堀井On-Line



6680,閑話小題 〜悲しみって、時間と共に深くなるのよ!

2019年06月30日(日)

 
   * 悲しみは時間と共に薄れるって嘘よ
 再び「ガイロク(街録)という番組の話。 下町で一人歩く御婆さんの話題。
《 若くして夫を失い、その後、手塩にかけた一人息子を交通事故を亡くしたと
いう、『毎月、祥月命日に、墓地にお参りに行くのが、務め。これは私が元気
でないのなら…。 高尾山のお墓に行くため山を登るときに、自分の名前を呼びながら
励まして登るの。>と、述べていた。 
 ところが、それを聞いていたゲスト榊原郁恵の母親の言葉が何とも! 
『郁恵ちゃん、悲しみって時間と共に薄くなるって、嘘よ。逆よ!』
いや、驚いた。悲しみ、苦しみは、私の経験則からして大よそ、二年半で
治まってきた。一般的にも、慰めで『二年も経てば、乗越えられますよ!』と…
時間薬の効果である。しかし、それは、その程度の悲しみに過ぎないと…直感した。 
 直に思いついたのが、二人の息子を頃に亡くした両親の悲しみ。
特に母親の心の傷。乗越えたとしても、年々、悲しみは深まっていた? 
そうこう考えると‘絶叫したくなる’ほど 両親に対する思いが一変することに。
長男、次男の不幸な死を招いた罪の意識と、反省。 私が、20歳になった頃に、
二人の分も、「自由に、明るく羽ばたいてみろ!』と、応援していてくれたことは
薄々知っていた。昭和40年代は、右上がり経済の真只中。坂の上の雲は青く輝いて
いた。私の過ごして学生寮の名が『青雲寮』。あの時代の抑揚感は当時の歌謡曲に、
そのまま現われていた。しかし、太平洋戦争の深い犠牲の上で、それがあった。
『悲しみは、時間と共に深まっていく』の言葉に、『エッ!』と、この年齢で
驚くのは、私自身が晩期の両親の年代に入ったため。そして私の悲しみが浅いか!

  この街頭録音略して「街録」。ネットによると、
<街ゆく人々の“リアル”な声から、人生を学ぶ! 人生のピンチやハプニング
とどう向き合い、乗り越えてきたのか? その経験から得たものとは…。
山あり谷ありの内容> とある。 これに似ているのが、『地球タクシー』
『家についていっていいですか』『空港ピアノ』などがある。何気ない通りすがり
の人生を、僅かな因縁の機会に垣間見る味わい。
 この『ガイロク』でも、『家についていっていいですか』でも、
『あなたの人生を自ら何点付けますか?』と、急に、声をかけられたとしたら… 
さて如何こたえられるか? それも、全国津々浦々に晒された中で? 
顔ぼかしなら、何とか!理路整然と… 『日々是口実』をしてきたこともあり…  
何をしに、何をして、生きてきた?
 親鸞ですか? 
<歎異抄 ... 弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と
 信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき … > 。

・・・・・・
2019/06/21
閑話小題 〜何とまあリアル!

   * 援交、寸前の生現場
 またまた『家についていっていいですか』の話題。 
主に都内の駅前とか、繁華街で、通行人に『家についていっていいですか?』
と声をかけて、部屋の中で、その人の人生を丸裸にする内容。これが、キャバ嬢
だったり、援助交際を職業とする若い女性だったり。その結果、後あと、それが
もたらす影響の甚大さに全く気づいていない無知の涙! 以前のインタビュアー
は二人連れだったが、最近は、一人のようだ。それも、フリー? 
・数日前に見たのが、援交で月120万を稼いでいる若い女性。キャバクラ嬢と、
援交の掛持ちをしている?… 案内された部屋で、何と生々しく誘ってきた? 
のである。インタビュアーのカメラ視線は、その巨乳に引き付けられ、最後は、
ほうほうの態で、何事もなく?撮影終了をしたが… 彼女、月に120万の稼ぎ。
15歳で家出をして、転々とした結果、この職業に落ち着いたと…。
・二年前の放映で、援交で、すっぽかされたらしき女性の部屋に行くと、寝た
きりの父さん?がいて… すっぽかされた相手が、どうも援交相手?と、隠れた
実情が露わになる。その後、再び、その女性を訪ねると、社会福祉関係者?の
計らいで、父親が施設に入っていると。これまたあっ気らかん。
・そのインタビュアーが数十人、居酒屋に集まり、放送できなく没になった
裏話を公開する企画があった。それはそれは… 例えば、家族が居ないので
聞くと…「何人かをぶっ殺して、刑期を終えて出てきた。仏前の写真が…」。
 ところで以前にも<家についていっていいですか>を書いていた。
土曜日の一週間分のTV欄で、まず見るのが、翌日の、この放送が有りか無しか。
 ―
【 2016/11/02
  閑話小題 〜2016/11/02 5:15
   * 思いのままに
☆ 暫く見ることがなかったTV番組、<家についていっていいですか>を、
 先日見たが、これが面白い。
・元バレリーナで、今はファッション店で働いている20歳代後半の女性と、
・京大出身の、塾を経営している初老の男と、
・一子の連れの奥さんの間に、一子がいる40歳過ぎの中年男。 東銀座の
 マンションに住んでいるが、奥さんがステージ3cの進行癌。それでも三年、
 生存をしている。当人が浪費癖が酷くて大変。状況からして、奥さんの病気は
 自然の成り行き? 
突然、訪ねる家庭内には、その人の生活が、そのまま凝縮して現れる。
大都会の中の孤独と、人生を、盗み目視線で、づかづかと入って垣間見れるのが、
何とも痛快である。一時はYoutubでも見ていたが、今では、そこまでは?
 ―
▼ マイナーだけではない。女医の高級マンションだったり、田舎の祭りの後の
 飲み会の集まりだったり、その興奮そのままがリアルに伝わってきたりする。
私の知らない情の濃い社会を垣間見れる。これも現実。 NHKで最近、
<ガイロク> を放映している。【街行く人々のリアルな声から人生を学ぶ
“街録(ガイロク)”。立ち止まって話してくれる内容には、小説やドラマを
超える仰天エピソードがいっぱい。今回のテーマは「人生最大の失敗!
そのとき、あなたは?」カジノで大損!?転倒して大けが!結婚式直前の …】
 これも面白い。 このブログも、似たようなもの? それも毎日。透かすか
目線の話題を、真面目くさって。 解っちゃいるけど、止められない!
いや、解ってないから、続けられる。「他者目線の想像力のない、弱犬の遠吠え」
でしかないが。 以下の文章ではないが、善意、悪意が入り乱れた内容。何とも
まあ… 受け取る方も入乱れているから、それはそれで。
 
・・・・・・
2019/01/03
閑話小題 〜つれづれに正月
  * 年末年始にしては面白そうな特別番組が少ない。
☆ この10数年来の年末年始の真面目な政治、科学、宇宙などの
 TV特番が少なくなった。普段から特番を組んでいるため、今さら?。
何かしら国全体が、いや世界全体が弱体化しているような… 中長期的
経済の低落傾向に、トランプの露骨なアメリカ第一主義がボディブローで、
で効いてきた。 現役から身をひき8年になるが、情報化による競争激化は
大変だ。中国の急激な台頭と、アメリカの動揺、そして情報化が背景にある。
 ―
☆ 年末年始は、時間制限がある人たちのターゲットを絞ってシリーズモノを
 一挙に放送するが、TV御宅でも、思い込みで見逃している分野が多くある。
その中でNHK 『街録(ガイロク)』が、面白い。 今回放映されたのが、
 【あなたの人生のどん底を教えてください!】 
何百人かに取材拒否をされた中から、応じた数人が、語った内容は、衝撃的! 
数回にテーマにする予定だが…  そこで自問自答をしてみたが、さすがに
脛の傷のため露悪的でリアルには書けない。
・コメンテーターの‘森三中’の女漫才トリオのメインの幼児体験が衝撃的。
「子供の頃、素っ裸にされて首から下を地中に埋められて、「何で、こんな
ことをするの?」と訴えたら、笑いながら「面白いから」と言われた。そんな
ことを誰にも相談できないため独り悩んだ末に、「笑われていると想うから
悔しいんだ、笑わせていると思えば良いんだ!」と自分を納得させた。
これが「お笑い」に進む原点。」の告白に、受けに立ったもう一人が、
「私にはどん底なんてない!全てがどん底よ!」「私など、毎日が裸で吊り
下げらているようなものよ!」と…。「笑われる」と「笑わせる」は紙一重。
・8年前の会社清算で、それまでフンゾリ返っていた立場から一転、今度は
罵声をかけられる立場に一変した。 資本主義社会では、会社清算、倒産は
犯罪に等しい。創業設計図に万一の備えをしていたため、打撲程度?で事なき
をえたが、心の葛藤な生易しいものではない。清算後、一年ほどしてから、
引継いだ老舗会社を清算した男と飲み会で同席した時、私にシミジミと、、
『この結果と、現状に本当に満足している』と話しかけてきた。
 同病、相憐れむ感もあったが、
『全く同感。現に直面しない第三者には、この感覚は理解できない。
以前の受難も含めて、一人前になったのでは?』と、偉そうに…
プラスも、マイナスの事態もエネルギー量は同じ。マイナス同士を掛け合わ
せるとプラスに転換。受け止め方で、先の女芸人のように如何様にもなる。
メジャーリーガーの大谷選手の精神的支柱が『中村天風』の言葉と、最近、
知った。『積極一貫』で、何ごともプラスに転換の精神論だが、一理も、
二理もある。群れず、明るく、上を向いて生きるしかないのが人生の基本。
最後は、この辺りになっていく。しかし、10歳まで既に決まってしまってる?
 明日は武田鉄矢の「どん底」を、テーマにする。
どん底って、原石が隠れているんだよ… 問題は気づくか、如何かだがね!
「にっこり笑ってハンカチーフ!」 だって自分を笑うしかないでしょう!
それも腹の底から。笑ってくれる人に感謝しなくては。だって、そうでしょ!
それ以上に自分を笑わないと意味(価値)が無くなるから。ねえ、世間様。
 99里は、道半ば。胸突き八丁ですか。成るほど、73歳から見えてくる世界は、
こういう目線になるのですか。 虚空の一端が錯覚としても実感できるからね。  
                            


6679,閑話小題 〜卒・50周年の集いに参加して

2019年06月29日(土)


   * 卒50周年の同期の会、見聞録
 リタイアをして8年と3ヶ月。日常という岩穴の生活が日々を覆っている。
それに不満もないが、年一の海外ツアーや、何やらの忘年会で、市外への外出で、
何とか気を紛らわしている。大学の粋な計らいで、10年単位で、同期生の会が、
学食で立食パーティー方式で開催されている。20、30、40周年の集いに参加して
きたが、これが何とも感慨い深いものがある。小・中・高校の付属校卒を中心に
閥があるようだが… 地方出身とは、明確のラインが引かれている。地方から
わざわざ上京しなければならないハンディなどで、どうしても疎遠の傾向になる。
何故か、私たちの年代の出席が異常に高くて、前回は400人、今回は340人。
総長の挨拶で、連絡がついた中で死亡確認が160名。大よそ3割が鬼籍に入って
いると。72,73歳が一堂に、340人も集まる会は、恐らくギネスブックものと。
 
 立食パーティーでは、この10年近く、毎年、同級会に参加してきたためか、
顔見知りが殆ど、他にクラブ、ゼミなどの友人などが、話しかけに来てくれ、
一時間半はあっという間に過ぎた。ただし、何故か欧州旅行の友人は皆無。
今年の暮れも忘年会には出席予定だが、一回ごとに一期一会の感が強くなる。 
 60周年記念は、生きているかどうか。生きていたも地方からは肉体的にも?
今回は、『集団の生前葬』っていうところか。それにしても、リッチの世界。
二次会は、新潟に16年近く転勤できていたクラブ仲間だった飲み友達と、喫茶店
で一時間ばかり、前週に行われたクラブのOB(私は欠席)の話を中心に雑談して
帰路に…。 
 
 それ以前の話になるが、地元の駅の改札前で、切符の紛失に気づき大慌て… 
そこで、歩いてきたコースを200m逆行したところ、発見、事なきをえた。
冷や汗がドッと出たその慌てぶりには我ながら驚いた。その迂闊さは、明らかに
年齢と平平凡ぼんとした日常からくるもの。 最近、肉体も精神も、捩じれ、
緩んでいるためか、自己嫌悪に陥ることが多い。年齢と共に、内内にエネルギー
が向かう傾向が強くなり、社会的適応度が益ます低くなっている。老いという
ことは、こういうこと。 ところで、山手線で、一つ空いていた席に向かうと、
80歳過ぎの御婆さんが、強引に割ってきたため、身を引いた瞬間、目の前の
オバサンが、スッと席を立ち、譲ってくれた。 そう私も老人だったことに、
気づいた次第。 それも腰痛で、少し歩くと、前屈みの73歳の! 
 その時節じゃ、ショウガナイとしても。何か認めたくはない。

・・・・・・
6316,閑話小題 〜今年も半期の終了
2018年06月29日(金)
   * 半年ですか半年
 ・あと数日で、半期を経過ですか! ハヤッで、面白いように日々が過ぎ、
この繰返しのまま死んでいくのも良しである。 このブログに毎日、一テーマ
をを書上げることと、TVで、ドラマと映画、世界の秘・異郷の大自然を見る
ことで充分満足している日々… 御幸せで有難い御隠居生活。慣れてしまえば、
この状況も住めば都。ヘドロの要素は付録と割切り、人と比較しないことを旨
とした閉じ籠り? 
 ・3ヶ月(現役当時は1〜2月)に一度飲んでいた酒友が自宅前で転倒し骨折。
で、この半年間、何十年ぶりに居酒屋とカラオケに一切行くことがなかった。
これが一番の出来事ですか。行かなければ行かないで、この年齢では当然。
別に飲み出歩きたいと思わない。これは海外旅行も同じ。
 ・不幸では、3番目の姉の連れ合いが85歳で、高校の同期生が亡くなった。 
この年齢になれば、無事経過こそがベストの出来事。健康面は腰痛以外は良好。
毎週金曜日の「シネマ通い」は、一月末以外は、皆勤。今日を含めて24回に。
SJ通いは、7年以上、週5日、皆勤に近かったが、最近、月曜か土曜日を休む
ことにした。早朝のポタリング(ミニ・チャリ)1時間に、2時間の運動は、
健康的過ぎ、これでは推定死亡年齢?を遥かに超え、「死ねない病」になる
恐れが出てきた。予定では、あと2年半だが、このままでは…


   * ワールド・サッカー、予選通過
 昨夜は、熟睡していた0時過ぎに、近所の絶叫の『ター!』の大声で眼が
覚めた。家内は隣で爆睡。そこでTVをつけると、終了10分前。アジショナル
タイムを入れた一番のサワリの20分を幸運にも観ることが出来た。
前日のドイツ敗戦を日本に当てはめる解説は誰もしてなかったが、紙一重で、
同じ道を辿る可能性があった。ドイツが終盤に放ったゴールが悉く外れ、
逆に二点入れられ敗戦。その再現かとヒヤヒヤしてみた。
 裏番組で『セネガル対コロンビア戦』の結果では、予選敗退の可能性が
あったため、微妙な采配が必要だった。次戦7月3日まで楽しみが延びた。

・・・・・・
5584,60歳までに、人生を前倒しをしていて!
2016年06月29日(水)
 70歳を過ぎた現在、「60歳までに人生を前倒しをしていて良かった!」と、
つくづくと思うことしばしば。以下にコピーしたの13年前の文章を読返すと、
1年後に中越地震、その3年後に刈羽柏崎沖地震、4年後の2008年に、リーマン
ショック、更に8年後に東北大震災が、たて続いた。その結果、私も、まさかの
事業整理に至った。 作家の曽野綾子が、「人生の良いところは、60歳まで」
といっていたが、体力も考慮すると、成るほど正しいと実感する。 
 以下の内容を書いて13年間、友人、知人、親族が次々と倒れ、亡くなった。
病に倒れて発する共通の言葉は、「まさか、自分が! これから、ノンビリ
するつもりだったのに!」である。 死に直面した時の恐ろしさと動揺は、
「人生に、やり残した無念」があると増幅する。 とすると、老後の残務整理は、
それを探し、潰していくこと。そうこう考えると、【して失敗した後悔より、
しなかった後悔の方が遥かに大きい】ことになる。  一般的に、
「してしまった後悔1に対して、しなかった後悔が3」ではないか。どうだろう?
 30年分を10年に圧縮して生きた50歳代は、充実感があって実に面白かった。
60歳代の最大のイベントが、会社整理だったが、3・11もあって、未練も後悔も、
最小になっていた。両親の晩年に同居していたこともあって、「その都度、
計画的に楽しんでおくべし」という、人生の何たるかを、後姿から学んでいた。
この教えを学んで実行していたのは大きい。10年前と、13年前に書いてある
文章を読返してみると、計画通りに、遊び、楽しむ必要性を知っていた。
その時々に、真面目?に学び、楽しみ、遊んでおけ、ということ。
 辛いことも多かったが・・ それも楽しみの内。
――――
2003/06/16
50歳の頃ー1
  −60歳までの人生
 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。
丁度私が50歳の時であった。50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の
損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという
自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米の
ギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら
息子と日本酒を飲みながらふと思った、「自分の人生の元は充分にとった」と。
 その時に考えたのは、
「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳
までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」と。
・海外旅行をそれまでに50回行くことー不景気で無理か?
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようと。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
その時、母の生き方を見ていたこともあり、まだ解っていないと思っていた。
本当に良いのは60歳からというのを母から教わっていたが、しかし
「60歳以降の前倒しにする決心』は良いと解釈した。 
 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人から人生の秘訣を
教えてもらった。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にし、
そこまでに人生のすべてを燃焼し尽くした。その一つに日本を全てを家内と
娘と3人で回り尽くした。しかし死ななかった。その後は世界にチャレンジを
始めて、ほぼ全てをまわり尽して現在もこうして生きている。短命の家系の
前提がなかったら人生をここまで味わいつくせなかった!」。 深い人生の示唆
であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた
直後であったから、尚のこと心に響いた。あと2年半で、その60歳である。
「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きる
ことができるのではないだろうか。そして、それまで経験をしたことのない
分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に
飛び出せるのではないかと考えている。
 最近、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどで
アフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。
この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。
――――
2006/05/23
1876, 10年後に後悔する事とは?
             おはよ〜!(*^ワ^*)i 
あるHPを見ていたら、次の言葉に引きつけられた。
「10年後に後悔しそうなことをリストアップして、それを潰していく
生きかたをする」である。(七田チャイルドの七田真氏と本田某氏の対談)
 私が十年前に考えたことは、   (。-`ω-)ンー
「50代の10年間で60歳以降の人生を全て押し込んで生きる」である。
20~30年間を50歳代の10年間で全て前倒しにする、と。
それがこの程度の変化でしかなかったのか?。 という自問自答は残るが。
現在になって振り返ると、先まわしをして良かったと思っている。
後悔しそうなことを潰していく生き方は消極的に思えるが、
「消極的な生き方(後回しーその大部分は中途半端)が一番後悔する」
とリストアップすれば、逆に積極的な生き方が出来る。  
 想定可能なマイナスをあらかじめ潰すのは、最善の行為と同じか、
それ以上である。後悔することは、その時は気がつかない行為か、判断ミス
が最悪だったということ。 それが想定可能かといえば、可能である。
ということは最善の準備と同じぐらい大事なことになる。
                          (‐”‐;)
ところで10年後に何を後悔するだろう?
一期一会と、何ごとも真摯に立ち向かえば後悔することはないはずだが。
いや10年前に事業で時代の先行きを、より悲観的に読んでいれば
もっとシビアな手が打てたはず。
 ー面白おかしく「10年後の最悪の後悔」をイメージをしてみた?
・酒を飲んで暴れて、家内に愛想をつかれて離婚。
 現在は年金で、何処かの街の安アパートで冷酒を飲みながら懺悔の日々・・
 それでも冷酒を飲んでいるのだから、懺悔にはならないか?-ω-`A) フゥ…
・死んで、この世にいない。誰も、もうこの男のことを憶えていない。
 二人の子供も、あの父親のことだけは思い出したくもないと墓参りもない。
(しかし、自分がいないのだから後悔しようがないか!)                 
・脳梗塞で入院しているが、気が短く、毒舌が冴え、
 同室の患者や看護婦から嫌われて自閉症気味。
・考えていたより遥かに、日本という国家の疲弊が酷い状態。
 10年前に海外に思い切って財産や生活の場を代えておけば
 よかったと、毎日の生活の追われる日々。
ありそうな10年後の姿である。より深く時代を読まなくては!
酒にも、病気にも注意しなくては!    
―――
〜2016年6月29日・記
この2年後に、リーマンショックが起きて世界経済は大混乱をした。
その煽りを受けて、3年後に事業清算に至ったが、何とか、それまでの
生活の延長上にある。大病もなく、この随想日記を書き続けている。

・・・・・・             
5219,閑話小題 〜中学校の古希会
2015年06月29日(月)
   * 中学校の古希の会
 一昨日、湯沢のニューオータニで長岡市立東中学校の『古希の会』に参加。
一次会が17時から19時半、二次会が、その直後から別会場で開かれた。
9割が、そのまま移動。 参加総勢が61名で、女性34名、男性27名の割り。
同期360名のうちの二割弱になるが、年齢からみて多い参加者である。
男は大よそ4分1が亡くなっている。 私のクラスは、52名中、10人出席。
男6名、女4名。市内在住の男は、私1人の参加。県外が4人になる。 
死亡は、男27名中7人、女性は2人。 喜寿は、恐らく今回の半分だろう。
連れ合いの看護や、当人自身の問題で欠席が多々あるという。 卒業以来、
初めて会う人が同クラスで二人で、教師と、自衛隊を勤め上げていた。
様々の人生模様があるが、出席者は比較的恵まれた人たちだろう。大病で、
ゲッソリした人が何人かいた。 自衛隊、教師、病院の薬剤師、日立、小松、
など仕事はさまざま。古希となると、元肩書きなどの意識が消えているので、
昔の時代に立ち戻りやすいようだ。多く人が「古希の実感ゼロ」という。
 司会を自から申し出たが、思いのほか緊張してしまったのに驚いた。
直前に500mlの缶ビールを飲んだこともある。その上に、一線から引いて、
何かが緩んでしまったということか。17時から19時半まで一次会。
その後、近くのスナック風の宴会場で二次会が開かれた。私は20時53分
の新幹線で帰ってきた。これだけの同期の人が集まるのは、これが最後。
喜寿は、この半分〜三分の二だろう。 翌日の二日酔いは全くなかった。
後は急勾配の坂、70歳代が控えている。特に、男にとって厳しい。
 そこで、「あと10年は生きるつもりだったが・・マサカ」の坂が?
私なら「あと5年は・・ マサカ!」になる。プラマイ3歳だから、
二年半を無事なら想定内、先は短い! とにかく古希の関所を超えた!

・・・・・・
4854,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー24
2014年06月29日(日)
   * 転進の決断と、次への構想
 そこで、新潟駅前の更地と、現在のアクロスプラザ近くの角地の更地を
有効に生かすことが急務と考えた。その角地は兄名義、新潟駅前は私名義。
背に腹は変えられないと、考えに考えた結論が、兄名義の更地を売却し、
新潟駅前に、ビジネスホテルにした遊休資産の活用である。その一角に
当時の稼ぎ頭の学生服を入れる構想。結論からいうと、鉛筆ビルの衣料
量販店の建替えは、時代の要請ではなかったことに逸早く気づいていた。
 但し転用可能のビルでもある。兄は、当初に打ち上げたファッション衣料
チェーン化に集中すべきと主張!私と意見が分かれた。
「もし、やりたいなら、出ていってやれ!」と。そこで思い出したのが、
ここに戻った時点で、「実兄との問題もあり、5年間が目安!」と公言して
いたこと。「身の引き時!30歳代前半からみて、ここで決断をしないと、
姉夫婦と同じトラブルを、実兄とすることになる。同じエネルギーなら、
新規事業に集中する方が遥かに有利」と、直感が働いていた。あのままでは、
間違いなく相打ちになった。2〜3ヶ月に一度の名古屋、岐阜、大阪、岡山
などの仕入れで、各地のビジネスホテルに泊まっていた。その仕入れ後に、
同行した同僚との現地の料理屋での一杯が楽しみになっていたが、食事代は
限られている。そこで、安いホテルを探し、その差額を加えるしかない。
その出張が宿泊客のニーズを知る立場になっていた。 産地の岐阜駅周辺
にも、客室主体のビジネスホテルがあって、そこを定宿にしていた。
立地は二等地だが、ユニットバスのある格安ホテルである。さらに現在は
無くなったが、倉敷に大学校庭をイメージした、レンガをモチーフにした
スケェアガーデンホテルがあった。そのイメージをレンガ外装に、客室主体に
したホテルと、学生服ショップを併設させれば、間違いなく大当たりする!と。
で、何度か実兄と衝突をするうち、半年後を期限にと、思い切った次の創業
の決断をする。あの兄に本当に本店が? その後、20期、全て赤字で消滅。
他人事ではない! 激変の時代、利益を出すのは本当に大変である。 
これを書いて見えてきたのは、私も、実力相当の結果に終わったこと。
それと、引き時のタイミングの見極めの難しさ、である。


6678,閑話小題 〜まさかの坂が

2019年06月28日(金)



   * 今日の午後は、卒50周年記念の集い
 今日は卒業50周年記念で、9時過ぎに上京予定。腰痛をおしてだが… 
何とかなるだろう! 20,30,40周年と10年単位で大学主催で開かれてきたが、
50周年ともなれば合同の生前葬のような気持でもある。 年齢からして、既に
4分の1が亡くなっているのだろうが… 平均介護年齢が72歳というから、残り
4分の3のうち、介護される身か、する身で、出てこれない人が大多数になる。
現実は、10年前と様変わり。これから10年後には、更にその傾向が強くなる。
 要するに老いてしまったということ! 自分だけは死なないで生きている
のだから。二次会の誘いの電話があったが、参加者が集まらず不成立の電話が
あり、「何でまた?」と思ったが、介護される、する年齢を考えると…
何の不思議ではないことになる。 考えてみれば、夫婦して無事安泰である
ことに感謝すべきことと、あいなる。 さて、今日、どんなドラマが?

    * まさか!の坂が、人生を、事業を、左右してきた。
 過去を俯瞰すると、人生には、「上り坂、下り坂、そしてマサカ」の3つの
坂があるというが、振返えみると、人生を大きく左右したのは、マサカの坂。
ある日、突然、飛び降りてくる。別名が『ブラックスワン』と言われている。
世界的レベルでは、20世紀前半に起きた第一次、第二次世界大戦が、これ。
間接的殺戮を加えると一億以上の人々が虐殺された歴史的参事である。
私たち世代は、その直後に生を受けたため、その受難は少なかったが、
小中学校の同級生の多くは長岡空襲の被害者。それを背負っていたようだ。
面白いのが、人間の誰もが持つ、『自分は大丈夫!』という固いバイアスに
縛られていること。それが、ある日、突然、「まさか」の坂に行き当たる。
そして、『まさか、自分がね… 何でまた、どうして?』と、茫然となる。
 いい歳をして、何を今さらだが… 
私にとっても、ドルショック、石油ショック、バブル崩壊、9・11テロと、
それを起因としたアメリカによるイラク、アフガン戦争。そして、リーマン
ショック、中国の資本主義への転向。地元の中越地震と、柏崎・刈羽地震。
そしてトドメは、東北大震災と相成る。それが、8年前の事業の清算に
相成る。我ながら手際は良かったが、これを良しとしない見方もあるが、
その判断は正しかった! 「まさか」の坂が、立ち現われたのである。
ならば、置くものはさて置き、裏山の避難所に… 有象無象には、これが
理解できない。 今日明日、大阪でサミットが行われる。 何が決まる?
 まさか無いと思うけどね〜 
< 韓国、台湾、日本を含めたアジアは中国にくれてやる。その代わりに、
 南北アメリカと、アフリカには手を出すなよ!> ぐらいのことは、
トラや、プ〜なら言いかねない。まさかね? 安倍ちゃん本当に大丈夫?
 
  で、日本は叩き犬に? 

・・・・・・
6315,読書日記 〜エスキモーの「叩き犬」
2018年06月28日(木)
            〜『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』
                          曽野綾子著より 
   * 叩き犬と日大アメフト部
 これを読んで、暫しショックと驚きで茫然… その数日後、思いついたのが、
日大アメフト部の一連の事件の、鉄砲玉のラグビー選手のこと。選手間では、
精神的に圧力をかけて選手を追い込んでいく内田前監督のターゲットになる
ことを選手たちは『ハマる』と呼んでいた。プラスに考えれば、見込みがある
から対象にされるから判断は難しいところ。 しかし、エスキモーの犬は… 
 ポン督として、「チーム強化策として、その位でないと宿敵校は破れない」
というのも至極当然かもしれない。
             〜『死の準備教育』曽野綾子著より
≪ 本多勝一のカナダ・エスキモーのレポートに、面白い話がある。
 それは、犬橇のことで、エスキモーは橇の前面に犬を扇方に立ててひかっせる。
もっとも長い綱をもらい、先頭に立つのは、頭のいい優等生の犬で、これが群れ
を引っ張る。ところが、いつも、綱がたるんでしまっているのが一匹いるという。
綱がたるんでいるということは、橇を引くのに全く役立ってない。こんな犬は、
連れて行かなければいいのに、と本多氏も思うが、それが面白い。
 この犬は、たえず振り下ろすムチの目標として存在価値がある。犬たちは、
一種のパニックに陥りながら走るが、この能無し犬は、いつもムチを受けて
キャンキャン啼き声が他の犬を奮い立たせる。この犬のお尻は、あまりに多くの
ムチを受けるので、次のムチが自分の上に落ちてくるかと、絶えず振り返る。
この犬は、この世に生れてよかった、ということはないが、その姿は、私を慰め
てくれる。 この犬のような存在になって生きることも意味があるのだと、
思わせてくれる。≫

▼ これをヒントにポン督(日大アメフト監督)とコーチが考えたチーム強化策
 か如何かは分からない。 サラリーマン社会の浮沈みの中では「叩かれ犬」の
経験をしている人は多いだろう。 この逆の話もある。養殖場の魚を活気つける
ため、食肉種の魚を数匹入れるという。自然界では、その存在が有って然るべし
だから。定年後、急に元気が無くなるのは、食肉魚の存在がいなくなるため。
いや、小池で酸欠不足?。それとも、家庭内食肉魚に追回され疲れはてるため?

・・・・・・
5218,聴覚の方が、視覚情報より根源的!
2015年06月28日(日)
      『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 
  * 聴覚の方が、視覚情報より根源的!
 全盲の辻井伸行が、譜面をみないで多くの曲を弾きこなすことに不思議?と
思っていたが、「皮膚の外側全部が宇宙」と聞くと成るほど、「聴覚の方が、
視覚情報より根源的!」というのも納得できる。 〜その辺りから〜
≪ 堤◎ ー目に見えるものだけを信じることはなぜ危険なのでしょう?
佐治◎ 一耳のほうが優れているともいえます。目は見たいようにものをものを
 見る特性が顕著です。 聖書にも「神の姿をかたちづ〜てはいけない」と書かれ
 ているでしょう。神の姿が見えようとすると、自分に都合の良い神をつくりだして
 しまって、極端の場合は、その神の命令によって、という思い込みから殺傷事件
 を起こしてしまう。 それも、脳のメカニズムに関係してくるらしいのですが。、
堤◎ ーどんなメカニズムでしょう? 耳との違い?.
佐治◎ ー目は三種類の色を識別する細胞からできています.「RGB」、つまり
 赤REDと緑(GREEN))と、青(BLUE)の細胞にどういう光が入るかによって
 いろいろな色を識別します。 ところが耳の聴覚器官は、二万五〇〇〇種類
 くらいの細胞が縦に並んでいる。ある音が片側からやってきた場合、われわれ
 は二つの耳で、その方向を識別できます。ところが音が片側の耳に入って、
 次にもう片側の耳に入るまでの時間差は一〇〇〇分の一秒くらいで、神経の
 伝達速度では、間に合わない。となると、音源の方向を識別できないはずです。
 そこで・片方の耳から入ってくる音は細胞の上から、もう片方は下から入って
 きて、その合致する位置から、脳が計算して方向の認識をしている。
 しかも、目から入った信号が脳に到達する時間と、耳からの信号が脳に到着
 する時間を比べると、耳からのほうが速い。つまり、耳のメカニズムのほうが
 ある意味では優れています。人類の進化の歴史を見ても視覚情報は、母親の
 胎内にいる時にはシャットアウトされている。でも、音だけは聞こえている。
 視覚情報のほうが優先されているということです。聴覚情報は、より根源的
 ということです。
堤◎ ーならば目の不自駐方の感じ方は全然違うのでしょ-か?
佐治◎ ー生まれながら全盲の人の言葉を借りると、「先生にとっての宇宙は、
 月とか太陽とか星なんでしょうけれど、ぼくにとっての宇宙は、皮膚の外側が
 ぜんぶ宇宙なんです」という。すごいですね。・・・
佐治◎ ー目が不自由で、耳は健常な人と、逆に耳が不自由で、目は健常な人
 とでは、感じている世界はまったく違うようです。  
佐治◎ ー全盲のピアニスト、辻井伸行さんによると、カルテッドでの共演など、
 通常はアイコンタクトで合わせますが、彼は、相手の呼吸を耳で読むといって
 いた。われわれには五感があるが、そのなかでいちばん深いところに入って
 いくのが音情報です。≫
▼ 動物は海中から陸上に、上がって進化?してきた。海中は視覚より聴覚の
 方が生存競争に有効に働くため、人間も、その流れを引継いでいるのだろうか。
ウツの対策に音楽療法があると、この書で述べているが、iPodで軽音楽を聴き
ながらの早朝の自転車散歩で、その実感は確かにある。 情報端末の進化は、
聴覚、視覚情報を、より手軽に修得可能にする。

・・・・・・
5583,閑話小題 〜暇とは、こんなに忙しいものか
2016年06月28日(火)
   * 暇とは、こんなに忙しいものか
 欧州サッカー選手権とプロ野球、WOWOWの映画とTVドラマと、時間が
足りないほどTVを観るのに忙しい。他動的で後ろ向きだが、面白いのは面白い。
これにスポーツジムとポタリングとパソコンと読書が加わる。更に近くの‘
ツタヤ’のビデオ・レンタルでも借り始めたら、本当にどうなるか?
 で、レンタルは、ウィンドウショッピングに止めているが面白そうなのが
多くある。 隠居になってみて、内向きの忙しさとしても、こんなに面白い
日々とは思いもしなかった。苦しみ1に対して、楽しみ3の割合に意図的に
加えていることもある。これは楽しい時間をスケジュールに組めば済む。
 例えば、早朝のペダリングだったり、TVで観る映画やドラマや、金曜日の
シネマ通いだったり、この随想日記のテーマ探しと書上げだったり・・ 
 これは75歳を健康年齢の目安に設定すると、自由に動けるのは、あと4年半! 
とすると当然、何事にも貪欲になる。 <死んで花実が咲くものか>だが、 
70歳という自覚が少ないためか。同年代の知人友人が次々と倒れるためか。
   * 2016年上半期 重大ニュース
 あと数日で、今年の上半期が終わろうとしている。世界をみると、ベルギー・
ブリュッセル国際空港のテロと、アメリカの大統領泡沫候補が共和党の代表に
選ばれたこと。国内では、枡添都知事の辞任と、熊本地震ぐらいだったが、
先週になって、『英国のEUからの離脱』という政治的激震が起こった。
 この影響は、今後、5〜10年と続くが、日が過ぎる度に、事の重大さに
世界は震撼としている。離脱自体も然ることながら、ドイツ、フランス、
イタリアなどにも離脱の動きが大きくなる。スペインのように、英国の離脱
を受けて、逆に熱が下がった、思わぬ効果もある。当初、トランプに順風と
思えたが、これまた逆のようだ。毎日の為替・株の相場から目が離せない。

・・・・・・
5948,閑話小題 モンテッソーリ教育 −1
2017年06月28日(水)
   * モンテッソーリ教育とは
 天才将棋少年の藤井君の秘密の一つが、幼児期の「モンテッソーリ教育」
にあったという。そこで調べてみると、知的障害児の感覚教育で知的水準を
上げる効果から、貧困層の健常児への独特の教育に発展し、この教育法が欧米
社会に広がったという。要するに天才教育である。
 家内には私の持ってない異様な能力がある。聞くところによると、直ぐ上の
兄が、生まれて間もなく死んでしまったため、両親が、我がまま放題に育てた。
それが、習い事にも現れて、バレー、小唄、習字など、次々と本人の気分に
従って、1〜2年で変わっていった。その辺に、変な能力? 異常な位の好奇心
の元にあるのではと、思ってきたが、それを当人が、自分で、してきたことに。
ただし、『受験勉強で、そのエネルギーの全てを使い果たして、この有様!』と
宣う。知的好奇心と、マスコミに取上げられる流行に対する直感は、異様に強い。
この教育法を読むにつれて、武澤ゼミの基本が、ここにあったと、気づくこと
になる。知識にしろ、経験にしろ、私たちは小さな世界に閉じ込めれれている。
まず、その認識をして、外にも内にも、その壁を壊さなければならない。
 その前に、その壁に入らない教育法が、これである。
  〜ネット検索によると〜
≪ 20世紀初頭にマリア・モンテッソーリによって考案された教育法。
 イタリアのローマで医師として精神病院で働いていたモンテッソーリは知的
障害児へ感覚教育法を施し知的水準を上げるという効果を見せ、1907年に設立
した貧困層の健常児を対象とした保育施設「子どもの家」において、その独特な
教育法を完成させた。以後、モンテッソーリ教育を実施する施設は「子どもの家」
と呼ばれるようになる。
 1907年、ローマに最初に誕生した「子供の家(Casa dei bambini)」は…


6677,閑話小題 〜 思いもしなかった「管見妄語」 −2  

2019年06月27日(木)

               <常識は凡人のもの>藤原正彦著
   * グローバリズムの欺瞞
 白人の中下流層の岩盤が思いの外、固いことはアメリカ生活が長い著者は
よく知っている。そこは保守的白人層が支配しており、その中にも、階層が
明確に存在する世界。グローバリズムは、一強多弱を、まずもたらす。それが
国境を超えて、欧米世界に雪崩れこんできたから、溜まらない。特に中下流層の
白人達には堪ったものではない。
 ―
≪ グローバリズムと、「エスタブリッシュメント(=支配体制・特権階級)と、
PCが三頭立て馬車になって世界が動いてきた。トランプ勝利と、英国のEU離脱
決定は、この三頭馬車に対する初めての大がかりの反乱。 ところが、この混乱
の中で、メディア、御用学者、評論家と政官財の密着ぶりがあからさまになった。
彼らは、国民にとっての唯一の情報源だから、国民はいつも色のかかった情報に
浸っているのが現実。グローバリ信奉の学者達が国民を説得する際に使った
トリクルダウン理論(裕福層や大企業などに富を集中させれば、そこから富が
しずくのように落ちこぼれて国民まで及ぶ)は、完全に否定された。誰が、滴を
落としますか? 世界は、大富豪と、大多数の貧しい人たち分断され、格差は、
拡大された。競争社会のストレスは移民の急増などで、欧米を中心に社会は
大混乱に陥っている。
 グローバリズムとは、創始者のフリードマンが言ったように、
<国家も民族も力も持たず、一つのメカニズムが世界を結びつける>
 自国のことは国民の意志で決める、という民主主義とは、もともと、あい
れない。人は祖国で生れ、その自然で成長し、その文化、伝統、情緒で育った、
涙を滲ませた存在である。 この二つの歴史的事件とは、グローバリズムの
最先進国である米英国民の「経済メカニズムに支配されてたまるか」の叫びで
あった。 ≫
 ―
▼ 成るほど、面白い。米英の中下流層の白人が、自分たちの職業を脅かす、
 移民に、反旗を掲げるのは至極、当然のこと。 自分の生活を考えてみたら、
トヨタの車で、コンビニに行き。TV、パソコンはソニー。映画はハリウッド。
乗っている電動自転車はパナソニック。買物は、Amazon…。 それらは、
グローバル企業で占められている。何が今さらの感がする。 成るほど、
私たちはPC(ポリティカリー・コレクト=あらゆる差別や偏見をなくす)で、
目暗ましされてきたのか? PCに抵触すればマスコミに袋叩き、政権に一つや
二つが軽く吹っ飛ぶのである。これがグローバリズムと手を組んで、大衆を
誘導しているとみると納得するが… 生命誕生以来の、大変革期にある現在、
ますます、私たちは、現在地の自分の立ち位置を見つめ直す必要がある!
 問題なのが、これが二年半前の「週刊新潮」(2016・10月〜2017・10月)。
PCの言葉も、意味すら知らずに… これが地方で閉塞している限界だろうが。

・・・・・・
6314,閑話小題 〜覚醒剤と、マリファナ ―2
2018年06月27日(水)
   * 麻薬の二次災害
 麻薬を吸った高揚の音楽、『上を向いて歩こう』『今日は赤ちゃん』
『夢で会いましょう』などから、その一部を感じることが出来る。
作曲家の故・中村八大は重症の薬中患者。あの感覚は異次元の快感の世界。
何曲か、それらしきα波のCDをネットで購入しiPodに入れ、時々、
聴いている。 『余命、半年』と宣言されたら、考えても良いが… 
やはり止めておくべきと、和歌山ドンファンなどの一連の報道が教えている。
 
 私の至高体験は、秘異郷ツアー先の大自然との邂逅の感動体験と、アルコール
による高揚感が多々ある。薬物中毒には、禁断症状がついてくるため始末が悪い。
「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅語がある… 
美味い酒は数限り飲んできた。酒の肴と、美女を侍らせば別に薬物使用の必要も
ない筈だが… 中毒者は、金の無いため? 中間カットの薬にいくのか?
問題は止めどなく深みにはまること? 二次災害の問題が当然生じる。
 
 「CSI: 科学捜査班」というラスベガスなどを中心に最新科学を駆使した操作
技術で様々な凶悪犯罪を解明していく1話完結形クライム・サスペンスがある。
 これが面白い、10数年にわたり数百本はみただろうか。
その一つに、麻薬にやられた妻に、支配された夫との共犯事件の筋書きがあった。
表向きは普通の夫婦が、実はサイコパスで… これに近い話を知人から聞いた。
<鬱病の治療薬の長期服用から薬中が酷くなり、痴呆症に陥った姉が、夫と供に
 妻の妹のところにやってきて、「高校時代にお金が紛失したが、犯人は絶対に
アナタ。正直に言いなさいよ」 旦那も止めるふうもなく…40,50年前の話を>
身内に痴呆症の人を抱えたことのある人は、理解できるはず。 私は5年半… 
これをマダラ呆け状態で周辺に言って周るため、たまったものではない。
薬中の場合にも多々ある。私にも、幾つか憶えがある。具体的には、あまりに
酷すぎて書けない内容。そこに、世間バカが絡み込んでくるから始末が悪い。
 ならば、不幸系ほど世間様度数が高くなる…その観察を楽しめば良い。

――――
2007/07/06
LSDを一服した状態とは、どんな状態? −1

植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。
「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが
古今東西、植草甚一の読んだ麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。
図書館で借りてきた本だが面白そうなので、一とおり目を通して、中古本だが、
直にアマゾンで注文をいれた。麻薬のトリップに対して興味がある。しかし麻薬
をまさか使うことは出来ないし、中毒になったら取り返しがつかない。
といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を、経験してみたい誘惑も。
まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態か、
知識として知りたくもなる。手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。

私の枕元には、麻薬を使った状態に近づける音楽のCDがある。
買ってから10年近く、寝る前などに聴いてきたが、寝つきがよい。
酒を飲んでホンワカした気分と同じである。
私の場合、秘境旅行や、酒席などで至高体験を数知れないほど経験してきたので、
アルコールや、寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積があり、
体質的に脳内には回路が出来ている。まあ、それはいい!

以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの
「麻薬への旅」の中の一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か
持っているが、どれも似ている。面白く解りやすいので紹介しておこう。
 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー
 
                   ーーー p・12~13
 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1舛涼傭覆150フラン
前後(ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、ヒッピーの顔ぶれは変るが、
いつも400人ぐらいいるそうだ。力トマソズには彼らの連絡場所になっている
「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さなキャバレーがあるが、
ある日のことリーというアメリカのヒッピーがLSDを持ってやってきた。
そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた
小コミュニティのテソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、
みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、
著者ポルは書きはじめる。暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。
遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。

 みんな声を出さないでLSDが効きはじめるのをジーッと待っている。
夜の静寂さ。二十分したとき、耳のうしろの首筋が急に熱くなったかと思うと、
舌ざわりが金属的になった。まだ効果はあらわれないし、意識は平常どおりだ。
すると始まったなと思う感覚の変化。神経が局部的にピリッと硬直し、
その瞬間はロではいえない異常な現象がおそいかかった気持である。
いろいろなLSD体験記から想像していたのと同じ状態であって、自己が解体し、
まわりの知覚世界に溶けこんでいく。それがすこしたつと、こうなった。
 
 焚火を見ていると、その火のなかに、ぼくがいる。ぼくは火なんだな、
いや火の向うに存在しているようだ。というのは火や明りや影が、
ぼくの思考や意志に服従するように動いているからで、まわりの世界を、
ぼくが上からブタをしているような気持になってきたからである。それなのに、
ぼくとは違ったものなのだ。まわりのすべてと同じものになっていく。

 と同時に余計だと思う漠然としたものが、仮面をかぶったように引っこんで
しまった。そうして宇宙的になりはじめた精神的内部の知覚作用。
いろいろなものが重なり合って見える。
その重なりかたの度合が強烈な作用をもっていて、たがいに矛盾するかと思うと
無限の連想へとみちびいていく。そのときレコードをかけた者がいて、
チベットの宗教音楽が流れてきた。

 すると意識がより複雑になり、その音楽は、ぼくが作曲したものではないか、
なぜならばくの体内から生まれてきたようだし、ぼくの思考と厳格に一致して
いるからだ。単調だが美しく流れていく音楽は、ぼくなのである。
一つの音が、つぎの音になるまでにハッキリと分離して耳に入ってくる。
ぼくと周囲との溶解状態が、さっきよりずっと完全なものとなった。

 ハシーシやメスカリンが効きだしたときのように、しぜんと目ぶたがふさがる。
すると音楽が目に見えてきた。一つの音が明りで書いたようになり、キラギラと
雑色になって飛び散る。無限に大きい万華鏡のまん中にいるようだし、ある音が、
ほかの音よりも強くぼくのなかで反響し、それが後頭部や胃のあたりをシピれさせ、
打楽器の音が強烈な電気ショックのように全身を飛びあげるようにするのだった。
 
 ぼくは手を見る。それは歪んだり、大きさや色の具合が変化したりする。そばに
いる仲間の顔を見ると、小さなダイヤモソドがちりばめられていてピカピカと輝き、
とても美しい。ぼくは目を閉じる。するとまた心の奥ふかくへと落ち込んでいく。

 自己と別世界との溶解。非現実の現実的な知覚状態。
これは,「シュールモア」(超我)と呼びたい。
そのときの解放感は、口ではいえないくらい気持を昂揚させる。
道徳的な規準といったタブーのすべてが取りのぞかれてしまうのだ。
そうした宇宙をなにかのシソポルや連想や知覚の種類や合理的なイメージで
説明しようとしても、文字や言葉は単純化された嘘になるだけである。
ただあとで考えたことだが、人間というものは、いかに不条理で憐れむぺき存在か、
歴史や文化の発展のなかで「権力」に支配されて生きてきたのだ。
そこから解放されるものがLSDだということはハッキリといえるのだった。

 そのとき誰かの笑い声がした。なぜ笑ったのだろう。
それは、ぼくが四十年間というもの、無知だったことを笑っているような気がする。
三十人くらいの仲間が、誘われたように笑い声を出し、ぼくもいっしょに笑いだした。
以上は「麻薬への旅」の、ほんの一部の紹介だが、LSDの研究は、
ますます興味ぶかくなってきた。

・・・・・・
5582,閑話小題 〜まさか、離脱派が勝つとは! 〜
2016年06月27日(月)
   * 欧州サッカー選手権と、EUの離脱問題
 今回の英国のEUからの離脱問題。欧州サッカー選手権の最中の熱い時期の
タイミングが良くなかった。英の自国内も含めた、欧州同士のサッカー試合を
通した代理戦争のような試合が行われている最中の離脱成否の国民選挙である。
何とか抑えてきた抑えてきた愛国心、郷土愛が欧州連邦を崩す切欠になるのか。
 英国とユーラシア大陸の位置関係と、日本とアジア大陸の地勢上の立ち位置
から類推してみると似ている。日本に大陸から大挙して押し寄せて、街の一角
に住んだとしたら、当然、離脱をしたくなる。 中国、韓国、フィリッピン、
インド人が、近くのアパートに住んで、大声で深夜、騒いだとしたら、それは
拒否反応を示しす。現に自宅前のアパートの何世帯が、住人である。
我慢できないレベルではないが、数倍になったとしたら、考えるだろう。
それも犯罪が激増するとしたら・・ 
 離脱問題が、大した問題でないのか、想像を絶した大問題なのか、二日間、
新聞、TV、ネットの情報を通して考えてみたが、これはパンドラの箱が開いた
リーマンショック以上の大問題。プラス面に光が当てられたグローバリズム
の問題が、マイナス面に表出した一現象である。これでトランプがアメリカ
大統領に選出される可能性が出てきた。EUは、解体もありうる。それと、
スコットランドの独立もである。
 ソ連邦解体と、中国の共産主義政策の放棄と、情報社会の到来をみた上に、
EUの壮大な生成の実験と、その崩壊過程?まで目撃できるとは! 驚き。
アメリカの不良債権も、各国政府、金融機関の金庫の中に押し込まれたまま。
何かの切欠で表立った時、世界恐慌は表立つ。今週は、先週に続いて見もの!
まず株式と為替から。現役だったら、夜も寝れないだろうに。
アベノミックスは、株安、円高の潮目で、失敗が露呈してくる。娑婆は面白い。

・・・・・・
5217,神学と物理学と哲学の三位一体論
2015年06月27日(土)
              『立花隆の書棚』立花隆・蒼田純一写真    
   * 神学と物理学と哲学の三位一体論 
 書店の店頭で数ヶ月前から黒表紙の『立花隆の書棚』という分厚い本が並んで
いた。面白そうだが買うのを控えていたのを図書館で見つけ、さっそく借りた。
  その「まえがき」の内容が良い!
≪ 「やはり、若い才能というのはあるもので、昔のいい本にもう一度出会う
 のも悪くないが、若いブリリアントな才能の持ち主と出会うことは嫉妬の対象
にこそなれ、なかなか賛嘆の対象にはならなかった。しかし、七十を過ぎて、
素直に、何でも、よいものはよい、と言いたくなった」 ・・・(略)
 『20歳の君へ』の中で、キリスト教の三位一体説を取り上げ、父なる神と、
子なる神と、精霊なる神が一体であるとはどういうことか、それに対する異論から、
最初の異端、アリウス派が生まれたという話をした。
「イエス・キリスト=神」とする正統的な三位一体論に対して、歴史上、
異論を唱える教派が何度も出ては、異論とされてきたのである。現代においても、
アメリカで最も有力な教派(ユニテリアン)が同じ見解の下に集団を作っていて、
アリウス派の現代版と目されるということを指摘した。
「現代版三位一体論を考えるなら、今こそ、神学と物理学と哲学の三位一体論を
やるべきだと思う。それは、光とエネルギーと物質の三位一体論であり、これは
物理学の公式で書き表せば、E=mc2のアインシュタインの相対論と、E= hνの
プランクの量子力学から導き出せる。これがこの本を書きながらたどり着いた
一つのことである。・・ 光とエネルギーと物質は、結局は同じものであり、
われわれ自身も、われわれを作ったものも、われわれが作り出してきたものも、
すべてこの三位一体説の中にあるのである。≫
▼ そもそも光とは? エネルギーとは? 物質とは何か?を知らなければ
 ならない。結局は同じものというが、それは何か?である。 猫ビルなどの
書棚の写真を見ていると、本という媒体という物質。そこに込められた著者の
エネルギー。光は情報・知識ということか。 あるいは、人間そのものも、
肉体が物質、エネルギーが行為、光は情報・知識になる。どれもこれも磨き
続けないと、劣化を始める。 問題は行き先の設定。それぞれ違ってくるが。



6676,閑話小題 〜 思いもしなかった「管見妄語」  

2019年06月26日(水)



                  <常識は凡人のもの>藤原正彦著
   * 中下流層は、既に見破った
 知らずと私も『朝日新聞』の大きく影響されているのか?と、考えさせられた、
藤原正彦の『常識は凡人のもの』の中の「二つの快挙」という思いもよらぬ内容。
何と、英国によるEU離脱と、トランプ勝利を肯定している内容。
日本を含めた世界中の有識者やメディアが、英国残留と大統領選のトランプの
敗北を信じて疑わってない中で、鳩に豆鉄砲を食らったように、しばし茫然。
 著者の論を大まかにまとめると…
【 この二つの出来事は、一見無関係のように見えるが本質的には同じ。
 これは、30年間のアメリカ、そして世界中を跋扈したグローバリズム。
およびPC(ポリティカリー・コレクト=ありとあらゆる差別や偏見をなくす)
への反乱であった。グローバリズムにによって、各国で所得格差が急拡大し、
中産階級がやせ細り、国民は、持つもの、持たざる者とに二分された。
アメリカ型金融資本主義により、一蓮托生になってしまったのである。
ギリシャ程度の小国の経済状況に世界中が一喜一憂するようになった。
一方で難民による社会や教育の混乱、治安の悪化が進んだ。
それどころか、PCに抵触すればマスコミに袋叩き。このPCで、誰も本音を
語れなくなった。 この閉塞感とグローバリズムに厳然と立上ったのが、
トランプ大統領の当選と、英国のEU離脱である。この快挙は本質的に同じ。
その支持層は、どちらも主に低学歴労働者。英米の知識層は、グローバリズム
が自由経済を錦の御旗で弱者を追込んでいるのに、自身は強者に属しながら
強い義憤を感じている。また、自国の文化、社会、教育、伝統を守るために、
移民の急増を抑制の必要性を感じていたが、それはPCの嵐の中では、差別主義
と烙印される。メディアはトランプのセクハラ、差別を攻撃した。 しかし、
致命傷にはならなかった。中下流の大衆はすでに見破っていた。政府、金融、
メディアなど支配層が弱肉強食のグローバリズムを推し進め、大量の社会的
弱者を生んできたことも。そしてPCとはグローバルリズムの過酷を隠すための
小さな善行、すなわち目くらましでしかないことを。グローバルリズムの過酷
にしがみつく人々と、その体制を倒してくれるなら、無教養の成金オヤジでも
誰でも構わないと。そこまで、彼らの怒りは深かったのである。】
 ―
▼ 成るほど、ずばり現在のアメリカ、欧州の問題の本質をついている。

・・・・・・
6313,閑話小題 〜覚醒剤と、マリファナ ―1
2018年06月26日(火)

   * 薬物について…
 学生時代後半の二年ほど親しくしていた友人が軽い覚醒剤の常用者?
その特徴は、気分にムラがあり躁鬱の起伏が激しいこと。「心の起伏の
コントロールに私を当てていたのでは?」と、疑ったこともあったが、明るく
話題豊富で、純粋で面白いことこの上なかった。彼は3〜4年と○○ゼミに
参加しており、4年の進級時に私をゼミに誘い、推薦してくれた掛けがえない
恩人だった。一度、埼玉の自宅に遊びにいき、夕食を家族とともにし、一泊
したことがあった。父親譲りで、俗にいう‘ハッタリ’屋が特徴であった。
妹が、なかなかの美人。当時のアルバイト先の軽井沢山荘に同行したことも
あってか、現在、軽井沢に大半の時間、住んでいると聞いている。
親戚以外で泊まり込みは、4回目だったが、学生時代の特権の一つ。逆に、
友人を自宅に泊めたのはドライブがてらの複数人だったため10人以上はいた。
首都圏の人は、地方の家に何故か泊まりたがる。
 
 30年経営していた会社の取引先に、鬱病治療の服用で深い薬中になった人
がいた。素知らぬふりをして観察していたが、学生時代の友人との共通点は、
気が優しく、孤独に弱く、人と群れていないと不安になるタイプ。或る時、
突然、切れ、病的に怒り狂う。 世間病の合併症?が、薬効で爆発する現象
が屡々ある。気分の切替が下手。
 半世紀前の青年期の頃、親戚に覚醒剤中毒の人がいた。当時、覚醒剤は薬局
で売っており、今ほど取締は厳しくなかった。眼が座り、顔はスカッとして、
それはそれは明るく場を持ち上げていた。 数錠、口に入れガリガリと…。
10数年前に鬼籍に入ったが…前記のタイプと同じ。
 
 数年前に、「タレントが、銀座ホステスと、覚醒剤使用のセックスで快楽
云々… 死亡事件」が話題になったことがあった。和歌山の色ボケした老人が、
若い妻に覚醒剤を盛られた?殺人疑惑がマスコミを賑わせている。被害者が
常用者でなかったため、殺人疑惑が増しているが、痴呆症で若い妻との快楽に
服用していた可能性もあるため、事件の解明は難しい。痴呆症と、薬物依存の
合併症の典型の事件。脱糞とか、実情は酷いとの証言もある。 〜つづく
 
以下は、『至高体験』の検索で出てきた文章
悟りを開いた坊様のような… 修行でなく、薬物でなく、何で、
こんな状況になれる? 毎朝のチャリでの一時間の遊行で、少し近い
心的状況になってはいるが… 
――――

私が至高体験と呼んでいるものが
異様に増えてきたな…と春あたりから思っていました

以前の至高体験は向こうからのプレゼントでした
1年に、2,3回あったら、かなり調子いい方で
1年の内に1回もないという時期もあったようなペースでした

ふとしたときに、突然訪れる、至福の体験
明るすぎる輝く光だけになる体験
草の前に佇んだり、海を見ていたりとか
何でもない時に訪れる

その何でもない時、というのはよく言われる形としては、
「無」に入っている瞬間とも言えるかもしれない

私はあの豊かな瞬間を、「無」だとは思えないのですけれど…
「無」は「全」かもしれないけれど
それが、向こうからのプレゼントではなくなった
私が、意識的に至高体験の中に入って行ける

というよりも、私が入って行きたい領域の前に
至高体験がヴェールのようにかかっているようなのです

そのヴェールを上げると、あの世界が在る
そのヴェールが、自分で意識的に上げられるようになってきたらしいのです
これは一重に、トレーニングのおかげだと思っています

ひとつひとつの美しさが増す
全てが輝いて、私の内に映って入ってくる

どうやら、ヴェールが上がりっぱなしになりかけているようで
世界の美しさが、直接、ダイレクトに私に語り掛けて来て
あまりに素晴らしいのでした

この、良くて困るところは
友人が子どもを抱きしめているとかの
日常的な瞬間に号泣しそうになることです(笑)
あまりに素晴らしく、美しくて…ね

日常は、見える以上の深みを湛えている…!!

・・・・・・
5216,借金人間 製造工場
2015年06月26日(金)
       『借金人間 製造工場―“負債"の政治経済学』
                 マウリツィオ・ラッツァラート (著)
  * 借金苦は権利書と共に、サラバ!
 公立、私立大学の6割が奨学金を受けていて、平均300万。旅たち時点で、
既に借金人間である。日本の国債が1千兆円、一人当たり750万の借金を
負わされている。社会全体がローンとクレジットに覆われ、国家予算全体が
国債で半分が賄われている。国家も、社会も、個人も借金人間の塊だ。
 ーアマゾンの案内が、ミニ概要になっている。
≪ “負債"が世界を支配している!  私たちは、借金しているのではない。
 金融資本主義によって、借金させられている! 欧州で話題のベストセラー!
現在、国家の“負債"も、個人の“借金"も、世界的に急増しつづけており、
国家財政にとっても、私たちの人生にとっても、最大の脅威となっている。
 では、なぜ“負債/借金"は、それほどまでに増大しつづけるのか?
書は、今ヨーロッパで注目される社会学者・哲学者が、経済学から、ニーチェ、
ドゥルーズ/ガタリ、フーコーの哲学までも駆使しながら、“借金/負債"とは
何かを、古代ギリシャから現代までの歴史をさかのぼり考察し、現在では、
グローバル資本主義による個人・社会への支配装置として機能していることを
明らかにした、欧州で話題のベストセラーである。本書は、現在、最も世界的な
注目を集めている問題をあつかっている。とくに興味深いのは、それを表層的な
経済問題の議論を超えて、ダイナミックに歴史的に考察を深めていることである。
 哲学者にして社会学者でもある著者にとって、社会的なもののパラダイムは、
象徴的交換ではなくて、“債権者/負債者"の関係にほかならない。
「各個人を、借金を背負った経済的主体に変えること」―これが、我々が現在
生きている経済システムである。 “借金人間"こそが“経済的人間"の新たな
相貌、と著者は喝破する。“借金人間"である我々は、
・住居を得る権利を持っているのではなく、住宅ローンの権利を持っているだけ。
・教育を得る権利を持っているのではなく、学歴を得るために奨学金を組む
 権利を持っているだけ。
・現在の経済システムにとって、負債(借金)は、社会的コントロールの願っても
 ない道具である。それは“人々の未来を所有する"ことを可能にするからである。
 つまり“人々の予測不可能な行動"をあらかじめ封じ込めることができる。
・そして、“借金は返済するべきだという倫理を製造すること"の背後に、
 “罪悪感の製造"を見る。
著者は、マルクス、ニーチェ、フーコー、ドゥルーズ/ガタリなどを援用しながら
考察を深める。最も刺激的なのは、現在、われわれは、負債と永遠に手を切る
ことができないというところだろう。これは、著者のテーゼの中で最も注目すべき
指摘であるが、人類の歴史において“負債(借金)"とは、太古の社会では“有限"
なものであったが、近代化の過程で“無限"なものへと移行し、さらに金融資本
主義の誕生によって、けっして完済することのない“借金人間"が創り上げられて
いったというものである。こうして我々は、借金を背負い返済しつづける
“現代のシジフォス=☆"となったのである。    ――『ル・モンド』評
 ☆ 【シジフォスとは、ギリシャ神話で、狡猾 な コリントスの王。
  ゼウスの怒りにふれ、死後、地獄に落とされて大石を山頂まで 押し
 上げる罰を受けたが、大石はあと一息のところで必ず転げ落ちたという。】≫
▼ 消費社会において、常に2割増の過剰消費の欲望が掻き立てられる仕組みに
 なっていて、そこにローンという落し穴が組み込まれ、蟻地獄に陥っていく。
私の事業が装置産業のため、長期ローンの恐ろしさも知らず、結果は、このザマ。
ホテル4棟のオーナーではなく、最大時に23億の借金の土地屋敷の権利書を
持っていただけ。で、整理をして、初めてそのことに気づく。しかし、
「ただ権利書と相殺しただけ」も事実。だから、これで良かった!が実感で、
何も命を奪われることもない。 経験しなければ、この道理を実感できない!
・・・・・・
4484, 怒らないって本当は恐い!
2013年06月26日(水)
               『怒りの作法』小川仁志 著
 生家が大家族で商売をしていたこともあり、自分の感情を顕わにすることは
絶対タブーの中で育った。それもあって『情念の話術』ーヒトラーの魔力 ーを
学生時代に読んだ時、私の常識と全く逆の内容に驚いた。この本でナチスの大衆
誘導の手法を教えていた。「大衆は女子供のようなもの。喜怒哀楽を込めた情念
で煽って集団催眠にかける手法。右手を胸につけ右上にあげる。演説で大声を
振り上げ怒りの感情を大衆に訴え扇動する。それらの手法を日常の話術や、行動
のエネルギーの源泉にせよ。喜怒哀楽をエンジンとみたてフル回転し行動の
アクセルにせよ」というのだから・・ 当時の私にとって、これは性格を変えて
しまうほどのインパクト。私が怒りっぽくなったのは、これ。これを人知れず
ノウハウにしたら、突然狂ったと思われる。喜怒哀楽の中で一番疎んじられている
怒りこそ日本人に欠けている。(仏教の影響もある)これを、コミニケーション
の扉を開くための道具とすべしというのも納得できる。コミニケで怒りの訴える
強度が一番高い。 もし人種差別の場合、笑って抗議しても、泣いて抗議しても、
怒りほどのインパクトはない。問題は、その表現の仕方である。
これが『怒りの作法』の中で貫かれている主旨である。 怒りこそ感情の主。
逆に人間関係を一瞬に破壊してしまう薬にも毒になるしろもの。 
そこに作法が必要になる。ここで、アリストテレスの「怒りは、
しばしば道徳と勇気の武器なり」という言葉を紹介している。
《 それはまさに「正しく怒る」ことである。「怒らないこと」でなく、
 「正しく怒ること」が大事ということ。アリストテレスの「中庸」という
思想を見ると、このことがわかる。中庸とは最も望ましい状態のこと。
怒りに対する「穏和」を意味する。つまり、然るべき事柄に対し、然るべき人に、
然るべき仕方で、然るべき時に、然るべき間だけ怒る。これが賞賛すべき怒り方
であって、こうした怒り方の出来る人を穏和の人という。怒ることは、必ずしも
悪いことではない。しかし、現代人は怒ることを出来るだけ避けようとする。
もっと怒るべきなのに。(p3)》
 以前は、今に比べれば、穏和に怒ってくれる人が多かった。でも現代は違う。
怒りを抑えることが良いとされ、それが沈殿してしまう。
そして爆発し全てが破壊する。 怒らないって、本当は恐い。

・・・・・・
5946,閑話小題 〜驚異の天才将棋士
2017年06月26日(月)
  * 驚異の天才将棋士
 中学三年の将棋の藤井4段が、負けなしの28連勝で歴代トップに並らんで、
今日、29連勝に挑戦する。これが、いかに凄いかを大相撲に例えると(幕下
でない)幕内付け出しの新弟子(実際にはない)が、横綱を含めた上位力士に
28連勝をしている歴史的所業。新入プロ棋士としては
自閉症か、発達障害的の感がするが。彼の練習相手は、かなりレベルの高い
将棋ロボット? とすると、ソフトの進化につれ、数年後には、もっと凄い子
が出てくる可能性が? 小学4年の時に、羽生名人の角落ちの勝負に勝ったと
いうから、羽生は白鵬に値する。 それだけの力量があったということ。
TVの特集で、親方にあたるプロ棋士の師匠に練習試合だが、勝っていた。
 〜ネットで彼の記録を検索すると〜
【 ☆ 脚光をあびることになった数々の記録
 ・最年少棋士
藤井四段が14歳2か月でプロになるまでは、加藤一二三九段の14歳7か月が
最も早い記録でした。この記録は62年間破られることなく続いていました。
その加藤九段が藤井四段のプロ公式戦の最初の相手となったのは感慨深い
ものがあります。
 ・プロ入り初年度を全勝
プロ入りした初年度を全勝したケースは、清野静男(1949年度・9勝0敗)
以来、67年振り。(藤井四段は10勝0敗)
 ・新人連勝記録
デビューから10連勝。1995年松本佳介(現六段)、
1996年の近藤正和(現六段)。
なお、中学生棋士のデビュー後の連勝は、羽生三冠、渡辺竜王の6連勝。
 ・最多連勝記録
神谷広志八段の28連勝(1986〜1987年にかけて)。
なお、藤井四段の28連勝は対アマの2局を含んでいる。(2017年6月21日現在)
 ・他にも…
竜王戦、棋王戦の挑戦者決定トーナメント進出と史上最年少での予選通過。
第67回NHK杯戦に史上最年少での本戦出場。新しい風が吹く時、過去の記録に
光が当たる。 これは、イチロー選手がメジャーリーグで長年破られなかった
記録に光を当てたのと似た状況である。】

▼ 去年の暮れに、シネマで、29歳で逝った実在の天才棋士の村山聖の映画、
『聖の青春』をみていた。  〜映画案内によると〜
《幼少期より「ネフローゼ」という腎臓の病気を患っている村山聖は、完治
しない身体と戦いながら将棋界最高峰の「名人」を目指していた。大阪の師匠
の森のもとで七段まで上り詰めた聖だが、彼の前に同世代の天才棋士の羽生
が立ちはだかった。羽生に負かされた聖は、その側で将棋をしようと上京。
周囲に迎合しない強烈な個性は時に摩擦を生むが、将棋に没頭して結果を出して
いくその姿勢に、みなもいつしか彼を支えるようになる。そんな時、聖の身体に
癌が見つかる…》 将棋界を知るにはうってつけの映画。
 村山聖も極端な内向きだが性格が強い青年。将棋一点にエネルギーを集中
すればこそ、天才棋士になれた。電脳の匂いは、しなかったが、如何だろう。


6675,読書日記 〜『極上の孤独/下重暁子著』

2019年06月25日(火)

               『極上の孤独/下重暁子・著』
   * リッチな孤独者
16世紀スペインの神秘主義詩人、サン・フアン・デ・ラ・クルスの詩
{孤独な鳥の条件」が、「はじめに」に紹介されている。
 〜孤独な鳥の条件は五つある
第一に孤独な鳥は最も高いところを飛ぶ
第二に孤独な鳥は同伴者にわずらわされずその同類にさえわずらわされない
第三に孤独な鳥は嘴を空に向ける
第四に孤独な鳥ははっきりした色をもたない
第五に孤独な鳥は非常にやさしくうたう
 孤独死を発見された問題になった大原麗子は、この言葉を自筆で
スクラップブックに書いて部屋に置いていたと…
 
 孤独者には、人間関係に不器用な孤独者と、逆に孤高を保ちたいタイプある。
彼女は、後者のようだ。
  〜「はじめに」が概略で理解しやすいため、全文を書き写す〜
≪  「はじめに」
「孤独」をどう受け止めるか。人によって様々だが、「淋しい」「いやだ」
「避けたい」というほうが日本では多い気がする。
逆に、ある種の人たちは「孤高」「自由」「群れない」などを連想して「孤独」
に惹かれ、一種の憧れすら抱く。私もその一人である。
 私は小学校二年で結核にかかったのだが、当時はまだ特効薬もなく、二年間、
自宅の一室で栄養をとって安静にしているしかなかった。友達と遊ぶこともなく、
否応なく孤独だった。
 私は、幼くしてその愉しさを知ってしまった。誰にわずらわされることなく、
自分と向き合い、自分自身を知ることは、極上の時間であった。好きな本を読み、
妄想にふける。今の私は、その延長線上にある。
 一人の時間を孤独だと捉えず、自分と対面する時間だと思えば、汲めども
尽きぬ、ほんとうの自分を知ることになる。自分はどう考えているのか、何が
したくて何をすべきか、何を選べばいいか、生き方が自ずと見えてくる。

 孤独ほど、贅沢な愉楽はない。誰にも邪魔されない自由もある。群れず、
媚びず、自分の姿勢を貫く。すると、内側から品も滲み出てくる。そんな成熟
した人間だけが到達出来る境地が「孤独」である。
 昨今、「孤独な高齢者は長生き出来ない」などといわれており、実際に
イギリスでは「孤独担当大臣」なるものが新設されたそうだ。だが、孤独いやだ
からといって、表面的に他人に合わせて一緒にいることに意味かおるのだろうか。
 確かに、自分のことを孤独で淋しい人間だと考えると、それがストレスに
なって、寿命にも影響するかもしれない。
 しかし、人間、誰もが最期は一人。孤独を愉しむことを知っていれば、一人
の時間が何ものにも代えがたく、人生がより愉しくなると私は考えている。

「孤独死はかわいそう」「出来れば孤独死は避けたい」と耳にすることがある。
ほんとうにそうだろうか。最期が他人から見て孤独死であったとしても、
本人にとっては充実した素晴らしい人生だったかもしれないのである。
女優の大原麗子さんが典型的な例だ。
 彼女の家の衣装部屋には「孤独な鳥の五つの条件」という十六世紀
スペインの詩人、サン・フアン・デ・ラ・クルスの詩が貼ってあったという。
1、孤独な鳥は、高く高く飛ぶ。
(2,3,4,5は略す)
なかでも私は、<五、第五に孤独な鳥は非常にやさしくうたう>に惹かれる。
孤独を知る者のみが、自分の人生を知り、しずかに自分の歌を歌うことが出来る≫ 

 ―
▼ 私が学生時代にNHKのアナウンサーで、10歳年上になる。一年先輩に、
 野際アナがいた。高度成長期と重なり、恵まれた環境の中で、離婚をし、
その後、独身を通した。少女時代に結核で、二年間の療養で、孤独癖が身に
ついたと。Amazonの書評には、プアー・リッチの孤独者の非難が多々、ある。
「互尊」は、「和同(和して同ぜず)」には、互いの孤独に対し尊ぶがある。
「世間の輩」は、「孤独なれない5つの条件」が、明確に現われ出ている。
それは、次回に… いや、止めておこう。8割以上の人の罵倒になってしまう。
 でも、書くんだよな〜 何で書かずにいられますか。 次回、お楽しみ!
                            〜つづく
・・・・・・
6312,閑話小題 〜3、5、10億の宝籤に当ったような経験ってある?
2018年06月25日(月)
   * 人生で大当りした経験は?
<・人生で、3、5、10億の宝籤に当ったような経験ってある?>って言われれば、
  何回もあると答えられる。その幾つかの一つが、何度も書いてきた21歳時の
「30日間、欧州一周旅行」。その10年後に、余裕が出来て、ハワイに行くことに
 なるが、40歳から本格的ライフワークに格上げし、合計51回が籤の景品になる。
・これに準備期間15年と、30年間の実業を加えた45年の事業人生。
‘装置産業の選択そのことが大当り’であった。新潟駅前シリーズのビジネス・
ホテル事業は、これ。 20年以上は、これほど面白く、刺激に満ちた日々は、
心の財産として深く残っている。最後は、事業断念で終わったが、遣り残した
後悔は全くない。良かったのが、装置産業のため、立ち上げた後に、余裕時間
が与えられること。海外ツアーも、この17年間続いたブログ作成も、読書時間
の確保も、余裕時間があればこそ。小さな世界だが、時間だけは満ち足りていた。

◉寅:高度経済成長時代に、宝籤を当てた自慢話じゃないか。何か感覚が時代
 掛かっていて変だよ。終戦直後に生まれた時節が大当りで、その成長に合わせて
 舞上がった凧でしかないじゃないか。父親が明治38年生まれなら、然もあらんだ。。
◉熊:俺だって宝籤を大当てして、人生を楽しみたかったよ。
◉大家:人間として生まれ、この年齢まで生きてこられただけで、充分に宝籤の
 大金を得ることより、遥かに奇跡的だよ。それも、この日本に。
◉八:何か、周りを見渡すとさ、小さな既成概念に捉われて、何にも知ろうとも、
 見ようともしないんだから。ガチガチの世間バカに囲まれて、それを全世界と
 信じて疑わないんだよ。家内の愚痴になるけどね。居間のボードにね、代々
 ある、あるいは世界中で買ってきたコーヒーカップとか、グラスがあるの。
 それを使おうとしないの。地震で、時々、2〜3割が粉々になっても、使おうと
 しないの。勿体ないから時々、使うと嫌な顔をするの。あれと同じことを、
 自分たちの持っているお金や、能力に気づかないでさ。
◉大家:それを使うには、習慣の力を利用すると、何時も八つぁんが言ってるね。
 時間も、お金も、使って何ぼのものでしょう。宝籤で当たっても、その使い方
 を知らずに、5年で、スッカラピンになるというじゃないか。有効に如何に
 使うかが問題だよ。
◉神様:地球旅行に人間の身体をもらって、何しに来たの?人生を味わい、
 地球の大自然を果てしなくみて、存在する日々を味わうのが人生の役割なのに。
 ノンビリしすぎですよ。一回、こっきりなのに。せっかく、宝籤に当って、
 地球旅行に来ているのに。それさえ気づかないとはね! 
――――
5215,閑話小題 〜私の高度成長時代 〜
2015年06月25日(木)
   * 欧州旅行、一ヶ月
 大学の『海外旅行研究会』という愛好会が企画した40名参加のツアーで、
当時の参加費は30日間で、32万円。他を含めると40万円。現在換算で300万相当。
その前年に、海外旅行の規制が大幅に緩和され、非常に好評だった前年のツアー
に続いての企画。当時、親しくしていた友人から、この企画に参加しないかと、
誘われていたが、「私とは別世界」と、決め込んでいた。ところが、たまたま、
軽井沢の山荘で、アルバイト仲間との仕事が終わった後の4人のティータイムで、
近々、海外旅行の予定が無いのが私だけだった。
 その時、「自分も行こうと思えば可能のはず。そう、父親が幼稚園の頃から、
晦日にお年玉をもらったのを、積立預金してくれた10数万を、高校時代に選ばせ
買った『科研』の株式が値上がりをしていた。あれを売って残りを父親に借金を
すれば可能なはず」と、その夜半に思い立ち、バイト終了後、実家にとって帰った。
まず母親を説得、そして父親を説得した。 その一ヶ月は、馬小屋のような寮生活
とは全く違った世界に浸った。20歳の年齢で、国内旅行の経験も、海外の情報、
知識も殆どない中での欧州を十数カ国の旅行。20年間の固定観念が根こそぎ
壊され、帰国後、数ヶ月は茫然自失。その頃、父が、突然、私の寮を訪ねてきて、
生活の実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。友人関係が、自ずと金持ちの
子弟に代わっていった。その友人達は、スカイラインGT、イタ車のカルマンギア
などのスポーツカーを持っていた。彼らのお気に入りが、逆に私のボロ寮の部屋。
一度も、見たこともない底辺の漫画的世界に、逆に安らぎを感じた?
 軽井沢の別荘地で見た富豪の邸宅群、そして、友人の私生活を見るにつけ、
「事業を興し勝組になる」という思いが強くなっていった。そして、学生時代
の最終の4年に、武澤ゼミに入会することになる。 事業の最後はクラッシュ?
だったが、後悔はない。 高度成長時代の右上がりは熱気が溢れていた。
この温もり、時代が変わって抜けることはない。良い時代に奇跡的生きてきた。
 逆目線でみれば、「この馬鹿が出来上がった原因は、この旅行と時代」になる。

・・・・・・
2015/09/18
閑話小題 〜宝くじで5億円当たったら何に使いますか
   * 5億円当たったら何に使いますか?
 昨日の朝のTVショーで、『宝くじで5億円当たったら何に使いますか』
の街頭インタビューがあった。 回答が多かった順というと
1位、高級マンションなど住宅購入
2位、お店などの起業
3位、世界一周 (豪華客船の旅など)
4位、健康などのエステに (健康食品、スポーツジム)
5位、整形手術 の順であった。
 その中の一人が、『当たった人をみると、多くが離婚をしている』という
答えがあったが、そうだろう。 当選をしたとして、上記の夢が実現
したところで、それが何だ?ということか。 今回の会社整理の中で、
気づいたことが、一千万、二千万分の一しか可能性がない宝くじに夢を
託している人たちの視線。要するに世間様の夢でしかないのが宝くじ。
 高級マンション以外は、5年10年スパンで計画を実行に移せば、
可能なことばかり。答える方も面白半分としても、考えさせられる内容。 
『二週間で死ぬと宣言されたら何をしますか?」の質問に似ている。
その答えは、今すぐにでも出来ることばかり。宝くじの場合の質問が軽い
ものなら、ジョークで『ホストクラブで、ドンペリをあけて大騒ぎをしたい』
とか、『全部、周りの人にあげる』とか、『宇宙旅行をしたい』とか、どうせ
御遊びの質問なら、御遊ぶの答えがよい。 それに答えている庶民?の、
あの活き活きした顔がよい。1位から4位は実現したが、だから如何した?
である。残ったのは充実感だけだが、人生で、一番、大事なことでもある。
 2位の起業希望が多いのに驚いた。だから、何もしない、できない連中が
失敗をみると、「人の不幸は蜜の味」と大喜びをする心の内は、こんなもの。
その蜜には毒がある。その毒は、自分の膿ゆえ、撥ね返って来るのが己の脳。
 で、どういう訳か、去年の同月同日の、以下の内容に続く・・
が、その前に、以前書いた、「宝くじ」に関連した文章をコピーする。
・・・・・・
2013/06/17
宝くじが当たる確率(何倍?)はどのくらい?
 宝くじには全く興味がなかった。一度、一枚だけ話の種に買ったことがある。
SCなどの店先の宝くじ売場で買っている人を見かける度、
「夢を買っているんだ!」と思っていた。 ー教えて!Goo、によるとー
【 問い=  例えば、以下のような宝くじは当選確率はどのくらい。
  1等 1億円  20名  2等 1千万円 20名
  3等 百万円 200名  4等 5万円 30000名  
  例えば、1億円当たる確立は百万人に一人とか…
【 答え=
 ○ あなたが、宝くじの1等に当る確率は、1等の当選番号が、
          「11組111111番」になるのと同じです
 ○ 一般的な宝くじは、100kgの米の中からある1粒の米粒を探し出すのと
   同じくらいの確率だそうです。
 ○ 売り上げ枚数を調べれば簡単に分かりますよ 7億6千万枚ほど売れて
   いるようですから、完全ランダムで3800万枚に1枚ほど入っているかと
 ○ 年末ジャンボの場合、1ユニットで1000万枚発売されている。
  1等は1ユニットあたり1本ですから、単純に1000万分の1となります。
 ○ 当選番号が 123456番だとした場合 最初のくらいの1番はどのくじにも
  ついているわけで,あとは1の位から万の位までの5つの数字の組合わせは 
  10×10×10×10×10で10万分の1となりますよね。ただし,これは一枚 
  買った場合で 連番で10枚買ってると 確率は その10分の1で 1万分の1。
  一等は宝くじでは この組の数が二桁あるので、その10×10の100倍 
  つまり、一枚 買って一等に当たるのは千万分の1となりますよね
 ○ ちなみに東京ドームの敷地に新聞紙を敷き詰め、天井から針を落として
  新聞の一番小さい1文字に当たる確率と同じくらいとか聞きました。
 ▼ 一等、二等で合計500万分1の確率で、当たる分けがない。買う当人に
  とっては千分一の気持ち。アメリカなどで数十億円が当たるケースがあるが、
 それが元で不幸のどん底に落ちるケースが殆どという。悪銭身につかずである。
それなら毎日、何とか5百円預金をすれば一年で18万円、10年で180万円、30年で
金利を含め1千万になり、遥かに効率が良い。 が、そうはいかないのが人間。
生を受け、今、存在していること自体が奇跡なのに、それを生き切らなくて何が
宝くじ。せめて、当たった夢をみたいのは分かるが。1億当たったところで、
したいこと、買いたい物など、何も無いのも面白くないが。
・・・・・・
2015/06/21
宝くじを当てた95%が、5年以内に
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著)
  * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う
 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、
その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を
増やしたが、2001年の9・11と、リーマンショックと、2011年の3・11の10年で
壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、
二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40
≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と
いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった
人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。
「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に
証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを
被るとがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場
まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、
100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。
『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、
その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な
反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社)
ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」
という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで
成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で
あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金
を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、
"当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、
「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫
▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に
 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の
ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、
後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、
遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、
その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。
いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。
そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。
遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより
「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い?
ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。
「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。
『 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う! 』良いでないか。


6674,閑話小題 〜TVショッピングの「数の子・松前漬け」

2019年06月24日(月)


   * 知人が買ってみた「数の子・松前漬け」は!
 最近、よく目にする『TVショッピング人気商品!北海松前漬函館セット』
【黒醤油(400g×2)+白醤油(400g×1)+塩辛(60g×1) =4980円 】
 美味しそうなので少し迷ったが、結局、買わずしまい。ところが、知人が、
その広告に乗せられて購入したが、これが期待していたモノとはホド遠い代物で、
これは酷い!と怒るは怒るは。 似た話では、家内の知人の<北海道、カニ食べ
放題ツアー>が、失望ものだったのがある。 
 〜松前漬けのTVコマーシャルでは〜 YouTubeで検索してみると
<贈答用として使用される大きな数の子を使用しているため、歯ざわり・食べ
 ごたえともに大満足の商品です。 主に贈答用で使用される一本羽と呼ばれる
艶・形が優れた良い状態の数の子を贅沢に使用しています。 B級品と比べ、
しっかりとした固さで歯ごたえ抜群! さらに製造工程ででてしまうバラ子も
追加。数の子が5割も入る贅沢な松前漬け!>と。
 ネットの購入者の商品評価は、
<数の子が一袋(400g)に一本しか入ってなく、TVコマーシャルで見るより
かなり見劣りした。味はまずまずといった感じだが、残念な気持ちは否めない>
<数の子どこ?ってくらいしか入ってなくて…はぴねすくらぶさんだから信用
してたのに残念です。 もう二度と買いません>
 ―
▼ ほぼ、知人が愚痴っていたのと同じ評価。改めて、YouTubeでコマーシャルを
 見たが、成るほど美味しそうだ。 そして次々と出てくるイクラや、ホタテ
セットが出てくる。本来、日本海に面した越後地域は、魚と米が美味しいのに…
敢えて北海道のカニを食べに行くまでもない。 美味しい肴を食べ尽した満足感
もまた、人生に大事な要素。 この年齢になると、少し美味けりゃ、皆、同じ!
 誰か曰く、『酒飲みは、酒と肴の美味いのを食べ尽した満足感があるが、それが
無いものには、その欲求は消せない』と… そりゃそうだ! 何ごとも、盛りの
時節がある。その都度、消化してきたかどうか? 

・・・・・・ 
6311,閑話小題〜「知」の読書術 −2
2018年06月24日(日)
           <『「知」の読書術』佐藤優著>
   * 20世紀は今だに続いている
 朝鮮戦争は、今だに続行中であり、北による核実験、大陸弾道弾実験は、
その戦略の一環である。それは、20世紀の延長線上にあり、ソ連崩壊も含めても、
まだ短い20世紀の延長上の出来事と捉えると、この朝鮮戦争危機の一端が理解
できる。決して、北の金王朝が変でも何でもない当然の存在という考えも、
この説から垣間見ることが出来る。

≪ イギリスの歴史学者エリック・ボブズボームが提唱する「長い19世紀」と
 「短い20世紀」という考え方。
・「長い19世紀」とは、1789年のフランス革命から1914年の 
 第一次世界大戦が勃発するまでの時代、
・「短い20世紀」とは、1914年からソ連が崩壊する1991年までを指す。

ソ連崩壊はアメリカ主導のグローバリゼーションの時代に歴史が移行したかの
ように思われたが、21世紀の今日、ナショナリズムや帝国主義が再び世界を覆い
つつある。それで、前世紀の遺物が墓場から戻ってきたかのように思われるが、
その認識は間違っている。世界大戦はいまなお継続しているし、20世紀はいまだ
続いていると言って過言でない。19世紀、いや1648年の「ウェストファリア条約」
の時代にまで遡って、人類の抱えている諸問題の実態を正確に把握しなければ
ならないということ。

 前者が「啓蒙思想の時代」、すなわち理性を用いて知識を増やし、科学技術を
発展させれば理想的な世の中が実現する、という考え方だ。しかし、政治的には
民主主義と自由主義、経済的には自由経済を基盤とする資本主義が発展したが、
最終的に第一次世界大戦という、「大量殺戮・大量破壊」へと帰結した。
 ボブズボームは、ここに「時代の切れ目」を見出した。
・19世紀の市民革命と産業革命(=二重革命)の時代、
・資本の時代、帝国の時代から、破局の時代・黄金の時代・危機の時代の
三期に分かれる「短い20世紀」へ時代は変わっていく。

 ボブズボーム著 『20世紀の歴史 ー 極端な時代』は、その「短い20世紀」
を詳しく分析している。過去の歴史を検証する上で、ボブズボームのように時代を
「意味の固まり」して捉える見方はとても重要だ。…  ≫

▼ 中東、北アフリカ、アジアなどの諸問題は、欧州の世界戦略の一環の政策が
 根にある。それ以前に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の争いまで、拡大
して考えられる。人種間、民族間、国家間、宗教間の相克の問題でもある。
極東の島国で、その問題を最小の影響で済んできたが、今ではグローバル化は、
それを許さなくなった。それも米朝の真中で、核ミサイルの絶好な標的になる。
 この著書は4年前に書かれたものだが、朝鮮戦争危機にある現在に、書かれた
ような内容。悪いことに、こともあろうにトランプ大統領が選ばれて… 北朝鮮
の懐柔など、中国、ロシアの諸事情からみて簡単な案件ではない。そういうこと!

・・・・・・
5579,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月24日(金)
 『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   *「虎穴問答」と、余命宣言
 これまで、「虎穴問答」について何度か書いてきた。以下は4年前の内容。
『余命宣言』された本人にとって、治療余地のない、二年以内に間違いなく
死んでしまう病気が虎。いつ何時、陥った虎穴に飛びこんできて襲われる運命
の中、救われるために、自ら食われてやれば愛と誇りが残ることになる。 
 以下のスピーチは、まさに、虎穴問答の悟りと同じ。死をマイナスに捉えず、
積極的に、明るく迎えることが、虎に自ら食われてやることに、あい通じる。
≪ 所属している川口ロータリークラブの、決戦というか、人生の幕引きの
スピーチが始まりでした。会場を埋めた約八十人を前に、余命宣告を受けた
身であることを告げ、死に対する自分の向き合い方などを語り、最後に
このような話を付け加えました。
「多くのことの始まりには理由はありませんが、どう終わらせるかは
自分で考えて決めることができます。」生まれた理由は見つけられません。
しかし、終わるための納得する理由は、自分で見つけられます。自分で、
人生の終わりの意義を、明るく納得するように考えればいいんです。
 私のラストテーマ、"死を、積極的に、明るく迎える"こと。死を恐れ、
死を忌み嫌い、死を避けながら終わるのではなく、前向きに納得できる
ものとして組み立てていくのが大事だと思っています。私は、最後まで
元気を出していきたいと思います。」会場は水を打ったように静かでしたが、
私が明るく話すので、途中からは笑いも起こりました。ほとんどの方は
驚きつつも、好意的に受け止めてくれたようです。≫
 この虎穴問答、私の事業の幕引きのときも引合いに出していた。
辛い、厳しい、誰もが経験する最期の一週間の苦痛の中で、後向きにならず、
立ち向うことが出来るか否か。息が出来なくなり、最期は窒息状態でもがき、
死んでいく。ガンの壮絶な苦しみとは違った苦痛。
―――
2012/08/07
虎穴問答
 以前に少し取り上げた「虎穴問答」について。 金沢の「いとはん」という
衣料チェーンにいた時の話。同期10数人で勉強会をつくって、そこに石川県
知事を呼んで話を聞いたことがあった。それが社長の逆鱗にふれ、「預りの身?」
の立場上、抜き差しのならない事態になった時に、書店で見つけた本にあった
問答。そして自から、その会を潰すことになった。 去年の倒産劇の時も、
この問答を思い出していた。死に体の会社を一歩早く潰すか、ぎりぎりまで
頑張るべきかの決断の際に、この問答を何度も類推し、考えてみた。  
 逃げまくった末に、食べられるか、自ら、早々、食べられてやるか?
 ーネットで「虎穴問答」を調べてみたが、その部分からー
≪ 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長に向い、
「人虎孔裡に墜つ」という禅問答をいどんだことがある。これはひとりの人間が
虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。 王仁三郎が、
「裁判長、あなたはどうお考えになりますか」というと、裁判長は自分は法律家
だからわからないが、どういうことかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法が始まる。
<人間より虎のほうが強いから逃げようとすると殺される。刃むかっていっても
同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへってくると殺しにくる。どっちに
しても助からない。けれど一つだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。
こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほう
から食わしてやればあとに愛と誇りとが残るのだ。
 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれる
ものがあったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。また、粛然とした空気が
法廷に流れ、敵味方の区別なく一同思わず襟を正したそうだ。さて、この虎穴
問答はもうひとつ深い意味をもっている。というのは、虎に身を与えた愛と
誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に
死地に生を得たもので、九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかう。
これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。≫
▼ 戦前・戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や
 政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。その過程の裁判での、この虎穴
問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死などの四苦八苦と
例えることができる。それぞれの苦を、自ら受け入れることこそ解決の最短の道、
と考えることができる。事業断念も決意も、虎を3つの断層=9・11テロ、
9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災とみなし、
その重なりから、虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、
先んじて喰われてしまおうと、最後に思い出したのが、この問答。
当時、大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを読んだが、これが面白い。

・・・・・・
5214,私のゴールデンタイム
2015年06月24日(水)
   * ゴールデンタイム
 30数年前から就寝を20時半、起床を4時(冬場は4時半)にした。
就寝して4〜5時間、爆睡後、起床するまでの4時間、半睡状態が続く。
その間、脳が活性化をして、様々のプラスとマイナスの思いが起こってくる。
このコントロールが難しいが、これも慣れると、思いの大波の上のサーフィン
をしているような感覚になる。で、時どき、睡魔に沈むが、これは自然に
任せておけばよい。そして起床をして、前日書き上げた随想日記の下書きの
当日分を、推敲し完成する。と同時に、翌日分のテーマと内容も書き始める。 
その時、0〜4時までの半睡状態で考えたことが、材料になることもある。
そして、ブログにアップした後に、一時間の自転車散歩に出発する。
 帰ってきて7時半にコーヒーを飲み、軽い食事後、風呂に入る。それまでの
0時〜9までが、私のゴールデンタイムになる。 9時過ぎから12時近くの読書
タイムも、ゴールデンタイムに加えてもよいが、9時から17時までは、シルバー
タイムに区分した方が生活実感に近い。すると、17時から20時のTVを見ながらの
晩酌やiPadタイムの時間帯はプラチナタイムになる。20時から0時は、そのまま
爆睡タイムか。 現在、週に三日間、スポーツジムで45分間の、「ヨガ」に
参加しているが、毎回、終了直前の5分間に、ヨガマットの上で「大の字」に
なって、全身を弛緩してマントラを聞きながら、「死者のポーズ」をとる。
その時のイメージを0〜4時に思い浮べて、瞑想の要素を入れたところ、
その時間帯のマイナス思考の割合が少なくなった。その時間帯のフラッシュ
バックや半睡を冷静に見つめる視線を持つことが出来る。老いは、どうしても
弱気になり、動揺が起こり沈みがちになるが、バウンドをつけるのは自分だけ!
生きてきた、そのまま、老いて死んでいくというが、なるほど。 娑婆!

・・・・・・
5944,閑話小題 〜道具(手段)が目的を変える時代
2017年06月24日(土)
   * 道具(手段)が目的を変える時代
 テレビ・スマートフォンの進化が時代を変えている。その一つが動画投稿の
TV放映。御隠居の日常生活に浸っている身にとって、パソコンのネットとTV
は社会の窓そのもの。井戸の外の生の社会は疎くなっても、天空(ネットとTV)
の世界は、井戸の外より現実社会が狭くなった分、深くリアルに知ることになる。
御隠居の立場は、こんなもの。 目的は達成と同時に手段になる。この道具を、
手段として割切り利用すればよい。そのうち遊びが知らぬまに目的になっていく。
夜の巷の世界は、営業という名の「遊び」で持っている。ゴルフは一線を離れ、
営業目的が無くなると、面白みが半減するという。ネット社会が、現実社会を
覆う別世界が出来て、世の中を一変させた。 これはスマートフォンなどのPCの
普及がある。強者の最大の収穫利益が上質の情報の取得だったが、この道具が
全世界の誰にも、ほぼ平等に持てるようになってしまった。端末機能の進化は、
権力者の思惑を遥かに超えて進化した。これが世界の混乱の最大要素。これが
手に負えなくなると、原理主義の狂信者たちが、人間社会を一度、根こそぎリ
セットと破壊に走る。核爆発と細菌テロである。それが北朝鮮のドン様であり、
ISのテロ。 これでは来世紀を待たず、世界は消滅する可能性がある。
 端末の進化は、決してマイナス面だけでない。4kTVの画面は人間の視覚の
数倍の能力を持つ。現場に立ったライブより、何処の場所からでも、リアル感覚
を経験できる。これを考える上に、面白いニュースがある。
《 2016年9月26日 - 投資銀行・メリルリンチのシンクタンクが、驚く発信を
行っている。そのレポートで今後の経済において現在成長がめざましいVR、ARの
分野の重要性を特に強調しているのだが、その中で「我々はすでに20〜50%の
確率でバーチャルワールドに住んでいる」という。≫
 如何だろう? 内容が、あまりに奇抜すぎるので、数日後に改めて。

・・・・・・
4849,閑話小題 ー最後は、金目でしょ!
2014年06月24日(火)
   * つい本音が出てしまう!
 時と場合によるが、やはり拙い発言である。 実際ところ、そうだが・・ 
普通の子女史が売春する値段が世界共通で、その地区の平均給与の一週間分とか。
それなりの事情で「最後は、お金でしょ!」が、この値。リーマンショック直前
の2007年暮れから6年余りで、ドルの発行量が三倍になったが、為替値が
112円。一割しかドル安になってない。常識的にみれば、三分の一の40円
以下になって然るべきなのに。その差額は? アメリカが刷った分、何もしない
で手にいれたことになる。これ某国の偽ドル札と、どこが違うのだろうか?
当時の650〜700ドル金価格が、現在は2倍。これも3倍になっておらず、
不自然。 大元が、コントロールしているため。最後は、お金だが、その価値も
当てにはならないことが、これから垣間見れる。 金の本質は所詮幻想! 
としても生活には必需品である。 歴史的に見ると、意図的に戦争を起こし、
ドサクサでハイパーインフレにし、一度、国家の借金を清算するのが常だったが、
世界大戦は無理。そこで、国債と株式の暴落で清算するしかなくなった。元々、
貧乏な中国、ロシアが、元に戻り、欧米と日本の大半が、負組みの貧乏になる
図式が近未来の姿。で「最後は、金目でしょ!」が、更なる本音になっていく。 
当地の住民のインタビューが的を得ている。 『最後は金だろうが、それを
担当大臣の口からは言われたくない!』が、よい。
本当のことは言わないことだが、本当のことは、つい口に出てしまう。
   * 都議会の女性差別?発言
 この程度の野次は、都議会、国会では当り前だが、偶然、マイクに拾われ、
大騒ぎになってしまった。当然、バッシングで政治生命が完全に絶たれるが。
少子問題を取り上げる当人が独身で、『それなら、自分から、結婚して、子づくり
をして、その範を示せ!』というのも一理はあるが、あの場では、絶対に禁句。
阿部首相が、「この難局には、更なる女性の社会進出が必要」と政策を掲げて
いる中での、身内からの、この発言はいただけない。世界的に、女性蔑視発言と、
嘘をつき逃れようとするプチ権力者の哀れな姿が蔑まれて報道される? 
当人は、これが世界的に注目をされて時の人になるとは、思ってなかった
だろうに、言葉は恐ろしい。
・・・・・
4482, 静かなる大恐慌 ー2
2013年06月24日(月)
          「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著)
 グローバル化は多くの問題を世界中に撒き散らすが、情報化社会では今さら
止めることは出来ない。それは弱肉強食を推し進める。 痛みを伴なっても、
乗り越えなければならない現実がある。
 ー グローバル化についての部分を更に抜粋すると
◎「過去の行きすぎたグローバル化は、最終的には二度の戦争によって終わり
 を迎えた。それを繰り返さないために何が必要かを考えることこそ、この危機
 の時代における思想と行動の、真の指針となるべき課題です。」(219頁)
◎「グローバル化と国家主権と民主政治の組み合わせを比較し、行き過ぎた
 グローバリゼーションへのバックラッシュのなかで、いかにグローバル化路線
 を各国レベルで修正していくか、そこが問われる局面が始まろうとしている。
 それは、グローバル化の進展による国内対立の激化とそのための
 「大きな政府」の必要性になる。
◎「大きな政府」が主導する経済を「国家資本主義」という言葉で言い表せば、
 「自由資本主義」とはいえ、一皮剥けば国家資本主義的な側面をかなり
  もったものになる。それは一握りの勝者に力が集中することを意味する。
  ネットで世界が繋がった、これまでなかった情報社会でのグローバル化を
  今さら変えることも否定も出来ない。この事態は何事も事前に対策をとる
  ことが不可能である。リーマンショック後にアメリカが行った財政出動で、
  何とか世界は巨大な崩壊を避けたが、実体経済が正常化したとは
  到底思えない。 これらから、以下の問題点が見えてくる。
・グローバル化は大きな政府をつれてくる。
  (格差や失業は福祉でカバーしなければならない)
・グローバル化は単なる新自由主義者の自己救済でしかない。
・グローバル化した資本主義は戦争に行き着かざるを得ない。
・グローバル化は新興国の足かせになる。
・グローバル化は地方を疲弊させる。
▼ 今度の、グローバル化は、以前より遥かに大きな断層になっている。
 パソコン、携帯電話が地球の隅々まで行渡りネット社会が現実社会の上を
覆いかぶさった。これをコントロールするのは至難の業である。否が応でも
民が主になってしまったのである。これに対する新しい政治経済の新システムが
全く確立出来てない。その経済的側面が恐慌であり、独裁国家が次々と崩壊して
いる「アラブの春」といわれる現象である。したがって、政治経済の混乱は、
あと20年、30年は続くとみてよい。だから、現在起こって問題は数百年、
数千年に一度の大変動のウネリということになり、変化を拒否するのでは
なく、可能な限り静かに順応していくしかない。


6673,随想日記 〜映画観賞 ―『ーMEN ダーク・フェニックス』

2019年06月23日(日)

      映画評論 〜『ーMEN ダーク・フェニックス』

 * シネマは「二時間を独り割切って楽しむ」娯楽!
 「ハリウッド映画は、嘘つかない」。 評価90点。
‘ーMEN’のシリーズモノで、先週も「メイ・イン・ブラック」も、そう。
最近の映画はデジタル技術の進化もあって、ど迫力が特徴。開始30分の導入場面
は目を瞑ること屡々。 映画製作も大変である。 競合相手は、TVドラマと、
一年前まで作成した映画そのもの。 TVのWoWoWや地上波も、封切当日に、前回分
を放映してくる。年齢もあって、大型スクリーンの残酷シーンは刺激的過ぎるが、
何時の間にか、時間が解決する。 
  〜ネット検索で概要をみると〜
《 特殊能力を持った者たちで結成されたX-MENは、人類と共存し平和を守っていた。
 そんなある日、主要メンバーのジーン・グレイが宇宙でのミッションの事故により
謎の光線を浴びて、彼女の中の最強のダークサイド“ダーク・フェニックス”が
覚醒することに。強大なパワーを持つ“ダーク・フェニックス”となったジーンは、
彼女を制しきれない仲間から孤立していく。そんなジーンを理解する仲間たちは
彼女を救おうと手を差し伸べるが、彼女の解き放った力が思いがけない悲劇を引き
起こしてしまう…。》
《スペースシャトル乗組員の救出に向かった先で未知のフレアを浴びたジーンが
その恐るべきパワーを発動させてしまう今回。彼女の暴走はプロフェッサーXら
仲間内に犠牲者をもたらし、そしてマグニートー陣営や人間からも敵視され、
ひいてはジーンのパワーを悪用しようとたくらむヴィラン・ヴクの暗躍を許す。》
 ―
▼ 毎回だが、スクリーンで繰りひろげられる戦闘シーンが圧倒的で面白い。
 これがシリーズの最終回と、超人たちの織りなす乱闘シーンを魅入っていた。
合理的な刺激は、これまで「秘・異郷ツアー」で多々?受容してきた。それが、
今では、大型スクリーンのシネマ館で、僅か1200円で、その一端を味わえる。
 ところで帰って30分の間、熟睡後、今度は録画していた‘北欧刑事モノ’を
魅入っている自分… 今さらだが、バカ違うか? と我ながら呆れてしまう。 
生きている内、元気な内、今を楽しんでいるとしても… 家内には敗けるとしても。
 一年で最も日照の長い時節… 今朝は、5時過ぎにミニ・チャリ遊泳に出発。 
まずは事故に気を付けなければ! 

追文: 去年のテーマが、以下の基底欠損。 皆、そうと思えば、気が楽に!
 誰も、このことに気づいてないことが、面白い。 明石家さんまのギャグ
「アホちゃいまんねん パーでんねん」が良いのは、そのこと!

・・・・・・
6310,閑話小題 〜再び、基底欠損を考える
2018年06月23日(土)
   * 人皆、基底欠損
 2年前にフーテンの寅の「基底欠損」について取上げた。この数日、
<人間それぞれの「基底欠損」があるのでは>と、考えついた。私の母親が、
明らかに基底欠損の要素を、ここで書いた。 が、これは母だけでない、
殆どの人にあるのではと…。 中学校の最終年の成績下位の家庭環境が、
悪いのを当時、垣間見て唖然としたことがあった。
・10坪ほどの居酒屋の店上の6畳ほどの部屋に母親と住んでいたとか、
・戦災孤児?で寺に拾われ、作男のように扱われていたとか、
・継母と折合いが悪い無口のヒネタ男とか、
・親戚の店の2F倉庫の一角に母親と2人で住んでいる男とか、
・親父の手伝いで土日は、必ず土方仕事を終日していた等々…
当時の私も大家族下で、子供部屋もなく、居間で教科書を寝ころで読むぐらい。
急に成績が上がったキッカケが、部屋の一角に机を与えられたとか、姉の一人が、
結婚で出て行って空室を与えられたとか。
 あの環境下で、姉たちの成績が比較的良かったのは、如何していたのか?
彼女らはアンチョコという参考書を買い込み、試験の前夜、徹夜に近い勉強を
するのがノウハウで、それを代々、引継いでいた。大人数家族には、プラスも
マイナスの要素が混在していた。義務教育の分別前の中学校のクラスの上位二人
は、一人っ子と、二人兄弟で、母親は厳しい教育ママ。両親からして下位の子と
違っていた。 私の基底欠損は、8人兄姉の末っ子の立ち位置と、商家の階上で
10歳まで生活していたこと。街中の全てが同環境だから基底欠損とは言えない。
 勉学のベースの指導は誰一人もなし。あるのは試験前夜のアンチョクの集中
勉強では… 救いだったのが、父親が末っ子の私を溺愛してくれたこと。
私の家内といえば、兄が、出産直後に亡くなったため、この子は死なせては
ならないと、幼児頃から過保護に育てられた状況が、基底欠損? 基底肥大? 
『3・10・60・27の法則』の3のようで、幸せが身に付いていて、平然と、
『私は特別の存在』を確信している唯我独尊のお姫様。 若い盛りの娘は気の
迷いで一時的に誰もそうらしいが、容姿の変貌が、それを許さなくなる…
他人の基底欠損の歪みには敏感に気づき、陰口で指摘するが、丸出しの己の
変形には、まるで気づかない。で、世の中、世間が、修羅場に変容する。
 一神教は、まず絶対神を想定し、基底の岩盤を各自に与える役割をして、
基底欠損のカバーの役割を与える。日本では、それが曖昧な『世間様』という
から、「烏合の衆」の危険が満ちている。
 
次回は、島国日本そのものの基底欠損をテーマにしてみよう。面白そうだ!
とすると、トランプの政治家としての基底欠損が、直ぐに思い立ってくる。

・・・・・・
2016/06/04
フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
 
 最近になって、『男はつらいよ』のシリーズの再放送を見なくなったが、
以前は再放送の度、何度も観ていた。もちろん48作の全部を観ている。
TVの再放送を含め平均3回を観たとして、150回は観たことになる。
特に浅丘ルリ子の、リリー役ものは、5〜6回以上は観ていた。この映画が
始まった1969年は、新社会人として、四日市、神戸、桑名と、転勤生活の中で、
家族の温みを寅さんの実家の団子屋の中に温みに求めていたようだ。 
精神分析医と、『男はつらいよ』の山田洋次監督の対談が、なかなか面白い。
  * 寅は「基底欠損」   <山田洋次:名越康文 対談>より
≪ ◉山田:寅は「人間というのはこんなにみっともないよね」という恥部も
 見せてくれる。自分が食る分のメロンがないというだけで、「どうせ俺はね、
 この家では勘定に入れてもらえない人間だからな」と言って大ゲンカしたり。
◉名越:有名なメロン騒動ですね(第15作『寅次郎相合い傘』)。『男はつらいよ』
 を全作観て、僕は寅さんの中にとめどないブラツクホールのようなものを
 感じました。寅さんを心理分析すると、99%は温かいものでできているけれど、
 残りの1%に、ダークマダーのようなものがギューッと凝縮されている。
 それは下手したら温かい99%を無にしてしまうようなすごい闇です。
「俺の気持ちをわかってくれ!」という精神的な甘えも強烈で、カッとして暴れる
 こともしょっちゅう。じゃあなぜ寅さんにこのような攻撃的なエネルギーが
 生まれるのかと考えた時、「基底欠損」という精神分析用語がハッと頭に浮か
 びました。幼い頃、親に甘えても受け入れてもらえなかった。おっぽいが十分
 に吸えなかったとか、抱っこしてもらえなかったとか、満たされるべき欲求が
 満たされなかった。そういう根本的な愛情や安心感の欠如が、大人になって
 から甘えたり、無理を言うことにつながってしまう。寅さんもそうすることで、
 親に拒絶された「欠損」を埋めようとしているんじゃないかと解釈したんです。
◉山田:とても面白いですね。「基底欠損」という言葉を初めて聞いたし、そういう
 心理学的なことは何も知りませんでした。だけど、寅みたいな人間はどこか心
 の中に空洞があるんだろう、そういう人間って、赤ん坊の時がひどく不幸
 だったと考えて、寅が産みの母に捨てられたという設定にした。≫
▼ 私の母親が、世にも珍しい<ママ父>虐めの被害者。その恨み辛みを、
 ことあるごとに聞いていた。3人の子供を残して逝った父親の後添えに、
祖母は男後家と再婚、八百屋を維持した。その義父との間に4人の子供が
できたが、義父は徹底して3人を虐めたという。祖母も、男後家の関係上、
3人には冷たくせざるを得く、一番末の母は、幼児の頃から、両親の温みを
知らないで育った。その為、自分の子供に対して、どう愛情を与えて育てて
よいのか、知る由もなく、それが、母親の「基底欠損」である。当然、その
子供も、基底欠損になる。何れも多かれ少なかれ、それを持っている。
両親の温みの実感が無いのも辛いものがあるようだ。  〜つづく

・・・・・・
2016/06/05
フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
   * 強烈なミヤコ蝶々の母役   <山田洋次:名越康文 対談>より
 なぜか、シリーズの中で印象に強く残っているのが、寅の母親。
ミヤコ蝶々が演じていたが、これがハマリ役。寅の『基低欠損』の原因である
関西のオバアチャン。 私事になるが、終戦直前に焼出された商家再建の中で、
産まれ育った。両親は商売に熱中、私を含めた8人の兄姉たちは、親の直の愛情
を受ける機会が少なかった。その中、末っ子もあって、兄、姉たちだけでなく、
多くの従業員の愛情を一身に受けたのが大きい。両親は、気が向いた時だけ
愛情を注いでくれていた。その代わり、美人の女店員に付いてまわっていた。
 ふと思いついた言葉が、私に関しては「基底肥大」。兄、姉は、終戦の
最中の混乱で、『基低欠損』が大きくあったような。 
〜これは、何れの家庭にいえることだが。条件と原因は、ほぼ同じ働きをする。
≪山田:自覚はしていないけれど心の中に空洞を持っている人間、寂しさを抱えて
 いる人間は、そこを埋めたい埋めたいと意識の下で思っている。だから、時々、
 ヒステリカルに怒ったりしてみんなに嫌われたりするということでしょうか。
名越:寅さんは第二作で実の母親に会います。しかし京都でラブホテルを経営して
 いる母親役のミヤコ蝶々さんがこれまた強烈で、せっかく念願の親子再会を果た
 したのに、「今頃、何の用やねん。あっ、銭か、銭はあかんで」と、サラッと
 言われてしまう(笑)。
山田:撮影した後、そういう残酷な母親を演じさせた僕に、蝶々さんは
 「気にしなくてもいいんですよ」と言うんですよ。「わてはこういう汚い役は
 好きなんや。その奥に、人間のキラッとしたものが見えればそれでええんや」
 と言っていました。
名越:さすが蝶々さんですね。この第二作の中で、蝶々さんは「どの世界に、
 喜んで子供を捨てる親がいるんじゃ!」とズバッと言いす。-このセリフが心に
 残るんです。ぞしてラストシーンでは、橋の下で、寅さんが母を追いかけている。
 あの場面は本当に象徴的で、カウンセリングを山のようにやってきた人間から
 すると、「そうそう、これしかないんだよな」と思います。つまり、子供の方が
 一生懸命、親の「理想像」を作り、それをいつも追いかけているんです。≫
▼ 母親が亡くなった時、医師の依頼で、解剖をすることになった。
 兄二人が、たて続きに不幸な死に至った苦悩で極度のノイローゼに陥って、
数年間、心筋梗塞などで死線を彷徨った中で、心臓の4分1が壊死をしていた
ことがわかった。医師は、よく生き延びていたと、驚いていた。その中で、
生き残った6人に、深い『基底欠損』が、当然あった。青年期に至るまで、何度
も亡くなった兄二人が夢に出てきていた。その傷を抱え、膨大なエネルギーを
要する創業を、我ながら目指したもの。その経験があるため、第三者の批判の
軽さに心底から蔑視ができる。批判は自分の影に対する反映でしかないのが
自覚できない。影口の呟きで、自分の壁をつくっているのが、俗にいう世間人。
 〜で、また偶然だが、以下につづく!
・・・・・・
2016/06/06
フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
 「基底欠損」を、ネット検索すると
≪ ■概要
 基底欠損とはBasicFaultの日本語訳で、「基本的信頼感の欠如」を意味する。
基本的信頼感とは人間の根源的な信頼関係であり、お母さんと赤ちゃんのような
何物にも代えがたい関係を言います。この基本的信頼感がしっかり形成されて
いますと、精神的にも情緒的にも安定した状態でいられます。
 基底欠損はこの基本的信頼感がうまく形成できていない状態で、そのせいで、
世の中や他者に対して信頼をおくことが難しい状態をいう。言い換えれば、
世の中や他者に自分の身を預けて安心することがなかなかできません。
 パーソナリティ障害では、情緒不安定パーソナリティや境界性人格障害など、
この基底欠損がみられる。≫ とあった。 
――
名越が山田洋次との対話で、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったため、
恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損という」と述べ、
山田監督に、「もし僕が寅さんに『基底欠損ですよ』って言ったら、
『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたところ、
山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』って、自慢するんだろうね。」
と答えていた。 名越の一映画ファン兼心理学者のマドンナ=女優評も面白い。
・吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で
 人から影響を受けない性質」
・竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな
 『ザ・日本女性』」
・都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」
マドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、ない。
▼ さしずめ私は「基底肥大」と前回書いたが、基底欠損と、基底肥大が入り
乱れた歪な性格になる。親の愛情こそ必要なのが人間。その絶対量が、その人
の人生を決めることになる。 何故か、長女のA型の女性に引かれるのは、
優しさと、芯の強さを母親代わりに求めるためか。「この人の、基底欠損、
基底肥大は何か?」と知るだけで、その人となりを知ることができる。
 ところで、日本の基底欠損、基底肥大は何かを、今度、考えてみる。


6672,閑話小題 〜教養とインテリジェンスは違う!

2019年06月22日(土)

    * 考えさせられる日々
 3時半に起床。書上げて、去年の同月同日分を読返してハッとした。
18年以上、毎日一文章を書き、公開を続けている。それにより、考えを文章化、
物語化する能力は少しは付いた。 しかし、何かしら足りない基礎知識が…
これは第三者からは丸見え? 気持ちがインテリジェンスばかりに向かい、
人間としての誠実さ、篤実さなどの何か欠けていたのでは? 
  〜去年の同月同日分にある一文〜
【 教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、
 インテリジェンス=教養 ではありません。知性や理解力に訳される
インテリジェンスは、極論すればゴキブリや猫に対しても使える概念です。 
しかし人間にしか使えない知恵は、知識に裏付けされてなければいけない。
教養とは「知識に裏付けされた知恵」です。知識に裏付けされた知恵を持つと
いうことは、考えを言語化できるということです。…
 …教養とは疑う力である。自分で考える力のない人間が教養書を読んだ
ところで、色眼鏡で世の中を見るようになるだけだ。… 】
 これからすると、50年以上の読書歴からして、18年間の個人HPでの一日
一文の物語の作成(テーマ日記)の継続の習慣から得た社会現象の解読や、
新たな知識の公開を続けた。しかし国内外の古典などの知識の絶対的不足が
ベースにある? 今さらだが… これが私の何か残された人生の課題か?
何を私は、焦っているのだろう。今さらだが、遊べ、楽しめ、自由になれ!
そして、愛せ! さらに飛べ! それより、少し呆けっとしたら? 

・・・・・・
6309,読書日記 〜「知」の読書術
2018年06月22日(金)
            <『「知」の読書術』佐藤優著>
   * 電子書籍専用端末は別物で持つべし
 この本の圧巻は、第二部の「知のツール」の活用法
  ー第五章 私が電子書籍を使うわけー 電子図書関係への提言である。
≪・まず、本は紙で読め。流し読みや復習は電子書籍専用端末が適して
 いるので、両者の併用を勧める。
・タブレットと電子書籍専用端末は別物で、電子書籍を真剣に考えるなら、
 迷うことなく専用端末を買うことを勧める。そのメリットは、「ネット断ち」
 が可能になるため。どうしてもネットサーフィンなど、他のアプリに…

・過って読んだ本、つまり二冊目の本を買うことです。端末が、「携帯図書館」
 になるから。携帯化にはさまざまなメリットがある。これを持ち歩くと、
 何度も再読が可能になり、理解が深まり上に、知識が定着しやすい。
 著者は、『カラマーゾフの兄弟』をキンドルに入れて、時々読んで、最大の
 山場である「大審問官」について正確に話すことができるようになった。
・また自発光でないので、目が疲れない。
・電子図書は「流し読み」にも向いている。平凡社の世界大百科事典を電子辞書
 で持ち歩く。
  〜教養にカネを惜しまない。
◉ 教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、
インテリジェンス=教養 ではありません。知性や理解力に訳されるインテリ
ジェンスは、極論すればゴキブリや猫に対しても使える概念です。 しかし
人間にしか使えない知恵は、知識に裏付けされてなければいけない。
教養とは「知識に裏付けされた知恵」です。知識に裏付けされた知恵を持つと
いうことは、考えを言語化できるということです。
 ―カスタマー・レビューより―
【・そもそも教養というものは、著者の言うところの「情報」や或いは「経験」
 に触れる積み重ねの中で自らの頭で考え、得られたものを言うのであって、
いわゆる教養書と言われるものを読んだから「教養」が得るわけではないはず。
そのときに得られた(と思い込んでいる)「教養」なるものは、単なる「受け売り」。
「教養と情報」の差異よりも、むしろ強調すべきは「教養と受け売り」の違いで
あろう。著者の言うことを真に受けるなら、その教養書を書いた人間の「教養」は
一体どこから得たのかという話になる。こういうところに著者の詐術が潜んでいる。
・また、著者が勧めるようないわゆる教養書はかなりクセの強いものが多い。
大して知識のない人間がいきなりそのような本に接すれば変に影響を受けすぎて、
自分の基礎になる考えがそれによって固まってしまう可能性がある。そして、
そもそもの話で言うなら、情報を集積してそれを自らの頭で分析・解体・統合
(=教養化)することのできない人間が、無理にお仕着せの教養などを身につける
必要はないのである。「マルクスを読んでマルクスを疑う」くらいの知的能力の
あるもののみが教養を身につける資格を有する。 マルクスを読んで「なるほど
なあ、資本主義反対!」などと納得してしまうとしたら、その知識は単なる
「受け売り」であって「教養」とは言わない。
教養とは疑う力である。自分で考える力のない人間が教養書を読んだところで、
色眼鏡で世の中を見るようになるだけだ。】

▼ 私の読書録など、受け売れでしかなかったのか。しかし、タドタドシク、
 書込み、記録し、繰返し読みかえすうちに、自然と身についている実感はある。
誰もが最初は受け売りしかないだろう。

・・・・・・
4480, 宇宙に外側はあるか
2013年06月22日(土)
   ー内容紹介ー    「宇宙に外側はあるか」松原隆彦 (著)
◎ 私たちの住んでいるこの宇宙がここに確固として存在している、
 つまり唯一絶対の存在である、ということは疑いようもなく当たり前の
 ことだと思われるでしょうか。実は、現代の物理学の知識をもって
 この宇宙を眺めてみると、そんな基本的なことさえも疑わしくなってきます。
 いま、人類の宇宙を見る目は大きく開かれつつある。宇宙の何がわかって
 いて、何がわかっていないのか? 宇宙の全体像とは?  
 宇宙の「外側」とは? 人類はどこまで宇宙のことを知ることができるのか? 
 現代宇宙論のフロンティアへと旅立つ一冊。
◎ 目 次 第 1 章 初期の宇宙はどこまで解明されているか
  第 2 章 宇宙の始まりに何が起きたのか
  第 3 章 宇宙の形はどうなっているのだろうか
  第 4 章 宇宙を満たす未知なるものと宇宙の未来
  第 5 章 宇宙に外側はあるか
▼ 宇宙論を分かりやすく解説してあって、私のように最近、興味を持ち
 始めた素人向けの本。村山斉著「宇宙は何でできているのか」と
「宇宙は本当にひとつなのか」のフォローに丁度良い内容。
村山斉の著書は、明快で分かりやすいが、それでも一歩も二歩も踏み込んだ
内容だが、この本の第1章から第4章までは、宇宙論の優しい入門のあらまし。
第5章で、マルチバースがあるかないかに触れているが、ハッキリした説明が無い。
私のような入門者にとって第1〜第4章の方が、噛み砕いてあって、分かりやすい。
 村山斉の二冊を含めた三冊が私にとっての宇宙入門書になるが、としても
何がなにやらである。 プロローグに 
≪ 現代宇宙論が明らかにしたことの中で最も大きな驚きのひとつは、
「宇宙は永遠不変のものではない」という事実。約137億年前に宇宙の始まり
があるという「ビッグバン理論」が確立したことで、このことが明らかになった。
この宇宙に「始まり」があることがわかると、根源的な疑問がたくさん湧いて
きます。≫ がある。 ーその疑問とは、
「宇宙はどうして始まったのか」
「宇宙が始まる前は何だったのか、宇宙が始まる前の宇宙は宇宙ではないのか」
「宇宙に始まりがあるなら、宇宙に終わりもあるのか」
「宇宙に終わりがあるとすると、宇宙の終わりの後には何があるのか。
 次の宇宙が始まるのか」
「そもそも、始まったり終わったりするような宇宙はどこに存在するのか。
 この宇宙よりももっと大きな、何か得体の知れないものの中にこの宇宙が
 あるのか」 等々である。マルチバース、それも10の5百乗の宇宙の存在
 の可能性には驚いた。村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」に詳しく
 書いてあるが、コペルニクスの地動説と同じ位の驚きを与えた根源的な問題
 である。そうこう考えると、再び、人間原理の問題の戻ってきざるを
 得なくなる。 宇宙は面白い! 宇宙お宅のブログにはビックリ。

・・・・・・
5212,3%の本当に幸せな成功者から学んだこと
2015年06月22日(月)
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著)
  * 世の中全体の一割が成功者、3%が心満たされた人たち
 この本に、【いわゆる「成功者」「お金持ち」と言われる人たちは、世の中
全体の10%ほどいて、7%が「お金があっても時間がないとか、人間関係や、
健康に恵まれておらず、本当に幸せでない」と言われている。】とある。
 別に、金満や、成功者でないとしとも、5人、いや3人に2人は、けっこう
幸せと思っているようだ。 私の場合、会社整理というハードランディングに
近い着陸だったが、ショックによる鬱症対策に、早朝から就寝するまで、好きな、
楽しいと思えるスケジュールを組みこんだ。そうもしないと、自滅する可能性が
あった。いや、現在もである。 それらを、淡々とこなすことで、心身の健康
管理をしている。 このストレスの「苦」は、たやすく消せるシロモノでない。
それをカバーすには、その3〜6倍の「楽」をスケジュールに組み込むしかない。
 著者はテーマで、3%が心満たされる人と決めつけているが、私の見立てでは、
金満でない人も含めると、3割。そのうちの上位の一割の3%が、十分に心満た
されているということか。 金だけは有るにこしたことはない。
 去年の暮れに、【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】エイカー著
を取上げたが、その中で、<ボジティブ比〜繁栄と衰退を分ける「ロサダライン」
を、マルシャル・ロサダが発見、2・9013という数字で表した。 これは、業績の
よいチームと、悪いチームにおける「ポジティブな意識」と「ネガティブな意識」
が、2・9013対1以上でなければ、そのチームに成功はもたらされない> 
という法則を取り上げた。大富豪になるほど、その比率が飛躍的に高くなると
著者は言いたいようだ。 世の中を見渡すと、『貧すれば鈍す』か、
その真逆である。上手くいったから、成功したから豊かということではなく、
豊かだから上手くいく。 で、どうした? どうもしません! 全て夢幻。
 ところで面白い時間帯を見つけた。 20時から4時間爆睡後の、0時から4時。
意識し、茫洋として無意識との塀上と見立て過去、現在を浮遊する。
 これ、昼間やると、ボケ!

・・・・・・
5942,閑話小題 〜「ベストエフォート」とは
2017年06月22日(木)
   * 「ベストエフォート」とは
 「ベストエフォート」とは、《日々、できる限り全力を尽くしている感覚を
持つことで、大きな結果が出なくとも、全力を出していることが大事と考える。
例えば、大事業を起こせなくとも、毎日、やれるだけのことをしているという
実感があれば、それで十分と考え、自分を支える継続的な成功体験になる。》
 このベストエフォートの言葉を知った時、この随想日記を16年、続けてきた
意味そのままを言当てられたように思えた。
『ともかく、ベストをつくして一日一文を書き上げる』と。
 6年前の節目で、挫折からの落込み対策に「少し厳しい日課」を立て、
実施してきたが、これが私にとって「ベストエフォート」のプログラム?
私の範囲では、これ以上ないプログラムだったが、数ヵ月もしない内に習性
になり、現在に至っている。鬱症状態に追詰められる前の、事前の一策である。
 面白いことに、この日程を熟す内に、何かしら面白い感覚、「内なる自己」
というか、「真なる自己」が、クッキリと浮上がってきた。その視線で他者と、
普段の自己の間に顔を出すのである。
 〜ネット検索によると、こうとも〜
《最大の結果を得られるよう努力することをいう。通常、委任契約等における
 受任者の負うべき義務を規定する場合に使われる用語で、そのような努力が
なされないときは債務不履行責任を負うものの、そのような努力がなされた
うえは、結果に対する責任を負わないことを定める際に用いられる。》
 仏教でいう『全機=十分に機能する人間』と意味が似ている。人は須らく、
ひたすら努力をして、結果は天にまかせるしかないもの。

・・・・・・
4847,閑話小題 ー75歳が死の目安が、級友と一致
2014年06月22日(日)
   * 75歳が死の目安が級友と一致して
 前回、葬式で連合いを亡くしたばかりの同級生のことを書いた。
私が「75歳を死亡年齢に目安に、歯医者以外、病院に行かないことにした」
と他の級友から聞き、曰く、「数年前に、ある病院で検査をしたところ、肝臓
に、オデキがあると言われ、肝臓ガンと覚悟を決め、親戚を集めた家族会議を
して、生前葬の案も出たが、その前に、別の病院で検査を勧められ、再検査を
したところ何もなかった。それから、一切の検査をしないことにした。
母親と父親の死亡年齢を合計し、半分にすると75歳。その年齢の目安と、
病院に行かない方針が同じことに、驚いた」と。しかし、死や、生について
の知識を持っている様子がなく、漠然とした不安が全体を覆っていた。
少しでも、その類の知識を持ったと持たないとでは雲泥の差になるが・・ 
 私の平均余命11年。そのうち介護年齢9年、寝たきり6年とすると、
決して長寿は、私らしくない。下手に治療で死にそこなうと、薬の逆効果で、
拷問のようは束縛の寝たきりか、痴呆症が出てくる。ならば出たとこ勝負。
75歳を目標、目安にした。その分、運動量を多くし、食生活を気をつけて
いるが、いざ、余命を告げられ、目先は後悔をして逝くことになっても・・ 
死に方、自分の選択も有りである。
   * つれづれに
 ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーをテーマに、回を重ねて
書いているが、思いもよらない当時の記憶、40数年前の出来事が、昨日の
ように、次々に連動してフラッシュバックしてくる。それだけ、激しい日々
だったが、封印しておいた記憶を見つめ直すのは、当時の自分を慰め、癒すと
同時に、多くの過ちを知り、後悔も出ることになる。それは、それぞれの
行蔵から、自省をすることにもなる。私は何をしてきたのだろう? 
「面白かった!」だけでは済まない、未熟な己が、厳然と、そこにいる。
神様は、人生を自省させるため、老後という余白を人生に与えたようだ。 
 私を含めた大部分には、基礎教養の絶対量が足りてない。だから
「死ぬまで勉強」が必要になる。周辺を見わたすと、それが分かるが、
自分自身になると分からないのが人間の性。
 「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
=「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に 往ける者よ さとりよ 幸いあれ 」。 
「往ける者よ」を「過ぎ去りし日の自分」に置換えて、「青き者よ、
幸いあれ!と、祈り直すしかない。成るほど、私は、こんな人間だったか!
と・・  南無阿弥陀仏の念仏は、そのためある! 私もお近い ようで? 
「では、皆様、さようなら!」

・・・・・・
5577,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月22日(水)
   * 死ぬこと(事業整理も)は、不幸なことか
 5年前に、悪あがきの悪例を身辺で幾つも見ていたこともあり、追詰められる
前に事業断念をした。その一瞬の決断の間合いがポイントだった。 その時、
『事業整理は決して悪いことではない。適切な時期であれば、むしろ良い。』の
考えがあった。
 創業、実業を経験し、最後は清算の決断に至る、文章作法でいう「起承転結」
のフルコースになる。 思いもよらないブラック・スワンの到来でも、何とか
軟着陸に至ったが、倒産は倒産。その一年後に地元の運送業者が買取って、
同じホテル名で現在も運営をしている。弁護士の力量と、事前の備えがあって、
思いの外、スムーズにいった。一般的には、10〜40年かけた備えの体質に
一切、気づいてない。で、内なる俄か判事になって、好き勝手な裁判話になる。
しかし自らの財務体質に気づかない。「事業設計の段階で、万一のシェルター
の組みこみ」など、知る由もない。 その戯言が想像できるから面白い。 
  〜その辺りから〜      『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
≪ 人が死ぬと「不幸があった」と言い、「病魔には勝てなかった」とも言う。
 死をすべて「不幸」とか「敗北」にしてしまうのです。この脳への刷り込みに
よって、社会中みんなが間違った方向を向いてしまっています。
 生まれ落ちた全員が死ぬのに、その全員が、最後は負け戦?
 結末は「不幸なこと…」で「敗北」だと決めつけてしまうのは、あまりにも
乱暴でひどい話です。人間の尊厳に対して非礼な話であり、この発想パターンは
とてもおかしいと思います。
 その結果、人々は死ぬ前から必要以上に死に恐怖を持ち、死んだあとも、
必要以上に深い悲しみに包まれてしまいます。悲しまれるよりも「ありがとう」
と言われたほうがいい。
 私は今まで幸せに生きてきたし、幸せの中で満足して逝きたいから、
この「死」=「不幸」「敗北」という大間違いは正しておきたいと思うのです。
ある宗教に「抜苦代受」という考え方があります。教祖の子が二人、早くに亡く
なったのですが、霊界のこの二人が「信者の苦しみを抜き去り、代わりに二人が
受けている」という教え。簡単にいえば「お星さまになって守ってくれている」
ということ。ここでは死を「不幸」とせず「希望」に転じています。
 違う宗教の教えでは、「短命な一生では、生かすはずの能力が余っているので、
生まれ変わるときはその分が足され、豊かな才能を持った人として生まれてくる」
という教えがあります。ここでも死は「希望」です。
 死を悲劇としてとことん追いつめるのか。早い死にも肯定する理由を見つける
のか。すべては考え方の問題に過ぎません。≫
▼ 事業清算で、人生の大方の問題が解決してしまった。綺麗さっぱり、
 焼き尽くし、未練も悔いも残らないプラス面に暫くして気づくことになる。
「事業清算」=「不幸」「敗北」は、間違い。 前後一年間は、迷惑をかけた
罪と罰の時節だが、前後の一年を除けた30年、いや45年は、面白く、幸せな日々。
何の事情の知らない人たちの俄か裁判の判決に従うことはない。楽しんだ充実感
こそが私にとっての「実体」。で、批判した人が、死ぬか、不幸に陥っていく。 
これが、不条理ではなく、『条理』である。いや、『情理』か。
 で、偶然に、以下につづく。


6671,閑話小題 〜何とまあリアル!

2019年06月21日(金)


   * 援交、寸前の生現場
 またまた『家についていっていいですか』の話題。 
主に都内の駅前とか、繁華街で、通行人に『家についていっていいですか?』
と声をかけて、部屋の中で、その人の人生を丸裸にする内容。これが、キャバ嬢
だったり、援助交際を職業とする若い女性だったり。その結果、後あと、それが
もたらす影響の甚大さに全く気づいていない無知の涙! 以前のインタビュアー
は二人連れだったが、最近は、一人のようだ。それも、フリー? 
・数日前に見たのが、援交で月120万を稼いでいる若い女性。キャバクラ嬢と、
援交の掛持ちをしている?… 案内された部屋で、何と生々しく誘ってきた? 
のである。インタビュアーのカメラ視線は、その巨乳に引き付けられ、最後は、
ほうほうの態で、何事もなく?撮影終了をしたが… 彼女、月に120万の稼ぎ。
15歳で家出をして、転々とした結果、この職業に落ち着いたと…。
・二年前の放映で、援交で、すっぽかされたらしき女性の部屋に行くと、寝た
きりの父さん?がいて… すっぽかされた相手が、どうも援交相手?と、隠れた
実情が露わになる。その後、再び、その女性を訪ねると、社会福祉関係者?の
計らいで、父親が施設に入っていると。これまたあっ気らかん。
・そのインタビュアーが数十人、居酒屋に集まり、放送できなく没になった
裏話を公開する企画があった。それはそれは… 例えば、家族が居ないので
聞くと…「何人かをぶっ殺して、刑期を終えて出てきた。仏前の写真が…」。
 ところで以前にも<家についていっていいですか>を書いていた。
土曜日の一週間分のTV欄で、まず見るのが、翌日の、この放送が有りか無しか。
 ―
【 2016/11/02
  閑話小題 〜2016/11/02 5:15
   * 思いのままに
☆ 暫く見ることがなかったTV番組、<家についていっていいですか>を、
 先日見たが、これが面白い。
・元バレリーナで、今はファッション店で働いている20歳代後半の女性と、
・京大出身の、塾を経営している初老の男と、
・一子の連れの奥さんの間に、一子がいる40歳過ぎの中年男。 東銀座の
 マンションに住んでいるが、奥さんがステージ3cの進行癌。それでも三年、
 生存をしている。当人が浪費癖が酷くて大変。状況からして、奥さんの病気は
 自然の成り行き? 
突然、訪ねる家庭内には、その人の生活が、そのまま凝縮して現れる。
大都会の中の孤独と、人生を、盗み目視線で、づかづかと入って垣間見れるのが、
何とも痛快である。一時はYoutubでも見ていたが、今では、そこまでは?
 ―
▼ マイナーだけではない。女医の高級マンションだったり、田舎の祭りの後の
 飲み会の集まりだったり、その興奮そのままがリアルに伝わってきたりする。
私の知らない情の濃い社会を垣間見れる。これも現実。 NHKで最近、
<ガイロク> を放映している。【街行く人々のリアルな声から人生を学ぶ
“街録(ガイロク)”。立ち止まって話してくれる内容には、小説やドラマを
超える仰天エピソードがいっぱい。今回のテーマは「人生最大の失敗!
そのとき、あなたは?」カジノで大損!?転倒して大けが!結婚式直前の …】
 これも面白い。 このブログも、似たようなもの? それも毎日。透かすか
目線の話題を、真面目くさって。 解っちゃいるけど、止められない!
いや、解ってないから、続けられる。「他者目線の想像力のない、弱犬の遠吠え」
でしかないが。 以下の文章ではないが、善意、悪意が入り乱れた内容。何とも
まあ… 受け取る方も入乱れているから、それはそれで。
 
・・・・・・
6308,読書日記 〜『死の準備教育』 ー2
2018年06月21日(木)
             〜『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』
                          曽野綾子著より 
   * 地獄への道は善意で舗装されている 〜2
 書上げてから気づいたが、このテーマ、以前も取上げたことがあった。
複雑な悪意と善意が交わりあう世界では、知っておかなければならない基本的
知識になる。世間とは、私ー>両親ー>家族ー>御近所―>町…の方向性を持つ。
また逆の方向性の性格を持つ。それは善意という人間としての温みを持つ。 
 しかし、「良かれと思って行ったことが悲劇的な結果を招いてしまうこと。
または、悲惨な出来事が皮肉にも善意の行いが発端となっている」ことを言う。
これが「日本では誤用されている」との主張もある。その論を要約すると
実際には、「天国をめざして信心する人は多いが、そのために善行を続ける人は
少なく、結局は地獄へと進む事が多い。地獄への道には、そうした人々が心の中
から落としてしまった善意(直訳は「善き意図」)が降り積もっているのだ」
… という言葉である。つまり「善意を持っていても、実行がともなわなければ、
いずれその人は地獄へ落ちる」という意味になる。
 ところで、善意って、それを被った悪意? その自覚さえ無い無知? 
地域社会でホワイトナイト気取りに、是非、身に付けるべき絶対センス!

  〜内容紹介〜
≪ たしかにあの人は「いい人」なんだろうけど……。
 ときに悪意よりも恐ろしい、善意の人との疲れない〈つきあい方〉
<人と接するのが待ち遠しくなる!>
 1 善意は何をもたらすか
 2 「知らない」ことの不幸
 3 不完全のすすめ
 4 矛盾を抱えてこそ人生
 5 どうすれば自分を失わないでいられるか
 6 図らずも心が救われるとき
 7 傷ついた人にしかわからないことがある
 8 生きることの厳しさを教えられる親になるために

 善意の人々は、自分の好み、自分の思想、が正しいのだから、それは世間に
とってもいいことだ、と疑うこともない。たとえ正しいことでも、世間では、
その正しさが相手を苦しめることもあるなどとは夢想だにしないのである。
もちろん家族や世間を困らせるのは、いわゆる犯罪であり、悪意や憎悪である。
しかし善意もまた、時には油断がならない。 本書「まえがき」より -- ≫

▼ 日本の裁判の9割が「善意が仇となって起きる争い事」と… 。
 学生時代にロマンローランの『ベートーベンの生涯』の中で、
『良く、かつ高貴に行動する人は、それだけで不幸に耐えることが出来る』
『苦悩を通り抜け、歓喜に!』という言葉を読んで、座右の銘にしていたこと
があった。これがもしかして、地獄の道の善意ではなかったのでは?
英国、スペイン、それ以前の、キリスト教布教を建前にした、アフリカ、アジア、
アメリカ大陸の植民地化が、まさにキリスト教という弱者救済の善意の舗装工事
の押付けでしかなかった。相手の気持ちを考えずに平然と相手を傷つけていた
憶えが多々あるが、これも、相手のためという善意が見え隠れする。毎日、
数時間もかけて、これを書上げ、ネット上に公開しているが、未来の自分と、
共感して?くれる読者に対する善意があるが、これが曲者になる。
としても、露悪より、偽善の方が、まだマシ。だって…コスプレが面白いもの。

7年前の以下の文章は、この文章を書上げた後に、ネット内検索で拾ったもの。
何か、7年前の自分が、現在の文章を見て冷笑しているような? でも、
この重なりも悪くはないという、言い訳も。 
――――
2011/10/05
地獄への道は善意で舗装されている  〜1
 20数年前の経営セミナーで、創造工学の中山正和が、
「日本の裁判の中で、9割が善意でしたことが発端で裁判になっている。
『地獄の道は善意で舗装されている』のが、現実社会である。」という言葉が
印象的だった。甘い善意は、地獄の入り口と心に刻んだことを記憶している。 
特に事業においては善意は絶対禁物が人間関係の第一歩。当たり前のことだが、
それを知らない人が多い。
 善意の積み重ねは、その人の人徳を高める第一歩。しかし一つ歯車が狂うと、
「軒先を貸して、母屋を取られる」結果になる。営業を生業とするものは善意を
ノウハウとする。それが相手にとってのニーズであり、対象の懐に入る。
善意、好意を示され喜ばない人間はいない。この格言は昔から言われいる基本。 
  ー ウィキペディアによると ー
≪*「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた
  当時までさかのぼれば、善き意志から発していたのであった」
  (地獄への道は善意で舗装されている について) ーユリウス・カエサル
 *「天国へ行くために最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ」
  (地獄への道は善意で舗装されている について)ーマキャヴェリ
 *マルクスは、この格言の発祥でこそないものの、これを援用、敷衍させ、
  「地獄への道は善意で、天国への道は階級闘争と俺の濃い髭で舗装されている」
   などと語ったと言う。
 *キリストとその弟子達は、善意からキリスト教を発足させた。
  その結果、十字軍や宗教戦争、魔女狩りなどの惨劇が起こり、人々に夥しい
  地獄を体感させた。・・・ 善意という言葉は、法律用語で言えば、
  「知らないこと、認識していないこと」という意味も含有する。
  つまり、犯罪と知らずに
 窃盗を行ったり、人を殺したりしても、その原因は善意になるのである。
法律用語の善意も考慮に入れると、古来起こってきた全ての惨劇や、人間同士の
軋轢は、全ては善意が引き金になっていると言っても過言ではない。しかし、
ウィキペディアでもコミュニティの円滑化、利用者の齟齬防止の為に善意にとる
ことが推奨されているように、人間同士の意思疎通や、社会の構築とその円滑な
運営には「善意」が必要不可欠なのだ。この二律背反に、多くの哲人達が煩悶
してきたことは言うまでも無い。
 哲学者であり、レスラーとしても著名な木吉カズヤが、地獄への道である善意
をよすがとしなければ生きていけない人間、保てない社会を悲しみ、「救いは
ないね!救いはないんですか?」と絶叫したことは、あまりにも有名である。≫
― 
▼ 善意をもって事に当たるのは、それはそれで良いが、逆手に取られても、
 恨まない範囲で示すと割切ることだ。善意も捨石として、直接の見返りを求め
ないこと。「積善の家に福が集まる」は、見返りを求めないからこそ福が来る。

・・・・・・
5211,宝くじを当てた95%が、5年以内に
2015年06月21日(日)
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中 (著)
   * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う
 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、
その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を
増やしたが、2001年の9・11と、2008年のリーマンショックと、2011年の3・11の
10年で壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、
二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40
≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と
いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった
人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。
「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に
証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを
被ることがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場
まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、
100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。
『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、
その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な
反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社)
ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」
という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで
成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で
あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金
を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、
"当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、
「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫
▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に
 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の
ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、
後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、
遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、
その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。
いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。
そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。
遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより
「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い?
ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。
「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。
『 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う! 』良いでないか。

・・・・・・
5941,自由な脳のつくり方 −強固なマインドセット
2017年06月21日(水)     
        <「世界一自由な脳のつくり方」茂木健一郎著>
   * マインドセットとは
 「人生は、18歳までに洗脳された固定観念、常識を生涯かけて破壊して
いくプロセス」である。常識という名の牢獄に押し込まま、定年をむかえ、
それに初めて気付き、涙する。それさえ気付かずに、もやもやした不満を、
周囲に八つ当たりするのが、俗にいう「世間」。18歳までのセットが如何に
強固であるかは周知のはず。親は、可能な限りしなやかなマインドを、子供
にセットするため、家族旅行や美術館などで、世界の広さ、深さを長年かけ、
教え込み、常識にとらわれない基礎教養のベースを幼児期から構築しておく
必要がある。ということは、両親の質の掛け合わせで、ほぼセットが
決まっている。これは壁にもなり、土台にもなる。 〜その辺りから〜
≪ マインドセットは以下のように定義されています。
 経験、教育、先入観などから形成される思考様式、心理状態。
暗黙の了解事項、思い込み(パラダイム)、価値観、信念などがこれに含まれる。
マインドセットの言い方は、人の意識や心理状態は一面的なとらえ方はできず、
多面的に見てセットしたものがマインドの全体像を表しているということから
来ている。
 靴を販売する会社の営業マン2人がアフリカへ現地調査に向かい、靴を履かず
に裸足で生活する人々を目のあたりにしました。それを見た1人の営業マンは
・「誰も靴を履いていないので、売れる見込みはありません」と報告、
・もう1人の営業マンは「誰も靴を履いていないので、無限大の販売見込みが
あります」と報告しました。
 報告の方向性からも分かるようにこの2人は真逆のマインドセットの持ち主で、
当件での成果に差が生まれるといえるでしょう。この例では、行動する前から
諦めてしまう癖がついている人と、プラス思考が出来る人の間に、大きな違いが
生まれるということが学べます。
 ドゥエック教授は、マインドセットという概念を提唱した第一人者。
教授は研究で、子どもの成績や学習意欲・行動は、
・「努力しても変わらない」(硬いマインドセット)という考えの持ち主か、
・「努力次第で伸びる」(しなやかマインドセット)という考えの持ち主かに
 よって、変わることが分かったとしています。
マインドセットによってあらゆる能力に差異が現れ、ひいては人生の幸不幸に
影響するというのです。またマインドセットを変えるのは簡単ではないけれど、
それは可能であるとしています。マインドセットを変える、すなわち固定観念を
再構築することは、簡単ではありません。それこそ子供のころからついた習慣
という基礎部分を全面的に改修しようというのですから、強い意志を持って
臨まなければなりません。とはいえそれは決して難しいことではなく、
ポイントをおさえることで、効果的に改善していくことができます。≫

▼「慶応幼稚舎」などに、親が必至の思いで入園させるのは、真っ新な幼児期
 にマインドセットをするため。逆に言えば、この頃、しなやかマインドセット
をしておかなければ、大方と変わらない能力にとどまることになる。
恐ろしいのは、「知っていること以外は何も知らないこと。もっと恐ろしいのは、
そのことすら知らないこと」 その範囲で物事を捉え、思い付きで決めつける、
人間の愚かさ。他者に見えても己のそれは、見えない。この「随想日記」は、
その露呈の列記になる… 読む方からしたら、これほど、面白いことはないはず。
 キャリアとうのは、職場転換、転職で、マインドセットを切替え続けた結果、
身についていく能力。深い穴は、まずは広く掘らなければならない。
それもこれも、死んで三日も経てば、みな同じ。 そういうこと!

・・・・・・
4846,閑話小題 ー同級生の急逝の式場で
2014年06月21日(土)
   * 同級生の急逝の式場で
 一昨夜の三条での通夜が500人、本葬が100人の参列。 
通夜を含めて中学校の同級生6人?が出席した。膵臓がんが発見されて二ヶ月!
七転八倒の苦しみの中で、亡くなったという。御焼香で手を合わせると同時に、
『おれ、こんなに早く、死にたくなかった!』という、彼の声が聞こえたような?
その後の親族の挨拶でも、故人が同じようなことを言っていたというから・・ 
故人は晩酌が楽しみで、その過多が原因? 7〜8歳の孫が二人、別れの顔見と、
出棺時に、大泣きをしていたのが涙をさそっていた。去年の同級会の三次会に
故人と、二人飲んだのが最期。「俺の最後の仕事は、家族に一億を残すとと!」
と真顔で話していた。自宅に帰って一時間後に、シネマに行く予定だったが、
グッタリ!急遽、中止。
 ところで、参列した同級生の一人の奥さんが一月前の20日に亡くなって、
今日が同月命日。『絶対にカミさんより、早く死んだ方が良い!連れの死は、
こたえる。生まれてこの方、一度も炊事の経験無しが、長男と自分の炊事と、j
家事は、非常にきつい!』の言葉が、重い。まだ、同居の長男がいるだけよいが。
入院して二週間で17年前の乳ガンの腰骨への転移での急逝というが、連れは
死ぬつもりがなかったため、何処に幾らの金があるか、全く分からず、
大変だったとか。 亡くなると本人名義の貸金庫、預金は凍結され、葬式の
金さえ工面がつかない中で、何とか葬式を終えた等の話は非常に深刻。
 私が家内より先に逝くつもりだが、これだけは? 自炊経験はあるし、
スーパーの買物は好き。宅配弁当もあるので、大丈夫と思うが。
「早いもの勝ち」は、夫婦の死期にも当てはまる。老いの辛酸は、身近な
人から、聞こえてくる。 これで中学校の同級男子で、7人も亡くなった。
不明を除くと、3〜4人に1人が、御先に逝ったことになる。 
 


6670,閑話小題 〜先週のYouTube!

2019年06月20日(木)


   * YouTubeでみる大波の襲来
 週末のTVは、YouTubeを中心にして見ることにしている。そこで自然と、
「アフリカの野生動物」「KOシーン」「逃走車の追跡劇」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」「ムササビ・スーツの滑空」‥など、テーマが絞られる。
 心身にあり余るフラストレーションのはけ口でもある。何の?それは…
先週は、津波などの大波による事故現場を映しを中心に見た。大波に飲まれて
いく人を、近くから高みの見物している人たち。ところが、自分たちも、更なる
大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、飲みこまれる。
 それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の9・11テロ、2008年
のリーマンショック、東北大震災で廃業に至った我姿が重なってみえてきた。
『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、襲いくる恐ろしさ。自分
だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、身に付いてしまっている。
 私の年齢になれば、『死』と『高齢による病』の問題。 で、…

   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏など交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?誰も思いはしない。足腰は年々重く、怠くなり、何をする
にも億劫になる。マイナス事象の連環が、老化の特徴。その後期高齢の75歳
まで一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役、若者を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵?の母に病床で宣った伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳を超えていた。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつ…。 それでも生きていること自体を味わないと…
 年齢のせいか段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内。

・・・・・・
3738, 自分の居場所のみつけかた ー
2011年06月20日(月)
       「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著
【  * 勝ち負け社会のカラクリ P−100
 だいたい社会の価値システムなどというものはその時代がつくる幻想。
今は市場社会ですから金儲けが価値観の基底にある。金を儲けようとする企業家
は市民大衆を導いて「消費者大衆」へと変身させることを考える。その際に用い
られるのは「不安」です。 ヒットラーのナチズムからオウム真理教まで、大衆
動員の手段は不安の醸成ですが、消費者大衆の動員も不安を動力として行われます。
まず市民たちの中に「無能力」や「醜悪」への不安を流す。たとえば「英語を
巧みに操ることの能力が現代社会にとっていかに必要かを宣伝する。
それによってその能力が乏しい人の不安をかきたてれば、英語の教材屋や英語学校
が繁盛する。言葉なんてその必要が出てくればいくらでも使いこなせるようになる
ものですから、英語能力に関する不安などは将来という幻想の一つに過ぎない。
 将来なんて、あるかないかわからないものですから、それを実在と考えること
そのものが幻想なのです。株で儲けたという人の話題は株ブームに乗り遅れる不安
をかきたてています。将来の不安というものがアチコチに散蒔かれているのが
「勝ち負け社会」の特徴。幻想に乗らない人は最初から勝ち負けゲームに乗りません。
世の中を地位、名誉、金の勝ち負けゲームと見なすと、このゲームにはゲームに
つきものの公平のルールというものが決定的に欠けています。だいたい人生ゲーム
の参加者である子どもは自分に配分される親を選べない。この点ではトランプの
カード配りに似ています。ゲームの最初から勝つに決まっているようなよいカード
が配られている参加者もいれば、勝ちようのない持ち札の人もいる。親の金力、
人脈、知的資産、美貌に恵まれない人は人生ゲームの負けが決まっている。
しかし人生ゲームはトランプと違って、勝者だけが参加できる第二次、第三次、
第四次のゲームが用意されているから、ひとまずの勝者だって、いずれ敗者になる
というカラクリになっている。要するに世の中をこの種のゲームと見なすとすれば
勝者はひと握り、敗者は圧倒的多数となります。ところで、この大衆社会の中で
力を持っているのは少数派ですか多数派ですか? 衣装やダンスの流行からお笑い
芸人のハヤリスタリまで、カギを握っているのは一般大衆と呼ばれる
「貧乏で無責任で無教養で悪趣味な多数派」じゃありませんか。世の中は彼ら
向きにできているから、地位・名誉・金に恵まれた人々へのジェラシー(嫉妬)や
エンヴィー(羨望)に身を焼かれる必要などないのです。そこを間違えるから
「敗者の恨み」にのたうつテロリストになってしまうのです。 】

▼ それでも、負けるより勝つほうが良いに決まっている。 要は、いずれ巡って
 くる負けの時に、どのように対処するかにある。現在の自分の現状は、まさに、
人生も勝ち負けゲームと割り切ってしまえば楽である。「全米N0・1弁護士の
勝ちセオリー」を書いて、日の経たないうちに、これだもの、支離滅裂か・・・ 
勝ち負けに囚われないということか! 不安を利用し巧みに大衆を誘導するのが、
ビジネスの背景といえば、これから10年は健康ビジネスが良くなる。
<一般大衆と呼ばれる「貧乏で無責任で無教養で悪趣味な多数派」が世の中を
ほぼ占めているなら、あえて「敗者の恨み」にのたうつテロリストに自らなる
こともないか!>  我が内なる沼は清潔に!
・・・・・・
3373, 凄い時代
2010年06月20日(日)
 *「凄い時代ー勝負は2011年ー」堺屋太一著
   「はじめに」の前半に、この本の要約がズバリ書いてある。
〜その部分から。
《 「凄い時代」である。一年前は「大昔」、二年先はまったく新しい世の中に
 なるだろう。二年前の2008年の洞爺湖畔で8ケ国のサミットが開かれた。それが
一年後にはイタリアで、たった半日だけで、他は13ケ国の拡大会合や17ヶ国の
会合に当てられたのは、国際金融の建て直しと世界大不況の対策である。
たった一年で、世界会議の枠組も、語り合う議題も、変わってしまった。
・・2009年の世界経済は政策支援の「集中治療室」状態。各国とも生命維持装置の
カテールが何本もつけてある。しかし、やがてそれを抜きはじめる。その時こそ、
本当の衝撃が始る革命的改革期だ。それが2011年になる。本当の「凄い時代」。
なぜそうなのか。今次の不況が巨大な文明の転換に起因しているからだ。 
 それは欧米で進む「知価革命」(情報革命)だ。「物財の豊かさが人間の幸せ」
という近代思想が失われ、「満足の大きさこそ人間の幸せ」という知価社会的的
発想が広まった。これに対し中国を中心とする東アジアには、近代工業社会の
思想と体制が確立した。 この文明的ズレこそが、世界経済の凸凹構造の基盤。
この凸凹が維持できたのは、ドルを中心としたペーパーマネー体制があったから。
赤字垂れ流しでも、ドルの地位と価値を保ったのは、借り手が存在したからである。
アメリカ金融界は、様々な借り手を創り出した。その究極がサブプライム・ローン。
 …これからの世界は、人口問題の構造変化で動くだろう。色いろな条件の中で、
再生を図らなければならない。これは財政支出の垂れ流しの不況対策だけでは
済まされなくなる。だから凄い時代」が続く。・・・ 
 〜〜
 現在が「凄い時代は、誰でも分かっているが、ここで理路整然と分かりやすく
ダイジェストで書いてある。私の知る限り、現在は集中治療室の中で管が繋がれて
いる状態で、本当に大変なのは三年目の今年から5年間である。その意味で、
凄い時代=激変の時代になっていく。 ネット世界が、現実社会とは別に、
いま一つできてしまった。情報網が一般の人たちに張り巡らされて、殆どタダ
同然に情報が手に入るようになった。物理的なものより、その情報に価値を
見出すことが優先されだしてきたのである。その傾向が日ごと進むことになる。
・・・・・・・・
2998,他人に厳しく、自分に甘く
 2009年06月20日(土)
 「世界は感情で動く」 ー3           読書日記
 ー 行動経済学からみる脳のトラップー
* 他人に厳しく、自分に甘く
 我われは「感情のトラップ」にはまっていることは自覚をしていたが、それを
一つずつ解明している本である。前に「ピーク・エンドの法則」を取り上げたが、
今回は「帰属のエラー」について取り上げてみる。
 17章の「他人には辛く、自分には甘い?帰属のエラー」である。
ーまずは帰属のエラーとはー
まわりに起きる社会的事象や、自分や他人の行動の原因を推理・推論することを
「帰属」あるいは「原因の帰属」という。それを理論化したものが「帰属理論」。
下記のような、色いろなエラー、ゆがみなどを「帰属のエラー」という。
1. 知覚的に目立った情報・刺激に左右されること。
2. 他者の行動に対しては性格・個性などの内面的要因を重視する。
3. 自分の行動に対しては極めてポピュラーで普通の反応であり、普通とは
 違ったとすれば状況、すなわち外的要因が異なったと思い込むこと。
4. 自分が成功すると、自分の内面に理由があり、失敗すると外部に要因を求めること。
 こうしたバランスの取れない判断は、とても奇妙な結果を生むこともある。
 2,3に関しては誰でも身に覚えがあるだろうし、他人の失敗は、元々あいつは、
 そういう奴だと非難するが、自分が失敗をするとタマタマ失敗しただけと、
 自分に言い含めてしまう傾向がある。
 「期限を守る」ということにかけては、自分の能力に信頼を置いているし、
 「期限を守る」他人の能力は高く評価する。でも、自分が期限が守れなかった
 場合は、「めったにないほど大変な事情があったからだ」と言い訳をしたりする。
 しかしながらその事情とやらは、距離を置いて眺めたり、他の人に当てはめたり
 してみれば、少しも例外的なものでなく、どこにでもあることだとわかる。
 かくして「期限を常習的に守らない人の言うことは信用するなかれ」という
 帰属のエラーにひっかかる。
▼「世界は感情で動く」というより、「世界は気分で動く」という題名の方が
 適切ではないかと読み込むほど思ってしまう。気分で90パーセントは動いている
のだろう、人間は。だから、それを如何に隠すか、目立たないように勤めなければ
ならないのである。 人生をふり返ってみた時に、そのことが鮮明に見えてくる。
それほど人間は理性的ではないのである。特に人間は他人に厳しく自分に甘くなる。
そういう人は、評論家に向いている。特に引退した野球の選手に、それが露出して
見える。 思わず、「それほどの選手だったの?」と言いたくなる評論が度々である。

・・・・・・・・・・
2634, 娘に贈る12の言葉  ー3
 2008年06月20日(金)
 ー2、大好きなことに情熱の全てを注ぎなさい。ー
・何かを始めるのに年齢なんて関係ない。好きな道を歩みなさい。
・素晴らしい人生を歩むためには「お金をもらえなくても、
 やりたいことをやるべきだ」。
・細部に注意を払えるかどうかが成功と失敗を分ける。
→大半の人が成功できないのは、限られた範囲の、不十分な調査しないから。
→徹底的に調べる。それによって初めて他人よりも多くの知識を得ることが出来る。
 →大変な労力を要するが、そのステップこそが人に差をつけられるところだ。
 →情熱を傾けられることに打ち込みなさい。
 私は中国に価値があると「思っている」のではなく、中国に価値があることを
 「知っている」のだ。
  I thinkではなく I know なのだ。
解)「好きこそモノの上手けれ」
 「好きと嫌いじゃ どれほど違う 命ただやる ほど違う」 
 自分が好きなことを、早めに見つけること。
ー 3、常識はそれほど常識ではない。 ー
・ほとんどの常識は間違っている。 危険な場所には誰も行きたがらないし、
 投資もしない。
 →だから全てのものが非常に安い。
・新聞だって、そのまま信じてはいけない。
 →時にはジャーナリズムが大衆をミスリードすることもある。
 人口の半数以上の知性は平均以下だということを覚えておきなさい
 解)そのことをどれだけ知っているかどうかである。
  大衆と違った視点で投資先を探せ! ということ。
   ことあるごとに「定説」を連発していた教祖様がいたが。
ー 4、世界を自分で見ておいで。 ー
・「イギリスだけしか知らないものに、イギリスが本当に理解できるはずがない。」
 →他を知ることで、他から眺めてみることで観察は深まる。世界を視野に入れ
 なさい 世界市民になってくれ。
・BRICsの重要性を理解するんだ。ブラジル、ロシア、印度、中国などだ。
 その中で、特に中国が重要。
 解)知れば知るほど、自分が何も知らないことを知るからだ。  
  それと自分の世界の小ささを。
・・・・・・・・・
2007年06月20日(水)
 2269, 家は大事である        *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!
隣家が4年ほど前に新築に建てかえたが、日毎に家庭が明るくなっているのが、
手に取るようにわかる。「家は大事」とつくづく感じる。何か家によって家族
のあり方が変化するようだ。「人間の器は育った家の器に大きく左右される」
と聞いたことがあるが。家はその天井の高さと、居間の広さがポイントになる。
更に大事なのが、「風通し」と「太陽」と「湿気」の三つである。
     (字数制限のためカット 2011年6月20日)
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2006年06月20日(火)
1904, グーグル Google -9         ー読書日記    
 「ロングテール」に関しては、『ウエブ進化論』の中に詳細があったが、
大事なキーワードである。情報の劇的なチープ化と、検索社会の象徴的な現象。 
私自身も図書館で気にいった本で、既に廃刊されている本をアマゾン・コムから
数分の一で買ったことがある。 以前なら有得ないことである。この書の、
めっき工場や羽田の駐車場は、ロングテールのアマゾン以外の卑近の事例として
参考になる。 
 第四章 めっき工場が見つけた「ロングテール」
パレートの法則という理論があり、広くマーケッテングに応用されてきた。
「20対80の法則」という名でしられている。20?の商品群が、80?の売り上げを
つくっているとか、20?の富裕層が、世界の80?の富を独占しているという法則だ。
最近になってオンライン書店の「アマゾン」が、この法則を覆してしまった。
アメリカのアマゾン・コムの売り上げの半分以上が、販売部数ランキングの
4万から230万位までの本の売り上げをあげるようになったのだ。リアル書店では
在庫をもてない「売れない本」でも、インターネット上にリスティングするコスト
はほぼゼロだから、230万点の書籍を扱えるのだ。しかも売れない本は競争が
無いから、利幅も大きいという良いことずくめである。
   (字数制限のためカット 2011年6月20日)



6669,閑話小題 〜 『ああ、またか!』

2019年06月19日(水)

   * 昨夜の「新潟沖地震(仮称)」
 地元経済にとって、この地震は厳しい。5年先?には、何とか飼い馴らし?を
謀ってきたのに、これで二倍の10年先に… 何せ、柏崎・刈羽原発は、世界最大
規模を誇る原発基地。柏崎市内の公共投資は、その収入を前提で造られている。

≪ 日本海側、過去にもM7クラスの地震 津波で死者も 新潟震度6強
    6/18(火) 23:54配信 /毎日新聞
  ◉ 過去の近隣の地震は?
・日本海側では津波を伴う地震が繰り返し起こっている。地震の規模を示す
マグニチュード(m)が7.5だった1964年の新潟地震では日本海沿岸一帯を
津波が襲い、全国で26人が死亡した。
・83年の秋田県能代市沖を震源とする日本海中部地震(M7.7)でも津波の被害が
大きく、104人が死亡した。
・93年の北海道南西沖地震(M7.8)は北海道の奥尻島北西沖が震源で、地震発生
から2〜3分後に奥尻島に津波の第1波が到達したとされ、奥尻島を中心に死者は
202人に上った。
・2007年の能登半島地震(M6.9)、同年の中越沖地震(M6.8)でも津波が観測。
 =大竹政和・東北大名誉教授の話=
【日本海側は東北地方から中部地方にかけて地震帯があり、これまでいくつも
 大きな地震が起きていた。今回の地震は1964年の新潟地震に震源が近い。
 もう少し北側には近年、地震の起きていない地域もあり日本海側は要注意】≫

▼ 既に爆睡していた22時過ぎ、強い揺れで目が覚めた。「中越地震」「柏崎・
刈羽沖地震」「東北大地震」を経験していたこともあり、『ああ、またか!』と、
震度予測「5弱」と予測…。これで世界最大の規模を誇る『柏崎・刈羽原発』
の再開は当分ない?と考えると県内、とりわけ中越地区の経済の回復の見通しは、
更に厳しくなった。 2007年に、350億円の赤字を抱えて事実上破綻した北海道
夕張市が、どうしても類推される。東京電力と政府は、補償金の捻出のためにも
再開が絶対条件。 それ以前に、万一の大地震の場合、我々の生命そのものが、
脅かされることになる。としても、角栄さんよ、公共事業のプラスの遺産は、
有難いが、何とまあ、酷い?負の遺産を残していったもの。あれだけ反対運動を
していた左翼系の言い分が正しくて、餌を吐き出してくれた何?が、極悪?…。
差引ゼロとしても… ここは越後・新潟、何だったんだ。 その恩恵の一端を
受けてきた一人としても。 で、その原発って大丈夫?   娑婆!

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6306,読書日記 〜良い人生だっただろうか?
2018年06月19日(火)
      『老年を愉しむ10の発見: ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学 』
                    ヴィルヘルム シュミット (著),
    * 「いい人生だった」を言える人生を
 人生を振返り、「いい人生だった」、一日を振返り、「いい一日だった」
と言えるために、最後の4分の1の老齢期を泰然と生きるべしと、著者は言いたい
のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を
聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心
と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても
全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、
 私の僅かな死に対する知識、
『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる。死んだ瞬間、自分が消滅
するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者でしょ。
だから自分は永遠に生きると考えられるでしょう。』と聞いた父がハッとし、
『こんな話を聞いたのは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に
吐露していた。それより、太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、
死の前の恐怖心には… で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に
出来るだろか?
≪ ―内容紹介― Amazon
 ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書!
年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。
 私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」を
身につけることが大切だと思う。これは、老化というプロセスを拒否するもの
ではなく、それとともに生きるための術である。―ヴィルヘルム・シュミット
・これから得られる「豊かな実り」とは
・自分に起こる「変化」と折り合いをつける
・「それまでの積み重ね」が花開くとき
・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの
 〜カスタマー・レビュウより
古代ギリシャの哲学者デモクリトスが「朗らかさ」を、
外的な財産や感覚的な満足感に依存しない最高の「内面的な財産」とみなした、
というエピソードが心に残った。
快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの
スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。
彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。
快活こそ悟り。≫

▼ 紀元前6Cのピタゴラスの時代より、死に方に対して様々な可能性について
 語られていた。生きているうちから繰返し何度も「死の瞬間」という極限の
地点に立っているつもりで、これまでの人生を振返り、それを自ら評価し、
時に人生の新たな指標をもとめる哲学的修練。
 この数年、何度何度も、死に関する読書の中で自問自答し、夜半に独り、
考えてきた。それを考えることは、自らの人生を振返ることになる。
人生において何が大事だったのか。何を間違っているかの問題に行き当たる。
如何だろう? いい人生とは何か?からすれば、自問自答で満点のはずだが。

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4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18
2014年06月19日(木)
   * 衣料量販店のコツ
 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。
家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、
衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、
結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。
四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争
激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、
当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を
遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。
金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の
ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、
駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、
その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で
知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。
 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の
意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を
ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。
そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。
普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、
稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、
現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での
仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れ品の仕入れが終わった。
そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。
 その時、思い浮かんだのが、父と中学、高校時代に一緒にまわった記憶。
まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、
商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて
いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が
過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、
現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、
全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは
『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』
であった。これが大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、
父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の
相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、
思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前
予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。
その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、
半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに
なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。
激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。

・・・・・・
5574, 突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月19日(日)
    『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 自殺願望の八割が、いざとなると
 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択
したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死に
ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな
自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された
人間の最大の自由の行使になる。  〜その辺りから〜
≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。
 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、
生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される
そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の
処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望"
が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。
つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と
分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と
言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、
「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。
だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで
いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと
なのではないのでしょうか。≫
▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの
 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺
 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 
 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、
<死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ>
<遺伝子が私の身体を借りていただけ、それが無くなっても、数限りない
 遺伝子が、何処かの身体を通して生き延びる。「私」など他愛のない存在>
<充実した過去と現在を生きている(きた)なら、死など、恐れることはない>
<死んでしまえば、それまでよ。生きている内、できる内。>
<当人にとって、『死』は存在しない。死んだ瞬間、本人は存在しないのだから>
<宇宙の彼方から地球へ旅に来て、見るだけ見て、するだけして、帰っていく
 のが死である。> 
それにしても、辛いだろうに。

・・・・・・
5939,閑話小題 〜無知は、教養より金がかかる
2017年06月19日(月)
   * 無知は、教養より金がかかる
<教育にはカネがかかる。とはいっても無知にもカネはかかる。
                    〜クラウス・モーザー卿 >
☆ 何とまあ、人生をシリアスに切って捨てた言葉である。
 そう、人は無知で失った方が、知っていたが故に得たことより遥かに多い。 
なればこそ、無知を少なくし、知識など教養を長年かけ蓄積しておかないと。
私の場合、5歳までの、家系としてのベースが貧弱だったということ?
いや、それは99%の人たちに当てはまること。ならば学び続けるしかない。

   *  BE(なる)―DO(する)―HAVE(持つ)
<目標は、この3つのうち『持つ』の部分。スタイルが良くなりたい、恋人や
配偶者といい関係を持ちたい、あるいは百万ドルほしい、こういった目標は
どれも何かを『持ちたい』です。目標が決まると、次に、そのため何をなす
べきか、リストを決めまtす。問題は、スタイルが良くなる、金持ち、BEの状態
になること>
☆ 以前、<上手くいったから幸福になるのではなく、幸福であればこそ
 恐れることなく上手くやれる>という幸福論の一つの道理について触れた。
< BE(なる)の状態なればこそ、―DO(する)のプラス循環の結果、―HAVE
(持つ)になる>  6年前の大きな節目からこの方、見えたのが、マイナーの
人たちの視線。彼らは自らの傷口の膿を、他人の傷口に塗りつける自傷行為の
業の磁力が強い。マイナーのばい菌は、人に塗りつけると、他者のばい菌が、
当人の膿を更に濃厚にする。その毒のため、何人かが倒れていったような。 
自業自得、いや事業自毒。 これは私自身にも当てはまることだが。
 で、当時、直ぐに実行した手順が、2ランク上の習慣づけ。慣れてしまえば、
習慣自体は「第二の天性」となるはずだが… ただ淡々とコナシテいる。
ベストのことは、張りのある充実感と、毎日が兎に角、面白いこと。
 〈・BE=充実感のある日々 −> ・DO=生活習慣 −> ・HAVE=楽しみ〉
『こんな日々の何が楽しい?』かって。 『いいじゃないですか!これで…』
 「知らないバカ」と、「知ってるバカ」と、どちらがマシ?
「知ったかバカ」もいるが、「知ってるバカ」は、まだ、すくいがあるか?
・・・・・・
5209,閑話小題 〜何気ない会話の中で
2015年06月19日(金)
   * 何気ない会話の中で
 先日、中学校の来週の同期会の幹事の打合せの会で、顔は何となく憶えて
いるが、話を1〜2度したかしないかの男が隣席に座って酒を酌み交わす
中で、私が、『以前も話をしたかもしれないが、たしか40年以上、消防隊員
になったと憶えているが・・ 』と語りかけると、次の言葉が返ってきた。
『自分は、当時の花の中卒で、地元の津上製作所に入社。同期の殆どが、
夜間高校に4年通い、高卒の資格をとって地方公務員に転職をしていった。
自分は消防署に勤め変え42年間、勤め上げた。』と、さらりと言った。
15歳で働きながら高校資格をとって地方公務員になり勤め上げるコース。
こういう人生もある。これまでの私の恵まれた?生活環境と、あまりに
掛離れた生活環境に、言葉が出なかった。地道だが、地に足のついた
恵まれた人生である。 問題は、自分の歩んできた人生を肯定できるか
どうか。消防士といえば、火事と救急救命の現場の仕事。そこでは、
様々な露出した人生模様が垣間見れる上、生き死にの瀬戸際に立ち合う。
小さな世界の安穏とした人生を根こそぎ否定してきたが、それも人生。
彼にとって、救急搬送と、消防は、生き死の境目の現場の仕事である。
何か世間とかに捉われていたのは、逆に自分ではないか? 日々、是、
目覚め。それぞれの人生を否定も、肯定もしてはならない!ということ。
数年後?には、私なりの結末(死)が待っている。 貴方もだが・・
 『ああ〜、面白かった!』と、心底から言えるかどうか。
そういえる背景には、いえるだけのエネルギー量が必要だが。
・・・・・・
4477, アベノミクスへの疑問
2013年06月19日(水)
 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ
取っていた。ここでバブル経済とは、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた
「文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ー
があった。ネットで調べたところ、これを簡略したブログの内容があった。
★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
              文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って
 一儲けしたい投機家ばかりだ。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな
 要因のうち、何一つコントロールできない。
◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復した
 わけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。
 (中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て
 資産が、国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、
  自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、
 ?「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 ?「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 
  しかし、この政策は完璧に破綻。
 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、
  全くのイリュージョン(妄想)で、「国際的に価格競争力を失ったのは
  円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、
 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に
 立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
 「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
 ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本に
 もたらし、その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関がプラス
 になるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると
 (5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、自殺、経営
 責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。そう遠くないある日、
 中国かアメリカの投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。
 参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。



6668,閑話小題 〜今週のYouTube!

2019年06月18日(火)


   * YouTubeでみる大波の襲来
 土日の週末は、TVはYouTubeを中心にして見ることにしている。
自然とテーマが絞られる。「アフリカの野生動物」「KOシーン」や、
「逃走車の追跡劇」「ムササビ・スーツの滑空」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」‥など。
 先週は、津波などの大波による、事故現場の映像を中心に見た。 
大波に飲まれていく人を、近くで高みの見物している人たち。ところが、
自分たちも、その後、更なる大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、
飲みこまれる。それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の
9・11テロ、2008年のリーマンショック、東北大震災で、廃業に至った我姿が
重なりみえてきた。『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、
襲いくる恐ろしさ。自分だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、
身に付いてしまっている。私の年齢では、『死』の問題。
 で、…

   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏で交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?思いもしなかった。足腰は年々重く、怠くなるにしたがい、
何をするにも億劫になる。マイナスの連環が、老化の特徴。後期高齢者に75歳
まで、一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵の母に宣った病床での伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳近かったが。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつですか。 それでも生きていること自体を味わないと…
段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内ですか。

・・・・・・
6305,読書日記 〜『死の準備教育』 ー1
2018年06月18日(月)
             〜『死の準備教育』曽野綾子著より       
   * 死ぬまで5分間我慢する  
 曽野綾子女史の言葉である。死について数多の書物を読んできたが、
この一言は、「強烈」である。 たった、これだけのこと誰が教えてくれた?

【私は弱いから、暗示がよく効いたのである。私はいよいよ或る種の男よりも
強くなり、ますます、女らしくなった。何にせよ、いつ死んでもいいと思うこと。
死ぬまでに5分我慢すれば死ねる、と考えることは、私の精神の安らぎに役立った。
私はその5分間に決して平成ではあり得ないだうけど。】

▼ そうか、5分か! イメージとして、先だった家族に囲まれてボンヤリ
 消えていく。こらなら、イメージコントロールが出来る。面白そうである。
しかし、死期を悟って、最期の5分に至る道は地獄道である。煉獄といういう
のが、それだろうか? 恐怖心がつくり上げた究極の心理状態で、恐れて待つ
より、早く、その5分後先の安楽を期待する方が、気持ちは遥かに楽?
 生まれてきたからには、どのみち、死ななけらばならない。
どのみち、人生、プチッで、終わるのだから。 暗い? 暗黒の中心点を
凝視するしかない、この問題は。そうしないと灼熱砂漠の真只中で慌てるよ。
――
   
   * 死の果たす役割は、平等の『死』である
 死の清算があるからこそ、面白く、味が出てくるのである。死からすれば
全てが夢幻である。人生で、何が面白いかといえば、死ぬからである。その
当り前のことを、我々は忘れてしまい、無駄に人生を過ごす。
 勿体なじゃないか、など微塵も思わない。公平でないところが、奇妙?
【もし人間が平等であるとするならば、それを果たしているのが「死」である。
 誰もが一回ずつ死ぬのである。しかし、日本の教育は死を教えなさすぎた。
…戦争体験をした私は小学校のうちから、否が応でも毎日、死について考える
癖をつけられた。だが、戦後教育では死を考えることがタブーになった。
人が何歳までも生き続けることが医学的に目指すようになり、人が死ぬかも知れ
ない状況をつくる政治は「悪政」とみなされて、批判される。
今は死を覚悟しましょうというだけで、戦争を連想させるとか、貧困を肯定する
とか、批判が出るが、それがおかしい状態である。死は人間の運命であり、人間
の生きかたなんだから。】  

▼ 中学校の古希を祝う同期会で、司会で、「古希を過ぎると、背後にいる死神が
 前から迫ってくるとか云々…」を話していると、『3・10・60・27の法則』の
27%男が、『暗い!』の一言。ハイデッガーって何?は、60+27=87%の問い?…
メメント・モリは、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」。
 【小説】「死を忘れるな」CommentsAdd Star
< イギリスの作家ミュリエル・スパークの『死を忘れるな』。
 登場人物の平均年齢が70歳代半ば以上という高齢者小説。それぞれのところへ
「死ぬことを忘れるな」という謎の電話がかかってくるが、対応はさまざま。
慌てふためく者、警察に訴えて犯人を見つけようとする者、そして穏やかに
それを受け入れる者。生きることは常に死ぬことと背中合わせになっている訳
だが、人生の真っ只中にいると、そういうことは忘れがちである。
だから、「メメント・モリ」。>
 72歳男の心象風景は、「同年代が4分1が亡くなり、残りの半数が介護。
とすると、健常者は8分3の世界」 死は、ある日、突然やってくるのではない。
「生/老/病/死」と、じわじわと前側から近づいてくる。近づけば近づくほど、
その影は色濃く迫ってくる。

・・・・・・
5573,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月18日(土)
            『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 言葉のチカラが、心を救う
 言葉の力は絶大である。【心の傷を通して、あなたの優しさが沁みてくる】
死に直面したから、人と心の優しさを感受できるのである。死に対しても、
[正・中心・一点・無]に向合っていけば、無限の慈愛を得ることが出来る。
後ろ向きになるほど、恐怖心は大きく圧し掛かってくる。あの世に逝くのにも
力が必要のようだ。しかし、全身脱力で。
≪ 恐怖感が薄らいでくると、徐々に死の覚悟らしきものが見えてきました。
 それは友人たちをはじめとする多くの人の言葉に支えられた(ている)からでも
あります。濁流に呑み込まれそうな私を引き上げてくれ、どうかすると叫び
駆け出したくなるほどの際どい精神状態を、何とか押しとどめてくれました。
・「悪魔と取引してでも生きることを考えてみて」 友人。
・「父も間質性肺炎だったが苦しいのは最後の一週間。なら他の死も同じ」友人。
・「これからは、なるべく僕がそばにいて支えるようにします。それに小林さん
 からは、まだまだ吸収したいものがたくさんあるから、横で盗みたいんです」
                           知人の息子さん。
・「神社仏閣は、当時の陰陽師が決めたパワースポット、行けば落ち着きます」
 「我慢せず泣き喚いたほうが楽になる。私が手を貸しますから」ライフコーチ。
・「夕日の没れるが如し(万事休む時である)」鹿島神宮のおみくじ「凶」の言葉。
・「小林さんがどう死を達観しようが、僕はまだ認めないですから」大学の後輩。
・「大変なことがあると自分が大きく変われますよ」占い師。
・「ふるさとに行かれたことはとても良かうたですよ」占い師。
・「小林さんは新しいステージに立った。死を覚悟したから、生を大切に
  生きられます」占い師。
・「気持ちと、運気と、医療と、努力が整えば、より長く生きられます」占い師。
・「求めなさい、そうすれば必ず与えられます」教会の牧師。

・「笑えば必ず、病気は持ちこたえられます」ライフコーチ。
・「もう、ろくでないことなんか、なぁ〜も気にせんでよかと。たっぷり
 お金を用意して世界一周クルーズでも行ったらよか。ところで、死ぬにも
 お金がかかるけたい。あんた大丈夫?」博多の知人女性。
こういう言葉の全部が私を勇気づけ、奮い立たせ、「死の覚悟づくり」を
手助けてくれました。≫
▼ 父親は余命宣告どおり、一年で亡くなった。その間、自分の心と、母親を
 観察をしていたが、最愛の人とはいえ、あくまで他人事。その刹那さの一部も
引受けることなど出来はしない。そうと思わないと、精神のバランスを保てない。
子宮の管に巻かれ息苦しい苦痛の中から産まれ、最期も一人、管にまかれ七転
八倒の中で死んでいく。生まれるも一人、死ぬも一人である。最期の一週間は、
もう生きていたくなくなるほど、苦しめばよい。そう割切るしかない。
 元気な身体と、良好な精神状態で、出来る限り生きたいが、時期がきたら、
早々、逝くのも悪くない。40、50代で亡くなった人には、少し早めに逝かれたと
思っていたが、そうでもなかった? 当人にとって、丁度良かった? 
 偶然だが、で、以下に続く!
――――
5208,「自分」という言葉自体が「自然の分身」
2015年06月18日(木)
      『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 * 世界を通して私自身のことを学ばされる
    こだまでしょうか  〜金子みすず
< 「遊ぼう」っていうと    「遊ぼう」っていう。
  「ばか」っていうと     「ばか」っていう。
  「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
   そうして、あとで さみしくなって、
  「ごめんね」っていうと   「ごめんね」っていう。
  こだまでしょうか  > 
≪ 佐治:人間という生きものは何か?の答えは自分で考えていても
 何も出てこない。「自分を包括する宇宙を知ることで、人間というのが
 見えてくる。 私たちは自分の顔を自分で見ることはできません。
 相手の顔は見えるけれど、自分の顔は鏡に映しても左右反対ですし、
 小さい粒子の集合体である写真がそのまま自分の顔だともいえない。
 だからあえていえば、私の表情は、あなたの表情のなかに見るしかない、
 ということになりますね。あなたの表情を見て、私の表情を推測している。
堤:相手がいてこそ、自分のことがわかる。鏡なんですね.
佐治:そこに宇宙の研究の目的があるというわけですね。繰り返しますが、
 自分のごとを知るためには、自分を包括している宇宙のことを知ること。
 それによって自分が見えてくる。それが宇宙研究の目的です。
堤:私は昔あたまでっかちな理想に燃えていて、国連で働いていたころは、
 いろいうな悪いものを排除したり、世界を転換させなければ平和はこない
 と思いこんでいました。でもジャーナリストになり、取材していくと、
 二人の人のなかにも善と悪が同じくらいあって、一つの国のなかにも
 善と悪があることに気づかされた。広く世界を見ようとするほどに、結局
 自分自身と向きあわされる。世界を通してじつは私自身のことを学ばされる。
佐治:当然ですね。それを数学の言葉でいうと、フラクタル(どんな微小な
 部分をとっても全体に相似している)構造だということになるのでしょうね。
 全体のものは自分という部分にすべて投影されているということ。世界って
 そういうふうにできているわけです。そうでなければ世界というのは物理的に
 存在しえない。木の全体像を考えれば、全部、Y字形の枝の分岐でできているで
 しょう。その分岐の仕方によって松の木になったり桜の木になったりしている。
 木をよく見ると、全体もY字形になっているし、枝も葉っぱもY字形になっている。
 つまり、全体というのは、部分のなかに投影されているというのが、数学的に
 見た世界像です。全体を見ることによって、自分がわかるということですね。≫
▼ 心の合せ鏡を持つ必要性をいっている。世界を、宇宙を合せ鏡にして、己を
 知ることだ。逆に、己を合せ鏡にして世界を見ると、歪んだ小さな自分の分が
 見えてくる。「こだまでしょうか」の、幼児の問いかけが、そうである。
 内語で、さて「遊ぼうか」と問いかけ、そう「遊ぼうか」と。
「今日は、寝てようか」といえば、「そうだ、寝てよう」と。
「俺って馬鹿か」というと、「つくづく俺って馬鹿だ」と返ってくる。
「これで良かったのかな」といえば、「今さら、仕方がない」と、ブツブツ。

・・・・・・
4476, 閑話小題 ーオノマトペ
2013年06月18日(火)
 6月11日のNHKの情報番組「クローズアップ現代」で、「にっこり」「ドキッ」
などのオノマトペの魅力を取り上げていた。擬声、擬音語には、その背後の豊か
な情報を伝達する力があるという。 ーNHKのHPによるとー
≪ 「ぐにゃり」に「ほっこり」。「ぱみゅぱみゅ」に「じぇじぇじぇ」。
 今、私たちの身の回りでオノマトぺ=擬音語、擬態語が急速に増えている。 
  放送では、
* トップスポーツの現場から。「“べちょべちょ”」「“ぬめぬめ”」
* 新製品の開発を模索する企業でも。「“ガシガシ”」
* ロボットの人工知能の研究現場まで、“どどどどっ”
 と熱い視線を集めているのです。人を引き付ける理由は、オノマトペが
持つ音の爆弾とも言われる、“ドキッ”とする力。オノマトペは、普通の言葉
とは比べものにならない豊かな情報量を持っていることが明らかになった。
言語学者は、「普通の言語では、そぎ落されてしまったものが全部、オノマトペ
の中に引きずり込まれて凝縮する。」 大手コンビニチェーン 広報
「“もちっと”ホットケーキや、“もちもち”くるみパンが、人気があります。」
商品名に、“もちもち”と付けると、売り上げが5倍に増える。そんな都市伝説
のようなうわさが、駆け巡っているという。大手コンビニチェーンの広報では、
「“ふんわり”とか、“サクッ”としていない商品は、比較的“もちっと”。」
おいしいを感じる言葉のアンケート調査でも、“もちもち”や、“もっちり”
がどんどん急上昇する一方で、“コシのある”や“舌ざわりのよい”は、
“ひゅるひゅるっと”急降下。短く直感的に伝わるオノマトぺがランキングを
席けん。オノマトペは、“パキッと”堅いイメージのある国会でも増殖・・ ≫
▼ 小泉元首相が、一言コメントで、国民の‘考えない層’の取り込みで世論を
 巧く誘導したが、「一言実感売り手コメント」とも言える。ツイッターの発信は、
現場感覚のオノマトペのようなもの。スマートフォン、タブレットの情報端末も、
現場感覚のオノマトペを親しみやすくしている。早朝の信濃川の土手の、ある場所
で「あ〜あ、清清するな!」と独り呟いているが、これも、それか。 変わった
スナックの名前に、‘ひとり静か’‘それから’‘そこ’‘どん底’などあるが、
オノマトペのニュアンスの店名が増えてくるだろう。で、「面白スナック名」と
検索したら、「まぬけ」「あくびちゃん」「夜光虫」「団地妻」「メロメロ」
「あんたが大統領」「スナックとしま」(池袋にある)「いい娘(こ)銀行」
「居酒屋どんぶり勘定」。 そこで考えついた面白いスナック名・・
{化け猫、寄生虫、からおけ音痴、娑婆娑婆、ここそこあそこ、ノミスケべイ}。
とっておきは、「ま、いいか!」以前、新潟駅前にあった? 
「へっくしょん」「ずぼずぼ」「プッツン」も? 


6667,閑話小題 〜ヨガ・エアロに7年と3ヶ月

2019年06月17日(月)



   * どう?効果があるの?
 数日前のこと、7年の間、ヨガで隣り合せの人に、参加をしたばかりの人が、
『腰痛、少しは良くなってるの?』と聞いていた。 暫し迷った上、
『何ともいえない!』との答え。実感だろう。 私の内なる問答では、
『ジムに8年、ヨガが7年3ヶ月、参加してきた。選択しているコースが、
「平日会員のメンバー」。 <月、火、水、木、土曜日の10〜17時までの
週5日間コース>。 昨年までは、旅行などを除くと、ほゞ皆勤の出席。
今年からは歳相応に週4日にダウンした。参加目的は腰痛対策と、運動量の確保。 
それと誰もが陥るらしい老人性鬱病と痴呆症への予防対策。これに加え早朝の
一時間のチャリ散歩(ポタリング)が加えると3時間の運動の確保になる。
 しかしパソコン前と、ベッドの寄り掛りを加えると一日8時間を過ごすため、
腰への負担は甚大。これでもカバーしきれてない?のが実感。
 …で、私の実感は、
<完治には程遠いが、続けてなかったら現状より悪くなっていた。歳を重ねる
度に、間違いなく衰弱をしている実感は否めないが、それでも三割方は軽く
なった実感がある。SJに通い始めた数年間は、急なストレッチの刺激のためか、
逆に足腰が重く、痛さが増したが、それは改善の過程の兆候。その後は少しずつ
軽くなっている。> でも、上京やツアーの参加の直後や、現在のような季節の
変り目には定期的に病状が現われる。そして、現在、予測通り、出ている。
 ところでSJは、様々な人生を生きてきた人たちが見受けられる。 当初は
戸惑ったが、それも最近では見慣れてきた。ジム内は、雰囲気が明るく、気分
転換のリズムをつけるに効果的居場所。 私には、効果というより、人混みに
身を晒すことが目的。
 ―
ところで、一ヶ月前に所用で日帰りの上京をしてきた。それ以来、治まっていた
腰痛が、今でも続いている。季節の変り目もあるが… 今週に、学生時代の
クラブの寄り合い、来週は大学主催の10年ごとに開催される「卒50周年の集い」
がある。直前まで腰痛の様子をみたが、二週続けた上京は無理と判断。
「50周年の集い」の一本に絞ることにした。

・・・・・・
6304,閑話小題 〜鼻毛を毟り取る
2018年06月17日(日)
   * 鼻孔さっぱり、ノーズクリーン
 半年に一度ぐらい、スーパー床屋に行くが、座ったと同時に「300円で鼻毛を
取りませんか? 粘着ワックスを使って一瞬で鼻毛と角質を取れます。スッキリ
しますよ」と誘われ、300円ならと受けてみた。鼻の穴に少し温めた人さし指ぐらい
のジェル状の塊を入れられた数分後に一瞬で抜かれる。少し痛いが、耐えられる
範囲。で、成るほど鼻孔が、これまでと違う軽い感覚。 抜かれたワックスを
見せてくれたが、数ミリの産毛と角質がビッシリ付いていた。勧めの言葉とおり、
‘鼻孔スッキリ、これは良いわ’の実感。
 さっそくネットで調べると流行ってるらしい。ドラッグでも売っているようで、
自分でも可能。その夜半、寒さもあってか、夜半にクシャミの連発。鼻風邪か?
と思ったが、翌日には治まっていた。人差し指が届く範囲のため、奥の産毛は
残るため、チリから肺が守れるというが、寒さは無理ということ。
――
   * 野本恭八郎
 先日、<牧野の殿様、3万石の世界>のテーマで野本互尊翁について書いた。
戦前、父親が骨董商をしていた際に、津上退助と、野本翁の二人に気にいられ、
多くの骨董品を納めていたと聞いていた。で、ふと、二番目の姉の名が、「恭子」
私が「八郎」は、恭八郎から頂いたのでは?と、思い至ったが、如何だろう。
確か、家に彼の書画があった。父親から聞いてなかったが… 名前には、
様々な親の想いが込められている。フルネームは、最短の物語というが。
  〜ネットのコトバンクによると
【 1852−1936 明治-昭和時代前期の社会教育家。 嘉永5年10月24日生まれ。
 第六十九国立銀行取締役,新潟県会議員などをつとめる。互尊即独尊を説き,
大正4年長岡に互尊文庫を創設。昭和9年には日本互尊社を設立し,全財産を寄付。
昭和11年12月4日死去。85歳。越後(新潟県)出身。旧姓は山口。号は互尊。
【格言など】独尊は互尊と知れ,互尊は独尊と覚れ(信条)

・・・・・・
5937,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −7
2017年06月17日(土)
   * いま話題の「2k、4k、8kTV」とは何?
 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。
その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、
視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し
てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して
デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。
 〜ネット検索で調べると〜
≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、
 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目
されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ
ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと
呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる
8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に
あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。
フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること
ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても
液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が
あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫
 ―
▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、
 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の
TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。
同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」
と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、
これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで
関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、
今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか
などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、
納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。
8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」
が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に… 

――――
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。  

――――
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。



6666,閑話小題 〜また新潟県、長岡!

2019年06月16日(日)

   * 日本籍タンカーの攻撃
 何か奇妙な日本籍タンカーの攻撃が発生。真相は闇の中だが、安倍首相の
イラン訪問の時期だけに? 状況からみて、CIA辺りの策謀? はたまた
サウジなどの産油国が、原油価格の上昇を狙ったものか? 如何だろう?
イランにとって、安倍訪問のタイミングに、わざわざ攻撃するのも不自然。
とはいえ、火種を見せるディスプレーになる。アメリカにとって、北朝鮮問題
から、目を逸らすに?丁度良い事件。 日本にとって原発の再開にプラス材料。
それぞれの思惑があるため、これ!と言えない難しい要素が絡む。
 イランの工作船が、仕掛けた爆弾を取り外した映像が有ったが… その時に、
取り外しを良しとしない、イラン以外の国の攻撃のようにも思える。
 この2ヶ月で、シネマで『ハンターキラー:潜航せよ』と『空母いぶき』
をたて続きに見ていたことも含め、あの映像を見ただけで多くにイメージが
わいてくる。宗教、人種間対立の怨念が絡む、重くて深い問題ゆえに、現場は
一触即発の緊迫感が満ちているのだろう。
 ―
   * また長岡、新潟県?
 地元県会議員の談合汚職の問題、何ゆえに中途半端な幕引きに終わったのか。
秘書が逮捕ともなれば、当然、本人の取調べ、逮捕が当然とみられたが、現時点
でお構いないとは、何でしょう。 この数年、新潟県人絡みの事件が相次いだ。
・前県知事、前々知事のスキャンダル。<米山知事女性関係発覚で辞職>
・一昨年は新発田市の高齢夫婦殺人事件。
・昨年は、新潟小2女児・殺人と線路遺体遺棄事件
・県会議員の汚職疑惑。<秘書逮捕…>
 近々では、山形県東根市の医師、矢口智恵美さんが自宅マンション殺害事件。 
 犯人の出身が長岡市。長岡高校の中退で、親が医師。 三国人?
・市役所女子職員による、「生後3か月の長女の殺害事件」。
 夫も、市役所職員。妻は殺人で留置所。その着替えなどの差し入れ、
 裁判、子供が他に一人いるから家事など一切が本人に。そして、職場での針
 の筵の勤務。妻も本人は生き地獄。 市役所職員達にも冷たい視線。
 <前市長の県知事への道を閉ざされた祟りじゃ!> と、何に?変わって…

それもこれも、柏崎原発の稼働中止と、北陸新幹線の開業からくる
「幹から枝への越後地域の格下げ」を起因とする現象」。その結果の一現象が
「北越銀行と第四銀行の合併」。新潟市の一極化の集中の力が強まる。弱り目に、
祟り目の陰湿な弱者攻撃。 下り坂に入ると、それは陰湿で厳しいが、ここは
揺ったりした温情溢れる雪国。そう悲観することもなし。成るようになる。

・・・・・・
6303,映画鑑賞 ―『終わった人』
2018年06月16日(土)
    * 終わった人 −3
 今日のシネマ観賞は、『終わった人』。期待してなかった分、面白かった。   
評価は85点。『終わった人』が、終われなくてジタバタする63歳男の物語。
屋内犬から屋外犬、そして野良犬への生き方にギア・ダウンしていくのは、
非常にエネルギーを要する。群れを性分としてきた人たちの、定年後の私生活に
戸惑うのは当然。しかし、その時節到来は当初から知りえたライフワークの要。
当然、出世コースから外れた時に、価値観の転向を図り、重心を趣味に移行する
か、新たなビジネスに切替えるべきであった。長期戦略が持てない故に、転籍
させられた意味が理解できなかった。 次の問題は、「終わった後」の人生設計
を自らたてれるか、実践コントロールが出来るかどうか。 群れの生活から、
個(孤立)の生活に徹し楽しめるかどうか。この物語は、群れ犬から、孤独犬、
野良老犬への転換の失敗物語。面白いといえば面白い。東大出のエリートの
首輪と、紐を引きづり露頭を迷う姿に、まずは連合いに嫌悪される。
 個々の定年後の準備が、どの程度かは知らないが、サラリーマン系には、
準備が無しが多いみたい。月一に、何処かのスナックか、居酒屋に示し合せた
OB会が必ずあるという。こういう手合いの群れである。現実に溺れ、毒された
御犬様が、突然、一匹狼になって戸惑うのは…自然の理。 
深刻なのは「人生、如何に生きるべきか」の基礎知識部分不足と、小金の有無。
孤独・孤立レッスンの有無になる。群れたままも、また良し。それが彼らの
全世界のため、これはこれで。
  〜あらすじ 
≪ 定年後の人生のすごし方を考えさせられる小説である。
 主人公の田代は、大手銀行の子会社専務として63歳の定年をむかえた。
最終日のチャイムが鳴ると、花束と記念品の祝福を受けたあと、最後の日だけ
の黒塗りのハイヤーに乗りこみ、全社員に見送られながら会社を去った。
 定年退職したらのんびりすごしたい、という人もいる。しかし、田代は会社人生
に悔いが残っていた。彼は東大法学部を卒業し、日本を代表するメガバンクに入行。
39歳で最年少の支店長に抜擢され、その後も銀行で順調に出世してきたが、49歳の
ある日、子会社への出向を命ぜられた。「1〜2年で本部に戻ってやる!」と必死に
業績をあげたが、2年後、51歳のときに「転籍」を言われた。「転籍」とは、親会社
を退職して子会社の社員になることだ。これで本部にもどる可能性がゼロになった。
このまま社員30人の雑居ビルの子会社で会社人生を終わる、と考えたとき、ああ、
俺は「終わった人」なのだと、頭の中が冷たくなった。それから12年。田代は、
「俺は定年の日だけではなく、毎朝夕、黒塗りに送迎されるべき人間だった」との
思いが捨てられないまま定年の日を。経済的に余裕はあるものの、まったく心の
準備ができていない。しかも、身体はまだまだ元気で、時間だけはたっぷりある。
ここから主人公は、絵に描いたような定年退職者のコースを歩む。
まず、妻に旅行を提案して「そんなに長い旅行はつきあえない」と断られる。
(田代の妻は、43歳でヘアメイク専門学校に入り、今は活き活きとヘアサロン
ではたらいている) 歩数計をつけて公園を散歩するが、どうにも楽しめない。
かといって「ジジババが集まる場所」と勝手に思っている図書館やカルチャー
スクールに行くのはプライドが許さない。… ≫

▼ 以下の担任の先生の方が、遥かに深刻。魂の悲鳴である。親は親、子は子だよ! 
 20年ぐらい前に毎朝、土手で自転車に乗りながら、ブツブツ話す、20歳前後の変
な人がいた。後から自転車に乗りながら、聞こえよがしに、『俺は、じいちゃん、
ばあちゃんに潰された。畜生、俺の人生を返してほしい。何とかしてくれ!』と。
 このエリートコースを歩んだ主人公は、真逆で、40代後半まで順調だったが故
に深刻である。新潟駅前でビジネスホテルを30年間、経営をしていたが、二年に
一度あたり、自殺者が出る。当事者として、自殺原因が警察から知らされるが、
燃え尽き症候群の中年が… 人生は、私たちの全く知らない世界を、現に、見る
ことが出来る。現実に溺れた人たちは、悲惨である。
 
以前、こんなことを書いていた。 そこの「サイコ」ちゃん、聞いてる?

――――
2006/05/26
つれづれにー俺に人生は無かった!
 湯沢のイナモト旅館が自己破産をしたと先日の新聞に載っていた。18年前
に中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会を泊り込みで開いた老舗料理旅館。
40歳代前半の同級会が一番良いと聞いていたが、なるほど普段出たことのない
東京に住んでいた面々が5~6名出席をした。総勢25人、丁度総勢の半分が
出席をした。社会的にも、家庭的にも人生のピーク時で大いに盛り上がった。
その東京の在住のうち3人が、7~8年前に癌で亡くなってしまった。
 その時、担任の先生が翌日の長岡のスナックで、
「自分の人生は無かった!」と深刻な顔をして言われた。
(以前にも書いたが)一番寂しい言葉である。
「両親が現在も90歳近くて矍鑠としていて、全てを支配されていた人生。
俺の人生は無かった。本当に辛い!」と。
 60歳直後の鬱病は人生で一番キツイとは聞いていた。そういえば、
亡き義父が鬱病になりかけたのを助けたことがあったが、60歳になると歪み?
が出てくるようだ。私のように元々歪んでいる?と歪みようがないが…
 還暦になってみて、なるほど色いろの問題がシワ寄せに重なるものと思い
知ったが、欝などはほど遠い状態である。 この10年、我武者羅に生きてきた。
綱渡りで生きてきたから‘そう’いう悩みに、ただ驚いてしまった。
――
2013/08/16
閑話小題 ―悲しい酒!
何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が
 定年退職時の同級会の二次会での対話。
《「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。
  両親とも教師で、当たり前のように教員になった。現在、両親とも90歳
 近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているよう
で生涯を通して自立できなかった。何時も自問自答で『私自身の人生は無かった
のでは?』が付いてまわり現在に至った。 あるのは二人への憎しみだけ。
この苦しみは並大抵でない・・ 》
 初老性鬱症の典型事例。 赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて
疑わない「あの方たち」こそ、「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。
欝になるには、それなりの多くの原因がある。 先生にとって両親は、「影」。
人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、
白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、初老性鬱症もあって、
影両親の価値の刷り込み 牢獄の捉われに、気付いただけ。両親の過剰な愛の
牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。
その世界は、その加熱から自身を守ってくれる。 そのことに気づく教養の蓄積
が足りなかっただけ。 それでも、気づいただけでも、良かった。 少くとも、
群て慰め合っている「あれらより」遥かにまし。 先生の両親への憎しみは、
ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題。
自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。
避けて通っていたのである。ある意味で、万人が抱えている深刻、かつ根源的
悩みになる。それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、それも人生だが。
 「つまらん男、それは私」と、つくづく実感している。 が、日々が、面白い!
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人』内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)
★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚
という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き
な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。
  〜印象に残った箇所〜
「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、
 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、
 半年や一年で終わります」              (217頁)
「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」
                           (239頁)
「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、
 生きてるついでにするものだよ」           (252頁)
「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人
 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、
 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな
 ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな
 ことではないか」                  (287頁)
「今後、介護やあなたの世話をする気はない。
 でも、離婚という形は取りませんから」       (292頁)
「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、
 同窓会に来ないというのはよくわかる」       (314頁)。
「思い出と戦っても勝てねンだよッ」  (319頁)
「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁)
「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」     (366頁)。
▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、
 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、
しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。
それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 
「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? 
で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!

――――
2018年06月02日
終わった人 −2
   * 終われない群像
 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について
感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。
まあ、シリアスで内容は濃い。
 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが…
【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を
迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】

▼ 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に
 生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意
していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。
 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、
ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。 

「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。
じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は!
  内舘は、戸惑う彼らについて、
《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員
 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を
求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も
横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。
 
 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が
スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。
要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、
重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、
成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。
 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、
「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは!
と薄ら笑っていられないだろう。

 ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。
――
自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 
何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様
だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの!
それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。
ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか?
知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ!
◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。
 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか? 


6665,閑話小題 〜二千万の預貯金が本当に必要か?

2019年06月15日(土)


    * なんとまあ、正直に
 それこそ、忖度して1000万に屁理屈を付け発表すべきだった? まあ、何と!
『二千万が必要か?』は哲学的な問いでしかない。 平均寿命が100歳とした、
単純計算。まず歳を重ねるごとに、生活費が少なくて済むという要素が入って
いない。せめて『理想的なら…』の付記でも入れておけば。 老いるほど食は
細くなり、行動範囲も減っていく。平均貯蓄の平均値が400万というから、500万
辺りで三分の二を占める。じゃあ、如何なるか? 如何にもならないなら餓死? 
何かに適応して何とか生きれる? 0円にしろ、1億円にしろ、死んでしまえば、
大した差はない〜 そうでしょ!
 〜HP内の過去文を検索すると…あるある。 
良く言えば時間リッチ、悪くいえば、よほど閑と思える。 しかし、概ね新聞
特集の域にはある? 国あっての国民。「好き放題やってきて、大借金を積上げ
後はよろしく!」とは、あいならない。なら如何するか、忖度するしかない。
忖度。いくら、札を刷っても、マジックでインフレにならない不思議な国家! 
 生きる方からしたら、長生きするほど、重病化するということ。 ならば、
せめて中病の内に… 生死の問題は難しい! 無様な自分も面白いし。

 〜その一部より〜  
 ――――
2018/11/11
閑話小題 〜余命?年宣告の罠
   * 他人事でない難しい問題
 先日のTVワイドショーで、「余命一年・120%」と宣言された患者が、
5年経過後も生きており、それを信じて仕事も財産も全て処分したため、生活に
貧している人をレポートしていた。樹木希林ではないが、全身転移と宣告されて
何年も生きたケースが多い。 余命?年とは、100人の50番目の人の余命で、
それが死亡時期でないという。
 日本人の平均貯蓄残高が1800万だが、中間値の人の貯蓄高は、400万あまり。
ほぼ、ゼロが三割。400万以下の人が2分の1を占めるている現実がある。
余命も、人様ざま。 現実に、父親や実姉の余命宣告は、ほぼ正確だった… 
 知人がステージ3、4の宣告を受けた話を聞くが、元気な人が多い。
医者は、概して短めに余命期間を宣告するというが… 入院をして数ヶ月で逝く
ケースも多いことも事実。 私と家内は、互いに余命期間を知らさないように、
決めている。どのみち、直ぐに逝くのだから、その期間は、安らかな気持ちで
いたいもの。 〜『余命宣言』で、検索すると…
≪ 慶應大学病院放射線治療科の近藤誠医師が語る。
「実は、医者がウソを言うのは、余命に関してが一番多い。初対面の医師が、
いきなり『あなたは余命3ヵ月です』と言ってくるケースはよくある。特に若い
医師に多いようです。だいたい短めに言って脅し、不安にさせ、救いの手を差し
伸べる。長めに言うと、患者はセカンドオピニオンを求めたり、他の治療法は
ないかと考えてしまう。そうした心の余裕を患者に与えないために、あえて
短めに言うんです。昔は家族を脅すのに『余命6ヵ月』がよく使われたのですが、
がん告知が当たり前になった今は『余命3ヵ月』に短縮された。そう宣告された
多くの患者の話を、私は直に聞いています」…
 …この「余命3ヵ月」には、もうひとつの理由がある。
「医療裁判に対する怯えはがんに携わる医師のほとんどが抱いている。余命に
関しても、1年と言ったのに半年で亡くなったなどとなったら、医師の責任を
追及されかねない。だから余命は短めに告げておく」(都内の総合病院外科医)
 これらはいずれも医師が病状を理解した上で、あえてついているウソだ。
だが、病状がわかっていないままつく、許されないウソもある。
…「開業医には、患者を抱え込みたいという意識が強い。だから、専門外で的確
に診断がつかない場合でも、患者には『ちょっと様子を見ましょう』という言い
方をすることがあります。 『様子を見ましょう』の真意は、
『もっと病状が進んで、症状が出るまで待ちましょう』ということです。
そして最後に、『様子を見ている間に自然に治ることもあります。悪くなったら
また来てください』と言い含める。そうすると、患者は医者に言われた通り様子
を見て、具合が悪くなったらまた来院してくれますからね」(都内の内科開業医)≫
――
▼ 医者も人の子、妄信しないこと。私たちの年代も、数年で後期高齢者の時節が
 到来しようとしてきた。老いは、病であり、生延びるほど、その病は重くなる。
長生きはしたくはないが、それ故に、苦しみたくもなし。長寿願望は、その時々の
体調を前提にしてだが、先々の老化から考えると? さて、どういうものか? 
現時点では、日々の日常と、非日常が面白い上に、楽しいと、つくづく実感。
17年半にわたるこの随想日記の継続の蓄積も、孤独感や寂寞感を少なくしている。
 同月同日の過去文を読返して、孤独の世界で独り俯瞰して、それぞれの自分を
振返るのも、瞑想のようで何とも味わいがある。 孤独の世界とは、自己問答
でもある。時に思いもよらぬ未知の旅人に出会うことも! 『誰だ、アンタは?』

・・・・・・
2007/06/07
2256, 定年後の生活費は幾ら?
      
 私の年代が定年に突入をはじめた。
そこで、その後の平均値はどうなっているのだろうか、調べてみたら、
平成16年度の総務省家計調査で、世帯主が60歳以上の無職世帯(二人以上世帯)の
・実支出の月額は28万。
・公的年金を含めた平均現金収入は、22万円。
 ということは差額の6万円は下げるしかないということになる。
 下げるためには、小さな家に引っ越すとか、車に乗らないとか、
 食費を斬る詰めるとか、義理を欠くとか、それぞれ割り切るしかない。
 でも「括り」そのものを捨てるには腹をくるしかない。

それに対して、(財団法人の「生命保険センター」の統計では)
夫婦で「ゆとりある生活」をするためには、月額38万円が必要としている。
それにしても「ゆとりある生活」をおくるには、あまりに大きな差がある。
だったら「ゆとりある生活」とやらの幻想を捨てて、
22万円以下の生活に甘んじ、それを楽しむようにするしかない。

反対に、定年生活者は将来の不安から、3割は貯蓄にまわすという
日本的な国民性があるという。余裕があるからいえるのだろう。
しかし、老後の不安とやらの心理が、自分の楽しみの壁になる。
もう子供も巣立ちをしているし、健康のために粗食も求めらるから、
切り詰めた生活に不満も持たないで貯蓄に励む滑稽な存在が垣間見られる。
子供や連れ添いにとって、これほど有難いことはないが、アフォバカな
哀れな姿でしかない。

 一年前のある意識調査で1佑上流、74佑中流、25佑下流と
自認しているというから、まだまだ日本は健全の国。
大部分が中流意識を持っているのは、世界の奇跡?である。
まあ、60歳も過ぎれば食べるものも決まってくるし、車も軽自動車で充分。
いいようになっている。収入と支出だけが豊かさではない。
しかし、それは最低限が保証された人間が言うこと!でしかないのも事実。
    
 昨日、ネットで注文していた「今日、ホームレスになった」という本が届いた。
毎日のように新潟駅構内で、彼らを目にする。
一人のホームレスの背後に大きなドラマを、想定していたが、
その一端が見えるのだろう。まあ、いずれ死が清算するのだろうが・・・
極限に真実が見えてくるから、ついついこういう本を買ってしまう。
2〜3日で読み終わるので、何時でも貸しますよ。  
    
ところで、取引先の社長、行詰ると寝袋を持って
新宿のホームレスのところに行って泊まってくるという。
何があったかわからないが? 娑婆は面白いところだ!ツクヅク思う。

・・・・・・
2016/11/14
老後崩壊 〜現代思想・2016
            『現代思想・2016b 老後崩壊』 
  * 経済状況から見た老老格差
 NHKスペシャルで、若年女性、子供、単身世帯、都会サラリーマン、
アメリカ国内などの貧困問題を取上げる度に、ここでテーマにしてきた。 
経済停滞が続く中、貧困と老人問題の二つが絡むと、ことはより深刻。
老いて貧しいのは心細いようだが、死んでしまえば、皆同じだが・・
貧困の中で、単身世帯、とりわけ単身女性世帯が、その中核を占める。
 〜この特集の、<経済状況から見た老老格差ー橘木俊詔>を要約すると〜
≪・30%が預金ゼロ。これは、病気でも病院にいけない事態。
  3人に1人が預金0〜50万。
・逆に3000万以上が、8〜9%と、約1割。2000〜3000万以上が15%強、
 合わせて24%、合計すると4人に1人が2千万以上の預金を持つ。
・国民の中間値の人は大よそ400万円。単身老人は20万。
・老老格差は、その人の若い世代からの人生が大きく反映される。
  第一の要因は、学歴・職歴。
  第二は、誰と結婚したか。
  第三は、所得に応じた貯蓄率。例えば2割の定期預金の習慣。
  第四は、親からの遺産の相続の額。
 これらが相まって、老老格差が決まってしまう。
・老後の収入源泉は年金が圧倒的。そこに現役時代の職業が大きく影響する。
 国民年金か厚生年金の違いである。 自営業者の国民年金が低いのは、
 自営業に停年がないため収入が持続してある前提のため。≫
 ――
 都会では見えづらい格差が、地方では露出する。人の集まる公共の場では、
不用意の発言は収入格差として怒りをかう。貧困老人といえば男が通り相場
だが、実際は女性の貧困問題が中核。それは、職場では男優位の職階と収入が、
そのまま年金額に比例するため。私のように家内との家庭内資産格差がある。
年金格差で何とかバランスが取れている。何処かの同級会の某女性に気の毒
そうな顔で、『飲み会の費用は、その都度、奥さんから貰ってるの?』と、
同情される始末。そういう金は、ヘソクリをしておくのが、呑み助の悪知恵。
その都度、嫌味を言われ貰うなら、初めから飲み会など出る由もない。 
 とはいえ、同期会は、外に出る絶好の機会。老いた時節に、人生が凝縮して
現れ出てくる。 〜以下に、これまでの幾つかをコピー〜   
 人生の性が露出する貧困問題だが、まあ、真面目に書いたもの!

・・・・・・
2015/12/05
閑話小題 〜独身世帯の半分、全体の3割は貯蓄ゼロ!

  * 〜単身世帯の47.6%は貯蓄なし
 ネットサーフィンをしていると、以下の深刻なレポートがあった。
核家族化が進んだ日本は、老夫婦の片割れは単身世帯になる。その時、
多くが下流老人に陥る厳しい現実がバブル崩壊以降、突きつけられている。
年金支給日の支払窓口の殺伐とした年寄りの姿があるが、貯蓄ゼロなら当然。
 オリンピックバブル崩壊の数年後、10年、いや5年もしないうちに、
スペインやアメリカのように、宗教団体やボランティアが提供する、
無料食事提供所への行列が街中に出来る現実味が出てきた。
《 2015年の貯蓄率ですが、単身世帯の貯蓄なしが47.6%となり、
 2014年より8.6%も増加しています。また平均値は773万円
ですが、中央値は20万円で、2014年より何と55万円も減少している。
この55万円も減少している理由は定期的収入の減少により貯蓄を取り崩した
とされています。このペースでいけば2016年には単身世帯の貯蓄平均値は
10万円を下回り、限りなくゼロに近づくことになります。
 今や日本は恐ろしいスピードで単身世帯の貧困かが進んでいますが、
では全世帯ベースではどうでしょうか? 貯蓄なし世帯は30.9%と
2014年より0.5%増加しています。全世帯ベースでは平均値は
1209万円となり、中央値は400万円となっており、この中央値は増減
なしとなっており、収入を全て使っていることになります。日本の貧困は
この数字から見ますと単身世帯の貧困となりますが、今後益々単身世帯が
増えるとなれば国民の半分以上が貯蓄ゼロになる日も近いと言え、そうなれば
貯蓄ゼロ単身世帯は生活保護一歩手前にきているとも言え、日本の社会保障
制度は崩壊に直面します。この社会保障制度を維持するには持つものから
持たざる者へ所得を移転させる他なく、即ち政府による持つ者への課税を
通じて再分配するしかありません。 具体的には資産2000万円以上の
富裕層へ90%課税を行い、その課税分を社会保障に回すことになるのかも
知れませんが、持つ者が持たない者の面倒を見るしか道はありません。
あと5年もすれば、日本には貯蓄ゼロの単身世帯が50%を超え、全世帯
ベースでも40%が貯蓄ゼロになるかも知れないのです。
日本は今や貧困社会に入りつつあると認識しておく必要があります。
(註:中央値とは、対象の人口の丁度中央の人の値) 》
▼ 単身世帯の半数、全体世帯の3割が、貯蓄ゼロとは、驚き。
 他人事ではない。ブラックスワンの到来で呆気なく事業清算をしたが、
何とかセフティネットで、現在の生活を維持している。今のところ夫婦とも
健在だが、どちらか欠ければ、片方が大きな岐路に立つことになる。 
若者も老人の弱いところに貧困問題が直に現れてくる。娑婆は誰も助けて
くれない。あるのは自助努力。 〜で、以下の若者の貧困問題につながる。

・・・・・・
2007/04/30
2218, 団塊格差は、かくもついたり
     『団塊格差』三浦展著  
                ー読書日記ー
 2005年12月に、この著者の『下流社会』について書いたことがあった。
今度は『団塊格差』という本が書店に並んでいた。
丁度、団塊の世代が今年から定年を向かえるのでタイミングがよい。
これもまた買うほどでないので、ネットで概要を調べてみた。
時代背景が良かったので、格差がついたとしても、
それぞれの立場で納得しているところが、見かけられる総中流時代の中で、
結果として格差がついても、時代の恩恵は受けていた年代である。
歴史的にみても、団塊の世代は日本の黄金時代の背景があった。
格差がついたとしても、それが如何した!でしかない。
格差は、その子供たちに直接影響を受けるから、問題は子供である。
それが大きい!が、どれが如何した!と言えば、それまでのこと。

  ーまずは、ネットで調べた内容からー
 
月刊誌『文藝春秋』との共同調査で、2000人の男女から得られた様々な
数字を基に、「団塊たち」の人生60年とこれからを考える
*貯蓄:   300万円未満ー29%、 2000万円以上ー19% 
*退職金:    なしー35%   2000万円以上ー28%
 
人生60年の棚卸しをしてみたら、実は団塊の世代にも大きな階層間格差が!
月刊『文藝春秋』との共同調査をもとに、所得、資産、仕事、結婚、定年、
子育ての視点から現状を分析。
・女性にはもてたい43%、
・不倫したことがある28%なども含まれている。
『下流社会』の著者が、団塊世代の格差をとらえている。
    
 ー団塊格差ー
1.リッチ・シニア層
 退職金は2000万円以上、充分な年金、ある程度の資産を保有。
 職業を持つ場合、実業家であれ、再雇用で会社従業員になるにしろ、
 収入のためというより、社会貢献の一環として、好きで働く層。
 職業を卒業した場合は、ボランティア活動をしたり、趣味に生きたり、
 学問や研究をしたり、自分の好きなように、自由に、有意義に
 セカンド・ライフを送ることができる階層。
2.アクティブ・シニア層
 金銭的に不安があるため働かざるを得ないが、法制度の改正にうまく乗って、
 シニアになっても職業を得ている階層。
 例えば、労働基準法の改正による、会社の雇用延長制度や
 再雇用制度を上手に利用して就職できている人々。
 健康で元気なうちは良いが、病気やケガで働けなくなると心配。
3.ワーキングプア・シニア層
 金銭的に不安があるのに、アクティブ・シニア層のように
 収入を得る職業に就くことも難しい層。
 ーー
 調査が浮き彫りになった団塊世代こととは何か。
  著者があとがきに記している次の一文が、それを端的に表している。
*「団塊世代はマスメディアによってつくられた大きな虚像である、
 という側面があるのではないか」。
 当然ながら、この世代にもいろいろな人がおり、
 “リッチな趣味の人”というのが平均的な姿ではない。
*「男性の個人所得」には大きなバラツキがあり、
 「高所得1割、中所得7割、低所得2割」になっている。
  定年を前にして「所得150万円未満」の人たちが1割いることを見ても、
  団塊世代のほとんどはリッチ」ではない。
 「貯蓄500万円未満」が4割、「退職金なし」が35%。
  その一方、貯金も退職金も多額の額という人たちもおり、
  社会問題になっている「格差」「二極化」が進行している。
*「夫婦関係」というと。「世間のイメージはまあまあ正しい」と言えない。
 「女性のほうがより離婚願望が強めであることはたしか」
 「定年と共に捨てられる団塊男性が増える」と分析を行う。
  自分たちはがむしゃらに働きながら、しかし
*「本当は好きなことを仕事にするのがいちばんいい」
  という価値観を持っているこの世代の人たちは、
  その夢を自分の子どもに託す傾向が強いと分析。
 「ムリに嫌な仕事をする必要はない」
 「自分に合った仕事をゆっくり探しなさい」
  と言われて育った子どもたちは、“自分さがし”から派遣、
  フリーター、ニートの道を歩むことが多い。
 
  団塊世代の子どもの3割(在学者を省く)が非正規雇用者という。
 妻は離婚願望を秘めていて、子どもはフリーター。 
 団塊世代にもひとつだけ胸を張れる点があるとすれば、
 「仕事人生に満足」という人が過半数を超えていること、
 そして、仕事に対する満足度には学歴でほとんど差がない。
 所得や職業に学歴が決定的な因子ではない。
 学歴にかかわらず階層の上昇が可能だったことも、調査結果は明らかになる。
 彼らには自分のやる気や努力ひとつで人生を変えられる、
 という大いなる自己決定権が与えられていた。
 「自分の人生は自分のもの」と思い込む自由は、手にしていた。
 これが、自分の階層が親の年収や学歴であらかじめ決められ、
 そこから這い上がるのが困難ないまの若い世代とは、決定的な違いなのである。
 ーーー
 以上が著者が描き出した「団塊世代の実像」である。
  私の見たところ、「質的に元々格差がついていた」のが、そのまま結果と
 なっただけ!分別される中学校の同級会や同期会に出ると、そのことを感じとれる。
 この年代の二年先を露払いをしてきただけに、非常に興味がある問題である。
  ただ、収入や社会的活躍だけで、その人の価値をハカルのはどうかとおもうが。             
しかし、あながちピンとが外れてもいない。
受けとめ方、受けとめ方、それぞれの!   (*・ω)ノβψε★βψε
 


6664,閑話小題 〜我れらは、可愛い囚人ですか! ―2

2019年06月14日(金)


   * 何とも、はや!
・このシステムから多くのことが思い浮ぶ。 情報・知識管理である。
中央の管理塔を自分として、それぞれ周囲を直接、見えるようにして、
各フロアーごとに分類し、各階をテーマごとに色分け、ナンバリングで分類し、
その中にキーワードを潜らせ、直にも見えるようにする。キーワードが、監視
カメラの役割にして、中央塔はモニターに囲まれた司令塔そのもの。各室が、
今では中央塔に繋がり、各室も交互がネットで繋がっている。ネット社会その
ものの構造を理解するには、これを凝視すれば、その輪郭が見えてくる。

・18年にわたり書き続けてきた、随想日記。22の分類項目がフロアにあたる。
フロアは日付ごとにナンバリングされ、年に一回、同月同日分に部屋のチェック
に入る。各部屋にはキーワードが埋め込まれていて、中央塔の司令塔に繋がって
いる上に、それは世界中のネットとも繋がっている。ある意味で、相互の監視
機能の役割を果たすことになる。まさしく自由の不自由である。
階級社会の恩恵は情報の質量に直接、繋がるが、情報革命は階級の垣根を越えて
直接、恩恵を得ることが可能になった。

・2年半前に、寝室に大型TVを設置し、睡眠を含めると1日の半分は閉じ籠もり。
廊下を挟んだ仏間の一角の二畳の書斎コーナーを含めると、3分の2は閉じ籠る。
アクティブカウチポテト族そのもので、心と魂は、世界を駆け巡る。
 一日、3時間はSJ(スポーツジム)や、ミニチャリで時間を過ごすが、これだけ
座れは解消できない筈と… 奥の院の第一の外側が居間。そして、次が、SJ。
その次が、チャリ。週一のシネマ館とランチ。そして図書館。酒と肴の買出し。
このテーマ日記の作成と、ネット世界の遊泳。 
ところで、『ロッキング・チェア』をネット予約をした。来月納入予定だが、
リクライニングで、前後に揺れる椅子。 まさしく起きて半畳、寝て一畳。

・このベストのチェアをネットで探す過程で、面白いネーミングのベッド、
『人間をダメにするベッド』があった。1・5畳のスペースのシステム・ベッド。
これが笑ってしまうほど便利に出来ている。また、ネーミングが良い。
脚元に机があり、上側が棚になっており… 本棚っぽいコーナーもある。 
独り暮らしには最適な空間。考えてみたら、私の書斎コーナーも似たような。 
何時間、座っていても飽きない居心地の良さがある。だから、このブログが
継続している。これに近くにコンビニがあって、仕事がそこそこ面白かったら、
『誰が、より好んで結婚などするものか』になるのも解る。枕元に27インチの
ネットTVを置いて酒でも飲んでいれば、そりゃ駄目になる。…私も似たようか!

・・・・・・
6301,閑話小題 〜トラ金劇場 〜米朝首脳会談
2018年06月14日(木)
   * 何か変で、チグハグな
 一昨日、閑にまかせてTVで見ていたが、 何だろう? 終わりまでチグハグ
した感が免れない。トランプはトランプ。ロシアに支援をもらって大統領になった
クワセモノが何をしても、こんなもの。あと1〜2年先に政治生命があるかなしかの、
呆け老人。中国、ロシアから入知恵された北朝鮮の思うまま。どこの誰が、核放棄
をする訳がない。その逆に、アメリカが、見逃すわけがない。短期政権と判断の上、
空約束をすればよい。相手は70歳のボケ老人。
 まずは目先のアメリカの攻撃を回避すればよい。トランプは国家最優先より、
白人第一主義者。その男が「極右を政権中枢に集め、いざ戦争!」に怖気ついた
兄殺し、叔父殺しが、中国、ロシアの忠告で、目先を乗越えようとした茶番劇。
それをシビアな金融機関が気づいており、株式、為替相場は、冷ややかな反応。
 北朝鮮は、何時ものプロセスを踏むことで何とかしたが、これで済むわけがない
のは、周知のこと。韓国首都圏の人質(2560万)をとって65年。朝鮮戦争で
400万の死者、これは人口の2割になるというが… それが、いまだに続いている。
中国、ロシアからすれば、脳梗塞状態のアメリカの国力を更に削ぐ機会到来である。
逆に恐ろしい日々が、続くことに。全ての核施設、核ミサイルの位置情報の提出を
求める中で、必ず行き違いが出て、仲たがいで、戦争突入の道筋に入る可能性
が高くなったとも考えられる。夜も寝れなかったという、韓国大統領の恐怖は
如何ばかりか。東京も火の海の可能性があったが… 数百、下手をすると1000万
単位の死者の可能性があるから、それはそれは。
 ――
熊: 面白かったね。大家さんからの下知識があったからね。
寅: トランプ劇場だが、北朝鮮もしたたか。数回にわたり、交渉を重ねて
  徐々に締付けを解除するというけど… そうアメリカも甘くないさ。
大家: 交渉が出来ただけで、今回は良しとしなければ。その前に、TV電話を
  していた」というじゃないか。北からしたら、目先、大成功さ。顔を合わ
  せれば、鬼でも蛇でもないことが分かるし。
八: 表立つと、北朝鮮の疲弊とハリボテが露わになるし、北も大変だよ。
  酷い虐殺と粛清が表立ってくるしね。何が体制保障だよ。
寅: 韓国民の恐怖の辛さも解るよ。とにかく、目先、安泰のようだしね。
熊: この方が危ないってのは俺だって分かるよ。これで「少し安心していい」
  など、絶対ないね。俺だっていいこと言うだろう。
八: 誰かの受け売りだろう。新幹線内で、また無差別殺傷事件があったろう。
  あの男と、北が重ねって見えてさ。孤立してさ、自らを追い込まれ、最後は
  野宿して、情けないけど、独りで死ねない狂った男。実兄と、叔父と、旧来
  の身の周りの人達を粛清し、独り怯える姿は同じじゃないか。殺傷対象が、
  関係ない、一般の国民とね。
寅: 今度は自分が粛清されるかの疑心暗鬼が独り歩き、ますます怯えるさ。
  二回、三回と交渉を重ねるうちに、亀裂がワニの口のように大きく開いて、
  内部が動揺をきたす。とにかく、金も食料も燃料も底をついて、ササクレ
  立っているだろう。アメリカだって、ここは緩めないで、締付けを強めるさ。
大家: 一番、怖いのは、軍事クーデター。自分たちは必要なくなるだろうし。
  それと、粛清さ。とにかく末端兵士の食料が無いんだもの。そりゃ怒るさ。
八: アメリカの戦術は、締付けを解除しないで、ゆるゆるしながら、自壊を
  待つこと。そうだろ、ハリボテだからさ。風雨になれば、その正体が暴露
  されるしね。中国も、あの男を見限っているし。だから、危険度が増した
  ことになったということ。 それとトランプも異常だね。
  ロシア疑惑を大統領特権で恩赦も… とか言いだした? このままじゃ、
  無理だが、朝鮮成敗で恩赦もと見えみえの… まあ今日は、この辺りで。

・・・・・・
5204,教育には「驚き」と「なぜ」が必要
2015年06月14日(日)
    『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』 堤未果:佐治晴夫対談
「驚きを立てよ」と、検索を入れたところ、二番目に10年前の私の文章が
出てきた。最後にコピーをするが、成るほど、ネットの世界は恐ろしい。
この文章を書き上げた後に検索したが、前だったら、書かなかっただろう。
以前の内容より、今回が劣って? 書き残しておく秘儀をつくづく実感する。
 * 教育には「驚き」と「なぜ」が必要  (゚Д゚`*)エ〜[なんでぇ!?゚Д゚@)
堤:「氷が解けて水になった」というのが正解で、「氷が解けて春になった」
 がバツになったという話と似てますね。
佐治: 結果だけを重視するのではなく、そこに至るプロセスを加味して判断
 することや、まず相手を受け入れることが大事だと思いますね。
堤: だとすると先生がやってらつしやる宇宙物理学や科学の世界は、
 まさに驚きの連続じやないですか。
佐治: 科学は、「驚き」と「なぜ」です。しかし、「なぜ」と問う前に
 「驚き」がないと科学にならない。いまの親御さんたちは、「なぜ」に最初に
 答えてしまいます。たとえば、きれいな虹を見たときは「わあvきれいだねえ」
 とまず驚いてほしい。それが教育。教育というのは子どもの「なぜ」に火を
 つけることです。本当にいい先生というのは、懇切丁寧に中身の解答をその
 まま教えることではなく、子どもの心に灯をつけることだと思います。
 灯がともれば、ひとりでに燃え続けます。
堤: 先生は、いまの教育には「なぜ」と「驚き」が減っているといいました。
佐治: 教育には、まず「なぜ?」と疑問をもつことが大切です。
 たとえ人にみかんを二個ずつ、三人の人にあげるには、みかんは全部でいくつ
いるでしょう」という問題。普通は「2×3=6」という式で答を出しますが、
ある子は「3×2=6」と書いてバツになり、それが原因で登校拒否になって
しまったという例があります。そこで「どうして3×2にしたの?」と訊いたところ、
「みかんを二つずつあげるのにA君、B君、C君が待ち遠しいといけないから、
とりあえず一人に一戸ずつあげた。それを二回繰り返したから、3×2の式にした」
といいます。やさしい子でしょう。それが学校では間違いとして処理された。
プロセスというのは、考え方の道すじで、それが正しければそれはそれでいい。 
 ・・・(略)
佐治: これまで行なってきた小学校での特別授業を通して感じていることは、
 小学生の感覚はまだまだすばらしい。手遅れになっていません。これが救い。
しかし、中学生になると、とたんにおかしくなる。
堤: 十二歳くらいまでは大丈夫ですか。小学生はまだ、体を使って遊んだり
 しますが、中学に入るとそれが減っていきます。それと関係がありますか?
佐治了体が先か、脳が先かという問題になるんですが、最近の脳科学の立場から
 いえば、体が先だと考えられています。眠らなければ眠らなければと心で思う
 よりも、横になって寝る体制をつくることによって眠りに入りやくなる。
 脳は、そのようにできでいるのだそうです。体が先だということですね。≫
▼ ネット辞書で『驚き』を検索すると、< 予期しない事態の突然の出現に
 伴う強い一時的情緒。プラトン (『テアイテトス』) とアリストテレス
(『形而上学』) は,驚きから哲学が始るとした。デカルトは驚きを基本的6情念
の筆頭におき,他のあらゆる情念に先立って起り反対情念をもたないものとした
(『情念論』) 。> また、< 驚きとは、動物が予期しない事象を体験した
ときに起こる瞬間的な感情をいう。驚きには好ましいものも好ましくないものも
ある。むしろ、怒りや恐怖などの爆発的な感情変化を、分類する以前の状態が
驚きかも知れない。驚いた状態をびっくりしたという。>ともある。 以下参照!  
 以前も現在も、我ながら真面目?なものである。 驚いた!  (゚Д゚`*)エ〜
――――
2005年03月26日(土)
1453, おどろき、そして感動
 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。
この問いかけに対して、いずれの哲学書にも
「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも
新しい発見を見つけ驚くことがその出発点。驚きは、そのまま感動につながる。
その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。
この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くの
ことを経験しすぎて驚きが少なくなる。しかし、歳をとって解ったことは
「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に
知らない発見が増えるからだ。驚くということは、未知・無知の分野に果敢に
挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ち
が驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても
聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が
取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。
隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。
驚きには、その皮の張りが必要である。世界を旅をすると、驚きに満ちている。
そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、内面が爆発
しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。
人間は感情の動物といわれる。たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。
人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は
・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから
成り立っている。他の感情は、この6つの感情の組み合わせでしかない。
希望はー>喜び+欲求  ねたみー>愛+悲しみ この感情の中で「おどろき」
は一番の根本にある。未知なものに不意に直面した時に、こころは変容する。
その変容の状態そのものが「おどろき」である。おどろいて呆然と立ちすくむ
状態である。おどろきは、最も原始的な感動である。おどろきは未知なものが
現われた時、それを説明できない不思議を自分に知らす。
正も反(喜びに対して悲しみ)の感情も越えた「おどろきの対象」に対して、
説明できる必要性が出てくる。おどろきは未知に対する無知に気づき、
知的探求を刺激する。あるイベントの会場で、BOSEのコンポを聴いた時に
思わず立ちすくんでしまった。聴いたことのないような音響におどろき、何回か
足を運んで聴きなおした。こんな小さなコンポから、こんな音が聞こえてくる
のか不思議でたまらなかった。そこで係り員から説明を聞いた。パンフレットを
見て、その原理を知って、知人から情報を得て、インターネットで検索をして、
購入に至った。会場で聴いた音に対する、おどろきと感動が出発点であった。
そして、なぜ、どうして?と、その理由を探していった。昨日も早速、音楽に
対する本を二冊買ってきた。 三枝成彰の「音楽の本」と、「CDクラッシク
の名盤」である。一流なものに接して感動と驚きをシャワーのように
浴びなくてはならないのだ。以前にも書いたが、親は子供に感動とおどろきを
シャワーのように与えなくてはならない。躾と、最高のものを知らしめる
ことが家庭教育の基本である。おどろきを得るためには、3C-チェンジ、
チャレンジ、コンペティションがキーワードになる。
挑戦しろ、変化しろ、そして戦えである。


6663,閑話小題 〜我れらは、可愛い囚人ですか!

2019年06月13日(木)

   * パノプティコン【panopticon】
 これは面白い。権力者が大衆をコントロールするにも思想的にも応用されて
いる。アフリカや、アメリカ、アジアの進出に、まずは部族長を懐柔し、周辺の
部族を従わせる手法。その前に、キリスト教の普及の下準備がある。 日本は、
天皇を錦の御旗にした国家建設。アメリカにとって、アジア進出のために、
途中から割りこむに、部族長たる天皇を担ぎ出す一派への資金提供。それを
利用した薩長藩を中心とした新たな国家建設が明治政府。そのために、可能な
限り、天皇を神格化し、光を強くする。 それが、現在も続いている。面白いが、
何かしら幼稚で笑ってもいられない。 要するに、中央の高い塔が、皇居と、
霞が関と、中央政府。 万視塔になる。 
 〜その一望監視施設とは…
≪ 中央に高い塔を置きそれを取りまくように監房をもつ円形の刑務所施設。
 ベンサムが考案し、フーコーは管理システムをこれにたとえた。
一望監視施設。万視塔。
 18世紀末に J.ベンサムが考案した監獄のモデルである一望監視施設を意味する。
の建築学的構造は中央に監視塔を設け,その周囲に円状の収容施設を配置する。
中央の塔からは収容施設の各独房に監視のための光線が送られるが,それに
よって囚人を監視しつつも監視者の姿は決して見られない環境がつくり出される。
これは監獄の効果的・能率的な経営をもたらす。たとえ監視者がいなくとも,
その光線があるかぎり囚人は監視者の存在を意識せざるをえないからである。
M.フーコーはこの原理が規律・矯正型の権力技術として近代社会全域に応用
されていることを指摘している。 ≫
 ―
▼ ギリシャの時代にも、現在のアメリカ、日本社会の階級制度、見られる
 <3、30、67%の階級社会制度>。 カースト制度は、インドだけではない。
進学で上京して、直ぐに気づくのが、大都会の圧縮された社会構造。その社会
構造が、実は、パノプティコンのシステムで厳然と守られている。
俗にいう『世間』とは、その立ち位置すら気づかない人たち。「知っている
ことしか、私たちは知らない」ことに気づいていないのである。 私たちは、
数多ある牢獄の一つの一員に過ぎない。 失脚した日産のゴーン。この一連の
報道の中に、権力者の優位性の一端が見てとれる。まだ、日本も明治維新の権力
構造そのままが残っている。それも、40億年の生命誕生以来の、情報革命で大元
が揺らいでいる。 トラちゃん曰く …『手前ら、下々のもの、この大統領の
印籠が見えないか!ガタガタいうと、首を叩き落とすぞ!』の高笑いが聞えて
くるようだ。 そして就任当時の側近は誰一人、存在しなくなった。 
ただ、下々は高性能のスマートフォンを手にしていることを知ってか知らずか。
それぞれが一望監視塔を、監視可能になってしまったから… 
さて、如何にウエーブが動いていくのでしょうか。

・・・・・・
6300,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』 〜2
2018年06月13日(水)
             『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著) 
   * 「超高齢社会」の病巣
 100歳以上の老人が増加している。しかし、寝たきりにしろ、元気なら尚のこと
周囲は大変である。私の兄・姉が私を含めて9人いた。 そのうち存命が5名。
相方の存命が3名。存命平均年齢が80歳と相成った。末っ子の私も、あと2年半で
後期高齢者の仲間入り。私の鬼門が、この辺りと想定しているが…。
 ライフワークの海外ツアーも、70歳が大きな関所。体力の限界である。
私の弱点は腰痛だが、先回のツアーで限界を実感した。
この年齢で驚いたのが、好奇心が全く衰えないこと。見聞きする何もかもが
面白くて面白くて… 。のんびり、ゆっくり、退屈など、ほど遠い日々。
これを書き続けてきた効用だろう。私たちは老いるにつれ、周囲に迷惑をかける。
それと「しょぼくれ」が、日々増していくことを自ら知る必要がある。我身を
整えるため、少しキツメな日程を組み、フル回転?の日々を過ごしているが、
このまま続けると「死ねない病」に陥る可能性がある。
 もう健康年齢の平均値に到達した。何時、寝込んでも不思議でないが、相方は? 
甲斐甲斐しく介護をするタイプでないから、明るい未来は待ってない。逆も有り
うることを微塵だに考えられない。とはいえ、残された健康年齢のうち、生き
きることしかない。
 週5日のスポーツジム通いも、週3〜4回にし、遠くない日に、止めないと、
「死ねない病」になる可能性がある。「死ねない病」の老人が「散歩好きが
悪かった!」と、後悔する話から、底知れない老いの恐ろしさが垣間見た。
死ぬことは恐ろしいが、老いて生きることは更に恐ろしい。 としても、生きて
いる限り、良いこと3.良くないこと1 のバランスの維持は可能だ。
私には、6300の書連ねたブログと、ネット写真集と、4000曲の入ったiPadがある。
それと面白可笑しい笑い経験と、感動体験の行蔵が… 
  ったく、最期は自画自賛かい!
 誰が自分を肯定してくれますか。 孤独は最高の友人。私は、過去に書連ねた
文章が、その時々の永遠に垂直に立っていた心情が…。老いるほど、過去という
友人が増えていく。それにしても、悪い実例が多い。私も含めてだが、好い加減に
生きてきたからだ。その「好い加減」が大事のこともあるから一概に言えないが。
 10年前から、歯医者を除いて、一切、行かなくなった。そこから見ると、血圧が
幾つとか、血糖値が幾つとかの雑談から、何だろう?この人達と… 未病まで
わざわざ穿りかえして。毒(薬)を飲まされてと。そうでしょう。「老いたら、
さっさと死んだら!」とも言えないか。日本だけだよ、一般の人まで一般検診
するなんて国は! チューブに繫がれて、薬づけにされ、死ぬに死ねなくなるよ。
何が「百歳、おめでとう」ですか。「90歳過ぎたら死に損ない」が、現実と、
著者が言いたかったことは! 辛いけど、これが現実。あのトランプを見れば
分かるでしょう。老害では済まされないでしょ。側近も含めて。先が無いのが、
世界政治の決定権を持つなど、もってのほか。本人たち以外に気づいているが、
当人たちは、微塵の自覚無し。60歳過ぎたら、未来を託す政治から排除するのが
自然でしょうが。他人事でなかったから言えること。あなたも、私も老害なの!

・・・・・・
5203,人間だけが、教育されなければならない動物
2015年06月13日(土)
       『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 「大地震で森からサバンナに追いやられたサルが四足か二足歩行に進化。
その結果、産道が狭くなり、未熟児の状態で出産。外敵から身を守るための
教育をしなければならなくなった。」という、論旨が面白い。
  * 人間だけが、教育されなければならない動物
≪ 佐治: あるとき、いまのアフリカあたりに、これまでなかったほどの
 大地震が起きました。いまもその痕跡が残っていて、隆起した山のあいだが
陥没して平原になっています。山に吹きつける風は上昇気流になり、雨が降って
山の森は豊かに保たれました。一方、陥没した部分には雨が降らしてカラカラの
サバンナになった。そこにいたサルさんたちは、さあ困った。いままでは木に
登って、遠くを見渡しながら、おいしいものがないか、危険な動物が来ないか
見ていられたのに、カラカラの草原になってそれができなくなってしまった。
 その結果、いつしか、遠くが見通せるように四本足から二本足になって立ち
上がりました。すると身体の背骨の上に頭がのる形になりますから、重くて
大きい脳を獲得できるようになり、人間になったのです。(註)
 ところが、二本足で立ち上がったことから骨盤の広さが70%ト狭くなった。
頭の大きい赤ちゃんを産めなくなり、自然分娩ができなくなります。
そこで人間は、未熟児のまま子どもを産まざるをえない宿命を背負う。
サルは生まれたばかりの赤ちゃんでも、自分で立ち上がって、お母さんの
おっぽいを飲めるけれど、人間の赤ちゃんはお母さんのサポートなしでは
何もできません。つまり、カントがいうように「すべての哺乳類のなかで、
教育されねば一人前になれないのが人間である」ということになります。
だから学校がある。小学生には「それが、君たちが学校で勉強しなくては
いけない理由です」としめくくりました。
<(註)アフリカで、800-1,000万年前に大地溝帯の活動が始まり、周辺に高地や
山脈を含む隆起帯が形成されたことにより、大西洋側から大陸東部に湿った空気
を運んでいた赤道西風がさえぎられると、大地溝帯の東側は徐々に乾燥して森林
が衰退し、やがて草原に変わっていった。森林に住んでいた多くの類人猿は、
この環境の変化に適応できずに絶滅したが、ヒトの祖先は樹上から地上に降りて、
直立二足歩行に移行した。すなわち、乾燥化によって木と木の間隔が広がった
ことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに
直立二足歩行を獲得した、とするものである。>
▼ 現在では、専門学校・大学を含めると8割が20歳過ぎまで親の庇護が
 必要となる。乳ばなれが出来れば目出度いが、そうはいかないのが人間様。
担任の先生が定年の年のクラス会の二次会で、この歳で、両親が90過ぎても
矍鑠として、自分を見守っている。これほど辛いものはない」とノイローゼ
気味に語っていたが・・ 趣味の世界があれば悩みが半減したのだろうが。
20歳頃に、自分の人生デザインを持てたかどうかが豊饒の人生か、そうで
ないかの大きな分れ目になる。今はネットがあり、情報は手軽に入るし、
趣味の道を深耕するのが比較的恵まれている。要は、意思するかしないか。

・・・・・・
4838,Quirt <内向型人間の時代> ー5
2014年06月13日(金)
              <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著
   * ソフトパワー
 国にも、個人にも、内向型、外交型がある。さしずめ、江戸時代は内向型
国家の典型。そのため、鎖国の時代は、江戸文化という円熟した時代でもあった。
そこに外交型国家・米国の到来で大きは節目を迎え、近代国家へと歩み始める。
アメリカのカレッジで、白人系と東洋系の学生の差異に、そのまま見てとれる、と。
東洋系の持っている内なるパワーを「ソフトパワー」と、捉えている。  
   ーそこで、「ソフトパワー」をネットで検索するとー
《 ソフト・パワーとは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、
 その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、
共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力。
対義語はハード・パワー。 ・・・ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる
対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や、その中枢を占めたネオコンという
勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴う
ハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワー
を活かすことの重要性を唱えた。  ・・ナイは、ソフト・パワーを構成する
要素を掲げている。ひとつは、その国の有する文化である。その具体的な例と
して文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽
などの大衆文化が挙げられる。ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通
の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策を
とれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な
価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとする。・・ 》
  ーこの著書のソフトパワーの説明箇所から抜粋ー
《「ソフトパワー」、教授はそれを「火ではなく水によるリーダシップ」
 と呼んだ・・ 「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば
微妙な方法を使います。それはつねに攻撃的とはかぎらないが、けっして
ぶれない巧みな方法です。 最終的には、それによって多くを達成します。
アグレッシップパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を
納得させて味方にしまいます」・・ ソフトパワーの実例とはどんなものかと
尋ねると、彼は目を輝かせて、アイデアと心をパネにしている人々のことを
話しだした。たとえば、各種の雇用者団体のまとめ役をしている人々―彼らを
達成するために、力学ではなく信念によって人々を結集してきた。
また、飲酒運転根絶をめさす母親の会は、カリスマ性ではなく思いやりの
パワーで世の中を変えようとする人々の集まりー そうした人々は自分の
メッセージを伝えるのに十分なコミニケーションスキルを備えているが、
本当の強さはメッセージの内容にある。 》
▼ この図式は、都会と、地方の関係と同じ。しかしアメリカを例にとれば、
 そのソフトパワーは、ハードパワーと同じぐらいに、充実していることは、
インターネット先進国ということからも垣間見ることが出来る。現役の時代は、
 パワーソフトの占める割合が高く、御隠居は、ソフトパワーに比重が移動する。
そのソフトは、長年の蓄積が必要。そのためにはハードパワーも必要である。
私のソフトパワーの蓄積は、数十年続けてきた、一日2〜5時間の読書。
 最近は、読書からネットとパソコンに比重が移動しているが・・ 
この二年間、スポーツジムのヨガに週二回、参加しているが、これは、
ソフトパワーそのもの。


6662,閑話小題 〜日々・是・好日 ー2

2019年06月12日(水)


   * つれづれなるままに
       〜『こんな私に誰がした!』 ですか。

 口癖になって繰返しになっているのが、
『あっという間に、1日、1週間、1月が経ってしまう!』
リタイア後、日を追うごとに、その感が強くなっている。ストレスが
減っていることと、大して変わり映えのしない日程が、そう思わせている。 
 ところで、リタイア後、似た状況の人は、どう過ごしているか気になる?… 
アメリカの話だが、7割が、誰と会うでなく、身近のスーパー、HCでブラブラ
しているだけ。日本人は群れを好むとはいえ同傾向にある。 もっと旅行など
趣味の集まりや、ボランティア活動に専念と思っていたが… そうでもない。
それまで長年かけたライフワークと、教養のベースが有りか否か。

 シネマ館で、私と同年代の観客が多く見られる。このところ、映画そのものが、
デジタル機器の向上で圧倒的に面白味が増しているとしても…  僅か千百円で、
幻想世界にアッという間に誘ってくれる。それは家庭内の大型高感度TVでも可能。
問題は、それらを消費する時間が足りないこと。
 ところで、映画や、ドラマをただ万遍に見るのではなく、「何に対して、
何をみるか」の視野が必要ではないかと。遊びの分野に、小難しい話は何だが、
私は、ストレス解消。一日、週、月、年単位で、それらを潰していく。
 映画・ドラマの物語の中で、喜怒哀楽や感動を、味わうこと。 ベッド前の
ブルーレイに自己評価85点の録画が300本と、YouTubeも控えてある。ネットも
含めると‘何か陽気な自閉症’? 体感は少ないとしても、脳幹に直接、響く。

 現職に携っていた時は、目先を含めた将来と、現実社会のウエーブに
エネルギーの大部分を吸取られていた。 リタイア後の現在、先の心配、気遣い
のエネルギーが、フラッシュのように現れ出てくる記憶から、当時、気づかな
かったことがリアルに見えてくること屡々。それはそれは… 沈思黙考なれば
こそ、稲妻のような光と轟音に圧倒される。夜半の0〜2時半の、サイレント・
ブルーの中で、フラッシュとして轟音と稲妻が襲いくる。
とはいえ、それもこれも、過ぎ去ったことは妄想の類? でしかない、 
今さら後悔しても… 成るほど、これが『日々是口実』ですか。
 
後記(2019年06月12日): 以下のテーマをみて、
 『こんな自分に誰がした!』の言葉が… 最近、何やら後悔すること多し?
 それでも、私の人生、けっこう気に入ってるけど! 
「しない成功より、してしまった失敗」レベル… の話だけれど。
 
・・・・・・
6299,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』
2018年06月12日(火)
             『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著) 
   *‘人生100年’は本当にいいことか?

 曽野綾子の、<人生の良いとこ60歳まで>説を、50歳ごろに知り、「10年間を、
30年分に圧縮して生きた経験」を何度か、ここで書いてきた。 現在から考えて
みて、これが良かったと深く実感している。60歳を過ぎて、遣り残し感が少ない
ため、気持ちに余裕が持てる。会社清算に対しても、節目の時節到来と… 
迷いなく処理をすることになった。
 この年齢に自分が到達しようとは思ってなかったので、年々、変わりいく、
年齢の日々が、何とも新鮮である。
 「年寄りとは、自分より5歳年上をいう」という言葉がある。成るほど、私の
「5歳年上」は、77歳になるが、やはり75歳が分岐点で、止まることない老化を
実感する年齢のようだ。 私も、あと良いとこ2〜3年と実感はしている。
姉が二人、80歳に到達したが、見るからに厳しいそうだ。特に81歳が鬼門。
100歳まで親が生きたとしたら、それも矍鑠としていたら、周りは?
   
《 ー内容紹介ー
「人生100年」は、本当にいいことか? 延命治療を選ばざるを得ない医療の現実。
「治るはず」と、現実を受け入れられない患者と家族。経験を若い世代に伝えず、
権利の主張ばかり覚えたシニア世代。 誇るべき長寿とは違う形で超高齢化を
加速するこの国のありように、宗教思想家が鉄槌を下しつつ、本当に幸福な人生
の締めくくり方を提案する。
  ーカスタマー・レビューー
【 生きることは苦しい。老人は長生きしたことが幸せか。枯れることが大事。
 知識ではなく知恵。病気のとらえ方。そして減ることのない欲。こういった
永遠の真理がつづられています。所々で、キリスト教徒と仏教の智慧と心理は、
過去はパーソナルな形で時代を超えて伝達されていたのですが、このような形
での伝達が不可能となった今、著者はこの作業を自分の使命と考えているよう。
真理を指摘するのは簡単だが、実践することが難しい。実践できないまでも、
頭の片隅に置いておく。それくらいかな、凡人にできるのは。】

▼ はからずして、ここまで生きた実感は、「ここまで生きて、21世紀の実相の
 一部を垣間見ることが出来て本当に良かった。 年々の老化現象はあるが、
この激変の時代の一年一年の時代の重みを経験出来るだけで、充分、価値がある。」
人生、100歳までは?だが、やはり75歳辺りが死に時か! あと2年半ですか。
紀州のドンファンという痴呆症老人を見るにつけ、死際の難しさを知らされた。
ここで、「死ねない病」について述べているが、最も恐ろしい病のようだ。
誰知れずに自分の死を申告し、清潔な環境の死の家に入居し、スッと死ねる施設
があれば… 自ら死ぬ権利があってしかるべきだが。健常状態で、せめて5年は!
2年半と変わらない? そう思って生活していると、毎日がエキサイティングに。
このまま医療制度が拡充されると、100歳まで死ねなというが… それこそ残酷。
程ほどに…
  
 〜で、5年前の文章に続く 成るほど!
・・・・・・
4470, 最悪の結果に隠された、お宝は?
2013年06月12日(水)
   * この結果に意味があるとすると、それは何?
 「三羽の黒鳥(9・11テロ、リーマンショック、3、11震災)の到来で、
この結果に終ったのに何か意味(価値)があるか?」が、問いかけとして残る。
これまでの人生の節目で、最悪の状況こそチャンスが隠されていた。今回も下手
に切り抜けるより、早々に止めた方がベストだった。 この一連の三羽の黒鳥の
到来前に、日本は支配国アメリカによる意図的なバブル経済の生成と、崩壊が
あった。機を同じくソ連の崩壊と、中国の共産党支配化での資本主義経済の導入
で、世界を二分していた垣根が無くなった。更に欧州の経済統合による大混乱と、
アメリカの衰退が重なり、ここにきて一挙に混迷を深めている。 さて、私に
とっての今回の一連の隠されたベストの意味=価値は何だろう?の問いかけ。
《 森の生活からキレイサッパリと決別し、サバンナの生活というより、
 死に支度をすべし! そして、森の生活で、切り捨て目を背けてきたことに
対する再考。さらに、せっかく奇跡の星に人間として生まれたのだから、もっと
世界の広さと深さを知り、経験し、味わうこと 》が、結論。
「早々に隠遁生活に入り、老いと死に準備に本気に入れ」ということ。
 昨日の随想日記に書いたが、日本人男性の健康年齢(寝たきりや介護を受けず
日常生活ができる年齢)が70歳。死亡平均が79歳からして、9年の介護が必要。
80歳を過ぎなら分かるが平均としても、「70歳から10年間も、介護など誰かの
世話になる生活が待っている」とは思いもしなかった。「好きなことが出来る
のも、そう長くない」ことになる。9年間の不自由な介護状態なら長生きも
考えもの。 還暦を過ぎた辺りから生老病死の問題が、真正面からやってくる。
60歳までに、やりたい事をやり尽くした感があるので、焦りは少ないが、
甘くない近い将来が待っているのが現実である。そこで、「一日一日を、面白
おかしく生きる」しかない。また自分の「知識の球」「経験の球」の外側を少し
でも広げることだ。もっと人生の少なさに焦るべきは、身近な人の死をみれば
分かる。そういう年齢に入った自覚をより持つべきである。前期高齢者に入った
65歳が、森の樹上の生活も早々止めて、一度、森から離れ、世界を見直す時節。
「今さら、そんな小さな己の世界を広げてみたとて、何になる」というが、そう
としても、前向きに倒れた方が良い。知ること、行動すること、愛することを、
死ぬ瞬間まで少しでも広げることである。人生には多くの意味があって面白い!

・・・・・・
5567,閑話小題 〜魂の御馳走
2016年06月12日(日)
   * 魂へ御馳走を与えてますか
 TVを観ていると、【ご馳走をするからと誘われ連れていかれた先が美術館。
そこで、『芸術作品が、魂への御馳走』と言われて吃驚した】と粋な場面が。
 そこで私の魂への御馳走は何だったか考えてみた。幾つかの一つに、51回の
『海外ツアー』がある。資金的、時間的、精神的にも長年かけて、強硬な意思を
貫ぬかなければ不可能。心が折れそうな時、というより魂が衰弱した時、秘境、
異郷での大自然との邂逅や、立寄った美術館での名画との感動が魂への御馳走
になる。哲学の始祖であるソクラテスの、「人生の目的が魂の鍛錬」ならば、
大自然や、人類の歴史に残る芸術作品との触媒の感動で、自ら魂に滋養を与え
続けなければならなかった。40〜50歳代に年2回の秘境・異郷旅行の感動こそが、
魂の御馳走であった。魂の疲れが感動の滋養を必要としため、惹きつけられた
のである。親は子供に、幼児期から一流の芸術作品や音楽をシャワーのように、
浴びせ続ける義務がある。 聞くところによると、家内は10歳代半ばまで、
あらゆる習い事に通っていたという。幼少期に、こういうのに多く接触させて
おかないと、俗にいう、「世間人」になってしまう。 彼らは、噂話という
『毒団子』の餌で、魂をやられ、ゾンビになる。 幼児時期から少年期の頃、
父親は暇が出来ると、私を連れて古美術店に行き、茶道具や、仏像、絵画に
触れさせていたのも、一流品を幼児期から触れさせるためだったようだ。 
そのお陰か、逆に、『そういう物は、自分が所有をするのではなく、美術館で、
幅広く鑑賞し、多くの作者の魂と触れるべきで、何故にわざわざ買うのか?』
と思っていた。 感動、感激、歓喜、感謝は、人間の感情の最たる部類になる。
それは、所有をしなくても可能なこと。 大自然が数億、数千万年かけて作り
上げた景観に自ら近寄り、荘厳な世界に我を忘れ、感動するのが魂への最高の
御馳走。大都会の良さは、美術館や大ホールが多くあり、一流の芸術作品や、
演劇などに多く触れる機会が多くある。地方の良さは、自然の懐が深いこと。
 どちらも、それを感じ、受止める基礎がなくてはならないが。せっかく、
地球に生を受けたのだから、魂へ滋養を与え、鍛錬しなかれば生まれた甲斐が
ないではないか。余裕がない? ならTVを通して滋養は充分に取ればよい!

・・・・・・
5202,「人生はドラマだ」の演繹論的アプローチ
2015年06月12日(金)
      〜『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) 
   * ドラマトゥルギー
 哲学では、古来から人生を演劇に例えて、役割、演出、観客の目線から、
人生の意味を考えていた。それを社会学者が研究対象にしたのが以下である。
≪ 「人生はドラマだ」といわれることもあるが、まさにそのようなものとして
社会を研究した学者がいる。アメリカの社会学者アーヴィング・ゴフマンである。
ゴフマンは、人々が日常生活の中で、まるで舞台俳優のように演技し、周囲に
与える印象に気を配りながら行動しているという観点から、そのさまざまな実践
を詳細に描き出そうとした。ゴフマンのこのアプローチを「ドラマトゥルギカル
アプローチ」(演劇論的アプローチ)という。
ゴフマンの指摘によれば、私たちは常に「会社員」「親」「教師」「患者」と
いった社会から与えられた役割を状況に応じて演じ(役割演技)、自分の与える
印象を管理している(印象管理)。しかしゴフマンは、人々がただ自分の都合を
よくするために印象管理を行なっているといいたかったわけではない。
ゴフマンは、印象管理が時に舞台の維持を、つまりその場の秩序を維持するため
にも行なわれている、という点に着目した。「この状況では誰がどういう役割を
果たすべきなのか」という「状況の定義」が参加者に共有され、それぞれが役割
演技を行なうことで初めて、日常生活が成り立つと考えたのである。
 たとえば教師が生徒の前で、自分のわからないことを巧妙に隠そうとしたとする。
もちろんこれは自分の体面を守るために行なわれていることでもあるだろうが、
その一方で「学校の授業」という状況を守るためにも行なわれている。
教師は生徒に勉強を教え、生徒は教師の授業を聞く。「学校の授業」は、「教師」
「生徒」という役割に基づいた一つの舞台であり、これが壊れてしまえば、
まさに学級崩壊になってしまいかねない。
しかし、人は一方的に与えられた役割を演じるばかりではない。役割から敢えて
距離をとり、そこに役割から離れた別の自分を示そうとする場合がある。これを
「役割距離」と呼ぶ。「学校をサボる」ことを考えてみるとわかりやすいだろう。
往々にしてそういう場合、学校をサボって何かしたいことがあるというよりも、
それによって「生徒」という役割から距離をとることが第1の目的だったりする。
ゴフマンは、ドラマトゥルギーという観点を通じて、日常生活がごく些細な
不具合で破綻する壊れ物であり、役割演技と役割距離との駆け引きによって成り
立つ動的なものであるということを示そうとしたのである。「人生はドラマだ」
という言葉の通り、この観点は一見当り前のように思えるかもしれないが、
「現実が事実としてどうであるか」ではなく、「人々にとって現実はどう成り
立っているか」に視点を転換させることによって、人々のコミュニケーシヨンの
あり方を研究するために重要な役割を果たしているのである。 ≫
▼ 「世間様」の人々も、それが現実という幻想なら、それに同調するのも、
 一つの在り方であり、役割ということになる。硬く、蛇蝎のように嫌うことも
ないのである。旅行の効用の一つに、日常から「役割距離」を置いて、自分を
改めて見つめる効用がある。「印象管理」も、目新しい言葉だが、「役割演技」
に、必要なこと。その名人が、かのクレオパトラ。自分の美貌をわきまえ、
それを際立たせる「印象管理」が、抜群だったという。創業の組織つくりが、
そうである。役割を想定して人材を集め、訓練を入れ、役割を実行させる。
会社整理も、この視点からすると興味深い演劇になる。軟着陸?だからいえる?



6661,閑話小題 〜日々・是・好日

2019年06月11日(火)


    * つれづれなるままに

 中高年の引籠りに関する事件と、高齢者の交通事故が続き、その詳細は、
週刊誌や月刊誌が、その背景と実情を報じている。各家庭でも、多かれ
少なかれ抱えている問題。久しぶりに出会う友人とは長男の話はタブー。

 今月末には大学同期の50周年記念の会があり、出席予定だが面白そうだ。
10年ごとに学校主催で行われているが、それは懐かしい。どちらかというと
ハッピーの部類の人が多いが、ハッピーだった人は、ハッピーのまま。
ある意味、年齢からみて、『ハッピーエンドの合同生前葬』。
 明るく、清潔感の比率が高い人が多い。それに引き換え…
『おやつは、やめられないとまらない♪. カルビーかっぱえびせん♪』
4分の1が亡くなり、4分の1が介護生活で、残る半数の何割が出席するか?

 アメリカと中国の貿易摩擦。何かしら生臭い臭いが。トランプ大統領、
ロシア疑惑と、他に多々あるスキャンダルを隠すため、敢えて摩擦を起こす
算段がミエミエ。犯罪者もどきが、凄んだ上に堂々と政権運営をしている
のだから… それも白人中心を容認している国家。後世、歴史に残る愚民と
言われることを知ってか知らずか。文明の相剋の、いや人種の相克という
ところ。日本は、アメリカにとってアジアとユーラシア大陸への地政学的
戦略的拠点。日本にとって、中国に対し、アメリカの後ろ盾が絶対必要条件。
 何とか台湾と、韓国が緩和地帯で残っているが、これも如何なることか。
 
 今年のセ・パ交流戦が面白いが、やはりパリーグ優位が否めない。
「投手に代わり打撃専門の野手を打順に組み入れるDH(指名打者)を取入れて
いるパリーグが有利であるのは当然のこと。この結果、代打専門の選手や、
投手は打撃練習の必要性がなくなった。 チームとしては、3,4,5番の
クリーンナップを、下位打線に打撃専門の打者を組み込むことで、二つの
ポイントの組入れ可能になった分、面白みが増える。ピッチャー、バッター
とも、よりスペシャリストとしての能力が求められる。何故、セ・リーグが、
取入れないのか実のところ分からない? 試合に強弱を持たせるからこそ、
おもしろいのか?

 たまたま、去年の同月・同日の、以下の「サイコパス」が考えさせられる。
メビウスの帯ではないが、そのまま、心底が繋がっているからこそ、恐ろしい。
怖いのが、精神薬を飲んでいる内に、『薬中』になった人たちのサイコパス。
 もっと恐ろしいのが、持って生まれた、サイコパス! 誰にも沈殿して
いればこそ… また、最後が暗い話になってしまった。 
――――
6298,閑話小題 〜何で、サイコなの?
2018年06月11日(月)
   * 何で、あの連中がサイコなの、
 サイコを「悪口、陰口は、万引きより悪い」という説を、横スライドると分かり
やすい。万引きは「軽度の泥棒」。それが身近な知人、他人の財布に、そして家宅
侵入の泥棒に… そして強盗殺人に行きつく。
 陰口、噂好きの極端の人は、ごく身近に事例で多いので分かる。
80対20の法則からして、2割の人が8割の蔭口、内幕情報を言うが、そういう人を、
多くを誰しらずに、心の底で忌み嫌う。サイコをネット検索をすると「精神異常」
とある。上位2割に良いことの8割が、下位2割に悪いこと8割が集まるが、不幸系
は、悪口、噂話を生活のメインにしている。
亭主が愛人をつくってとか、出世コースより外れて、子供の出来が悪い…等々。
一般的には±(プラマイ)バランスが2対1だが、サイコは1対1か、それ以下が多い。
物理的にも、知的要素が下位ほどサイコになる。それは心の奥に静かに沈殿し、
他人の不幸を見ると、表立つ「変質的性格」。しかし、「サイコパス」は、
「猟奇性を秘めた異常犯罪(もしくはそれを行う者)」をいう。悪口、噂を妄信し、
行動に踏み出した重度の犯罪行為者をいう。だから心理学者は、軽度の傾向でも、
注意をすべしと… 問題は、生活環境、己の生き方から派生する。
『3:10:60:27の法則』の下位ほど、サイコの傾向が強いという説が、これ。
可能な限り、人を選び、ライフワークを貫く生き方が必要になる。
先日、見てきた『万引き家族』で、親父役の男が『俺が子供に教えられるのは、
万引きぐらいしかない!』と話す場面が、何とも哀しい。サイコ、サイコパスの
言葉を使うことも注意しないければ。いじめっ子が、弱者を見つけて、攻撃する
それからして、マイナーの転嫁である。相手を選ぶこと。ライフワークを早々、
決めて貫くこと。あの人たちと距離をおくこと。
4C主義=チャンス、チェンジ、チャレンジ、コンペティションという
チェーン店の行動理念があるが、激流に身を挺して生きる生き方が正しいとは
いえないが、底に留まる場合、サイコ化する危険も多い。 4C主義こそ、
サイコパスへの道になりかねない。 サイコの言葉を知りえるかどうか。
その知識が、何気ない会話の中の危険を知らしめることになる。少なくとも、
8割の蔭口を業とする2割の人との距離を置くのが、その一歩。無知は罪である。
老いるとは、オバサン化するとは、サイコ化。別名、ゾンビ化、ヘドロ化する
ことである。

・・・・・・
5201,老年期の意味 
2015年06月11日(木)
   * 目標なく生きる重要性
 現役から、余生の時節に移行して、それまで見えていた社会の様相が、
全く違ってみえてきている。現役時代は目的的な強い束縛の中で日々を
過ごしてきた。何もしないことは良くないことと、信じて疑ってなかった。
現役の知人に、『何もすることがないのも、良いことだよ!』といった時に、
明らかに恐れと戸惑いが現れ出ていた。ただ、ブラブラと無目的的に日々を
暮らすと、日常の中の、景色が、違ってくる。それが御隠居の特権である。
 京大教授の山極寿一の、「老後の意味」の論が面白い。
≪ 人類の進化史の中で、老年期の延長は比較的新しい特質だと思う。
 ゴリラやチンパンジーなど人類に近い類人猿に比べると、人類は多産、
長い成長期、長い老年期という特徴をもっている。多産はおそらく古い時代
に獲得した形質だ。人類の祖先が安全で食物の豊富な熱帯雨林から出て、
肉食動物の多い草原へと足を踏み出した頃、幼児死亡率の増加に対処する
ために発達させたと考えられる。成長期の延長は脳の増大と関連がある。
ゴリラの3倍の脳を完成させるため、人間の子どもたちはまず脳の成長に
エネルギーを注ぎ、体の成長を後回しにするよう進化したのである。
脳が現代人並みに大きくなるのは約60万年前だから、その頃すでに多産と
長い成長期は定着していたに違いない。
しかし、遺跡に明確な高齢者の化石が登場するのは数万年前で、ずっと
最近のことだ。これは、体が不自由になっても生きられる環境が整わなかった
からだと思う。定住し余剰の食料をもち、何より老人をいたわる社会的感性が
発達しなければ、老人が生き残ることはできなかったであろう。
家畜や農産物の生産がその環境整備に重要な役割を果たしたことは疑いない。
ではなぜ、人類は老年期を延長させたのか。高齢者の登場は人類の生産力が
高まり、人口が急速に増えていく時代だ。人類はそれまで経験しなかった
新しい環境に進出し、あつれき人口の増加に伴った新しい組織や社会関係を
作り始めた。さまざまな軋礫や葛藤が生じ、思いもかけなかった事態が数多く
出現しただろう。それを乗り切るために、老人たちの存在が必要になった。
人類が言葉を獲得したのもこの時代だ。言葉によって過去の経験が生かされる
ようになったことが、老人の存在価値を高めたのだろう。
 しかし、老人たちは知識や経験を伝えるためだけにいるのではない。
年や壮年とは違う時間を生きる姿が、社会に大きなインパクトを与えることに
こそ大きな価値がある。人類の右肩上がりの経済成長は食料生産によって
始まったが、その明確な目的意識はときとして人類を追い詰める。
目標を立て、それを達成するために時間に沿って計画を組み、個人の時間を
犠牲にして集団で歩みをそろえる。危険や困難が伴えば命を落とす者も出てくる。
目的が過剰になれば、命も時間も価値が下がる。その行き過ぎをとがめるために、
別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない。老人たちはただ
存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。
その意味が現代にこそ重要になっていると思う。≫
▼ 落語の『御隠居と与太郎』の問答が、正しく、これ。人生を消化した
 御隠居と、何もしらない与太郎の無目的の状態の二人が、目的的社会に
ついて笑い飛ばす。4年前に、それまでの自分の姿が急に面白くなり、腹の
底から笑ってしまった。それで憑物が落ちたのだろう、開き直れたようだ。
元もと、アウトサイダーを自認して、社会との関りを最小にしていたことも、
現在の日常を楽にさせてくれている。夕暮れには夕暮れ時の楽しみがある。
 〜以下のことは森のこと。後は、娑婆娑婆したり、しなかったり!

・・・・・・
4469, 余命半年 −5
2013年06月11日(火)
        「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
  * 生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五
「生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五」説によると、人間は75歳。
その辺りが大きな目安になる。去年、知人が75歳で亡くなったが、70歳
前後から急激に衰えていった。特に男は75歳、女性は80歳辺り。成るほど
後期高齢者の区切りである。この辺の健康状態で、あと何年かが決まって
くるようだ。 ーその辺りからー
≪ 川上嘉明氏の著書『自然死を創る終末期ケア』を読んで、私は生物の生命
 過程の事を知った。生物には成長期・生殖期・後生殖期の三つの時期がある
という。そして人間は後生殖期が長いのが特徴であるとのことだ。なるほどと。
確かに昆虫など、生殖期を終えればすぐに死んでしまう種の数は多い。ほ乳類
の場合は、最大寿命と性成熟年齢が性の相関関係にあるとされ、生物の最大寿命
は生物の性成熟年齢×五であるらしい。最大寿命と言うのは、限界の寿命である。
人ならば性成熟年齢の十五歳×五の七十五歳が本来限界となるはずだ。
しかし、周囲を見回せば明らかなように、今や限界超えが当たり前。
図をみると、実際にヒトだけが逸脱して限界を超えてしまった。人類がなぜ
後生殖期が終わったのちに、これほどまでに生きられるようになったのか。 
それは「医療」の発展ゆえである。ついぞ五十年くらい前までは「人生五十年」
の世界であった。しかし、人類にとってかなりの強敵であった感染症に対して、
西洋医学が優位に立つと、寿命はぐっと延びるようになった。もちろん栄養状態
の改善も影響しているだろう。あるいは衛生環境の改善等も。体格が世代を重ねる
ごとに良くなっていることは、清潔で栄養に満ちた生活が提供されている
一つの証明でもあると考えられる。≫
▼ ちなみに類人猿のチンパンジーは50歳、ゴリラは40歳後半で、50年前
 までは、人間と変わらなかった。病気を治す術を得た分、長生きが出来るように
なった。その最大寿命の75歳に近づいてきた。70を過ぎると、摂生してきた
人と、不摂生してきた差が鮮明になる。 私も酒の飲み過ぎもあり、その辺りが
大きな関門だろう。 ところで、介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、
自立して健康に生活できる期間を示す「 健康寿命」を2010年に男性70・4歳
(10年の平均寿命79・5歳)、女性73・6歳(同86・3歳)と厚生省が
初めて算出し、発表した。大体10年間が、介護か寝たきりなる。 
あと3年で平均で達するので、現在、介護を受けても不思議でない。そうすると、
まだ元気な現在、好きなことが出来る時間的余裕が少ないことになる。
10年間の介護を考えると、末期ガンになってもジタバタしないで、悄然と
従うのが良いのかもしれない。そうこう考えると、老いの現実は厳しい!
介護、寝たきりまで平均3年、死まで12年? 男が平均70歳で、寝たきりか
介護? 周囲を見渡しても、そうだろうか? 自分を考えると3〜4年先に倒れ、
その2〜3年先とすると不思議でない。とすると二年前の会社整理は正解? 
ものは考えよう。

・・・・・・
5931,閑話小題 〜狂ったドン様と、耄碌した泡沫候補 
2017年06月11日(日)
  * 耄碌した泡沫大統領と、狂ったドン様
 トランプ米国大統領は、現代版の裸の王様そのもの。本人も勝利をすると
思ってもいなかったため、白人至上主義や孤立主義を掲げ、ロシアの援護射撃を
要請するなど、やりたい放題。ところが間違って当選したのだからことは重大。
耄碌した泡沫候補は政治的経験もなく、適応が困難。 出来ることは朝鮮戦争を
仕掛けることぐらい。泡沫も、老い先少ないため、後は野となれ山となれ。
危ない要素が、あまりに大である。その隙に血迷ったドン様が、核弾頭ミサイル
の開発に専念。国際社会に対し、脅しをかけているのが現状。
 北の核ミサイル潰しなら、東洋人の100,200万人の犠牲も厭わないと…? 
一番困るのは、矛先を向けられる東京とソウル市民? 大陸間核ミサイルが
完成する前の現在が最後のチャンスと、総攻撃の可能性が出てきた。叔父と
兄を殺し、目障りな側近を粛清し、得意満面な血迷ったドン様。日・米・韓と、
中国、ロシアとケッタイな役者が勢揃い。ロシアが、陰湿の手段で、朝鮮戦争
を仕掛け、その隙に、勢力拡大を目論むには最適な情勢になっている。ところで、
トランプが4年の任期を全うできる側の賭けのオッズは2倍。できない方は1・4倍。
 先週のシネマは、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。
犯人の二人の兄弟の目線もあって、いつの間にか引き込まれていった。
直ぐに思い立ったのが、狂ったドン様、自分が何をしているのか全く自覚がない
のだろう。とはいえ、数百万の生命がかかっているだけに、下手に手を出せない
が、そのまま放っておくわけもいかず、思案のしどころ。欧州のテロ騒ぎに
引き続き、今度は、朝鮮半島と、日本の本土にも飛び火が? 
 成るほど、韓国人の7割が移住希望というのも理解できる。
父親の金正日ドン様、『男はつらいよ』のファンで知られていた。

・・・・・・
5566,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月11日(土)
    * 『男はつらいよ  寅次郎ハイビスカスの花』
 少し足らない流しのテキヤの映画を取上げること自体、少し憚るが、
人間の本質が、その足らなさから現われ出ているから、共感するのだろう。
『男はつらいよ』シリーズで最も良かったのは、リリーの三部作の完結篇。
TVの再放送で5〜6回以上は観ただろうか。 他に、印象に残ったのが、
石田あゆみマドンナの『男(赤)はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』。29作目。
これもシリーズで屈指の名作。片岡仁左衛門、柄本明の役者陣も見事である。
  〜『ハイビスカスの花』を検索すると〜
≪『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』は、1980年8月2日に公開された。
 男はつらいよシリーズの第25作目。リリー三部作の完結篇。マドンナは
4度目の出演となる松岡リリー役の浅丘ルリ子。観客動員数は206万3千人。
尚、2006年3月、シリーズ全作品を放映したNHK-BS2が募集した人気投票で、
視聴者から「後半24作品中のベスト1」に選出された。
  〜あらすじ〜
【博が街でリリーを見かける。リリーは寅次郎に逢いたいと博に告げる。
とらやで、寅次郎の噂をしていると、偶然寅次郎から電話があり、リリーが
逢いたがっていると伝えると、寅次郎は興味を見せない素振り。しばらくして、
寅次郎は柴又に帰ってくる。しかし間の悪いことに、とらや一行は水元公園に
ピクニックへ出掛ける所であった。慌てて、荷物を隠し体裁を取ろうとする
さくら達。その事で機嫌を損ねた寅次郎は、さくら達と大喧嘩をする。
出て行こうとする寅次郎の下へ、手紙が届く。手紙の内容は、リリーが沖縄で
病気で倒れたとの事で、寅次郎はあわてて沖縄に向かおうとする。皆で相談
しあった結果、飛行機で行く事に決まるが、寅次郎は断固拒否する。
博に説得されしぶしぶ了解するが、翌日飛行場で柱にしがみつき駄々をこねる。
そこへ通りかかったスチュワーデスに連れられ搭乗し、なんとか沖縄へ。
寅次郎と再会したリリーは涙を流し喜ぶ。次第に、彼女の病気はよくなり、
漁師町で一緒に生活を始める。しかし、その一方で地元の娘と浮かれる寅次郎。
ある日、ちょっとしたことで二人は大喧嘩。翌日リリーは沖縄を去ってしまう。
寅次郎は慌てて身支度を整え、手近な船に乗り、東京へ戻ろうとする。
島伝いに、時に行き倒れになりながらも、なんとか柴又にたどり着いた寅次郎。
そこで、偶然リリーに再会し、おおいに喜び合うのであった。さくらは、
リリーに寅次郎と結婚して欲しいと漏らし、寅次郎も「俺と所帯を持つか」と
発言するが、リリーは冗談として聞き流す。そうして、柴又駅で二人は悲しく
別れるのであった。好き合いながらも、お互いのプライドや体裁で一緒に
なれないリリーと寅次郎であった。】 ≫
▼ 考えてみれば、風に吹かれるまま、自由気ままでいられたのは、時代背景
が高度成長期にあったから。 その日暮しの安宿を泊まり歩く、ホームレスの
テキヤの寅と、フリーの売れない歌手リリーの境遇は似ている。
以前、経営していたホテルの宿泊客に、全国を股にかけた、流しのホテトル嬢
が何人かいた。 夕刻に出掛け、朝帰りのため、聞き込みの刑事に怪しまれない
よう、自分の職業の申告を最初からする。 外見からして、ごく普通の女性。
 寅と、リリーの明日をも知らない危うさから生まれるドラマが、共感を呼ぶ。
最初は、1960年代半ばの、鶴田浩二や高倉健、池部良らを主役脇役に据えた
「ヤクザ映画」のパロディとして企画された映画が、シリーズ終了後、20年
も経つのに、今でも、再放送されるのは、現在、失われつつある日本の家族の
原型が、そこにあるため。TV欄を見ながら、『また寅か、されど寅ですか〜』
〜これも偶然、寅さんの生き様、「目標なく生きる重要性」が書かれている〜
寅の生き様こそ、人間のあるべき姿かもしれない。
 「アホ違うねん、パーなんや」  で、「パーは、どっちがねん?」


6660,閑話小題 〜映画観賞 『ミッドナイト・バス』

2019年06月10日(月)

   * 考えさせられた映画である!
 去年早々に、シネマ館で見ようかどうか迷って、結局、見ず終いだった
『ミッドナイト・バス』。WOWoWで放映したのを録画して、数日前に見た。
新潟駅前で、31年、ビジネスホテル業を経営していたこともあって、東京〜
新潟間の高速バスの運転手の物語というから、見ないわけにはいかない。
殺人などの犯罪とかの特殊の重苦しい背景はないが、何処にでもある家庭内の
問題を徐々に引き出していた。 姑との折合いが悪かった妻との離婚と、
それが二人の子供を深く傷つけていたなど、徐々に問題が浮きあがってくる。
家族が問題を抱えながらも、必死に生きていく姿は何処の家庭内も同じ身に
つまされた、考えさせらた映画である!
 
≪ ◇ 伊吹有喜の同名小説『ミッドナイト・バス』を完全映画化!
 バツイチ中年男の高宮利一は、新潟〜東京間を走る長距離深夜バスの運転手。
東京で定食屋を営む恋人・志穂との再婚を考えていた矢先、息子の怜司が東京
での仕事を辞め、帰ってくる。 娘の彩菜は友人とマンガやグッズのウェブ
ショップを立ち上げ、実現しそうな夢と結婚の間で揺れていた。そしてある夜、
利一が運転する新潟行きのバスに、十六年前に別れた妻・美雪が乗り合わせる。
十六年の長い時を経て、やるせない現実と人生の不安が、再び、利一と美雪の
心を近づける。母の出現に反発する彩菜、動揺する怜司。突然の思いがけない
再会をきっかけに、停まっていた家族の時間が、また動き出す。 ≫
 ◇「トンネルを抜けると男で、戻ると父親」
関越トンネルを挟んで「父性」と「男性」を往ったり来たりする。
かつて残した子どもへ負い目を感じつつも利一の優しさに心乱れる元妻・美雪
は東京で新しい家庭を持ち、新潟に独り暮らしている病床の父親を見舞うところ
だった。 美雪の疲れ果てた様子が気になる利一。利一には、美雪との間に怜司
と彩菜という子どもがいる。 利一が東京で定食屋を営む恋人・志穂との再婚を
考えていた矢先、長男の怜司は東京での仕事を辞めて帰ってくる。
 娘の彩菜は、友人とルームシェアしながら、インターネットでマンガやグッズの
ウェブショップを立ち上げていたが、 実現しそうな夢と、結婚の間で揺れていた。
そして利一は、元妻の美雪が夫の浮気と身体の不調に悩み、幸せとはいえない
結婚生活を送っていると知る。利一と美雪の離婚で一度ばらばらになった家族が、
今、それぞれの問題を抱えて、故郷「新潟」に集まってくる。
家族がもう一度前に進むために、どうすればいいのか── ≫
 ー
▼ 思い詰めた中年男の主人公の悲哀が、何ともじれったい。現在、就職氷河期
 世代の引籠りが問題になっている。 80代の親と50代の子の親子関係での問題
であることから「8050問題」(7040問題)である。この親子の20〜30年後の現実!
が、こんなものか。これに「2045年問題」が重なる。2045年にはコンピューター
の性能が人間の脳を超えるという予測。何やら暗い気持ちになってきた。
そりゃそうだ、国家からして、将来図が描けず、目先の票稼ぎの人気取りに
目がくらみ… 個々人も、国家単位でも、誰も助けてはくれない! 中央値で、
400万しか貯金を持ってない国民に、「100歳生存の時代に2000万の貯金が必要」
と言われても… 時代は静かに大きく変わっていく。今月末のサミットが見もの!
 
・・・・・・
6297,映画鑑賞 〜『万引き家族』
2018年06月10日(日)
    * 『万引き家族』
 カンヌ受賞作に魅かれた見てきたが。成るほど、それだけの内容。
「疑似家族物語」とも言えるが… 駄菓子屋の親父が少年に、「妹まで万引きを
させるなよ!」と諭すが、そこでハッとする。そして、わざと、万引きをして
捕まる。訳ありの幼女を住まわせて全国的誘拐事件になり、それが発覚。
 静かで穏やかな日々の中に、恐ろしいほどの緊張感が漂う。
《 〜あらすじ〜 高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れ
そうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり
込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。
足りない生活費は、万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族
だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。
冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に
連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることに。
だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える
秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。》

▼ 「離婚率が、日本で35%、アメリカ50%、ベルギー、オランダなどは7割辺り。
 家庭内離婚?を含めると、8割超が崩壊!」が家庭内の実態である。訳ありの
御婆さんの家に、年金目当てに、訳ありの人達がシェアハウスのように寄宿する。
外目で見れば、祖母と、両親と、3人の子供が家族の体裁。その疑似家族が、実際
の家族以上に寄添い暮らす。万引きで生計を補填しているため、危うさが逆に、
生々しく温かい生活感を醸し出す。
――
   * 県知事選、誰を入れる? まさか落下傘男? 
今日は県知事選。 迷うことなく原発の再開反対派の女性候補?
悪さ比べの感が強い選挙だが、副知事経験者としても、パラシュート候補の
軽さは否めない。当り前だろう、二度も大地震があったのに再稼働賛成が見え
みえの男に誰がいれますか。原発の直下に二つの活断層があるし… 
元もと知っていて強引に誘致したのでは? 前県知事の下ネタにしても、
何処か?のマワシモノがリークしたと仮説をたてると、合点がいく…。
 私の人生にそう先がないとしても、若者を考えれば、反対は当然のこと! 
前の県知事選で保守系を入れたが、今から思い返せば、間違い。再稼働など
とんでもない。 北朝鮮問題は、そう簡単に終わりません。 北朝鮮より、
アメリカが問題。旧式兵器の在庫処分の必要性があるし。そう簡単な問題でない。
8割の確率、いや9割の確率で… 勝負はついている。
 としても、県の経済を考えると… だが。騙されていたのは地元民。
しかし、利益を得たのも既成事実。毒喰えば皿まで… もあるが。 でも駄目!
 
 後記(2019年06月10日): 結局、県知事に県民は、落下傘男を選択した。
何も考えない県民が、何も考えてこなかったド素人の元官僚を選択した。
ならば成行きでいけばよい。 今までも、そうだったから、今さら!

・・・・・・
4468, 99・9%は仮説、ですか〜 −6
2013年06月10日(月)
    「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
  * 第5章 「大仮説ー知的設計説」はありえる世界
 宇宙・世界・人間の存在を考えるほど不思議なものはない。特に自然界には
驚くようなことばかり。極楽鳥や孔雀の美しい姿が、デザイン無くして、進化
だけで表現出来るのだろうか。地球という惑星もしかり。これらは知的設計者が
存在すると考えると一挙に解決する。進化論だけでは解決できない疑問があり過ぎ。
そこで神様を、そこに持ち出しても埋めることができない。所詮は、人間が創り
出した絶対者の主役でしかない。我々の住む宇宙以外に10の5百乗の数も
存在し、ループ状の管で繋がっている可能性があるというのだから、何があって
も不思議ではない。いや10の5百乗の宇宙の存在の方が、この大仮説より
遥かに衝撃的である。 ーその辺りを抜粋してみるー   
≪ もしかして、この宇宙は、どこかの実験室で創られたものなのかもしれない…。 
 こういった突飛な考え方を、頭ごなしに否定してはいけません。科学では、
どんな発想もアリなのです。前例がないから、常識からはずれているからと
いって否定するのは、まったく科学的な態度ではないのです。・・「大仮説」と
呼ばれる仮説があります。現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説のこと。
でも、そんな「黒い(まちがっているように思える)仮説」であっても、
頭ごなしに否定することではできません。もしかしたら近い将来、大発見で
これまでの常識がひっくりかえって、大仮説こそが「白い(正しいと思える)
仮説になっているかもしれない。現在、進化論を信じている人が、たった
37%。 いまのアメリカで物議をかもしだしている科学論争に、
「インテリジェント・デザイン説」というものがあります。直訳すると
「知的設計説」ですね。人類の起源の話です。むかしは、聖書の記述通り、
約6千年前に人類は神によって創られたという「創造者説」が一般的でした。
それに対して、すごく原始的な生物から40億年という時間をかけて少しずつ
進化していったものが人類であるとしたのが、ダーウィン(1809〜1882)。
 ひとことでいうなら、知的設計者説というのは、このダーウィンの「進化論」
に対する対立仮説なんです。これは、カリフォルニアサンディエゴ校で
1999年に作られた仮説です。宇宙のどこかに知的設計者がいて、その知的
設計者がDNAを設計して、生物を創りだしたという説なんですね。だからこれは、
形を変えた創造説といえなくない。ただし、聖書に書かれているような神様で
はなく、あくまで知的設計者という言い方をします。 さて、この説を高校や
大学で教えていいのかどうかという議論が、いまアメリカで盛んに行われている
のです。「進化論は正しい、検証された仮説なんです」というように教える
べきか、あるいは「進化論はたくさんある仮説のうちにすぎず、対立する仮説と
してはたとえば知的設計者説というものがあります」というように教えるべきか。 
そういう論争なんです。日本では、まだこの問題は論じられていませんが。 
それでブッシュ大統領が、この問題に関して、後者(知的設計者説)の
ようにしたほうがいいだろうみたいなことを公の場でいって、一気に大騒ぎに
なっているんです。 ・・13歳から17歳までのアメリカの若者に、
ダーウィンの進化論についてアンケートをとった結果があります
それによると、ダーウィンの進化論は証拠によって支持された、検証済みの
科学理論であると思っている人は37%。たくさんある仮説のうちのひとつに
すぎず、それなりに検証されているが確定的ではないと思っている人は30%。
残り33%の人は「わからない」という結果です。これから、若者のあいだ
では進化論が揺らいでいることがわかります。・・ ≫
▼ 実際に我われは三次元の世界しか知ることが出来ないが、
 4次元〜10次元の世界があるという。その次元の存在が三次元の我々の
世界を操作しているとしても、我々には認識しようもない。一神教はアッラー
の神が、それにあたると主張するだろう。最後は宗教問題に行き当たる。
宇宙や世界の存在の不思議が深まるにつれ、認識と判断は困難になっていく。

・・・・・・
4835,「出羽の守」の功罪
2014年06月10日(火)
  ー(耕論)「出羽の守」の功罪ーより 
 新鮮な海の魚貝などの港で、レポーターが、軽いのりで、
『これって、東京では、高くて・・』などを聞くと、またか〜何様じゃ御前は。 
東京は東京、産地は産地だろうに!と。高校を卒業し上京した時、注意された
のが、私の口癖、『いわゆる○○』。無意識で、『私の言葉では○○』の置換え。
小さな厚い殻から、社会や知識を置換えていた、自身の出羽の守を指摘された
のである。 朝日新聞の文化欄のー「耕論」「出羽の守」の功罪ーが面白い。
  ーまずは、その一つからー
《 あなたの周りにもいませんか。「アメリカでは」「ネットでは」を連発する
 「出羽の守(かみ)」。うんざりすることもあるけれど、聞けばもっともな
 こともある。その弊害と効用とは。
   * ペンギンに飛べと言うな   野島博之さん(予備校講師)
「出羽の守」を抜きにして、日本史は語れません。「中国では」という形で、
実に多様なものを取り入れてきた。古代なら律令と仏教、中世は禅宗、近世は
朱子学がその代表例です。日本の「出羽の守」には二つの特徴があります。
・一つは、「出羽の守」ならではの吸収力を生かして、
 ときどきの文明を高次化してきたこと。
・もう一つは、最初は「出羽の守」で始まったものの多くが、
 やがて日本化・独自化したことです。
日本のものすごい模倣力を示す好例が古代の都です。7世紀の終わり、日本は
中国の古典に学んで、宮城が都の中央に位置する藤原京という壮大な都を築いた。
ただこれは、当時の唐の都とは異なっていました。8世紀初頭の遣唐使が唐の
最新情報をもたらすと、日本は藤原京をあっさり捨て、今度は長安城にならって
宮城を都の北端におく平城京の建設開始。東京スカイツリーを3基も建てた
国家的プロジェクトの直後に、「あれ、ちょっと違うぞ」ということになって、
また3基、別の場所に建て直した感じです。 日本化・独自化という点では、
茶の湯や枯山水がわかりやすい。いずれも禅宗に起源をもち、やがて、追随
しがたい小宇宙とでもいうべき日本独特の様式を作りだしていきました。
よく知られているように、幕末以降、西洋文明の導入にも日本社会は異常な
エネルギーを発揮しています。この過程で、帝国主義的な態度や行動も身に
つけた。欧米諸国は第1次世界大戦のもたらした悲劇を背景にして、そうした
行動様式を転換していくのですが、大国意識を強めた日本は、第1次大戦の
教訓を真剣に学ぼうとはしなかった。そこには仕方のない面もありましたが、
ただこの「出羽の守」精神の決定的な欠如は、後に日本がみじめな敗北を喫する。
 現在の日本は、キャッチアップ型の社会を終え、あらゆるところで「今度は
自分で飛べ」とけしかけられています。でも、日本は飛んだことのないペンギン
のようなもの。突然変異は容易じゃない。夢をあきらめる必要はないけれど、
ペンギンはペンギンらしく、まずは自分の得意技を、とことん磨くべきです。
・・(中略) イノベーションと「模倣の果て」はほとんど同義です。
ぶれずに考えて考えて、また考える。細部にこだわって工夫して工夫して、
また工夫する。この精神が必ずブレークスルーをもたらしてくれます。 
ペンギンは空は飛べないけれど、水中なら自在に動ける鳥類ですから。
                      (聞き手・尾沢智史) 》
▼ 高校を卒業後10年あまり経った後、Uターンで地元に帰って驚いたのが、
「長岡出羽守」の世界。実は現在も驚きは同時進行。 その違和感が強く、
同窓関係と、一部の人以外、殆ど付合いがない。それぞれの地区の出羽守には、
プラス・マイナスの両面がある。 私自身は、さしずめ「堀井誠作(父の名)
出羽守八郎」。流通先進国の米国出羽守で、何時の間にか、流通で米国に追い
ついたら、こんどはネットで、アメリカに先をこされた。ネットは、デジタル
の世界。果てることのない『出羽の守』が出現してきて、その功罪は大きく
なっていく。


6659,閑話小題 〜あの世に持っていけるもの

2019年06月09日(日)

   * あの世に持っていけるもの!
 『そんなもの、あるはずがない』と一言で終わる問題だが、そうではなく
正面から考えなければならない『死』の問題でもある。そこで、まず
<「あの世や来世は存在するか?」 はたまた「すべての終わりか? 」>の
人類永遠の素朴で、深遠の疑問に対峙しなくてはならない。

そこでネット検索をすると、ヘーゲル哲学の一人者の加藤尚武氏が…。
≪ ◉ “人間は古今東西、 概ね2つの型の思想を語ってきた。
 1つは死ぬことは体が分解してなくなることだという思想である。
旧約聖書には、
「すべてのものは塵から出て、すべてのものは塵に帰る。 誰が知ろう。
人の子の霊は上にのぼり、獣の例は地の下にくだるなどと」(伝道の書)
(中略) 死生観は、概ね一回的生と反復的生(来世・輪廻)という矛盾した
イメージの重なり合いとなっている。
 世界には全く違ったものの見方があるので 自分と違った見方に対して
寛容でなければならないというのは事実であるが、実際には、さほど大きな
違いはない。 違った宗教のなかにも、同じ型の考え方がある。
 <世界中のさまざまな考え方について、どういう共通の型があるか>
違いはどの点にあるかを明確にすることで、人類共通の見方があれば、
それを明らかにすることが、これからの哲学では大事である。
古今東西の共通思想の大筋を示す事が今、哲学に求められている。
◉ 私はまず、「死についての共通思想」を描き出してみた。
武器を手に戦っている人々に、「あなたがあなたの敵と、どれくらい共通の
思想を持っているか」を伝えたいが、共通の考え方が何であるか、
ふだんからしっかりと認識しておくことが大事だと思う。”
 共存する矛盾したイメージですが、
「あの世に持っていけないもの」を定義すると見えてきそうな気がします。
・お金
・地位、名誉
・家族や親しい人々 など。
基本的には、持ってきたものしか、持って帰れないのは間違いなさそう。
誰かが、「人生で得たものは残らないが、与えたものだけが残り続ける。」
と言っていますが、 そんなものかも知れませんね。 ≫
 

▼ 死の問題に関して、ここで数知れず書いてきた。数日前にTVでみた
『ワンダフルライフ』( 是枝裕和監督)が、これ。ここでは、一つだけの
思い出だが、それぞれの至高体験は、数限りある? 持っていけるのは、
御宝のつまった行蔵。この随想日記は、あの世に持っていけない行蔵の記憶や、
拙い知識の書き置き? 「それにしても、女々しく、下らない。」
そう割切っているから、続けられる。 あの世? 何それ! 娑婆(現実世界)
が妄想なら、あの世は、妄想がもたらした外界の‘無’イメージ。 
 あの世に持っていけるものより、この世に何を残したか? 与えたものも、
残らない、宇宙の果ての、その外の10の500乗の多宇宙の、何処かの彼方に
消えていく。そうと思えば、楽。 ひと言でいえば、ムニャムニャ。
無にゃ無にゃ! …これがオチ。与えたモノすら残りりはしない。生臭い風さえ。 
5円(御縁)玉だもの人生は。 どう使うか? 遊ぶか? 一期一会で。
 
参考:2019年6月7日 閑話小題〜映画観賞
     ―『ワンダフルライフ』是枝裕和監督・1999年>
・・・・・・
6296,久々のパレートの法則 〜3
2018年06月09日(土)
   * 世間を『3:10:60:27の法則』で分析すると
 数日前の『3:10:60:27の法則』から、世間という妄想を分解する。
世間度数は、下位にいくほど影響度が高くなる。それは、法則それ自体が、
それを語っている。
《 ハーバード大学が調査して実証したデータ。 人生は、
・27%の人が、何も知らず、自分からは何もせずに生きている人
・60%の人が、知っているけど、行動しない人
・10%の人は、知ったことを、出来るようにした人
・そして3%の人は、無意識に出来てしまう人です。
この27%と60%を足した87%の人達がサービスを受ける側の人、
13%の成功者が提供する側の人です。もっとキツイ言い方をすれば、
87%の仕掛けられる側と13%の仕掛ける側に分かれています。》

▼ 以前に、私と家内との会話を事例に「世間話のでき方」のテーマを書いた。
ただ流されるまま生きてきた87%が、何気ない会話や、親元や学校で、知らず
に感化された分厚い固定観念。それに様々な環境が、本人を世人に育て上げる。
知識と経験を積むにしたがい、そのカラクリに気づくことになる。だから、まず
手軽な読書習慣と、読書録の作成が必要になる。それがないと、考えない世人と
して蔑視され、無意識のうちに自身を分類することになる。 会話は出来るが、
対話が出来ない層が87%。当然、13%にも存在するが、その比率は低くなる。
そこに長年かけたライフワークがあるかどうか。後にコピーするが、やはり、
5歳までの基盤構築が必要ではなかろうか。逆に基底欠損の人が多い。

【熊:おれは27%で、寅は60%、八ちぁんは10%、大家は3%かい。
 寅:いや、俺は40%さ。八は世間をシリアスに貶しているからな。
  でも歳をとるたび、人嫌いになってるからね。
大家:私が3%ですか。5〜6%辺りじゃないか。それにしても、
  この法則を世間度数に当てはめるとは流石。世間、現実に埋没するほど、
 危険なことはないことは確かだよ。 今日から、『終わった人』という
 映画が上映されるというけどね。東大出の銀行マンでも、ライフワークを
 持たないと、こうなるんだ。
八:このブログを読める層は、ライフワークの必要性を気付いているだろうが…
 仲間内のゴルフか、カラオケが、それじゃあ、節目がつくれないよ。
寅:10年前にさ、映画室が10ある映画が郊外に出来た際に、八つぁんに
 勧められて月に1〜2度通いを始めてさ。御蔭で、少しは世界は広まったよ。
八:まだまだ、私は毎週だよ、毎週。それに寝室で、連日、4時間近くは、映画
 とドラマ三昧さ。それが飽きないの。
熊:世間話の功罪、何時も聞かされているので、注意して他人様の話を聞くとさ、
 あれってヤバイよ。この御蔭で、最下層より上層の35%と思ってるんだ。
大家:そのとおり、馬鹿な中傷を言わなくなったしね。
八:バカは死ななきゃ治らないというけど! 人の粗探しより、自分の好きな
 ことをしろよ。 そう誰も自分は違うと思ってるらしいが…。  

世人:何にも考えず、何もしないで、周りの気だけをつかい、楽しそうに諂って
 生きてきたが、ちっとも面白くなかったよ。だから、他人に腹が立つんだよ!
 「上を見れば腹が立ち、横をみれば腹が立ち、下を見れば底がなし、さ」 
 誰か私の人生を慰めて欲しいけれど、今さらか! 若い時節の私が、今の私を
 嘲笑しているようだし、何か大きい穴がポッカリ空いている苦痛を誰ぞ知る!
 『基底欠損』と一言でいうが、それは、両親の質の問題だろう。それと時代。
寅:世人の生き方も良いじゃないですか。それも良しと、心の底からいえるかだ。
 ただ自分がバカだと自覚はしているがね。一番、立腹すべきは、あんた自身さ。
 泣いて、喚いて、七転八倒し、全身で感動し、感涙しなかったことは、アンタ
 自身の問題。おれ、これでも、してきたさ。だから、ここで実存しているんだよ。
熊:俺だってそうだよ。尤も何も知らない、持たないことで、逆に実存してるけど。

・・・・・・
5195,魂が擦り切れるまで哲学に徹したか
2015年06月05日(金)
   * 哲学という気晴らし  〜『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 
 こういう文章を読むと、<この10〜20年、独学で「哲学」を学んできま
した>など、よくも言っていたと自嘲をする。どの道も、命がけでなければ
プロとはいえない。「ひきこもり」と「哲学をする」は、紙一重。
 20歳代に、スランプになると、度々、六日町にある「雲屯庵」という禅寺に
本を持ち込み座禅をしていたが、そこの若い雲水が、時々、「野狐禅など
してもしなくても同じだ」と強烈な批判をしてくれた。若い雲水は命がけで、
禅道を歩んでいるのに、少しの挫折で横たわる代わりの私の野弧禅など、
この馬鹿野郎である。しかし今から考えると、決して無駄ではなかった。
 これと同じことが、哲学の道でもいえる。 〜その辺りから(p91)
≪ 私が哲学にのめり込んだのは大森荘蔵先生に会ったからである。東大
 法学部に進むはずであった二十歳の私は、突如哲学に鞍替えしようと決意した。
その頃、大森先生の書いたものをむさぼるように読んでいた私は、大森先生に
じかに会って、いったいこんな自分でも市民から哲学者という「ならず者」へと
転落する資格があるのか賭けに出た。「駄目だ」というわずかな言葉をも、
視線をも、サインをも見逃さず、その時は哲学を潔く諦めよう。
 こうした悲壮な決意で先生に対したが、思いがけないことに、私は先生から
文句なしの適性を保証されてしまった。「来なさい」と言われ、胸も張り裂けん
ばかりに嬉しかったが、同時に奈落に突き落とされた。ああ、これで俺はもう
まともな市民としては生きていけない。哲学で行き詰ったら、後は死ぬしかない
と思い、泣きたくなるような気分だった。 それがまもなく現実になった。
法学部を捨てて先生の所属する教養学科の科学史。科学哲学分科に進学するや
否や、私は深刻なノイローゼに陥った。現実の哲学に失望したわけではない。
哲学は、そして先生はますますすばらしい存在として私に迫ってきた。だが、
だからこそ、自分に絶望した。そんなにすばらしい世界が与えられたのに、
それを充分活用できない自分の愚かさ、無能さに絶望したのである。
 蛆虫のような老婆を殺した瞬間に、自分もまた蛆虫だと悟った『罪と罰』の
ラスコーリニコフのように。俺は誤解していた、分不相応の高望みをしていた、
俺は真理のために生きることなぞできないのだ、俺はやはり蛆虫として真理を
横目で睨みながら何もわからずに死ぬほかないのだ。そう思った。そう思って、
自分の浅はかさを嘆きながら引きこもり、死ぬことを考えていた。
 ずっと後になって、奥様から「あの頃たびたび、主人は中島君自殺するかも
しれないと言っていました」と聞かされた。そんな苦しい時でも、私を哲学
へと「誘惑した」先生を瞬時も恨んでいなかった。ただ、せっかく見込んで
くれたのに、こんなテイタラクで申し訳ない。そのために死のうかと思った。
それからいかにして「治った」のかは、長い話になるので割愛する。
とにかく、私は門下の仲間たちとはよほど違って不思議なほど転び、蹟き、
滑りながら、哲学を続けている。といって、私は先生に普通の意味で
「感謝している」わけではない。私が駆け込み寺のように先生のもとに身を
寄せてから、本当に辛くきつい人生が待っていた。だが、私はこうしか生き
ようがなかったのだから仕方ない。先生との出会いも運命であり、私が哲学
を志すと「そこに」先生がいたのだ。 先生は私の恩師であろうか? 
いまさら「恩師」などと言えば、「私は中島君の師であったことなどない」
と切り返されるであろう。そうなのだ。私が先生を、一番煩わせた問題児で
あったとは確かであるが、先生は私の恩師なのではない。私は先生に哲学とは
こういうものだということを教えてもらったが、その後いまに至るまでその通り
のことをしていないのだから。だから先生は権威・権力におもねることを蛇蝎
のように嫌った。『哲学の教科書』がベストセラーになり、わずかの褒め言葉を
期待して勇んで病院に見舞いに行った時、「もう少ししたら何か言います」
と言われた。だが、何も言わずに死んでしまった。これもずっと後から聞いた
話であるが、私がウィーンから帰ってきて人より十年も遅れて駒場の助手に
なった頃、「今度帰ってきた中島という男は難しい所もあるが、どうか寛大に
見てくれ」と哲学仲間に訴えていたという。何も知らなかった。涙が出る思い
である。それほど気にかけてくれた先生は、物書き業に堕した私を許してくれ
ないであろう。魂が擦り切れるまで哲学をしていない私を軽蔑するであろう、
それが苦しいので、時折私は必死に叫んでみる。「私は先生とは違うのです、
こういう形でしが哲学ができないのです」そうしながら、「それでいいのだよ」
という先生の優しい言葉を期待する。だが、いくら耳を澄ましても何も聞こえて
こない。≫
▼ 何度も読み返えすたび、その都度、それぞれの青年期の節目の苦悩が蘇る。
 多かれ少なかれ、青年期には、各自が、似たような苦悩を抱えて苦闘するが、
いつの間に現実に同化してしまう。で、娑婆娑婆して、この有様! 色即是空

・・・・・・
2016/06/04
フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
 
 最近になって、『男はつらいよ』のシリーズの再放送を見なくなったが、
以前は再放送の度、何度も観ていた。もちろん48作の全部を観ている。
TVの再放送を含め平均3回を観たとして、150回は観たことになる。
特に浅丘ルリ子の、リリー役ものは、5〜6回以上は観ていた。この映画が
始まった1969年は、新社会人として、四日市、神戸、桑名と、転勤生活の中で、
家族の温みを寅さんの実家の団子屋の中に温みに求めていたようだ。 
精神分析医と、『男はつらいよ』の山田洋次監督の対談が、なかなか面白い。
  * 寅は「基底欠損」   <山田洋次:名越康文 対談>より
≪ 山田:寅は「人間というのはこんなにみっともないよね」という恥部も
 見せてくれる。自分が食る分のメロンがないというだけで、「どうせ俺はね、
 この家では勘定に入れてもらえない人間だからな」と言って大ゲンカしたり。
名越:有名なメロン騒動ですね(第15作『寅次郎相合い傘』)。『男はつらいよ』
 を全作観て、僕は寅さんの中にとめどないブラツクホールのようなものを
 感じました。寅さんを心理分析すると、99%は温かいものでできているけれど、
 残りの1%に、ダークマダーのようなものがギューッと凝縮されている。
 それは下手したら温かい99%を無にしてしまうようなすごい闇です。
「俺の気持ちをわかってくれ!」という精神的な甘えも強烈で、カッとして暴れる
 こともしょっちゅう。じゃあなぜ寅さんにこのような攻撃的なエネルギーが
 生まれるのかと考えた時、「基底欠損」という精神分析用語がハッと頭に浮か
 びました。幼い頃、親に甘えても受け入れてもらえなかった。おっぽいが十分
 に吸えなかったとか、抱っこしてもらえなかったとか、満たされるべき欲求が
 満たされなかった。そういう根本的な愛情や安心感の欠如が、大人になって
 から甘えたり、無理を言うことにつながってしまう。寅さんもそうすることで、
 親に拒絶された「欠損」を埋めようとしているんじゃないかと解釈したんです。
山田:とても面白いですね。「基底欠損」という言葉を初めて聞いたし、そういう
 心理学的なことは何も知りませんでした。だけど、寅みたいな人間はどこか心
 の中に空洞があるんだろう、そういう人間って、赤ん坊の時がひどく不幸
 だったと考えて、寅が産みの母に捨てられたという設定にした。≫
▼ 私の母親が、世にも珍しい<ママ父>虐めの被害者。その恨み辛みを、
 ことあるごとに聞いていた。3人の子供を残して逝った父親の後添えに、
祖母は男後家と再婚、八百屋を維持した。その義父との間に4人の子供が
できたが、義父は徹底して3人を虐めたという。祖母も、男後家の関係上、
3人には冷たくせざるをえず、一番末の母は、幼児の頃から、両親の温みを
知らないで育った。その為、自分の子供に対して、どう愛情を与えて育てて
よいのか、知る由もなく、それが、母親の「基底欠損」である。当然、その
子供も、基底欠損になる。何れも多かれ少なかれ、それを持っている。
両親の温みの実感が無いのも辛いものがあるようだ。  〜つづく




6658,閑話小題 〜つれづれに ―たまには息抜き…

2019年06月08日(土)

   * シリアスな内容が続いたので
 
このところ小難しい話が続いたので、今日はなか抜き。
  週の中心が木曜日で周っているような。
・月、火、水曜日が‘前半’でホップ。
・木曜日が‘なか日’で、ステップ。
・金、土、日曜日が‘後半’でジャンプ。
後半のジャンプの方が楽だが、ホップ、ステップも悪くない。
単調になりがちな日常で、何かリズムが必要。
ところで、何に向かってジャンプする? ストレス、退屈の向う側に
向かってですか。何にも残らないから良いんじゃないですか。

 一日単位のスケジュール。少し、きつめだが、慣れてしまえば、修行僧?
のようで… きつめは、私の基準の感覚では少し濃いめ。 いや、薄め。
あと一年半で後期高齢者、大年寄りに分類される御年頃。 
 〜私のライフワークを改めてみてみると〜
 ・30年以上の秘・異郷を中心にしたツアー(52回)と、
 ・18年以上続けているブログで、「随想日記」のクラウドへの上奏と、
 ・ビデオレンタル(当初)、シネマ館通い、そしてWoWoWで年間、4〜500本
  の映画とドラマ観賞。 TVドラマをいれると1万本?はゆうに超える。
  何のための人生かって… 所詮は、実人生も振返れば妄想じゃないかと。
 ・早朝の散歩が30年と、10年前に切替えたミニチャリ(ポタリング)
 ・それと、居酒屋とカラオケスナック通い…
 ・そして、午前の読書習慣が、老後の精神を何とか正常に?保っている。

 地方都市で、摩擦を避け? 暢気に、生きると、この程度。内的自由の錯覚は
あったような。いや、石牢の囚人。微睡みの合間に、鉄格子の窓から天空を
みていたに過ぎなかったのか。私にとっての節目は満70歳。何かしら吹っ切れた
ような。あとは一方的に右下がりが大きくなっていく実感。 次が75歳まで
1年7ヶ月。
 
 たまには息抜きと思いきや、書き進むほど重くなる。いや、軽くなる!

後記: 書上げた後に、同月同日分を読返すと、『何だ…これは』という、
  重い内容に気楽に向き合っている自分にドッキリする。真面目くさって、
 何が面白いのだろう。 そう、『ひろしです』の一人自虐漫談そのもの。
「まあ、いいっか! 今さら。」 ところで、このフレーズ自体、テーマになる。

・・・・・・
2018年06月08日(金)
哲学の窓 〜「モナド」とは

   * 精神的存在の原子にあたる言葉、「モナド」
 神の存在が深く信じられていた古代、中世には精神的存在の原子にあたる言葉
を語ることは、神への冒涜として論じられなかったのか。概念上の『点』としての
『モナド』。そして『予定調和』で最善に導かれていく考えは、非常に面白い。
  〜『哲学用語図鑑』ーP120
≪ 世界を精神的存在と考えるなら、それらを分割していくことが可能になる。
ライプニッツは、この精神的存在の原子に相当する概念を、『モナド』と呼んだ。
そして、世界は、このモナドが調和しあって出来ていると考えた。彼によると、
「世界は最善になるようにあらかじめ神によってプログラミングされていると
いう考えを多元論という。
モナドは、原子論に似ているが、原子のような物質ではなく、概念上の「点」。
モナドは1つとして同じものはなく、互いに連絡し合う手段を持っていない。
「モナドは窓を持たない」 すべてが神のプログラミング通り動くとされている。
精神を分割し、更に分割し、その上に分割した最小の点がモナドである。
モナドが世界を最善になるように予定調和で最善の世界を創るもので、世界は
偶然できたものではないと… 要するに楽観的に世界を捉えているのが特徴。
 ライプニッツにとって、世界はただ「ある」のではなく、神が最善の状態に
くだしたから、そう「なった」のです。これを「充足理由律」という。
 要するに、どんな出来事にも十分な理由がなければならないという原理。≫

▼ 物理的存在の、原子は、古代哲学から取上げられていたが、精神的な
 最少単位については考えられなかった。そこでライプニッツが、初めて取上げ
注目された考え方。面白い考え方だが、人間に都合のよい神の楽観的傾向が見て
とれる。世界の知性が問われる現代。トランプ、金、習、プーチン、安倍…
何でしょうか? モナドの最小の『点』からして… モナドですか?
現代の国際政治を問うこと自体が、間違っている。 どうなるのでしょう。
「世界は最善になるようにあらかじめ神によってプログラミングされているはず」
なのに。

・・・・・・
4466, 余命半年 −4
2013年06月08日(土)
          「余命半年〜満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著 
 * 末期から死ぬまで   
 ー末期の現象をまとめてみると、
≪ 「末期」の一つの定義は、余命六ヶ月以内、である。しかし、その状態の
 悪化は右下がりの直線ではない。 要するに、調子がズッと良かったのが、
急に悪化するケースや、凸凹であったりする。
・緩和治療を行っている患者の場合、死の1〜2週間前まではそれなりに元気
だが、その辺りから身の置き所がないような全身倦怠感が強くなる。また点滴の
量が増えることもあり、むくみが酷くなったりする。この時期が一番、患者に
とってきつい症状。そして歩行が困難になり、トイレに行くのも困難になる。
特に、きれい好き、清潔好きの人にとって辛い。 他にも食べものや水分を
飲み込むのも難しくなる。喋り辛くなり、耳鳴りがして、口はカラカラに
渇くなど様々な苦痛症状が出てくる。だから、1〜2週間前辺りまでに、
できることは早めにしておくべき。 
・そして、余命日単位になると、患者の苦痛も限界に近づき、家族の心労も
募ってくる。この時期に家族を苦しめるのは、患者の混乱、錯乱である。
「つじつまの合わないことをいったり」「周囲の状況が全く理解できなかったり」
「幻覚がみえたり」するなど、大声を上げたり、暴れたりするなど、患者を
見守る家族の苦痛は大きい。 そうだとしても、家族は身近にいることが大事。
無くなる24時間前が、そのピークなる。それが「最後の山」という。
・余命数時間単位になると、痰がつまってゴロゴロ音がずっと続いたり、
呼吸が荒くなったりするが、患者の苦痛はない。 しかし聴覚は最後まで
保たれるので、発言には十分に注意が必要。その中で、家族も辛いだろうが、
傍に付き添うこと。最後は、お医者さんも、教えるだろうから、大声を出す
のではなく、静かに耳元で囁きかけ、手を握ってやったり、身体を擦るのが、
死出への旅立ちにふさわしい。
・最後は、まず呼吸の仕方が変化をし、下あごを突き出すような医学語で
いう下顎呼吸になり、数分から数十分で呼吸が停止する。呼吸停止後、数分で
心臓も停止。その時が、死亡時刻になる ≫
▼ 実際の臨終に立ち会ったのは、近くに住んでいた伯母と、母親である。
 父の臨終は、私が当時、立ち上げていた千葉のビル現場の打ち合わせで立ち
合えなかった。臨終の場面は人生が終わるのだから荘厳だが、厳しく生々しい。 
家族も疲労困憊する。幻覚、幻聴、錯乱などは付きものと割るきるしかない。
母親の子宮から、管につながれ、のたうち回って産まれ出て、それぞれの
一生を生き、最後は管に巻かれ苦痛の中で死んでいく。せめて、その間、
精一杯生き、悔い無い終わりを遂げたいもの。末期を具体的に想定する
ことは、高齢者の生き方を考える糧になる。で、偶然だが、以下文に続く。
・・・・・・
5563,「オカネがなくても楽しめる社会」に住みたい
2016年06月08日(水)
   * 私の住みたい社会       
 雑誌に、私の現在の生活に似た生活を理想とするレポートがあった。
リタイアをし、年金生活に入って5年余り、隠居という身になっても、修行僧?
のような真面目なスケジュールに慣れ親しんでいるためか、思いの他、不自由も
肩身の狭い思いもない。この生活習慣が、著者の「住んでみたい社会」の生活に
近いから驚いた。4時に起床、この随想日記を書き上げ、ネットにアップした
6時過ぎに(冬期間を除いた)ほぼ毎日、一時間、電動アシスト自転車でミニ・
サイクリングに出る。200M先の栖吉川の土手と、バイパスと、信濃川・土手で
コースの9割以上を占めていて、ポタリングには、これ以上ない快適なコース。
これに午後1時から2時間、近くのSC内のスポーツジムに週5日通っている。
他に週1回のシネマ通いと、月に1回の飲み会を入れれば、もう十分満足である。 
≪   ☆「私の住みたい社会」 青山文平: 
「どんな社会に住みたいか」と問われたら、私は迷わず、「オカネがなくても
楽しめる社会」と答えます。オカネがたくさんある方と、そうでない方とでは、
どっちが多いかといえば、そうでない方のほうと思えるので、社会が「オカネが
なくても楽しめる社会」になれば、誰にとっても楽しい社会になるでしょう。
 しかも、オカネがなくても味わえる楽しみというのは、けっして我慢した
楽しみではなく、けっこう奥深いのです。むしろ、オカネを使って味わう楽しみ
よりも深いかもしれません。 たとえば、もしもいま住んでいる町がすごく歩い
て快い町で、毎日散歩してもぜんぜん飽きないとします。その日々の散歩は、
年に数回行く海外旅行よりも楽しみの深度が深くて、つまりは贅沢であると
言えないでしょうか。そういう町を多く抱く社会はまちがいなく、「オカネが
なくても楽しめる社会」でしょう。
 私は散歩もよくしますが、自転車に乗るのも好きです。気に入った自転車
さえ手に入れれば、あとはほとんどオカネのかからない楽しみですが、残念
ながら、私の暮らしている地域に、自転車で走って気持ちいい景観を待つ道は
数えるほどしかありません。昔、仕事でスコットランドや北イタリアに行った
ときは溜め息が出ました。どこをクルマで走っても、全域、自転車好きなら
よだれが出そうな道ばかりなのです。 ちなみに欧州では、日本ではすっかり
下火になってロードバイクに取って代わられた、クルマで言えばジーブタイプ
のマウンテンバイクもいまだに人気です。マウンテンバイクで走って楽しい
シングルトラックなどの道が、遠征などしなくとも、毎ヨ暮らしている町の
かたわらにあるからです。自転車造びが楽しいかどうかは道しだい。
自転車はいい道を楽しむ遊びであって、マウンテンバイクの不人気はそういう
道がないことを表しているのです。 ・・(中略)
「オカネがなくても楽しめる」遊びが、逆に消費を拡大させるかもしれません。
いま求められている遊びは、そういう深い遊びのような気がします。欧州には
「キャナル.ツアー」という楽しみがあります。実は、欧州には網の目のように
運河が張り巡らされていて、その運河を使うだけで地中海から北海へ抜ける
ことが可能なのです。けっしてカネモチの遊びではなく、定年退職者の夫婦が、
キッチン・ベヅド付きの中古のボートがあれば、あと必要なのは燃料費と、
家にいてもかかる毎日の食費だけです。これまた、「カネがなくても楽しめる」
深い遊びなのです。そういう社会に私は住みたいのですが、いまの日本は、
さて、どうでしょうか。≫
▼ 一月あたり6000円のスポーツジムに、週一のシネマ館通いで月に5000円、
 月に一度の飲み会が10000円、読書の本題は近くの図書館が主で、ほぼゼロ。
毎朝のミニ・サイクリングがゼロ。パソコンとTV代が10000円で、酒と肴で
20000円で、大よそ合計5万円が、月あたりのお遊び代。これが「オカネが
なくても楽しんでいる生活」かどうか分からないが、満足をしている。
 振返ってみて、仕残してしまった悔いが少ないためか、遊ぶ金が欲しい、
何かが欲しいと思わないでいられるのが有難い。それぞれの時節に、充分
楽しんでいたのが大きい。家内の厚生年金受給が、こうなると大きい。
  〜で、以下の文章に、続いていく。
・・・・・・
5198,ライフサイクルより、ライフコースへ 〜1
2015年06月08日(月)
  * 多様に選択される人生 
 ライフスタイルの一つに、10年節や、女7年、男8年、節目節がある。
その視点、振り返ると、思い当たる節がある。ところが、現在では多様な人生が
あたり前になって、それぞれのライフコースという概念に取って代わってきた。
 『本当にわかる社会学』現代位相研究所著の中で次のような論説があった。
≪ 社会学で、ライフコースという概念がライフサイクルという概念を置換する
 形で用いられるようになった背景には、個人の人生の軌跡の多様性への認識が
あるとされている。ライフサイクルを「だれも同じように人生の道筋をたどれる
こと、ある一つのライフコース・パターンが高い頻度で再生産されること」とし、
ライフコースがライフサイクルに取って代わられるようになったのは、みなが
同じような人生を送る社会からいろいろな人生を送る社会へと発展的に進化した
ためであるとする。主として生物学および心理学で発展してきたライフサイクル
研究は,生物としての人間が一生のうちに示すある範囲内での規則的な推移を
考察し,人々の人生を横断する共通の特徴に着目してきた。他方,個人の生活を
取り巻く社会的歴史的文脈を重視する社会学的視点が生かされたライフコース
研究では,個々人の人生の多様性が強調されてきたのである。しかし,20 世紀
後半に入ってライフコースの社会学が多様性の研究に大きく舵を切り、今や
ライフサイクルは古い概念であるかのごとく扱われるようになった。ーつづく≫
 息子2人と甥っ子を加えた9人のうち、3人が独身。あまり独身が不自然でない。
ライフステージ、ライフサイクル、ライフコースの意味をネット検索をすると、
◎ ライフステージlife stage
 個人の一生の発達過程にみられる諸段階。人間の発達には生物的・生理的側面,
 心理的側面とともに社会的側面があり,これらの相互作用を重視しつつも,
 とりわけ社会的側面の発達段階に焦点が当てられる。具体的には,個人の地位・
 役割の大きな変化と段階移行に着目して段階設定がなされることが多い。
◎ ライフサイクルlife cycle
 生命体の一生にみられる規則的変化のパターンをいう。人間のライフサイクル
 においては,出生から死に至るまでの生命現象とともに,学校への入学や卒業,
 就職,結婚などの生活現象にみられる節目や変化パターンが重要な意味をもつ。
 近年では,人々の価値意識やライフスタイルの多様化とともに,ライフサイクル
 概念が前提とする平均的・標準的パターンを設定することには無理があるとの
 批判もなされるようになった。
◎ ライフコースlife course
 社会的存在としての個人の生涯にわたる加齢過程をいう。ライフコース研究
 では,個人の地位・役割のありようと時間的経過のなかでのその変遷,そして
 これに変化をもたらすような社会的・個人的出来事が関心の焦点となる。
 ライフコース研究が登場した背景には,非歴史的なライフサイクル研究の限界を
 超え,個人の生活史と社会の歴史のダイナミックな相互影響関係を捉えよう
 という研究意図があった。
ライフステージの背景の「時流」が、大きくライフステージを左右する。
私のように終戦直後から復興過程を経て、高度経済成長期と、その崩壊期を
生きた者にとって、この3つが鮮明に浮かび上がってくる。
・・・・・・
4833,「事業人生を決心して45年」の語り直しー11
2014年06月08日(日)
   * 創業? 実は、そんな格好いいものでなく、半狂乱!
 あなたが転機に立たされて何か新事業の創業の課題を与えられたとして、
何が考えられるだろう? 具体的には、何も思いつかないのが実際だろう。
そこで、幼児から、その時点までの自分が経験してきた中で、大きは時流に
対し、何か材料を探し、新たな装いをするしかない。それまで、顧客として
何を経験してきただろうか? そう、学生時代に池袋駅の居酒屋と、その後の
勤務先のスーパーの経験と、その近くの飲食店と居酒屋くらい。対象の物件の
道路を隔てた膨大の空地に、近々に5百世帯の団地が計画されている。
それなら、その小判鮫の商店が必要。とすると、テナントビルと、その一角
での手堅い商売。しかし、ノウハウは無い。ならば、それを買えば良い。
そのためには、フランチャイズに加盟すれば良い。で、問題は、その選定。
失敗は、状況から許されない。それも、父の余命が一年での、調査になった。
「第一の協力者の連添いを、真剣に探しておくべきだった!」という後悔も、
先に立たず。とにもかくにも、適切なフランチャイズの本部巡り。
 で、見つけたのが、当時、国内最大レベルの居酒屋チェーンの『養老乃滝』。
さっそく、説明会に参加したが、「駅前立地が基本。郊外型立地は皆無だが、
これからは郊外の時代、非常に面白い立地、是非とも組みたい!」と、乗り気。
考えあぐねた末に、思い切って参加することにした。その具体的内容を13年前
に書いたのを、コピペをしたが、今でも、あのパニックを鮮明に憶えている。 
人間、何事も忘れるから、勇敢になれる。知らないからこそ出来ることがある。
二ヶ月前まで、全く知らなかった家内との結婚。商業ビルの完成。そして、
二ヶ月も経験してない、チェーンの居酒屋の立ち上げ。 その直前には、
最大の後楯だった父の死の中の創業は、極限の事態に自分を置くことになる。
顔は平静だが、気持ちは半狂乱。創業とは、半狂乱というより、狂乱状態で
なければ、出来はしない。それも血だらけで。その傷口が、その人にとって
の事業。それも1〜2年もすれば、その状況を自ら受け入れ、それに見合う
ようになっている。 当時の飲食業界も、逆境の人たちが集まる、
気違い水を飲ませる異様な世界。千葉といえば、首都圏をアメリカに喩えると、
未開の荒野の西部。 江戸っ子にとっては、地方出身者の田舎者も吹き溜りの
地と、一段下に見られていた。そこは、土木作業員や、ヤクザが屯する底知れぬ
世界があった。それなら、狂うしかなかったのが、実情。その後の人生も、
狂いっぱなしだったが、致し方ない。 自分が選んだ道だから! 
だから、面白いのである。


6657,閑話小題 〜映画観賞 ―『ワンダフルライフ』

2019年06月07日(金)


           <『ワンダフルライフ』 是枝裕和監督・1999年>
   * 何れの思い出を選ぶ?
 何らかのテーマの随想日記を個人ブログで公開を始めて18年も経過した。
一度だけ5分遅れで掲載出来なかった以外は、何とか続けてきた。旅行中は、
書きだめをして、ネットにあげて知人に頼んでいた。6600ともなれば、何から
何まで? 書いてしまった感覚になる。で、周囲の人たちを傷つけ、反発され
もした。どうしても、言葉の中から本音や毒素が出てしまう。
   先ずは、概要から
≪ 天国まであと7日 …
 月曜日。霧に包まれた古い建物に人々が吸い込まれていく。全部で22人。
彼らは面接室に案内され、職員からこう告げられる。
「あなたは昨日お亡くなりになりました。あなたの人生の中から大切な思い出を
ひとつだけ選んで下さい。いつを選びますか?」 死者たちは天国にいくまでの
7日間を、この施設で過ごすことになっている。 死者たちが選んだ思い出は職員
たちの手で撮影され、最終日には上映会が開かれるという。
火曜日。職員の望月、川嶋、杉江、しおりたちは死者から思い出を聞き出し、
撮影の準備を進める。 それが彼らのこの施設での仕事だ。
・生き別れになっていた恋人と再会した瞬間を選ぶ76歳女性。
・子供の頃の夏休みの前日を選ぶ56歳の男性。
・女性経験ばかり話し続ける男性。
・友達とディズニーランドへ行ったことを話す少女。
・太平洋戦争中のフィリピンのジャングルを選ぶ85歳の元軍人。
・選ぼうとしない青年 ・ ・ ・ etc 。
人それぞれにかけがえのない大切な思い出がある。
水曜日。望月が担当する死者のひとり渡辺は70歳。なかなか思い出を選べずに
困っている。 「どうせなら… 生きた証が分かるような出来事を選びたい」と
自分の人生が録画された71本のビデオテープを見る渡辺。 しかし、次々と映し
出される自分の平凡な姿に幻滅するばかり。 そんな時、渡辺の新婚生活の映像に
眼を奪われる望月。その表情の変化をしおりは見逃さなかった。 この夜を境に、
望月、しおり、渡辺、それぞれの感情は大きく揺れ始めるのだった… 。
職員たちとカメラマン、美術スタッフが、死者の思い出を再現するための会議
を開く木曜日。スタジオに組まれたセットの中で思い出が撮影されていく金曜日。
そして土曜日、職員たちの演奏に見送られ、死者たちは思い出の再現映画を
見届け、天国へと旅立っていく。 ≫
 ―
▼ ブログの御蔭で、人生を振返る機会が多く持てたが、たった一つだけと
 言われれると… 思い出といえば、『白い雲に乗って』である。 夜半、
「白い雲にのって、『幼児から少年時代』や、学生時代の『青雲寮』の一室に
戻ったり、金沢の修行時代の店舗でのエピソードの現場を彷徨ったり… 
それらのフラッシュの断片を書いてきた。
・10年スパンで選ぶなら、やはり20歳代。次が10歳までの一桁代。そして30歳代、
 50歳代になる。
・5年スパンなら、20歳代前半。次が30歳代後半、そして50歳代後半。
・一年スパンは、23歳。次が27歳。39歳。
・一月スパンは、21歳の7月。<欧州30日の旅> そして30歳の頃。次が35歳。
 人生のハイライト。
・一週間〜10日間スパンでは、各アフリカツアーの日々。
・一日スパンでは、大学の卒業式の一日。
 そして、タンザニアでの晦日のハイエナに囲まれた草原のドライバー達との
 焼肉パーティ。その生々しい現場感覚が何とも味があった。
『こういう体験を三桁はしてきた』と、ある姉に話すと、『そんなことが絶対、
 ある訳がない』と怒りをこめて反論してきた。「際に絶対に行かない人」
には、解る筈はないからである。この切口でみると… ここで止めておく。
 
――――
2658, 幸福の4階建て
2008年07月15日(火)      ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!!
 京都大学の工学部の新宮教授が、古今東西の幸福論を読み漁った成果としての
「幸福の4階建て論」説が面白い。
《「幸福ということ?エネルギー社会工学の視点から」 新宮秀夫著 》 
「新ストレス学説」の創始者・ハンス・セリエ(1907-82)は、そこで、
《人間はあまり「無事」だけでは、死ぬ時にガッカリする。
「ストレスは欠くことのできない人生のスパイス」こそが重要》と主張しているが、
 その部分から触発されて、幸福論を4つのステージに分類した。これが面白い。
  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
  2階:獲得した「快」を永続させる。
  1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
・幸福の1階は人間の本能的な「快」、つまり富、恋、名誉を得て、それを増やす。
・2階は獲得した富や名誉を永続させることである。 そこに時間的要素を入れ、
 いかに長続きさせること。
・3階は苦難や苦しみを経験し、これを克服することである。自己実現の要素が入る。
・4階は克服できない苦しみや悲しみの中に究極の幸福があるのだという。
 これは解かりにくい。
 さすがに、教え子達に猛反発を受けたそうだ。
1、2階の心の感動よりは、3階の苦悩や、難問を乗り越えた方が、より感動を
得られることを経験的に知っている。「感動することが幸福」だと看破している。
確かに1、2階による心の感動よりは3階の自己実現のほうがはるかに
大きな感動を得られる。苦難を乗り越えた成功体験を知った人たちは自発的
かつ前向きになる。成功の対価としてのお金はもはや副次的なものとなってくる。 
達成感が生きがいになるのである。しかし新宮教授は、その上のランクとして、
克服できない苦痛や悲しみの中に、幸福があるという。
この辺は、解るような解らないような。 三階までは、この世の幸せ。
4階は克服できない苦しみの中でこそ強まる天国の世界の願望と、その混濁した
中の幸せ。その苦しみの中で、己が融けてしまう状態が幸せということのようだ。
 何か、凄い話になってきたが、両親の創業期の苦しみを身近に見たのが、
その感じである。ロマン・ローランの「ベートヴェンの生涯」の中に、
『苦悩を通り抜けて歓喜へ』という言葉にも近いか。
 苦悩を得てこそ歓喜があるが、歓喜を予感しながら苦しみに耐えることが、
最上の幸福ということだ。それにしても、大きな棍棒で思い切り殴られたようだ。
教え子は大反発をするのも当然のこと。死ということを前提にして、この4つの
ステージはなりたっており、死という最大のストレスを迎える人生の終わりに、
最上の感動を見出すこと!という意味なのか。この問いは今後の持続的自問自答
になるほど、大きな問いである。
「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階にあるとは?
                   (^わ^)(^か^)(^ら^)(^ん)(^!^)
・・・・・・
6294,久々のパレートの法則 〜2
2018年06月07日(木)
       『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』
                     T・バトラー=ボートン著
   * ふりかえって、実感としてのこの法則は?
 アメリカ的合理主義といえば、実利主義と、80対20の法則、そして今では、
スティーブン・コヴィーのビジネスマンのバイブルともいえる『7つの習慣』。
中学校に入り、俗にいう「ノメシ」という参考書の存在を知り、試験前に、必死に
赤線をひいて憶えたもの。この存在を知っているかどうかで成績に左右する? 
 人生という面でライフワークを持ってきたかで、それは明らかに2割の部類に
入る。 私のそれは、秘異郷ツアー。その体験の積み重ねが、魂そのものに、
何かしら重要要素があると気付いていた。 この書を読んだ20年前に、
これは、人生の80対20法則の20に入ると…。その後の10年間で、20数回、行く
ことになった。この80の下、20を分け、「20:60:20の法則」もある。
 ネット検索で見つけたのが、更に面白い『3:10:60:27の法則』。
《 ハーバード大学が調査して実証したデータ。 人生は、
・27%の人が、何も知らず、自分からは何もせずに生きている人
・60%の人が、知っているけど、行動しない人
・10%の人は、知ったことを、出来るようにした成功者
・そして3%の人は、無意識に出来てしまう大成功者です。
この27%と60%を足した87%の人達がサービスを受ける側の人、
13%の成功者が提供する側の人です。もっとキツイ言い方をすれば、
87%の仕掛けられる側と13%の仕掛ける側に分かれています。
 ―
 ここには明らかにマインドの差がありました。
・27%の『知らない何もしない』人のマインドは、人をあてにしたり、運命論者
 のように、なんとなく過ごすだけ。生活保護をあてにする人も多くいました。
・60%の『知ってるけど、やらない』人ののマインドは夢や希望を持っているけど、
 そこへの道筋をしっかり定めないでいる人。変化を恐れて今に留まる人たちです。
・10%の『知ったことを、実践して、出来るようになった』人のマインドは、
 3年〜5年くらいの未来をしっかり考えられた人たちです。
・そして3%の『無意識で出来てしまう』成功者たちのマインドは
人生の目標に使命感あって、それに向かって進んでいた人たちです。
 他にもこの割合をこのように定義している人もいます。
・27%の人達は、Take & Take(常に人から価値をもらおうとする)
・60%の人達は、Take & Give(価値を与えられたら返す)
・10%の人達は、Give & Take (人に価値を与え見返りを得る)
・3%の人達は、 Give & Give (人に価値を与え続ける)
 もしくは、
27%の人 ・・・ 三流の人
60%の人 ・・・ 二流の人
10%の人 ・・・ 一流の人
3%の人 ・・・ 超一流の人

▼ 能力分類される、中学校最終年のメンバーの顔が思う浮かぶ。
 成るほど、各自がそのままスライドした人生を過ごしてきたようだ。 
ここで、誰もが思うのは、自分は、どの辺りだったか? 
そこで出てくる言葉、<他者と比べないこと> の言葉が出てくる。
こう考えればいい。『それぞれの持味の要素で切り込めば、それぞれ違う。
あの人は、あの分野で、私は、この分野で、秀でているだけのこと。』と。
その意味では、やはり長年かけたライフワークが必要になるが… 
 それもこれも、生きている内、3日もすれば生臭い宇宙の彼方へ…
最後は、『 ぎゃーてい ぎゃーてい はらぎゃーてい 』ですか。

・・・・・・
4465, 余命半年 −3
2013年06月07日(金)              
         「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津秀一著
   * モルヒネか、プチッか     
 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、
プチッ(安楽死)と早々に最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。
ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、それにつれモルヒネも強くする
しかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。
著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。
ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。
一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を
減らせる。死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めて
いる、と思われるが、ガンの進行に合わ強くしているための誤解。
末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。 ここで知ったのが、
「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは
別に、痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。で、プチッ=安楽死? 
これは現在の日本では禁止されている。ただし死ぬ前から、その意思表示をして
おけば、医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。
 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。
何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から
死ぬまでの数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。
生きることは大変だが、死ぬのも大仕事である。 父も最期の最期は、モルヒネ
を大量に投与をして亡くなっていった。「苦しみを最小にするに、それはそれで
良い」と著者もいう。ある映画の一場面に、ガンになって入院してきた男に、
古手のガン患者が、こっそり、のた打ち回る患者を数人掛りで押さえ縛りつけて
いる現場に案内、隠れ見る場面があった。義兄のガン末期の似たような場面を
聞いた。父が亡くなる数日前、病院の一室で、頭を掻き毟っている姿もみた。
三人に一人は、このような状態で亡くなっていくのが現実。元気なうち、出来る
うちにすべきことを成すべき。アル中や薬中には、モルヒネは普通の人の数分の
一しか効かない。 酒の絶対量を飲んできた私も、その報いが出る可能性が高い。
「プチッ!」とは、どうも逝けそうもない。モルヒネで恍惚状態も悪くないが。
高校の同級会のメンバーと、中学の男の同級生の四分の一が既に亡くなった。
生きている限り「他人は先、我は後」だが。

・・・・・・・
5197,歩くことが人間の特徴
2015年06月07日(日)
  養老孟司の対談の中で、「人間の身体は、走るでなく、立っているでなく、
歩くに都合の良いように出来ている」という。考えるとき、独り黙想をしながら
歩くのが良いというのも、歩いている方が自然体のためである。
              ★ 養老孟司対談より
≪ 養老:例えば、歩くのは人間の特徴です。速く走るのは苦手だけれど、長距離
 を歩くのは動物の中で一番得意なのです。そういうことは殆ど教えられません。
 人間は、単に転ばないように重心を移しながらバランスだけで歩いている。
 四つ足の動物は自分の力で体重をまともに移動させなければならないのです。
田部井:人間は走ることではなく歩くのに向いている。そう痛感しながら、
  山を登っているのです。
養老:だから、アフリカで発生して、南米まで行けたのです。あれは歩いて
  行ったに違いない。アジアを通り北米を経てアメリカ大陸の南の果てまで。
田部井:ひづめを持っている動物は走るのに適していると思いますけれど、
  人間の足は歩くためにあって、歩くから身体のいろいろなところが働く
  のだなと思います。
養老:後足に頭が乗っているのはほとんど人間だけですからね。馬とかキリン
  とか、みんな前足に頭が乗っているでしょう。だから、前足がコケると
  頭がコケる。人間の場合、手がいくらコケても頭は平気です。 だから、
  そのぶん手が余った。その手は昔から頭と関係が深いわけで、それは脳
  からすれば大革命なのです。見えている風景が全然達うでしょう。 ≫
▼ 青年期には、読書や、旅行先で、様々な感動があリ、その都度、大きく
 変わっていった。逆に、挫折も大きな変化をもたらした。20歳前後から、
一日、2〜5時間の読書時間を持ってきたが、魂を揺するほどの感動というと、
どれほどあっただろう? 秘境ツアーでも、何度も、その経験をした。
その都度、小さな硬い殻が壊れていき、何かから自由になっていた。
   〜次の言葉も、含蓄がある。
『現実は人それぞれ。あなたの行動に影響するものが、あなたの現実です。 
 知識が増えても、行動に変化する影響がなければ、それは現実にはならない。
「授業を聞いて何か知っても、それによって自分が変わらなければ勉強した
 ことにはならない」・・』 
『知ることは自分が変わること。がんを告知されて、あと半年の命と思ったら、
 同じ桜でも違って見える』
・・・・・・
5927,ネットの未来 〜ネットの住民には
2017年06月07日(水)
       <「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著> 
  * ネット住居派と、ネットツール派
 ネットとTVの未来をテーマにした面白い本である。寝室にソニーの
4K・TVを入替をして5ヶ月経過。一日、3〜4時間は、録り溜めの映画か、
ドラマか、ドキュメントを見ているが、一度、TVを入れると別世界になる。
また、廊下を隔てた仏間の机上のパソコン前に4時間は座っている。これも、
座ると同時に、現実世界から遮断され、唯我独尊の世界になる。
この2つのマシーンの未来をテーマなら、面白くない筈がない。
 〜まずは、ネット世界の住人について、まとめた〜
≪ ネットを利用している人には二種類の人種がいる。
 ネットをツールとして利用する人と、ネットに住んでいる人の二種類。
・ネットを便利なツールと思っている人をネットツール派、一般はこっち。
・リアルな現実世界ではなく、バーチャルなネットの中に自分の居場所があると
 思っている人=ネット住処派と定義。著者は、自らを「ネット原住民」とする。
当然、重なるが比重の問題。家内は明らかにツール派で、私はネット住処派。
ここで、「住処派の住人は、パターンとして特別な趣味を持っている人」で、
彼らが困っている共通のテーマが、同趣味を持つ仲間を見つけにくいこと。
マイナーの趣味を持つ人を近くで見つけよとするのは難しいが、ネットだと、
全国から探せるため、比較的仲間を見つけやすい。特に現実社会で仲間を見つけ
にくいオタクはネット仲間と相性がよく、現実社会よりもネットに仲間と帰属
意識をもつ。もう一つのパターンが、そもそも友達が少ないか、いない場合。
現実社会でイジメにあっている人、落ちこぼれている人、そういう人たちは、
現実社会では居心地が悪くて、ネットがにべ場所になります。ネット社会の方で
こそ輝ける人生を送れる、人気者になれる、憩いを感じる、そういう人がネット
住人になれるのです。≫

▼ このテーマ日記も、地元原住民にとって、特殊な切口をするネット住処派
 変人のネタ探しと、上から目線でみるには丁度よい情報源というところ?。
<井戸の蛙、井戸の外の世界は見えずとも、満天の空を見ることができる>が、
ずばり、オタク世界の本質である。
ネットの面白いところが、<内省だけならず、外の数多の「内省」>を気楽、
かつ簡単に出来ること。だから、毎日が面白く楽しい、充実した時間に様がわる。 
要は、「クールヘッド、ウォームハート」の視線で、ネットや、チャネル・
サーフィンが可能になるということ。今では、TVでYouTubeに高画質の動画が
見れるため、ポテトチップオタクも、ネットオタクの仲間入り。自然界を、
現場に立った生の視界を、人間の視力の数倍、数十倍で見ることが可能のこと。
それ故に、毎日が、TV画面で、現実世界でも、過って見たことがない世界に
出会うことになる。映像は映像でしかないとしても、これがバーチャル世界の
住処派の面白いところ。 ハヤブサの首に超高速のカメラをつけて、林の中を
滑空する映像や、南米の祭りで、街中に放たれた闘牛に住民たちが素手で立ち
向かう映像は、迫力満点。 そういうこと!



6656,閑話小題 〜映画観賞  ー『幸せの絵の具』

2019年06月06日(木)

   * 『幸せの絵の具』
 何気なくブルーレイで録画を映画を寝室でみた。可能な限り、
一日一本は、心の底から『面白かった!』と思えるのを選択するが、
そう考えると実際あるから不思議。問題は、ある筈と信じて探すかどうか。
毎週、シネマ館通いをして10年近くなるが、大よそハリウッドものが85点平均。
邦画は80点評価。 家で見るのが、85〜90点とすると、これまた素晴らしい
日々を送っていることになる。週末に集中し見ているYouTubeでは90〜95点平均。
ということは毎日が極上の日々を過ごしていることになる。
 映画は、幼少の頃、リウマチを患い、発達障害の女性が、生きがいの
絵画の才能を開花させる実話。『基底欠落』の2人が、何とか知恵を出しながら
生きていく姿が神々しい。 そこで垣間見る絵画が、光を放っている。
最後のテロップの合間に、彼女の絵画は挟まっていたが、どれもこれもが、
息を飲む、魂の光を放っていた。 
 ところで、エンピツのブログhttp://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
の読者の皆様、今回、その絵画がhttps://horii888888.hatenablog.com/
が掲載してあるので、ご覧ください! 
 
  〜内容説明より〜
≪ カナダ東部の田舎町で叔母と暮らし、絵を描くことが生きがいのモード
(サリー・ホーキンス)は、魚の行商をしているエベレットの家で住み込みの
家政婦として働き始める。 幼少期にリウマチを患い身内に冷たくされてきた
モードと、養護施設で育ったエベレットは互いを認め合い、やがて夫婦になる。
 ある日、モードの絵の才能を見いだす女性が現われ……。     
実在の女性画家、モード・ルイスの自伝的作品。
身体に障害のあるモードとはみだしもののエベレットが小屋みたいな小さな家で、
ケンカしながらも肩を寄り添って生きているなかで、モードが書く絵が注目されて
いくけれど、ふたりの生活はちっともかわらず…
 生きるのに不器用なふたりが、それぞれのなかの輝きをしっかりうけとめて、
生きて行く。 サリー・ホーキンスとイーサン・ホークの(熱演を感じさせない)
温かな演技に引き込まれる「映画ファン」を唸らせる作品。≫
 ―
▼ 人生は、それぞれのハンディを抱えて、よろめきながら生きていくもの。
 問題は、それに気づいているか否か。気付いていれば、俗にいう『世間』から
距離を保つことが可能になる。 『ビッグ・アイ』という映画を彷彿させる内容。
何れの夫婦も、それぞれハンデを抱え不器用に生きている。
人生は、煮え立つ油の大釜の上で一つ間違えると、転落する淵にある。だから
面白いと言い切れない危うさがある。 ところで、その直前に見たのが、
 『ワンダフルライフ』。
<あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい。>
(1999年。監督・脚本・編集:是枝裕和)。これも考えさせられた。
次回に… 
  
 〜 ところで、何だかんだと、面白いのを見てきた! 〜
脈絡として、去年、一昨年、3年前、4年前の『基底欠落』の同月同日に
丁度良く、続くから不思議!

・・・・・・
6293,閑話小題 〜シネマ観賞 ―『のみとり侍』
2018年06月06日(水)
   * バカ殿が、何と長岡藩主の…!
 先日 「のみとり侍」を見てきたが、何と長岡藩の江戸屋敷の侍の…
愚鈍の殿様に嫌われた情けない下級武士の話。話題の映画の割には地元と話題に
ならなかったのは、プライド高き長岡モノゆえに…。これでは長岡藩の名折れ。
春を囲った「のみとり侍」が、田沼意次の囲い女と懇意となり、田沼から、
<「のみとり侍」にされたのは、藩内不正調査をを良しとしない藩主が主人公を
陥れるため、仕組まれた陰謀>と知らされる。 田沼は賄賂政治の諸悪の根源の
イメージが定着しているが… 最近は再評価されているようだ。
【ストーリー】
越後長岡藩藩士の小林寛之進(阿部寛)は藩主の気分を害してしまい、表向きは
猫ののみとりを商売にしつつ、実態は床で女性の相手をする裏稼業「のみとり」
を命じられる。長屋で暮らす人々の助けを借りながら新たな生活を始めて、間も
なく出会ったおみね(寺島しのぶ)が、最初の「のみとり」の相手となる。
亡き妻にそっくりな彼女にときめく寛之進だったが「下手くそ!」とののしられ、
伊達男の清兵衛から女の喜ばせ方を学んで腕を磨いていく。

▼ 観客50〜60人の半分は高齢者だったが、長岡藩江戸屋敷が舞台と知った
 瞬間、館内がどよめいた。そういう私も驚いた。 現実離れした江戸時代の
風情が何とも良い。

   * YouTubeに再び ―ブラックYouTubeの楽しみ
 一昨年暮れに、寝室に大型TVを入替えた時に、嵌ったのだYouTube。ところが
今年に入ってからは、全く見ることがなかったが、先月末から再び見ている。
録画3百本の録り溜の存在は大きい。その中で最も面白そうなのを選ぶ。
その上に、連日、Wowowで面白い映画放映されるため、YouTubeなどのネット
配信の映像を見る時間がない。
 TVだったら、カットされる残酷シーンものが、YouTubeでは検閲なくみれる。 
中南米の何処かの国の祭りの余興で、闘牛を街中に放ち、街の通りで牛を揶揄う。
身体を盾にした死をかけた遊び。以前からあったが、今では撮影機能が年々と
アップしたため、迫力がアップ。傘や、布きれ一枚で、突進してくる牛をかわす。
それが滑って転んで、牛にグチャグチャにされたのが、そのまま、放映される。
当地のTV番組だろうが、ボコボコにされた場面を、次々と出し、スタジオ全員
で笑い飛ばすのもあった。 
 酷いのが、ムササビスーツを着て、断崖を飛び降りる失敗したケースだけを
編集したものや、インド象が街中で暴れて次々と、群衆を襲う生生しいのとか。
生きたまま、ライオンに食べられていく水牛とか… 
ホワイトYouTube?では、スイスアルプスの山頂から、ドローンで山々を背景に
自らを撮影したものとか、ドローンのスピードレースの映像とか、巨大波の
サーフィンとか… これらも、あと1〜2週で飽きるのだろうが。いい歳を
して何をしているかだが、面白さの感受性は年齢に関係ないこと。
 静かにクラシックも良いのだろうが、これまた実に面白い!

・・・・・・
5926,閑話小題 〜居間のTVが寿命に
2017年06月06日(火)
   * 居間のTVが寿命に
 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の
ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。
 ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。
居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、
覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。
 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは
7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW
の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り
溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、
どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、一般放送を寝室で見ること
は、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、
レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり
見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり
ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き
の日々である。
 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜
≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05
   * 居間から寝室へ重点移動
★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ
 を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、
ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。
今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、
『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分
転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。
 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、
連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。
★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。
 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間
まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い
が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、
ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、
今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、
実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、
そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター
に閉じ籠りを楽しむしかない。
<50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、
そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに
させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践
できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに
向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫

▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、
 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。
居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、
10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。
今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ?
脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ
と読み込んだら!』の声。

・・・・・・
5561,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月06日(月)
 「基底欠損」を、ネット検索すると
≪ ■概要
 基底欠損とはBasicFaultの日本語訳で、「基本的信頼感の欠如」を意味する。
基本的信頼感とは人間の根源的な信頼関係であり、お母さんと赤ちゃんのような
何物にも代えがたい関係を言います。この基本的信頼感がしっかり形成されて
いますと、精神的にも情緒的にも安定した状態でいられます。
 基底欠損はこの基本的信頼感がうまく形成できていない状態で、そのせいで、
世の中や他者に対して信頼をおくことが難しい状態をいう。言い換えれば、
世の中や他者に自分の身を預けて安心することがなかなかできません。
 パーソナリティ障害では、情緒不安定パーソナリティや境界性人格障害など、
この基底欠損がみられる。≫ とあった。 
――
名越が山田洋次との対話で、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったため、
恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損という」と述べ、
山田監督に、「もし僕が寅さんに『基底欠損ですよ』って言ったら、
『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたところ、
山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』って、自慢するんだろうね。」
と答えていた。 名越の一映画ファン兼心理学者のマドンナ=女優評も面白い。
・吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で
 人から影響を受けない性質」
・竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな
 『ザ・日本女性』」
・都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」
マドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、ない。
▼ さしずめ私は「基底肥大」と前回書いたが、基底欠損と、基底肥大が入り
乱れた歪な性格になる。親の愛情こそ必要なのが人間。その絶対量が、その人
の人生を決めることになる。 何故か、長女のA型の女性に引かれるのは、
優しさと、芯の強さを母親代わりに求めるためか。「この人の、基底欠損、
基底肥大は何か?」と知るだけで、その人となりを知ることができる。
 ところで、日本の基底欠損、基底肥大は何かを、今度、考えてみる。

・・・・・・
5196,閑話小題 〜ギリシャが?
2015年06月06日(土)
   * ギリシャがユーロから離脱?
 ギリシャ危機が再燃している。TVで、現地経済の実態をレポートしていたが、
かなり深刻のようだ。厳しすぎる財政再建を批判し当選したチプラス首相は、
欧州連合(EU)の財政再建路線と衝突し、このまま対立が続けば、ギリシャは
財政破綻とユーロ離脱に追い込まれるのではないかと見られる。
  ーネット検索で、最新レポートをみつけたー
≪ なんでも賭けの対象としてしまうロンドンのブックメーカーでは、
 ギリシャがユーロに残って財政再建を果たすのか、それともユーロ離脱をする
のかの賭けが成立しなくなったという。ギリシャがユーロにとどまることに
賭ける人が殆どいないからだ。ギリシャが現在の路線を強行し、欧州諸国が
それに妥協しないかぎり、ギリシャは財政破綻になり、ユーロ離脱になる。
 2012年の危機の時には、こうした破綻シナリオは回避された。ギリシャの
当時の政府が、現在のチプラス政権よりは厳しい財政再建を受け入れる姿勢を
示したことがある。 こちらの方が重要かもしれないが、2012年の時点では
ギリシャが財政破綻・ユーロ離脱になれば、それがスペインやポルトガルなどの
国に波及する危険が大きかったからだ。もしそのようなことが起きれば、ユーロ
の仕組みそのものが維持できなくなるかもしれない。その場合には、ドイツや
フランスなど健全財政の国だけで、以前より縮小したユーロの制度を再度構築
すべきであるというような議論さえ出ていた。 では今回はどうだろうか。
今回は2012年とは状況がだいぶ違うと言う人も多い。スペインやポルトガルなど
で、財政再建がだいぶ進んできたからだ。ギリシャ国内では何が起きたのだろう。
財政再建するため、歳入を増やすことと歳出を削ることの両方をしなくては
いけない。歳入増は増税しかない。消費税などの税率を引き上げ、また税金徴収
もこれまで以上に厳しく行う。ギリシャでは節税や脱税に近い行為が横行して
いたと言われるが、こうしたところにもメスを入れざるをえない。増税も国民
には厳しいものだっただろうが、歳出削減はより国民の生活を直撃した。
年金が削られ支給開始年齢が引き上げられる。公務員が大幅に解雇され、
医療や介護や教育などの予算も大幅にカットされる。これまで当たり前のように
考えられていた公共サービスが受けられなくなるのだ。 財政再建は重要だが、
それをあまりに拙速に行おうとすれば景気が失速してしまう。景気失速は税収の
縮小にもつながりかねないので、一時的には財政再建の負荷はさらに重くなる。
ギリシャのデフォルトを回避するために、救済団(トロイカ=EU、ECB、
IMF)とギリシャ政府で、瀬戸際交渉が続いている。6月5日、12日、
16日、19日とIMFへの返済が続くため、切迫感が強まってきた。更に、
スペインの選挙で反緊縮を掲げる党が躍進したことで、南欧諸国への「政治的」
伝染が危惧される。ギリシャ政権はドイツに対して第2世界大戦時のドイツ
ナチス占領に対する賠償金として36兆円を請求する暴挙に打って出た
(不思議なことにこの金額はギリシャがこれまでEUやIMFから受けた支援額に近い
数字であり、この賠償金でこれまでの支援をチャラと目論んでいることが明白)≫
▼ ネット(録画)のレポートで、教会が市民に救いの手を差し出している姿を
 映し出していた。【4月下旬、アテネ市内カリフェア地区にある聖ニコラス教会
を訪れた。教会には、貧しい人たちに温かい食事を提供する「スープ・キッチン」
がある。午前中に訪れると、教会の裏手にあるプレハブ小屋から、いいにおいが
漂ってきた。ガス台には大鍋がいくつも並び、大型オーブンにも焼たて料理が
用意されている。この日のメインはローストチキンで、パスタやチーズ、パン
など添えられていた。イリニ・スピリダクさん(82)は、数年前に夫が亡く
なってから、月337ユーロ(約4万6000円)の年金で1人で暮らしている。
「教会のおかげでなんとか生きている。電話、暖房代、電気代も払えない。
ああ、早く死にたい」と嘆いた。 ナディアさん(45)は、病院で清掃員
として働いていたが、5年前に債務危機が深刻化した際に失業した。
建設作業員の夫も職がなく、教会から食料をもらうことで家族4人がなんとか
生活している。「チプラス政権が何かするのを待っている。子どものために
いい方向に向かってほしい。」】・・と。 いずれ、デフォルトがある!
 〜また、偶然だが、6年前にギリシャ問題について書いていた。
――――
3359, ギリシャ問題の深層
2010年06月06日(日)
 現在、欧州ではギリシャを発端にしてPIIGS(豚ども)といわれる
ラテン系を中心にした国々の金融破綻が問題になっている。アメリカ発の金融
恐慌が欧州に飛び火をし危険な状態になっている。 ギリシャがユーロ通貨圏に
入りたかった理由は、防衛面(イスラム教諸国に隣接)と(万年金融破の)
金融面があった。 02年ユーロ通貨加盟を検討していた際、
「財政赤字をGDPの3%に抑えなければならない」というハードルがあった。 
そこにゴールドマン・サックスが「とにかく財政赤字の帳尻を合わせる施策を」と、
エサを差し出した。 追い詰められたギリシャ政府はその誘いにのってしまった
(当時の政権は現政権と同じパソック、首相はシミティス。現首相パパンドレウ
は当時の外務大臣)。財政赤字を3%以下に抑える“魔法”(虚偽)と引き換えに、
GSは観光国としては大きな収入源に目をつけた。ギリシャが空港税の30年分の
収益と将来の宝くじなどの収入を差し出すなどの契約を交わした。 
ギリシャにとっては加盟さえすれば当時のギリシャの外国からの借入金利が
13〜4パーセントから、3〜4パーセントに引き下げることが可能になる。
加盟の結果、さらにお金を低金利で借りまくった結果が深刻な財政危機である。 
加盟のための粉飾決算をしていたのである。そのことを国民はなんの説明も
受けていない。 その上に、ある日突然の「財政破綻寸前宣言」である。
ゴールドマン・サックスはこのような誘いを他にも、複数国に持ちかけていた。 
ギリシャの公務員は4人に1人もいて、国民も納税意識が非常に低い。
それをドイツ、フランスから合理化を要求されると拒否反応を示して国家レべル
のゼネストに入る。4人に1人が公務員だから、どうにも抑えようがない。
ドイツからみれば、「単独であれば1〜2パーセントの金利で済むものを、
まともに働かないギリシャと同じ金利を払う必要があるのか?」と、不満が
出るのは当然のこと。 ドイツ、フランスにとって、アメリカの対抗上、
欧州連合の共通通貨のユーロの価値の創造が必要である。しかし、ギリシャ、
イタリア、スペインなどの国家の存在。「何で私たちの血の滲むような苦労を、
御前らの様な怠け者のためにしなければならないのか、まっぴらだ!」となる。 
ラテン系の南欧だけでない、東には、まだ共産主義の計画経済ボケをした東欧
諸国がある。彼らにも多額の借金がある。彼らは自由競争と今さらいわれても!
という気持ちが残っている。欧州連合が、果たして維持できるかどうかの
土壇場である。 今度の恐慌は、20世紀に残されてきた問題が一挙に噴出、
その破壊であるから、20年は最低でもかかってしまう。


6655,読書日記 〜『遅刻してくれて、ありがとう・上巻』 −2

2019年06月05日(水)


    * とにかく変化が激し過ぎる
 最近、著しく変わったのが「高賃金で中スキル」の仕事が、少なくなったこと。
フランスまで修行をして帰国しても、料理としては、スーパーのパックした冷凍食
の方が安くて美味しい場面に出くわす。冷凍技術の進化の成せる業。 それが、
あらゆる分野でみられ、中途半端なプロを必要としなくなった。超一流シェフの
料理(製品)を、標準化し、特殊加工し、大量に安価で提供可能になったのである。
グローバル化とテクノロジーがレベルラインを格段に上げたのである。 AI化が、
更に、それを推し進め、「曖昧なプロ」を必要としなくなったのである。効率的に
考え続ける特殊な能力が必要になったのである。とにかく、10年で100倍、20年で
一万倍の情報量の増加である。当然、それは質に変化する。その結果、人間の能力
が、それに供わなくなる。その結果、スペシャリストが、スペシャリストでなくなり、
半端なジェネラリストに格落ちしてしまう。『遅刻してかまわない、改革を考える
ことが必要』ということ。 とにかく変化が激し過ぎる! 激変に心せよ!
  
  〜商品説明から〜
≪ 本書は史上もっとも変化が激しい加速の時代、それらの変化と、どう向き合い、
受け入れ、繁栄していくかの著者の考えを記している。本書の表現をそのまま借り
れば、「端的にいえば、本書は現在の世界についての膨大な1本のコラムである。」
となる。あまりの膨大の情報と、時代の変化に、如何立ち向かうかのヒントが多く
盛り込まれている。時代の変化にしり込みすることなく、真正面から直視するしか
ない。人生の節目では、ただ茫然とし、途方に暮れている時にこそ、チャンスが顔
を現してきた。順調な時には、有り得ない因縁と出会っていた。考えるからである。
モラトリアムという言葉がある。本来は「支払い猶予期間」の意が転じて、社会的
責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす。 この言葉を初めて
心理学的に使ったのがフロイトで、その後、現在の解釈と近い意味で用いたのが
精神分析学者のエリクソン。≫

▼ 節目を打て!とは、そこにエネルギーを集中し、変化することをいう。
時代の変化が激しい過ぎる中で、熟考こそが必要。ムーアの法則が、そのまま
続いていく中で、置かれた立場で、イノベーションを続けるしかない。
リタイアをしたからこそ、見えてくることが、あまりに多い。
 この意表を突くこのタイトルは、著者が遅刻した相手を待つ間、熟考する
ことができた経験から来ている。 底の部分を引用すると…
<あるとき、相手の遅刻がちっとも気にならないことに、ふと気づいて私はいった。
「いや、やめてくれ、謝らないでほしい。 それどころか、遅刻してくれて、
ありがとう」なぜなら、あなたが遅れてきたおかげで、自分のための時間をつくる
ことができたからだと、私は説明した。じっと考える時間が“見つかった”>
 最近、ますます実感しているのが、『下手なハッピー・エンドでなくて有難い』
と思う日々。これが21世紀で、世界がフラット化し、それがプラスにもマイナスに、
直接私たちに迫ってくる。ネット化が、それを促進させている。兎にも角にも、
日々が面白い! この十数年、いや、2007年から起きたテクノロジーの大加速。
これが現在進行形で続いている現実。それが奥座敷で、それを気軽に味わえる… 
 『閑居』の環境なればこそである。塀に囲まれた一本の木を門の前から見る木が
『閑居』になる。スマ―フォン、タブレットそのものが、『閑』? その木は、
地球全土の脳に繋がっている。面白く、底知れぬ世界なればこそ、魅かれる。

・・・・・・
6292,久々のパレートの法則
2018年06月05日(火)
      『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』
                     T・バトラー=ボートン著
   * 80対20の法則ですか
 20年前に読んだ本。現在、読返して、なかなか面白い。それが要約本に
あったが、当然、私の要約より遥かに切口が新鮮で、面白く、解りやすい。

≪ ・効果の8割は努力全体の2割から得られるという紹介する法則は、いま
 一つピンとこないが、売上のほとんどは、全品目の2割から上がる。とか、
カーペットの摩耗は、殆どが、全体の2割に集中する。
 個々の数字は少々違うかもしれないが、世の中の動きが基本的に教えよう
としているのは、基本的に不均衡ということ。
・法則が示す結果は、知らないものには、魔法のように見えるだろう。
それは「最小の法則」と言われ元もとあったことだが…
  
  ―50対50の信念 vs 80対20の法則―
普通の知識で考えれば、費やされた努力と、得られる結果は、5分5分だが、
時代の進化は、これだけでは通用しない。簡単にでき、しかも好きなことを
すべきである。そうすれば、他人よりずっと有利になり、その分野の頂点に
たてる。80対20の法則で動いている世界は、この活用をしたものが、遥かに
大きな成果が期待できる。
  
  ―時間革命―
私たちが価値あると思うもののほとんどは、費やした時間のごく一部から
得られる。大いに効率を高め、より幸福になり、より稼ごうと思ったら、
その「ごく一部」を10,20と言わす最大限に増やさなければならない。
私たちの社会は時間に対する評価が、あまりに低いと!
 「時間管理など必要でない、必要なのは時間革命だ」
コッチは、「ほとんどの人は、的外れなことを、一生懸命やりすぎている」
という。大事な時間を、非合理的に湯水のごとく使っている。
  
  ―よく知ってることなら怠けても大丈夫―
たえず何かをして奮闘しているのに、結局、何もしていないのである。
コッチは、ドイツ将校のマトリックスを紹介し、「最高の将軍とは、ミスが最小
で、もっとも先見の明があり、有能でありながら怠惰な傾向がある者」と定義。
スターになるために不可欠なのは、「怠ける能力を磨く」ことだと述べる。
困難なことや、難しいこと、尊敬されそうなありふれたことより、簡単に出来る
ことに集中すべきである。 驚くべきことに、資本主義では、個人が自分自身で
あるというだけで成功し、豊かになれるようになっている。自分の能力を最大限
に発揮すれば、ごく小さいながらでも極めて高い価値ある独自の分野を自ずと
築くことになる。この法則は、野心と、悠然と自信に満ちた態度の組合せである。
内省的な思考、習慣にとらわれない時間の使い方、そして「快楽主義的な哲学」
を必要とする。「はたらくほど成功する」と考える私たちの文化において、
徹底的に虐げられてきたと、コッチは考え、やっていることを愛するほど、
その道に上達する出来、他人に役にたてるからだ。
コッチは、ジョセフ・フォードのある言葉を紹介している。
<神は、宇宙を相手にサイコロをふられるが、そのサイコロは細工されている。
いかに宇宙が「予測された通りに不均衡か」を教えることで、80対20の法則が、
私たちが自ずと有利に賭けられるようにしてくれる。好きでもないことに
長じるより、自分にしかない才能を充分に発揮するというのが重要なことだ。
そうすれば、秀でるだけに留まらず、傑出した存在になることができる。≫

▼ 改めて45年の細やかな事業人生を振返りって、有り余った時間を面白、
 可笑しく、使い切ってきた思いが残っている。多くは、外交的で、目先の
時間に追われて、怠ける機会も少なく、周囲の目線に気遣い、一生を終える。
そのことに気づきもせずに。それも人生だが… 『今・現在、楽しいかい?』
『これまで、どうだ面白かった?』の問いに『楽しい!』と心の底から言えるか?

――――
2003/06/29
『80対20の法則』ー読書日記
             リチャード・コッチ著 
  ー私の解説ー 
 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。約100年前の
イタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスにおける所得と資産の分布を
調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見し、2つの奇妙
な事実に気が付いた。「わずか20%の人達に資産総額の80%が集中していた」
という数理的事実を発見した。以前からABC分析や戦略論などがあったが、
この本は非常にわかり易い内容であった。この法則を知っているかどうかで、
数倍も人生を濃く生きる事が可能になる。7つの法則ー最優先事項ーに、
要約すると似ているところがある。人は無意識的に「如何でもよい方の80」を
選択しているように思えて仕方がない。どの要因の20%が結果の80%を決定
するのかを、つねに自分に問いかけてみる習慣をつけるかだが。 

■80対20の法則ってよく聞くものだが、この本を読むと「一人勝ちの経済」
「スピードの経済」とも絡みあい、そのバックボーンとなっている。
 この法則を知るか知らないかは大きな分岐点。

★80対20の法則は、われわれが何をすべきかを教えてくれる。
 努力の平均水準を上げるのではなく、努力を集中する。決められたコースを
走るのではなく、近道を探す。最小限度努力で人生の支配権を。多くの分野で
平均点をとるのではなく一つの分野で卓越した成績を上げる仕事でも自動車の
修理でも、自分でやらずにできるだけ専門家に任せる。よくよく考えて、仕事と
会社を選ぶ。できれば、他人に雇われるより、他人を雇った方がいい。
 一番得意とすることで一番楽しいと思うことだけをやる。あたり次第にチャンス
に追いつくのではなく、気を沈め、仕事量を減らしゴールへの最短距離に照準を
あてる油が乗り切った時期に訪れる幸運の連続を大切にし、それを元手に将来の
成功を確保。

★成功している企業は、努力で最大限の収益を上げられる市場で事業を行っている。
そして、投資収益率の絶対水準が高く、なおかつ利益率が競争相手より高くなければ、
成功している企業とはいえないこれはすべての企業にいえることだが、現在最大の
「黒字」を上げている市場分野や顧客グループにまとを絞れば、業績を目覚ましく
伸ばすことが常に可能である。最も黒字を出している分野に資源を再配分し、
他には資源と経費の全体の水準を下げなければならない。社内の不均衡を解消する
ことで、黒字を増やすことができる。最高の黒字を出している会社の部分・営業所
・部門などを見つけ、抜本的な改善策をメリット、改善の見込みがなければ、
その部分での資源投入をやめることで、それができる。

 ☆80対20の法則を生かした付加意思決定の原則

極めて重要な決定はそれほど多くはない。何かが決定を下す前に行って目の前に
二つの書類を受けがあると想像してみよう。机の上によくある掲載箱と未決箱の
ような箱の代わりに、重要な決定というラベルを張り、もう一方に重要でないと
いうラベルを張る。そして重要な決定に入るものは20のうち一つくらいである
ことを思い出しながら、頭の中で決定事項を振り分けていく。重要でないものに
ついては、あれこれ頭を悩ましてはいけない80%のデータを集め、使える時間の
20%で80%の分析を行い、残りの時間を100パーセントを使って下す。
そして、下した決定が100パーセント正しいと信じて、果敢に行動する
下した決定が間違っているかがわかったら、すぐに考えを変える。市場をという
のは休みなく動き続けているものなので、山のように積まれた分析結果をより、
市場の方がはるかに正しいのだから、実験を恐れてはいけない。間違った決定版
にしがみついてはいけない。市場の流れに逆らってはいけない。
事態が思い通りに突き進んできたら、掛け金を2倍に増やしていく。
なぜうまくいっているのかわからなくても、追い風が吹いている間に全力で従う。

★多数より常に少数の方がはるかに重要
★生産性が低い分野から生産性が高い分野に資源をうつすのが、起業家の
仕事であり自由市場の本来の役割である。しかし、起業家も市場もその役割

・・・・・・
2004/03/21
1082, 「80対20」革命 −1 (読書日記)

前著に続いて、早速この本を買ったがなかなか面白い。
この本は、ベストセラーになった「人生を変える80対20の法則」
(TBSブリタニカ、1998年)の続編である。
前著は、ABC分析やパレートの『80対20』の法則を解りやすくまとめてあり、
非常にインパクトの強い内容で、特に80に対する見直しをするキッカケになった。

この新著は更に深耕された内容といってよい。
ビジネスに特化し、「より少ない労力で富と幸せ」を獲得する方法が書いてある。
特に大きな組織から自立し、個人として成功するための方法を、具体例を多数
紹介しているのが特徴である。

もともと『80対20の法則』はパレートが発見をした法則である。
前回も書いたが、ここでおさらいをしてみる。

ーイタリアの経済学者ヴィルフレード・パレートが1897年に発見した法則で
今では社会の様々な分野で実証されている経験則である。
例えば、
「会議では20%の出席者全体の80%を決める」
「営業マンの上位20%が、利益の80%を出している」
「納税者の上位20%が税金総額の80%を負担している」
など、いろいろと当てはまるのです。

これは、自然界にも当てはまる。
例えば、働きアリの集団でも本当に一生懸命に仕事をするのは2割で、
残りの8割のアリたちは、仕事を怠けているという。
「働く2割か、怠ける8割か」が、生まれつき決まっているか、と言うと、
そうでも無い。試しに、働いている2割のアリと、怠けている8割のアリを
分けてみるとまじめに働いていた集団の8割が怠け始めるという。
反対に、怠け者のアリの集団では、2割が働き始める、というから不思議である。
人間の場合ありえないと思うが。

つまり集団をどう選んでも、やがて全員の2割が平均以上に働いて、
残り8割は怠けてしまうという結果に落ち着くのが実験結果という。

ーこれを人間に喩えると…
怠け者を全員解雇して、よく働きそうな人間ばかりを雇用し直しても、
しばらくするとやっぱり、結果は同じことになる。
どこの会社でもみられる「なんで、うちの社員は働かないんだ!」
という悩みが、無くならないことが、このことよりよくわかる。

本書にはこのパレートの法則でいうところの20%を、
自分の中に見つける方法が多く書いてある。

著者はこの本の『主人公』である“80対20人間”について、こういっている。
・「おそらく一パーセントにも満たない人々が、ほぼすべての変化をもたらしている。
 創造力豊かな個人が、これまでの物事のあり方を変えているのである。」(31P)
・「こうした80対20人間の特徴のひとつは、独自の強みを生かそうとすると
 同時に、多くの弱点をも自覚していることである。
 80対20人間はその弱点を補うため他の個人を必要とする
 −80対20人間が能力を発揮できるのは、周りに他の人たちがいるからなのだ。」
「私が「個人」と言った場合、「個人とその小チーム」の意味であるということを
 覚えておいてほしい。」 (38P)
                        つづく
・・・・・・
2004/03/22
1083, 「80対20」革命 −2(読書日記)

この本は、簡単に言えば、いま「創造的な個人を中心とした新しい経済」
が出現しつつあり、つまり、個性を発揮して新しく有益なものを作りだす
『80対20人間』こそが次の時代の担い手であり、その一人になりたい人には、
どんなビジネスが可能か、そのための方法があるかを説いている。・・・

特徴的なのは、
「何かを創造したいなら、まず自分の20佑離好僖ぅ(強み)を見つけ、
伸ばさなければならない。新しいビジネスをつくりたいなら、ビジネスについて
考えることからはじめてはならない。自分自身について考えることから始める
べきである」
個人の中にある20佑離好僖ぅ(強み)に対して忠実であるべきである。
この並外れたスパイクを自分で見つけ、強力に育て上げなくてはならない。
そして「取るに足りない多数」を外に外注に出し、エネルギーを
「きわめて重要な少数」の20佑肪蹐阿海箸世伴臘イ靴討い襦

20佑凌諭垢寮源裟は80佑凌諭垢裡看椶任呂覆ぁ何とその二乗の
16倍なのである。

・農業革命(10000〜7000BC)ー>
 産業革命(1750〜1850)ー>
 経営者革命(1900〜1950)ー>
 80対20革命(1980〜2020)
 へとニューエコノミーの時代は移行している。
・時代背景という面でみると、
 農業経済ー>市場資本主義ー>経営資本主義ー>個人主義
 へと変化している。
 
 ほとんどの企業が主要な個人を中心に回る時代がやってくるだろう。
 個人のスパイクこそが重要な資源に取って代わるのだ。
 個人主義が資本主義に取って代わるのだ。
 
  −−−−
 以上は私が主観を込めて、まとめてみたものだが、
 優秀な個人が世の中を支配する時代になってくるのか?
 下手をすると、違ったカタチの独裁の時代になるのか?
 結局は動物社会と同じところに行き着くということか?
(一番優秀な個しか生き残れないのでは?)
 
 等、考えさせられることが多い本であった。
 それもグローバルという単位であるから、企業も個人も激しい競争に
 直に巻き込まれる時代になったのだ。


 


6654,閑話小題 〜怒りの正体

2019年06月04日(火)

   * 古代、神々は怒り狂っていた
怒りをテーマに、これまで多く書いてきた。
先週末の朝日新聞の日曜版<Globe>の特集記事が…
【angry? 怒りの正体】であった。様々の切口が新鮮の内容。
その一つが、『古代から神々は怒り狂っていた』のテーマ… 
  〜その概要は〜
≪ 平和が続いている現在、なかなか怒れない時代になった。
 古代から神々は怒り狂っていた。
・古代からの有名な怒りとしてホメロスの叙事詩「イリアス」の冒頭で
「アキレスの怒り」を挙げる。「イリヤス」はトロイヤ戦争10年目に生じた
 怒りと、それによってもたさらせられた悲劇の作品。
・旧約聖書にも神の怒りが記されている。人間の堕落に怒った神が洪水を
 起こしてノア一家と動物たちを残して滅ぼした「ノアの方舟」がそれ。
・ローマ時代に怒りを考察したのがセネカ。皇帝をネロのブレーンとして
 支えたが、後に謀反の疑いで自害させられた。セネカは随筆「怒りについて」で、
 「怒ることは所詮無益なこと」「しばし我慢をすればよい。そら、君たちを
 同等とする死がやってくるではないか」と説いている。
・フランス革命や米独立戦争などは民族の怒りが発火点になり、社会改革
 の起動力になった。自爆テロも一種の怒りの表出だという見方がある。
・江戸時代は武士がサラリーマン化して、怒りや、暴力をふるえなくなった。
・明治時代になると、外国への民衆の怒りを利用して富国強兵にはしり、
 戦争に突入していった。
ところが、現代は「怒れない社会だと、宗教学者の島田裕己がいう。
パワハラに会えば、転職の道があり、「逃げ道はいくらでもある」
<グローバル化で、全てがつながり、個人の自由の領域が狭まった。
世界が安定を求める中、人々は抗えず飼い慣らされていく」
 一方、元仏レジスタンス闘士のステファン・エセルが2010年に発表した
冊子「怒れ! 憤れ!」は世界35ヶ国で計450万冊を売るベストセラーに。
その中で、無関心でいると「人間が人間足らしめている大切なものを失う。
その一つが、怒りであり、怒りの対象に自ら挑む意志である」と… ≫
 ―
▼ 老いは、正常な人間を異常の人間に変えていく。老いること自体が「病気」
 のためである。それを本人も周囲も全く気付かいため悲劇が起こる。
『自由、平等、博愛』という欧州が生み出した建前。これに対して、無知の
大衆は怒っている。世界のごく一部の人たちが、その富の半分を占有している
現実が世界に知られれば、それは怒って当然。古代から、神々が怒っていた
のだから、現代の人たちが怒らないでいられない。最近、シネマ館でみる
ハリウッドもの。先週末に見た『ゴジラ』も大画面の中で、怪獣同士の闘いの
中で街中を破壊尽くす。その背景音に、日本の囃子まで入っている。観客に
破壊を共有させて、怒りの蓄積を破壊と共に飛ばしてしまう。老いの最大の
敵は、老化から出てくる怒りの感情。 何とも嫌な無念な姿である。
 それらが群れると「溝だめ」になる。 

―ー――
2012/06/04
老いの見本帳ーダークサイト −8
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)
  * 老いと鬱屈
 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と
視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、
そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生
何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 
その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。
老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。
だから、熟年になったら群れてはならない。 
 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。
≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」
人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり
面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような
ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、
避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、
とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの
喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 
 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々
の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも
馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属
のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 
だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら
難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、
鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても
鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、
この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫
▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する
 のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」
は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は
体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、
ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。
これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。
本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め
から割り切って孤立していた方が良い?

――――

4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は  ―1
2014年01月02日(木))
  * 我ながら気持ちの悪い不思議な現象と城下町小唄 
             ー正月にインパクトの強い話を一つ!ー
 隣の新築工事の本体が済んで、家周りの庭と駐車場の土間工事に入っているが、
何故か長野県の業者が2〜3人で作業をしている。夜はビジネスホテルにでも
泊まっているのだろう。ところが書斎に居ると、親方か上司が部下を怒っている
のがまる聞こえ。それが口を極めた罵声で、聞えている私も変になりそう。
冬空の雨と霙の中で、あの罵声を浴びせつけられながらの仕事は極限だろう! 
様々な際どい場面の経験をしてきたが、冬場での、これは酷いを超え残酷に思えた。 
 2ヶ月前に、近くのSCの上新電機でデジカメを買った時のこと、これも上司
が切れて、部下に口を極めた罵声の嵐。店内のため、声を抑えている分、言葉が
鋭くなる。近くの数人の客も驚いて聞き耳を立てていた。これでは言われた方は
恨み骨髄で、殺傷沙汰があって当然と思えるほど。  
 ーとこで、最近、思わず奇妙なことに気づいた?ー
  ーその前に、私のブログ「バードウォッチ」に書いた一節のコピーから
【 最近、フト気づいたことがある。人生の節目を振返ると、心の底から怒りを
 感じた相手が高い確率で、交通事故、 人身事故、大病になっていること。
30〜40年前の節目でも気づいたが、ある人が真剣な顔で、同じことを言って
いるのを聞いて「バカくさ!」と思い、その気づきを打ち消した。 再び、
この視線で改めて考えると「何か危ない」 私は?怒りを抑えると逆に、
相手に何かが起こる? オカルトめいたが、そう考えると、次々と、色いろな
現象が思い当たる。その思い込みが、その要素を浮かび上がらせるとしても… 】
▼ 一昨年の10月になるが、旅行に出発しようと自宅を出たところ、痴呆らしき?
 80過ぎの爺さんに4〜5Mの背後につかれ罵声を200mの間、浴びせつけられた。
しかし振返ると目をそむける。で、川端で人けが無くなると、恐ろしいのか、
間隔を広げ、更に大声を張り上げているが、何を言っているか意味不明? 
数日前に旅行ケースを宅配に出すのを隣の地銀勤めの奥さんに見られ? 
その噂話を爺さんとしているタイミングに、私が玄関を出たようだ。その地銀の
借金はないが、銀行員なら蟄居の立場?で旅行など悪行そのもの?
(銀行員でなくても同じ?)しかしニャロメと続けるのがライフワーク! 
何の迷いも、引け目もないし、過去の旅行は全て同じような条件下。それでも
行くから価値がある。その後、痴呆老人が、パンクの修理先の自転車屋の主?
と思い当たった。とすると以前から狙われていた?リピーター客を狙うとは
言語道断。当人は落人狩りの地侍の心持ち?私が両手に鞄を持って大丈夫と
思ってか、自分の激怒に酔っている風。パンク修理の間の世間ネタの材料の
仕入れ?の世間様レベルの現象が全世界の人? 色分けで戦中派の「C」さん 
で、旅行の見送り?として盛大な旗振り役? 旅行先から帰って交番に届けたが
「罵声では犯罪にならない」という。その半年後の昨年春先、パンク修理のため、
本人確認も含めて店に行ったところ、本人は動転。「雪道で転んで腕を骨折して
修理は無理!」という。おあとは、次回のお楽しみ・・ それにしても、
こういう手合いの話題なら山ほどある私は何? ハ?  ーつづく

ーーーー
2014/01/03
閑話小題 ー何だろう?この現象は ー2
  * では、なぜ事故や大病になるのか? ー私も、あなたも自業自得!
 痛々しい包帯だったが「私も手伝うから」とタイヤも交換しながら本人確認。
80過ぎの好々爺の黄門様の勧善懲悪レベル!にぎやかな見送りを受けた飛行機
の中で、心の内で静かに激怒をした結果、「直ぐに病気か事故で(-人-;)!
それまでのこと」と怒りを収めた。そして正に「復讐するは我(自然)にあり」
の骨折。除雪作業中の骨折直後に、私の自転車がパンクの修理で骨折の確認とは、
奇妙な偶然の巡り合わせ。で、その半年以上も経った現在になって、これは
シンクロ二シティ?
「私の静かに充満した怒りは、対象者を重症の病気か、交通事故、転倒事故で
一生モノの深手になっている?」ことに気づいた。 そこで、次の筋書き
『まずは骨折だったが、80過ぎの年齢から、あと2〜3年で Ωチーンi~
気の毒?だが・・』が思い立つ。こういう視点でみると、この節目だけでも、
あるある! 更に40〜50年スパンでみた人生の節目なら数知れず。 
 逆の立場で「私も静かな怒りの対象になって、色いろ危ない目にあっている。
が、自分では気づかなっただけ?」とすると、これも山ほどある。
「この奇妙な現象は、その解釈、受けとめ方の一つでしかない!」が正論。
「静かな怒りで、対象を破壊する力?は、私だけでなく、エネルギーの特に
強い何割かに備わっていて、破壊された私が、ここにいる」という事にも、なる。
 『他人を恨めば穴二つ』この呪文を解くには周囲への感謝の念しかない? 
この偶然はシンクロニシティの「節目バージョン」なのだろうか? 願って
なるのでなく、本人の因果応報。アフリカの市場で、呪いグッズだけの市場が
あった。 町が沈んでいくと、こうなるのか。 仕事として自主独立の事業が
通せたのが私の人生の最大の幸運。こういう人たちと距離が置けたからである。
「当人が怒っているのは、本人自身の毒! それに、私の何かが反応した!」が、
私の解釈。私への毒が少ない?のは、それを経験と知識で最小にしているため? 
 シンクロニシティに関する知識のない人は、それに遭遇しても自覚できない。
オカルトめいているが、自転車屋の主は発病か事故で +_@)!の時期が早まると
思えば怒りが消える。 人生の節目で、思い当たる人が10数人はいる。
3年前の節目からして・・ 40年以上も事業をすれば、トラブルや怒りが山ほど
あって当然。 その対象の人たちの不幸な事故や病を因果付ければ、こんな筋書
が幾らで出来る。対象者の共通点が幾つかあるが書くのは止めた!
万人が持っている?この現象は、以前から気づいていたが、同じようなことを
聞いて、「偶然を、自分勝手の思い込み、解釈じゃないか!」と感じ取り、
その思いを打ち消した。で、今回の節目の様々な現象。来年にかけ、私の目で
非常に危ない人が4〜5名いる!といえば、どうだろう? しかし、これまでの
現象を凝視すると、それも当人の自業自得。それを都合の良い解釈、物語に
しているに過ぎない? 数ヶ月前にリメイク版の『キャリー』という映画をみた。 
苛め抜かれた少女が『超能力』で、苛めた人たちを根こそぎ破壊する物語。 
さて、この物語は、どうなる? それが、そのまま私自身へ向かう可能性もある。 
前回のオチ「こういう話題が山ほどある私は何? ハ?σ・Д・)お前バカ?」
がやはり結論! で、どうした? 正月から毒を吐き散らしただけ。
それにしても我ながら酷い思い込み、内容である!
――――

2014/01/07
閑話小題 ー何だろう?この現象は ー3
   * この現象から考えさせられたこと
 ふと気づいた仮説、静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているケース
が多いことから、これはユングの「意味ある偶然の一致」ではないかと思い立った。
その数週間前にシネマで『キャリー』という映画も見ていた事もある。
 静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているとすると、過去のトラブル
で多くの人が、事故や病気になっているはず? か?というと、そうでない! 
また、逆の立場のトラブルの相手が、静かな怒りのエネルギーを私に向けている
ので、私は、今頃、とうの昔に死の病か、事故で亡くなっているはず。
事業の立ち上げを幾つか経験してくれば、その分、軋轢がある。それを避けての
創業など無理。この仮説から演繹法と帰納法が具体的ケースとみると解りやすい。
演繹法は、まず仮説を立て、その証明の要素を集める。帰納法は、節目時に因縁
のあった人との軋轢で激怒した相手が、その直後から3〜4年以内に事故か
病気が生じる現象。そこから、これユングのシンクロニシティでは?と行き着く。 
これを書いていて、「バカくさ!」と思える部分と、「偶然にしては出来すぎ!」
が交互して結論は出ないが、両方とも否定ができないところがある。
 現に、自分が、ここに、生きていること自体が偶然の積み重ねの結果。 
大気圏を持った惑星が、宇宙に存在すること自体が奇跡。さらに生物が存在し、
知識を持ったサルが、ここに存在いていること自体、奇跡も奇跡。このテーマ自体
が無知蒙昧丸出しの仮説である。自分に都合の良い要素を集めて、勝手に、さも
不思議そうに思い込んでいるだけ。それも、一時的にしろ、私自身が信じていた
のだから。 人間は自分の言葉を持ち、物語をつくって生きていく動物。その思い
を書き出すことで、如何に好い加減な考えで日常を過ごしている己に気づかされる。
それでも一応、経験も知識も、積み上げてきて、これ??
おっと、それ以上は言うなよ… ったく! 
ここで気づいたことは、静かな怒りの相手を改めて見つめると、怒りだけでなく、
むしろ感謝する対象である。怒りと感謝が相まっていることに気づかされる。
夫婦の関係と同じである。だから、犬も喰わない。まあ、未熟ということ!
以前から、怒りなどマイナーの念に囚われている外に出る鍵として、
10回、目をつぶり「ありがとう」の言葉を繰り返していた。そうすると、
そこから一歩、外に出ることが出来る。感謝を間違いなく、互いに忘れている。
この結末の節目の意味を考えると・・ ひたすら、ひたすら祈るしかない!


6653, 閑話小題 〜「この国は犯罪政権の手中にある」

2019年06月03日(月)

「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ

   * 現実の方が面白い!

  朝日新聞の別冊・Globeに面白い見出しがあった。
<「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ>である。
あまりに刺激的、かつシリアスである。
  要約すると、
【 マーラー特別検察官によるロシア疑惑に関する捜査報告書に関する
 報告書が出ればトランプ政権の悪夢は終わると、多くのアメリカ人は
首を長くして待っていた。トランプによる司法妨害などの司法行為が
明らかになり法の裁きを受けると期待した。バー司法長官は人をだます
ような行為でトランプを守ろうとしている。これを書いている本人は
共和党員だが、現在は反トランプだ。アメリカはヤクザに則られた
街のようだ。街なら、州や、連邦政府に助けを求められるが、連邦政府
自体が犯罪政権では、どうにもならない。だが、これが残虐な現実だ。
 トランプに問題があるのは明らかだ。マラーの調査が終わらない段階で
顧問弁護士だったコーエンに連邦政府に違反するように指示を出している。
報告書には司法妨害にあたる少なくとも6つの決定的な事案が書かれている。
それでもバーは、トランプは法の適応は受けないとまで示唆をする。
それに対しトランプは自分の裁判相手には法を武器に使う。
これ程自分の身を守るため法の支配を目に余るほど破壊した大統領が
他にいないが、状況を改善する手立てはない。トランプやバーの弾劾を
求めても、上院で多数の共和党が賛成しないだろうから、悲観だけが
残る。つまり、トランプは力を持ち続け、犯罪を犯すように勇気づけられる。
それでは国が犯罪政権に翻弄されると… 】

▼ かなり気が滅入る内容だが、これが現実、世界を惑わせているトランプ
とアメリカの現実である。KJB上がりのロシアのプーチンと手を組んだ犯罪者が
現に大統領としてアメリカ国民に一定の支持を受けているのだから、そして、
安倍首相に恐喝まがいの貿易交渉をしているのだから、日本も他人ごとでない。
 アメリカは、食いつめた欧州各国の白人が、現地民を虐殺して建国した国家。
白人第一主義が、その根底にある。インドのカースト制が、厳然と社会背景に
存在している。プーチン、習、金、などを相手にするなら、この程度の悪党が
丁度良いと、思いがちだが、核戦争を持ちだす可能性が大。やはり危険過ぎる。
 日本で行われるG20サミット、現在、下地で様々な交渉がおこなわれている。
さて娑婆は、如何、変わっていくのでしょうか。そしてポチの尻尾振りは、
ますます大きくするしかないのでしょうか。 時代は、「平成」から「令和」
に変わっていく。「前門の虎、後門の狼」 前門がアメリカ、後門に、中国、
朝鮮、ロシア。いくら海に囲まれているとしても、一つ間違えると、湯だった
釜の中に… 本当に危ないのは?

・・・・
6290,あいつ今何してる?  特別編
2018年06月03日(日)
    <あいつ今何してる?  2018年5月23日(水) 19:00〜20:00
      特別編 名門高校の先生の記憶に刻まれた天才&奇才卒業生は今?>
   * 鬼才の今!
 家内が録画をしたのを翌日に見たが冒頭の女性のケースからして驚いた。
親の「何で?という好奇心を徹底的に伸ばす」という教育方針。 子どもの
「何で?」の質問に対して、面倒くさいと思わずにとことん付き合う親の姿勢。
それ故に、友達から嫌われるが、それを徹して乗越え、異能になった姿が良い。
 私も社会科学が大好きで、それ故に、小さな世界に馴染み過ぎた人からは、
嫌われてきた。 <折角の人生、何やってるんだ>の自問自答が、
自分だけでなく、他者にも向いていた。問題は脳の質の問題になる。
私の場合、才能、基本が出来てないため、奇人・珍人の類… 。 
 彼女は、その後も、エリートコースを着実に歩んできた… 
「上を見上げればキリがない、下を見れば底がない… だが。
事例で取上げるだけの価値が充分にある人物のようだ。
 ◇内容1 
  【生徒】2000年卒の青木瑛佳さん
1.茨城県屈指の進学校・江戸川学園取手高校…教師歴30年以上の超ベテラン
 教師が「こんな生徒出会ったことない!」
・「教師の上を行く天才」
・「常に廊下で人間観察して“あの子は成績が上がって来た"など同級生を分析」
・「質問が鋭すぎて教師が恐れていた」
・「当然のように東大に現役合格」など…天才と奇才を兼ね備えた学年No.1
  の秀才少女は一体今何をしているのか!
  【現在の仕事内容】
国立環境研究所の研究員
 環境省が行う10万人対象の国家プロジェクト「エコチル調査」に携わっている。
 エコチル調査は、化学物質等の環境要因が子どもの健康にどう影響するか、
 赤ちゃんがお母さんのお腹にいる時から13歳になるまで定期的に健康状態を
 確認し、明らかにする調査。
法政大学で心理学の講師(英語only)
子育て
  【進路】
江戸取(首席)⇒東大理2⇒東京大学大学院⇒コロンビア大学大学院⇒帰国後、
区役所等で働く⇒現在

▼ ネット検索によると、《優秀さから妬みからのイジメが半年間が続いた。
 彼女は勉強だけは絶対に負けないという強い気持ちでイジメを乗り越え難関校
全て合格し、通いやすい私立江戸川学園取手中学校に主席で入学した。この頃
から子供を研究したいと思いを抱いたという。そのキッカケについて公立中学の
ある女の子がいじめに遭い、不登校になってしまった。という話を聞き、自身も
いじめに遭っていたが不登校にならなかった違いについて理由を知りたくなって
しまったという。そのため人間関係などを観察し、その経験を職業にしたいと
考え東京大学理科二類を志望。しかし、心理学は本来は文科三類で学ぶので
真逆の進学を進んでいる。その理由を聞くと文系の友達ばかりになるのは面白く
なく、文系以外の人も観察したいと思い、理科二類に現役合格した。2年生まで
理系の人間を観察し、定員2名という文学部社会心理学課程へ進み、心理学を
本格的に研究開始した。そこで最先端の心理学を学ぶことを勧められコロンビア
大学大学院に進学した。》
 
 世の中は広いし、色いろの人生がある。「何故、何故、何故」の好奇心を追い
求める姿勢を上手く誘導して伸ばしていく親の能力を見逃すことが出来ない。
イチロウも、大谷も、ロジックを基本から鍛え上げていたようだ。
「何で、何で、何で?」と、トコトン追及する知的好奇心。これが人間の原点
ということか。これにスマートフォン、タブレットの機能の果てない進化。
「親の因果が子に報い」のプラス・バージョン。親の資質から派生しないと…
 能力、履歴とかではなくて、何故何故の問いかけの秘儀そのままを追及した、
彼女の人生の一端を垣間見れたことに驚いてしまった。 そこには、
「虐め」の存在が。その怒りこそ、エネルギーの炉になっている。虐める方も、
親の不仲が原点にあり、彼女の場合は、その方面に。親の立場から原点を再構築
しなければならない。

・・・・・・ 
5193,半隠遁五箇条
2015年06月03日(水)
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 半隠遁五箇条
≪ 自分のしたくないことは一切せず、世間から半分だけ降りることにしよう。
俗世間からすべて降り切ることは、山ごもりでもしない限り無理なのだから、
妥協案として「半分」だけ人生を降りることにしようと決心、五十歳を潮時に
‘半隠遁生活五箇条’なるものを宣言した。
  1.「清貧の思想」にあらず 
  2. 趣味を追求するなかれ 
  3.不快を避ける 
  4.無理しても快適を得る
  5.金に執着しない、 とした。
・『人は誰も、もうじき死んでしまい、永遠の無が訪れるのだから、何をしても
 虚しいだけである。何をしても、何を成しても、どうせみんな死んでゆく・・』
・『生きることに意味など無い。ただ偶然と偶然が重なっただけで生まれた宇宙の
 中のちっぽけな地球も、いずれ消滅して跡形もなく消滅する。それだけのこと。
 すべては移ろい変わってゆく。永遠なるものなど一切ない。
 その一瞬の永遠の中で、人は生き、必ず死んでゆく。意味などない・・』 ≫
▼ 私と同じ年齢の著者は、半隠遁だが、何度も書いているが、51歳時に、
 似たような?『還暦までに、その後の30年分を生ききってしまう』という、
 逆の選択をし、実行した』 そして、4年前から隠遁生活者。だから、後悔
 の念は少なく、ただ淡々と、今日一日、無事平穏に過ごせればと生きている。 
 現状というより、目標を書くとすると、
   <隠遁生活五箇状> 
1、不快は、あって当然と割り切るー不快の3倍の快を求める
2、辰濃和男著『ぼんやりの時間』 の、「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」。 
  ?、「闇」―蛍と星とダークマターをみつめ ?、「独」―独りでいること   
  ?、「閑」―逆茂木に囲まれて   ?、「怠」―怠け猿のように  
  ?、「懶」―心に余白を持つ    〜を意識して、世界に浸かる
3、その中でも、新しい知識、感動、感謝を貪欲に求め続ける
4、想定死亡年齢を75歳とする。その淵から、一日、一日をみつめ、味わう
5、具体的な死に準備を、一つ一つ実行する 
 まだまだ娑婆ッケがあるが、現実は変な壁が低くなったためか、現実が
面白くて、少年のように好奇心で一杯である。壁が高すぎたのだろう。
それと14年間、随想日記を書き続けてきた蓄積効果と、新たなネットと、
デジタル世界の恩恵もある。 表立っては隠遁だが、内側は真逆のような。
「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」というところ。これもまた、気晴らし!

・・・・・・
5923,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3
2017年06月03日(土)
  * 武澤信一教授
 遠くの席に、武澤ゼミの武澤信一教授の姿が見えたので、
 隣席に座って、思い切って一方的に話しかけてみた。
≪ 先生が亡くなられて20年近くになります。
 武澤ゼミの一年間の思い出は、 何もかもが新鮮でした。
・八王子のゼミ・センターでの泊りがけのセミナー。
・NECのコンピュータ工場訪問。
・出光の造船工場の作業現場での組織を一望する体験。
・自由課題の「卒論」に四苦八苦した経験。
・一年に及ぶ、ケース・スタディの討論会。
 様々な企業内トラブルのケースの現象を一次とすると、その背景に、
二次、三次の構造と背景を洞察し、対策を立てる手法を、一年間かけて
学んだことは、何によりも変え難い経験になりました。仏教語で、それを
「真・仮」とも言いますよね。現象を「仮」、二次的構造を「真」と。 
ゼミを終えて部屋から出たとき、目のまえが黄色に見えていました。
人事管理は、それほど、重い仕事ということですよね。
 地頭で考えぬく訓練は、戦場の真中で出来ても、なかなか出来ること
ではありません。創業は、正に、その都度、目の前に現れた困難に対し、
その背景にある構造を直感し、手持ちの材料を組み立て変えて、新たな価値
を作り上げることでした。としても、ドン・キホーテのような、己の姿を
思い出すたびに、赤面しています。先生が亡くなられ、その後、暫く出席
していた奥様が亡くなられた現在も、年に一回、ゼミ出身のメンバーが経営
する赤坂見附のフランス料理店で、数十人が集まって、生前のまま「偲ぶ会」
に変わって今でも開かれています。
ホテルを開業後、一度、新潟の何かの学会のおりに、泊まっていただき、
古町で語りあかしたことが、今でもハッキリと憶えています。≫

▼ <ところで、この宇宙船内とは、何なんでしょうか>という先生の問い
 かけに、<何なんでしょうか〜>と、赤面する私。父親と、武澤先生が、
私の陰として、「馬鹿なお前は、ひたすら、挑戦と、変化と、己の無知との
闘いを続けるしかと、凝視しているような。で、独り、早朝に、こんな
瞑想をしている。
・・・・・・
4461, 99・9%は仮説、ですか〜 −3
2013年06月03日(月)
    「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
  * 第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく
 自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」
という根源的問いかけになる。しかし、自分の思い込みに気づかない限り、
それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した
思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考え
ようがない。とはいえ、その事実、真実も、思い込みとすると、その立つ場が
なくなる。  ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー
≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。
 逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、思いこみでものを
いいます。では、天才でないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた
仮説をはがせばよいのでしょう ・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある
仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。
われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になり
たっている。「裸の事実」などない。データーを集める場合も、やっぱり
その仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈
するわけです。ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な
世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエータを目撃しても、
「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の
良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。でも本人には意図的に事実を捻じ
曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られている
ことに気づかない。天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついて
いる仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる仮説に
触れてみよ」と、ある科学者がアドバイスをする。あえてタブーに挑戦し、
あらゆる仮説に触れることで、知的な「免疫力」をつけろ、ということ。
たとえば、われわれは自由な民主国家に住んでいますが、あえて専制国家や
共産国家の「思想」にも、触れてみよ、ということです。・・ 
「仮説の呪縛から逃れる万能薬などありません」ですが、できるだけみなさん
の仮説を見比べることにより、支配的な仮説を疑うことができるのです。≫
▼ 自分の仮説(思い込み)に自分で気づくのは非常に難しい。
 気づくようでは、思い込みではないからだ。20数年前のバブルと、崩壊と、
その後遺症が今だに続いている。「土地が限られている日本では土地価格の
崩壊は絶対にない」という土地神話、この仮説が前提にあった。
それが仮説=思い込みということに気づかなかった。だから突然、それが
崩壊すると、日本全体がひっくり返ってしまった。商家に生まれ育って、
身に沁みていたことは、「人生も、事業も舟板一枚下は地獄」ということ。
舟(=店)が沈めば、全てを失うという恐怖。だから、常に万一に備え、
万一の備えをしておくこと。その手っ取り早いのが、普段の生活を合理的
にしておくこと。それさえさえあれば、如何なる事態にも対応できる。
現在、比較的気持ちの落ち込みが少ないのも、「で、どうした!」という
のが幼心から、あったから。周囲の視線が可笑しくさえ思えるのは無知が
見えているから。それも私の仮説でしかない。


6652,閑話小題 〜映画感想 ー『GODZILLA ゴジラ』

2019年06月02日(日)


  ゴジラ映画を、米ハリウッドで新たに映画化して、‘T-lex'劇場で見たら
こんなに面白くなった『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。
「T=LEX」といえば、一月前に、『アベンジャー』で、ド肝を抜かれた。
(後にコピー)。東宝特撮のスター怪獣を動員をさせ、より鮮明、かつ大画面
で次々と闘わせるのだから面白くない筈がない。 評価:95点
  〜ネット検索の内容紹介より〜
≪・『GODZILLA ゴジラ』から5年後の世界を舞台に復活した神話時代のモスラ、
 ラドン、キングギドラらの怪獣たちとゴジラの戦い、それによって引き起こ
 される世界の破滅を阻止しようとする特務機関・モナークの活躍を描く。
・2014年の映画『GODZILLA ゴジラ』の続編で、同作と2017年公開の
『キングコング:髑髏島の巨神』が属する“モンスター・ヴァース”シリーズ
 の第3弾。
・[もし、放射能による変異をなした生き残り恐竜が都心に上陸したら]という
 仮定をシュミレートしたストーリーは子供向けに媚びたもので無く緊迫感が
 表されていた。
・東宝特撮映画のスター怪獣を動員した今回は、複数のモンスターアタックや
 各々の登場スタイル、そしてライトモチーフとなる音楽に至るまで、誰もが
 ゴジラ映画に覚える定石や約束ごとを逐一カバーしている。そのイメージは
 ことごとくパワフルさ倍増しのアップデートがほどこされ、どれも興奮で血が
 逆流するほどに素晴らしい。挙げるとキリがないが、特に衝撃波で街を破壊
 する場面や、戦闘機を撃墜しながら海面スレスレを滑空し、キングギドラに
 猛襲をかけるラドンの飛翔シーンは本作トップを誇るだろう。またゴジラの
 熱線にギドラの反重力光線が絡み合うなど、海外のモンスタームービーでは
 稀有な光線バトルが鳥肌を誘う。 ≫
 ―
▼ 年齢からくる足腰の重みや、欝々とした精神の静かなる気分を、一刻なり
 とも晴らしてくれる。驚いたのが、月末の金曜日で、翌日は「一日の1100円
サービスデー」に関わらず、大会場に老若男女の200人の観客がいたこと。
最近、映画館の客数が増えている。デジタルの撮影機器が進化していることと、
TVドラマとの競合もあって、格段と迫力が増しているためである。
デジタル機器の飛躍的発展と普及が、映画撮影機器と、大劇場の大画面と
音響の高度鮮明にしている、結果か。とにかく、日々、面白くなっている。
「映画・ドラマ御宅」そのものだが。 現実より遥かに面白い?のだから、
これだけは? いや、やはり現実の方が、絶対に面白い! 振返ればだが… 
 でも、味付けとしても… マイナスの記憶も濃厚だが、味わい方による。
――――
2019/04/27
閑話小題 〜『T=LEX』には驚いた
   * これまた驚いた
 最近の3Dに驚いたが、この「T-LEX」の大型スクリーンの大きさと音響の
迫力には驚かされた。従来比、約135%の大型スクリーン+4Kデジタルシネマ
プロジェクター仕様が売りだけのことはある。
シリーズモノの『アベンジャー』そのものがド派手な内容だが、それにこれ
だけの鮮明な画面と音響とくれば、映像の世界に吸い込まれてしまう。
何か、そこに座っているだけで恐ろしくなる緊迫感がある。これがデジタル
機器の進化の一現象ということかと… 
 二年半前に、寝室に65㌅TVをとブルーレイを導入し、シネマとドラマの
世界に没入する日々の中で、週一のシネマ館通いも10年に…。そろそろ、週一
から隔週にペースダウンをと考え始めていた矢先、これである。疲れるが
面白さは格段上がったような。
  〜ネット検索によると…
<ティ・ジョイは、独自のプレミアムシアター「T-LEX」を、新潟県のT・ジョイ
長岡に3月21日よりオープン。県内最大級を謳う大型スクリーンとJBL製4ウェイ・
シネマスピーカー、 4Kプロジェクターの上映設備を設置するほか、高級革張を
採用した … …「Large(巨大)でLuxury(贅沢)、Exciting(刺激的)なExperience
(体験)を提供する空間」としている。JBL製の4ウェイ・シネマスピーカーが巨大
な音から微細な音までを表現。>
 ―
 帰って直に、直前まで録画していたWoWoWの生臭い北欧の刑事モノドラマ3本
をたて続けに見てしまった。映画オタクそのもの。まだ、このブログの書上げと、
SJ通いと、早朝のポタリングがあるため、何とか正常な?精神を保っているが…
それらのどれもこれもが我を忘れるほど面白いとくる! 

・・・・・・
6289,終わった人 −2
2018年06月02日(土)
  * 終われない群像
 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について
感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。
まあ、シリアスで内容は濃い。
 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが…
【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を
迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】
 
 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に
生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意
していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。
 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、
ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。 

「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。
じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は!
  内舘は、戸惑う彼らについて、
《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員
 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を
求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も
横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。
 
 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が
スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。
要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、
重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、
成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。
 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、
「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは!
と薄ら笑っていられないだろう。

 ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。
――
自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 
何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様
だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの!
それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。
ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか?
知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ!
◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。
 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか? 
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人』内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)
★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚
という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き
な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。
  〜印象に残った箇所〜
「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、
 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、
 半年や一年で終わります」      (217頁)
「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」
                   (239頁)
「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、
 生きてるついでにするものだよ」   (252頁)
「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人
 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、
 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな
 ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな
 ことではないか」          (287頁)
「今後、介護やあなたの世話をする気はない。
 でも、離婚という形は取りませんから」(292頁)
「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、
 同窓会に来ないというのはよくわかる」(314頁)。
「思い出と戦っても勝てねンだよッ」  (319頁)
「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁)
「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」(366頁)。
▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、
 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、
しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。
それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 
「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? 
で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!

・・・・・・ 
5192,ロシアの小話 ぷらす4つ
2015年06月02日(火)
   * ロシアンジョーク
 ロシア帝国やソ連の圧制の中で、したたかな市民はジョークで、憂さを
晴らしていた。だから、内容は強烈な毒が含まれている。話す方も、聞く方も
命がけ。ジョークは、その内に秘められている毒が理解できればこそ笑いになる。

・ワルシャワの精神病院をソ連の視察団が訪れ、一人の患者に入院理由を尋ねた。
「亡命しようとしたからさ」  視察団は首を捻った。
「我が国なら政治犯収容所に入れるところだが?」  医者が答えた。
「いや、こいつはソ連に亡命しようとしたんです」

・工場の財産を労働者たちがくすねるのを防ぐため、門で守衛が見張っている。
 その守衛が、手押し車に袋を乗せて通り過ぎようとするイワンに目を付けた。
「袋の中はなんだ? イワン」
「おがくずでさ。家でたき付けにするのを監督さんが許可してくれたんだ」
 しかし、守衛はイワンの言葉を信用しない。
「開けるんだ!」 袋の中味がぶちまけられるが、おがくずしか入っていない。
 次の日も同じ場面が繰り返される。
「今度はだまされないぞ。開けろ!」 イワンは袋を開ける。やはり、おがくず
 以外なにもない。三日目、四日目と、同じことが繰り返される。 七日目、
 ついに守衛は根負けしてしまった。
「なあイワン、お前が何かくすねてるってことはわかってるんだ。だけど、
 もうおれは検査しないよ。おれは見て見ぬふりをする。誰にも言わない。
 だから、こっそり教えてくれ。何をくすねてるんだ?」・・ 「手押し車」

・ 監獄で三人の囚人が話していた。
「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ。工場に五分遅刻したもんで」
「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑で」
「おれなんか、時間きっかりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。
 西側の時計を持っているという容疑で」

・ 第二次世界大戦後。終戦直後で皆食べるものに困っていた時代。街中で、
 ある若い女性が一人の盲人に話し掛けられた。白い封筒に入った手紙を封筒の
 表面の宛名の住所まで届けて欲しいのだと言う。帰り道だったため、女性は
 快く引き受けた。そのまま二人は別れたのだが、暫く行って女性は、盲人男性
 が他に要るものがないかと振り向いた。すると盲人だと思っていた男が白い杖
 を小脇に抱え、健常者の様に反対方向に走って行くのが見えた。おかしいと
 思った女性は、近くにあった交番に駆け込み、事情を説明した。
 警官達は宛名の住所に突入し、そこで食用に売られている、山と積まれた
 人間の死体を発見した。封筒には便箋が一枚。そこにこう書かれていた。
  「こいつが今日最後の獲物だ」
▼ ユーモア、ジョークを楽しむには、あるレベルの教養とセンスが必要。
 その隠された捻りを一瞬で理解できないと笑いが浮かばないため、話し手も、
一発芸の要素が必要になる。そこで相手を選ぶしかないが、それが皆無?
<ところで、ロシアの小話を7年前に、取上げていたのを忘れていて、
 分類のにアップの際に気づいた。幸い、重なる内容は一つも無いので、
テーマを「ロシアンジョーク」から「ロシアの小話+4つ」に変更した。
7年前も、時間がタップリあったということか!>

・・・・・・
2008/03/18
2540, ロシアの小話、8つ
 小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。
その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。
ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。
そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を「アネクドート」といいうが、
ロシア人は食事時などに、普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために
作られたブラックジョークだからこそ、毒があり捻りに味がある?
その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を趣味と
している私でも、含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・

・息子が服をボロボロにして帰宅しました。
「どうしたんだ、お前」 ―父親が厳しく問い詰めました。
「隣りの子と喧嘩した」
「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を
買わなければならないじゃないか。」
「だからどうなの。」 ―息子が自慢気に答える。
「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは
 新しい子供を買うことになるだろうさ。」

・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、
 子「お母さん、僕、外国人になりたい」

・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。
 レーニンは針の山でもがき、スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。
 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。
 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。
「とんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」

・ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、
 エリツィンが僅か三年でやり遂げた。それは何だろう?
    答え:国民に社会主義お良さをわからせた」

・16歳の娘を母親が教えています。
「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、
 ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」
「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」

・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」
「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」
「ううん、パパも夢見ているの。」

・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには
 出来立てのビールがあったじゃないか!」
「信じてください、これはそれと同じものです。」

・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。
「ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。
 裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、 
「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」   


6651,閑話小題 〜サイレント・ブルー 2

2019年06月01日(土)


   * サイレント・ブルーで
 ブルーは空と海の色。人が青に魅かれるのは、生物の起源が海にあるため、
緑と茶に魅かれるのは、陸地の森と林が起源となるため。深海は、まだまだ
未知の世界。 〜海の概要といえば…
【 ・地球表面の70%を占める海。その海全体の98%が「深海」。「深海」とは、
太陽の光の届かなくなる200m以深のすべての海をさし、暗黒、低温、高圧が世界
を支配する。
・「超深海」は、6,000m以深の海域をよび、主に海溝で構成されている。
世界で一番深い海は、日本の南東に位置するマリアナ海溝。深度は約11,000m、
世界一高い山であるエベレストも沈む。
・地球全体の海の深さを平均すると、平均の深さは、約3,800m。富士山が
沈む深さ。また、海底は3000mから6000mの深さが最も広く全海洋の70%、地球
の全表面積のほぼ半分を占めています。】

▼ 深夜を海に例えると、超深海が、夜明け前の2時〜2時半。成るほど、
サイレント・ブルーの言葉が似合うわけ。 「サイレント・ヴォイス」は、
さしずめ深海魚。それが、海底から湧き上がる直感ということも理解できる。
そこには、古代魚が、生延びている。自ら発光する魚や、内臓や骨が透けて
みえる怪魚などが、生存をしている。何やら、ブラックホール周辺の漆黒の闇
のイメージに似ている? 大たい、それを命名するのに問題はないのか?
仮死状態を自らつくり、漆黒の脳空間を漂い遊ぶことは… 許されない行為? 

 で、やはり一年前の文章に、つながっていく。 人生なぞ一瞬だもの!

・・・・・・・
6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3
2018年06月01日(金)
          『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』
                   (伊集院静 2017年)から。
   * 予感、あるいは沈溺

≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、
 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では
とるに足りなぬものだ。
そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。
河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、
―川はただ流れている。それだけのことだ。
 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。
旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める
安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。
ともかく旅を続けるしかない。             127-128p
◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に
 レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p
◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから
 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。
収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から
やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが
殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした
ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない
ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して
いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。
〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。
−そうかもしれない…。    207p     ≫
 ―
▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着
 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を
知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、
高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと
気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。
それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。
『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。
現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、
これまで生きてきたの。ところが先を切られたの… …旅行前に色いろの問題を
箪笥の中に押しこんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。
でもここに来て良かった。心おきなく死ねるわ。』 
パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。
話は続く。
『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、
夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。
‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』

・・・・・・
2004年06月28日(月)
1182, 秘境・異郷ツアーレッスン −3

いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。
旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。
そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。
結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。
そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。
どんな仕事でも、それは共通している。

そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。
ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては
存立し得ない厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。
次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。
ベテランなら解るが、20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。
トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。

北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。20代半ばなのに、
30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと談じ込んで開けさせた
のには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。
そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。
最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。
仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。

やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。
スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。スペインの
カセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。
まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。厳しい中でも、その環境
を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。
                              つづく
――
ー以前書いた文章をコピーしておきます。
[90] 人生のコツ   2001/12/21

ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。
本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは
ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。
「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り
埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。

その人が言うには「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!
若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で
日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。
しかしどういうわけか死ななかった。
それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を
ほとんど回ってしまった。」

この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。
「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。
その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に
「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。
「あとは好きな事だけをやること」だそうだ。

なるほどと考えさせられた。

・・・・・・
2018/03/07
閑話小題 〜大変な人
   * 旅は根こそぎ人生観を変えた
 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。
国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、
ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の
日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの
段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 
 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの
感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク
に繫がっていた。 
 
 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。
今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は
自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を
守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。
 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった
ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観
が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。
私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく
なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、
添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない
。 
 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に
乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が
非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先
では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、
また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ
ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化
の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、
ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。
変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分
の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に
変化していることに気づく。

一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』
と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。
今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、
これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と
映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに
とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…

・・・・・・
2017/11/02
閑話小題 〜チョットした旅の思い出
   * 世界で出会った動物の世界 
 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。
小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに
遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、
嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、
『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。
そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が
唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。
魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。
 
 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、
蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが
当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。
 
 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に
似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。
日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。
 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を
小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間
の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。

 スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。
異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。
<航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル
の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、
多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。

 TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの
群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。

<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
 より、遥かに面白いことが満ちている。
YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。

・・・・・・
2016/05/06
若者よ、外に出よ! ー 日本には限界がある
               『人生の教科書』なかにし礼著
  * 日本だけでは限界がある
 40歳前半までは、自宅に中・高の二人の息子がいた。そこで、行くところ
といえば国内の自動車旅行が中心だった。その二人が学園生活のため、上京
していったのを機会に、海外ツアー切替わっていた。その非日常の面白さに
惹かれたのが家内もである。一人では躊躇する秘境・異郷でも、家内と一緒だと
何とか行ける。また、非日常の中に家庭の日常を持ち込むのも慣れてしまえば
悪くはない。 夫婦してのホテルのレストランの朝食が何とも豊かな気持ちになる。
 学生時代の昭和42年に、大学の「海外旅行研究会」というクラブが企画した
『世界・30日の旅』の存在を知り、行ってはや、49年になる。当時の海外旅行者
は20万人。信じられない数だが、これがツアー観光の愛好者になる切欠となる。
何もかもが新鮮で、ただただ面白い経験だった。人生観が一変した経験である。
 なかにし礼の、以下の内容には大いに賛同するが、自分では書けない。
書けば上から目線が、露出する。 しかし、事実は事実である。
≪ 旅に出るならば1日でも早いほうがいい。自分の感受性が全部そこで
 晒されて、カメラにたとえるならいろんな映像を受け止めていることになる。
そのインプットは大きいものだ。そのインプットは日本にいてもできない類
のものなのだ。これは賭けてもいい。日本という国には限界がある。
刺激の限界だ。食べものだけ見ても、なんの刺激もない。それが日本の料理
だといえば、それは確かにそうだ。だが世の中の料理はそれだけではない。
「肉じゃがを作れる女性がいい」、とか言う男がいる。こういう人も旅行を
していない男と思う。世界の味を知らないからこうした面白くない発言になる。
 北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイにも肉じゃがはある。
それはスープという形で出てくる。肉じゃがの原型はビーフシチューだが、
これはさらにその原型だと言える。牛肉と芋が入ったこの肉じゃがの原型を、
現地の黒いビールを飲みながら食べる。これがうまい。明らかに元祖の味。
日本の肉じゃがよりも断然おいしい。だから日本は食事にしても、もっと研究
しなければいけないと思う。日本の文化は確かに素晴らしいものがあるが、
そこに踏みとどまって進化をストップしていい理由にはならない。・・(略) 
日本人のいいところはいっぱいある。創意工夫とか、細かいことに関する
こだわりとか・・ しかし、一方では何かにつけて「疑いを持つ」ことが
非常に罪悪視される環境になっている。それで画一的な価値観を植付け
られて、「肉じゃがを作れる女性がいい」などという頭になってしまう。
これではもったいない。
 だから若者よ、疑いを持つために旅をしなさい。
 そしていろんなものを自分にインプットする。
 インプットしたらさらに視野を広げて守備範囲を広げる。
 そうしないとインプットする内容も尽きてしまう。
だから何度も言うように、限りない欲望と探究心、好奇心を持ち続けないと
いけない。それは、夢という非日常の世界を見続けるためである。
寝たときにだけ夢を見るのでは寂しい。目醒めて、そこで夢を見るべきだ。≫
▼ 何度か書いたが、成田へのスカイライナーに乗って暫くすると、
「あ〜帰ってきた!」という妙な感覚になる。そこから非日常の刺激の強い
時空になるため、その蓄積が、磁石となって、旅を誘い、その非日常の世界が、
真なる時空、真実の自己であるような錯覚をもたらす。だから、別腹の
世界を自分の中に持っていて、暇な時間にトリップすることが出来る。
この現実世界に、世間の常識に対し、疑問を持ち続けることが出来る。
<目醒めて、夢をみることができる> 

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