棒のクイズ、出してん。」 とゲンが嬉しいそうに教えてくれた。 「T先生がな、うまい棒15種類全部いえたら、僕のうまい棒一本上げることになってんねん。だいぶ、ヒント言うたからな、あと二つになってんけど、先生、分かるかな?」 とまた自分の15本を広げて、数えて見せる。 さすが、T先生、子どもに調子、合わせるのが上手だなぁ。 数日後には、班ノートで「15本、ムキになって調べて書けたんだけど、今度は15秒間で言えといわれてショゲてます。」と先生のコメントがかえってきて、大笑い。 なんだかゲンもT先生もたのしそうだなぁ。 こんな風に、子どもの「くだらないけど譲れない」こだわりに、笑って付き合ってくださるT先生のおおらかさがなんとも嬉しい。
先日、バーベキュー大会に初参加してくれたUくんのこと。 Uくんはロッジにいる間中、いつもよりずっとハイテンションで大人たちやオニイやアユコとお喋りをしていて、「ここへ来てよかったよ、楽しいよ」と何度も何度も言ってくれた。 家族の事や塾のこと、学校の友だちのことなんかも初対面の大人にいろいろ話してくれて、その幼い口調にも関わらず、ずいぶんいろんな複雑なことを考えているのだなぁと感心させられた。 と同時に、この子は、家族以外の大人たちに激しくアピールして、受け入れてもらいたいものをたくさん持っている子だなぁという感じを持った。 U君母の弁によると、低学年の頃からU君は周囲の大人から「ちょっと変わった子」という感じの受け止められ方をしていて、自分の話をちゃんと聞いてくれる大人に恵まれていないという。 だから、Uくんの話を面白がって聞いているバーベキュー仲間の中が居心地がよかったのだろう。 子どもたちは自分が面白いと思っていること、イヤだなと思っていること等を周りの大人に理解されたがっている。誰かに共感してもらう事で、相手を信頼できる人、一緒にいて楽しい人と認知していくのだと思う。 そういう意味では、ゲンの「うまい棒15本」という馬鹿馬鹿しいこだわりに、面白がって加わっていただけるT先生の存在は、ゲンにとってはとてもとてもありがたいことなのだなぁと改めて思う。 近頃、ゲンの表情がとっても明るく、なんだか何もかもが楽しくてたまらないという感じなのは、きっと自分を理解してくれる楽しい大人や友だちに恵まれていると感じているからだろう。
ところでゲンの言う「うまい棒」15種類。 調べてみたら、現在は下記の通り。
とんかつソース味・サラミ味・チーズ味・テリヤキバーガー味・コーンポタージュ味・やさいサラダ味・めんたい味・キャラメル味・たこ焼き味・ココア味・チキンカレー味・かばやき味・エビマヨネーズ味・チョコレート味・なっとう味
「うまい棒」の安っぽい味は嫌いだけれど、こういう馬鹿馬鹿しい商品展開へのこだわり方はなんとなく好き。どんな人が新しい味の開発をしているんだろうといつも思う。もしかしたら、子どもの好みを子どもの目線で観察できる、遊び心溢れるおバカな大人なのかもしれない。
昨夜のバーベキューの名残を振り切って、朝からオニイとゲンの剣道の試合。ゲンは小学校高学年の部で個人戦と団体戦に、オニイは中学生の部で個人戦に出る。 送迎応援要員の母は、昨夜のお疲れでねむねむモード。試合前の長〜いご挨拶や合同の素振りの間、道場の人ごみにまぎれてコックリコックリ居眠りをする始末。 立ったまま、居眠りするなんて、ほんとに久しぶり。
ゲン個人戦。 一回戦、辛勝。 2回戦、小手を一本とって、引き分けたままずいぶん長いこと粘っていたが、最後は面をとられて惜敗。 試合が終わってもしばらく口を利かず、一人離れたところで面をはずして、汗を拭く振りをしながら面タオルでごしごしと涙をぬぐってるゲン。 よほど悔しかったらしい。 ようやく顔を洗って戻ってきたと思ったら、同じ道場の友達が2回戦を勝ち抜けたところに出くわして、悔しさ再燃、またどこかへ姿を消してしまった。 ぐいと歯を食いしばり眉根を寄せて涙をこらえるゲンの後姿は、なんとも少年らしくていい。 横でSくんのおかあさんが「みてるだけでこっちまで胸がきゅんとなっちゃうね。」と言ってくれたけれど、ほんとにそんな感じ。
オニイ、個人戦。 一回戦。前回の試合のとき、格違いの偉丈夫に初戦であっけなく敗れたオニイ、今回は体格的にもそれほど遜色のない相手に危なげなく一勝。 二回戦で、かなり競り合って健闘したが、惜しくも敗れた。 体も小さく、こつこつまじめに稽古に通っている割には飛躍的に強くなるという経験のないオニイだが、体つきも技も、そしてちょっとハスキーな掛け声もすっかり男らしい大人びた成長振りが見える。勝ち負けは別として、ずいぶんうまくなってきたなぁと感じる。傍らで見ていたゲンが、「お兄ちゃんカッコええな。」と普段使わないほめ言葉を漏らした。 接戦の末敗れて帰ってきて、「勝てない相手じゃなかったんだけどな。」とさばさばと面をとり、汗だくの髪をもしゃもしゃかきあげる仕草はいかにも「男だな」という感じ。
ゲン、団体戦。 ゲンは4〜6年の5人の混成チームの中堅(3番目)で戦う。 発表された相手チームのメンバーを見てみると、ゲンの相手は奇しくも個人戦の2回戦で敗れた同じ人。 「勝てないかも・・・」と弱気になるゲンに、「団体戦なんだから、ほかのみんなのためにも絶対勝とうという気でいなければ・・・」と叱咤激励。 先鋒次峰が一敗一分けで、ゲンの出番。ゲンの悔し紛れの勢いあふれる健闘で何とかチーム初白星。 副将のS君は、なかなか決まらず引き分け。 大将のY君は、個人戦上位入賞の女の子剣士に歯が立たず、敗れる。 結果、一勝2敗2引き分けで一回戦、敗退となった。
試合終了後、大将のY君が激しく嗚咽している。その横で、チーム唯一の白星をあげたゲンまでがふたたびごしごしと涙をぬぐっている。 美しいチームの友情に周りのおかあさんたちと感動してみていたら、どうやらYくんは「女の子に負けたのが悔しい」と泣いていたらしい。 そして、ゲンもまた、宿敵相手に念願の一勝を得た嬉し涙でもなく、チームの敗北が悔し涙でもなく、「試合中に腕の内側を思いっきり打たれてめちゃめちゃ痛かってん」という。 なんだい、なんだい。 感動の名シーンかと思ったら、涙の真相はそんなモンですか。 それとも二人とも照れ隠しのいいわけだったのかなぁ。
あとで、道場のI先生が、泣いている二人に挟まれて、一人さばさばしらけた顔をしていたSくんに、「ゲンがあれだけがんばって一勝してくれたんだから、『俺も一本決めてやる』くらいの勢いでかかっていかなくてどうする!ましてや相手の大将はなかなか勝てる相手じゃないんやから、チームの勝敗は副将のお前のがんばりにかかってたんやぞ」とお説教をしていた。 確かにS君の相手は、勝てない相手ではなかったし、その戦いぶりにもなんとなく覇気がないように見えた。 でも、今、派手に涙をぬぐっているゲンもYくんも、決してチーム全体の負けの悔しさだけで泣いているわけじゃなさそうですから。 残念!
帰り際、久しぶりにお会いした老剣士K先生に二人とも 「なかなかうまくなったなぁ」とお褒めの言葉をいただいたらしい。 何とかかんとか「出席率だけが取り柄」でがんばってきた我が家の二剣士のとりあえずは善戦振りがうれしい。 帰りに、恒例のソフトクリームとたこ焼きを振舞う。 ま、お疲れさんということで。
毎年恒例のバーベキュー大会。 近所のレクリエーション施設のロッジを借りて、家族がそれぞれに知り合いや友だちを招いて集う。 今年の参加者は、私の結婚前の同僚のHさん家族。近所の友人のM君親子、Wくん兄弟、Uくん親子。そしてアユコの友だちのAちゃん。父さんの友だちのOさん。大人6名、子ども14名。 今年は昨年のメンバーに新人のU君親子とWくん兄弟を迎えた。
U君はゲンの同級生。去年ゲンとは同じクラスで、いじめ問題やら何やら一緒に戦ってきた友達だ。今年のクラス替えでべつのクラスになって、「なんだかUちゃん、落ち込んでるみたい」とゲンがしきりに気にしていたのだけれど、思い切ってお誘いしてみたら喜んで来てくれることになって嬉しい嬉しい。 U君母もまた私の昨年度のPTA仲間。子育ての悩みや学校の事など、カラッと楽しく笑い飛ばせる気持ちのいいお母さん友だちだ。
我が家の子ども達に早めにやってきた子ども達を加えて、バーベキューの下準備。 野菜を切ったり、飲み物を準備したり。以前に比べると子供たちだけに任せておける仕事の範囲がずいぶん増えて、楽チンになった。 「アユコ、ポトフのお鍋に水を汲んできてね。アプコ、ジャガイモの皮をむいていいよ。ゲンはUちゃんといっしょにベーコンを切ってね。」 ひまな手を遊ばせて置かない人使いの荒い母を見て、U君母が呟いた。 「子ども達を動かすのがうまいなぁ。」 ・・・って、それはお褒めの言葉らしい。 日頃から「そのためにたくさん子どもを産んだのよ」と手を抜けそうな家事は片っ端から子ども達に割り振ってきたずぼら母。口先一つでおだてて子どもを働かせるのはお手の物だ。 「アタシは結婚前、養護学校の先生だからね。子ども達に自分で出来る仕事を見つけて割り振るのは、その頃に身についちゃった習慣かもね。」 といったら、 「じゃ、私は駄目だな。元看護婦だから。何でもやってあげるのが商売だものね。」 とU君母が笑う。 「そうだねぇ。患者さんに『これ、やっといて』とは言えないモンねぇ」 と納得、納得。 日々の家事を一人でこまめに切り盛りし、子ども達の健康状態や心の動きをきめ細かく見守るU君母のしっかりした主婦ぶりは、看護士さんたちのきびきびと無駄のない、しかも気配り溢れるお仕事振りに通じるものがある。 若い頃の職業経験って、結構自分ちの子育ての中にも余韻を残すものなんだな。
ホントは、初対面の子ども達と遊んだり、家族と離れて宿泊したり、そういうことが好きじゃないんじゃないかなと心配していたUくんが、何度も何度も「おばちゃん、楽しかったよ。来てよかった。」と笑顔で帰っていった。 何より何より。 山のような洗い物をやっつけながら、じわじわと嬉しくなった。
ゲンは、飛ぶものが好きだ。 紙飛行機もグライダーもペーパープレーンもペットボトルロケットも。 そして、ヘリウム風船も。
家族でデパートへ行った。 休日のデパートには人がいっぱい。 画廊で父さんの所用を済ませた後、画材コーナーに立ち寄り、女の子達の洋服をウィンドショッピングし、おもちゃ売り場をうろつき、地下の食料品売り場でテイクアウトの昼食を物色する。 田舎者の我が家の常で、じきに誰かが人ごみに酔って「頭痛〜い」「かえりた〜い」と言い出すに決まっている。ちゃっちゃと用事を済ませて早々に車にもどりたいところだ。
「おかあさん、アレ。」 とアプコが母の服のすそを引っ張って指差したのは、よその子ども達が持っているデパートのロゴの入った赤い風船。GW商戦のサービスでどこかで配っているのだろう。 「あ、ホントだ、アプコもどこかでもらえるといいね。」と適当にあしらっていたら、今度は店員のおじさんが色とりどりの風船をたくさん持って、アプコの前を通り過ぎた。 「ねぇねぇ。アプコ、風船、欲しそうだよ。」 飛びつくように訴えてきたのはゲン。なんだかとっても嬉しそうだ。 「ホントに欲しいのはアプコなの?それとも、ゲンなの?」 という母の意地悪い質問は聞こえなかった振り。 「じゃ、ゲン、アプコに貰ってきてやってよ」 と頼んだら、アプコの手を取ってピューッと風船を持った店員さんを追っかけていってしまった。 傍らで見ていると、まずはお兄さんぶってアプコを前に押しやりながら、自分もちゃっかり青い風船を選んで手にしている。 5年生のゲン、さすがに幼い妹を盾にしないと、「風船ちょうだい!」がいえないテレもある。
何故だか急に面倒見がよくなったゲン兄ちゃんが、自分の分と称して余分の風船を貰ってくれたと思い込んでいるアプコ。 「二つとも持たせて」とゲンにせがむ。 「これは僕の・・・」と言えないゲンのちょっと困った顔。 「アプコ、それはゲンのだよ。ゲンが貰ってきたんだから・・・」 と横から助け舟を出す。 何やら不満ありげなアプコをよそに、ゲンがニタニタ笑いながら、照れくさそうに自分の分の風船を私に見せた。
いいよいいよ、ゲン。 ちょっと大きくなったって、風船くらい欲しがってもいいんだよ。 そんなに恥ずかしがる事はない。 ふわふわ浮かぶ風船を見ると、ワクワクしてたまらなく欲しくなる。 君のそういうところが母はたまらなく好きなんだ。
昨年、夏祭りでアプコのためにアユコが掬ってきた5匹の金魚。最初に水槽に話したときには本当に頼りない小さな金魚だったのに、たった半年あまりのあいだにみるみる成長し、アプコが幼稚園友だちのKちゃんから譲り受けた小さな水槽から飛び出さんばかりの勢いである。当然食欲も旺盛で、誰かが水槽のそばに立つと餌が撒かれるのを予測してピシャピシャと水面近くに上がってきたりする。名前を呼ぶと尻尾を振って飛んでくる子犬のようなもので、結構面白い。 近頃では本来の飼い主であるアプコにかわって、ふと見るとオニイがパラパラと小瓶に入った金魚のエサを撒いて水槽を覗き込んでいることが増えた。
「なんだかなぁ、オニイ。金魚にエサを撒いてやって妙に癒されてる中学生って、リストラで窓際に追いやられたしょぼくれたオジサンみたいだねぇ。」 と笑う。 「あはは、そうかもね。実際、何となく癒される気分になるよな、これ。」 と、オニイも笑う。 「ああ、金魚っていいよな、一日中ふらふら、泳いでいるだけでな〜んも考えてなさそうだよね。僕も、今度生まれ変わるときには金魚になろうかな。」 あのね、若者。なんだい、その覇気のない願望は! これから限りない可能性に向かって、邁進してしていこうという時に、君の夢は「金魚に生まれ変わりたい」かい? 別に「ノーベル賞を貰える人になりたい」とか、「総理大臣になりたい」とかそういうことを言えって言ってるわけではない。 でもなぁ、同じ魚類に生まれ変わるなら、サメとか鯨とかもうちょっとこう勢いのあるデッカイ物になりたいとか、言えませんか。 ・・・と、ツッコンだら、 「かあさん、鯨は哺乳類だ、魚じゃない」 と、トドメを挿されてしまった。 母、撃沈。
そんな風にオニイの癒しのために与えすぎたエサのせいか、はたまた世間の気温が上がって急激に汚れ始めた水槽の掃除を「また明日ね。」と一日伸ばしにしていた怠慢のせいか、ある朝突然4匹のうちの一匹が死んだ。 前の晩、ぷかぷかと斜めになって泳いでいたかと思ったら翌朝には水面に腹を見せて浮かんでいる。 「あ〜あ、死んじゃったよ。」 アプコが掬い上げて、庭の隅に埋める。 「また、いっぱい金魚アリが増えちゃうよ。」 アプコは、昨年の夏に死んだ金魚の銀ちゃんのことをまだ覚えているらしい。 「金魚の銀ちゃんの死骸をアリさんが食べたら、新しい銀ちゃんアリが生まれてくるよ」 と食物連鎖の運命をあどけないファンタジーとして理解していた昨夏のアプコが、「また、いっぱいアリが発生したら難儀やね。」というようなおばさん発想で金魚の死を憂えるようになったのは、果たして成長といえるのだろうか。
追い立てられるように水槽の水かえをしたら、それまで死んだ金魚と同じようにアップアップと水面近くで弱っていた他の4匹の金魚たちもあっという間に元気になった。 心なしか赤い色がさめたようになっていた一番大きい金魚も、半日立つと赤い色がほぼ元に戻った。酸素不足で衰弱して色が悪くなっていたのだろう。 「金魚にも『顔色が悪い』ってのがあるんだね。」 といったら、母よ、それは違うと、オニイからふたたび醒めたツッコミ。 相済みません、母が馬鹿でした。
生き残った金魚は、一番大きいメスの金魚と3匹のオスの金魚。 きれいな水に慣れると、翌朝にはもう水面を激しくビシャビシャ鳴らして、交尾のためのおっかけっこが始まった。この春、もう何度目の交尾行動だろう。 つい昨日、一家揃って危篤状態で息も絶え絶えになっていたというのに、全く現金なヤツラである。 三匹のオスが互いを牽制しながら激しくデットヒートして、メスの尻尾を追う。まさに逆ハーレム状態。 思えば、前日死んでしまった金魚もオス。4対1の嫁とりバトルに敗れた後の過労死だったのかもしれない。 それほど、コイツらの繁殖行動は激しい。
「元気になってよかったね」と単純に喜ぶアプコの傍らで 「紅一点というのも、なかなかつらいもんだねぇ。オスはホントに大変だ。それにしてもちょっと激しすぎるよね。」 とオニイだけに囁く。 兄弟の中で、唯一その「激しい」と言う言葉の二つ目の意味をおぼろげながら理解しつつある思春期のオニイ。ちょっと恥らってへらへら笑う。 「見てみ、オニイ。外から見ると『癒し系』の金魚の世界にも、いろいろストレスはありそうだよ。」 人間様の世界でも、昨今は適齢期なのになかなか伴侶を見つけられない非婚世代が増えている。女性よりも男性の方が理想の配偶者探しには困難を伴うのだという。 「オニイ、アンタも今からしっかり男を磨いて、かわいい彼女をゲットしてね。並み居るライバル押しのけてね。金魚なんかで癒されてないでサ。」 そちらのほうにはトンと興味のない清純派のオニイに、母の反撃。 「はいはい、判ってますよ。」 今度はオニイがあっさりと白旗を揚げて退散していく。 今年、オニイは受験生。 癒されてばかりもいられないのである。
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