スペイン最後の夜です。現在マドリッドですが、ずっと北の方にいたので寒いです。ツアーはなにかと面倒だけど、添乗員さんとも話があうし、ガイドさんの話も面白いし、やっぱり海外旅行は楽しいです。すでに心はシスコに飛んでいます。また札幌から成田へ行くことなどを考えると面倒ですけどね〜。 ざっと見ただけですが、マドリッドはバルセロナより好きかもしれません。でも今日の収穫はトレドでした。トレド、素敵だった! それから、プラド美術館もよかったです。フリータイムにゴヤもエルグレコも放ったらかしにして彫刻コーナーに行ったんですが、いつ見てもローマ・ギリシア建築はいい! デュオニソスやヘラクレスの美しさには眼がくらみましたが、一体とてもハンサムな男性のトルソーがありました。プラドはスペイン語オンリーで英語併記がないため、わからないものはさっぱりわからないんですが、バスに戻ってガイドブックを見ると、それがアンティノウスだったことが判明。アンティノウスでよかったっけ……この名前はいつも覚えられません。ハドリアヌス帝の恋人です。奴隷として13歳で皇帝に召抱えられ、20歳でナイルで不慮の事故死を遂げた美青年です。ガイドブックには、彼を寵愛していたハドリアヌスは、女のように泣いた、と言われていると書かれてました。アレクサンドロスとバゴアスと並んで、有名なホモカップルです。 ホモといえばマドリッド(なんか違う)。さっきネットで調べたら明日フリータイムに行く考古学博物館の近くにゲイストリートがあるとわかったので、母をリヤドロの店に預けたら(死)ひとりでちょっと見てきます。ヘテロとゲイのカップルが混在したとても解放的な地区、とのこと。本当は今(夜の23時)行きたいんですけどね〜。母といえばああもう……いや、何も言うまい。旅で苛々するのは毎度のことですが、「年なんだなあ」と思うと悲しくなります。明日のフリータイムも考古学博物館へ行きたいけど、お母さんは興味ないでしょ、どうするの、ときいたら、「興味ないけど、ひとりではどうすることも出来ないから行く」というのです。ああ……いろんな意味で悲しくなる! 年、といえば、今回もひとつラッキーなことがありました。マドリッドの最初の夜、なにげなくテレビをつけたらアメリカのドラマが。3分ほど見てると何かにおうぞ……と思ったら、WaTだった!! しかも日本では放送されてない4、5シーズンかと思われます。まるで導かれるようにチャンネルをあわせた私、萌パワーはすごい。ちなみに、3,4年経ているせいか主人公たちは全体的にちょっぴり顔皺が目立ってた気がします。特にマーティン役のエリック・クロース。充分カッコよかったですけどね。一番年齢を感じさせなかったのはダニー。しかもこのエピソード、ダニーファンの間では少し有名な、プエルトリコで捜査するエピソードでした。とにかくやたらダニーがカッコいい。彼はジャックとふたり、プエルトリコに行くんですが、当然チカーノとしてバリバリスペイン語を話すダニーを堪能できる、らしい。らしい、というのは、私が見たスペイン版はやはりスペイン語吹替えなので、ダニーに限らず他のキャラも皆スペイン語。贔屓目抜きに、マーティンの吹替えはスペイン語より日本語の方に軍配が上がってましたよ! 日本語版のマーティンの色気は、原語もかなわないと思っているのは私だけではないはず。そしてスペインではマーティンはもちろんマルチンなのでした。あーあ、英語で見たかったな〜。旅行に出発する前は、スペイン語といえばオーラしか知らなかった私ですが、10日過ごしてるとボキャブラリも10くらい増えました。それでスペイン語版WaTの台詞が少しだけわかると妙ちくりんな感じがして面白かったです。ポルファボーレ、とかグラシアス、とかいう程度ですが。 ホモつながりでもうひとつ。ロンダの町を歩いていた時、the new worldの横にブロークバックのポスターが貼ってあったので写真に収めてきました。今度、アップします。上からいたずらがされてました。何て書いてるのか、知りたいような知りたくないような。 スペイン旅行は晴天続き! スペインらしい雲ひとつない真っ青な空の下、一足早く初夏の陽気を味わえました。これは本当にラッキーでした。ジブラルタルでは、「40日に一度くらいしか見れない」という地中海を挟んで対岸のモロッコの山並みまでも、きれいに連なって見れました。とても珍しいことで、バスのガイドさんが思わず「今日はよく見えるな!」と口を出すほど。私にとっては初めて眼にしたアフリカの大地でした。絶景かな、絶景かな。いつかモロッコ、エジプト、チュニジアには行きたいと思っています。 ところで国内線の機内に本を一冊忘れてきてしまいました。すごく面白い本だったのに。帰ったらもう一度買いなおさなければなりません。 現在はホテルのロビーでワイヤレスランに繋いでます。この時期、修学旅行の学生?が多くて、ロビーは若いヨーロピアンの男女でいっぱい。さっきコンセントを引っ掛けて抜いていった女の子がいましたが、ちゃんと謝って挿し直して行きました。 おおそうそう、前回書いたIPですが、やはりイラク警察のことでした。警官といえば、今日はスペイン広場で騎馬警官に会いましたが、ブーツといい、ぴっちりしたズボンといい、ハンサムでカッコよかった〜。
現在はマルベージョの4★ホテルの自分の部屋から繋いでいます。ワイヤレスで接続できた! しかし設備が整ってるけどそこは4★ホテル。ちゃっかりとログイン代を接収します。24時間で13ユーロです。 このホテルではケーブルTVも見れるのですが、スペインというお国柄のためか、アルジャジーラをはじめとしてアラビア語のチャンネルが見れます。アラビア語のCMやドラマ、新鮮です。中でも面白かったCMは、少年がIP(警察官?)について語り合っていて、制服姿のIPがテロリストと戦うイメージ映像が流れ、彼らがどれほどカッコよく素晴らしいかを訴え、最後に通りがかるIPに、少年が憧れのまなざしを向けて敬礼する、というもの。面白い。 昨日のフラメンコについて、何よりも最初にお伝えしたいことがあります。昨日撮った写真見てさっき泣いて喜んでいました。単刀直入に言うと、男のダンサーがさ〜直視できないくらい面白くて、どうして皆これを冷静に見てられるのかさっぱり謎でした。私なんて今朝も思い出して笑い転げてたというのに……。左右の人に体揺すって笑ってるのがバレたらまずいと思い、でも見たら爆笑しちゃうから、男が踊ってる時は床を見つめてましたよ。隣の奥さんはセビーリャでもフラメンコ見たらしいんだけど、男が「セビーリャのカッコいい人と全然違う……」と呟いてて、もうそれだけで爆笑。そんでもって、その旦那さんが「顔が……」と呟くのが聞こえたもんだから、また爆笑。ほんと、ダメだってあれは。 異文化交流とか、そんなもん関係ねーよ!「だめだ、もう席を立ってトイレ行こう」とか本気で思った瞬間が二度。 何がそんなにもツボにはまってしまったかというと、日常では絶対お目にかからないであろうその男の、顔。壮絶な、顔。八十万円の高級靴を買って店を出た直後にでかいクソでも踏んずけたのかっていう感じの、顔。その好例をまんまと写真に収めてくることができたので、少しですが、ごらんください。 これが、私にとってのフラメンコの思い出です。 お前のせいで私ん中だけフラメンコの印象全然違うぞ。 アルハンブラ宮殿、よかったです。8ユーロで買った日本語ガイドを読むのが楽しみです。ちらっと中を読んだけど、素晴らしいガイドでした。 今日はミハスでフリータイムがあって歩き回ったのですが、聖セバスチャン教会がさびしく佇んでいたので寄ってきました。聖セバスチャンが木に括られ、矢を受けている聖像がありました。サンフランシスコでは、聖セバスチャンに関係する話を書こうと思っています。 今食事をして戻ってきました。一緒になった老夫婦となかなか会話が弾みました。はっきりとはわからないが、どうやら旦那さんは京都の大学の教授らしい。いろいろと話せて楽しかったです。ちなみに今日のウェイターはハンサムで可愛かったし、親切でした。 スペイン男について。正直、あんまり男は見てません。ただ、あんまり愛想はよくないようです。ガイドさんは、スペイン・マッチョという言葉を使ってましたが、家庭を大事にするから一層?、最近女性が自立したり離婚を望んだりする傾向が強い中、男たちは迷走しているようです。四、五日に一度夫がナイフで妻を殺してるらしい。愛想に関しては、女の子を誘う時も男たちはあんまり笑顔をふりまかない気がします。これがアメリカンなら感じよく挨拶したり笑顔でジョークを言うかなと思うのですが(もちろん、人によるけど)、そう考えるとアメリカンのマッチョ志向はまだまだ可愛いのかもしれません。 明日はけっこう面倒くさいです。最終日はマドリッドで、ゲイストリートでものぞいてくるかな。スペインのゲイ向け観光は成果を上げてるらしいですよ。ヨーロッパ中からマドリッドにゲイが集まってくるとききました。 さっきテレビで「キャプテン翼」スペイン語版が放送されてました。なんかすげーな、と思って母にも教えたら、母は、 母「ああ、ほら、なんだっけ、クレヨン君もこっちで放送してるらしいよ」 私「え? クレヨン君? (まさか)クレヨンしんちゃんのこと?」 母「あ、そうそう」 フラメンコ男といい、クレヨン君といい、強烈なことが続きます。 夜は長いので、寝る前に他に書くことがあったら追記します。
今からアルハンブラ宮殿へ行ってきます。昨日までに撮った写真のお気に入りをアップしておこうと思います。 ワイヤレスでネットできるのは今日までかもしれませんので、次回は帰国報告になるかもしれません。 旅も折り返し地点です。
ネットに接続できないうちにセビーリャも遠ざかり、今はグラナダ、アルハンブラ宮殿近くのホテルに滞在しています。ここはワイヤレスでインターネットができると他のツアー客に教えて貰い、早速挑戦。やっと↓駆け足ぎみのこれまでの日記も更新することができました。 スペインからこんにちは。旅は続き、今はセビリアです。今朝は5時に起床してバルセロナからマドリッドへ。そこからバスでラ・マンチャ地方へ移動し、コンスエグラの有名な風車の景色を見てきました。天気には恵まれてます。ツアーのメンバーも問題児がいるわけでなし、ガイドさんと添乗員さんは素晴らしいです。 いつも海外旅行で出会うガイドさんは素敵だと思うのですが、今回バルセロナ観光に同行してくれた日本人女性のガイドさん、とても素敵な方でした。歴史について少し一緒に話しましたが、27年前に内戦に興味があってスペインに来られたとのこと。滞在中の朝、ETAが停戦宣言したというニュースが紙面を飾っていたようですが、だから今回の一件は私にとっては特別な意味があるんだ、と言っておりました。カタロニアといえばドクター・マチュリン! さすがにフランスとの国境までは行けませんでしたが、カタルーニャの山岳に囲まれたモンサラット寺院はマチュリンファンとしても一見の価値ありでした。スティーブンは熊(じゃなくてジャック)を連れて自分の生家である城を目指しましたが(でももうあんまり覚えてない)、想像していたような森と山とは随分違いました。これはオプショナルツアーで、あまり下調べもせずに時間潰しのために参加したのですが、なんと修道院には「黒い聖母子像」があるというではないか。黒い聖母を前にしてこれはリリトであり、イシスであり、イシュタルなんだ、としみじみ感じ入っていると、ガイドさんが一説には古代の地母神崇拝の名残とも言われている、という説明をしてくれました。十字架や聖人のメダリオンなどを持つ気にはなれませんが、古代の女神崇拝の名残である黒い聖母のものならば、とそこで指輪とネックレスを買いました。いや〜ちょっと感動した! 行き着くべきところに行き着いたって感じがしました。地母神こそが女性の真の護り手であり、リリトこそが抑圧される以前の女性の象徴です。いわゆる、ユダヤーキリスト教によって女性が生き方を厳しく制限される以前の時代に、太陽のように輝き信仰を集めていた女神です。黒い聖母はスペイン以外にも、イタリアやメキシコ、東地中海などにも散見されますが、いずれにしても珍しいものです。バルセロナには海事博物館があり、ガレー船のでかい模型などもあるというのでわずかなフリータイムに頑張って目指したんですが、地下鉄の乗り間違えで19:30に到着してしまい、20時までだったので今から入場料払って入ってもな〜と思い、断念。なにやってんだか! コロンブスがアメリカ指差してるとこじゃなくて、ガラ・ミラ邸んとこで降りちゃったんですよ(もう、わかる人だけわかってくれ)。カタルーニャ駅挟み、どちらも駅二つ目。それで駅名が似てるもんだから! でもバルセロナ歩きは楽しかったです。スリ・ひったくりが多いと言うので、用心して歩かなければなりませんでしたが。 バルセロナではガウディのサグラダファミリアも見学しました。正面の彫刻、見事。キリストの受難を描いたものでしたが、最後の晩餐からユダの裏切り、ペテロの苦悩、鞭打ち、ゴルゴダの丘などのほかに、騎乗のロンギヌスの彫刻なども。 ラ・マンチャ地方の風車の景色の中に実際に立つと、風が強くて吹き飛びそうでした。セルヴァンデスも訪れたという旅籠(現在レストラン)で食事しました。ドン・キホーテの絵が飾られていました。ドン・キホーテの絵はファンだった(画家の名前は忘れた)ので、何か買おうとも思ったんですが、結局やめました。でもドン・キホーテとサンチョが並んでる何かしらのものをマスかくために買うんだった……ってドン・キホーテ×サンチョか……! いっそロシナンテ×サンチョでも。 さきほど面白い出来事が。バスでラ・マンチャ地方の田舎道を走ってたら、陸橋が見えてきました。道路に面した橋桁の上にバイカーらしき? 若い男たちが10人くらい並んでました。そしてバスが通り過ぎる時に、皆で後ろを向いて尻を晒したのです。ありがとう(爆)! いや〜グラシアス、グラシアス、まっことグラシアス。いいもんを見せてもらった。でも彼らはあんなとこで何をしてたんでしょうか。キャンプ用の椅子とかも置いてあった気がしたのですが。 さてもうすぐ叔母さんが待つセビーリャ。 セビーリャは素敵な町でした。沢山写真を取ったので、そのいくつかを紹介します。 いずれも素人くさい写真ではありますが、帰国後また多少画像修正して載せたいと思います。今日はこれから、疲れまくった体に鞭打ってフラメンコを見に行ってきます。本当の目当ては、アルハンブラ宮殿の夜景です。 セビーリャではツアーの市内観光のほか、おばさんおすすめで馬車に乗って町を一周しました。それからオフを利用して郊外のイタリカ見学へ行きました。ローマ時代の遺跡だとは聞いていたのですが、一応パンフレットには「紀元前206年にスキピオによって発掘され、対ハンニバル戦においてローマ軍の補給基地となった」というようなことが書かれてたのですが、本当か!? 日本から持っていった本にはローマの版図が広がったトラヤヌス、ハドリアヌス帝時代に作られた殖民都市、というふうに書いてあった気がします。ハドたんふぁんとして、行っていろいろ妄想しようと楽しみにしていたのですが、スキピオとなるともっと萌える。ここでマシニッサとスキピオが……! ハァハァ! とはいきませんでした。マシニッサとスキピオが友達になるのはカルタゴにおいてだったはず。ハドたんにせよ、スキピオたんにせよ、イタリカ自体は素敵だったので、行ってよかったです。円形競技場は観光客もいなくわびしい感じでしたが、逆にゆっくりと浸れてよかったです。 セビーリャやコルドバ、グラナダに来ると暑いです。今日は33度でした。それでは、そろそろフラメンコの用意します。 今、時間を見つけてBBMのフィクを書いてます。母親の横で何やってんだ。
スペインからこんにちは。無事に到着しました。 ホテルで私のPCをインターネットに接続することができませんでした。英語でこれをタイプして、exciteで日本語に翻訳しています。 また接続します。see you later!
ばかよ……! 私はばか……! 成田に向け出発するまであと4時間を切りましたが、今私が何をしてるかというと、BBMとWaTのスラッシュをひたすらB5用紙に印刷中。1センチほどの分厚い紙束が出来上がりつつある中、おめーなんのためにスペインまでわざわざ行くんだよ! と心の声が鋭いツッコミを繰り出します。本もごっちゃり持ってくしさ〜。まあ、機内や夜の時間潰しには読書とPCいじりが欠かせないのですが。「どうなんだ、お前? 本当にスペインに行きたいのか? え?」とかきかれたら閉口しちゃうな〜。行ったらはしゃぐと思うけども。 今日は大失敗……兄のHDDはデジタル対応で、世に言う「コピー(ダビング)一回ぽっきり」システム採用で迷惑なことこの上なしなのですが、VHSに落とせばいいんだと気がつき、SFUを3時間録画していました。仕事を終えてからゆっくり見よう……デイヴィッドが小悪魔カートと別れてキースとよりを戻すんだ、しめしめとかやってたら、接続ミスで茫漠たる黒画面が3時間分びっちり録画されていることが判明。もう兄は部屋で寝てるし、ショック……! 10日後までお預けだなんて……! かくして私は顔を覆い、泣きながら(うそ)ヤケになってスラッシュをプリントアウトすることになったというわけです。さっき、マーティンがバスルームでダニーをしゃぶった後で、正常位で可愛がられるフィクを読んだので、少し渇きが癒えました。 もうほんと、ダビング失敗で10日間お預けくらったと気づいたときは、「これがジャックをメキシコまで連れてった、渇きというやつね」って感じで愕然としてました。 午前中に見たSFUのエピソードは、デイヴィッドがカートと知り合ってデートを重ね、セックスするやつで、もーー萌えた……!! カートは小悪魔で現代っ子で、bitchなんだけど攻タイプで、あの役者はカートというキャラクタにハマりすぎ。SFUのキャスティングは素晴らしいですけどね。カートが「(大学の学費のために)身体売ればいんだけどさ、怖くてね。ところでさ、君トップ(攻)? ボトム(受)」なんてさらっと言って、戸惑うデイヴィッドが「両方」と言うと、「ああ、ボトム(受)ね。だったらうまくいきそうだよ。そろそろ行く?」と軽くあしらうシーンが、妙にリアルでした。ベッドをギシギシ言わせて、デイヴィッドに「本当だ、両方いけるんだね」と言うシーンとかも、カートってばエロすぎ。でも腸イケすかない。二人でエクスタシーをやってファックするシーンの、汗に濡れる胸毛もセクシーなカートの喘ぎと、下になってるデイヴィッドの色白の肌、ありゃないよ! あのシーン見た全米のゲイたちが悶々として思わず恋人に電話かけたこと間違いなし。でも結局騎乗位なのか正常位なのかわからなかった。カート、セクシー。でもワル! これはその後に再会するキースとの違いを浮き彫りにさせる演出なんですが、こういう雰囲気作りうますぎ。カートとデイヴィッドとの新たな関係を見せることで、キースの再評価に眼を向けさせるんですよ。デイヴにはキースじゃなきゃだめ! ふたりがよりを戻すエピソード、見たかった……。←結局これに戻る。 8話くらいで、まさに渇きを癒そうとゲイバーに行くデイヴィッドなんですが、車の前をゲイのカップルが通りかかって、みせつけるようにディープキスをするんですが、それがすごいエロい……おまけにひとり、シャノンに似てます(笑)。湿った音まで入っちゃって。 昨日貼ったマーティンとダニーたんの壁紙のキャプションを改めて読んで、笑いました。 1)(ダニーの)侮辱的な発言がマーティンを怒らせる 2)ダニーはマーティンを激怒させ続ける 3)マーティンはダニーに、彼がどんなに怒ってるか伝える 4)ダニーは熱くなってるマーティンが好き 5)ダニーのsmirk(ニタニタ笑い)はマーティンを怒らせる……また 6)マーティン「今夜はお預けだからな、ダニー」 7)ダニーは彼の愛人の風向きが変わることを知っている。 これぞ私が理想としているダニー/マーティン! こんだけ言っておいて今日のスパチャンの「WaT連続放送」を見逃すというヘマをやらかし、見逃していた1話を見れなかったんですが、どうやらマーティンは父親がFBIの偉い人か何かで、キャリアが約束されてるエリート捜査官らしいですね。だから最初から他の捜査官との間に溝がある。この設定萌えるよーっ。いずれ昇進してダニーの上司になって、仕事では命令してるのにプライベートでは恋人同士とかだったらと考えると……ばたっ(急死)。 マーティン役のエリック・クロースは二児の父とのことで、ちっと思いましたが(笑)、彼のフェラチオ映像とかあったら5万くらい出すかな(死)。 全然スペイン行く気ねえな、この女。 スペインの歴史をざっと読みましたが、8世紀頃から1492年までのイスラム文化以外は面白いとこがあまりない。あとはローマ時代の遺構くらいでしょうか。レコンキスタもアメリカ大陸発見とピサロの侵略も、宗教戦争時に意地になってカソリックにしがみつくのも、常々私が「どうしょもない」と思ってることばかりだ。エル・シッドにしたって残念な奴としか思えません。ハンニバルに関することは特にないだろうし。ユダヤ人街とセルヴァンデスと、イスラム建築あたりで、何か萌えるものや面白いものを見つけてきたいと思います。 それでは、次回は現地から繋ぎます(ホテルはどこもワイヤレスじゃないのが辛いです)。
シスコへ行くまでに、そして明後日スペインへ行くまでに読まなければならない本が山積みになっている上、どうしてこんな忙しい時期に萌えがこうも怒涛の如く襲ってくるのか! BbMにWatにSFU! そもそも一週間おいてすぐにまた海外旅行へ行くなんて計画自体が詰まりすぎです。 現在の心境としては、WaTとSFUを放ったらかしにしたままでは日本を離れがたいです。BbMはスペインから戻ってから一週間の間にまた観れるのですが、ドラマは見逃すと悔しいですよね。SFUの方は兄がまめに録画してくれてるので、なんとかなりますが、WaTは……。 ダニー/マーティンの壁紙。このシーン大好きです。 そして遂に私は、SFUを兄のDVDデッキで8話まで見たのですが、はまった……。面白い。すごく! BbMの脚本とアニー・プルーの原作に触れて以来、デリケートで押し付けがましくないシナリオの再評価に向っているのですが、シックス・フィート・アンダーはその最たるものです。映画アメリカン・ビューティーはあんまり好きになれなかったんだけど。 葬儀屋を営む、理想的とは言えない家族の物語です。ストレート、ゲイを問わずラブシーンなども何かと赤裸々に描かれてますが(日本版はよくモザイクが入ってる)、仰々しい暴露というよりは自然体のまま曝け出してるという感じで、人の死(葬儀)を巡る本音の姿勢が見てて心地よいです。各キャラクターの性格付けと配置が絶妙です。メインキャラは全員秀逸、もう全員のファン! OZやSex & The City、ソプラノズなどを次々と生み出したHBOのテレビシリーズだけあって、作品としての完成度の高さは他の追随を許しません。OZもなんだけど、この素晴らしさはとても言葉では表わせられないなあ。よくぞこのドラマの企画を立案したと思いましたが、これを受け入れるアメリカの視聴者の「成熟度」には恐れ入ります。 小粋なジョークや皮肉がさらっと描かれていて、しかもそれが連続するわけですが、ふとした瞬間に突然グッときてほろっときちゃいます。 私がかなり笑ったのはデイヴィッドとキース(ゲイのカップル)がTVでOZの第四シーズンを見てるというシーン。テレビの中でケラーがビーチャをあばずれ呼ばわりしていて、それを見てふたりで笑うんですよ。あと、デイヴィッドがゲイのポルノビデオを見てるシーンも最高。その後でネイトがビデオをつけたら「お願いです軍曹殿〜レイプしてください〜っ」とかいう男の声が聞こえて、慌てるデイヴィッド。台詞で笑ったのは、クレアが「映画化するならサンドラ・ブロックかジュリア・ロバーツかな?」と言ったら男の子が「もったいねえよ! バッフィーかドーソンズ・クリークとかの連中で充分だろ」ってやつ! これ最高に笑った。 SFUのオープニングの映像は素晴らしいです〜。ネットでも見れるので こちらをどうぞ。 それで、当然ながらデイヴィッドの可愛らしさにまいってしまったんですが、なんと兄も実は「デイヴィッドしか見てない」と告白を(笑)! 見ながら頭の片隅で、兄はデイヴィッドに感情移入してるんじゃないかな〜と思ってたんですが、やっぱり! 前にSFUを見て、ゲイってものの苦しさとかが、はじめてわかったなどと意味深な発言をしていたが……。 デイヴィッド、ゲイの中には熱烈なファンがいるだろうな〜。キースとのやりとりや、他の男との絡みはすごいドキドキしながら見てます。7:3分けの冴えない髪型(早くも生え際がやばい)にいつも陰気臭いスーツ姿で、融通がきかず、ちょっとしたことですぐに苛々。頭が柔らかくてイージーゴーイングな兄のネイトのせいで、父の跡を継いで葬儀屋にならなければならなかったから、何かにつけコンプレックスまるだし! そんな彼が好感の持てる人間性を垣間見せるシーンが、いつもゲイとして恋人キースに寄り添っている場面だというのが、ひじょうに巧妙な描き方です。仕事を離れてキースといる時のデイヴィッドはすっごくカワイイ。キースと家具を買いに行った時、他の男に色目を使われたのに気づかず、 キース「くそ! あの野郎……お前を誘いやがった。俺と一緒なんだぞ!」 デイヴィッド「嘘だろ? ほんとに? ちゃんと見てなかった……」 キース「がっかりしてんのかよ!」 っていうやりとりがもう〜っ。あと、2話の冒頭で裸のふたりがベッドでエロいことをしてくれるんですけど、その時の寝乱れたデイヴィッド! 普段冴えないからこそあの姿にはぐらっときた〜っ。 ネイトがまだデイヴィッドがゲイだとわかる前に、キースと話をするんですが、 ネイト「(ニヤリとして)で、デイヴィッドはうまいのか?」 キース「(微妙に固まって)……」 ネイト「ほら、ラケットボールだよ。俺と昔やった時はへたくそでひどかったけどな」 キース「ああ、そのプレイか。彼がどんなにうまいか、見たら多分驚くと思うよ」 という会話は笑い転げつつ萌えました。あんな信心深くて真面目でお堅いデイヴィッドが、ベッドでは豹変する姿を見 た い ! ネイトやクレアがデイヴィッドがゲイだと知る場面も面白かった。その後ちょくちょくデイヴィッドをからかうネイトも最高〜。日本語の吹き替えがすごくいいです。 と、語るだけ語りつつも明後日にはスペインに行くので、しばらくSFUもWaTもお預け。BbMはフィクなんかを書いてアップできたらと思います。 ところで、昨夜AXNでジャレッドを見ました。マットと見詰め合って笑ったりして、かわいかった〜っ。ちなみに、その前後はカール映画Doom、コリン映画the new worldの特集で、私の影武者が作ったのか、この番組は! と真剣に疑いました。情報を寄せてくだすったKeithさん、ありがとうございました。 前回のBbMの感想は好評でした(最初のが不評ってこともないけど)。ブログに一部転載してくださるというお申し出も。読んでくださったみなさん、ありがとです〜。
今日はやっと札幌でも解禁になったBBMを二回観てきました。 以前書いた私の感想にちょっとした訂正を加えたいと思います。以下、ラストシーンを含むネタバレです。 ↓ネタバレ↓ 四回目を観てとても感動的だと思ったのはアルマ・ジュニアの存在でした。彼女は父親っ子なんですよね。一般的に言えば不幸な家庭に育ったと言えるかもしれませんが、何かを背負っていてそのことを決して話そうとしない寡黙な父親をとても愛しています。キャシー(ケイシー)と三人で会った時のジュニアは家庭問題を抱えているために浮かない顔をした少し影のある少女でしたが、ラストでは晴れやかな笑顔を見せます。 前回の感想で、私は「ラストではイニスに変化の兆しが現れている」と書きましたが、これは少し楽観的過ぎる解釈だったかもしれません。 イニスは最初から一貫して与えられた仕事を黙々とこなす男でした。アルマや娘たちはそんな父親の実直さ、不器用さを呆れつつも愛していたんだと思います。だからこそ、ジャックが尋ねてきた時、普段は決して起こらない出来事=「イニスが仕事も家庭も放ったらかしにして急遽ジャック・ツイストとキャンプに行ってしまう」が起きて、アルマはショックを受けます。 ところがラストでも、イニスは娘のジュニアが結婚すると知って、仕事を休むことにします。これはどういうことなのか。 イニスはこの時、愛する娘から結婚話を聞かされて、「そのカートって奴は、お前のことを愛してるのか」と尋ねます。ジュニアは心底幸せそうな笑顔で、「ええ、彼は私を愛してるわ」とこたえます。この時のふたりの表情から伝わってくるのは、満ち足りた喜びです。イニスはジャックとの思い出を通して、愛がどういうものか、そして愛する人と一緒に暮らせるとしたら、それがどれほど素晴らしく、幸せなことかを知っています。彼は自分のせいで娘に不自由のない少女時代を送らせることができませんでしたが、アルマ・ジュニアは自分自身で愛を見つけて、今は輝かしい表情で彼の前に座っているわけです。イニスは自分の不幸な愛の体験を通してではありますが、娘にも「それ」が訪れ、彼女が幸福で満たされていると知り、父親としての喜びを静かに噛み締めます。彼は父親である自分に祝福されることは、彼女の人生においてかけがえのない喜びなのだと理解したんだろうと思います。つまりイニスが、これを機に変わるとか、もっと柔軟な姿勢を見せ始めるとかいったことではないんですよね。彼は今後も、実直で融通の利かない男のまま生きていくんだろうと思います。 だからこそ、ジュニアが帰った後でジャックと自分のシャツを見た時、彼の眼には涙が浮かんでいます。イニスはひそかに感動したんだと思います。娘が愛という本当の幸せを手に入れ、晴れやかな笑顔を見せてくれたことに。でも彼はああいう人間だから、自分の感情をとやかく分析したりはしません。クローゼットを開けてシャツを見た時、ただ何となく、ジュニアが見つけた愛のよろこびと、自分がかつて確かに見つけたが、失ってしまった愛のよろこびを重ね合わせて、胸を詰まらせたんだろうと思います。 観かえしてみると、つくづく泣ける話だ。この映画の勝因のひとつは、女性たちをしっかりと描いたことですよね。アルマもラリーンも素晴らしいけど、私はキャシーがすごくいいと思います。ラリーンやキャシーは特にですが、彼女たちは一般的に言うととても素敵な女性たちです。登場シーンのラリーンなんて恋をせずにはいられません。それでも男たちの心を捕まえておくことができなかった、彼らを満たすことができなかった、というのが哀しいですよね。 勝因といえばもうひとつは、この映画が決して「社会批判」に向わなかったことも大きかったと思います。それはなぜかといえば、この映画がカウボーイの映画だからです。イニスはタフで、寡黙で、シンプルなことを好む、ステレオタイプのカウボーイです。自分でどうすることもできなければ、ただ耐えるしかない、というのが彼の生き方です。つまりそれは、保守的な社会をなじり、不満をぶつける態度には決して結びつかないものです。ジャックにしたって社会への挑戦者ではありません。彼は確かに存在そのものが「反社会的」ではありましたが、都会のアジテーターのように周囲に考えを改めるよう迫るようなことは決してしなかったし、できなかった。それこそがこの映画が持つ悲劇性であるし、人の心を揺さぶった魅力でもあったんだろうと思います。そういう意味のバランス感覚においては、ひとつの狂いもありません。 そしてイニスが最初から最後まで、どの場面においても「男」であり続けたことも重要だったと思います。イニスはタフで勇ましいカウボーイで、男も惚れる男です。ただ一点、ジャックという男の尻を掘っているという欠点はありますが。だから観る側は考えさせられます。一体何がそんなに間違いだというのか? この欠点のために、イニスのような男がどんどん失っていき、「俺はクズで負け犬だ」と吐き捨てるに至るという不条理は、明らかな「社会批判」を展開するよりもはるかに多くのことを雄弁に語ります。 考えれば考えるほど、深い話です〜。ジャックはイニスの心が変わる時をずっと待ち続け、出会いから二十年経って、そろそろ限界だと感じ始めます。もしかするともっと前から、常に限界を感じていたのかもしれません。イニスはとっくに離婚も済ませてるのに一緒になろうとしない。事態は永遠に変わらないかもしれないという絶望の中で、イニスを愛し続けます。テキサスからはるばるワイオミングまで14時間の長距離ドライブを定期的に、16年間も続けるなんて、どんなに大変だろうか。イニスの離婚が成立して、二人の関係が進展するかもしれないという期待に胸を膨らませて会いに行ったら、「娘と過ごすから帰ってくれ」とあっさり言われるなんて、どんな気分だろう。それでもイニスも苦しんでいると知って、傷ついた彼に近寄って「すまない」と言いながら抱きしめるジャック。二十年間、ずたずたにされてきたのはむしろ彼の方だというのに、それでもまだあんなふうにイニスを抱きしめるわけだ。夫としてはあんまり優秀でもないところなんかも、すごくいいな、ジャック。 深夜だったこともあり、私以外は3人だけ。他の方は三列くらい前に座っていたのでほとんど貸切のような居心地の良さ。一回目は前の列に男性のペア、横にも男性ということで、なんだか集中できなかったんだよな〜これは私個人の問題なのですが。でも、ブロークバックを深夜に男性同士で観にくるなんて素敵です。深夜の3時頃にブロークバックを見終えて運転して帰るというのは、なかなかいいもんです。そしてリラックスして観た四回目が一番よかったです。 以前、邪念に捉われてM&Cを観た時に解釈の大きな間違いをした経験があったんですが、実はBbMも一回目、二回目観た時にピンと来なかった箇所があったんですよ。トレイラーを観すぎてたことによる弊害でした。 前回のBbMに関するレビューはあんまりよくなかった。今回書いたものの方がいい。それを言うなら、映画の感想は数日経つといつも酷いと思うのですが、ここに書く感想は私の備忘録的な性格が強いです。 ところで、原作の英語は難しいという話をしたところ、何箇所か翻訳家の米塚さんが訂正しているとの情報をいただきました。ベルさん、どうもありがとうございます。ちなみに、私が触れた箇所も訂正箇所に含まれていました。 http://www2.gol.com/users/yonezuka/ それから、Keithさんの情報ですが、現在AXNで放送されている(今日もあるらしい)番組で、ジャレッドのバンド30stmがちょこっとだけ特集されてるようです! ジャレたんも出てくるみたいですよ! 『bite plus』という番組で今夜は01:30から放送予定だそうです。Keithさん、ありがとうございます。
明日から札幌でもBbMが見れると思うとウキウキしちゃって大変です。 そして今日はWithout A Traceとsix feet underの日でした。だ、ダメだ……マーティン・フィッツジェラルド! イロポすぎる……少し他の捜査官との間に溝がある感じがまたいい。マーティンの右目の下の黒子がエロすぎるな〜。今日はお風呂に入っていて最初の15分を見逃すなどという致命的なミスを犯してしまったんですが、私が見た限りではダニーとマーティンの絡みはありませんでした。ダニーになってマーティンに叱られたいという願望は日に日に募る一方ですよ。あのイロポい顔でちょっと斜に見られて、「なに? 君は僕に跪いてくれって、そう言いたいわけかい?」とか言われたらもう。 ソフト、スマート、したたか、冷静、野心的、生真面目、って感じがマーティン。でもきっとダニーが浮気してバレたら、非情なんだろうな。あのしたたかな顔で、 マーティン「感謝祭は実家で過ごすことになったよ。サムを連れていくんだ」 ダニー「はぁ? なんやて? 俺との約束は……」 マーティン「君と? ああ、だって君は今付き合ってる娘と過ごすんだろ? ほら、僕の眼を盗んで金曜日の夜にデートしてたみたいだけど……」 ダニーはドアの前で許しを乞うんですよ。カノッサの屈辱のごとし! ダニーの関西弁に挑戦してみました。やっぱりもぞもぞする。 今回のエピソードはストーリーも面白かったです。最後に流れた音楽変だと思ったけど。 そして続けてSFU。ああ、やっぱり面白い……なんていいドラマだ。キースとデイヴィッドに萌えました。キースの両親がいる前で、緊張してるデイヴィッドにお帰りのキッスをするキース。マッチョなキース、オットコマエでカッコいいなあ〜。 そんでベッドのシーン。 デイヴィッド「君の横暴は嫌だけど、お父さんの横暴に従ってる君はもっと嫌だ」 キース「俺が横暴だって言ったか?」 デイヴィッド「……たまにね」 キース「俺は横暴なんかじゃないぞ」 デイヴィッド「……たまに横暴だよ」 そんでキースは「もう寝よう」とか「この話はやめよう」とすぐに言うんですよね。その後で、親父に対してきっぱりとノーと言うキースに、熱い視線を向けるデイヴィッド。いいなあ、このカップル。 SFUの後はOZなんですよね。金曜日の夜は最高だな。しかも今日はビーチャがあの一件以来ずっと許せなかったケラーのことを、サイードの導きによって許すというエピソード! でもそれはイスラームの教えの影響であって愛によってではないのでケラーには我慢できず、半ば嫉妬からサイード殺しをライアンに依頼するという、萌えまくりのエピソード! この3時間はスーパーチャンネルの男たちから眼が離せない! そして明日はブロークバック・マウンテン・デイ! このところ萌えまくってて、久しぶりに純粋な意味で萌えてます。この甘酸っぱいドキドキ感(笑)、激しい欲情、ロマンチックな妄想、これなしじゃあ人生なんて! 女として男と関係を持ったり、いい感じになって発展があるかも…と思う瞬間には、決して得られない幸福感。イニスがアルマと寝ながらも満足できず、ジャックと寝て「女は好きだが、こいつには敵わないぜ」と言う気持ちがよくわかる(笑)! 何かうざったいことがあった時に、カウボーイハットに素っ裸にブーツ姿でこっちを見て誘うように笑いかけてくれるジャックを想像し、「ああジャック! 私の女神!!」と叫びたくなる瞬間が、確かにあるのです。なんにせよ、いかれてると思いますが。 そんなことよりも、投票コメントに素敵な狼の感想を残してくださった方、どうもありがとうございました。過分なお言葉、恐縮です。それ以外にも「凍える湖」や「浅い眠り」、「ブラックアイリッシュ」など、とても励みになります。今早速フェア・ゲームの続きに取り掛かってます。
サンフランシスコ滞在の日程とホストが、やっと正式に決まってほっとしています。今回、ホストを仲介業者に頼んだのですが、手数料が200ドルほどだったのでギリギリまで自分で探した方がいいんじゃないか、と思っていましたが、ここに頼んでよかったです。私のリクエストに対して誠心誠意応えてくれようとして、何度かメールのやりとりもありました。結果、現在中東から来た性転換者のゲストを迎えている、元フライトアテンダントの女性を紹介してくれました。この家にはなんと犬もいる! やった! 場所はベイエリアですがダウンタウンまで路面電車で15-30分だとのこと。 中東、イスラームについて学びながら、前からずっと気になっていたことがありました。厳格なイスラームの教えにおいてはユダヤ-キリスト教同様、同性愛は罪とされていますが、現実的に考えても中東にだって同性愛者はいるはずです。では彼らはどうしてるのか? ということです。彼女/彼とそんな話もできたらと思います。そんで家もナイスなんだ〜。この業者はホストが決定したら、個人ページを作成してそこにホストの情報や、家の写真、近所の様子などを載せてくれるというとても親切な対応をしてくれたのですが、とても素敵な環境のようです。居間にグランドピアノがある。 ただ、ひとつだけ気にかかってることがあります。その家には11歳の娘さんがいるのです。子どもは好きだけど苦手なんだよな〜。まあ多分、大人として普通に接するのが一番なんでしょうね。その子とも良い関係を築ければいいのですが。米TVシリーズの話くらいならできるぞ。日本の漫画に興味があったらいいな。犬がいれば何かと会話が弾むかな。心配しすぎだ! でもオーランドのファンだとかコリンが好きなんだとか言ってくれたら、最高だ。 スペインの本を読み始めています。スペイン、楽しみになってきたぞ〜。 ところで、昨日美容室へ行ってびっくりなことが起こりました。開店したてのきれいなお店で、ロッカーや託児所までついてる札幌では珍しいところなんですが、なんと私の背後に立った担当者が、のっけから、 「ジンちゃん……だよねえ? 私、覚えてる? 中学の」 え! 鏡越しに見ると、中学二年間クラスが一緒だったMさんでした。在学中けっこう話はしてた方だったので、カットして貰っている間、ずっと昔のことや近況について喋ってました。Mさんはトップスタイリストさんで、東京なんかでもやってた方なんですよ、と他の方に教えて貰いました。 職場環境は気に入ってるから、当分移らないとのことだったので、今度指名するからまた頼むね、と言っておきましたが、彼女は腕もいいし、楽しいし、おまけにその店は自宅から徒歩3分だし、ラッキーでした。 でも、Mさんだったからよかったものの、お互いに話したこともなければ共有する思い出もない元同級生だったら、逆に気まずかったでしょうね〜。パーマもかけたので、その間ずっと一緒なんて、悪夢だ…。 札幌ではヒストリー・オブ・バイオレンスは上映してないんですよね。オスカーにノミネートされてるのに、ひどいなあ。でも明後日、やっとブロークバックが札幌でも公開されます。この二週間ほどさらにBBMへの思いは募ったので、きっと3回目が一番いいはず。 投票、みなさんどうもありがとうございます。以前よりサイトが一段とシンプルになったので、あの投票結果を見て、興味のあるものを見つけていただければと思います。『イントルーダー』を小説ページに加えるの忘れてました。後日付け足しておきます。
新しいサイトのデザイン、なんとなくあんまり好評でもないような気がするんですが(笑)、まあいいや、CGIをちりばめたりして楽になったから。この日記のデザインも変えたのですが、昨日までの緑はどうも眼が疲れる。私のように長く書く日記にはあの色は適していない、と気づいて無難な白に変えました。 ミュンヘンがまだやってるから、また見てきてもいいな。やっぱりバナ兄さんとアリだったかのフィクを書きたい。本当はロード・オブ・ウォーも書きたいのですが、BbMが公開されたらもうそっちばっかになりそうです。 投票&コメント、皆さんどうもありがとうございます〜。WaTにはまっている方がいるらしい。嬉しいなあ。「浅い眠り」や「凍える湖」も好きと言ってくださって、どうもありがとうございます。しかし「凍える湖」は「凍れる湖」が正しかったに違いない……と、先日最新ミステリー『凍れる森』を買った時に思ったのでした。「凍える湖」って、なんか可愛いぞ。『凍れる森』はまだ読んでないのですが、ふと昨日解説を読んだらワイオミングの山奥の話だと知って、やけにはしゃぐ自分がいました。 早くBbMの3回目が観たいな〜。前回iさんと見た時、私が着ていたコートが劇中でジャックが着ているものと似ていたことにふたりでうけてました。これでカウボーイハットをかぶったら、もうコスプレだぞっつー領域でした。ちなみに私たちは来月ヨセミテ国立公園に行くはずなので、大自然をBbM気分で闊歩してクマにでも襲われてきます(カリフォルニアだが)。もうこうなったらあのコート着てくしかないな。 役者島がまたとまっている……セックス・シーンだからな〜。クライヴとヨアンは初めてだから楽しみだな。この中にヒースとジェイクも放り込みたい衝動と必死で戦ってますよ。ヒースはオーランドとかと共演してるし、ジェイクもジャレッドと。すごく加えたい……そのためには誰かふたり、放り出さねば……ということはないですけどね! 島に定員があるわけでなし。 でも今でさえもう四苦八苦してるのに、この上ヒースとジェイク入れたりなんかしたら、もうわやだ。ところでジェイクって英語をきくとジェイク・ジレンホールと発音されておりました。 ところでダニー/マーティンをもし書くとしたら、ダニーは関西弁で書かなきゃだめなのか!? という究極的な疑問にぶつかりました。なんだかんだ言って毎週金曜日を心待ちにしている自分がいます。 BbMの海外フィクを読みました。エロくてよかった〜。何か傑作があったら紹介します。
さっき「シックス・フィート・アンダー」を見ましたが、やっぱり面白い……と握りこぶしを作って震えました。ブラックジョークが冴えてる。BBMもですが、穏やかな何の変哲もない日常を描いたもので、面白いってすごいなー。私はフェリシティのファンでもあるんですが、最近、血なまぐさいものもいいけどこういう日常劇も(良質であれば)いいなと思うようになりました。「シックス・フィート・アンダー」、デイヴィッドとキースの心のすれ違い、それをネイトに話してしまうデイヴィッド、萌えた〜っ。やっぱり兄がいない時に兄のHDDに録画してる分を全部観たい…現在23話だったから単純計算しても23時間か。一日他は一切何もせずに見れば(爆)。 そして今はWaTを見てますが取調室でのダニーとマーティンの温度差、自分にストリート経験があるために黒人の不良に容赦しないダニーの規則破りの尋問態度に業を煮やすマーティン。「ダニー、ダニー!」と呆れて、ちょっと怒り気味なマーティン。取調室を出た直後大喧嘩して、「今度こんなことがあったら僕たち(パートナー)の今後はないぞ!」とマーティンにぴしゃりと言われて唇を引きつらせるダニー! 完全に尻敷かれてるダニー、ああ、萌えるよ〜。そんなこんなでBbMのscreenplayを読んでいた私は、「男同士っていい……」と改めて打ち震えていたのでした。股から流れ出る血のやつのせいで腹痛に散々苦しめられた一日でしたが、どんな状況でも萌えてしまうんだな……。 マーティンが失踪した少年の国選弁護人に会うシーンで、あの物柔らかな、(日本語では)無垢っぽい口調で「きちんと働いてて、わざわざサウスブロンクスからきた少年からお金を取るんですか?」ときくんですが、取り繕う相手に「ふう〜ん」みたいな態度を取るんですよ。これが妙にそそる。きっとこんなふうにダニーをしどろもどろさせるのね。別にいーさ、仕事中は尻に敷かれてても、ベッドじゃな、ベッドじゃ……とか言って自分を慰めるんだろうなダニー。 私が男に生まれてて、マーティンやデイヴィッドや、ジャックみたいな恋人がいたら毎晩オナニーするんだろうな(どうしょもねえな、おい)。そもそも恋人だっつーのにお預けをくらってオナニーしてる時点で悲しすぎやしないか。そんで顔にかけさせて欲しい、とか思ってるんだけど一生言えないまま終わるんだ(笑)。 刑務所漫画を描いたB-Rash(7)が10日に発売されました。やっぱり濃くて汚れた話ですが、新トップに載せたイラストは漫画のワンシーンで、小便してます。作中に登場する首を括るシーンと小便するシーンは女性向けとしては不向きとのことでしたが、わがままを言ってなんとか入れさせていただきました。私としては「ショックを受ける」「汚いと感じる」瞬間を読者に提供したいという気持ちもあるんですよね。行き過ぎた描写は別物ですが、「この人の話を読むにはちょっと心構えが必要だな」と思われるとしたら最高です。 「闇社会」というテーマでもう一つプロットがありましたが、それはいずれ小説ででも書こうと思います。もっとショッキングな話だったんですが、それは表情や会話で語ったりするディテールが大事になるタイプの話だったので、今回の長さに収めるためにはその部分を削らなくてはならなくて、そうなると描く意味自体なくなると気付きやめました。本末転倒ってやつです。その話では後半でふたりの男が女役の男をボコボコに殴るんですが、このシーンは丹念に描く必要があり、そのゆとりがなければ描く意味がなくなるものでした。でもそれは、ぜひいつか。 もうひとつ、今回の刑務所ものは別の終わり方をする予定だったのですが、私の配慮のなさともいえるポリティカル・コレクトの問題で、それは描けなくなりました。以下、漫画のネタバレを含みます↓ 女役のスアレスに直接手を下したわけではないものの、間接的に彼を死に至らしめた神父と日系ギャングのダイゴが対峙するラスト。誰も神父を告発することはできないのですが、神父の身にはどうやら危険が迫っているらしい……というのが描かれたラストでした。描かれなかったラストは、こういうものです。 ダイゴは証拠がないので、囚人とひそかに寝ていた神父を告発することができない。けれど彼は神父を追い詰める決定的な情報を持っていた。ダイゴは話の中で肺がんを告知され、長くないことを知るが、その直後にスアレスと肉体関係を持っている。彼は最初からスアレスに惹かれていたかもしれないが、二人の関係が肉体関係に発展することはなかった。というのも、スアレスは入所初日に、彼にある秘密を打ち明けてくれていたからだ。 監房を出ていく神父の背中に、ダイゴは言う。「知ってるかい? あいつは初日に教えてくれたんだが、HIVキャリアだったんだ」 神父はそれを聞いて凍りつく。 ダイゴは「俺もあんたも、神に見放されたことに変わりはないようだな」と言う。 ……というのが、もうひとつの終わり方でした。物語としては、こっちの方が面白いと思います。この方がなぜダイゴが、スアレスとの関係に踏み切れなかったか、そして自分が長くないと知ってふっきれたか、という理由になっています。ところが、私ははっきりと書いているように「HIVキャリア」=「神に見放されている」という描き方がポリティカル・コレクトにひっかかるわけだ! それこそOZやホミサイドや、シックス・フィート・アンダーなら、同じ展開でもこのへんの穴を見落とさずに、アイロニカルに描けたかもしれないな〜と思うと、ひとつ勉強になりました。たとえば、ダイゴに言われるのではなく、何かの形で自然と神父が自分もHIV陽性だとわかるという展開なら(それをダイゴは知らない)、それは面白くて成熟したアイロニーに昇華したかもしれませんね。 でも、形になったバージョンも悪くないと思っています。この形には、ダイゴの悪意が含まれているとこが、ちょっと違う。 というテレフォンショッピング並みにわかりやすい宣伝を受けて(笑)読みたくなった方は、ぜひご購入をよろしくお願いします。 >>amazonで購入
少し前から企てていたのですが、サイトデザインを一新しました。以前より縮小してシンプルになったかと思います。トップページをcgiだけで更新できるようにしたのが一番の収穫です! ゆくゆくは、このトップページに直接小説を書いていこうかとすら思っています(ずぼらすぎ)。すると、更新分は古い順に過去ログに入っていくというわけです。 なぜこういう形にしたのかというと、ずっと前に日記で言っていた、書きたいものをぱっぱと書き散らかしては過去に葬り去っていく、というサイトにしていこうか、と思い始めているからです。しばらくして溜まったらアーカイヴに移動させる感じです。予告なく誰も知らんペアなどを書くかもしれません。WoTのダニー/マーティンなどなど。もう、ついて来れる方だけついて来てください〜。 昨日はまたジャレチャットに参加しました。楽しかったです〜。最 後はスラッシャーばかりなのをいいことに懲邪だの言ってました。デブジャレたんと相撲をとるデブコリンたん、悪夢のような光景と思いつつもハァハァしっぱなしだ! コリンの『ニューワールド』は4/20に公開なのですね〜その頃はサンフランシスコで、がっくし。あちらではもうやっていないし、どうやらDVDで見るまで半年くらい待たされそうです。あまり話題にもならなかった作品ではありますが、クリストファー・パルマーやクリスチャン・ベールと、スラッシャー的には微妙に馴染みのある面々です。でも、いつのまにニュー・ワールドはポカホンタスとの恋愛映画になったんだろう! 一昨日『 映画の中でテキサスの石油成金が「自分たちの父や祖父は一攫千金を夢見てこの地へやってきて努力と運で現在の地位を築いた。私の孫の代にこの幸せはありえないな(石油が枯渇するから)」と言っていたのですが、この台詞はすごく意味があるかもしれない、と思いました。つまり結局セブン・シスターズなどともてはやされる石油成金たちというのは『エリート』ではないんだ。もとは石油の採掘に成功した『庶民』だったわけで、だからこそ彼らは「強い者が勝つ」という意識を当然のように持っていて、資本主義社会の勝者として富を独占することに、たいして抵抗がないのかもしれない、と思いました。 マットと『シリアナ』と『ブロークバック・マウンテン』の話をし、アメリカという国について話しました。彼と私の意見はよく合いますが、今日は彼は「確かに僕はアンチ・アメリカンだ」と素性を明らかにしてました。 アルマ役を演じたミシェル・ウィリアムズが、ゲイ映画に出演したことでキリスト教系の母校に「不愉快で不名誉だ」として絶縁状を叩きつけられた、という話をしたところ、マットはかなり毒を吐いていました。劇中で素晴らしい演技を見せたミシェル・ウィリアムズですが、オスカーにノミネートされて、映画がこんなに支持を集めたことを思えば、彼女をこんなふうに非難することが、「長い眼で見れば自分たちにとっていかに不利か」ということを理解できていない保守的なクリスチャンたちの政治的手腕の未熟さには、むしろ同情する! 『ブロークバック・マウンテン』ですが、先日見たE! のジェイク特集を今日録画しました。頭から三度見返しちゃいました〜。ヒースの低い声ってセクシーですよね〜。ジェイクよりも彼の方がまだ、love of ah... me-menとmenと言う時に唇の端が妙に攣り上がったりしてわずかに照れてるようなとこが、イニスそっくりだと思いました。彼はほんとにオーストラリアのカウボーイですね! 原作を読んで俺にはイニスこそ相応しいと思ったというのもよくわかります。そしてジェイクは、インタビューでも素直で柔軟な感じ。ジャックはジェイクよりもイージーゴーイングな感じだと思いますが、ふたりとも演じたキャラに似てます。アン・リー監督が「撮影中は息ぴったりだが、休憩中にふたりきりにしたら、逃げ出したよ」と言ってましたが! 多分逃げ出したのはヒースの方だな〜なんて勝手に考えてました。RPSなら、ヒースのプライドを傷つけないよう男役を任せつつ、実はリードしてるのはジェイク。でも時には、恥らうヒースを無邪気に(でもやさしくv)抱くジェイク……ハァハァ! ふたりのスラッシュもけっこう多いです。昨日だったかの日記にRPSに興味がないって言ってたじゃねーか! 自分で書くほどにはなりそうもないですけど、読むくらいなら。 公開前に買っておいたscreenolayを読み始めています。話を書くうえでもとっても勉強になります。映画は私の周囲の人がみんなほとんど観てるもんで、もう公開されてるような気がしてます。 ネタバレ↓ 最初の夜に、外で寝ているイニスをテントの中から呼ぶジャック。寒さに堪えかねてテントに入るイニスという、原作とは少し違うシーンがとても好きです。テントの息詰まる密閉空間を予感して、すでにある種の「恐れ」を抱いているイニスのキャラが見事に描き出されています。 ↑ そしてLarry McMurtryとDiana Ossanaがこのとても地味で質実な脚本でAdapted Screenplay賞を受賞したという事実は、審査基準の高さを物語っているように思います。
BBMを観て以来、どうしてもイニスとジャックのことを考えてしまって寝つけません。サントラを聴いていると相変わらず涙が出てきます。a love that will never oldは指輪のmay it beのような感じで心に響きます〜。カントリーファンの兄にインディゴ・ガールズなんかを借りて聴いてるんですが、このタフな男同士の映画、実は女性カントリーシンガーの歌がよく似合う。映画の繊細な部分を歌ってくれている感じで、ジャックの歌にしか聴こえないものなども。原作も日本語を済ませたので原文で読んでますが、何度読んでもいいです。でも原文は本当に難しい。たとえばこれはどうだ。he wanted none of it...というのは、対訳では「なめるんじゃねえぞと思った」って訳されています。もちろん前後があるわけですが、とても手に負えない。 早速スラッシュを読み始めていますが、二作ほど泣いてしまうような話があって、私も衝動にまかせてフィクをアップしてしまいました。これは完全なネタバレを含みます。ブロークバックに関してはsappyで非現実的なAUものはあまり読みたくもないし書きたくもない。たまにはいいですけどね〜。ついでにRPSもはまらなさそうです。ジェイクもヒースも大好きなんだけどなあ。今ふと思い出したんですが、書きかけて放ったらかしにしてる話で、ヒースをすごい悪者にしているフィクがあった気がする……! たしかヒースがジャレッドを殺してるんですよね(爆)。一応ヒースはこのサイトの中に以前から紛れ込んでいたわけだ。わはは。 私はどちらかというとイニス派ですが、でもジャックはなんて可愛い男なんだろうと思いますね〜。それこそ、イニスが言うところの「可愛い奴」。なんだか、ジャックのことを思う時、とんちゃんを思い出している節があり、ふしぎです。まあ少し似てなくもない(笑)。 もうあまり同人誌は作らないかなと思っていたんですが、その分、サイトではBBMの掌編を書きたいと思います。
※大きなネタバレがありますので、気をつけてください。ネタバレが平気という方もいらっしゃるでしょうが、個人的には観る前に読まないことをおすすめします。 宣言していた通り3/4に東京で『ブロークバック・マウンテン』を観てきました。アニマル好きのひつじに関する戯言はこの際抜きにして、長くなりそうな感想を書き始めます。 さっきから何度もサントラを聴いており、つい今しがた原作を日本語で読み終わったところです。原語で読むことに挑戦しましたが、私には手に負えないとわかったし、訳者の米塚真治さんは信頼できると判断したので、日本語で読みました。英語に関して言えば、やはり西部の方言で話す登場人物(際立ってイニス!)の台詞はほとんど聞き取れなかったので、むやみに海外で観なくてよかったです。 首まで涙に濡れて、二回観ました。とても寡黙ですが、シンプルでわかりやすい映画でありながら、最初はなぜか少しも理解できていないような感じがして、でも時間を経るごとに少しずつ靄が晴れてゆき、帰りの機内でプログラムを通読してやっと7,8割方わかってきた感じです。原作を読み終わった今、靄を発生させている原因のひとつは、固く抱き合っている素晴らしい原作と素晴らしい脚本の間に、わずかながら脚色による隔たりがあるからだということもわかりました。原作と脚本はそもそものスタンスに違いがある。米塚さんも書いていますが、映画が「物語上の必然性」や「ドラマの方向性」というものを無視できないのに対し、原作はそうしたことに左右されず、人間の本質に迫ろうとする故にずっと「曖昧」です。このことは原作者アニー・プルーの「人は生まれ、生まれた時代を生き、死ぬ。私は、登場人物の人生に起こった事柄を通して場所と時代を理解しようと努めているのであり、結末は結末です」という言葉に要約されています。 この映画を一刻も早く観たいと思っていたのには、個人的には色々と複雑な理由があります。それを一言で言い表すなら確信を持ちたかった、ということです。ご存知、『ブロークバック・マウンテン』は今、世界中で話題になっています。それでずっと疑問に思っていた事は、自分にも大きく関わってくることだと感じていました。たとえば「同性愛の映画が本当に様々な先入観の垣根を越えて人を感動させられるのか」、「女性にタフで過酷な男同士の愛を描けるのか」、「海外で育ち、大人になってから渡米した外国人に、アメリカの心と言われる西部(その伝統と風土)を掌握し、スクリーンに描き出せるのか」といったことです。その答えはイエスでした。ヒース・レジャーは「男女の物語に今まで描かれたことのない謎の部分なんて、もうないと思う。すべてやり尽くされてしまった」と言いましたが、愛が持つ不変的テーマは、その魅力を失いつつある西部の気質の中に埋もれているところを見出され、人々に受け入れられました。アニー・プルーは女性の直感をもってすれば、「存在」を把握することができることを証明し(これはメアリー・ルノーにもできていなかった)、アン・リーは育った文化的背景が違っても人間の本質は変わらないから、理解することは不可能じゃないということを証明したと思います。 ジェイクやミシェル・ウィリアムズの演技も素晴らしかったけど、タフで保守的で「今を維持すること」しかしないカウボーイ、イニスを演じたヒース・レジャーの演技は、奇跡的です。彼が寡黙な表情をするだけで、世界中に雨を降らせることもできそうでした。 40年代西部、貧乏で教養のない保守的な親のもとに男として生まれ、カウボーイに育つということは、それだけでイニスの人生を決定付けてしまうようなことでした。アメリカでは50年代後半から60年代にかけて公民権運動が高まり、大都市にはゲイの活動団体が誕生し、69年にはニューヨークのストーンウォールでゲイによる暴動が起こり、73年にはゲイの活動家ハーヴェイ・ミルクがサンフランシスコ市の評議委員に立候補した――そんな気運の中でイニスとジャックは出会い、愛を育みながらも、その時代の波はまだ西部をも飲み込んではいません(その波は多分、現在も依然として西南部に完全に到達してはいない)。それこそそんな世界は、テキサスと国境を共有するメキシコよりも、ふたりにとっては遠い世界。イニスは忍耐に慣れきっていて、ひたすら耐える男で、そのかわり前進しようともしない。アニー・プルーが繰り返し本編に書いているように、「自分で解決できないなら、我慢するしかないのだ」。 一方、原作で語られる子どもの頃の父とのエピソードを通して、自分が特別な存在――女役のゲイであることを自覚しているジャックは、その自覚のためか、よりオープンで、陽気で、ロマンチックなカウボーイ。 イニスは彼と恋に落ちても保守的な自分のスタンスを変えようなどとは考えず、社会のルールに従い、社会に順応して生きようとする……というよりも、彼にはそれ以外に「生き延びる」すべが存在しないのです。でもだからといってメキシコや、都会に行くこともできない、それが彼らなのです。 先日、「社会性のある人間」と「非(反)社会的な人間」の衝突は物語において最高のテーマ、ということを書きました。『カッコーの巣の上で』についても書いたように、社会というのはいつの時代も、その枠を越えた『はずれ者』に対しては冷酷なものです。社会性とは人間や動物が共存するための知恵であるから、それは当然なのですが、集団の心理は見方によってはキリスト教における羊のイメージに似ています。自分勝手な考えや意見を持たず羊飼い(神)に盲従する羊は群居動物のシンボルであり、英語の「羊のように愚かな」という慣用表現はここからきているそうです。映画の脚色部分ではあるものの、イニスがジャックと初めて関係を持った翌朝、羊が一匹殺されている場面は暗示的です。 ブロークバックを離れることになった時、イニスはジャックへの愛に漠然と気づきながらも、恐怖のあまり自分に感情などないようなふりをする。原作ではほとんど無意識の行為ですが、映画では自分の身に何が起こったのか半ば自覚しており、感情が暴力的に暴れ出してコントロールできないイニスを演じるヒース・レジャーの演技は、stunningとしか言いようがありません。 山を下りたふたりはこれを機に、現実の社会に引き裂かれて生きていくことになります。彼らは長い年月をかけて、人生で一番幸せな時間を過ごしたブロークバックに帰ろうとしますが、ジャックの身を削るようなひたむきな愛もイニスの心を動かすことができず、彼は一歩を踏み出せません。そのことがどれほどジャックを傷つけたか。でも私たちは、イニスもまたどれほど犠牲を払ったかを知っています。おそらく彼はジャックとさえ出会わなければ、典型的な夫、父親として特別幸福でもないが不幸でもない人生を送れたはずです。それがひとり寂しくレストランでケーキをつつき、粗末なトレイラーハウスで暮らさなければならなくなるのは、忍耐によって秩序を保ってきた彼がたったひとつのことに耐えられなかったからであり、それはジャックとの愛を失うということでした。イニスがジャックと口論になり、こうなったのは、俺がクズで、負け犬だからだ、と胸の内を吐露するシーンは涙を堪えることなどとてもできません。 結果的には保守的な態度を貫き、「自分で解決できないなら、我慢するしかないのだ」としてイニスが守ろうとしたものを、ジャックは前進することで失います。でもイニスに残されたのは後悔でした。ジャックの実家でふたりの愛の痕跡を見出し、彼がどれほど自分を愛してくれていたか知るイニス。アニー・プルーの割り切った結末は、映画がラストでイニスに変化の兆しを与えたほどは、希望的ではありません。けれど脚色部分である娘とのやりとりは、「結末は、書かれたかもしれない、あり得たかもしれない無数の物語の中で、その結末を語ることによって読者に価値とか重要性の片鱗を示せるようなものであるべきだ」というアニー・プルーの主張と照らし合わせて考えても、とてもいい結末だったと思います。 そして女たち。映画の脚色部分で最も優れているのは女性とふたりの関わり合いの部分だと思います。カウボーイの愛は彼らを取り巻く女性たちを不幸にしかしませんでした(アレキサンダーに翻弄された女たちとなんて似てるんだろう!)。いかにも田舎娘のなれの果てという感じで、肛門性交を許しながらもそんな夫を理解できないイニスの妻のアルマ、快活なじゃじゃ馬娘だった頃は信じていた愛が、幻想だったことに気づき、女性らしい現実主義に則して生きることを選んだラリーン、イニスの新しい恋人、娘たち、皆それぞれに振り回され、傷つけられ、そのうえ妻たちとジャックの母親はおそらく、本能的な女の直感でふたりのカウボーイが何を共有していたのか勘付いている。それは昔から、あらゆる社会において散見された「男たちの秘密」であり、疎外された女たちは嫌悪し、苦しみ続けるのに、どうすることもできない。でも何が胸を打つって、彼女たちはある時点で彼らをひそかに許すのです。それは敗北を認めた証なのか、それともジャックがイニスの娘の存在にはどうしても勝てないことを悟り泣いたことが象徴したように、女たちが最初から「勝っている」からなのか。だとしたら憐れみなのか。 私には、女たちがふたりを許したのは、男の中に眠っているその情緒こそが、女たちが真に求めている本質の部分であり、憎らしくも愛しい男たちを、犠牲を払うに値する価値のある存在に高めてくれるものだからだと思えてなりません。 最後にもうひとつ。プログラムの米塚さんの解説を読んで狼狽たえてしまったのは、私だけではないはずです。なんと、「受」「攻」はともかくとして、ジャックのことを「誘い受け」とまで書いている! この映画を観るうえで、実は一番の障害となったのは、私のスラッシャーとしての部分でした。これは恋愛劇ではありません。最近では、脳内では受け、攻めという発想をすっかり捨ててしまっているので、その方が瑣末で陳腐なことに捉われず映画を観やすいだろうと思っていました……が! 映画の途中に、カウボーイ二人が炊事係、米塚さんが言うところの『女房役』と、羊番を交代するというあまり本筋には関係のないエピソードが登場します。これを観た時、私の中にセックスの役割分担=ジャックが女役となり、イニスが男役を務めるというヴィジョンが湧いてきたのですが、直後に自分の「スラッシャー」としての陳腐な発想に嫌気が差しました。ところが実際セックスシーンでは、監督はジャックの受身をわかりやすく描いており、その後もずっとジャックからは女役の臭いが漂ってきます。たしかにイニスという男の性格からして、彼が女役を務めることなどありそうもない。それができるようであれば、もっと積極的に自分というものを受け止めているはずです。ジャックは、両親の眼をごまかすように自分のシャツの下にイニスのダンガリーシャツを隠していたはずが、ラストシーンでは、イニスの手で重ね方が変えられ、わざわざイニスのシャツがジャックのシャツを抱擁するような形になっています。これは自然な愛情表現と取るべきかもしれませんが、やはりセックスの役割も暗示している気がしてなりませんでした。 ジャックは受けだったのかな、と漠然と思っていたところ、まさにそれを指摘する米沢さんの解説とぶつかったというわけです。すると気分は一気に後悔のムードへ。結局はスラッシャーとしての部分が邪魔をして、私は曲がった見方をしてしまったというわけです! 原作を読むと、暗示的にではありますが、ジャックは受身の男として解釈できなくもありません。これはもう心理学の領域だ! このレビューを三時間もかけて(!)書きながら、感極まってしまったりしましたが、公開されたらまた観にいこうと思います。 しばらくはブロークバックマウンテンに心を奪われたままになりそうです。オスカーは獲れても獲れなくても、この映画らしい気がします。ひとまず、短いSSから……。
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