月の輪通信 日々の想い
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2005年02月26日(土) 飛行熱

ゲンは、小さいときから飛ぶものが好きだ。
紙飛行機、グライダー、凧、ヘリウム風船・・・。
それぞれ、爆発的に熱中する周期があって、ある日突然厚手のボール紙を欲しがったり、竹ひごの削りカスが机の周りに散らかり始めたりするとゲンの熱中期の始まりである。
ここ数週間は、ボール紙で作ったY字型のブーメラン。
少し前まで細長いボール紙を3枚継ぎ合わせた原始的なブーメランに熱中していたかと思うと、いつの間にかネットで滑らかな流線型のY字型のブーメランの型紙を見つけ出して来た。さっそく父さんに頼み込んで3倍コピーしてもらい、母秘蔵の特上の厚紙をねだり、写し取って最新型のブーメランを拵える。こういうときのゲンの企画力、交渉力、実践力には眼を見張るものがある。
舌なめずりでもするように、熱心にカッターを使い、滑らかな曲線を抜き出すためにぐっと息を飲むように集中する様は頑固な職人の顔。微妙なソリをつけるために切り抜いたブーメランを眼の高さに持って、真剣に見つめる瞳は研究者の眼差し。
男の子って言う奴は、こういう顔をしているときが一番面白いなぁと思ったりする。

男の子と言うのは、総じて「飛ぶもの」が好きである。
実家の父は、細い竹ひごをあぶって曲げ、翼に薄紙を張るグライダーを作るのが上手だった。
義父も、その昔ペーパークラフトのキットをたくさん隠し持っていて、まだ幼い孫達にはちょっと高度すぎるペーパープレーンをいくつも飛ばして見せてくださった事もある。
新婚時代の父さんは、なぜか結婚祝いにもらったと言う大型のラジコンヘリの操縦に夢中になったことがあって、何度も何度も着陸に失敗しては高価なプロペラ部品を破損して買い替えに走ったものだった。
苦心して出来上がった飛行機の初飛行を披露する前の得意げな笑顔は、ただただ血筋のせいばかりでなく、男と言う生き物に共通の遺伝子の存在を思わせるほどよく似ている。

「おかあさん、ちょっと広いところで飛ばしてくるわ。」
ゲンが出来上がったブーメランを手にいそいそと出かけていく。
家の周りの道路では、飛ばしたブーメランがすぐに雑木の茂みに紛れ込んだり、水路に落ちてオシャカになったりするからだ。
「はいはい、気ぃつけてね。遅くならないように帰っておいで。」
大丈夫、今日のゲンはきっとすぐに帰ってくる。

私は正直な所、男達の飛行熱がちょっと苦手である。
苦心して作り上げた飛行機が、ビュンと手を離れた瞬間、戻ってこないのではないかと不安になるからだ。
彼らの作った飛行機は美しい滑空を何度か見せた末には大概、高い木のこずえに引っかかったり、池に落ちたり、他人様の家の納屋の屋根に落ちたりして、2度と彼らの手に戻ってこなくなる。でなければ、苦心してバランスをとった翼は折れ曲がり機体が曲がって、修復不可能なまでに破壊されて彼らの前に横たわる。
シュンと凹んだ男達は、首をうな垂れ、もう自分の手の中にはない愛機の最後の滑空の雄姿を思い返し、ため息をつき、そしてたいてい不機嫌になる。

果たして、ゲンも予想通り、ほんの数十分で帰ってきた。
公園で飛ばしたブーメランは、ほんの数回飛ばしただけで大きな楠木の茂みに紛れ込んで見えなくなってしまったのだと言う。
「せっかくうまく出来ていたのに・・・。色もめちゃくちゃ綺麗に塗ってあったのに・・・」
と出かけていったときの意気揚々はペシャンコになって、いつまでもウジウジと見失った愛機の素晴らしさを語る。
「厚紙も型紙もまだあるんだから、もう一回作ればいいじゃん。」
と慰めたところで、ゲンの切ない喪失感を救うことは出来ない。
「これだから、飛ぶものは苦手なんだよ」と母は思う。
男って奴は、ほんとに懲りないおばかな生き物だ。


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