| 2003年03月31日(月) |
小学校2年生(後半) |
3学期に入ってから、一緒に登校するメンバーが変わった。 相手は勿論(笑)女の子だけど、今までのような大人数ではなく、 二人だけになった。 なので‥うちの娘も入れて、赤いランドセル3つの中に黒1つ。 紅一点という言葉はあるけど、yossiの場合はいつも黒一点♪ 一緒に行く事になった女の子内一人は、とてもボーイッシュな子☆ 登校の途中に「おかま〜」とか言われても、その子が庇ってくれるらしい。 私としては、その他力本願がちょっと情けなくもあったけど(笑)
学校では、大好きだった担任の先生が夏休み以降産休を取った為、 違う女の先生が担任になった。 この先生はいつもyossiに気を遣っていた気がする。 「yossiさんは、周りの子と違って大人なので‥」と、よく言われた。 ちょっと他の子と違う息子に、とても気を遣ってくれていたのかもしれない。
クラスの中では、もう「おかま〜」とからかう人はいなくなったけど、 他のクラスの子からは、まだ言われていた。
ある日、数人の子供達から「おかま」などとからかわれた。 その中のメンバーの一人が、パパと同じ会社の人の子供だった。 「集団対一人」という構図が許せなかったので、 パパも思い切って、その同じ会社の人に話しをした。 向こうの親も、そんな自分の息子に腹を立て 「明日必ずyossi君に謝るんだよ!」と指導してくれた。
翌日、帰宅したyossiに「○○君、謝ってきた!?」と聞くと、 「うん☆」という返事だった。
それなのに‥次の日パパが会社で、 「ごめん!うちの息子、謝らなかったみたいだ」と言われた。 不思議に思ったので、またyossiに聞いてみると‥
「だって‥謝らなかったって言ったら、また○○君が怒られるかと思って。 皆の前で謝るなんて、恥ずかしくて出来なかったんだと思うんだ。 でも、もう言ってこなくなったから、心の中では分かってくれてるよ♪」
私達にウソをついてまで、その子を庇ってあげたyossi。 大きく、成長したネ☆
この頃の趣味は‥ず〜っとしていたメモ帳集めもほんの少し薄らぎ、 『BAG=カバン』集めになっていた。 洋服に合わせて持つカバンを変える。 普段はお財布の紐が硬いyossiも、カバンには負けていたかも(笑) それでも、じっくりじっくり考えて買う慎重さ。 (娘は、全く対照的で浪費家:笑) 私が友達に「カバンばかり買って‥」と愚痴ると、 「いいじゃない♪洋服に合わせるのって、おしゃれさんよねぇ〜♪」と 同調され、更にカバン入手に拍車がかかったかも(笑)
この日‥目の前で同じ学校の生徒が事故にあい、亡くなってしまった。
学校からの帰り道、自分より5m程前を歩いていた男子生徒(息子より 1学年上)に、右横からいきなり軽ワゴンが突っ込んできた。 その男の子と一緒に歩いていた同級生二人は、とっさに避けたので 大事にはならなかったけど、その子は左にあった壁と車に挟まれ、 即死状態だった。 運転していたのは、85歳の老人。アクセルとブレーキの 踏み間違いで起こった、あまりに悲し過ぎる事件。
その事故を目の前で見て息子のとった行動は、まず近くの民家に 飛び込み、状況を話し救急車を呼んでもらった。 次に急いで帰宅し、学校に連絡。 後に分かった事だけど、学校に連絡したのは息子だけだったとの事。 そして、その電話のお陰で先生方がすぐに現場に向かう事ができま したと、後日担任に言われた。
学校にも連絡を入れた息子は、ようやく私の勤務先に電話をしてきた。 「ママ〜大変だったよ!すごい事故があったの。あの子、大丈夫かなぁ? 車の下敷きになって、全然動かなかったよ‥。学校にも電話したけど、 先生達場所が分かったかなぁ?」と、色々なことが心配な様子だった。
その子の死亡は、その日の夜のTVニュースで分かった。
数日後、先生から電話があった。 「一緒に歩いていた子は、ショックで話しもできない状態なので、 もし、yossiさんが大丈夫なら、事故状況を警察の人に説明して頂き たいのですが‥」という申し出だった。 私はその時に改めて、息子と事故の子の距離の近さを感じ、 背筋がゾッとした。あと数秒息子が早く歩いていたら‥‥ 息子に先生の話しをそのまま伝えると、「うん。説明できるよ」と 言う返事だった。 先生も、「私も付き添って、少しでもyossiさんに変化が見られた 時には、すぐに中止してもらいますから!」と、息子の気持ちを第一に 心配りをして下さった。
学校の方の、事故目撃者への対応は早かった。 そういうケース専門のカウンセラーを呼んでくれて、 今後の親の注意点等を指導してもらった。 一対一のカウンセリングの時に、私が息子のとった行動を話すと、 「小学校2年生という歳で、とっさに救急車から学校への連絡まで 出来る子供はなかなかいません。 逆に、息子さんはあまりのショックに感情が瞬間麻痺し、あれだけの 事故を目の前で見ても、連絡を優先する行動が取れたのかもしれません。 言うなれば、それだけショックが大きかったという事です。」
それから更に数日が過ぎでも、特に「登校拒否」や「車恐怖症」という カウンセラーが心配していた問題行動も出なかったので、ホッとしていた。 そして休日。いつもの通り、私の車の後ろに乗って買い物に出かけると、 「ママ〜。車がバウンドするのを見ると、足が震えるんだ」と訴えてきた。 事故の瞬間、車がバウンドして被害者にぶつかった時の状況を思い出す らしい。 自分の乗っている車がバウンドしても平気だけど、他の車が段差などで バウンドするのを見ると、震えが起きる。
やはり、目の前で起こった事故のショックの大きさは、計り知れない。
勿論、亡くなられた子供の親御さんの気持ちは想像を絶する。
朝、いつもの変わりない笑顔で「行ってきます」と家を出た我が子が、 その日の夕方帰らぬ人になることなんて‥考えられない。 あまりにも悲しい、悲しすぎる出来事だった。
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