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2002年03月27日(水) 夫婦って…… ●秘事(河野多恵子)

 帰京して、日記を書くのも久しぶり。

 「秘事」を再読した。最初に読んだのは1年前くらいだったろうか? 時間がたつと印象がわずかに違う。あの時は、自分の恋情を支えに読んだ。今回思うのは、夫婦という小さな社会、夫婦という他人が作る新しい血縁のこと。やはり、両親と過ごす時間の中で読んだからか。

 主人公夫婦の次男が、自分の結婚式の日に両親に告げる。
「おふたりは僕の最も大好きなご夫婦なんですよ」

 わたしも同じ言葉を自分の両親に告げることができるだろう。両親はわたしの理想とする夫婦だ。理想を掲げすぎると、実現に障りがあるのか、自身はなかなか結婚できない。

 「秘事」を読むと、結婚をしないことが人生における大きな損失のように思えてしまう。
 生きるということや人生の時間を満たすことの、ささやかにして十分な美しさを描くのに、たまたま夫婦という枠を使っているだけのこと。そう思っても、なお「夫婦」というものに魅かれてしまうのは、ここに描かれる夫婦があまりにわたしの理想に近いからなのかしら。

 それにしても、時間軸があちこちに動き、視点もあの人にこの人に移るのに、読み終えたとき、読者であるわたしはしっかりと彼らの人生を把握している。その緻密な描写力に、改めて驚く。


 帰省前に初桜を見たと思ったら、もう東京では満開を過ぎてしまった。ここ2日の雨で、散歩道は濡れた花びらに敷き詰められた。
 悲しくも美しい風情があった。


2002年03月13日(水) 初桜 ●小説新潮3月号

●医者にもらった薬はまったく効かず、何か見当違いなものを服用している気になって、市販の薬に切り替える。がぜん調子がよくなってくる。はてどういうことだ。これなら明日くらいには実家に戻れそう。

●小説を読んでくれた友人から電話がかかってくる。「ここを書きたかった」という芯は十分に心が動くけれど、その確信に持っていくまでの技量が不足しているとの辛辣な意見。4、5日クールダウンしたので、さて手を入れ直そうかと腰が少しあがる。ちょっとした興奮を冷ますために、常より長く公園を歩く。梅は散り、こぶしが旺盛な生命力で咲き誇る。暖かさにだまされた桜が一本。初桜。曇り空の中でみる木に咲く花たちは、あわあわと優しい。

●文芸誌を買っても、いつも読むのは狙いを定めた2本くらいなのだが、風邪を治す静養期につき時間があり、頭から熟読。たくさんの文章、たくさんの物語、たくさんの……。まとめて読んでいると、自分にとっての読書ってものが曖昧になってくる。決して活字中毒者として読んでいるのではないのだ。決して今の文芸界を知りたいわけではないのだ。
 作品を読むのは、わたしにとってやはり儀式的なものだ。はてしない物語のバチスアンがあかがね色の本の表紙を開けた時のように……。
 本屋だの図書館だので出会う。表紙を開くまで中身はわからない。少しずつ世界に取り込まれる。最後のページをめくる時には、もう誰かと世界を共有している。読む前のわたしと読み終えたわたしの、微差を抱えてしばし過ごす。
 不器用なので、読書にもそんな手順がわたしには必要。がむしゃらに享受して喜べるものでは、決してない。

*HP/Etceteraに「春がきた」をUP


2002年03月11日(月) 治ってくれよ、頼む

 実家に2週間から20日間は暮らす予定になっていたので、相応の荷物を宅急便で送る。あとは本人を新幹線で運べばよかったのだが、その本人の風邪がぶり返してしまった。
 母の喘息は重く、そのアレルゲンを退治すべく家を掃除することも今回の帰省の目的だったのに、風邪を引いていたのでは帰れない。風邪を移されたりしたら即入院と言われているくらい、母の喘息は重いのだ。

 病院に行き、気合いをいれて治すことに。ウイルスに二次感染しているのだろうと診断され、抗生物質をのみ、静養する。

 母は、娘を心待ちにする気持ちと、風邪を持ち込まれては困るという気持ちの間で、辛そうな様子。わたしは、「退散してくれよ、頼む」とウィルス野郎にお願いして過ごす。
 


2002年03月10日(日) 友人と会う ●パイロットの妻(アニータ・シュリーブ)

 二日続けて珍しく友人に会う。

 昨日は33歳の女性と国立近代美術館へ。コーヒー一杯で、長々と、表現することにまつわる話をする。

 今日は同年齢の友人が家を訪ねてくれる。Macを買ったばかりの彼女に、色々と伝授。お茶を飲みながら、会わない間の時間を、わずかながら埋める。トマトソースのスパゲティを作って一緒に食べ、美味しい美味しいと喜んでくれる様に、わたしは感動。自分の部屋で人と食事をすることのないわたしは、その喜びを再確認する。こういうことを日常的に享受できない淋しさも、また。

 明日から、実家のある兵庫県でしばらく暮らす。


2002年03月08日(金) 風邪ひどし。

 情けないことに長いこと風邪を引き続けている。治ったかと思うとまた油断して無理してぶり返して、その繰り返し。まあ、そんな中で、書いていた物語をとりあえず最後まで書き上げる。昨日、一部目のコピーを恋人に渡す。恋人は、仕事の上でも表現の上でもいちばん信頼のおける人だ。

 今日は確定申告に半日費やす。必要な書類を忘れていたりして税務署に二往復。疲れたけど、すっきり。あとは還付金、お待ちしてますって感じ。

 それにしても、ひどい風邪だ。鼻で息ができない。明日、美術館で知り合いと会う約束。わたし彼女の電話番号知らないから、行くしかないな。大丈夫かしらん。ま、寝れば治るか。


2002年03月05日(火) 内言語で見る夢 ●不穏の書、断章(フェルナンド・ペソア)

 ポルトガルの詩人、フェルナンド・ペソアは孤独な環境で育ち、幼い頃から自分の分身たちに囲まれていたと言う。それが、ある日突然創作中に忘我の状態に襲われ、まったく別の人格が憑依したようにして、30篇の詩ができあがった。その架空の詩人はアルベルト・カイエロと名付けられ、詩作上の彼の生涯の師となった。以来彼は、たくさんの架空の詩人たちを産み、なんとその分身たちは勝手に動き出してお互いに交流をもったりする。それぞれが固有な身体的特徴、人格、経歴、思想、作風をもって独立した詩人となり、それぞれに作品を発表し始める。

 思考するというのは、発音しない言語活動だ。心の中で自分と対話し考えを進める「内言語」は、多少の違いがあるが、どんな人の中にもある。ペソアの場合、その言語の発し手が人格を持ち、固有の夢を見、現実に対処していったのかしら? 終生たくさんの人格と共に暮らしたペソアを思い、わたしは想像する。
 この特異なる詩人ペソアに取り憑かれた芸術家は多く、タブッキの小説「フェルナンド・ペソア最後の三日間」では、死を目前にしたペソアを異名の分身詩人たちが訪れる様子を描きだしている。

 一年半ほど前、「不穏の書、断章」を読みペソアを知ってから、時折読み返し、彼の生涯の精神生活を思ったりする。個の世界に埋没することの、深い深い喜びと哀しみを感じたりする。


*HP/Etceteraに「フェルナンド・ペソアのことばから」をUP


2002年03月04日(月) 涙のない女。

 うわあー、たかだか3日くらいさぼっただけなのに、わたしの内ではもう10日ほども過ぎたような感じ。

 目を患っていた。PCに向かって根を詰めすぎたのがいけなかったらしい。もう、画面を見ると目の奥が痛くなってくる。痛いなあと思って目をつぶると、涙を煮詰めたようなものが滲んでくる。目薬をさす。どんどんさす。すると、痛みにかゆみが加わってくる。
 わたし、PCの画面恐怖症になってしまいました。この痛みを覚える前には、とりあえず書いていた物語が「了」に達し、小さな喜びを覚えていたのでした。で、書けない部分を抜かして突き進んできたから、足りない部分をしっくり書いていこうと思っていた矢先のこと。
 考える時は紙を前にして、まとまってからキーボードに向かう。とりあえず、画面に向かって考える時間をなくしたのですが、もう痛みはますばかり。今どうしても必要なこと以外、画面なんて1秒でも見ていたくない状態。

 さて、病院に行って色んな検査をしてもらった。わたしは以前から飛蚊症がけっこうひどく(点とか糸みたいな黒いものが視界にいつもあるのですね)、これは一般的な40歳より老化が進んでおるらしい。まあ、目を酷使する仕事をしてきたから仕方ない。そして、眼圧問題なし。じゃあ、問題は?
 下まぶたにリトマス試験紙みたいなものを貼られて待つこと、10分。先生が言った。
「ああ、涙がないねえ」
 わたしはひどいドライアイになっていたのです。それにしても、涙のない女とは。これで貧血にでもなったらえらいことになってしまう。血も涙もある女で、そりゃあいたいもの。

 わたし、昔から視力がよいのです。久しぶりに検査したら、今も1.5と1.2ある。この出来のよい目で、裸の目で、見てきたものに支えられて今の自分がいると、実感。
 歳をとってくると、当たり前のように思ってきたひとつひとつの自分の器官を、意識して、ありがたく思って、自覚的に大事に暮らしていかなきゃいけないんだろうな、と思う。

 女でも、ひとりもので頑張ってくしかない身。この体ひとつ、大事にしなきゃ。これからが働き盛りだもの。


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