「チェック」 ことん、とオイフェがビショップを置いた。 「――…」 フィンは、そこで一つ長く息を吐く。 改めて盤面を見つめ、指先で数手ほど駒の動きを戻ってみせ、やや考え込んだ後にやっと、口を開いた。 「…なるほど、そうか。さっきの手が私の失策か」 「正確に言えば、もう少し前だね。こちらは君がそう選択する事を見越して誘導している訳だから」 「――なるほど」 もう一度繰り返して、フィンは嘆息する。くすくすと笑いながら、オイフェは駒を片付け始めた。 シグルド軍がセイレーンに居城を移して数ヶ月が経つ。シグルドの胸中を思えば事態は決して平和ではないのだが、戦場から遠ざけられた分兵士達の殺伐とした雰囲気は薄れていた。 セイレーンの小さな城では訓練場も手狭だ。かと言って出掛ける先もあまりない兵士達は、こうして室内でゲームなどに興じて時間を潰す事も多くなった。 フィンは遊技場と化しているこの小部屋(元々は城主の書斎だったらしいが、シグルドが「皆の気分転換に」と幾つかの遊び道具と共に開放した)で、時折オイフェとこうしてチェスを打っている。 とは言え。 「……これで三勝四分け二十九敗か。本当に敵わないなあ」 「あはは。…何なら、もう少しやる?」 「…冗談。今日はもう降参だよ」 両手を軽く上げて苦笑いする。オイフェは、笑顔のまま楽しそうにそれを見ていた。 何度やってもほとんど勝てない。フィンもこういったゲームがそれほど不得意な自覚はないのだが、何分名軍師の血筋に「盤上の戦争」と称されるチェスで挑むのは無謀なようだ。 流石に先手が圧倒的に有利なはずのこのゲームで、ここまで負けてしまうのは情けない。 「…やれやれ」 参りました、とフィンが言ったところで、先程からちらちらと覗き見していたデューが寄って来た。 「終わったのー? どっちが勝った?」 「オイフェだよ。今日は一度も勝てなかった」 「なっさけねえの」 「そうだね。修行して出直すよ」 フィンは肩を竦める。オイフェはチェス盤を仕舞おうとして、ふとデューに尋ねた。 「デューもやってみる?」 「えー? おいら、ルールとか知らないもん」 「やるなら教えてあげられるけど」 「それよりオイフェ、おいらとカードで勝負しない? 一ゲーム10ゴールドでどう?」 「――デューはイカサマするから嫌だよ」 じろりと睨まれて、デューは舌を出す。その手管に気付くまで、オイフェは何度か小銭を巻き上げられたらしい。 じゃあ私が相手になろうか、と言ったら露骨に嫌な顔をされた。 「やーだよー。フィンだってインチキじゃんかー」 「別に、インチキをした覚えはないけど…」 「インチキじゃなきゃなんであんなに強い手ばっか揃えられるのさー」 「うーん…」 なんでと問われても困る。本当に細工をしている訳ではないのだが、何故かフィンは仕組んだとしか思えないほど見事な引きを良くするのだ。 『緻密に立てた戦略が引き運だけで潰されるのは釈然としない』と、オイフェからの反応も宜しくない。結果、どれだけ負け続けても遊びに誘うのは大抵チェスにしている訳だ。 運にまで責任は取れないのだが、そうと言われては致し方ない。 「ちぇー。誰かカモでも来ないかなー」 小器用にカードをシャッフルしながら、デューは悪びれもせずにそう呟いた。
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