堀井On-Line



6711,閑話小題 〜日韓の軋轢の大元とは −2

2019年07月31日(水)



 現在、非常に際どい日韓関係、一筋縄で解決できない国民感情の相違がある。
韓国の歴代大統領は、政権維持のため、過っての問題を掘り出して国民感情を
煽り立ててきた。その都度、我慢に我慢を重ねてきた日本も、徴用工問題で
堪忍袋の緒が切れた。今回の韓国の裁判所が出した「徴用工判決」。
これは、「慰安婦問題」などと比較にならない程の大きい問題で、一線を越えて
しまった 。昨年の文芸春秋の12月号で、―韓国「徴用工判決」 文在寅は一線
を越えた―の手記が、この問題を的確に指摘している。
 ―
≪ 10月4日に日本語版が発売された自伝『運命』の中で、韓国の文在寅大統領は、
 日韓関係の未来について次のように綴っている。『私たちがともに育んできた
文化と歴史の根源は国民たちの心の奥深くにあって、たがいに近づこうと引き寄せ
あっています。私たちはやがて真の友人となるでしょう』 しかし今、日韓両国は、
「やがて真の友人になる」どころか、それとは正反対の道を歩もうとしている―
・「国際法に照らしてありえない判断」(安倍晋三首相)
・「日韓関係を揺るがすような大きな事件になってしまった」(河野太郎外相)
10月30日に韓国の大法院(最高裁判所)で下された「徴用工判決」に対し、
日本政府はじめ、多くの日本人は即座に怒りを表明した。 新日鉄住金に対し、
第二次大戦中に同社で働かされていた元徴用工4名に合わせて4億ウォン(4千万円)
を支払うように命じたからだ。これには、産経新聞から朝日新聞に至るまで珍しく
すべての国内メディアが足並みを揃え、疑問を呈した。
 元徴用工への損害賠償等については、1965年に締結された日韓請求権協定に
基づき、両国ともに「完全かつ最終的に解決した」と解釈してきた。従って、
新日鉄住金が今さら賠償金を支払う義務があるはずもない。これは国際法上の
常識である。大法院が下したこの不可解な判決に対し、文在寅大統領は表向き
沈黙を貫いている。 しかし、元在韓国特命全権大使の武藤正敏氏は、
「この判決は文在寅政権の意向に沿ったものであったと認識しています」と指摘。
「今回の判決には『伏線』がありました。10月27日、大法院の前行政処次長が
逮捕された一件です。容疑は『朴槿恵政権の意向を汲み、徴用工裁判に違法介入し、
審理を意図的に遅らせた』というもの。これは文在寅政権から韓国大法院への
『徴用工を支援するように』という明確なメッセージと、私は見ています」と…。
 さらに武藤氏は、韓国の司法界が抱える問題点を指摘する。
「韓国の裁判ではどんな法律よりも『国民感情』が最優先される傾向にある。
『韓国には国民情緒法がある』なんて冗談を言われてしまうのはそのためです。
その国民感情に流されてしまった政治家の一人が、文在寅大統領なのです」
 文大統領は、自伝『運命』の日本語版への序文をこう締めくくっている。
〈この本が日本と韓国の国民の心をつなぐうえで、ささやかな力になることを
願い、日本の読者の皆さんに韓国の国民からの友情の挨拶をお伝えします〉 ≫
 ―
▼ 歴代の韓国政権は、過っての問題を引出し、半日の国民感情を煽り立て、
 賠償をせしめてきた。そりゃそうだ。朝鮮半島は国家を二分され、対立した
国家。それに反して日本は海洋国家で周囲を海の要塞で守られ、自然の幸に
恵まれ、経済成長を順調に重ねてきた。それに対して、貧すれば鈍す。常に、
北朝鮮の脅威に怯えた日々の中で、国民の7割が海外移住を臨むしかない状態。
政権が変わるたびに、前大統領が逮捕か、暗殺される国家。その都度、問題を
掘り起こして、有効活用を試みるしか活路が開けないのが実情。
「アメリカの圧力で何とかなる」と、高を括っているが、これは、ある意味で、
北の脅威より、問題になる可能性を含む問題である。

・・・・・・
2018年07月31日(火)

6348,読書日記 〜50年ぶりの『道は開ける』
             『道は開ける』 D・カーネギー (著),
   * 不安は人生の天敵
 図書館で、懐かし本を見つけた。 気難しい先輩や同僚に囲まれた都会の
ど真中での寮生活に慣れるまで数年を要した。その中で、地方出身者の足りない
のが対人関係の都会センスと、内面管理。自分に魅力が無いと、誰も相手にされ
ないことに気づく。その時に見つけたのが、カーネギーの『道は開ける』と、
『人を動かす』の二大名著と、ガードナーの『自己革新』。 
人間関係、自己革新のノウハウが解りやすく書いてある。学園も、寮生活には
ビッシリと人間関係が濃厚にあり、早速、書いてある通り実験を始めた。
半年もしない内に友人が多く出来ていた。 この『道は開ける』で、
<心配事があったら、その最悪の事態を想定しろ、その対処を考えていると、
 不安が消えてしまい、それ以上の悪いことは起こらない!>が、その後の、
人生を大きく支えてくれた。秘・異郷旅行も大きな不安がまず立上る。そして、
家内の絶対拒否の壁が立上る。 まずは、この壁を乗越えるに、この教訓が、
役にたっていた。最悪を受入れると、不安は半減する。兄や、姉の一人が極端
の不安症で、それが人生を大きく妨げているのを見てきた。戦中派のためもある。
<心配している99%は起きない> <意志の力を超えることは、悩まない>
ここに書いてあることが、そのまま、寮と学園生活で、即座の実験可能になった。
その内面生活の面白さは格別だった。都会生活は、誰もが孤独で、頭でっかちで、
不安定で、誰かに自分を知って欲しい、素性を知って欲しいのである。それも、
これも20歳で、起業を思いたったことがある。 読んでいなかったら、今でも
絶対おすすめの本。無理なら、以下の内容紹介を繰返し読んで欲しいもの。
 要するに会話テクニックではなく、魂の対話方法として身に付けること!
 …『で何で、こうなるの?』 まあ、酒の飲み過ぎではないですか?

寅:こんなセンスを身に付けた美女に会ってみたい? 
大家:高級クラブに行くと、幾らでもいます。但し、たっかいけどね。
 そして表向きで、直に飽きるけどね。
熊:俺さ、何の知識も知恵もないからさ、八つぁんに教えて貰った三度褒めを
 してるんだ。それも心の底からね。
寅:俺って、知ってても出来ないんだよ。熊は、赤い顔をしてドモッテね。
大家:そこが味噌なんだ。但し、アッサリできるのが熊の良いとこさ。
熊:俺って、実は多くの女姉妹の間に育ってね。とにかく、猫のように大人しく
 してないと、おっぱわれるの。静かにご主人様に近づいてさ。女の中で育った
 生立ちがあるんだ。それと、口が堅いんだ。一番、厳しいのが他人の告げ口。
 それと花束に弱いんだ。時々、何気なくお客が持ってくるだろう。あれ!
寅:何で客なのに持っていかなければならないの? 
熊:そこが、一番、甘いの。寅さんは。 
寅:この件になると、熊とは全く逆になるね。金も無いのに。
熊:金が無いなら知恵を出せって、何時も大家さんが言ってるじゃないか。
八:御前さんたちが、話すと、折角の真面目な話が壊れるじゃないかい。

  〜内容紹介〜
《 邦訳300万部突破の世界的ベストセラー。
 悩みを克服するための方法が具体的で説得力豊かに綴られた不朽の名著。
『人を動かす』と並ぶカーネギーの二大名著。
人が生きていく上で誰もが直面する「悩み」の原因を客観的に自己分析し、
心の持ちようや習慣を改め、心身の疲れを取り除く等の方法で具体的かつ
実践的に解き明かす。
苦悩するすべての人を心の闇から救いだし、行動と自己変革への勇気を与え、
新しい人生を切り開くための座右の書。1944年の初版刊行以来、時代に合わなく
なった部分を修正するなど、折々に改訂が施されてきた現行の公式版。
〔目次〕
訳者まえがき
 ◇PART1 悩みに関する基本事項
1 今日、一日の区切りで生きよ
2 悩みを解決するための魔術的公式
3 悩みがもたらす副作用

 ◇PART2 悩みを分析する基礎技術
4 悩みの分析と解消法
5 仕事の悩みを半減させる方法

 ◇PART3 悩みの習慣を早期に断つ方法
6 心の中から悩みを追い出すには
7 カブトムシに打ち倒されるな
8 多くの悩みを閉め出すには
9 避けられない運命には調子を合わせる
10 悩みに歯止めをかける
11 おがくずを挽こうとするな

 ◇PART4 平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法
12 生活を転換させる指針
13 仕返しは高くつく
14 恩知らずを気にしない方法
15 百万ドルか、手持ちの財産か
16 自己を知り、自己に徹する
17 レモンを手に入れたらレモネードをつくれ
18 二週間でうつを治すには

 ◇PART5 悩みを完全に克服する方法
19 私の両親はいかにして悩みを克服したか

 ◇PART6 批判を気にしない方法
20 死んだ犬を蹴飛ばす者はいない
21 非難に傷つかないためには
22 私の犯した愚かな行為

 ◇PART7 疲労と悩みを予防し心身を充実させる方法
23 活動時間を一時間増やすには
24 疲れの原因とその対策
25 疲労を忘れ、若さを保つ方法
26 疲労と悩みを予防する四つの習慣
27 疲労や悩みの原因となる倦怠を追い払うには
28 不眠症で悩まないために
ー―

  Amazonの読者レビュー
【あらゆる人間に共通する悩みの実態とその克服法について纏められた本。
 悩みの壁にぶつかった時に再度読み返したいと思える本でした。
下記の3つの言葉が特に印象深いです。
・気にする必要もなく、忘れてもよい小事で心を乱してはならない。
「小事にこだわるには人生はあまりにも短い」
・私たちが取り組むべき唯一最大の問題は、正しい考え方を選ぶことにあると、
 私は自信を持って断言する。もしこれができたら、私たちの問題にはことごとく
 解決の道が開けていくであろう。ローマ帝国に君臨した偉大な哲学者マルクス・
 アウレリウスはこれを短い文句に、あなたの運命を決定する短い文句に要約している。
 <我々の人生とは、我々の思考がつくり上げるものにほかならない>
・『神々に背いた十二人』の著者、ウィリアム・ボリソーはこう書いている。
<人生で最も大切なことは利益を活用することではない。それなら馬鹿にだってできる。
 真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。このためには明晰な頭脳が必要。
 そして、ここが分別ある人と馬鹿者との分かれ道になる>。】

【悩んでも、どうせ「過去」は変えられないのだから、冷静に問題と向き合い、
 できることをする。前進あるのみと、様々な言い回しで語っている。】

・・・・・・
2005/06/21
「人を動かす」−2    ー読書日記
         
 この本を読んで実行した感想は、少しのことで人間は変わりうるということである。
人間関係という一番初歩的な基本を身に着ければよい。
会話や対話で、まず相手の話を把握した後で自分の意見を返すという基本がある。  
(世の中には、この基本を全く知らないで一生を終える人がいる。
 数知れずみてきたが、それを自覚してないから始末が悪い!
もしかしたら、自分も?)
誠意を持って相手の話を聞くことは、
「人からして欲しいことを、まず自らなせ」の実践である。
少しまともな営業屋なら当然身につけている。接客業の飲み屋のママや
ホステスなどは初期段階で叩き込まれるものばかりだ。

まずは、ふり(演技)から実践してみると面白い。
人間なぞ他愛のないものに思えてくる。
それだけ、自分のことを認めて欲いし、話したいのだ。
しかし、小手先で身につけると、「ただ感じのよい人になってしまう」
ことにもなりかねない。

会社の入社前教育で、まず訓練するのは「対話訓練」である。
新人は会話術は身につけていても、対話術は身につけていない。
この「人を動かす」は、会話術より対話術に属する?
会話術としても使うと、誠実さに欠けたり底の浅さを露呈してしまう。
しかし、それを知っているといないとでは違いが出てくる。

人の話を真剣に聞くことは、並大抵のことではない。 
ー以下のカーネギーの原則は、対話術というより会話術に近いが。
――

ーあるHPより抜粋ー

人を説得する12原則

1.議論に勝つ唯一の方法として、議論をさける。

・議論はほとんど例外無く、双方に自説をますます正しいと確信させて終わるもの。
議論に勝つことは不可能だ。たとえ勝ったにしてもやはり負けている。
相手は劣等感を持ち、自尊心を傷付けられ、憤慨するだろう。
・・・議論に負けてもその人の意志は変わらない。

・意見の不一致を歓迎せよ。いつも意見が一致するなら、
そのうち一人はいなくてもいい人間だ。
思い及ばなかった点を指摘してくれる人がいたら感謝しなければいけない。

・最初に頭をもたげる自己防衛本能に押し流されてはいけない。
・・・不快な状況の時、まず現れてくるのは、自分の立場を守ろうとする本能だ。
冷静に構え、最初の反応を警戒する必要がある。
あなたの最悪の人柄が突出し、最善の人柄がかくれてしまうかも知れないのだ。

・腹を立ててはいけない・・・何に腹を立てるか、それ次第で人間の大きさが
決まってくる。

・まず相手のことばに耳を傾けよ・・・相手に意見を述べさせ最後まで聞く。
逆らったり、自己弁護したり、争論したりすれば、相手との間に障壁が高まるばかりだ。
相互理解の橋を架ける努力こそ大切で、誤解の障壁をかさ上げするなど、
愚の骨頂である。

・意見が一致する点を探せ
・・・相手の主張を聞き終わったら、まず賛成できる点を取り上げる。

・率直であれ・・・自分が間違っていると思う点を探し、率直にそれを認めてあやまる。
それで相手の武装が解け、防衛の姿勢がゆるむ。

・相手が反対するのは関心があるからで、多いに感謝すべきだ。
だから、相手はあなたの手助けをしたいと願っているのだと考えよ。
そうすれば論敵を味方に変えることができる。

・早まった行動を避け、双方がじっくり考え直す時間を置け。

2.相手の意見に敬意を払い、誤りを指摘しない。

・人に物を教えることはできない。
  自ら気づく手助けができるだけだ。(ガリレオ)

・相手が間違っていると思った時の切り出しの言葉はおそらく私の間違いでしょう。
わたしはよく間違えます。ひとつ事実を良く考えてみましょう。
これで議論が収まり、相手も寛大で公正な態度をとりたいと思うようになり、
自分も間違っているかもしれないと反省する。

・われわれは、真実を思い慣れてきたものを、いつまでも信じていたいのだ。
その信念をゆるがすようなものが現れれば、憤慨する。
そして、何とか口実を見つけ出して元の信念にしがみつこうとする。
結局、われわれのいわゆる論議は、大抵の場合、自分の信念に固執するための論議を
見出す努力に終始することになる。

・決定的な意見を意味する“確かに”“疑いもなく”という言葉は一切つかわず、
「自分としてはこう思うのだが・・・」「わたしにはそう思えるのだが・・・」
 と言うことにした。(ベンジャミン・フランクリン)

3.自分の誤りをただちにこころよく認める。

・自分が悪いと思ったら、相手にやっつけられる前に自分で自分を
やっつけておいた方がはるかに愉快ではないか。
相手の言うことを自分で言ってしまうのだ。
そうすれば相手は言うことが無くなり、寛容になり、
こちらの誤りを許す態度に出るだろう。

4.おだやかに話す。

・人を無理に自分の意見に従わせることはできない。
しかし、優しい打ち解けた態度で話し合えば、相手の心を変えることができる。

5.イエスと答えられる問題を選ぶ。

・意見の異なる問題を初めに取り上げてはならない。
まず意見が一致しているイエスといわせるような問題から始め、
それを絶えず強調しながら話をすすめる。
互いに同一の目標に向かって努力しているのだということを、
相手に理解させるようにし、違いはその方法だけだと強調するのである。

6.相手にしゃべらせる

・相手のことは、相手が一番良く知っている。だからしゃべらすのだ。
相手が言いたいことをまだ持っている限り、こちらが何を言っても無駄だ。
大きな気持ちで辛抱強く、しかも、誠意を持って聞いてやる。
そして心おきなくしゃべらせてやるのだ。

・敵を作りたければ、友に勝つがいい。
味方を作りたければ、友に勝たせるがいい。
(ラ・ロシュフーコー)

7.相手に思いつかせる。

・人から押し付けられる意見よりも、自分で思い付いた意見のほうを我々は、
はるかに大切にするものである。人に自分の意見を押し付けようとするのは、
そもそも間違いだともいえる。
暗示を与えて結論は相手に出させる方が、よほど利口だ。

8.人の身になる。

・自分の意見を述べるだけでなく、相手の意見を尊重するところから、
話し合いの道が開ける。
まず、話し合いの目的、方向をハッキリさせて、相手の身になって話を進め、
相手の意見を受け入れていけば、こちらの意見も相手は受け入れる。
(J・S・ニーレンバーグ)

9.相手の考えや希望に対して同情を持つ。

・口論や悪感情を消滅させ、相手に善意を持たせて、あなたのいうことを、
おとなしく聞かせる魔法の言葉――――「あなたがそう思うのはもっともです。
もしわたしがあなただったらやはり、そう思うでしょう。」

・われわれが交渉をもつ相手の4分の3は、みな同情に飢えている。
それを与えてやるのだ。

10.人の美しい心情に呼びかける。

・相手の信用状態が不明な時は、彼を立派な紳士と見なし、
そのつもりで取り引きを進めると間違いが無いとわたしは経験で知っている。
要するに、人間は誰でも正直で、義務を果たしたいと思っているのだ。
これに対する例外は、比較的少ない。人をごまかすような人間でも、
相手に心から信頼され、正直で公正な人間として扱われると、
なかなか不正なことはできないものなのだ。(トマス)

11.演出を考える。

・現代は演出の時代である。単に事実を述べるだけでは十分ではない。
事実に動きを与え、興味を添えて演出しなければならない。

12.対抗意識を刺激する。

・成功者はみなゲームが好きだ。自己表現の機会が与えられるからだ。
存分に腕をふるって相手に打ち勝つ機会、
これが、いろいろな競争や競技を成立させる。
優位を占めたい欲求、重要感を得たい願望、これを刺激するのだ。

 −−−−−−

ー人を変える9原則

1.まずほめる。

 ・われわれは、ほめられた後では、苦言も大して辛く感じないものだ。

2.遠まわしに注意を与える。

 ・「しかし」という言葉を「そして」に変えると、すぐに成功に転じる。
 人の気持ちや態度を変えようとする場合、ほんの一言の違いが、
 成功と失敗の分れ目になることがある。

3.まず自分の過ちを話した後、相手に注意を与える。

4.命令をせず、意見を求める。

 ・命令を質問のかたちに変えると、気持ちよく受け入れられるばかりか、
 相手に創造性を発揮させることもある。
 命令が出される過程に何らかの形で参画すれば、だれでもその命令を守る気になる。

5・顔をつぶさない。顔を立てる。

 ・たとえ自分が正しく、相手が絶対に間違っていも、その顔をつぶすことは、
 相手の自尊心を傷つけるだけに終わる。

6・わずかなことでも、惜しみなく、心からほめる。

7・期待をかける。

8・激励する。

9・喜んで協力させる。


6710,閑話小題 〜日韓の軋轢の原因

2019年07月30日(火)



 日韓問題が、日ごと悪化してきたが、何ゆえに朝鮮人が、70数年前の問題を、
ここまで執拗に掘り返すのか、疑問であった。ところが先週末の夕方、NHKが
異例の100分スペシャル番組『在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業』を、二回に
分け連続で放映していた。 嫌日の理由が、半分ほどわかったよう。
  〜その概要とは〜
≪ ◆ 北朝鮮に渡った在日9万3340人はどう生きたのか?
◉ 今年は在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業開始から60年に当たる。NHKは
「北朝鮮への帰国事業 知られざる外交戦・60年後の告白」と題した再放送。
1959年から25年間続いた帰国事業で、9万3000人余り(日本国籍者約7000人含む)
の在日が北朝鮮に渡った。在日人口の6.5人に1人に及ぶ大民族移動だったが、
この人たちが北朝鮮でどのような生を送ったのか、詳細は不明のままだ。
激しい冷戦対立下にあった当時、資本主から社会主義への10万近い大移動が、
どのような外交交渉があって実現したのか、多くはベールに包まれたまま。
NHKは、北朝鮮から脱出した元帰国者を大阪、東京と韓国で取材し、新たな証言を
得た。また、世界各国の当時の機密文書を入手、舞台裏で、日朝両政府だけでなく、
冷戦下の米ソ、韓国がし烈な外交戦を繰り広げていたことが明らかになった、と
している。…  ≫ 
≪ 彼女らの体験は、日本で出版されたいくつかの手記と共通している部分が
 多かった。例えば、新潟から出た帰国船が清津港に到着した時の失望、乏しい
食糧配給に帰国間もなくからひもじい思いをしたこと、日本から来た異分子として
監視と差別に晒されたこと、失言や振る舞いから政治犯収容所に送られた帰国者が
少なくなかったこと、などである。 帰国者の手記本の内容が決して的外れでも、
特殊な体験でもないことが分かった。一方、彼・彼女らは、私のまったく知らない
帰国者の生き様、死に様について話してくれた。おそらく誰にも話したことの
なかった「身世打令」(シンセタリョン)。≫

▼ 帰還船から日本人の一群が降りてくるのを見た人が、『天国から舞い降りて
 くる人たちの姿』に目を見張り、…逆に帰還者がみた出向かいの群衆は、
『痩せ干せた黒い顔の人たちの姿。』の証言が、生々しい。帰還後、暫くして
韓国に亡命した男の証言。 『日本では三国人と蔑まされ、帰還した北では、
白眼視され、韓国でも誰にも相手にされず友人が1人もいない最悪の人生だった!』
 様々な人の証言のどれもこれも、あまりに理不尽な過酷な状況。その怒りが、
日本人に向けられて当然と…納得。 娘が家で餓死した時の生々しい証言は、
この問題の根の深さを象徴している。戦勝国の韓国が、日本より生活水準が
遥かに劣っている現実。韓ドラは、私の体質に合わないんで一切、見ることが
ないが、知人に聞くこと、『陰湿で、ねちこくって、ドラマとして、その辺りが
面白い! が、好きには絶対になれない! 儒教の影響が国臭として臭過ぎ。』
 
・・・・・・

6347,閑話小題 〜変といえば変だが?
2018年07月30日(月)
   * オウム教の大量死刑で
 麻原はじめ、7人のオウム教徒が処刑された時には、中国地区で大雨が。
そして今回の6人の死刑で、この不自然な台風発生と、東京拘置所のある関東を
カスって名古屋拘置所のある近畿地区に逆走し中国地区を抜けていった。
東から西への逆風は気象庁始って以来、初めて。前の大雨の土砂崩れの地区を
狙いすましたようなコースを吹いている。 これは「意味ある偶然の一致?」。
 この2つの災害と、オウムの死刑執行を結びつけるべきでないだろうが… 
それにしても、出来過ぎ? こじ付けといえば、それまで。
 
≪ オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の
 松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、
合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。
平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた
松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。
一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、ことし1月に
地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで
終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。
 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ
移送され、今月6日、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に
刑が執行された。
ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、
法務省によると、26日午前、刑を執行したという。教団に対する強制捜査
から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。≫

ー―
寅:八つぁんに聞くけどさ、こんなことを、言うと「変じゃないか?」と
 言われるけど、偶然の一致にしても出来過ぎじゃない。「意味ある偶然の一致」
 の手の話なら、得意分野でしょう。 実際のところ、如何?
八:東京拘置所のある関東近くまで一度行って、そこから逆コースを辿るんじゃ、
 何かのサインと仮説をたてやすいね。でも、集団によるヒステリックで、自然
 現象を発生させることは非科学的だね。それより、そのタイミングに自然に
 合致した刑の執行とすると、何にも不思議ではない。「意味ある偶然の一致」
 とは、本来、そういうもの。
寅:それにしても、宗教団体がさ、サリンテロはないよ!誇大妄想もいいところ。
熊:寅が言われるまで、全く関連して考えてなかったね。言われれば、やはり
 何かを感じるけどね。ネット上だから、あまり深い問答をしない方がいいよ。
寅:カルトだし、公安もピリピリしているからね。20年以上経過した現在、
 早々に、消し去る必要は、あったね。
八:最近、何か変な力が自分の内部で動き出したので、今回の件に気づいたの。
 半年に一度は、クラス会とか、ジムで、露骨な嫌がらせに合うの。そこで、
 二日かけて、100回、全身全霊で首を削ぎ落すイメージを持つの。そうすると、
 怒りの繰返しから解放されるの。でも、1〜2年後に、対象者か、身辺に異変が
 起こるの。元もと異変を抱えているから、わざわざ、私に仕掛けてきただけだが。
熊:ほぼ、8〜9割方は、そうだよな。でも、コジツケもあるね。これを自分も
 真似をして遣りだしたが、良いね、これ! スッキリするしね。
寅:どうも、最近、俺が変なのは、熊のせいかい? 嫌味を言うと、数日、
 変な目つきをしてさ、その後、スッキリした顔をしていたな。
熊:御前の場合、その都度、念を入れて200回はしているよ…。 冗談、冗談!
八:問題はさ、無心で怒りをこめて、打ち落とすことさ。それで、解決すればね。
 ここで言いたいのは、オウムの死刑囚が13人も、全身全霊で日本という国家に、
 怒り心頭で呪ったら、この程度のことは可能ではないか?ということ。
 私の場合、信濃川の大橋の上で、地球の芯に向かってエネルギーの補充をして
 いるイメージを持って… これ凄いエネルギー。でも現象化が二年後だからね。
大家:御前の良くないのは、この一連を楽しんでいることさ。でも、合理的だね。
 八つぁんの心象風景も貧しいね。もっと、豊かなイメージを持てないのかね。
八:リタイアまでの20数年は、秘・異郷ツアーで、バッサと、削ぎ落とせたが、
 今ではね… それでも、TVでYouTubeなどの行き先の映像を見て楽しめるしね。
寅:寝室に連日、籠って、TVを嬉しそうな声を出してさ… 楽しそうじゃないか。 
 でも、俺なら変になるな… 
八:『3:10:60:27の法則』のさ、「3」だけを取り出して、紡いだスケジュール
 がね、非常に効果的に動いているからね。あと僅か?の残された人生なら、
 「3」を最優先して毎日を過ごさないとね。

神様:こんなバカな事、書くもんじゃございません! ったく、この男!

・・・・・・
5615,かわいい自分に旅させた ー
2016年07月30日(土)
             <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著>
   * かわいい自分に旅させた 〜A
 40〜50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に
出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。
10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。
あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 
肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。
 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。
では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、
半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、
10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ
は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。
≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を
 もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで
旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する
のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で
あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。
 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが
できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも
眺めるような旅をするようになった。
 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。
先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した
旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の
そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。
より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を
分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ
育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫
 ――
▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。
 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。
それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。
「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、
自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との
同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この
感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 〜つづく
・・・・・・
4885,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜2
2014年07月30日(水)
        ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ーより
  * 20年後には、どうなっている?  
20年前は、Windows95の発売直前であり、まだパソコンも、ネットも、
携帯電話も普及したての頃。スマートフォンも、タブレットPCもなく、ノート
PCが普及を始めて5年ほど経った頃である。それが今ではスマートフォンと
タブレットPC。 これは未来学者も想像すら出来なかった優れもの。
それからして20年後の予測など、考えられないはずがない。
  ー以下の箇所は、既に現在進行のものが多いー 
≪・二十年後は検索がさらに滑らかになり、何かを思い出したとき、それが
本当に自分の記億なのか、ネット上のデータなのか、区別がつかなくなる。
SF的にいうと「脳の外部化」だ。これからスマホは、腕時計やメガネのように
ウエアラブルで身に着けるようになる。さらに小型化すれば、肉体の一部に
埋め込まれるかもしれない。情報は画面で見るのでなく、プロジェクターで
外部に映し出される。会議で紙の資料を配らなくても、視線と連動して
目の前のテーブル上に文字や絵が投影される。そうなると現実の光景と、
ヴァーチャルな画像とが共存するのが当たり前になる。
・二十年後の地球は、人口が増えすぎて資源が底をつき、経済は低迷して、
あらゆる人が貧乏になっている。資源とエネルギーは最小限にし、情報だけは
ありあまるほど使うのがカッコイイ平均した生き方になる。その次には、限り
ある時間をいかに大切に使うかもかっこよくなる。その時代は、実際に活動する
のでなく、やった気になることで満たされる。自分でエベレストに登るのでなく、
そのヴァーチャル映像を自宅で眺め、疑似体験するのが楽しみになる。
数万人に1人ぐらいは、手間と時間と金をかけて実体験するが、ヴァーチャル
映像の感動に比ぺてせいぜい五割増しが限度という具合。それなら、ほとんど
コストをかけずに疑似体験したほうがいいことになる ・・・(略) ≫
▼ 年金生活と年齢もあるが、以前ほど海外旅行に行きたいと思わなくなった
のは、これまで行った先の写真と 映像をネットで手軽に見ることで擬似体験が
出来ることがある。実際に現地に行った上、ネットで検索したベストのブログの
写真や映像を見ると、その何割かを追体験をした錯覚が起き、記憶そのものが
書き換えられる。二度、三度の繰返しで、擬似旅行体験が、よりリアルになる。
 またシネマではヴァーチャル世界が年々迫力を大幅に増し、実体験より遥かに
刺激的になっている! またスマホとタブレットのネット情報を、大型TVにも
映し出すことが可能になった。物価は上っても、ヴァーチャル情報の値段は
下がり続けるため、疑似体験の価値が限りなく高くなる。インスタントラーメン
を食べながら、高級レストランの食事場面を見て、満足するしかない時代。
缶ビールとツマミをスーパーで買って、居間で「酒場放浪記」で日本各地の
居酒屋で、レポーターと供に、店内の客と一緒に飲んでいる気になっている
視聴者と同じようなもの。これは未来でなく、現在、既に起こっている現象。
目を凝らしてみれば未来は既に起こっている。気がつくかつかないかである。
・・・・・・
5250,全球凍結 〜地球大進化46億年 ー
2015年07月30日(木)
ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー
 の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜
《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や
 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で
始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化
してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》
   * 二度の全球凍結
生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。
(二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、
「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから
生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。
何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、
生命は生延びてきた。  〜その辺りから〜
≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の
ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を
集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた
状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。
不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。
 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、
新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。
そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは
ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成
による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。
 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱
になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は
コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、
生命は大型化を可能にした。≫
▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の
大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。
動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。
生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を
選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い!
・・・・・・
5980,閑話小題 〜知恵という名の書物の第一章は、正直である
2017年07月30日(日)
               【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   * 知恵という名の書物の第一章は「正直」である 〜ジェファーソン
 毎日、16年以上、これを書き続けていると、何もかもを素直に書くしかない。
問題は、正直に書くことで、暴露的内容も出てくることである。その上に、
日常の感情が正直に現れ出て、かなり際どいことを書いたのだろう。
 ここで著者が、
【 最高の自己実現を果たすには、人と自分に正直になり、自らの野心のために
 「不誠実な行動」をしないことです。 なぜなら、人格を向上させ、どんな時
でも内なる心に従い、「正しい選択」をし、「誠実な対応」を心掛けていれば、
誤った方向に道を踏み外すことがないからである。
 自分の信念と相いれない言葉を使ったり、無責任な行動をとらないことを固く
誓うことが、多くの人の心をつかみ、沢山の幸運を招き入れる「マスターキー」
となるのです。】という。
▼ 正直であることが、時として悪い結果を生むことになるが、「我が上なる
 星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」
と、カントの墓石に刻まれているが… 内なる道徳法則が確たるものかどうか。 
――
   * 小さな約束を守る  
【 肝心な点は、小さなことでも約束をして守るようにすれば、より大きな
 約束を守る能力が高まることである。 〜スティーブン・R・コヴィー 】
▼ 会社清算とはいえ、会社を倒産させた当事者として、返済の約束を破った
 事実は事実。経済社会では、大きな落伍者としての烙印を押される。65歳を
過ぎて、今さら再起など考えもしないが、最後の着地の失敗は… とはいえ、
何事も受止め方しだい。約束といえば、会合や待合わせ時間の約束。
これは、その人そのものが端的に現れ出る「小さな約束」である。
1人の遅刻は、待っている人数分が掛け合わされることさえ、自覚できてない
現れである。「10分前が基本」の社会常識を知らない最たるもの。異質社会の
経験が少ないため。小銭と同じく、まずは約束時間に神経を配ること。
最後の最後、大きな約束を破った私には、何も言えないが。 
 金と時間に関して、関西系は特に厳しく、東北、北陸は甘い。


6709,閑話小題 〜何やってんのか! −2

2019年07月29日(月)


   * アフォ違うねん、バカなんねん!
【 25日に行われた第101回全国高校野球選手権大会岩手大会の決勝で、
大船渡がエース佐々木朗希投手を出場させずに敗れた。甲子園を懸けた大一番で、
故障防止を理由に登板を回避したことは、高校野球の関係者に衝撃を与えた。】
▼ 何やってねん、監督よ。これは、監督自身が一生の不覚になる誤判断。
この監督の人生を根底から破壊するほどの誤り。潰れても、それは仕方がない。
その前の試合で途中で、一塁とかで交代させ休ませることも可能の筈。投手層が
薄くて危険過ぎたこともある?) とはいえ、佐々木が出ていれば勝てたかと
いうと、これも疑問が残る。ならば、傷つけないでベンチという判断もある?…
 一生をかけた自問自答の問題になってしまった。どのみち、負けるのだから、
これで良かったということですか? 
 ―   
   * そこまで面白いか?
 昨日、取上げた『アルキメデスの大戦』。封切の二日後には、『笑点』の
ゲストに出てきた。他にも関西系の昼のバラエティにも、話題になっていたには、
驚いた。物語として、最後の捻りが何とも笑えるが… 右翼の売名にうってつけ? 
 山崎貴監督がメガホンをとった「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0」を超えた
評論もあった、「戦争の臭いが全くしない戦争映画」。
 映画冒頭が、『戦艦の大和』が撃沈される圧倒的場面と、戦艦の雄姿を、
これほどリアルに再現させて見せた技術に驚きざるを得なかった。 当時の乗員
の生残りがみたら、何と思うか? やはり怒り狂うか。漫画的奇抜さに、失笑か。

・・・・・・
6347,閑話小題 〜変といえば変だが?
2018年07月30日(月)
   * オウム教の大量死刑で
 麻原はじめ、7人のオウム教徒が処刑された時には、中国地区で大雨が。
そして今回の6人の死刑で、この不自然な台風発生と、東京拘置所のある関東を
カスって名古屋拘置所のある近畿地区に逆走し中国地区を抜けていった。
東から西への逆風は気象庁始って以来、初めて。前の大雨の土砂崩れの地区を
狙いすましたようなコースを吹いている。 これは「意味ある偶然の一致?」。
 この2つの災害と、オウムの死刑執行を結びつけるべきでないだろうが… 
それにしても、出来過ぎ? こじ付けといえば、それまで。
 
≪ オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の
 松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、
合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。
平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた
松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。
一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、ことし1月に
地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで
終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。
 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ
移送され、今月6日、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に
刑が執行された。
ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、
法務省によると、26日午前、刑を執行したという。教団に対する強制捜査
から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。≫

ー―
寅:八つぁんに聞くけどさ、こんなことを、言うと「変じゃないか?」と
 言われるけど、偶然の一致にしても出来過ぎじゃない。「意味ある偶然の一致」
 の手の話なら、得意分野でしょう。 実際のところ、如何?
八:東京拘置所のある関東近くまで一度行って、そこから逆コースを辿るんじゃ、
 何かのサインと仮説をたてやすいね。でも、集団によるヒステリックで、自然
 現象を発生させることは非科学的だね。それより、そのタイミングに自然に
 合致した刑の執行とすると、何にも不思議ではない。「意味ある偶然の一致」
 とは、本来、そういうもの。
寅:それにしても、宗教団体がさ、サリンテロはないよ!誇大妄想もいいところ。
熊:寅が言われるまで、全く関連して考えてなかったね。言われれば、やはり
 何かを感じるけどね。ネット上だから、あまり深い問答をしない方がいいよ。
寅:カルトだし、公安もピリピリしているからね。20年以上経過した現在、
 早々に、消し去る必要は、あったね。
八:最近、何か変な力が自分の内部で動き出したので、今回の件に気づいたの。
 半年に一度は、クラス会とか、ジムで、露骨な嫌がらせに合うの。そこで、
 二日かけて、100回、全身全霊で首を削ぎ落すイメージを持つの。そうすると、
 怒りの繰返しから解放されるの。でも、1〜2年後に、対象者か、身辺に異変が
 起こるの。元もと異変を抱えているから、わざわざ、私に仕掛けてきただけだが。
熊:ほぼ、8〜9割方は、そうだよな。でも、コジツケもあるね。これを自分も
 真似をして遣りだしたが、良いね、これ! スッキリするしね。
寅:どうも、最近、俺が変なのは、熊のせいかい? 嫌味を言うと、数日、
 変な目つきをしてさ、その後、スッキリした顔をしていたな。
熊:御前の場合、その都度、念を入れて200回はしているよ…。 冗談、冗談!
八:問題はさ、無心で怒りをこめて、打ち落とすことさ。それで、解決すればね。
 ここで言いたいのは、オウムの死刑囚が13人も、全身全霊で日本という国家に、
 怒り心頭で呪ったら、この程度のことは可能ではないか?ということ。
 私の場合、信濃川の大橋の上で、地球の芯に向かってエネルギーの補充をして
 いるイメージを持って… これ凄いエネルギー。でも現象化が二年後だからね。
大家:御前の良くないのは、この一連を楽しんでいることさ。でも、合理的だね。
 八つぁんの心象風景も貧しいね。もっと、豊かなイメージを持てないのかね。
八:リタイアまでの20数年は、秘・異郷ツアーで、バッサと、削ぎ落とせたが、
 今ではね… それでも、TVでYouTubeなどの行き先の映像を見て楽しめるしね。
寅:寝室に連日、籠って、TVを嬉しそうな声を出してさ… 楽しそうじゃないか。 
 でも、俺なら変になるな… 
八:『3:10:60:27の法則』のさ、「3」だけを取り出して、紡いだスケジュール
 がね、非常に効果的に動いているからね。あと僅か?の残された人生なら、
 「3」を最優先して毎日を過ごさないとね。

神様:こんなバカな事、書くもんじゃございません! ったく、この男!

・・・・・・
5615,かわいい自分に旅させた ー
2016年07月30日(土)
             <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著>
   * かわいい自分に旅させた 〜A
 40〜50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に
出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。
10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。
あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 
肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。
 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。
では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、
半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、
10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ
は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。
≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を
 もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで
旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する
のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で
あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。
 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが
できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも
眺めるような旅をするようになった。
 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。
先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した
旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の
そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。
より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を
分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ
育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫
 ――
▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。
 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。
それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。
「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、
自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との
同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この
感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 〜つづく
・・・・・・
4885,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜2
2014年07月30日(水)
        ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ーより
  * 20年後には、どうなっている?  
20年前は、Windows95の発売直前であり、まだパソコンも、ネットも、
携帯電話も普及したての頃。スマートフォンも、タブレットPCもなく、ノート
PCが普及を始めて5年ほど経った頃である。それが今ではスマートフォンと
タブレットPC。 これは未来学者も想像すら出来なかった優れもの。
それからして20年後の予測など、考えられないはずがない。
  ー以下の箇所は、既に現在進行のものが多いー 
≪・二十年後は検索がさらに滑らかになり、何かを思い出したとき、それが
本当に自分の記億なのか、ネット上のデータなのか、区別がつかなくなる。
SF的にいうと「脳の外部化」だ。これからスマホは、腕時計やメガネのように
ウエアラブルで身に着けるようになる。さらに小型化すれば、肉体の一部に
埋め込まれるかもしれない。情報は画面で見るのでなく、プロジェクターで
外部に映し出される。会議で紙の資料を配らなくても、視線と連動して
目の前のテーブル上に文字や絵が投影される。そうなると現実の光景と、
ヴァーチャルな画像とが共存するのが当たり前になる。
・二十年後の地球は、人口が増えすぎて資源が底をつき、経済は低迷して、
あらゆる人が貧乏になっている。資源とエネルギーは最小限にし、情報だけは
ありあまるほど使うのがカッコイイ平均した生き方になる。その次には、限り
ある時間をいかに大切に使うかもかっこよくなる。その時代は、実際に活動する
のでなく、やった気になることで満たされる。自分でエベレストに登るのでなく、
そのヴァーチャル映像を自宅で眺め、疑似体験するのが楽しみになる。
数万人に1人ぐらいは、手間と時間と金をかけて実体験するが、ヴァーチャル
映像の感動に比ぺてせいぜい五割増しが限度という具合。それなら、ほとんど
コストをかけずに疑似体験したほうがいいことになる ・・・(略) ≫
▼ 年金生活と年齢もあるが、以前ほど海外旅行に行きたいと思わなくなった
のは、これまで行った先の写真と 映像をネットで手軽に見ることで擬似体験が
出来ることがある。実際に現地に行った上、ネットで検索したベストのブログの
写真や映像を見ると、その何割かを追体験をした錯覚が起き、記憶そのものが
書き換えられる。二度、三度の繰返しで、擬似旅行体験が、よりリアルになる。
 またシネマではヴァーチャル世界が年々迫力を大幅に増し、実体験より遥かに
刺激的になっている! またスマホとタブレットのネット情報を、大型TVにも
映し出すことが可能になった。物価は上っても、ヴァーチャル情報の値段は
下がり続けるため、疑似体験の価値が限りなく高くなる。インスタントラーメン
を食べながら、高級レストランの食事場面を見て、満足するしかない時代。
缶ビールとツマミをスーパーで買って、居間で「酒場放浪記」で日本各地の
居酒屋で、レポーターと供に、店内の客と一緒に飲んでいる気になっている
視聴者と同じようなもの。これは未来でなく、現在、既に起こっている現象。
目を凝らしてみれば未来は既に起こっている。気がつくかつかないかである。
・・・・・・
5250,全球凍結 〜地球大進化46億年 ー
2015年07月30日(木)
ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー
 の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜
《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や
 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で
始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化
してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》
   * 二度の全球凍結
生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。
(二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、
「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから
生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。
何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、
生命は生延びてきた。  〜その辺りから〜
≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の
ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を
集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた
状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。
不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。
 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、
新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。
そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは
ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成
による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。
 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱
になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は
コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、
生命は大型化を可能にした。≫
▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の
大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。
動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。
生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を
選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い!
・・・・・・
5980,閑話小題 〜知恵という名の書物の第一章は、正直である
2017年07月30日(日)
               【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   * 知恵という名の書物の第一章は「正直」である 〜ジェファーソン
 毎日、16年以上、これを書き続けていると、何もかもを素直に書くしかない。
問題は、正直に書くことで、暴露的内容も出てくることである。その上に、
日常の感情が正直に現れ出て、かなり際どいことを書いたのだろう。
 ここで著者が、
【 最高の自己実現を果たすには、人と自分に正直になり、自らの野心のために
 「不誠実な行動」をしないことです。 なぜなら、人格を向上させ、どんな時
でも内なる心に従い、「正しい選択」をし、「誠実な対応」を心掛けていれば、
誤った方向に道を踏み外すことがないからである。
 自分の信念と相いれない言葉を使ったり、無責任な行動をとらないことを固く
誓うことが、多くの人の心をつかみ、沢山の幸運を招き入れる「マスターキー」
となるのです。】という。
▼ 正直であることが、時として悪い結果を生むことになるが、「我が上なる
 星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」
と、カントの墓石に刻まれているが… 内なる道徳法則が確たるものかどうか。 
――
   * 小さな約束を守る  
【 肝心な点は、小さなことでも約束をして守るようにすれば、より大きな
 約束を守る能力が高まることである。 〜スティーブン・R・コヴィー 】
▼ 会社清算とはいえ、会社を倒産させた当事者として、返済の約束を破った
 事実は事実。経済社会では、大きな落伍者としての烙印を押される。65歳を
過ぎて、今さら再起など考えもしないが、最後の着地の失敗は… とはいえ、
何事も受止め方しだい。約束といえば、会合や待合わせ時間の約束。
これは、その人そのものが端的に現れ出る「小さな約束」である。
1人の遅刻は、待っている人数分が掛け合わされることさえ、自覚できてない
現れである。「10分前が基本」の社会常識を知らない最たるもの。異質社会の
経験が少ないため。小銭と同じく、まずは約束時間に神経を配ること。
最後の最後、大きな約束を破った私には、何も言えないが。 
 金と時間に関して、関西系は特に厳しく、東北、北陸は甘い。


6708,閑話小題 〜 写真があればこそ!

2019年07月28日(日)

   * 子供時代の写真が幾枚も残っている幸運
 東京の葛飾に私より一回り上の従兄が二人いる。もの覚えがついた頃から、
兄の方が、何時も遊びに来て、写真を撮ってくれていた。産まれた直後の写真、
3〜4歳、5〜6歳、10歳頃の写真が幾枚も残っている。アマチュアの写真家で、
何時もカメラを持参していた。残された写真は、記憶を埋める貴重な風穴。
有難いことだ。その影響で、現在のようなデジタルカメラでなかった時代にしては
カメラを常に持参して、それぞれの時節のスナップ写真を数多めに残してある。
こと写真、動画に関しては、気楽に鮮明に残せる現在の人たちが羨ましいかぎり。
 それにしてもデジタル技術の進化には日々、驚かされる。
 ―
   * ペットの話
 ペットは、大まかに、犬派、猫派、鳥派、観賞魚派、その他の5分類に出来る。
我家は犬派だったが、連れは動物が大嫌い。で、妥協をしてベランダでインコを
飼っている。大よそ10代ぐらい。小桜インコが、6代。メキシコ黄金インコ、
オカメ・インコ、現在の超小型インコのルリハ・インコと…
 このインコも8年半、生抜いている。今までの最長の長生き。性格は穏やかで、
人懐こいが、ノンビリしている。
 ペットとは何か?を検索すると…
【◉ 現代の日本の2人以上の世帯においては、48%の世帯が、何かしらのペット
 を飼っている。イヌのピークは2008年の1310万匹で、その後、減少傾向にある。
2017年にネコ(952万匹)が、イヌ(892万匹)を追い抜いた。2018年のイヌは
890万3000匹、ネコは964万9000匹である。
◉ ペットを飼うことで、飼い主は癒し、孤独感の解消などが得ると共に、
 愛情や思いやりの心などが育つなどの情操教育の効果もあるとされる。
ペットは広い意味での飼い手の人生の質の向上に貢献している… 】
 ―
▼ 過去の記憶を引出す手っ取り早いのが「ペットに関わる記憶」。
 私の場合は、その時々の飼犬の記憶。家族の一員として深く関わっていた
ため。家族の場合は、立ち位置が、その都度、変わっていくが、ペットは
不動の記憶しか残ってないこともある。不動たる露出した魂の存在とした
生き神とみると、その価値を思い知ることが出来る。

――
2015/03/04
閑話小題 〜空を飛びまわるニワトリ
   * 空を飛びまわるニワトリ
 以前だが、TVニュースのレポートで、神社で野生化したニワトリが、
樹木の枝を飛びまわっている姿の記憶がフラッシュしてきた。このニワトリ、
野犬に追われ、やむなく飛んでいるうちに、飛べるようになったようだが、
これは、人間の能力と同じ現象ではないか。野犬から身を守る生死の境で、
普段、使わない本来もっている羽の機能を使ったためである。生命が生まれて
20億年、現在の人類の祖先から20万年、経過している。脳の中には、
生命として、動物として、人間として、あらゆる生死をかけた経験の蓄積があり、
それを使い生き残ってきた。その記憶が脳と身体に刻印されているのが、
究極の危機から目覚めてくる。その一つに火事場の馬鹿力が。
   
   * つれづれに
 ☆ この30年らい、我家のペットはインコ。いまので9代になるが、
 名前は「ピー子」。7代まではボタンインコだったが、8代目がメキシコ・
コガネインコ、そして4年前から、世界で最も小さいルリハ・インコである。 
性格が大人しく、絵から抜出したように可愛いが、年を重ねる度に、野生が
顔を出し、攻撃的になる。外出先から帰ると、駐車場から察知し鳴きさけぶ。
 ☆ 先週の金曜日に観たシネマ『アメリカン:スナイパー』を観た。
 中東で160人を射殺したスナイパーが、退役後、心的外傷を負った男に射殺
される。その心的外傷の男が何ゆえ射殺したのか考えてみたが、私の結果は、
「自分が殺害したアラブ人への償いを、その英雄を射殺することで果たした?」
と考え至ったが、どうだろう。 キリスト教原理と、イスラム原理主義
との戦いが、21世紀の大きなウネリになる。 もう、おちおちアフリカ、
中東に旅行に行けなくなってしまった?
――
  ・・・・・・・
3472, 人生、よもやま話
2010年09月27日(月)
 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、最近いやにフラッシュのように断片が
頭によぎる。歳のせいだろう。現在、思い出してみても小説になるような世界だった。
長岡の駅前は戦災にあって焼け野原から復興の過程にあった。
終戦直後に産まれ、街の真っ只中の店が幼児期の世界であった。両親、兄姉、
店の従業員、出入りの業者、御客が慌しく犇いていた。そして、多くのドラマを
子供なりに見ていた。華やかな集団生活で、誰もが笑顔で頭を撫ぜてくれていた。 
一歳前から記憶が始っている。人は一般には3歳ごろから始まるとは青年期に
なって初めて知った。
這い這いしていたことも、初めて歩いたことも、そして、鉄筋コンクリートの
ビルが立ち上がっていく過程も鮮明に残っている。 夢のような日々であった。
ラジオから美空ひばりや、笠置しず子の歌声が聞こえていた。 幼稚園に入り、
初めての友達ができた。そして家庭内のゴタゴタが色いろあった。忠実に当時の
ことを書き出せば、面白い小説が数冊は書ける。何時の世も、人間の赤裸々な
人生が展開されている。 まだ憶えているが、店に尾長猿を肩に乗せた男が店に
入ってきた。そして、この猿を買ってくれないかという。傍にいて、初めて見る
猿に驚き見入っているうちに、その猿が愛おしくなり、買って欲しいと
父に頼むと、アッサリと買ってくれた。そして、店頭のペットとして、直ぐに
人だかりになった。 昼は店のペット、夜は三階の家庭のペットとして皆に可愛
がられる存在になっていた。 その頃、家には白黒のコロという愛嬌があるが、
少し抜けている犬がいた。今までは、その犬が人気者だった。 しかし猿に人気が
移ると、犬が猿に嫉妬をして大喧嘩をする。それが子供心に面白い。
そうこうしていると、今度は猿の攻撃相手が家庭内では兄と私になる。足や尻を
思い切って噛むのである。そして歯形がつく程度から、出血をするまでになった時、
父は直ぐにハク製屋に売ってしまった。 残酷なものである。
 そのうち次は自分がペット屋で同じ種類の猿を見つけきて、父に買って欲しい
というと、また、アッサリと買ってくれた。二代目のタロウである。これも、
直ぐに慣れたが、一年もしないうちに狂暴になってしまった。メス猿を買いまして
ツガイとして店のマスコットにした。しかし、ある時期が来ると、今度は店の前で
平気でペアリングを始める始末。 これも二年もしないうちに剥製屋いき。
過ぎてしまえば、全て夢幻か〜 哲学に過去は存在するかどうかの考察がある。

・・・・・・
6345,閑話小題 〜名古屋場所の総括
2018年07月28日(土)
   * 名古屋場所、総括
 名古屋場所が終わって数日しか経ってないが、もう遥か彼方に感じるのは
如何なることか? 三横綱、一大関が休場。残った二人の大関はカド番で、
9勝を上げるのが一杯いっぱい。結果として関脇の御嶽海が優勝をした。
新大関の栃の心も序盤に負傷休場。情けない以前の状況。これはモンゴル相撲
の全盛期の終焉と、チビッコ相撲上がりの学生相撲出身の平成4,5年生まれの
日本力士の交代時期に入った一現象。その切っ掛けが、去年の秋に始まった
白鵬を筆頭にしたモンゴル人横綱による「カチ上げ風の左肘打ちと、次の
瞬間の張手」による優位性が公になったこと。そして、モンゴル仲間の八百長
システムの強要のための日馬富士暴行事件。これが周知され、大関、横綱の
アドバンティジが効かなくなった結果が、このテイタラク。
 今場所が、平成4,5年生まれの御嶽海と、朝の山、豊山が、優勝と三賞を
独占したことで、この流れは、同年代の他の力士に波及し、外国人力士との
対決の様相が表立ってきた。一年前と、様相が全く変わってきた。
それと目立たないが、大鵬の孫と、朝青龍の甥っ子の将来性。二年後には、
彼らを含めた新しい勢力分野が、三役を占めることになる。問題は怪我。
これが普段の稽古場で狙われる。日大アメフト部員による練習試合での露骨
な怪我を狙ったタックルようなことが、大相撲の稽古場で公然と行われる。
俯瞰した面白味からすれば、混沌とした若手の群雄割拠による不安定が良い。
ここもパソコン、過去の取組の録画やデーターを駆使した情報機器を使い
熟した白鵬のような力士が台頭するが、それらしきのが居るのだろうが。
ただし、それを八百長システム作りに励むのは、40回の優勝を消すほどの
万死に値する姿である。

・・・・・・
4883,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜1
2014年07月28日(月)
   * この20年間最大の変化と、今後は? 
 毎日、SF世界のような思いもよらない社会的変化が次々と垣間見ることが
できる。「これからどうなっていくのか?」が面白い 
               ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ー
≪・この20年先を読むには、過去二十年間を振り返るとよい。1994年以降の
大きな流れは、ネットが身近になったこと、携帯電話が普及したこと、クレジット
カードを持つ人が増えたこと。現在、これらの機能はスマートフォンに入っている
のだからたしかに便利。しかし若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。
仲間はずれにされないためだ。無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に
普及したのは、メールやツイッターと違って、簡単に仲間外れができるからだ。 
例えば三人の仲よしグループがあるとしたら、LINEで全員が同じ画面とメッセージ
をやりとりできる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、Cさんを
仲間はずれにできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々と
スマホをいじっていることがある。実はあれが彼らの社交術で、誰かとお茶を
飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。
・この二十年間で我々に起きた最大の変化は、考えるよりも先に検索する癖が
ついたことだ。検索することは、考えることとほぼイコールになっている。
例えば、選挙でどの党に投票するか決める場合、かっては自分で考えた。
今はまず検索し、自分が納得できる意見を探そうとする≫
▼ 13年以上、欠かすことなく、この文章を書き続けることが出来たのは、
 検索機能があったため。テーマが決まれば、キーワードの検索で絶対量の
情報をとり、その過程で、考えをまとめていく。それが私にとって考えること。
後は、図書館でのネタ探しと、ネットサーフィンもある。このお陰で、
「脳の外部化」が、間違いなく行われた。一度ネットに上げれば、何時何処
でも、それにアクセスし、内部検索にキーワードを入れると、過去に書いた、
調べた情報のベースから考えることが可能になる。私にとって、この13年間
は、そのベースづくりの期間でもあった。しかし、その底の無さに呆然とする。

・・・・・・
5978,難しいのは「しないこと」を決めること
2017年07月28日(金)
          【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
                   〜デル創業者 マイケル・デル  
   ★ 難しいのは「しないこと」を決めること
 40年前になるが、あるセミナーで知った法則。(以前にも書いたが…)
< 方針とは、「すること」より、「しないこと」を、まず決めること。>
 対象を絞り込むためには、至極当然のこと。当然、自己の強みに帆をたて、
突き進むこと。これはデル創業者❓マイケル・デルも言っていた。
20数年以上、年に2回の「秘異郷ツアー」は、国内旅行、ゴルフ、など幾つか
「しないこと」を決めて、収入範囲で、何とかライフワークとして続けてきた。
残るのは行蔵としての充実感だけと割切って。 バブル期でも、酒は一晩2万
まで、店は5千円以下の単価に決めていた。で、楽しみの極限は充分に味わった
感がある。それと群れないことも… 
・首都圏のセミナーと、同級会と、自分が主催する会合以外は、一切、地元長岡
 の会には「参加しなこと」と決めていた。だから、現在も平然と、地元に住ん
 でいられる。 〜他にも
・肩書が罷り通る会合には顔を出さない(縦関係の強い会合を避ける)
 これは30年間の職住分離の環境が有利に働いた。やるなら徹するしかない。
 傍からすれば、「大変人」そのものだが、割り切ってしまえば、それまで。
・支払いで手形は切らない。姻戚も含め借財のやりとりをしない
・会社には家内、子供を入れない
・女性と一対一の同席をしない(必ず第三者を入れる)
― 
家訓をみると「…すべし」より、「… すべからず」が多い。
ジョブスは、究極のスマートフォンと、タブレットPCを世に出した。
ボタンを端末からカットしたのである。「ボタン」をカット、小型化した
のである。『色即是空』より、まず『空測是空』である。「しないこと」と、
「できないこと」を混同しないこと。
  〜以前、テーマにした内容より〜
――――
2002/11/21
方針について
 ある経営セミナーでなるほどとイヤに納得をした事があった。
「経営方針とは何々をするというのではなく、何々は
絶対にしないという事である」

非常に解りやすいし、ずばり本質をついている。
枠をハッキリ明示して、エネルギーの分散を避けることだ。
何かをする為には何々を守るためには何々はやらないという事を
明示しておく事だ。

家訓などはそういえばそうだ。
住友の家訓は「浮利を追わず」がその典型だろう。

父は「無借金経営」であった。
家訓は
・請け判はするな
・実力以上のことをするな
・質実剛健
・肩書きを求めるな

2代目が家を潰してしまうのは、家訓をふみはずてしまう
ケースが多い。家訓に縛られて何もしないのも問題だが。
老舗や名家は代々続いたその家訓が光り輝いている。

―ー――
「ビジネス・経済の原理原則と学んだ事」のコーナー
2002/01/21
方針ー政策
   * 方針ー政策,いきかた
方針とは、こうしようという積極的枠組みより、これはしないという
マイナスの枠組みであるという。どこかのセミナーの今でいう,カリスマ的
コンサルタントのピーク時点の言葉であったから、聞いていて「本当か?」
と耳を疑った。しかし納得した。
 
解りやすくケースをあげて説明すると
・ユニクロは衣料のカジュアルー普段着以外やらない。
・ヨーカ堂は、流通以外手を出さない。(ダイエー、西武流通グループは?)
・ある会社は絶対借金しないことを社是にしている。
・住友は浮利を追わずが「社是」で、このバブルを比較的軽傷ですんだ。
・静岡銀行も数少ないバブルに対し、頑なに一切それにのらなかった。
 ジャスコ、ヨーカ堂も。

当社も社是で、いくつか規定している。
失敗したケースはそれを外れていた場合である。

生き方も、家訓も考えたらそのケースが多い。
家訓はー父の教えは、
・請け判は押さず
・人に金を貸さず
・共同事業はやらず
・一つの仕事に縛られない、転業はどんどんやれ
・死に金は使うな
・名誉職はつくな
・近所の人と親しくなるなーつかず離れず

硬い商人のごく当たり前のことだが、特に保障人の請け判だけは
繰り返し気をつけるように言っていた。やはり人生の中で数回きた、同級生の?
や親戚がきた。なるほどと思った。

あるビル管理の担当が、「自分は?大を出て大手の会社に勤めていたが、
カミサンが社宅のある奥さんに頼まれ、連帯保証の請け判を押してしまい
破産、会社に居れなくなり、こうして掃除をしている」と言っていた。
ハン一つで人生全て失う。父がこれを言っていたと思った。

父は自身の生き方は無借金だったが、借金の諌めを言った事はなかった。
無借金の自分の限界を見たためであろう。


6707,閑話小題 〜映画評: 『「アルキメデスの大戦』

2019年07月27日(土)


   * 何と、面白い!
 夏休みの青少年向けの映画ばかりで、二週続けて行かなかった映画館に、
久々に? それも妥協をして『アルキメデスの大戦』を見てきた。
ところが、これが面白い! 私の評価が90点。これを書くための検索で知った
のが、漫画本を「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0」の山崎貴監督のメガホンで
実写映画化したもの。面白くない訳がない。漫画家なるが故の、大胆な着想。
右翼がみたら怒りそうな。京都のアニメ会社のテロ。この映画の公開前でない
ため、事なき?を得たか… 偶然としては、あまりに? 
 〜その内容とは〜
【 戦艦大和の建造をめぐるさまざまな謀略を描いた三田紀房による同名マンガを、
菅田将暉主演、「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0」の山崎貴監督のメガホンで
実写映画化。 日本と欧米の対立が激化する昭和8年、日本帝国海軍上層部は巨大
戦艦・大和の建造計画に大きな期待を寄せていたが、海軍少将・山本五十六は
その計画に待ったをかけた。山本は代替案を提案するも、上層部は世界に誇示する
大きさを誇る大和の建造を支持していた。山本は大和の建造にかかる莫大な費用を
算出し、大和建造計画の裏に隠された不正を暴くべく、天才数学者・櫂直を海軍に
招き入れる。数学的能力、そして持ち前の度胸を活かし、大和の試算を行っていく
櫂の前に帝国海軍の大きな壁が立ちはだかる。】
 ―
▼ この映画の面白さは、推進派のトップの目的が、<この右翼思想にまみれた
 日本という国を一度、根こそぎ叩き壊す象徴としての建設…>がオチ。
実は、この天才が持てる才能を駆使した設計図が、完成した大和の本設計の元に
なっていたという皮肉な漫画的着想。製作会社も違うから、問題外になるとしても、
これでは右翼のもってこいの攻撃対象になる可能性も。それ以前に、秘密警察に
逮捕、拷問の上に、抹殺されている。 漫画は漫画、物語を楽しめばよい。

・・・・・・
6344,閑話小題 〜貴金属購入ショップの話
2018年07月27日(金)
   * 半値、八掛け、二分の一、(5分の1)ですか!
 中学校の同期生から電話が入り、金貨を買わないか?という。
そんな余分な金があろう筈もないので断ると。「チラシに入っている、
金貨、貴金属購入ショップに同行してくれないか」と依頼された。
彼の隠し資産の一つに、明治30年刻印の20円金貨と享保小判があり、
母親がくれたものとか。 その当時の同封のメモに、
「20円金貨が買い30万、売り20万」とメモ書きがあった。
他に、「享保小判が買い22万、売り15万」と、添え書きがあった。
 そこで一昨日、国道筋にある金買取店に同行した。店内は外見とは違い、
小じんまりしたところに、大柄な女性が一人。これじゃ、襲われない? 

 その査定が、何と<金貨4万、享保小判が2万=合計6万円>と… 
「半値、八掛け、二分の一(5分の1)」。当人、ここまで低いとは思って
いなかったようで唖然とした顔。同封していた自己査定の数字のメモを見せた
ところ、「東京の古物商で売ったら?」と、窓口の姉さんになだめられていた…
『これではね… 調べるんじゃなかった?』と無念そう。帰ってきて
ネットオークションでは、「買い27万、売り20万」。総合評価は… 
ブラックの臭いがプンプン「危ない世界」そのもの。
 時どき、チラシで出張金買取の即買会を開いているが、あれこそ危ない!
ブラックに、そのまま売りつけられたらどうする。これは、出店も同じこと。
ここも素人が手を出してはいけない世界。他者への慈善行為(ボランティア)
は、そのまま知識と経験にプラスに働く。 本人の結論、
『元もと売るつもりはなかった。親の形見として子供に残す!』 
娑婆は魑魅魍魎の世界。少し考えてみれば、ブラック、それも真っ黒? 
 ところで、私に同行を願うとは、それだけでリスクは激減した?
「2万上乗せするか売ってよ」と石投げをしたが、「20万なら…」と…。
「誰が買うか」と…不成立。

・・・・・・
5612,恋愛心理学 〜 女と男のリスクとは?
2016年07月27日(水)        
                   『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 女と男のリスクとは?
ー男女の立場におけるリスクをキーワードにまとめてみるー
≪ 男には、子供が自分のタネでないリスクがある。
 女は、50%は明らかに大丈夫な反面、「やり逃げ」される危険がある。
シングル・マザーに、当然、生活苦が圧し掛かってくる。未婚の母を
含めた母子家庭の過半数以上は貧困層になる現実がある。 野鳥でさえ、
メスは、巣づくり段階ではペアリングをさせないという。逃げられる危険が
あるため。とすると、男は、可能な限り、「やり逃げ」でタネをバラマクのが
本性であるといえる。 他にも、「求愛給餌」といわれる方法がある。
メスがオスに向かい子供のように振る舞い、給餌を要求するもの。
これは、卵を作るための栄養分を取る手伝いをさせることを意味する。 
生理的に男の方が先に「やりたがる」。だが、男は熱しやすく冷めやすい。 
逆に女は熱しにくいが、冷めにくい。 恋愛の3フェスの一ランドを仮想恋愛と
見立て、楽しむがキャバクラ。そこでは、擬似恋愛が行われ、一般的に?
二ランド、三ランドには進まない。≫
▼ 水商売は、金次第で面白いステージを提供するもの。出来れば、一ランド
 を充分楽しみ、二ランド、三ランドを避ければ、早々に不自由の身(結婚)に
ならないで済む。そうこしている内に、婚期を逃した人を多く見てきた。
 スペイン、ポルトガル、ベルギーで7割前後、アメリカで5割、日本では
3組に1組が離婚するという。どの道、リスクがついて回るなら、とにかく、
第二ラウンドに入るしかない。 結婚前に、ある程度の恋愛経験と、失恋の
経験が必要ということになる。
〜偶然だが、7年前に、似たテーマで書いていた。書いてなければ、
忘却の彼方だが、こうして書き残してあると、何か奇妙な感覚になる。
――――
3035,「顔」を哲学すると
 2009年07月27日(月)
 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 
特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな要素になる
のにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。
それでは自分で考えてみることにした。古代よりクレオパトラや小野の小町
など、美人は特別に扱われてきた。考えてみれば顔の部分のバランスと、
全身のバランスが整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。
そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。
また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。
「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。
さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、
感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、人間は顔に興味を抱く。
どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。
男の顔は履歴書で、女の顔は請求書とは、よくいったものだ。
徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの
作品を残している。漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 
晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、
その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 
ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。  
(字数制限のためカット 2012年7月27日)
・・・・・・
4882,閑話小題 〜草食系男子のつくられかた!
2014年07月27日(日)
   * 秘仏開帳 〜エロ本の効用が無くなった現在
「近年、草食系男子が多いのは、ネットで簡単にエロ写真や動画がみれるため」
という説がある。47年前の欧州旅行の御土産は、北欧の道路の売店で売られて
いる無修正のエロ本が通り相場! まず初めの買物は北欧美人の? 到着をした
翌日、早速、各自が数冊買って部屋で互いに見合っていた。 今では・・ 
そんなものはネットで幾らでも。 何ごとも「秘すれば花」。
世阿弥「風姿花伝」の『秘すれば花』の正しい意味は…
 )榲に重要なものは、他人から隠しておかなければならない。
 他人に隠しているものは、本当は大したものではない。
イラストレーター‘みうらじゅん’の以下の説が面白い! 
 ーエロ本は、隠れて見てこそ良いもの
≪ いまは小学生でも、PCのアクセス制限をすり抜ければ、いとも簡単に
女性器の鮮明な画像がゲットできる。 無修正の動画だって苦もなく観られる。
私が子どもの頃は、エロ本を手に入れるのもひと苦労で、それも墨などの修正
入りが当たり前。大人が隠すことで「いいもんだぞ、いいもんだぞ」と思い
込まされてきたようなもの。実際はそんなにいいものでなくても、隠されると
見たくなるし、手に入れたくなる。アソコを「観音さま」と呼ぶほどの有り難み
があった。ネット時代になると、その有り難みはすっかり失われてしまった。
セックスレス、草食系男子、少子化の原因これだと思う。
 「秘仏開帳」は日本独特の文化で、神道の神様も目に見えないように、
日本人は隠されると有り難みを感じる。だから女性器はもっと「秘仏」として
扱うぺきであろう。見慣れてしまえば有難みは消え、あの形状が単にキモいと
感じるようになり、その次には飽きてしまう。女性を口説こうとしない草食系
男子になるのも無理はない。昔のエロ本は表紙だけ美人で、買って開くと中身は
ブサイクな女の子ということが多々あった。最近のエロ画像、エロ動画に出て
いるのは若くて美人ばかり。「こんな美人には一生出会えない」と思う女子が、
映像の中でものすごくサービスしてくれる。身近な女性に興味が持てなくなる
のも当然だ。 政府が本気で少子化対策に取り組むなら、いますぐパソコンと
インターネットの使用を禁止するしかない。≫
▼ 少子化対策も、意外と、こんなところにあるのかも? 姉4人の中の環境
 にあり裸体などを普段の生活で見ていたこともあり、自分から見たいとかいう
のは無かった。姉が読んでいた「週刊実話」とかいうエロ雑誌を胸ときめかし
隠れて読むくらい。父親が男女間のことに関しては特に厳格で、父親っ子だった
こともあり、シモネタなどもっての外。学生時代の悪友に『お前は竹のような奴。
何があっても、最後は何事もなく収まっている』と言われていた。
「真面目な路線の上を面白おかしく生きる」は、家系、血筋。それでも25人の
学生寮で生活していたこともあり、エロテープ、エロ写真を誰かが持込むと、
部屋に集まって?・・ 当時も現在も、草食系と肉食系がいたが、2割が8割を
独占する法則が、当然、存在していた。逆に、2割の肉食系は、どういう訳か
就職先には恵まれなかった。その辺は、ハッキリしている。

・・・・・・
5977,閑話小題 〜つれづれに 梅雨
2017年07月27日(木) 
〜大相撲も終わったが、優勝は予測通り『白鵬』となり、白鵬一強時代に
 後戻りの感になってきた。 オリンピックまで現役が目標のようだが… 
 
〜高校野球の県代表が日本文理に決まった。今年で長年の監督が勇退という
 から、これで良かったのでは? 試合の時間帯のジムと、大通りには、
 車も人も普段の3分の1。まあ、長閑なものだ。

〜三番目の姉の連れ合いの葬式から10日経った。4人の姉のうち3人が
 千葉市近郊に住んでいるが、連れ合いの2人が亡くなった。一番上の姉が
 10数年前に、その連れ合いが一昨年に亡くなったので、兄・姉夫婦と
 私たち夫婦、12人のうち4人の3分の1が亡くなった。生存の8人の平均年齢も
 後期高齢の境を超える年齢に入っている。生老病死は、さけて通ることは
 できない問題。年齢からして、10年後は、8人のうち4人に? 20年後には、
 「そして、誰もいなくなった」になる。高齢は痴呆問題が出てくる。
 「まだら呆け」が夫婦揃ってとなると、悲惨のようだ。
 3歳年上の兄が葬式の道すがら、「警察から後期高齢者検査で呼出され、
 何とか合格をした」という。私も、3年半で後期高齢者になるのかと、
 改めて実感。心は50歳代で留まったまま。そのギャップがあまりに大きい。
 「人生、二度無し!」と、充分に楽しんだ実感があるのに、もっと遊び、
 楽しんでおけばの後悔ばかり。「じゃあ、今から」の、気力も無し。
 
〜東北、北陸、信越地区で大雨が降っていたが、ここで梅雨あけのようだ。
 で、次は猛暑? 暑さには弱い我が身にとって大変だが、ものは考えよう、
 日中は、クーラーの効いているスポーツジムと、家に籠るのが一番。
 寝室には、一年かけて録り溜めした300本のドラマと映画で、カウチポテト
 生活を楽しめば良い。

・・・・・・
5247,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜
2015年07月27日(月)
             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 一蛇の道は蛇一
 妻の目からみた夫の変容の姿が可笑しくもあり、悲しい。
これが嫌なら、途中で人生を下りるしかない。 以下は、妻の目からみた
『生・老・病・死』の移りの現象である。そういう私も、来年に入ると、
【六〇代の妻が七〇代の夫に望むこと】の時節になる。
「孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみ」や、
「風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がなぜ笑っているのか、覚えてない」
 世代に入ることが、それを全く自覚出来てない。〜その幾つかを抜粋〜
≪ ● 二〇代の妻が三〇代の夫に望むことは何か。
一、魅力的な容貌で、金銭的に不自由していないこと
五、適度におしゃれで身だしなみに気を遣うこと
六、頭がよくて機知があること
七、音楽や文学や美術を楽しむセンスがあること
八、妻と家族に思い遣りと気遣いを忘れず、時々プレゼントをすること
九、妻を心から愛し(肉体的に)、ロマンチックな雰囲気作りが巧いこと
 ● 三〇代の妻が四〇代の夫に望むことは
一、まあまあの容貌(とくに頭髪の状態が心許なくなっていないこと)
二、十分に稼いでいること
三、自分がしゃべるよりも、妻の話を聴いていることの方が多いこと
四、妻の冗談にちゃんと反応して笑うこと
八、妻の誕生日や結婚記念日を覚えていること
九、最低週一回はセックスする用意があること
 ● 四〇代の妻が五〇代の夫に望むことは
三 安定的に仕事をして定収入があり、豪華な外食をする程度に
四、妻が話しているときに、一応首を振ること
五、妻が言う冗談の趣旨を理解できること
 ● 五〇代の妻が六〇代の夫に望むことは何か。
二、所構わずゲッブやおならをしないこと
六、健康であること、せめて寝ころびつぱなしに
  なるほど肉体的に衰えていないこと
八、テレビを見ながらでも、妻の作った料理に反応すること
九、せめて週に一度はヒゲを剃り、月に一度は爪を切ること
 ● 六〇代の妻が七〇代の夫に望むことは何か。
一、孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみを
  していないこと
二、風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がどこに入れ歯を置いたか、
  自分がなぜ笑っているのか、覚えていること
六、普段はちゃんと衣服を着用していること
六 肉体的に健康で、家具を動かしたり、電球の取り替えに 役に立つこと
九、せめて三日に一度はヒゲを剃ること
 ● 七〇代の妻が八○代の夫に望むことは何か。
一、息をしていること
二、健康であること・せめて糞尿をこぼさずに便器に命中できる
  ほどの筋カと精神力があること              ≫
▼ 誰にでも訪れる老いのプロセスが、あまりに具体的で笑いを誘う。
「老いるほど、身だしなみに気をつけること」というが、社会的接触が
少なくなるため、身嗜みの感覚が鈍くなる。クロス自転車で、早朝の
ポタリングをしていると、時に、「いい年をして!」という風な視線に出会う。
気にしなければ良いだけだが。そういう人ほど風体が悪いから我慢がなる・・



6706,閑話小題 〜揺りかごチェア生活ですか

2019年07月26日(金)



   ☆ ロックングチェアを導入、その座り心地は!
 あと一週間は続くとみられた梅雨も急遽の梅雨明け宣言があった。
冷夏の後は、猛暑?ですか。寒いは寒いで問題だが、猛暑は堪える。
 ところで一月前にネットで注文していた「ロッキング・チェア」が昨日、
送付されてきた。スポーツセンターから帰った15時過ぎから2時間、苦労惨憺、
何とか組立てた後、ベッドの横のギリギリのスペースに置き、当たるも八卦と、
座り心地を試みた結果、それが期待度を遥かに超えたもの。 ベッドで背枕で
TVをみるのは、目にも、腰にも最悪とTVで御医者さんの指摘で導入を決めた。
 外れた場合は、パソコン前の椅子との交換も考えて数多の中から選定した。
揺り機能が目的だったが、背もたれと、脚部分のリクライニングの組合せの
座り心地の妙が特徴。 価格は2万円強。評価:90点。これ一つで快適さが、
格段と向上するから、摩訶不思議。これで、ますますカウチポテト族になる。
 ―
   ☆ キーボードが不調に
 数日前にWindowsの新バージョンのお勧めどうり、指示に従い改正したところ、
キーボードが不調、いつも、電池不足か、「NumLk」を間違えて押したのが原因
だったが、今回は違う。ネットで、「キーボード不調」で、原因を探したが、
どれも試してもダメ。そこで、ハードオフで、1000円の中古を購入して、無事、
動き出した。変わりばえのない日常の中でも、けっこう、非日常が入りこむ。
 ―
   ☆ 吉本興業の騒動、面白いね!
 この面白さは、ライブだから。即興の笑いをマスコミがのっかり、よい歳を
した芸人が、それにあやかろうと、次々と… あの精神病の中年御宅の大量殺戮
事件も影が薄くなる大騒ぎに! マスコミもスマホの普及で、YouTubeなどに、
関心を奪われ、こういうバカネタに火を点けて騒ぎまわるしかない。「薬ネタ」
を射し込み乍ら何とか生きながらえている。

・・・・・・
6343,閑話小題 〜現在の幸せ度は?
2018年07月26日(木)
   * 現時点と、72年間の総合幸福指数は?
 この年齢になって、「幸せか?」など今さらだが、実は、心の底で一番、
気になる事柄の一つ。一般的に、人間は1対1と、思いがちだが、知的動物の
ため、プラス2にマイナス1に自動修正されると考えるのが妥当。 そこで、
意識して学び、努力することで、3対1以上に持ち上げ、幸福状態に相成る。
そして、自然と、その比率の御仲間になり、幸せを確固にする。
『3:10:60:27』の法則の上位?13%は、努力で何とかなるが、大部分が
3:1以上の人たち。で、現在の私は、如何だろう? と、自問自答すると
6:1。毎日のスケジュールが、明らかに押上げている。生れて現在までの
総合は、現在の6:1の状況もあって、2:1〜10:1の間を揺れ動いている。
 バカみたいな自問自答だが、心というより、魂の自己管理次第。
カルカッタの家を持たない人力車夫たちが、一番幸せという説がある。
これだけは、主観の問題。まあ、この年齢ともなれば、同じようなもの?
 
 最近? 気づいたことは、世の中には、この真逆の人が多く存在している
現実である。一度、足を踏み外し、不調になると、元には戻れない逆境の
不幸感に取りつかれ、そのまま一生を過ごす一群の人たちが存在する。
27%の人たちである。一方には3%の一群が楽しく集っているが、彼らは
1対1の枠から抜出せない。 半径500m以内の人たち。人生のデザインを
してこなかったためである。で、1:2、1:6に陥っていく。
 この話題は触れない方がいい。意外と多いからである。不幸は不幸を
呼寄せるから。不幸も幸福も熟成する。 熟成した不幸は、猛毒になる。

・・・・・・
5976,閑話小題 〜考え方を教えるべきで
2017年07月26日(水)
              自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   ★  考え方を教えるべきで、考えたことを教えるべきでない
 軽いアルツハイマーを患っていた母を 40歳後半から5年半にわたりみて、
見おくった後、さて、残された人生を如何に生きるかを考えた時に、
『還暦までに、80歳までの30年分を生きる』と、思い立った。と同時に、
「哲学」に対し興味が強くなっていった。「考えることを考える」のが哲学。 
「知識」は情報化のため、手軽に、情報端末から数限りなく入手できる。
その半面、熟考しなくなる傾向が強くなる。五感を研ぎ澄まし、六感に結び
付けて、初めて、情報と知識の価値が生まれる。地頭で考えれば考えるほど、
世界が広く、深く見えてくる。逆に、考えない人の頭が透けて見える錯覚?が、
強くなる。「馬鹿な考え、休むに似たり」としても、考えないより、よい。
<で、どうした?> 
<どうも、しません!「馬鹿な考えで少し休んで、遊んだだけです>
――
   ★ 習慣とは
<習慣とは非常に軽いものであり、普段はその存在価値にさえ気づかない。
 だが一度意識すると、非常に重く断ちがたいものであることがわかる。
                 〜投資家・ウォレン・パフェット>
▽「習慣は第二の天性」というが、第一の天性が不足している私にとって、
 この言葉を知った時から、ホッとしたような… 中村天風も、「ヨガを
日常生活に習慣化すべし」と教えている。 誰もが「知的発達障害」であり、
問題は、それを自覚するかしないか…である。自覚をすれば、「習慣」という
重く断ちがたい第二の能力を取入れるしかないことを知る。
 「 好きなことを、好きなだけ出来るスケジュールを組めばよい。」
「上をみれば限がない、下をみれば底がない、横をみれば情けない」
など嘯いてないで、『今を楽しむ習慣を持てばよい!』。さて、チャリで…
 
・・・・・・
5611,恋愛心理学 〜 美貌ゆえの玉の輿はなかった
2016年07月26日(火)
            『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 玉の輿の3つのコース
 私が知る限り、玉の輿に乗ったハッピーエンドは現実には少ない。
同格のつり合いのとれた相手と結婚するのが一般的である。男は容貌で相手
を決めるが、女は経済的能力が選考基準になる。女性にとって、結婚は一度
限りの玉の輿に乗るための機会。 そのためドライにエネルギーを集中する。
 半世紀前の学生時代に欧州旅行をしたが、海外旅行者は20万人。当然、
かなり裕福な家庭の人たち。彼らを見ていると、同格以上でない限り、眼中
にはない。成るほど、シビアである! この世界には、美貌ゆえの玉の輿の
シンデレラは殆ど存在してなかった。 〜その辺りから抜粋〜 
 ≪ 大規模な調査の結果の〔玉の輿」についての結論は、
・まさに「玉の輿仮説」で容姿なためにお金持ちに見初められるというコト。
・2番目は、「同類リッチ婚仮説」でもともとお金持ちだった人同士が結婚する。
・3番目は「糟糠の妻仮説」で、下積み時代から苦労を共に生きてきた2人が
 最終的に富裕層になるというルートです。
彼らは実際のお金持ち妻を調査し、その結婚に至る経緯などを検討した結果、
実際には「玉の輿」型の結婚はほとんどないということを明らかにしました。
 結婚前に「芸能人、モデル、スチュワーデス、コンパニオンなどの」玉の輿に
乗れそうな美貌を売りものにする職業に就いていた人はわずか1・9%で、しかも
その全員が自分の容姿について「容姿は良かった」と思っていませんでした。
華やかな美人がその美貌ゆえに「玉の輿」に乗ったケースは存在しなかった。 
中流階級以上でとくに母親が教育熱心な家庭に育ち、自らも社会で経験を積み
キャリアウーマンとなった女性が、仕事の中で、将来富裕層になる優秀な夫か、
あるいはすでに経済的基盤を両親から受け継いでいる夫と出会うという
「キャリア妻」型が現代の玉の輿婚であるといいます。つまり、現代の
日本では、美貌による玉の輿は困難であるけれども、「知性と勤勉」による
玉の輿は可能であるというのです。 ≫
▼ 中学校の同期会が、二年連続、開かれたが、そこでのシンデレラは殆ど、
 見かけられなかった。中学校は選別前であるため、その機会が多々あっても、
進学につれ出会う人が、自分のレベルに合ってくるため、最終学歴が同レベル
になってしまう。女性にはシンデレラコンプレックスがあるが、これは冷静な
動物としての鋭敏な勘のなせる業。食いつかれた男という小魚は田にすむ
タガメに抱きつかれ、一生、その養分を吸いつかれ人生を終わる。タガメは、
いかに吸いがいの良さそうなのを探す。女は2/3、男は1/2、これで決まって
しまう。「逆さま玉の輿」というのもあるが、能力のない男には「私に人生が
あったの?」という悲惨の人生が待つ。人生は、その節目ごとの判断と決断で
できている。だから、面白いが、現実はシリアスである。

・・・・・・
5246,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜
2015年07月26日(日)
            『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 馬鹿と鋏は使いよう
 馬鹿と鋏の、馬鹿を当時のブッシュ大統領として槍玉に上げている。
9・11テロも、何か不思議な奇妙な事実が次々と出てきた。日本に居ても、
ブッシュの何?は見て取れた。改めてブッシュを考えると、恐ろしい限り。
無能について、他人をとやかくいう資格はないが、自覚はしている。
『軍産複合体』というシンジケートがアメリカには存在し、政治をコントロール
している。それが馬鹿を、次は黒を、そして、その次は女を大統領に据えて、
強力な指令を出す。  〜その辺りから
≪「馬鹿と鋏は使いよう」もまた、ものを気楽にポイ捨てしたり、人をリストラ
 したりすることを戒め、資源の有効活用を説く諺で、実に普遍的な真実を言い
当てているのだが、今のところ、日本以外の地域に類諺を探し当てられず。
もっとも、諺化していないからといって、切れない刃物や無能な者を使い方
次第で役立てる精神や試みまで皆無というわけではない。
 たとえば、2000年のアメリカ大統領選は、モニカ・ルインスキースキャンダル
のおかげで共和党には絶好のチャンスが訪れ、ここで強力な候補を立てれば圧勝
楽勝だったというのに、なぜよりによってブッシュ・ジュニアのような、政治、
経済、法律、外交のどれをとっても無能な候補を立てたのか、私にとっては
長いあいだ大きな謎だった。 (その無残な履歴とは)
・二〇代と三〇代に飲酒運転で逮捕歴があり(妻のローラも十七歳のとき飲酒
運転で級友をひき殺している)、
・名門工ール大には金と権力を持つパパのコネで潜り込み、勉強せずに遊び
惚けていてコカイン吸引で有罪判決を受けたという疑惑のどら息子。
・大学卒業後も酒びたりの自堕落な生活を送り、ベトナム戦争中もパパのコネ
でベトナム行きを免れ、
・パパの全面支援のもと下院議員選挙に立候補したものの落選、またまた
パパの人脈を頼りに石油ビジネスを手がけるも二回も会社を倒産させ、その尻
ぬぐいもパパの息のかかった銀行や同業他社にしてもらったという、何一つ自分
の失敗の責任をとったことのない男。
・さすがのパパも息子にはまともなビジネスは無理と悟り、大リーグ球団
テキサス・レンジャーズの株を買い取って共同経営者に据えた。
四〇歳になるまで、金と権力を持った身内のコネに頼りきりで仕事らしい
仕事をしたことがない、まさに金さえあれば馬鹿も旦那を地でいく男。
・テキサス州知事になってからも、知事としての霧に無関心で、政策の勉強を
嫌いだと公言し、「これほどまでに政策や国家運営にうとい人物が、州知事は
もとより、なぜ、よりによって大統領の座に就きたいと思っているのか」と
周囲に不思議がられている。「なぜ読み書きしゃべる能力が小学生レベルの、
知性も才能も勤勉も努力も欠如した男を」と。
石油価格を牛耳ることで、世界経済に対する覇権を維持し続けたいにとって、
お馬鹿なブッシュが理想的大統領である理由である。
なぜブッシュでなくてはならなかったか、そして、彼が馬鹿であるからこそ、
共和党とそのバックにいる軍産複合体には都合が良かったということ。≫
▼ 日本というアメリカのポチの飼主が、この程度だが、後ろには『軍産複合体』
 という得体の知れないシンジケートが複雑に背景として存在する。小沢一郎が、
過って『首相とシャッポは軽いほうが良い』と口を滑らしたことがあったが・・
娑婆は、馬鹿でなければ出来ないことがある。それが政治というもの!創業もか!
・・・・・・
4881,閑話小題 ーエコ葬〜フリーズドライ葬
2014年07月26日(土)
   * エコ葬儀、フリーズドライ葬
日本では大方が火葬だが、遺体を凍らせる「フリーズドライ葬」が、エコ葬儀と
して注目を集めている。そこでネット検索をしたところ、以下の内容が出てきた。
≪ これを開発したのは、スウェーデン生物学者のSusanne Wiigh-Masak氏。
 科学教室などでも良く使われる液体窒素は、いろいろなものを瞬時に凍らせる
ことで知られています。例えば凍らせたバラの花を手で砕いた映像をなどを見た
ことがあるが、あのようにフリーズドライ葬は、この液体窒素を使用し遺体を
マイナス18℃で乾燥凍結した後に砕いて細かくする。そして水銀などの重金属を
取り除いてから、でんぷんを主材料にする生分解性の容器にいれて埋葬するもの。
原理としてはフリーズドライの食品を作るのと同じ。埋葬した遺体は時間をかけて
土の中で分解し、植物などに栄養を与えてくれることにもつながる。
死んだら皆土に還る…が本当の意味で実現できそうです。まだ、いくつかクリア
しないといけない課題はあるが、この方法を「プロメッション(promession)」
と呼び、費用は約290ユーロ。大よそ4万円。韓国でも本格導入を計画。 ≫ 
▼ 重油で焼かれるイメージは、何か良くないが、乾燥冷凍後に砕かれ土の
 中で分解されるなら?これなら庭の木の下に埋めることも可能? 特に、
災害時に手軽にトラクターにコンパクトな乾燥冷凍機を持ち込めば、処理が
スムースにいく? どちらと問われれば、私はフリーズドライを選ぶが、所詮は
死んでしまえばゴミ。 先日、スーパーで果物を乾燥させたチップスを買って
サクサク食べた・・ あれ。
 ところで以前、イタリアのドキュメントで、マフィアが殺した遺体を処理する
「硫酸入りプール」の存在をレポート。何か、寒々とした後味の悪い内容だった。 
やはり重油で1時間かけ、焼いてもらう火葬が良い?そういえば中国で、遺体
捨場に着の身着のままで捨てられた遺体を映し出すTVレポートを見た。 
それも前にレポートされていた本人の映像が映し出された後に、凍りついた遺体。 
ところで、フリーズドライをセメンに混ぜた墓は? 生々しい?
 位牌程度なら? ・・お後が宜しいようで! 
  


6705,閑話小題 〜70歳までに筋肉量が半分に!

2019年07月25日(木)


   
   * 年々、足腰が弱るわけだ!
 あるテレビ番組でのアンケートで、
10年前の自分に対して「今のうちに○○しておきなさい」とアドバイスを
するとしたら? と問いました。その結果、1位は貯金、2位が運動だった。
若いうちから体を動かしておけばよかったと、後悔している人が多いという事実。
それほど、筋肉はある意味、人生における犧盪〞なのです。
「ほかの臓器は一度老化したら戻ることはありませんが、筋肉だけは唯一、若返り
が可能。今から筋活をすれば犒鮃長寿〞コースにシフトすることができるのです」
「例えば、肌の老化。紫外線や女性ホルモンによる影響もありますが、筋肉量の
低下による代謝の低下も関係しています。筋肉量は20代を100%としたら、40代
では80%に。つまり中身が80%になれば、外側を覆う皮膚が余ってしまうことに。
これもシワやたるみの大きな要因です」。また、歩行や体を動かす機能の低下、
血管も硬くなり、さまざまな疾患を引き起こします。
 筋肉は男女とも20代から、年1%、10年で約10%の割合で落ちていくといわれ
40歳までに8割とすれば、年に1%減るため、、70歳までに5割に、半分になる。
それが75歳からは、それが更に急降下するという。
 これらの筋トレの他に、有酸素運動と、バランスの食事が必要。
早朝のミニチヤリと、スポーツ・ジムのエアロでカバーをしているが、何とか
現状維持でも好しということか。
 運動は、「運」を「動かす」と書く。運動量は「運」を上げるベースである!
成るほど!ジム内はアルファーが満ちている。

・・・・・・
6342,閑話小題 〜疑似家族
2018年07月25日(水)
   * 前回、書いた疑似家族
 先週分の録画『家についていってイイですか』の内実に驚いた。
何気なく声をかけた老人のアパートの一室に入ると、そこには思いもよらぬ
ドラマのような世界があった。 再び概要を書くと… 
<・78歳の老人のアパートの一室に血縁のない4人が住む。老人はバツ2。
・娘は最近、養女縁組をしたばかりの精神病経験を持つバツ2の女と、
 その男友達(29歳)。
・それと養女の友達という精薄(3〜4歳の精神状態)の20歳位の娘。 
その若い娘と、老人と、男友達との男女関係がないという。生活は、年金と、
生活保護が収入源。これも疑似家族? 男友達が時々、暴れるが、その痕跡が
壁にあったが、それでも比較的平穏に暮らしているという。寂しい独居老人が、
行くあてのない三人を親代わりに面倒をみている姿が、『万引き家族』の家主
の老女と同じ。>

▼ 小さな二間のアパート一室。何かしら哲学的、文学的な設定である。
 そこに80歳に近い老人の優しい心持が何とも良い。足の踏み場がない狭い空間
の中で、身寄りのない赤の他人が寄添う。まずは、この養女の心根。夫換わりの
男友達と、3〜4歳レベルの精神薄弱の年頃の娘を母性本能で抱え込む姿が動物的な
愛の姿が露出する。 そろそろ?熟れ時の若い女。 問題は男友達の間隔。
かなり危険な状況。80歳近い老人も、病気で倒れるか分からない年齢。
何時なんどき崩れるかもしれない愛の積み木のよう。今どきに、これほど時代
掛かった環境が、現にそこにある。一歩、家庭内に入ると、何れの世界にもある
タイトロープの世界。気付く気づかないかだけ。 老いも病とすると、ここには
病人だけ存在する。露出された愛と無知と、人の営みが現にある。独居老人より、
遥かに良い生活環境? にある。 学生時代の25室の「青雲寮」。戸板一枚しか
ない部屋(施錠可能)に、毎日、入れ代わり立ち代わり誰かが入ってきて、日々
の経験と、悩みを話す。寮全体が、疑似家族のような、自分の潜在意識のような
働きがあった。その経験があればこそ、この疑似家族の温かさが伝わってくる。

――――
2016/04/30
若者よ、外に出よ! ー                 
   * 学生時代は、人生の砂場遊び〜  
 人生も古希を過ぎて一年、人生をある程度達観視出来るようになってきた。
両親、家族、そして時代背景からして、非常に恵まれていた。特に、20、
30歳代が高度成長期の真只中、時代の波間を順調に泳ぐことが出来ていた。
 50歳代後半から65歳までは、9・11テロ、中越地震、刈羽沖地震、
リーマンショックの直撃を受け、止めが3・11東北大地震となり、事業閉鎖に
至ったが、何とか、最悪の事態はさけることが出来た。で、「人生のどの辺り
が一番良かったか?」と問われると、「20〜45歳までは、どこもかしこも、
良かった」としか言いようがない。それでも、敢えて言えば学生時代、それも
3年、4年の2年間である。学生時代は、社会的ステータスなどを一切問わず、
様々な人との出会いが出来た。そこで、一番に恵まれていたのが暇である。
≪ ー暇な大学生活のすすめー   『人生の教科書』 なかにし礼著
 4年制大学への進学を強くすすめたい。・・ 出てすぐ、さあ給料だ、
保険だ、家賃だ、働け、といった生活になることを4年間遅らせられるという
ことは、素晴らしいことだ。大学での4年間、この期間は純粋に友達と付き合い、
笑い、遊び、そして家に帰ったら本を読み、という、当然学生がそうあるべき
生活を送ることがとにかく大事だと思う。特に、本を読むこと。それが学生の
本分なのだから。試験問題に取り組み、解答を見て悩んだりする。その行為自体
は生活とは全然関係がない。しかしそういう生活と無縁なことをすることに
よって、実生活には必要ではないけれど、人間にとって大事な何かが養われて、
培われていく。そして大学生活が終わると突然「生きるために必要なのは」
という生活になるわけだが、そうなったときに忘れなくても済む何かを、
4年間もあれば学べるはずだ。だから大学へは行ったほうがいい。
これはもう、心からそう思う。 ≫
▼ 学生時代はモラトリアムという。この意味とは「執行猶予期間」で、
 これを人生にあてはまるのならば、「実際には成熟した身体を持っている
のに、社会にはまだでず、社会に出るまでの猶予期間」になる。
大学生活とは社会に出るための準備の場で、社会人への執行猶予期間になる。
そこで、自分を見つめ、自分の人生の目的を見つけるため、様々な読書、
各地の様々な人との付合いをし、鳥瞰、虫瞰、モグラ瞰を知り、その後の
人生を充実させることだ。人生でやりたいこと、方向を、主体的に探し、努力
することが重要だ。そう人生は、公園の砂場遊び、箱庭遊びのようなもの。
 読返してみて、文章化しておいた価値・意義を、つくづく実感する。
―――
2001/12/20
青雲寮(わが青春)
私が学生時代過ごした寮ー青雲寮のことを書いてみよう 。
場所は飯田橋から都電で新宿への中間 、新宿の牛込柳町にあり
早稲田南町のバス停にも近い住宅地であった。
また、歩いて15分ほどで、四谷や、早大、神楽坂などに行けた。

早稲田大学の理事の自宅の庭にあり牛小屋のような造りで、
古くきたないL字型の24〜5室の寮であった。
早稲田の学生が3分の1,あとは各大学の在学生で占められていた。
そこからは代議士(渡部恒三)や県会議員が数人ずつ出ており、
汚い棲家でもけっこう皆プライドはもっていた。

全国からの出身者のため個性的な人間の集まりであった。
今でも年数回、そこに今でも住んでいる夢を見る。
月に数回は10人位集まり酒を買ってきて飲んでいた。
誰か必ず部屋に遊びに来ている状態で、あまり勉強に良い環境とは
言えないが人間勉強という意味で非常に良かった。

自民党の総裁の鳩山一郎系のいきがかかっていた。
思いもよらない先輩がいて、よく赤坂とかあの頃の学生では行けない所に
飲みにつれてもらったりした。音羽の鳩山御殿も数回行った憶えがある。
その関係で軽井沢の友愛山荘に長期の休みにアルバイトに行ったりしていた。
そこで学生時代の大きい財産になった欧州旅行のきっかけもできた。

その寮は一緒に生活をしている事もあってか、とにかく癖が強い人間が多かった。
私生活がお互い丸見え、どうしてもアラが見えてしまう、と同時にサル山と同じ
勢力争いがあって結構それが面白かった。ホモあり、女狂い有り、哲学専攻で
いつも一人ニヤニヤぶつぶつ言っている先輩あり。真面目のいやみな先輩あり、
学生運動の闘士有り、今考えてみてもかなりおもしろい寮であった。

学生時代はこの寮と武澤ゼミと欧州旅行とクラブを除いては考えられないが、
いい経験をした寮であった。私の大学の友人の間でも、この寮の存在―
特に汚い馬小屋風の寮で珍しがられていた。 父がこの寮に卒業の八ヵ月
前にきて、翌月から仕送りを二倍に上げてくれた事で、いかに凄いか
想像出来るのでは。               2001/05/24

――――
2010年09月02日(木)
* 初めての21歳の欧州旅行 ー3
 初回の欧州旅行で、帰国して半年間は自失呆然状態であった。 
自分の心が粉々に粉砕されてしまったようだ。カルチャーショックである。
今から思うと、これが良かった。両親から受け継がれていた小さな世界の
価値観が根こそぎ壊れたのである。それと「自分は東洋の小さな島国・日本の
黄色人種」という目線を得たことである。これをキッカケとして、根こそぎ
自分を変えなければ学生時代の4年の自由時間を与えられた価値がないと気づく。 
それと社会、世界は、不平等で格差であること。世界には豊かな人種と国家が
あり、反対に貧しい人種と国家が満ちている。その中で生きていく自分を作る
基礎を学生時代に培わなければと、気づいたのである。とにかく世界は広く、
深い一端をみた。 話は戻るが、ロマンチック街道から見た、川添に展開する
お城と、景色。それと、早朝にスイスに霧の中から見えたレマン湖とスイスの
渓谷の美しさに言葉を失ったことを思い出す。 毎日にように、これまで、
想像すらできない光景を、これでもか、これでもかと見せられるのだから・・ 
当時、中高年の人で、あまりのカルチャーショックで精神の異常をきたす人が
多いと聞いた。現在のように、写真に、テレビの旅番組に、ニュースに、
映画の背景として過剰に入ってくる時代ではない。私のように、中高校の白黒
の小さな写真でしか見たことがないものを、次から次へと見れば、感動の蓄積で、
脳が変になって当然である。 幕末の獅子たちで、当時、欧米渡航経験があるか
ないかで、動乱の中で大きく、その後を左右したというが、当時の彼らは欧米
の社会を驚愕の目で見てきて近代国家の絵図を描いたのである。
時代も、スケールも、全く違うが、それでも21歳での経験として、
大きな財産になっている。

――――
2002/12/05
ある時間の断片-15
  1968年10月5日  土曜日
昨夜飲み過ぎせいか頭が痛い。
10時に深井に電話をするが、アユに用とかでお流れ。
集団デートお流れ。小作の方にしておけばよかった。
その後、酒井君が部屋にきて疎外論から人間関係論について
話し合う。かなり哲学づいているようだ。

深井が部屋にくる。車を持っていると行動範囲が広い。
新橋の深井の自宅に行く。親父に紹介される。
40店舗を持っている新橋しのだ寿司の社長だ。
私に興味があるみたいであった。

食事をした後、彼と東名高速で横浜・板付へドライブをする。
あまり面白くなかった。帰寮後、ボクシングの世界戦をみる。
小林が一方的に勝つ、つまらない試合であった。
その後食事に行く。
TVを見ていると市川さんが飲みに誘いにくる。
寮の近くの「三浦」という行きつけのスナックへ行く。
帰寮の後夜半の2時に寝る。
明日からは本格的に卒論に集中しなくては。

・・・・・・
2002年11月08日(金)
574, つれづれに-学生時代のこと

学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」
という題で書き写している。そのときは34年の時空を飛び越えて
青春真っ只中の自分に立ち返っている。
記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。

変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。
今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。

学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活
・武澤ゼミと卒論
・欧州の一ヶ月の旅行
・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出
・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出
・合コンや合宿などなど

結構多くの構成が重なっている。
この4年間が人生の圧縮であった。
物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、出来事は数え切れない
ほどのことがあった。

脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが
私の場合創業を目指していたこともあり、刺激の強い20年間であった。

武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と
結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。
高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。

毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、これからどういう
生き方をしようかという内容と、批判である。未来が光り輝いていた。
・自分は留学しようと思う。
・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。
・自分で事業を起こしてやろう。

そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。
如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。
何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった

・・・・・・
002年11月09日(土)
575, つれづれに学生時代のこと  ー2

現在、学生時代の日記を書き写していることは意味のあることだ。
ユングは「人生に午前の人生と午後の人生がある」といっている。
その価値観はまるで違う物差しになる。

今の私は午後の人生の学生期にある。
それで敢えて「学生時代の日記を書くことで、これからの
午後の人生の設計の基礎を考えようとしている」事になる。

若い時には仕事や家庭創りや物質など外に見出そうとした。
午後はその時に見出されなかった事や、人生全体の何かを
自分の中に見出していく時期だ。

そのことは「夜と霧」を書いた心理学者のフランクルもいっている。
「コペルニクス的視点の大逆転人生に何を求めるのでなく、
人生が何を求めているかの追求」である。

人生の意味の完成というと難しいのかもしれない。午後の人生を
余白でなく、新しいページの書き込みの過程として捉えると解る。

その意味で学生時代を省みるのは理のある行為である。可能な限り
行動し、知り、新しいものを開拓していく設計図の再構築が必要
ということ。

その下敷きとして学生時代の日記を見てみると違う視点が生まれる。
別に難しい事をいっていない。両親がそれをしっかりやって死んで
いったモデルがある。

・・・・・・
2002/10/27
ある時間の断片ー7 
        1968年   9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。
―――
ー感想ー
日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌ももう二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でも合った。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が付いて
なかった。寮にゼミに教授クラブに友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、
戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。
馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、
あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによって来た。
一人になれないのが悩みでもあった。あの孤独の都会生活で最後に
は友人が吹き付けるように集まったのは本当に良い青春の財産だ。


6704,閑話小題 〜同性愛趣向者が一割も

2019年07月24日(水)

   * ジャニーズ喜多川
 一昨日、月に一度の歯医者の待合で、週刊誌を手にしたのが、
ジャニー喜多川の少年性愛の内容。 この7月9日にジャニー喜多川が
亡くなってからというもの、メディアでは連日のようにジャニーの生前の
輝かしい功績や事務所タレントとの心温まる絆が報じられてきた。その陰で
ジャニー喜多川の少年性愛の具体的証言が生々しくシリアス。 
ということは、あの有名タレントたちは、当然… 世界的にみて1割が、
同性愛の傾向にあるというが… 思いの外、身近にも多かった。自ら気楽に
告白するのである。本人と他者の意識の違いが、端的に現われる部分である。
 
 50年前のこと、勤務先の飲み会で、最後まで同席した女性二人の片方が、
「私たちレズよ!」と、酔いの勢いで告白。その一瞬、その場に流れた…
怖ろしくも淫靡な一瞬に、ウブな私の気が動転。 具体的に初めてレズと席
を供にした衝撃。生涯で3Pの一度だけの機会?に… その味を知ったら変態
趣向者に? で… 考え出て来たのが、「レズに3P趣味者が多いのでは?」 
下ネタ世界には面白い経験談が転がっているようだが、この手の話題は一般
社会では絶対タブー。その中で、こういう話をしたがるのが多い。
 
 ところで、この記事で、あのタレントたちは「両刀使い?」と知れ渡る
ことになった。まだまだ同性愛者に理解の少ない日本社会で、彼らは好奇の
視線に曝される中年男になってしまったということ。そんな話、芸能界で
ことさらではないとしても。
 
 〜御堅く、重い、このブログで、何でまた、こんな話題が… 〜 
滅多に聞けない話題、たまにはと思い、取上げました。最近、まんねりで
つまらなくなっているしね。
  
・・・・・・
6341,閑話小題 〜家についていっていいですか?
2018年07月24日(火)
  
   * 何かオカシナ男女の関係
この番組、「従来の常識が崩壊するVTR」で反響を呼んでいる。 まず冒頭に
「従来の常識が崩壊するVTRですがご家族の同意を得て放送しております」と 。
日曜の朝の家内との会話の一声が、タイトル無しで、「今日、放送あるよ!」。
◉ 前々回の『家、ついて行ってイイですか?』の録画をみていたら、柏駅前で
キャッチをしたオカシナな男の部屋。同居をしているが、長身のハーフ美人だが、
友達関係だけの仲とか…。「肩や腕は組むほと仲が良いが、男女の仲にはない」
という。ネット上で知り合い、転がり込んできた女性だが…。その微妙な関係が
何とも理解しがたいが、分からないでもないのは老齢のため?。 家の中は
散らかりっぱなし。現代ニートの典型だが… 男には6人の彼女が居たが、その
同居を知られて次々とふられたという。2人とも20歳と言うが… 大都会なら、
こういう人も存在するのだろうが。女性職場の男の立ち位置に似ている。肩を
組むほど親しいが、壁際には近づかない関係。

◉ 数週間前に、万引きで生計をたてる『万引き家族』を見た。カンヌ映画祭の
最高賞受賞に魅かれてみたが… 血縁の無い疑似家族の物語。ところが、先週分
の録画には、ただただ驚いた。この映画に引けをとらない家族の姿があった。
 78歳の老人のアパートの一室に血縁のない4人が住む。老人はバツ2。娘は最近、
養女縁組をしたばかりの精神病を患ったバツ2の女と、その男友達(29歳)。
それと養女の友達という精薄(3〜4歳の精神状態)の若い娘。 その若い娘と、
老人と、男友達との男女関係がないという。生活は、年金と、生活保護が収入源。
これも疑似家族? 男友達が時々、暴れるが、その痕跡が壁にあったが、それ
でも比較的平穏に暮らしているという。寂しい独居老人が、行くあてのない三人
を親代わりに面倒をみている姿が、『万引き家族』の、家主の老女と同じ。
最近、同じアパート内に、一室を借りて、客用、息抜き用に使用している。
毎回毎回、本当に驚かされるが、須らく、内情は、それぞれが特異なのであろう。

――
   * トランプの迷走
 先日、ロシアのプーチンと、トランプの会談が行われた。まあ、気の毒な
ツーショット。「アメリカ政治史上最低レベルの大統領」と本人は全く認知でき
ない、というが… こうなると、お笑いにならない。国家の機密調査機関が信用
ならないと敵国大統領との共同会見で話すとは言語道断。漫画でさえ、これほど
酷い筋書を作れない。小ブッシュも酷かったが、これは比にならない。アメリカ
第一主義の、何も考えない27%が、存在し、支持する限り、当分は、排除は無理
のようだが… 世界の混乱と破壊は当分続くことになる。ドウナルノデショウカ。

・・・・・
4512, 閑話小題 ーつれづれなるまま
2013年07月24日(水)
   ―つれづれに―
 人生も、あと二年もしないうちに古希。杜甫の詩「人生70 古来 希なり」
の年齢になる。後悔も、満足感もさしてない。人生の終わり間近には必ず後悔の
念に支配されるという。 実際に、こんな時代の断層を経験をするとは思いも
よらなかった。それと地球の絶景をこれほど多く見ることが出来るとは・・ 
日進月歩の情報端末の進化が、日常生活を変えるとは・・ 
 終戦直後に生を受け右上りの時代を40歳半ばまで経験し、その恩恵を受けた。
そしてバブル崩壊と、9・11テロ、リーマンショック、2011年の東北大震災、の
三つの経済・自然震災で、世界が更に変わった。それがあっても良い時代だった。 
団塊世代の一年前に産まれ、時代の恩恵を十分に受けてきた。 バブル崩壊と、
新世紀21世紀の時代変動の中で、何とかソフトランディング?が出来た。
「時代のめぐり合わせが良い世代は、最後までハッピー」という説がある。
現に同年代の人たちは、大方が恵まれていた。 2〜10数歳年上の兄姉達は
戦前・戦中時代派。 時代の価値観に大きく影響されているのが見て取れる。 
両親が明治生まれ、叔父叔母は明治・大正時代に、兄姉は、昭和1桁生まれから
10年代。それぞれの時代に大きく影響されている。それからすると、私は
「終戦生まれで、高度成長期育ち、最後は、その崩壊で御終いの人生」。
そして、日本の本格的衰弱を目の当たりにして最期を迎える。 
長生きをするほど、辛くなる。
  
    ーいま、ドラッグストアが面白いー
 最近の中小のSCには、スーパーの横に、必ずドラッグストアが並んでいる。
スーパーは生鮮三品を周囲のメイン通路に配置、挟むように日用品と、袋物食品
などを配置している。酒とツマミの買出しに週一、SMと、ドラッグストアに
通って二年になる。 そこでは地元スーパーと、全国チェーンのドラッグストア
との非生鮮食品と日用品をめぐる激しい戦いが見て取れる。
更にSCの入口近くに、コンビニが出店、両者の隙間をつく構図になっている。
ドラッグストアも、ここで色いろ模索をしている。近くにある3つのチェーン
が同時に、食品コーナーを二倍ほど拡張、98円均一の小パックの単身者向け?
コーナーをつくった。 企業規模と、小回りをきかせた、それぞれの特徴を
備えた本格的な戦いになっている。 酒あり、生鮮あり、缶物食品あり、
パンコーナーあり、冷凍コーナーあり、である。消費者も商品と値段に敏感に。 
県内最大の「コダマ」も、いつの間にか、全国チェーンの傘下になっていた。
これに消費税のアップが控え、小売の最前線は更に熾烈な戦いになる。

・・・・・・
4138, 元始、ママは太陽であった ー1
2012年07月24日(火)
 ある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、
  のスナック・ママのレポートが面白い。ーまず、その一部を抜粋するー
≪「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのが
 あったら苦労してないです。スナックのドアがああなっているのは、そこが
家庭だからだ。「家庭的」じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、
ママなりマスターなりと、常連さんたちがつくる「家」のドアなのだ。
ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。 
ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。
僕みたいな一見の客は、知らない家にお邪魔する人間としてドアを開け、奥の
ほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらってもいいですか」とお願い、
「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて上がりこむ。ちゃぶ台やコタツの
かわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も繰り
かえせば、知らないうちに家族の一員になっている、スナックとはそういう場所。
だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、
やたらとバーベキューだのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに
行ったりする。どんなに歴史があるところだって、レストランやショットバー
がそんなことをするだろうか。飲食業にもいろいろあるが、スナックという
業種は、開業するのがいちばん簡単な飲食業でもある。飲み物と乾きもの出す
ぐらいだから、調理師免許もいらないので、一日講習を受けて食品衛生責任者の
資格を取って(よくカウンターの隅とかに青い板が貼ってある、あれ)、保健所
に食品営業許可、警察に酒類販売のための風俗営業の申請をすればいいだけ。
あとは毎月の家賃と、お酒とつまみと氷代と、カラオケのりース代を払えれば
やっていける。バーやキャバクラみたいに女の子を何人も雇うのでなければ、
人件費もかからない。料理店とちがって食材の心配をする必要もないから、
商売としてリスクは、他の飲食業と較べてずいぶん少ない。そのかわり、
儲らない。スナックでお客さんが払う金額というのはふつう、キープポトルを
飲んで3000円から5000円ほどだ。最近では、それくらいで飲み代、歌い放題
という店もたくさんある。ドリンク代を考えれば、カラオケボックスより安上り、
なんてこともある。それで一晩に5人か10人、常連が出来れば上等という店が
ほとんどだから、お金儲けのためにスナックをやってるママやマスターなんて、
日本全国にひとりもいないのではなかろうか。≫
▼ 20歳頃から現在まで46年間、スナック、居酒屋で酒を飲んできた。
 20代後半から30代半ばまでは、仕事に没頭していた為、スナック通いは
少なめだったが、それ以外は、月に二回は通っていた。だから、上記に書かれて
いるのは全国津々浦々、殆ど同じということがよく分かる。 男は傷ついて
誰かに慰めてほしいが、連れ添いは「ツレナイ」ため、外のママ様にお上手を
言って欲しいのである。女の子を置いている店は、クラブの要素を入れて、
疑似恋愛空間をつくってお客を呼び寄せる。アルバイトや、酒好き、男好きの
女性を客に如何に集めるのもママさんの腕。それもこれも、采配一つで店の盛衰
が決まってくる。ただ一つ絶対的基本がある。店は綺麗に磨きあげておくこと。
愚痴を言わないこと。客の悪口を言わないこと。
プロ筋の店が少なくなってきた。客もだが! ーつづく

・・・・・・
5974,閑話小題 〜「東京都知事選」から一年ですか!
2017年07月24日(月)
   * 「ん〜 ったく、もう!」
 今さっきのことである。このテーマ日記を書きあげて、アップをしようと
したが、以前書いていたのでは?と、HP内検索をかけると、恐ろしいかな、
2年前に、5回にわたって書いてあった。酷似したテーマで、時々、書くことが
あるが… で、急遽、下記のテーマを書いた次第。この程度の拙い文章でも、
全エネルギーを投入しなければ完成不能。 「ん〜 ったく、もう!」である。

   *「東京都知事選」から一年ですか!
 さてと、書上げた今日のテーマ日記に過去分の文章をコピペをしようと、
みると、去年の以下の文章が目に入ってきた。成るほど、その後の経過を鑑み、
読み返してみると、色いろ考えさせられる。魑魅魍魎の利権団体の自民党基盤を
叩き壊しただけでも小池知事の選出が正解か。とすると、「東京オリンピックに
備えた、地味の増田」の当時の判断は間違えていた? これも実際のところ、
分からない。安倍政権の現状が続くと、「国政からの根本的改革のため、小池
都知事を首相に!」になる可能性も出てくる。舛添前知事、前々都知事の
猪瀬直樹を考えると、利権団体に丸め込まれていたイメージしか沸いてこない。
小池知事もポピュリズムでしかない? 「ポピュリズム」をネット検索すると、
【ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、
大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しよう
とする政治思想、または政治姿勢のこと】とある。
現状の一部勝組の利権団体の自民党保守派が牛耳る体制に対抗するために必要
だが、国家間の力バランスに対抗するにはマイナーにもなる。それにしても、
時の権力者は、好い加減なもの。国も地方も、妄信しないこと。最後の最後は、
吾身は私しかまもれない。ポピュリズムの結末は、北アフリカ、中東の民主化
運動を見れば、妄想でしかないことも事実。8〜9割の人の気分に迎合にも
無理がある。

・・・・・・
5609,閑話小題 〜「東京都知事選」談義
2016年07月24日(日)
   * 「東京都知事選」談義
  都知事選が面白い。 ネットニュースでは、
≪ 産経新聞社とFNNが16、17両日、全国を対象に実施した
 合同世論調査で、東京都知事選(31日投開票)についても聞いた。
「都知事にふさわしいと思う人」は、元防衛相の小池百合子(64)が最多。
 ジャーナリストの鳥越俊太郎(76)=民進、共産、社民、生活推薦=と、
 元総務相の増田寛也(64)=自民、公明、日こ推薦=が続いた。≫
消去法からして、まず鳥越は論外。4度のガン手術経験からして進行ガン。
これは、例えると、死刑前の仮出所の身。健常者の数倍の再発の可能性がある。
「何が都知事か」は、誰の目にも明らか。不健全な身体には不健全の判断が
纏わりつく。しかし、都民は、感覚だけで選ぶから、何が起きるか分からない。
それも政治経験ゼロなら、何をか言わんや。 東京オリンピックを考えると、
増田だが、ポチのイメージが強い。すると勝つのは小池と思うが、どうだろう。
 このところ欧米世界は、女性がトップの座に就いている。英国はメイ首相。
米国は、大統領候補クリントン氏が有利。フランスでは極右のルペンが首相の
座を狙っており、ドイツの現首相がメルケン。米国経済界の女性トップは、
イエレンFRB議長である。ローマで市長選が行われ、ラッジが当選。
この流れからして東京都知事も、小池氏? ロシア、中国は、組み易しと
喜んでいるだろうが。一時代前には考えられない現象である。
「私に判断しろ」というなら、東京オリンピックに備え、地味の増田。


6703,閑話小題 〜大相撲も終わってしまえば

2019年07月23日(火)


   * 大相撲総評
◉ 大相撲が終わってしまったが、大関4人が総崩れで休場。二番手横綱の鶴竜が、
白鵬との千秋楽で勝って優勝をして終わった。 白鵬の二連勝なら連続優勝の
可能性が有った大一番だった。 途中から二強多弱の割には、けっこう面白い
場所と言えたのは、白鵬を頂上にしたモンゴル人の三役の支配構造が、新しい
世代の交代期に入ってきたため。この20年近くは、モンゴル対、日本人の少年
相撲上がりの学生相撲出身の一群との交代期に入ったことに加え、過っての
大横綱や大関や幕内経験力士の血筋を持つ力士の新世代の台頭がある。
特に千秋楽とその前日の、勝越し負越し、関取の座を賭けた勝負は残酷な反面、
その真剣度は何とも言えい勝負の味がある。
◉ 有望な力士の一群が台頭し、既存の力士と死闘をかけた【花のニッパチ組】
(昭和28年生まれ、北の湖敏満(第55代横綱); 若乃花幹士 (2代目(第56代 
元年寄・間垣); 麒麟児)と…
「花の38トリオ(昭和38年生)では、双羽黒光司(第60代、2019年に逝去):
北勝海信芳(第61代横綱、現・日本相撲協会理事長):小錦八十吉(大関、
現在はタレント):寺尾常史(最高位関脇、現在の年寄錣山)がいる。
 私のみる限り、現在の十両と、幕下には、この二つのニッパチ組、38トリオ
に匹敵する潜在能力のある力士が多く見られる。その前に、小粒だが、平成
25年アラウンドの一群がいる。二波のところが、非常によい。
◉ 今場所は、白鵬の愛弟子の「淡鵬」が人気力士が出現してきた。体重が
99キロ身長が169僉B膩仁六里涼罎任枠省の大きさ。これが、協会サイトが
公開する録画のアクセスが連日、NO1。要するにビッグデーターの活用結果。
面白い時代に入ったもの。

 ・・・・・・
6340,閑話小題 〜深刻な老人問題
2018年07月23日(月)
    * 英国で「孤独担当大臣」ですと!
 <イギリス人は孤独なの? 成人の2割実感、政府が担当相を設置>
と新聞紙上にあった。紳士のお国の英国で?何でまた…と、違和感を覚えたが、
深刻なのだろう。特に片割れの老人は切実の問題。残されたのが男なら、深刻。
 とにかく長寿が最優先される医療に問題ありだが、誰も問題提議をしない。
早々に楽に逝かせるコースもあって然るべきだが、だから、「孤独担当相」の
設置が必要となる。
  〜その内容とは〜
≪ 英国政府が今年、「孤独担当大臣」を置いた。見知らぬ人ともパブに集い
 ビールとサッカー観戦で盛り上がる英国人だが、成人の5人に1人が孤独を
感じているという。孤独が長引けば健康を害しかねないとの認識も広がっている。
(ロンドン=下司佳代子)
 かつて炭鉱で栄えた英西部ニースに住むロリータ・マクアリスターさん(77)
は2年前、深い孤独に襲われた。きっかけは脳卒中。体が思うように動かなくなり、
シャワーも化粧も面倒に。食欲が減り、気力が奪われ、18カ月間、家から出られ
なかった。知人に勧められ、高齢者支援の「ロイヤル・ボランタリー・サービス」
に電話すると、登録ボランティアのエディー・ジェンキンスさん(63)を紹介
された。2人で週1回、公園を散歩したりランチをしたり。マクアリスターさんは
「行きたい所に行き、頼れる人が訪ねてくれるだけで世界は大きく変わる」と実感。
 英国では75歳以上の半数以上が独居。ジェンキンスさんは「以前は教会やパブ
で世代を超えた交流があったが、そんな近さは失われつつある」と心配する。 ≫

▼ 自分を重ねると、「70歳過ぎれば、先に逝った者勝ち」が、実感。
 『孤独担当相』とは、逆に言えば、英国なればこそ。問題は、孤独感と如何に
向き合うか。気力と体力があるうちは、良いが。それが衰えると、孤独感に圧倒
されるのだろう。トランプ大統領をみていると、早くボケ老人を隔離せよと…
成るほど、『孤独担当相』の必要性を、そのまま露出している。 …エッ誰の事?

・・・・・・
4511, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー6
2013年07月23日(火)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者は「・・・延命措置をお断りします」の宣言だけでは不十分と、自分の
事前指示書を作成している。まず事前指示として、以下の項目をあげている。
内容は医師であればこその内容で、そのまま雛形にすればよい。これを機会に、
ブログに書き残しておくつもり。ほぼ著者の指示書を咀嚼するだけだが・・
 ーまず、その部分から抜粋
≪   ー延命措置事前項目ー より
(1) 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内挿管) (2) 気管切開
(3) 人工呼吸器 (4) 強制人工栄養(鼻チューブ栄養、胃瘻による栄養)
(5) 水分の補給(末梢静脈輸液、大量皮下注射) (6) 人工透析 (7) 輸血
(8) 強力な抗生物質の使用  (9) その他
  次に事前指示の項目(表4参照)とは何かについてお話ししていきます。
 � 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内拝管など) 
心臓や呼吸が止まった時に行う治療手技です。  両手で強く胸の真ん中あたり
を圧迫して心臓を動かそうとするため、肋骨骨折は、当然起こります。 
また、心臓が細かく震えた状態(心室細動)で有効な血液を送り出せない
場合、これを改善する目的で電気ショック (AEDはこれです)を行います。
口対口で肺に空気を送り込んだり、手動のバッグを使う場合もあります。
 さらに、気管内に管を入れ、アンビューバッグで空気を送り込んだり、
人工呼吸器に連結したりします。 ひとたび心臓が止まったり、有効な血液量
が送り出されないと、酸素不足に極端に弱い、脳の神経細胞がやられてしまい、
再び心臓が動き出したとしても、その杜絶した時間の長さによって、脳死や
植物状態になって蘇ることになります。 私は、一度心臓が止まれば、原因の
如何を問わず寿命と考えていますので、AEDなどは、平にご容赦というところ。
溺れた子どもなどには、有効な場合もあるが、生きものとしての賞味期限の
切れた年寄は、考えてみるべきでしょう。
 � 気管切開  痰が多く詰まって窒息しそうな場面や脳死の場合に、
のど元に穴を開けます。  ・・以下略  ≫
▼ 生々しいが、それでも、元気のうちに意思を示しておいた方が良い。
 特に(1)などは絶対にして欲しくない。(2)の気管切開、(3)の
人工呼吸もである。(4)(8)も一時的ならまだしも!生かしておくだけの
延命は、お断りである。死亡解剖も一切、お断り。臓器移植も駄目。今まで、
家族とこういう内容の話をしたことがないが、ブログの分類のコーナーに項目を
つくって書き残し、正月で集まった折などに話うつもりである。下手に5年、
10年、生かされたくはない。次回は、著者の事前指示書を考えてみる。 
まだ、早いと思うが、本来は還暦までにすべきこと。

・・・・・・
5608,閑話小題 〜中学同期会が去年に続いて
2016年07月23日(土)
    * トランプにみる、アメリカの本音
 いつ消えるか、時間の問題とみられていた泡沫候補のトランプが、あれよ
あれよという間に、共和党候補として選出された。もし彼が当選したら、
世界は一変するだろう。 政治家としてのキャリアゼロで、言いたい放題。
泡沫候補と自認してか?言いたい放題だが、万一、選出されれば、米国も
内向き志向になっていく。日本など有色人種の国に対し、露骨な差別政策を
とってくること必定。逆に、こういうのを大統領にするのも面白いのかも。
日本は、直ぐにでも憲法改正をし、近隣からの攻撃に備える軍事体制をつくり
あげなければなるまい。
   * 中学同期会が去年に続き
 一昨夜は、長岡近郊の蓬平温泉「よまやま館」で、去年の古希の会に続いて、
満70歳の会があった。《17時半、開会。20時に一次会終了。21時半に
二次会終了。自宅到着が22時。古希の会の出席数の六割の40人が出席。
日帰りは私を含め5〜6人。会費1万8千円、日帰り1万円。二次会費2千円。
家に到着が22時。》 司会で少し緊張をしたが、その位が私には良い。
 一番の遠方の出席者は広島。県外では首都圏在住が殆ど。70歳ともなれば、
ガンだったり、連合いが亡くなった直後の喪失感で、激痩せ。神経内科に
通っているとか、人さまざま。「アルジェリア各地の工事関係で10年間
働いたが、非常に辛かった、内戦で、危険を感じたため帰国したが、こんな
過酷な経験など、二度としたくない!」と語る言葉は、悲壮に満ちていた。 
何故か、二日酔いなし。翌朝6時のミニ・チャリは予定どおり。 
70歳代に入ると、みな歳相応のなっているのは仕方がない。

・・・・・
3771, ユング ー10
2011年07月23日(土)
  * ユングのいう、能動的想像とは? 
 ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー
{ 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 
 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、意識を持ちながら夢の中を
観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、
干渉はしない。願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。
魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。この時重要に
なるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現。
書き留めたり、絵に描いたり、粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、
また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが命を
持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、
こちら側に生きながらあちら側に参加する、そんな感じになってきます。
それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き
合ってきた中年期・老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えて
くれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。}
▼ なるほど、面白い。この実例が〈ユングー地下の大王ーコリン・ウィルソンー〉
 にあった。その幾つかを、次回にコピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで
能動的想像をしている本人の潜在意識の世界。いや、更に深い共同意識の世界。
意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像と
いうこと。子供時代の頃の夢を見ている時のマドロミ状態が、こんなものかも
しれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイト
との仲たがいなどで、自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる
妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた欧州の幻覚が、
翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運。
作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の
開放である。重なっている部分は、主人公の魂の開放を通して、読み手を満足
させようとするところ。(全ての小説が、そうとは限らない。)
 ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送して
いる。実際に見てきた以外の所も映し出す。そうすると、当時に立ち返り、
そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の
一つになるのか?老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の
世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。
この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。
・・・・・・
5243,閑話小題 〜今朝方みた、夢分析と現在の心境
2015年07月23日(木)
   * 今朝方みた、夢分析
・今朝方の夢が何とも微妙な内容。パリのホテルを一人で、観光に出発する。
地下鉄に乗って、コンコルド広場に出るが、自分の宿泊先が、何処の街の、
何というホテルか、憶えてないことに気づく。呆然としていると、後ろに何か
気配がする。黒人少年3人が、財布を狙っていた。睨むと、逆に強奪しそうな
雰囲気。 まずい!と思ったところで夢からさめる。 財布を強奪されたら、
パリの街で、如何したのだろう?と不安の襲われる。
 そこで、布団の中で、夢分析。
僅かな金しかない財布以外、何の手がかりが無いのが現在の私。
それもスリに狙われ、危険の中で、ただ呆然としている。
それも襲われる直前に、自分から夢を切断してしまう私が、ここに居る。
実際、襲われたら、警察に事情を話して日本大使館に行くだろう。
あの少年3人は「生老病死」の「老病死」?「生」は、パリを彷徨う自分。
余命三ヶ月、半年と悟った時、もっとドロドロの夢になるのだろう。
 まだ、今のところ、幸せ!ということだ。 
   * プロ野球も、大相撲も面白くなってきた
・大相撲が、一昨日、白鵬が負けたことで1敗が4人になり俄然面白くなった。
しかし、昨日は照ノ富士が白鵬に破れ、関脇栃煌山も大関に破れて二敗、
一敗が横綱二人になったが、まだ何がおこるか分からない。
間違いなく、白鵬は全盛期の力は下降気味。物語としては、照ノ富士が優勝し、
来場所か、翌場所横綱昇進が相撲協会に良いが、そうさせない力を、まだ白鵬
が持っている。もう一つの物語は、関脇栃煌山が優勝して、来場所の大関挑戦。
まだ千秋楽までの4日間がある。面白くなったが、結局、終わってみれば白鵬? 
心情的には病み上りの鶴竜だが。
・プロ野球も、セリーグ、「0強、6弱の6つ巴戦」の様相が面白い!
珍しい現象だが、巨人の原監督が監督としての寿命が既に終わっている
から面白いのだが・・ 選手と共に、勝って喜び、負けて落込んむ原監督。
何かが足りない? 優良選手の在庫オーバーが、大きな問題。どうしても、
監督の後姿に気持ちが集中する。
・・・・・・
5973,閑話小題 〜ヨガの話 ー5
2017年07月23日(日)
   * 中村天風の弟子たち
 敗戦後の日本を急成長させた人たちを育てた天風の教えは、元祖の精神論
として、現在でも読み継がされている。これに「般若心教」の暗記は、隠れた
必須項目といって過言でない。
{天風の弟子たち」で、検索すると以下の内容が出てきた。
≪ 〜2014年03月23日(日) 〜
「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」
この言葉は、かの山本五十六の言葉だが、山本がこのような言葉を残したのも、
中村天風に師事したことが大いに影響しているはずだ。中村天風の弟子には
錚々たる顔ぶれが連なる。
【東郷平八郎、浅野総一郎、ロックフェラー3世、原敬首相、松田権六、双葉山
定次、松本幸四郎7世、堀越二郎、三遊亭円生六代目、北村西望、大佛次郎、
宇野千代、稲盛和夫、松下幸之助…。
時代を作ってきた人々がなぜ、天風に惹かれたのか。
その教えは、今で言うスピリチュアル的思考であり、脳科学システムであり、
整体の基礎そのものでもあった。
同じ時代を生き、人間としての生命を平等に与えられている。
その中で、生き方に違いが生まれてくるのは、心の使い方一つなのだ。
毎日の心がけ一つ。≫

▼ 人間は弱い生き物。中村天風の弟子でシステム工学研究者の
 合田周平さんが『中村天風と六然訓』のなかで触れていた逸話。
< 良寛と同時代に博多の臨済宗聖福寺の住職を務め、多くの禅画を残し
町人からも仙がい�pさんとして親しまれた仙がい�p和尚が臨終の間際に
弟子たちから「何か最後のお言葉を」と求められた。そのときに
残した言葉を中村天風から聞いた名言がある。
和尚は、「死にとうない、死にとうない」と言い続ける。有り難い言葉を期待
していた弟子たちが再度、今のお気持ちをと問うと、「ほんまに、ほんまに」
と答えて息を引き取ったといか。> 誰もが思っている死に対する覚悟など、
妄想でしかないことを現した言葉。アメリカ的合理主義に解釈すると。
< チャレンジ(挑戦)、チェンジ(変化)、コンペティション(戦い) >
の精神になるのだろう。 「たかがヨガ、されどヨガ」… 

・・・・・・
4878,閑話小題 ーインコのプライド?
2014年07月23日(水)
   * インコのプライド?
 ストレスで、週に一度は狂ったように籠内を飛び回る。ヒステリックである。
二日前のこと、ヒステリックに飛び回っていた時、水飲み場に身体全体が落ちて
しまい全身びしょ濡れ! その姿を家内と笑って見たところ、怒って拗ねたのか、
駕篭の一番奥の物陰で睨みつけ、半日、何度も呼びかけても出てこない。 
プライドが高く、少し叱ると、少しの間、無視などで怒りを現すが、今回は半日
も拗ねていた。鳥にも三分?を改めて確認した。ラクダも失敗で叱られた場合は
納得するが、理不尽の怒りには、根に持って何か機会に攻撃するとか。
 懐いたペットは、飼主の露出した魂そのもの。下手な?家族より親しみを持つ。 
  ーネットのペット川柳よりー 特に1、7、12、14、19は? 家庭内で・・
 < 1、 挫折して ペットに学ぶ 処世術 (ひまわりさん)> よしよし(,^^)/
 < 2、 散歩中 愛犬モテキ 俺ボヤキ  (婚活男子さん)>
 < 3、 似てますね 嬉しいけれど ブルドック (ゆずママさん)>
 < 4、 家出した 猫が太って 帰って来た (あきちゃんさん)>
 < 5、 犬だけど おやつの時は 猫かぶり  (蘭璃さん)>
 < 6、 まだ残る ローンの柱 かじる犬  (らくちゃんさん)>
 < 7、 飼ってます 犬・猫・鳥と 虫・夫 (りのんぱさん)>   
 < 8、 パパの背を 見たからできる お手と待て (良馬さん)>
 < 9、 まっしぐら 犬も子供も 妻の膝 (伊那のザザムシさん)>
 < 10、 鎖より 絆でつなぐ うちの犬 (おたふくまめさん)> 
 < 11、 ほれ投げろ!遊ばれてるのは我が主人 (醜いカラスの子さん)>
 < 12、 ご飯まだ?ペットにエサやる 妻に聞く(まつながともふみさん)>
 < 13、 もの言えぬ 君は夫婦の 司会役 (犬猫主夫さん)>
 < 14、 妻娘 俺はタローと 連立し (びわこ鯰さん)>   
 < 15、 会釈され 連れてる犬で 思い出す (多国籍さん)>
 < 16、 愛犬に 脛を齧られ 親想う (多国籍さん)>
 < 17、 ペットだけ 動かす妻の 重い腰 (さごじょうさん)>
 < 18、 元彼の 名前と知らぬ 旦那様 (まささまさん)>
 < 19、 ペットより 先に逝ってと 妻が言う (クジラさん)>   
 < 20、 プラズィオン ペットのそばより 俺の横 (はるやすさん)>
▼ どれもこれも切実な問題? 7の<飼ってます犬・猫・鳥と虫・夫>の、
「犬・猫・鳥と」を「ペットのピーコと」に置換えると、家庭内の私の立場!


6702,閑話小題 〜深刻な、「貧困」と「格差」問題!

2019年07月22日(月)


  * 「私も家族もいずれは…『下層階級』転落の不安、広がる
 昨日は、参院選の投開票日。 未来の「見取り図」を描くには、いまを
見つめることが欠かせない。
 一週間ほど前の朝日新聞の特集が、「新・日本の階級社会」(橋本健二著)
を基にしたテーマ。 「階級」という概念にこだわって日本社会の変容を見つめ
てきた社会学者の橋本健二に、この国で暮らす人々の「不安の正体」を聞く構成。
 タワマンで目覚めた階級意識 格差、広がる自己責任論。「階級」という言葉
には古めかしい印象が付きまとう。だが、昨年1月に世に出たその本は、筆者の
予想をはるかに上回る反響を呼んだ。
リタイア後の年金暮らしに入ると、資産形成のない層の人たちも「下層階級」
の仲間入りの現実に直面する。 長寿の時代、リタイア後、2000万の蓄えが必要
というが、現実の平均値は400万そこそこ。そこに将来の不安がつきまとう。
 
  〜特集の概要といえば〜
≪ 閉塞感が漂う日本社会の現状をみるには『階級』という視点が不可欠、
 という警鐘。不安定な雇用で収入も低く、結婚や子育て、老後の蓄え、といった
営みもままならない新しい階級「アンダークラス(下層階級)」の出現に注目―。
 本のヒットに、「何が起きているのかと思った」と誰よりも驚いたのが筆者。
社会学者で早稲田大学教授の橋本健二。格差・階級理論の専門家だ。
階級という概念にこだわり、40年近く前から日本社会を分析してきた。
 ただ橋本はすでに2006年に発表した本でも使い、
「分析したが、当時は専門家をのぞけば、まったく反応がありませんでした」
「私は(橋本)、戦後日本は、
・資本家(企業経営者)
・旧中間(自営業者)
・新中間(ホワイトカラー会社員、専門職)
・労働者という 四つの階級え構成されるとみてきたが、そこに、1990年頃から
「アンダークラス(下層階級)という新しい階級が生まれたと考えています」と。
  ―「どうしてそうなったのでしょうか」の問いに…
<「80年代後半以降の『フリーター』が出現。日本はもはや「格差社会」で
 ない、もはや「階級社会」という現実が現われ、日本社会の格差はますます広がり、
固定化され、〈階級社会〉と呼ぶべき様相を呈している。著者は最新の学術的データ
を用い、そんな現代の格差の輪郭を明瞭に描き出す。>
「著者は以前から著作で、日本が階級社会への道を歩んでいることを指摘して
きました。ここに来て、格差の事態が悪化し、目を背けていた現実に向かいあわ
ざるを得ない状況が生まれたからではないでしょうか」(担当編集者)
 格差拡大が放置され続けたことで、膨大な貧困層が形成された。中間層も厳しい
状況に追いやられている。わずかな躓きで転落し、ひとたび貧困に陥ると、階級を
上昇することは極めて難しい。本書は厳しい現実を冷静に指し示している。
「自己責任論に肯定的な、ある種エリートと呼ばれる立場にある人も、自分は
中間層に留まることができても、お子さんまでそうとは限りません。就職の失敗や、
大きな病気や怪我などで、貧困層になりうる可能性は多々ある。そうした不安から
本書を手に取る方も多いのかもしれませんと… 本の中で1章分を割いている、
  ――女性たちからの反響も大きい――
女性の階級は配偶者に左右されがちで、死別などをきっかけに困難な立場に置かれる
ことが多い。『明日は我が身』のような不安が、今の日本社会全体に漂っているので
はないでしょうか」(担当編集者)
 ――
 〜本書評者:前田久 (週刊文春 2018年04月12日号掲載)〜
かつて日本には、「一億総中流」といわれた時代がありました。高度成長の恩恵で、
日本は国民のほとんどが豊かな暮らしを送る格差の小さい社会だとみなされていた。
しかし、それも今や昔。最新の社会調査によれば1980年前後、新自由主義の台頭と
ともに始まった格差拡大は、いまやどのような「神話」によっても糊塗できない
厳然たる事実となり、ついにはその「負の遺産」は世代を超えて固定化し、日本
社会は「階級社会」へ変貌を遂げたのです。900万人を超える、非正規労働者から
成る階級以下の階層(アンダークラス)が誕生。男性は人口の3割が貧困から家庭を
持つことができず、また一人親世帯(約9割が母子世帯)に限った貧困率は50・8%
にも達しています。日本にはすでに、膨大な貧困層が形成されているのです。
人々はこうした格差の存在をはっきりと感じ、豊かな人々は豊かさを、貧しい
人々は貧しさをそれぞれに自覚しながら日々を送っています。現在は「そこそこ上」
の生活を享受できている中間層も、現在の地位を維持するのさえも難しく、その
子供は「階層転落」の脅威に常にさらされている。この40年間の政府の無策により、
現代日本は、金持ち以外には非常に生きるのが困難な、恐るべき社会になったのです。
 ――

▼ とはいえ、個々からすると、死んだ瞬間から必要経費はゼロ。その辺りの
 判断は、人生観の問題になる。具体的に、2000万を、不安解消のため残すより、
楽しんで使い果たすかの選択の問題になる。「楽しんだもの勝ち」と、老いるほど
実感が強くなるが、自己憐憫の要素も…。 紀元前から現在に至るまで、
<3・30・67%の階級>は、姿かたちを変えて、存在してきた。もっとシリアスに
表現すると3+30に3分の1が残りを支配するのが、現実社会のリアル。 
平等は無理なら、せめて公平に… だが。

・・・・・・
2006/12/24
2091, 下流喰い −1
                        ー 読書日記
銀行勤務の人から、「サラ金から金を借りている人の多いのに驚くばかり!」と、
聞いてから10年近く経つ。本屋で、この本を何度か立ち読みしていたが、
<直ぐに図書館に並ぶだろう>と思いとどまり買わなかった。
ところが会社の‘Oさん’から、「面白いから読んだら」と、
この本を手渡され読んでみたら、この中味が凄い!
やはり立ち読みとは違う。

さっそくインターネットの検索に「多重債務」と入れたら、
「2000万人、200万人、20万人、1万人」の数字が解りやすい!と、
金融筋の人から聞いた話として、あるHPの中に紹介していた。
  サラ金からの借金をしている人が2000万人、
  そのうち多重債務に陥っている人が200万人、(この本では350万になっていた)
  自己破産者が20万人、
  借金苦による自殺者が1万人、だという。
  8000万人の勤労者の中2000万人がサラ金を利用しているというと、
  勤労者の1/4になる。
                 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
 ーまずは「下流喰い」の概要をまとめてみるー

・小泉構造改革が最終盤にかかった05年後半あたりから、
「地域格差」に加えて、「格差社会」というキーワードも話題にのぼるようになった。
 その分岐点が1980年代にあった、バブルの発生である。
 それが借金=悪というそれまでの日本人の常識が、
 借金を如何にして土地などに投機した方が得という風潮に変わってしまった。
 消費行動も買ってからローンで支払うという感覚に変わってしまった。
 クレジットが推奨されはじめた時期である。
 この背景をもってバブルが弾けてしまった。
・日本の全産業の平均年収が500万円を下回ったとされ、
・貯蓄ゼロが24佑硲簡の1になり、
・生活保護が100万世帯を超え、
・全体の4分の1の世帯の高額所得が、その他の4分の3に匹敵する事態、
・その他の4分の3の平均の半分に満たない人の数が、この数年で15・3佑
・いまや多重債務者は、数年で二倍の350万人以上になり、
・大都市の大阪や東京の公立小中学校の就学援助者を受ける人数は、
 04年までの4年間で40佑眩え、4人に1人。
 足立区では2人に1人が受給する事態である。
・2003年の「消費者信用産業」の市場規模は「73兆円」というから、
 この年のGDP中に占める民間最終消費支出「282兆7000億円」の4分の1になる。
 この数値が意味するものは、すでに日本が、階級社会の色濃く残っている
 欧州を凌いで、アメリカに次ぐ第二位の格差を実現させていることになる。
                            
 消費者金融の想定する理想的な優良顧客像とは、
    ・年齢は40代後半、
    ・年収は300万円程度で
    ・子供が二人おり、
    ・家計的には住宅ローンの返済の他に養育費、
     教育費のやりくりが最優先され、一家の主人は完全に後回し。
    ・定収と呼べるサラリーがあるものの、恒常的な金欠状態ゆえ
     長いお付き合いが望め、とりあえず返済意欲もあれば、家族もいる。
     世間体だって考える人たち・・・
 以上が、だいたいの平均イメージである。 
 タクシーの運転手のこの年代が象徴している。  (;´Д`)

ところが最近では、その顧客増が急激に変化し、
・新規顧客の71%が男性、
・30歳未満が44%、30歳以上40歳未満が23%で、
・年収も新規顧客の81%が500万円未満、
 その中でも年収300万円未満が42%、200万円未満が16%と、
 「低収入の若年男性」が主たる顧客層に変わってきているという。(▼▼!) y-
              
彼らは利息制限法を上回るグレーゾーン金利の下で月々の利子を
払い続けるだけで手一杯、ベタ貸し状態が維持されていく。
消費者金融業界の本音は、元利金等できちんと払い込んでくれる客よりも、
月々の金利だけを払い続ける客の方が「上客」。  
サラ金ビジネスからいうと、顧客として「持続性」がある方がよいというのだ。

こサラ金のビジネスモデルが「悪魔的ビジネスモデル」として、弱者を食い物にする
闇金融の「下流喰い」の実例が、生々しくレポートされている。
多重債務に陥った利用者は、ヤミ金に全てを奪われた挙句、
深い闇に沈められる内容はまさに生き地獄である。 (▼ー▼メ(-"-;)

この甘い蜜を求めて三菱UFJフィナンシャルグループや、
三井住友フィナンシャルグループなどのメガバンクも進出してきた。

ーー
以上をマトメながら、ある程度は解っていたつもりだったが、
ここまでのリアルな格差社会と下流社会の実態に驚かされた。
この流れは、ますます強くなるだろう。
現在の4分の1が、5分の1、 そして10分の1と、10分の9の所得が
同じになる傾向になる。まったく嫌な社会になったものだ。 
ビジネス系ホテルをやっていて、シビアの娑婆と接していても
この本に驚くのだから!いや世の中の変化に!   
                         − つづく −
ーーー
「下流喰い」
 須田慎一郎著 ちくま新書
ーあらましー
格差社会の暗部で、弱者が借金漬けにされている。
デフレ経済下、大手消費者金融会社は低所得者層を貪り、肥大化してきた。
いま、大手銀行と外資企業が争奪戦を演じている。
その一方で、貸し手と借り手の双方に生じている変化を分析し、
金融業界と日本社会の地殻変動を克明に描いた渾身のノンフィクション。
    
   ーー
   序章 消費者金融と格差社会;
   第1章 サラ金一人勝ち;
   第2章 悪魔的ビジネスモデル;
   第3章 多重債務者三五〇万人時代;
   第4章 下流喰いの深淵;
   第5章 庶民金融の虚実;
   第6章 何が必要なのか
                 ¥(*^_^*)\
                  バイバイ
・・・・・・

2005/12/13
1715, 下流社会
                 茶 どうぞ ( ^-^)_且~~~
最近、下流階級とか、下流社会という言葉が目につく。
その丁度良いタイミングに『下流社会』という本が出た。
先取りの典型的な本である。

読むほどでもなので、インターネットで調べてみた。
以下の抜粋のコピーで充分の内容である。
(一応、書店で立ち読みをして確認をした)

初めて、上京して東京暮らしをして実感をしたのが、
「世の中は歴然とした階級社会」ということであった。  (*o☆)\
  初対面で、自己紹介で何気なく自分の身分のキーワードを入れる。
   それでそれぞれの立場(階級)を確認するのだ。
情報化、グローバル化は結果として競争激化をもたらす。
 それが激しければ激しいほど、階級格差がハッキリする。
  特に近年の競争の激化が中流社会を希薄にし、
   一部勝ち組の上流?社会と、他の負け組みの下流社会の二分化を
    鮮明にしだした。
そういえば「○金」「○ビ」という二分法が、  
 80年代末の日本では一世を風靡したことがあった。
                   オレ〇ビ? σ(*`θ´*)
ーーー

ーこの本のインターネットで調べた概要を
  編集してコピーしてみたー 
   〔読まなくても充分である。〕
           
         「下流社会  新たな階層集団の出現」
              光文社新書(著:三浦展)
「下流」とは、単に所得が低いということではない。
  コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、
   つまり総じて人生への意欲が低いのである。
    その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。
     そして彼らの中には、だらだら歩き、
      だらだら生きている者も少なくない。
       その方が楽だからだ。
         (「はじめに」より)

団塊ジュニア(1970年〜1975年頃誕生)世代の女性で
「上流」意識を持っている人が気に入っている時計のブランドが
 オメガ等を押さえてセイコーやシチズンであるという。

  オメガからシチズンに変えた理由はオメガの鎖が切れたので
   修理しようとしたところ、
    大変な時間と費用がかかることが分かったからだ。
     また自動巻きのオメガは少し外していると止まってしまうし、
      月末には日付の調整をしなければならない。
      それに較べて電波時計は、全くのメンテナンスフリーだからだ。   
      時計とは
     「正確」で
     「手間がかからず」
     「そこそこの堅牢性」
     があることが最大のポイントだ。
    それをデザインだの、手巻きに味がある等と
   講釈を付けるのは時計メーカーのセールストークに過ぎないだろう。
 時刻合わせに気を使うより、世の中には沢山しなければならないことがある。
                 (/_ _ )/♪へ(-。-へ)
                        ♪(/_ _ )/
先程の時計の調査で下流階級ほど
ロレックスやオメガを好む傾向が出ている。
 外見以外に自分を際立たせるもののない
  下流階級の悲しい性(さが)という。


ーーー
ー感想
この「下流度チェック」半分以上である。
(2~7と11が、!チェック)
  そうすると、私は下流? (T0T)\(^−^;)mama!
   まあ、いいや!

読みようによっては、かなりシビアな本である。
 しかし、これが現実であり、競争社会の姿なら、
  そう受け止めざるをえないだろう。
   それが、勝ち組から負け組みに落ちた時に、
    社会の現実がリアルに見えてくるのだろう。

今後はニートやフリーターなどの
「労働意欲のない、多く働かない層」がそれによって下流に転じ、
  逆に「上昇志向の強い上流」という流れと相反して二極化が進む。
  またその層の子弟らは自然にこの階級の社会環境によりそこに留まり、
   階層の固定化が強まるということか。

  第5章「自分らしさを求めるのは『下流』である?」
 は刺激的なタイトルである。

 この章の「生活の中で大事にしていること」で
  「個性・自分らしさ」を挙げる人は階層意識が「下」の人に多い、という。
   「自立・自己実現」もそうだ。
    一見世間的に悪い響きでもなさそうなのだが、
    実際データを取ると下流だと自分を考える人ほどこの項目を挙げる率が高い、
   というが、どうだろうか?

  それでは「上流」では?、
 男女ともに共通しているのは「ゆとり」だ。
男性はこのほか「仲間・人間関係」「創造性」「活動的・アクティブ」で、
女性は「美・おしゃれ」「公正さ・品の良さ」という。
 これまた極端な内容すぎる。
                           (*◎ω◎*)~ 〜♪
 団塊ジュニア男性が
 「これからお金をかけたい事」は
  『上』では「財テク・投資」「家具・インテリア」「健康」
   「スポーツ・フィットネス」「住宅・リフォーム」であるのに対し、
    『下』では「教養・資格取得」「娯楽・イベント」が顕著に多い。

    男性の趣味でも
   『上』は
  「旅行・レジャー」「スキー」「サイクリング」「ゴルフ」と
  アウトドア志向なのに対して、
 『下』は
「AV機器」「音楽コンサート鑑賞」「テレビゲーム」
「スポーツ観戦」「パソコン・インターネット」・・・
 「私はどうか?」と不安になる。
  著者が自分を規準に考えているに過ぎないだろうから!?

・・・・・・
2018/02/23
閑話小題 〜夫婦で目安の預金が3000万円

  * 夫婦で目安の預金が3000万円
 何か論理に飛躍があるが… 朝日新聞にシリアスなテーマがあった。
< 65歳の夫婦の場合、90歳まで生きるとすると、3000万が必要! >
ドキッとする内容だが、これだけ持ってないと枕を高く寝てられないという内容。
「だから、どうした」の話は欠落している。あくまでも、計算上の三段論法。
「65歳の無職夫婦の平均年金が255万で、支出が321万で。90歳−65歳の25年で、
66万の赤字で、年70万のマイナスとして合計1700万と、その他の車の修理、
家の修繕、など特別経費で1000万として合計3000万という論理。概ね長生きする
妻の立場からすると、考えておくべき深刻な話。 とはいえ、金欠で餓死する
という話でもない。
▼ 一世帯平均の預金が1700万というが、均したボリュームゾーンの真中は、
 400万で、3割は預金ゼロという。400万なら、毎年、マイナスが66万なら6年で
底をつくことになる。一週間前に、近所に救急車が一日、4回も来たのが不思議
だったが、数日後に、この記事を読んで、「金欠のため搬送後に、逃げるように
帰ったのでは?」という考えが頭によぎったが、これは一方的な妄想?だが。
私が預金ゼロなら… 健康で、そこそこの準備は必要だが、死んでしまえば、
経費ゼロ。
 アテネの時代から現在の欧米社会に至るまで、3%の特権階級、30%の市民
階級と、67%の奴隷階級が存在してきた。三分の一の人達には2〜3千万の
預金が、未満の人達には概ね400万ぐらい、0〜100万が、三分の一を占める。
グローバル化、情報化社会で、今まで、表に出なかった階級社会が、面前に
つき付けられてきた。これで朝鮮戦争などの有事があれば、更なる厳しい
現実に直面することになる。


6701,閑話小題 〜異常な状態が「通常」になるロジック =世界的異常気象

2019年07月21日(日)



   * あと一週間は雨空の予報というが…
 このところ続いている雨空も、梅雨時なら、こんなものと思いきや、時節外れ
の台風の接近もあって、あと一週間は雨空が続きそう。これでは、ファッション、
レジャー関係、冷房など夏物の季節モノを扱う商売は上がったりで、それは深刻。
 そこで、【世界の異常気象】で検索すると、深刻な大問題を孕んでいる。 
この数年来、火山活動、地震、集中豪雨などのニュースで、私たちは何時の間に
感覚が麻痺しているようだ。 ホルムズ海峡の戦争の可能性が高まる中で、大災害
が止まることなく続き、深刻な不況になる可能性が大になる。それらが近隣諸国
とのトラブルを引き起こす切っ掛けに… 日韓関係も、その潮流の一つ。
 今年は前半、安定。後半は大荒れと閑念していた。その中で、、エルニーニョ
の影響は意外と少なく終わったが、異常気象による不景気と、世界各国の政権の
不安程度が思いもよらない「ブラックスワン」の到来を感じさせられる。
 その危険な「9月・10月跨ぎの時節」に近づいてきた。株価大暴落、戦争、テロ、
大震災? そんな中で、これまで底支えをしてきた隠れ特需「東京オリンピック」
の特需も終わろうと… 

  ★ 『世界の異常気象』の検索結果は
《 =この夏の異常気象は、気候が「予測不能」な段階にきたことを象徴=
 ◉ この夏も異常気象が止まらない。南フランスでは45℃の熱波を記録し、
スペインでは高温で山火事が発生。米中西部のミシシッピ川流域では未曽有の
大洪水が発生し、メキシコでは異常な量の雹が1m近く積もった。もはや「異常」
であることが当り前になり、新たな「普通」など見つけるべくもない。
そして過去のデータに基づく気候予測は成立しなくなっている── 
 一方で、南極海の氷はいかなる予測よりも急速に溶けている。米中西部の
ミシシッピ川流域では、1993年の破壊的な大洪水以来、未曽有の規模の洪水に
対処しているところだ。熱波に襲われた北カリフォルニアのボデガ湾では、数千
ものムール貝が強い熱によって死滅した。 異常なのは高温現象だけではない。
メキシコのグアダラハラでは、尋常ではない量の雹(ひょう)が降ったあとに豪雨
となり、この山あいの都市は91cmの氷に埋もれて復旧作業が行われた。――  》
 ―
《  =異常な状態が「通常」になるロジック=
「去年の夏、似たような意見をいくつか目にしました。わたしはそういう異常気象
のすべて、嵐や洪水や熱波がどんなふうだったか、いまは忘れています」。
カリフォルニア大学デイヴィス校の環境科学者フランシス・ムーアはそのように
語る。ムーアは気象パターンの変化において、何が通常なのかを人々がどれほど早く
忘れてしまうかに関する論文を、今年初めに発表している。
この現象は一般に「シフティング・ベースライン・シンドローム(基準推移症候群)」
と呼ばれている。長期間にわたり徐々に生じる変化が、人間の愚かですぐに現状に
満足してしまう脳に認識されると生じる現象だ。
「毎年連続して奇妙な夏を経験していると、この症候群に陥ります」と、ムーアは
言う。「異常なのは個々の出来事だとしても、世界中で起きている一連の出来事が
異常であり、その状態が通常になる。そんなふうにわたしたちは考えるように
なってしまうのです」 とはいえ、かつての基準が異常になり、その異常な状態が
現在の通常の基準に変わるという基準推移は、変化への適応を推進する際には実の
ところ好材料となる。変化が生じた世界で人間が安全に生存し続けられるように
するには、基準の推移が役に立つのだ。》
 ――

 ▼ 何気なく検索した結果が、この深刻な異常気象の現実。「異常な状態」が
「通常な状態」になってしまった現実。 情報化が成せるワザである。京都の
アニメ会社が精神疾患のアニメ御宅に襲われて、33名の死者が出た。これも、
一月もしない内に、アナザーワンの事件として記憶から遠ざかっていく。

・・・・・・
6338,閑話小題 〜映画鑑賞 『ピース・ニッポン』
2018年07月21日(土)

   * 全国200カ所以上で撮影した映像、『ピース・ニッポン』
 昨日のシネマは『ピース・ニッポン』全国47都道府県、200カ所以上で撮影
した映像を見てきた。これが思いの外、刺激的、かつ面白い。ドローンの撮影
効果をフルに持たせているからだろうが… 音楽が、若者、外国人を意識して
いるためか、批判が多いが、私は良かったと思っている。 30年間、私にとって
一点豪華主義としての秘・異郷ツアー。その全てが魂の財産として残っているが、
日本にも素晴らしい自然と、歴史が存在していることを教えてくれている。
邦画としては久々の90点!
 (解説)
【 「日本人がまだ知らない“本当の日本の美しさ”」をテーマに、約8年間の
製作期間を費やし、全国47都道府県、200カ所以上で撮影した映像を、4K解像度
で映画化。 日本を映像や写真や音声で後世に遺す「ピース・ニッポン・
プロジェクト」の一環として、日本人特有の精神や自然感にフォーカスをあてた
「日本の精神」、豊かな気候風土がもたらす変化をめぐる「日本の四季」、簡単
には出会うことができない奇跡の瞬間を映像で紡いでいく「一期一会の旅」の3部
構成で、日本全国の絶景と日本人の精神の神秘に迫っていく。
旅の案内人として小泉今日子、東出昌大がナレーションを担当。 
監督は今井美樹、布袋寅泰、「GLAY」ら数多くのミュージッククリップを手がけ、
映画「TAJOMARU」「SFサムライ・フィクション」などを手がけた映像作家の
中野裕之。】
  〜ネット感想より〜
《 何て美しい日本なんでしょう〜😊
  数年間に一度だけ、一期一会"でしか出会えない神々が宿る美しい瞬間!
 日本に生まれて本当に良かった! こんなに美しいところがいっぱいあって〜
まだ行ってないところ多数! 海外も良いけど素敵な日本にばんざ〜い。
約8年間の製作期間を費やし、全国47都道府県、200カ所以上で撮影した映像を、
4K解像度で映画化! 空中から迫った動きのある映像は見応えたっぷり! 
特にお城と桜 そして流れる水や滝 湖!
雲海の天空の城 鳥取砂丘、華厳ノ滝にかかる虹
美しい風景を心で感じる^^ 
日々の心 行いが問われるような〜自然の美しさを素直に感じる心でありたい
日本人特有の精神やルーツも紐解き 壮大なスケールの映像を堪能するまで
見せて下さった映像作家の中野裕之監督。感謝です! 》
――
《 映像作家中野裕之監督が8年がかりで撮り揃えた北から南へと巡る四季折々
 な日本の絶景をドキュメンタリー。 打ち上げられた花火にドローンが横切る
近年らしい視点の映像や自然物に神を見出してきた日本らしい侘び寂を感じる
自然や花々、山岳、そして仏閣などジパング日本を堪能出来る作品ではある。
ただ、インスタなど写真系SNSを通して突き刺さる視点で切り取られた日本を
見慣れた昨今、本作には正直もう少し刺さる映像を期待していたかな。》

▼ 自分の代わりに、日本の自然を楽しみ
ながら撮影した内容と思える内容。世界は広く、深いが、日本も捨てたものでは
ないと、強く教えられた内容。小笠原から見た宇宙のパノラマは特に必見。
期待しないで、気楽に見る方が、満足感が強くなる映像の山である。
 
・・・・・・
5606,恋愛心理学 〜А,覆射弔粉蕕房罎れる?
2016年07月21日(木)        
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * なぜ幼な顔が重要なのか
 美人顔には、小型犬の幼顔系と、シェパードのような大型犬の丹精顔がある。
幼な顔の無垢性を求める男の心理に何故か納得する。今では、耳にしないが、
「カマトト」という言葉があった。 アニメの美少女は額が広く、目は異常に
大きく、口と顎は小さい。胸は異常に大きく、腰は小さく、脚は長い。これが
男心を擽るようだ。幼顔の女性は、このモデルを目指し変装、いや化粧をする。
 何とことはない、男は、その変装にコロリと騙される。 〜その辺りから〜
≪ 他の男の子を自分の子供として育てる危険回避の方法の一つは、
 なるべく若い個体を配偶者として選択することです。相手の年齢が若ければ
若いほど、性的な経験が少なく、それゆえ自分が配偶者として相手を選択した
場合に、すでに相手が妊娠している可能性は低くなります。とくに相手がまだ
性的な経験がまったくない場合、妊娠している可能性はないので、男性として
自分以外の子どもを育ててしまう可能性はより低くなります。このようなこと
から、若い性経験のない女性を配偶者として選好するという行動が男性側には
進化してきた可能性があります。では、若い個体は何を手がかりに探し出せば
よいのでしょうか。ここで手がかりとされるのが顔なのです。我々が他人の
年齢を判断するときにもつとも重要な手がかりになるのは顔です。
 ある程度の年齢までは顔の構造が手がかりになりますし、また一定の年齢
以上になると肌の質感、しわや白髪などによって年齢を判断します。
 これらのことから、男性は、顔が若く見える個体、すなわち幼型化特徴を
持った顔を魅力的だと思うようになったのだと考えられます。
 確かに、女性は化粧にずいぶん時間をかけますが、そこで行われるのは
肌の質感を若くし(赤ちゃんのような肌にする)、しわを隠すことや、白髪を
染めることです。これは、まさに老化を隠して自分を若く見せるための方法で
あり、これによって女性を魅力的に変身できるわけです。
 平均化に加えて目が大きく、顔の下半分が小さいという幼型化という条件が、
特に女性の外見的魅力を向上させるためには重要である。そして、なぜ重要に
なってくるかといえば、それは女性を配偶者として選択する男性が確実に
自分の遺伝子を残すために、女性が若いことが重要な意味を持っているから
だという可能性が示されました。≫
▼ 「清潔感7割、色気3割」が、理想というが、清潔感はリスクが低いと
 いう潜在意識のなせる業。メイドカフェの魅力も、近いものがある?
それより、内的魅力を磨けというが、男など、そんなことより、短期的には、
まず美的外形に惹かれる。それにしても、女性の異性に対する視線の反応は
異様なぐらい強い。だから、何があっても、まずは褒めること。出来ないなら、
心の底で、「光輝いているね!」と思ってやること。
・・・・・・
4876,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー42
2014年07月21日(月)
   * 31年の新潟~長岡間の通勤
 老いた母親をおいたまま新潟に引越すわけにもいかず、31年間も新潟~長岡
を通勤になった。しかし、高速の乗物空間の往復一時間は読書の最適環境。
私の性格からみて地方の閉鎖性に同化されない為に、職住分離は必要である。
新幹線車内は一度、県外に出たような感覚になる。だから30年も続いた。
それと、機内や高速鉄道の車内は「ぼんやり時間」としてベスト空間でもある。
長岡住民の7〜8割が地元出身者だが、新潟は流入組7〜8割。僅か30分で
世界がまるで違う。それも慣れだが流動が少ないのは良くない。それは、この
三年間で、さらに実感している。排他的で、プライドが高く、烏合で、常に人の
目を伺う比較世界の傾向が強い。それも、外部からみれば越後・新潟の差異範囲。 
ところで、30年の新幹線交通費の総額は、マンションが一つ買えるほど。
全線開通直後、長距離通勤のための税制が変わり、経費で落すことが可能になった。
 何処も所属しないで済んだ代金とみればよい。酩酊しての乗り過ごしは8回。
そのうち3回は湯沢などに宿泊、スナックへ。今から考えると、冷汗もの。
そうこう振り返ると、やはり70歳前半が寿命? 今さら生き急ぐことも、
死に急ぐこともない。今や職住分離の職が無くなり、自宅中心の生活。
新幹線の代りが「ハリウッド映画」と、ポタリング。これで一度、生活圏から
出たような錯覚が、ストレスを最小にしてくれる。
   * スラスラと、思ったことを文章化出来る?
 知人に「思ったままを毎日、書けるのが羨ましい!」と言われたことがある。 
読む方は、2〜3分だが、書き上げる方は、この程度の拙文でも、テーマのネタ
探しを含めたら2〜3時間は軽く掛かっている。これでである。しかし、書き
上げた達成感と、プレッシャーが丁度良い刺激になっている。その後、読返し、
書いている自分は何者?と、ドキッとすることもある。時間が過ぎると、書いた
時点の自分は、別人のような人。 吐いてしまった、書いてしまった言葉は、
二度と戻らない! 言葉は恐ろしいし、それを文章化して責任を持って公表する
のは、更に恐ろしい。そのままの自分の本音が、そのまま出てしまうからである。
そのため、早朝、何度も書き直す。それが考える訓練と、思考そのものになる。
「日々、是、口実」が、分かっていても?自嘲しながら続けている得体の
知れない自分は「何者だろう?」
・・・・・・
5971,閑話小題 〜ヨガの話 −3
2017年07月21日(金)
   ☆ ヨガを最初に持込んだ天風
 中村天風著『成功の実現』を30数年前に読んで多くの人にも勧めてきた。
天風は初めて日本へヨガを取入れた人で、「積極一貫」の信念が、彼の全てを
現している。この教えを知り、信念の一つに取入れてから人生が大きく変わって
いったようだ。 〜そのの概要といえば〜
≪ 結核を治すため世界を飛び回り、「 世界一の大学者ですら助からないと
言うんだからもう駄目だ 」と、失望のどん底で「 せめて日本で死のう 」と
マルセイユの港を後にします が、偶然にエジプトで停泊中、船に同乗していた
ヨガの大聖人カリアッパ師にめぐり会う。
「おまえはまだ死ぬ運命にない。助かる方法がある。 私について来なさい。」 
その言葉に「サーテンリー。(かしこまりました。)」と一言答えて、行く
先も知らないのに天風はカリアッパ師一行について行く。このカリアッパ師は、
実は「カルマッパ・カキャブ・ドルジェ」(1871〜1922)で、ラマ教カルマ・
カギュ派の第十五世管長でありヨーガの大家だった。
吐血ばかりでやせ細り、死へ向かっていた中村天風はインドと東ネパールの
国境に位置するカンチェンジュンガの山麓のコーグ村で厳しい修行に入ります。
滝の前で瞑想したり、師に出された課題をひたすら考えたり……。
それは、生きるために行なう背水の陣のごとき修行。ヨーガは、悟りや奥義を
師から弟子に口で教える事はほとんどありません。 課題に関しての答えは、
自分で見つけ出さなければいけないのです。初めは、身体の調子にばかり
とらわれていた天風。
 師に「元気か?」と問われ、「どうも、調子がすぐれません。」と返す。
「私は、お前の体の状態を問うているのではない。」とカリアッパ師。
瞑想と師とのやりとりの中で天風は、身体ばかりを意識するのではなく、
「心の持ちよう」で生きていると、心身が変わってくる事を体得する。
やがて、インドの山奥で無の境地を悟った中村天風。それを悟ると、身体はみる
みる良くなっていった。≫

▼ それまでも、様ざまな精神論の本を読み、日常生活に取入れてきたが、
 これほど生々しい体験を背景に説いた論に驚いてしまった。
天風哲学の基本は“笑顔”。悲しい時、つらい時、そんなときは無理にでも笑顔
を、作ってみる。そうすれば自然と楽しくなってくるというのが、天風哲学の
根本にあります。おかしくもないときに、「アハハ」って笑うと、おかしくなる。
【 2005/06/30
  1549, 宇野千代
宇野千代が代表作「おはん」を書き終えた後に、一行も書けなくなってしまった。
そこへ中村天風が
「今度ね、自分の頭の中に舞台をこしらえて、その中でいろいろ、あの女と
 この男とひっつけよう、この男とこの男とこうしようというふうに躍らせながら
 そいつを書いていったらいいだろう」
「出来ないと思うものはできない。出来ると信念することは、
 どんなことでも出来る」と言った。
「いい事聞いた!」宇野千代は、それいらいスランプを脱し、書く文章も変った
 という逸話がある。
この天風の言葉を、スットンと脳に入れてしまう彼女が凄い。 彼女は中村天風
の弟子であり、その教えの実践者である。天風の言葉が、彼女の中で血肉になって
明るく具体的に噛み砕いているところがよい。】
 6年前に改めて読んでおくべきだったが、机後ろの書棚にあったのに、手に取ら
なかったのは何故だろうか。平静を装っていただけで、動転していたのだろう。
・・・・・・
4509, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー7
2013年07月21日(日)
         『 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 』ー番場浩之著
 スポーツジムののヨガに週二回、百回以上も続けると、一寸とした動作も
ヨガ的になる。ポタリングの車上の姿勢と呼吸とか、起床の前の屈伸とか、
夜半に目が覚めた時の姿勢と呼吸とか、居間でTVを見ている合間の姿勢とかを、
意識するようになった。これが続けてきた一番の収穫。また早朝の30分の瞑想
も良い。この結果、夜半の半睡の状態も、瞑想のイメージを持つと、心穏やか
に不眠状況を受け入れることが出来るようになる。
  * 3日目ーA 正座から四つんばいになって・・
1、まず正座になって(踵を重ねない)両手を膝の上に自然に置いた自然体から、
  軽く御尻を浮かすようにして爪先を立てて、膝の前で床に手のひらをつく。
  短距離のスタートの姿勢だが、手のひらは地面にベッタリつける姿勢。
2、「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>「深い一呼吸」を入れながら、
  狼が吠えているように、顎を上げ、胸を開き、背骨をそらす。
3、そこから腰を入れ、手をつけたまま立ち膝になり、踵をつけたまま背中
  を丸める。額を膝につけて息を出し切る。
4、緩めて、元の正座に戻る。そこで軽く一呼吸をする。
5、もう一度、1,2の動作をした後、軽い呼吸をしながら、膝裏を伸ばし
  ながら尻を持ち上げる。横からみたら、三角形に見える姿勢である。
6、息を出しながら、かかとに体重をかけ、肘と膝を伸ばした状態で腰を入れ、
  眉間を見あがるようにして顎を上げる。犬や猫が、四つん這いで、背筋を
  伸ばしている姿である。
7、「軽く一息」を入れて緩めたら、ゆっくり息を出しながら、膝をつき、
  「基本単位」に戻す。
 ▼ 犬や猫が寝起きに、これをやっている。背中を丸めたり、反らしたり
  しているポーズである。動物が誰に教わることなく本能的に行う運動には、
  それなりの良さがある。
   * 3日目ーB 手の指を開く体位
1、正座に座り、親指と人差し指で朱印を結び、肘を直角に曲げて前腕は床と
  水平に手の平を上向きにする。 「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>
 「深い一呼吸」を入れながら、手指が反るぐらいに開き、息を止めて、少し、
 その状態を保つ。
2、ゆっくり息を出しながら、最初の基本体位に戻って、軽く一息をしたら、
  もう一度1,2を繰り返す。
3、1を行った後、手指を開いたまま息を止めて少し静止。息を止めたまま、
  ゆっくり親指から順に小指まで折り込んでいく。 最後に、親指を握りこむ
  ように「グー」でしっかり握る。
4、さらに、息を止めたまま、小指から親指まで順に指関節を伸ばした状態で
  開いていく。最後にしっかり開ききった上に、ゆっくり息を出しながら
 「基本体位」の朱印に戻って軽く一息。
5、再度、1、3,4を行う。  ポイントは、どの姿勢の場合でも背筋を
  ピンと伸ばすこと。
▼ ヨガ教室では、正座をして、深呼吸をしながら上に向け延ばした手を、
 逆の手で反らすことを毎回している。あとは、投げ出したフクラハギをバタ
バタ地面に叩くのも居間などで手軽に出来る。常に、小まめにマッサージと
屈伸をする習慣をつければ良いということ。


6700,閑話小題 〜おい、何をしでかした!

2019年07月20日(土)

 
   * 33人殺戮のアニメ会社への攻撃 
 堂々と、追詰められたアニメ御宅が、自分の作品をパクられたと、アニメ会社
へ放火した事件としても… これほど死傷者が出れば、ただ事で済まされまい。 
本人も、まさか、これほどの大参事になるとは思いもしなかっただろうが… 
可燃性が高い建物だったのが悪かった。 公安が超法規的に処理に入ってよい
案件となる可能性が… 恐喝の極道ヤクザにとって、「何をしてくれたか」と、
震えあがっている? 「自分が書いた小説がパクられた」が怒りというが…
その真偽はまだネット上には書かれていない。時、同じくして、NHKの朝ドラが、
アニメを目指す女性の物語「あさ空」。偶然だが、御宅の世界がアニメの特徴。
 今年後半の大荒れを予想される…殺伐とした大事件。 京都といえば、餃子の
王将社長のプロの実行犯と思しき暗殺事件が未解決。関西はヤクザ者に寛容の
イメージが強い。
 ―
   * 大相撲も明日が千秋楽
 終わってみれば4人の大関が総崩れで休場。残されたモンゴル横綱と幕尻力士の
三人が優勝争いの状況。面白いのはよいが、あまりに日本人力士の不甲斐なさが
目立っている。粋の良い力士が出てくると、稽古土俵で、腕か足首の関節を狙う。
特に貴乃花に対するモンゴル人の怒りが。「貴景勝』などの元貴乃花部屋出身者に
集中され、さっそく大関の一人が… ちびっこ横綱上がりか、モンゴル系以外で、
生抜くのは人一倍の苦労を要する。 それでも、幕下、十両、幕内下位に将来性が
ある若手の一群が現われてきた。それからすると、あと二年は、現在の2人横綱の
支えが必要ということですか。
 ―
   * エッ、まさか月末まで雨天が続くの
 天気予報で、月末まで雨天が続くので、『世界の異常気象』と検索して
驚いた。国内外が、異常気象に見舞われているが、あまりの多さに、私たちは
麻痺をして、その深刻さに深く考えない風潮が強くなってしまってるようだ。
 これは、明日のテーマとして取上げる。それだけ大きな問題である。――

・・・・・・
6337,閑話小題 〜おれおれ詐欺
2018年07月20日(金)
   * オレオレ詐欺の葉書
 おれおれ詐欺の葉書が家内の元に届いた。3月ほど前に警察と名乗る男から、
『警察のモノですが何かオレオレ詐欺の電話がありませんか?』という電話。
着信番号は無しではオレオレの可能性大。この流れから、『以前電話した警察
ですが…その後、何かありませんか?』辺りの電話でも…と思っていた。
この葉書が、この電話の主と関連しているか如何か?
 この裁判所と称する葉書、面白いのがTVで報じていた内容と全く同じ上に、
消印が中央区でなく、池袋の消印まで同じ。数日以内に電話があるかどうか。
引っかかるのがいるから葉書を出すのだろう… 

   * 「死に至る暑さ」とは…
 今まで聞いたことがない言葉「死に至る暑さ」が、連日、ニュースで多様
されている。この言葉の影響か、冷暖房に口煩い家内も、今年は何も言わない。
確かに、この時期の暑さ、尋常ではない。小さな子どもや高齢者、病気の人は、
熱中症になりやすく、重症になると死に 至るおそれもある。 ... 熱中症は、
7月から8月に多く発生し、特に梅雨明けが蒸し暑く、急に暑くなる7月には、
体が暑さに慣れていないため、例年熱中症による救急搬送が多いらしい。
 で、私は寝室のTVの前で、ゴロ寝の日々だが、全く飽きないから困ったもの。
地震、噴火、大雨、台風と、次々と起こる自然災害。地球規模の温暖化が、
大きく影響しているが、時の権力者は、目先の恩恵が少ないこともあって、
本気になって手を打とうとしない。人の体温、37度が目安だが、蒸し暑い上に、
この温度は、確かにキツイ。

・・・・・・
4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3
2012年07月20日(金)
        『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
  * 他人志向型人間
「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう
指定された本にリースマン著『孤独な群集』があった。 以前にも少し取り上げた
ことがある。  ー 大まかにいうと
《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、
 実は非常に敏感で、その視線を気にしている「他人志向型人間」が多い。
これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されて
いるため内情を知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》
が、私の記憶として残っている。 そこでアマゾンで調べてみると、
【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間
であります。戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、
そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして勃興する消費主義、
台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への
忠誠とへつらいという軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで
書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で四六時中気にする
ような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかって
のアーティストとは異なり、仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り
切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】と。
 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で
生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の孤独な群集と化してしまう。
特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織
という集団の中に自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位
のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に陥ってしまう。
そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。
その変化が出来ないで、定年後も仕事仲間と付き合うのが一般だが、
「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。
一度、孤立をして、孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、
そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、それはそれで
良いのだろうが・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている
姿もいただけない。 特に男は!
・・・・・・
4875,意味としての心  ~意味の意味
2014年07月20日(日)
       ー『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ー  
  * 空虚の穴埋めと、意味の発見  〜意味の意味について、再び!
4年前の随想日記で <「人みな骨になるならば」頼藤和寛著>の
『意味の意味について』について書いた。
【 ・・ われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかも。
 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わん
ばかりである。そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の
人生には意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味
だとする謙虚な人物との、いずれが正しいか判断する根拠などない。
思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。… 】
 〜要は、「人生の意味など適当な意味付けでしかない!」ということ。
価値観の価値に、非常に似ていて、人生色いろ!の理屈付け。
それでも、そのことを考えないより遥かによい。
  『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーの中に、
「意味」について解りやすい解釈がある。『意味というミ』の小テーマで、
《 意味とは、意=気持、を充実させることである。私たちの自己は広がり
であり、空間で、器、容器をイメージさせる。そして、たえず欠如や不足、
欠乏を抱え込み、その内容が満たされて豊かになることが、これらの充足願望に
共通する目標であります。その逆の不満や不足を意味する「満たされない」
「足りない」「充実しない」は不幸で不快であり、これが重なると「虚ろ」
「空っぽ」「空虚」など、寒々した空洞体験を出現させる。その空虚の穴埋
として、実のあるものを生み出すこと、多く表現することなどで、充満する
ことで満足する。その充満が得られ、その充満の限界をこえかけギリギリの
ところに止まるならば「たまらない」という快感につながることもある。
そして記号というカラの器を充実させるのが読み取られて味わわれる意味
内容であり、この意味のミも、記号のミになのなのでしょう。 》
 現在、シリーズで書いている『事業人生を決心して45年、の語りなおし』
は、3年前の結果を踏まえた物語の書き直し! それぞれの節目の要素と、
物語の根こそぎの『意味』の変更。 『意味』に一番近い言葉は「価値」だが、
その意味は「物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。
値打ち。有用性。」 目的により、それぞれ人により違っている。
「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、
実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 
逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。 
〜「人間、生まれて、飯を食べ、糞をして、死ぬ、ただ、それだけ( )」
のカッコ内に「?」を入れるか、「!」か、大きく『意味』が違ってくる。

・・・・・・
4508, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー3
2013年07月20日(土)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一(著)
  第二章 医療に殺される
 現代医療の根源を問う問題である。現代医療の肯定派の医師との公開討論は
直前にドタキャン。それだけ、根は深い。 裸の王様と同じで、誰かが現代医療
の病巣を指摘しなければならなかった。このような問題を今まで聞いたことがない。 
としても、世界で一番の医療システムであることは、認めてよい。延命医療の
盲信が良くないのである。 数年前の「インフルエンザ・パンデミック騒ぎ」
の時、世界のタミフルの7割が日本に流れたという。振り返ってみれば、普通の
インフルエンザより、遥かに致死率が低かったのである。これは薬品メーカー
の陰謀?=販売戦略でしかなかったが、その総括は全くなされてない。
これと同じで、盲信していると、医療そのものに殺されるてしまう。父親も、
同級生も、治療で、苦しまないで死ねたのが、盲信したため、拷問のような
苦痛?の中で死んでいった?と思うと、すえ恐ろしい。
 ー第二章 医療に殺されるー 
 目次の小項目には、その恐ろしい現実が、そのまま書かれている
・「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医者が作った  
・99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調
・胸部CT検査2回で「避難」レベルの彼ばく      
・「免夜力とがん」と「笑うとがんにならない」のウソ
・病院に寄りつかない人は確実に長生き        
・検診は受けない、自分の血圧も知らない
・がんになったら太りなさい。コレステロールが低いほど早死に 
・今までの日常を保ちながら、がんとつき合っていく
・高血圧のガイドライン操作で薬の売り上げが6倍に   
・教授が執刀? それは危なかった
・同窓会に行かない理由                   
・日本人の寿命が廷びた原因は医療ではない
・「予防医療」センターは「患者を呼ぼう」センター      
・医療検査に近づかないと人生終盤が有意義に
・余命3ヶ月がはやる理由                   
・「医者は治療をすすめる」これは永遠に変わらない
・財政難で検診が変わる                
・がんやインフルエンザを「めしのタネ」にする人々
・世界のタミフルの7割が日本に流れた…       
・ワクチンやってもインフルエンザにかかります
・医療で死にかけても「信仰」は消えない      
・医療は桐喝産業。不安をあおって患者を増やす
・ネズミの実験で成功しても人間の体は別もの   
・2つの薬を抱き合わせる「新薬」商法
・老化と言われたくない症候群             
・大学病院はいい「実験」を受けられる病院
・医療体制はもうじき崩壊する             
・日本人のスリムな体形が手術向きだった
▼ 誰も目先、死にたくない。老いてからのガンを老化現象とみるか、
 病とみるかで変わってくる。現代医療の信頼も共同幻想でしかない。
スポーツセンターの血圧計で、測定したらギリギリ?の125〜140。
子供の頃、両親から聞いていたのが、年齢+90が高血圧の目安だった。
ところが、そこには130と、説明書にある。私の年齢からすれば2割も目安が
下がったことになる。とはいえ、現状の自分の数値を知っておく必要もある。
・・・・・・
5970,閑話小題 〜ヨガの話 −2
2017年07月20日(木)
   * ヨガの話
 義兄の葬式の待合で、ヨガの先生をしている姪の話の中に、「ホットヨガ」
という言葉が出てきた。 最近、よく耳にするため、ネットで検索してみた。
≪ ☆ 「ホットヨガ」とは何?
「ホットヨガ」とは、室温39度前後、湿度60%前後に保たれた室内で行う
 ヨガを意味します。この室温は体を一番柔軟にするとされる温度であり、
多湿な環境は発汗を促します。ヨガのゆっくりとした動きやポーズは、自然
に筋肉を伸ばすことや、インナーマッスルを鍛えることを目的としています。
スタジオヨガとの違いは、ホットヨガは高温多湿の環境で、早い段階から筋肉
を柔軟にするため、より効率的に無理なく筋肉を伸ばすことができる点が挙げ
られます。 汗をかくことは本当に気持ちがよいものです。
 ホットヨガは、あらかじめ室温を高めに設定することで、ゆったりとした
動きでもすぐに体温が上昇し、ヨガによる有酸素運動の効果を高めます。
ただし、大量に汗をかくので、水分補給はこまめに行いましょう。
 ―ホットヨガで行う主な動きの種類―
高温多湿の環境で行うホットヨガのポーズや動きの種類は、スタジオヨガほど
多様ではありません。激しすぎる動きでは、いくら水分補給しても体が追い
つかず、脱水状態になってしまうためです。ホットヨガでは呼吸法とストレッチ
をメインに、普段使わない筋肉を動かします。 また、ホットヨガの呼吸では、
普段の生活で自然に行っている「胸式呼吸」と、お腹の深いところから呼吸を
する「腹式呼吸」を使い分けます。交感神経を刺激する胸式呼吸は、ポーズを
取ったり、体を鍛えたりするときに行います。一方、全身の緊張をときほぐし、
副交感神経を刺激する腹式呼吸は、瞑想やクールダウンしたいときに行うとよい≫。
  ☆ そもそも「ヨガとは何か?」 
YOGAの起源は、紀元前2500年前、インダス文明が起原と言われるが、
 そこは高温多湿な地域もあり、その環境がホットのため、最適なのだろう。
ヨガの語源は、サンスクリット語yuj(ユジュ)から来ていて、「〜と〜を繋ぐ」
という意味がある。
<心と身体><心と集中の対象><自分と他人><小宇宙と大宇宙>
バラバラだったものが、ひとつながりになった状態のことを意味する。≫とある。

▼ 5年半、週に5日、1000回近く参加してきたことも、どの言葉も、どこかで、
 先生が話した説明にあるため、納得できる。ヨガのブームは、ネットの普及で
世界が混沌としてきた中で『私』を取り戻したい欲求が高まったため。
「密室の中で、集団の一員としてやる」のも、素人の私には最適。
2500年前に面白い心の修行を作ったもの。 現在の私に、ほどよく面白い!


6699,閑話小題 〜反語法

2019年07月19日(金)

        『オリガ・モリソヴナの反語法 米原万里(著) 』
 面白い本である。以前、図書館で借りた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』
の姉妹書と位置付けられる内容。『反語法』は、確か50年前の学生時代に知った
思考法で、誰かに誤解されてから注意をして使ってきたが、知らない人は、何に?
と眉をたてるだろう。右翼が、時の総理・竹下登に対して街宣車で褒め殺しに
使った手法があった。 言われる立場としては、あまりに真実を突く効果がある。
田中角栄を裏切り、それを土台に権力を奪った政治手法を揶揄したもの…? 
『逆も真なり』の真は、それは毒気を含む。一般に言うところの世間話が、ほぼ
嘘であると、ここで繰返し述べてきたが、5k圏をテリトリーとしている人達には、
由々しき言説になる事由と相成る。
 ここで、<反語法とは、つまり「言ってること」の逆の意味が「言いたいこと」。
先生が「美の極致!」と言ったら、それは最高級の罵倒「醜くてしょうがない!」
という意味。先生が「天才」と言うのは、「うすのろ」の意味をなしていくのが
特徴的。「ああ神様!」から始まるこのセリフ、反語だと理解したら恐ろしい。
が罵倒は酷くても、おもしろくて美して… >
 ――
 内容紹介
ロシア語通訳の第一人者としても、またエッセイストとしても活躍している
米原万里がはじめて書いた長編小説。第13回ドゥマゴ文学賞を受賞した。
1960年代のチェコ、プラハ。主人公で日本人留学生の小学生・弘世志摩が通う
ソビエト学校の舞踊教師オリガ・モリソヴナは、その卓越した舞踊技術だけで
なく、なによりも歯に衣着せない鋭い舌鋒で名物教師として知られていた。
大袈裟に誉めるのは罵倒の裏返しであり、けなすのは誉め言葉の代わりだった。
その「反語法」と呼ばれる独特の言葉遣いで彼女は学校内で人気者だった。
そんなオリガを志摩はいつも慕っていたが、やがて彼女の過去には深い謎が
秘められているらしいと気づく。そして彼女と親しいフランス語教師、彼女
たちを「お母さん」と呼ぶ転校生ジーナの存在もいわくありげだった。

物語では、大人になった志摩が1992年ソ連崩壊直後のモスクワで、少女時代
からずっと抱いていたそれらの疑問を解くべく、かつての同級生や関係者に会い
ながら、ついに真相にたどり着くまでがミステリータッチで描かれている。
話が進むにつれて明らかにされていくのは、ひとりの天才ダンサーの数奇な
運命だけではない。ソ連という国家の為政者たちの奇妙で残酷な人間性、
そして彼らによって形作られたこれまた奇妙で残酷なソ連現代史、そして
その歴史の影で犠牲となった民衆の悲劇などが次々に明らかにされていく。

物語の内容や手法からすれば、この作品は大宅壮一ノンフィクション賞作品
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の姉妹版であるといえる。しかし読み
終わったあと、ときにフィクションのほうがノンフィクションよりも多くの
真実を語ることができる、ということに気付くに違いない。(文月 達)
 ――
▼ 私の文章作法の特徴は、最後のオチ。元もと考えていたのではなく、即興。
 それが、自然と出てくるので自分自身が、楽しい。これも即興の『反語』?
釈迦の説法を何?ひとつで、カマスのだから… ところで、安倍・自民党を
『反語法』で揶揄を始めたら、それはそれは… 内容は今度の機会に!
過去の経験からして効果甚大すぎるため、連合いでゆめゆめ実験しないこと。
例えば …恐ろしいので、ここで終わり! あの人、それにしても素晴らしい!

・・・・・・
6336,閑話小題 〜つれづれに哲学=限界状況
2018年07月19日(木)
 人生の最終段階で振返ると、20,30,40歳代は常に「限界状況」である。
一年一年、立ち位置が面白いように変わり、その時々の判断が極限の限界状況で、
崖っぷちの縁を歩いているような日々である。現在、事業生活から解放されて、
年金生活で比較的安定をしている。しかし、老齢が進むにつれ、深刻な限界状況
にあるのだろう。とは言え、心配し過ぎでは、面白みが減ってしまう。
私にとって、厳しい現在の日常のスケジュールを熟さなければならない?会社
清算で終わったことがベストだったと、考えるしかない限界状況である。
 ネットで、『限界状況』を検索すると…

《 限界状況とは、カール・ヤスパースの実存哲学における用語のひとつで、
 ヤスパース哲学の起点となった基本概念。
【現存在としての人間が、いかなる人間の力や科学の力をもってしても克服でき
 ない、逃れることのできない状況、すなわち、これは人間を限界づけている
普遍的な状況である。死、苦、争、責、由来、偶然など、われわれの日常的現実
を粉砕してしまう状況のことである。】
 −概要ー
限界状況とは、具体的には、
・自分はいずれ死ななければならない(死)とか、
・思い悩むことから逃れられない(苦悩)とか、
・自分は闘わなければならない(闘争)とか、あるいは、意識的にも無意識的
 にも罪を犯すことから免れない(罪責、原罪)ということである。
これらの状況は普通の状況と異なり、変化することがなく、意志や努力によって
変えることのできない、人間存在にとって巨大な壁となって立ちふさがる状況で
あり、人はただそれに衝突し、挫折するほかない。それは時代や民族、あるいは
どのような個人にとっても免れることのない点で普遍的である。

限界状況の典型例が「自己の死」である。人は、それに突き当たることによって、
各人がそれまで意識していた自己自身の存在に対する確実性の挫折を自覚させ
られる。ヤスパースによれば、人は普段は気晴らしなどにふけることによって、
実はすでに前提として限界状況のうちにあるのだということを忘れてしまって
いるとしている。そして、壁に突き当たって挫折する経験は、人をして頼るべき
もののない孤独と絶望とに突き落としてしまう。しかし、このように限界状況に
直面したときにこそ「実存的まじわり」や「超越者との出会い」によって、人は
実存に目覚めるのであると主張した。

◉ 歴史とのかかわり 
ヤスパースは、紀元前500年前後の数百年にわたって展開された「枢軸時代」に
おける事実とは、「限界状況における人間存在の原則が突如として出現した事実」
にほかならないと述べている。その事実を「破開(ドゥルヒブルツフ)」と形容
している。そして、これは世界中のいたるところで現れたものではなく、
3つの源流が占める狭い空間、すなわち中国、インド、西洋(主にギリシャと
パレスティナをさしている)から生じた歴史的事実であることを強調している。 》


▼ 人生の節目には、何故かチャンスがあった。限界状況が自らが磁石になって、
 周囲を動かす力が発動する。問題は状況判断と、決断である。7年前の事業整理
を決断した瞬間、異様な力が発動してきた。その力と、勘に従い、一つひとつ、
一日一日を熟すことに、面白さが出てくる。そして、明らかに白石だったのが、
黒石に変わっていく事態を愉しんでいる自分がいる。小さな個人の『限界状況』
である。そこで内なる「超越者」の出現と、交わりが生まれてくる。 周辺の
視線と、内なる実在としての「超越者」の段差が、何とも面白く、快感になる。
良いか悪いかは別にして、そのままを文章化して、ここで公開してきたが…
実在的交わりを自分に、読者に求めていたことになる。実在だからこそ、シリアス
になっていく。だから、日々が充実し、感覚が研ぎ澄まされる。現在を重ねてきた
過去に向合わざるを得なくなる。そして『日々、是、好日(口実)』になっていく。
51歳時に、<還暦までの9年間に30年分を生きる!>と決断し、実行したが、
これは、自らを限界状況を与えたことに。節目での予定挫折を「予定・至高体験」
にしたことになる。この9年間は「限界状況」であった。私にとって、60歳代、
70歳では「時、すでに遅し」である。その人たちが、蛇蝎のごとく罵声を浴びせ
たくなるのは、当然である。知らぬが仏も、また良いことである。誰もが、そう
だからである。たった一人の限界状況では、他人様の、それは見えてきませんか?
 ワールドカップの中で多くの「限界状況」の中での奇跡と「至高体験」が
多く見かけられた。


・・・・・・
4507, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー2
2013年07月19日(金)
      『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村仁一(著)
 対談ということもあり、目次の小項目がテーマが、ずばりキーワードである。 
これを並べれば概要になる。どれもこれも、今までの思い込みと真逆な内容。
「ガンは悪性なら助からないし、良性なら助かる」それが分かってない。
それを延命させようとしただけ苦痛を与える。自然死こそ本人のため。
私も20年にわたり毎年、胃腸や肺を胃カメラやCTスキャンなど半日検診を
欠かさず受けてきた。結果からすると、2~3年に一度でよかったのでは?
必要がなかった? 早朝ウォーキングを毎日一時間以上を続けてきたことと、
ストレスを溜め込まないことが、私の健康法だった。
   一章 がんの誤解を解く 
・どうせ死ぬなら「がん」がいい 
・治療しなければ、がんはけっこうな病気
・がんが痛むのではない。治療で痛むむ 
・がんの9割に抗がん剤は無意味
・抗がん剤が「効く」とは、しこりが一時小さくなるだけ
・「腫瘍内科医になるのは、おやめなさい」の意味
・ひとりも痛まない老人ホームの「がん放置患者」   
・胃がんも肝臓がんも放置すればラクに死ねる
・手遅れの幸せ。安らかな自然死           
・がんの9割は「末期発見・治療断念」「放置」がいちばん
・家族ががんだとわかったら   ・人間ドックを受けたために、がんで玉砕
・いくらでも見つかる「潜在がん」「がんもどき」   
・がんの集団検診をやめたら、がんが減った"
・この半世紀、日本人の融がん死亡率は変わっていない 
・姉の乳がんが「乳房温存療法」「がん放置療法一のきつかけ
・150人以上の「がん放置患者」を謬て理論と事実が一致 
・本物のがんと「がんもどき」・本物のがんは、見つかった時点で転移している
・「早期がんを手術で取ったから助かった」の誤り
・手術は「人工的な大けが」。傷口が痛み、がんがはびこる 
・スキルス胃がんも切らない方が余命が延びる 
・「抗がん剤が効いた」という論文のカラクリ
・腹永も消える、安らかな自然死  
・「治僚しない」ことに耐えられない日本人 
・「やるからには徹底的に」が医者の性格
・手術で大きな後遺症を抱えて寿命が縮む        
・症状のない前立腺がんを放射線で虐殺
・放置すれば最後まで痛まない胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮がん
・消えるのは「がんもどき」。末期がんからの生還例はない 
・1%の可能性だけ見て99%を考えない"
・西行が桜の下で死ぬ夢を叶えるためにしたこと      
・治療を拒み、飲まず食わずでスーッと逝った"
・食べないから死ぬのではなく「死に時」が来たから食べない
▼ どれもこれも「ガンを老いの病と捉え、抵抗をしないで、従うしかない」
 ということ。西洋医学に限界と無理がある。目先、医療知識のない患者は、
医師の方針に従うしかなく、恒例の手術か、抗がん治療に入っていく。誰もが
自然死を選ぼうとしないのは自然の成り行き。で、管に巻かれて悶え死んでいく。
 「この論を信じるべきか?」で、真逆の真逆の論?「がんで死なない生き方」
中川恵一著を借りてきた。 

・・・・・・
4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2
2012年07月19日(木)
          『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、
心得がある。それを厳格に守るのが個人主義。我々は社会の中に生きている。
社会にはルールや心得がある。それを知った上で自己本位で生きて
いかなければならない。
   * 当然、「自己本位」に心得がある!
≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、
 三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。
第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、
  他人の個性を尊重しなければならない。
第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、
  それに付随する義務を忘れないこと。
第三に、自己の金力を示したいのであれば、
  それに伴う責任を重んじなければならないことである。
 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。
《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳という
ものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃ
しません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。ペテンに掛ける、滅茶苦茶なもので
あります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級
な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から
考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫
▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を
 見い出した。聴衆に対して「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り
当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた個性がそこにぶつかり、
初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きが
かかり、発展し、幸福感と安心がもたらされる」と、説く。このことは定年
退職者にも、同じく当てはめることが出来る。若さを失う要素の一つは周囲に
流されやすくなり、他人本位になることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の
気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いて
しまう。単一民族で、島国では、互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、
自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。

・・・・・・
5969,閑話小題 〜ヨガの話 −1
2017年07月19日(水)
   * ヨガ・インストラクターの年収
 20歳代の半ば頃に一年間寄宿していた姉の娘と、葬式で久しぶりに話をした。
結婚をして、フラメンコや、ヨガの先生をしていると聞いていた。
<この5年半で、週に3^5回、合計すると千回位は参加してきた。ところで、
 収入は一回あたり一万円位? 月収20万? 先生になって、どの位? >
に対し、本人、<先生になって10年。趣味レベルのため身分はフリーで、収入
は月20万や、一レッスン1万には程遠く、せいぜい2500円〜5千円の世界。
それも時間枠とか、内容で大きく変化する。スポーツジムの正社員が、ヨガの
資格をとってプラスのキャリアにするのが、一番、良いのでは> と、至って
クール。 【ヨガインストラクターの年収】と、ネットで検索すると、 
【ヨガインストラクターの年収】と、ネットで検索すると、
《  ヨガインストラクターの年収は、
 平均年収:320万円でした。(求人統計)
 平均給料:20万円〜26万円
ヨガインストラクターの平均年収の範囲はおよそ290〜350万円
最大年収:約380万円
※ 個人でヨガインストラクターの仕事をこなす場合は、
「講義1本あたりいくら」という形で報酬を得ることになります。
1レッスンが1時間程度で3000円〜5000円が相場。
 平均1日に2回レッスンが行われているので6000円〜1万円の収入。
さらに自分でヨガ教室を開いているヨガインストラクターの場合は、
人気があれば生徒さんも多く年収も当然ですが高くなります。 》

▼ 姪の場合、生活費というより、趣味的に自由に稼ぎたい範囲のようで、
 切実さは伝わってこないが、スポーツジムのインストラクターをみる限り、
上記のレベルは納得。常に、リフレッシュの変化が求められている。しかし、
内容は基本的に9割は同じ。私の通うジムのヨガの定員が50人で、ほぼ満席
で埋まる。さして広くないスタジオに50人が会したヨガは、その気の集合が、
そのまま伝わってくる。市内のSJが次々と開設されているため、競争が激化
しており、それぞれが特化している。現在はヨガ・ブームもあり、連日、満席。
週5日のうち3日間は、一時間前に、予約チップを取りにこないと、参加
できないのが実情。50人を相手に45分間。エネルギーを取られるだろうが、
2人の先生は、何か非常に楽しそうである。毎日が充実し、楽しいのは、
この文章の完成と、早朝の自転車散歩と、ヨガと、TVの映画とドラマの、
観賞と、上手い晩酌のため。特にヨガは、大きな柱になっている。
 ヨガの目的は、瞑想をスムースにすること。瞑想とは、閉じこめられた五感
世界からスリップをすること。 成るほど、毎日が面白いはずである。

・・・・・・
5604,閑話小題 〜これは既に戦争
2016年07月19日(火)
   * これは既に戦争
 今度はトルコでクーデター騒ぎである。未遂に終わったとしても、数百人は
死んでいるだろう。首謀者と思われる男がTVで反乱軍に降伏のメッセージを
読み上げさせられていたが、よく見ると顔が生々しくはれていた。早そうに
死刑になるだろうが・・ 欧州にいる中東難民の多くを、トルコが資金援助の
見返りに引受けることになった。それらの警備負担は、軍隊や警察のみならず
市民にも重圧としてのしかかる。パリ市内の二つのテロ、ベルギー空港テロ、
バングラデッシュ、ニースのテロ、そしてアメリカ国内にもテロが拡大した。
これは既に戦争である。 これが、国内の治安に危機感を持ったトルコ軍の
クーデター未遂事件につながった。日本国内に及んでないが、どうなることやら。
 決死の爆弾テロは、防ぎようがない。その背景には、情報端末の進化がある。
パソコンゲームに、銃撃の戦闘場面ものが多くあるが、これも、テロの首謀者
にとってシュミレーションそのもの。テロ完遂をゲーム化して、徹底して洗脳
すればよい。たとえば、「カメラ付きドローン」に爆薬を積込み、目的地に
突っこむテロは防ぎようがない。アメリカの総体的な力の低下と、エネルギー
に占める原油の価値の低下と、情報機器の普及が原因。こうなると、アメリカも
保守派の力が増す。もしかして、トランプが大統領の可能性が出てくるが・・
世界は、どんどん壊れていく。その中で、借金大国の日本は、清算を迫られ、
一強多弱の貧富の差が、さらに大きくなる。


6698,閑話小題 〜ラ・ロシュフコーの箴言 −2

2019年07月18日(木)

   * 老いについて、特に辛辣になる
 <女たちにとっての地獄は老いである>は、その極め。
でも、男もそう。いや、もっとで、それはそれは残酷である。しかし、それも、
そう思うしかないエゴがつくり上げた幻想でもある。老いの歪みは、その辺りから
生れ出てくる。過去の行蔵の記憶の書き換えを歪んだ心でするから… 親戚に鬱病
の薬物で変になった人がいる。それも連れ合いまでが、引きこまれて。老いの極め
である。 〜老いについては、彼の指摘が鋭く突き刺さる。
 ――
・われわれは生涯のさまざまな年齢にまったくの新参者としてたどり着く。だから、
 多くの場合、いくら年をとっていても、その年齢においては経験不足なのである。
  ※ 実のところ、これに困っているのは私だけでなかったようだ。55歳から
   老いた感覚が麻痺して、現在に至っている。しかし、足腰だけは… ?

・若者は血気に逸って好みを変え、老人は惰性で好みを墨守する。
  ※ その墨守さえ、怪しくなってきた?

・年寄りは、悪い手本を示すことができなくなった腹いせに、良い教訓を垂れたがる。

・誰も彼もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない。
  ※ 運転免許の返納、どうしよう。

・いったいどうしてわれわれは、自分に起こったことを細大もらさず覚えている
 だけの記憶力を持ちながら、同じ人にその話を何遍したかを思い出すだけの
 記憶力 がないのだろう?

・大きな欠点を持つことは大きな人物にしか許されない。
  ※ 老いの慰めは、この位? 

・野心や恋のような激しい情念でなければ他の情念を征服できない、と信じるのは
 間違いである。怠惰はまったく柔弱ではあるが、にもかかわらず、しばしば他の
 情念の支配者にならずにはいない。それは人の生涯のあらゆる意図、あらゆる行動
 を侵蝕し、知らぬまに情念も美徳もつき崩し、消尽するのである。
  ※ だって、何もかもが益々面倒になっていく。

・太陽も死もじっと見つめることはできない。

 ――
▼ 長寿は良いが、それに対応できる社会には程遠いのが現実。
「自分の記憶力を慨嘆しても、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない。」は、
老いとともに重くなる。それに、多くが戸惑い、阻止できないのが現状。
老いが病なら、「同病相哀れみる」機会が益々、増えてくる。で、それぞれが孤独、
孤立していく。それを母親の晩年に見ていたが、今度は私たちに到来ですか。
老いという病の進行は、哀しいが、それでも生きていかなければならない。
 ただ、馴化も、純化に同時になされる。 自然体に生きることである。

・・・・・・
6335,閑話小題 〜シェルターの話
2018年07月18日(水)
   * 創業の良さは、事業設計から入れるため
・40年程前の事業のタネ銭のベースが2〜3億円。15年かけ、時節到来と
 創業に踏み出した。手持ち(当時の土地時価を含め)が2億に、1億の借入、
合計3億で出発。 当然、失敗の場合の撤退時の仮説も考えていた。
 実家の時代から、「連合い」に別建ての給与を与えて、社会保険や、健康保険に
入れるのは中小企業の常識?であった。 創業にあたり、連合い選定は、実家と
バランスが条件。 嫌なことだが、社会経験と、学生時代の友人から学んだこと。
医者の奥さんに医師か、その娘を選ぶか、看護婦を選ぶかの問題に似ている。
家内が希望相手の条件かは別として、シェルターつになっていたことは事実。
 1990年辺りのバブル崩壊から、これまでとは全く違う妙な風が噴きだしていた。
戦国時代と、明治維新と、太平洋戦争の敗戦と同じ位の節目だった。その認識が
甘かったのが、最後の敗因の原因である。 万一の失敗のためのシェルターとか、
救助艇とかいうと、軽く思えるが、これは設計段階の事前組み込みでないと…。 
 地味な長期対策が前提で、出たどこ対処では無理。 
◉ 2001年の9・11テロから、不気味な売上の下がり傾向が続いて止まらなくて、
◉ 3年後に中越地震、そのまた3年後の刈羽沖地震で、それが加速。
◉ 更に2008のリーマンショック、止めが2011年の3・11東北大震災。
 そこで、迷いなく自主廃業の決断に…。

・「正常性バイアス」という言葉がある。 なんらかの事故や災害が起きた時、
 危険が迫っているにもかかわらず「自分は大丈夫だろう」と思う心理。
東北大震災で、これが大きな被害をもたらした。 事業も然り。
最も恐ろしいのが、これ。身辺の阿修羅を目の当りにしていたので、決断数値
を決めていた。誰ひとり、助けてはくれない!むしろ逆で。ここぞと、弱犬の
群れが襲いかかるのが娑婆。シリアスの精神が身につくのは自然の理。
・2001年の9・11テロ以来の下降傾向の売上から、会社名義の合法的裏金つくり
を始めた。解約時に、それまで積みあげた私の保険の8割の返却条件がある。
それと、家族名義の別建預金の増額。 
・最初のホテルの名義を個人にして、運営会社に貸付ていた。
(二つ目からは、法人名義に…) これを暴落した土地建物評価で会社に売却、
個人の大幅な損だしをして、数年分の個人所得の返済を求めた。その直後に、
これも認められなくなった。これは資産防衛セミナーで学んだこと。 何度も
何度も犯罪性がないか、ベテランの調査員が来訪していたが。しかし違法行為を
しないのが、私の方針。書類手続きのミスは、犯罪行為にされてしまう。
その御蔭で、無事?軟着陸したが、それが地元金融関係者に、面白、可笑しく
脚色され…。 時間をかけて、純朴に、それしか弱者の戦術はない。だから、
面白くないのである。その中で、第四銀行は100%の回収は、見事。
HP内検索で調べると、チャンと記録があった。
  
――――
2004/09/13
1259, 「裏帳簿のススメ」ー読書日記 
              ー 岡本 吏郎 (著)     
この裏帳簿の意味は、けっして危ない脱税の裏帳簿ということでなく、
「役員賞与を目いっぱい取って、生活費の差額を別通帳にプールしておく、
戦略的予備費のつくり方」、要するに「副帳簿を作っておくべし!」という内容。
私の場合、それが家内名義の別建て預金。我々中小企業の経営者は、こういう
戦略的予備費を持つという考え方は持っていないで、日々の資金繰りに追われて
いるのが大部分である。

前書の「会社にお金が残らない本当の理由」では、
・裏帳簿は絶対必要!その理由と作り方
・決算書の数字はまったく意味がない理由
・経営をするうえで知らない人が多い、たった一つの数字ー本当の数字
・これに逆らったら、お金は貯まらない「ビジネス万有引力の法則」
・間違った節約、正しい節約
・会社が稼いだお金の本当の価値
・資本主義の正体を知れば行動も変わるなどを書いているが、

「会社を経営しようというなら、一億の金を個人名義で持っていろ!」と暗示。
今度の本では、その技術論であるが、さしたて突っ込んだ内容ではないが。
経営の目的は「有利なポジショニングにつくこと」と看破、その為には、
「戦略的予備費としての合法的裏通帳を用意しておくべし」が要旨である。
デフレと恐慌に近い経済環境の中で、利益を確保することすら難しくなって
きている。

戦略的予備費を如何して確保するかは長期スパンの結果である。
「今日明日どう生存するか」が中小企業の90佑量簑蠹世任△襪里法
何を今さらという感がする。
しかし、そうだとしてもやはり読むべき価値はある。

「税務会計からみた中小企業戦略経営論」としてみると面白いが。

以前書いた前著についてをコピー。

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2004/01/17
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 −1
                     ー読書日記
 紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。
タイトルは−93・7佑硫饉劼10年以内に潰れるー攻めるだけでは
会社は10年続かないーである。

「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。
「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。
そもそも、現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。
総世帯4700万ですから全体の2.3佑任后
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。
でも、実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。
資金繰りに追われているところが大半です。
何故こうなったのでしょうか?
それはほんのチョッとした差から生じています。
そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。
… 普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。
ーとのっけから読み手を引きつけていく。

 印象に残ったところを抜粋してみると
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。
 「取りやすいところからとる!」が結論である。
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。
 その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。
 税理士や会計士は無知もいいところ。
 ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。
 設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
 その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、
 税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。
 ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。
 一般常識の世界で生きているからだ。
 ロータリークラブとか・・・
 それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20諭⊆勸30諭
 但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。
 内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。
 リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。

 ー以上が印象に残った内容だ。

・・・・・・
2003/08/31
敗戦の時 ー有事の時代に突入
          
    2003年8月27日 池袋・かんぽ会館
      12時30分〜17時 講師清水洋
                
東京で先日『会社と個人の資産防衛セミナー』に参加してきた。
以前この随想日記に、この講師の本の感想文を書いたことがあるが、
実際のところどうなっているか聞いてみる時期にきていた。

 講師の清水洋の本を二冊読んでいたが、実際参加してみて、
日本の現状の酷さに驚かされた。

彼は税理士をしていると同時に、会社の再建・再生・債務対策などの
指導に奔走している。
その生々しい一言一言がドラマで面白くさえあった。
40人ぐらいの参加者全員が食い入るように聞き入っていた。
そのためか、講師も熱が入っていた。

ー要点を印象順に書くと

・近い将来、間違いなく国債の暴落・金利上昇・ハイパーインフレになる。
 それに備えてヘッジをしておくべきである。
 動産ー金ーなどに換えておくべきだ。
 銀行は預金封鎖もあり得る。
 戦前の預金閉鎖の法律が残っており、閣議決定だけで可能である。

・年間1万9千社が倒産といっているが、実際は転廃業を含めると
 22万社が消滅している。これは関東大震災が目に見えないカタチで
 毎年おきている以上のことだ。

・今年140兆、来年が150兆、再来年が170兆円の国債発行の予定。
 −という事は、一家の借金にすると毎年500万円の借金が増えている
 ことになる。破綻をはるかに超えている状態である。

・それをカバーするのは国債しかない。
 そろそろ銀行が、その買取に難色をはじめてきた。
 次の手段として小口にして国民に売り始めた。
 歴史的にみて、そうせざるを得なくなった時は国家財政の破綻の時期。
 第二次世界大戦の敗戦直前に、戦時国債が多発された。
 それを信じ買い取った国民は財産を失った。
 金やドルに換えていた人もいたという。そういう人が大資産家にとって
 かわった。いま無知蒙昧な国民がこぞって買い始めている。

・現在は大清算時代の有事の時だ、今までの考え方では自己防衛は不可能だ。
 今までの常識を全て捨てることだ。

・不動産はまだまだ値下がりが続く。
 良質の不動産と、それ以外の不動産の価値の差がますますつく。

・借り入れは可能な限り返すし少なくすること。

・政治家の旧守派と官僚と財界の利権のトライアングルが国家を破綻に導いている。
 国民がその自民党を支持している。
 この程度の政党の嘘に騙されている国民そのものが悪いのだ。
 
・日本政府は世界最大の金融機関である。
 郵貯に、年金、多すぎる税金をかき集め、政治家と官僚が好き放題使っている。
 道路に橋に第三者機関によるホテルや体育館などなど。
 すべて採算割れ。                      ーつづく

――――
2003/09/01
 敗戦の時 ー有事の時代に突入 −2

彼が新宿のビルの上から東京を見ると「大震災の後の無残な街の姿に見えてくる」
という。このセミナーを聞いていて、その無残な国の真っ只中に置かれて、何も
手をうってこなかった自分の鈍さに、背筋が凍る思いであった。99佑凌佑箍饉
が手をうってないとしても、大震災から疎開する1%でなくてはならないのが経営
であり、時代を生き抜くということだ。
 
 この内容を一ヶ月かけて熟慮して、手順に一つずつ落としていくつもりだ。
去年からの対策を含めて戦略は進行中だが、装置産業はこの有事は大きいハンデ。
返済能力が10~15年以内なら「良い借金」の範疇というから、一応大丈夫だ。
四棟のホテルのうち2棟が新潟駅再開発にかかる。ついているのだろうが、しかし
有事である。ある日売り上げが半分ということもあり得る。今は返済能力が100年
や500年はざらというが、その仲間内に入ってしまう可能性も無いとはいえない。
逆に考えれば、大チャンスである。その為には、自宅などの全ての資産を売払い、
その全てを金ーゴールドに換えておく位の覚悟がいる。
 頭の固まった私に果たして、それができるだろうか。できれば軽く今の大震災
から軽く乗り切ることが可能のはずである。どこまで決断できるかであろうが。
全てを賭けたゲームとして割り切っていけば面白いだろうが。
 このセミナを再度聴きに来ている人が数人いた。
何かわかるような気がした。凄い時代なのに、普段の生活の中では実感がわかない。
多くの資料を貰ってきて、何度も何度も読み返しているが、考えれば考えるほど
日本の惨状に驚きざるを得ない。
     『今は有事なのだ!!』
「今頃わかったのか?」という声が聞こえてきそうだが、実をいうと実感
として、正直そうである。 有事の意味の捉え方もあるが。

――――
2003/08/14
 「財産を無くす人、財産を残せる人 」ー読書日記
   ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術

清水洋/著
出版社名 アスカ・エフ・プロダクツ
出版年月 2001年7月
本体価格 1,500円

[目次]
PROLOGUE 危機の時代―「危ない」か「機=チャンスか」;
1 新たな資産家、没落する資産家―今、目の前の決断の差が資産作りの分水嶺になる;
2 デフレ時代のチャンスをつかむ人、逃す人―「平成の徳政令」を味方にする;
3 デフレ時代の「逆転の発想」―このチャンスを活かせる人、活かせない人;
4 身近なところから資産対策を始める人、できない人;
5 この先五年間、日本経済の最悪状況に生き残れる人、残れない人;
6 危機にあえぐ中小企業―雇用を創出する会社、雇用を無くす会社

  ー私のマトメタ内容ですー
時代を見極めよ、そして早く決断を!

その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると
・「デフレ基調」に変わった。
・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。
・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。
・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。
・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。
・これから5年間は「最悪期」に入る。
・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。
その結果
 ・不動産価格は5分の〜10分の1
 ・株式は5分の1から20分の1
 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1
 ・失業率は15~20
 ・消費税は15~20
になる。

以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。
更にこの動きは拍車がかかるだろう。

企業としては、この流れに対して
・総資産の圧縮と借入金の圧縮
・知的集約の企業形態に変身
・固定資産を手持ち流動資金への変換
 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。
・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する
・公的部門の民営化時代に先手を打つ
等への変身への決断をしなくてはならない。

以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみて
さっそく取り寄せて読んだ本である。
これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。
以前書いた随想日記をコピーしておきます。

――――――
2003年01月17日(金)
649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?

 その概要を書くと以下のとおりである。
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 −まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   −貸してくれない銀行には返さないこと。
   −手元流動性資金の確保が絶対に必要
   −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 −不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 −円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 −事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。

・・・以上がその内容である・・・

「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。

この数年は負け組みの最後の整理が控えている。


6697,閑話小題 〜左右別々の靴を履く人

2019年07月17日(水)



   * 初めて見てみた
 先日のスポーツジムでのこと。10人が円形の5台のマシーンと、交互に
おかれたステップ台を、インストラクターの掛声の下に25分で一周する
「イージーライン」というエアロがある。これと、エアロ・ヨガをベースに、
ウォーキング・マシ―ンと、足腰を鍛えるプログラムを組合わせ参加している。
その「イージーライン」で、40歳位の男の会員が、左右別のスポーツ靴を履い
ていた。それを見かねたインストラクターが、注意すると、「解ってます!」と。
頭が変かどうかは判断できなかったが、知人と普通に会話をしていたので、そう
でも、なさそう。履き違えてきたか、はたまた…如何して? まあ、雑談!
 ―
   * 参院選挙、まさか立憲民主党など
 リベラル派の政党は、以前の失敗からみて危な過ぎるし、安倍・自民党は、 
あの低たらく。 野党は危険過ぎるし、さてと!…
<地元参院議員は野党にして、全国区は維新の党か、それとも改憲・賛成で仕方
なく自民党に>が、この数年の投票の判断基準になっている。 改憲は必要だが、
あの談合体質の自民党は考えもの…としても、取って付けた落下傘女と、失言男
の2者択一とは、あまりに酷い。 刈羽原発の火の消え、北陸新幹線開通で、
「幹」から「枝」に成り下がった越後には、こんなものですか。
「恒産あって、恒心あり」からすると、これはこれで!
  〜そこで、長屋の皆様に久々に登場してもらいます〜
寅さん: じゃあ誰なら良いというのかね。
熊さん: 篠田元新潟市長なら? 
八ちゃん: 新鮮味がないね。毒にも薬にもならないよ。
大家: 今じゃあ、政治家は割に合わないからね。直に袋叩きで失墜だもの。
寅: 参院だもの、誰も同じなら、この二者択一でも悪くないんじゃないか?
熊: としても寂しいね。
八ちゃん: 女だよ、それも地元出身で花のある人。野党が、そう、女だった。
 花はないが。 とすると、野党が勝利するのかな? 
大家: イメージが汚れてないしね。としても、県のため働いてくれるイメージも
 全く見当たらないね。大たい、「この程度の問題」として、とワシ等をバカに
 して振ってきたね。こうなると自虐ですか、ったく。選挙直前もあり、ここで!
八ちゃん: 中央からみれば、所詮は裏日本でしかないんだよ。心理距離は北海道!

・・・・・・
6334,映画鑑賞 『30年後の同窓会』
2018年07月17日(火)
 金曜のシネマ観賞予定を土曜に切替え、『30年後の同窓会』をみてきた。
評価は85点。 内容といえば、奥さんを一年前に、一人息子を二日前に亡くした
男が、ベトナム戦争仲間だった二人の同期生に、葬式に立ち会ってほしいと依頼
するところから話が始まる。 この随想日記の丁度良いネタ…
 私的には、10年単位で開かれてきた学園の「同期会」がある。これが盛上る。
20年目から始まり、50年目の5回で行われる。来年が最終の50年目になる。
前回は前泊をしてクラブ仲間7〜8人と銀座で祝杯を上げた。二日がかりである。
まず来年、健全に出席するのが、当面の目標…。前回、話題になったのが物故者。
来年は、無事、健康であれば充分の年齢。そして、永遠の別れになる。 
  〜この映画のブログの解説によると
≪ 「6才のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター監督が、
「さらば冬のかもめ」でも知られるダリル・ポニックサンの小説を原作に、
30年ぶりに再会した男たちの再生の旅路を描いたロードムービー。
 男ひとりで酒浸りになりながらバーを営むサルと、過去を捨てて牧師となった
ミューラーのもとに、ある日、30年音信不通だった旧友のドクが突然現れる。
ドクは1年前に妻に先立たれ、2日前に遠い地イラクで息子が戦死したことを
2人に打ち明け、死んだ息子を故郷に連れ帰る旅に同行してほしいと依頼する。
 30年前のある事件で大きく人生が変わってしまっていた3人は、ともに旅をし、
語り合うことで、人生に再び輝きを取り戻していく。主人公の3人を、いずれも
アカデミー主演男優賞にノミネートされた経験を持つ実力派が演じる。≫

▼ 三人の年齢の設定が50代前半。私より20歳は若いが、この3人が殊のほか
 老けている。私より、20歳も年配?と背筋が寒くなる思いがした。しかし、
これが現実。70歳の峠をこえて二年半経過したが、早朝のチャリ散策と、ジム
で2〜3時間の運動量を確保している割に日々の身体の衰えは尋常でない。
まだ食欲と、TV、ネットサーフィンなどへの知的好奇心は旺盛だが… 
< 子供叱るな、来た道じゃ。年寄り笑うな、行く道じゃ、来た道、行く道、
通り道。通り直しのきかぬ道… >は、他人事であったが、それが吾身とは。
50歳代の10年近く、捨身で「残存30年分を遣り尽くしたことが、一番の成果と
実感する日々。しかし、いま一つ! 20歳代、とりわけ学生時代を高度成長
経済の時代を背景とした恵まれ、充実して過ごせたことが人生の宝である。
それと、深く考えずに、『装置産業』を選択して、有り余る閑静な
「いま、ここ、わたし」(永遠)を、十二分に享受できたこと。直に泣くことに
なるとしても、<本当に、こんなんで良いんでしょうか!>と思えば、そうなる。

・・・・・・
4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方
2012年07月17日(火)         
 ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」   
           〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』加藤仁著
 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人
を超えているという。「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演
『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。
私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。
しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。「定年後の人生こそ、
自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己
本位の生き方に大きなヒントがある、という言葉が痛いほど分かる。
定年後は自己本位への第一歩から始まる。
 ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー
≪*「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして
 好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の
 人間のように立ち竦んでしまったのです。・・そのころ、明治33年、33歳の
 時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。
 そして1年が過ぎ、苦悩が極まった時に、あることに気づきます。
 自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」
 や不安の根本原因だったのではないかということです。(私の個人主義)
*「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらを
 でたらめにただよっていたから、駄目であったということにようやく気がついた
 のです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
 後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似
 をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば
 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に
 吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりといいたいくらいごろごろして
  いました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識と
 いってもよし、とうていわが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしい
 ものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、
 またみんながそれを賞めるのです。」(同前)
ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。
「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで「他人本位」が
 自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」
 から脱出する鍵を握っていると考える。つまり、外から無批判に「鵜呑み」
 で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、
 丁寧に吟味し咀嚼して「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、
 それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。
*「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなり
 ました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安は
 まったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」 
ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を
 告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。
「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、
 次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。
『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! 
 こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて
 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄
 のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を払っても、
 ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。
(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、
 どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで
 行ければ、ここに俺の尻を落ちつける場所があったのだという事実をご発見に
 なって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから
 申し上げるのです』(同前)≫
▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院
 での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。
キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったので
あって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。

・・・・・・
3765, ユング ー8
2011年07月17日(日)
 フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑
だったようだ。ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。 以下の
フロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。
【 1909年3月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 
 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」という有名な事件が起ぎた。
「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。1909年までに、
心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、
通例は精神的な悩みのある思春期の人と関連があることがあきらかになった。
そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、
いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされる
という説が生まれた。ユングはこの説を信じ、ボルターガイスト活動を
「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていた
とき、突然本棚から大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。
「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。
「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明する
ために、しばらくすると、もう一度音がすることを今予言します」。
ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後
ユングに出した一通の手紙から判断して、フロイトは半分以上納得したらしい。
しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。そこで彼は、なんらかの
自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が
熱くなるのを感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。
フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の木材から起こっただけの
ことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、
今日では不可能である。】
▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身について
 いた時期があった。(偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。
この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が薄れて
しまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議
というのが哲学。実際に、そのとおりである。

・・・・・・
4505, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー5
2013年07月17日(水)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 死んでいくにも準備が必要である。それが具体的に分かりやすく書いてある。
筆者の主催の「死を考える集い」から生まれたのだろうが、分かりやすい。
私も年内には、幾つか選び、実施するつもりである。あまり気持ちが良くないが、
死に装束、骨壷、棺桶、位牌は通販で取り寄せることができるし、戒名は自ら
つくってあるので、書き込めばよい。遺言も、このコーナーで書いたこと、
そのものになるが。ブログをネット上の墓場と想定して書いているので、
別に必要がない。 問題は物の整理だが、「物」より「こと」を重視して
きた事もあり、物は殆どない。会社も消滅、自宅は家内名義。 
一番、重要なのが、「事前指示書」である。
  * 「自分の死を考える」ための具体的な行動十五カ条
1.遺影を撮る               2.遺言を認(したた)める
3.別れの手紙、録音、録画を準備する     
4.「余命6カ月」を想定して、したいことの優先順位を書き出す
5.死装束を誂える             6.骨壷を用意する
7.棺桶を手に入れる(入ってみる)     8.事前指示書を完成する
9.献体、臓器提供の手続きをする      10.墓地、霊園を手に入れる
11.戒名をもらう             12.散骨の手続きをする
13.人生の節目に“生前葬パーティー”を行う 
14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る 15.物の整理をする
 ひとつひとつの項目に対して自分なりの答えを出して、具体的に行動すことで
死がより身近なものになります。死がより身近になるということは、生がより
身近になるということでもあります。
▼ 特別養護老人ホームの医師になって四百人近い老人の死に立ち会った
 体験から、著者は「自然死」の本当の姿を知らない現代医療の本質的問題点
をついている。 同時に「私たちも患者のひとりになり得る」医療に対し、
“まともな”あるべき姿はどうあるべきか、死をどうとらえるべきか?
を問うている。そして50〜60歳代になったら、近代医療と関わるな、
まだ末期ガンを幸運と捉え死んだほうが良策という。 
以下の去年の同月同日の内容が関連している。

・・・・・・
5967,人生楽しいかい? −6
2017年07月17日(月)
      <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
【指令14】衝突をコントロールする
【指令15】分かち合う
【指令16】任せる
【指令17】生きろ

  * 【指令14】衝突をコントロールする
 〜神様は、弱い人間には、それなりの試練しか与えない。しかし、
力のある人間には必ず、それに見合った大きな試練が訪れる。
 一流は相手の力を受け流す。そして、超一流は、触れた瞬間、相手の
敵意を癒す。
 どんな人の中にも活用されない膨大なパワーや自発性、スピード、精度
が備わっている。力みと恐怖(否定的感情)を取り除けば、強力な性質が
目覚め、成長し、あらゆる対立で優位に立てる。
― 
  * 【指令15】分かち合う
 〜人生をかけて取り組み仕事というのは、長編小説の何百倍の分厚い
本をよむようなもの。

  * 【指令16】任せる
 〜指示を出すときは、「自分で判断する余地を残す…」。
自分で判断し、行動することにより、人の能力は最大限に発揮される。
これは、前の「分かち合う」とセット。細かい指示を出さず、大まかな
目標だけを共有する。あとは、自分の裁量でがんばる。但し、情報は共有
する。互いに批判や責め立てず。

  * 【指令17】生きろ
人が生きている、ということは、人間らしく、清々しく生きていることだ。
「生きること」を全力で楽しむこと。


▼ システマの教えは、人生の基本だが、両親の生き様の後姿から、
「何事も楽しくなるまで徹底しろ」を学んできた。楽しいと思えれば、あとは
儲けものと思える。たった一度の人生、「人間らしく、清々しく生きなければ、
生れてきた甲斐がない」と思って生きるかいないとでは、雲泥の差ができる。
 それにしても、その逆の生き方の人が多く見かけるが… 

・・・・・・
5602,恋愛心理学 〜ぁ 嵌人=性格が良い論・悪い論」
2016年07月17日(日)       
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 「美人=性格が良い論・悪い論」
・「美人=性格が悪い」論には、妬みと「天は二物を与えず」的世界観がある。
多くの人は「神様は平等であり、すべての人に等しく才能を与えているのだ」
という、幻想を信じたいと心の底から思っているため、「美人は性格悪い」と
考えたい側面がある。明治時代の「修身」の教科書には「美人は往年、気驕り
心緩みて、却って、人間高尚の徳を失ふにいたるものなきにあらず・・」とある。
明治時代に芸者上がりで「容姿は美しいが、家柄が良くない」という女性が、
社会的地位があり、経済的に裕福な男性と結婚して社会的な地位を上げたという、
いわゆる「玉の輿」現象が発生していた。これに脅威をおぼえたのが、社会的に
高い地位の女性で、顔姿が、良くない女性たちは、あまり良い気持ちを持たな
かったため、美人に対してネガティブな噂を流したという論がある。
・同じ女性をメークアップした状態と、逆にメイクダウンした状態で、実験
参加者に見せた結果、メイクアップした状態の方を「やさしく」「好感が持て」
「陽気」「落着いていて」「チャーミングで」「ファッショナブルで」
「きちんとしていて」「ロマンチックで」あると認知されることが分かった。
土曜日のバラエティーに、普通の主婦をファッショナブルに変身させる番組が
あるが、上記の内容そのものである。
私が、これまで若い女性と接してきた感想は、圧倒的に「美人=性格良い」論。
そして著者の研究結果も、それを示している。美しい人は、善の循環で、プラス
が蓄積されていて、それそのままが顔と全身など美容に現れ出ていることが多い。
5年以上通っているスポーツジムの女インストラクターに、顕著に現れている。
第二の皮膚といわれるファッションのセンスに、それが加わる。 〜つづく


6696,閑話小題 〜ラ・ロシュフコーの箴言

2019年07月16日(火)



   * 辛辣な人間観察の箴言集の言葉とは
 辛辣な人間観察で知られるフランスのモラリスト文学者ラ・ロシュフコー。
 〜ネットによると…
【 フランスの名門貴族の生まれであり、数々の戦いに参加した後にいわゆる
『箴言集』を執筆。辛辣な人間観察で描かれた彼の作品は、フランスの政治家
「リシュリューと対立し2年間の謹慎処分を受けた事や、フロンドの乱(17世紀
フランスで起こった貴族の反乱)でフランスの政治家「ジュール・マザランと
対立したことなどで味わった苦難が反映されているとも言われている。】
 
 〜いずれの箴言も突き刺さる箴言である。まずは、

◉ <人はみな記憶力の乏しさを嘆く。
  しかし、誰も判断力の乏しさを嘆かない。>
 評: 身近な人の意見に大きく左右されて、自分の足りない脳の蔵の乏しさに
気づかないで… 晩節になって、判断の積み重ねの結果の行蔵に唖然とする。

才があって愚かな人はいるが、
分別があって愚かな人は決していない。

◉ <わずかな言葉で多くを理解させるのが、大人の特質であるなら、
  小人はこれとは逆に、実に多くの言葉をしゃべりたてながら、
相手に何一つ伝えないという天与の才能を持っている。>
  評:何やら、私だけではないから見過ごしてしまう道理。

◉ この世でもっとも幸福な人は、わずかなもので満足できる人である。
 なぜなら、 欲しいものが多ければ多いほど、満足するには、
限りない財宝の山が必要になるからである。
 評: 実家が代々、骨董商だったこともあり、戦後の転業後の父親の
   趣味が骨董収集。 学生時代に、欧州一周の旅の際に大英博物館、
   ルーブル、ミラノ、フィレンツェの美術館で、世界の名宝を浴びるほど
  見ていたお陰で、何でまた?手元の置きたがる父親に不信感を持っていた。、

好調な時は充分に楽しみ、 不調な時は気長にかまえる。
よくよくの場合でない限り、決して荒治療はしないことである。
 ―
人は理性でしか望まないものは、
決して熱烈には望まない。
 ―
◉ 我々は、どちらかといえば、 幸福になるためよりも、
幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているようである。
 評: 8年前の会社整理の時に、まず、自分は不幸でないと、自ら思うこと
  から気持ちの再構築を始めていた。今さら如何でもよかったのに。
 ―
◉ 賢者は征服するよりも、深入りしないことを得策とする。
 評: 情愛、特に女性に関して、抜き差しならない深入りは?
 ―
自分の内に安らぎを見出せない者が、
それを外に求めても無駄である。
 ―
世間なんかなくっても やっていけると考える人は、
よほど自分を だましている人間である。
しかし、自分がいなければ、 世間はやっていけないと思う人間は、
それ以上に間違っている。
 ―
我々は、
我々の大切な人の死に対して涙しているのだというが、
実際は我々自身のために涙を流している。
 ―
自分自身を信頼すれば、
他の事に対しても信頼が生まれてくる。
 ―
◉ 賢者はどんな不幸な出来事からも、何かしらの利益を得る。
その一方で、愚か者はどんな幸福な出来事にも、心を傷つけられてしまう。
 評: 確かに幸福の状態は賢者で、不孝の状態は愚か者に見えるが、実は逆。
  そんな浅いものでないのが人生の味わい。要するに考えてきたかどうか!
 バカの考え、休むに似たりというが、考えは心の底に蓄積されている。
 ―
敵が欲しければ、味方より偉くなるだけでいい。
味方が欲しければ、 味方を引き立ててやればよい。
 ―
幸運に圧しつぶされないためには、
不運に堪える以上に大きな徳を必要とする。
 ―
友人に不信を抱くことは、
友人に欺かれるよりもっと恥ずべきことである。

 ―
▼ 数百年の時空を超えて、辛辣な人間観察の箴言が迫ってくる。
 人間は、そうそう進歩しないということ。但し、知っているか、
知らないかで人生の節目時の判断は大きく変わっていたはず。
次回は、老いに対するラ・ロシュフコーの箴言。これがまた辛辣!

 追:そうか、去年の今時分にフランスが、優勝をしていたのか!
・・・・・・
6333,閑話小題 〜サッカー、フランスが優勝
2018年07月16日(月)
   * つれづれにサッカー
 ワールドカップも終わりをつげたが、クロアチアがここまで勝ち残るとは…
クロアチア選手の疲労度を考えるとフランスが有利だった。
  で、今朝のネット記事によると
《 ◇W杯ロシア大会 ▽決勝でフランスが4−2でクロアチアを下し、自国開催
 だった98年大会以来20年ぶり2度目 となる優勝を飾った。優勝2回はブラジル
(5回)、ドイツとイタリア(4回) に次ぎ、ウルグアイとアルゼンチンに
並ぶ4位。欧州勢の優勝は4大会連続。》

▼ 毎年、今頃に行われる自転車レースのツールド・フランス最終日の凱旋
 レースも良いが、ワールドカップの優勝は別物。これで甲子園への高校野球に
関心が移っていく。
 … … …
熊:終わってみればオフランスですか。
寅:序盤で、ドイツ。中盤でブラジルが敗退したからね。
大家:最後はクロアチアを応援したけど、点数そのものが、その残存エネルギー
 そのままを現していたようだね。それにしても欧州のサッカー好きは、凄いね。
熊:ボール一つあればね… 誰でも出来るからね。これにオリンピックと隔年ある
 ため熱くなるからね… 
八:日本も、よく戦ったよ。 何かさオラウータン、チンパンジー、ゴリラの間を、
 短い手足の日本猿がで駆け巡って姿が、滑稽に見えてね。ゴリラの体当たりで、
 吹っ飛ばされても、健気に立向かうのが愛らしくてさ。
寅:これで東京オリンピックでも、一応、メダル候補に? 
大家:ワールドカップで活躍すると、収入が格段と上るというから、頑張るさ。

八:過去のワールドサッカーをHP内検索を入れると、幾つかあった。
――――
2002/07/01
面白かった!!

ワールドサッカーが終わった。やはり世界のトップが集まる試合は面白い。
サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。
その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。優勝候補のフランスと
アルゼンチンが早々に敗れるというのも、勝負のアヤであった。ワールド
カップというのがこういうものだという事が、理解できたように思った。
実際のところサッカーの面白みがいま一つピンとこなかったのが、
これを契機に好きになれそうだ。

決勝戦が終わったときの,勝者と敗者の差の大きさもそのまま
画面に出ていた。やはり一国でやるべきというのも確かであった。
最終戦で会場の勝者に対する会場のシラケぶりには世界に対して、
この国のセンスの低さを曝け出してしまった。

韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても
盛り上がりが少なかった事は否めない。
ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。
南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。
彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、喜びは最大級だろう。
TVの前でこれだけ熱狂するとは思ってもいなかった。


6695,閑話小題 〜二日月(山岸凉子スペシャルセレクション次法 檻

2019年07月15日(月)



          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
   * 極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女
 世の中には、「極楽も地獄も知らぬ不甲斐ない人間」が存在している。
定年退職になって、リスクを賭けることなく平々凡々の自らの人生に、茫然と。
その時に、初めて己が人生の価値(意味)について考えるが、時は既に遅し。
そして老人性の鬱状態に。そこで始めるのが、これまでとってきた態度価値に
従い、異種の生き方の否定。横並びでは、何の価値が無い自分を肯定するため、
それは真剣そのもの。
 南米パタゴニアの果てで、初老の女性が、道すがら話しかけてきた。
その詳細は、最後にコピーしておきますが、それが何とも… 

   〜芥川龍之介『六の宮の姫君』あらすじ〜

 六の宮の姫君は父母の寵愛を受けて何不自由なく育ちました。
姫君は昔気質の父母の教え通りに慎ましく振る舞い、とくに嬉しいことも
悲しいこともない代わりに格別不満もない平穏な日々を過ごしていました。

 しかし突然両親が相次いで亡くなり、乳母と姫君だけが残されてしまいます。
乳母は姫君のために骨身を惜まず働き続けましたが、家は次第に落ちぶれて
生活が苦しくなっていきます。しかし姫君はどうすることもできず、昔と少しも
変わらずに寂しい家の中で琴を引いたり歌を詠んだりして日々を過ごしました。

 このままで先行き成り立たないと案じた乳母は、姫君に男と会うように勧めます。
姫君は、それは生活のために身を売るのも同然だと嘆きますが、結局は男と会い
一緒に暮らすことになります。
 男は上品で優しく、姫君を愛してくれました。姫君もそれには悪い気はしません
でしたが、男と一緒にいても一度も嬉しいと思ったことはありませんでした。
ただとりあえず、平穏な日々を過ごすことはできました。

 しかしやがて男は陸奥の守に任ぜられ、五年後には帰ってくると言い残して
姫君の元を去ります。ところが、五年経っても男は帰ってきません。
 男が地方に赴任中に娶った妻と京へ帰ってきたのは、結局九年目の秋でした。
男は姫君を訪ねようとしますが、六の宮はすでに朽ち果てており、残っているのは
荒れ果てた庭跡と築土だけでした。

 男は姫君の行方を探し回り、ある日偶然、朱雀門の近くの荒ら屋で破れたむしろ
をまとった乳母に介抱されている不気味なほど痩せ枯れた姫君を見つけます。
 男は姫君の名前を呼ぶと、姫君は男の顔を見て突如何か叫んだかと思うと
そこに倒れ込んでしまいます。
 乳母は急いで近くにいた乞食法師にお経を読んでくれるように頼みます。
姫君は男に抱えられながら、夢うつつのまま静かに息を引き取りました。

 後日、姫君を看取った乞食法師が朱雀門にいると、侍が近づいてきて、近頃この
あたりで女の泣き声がするそうではないかと問いただします。法師は侍に耳を澄まし
てみるように言うと、やがてたしかに細々と女が嘆いているような声がします。
 あわてて刀に手をかけた侍に法師は言います。

 「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐(ふがひ)ない女の魂でござる。
御仏を念じておやりなされ。」

 ―
▼ 昨日‘極楽も地獄を味わった男’から遺言と思ぼしきCDが送付されてきた!
 何とも味わい深い内容。そこには原爆投下で死んだ弟を背負った少年の写真が…
長男が、当人の連合いである母と、弟を殺して、会社ごと炎上させた事件も吐露
している内容。哀しみは、薄れることなく、むしろ深く色濃く残っているようだ。
<6680,閑話小題 〜悲しみって、時間と共に深くなるのよ!> 
この人の極楽と地獄、極楽はともかく、地獄には敗ける! 〜これも後にコピー
私の遺言は、18年と2ヶ月にわたり、書き続けてきた、このブログ。それを遥かに
超えた?濃厚なもの。長岡という岩盤の世界で、斯くなりなん。私は、深い関わり
を避けてきたが、真逆の生き方が、彼。何じゃ御前は!と、迫ってくるような。
 自らをコミック風に表現できるとは、これはこれは! 私には出来ない。

・・・・・・
6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3
2018年06月01日(金)
          『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』
                   (伊集院静 2017年)から。
   * 予感、あるいは沈溺
≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、
 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では
とるに足りなぬものだ。
そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。
河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、
―川はただ流れている。それだけのことだ。
 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。
旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める
安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。
ともかく旅を続けるしかない。             127-128p
◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に
 レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p
◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから
 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。
収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から
やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが
殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした
ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない
ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して
いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。
〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。
−そうかもしれない…。    207p     ≫
 ―
▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着
 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を
知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、
高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと
気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。
それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。

『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。
現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、
これまで生きてきたの。ところが先を切られたの… …旅行前に色いろの問題を
箪笥の中に押しこんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。
でもここに来て良かった。これで心おきなく死ねるわ。』 

パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。
話は続く。
『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、
夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。
‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』

――――

6680,閑話小題 〜悲しみって、時間と共に深くなるのよ!
2019年06月30日(日)
  * 悲しみは時間と共に薄れるって嘘よ
 再び「ガイロク(街録)という番組の話。 下町で一人歩く御婆さんの話題。
《 若くして夫を失い、その後、手塩にかけた一人息子を交通事故を亡くしたと
いう、『毎月、祥月命日に、墓地にお参りに行くのが、務め。これは私が元気
でないのなら…。 高尾山のお墓に行くため山を登るときに、自分の名前を呼びながら
励まして登るの。>と、述べていた。 
 ところが、それを聞いていたゲスト榊原郁恵の母親の言葉が何とも! 
『郁恵ちゃん、悲しみって時間と共に薄くなるって、嘘よ。逆よ!』
いや、驚いた。悲しみ、苦しみは、私の経験則からして大よそ、二年半で
治まってきた。一般的にも、慰めで『二年も経てば、乗越えられますよ!』と…
時間薬の効果である。しかし、それは、その程度の悲しみに過ぎないと…直感した。 
 直に思いついたのが、二人の息子を頃に亡くした両親の悲しみ。
特に母親の心の傷。乗越えたとしても、年々、悲しみは深まっていた? 
そうこう考えると‘絶叫したくなる’ほど 両親に対する思いが一変することに。
長男、次男の不幸な死を招いた罪の意識と、反省。 私が、20歳になった頃に、
二人の分も、「自由に、明るく羽ばたいてみろ!』と、応援していてくれたことは
薄々知っていた。昭和40年代は、右上がり経済の真只中。坂の上の雲は青く輝いて
いた。私の過ごして学生寮の名が『青雲寮』。あの時代の抑揚感は当時の歌謡曲に、
そのまま現われていた。しかし、太平洋戦争の深い犠牲の上で、それがあった。
『悲しみは、時間と共に深まっていく』の言葉に、『エッ!』と、この年齢で
驚くのは、私自身が晩期の両親の年代に入ったため。そして私の悲しみが浅いか!

  この街頭録音略して「街録」。ネットによると、
<街ゆく人々の“リアル”な声から、人生を学ぶ! 人生のピンチやハプニング
とどう向き合い、乗り越えてきたのか? その経験から得たものとは…。
山あり谷ありの内容> とある。 これに似ているのが、『地球タクシー』
『家についていっていいですか』『空港ピアノ』などがある。何気ない通りすがり
の人生を、僅かな因縁の機会に垣間見る味わい。
 この『ガイロク』でも、『家についていっていいですか』でも、
『あなたの人生を自ら何点付けますか?』と、急に、声をかけられたとしたら… 
さて如何こたえられるか? それも、全国津々浦々に晒された中で? 
顔ぼかしなら、何とか!理路整然と… 『日々是口実』をしてきたこともあり…  
何をしに、何をして、生きてきた?
 親鸞ですか? 
<歎異抄 ... 弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と
 信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき … > 。

・・・・・・
5958,洗って使える 泥名言 〜3 ーライオンは弱い奴を狩りに行く
2017年07月08日(土)    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * ライオンは弱い奴を狩に行く
  〜 他の章の面白い泥名言が… 〜
<すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> 
 と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、
<三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」>
 だと。それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。

<ライオンは弱い奴を狩りに行く。>
 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、
 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。
 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、
 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。

<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが
 いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの
 なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。>
 キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、
「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 
「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え
〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい!
〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。
 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、
 傷口に悪い。

▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。
 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。
狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、
『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』
『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』…
… など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』
が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。


6694,閑話小題 〜最近の若者の恋愛事情

2019年07月14日(日)


   * 7割が彼女なし
 老いとともに、恋愛事情に興味が少なくなるのかと思いきや、類人猿の一種と
して割切ってみる、それは、逆に面白いもの。NHKの『恋話カファ 男と女』が、
なかなか面白い。「今どきの18歳〜34歳の男の7割、女の6割が付き合っている
相手がいない」と…。 その理由に、煩わしいからと。恋愛より面白いことが
多くあり、エネルギーをとられたくないとか。 要するに恋愛に対するコスト・
パフォーマンスにあわないと…。 便利な世の中になって趣味の多様化もある。  
小噺に、
 男:『月は雲間に隠れたし、貧乏人のオイラには何もすることもなし』
 女:『おや御前さん、今夜もかい!』というのがある。以前は楽しみは、
まずは恋愛の乳繰り合い。そこには男女の隠された部分を性欲の妄想で惹き
つけあう要素が大だが、それがネットで、逆に減退に? 求愛の趣味の違いも。
男が女に求めるのが、まず美貌。そして相性。女はまず収入。そして優しさ。

  〜NHK・HPの<恋話カフェ 男と女 [BSプレミアム] >によると…
≪ 恋したい!でも、できない。相手がいない。どうしたらいいの? 
「恋話カフェ」のマスター原田泰造が経験豊富なタレントや恋愛に詳しい
専門家たちとさぐるトークバラエティ。
 今、恋する人が減っている!
男性7割、女性6割に交際相手がいない(18歳〜34歳独身)。
なぜ?恋愛をコストで考える人が増えている?
恋愛にはタイミングと才能が必要?
恋愛の大先輩、経験豊富なあの有名人たちのセキララ話からヒントをさぐる。
 そして、男と女はなぜすれ違うのか?価値観の違いはどこからくるの?
精神科医や社会学者、離婚問題弁護士による、現代の恋愛事情分析トーク。
脳科学や動物行動学にもヒントが。

▼ 先ず7割方は、ペア成立と思いきや…逆とは驚き。誰もが少しでも良質の
 相手を求めるが、そうは問屋が卸さないのが現実。三次産業の女性主体の
職場に長年の間、身を置いていたこともあり、それはシビア。美貌と能力が
掛けあって、相手の質の優劣が決まる。もし、自分より見劣りがする女性が、
自分の相手より勝った相手なら、あらゆる手段で阻止をする。男も女も2割が
8割の総取りのパレートの法則が、恋愛事情にも影響しているため、7割には
回ってこないのが現実。良質の2割以下の相手なら? 一人、趣味の世界の方が
遥かに良いことも確か。 人間とは相手を見抜いても、自らは見抜けない。
 何ゆえに、美人の優劣がつくか? といえば、優秀な男が争い確保するため。
優秀な男の血が、女を磨き上げる。逆も、時にあるが!

・・・・・・
6331,閑話小題 〜はや、横綱は全滅ですか…
2018年07月14日(土)
   * 大相撲が始まって6日!
 はや大相撲の前半が終わろうとしているが、3人の横綱全員が休場の有様。
その原因が「モンゴル横綱3人共謀の暴行事件が発端。貴乃岩が出席した宴会場
に押しかけた暴行事件にある。彼らの強さの源泉が、「左かち上げ、右手の張手
の横綱特権と、八百長の間接強要だったことが、誰の眼にも明らかに露見。」
以来、そのアドバンテージが使いづらくなったため。…で、1年もしない内に、
この有様。これにあやかっていた日本人大関も、勝てなくなった。これを辛口の
評論家も公然と言いづらい?
その点、貴乃花親方が、我が身を投げ捨って知らしめただけでも、立派。
遠藤が入場の時は、大歓声になるが、白鵬にはシーンと白けムード。当然だが… 
白鵬と、朝青龍、日馬富士、鶴竜のつくり上げた、横綱アドバンテージ・システム
の現実を、公言出来ない評論家も含めた不甲斐なさをファンは御見通し。これは
現在の政界と同じ。悪しきポチリズムが、世界を覆ってしまった。相撲は興行で、
本気に張合うのが間違い? 少々の談合も必要? と割る切るしかないのか。
 そういえば、大鵬、けっこう張手を多用していたようだが… 
「稀勢の里、如何か?」 誤魔化し、強引に押上げ、何とか一回だけ優勝させた
ひ弱な横綱、今さら何をか?
モンゴル横綱3人衆に狙われ潰された、若手?逸ノ城がいる。徹底的に張られた
ようだ。稀勢の里も然り。亡くなった親方が、それを察知し、合同稽古御法度に
していたが、それが逆にひ弱にしたきらいがあった。 モンゴル人に占拠された
大相撲、如何なる? 興業として割切るのが一番! 国技など誰も言わなく
なったし、それで、いいんじゃないですか。柔道、空手も、世界に向けて門戸
を開いたことだし… 国技など如何でもよいと割切る時代になったということ。
一年後には、3人の横綱は引退。オリンピックを目指した白鵬が一番、当てが
外れた。狂ったように肘打ち、張りまくれば、何とか持つが? 

・・・・・・
4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37
2014年07月14日(月)
   * 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?
『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、
 45年間の事業で実感した真髄が、そのまま書いてあった。
《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。
 誰しも、自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、
 損をしないようにしましょうと、私はアドバイスをします。》
のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。
ファッションなどの不良在庫の発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化
したもの。 チョッとした違いに消費者は敏感だが、売り手が気づかず仕入れ
をしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れをベター商品で補おう
として不良在庫になって、損失につながる。これ事業も、人生も全く同じ。
10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを
忘れ、目先のベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、
それが駅から一番離れたのホテルと、駐車場。これが、それまでの利益のみ
ならず、本体の経営を揺るがす。ちなみにベストは、関越自動車道からの
東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。
それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。3年前の結果は、
ベストでなく、ベターの選択の結果である。現在も同じことが言えるのでは? 
決して、ベストではない? 流れで、自宅に、そのまま住んでいる。
ところで、私の場合どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の
資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベスト
でなく、ベターだったのか?「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、
問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 
ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! 
アベノミックスは、決してベストではなく、ベターでしかない。
ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を
清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 
当然のことだが! グローバル的には秒読みに入っている。
私、個人は、まさに一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけ。

・・・・・・
5964,人生楽しいかい? −3
2017年07月14日(金)
        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令4】距離を測る
     【指令5】呼吸する
      【指令6】姿勢を整える
       【指令7】視点を動かす
★ 【指令4】 距離を測る
  〜『いつでもここから逃げられる』という余裕があって初めて、
    人と人は「対等」になれるのや〜
 ▽ 私のスタンスは、他者との距離を置くこと。個人主義である。
特に20歳で『創業を目指す』と決めてから、その傾向が強くなっていた。
まず、ベースづくりのため、固定が最大の難敵となる。今も、そのスタンスが
そのまま残っており、誤解を受けているようだが… 新潟駅前で30年間の事業
をしてきたが、4つのホテルのテリトリー内には、暴力団事務所が2つ、3つある。
いつ、何ときに、組員が営業にくる可能性があった。事務所には、裏口を用意し、
逃げ道を作ったいた。一度も対峙することは無かったが、このスタンスは基本。
『閑静』の『閑』の、一本の木を取り囲む塀である。とにもかくも、孤独と、
孤立を心の中に保ってないと… これは両親の後姿から学んだこと。
 たった1センチの距離の違いが人生の別れ道になる。
★ 【指令5】 呼吸する
  〜鼻から吸って、口からフ〜ッと吐く。これが究極奥義、呼吸や〜
 自分が緊張をすれば、相手もまた、緊張する。自分がリラックスれば、
相手もまた、リラックスする。
 平常心である『何となく大丈夫」という感覚こそ重要である。
 ▽ 過緊張ゾーンこそパニックの原点。大抵の人は平常心でいられず、常に
パニック状態であることが多い。平常心ゾーンに回復するには、こまめな「呼吸」
で、回復することこそ、奥義がある。
★ 【指令6】 姿勢を整える
  〜姿勢をまっすぐにし、リラックスして立つ。そうすると呼吸も楽に
 なりし、今より楽になる。〜
 「優秀な戦士とは、健康な戦士である。」その外形は背筋を伸ばした、姿勢。
 ▽ 規律訓練などで、厳しく正されるのが背骨をスプーンにした上に、全身を
弛緩すること。そうすると、呼吸も自然と整うことになる。そして、対峙する者
の眼か、首元をみること。新人訓練をする方は、相手は野獣と理解しおかないと…

▼ 卒業直後に、「正社員としての正規教育」を受けてないと、後あと、
 苦労することが多くなる。転職をする度に、準社員としての立地ふるまいが、
染み込んでいくため。そして、不適応と不自由を混合し、外部に自由を求める。
【指令4・5・6】は、「ヨガ」の教えに重なる。
<周囲の人との距離を図り、姿勢を正し弛緩と緊張を繰返し、静かに呼吸をする>
 で、目的は「瞑想」を深めること。

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5234,「エリック・ホッファー自伝」 〜Α
2015年07月14日(火)
             「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * ある若い女性との出会いと、別れ
  ホッファーに深い矛盾が見て取れる出来事である。人生で誰もが、
 経験する分かれ道がある。もし、二人の女性の申し出を受け入れていたら、
放浪者として世に受け入れられた哲学者としての彼は居なかった。別れで一番、
傷つくのが本人同士。こういう傷口から深い思索と、新しい出会いが出来てくる。 
時空を超えて悲しみが伝わってくるようだ。 〜その辺りから
≪・ある初夏の朝、レストランから出ようとしていると、赤い列車がシャタック
アベニュー駅に到着するのが見えてきた。こんな早く旅行しているのはどんな
人だろう。列車からは若い女が二人降りたが、手には小さなスーツケースを
持っている。明らかに初めての来訪で、列車を降りた所であたりを見回している。
様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて
「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。彼女たちは驚いたようだった。
二人の女は昼と夜のようにまったく対照的である。一人は背が高くてとても
美しく、もう一人はずんぐりしていて、きれいとは言えない。
「手荷物係さん?」とずんぐりした方がたずねた。「いいえ、給仕係さんですよ」
と私は答えた。みな笑った。私は動揺を隠そうとしゃべり続けた。彼女たちは学生
だろうか。大学はちょうど休みの時期で、次の学期が始まるのは数ヵ月先だった。
サマースクールに出席しようとしているのだろうか。それなら、いろいろと
落ち着くまで時間が要るだろう。「とにかく、そのときまず必要だったのは
朝食である。私はスーツケースを持ち、レストランに案内した。私はテーブル
をとり、カウンターに行き、オレンジジュースと果物とハムエッグを注文した。
食事中も彼女たちは笑いっぱなしで、私を好奇な目で見ている。きれいでない方
の目は私に対する疑いが見てとれた。私は「心配しないでください。別に私は
頭がおかしいわけでもないし、知らない人に声をかけて朝食をご馳走する
趣味はありません。姿を見かけた時に、話したいと思っただけです。
 ・・(略) 彼女たちにはある計画があったのである。ある晩、フレッドが
人生の目的について私を諭した。人間は目的をもっていなければならないし、
自分の非凡な能力を無駄にするのは罪だ、と。彼女はヘレンから最近の物理学
の動向について聞かされていたのだ。そして、私の理論化する才能を生かせば、
奇跡的なことが成し遂げられるはずだし、物理学部の誰よりもすごいことが
できる。並外れた数学の力があれば、アインシュタインのようにもなれるかも
しれない、と彼女は信じ込んでいた。ばかげた話だった。二人の女性が、
私を驚異の人物に仕立てようと決意している。まったく常軌を逸していた。
私は心からヘレンを愛していたが、彼女たちの期待に応えるために、四十歳
まで残されたわずかな人生を費やすのは、あまりにも惨めだろう。おそらく
物理学部の人たちは、すぐに私が偽者だと気づき始めるだろう。どうして自分
に並外れた才能があるなどと信じられよう。もしこのまま彼女たちと暮らせば、
一時の平和も見出せないだろうと思った。私は一刻も早く行動を起こして、
放浪生活に戻らなければならなくなった。こうして収穫期が近づいたある日、
私は何も告げずに、バークレーを離れた。・・・ ≫
▼ 何か、ホッファーの傷の疼きが、そのまま井伏鱒二の詩が代弁している。
 <この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ  
           花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけ が人生だ>
 先短い人生、一時的安住を選ぶか、放浪哲学者の道を選ぶか。
20才代、創業のための自己配転をした節目の孤独感を思い出す。
目指す所が、あまりに遠く、現状に安住できない二重構造の自分が、
存在していた。 極限を乗越えていくのが青春であり、青年である。

・・・・・・
5599,恋愛心理学 〜
2016年07月14日(木)          
             『美人の正体』〜越智啓太著 
  * 美男美女には敵わない
 図書館で、何気なく手にとって借りてきた本だが、これが面白い。
これで、「恋愛心理学」の分野があることを初めて知った。考えてみれば、
幼児から恋心が芽生え、老いれば老らくの恋がある。その心理学があっても
不思議ではない。総じて人間は、外見的魅力が高ければ高いほど得をする。
顔が悪かったら何か他でカバーしようとする。ここで、学問等が優秀でも
美男美女には敵わない現実が記載されている。生物学的要因と社会学的要因
の双方から、美人・ハンサムであるほど、頭が良く、運動や音楽でも優れ、
仕事ができ、玉の輿に乗る可能性が高いようだ。
 耳、鼻、口、目などの平均的形相を、そのまま均整をとって組合わせた顔が、
何故か信じられないほどの美形になる。その上に、顔や身体の「左右対称性」
が、健康や知性、社会的な適応と密接に関連している。
 良い顔つきの人には、それなりの人がペアになるため、長年のかけ合わせの
積重ねが、容姿の元になる。しかも、美人・ハンサムは幼少時から周囲の大人
に能力が高いと期待され、結果、努力を重ねるため、能力も比例する傾向にある。
  〜印象に残った箇所の幾つかを抜粋すると
・男性は「相手の子供が自分の子供である確率を上げるため」、
 女性は「やりにげされないため」、それぞれの思惑で相手を選ぶ。
・男性の場合、相手が若く経験が浅いほど自分の子である確率が高いから、
 若くて幼児っぽい容姿に惹かれ、女性は行為の前に鳥でいう「巣作り」を、
 つまり経済性を要求する。
・同じ男性でも高級車に乗っていると魅力的に映る。 女性のWHR(ウエスト
 とヒップの比率)が、体重に関係なく0.7が丁度よいバランスになる。
・多くの写真を合成して平均化していくほど、イケメン・美人度が高くなる。
 ――――
 息を呑むような美人に何人か出会ったが、連れは、?の人が多い。短期的に
丁度良い相手は、長期的相性が良いとは言えない。二人のパッと目は良いが、
さて中味となると? で、世界は不幸に満ちることになる。 美男美女とはいえ、
顔と身体のバランスがとれているだけだが、それで人生を大きく左右されるとは、
何だろう。自分の中の妄想を、そのバランスの良さが、駆り立てているだけだが。
もう一つ、TVや映画の主人公は、当然、美形である。そのハロー効果 ※が、
美形、良い人、有能な人と植付けられた結果が、実態との乖離をうむ。付いてる
機能は、皆、同じなのに。肉体というヌイグルミと、心、魂は別物なのに。 まあ、
一生、気づかず、人生を終えるのだから、それはそれで! でも美人は良い。
 
 ※ ハロー効果とは、心理学者エドワード・ソーンダイク によって名づけられた
造語で、心理的効果の一つ。ある対象を評価をする時に顕著な 特徴に引き
ずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。


6693,閑話小題 〜二日月(山岸凉子スペシャルセレクション次法 檻

2019年07月13日(土)



          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
   * つまらない真実 VS 面白い嘘
< 物語とは何のためにあるのか? 面白いから… だけど、ただの娯楽と
 言い切るにはあまりにも私たちをつかんで離さない。虚構の物語は、言って
しまえば、ただの嘘なのに。物語という「嘘」の装置は―― 時に事実を述べる
よりもずっと深く誠実に、「真実」を語ることができるから。
山岸先生の『二日月』の中の『朱雀門』はこの芥川龍之介の『六の宮の姫君』
を題材にした現代の話です。> 
 このテーマ日記も、旅行記から、創業の話、読書録など身近なテーマを
「物語風」にまとめて書いている。身近な人や、一年後、数年後の私に理解
しやすいことを前提に。そこには誇張と、主観が入りこんでしまうし、それが
売りの個性と自分勝手に決めつけている。そう割切らないと、18年も続かない。
 
  〜まずはネット検索での山岸凉子『朱雀門』あらすじ
《 話は女子中学生の千夏(ちか)が家で芥川の『六の宮の姫君』を読んでいた
 ときに、叔母の春秋子(すずこ)のお見合い用の着物を呉服屋が届けに来た
ところから始まります。

 春秋子はイラストレーターで、32歳の独身。千夏は、自分の好きなことをして
自立して生きているカッコイイ春秋子に憧れています。
 そんな春秋子が着物を着てお見合いに臨むことに、千夏は少しガッカリ。
背景には、春秋子の母(千夏の祖母)が病気で入院して、いつまでも一人でいる
春秋子を心配していたことがありました。

 そして春秋子は母が亡くなったのを機にさらにお見合いに本腰を入れ始めます。
千夏は、化粧も服もバッチリ決めて気合いを入れてお見合いに臨む春秋子を見て、
全然らしくないと失望します。
 ただお見合いは何度やってもうまく行きませんでした。ほとんどは春秋子が断る
のですが、たまに気に入った人がいても今度は相手に断られるというパターンです。

 そんなある日、芥川龍之介の『六の宮の姫君』を読んでいた千夏は、たまたま
訪れた春秋子とその小説について話をします。
 千夏が「姫君があまりに可哀想」と言うと、春秋子は六の宮の姫君はたしかに
芥川が書いたようにふがいないのだと言います。
 そしてこの話で芥川が言いたかったことは、「『生』を生きないものは、
『死』ぬに死ねない」ということだと指摘します。 》
 
 ―
▼「じゃあ、『生』を生きたのか?」「『生』を生きるとは如何いうことか?」
の問いが成り立ってくる。<準備を含めた45年の創業人生。本当に生きていたか?
生きたと思い込んでいただけではないのか?>と。マトモに生きてこなかった輩、
その鬱憤を身近な粗を探すことでしか自分を表現できないため、それは辛辣。
極限の、いや極限を超えた人生ということか? とすると? 如何だろう?
 そこで、芥川の『六の宮の姫君』とは、如何なる内容か?  〜続き。

・・・・・・
6330,閑話小題 〜緩慢たる自殺
2018年07月13日(金)
    * 理想的自殺の方法
 先週の同期会のテーブルで、手術から5年経過した肝臓癌の男が、毎日五合の
酒を飲んでいるという自虐的告白から、これは緩慢なる自殺ではないか?の話に。
そして死期の確定時の自殺の良し悪しから、自殺方法へと、話は移っていった。
自殺方法など、普通は話題にしないためか誰もが聞き耳を聳てていた。
 こういう話なら、駅前ホテルをしていたこともあり、事例ネタは充分にある。
問題は、深刻なネタを笑ネタにすること。 30年で、平均3年に一度位だろうか。
 当事者として、自殺事情と方法の報告義務があるようで、マネジャーからだが、
詳細を聞いてきた内容といえば〜
<・印象に残ったのは、開業5年目の最初の自殺。家庭内トラブルで家出をした
 30歳位の女性。ユニットの湯槽で、大量のウィスキーと睡眠薬を飲んで、酩酊し。
そのまま水死した自殺。知らせを聞いて駆け付けた迷惑そうな義父と旦那の態度に、
警察の担当が、驚き、飽きれ、怒っていた!という。女性は、湯槽の下にシーツを
置いてお湯を入れて、自分の遺体を持ち出しやすくしていた気づかいがあったと…。
この部屋の取扱いを自ら判断しなくてはと考え、一週間、誰も泊めず、その間に、
近くの神主からお祓いをしてもらい、私が泊まることにした… 別に変な現象は
無かった。 しかし、20年程したある日のこと、その部屋に泊まったところ、
夜半にユニットから『ウェーン』という人の泣声のような音が聞こえてきた。 
恐る恐るドアを開けると、電気を付けっぱなしだった換気音が、泣声に…。 
としても、普段とは違う泣き声な…。 翌日、事務所に行って暫くすると、
マネジャーが、青い顔をして、『社長の泊まった部屋の真ん前の部屋で、自殺が
ありました』との報告。その泣き声?が、あまりに生々しかったことも含め、
震えあがっていた。間違いなく、人知に及ばない世界が、この世にはある。>
<・次は、哀しい話。服を掛けるフックで首吊りを自殺をした男性。警察が、
 身元を調べると、アパートに同居していた連れの女性が最近、亡くなっていた。
しかし、二人の身元とも虚偽で、身元不明者。何があったか知らないが、得体の
知らない闇が有りそうだが、手がかりは全くないと。それも、出会ったばかり?>
一つ間違うと誰の足元に転がっている、在り来りの事情故に生々しい哀しさを誘う。 
多くの人に囲まれて死んでも、死ぬときは独りである。やはり生きているうち!

――――
2001/12/21
[157] 自殺
ホテルオープン後5年で初めて自殺が出た。
やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。
まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。
「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」
‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。
まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。
その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。
そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。
その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。
ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。
その4年後再び他の部屋で自殺、その後、2〜3年に1人の自殺者が出ている。
 朝7時前に自宅に電話があると、ああまた!ヤクザの脅しか、自殺かと!
最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。「ヤクザは自動的にに3秒で
‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事がマニュアル化して
あり、これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」
 間抜けな流しが時に来るが、すぐ赤い顔をして出て行く。
最近では、「最期の部屋に泊まって戴いて有難う」と思うようにしている。
自殺方法と、その事情を詳しく知るにつけ、人生の深遠さに身も竦むことに…。
見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、お湯を一杯溜め睡眠薬と
ウイスキーを飲んで溺死。もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。

――――
2001/12/19
[138] 夢についてー8

 (今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみます)
海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい
谷の間を飛行している夢ー最高の気分
お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ
白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ
長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢
どこかの町でトイレを探している夢
大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢
5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢
母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、
もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢
ー母の生前の10年前の頃
あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢
お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
その池が幻想的である夢

――――
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー

 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から
帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩をしているコースで
初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。

 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が
出たのは勿論はじめてである。
 
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。
死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。

 涙雨というのは昔からある。
晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。
人知のはかれない何かがあることは間違いない!

以前書いたものをコピー。
――――
H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な
 体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身
(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒に
なったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたがその時隣に寝ていた母が
スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。
まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが
幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

――――
H0511妙な夢―(機  
 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。
ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、しかし夢では
なかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
H0511妙な夢―(供  秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、
何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、
これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才
位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきり
と憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ
“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時、はじめてゾーッと。
 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも
乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。


6692,閑話小題 〜つれづれに哲学 ―本当に頭が良い人とは?

2019年07月12日(金)



   * 本当に頭の良い人ってのは!
 世の中には、頭が良い人が実に多い。それ以前に…
「それにつけても、自分の頭の悪さよ、カッパエビセン」である。
頭の良い人とは、「難しい言葉を簡単な言葉に変えて、相手も、自分に対して
理解しやすく出来る人。 自分の語彙の豊富さをひけらしたり、難しい言葉を
使って頭が良いと思いもしない人。
 1、難しい言葉や言い回しを避けて
 2、相手の視点を意識でき
 3、例え話を多用でき
 4、習慣力を応用でき、
 5、努力、準備を楽しみまで持ち上げる力を持ち
 6、何事にも興味を持ち得て、「日々是好日」が身に付いている
その第一歩が、心の底から、ソクラテスではないが、「自分ってのは何で、
ここまで頭が悪い!」っていう自覚。 それじゃあ、あの本当に頭の良い人
ってのは、何ゆえに、自然に身に付いているのか? やはり、環境からくる
ものじゃ、ないのか? 本当にバカに関しては、直ぐに自覚できるが… 
 ー―
   * 中二病があるそうな…
 『中二病』って言葉を初めて知った。 ネット検索によると…
<中学二年頃の時節の「自分は選ばれし特別な存在」という自己愛が暴走し、
周囲の感覚を超越した自分になろうとする病。これを源として、現実的に不可能
な世界に憧れたり、逸脱的な趣味・嗜好を顕示したりする>と。誰もが心の底に、
持っているが、周囲の言動から、自己修正をせざるを得なくなり、自然消滅?
するもの。今でも堂々と、「私は選ばれし者」と、公言する者がいるが…
これは、存在論になる。私が此処に存在するのは偶然か、必然か? 
フランスでは、その中二に「哲学」の科目を与えられているとか?
 第二反抗期ともいわれ、扱い一つで、人生が根底から破綻する可能志を含む、
誰もが通る道。 今では誰もがスマートフォンを手に出来る時代。それ故に、
不安程度が高まる危険性がある。そうこう考えると、親の責任は、より大きく
なっている。 そこで、その具体的症例を調べると、これ面白い!
 それは、後でテーマにする。人生、振返ると危険な爆弾の山の繋がり。

 偶然だが、脈絡として丁度良く、去年の文章に続く。
・・・・・・
6329,閑話小題 〜何でまた、17年もかけて…
2018年07月12日(木)
  * ネット社会は、小さな物語の公開から

『複数の小さな物語の作成と読返しで、内省する日々ですか…』とブツブツ、
ここで呟く日々。 毎日、TV、タブレット、パソコンなどのデジタル世界と、
現実世界?では、スポーツジムと、早朝一時間のチャリ遊覧の日々。
その合間にベッドか、居間で横たわる。『17年、ほぼ休むことなく、6300テーマ
を書き続けるのは何で?』と、書いている私自身でも度々、疑問に思うこと。
このバカバカしさが面白いから、ただ、それだけのこと。
 日々キャッチした情報をブログに記録し、クラウドしてしまえば、何時でも、
何れの場所でも、そこにアクセスできる上に、他者に公開することで、その利益
を共有することが可能になる。 そこは「サテライト・オフィス」そのものにも。
とすると、スマ―フォンと、ブログの普及は大きな物語の終焉を意味する。
ブログは、個々の複数の小さな物語の創作と公開そのもので、それがネット上で
地球上に公開される。このことを、リオタールは、著書『ポスト・モダンの条件』
(1979年)で、かってのマルクス主義のような近代を特徴づける大きな物語の
終焉を説き、複数の小さな物語の時代としてのポスト・モダンの到来を予告した。 

《 近代すなわちモダンの時期における思想文化は、進歩や革命、あるいは
 人間主体の解放といった「大きな物語」で自分を正当化できると思っていた。
しかし、そうしたイデオロギーは、歴史的にみて、ソ連の崩壊で終焉し、複数
の小さな物語が主流を占めるとし、ポストモダンの到来を予告した。
 哲学や科学が目指してきたもの=自己実現、人間の解放、人類の進歩など
人間や社会を根本から変えるような「大きな物語」の終焉をむかえた。
20世紀前半の第一次、第二次世界大戦と、後半のソ連の勃興と崩壊とともに、
決定的に大きな物語そのものは凋落してしまった。現代とは、互いにバラバラで
異質のままのローカル言語ゲーム同士が、整然たる秩序に組込まれることなく、
混在しあう時代。これらの小さな物語を調停する新しい価値基準はもはやない。
むしろ必要なのは、安易に既成の価値観によりかからない、様々な異質のもの
同士のせめぎあいに堪えられる強さを持つこと。》(『世界の哲学・思想』より)

▼ それぞれがスマートフォンを持ち歩き、写真や、ビデオを撮影し、互いに
 遣り取り出来る時代には、大きな物語より、身の回りの小さな面白い写真や、
映像に対し、人々は反応する。何事も一万時間の集中した時間の投入がベースと
いうが、私は、その二倍近いエネルギーを投入してきた。で、日々の経験を
そのまま飽きもせずに… 成るほど、これが私のベースであり、限界でもある。
ー―――

2018/05/04
閑話小題 〜17年書き続けると
   * 5月4日は、このブログ開始記念日
 このブログは、私の人生を根底から変えてくれた。
まる17年間、6260回も続けてきた。学生時代に、基礎教養不足に気づき、
読書習慣と本屋通いを習慣に取入れた。その割に、読みっぱなしのためか、
読んだ割に知識が身に付いてなかったことに焦りがあった。55歳時に、
何とかパソコンを我が生活の中心に取り入れたいと近所に出来たての
PC教室の通うことにした。当時は、ブログは出始めた頃。
「個人HPの作成の過程でネット社会に近づくこと」を目的にした。
以来、現在に至っているが、2007年12月から、「はてな」のブログを
始めて10年あまり、今では、来訪者は、ほぼ「はてな」に移動した。
 しかし個人HPの「内部検索」が、私にとって非常に効果的になっている。
以下にコピーした過去のテーマは、これによる。例えば、「イスラエル」と
検索すると、数秒もしない内に、時系列で現れ出てくる。脳のクラウド化の
感覚が何とも奇妙。写真も、然り。 下記の中に書いてあるように、学生時代
のカード日記作成の下地」がある。下記も「カード日記」で検索したもの。
 ある意味、潜在意識化された記憶をキーワードで引張り上げが可能に…。
ささやかだが、私には、非常に効果的システムである。TVで「タンザニア」
の放映があれば、タブレットで検索すれば、たちまち当時の記憶が鮮明に
現われ出てくる。若者、子供が、こんなことより遥かに情報機器を使い
こんでいるのだから… 情報化社会の一端を連日、目の当たりにして、
その面白さ、楽しさを充分に満喫できる日々が信じられない感がする。
 何事も一万時間か、10年続けることですか。

――――
2016/12/08
なぜ本を読むといいか? 〜7
        <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著
  * 確実によい本に出合う方法はあるのか?
 本の選択能力を磨くには、どうしたらいいか。
“どのよんなジャンルでもいいから、数にあたることが大切”と著者はいう。
あたり前のことだが、その中で、著名人の読書指導書を、何処かで読んでおく
べきである。ツボを心得ているかどうかで選択肢が変わってくる。
それ以前に、あらゆるジャンルの絶対量の読書が必要になる。
 〜その辺りを、第5章に具体的に述べてある。
≪・“こうしたよい本に出合う機会は、当然のことながら、読書の量を
 重ねれば重ねるほど多くなる。「これだ!」という本を数えたことがない
から確かなことはいえないが、私の場合、おそらく300冊ぐらいだろうか。
300冊という数字だけを見れば多いかもしれないが、それでも3千冊読んで
の300冊だ。9割の本は、私の感性には引っかからなかったということ。
でも、それで損をしたとは思わない。無駄な本に出合わずに効率的に本を選ぶ
ことなど、どだい無理だと思っているからだ。
・また、他人の脳のかけらをつなげて新しい視点を獲得したいと思うならば、
自分には相場観のないジャンルや著者の本を手に取ることも大切だ。相場観を
持たない世界では、だれだって効率もクソもない。全く外れになる可能性も、
おおいに歓迎しよう。そのリスクを取ることで、リターンが得られるのだから。
・大事なので、結論を繰り返す。
本当に自分に必要な本と出合いたいと思う人には、「乱読」の習慣化をすすめる。
予想もしなかった考え方に出合ったり、本を介して未知の人物との遭遇が将来
起こる可能性もある。その化学反応は、読む前にはわからないことが多い。
本に即効性を期待する人もいるが、私は違うと思う。
本1冊の値段は文庫本で500円前後、新書で700円〜900円、単行本で
1300円〜2000円程度である。買ったうちの9割がダメでも我慢できる。
外れる確率は高くても、偶然の出合いがあるほうが、よほど面白い物語に
なると思う。それは人生における人間との出会いと変わらない。 人生における
偶然の素晴らしい出会いを、効率的に設定することなどできはしない。
本との出合いも、同じなのである。数をこなそう。≫
――
▼ 現実の体験や読書評を連日書いてきたが、一つのテーマに対して、
 その選定から、起承転結をマトメルに膨大のエネルギーを入れている。
文字の認識度が低いためである。子供の頃から漫画が好きで、絵からの
認識度があるが、読書脳は希弱のベース。 まして、文章化など・・ 
 それに気づいたのが学生時代。それを取り戻す為、毎日2時間以上の読書量
の確保と、日記と、メモを小まめにとることにした。 で、辿りついたのが、
ブログ、この雑記帳的随想日記である。 大学を卒業直後、何か足りないと
気づき、一年間、独学に近い状態で、産能大学で遊学。フィールド(現場)の
情報を効率よく残すには、如何すべきか? そこで得たのが、記録方法。
この随想日記の原型の方法、カード日記である。それも、大型カードに、
記録を残し、日付を入れて、毎日、得た知識のカード化。新聞切抜きは、
それを二枚重ねホチキスでファイル状にして、カードに挟んで茶封筒に入れる。
 ところが、これに問題が生じてきた。そうすると、最少単位のテーマを
二度と見ることがなくなる。その弊害が、その習慣の自然消滅の原因になって
しまう。 現在のブログに、毎日、同月同日の文章をコピペをしているのは、
かって書いた内容を、一年に一度、目を通す為である。また、ブログ内検索で、
思い出すキーワードで過去文を瞬時に引出している。実際、この随想日記は
私には非常に有効なシステムになっている。「私は無能で、遊び好きで、怠け者」
と自覚しているため、習慣化という第二の天性を多く重ねるしかないことを、
人生で学んできた。 他者の冷たい蔑視に、殆ど気にしないでいられるのは、
<少し離れてみれば、所詮、石の形、大小が違えども、砂利、砂でしかない> 
 を自覚しているため。 良質の量の増加は、質の自然変化を促す。それも、
 砂利の中の比較世界の話、アフォと、パーの違い。
トランプとクリントン女史の討論を見れば、自明? 韓国の女子たちも然り。
すると、安倍・麻生コンビも如何だろう?と 自然考えてしまう。・∀・)ニヤ
                              娑婆!                
 ・・・・・・・・
3481, ライフログのすすめ
2010年10月06日(水)
  <ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!     
                 ゴードン ベル , ジム ゲメル (著)>
 ― 内容(アマゾンの紹介文より)ー
人の記憶力には限界がある。だが、あなたの見聞きしたもの、触れたもの、
そして普段は気にかけない自分の位置情報や生体情報まで、人生の「すべて」
をデジタルに記憶させれば、いつでも簡単に検索して取り出すことができる。
仕事に役立つのみならず、病気の兆候を発見することや、いずれはヴァーチャル
な分身に人生を語らせることも可能だ。いいことずくめの「ライフログ」の
時代はやってきたのだ!みずから「人生の完全記録」を試みるコンピューター
科学の重鎮が、その基本概念と可能性、実践法までを情熱豊かに語り尽くす。
▼ 序文をビル・ゲイツが書いている。著者の二人はマイクロソフトの主席
研究員と、研究員。特にIT業界で名が知られている70歳を超えたゴードン・
ベルが、人生のすべてを記録し、「完全記憶(トータル・リコール)」として
利用することの可能性や実現方法を語っている。PCの性能やストレージの容量
が劇的に向上しているこの時代、今までの人生の膨大の「思い出」をほぼ保存
していくことは、そんなに遠くない未来に可能になるという。  
10年近く前にHPを立ち上げ、それまで読みっぱなし、書きっぱなしだった
読書感や、毎日の思いを公開することで自己啓発をしようと発念し、現在まで、
ほぼ休むことなく続けてきた。ネタ探しを含めると、一日2~3時間は要している。
 で、この程度。 更に、これまでの旅行記や写真や、過去の思い出の写真も
ネットに載せ公開することにした。それが「ライフログ」だったのである。
五十歳代の10年間30年分の人生を圧縮して押し込んで生きようと考え実行
した結果である。もう一つの秘境・異郷旅行と二本立ての一本である。
まず習慣化し、それが苦痛を乗り越えれば私にとって黄金の習慣になる、
と思いつめて続けてきた。ところが先日、この本を手にとって「これだった!」
と思い知った。
10年間が一つの目安と本文中にあったので、この習慣も、ある時点に到達
してきたのである。 著者の内容をみるとスケールも深さも違っている。
当たり前のことだが。しかし膨大のエネルギーを投入したのも事実である。 
「ライフログ化」というコンセプトのブログや商品も出てくるはず。特に
タブレット式パソコンのソフトは狙い目になる。私も10年のキャリアがある
から、経験を生かせる筈だが。面倒か! 夕飯でも、ペットでも、自分の毎朝
8時の顔写真でも、毎日デジカメで撮り、ブログで載せ続ければ、それも
ライフログの一つになる。高校の同級生が卒業してから46年以上、手帳に
毎日、仕事、私生活を木目細かく書き続けてきたという。 

・・・・・・
2005年11月03日(木)
1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1
                      −読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から
日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。
読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。
数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に入ってから大きな
手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。
神秘思想に非常に近いところにいる。 しかし同時に心の奥底に、
神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という
意識を明確に持ったまま、心の奥深い世界を描写している。
 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。

ー「書くことの秘儀」ー
”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、
リアリティを生み出すことだ、”
”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、
悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる条件ではなかっただろうか。
死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。
それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 歌と壁画。
食って寝て性交をして子供を育てる以上の膨大な事柄が、
われわれの生を満たすようになったのだ、意識と言葉の進化によって。
一口に言語といっても、他人とのコミュニケーションのための話し言葉と、
ひとり物思い思考しその過程と結論を刻みつける書き言葉とは、
ほとんど異質なものである。 新人を、その抽象的・象徴的能力を
特徴づけるの


6691,閑話小題 〜日々・是・驚き

2019年07月11日(木)



   * 異音・異臭する方が当たり前!
 「超常現象の原因を探る」の類のTV番組で、「ラップ音とか、サッシが揺れる
現象で、何とも面白い場面が…。 ある時間帯になるとガタガタと揺れる原因が、
近くの下水管の排水音。その音波が、サッシの隙間に反応し発するのが原因。 
 専門家が曰く、
「私たちは異音の真っ只中で生活していることが分ってない。聴こえないことが
当り前と、勝手に思い込んでいるだけ!」。そう言われれば、至極当然である。
 これは社会でも言えること。私たちは本来異質な存在であるが、日常の平凡な
生活の繰返しの中で、それを忘れてしまう。小さな世界の中で、異質が現実的で
ないと思い込んでしまう。内幕情報屋のオバサンの世界がそれ。「子狐」には、
そのテリトリーの生活情報が全世界で、それが現実にあいなる。 異音を、彼ら
なりに解釈をして、直に異常者か、超常人間?になる世間様の御話に…。 
 ところが、スマートフォン、タブレットなどのパソコンで、国境、人種間の
垣根を超えて、一瞬で、世界を駆け巡るようになったため、始末が悪い。
情報社会、グローバ社会は、地頭で考える能力が要求される。何もかもが異音の
真只中で、その見極めが要求される。そこで必要なのが、安易な世間様の見極め。
長年かけた地頭の育成が必要に。それがバカの考え休むに似たりとしても…
「あれはあれ、これはこれ!」と思い込んでいる常識とやから、疑ってみる必要
がある。
 そうこう深夜半に、考えていると、カラスの互いに鳴きあう声が聞えてきた。
夕方になると群れを成して、カラスは西に向かって帰っていくのに、何んでまた、
声が聞えてくるのか? そして深夜半に鳴き声をかけあう? と。すると突然、
大きな虫が寝室内を我が物顔で飛びまわるが、「ああ、これが当り前のこと」
と、この下書きを想いだしながら考える。私たちは本来、異界に住んでいる。
それが、何時の間にか、日常に埋没して、忘れてしまう。
 さて、これをネット上に掲載した後に、ミニ・チャリ回遊に出発、午後からは、
SJのヨガがあり…、我が平々凡々の日常が始まる。庭では若いカラスの威嚇の
鳴き声がうるさい。

・・・・・・
6328,読書日記 〜「天使はなぜ堕落するのか」
2018年07月11日(水)
       <「天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡」八木雄二(著) >

  * 天使と悪魔、そして人間と神  〜『読書脳』立花隆著より〜
《 古代教父の教えでは、
 ・人間も天使の一種である。悪魔も堕落した天使である。
 ・人間は悪魔の誘惑に負けて正義の道を踏み外した天使であり、
 ・キリストも神の子たる天使である。
 ・人間は罪を犯す。罪を犯すとは悪魔に魂を売り渡すことである。
  悪魔から魂を買い戻すためにキリストは十字架にかかった。
  これがキリスト教の根幹である。
理性は天使と人間しか持たない。しかしそれが完全な理性でなく、不十分な理性
であるが故に、自分の力は神の力と同等かそれ以上と思い込む放漫の罪を犯す。
そして神以上であろうとする。そこから堕落がはじまる。また、不十分な理性は、
より大きな有益さは確実に正義に勝ると教える。そこから堕落がはじまる。》

▼ 大辞林で【天使】を検索すると
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などで、神の使者として神と人との
 仲介をつとめるもの。ペルシャに由来する観念とされる。エンジェル。
やさしい心で、人をいたわる人。女性についていうことが多い。白衣の天使」
天子の使者。勅使。
 文字とおり「天の使い」、神の死者である。

この個所を読んで、直に思いついたのが
 中原中也の詩「山羊の歌」

ー汚れつちまつた悲しみに ー

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる


汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮裘

汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる


汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく

汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む


汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる
――
青年期の日記が残っていて、ここでも書いた。それらを読返す度に、上記の詩が
脳裏にかすむ。老人期に若かりし日を思う時の心情が、この詩である。決断や、
トラブル時の対処に「後味を悪くしない」を前提にしてきた。経験を重ねると
いうことは、汚れていくことでもある。その汚れを、洗い落とすに、読書、旅、
散歩、音楽、そして芸術作品のシャワーが必要になる。

・・・・・・
4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34
2014年07月11日(金)
   * 開業前の戸惑い
 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、
小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備
期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途
採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら
は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の
全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、
それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ
ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して
決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、
それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。
 この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた
環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。
その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。
ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。
『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、
貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に
雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。
『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか
引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が
働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。
それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い
をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、
思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い
ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本
の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデアの
ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。
何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、
丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を
褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。
その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、
誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が
潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 
私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。
その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。
彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事
だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 
商売は常時戦場!決して生易しくない。
・・・・・・
2015年07月11日(土)
思いが人生をつくる ー 最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
        『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
   * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、
‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」
 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。
 それは、ユダヤ教、キリスト教も同じこと。 〜その理由とは〜
≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 
 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を
 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない
 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな
 プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を
 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが
 できる」という発言をするのです。
・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、
 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので
 しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、
 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな
 プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて
 いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また
 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り
 のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ
 いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」
 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない
 ような概念のことを考えるのです! ≫
▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。
 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず
フリをすればよい。人は概ね一ランク〜二ランクは自分を買い被っている。
問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、
鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして
人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。
・・・・・・
5961,人生楽しいかい? −1
2017年07月11日(火)
         <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   * 人生楽しいかい?
 『人生は楽しいかい?』の問いかけが題名の本。
現在の私に、そう問われれば、『た・の・し・い』である。 
両親から、「事業でも、趣味でも、遊びになるまで徹すれば楽しめる」と
常日頃から教わってきた。それが可能かどうかを見極めて、一度、始めたら、
徹することと… 。リタイア後に、この指令そのままのように、スケジュール
を立て、毎日を過ごしている。そうでもしてないとバランスを崩し、炎上する
自らの弱さを知るため。これらの指令は現実そのもの。老いの知恵でもある。
SJのヨガを5年4ヶ月、合計千回近く、参加してきたが、この指令の多くが
ヨガに重なる。 毎日が楽しくなければ、大元からグラツクほど、過去の否定
材料が山積みにある上に、老化現象である。外的炎上はあっても、内的炎上は
直接、老人性ウツに直結する。
  〜アマゾンの内容紹介より〜
≪世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ関係者が注目するロシア武術
「システマ」。本書はストーリー形式で、その独特のメソッドを伝えるもの。
 うだつの上がらないサラリーマンの僕が出会った謎のロシア人“ゲオ”。
小太りで一見パッとしないゲオが僕に伝えてくれたのは、ロシア特殊部隊で
 生まれた「人生を変える方法」だった――。
 【システマとは?】 冷戦後のロシア発! 
アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの45か国、250以上の団体で実践。
世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ、関係者が絶賛する人間能力
開放メソッド。
  プロローグ 出会い
 [本書の使い方]
【指令1】「よかったこと」に目を向ける
【指令2】ゆっくりやる
【指令3】知る
【指令4】距離を測る
【指令5】呼吸する
【指令6】姿勢を整える
【指令7】視点を動かす
【指令8】限界に触れる
【指令9】最悪を想定する
【指令10】動き続ける
【指令11】力む
【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
【指令14】衝突をコントロールする
【指令15】分かち合う
【指令16】任せる
【指令17】生きろ        ≫

▼ 15年間の準備期間と、実業30年、計45年間は、上記そのままを、自らに
 指令し、実践してきたようなもの。誰も助けてはくれない現実の中、自作
自演で前に向かって歩くしかない。「そんなこと、全員が、そうしているじゃ
ないか!今さらじゃないか!」といえば、そのとおり。「楽しい」かどうかは、
解釈の問題。要は目的と目標を明確にして、計画をたて、歩んでいるかどうか。
楽しくしていれば、楽しいことが寄ってくる。
<動き続けよ、湖面のように静かに> 現実から目を逸さず、逃げないこと。
「正・中心・一点・無」の心構えで立向かうこと。泣いても笑っても同じ人生。
笑って楽しまなくては。「楽しむ」のは天性もあるが、第二の天性、
習慣化でも身につけることが可能。次回から、それぞれの指令を取上てみる。
 静かに、問題の中心を見続けて、動き続けること。悪貨に染まらないこと。
悪貨なら、染まりようがないか?… 「ところで、昨日は楽しかったか?」。
「早朝の自転車散歩に、午前中のTVドラマに、SJも、夕刻の大相撲TV観戦に…」
上げればキリがない。楽しいことを意識をして探し出したからである。

・・・・・・
4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2
2013年07月11日(木)
   『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著
  *「治療に関する思い込み度テスト」
「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から
切り捨てている。私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。
現在の医療を信頼してはいけないということ。
特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、
搾り取られるだけ!というのも、至極当然。その結果、何とか長生きした先が
特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで
繋がれる道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー
≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 
1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない今の医療現場では、この真逆
 が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、
 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。
�ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる
�薬を飲まないことには病気はよくならない  �病名がつかないと不安             
�医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない 
�医者は病気のことなら何でもわかる     �病気は注射を打つほうが早くよくなる           
�よく検査するのは熱心な医者だ       �医者にあれこれ質問するのは失礼だ           
�医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず
�大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる 
�入院するのなら大病院・大学病院が安心できる�外科の教授は手術がうまい           
�マスコミに登場する医者は名医だ      �医学博士は腕がいい              
�リハビリはすればするほど効果が出る
 いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、
 ○印がゼロがかなりでした。
�の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。
「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」の編集長は「病気の80%は
医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い
結果になったのが10%弱」と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、
今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫
▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システム
 が必要で、一番の利益になる老人に、可能な限りの医療を施すのも自然である。
問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を知って
おくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療と
いえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる
一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。「あれ程の苦痛なら手術を
しなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。なら、人間ドックも
手術も無用ということになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、
チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・
死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。
生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。



6690、閑話小題 〜つれづれに哲学

2019年07月10日(水)



   * それは本当に自由意志なのか 〜スピノザの予言
 哲学の入門書を暇を囲った中で、時どき手にして、ここで取上げてきた。
これが結構、暇つぶしに良いのである。毎日、一テーマを自らに課して書き
続けていると、哲学的になってしまう。自問自答の世界にドップリと!
で、変わりばえしない日常で自らの自由意志に、疑問を持つようになる。
読む本や、ネットサーフィンで行き当たる驚きの大部分が、これまで、書いて
きた内容に行き当たるような。読み、書き、考えたことが、潜在意識として、
現在の考えを大きく左右していることになる。
 ―
 〜まずは、飛込んできた哲学書の一文から〜
≪ 2008年にドイツのマックス・プランク研究所で実施された神経学の実験で、
 自由意志に関して驚くべき発見があった。
<研究チームは被験者がボタンを右手で押すか左手で押すかを選択するときの
脳の活動を、MRIを使って測定した。脳の働きを観察していた神経学者たちは、
被験者自身が決定を下したと考える時点より、7秒も早く、彼らがどちらを
選ぶかを予測できることを発見した。>
 このことから、私たちの選択は、潜在意識のプロセスの副産物であることが
示唆される。言い換えれば、私たちに自由意志はなく、脳が私たちを上手く
だまし、自分で決めているように思いこませているということ。
 スピノザが主著『エチカ』で350年前に言ったように、
「人間が自分自身を自由だと信じるのは、自分の行動は意識できるが、その
行動がなされる原因について意識できないからに過ぎない」可能性がある。
もちろん、「自分には自由意志がない」と思って人生をおくることはできない。
社会が機能するためには、自分が自由に行動できると信じていなければならない。≫
 ―
▼ 決定論になる。決定論とは、<人間の行為をも含めてあらゆる事象,出来事
 がなんらかの原因によってあらかじめ決められているとする考え方>をいう。
10年、20年、50年スパンで過去を振りかえ見ると、何か決定論も信じたくなる。
結局は、知らぬ間に洗脳された両親や家族と、その上位にある社会、国家に洗脳
されて、自由意志そのものが、縛られた不自由な意志でしかなかったことに…。
原因=条件に、ほぼ同じではないのか? 考える一番手っ取り早いのが、身近の
人たちの比較しか持ちえない文化の中では、これもあり? 天皇万歳と両手を
あげている大衆。 「金日成、金正日、万歳!」と、酷似していることが自覚
出来ないから、始末が悪い。 それって、既に自由意志でも何でもない。
国家には仰々しいシャッポと勲章が必要なのは解るとしても。
<田舎の学問より京の昼寝>というが、そこでは、格差社会が厳然と、私たちを
 縛りつけておちおち居眠りもできはしない。自由意志は有能なものにとっては
有効に、無能の者には真逆にはたらく。
 
 でまた偶然、去年の同月同日の内容に続いていく… そうか、「決定論」は、
ヘーゲルにつながる? 正・反・合ってのは。
・・・・・・
6327,実存哲学のルーツ 〜キルケゴール
2018年07月10日(火)
   
   * 実存哲学について再び
 14年前の今頃に、キルケゴールについて書いていた。 実存哲学といえば、
「サルトル」が代名詞だが、他にハイデッガー、ウィトゲンシュタインにも
大きな影響を与えた。実存主義のルーツは、キルケゴールである。
そこで、改めて手持ちの入門書を探すと、解りやすい解釈があった。

<ヘーゲル哲学の抽象性や全体主義的傾向と、審美主義的態度に反対し、また、
現実のキリスト教、教会を批判、ひたすら自己の精神に純粋な生き方を追及し、
普遍的理性に尽くされない「実存としての人間」に注目。単独者、主体性、
絶望、実存的思准の意義を強調して、後の実存哲学に大きな影響を与えた。
これまでの世界・自然・社会など普遍的な問題を中心課題にしてきたのに対し、
人間、とりわけ個人「この私」として採り上げた。
これも、ある牧師がこの思想に対して傾倒し、独力でドイツ語に翻訳することで
後世に残ることになった。スピノザが全体性と要素の関係論と対比するならば、
キルケゴールは、全体性を担う神と、単独者としての自分の実在的な関係を
問うたということが出来る。>(「哲学で自分をつくる」瀧本往人著・引用)

<私たちは、自分がなぜこの世に生れたかを知ることなく、孤独な単独者として
自分の存在に向合い、どう生きていくかを自分の責任で決断していかなくては
なりません。キルケゴールは、この意味での主体的実存こそが、哲学の主題だと
主張する。これ以外の、理性的、ないし普遍的真理など、どれだけ手に入れても、
無意味に過ぎないことを知るべきという。数の論理に個人のかけがえなさが押し
流される当時の風潮を感じ取り、それに対して批判をしたのが実存主義である。
彼に言わせれば、「私にとって真理であるような真理を発見し、私がそのために
生き、そして死にたいと思うようなイデー(理念)を発見することが肝要」です。>
               (「世界の哲学・思想」小須田健著・引用)

▼ 還暦・古希を過ぎ、同世代の数が減るにつけ、単独者としての自我が強く
なる上に、孤老の問題が出てくる。否が応でも、実存的傾向が強くなる。
老い先が短くなると、過去への眼差し、「この私」に向かう傾向が強くなり、
それは普遍的理性が脇に追いやることに…。全体としての神より、内なる神、
両親の、故郷の温もりの実存的感覚が優先的になる。全身の五感で感動し、
感涙し、実際に存在してきた感覚こそが、生きている証になる。老いて、消え
去ろうとするときに、「自分は世界の一部に過ぎないが、かけがえのない<私>
という実存、「他の誰とも違う自分」という実存を、認識するのである。
個人HP内の検索で「キルケゴール」と検索すると、以下の内容が出てきた。
弱い人間には、『ありがとう』の他に、『大丈夫だよ』の言葉の内語が必要!
 いま一つ、『今を愉しめ』がある。
… …
追記: 不安といえば、ムンクの「叫び」がある。 〜ネット検索によると…
《 ムンクといえば誰しも、「叫び」と題された一点の絵を思い浮かべるだろう。
 真赤に染まった空を背景にして、一人の男が橋を渡ってこちらに向かっている。
男の顔は大きくゆがみ、両手を耳のあたりに当てている。その表情には恐怖が
読み取れる。男が恐怖のあまりに叫んでいる、そういう切迫感がある作品だ。
この「叫び」に限らず、ムンクの絵は人間の精神の現れを感じさせるものが多い。
絵におけるそういう傾向は、二十世紀に入ってから、表現主義の運動などを中心
にして高まってきたのだが、ムンクはすでに19世紀中にそのような作品を作って
いたわけだ。》 
 いま何時に、余命宣言をされても不思議でない年齢に入った。
そして、この絵の人のような心情に陥り、孤老の灼熱地獄に入るのだろうが!
――――
2004/07/06
1190, 大丈夫!−2  
 * 哲学について−13
    ー不安の哲学ー キエルケゴール
「大丈夫!」を繰り返すことで、漠然とした不安感が半減すると前に書いた。
これを読んでいて、もし鼻先で笑っている人がいたら、その人は表面的人生
しか生きてない人? 不安感は大きい人ほど、それは自分に目覚め、自由と
可能性を考えているか、生きているからだ。
大丈夫!を繰り返すことは、単純だが、毒消しに絶大の効果がある。

《 単純であるが、どうしてそこまで心理的の効果があるかを考えてみる。
 人間の不安の90数佑蓮考えすぎの影でしかない。
 ルーズベルト大統領が就任演説で言ったという、
「われわれが恐れるべきは『恐れ』そのものだけである」
人間は全て、恐れから派生する大きな影に脅えているのだ。
その意味で「大丈夫」を繰り返すこととは、90佑留討鮠辰晃果がある。

不安といえば、哲学者のキエルケゴールが主題にしたテーマである。
彼が考えた「不安」は「ああもなれる、こうもなれるという、いろいろな
可能性を持っているからこそ、不安が生まれる」と考えた。そして「不安は
たとえてみれば目眩のようなものである。… 自由がいまや自身の可能性を
のぞきこんだとき、めまいがおこるのである」といっている。》

▼ ・若いときには、多くの自由と、有り余る可能性があったが、その分、
 大きな不安が自分を支配しており、絶望感と不安が舟底の下に漂っていた。
さまざまの可能性を持つからこそ、不安と絶望感があった。不安感が絶望への
プロセスを生むことになる。不安から「絶対的な何か」が欠けているという
絶望感に陥ってしまうのだ。「どうしようもならないもんな〜」という言葉が
口癖だった。そしてお決まりの繰り返しの暗い気持を引き込んで絶望の世界に
入っていく。これが、神の前に1人たたずむありかたであり、人間としての
基本的な姿としてとらえてキルケゴールは「単独者」と呼んだのだ。
真の自分に至ることとは、神と触れ合うことである。しかし、人はさまざまな
現世的価値観の中で生きている。しかも、その価値観は全て有限なもの。
そして有限なるがゆえ不安に襲われ、神と自分との絶対的な距離を感じる。
それが絶望のきっかけとなると彼は考えた。
・大丈夫という言葉は、ある意味で「神からの言葉」ともいえる。
「ありがとう」という言葉と同格の重要な意味の可能性を含んでいる。
キエルケゴールは、その不安と絶望からくる内面の大きな揺れを(心の中の)
「大地震」といっている。それだけ、この大地震は人間にとって一大事である。
ここで、最近香港で、生活保護を受けていた人が亡くなったあと、通帳が発見
された逸話を紹介してある。そこに、数億あったという。この人は不安感に
さい悩まされていたのだろう。
大丈夫と楽観し過ぎて地震や火災から逃げ遅れたり、倒産したり、失業したり
して明日の生活に困るのが問題になるのが人生だが。

・・・・・・
5960,閑話小題 〜居候は肩身が狭い
2017年07月10日(月)
   * つれづれに 〜居候は肩身が狭い
・さて、今日より大相撲。一年のうち4分の1が興業している。
大相撲のある日々と、開かれてない日という位な感覚?である。
今場所は、若手の有望な力士が上位に集中。 昨日の初日だけで3大関、
2横綱が負けてしまった。荒れる名古屋場所の言葉とおり面白くなりそうだ。

・梅雨の大山は越えたようだが、何か鬱陶しいと、気分までふさぐ。
一昨日、スポーツジムで、キーの電池切れのためエンジンがかからず、
充電してあるスペアキーを取りに自宅へと歩きかけると、目前に、タクシー
がいたため事情を話し、家とSCの往復を頼むと、「自分がなおせるのでは」
と 見てもらった結果、程なく、エンジンがかり、ことなきを得た。その後、
バッテリーもあがり気味のため、わざわざ見附まで昼飯をかねて行ってきた。

・居間のTVが完全に寿命。7年3ヶ月になるが。家内共々、平均10時間は
みていたためか、諦めがついた。東芝の『レグザ』だが、これが大当たり。
去年暮れには、寝室のTVを入替えたが、これも満足出来るもの… 
 このレグザと、有機TVの買え替えには、メーカーの販促?の5万円の
更なる値引きがあり、ネット通販で一番安いのを目安に掛け合ったところ、
49万8千が、税込みで35万円まで大幅ダウンに、こち方が呆気にとられた。
息子が先日、新潟駅前の「ヨドバシ」で交渉したが、新型のため値引きなしと
言われたとか。
 昨年暮れは、長岡市内と新潟駅前と10回以上、見て回り、最後に、
「ジョーシン」に、そのプロセスを話して、「今までの20年近くのTVと
冷蔵庫、洗濯機の全て、この店で買っている」と殺し文句の実績を根拠に交渉
すると、思惑通りに最安値で終わった。 問題は、そのプロセスを楽しむこと。
 資金を出す家内は当初、不満顔だったが、思いの外の大幅値引きと、鮮明な
画面に、その後はダンマリ。 寝室が私の専用TV、居間は家内が優先の棲み
分け、というところ。 としても大きい出費の度には居候は肩身が狭い。
 〜で、再び偶然、以下の文脈に続いていく。

・・・・・・
5595,閑話小題 〜貧しさだけは
2016年07月10日(日)
 最近、老人の貧困問題が取り上げられている。そういえば以前、経営していた
会社で、辞めていった女子社員の家庭内問題について、書いたことを思い出し、
ブログ内検索をしたところ、10年ほど前のテーマにあった。(下にコピー)
そこに出てきた母娘以外は、年齢からして殆ど亡くなっている?のだろう。
 嫁・小姑・姑・舅問題などが絡まった複雑な問題だが、その背景は貧困。
豊かさは一瞬で崩れさるが、それを築くには、長年の、何世代の労苦が必要。
情報化社会で、豊かな者は、より豊かに。貧しい人の人は、より貧しくなる
傾向にある。他人事ではない。何とかセフティーネット で事なきを得ているが。
10年前とはいえ、よく、こんな文章を書いていたものと・・ 
 本人には「白馬の騎士」が必要なのだろうが。 先日、読んだ本に、
<「玉の輿」は、元もと幻想。その相手と苦労した結果、豊かそうになること
 なら、有りうるが。>とあった。その結果、貧しくなる事例は有りうるのか。
 適齢期の決断で、何とか、踏みとどまった中で、一番の理由は、バランス。
短期適応、長期不適応の惨状を、あまりに多く見せられていた。
  〜そのコピーから
――――
2006/10/18
2024, ある家庭の事情
               才八∋ウ_〆(∀`●)
これからの内容は本人の同意を得て書いている。(本人の同意なくして
書いたとしたら、本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。
本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてください!」
とのこと・・)
そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題
(嫁・小姑など家に存在する)不条理と貧困である。
Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話。
どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも気の毒な構図である。
それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。
        〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ
ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー  (以下、敬称は略す)
・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区の実家に出戻る。
・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD
 (80歳代前半)がいる。 家は、それほど大きな家でない。
・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。
 そしてAは女子短大を卒業、新潟(私の会社)に就職して5年目になる。
 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職。
・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。
 去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。
・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが
 崩れてしまった。子供二人が家を出ていったことと、母親Fが働けないため
 収入が途絶えたことで、弱い立場の陥り、その結果、鬱病になりかけている。
・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、そのままにしていたら母は
 重度の鬱病になり廃人になってしまう。A一人の収入では母親を引き取れない。
 そこが地獄絵図の世界としても、その家に帰らないと母は間違いなく潰れる。
――――
という内容である。 露骨に言ってしまえば、
 ・「行かず後家」と、
 ・その実家に「出戻ってきた母」と、
 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、
 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、織り成す小さな
‘葛藤ドラマ’である。
Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。
この実家4人の関係の、それぞれの立場が「針のむしろ」。
・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、
・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし
・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、
  旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。
  小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。
・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、お婆ちゃんCと小姑Dの
 バランスが崩れる。

聞いているだけで、小説のような深い煉獄のような世界が見えてくる。
おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。
更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。

結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。
感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、
短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。
赤貧の生活だったのではなかろうか?

その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。
若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。
現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。
その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが・・・
田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう・・・

私が当人だったら、どうするだろうか?
生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう・・必ずいるはず!
「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。
それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。

先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、
永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう?
あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、「明るく生き抜いて欲しい」と
願うばかりである。この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・
それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。

どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、
あまりに設定が・・・・
   
そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。
天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。
苦しみが深いほど、救いも大きくなる。
こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」
坊様には、それが解ってない!
                (*^ワ^*)i バイバイ
――――
▼ 当時は、当主のお祖父さんに問題ありと思っていたが、古希も過ぎ、
 改めて考えみるに、この状況で、身内が何とか助けあう当主の姿勢は、
人間として、崇高ではないかと、思えるようになっている。小さな家に、
本人が帰った上に、叔父が同居となると、6人は、やはり過剰になるか。


6689,閑話小題 〜島に辿りついた3人の兄弟の話 ―2

2019年07月09日(火)



          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
 フランクルの哲学の柱になっている【人生、よく遊び、よく学び、良く働け】
のとおり、バランスをとって、人生を生きてきた。 人生には思いもよらぬ
『まさか!』が、突然に襲いくるとものと… だから、楽しい釣りとか、山遊び
を通した学びを当初から組み込む必要性がある。「全機で可能な限り、世界を眺め
味合うことが、我々にとって必要となるって… ある時は、遊びを主とした学びの
三男の生き方。その後、次男の働きを主とした生き方。…最後は、長男の生き方と、
節目を持って態度価値を変える必要がある。

≪ この本『アフターダーク』の中で、教訓は
『何かを知りたいと思ったら、人はそれに応じた代価を支払わなくてはならない』
『ハワイまで来て、霜をなめて、苔を食べて暮らしたいと思わないよな』
『でも長男には、世界を少しでも遠く見たい好奇心があったし、それを押さえる
 ことができなかっただよ。その為に支払わなくちゃならないものが、どんなに
 大きかったとしてもさ』
本は、この話の『神様』によく似ています。本はいつも、ここまでくれば、こんな
世界があるよと教えてくれます。その世界を詳細に、魅力的に。
だけど、現実世界では、案外きつい。
 正義のヒーローの話は面白い。主人公が成長する話はかっこいい。だが、自分が
現実でヒーローになったり成長するのは玄人時間が必要となる。哲学書を読むのは
楽しいけど、本当の意味でそれを理解するには、積上げた知識を必要御する。
… 本を本気で好きになったら、バカな男にひっかかったバカな女になる可能性が
増えます。世界の読書推奨人はそのことをわかってるのかと、苦笑します。
<だって、どんなマトモさを手放しても、人生を狂わせて面白い本に出会えることは
幸せなんだもの。役に立つ立たないというよりも、もっと大きな、遠くを見させて
くれる存在として「本」に触れていただけるなら、けっこう大変な人生を、一緒に
戦ってくれるならなら。 ≫
 ―
▼ この本は、まだうら若き、20歳半ばの京大院生の書店スタッフが「正直、
 これを読んだら人生狂っちゃうよね」と選んだベスト50のブックガイド。
30歳までが「学び」。50歳までが「働き」。それ以降が「遊び」が主とした
態度変換が人生には必要だが、彼女には、これから膨大な儚いが、膨大の人生が
待っている。 羨ましいが、それは、あくまで彼女の世界。 
< せっかく、この世に生を受けたなら、宇宙、世界の広さと、深さを少しでも
垣間見て、味合ないとしたら、勿体ないじゃないか! >に 落ちつく。

・・・・・・
6326,閑話小題 〜今年も半期の終了 −7
2018年07月09日(月)
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 検 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 様々な授業を紹介していたが、「地理」が、非常に面白い。
マダガスカルの貧困問題の扱いの切口が良い。同じような年代の真逆の立場の
少女の悲鳴に似た訴えを紹介し、キーワードを幾つか提示して、考えさせる。
ある生徒の一日の使用水道量が、マダガルカルの少女の運ぶ数十、数百倍の量と
知らしめる。

≪ 地理ではリーダーシップというテーマをもとに、アフリカのマダガスカルの
 水問題についてケーススタディをします。水を得るために一時間かける女性。
安全とはいえない水を19L頭に抱えて女性は水を運びます。それを一日に3〜4回。
マダガスカルは貧困を抱えています。先生は女性が持っていたのと同じ19Lの水を
用意し生徒に運んでもらいます。生徒たちと同じ年代のある女の子(ララ)は
最貧の地域に住んでいます。ララは靴もなくはだしで泥道を水くみに出かけます。
ララは次のような詩を詠みました。
< 私の一日もあなたの一日と同じだったらいいのに
  学校に行って勉強して公園で遊ぶの
  頭に浮かぶのは蛇口をひねるだけで出てくるきれいな水
  歯磨きしてシャワーを浴びるのもいいわ >
地理の先生は生徒たちに問いを投げかけます。生徒の一人が自分たちは水を
無駄遣いしていると言いました。またある生徒はどんな気持ちか想像します。
ある生徒はその水はどんな用途に使うのか質問しました。先生はララのお母さんは
子どもたちの面倒を見なければならないので水を運ぶことができないと言いました。

地理の先生は貧しい地域の人々についていくつかのカードを示しました。
 •公衆衛生
 •子どもの健康のケア
 •教育
 •栄養
 •疫病の予防
 •食の安全確保
 •妊婦の健康ケア
 •住宅環境
 •女性の社会進出

自分がリーダーならどのキーワードから優先して取り組むか生徒たちは考え
三人一組で話し合いカードを優先順に並べます。女生徒のグループは妊婦の健康
ケアが一番大事だと答えました。多くの生徒が女性の社会進出は優先度が低いと
考えました。先生は女性の社会進出が進まず地位が低いままで職にも就けなければ
一番大事だと言った妊婦の健康ケアは改善されるのか?子どもを産む機械として
利用され続けるだけではないかと問題を投げかけます。女生徒はまず力を持つ
男性とともに解決し… …わからないと答えました。地理の先生エリオット・
グリーン氏は裕福な家庭の子供たちが旅の経験や両親の仕事、授業から学んだ
ことを議論してもらい、将来持つであろう財力と影響力で世界が直面する問題に
取り組んでもらいたいと語ります。

生徒たちは年十三カ国を旅して自分の目で世界を知ります。
キリマンジャロへの登頂に挑戦することもできます。   ≫


▼ 半世紀近く、早朝と、午前中に数時間の読書習慣を持って、それまでの基礎
 知識不足をホローしてきた。受験システムに縛られ、自らも格付けをしていた
愚かさに気づくことが、第一歩であった。英会話能力や、対話力、文章化能力は、
付け焼刃では、直に欠けてしまう。このような指導と、長年かけたベースの知識が
必要となる。その理想形の教育システムが、これである。このスイスの寄宿舎が
素晴らしいのは、スイスが長年、中立国家で、権力者の手前勝手な価値観から、
解放されていることが重要である。「何が英国王室だ、日本の天皇だ。」を、
スイスの山麓で気づくこと、それが、教養ということ。そう、それぞれの内側から
見えている世界としての世間だけでなく、その真逆の視点に気づくこと、多様な
世界を知ることの必要性に気づくこと。特に、ネット社会こそ、理想形の、知識
獲得が必要になる。「クールヘッド、ウオームハート」こそ、情報化社会の絶対
条件といえる。 でないと、世間人の典型の、「ウォームヘッド、クールハート」
で、近所の500mを、徘徊するだけで… あれらは小池のホワイト・ナイトですか。
薄汚れて、愛嬌を振りまいて生きる姿も良し、外の世界で汚れたダーク・ナイトの
生き方もある。どのみち、同じでしかないが… 地球外生命の眼で、宇宙の彼方
からの生命体の視線で見る世界は、何と、綺麗で、明るく、刺激に満ちている。
早朝の自転車散歩で、大手大橋上をイオンよりから、ヒキチャリをしながら、
見える信濃川と、旧市内と、その向こうに見えてくるパノラマは、正しく、宇宙舟
からの視線のようである。スイスと、ロッキーの山並みに近い絶景とさえ思える
光景である。世界の絶景を知ればこそ、これに気づかされたこと。足元の世間の
素晴らしこそ、気づかないと… 52回目のチャレンジで、スイスアルプスの
向う側のイタリア・アルプスに行ってみたくなってきた。 
問題は、腰痛など体力と、固くなった頭と、気合。

 で、これまた偶然、丁度よい脈絡として、以下につづく。
・・・・・・
5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜5 人生の元をとったかい
2017年07月09日(日)
   * 人生の元をとったかい
 ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に
脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。
 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。
 A君が言うには、
『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、
見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら
が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。
ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが…
『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の
非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。
それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を
味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、
広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、
地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。
 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に
溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた
時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。
フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。
30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった
酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問
と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き
だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった
のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人
の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。
2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を
楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 
その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、
私の答えも同じ『充分とった!』。

★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、娑婆も
 漆黒の闇である。 偶然にしても、少し気味が悪い… 

・・・・・・
5594,夫に死んでほしい妻たち
2016年07月09日(土)
          <「夫に死んでほしい妻たち」〜小林 美希(著)>
 TVで、朝からシリアスなテーマ、『夫に死んでほしい妻たち』の特集を
組んでいた。この本をベースにしたのだろう。インタビューをした二人に一人
の割りが、夫に死んでほしいと切に願っていたという。
 団塊の世代が定年に入った現在、各家庭内は、その確執で大揺れ。
「昼間の間だけでも、家から出て行って!」と言われ、行くところといえば、
図書館、公民のSJ、SC、ツタヤの徘徊か、あとは散歩。といえば、私の日常
に幾つか重なるが、私といえば、家では、居間の外に、書斎コーナーのある仏間
と、寝室のTV前のベッドがネットや読書の空間に丁度よいので助かっている?
 何もするでなし、居間でゴロゴロしている夫に妻は辟易、その行き着く先が、
「死んでほしい」と、心から願うのは自然の摂理。そこで、TVのテーマその
ままの「夫に死んでほしい妻たち」を、ネット検索して出てきたのが、この本。
 最初から終わりまで息がつけないほどシリアス。ことは、深刻である。
  アマゾンの〜内容紹介と目次〜より
―――
■内容: 家事や育児において、妻の「してほしい」と夫の「しているつもり」
 の差は、想像よりもはるかに大きい。のみ込んだ怒りが頂点に達した妻の抱く
最後の希望は「夫に死んでほしい」…。 毎朝子どもを保育園に送る。
週に一度は料理をつくる。それだけで自信満々な夫を、妻はどう感じているか? 
やがて、怒りを爆発させることにも疲れた妻は、一人つぶやく。
「死ねばいいのに…」 世の中たちを戦慄させる、衝撃のルポルタージュ!
【目次】
 □ 第一章 子育てという試練! そして愛は殺意に変わる
●第一話  育児休業という罠(38歳・会社員)
・「戦場から逃げる夫」
・共働きは当たり前の時代
・幸せから「産後クライシス」へ
・結婚式前日からの押し問答
・妊娠中でも夫は平然と飲みへ /ほか
●第二話  ほどよく良い夫(41歳・システムエンジニア)
・理想は子どもだけがいる生活
・低燃費男性と勢いで結婚
・夫は「できない部下」
・私の子に気安く触らないで/ほか
●第三話  リビングルームで芽生える殺意(45歳・会社員)
・殺意を抱かせる夫の足音
・妻が忙しくなると夫婦関係が悪くなる
・息子に怒ってばかりいる夫
・夫はただの同居人/ほか
 □ 第二章 「寿退社」は地獄の扉! 専業主婦の呪いの日常
●第一話 キャリアを断絶させられた妻の恨み(46歳・一部上場管理職)
●第二話 娘の病から始まった危機(46歳・パート)
●第三話 夢追い夫との家庭内戦争(39歳・パート)
●第四話 二世帯住宅という牢獄(34歳・主婦)
●第五話 セレブ主婦の仮面の裏側(39歳・主婦)
●第六話 欲しがる妻と欲しがらない夫(47歳・主婦)
 □ 第三章 もう夫はいらない! 団塊妻の恨みは骨髄
●第一話 部活未亡人の嘆き(40代・教師)
・毎日がとにかく部活中心
・こんな暮らしやってられない! /ほか
●第二話 2番目に好きな人との結婚(58歳・看護師)
・40歳の転機
・夫の加齢臭が耐えられない
・「だから女は家にいろ」との戦い/ほか
 □ 第四章 これが夫の生きる道?イクメンたちの現実と理想
――――
▼ 第二章の「寿退社」は地獄の扉! は、今さらだが。そこで、
 互いのライフワークを持って、独りの世界をつくりあげるしかない。
TVで、夫の禁句を紹介していた。「手伝おうか?」である。言い分は、
「定年後の家事は分担の筈なのに、手伝ってやるとはフトドキ千万」である。
夫の人生の果てに待っていたのは、妻という名の鬼である。で、以下に続く。
 そうこう考えると、そこそこの金と、健康と、自由精神が必要である。
「 ああ〜〜〜〜〜〜〜 」の悲鳴が聞こえてきそうである。
――――
2016/04/04
閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜
           『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 産業廃棄物の末路
 第二の人生の準備のない人の末路は哀れである。
この言葉は、著者の淳一が、老後の生き方の講演で、聞こえてきた言葉。
リタイア後、邪魔者扱いされている団塊世代の夫に対する、奥方の、
『男って、定年になったらいらないのよね!』が、耳に聞こえてくるようだ。
私自身が、その一人だからこそ身にしみる。ただ、少し離れた仏間に、書斎・
兼パソコン・コーナーをつくって棲み分けて、何とかバランスがとれている。 
また日中は、互いに違ったスポーツ・ジムや図書館に行ったり、別行動が多く、
それで丁度良い間隔が出来ている。 一般的に、夫は妻より7〜8年も早死に
するが、これも長年の仕事からくる磨耗の結果。
 雄ライオンも、支配下の群れを、何時か、より強いのに敗れて乗っ取られた
後は、離れライオンとしての野垂れ死が待っている。先日、旅行帰り立寄った
居酒屋で、何処かのOBらしきグループ7〜8人が、不在の元同僚の悪口が、
襖を隔て聞こえてきた。退職後も、会社の首輪と紐を付けたまま集まって、
昔の傷口を舐めあっている姿が、痛ましい、というより何とも哀れ。
定年後の寂しさを紛らしているようだが、せっかく解放されて、自由を謳歌
できるのに、今さら何だろう? 飼い主の家が全世界で、それも仕方がない
といえば、ないが。 こういう人が、四六時中、家でゴロゴロしていたら
連れあいは、地獄。そういう私も大同小異。 それでも一日単位では、
スポーツジム、図書館、早朝の一時間のミニ・サイクリングに。週単位で、
シネマと、月単位では、何処かの飲み会に。年単位は、家内の鞄持ちの旅行と、
何とかバランスを保っているだけ。
 一般的に、夫が驚くのが妻の外出の多様さという。何せ、長年の主婦歴と、
横に繋がる人間関係が幅が違う。『あの人は、息子の小学校時代の友達の母親
で気が合うの』とか、『今日は大学の同郷OB会の幹事の打ち合わせ』とか、
地元密着型。 ところが、男は縦社会の他動型ロボットで、指示をされないと、
動けない。 「自由の不自由」で、自失呆然。 家に篭るが、妻から家から、
追い出されて、午前は図書館か、公設のSJ辺り。午後からはSCのベンチで、
人通りを眺める日々。これが慣れると悪くないらしい。
そこで、小遣い格差と教養格差がシリアスに出てくる。   ーつづく


6688,閑話小題 〜七夕の短冊に祈りを込めて

2019年07月08日(月)

   * 毎年、この時節、半期の
 今年の前半が終わろうとしているが、比較的に何ごともなく推移し終わった。
・国内では、5月に「平成」から「令和」に年号が変わり、6月にはG20大坂
サミット開催し、無事終わった。プロ野球のセリーグは、誰も予測しなかった
巨人が独走。パリーグは予測どおりにソフトバンクが独走に。大相撲は、白鵬が
隔場所ごとに休場し、翌場所に復活する戦略で何とか、オリンピックまでの
延命戦略を忠実に実行。これはこれで良い。
・近く実施される参院選挙は、自民党有利の予測。
・世界の政治は、トランプ劇場が、相も変わらず続いている。ホルムズ海峡で
日本タンカーに攻撃があったが、何処の国かは闇の中。北朝鮮は何とか平成を
保っているが、波乱含みのまま。
・プライベートでは、卒50周年の会が、開催され出席した。私にとって節目。
親戚関係の不幸は無かった。腰痛は、出たり止んだり。スポーツジムは週4〜
5回をキープ。今年から時どき休むことにした。死に損なう危険があるからだ。
とは言いつつ、最大の出来事が無事平安に推移すること。
 毎年、前半が穏やかだったが、後半に荒れる傾向がある。
――
   * 七夕の短冊に祈りを込めて
 名古屋場所の初日と千秋楽日は、毎年、プロ野球と大相撲を同時TV観戦をする
のが慣わし。同時にゴルフ、バラエティも挟むため、それは忙しい一日になる。
何故に、一週早い第一日曜にしたのか?の疑問は、七夕の目出たい日に合わせた
粋な計らいのためと遅ばせながら気づいた次第。 大相撲も、プロ野球も、
「短冊に何を書きましたか?」の質問が何とも味わい深いのが、あった。
共通してあったのが、「10年若くなりたい」。それに対した解説のコメントが、
「これは人類永遠の願い!」…と。 5年でなく10年が何とも微妙。
ということは、最初から10年若く見える服装、そして体力づくりを目指せば
よいことに! 気持ちも同じ。成るほど、何かしら年齢に気持ちがついていか
ないのは、自然かつ健全ということ。 私の願いは… 
『より深く、より広く、より新鮮に世界を味わう健全な精神にレフレッシュ』 
  さてチャリ散歩だ。

・・・・・・
6325,閑話小題 〜今年も半期の終了 −6
2018年07月08日(日)
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 掘 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 まだまだ書き足りない感が残ったため、録画の三度目の見直しをした。
以前、『3・10・60・27の法則』の法則をテーマに取上げた。ここの教育方針は
『帝王学』で、まずインテリジェンス(知性)のベースの
構築を図っている。
インフォメーションが「生の情報」であるのに対して、インテリジェンスは
「加工された情報」という意味で、インフォメーションをもとに分析された情報
などのことをいう。加工された情報を鵜呑みにしないで、ベースに自らの知性で、
生の情報として考えられる能力を生徒に身に付けることを目指している。
そのためには、「何故、何故、何故」と、常に自己問答する習慣が必要と教える
のである。洗練された自由人である。この情報・知識を元に、知恵に変えて、
モノゴトを判断し、プラスに導くことが、インテリジェンスになる。
  〜この紹介文より〜
≪ アルプス山中のヴィラールにあるボー・ソレイユ校は1910年の設立で、由緒
ある著名なプライベートスクールです。英語で学ぶ国際部とフランス語部があり、
卒業時にそれぞれIB、FBを取得することを目指して学習します。進学率はほぼ
100%で、ヨーロッパ、北米の大学を中心に進学します。
「バランスを大事に」をモットーに勉強だけではなく、スポーツや色々な活動
に全面的に参加し、一つに偏らないバランスの取れた人間形成を目指します。
スポーツだけではなく、演劇や音楽などバラエティに富んだ課外活動が用意
されており、週末には屋外探検活動や近郊都市への遠足に出かけることも多く
あります。修学旅行や休暇期間には、ヨーロッパだけでなく、南米、アフリカ、
アジアなど世界中の様々な場所への旅行に参加することができます。

11歳から13歳が学ぶ科学の授業では教科書を使いません。低学年のカリキュラム
には五つのテーマがあり、これらのテーマに基づいてあらゆる授業が行われます。

1.Adaption(適応力):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
2.Discoery(発見):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
3.Risk(リスク):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
4.Respect(敬意):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
5.Traditions(伝統):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育

――
課外活動のイアン・レイ氏はリーダーシップは生徒たちの人生において重要で、
すべてに影響を与える存在であるリーダーに役に立つスキルを身に着けてもらう
と言いました。責任感があり向上心を持っていること、それがリーダーの条件
だと言います。学校では世界に広く目を向けるだけでなくそれぞれの国の言葉や
文化も大切にしています。


▼ 11歳といえば、日本では小学校五年である。この頃から、年に1200万の教育費
 をかけてベースを教え込む。それも8年も。まあ、能力格差がつくのは自然の理。
選ばれた教師が、その全てを注いで、生徒に教え込む。それも、俗世を遮断した、
浮世離れしたスイスの山麓で… それも、世界中の国から集まった異色の人種と、
寄宿するのだから… こうなると、問題は血筋・血統まで行きつく。成るほど、
自分とは、自らの分、分際ですか。私の分際から見えてくるのは、当然こうですか。
 
・・・・・・
5228,思いが人生をつくる ー◆  礎療プライドは危険
2015年07月08日(水)
       『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
  * 知的プライドは危険
 学生時代、読書の絶対量の少なさを自覚し、知的コンプレックスに陥った。
以来、早朝を中心に2〜5時間の読書習慣を続けてきたが、この程度。しかし
半世紀近く続けると、その量が質の向上に繋がってくるが、大学ノートに、
せめて1ページでもメモの習慣を付けておけばと後悔をし、14年前から、
個人HPで、その内容を記録をし、公開を始めたのが、これ。 自ずから、
8〜9割方の人が、読書の絶対量が少ないことに気づくことになる。
特に地方の人は、それに気づく機会が少ない。そうすると、対話できる
相手が少なくなる。そこで、自分の壁が出来ていく。所詮、それも馬鹿の
壁になるが、それが知らずにプライドになっていく。 これが危険という。 
〜その辺りを抜粋〜
≪ 外見や衣服、もしくは富や地位をひけらかすプライドといった些細な問題は
 取り上げません。もちろんこのプライドも、好ましくありませんが、所詮は
弱い心、もしくは大人気ない心から生まれたもので、心が成熟すれば克服できる。
 より危険なプライドは、「知的プライド」です。なぜならこのプライドは、
成熟した心に現れながら、その存在は明確ではないからです。
熱心な研究や思考の力、もしくは高等教育によって誰かが他人より秀でると、
そこに「知的プライド」、もしくはそれに近い感情が生まれます。
 ある人はこの感情によって、他者を「惨め」と決めつけたり、物事の真意を
つかめない人に対しては、もっとエスカレートして「馬鹿な連中だ!」と叫んだ
りするのです。この類のプライドが、近代の改革を台なしにしています。
利己的な改革に異常なほどに固執している政治家があまりに多く、自分に賛同
しない人を「惨め」ととらえ、この感情を他の民族や先人たちにまでも、
伝染させるのです。・・・
 「私は真理を守るために力をつくします」
そう老いた哲学者に語りかけた若者がいました。
「若者よ、そんなに真理を守ろうとしているは、真理か、
 それとも、真理に対する自分の意見か、どちらなのだ?」
哲学者は、そう静かに質問したのです。
人が真理を知るとき、それを守ろうとしません。なぜなら、真理そのものが
守られた存在だからです。同じように美徳に関しても大騒ぎなどしないのです。
静かに、しかし、明確に、真理は、それ自体が人生の中で人格のようなものと
して存在意義を示しています。人格とは、だれもそれに対して反論したり、
議論できるものではないのです。 言葉や議論は、砂の上に書かれた文字のよう
なものです。それに対し人の行動や人格は、人生という永遠の岩の上に、
けっして消えないように刻みこまれた彫刻のようなものなのです。 ≫
▼ 「世間」を嫌っているのが、私のみすぼらしい「知的プライド」が、
 原因だろうかと、思い浮かんだ。現象をそのまま、事実と区別しない輩。
こういうことは、黙っていればよいものを。わざわざ。知らないということは、
底知れぬ恐ろしさがある。 この「知的プライド」の危険性もだが!
この半世紀も何を読んできたというのか? このことを知るためか!

・・・・・・
5958,洗って使える 泥名言 〜3 ーライオンは弱い奴を狩りに行く
2017年07月08日(土)    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * ライオンは弱い奴を狩に行く
  〜 他の章の面白い泥名言が… 〜
<すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> 
 と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、
<三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」>
 だと。それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。

<ライオンは弱い奴を借りに行く。>
 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、
 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。
 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、
 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。

<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが
 いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの
 なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。>
 キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、
「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 
「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え
〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい!
〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。
 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、
 傷口に悪い。

▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。
 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。
狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、
『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』
『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』…
… など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』
が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。

・・・・・・
4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 
2014年07月08日(火)
  * 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩!  〜後半編へ
 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)
の上司である支店長が、私に面会したいという連絡が入っていた。
当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った応接室で、辞めるに
ついての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が
おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を
辞め、以前に手がけた千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。当行と
して今後の資金計画の全てを協力します!まず千葉のビル売却からですね!』と。
金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない
言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をして
きた帰りに、次の事業計画の最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を
得たとになる。その間、僅か一時間。幸先良い出発になった。地銀の役員
クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 
地方豪族化した彼らでは?それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システム
の価値観で染まった地元権力の残存者には最高の物語? それもいい。
 あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、
そこの契約コンサルタントのW先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、
ありのままを話すと「この事業計画は間違いないでしょう!」の、お墨付き。
私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。もし都銀の
支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することに? 
その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして
貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。
・その前の節目は、実家の会社で、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で
 暴落した冬物で大当て、波に乗せたこと。 
・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が本気で面倒を見てくれた。 
・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角
 商業地の売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。
・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 などなど、節目節目で、何もかも
プラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。どれも紙一重で、
思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。
・・・・・・
5593,幸福の条件とは 〜 ドーダの四分類
2016年07月08日(金)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの四分類
「ドーダ!」という自己愛・威張り動機で人間は行動し、歴史もこれで動く、
という論だが、面白いのは、それを四分類をしたところ。『ドーダ』をネット
検索をしたところ、分かりやすい解説があった。 〜その辺りから〜
≪ この価値は、ドーダという自己愛の表現を、「陽ドーダ」「陰ドーダ」
「外ドーダ」「内ドーダ」の四つに分類したところにある。
・陽ドーダは、ストレートの直球型。「ドーダ、おれはすごいだろう」である。
・陰ドーダは、ひねくれた変化球型。貧乏が清貧になり、粋が乙になる。
 病院での病気自慢や、不幸自慢など、日本のドーダはこの陰ドーダ系が多い。
 筆者は、日本が戦争で負けた、いや、戦争を起こしたことそのものも、西郷隆盛
 の陰ドーダの怨霊が日本人の思考としてこびりついているからだと説く。
 要するに、負けるが勝ち、現実で負けて思想で勝つというやつだ。
・外ドーダは、ドーダの向くベクトルが外に向うこと。その典型がお手本ドーダ。
 お手本を外に求めて、自分がそれに忠実であることを自慢する。日本の学者の
 ほとんどがこのお手本ドーダである。
・内ドーダは、自己の告白の赤裸々さを自慢する赤裸々ドーダ。
 不幸ドーダ(あれ、陰ドーダとどう違うのだろう)、根拠なく自己の国や
 出身地を最高とするお国自慢、愛国ドーダ。≫
――
▼ 「限度なき貧欲」を漫画家の「ドーダ」の一言で、歴史上の難解な事件を
 解明するとは新鮮な着想である。人の心は、この4つが絡みあい捩れている
ため、まずは、一つずつ、とき解いていかなければならない。この随想日記を
書き続けているのも、「どうだ、15年以上も続いているだろう!」の気持ち
が有るため? いや、新たな知識、日々の刻印のため。それより面白いが先に
立つため。「ドーダ」だったら、途中で、止めていたはず。モナコのヨットの
船着場で、夏場、豪華パーティが開かれる。これも主催が、招待者に、
『ドーダ、凄いだろう!』の、見栄のため。世界の金持ちも、こんなもの。
エジプトの古代のファラオが、豪華神殿をつくり、近隣の王族に見せつけて、
戦意を奪ったというが、これも「ドーダ」の典型だろう。当然、事前の知識が
なかった私も、数千年の時間をおいて、腰を抜かさんばかりの動転をした。

・・・・・
4496,怒らないって本当は恐い! ー11
2013年07月08日(月)              
  * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる   『怒りの作法』小川仁志著
 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、
考えることで何とか乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが
導き出されてくる。だから、この「怒りの精神論」が身にしみる。
  ーその辺りからー
≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに
対する共感と反発が出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。
それを予め承知した上で怒る必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を
受けたり、怒りに臆病になってしまう。だから怒りには覚悟と準備が必要になる。
覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。それはある種の決断と
いってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。怒るべき時に、
決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項、
怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、
どんな反発が来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。
 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。
特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め
予測して、その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が
数分の一で済ますことができる。そのためには経験の積み重ねが必要だが。 
心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。そこに心の強さが必要となる。 
そのために自分の主張が正しくなければならない。正しければ、怒りは無駄には
ならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあってマイノリティに捉え
られがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 
岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的
にも、他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に
挑む人間である」と言っている。誰からも理解されなくとも、それでも挑み
続ける人間を孤独者と捉えている。孤独とは怒りと深く結びついていて、
それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫
▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。
 過去の怒りが、数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなっ。
50歳位までは過去を振り返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃
から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが多くなってきた。
「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。それもマイナーの怒りの
記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に自嘲する
ことになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、
老いて心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。
 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。
そこに脚色も嘘も加わり、その都度、書き変えられ、違ったものになる。


6687,閑話小題 〜島に辿りついた3人の兄弟の話

2019年07月07日(日)

          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
  
   * 私は、島に辿りついた3人兄弟の話が好き。
 何気なく借りてきた、この本の中で紹介されていた村上春樹の
『アフターダーク』の一節を読んで、驚いた。 著者が「現実」と「本」が
交差して、「現実」そのものが変えられてしまったと。成るほど!面白い話は
尽きぬ。  例え話は、鋭く真実をついてくる。
 ―
≪・三人の若い兄弟が漁に出て、嵐にあって流されて、長いあいだ海を漂流して、
 誰も住んでいないハワイの島の海岸に流れ着く。 美しい島で、椰子の木が
生えていて、果物もたわわに実り、真ん中に高い山がそびえていた。 
 その夜、神様が三人の夢に現れてこう言った。
『もう少し先の海岸に、三つの大きな丸い岩をお前たちはみつけるだろう。 
お前たちはその岩をそれぞれに転がして好きなところに行きなさい。岩を転がし
終えたところが、お前たちそれぞれの生きるべき場所だ。高い場所に行けば行く
ほど、世界を遠くまで見わたすことができる。どこまで行くかはお前たちの自由』
・神様が言ったとおり、三人の兄弟は海岸に三つの大きな岩を見つけた。
そして言われたように、その岩を転がして行った。とても大きな重い岩で、
転がすのは大変だったし、ましてや坂道を押して登るのはえらい苦労だった。
・いちばん下の弟が最初に音を上げた。
『兄さんたち、俺はここでいいよ。ここなら海岸にも近いし、魚もとれる。
 じゅうぶん暮らしていける。そんなに遠くまで世界が見れなくてもかまわない』
 といちばん下の弟は言った。 上の二人はなおも先に進み続けた。
・しかし山の中腹まで行ったあたりで次男が音を上げた。
『兄さん、俺はもうここでいいよ。ここなら果物も豊富に実っているし、じゅうぶん
 生活していくことができる。そんなに遠くまで世界が見れなくてもかまわない』。
・いちばん上の兄はなおも坂道を歩み続けた。道はどんどん狭く険しくなって
 いったけれど、あきらめなかった。我慢強い性格だったし、世界を少しでも遠く
 まで見たいと思ったんだ。そして力の限り、岩を押し上げ続けた。何ヶ月もかけて、
 ほとんど飲まず食わずで、その岩をなんとか高い山のてっぺんまで押し上げること
 ができた。彼はそこで止まり、世界を眺めた。今では誰よりも遠くの世界を見渡す
 ことができた。そこが彼の住む場所だった。草も生えないし、鳥も飛ばないような
 場所だった。水分といえば氷と霜を舐めるしかなかったし、食べ物と言えば苔を
 かじるしかなかった。でも後悔はしなかった。彼には世界を見渡すことができた
 からだ…。というわけでハワイのその島の山の頂には、今でも大きな丸い岩が
 ひとつぽかんと残っている。 ≫
 ―
▼ 含蓄の深い話である。いちばん上の兄が眺めた場所は世界を眺めることが
 出来る場所。ツアー道があるならば、より厳しい秘・異郷先に挑戦し、その先
を味わい、帰ってくる。大自然の神秘に触れ、感動を通し同化し、地球の広さと
深さを垣間見て、帰路に就く。それで、充分である。物質的満足感を遥かに超える
充実感。他者への説明の必要はない創業、いや、人生の味わいそのもの。
その味わいは、味わった者しか知り得ない至高体験。ただ、住みたいとは思わない。
 海辺の岩場で囲まれた岩穴で、外洋を知ることなく満足して生きるのも人生。
そうそう、外に出て世界を知るのも人生。問題は丸い岩を押し上げていく代償。
長男に見えていたのは、さて如何だろう? 丸い岩だけ。時どき、休み、下界を
垣間見ていた。その味わいは、麓に留まった弟たちには知り得ないこと。
としても、その石は重かっただろうに! 如何だろう次男のように、中腹に留まり、
時にピクニックで山頂に登って世界を眺め、時に海辺で釣り三昧。ただ、風当たり
が悪い?それぞれ、問題は生じてくる。反面、ハワイの土地柄で、何処も同じか!
 この手の話なら、限りなく面白そうな話が浮び上ってくる…   〜つづく

・・・・・・
6324,閑話小題 〜昨日は、中学校の同期会
2018年07月07日(土)
   * 同期会、つれづれに
 昨日は、中学校の同期会が開かれた。事前の幹事会、反省会を入れて、この
20年間、年3〜4回は開かれている。それ以前の20年は、同級会が行われていたが、
他クラスの参加希望に門戸が開かれ現在に至ってる。40年、年3回平均は見事。
・会場は長岡駅裏のニューオータニ。
・会費が写真、二次会込みで14000円。
・出席者が47名。(男性26名、女性21名)
・二次会は7割ほどの30人が参加。終了時間が21時半。

幹事は2時半に集合。早く来てみたものの何をするでなく、クール・ウエルカム
ドリンクに何気なく置いてあったウィスキーを飲みだす。暑さに、空腹効果も
あり、16時の開宴前に半酩酊状態。これも何時ものコース。会費が14000円だけ
に年金暮らしには、キツメ? この一年で4名が鬼籍に。年々、一期一会の
感が強くなっている。72〜73歳の壁は、そう低くはない。少し認知症気味の人を
見かけたが、酔いあるような。

所属していたクラスの総数58名中、女性3人、男性が6名、合計9名が出席。
リアルに表現すると、上位成績者が、そのまま出席。(トップだった慶大の
教授は22年前に物故者に)。下位成績の三分の二が亡くなっているのは何故?

同期会では、いつも大人しいが、昨日は、早めのウィスキーのウーロン茶割
のためか、私だけでなく全体がハイテンションが、最後まで続いていた。
考えてみたら、元旦の家族会以来、宴会は初めて!「半年以上、飲み会無し」
も50数年来、無かったこと。帰って早々22時に就寝し、爆睡で、朝4時に起床。
さてポタリングと思いきや、外は雨。 寝直すことに… 

人間、古希の坂を超えると、下り坂の角度が、年々下がっていく。そして、
まさか自分が…の「まさか」の坂が待ち構えているが…『他人は先、我は後』
の楽観が目先の不安を掻っ切るから、呑気なモノ。

5年前に、肝臓ガンの同期の男。慌てふためいていたが、無事、出席いていた。
「死んでもいい!」と割切り、毎日、五合の酒を飲み続けているというが、
「まだ、死に神から御呼びが来ない」と自虐。これでは緩慢な自殺量を遥かに
超えている。 来年の再開は無理?かいな。

・・・・・
4121, 空腹感のすすめ
2012年07月07日(土)
             「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、
ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを取り上げたことがあった。
生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていない。 
著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも
大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、
今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー
  * 空腹のすすめ
≪人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。
 空腹である、ということは、摂取した食料が体に採り入れられ、それが身体
各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、
動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギー
を消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、
今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図。
それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労で
あり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も
恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。
体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。
考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。
少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。
何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。
空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。それなのに現代の日本の
ような先進国では空腹を感ずると食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。
朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり
入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという段階で、ちょっと空腹感
を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を
買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということは
まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな
ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった
新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には
先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに
帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、
 時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。
そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、
腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。
 人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。

・・・・・・
5227,「エリック・ホッファー自伝」 〜ァ愿応しえぬ者たち』
2015年07月07日(火)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 適応しえぬ者たち
「季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。
 ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」 
誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。
まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、
適応できないだけかもしれない、 〜その辺りから〜 
≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、
白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。
開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。
人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める
こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを
伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を
なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的
で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど
の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに
冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者
に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた
のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。
 オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住
したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、
重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。
ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。
それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と
絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、
私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に
突き当たったのだ。
 人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、
時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの
を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。
弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。
明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。
弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ローレンス
のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、
人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が
支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動
からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく
出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫
▼ 弱者の立場から、その役割の重要性を看破している。「特別の適応」を
 弱者は見出していく。弱者の自己嫌悪は、通常の生存競争より遥かに強い
エネルギーを放出する。それは、挫折をした節目で、内に向かって出てくる
それである。それが強者に勝利する原動力になる。適応しないことも時に重要
になる。ただし、目的が、そこに有るかどうかが、孤高と弧底?の境目になる。

・・・・・・
5957,洗って使える 泥名言 〜2
2017年07月07日(金)
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * 鉄マン ―性のアスリート 
  何のことやら?の、深く、かつ面白い下ネタが次々とつづく。  
★ <金ちゃんね、夜5回、朝2回なの。これは恋だと思うの> 
 まあ、驚きというか。その下りが… 
《 猛者といえば岩下志麻子ちゃん。彼氏と夜5回。朝2回ぐらいやらないと
 恋じゃないという。普通の日本人のやり方じゃあ単なる御あいさつなんです。
本当に‘鉄マン’だなと思う。もはやアスリート。
 志麻子ちゃんが常々言っているのが、
「私が悪いのではなくてマンコが悪いの」
「私にマンコが付いているのではなく、マンコに私がついているの」
すごいのは、租チンには当たったことがないっていう。… で、巨根の人
だけアソコが赤く光るとかね。そういう人だけを食べているの。だから、
志麻子ちゃんに素通りされたら、男として残念なことになります。まあ、
逆にロックオンされたら困りますけど。》
★ <歴代の女が泣いてわめいて角取ってくれた中古の男がちょうどええ。>
★ <一人3ちんぽ>
 「チンポマエストロ」と呼ばれている知り合いの不倫道の先生の教えで、
「不倫するなら一人3チンポぐらい持っておけ」と。一本に固執するから、
 さまざまなトラブルや事故が起きる。「あの人と連絡がとれない」とキーッ
 とならないために「じゃあ、こっち」「そっちがダメならこっち」と。
 いきなり日曜日に相手の家に「来ちゃった」とかならないように。
 3本を上手くまわしましょう。
 「そもそも向こうが奥さんと二股をかけているんだから、こっちも二股を」
 という「チンポフェアトレード論」を前から主張しているですけど。だから、
 不倫道としては3本まで。あまり多いと、色いろ支障が出てくる。毛利元就
 の3本の矢じゃないけど、3本のチンポの教えとして心に刻んでおいて下さい。
★ <こんな気持ちのいいことでもお金をもられるなんて夢みたい>
 以前、タイで会った若い買春婦の子の言っていたから、色んな人がいる。

▼ 鉄マンから見えてくる人生がある。男と女では、あまりに格差がある。
 男社会は、下スキャンダルに厳し過ぎる感がある。 で、晩年?、
「やっときゃよかった話」になる。
 


6686,読書日記 〜哲学の女神との空想上の対談 ―3

2019年07月06日(土)

                  『哲学の慰め』ポエティウス著
    ★ さらに「哲学の女神」の言葉を…
  〜 真の幸福は、外でなく内なる心の状態である 〜

≪ ◉ 人間は愚かにもウツロイやすいものに幸福を求めてしまう。
 だが、真の幸福は内にある。自らコントロールできるし、不運だといって
壊れない。ストア派と同じ考え。今日、起こった不運を達観することによって、
自らどうにもならないものに影響されないことだ。 
 幸福とは世界ではなく、心の状態である。エピクロスはこれを悟ったのである。
女神は、もう一度、自分の方に、ポエティウスを自分の方に向けたかったのだ。 
富や権力や名誉は来ても去っていくので価値はない。そのようなものに幸福の寄り
どこらにしてはならない。幸福とはもっと堅固で、奪われることのないものから、
生れなければならない。 ポエティウスは死後の生を信じているのだから、現世
のつまらないことに幸福を求めることは間違っていると。
いずれ、死により全てを失うから。
◉ それでは、ポエティウスは、どこに真の幸福を求めるべきか。
 天使の女神の答えは、「神あるいは善」ということになる。
女神のいう神とは、プラトンが提唱する善のイディアだろう。
 女神はポエティウスが知っていたことを思いださせようとする。
これもプラトンの考え方である。プラトンは、学問とは、すでに持っている
考えを思い起こすことと努力することだと。ポエテゥウスがある程度知って
いるのは、自由や世間の称賛を失うのを怖れる必要が無いということ。
こうしたことは、ほとんどコントロールできない。大事なことは状況をどう
考えるかであり、それを選ぶことができるのだ。 
囚人は神を信じてきた多くの人を悩ませてきた、本質的問題に突き当たる。
神が全知全能なら、これまで起こってきたこと、そして、これから起こることを
知っているはず。それについて女神は…<私たちは前もって知っているものの、
人間が、どう行動するか、何を選択するかによって、あなた達を見極めている
ことを忘れてはいけない!> と。何も、自由意志なのだ。 
◉ 11世紀を生きたイタリアの修道士で、のちのカンタベリー大主教になった
 アムンセルムスが、私たちが神の概念を抱いているという事実が、論理的に
神の存在を証明しているという。 アムンセルムスの『存在論的証明』である。
彼は『プロスギオン』で、<神が「それより偉大なものを考えることができない」
存在であると主張する。言い換えれば、神は想像しうる最も偉大な存在ということだ。
力、善、知においても最も偉大であり、それよりも偉大なものは想像できない。
できるとすれば、それが神なのだろう。神は至上の存在だ。 ≫

 ―
▼ 死刑執行を前にして、心の底の善こそ、最も重要と目覚めることと学ぶ。
 私の実践判断の中で、『可能な限り、後味の悪いことは避ける!』があり、
判断、決断時のフィルターにしてきた。ふり返り、これで多くが救われていた。
それもこれも、「最後の最後は、おのれ独り」といいうことになる。
人生、学び足りなかったことが、あまりに多い! 甘い、いや甘かった!

・・・・・・
6323,閑話小題 〜今年も半期の終了 −5
2018年07月06日(金)
    * 〜スイス 名門寄宿学校〜 2 ―『ボー・ソレイユ』
 人生を振返り非常に恵まれていたと思うが、特に学生時代が充実していた。
昭和40年代前半で、ベトナム戦争と、経済成長が急激の右上がりの真っ只中。
現在からみれば時代格差もいいところ。その中で、500坪ほどの早大・事務局長
の庭先に「くの字」の男子学生を中心にした寮生活。「くの字」の真中に炊事場と
洗濯場があり、両側が出入り口とトイレがあった。床は土間で、個室で鍵が付いて
いた。寮生には、秋田、福島、新潟、九州、石川など全国から様々な職業の子弟で、
早大が半数と、その他の大学に通っていた。一年もすると、数人の学生と旧知の
仲のように親しくなって、それぞれの部屋にフリーパスのように、出入りするのが
当然という雰囲気になっていた。そこで知らされたのが、読書の絶対量不足。

 2年生まではクラブと、この寮の学生が交流範囲。しかし、2年後半からは、
3ヶ月に一度の軽井沢の友愛山荘のアルバイトが、加わっていた。軽井沢の山荘で、
私以外の海外旅行の計画話を聞いて、「自分も」と、一大決心をして3年の夏休みに
1ヶ月間の欧州ツアーに参加し、別世界を垣間見た。さらぶ別次元の家柄の子弟とも
親しくなったことと、その因縁で、4年時に、『武澤ゼミ』に参加することになった。
その年次ごとに、アップスケールを着実にしていたことになる。
 それぞれの時期に知り合った友人とは現在も交遊が続いている。様々な世界に触れ、
様々な友人と知り合えたことは、何にも替えがたい経験となった。とりわけ、何人か
の教授との出逢いが大きく人生を左右した。それがあればこそ、11〜18歳までの
多感の時節の寄宿舎の内容に、ひたすら、関心してみていた。

 オープンハウスと、シェアハウスを加えて二つに割ったような寮生活(自炊…)
と、クラブ、そしてゼミは、それぞれの共同体そのものが、共同意識として、
良い意味で自分を支配し、レベルアップさせる働きしていたようだ。
 学生時代に大きく培われるのが、『自主性』と、新しい世界への『挑戦』と、
『平等』と、『変化』への果敢な精神。新たな経験と知識を、夜を徹して酒を飲み
かわし、語り合う。そこで、自分と、この私の世界の小ささの認識をすることに。
そして、外に平がる膨大の世界への直感。スイスの山麓で、ベストの仲間たちと、
先生と、ベストな食事などの環境下での8年の寄宿生活。この効果は無菌なるが
故に絶大になるのだろう。

 進級する度に、一つずつ世界が広がっていった学生時代。『ボー・ソレイユ』
にも、世界各地の秘境ツアーが紹介されていた。この年齢で、世界各地の絶景が
もたらす精神の効果は絶大のはず。現在、アフリカ、中近東からの難民が地中海
の波間を彷徨っている。あまりにも世界は、格差が大きく開いていく。
王侯・貴族の世界を知っておくのも、悪くないという話の一節! それぞれの
背中のリュックには、多くの行蔵が入っている。あの静かなスイスの寄宿生活
には、はち切れんばかりのエネルギーが迸り出ていた。
    
・・・・・・
5591,私の人生で出あった大断層は
2016年07月06日(水)
   * 私の人生で出あった大断層とは
 日本の断層といえば、戦国時代、明治維新、太平洋戦争の敗戦、そして、
バブルとバブル崩壊による日米経済戦争の敗戦である。敗戦直後に生まれた
私にとっての最大の断層は、ソ連・東欧の崩壊と時を同じくしたバブル崩壊。
 アメリカによる日本潰しだったバブル崩壊について、あまり語られないが、
太平洋戦争敗戦に比する経済敗戦。あれ以来、大規模な金融再編、大型スーパー
や百貨店の倒産、西武鉄道グループの銀行管理などが連鎖して起こった。
 その結果、資産デフレが、10年、20年かけて、じわじわと日本経済の体力を
奪っていた。2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、2011年の3・11
大震災が、更に加わった。そうこう考えると、地方の一中小は、他動的な、
思いもよらない大波に飲まれたら一瞬に消え去るしかない。 私の事業も、
バブルとバブル崩壊の結果、デフレの大波に飲みこまれたことになる。
 バブル崩壊以前の大波といえば、
・大学卒業から2年半後の1971年8月に、ニクソン大統領の発表した、
ドルの金との交換 停止によってドルの価値が急落したドルショック。
・次にオイル・ショックで、1973年(第1次)と1979年(第2次)に 始まった
(ピークは1980年)、原油の供給逼迫および原油価格高騰と、それによる
世界の経済混乱である。
・そして、極めつけは、アメリカの謀略の1985年のプラザ合意がある。
プラザ合意については、バブル崩壊後にさまざまな議論がなされたが、
バブル景気とその後の失われた20年(長期の経済低迷)の起点という
見解がある。
そうこう考えると、私の人生も、世界の政治経済の潮流に漂っていただけ。
もう一つ、1995年のウィンドウズ95の発売と、普及。そして、最近の
スマートフォンとタブレットの普及である。ネット社会が、何時の間にか、
現実社会を覆ってしまった。その結果、頭と足が腐ってきた。

・・・・・・
5226,「エリック・ホッファー自伝」 〜
2015年07月06日(月)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * 運命の出会いと別れ
 ホッファーの放浪者としてのベースは、『旧約聖書』との出あいである。
それを引き合せてくれた運命的邂逅の相手が、雇い主のユダヤ人であった。
<ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である。>
のとおり、ホッファーも放浪労働者として、真理を追究していく道を選んだ。
 〜その辺りから〜
≪・ドイツ系移民の子としてニューヨークで生まれたエリック・ホッファーは、
 7歳で母を亡くし同時に失明。15歳で突然視力が回復すると、また視力を失う
 怖さから本を貪り読むようになる。18歳で父を亡くし天涯孤独の身になると、
 さまざまな労働に従事するかたわら公立図書館を利用して読書に没頭する。
 家系はみな短命で、50歳以上生きた者が誰もいなかった。自分の命も40年
 だと疑う事なく信じていたホッファーが40歳までの"半生"を綴っている。
・ローズベルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく
 無縁だった。言葉を交わした人間の誰一人として、自分の不孝を他人の
 せいにする者はいなかった。
・雇い主のシャピーロとの会話は本の話題が中心で、彼は私が何を読んでいる
 のか知りたがった。彼は大学を卒業しており、死んだ叔父が倉庫を残さな
 かったら、学者の道に進んでいたらしい。つまり、大学教授になる代わりに、
 やり手のくず鉄屋になったのだ。私は贈罪日に倉庫を閉めたのを見て、
 初めてシャピーロがユダヤ人であることに気づいた。それからユダヤ人に
 関する本を読み始め、シャピーロが私に関心を示したのは、彼がユダヤ人で
 あるからだと確信するようになった。ユダヤ人は特別な民族である。
 彼らは神を見つけ出し、その数に比して歴史的に大きな役割を担ってきた。
 <ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である>
 そうした神を崇拝し模倣した西洋においてのみ、機械時代が訪れた。
 中国人と日本人はその発明の才と技術習得力にもかかわらず、機械時代を
 招き寄せられず、西洋から受容しなければならなかったのだ。
 この考えにシャピーロは喜び、ぜひそのことを書いてみるべきだと言った。
・古代の始まりからユダヤ人は、人間の顔に表れる象形文字を判読する能力に
 秀でていた。人間が何をしようと何を考えようと、それは顔に刻み込まれる。
・新たな好奇心が私を旧約聖書へと導いていた。ちょうど筋肉がついてきたという
 意識が、青年をウェイト・リフティングやレスリングへと駆り立てるように、
 精神が成熟してきたという意識が、私を未知の新たな仕事へと向かわせた。
・貧困者に対して非情になるなという訓戒が、争いごとにおいて
 貧者の肩をもつなという冷めた諫言と並存している。
・この世の現実に執着するあまり、古代ユダヤ人は来世のことを考えなかった。
 彼らにとって最高の報酬とは、自分の寿命を延ばしてもらうことである。
・真実を構想して未知のものを思い描き、物語を語る能力は、未知のものを
 探るうえで必要不可欠な才能だ。≫
▼ 放浪労働者から解放される機会が多くあったが、敢えて、その道を
 選ばなかったのは、40歳までしか生きられないという思い込みがあった
ことと、旧約聖書の影響である。しかし、放浪労働者は違っていた。
ただ社会的不適応者でしかなかったが、彼らの群れには魅力が隠されていた。

・・・・・・
4120, オニババと、粗大ゴミ
2012年07月06日(金)
 * 女の変容    「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著
 流石に20歳年上の書いた老いについての話は参考になる。奥さんが
曽野綾子なら旦那に対しても厳しいはず。特に「男から見る女性の、対男性
の態度に四つの時期」が面白い。女性は更年期を過ぎる頃から第四期の
オニババ化が始まる。  ーその辺りを抜粋するー
≪ 男から見ると、女の対男性の態度に四つの時期がある。
・ 最初は男を敵視し、警戒し、ことさらに無関心を装う思春期。
・それから特定の男あるいは男たちには打ち解けて、彼のことに心遣いを示し、
 男としては、うん、この女は優しくて、オレの世話を何くれとなく見てくれる、
 と思わせる。これを青春期とする。これは結婚しても数年は続く。
・第三期はオバサン期である。オバサンは家庭の主として独裁権を振るう。
 それに従わない者は、子供であろうと亭主であろうと容赦しない。
 彼女の独裁権が及ばないのは、舅と姑だから、彼らへの鬱憤は専ら、
 亭主にむけられる。舅、姑は亭主の親だからである。
・第四期がオニババだが、こうなると、彼女は世を呪い、人を恨み、身のまわり
 のあらゆる物が、自分の意図と違う状況にあると、すざまじい勢いで叱り
 つける、そのくせ、自分は何もしない。人に指図してやらせるだけである。
 この場合の指図される相手は、多くの場合い、亭主しかいないから、オニババ
 の夫としては、少なくとも肉体的には健康であることが望ましい。 ≫
▼ 数ヶ月前に、色いろあって自宅の名義が家内に変わった。
 予測はしていたが、急に態度がオーナー然として、私は宿六扱い。
ペットに餌をやっていたのを見て、「居候が居候に餌をやっている」だと。
オニババ化の一場面である。この数年で、団塊世代が大量に定年を向かえ
家の滞在時間が多くなった。現在、日本中がオニババと団塊粗大ゴミが
イガミアッテいる。私など平均4時間は外出。ちらほら愚痴が聞こえてきて
いるが、当人にとっては切実の問題。以前読んだ、あるエッセーにあったが、 
定年になった時に、「食事以外は外出するか、自室以外に出ないよう」
妻に言い渡されたという。まあ、現在の私も似たようなもの。
家が大きいので、まだ助かっている・・ 更年期を過ぎ、身体が老化を
始めると過去の思い出が大きな比重を占めてくる。人間の記憶の大部分が
マイナーで占められている。記憶は主語が消えてしまうので、そのマイナー
を身近の人に見ることになる。その槍玉が連れ合いになり、オニババ化が
進んでいき最悪、熟年離婚になる。せっかく、会社の嫌な上司から
解放された挙句に、である。


6685, 読書日記 〜哲学の女神との空想上の対談 ―2

2019年07月05日(金)


                『哲学の慰め』ポエティウス著
 ポエティウスは、『夜と霧』のフランクや、ロシアの小説家ソルジェニーツィン
など、絶望の牢獄の中で、人間の生と死を考えた人のはしり。彼の「哲学の女神」
を通した言葉は千数百年の時空を超えて迫ってくる。成るほど、高貴な精神は
残るのである。
  
  ★ 「哲学の女神」の言葉
◉ 天の広大さ、確かさ、はやさを見よ。そして、ついにそんないやしいものを
 歎賞することを止めよ。
◉ 他の生物においては自己を知らないことが、その本性であるが、人間にあって
 それは欠陥から生じるのである。
◉ この秩序を見ることの出来ない我々にとって、一切が混乱的、かつ乱雑的に
 見えるとしても、やはり万物は、善にいこうする自らの法則に依って規定されて
 いるのである。
◉ 「だから」と彼女は、言い続けた。
「賢者は運命との闘いに引き入れられることを嫌がってはならぬ。
 丁度、勇者が剣の響きにたじろいでは成らぬと同様に。
 というのは、困難が却って両者にとって機会に―  
 後者にとって名誉を広める機会に、
 前者にとって知恵を広める機会になる。
◉ 哲学の女神は、「運命を信じるなら、高い地位や評価、富に恵まれて「幸福」
 に 生きてきたけれど、それが御前をここに送り込んだのなら、そんなものは
 本当の源であるわけがない。
 ―
▼ 更に絶望の淵の囚人は…
<「運命の女神」を信じるなら、女神が来ると同じように女神が去ることを予測
 すべきだ。それは季節が巡るようなものでしかない>と! 哲学の女神と、
囚人の対話は、神の意志と自由意志という、より大きな疑問へと発展していく。
『偶然なぞ、宇宙のどこにもない、すべてを司るのは神の意志』だと。
 そう言われたら、当然、その神の意志とは何か?と、問うだろう。哲学の女神は、
これに対して、『人間の自由な選択が、どのような未来をもたらすかを、神は現在
のこととして見ておられます』と説明する。神は、人間の選択の結果を知っている
が、導きを乞われない限り、その選択に干渉することはない。神の意志が宇宙を
苦もなく動かすのに対し、運命はその時々の個々の人間の動きに影響を及ぼすに
過ぎないことを、囚人は学ぶ。「神のそばで生きる者は神の意志と調和して生き、
その結果、神の意志を頼みにすることが出来ると…」。 それに対して、
「自分の意志で生きていると信じる者は、完全に運命に縛られ、逆説だが、自分に
生き方を掌握しにくくなる。静けさを尊び味わう者は神の御心を知り、不安と混乱
以外に何も何も感じ取ってない者には、運命の厳しさだけが残る」と!。
 同じ自問自答でも、絶望と恐怖の牢獄での魂の叫びが響いてくる。
人生、ハッピーエンドがベストとは限らない。誰の最期も、アンハッピーと固く
信じていれば、混乱と絶望の中で息絶えなくて済むものを。 いや同じか。
しかし、同じではない! 叫びの中で、魂が、こう残っているではないか。
 自由を望めば、それだけ自由になれる。何故なら不自由は、自らの心の壁。
ところで苦しいのは最期の30分としても、囚人の最期は、キリストのごとく、
あまりに過酷。 人生には、宗教が必要ということ! 
 人生を振返ると、信じられないことが次つぎと。白い、黒い、まだら色のスワン
が次つぎと舞い降りてきた。そういえば嘘のように可愛いのも… 憎らしいのも。
 人生、自由を楽しめる者には面白い! 群れるな、横を向くなよ。自由に遊べ。

・・・・・・
6322,閑話小題 〜今年も半期の終了 −4
2018年07月05日(木)
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 ―NHKプレミアム
 ドキュメントでは、
【 まるで映画のよう!名門寄宿学校ってどんなところ?
  密着!プリンスたちの学び舎 〜スイス 名門寄宿学校〜
   6月6日(水)[BSプレミアム]後9:00 】 が圧巻だった。
偶然、去年の今日(同月同日)、<モンテッソーリ教育を受けた有名人>
をテーマに書いていた。この偶然にも驚かされたが… 慶応には幼稚舎から
大学までのエスカレーターのコースがあり、年に最低、?百万はかかる。
このスイスの学校は、1200万。11〜18歳の8年制で、合計一億円になる。
慶応でも500万×20年=一億円。 まあ、いいが… 
 このテーマを書くにあたり、昨日、二度、続けて録画をみたが、成るほど、
理に適っている。NHKのHPに詳細を譲るが、内容は御伽噺をみているようで…
こういう「選ばれし者たち」の理想郷のドキュメントに、反発を覚えるタイプ
だが、ここまで映画のような世界に… 私の二回みたそのままを書くと!

▼ ・スイスアルプスの麓にある「11〜18歳までの「8年制の学生寮と学校
 『ボー・ソレイユ』」の紹介。
 ・全校生240名、先生が54名。生徒は人種を問わない世界各地から…。
・学費は三食、寮費込み1200万。8年制として大よそ、一億円。 食事は豪華
 なビフェスタイル。
・家族から引き離されるため、両親の役割の専任教師もいる。
・クラブは40ほどあり、2つ以上の加入が義務つけられている。
・部屋は2人の相部屋が基本。男女の比率は見たところ、男2に対して女1.
 白人2に、有色人種1の割合。
・世界中からスカウトされた先生の質が抜群。歴史でも、美術でも、何故何故と
 考えさせるのがベースにある。
・18歳で卒業後、有名大学とか、ボランティアで、世界にちっていく。
・スキー場が目の先にあるため?秋口から春先まで、週一、半日の実施訓練が
 義務つけられ、3月半ばに、全校生参加の、3時間のスキー大会が圧巻。
 〜ボー・ソレイユ校理念〜
 ◉責任を持って行動しなさい
 ◉敬意を持って振舞いなさい
 ◉高い目標を持ちなさい
 ◉最善を尽くしなさい

〜〜〜〜
永井朝香ディレクターに、撮影裏話!

 名門寄宿学校って、どんなところ?
──なぜ、この学校に取材をすることになったのですか?

今回の企画は私が立ち上げたのですが、そもそもは“世界の秘境に行きたい”
というのが始まりでした。けれど他のテレビ番組で既に取材が入っていたり、
一般の方でも行っていたりと、なかなか“秘境”が見つからない。熟考した
結果、そうだ! 学生寮だ! と思いついたんです。するとプロデューサーに
「プリンスも行く寄宿学校はどう?」と言われ、めったに入れない場所という
意味でこれは秘境だな、って(笑)。それからヨーロッパの寄宿学校にいくつか
オファーをして、ようやくOKをいただけたのがボー・ソレイユだったんです。
先生方がこの学校の日本人生徒にすごく良い印象を持っているそうで、後で
お話を聞いたら「日本の取材だから受けました」と言われました。今回の取材
は、これまでこの学校に通われた日本人のみなさんがあったからこそ実現した
といっても、過言ではないかもしれません。

──卒業生の中には、いったいどんな家のご子息、ご令嬢が…!?

詳しくは言えませんが、某国のロイヤルファミリーや貴族といった、歴史に名を
連ねる名家をはじめ、著名人や芸術家など経済的に豊かな家庭のお子さんが中心
とうかがいました。だからといって、お金があるだけで入れるわけではないと
いうのが、この学校のおもしろいところ。学力のほかにも、学校との相性も
見極めるそうです。面接で「夜に懐中電灯だけつけて山に登るけど参加する?」
と聞いたときに「えっ」と戸惑うタイプではなく、「楽しそう!」とすかさず
返してくるような子を受け入れるようですよ。

 名門校の授業と、それを教える先生とは?

──まさに選ばれし者が通える学校ですね。授業はどんな風に行われるのですか?

「いま世界で起こっていること」を教材に、勉強→思考を巡らす→その結果を
発表する、というような発展形式になっています。例えば「リーダーシップ」が
テーマの地理の授業では、アフリカの島国・マダガスカルの水問題という切り口
から、発展途上国の水問題や女性の社会進出など多角的に先生と生徒たちが皆で
議論していました。この白熱した授業を55分で行うのですが、生徒たちは涼しい
顔でこなしており、頭の回転の速さとマシンガントークにまたまた度肝を抜かれた。

 偶然にしても、面白いもの!
・・・・・・
5955,閑話小題 〜モンテッソーリ教育を受けた有名人
2017年07月05日(水)
   * モンテッソーリ教育を受けた有名人
 20歳の頃に、『創業を目指す』と、志をたててから、俄然、人生が
面白くなっていた。人生の脚本の粗筋が、その時に決まってことになる。
当時の与えられていた学科そのままが、教材になっていた。また与えられた
特権の自由になる時間が素材に思えてきた。その翌年の三年次に行った、
「30日間の欧州ツアー参加」も、四年次の「武澤ゼミ」の入会も、その粗筋が
あればこそ決断出来たこと。緑の原野(社会)に出てからの自己配転による
キャリアづくりも、「人生の脚本」の筋書に沿って進んで行った。
 それが、周囲に対して違和感を持たれていたが。その時期が20才時だった
のが良かったと思っていたが、何か内なる硬い岩盤があった。その岩盤を
最小にすべく、幼児期からプログラムをたて、手順を踏むのだから、納得。
 この教育を受けた有名人をネット検索によると、
≪ オバマ大統領、クリントン夫妻や、日本の皇族にも
 モンテッソーリ教育を受けた人がいるそうな。
  〜主な人物では
・アンネ・フランク
・バラク・オバマ(米国大統領)
・ジェフ・ベゾス(Aamazon創業者)
・ジミー・ウェールズ(ウィキペディア創業者)
・キャサリン・グラハム(元ワシントン・ポスト会長)
・サーゲイ・ブリン(グーグル創立者)
・ラリー・ペイジ(グーグル創立者)
・ピーター・ドラッカー(経済学者)
・ジョージ・クルーニー(映画俳優)
・ウィリアム王子・ヘンリー王子(英国王室)
・ウィル・ライト(ゲームクリエーター)
・ジュリア・チャイルド(料理研究家)など・・
 モンテッソーリの基本的な考え方は、
『子どもの自主性を重んじそれを伸ばしていくこと。』
 日本の教育が個性の尊重に重きを置かず、画一的な教育である
ことに問題意識を持つ親には、興味深い教育法。しかし、モンテッソーリ教育
を受けた誰もが高い能力を発揮できるわけではなく、子どもにも向き不向きが
ある。保育園や幼稚園などにより、導入の度合いは異なります。また、家庭が
その教育法にどう向き合うのか、非常に重要になる。
 この教育が目指しているのは、自立し、周囲に対して思いやりを持てる
人物を育てること。日本の教育では、与えた課題を正確にこなす、ことに
主眼が置かれがちですが、モンテッソーリでは自分で課題を見つけ、自分の力
でやり抜く力が身につきます。発達障害や、貧民の幼児向けのプログラムが、
幼児の英才教育に改良したもの。≫

▼ 今では、スマートフォン、タブレットPCが一般に普及。
 これを幼児の英才教育に活用できる親の教育ソフトこそ、必要とされる。
成るほど、競って慶応幼稚舎に入れるのも、そこには、個性尊重の自由な精神を
守る世界があるのだろう。良い意味の「朱に交われば赤くなる」ということ。
悪い意味では「世間」になる。己の不自由を気付いてないから、それはそれで。
 ああ、それ、自分の指摘ではないですか? 時世に群れて、考えず、狂い水を
飲んで、頭をやられ、無為に過ごしてきた人生こそ、不自由だったのでは? 
 そとには鳥の鳴き声と、雨の飛沫の音がする。
で、この有名人たち、自由だったのだろうか。黄金の人生だったのだろうか。
少なくとも私よりは遥かに自由で黄金の時間を過ごしていたようだが…

・・・・・・
5590,幸福の条件とは 〜
2016年07月05日(火)
 「幸せの条件?」をネット検索にかけてみた
≪ 幸せの3つの条件(『人生談義』松下幸之助より)
   1.自分が幸せだと感ずること。
   2.世間の人びともその幸せに賛意を表してくれること。
   3.人間の共同生活の正しい進歩向上に即したもの。
  幸福のための4条件(『不幸論』中島義道より)
   1.自分の特定の欲望がかなえられていること。
   2.その欲望が自分の一般的信念にかなっていること。
   3.その欲望が世間から承認されていること。
   4.その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない
    (傷つけない、苦しめない)こと。
「どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せだと思っていなければ、
 その人は幸せではない」のです。
幸せの第一条件は、「自分は幸せ」という“自覚”があることです。
それを確かにするのが、実際に“幸福感”を感じて生活することです。
世間からの賛意・承認を得るということは、善いことをする、人の役に
立つのようなものに加えて、人に迷惑をかけない、悪いことをしない
というようなものも含むと思います。≫ とあった。
▼ 年収七百万までは、比例して右上がりになるが、それ以上は、急速に
 角度が下がる。貯蓄も、一世帯3千万が心配しないで済む安心の目安。
「どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せだと思っていなければ、
その人は幸せではない」とあるが、逆に、「どんなに不幸に見えても、
本人が不幸と思っていなければ幸福である」といえる。としても、
何時も金の心配をしなければならない生活は決して幸福といえない。
 資本主義社会とは、貨幣を基準に価値判断をする社会。不条理だが、
割り切るしかない。お金の本質といえは、ずばり、「自由」と「能力」。
「自らに由る欲望の達成」の手段がお金。達成できる力が「能力」。
千円には千円の、百万には百万の、一億には一億の能力がある。
 自由、博愛、平等度が高い社会ほど、幸福度の高い社会になるが、
その前に、人と比較しないこと! 
 そうすれば、自らを縛りつけている枠が取れるため。
・・・・・・
4860,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー28
2014年07月05日(土)
  * 15年の準備期間の総括! ―チェーンストア理論とは
 多くを学んだ割りに、大きく脱皮出来なかったのは、「根が怠け者」がある。
だから、20歳で創業を目指すと決心したことで、何とか人生を全機
(人間としての機能フルに生かす)でないとしても、その数分の一は生きること
が出来た。終戦直後に生まれ、地元長岡の焼け野原からの時代は間違いなく右上り
の時代。アメリカ占領統治から独立過程で、アメリカ的合理主義が求められていた。
その一つの現象が、アメリカのチェーンストア業態。未開の大陸、流通業の小売で、
合理的業態として、セルフ方式のチェーンストアが、アメリカ全土にあった。 
JC・ペニー、シアーズ・ローバックが当時の雄であった。 現在ではウォルマート
などが主だが・・ 学生時代に、日本の流通革命を目差すペガサス・クラブと、
流通コンサルタント・渥美俊一の存在を知る。当時の都市の駅前には、業種店の
百貨店と中小小売店が賑わいを見せていた。そこに業態店のスーパーを中心とした
新たな流通バイパスの業態店を!というから、これ!と思うのは当然。ちなみに
業種店とは、駅前に残存するが、メーカーなどの売り手サイドの括りで、問屋を
仲介にした仕入を主にした店で、「何を売るか」で、括られる。
それに対し業態店とは、「どのように売るか」で括られた店。セルフ方式で安く
売るスーパーや、ディスカウント店である。コンビニは、車で10分の商圏の中、
10分以内に消費する商品を、24時間営業を、売りにしている。それに対し、
駅前・駅中の靴屋、化粧品店は、あいも変わらず? その為、何時の間にか、
スーパーや、ネットで、売上げは激減状態!
 卒論に「流通革命」をテーマにしたこともあり、チェーンストアのシステムの
話になると我を忘れるが、これ、はまると、意外と面白い!その中で、一番要は、
チェーンストア統一伝票と、その伝票にバイヤーが書き込む仕様書発注である。
それさえ、詳細に書けば、それが、そのまま契約書にもなる。これが曖昧だと、
売り手が曖昧な商品を納入可能になる。 ある規模になれば、生産地で、直接、
メーカーと共同開発の特別発注が可能になる。 このところ、イオンが、イオン
ブランド品に比率を上げているのは、競争激化による。 そこで、トレード・
オフで、ホット商品の無駄をはぶいて数段の値段を下げで、カジュアルにする。
アメリカのディスカウントチェーンは、メーカーと組んで、商品開発から取組んだ
商品を売る、業態店をいう。 値下がり品だけを売る店は、チープ店である。
 小売を科学するとは、流通戦争の中で、生延びる中で生まれてくる。
だから、商売のヒントと原則が、数限りなく積上げられてある。その中で面白い
のが、ロスの概念! 商売をすれば当然、ロスが発生する。
これを、元から予測して、「発生は仕方がないが、最小にする!」という考え方。
これ、人の生き方にも当てはめることが出来る。「思いのまま生きた分、心の傷も、
喪失感が多くなるが、それ以上に得ることがある!」と言い換えることが出来る。 
冒険を恐れて、周囲の価値観の範囲で、人生を終える時に、やりたかったが、
やれなかった機会ロスがあまりに多かったことに気づくが、既に遅し!
そのゾンビが巷に多い。 彼らの敵は、逆の人生を生きてきた人!



6684,読書日記 〜哲学の女神との空想上の対談 ―1

2019年07月04日(木)

                 『哲学の慰め』ポエティウス著
   * 何とも驚かされる対談
 AC6世紀に、獄死を前に、哲学の女神と対話する方式が、自らをTPOSの
場において、哲学の女神との対談方式で考えるのだから何とも斬新、かつ迫真
の説得力を持つ。
  〜 まずは、この本の概要から…  (ネット検索より)
≪ ◉ ポエティウスは5世紀の終りに後期ローマ帝国の貴族の家庭に生まれる。
権力者の家系にあって、恵れた環境のなか最高の教育を得て最も高い官職につく。
順風満帆の人生であったが、政変に遭い、死刑を待つ囚人に身を落としてしまう。
 本書は獄中の中で、彼が空想の中で描いた「女神」との会話を通して、
人間の自由意志について、対話を重ねていく。
不幸のどん底に落とされて、それでも神の意志はあるのかと彼は尋ねる。女神は
‘神は全宇宙を苦もなく動かすが、運命は個々の人間の動きに影響を及ぼすに
過ぎない’と答える。 神の意志と調和することが尊いのであって、自分の力で
生きていると信じている者は、最後まで運命にしばられるという。運命に作用
される限り、不安と混乱に踊らされる。当書も身体の自由は奪われても自由に
到達する境地について語られており、「幸福」の本質を描いた名著である。

◉ 当時のローマは東ゴートの支配下で、ボエティウスはテオドリック大王の信任
を得て執政官などを勤めました。しかし真偽はわからないが、そのうち反逆罪で
訴えられ、刑死します。本書は牢獄の中で失意のうちに書かれたもの。
最初は牢獄の中で、芸術の女神(ミューズ)と一緒に嘆く自身の描写から始まる。
そこでいきなり哲学の女神が現れて、そのような嘆きはおまえにふさわしくない、
などと言い、ミューズを追い出し、ボエティスを激励します。
これ以降、哲学の女神とボエティウスの対話形式で、ギリシャ哲学が語られる。
・まず、富や官位などは真の善とは何ら関係なく、牢獄に入っても、おまえは
何も失っていない、というストア派的な主張が述べられる。
・それから、悪が栄えて善が虐げられる、というボエティウスの不満に対して、
悪は無知・無力であり、すべては一にして善なる神の秩序の中にあるという、
エレア派&プラトン的な教えで女神は慰めます。
・最後に、神の秩序による必然と、個人の自由意志の共存が説かれて終わります。

◉ ボエティウスはキリスト教徒のはずですが、全編をとおして、キリスト教の
教えはまったく出てきません。神という言葉も、キリスト教の神ではなく、
汎神論的な神を思わせます。
形式は論述と詩が混じっており、詩にはギリシャ・ローマ神話の要素がふんだん
に散りばめられています。キリスト教が古代世界を制覇した6世紀に、しかも死に
直面した状態で、ここまで古代的な形式と主張が守られていることに驚かされます。
まさしく「最後のローマ人」と言えると思います。  ≫

▼ 中心的テーマは… 『自由意志』。身体は自由を奪われても心は自由という
 囚人が到達した境地こそ、成熟の本質ということ。これこそ、幸福の本質である。
何があっても、心の自由こそが、人間のあるべき姿である。何でまた、自分を
縛っている! 自らしか、その首輪と紐を外せない。それ付けて何処をうろつく?

  〜次回は、「哲学に女神」の言葉…

・・・・・・
6321閑話小題 〜今年も半期の終了 −3
2018年07月04日(水)
   ★ YouTubeで印象に残った映像
・今年のYouTubeの映像で驚いたのが、ドバイの「ドローンのレース」。
ゴーグルを被って運転席に座ったゲーマーが参加する。画像は隼のように
倉庫のような空間に、780メートルのレース場の空中を10数周も突進する。
私はゴーグルを持ってないが、ゴーグルを被った映像なら迫力が違うのだろう。
36チームが参戦し、最後に勝ち残った4チームが決勝戦を争う。総額100万ドルの
賞金という。 そこで、15歳の少年が優勝をしたが… 独り部屋で異空間に引き
こまれ、不安さえ感じていた。ドローンとゴーグルの組合せの妙を、そのレース
で見ることになった。
・いま一つが、アルプスの頂上の現場で、ゴーグルを被り、ドローンを飛ばし、
頂上の自分たちを撮影した映像が、何とも不思議な感覚にさせる。 現実と、
バーチャルの融合。天使の目線で、自分の姿をみる。何とも奇妙な感覚。
・この7月中旬に、ドバイでドローンタクシーが、実際に営業開始をするという。
ニュースの映像を見る限り、まだまだ初期段階のようだが、面白い!
――
   ☆ 理想的敗退のゲーム!
 日本時間の7月3日に決勝リーグのT1回戦でベルギーと初の8強進出をかけて
激突して2対3で敗退した。直前、英メディアはベスト16のプレビューを実施。
FIFAランク3位の強敵と対戦する日本の圧倒的不利を予想していた。
日本チームの実力からして、負けは当然。負け方が2点先行し最終に3点とは
絵に描いたような展開。ランク62の日本が、ランク3位のベルギーに本気本領
を出させて、負けたということ。
 先日のポーランド戦での最後のパス回し、正否の議論がされたが… 
あれは当然の判断。監督の使命は決勝リーグに勝ち上がること。観客にゲーム
を楽しんでもらうために選ばれたのではない。何はともあれ、進出を確実に取り
にいくのは当然の理。「正・反・合」の『反』を立てるため言ってるだけ。
その場をも盛り上げる遊び言葉と、現実はべつもの。理想的結末としても、
日本は出来過ぎ。

・・・・・・
5224,「エリック・ホッファー自伝」 〜
2015年07月04日(土)
           「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 希望でなく勇気  
 希望は誰も持つが、いざ実行となると難関が立ち現れ、萎えてしまうもの。
私の経験からして、勇気は「呼吸」である。大きく吸い込み、息を止め、一歩
を踏み出す。そのためには普段より「否定1に対して、肯定3」の思考と行動
習慣が必要になる。  〜その辺りから
<自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。
希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難な
ことにとりかかるのはたやすいが、それをやり遂げるには勇気がいる。
闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、勇気が必要だ。絶望的な
状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである。>
「希望」と「勇気」。どちらも自分の先に対する「可能性」への心の動きだが、
「希望」が思考に留まるものなのに対し、「勇気」は行動を伴うもの。
しかし、自己欺瞞としても「希望」が必要だ。そして、それを実現するには
「勇気」が必要になる。ホッファーは、ここで、ゲーテの以下の詩を取り上げる。
《 財産を失ったのは──いくらか失ったことだ!
  すぐ気をとなおして、新しいものを手に入れよ。
  名誉を失ったのは──多くを失ったことだ!
  名声を獲得せよ。
  そうすれば、人々は考え直すだろう。
  勇気を失ったのは──すべてを失ったことだ!
  そのくらいなら、生まれなかった方がいいだろう。」
               「「温順なクセーニエン」第八集) 》
▼ 「正中心一点無」の言葉が、私の行動の一歩を踏み出す時に、
 思い浮かべる言葉であった。「希望」と「勇気」の間には深い溝がある。
兎にも角にも、その向こう側に向かって飛び越えなければならない。
ネットで「勇気」のポジティブな対語(反対語ではなく対になることば)
として、「智恵」とあった。また、「慎重」も。「智恵」は、「勇気」の
中から生まれ出てくるが、事前の「智恵」も必要である。それが「準備」と
いう計画の具体的練り上げへのダウンに繋がっていく。

・・・・・・
4859,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー27
2014年07月04日(金)
  * 15年の準備期間の総括! ー2
 この準備期間の15年は、緻密に練られたようだが、実際は成行きの要素
が多かった。事業を立上げ、それを転売をする度にアップスケールする創業を
求めた結果が、自然に準備そのものになった。私の性格が外交的というより、
内省的のため、その都度、非常な緊張感が付きまとっていた。医者に診て
もらったら、恐らく、自律神経失調症か、対人恐怖症と診断されただろう。
人間は気づくかどうかだが、全ての精神症の要素を持った総合体で、問題は、
そのバランス。その中で、特に初対面の相手との対面が苦手だったが、いざと
なれば腹は据わるもの。その「いざ」の場面から、自ら逃げるから、精神症
から精神病に陥ってしまう。絶対的父親の元で育った八人姉兄の末っ子が、
父親のような創業を、何を血迷ったか求めれば、精神的限界に立たされて当然。
何とか、その都度、本屋の中の天使に導かれ手にとった本で、乗り切っていた。
 その中で、様々な場面で、多くの判断が求められた。
・大きな問題の一つが、連れ合いである。 右腕タイプか、全く商売の興味を
 示さない家庭的な人? 結果として選んだのが後者タイプだったが、
 どうだろう? これだけは答えが出ない人類永遠の課題! 右腕タイプは、
 事業が拗れた場合に、相打ちという自滅の危険が生じる。巷に多々みかける!
・次が、現場の要の人材である。これが、なかなか定まらず、直前まで手こずって
 いた。職安やリクルートを介して何人かと面接をしたり、数ヶ月間、使って
 みても、相性が合うのが見つからない。大問題だったが・・
・出揃った事業資産は、駅前の土地(当時の時価1億円)と、長岡郊外の更地
 二ヶ所と、現金1億(千城台の売却)。そこで《事業資産は、博打場に投入
 した掛札!手元に戻らないと、割切ること!》と、何度も自分に念を押す!
 それまでの実家の急場の助っ人の立場が、今度は、全てが直に跳ね返ってくる
 白刃の真只中! 本番の創業が始まる。出発点で、5百%の成功確率の準備を
 整えていた手ごたえは、あった。しかし最後は「後は 野となれ 山となれ!」
・・・・・・
5954,閑話小題 〜東京都議会選挙で
2017年07月04日(火)
   * 都議会選挙で自民が惨敗
 都議会議員選挙、予想の過半数を遥かに上まわる6割減で自民党の惨敗。
それでも23議席も取れただけでも、まだよかった。国会も、これで大荒れに
なっていく。自民の大勝の緩みの結果が、そのまま結果につながった。
阿部首相の明らかな○○を、力で覆い隠すほど、露わに浮かび上がっていた。
映像世界の恐ろしさである。とはいえ、台湾人の女党首の蓮舫では国風に
そぐわない。
 ―
   * 将棋は、藤井4段が初黒星
 将棋で、新人の藤井4段が、29連勝で終わりになった。
対局をした棋士の一人が、彼を、『小学校二年生が、東大試験の答案を20分
で終え席をたったようなもの。それも全問題、正解で… 』と宣っていた。
これから60年生きても、74歳。やはり羨ましいが、早折も有り得る。
 ―
   * 昨夜は、中学同期会の飲み会
 昨日の午前に電話が入って、昨夜は中学同期会。12人が出席。数ヵ月先の、
泊りこみ同期会の幹事会で、これで今年二回目。最低要員の確保もあるが、
年に4〜5回も出席をすれば、故郷に戻ってきた感覚になると同時に、その度、
己の存在感の劣化と、老化が彼らを透して見て取れるのは、仕方がない?… 
三次会は控えて帰えれば23時過ぎ。その都度、一期一会の念が強くなる。

・・・・・・
5589,閑話小題 〜『エンド・オブ・キングダム』
2016年07月04日(月)
   * 「離脱ドミノ」〜英国の次はフランスか? 
 来年はフランス大統領選とドイツとベルギーも総選挙がある。
これまた、離脱か、残存かを問う選挙になるが、英国に続いてフランスが
離脱をしたらドイツを核とした新たは枠組みの経済圏が出来るのか。
その上、ドイツも離脱をしたら、EUが消滅をする。連鎖の可能性から
して、どうだろう。 先日のスペインの選挙では、EUの維持を選んだが。
 〜ネット上に、以下のレポートがあった〜
≪ Brexitショックを消化しつつ、一定の安定感を取戻したマーケット。
 しかし、市場は先読みする。英国が引き金を引いた「離脱ドミノ」懸念。
Brexitの次はどこか。そこで、最も切迫感のあるリスクを抱える国が
フランス。来年5月の大統領選が、事実上の英国型国民投票と化す可能性がある。
既に、オランド大統領の支持率は10%台前半にまで急落中。いっぽう、
予想される対抗馬の国民戦線党首ルペン氏は20%以上の支持を得ている。
フランス国民の不満がうっ積しているのだ。解雇条件緩和などを盛り込む
労働法改正に対し、労働者は激しく抵抗している。清掃関係の労働者が
ストライキしたときには、パリの街角がゴミの山となり、異臭が漂った。
自然も味方せず、異常気象による集中豪雨がパリを直撃。セーヌ河の水量が
通常より6メートル以上上がり、洪水が発生。一部の地下鉄駅は水没した。
「それもこれも、そもそもEUのせい。」理不尽なまでのEU悲観論は高まる
ばかり。ピュー・リサーチセンターによれば、フランス人の66%がEUは
経済的に失敗と考えている。反動で、移民排斥への共感度は高まる。
「選挙で選ばれていないEU本部の人たちにより構造改革を押し付けられた。」
との反感も強まる。しかし、ドイツとともにEUを礎として支える立場の
オランド大統領は、公式の場で、メルケル首相と並び、EU結束を訴える。
そもそもフランス人には、独一強、独主導への警戒感が根強い。その国の首相
と「EUがんばろう。」とスクラムを組むオランドへの支持率下落は加速する。
「EUより我が国の内情を心配せよ」との批判は高まる。
 フランス国民の間には、英国型国民投票を望む意見も急浮上する。
英国のEU離脱に関しても、「わがままを言う英国が出てゆくのは歓迎。」
との考えも根強い。「英国がEUを離脱するなら、この際、我が国も独立性を
取り戻そう」と発想も芽生える。フランスは英国をライバル視する傾向が強い。
なお、ドイツとフランスの間にも不協和音が絶えない。英国EU離脱交渉に
関しても、オランド大統領は、「ただちに出てゆけ。」といわんばかり。
対して、メルケル首相側には、経済関係が密な英国に、一定の冷却期間を与え、
出来ることなら考え直してほしい、との計算が透ける。EUから最大の経済的
恩恵を受けているのはドイツなのだ。しかし、米国覇権への対抗、中露に対する
団結としての欧州協調路線は崩せないから、英国EU離脱交渉には強い態度を
示さねばならない。独仏は「仮面夫婦」を演じる宿命にあるのだろう。
英国EU「離脱」は、しばしば「離婚」に例えられる。その発想の延長線上には、
独仏仮面夫婦の「離婚」も視野に入る。それは、フランス大統領選挙で、
反EU派候補が勝利するときだ。なお、実は、オランド大統領にも勝算がない
わけではない。フランス国民が、英国内に拡散するRegrexitの惨状を
見て、考え直すシナリオだ。大統領選挙戦ともなれば「英EU離脱に軽軽に票
を投じた人たちの後悔を教訓とせよ。」と訴えるであろう。≫
▼ 非常にわかりやすい内容である。それにしても、長年かけてつくりあげた
 EUも、英国の数人の凡庸な政治家の判断ミスで、一瞬のうちに崩壊する
可能性を含んでいた。凡庸な数人の政治家と、老人と、低知識層によって、
いとも簡単にEUだけでなく、英国連邦そのものの崩壊の危機がつくられた。
1月前に観たシネマ、『エング・オブ・キングダム』は、全世界で大ヒットを
飛ばした『エンド・オブ・ホワイトハウス』の続編で、舞台は英国。その
ロンドンの街中を破壊尽くす“テロリズム”との壮絶な闘いを描いたもの。
皮肉なことに、時を同じくして政治的場面で起こってしまった。
「事実は小説より奇なり」そのものである。恐ろしいことだ。

・・・・・・
4492, 怒らないって本当は恐い! ー7
2013年07月04日(木)
   * アポロン(光)とディオニュソス(陰)
≪ プロレスで人気レスラーが最初はヒール役に椅子で叩いたりひどいことを
 させます。観客を怒らせるためです。そして観客に、「どうしてもっとやり
返さないんだ」というストレスを十分ため込ませた後、一気に反転攻勢に出る。 
そうすると観ているほうは、ついに発現した怒りのマグマにカタルシスを感じ、
すっきりするわけです。そもそも人間の感情として怒りが具わっているという
点については、哲学者たちもいろんな形で論じています。たとえばニーチェが
『悲劇の誕生』という本の中で、アポロンとディオニュソスという対照的な
世界観を描いたのは、そのことをいいたかったから。アポロンは美と光の神、
ディオニュソスは、狂乱と陶酔の酒神、激情の神です。古代ギリシア人たちは、
アポロン的、つまり表面的に見ると明るくて楽天的だと思われていたのですが、
決してそんなことはない。実は人生の暗黒側面と激しく戦って、それを征服し、
苦しみも哀しみ為すべて受け入れた人たち、いわばディオニュソス的な側面が
あるわけです。その意味では、アポロン的なものはディオニュソス的なものの
影であって、本質的なところで苦しさを受け入れているからこそ、彼らは強く
明るく生きていけたのです。 つまりニーチェによると、ディオニュソスに
象徴される怒りの感情は、むしろ人間の本質であるともいえるのです。
 ・・もともとニーチェの思想というのは、怒りや苦しみを、あるがままに
受け止めることによって、はじめて人は善き人生を送れるとするもの。
これが彼の超人思想の根幹ですから、その意味で怒りは避るべきものではなく、
素直に受け入れるべき感情にほかならないといる。 ≫
▼ 誰にも光と、陰の側面を抱えて生きている。それが厚み、深みである。
 山高ければ谷深しである。人生には美と光の日々と、狂乱と悲観の暗黒の
日々がある。また、それが混合している。それも光の当て方で幾らでも
変わって見えてくるから面白いのである。両親や、社会のバイアス(先入観)
に縛られ、光の当て方さえ知らずに、小さな岩場の穴に閉じ込められている
ことさえ、知らずに一生を終えるのが全て人の人生である。他者に原因を
求めるだけでなく、また自分に原因を求めるでなく、問題そのものに原因を
見出すことが正しく怒ること。怒りを生み出している原因は客観的なもの。
それは粘り強くなければ得ることができないため自然と粘り強くなる。
 今まで、感情についての考察の論を読んできたが、「怒り」を、これほど
肯定している本は珍しい。怒りっぽい私にとって救いになるが、考えてみれば
気が短いだけ。確かに怒りに光と陰がうかび出る。自分に怒り、相手に怒り、
社会に怒り、国家に怒り、運命に怒り、人生に怒っていたら、せっかくの
人生が台無しになるが、正当に怒れば、道は開けるというのか? 問題は、
ディオニュソスを、どう扱うかということ。本当に恐しい相手だが!


6683,読書日記 〜『極上の孤独/下重暁子著』 −2

2019年07月03日(水)

               『極上の孤独/下重暁子・著』
   * 群れる鳥の五条件
 「孤独な鳥の五条件」を、逆に「群れる鳥の五条件」にすると、
「世間人」そのものになる。
 〜まずは「孤独な鳥の五条件」のおさらい〜  ◉ (…)内は「私の注釈」
第一に孤独な鳥は最も高いところを飛ぶ (気位が高い)
第二に孤独な鳥は同伴者にわずらわされずその同類にさえわずらわされない
                   (和して同ぜず)
第三に孤独な鳥は嘴を空に向ける    (上をめざす 学ぶ姿勢を保つ))
第四に孤独な鳥ははっきりした色をもたない (自らの思い込みを客観視する)
第五に孤独な鳥は非常にやさしくうたう (陽気に楽しむ術を持つ)

 〜次に、これを「群れる鳥の五条件」にすると〜
第一に群れる鳥は林の中の低いところを飛ぶ (行動範囲、生活範囲が小さい)
第二に群れる鳥は同伴者にわずらわされ、更に同類にさえもわずらわされる             
             (とにかく本を読まない。群れるしか能がない)
第三に群れる鳥は嘴を地面に向ける (地回りが仕事で主に虫を主食にする)
第四に群れる鳥ははっきりした色をもつ (盲目の色彩が際立たっている)
第五に群れる鳥は非常に暗く低い声で囀る (人の不幸は蜜の味に犯され…)

▼ テリトリーが狭く、同類に縛られ、失敗者を探しだし攻撃をする。
 世間に… 特に家族など身近に縛られ、岩場の中で、身動き出来る範囲で
しか生きる術がない鬱憤を、より弱者や、弱体化した者に攻撃をする。
島国根性というやつ。誰も多かれ少なかれ持っているが、常に自覚しないと、
大多数が故に、染まってしまう。 …『哲学の慰め』。
 後日にテーマにするが、
【5世紀の終わり頃に 貴族の家庭に生まれ順調な人生を過ごしてきた哲学者・
 ポエティウスは満帆の人生であったが、政変に遭い、死刑を待つ囚人に身を
落としてしまう。獄中で、死の恐怖の中で、「哲学の女神」が現れて、慰める】
といった形式をとった『哲学の慰め』という書。…これが死後、中世の時代の
ベストセラーになる。 絞首と殴打による死刑の恐怖に慄いている彼の前に、
突然、女神が現われポエティウスに、何を信じるべきか教える。孤独な鳥の
究極の叫びに聞こえる。 『ガイロク(街録)』の、ミニ・インタビューに
応える旅人のように、誰もが孤独の際で生きている。問題は何を信念とするか。
孤独を、むしろ大事に出来るか否かである。これは自ら孤立しておかないと!
 人生の姿勢という問題にもなってくる。とは言え、ホモ・サピエンスが生残り、
クロマニョンが、死滅したのは、家族単位の群れしか構成できなかったため。
より強い群れしか、生き残これなかったため。孤高など、所詮は戯言でもある。

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6320,映画鑑賞 〜『ワンダー』
2018年07月03日(火)
   * シネマ観賞
 先週金曜のシネマ観賞は『ワンダー』。 評価が高かったのが動機で、
90〜95点を想定していたが、思いの外85点。 …虐めの描写が甘め。
問題が問題だけに仕方がないが、現実のそれは… 酷く残虐。
 まさか、自分が軟着陸?としても、マイノリティで終わるとは。創業設計の
段階からシェルター完備を30年以上、実行していた為、そのままの自宅の生活に
対し、面白い可笑しなストーリーが独り歩きしているようだが、それらを逆に
愉しんでいる、そのままを、ここで書いきたが、それが、『世間、世人』への
批判に丁度良い題材に…。 一匹狼のライフスタイルが、それを加味し、日々、
是、口実の日々。
  内容(ネット検索)といえば、
【 映画「ワンダー 君は太陽」】
 オギーは生まれつき顔のほおやあごの骨の発達に異常がある「トリーチャー
コリンズ症候群」で、27回もの手術を受けてきた。顔にコンプレックスを抱え、
外出時には宇宙飛行士のヘルメットをかぶっていた。自宅で学習を続けていたが、
小学校5年から学校に通うことに。 オギーは学校で好奇の目にさらされ、
いやがらせを受ける。家族の励ましでなんとか学校に通い、子どもたちもオギー
の人柄にひかれていく… 】

▼ 人は何らかの傷を抱え、それぞれが我身を守るため精一杯生きている。
 平然としているが、傷を狙われる。それも我が身から出た錆、致し方ないが。
最後に残るのは実存だけである。実存主義といえば「サルトル」の名が浮かぶが、
実は「キルケゴール」である。次回のテーマにするが、現在の私に必要な哲理。
「強みを帆を上げ」というが、弱みが先に立つしかない場合がある。
「人生ゲームにおいて、この弱みを活かすカードで、自らの知的、心理的活動こそ、
最大の価値を生み出すことになる」と。まあ、身をもって知った実感故に、この
映画の言わんとすることに共感できる。世間、世人とは、何も考えられない人、
流れに漂う人のこと。逆に言えば、自らの弱みを曝け出せない人。自分自身の
ことになる。
 逆のケースもある。 過って見たことのない加賀美人とクロスしたことがある。
辛そうな顔をして、『相談に乗って?』と。実はこれが怖い、が美しさにつられ、
『昼飯ならいいよ』というと、『彼氏と拗れて…』。勤めていた婦人衣料チェーン
の受付嬢で、トラック運転手が彼氏と…。それが遊び人風で、付きあってるだけで
<危ない女>のレッテルを貼られていた。 同僚が、『俺たちでは、サイズが
合わない!』と… 何のサイズか?人の口は、厳しいもの。『私と、彼は同格?』
 ワンダーとは、見た目では真逆の絶世美人の悩みである。社内食堂のパートの
オバサンから、更に意味深長?な忠告を受け入ていたので、不用意に情に流され
ドロドロの男女の当馬にされなかった… 美人ほど、過去と現在の重荷を幾つも
背負っている。適齢期で、女の職場、月に数回は声をかけられるが、ほぼ二股、
三股目の声かけ。余裕があるから軽く誘ってくる。下手に応じ、男から呼出され
??寸前も。…女は恐ろしい。女は相手次第で人生の9割が決まるからそれも当然。
その世界では、二度まで食事に応じるが、三度目はお断りを前もって宣言。
ところが、思いもよらいない相手からも…  その美人さん、そのドライバー
と結婚のため辞めていったが… あれは大変。何が幸不幸か分からない。
「サイズが合わない」とは、言いえて妙の名言? 成るほど、どん底とは、
こういうことかと! <振り向けば泥んこ>。 それも良かった?そこは娑婆。
大鍋には油がグツグツと煮え滾っていた。 成るほど、現状は天国でしかない!

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5223,思いが人生をつくる〜ジェームズ&リリー・アレン
2015年07月03日(金)
       『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
 アメリカ的成功本のはしりの本。 「人生は考えたとおりのものになる」
良いことを考え、良いことをすれば良い結果が自ずと生じるもの。そして、
逆も。今から思うと、子供の頃から母親が、似たようなことを繰り返し、
私に語っていた。 〜まずはアマゾンの内容紹介より: 
《「心のなかの思考が、私たちをつくっている」アレンの成功哲学は、
シンプルであるがゆえに気づいた人はみな、人生の夢の頂に登っている!
100余年の時を経て、アレン夫妻初のカップリングBOOK。 著者略歴
・アレン,ジェームズ
 1864年英国生まれ。15歳のときに父親が他界。以降さまざまな職業に就いたが、
34歳のとき、思い立ったように毎朝瞑想をするようになる。その後、瞑想から
得たインスピレーションを書きとめ、そのアイデアをもとに19冊の本を出版。
1903年に発表された『As a Man Thinketh』は、当時の世界中の成功者たちに
支持され、今でも多くの人に影響を与え続けている
・アレン,リリー・L.
 1867年英国生まれ。25歳で、当時29歳だったジェームズ・アレンと出会う。
1895年にジェームズと結婚、以降夫の執筆活動を影で支える。
1912年にジェームズが他界したあと、ジェームズ・アレン哲学を世に広める
という使命を悟り、執筆活動を続け、10冊以上の本を出版する
  〜目次そのままが、概要にもなる。
■ 思いはあなたが生みだした子供 〜リリー・L・アレン 
  ・思いはあなたの子供
〜「思い」という私たちの子供たちが人を支配し、世界をも動かしているのです。
  ・恐怖
〜善良で純粋な魂を持つ人にとって、恐れることは何1つないのです。
  ・プライド
〜「知的プライド」は危険ですが、もっとやっかいなのは、
 「スピリチュアルなプライド」です。
  ・疑い
〜すべての人は善であり、誠実だと信じましょう。
  ・誠実
〜誠実になることは、信頼されることです。不誠実は恐怖に満ちています。
 誠実は、恐怖を知りません。
  ・希望
〜「希望」が存在するところには、「健康」「幸福」「純粋」、
 さらには「徳」が存在するのです。
  ・美
〜「美」のみが真理です!そして「美」のみが永遠なる存在なのです
  ・シンプルな法則
〜一度に一つのことだけを考えましょう。心の力を散乱させないようにするのです。
■ 人は思ったとおりの人間になる〜ジェームズ・アレン 
  ・思考と人格
〜人は思考の主人であり、人格の作者であり、状況、環境、運命の製作者なのです。
  ・思考と環境
〜特定の思考を継続すれば、良くも悪くも、その結果が必ず人格と環境に現れます。
  ・思考と健康
〜明るい思考ほど、病を軽くする医者はいません。
  ・思考と目的
〜人は自分の目的を抱き、一心不乱にその達成に前進すべきです。
  ・思考と物事の達成
〜すべての功績は正しい思考の結果なのです。
 それらは同じ法則と手法によって支配されています。
  ・ビジョンと理想
〜あなたが心のなかで賞賛するビジョン、たたえる理想こそが
 あなたの人生をつくり、あなたはそのとおりの自分になるのです。
  ・静けさ
〜真の自制心は力です。正しい思考は勝利です。静けさは力強さです。
▼ <「知的プライド」は危険ですが、もっとやっかいなのは、
「スピリチュアルなプライド」です。> には、ドッキとした。逆と思って
いる節があるからだ。他者をみると解るが、自分となると、それが曇る!
知的も、スピリチュアルも低いから、よりマイナスの人と比較したがる!

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4858,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー26
2014年07月03日(木)
   * 15年の準備期間の総括!
 このテーマを書き始めて改めて思うことは、30年間の新潟駅前のホテル
事業そのものより、その準備期間の15年間の方が遥かにインパクトが強く、
どの場面も、私の実力の極限?を超えていた。無心で取組んだ問題の中心点に
立向かい、堪えていると、その能力が何時の間に蓄えられいく。 
その立ふさがった壁、岩盤にこそ、問題解決の糸口が隠されていた。
そのためには、まず立ち向かうしかない。 節目ごとに、それまでの全てを
かなぐり捨て、それまでの実績を一度‘空’にして、立向かう中で、新たな色
(現象)が立ち現れてくる。何も無いと、逆に、自由に何でも取組め、かつ
考えることが出来ることになる。コップの水を一度、空にすればこそ、新しい
水を入れる事が可能になる。3年前の結果が、ベストと実感出来たのは、多くを
失えばこそ、新たな出発が可能になったからだ。これを書いていても、それぞれ
の節目では後悔しても、今からみれば、それはそれで!と、その時の己を容認
するしかない。 15年間の自己配転の繰返しの中で、基礎知識と基礎経験を
積上げた。一に準備、二に準備、三に準備。この結果で最後は終わったが、
これが私の限界、「御覧のとおり、そのまま結構!」である。 これが限界と
本当にいえる程でもないことは、わかってはいる。
しかし、私にとっての限界は、どれもこれも超えていた。
 ・20〜34歳までが完全独立の準備期間。
 ・新潟駅前シリーズ前半15年が50歳で、第二の節目。
 ・最後が65歳、事業人生の最後の節目になる。 
いずれの場面でも、何はともあれ、目先の創業の成果を上げるしかない!
創業は、いや事業は大相撲でいえば、14勝1敗では駄目で、最低でも8勝7休
でなければならない。まずは、真剣勝負の場に、自分を置いて、あとは出たとこ、
しかない。 どの場面でも、順調に枝と幹をのばし、張っている時より、節目
の時節の方にチャンスが隠されていた。白紙に戻して、考えるからだ。極限に
たつと、それまで得た知識、経験の蓄積が表立ってくるため、それらが消化
されるため、「人生に、無駄は無し」になっている。語り直しだからいえるが、
挫折をした下向きの時ほど、上向きへのヒントを拾うことが可能ということ。
それと、両親の愛情を直に受けていたことが、非常に大きい。これは準備以前
のことになる。この辺が、心の芯になる。 それと高度成長の時代も含めて、
全てに恵まれていた。これが下地にあって、この結果にも何ら後悔はない。 
手作りヨットの遊びは、運航も良いが、準備期間が一番、面白い!今だから
こそ言えることだが・・ なかなか、書き直しも

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5953,閑話小題 〜モンテッソーリ教育 −2
2017年07月03日(月)
   ☆ 「整えられた環境」と教員養成 
 この教育法を知り直ぐに思い浮かんだのが、付属の幼稚園、小・中・高校
コースの出身者である。地元では新潟大学にも幼稚園から中学校まで存在する。
付属コース?を歩んできた何ともいえない空気に抵抗感があった。しかし、大学
の付属校の出身者の団結は強かったが、それを極力、隠していた。 というより、
アナザーの学生は認知できなかったのが本当のところ。受験で大きなエネルギー
を吸い取られ上に、格付けされた人達と歴然とした差があった。それは、付属校
の一貫教育で育ぐ組まれていたようだ。明るく、自由で、誠実で、穏やかで… 
一代や二代では、そう人間は変われるものではない。ただし、幼児教育なら別!
  〜前回の「つづき」より〜
≪ モンテッソーリ教育では、子供たちが安心して自由に遊び、作業のできる
 環境整備が重視される。教室が清潔に保たれ、子供の目線で教室を見渡せる
ことにも配慮が求められる。また、モンテッソーリ教育法における教師の存在は、
教室や教具と同様、整えられた環境の担い手の一つと考えられている。彼らには、
教具などを扱う技術や管理する能力も要求されるが、何より子供を注意深く観察
する態度が要求され、各々の子供たちの欲求に沿ってその教育を提供する注意
深さが求められる。また、子供たちの集中時、それを妨げない心遣いや、子供
の自発性を待つ姿勢も養成コースにおける重要な要素となる。
 晩年のモンテッソーリが力を注いだ教員養成方法は現在も世界各国で実践され、
この厳しい教員養成もモンテッソーリ教育の特徴のひとつにあげられる。… ≫
 人並み外れた名前ばかり。ふと気になったのは、モンテッソーリ教育を受けた
日本人の著名人があまりいないこと。その理由は、日本と世界の教育体制の違い
にありました。日本でモンテッソーリ教育を受けることができるのは幼稚園
もしくは保育園のみ。その数は全国で200程度。また、幼稚園(保育園)を
卒業した後は、小学校でモンテッソーリ教育を行っているところはインター
ナショナルスクール以外にほぼないようです。
 一方アメリカでは、モンテッソーリ教育を行っている教育機関は5000かヶ所
近く。幼児期からモンテッソーリ教育を行い、小中高と続く私立校もあるよう
なんですね。その教育方法は、従来型のモンテッソーリ教育ではなく、現代に
合った手法で取り組む「オルタナティブ教育」ともよばれています。そのため、
幼児期を過ぎてからも継続してモンテッソーリ教育に触れることができるわけ
なんですね。しかし日本では、小学校にあがった時点で他人と歩調を合わせる
ことを教えられ、学力だけで偏差値が決められる日本の教育システム。
「好きなことばかりやる」「好きなことを伸ばす」
モンテッソーリ教育を受けた幼児が、日本の教育システムで開花することは
難しいのが現状なのかも知れません。≫

▼ 8人兄姉の末っ子で、放っておかれて育った身と、清潔に保たれた環境の中、
 要請されたきゅいんの元、一貫教育で育てられた差は歴然として当然のこと。
そこで頼れるのは知恵?のみ。「三つ子の魂」。この段階からプログラムを組み
込まなければ、遅いということ? 人は己の知っていることしか知らない厳然と
した事実がある。とはいえ、『それが如何した!』 だが。
『振返えみれば、知らないことばかり!』 しかし、知っていても同じですか。

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5588,閑話小題 〜4日間の東京日帰りツアー
2016年07月03日(日)
  * 4日間の東京日帰りツアー
 家内は、JR東の「4日間乗り放題のサービス」を使った東京日帰り観光
ツアー。初日は単独でルノアール展などに。 2・3日目は義妹と、その娘を
引きつれスポット巡り。 4日目は、再び単独で、最後の締め。
 ネットで、観光スポットの有名店のサーフィンが趣味。10数年も年に
二度も行き続けているため、手馴れたもの 行き帰りの車中で、死んだように
寝ているので全く疲れないという。私と30年近く、秘境・異郷のツアーに行って
いたのと、丸の内に二年の間、勤務していたこともあってか、隣町に行く感覚。 
 この時期、このサービスを使った中年女性の連れの御のぼりが、新幹線と、
観光スポットに満ち溢れているとか。 何事も、「求めよ、さらば与えられん」。
その間、私の夕食は、コンビニ弁当と、録りだめのビデオ観賞の日々。
「どうしよう?」と、時に躊躇する家内に、「行きたいうち、行けるうち、
迷ったら一歩踏み出せ」と、勧める。どの道、直ぐに行けなくなる、行きたく
なくなることが分かっているため。といってうちに、既に10数年も経った。
 でも、この足の軽さは、私にないもの。
 ―――
  * シネマ、評論    http://creepy.asmik-ace.co.jp/
 一昨日のシネマは、『クルーピー 偽りの隣人』を観た。
あまり気持ちが良さそうな内容でないが、監督が黒沢清にひかれて、
これに決めたが、結果、邦画で90点は私として高評価であった。和製の
サイコパスもの、物語は淡々と展開し、徐々に恐怖の底に観客を引きこむ。 
観客は月初めの1日サービスデー(千百円)のためか、平日にかかわらず
100人以上はいたような。
 〜あらすじ
あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です。
隣家の少女の告白 × 未解決の一家失踪事件。二つの繋がりは、
本当に恐怖の始まり――隣人が“何者”か、知ってはならない。
六年前の一家失踪事件を調べる犯罪心理学者。
愛する妻と引っ越した先の隣人は、人の良さそうな父親と、
病弱な母親、中学生の娘。ある日、その娘が突然告げる。
「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です。」
未解決の事件と、隣人一家の不可解な関係。二つの繋がりは、
本当の恐怖の始まりでしかなかった…。


6682,閑話小題 〜ネットでみる家具が面白い

2019年07月02日(火)



   * システム・ロフト家具
 居間から寝室に生活空間の重心を替え、ベッドの横にロックング・チェアの
必要を感じとった。中途半端な姿勢が腰と目に良くないのである。そこで、
ネット上で探し回ったところ、手頃で面白いのが、あるある。
 今さらシステム家具でもないが、システム・ロフト家具にも驚いた。 
1DKのアパートやマンションにはうってつけ。ロフトとベッドの組合せは、
合理的機能が面白い。二段ベッドの下側を必要に応じ、「机と椅子とラック」や、
大型スクリーンのTVや、ミニ・応接セット、はたまた収納家具や、ハンモック:
カウンター付などが組込まれている。 便利過ぎそのままを名うって
「人生をダメにするベッド」とは! としてもロフト・ベッドとは考えたもの。
これを応用すれば6畳間に、65㌅の大型TVの収納も無理なく組込み可能に。 
他に、テントでベッドを覆い、別空間にした奇抜なものもあった。(写真:参考)
 ―
   * 各セルフレジを初体験 
 ー「ユニクロ」「牛丼・すき家」「ドラックストア」―
 家内から、話を聞いていたユニクロのセルフレジ。実際に使ってみた感想は、
映画館用と同じくらいの使いやすさ。 今ではスーパーのレジは、セルフが
3分の1から半数を占める。映画館は、この7〜8年間、毎週通っているためか
気楽で便利な代物。毎週ともなれば、よほど暇人と思われないか?と気が引ける
ため、セルフの切符購入は気楽でよい。人手不足の中て、セルフ化が進んでいる。
買物篭ごと、指定場所に置くと、読みこむユニクロのレジ。早々、スーパーの
自動精算機に応用されるのだろうが… で、貨幣清算お断りの店が現われたと…。
身近な生活圏で、これだけ目まぐるしく変化しているのだから… 未来予測は
不可能に近くなっている。 事業主は大小関係なく、一大事の時代。入替りで、
得体のしれない従業者より、店側も、お客も、よほど良いということ。
 ところで、「セルフ入滅」のシステムが出来て良いんじゃないかい? 冗談!
60歳過ぎて、不治の病なら、切実な問題であるのは間違いないのに… 老人専用
病院が、それに近い役割があるのだろうが。脳死や、それに近いなら、合法的に、
「セルフ入滅」の専門機関もあって然るべき。 また暗くなった。いや明るい?
自ら死を選ぶ権利こそ、国会で議論されるべきなのに。 元気なら、あと10年は、
生きていたいが、老いるにしたがい、老いという名の病が重くなるというから、
断は難しい。こと「死の問題」の一大事の知識には、人は不用意過ぎるのでは? 

・・・・・・
6319,閑話小題 〜今年も半期の終了 −2
2018年07月02日(月)
   * 今年、最も面白かった映画とは…
 この半年で、シネマ館と自宅寝室で400〜500本の映画とドラマをみてきた。
シネマ館では24本見たが、最高評価は90点。それよりも、寝室のブルーレイに
録画をしてあった『ブレイブ ワン』の評価が95点だった。そこで、この批評を
書くため昨日、改めて見たが、面白いものは再度見た方が余裕を持てるから良い。
当時、私の勧めで、家内も見たが、本人も面白かったという評価。
 人気のラジオパーソナリティが、思わぬ被害者から、立派な?ギャング
殺戮ハンターに変身していく過程の筋書きが、スリリング、かつ惹きつけられる。
  
  〜まずは『ブレイブ ワン』のあらすじ〜
≪・エリカ(ジョディ・フォスター)はラジオパーソナリティーとして活躍中、
 婚約者のデイビットと結婚が決まっている幸せな生活を送っていた。
ある日セントラルパークをデイビットと散歩中、三人の暴漢に襲われてしまう。
デイビットは死亡、エリカは瀕死の重症をおった。しばらくしてようやくエリカが
目を覚ました。婚約者の死を知ったショックと事件の恐怖から外へ出られなくなる。
・護身用に銃を手にいれたエリカ。それを使う日は突然訪れた。コンビニで殺人
 事件を目撃してしまったエリカは強盗から殺されそうに。とっさに銃で相手を
撃ち殺してしまう。このことがきっかけで凶悪犯罪者を殺害していくことに…。
世間の人たちは犯罪者を殺害する謎の人物を、勇気ある行為だと尊敬の意から
『処刑人』と呼ぶ。
・ラジオパーソナリティーとして復活したエリカもまた、番組内でそれに触れる。
 事件の捜査をしていたマーサー刑事は、エリカのファンでもあることから彼女
とコンタクトをとった。次第に友情を深めていく二人。
一方で自分達を襲った犯人が検挙されないことへの苛立ちを隠せなくなってきた
エリカは、自分で探し制裁することに。ついに3人を見つけたエリカは二人を銃殺。
最後の一人を殺そうとしたところへマーサー刑事が突入してきたのだった。≫
――
  ―ネットの感想より―
《 粗筋だけ見ると婚約者を殺された女性の復讐劇に見えるが、実はそんなに
 単純なものではない。 暴漢に襲われて恐怖心を持つ女性の心理状態が良く描けて
いるし、偶然とは言え凶悪犯罪者を殺害していくということへの葛藤が見ていて
苦しくなるくらい見事に描けている。 彼女の中の善悪が心の中で闘い、一人で
自問自答しながら迎えていくラスト。そこまでのスピード感もたまらない。
ジョディ・フォスターという演技力のある女優をキャスティングしたかとも絶妙。》

▼ 最後は、このギャングハンターに甘い結果になるが、それも良しという気に
 することで、後味の悪さを消している。<私の中に、ひとりストレンジャーが
住みついてしまった>という彼女の独白が真に迫っている。
 私の中にも、この数年、想像上のストレンジャーがサイコパス?想定者への
首を削ぎ落している。「何故か2〜3年で、事故か、病魔に陥るから、まか不思議
というストーリー」付き。それも結果が2〜3年後に現れ出る筋書のため、罪悪感が
残らない。人生の後半ともなれば、2〜3年内には当人の身辺に不幸はある。それを
物語とし編集すればよい。リアルで気味が少々悪くなることもあるが、それはそれ。 
全エネルギーを一瞬、オーラごと殺ぎ落とす快感がある上、内的消去効果に。
とすると隠れサイコか、私こそ。 サイコパスには、サイコで… 勿論、冗談。
 上記のような筋書きの映画、ドラマが特にストレス解消になる。ハリウッド
モノには、ストレス解消モノが多い。格差社会に対する鬱憤晴らしを映画で?… 
最近では、人間同士の殺戮では後味の悪さが残るため、大型ロボット、動物同士
の代行モノが多くなっている。
 YouTube上に、野生動物同士の死闘の実写が多く投稿されている。
ライオンと水牛の群れ同士の凄惨なドックファイトを大型TV上で見ると、我を
忘れ見入ってしまう。それと、闘牛、とりわけ、街中で放たれた闘牛を一般市民
が命をかけて一瞬かわす遊び。これが、数知れず次々と投稿されている。ストレス
が多々あるが故に、こういう面白い映像と向かい合えるから、ストレス善玉論が
頭を持ちあがってくる。閑なるが故だが…
 ―
熊:それにしても八つぁん、根こそぎする上に、これでは、浮かばれないよ。
寅:全てが引っくり返って、心に余裕が無くなったからさ。
八:この歪みの視点から見えてくる社会がさ、何せクリアで新鮮に思えるからさ。
 新たな切口の発見が、毎日毎日、目の前で新鮮に展開するからね。
大家:何か「偽悪趣味」が、これで全面的に露見したね。
八:今さらさ…  それにしても、偶然だが、去年の同月、同日の
 映画評も面白いね。
 
・・・・・・
5952,閑話小題 ーシネマ『22年目の告白』
2017年07月02日(日)
  * 『22年目の告白 私が殺人犯です』   〜映画評  
 一昨日みてきた邦画、『22の告白^私が殺人犯です』が、思いの外、
面白かった。ネタバラシになるが、名乗り出た得体のしれない殺人犯が、実は
被害者の親族が整形をした人物だったり。ライブで殺人犯と対峙し、追及して
いたキャスターが実は犯人だったり、なかなか面白い逆転が続く。評価・90点
  〜HPの説明より〜
【 2012年の韓国映画『殺人の告白』をリメイクしたスリラー映画。
 〜あらすじ〜 1995年。日本の東京で起きた5件の連続絞殺事件。警察の捜査
もむなしく時効を迎え、未解決事件となる。それから22年後、会見を開き自分が
犯人だと名乗り告白本を出版する。犯人の名前は曽根崎雅人。 彼の告白本は
ベストセラーとなり、表舞台へと現れた彼の行動は日本中を翻弄するが… 】
▼ 思っていたより、暗さ、残虐さ、凄惨さは抑えてあった。それより、仰け
 ぞるような、意外な展開に固唾をのむ場面が続く。ネット上で、韓国映画の
リメイクと知り納得。 面白かったといえる映画にヒットするかしないかは、
見続ければこそ言えること。 何はともあれ、最近、当たりが多い。
 ――
   * 人は、置かれた状況に順応する生き物
 リタイア後の平々凡々の日々に、飽きもせず順応し、結構満足している。
この随想日記を16年以上書き続け、蓄積してきた心のベースがあるからだろう。
人間は状況に順応する生き物。肩の荷を下してしまえば、気張ってきた人生が
逆に何だった?と… 面白く、充実はしていたが、それは今でも同じこと。
 〜以前、ここで取上げた幸せに関する道理〜
《 一般的に考えられる「幸せと、不幸」を取上げ。幸せは、5〜10億の宝クジ
 に当たること、不幸は首から下の麻痺になる頸髄損傷になること。しかし、
アメリカだが、5年以内に95%の人が、その全てを失う。 逆に最悪に思える
頸髄損傷の場合、自殺すら出来ないため、諦めざるを得ないため、その運命を
直に受け入れ、周囲に生かされていることに感謝をするため、幸福感が増す。》
「使い果たす、どこが悪い」は、私の実感にあるが… 宝クジは、如何だろう?
似たようなものか。「状況」というより、「変化」だろうが。状況、環境
の外的変化には、内的な態度の変化が必要だが、前もった準備いかん。
 で、また偶然だが、以下につづく

・・・・・・
5587,幸福の条件とは 〜
2016年07月02日(土)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   *「恒産なければ恒心なし」
 10年前までは、『幸福』という言葉は何故か、何処の場の会話、対話で
軽過ぎる言葉として避けられていた。ところが、長期の不景気などで、社会が
混沌としてきたためか、テーマとして扱われるようになってきた。
 幸福の条件とは、まず生活に支障のない最低限の収入がなければならない。
「貧すれば鈍す」「金持ち、喧嘩せず」「恒産なければ恒心なし」で、人は、
裏づけある豊かさがあってこそ幸せになれる。いかなる場合も、万一の備えが
「先立つもの」があればこそ。蓄えが無ければ、いざという時、何も出来ない。
花街の色男も、前提が金持ち。 〜ここで、まず、それを指摘する〜
≪ アダム・スミスは『道徳感情論』の中でこんなことを述べています。
「健康で、負債がなく、良心にやましいところのない人に対して何をつけ
加えることができようか。この境遇にある人に対しては、財産のそれ以上の
増加はすべて余分なものだというべきだろう」。 たしかに、その通りで、
人間は、健康で、負債がなく、良心にやましいところがなかったら、それで
充分なはずです。収入のさらなる増加は、増加した分に見合った幸せを
正比例的にもたらすというようなことは決してないのです。
 たとえば、健康で、負債がなく、良心にやましいところのない年収五百万円の
Aさんという人がいたとしましょう。このAさんと比べて同じ条件の年収五千万の
Bさんが10倍幸せかといえば、そんなことはないのです。幸せ度を測定する機械
があったとしたら、せいぜいのところ1・2倍くらいの数値を残すにちがいない。
物質的な豊かさのもたらす幸せが正比例的になるなどということは原理的にあり
えないのです。しかしながら、こうしたことが幸福の必要条件であるとしても、
それはあくまで一定以上の収入があった場合に限られます。
生活を維持するのに欠かせない最低限の収入がなければ、人は幸福と感じる
ことができないのです。「恒産なければ恒心なし」です。
 ところで、一昔前の日本人のアンケートに対する回答を見ますと、
「自分は中流である」と考える人の割合が90%近くに達していました。
これは、自分は健康で、負債がなく、良心にやましいところがないばかりか、
一定以上の収入があると考える「恒産あるゆえに恒心あり」の人が90%近く
いたことを意味しています。つまり、日本はかなりの程度まで理想的な社会に
近づいていたのです。
 それなのに、いまはどうでしょう。「健康で、負債がなく、良心にやましい
ところのない」のにもかかわらず、幸せを実感することのできない人々が、
社会の両方の端でどんどん増えてきているのです。片方は、当然、一定以上の
収入を持たない「恒産なし」の人、つまり、ワーキング・プアの人々の増加です。
これらの人々は、最初のうちこそ、健康で、負債がなく、良心にやましいところ
のない状態でいられても、収入が次第に減じていけば、そのうち負債が生まれ、
健康でなくなり、ついには良心に疚しいことまでするようになるかもしれません。
これは、大きな社会問題です。しかし、二十一世紀の社会にとってより解決困難
なのは、もう一方の端、つまり富裕層における不幸せな人々の増加です。≫
▼ 確かに、500万と5000万の収入で、10倍の幸せは得られないが、10倍で
 ないとしても、散在の行蔵は、その中に、何かを残してくれる。より稼ぎ、
より使ってこそ、お金(能力)である側面を持っている。小・中・高・大学と
進学するにつれ、幸せそうな人が格段に増えていく。両親の質?で、その前提が、
ある程度、決定される不条理がある。結婚相手も、つり合いで選ぶケースが多い。
結婚も、「悪貨が良貨を駆逐する」。いや、結婚そのものが、そういうものか。
・・・・・・
5222,閑話小題 〜中学校の古希会 〜
2015年07月02日(木)
   * 中学校・古希での見聞とは
 卒業から古希の会まで半世紀以上、それ以来、初めて出会った人が何人かいた。
また、様々な日々を過ごしている人の話を聞いたが、それがユニークで面白い。
<月に一度、東京駅近くの居酒屋に大学時代の友人が集まり、13〜17時まで
酒を酌み交し、17時半の新幹線で帰ってくる。年に一度ぐらいは、それぞれの
地方の友人の所を訪ねて、地元を案内してもらう。>とか。
<去年、大病をして死線を彷徨い3ヶ月入院した。>とか、女性では、
小児麻痺で、片脚が少し短く、俗にいうビッコをひいていて、何時もオドオド
していた女性が、最近、手術で正常に戻り、見違えるほど明るく、嬉しそうに、
「正直に本当に嬉しい!」と言っていたり、少し暗く神経質だった男が、
明るい人格者風?な教師になって、<出世コースを登るか、教師として現場に
残るかの分かれ道で、現場に残った。それが良かった!> とか、様ざま。
 私のように地方で、肩肘を張っていたのが、9・11テロ、9・15のリーマン
ショック、3・11地震であえなくダウンしたのもいるし、田舎の成功者?として、
金を、これ見よがしにチラつかせていた人が、??で倒れ、死の恐怖に怯えて
いる人もいた・・  駅前を学校区にした中学校は、分類される直前のため、
「人生の事前事後」が漫画的に垣間見えてくる。たかが人生、されど人生である。
還暦より、古希の方が、様ざまな人生が色濃く出てくる。 とすると喜寿は?
   * つれづれに
 新幹線内の焼身自殺があったが、50年間、犯罪?による死者が無かったとは
奇跡的である。 際どい場面を、新幹線内で目撃をしてきたので、「半世紀」も
無かったこと自体が、不思議である。車内や、ホームには隠しカメラとか保安が
緻密になされていることを犯罪者は、知っているため、タブーなのだろう。
新幹線内で時々目にするのが、三国人のエゴ丸出しのマナー不足の振る舞い。
特に子供が酷いが・・親は見てみぬふり。それに対する、日本人の無視の冷やか
な態度と、それさえ分からない彼ら。 ヤクザが、私の前席の一番前に座り、
トイレの手洗所の獲物を狙い、カーテン内に引き込んで・・ 
助ける以前に、その迫力に、唖然と席から見ているだけだった・・ 
酔った労務者風の乗客が母と私に絡んできた時、脅し返したこともあった・・
ほぼ全席、サラリーマンが気に入らなかったか、甘くみたか、やはり労務者風
の男が大声で、「この虚勢犬どもめ」と喚き、悦にいっていたのが、車掌が
来ると、急に大人しく黙ってしまい、その後は、最後まで狸寝入りとか・・ 
その中で、一度も死者が無かったとは驚き。新幹線通勤30年には、色々ある。
・・・・・・
4857,閑話小題 ーつれづれに漠然と!
2014年07月02日(水)
   * ぼんやりと、考えてみると!
 時間とは何だろう? このところ、鳥瞰的に30数年前の時間を超えた
過去の語り直しをシリーズで書いているが、「遠き日は年とるごとに近くなり」
の感が、ますます強くなっている。 新しい気づき、切り口から見える当時が、
新鮮に思えてくる。死んでしまえば、全てが永遠の彼方に消えてしまう
のか?それとも、永遠に経験は刻印され残るのか? 
 私と行蔵の記憶の刻印から成立しているのか? その刻印も、後で書き換える
ことが可能なのか。世間の流説は、ほぼ嘘だが、それを疑わずに信じるものには、
それは真実の記憶になるのか? バカがバカと自覚できないのが世間様。
その彼らが作った妄想を真実がごとく信じ、まかり通るのが俗世界。
そこでしか生きることが出来ない私たち人間? それも小さな世界の中。
 過ぎ去った昔と現在。宇宙的時間からみれば、同じ様なものだが、
間違いなく、時間差の中で違う人が存在している。それが、自己と、自分の、
言葉の意味の違いになる? 刻々変化する世界と、自分の受け止め方の変化。
両者とも、儚い泡のようなものでしかない。なるほど、《ぼんやり》とは、
「闇」―蛍と星にある背景。「独」―独りでいること。
「閑」―逆茂木に囲まれ時空。「怠」―勤勉だけでなく、怠慢も善。
「懶」―心の余白。の様というが、
過去を覗き見ると、それが、ぼんやりと、解るような? 《ぼんやり》と、
《無我夢中》の言葉の対比が、何とも面白い。これからして、無我夢中は、光、
輝きになるが・・ 人生を取り囲んでいるのが、先の5つの一字の漢字。 
ぼちぼち、過ごすしかない。
   * 夢と現実の境目で
 一月ほど前に、久々に大学時代の友人に電話をしたところ、数日後に大腸検査
をすると浮かぬ声。知人で何人か死んでいるのと、検査も初体験で、そのことで
頭が一杯で、落ち込んでいるという。その後、その結果がどうか?は、大腸だけ
に電話を躊躇った。そこで、先日、思い切って携帯に電話を入れたが不在。 
その夜半の夢の内容が、《 居間でウトウトしていると、当人から電話。 
非通知だっが、私ではないか?と、折り返しの電話。そこで『検査の結果は、
どうだった?』と聞くと、『う〜ん』しか答えない。そこで『入院をしているの?』
と聞くと、曖昧な生返事。 まずかったかな?と後悔したが、時すでに遅し!》 
 ところが、朝起きて、暫くして、あの会話は、居間で転寝の現実の電話か、
夢だったか分からない。そこで携帯の着信記録を見て、夢と確認が、今度は、
あれが正夢では?と、気になって、性懲りなく、電話をしたところ、
『ああ、あれ! 単なる胃腸の疲れで、何ともなかったよ!』と、明るい声。


6681,閑話小題 〜 思いもしなかった「管見妄語」 −3

2019年07月01日(月)

               <常識は凡人のもの>藤原正彦著
   * ポリティカル・コレクトネスとは
《・ポリティカル・コレクトネス(英:略称:PC)とは、
 政治的・社会的に公正・公平・中立的で、かつ差別・偏見が含まれていない
言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・
年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現、およびその概念を指す
(Wikipedia)。》
 要するに、「差別的な表現をなくそう」とする概念のこと。
日本語にすると「政治的正しさ」ような訳になってしまう。大よそ、ニュース
ショーの番組の構成は、これを前提になっており、誰も、これに対して疑問の
余地を挟めない。特に地域社会に埋没すると、PCが歪んでくる傾向が強くなる。
白人至上主義のトランプが、グローバリズムを否定して政権を奪還した。
 トランプへの反発で、行き詰まりをみせるかと思いきや。実は、アメリカ社会は、
これが偽りない本音。
 ―
   * 「ファースト」
 ここで著者は、トランプの「アメリカファースト」を何を今さらと批判する。
《 …これまでの大統領でアメリカファーストでなかった大統領が一人もいない
 ではないか。ウィルソン大統領は、第一次大戦後のパリ講和会議で、日本が
提出した「人種差別撤廃提案」が圧倒的多数で決議される寸前に、「大切な提案は
満場一致で」と打っちゃった。アメリカが黒人差別社会だったからだ。日本国民は
激怒した。昭和天皇は、これが遠因で日米の戦争になったと述べられている。
フーバー大統領はウォール街大暴落の翌年、自国産業を守るため、輸入関税を40
まで引きあげた。トルーマンは、長崎と広島に原爆を投下。ジョンソンはキントン湾
事件をでっち上げ、北ベトナムを空爆した。ジョージ・ブッシュは、イラクの大量
破壊兵器をでっち上げて現在の中東の大混乱を引き起こした。… 
TPPは、オバマが自国にとって、極めて有利と考え徹底した秘密交渉で強行したが、
トランプは二国間の方が有利と12ヶ国の合意のちゃぶ台をひっくり返した。
アメリカの大統領は美辞麗句の裏にはアメリカファーストがある。》
 ―
▼ 何が今さらだが… これが世界の歴史の実態。その一番のポチが日本とくれば、
 どうもこうもならない。まさか「ジャパンファースト」とは言えず、せいぜい、
小池の「東京ファースト」がオチ。本気で、それを取組んだら、日本国家は即死。
さして、この先の持てる時間は長くはないが、73年間で垣間見て、経験した世界は
弱肉強食の優勝劣敗の徹した浮世。恐ろしくもあり、面白くもあり、哀しくもあり。
現在の私は、「日々是好日ファースト」ですか。この3日間も、是、好日だったし!
今日も何とか? 良い日になりそう。

・・・・・・
6318,閑話小題 〜インコの異変
2018年07月01日(日)
   * 何ってこっちゃ! インコが何か変で…
 昨日の昼、インコにチーズの一片を差出すと、今までなかった変な目つきが
気になっていた。口にエサを差し出すとき目が合せるが、目蓋を明けていられず、
下がるのである。緊張すると目が空からになる時の現象で、インコも同じか、
それとも老化と思っていた。その話を夕食時に家内に話すと、暑さで水を飲み
尽くし空からで、渇水状態じゃない?と指摘されて水溜を見ると、案の定、飲み
尽くしていたのである。だいたい2週に一度の割だったので、まだまだ有るもの
と思っていた… で、水を入れると5分ほど、起き上がりこぶしの鳥のように、
水を息をつかさず飲んでいた。好きな餌をやると、ピッピィと喜びのサインを
示すが、頭を上げる度に、繰返していた。 渇水による眼の異変を読めなかった
自分に厭きれる次第。飲み終わった後に、ホッとしたのか片隅で、直に寝入った
姿に、我ながらの無神経さ後悔した。
――
   * 小確幸とは
 小確幸たる言葉が印象的である。還暦、古希の峠を越えて、さしたる幸福も
望みようもないが、ここまでくると、日々の、小さな、確かな幸福を味わうことが
目標になる。 〜ネット辞書によると。
《 小確幸とは「小さいけど、確かな幸福」を略して単語化したもので、
 小さくても確かな幸せを感じて生きていけば、なんとななるというニュアンス。
作家:村上春樹が自身の著書『村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた』
の中で用いた造語である。小確幸は特に台湾で流行し、用いられた。》

▼ 小さな幸せ作りなら、私も家内も名人だろう。私は、毎日、2〜3本の録り溜の
ブルーレイの映画かドラマを見るが、日々新たに追加する新規のトレードオフから、
生き残っているのはベストのモノばかり。そこから選ぶため、それはそれは…
ある晴れた日、部屋を掃除し、ネットサーフィンの合間に、本を読み、昼寝する。
ジムで運動して疲れた帰ったとき、冷たいコーラを飲み、アイスクリームを食す
ことも小確幸。その意味では、現在の日々がベストである。アイスクリームも、
コーラも、ブルーレイの録り溜も、前もった準備があればこそ。
 考えてみれば、老いの楽しみは、この「小確幸」の中にこそあるのでは?

・・・・・・
4489, 怒らないって本当は恐い! ー4
2013年07月01日(月)                    
   * 怒りの四分類       『怒りの作法』小川仁志著
ここで、直情型から、それをむしろ前向きに捉える問題解決型まで怒りを
4つに分類している。  ーまずは、その辺からー
≪ 『怒りの方法』辛淑玉著の中で、「噴火型』「イヤミ型」
 「放火型」「玄関マット型」「問題解決型」に分類している。
・噴火型というのは、怒りを感じた瞬間から攻撃的になるパターンといいます。
・イヤミ型はその場では対応せずに、まったく関係のないときに、
 ぐさっと胸に刺さることをいうパたターン。
・放火型は、自分では怒りを表現せずに、周りを焚きつけて怒らせるパターン。
・玄関マット型は、踏まれても踏まれてもじつと我慢して、
 怒りの感情を表に出さないパターン。
・問題解決型は、怒りの素を見つけ、すばやく対応するパターンです。
 そして読者には、最後の問題解決型の怒りを勧めています。
この分類は一見わかるような気もしますが、実はあまりうまく整理できて
いるとはいえない。・・(中略)そこでむしろ、怒りを表に出すかどうか、
問題解決に結びつけようとしているかどうかという二つの指標によって
分類すべきだと考えます。そうして改めて分類してみると、
 �表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒り、
 �表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒り、
 �表に出すが、問題解決に結びつけさつとはしない怒り、
 �表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒りの
  4つに分けることが出来る。  それぞれ見てみましょう。
△ まず� 表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒りは、
「自爆型」と呼ぶ。彼らは、ただ単に怒っているものの、それを表情や言葉に
表すことはありません。だから他人は気づかないのです。 しかも怒りの原因を
究明し、それを解決しようともしないのです。したがって、怒りは自分の中で
増幅し、しまいには心身を病んでしまうことになります。あたかも怒りで自爆
してしまうかのように。たちが悪いのは、自爆の際、他人を巻き込むケース。
つまりキレてしまい、他者を傷つけるのです。おそらくこういう人は、
テロリストや無差別殺傷の犯人に多い。
△ 次に、�の表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒りという
 のは、「勤勉型」といえます。 彼らも�と同じく怒りを表情や言葉に表すこと
はありませんが、少なくとも問題解決に結びつけようと水面下で努力はします。
ただ、表に出さないだけに、周囲の理解を得ながら物事を進めるわけには
いかないのです。
△ さらに、�表に出すが、問題解決に結びつけようとはしない怒りは、
「ラッパ型」といえます。怒りを表に出すだけで、一向にそれを問題解決に
結びつけようとはしないのです。いわばラッパのように大きな音を立てて騒ぎ
立てるだけで、問題を解決しようという建設的な姿勢はこれっぽっちもない場合
をいいます。自分の発言に満足しているだけなので、評論家に多いといえるかも
しれません。ちなみにアメリカ軍の消灯ラッパをタップスといいますが、
この語は「終わり」を意味する比喩としてよく用いられます。ラッパ型の怒り
には何の展望も描けないのです。 
△ 表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒り、これを「実務型」
 の怒りということができる。怒りを表に出して他人に認知してもらおうという
もので、それをキチッと問題解決に向けようというもの。≫
▼ 一つの怒りに、この4つのプロセスを経る場合が多い。
 その痛みを時間の経過の中で耐えている間に、考えるという働きが出てくる
からである。怒りっぽい私など、何時も独り心の中で、このプロセスの中にいる。
結局、全ての怒りは時間が解決する。怒りはエネルギーの元と割り切るしかない。
怒るだけ損でなく、怒るだけ得になっていく。

・・・・・・
4856,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー25
2014年07月01日(火)
   * 無我夢中の面白い4年半であった!
 ただ、ひたすら必死に過ごした日々。 この頃に再読をしていたのが
「無私の精神」(小林秀雄著)。
「有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。
現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人。
物の動きに順じて自己を日に新たにするとは一種の無私である。」
何も知らない中で、半狂乱状態だが、無私?で問題に取組んだ4年半。!
その頃、激情を抑えた状態の自分を孫悟空の如意棒に例えていた。
「円形グラフ内の自我99%を抑えた1パーセントの棒に自分に譬え、
孫悟空の如意棒状態にすれば、何事も可能!」と。対象に全身全霊を入れれば、
それは己の入魂の作品。 これは建物にも、システムにもいえる。しかし時間が
経てば、何の未練も無くなるから、心は不思議。 大きく息を吸って大きく
吐いた一呼吸の中に、4年半の現象が入ったような感覚。 長年かけて積上げ
られた老舗の信用が背景に有るか無いかでは雲泥の差も、実感。 現場と、
幾つかのチェーン店のシステムの差が、明確であり、その差さえ埋めれば、
そのまま成果になるため、楽といえば楽である。仕入は、問屋やメーカーには、
大のお客様。慣れると、これほど気分の良い仕事は、他にはないだろう。
反面、一つ間違えると、実績に直に跳ね返える。本店が当時、7億近くの売上
とすると、4〜5億の仕入権限を持つことことになる。それも、産地に現金
支払条件で歩きわたるのだから、これほど、面白い仕事はない! 
更に、これが博打的要素が強い相場物なら、ゲーム感覚になって遊びに昇華
することも可能である。 前任者の数字を落とすことなく引継ぎ、本店ビルを
建替え、残留の大半を入替え、統一伝票システムと、部門別管理で数字を入れ、
ホッとし、自分を振るかえると、今度は自分自身の問題。そのまま留まると、
実兄との舵取りの違いが表立つのは明白。それと私に、権利という基盤が無い! 
それなら、再び外で!になる。 そうこうあって、一年間暖めていた新潟ホテル
シリーズが始まる。 そこで、引継ぎを兄に持ちかけると、その必要はないと、
信じられない言葉! 引継ぎなどなくとも大丈夫と信じて疑ってない。
「何も知らないことを、知らないのである!」‘何も知らないことを、知って
いると知らないとは雲泥の差’ 凍りついた瞬間である。他人事でない! 
日々、何も知らないと自分に言い聞かせてないと、誰しも陥いること。
・・・・・・
5951,閑話小題 〜道具(手段)が目的を変える時代 ー2
2017年07月01日(土)   
 * 20〜50%の確率でバーチャルワールド?
 ネットで映像や動画みたり、4kTVで、これまでのTV画像より数倍の鮮明な
映像をみるにつけ、このまま科学進化が進むと、5〜10年後の世界は如何なる
世界になるのか、すえ恐ろしい気がする。既に8kTV以上の画面に研究主体が
移動しているという。 信長が最期に舞ったという『敦盛』。
<人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり>は、桶狭間の戦い前夜、
清洲城の信長は、今川義元軍の尾張侵攻を聞き、まず『敦盛』のこの 一節を謡い
舞い、陣貝を吹かせた上で総攻撃をした。信長だけでない、私たちも、
人生を振返れみれば夢幻のような、一瞬の雷光がごときである。
 〜ネット検索で、「バーチャルワールド?」と入れると明快な書き込みが〜
≪★ この世はリアルかフェイクか。今の常識が永遠の常識だとすれば、愚問。
人類が生活するこの世界がすべてシミュレーションによる造りものだとしたら、
天と地がひっくり返るどころではない。「いやいや愚問なんかじゃないよ」と
言わんばかりに、シミュレーション仮説なるものが世界中の科学者たちによって
熱心に研究されている。
「この世は技術的にとても進んだ文明によって、微に入り細を穿ううち創られた
豊かなシミュレーションソフトウェアだ」とするシミュレーション仮説は、英国
オックスフォード大学のニック・ボストロム教授によって提唱された。
「我々の世界は20〜50%の確率でシミュレーションソフトである」という投資銀行
メリルリンチの発表が、この仮説を煽った。同社が顧客に向けて配布した経済予測
レポートで、急成長している仮想現実(Virtual Reality)、拡張現実(Augmented
Reality)分野の重要性を強調しているのだが、その中に「我々はすでに20〜50%
の確率でバーチャルワールドに住んでいる」と記述されているのだ。おおっぴらに
冗談を言う性格でもない投資銀行が「未来の人類がどこかの時点で過去の人類、
つまり現在の我々をシミュレーションする決断を下した可能性がある」ことを
指摘しているのだから、どうも笑ってすませにくい。
★ もし現在の我々がコンピュータによるシミュレーションの世界に住んでいない
とすれば、未来の人類は高度なシミュレーション装置を造る技術に到達しないまま
滅びてしまったのか、過去の人類をシミュレータに閉じ込めて操ろうとしなかった
のか、いずれの可能性もある。
★ 一方、シミュレーションの中で生きているなら、人類の滅亡が回避された
可能性の証しにもなる。思い切ったこの仮説に、好奇心を大きくくすぐられる。
シミュレーションの中で生きているか否かを証明する方法がない現状において、
仮説は仮説の域を超えることはない。高度化したテクノロジーが不可能を可能にし、
未来が過去をシミュレーションの中に収めるとすれば、その意図はどこにあるのか。
未来の人類は、現実とバーチャルの見分けがつかない仮想現実空間をつくり出す
だろう。脳と人工知能の接続によって、仮想現実を空間につくって見せるという
よりも、脳の作用により“実在しないものが見える”アプローチが一般的になる
かもしれない。
★ 解像度を極度に高められた場合、視覚的にはバーチャルも現実のように映る。
現実のように映れば映るほど、脳は錯覚を起こす。錯覚が持続し、常態化したなら
ば、仮想と現実の境界線は溶け始める。その時、バーチャルをフェイクだと言い
切れるのだろうか。人類が仮想現実を現実のように捉えて生きるようになったと
すれば、仮想という言葉は外れ、仮想現実は現実となる。僕は、テクノロジーは
仮想と現実の境界線を結局溶かしてしまうと考えている。その果てに、シミュレー
ション仮説は仮説ではなくなるかもしれないし、「現実」を再定義する必要に
迫られる。≫

▼ パソコンとTVの前に一日、4時間ずつ、計8時間。起きている半分近く、
 四角の画面を睨みつけ、異空間のバーチャル世界に漂っている。去年の暮れに
4kTVを寝室に入れてから、没入感が何段階か上昇したこともあって、バーチャル
ワールドの世界に没入しているため、上記の実感が強くなっている。映画館より、
鮮明な画面を自室でみるとは思いもしなかったこと。これにゴーグルで360度の
映像空間に入った感覚は? いや〜、実業での、身体を張った恐怖感と、達成感、
挫折感、充実感。 やはり、仮想現実とは全く違う。
 <達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
としても、仮想の味でも十分、価値(味)がある。

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