最近シノンは頻繁に声を張り上げている。 「ワユ、てめえ! 後先考えずに突っ込んでんじゃねえよ!」 「だーもう! 剣の心配より先に血ぃ止めろ!」 「おいこら待て! 人の話聞け!!」 ――怒鳴りたくて怒鳴っている訳じゃない、目の離せない仲間が視界に映る範囲でうろちょろしているだけの話だ。 本来こういった問題児は団長なり参謀なりが責任を持って管理するべきだと思うのだが、どいつもこいつもシノンが世話を焼くのをいい事にすっかり丸投げする気らしい。まったく迷惑な話だ。子供のお守りはヨファ一人で十分だというのに。 いっそ一度放置してみようかとも思ったが、そうしたが最後本当に敵陣に突っ込んで帰って来なくなりそうで怖い。 いや、怖いというのは違う気がするが…。 ……。 上手く言えないが、簡単に表すと「それはちょっと惜しい」という感じだろうか。 当のワユはワユで何故か懐いて来るもんだから、周りからはもう仲のいいものだと思われている。別段仲良くなったつもりはないのだが、四六時中側にまとわりつかせていたらそう取られるのも無理はない。 ガトリーには「シノンさん、ああいうのがタイプだったんすか」とか言われた。これは皮肉だ。シノンの好みがもっと大人でセックスアピールの強い女だという事は、ガトリーなら良く知っているはずだから。 …というか、アレは女じゃない。 百歩譲っても女のガキだ。 譲らなかったらただのガキだ。色気も何もあったもんじゃない。 あと何年経ったらどうこうなんて気の長い話は、シノンには興味がない。 「あ、シノンさーん、はっけーん!」 「…うわ!」 …普通に驚いた。 頭の中で色々考えてる奴の顔がいきなり目の前に飛び出して来たらそりゃ驚く。確かに戦場でないからと言って注意力が散漫になるのは戦士として問題だが、さすがに垣根を分けて現れるとは思わなかった。 「……お前な」 「えへへ、やぁっと見付けたよー。探しちゃったっ」 ワユは、いつもの全開笑顔でにぱっと笑ってみせる。 ああもう、とシノンはその髪にあちこち引っ掛かってる葉っぱやら小枝やらを取ってやった。「別に気にしないのに」と当の本人はけろりとしている。 …これだ。このガサツさは、ちょっと本気で何とかしてやらなきゃならないだろう。 折角の長い髪は手入れの割には綺麗なのに、しょっちゅうこんな扱いをされている。 最後の小枝を払い落としたら、するりと髪先が指から落ちた。 「…で? 何の用だよ」 「あのねっ、オスカーさんがジャム作ってくれてねっ! ほらほら、木苺のつぶつぶ!」 「……わかったからパン振り回すなよ」 「すっごい美味しいからおやつに持って来た! はいこれ、シノンさんの!」 「……おー」 まったく、食い意地が張っている。 赤いジャムが塗りたくられたパンを一切れシノンに渡して、ワユはもう一切れにかぶり付く。大口開けて平らげるのに、いちいちはしたないとか説教するのも馬鹿らしい。 仕方なくパンを口に運んで、シノンは溜息を付く。そこらのガキだってもう少し行儀良く食べるだろう。いくらアイクが目標とは言っても、その豪快な食らい方まで真似する事もなかろうに。 半ば呆れて見ていると、「美味しいよねっ!」と笑った。 …その口元に、ジャムがべったり付いている。 「……ったく、ちったぁお上品に食えねえのかよ」 シノンは手を伸ばした。 汚れた顔を指で拭くのはそれこそ行儀が悪いが、そんなものを徹底してもこの野生児には届かない。シノンがジャムを拭う間、ワユは珍しく大人しくしていた。 指が離れる瞬間、「あ」と呟く。 そして、ごく自然にそれを口にくわえた。 「…は?」 人差し指を舐め取られたまま、シノンは一瞬の間を置く。 ワユは器用に舌を動かしてシノンの指先を舐めていた。他意はないのだろう、満足そうな表情が大きな瞳を動かす。 シノンはもう一度息を吐いた。 指についたジャムまで惜しいとは、一体どこまで意地汚いのか。 「……あーもう」 「んう?」 「てーめーえーはーよー…」 「ん? んぅうっ?」 ワユが、言葉にならない声を漏らした。 シノンの指が口内で暴れ始めたのだ。逃れようとする頭をもう片方の手で押さえ、強引に口の中を掻き回す。 シノンの指は人より長いのが秘かな自慢だ。舌を弄び、歯の裏をなぞって上顎を撫でる。 「んんん!? ひ、ひの、ふぁあっ…!」 さすがのワユも、戸惑った声を上げた。 ああ、と思う。戦場ではどれだけの傷を負っても凛として剣を握っているが、日常の顔はこんなにも脆い。 それでいい。 壊れそうなものなんて、初めから粉々に壊しておくに越した事はない。 「んんぅっ! ん、んん、んぁっ」 「――…」 「んんっ…んー、んー!」 …降参、と言いたいようだ。 ぱんぱんと腕を叩かれて、シノンはやっと指を引き抜く。喉の方まで差し入れようとしていたので、息を乱したワユの目にはうっすら涙まで浮かんでいた。 生温い唾液の絡み付く人差し指をぺろりと舐める。 …ちょっと、気が変わった。 「はぁ……ん、んぅっ?」 もう一度、小さな悲鳴。 ワユの吐息が漏れるのを口で塞ぐ。目を閉じる気はないようなので、自然とその瞳を覗き込むような体勢になった。 まさか口付けられるとは思っていなかったのだろう。そりゃそうだ、シノンだってついさっきまでは思ってもいなかった。 何となくそんな気になった。 美食家がたまに珍味も食したくなる、そんな感じだろう。 「ん、ん……ん」 力任せに弄り回されたせいか、ワユの口内は熱かった。 鼻に抜ける匂いが仄かに甘い。それはワユが散々舐めたものか、それともシノンが自分で味わったジャムの残り香なのかわからない。 シノンの舌に抵抗しないのはいい反応だ。しかし拒絶する気がないのなら、その好戦的な目はやめて欲しい。 目を瞑れば負けとでも思っているのだろうか。 まったく、こいつは何でもすぐに勝負にしたがる。 「……お前な」 はあ、と溜息と共に口を離す。 なんで女とキスした後こんな気分にならなきゃいけないのか誰かに問い詰めたい。 …誰に。 まかり間違ってもガトリーじゃないだろう。 「キスする時くらい目ぇ閉じろ。色気ねえな」 「な、なんでっ? だって先に相手から目を逸らしたら負けじゃん!」 「だから勝負じゃねえんだっつの!!」 あまりに予想通りの台詞に脱力する。何も剣を交える訳ではないのに、何故一対一の人間関係が決闘にしかならないのか。 やはりこいつはアレだ、女じゃない。 よってこのやるせない気分を誰かに問うのはムダだと結論付ける。決定。 「…あーもう……いいからよ、どっか行けお前」 「あ、ひどっ! なんでっ?」 「疲れた。ちったぁオレを休ませろ」 「えーっ? 何それー」 ぶつぶつ言うワユに追い払う仕草をして、シノンは睨み付けた。口を尖らせたまま、ワユは不満そうに背を向ける。 それでもしばらく走って行くと、またいつものように他の仲間に笑いかけていた。多少何かあってもすぐに笑う事が出来るのは子供の長所だ。 確かに子供だ。 それ以上でも以下でもない。 「あーあ……甘ったるいもん食わせやがって」 木苺があまり好きではないシノンは、独り言で悪態を付く。 そして自分の手の甲に、まだワユの顔から拭ったジャムが残っているのに気付いた。 「……」 小さく。 甘ぇよ、と呟いた。
…いや、ちゅーぐらいしてもいいんじゃないかなと思って。 ていうか普通相手の指を舐めるって割とエロい展開なのですが、あまりにもワユの色気がなさ過ぎてキスぐらいしないと悲しくなって来ました。くそう。 それにしても頭の中で妄想してる時のシノンは大層なマゾだったのですが、実際書いてみたらなかなかのサドっ気でした。珍しいな。 ……ちなみにご承知でしょうが、私は前作の蒼炎を一切プレイしていないどころか暁さえもラストまで行ってません(現在4部に入ったところ)。何か大いなる誤解や嘘が今回の突然劇場に含まれていたら謝ります。すみません。
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