シレジアに冬が来る。 本格的な寒さになる前に、色々と支度をしておかなければならない。フュリーはセイレーンの小さな城で、日々を忙しく働いて送っていた。 シグルド軍にシレジアの冬の厳しさを肌で知る者は多くはあるまい。 (…そうだわ、雪が降り出す前に一度周囲の様子を見に行かないと…) はたと思い付いて厩舎に足を向ける。長旅を共にした愛馬は、故郷に戻ってから随分と落ち着いたように見えた。 天馬にとってもここは安らぐ場所であるのだろう。 「……」 吐いた息がうっすらと白く空気を染めるのに気付く。 冬が来るのだ。 「…さ、お仕事よ。お願いね」 フュリーは愛馬にそう声を掛け、厩舎から外に出した。 シレジアに帰って数ヶ月が過ぎた。王子を連れ戻す任務は完了したのだが、レヴィンはまだ王位について何とも言及していない。 未だ決心がつかないのだろう。フュリーを始め側近はもちろんそれを待つつもりではあるが、その結論がどう下るのかと不安がないと言えば嘘になる。 確かにシレジアは彼を必要としている。けれどレヴィンは、王の位を必要としているのだろうか。 彼に必要なのは、幼い頃から抱かれ続けた風の神の加護だけではないだろうか。 そう、思う事もある。 (でも…) 呟きかけた言葉は、軽やかに刻まれる足音が近付くのに気付いたところで止まった。 代わりに、元気な少女の声がフュリーの耳を叩く。 「あーっ、フュリー! こんなとこにいたんだ!」 「!」 予想外の大声に、フュリーは思わず手にしていた鞍を取り落としそうになってしまった。 慌ててそれを抱き止め、来訪した踊り子を振り返る。 「え、あ、シ、シルヴィア…さん?」 「やぁだ、もう、『さん』だってー。シルヴィでいいってばー」 けらけらと笑い、シルヴィアは屈託なくそう告げた。明るい笑顔にはシレジアの曇天をものともしない力がある。 向日葵のような少女。
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