| 旅記44〜旅のまとめ編〜「旅のなんでもランキング★」 |
| 2004年10月20日(水) |
旅記44〜旅のまとめ編〜「旅のなんでもランキング★」
2004年7月2日〜8月31日。中国の旅。 旅のまとめとランキングを載せてみました。
★旅の大まかなルート 天津→内モンゴル→天津→北京→昆明→大理→麗江→攀枝花→ 成都→九塞溝→黄竜→川主寺→松藩→若爾蓋→合作→夏河→ 西寧→ゴルムド→ラサ→ナムツォ→ラサ→ゴルムド→敦煌→ ハミ→トルファン→ウルムチ→(蘭州→西安)→済南→天津 地図があったら分かりやすいんだけど・・・。
★沈没地ランキング 1位 麗江(7日)[街並みが最高。それ以上に宿が最強。最愛の場所] 2位 ラサ(11日)[チベット文化はやはり中国とは全く異なってた] 3位 大理(5日)[外国人向けの街で、ゴロゴロ長期滞在に向く場所]
★美しい景色ランキング 1位 九塞溝(四川省)[ありえない透明度と色彩。まさに天国、童話世界] 2位 ナムツォ(チベット)[青く輝く湖と、湖すれすれの雲と、山頂の雪] 3位 黄竜(四川省)[黄金や真っ白い縁と、蒼い水のコントラストが絶妙] 4位 若爾蓋(四川省)[咲き乱れるほどの花畑と、ヤクの草原が延々と続く]
★祭りランキング 1位 葡萄節(トルファン)[ブドウ祭り。採れたてブドウがたくさん!] 2位 雪頓節(ラサ)[ヨーグルト祭り。タンカ開帳やチベットオペラも] ランク外 麗江の火把節、ラサの賽馬節は見れず。
★安宿ランキング 1位 8元(西寧)[中国人と偽り?ボロ招待所] 2位 10元(大理・夏河)[ベットは板で硬かった] 3位 15元(麗江・若爾蓋・成都・ウルムチ)[旅人向け]
★高い入場料ランキング 1位 九塞溝(115元+90元)[バス代90元は強行突破したけど(笑)] 2位 ポタラ宮(100元)[しかも前日一日かけて並ぶ必要有り] 3位 黄竜(80元)[九塞溝と同じく学割使ってこの値段って・・・]
★移動時間ランキング 1位 ウルムチ→済南(57時間)[三泊四日の列車硬座] 2位 北京→昆明(43時間)[二泊三日の列車硬座] 3位 ゴルムド→ラサ(23時間)[一泊二日の寝台バス]
★美味しかった食べ物 (どれも美味しかったのでランクつけれない! あえて言うならアンパン、水餃子・・・ってやっぱ無理だ!) [果物編] ・ラサの桃 ・トルファンのブドウ ・ハミのハミ瓜 [デザート編] ・麗江のうまいアンパン ・麗江のうまいエッグタルト ・ラサのヤクミルクチーズケーキ [シンプル料理編] ・新疆の羊肉串 ・トルファンの揚げ串 ・麗江の大量マツタケ ・ラサのフライドポテト ・敦煌のロバ肉 [ご飯・麺編] ・成都の排骨面 ・成都の麻婆豆腐 ・ラサのプリプリ水餃子 ・麗江のキノコ野菜鍋 ・麗江の宿のナシ族料理
★お世話になった地元人 (全部だと書き切れない程なので、特にお世話になった人のみ また、どの人にもお世話になったのでランク付けはなし。) 大理のおじさん[いろいろしてもらった] 麗江の宿の人達[ママ、パパ、小妹他、感謝してます] 夏河のチベット族[家に遊びに行って一緒に夕食] トルファンのパキスタン人[葡萄園は行けなかったけど] 昆明のバイタクのお兄さん達[お喋りに花が咲く] 夏河のお坊さん[お茶をたくさんご馳走になる] 内モンゴルのガイドさん[本当に気が利く人] ラサ博物館の人[電話までもらいました] 済南までの車掌さん[優しく話しかけてくれた]
日本に帰ったら写真・地図付きで旅行ページにまとめる予定。 過去の記事も多少追記しました。
それにしても、行く前は南部が危険だとかあれほど心配してたのに 実際に行ったら全然そんな事無くて、いつもの中国だった。 会話は方言や少数民族の言語で聞き取れないけどね。 最初の計画とは全然違った旅になったけど、それもまた楽しかったな。 ガイドブックに載ってない都市を手探りで探検したり、 今度はどの都市に行こうかって考えるのがまたワクワクする。 少数民族が多い場所は異国的だし面白いことがいっぱいだった。 一人で旅してると、いろんな国の旅人とも交流できたし、 何より地元の人達にお世話になってばかりだった。
今回の旅に、出会った人達に、謝謝。 |
| 旅記43〜蘭州・西安・済南・移動編〜「史上最悪の列車三泊四日」 |
| 2004年10月19日(火) |
旅記43〜蘭州・西安・済南・移動編〜「史上最悪の列車三泊四日」
8/28。これからの列車の長旅に備え、チェックアウトまで寝だめしておく。 近くをうろうろしながら時間を潰して、やっと列車が発車する時間になる。 韓国人の友達に電話すると、なんと急に帰国することになったらしく 31日の昼には出発してしまうとのこと。えーー!間に合うといいんだけど微妙。 さて、ウルムチ→済南行きの列車は硬座がなんと177元だった。 今迄の列車や北京行きのと比べてもかなり安い。なんでこんなに安いんだ? と思ってたら乗ってみて理由が分かった。特快じゃないし空調も無いのだ。 見るからにボロイ車内・・・。空調が無いからみんな窓を全開にする。 もちろん今までも空調無し多かったけど、その中でも特にボロかった。 今まで運の良いことに窓際ばっかりだった!今回も然りvv ウイグル族の三人組に席代わってって頼まれたけど、頑なに断った。 申し訳なかったけど、こっちだって三日間の旅だから妥協は許されない! 三人席の一番前だったから、机が大きくて向かいに人がいないのが嬉しい。
さて、列車が出発。隣の席はウイグル族の男女連れ。 女の人は中国語が全く話せないみたいだった。男の人は微妙に話せてた。 ウイグル族の人だし、大丈夫だと思ってたのにやはりここは中国だった・・・。 ヒマワリの種を撒き散らす。タンや口をすすいだ水を床に吐き出す。 (いや、だから隣に私のミニバックが置いてあるんだってば〜) ゴミがあれば床に捨てるか窓から投げ捨てるし。なんでもかんでも。 そして椅子席で疲れたのか足を伸ばしたり寝っ転がったりしてるんだけど。 えーと。私の背中の後ろに足を置く、腿の上に足を置く、などなど。 まじ勘弁してください(泣)狭いし重いしこっちの方が辛すぎるよ・・・。 暑いけど風が入ってこないので、窓から軽く手を出してみる。 ビュンビュンあたる風が涼しいけど、時折水っぽい霧があたった気がする。 前の人が投げ捨てたゴミか痰か・・・と思うと凹むので、それ以来やめる。
人がどんどん増えてくる。席が無い人も多いので通路もギュウギュウ。 一時期なんて三人用の席に五人、机の上に二人、机の下に二人寝てる状態も。 こういう列車に乗るといつもなんだけど、手を洗う場所にも人が座ってるから 使うことができない。というか、使えても水が出ないことが多いんだけど。 子供がずっと目の前の机の上で遊んでたんだけど、イライラさせられた(笑) 「子供だったら何をやっても許される」と確信犯的に子供自身が思ってるのが特にね。 そこまで幼くないのに、ギャーって泣き叫べば相手が折れてくれると思ってる。 そして隣のウイグルカップルも、女の人がキレやすくて怖い(涙) 男の人と口論して殴ったり、ライターで相手燃やそうとしてるし。 とりあえず靴のまま足を机に乗せたり、スペース奪われるのはキツい。
列車では車内販売やってる。本といえば軍事ものか小説しかない。 けど、とにかくいろんなものを売りに来る(日本には無い・・・よねぇ?) まず1足1元のストッキングを実演販売。面白いコメントに乗客は爆笑、 だが実際売り出すと買う人はほとんどおらず急に冷たい反応になる。 あと、10元のおもちゃシリーズ。スーパー駒がなかなか気に入ったけど(笑) スーパーヨーヨーの後はスーパーコマが流行っても良いんじゃないかくらい。 紐を引くと、ハッピーバースデートゥーユーの曲とともに光ってまわる。 それが指の上や棒の上でもまわり、二段重ねや綱渡りもできちゃうスグレモノ。 これ、成都行きの列車でも売ってたけど、なぜこの曲なのかが謎。 パズルや光る腕輪なんかは、暇なおじさん達も興味津々で楽しそうに試してた。 あとは、黄金の記念カードも売ってた。なぜこんな所で???
だんだん暗くなって、夜になる。ボロ列車なので灯りはほんのわずか。 書き物も読み物も出来なくなったので、そろそろウトウトする。 しかし!激寒い。予想してなるべく着込んでたものの、寒すぎる。 ガタガタと寒さに震えて夜中に何度も目が覚めて寝付けない。 机の上にも下にも人がいるから身動きできなくて窮屈。 トイレに席を立ったら床で寝てる何人もの人踏みつけてしまったし。 もちろんトイレはどんどん荒れ果てていくし相変わらず水流れないし。 あまりの寒さと狭さとギュウギュウさに、熟睡どころかあまり眠れず。
8/29。列車の旅二日目。日が明るいうちは読み物、薄暗くなったら編み物。 編み物は暇つぶし用にまた毛糸買ったんだけど、すぐに出来上がってしまう。 ハミ駅でハミ瓜を大量に売ってて、なんと3個10元!うお〜安い! 私もお土産に買って帰りたかったくらい。(でも味はイマイチだった) 机の上に座ってたおじさんが、ハミ瓜を割ってて私も分けてもらった。 (中国の列車の旅は、食べ物の分け合いがかなり多いのだ) 食べ終わったらみんな窓の外にハミ瓜の皮をポンポン投げ捨てる。 空調列車は窓が開かないようになってて、窓から捨てれないけど こんな普通の列車はみんなが窓からゴミを捨てる。掃除後の車掌さんも。 そのおかげで沿線はゴミだらけだった。大丈夫なのかこれで! 汁入りカップラーメンなんか、下手したら汁が飛び散るんじゃないかな? でも一番衝撃的だったのは、飲み終わった空のビール瓶!!!!!!!! えーと。ガラス砕け散ってるんですけど・・・。こんなんでいいのか中国!? 駅で一時停車してるときも平気でばんばん投げ捨ててるのね。 外にはたまにゴミ拾いの人がいるんだけど、たまに当たってムッとしてた。
列車にはいつも給湯器があってお湯が出るので、それでお茶作ってた。 しかし今回は頼みの綱のお湯が全くでない!ラーメンも食べれないし。 大きなパンと少しのお菓子とカップラーメンしか食料用意してなかったので だんだんと食料も突き軽く絶食状態。車内で買うと高いしさぁ・・・。 途中で一回だけ最初で最後のお湯が出たことがあった。 でもそれはほんのチョロチョロとしか出なくて、たまるのに時間かかる。 そんな長くない列なのに何時間か並んで、少しだけお湯を入れる。 ぬるいし麺固いままだし、マズイと思ったけど一生懸命食べた。 トイレも一日一回しか行けなかった。隣の人が寝てると動けないし、 トイレ行って戻ってくると私の席軽く奪われてるし(笑)
途中、窓から乗ってこようとするおばさんがいた。 車内の人が止めたら「だって切符持ってないんだから」って言い訳。 止める人を振り切って、おばさんは窓から無理やり乗ってきた。 そして窓際に座ってる私の腿を踏み台に・・・ギュウギュウと踏みつける。 入ってくるのに力が要るみたいで、かなりの勢いで踏みつけられた。 「アイタタターーー!痛いってば!」とつい日本語でマジ切れ。 許せんー。よっぽど駅員さんに通報してしまおうかと思ったよ。 おばさんは数駅したら何事も無かったかのように下車してたけど。
8/30。列車の旅三日目。 ウルムチ→トルファン→ハミ→敦煌のあたりは、今まで登ってきたルートを 逆流してるなぁ。結構時間かかるんだ、なんて思いながら過ごしてた。 蘭州に辿り着いたら、ここが牛肉ラーメンの本場かぁと思いつつ。 西安を通ったときは驚いた。西安通るとは思っても見なかったから。 たとえ行ってがっかりした場所と言われても、行きたかったなーー。 兵馬俑を一目でいいから見たかった。中国のイメージっていうのかな。 ここで下りてしまえ!とかちょっと思ったけど時間が無かったのが残念。 もし時間が残ってたらこんなチャンス絶対逃さなかったのになーー。 西安は上海と並んで「面白くなくても一回は訪れておきたい都市」だから。 三日目ともなると周りの人達がどんどん降りていって、少し仲良くなったのに 残念だなって気持ちと、取り残されて寂しいなって気持ちも出てくる。 昼は窓を開けてもあんなに暑くてたまらないのに、夜は寒すぎる。
どんどん人が減っていって、もうすぐ終点の済南みたい。 硬座で始発ウルムチ終点済南まで行く人はあまり見かけない。 メンバーも入れ替わり、開き席も増えてきた頃には、そろそろ済南近く。 そこで一人の駅員さん?車掌さん?が声を掛けてきた。 ずいぶん長く乗ってるねぇって言われて、まぁ最初からですから(笑) で、日本人って言っても最初は信じてもらえなかった。 なぜかっていうと、こんな空調もお湯も無いボロい列車に乗ってる日本人 見たこと無いからなんだって。そんな珍しいかな?(笑) 日本語を勉強中らしくて、ほんの数単語だったけど披露してくれたり。 25歳の済南人なんだけど、人懐っこくて良い人だった。 おじさんが多い中、一人だけ若くて(かっこいいし)目立ってたし 少し気になってた人だったから、話が出来てすごい嬉しかったし楽しかった。 最後の方は仕事も少なくなったみたいで、他の車掌さんとも話した。 名前さえ分からないけど、今でも時々思い出しては懐かしくなる。
8/31。発車から57時間後、ようやく終点の済南へ到着。 すぐに天津行きのチケットを取ったら30分後のが買えて驚き。 こんなとんとん拍子に行くと思わなかった。最悪済南で一泊もあると思ってた。 列車自体は空調快速のだったんだけど(この時間はそれしかない) なぜか席が無く立ち席。まぁ天津までは近いもんだから我慢我慢。 いい列車だったからか立ちの人がほとんどいないし、席も開いてないから 列車のつなぎ目の部分で新聞紙敷いて体育座りしてたら、いつの間にか寝てた。 寝過ごさなくて良かった。といっても終点は北京なんだけれども。 降りる駅が終点じゃないときはいつも緊張する。降り間違えしてそうで。 4時間で着いたんだけど、心配で「ここ天津ですか?」って何度も聞く(笑)
ウルムチから61時間硬座+無座乗り継ぎ、やっと辿り着いた。 やったーー!やっと帰ってきたぞーーー!!!! しかし今は朝の4時前。外に出るとタクシーの客引きがうるさい。 値段高そうだし行くあても無いから、駅でバックを抱えながらベンチで寝る。 意外とぐっすり寝てたようで、いつの間にか朝になってた。 目的地の近くに行くバスを探して適当に乗り込み、しばらく乗ってる。 降りようと思ったバス停で、背中のパックが人込みに引っかかって降りれず。 それから何度も頑張って、やっと新しい大学へと辿り着いたのでした。 私が急いで帰ってきた理由の一つに、大学の申し込みってのがある。 前期と後期で大学を変えてみたんだけど、新しい大学の申し込みしてないし。 8月中に申し込みしないといけないから、今日がギリギリ最後の一日。 まぁもちろん遅れてもちゃんと受付してくれるんだけどね。 もう一つが帰国する韓国人の友達に逢うこと。両方とも間に合った。
出発したときは縦に中国を縦断したんだけど、 帰りは横に中国を横断して戻ってきた。地図見ると長いなーと思う。 ひどい列車で史上最悪の三泊四日だったけど、良い経験だったかもね。 いかにも中国人というか、人々の日常を体験した感じ。 今後の列車移動が大変でも、これに比べたら耐えれるような気がする(笑) というわけで二ヶ月に及ぶ中国一周?の旅も終了! 次回は最終回。まとめとなんでもランキング★
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| 旅記42〜新疆・ウルムチ編〜「イスラム文化っぽさがイイ!」 |
| 2004年10月18日(月) |
旅記42〜新疆ウイグル自治区・ウルムチ編〜「イスラム文化っぽさがイイ!」
8/27。朝バスにて出発。 トルファンとウルムチは比較的近いので3時間足らずで到着した。 ウルムチの宿は、旅人もオススメ駅前の新疆飯店って決めてた。 駅に近くてドミが一泊15元なのはなかなかだと思う。旅人も多いし。 ただ、自分の現在位置が分かんないから、うろうろ道を行ったり来たり。 ウルムチ駅行きのバスを捕まえて、とりあえず近づいてみようと考える。 この辺の人たちは優しくて、私が歩いてると「どこにいくの?駅に行くには あのバスに乗ったらいいよ」と話しかけてくれた。びっくり〜。 お土産がどんどん増えていったせいで、荷物が重くて重くてたまらない・・・。 旅の初めはスペース余りまくりだったのに、今はパンパンで無理やり詰め込み。 収まりきらずにサブバッグまで持ってる(←中国製のためチャック壊れたし) やっと駅に着いて、とりあえず北京行きの切符がどれだけ残ってるか調べる。 電光掲示板を見ながら待つこと数分。表示されたのは・・・
烏魯木斉→北京 軟臥 軟座 硬臥 硬座 無座 8月27日 無 無 無 無 無 8月28日 無 無 無 無 無 8月29日 無 無 無 無 無 8月30日 無 無 無 無 無 9月1日 無 無 無 無 無
Σ(゚д゚lll)ガゴーン!!! 一枚も残ってないって!電光掲示板が「無」で埋め尽くされてる。 夏の終わりはウルムチから出る人が多いから注意って聞いてたけど いくらなんでも硬座まで売り切れだととは思わなかった。 相変わらず寝台の硬臥に乗る気は全く無く、硬座のつもりだったんだけど。 最悪、無座(立ち席)でもいいと思ったんだけどそれも無いなんて。そんな。 ショックを受けつつ「来たらぜひ連絡してよ、泊めてあげるから」 なんて言われてたウルムチさんに携帯で電話してみる。けど、繋がらない。
とりあえずこの重い荷物を何とかしないといけないと思い、宿へ向かう。 しかし一人でタクシーにはやっぱり乗れないと思い、歩いて探してた。 ここが間違ってたと思うんだよね。中国は自家用車持ってる人が少ないから バスとタクシーだらけで、安いし気軽に使えばいいものをなかなかねぇ。 特に旅行中は意地を張ってるのか何なのか、意味も無くひたすら歩いてしまう。 これが間違ってたんだと思う。本当に疲れて荷物が重くて重くて。 パックだけで25キロ以上はあるし。宿は歩いても歩いても辿りつかないし。 なんでタクシーや三タク使わなかったんだろう、バカだぁと思う。 やっと見つけたときには、本当にほっとした。死にそうで限界だったし(笑) そしてなんと宿の入り口で昨日ウルムチに行ったポロ兄さんと偶然の再会。 チェックインして荷物部屋に置いたら、もう一回駅まで行ってみることにする。
駅は人が多くて、ものすごいごったがえしてる。 何度見ても北京行きの切符無いしさぁ。どうしよう。帰れないよ困った。 闇チケット売りの人を探してみるも、なぜかこの辺りはあまりいなかった。 警備員の人が厳しく取り締まってたからかな。今まではすぐ見つかってたのに。 ていうか、中国の列車の切符が取りにくいのは本当になんとかして欲しい。 5日前から売り出されるんだけど、闇チケット売りの人が買い占めるし 中国の人民多すぎだから、あっという間に売り切れちゃうんだよね。 電光掲示板があるといいけど、無い時は1時間並んだ挙句売り切れてたとか。 私みたいに旅人でこの土地に来たばかりとか、代理店利用しない人は困るのさ。 駅で何時間もチケットの売れ行きを見ながら悩みに悩んだ挙句 明日の済南行きの硬座がギリギリ残ってたので、それを買うことにした。 済南は天津の下の方にある都市で、そこからならバスや列車もまたありそうだし。 我ながら苦肉の策ながらめっちゃナイスアイデア!と思ったんだけど、 後で少し後悔するのでした。(西安行きにした方がよかったのかも)
ふとカバンの中を見てみたら、携帯電話が見当たらない。 落としたのか盗まれたのか分からないけど、ああ、またやってしまった・・・。 一度宿に帰って荷物の中確認したけど、どこにも見当たらない。 公用電話からかけてみたら「現在電源が入ってません」とのこと。 これを聞いて、絶望的になった。だって誰かが切ったってことだから。 泣きながら警備員さんに訴えたら、警備員室で話を聞かれた。 何がショックかって、前期と後期で大学を代えるから唯一の連絡先だったのに。 携帯にしか入ってない番号の人は連絡先が全く分からなくなったし、 なにしろ旅行中に出会った人たちなんかは私の名前と電話番号しか知らないから。 大理のおじさん、麗江のリス族の子、チベット族の人達、チベ寺のお坊さん ラサの博物館員さん、パキスタン人のおじさんなどなど、心配かけそう。 こまめに電話するからって言われて別れたままの人もいて。本当に残念。 あと、ただでさえ遠いオッパとも更に連絡が困難になったし。 ついでにお気に入りのプリクラと、思い出のあるストラップと、 ラサで買った魚のストラップも無くなったのは痛いなぁ〜〜〜。 中国の携帯電話は本体高いけど、カードを入れ替えると誰でも使えるから 盗難される事が多いってよく注意されてたから気をつけてたんだけど。 旅の最後の最後になって気が緩んだのか、荷物の重さに疲れ切ってたのか。
公用電話で天津の友達に電話かけたら、やっぱり涙が出てきた。 凹んでるときや辛いときは、声を聞くだけで安心してしまうんだよね。 その後はあまりにショックだった為、あまりウルムチ観光してないという(笑) 博物館で楼蘭美女のミイラ見たり、天地っていう綺麗な場所にも興味あったけど。 とりあえず市場に行ってみる。どのバスに乗ればいいか分からないので徒歩にて。 途中でブドウ売ってて、3元や2.5元って言うからぼってるのかな?って思った。 けど2元のところを見つけて買ってみたら、ものすごい大量のブドウ!!! 1斤(500g)じゃなくて1公斤(1kg)単位で売ってたのか!さすが新疆。 市場にやっとたどり着くと、ほとんどの人の顔つきがイスラムっぽいんだよね。 ハミ辺りからずっと思ってたけど、全然中国人と顔つきが違う。 そして「何元何元!」っていう呼びかけも中国語じゃなくウイグル語。 本当別の国に来た気分。ウイグル文字も全く読めないし、異国に迷い込んだ気分。 ウイグル帽子のおじいちゃんはカッコイイし、子供はすごい可愛いのvv そしてラサのカウボーイハットはここで被るとかなりの違和感がある(笑)
夜市を見て回ると、いろんなものがあって面白い! 文化が全く違うんだなっていうのが本当によく分かる。 やっぱり少数民族が多い地域は楽しい。内モンゴル、雲南、チベット圏も。 チベットではインドやネパールグッズも売ってたけど、 新疆ではイスラムやパキスタングッズがかなり多くて目新しい物ばかり。 思い残すことの無いようにラグ麺、羊肉串、ハミ瓜などをしっかり食べておく。 帰りには空中綱渡りの催ししてたりして、たくさんの観客がいた。 (中国だから?)命綱も落ちたときの網も無くて、ハラハラさせられた。 目隠しや後ろ歩き、椅子に座ったり寝っ転がったりとよくやってたなぁ。 他にも大道芸人風の親子がいて、道端でショーをしてた。 ウイグル語で話してたので内容は分からなかったけど、見て楽しめた。 拳で何個も石を砕いたり、包丁の刃上に子供を抱っこして立ったり、 ビール瓶を頭で砕いたり、いろんな技を披露してた。 特に石を砕くのは、少年が失敗して父親?が代わりに割ってあげたり 大きな石がなかなか割れなくて5回くらい挑戦してて痛そうだったりとか。 石は種も仕掛けも無くて、本当に力技で割ってるみたいだったから驚き! 夜は疲れたのであっという間に眠りにつきました。 次回は列車移動編!そろそろラストスパート。
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| 旅記41〜新疆・トルファン編(後)〜「葡萄祭りと怪しいウイグル族」 |
| 2004年10月17日(日) |
旅記41〜新疆ウイグル自治区・トルファン編(後)〜「葡萄祭りと怪しいウイグル族」
8/26。葡萄祭り開幕だーーー!! 26日から始まるって聞いたから、調度いいし日にち合わせて来たのだ。 祭り好きなもんで、今日の一日ツアーを蹴ってまで参加した。 トルファンは郊外に見所が多く、遺跡などもすごく多いのね。 ベゼクリク千仏洞、アスターナ古墓群、高昌古城、交河古城 火焔山、カレーズ(地下水路)、蘇公搭、葡萄園など。 ベゼクリク千仏洞は名前に惹かれて期待してたんだけど 実際に行ったポロ兄さんの話によると大したこと無いみたい。 この中では特に交河古城とそこで見る夕日がかなり最高らしい!! 行った人も良いって言ってたし、ウイグル人もイチオシしてたから。 あと、今年の4月ごろ開放されたばかりの小さな村が近くにあって。 そこがすっごい良いって話を聞いた。本当にオススメの場所らしい。 情報ノートにもほとんどの人がこの村に絶対行くべきだって勧めてた。 だから、その村と交河古城だけは行っておきたかったんだけどなぁ。 車チャーターしないといけないから、一人じゃ高すぎて無理だし・・・。 人数がもし集まって、時間があったら行ってもいいと思ってた。 シルクロード関係や有名な遺跡もすごい多いトルファン。 “遺跡の街トルファン”で名所旧跡をあまり回らなかったのは ちょっと勿体ないアホな事したかな、とも思ってしまうけど。 葡萄祭りで盛り上がって満足したから、別にこれでもよかったと思う。 自分がしたいように、好きなことをする。それが一人旅ですから。
トルファンには有名な葡萄棚の通りがあるんだけど、昨日行ってみた。 すごい。通りの天井が全部葡萄棚になってて、ずっと続いてるの。 いつまでたっても終わらないくらいの、かなりの長さだったのは確か。 しかもブドウが山のようになってる。うわー食べたい!けど手が届かない。 道端にブドウの粒がぽろぽろ落ちてたから、それを拾って食べてみる。 (中国だし旅中だし、衛生面や拾い食いなんて気にしないのだー) あ、甘い〜〜〜!!今までに食べたことが無いくらいすんごい甘い!!! 地元の人も落ちてるブドウの粒を集めて持って帰ってるし。 でも明日が祭りとあってか、ホウキで掃いてて少しもったいない。 長い棒を持ってきて、ぶんぶん振り回してブドウ落としたい気分。 それくらいここのブドウはすんごい美味しくって。 トルファンのブドウは中国で一番美味しいって有名だし、 世界で一番美味しかったって言ってる人もいるくらい。すんごいの。 基本的に、ここのはマスカットみたいな緑色の小粒のブドウ。 種もないし皮ごと食べれる品種。皮が食べれるってのに驚いた。 いちいち皮や種を出す面倒も無いし、パクパク食べだすと止まらない。
というわけで、朝は一人で葡萄祭りの開幕式へ行ってみる。 人がすごい多い!しかもチケットを買わないと舞台の近くには行けないみたい。 周りのウイグル人も頑張って入り込もうとしてるんだけど、警備員が厳しい! 開幕式の最後にはパレードがあった。1〜2時間はあった長い長いパレード。 パレードの車の飾り付けが大きすぎて垂れ幕ひっかかったりしてたし^^ 西遊記の真似してお面を被った人たちが暴れてたり。 ロバに乗ったお爺ちゃんと子供とか。バラエティ豊かで楽しめた。 開幕式が終わると一息ついて、その辺をぶらぶら散歩してみる。 お祭りだけあって屋台や出店が多いし、道端にはたくさんの人で溢れかえってる。 射撃ゲームや輪投げゲームなどは大人も子供も一生懸命になってるし。 特に中国で人気なのが輪投げゲーム。道端ですぐ商売できるしね。 輪投げの景品はぬいぐるみなどの玩具から、タバコやカメラなどもある。 特に鳥、魚、小動物なんかは珍しいと思った。カゴめがけて輪を投げるんだけど。 輪の大きさがギリギリサイズだから、見るからにかなり難しそう!! それなのに黒山の人だかりになって次々と挑戦してるのは何でだろう。 私も少し買い物。といっても移動の暇つぶし用の本が多かったんだけど。 星の王子様と脚長おじさんの小説、ドラえもんお徳用サイズの漫画、など。 緑色で半生っぽい、トルファン名物干しブドウも買ってみた。 でも甘さと柔らかさは日本の干しブドウからは想像がつかないくらい。
道端で1元ソフトクリーム売ってたから、ちょっと一休み。 大理でも売ってたんだけど、中国でソフトクリームは珍しいから嬉しい。 といってもシャーベットを柔らかくして、牛乳薄めたみたいな科学的な味だけど。 多分日本のイメージで想像してたら、かなりがっかりすると思う。 でも中国にずっといるもんだから、美味しく感じてしまうんだよなぁ(笑) ソフトクリーム買ったら、売ってるお兄さんが「ここで食べなよ」だって。 うーん、なんでだ?とか思いつつその場に立って食べてた。 その間もお兄さんは忙しそうにアイス巻き巻きしてた。結構人気なんだなー。 やっと半分食べ終わってコーン食べようとしたら、なんとお兄さんが コーンの上にまたソフトクリーム追加してくれた!!!!わぁーい。 だから「ここで食べなよ」って言ってたのか。しかもブドウも一房くれた。 ブドウ食べながらアイス売りのお兄さんとずっと会話してた。いい人だー。
アイちゃんカフェの横を通ると、またも怪しいウイグル族兄さんがいる。 そしてまた話しかけられた。というか「何か落としたよ?」って言われて。 日本語で言われてついつい振り返ったから、日本人だってバレたんだね(笑) カフェでウイグル族の兄さん達と話ながら新疆料理「ラグ麺」を食べる。 前々から新疆に来たら絶対食べたいと思ってた料理なのだ。 だってラグ麺ってラグメン(=俗称RAG FAIRの人達)と被ってるしさぁ〜。 相変わらずアホな子ですいません。そんな不純な動機だったんだけど(笑) 食べてみたら本当に美味しかった。新疆風ラーメン?うどん?なのかな。 私の好きなトマトが入ってるし、病み付きになるほどの美味しさなのだ!! ウイグル族の兄さん達はいつもカフェでゆったりお喋りしてる。 確かに普通に働くより割がいい仕事だなと思う。 旅行者毎日何人も来るし、車で観光地に連れて行くだけでいいからね。 ツアーか車チャーターじゃないと回れない場所だらけだから、 ちょっと高くても仕方ないから出すしかないし。 特に日本人にとっては出せる金額でもあるからね。 私も熱い勧誘を受けてたんだけど、結局は断ってしまったよー。
だんだん日も暮れたし一旦宿に帰ってみる。 同じ部屋のパキスタン人のおじさんはすごい人懐っこくていい人。 パキスタンコーヒーなるものを作ってくれたし(めちゃ美味しい!) 「Nice to see you, happy to see you」って何回も握手されたし。 昨日から合わせたら10回以上握手されたんじゃないかな?(笑) 彼は仕事でトルファンに来てて、英語とウイグル語が話せる。 中国語はカタコトだったんだけど、簡単なのなら分かるみたいだった。 私が明日出発なのを聞いて非常に残念がってた。 トルファンをいろいろ案内してあげたいとか、ご飯おごってあげるとか、 最後には宿代払ってあげるから残ってよ、お願い!とまで言われた(笑) 私も残りたかったんだけど、なんせ今日は8/26。大学開始まで日が無い! 列車で天津まで帰ると3日くらいかかるし、この後ウルムチに行くこと考えると やっぱり明日トルファンを出ないと間に合わないのだ〜〜。 で、近くにブドウ園があって、せっかくだから今晩行ってみない? って誘われた。今晩は時間あるしブドウ園行ってみたかったからOKした。 9時に部屋に集合してそれから行って夕食&ブドウ食べようって言うから そんな遅くても開いてるの?って聞いたんだけど、深夜までやってるらしい。 やったー!ブドウ園のブドウだ〜〜〜!!!きっともっと美味しいぞ! しばらくしたらポロ兄さんがたまたま帰ってきて、やっぱり今晩ウルムチに 出発するんだって。ウルムチまで一緒だと思ってたんだけど、残念。
9時までまだ時間があるので街の祭りを探検しに行く。 屋台大好き!めっちゃおいしいし賑わってるんだもん。 昨日食べて気にいってた串を選んで油で揚げてもらうのがお気に入りで。 特にぺったんこのイスラムパン?がおいしくて何度も食べてしまった。 あと、デザート。子供達が競って食べてたソフトクリームみたいなのは 激甘ってくらいの甘さだし、カキ氷にヨーグルトかけて水で薄めた系なのは すっぱいような怪しげな味がするし、不思議な食べ物が多かった。 でも食べてるうちにどんどんおいしいと感じてくるのがもっと不思議。 あと、舞台で踊りや音楽をやってて、それも見に行ってみた。 最初に流れるのはやはり新疆歌手・刀朗の「吐魯番的葡萄熟了」でしょ! いろいろな踊りや民族楽器の演奏などを楽しんで、もっといたかったけど おじさんとの約束があるので途中で抜けて、急いで宿に帰った。 しかーし!おじさんいないし!待っても待っても帰ってこないし。 仕方ないので先に寝ました。
8/27。起きたらパキスタン人のおじさんも戻ってた。 なんで昨日は約束の時間に来なかったの?って言われて、あれ?と思う。 よくよく話し合ってみると9時っていうのは北京時間の9時ではなくて ウルムチ時間の9時のことだったらしい。つまりは北京時間の7時。 ラサにいるとき日の入りが9時前だって言ったけど、ここも例外でなく。 広い中国を北京時間で統一してるから、西の地方は差が出てくるのだ。 そのためこの辺りでは「新疆時間/ウルムチ時間」なるものが存在してる。 地元で使われている、北京時間マイナス2時間のローカルタイム。 しまったー!ちゃんと確認しておけばよかった。本当に残念!!! 夕食おごりって言ってたし・・・ブドウ園の摘み立てブドウ食べたかった・・・。 というわけでトルファンともお別れ。心残りが多いなぁ。でも仕方ない。 次回は悲しみのウルムチ編。 |
| 旅記40〜新疆ウイグル・トルファン編(前)〜「新鮮ミイラと前夜祭」 |
| 2004年10月16日(土) |
旅記40〜新疆ウイグル・トルファン編(前)〜「新鮮ミイラと前夜祭」
8/25。ハミ→トルファン行きのバスに乗り込む。 実は敦煌からハミ、トルファン経由でウルムチに行くのは ポロ兄さんと同じルートだった。このルートの人結構多いみたい。 乗り込んだバスの席が、なぜか中央座席の補助シートだった。 番号が書いてあるところを見ると、毎回使ってるちゃんとした席みたい。 しかも最後から二、三番目でだったみたいで、ギリギリ買えたんだって思う。 バスに乗ってる人はほとんどがウイグル族の地元民で、おじいさんとかナイス。 回族の男性は頭に白い小さな帽子、女性はカラフルなスカーフを巻いてる。 実は今朝、残りのスイカを二人で完食してしまったのだ。 そのせいか二人ともトイレに行きたくなるも、なかなかバスが止まらない(笑) やっとのことで休憩になったんだけど、やっぱりここは道端なんだなー。 瓦礫みたいなのがあって、なんとかなったんだけどね。ほっ。 休憩のたびに、補助席だから席を立たなくちゃいけなかったけど 体を動かしたくなるし、空気が気持ちよかったから丁度良かったかな。
乗る前に新聞買ってたから、暇つぶしに読もうと思ったんだけど まわりの地元民は全員ウイグル語の新聞読んでたから読みづらくて。 編み物もハミ行くまででマフラー作り終えちゃったし。 疲れたのかずっとウトウトしてた。でも補助席は背もたれも低いから 頭を置く所が無くて、ずっと右に傾いたり左に傾いたり。 勢い余って両隣の地元民に頭突きかましてばっかりだった。 本当迷惑かけたなーと思う。6時間以上ゴンゴン頭ぶつけてたもん。 やっぱり普通の席の方がいいもんだ、と実感した日となりました。 途中、火焔山の横を通り過ぎた。 西遊記で孫悟空たち一行が行く手を遮られた、あの火焔山です。 切り立った崖なんだけど、ひだの入った赤い山肌は燃えてるように見える。 すごい迫力だった。確かに勢いよく燃えて立ち塞がってるように見えた!!
トルファン到着!バスを降りたらすぐに客引きに捕まる。 そのまま近いしすぐ傍の宿に泊まることに。ドミなんだけど実質3人部屋。 軽く洗濯物を手洗いしたら、トルファン探索に出発!!! 腹ごしらえをまずしなくちゃいけないので、地元民の食堂へ。 ポロ兄さん念願のポロを食べる!楽しみにしてた分かなり喜んで食べてた。 普通のチャーハンより油が多くて、なによりニンジンがめっちゃ甘いの。 なんでこんなに甘くておいしいんだろう。恐るべし新疆マジック。 その後トルファン博物館へ。残念ながらハミで行けなかったしね。 目的はやっぱりミイラ。ここ新疆は乾燥した砂漠地帯だったため、 ミイラの保存状態がすごい良いらしい。楽しみ楽しみ。 でも入ってみると恐竜の化石や古代の土器ばかりだし・・・。しょぼい。 しかも化石よりもイラストでごまかしてあるような気もするし。 壁に貼ってあった大きな恐竜のイラストに、なぜか小さく数字が書いてあって 絶対どっかの図鑑かなんかを引き伸ばしてるよこれ、って思ったりも。 電話が何台も置いてあって、恐竜の鳴き声が聞こえるよって所では もちろん何も聞こえるはずが無く。中国だしねーー。 二階に上がると人類の歴史になってきて、どきどきしてくる。 私達以外には観光客らしき人は誰もいない。寂しい感じがする。
やっと最後にミイラ部屋発見!うぉーー興奮。 ミイラがいっぱい置いてあった。ガラス越しに本当に間近に見れる。 言葉を借りると「昨日死んだとしか思えないようなミイラ」ばかりなんだよね。 本当に保存状態が最高に良い。これが本当にミイラなのかって疑ってしまう。 紀元前のミイラも多かったんだけど、それなのにはっきりと全身残ってるの。 その時、私の好きな俳優、ブレンダンフレイザー主演の映画 「ハムナプトラ(原題The Mummy)」のワンシーンを思い出した。 棺から急に生々しいミイラが出てきたシーンで、驚いた後に 「何ていうか・・・ジューシーだ」っていう台詞を言うんだよね。 その時すっごい爆笑しちゃって、印象的なシーンの一つになってる。 英語でこう言ってただけで、吹き替えではどうなってるのか知らないけど。 その「juicy」って形容がぴったりくる位の、そんなミイラだった。 髪の毛、歯、爪、筋、どれもはっきりと残ってて、すっごいリアルなの。 今にも起き上がって話しかけられそうだから、恐る恐る観察してた。 一人だったらこれ、怖くて直視できなかったと思うね。 ポロ兄さんはウルムチでも博物館に行ってミイラ見たらしいんだけど、 ウルムチよりもこっちのミイラの方が生々しかったって言ってた。 今までミイラっていうと、あまり形が残ってないイメージだったんだけど それは違ってたんだって思い知らされた。ほとんど崩れてない。 うん、ミイラ見れて良かった良かった。
情報収集のため、ジョンズカフェに行くも役に立たず。 代わりに変な(?)ウイグル族のお兄さんに囲まれる。 この人達日本語ペラペラなんだよね・・・。やけに上手い!流暢。 その後は旅人から噂に聞いてた「アイちゃんカフェ」を発見。 というより、アイちゃんに出会って、おいでって誘われたんだけど。 彼もウイグル族で、本当は「アイプチャン」みたいな綴りだった気がする。 通称アイちゃんって呼ばれてて、もちろん日本語がうまいし優しい人だった。 ここにも日本語ペラペラなウイグル族がたまってて、話しかけてくる。 今から交河古城に夕日を見に行かない?って誘われる。 もちろん車チャーターなんだけど「100元とタダどっちがいい?」って聞くの。 「高いから行かない」って言ったら「タダでもいい」ってみんな言うんだよね。 でもその後に「タダって100元より高いよ」っていうから、ちょっと怖い(笑) 「チューしてくれたらただで連れてってあげる」っていう人もいて (ただのセクハラ親父か!?)それも嫌なんで丁寧にお断りしといたけど。 すんごい陽気なんだよね。明るくて陽気なセクハラ兄さんたち。 他の旅行者も言ってたけど、トルファンは他の場所とは違う。 異常なくらい日本語通じるしね。あの怪しいウイグル人たちは 実はマフィア集団なんだっていう情報も後で聞いたんだけどどうだろう?
買い物も楽しかった。地元民の市場に行ったんだけど活気あふれてる。 ウイグル帽子すんごい買いたかったのに、街の人を観察してみたら 女の人はスカーフであの帽子被ってないんだよね。男の人専用みたい。 すんごい可愛いのに!基本は白くて丸い円柱型で、刺繍がしてある。 それの四角い感じのも多くて、折りたためるというスグレモノ。 買いたかったけど、ここで被らなかったら被る場所も無いと思って 結局は買わなかった。だってあんなの日本じゃ被れないし(笑) 1元ショップがあって、商品選んで一応「これいくら?」って聞いた。 そしたら「2元」って言うのさ。「じゃあいらない」って返したら 「ああ、1元」って訂正してるし。ここでもまたぼったくり根性が嫌。 キッチュなミニハーモニカとミニアコーディオンがあって 子供向けのおもちゃで古いんだけど、気に入ってしまった。 その他にもイスラムのお香やイスラムティーも買ってみた。 (チベットではインドのお香買ったしね!はまる宣言。)
夜は葡萄祭りの前夜祭で盛り上がってる。歌や楽器の演奏もある。 でも何より楽しいのは、屋台でのつまみ食いだね。 新疆に来たからはやっぱり羊肉串を食べないと。激うまーー! やっぱり新疆の羊肉串は美味い!天津なんかだと竹串使ってるんだけど 新疆方面は鉄(?)の串を使ってるの。消費が激しいからかな。 何回も使用できる串を使ってて、これなら環境にも優しい!? あとは、油で揚げる串もの。これがものすごいハマル!!! 野菜や肉類などなんでも並べてあって、その中から選んで揚げてもらう。 揚げた具材に味付けの粉と、辛いソースを塗るだけなんだけどね。 これがすんごい美味しくって。トルファンではずっと食べてた。 ナスを丸ごと一個、インゲン、キノコ、エビ、イスラムパンなど。 辛いんだけど、本当においしくってつまみ食いばかりしてた。 特にお気に入りだったのがイスラムパン。すんごいオススメ。 ナンみたいなのを固くしてぺったんこにした感じなんだけど それを揚げてタレをつけると、ありえないくらいの激ウマなのさ。 熱々のパンの固さと、辛いけど病み付きになるタレが相性最高!
宿に帰ると同じ部屋にパキスタン人のおじさんが入ってた。 話し好きのいい人で、いろいろ話しかけられて仲良くなる。 ポロ兄さんは明日、郊外の一日ツアーに参加するんだって。 うちはどうしよう。葡萄祭りすごい楽しみだし。でも時間無いし。 迷いながら眠りについた。 次回もトルファン編。とうとう葡萄祭り開幕!!
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| 旅記39〜新疆ウイグル自治区・ハミ編〜「高級メロンを越えるハミ瓜」 |
| 2004年10月15日(金) |
旅記39〜新疆ウイグル自治区・ハミ編〜「高級メロンを越えるハミ瓜」
8/24。朝8時の敦煌→ハミ行きのバスで出発。 同じドミだった兄さんも、同じバスに乗り込んでた。 途中でバスの揺れが酷くなり、道が悪いのかなーとか思ってると いきなり横のほうからもくもくもくもくーーーっって煙でてるの!!! いやいやいや、ヤバイってこれ。焦げた系の変なにおいがするし。 で、いつもの如くバスの故障は運転手さんが頑張って直します。 バスの下から「カーン、カーン」って打つ音聞こえてくる。。。 どんな古典的方法なんだよってツッコミ入れてたのにそれで直ってた。 なんだかタイヤのネジがゆるくなってて、タイヤ外れかけてたとか。恐怖。 昼過ぎ、夕方前にはハミに到着!早速明日のトルファン行き切符を買う。 うちはすんなり切符買ったんだけど、兄さんは紙に書いて渡してた。 その姿を見て、去年一人旅した時の自分の姿を思い出した。 切符買うときは同じように紙に書いて渡してたなーと思って。 今思うと懐かしいというか微笑ましいというか。
せっかくだから二人で安宿探し。 というのも、私のガイドブックにはハミの情報・地図が載ってなかったし。 大きな都市しか載ってなくて、相変わらず役に立たないんだから。 ガイドブックの安宿は、ドミが無いし人がいっぱいで泊まれないみたい。 がっかりしながら、その宿の人が勧めてくれた向かいの宿に行ってみる。 そこで一人のパッカー発見。あれ絶対日本人ぽいよ、と言いつつ 話しかけてみたらやっぱり日本人だった。彼も宿探しに苦労してた。 放浪Tシャツを着てたんだけど、放浪クラブに入ってるらしい。羨まし。 さっき勧められた宿は日本人泊まれないらしく、仕方ないから 後戻りして別の宿を探すことに。しばらく歩いてやっと見つける。 そこはドミがなかったけど、三人部屋が50元。ってことは一人約16元。 歩き疲れてたし、条件もまあまあだったのでここに決めた。 ハミはなかなかドミが見つからなかったから、偶然三人いてよかった〜。 敦煌から一緒に来た旅人はポロに熱い想いを寄せるポロ兄さん。 ハミで出会った旅人は今年から中国の大連に留学する大連くん。 私を合わせて、三人揃うとなかなかいいコンビ。おかげですごい楽しかった! 大連くんはウルムチ→トルファン→ハミと逆ルートで下りてきて、 今後は敦煌に行くんだって。二人で飛天賓館をお勧めしといた(笑)
少し休んだら、腹ごしらえに出発!! みんな一人旅だから、一人の時は麺ばっかり食べてるのね。 中華料理は人数がいないとなかなか食べれないもんで。 だから中華が食べたい!っておいしい中華料理にありつく。 私も移動が多かったこともあり、久々にちゃんと中華料理を食べた。 シルクロードに沿ってきたポロ兄さんは、新疆料理が食べたくて仕方ないらしく 新疆軽く一周した大連くんは、新疆料理からやっと開放された!って喜んでた。 満腹になったら今度はメインのハミ探索。 私が興味あったのはハミ王墓と、ミイラがいる博物館。 ハミは雰囲気がなかなかいいよ〜って聞いてたけど、こじんまりしてた。 ハミ王墓は思ってたより狭くて、人もまばらで少しがっかり気分。 てか、観光客らしい観光客がほとんどいなくて、売り場の人も暇そうにしてる。 でも中はイスラム文化と中国文化の融合!って感じの建物がなかなか。 王様やお妃様の墓があったりして、中にはぎっしり詰まってる。
その後近くのケイス墓についでに寄ってみた。 二人はお金払って入ったんだけど、私はまいっかと思って入り口で待ってた。 そしたら他に観光客もいないし、入っていいよって中に入れてもらっちゃった。 ここは王様よりも立派に作ってもらってる気がした。すごい豪華。 屋根はキスチョコみたいな形で緑っぽいタイルが貼ってあるイスラム式なのに 本堂はというと和風建築みたいなのね。この融合具合がすごいと思った。 人がいない割に道が広くてかなり立派。で、王墓のちょっと先で道がきれてて 例えば港の波止場や、海の傍の堤防みたいな感じでまっすぐきれてた。 先には空しか見えないし何にも物が無いから、海があるんじゃないか って盛り上がったんだけど(もちろんここは内陸中の内陸!)どうなんだろ。 今でも少し気になる。見に行っておけばよかったかなって少し思う。 ゆっくりしすぎてたからか、いつの間にか博物館が閉まる時間になってた。 ハミ王墓に博物館のポスターが貼ってあって、近代的でおもしろそうだったのに。 やっと帰りのバスを見つけて街の中心に戻るも、博物館が見つからない。 ダメもとで駆け込んでみようって考えてたのに、地図を見ても人に聞いても 見つからなくて、結局最後まで見つけることは出来なかった。残念。
仕方ないから今度は食いに走ることに(笑) アイシーみたいな飲み物があって、二人は買って飲んでたんだけど “科学的な味がする飲料に細かい氷が浮いてる”程度のもので、がっかりしてた。 その隣に「身長体重はかり屋さん」がいた。中国の道端にはどこにでもいる。 身長と体重をはかってくれる機械があって、0.5元くらいではかってくれる。 「身長、何メートル。体重、何メートル」なんて喋るもんだから 周りの人に聞こえるし、今まで一度も乗ったことが無かったけど 「やってみたら?」って言われ、一人じゃ絶対乗らないしな〜と思い挑戦した。 今回の旅行美味しいもの食べまくってるし、絶対太ったよなーと思いつつ。 中国来てから体重計に乗る機会も無いしね。わざわざ買う物でもないでしょ(笑) 結果はまあまあで、ちょっと一安心。 その後はイカ焼きなどの鉄板焼きものを食べる。 真っ赤な色をしてたから、てっきりすんごい辛いのかと思ってたけど ちょっとトマト風味なのかそこまで辛くなくて、クセになる味。 あんまり食べなかったんだけど、大連くんが自分のを勧めてくれた。 遠慮して断ったのに「食え」って言って、もう一回差し出してきた。 そういう気遣いに女ゴコロをくすぐられる。分かってるなぁコイツ(笑)
夜市が出てるっていう場所に行ったんだけど、それらしきものは無い。 道端ではハミ瓜やスイカがたくさん売られてた。せっかくだからスイカ購入。 なんと一玉4元というありえなさ。す、すごい・・・。50円ちょっとしかしないなんて。 冬に天津で友達が買ってたときは30元くらいしてたのにね。(ぼられてた?) そばのパン屋さんがおいしそうで、チョコパンを二人が買ってた。 贅沢は出来ないので買わなかったら、大連くんが私に一個買ってくれた。 旅をしてるとあんまり買ってもらうなんてこと無いので、すごく嬉しい。 (パッカーはお互いお金が無いので、普通は自分のことで精一杯なのだ/笑) 目の前の羊肉串があまりにもおいしそうだったから、寄り道してつまみ食い。 ここの羊肉串は本当に美味しかった!さすが本場の新疆だ〜って感じ。 ポロ兄さんも大連くんもえらく感激して、追加注文してまた食べてた。 おいしいおいしい〜〜。すんごいおいしいのだ〜〜〜。 さっき買ったチョコパンを食べると、クレープみたいでこれもまたおいしい。 クレープ生地の中にチョコレートと生クリームが入ってる感じなの。 おいしかったからもう一回そのパン屋さんに行って、また買い込んでた。 私も明日のバス移動用にピザパン購入。そのパン屋さんは中国なのに おいしそうなパンが多くて、あれこれ欲しくなってきちゃった。
宿に帰ってスイカ祭り!三人で一玉食べきるぞ! ハミだからハミ瓜食べようと思ってたんだけど、昨日食べたばかりなんだよね。 ポロ兄さんが一人で一玉買ったのを、ドミのみんなに分けてたんだけど。 なんと一玉20元もしたんだって!騙されたのか高級なのか分かんないけど。 でも20元したのが頷けるくらいの美味しさだったのさ!!!!!!! ハミ瓜といえば去年北京に行ったとき道端でたくさん売ってて、 メロンだと思って食べたら甘くなくてショックを受けた食べ物だっけな・・・。 でも宿で食べたハミ瓜は本当に最高だった。日本の高級マスクメロンにも負けない。 本当に甘くって口の中でとろけてて、これが瓜なのかって驚く位のうまさ。 ああ、本当にあれはおいしかったなぁ。二度と無い程の美味しさだった。 という訳で今日はスイカなのだ!夏といえばスイカ割りだよね〜って スイカを割っては三人でもりもり食べた。皮がすごい柔らかい。 スイカもなかなかおいしくて、一気に半分くらい無くなっていった。 残りは明日の朝ご飯ということで、勢いのうちにスイカ祭りは終了。 夜はお喋りに花を咲かせ、翌朝は一足先に大連くんが出発。 いい子だったから、別れが少し寂しいな。またねー。 さて、次回はトルファン編。ブドウ祭りだ〜。
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| 旅記38〜甘粛省・敦煌編〜「夕日の砂漠・月の砂漠を遥々と」 |
| 2004年10月14日(木) |
旅記38〜甘粛省・敦煌編〜「夕日の砂漠・月の砂漠を遥々と」
8/23。朝のバスは諦めて(起きれなかったのね)砂漠行くか、と。 夕日と月が見たかったので、夕方までなんとか時間つぶし。 女の子二人組みは一人が体調を崩してしまい、一日出発延長してた。 情報ノート見て情報収集でもするかな、と思いインインカフェへ。 敦煌は「インインカフェ」と「隋さんの中華料理屋」の二つが有名。 情報ノートやガイドブックもあって、日本人パッカーがよくいる。 しばらくしたらドミの同じ部屋の子がたまたま来たので、一緒に昼ごはん。 二人出会って、一人は隣のベッドの男の子なんだけど 中国に来たとたん上海で一式盗まれたという可哀想な子。 しかも中国語が出来ないしどうしたらいいかも分かんなくて、 上海から敦煌まで旅をしてきてやっとのことで昨日公安に行ったんだとか。 ギター持ち歩いてたからギター君と命名。間抜けだけどいい子だったな。 インインカフェが大好きで、日本語ペラペラなインインさんと仲良くなってた。 さて、肝心の昼ご飯はこの辺でよく見かける鶏ガラスープの麺。 地元民がオススメしてくれた小さいながらも隠れた名店なのだ。 シンプルながらも深みがあるというか、なかなかの味だった!
敦煌の街自体は本当に小さくて、昨日歩いてまわりきってしまった。 ウルムチさんが「ドラえもんの映画版漫画&VCDセットを毎日見れば 中国語はかなり上達するよ」って言ってたから本気で探したのに、 漫画はあってもVCDが無い店ばかりで、何件もまわったのに無かった。 日本の漫画は結構こっちでもあるんだけど、小さいのもあるし 1ページに4ページ分載ってる大きめの漫画がセットで売ってる事が多い。 だからドラゴンボールなんて「全八巻セット」で売ってたりする(笑) そういう箱に入った漫画はおまけにVCDがついてたりする。お得っぽい。 旅の暇つぶし用にドラえもん一冊買ったんだけど、日常会話が多いね。 一番よく出てくるのが「太過分了(やりすぎだよ)」なるほど。
いろんな場所に行く度に博物館チェックしてる、微妙な博物館好き。 敦煌でも暇だし行ってみたんだけど、ぼ、ぼろすぎる・・・。 ラサのあの新しい博物館とは大違い。本当にぼろかった。 シルクロードの流れや敦煌の歴史や出土が分かりやすかったけどね。 入ってすぐ、日本人観光客数人と日本語ガイドさんがいたので さりげなくついていって説明を聞く。説明あった方が分かりやすいし。 中国人なんだけど、駱駝を引っ張ってる像の姿を見て 「コレ何してるように見エマスカ〜?」 「私はカラオケしてるように見エマス、あっはは」 なんていう笑いのセンスがあるのかないのか分かんない人(笑) そんな感じの、意味の分からない説明もたくさん取りまぜ 楽しそうにガイドしてました。おじさんやおばさんは笑ってたが。 見終わって最後に高価な壺やタンスがある部屋に入っていった、 何かと思ったら商売してるし!おいおい、博物館なのに。 一つ3万円の皿や壺があって、でもなんといってもメインはこれ! 棚とその中の壺や皿、その上日本までの送料保険代含めて10万円! 説明を聞いてるうちに、お買い得だと思ってきたからいかんいかん。 博物館もぼろいし、修理費用がいるんだって。ああ切実な・・・。 おじさんおばさん方も「置き場所が無いからなぁ」と悩んでる様子。 結局買わなかったみたい。一回のお土産屋で本の立ち読み。 中国語・英語・日本語の三ヶ国語注釈の本が多くて、さすが敦煌。 やっぱり日本人かなり多いんだろうなーと思うのでした。
宿に帰るとギター君もいた。せっかくなのでギター聞かせてもらう。 うぉー上手い!ヘタレだった今迄のイメージ一新して見直した!(失礼) 大理でタイで歌手デビューしてる人に出会ってよく歌を聞いてた。 その人には悪いけど、ギター君の歌の方が胸にグッときたなぁ。 列車などで弾いてって言われたときのため、中国人うけする曲を聞かれる。 やっぱり一番は「北国の春」か(笑) しかし古い曲だからか、この歌を知ってる日本人がいない。 仕方ないから「長い間」「未来へ」「島唄」などをお勧めしておく。 何回か試したら、自分でコード書いてすぐ歌えるのがすごいよね。 彼も夕方に自転車で砂漠へ行って「月の砂漠」を歌うらしい。情緒あるねぇ。
時間つぶしもしたし、夕方ごろそろそろ砂漠・鳴沙山に出発! ここも西の方だから日の入りが8時頃で、比較的遅いんだよね。 砂漠なのに入場料がいるので、自転車で裏からまわろうとも思ったけど 最近はそれも見つかるらしく、真面目に表から入ることに決めた。 中に入ると人が結構多い。ラクダや汽車みたいなのに乗ってる人が多いけど とりあえず歩いて月牙泉を目指す。歩いてるのはなぜか一人だし。 だんだん見えてきた。緑が多くなって、オアシスの泉があることが分かる。 月牙泉の周りにはたくさんの人がいて、すごく楽しそうな様子。 砂滑りやパラグライダー(めちゃめちゃやりたい!)で遊ぶ人の姿も。 月牙泉は三日月の形をした泉らしく、傍に小さいながらお寺も建ってる。 お寺出るとき日本人らしきカップルがいて、微妙に日本語が聞こえてきた。 女の子一人で来てるなんて、なんたらかんたらって言ってみたいだけど。 ええい、砂漠に女の子一人で来ちゃ悪いか! 確かに周りはどこも家族やグループばっかりだったけどさぁ。
さて、砂漠の砂山に上ってみることにしよう! 向こうの方に梯子があったんだけど、月牙泉を上から見たかったから 何も無い月牙泉そばの砂山を登っていく。近くにも何人かそんな人達が。 後から聞いた話、その梯子を使うのには5元払わないといけないらしい。 入場料も高いのに、どこまで商売する気なんだ。プンプン。 登るのはすんごい大変で、本当すっごい体力を使ったね。死にそう。 砂の中に足をとられてなかなか進まないし、すぐに滑り下りちゃうし。 五歩進んでは座って五分休憩、そんなのろのろペースだった。 同じくらいに登り始めた周りの人達に負けられないと思ったけど、 すごいクタクタでついていくのが必死。ギリギリついていった感じ。 一生懸命足を踏み出すのに、何歩歩いても滑り下りちゃうから進まない。 やっとのことで頂上に辿り着いたときは、もう感無量の状態。 何時間かかったんだろうって感じで登った気がする。桃をかじって一息。 下を見下ろすと人が小さく見える。敦煌の街も見渡せて気分がいい。
奥のほうに行くとずっと砂漠が続いてて、一人駆け回ってた。 砂漠というと、内モンゴルでの砂嵐という悲しい思い出があるけど。 今回は全然そんなこともなく、静かですごい楽しかった。 風が無いから地面にデジカメ置いて、オート機能をセットしたらダッシュ! そしたら広い砂漠にぽつんと佇む写真が撮れた。うん、いい感じ。 その後もすんごいテンションではしゃぎまわって遊んでた。 一番楽しかったのは「一人ナスカの地上絵」 広い広い砂漠に、ナスカの地上絵くらい大きな絵や文字を書いてみるの。 空の上や丘の上からだったら綺麗に見えるんじゃないかってくらい大きいの。 「あみ」「大スキ」なんていう文字系から、ぐるぐる渦巻きや延々足跡も。 いつの間にか靴を脱いでて、砂の温度や感触がサラサラで気持ちいい。 足で一生懸命文字や絵を描いて、息があがるくらい駆け回ってるし。 砂丘の上にいた人から見たら、なんてアホな事してるんだろうなって思う(笑) それでも楽しくてしょうがなくて、もっと早く来てもよかったなって。 他にも「一人影絵ゲーム」なんていう遊びもしてた。 砂の上にラクダ書いて、その上に自分の影をあわせて写真撮ったり。
だんだん日が暮れてきたので、もっと上の方に登って夕日を眺める。 近くにいたおじさんに「さっき一人で何やってたんだ、あっははー」 なんて話しかけられて、雑談してたり。でも急に砂嵐っぽくなってきて うわーーって身を丸める。目もあけてられず、砂をすごい被る。 しばらくして立ちあがったら、立った方が砂を被らないことに気づく。 砂嵐も数分で止んで、もっと奥の人がいない場所へと向かっていく。 ここは人が全くいなくて喧騒も聞こえない、下からも見えないし。 ぽつんと座り込んで、ゆっくりと夕日が沈むのを眺めてた。 周りに人がいないことをいいことに、歌を歌ってみたりいい気分。 くっきり分かれた影がどんどんと移動していくのがおもしろい。 砂の色と空の色も移り変わっていって、夕日が空いっぱいに広がって。 この日の夕日はすっごい綺麗だった。空が真っ赤に染まってるの。 暗くなってきてもまだ座ってた。少しずつ星が見えてくる。 肝心の月がなかなか見えなくて、長い間粘って砂漠にいた。 少し風が冷たくなってくる。でも、砂の中に潜った足は温かい。
どんどん人も少なくなってきた中、砂山を必死に登ってくる家族がいた。 こんな真っ暗な中、今から何しに来たんだろう?って思ったけど。 私と同じように登るのに苦労してて、子供なんか泣き出してるし。 頑張っても登れなくて、駄々こねてぐずってた。だろうねぇ。 そろそろのんびり帰ろうかな、と思って少し砂山を下りたら月が見えた。 砂山に隠れて見えなかっただけで、ずいぶん前から出てたみたい。 なーんだ。月の砂漠を味わいながら、誰もいない砂漠を歩いていく。 月は満月で、星もたくさん見えて、砂漠に寝っ転がると最高の気分。 シルクロード気分を十分に満喫して、砂山をやっと駆け下りた。 もう観光客は帰ってる人が多くて、人影もほとんどなかった。 もう9時ごろだったからバスあるかな?と思ったらギリギリ最終のがあった。
本当は昨日莫高窟行った後すぐ砂漠に行った方が良かった気がする。 一日無駄に過ごしてしまったかも。街が小さくて、郊外に見所が多いから 今日は結構ダラダラ過ごしたなー。ちょっと失敗したかも。 でも、ドミの同部屋の男の子が明日同じバスでハミに向かうらしく、 旅の道連れが出来た&宿で仲間がたくさん出来たのは良かったかな。 次回はやっと新疆・ハミ編。ハミ瓜!新疆料理!うまいもの巡り!
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| 旅記37〜甘粛省・敦煌編〜「莫高窟でシルクロード気分」 |
| 2004年10月13日(水) |
旅記37〜甘粛省・敦煌編〜「莫高窟でシルクロード気分」
8/21夕方。さて、せっかく四人いるのだからとみんなで夕食。 敦煌は夜市の屋台が有名で、広場の屋台に行ってみると店だらけ。 店ごとにテーブルがあるので、客引きもすごい勢いである。 敦煌はロバ肉が有名なので、せっかくだし食べてみることにする。 後は新疆系の羊肉串や新疆チャーハンのポロ、普通の料理も頼んで食べた。 テーブルの上にヒマワリの種が置いてあるんだけど、それが気に入る。 いろんな場所で食べてきたけど、ここのはベストスリーにも入る! 種が大きいし、香ばしくて、カリッと食べれて止まらなくなる。 ポロは、ニンジンがすっごい甘いし「新疆に近づいて来た」って感じ。 さて、メインディッシュのロバ肉。本当美味しかった!!!! 敦煌意外じゃあまり見かけないんだけど、なんでだろうね。 こんな美味しいならもっといろんな所でも食べてそうなのに。 すごい柔らかくて、香草との相性もいいし、最高なのだ〜〜〜。
食べ終わったら、夜市をひやかしてまわる。 日本語を話せるお店の人もいて「本物!」とか「4枚1000円」とか言ってる。 とりあえず日本円で提示してくる場合、間違いなくぼったくりだけどね。 有名な「夜光杯」もここが産地みたい。すごい丁寧に作ってあった。 まぁ蛍光塗料とかで、暗い所で光る杯だと思ってたのは内緒ね。 敦煌はなぜか日本で有名な場所なので(石窟と料理屋のせい?) 小さな都市の割にシルクロードを旅する日本人が多い!のだ。 宿のドミは7人部屋だったんだけど、ほとんどが日本人パッカー。 夜市や観光地では日本人ツアー観光客を普通に何回も見かけた。 特にドミは入れ替わりが激しかったのに、日本人率めちゃ高くてびっくり。 上(新疆方面)から来て下(チベット)に行く人か 下から上がってきて上に行く人の二パターンがほとんどだったしね。 シルクロードっぽい敦煌の夜を満喫したら、おやすみなさい。
8/22。敦煌は特に行こうと思ってた場所が無いんだけど せっかく来たのに何も見ないのもなーと思って、あの有名な「莫高窟」へ。 女の子二人組みが行くみたいなので、ついでに一緒についていった。 バスが無いので何ヶ所か交渉して、観光用みたいな車で行くことになった。 歩き方の平均的値段はやっぱりあてにならないもんだ。 入場料なんかも、どんどん値上げする中国に追いついていけないのか きちんと合ってたことがあんまり無い。古いのも新しいのも両方違うし。 やっと到着!入り口に向かって歩いてるとテレビ局の撮影団みたいな人達がいる。 後ろを着いていくみたいな形で歩いてた。日本のテレビ局みたい。 女の子二人組みは「やっぱりスタイルいいー」「美人だー」なんて話してたけど 私は周りの景色を見ることに必死になってたのか、誰のことか分かんなかった。 後で聞いたらリサ・ステッィグマイヤー(これで合ってる?)だったんだって。 確かによく見たら本物だったんで、へぇーって思って見てた。 レポートしてたから、さりげなく映ってるかな?と思いつつも(笑) 日本でシルクロードの特番でもするのかな。
莫高窟の入場料はなんと100元!なんてふざけてるんだ。 学割で50元にならなかったら入って無かったよ、きっと。 中に入ると集団にまとめられて、10ヶ所くらいガイドさんに連れられてまわる。 一つ一つに鍵がかかってて、個人じゃ自由に見れないようになってるんだよね。 歩き方には「中国人80元、日本人100元。日本人だと高い分日本語ガイドもセット」 って書いてあったのに、聞いてみると日本語ガイドはつないらしい。えー。 140元くらい払うと日本語ガイドついてくるらしいんだけど、それもどうかと・・・。 さっそく中国人の集団と一緒にされて、何ヶ所かまわってみる。 石窟の中は真っ暗で明かりも無く、懐中電灯が必要だっていうのがやっと分かった。 もちろんガイドさんや数人が持ってる電灯で軽く見えるんだけど、 自分が見たいところがじっくり見れない。しかも狭いから人でぎゅうぎゅう。 中国語の説明は、早口の上専門用語が多いのであまり聞き取れない(--; 二人組みのうち一人は留学生だったんだけど、彼女もさすがにギブアップしてた。 こういう場所は説明があった方が何倍も楽しめるんだけどなぁ。
途中で日本語ガイド付きの日本人ツアー客がいて、それに乗り換えたのに 乗り換えてすぐに、「ここが最後の石窟になります」だってさ。 せっかく見つけたと思ったのに・・・。どうやら日本人ツアー客は私達と 逆方向からスタートだったみたい。別の日本語ツアーもすぐに終わったし。 16、17窟だったかな。すごく有名なところだったんだけどなかなか良かった。 日本の小説家の敦煌っていう小説だったかな?それの舞台になってる石窟。 旅人の「歩き方・シルクロード編」に一つ一つの石窟の説明があって 借りて予習でしっかり読んでたんだけどねぇ。だって多すぎるんだもん! 他にも左端の仏像がアメリカ人によって盗まれた石窟とか。 他にも壁の壁画を薬品で剥がそうとした跡も残ってたりして。 ここも有名なのか、ガイド乗り換えてたら被って3回も見てしまった。 何回も乗り換えてたら、いつの間にか近くに誰もいなくなってしまう。 個人じゃ中見れないから、やっとの事でまた上の方に団体見つけて参加。 やっぱりこれだけ厳重にして保存してるだけあるね、保存状態がすごい良い。
一回間違えて一般客は入れない特別石窟に入っちゃったんだけど、 中には考古学者みたいな人が観察してて、すぐに外に出たんだけどね。 この特別石窟、本当に凄かった!!はっきり色も線も残ってるし、 小さいながらもすごい圧倒的存在感があった。少しだったけど見れて良かった。 現在、過去、未来の輪廻を表す大きな仏像もあったりして。 石窟は、仏像と壁画がうまく溶け合っててすごい一体感なんだよね。 各部屋各部屋が本当に一つの芸術作品と言っても過言ではない。 ありえないくらい大きな仏像や、最後には涅槃仏もいたりして。 せっかくだからなるべくたくさんの部屋を見るように頑張った。 お疲れ様自分!!よく頑張ったと思うよ。女の子二人組みが疲れてたし、 いっぱいまわって時間がもう無かったので収蔵館は見れなかったけど。 後で聞いた話、自転車で莫高窟まで来て、何度も団体に紛れ込んで 6時間以上莫高窟で過ごし、ほとんどの石窟見たってツワモノもいたけど! 莫高窟はさすが世界遺産だけあって、すごい感動的だったけど 大同や洛陽みたいに自由に中が見れなかったのが少し残念かな。
戻ってきたら、女の子達とは別行動でぶらぶら。 彼女達は月牙泉・鳴沙山っていう砂漠に夕日と月を見に行ってた。 天気が悪いかな?と思ってたし、砂漠は内モンゴルで行ってたので 行かなかったんだけど、報告聞くとすっごい良かったらしい!!! うーん、これは行っとくべきなのか。せっかくのシルクロードだしねぇ。 明日出発しても良かったけど、砂漠のために一日伸ばそうかな。 まぁ切符も買ってないし、朝起きる気も無かったんだけどね。 敦煌は列車の駅まで車で1,2時間かかるらしく、面倒だからやっぱりバス。 女の子達もウルムチまで行くらしく、行き先は一緒だったんだけど。 ハミ、トルファンを通過する私と違って、直接一気に行くみたい。
夕食は一人だったのでもちろん麺! 敦煌名物「ロバ肉黄面」っていうのを食べてみることに。 地元の食堂に入ったんだけど、なんかスパゲッティみたいな感じ。 予想してたのとは全然違ったけど、なかなかの味で満足なり。 美味しいと噂の有名店があったんだけど、そこに行ったらよかったのかな。 明日日本に帰国する友達がいて、電話屋さんで電話をかける。 本当はお見送りするため、今頃は天津に戻ってたはずなんだけどねぇ。 彼も夏休みは旅行してて、私とは逆にラサ→雲南に旅行してた。 お世話になった人だから、別れは寂しいのです。ぐすん。 というわけで、敦煌の夜は更けていく。 次回も敦煌編。月の砂漠を遥々と♪
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| 旅記36〜ラサ→ゴルムド→敦煌移動編〜「敦煌行きも要パーミット」 |
| 2004年10月12日(火) |
旅記36〜ラサ→ゴルムド→敦煌移動編〜「敦煌行きも要パーミット」
8/20。ラサ出発!!! いつの間にか長居してたチベット。今度はシガツェやヒマラヤ行って そのままネパールに抜けるルートを通りたいなって思う。また来ないと。 8時出発のゴルムド行き寝台バスに乗り込む。中国人だらけ。 日本人は私とウルムチさんだけかな、と思ってたら二人組みの女の子もいた。 彼女達はご飯休憩でカップラーメンを食べ、そのゴミを手に持ったままなの。 その辺に捨てたらいいのに、とか思いつつどうするか観察してた。 そしたら近くのお店の人にゴミ箱があるかどうか聞いてて お店の人はその辺の道端に捨てればいいじゃないって答えてたみたい。 もちろん中国ですから、道端がゴミ箱状態になっててその辺ゴミだらけ。 それでもそのゴミを捨てずに持ち帰って、後でちゃんとゴミ箱に捨ててた。 その姿を見て驚愕した。日本人だ!すっかり自分が日本人だってこと忘れてた。 中国にすっかり慣れたから、ゴミは道に捨てるもんだと思ってた(笑) だって道にゴミ箱なんてもの無いし、みんなが普通に道に捨ててるからさー。
高山病はまたも気合いで乗り越えようと思ったんだけど、 そのくらい買いなさい!って言って高山病用の薬を分けてくれた。 おかげで頭痛も無く、平気で5000mの山越えが出来た。よかったよかった。 窓から見える景色は、またもすごい綺麗で綺麗で。雲も草原も素敵。 バスはものすごいスピードで走ってて、予定よりも早く着きそう。 夕ご飯を食べたお店が回族のお店で、子供たちがすごい可愛かった。 小さいのにもうあの白くて丸い回族帽子被ってるし、うきゃうきゃしてる。 トイレ休憩はまたも道端という恐怖だったけど、今回は行きと違って ご飯休憩が何回かあったから、そのおかげでなんとかなった。 周りが中国人ならいいけど、日本人や知り合いだったらできないね。
8/21。朝6時にはゴルムドに着いた。 バスチケット売り場が開くまでホテルのロビーで勝手に時間つぶしして。 朝8時ごろにゴルムド→敦煌のバスがあるから、そのまますぐ行こうと思ってた。 でもよく考えたらチケットは前日に買わないと売り切れてることが多いんだよね。 で、やっぱり夕方の寝台バスのチケットしか買えなかった。 私、ウルムチさん、二人旅の女の子、4人とも目的地が敦煌だったから一緒に。 しかし!日本語話してたので、外国人ということがばれたらしく買えなかった。 ゴルムド→ラサに行くのは、チベット自治区内だから許可証が要るのは分かるけど ゴルムド→敦煌に行くのにも許可証が要るらしい。なんでさーーー!!! 今から公安に行って許可証取って50元、プラス寝台バスが90元だなんてそんな。 ありえない。いくらなんでも外国人に対する扱いがひどすぎる!うわぁ。 ラサと違って客引きもほとんど無いし、どうしようもないし困った。 やっとのことで車の交渉したんだけど、足元見られて値段下げてくれない。 何も無いゴルムドで夜まで待つより、今出発できるし値段も少し高いくらいだから 結局は車に乗っていくことにした。ちょっと高いけど仕方が無いからね。
車はありえないほどとばしてた。事故りそうな勢い。 運転手のおじさんは、窓の外の景色について説明してくれたり。 途中で塩の湖があったり、遺跡や古城があったりしたからね。 でもほとんどは砂漠みたいな景色が続く。景色の変化が面白い。 途中道をラクダがのんびり横断してて、急ブレーキをかけたことも。 事故車の撤去で道が塞がってて、車が渋滞してる場所もあった。 ぺしゃんこになってた。結局うまくいかなくて、諦めて通してくれたけど。 一回警察の検問みたいなのがあって、前の車がチェックされてた。 気づかずに窓を開けたら、ヤバイから閉めろって周りから注意される。 なんとか通り抜けてやりすごせたけど、ちょっとヒヤヒヤしたかも。 女の子が「地球の歩き方 西安とシルクロード編」持ってたから見せてもらう。 新疆のいろんな場所の紹介があっておもしろい。いいなぁ。 うちのガイドブックは大都市しか載ってないから、役に立たないんだよね。 大都市は都会過ぎて面白くないから、小さな町に行くことが多い。 でもそんな場所はガイドブック載ってないからいつも手探りなのだ。 新疆も時間があったらもっとまわりたい場所がたくさんある。 ギリギリ国境のカシュガルや、カラクリ湖とかすんごい行きたい!
おっさんの運転テクニックのおかげで7時間という短さで敦煌に到着。 バスの半分とまではいかないけど、かなり早かったのは確か。 ウルムチさんはちょっといいホテルにシングルで泊まるらしく、 うちら三人はバスターミナル前、飛天賓館のドミに泊まる。一泊20元。 さぁ、夜はおいしい料理だ!ロバ肉が有名だって。次回は敦煌編。
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| 旅記35〜チベット自治区・ラサ編(10)〜「バルコル四周買い物三昧」 |
| 2004年10月11日(月) |
旅記35〜チベット自治区・ラサ編(10)〜「バルコル四周買い物三昧」
8/19。いいかげん今日こそは、ウルムチさんとバスチケットを買いに行く。 その後付いていった銀行で他の宿の旅人三人と出会い、一緒に昼ごはん。 男の子三人旅って珍しい〜。二人旅はたまに見かけることあるけどね。 ジャガイモカレー&ナンセットを食べたら、おいしいのだ〜〜vv 他の人が頼んだ骨付きヤク肉や、イモのモモもコロッケぽくておいしい。 最終日なので後悔の残らないように、しっかり買い物をする。 考えてみたら今まで値段調査ばっかりで、あんまり買ってないからね。 ネパール系の服やバッグが超可愛くて、ついつい買ってしまう。 チベットのれん(ドアが無い代わりに入り口にかける大きな布飾り) も気に入ってしまい、キャンバス地の質がいいの発見して交渉。 お香にはまるぞ!と心に決め、インドのお香セットと香箱買ったりも。 お香は一箱1元くらいだろ、と思って6箱セットだから6元でしょ!と言うと 最初何十元って言ってたけどすぐに下がった。やっぱそんなもんか。 でも高いやつの方が、やっぱり煙や香りの質がいいみたい。 とりあえず今日一日でありえないくらい買い物しまくった。満足ー。 バルコル四週くらいしたしね。ぐるぐる周って安いのを買い求める。 毎日食べてたスノーのケーキも食べ収めだと思うと残念。
今日は旅人にサムイエへ日帰りで誘われてたんだけど、断ってしまった。 サムイエはチベットでも有名な場所の一つ。 立体曼陀羅みたいに、マンダラを寺自体で表したという壮大さ。 近くの丘に登ると、本堂や搭などが宇宙を表すように配置されてるんだって。 見たら感動しちゃうらしいんだけど、ちょっともったいなかったかな。 行った人たちは、足が無くて帰りはヒッチして帰ってきたみたい。 トラックの荷台に乗せてもらってたら雨が降ってきて大変だったって。
夕方急に思いついて、NORTH FACEのパーカー買いに行く。 ラサはNORTH FACE(本物っぽい偽物)がやたら多くて、結構みんな着てる。 質もピンからキリまであって、ほとんど本物と見分けつかないのもあれば ロゴが雑で糸もぼろぼろ出てるすごい安っぽいのもある。 父がスキー好きーだからお土産にでも買うか!と思ったんだけど もう遅いから店も閉まりかけだし、安っぽいから選んでると迷うし。 何軒かまわってみたんだけど、あるお店でちょっと嫌な思いをした。 詳しくは書かないけど、買おうと思ったけど結局やめたのね。 その時店の人が「イ尓的脳子有病、是ロ巴」って吐き捨てるように言った。 一瞬何言ってるのか分かんなくて「ん?」って思ったけどすぐに理解した。 最後の夜が、それで嫌な気分になってしまった。うちも悪かったのかな。
チベットは結局12日もいた。なんでこんな長居したのか自分でもびっくり。 恐ろしいねチベットパワー。愛する麗江より更に沈没期間長いし。 何をしたかって聞かれたら、買い物ぐらいしか思いつかないんだけど。 買い物が楽しいぞチベット!!他の旅人も同じ事言ってた。 お寺はどこもここも入場料が高いから、すんごい苦労したなぁ。 ポタラ宮(100元)→ちゃんと払う ジョカン(70元)→泣き落とし? セラ寺(50元位?)→売り場に気づかず入場 デプン寺(55元)→20元でカード借りる ノルブリンカ(60元)→3元で庭だけ ミニゴンパ→無料 なんか苦労した度合いが目に見える・・・。
そういえば、一回虹が出たことがあった。本当久しぶりに見たけど。 多分、中国に来てから見たことが無いと思う。天津ほとんど雨が降らないしね。 宿のベランダから虹が見えて、ダッシュで近くのジョカンまで走った。 ジョカンの上にぴったり虹がかかってて、すごい綺麗だった〜〜〜〜。 前にこんな写真見たことあったんだけど、そんなうまくかかるはずが無いし 合成かなと思ってたんだけど、本当にきれいにジョカンにかかってた。わぁ。 虹っていいよね。見てると不思議な気分になる。
ラサからランクルチャーターでネパール国境まで行って 中国を抜ける旅人が多いんだけど、最近ネパール国境でストが起こったらしく。 抜けれる抜けれないで、いろいろ大変な問題になってたみたい。 それでも挑戦する人も多くて、ある女の子はシガツェまでバスで行って そっからはバスが無いからヒッチで国境まで行くって言ってた。 女の子一人旅で、そこまで挑戦してるのが本当すごいと思った。 うちもいつか旅人になって、たくさんチャレンジしてみたい。
言い忘れてたけど、旅行するにつれてどんどん日が長くなっていった。 9時くらいに日が沈むんだけど、夏だから日が長いんだろうなーって思ってた。 でもよくよく考えたらいくらなんでも長すぎ。やっとのことで気づいた。 中国はこんなに広いのに北京時間に統一してるから、時差が出てくるんだ。 だからラサも夜の7、8時は日中のような明るさでギラギラ。 8時半くらいから夕日になってきて、9時頃日が沈んでやっと暗くなる。 旅行者にとっては、行動時間が長いから好都合だったけどね! 一日の行動時間が長くて、時間が増えたみたいで得した気分になる。 その代わり朝が少し遅いみたいだけど、起きれないから問題ない(笑) そんな感じで最後の夜も更けていった。 とうとうチベットともお別れ。次回から移動編。
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| 旅記34〜チベット自治区・ラサ編(9)〜「チベットオペラ祭り」 |
| 2004年10月10日(日) |
旅記34〜チベット自治区・ラサ編(9)〜「チベットオペラ祭り」
8/17追記。 ポタラ宮の後、ジョカン(大招寺)に乗り込んだ話。 チベタンはどこのお寺もタダで入れるのに、他の人は入場券買わないといけない。 ジョカンは70元という高さだったから、宿の傍なのにまだ行ったことが無い。 というのも、何回かタダで乗り込もうとしてたんだけど失敗だらけで。 いろんなお寺について、こっそり入り込める裏技情報が旅人の間で流れてた。 ジョカンは朝早く行くと入れるって聞いたんだけど、起きれなかったので(^^; 人からチケット借りて、ナイスな兄さんと二人で隙を狙ってた。 チケット借りてもチケット売り場の傍に入り口あるし、見張り多いしで大変。 ちょうど入場者が多くなった時を狙って、兄さんが一足先に挑戦。 帰ってこなかったところをみると、うまくいったみたい。 私もちょっと後に挑戦してみたんだけど、案の定警備員に止められる(-_-; つい最近チケットが変わったらしく、借りたチケットは水色の紙がついてるけど 新しいチケットは黄色の紙になったらしく、そこでバレてしまった。 兄さんが借りたのは水色だったから楽々入れたみたいだったけど。 「上のお土産屋で買い物がしたいだけなんだけど、ダメ?」って聞いても無理。 仕方が無いから入り口の傍でしゃがんでたんだけど、だんだん悲しくなってきて。 なんでこんなに何回も頑張ったのに入れないんだろうとか、一人泣けてきた。 えーんえーんって泣いてたら、しばらくして警備員さんが入っていいよだって。 いいのかな?と予想外の展開に驚きつつ、やったvって中に入る。
中はチベタンがすごいたくさんいて、マニマニしながらコルラしてる。 お寺の中はうす暗くて、でも仏像がたくさんあってなかなかおもしろい。 日本人団体客のツアーがいて、「午前中はポタラ宮に行きましたが・・・」 って話してて、あーうちも午前中はポタラにいたよーって心の中で思ってた。 屋上に上がると、景色がすごいよく見える。バルコルやポタラ宮まではっきり。 ジョカンの屋上のお土産屋は品揃えがよく有名だったけど、何も買わなかった。 外に出たら、やっぱりジョカンの前で五体倒地してるチベタンがいっぱい。 地面の石が磨り減ってへこんじゃうほど、毎日五体倒地してるんだよね。 ジョカンにやっとのことで乗り込めたって気持ちでもう十分だった。
8/18。ラサ長居しすぎ!本当は今日出発の予定だったんだけどね。 いいかげんチベット出発しなきゃいけないので、バスチケットを買いに行く。 バスターミナル近くにはノルブリンカっていう法王の夏の離宮がある。 お祭りにちなんで、ここでチベットオペラやってるらしいんだけど、 入場料が60元なんていうありえなさなんで、無理だろうなって思ってた。 でもノルブリンカ通り過ぎるときに、祭りの雰囲気が楽しそうで寄ってみる。 なんとかうまくしてこっそり入り込めないかな?とか思ってる悪い子。 チケット売り場覗いてると、子連れの女の人が「チケット買う?」だって。 2枚買ったんだけど子供はタダで入れるらしく、無駄になった分売りたいらしい。 「いくら?」って聞いたら「そこの窓口と同じで3元」だって。本当? 60元のはずなんだけど、これはチベタンだから3元なのかなーとも思って。 迷った挙句恐る恐る買う。その親子の後ろをこっそりつけて一緒に入り口入った。 成功!やったー3元で入れた!!後で知ったんだけど、中の建物入らずに オペラだけだったら誰でも3元で入れるらしい。なーんだ、そうだったのか。 でもその事知らないで、60元払ってオペラ見た人も結構いたみたい。 でもダライラマ14世がいた建物の中には入れなかったんだけど、まあいいか。
かすかに歌声が聞こえてきたからそっちの方に走っていく。 そしたら広場と舞台があって、チベットオペラは既に軽く始まってるみたい。 衣装と仮面が独特で、特に笑ってるみたいな平らで大きな仮面がお気に入り。 周りはほとんど地元のチベタン達でごったがえしてる。人が多くて見るの大変。 ものすごいぐるぐる回ったり、男女で掛け合ったりしておもしろいー。 一日中やってたんだけど、あまりの人の多さに全部は見なかった。 聞いた話、最後の方がなかなか面白かったらしいけどね。少し残念かも。 でも雰囲気味わっただけで満足かな。あと、出店が多くて祭り気分がいいね。 チベタンはまたピクニックみたいに敷物しいてゆっくり休憩してるし。 綿飴ついつい買ってしまう。好きなのvvハミ瓜も甘くてメロン並み! 輪投げゲームとか射的ゲームみたいなお店もあったしね。
バスターミナルに行くと、すごい客引きが多い。 入り口に「敦煌行きのバス開通!」なんていう垂れ幕があったのに 実際には無いって言われたし。ゴルムドに行くって行ったらまたも客引き。 8時の便と10時の便でお互い争ってるんだよね、こっちにしなよって言ってる。 ウルムチさんもゴルムドに行くから一緒に行くかって言ってたんだけど どっち買ったか分かんないし、外でもっと安いバスがあったから買わずに帰る。 ターミナルで買うと210元なんだけど、180元で一日何本も出てるバスがあるみたい。 道を聞いた日用品店の親子が勧めてくれた(多分闇)バスなんだけど 怪しいと思うなら名刺もあげるし、絶対安心できるからおいでね、だって。 これにしようかなって少し思ったけど、後でウルムチさんに聞いたら 闇でラサに入ったわけだし、そんな多少のお金でリスク負わない方がいいみたい。 明日こそ本当にバスチケット買いに行くことにした。
小招寺の前にうまい水餃子屋さんがあって、忘れられずもう一回来た。 実は前に旅人に勧められて行ったんだけど、本当に美味いのさ!!! 口に入れた瞬間にビビビって衝撃がはしったもんね。 今回の旅行中のうまいものランキング、絶対上位に入るね。 このプリプリ具合はマジで最高。味付けも酢じゃなく日本人好みっぽい。 見た目はこじんまりした地元の普通の料理屋なんだけど、 なんでこんなにメッチャおいしいんだろう。隠れた名店だよ、うん。 この水餃子の味は一生忘れられないと思うね。 他にも旅人に聞いたうまいアイス屋さんにも行っておいた。 味はまぁ普通かな?って思ったけど、人が多くすごい賑わいようだった。 次回もラサ編、そろそろチベットもラスト。
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| 旅記33〜チベット自治区・ラサ編(8)〜「やはりポタラ宮は偉大だ!」 |
| 2004年10月09日(土) |
旅記33〜チベット自治区・ラサ編(8)〜「やはりポタラ宮は偉大だ!」
8/17。とうとう、ポタラ宮の日!!! たまたま昨日一緒にチケット並んだ5人組み+1人で出発。 メンバーはウルムチに留学してるウルムチ兄さん、ナイスな兄さん、 昨日博物館に行った姉さん達、私、おまけで海外協力隊の子。 来たばかりの海外青年協力隊の子がいて、並ぶの大変だから うちの二人分のチケットで入れてあげることになった。 できるかな?って思ったら普通に入れた。なのにその子入ってすぐ いなくなっちゃうし、それ以来会わないしでちょっとだけぷんぷん。 ウルムチさんが寝坊したため、急ぎ足でポタラ宮に向かう。 だって時間指定の間に行かないと、少しでも遅れたら無効になるしね。 パスポートと前売りの番号を一人一人確認して、入るのを許可される。 そこから上のチケット売り場まで歩くんだけど、坂道が結構キツい。 ポタラ宮の本当の入り口はチベタン用入り口になってて、 うちら一般客は裏のダライラマが車で登ってた場所から入っていく。 だから見る部屋も悲しいことに逆コルラだし、チベタンとは逆周り。 坂道登ってるとゴミ箱があったんだけど、パンダの形した可愛いゴミ箱なの。 ポタラ宮になんてそぐわないんだ!とか思いつつ。なんでだろうねぇ。 ポタラ宮は入場料100元なんていうありえなさ。チベタン3元らしいのに。 しかも全部中国政府の収益になるってのが納得いかないよな〜。
このポタラ宮にあえて乗り込んだ人を三人知ってる。 一人目、キレーに泊まってた旅人の女の子。(未遂) 人からチケット借りて「昼ごはん食べに行ってた」って言って出口から入った。 何時間も粘って、途中で服着替えて眼鏡で変装もして頑張ったらしい。 警備員に止められたため出口そばの2、3部屋だけでアウト。でも本人は満足してた。 二人目、西寧くん。昔チベット衣装着てチベタンの友達と一緒だったら 普通にタダで入れたらしい。顔も似てるし普段から成りきってるからねぇ。 三人目、同じ宿の旅人の女の子。チベタンの衣装や鞄をバルコルで買って 人からマニ車を借りて、準備万端で乗り込んでいったツワモノ。 中国語もチベット語も話せないんだけど、勢いで乗り切ったらしい。 まぁ、衣装やアクセサリーなんかを揃えるのでお金かかってるけどね(笑) 宿ではいけるかいけないかの賭けをやってて、半々くらいだったんじゃないかな。 宿のみんなが応援してたから、彼女の成功はスノー内でも大喜びだった。
ポタラ宮に入ってすぐのトイレは、高度が高い有名トイレ。 ポットン便所みたいな感じなんだけど、すごい下まで落ちていくのね。 とりあえず穴が開いてて仕切りも何も無いんだけど、地面まで距離がある。 時差を感じるような、不思議な感じのトイレでした。 中に入ると写真撮ってはいけなくて、ちゃんと監視カメラもあった。 たまたま自分達の目の前が中国人の日本語ガイドだったから 一緒に説明聞いてみたんだけど、発音が少し悪いから聞き取るのが難しい。 途中に「ポタラ宮は(日本の)カミナリ親父のせいで壊された」とか言ってて みんな意味が分かんなくて混乱してるのね。聞きたいけど聞けないし。 やっと解読したら、カミナリでポタラ宮が壊れたことがあるっていう意味だった。 カミナリ親父なんていうギャグ?盛り込むから、分かりにくいんじゃない! ずっとガイドとその人たちについていくのもアレだし、別れてゆっくり見てた。 入ってすぐのところにいた見張りの人民兵がすごいカワイイ男の子で、 女性陣はみんなメロメロになってしまうという始末。しかもいい子だった。 うちらはガイドもいないし、壁に貼ってある軽い手書きの紹介文と 見張りのお坊さんに説明してもらったりして、じっくり見てた。 その説明の文章なんだけど、チベット語と中国語と英語で書いてあった。 うちらの中で中国語ができるのがウルムチさんと私だけだったので、 翻訳するんだけど難しい!漢字でなんとなく意味が分かるかなと思ったのに。 私がまず説明すると、ほとんど説明になってなくて年代と人名だけくらい。 その後ウルムチさんがきちんと説明してくれて、なるほど〜って言ってるの。 日本では勉強経験無し、新疆に留学して1年目というウルムチさん。 羨ましいというか、ちょっと悔しいというか、自分は相変わらずまだまだだ!
世界遺産とだけあって、時間が経つにつれどんどん観光客が増えてきた。 中国人観光客もいれば、日本人ガイド付きの日本人観光客もいる。 人が多すぎるくらいどんどん多くなってて、困ったもんだ。 チベタンはバターロウソクに、自分の容器からバターを注いで拝んでた。 見所は何ヶ所もあって、ダライラマ各世の部屋や椅子なんか興味深い。 何人かのダライラマは思ってたよりも狭い部屋だったりして、結構意外に思う。 ここにダライラマが座ってたんだよなぁ、って歴史を感じる。 旅行人に各ダライラマの説明があって、プレイボーイで放蕩息子だった人や 何も大したことしなかった人、すごい偉大な人などいろいろいて面白い。 鼠対策なのか猫を見かけたりもして、のんびりしててかわいいのだ。 見張り番のお坊さんはみんな良い人で、聞いたら丁寧に説明してくれる。 いろんな部屋があったけど、人気が高かったのが「立体曼陀羅」。 あのマンダラの世界観を、実際に金で実体化して作ったっていう。 立体的で輝いてて、すごい!としか言いようが無いんだよね。 他にも今までのダライラマや中国の姫、ネパールの姫の仏像なんかもある。 紅宮と白宮の二色で有名なポタラ宮だけど、中庭辺りは華やかなオレンジと黄色。
出口を出ると、そこはチベタン達の入り口になってるのね。 だからすごいたくさんのチベタン達が必死に階段登ってきてる。 かわいいチベタンの子供あやしたりも(本当にこっちの子カワイイ!) おじいちゃんおばあちゃんが多いんだけど、坂道頑張って登ってた。 ポタラ宮の目の前には天安門広場みたいな広場があるんだけど、 それ無くていいと思うんだけどねって話にもなった。 道路がポタラ宮と並行して走ってるから、感動も少し減るみたい。 中はめちゃめちゃ時間をかけて、半日くらいいたかな、じっくりまわった。 見ての通りやっぱりかなり広くて、部屋が何ヶ所もたくさんある。 もし一人だったらさっさと軽く見て終わってたんじゃないかな。 説明も各部屋ごとに全部読んだし、質問もたくさんしたし、充実!! 最初は見なくてもいいかなって思ってたけど、やっぱり行って本当良かった。
遅めの昼ごはんをみんなで食べる。おいしいけどやっぱり物価が高いと感じる。 バルコル買い物してたらウルムチさんとばったり出会って一緒にまわる。 ウルムチさんは買い物大好きで、本物の銀を買ったりアクセサリーだらけ。 チベットは金、銀、石、宝石なんかが意外と安く買えるらしいです。 私は高いし銀なんて買わないだろうなって思ってたんだけど、 一緒に入ったお店で一目惚れしてしまった商品があった。 ゴリラのネックレスなんだけど、カワイイかなと思ってよく見ると不細工。 でもその不細工さがすごい良くって、うわぁ絶対欲しいなって思った。 でもそれは本物の銀で出来てるらしく、微妙に高いかなって感じの値段。 (本当はそんな高くも無いけど、まぁ普段4元5元とか買ってるもんでね) 結局買ってしまった。運命的な出会いをしたものは、買うべきなんだよね。 夕飯はタイ料理。うわ〜トムヤンクンとかちゃんと本物の味がする。 インドのガラム茶と甜茶飲んで、おしゃべりしながらすごい長居してた。 夜中はベランダで話し込んでた。というかウルムチさんの説教を受けてた(笑) うちの貧乏学生っぷりを聞いて、ショックを受けてたというか 「聞いてたら涙が出そう」だって(笑)もっとお金を使わないとだめらしい。 あと、もっと将来について考えろとか夢が足りないとか言われた。 他の旅人からもいろいろアドバイスを受けて、考えさせられた夜だった。 次回もまだラサ編。たまたまチベットオペラ鑑賞。
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| 旅記32〜チベット自治区・ラサ編(7)〜「爆笑西蔵博物館」 |
| 2004年10月08日(金) |
旅記32〜チベット自治区・ラサ編(7)〜「爆笑西蔵博物館」
8/16。今日こそは!とポタラ宮の前売りチケットのため並びに行く。 ラサ来てからずっと天気が良かったのに、久しぶりの小雨だし。 きっと昨日お香の煙焚きすぎたからだと思うんだけど。これ絶対だって。 朝早く行って待ってたんだけど、檻みたいな柵の中で並ばされるから なんだか閉じ込められた気分。中国人の割り込み防止と思えばいいか。 パスポート等の身分証があれば何人か分まとめて買えるんだけど、 まじめな日本人は一人一人ちゃんと並んで待ってた。感心する。 後ろに並んでた中国人は人民兵士で、いい人だったから雑談したり。 9時に開いたのに列が全然進まないの。なんでこんなノロノロしてるんだろ。 窓口に近づくにつれて「自分の分も一緒に買ってくれ」って言って 柵の外から居留証差し出してくる中国人とか、そんな人が多くなってくる。 こんなことしてるから更に自分の番が遅くなるんじゃないか!ぷんぷん。
窓口が開いて一時間ほどしてから、やっと自分の番がまわって来た。 いちいちパスポート番号とか紙に記入してるから時間かかるんだって。 パスポートと居留証一緒に出してみたら、予想通り二人分のチケット貰えた。 証明番号とか全く一緒なのに、記入するとき気づかないのか。 とりあえず今は予約券だけで、お金は明日払うんだけどね。 2時から売り出しのときより取りやすかったんじゃないかな。8:30のがとれた。 8:30〜9:30までの間に行かないと、せっかく並んだチケットが無駄になるの。 気づかなくて無駄になったから交換してくれ!って叫んでる人もいた。 かなり口論になってたけど、やっぱり無理だったみたい。厳しいなぁ。
チケットついでに、旅人みんながオススメする博物館へ行ってみる。 最近仲良いインド姉さんと、もう一人の姉さんと3人で一緒に行った。 新しいし解説も丁寧だし広いから、ゆっくりのんびり楽しめた。 更にはなんと日本語の音声ガイドがついてるのだ!トランシーバみたいな形。 日本語もちゃんとしてるし、やたら長くて丁寧すぎるくらいだし。 何時間もいてしまったくらい、長居した。解説は全部聞いたと思う。 解説があるとないとじゃ面白さが全然違うし、博物館広くて展示物多いし。 一部の高級タンカルーム意外は、フラッシュ無しなら写真撮ってもいい。 チベットの歴史から生活様式、芸術作品まで幅広く網羅してあった。 でもチベットの歴史がものすごい中国寄りで語られてたのが気になった。 中国が統一したのはチベットのためとか、それでチベタン達は喜んだとか。 なぜか強調してて、そこだけ二回も繰り返して言ってるんだもん。 時々「え?」って思うような部分が何ヶ所かあったんだけど、いいのかな。 毛沢東がダライラマにあてた手紙もあった。「達�鰉�ロ麻先生」って書いてある。
お祭りのとき使う衣装や、人間の足の骨で作った笛もあった。 この笛や人間の頭蓋骨でできたお碗は、バルコルでも普通に店先で売ってた。 大きな紙にいろいろ書いてある、タンカみたいなのがあったんだけど それがすごい気に入った。赤ちゃんが生まれるまでとか、薬の作り方、 細かい人間の体の仕組み、動物植物一覧表、人間の歴史などが絵で描いてある。 丁寧に描いてあって、でも遊び心忘れてなくて。じっくり見てもおもしろい。 チベット仏教が他の仏教と大きく違うところは、ラブラブ神?が多いってとこ。 説明すると長くなるんで割愛するけど、抱き合ってるのとか普通に多い。 一人が男で一人が女で、微妙に直接的なのも結構あったりするんだよね。 北京の北海公園や擁和宮に行った時は、初めて見たから少しびっくりした。 あと擁和宮ではなぜかほとんど布がかけてあって隠されてたけどね。 チベットに来てからもかなりたくさん見たけど、普通にあちこちにあるし。 特徴的でおもしろいなーって思う。
ビデオコーナーみたいな所で座ってたら、博物館のおじさんに声を掛けられる。 いろいろ質問してきたり、チベットについて説明してくれたり、いい人だった。 もちろんチベット民族で、ここの博物館の結構えらい人らしい。へ〜〜。 雑談してると盛り上がって、携帯番号の交換までしてしまった(笑) 「地下のお土産屋さんはぼったくってるから、そこでは絶対買わないように。 あ、それとこの話は自分が言ったってことは内緒にしておいてね」 なんていうアドバイスまで貰った。そんなのバラしていいのかな。 チベットの自然コーナーでは剥製があったんだけど、偽物っぽい本物。 作り方が中国っぽくておもしろくて、ついつい笑ってしまった。 地下から出ると、お土産屋さんを通らないと外に出れないようになってた。 日本語を話せるスタッフもたくさんいて、見るだけでいいからって言ってる。 目玉石の本物と偽物の見分け方など教えてもらって、 結局は「興味が無いから」って言ってそのまま出て行くうちら三人。
外にもう一つ別館があって、ここは「中国蔵族文化芸術彩絵大観」っていう 世界一長いタンカが飾ってあるの。ギネスブックにも載ってるらしい。 ありえないくらい長い。長さ618m、幅2.5m、面積1600平方m、重さ1t以上、 チベット、雲南、甘粛、四川、青海などから300人以上のチベタンが集められ 作られた大作らしい。大きな部屋がタンカだけでいっぱいなの。 最初の方は昔の人の世界観、地球の歴史、人類誕生、などから始まって 普通のタンカにあるような全ての神々(これがほとんどなんだけど) 博物館にあったような薬草や人間の体、動植物のイラストもある。
すんごい細かくて、じっくり見てるとあっという間に時間が過ぎ去っていく。 しかもよく見ると面白い部分がこっそり混じってて、描いた人の遊びゴコロ? だんだんウォーリーを探せ的見方になってきた。楽しいんだもん。 一人一人画風も違うから、ガラっと変わって分かりやすい部分もあったりして。 パラパラ踊ってるようにしか見えない神様や、神様の腰にぶら下がってる 生首の飾りの表情が変だったり、胸毛描きすぎでギャランドゥだったり。 関係無いところで遊んでるやつばっかりだし。本当にウォーリーもいそうな勢い。 関西人いたし3人でツッコミ入れては、お腹が痛くなるくらい爆笑してた。 タンカなのに途中で意味の分かんないものさりげなく混じってるし。 計算機とか高層ビルとか最近のもの。違和感ありすぎて目立ちまくり。 しかも最後の方はダライラマがたくさん描いてあったんだけど、 ダライラマ14世の所だけすんごい濃いの。金色ふんだんに使って輝いてるし 画風が油絵みたいにはっきりしてて、タンカじゃないよこれーってくらい(笑) 下にはポタラ宮と赤いスポーツカーが描いてあって、さらに違和感あるし。 おもしろかったなー。ここのタンカだけで見るの3時間以上かかったかも。 天気が少し悪かったけど、博物館なら関係ないしね。 次回もラサ編。とうとうポタラ宮潜入。
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| 旅記31〜チベット自治区・ラサ編(6)〜「寺の祭りでチベタン大騒ぎ」 |
| 2004年10月07日(木) |
旅記31〜チベット自治区・ラサ編(6)〜「寺の祭りでチベタン大騒ぎ」
8/15。祭りの日。雪頓節っていうのかな。 ラサに来たとき、たまたま週末に祭りがあるって聞いてびっくりした。 何も計画立てずに勢いで来ちゃったのに、祭りに遭遇するとはラッキー。 この祭り目当てで来てる旅人も多く、今はどこも宿がいっぱいなの。 タンカっていう仏教画が一年に一回大公開されることもあり、 地元のチベタン達もこぞってお寺に向かうんだよね。 今日は午前中にデプン寺、午後はラサ寺のタンカが公開されるみたい。 祭りの日にちがはっきりしなくて、いろんな情報が飛び交ってたけど。 朝5時くらいに出発のはずが、数分遅れたら置いてかれたらしく(泣) みんなが遅れてるのかなーってしばらく待ってた。ああ、まぬけ。 結局二度寝して一人で出発。バスに乗ろうとしたらものすごい混みよう。 チベタンがみんなデプン寺に向かってるから、バスも人がいっぱいなの。
やっとのことでデプン寺に到着。実は山の上まで登らないといけない。 前に旅人から聞いた話、バス降りてから寺までの山道がすごいイイんだって。 ナウシカみたいな草原が続いてるから、オススメだよ〜って言ってた。 この辺はいろんな場所でお香の草焚いてるから、白い煙がもくもくしてる。 どんどん山道を登っていく。実はタンカに間に合うか微妙な時間で急ぎ足だった。 タンカ公開してる時間は短いらしく、すぐにまた閉じちゃったって聞いたから。 チベット民族の人たち、特におじいさんおばあさんが多くて。 マニ車を回しながら山道を一生懸命登ってるんだよね。頑張ってるなぁ。 本当にたくさんの人がデプン寺目指して必死に歩いてた。 もう圧倒されちゃって、その雰囲気だけですごいなって感じ。
やっとお寺に到着。で、人込みに紛れて入ろうとしたら警備員に止められる。 えーなんでさー。どこのお寺でもそうなんだけど、地元民は普通に入れるのに チベタン以外はチケット買わないといけないんだよね。 祭りの日もいつも通りチケット買わないといけないなんてキツい。 入場料は55元もして、私には高すぎて払えない価格だよ・・・。 聞いた話によると、朝5時くらいに来た人は暗闇に紛れて入れたらしい。 4、5回挑戦してやっと入れたって人もいたけど、そんな人は数少なくて。 警備員に止められるから、ちゃんとチケット買った人が多かったみたい。 一回ここに来たことある人は、もう一回チケット買わないといけなかった。 私も何回も止められ、出口から入ろうとしても止められ、失敗ばかり。 これは雰囲気だけ味わって帰るか、とか思いながら半分諦めてた。 知ってる人も何人か見かけて、チケット借りたかったけど悪いかなと思って。 ナムツォ行ったとき一緒だった兄さんが、ここまで来たらタンカ見ないとー って言って、でも時間が過ぎてるから見れるかどうか確実じゃなくて。 タンカが見れたら20元、見れなかったらタダでチケット貸してくれるって。 迷った挙句その条件をのんで、チケット借りて中に入ったのでした。 チケットって言ってもCD-Rだし、人も多いしチラッと見せるだけでよかった。
人込みがすごくて、ほとんどチベタンなんだけど押し合い圧し合い。 中に入ったはいいけど、どこに行ったらいいかもよく分かんなくてうろうろ。 やっとのことで発見。裏の岩山に飾ってあった。タンカだーーー!!!! すっごい大きくて華やかで、チベタンに囲まれて。お香の煙で霞んで見える。 近づくんだけど、岩山だからすぐに疲れちゃってはぁはぁしてるの。 そんな状態なのにお香焚きすぎてるから空気が悪くてげほげほむせる(笑) これ絶対体に悪いくらいの煙具合だよなーとか思いながら。 おばあちゃんとか、足元砂で滑りやすいし急だし大変そうだった。 お坊さんの唱えるお経が延々と聞こえてくる。熱気に包まれてる。 人込みの中、やっとタンカに近づいた。近くで見るともっと大きい。 チベタン達が必死になって、カタっていう白い布をタンカに向かって投げてる。 大量のカタは、タンカの下部でお坊さんによってどんどん回収されてた。
タンカの傍でヨーグルトを配ってたので頂いてみる。 容器も残ってないらしく、手のひらの上にちょこっと乗せてもらった。 みんなが競って手を差し出してるから、私も一緒になって手を差し出す。 雪頓節っていうのはヨーグルトのお祭り?らしい。なるほど。 帰りは岩山に沿うコルラルートだったんだけど、疲れきってたのと 人があまりにも多すぎたので、近道を発見してそっちから帰る。 帰り道はこれもまた雰囲気のいい原っぱが続いてたんだけど いろんな場所でチベタンが座って休憩したりご飯食べたりで、 まるで遠足みたいな感じ。仲良さそうでいいなーって思って見てた。 セットみたいな小さなお寺があって、帰りに通りかかったんだけど チベタンに紛れて入ろうと思ったらまたも止められたので、入らなかった。 やっと道に出たらここも人だらけ。下からも小さく寺のタンカが見えた。 一時間も公開しないですぐ閉まっちゃうって聞いてたんだけどね。意外。
帰りのバスに乗ろうとしても人が多すぎて乗れないのだ。 ほとんどが空き席があんまりないバスや、止まってくれないバスばかり。 やっと空のバスが来たと思ったら、人に押しのけられて死にそうだった。 潰れるくらい押されたり、足を思いっきり踏まれたり。痛い痛いって! お坊さんやおばあちゃんはバスの窓から必死になって乗り込んでるし。 (ああ、そんなにしてまでもセラ寺に行きたいのね・・・) そうやっていつまでもバスに乗れないからイライラしてきて。 「停まってくれ〜」ってみんな叫んでるのに、停まらないバスばかりだし。 そうだ!一個前のバス停から乗ったらどうだろう。なんて思いついて歩き出す。 賢いなー自分、ナイスアイデア!なんて自分で自分に感心してた。 でもいつまでたってもバス停ないし、バス途中で停まってくれないし。 これがね、本当にキツかった。そのまま2時間くらい歩いたかもしれない。 どこまで歩いても着かないし、先が見えないのに疲れる一方だし。悪夢。 やっとのことで別の通りに出て、適当にバス乗って帰ってきた。 本当はデプン寺の前から乗ると、ほとんどセラ寺に行くんだったらしいけど。 歩きすぎて疲れきって、それどころではなくなってしまった。残念だけど。 適当に乗ったバスもちょっと遠いところに着いて、歩くのがキツかったけど。 もうダメだ・・・って思っちゃったよ。体力も気力も限界。 セラ寺は行ったことあるし、どうせまた入場料が高くて悩みそうだしまいっか。 私みたいにデプンで疲れてセラ行かなかった人もいた。 だって頑張っても頑張ってもバスに乗れないんだもんよー。本当さぁ。
夜は同じ宿の人と中華料理いっぱい。15人くらいは軽くいたかも。 人数多いから10種類以上食べれて、満足満足でした。おいしかった。 もちろん食後はスノーのケーキ、これは絶対欠かせないね。 今日は祭りの勢いがすごくって、疲れたけど大満足。 次回もラサ編。爆笑博物館。
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| 旅記30〜チベット自治区・ラサ編(5)〜「中国的買物交渉方法」 |
| 2004年10月06日(水) |
旅記30〜チベット自治区・ラサ編(5)〜「中国的買物交渉方法」
8/13夕方。ナムツォから宿に戻ってからは、ぼーっとしてたり。 夜ご飯は3人でネパールカレーやインド料理を食べに行った。 ホウレン草とチーズのカレーがおいしかった。異国気分でまったり。 少年は中国人嫌いらしく、フォローしてもしきれんかった(^^; チベット人も漢民族嫌ってるしねぇ。買い物のときも漢民族に見られるより むしろ外国人や日本人って見られたほうがよくしてくれる。 他の地方では、外国人だとぼったくられたり高く買わされる事があるので なるべく流暢に中国語を話す努力をしてたんだけど、チベットは違う。 流暢に話すと漢民族だと思われるから、ちょっと手を抜いて外国人ぽく。 向こうも「ハロー、ルックルック」「ユーセイハウマッチ」 「フィフティ、ベリーチープ」「コンニチハ、アリガトウ」 なんていうカタコトの英語や日本語の単語が話せる人も多いんだよね。 中国なのに買い物でこんなに英語が通じる場所なんて、すごい例外だ。 なんだか不思議なもんです。
うちは未だ中国の交渉制買い物に慣れない。値札がある方が楽に感じる。 でもお店の人と会話したり、交渉の過程が楽しかったりもするんだけど。 相場を分かってないとすぐにぼったくられるから、いつも下調べは欠かせない。 欲しいもの見つけたら、先に何箇所かのお店でいくらか値段を聞いてみる。 大抵ふっかけてくるから、「いらない」って言って帰ろうとする。 そしたら多少値段下げてくるから、その値段までは下がるっていうのが分かる。 次は「いくらなら買うの?」って言われたら、下がる値段より多少安い値段を言う。 これで帰るときに「持ってけー」って言われたらそこまでは下がる。 これを何回かすると、大体どこまで下がってこれ以上は無理っていう基準が分かる。 基準が分かったら、本番では妥協せずに強気でいく!ってのがうちの方法。 不相応な安すぎる値段を言っても、怒られて帰れって言われるだけだしね。 もちろん場所によってはふっかけてこないちゃんとしたお店もあるし、 そんなお店で値切るのは失礼に当たると思うから、注意するようにしてる。 店の人が困ってるのにしつこく値切るのもどうかと思うし。 買い物にも暗黙のマナーがあるから、きちんとね。
あと、値段を聞くとラサではいつも「ni shuo duo shao?」 (いくらなら買う?)って答えられるんだよね。これがなかなか難しい。 自分が言った値段より下にはならないし、相手が下げてくるから 自分も上げていくと「その値段でいいよ」って言われて買わざるを得なくなる。 ガイドブックに目安として何分の一から交渉しろとか書いてあるけど そんなの全然当てにならない。時と場所によって変わってくるしね。 きちんと何がどのくらいするっていう感覚を掴むことが大事だと思う。 バルコルで買い物してたんだけど、ラサはふっかけ率が高いのだ! 何十元って言われるけど、偽物の場合どんどん下がる。 本物の蔵銀(普通の銀より混ざり物が多いチベット銀)だからとか言って。
「お嬢さん、ちょっと見ていってよ。これどう?綺麗でしょ?」 「うーん、じゃ、これいくら?」「30元。本物の蔵銀だよ。いる?」 「いらない」「なら、いくらなら買うの?」 「(苦笑いして戸惑う)あ、いいや、いいや。」 「いいから言ってごらんよ。かまわないからさ。ほら、いくら?」 「・・・4元(小声)」「あはは、冗談言わないでよ〜。そんなの無いって」 「ここの細工見てよ、すごいでしょ?チベット文字が彫ってあるの」 「よーし分かった、じゃぁ20元にしてあげよう。買う?」「いらない」 「じゃあいくらなら買うの?妥協したんだからそっちも妥協してよ」 「4元じゃダメ?(笑)」「あー無理無理」「そっかぁ・・・(去っていく)」 「あー待って待って。じゃあ15元にしてあげるから」「(立ち止まって)4元!」 「そんなのだめだめ」「それならいらない(また去っていく)」 「分かった。10元ならどうだ。これ以上はもうまけられない」 「いらない(そのまま去っていく)」「あー持ってけ!!!!」 「いいの〜?(戻ってくる)」で、4元で購入したチベット腕輪。 腕輪は旅先のそれぞれの場所で買ってて、記念品にして使ってる。 麗江ではトンパ文字の腕輪買ったから、ここではチベット文字の買った。 本物の銀のだと100元、200元しちゃうから悩んで買わなかった。 旅人に「偽物を身につけてると安っぽい人間になるよ」って言われたけど(^^; いいもんいいもん。安くても可愛くて気に入ってるからいいんだもん。
8/14。ラサに来たからには、やっぱりポタラ宮を見るべきだと思い。 100元(1万円気分)なんていうありえない値段だから、実は迷ってたけど。 一日の人数制限あるし、前日に予約券取らないと入れないの。面倒だ〜。 他の人の話によると、2時に売り出し開始だから9時ごろから並ぶって。 で、朝早く並びに行ったんだけど、朝ご飯食べてからにしようとしたら なかなか料理が出てくるのが遅くて1時間くらいロスタイム。 やっと到着した時には、わーわー騒いでて。なんだなんだ?? 聞く所によると、今日から予約券の売出しが朝9時になったらしく、 既に明日の分は売り切れとのこと。えー。そんな急に変更されても。 まぁ、どうせ明日は祭りだし、いいやーって諦めがついた。 チケット売り場で同じ宿の人を見つけたから、一緒に近くのカフェへ。 ポタラ宮の傍にあるんだけど、岩をくりぬいて中がカフェになってるの。 地元民の溜まり場で、おじいさんやおばあさんが甜茶飲んで休んでる。 人から教えてもらったんだけど、通称洞窟カフェって呼んでた。 そこでトゥクパ、モモを食べながら甜茶をポットで頼む。暖まる〜。 地元民の中にはマイポット持参して、その中に甜茶入れてもらう人も。
今日もバルコルをバルバルしながら買い物。 ジョカン前の広場で、インド好きの通称インド姉さんとポテト食べてた。 そしたら一人の靴磨きの男の子がやってきて「1元だから」だって。 最初は断ってたんだけど、あまりにもしつこいからインド姉さんが 働くならいいかって言って、磨いてもらうことにした。 というのもラサは今まで以上に物乞いが多いのね。 中国はどこに行っても物乞いや地面に倒れてる人が多いんだけど、 ラサはその中でもトップレベルなくらい物乞いが多かった。 ご飯食べててもお茶飲んでても、店の中に入ってきてひたすら頼み込む。 おばあさんやおじいさん、ひもじそうな子供、怪我してる人、 体の部分が欠けてる人、道端で正座してる学校に行けない子、などなど。 姉さんは、何もしないで求めるだけなんじゃなくて、楽器や靴磨きなどで 何かをしようとしてる人には、お金をあげてもいいっていう考えだったから。 磨いてもらったんだけど、あまりきれいにならなかったけど一生懸命だった。 で、終わった後に姉さんが1元渡したら「一足1元だから両足で2元だ」 って言い出すの。最初は優しく話してたんだけど、だんだんキレる男の子。 「話が違う」って言ったのにマジ怒ってて、態度が悪くなっていく。 お金を投げつけたりして、最後には食べかけのポテトの袋奪って ダッシュで一気に逃げていった。なんだか嫌な気分になってしまった。 あの男の子のも、毎日の生活かかってるから必死だった訳だし 中国政府にも問題あるし、本当は誰が悪いかなんて言えないんだけどね。
果物を時々買って食べるんだけど、本当おいしかった。 特に桃!!!中国の桃は日本の桃とは種類が違って硬めなんだけど。 ある人なんか「林檎みたいにシャキシャキしてた」って言ってたくらい。 でもそれがまた美味しいんだよね。桃おいしかったー。 種の周りまでつるっと取れてきれいに食べれた。止まらなくなる。 葡萄もおいしい。種無しで皮ごと食べれるマスカットが人気。 いちいち出さなくていいから、めんどくさくなくて食べやすいし。 梨も好きだからよく買ってた。長距離移動の食料に便利なの。 果物といえば、雲南省も南国フルーツいっぱいでおいしかったなぁ。 ランブータンとか、栗みたいなのとか、見たことない果物も多くて興味津々。 「幻のバナナ」と言われるレッドバナナがあって、食べなかったの後悔してる。 見かけたんだけど、もっと安いのがあると思ってその時買わなかったら その後は見かけることがなかった。幻のバナナはやっぱり幻だった・・・。 次回もラサ編。やっと祭りだーー!
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| 旅記29〜チベット・ナムツォ編(後)〜「空から降る一億の星」 |
| 2004年10月05日(火) |
旅記29〜チベット自治区・ナムツォ編(後)〜「空から降る一億の星」
8/12夕方。散策にも満足して、日が暮れてきたからそろそろテントに戻る。 結構みんな戻ってて休んでた。うちもかなり歩いたから疲れ切ってた。 だんだん暗くなってきて、夕日を見に丘の上に上がって行った人もいたけど うちらはここから山頂の雪が夕焼けで赤く染まるのを見よう、ということに。 夕食。ここはどの料理も高いって聞いてたけど、本当に高かった。 人が食べてるのを見てたけど、なんか胃が痛くなってきたし先に帰る。 旅行中も健康児なんだけど、この時はちょっとだけ調子が悪かった。 お腹が痛いんじゃなくて胃が痛くて、キリキリする感じ。 人から薬貰って飲んでしばらく休んだら、すっかり治ったんだけどね。 夕食代わりに買い込んで来たお菓子を食べるも、あまりお腹に溜まらず。 安いからビスケット系やクッキー系ばっかり買ってたし。 ひもじくてご飯が食べたいよーって気分だったけど、我慢我慢。 友達がカップラーメン買ったら1個10元で、水も1本10元だったみたい。 うわーすごい値段だ。水なんて1元で買えるのあるし、市場価格の10倍もする。 やっぱりお菓子を食べつつ、やり過ごしてた。
夜、外に出てみたらものすごい大量の星が見えた!!!! 今までキャンプに行くたびに、夜になると星空に感動してた。 流星雨でもない普通の日に流れ星を13個見つけたりだとか、 芝生の上に寝っ転がって、2〜3時間ずっと星空眺めてたりだとか。 「こんな星空見たこと無い」っていう位の星空を見てきた自信がある。 でも、ナムツォの星空にはどこも適わないんじゃないかな。 星空ランキングの一位に堂々と君臨してもおかしくないと思う。 空一面が満天の星で、こんなに星ってたくさんあったんだって驚くくらい。 天の川や小さい星まではっきり見えるから、空自体が輝いてるように見える。 天の川は小さい星がぎっしり集まってて、本当に「川」なんだよね。 しかも、昼間に雲が近かったように、夜は星がすごい近くに見える。 高地だから、見えるだけじゃなくて本当に空が近いんだろうなって思うけど。 夏の大三角形や、カシオペア座とか星座の形を見つけようとしたんだけど どこもすんごい光ってて山のように星があるから、見つけにくいの。 もちろん流れ星も見れて、お願い事もした(笑) その後寒いから布団に包まって暖まってて休んでたら、 夜中にもう一度星見ようと思ったのにいつの間にか寝てしまってた。 真っ暗な中で見たらもっと綺麗に見れるような気がしたから。残念。 夜は寒くて眠れないって話聞いてたけど、そんなこともなく爆睡。
8/13、起床。朝の湖を見に探検に行く。 他の人たちはほとんど寝てて、出発ギリギリまで寝てた人がほとんど。 よっぽど高地で歩いたのが疲れたんだろうね。爆睡だらけ。 昨日行ったのとは反対側の湖畔に行ってみる。こっちの水の方は更に綺麗。 この湖は塩分が多く含まれてるらしいので、舐めてみた人がいたんだけど 味はしょっぱくなかったらしい。ほとりでぼーっと座って景色眺めてた。 空の色も湖の色も透き通るくらいに綺麗で、朝の空気が気持ちよくて。 石を投げて一人水けり大会してみたり、きれいな石探して拾ったり。 鼻歌を口ずさみながら、波に軽く足をさらわれつつも歩いていったり。 人がいないから、気づいたら大声で歌を歌いながら歩いてた。 とりあえず一通りまわって、心残りは無い。満足満足!
さて、昼になってバス出発。ナムツォにバイバイ。 帰りは行きよりも更に揺れて、お尻がシートから離れてばっかりだった。 一番後ろに座ってたから、更に揺れを感じた。跳ねてばっかり。 窓から見える地元民や子供たちは、誰もが手を振ってくるんだよね。 だからこっちも手を降り返して、なんだかすごい嬉しかったなぁ。 バスは倒れそうなくらい傾いて、それでもなんとか進んでた。 道なき道を進んだ運転手さんはすごいって、ひたすら感心するばかり。 途中の休憩場所で、地元民の子供がぶわーって集まってきて 食べ物とかねだってた。バスの外から窓をコンコンって敲いて 頂戴頂戴ってアピールしてきたり。歩いてるとかたまってついてきたり。 もしくはお祭りで撒くチベット紙を買って買ってって言ってきたり。
やっとのことでちゃんとした道に出た。あーーふらふらする。 帰りの道もすごい景色が良かった。しかし運転手さんとばすとばす。 寝台バスやトラックを何台も抜かし、高スピードでどんどん進む。 まぁ中国の長距離バスや車に乗ったときは、大抵こんなんだけど。 こういう時いつも思うんだけど、めちゃめちゃ危険なんだよね(笑) 一車線しかないから、反対車線を追い越し車線代わりに使うんだけど 急に対向車が来たり、元の車線に戻るのがギリギリだったりして。 ぶつかりそうになったことも何回もあるし、ヒヤッとすることも多い。 抜いたり抜かされたりカーチェイス状態でした(笑) という訳で、帰りは行きよりも早かった。あっという間。 帰りに温泉に寄るっていう話もあったんだけど、寄らなかったみたい。 ナムツォは景色最高で、やっぱり行って本当に良かった!!!! バスなどの公共交通機関が無いからか、かえって自然が荒らされずに残ってる。 あの青い青い湖も、手が届きそうな雲も、満天の星空も。 どれも心に残る思い出となりました。行ってよかった。 次回はまたラサ編。買い物買い物。
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| 旅記28〜チベット・ナムツォ編(前)〜「雲が掴めそうな青い湖で昼寝」 |
| 2004年10月04日(月) |
旅記28〜チベット自治区・ナムツォ編(前)〜「雲が掴めそうな青い湖で昼寝」
8/12。ナムツォに向け出発。 ちゃんと起きれたよー!もちろんバスでは寝る気満々で。 昨日の夜話込んでた時には、もしかしたらバスは全員日本人かもと思ってたから 伝言ゲームやしりとりなど、遠足気分で盛り上がるかっていう計画を立ててた。 でも実際には他の宿の参加者も混じってたみたいで、西欧系や中国人も混じって。 そんなアホな計画は実行されないまま終わってしまいましたー。 バスで寝てたんだけど、窓からの冷気が腰の服とズボンの隙間に入って寒い。 みんなウィンドブレーカーとか着込んでるのに、うち一人薄着なのさ・・・。 行くのに7時間くらいかかるんだけど、半分以上がボコボコ道。 寝てられなかったね。バスの天井に頭ぶつけそうなくらい跳ねた。 中国に来てからずっとお腹の調子が悪いという(きっと中華の油のせいね) 少年くんは、今回も調子が優れず気分悪くなってバスの中でも寝込んでた。
途中でバスがだんだんゆっくりになって、とうとう道の端に止まった。 そう、予想通り故障。しかも今回はパンクという珍しいケースだった。 予備タイヤは溝が磨り減って無くなってて、むしろこっちの方が 危ないんじゃないかっていうような代物。これで大丈夫かいな。 修理中も外に出てたのは数人しかいなかった。だって寒いもの。 でもうちは気持ちが良くて、自然を感じられるから外で駆け回ってた。 あまりの寒さとうちの薄着さに、優しい旅人さんが毛布貸してくれた。 ジャッキって中に人がたくさんいても普通に持ち上がるもんなんだね。
途中、地元民によるホーストレッキングの激しい勧誘もあったりして。 7時間程でやっとナムツォに到着!途中山の頂上から湖が見下ろせて、 もうすぐ着くぞって思ってたのにそこからがかなり長かった。 宿はテントが沢山張ってあって、どこも似たり寄ったりなんだけど そこから選んだ。なかなかいいじゃん!って思ったらそれは40元で 安いテントは30元だった。で、値切って結局25元。hai keyiってとこか。 トイレもシャワーも無いって聞いてたから、みんな覚悟はしてたんだけど 本当に無かった。シャワーはいいとしてトイレは少し困る。 でもしばらく探索してたら見つけた。ナムツォ式トイレ。 岩陰に板が通してあって、入り口に小さな看板がついてるの。 「没有人」っていうのをひっくり返すと「有人」っていう表示になる。 中についてはノーコメントこの上ないんだけど、見た目がおもしろい。 1時前だったから、昼ごはん食べてから散策することにする。 日本人メンバーは全部で8人。テントでお茶飲みながらお菓子で済ませる。 まだ何もしてないのに来るだけで疲れてて、ぼーっとしてた。 待ちきれなくて、一足先に出発。まずは湖のそばに行ってみることにした。 みんなついてくるかな?と思ったら来ないし、自由に個人行動だったみたい。
ここ、ナムツォは青海湖についで中国で二番目に大きな湖。 高度的には一番高い場所にある湖で、天の湖っていう呼ばれ方もしてる。 高地だから雲がすっごい低い場所にあるのね。手が届きそうなくらい。 湖や地面すれすれに雲があるから、立体的だしくっきり影が映ってる。 湖は有り得ないほどの水色をしてて、光によってキラキラ色を変えてる。 背景の山々にはもちろん雪が積もってて、青と白のコントラスト。 地面には草花が咲いてて、チベットの旗が重なり合ってはためいてる。 ナムツォのシンボルでもある大きな二つの岩が、自分を迎えてくれてる。 今回の旅行で景色が一番美しかった場所が九塞溝なら、二番目に入るな。
まず湖の傍に行ってみたんだけど、波が打ち寄せててまるで海みたい。 手前がうすいエメラルドグリーンで、奥が濃い水色って分かれてる。 境界線を引けるくらいはっきりと分かれてて、なんでだろうって思う。 人はあんまりいなくて静かで、自分のペースでのんびり出来る。 しばらく散策したら、今度は丘の上に登って湖を見下ろしてみることにする。 テント型のチベット旗を越え石段を登っていくと、ヤギがこっち見てた。 ヤギは岩の上を軽々と飛び回ってたのに、うちは数歩で既にバテる。 ラサよりも更に高山高地なので、階段は本当にキツい。はぁはぁ。 途中にはチベット旗が何百、何千と風にはためいて色とりどり。 何年も前の色あせた旗から新しい旗まであって、今までの歴史を感じる。
やっと一息つける場所に来たら、本当に綺麗に湖が見渡せた。 湖は真っ青で、煌めいてて、草が萌えてて、雲がもっと近くて。 裏側にも湖があったんだけど、こっちの方が色が濃くてまた違った感じ。 同じバスの旅人何人か抜かしながら、どんどん登って行った。 もちろんちょっと歩いては休憩、歩いてはまた休憩、だったけどね。 軽く工事してて手すりや展望台作り始めてたけど、無いほうが絶対良いのに。 というか、むしろあったら眺めが少し悪くなる気がした。分かんないのかな。 てっぺんに行くまでかなり時間かかって、引き返そうかとも途中で思ったけど 最後まで来て良かったと思う。360度近く湖が見渡せて美しさに溜め息が出る。 雲が近いって言ったけど、本当に湖すれすれで重なってるかもってくらい近い。 けど、もやもやした感じじゃなくてはっきりとした形を保ってるの。 手を伸ばしたら届いて、雲をちぎって掴めるんじゃないかって気がするんだ。 端っこの岩場の方まで行ったら、そこで寝っ転がってお休みタイム。 ラサ以上に寒いのか暑いのか分からない気候なんだけど、 (高度が高いので寒いんだけど、日差しが強すぎて暑い気もする) 寝っ転がってると、日差しのギラギラさを直に感じる。
しばらく休んでのんびりしたら、またナムツォ探検を再開。 今まで来た道を戻るのは面倒だし、せっかくここまで来たんだしと思って 岩場近くの崖を下りて、湖畔をぐるっと周って戻ることにした。 源義経も鹿が駆け下りた崖を馬で駆け下りたし、と思ってね。 でも。現実はそんなに甘いもんじゃなかった。死ぬかと思った(^^; 岩場はさすがに無理だったので、傍の砂地に草が生えてるところを選んで ゆっくりソロソロ下りていったんだけど、ここもやばかったんだよなー。 とりあえず傾斜がキツかったので、転げ落ちないように注意してたんだけど。 砂がやけにサラサラで滑る滑る。ズザサーーッッって勢いで滑ってる。 足場もしっかりしてないから、気を抜くとスキーみたいに止まらないの。 何回か転げかけて手のひら擦り剥いたり。うぁー負傷したよー(泣) にっちもさっちもいかなくなって動けなくなって、戻りたくてももう遅いし。 やっと下を通りかかった人に「おいおい大丈夫かよ」みたいな感じで 見られてたけど、どうしようもなく。いつの間にか行ってしまった。 距離があって高かったから、滑って落ちたら助かるか分かんないよコレ・・・。 生きるか死ぬかの瀬戸際で、かなり必死だった。いや、まじでね。 やっとのことで辿りついた時には少しふらふらになってた。ふう。
湖畔は、これもまた綺麗としか言いようがなかった。 さっき見た所よりもずいぶん奥にあるからか、人気もないし自然いっぱいで。 水の透き通り度が半端じゃない。薄い水色で底の小石までくっきり見える。 日がだんだん傾いていくにつれ、湖畔の反射光もキラキラ度が増してる。 キラキラ、キラキラ、眩しくて目を細めちゃうくらい。 途中には小さな池と周りの小道や、湖の中に立つチベット旗の三角タワーや、 何十もの石が積み上げられた搭が何個もあったり、おもしろいの。 気持ちがいいから、波の音を聞きながら湖畔の石場の上でも寝っ転がってた。 しばらくしたら誰かが近づいてきて、急に話しかけられた。 「大丈夫?」「(ん?何だ?)あ、大丈夫です」 「さっき崖を下りてたでしょ、下から見てたよ。本当に大丈夫なの?」 ああ、分かった。さっき崖を下りてるとき下を通りかかった青年二人組みだ。 こんな所で寝っ転がってるから、負傷して倒れてるのかと思われたのか。 中国人旅行者だった。見ず知らずの他人なのに心配して貰ってありがたい。 二人ともうちがあんな所を下りてるのを見て、かなり驚いたらしい。 大丈夫?大丈夫?っていう言葉を連呼され(おそらく10回以上は言われた) やっとのことで去っていった。少ししか話してないけど良い人たちでした。 そうやってゆっくり湖畔周りを戻って行きました。 次回もナムツォ編。夜は満点の星!!!
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| 旅記27〜チベット自治区・ラサ編(4)〜「ミニゴンパ巡りと禁教のお寺」 |
| 2004年10月03日(日) |
旅記27〜チベット自治区・ラサ編(4)〜「ミニゴンパ巡りと禁教のお寺」
8/11。朝起きたら外が真っ白。煙焚きすぎてもくもくしてるの。 聞いた話水曜日は特にお香を焚く日らしく、そのせいだったみたい。 ナクチュにホースレースを見に行くのは結局止める。 というのは、ナクチュとナムツォ両方回るツアーがあるって聞いたから。 その旅行会社に話を聞きに行くも、中国人ツアーは目的地よりも お土産やさんで過ごす時間の方が長いとか、ハードスケジュールやらで 結局は「考えておきます」っていう結論に至ったんだけどね。
その後、5月くらいからずっとチベットにいるという姉さんに ゴンパ行きたいけど場所が分かんないの〜って言ったら、連れてって貰える事に。 すごい長期滞在!!チベット仏教やゴンパに詳しいゴンパ姉さんです。 名付けて「ジョカン周辺ミニゴンパ巡りツアー!!!」 一緒に行くのは、うちと姉さんともう一人、うちの一個下の少年くん。 まずは宿の向かいのお店で「甜茶(ミルクティー)」飲んでから。 ここは雰囲気が凄く良いの。地元民で埋ってて、賑わってる。 コップ一杯4角(5、6円?)なんだけど、バター茶なんかより 全然おいしくて、ヤクミルク使ってるのかな。何杯もおかわりしちゃうんだよね。 (ちなみに姉さん曰く、シーズンに伴い3角から値上がりしたんだとか) ヤカン持ったおばちゃんがすぐに注いできて、机の上のお金取ってくの。
その後はミニゴンパ巡り。途中ありえない腹痛に襲われるも、なんとか回復。 ミニゴンパは外から見ただけじゃお寺だって分からない場所も多く、 ガイドブックに載ってない場所なんかにも連れて行ってもらった。 中のお坊さんに話しかけられたり、仲良くなったり。 小さいながらもあったかい場所が多くて、すごく楽しかった。 「魂の袋」もちゃんと触ってきたよ。中に入ってるのは多分ツァンパ(笑) 一つ一つ特色があって、アニ・ツァングンっていう尼寺は花が多くて。 全員尼さんだからか、花がいっぱい咲いてるし綺麗にしてあって素敵。 あとお寺が作ってるお守りがあって、これがものすごく可愛いのだ! お坊さんの手作りらしいんだけど、四角くて糸が巻いてあってメチャ可愛いの。
全部で8箇所近くゴンパ訪れたと思う。結構いろいろ行ったんだなー。 ゴンパ姉さんが解説してくれるから、何も知らないで見るより全然おもしろい。 チベット仏教の四つの宗派とか、神様それぞれの紹介とか。 顔が変わっても持ってるグッズで神様見分けられるんだって。 ゴンパ姉さんが好きな神様は、いつもお尻に目があるロバに乗ってて 骸骨とサイコロを持ってるらしく、確かによく見たらいつもそうなの。 あと、人気のある神様の方がやっぱりお布施も多くなるんだって。 ダライラマやパンツェンラマがなんでどうなったとか、今はどうとか はっきりとは知らなかった事も、いろいろ知って勉強になった。 他とは違って、神様等の偶像だけじゃなく人間の写真も飾ってあるのが チベットの特徴かなって思ったんだけど、どうなんでしょう。
なんか、禁教にされた宗派のゴンパがあるらしく。 そこに行った人の話を聞くと、みんな体調が悪くなったんだって。 夜中に足を引っ張られてベッドから引き摺り下ろされたりだとか。 特に、赤いカタっぽいの貰った人が調子悪くなってるみたいだった。 体調が治らないから、お寺に帰してくるって言ってた人もいたなぁ。 怖かったけど、行ってみたら意外と普通の感じのお寺。 ここの神様は、もともと人間だったのが三つ目になり変化したので 他の神様の絵と比べても、人間ぽい部分がかなり残ってるんだよね。 後々心配してたけど、何も無くて大丈夫だった。ホッ。
なんか、うちの宿の旅行者が一泊二日のナムツォツアー始めたみたいで、 ランクルチャーターよりも多少安くいけそうだったので、行くことに。 ナムツォまでの公共交通機関が無いから、どうやって行くかがかなり問題。 タクシー捕まえて行こうとした挑戦者もいたけど、やっぱり無理な話で。 途中の村までバスで行って、そこからヒッチしようって人もいたんだけど そこは一般の車は全く通らないから、ほとんどがヒッチ目当ての車で だから高い値段を請求されるみたいで、悩んだ挙句止めてた。 女の子一人の方が、男の子や人数いるより車止まってくれるみたいなんだけど。 ほとんどの人がランクルで行ってるんだけど、チャーターだけで一人 300元かかって、プラス入場料やら宿泊代やら食費が要るんだよね。高いっ! ナムツォに行きたがってる人多かったから、この際一緒に誘ってみる。 8人以上じゃないと開催されないっていうから、人誘いまくる(笑) なんだかんだでここの宿だけで8人集めたのはすごいと思う。
写真家の女の子がいて、卒業式の個人写真とか写真館で撮ってもらう時 みたいな本格的三脚カメラ持ってるんだよね。学校から借りてきたんだとか。 貸したはいいけど、まさかラサまで持っていくとは思ってなかっただろうね(笑) 大きいし、珍しいー。ここまで担いできたなんて、偉い・・・。 見せてもらったら、画面大きいし景色が逆さまに写るんだよね。へぇ。 一人一人個人写真撮りたいって言われて、照れながらもその場にいた人は写る。 フイルムは大きいタイプのやつだから、一枚一枚撮るたび取り替えてた。 一人一人、個性がちゃんと出てて見ててもおもしろいんだよね。 で、その子は父親と二人で旅してて。みんなすごいなって言ってた。 いやー今となっては父親と二人で旅なんか出来ないかも。確かに。 お父さんは学校の先とか陶芸してるらしく、甚平姿がかっこよかったです。
他の宿に移ろうかって思ってたけど、スノーはなかなか居心地がいい。 他の宿まわってきた人に聞いた話、スノーが一番いいんだとか。 キレーは汚いし、ヤクは工事中で落ち着けない、バナクショーは少し高い、 旅人も日本人も多いし、スノーがなんだかんだで一番良いんだってさ。 ナムツォに行ってる間、みんな部屋をチェックアウトせず残しておくみたい。 実は今週末ラサでお祭りがあるから、今部屋がどこもいっぱいで大変だから。 一泊だけだし、うちも荷物置いて行っちゃう事にした。
夜はついつい話し込んでしまい、2時くらいまで起きてた。 明日7時出発だっていうのに・・・。私があまりにも防寒着持ってないから 周りの人が心配してた。ナムツォはここより更に高地だからもっと寒いらしい。 ラサは高度高いせいか日差しが強すぎるから、日中は暑い時もあるんだけど 日陰に入ると涼しいし、特に朝方と夜は寒い寒い!!防寒着無いのに。 砂漠みたいな感じなのかな、気温差が激しいって言うかそんな感じ。 この際こっそり宿の布団持っていっちゃえ!っていう意見があって、 うちも本気で持っていこうとしてた。さすがに恥ずかしくて止めたけど。 だってさぁ、勢いで来たから寒い時用の服なんて持ってきてないわけよ。 天津鬼のように暑かったし、こんな寒さを誰が予想したか。 ちゃんと起きれるか不安になりながらも就寝。 さて、次回はやっとナムツォ編。
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| 旅記26〜チベット自治区・ラサ編(3)〜「チベット料理の一覧表」 |
| 2004年10月02日(土) |
旅記26〜チベット自治区・ラサ編(3)〜「チベット料理の一覧表」
今回はチベット料理とか、食べ物関係の話をまとめてみた。 まずはうちが食べたチベット料理の紹介。
ツァンパ お寺に行くとお坊さんが握ってくれるらしいツァンパ。 小麦とかそば粉みたいな粉に、バター茶混ぜてこねこねしたもの。 ツァンパに憧れを抱いた少年がいたので、宿で粉とバター茶もらって作る。 こねこねしてるとだんだん団子みたいになってきて。 すごいおいしいって訳じゃないけど、素朴な味で気に入る。
トゥクパ チベット風うどん。むしろ、うどん風チベット(?) チベット料理の定番。一番庶民に親しまれてよく食べられてる料理だと思う。 面がモチモチで固めで粉っぽい独特さ。ヤク肉がいいスープになってると思う。 味の濃さもちょっとラーメンに近い気がするんだけど、どうなんだろう。 おなじみ料理だからどの店にもあるんだけど、それぞれ微妙に違う。 うち的には定番だしお気に入りの料理だったんだけどね。
モモ チベット風餃子。何が違うって具がヤク肉なの。あと皮が少しモチモチっぽい。 クセがかなり強いから好き嫌いの出るところだけど、うちは大好き。 ヤク肉の独特のクセが出てるけど、ジューシーだしチベットぽい味。 「モモ↓(腿と同じ)」っていう発音だとお母さんって意味になるらしいから 「モモ↑(桃と同じ)」っていう発音じゃないといけないんだってさ。
ガンバン 名前あってるかな?チベット風焼きソバ。 面はトゥクパでおなじみの、自分を主張してるしっかり面。 この面も慣れてくるうちに、すごい気に入ってくるから不思議だよね。 肉、玉葱、青椒なんかも混じっててボリュームいっぱい。 味付けっていうかソースがとろとろ気味で、こってりしてて 普通に日本人好みの味だと思う。おいしいのだ〜。
チベットカレー その名の通りカレー。他に名前があるのかもしれないけど。 カレーといえるのか不思議な料理だったけれど、ギリギリカレーかな? なんか、ご飯の上にスープのような黄色い汁が少しかかってて、 かなり大きなヤク肉がどどーんとのってる。ジャガイモと紅生姜みたいなのも あるんだけど、紅生姜みたいなのは食べてみたら大根の和え物っぽい味だった。 ヤク肉は思ったより癖が全然ないし、柔らかくてぽろっと剥れて食べれる。 意外なヤク肉の柔らかさとおいしさに軍配。
バター茶&甜茶(ミルクティー) チベットのお寺に行けば出てくるバター茶。はっきり言ってマズイ(笑) 濃すぎてあんまり飲む気にならないし、塩っぽいというかしょっぱい。 逆に、甜茶は大人気。地元民も旅行者もお気に入りなんだよね。
さて、その他の食べ物の話に移ります。 ラサはフライドポテトがやたら多いのね!!! 道を歩いてると、必ず道端でジャガイモ揚げて売ってるの。 しかも雲南の串刺しタイプ、西寧のそのまま丸切りタイプじゃない。 ざく切り、細切りから、いかにもフライドポテトっぽいギザギザ細切りまで! なんでこんなに!?芋取れすぎたのか!?ってくらい山のように売ってる。 スノーの前の通りなんか、隣同士に3、4箇所売ってたりして迷うくらい。 もちろん「一番好きな食べ物はフライドポテト(柔らかめ)!」と豪語する程の ポテト好きな自分が黙ってるわけもなく。毎日のように食べてた(笑) 一袋1元(15円?)だなんて、マックで買うより断然経済的だし。 天津にも売ってればいいのに。幸せに浸りながら毎日食べてた。
ある日、宿のみんなでご飯食べた時のこと。 人数いるからせっかうだし中華で円卓囲むぞ!って張り切る。 一人だと多い料理は頼めないし、麺ばっかり食べちゃうから。 適当に歩いて、たまたま入ったところに円卓あったからそこにする。 なんとそこにはポタラ宮があった!(偽の飾り物なんだけどね) ポタラ宮が見えるーって言って、騒がせてしまいました(笑) その時、中国語を話せる人が私以外ほとんどいなかったから。 店の人の話やメニューを通訳する形になってしまったんだけど。 ここで恥ずかしすぎる失敗をしたんだよね。ああ、調子に乗りすぎた。 何品か注文してて、その中で「ラサチャーハン」を頼んだ時、服務員が 「この辺の特産のスペシャルの○○があるんだけど、いる?」って言ったの。 ○○があまり聞き取れなかったんだけど、脚(tui)って聞こえたから 火脚(huotui)つまりハムをチャーハンに入れるかって事なのかな?って思った。 「よく分かんないけど、特産のスペシャルいるかどうか・・・等等」 って感じに相談したら、話し合いの結果「いる!」っていう結論になった。 注文し終わって。おしゃべりしてたら料理も来て、おいしいし楽しく食べてた。 しばらくして・・・なんだかすんごい大きな羊肉の塊みたいなのが来たんだよね。 あれ?と思って「こんなの頼んでないよ!だから要らない」とか文句言い出す。 だってメニューで確認したら60元くらいするありえない高さの料理だったから。 そしたら服務員は「いや、頼んだはずだよ」とか言うから口論になった。 最後には注文をとってた人が、この女の子が要るって言ったじゃない! って私を指して半ギレしてるんだよね。そこで気づいた。やっちまった・・・。 あの○○はスペシャルな羊脚の事で、チャーハンの具じゃなかったんだね。 服務員もさりげなく言ってくるし、値段なんて全然言わないし、酷いよ(涙) 中国でこんな風に乗せられるなんて、思いもしなかった。微妙にやられた感。 美味しいしせっかくだからスペシャルで!ってみんな笑って気にしてなかったけど。 自分の中国語過信して、調子に乗りすぎて、人に迷惑掛けてしまった。 どれもおいしかったしお腹一杯食べたけど、心に痛い思い出となりました。 ああ、この事はなかなか忘れることができなさそうだ。
隣のスノーランドレストランのケーキが9時から半額なんで、買って食べる。 スノーの宿泊者のほとんどがここのケーキお気に入りで、毎晩食べてるの。 夜に買って朝ご飯代わりにしてる人なんかもいた。みんな大好きなのだ。 本当においしい!おいしい!すんごい大きくて焼きそばとかの入れ物に 入れてくれるんだけど、こんな美味くて大きくて3元(45円?)なんて、感動モノ。 日本で食べたら500円くらいしそう。そのくらいの価値もある。 しかもね、中国ってデザートが充実してないから。 ケーキも体に悪そうな毒々しい色をした、それ一種類しかないし。 こんなちゃんとしたケーキ食べたのなんて久しぶり。 ヤククリームチーズケーキが特においしいの!ヤクのミルク使ってるのか、 今までに食べたことがないような味で、でも病み付きになるおいしさ。 他にもキャロットケーキ、バターケーキ、チョコレートケーキなどなど。 こんな普通のタイプのケーキ、中国じゃなかなか無いよー。 というわけで、日本に帰るまでの分食い溜めしときました(笑) 次回はゴンパ巡り編。
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| 旅記25〜チベット自治区・ラサ編(2)〜「チベット仏教の鳥葬」 |
| 2004年10月01日(金) |
旅記25〜チベット自治区・ラサ編(2)〜「チベット仏教の鳥葬」
8/10。セラ寺から戻ってきてからのこと。 宿に戻ると、実は日本人も結構多かったことが発覚。 ちょうど今週、ナクチュで賽馬節っていうホースレース祭りやってて チベタンがカラフルな衣装で対決したり、馬で競争したりするんだって。 歩き方チベット編の巻頭特集に載ってたみたいで、興味ある人が多かった。 明日行くって人がいたから、ついでにうちも一緒に行くことにした。 テントたくさん張ってるらしいけど、泊まる所あるかどうか分かんないって。 でも行ったら行ったでどうにかなるかな、と思うのはいつもの事で。 食糧買い込んだんだけど、値段が書いてない小売商店ばっかりで。 値段を比べ悩んで買う自分にとって、毎回いくらか聞くのは面倒。 しかも微妙にぼったくられてる気がするし。 ま、後でラサの物価が高いだけだと気づくんだけどね。 やっとのことで、唯一(っぽかった)の大型スーパー発見。 ついつい安さに負けておいしくないお菓子買ってしまうんだよね〜。 高いけどおいしいお菓子、買いたいけどいつも我慢我慢。
夜は鳥葬見に行こうという人が集まってた。 鳥葬っていうのは、死体を鳥に食べさせて供養するっていうあれです。 結局は見に行くのはやはり無理でした、っていう結論だったんだけど。 実は8/4、8/6くらいまでは普通に見ることが出来てたみたい。 どこかとは言わないけど、観光客がバシバシ写真撮ってたから お寺もチベタンもすごい怒って、公開禁止にしたんだって。 確かにね。そんなことされたら公開禁止にだってなるさー。 それがほんの数日前のこと。本当に、ちょっとの差だった。 だから旅行者の中には見たって人も結構いた。 普通にツアーみたいなの開催されてたから、それで行ったんだって。 数日前に来た旅行者なんか、来た日の前日まで見れたって聞いて悔しがってた。 彼曰く、ほんの少しの差で見れなくなったって知ってよけい見たくなったみたい。 どこそこのお寺に泊まり込んで、お坊さんと仲良くなって カメラとか持ってないの証明して頼んだら見せてもらえるとか いろいろ情報飛び交ってたんだけど、結局は行かなかったのね。
ついでに、その後は鳥葬について語りあう(笑) ((あ、こういう話が気持ち悪かったり苦手な人がいたら なんだかゴメンナサイ。とばして下さい。)) 鳥葬って本当にチベット仏教の教えを端的に表してると思うんだよね。 彼らは肉体には全く固執してないから、死んだらただの肉なわけで。 それを鳥に与えて食べられると、無駄が無いから。自然の循環。 鳥に食べさせるのは天に近づくため、なんていう後付けがあるけれど 結局は高地のチベットで他にあまり動物がいなかったからじゃないかって。 死体はしっかりザクザク切込み入れて、血の臭いで鳥を集めるようにして 一通り食べ終わったら、今度はもっと細かく砕いて食べやすくするらしい。 骨も細かく砕いて、肉に混ぜて肉団子にするとちゃんと食べるんだって。 功徳のあるお寺には、名の無いお寺よりたくさん死体が寄せられてくるらしく 立派な人ほど細かく砕かれて、最後の最後まで食べられるようにするらしい。 お坊さんもいろいろ大変だよね。死体運んだり、肉体労働系っぽいし。 鳥葬についてはいろんな意見があるけど、うちは道理に適ってると思う。 しばらくここで過ごしてるうちに、彼らの宗教のあり方とか分かってきたし。 せっかくだから見ておきたかったなって、少し思う。
うちが行こうと思って通り過ぎた郎木寺(ランムース)っていう場所。 そこは雲南のチベットや四川のチベットみたいに、チベット自治区外の チベット文化圏なんだけど、そこで鳥葬見たって人もいた。 そんな所でもやってたとは知らなかった。 あと、遠くのお寺で鳥葬やってた場所を覗いてきた人がいて 髪の毛とか血がいろいろ散乱してて、生々しかったらしい(^^; マナーが悪いせいであまり見ることの出来なくなった鳥葬。 興味本位の対象になりやすいから。今後はどうなるんでしょうね。
次回もラサ編。おいしい食べ物。
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