堀井On-Line



5950,閑話小題 〜チワワじゃね〜

2017年06月30日(金)

   * チワワじゃね〜
 稲田防衛大臣のミスが相変わらず続いているが、国の防衛を任せるのに、
「ちわわ」のような座卓犬顔はいただけない。国家を治める柱に二つの暴力装置、
内向きには警察権力、外には軍事力が必要になる。外国の侵略から国民を衛る
ための暴力装置には当然、ハッタリも必要。チワワに比して、アメリカは
大型犬のボクサーの様相。2人が並んで歩く姿は、現在の日米の軍事力の差が、
そのまま現れ出ている。この2ショットはブラック・ジョークそのもの。
石破元防衛相ぐらいの強面でないと。その辺りが首相には分かってない。

   * 今年前半の総括は
 今日で、今年の半期を終わる。例年のように、前半は比較的平穏で、後半に
大きなニュースが集中する。去年は、折返し地点の6月23日に、英国の「EU
離脱か残留」の国民投票で、離脱が決まった。国家として、EUにしても晴天の
霹靂だった。また、年末のアメリカ大統領総選挙では、アメリカ白人主義の泡沫
のトランプが大統領になってしまった。これは、アメリカ建国と、南北戦争の
精神の根本精神の否定である。 今年になっても、相変わらずISによるテロが
続いて、イスラム対ユダヤ・キリスト教の対立の構図が世界に拡散をしてきた。
その根本は、白人対有色人種、富める勝者対貧者の対立。北朝鮮のドン一族や、
日本の象徴天皇にしろ、それを取巻く人たちと負組の格差は、歴然としている。
古代ギリシャの社会構図の<支配層3%・市民30%・奴隷67%>が、そのまま
現在でも続いているのが現実。世界からみると日本に住んでいるだけで、
市民層以上になる。世界は67%の奴隷層、いや貧困層が存在している。
その対立構造と、その間の争いが、現状。 その日本国内をみれば、やはり、
ギリシャの社会構造に酷似している。生物であれば、これは仕方がないこと?
今年最大の政治的イベントの「フランス大統領選」で、EU存続を主張した
大統領が圧勝して、事なきをえた。問題は、泡沫のトランプが、どのような
カタチで自滅していくか? の政治ショーである。発火次第で、数百万単位の
死傷者が出る「第二次朝鮮戦争」になる可能性も。で、ロシアは、北方に軍事力
を集結を? 北海道が丁度良いエサになる。 南は中国による沖縄辺りか。 
 そこで、「チワワじゃね〜」になる。

・・・・・・
2016年06月30日(木)
5585,お別れの作法 〜

     <「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法 >矢作直樹(著)
  * 千里眼の不思議
 ネットの進化につれて、何故か、「千里眼」とか、テレパシーへの興味が
薄れてしまった。デジカメで撮った写真をネットでやりとりが、千里眼より
遥かな能力を持つことになった。しかし、面白いのは面白い! 進化と退化の
プロセスで多くの能力を持ち、かつ失われてきた。 〜その辺りを抜粋〜
≪日本で最初にシェクスピア全集の完訳をおこなった英文学者で、後に日本の
 近代スピリチュアリズム研究者の先駆けとなった浅野和三郎(1874-1937)は、
海軍機関学校の教師をしていた時、西洋医学で治らなかった三男の熱性疾患が、
女性祈祷師の予告通り治ったことから、心霊の世界に興味を持ち始め、やがて
教祖、出口ナオの「お筆先」と呼ばれる自動書記の内容を知りたいという
動機から大本教に入信しました。そして、1916年大本に接近してきた秋山真之
(日露戦争時の連合艦隊作戦担当参謀)と知遇を得、秋山は浅野に密かに、
日露戦争日本海海戦にまつわる秋山自身の千里眼体験を語ったのです。
<1905年5月下旬、鎮海湾の日本連合艦隊は、バシー海峡を通過したロシア・
バルチック艦隊がウラジオストックに入る航路として、対馬海峡なのか、
太平洋から津軽海峡を通過するのか、の判断に神経をすり減らしていました。
秋山は、連日連夜、頭を絞って疲労困憊の極致にありました。そして24日の夜、
士官室で横になって考えを巡していた秋山が、つい、うとうととしかけた瞬間、
突然眼前に、対馬海峡を二列になって北上して来るバルチック艦隊の様子が見え
ました。これは天啓だと直感して、直ぐに驚くほど緻密な「七段構えの戦法」
の計画を練り上げたのです。27日未明、まさに先の千里眼による情景と寸分
違わない隊形でバルチック艦隊がやって来ました。ここに日本の勝利が巡って
来ました。> 
覚醒状態からすぐに睡眠に入らない場合の中間的状態は、体外離脱しやすく、
思念が強いと瞬時にその場に移動出来るとされていて、秋山の場合もまさに、
これに当てはまるかと思います。こうした現象を経験すると、その方面の知識
がないばかりに怖がる方も多いと思いますが、怖いものではありません。≫
▼ 父親が亡くなった直後、魂の継承みたいな不思議な現象を何度か経験した。
 10年の間、体外離脱とか、シンクロニシティ=「意味のある偶然の一致」、
「共時性」が、あまりに多く起こっていた。それも、現在では、少なくなった。
現在では、それが、怒りの対象本人か、連れ合いの不幸の招来という「共時性」
で残っているような? その研究が、ユングによって取上げられている。
日露戦争日本海海戦に、秋山自身の千里眼体験が勝利を導いていたとは驚き。

・・・・・・
2015年06月30日(火)
5220,「エリック・ホッファー自伝」 〜
           「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * すべてを読書と思索に明け暮れた「沖仲仕の哲学者」
 10年前に購入して流し読みをしたまま、本棚に眠っていた本。
流し読みなど著者に失礼と思わせる内容。いずれの場面も、臨場感があり、
ホッファーの、その時々の世界に引きこまれる。〜アマゾンの商品説明より〜
《「生きる」ことに真摯であるということは、これほどまで波乱に満ちた人生
 を送るということなのか。本書は、数奇な運命をたどりつつ独自の思想を築き
あげた哲学者エリック・ホッファーの自伝である。
7歳で失明、15歳で突然視力を回復。18歳の時に天涯孤独となり、28歳で自殺未遂。
「私は死ななかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生したのである」
という彼は、10年に及ぶ放浪生活へ踏み出し、数々の出会いと別れを選びながら、
劇的な生涯を送ることになる。
トマトの収穫、ホップ摘み、砂金発掘などの季節労働。そのかたわらで、
化学、数学、鉱物学などあらゆる学問にまい進し、読書と思索を重ねていく日々。
そんなある日、彼は町のレストランで大学教授と出会い、これを機にドイツ語
翻訳や研究の手助けなどのアルバイトをはじめる。あまりに研究熱心な彼に、
教授は研究所での職を用意してくれるのだが、「本能的にまだ落ち着くべき
ときではないと感じた」彼は、ふらりと季節労働者の生活へ戻ってしまうのだ。
「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠の
よそ者であること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう」。
自己と徹底的に対峙し、自己欺瞞と戦いつづけたエリック・ホッファー。
まず学ぶべきなのは「学問」そのものではなく、彼が貫いた学問への、
そして、人生への「姿勢」かもしれない。》
▼ いずれの言葉もシンプルで、鋭く突き刺さってくる。辿ってきた人生が、
 究極の哲学への求道者の姿そのもの。戦場の真只中で、独り、戦う、狙撃兵
のようである。労働に励んで、28歳の時、「今年の終わりに死のうが、
10年後に死のうが、いったい何がちがうというのか」という感覚に見舞われ、
自殺を図るが、未遂に終わる。そこで、「曲がりくねった終わりのない道と
しての人生を」を送ることを決意。その後、10年を、季節労働者として
カルフォルニアを徘徊する。青年期に読んでいたら、間違いなく人生が変わった
いただろう。「永遠のよそ者」「他の惑星からの訪問者」とは、言い得て妙。
人生を道として求めれば、この二つは、強弱あっても、当然ついてまわる。
・・・・・・
2014年06月30日(月)
4855,閑話小題 ー完全自動運転の車が
   * ロボットカーが現実に?
 最近、グーグルとか日産が、ロボットカーの公開を始めた。
それも、2020年までに販売?とか。初めてニュースで見たときには、
思わず目を疑った。SFの世界でも、自動運転車など聞いたことが
なかったが、今では、実際に試作車が走り始め、販売時期まで明示している。 
ネット辞書には、『ロボットカーとは、人間の運転なしで自動で走行できる
自動車。日本語では「自動運転車」』とある。それが現実に現れ出るとは・・ 
ウェアラブル・パソコンや、ロボット掃除機にしても、一時代前には考え
られなかった商品が次々と、現れ出てきている。デジタルによるユビキタス
の限りない進化のため。 面白い時代である。
  * つれづれに ースズメとエールの交換
 夕方、庭で一匹のスズメがピイピイと呼びかけてくる。これまで、ベランダ
からのペットのインコが呼びかけに、口笛で答えていたが、今度は庭のスズメ
の呼びかけに、口笛で答えている。実際はインコに興味があるようだが。
エール交換も20分経った後、ドアを開けると、一直線で飛んできて、2Mの
ところで、慌ててトンボ返り。可愛いものである。で、連日、同じ時間帯に
鳴きかけてきている。 よく観察すると、他の仲間もいるようだ。インコが、
家人を求めて鳴いているのがスズメを引き寄せるようだ。
御隠居は御隠居で、日々、面白い発見がある。
  * 考えてみたら、今年も折り返し、ですか!
 明日から、7月。今日で、今年も半分、過ぎてしまった。
例年、前半は比較的、落ち着いているが、後半に、大きな事件が起きている。
今年は、現在、行われているワールドカップが、メインで、それが今年の境目。
再び、アルゼンチンの債務不履行が、出てきている。これまで、ロシアの
クリミア半島の奪取が起きている。韓国も、多くの民度レベルが問題として
表立ってきている。北朝鮮や、経済等の問題から、あの大統領では、ますます、
脆弱になっていく。ある意味で、近未来の日本の姿である。
問題は、中国を筆頭にした後進国と、欧米の経済問題。それに加え、日本の
6年後の東京オリンピック開催の決定が、後で禍根を大きく残すはず。
大震災クラスの経済のクラッシュが、いつ何時、起きても不思議でない
綱渡りの日々が続くことになる。『前半は、経済クラッシュが無かった』が、
隠れ大ニュースかもしれない。 私は、とにかくも、半年、無事!
・・・・・
2013年06月30日(日
4488, 閑話小題 ー今年も、はや半年
  * 今年も、はや半年
 今年も半分が過ぎてしまった。経済は円安、株高で少し微風が吹いているが
何時、破裂するのか予断が許せない。先日、読書日記の『静かなる大恐慌』で、
既に世界は恐慌に入っているというが、現在の日本には、その認識が少ない。
表面は静かだが、水面下は一日一日と深刻化している。何時、何処で、歴史的
大事件が勃発するのか。これは発生するまで、誰も知るすべがないが、間違い
なく起こるのは確か。 株式の暴落は大方が9月か10月に起こるが、年例行事
にように、何とか翌年に引き伸ばしているのが現状。「数年来、恐慌だ、戦争だ、
と騒ぎだてているが、何にもないじゃないか?」というかもしれないが、表て
立った時には、国家非常事態。とはいえ、膨大は不良債権も、国家間の決め事
なら、静かに沈殿させて先延ばしをしておけば、それはそれで罷り通る。
個人的には、これだけ平穏で落ち着けたのは希。早朝から就寝するまで、
ほぼ同じ日程を繰り返している。
  * 今年に入ってシネマ、28回
 リタイアから三年目に入って気が緩み始める現在が、ストレスからくる
ウツ症が来そうな時期。刺激的?人生を過ごしてきたので、反動は大きいはず。 
早朝から、ネットや、ポタリング、読書、スポーツジムにと、スケジュールを
組み何とか落ち込みを防いでいる。現在はストレスの無いのが一番のストレス
状態? 週に一度の映画鑑賞は、費用対効果という面でも非常に効果がある。
これまでシネマにいった回数を数えてみたが、26週で28回。行かなかった
週が二回。週二回が4回もある。これまで一度も70点以下が無いのが良い。
私の評価として、邦画の平均80点に対し、ハリウッドは90点。デジタル技術
の大画面の迫力は圧倒的である。邦画の見劣りはあるが、3〜4回に一度位が
丁度良いバランスである。卓上型手帳の週単位のページに入場券を貼り付けて
いるが、内容は殆んど憶えてない。これだけはネットの評価そのまま。もちろん、
それを確認していく。家のTVで、シアターで、「デジタルが創り出した
仮想空間の世界に浸かる日々」になる。
・・・・・・
2012年6月30日(土)
4114、財政恐慌
「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した」浜矩子(著)
 昨日、たまたま図書館で見つけた本だが、丁度良いタイミングに知りたい内容
が書いてあった。「これまでは序曲に過ぎない。2012年からが財政恐慌本番
の年である!」と、欧州の金融恐慌の最後の死に至る無限ループが手に取るように
分かりやすく書いてある。「本来の経済の火消し役であるべき財政政策、金融
政策がなぜ現在の金融危機につながってしまっているのか?」 金融危機を
お金を刷ってばらまくことで解決しようとする(漏洩金融)財政政策により、
グローバル経済における金融と財政の死に至る無限のループを以下の述べる。
≪グローバル経済において、ヒト・モノ・カネは容易に国境を超え、その飛躍と
 拡散が行く先々で様々な問題を引き起こす。 ところがそれら諸問題の火消し役
を果たすべき国々の財政は、国境を越えられない。このミスマッチが国々の財政
政策にかつてない負担をかけ、金融政策をかつてなく無力化する。そして、
重みに耐えられなくなった時、起こってはいけない 財政恐慌が発生する。≫
≪ リーマン・ショックそのものは金融恐慌だった。国境を越えて暴走が
 もたらした恐慌である。かってなく巨大で、迅速で、複雑で、公域に広がり
をもつカネが、金融の大河に溢れて超弩級の洪水を引き起した。
それがリーマン・シックに他ならなかった。この空前のスケールの
グローバル恐慌に、国境を越えられない国々の財政が立ち向かったのである。
 勝敗は目に見えていた。しかも、国境を越えて大きな過ちを犯した。彼らは、
なにはともあれ、経済活動をリーマン ・ショックによる落ち込み前の段階に
押し戻そうと躍起になった。そのために、空前の財政大盤振る舞いに乗り出した。 
あの時、アメリカの財務長官だったポールソンが何と言ったかをご記憶だろう。
金融恐慌をせき止めるために、彼は「バズーカ砲を用意した」と。
借しげもな火薬をつぎ込んで、銀行の不良権を買い取る。傷ついた金融機関は、
どんどん重荷を軽くしてあげる。負担は連邦政府が全部肩代わりしてやろう。
迫力はあったが、そのおかげで金融機関の痛みが財政の痛みに転化することと
なった。他の諸国においても、同じことが起こった。その道に踏み込むとする
国々もあったが、結局は、金融の痛みを財政が肩代わりする流れに誰もが
巻き込まれていってしまった。そもそも、リーマン・ショック発生前夜に
おいて、国々の経済は明らかに危険すぎる経済的な高みに上りつめすぎていた。 
だからこそ金融恐慌という名の大洪水力発生した。それなのに、リーマン・
ショック後における国々の財政は、あの高すぎ危険な山の上に、経済活動の
水準を押し上げようと必死になった。≫
▼「日本は既に輸出主導、円高対応、成長戦略を目論む局面から、成熟戦略へ
 入っているのではないだろうか」と、今後の日本の進む方向の転換の必要性
を説いている。今だ「成長なくして生存なし」という言葉が支配しているが、
無理な道理を通そうとするため、財政出動の繰り返しになる。結果として
金融恐慌の原因を作り、そして世界恐慌へ 向かっている。
その限界が年内、2012年問題である。
  ・・・・・・
2011年06月30日(木)
3748, ジャズについて(?) ー「ジャズ完全入門!」? −18
           ー「ジャズ完全入門!」後藤雅洋著 ー ?
【 聴き手のほうから音楽に寄り添わなければわからない、という理由は、
 もう一つある。それは、ジャズが異文化に属しているという事実である。
いまとなってはポピュラーミュージック、ロック、それにクラシック音楽も
含めて、我々を取り囲む音楽環境はほとんどすべてと言ってよいほどに外来種
のものとなってしまったので、ことさらジャズの異文化性を取り上げても、
ピンとこないかもしれない。しかしアメリカの黒人音楽として誕生したジャズ
は、その文化的な背景が我々とはかなり違っているので、私たちの素地の
ままの感性で判断しても、その狙いがわかりにくいということがあるのだ。
たとえばカウント・ベイシーのバンドなどは、よく演奏のエンディングを一度
終わったように思わせておき、また繰り返すというような芸を見せるが、
その回数はお茶漬文化の僕らの感覚から言ったら、少々「くどい」と思わせる
ほどなのだが、これは黒人音楽の特徴の一つなのである。...  
(以下、字数の関係上カット12年6月30日)


5949.閑話小題 〜つれづれに、明け方に

2017年06月29日(木)

   * 明方、つれづれに
・ 片方の年齢が75歳をこえた老々介護が、三割を超えたと報じていた。 
 どうも老いるに従い、社会の隅に追いやられるようである。しかし娑婆
には面白そうな、まだ経験してないことがあまりに多い。その一つがゴーグル
をつけたソニー・プレイステーションVRでのゲームの体験と、それを使った
YouTubeの動画での絶景観光。この齢でプレステでゲームに興じるのも変か?

・ 学生時代に、深夜の2〜3時に起きて酒を飲む「夜明けの酒」の経験を
思い出した。友人が誰かと体験をしたが妙な酔いかたが良かったと聞いて、
数人で飲んでみた。 深酒をしないで泥酔状態のサイケ感覚にトリップをした。
水商売の人は、客や、同僚とのアフターで経験済み? これは慢性化すると、
身体も脳にも良くないはず。学生だからできた経験。朦朧と黄色にみえる朝日
が何とも! 今度、夜の6時に寝て、0時に起きて何処かのスナックに行って、
二時間ぐらい酒を飲んでみますか? 年齢を考えると、危ないか?
 毎朝、4時に起床して、この文章を完成し、アップして、信濃川の大橋を一周
してくる方が、サイケ調ですか、今度、缶ビールでも、持っていってみようか? 
これは事故が危ない。

・ 一昨日、TVで見た映画が、「強い麻薬でトリップをしたグループの
 経験と、その結果がもたらす錯乱した狂喜の世界」を映像で垣間見る内容。
トリップ後にやってくる反動の世界の一端に、視聴者が引込まれる筋立て。
酒類、薬物を介さなくとも、映像に波長に合わせれば、トリップに近い状態に
なれる? <所詮、別世界の何かがつくり上げたバーチャル世界の住人>なら、
自ら積極的に、入り込むのも手である。 で、飲酒過剰で、この始末。

・・・・・・
5583,閑話小題 〜暇とは、こんなに忙しいものか
2016年06月28日(火)
   * 暇とは、こんなに忙しいものか
 欧州サッカー選手権とプロ野球、WOWOWの映画とTVドラマと、時間が
足りないほどTVを観るのに忙しい。他動的で後ろ向きだが、面白いのは面白い。
これにスポーツジムとポタリングとパソコンと読書が加わる。更に近くの‘
ツタヤ’のビデオ・レンタルでも借り始めたら、本当にどうなるか?
 で、レンタルは、ウィンドウショッピングに止めているが面白そうなのが
多くある。 隠居になってみて、内向きの忙しさとしても、こんなに面白い
日々とは思いもしなかった。苦しみ1に対して、楽しみ3の割合に意図的に
加えていることもある。これは楽しい時間をスケジュールに組めば済む。
 例えば、早朝のペダリングだったり、TVで観る映画やドラマや、金曜日の
シネマ通いだったり、この随想日記のテーマ探しと書上げだったり・・ 
 これは75歳を健康年齢の目安に設定すると、自由に動けるのは、あと4年半! 
とすると当然、何事にも貪欲になる。 <死んで花実が咲くものか>だが、 
70歳という自覚が少ないためか。同年代の知人友人が次々と倒れるためか。
   * 2016年上半期 重大ニュース
 あと数日で、今年の上半期が終わろうとしている。世界をみると、ベルギー・
ブリュッセル国際空港のテロと、アメリカの大統領泡沫候補が共和党の代表に
選ばれたこと。国内では、枡添都知事の辞任と、熊本地震ぐらいだったが、
先週になって、『英国のEUからの離脱』という政治的激震が起こった。
 この影響は、今後、5〜10年と続くが、日が過ぎる度に、事の重大さに
世界は震撼としている。離脱自体も然ることながら、ドイツ、フランス、
イタリアなどにも離脱の動きが大きくなる。スペインのように、英国の離脱
を受けて、逆に熱が下がった、思わぬ効果もある。当初、トランプに順風と
思えたが、これまた逆のようだ。毎日の為替・株の相場から目が離せない。

・・・・・・
5218,聴覚の方が、視覚情報より根源的!
2015年06月28日(日)
       『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 
   * 聴覚の方が、視覚情報より根源的!
 全盲の辻井伸行が、譜面をみないで多くの曲を弾きこなすことに不思議?と
思っていたが、「皮膚の外側全部が宇宙」と聞くと成るほど、「聴覚の方が、
視覚情報より根源的!」というのも納得できる。 〜その辺りから〜
≪ 堤◎ ー目に見えるものだけを信じることはなぜ危険なのでしょう?
佐治◎ 一耳のほうが優れているともいえます。目は見たいようにものをものを
 見る特性が顕著です。 聖書にも「神の姿をかたちづ〜てはいけない」と書かれ
 ているでしょう。神の姿が見えようとすると、自分に都合の良い神をつくりだして
 しまって、極端の場合は、その神の命令によって、という思い込みから殺傷事件
 を起こしてしまう。 それも、脳のメカニズムに関係してくるらしいのですが。、
堤◎ ーどんなメカニズムでしょう? 耳との違い?.
佐治◎ ー目は三種類の色を識別する細胞からできています.「RGB」、つまり
 赤REDと緑(GREEN))と、青(BLUE)の細胞にどういう光が入るかによって
 いろいろな色を識別します。 ところが耳の聴覚器官は、二万五〇〇〇種類
 くらいの細胞が縦に並んでいる。ある音が片側からやってきた場合、われわれ
 は二つの耳で、その方向を識別できます。ところが音が片側の耳に入って、
 次にもう片側の耳に入るまでの時間差は一〇〇〇分の一秒くらいで、神経の
 伝達速度では、間に合わない。となると、音源の方向を識別できないはずです。
 そこで・片方の耳から入ってくる音は細胞の上から、もう片方は下から入って
 きて、その合致する位置から、脳が計算して方向の認識をしている。
 しかも、目から入った信号が脳に到達する時間と、耳からの信号が脳に到着
 する時間を比べると、耳からのほうが速い。つまり、耳のメカニズムのほうが
 ある意味では優れています。人類の進化の歴史を見ても視覚情報は、母親の
 胎内にいる時にはシャットアウトされている。でも、音だけは聞こえている。
 視覚情報のほうが優先されているということです。聴覚情報は、より根源的
 ということです。
堤◎ ーならば目の不自駐方の感じ方は全然違うのでしょ-か?
佐治◎ ー生まれながら全盲の人の言葉を借りると、「先生にとっての宇宙は、
 月とか太陽とか星なんでしょうけれど、ぼくにとっての宇宙は、皮膚の外側が
 ぜんぶ宇宙なんです」という。すごいですね。・・・
佐治◎ ー目が不自由で、耳は健常な人と、逆に耳が不自由で、目は健常な人
 とでは、感じている世界はまったく違うようです。  
佐治◎ ー全盲のピアニスト、辻井伸行さんによると、カルテッドでの共演など、
 通常はアイコンタクトで合わせますが、彼は、相手の呼吸を耳で読むといって
 いた。われわれには五感があるが、そのなかでいちばん深いところに入って
 いくのが音情報です。≫
▼ 動物は海中から陸上に、上がって進化?してきた。海中は視覚より聴覚の
 方が生存競争に有効に働くため、人間も、その流れを引継いでいるのだろうか。
ウツの対策に音楽療法があると、この書で述べているが、iPodで軽音楽を聴き
ながらの早朝の自転車散歩で、その実感は確かにある。 情報端末の進化は、
聴覚、視覚情報を、より手軽に修得可能にする。
・・・・・・
4853,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー23
2014年06月28日(土)
   * 仮店舗と、本店ビルの建設
 設計も終わって、ゼネコンへの見積もり。長岡駅前の一等地もあって、小さな
規模きかかわらず、多くのゼネコンの見積もり依頼があった。そして最後に、
大手の大成建設と、準大手の淺沼組に絞られた。しかし、500万の金額の差で
浅沼組になった。 準大手の淺沼組社長が、山本五十六元帥の元直属の部下で、
何もあっても取れとの厳命があったと、後で聞いた。しかし、500万の差が、
実はアーケードの見積もり落ちと、後で判明し、請求してきたが、話が違う!と、
トラブルになりかけたが、最後は相手側のミスと、決着。今から考えると、
建設は、一割以内の差なら、最大手を選ぶのが順当だった。ただし、浅沼組も、
悪くはなかったが。見積もり過程で、得体の知れない建設業界の不気味さを
感じ取っていた。談合で、殆どが決められる建設業界の(マフィアのような)
シンジケートであるる。それも10数年前に社会的大問題になって大きく
変わったが、現在でも、それは厳然と残っている?はず。
 ところで、ビル完成まで、どうするか?で、駅前に、たまたま撤退した
ばかりの専門店街があった。その権利を、母の従兄弟の元市長がが持っていた
関係で、入店することにした。そして7ヶ月後、11月に新規オープンになる。
新店舗の開店も順調にいったが、直ぐに気づいたのが、売場面積を三倍にした
割に、売上げが、思いのほか伸びない。順調に伸びたのが、学生服の売上だけ。
既に、時代が車社会に入っていて、郊外店舗への流れが本格的になっていた。
 その頃、仕入先の産地も、繊維不況で大きな曲がり角に立っていた。
それと大型店の影響で、駅前立地も本格的衰退の兆候を現していた。
その頃、チェーン店を目ざすクラブのセミナーの講習に三ヶ月に一度の割に
聴講にいっていた。そこでは『早く、新業態の店舗を開発し、現業を潰すべし』
と、繰返し、聞いていた。 現に、この10年間、各地で、それを目の当りに
してきた。一息を入れたとき、全エネルギーを、店舗運営と、仕入と販売に
縛られる日々に、自分の限界を感じるようになっていた。その頃、ヨーカ堂に
出入りしている紳士ファッションメーカーが訪ねてきて、取引をしたいという。
ヨーカ堂に入れている商品の一部をブランドを変えるので、取引をさせて欲しい
という。 ところが、その商品が嘘のように売れるのである。要するに全国的
ホット商品ばかり。内心、「これは!」の声。新興の大手チェーンには、
短期的には闘えても、長期的消耗戦では、勝てないのではないか?である。
 本店の建替えも落ち着いた頃、ペガサスの教えのチェーン化に、実兄は、
やる気満々!私は、逆に自信が喪失。考えてみれば、私に会社の資産はないし、
縛られるものはない。引き時では?と。
 話は変わるが、本店を開店した後に、その成功の祝いに、30人を連れて、
ハワイ旅行に行くことになった。それが、長岡での花。山場であった。これが、
それまでの疲れ全てを取り払ってくれた。そういえば、同じことを新潟駅前
シリーズでも、やっていた。その時々を仕事の合間でレジャーも楽しんでいた!
・・・・・・
4486, 静かなる大恐慌 ー3
2013年06月28日(金)        「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著)
   * 第二次グローバル化のゆくえは?
この地球規模の混迷の行きつく先は、どうなるのか?
そう楽観的ではないだろう。ーその辺りから
≪ 第一次大戦後には各国間の貿易が再開され、金本位制への復帰が進むなど、
 戦前世界への回帰が模索された。しかし29年に始まる世界恐慌から、各国は
保護主義やブロック化へと雪崩をうって、保護主義やブロック化へと突入して
いった。世界経済を統合するグローバル化の動きは、世界経済を分断する
脱グローバル化の動きに急速に切り替わり、貿易をめぐる国家の「経済戦争」
が激しくなった。それが第二次世界大戦へつながっていった。 そして、
それは第二次世界大戦で終わりをとげた。 それでは第二次グローバル化は、
どのような結末を迎えるのか。まず、当時と現在とでは状況が違う。
第一次当時は、予期せぬ経済変動に対し、各国経済はあまりに弱かった。
しかし、現在は先進国を中心にした労働者を保護する制度や、銀行や預金者を
保護する制度が幾重にも張り巡らされている。・・加えて、当時の金本位制度
という国際金融システムに問題があったといえる。多くの点から考えても、
現在のほうが遥かにショックに強いといえる。しかし、それがいえるのは先進国
だけ、新興国は遥かに弱い。二度のグローバル化に共通しているのは、輸出を
中心に成長する新興国が急激に台頭してくること、そして一たびショックが
起きると大きな打撃を受けるのも新興国であること。 世界はいつも、弱い鎖
から切れていく。アメリカで始まった現在の危機は、欧州に飛び火をした。
それも経済力の弱いギリシャに火がついた。これが別の地域、特に輸出を
伸ばして急成長をしてきたBRICsなどの新興国へと波及したとき、
危機の複雑さは一挙に深まっていく。≫
▼ 著者は、100年前のような二つの大戦が起るかどうかまでは言及してない。
しかし、中国や北朝鮮のような新興国が現に存在している。内部の基盤が
危うい国は、それをカバーするために世界大戦やむなしと考える危険がある。 
それだけでない、スマートフォン(小型パソコン)が一般大衆に普及したとき
の危険性は計り知れない。政府より大衆の方が、情報を知り抜いてしまうからだ。 
20、30年前なら数億、十億円もしたコンピューターが、誰もが持ち活用
した時の社会的影響は想像を超えるだろう。大きな政府をつくったとして、
ネットで結びついた力の終結は誰も予測不能だろう。静かに恐慌は進んでいき、
混沌は当分の間、続く。 隠れた正体は、「情報化社会の本格的到来」である。
・・・・・・
4112、閑話小題 ー血圧
2012年6月28日(木)
   * 血圧
 血圧が高めのことは知っていた。しかし毎日これだけ運動をしていれば
大丈夫のはずと、たかをくくっていた。ところが、家内が先週末、ドラッグ
ストアにある血圧計ではかったところ、思いのほか高かったと聞き、一昨日、
スポーツジムにある血圧計ではかったら、何と165もあった。ヨガを終えた
直後なので血流が良過ぎたのか、それとも・・ そして昨日、一時間半の
運動の後、怖々とはかってみたところ、130だったので、ホッとした。
しかし、これでも高いようだ。ジムに通い始めた頃には月に一度は見ていたが、
だいたい130代だった。ネットによると、≪ 日を変えて何回か血圧を測定し、
いつも拡張期血圧が90mmHg以上、あるいは収縮期血圧が140mmHg以上であるのが
高血圧の診断目安≫という。これからすると、私は、ぎりぎりセーフになる。 
塩分と糖分に関しては、意識的に最小にするようにしてきた。体重も30年間、
体重も増えることもない上に、身体が重いと思ったことはない。
  * 欧州発世界恐慌の瀬戸際 (同じことを繰り返して書いているが)
 ギリシャのやり直し選挙で緊縮派の勝利で、目先の世界恐慌の火種を何とか
消した。しかし、スペイン国債金利が7%を超えた。UCBなどが融資を決定
をし何とか、これも乗り越えつつあるが、何時までも続くわけでない。 一度、
火がつけば、世界の6京(6千億ドルの10倍)の不良債権が表立ち、世界中
の企業と銀行の連鎖倒産が出ることになる。これはリーマンショックなど
比べようのない事態。そのため何があっても目先、乗り越えざるを得ない。
次の目標はロンドンオリンピックの終了だが、微妙である。先日も、スペイン
の銀行28行の格付け引き下げがあった。ドンヨリした暗雲が世界中を覆って
いる中、国内政治は大混迷。消費税を上げないと日本はもたないが、引き
上げれば経済は大打撃。 これほど酷い政治と経済の惨状をみるとは! 
それも、まだ本格的世界恐慌は始まっていないのに、である。 悪いことに
内税のため、増税は実質は経費アップになる。その上、売上減は必至になり、
中小・零細企業は大打撃。もう私にとって影響は少ないが、一歩、ひいた目で
みても恐ろしい。ある朝、何処かの株式市場で暴落が発生、その日を境に
世界経済は大混乱に陥る。解っていても手立てが無いから、ことは深刻。 
・・・・・・
3746, 閑話小題
2011年06月28日(火)
   ◆ エイズ並みの、恐ろしい性病
 人間、ギリギリに立つと、本性が出てくるもの。その中で最もリアルに
出るのが「他人(ひと)のせい」にする悲しいサガ(性)。人間には、
「あなた群」というのがあって、色いろな気持ちや体験を通して培った感覚や、
体の細胞たちからの記憶が、人の中に蠢いている。過去の色いろな感情や
感覚が、塊になって、その時々の感情や感覚を仲間として同居していて出番を
待っている。その一つが「他人(あのひと)のせい」病である。さしずめ、
今回の倒産劇の「三つの震災」を倒産理由にしている我が内なる、それである。
そう書きながら、これらの八割が原因と脳の奥からの声が聞こえてくるが・・
原因や責任転嫁は動揺から生じることが多い。「他人のせい」は、メビウスの
輪で、「原因は自分にもある」ことに気づかなくしてしまう。東北大震災も、
あれは数百年に一度の天災が原因である。そこまで、想定できないのは自明。
それを政治は言明できないという恐ろしい事態である。
   ◆ 3D仕立の靴下とスポーツシャツ
 「父の日」に、次男からプレゼントが送ってきた。ネット・ショップから
だが、包装を開けてみると、靴下二足。白系と黒系の無地もので、よく見ると、
立体的な足の形をしたモノで、足の部分ごとに縫い方が違っている。
 それも、縫い目がない。足にピッタリ密着するようになっている。 
分かりやすくいえば、足袋風ハイソックで、指先、踵、そして土踏まずの箇所が、
それぞれに合わせた織り方になっている。一度、TVで、その製造マシーンを見た
ことがあった。スポーツジムで、それを履いてみたが、脚が全体が適度の締め
付けで軽快な感じがする。一度履いたら、運動に欠かせなくなる。これなら
2〜3千円を出してでも買いたくなる。ところで昨日、ジム用の着替えの
スポーツシャツをと専門店にいったところ、何と「3Dシャツ」のコーナー
があった。やはり立体的に上半身の形になっているシャツが並んでいた。
それも乾燥が早いシロモノである。それが千円というので、さっそく買ったが、
これも良い。元々あったのだろうが、ベトナムで、トレード・オフをし価格
ダウンしたのが店頭に並んだので、目に入ったが。これも、デフレの一現象。


5948,閑話小題 モンテッソーリ教育 −1

2017年06月28日(水)

   * モンテッソーリ教育とは
 天才将棋少年の藤井君の秘密の一つが、幼児期の「モンテッソーリ教育」
にあったという。そこで調べてみると、知的障害児の感覚教育で知的水準を
上げる効果から、貧困層の健常児への独特の教育に発展し、この教育法が欧米
社会に広がったという。要するに天才教育である。家内には私の持ってない、
異様な能力がある。聞くところによると、直ぐ上の兄が、生まれて間もなく
死んでしまったため、両親が、我がまま放題に育てた。それが、習い事にも
現れて、バレー、小唄、習字など、次々と本人の気分に従って、1〜2年で、
変わっていった。その辺に、変な能力? 異常な位の好奇心の元にあるのでは
と、思ってきたが、それを当人が、自分で、してきたことになる。ただし、
『受験勉強で、そのエネルギーの全てを使い果たして、この有様!』と宣う。
知的好奇心と、マスコミに取り上げられる流行に対する直感は、異様に強い。
この教育法を読むにつれて、武澤ゼミの基本が、ここにあったと、気づくこと
になる。知識にしろ、経験にしろ、私たちは小さな世界に閉じ込めれれている。
まず、その認識をして、外にも内にも、その壁を壊さなければならない。
 その前に、その壁に入らない教育法が、これである。
  〜ネット検索によると〜
≪ 20世紀初頭にマリア・モンテッソーリによって考案された教育法。
 イタリアのローマで医師として精神病院で働いていたモンテッソーリは知的
障害児へ感覚教育法を施し知的水準を上げるという効果を見せ、1907年に設立
した貧困層の健常児を対象とした保育施設「子どもの家」において、その独特な
教育法を完成させた。以後、モンテッソーリ教育を実施する施設は「子どもの家」
と呼ばれるようになる。
 1907年、ローマに最初に誕生した「子供の家(Casa dei bambini)」は、
瞬く間に欧米を中心に世界各国に広がった。特にアメリカ合衆国では2度に
わたってモンテッソーリ・ブームが起こり、アメリカ全土にその教育法が普及。
現在、アメリカの私立をはじめ数百の公立学校でもプログラムが導入され、
3000ヶ所のモンテッソーリ・子供の家があるといわれる。日本には1960年代に
紹介され、モンテッソーリ・プログラムを導入する幼稚園やモンテッソーリ
教育を専門に行う「子供の家」が創設された。
 ☆ 自発性と「敏感期」
常に子供を観察し、そこから学ぶ姿勢を貫いたモンテッソーリは、感覚教育と
同様に重要と説いたのは、子供の中の自発性を重んじることである。どの子供
にもある知的好奇心は、何よりその自発性が尊重されるべきで、周囲の大人は
この知的好奇心が自発的に現われるよう、子供に「自由な環境」を提供すること
を重要視した。また、子供を観察するうち月齢、年齢ごとに子供たちの興味の
対象がつぎつぎ移り変わる点に着目し、脳生理学に基づき、さまざまな能力の
獲得には、それぞれ最適な時期があると結論付け、これを「敏感期」と名づけた。
モンテッソーリ教育の特徴の‘一面とされる一斉教育を行わない教育形態’は、
この子供たちの「自由の保証と「敏感期」を育むモンテッソーリ理論の視点に
立つものである。 モンテッソーリは、集中して遊んでいた子どもが玩具に夢中
になり、目を輝かせていた幼児を見て、挫折しかけた研究の道を再度探求する
こととなった。敏感期の子どもに触発され、モンテッソーリ教育が構築されて
いったのである。 … 次回につづく ≫ 

▼ 家内の両親が、本人を大事にするあまり自由気ままに育てた結果が、
 この自発性。それが、「敏感期」に本能の向くまま、習い事を替えさせて
いったようだ。これが良かったのである。 何度か、家内に言ってきたのは、
『10歳辺りまで、多くの習い事させてもらったのが、何よりの財産。両親に
感謝しなさいよ!』と。何を言っているのか理解できないのが、本人の限界。 
一生を幼女そのままの好奇心を持ち続け、亭主を盾に、続けるのでから、
たまったものではない。が、秘異郷を主とした海外ツアーに50回以上も行けた
のも、幼女のままの好奇心の性格だったこともある。痛し痒しとは、このこと。
「普通の痛さじゃないから、たまったものじゃない、ったく!」 だが。

・・・・・・
5582,閑話小題 〜まさか、離脱派が勝つとは! 〜
2016年06月27日(月)
   * 欧州サッカー選手権と、EUの離脱問題
 今回の英国のEUからの離脱問題。欧州サッカー選手権の最中の熱い時期の
タイミングが良くなかった。英の自国内も含めた、欧州同士のサッカー試合を
通した代理戦争のような試合が行われている最中の離脱成否の国民選挙である。
何とか抑えてきた抑えてきた愛国心、郷土愛が欧州連邦を崩す切欠になるのか。
 英国とユーラシア大陸の位置関係と、日本とアジア大陸の地勢上の立ち位置
から類推してみると似ている。日本に大陸から大挙して押し寄せて、街の一角
に住んだとしたら、当然、離脱をしたくなる。 中国、韓国、フィリッピン、
インド人が、近くのアパートに住んで、大声で深夜、騒いだとしたら、それは
拒否反応を示しす。現に自宅前のアパートの何世帯が、住人である。
我慢できないレベルではないが、数倍になったとしたら、考えるだろう。
それも犯罪が激増するとしたら・・ 
 離脱問題が、大した問題でないのか、想像を絶した大問題なのか、二日間、
新聞、TV、ネットの情報を通して考えてみたが、これはパンドラの箱が開いた
リーマンショック以上の大問題。プラス面に光が当てられたグローバリズム
の問題が、マイナス面に表出した一現象である。これでトランプがアメリカ
大統領に選出される可能性が出てきた。EUは、解体もありうる。それと、
スコットランドの独立もである。
 ソ連邦解体と、中国の共産主義政策の放棄と、情報社会の到来をみた上に、
EUの壮大な生成の実験と、その崩壊過程?まで目撃できるとは! 驚き。
アメリカの不良債権も、各国政府、金融機関の金庫の中に押し込まれたまま。
何かの切欠で表立った時、世界恐慌は表立つ。今週は、先週に続いて見もの!
まず株式と為替から。現役だったら、夜も寝れないだろうに。
アベノミックスは、株安、円高の潮目で、失敗が露呈してくる。娑婆は面白い。

・・・・・・
5217,神学と物理学と哲学の三位一体論
2015年06月27日(土)
              『立花隆の書棚』立花隆・蒼田純一写真    
   * 神学と物理学と哲学の三位一体論 
 書店の店頭で数ヶ月前から黒表紙の『立花隆の書棚』という分厚い本が並んで
いた。面白そうだが買うのを控えていたのを図書館で見つけ、さっそく借りた。
  その「まえがき」の内容が良い!
≪ 「やはり、若い才能というのはあるもので、昔のいい本にもう一度出会う
 のも悪くないが、若いブリリアントな才能の持ち主と出会うことは嫉妬の対象
にこそなれ、なかなか賛嘆の対象にはならなかった。しかし、七十を過ぎて、
素直に、何でも、よいものはよい、と言いたくなった」 ・・・(略)
 『20歳の君へ』の中で、キリスト教の三位一体説を取り上げ、父なる神と、
子なる神と、精霊なる神が一体であるとはどういうことか、それに対する異論から、
最初の異端、アリウス派が生まれたという話をした。
「イエス・キリスト=神」とする正統的な三位一体論に対して、歴史上、
異論を唱える教派が何度も出ては、異論とされてきたのである。現代においても、
アメリカで最も有力な教派(ユニテリアン)が同じ見解の下に集団を作っていて、
アリウス派の現代版と目されるということを指摘した。
「現代版三位一体論を考えるなら、今こそ、神学と物理学と哲学の三位一体論を
やるべきだと思う。それは、光とエネルギーと物質の三位一体論であり、これは
物理学の公式で書き表せば、E=mc2のアインシュタインの相対論と、E= hνの
プランクの量子力学から導き出せる。これがこの本を書きながらたどり着いた
一つのことである。・・ 光とエネルギーと物質は、結局は同じものであり、
われわれ自身も、われわれを作ったものも、われわれが作り出してきたものも、
すべてこの三位一体説の中にあるのである。≫
▼ そもそも光とは? エネルギーとは? 物質とは何か?を知らなければ
 ならない。結局は同じものというが、それは何か?である。 猫ビルなどの
書棚の写真を見ていると、本という媒体という物質。そこに込められた著者の
エネルギー。光は情報・知識ということか。 あるいは、人間そのものも、
肉体が物質、エネルギーが行為、光は情報・知識になる。どれもこれも磨き
続けないと、劣化を始める。 問題は行き先の設定。それぞれ違ってくるが。
・・・・・・
4852,「事業人生を決心して45年」の語り直しー22
2014年06月27日(金)
  * 本店ビルの建替えへ
 そうこうするうちに、地元百貨店の二社が大手チェーンのニチイと、ヨーカ堂の
傘下になっていた。そのニチイ傘下に入った隣地の百貨店と数軒の店舗の共同開発
ビル計画が立ち上がっていた。当地は、その四角にあり、要になるため、当然、
参加の打診があった。私が生まれ育った旧ビルも30年も経って寿命もきていた。 
私は当初、共同ビルに参加には賛成だったが、共同ビルの設計は当然、大型店に
都合よいレイアウト。即刻、参加取りやめになったが、この機会に新ビルを
建替えることになった。私には千葉・千城台ビル立上げの経験がある。
この設計過程と、ビル建設の二度目のチャレンジになった。設計会社は千葉と同じ
設計事務所と、担当を同じにした。30年前に、そこで、父が木造店舗から、
新ビルの立上げを、身近に見ていた幼児体験もあった。これに、千葉でのビルの
経験を加えての設計の立案、この建物は、その後の建物でのベストの傑作の設計。 
扇状の四つ角のビル。柱は最小に、ビル売却を前提において、テナントビルなどに
転用可能に、考え抜かれたレイアウトになっている。二階以上のフロアーと地下を
メインの1Fと分離できるテナントビルへの転用可能である。
この建替プロセスほど、人生で面白かったことはなかった。 父の魂が私に乗り
うつって建てたような建物。現在は予備校として稼動しているが、実兄が、通り
相場の3〜5割高で売却が出来た。その買った人物が、その後に取組んだホテル
創業のスタッフだった因縁があった。ニヶ月でコンビ解消をしたが・・その人も、
私から傑作作品と聞いていた 面白いものである。 10年後には、異種の
ブラックスワンの出現で・・? 話は戻るが、新規ビル建設で旧ビルを壊すことに
なったが、私の手で壊すのも大きな因縁。仮店舗への移動のため、閉店売出しで
一切を整理をした最終の夜、二階で全員で冷酒で乾杯。旧ビルへの御別れで、
飲みほした茶碗を一斉に床に叩き付けた。ところが、全ての茶碗が割れない。
長年の熱湯で強固になっていたため。茶碗にも年季が入っていることを教えられた。 
 ところで、敷地ギリギリの鉄筋ビルの解体を、どうするかに非常に興味があった。
何と各フロアの真中に5m程の穴を開け、上層から壊したコンクリートと鉄筋を
1Fに落とし、運び出す。5Fの後は、4,3,2Fと。
・・・・・・
4485, 怒らないって本当は恐い! ー2
2013年06月27日(木)
                 『怒りの作法』小川仁志 著
 * 日本人はなぜここまで怒らないのか
何故に日本人は怒らなくなったのか、その理由を幾つか取り上げている。
 ーその部分を抜粋ー
・ 三木清は『人生論ノート』の中で、「他の感情から比べ、否定的に
とらえられるのは、怒りが憎しみと混同している点にあるとしている。
三木は憎しみは負の感情しかないが、怒りはそれとは違う正のエネルギーを
秘めた感情。  したがって、まず怒りに課せられた誤解を解くことから始める
必要がある。感情とは内側から生じてくる一種のエネルギーであって、それを
うまく放出することによって、人間は人間らしくふるまえるのである。
・ なぜ怒りだけが抑圧されるかというと、そのイメージは、ほとんど常に
暴力的言動に結びついているため。怒っている人の原因を聞くと、理解が出来る。
しかし、その言動は否定することになる。互いの主観をみとめ、話し合い、
理解するのが人間たる由縁だが、暴言や暴力に頼り、他者から理解してもらう
ことを諦めてしまうため現代人は動物化しているといわれる。
・ 権力者は、怒る人間より従順な人間を好みます。自らの保身のためである。
長年かけて教育を始めとした啓蒙活動で人間の怒りを去勢し、従順な国民を作り
上げてきた。・・・ 怒りという正常な感覚の一部を奪われてしまった人間は、
他の感情ー喜と哀と楽も歪なものになっていく。笑えない子供、泣けない大人、
楽しめない人間。極端までに怒りを嫌悪する現代社会は、こうした「異常現象」
が顕著になっている。人間は、怒りそのものを抑圧されることによって、
喜怒哀楽という自然を失い、不自然な存在に歪められていく。
・「風土」論にみる日本人とは?といえば、 和辻哲郎の風土論がまっさきに
上げられる。彼は世界の気候をモンスーン型、砂漠型、牧場型の三つに分けた。
モンスーン型は、温暖湿潤なため温厚と同時に忍従的のため従順な人間になる。
これに対し砂漠型は、厳しい自然に抵抗するため攻撃的になる。また牧場型は、
自然を囲い込んで征服しようとするため、合理的に物事を考えるようになる。
日本はモンスーン型、アメリカと欧州は牧場型。砂漠型はアフリカやモンゴル。
中国はアジアに属するが服従しないという点では特殊。農村的なるものの
エートスは、共同体を重視するため近所と波風を立てないことが、求められる。
 あの人は、どう思うかということばかりが気になり、常に頭の中に、自分を
睥睨する他者の視線が紛れ込んでいる。 現在の日本の社会制度はほぼ農村
出身者によって作られたもの。たとえば、学校。あれは目立たないことを教え、
人と違う意見や行動を封じ込める場所。まさに教室という名の農村。
もう一つ、気候と関連するものに地形がある。 小さな島国の日本人は、
外部に対して、まず慌て動揺する。
・ 個人主義化が、歪んで怒れなくなったことも注目すべきである。
30年前の1982年頃は丁度個人主義が満開に達し、日本中が浮かれ出した。
思想界では、ポストモダンというバラバラの個人を前提とした考え方が隆盛を
極めていた。一緒に共通の夢「大きな物語」を追いかける時代は終わったと・・
 それ以降、個人主義が拍車をかけていった。 そして誰も怒らなくなった。
権利意識だけ高まった人を怒って面倒になるなら、自分の夢を追求した方が
ましだからです。
▼ 怒れなくなった若者、切れる老人が多くなったのは、正しい怒り方が
 出来ないからである。デフレ時代の恵まれない時代背景に、どう怒ってよいか、
ただ呆然として立ち竦み、怒りの沈殿が、個々の中で憎しみに変わろうと
している。そういえば、北朝鮮の女アナウンサーのコメントは常に怒った内容。
そして威嚇したもの。内向きの統制が目的のためもあるが、明らかに支離滅裂。
とはいえ、その対極にあるような日本も間違いなく変。
何のポチは怒りを悪と洗脳されたか。
・・・・・・
4111、閑話小題 ー民主党
2012年6月27日(水)
   * つれづれに
 民主党は一度、解党するしかない。欧州発の世界恐慌が迫っている中、
日本は数年限定の大連合を結集するしかない事態。欧州も刻一刻と危機が迫る。
国債と株式の暴落は、一度暴落が始まると、あとは歯止めが利かなくなる。
その時が世界恐慌である。その影響を一番受けるのが弱体化している日本になる。 
その上、アメリカも中国も、非常に危険な事態である。その結果、際どい金融
政策もありえる。それを隠すために、戦争を中東で仕掛けてくる可能性が強い。
イスラエルによるイラン攻撃か、シリア攻撃か、北朝鮮の暴発にみせかけた
挑発か、中国の内乱も十分考えられる。80年前の世界恐慌は第二次大戦で、
それまでの世界の仕組みを叩壊し、その再建を新たなエネルギーとして利用した。 
ソ連と、共産中国の台頭、そして欧米の西側世界の制覇である。今度の、
それは、新資本主義中国と、インドの台頭になる。 要は、資源である。
その先導は電気自動車と、新エネルギーと、食料の確保。原発は危険としても
残すだろう。想像を絶した世界の混乱と、創造に向けての動きが始まった。
私も不摂生のため、長くて十年。 混乱の中で新しい創造の芽を見ることが
できるかどうか。スマートフォンとタブレットPCが、更に時代を大きく
動かすことになる。
   * 民主党の分裂茶番劇  (上記の文を書いて気づいたこと)
ー 民主党の分裂劇は要するに、こういうことだろう。
【 反自民党連合の民主党が政権を取ったが、政索公約はを殆んど空約束に
 終わった。このままでは自民党か、維新の会とかいう関西系弁護士の新興勢力
に取ってかわってしまう。近々、総選挙になれば惨敗は明らか。特に、小沢
チルドレンは、殆ど落選する。ならば、原発再開反対、消費税増税反対を公約
に掲げ、民主党の隠れ分党をし、出来れば過半数か、三分の二を残したい。
さあ、芝居の始まり。恐慌と大災害の中では消費税の増税など当り前のこと。
その前のすべき国家的リストラなど、この国の体質では無理なのは自明のこと。
宗主国のアメリカの間接占領を再びしてもらわなけば不可能なのが現実。
自民党だけには、二度と権力を与えてはならない。】が、筋立てである。 
政治はマツリゴトである。国民全体のレベル以上の政策は無理ということ。


5947,閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」ー4 宇宙人の時代?

2017年06月27日(火)


   * 宇宙人の住むシェアハウス
 私の好きな日曜日午後の番組、<自宅について行っていいですか>の、
慶応の学生の自宅が面白かった。
・ある学生が主体になって一軒家を借り上げ、シェアハウスにして、
そこに10数人、一部屋に2〜3人と住んでいる。22歳の慶応大学生は
二段ベットの下に、彼女と寝ていて、その上に男の学生が寝ている。部屋の隅
には、虫が数千匹と、蛇とトカゲと、ベランダに鶏を飼っている。着るものと
いえば短パンに、半袖のTシャツのみ。虫は食べるのも好きで、蛇、トカゲの餌
にもなる。常識人からしたら、この学生は、奇人変人もいいところだが、これは
人間世界の話。生き物レベルに落とせば、これはこれで納得?これも我々(私)
は宇宙からの地球への来訪者という視点を得たから。その彼女は、ネットで、
この人物の生き方を知り、転がり込んで同居をしている。 両親以外に、彼の
生き方を肯定する三人目という。現代版雑居房というところか。野蛮のどこが
悪いか?の根本的問いかけを、生き方で示しているような。独り唸ってしまった。
・もう一つが、「三人姉妹」というスナックの家族。ママと娘2人と開いている
家族の部屋からの実況。この部屋にレギュラーのタレントが入り込んで中継を
する企画。もちろん、毎週、違って、これもまた型破りで面白い。何れの家にも
人生がギュッと詰まった感がある。家内が、『都会の人には、それぞれの人生が
詰まっているのね!』とあきれ顔で言うので、『もし、東京駅で、同級会の後、
泥酔してフラフラして、ディレクターに声をかけられ、最終新幹線で仮に帰って、
ここで人生を語れば、決して他の登場人物に遜色ないはず。』と返答すると、
妙に納得。私も宇宙からの客?のためか。TVを買い替えてから、臨場感が、
ディープになったため、毎日がエキサイティング。 特にユーチュブが。

・・・・・・
5934、閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」 ー3 初老男の夢
2017年06月14日(水)
   * 初老男の夢
 先日、録画していた「家、ついて行ってイイですか? スペシャル」
を見たが、どれも面白いディープな内容。 そういえば1〜2年前、ここで
テーマとして取上げ、書いたはずと、ネット内検索をすると、やはりあった。
我ながら、真面目な視線に驚いている。 
 スペシャルの<アパート室内、ゴミ屋敷>、銭湯から出てきた初老の男の
「切なさ」が直に伝わってきた。 室内のゴミの一つずつが、本人にとって
意味(価値)があるという。
「自分の描いた絵画と花を共に売るのが夢だったが、両親の介護に追われ
せざるを得なかったため、夢は叶わなかった。周囲に「外で働くのは大変だ」
と言われたが、両親の介護は並大抵でなかった。父親からは、介護の専念は
立派な仕事… 」と言われていた。そして見送ったが現在、天涯孤独? 
「この部屋にあるものは、私にとって、どれもこれも価値もの。ビールの空缶
の絵もよくみると、素晴らしいデザイン。絵の参考になる素材になるため捨て
られない。」と。 「花屋といっても、リアカーに生花を積んで、行商する
もので、そこに、自分の描いた絵画を乗せ、一本200円の花でも、私の絵画が
気に入って共々1000円を払ってもらえれば…」と、何ともいじらしい夢。 
ここで16年以上、書き続けてきたテーマ日記も、この部屋のお宝に比べると、
遥かに劣る?のでは? どんな仕事より、人生を犠牲にした「両親の介護」と、
「見送り」に勝る仕事は無い。 家内に、「あなたも『私の家』から追い出さ
れると、アパートの一室で、こんなゴミまみれになるのよ!」。「あんなの、
何もしない言い訳に過ぎない」と切って捨てる。 これでも、20数年前に、
我家の母親の認知症介護を5年半、一家総がかりでしていた経験がある。
 住人の人生を支えてきたのは、小さな夢と、両親を介護をし、見送った自負
と愛の残像である。
―――ー
2016/09/01
「家、ついて行ってイイですか?」 ー2
   * ぬいぐるみに話かける男
 ときどき見る番組、「家、ついて行ってイイですか?」だが、偶然、
見るほうが多い。そこでは人生の多様性と奥深さを見ることが出来る。
 先日みた、「ぬいぐるみ」に話しかける青年が印象に残った。そこで、
「家、ついて行ってイイですか?」「ぬいぐるみ」と検索したところ、違う
人がネット上で、「ぬいぐるみ依存の自分は変か?」の問いかけがあった。
「なりすまし」? それともTVに出た人とは関係ないかどうかは不明。
都会には、地方出身の孤独な群集が多い彼らは過去を引きずり、面白く、哀く、
ほろ苦く、温かく、複雑な人生劇場を生きている。〜まずは問いかけ〜
≪ 20代後半の男。
 家に3歳くらいのときに買ってもらった手の平サイズの子猫のぬいぐるみが
あります。名前もあります。小さい頃は肌身離さず持っていて、さすがに年齢を
重ねるにつれて肌身離さず持つことはなくなりましたが、捨てることは出来ずに
今も大事においてあります。さすがに20数年持ってるとボロボロになって背中
とか綿が丸見え状態で全身の毛も半分くらい抜けています。汚くなってるので
洗濯したいけど洗濯したら多分頭と体ちぎれる可能性あるので、もう出来ない。
そんな子猫のぬいぐるみですが、学生時代はあまり置いてある場所から出したり
することもなかったんですが、社会人になってからたまに出してきて撫でたり、
話しかけたりしています。ただ、毎日じゃなくて3日に1回のこともあれば、
1週間に1回、1カ月に数回の時もあるし、忙しいときは1ヶ月全く触らない
こともあります。 でも、ここ最近触ったり撫でたりしていると癒されるし、
昔と違った感じでまたものすごくかわいいと思うようになっています。
他の「ぬいぐるみ」は別に欲しくもなんともないんですが、この「ぬいぐるみ」
だけは特別というか愛着がすごくあるんです。小さいころに持ってたぬいぐるみ
もこれだけです。他人から見たらただの汚いボロボロのぬいぐるみですが、僕に
とっては小さいころから一緒に暮らしてきたので家族みたいな感じです。
捨てろと言われても絶対に捨てることは出来ません。
 将来的に一人暮らしもしたいと思っていてその時には連れていくと思います。
ただ、客観的に見るといくら家の中でプライベートな空間とはいえ、かわいいと
思いつつ20後半にもなってぬいぐるみ撫でたりしているのはちょっとまずいん
じゃ・・て考えたりもしてしまいます。いい年した男がぬいぐるみを可愛がって
いるて、精神的に子供というか・・ でも、止められません。 いい年して
ぬいぐるみを持っている、可愛がっている男性をどう思いますか?
キモイというかドン引きて感じですか?男女問わずよろしくお願い致します。≫
▼ 青年がぬいぐるみに語りかける実演を見て、「大の男が気持ちが悪い!」
 とも思わず、自然に受入れることが出来たのは、この随想日記が、ヌイグルミ
に近い存在と思えたため? 親元を離れ、大都会で暮らす孤独は、慣れるまでは
本当に辛く侘しいもの。しかし、青年期に親元から離れ自立することは、人生の
重要な必要条件になる。だから、地元から上京した時は、同郷の友人より、都会
で新たな友人を見つけ、新たな自分をつくるチャンスである。
 私が以前に書いたはずの、「家、ついて行ってイイですか?」をブログ内検索
をすると、以下のようにあった。 読返してみて、「いま、ここ、わたし」は、
垂直に立って、現在と、過去と、未来にループして、多くの時空を飛びまわる
ことが出来るということに気づいた。だからこそ、止められない。何度も経験
することは、過去の文章に、「あなたは誰?」と見知らぬ誰かを実感する。
「いま、ここ、わたし」が、それぞれの場面に吸い込まれているため。
――――
2016/04/12
「家、ついて行ってイイですか?」 ー1
   * 最近のTVは、実に面白いのが多い。
 その時どきのウェーブがあるが、最近のTVは、面白いのが多い。
『Youは何しに日本へ?』『家、ついて行ってイイですか?』『世界街歩き』
『火野正平 こころ旅』など、軽い目線で、街や村の道路で声をかけたり、
街歩きをする番組などである。チョッとした旅行をしたいが、面倒だったり、
通りすがりの人の私生活や人生を生(なま)で覗いてみたい気持ちを代行
して、ズカズカと入っていく面白さは格別。
 『家、ついて行ってイイですか? 』を検索すると、以下の内容説明があった。
< 終電を逃した人に「タクシー代を出すので家について行ってイイですか?」
と声をかけ、家を見せてもらいインタビューをおこなう。 深夜、急に訪れる
片づけられていない素のお宅は、その人の人生ドラマが 散りばめられた宝箱。
そして誰しもが、一見フツーでも 、ぜんぜんフツーじゃない 人生ドラマを
持っている! そんな素敵な市井の方々の人生譚を覗いていきます。>
 昨日見たキャバクラ嬢や、美容師の変態ギャルのキャラクターと実態に、
お笑い5人のスタッフが、呆然と声を失う。最近、見始めたばかりなので、
過去分を動画のYoutubeで見ると、あるある面白い人生が。
 『YOUは何しに日本へ?』の検索には、
< 空港に居合わせた外国人(永住・帰化した人物なども含む)に
「YOUは何しに日本へ?(Why did you come to Japan?)」と問いかけその返答
の様子や、気になる返答をした人に密着取材を依頼し来日した目的を果たす様子
を放送する。番組内では性別・年齢問わず名前ではなく外国人はすべて"YOU"
(複数ではYOUたち)と呼称するが、密着時には混同を避ける意味もあり個人名
も使われる。基本的には半日から数日間の密着であり放送も一度限りだが、
長期の旅行や研修に密着する場合、放送回をまたいだり、しばらくしてから
後日談が放送されたりするケースがある。基本的に密着時はYOUの日程に合わ
せて行動するため、出先の店舗や施設ではその場で撮影交渉を行うことが
ほとんど。> 
 それぞれの分霊に、これまで生きてきた触媒が取囲んで自分を形成している
姿が浮き上がる。死ねば、その分霊ともども消滅する。その分霊は、これまで
も、今後に、人類が存続する限り浮かび上がってくる。人生は、その触媒の
質量で形成されるが、そこには両親の格差で、大きく左右されるが、可能な
限り、そこからアップスケールし続けるかどうかもある。その触媒で、一番、
手軽なのが、書籍と、TV、友人、ネットなどがあるが、自然との触合いも
欠かすことが出来ない。情報化の時代、「閑」と少々のお金こそ財産になる。



5946,閑話小題 〜驚異の天才将棋士

2017年06月26日(月)

  * 驚異の天才将棋士
 中学三年の将棋の藤井4段が、負けなしの28連勝で歴代トップに並らんで、
今日、29連勝に挑戦する。これが、いかに凄いかを大相撲に例えると(幕下
でない)幕内付け出しの新弟子(実際にはない)が、横綱を含めた上位力士に
28連勝をしている歴史的所業。新入プロ棋士としては
自閉症か、発達障害的の感がするが。彼の練習相手は、かなりレベルの高い
将棋ロボット? とすると、ソフトの進化につれ、数年後には、もっと凄い子
が出てくる可能性が? 小学4年の時に、羽生名人の角落ちの勝負に勝ったと
いうから、羽生は白鵬に値する。 それだけの力量があったということ。
TVの特集で、親方にあたるプロ棋士の師匠に練習試合だが、勝っていた。
 〜ネットで彼の記録を検索すると〜
【 ☆ 脚光をあびることになった数々の記録
 ・最年少棋士
藤井四段が14歳2か月でプロになるまでは、加藤一二三九段の14歳7か月が
最も早い記録でした。この記録は62年間破られることなく続いていました。
その加藤九段が藤井四段のプロ公式戦の最初の相手となったのは感慨深い
ものがあります。
 ・プロ入り初年度を全勝
プロ入りした初年度を全勝したケースは、清野静男(1949年度・9勝0敗)
以来、67年振り。(藤井四段は10勝0敗)
 ・新人連勝記録
デビューから10連勝。1995年松本佳介(現六段)、
1996年の近藤正和(現六段)。
なお、中学生棋士のデビュー後の連勝は、羽生三冠、渡辺竜王の6連勝。
 ・最多連勝記録
神谷広志八段の28連勝(1986〜1987年にかけて)。
なお、藤井四段の28連勝は対アマの2局を含んでいる。(2017年6月21日現在)
 ・他にも…
竜王戦、棋王戦の挑戦者決定トーナメント進出と史上最年少での予選通過。
第67回NHK杯戦に史上最年少での本戦出場。新しい風が吹く時、過去の記録に
光が当たる。 これは、イチロー選手がメジャーリーグで長年破られなかった
記録に光を当てたのと似た状況である。】

▼ 去年の暮れに、シネマで、29歳で逝った実在の天才棋士の村山聖の映画、
『聖の青春』をみていた。  〜映画案内によると〜
《幼少期より「ネフローゼ」という腎臓の病気を患っている村山聖は、完治
しない身体と戦いながら将棋界最高峰の「名人」を目指していた。大阪の師匠
の森のもとで七段まで上り詰めた聖だが、彼の前に同世代の天才棋士の羽生
が立ちはだかった。羽生に負かされた聖は、その側で将棋をしようと上京。
周囲に迎合しない強烈な個性は時に摩擦を生むが、将棋に没頭して結果を出して
いくその姿勢に、みなもいつしか彼を支えるようになる。そんな時、聖の身体に
癌が見つかる…》 将棋界を知るにはうってつけの映画。
 村山聖も極端な内向きだが性格が強い青年。将棋一点にエネルギーを集中
すればこそ、天才棋士になれた。電脳の匂いは、しなかったが、如何だろう。

・・・・・・
5581,お別れの作法 〜
2016年06月26日(日)
     <「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法 >矢作直樹(著)
  * お別れの作法
 引続き、死に関するテーマの本になる。『死』は、はまると面白い。
窓口は広く、底が深い、人類の永遠のテーマであるからだ。「死後の生」を
信じてないが、なくては困る。言語脳を持った人間は、イメージを持つことが
可能になった。その一つが死後の世界。死後の世界もまた妄想だが。それを
集団で強固に持てば、その世界の有無に関わらず、共同幻想として一個人を
取込んでしまう。その最たるのが一神教。 世の中には、人知を超えた不思議
がある。だから、面白いのである。
  〜まずは、アマゾンの内容紹介
≪「死後の生」があるからこそ、逝く人にも、送る人にも、なすべき大事な
ことがある。医師として大勢の死に逝く場面に立ち会い、ときに他界の存在を
かいま見て理解した、生と死の意義。死は終わりでない。新しい生命への
旅立ちである。旅立つ魂を見送る臨床医の温かいまなざしの書。
 ―――
誰もに必ずいつか訪れるその日を、どう迎えるか。あなた自身が死を意識
するようになった時、あるいは、あなたの大切な人の死を、意識せざるを
得なくなった時、そして、大切な人を亡くしてしまったあなたにも、
知っておいてほしいことがあります。
 ―――
「死後の生」があるからこそ、 逝く人にも、送る人にも、なすべき
大事なことがあります。医師として大勢の死に逝く場面に立ち会い、
時に他界(あの世)の存在をかいま見て理解した、生と死の意義。
 ―――
30年以上、医師として常に死と向き合う現場に身を置き、常識を超える
幾多の現実を体験して理解した、魂や「あの世」の存在の可能性と、それを
理解したからこその、「お別れ」に関する逝く側、送る側それぞれの、
なすべき大事なことを紹介します。人に「死後の生」が存在することが
理解できると、あなたの生きる、今、この瞬間の捉え方が変わります。
お別れは、亡くなった方を弔う儀式であると同時に、あの世への感謝の
気持ちを表現する場であり、さらには生きている私たちが新しい明日を
始めるための区切りなのだと感じます。
 ―――
魂の不滅を理解すると、「意味のない人生などない」ことがわかり、
死に臨む態度が変わります。私は医師として、大勢の死の場面に立ち
会ってきましたが、今まさにこの世にお別れを告げようとしている人は、
まるで何かを見つけたような、ちょっと驚いたような表情に変化する方が
少なからずいらっしゃいました。
何かを見て、顔をほころばせたように思えた方もいらっしゃいます。
そんな表情を長年目にしていくうちに、死が幸福であるとは言わないまでも、
死ぬことが一概に不幸なことだとは思わなくなりました……。 》
―――
▼ 余命告知をされると違うのだろうが、そのの恐怖感が、歳を重ねる度に
少なくなっている。死に関する知識の積重ねもあるのだろう。男性の平均
寿命の80歳までは生きたい?が、あと4〜6年か? それで、充分?満足。
魂の不滅というより、遺伝子が、何処で周りまわって生延びていくことを、
輪廻転生と仮説をたてると、何故か納得する。プッツンで一度、チャラ!
そして、新たな両親から分霊を頂き、触媒を通し新たな自分をつくっていく。
一度、チャラになることを何故に恐れるのか、その知識が少ないためだ。

・・・・・・
5216,借金人間 製造工場
2015年06月26日(金)
       『借金人間 製造工場―“負債"の政治経済学』
                 マウリツィオ・ラッツァラート (著)
  * 借金苦は権利書と共に、サラバ!
 公立、私立大学の6割が奨学金を受けていて、平均300万。旅たち時点で、
既に借金人間である。日本の国債が1千兆円、一人当たり750万の借金を
負わされている。社会全体がローンとクレジットに覆われ、国家予算全体が
国債で半分が賄われている。国家も、社会も、個人も借金人間の塊だ。
 ーアマゾンの案内が、ミニ概要になっている。
≪ “負債"が世界を支配している!  私たちは、借金しているのではない。
金融資本主義によって、借金させられている! 欧州で話題のベストセラー!
現在、国家の“負債"も、個人の“借金"も、世界的に急増しつづけており、
国家財政にとっても、私たちの人生にとっても、最大の脅威となっている。
 では、なぜ“負債/借金"は、それほどまでに増大しつづけるのか?
書は、今ヨーロッパで注目される社会学者・哲学者が、経済学から、ニーチェ、
ドゥルーズ/ガタリ、フーコーの哲学までも駆使しながら、“借金/負債"とは
何かを、古代ギリシャから現代までの歴史をさかのぼり考察し、現在では、
グローバル資本主義による個人・社会への支配装置として機能していることを
明らかにした、欧州で話題のベストセラーである。本書は、現在、最も世界的な
注目を集めている問題をあつかっている。とくに興味深いのは、それを表層的な
経済問題の議論を超えて、ダイナミックに歴史的に考察を深めていることである。
 哲学者にして社会学者でもある著者にとって、社会的なもののパラダイムは、
象徴的交換ではなくて、“債権者/負債者"の関係にほかならない。
「各個人を、借金を背負った経済的主体に変えること」―これが、我々が現在
生きている経済システムである。 “借金人間"こそが“経済的人間"の新たな
相貌、と著者は喝破する。“借金人間"である我々は、
・住居を得る権利を持っているのではなく、住宅ローンの権利を持っているだけ。
・教育を得る権利を持っているのではなく、学歴を得るために奨学金を組む
 権利を持っているだけ。
・現在の経済システムにとって、負債(借金)は、社会的コントロールの願っても
 ない道具である。それは“人々の未来を所有する"ことを可能にするからである。
 つまり“人々の予測不可能な行動"をあらかじめ封じ込めることができる。
・そして、“借金は返済するべきだという倫理を製造すること"の背後に、
 “罪悪感の製造"を見る。
著者は、マルクス、ニーチェ、フーコー、ドゥルーズ/ガタリなどを援用しながら
考察を深める。最も刺激的なのは、現在、われわれは、負債と永遠に手を切る
ことができないというところだろう。これは、著者のテーゼの中で最も注目すべき
指摘であるが、人類の歴史において“負債(借金)"とは、太古の社会では“有限"
なものであったが、近代化の過程で“無限"なものへと移行し、さらに金融資本
主義の誕生によって、けっして完済することのない“借金人間"が創り上げられて
いったというものである。こうして我々は、借金を背負い返済しつづける
“現代のシジフォス=☆"となったのである。    ――『ル・モンド』評
 ☆ 【シジフォスとは、ギリシャ神話で、狡猾 な コリントスの王。
  ゼウスの怒りにふれ、死後、地獄に落とされて大石を山頂まで 押し
 上げる罰を受けたが、大石はあと一息のところで必ず転げ落ちたという。】≫
▼ 消費社会において、常に2割増の過剰消費の欲望が掻き立てられる仕組みに
 なっていて、そこにローンという落し穴が組み込まれ、蟻地獄に陥っていく。
私の事業が装置産業のため、長期ローンの恐ろしさも知らず、結果は、このザマ。
ホテル4棟のオーナーではなく、最大時に23億の借金の土地屋敷の権利書を
持っていただけ。で、整理をして、初めてそのことに気づく。しかし、
「ただ権利書と相殺しただけ」も事実。だから、これで良かった!が実感で、
何も命を奪われることもない。 経験しなければ、この道理を実感できない!
・・・・・・
4851,「事業人生を決心して45年」の語り直しー21
2014年06月26日(木)
 * 旧社員の入替と、パート化
 数ヶ月で冬物を大成功させ、その勢いで翌年の春、夏物まで勢いよく商品が
回転した。しかし、次の秋物が、2期目に入ったにも関らず不調に終わって、
その影響で、次の冬物の不調につながった。一シーズン失敗すると、あとの2期に
大きく影響を及ぼす恐さを肌身で知る。その時、何であれシーズン単位の成功が、
翌シーズンの成果の絶対条件!そのため仕入の成功と、良質な知識と情報が
営業成績を左右することを知った。「利は元(仕入れ・情報)にあり」である。 
仕入れには、『10、4、2、1の原理』がある。導入期に10の商品を幅広に
展開。最盛期は、それを売れ筋を4を、次に2、最後は1に集中させていく。
見切り時期には、導入期と最盛期の売残り品に、メーカ処分品を加えて格安で処分。
それを円滑にするには、担当者の仕入、販売、在庫調整の即断が可能な権限を現場
に落とさなければならない。スーパーの生鮮食品と同じで、売りきって何ぼである。
それは、月単位か一日単位か、の違いだけ。そこで数値責任を明確にした部門別
管理が必要となる。最初の一年間は、日々、そのため互いの対話が続いていた。
熱くなる反面、冷静な客観性が求められる。そこには、商品、数値、担当、顧客
を鳥瞰する目線が必要になる。 だから、難しいといえば非常に難しい。
その道10年、20年の経験の前任が、未経験者な私には絶対無理!と断言する
のは当然のこと。その中で、数ヶ月で、以前より客足が増えたのには、彼らも
驚いたはず。店は繁盛して何ぼの生き物。 ところが、数ヶ月もしないうちに、
残留の社員が次々と辞めはじめた。全く素人の私が仕入れた商品に呆れ、新しい
伝票システム、マニュアル、日報、朝礼など、次々と変る中、過って辞めていった
社員達の中傷があった。辞めていった穴埋めに、パート・アルバイトでカバー
するしかなかったが、皮肉なことに、それがプラスになっていた。新規のパートで
応募してくるのは、結婚をして、子供が小中学生になり手が離れ始めた、過って
の販売経験者が主。筋金入りで、生活費の補填という目的を持っていて、去って
いく人達より遥かに良質。新しいマニュアルや、部門別管理の徹底は、入替わった
人が即日、戦力にする仕組みでもある。新システムは、人件費などの経費などの
激減効果になっていた。その頃、石油ショックの影響もあって、就職事情が大きく
変わり、翌年の新卒に上質の人材が多く含まれていた。 新システムに直ぐに
馴染んだ彼らが、1〜2年で、即戦力になっていた。事業人生を決心して
10年間で得た経験と知識が、瀬戸際の中で、完全燃焼をしていた。
・・・・・・
4484, 怒らないって本当は恐い!
2013年06月26日(水)
               『怒りの作法』小川仁志 著
 生家が大家族で商売をしていたこともあり、自分の感情を顕わにすることは
絶対タブーの中で育った。それもあって『情念の話術』ーヒトラーの魔力 ーを
学生時代に読んだ時、私の常識と全く逆の内容に驚いた。この本でナチスの大衆
誘導の手法を教えていた。「大衆は女子供のようなもの。喜怒哀楽を込めた情念
で煽って集団催眠にかける手法。右手を胸につけ右上にあげる。演説で大声を
振り上げ怒りの感情を大衆に訴え扇動する。それらの手法を日常の話術や、行動
のエネルギーの源泉にせよ。喜怒哀楽をエンジンとみたてフル回転し行動の
アクセルにせよ」というのだから・・ 当時の私にとって、これは性格を変えて
しまうほどのインパクト。私が怒りっぽくなったのは、これ。これを人知れず
ノウハウにしたら、突然狂ったと思われる。喜怒哀楽の中で一番疎んじられている
怒りこそ日本人に欠けている。(仏教の影響もある)これを、コミニケーション
の扉を開くための道具とすべしというのも納得できる。コミニケで怒りの訴える
強度が一番高い。 もし人種差別の場合、笑って抗議しても、泣いて抗議しても、
怒りほどのインパクトはない。問題は、その表現の仕方である。
これが『怒りの作法』の中で貫かれている主旨である。 怒りこそ感情の主。
逆に人間関係を一瞬に破壊してしまう薬にも毒になるしろもの。 
そこに作法が必要になる。ここで、アリストテレスの「怒りは、
しばしば道徳と勇気の武器なり」という言葉を紹介している。
《 それはまさに「正しく怒る」ことである。「怒らないこと」でなく、
 「正しく怒ること」が大事ということ。アリストテレスの「中庸」という
思想を見ると、このことがわかる。中庸とは最も望ましい状態のこと。
怒りに対する「穏和」を意味する。つまり、然るべき事柄に対し、然るべき人に、
然るべき仕方で、然るべき時に、然るべき間だけ怒る。これが賞賛すべき怒り方
であって、こうした怒り方の出来る人を穏和の人という。怒ることは、必ずしも
悪いことではない。しかし、現代人は怒ることを出来るだけ避けようとする。
もっと怒るべきなのに。(p3)》
 以前は、今に比べれば、穏和に怒ってくれる人が多かった。でも現代は違う。
怒りを抑えることが良いとされ、それが沈殿してしまう。
そして爆発し全てが破壊する。 怒らないって、本当は恐い。


5945,閑話小題 〜シネマ感想 「タップ ザ ラストショー」

2017年06月25日(日)

   * 「タップ ザ ラストショー」ー映画感想 
 期待してなかった分だけ面白かった。ラスト30分のショーが、タップダンス
に興味のない私でも、引込まれていた。このショーだけでも、観る価値十分。 
NHKのニュース枠で、水谷豊のインタビューで、「出演者の大方を、俳優に
タップダンスをさせるか、タップダンサーを俳優にするかで、ダンサーを選ぶ
ことにした」と語っていた。流石に、そのダンスには心を打つ何かがあった。
 苦労の末、やっと開演にこぎつけるが、何故か、涙が溢れ出そうになる、
筋立てはさすが。何ごともプロの世界は厳しい。 
  〜映画の紹介より〜
≪「相棒」の杉下右京役でおなじみの俳優・水谷豊の監督デビュー作。
水谷が40年前から思い描いていた天才タップダンサーが主人公の企画を、
自身の初メガホンにより映画化。
 とある理由から大きな怪我を患い一線を退いたタップダンサー・渡新二郎。
天才の名をほしいままにしていた栄光の時代から10数年を経て、渡は足を引き
ずり、酒におぼれる毎日を送っていた。そんな渡が旧知の劇場支配人・毛利
から「最後のショーを演出してほしい」という相談を持ちかけられる。最高の
舞台で劇場を閉めたいという毛利の思いに、渋々依頼を引き受けた渡のもとに、
さまざまな事情を抱えたダンサーたちが集い、タップへの思いを若きダンサー
たちに託そうと決意する渡の止まった時間が再び動き出す。監督の水谷は
主人公・渡役を演じ、岸部一徳、北乃きいらが脇を固める。≫

▼ 評価は90点。邦画としてはベストに近い。 『相棒』の主役をしている
 水谷豊だったから、少し甘いが。ハリウッドのドンパチかと、迷ったが、
数回に一度は邦画を挟む方針に従って決めた。メインのダンサーの演技はいま
イチだが、その分、タップダンスがカバーしていた。それにしても、自宅で
みる映画を含めて年に300〜400本は、見過ぎ? どのみち、夢幻なら、
映像世界で、広く味わえばよい。 もしかして重症の映画オタクですか? 
小さな肉体に閉じこまれ、短い人生の時間の中で、気楽にドロップ出来るのが
映画なら、それも良い? これだけは何もかもが面白く感じるのだから… 
 娑婆娑婆の甘塩っぱさも悪くはないとしても。
タップといえば、スペインのジプシーのフラメンコと、アルゼンチンタンゴ
のショーを思い出すが、これらtp比較するのは野暮というもの。
 あれはあれ、これはこれ。
―――
2003/09/06
遥かなるアルゼンチンタンゴ
 先日、NHKのBSTVで「遥かなるアルゼンチンタンゴ」の
2時間番組を放送していた。昨年末にアルゼンチンに行って、本場の
アルゼンチンタンゴのショーに感激した余韻が残っており丁度よいタイミン。
(感想文は後にコピー)
番組はアルゼンチンタンゴの歴史や由来、超一流のタンゴの踊りを交えた
内容の濃いものであった。アルゼンチンタンゴは踊りだけでなく、歌も庶民の
悲哀と愛を歌い続けてきた。バンドネオンといわれるアコーデオンやバイオリン
など中心としたタンゴオーケストラもある。

ー以下はその放送に流れるナレーションを纏めたものである。

 禁断の踊りの魅力に満ちた哀愁の漂う街ブエノスアイレス。
その隅々までタンゴの一部になっているようである。
パリの街の売春宿の踊りとして有名になった時、時の法王が、そのあまりの
過激さに、「タンゴ禁止令」をだした。その時パリにやってきていたカシミール・
アイーンが、法王に直訴をした。そして法王の眼のまで実際におどって見せた。
それをみた法王が感動して、禁止令を撤回したという逸話が残っている。

 この世界中を魅了している踊りの歴史は深くはない。
南米のアルゼンチンのブエノスアイレスに、世界中の踊りや歌を携えて
船乗りたちがながれてきた。そしてそこの男女が互いを誘惑しあった踊りである。
キューバのタバネロや、スペインのフラメンコが混ざり合い出来上がっていった。
執拗に互いの身体を密着しあった踊り、それをアルゼンチンタンゴと
いうようになった。

 男女が誘惑しあうタンゴの原点はいつの世にも変わることはない。
変な気取りを全て捨てて鳥のように誘惑しあう姿が美しい。
男女が身体を離して踊るのではない。
二人は密着しあって一つになる踊りである。
彼らはタンゴから人生そのものを学んだ。

 ブエノスアイレスは犯罪が少ないという。
男女の欲望はタンゴをとおして発散できるし、出会いの場が多い。
ダンス場が街のあちこちにあり、入場料はマンドリン(飲み物付き)で
200円ばかり、眼が合えば一時の恋人になる。
音楽の続く3分間はお互いに相手にゆだねる。
全く知らない人でも、ダンデーな男と艶やかな女になれる、
それがアルゼンチンタンゴである。

ー以上であるが、何よりも男女の誘惑しあう踊りがイヤラシクも何もない。
スペインのフラメンコは一人踊りか、集団で踊るかだ。
それに対して、男女二人が体を密着して誘惑しあう。
―――
2002年12月21日(土)
617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4

 アルゼンチンタンゴがすばらしい!
昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が
女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。
その踊りが西欧の人達に認められていった。
従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが
2時間以上にわたって繰り広げられた。
全く期待をしていかなかったのが良かったのか、
初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。

 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。
今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。
辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。
この旅を締めくくるに最高のイベントであった。
写真を見てもらえれば解るはずだ。
よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。

この旅行は心に多くのものを残してくれた。
―――
2002/12/21
パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4
 アルゼンチンタンゴがすばらしい!
昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さ晴らしのため船員同士
が女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。
その踊りが西欧の人達に認められていった。
従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが
2時間以上にわたって繰り広げられた。
全く期待をしていかなかったのが良かったのか、
初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。

お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。
今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。
辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。
この旅を締めくくるに最高のイベントであった。
写真を見てもらえれば解るはずだ。
よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。
 この旅行は心に多くのものを残してくれた。

・・・・・・
5580,閑話小題 〜まさか、離脱派が勝つとは!
2016年06月25日(土)
   * まさか、英国がEUから離脱とは
 ほぼ、大部分の人が、最後の最後は英国はEU内に留まると思っていた。
何でも賭けにする英国内の掛け率も残留派の有利を示していた。更に直前に
なって、残留の流れと世論調査が示していた。経済の世界から退いた立場でも、
この意味することは理解できる。
 本来、この時期に何で国民投票をしたのか、重大な疑問がある。EUの問題は
100年、200年スパンの欧州全体の問題を、英国の一首相の一存の、国民投票の
直接投票で決められてしまうとは。 これで凡庸のキャメロンの歴史的失態の烙印
がおされることになった。 この飛び火は、英国一国の離脱問題だけでなく、
EU各国内の離脱派に大きく力を与えることになる。 ドイツ、フランス、
イタリアも、可能性がある。それだけでなく、英国連邦の崩壊も、視野に
入ってくる。現在でも、EUは、すばらしい理想主義であり、未来永劫、その
理念を維持してもらいたいと思っていた。それが、あの男のために・・
 最も、打撃を受ける国の一つが日本。金融混乱を見越し、比較的安全?と
思われている円に資金が向かう。一時的にしろ、アッサリと100円を割ったが、
当面は90円に向かっていく。来年には、70円代、60円代も、ありうる。
としたら、どうなる日本。4年後のオリンピックと浮かれている場合か。
 この株安、円高は、長年のデフレで疲弊した日本経済には、あまりに重い。
「アベノミクスは、金融面からしたらドル安、株高を目指してきた」が、
これで潮流は明らかに逆流に変わった。アベノミックスの不自然な強引な
好景気への舵取りが、これで大きく狂うこと必定。この参院選挙も、票を
落とす。 ブラジルなど、経済後進国にも、この影響が直撃してくる。
そうこうみると、隠されてきた『世界恐慌』が、年末か、来年辺りに、
表立つのか。当面は、オリンピックに大衆のエネルギーを向けるだろうが。
 ネットの記事に解りやすいのがあった。 
【ー「EU離脱」ならこうなる!世界の未来が変わる6・23国民投票ー
 なぜ国民投票に踏み切るのか。2013年1月に実施を決めたキャメロン
 首相は当時、その理由を演説で次のように説明した。
「国はそれぞれ異なり、違う選択をするものだ。全てを統合できない。
例えば、もしEU本部が英国の議会や医師の意向に反して英国医師の勤務時間
を決め、『EUの決定に従うことは欧州単一市場とEUに加盟する国の義務だ』
というなら、そんな主張は間違っている」
 そもそも英国がEUに加盟したのは、関税を撤廃した「欧州単一市場」
に参加して経済を活性化するためだった。しかし、現実のEUは違った。
「多くの英国人には受け入れがたい水準の政治統合に向かっている」と首相は
指摘した。EU本部の肥大化した官僚組織が「無駄な規制」を乱発し、ギリシャ
など財政危機に陥った国の救済に加盟国は財政支出を強いられ、「英国民の
いらだちは高まっている」。EUが英国の改革要求に取り組む猶予を与えた後、
「英国民に判断を任せるべきだ」として国民投票を打ち出したのだ。
それから3年半。キャメロン首相は「残留すべし」と主張するが、世論調査では
離脱・残留の両派は拮抗(きつこう)。6月に入ると「離脱派優勢」が伝えられ、
波紋は瞬時に世界に広まった。英ポンドとユーロはドルに対して値下がりする
一方、円は16日に一時103円台に達するほど急激な円高が進んだ。
株価は主要市場で軒並み下げ、とりわけ日経平均株価は直近高値の8日から17日
にかけて7%超も急落した。値下がり率が4%台の英国や1・5%の米国に
比べて影響が大きい。】
▼ 英国の通貨は、ポンドのまま、その影響は、さほどないと思いたいが、
 そうはいかない。何より、EU内と、各国の民族、宗教問題に飛び火する
可能性が大きい。その本体の英国連邦の内部で、EUの残留賛成派が、独立を
求める機運が出てくる。アメリカ大統領選挙にも多大な影響を与える。
トランプにとって大きな追い風になる。EU解体もありうる歴史的事変になる!
 それにしても、この50年、世界も、日本も、大きく変わったものだ。
  〜で、以下に続く
――――
5215,閑話小題 〜私の高度成長時代 〜
2015年06月25日(木)
   * 欧州旅行、一ヶ月
 大学の『海外旅行研究会』という愛好会が企画した40名参加のツアーで、
当時の参加費は30日間で、32万円。他を含めると40万円。現在換算で300万相当。
その前年に、海外旅行の規制が大幅に緩和され、非常に好評だった前年のツアー
に続いての企画。当時、親しくしていた友人から、この企画に参加しないかと、
誘われていたが、「私とは別世界」と、決め込んでいた。ところが、たまたま、
軽井沢の山荘で、アルバイト仲間との仕事が終わった後の4人のティータイムで、
近々、海外旅行の予定が無いのが私だけだった。
 その時、「自分も行こうと思えば可能のはず。そう、父親が幼稚園の頃から、
晦日にお年玉をもらったのを、積立預金してくれた10数万を、高校時代に選ばせ
買った『科研』の株式が値上がりをしていた。あれを売って残りを父親に借金を
すれば可能なはず」と、その夜半に思い立ち、バイト終了後、実家にとって帰った。
まず母親を説得、そして父親を説得した。 その一ヶ月は、馬小屋のような寮生活
とは全く違った世界に浸った。20歳の年齢で、国内旅行の経験も、海外の情報、
知識も殆どない中での欧州を十数カ国の旅行。20年間の固定観念が根こそぎ
壊され、帰国後、数ヶ月は茫然自失。その頃、父が、突然、私の寮を訪ねてきて、
生活の実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。友人関係が、自ずと金持ちの
子弟に代わっていった。その友人達は、スカイラインGT、イタ車のカルマンギア
などのスポーツカーを持っていた。彼らのお気に入りが、逆に私のボロ寮の部屋。
一度も、見たこともない底辺の漫画的世界に、逆に安らぎを感じた?
 軽井沢の別荘地で見た富豪の邸宅群、そして、友人の私生活を見るにつけ、
「事業を興し勝組になる」という思いが強くなっていった。そして、学生時代
の最終の4年に、武澤ゼミに入会することになる。 事業の最後はクラッシュ?
だったが、後悔はない。 高度成長時代の右上がりは熱気が溢れていた。
この温もり、時代が変わって抜けることはない。良い時代に奇跡的生きてきた。
 逆目線でみれば、「この馬鹿が出来上がった原因は、この旅行と時代」になる。
・・・・・・
4850,閑話小題 ー自動車ウォッチングで見えてきたのは
2014年06月25日(水)
  * 閑話小題 ー自動車ウォッチから見えてきたことは
 22年乗ったソアラの寿命も果て、中古の『マークXジオ』を入替えたが、
後悔をしないため、一週間、地元の中古車センターを10軒以上を見て回った。
そのため、私にとっては、一応ベストに近い選択であった。
 これはホンダの多機能車の『オデッセイ』を意識したワゴン車。その差異は、
ターゲットを団塊の定年層にしたもの。座席が三列で、二列、三列目は座席を
倒すと荷台になる。展示場で、隣にあった『マークX』と、ギリギリ迷ったが、
昨秋に製造中止になり値崩れをした、Xジオの方にしたが、気持ちのどこかに
「セダンの方が良かったのではないか?」と、引っかかりが残っていた。 
一週間、気持ちを集中して中古車を見て回った結果、あることが見えてきた。
車を選定するに、まず予算。次は何年乗るか? 年齢からみて、7〜8年。
それなら中古車で充分。次は、安全を考え、中型車のセダン、スポーツタイプ、
ワゴン。次は、ひと目で車種が分かりにくく、「屋敷」とのバランスがとれた
外形のものを基準にして、最終的に、これに決めた。ソアラに比べ少し重いが、
半月後の現在、殆ど後悔はない。毎日の信濃川へのポタリングで、信号待ちや、
大手大橋で引きチャリをしながら、通過する自動車ウォッチグが、最近、面白く
なっている。その車の選定には、様々な要因が重なっている。それがボンヤリ
眺めていると、面白くて飽きないのである。 そこで気づいたのが、6割が
軽自動車と小型車。雪国もあるが、中型車以上のセダンが意外と少ないこと。
7割がワゴン、SUVか、それに類するもの。それも、ミニバンと、ワゴン車
が目立っている。セダンは、車種全体からみたら大よそ15%で7台に1台。
中型車以上で4台に1台の割合。ワゴン、ミニバン、ハッチバックなどの比率
も、3対1には驚いた。 何か「いい年をワゴンタイプは、いかがなものか」
という引っかかりがあったが、これはこれで?と、納得。 それにしても、
22年で、時代も車も、変わったもの。この程度のことさえ知らない。
人は、それぞれ違った色のサングラスをかけているが、その自覚がない!
・・・・・・
4483, 電動アシスト自転車に乗って、はや4年
2013年06月25日(火)
 電動アシスト自転車を乗って3年8ヶ月になる。まずは、その時の文章より 
   ー3131,期待どおりの電動自転車ー 2009年10月31日(土) 
≪ 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗した。
 自宅は長岡駅裏から徒歩10分にあるが、長岡駅前から歩いて20分の
大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところのジャスコには15分、
ユニ系のSCのアピタまでは20分。そして、その先にある長岡大橋から駅前
近くまで戻って、家に着いたのが50分後。万歩計をみると、2500歩に
なっていた。50分というと5500歩になるから半分近くになる。
疲れは、ウォーキングと同じぐらい。 これまでは月に一〜二度ママチャリに
乗るぐらい。一日一万歩を目指しているので、自転車にはほとんど乗ることは
なかった。そのためスポーツタイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシスト
の自転車を乗った驚きは大きい。一対二のアシストというと、人が一の動力を
かけると二倍の加速がかかる。自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、
その時にペダルに力が二倍加わるのは、何か異様な感がする。コースは線路の下
をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋までの登り坂
とか、起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの道路でペダルをまわす時の
加速も三分の一で済むのだから、非常に楽である。ところで、通販で注文して
送られてきた電動自転車を組み立ててくれた長男が、「すぐに、盗まれるよ!」
というのも分かる。小型のためボックスカーに、簡単に乗せる事が可能だから。 
一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、「友達が買って
直ぐに盗まれてしまった。あと数年先がよいと思うよ」といわれ買うのを止めた
経緯もあった。スーパーや、駅前などは当分は置けないが、その時はその時。≫
▼ これを書いた翌日から25年続けていた早朝ウォーキングを、ポタリング
(ミニサイクリング)に切り替えた。同じ一時間で、コースは東バイパスから、
長岡大橋を渡って、日赤前の土手を通って、大手大橋から、土手を走り、
長岡大橋に戻り、同じコースを逆に帰ってくる。 冬期間(12〜3月)と雨天を
除くと、ほぼ毎日、乗っている。大よそ、年に200日として7百回以上、一日、
14キロで1万キロ、地球を半周、チリ辺りまで走ったことになる。
スポーツチェーンのネット販売で59800円で買ったが、中国産だが私にとって
大当たり。現在は値下げで49800円。もうボロボロだが、何とかあと一年使って
買換えるつもりである。まず故障するのはブレーキと、蓄電池周りの固定器具。
パンクは三月に一度ぐらい。来年には、一ランク上のナショナルのものを買う
つもりだが・・  自転車には、シティ、クロス、ロード、マウンテンタイプ
などがある。 私のは車輪の小さなマウンテンタイプ。 来年の購入予定は
ナショナルのクロスタイプのもの、どうなることやら。iPodで音楽を聴き
ながらの早朝サイクリングは良い。雨が降ると溜息が出るほど。
最近の週末は天気の具合をみて、昼も同じコースを走っている。


5944,閑話小題 〜道具(手段)が目的を変える時代

2017年06月24日(土)

   * 道具(手段)が目的を変える時代
 テレビ・スマートフォンの進化が時代を変えている。その一つが動画投稿の
TV放映。御隠居の日常生活に浸っている身にとって、パソコンのネットとTV
は社会の窓そのもの。井戸の外の生の社会は疎くなっても、天空(ネットとTV)
の世界は、井戸の外より現実社会が狭くなった分、深くリアルに知ることになる。
御隠居の立場は、こんなもの。 目的は達成と同時に手段になる。この道具を、
手段として割切り利用すればよい。そのうち遊びが知らぬまに目的になっていく。
夜の巷の世界は、営業という名の「遊び」で持っている。ゴルフは一線を離れ、
営業目的が無くなると、面白みが半減するという。ネット社会が、現実社会を
覆う別世界が出来て、世の中を一変させた。 これはスマートフォンなどのPCの
普及がある。強者の最大の収穫利益が上質の情報の取得だったが、この道具が
全世界の誰にも、ほぼ平等に持てるようになってしまった。端末機能の進化は、
権力者の思惑を遥かに超えて進化した。これが世界の混乱の最大要素。これが
手に負えなくなると、原理主義の狂信者たちが、人間社会を一度、根こそぎリ
セットと破壊に走る。核爆発と細菌テロである。それが北朝鮮のドン様であり、
ISのテロ。 これでは来世紀を待たず、世界は消滅する可能性がある。
 端末の進化は、決してマイナス面だけでない。4kTVの画面は人間の視覚の
数倍の能力を持つ。現場に立ったライブより、何処の場所からでも、リアル感覚
を経験できる。これを考える上に、面白いニュースがある。
《 2016年9月26日 - 投資銀行・メリルリンチのシンクタンクが、驚く発信を
行っている。そのレポートで今後の経済において現在成長がめざましいVR、ARの
分野の重要性を特に強調しているのだが、その中で「我々はすでに20〜50%の
確率でバーチャルワールドに住んでいる」という。≫
 如何だろう? 内容が、あまりに奇抜すぎるので、数日後に改めて。

・・・・・・
5579,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月24日(金)
 『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   *「虎穴問答」と、余命宣言
 これまで、「虎穴問答」について何度か書いてきた。以下は4年前の内容。
『余命宣言』された本人にとって、治療余地のない、二年以内に間違いなく
死んでしまう病気が虎。いつ何時、陥った虎穴に飛びこんできて襲われる運命
の中、救われるために、自ら食われてやれば愛と誇りが残ることになる。 
 以下のスピーチは、まさに、虎穴問答の悟りと同じ。死をマイナスに捉えず、
積極的に、明るく迎えることが、虎に自ら食われてやることに、あい通じる。
≪ 所属している川口ロータリークラブの、決戦というか、人生の幕引きの
スピーチが始まりでした。会場を埋めた約八十人を前に、余命宣告を受けた
身であることを告げ、死に対する自分の向き合い方などを語り、最後に
このような話を付け加えました。
「多くのことの始まりには理由はありませんが、どう終わらせるかは
自分で考えて決めることができます。」生まれた理由は見つけられません。
しかし、終わるための納得する理由は、自分で見つけられます。自分で、
人生の終わりの意義を、明るく納得するように考えればいいんです。
 私のラストテーマ、"死を、積極的に、明るく迎える"こと。死を恐れ、
死を忌み嫌い、死を避けながら終わるのではなく、前向きに納得できる
ものとして組み立てていくのが大事だと思っています。私は、最後まで
元気を出していきたいと思います。」会場は水を打ったように静かでしたが、
私が明るく話すので、途中からは笑いも起こりました。ほとんどの方は
驚きつつも、好意的に受け止めてくれたようです。≫
 この虎穴問答、私の事業の幕引きのときも引合いに出していた。
辛い、厳しい、誰もが経験する最期の一週間の苦痛の中で、後向きにならず、
立ち向うことが出来るか否か。息が出来なくなり、最期は窒息状態でもがき、
死んでいく。ガンの壮絶な苦しみとは違った苦痛。
―――
2012/08/07
虎穴問答
 以前に少し取り上げた「虎穴問答」について。 金沢の「いとはん」という
衣料チェーンにいた時の話。同期10数人で勉強会をつくって、そこに石川県
知事を呼んで話を聞いたことがあった。それが社長の逆鱗にふれ、「預りの身?」
の立場上、抜き差しのならない事態になった時に、書店で見つけた本にあった
問答。そして自から、その会を潰すことになった。 去年の倒産劇の時も、
この問答を思い出していた。死に体の会社を一歩早く潰すか、ぎりぎりまで
頑張るべきかの決断の際に、この問答を何度も類推し、考えてみた。  
 逃げまくった末に、食べられるか、自ら、早々、食べられてやるか?
 ーネットで「虎穴問答」を調べてみたが、その部分からー
≪ 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長に向い、
「人虎孔裡に墜つ」という禅問答をいどんだことがある。これはひとりの人間が
虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。 王仁三郎が、
「裁判長、あなたはどうお考えになりますか」というと、裁判長は自分は法律家
だからわからないが、どういうことかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法が始まる。
<人間より虎のほうが強いから逃げようとすると殺される。刃むかっていっても
同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへってくると殺しにくる。どっちに
しても助からない。けれど一つだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。
こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほう
から食わしてやればあとに愛と誇りとが残るのだ。
 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれる
ものがあったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。また、粛然とした空気が
法廷に流れ、敵味方の区別なく一同思わず襟を正したそうだ。さて、この虎穴
問答はもうひとつ深い意味をもっている。というのは、虎に身を与えた愛と
誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に
死地に生を得たもので、九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかう。
これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。≫
▼ 戦前・戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や
 政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。その過程の裁判での、この虎穴
問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死などの四苦八苦と
例えることができる。それぞれの苦を、自ら受け入れることこそ解決の最短の道、
と考えることができる。事業断念も決意も、虎を3つの断層=9・11テロ、
9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災とみなし、
その重なりから、虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、
先んじて喰われてしまおうと、最後に思い出したのが、この問答。
当時、大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを読んだが、これが面白い。
・・・・・・
5214,私のゴールデンタイム
2015年06月24日(水)
   * ゴールデンタイム
 30数年前から就寝を20時半、起床を4時(冬場は4時半)にした。
就寝して4〜5時間、爆睡後、起床するまでの4時間、半睡状態が続く。
その間、脳が活性化をして、様々のプラスとマイナスの思いが起こってくる。
このコントロールが難しいが、これも慣れると、思いの大波の上のサーフィン
をしているような感覚になる。で、時どき、睡魔に沈むが、これは自然に
任せておけばよい。そして起床をして、前日書き上げた随想日記の下書きの
当日分を、推敲し完成する。と同時に、翌日分のテーマと内容も書き始める。 
その時、0〜4時までの半睡状態で考えたことが、材料になることもある。
そして、ブログにアップした後に、一時間の自転車散歩に出発する。
 帰ってきて7時半にコーヒーを飲み、軽い食事後、風呂に入る。それまでの
0時〜9までが、私のゴールデンタイムになる。 9時過ぎから12時近くの読書
タイムも、ゴールデンタイムに加えてもよいが、9時から17時までは、シルバー
タイムに区分した方が生活実感に近い。すると、17時から20時のTVを見ながらの
晩酌やiPadタイムの時間帯はプラチナタイムになる。20時から0時は、そのまま
爆睡タイムか。 現在、週に三日間、スポーツジムで45分間の、「ヨガ」に
参加しているが、毎回、終了直前の5分間に、ヨガマットの上で「大の字」に
なって、全身を弛緩してマントラを聞きながら、「死者のポーズ」をとる。
その時のイメージを0〜4時に思い浮べて、瞑想の要素を入れたところ、
その時間帯のマイナス思考の割合が少なくなった。その時間帯のフラッシュ
バックや半睡を冷静に見つめる視線を持つことが出来る。老いは、どうしても
弱気になり、動揺が起こり沈みがちになるが、バウンドをつけるのは自分だけ!
生きてきた、そのまま、老いて死んでいくというが、なるほど。 娑婆!
・・・・・・
4849,閑話小題 ー最後は、金目でしょ!
2014年06月24日(火)
   * つい本音が出てしまう!
 時と場合によるが、やはり拙い発言である。 実際ところ、そうだが・・ 
普通の子女史が売春する値段が世界共通で、その地区の平均給与の一週間分とか。
それなりの事情で「最後は、お金でしょ!」が、この値。リーマンショック直前
の2007年暮れから6年余りで、ドルの発行量が三倍になったが、為替値が
112円。一割しかドル安になってない。常識的にみれば、三分の一の40円
以下になって然るべきなのに。その差額は? アメリカが刷った分、何もしない
で手にいれたことになる。これ某国の偽ドル札と、どこが違うのだろうか?
当時の650〜700ドル金価格が、現在は2倍。これも3倍になっておらず、
不自然。 大元が、コントロールしているため。最後は、お金だが、その価値も
当てにはならないことが、これから垣間見れる。 金の本質は所詮幻想! 
としても生活には必需品である。 歴史的に見ると、意図的に戦争を起こし、
ドサクサでハイパーインフレにし、一度、国家の借金を清算するのが常だったが、
世界大戦は無理。そこで、国債と株式の暴落で清算するしかなくなった。元々、
貧乏な中国、ロシアが、元に戻り、欧米と日本の大半が、負組みの貧乏になる
図式が近未来の姿。で「最後は、金目でしょ!」が、更なる本音になっていく。 
当地の住民のインタビューが的を得ている。 『最後は金だろうが、それを
担当大臣の口からは言われたくない!』が、よい。
本当のことは言わないことだが、本当のことは、つい口に出てしまう。
   * 都議会の女性差別?発言
 この程度の野次は、都議会、国会では当り前だが、偶然、マイクに拾われ、
大騒ぎになってしまった。当然、バッシングで政治生命が完全に絶たれるが。
少子問題を取り上げる当人が独身で、『それなら、自分から、結婚して、子づくり
をして、その範を示せ!』というのも一理はあるが、あの場では、絶対に禁句。
阿部首相が、「この難局には、更なる女性の社会進出が必要」と政策を掲げて
いる中での、身内からの、この発言はいただけない。世界的に、女性蔑視発言と、
嘘をつき逃れようとするプチ権力者の哀れな姿が蔑まれて報道される? 
当人は、これが世界的に注目をされて時の人になるとは、思ってなかった
だろうに、言葉は恐ろしい。
・・・・・
4482, 静かなる大恐慌 ー2
2013年06月24日(月)
          「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著)
 グローバル化は多くの問題を世界中に撒き散らすが、情報化社会では今さら
止めることは出来ない。それは弱肉強食を推し進める。 痛みを伴なっても、
乗り越えなければならない現実がある。
 ー グローバル化についての部分を更に抜粋すると
◎「過去の行きすぎたグローバル化は、最終的には二度の戦争によって終わり
 を迎えた。それを繰り返さないために何が必要かを考えることこそ、この危機
 の時代における思想と行動の、真の指針となるべき課題です。」(219頁)
◎「グローバル化と国家主権と民主政治の組み合わせを比較し、行き過ぎた
 グローバリゼーションへのバックラッシュのなかで、いかにグローバル化路線
 を各国レベルで修正していくか、そこが問われる局面が始まろうとしている。
 それは、グローバル化の進展による国内対立の激化とそのための
 「大きな政府」の必要性になる。
◎「大きな政府」が主導する経済を「国家資本主義」という言葉で言い表せば、
 「自由資本主義」とはいえ、一皮剥けば国家資本主義的な側面をかなり
  もったものになる。それは一握りの勝者に力が集中することを意味する。
  ネットで世界が繋がった、これまでなかった情報社会でのグローバル化を
  今さら変えることも否定も出来ない。この事態は何事も事前に対策をとる
  ことが不可能である。リーマンショック後にアメリカが行った財政出動で、
  何とか世界は巨大な崩壊を避けたが、実体経済が正常化したとは
  到底思えない。 これらから、以下の問題点が見えてくる。
・グローバル化は大きな政府をつれてくる。
  (格差や失業は福祉でカバーしなければならない)
・グローバル化は単なる新自由主義者の自己救済でしかない。
・グローバル化した資本主義は戦争に行き着かざるを得ない。
・グローバル化は新興国の足かせになる。
・グローバル化は地方を疲弊させる。
▼ 今度の、グローバル化は、以前より遥かに大きな断層になっている。
 パソコン、携帯電話が地球の隅々まで行渡りネット社会が現実社会の上を
覆いかぶさった。これをコントロールするのは至難の業である。否が応でも
民が主になってしまったのである。これに対する新しい政治経済の新システムが
全く確立出来てない。その経済的側面が恐慌であり、独裁国家が次々と崩壊して
いる「アラブの春」といわれる現象である。したがって、政治経済の混乱は、
あと20年、30年は続くとみてよい。だから、現在起こって問題は数百年、
数千年に一度の大変動のウネリということになり、変化を拒否するのでは
なく、可能な限り静かに順応していくしかない。
・・・・・・・
4108、パニック!
2012年6月24日(日)
 * 大恐慌、実体験談!    「大恐慌!」スタッズ・ターケ著
 日本人の近い未来を予測させられる本である。80年前の大恐慌の経験を、
30年後の1960年後半にシカゴを中心に金持ちから貧乏人、白人、黒人、日本人
などが大恐慌時代の生々しい現実をインタビュー形式で答えている。実体験なので、
これからの暗い現実を垣間見ているようだ。直撃を受けて生活に困った人、運良く、
乗り越えた人などいろいろある。ここでは生きのびることが、その世界の掟。
世間知らずだった人々に、突然世界が押し寄せてきた当時のアメリカの生々しい
現実がリアルである。大恐慌は、バスタブの栓が抜けるように始まったとある。
それが年内に始まる可能性が大という。他人事でない、私の場合、現実に一年前に
先駆けて起こってしまった。そのため、それが始まった時の混乱がリアルに見える。
鼻声で他人事で嘲笑している顔が、海岸線にいた津波の犠牲者に二重写しに見える。
  ーアマゾンの内容紹介ー
80年前、人びとはあの“つらい時代”をいかに生き抜いたのか? 
そして今、われわれはどう生き抜けばいいのか!『仕事!』『「よい戦争」』
等でインタビューの名手と謳われたスタッズ・ターケルが、ローズヴェルト
政権の中枢部から失業者、役者、犯罪者にいたるまでさまざまな階層・職業の
人びと132人にも及ぶ声を赤裸に再現、あの“つらい時代=大恐慌時代”を
なまなましく蘇らせる。
* 「恐慌(デプレッション)」って言葉は聞いたことがないよ。
 つらい時代(ハード.タイムズ)だって、みんなは言ってた。今も。
       ーロジャー、十四歳アパラチア地方の少年、シカゴ在住
* 大恐慌っての、今なら面白いかも。ホント、すごいことじゃないかな。 
 路上生活をしたって、「ほら、家に帰って学校に行ってくれさえすれぽ一万$
 あげるから」なんて誰にも言われないんだもの。今のぼくらには選択の余地
 がある。もし選ぶことができなかったら、どんな感じかな? ートム、二十歳
* このことをおたしは記憶にとどめています。人によっては頭のなかから
 追い払ってしまうことですが。わたしは忘れたくない。自分の最高の思い出を
 それで汚したいわけではなくて、それはそこに存在していてほしいんだ、なに
しろ実際に起こったことだから。これが真実、歴史でしょ。ーシーザー.チャペス
* 彼らが愛したのは、死んでしまったわたしたち。
 彼らはわたしたちの誤りをすべて忘れた。わたしたちの名前はごたまぜにされた。
 物語は長かった。若者たちは踊った。焚き火にくべる新たな大枝を切ってきた。
 そして言った、さあ話の続きを聞かせてよ。それからどうなったの?
 わたしたちには沈黙があった… ージェネヴィーヴ・タガード、婦九四〇年
▼ 黒人のインタビューで、「貧しい俺たちにとって、大して変わりはないね」
 という言葉が印象的だった。誰かがアフリカの難民を呼びよせて福島の惨状を
 みせたが、何も言わないで帰った。彼らにとって、それが日常でしかなかった。 


5943,閑話小題 〜美しさとは何ですか

2017年06月23日(金)

 浜三枝の著書『孤独って素敵なこと』で、今は亡き「松本民芸家具」
 の創始者である池田三四郎先生の思いでを次のように述べている。
≪ 箱根の家が完成したときに、池田先生を招いた時の質問。「美しいという
 ことは、どういうことでしょうか?」に、
「一本のねぎにも、一本の大根にも、この世の自然の創造物のどんなものにも
 美があるんだ。問題は、人間がそれを美しいと感じる心を身体で会得している
 かどうかなんだ。私は毎日、散歩をしながら、道端の草や花や、すれ違う動物
 や昆虫とも話をしているんだよ。暮らしの身の回りにいる者たち、そこにある
 物の、あるがままの美しさを感じる心が大切なんだよ。」そして、
「ひたすら道具や器を、そして自然を見て学びなさい」と、
「民芸で一番大きいのが家だ」とも。
その池田先生より、届けられたのが朱色の根来塗の燭台と、小さなガラス絵。
囲炉裏の部屋にこの燭台を置くと、箱根の家の印象が明るくなりました。
ガラス絵を柱に飾ると、優しい雰囲気が家に加わりました。 こんなに家に
ぴったりするものをよく選んでくださったと、その審美眼に改めてほれぼれと
感動し、また美意識が一緒だと嬉しく思いました。≫
 また<浜美枝ダイアリー>の中で、
≪「人間が自己の力を過度に評価し、科学を過信し、一切を知性によって合理的
に究め得ると錯覚した時代は、その後の日本が歩いた道であった。自然に対する
人間の勝利とは虚妄の勝利であったのではないか。近代精神のもたらしたものは
人間の傲慢であった。その傲慢さの故に、自己の創った科学文明のために自分
自身が復讐されつつあるとは言えないか…」と。

▼ 「美とは何か?」を考えると、まずはバランス。それも、エネルギーの
 満ちたバランス。そして、それを感じとる感受性。その感受性は、感動、
感激の重なりから熟成していく。だから幼児の頃から、道具、器、自然の美に
ことあるごとに触れて、感受性を育む必要がある。それには、親が幼児期から、
それに触れる機会を与える義務がある。小学生までの学力は、家庭内の文化的
格差によって左右される。例えば、「読書好きの親を持つ子どもは、本が好きに
なりやすい」「親が医者だと子どもも医者になる確率が高い」とか、「茶道や
お花の先生をしている親の子は、礼儀作法が身についている。これらは家庭内
の文化資本による。 ウィキペディアによると、文化資本とは、
「金銭によるもの以外の、学歴や文化的素養といった個人的資産を指す。」
要するに、血筋、家系が大きく人間の素質に左右される。そのカタチが、個性
ということになる。成るほど、そういうこと。無暗に人を評価しないことだ。
 で、いま思いついたのが、「民芸で一番面白いのが、生身の人の姿・形だ」

・・・・・・
5578,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月23日(木)
            『あの世へ逝く力』小林玖仁男著
   * 死にゆくとき、心は不安から解き放たれる
 死に際も不安だが、死期を悟った後の心の葛藤と肉体的苦痛も最重大事。
それまで生きた分の人生を圧縮して生きるというから、生易しくはない。
<もう少し生きたい>のが、万人の願いだが、<もう、いい加減、死にたい>
人も当然いる。「死にたくない」には、人生に遣り残したことがあるため。
 充分に人生の元をとった実感があるだけ、救いがあるが、やはり長生きを
しなくては。歳を重ねるたび、『もの、金銭』より、『こと、行蔵』に、そうそう、
移動していたことに安堵する。 〜その辺りより〜
≪ 以前、NHKスペシャルで立花隆思索ドキュメント「臨死体験で死ぬとき心は
 どうなるのか」が放映されて話題になりました。死の最先端の研究をしている
世界中の学者を、立花隆が半年も取材してつくった番組で、「人類が答えを追い
求め続けてきた生と死にまつわる壮大な謎。その謎に挑む立花隆の思索の旅」
というものでした。七十三分にわたる難しい内容で、堅い番組にもかかわらず、
視聴率が11パーセントもあったといいます。
  番組のあと、立花隆は『文藝春秋』にこう書いています。
<『放送した番組を見ました』とか『面白かったです』という反応はあるのだが、
 今回は『有難うございました』と多くの人に言われた。こういう経験は初めて
だった。何故かと言えば、エンディング部分で『死はそれほど恐いことじゃない。
おそらく眠りにつくのと同じくらいの心の平静さをもって死ねるはずだ』という
ところに共感を持たれた人が多かったのではないか。年をとればとるほど誰しも、
自分が死ぬ時はどういう風に死ぬんだろうと気にかかる。しかし医療技術が
進んだ今日、お迎えが来るまで、けっこう時間がかかるものらしい。
 人間最晩年になると、もうこれ以上生きていなくてもいいやと思いつつ、
それでも自分から進んで最後の旅に出る気にもならない。ある種の優柔不断の
中に生き続ける。その根源にあるのは、最後の旅の中にどうしても残る一定の
未知の部分への不安だろうと思う。あれだけお礼をいう人が多かったのは、
未知なる部分への恐れをあの番組のエンディングがあらかた取り去ってくれた
ということを意味している>
 私は、立花氏のこの取材を、「膝を打つ」快挙と思いました。
私自身、死の恐怖が薄れていくのを実感しつつ、未知なる部分に向かう旅の道
のりを静思しながら、「死はそんなに怖くない」と同じことを思い、それを
大きな声で言う人がもっといるべきだと思っていたからです。
 立花氏は、その後もNHKに再登場したり、『文藝春秋』『週刊文春』へ、
「死ぬとき心はどうなるのか」のレポートを次々と掲載、話題になりました。
その『週刊文春』の中では、立花氏はこうも書いています。
「回復の望みがなく、あとに待つのはひどい苦痛ばかりということになったら、
そして本人の望みがそれしかないなら、安楽死は許されて然るべきだと思います」
こういう極論を有識者が言ってくれると気持ちがとてもラクになります。
「どうしても苦しくなったら安楽死を選んでもいい」と思ってもいいのだ。
もちろん外国で安楽死をするのは心情的に躊躇するものがありますが、
「伝家の宝刀」を抜いてもいいと後押ししてもらえるだけで、心強いです。≫
▼ 死ぬ原因は、生まれてきたため。死亡率100%である。当り前のことだが、
 生まれる前には存在してなかったし、死んだ後にも存在しない。宇宙時間
からすれば、平均寿命の80年は、一瞬である。その中にあって、そのことが
自覚できないで、蓄群の常識とやらに惑わされ一生を終える。それもこれも
妄想でしかない。同じ妄想なら、より鮮明にみたいもの。映画、TVで映像
による妄想を、書籍で文字を通した妄想を鮮明化してみれば良い。せっかく、
貰った人生、より広く、深く、味わって終えたいもの。 もっと、貪欲に!

・・・・・・
5213,閑話小題 〜私の高度成長時代
2015年06月23日(火)
   * 私の高度成長時代
 文藝春秋:2月号の特集に、『素晴らしき高度成長時代』の特集があり、
それぞれの高度成長時代の思い出の手記があった。1960、1970年代では、
今では想像を絶する右上がりの経済成長の時代で、各家庭には電気洗濯機、
テレビ、冷蔵庫が普及をはじめていた。昭和39年には東京オリンピックが
開催され、私は団塊の世代の直前の生まれで、同期の競争という面では、
絶対数が少ないこともあって、競争意識が少なく恵まれた環境であった。
 10歳までは駅前の繁華街に、11歳〜18歳までは長岡駅裏に住んでいた。
高校を卒業直後に駅より徒歩10分の今朝白に両親にとって終の住家として、
当時としては豪邸を建てていた。その直前に進学のため上京した学生寮に、
何かの縁で入ったが、そこが500坪の敷地内に馬小屋のような「くの字」の
平屋。土間の通路の片面に、4畳半と6畳の部屋が20室ほど並んでいた。
 そこは今でいうシェアハウスのような共同生活で、国内の様々な地方出身の
学生が住んでいた。 各部屋にはドアがあるが、誰かがノックをすれば、
入室拒否が出来ない不文律があった。それで、様々な赤裸々な私生活を知るが、
人間を知るにはプラスにもマイナスにも働いた。そこで教えられたのは、
まず文学など基礎教養の絶対量の必要性を実感する反面、剥き出しのエゴと
品位が、まる見えになること。各自の素性を聞くことも、話すこともタブーで、
一学生という身分で、分け隔てのないのが学生時代の特徴である。地方出身者
と、東京在住では、生活の質は大違い。炊事洗濯のエネルギーは思いのほか、
大変である。時代は高度成長時代の真只中、学生時代を満喫していた。
 学生時代を大雑把に分けると、
・1〜2年が、クラブの合気道と合宿。 寮生活。
・2年の半ばから、軽井沢の山荘の手伝いと、夏休みの『人生設計』の構想。
・3年は欧州の一ヶ月の旅行と、そこで親しくなった友人たちのと交友。
・4年が武澤ゼミの入会と、そこでの卒論。 六日町の禅寺「雲頓庵」通い。
  3〜4年を通して、合コンが7〜8回はあった。 
現在から振り返ってみて、やはり、2年の夏休みの『キリスト教倫理』の教授
に出された宿題、『将来の人生設計案』の提出。この時に、人生で初めて、
自分の将来を真剣に考え、提出した。時は、日本経済の高度成長、真只中。

・・・・・・
4848、「事業人生を決心して45年」の語り直しー20
2014年06月23日(月)
    * 衣料品の季節物は投機商品
 秋物の後は、冬物、春物、夏物と一日一日が全く新しい経験。
新シーズンの商品に出会うのは、一周りする一年間は、何もかも初めて。
セーターを例にとると、その素材はウール100%とアクリルがあり、
その混毛もある。その裏を見ると、生産メーカーや、素材などが表示してある
ことすら知らない。それを地元問屋の専務から一つずつ教授して貰う日々。
ひたすら、その場、その場で憶えていくしかない。しかし、過去の勤務先では、
毎日が、高速配転という名の現場教育で、連日が未知との出合いは経験済み。
キャリアとは、各部所への配転で、多くの仕事をこなした職歴を持った総合職。 
仕事を身体で憶えるには、現場配転しかない。20歳の頃、「父のような
創業者を目指す」と決意したとき、それは、新規事業を立上げるキャリアを身に
つけるため、留まることない自己配転の人生を選択したことで、常に、その圧を
自分にかけ続けることになった。 新潟駅前のビジネスホテル事業シリーズが、
この結果に終わったのは、10年目か、少なくとも15年目で、その事業から身を
引くか、違う事業に転身出しなかったため! その善し悪しは別として、創業を
繰返す人生を、社会の出発点の構想が、ここでブレていた。 雪国の壁の中、
茹で蛙になってしまい、バブル崩壊とネット社会の到来がもたらす激変を読め
なかった。 「まさか、ここまでの激変が?」では、事業者は許されない!こと。
最後の結果は、時代の激変だけが原因でなく、私の時代感覚の鈍さであり、
「元は私、そのまま、結構」と、諦めがつく。話は戻る。現場に飛び込んでみて、
季節物衣料が投機商品ということを、直ぐに思い知った。一年を、春夏秋冬に
分け、それぞれを、導入、最盛、見切り期に、1ヶ月に分ける。とすると、
季節ものは月単位の、思いきった判断が求められる。それが商品毎に違うため、
年中、切った、貼ったの、投機商品の只中に身を置くことになる。ヤクザなら
「切った(殺傷)、張った(博打)」。衣料品なら、正札の「切った(値下)、
はった(正札上に値下値を貼ると、売れ筋に商品を集中)」になる。これには、
経験と、直感と、場数が必要になる。義兄にすれば、私が、出来よう筈がない
と確信するのも分かる。しかし幸運も重なり、店として一シーズンを大当てを
すると、その勢いが次に続く。 逆に外れると、逆回転をする。 これに、
エネルギーが加味され、結果がそのまま露呈する。生まれ育った10年間の
生活環境と、創業を決意しての10年間の自己配転の全てが、極限の中で、
プラスに働いていた。
・・・・・・
4481, 静かなる大恐慌 ー1
2013年06月23日(日)
     「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著)
 リーマンショック以降、現在も静かに大恐慌は続いていると何度も
述べているが、マスコミはテーマにしない。タブーかどうか分からないが? 
地方もあってか周囲の状況は惨憺たるもの。私の年代がリタイアの時節もあるが、
私を含めて過半数以上が直撃を受けている。ただ、あまり表立って話題にしない
というより、明日は我身で黙るしかない。 その現状そのままを、ズバリ書いて
ある本があった。100年近く前の恐慌と二つの世界大戦を、現在の状況と重ね
合わせ、世界も日本も、静かだが既に世界恐慌に入っていると分析している。
  ー まずは、プロローグより ー
《 世界は「静かなる大恐慌」に突入した。危機的なのは経済だけではない。
 国際政治は一九二九年の世界大恐慌をはさんだ、ふたつの世界大戦の時代と
同じコースを歩み始めた。グローバル化が必然的に招く、社会の不安定化と経済
の脆弱化。それによって国内でも世代間、産業間、都市対地方などの対立が
激化している。この不安定性に耐えうるシステムは、通説とは逆に「大きな政府」
の復活しかない。この歴史の趨勢に我々は逆らうことができないのだ。
グローバル化の行きづまり、そして「脱グローバル化」への急反転という
ショックを日本はいかに生き抜くかを問うている。》
  ーその幾つかを抜粋してみたー
☆ 20世紀を代表する歴史学者、フェルナン・ブローデルは「資本主義は、
 それが国家と一体化するとき、それが国家であるときにのみ、栄えると
(『歴史入門』)で述べた。この含意するところは大きい。資本主義という
 システムは、一見、アナーキーなものに見えるが、実は「国家」なしでは
 機能し得ない。それを「国家資本主義」という言葉で言い表せば、「自由資本
 主義とはいえ、一皮剥けば国家資本主義的な側面をかなりもっている」(p.95)
☆ 100年前も現代と同じくらいグローバル化(金融は除く)が進んでいた。
 資本主義は人々の欲望の塊が原動力。それを野放しにすれば必ず反動という
 自然の調整で大恐慌が生まれる。それが、1929年の大恐慌と、2回の大戦争。
 現在の世界経済を1920年代の大恐慌になぞらえ、その類似性を説明していく。
 20世紀初頭の第一次グローバル化と、その結果とも言える二度の大戦と大恐慌。
 そして、並行して進む脱グローバル化への揺り戻し。今は、その後1970年代の
 ブレトンウッズ体制の崩壊から続く第二次グローバル化の中にあると説く。
☆ グローバル化と民主主義と国家主権の3つは全部が成立することは不可能で、
 このうちどれか2つしか同時に成立しない。グローバル化と民主主義が成立
 すれば、EUのように国家が抑えられ、グローバル化と国家主権が強くなれば、
 日米のように国内の貧富の格差が大きくなる。日本は、グローバル化を抑えた
 国家主権と民主化を重点とした政策が必要。
▼ グローバル化が100年前もあって、その反動で恐慌が起こっていた。
 そして、現在も、酷似しているという。現在のネットが、当時としては電話の
普及に当たるとする。現在は、20ヶ国が一同に介して、恐慌が表立つのを抑えて
いるが、現実は既に恐慌が静かに進んでいるというのは正しい。特に日本は、その
先頭に立っている。著者は、日本にとって、3つの内、国家主義と民主主義に
重点を置くべきというが、国家主義とグローバル化しか選択の余地はないのでは
と考えざるを得ない。アメリカの属国しか生きれない体質になっているからだ。
恐慌は、それほど生易しくはない。10年後もしないうちに、東北大震災が
消し飛ぶほどの何か、例えれば、1923年の関東大震災に対する世界恐慌と
太平洋戦争のような。    −つづく


5942,閑話小題 〜「ベストエフォート」とは

2017年06月22日(木)

   * 「ベストエフォート」とは
 「ベストエフォート」とは、《日々、できる限り全力を尽くしている感覚を
持つことで、大きな結果が出なくとも、全力を出していることが大事と考える。
例えば、大事業を起こせなくとも、毎日、やれるだけのことをしているという
実感があれば、それで十分と考え、自分を支える継続的な成功体験になる。》
 このベストエフォートの言葉を知った時、この随想日記を16年、続けてきた
意味そのままを言当てられたように思えた。
『ともかく、ベストをつくして一日一文を書き上げる』と。
 6年前の節目で、挫折からの落込み対策に「少し厳しい日課」を立て、
実施してきたが、これが私にとって「ベストエフォート」のプログラム?
私の範囲では、これ以上ないプログラムだったが、数ヵ月もしない内に習性
になり、現在に至っている。鬱症状態に追詰められる前の、事前の一策である。
 面白いことに、この日程を熟す内に、何かしら面白い感覚、「内なる自己」
というか、「真なる自己」が、クッキリと浮上がってきた。その視線で他者と、
普段の自己の間に顔を出すのである。
 〜ネット検索によると、こうとも〜
《最大の結果を得られるよう努力することをいう。通常、委任契約等における
 受任者の負うべき義務を規定する場合に使われる用語で、そのような努力が
なされないときは債務不履行責任を負うものの、そのような努力がなされた
うえは、結果に対する責任を負わないことを定める際に用いられる。》
 仏教でいう『全機=十分に機能する人間』と意味が似ている。人は須らく、
ひたすら努力をして、結果は天にまかせるしかないもの。

・・・・・・
5577,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月22日(水)
   * 死ぬこと(事業整理も)は、不幸なことか
 5年前に、悪あがきの悪例を身辺で幾つも見ていたこともあり、追詰められる
前に事業断念をした。その一瞬の決断の間合いがポイントだった。 その時、
『事業整理は決して悪いことではない。適切な時期であれば、むしろ良い。』の
考えがあった。
 創業、実業を経験し、最後は清算の決断に至る、文章作法でいう「起承転結」
のフルコースになる。 思いもよらないブラック・スワンの到来でも、何とか
軟着陸に至ったが、倒産は倒産。その一年後に地元の運送業者が買取って、
同じホテル名で現在も運営をしている。弁護士の力量と、事前の備えがあって、
思いの外、スムーズにいった。一般的には、10〜40年かけた備えの体質に
一切、気づいてない。で、内なる俄か判事になって、好き勝手な裁判話になる。
しかし自らの財務体質に気づかない。「事業設計の段階で、万一のシェルター
の組みこみ」など、知る由もない。 その戯言が想像できるから面白い。 
  〜その辺りから〜      『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
≪ 人が死ぬと「不幸があった」と言い、「病魔には勝てなかった」とも言う。
 死をすべて「不幸」とか「敗北」にしてしまうのです。この脳への刷り込みに
よって、社会中みんなが間違った方向を向いてしまっています。
 生まれ落ちた全員が死ぬのに、その全員が、最後は負け戦?
 結末は「不幸なこと…」で「敗北」だと決めつけてしまうのは、あまりにも
乱暴でひどい話です。人間の尊厳に対して非礼な話であり、この発想パターンは
とてもおかしいと思います。
 その結果、人々は死ぬ前から必要以上に死に恐怖を持ち、死んだあとも、
必要以上に深い悲しみに包まれてしまいます。悲しまれるよりも「ありがとう」
と言われたほうがいい。
 私は今まで幸せに生きてきたし、幸せの中で満足して逝きたいから、
この「死」=「不幸」「敗北」という大間違いは正しておきたいと思うのです。
ある宗教に「抜苦代受」という考え方があります。教祖の子が二人、早くに亡く
なったのですが、霊界のこの二人が「信者の苦しみを抜き去り、代わりに二人が
受けている」という教え。簡単にいえば「お星さまになって守ってくれている」
ということ。ここでは死を「不幸」とせず「希望」に転じています。
 違う宗教の教えでは、「短命な一生では、生かすはずの能力が余っているので、
生まれ変わるときはその分が足され、豊かな才能を持った人として生まれてくる」
という教えがあります。ここでも死は「希望」です。
 死を悲劇としてとことん追いつめるのか。早い死にも肯定する理由を見つける
のか。すべては考え方の問題に過ぎません。≫
▼ 事業清算で、人生の大方の問題が解決してしまった。綺麗さっぱり、
 焼き尽くし、未練も悔いも残らないプラス面に暫くして気づくことになる。
「事業清算」=「不幸」「敗北」は、間違い。 前後一年間は、迷惑をかけた
罪と罰の時節だが、前後の一年を除けた30年、いや45年は、面白く、幸せな日々。
何の事情の知らない人たちの俄か裁判の判決に従うことはない。楽しんだ充実感
こそが私にとっての「実体」。で、批判した人が、死ぬか、不幸に陥っていく。 
これが、不条理ではなく、『条理』である。いや、『情理』か。
 で、偶然に、以下につづく。
 
・・・・・・
5212,3%の本当に幸せな成功者から学んだこと
2015年06月22日(月)
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中 (著)
  * 世の中全体の一割が成功者、3%が心満たされた人たち
 この本に、【いわゆる「成功者」「お金持ち」と言われる人たちは、世の中
全体の10%ほどいて、7%が「お金があっても時間がないとか、人間関係や、
健康に恵まれておらず、本当に幸せでない」と言われている。】とある。
 別に、金満や、成功者でないとしとも、5人、いや3人に2人は、けっこう
幸せと思っているようだ。 私の場合、会社整理というハードランディングに
近い着陸だったが、ショックによる鬱症対策に、早朝から就寝するまで、好きな、
楽しいと思えるスケジュールを組みこんだ。そうもしないと、自滅する可能性が
あった。それらを、淡々とこなすことで、心身の健康管理をしている。
このストレスの「苦」は、たやすく消せるシロモノでない。それをカバーすには、
その3〜6倍の「楽」をスケジュールに組み込むしかない。著者はテーマで、
3%が心満たされる人と決めつけているが、私の見立てでは、金満でない人も
含めると、3割だろう。そのうちの上位の一割の3%が、十分に心満たされて
いるということか。 金だけは有るにこしたことはない。
 去年の暮れに、【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】エイカー著
を取上げたが、その中で、<ボジティブ比〜繁栄と衰退を分ける「ロサダライン」
を、マルシャル・ロサダが発見、2・9013という数字で表した。 これは、業績の
よいチームと、悪いチームにおける「ポジティブな意識」と「ネガティブな意識」が、
2・9013対1以上でなければ、そのチームに成功はもたらされない> 
という法則を取り上げた。大富豪になるほど、その比率が飛躍的に高くなると
著者は言いたいようだ。 世の中を見渡すと、『貧すれば鈍す』か、
その真逆である。上手くいったから、成功したから豊かということではなく、
豊かだから上手くいく。で、どうした?どうもしません! 全て夢幻。
ところで面白い時間帯を見つけた。 20時から4時間爆睡後の、0時から4時。
意識し、茫洋として無意識との塀上と見立て過去、現在を浮遊する。
 これ、昼間やると、ボケ!
・・・・・・
4847,閑話小題 ー75歳が死の目安が、級友と一致
2014年06月22日(日)
   * 75歳が死の目安が級友と一致して
 前回、葬式で連合いを亡くしたばかりの同級生のことを書いた。
私が「75歳を死亡年齢に目安に、歯医者以外、病院に行かないことにした」
と他の級友から聞き、曰く、「数年前に、ある病院で検査をしたところ、肝臓
に、オデキがあると言われ、肝臓ガンと覚悟を決め、親戚を集めた家族会議を
して、生前葬の案も出たが、その前に、別の病院で検査を勧められ、再検査を
したところ何もなかった。それから、一切の検査をしないことにした。
母親と父親の死亡年齢を合計し、半分にすると75歳。その年齢の目安と、
病院に行かない方針が同じことに、驚いた」と。しかし、死や、生について
の知識を持っている様子がなく、漠然とした不安が全体を覆っていた。
少しでも、その類の知識を持ったと持たないとでは雲泥の差になるが・・ 
 私の平均余命11年。そのうち介護年齢9年、寝たきり6年とすると、
決して長寿は、私らしくない。下手に治療で死にそこなうと、薬の逆効果で、
拷問のようは束縛の寝たきりか、痴呆症が出てくる。ならば出たとこ勝負。
75歳を目標、目安にした。その分、運動量を多くし、食生活を気をつけて
いるが、いざ、余命を告げられ、目先は後悔をして逝くことになっても・・ 
死に方、自分の選択も有りである。
   * つれづれに
 ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーをテーマに、回を重ねて
書いているが、思いもよらない当時の記憶、40数年前の出来事が、昨日の
ように、次々に連動してフラッシュバックしてくる。それだけ、激しい日々
だったが、封印しておいた記憶を見つめ直すのは、当時の自分を慰め、癒すと
同時に、多くの過ちを知り、後悔も出ることになる。それは、それぞれの
行蔵から、自省をすることにもなる。私は何をしてきたのだろう? 
「面白かった!」だけでは済まない、未熟な己が、厳然と、そこにいる。
神様は、人生を自省させるため、老後という余白を人生に与えたようだ。 
 私を含めた大部分には、基礎教養の絶対量が足りてない。だから
「死ぬまで勉強」が必要になる。周辺を見わたすと、それが分かるが、
自分自身になると分からないのが人間の性。
 「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
=「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に 往ける者よ さとりよ 幸いあれ 」。 
「往ける者よ」を「過ぎ去りし日の自分」に置換えて、「青き者よ、
幸いあれ!と、祈り直すしかない。成るほど、私は、こんな人間だったか!
と・・  南無阿弥陀仏の念仏は、そのためある! 私もお近い ようで? 
「では、皆様、さようなら!」
・・・・・・
4480, 宇宙に外側はあるか
2013年06月22日(土)
   ー内容紹介ー    「宇宙に外側はあるか」松原隆彦 (著)
◎ 私たちの住んでいるこの宇宙がここに確固として存在している、
 つまり唯一絶対の存在である、ということは疑いようもなく当たり前の
 ことだと思われるでしょうか。実は、現代の物理学の知識をもって
 この宇宙を眺めてみると、そんな基本的なことさえも疑わしくなってきます。
 いま、人類の宇宙を見る目は大きく開かれつつある。宇宙の何がわかって
 いて、何がわかっていないのか? 宇宙の全体像とは?  
 宇宙の「外側」とは? 人類はどこまで宇宙のことを知ることができるのか? 
 現代宇宙論のフロンティアへと旅立つ一冊。
◎ 目 次 第 1 章 初期の宇宙はどこまで解明されているか
    第 2 章 宇宙の始まりに何が起きたのか
    第 3 章 宇宙の形はどうなっているのだろうか
    第 4 章 宇宙を満たす未知なるものと宇宙の未来
    第 5 章 宇宙に外側はあるか
▼ 宇宙論を分かりやすく解説してあって、私のように最近、興味を持ち
 始めた素人向けの本。村山斉著「宇宙は何でできているのか」と
「宇宙は本当にひとつなのか」のフォローに丁度良い内容。
村山斉の著書は、明快で分かりやすいが、それでも一歩も二歩も踏み込んだ
内容だが、この本の第1章から第4章までは、宇宙論の優しい入門のあらまし。
第5章で、マルチバースがあるかないかに触れているが、ハッキリした説明が無い。
私のような入門者にとって第1〜第4章の方が、噛み砕いてあって、分かりやすい。
 村山斉の二冊を含めた三冊が私にとっての宇宙入門書になるが、としても
何がなにやらである。 プロローグに 
≪ 現代宇宙論が明らかにしたことの中で最も大きな驚きのひとつは、
「宇宙は永遠不変のものではない」という事実。約137億年前に宇宙の始まり
があるという「ビッグバン理論」が確立したことで、このことが明らかになった。
この宇宙に「始まり」があることがわかると、根源的な疑問がたくさん湧いて
きます。≫ がある。 ーその疑問とは、
「宇宙はどうして始まったのか」
「宇宙が始まる前は何だったのか、宇宙が始まる前の宇宙は宇宙ではないのか」
「宇宙に始まりがあるなら、宇宙に終わりもあるのか」
「宇宙に終わりがあるとすると、宇宙の終わりの後には何があるのか。
 次の宇宙が始まるのか」
「そもそも、始まったり終わったりするような宇宙はどこに存在するのか。
 この宇宙よりももっと大きな、何か得体の知れないものの中にこの宇宙が
 あるのか」 等々である。マルチバース、それも10の5百乗の宇宙の存在
 の可能性には驚いた。村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」に詳しく
 書いてあるが、コペルニクスの地動説と同じ位の驚きを与えた根源的な問題
 である。そうこう考えると、再び、人間原理の問題の戻ってきざるを
 得なくなる。 宇宙は面白い! 宇宙お宅のブログにはビックリ。
・・・・・・
4106、私は完全な本 "日本の自殺 'ー9を作った
2012年6月22日(金)
   * 情報の洪水が人間を劣化させる
  これが書かれた37年前にはパソコンとインターネットが世界中にこれほど
普及するとは思ってもいなかっただろうが、正に現在、情報の洪水が世界を覆い、
個々人の判断を狂わせ地球規模の集団自殺の様相になっている。その大混乱の
一つが、この金融恐慌であり、世界経済は溺死状態?にある。今後10〜20年
は、このカオスは続き、その行く末は誰も分からない。下記の部分が、日本だけ
でなく、地球規模のカオスになっているから、ことは深刻。 情報機器とネット
の進化が、文化、文明レベルで世の中を変えてきた。
【 ◎ 第一に、われわれは人間経験全体のなかに占める直接経験の比重が相対的
 に低下し、それに代わって、マス・コミュニケーションの提供する情報を中心と
 する間接経験の比重が飛躍的に増大したことに伴うさまざまなマイナスの副作用
 について検討しておかねばならない。一般に情報量の増大といわれているものは、
 人間経験との関連でみるならば、このように各個人の経験世界というものが、
 ますます大きく他人の経験に依存するようになるということにほかならない。 
 マスコミを通じて与えられる間接経験の世界は、一方ではあまりにも混沌として
 脈絡がなく精神分裂症の様相をすら呈している。他方でマスコミの提供する膨大
 な情報によって見せつけられている世界の、安直なトータル・イメージは、
 情報の質が悪いと現実世界とは似ても似つかない虚構の世界となる危険がある。
 知力を高めるために作られたはずのマス・コミによって人間がだまされ、知力を
 低下させられ、真実の視界が妨げられるという皮肉な現象が生ずる結果となる。
◎ 情報化の代償の第二は、情報過多に伴う各種の不適応症状の問題である。
 高速度に流れる大量情報が、人間の脳の情報処理能力を大幅に上まわった場合、
 人間はしばしば情報過多の神経症状に陥る。短絡型、自閉症型、分裂症型
 という三つのタイプのものがある
◎ 情報化の代償は第三に、情報の同時性、一時性と関連している。 
 社会の変化のスピードが早くなると、人間と情報との関係が極めて一時的な
 ものになってくる。このような現在(1975年当時)の情報環境の下では、
 新奇な情報を極端に求める傾向が強まっている。膨大な現在進行型の情報の
 氾濫なかで情報のライフ・サイクルは短縮化し情報は消耗品化し、情報使い
 捨ての傾向が極端になってくる。大量高速情報から自己を防衛するひとつの
 安易な適応方法は、忘れぽっくなること、つまり健忘症になることであり、
 歴史的な連続性の感覚を喪失して刹那主義的な生き方を採用することである。
◎ 情報化の代償の第四は、以上のようなマイナスの副作用とも密接に結び
 ついているところの、情報受信と発信との極端なアンバランス。 
 本来、人間の思考能力や創造性は受信と発信の反復を通じてはじめて
 可能となるものであるのに、この思考のプロセスをじっくりと通過させない
 ために、短絡型の、論理的思考力のない人間が量産されてくることにもなる。
◎ 情報化のマイナスの副作用は、第五に、マス・メディアによる異常情報、
 粗悪情報の過度拡散傾向となって影響を与えている。情報化の代償、弊害に
 ついて累々と述べているが、これは情報過多の問題なのか、質の悪い情報を
 発信し、それも何も考えずに受信することの 問題なのか、それとも膨大な
 粗悪情報がマス・メディアを媒介として流され続けることが問題なのか、
 いろいろと考えさせられる。】
▼ 情報の洪水は、それに対処可能な人と、そうでない人との情報格差を
 生み出している。それは脳力と貧富の差に直結することになる。それは劣化
だけでなく、悪用で社会をいとも簡単に騙せすことが可能になった。反面、
電子知能は飛躍的に進化している。世界中の身知らずの個々人がネットで
結ばれ知恵と情報の共有が可能になってきた。それは一時代前からみたら、
SFの世界の様相である。


5941,自由な脳のつくり方 −強固なマインドセット

2017年06月21日(水)

     
        <「世界一自由な脳のつくり方」茂木健一郎著>
   * マインドセットとは
 「人生は、18歳までに洗脳された固定観念、常識を生涯かけて破壊して
いくプロセス」である。常識という名の牢獄に押し込まま、定年をむかえ、
それに初めて気付き、涙する。それさえ気付かずに、もやもやした不満を、
周囲に八つ当たりするのが、俗にいう「世間」。18歳までのセットが如何に
強固であるかは周知のはず。親は、可能な限りしなやかなマインドを、子供
にセットするため、家族旅行や美術館などで、世界の広さ、深さを長年かけ、
教え込み、常識にとらわれない基礎教養のベースを幼児期から構築しておく
必要がある。ということは、両親の質の掛け合わせで、ほぼセットが
決まっている。これは壁にもなり、土台にもなる。 〜その辺りから〜
≪ マインドセットは以下のように定義されています。
 経験、教育、先入観などから形成される思考様式、心理状態。
暗黙の了解事項、思い込み(パラダイム)、価値観、信念などがこれに含まれる。
マインドセットの言い方は、人の意識や心理状態は一面的なとらえ方はできず、
多面的に見てセットしたものがマインドの全体像を表しているということから
来ている。
 靴を販売する会社の営業マン2人がアフリカへ現地調査に向かい、靴を履かず
に裸足で生活する人々を目のあたりにしました。それを見た1人の営業マンは
・「誰も靴を履いていないので、売れる見込みはありません」と報告、
・もう1人の営業マンは「誰も靴を履いていないので、無限大の販売見込みが
あります」と報告しました。
 報告の方向性からも分かるようにこの2人は真逆のマインドセットの持ち主で、
当件での成果に差が生まれるといえるでしょう。この例では、行動する前から
諦めてしまう癖がついている人と、プラス思考が出来る人の間に、大きな違いが
生まれるということが学べます。
 ドゥエック教授は、マインドセットという概念を提唱した第一人者。
教授は研究で、子どもの成績や学習意欲・行動は、
・「努力しても変わらない」(硬いマインドセット)という考えの持ち主か、
・「努力次第で伸びる」(しなやかマインドセット)という考えの持ち主かに
 よって、変わることが分かったとしています。
マインドセットによってあらゆる能力に差異が現れ、ひいては人生の幸不幸に
影響するというのです。またマインドセットを変えるのは簡単ではないけれど、
それは可能であるとしています。マインドセットを変える、すなわち固定観念を
再構築することは、簡単ではありません。それこそ子供のころからついた習慣
という基礎部分を全面的に改修しようというのですから、強い意志を持って
臨まなければなりません。とはいえそれは決して難しいことではなく、
ポイントをおさえることで、効果的に改善していくことができます。≫

▼「慶応幼稚舎」などに、親が必至の思いで入園させるのは、真っ新な幼児期
 にマインドセットをするため。逆に言えば、この頃、しなやかマインドセット
をしておかなければ、大方と変わらない能力にとどまることになる。
恐ろしいのは、「知っていること以外は何も知らないこと。もっと恐ろしいのは、
そのことすら知らないこと」 その範囲で物事を捉え、思い付きで決めつける、
人間の愚かさ。他者に見えても己のそれは、見えない。この「随想日記」は、
その露呈の列記になる… 読む方からしたら、これほど、面白いことはないはず。
 キャリアとうのは、職場転換、転職で、マインドセットを切替え続けた結果、
身についていく能力。深い穴は、まずは広く掘らなければならない。
それもこれも、死んで三日も経てば、みな同じ。 そういうこと!

・・・・・・
5576,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月21日(火)
             『あの世へ逝く力』小林玖仁男著
  * モノゴトは、「断・捨・離」に向かう
 著者の場合、二年生存率はゼロに近いというから、置かれた状況は厳しい。
身辺の整理を直ぐに実行しなければならない。
 私の父親も、余命一年といわれて、退院直後に、姉夫婦の思惑?に反して、
会社の株式と、個人名義の不動産を、母と、姉夫婦と、実兄と、私に4分割
して亡くなっていった。それが父の断捨離であった。 そのお陰で、現在の
自分がある。 この本は、終わりまで、著者の生の緊迫感が直に伝わってくる。
≪  何をやり、何を捨てるか。
 ゴールが見えている者にとって「仕分け」は喫緊の重要課題です。
「仕分け」は、例の《死の五段階》でいえば、最終段階の「受容」(あきらめる)
の中の作業。「あきらめる」という言葉には、そもそも「明らかにする」という
意味もあり、辛い現実を明らかにし、積極的に受け入れようとする段階です。
余命のゴールに向って仕切り直すと、これからは「断捨離」になりました。
「断行.捨行.離行」。断ち切って、捨てて、離れて、悠々自適になること。
モノへの執着から解放されて、身軽で快適な余生を手に入れることです。
 じつは今まで私のいちばん苦手なことでしたが、ここいちばんでできないと
なりません。「もったいないから」と大事に持っていても、遺品のほとんどが
ゴミになってしまいます。要らない物は断つ。使わない物は捨てるか、人に
あげるか、バザーに出すか。モノへの執着からはサッパリと離れる。
こういう発想が必要です。
社会生活や人との関係と違って、物は捨てればそれで済みます。私が住んで
いる賃貸マンションは、私が最終入院をしたら解約することにしました。
その前に、物という物はみんなじゃんじゃん捨てて、人が欲しそうな物だけを
残します。形見分けも始めました。ネクタイをバンバン差し上げていたら、
かわいい後輩に時計も狙われたので進呈しました。
・あの世には何、持っていけません
・こちらから差し上げないと、相手からくれとは言えません。
・もらってもらわないと、遺品はほとんどゴミになります。
これは何とも清々しい作業でした。ゴミを出すたび、人にあげるたび、
生への未練も捨てられました。
 そして、モノの次はコトを片します。 人生に、片を付ける。大事なこと、
完結したいことの優先順位を付け、やりたいことを、「片付け」ていくのです。≫
▼ 5年前の事業清算の決断の中で、自ら創った会社の事業整理を淡々と、
 それも、ゲームのように実行している自分を2m後方から見つめている、
自分が存在していた。この随想日記を書き続けた効能でもある。目先の生活に
窮することがない事もあるが、弁護士事務所が代行して全てを処分してくれた。
結果、後悔も、執着が何も残らなかった。独り、布団の中で、大声で喚いたり、
惨めな自分を笑ったりした。 少しでもワダカマリが残ると、ストレスの種に
なる。だから、逆手に、この状況を乗りきるために、厳しめな一日の、一週間
のスケジュールを組み、厳格に実行することにした。この辺りは手馴れたもの。
少しは強がりの言い訳に思えるかもしれないが、ハッピーエンドより、この方が
良かったと、直ぐに思うようになっていた。数十年にわたる準備もあったが。
 この書中に、弁護士の単語がない。アドバイスにしろ、身辺整理に、その職能
が必要のはずである。「こちらから差上げないと、相手からくれと言えません」
は、言いえて妙である。「もらってもらわないと、遺品はゴミになる」も然り。

・・・・・・
5211,宝くじを当てた95%が、5年以内に
2015年06月21日(日)
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中 (著)
   * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う
 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、
その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を
増やしたが、2001年の9・11と、2008年のリーマンショックと、2011年の3・11の
10年で壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、
二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40
≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と
いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった
人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。
「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に
証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを
被ることがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場
まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、
100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。
『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、
その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な
反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社)
ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」
という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで
成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で
あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金
を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、
"当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、
「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫
▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に
 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の
ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、
後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、
遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、
その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。
いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。
そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。
遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより
「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い?
ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。
「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。
『 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う! 』良いでないか。
・・・・・・
4846,閑話小題 ー同級生の急逝の式場で
2014年06月21日(土)
   * 同級生の急逝の式場で
 一昨夜の三条での通夜が500人、本葬が100人の参列。 
通夜を含めて中学校の同級生6人?が出席した。膵臓がんが発見されて二ヶ月!
七転八倒の苦しみの中で、亡くなったという。御焼香で手を合わせると同時に、
『おれ、こんなに早く、死にたくなかった!』という、彼の声が聞こえたような?
その後の親族の挨拶でも、故人が同じようなことを言っていたというから・・ 
故人は晩酌が楽しみで、その過多が原因? 7〜8歳の孫が二人、別れの顔見と、
出棺時に、大泣きをしていたのが涙をさそっていた。去年の同級会の三次会に
故人と、二人飲んだのが最期。「俺の最後の仕事は、家族に一億を残すとと!」
と真顔で話していた。自宅に帰って一時間後に、シネマに行く予定だったが、
グッタリ!急遽、中止。
 ところで、参列した同級生の一人の奥さんが一月前の20日に亡くなって、
今日が同月命日。『絶対にカミさんより、早く死んだ方が良い!連れの死は、
こたえる。生まれてこの方、一度も炊事の経験無しが、長男と自分の炊事と、j
家事は、非常にきつい!』の言葉が、重い。まだ、同居の長男がいるだけよいが。
入院して二週間で17年前の乳ガンの腰骨への転移での急逝というが、連れは
死ぬつもりがなかったため、何処に幾らの金があるか、全く分からず、
大変だったとか。 亡くなると本人名義の貸金庫、預金は凍結され、葬式の
金さえ工面がつかない中で、何とか葬式を終えた等の話は非常に深刻。
 私が家内より先に逝くつもりだが、これだけは? 自炊経験はあるし、
スーパーの買物は好き。宅配弁当もあるので、大丈夫と思うが。
「早いもの勝ち」は、夫婦の死期にも当てはまる。老いの辛酸は、身近な
人から、聞こえてくる。 これで中学校の同級男子で、7人も亡くなった。
不明を除くと、3〜4人に1人が、御先に逝ったことになる。 
・・・・・・
4479, 歌舞伎町 写真集
2013年06月21日(金)
 6年前、新潟駅前近くの図書館で、『歌舞伎町事変』(写真集)を見つけた
が、その生々しさに驚いた。日本一の繁華街で、ヤクザや中国マフィアや警察
などが入り乱れているのが日常の歌舞伎町。 その続編が、この『歌舞伎町』
権徹著で、数ヶ月前に出版されたばかり。一冊目の『歌舞伎町事変(1996〜2006)』
文ー李小牧、写真ー権徹の毒々しさは少し薄れたが、迫力は充分。ページを捲る
たびに、いつの間に歌舞伎町の緊迫した世界にタイムスリップしてしまう。
生々しい現場写真のため、その迫真が直接迫りくる。新潟駅前の飲食繁華街で
事業をしていたので、その猥雑さと恐ろしさを垣間見てきた。 
歌舞伎町といえば、学生時代に数回、怖いものみたさに行ったことがあるが、
女装したオカマをはじめて見た。 2003年の頃から取締りが強化。また監視
カメラが設置されて状況は一変した。今ではガラス張りで明るい猥雑さに
なったようだ。写真家の韓国人の権徹が、歌舞伎町「人間劇場」との出会いに
ついて、以下のように書いている。
《 1996年春、歌舞伎町を撮り始めた。写真専門学校の1年目のことだ。当時、
 四谷3丁目に住み、渋谷の学校へ通っていた。ゼミの撮影テーマが「新宿」
だったこともあって、通学途中に新宿駅まで歩き、この街を注意深く観察した。
あるとき、歌舞伎町交番前で鉄パイプを持ったヤクザ20〜30人がケンカをして
いる場面に出くわした。あまりの怖さに膝が震え、カバンの中からカメラを
取り出して撮影することさえできなかった。このエキサイティングな街は、
いったい何なんだ。 韓国ではありえない交番前の乱闘に強い衝撃を受けた。
このときボクは歌舞伎町を写真撮影の「主戦場」のひとつに選んだ。 
歌舞伎町は、人間の生臭さや欲薦むきだしの街だ。苦労して撮った分、写真は
おもしろくなる。東洋一の「眠らない街」は取材のたび、ボクを刺激し
続けてくれる。ここは撮影テーマの尽きない「人間劇場」なのだ。》
▼ 彼の場合、歌舞伎町写真家として、警察にもヤクザにも顔が知られ、
 妨害や嫌がらせが少ないようだが、 それでも危険の真っ只中である。 
夜の世界の猥雑といば、5月の連休明けにみた「探偵はBARにいる2」が、 
夜の世界を何気なく描き出している。二年前に‘その一’を見たが、なかなか
面白い。そこは、カウンター 一枚で普通の世界とは別世界が広がっている。
その辺を知らないと大怪我をする魔界。その最たるのが歌舞伎町だろう。
写真は、数千秒の一の瞬間を切り取る。そこに多くの人間模様が見えてくる。 


5940,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜4

2017年06月20日(火)

   * 帰路の宇宙船内で独り思うこと
 考えてみたら、人生後半からのライフワークの「秘異郷ツアー」は贅沢
な趣味である。40歳代半ばのプレッシャーは御たぶんに漏れず大であった。
その解消も含めて年・2回の旅行を自らに義務付け、何があっても行くと決心、
20年以上、行き続けてきたことは、ここで何度も書いてきた。家内と2人で
年150〜200万の出費は、現役当時は苦労することなく捻り出せていた。
 振返えった実感としての価値は、値段の3倍以上である。地球上の自ら
の立ち位置を、宇宙側から逆照射して見る感覚が何とも絶妙で面白い。
 このテーマも、地球上の秘異境を宇宙に拡大したもの。何処の地でも、
人間、動物、自然環境の普遍的事象は様々。それぞれ違う時間が流れている。
その経験を重ねるたび、地球の広さと、深さと、意味そのままが見えてくる。
「観光」の言葉は軽い響きがあるが、自然自らが地球上につくり上げた「光」
を神自らの目で観るような感覚は人間としての本分になる。新たな別物の魂が
独立し、その視点で自分と、自ら存在する世界を鳥観している感覚を持った
ような。内なる別の魂が、行った先の魂と邂逅、その場で自ら燃え尽きるよう
な経験。これが「魂の出会い」というのだろう。
 宇宙彼方の星から、地球への観光旅行をした帰路の宇宙船内で、覚めた目で、
人生の観光を思い出し総括するのも、なかなかの味。生きている内が花である。
<「宇宙船に乗っていいよと言われたら、どんな席かなんて聞いている
 場合じゃない。さっさと乗るだけだ。」〜シェリル・サンドバーグ>
で、地球にやってきて、帰りの宇宙船での地球観光の総括が、これ。
キリスト教に、『煉獄』というのがあった。 〜ネットによると〜
<浄罪界ともいう。キリスト教において神により罪をゆるされ義とされたが,
その罪の償いをまだ終っていない死者の霊魂が死後至福の状態に導かれるまで,
残された償いを果すためにおかれると信じられる苦しみの状態。この状態に
ある死者のために祈ることが可能であり,またよいこととされる。ダンテの
『神曲』第2編はこの信仰に基づく。この教義はカトリック神学者間にも解釈上
の問題があり,プロテスタントでは概して煉獄の存在を否定している。>
 私の思いついた「別宇宙からの観光論」は、生死の境目で人生を、因縁ある
亡き人と語り合う、際ものの対話で、枠が私の人生の因縁ある人だけ… 
 そういえば、哲学者の池田晶子女子の哲人との対話も、『幸福の科学』の
教祖様も、歴史的人物を呼び出し? 対話をしていた。 まあ、難しいことは
考えないで、因縁ある何人かと、帰路の宇宙船内で、総括の対話そすればいい。 
それにしても、学生時代の誓い、『己の魂(良心)にとって、やましいことは
しない』で、あわやの危険を何度もさけてきた。『良かったか悪かったのか』と
思い返すことしばしばだが。最期は、プツン前の自己対話の中で終わる…
 
・・・・・・
5575, 閑話小題 〜適正寿命
2016年06月20日(月)
   * 適正寿命
 ある本の中に、『適正寿命』という文字があった。漠然と長生きできれば
よいと思っていたが、経済面、健康面、生き甲斐面の3つの条件が整った上
での、適正な人間の寿命を考えると、死にそこなわない、『適正な寿命』の
時節が考えられる。 男性の場合、健康年齢(寝たきりや介護を受けず日常
生活が可能な年齢)が70歳。死亡平均年齢が80歳からして、10年の介護が必要。 
とすると、適正寿命は、その中間の75歳辺りか。 70歳になった私の実感から
しても、その辺り? 数年前に、仮説で、私の健康年齢を75歳に設定をした。
で、そろそろ、ガンか、脳梗塞の兆候が出てきそうだが。 何せ、平日は、
平均3時間も運動をし、何とか未病で抑えているため、表立っては、いたって
元気。「死ぬべきときには、死ぬがよい」が、余命半年か、一年と確定したら
動転し、奈落の底に沈むのだろうが。          
   * 今週が注目
 この23日に、英国のEUからの脱退か居残りかの正否の国民投票がある。
最後の最後は、残留だろうが、これだけは終わってみなければ分からない。
もし脱退なら、世界の景気が更に落ち込むことになり、アメリカ大統領選や、
独国、仏国にも大きな影響を与える。今年前半の一大イベントになるか否か。
 時を同じくして欧州サッカー選手権の国別の戦いが、佳境に入っている。
今回から、機会がある度にTVで観ているが、これが面白い。他国同士でも
観客の熱狂に引き込まれる。彼らにとって、サッカーを通したリアルタイムな
代理戦争に参戦している感覚である。 リタイアをすると、自分の立場の
デバイスが小さくなるため、何事も新鮮に受止めれるようになる。
・・・・・・・
5210,大脱出 〜お金、健康、格差からの・・
2015年06月20日(土)
     『大脱出――健康、お金、格差の起原 』アンガス・ディートン(著)
  * お金、健康、格差からの大脱出
 いまひとつピンとこない内容だが、切り口は新鮮で面白い! 進歩には格差の
問題が生じる。それは、金銭だけでなく、健康問題にも関係する。小・中学校の
同期をみると、進学ごとに分類される前の社会の縮図がそこに見て取れる。
この年齢になっても、その格差は少しの浮き沈みが少しあっても、大した変化は
見られない。 何をもって貧しいか、豊かかの問題があっても、貧しい人は
貧しいまま? 豊かな人は豊かのまま。 同級生の男子の三割は亡くなったが、
何故か成績が悪い人が7割がた。すべからく、人は金、健康、容姿、両親の
愛情量に格差があり、その中に沈んでしまう。
   〜アマゾンの内容紹介〜
≪ 世界はより良くなっている ――より豊かになり、より健康になり、
 平均寿命は延びている。しかしその反面、貧困という収容所から「大脱出」を
果たせずに取り残された国や人々がいる。産業革命以来の経済成長は、大きな
格差も生んだのだ。経済発展と貧しさの関係について最先端で研究を続けてきた
著者が、250年前から現在までを歴史的にたどりながら、成長と健康の関係を
丹念に分析することで、格差の背後にあるメカニズムを解き明かす。
「本書は、進歩と格差の間の終わりなきダンスについて記している。
…単純に考えると、貧困からの脱出は金銭的な問題だと思いがちだ。
だがお金と同じくらい、もっと重要なのかもしれないのが健康と、
繁栄する機会を手に入れられるだけ長生きする確率の向上だ。
…富の歴史について語る本は数多くあるし、格差の歴史について語る本も多い。
健康と富がいかに密接な関係にあり、健康の格差が富の格差をいかに鏡のように
反映しているかについて語る本もたくさん出ている。私はその両方について
一冊で語りたいと思う」(はじめに) ≫
▼ その格差も浮き沈みがあり、目まぐるしく変化する。元プレイボーイ誌の
 編集長の島地勝彦が、作家の故シバレンに受けた薫陶、『いいかシマジ、
平等や民主主義なんてものは、人生に何も生んでくれやしないんだ。上質の
脳みそに裏打ちされた、えこひいきを享受出来る人生を歩まなければダメなんだ。
えこひいきされるようじゃなくちゃ一人前とはいえない、みんなと同じように
行列に並んでいては凡庸な生き方しかできないだ』が、面白い。沈んだまま
では・・ 沈む時には沈めばよいが、何事も備え! 国の幸福度は、たいがい、
平均年齢で計ることが出来るという。その点、ロシアが酷いという。解るが!
その点、日本は平均年齢が最上部にあるが、幸福感が少ないのは何故だろう。
 島国で、海が要塞となって長い歴史の中で、揉まれてないため。
小学校から大学まで、同期会・同級会は可能な限り出ているが、格差と
健康問題は、嫌でも目に付く。上質な脳みそは、自らつくっておかないと!
 で、このザマだが。これも、格差の範疇で沈んでしまったということ?
石ころの大小、形を比較したって、所詮は砂利の話。 気にしないこと! 
・・・・・・
4845,「事業人生を決心して45年」の語り直しー19
2014年06月20日(金)
   * ペガサスクラブの加入と、システムの改革
 衣料量販店は、天候と相場を敏感に読み、時間差で勝負するのが要。
それには情報を多角から取り、後は直感に頼るしかない。その感覚を、
僅か数ヶ月で知ることになる。そのため、産地の大問屋の太いパイプが
絶対に欠かせない。 その冬のシーズンも大成功のうち終わり、事務所で
円座をして、ストーブで温めた日本酒を乾杯した時の旨さが格別。毎日が、
全てが新鮮で、知らないことだらけ。その経験そのものが面白く、次々と
知恵が湧き出ていた。
 その年の暮に、チェーン店展開を指導する『ペガサスクラブ」に入会し、
衣料チェーンの展開を錦の美旗にする。そして、大御所の渥美俊一のセミナー
に隔月ごとに聴講することになる。このカリスマ、当時の新興チェーンの
拡大に大きく影響していた。卒論に、その著書をネタ本にしたこともあり、
そのセミナーの面白さは、この上ない。おまけに、聴講者はチェーンの幹部。 
チョットした会話でも充分に元がとれた。現場でも、セミナーでも、全てが
学びの場になっていた。振返ってみて、当時の自分自身は、父親の秘蔵っ子で、
20歳代でジャスコ、いとはん勤務。そして、貸ビル建設と、その中で、
養老乃滝、ベーカリーをオープンさせていたのだから、凄いエネルギー。
姉夫婦が焦るのは肯ける。 ところで、改革で直ぐに手をつけたのが、
ジャスコ、いとはんで取り入れていたチェーンストア統一伝票システム。
これは、5枚綴りの複写で、・仕入先別、仕入伝票1[青] ・仕入伝票2[緑]
 ・仕入伝票3[灰色] ・物品受領書4[茶色]・納品書5(控)[紫]になっていて、
大口の仕入先に持ってもらい、仕入れ商品の内容を書いて、同封してもらう。
そのうち一枚が先方に、残りの4枚が、そのまま、商品管理、仕入管理、
経理の支払管理に使えるシステム。これは部門別管理にも大きは働きをする。 
また、部門別内の小項目が、そのまま、商品管理にもなる。 数値責任が
明確になれば、仕入れや、販売を担当者に大幅に権限委譲が可能になる。
そのベースをつくるに、2〜3年はかかるが、旧来の社員も何の抵抗もなく、
あっさりと導入出来たのは、システムが、シンプルで、便利であるため。
もちろん、大手のメーカー、問屋が多くが、このシステムを取り入れていた。
 次に、仕入れと販売の担当責任制度である。現場の情報を、仕入れに直結
するには、仕入れ権限を現場に与えること! 帰って一月も経たないうちに、
翌年の新入社員の採用の時期になった。 さて、何人にしようかと、考えて
いると、長年、勤務の内幕情報屋的存在の総務の女史が、「思いきって多く
入れた方が良いですよ!」と、助言?してくれた。 要は「殆どが辞意を持った
社員が、多いですよ!」ということを察知し、当初の予定の二倍の13名を、
採用する。 ところが、翌年の年次を含め、新しいシステム導入に、丁度
良い教育対象になっていた。 次は、TKCの伝票システムの導入である。
これも、思い切って判断した。そして、接客などのマニュアルの作成と、
売上日報の解りやすくしたカジュアル化。 不信感の強い既存社員からの
情報は皆無の中、それならば、欲しい情報を日報に書かせればよいと、
次々と、項目を増やしていった。こういった現場での知恵は、立ち上げの
経験から、身についていた。創業は、瀬戸際に自らを追込み、ことに
直接触れ、エネルギーと知恵を融合しカタチ創ること!
・・・・・・
4478, うつ病 ー高島忠夫の場合
2013年06月20日(木)
 ーカスペ! 真実の高島ファミリー「忠夫さん、死ぬまで一緒やで」
      〜寿美花代・献身愛で闘う夫の病〜 ーが感動的であった。 
一昨日のゴールデンタイムに放映されたが、二時間がアッという間であった。
「うつ病」については、何度か書いてきたが、高島一家の底なし沼のような状況
そのままがドラマになる。芸能界きってのおしどり夫婦と言われた高島と寿美。
高島は98年頃からうつ病、糖尿病、パーキンソン症候群、 さらに、3年前
には不整脈で心臓にペースメーカーを付ける15時間にも及ぶ手術を受けていた。
   ーまずはTV局のブログよりー
【“日本一有名な芸能一家”高島ファミリー。一家の主、高島忠夫がテレビ
 の表舞台から姿を消して5年… その自宅にカメラが入った。いったい何が
 あったのか。献身的に夫を支える元宝塚歌劇団のトップスターである妻、
 寿美花代の思いを通じて、いますべてが明らかになる!そして、夫婦として
 「死ぬまでにやりたかったこと」… それは忠夫の夢の実現。寿美花代は、
 ある賭けに出た。“最後になるかもしれない”家族旅行へ…。】
▼ 高島の妻で女優の寿美花代が、自らの口で明かした悲劇。
 夫妻の第1子の長男・道夫が生後5カ月で殺害されたのは、1964年
(昭和38年)8月。住み込みで働いていたお手伝いの 少女(当時17歳)が
風呂に沈めて殺害したもの。 寿美はこの時を振り返り、「夜中に、道夫が
いないと、探し回り、最後にお風呂を…フタを明けたら、道夫がいた…。
夜中2時すぎぐらいに、あちこち病院行ったが、どこも受け入れてくれなく、
やっと1軒 受けてくれた時には…」。  家政婦は殺人罪で起訴され、
懲役3〜5年の不定期刑となった。事件後に、赤ちゃんの泣き声や、
「ママー、苦しいよ」という泣声のいたずら電話が頻繁にかかってきていた。 
高島忠夫も既に82歳。寿美花代は81歳。その夫を懸命に支えてきた寿美は
「介護うつ」も経験。「介護で一番大事なのは 完璧にやろうと思わないこと」、
「忠夫は私を本当に姫のように優しくしてくれた人。いまはその恩返し」と。
番組では俳優として活躍していた頃の若き日の高島の姿や、バラエティー番組
の様子など懐かしい映像も出ていた。 この隠れた“主役”は寿美。妻の目線、
2人の息子の母親の視線で番組は進んでいく。番組では、うつ病患者の家庭の
危機状況が、多く語られて無かったが、実際は壮絶。ただ事実を語り映し出す
だけで、物語になっていた。二年前の倒産劇で気をつけたことは、脳をやられない
(うつ病に陥らない)こと。そのためには、運動と、マイナーの毒?から身を
守ることであった。ゾンビは自分の傷口の膿を擦りつけてくるから、性質が悪い。
その中で、堕ちこまないように作り上げた生活習慣こそ、最大の成果だが、
それでも時々、傷口が痛む。それにしても、寿美の開き直りは凄みがある。
少し性質の悪い連合いだったら、病院の中で亡くなっていただろうに。
・・・・・・
4104、私は完全な本 "日本の自殺 'ー7を作った
2012年6月20日(水)
  * 豊かさの代償       ー読書日記
 37年前はアメリカのアジア戦略上の重要な位置にある日本は、特別待遇を
受けていた。その結果、豊かさを享受出来た反面、その甘えの体質が日本人に
ついてしまった。それが、豊かさの代償という現象でもある。
  以下の部分は、その辺りをついている。
【 日本を第二のローマ帝国としてしまいかねない日本社会内部の自壊作用の
 メカニズムを、まず豊かさの代償という角度から順次解剖していくことに
 したい。豊かさの代償として、次の三点を理解する必要がある。
◎ 第一は、資源の枯渇と環境破壊という代償である。
 豊かになればなるほど、一方で資源消費量が増大して資源不足や資源価格の
 高騰を招き、他方で生産、消費の過程での廃棄物が増大して環境の質の悪化を
 もたらす。 豊かさの代償としての資源不足と環境悪化による欲求不満、
 イライラの増大が日本社会の内部に自壊作用のメカニズムを発生させる
 ひとつの原因となっていったのである。
◎ 第二は、使い捨て的な、大量生産、大量消費の生活様式が人間精神に
 与えるマイナスの諸影響という代償である。使い捨ての生活様式は、単に
 資源の浪費、廃棄物の増大による環境破壊をもたらすのみならず、その生活
 の質の点で大きなマイナスの副作用を内包する。使い捨て的な生活は一時性、
 新奇性に高い価値を与えるが、人間とものとの関係がかりそめの一時的な
 関係になり、絶えず新しいものを追い求める結果、その生活は心理的に
 極めて安定を欠いたものとなる。欲望は絶えず刺激されて肥大化し、いつに
 なっても充足感が得られない状態になってしまう。
◎第三は、便利さという代償である。
 便利さの代償として、日本の青少年の体力や知力の低下が進行していった。
自制心、克己心、忍耐力、持続力のない青少年が大量生産され、さらには、
強靱なる意志力、論理的思考能力、創造性、豊かなる感受性、責任感などを
欠いた過保護に甘えた欠陥青少年が大量に発生した。戦後日本の繁栄は、他方で
ひとびとの欲求不満とストレスを増大させ、日本人の精神状態を非常に不安定で
無気力、無感動、無責任なものに変質させてしまった。それはまた伝統文化を
破壊することを通じて日本人のコア・パーソナリティを崩壊させ、倫理観を
麻痺させ、日本人の精神生活を解体してしまった。
この生活様式の崩壊と日本人の内的世界の荒廃は、日本社会の自壊作用の
メカニズムの基盤をなしていった。】
▼ 66年の人生の中で物質的貧困から豊かさになっていき、それが失われて
 いくプロセスの登りと下りを国家と個人で、実体験してみた。まだ下りは
道半ばだが、あと10年で日本は貧困国家になる。30〜40年前の、
あの豊かさは何だったのか。あの経験はしないより、してみて良かった。
笑うべき時に笑えばよい、いずれ泣くとき後悔が無くなる。
腹の底から笑っておいて本当に良かった。 あとは自嘲か。


5939,閑話小題 〜無知は、教養より金がかかる

2017年06月19日(月)

   * 無知は、教養より金がかかる
<教育にはカネがかかる。とはいっても無知にもカネはかかる。
                    〜クラウス・モーザー卿 >
☆ 何とまあ、人生をシリアスに切って捨てた言葉である。
 そう、人は無知で失った方が、知っていたが故に得たことより遥かに多い。 
なればこそ、無知を少なくし、知識など教養を長年かけ蓄積しておかないと。
私の場合、5歳までの、家系としてのベースが貧弱だったということ?
いや、それは99%の人たちに当てはまること。ならば学び続けるしかない。

   *  BE(なる)―DO(する)―HAVE(持つ)
<目標は、この3つのうち『持つ』の部分。スタイルが良くなりたい、恋人や
配偶者といい関係を持ちたい、あるいは百万ドルほしい、こういった目標は
どれも何かを『持ちたい』です。目標が決まると、次に、そのため何をなす
べきか、リストを決めまtす。問題は、スタイルが良くなる、金持ち、BEの状態
になること>
☆ 以前、<上手くいったから幸福になるのではなく、幸福であればこそ
 恐れることなく上手くやれる>という幸福論の一つの道理について触れた。
< BE(なる)の状態なればこそ、―DO(する)のプラス循環の結果、―HAVE
(持つ)になる>  6年前の大きな節目からこの方、見えたのが、マイナーの
人たちの視線。彼らは自らの傷口の膿を、他人の傷口に塗りつける自傷行為の
業の磁力が強い。マイナーのばい菌は、人に塗りつけると、他者のばい菌が、
当人の膿を更に濃厚にする。その毒のため、何人かが倒れていったような。 
自業自得、いや事業自毒。 これは私自身にも当てはまることだが。
 で、当時、直ぐに実行した手順が、2ランク上の習慣づけ。慣れてしまえば、
習慣自体は「第二の天性」となるはずだが… ただ淡々とコナシテいる。
ベストのことは、張りのある充実感と、毎日が兎に角、面白いこと。
 〈・BE=充実感のある日々 −> ・DO=生活習慣 −> ・HAVE=楽しみ〉
『こんな日々の何が楽しい?』かって。 『いいじゃないですか!これで…』
 「知らないバカ」と、「知ってるバカ」と、どちらがマシ?
「知ったかバカ」もいるが、「知ってるバカ」は、まだ、すくいがあるか?

・・・・・・
5574, 突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月19日(日)
    『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 自殺願望の八割が、いざとなると
 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択
したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死に
ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな
自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された
人間の最大の自由の行使になる。  〜その辺りから〜
≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。
 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、
生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される
そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の
処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望"
が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。
つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と
分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と
言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、
「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。
だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで
いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと
なのではないのでしょうか。≫
▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの
 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺
 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 
 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、
<死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ>
<遺伝子が私の身体を借りていただけ、それが無くなっても、数限りない
 遺伝子が、何処かの身体を通して生き延びる。「私」など他愛のない存在>
<充実した過去と現在を生きている(きた)なら、死など、恐れることはない>
<死んでしまえば、それまでよ。生きている内、できる内。>
<当人にとって、『死』は存在しない。死んだ瞬間、本人は存在しないのだから>
<宇宙の彼方から地球へ旅に来て、見るだけ見て、するだけして、帰っていく
 のが死である。> 
それにしても、辛いだろうに。

・・・・・・
5209,閑話小題 〜何気ない会話の中で
2015年06月19日(金)
   * 何気ない会話の中で
 先日、中学校の来週の同期会の幹事の打合せの会で、顔は何となく憶えて
いるが、話を1〜2度したかしないかの男が隣席に座って酒を酌み交わす
中で、私が、『以前も話をしたかもしれないが、たしか40年以上、消防隊員
になったと憶えているが・・ 』と語りかけると、次の言葉が返ってきた。
『自分は、当時の花の中卒で、地元の津上製作所に入社。同期の殆どが、
夜間高校に4年通い、高卒の資格をとって地方公務員に転職をしていった。
自分は消防署に勤め変え42年間、勤め上げた。』と、さらりと言った。
15歳で働きながら高校資格をとって地方公務員になり勤め上げるコース。
こういう人生もある。これまでの私の恵まれた?生活環境と、あまりに
掛離れた生活環境に、言葉が出なかった。地道だが、地に足のついた
恵まれた人生である。 問題は、自分の歩んできた人生を肯定できるか
どうか。消防士といえば、火事と救急救命の現場の仕事。そこでは、
様々な露出した人生模様が垣間見れる上、生き死にの瀬戸際に立ち合う。
小さな世界の安穏とした人生を根こそぎ否定してきたが、それも人生。
彼にとって、救急搬送と、消防は、生き死の境目の現場の仕事である。
何か世間とかに捉われていたのは、逆に自分ではないか? 日々、是、
目覚め。それぞれの人生を否定も、肯定もしてはならない!ということ。
数年後?には、私なりの結末(死)が待っている。 貴方もだが・・
 『ああ〜、面白かった!』と、心底から言えるかどうか。
そういえる背景には、いえるだけのエネルギー量が必要だが。
・・・・・・
4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18
2014年06月19日(木)
   * 衣料量販店のコツ
 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。
家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、
衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、
結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。
四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争
激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、
当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を
遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。
金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の
ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、
駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、
その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で
知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。
 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の
意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を
ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。
そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。
普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、
稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、
現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での
仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れの仕入れが終わった。
そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。
その時、思い浮かんだのが、父と中、高校時代に一緒にまわった記憶。
まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、
商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて
いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が
過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、
現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、
全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは
『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』
であった。これが、大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、
父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の
相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、
思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前
予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。
その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、
半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに
なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。
激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。
・・・・・・
4477, アベノミクスへの疑問
2013年06月19日(水)
 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ
取っていた。ここでバブル経済とは、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた
「文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ー
があった。ネットで調べたところ、これを簡略したブログの内容があった。
★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
              文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って
 一儲けしたい投機家ばかりだ。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな
 要因のうち、何一つコントロールできない。
◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復した
 わけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。
 (中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て
 資産が、国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、
  自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、
 ?「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 ?「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 
  しかし、この政策は完璧に破綻。
 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、
  全くのイリュージョン(妄想)で、「国際的に価格競争力を失ったのは
  円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、
 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に
 立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
 「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
 ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本に
 もたらし、その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関がプラス
 になるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると
 (5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、自殺、経営
 責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。そう遠くないある日、
 中国かアメリカの投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。
 参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。
・・・・・・
4103, 閑話小題 ースローヨガ
2012年6月19日(火)
   * スローヨガ
 スポーツジムで週二回ヨガに参加して三ヶ月間、殆んど休まず26回参加。
ところが一月程前からオウム教の元信者の逮捕が相次いでいる。オウムはヨガ
教室を隠れ蓑に信者を引き込んでいた。それ以来、ヨガ教室のイメージが悪く
なり何処もピンチに見舞われていたが、時間と共に愛好者も増えてきている。
私の参加しているのは50人定員で、平均40人位が参加している。
これだけの数がエアロビの教室内で一同に会して暗闇の中で、ヨガのポーズを
とっていると不思議な感覚になる。 ヨガは回数を重ねるごとに、その空気に
馴染んでくる上、終了前の10分位の間、仰向けで大の字になって意識を
身体から出すイメージを持つ時間が良い。マントラの音楽を聞きながら、
全身から力を抜いて宙游した気持ちが何時までも続いて欲しいと思ってしまう。
それを利用してマインドコントロールをしたのがオウム教。俗世の汚濁に戻り
たくなくなるのも分かる。 毎朝、自転車で信濃川の二つの大橋を一周する
のを習慣化して三年目になるが、ヨガの世界に似ている。大手大橋で弥彦山
から米山までの100キロ近い展望の中、引きチャリをしながら半眼で、深呼吸
をして「地球の中心点を擬人化したX」と対話を10分近くしている。
それが、ヨガの最後の仰向けの瞑想?と似た感覚である。 精神的・肉体的
にもベストの経験を、毎朝のポタリングと、週二回のヨガで体験している。
早朝の農作業も、似たような気持ちになるのだろう。「ヨガは肉体も精神も
宇宙の一部とみなし、同化させる業」というところからみて、当然のこと
だろう。魂が現れ出るということか。
  * 日本の初めての流行歌は?
 近代的な流行歌第一号は「宮さん宮さん」だそうだ。明治元年・一八六八年
三月に薩長土肥の官軍が錦の御旗を押し立てて、東海・東山両道から江戸に
向かって進撃する道々うたったもの。したがって日本軍歌の第一号でのある。 
現代の流行歌第一号は、大正三年、島村抱月の芸術座が帝劇で上演した『復活』
の劇中歌「カチューシャの唄」。松井須磨子が舞台でうたって大ヒット、
翌年レコードに吹き込んだ。女優松井須磨子はまた流行歌手の第一号でもある。
流行歌のスタンダード・ナンパーとして、現在も広く演奏され、うたわれている
「船頭小唄」は大正一〇年ごろからはやったが、歌の大ヒットに目をつけた
松竹が、当時新人女優の栗島すみ子で映画化し、これも大ヒットし「小唄映画」
と呼ばれる流行歌の映画化第一号となった。他にの説が多くあるが。


5938,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 〜8 

2017年06月18日(日)

   * 有機TVとは 
「究極の没入体験」の実現を目指したと、ソニーのうたい文句の
「有機TV」が発売された。早速、家電店の店頭でみてきたが、去年暮に
 発売された4kTVと少しだけ立体的だけで画質は大して変わりなかった。
  〜そもそも有機TVとは何ぞやを検索すると…
≪ 有機ELテレビとは、電圧をかけると発光する性質を持った材料を、
 ディスプレイに使ったテレビのことをいいます。この発光する材料には、
ジアミン、あんとらせんという有機物が使われているので、「有機EL」
という名前が付いていて、別名「有機エレクトロ・ルミネッセンス」とも
呼ばれています。 有機ELテレビで使われている有機物は、電圧をかける
と有機物そのものが発光するので、テレビのディスプレイを非常に、薄く
することができます。
従来の液晶テレビでは、画像を表示するディスプレイが前面にあり、
発光部分が後ろにあるバックライト方式のため、有機ELテレビのように
薄くするには、限界がありました。またプラズマテレビでも、ディスプレイの
後ろに放電スペースや、蛍光体を配置する必要があり、液晶テレビと同様に、
ある程度の厚みが必要になります。 しかし、有機ELテレビは、自発光の
ためバックライトや放電スペースが全く不要になるため、ディスプレイの
厚みを3〜4ミリ程度まで、薄くできるのです。
 その他にも、有機ELテレビには、
・コントラスト比が高く、画像がクリアで発色も良い
・応答速度が速いので、動画も滑らかに表示される
・消費電力が少ない
・プラスチックなどで、ディスプレイ本体を作ることができるので、
曲面で使用したり、折り曲げ可能なテレビやディスプレイもできる
などのメリットがあります。≫
≪ 今、有機ELと液晶を比較すると、有機ELは画質に優れ、超薄型の格好
 良さも魅力です。デメリットは、比較的高価で、画面サイズを含め、製品の
選択肢が少ないことです。一方、液晶は、家庭用テレビとして長い歴史があり、
絶対的な明るさ、価格や画面サイズを含めて自在に選べる製品の豊富さなど、
まだまだ魅力は多いものです。
・照明を充分暗くして映像美を優先するなら「有機EL」を、
・日中、直射日光が差し込むような明るいリビングなので明るく鮮明な映像を
 得たいなら「液晶」を選ぶと良いでしょう。
今後、有機ELは構造がシンプルなため、壁に貼り付けるような超薄型や、
さらなる低価格化が期待できます。一方の液晶も技術開発が進んでいて、
現行の有機ELを超えるコントラスト性能も視野に入ってきました。≫

▼ 評論家によると、コストなど考えると、現在は4kが買い時で、有機TVは、
 次の買いかえ時の7〜8年先辺りか。 ソニーの有機TVの謳い文句、
「究極の没入体験」。毎週、シネマ館まで、わざわざ行くのは、この没入体験
を味わうためだが、寝室に独り籠り、ドラマ、映画をみるのは、「没入体験」
を深めるためだったことになる。
 ところで、シャープが「8kなみの4kTV」となうったのを7月に売りだす…
<フルハイビジョンの4倍の解像度を持つ4K対応テレビ「アクオス」の新製品。
4Kパネルを使用しながら、4Kの4倍の画素数の「8K」に匹敵する超高画質が
特長。しかし80インチのみで値段が168万。>まだ尚早のようだ。
 追)「なにか、特に最近、内向きのテーマばかりだね」の声が聞こえて
きそうだが、実際、映像のバーチャル世界に没入すると、現実と、非現実の際
の面白い世界が出来上がり、そこにいることで、心を充実させる現実がある。
 これが21世紀? ISあり、北朝鮮の何あり、アメリカ孤立主義あり、中東
の欧州への大量避難民あり、新たなネット世界の構築あり… 大激動の波の
ウネリは、ますます大きくなっていく。

・・・・・・
5573,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月18日(土)
            『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 言葉のチカラが、心を救う
 言葉の力は絶大である。【心の傷を通して、あなたの優しさが沁みてくる】
死に直面したから、人と心の優しさを感受できるのである。死に対しても、
[正・中心・一点・無]に向合っていけば、無限の慈愛を得ることが出来る。
後ろ向きになるほど、恐怖心は大きく圧し掛かってくる。あの世に逝くのにも
力が必要のようだ。しかし、全身脱力で。
≪ 恐怖感が薄らいでくると、徐々に死の覚悟らしきものが見えてきました。
 それは友人たちをはじめとする多くの人の言葉に支えられた(ている)からでも
あります。濁流に呑み込まれそうな私を引き上げてくれ、どうかすると叫び
駆け出したくなるほどの際どい精神状態を、何とか押しとどめてくれました。
・「悪魔と取引してでも生きることを考えてみて」 友人。
・「父も間質性肺炎だったが苦しいのは最後の一週間。なら他の死も同じ」友人。
・「これからは、なるべく僕がそばにいて支えるようにします。それに小林さん
 からは、まだまだ吸収したいものがたくさんあるから、横で盗みたいんです」
                           知人の息子さん。
・「神社仏閣は、当時の陰陽師が決めたパワースポット、行けば落ち着きます」
 「我慢せず泣き喚いたほうが楽になる。私が手を貸しますから」ライフコーチ。
・「夕日の没れるが如し(万事休む時である)」鹿島神宮のおみくじ「凶」の言葉。
・「小林さんがどう死を達観しようが、僕はまだ認めないですから」大学の後輩。
・「大変なことがあると自分が大きく変われますよ」占い師。
・「ふるさとに行かれたことはとても良かうたですよ」占い師。
・「小林さんは新しいステージに立った。死を覚悟したから、生を大切に
  生きられます」占い師。
・「気持ちと、運気と、医療と、努力が整えば、より長く生きられます」占い師。
・「求めなさい、そうすれば必ず与えられます」教会の牧師。

・「笑えば必ず、病気は持ちこたえられます」ライフコーチ。
・「もう、ろくでないことなんか、なぁ〜も気にせんでよかと。たっぷり
 お金を用意して世界一周クルーズでも行ったらよか。ところで、死ぬにも
 お金がかかるけたい。あんた大丈夫?」博多の知人女性。
こういう言葉の全部が私を勇気づけ、奮い立たせ、「死の覚悟づくり」を
手助けてくれました。≫
▼ 父親は余命宣告どおり、一年で亡くなった。その間、自分の心と、母親を
 観察をしていたが、最愛の人とはいえ、あくまで他人事。その刹那さの一部も
引受けることなど出来はしない。そうと思わないと、精神のバランスを保てない。
子宮の管に巻かれ息苦しい苦痛の中から産まれ、最期も一人、管にまかれ七転
八倒の中で死んでいく。生まれるも一人、死ぬも一人である。最期の一週間は、
もう生きていたくなくなるほど、苦しめばよい。そう割切るしかない。
 元気な身体と、良好な精神状態で、出来る限り生きたいが、時期がきたら、
早々、逝くのも悪くない。40、50代で亡くなった人には、少し早めに逝かれたと
思っていたが、そうでもなかった? 当人にとって、丁度良かった? 
 偶然だが、で、以下に続く!
――――
5208,「自分」という言葉自体が「自然の分身」
2015年06月18日(木)
      『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 * 世界を通して私自身のことを学ばされる
    こだまでしょうか  〜金子みすず
< 「遊ぼう」っていうと    「遊ぼう」っていう。
  「ばか」っていうと     「ばか」っていう。
  「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
   そうして、あとで さみしくなって、
  「ごめんね」っていうと   「ごめんね」っていう。
  こだまでしょうか  > 
≪ 佐治:人間という生きものは何か?の答えは自分で考えていても
 何も出てこない。「自分を包括する宇宙を知ることで、人間というのが
 見えてくる。 私たちは自分の顔を自分で見ることはできません。
 相手の顔は見えるけれど、自分の顔は鏡に映しても左右反対ですし、
 小さい粒子の集合体である写真がそのまま自分の顔だともいえない。
 だからあえていえば、私の表情は、あなたの表情のなかに見るしかない、
 ということになりますね。あなたの表情を見て、私の表情を推測している。
堤:相手がいてこそ、自分のことがわかる。鏡なんですね.
佐治:そこに宇宙の研究の目的があるというわけですね。繰り返しますが、
 自分のごとを知るためには、自分を包括している宇宙のことを知ること。
 それによって自分が見えてくる。それが宇宙研究の目的です。
堤:私は昔あたまでっかちな理想に燃えていて、国連で働いていたころは、
 いろいうな悪いものを排除したり、世界を転換させなければ平和はこない
 と思いこんでいました。でもジャーナリストになり、取材していくと、
 二人の人のなかにも善と悪が同じくらいあって、一つの国のなかにも
 善と悪があることに気づかされた。広く世界を見ようとするほどに、結局
 自分自身と向きあわされる。世界を通してじつは私自身のことを学ばされる。
佐治:当然ですね。それを数学の言葉でいうと、フラクタル(どんな微小な
 部分をとっても全体に相似している)構造だということになるのでしょうね。
 全体のものは自分という部分にすべて投影されているということ。世界って
 そういうふうにできているわけです。そうでなければ世界というのは物理的に
 存在しえない。木の全体像を考えれば、全部、Y字形の枝の分岐でできているで
 しょう。その分岐の仕方によって松の木になったり桜の木になったりしている。
 木をよく見ると、全体もY字形になっているし、枝も葉っぱもY字形になっている。
 つまり、全体というのは、部分のなかに投影されているというのが、数学的に
 見た世界像です。全体を見ることによって、自分がわかるということですね。≫
▼ 心の合せ鏡を持つ必要性をいっている。世界を、宇宙を合せ鏡にして、己を
 知ることだ。逆に、己を合せ鏡にして世界を見ると、歪んだ小さな自分の分が
 見えてくる。「こだまでしょうか」の、幼児の問いかけが、そうである。
 内語で、さて「遊ぼうか」と問いかけ、そう「遊ぼうか」と。
「今日は、寝てようか」といえば、「そうだ、寝てよう」と。
「俺って馬鹿か」というと、「つくづく俺って馬鹿だ」と返ってくる。
「これで良かったのかな」といえば、「今さら、仕方がない」と、ブツブツ。
・・・・・・
4843,「事業人生を決心して45年」の語り直しー17
2014年06月18日(水)
   * 二店を、経営委託に! そして、実家に
『出たいというなら、出ていけばよい!』と、私も、母と兄の意見も同じ
だったが、それでも妥協策を探したが、 事態は深刻になっていた。そして、
母、姉、兄と、私が最後の話合いをしたが、姉は頑なに出ていく、という。
姉夫婦が最後は折れてくると思っていたことを、しばらく後に、姉夫婦と行動を
伴にした社員が、「どの道、直ぐに必ず帰ってくる」と、話していたことから知る。 
姉夫婦のピークは、僅か二年で終わった! Uターンが決まると、問題は、
開店したばかりの二店の問題。そこは大手チェーン店の利点が出てくる。
養老乃滝も、ベーカリーも、「金が無いが独立した店舗運営の希望者」は
幾らもいる筈。そこで、まず、蝶理のベーカリーの担当に、「二店で80万で
経営受託する人がいないですか?」とぶつけた。すると、「自分が間接的だが
受託する!」と、話は簡単に決まった。彼が受けなくとも、両方の本部は、
希望者を直ぐに探し出した筈だが。私には渡りに舟。その後、二年もしない内に、
他の空きスペースが埋まって、ビル経営としては上出来の結果となって、五千万
投資の貸ビルが、年の家賃が千七百万までになっていた。 その五年後には、
銀行を通して一億で売り抜けた。ビル経営の視点でも、この事態がプラスに働いた。 
そして、九月初旬に千葉から長岡に戻ってきた。まず、実兄と「本店か、支店か、
どっちを受け持つ」かと、相談すると、兄が「自分は、そのまま支店を、本店を
御前に任せる」という。 本来は、兄が本店に乗り込むのが筋だが、本店に自ら
乗り込むのは気が引けたようだ。入って直ぐに尻込みをするのが分った。
そこは既存社員の冷やかな空気が色濃く残っていた。さっそく、一人ずつ、
別室に呼び出しての話合いからの出発。そこに、私への不信感が大きく根付いて
いることを知る。彼らには、私は悪役の張本人。それでも残ってくれただけで、
充分であった。 さて、どれから手をつけるかである。
 地元銀行の北銀と大光相互は、義兄に感化され、倒産寸前と判断していた中、
メインを北銀から、当時の都銀の「太陽銀行」に変更。これは、私と実兄の仲人
をした営業担当で、この一連で相談にのってもらった因縁から。会計事務所も、
税理事務所から、会計事務所に変更。実感は、生まれ育った商家の真っ只中に、
20年ぶりに落下傘で舞い降りたような不思議な感覚。 数ヶ月もしないうち、
全てが面白くなり、水を得た魚のようになっていた。そこは10歳まで生活を
していた生家。火がつくのは当然といえば当然。4年半後、役割が終えての
自らの総括は、達成感では、120点。 ジャスコ、千葉、長岡、新潟も、
「引き(時)」であった。(新潟は、最後の最後で、引きが、遅かった?)
・・・・・・
4476, 閑話小題 ーオノマトペ
2013年06月18日(火)
 6月11日のNHKの情報番組「クローズアップ現代」で、「にっこり」「ドキッ」
などのオノマトペの魅力を取り上げていた。擬声、擬音語には、その背後の豊か
な情報を伝達する力があるという。 ーNHKのHPによるとー
≪ 「ぐにゃり」に「ほっこり」。「ぱみゅぱみゅ」に「じぇじぇじぇ」。
 今、私たちの身の回りでオノマトぺ=擬音語、擬態語が急速に増えている。 
  放送では、
* トップスポーツの現場から。「“べちょべちょ”」「“ぬめぬめ”」
* 新製品の開発を模索する企業でも。「“ガシガシ”」
* ロボットの人工知能の研究現場まで、“どどどどっ”
 と熱い視線を集めているのです。人を引き付ける理由は、オノマトペが
持つ音の爆弾とも言われる、“ドキッ”とする力。オノマトペは、普通の言葉
とは比べものにならない豊かな情報量を持っていることが明らかになった。
言語学者は、「普通の言語では、そぎ落されてしまったものが全部、オノマトペ
の中に引きずり込まれて凝縮する。」 大手コンビニチェーン 広報
「“もちっと”ホットケーキや、“もちもち”くるみパンが、人気があります。」
商品名に、“もちもち”と付けると、売り上げが5倍に増える。そんな都市伝説
のようなうわさが、駆け巡っているという。大手コンビニチェーンの広報では、
「“ふんわり”とか、“サクッ”としていない商品は、比較的“もちっと”。」
おいしいを感じる言葉のアンケート調査でも、“もちもち”や、“もっちり”
がどんどん急上昇する一方で、“コシのある”や“舌ざわりのよい”は、
“ひゅるひゅるっと”急降下。短く直感的に伝わるオノマトぺがランキングを
席けん。オノマトペは、“パキッと”堅いイメージのある国会でも増殖・・ ≫
▼ 小泉元首相が、一言コメントで、国民の‘考えない層’の取り込みで世論を
 巧く誘導したが、「一言実感売り手コメント」とも言える。ツイッターの発信は、
現場感覚のオノマトペのようなもの。スマートフォン、タブレットの情報端末も、
現場感覚のオノマトペを親しみやすくしている。早朝の信濃川の土手の、ある場所
で「あ〜あ、清清するな!」と独り呟いているが、これも、それか。 変わった
スナックの名前に、‘ひとり静か’‘それから’‘そこ’‘どん底’などあるが、
オノマトペのニュアンスの店名が増えてくるだろう。で、「面白スナック名」と
検索したら、「まぬけ」「あくびちゃん」「夜光虫」「団地妻」「メロメロ」
「あんたが大統領」「スナックとしま」(池袋にある)「いい娘(こ)銀行」
「居酒屋どんぶり勘定」。 そこで考えついた面白いスナック名・・
{化け猫、寄生虫、からおけ音痴、娑婆娑婆、ここそこあそこ、ノミスケべイ}。
とっておきは、「ま、いいか!」以前、新潟駅前にあった? 
「へっくしょん」「ずぼずぼ」「プッツン」も? 
・・・・・・
4102、私は完全な本 "日本の自殺"ー6を作った
2012年6月18日(月)
  * 危機は日本人の内部にある
 日本人内部の危機は、敗戦後のアメリカによる日本隷属化政策によって
つくられた精神が生み出したもの。戦後民主主義は自由、民主、平等主義の
上面だけを咀嚼した代物。そのため、時間と共に矛盾が大きく出ているのである。
バブル崩壊、9・11テロ、9・15のリーマンショック、そして東北大震災
の影響をモロに受けてしまった日本は、ここで大きな試練に立たされている。
そして、世界恐慌に入ろうとしている現在、更なる崩壊が進んでいる。
【 ローマ帝国に関して言えば、社会内部からの自壊は、
 ◎世界国家の心臓部の繁栄 ↓ ◎豊かさの代償としての放縦と堕落 ↓
 ◎共同体の崩壊と大衆社会化状況の出現 ↓
 ◎「パンとサーカス」という「シビル・ミニマム」 ↓ 
 ◎増大する福祉コストとインフレとローマ市民の活力の喪失 ↓
 ◎エゴと悪平等主義の氾濫 ↓ ◎社会解体 というプロセスで進行した。
この自壊のプロセスは驚くほど現在の日本(1975年当時)の社会過程と類似
している。日本の没落の危険は資源問題や輸出市場などの客観的、外部的、物質的
制約条件のなかに存するのではなく、日本社会の内部的、主体的、精神的、社会的
条件のなかにこそひそんでいるのである。没落の真の危険は、日本人がこの危機や
試練を正確に認識する能力を失いつつあることのなかに、この危機や試練に挑戦
しようという創造性と建設的思考を衰弱させつつあることのなかに、日本人が
部分を見て全体をみることができなくなり、短期のことしか考えず、長期の未来を
考えることができなくなり、エゴと放縦と全体主義の蔓延のなかに自壊していく
危険のなかに、存するというべきなのである。豊かさも便利さも、そして情報化、
都市化、大衆化、福祉、自由、民主主義、平和なども、現代文明が高く掲げて
きたプラスの諸価値を含んでいたが、人間社会の出来事になんらのマイナスを
伴わない絶対的プラスは存在しえない。自然科学と同様である。節度を越え、
調和を喪失したとき、それは突如としてマイナスに変わる。それは、資源問題、
公害問題を通じて少しずつ理解されている。豊かさ、福祉、自由、平和、平等など
に実は恐るべきマイナスの副作用が現れることについて、自覚を欠くとき、福祉
国家は人間と社会を堕落させ、自由は無秩序と放縦に転化し、民主主義は全体主義
と衆愚社会をもたらすであろう。没落の原因は、外的要因ではなく、むしろ内的
要因にあることを繰り返し述べている。外的要因については、それをはっきりと
捉えることができるので、意思さえあれば対処可能なのかも知れないが、内的要因
については、まずもって自覚できない、このため要因をはっきりと捉えることが
できない、そのため対処することが非常に難しい、ということなのか。】
▼ ローマ帝国の自壊は、37年前の日本というより現在の日本の自壊の姿。
 ここで、「この問題は決して克服できない問題でない」とあるが、結果として
果たして克服してきたか疑問である。問題は、ここに書いてあるとおり
「日本人がこの危機や試練を正確に認識する能力を失いつつある」ことである。
その上にグローバル化による価値観の多様化もある。
日本の自滅は文明の自滅でもある。 


5937,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −7

2017年06月17日(土)

   * いま話題の「2k、4k、8kTV」とは何?
 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。
その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、
視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し
てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して
デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。
 〜ネット検索で調べると〜
≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、
 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目
されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ
ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと
呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる
8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に
あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。
フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること
ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても
液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が
あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫
 ―
▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、
 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の
TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。
同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」
と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、
これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで
関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、
今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか
などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、
納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。
8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」
が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に… 

――――
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。  

――――
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。

ー―――
5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4
2017年03月06日(月)
   * 世界の絶景をドローンで空撮
 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿
した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、
節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。
 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ
をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面
をタブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。
その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた
星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの
空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。
  〜2人のネット記事から〜 
【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。
 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、
これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン
だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。
「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。
世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の
写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が
近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。
それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」
いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん
が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ
2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を
のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した
映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、
BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。
  ● 2人が旅から得たものは?
 ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。
例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略)
上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、
すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。
パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて
いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない
とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」
 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験
だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。
千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を
していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している
映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、
『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。
 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示
している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の
オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、
最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、
「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。

▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の
 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。
この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの
進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代
からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ
があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の
受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。
〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。

ー―――
5835,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −5
2017年03月07日(火)    
     < 体感!グレートネイチャー!「奇跡のビッグウェーブを追え!
           〜アメリカ ハワイ〜」(BSプレミアム)2月25日21:00
  * ビックウェーブのド迫力
 映し出される映像の圧倒的迫力に魅入って自分に、「いい歳をして、何を
しているのか?」の内なる言葉は軽く打ち砕かれる。ムササビスーツを着て、
頭の先にビデオカメラを装着してムササビのように滑空する録画や、大津波で
流される街の衝撃的映像を見るにつけ、魔物に憑かれたように冷静に見ている
自分に驚かされること屡々である。
 大空に展開されるオーロラや、アフリカのサバンナの野生動物の生死をかけて
生きる姿は、現地でないと分からない。 が、現在のデジタル技術は、それを
カバーするところがある。その一つが高さ20mのハワイの巨大サーフィン! 
色々な撮影手法で迫力ある波間の一瞬を映しだす。ハワイには、様ざまな要素
が重ねって神秘的な大波が打ち寄せる!
  〜NHKの説明では〜    
≪・ハワイ・オアフ島ノースショア。真冬になると巨大波が押し寄せる海岸線。
 20mもの波はエメラルド色の分厚い壁。重低音を響かせて白砂のビーチで
砕け散る。取材班は熟練のサーファーとともに、巨大波を追跡。目の当たりに
したのは高さ15m、5階建てのビルに匹敵する巨大な波。キラキラと輝きながら
刻々と形を変え、まるで生きたガラス彫刻のようにうごめく。 
 波の先端が丸まって円柱型のトンネルが形作られる「パイプライン」。
その内側の世界を熟練サーファーに取り付けた小型カメラで写し取る。
・なぜノースショアには大きな波が到来するのか?ハワイ諸島の空と海を縦横
無尽に探索し、たどり着いたのはホットスポット型噴火によって点々と並んだ
ハワイ4島の絶妙な位置関係。日本の嵐に端を発した波が、巨大波となって
たどり着く奇跡的なメカニズムだった。今までのグレートネイチャーとは一線
を画す、清涼感あふれるエンターテインメント大作。巨大波が放つ圧倒的な
自然美をたっぷりと体感する。≫
――
▼ サーフィンに魅入られ移住してきた父親と息子。父がパイプラインの中を
 サーフィンする一瞬を撮影する。本人の頭にはカメラがある。その迫力ある
映像の世界は見ている者にも共同体験の錯覚をもたらす。去年あたりから、
メガネ型動画プレイヤー が家電店頭に並ぶようになったが、これが次世代の
バーチャルの世界? あと10年、生きたくなってきたが… 3年間に圧縮可能?
 もっとも、今どきのハリウッド映画の世界は、バーチャルそのもの。
「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅言葉が
あるが、毎週、異次元世界を見ているのに、今さら何を? 
 …で、次は「パンプローナの牛追い祭」 その次は、「リオのカーニバル」
「イグアスの滝」「グトルフォスの滝」「イスラエル巡礼の旅」。 …行って
見てないが、「メッカ巡礼」の集団礼拝が面白そう。 
  <行ったつもりの世界異境の旅>のテーマがコンセプト?

――――
5837,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −6
2017年03月09日(木)
   *「感激・感動・感謝」は一つの能力?
 最近、考えたことは、<「感激・感動・感謝」は、至高体験などの積み重ねで
つくられる‘能力’ではないか>という内なる問いかけ。感情の豊かさとは触媒に
より立ち起ったこれらの感情の蓄積で培われた情念の質量ではないかと。
 恋愛感情も、そうかもしれない。 毎日、飽きずにTVをみて、読書をして、
ネットサーフィンをし、毎週、シネマ館の映像に感激、感動する。これも知らず
と感情を豊かにしているのでは?…と。今ではWowowなどで映画が無尽蔵に流され、
知らぬ間に大きく影響を受けてしまう。しかし、あくまで受動態でしかない…
 人生を、この3つの感情の視点で振り返ると、如何に多く至ったことか。
どの場面で、それに至ったか? そこに、人生の秘儀があったような。汗と涙が、
そこにあった。これに至る前には、まずは「驚き」がある。いや、この感情の後
にもある? その結果、「これは何だろうという問いが立つ」ことになる。 
触媒により「感激・感動・感謝」の激情が立り上り、触媒に対する「問い」の
積み重ねが、人生を前向きにし、豊かにする。それが18歳までに作られた壁に
気づき、乗越える原動力になっていく。 その壁の厚さの程度が「世間人指数」
の高い人。日常に圧し潰され、常識をそのまま信じて、疑いもせず一生を終える。
これを壊すのは、「感激・感謝・感謝」の積重ね。 これが脳をクリアーにして、
「バカの壁」の存在に気づく切っ掛けとなる。今では、TV画面を通しての触媒が
中心だが、それでも探しただけ、無尽蔵に『本当かよ!』が現れ出てくる。
 この程度でも… まだまだ日々が面白い。明日のシネマ館は何をみるか? 
カミさんは数日前に??で「○○ショー」で、私は寝室でTV…。家庭内格差は
広がるばかり。「山は向こうから来ない、歩いていくしかない」のは分かって
いるが、腰痛持ちの身の私は… ああそう、長年かけた4k8k並みの「感激・感動
・感謝」の受信脳力がある。で、寝室で寂しくTV三昧。
迷う家内に、『直ぐ泣くときが来る。したいうち、出来るうち、今のうち』
と励ましている。 50歳代に「可能の限り、していて良かった」と実感する。


5936,閑話小題 〜巨人軍のドタバタ

2017年06月16日(金)

   * これだから野球は面白い
 大補強をした高橋・巨人軍が交流戦で13連敗をして最下位に。
先制点を取られた試合では19連敗というから… 原監督に引き続き、
巨人の生え抜き選手上がりの監督だが、巨人以外の世界を知らないという
大きなハンディキャップを背負い、次々と高値の選手の補強をされるほど、
既存選手は、「箪笥の肥やし」状態になり、カビがはいて当然のこと。
それも補強選手は、監督より実績があり、外の世界を熟知してことを、当人も
知っている。球団社長とGMに責任を押し付け、首のスゲ替えをしたが、真の
戦犯は「渡辺恒雄」。 じゃあ、誰が? というと、桑田か、江川元投手。
はたまた、辞めたばかりだった中畑。としても、あの実質オーナーの下では、
果たして実力が発揮できたかどうか。
 次期監督に松井秀喜の名が出ているが、国民栄誉賞を頂いた身では、
汚れ役の巨人監督は相応しくない。 プロ野球業界として俯瞰すれば、
「これだけの大型補強をした結果、純粋培養のエリートコースを歩んできた
監督の苦悩する姿がドラマ仕立てで、これはこれで物語として面白い」。
   
   * これでは「暴力団」は壊滅するわ
「共謀罪」法が15日に成立した。政府は「テロなどの組織犯罪対策に必要」
と説明してきたが、疑問や警察による乱用を危ぶむ声は根強い。それでも
「暴対法」で、弱体化した暴力団にとって、これは致命傷になる。
地元・繁華街の暴力団事務所も「暴対法」の締め付けで、数年前に消滅ていた。
先週の日曜日の「たけしの番組」で、元暴力団組長が、暴力団組員の窮状を
訴えていた。 二つの暴力団事務所のある繁華街で30年間、ホテル経営して
いたこともあり、その辺りの盛衰を目の当たりにしてきた。 これで、
「殺さず生かさずの政策」から、抹殺に大転換。表舞台から、裏世界に追い
やることになった。不穏な北朝鮮情勢とか、オリンピック開催のためには、
必要悪なのだろうが… 

・・・・・・
5571,閑話小題 〜せこいのは、日本の民度
2016年06月16日(木)
   * せこいのは、日本の民度
 舛添要一都知事が辞任を表明した。石原慎太郎なら小説の印税が入るため、
これほど、せこいことをする必要もない。二度の離婚で蓄えが少ないこともある。
『都知事がファーストクラスに乗って何が悪い。ビジネスか、エコノミーに乗れ
というのか! ホテルも最高級で何が悪い。安全上もある。休日の公用車の使用
も、警備上、必要だから乗っている。何をいうか!』で終わり。マスコミも、
こういう弁の立つ人間には何も言えない。それにしても、日本のマスコミも、
一般人の民度があまりに低い。それなりの激務の仕事をしているのだから、
公私混同の灰色ゾーンもあって然るべき。誰も、こういう意見が言えないのが、
島国根性。つまらない国に陥ってしまった。敗戦国家の日本の末路現象とは、
こういうこと。とはいえ、せこいのは間違いないが。金がないと、政治家に
なる資格が無いということか。金欠としても、やり過ぎ。権力は人柄を変える。

   * ISのアメリカ国内テロ
 以前にボストンマラソンであったアメリカ国内のISテロが再び起った。
今度はゲイの集まる会場が狙われたところが、アメリカ的。 最初の標的が
ディズニーランドという。 恐ろしいのは、犯人が、ごく普通のイスラム教徒で、
当初は過激思想の持ち主でなかったこと。ネットによるISの洗脳である。
人の心の内は、規制できないため取締りも難しい。一強多弱の格差が続く限り、
テロは延々と続く。イスラム対キリスト教の原理主義者の構図だけでなく、
中国やロシアなどの多民族国家の虐げられている民族のテロに蔓延していく
ため始末が悪い。
・・・・・・
5206,昨日の朝みた夢の「夕陽の美しさ」
2015年06月16日(火)
  * こんな美しい情景をみたのは初めて
 昨日の朝みた、夢の中の「海に沈む夕景の美しさ」には驚いた。
右手の海に、まさに沈まんとするオレンジ色と、赤と、紫と、金色が混合して
縦に紫色の海に突き刺さった光景に、我を忘れ魅入ってしまった。近くから
『ここで日没を多くみてきたが、こんなのは初めてだ!』というため息交じり
の声が聞こえてきた。で、その直後に目覚めたが、その感動の光景はクッキリ
と残っていた。画家は、こういう夢を多くみるのだろう。それにしても、脳は
凄い画家としての創作能力があるもの。お近くなってきた?
現実に、このような日没を感動してみてたから、脳が創作をしたのだろう。
ケニアのサバンナ、ギリシャのエーゲ海の夕景、坂出の瀬戸内海の夕陽、
カトマンズの郊外の夕景、シリアのパルミラ遺跡の近くの高台からみた日没。
http://blogs.yahoo.co.jp/horii862000/archive/2015/6/15
そういう視点で思い出したら、あるある、いくらでも。それぞれのTPOSの背景が、
その夕映えをクローズアップする。夕映えといえば、新潟で事業を立ち上げた
頃、高速道路の延長線の東バイパスからみた紫に染まった雲と、夕景が
これまで見たことがない息を呑むもの。たしか、連れの人が、誰かに、
『この光景を見れただけでも、新潟に移住してきた価値がある!と、脳から
言葉が湧き出てきた』と、酒席で話しているのが聞こえてきた。
   * 「折々のことば」(鷲田清一) 〜朝日新聞一面より
 〜人類学者は「ヴュジャデ」を通じてひらめきを求める。(トム・ケリー)〜
《 はじめて見るのに、かってどこかで見たことがあるように思うのがデジャヴュ
(既視感)。 ヴュジャデはその逆で、見なれたものをまるではじめて見るかの
ように見ること(未視感)。 駄洒落(だじゃれ)である。偉大な発見はたいてい、
ありふれたものを新しい目で見るところから生まれる。 米国の経営者による
「イノベーションの達人!」(J・リットマンとの共著、鈴木主税訳)から。》
▼ 「既視感」に対し、「未視感」は、いいえて妙である。このところ、自分を、
 「未視感」で改めてみている。また、過っての旅行先をネットサーフィンで、
他人目線の写真をみるのも「未視感」になる。 毎日、御対面する、自分の十数年
分の文章も、そうである。
・・・・・・
4841,「事業人生を決心して45年」の語り直しー15
2014年06月16日(月)
  * 40年前の御家騒動の顛末
 父は全てを知って、自分亡き後は、
<私と、実兄と、姉夫婦が、平等の立場で闘え!>と、条件を整えてくれた。
当時の姉夫婦との経験差が歴然としていることを憂慮、姉夫婦にハンデを与える
ため、生前贈与をしてくれていた。姉夫婦にとって、二人分の権利をアテにして
いたが、姉一人分だけだった。それが大きは不満だったのを見てとった。
父にしてみれば、年に当時の、一千万近い社交費を数年来、使っていた姉夫婦に
怒りが蓄積をしていた。 父は親戚など幾つかの遺産争いの仲介を頼まれ、
その実態を熟知しており、生前贈与をすることで、姉夫婦の独占を防いでくれた。
 私には『これは御前の為!』と、こっそり教えていた。『専務は補佐としての
運営能力があるが、経営能力はない!』とも。それに私は、『以前から商売の本質
が解ってないことを、自分も見抜いていた!』と、答えていた。
争いが起きた時点で、ジャスコ、いとはん、の勤務と、千城台ビルと、養老乃滝と
ベーカリーの立上げを含めた6年で、創業のベース(無心で全てのエネルギーを
計画に叩きつけるベース)が出来始めていた。さらに、目標に対する自己能力の
限界の設定と、不足部分の見極めと、その補充手順を身に付けていた。更に、
それを楽しむことも。 「いとはん」でドルショック、「千葉の千城台」で
石油ショックを経験。震災クラスの歴史的事件が長期投資には、必ず起こる前提
で計画をたてておく必要性を肌で感じ取っていた。そのため長期投資のビル建設
では、「建物は売り前提に、(建設単価が高くても)買い手の用途変更を前提に
した設計をすべく、柱を壁側に置くか、極力少ない、スケルトン可能な鉄骨鉄筋
にすべし」が、父の極意。 これを書いて気づいたのが、千城台ビルは父が私を
通して造った最後の仕事だったこと。父は、太平洋戦争で長岡空襲(ブラック
スワン)で、ほぼ全ての財産を失った経験から、常に時代の激変を前提に計画を
立ることを知っていた。それがスケルトン可能なビルの設計と、建設になっていた。
それもあって、三年前の物件など、手がけたビルは、売りに出すと即売になった。
それもこれも、父の魂が宿っていたからである。それでも三羽のスワンの到来で
一瞬のうちに飲まれたのだから、諦めもつくというもの。この先、スワンが何羽
も先に控えての『東京オリンピック』。 幸あれ!である。
主要各国は、それを知って、何処も手を上げなかった中での、これ。 
絶対的ミスを、石原、阿部コンビがしてしまった。
 話を戻すと、次は実兄と義兄の衝突!それも姉夫婦にとって計算の上!
が見て取れた。 その渦中、急遽、母親から長岡に呼び出される。
『私の持分の株式と、本店の私名義の不動産を私に譲れ! その見返りに、
千城台ビルと新潟駅前の更地を与える』と・・ 何の事か直ぐに理解で
きなかったが、姉夫婦の次の戦術に母が乗せられたことを悟る。
戦中戦後と父親と苦労を共にした母が身を引けというし、悪くない条件。 
その場で即断。直後に、名義変更になった。が、それでは話が収まらない。
・・・・・・
4474,最悪の結果に隠された、お宝は?  ー2
2013年06月16日(日)
  * 「時代と事業からの引き時のサインと、決断!」が、奥の正体
 先回、「最悪の結果云々」と書いたが、私の人生から見れば、最善の結果とも
解釈出来る。まる三十年の最終日の記念日に、偶然としても事業を終え、一年も
しないうちに六つの抵当物件が売れ、金融負債以外は、ほぼ負債ゼロ。 
「早々に隠遁の生活に入り、老いと死に準備に本気に入るように!」と、
65歳を区切りにするため三羽の黒鳥を遣わせた。これが人生から私への贈物。 
勝手に隠れたお宝の正体と正当化と見てとれるが・・
 創業時点から(万一を考えて)親戚や家族には一切、事業には入れなかった。
長期装置産業のため、大きな変動を幾つか乗り越えなければならない。
そこに、家族を入れると共倒れのリスクが出る。その時が身の引時と思っていた。 
結果として順調の状態で息子に事業継続するより、この方が良かった。
(そう思うしかないが) 私の知人や周辺を見ていて、思うことは、
「世界も、身近の事業環境が激変をしている。無理と思ったら、早々に事業継続
の断念をすべき」ということ。私の場合、事業整理には五千万を要して、何とか
清算?に近い状況だった。 この激変の正体は、20世紀前半の第一次世界大戦
から世界恐慌を経て第二次大戦に渡る30年以上の混沌に匹敵するか、
それ以上の歴史的スケールの変動で、あと20年は続くとみてよい。
 今度の件の結果に隠されたサインとは、《 現在は歴史的激変の真只中にあり、
日本は世界に先立った変動の事態にある。これから世界が激動に入りつつある。
それもあって中途半端な規模では事業は成り立たないことに早く気づくこと。》
それと機をいつにして、私自身がリタイアの年齢になった。
「時代と事業からの引き時のサインと、決断!」が、お宝の正体。
 この一連の中で感じたことは、「日本の危機感が少なすぎる」こと。
裏山の天辺から、外海と内海への津波を見ている気分。裏山に避難した私を、
多くの人が笑ってる姿が見えてくる。その彼らに政府が泡踊りを勧めている
のだから、これエログロ。
・・・・・・
4100, ポジティブとネガティブの黄金比率、3:1
2012年6月16日(土)
 アマゾン内のネットサーフィンをしていたら、
「ポジティブとネガティブの黄金比率、3:1」という言葉が目に入ってきた。
一般的には2:1だそうだが、ポジティブであろうと意識することで3:1に
引き上げることが出来るという。 不自然に4:1、 5:1に引き上げようと
する無理が出る。マイナス部分から目をそむけることになる。「ポジティブ」
という概念は、精神論で語られることが多かったが、21世紀の心理学と言われ
欧米では教育界、ビジネス界などでもその成果が応用されている。
100%のポジティブを求めるのではなく、ネガティブを3:1の比率で最初
から割り切ってしまうのも良い。秘境ツアーなどに参加すると、旅行中に
一通りのトラブルを経験する。それも慣れてくると起きて当然と割切りが出来る。
僻地という圧縮された時空で日常には無いトラブルに遭遇する機会が多くなる。
しかし、それさえ楽しむ心構えが経験の積みから、自然と出来てくる。
そして、その数倍の感動の場面に出会うことになる。旅行もネガティブの比率
を経験を重ねることで四分の一にすることが可能になるということ。
最初の数回はネガティブな方に気持ちが動くが、慣れてくると、ポジティブに
気持ちを集中できるようになる。 人生も似たようなもの。私の見立てでは
八割の人はネガティブ感情に支配されていて人生全体を暗く平凡にしている。
少しの訓練と習慣で変えることが出来ることを知らない。 人間に宗教が必要
なのは、神を信じることでネガティブな感情をポジティブな感情に押し上げる
効果があるからである。 日本では中村天風の教えがある。
「積極一貫」を常に心がけ、肯定的言語を意識的に使うことで己を御す教え。
それと呼吸法と瞑想を取り入れてあり、なかなか奥行が深い。
最近、心掛けていることは、マイナスの言葉が出たときに、意識してプラス
用語を使うようにしている。オウゴン比率3:1は、頭に浮かぶ内語にも、
映画、本、行動選択にも当てはまる。暗いより明るい気持ちでいた方が良い。
 ・・・・・・・
3734, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜?
2011年06月16日(木)
        『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
【 * 人生は「自己中心」の法則が握っている
 私が部屋に入っていくと、そこにいる人は私が来たのが感じでわかると
言うのを聞くと、私は今でも驚く。それは彼らの認識だ。だが私にとっても、
その部屋、その領域は自分のものであって、自分はその中心にいる。
私にとって、宇宙のすべてのものは自分からはじまる。これを「自己中心」
の法則と呼ぼう。この法則はあなたにも当てはまる。これは子供じみた見方では
ないだろうか。幼稚な性格を暴露しているのではないだろうか。こういう自己
中心的な見方で世界を見るのは、子供だけだからだ。だが、私は自分の幼稚な
世界観を大切にしている。私はセラピストが要求する大人らしさと戦う。
成熟と死は、似た者同士だ。私は精神科学者の冷淡で断定的な見方に抵抗する。
彼らは私たちにレッテルを張るが理解はせず、私たちを分析するが愛さず、
私たちに関して黒か白かと割り切った冷淡なレポートを書くことはできるが、
私たちの喜びや愛情、悲しみなどの感情について、そして自分自身の感情に
ついてはたった数行すらも書くことはできないのだ。 私は絶対に大人に
ならないことを誓う。子供らしい見方を絶対に失わないこと、喜びを感じる
子供の部分を絶対に捨てないと、子供のすばらしい自発性、魔法のような
創造性、純真な心を絶対に投げ捨てないことを誓う。私は自分のなかの
子供らしさの最後のかけらにしがみつきながら(死ぬことがあるなら)死んで
いくだろう。子供の持つ畏怖の念と純真さがあってはじめて、死を体験する
ことができると思うからだ。 空の星を見てごらんなさい。
三百六十度、ぐるりと回って眺めてごらんなさい。 あなたは宇宙の中心に
いるのではないだろうか。部屋のなかにあるものを見てごらんなさい。
あなたが回転すれば、あなたから見て、部屋のなかのものもあなたを軸として
ぐるりと回転しているではないか。それを認めなさい。あなたはあなたという
宇宙の中心にいるのではないか。もしわれこそ自分の宇宙の中心を占める王様
だと思わなければ、他の誰かか他の力がその場所を占めることになる。
他人が自分の中心を占めているということは、自分が他人にそうすることを
許可しているからに他ならない。だが、すでに学んだとおり、他の人や力を
そこに置いているのは「自分の力」だ。王位に就かせたり、宇宙の中心に
置いたりする力を自分が持っているならば、私たちは自分自身にもっと敬意を
払うべきではないだろうか。 これについて、さらによく考えてみよう。
私の許可なくしては、どんな人もどんなカも私の宇宙の中心部を奪い取る
ことはできない。だとすると、許可という言葉は、力を意味する言葉になる。
私はどんな人でも私の中心を占める許可を与える。私は自分の宇宙の中心を
占める許可を自分自身に与える。あなたに、私の師に、神に与える。
だが、許可を与えるのは私自身だ。】
▼ 仏教的教えが建前上、根づいている日本で、ー人生は「自己中心」
 の法則が握っているー などという本音はなかなか書けない。
最近になって、遺伝子学者ドーソンが、「すべての動植物の遺伝子には、
遺伝子自身の繁栄を優先するような メッセージが組み込まれている」という
‘「個の利己主義」「種の利己主義」=「遺伝子自身の利己主義」’の研究
発表をした。だから自己御都合主義が良いと言っているわけでない。
それが、生物、人間の原点であり、社会は、それで成り立っている前提を
認めるべし、ということ。そのエゴのぶつかり合いが裁判で議論になる。 
その渦中の弁護士が言うから、言葉が重い。
 ・・・・・・・
3369, Youtubeでみる津波の映像
2010年06月16日(水)
 何度もYoutubeでスマトラ沖地震の津波映像を見ているが、百年か五百年に
一度の経済恐慌のイメージとして見ると、現在の置かれている立ち位置が見える。
マスコミで放映するものは、生きている人が逃げまどって姿や、人々が流されて
いく映像を全国放送では流せないが、Youtubeは次から次へ生々しいのが出てくる。
津波が押し寄せてくる直前まで人々は何が起きているか理解できないのである。
そして、気づいた時には大波に流されていく。 映像は、あどけない子供が
大波に浚われるリアルのものもある。20万とか30万人が亡くなったというが・・
 この映像から現在の経済恐慌を類推すると、アメリカの金融恐慌という大地震
を震源とした大津波が日本に押し寄せている。「輸出産業の拠点として名古屋が、
金融の拠点として東京に原爆が二発落ちた」と形容する評論家もいる。
その結果として派遣切りが生じてホームレスが関東・東海ベルトラインに溢れる
ことになったが、もっと酷いのが地方経済。現在、政府が中小企業への緊急金融
救済法で何とか急場を凌いでいるが、それも目先の対処療法でしかない。
 何度か、津波の映像を見ているが、20〜30波の津波のうち、まだ2〜3波
でしかない。それでも、この惨状。そうこう考えると悲観的になりざるをえない。 
悪いことに日本は少子化による人口減少に転じている。二年後にはハイパー
インフレに転じ世界的に通貨の切り替えの可能性がある。その時に日本では
消費税の値上げも・・ もし5パーセントのアップとすると、脆弱の企業は
コスト増で立ち行かなくなる。どうなるのだろ? とはいえ国家も大幅な税収減
で、それ以外に手立てがない。 何もかも濁流は奪い去っていく。
Youtubeに一日20億回のアクセスがあるというが、成程である。


5935,閑話小題 〜「翔猿〈とびざる)」とは

2017年06月15日(木)

   * なんとまあ、上手い命名のこと
 新十両に(岩崎改め)翔猿〈とびざる)が昇進した。小柄で曲者の特徴を
一言で、「翔猿」とは、さすがである。一度聞いたら、二度と忘れないほどの
四股名。うまく命名できれば四股名でも人気度が違ってくる。この四股名で、
「宇良」並みの、人気力士になる可能性を予感できるのは何故だろうか。
 これに匹敵する「宇良」の四股名を考えてみた。「麗」もいいが、「宇良良」。
これは、春うららを感じさせるキャラをイメージして。この裏の受けを狙って、
「猿飛」も悪くないが、二番煎じの感がするが、話題になり、これも強烈。
遠藤が「清水川」と予定されているというが、爽やかなイメージの「春風山」
も悪くないが、強そうではない。「地雷也」「五右衛門」ぐらいでよい。 
 新潟出身の「小柳」が、「豊山」の四股名になったと同時に大負けをした。
先代と先先代のヤワなイメージで、取組相手の方が勝ちそうな感がする。
 エジプト出身に「大砂嵐」がいるが、これは上々の命名。
昔、「岩風」という小兵力士がいたが、低い姿勢でもぐり込んでシブトク
勝ちをとる戦法だった。鏡餅のような腹の「鏡里」という横綱がいた。
 四股名こそ、広告代理店に頼んで貰えばよい。
何といっても一番は、本人の精進による実績もあるが、「大鵬」。
ところで白鵬は、柏戸と大鵬の「柏」と「鵬」をイメージで、「拍鵬」
では面白くないと、「白鵬」に落ち着いた逸話がある。これも本人の
実績もあって、ベストの部類。 
いま思いつたのが、『一撃』。相手にとって嫌なイメージになる。
  いや、小さいから、一撃でやられるか?

・・・・・・
5570,突然、余命宣告を受けました ー
2016年06月15日(水)
            〜 『あの世へ逝く力』小林玖仁男著
 図書館の「返却コーナー」で、<あの世へ逝く力>というタイトルの本に
目が吸寄せられた。この数日、歌舞伎役者・海老蔵の妻の進行性乳癌が
報道されていることもある。70歳をこえた我身にとって、いつ何時、余命宣告
をされても不思議でない。 「まえがき」冒頭から、死に直面した著者の悲鳴
が、そのまま、言葉に転換されている。24年前、これに近い経験をした。
 将来が突然抉り取られたような絶望と恐怖感は思い出すのも憚れる。
以下は、まさに同じ感覚。特に、夜半の布団での恐怖は! 天国も地獄も、
まさに現世にあった。ここで、「時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて
確実に分かったことがあります。」と、実感そのままを述べている。そこで、
死に物狂いで天国巡りをして、地獄1つに、天国3つの割合にもっていくしか
なかった。 死が現実問題になると、火事場の馬鹿力が湧出てくる。で、ホテル
を過剰投資を楽しみすぎて、在庫オーバーの遠因をつくったオマケもついた。 
  〜その辺りから〜
≪ ある日病が発見され、突然、余命宣告を受けました。通っていた糖尿病
クリニックでのレントゲン検査で、「肺が黒い」と言われ、大学病院を紹介され、
ここで「間質性肺炎」と診断されたのです。肺壁が壊れていき、呼吸をするのが
困難になっていく病。助かる見込みのない進行性の難病。早ければ二年半ほどで
死に至ると知りました。混乱の中、私はペンを執って、心の動揺をそのまま書き
取り始めました。メモをとったり書いたりするのは得意な作業。
手を動かしていれば気が紛れる…。何よりも、そうしなければ精神のバランスを
保てなかったからです。最初に聞かされた医師の話や、それに対して自分が
どうショックを受けたかということも、思い出せる限り書きました。・・(略)
 時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて確実に分かったことがあります。
「漠然」と流れていた日々の時間が、突如、「凝縮」した時間へ転換したのです。
限られた時間をどう有意義に過ごすかを真剣に考え、自分の人生を満足するもの
にどう仕上げるか、そのことにのみ神経が集中していきました。これだけは
やっておきたいこと、何が何でも叶えたいこと、どうしても欲しい物、最後に
行きたい場所…。時間が無い、失敗できない、という緊張感の中で、優先課題が
はっきり見えてきます。死に方を考えるとは、生き方を考ることでもあります。≫
▼ 数年前に、近所の家内と親しかった友人が、この病気で亡くなった。
 家内が参列した葬式の主人挨拶が壮絶。 故人が呼吸困難になって、、
『オトウサン、苦しい、助けて!』と、泣き叫んでいたが、何もしてやれない
ジレンマ。 何度か、夢の世界に没頭し、呼吸困難になった経験があるが、
呼吸困難の苦しみと恐怖は並大抵でない。誰もが通らなければならない死に際
の断末魔の苦しみ。遠くない将来、私も通らなければ道、恐ろしい限りである。
 この恐怖感があればこそ、以来、40回の秘境・異郷旅行と、この5570回の
随想日記を続けた原動力になっていいた。 何せ、誰もが直ぐに死ぬのだから。
「いま、ここ、わたし」を生きなければ! 生まれてきた甲斐がない。

・・・・・・
5205,個々にとっての人生は、永遠である!
2015年06月15日(月)
      『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
  * 自分は自然の一部分である
<生まれる前の記憶がなく、一人称(自分)の死をみることが出来なければ、
その人にとっての人生は最初も、最後もない「永遠」ということかも知れない>
といいうことは、各自の人生は、永遠の時空の中の一点の光ということになる。
それからして、「自分とは、自然の中の一部分」が、論理的に納得される。
≪ 佐治: メリカのネイティブの考えている神はキリスト教徒とは違って、
 神道というか、わたしたちの感覚に近いです。彼らは、人が死ぬということを
「姿はなくなったけれど、鳥になったりしている。いまはたまたまこういう
 姿になっているが、魂は不滅のものだ。だから死を恐れることはない」
 という。川は先祖の血液なのだとか。どれも自分の体の一部として自然
 そのものと一体になっているんですね。
堤:「自分は自然の一部だ」と感じると、死が怖くなくなると?
佐治: と、いうことでしょうね。彼らも人が亡くなることはもちろん悲しく、
 みんなで弔いをするけれど、死は人間の姿をしていたことへの終結宣言で、
 次があるということです。・・
堤: 私は父の死を前にしたときは、なかなか受け入れられませんでした。
佐治: いままで息をしていた人が、姿はそのままだけれども息をしていない。
 モノになってしまったというのは、なかなか受け入れられないものです。
 自分で自分の顔を見ることができないように、人は自分の死を見ることが
 できない。見ることができるのは、他者の死だけです。となると、誕生前の
 記憶がないとすれば、その人にとっての人生とは、初めもなければ終わりも
 ない「永遠」だということになるのかもしれない。しかも、その人が残した
 ものは、現世の人々によって引継がれて?それが人生というものなんでしょう。
佐治: 世のなかは対極のものからできています。「生きるとはどういうことか」
 を知るためには、「死ぬ」ことがどういうことか知る必要がある。
 対極から考えていかなければわからない。死を知るには、じゅうぶん生きて
 みないとわからないと、いうことですね。先ほどもいいましたが、他者の死と
 身内の死では感じ方にものすごく落差があるので、身内の死を経験していなけ
 れば人への慰め方もわからない。悲しんでいる人には、ただ黙って寄り添う
 しかないでしょう。寄り添うことが究極の愛ですからね。何もできない自分は
 無力ではあるけれど、相手にただひたすら寄り添うことはできますよね。 ≫
▼ 死とは、「生前の状態に戻ること」を知れば、さほど深刻になることもない。
 だからこそ、生きているうち、一期一会で生きなければならない。
「自分は(自)然の一部(分)である」であるならば、自分の死、個々にとって
の人生は永遠だが、小さな入替わりでしかない。真剣に考えても考え損になる?
としても、考えなければ、そのことさえ気づかず終えてしまう。ふぅヾ(´ε`;)ゝ

・・・・・・
2014年06月15日(日)
4840,閑話小題 ーワールドサッカーのジンクス
  * 3964の法則なら、今年のW杯優勝はウルグアイ!? 
 ワールドサッカーにも多々、ジンクスがある。先日、TVで“3964の法則”
を紹介していた。そこで、ワールドサッカーのジンクスをネットで調べてみた。
●《 “3964の法則”では、優勝はウルグアイ
 4年に1度のサッカーの祭典には、2回以上優勝した国の優勝
年度を足すと「3964」という数字になる都市伝説が存在する。
この「ワールドカップ 3964の法則」
サッカーワールドカップには3964のジンクスというものがある。
ワールドカップで過去に優勝した国は、過去の優勝年の年度と
現在の年度を合計すると3964のジンクスになるという有名な法則である。
アルゼンチン:1978+1986=3964   ブラジル:1970+1994=3964 
ドイツ :1974+1990=3964         :1962+2002=3964
                     :1958+2006=3964
さらに「2002年日韓共催ワールドカップ」の決勝戦が開催れた日産スタジアム
のブラジル代表の控え室に使われた部屋のホワイトボートにはそこに戦術が
かかれたとともに 3964−1962=2002と残されていてブラジルの優勝年が、
その年。2002年ワールドカップは3964の法則により自分達が勝つという事。
この控え室とホワイトボードは現在でも大切に保管されている。
さて2014年はワールドカップ開催の年だが 法則に従うと3964−2014=1950。
1950年のワールドカップは 1位ウルグアイ 2位ブラジル 3位スウェーデン 
4位スペイン。このチームのどれかが優勝となるのでは?と予想されております。》
●《 数々あると言われているワールドカップのジンクス。前回大会で、
 スペインが優勝し歴史的快挙ともいえるほどのジンクスを打ち破ってくれた。
 例えば有名どころでいうと…
・欧州以外で開催されたW杯は南米勢が優勝する
・1962年以来、欧州勢と南米勢が交互に優勝している
・圧倒的な優勝候補は優勝できない などなど。
 しかし、それでもいまだ破られていないジンクスは多数あります。それは…
・欧州勢と南米製以外でW杯の決勝に進出した国はない
・北中米・南米のW杯で欧州勢が優勝したことはない
・前年度バロンドールを排出した国は優勝できない
・コンフェデ優勝国は翌年のW杯で優勝したことはない  》
▼ 面白いが、昨日はスペイン対オランダ。一昨日は、ブラジル対
 クロアチアを観戦。今日はイタリア対イングランド戦と、日本対コート
ジボワール戦をTV観戦予定。日本は、FIFAランク46位。
コートジボワールは23位で、決して甘い相手ではない。
・・・・・
4473, 閑話小題 ースポーツジム、500回
2013年06月15日(土)
   * スポーツジム、500回
 スポーツジムに通い始めて2年2ヶ月あまり経つ。数日前に、フロントで
「今日で5百回になります」と言われ、幾かの選択制のサービス券を貰った。
上京などの小旅行以外と公休日の金曜以外は、ほぼ毎日通ってきた結果である。
噂話に余念のない‘砒素の塊のような口煩そうな御婆さんを数人見かけるが、
「平日昼の5日間コース}ということもあり、中年主婦と、スナックなど夜間
の商売とみられる人が中心。ランニングマシーンとサイクリングマシーン
50台と、エアロビ、それと円座でインストラクターのもと12名が各種
マシーンとステップ台を交互にこなすイージーラインと、30種類位の
マシーンのコーナーと、プールと、サウナと風呂、マッサージルーム、
ロビーが組み合わされている。地元では、私が通っているホリデイが最新の施設
で、一番の人気。月20日、年間240日弱位として、二年二ヶ月で500回。
若い女性のインストラクターの明るい声の中でのイージーラインや、ヨガに
参加しているだけで、気持ちが明るくなる。近くに丁度よい施設がタイミング
良く出来たもの。一回のヨガだけで千五百円の価値を実感、月に9回としても、
充分に元を取っている。月に六千円、日にすると三百円は充分価値がある。
午後に、人に干渉されることなく、一人で行って、幾つかをこなして、
気ままに帰ってこれるのが良い。私にとって理想的システムといってよい。
 スポーツジム、土日と夜に会員が集中するので、平日の昼は老人と主婦にとって、
楽々と長時間滞は在しても問題ない。アメリカから来たシステムだろう。
家内の新潟の友人は、10時にオニギリを持って出かけ、16時まで滞在する。
光熱費は節約できるし、毎日リゾート地にいるようだと。私は平均二時間が目安。
軽く会釈する人が数人だけ。
 地元にはスポーツジムは、ホリデイ、カーブス、ルネッサンス、NASなどがある。
駅前のヨーカ堂のスポーツジムは、女性用のイージーラインだけを絞ったのも
あるようだ。家内は週二日、イオン内のSJにバスで通っている。一度、生活圏
から出れるのが、良いという。砒素の嫌な視線を何度か感じ川西のジムにと、
見学に行ったことがあった。ガソリンだけでも一万はかかるので、
決心出来なかったが。
・・・・・・・
閑話小題 ー自転車のパンク
2012年6月15日(金)
  * 自転車のパンク
 4〜11月まで八ヶ月間、毎朝一時間もポタリングをしていると、
年に二回はパンクをする。たまたま土砂降りの時にパンクをし、ズブ濡れで
自転車を引いて帰って来たこともある。それも付きものと割り切っている。
一回のパンクの修理代が千〜千二百円で、店によって違う。昨日もパンクを
したので近くの自転車屋で修理をした。世間話に、市内の自転車屋の数を
聞いたところ、「百軒あった店が今では三十軒になってしまった。
4kのため次世代が店を継ぎたがらない」という。店売りの自転車はHCや、
スーパーが大量販売するため、価格競争に負け、修理だけとか。 
パンクの修理時間は平均、20分。それで千二百円は悪くないが、私の見立て
では一日4〜5人。 奥さんがパートをする兼業商家なら何とかなるのだろう。
  * 書見台
 iPadタテがあるなら本立て(=書見台)があってよい筈と、調べたら、
あるある。江戸時代の学者が正座をし書見台に向かい読書をしている絵を
見かけるが、その卓上版があった。元もと在ったのだろうが、この歳で初めて
書見台の存在に気づくとは。隠れたブームになっているというから、一般的
ではなかったようだ。 それにしても楽で良い。 机上では両手で支えるか、
下に置いて斜め上から読んでいた。 現代書見台は、小さな衝立に立て、
下の両側をバネで抑える仕組みで、両手を使わないで済む。
メモをとる時とか、デジカメに記録に残す時などに便利である。
これにiPadを立てて使えるため、既に必需品になっている。
  * ギリシャがどうなるのか?
 17日から数日間はギリシャから目が離せない。ギリシャ国民がユーロ圏
から離脱するかどうかの再度の国民投票になる。もし離脱になれば、世界恐慌
のキッカケになる可能性が出る。予測は5分5分だが、悪いことにスペインの
三段階の格下げ発表だ。いまやPIIGSのモグラ叩きの様相であう。何時まで持つか
だが、一度火がついてしまえば、世界恐慌が吹き荒れる。その惨状は、想像すら
できないほど深刻という。後は野となれ山となれ、だが、衰弱化しきった
日本は外国から狙われること必定。どうも世界の動乱期での日本の小選挙制度の
仕組みが適正でなかったようだ。その意味で、ここで日本も一度、現在の枠組み
を変えるしかなく、政治動乱の過程を踏む必要がある。
まずは、この一週間は国内外の政治経済から目が離せない。
・・・・・・・
3733, 閑話小題   
2011年06月15日(水)
  * 衣替えのアイロンがけ
 この時期になると、半袖のポロやTシャツなどを箪笥から出して、アイロン
かけをする。(家内は一切無視? ったく!) 風呂敷から出して、新鮮な空気
に触れさせ、霧吹きで水分を含ませアイロンを軽くかけると、見る見るうちに
シャツが姿を変える。無機物のシャツが、あたかも生き物のように変わるから
面白い。人の手を入れると元気になるのは植物やペットなら、尚のこと。
新鮮な空気、水分、熱など自分自身に我々は入れているだろうか?。 
それだけではない、知識も入れ替えをしないと。「新婚さんいらっしゃい」
というバラエティーで、夫はアイロンがけが趣味というのがいた・・ 
それって、奥さんがするんじゃ?
  * ハイボールの語源
 日本では、ウイスキーのソーダ割りだけをこう呼ぶのが一般的。 
もともと、あらゆる酒がベースで、ソーダやトニックウォーターなどの炭酸飲料
や、水、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったもの
をハイボールと言う。語源について諸説ある。
<1> 開拓時代のアメリカで、蒸気機関車による長距離移動のときに、途中で
  水の補給のための停車の際、棒の先にボールをつけたものを掲げて合図した。
  そのときに、ウイスキーのソーダ割りのサービスがあったことが、語源という。
<2> 同じく開拓時代のアメリカにて。当時鉄道ではアドバルーンのボール信号が
  一般的に使用され、ボールがあがっていれば go、あがっていなければ
  don't go 。 当時は、インディアンの襲撃が頻繁にあり、そこまで行って
  よいかどうかの判断もあった。
  その無事に感謝をして水で割ったウィスキーを飲んだのが語源とか、
  他に炭酸の泡が揚がっていく様から「ボール信号」という説もある。
<3> イギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいた人が、
  急に自分の打つ順が来たことを知らされ、そばにあったソーダにウイスキー
  をあけ飲んだところ非常においしかった。そこに、たまたまハイ・ボールが
  飛んできた、それが語源だという説。早くいえば、ハイボールは 
  「飲みやすいカクテルの代名詞」。サントリーが数年前から角瓶との組み合わ
  せの「角ハイボール」を大々的に宣伝を始めた。人気の背景には飲みやすさに
  加え、老舗企業の戦略もある。それにしても、イメージ広告に人は弱い。


5934、閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」 ー 初老男の夢

2017年06月14日(水)

   * 初老男の夢
 先日、録画していた「家、ついて行ってイイですか? スペシャル」
を見たが、どれも面白いディープな内容。 そういえば1〜2年前、ここで
テーマとして取上げ、書いたはずと、ネット内検索をすると、やはりあった。
我ながら、真面目な視線に驚いている。 
 スペシャルの<アパート室内、ゴミ屋敷>、銭湯から出てきた初老の男の
「切なさ」が直に伝わってきた。 室内のゴミの一つずつが、本人にとって
意味(価値)があるという。
「自分の描いた絵画と花を共に売るのが夢だったが、両親の介護に追われ
せざるを得なかったため、夢は叶わなかった。周囲に「外で働くのは大変だ」
と言われたが、両親の介護は並大抵でなかった。父親からは、介護の専念は
立派な仕事… 」と言われていた。そして見送ったが現在、天涯孤独? 
「この部屋にあるものは、私にとって、どれもこれも価値もの。ビールの空缶
の絵もよくみると、素晴らしいデザイン。絵の参考になる素材になるため捨て
られない。」と。 「花屋といっても、リアカーに生花を積んで、行商する
もので、そこに、自分の描いた絵画を乗せ、一本200円の花でも、私の絵画が
気に入って共々1000円を払ってもらえれば…」と、何ともいじらしい夢。 
ここで16年以上、書き続けてきたテーマ日記も、この部屋のお宝に比べると、
遥かに劣る?のでは? どんな仕事より、人生を犠牲にした「両親の介護」と、
「見送り」に勝る仕事は無い。 家内に、「あなたも『私の家』から追い出さ
れると、アパートの一室で、こんなゴミまみれになるのよ!」。「あんなの、
何もしない言い訳に過ぎない」と切って捨てる。 これでも、20数年前に、
我家の母親の認知症介護を5年半、一家総がかりでしていた経験がある。
 住人の人生を支えてきたのは、小さな夢と、両親を介護をし、見送った自負
と愛の残像である。
―――ー
2016/09/01
「家、ついて行ってイイですか?」 ー
   * ぬいぐるみに話かける男
 ときどき見る番組、「家、ついて行ってイイですか?」だが、偶然、
見るほうが多い。そこでは人生の多様性と奥深さを見ることが出来る。
 先日みた、「ぬいぐるみ」に話しかける青年が印象に残った。そこで、
「家、ついて行ってイイですか?」「ぬいぐるみ」と検索したところ、違う
人がネット上で、「ぬいぐるみ依存の自分は変か?」の問いかけがあった。
「なりすまし」? それともTVに出た人とは関係ないかどうかは不明。
都会には、地方出身の孤独な群集が多い彼らは過去を引きずり、面白く、哀く、
ほろ苦く、温かく、複雑な人生劇場を生きている。〜まずは問いかけ〜
≪ 20代後半の男。
 家に3歳くらいのときに買ってもらった手の平サイズの子猫のぬいぐるみが
あります。名前もあります。小さい頃は肌身離さず持っていて、さすがに年齢を
重ねるにつれて肌身離さず持つことはなくなりましたが、捨てることは出来ずに
今も大事においてあります。さすがに20数年持ってるとボロボロになって背中
とか綿が丸見え状態で全身の毛も半分くらい抜けています。汚くなってるので
洗濯したいけど洗濯したら多分頭と体ちぎれる可能性あるので、もう出来ない。
そんな子猫のぬいぐるみですが、学生時代はあまり置いてある場所から出したり
することもなかったんですが、社会人になってからたまに出してきて撫でたり、
話しかけたりしています。ただ、毎日じゃなくて3日に1回のこともあれば、
1週間に1回、1カ月に数回の時もあるし、忙しいときは1ヶ月全く触らない
こともあります。 でも、ここ最近触ったり撫でたりしていると癒されるし、
昔と違った感じでまたものすごくかわいいと思うようになっています。
他の「ぬいぐるみ」は別に欲しくもなんともないんですが、この「ぬいぐるみ」
だけは特別というか愛着がすごくあるんです。小さいころに持ってたぬいぐるみ
もこれだけです。他人から見たらただの汚いボロボロのぬいぐるみですが、僕に
とっては小さいころから一緒に暮らしてきたので家族みたいな感じです。
捨てろと言われても絶対に捨てることは出来ません。
 将来的に一人暮らしもしたいと思っていてその時には連れていくと思います。
ただ、客観的に見るといくら家の中でプライベートな空間とはいえ、かわいいと
思いつつ20後半にもなってぬいぐるみ撫でたりしているのはちょっとまずいん
じゃ・・て考えたりもしてしまいます。いい年した男がぬいぐるみを可愛がって
いるて、精神的に子供というか・・ でも、止められません。 いい年して
ぬいぐるみを持っている、可愛がっている男性をどう思いますか?
キモイというかドン引きて感じですか?男女問わずよろしくお願い致します。≫
▼ 青年がぬいぐるみに語りかける実演を見て、「大の男が気持ちが悪い!」
 とも思わず、自然に受入れることが出来たのは、この随想日記が、ヌイグルミ
に近い存在と思えたため? 親元を離れ、大都会で暮らす孤独は、慣れるまでは
本当に辛く侘しいもの。しかし、青年期に親元から離れ自立することは、人生の
重要な必要条件になる。だから、地元から上京した時は、同郷の友人より、都会
で新たな友人を見つけ、新たな自分をつくるチャンスである。
 私が以前に書いたはずの、「家、ついて行ってイイですか?」をブログ内検索
をすると、以下のようにあった。 読返してみて、「いま、ここ、わたし」は、
垂直に立って、現在と、過去と、未来にループして、多くの時空を飛びまわる
ことが出来るということに気づいた。だからこそ、止められない。何度も経験
することは、過去の文章に、「あなたは誰?」と見知らぬ誰かを実感する。
「いま、ここ、わたし」が、それぞれの場面に吸い込まれているため。
――――
2016/04/12
「家、ついて行ってイイですか?」 ー
   * 最近のTVは、実に面白いのが多い。
 その時どきのウェーブがあるが、最近のTVは、面白いのが多い。
『Youは何しに日本へ?』『家、ついて行ってイイですか?』『世界街歩き』
『火野正平 こころ旅』など、軽い目線で、街や村の道路で声をかけたり、
街歩きをする番組などである。チョッとした旅行をしたいが、面倒だったり、
通りすがりの人の私生活や人生を生(なま)で覗いてみたい気持ちを代行
して、ズカズカと入っていく面白さは格別。
 『家、ついて行ってイイですか? 』を検索すると、以下の内容説明があった。
< 終電を逃した人に「タクシー代を出すので家について行ってイイですか?」
と声をかけ、家を見せてもらいインタビューをおこなう。 深夜、急に訪れる
片づけられていない素のお宅は、その人の人生ドラマが 散りばめられた宝箱。
そして誰しもが、一見フツーでも 、ぜんぜんフツーじゃない 人生ドラマを
持っている! そんな素敵な市井の方々の人生譚を覗いていきます。>
 昨日見たキャバクラ嬢や、美容師の変態ギャルのキャラクターと実態に、
お笑い5人のスタッフが、呆然と声を失う。最近、見始めたばかりなので、
過去分を動画のYoutubeで見ると、あるある面白い人生が。
 『YOUは何しに日本へ?』の検索には、
< 空港に居合わせた外国人(永住・帰化した人物なども含む)に
「YOUは何しに日本へ?(Why did you come to Japan?)」と問いかけその返答
の様子や、気になる返答をした人に密着取材を依頼し来日した目的を果たす様子
を放送する。番組内では性別・年齢問わず名前ではなく外国人はすべて"YOU"
(複数ではYOUたち)と呼称するが、密着時には混同を避ける意味もあり個人名
も使われる。基本的には半日から数日間の密着であり放送も一度限りだが、
長期の旅行や研修に密着する場合、放送回をまたいだり、しばらくしてから
後日談が放送されたりするケースがある。基本的に密着時はYOUの日程に合わ
せて行動するため、出先の店舗や施設ではその場で撮影交渉を行うことが
ほとんど。> 
 それぞれの分霊に、これまで生きてきた触媒が取囲んで自分を形成している
姿が浮き上がる。死ねば、その分霊ともども消滅する。その分霊は、これまで
も、今後に、人類が存続する限り浮かび上がってくる。人生は、その触媒の
質量で形成されるが、そこには両親の格差で、大きく左右されるが、可能な
限り、そこからアップスケールし続けるかどうかもある。その触媒で、一番、
手軽なのが、書籍と、TV、友人、ネットなどがあるが、自然との触合いも
欠かすことが出来ない。情報化の時代、「閑」と少々のお金こそ財産になる。

・・・・・・
5569,ピーターの法則 ー
2016年06月14日(火)
  <ピーターの法則(創造的無能のすすめ)ローレンス・J・ピーター>を
 図書館で見つけた。学生時代に、この法則を知り、そのシリアスさに驚いた。
社会を渡り歩いていると、「人の一生など、こんなものか」と、透けてみえる
気にさせる法則である。前にも、この法則について、触れた記憶がある
ため、HP内検索をしたところ3年半前に、幾つかの法則の1つとしてあった。
   * ピーターの法則
《 2012/11/25  法則は思考のショートカット−3
     「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉(著)
【 これも学生時代に知った法則。平社員Aさんは能力を発揮、係長になり、
そこでも活躍し、課長、そして部長になる。しかし、その能力は、それが限度。
そして、そこに留まり続けると、ハツカネズミが回転の輪を何時までも回り
続けるのと同じで、ロボットのような限りない無能化に陥ってしまう。それが、
すべての階級で同様なことが起こり、やがて、無能なA部長、無能なB課長・・
と、能力の限界に応じた最終段階に達したバカばかりになってしまう。
いずれの会社も、よく見れば無能者の群れ。これを「ピーターの必然」と言い、
「やがてあらゆるポストは職責を果たせない無能な人間によって占められる」
ことになる。いずれの破綻の原因は、その果てか。それもあり10年転職、
10年転業説が出てくる。その度、悪くなるのが殆ど?だが・・・】》
▼ まあ、実も蓋もない法則だが、これが真実だから仕方がない。
 これに、無能隠しの悪知恵が巧妙についてくるから、始末が悪い。
新潟駅前の30年間に亘る事業も、私の特性として、期間が10年〜15年で、
三棟・280室に打ちとめて、売却をして、新規事業に転進すべきだった。
後半の15年間は、無能への限りない転落の道。バブル崩壊の時が、その節目に
あたる。 頭の中では解っていたような、どうだろう。バブル騒ぎで、見通し
を誤ったのである。あまり頭の良い人間ではないと自認しているが。裏づけの
遊休資産があればこそのホテル経営。規模からして、10〜15年目が引き時。
不動産投資は、決断の結果が、7〜8年後に現れ出るため、ウヤムヤになる。
仏の教え、「世の中は変わる、怠りなく精進するように」で、変化できなく
なった時、無限の無能に陥っていく。恐ろしいのは、他人のそれは理解できる
が、こと自分のそれに気づかないこと。 だから、生きていけるのだが。

・・・・・・
5204,教育には「驚き」と「なぜ」が必要
2015年06月14日(日)
    『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』 堤未果:佐治晴夫対談
「驚きを立てよ」と、検索を入れたところ、二番目に10年前の私の文章が
出てきた。最後にコピーをするが、成るほど、ネットの世界は恐ろしい。
この文章を書き上げた後に検索したが、前だったら、書かなかっただろう。
以前の内容より、今回が劣って? 書き残しておく秘儀をつくづく実感する。
 * 教育には「驚き」と「なぜ」が必要  (゚Д゚`*)エ〜[なんでぇ!?゚Д゚@)
堤:「氷が解けて水になった」というのが正解で、「氷が解けて春になった」
 がバツになったという話と似てますね。
佐治: 結果だけを重視するのではなく、そこに至るプロセスを加味して判断
 することや、まず相手を受け入れることが大事だと思いますね。
堤: だとすると先生がやってらつしやる宇宙物理学や科学の世界は、
 まさに驚きの連続じやないですか。
佐治: 科学は、「驚き」と「なぜ」です。しかし、「なぜ」と問う前に
 「驚き」がないと科学にならない。いまの親御さんたちは、「なぜ」に最初に
 答えてしまいます。たとえば、きれいな虹を見たときは「わあvきれいだねえ」
 とまず驚いてほしい。それが教育。教育というのは子どもの「なぜ」に火を
 つけることです。本当にいい先生というのは、懇切丁寧に中身の解答をその
 まま教えることではなく、子どもの心に灯をつけることだと思います。
 灯がともれば、ひとりでに燃え続けます。
堤: 先生は、いまの教育には「なぜ」と「驚き」が減っているといいました。
佐治: 教育には、まず「なぜ?」と疑問をもつことが大切です。
 たとえ人にみかんを二個ずつ、三人の人にあげるには、みかんは全部でいくつ
いるでしょう」という問題。普通は「2×3=6」という式で答を出しますが、
ある子は「3×2=6」と書いてバツになり、それが原因で登校拒否になって
しまったという例があります。そこで「どうして3×2にしたの?」と訊いたところ、
「みかんを二つずつあげるのにA君、B君、C君が待ち遠しいといけないから、
とりあえず一人に一戸ずつあげた。それを二回繰り返したから、3×2の式にした」
といいます。やさしい子でしょう。それが学校では間違いとして処理された。
プロセスというのは、考え方の道すじで、それが正しければそれはそれでいい。 
 ・・・(略)
佐治: これまで行なってきた小学校での特別授業を通して感じていることは、
 小学生の感覚はまだまだすばらしい。手遅れになっていません。これが救い。
しかし、中学生になると、とたんにおかしくなる。
堤: 十二歳くらいまでは大丈夫ですか。小学生はまだ、体を使って遊んだり
 しますが、中学に入るとそれが減っていきます。それと関係がありますか?
佐治了体が先か、脳が先かという問題になるんですが、最近の脳科学の立場から
 いえば、体が先だと考えられています。眠らなければ眠らなければと心で思う
 よりも、横になって寝る体制をつくることによって眠りに入りやくなる。
 脳は、そのようにできでいるのだそうです。体が先だということですね。≫
▼ ネット辞書で『驚き』を検索すると、< 予期しない事態の突然の出現に
 伴う強い一時的情緒。プラトン (『テアイテトス』) とアリストテレス
(『形而上学』) は,驚きから哲学が始るとした。デカルトは驚きを基本的6情念
の筆頭におき,他のあらゆる情念に先立って起り反対情念をもたないものとした
(『情念論』) 。> また、< 驚きとは、動物が予期しない事象を体験した
ときに起こる瞬間的な感情をいう。驚きには好ましいものも好ましくないものも
ある。むしろ、怒りや恐怖などの爆発的な感情変化を、分類する以前の状態が
驚きかも知れない。驚いた状態をびっくりしたという。>ともある。 以下参照!  
 以前も現在も、我ながら真面目?なものである。 驚いた!  (゚Д゚`*)エ〜
――――
2005年03月26日(土)
1453, おどろき、そして感動
 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。
この問いかけに対して、いずれの哲学書にも
「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも
新しい発見を見つけ驚くことがその出発点。驚きは、そのまま感動につながる。
その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。
この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くの
ことを経験しすぎて驚きが少なくなる。しかし、歳をとって解ったことは
「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に
知らない発見が増えるからだ。驚くということは、未知・無知の分野に果敢に
挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ち
が驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても
聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が
取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。
隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。
驚きには、その皮の張りが必要である。世界を旅をすると、驚きに満ちている。
そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、内面が爆発
しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。
人間は感情の動物といわれる。たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。
人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は
・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから
成り立っている。他の感情は、この6つの感情の組み合わせでしかない。
希望はー>喜び+欲求  ねたみー>愛+悲しみ この感情の中で「おどろき」
は一番の根本にある。未知なものに不意に直面した時に、こころは変容する。
その変容の状態そのものが「おどろき」である。おどろいて呆然と立ちすくむ
状態である。おどろきは、最も原始的な感動である。おどろきは未知なものが
現われた時、それを説明できない不思議を自分に知らす。
正も反(喜びに対して悲しみ)の感情も越えた「おどろきの対象」に対して、
説明できる必要性が出てくる。おどろきは未知に対する無知に気づき、
知的探求を刺激する。あるイベントの会場で、BOSEのコンポを聴いた時に
思わず立ちすくんでしまった。聴いたことのないような音響におどろき、何回か
足を運んで聴きなおした。こんな小さなコンポから、こんな音が聞こえてくる
のか不思議でたまらなかった。そこで係り員から説明を聞いた。パンフレットを
見て、その原理を知って、知人から情報を得て、インターネットで検索をして、
購入に至った。会場で聴いた音に対する、おどろきと感動が出発点であった。
そして、なぜ、どうして?と、その理由を探していった。昨日も早速、音楽に
対する本を二冊買ってきた。 三枝成彰の「音楽の本」と、「CDクラッシク
の名盤」である。一流なものに接して感動と驚きをシャワーのように
浴びなくてはならないのだ。以前にも書いたが、親は子供に感動とおどろきを
シャワーのように与えなくてはならない。躾と、最高のものを知らしめる
ことが家庭教育の基本である。おどろきを得るためには、3C-チェンジ、
チャレンジ、コンペティションがキーワードになる。
挑戦しろ、変化しろ、そして戦えである。


5933,閑話小題 〜三種類のアラブ人

2017年06月13日(火)

  
       <「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治>
          〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜
  * 三種類のアラブ人
 先週のシネマが、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。
キリスト教圏のアメリカ社会のイスラム教徒によるテロ事件の実録的物語だが、
アメリカの白人社会は、思いの外、深いプロテスタントの国。黒人だけでなく、
アラブ人は、最下層の人たちと蔑まされている。アラブ人が、欧米社会内で
不平を持つのは当然で、前提が違うのである。、
≪ 吉村: アラブに住む人間には大きく分けて、
 ・アラブ人と、
 ・まったくアラブ人じゃない人と、
 ・アラブの人じゃないけれどアラブに入った人の三種類がいる。
アラブじゃないけど、アラブ人になるためイスラム教を信仰し、同じ
アラブ語を使って人間は、アラブ人同士より、少し信頼度が低いが、
仲間に入れてもらえる。
 アラブの社会では同胞、同法に準じる者、異邦人の3種類しかいません。
異邦人には厳しいルールをつくって対処するのです。それは敵として見て
いるのです。かといって、敵だから殺すというのではなく、敵の中でも、
こっちよりと、全くの敵と区別をしてつきあう多角的な対応です。
しかし真の情報を流すのは同胞に準じる者までで、あとは偽情報だったり、
ブラフだったり、反対情報だったりします。すなわち、情報こそが生きる
術なんです。
・曽野:テントに立ち寄ってみたら、ベトウィンたちが甘い飲み水を
御馳走をしてくれたので、2〜3ヶ月後に、お礼に行こうとしたら、運転手が
真っ青な顔をしていやだという。あなたは外国人だからいいが、僕が二度
同じテントに行くと、女か家畜をとりに来たと思われる、って。≫

▼ 20数年前になるが、イスラエルで、ユダヤ教徒も同じように
 ユダヤ人を3分類していると聞いていた。国を持たなかった流浪の民は、
各地で迫害にあって、頼れるのは金銀宝石と思われるようになっていたが、
実は、厳しい戒律の厳守が、キリスト教社会と、そぐわなかったのである。
そしてナチによる虐殺に至る。それがイスラム原理主義の聖戦を唱えるISと
なれば、ことは簡単に収まるわけがない。キリスト教原理主義と、ユダヤ教
原理主義と、イスラム原理主義者のシーア派と、スンニ派の入り乱れた
聖戦である。とすると、日本は島国の地勢の優位性を利用するためにも、
移民の受け入れは、最小にしておくべきというのも理解できる。
この分類は、地域社会にも存在する。例えば… 江戸時代からの老舗の家系。
戦後からの成金。ユータン組。旅の人と警戒される新参者。 …等々。
 これが医師、銀行員、事業の大小とかで、石ころの大小とか、カタチで
ランク付けをされている漫画的コスプレである。で、私だけは違うと、変な
確信を全員持っている。 それも有かと思うが… まあ、ここで止めておく。
 イスラムもユダヤもキリスト教徒も、「復讐するは我にあり」と、殺戮し
あって。 で、なぜか、以下に続いていく。

・・・・・・
5568,「復讐するは我にあり」
2016年06月13日(月)
 時どき、「到底信じがたい偶然」とか、「第六感」とか、「布置」とか、
私の理解外のことに行き当る。倒産となれば、当事者にとっての大惨事。
しかし、他人の不幸は蜜の味。特にリスクを侵さない人生を過ごしたものに
とって、その人生に対しての自己正当化の丁度よい標的にになる。飽きずに
何度も取上げるが、思い込みもあるが、直接的行為をしてきた当人か、家族に
事故か大病が起こることが多い。50歳も過ぎれば何処の家庭内にも、問題が
鬱積しているとしても・・ で浮かんだのが「復讐するは我にあり」の言葉。 
映画の題材にもなった。これは元々、キリスト教の聖書から引用された言葉。 
 〜「復讐するは我にあり」を検索すると〜
《 <18 できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。
 19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。
  「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と
   書いてあります。
 20 「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。
   そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」
 21 悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。
          <ローマの信徒への手紙12章18節〜21節(新共同訳) 》
  〜より分かりやすく解釈すると
【この中の主は、神様のことを言っています。つまり、「誰かから悪いことを
 されても、悪で返さず善い行いで報いなさい。その代わりに私(神様)が代わり
に報復するから、あらゆる人達と平和な関係を作りなさい。】の意味。
キリスト教では、全ての人は死んだ後に裁きを受けて、天国に行くか地獄に行く
かが決まります。悪人は裁きの時に必ず地獄に行くのだから、復讐は神様に
お任せしなさいということなのです。> 
▼ 遥か以前に、相手に放った矢が、回りまわって自分を突き刺す諺に
 <返り矢に当たる>と、<因果応報}がある。三つのブラックスワン
(9・11テロ、 リーマンショック、3・11災害)の直撃だけでなく、
明治維新、太平洋戦争敗戦、そしてアメリカによる強要されたバブルと、
崩壊対する衝撃の認識度が、あまりに甘かった。そのことが、ハードラン
ディングの結果になっていた。新潟駅前に500室を集中させたこともあるが。
 神様を因果応報という自然の摂理とみれば、「復讐するは我にあり」と、
敢えて取りだてることもなし。それぞれの怒りを、ミニ物語として創作し、
時間の経過を待っていれば当面の毒消しになる。<されど、神様!>ですか。
――――
2011/07/12
ユング ー 3
 ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 
妻とか恋人の関係がうまくいってない時、家庭内に大きな問題が重なった時に、
職場の上司や異性とトラブルを起こしたり、勤務していた会社が倒産した時に、
大病や大事故が重なったりする。 これらは、何とか原因を特定することも
出来るが(離婚と前後して交通事故にあった場合や、倒産時の関係者の事故率が
異常に高いのは、心が注意散慢になっていたとかで説明出来るかもしれないが)、
因果関係だけで説明できないことが多い。 私の倒産の場合、倒産したのが
30年前の開業前日。1981年3月31日開業、会社消滅が2011年3月30日。
全くの偶然の一致である。幾つかの事業や、幾つかののホテルの立ち上げを
始めると同時に、必ず身近に普段起きそうもない問題が起きる。
回数を重ねると慣れたもので、今度は、これか!と、冷静なもの。
他にも、色いろある・・。
 このことを「図解ーユング心理学」福島哲夫著、で、説明してある。
【  ◆ 布置と共時性について
* 一見別々に起きたことでも、その人にとっては非常に大きな意味を持って
 いる出来事の巡り合わせを、ユングは「布置(コンステレーション)」と
 呼んだ。コンステレーションとは元々は「星座」の意味である。つまり、
 広い宇宙に別々に存在している星が、ある人にはそれらが白鳥の影や竪琴の
 形に見えて、大事な意味を持っているように、個人を取り巻く事象の巡り
 合わせも、大きな意味を持つことがあるということ。 長く会っていない
 友達の名前を思いだしたとたんに、その人から電話がかかってきたようなこと
 なども、布置の一つである。その意味を深く考えなければ、それで終わって
 しまうからだ。
* 共時性(シンクロニシティー)と布置との違いは、共時性は、布置よりも
 さらに物理的に簡単には起こりにくい偶然の一致をいう。共時性の有名な事例
 で、ユングが若い女性の心理療法を行っているときに、その女性が黄金の
 コガネムシを夢で見たと語った瞬間、コガネムシが部屋の窓にぶつかってきた
 という逸話があります。ユングによれば、この女性患者は、非常に固い合理
 主義者で、自分自身の現実感に堅くしがみついていて、治療にまったく進展が
 なかったのが、この不合理な出来事によって、彼女の変容のプロセスが動き
 始めたという。ユングによれば、このような出来事は、元型の力がはたらいて
 生じるとしている。つまり、人間や、動植物までも含めた存在を支えている
 共通の基盤となるような領域における力が働いて起こった現象だというのだ 】
▼長い間、会ってなかった友人のことを考えていた丁度その時に、その本人から
 電話があったりなど因果関係で説明できないことがあまりにも多い。日本にも
 古来から「虫の知らせ」という言葉がある、とおりである。こういうのは
 科学者は、正面から取り組むことを避けてきた。しかし、ユングは幼年の頃
 から、おかしな感覚を持っていたこともあり、人間の持っている5つの
 感覚外の、シックスセンスの研究に踏み込んだのである。再びユングを
 再読を始めたためか連日、奇妙な夢の連続である。

・・・・・・
5203,人間だけが、教育されなければならない動物
2015年06月13日(土)
       『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 「大地震で森からサバンナに追いやられたサルが四足か二足歩行に進化。
その結果、産道が狭くなり、未熟児の状態で出産。外敵から身を守るための
教育をしなければならなくなった。」という、論旨が面白い。
  * 人間だけが、教育されなければならない動物
≪ 佐治: あるとき、いまのアフリカあたりに、これまでなかったほどの
 大地震が起きました。いまもその痕跡が残っていて、隆起した山のあいだが
陥没して平原になっています。山に吹きつける風は上昇気流になり、雨が降って
山の森は豊かに保たれました。一方、陥没した部分には雨が降らしてカラカラの
サバンナになった。そこにいたサルさんたちは、さあ困った。いままでは木に
登って、遠くを見渡しながら、おいしいものがないか、危険な動物が来ないか
見ていられたのに、カラカラの草原になってそれができなくなってしまった。
 その結果、いつしか、遠くが見通せるように四本足から二本足になって立ち
上がりました。すると身体の背骨の上に頭がのる形になりますから、重くて
大きい脳を獲得できるようになり、人間になったのです。(註)
 ところが、二本足で立ち上がったことから骨盤の広さが70%ト狭くなった。
頭の大きい赤ちゃんを産めなくなり、自然分娩ができなくなります。
そこで人間は、未熟児のまま子どもを産まざるをえない宿命を背負う。
サルは生まれたばかりの赤ちゃんでも、自分で立ち上がって、お母さんの
おっぽいを飲めるけれど、人間の赤ちゃんはお母さんのサポートなしでは
何もできません。つまり、カントがいうように「すべての哺乳類のなかで、
教育されねば一人前になれないのが人間である」ということになります。
だから学校がある。小学生には「それが、君たちが学校で勉強しなくては
いけない理由です」としめくくりました。
<(註)アフリカで、800-1,000万年前に大地溝帯の活動が始まり、周辺に高地や
山脈を含む隆起帯が形成されたことにより、大西洋側から大陸東部に湿った空気
を運んでいた赤道西風がさえぎられると、大地溝帯の東側は徐々に乾燥して森林
が衰退し、やがて草原に変わっていった。森林に住んでいた多くの類人猿は、
この環境の変化に適応できずに絶滅したが、ヒトの祖先は樹上から地上に降りて、
直立二足歩行に移行した。すなわち、乾燥化によって木と木の間隔が広がった
ことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに
直立二足歩行を獲得した、とするものである。>
▼ 現在では、専門学校・大学を含めると8割が20歳過ぎまで親の庇護が
 必要となる。乳ばなれが出来れば目出度いが、そうはいかないのが人間様。
担任の先生が定年の年のクラス会の二次会で、この歳で、両親が90過ぎても
矍鑠として、自分を見守っている。これほど辛いものはない」とノイローゼ
気味に語っていたが・・ 趣味の世界があれば悩みが半減したのだろうが。
20歳頃に、自分の人生デザインを持てたかどうかが豊饒の人生か、そうで
ないかの大きな分れ目になる。今はネットがあり、情報は手軽に入るし、
趣味の道を深耕するのが比較的恵まれている。要は、意思するかしないか。
・・・・・・
4838,Quirt <内向型人間の時代> ー5
2014年06月13日(金)
              <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著
   * ソフトパワー
 国にも、個人にも、内向型、外交型がある。さしずめ、江戸時代は内向型
国家の典型。そのため、鎖国の時代は、江戸文化という円熟した時代でもあった。
そこに外交型国家・米国の到来で大きは節目を迎え、近代国家へと歩み始める。
アメリカのカレッジで、白人系と東洋系の学生の差異に、そのまま見てとれる、と。
東洋系の持っている内なるパワーを「ソフトパワー」と、捉えている。  
   ーそこで、「ソフトパワー」をネットで検索するとー
《 ソフト・パワーとは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、
 その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、
共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力。
対義語はハード・パワー。 ・・・ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる
対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や、その中枢を占めたネオコンという
勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴う
ハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワー
を活かすことの重要性を唱えた。  ・・ナイは、ソフト・パワーを構成する
要素を掲げている。ひとつは、その国の有する文化である。その具体的な例と
して文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽
などの大衆文化が挙げられる。ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通
の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策を
とれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な
価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとする。・・ 》
  ーこの著書のソフトパワーの説明箇所から抜粋ー
《「ソフトパワー」、教授はそれを「火ではなく水によるリーダシップ」
 と呼んだ・・ 「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば
微妙な方法を使います。それはつねに攻撃的とはかぎらないが、けっして
ぶれない巧みな方法です。 最終的には、それによって多くを達成します。
アグレッシップパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を
納得させて味方にしまいます」・・ ソフトパワーの実例とはどんなものかと
尋ねると、彼は目を輝かせて、アイデアと心をパネにしている人々のことを
話しだした。たとえば、各種の雇用者団体のまとめ役をしている人々―彼らを
達成するために、力学ではなく信念によって人々を結集してきた。
また、飲酒運転根絶をめさす母親の会は、カリスマ性ではなく思いやりの
パワーで世の中を変えようとする人々の集まりー そうした人々は自分の
メッセージを伝えるのに十分なコミニケーションスキルを備えているが、
本当の強さはメッセージの内容にある。 》
▼ この図式は、都会と、地方の関係と同じ。しかしアメリカを例にとれば、
 そのソフトパワーは、ハードパワーと同じぐらいに、充実していることは、
インターネット先進国ということからも垣間見ることが出来る。現役の時代は、
 パワーソフトの占める割合が高く、御隠居は、ソフトパワーに比重が移動する。
そのソフトは、長年の蓄積が必要。そのためにはハードパワーも必要である。
私のソフトパワーの蓄積は、数十年続けてきた、一日2〜5時間の読書。
 最近は、読書からネットとパソコンに比重が移動しているが・・ 
この二年間、スポーツジムのヨガに週二回、参加しているが、これは、
ソフトパワーそのもの。
・・・・・
4471, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー6
2013年06月13日(木)                      
             『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著
   * 3日目 身体の前後両面と、手指を開く ー?
A・ 胸と背中を開き、膝裏を伸ばす体位 ーP66  
 基本体位= 金剛座(足を重ねない正座)をして、尻を浮かす
 ようにつま先だって、脚の前で手の平をつく(四つんばい)。
1、「静かな呼吸」→「軽い呼吸」→「深い呼吸」を入れながら、
 「天のプラーナ気」を引き入れ、天井を見上げるように顎を上げ、
  舌を巻き上げて胸を開き、背骨を反らして腰を入れる。
2、手の位置を動かさないで、肘を伸ばして息を出しながら、両膝を合わせた
  まま、かかとを床につけるようにして背中を開き、「大地のアパーナ」
  を引き上げるようにして、背中を充分に開く。
3、緩めて、少し息を入れながら、基本体位に戻す。そこで、「軽く一息」。
4、もう一度、1〜2を繰り返す。そして軽い一息を入れながら、膝裏を
  伸ばして、手に体重をかけるようにして、尻を持ち上げてつま先で
  立上がる。膝裏は充分に伸ばす。
5、息を出しきりながら、かかとに体重をかけ、肘と膝を伸ばした状態で腰を
  入れ、眉間を見上げるようにして顎を上げる。「軽く一息」入れていったん
  緩め、さらに出息とともに、かかとに体重をかけて「膝裏→腰→胸→顎」
  の順で背骨を反らせ、「大地のアパーナ気」を引き上げる。
6、「軽く一息」入れて緩めたら、ゆっくりと息を出しながら、膝をつき、
  [基本体位]に戻す。最後に、「軽く一息」→「静かな一息」→各自の呼吸」
  で、息を調えて金剛座に戻す。
 ▼ 犬猫が時々行う、横から見たら腰を頂点とした三角形の姿勢。前者は、
  座ったまま、後者は、後ろ脚を立てた姿。これもSJのヨガ教室で、
  必ず毎回、行っているポーズ。 
B・ 手の指を開く体位 ー P72
 [基本体位] 金剛座(P・69)になり・親指と人差し指をつけて手印を結び、
  肘を直角に曲げて前腕は床と水平に、手のひらを上向きにする。  
 ★立位でも、椅子に座った姿勢でもかまわない。
1,「静かな一息」→「軽く一息」の後、「深く一息」で息を満たしながら、
 手指が反るくらい充分に開き(パアの状態)、息を止めて少し保つ。
 ここで、肩に力が入らないよう注意。
2,ゆっくり息を出しながら[基本体位]に戻って「息」したら、もう1回??を行う。
3,さらに、?を行った後手指を開いたまま、息を止めて少し静止。息を止めた
 まま、ゆっくり親指から順に小指まで一本ずつ、指のつけ根から手前側に
 引き寄せるように折り込んでいく。このとき、指の緊張を緩めないように注意。
 最後に、親指を握り込むように「グー」でしっかり握る。★指を折り込むとき、
 開いているほうの指の関節が綾まないように、伸ばした状慧を保つ。
4,さらに、息を止めたまま、小指から親指まで順に指関節を伸ばした状態で
 開いていく。最後にしっかり開ききり、ゆっくり息を出しながら[基本体位]
 の手印に戻って「軽く・一息」。
5,再度、?、?、?を行う。計2回。
  [ポイント] どの姿勢の場合でも、背筋をピンと伸ばして行ってください。
 自分で開いたと思った状態から、さらにあと少し努力して・表面が「ジーン」
 と感じるくらい開きます。手のひらのみの実修と思わず、腕、肩、首、胸など
 上半身全体にかかわるものと思って、呼吸とともに全身的に行う。
▼ スローヨガでは、片方の手を上向きに開いて、もう一方の手で深呼吸を
 しながら反り返す。
・・・・・・・
4097, 予言の書「日本の自殺」 ー3
2012年06月13日(水)


5932,閑話小題 〜人生、「あいうえお」が重要

2017年06月12日(月)

  
       <「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治>
          〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜
   * 人生、「あいうえお」が重要
 人生でも、事業でも振り返えみると、岐路には「想定」を遥かに超えた
ブラック・スワン(経済恐慌、歴史的テロ、自然災害…)が舞い降りて、
それが人生を変えていた。そして、最後は、当人にとっての「己の死」。
宇宙の、世界の中の微小の存在であるなら、当然のことだが、その小ささ、
狭さの認識が全くと言ってよいほどない。「想定外」という言葉こそ、己の
卑小さを露わにする。 アラブから、欧州に「アラブ難民」が大挙して流入
しているが、以下のアラブの「アッラー」の神への信心が大きく影響している。
 〜「あいうえお」の人生訓が考えさせられる〜
≪・吉村: 日本人は心配性なんです。こうなったら、そうなったら、
 どう しようと、自分の考えの幅の狭いのを知らないで想定する。
だから、その幅を出たら「想定外だ、しようがない」と思うわけ。
アラブ人からしたら、想定すること自体が、自分の運命に対して、神様に
対して失礼なんです。全てが自分の力より大きな力で動いていると思うと
想定など出来ない。想定があるから想定外があるんで、想定しなくては
想定外はない。「無知の知」みたいだけれど。
・曽野:もとは何もない民だから。食べ物も水さえない。 吉村さん、なにも
ないところで生きていけないとしたらどうします。他人の物を盗むか、殺して
奪うか。あと一つ、自分が死ぬというのがある。しかしイスラムは自殺を禁じ
ている。と言っても、イスラムでは自殺すると復活できないから、自然死です。
・吉村:人生、「あいうえお」が重要なんです。「あ」は〈愛〉。「い」は〈意志〉。
「う」は〈運命〉、「え」は〈縁〉、「お」は〈恩〉です。この「あいうえお」
を大事にしていれば、悪くない運命を過ごせます。≫

▼ 「あいうえお」も、それを生かせるかどうか。逆照射でみると、その
 意味が浮かび上がる。
・「愛」、特に両親からの愛の少ない人。
・「意志」、意志薄弱の人。
・「運命」、節目で、大きく流されていく人。
・「縁」、因縁を生かせない人。因と縁を結合できない人。
・〈恩」、恩義からほど遠い人。
 何か誰かの顔が浮かび上がっているが、自分のことでもある?
想定外の対処は、長年の準備があるかどうか。まずは、日頃からの知識と、
先立つ「お金(資金)」。そして「健康」。そして人とのつながり。とすると、
「あいうえお」に行きつく。今思いついたのが、「たちつてと」の教訓。
「た」が、飯の基盤の「田」。
「ち」が「知恵・知識」。
「つ」が、「ツテ
「と」が、「とき」。何ごとも時間が大元。 
言葉の遊びだが、一理ある?

・・・・・・
5567,閑話小題 〜魂の御馳走
2016年06月12日(日)
   * 魂へ御馳走を与えてますか
 TVを観ていると、【ご馳走をするからと誘われ連れていかれた先が美術館。
そこで、『芸術作品が、魂への御馳走』と言われて吃驚した】と粋な場面が。
 そこで私の魂への御馳走は何だったか考えてみた。幾つかの一つに、51回の
『海外ツアー』がある。資金的、時間的、精神的にも長年かけて、強硬な意思を
貫ぬかなければ不可能。心が折れそうな時、というより魂が衰弱した時、秘境、
異郷での大自然との邂逅や、立寄った美術館での名画との感動が魂への御馳走
になる。哲学の始祖であるソクラテスの、「人生の目的が魂の鍛錬」ならば、
大自然や、人類の歴史に残る芸術作品との触媒の感動で、自ら魂に滋養を与え
続けなければならなかった。40〜50歳代に年2回の秘境・異郷旅行の感動こそが、
魂の御馳走であった。魂の疲れが感動の滋養を必要としため、惹きつけられた
のである。親は子供に、幼児期から一流の芸術作品や音楽をシャワーのように、
浴びせ続ける義務がある。 聞くところによると、家内は10歳代半ばまで、
あらゆる習い事に通っていたという。幼少期に、こういうのに多く接触させて
おかないと、俗にいう、「世間人」になってしまう。 彼らは、噂話という
『毒団子』の餌で、魂をやられ、ゾンビになる。 幼児時期から少年期の頃、
父親は暇が出来ると、私を連れて古美術店に行き、茶道具や、仏像、絵画に
触れさせていたのも、一流品を幼児期から触れさせるためだったようだ。 
そのお陰か、逆に、『そういう物は、自分が所有をするのではなく、美術館で、
幅広く鑑賞し、多くの作者の魂と触れるべきで、何故にわざわざ買うのか?』
と思っていた。 感動、感激、歓喜、感謝は、人間の感情の最たる部類になる。
それは、所有をしなくても可能なこと。 大自然が数億、数千万年かけて作り
上げた景観に自ら近寄り、荘厳な世界に我を忘れ、感動するのが魂への最高の
御馳走。大都会の良さは、美術館や大ホールが多くあり、一流の芸術作品や、
演劇などに多く触れる機会が多くある。地方の良さは、自然の懐が深いこと。
 どちらも、それを感じ、受止める基礎がなくてはならないが。せっかく、
地球に生を受けたのだから、魂へ滋養を与え、鍛錬しなかれば生まれた甲斐が
ないではないか。余裕がない? ならTVを通して滋養は充分に取ればよい!

・・・・・・
5202,「人生はドラマだ」の演繹論的アプローチ
2015年06月12日(金)
      〜『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) 
   * ドラマトゥルギー
 哲学では、古来から人生を演劇に例えて、役割、演出、観客の目線から、
人生の意味を考えていた。それを社会学者が研究対象にしたのが以下である。
≪ 「人生はドラマだ」といわれることもあるが、まさにそのようなものとして
社会を研究した学者がいる。アメリカの社会学者アーヴィング・ゴフマンである。
ゴフマンは、人々が日常生活の中で、まるで舞台俳優のように演技し、周囲に
与える印象に気を配りながら行動しているという観点から、そのさまざまな実践
を詳細に描き出そうとした。ゴフマンのこのアプローチを「ドラマトゥルギカル
アプローチ」(演劇論的アプローチ)という。
ゴフマンの指摘によれば、私たちは常に「会社員」「親」「教師」「患者」と
いった社会から与えられた役割を状況に応じて演じ(役割演技)、自分の与える
印象を管理している(印象管理)。しかしゴフマンは、人々がただ自分の都合を
よくするために印象管理を行なっているといいたかったわけではない。
ゴフマンは、印象管理が時に舞台の維持を、つまりその場の秩序を維持するため
にも行なわれている、という点に着目した。「この状況では誰がどういう役割を
果たすべきなのか」という「状況の定義」が参加者に共有され、それぞれが役割
演技を行なうことで初めて、日常生活が成り立つと考えたのである。
 たとえば教師が生徒の前で、自分のわからないことを巧妙に隠そうとしたとする。
もちろんこれは自分の体面を守るために行なわれていることでもあるだろうが、
その一方で「学校の授業」という状況を守るためにも行なわれている。
教師は生徒に勉強を教え、生徒は教師の授業を聞く。「学校の授業」は、「教師」
「生徒」という役割に基づいた一つの舞台であり、これが壊れてしまえば、
まさに学級崩壊になってしまいかねない。
しかし、人は一方的に与えられた役割を演じるばかりではない。役割から敢えて
距離をとり、そこに役割から離れた別の自分を示そうとする場合がある。これを
「役割距離」と呼ぶ。「学校をサボる」ことを考えてみるとわかりやすいだろう。
往々にしてそういう場合、学校をサボって何かしたいことがあるというよりも、
それによって「生徒」という役割から距離をとることが第1の目的だったりする。
ゴフマンは、ドラマトゥルギーという観点を通じて、日常生活がごく些細な
不具合で破綻する壊れ物であり、役割演技と役割距離との駆け引きによって成り
立つ動的なものであるということを示そうとしたのである。「人生はドラマだ」
という言葉の通り、この観点は一見当り前のように思えるかもしれないが、
「現実が事実としてどうであるか」ではなく、「人々にとって現実はどう成り
立っているか」に視点を転換させることによって、人々のコミュニケーシヨンの
あり方を研究するために重要な役割を果たしているのである。 ≫
▼ 「世間様」の人々も、それが現実という幻想なら、それに同調するのも、
 一つの在り方であり、役割ということになる。硬く、蛇蝎のように嫌うことも
ないのである。旅行の効用の一つに、日常から「役割距離」を置いて、自分を
改めて見つめる効用がある。「印象管理」も、目新しい言葉だが、「役割演技」
に、必要なこと。その名人が、かのクレオパトラ。自分の美貌をわきまえ、
それを際立たせる「印象管理」が、抜群だったという。創業の組織つくりが、
そうである。役割を想定して人材を集め、訓練を入れ、役割を実行させる。
会社整理も、この視点からすると興味深い演劇になる。軟着陸?だからいえる?
・・・・・・
4837,「事業人生を決心して45年」の語り直しー13
2014年06月12日(木)
   * センチュリー・ベーカリー
 千城台ビルの一角でオープンさせた養老乃滝1122号店も、色いろあって一年も
経つと落ち着いてきたが、石油ショックの影響でテナントは一軒も埋まらない。
それなら、再び、自ら新たな店のオープンと、何が新しい商売がないかと探し
あてたのが、焼きたてベーカリー。日経新聞の記事に『東レ系の商社・蝶理が
冷凍生地を主にした焼きたてのベーカリーのフランチャイズを本格展開』。
名前はセンチュリー・ベーカリー。再び、怖いもの知らずで、何とかやれる!と、
取り込むことにした。早朝、4時に起床。一時間以上先の東十条店に数ヶ月、
研修をした後に、開店になった。居酒屋、ベーカリーなど業種は違っても、
立ち上げ手順は同じ。それでも二年前での、ビルの立上げが重なってないだけ、
居酒屋のオープンより遥かに楽だったが、しかし、開店前後のパニックは同じ。 
店一軒の立上げは、全身全霊で、持っている全精力を叩きつけるしかない。
産みの七転八倒の苦しみは何ごとも同じ?その都度、地獄。今度は居酒屋と
違って、家内がバックアップをしてくれ、本部の担当と同郷もあって呼吸が
合って、何とか乗越えた。とはいえ、冷凍生地のパンだけでは、店内の商品構成
が成り立たないため、粉からミキサーで練り上げ、発酵させ、焼き上げる。
パン職人が一ヶ月ほど泊まり込みで手伝いにきていてくれたが、早朝4時前に
起床、パンの仕込みを開始! 全てを自分一人がする重労働である。
しかし焼鳥屋の開店からみれば、楽。まず、店を賑わさなければならないため、
牛乳の1・8Lパックを、原価の10円安の売価で、売りに出し、表立っては繁盛店
だが、その実情は採算すれすれ。それを知らない姉夫婦が、それを見て焦った
ことを見てとった。そして、実兄に対する既存社員と組んだ嫌がらせがピークに
達し、実兄とトラブルが起きていた。兄からは怒りの電話が連日続くが、二店の
運営で手一杯。それをチャンスと見ていたのは分かっていた。その話合いに、
早朝の3時に起床をし、仕込みと焼き上げを終えて、開店を家内に頼み、帰省を
していた。ノンビリしている家内でさえ、「姉夫婦は基本がなってない!」
という始末。(当の本人が一番なってない?) 私の視点も、真逆の環境の
6年間を過ごしてきたため、呆れ返って『何を姑息なことを、やってるんだ!』
である。しかし、二人の周到に計算された手順の御家騒動の序曲。 
 その極限の状況の中で、思いもよらない底知れぬ力、得体の知れない力が、
己を支配し勝手に動き出していた。極限を超えると、そこに原始的、動物的な、
得体の知れない力が湧き出てくる。火事場の馬鹿力より、戦場の馬鹿力? 
これは極限では出ない! 極限を遥かに超えた場面でしか、この力は出ない。
そのためには断崖に立つしかない。それも捨て身で。小心な私など、その上に、
怒り主体の喜怒哀楽をエネルギー源にした狂人に徹するしかなかった!
この辺りから、創業の感覚が身に付いてきた。事業は常時戦場で闘い続けること。
一日を、48時間のつもりで、働き詰めなければならないこと。それが出来ない
なら、その下で、働くしかない。 しかし、時間の経過とともに、何時の間に
忘れるのが、人間の常。何時の間に、あの茹で蛙に自分?が・・ 
・・・・・・
4470, 最悪の結果に隠された、お宝は?
2013年06月12日(水)
   * この結果に意味があるとすると、それは何?
 「三羽の黒鳥(9・11テロ、リーマンショック、3、11震災)の到来で、
この結果に終ったのに何か意味(価値)があるか?」が、問いかけとして残る。
これまでの人生の節目で、最悪の状況こそチャンスが隠されていた。今回も下手
に切り抜けるより、早々に止めた方がベストだった。 この一連の三羽の黒鳥の
到来前に、日本は支配国アメリカによる意図的なバブル経済の生成と、崩壊が
あった。機を同じくソ連の崩壊と、中国の共産党支配化での資本主義経済の導入
で、世界を二分していた垣根が無くなった。更に欧州の経済統合による大混乱と、
アメリカの衰退が重なり、ここにきて一挙に混迷を深めている。 さて、私に
とっての今回の一連の隠されたベストの意味=価値は何だろう?の問いかけ。
《 森の生活からキレイサッパリと決別し、サバンナの生活というより、
 死に支度をすべし! そして、森の生活で、切り捨て目を背けてきたことに
対する再考。さらに、せっかく奇跡の星に人間として生まれたのだから、もっと
世界の広さと深さを知り、経験し、味わうこと 》が、結論。
「早々に隠遁生活に入り、老いと死に準備に本気に入れ」ということ。
 昨日の随想日記に書いたが、日本人男性の健康年齢(寝たきりや介護を受けず
日常生活ができる年齢)が70歳。死亡平均が79歳からして、9年の介護が必要。
80歳を過ぎなら分かるが平均としても、「70歳から10年間も、介護など誰かの
世話になる生活が待っている」とは思いもしなかった。「好きなことが出来る
のも、そう長くない」ことになる。9年間の不自由な介護状態なら長生きも
考えもの。 還暦を過ぎた辺りから生老病死の問題が、真正面からやってくる。
60歳までに、やりたい事をやり尽くした感があるので、焦りは少ないが、
甘くない近い将来が待っているのが現実である。そこで、「一日一日を、面白
おかしく生きる」しかない。また自分の「知識の球」「経験の球」の外側を少し
でも広げることだ。もっと人生の少なさに焦るべきは、身近な人の死をみれば
分かる。そういう年齢に入った自覚をより持つべきである。前期高齢者に入った
65歳が、森の樹上の生活も早々止めて、一度、森から離れ、世界を見直す時節。
「今さら、そんな小さな己の世界を広げてみたとて、何になる」というが、そう
としても、前向きに倒れた方が良い。知ること、行動すること、愛することを、
死ぬ瞬間まで少しでも広げることである。人生には多くの意味があって面白い!
・・・・・・
4096、私は完全な本 "日本フル自殺 'ー2を作った
2012年6月12日(火)
  * 21の文明の「種」と、現在残っている7+3の「種」
 この冒頭の文明の記述が、現時点の文明の立ち位置を知るによい。
5大文明の起源だけでは現代を捉えるに無理がある。情報化社会の到来が、
この文明の地域割り、民族割り、国家割りを、根こそぎ変え、現在は大断層
の真只中にある。中学校の教科書では5〜6千年前に五大文明が生まれ、
その延長上の文明が現在に至っているとある。学生時代にトインビーを知り、
文明の発展史の解釈に驚いたことを憶えている。 ーこの本の冒頭から
【 われわれの知っている最古の文明の出現は、現代から六千年以上さかのぼる
 ことはできない。しかし、この六千年の歳月の間に、ミノス、シュメル、
マヤ、インド、シナ、シりア、ヒッタイト、バビロニァ、アンデス、メキシコ、
ユカタン、エジプト、ヒンズー、イラン、アラビア、ヘレニック、西欧、正教
キリスト教、極東など、二十一の文明の「種」が発生し、成長し、あるものは
やがて没落し、消滅していった。二十世紀の現在なおこの地球上に生き残って
いる文明の「種」は、西欧文明、近東における正教キリスト教世界の本体、
ロシアにおける正教キりスト教世界の分枝、イスラム社会、ヒンズー社会、
シナにおける極東社会の本体、日本における極東社会の分枝、の七つの「種」
と、ポリネシア、エスキモー、遊牧民の三つの「種」の発育停止文明であると
トインビーは分類している。 過去六干年間におけるこの二十一の文明の「種」
の栄枯盛衰の歴史のドラマとその比較研究は、文明の発生、成長、挫折、解体
の原因やその一般的パターンについて、われわれになんらかの示唆を与えて
くれるものなのか。そしてまたこの歴史の教訓は、現代文明の進路選択、
日本社会の進路選択にもなんらかの寄与をしてくれるものなのであろうか。
こうしてわれわれは、特に文明の没落過程の共同研究に着手したのであった。】
▼ 中年期を終え老年期に差し掛かると、哲学、歴史に、より興味が増す。
 人生を振り返ると、そこに人類の歴史と重ねてみたくなる。シナが極東社会の
本体なら、日本は極東社会の分枝の中の己を歴史的位置から逆照射して、個々の
卑小さを確認することで、砂利同士の大きさや、変形の比較を気にしない心理
作用に効果的である。人生を実際に60数年間、生きてみて思う5千年の実感は、
  学生時代のそれとは全く違うもの。この情報化は人類のあり方を根本から
変えている。悲観的にも楽観的にもなるが・・・面白い!


5931,閑話小題 〜狂ったドン様と、耄碌した泡沫候補 

2017年06月11日(日)

  * 耄碌した泡沫大統領と、狂ったドン様
 トランプ米国大統領は、現代版の裸の王様そのもの。本人も勝利をすると
思ってもいなかったため、白人至上主義や孤立主義を掲げ、ロシアの援護射撃を
要請するなど、やりたい放題。ところが間違って当選したのだからことは重大。
耄碌した泡沫候補は政治的経験もなく、適応が困難。 出来ることは朝鮮戦争を
仕掛けることぐらい。泡沫も、老い先少ないため、後は野となれ山となれ。
危ない要素が、あまりに大である。その隙に血迷ったドン様が、核弾頭ミサイル
の開発に専念。国際社会に対し、脅しをかけているのが現状。
 北の核ミサイル潰しなら、東洋人の100,200万人の犠牲も厭わないと…? 
一番困るのは、矛先を向けられる東京とソウル市民? 大陸間核ミサイルが
完成する前の現在が最後のチャンスと、総攻撃の可能性が出てきた。叔父と
兄を殺し、目障りな側近を粛清し、得意満面な血迷ったドン様。日・米・韓と、
中国、ロシアとケッタイな役者が勢揃い。ロシアが、陰湿の手段で、朝鮮戦争
を仕掛け、その隙に、勢力拡大を目論むには最適な情勢になっている。ところで、
トランプが4年の任期を全うできる側の賭けのオッズは2倍。できない方は1・4倍。
 先週のシネマは、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。
犯人の二人の兄弟の目線もあって、いつの間にか引き込まれていった。
直ぐに思い立ったのが、狂ったドン様、自分が何をしているのか全く自覚がない
のだろう。とはいえ、数百万の生命がかかっているだけに、下手に手を出せない
が、そのまま放っておくわけもいかず、思案のしどころ。欧州のテロ騒ぎに
引き続き、今度は、朝鮮半島と、日本の本土にも飛び火が? 
 成るほど、韓国人の7割が移住希望というのも理解できる。
父親の金正日ドン様、『男はつらいよ』のファンで知られていた。

・・・・・・
5566,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月11日(土)
    * 『男はつらいよ  寅次郎ハイビスカスの花』
 少し足らない流しのテキヤの映画を取上げること自体、少し憚るが、
人間の本質が、その足らなさから現われ出ているから、共感するのだろう。
『男はつらいよ』シリーズで最も良かったのは、リリーの三部作の完結篇。
TVの再放送で5〜6回以上は観ただろうか。 他に、印象に残ったのが、
石田あゆみマドンナの『男(赤)はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』。29作目。
これもシリーズで屈指の名作。片岡仁左衛門、柄本明の役者陣も見事である。
  〜『ハイビスカスの花』を検索すると〜
≪『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』は、1980年8月2日に公開された。
 男はつらいよシリーズの第25作目。リリー三部作の完結篇。マドンナは
4度目の出演となる松岡リリー役の浅丘ルリ子。観客動員数は206万3千人。
尚、2006年3月、シリーズ全作品を放映したNHK-BS2が募集した人気投票で、
視聴者から「後半24作品中のベスト1」に選出された。
  〜あらすじ〜
【博が街でリリーを見かける。リリーは寅次郎に逢いたいと博に告げる。
とらやで、寅次郎の噂をしていると、偶然寅次郎から電話があり、リリーが
逢いたがっていると伝えると、寅次郎は興味を見せない素振り。しばらくして、
寅次郎は柴又に帰ってくる。しかし間の悪いことに、とらや一行は水元公園に
ピクニックへ出掛ける所であった。慌てて、荷物を隠し体裁を取ろうとする
さくら達。その事で機嫌を損ねた寅次郎は、さくら達と大喧嘩をする。
出て行こうとする寅次郎の下へ、手紙が届く。手紙の内容は、リリーが沖縄で
病気で倒れたとの事で、寅次郎はあわてて沖縄に向かおうとする。皆で相談
しあった結果、飛行機で行く事に決まるが、寅次郎は断固拒否する。
博に説得されしぶしぶ了解するが、翌日飛行場で柱にしがみつき駄々をこねる。
そこへ通りかかったスチュワーデスに連れられ搭乗し、なんとか沖縄へ。
寅次郎と再会したリリーは涙を流し喜ぶ。次第に、彼女の病気はよくなり、
漁師町で一緒に生活を始める。しかし、その一方で地元の娘と浮かれる寅次郎。
ある日、ちょっとしたことで二人は大喧嘩。翌日リリーは沖縄を去ってしまう。
寅次郎は慌てて身支度を整え、手近な船に乗り、東京へ戻ろうとする。
島伝いに、時に行き倒れになりながらも、なんとか柴又にたどり着いた寅次郎。
そこで、偶然リリーに再会し、おおいに喜び合うのであった。さくらは、
リリーに寅次郎と結婚して欲しいと漏らし、寅次郎も「俺と所帯を持つか」と
発言するが、リリーは冗談として聞き流す。そうして、柴又駅で二人は悲しく
別れるのであった。好き合いながらも、お互いのプライドや体裁で一緒に
なれないリリーと寅次郎であった。】 ≫
▼ 考えてみれば、風に吹かれるまま、自由気ままでいられたのは、時代背景
が高度成長期にあったから。 その日暮しの安宿を泊まり歩く、ホームレスの
テキヤの寅と、フリーの売れない歌手リリーの境遇は似ている。
以前、経営していたホテルの宿泊客に、全国を股にかけた、流しのホテトル嬢
が何人かいた。 夕刻に出掛け、朝帰りのため、聞き込みの刑事に怪しまれない
よう、自分の職業の申告を最初からする。 外見からして、ごく普通の女性。
 寅と、リリーの明日をも知らない危うさから生まれるドラマが、共感を呼ぶ。
最初は、1960年代半ばの、鶴田浩二や高倉健、池部良らを主役脇役に据えた
「ヤクザ映画」のパロディとして企画された映画が、シリーズ終了後、20年
も経つのに、今でも、再放送されるのは、現在、失われつつある日本の家族の
原型が、そこにあるため。TV欄を見ながら、『また寅か、されど寅ですか〜』
〜これも偶然、寅さんの生き様、「目標なく生きる重要性」が書かれている〜
寅の生き様こそ、人間のあるべき姿かもしれない。
 「アホ違うねん、パーなんや」  で、「パーは、どっちがねん?」

・・・・・・
5201,老年期の意味 
2015年06月11日(木)
   * 目標なく生きる重要性
 現役から、余生の時節に移行して、それまで見えていた社会の様相が、
全く違ってみえてきている。現役時代は目的的な強い束縛の中で日々を
過ごしてきた。何もしないことは良くないことと、信じて疑ってなかった。
現役の知人に、『何もすることがないのも、良いことだよ!』といった時に、
明らかに恐れと戸惑いが現れ出ていた。ただ、ブラブラと無目的的に日々を
暮らすと、日常の中の、景色が、違ってくる。それが御隠居の特権である。
 京大教授の山極寿一の、「老後の意味」の論が面白い。
≪ 人類の進化史の中で、老年期の延長は比較的新しい特質だと思う。
 ゴリラやチンパンジーなど人類に近い類人猿に比べると、人類は多産、
長い成長期、長い老年期という特徴をもっている。多産はおそらく古い時代
に獲得した形質だ。人類の祖先が安全で食物の豊富な熱帯雨林から出て、
肉食動物の多い草原へと足を踏み出した頃、幼児死亡率の増加に対処する
ために発達させたと考えられる。成長期の延長は脳の増大と関連がある。
ゴリラの3倍の脳を完成させるため、人間の子どもたちはまず脳の成長に
エネルギーを注ぎ、体の成長を後回しにするよう進化したのである。
脳が現代人並みに大きくなるのは約60万年前だから、その頃すでに多産と
長い成長期は定着していたに違いない。
しかし、遺跡に明確な高齢者の化石が登場するのは数万年前で、ずっと
最近のことだ。これは、体が不自由になっても生きられる環境が整わなかった
からだと思う。定住し余剰の食料をもち、何より老人をいたわる社会的感性が
発達しなければ、老人が生き残ることはできなかったであろう。
家畜や農産物の生産がその環境整備に重要な役割を果たしたことは疑いない。
ではなぜ、人類は老年期を延長させたのか。高齢者の登場は人類の生産力が
高まり、人口が急速に増えていく時代だ。人類はそれまで経験しなかった
新しい環境に進出し、あつれき人口の増加に伴った新しい組織や社会関係を
作り始めた。さまざまな軋礫や葛藤が生じ、思いもかけなかった事態が数多く
出現しただろう。それを乗り切るために、老人たちの存在が必要になった。
人類が言葉を獲得したのもこの時代だ。言葉によって過去の経験が生かされる
ようになったことが、老人の存在価値を高めたのだろう。
 しかし、老人たちは知識や経験を伝えるためだけにいるのではない。
年や壮年とは違う時間を生きる姿が、社会に大きなインパクトを与えることに
こそ大きな価値がある。人類の右肩上がりの経済成長は食料生産によって
始まったが、その明確な目的意識はときとして人類を追い詰める。
目標を立て、それを達成するために時間に沿って計画を組み、個人の時間を
犠牲にして集団で歩みをそろえる。危険や困難が伴えば命を落とす者も出てくる。
目的が過剰になれば、命も時間も価値が下がる。その行き過ぎをとがめるために、
別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない。老人たちはただ
存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。
その意味が現代にこそ重要になっていると思う。≫
▼ 落語の『御隠居と与太郎』の問答が、正しく、これ。人生を消化した
 御隠居と、何もしらない与太郎の無目的の状態の二人が、目的的社会に
ついて笑い飛ばす。4年前に、それまでの自分の姿が急に面白くなり、腹の
底から笑ってしまった。それで憑物が落ちたのだろう、開き直れたようだ。
元もと、アウトサイダーを自認して、社会との関りを最小にしていたことも、
現在の日常を楽にさせてくれている。夕暮れには夕暮れ時の楽しみがある。
 〜以下のことは森のこと。後は、娑婆娑婆したり、しなかったり!
・・・・・・
4836,「事業人生を決心して45年」の語り直しー12
2014年06月11日(水)
   * 閑話小題 ー事業人生を振返って、あらため気づいたことは
 人生を鳥瞰すると、その時々に直面する問題に無心で取組んでいると、違う
チャンスが生まれているのが見て取れる。これは、課題に対する「正中心一点無」
の奥底から自然に生まれ出る不思議な因縁。前向きに正面から中心点に無心で
取り組み続けると、自然と機会が生まれてくる。過去・現在・未来とも、その
正中心一点は、時代のウネリ。この数年来では、2008年9月15日のリーマン
ショックと、2011年3月11日の東北大震災と、津波による福島第二原発事故。 
このリーマンショック対策で、今でも世界主要20ヶ国のトップが一年に一度の
会合を開いているが。実は未解決案件!
 金沢にいた頃は、『ドルショック』。千葉の創業時には、『石油ショック』
が直撃。その直後の数年は、その重大さが理解できない。が、数年後に現象と
して現れ出てくる。千葉での石油ショックは、創業初戦の私を直撃をした。
あてにしていた道路一本前の空地の5百室のマンション計画が緊急中止。
周囲の空気が一変してしまった。ビル内のテナントは全く入る気配がなし。
軽い気持ちで始めた養老乃瀧のオペレーションは、手こずるし、本部から
手伝いの開店指導員は、店の乗取りをはかってくるし、その上に、お嬢様育ち
の家内は戦力に全くならない。また凶暴化した酔っぱらいの店内での喧嘩や、
因縁に対処が出来ないため、なすがまま。あたかも西部劇の酒場の場面の
ようで、一日一日が瀬戸際のドラマである。 これが創業の苦しみと、つくづく
思い知った日々。〈背中に、重い荷物を担いで、足には鉄の下駄を履いて歩いて
いるよう〉という実感があった。その時、戦中、終戦の最なか、両親は、この
数倍、数十倍の苦労した苦労話と、幼児期の両親の苦労姿を、改めて思い知る。
両親には戦災の中、一家の生活がかかっていた。 そして、父親の死。
これが、自分への父からの贈物と、実感する。今度こそ、頼れるのは、自分と、
取り組んだ事業のみと! しかし、それも三ヶ月、半年と経つ内に、仕込み、
仕入れなど、一日15時間の勤務時間が、12時間、10時間、8時間と
減っていった。そこで、養老の滝を一緒に取り組んだ相方に任せ、自分は焼き
たてのテイクオフのベーカリーに取組む。とにかく、このミニビルを何とか
「カタチ」にしなくては! と。
ー偶然、12年前同月同日に「創業のすすめ?」をテーマとして書いていたー
・・・・・・・・
2002年06月11日(火)
434,創業の勧め??
過去に創業を何回か繰り返してきた。好きで自分で望んだ事だから、
そう苦ではなかった。しかしそう甘くもなかった。
その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。
やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で
判断していかなくてはならない。ゼロからの出発である。
表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、キーワードは
「発狂」である。まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに
創り上げていく工程を踏んでいるのだから。部外者の人は狂っているという。
そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。基本に忠実にゼロから一人で、
一日一日孤独の行為の積み重ねである。その時、見えるのは人間の
浅ましさと嫌らしさである。これは自分の事でもある、人間の底である。
・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。
・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。
・その積み重ねが事業の出発点である。
・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。
 むしろそれが正しい事を証明してくれている。
・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。
・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・
 ・・・・・・金である。
 それを命を賭けて投資するのである。なけなしの金と銀行から借りた
資金を合わせて、その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 
それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。  
 いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。
コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げ
しかない。500?の成功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。
それで実際のところ50?しかうまくいかないだろう。
 実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても
後悔はしないと。創業は勉強になる!! それでこの程度!

・・・・・・
4469, 余命半年 −5
2013年06月11日(火)
        「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
  * 生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五
「生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五」説によると、人間は75歳。
その辺りが大きな目安になる。去年、知人が75歳で亡くなったが、70歳
前後から急激に衰えていった。特に男は75歳、女性は80歳辺り。成るほど
後期高齢者の区切りである。この辺の健康状態で、あと何年かが決まって
くるようだ。 ーその辺りからー
≪ 川上嘉明氏の著書『自然死を創る終末期ケア』を読んで、私は生物の生命
 過程の事を知った。生物には成長期・生殖期・後生殖期の三つの時期がある
という。そして人間は後生殖期が長いのが特徴であるとのことだ。なるほどと。
確かに昆虫など、生殖期を終えればすぐに死んでしまう種の数は多い。ほ乳類
の場合は、最大寿命と性成熟年齢が性の相関関係にあるとされ、生物の最大寿命
は生物の性成熟年齢×五であるらしい。最大寿命と言うのは、限界の寿命である。
人ならば性成熟年齢の十五歳×五の七十五歳が本来限界となるはずだ。
しかし、周囲を見回せば明らかなように、今や限界超えが当たり前。
図をみると、実際にヒトだけが逸脱して限界を超えてしまった。人類がなぜ
後生殖期が終わったのちに、これほどまでに生きられるようになったのか。 
それは「医療」の発展ゆえである。ついぞ五十年くらい前までは「人生五十年」
の世界であった。しかし、人類にとってかなりの強敵であった感染症に対して、
西洋医学が優位に立つと、寿命はぐっと延びるようになった。もちろん栄養状態
の改善も影響しているだろう。あるいは衛生環境の改善等も。体格が世代を重ねる
ごとに良くなっていることは、清潔で栄養に満ちた生活が提供されている
一つの証明でもあると考えられる。≫
▼ ちなみに類人猿のチンパンジーは50歳、ゴリラは40歳後半で、50年前
 までは、人間と変わらなかった。病気を治す術を得た分、長生きが出来るように
なった。その最大寿命の75歳に近づいてきた。70を過ぎると、摂生してきた
人と、不摂生してきた差が鮮明になる。 私も酒の飲み過ぎもあり、その辺りが
大きな関門だろう。 ところで、介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、
自立して健康に生活できる期間を示す「 健康寿命」を2010年に男性70・4歳
(10年の平均寿命79・5歳)、女性73・6歳(同86・3歳)と厚生省が
初めて算出し、発表した。大体10年間が、介護か寝たきりなる。 
あと3年で平均で達するので、現在、介護を受けても不思議でない。そうすると、
まだ元気な現在、好きなことが出来る時間的余裕が少ないことになる。
10年間の介護を考えると、末期ガンになってもジタバタしないで、悄然と
従うのが良いのかもしれない。そうこう考えると、老いの現実は厳しい!
介護、寝たきりまで平均3年、死まで12年? 男が平均70歳で、寝たきりか
介護? 周囲を見渡しても、そうだろうか? 自分を考えると3〜4年先に倒れ、
その2〜3年先とすると不思議でない。とすると二年前の会社整理は正解? 
ものは考えよう。


5930,閑話小題 〜褒められることと、貶されること

2017年06月10日(土)

    * 褒められること、貶されること
 人とは貶されたことは直ぐに忘れるが、褒められることは、いつまでも
憶えているもの。若いうちは逆だったが… これは生きていく上の知恵で、
褒められたことを何度も思い返し、嫌なことは隅に追いやるためである。
だからこそ、人は生きていけるのだが。
 作家の渡辺淳一が、「女性に持てたいなら、心を込めずに褒めなさい」と
述べていたが、正に、女心のアヤをついている。何気なく、思いのままフッ
と褒めた言葉が、いつまでも心に残るもの。貶すも、褒めるのも、たった一言
で済むのならば褒めるが勝ちである。女性の多い職場に長くいて感じることは、
思いの外、美人は持てないということ。そしてナルシストのこと。視線は感じ
ても、直(じか)に、褒められる機会が少なく、褒め慣れていないのである。 
だから、下心を?持たないで、さりげなく褒められるのに弱い。逆に貶される
ことに、人は、意外と強いのである。 何故に、こうなるのだろう? 
褒められると、全人格まで肯定された錯覚に陥るからである。営業専門職は、
「褒め殺し戦術」を身に着けることが第一歩とあいなる。一番、巧妙なのが、
「教えを乞う」のである。そして、教え頂いたことに過剰反応を示すのだ。
有能な営業マンは、それ故に、相手以上に、相手の知識、ノウハウを身に
着けていき、芸術的技術となっている。 当然、女性にも向けられるが、逆に
警戒されて門前払いされるケースが多いようだ。
 20、30歳代の頃、「三度褒め」を若い美人に限って、心がけていた。
より効果があるのは、内語として繰返し思っている方が、より相手に伝わる? 
で、持てていたかといえば… そうでもないのは如何なることか。
この「三度褒め」、全ての人に実施していたら、人生、変わっていたのだろう。 

・・・・・・
5565,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 〜
2016年06月10日(金)
  * 世の中にはこんなに面白い人たちがいるんだ!  火野正平
 この番組で立寄る道路沿いの食堂の場面がよい。家内は、その場面になると、
台所からやってくる。食堂の御上さんの、さり気ない人柄に味わいが滲み出る。
番組は、この3月で六年目。去年の秋に通算五百日を突破したから、一年で
百日は自転車に乗っている。 私はまる7年間、一年230日間として、
1600日、一日、12キロMとして、大よそ、1万7千キロになる。ただし、
私の場合は、同じ道を一周して帰ってくる散歩かわりのポタリング。一度、
雨道でスリップをして地面に叩きつけられたことがあるが、転倒は、一度だけ。 
  〜後半からコピー
【 この番組のいいところは、手紙に書かれている風景が見えなくても、
それで終わりにすること。例えばタ焼けって、天気が悪かったら見えないけど、
それはそれ。「見えないからごめん」って。静岡に二週間いても富士山が一回
も見えなかったり、富山に行っても全然立山が顔出さなかったり。
あとは「心の目」で見てください、と。
 よく「人との触れ合いが面白い」と言われるけど、そこまで意識はない。
番組だから地元の人に声をかけているだけで。もちろんべっぴんは好きだよ。
遠くにいても、可愛いと直ぐわかる。後で番組を見直しても、こんなきれいな
人をよう見つけたなと思うことも多い。でもそれ以上に「世の中にはこんなに
面白い人たちがいるんだ」と気がついた。いい子、可愛いおばちゃん、おもろい
爺ちゃん。そういった人たちに、俺は嫌われていなかった、というのも驚いた。
自分でもあまり良いイメージはないだろうなと思っていたから。
これは発見やった。休みのときも、街でよう声かけられるもの。
 五年もやっていると、体がしんどくなることもある。前期高齢者だから。
基本的には日曜に集合して、月曜から木曜まで走って、金・土が休み。
監督もカメラマンも音声もローテーションで交替していくけど、俺だけは
出ずっぱり。だからギャラが一番高いんだと思うけどさ。また冬は放送が
なくて三カ月ぐらい休むから、春は旅に出て最初の一、二週はしんどい。
「今回は大丈夫か?」ってなるけど、三、四週とやるうちに「行けるん違うか」
ってなる。体が順応できるようになっているんだね。これまでトレーニングも、
体調管理なんてしたこともない。検査も行ったことないし。きっと管理なんか
したちストレスがかかって逆におかしなると思うね。野放しで行けるところ
まで行きたい。そうしたらこの前テレビに養老孟司さんが出ていて、78歳で
タバコは吸うし、酒も飲むし、検査も絶対に行かないって言っていた。
解剖医なのに(笑)。それを見て新しい目標が出来たなと思ったよ。最後の最後に
密かに行きたいと考えている自分の「こころの風景」はある。カウァイ島なんだ
けど、本当に涙が出てくるような風景なんだ。いつかご褒美で行かせてくれへん
かなと思っているけど、ど、うやろう。『にっぽん縦断』やから難しいかもな。】
▼ 前期高齢者の火野は、雨天の時は、結構しんどそうだ。通りすがりの人や、
 乗用車から、『いつも、見てますよ』の声が、視聴者全員の声を代弁する。
7年間の毎朝のミニサイクリングで、平日の信濃川の長岡大橋と大手大橋を、
iPodで音楽を聴きながら、鳥の声と、爽やかな空気と陽光を受け走っていると、
『早起きと、一寸した工夫で、毎日、夢のような快適な時間を過ごせるのに、
何故、誰も気づかないのだろう?』と思うこと度々。この閉ざされた時空の中
では、毎朝、毒出しをしないと、精神のバランスが保てないこともあるが。

・・・・・・
5200,ライフステージより、ライフコースへ 〜2
2015年06月10日(水)
      『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) 
  * 個人の活動領域が重視されるライフコース
 ライフサイクル論では、家族を中心に捉えられているが、ライフコースは、
個人が中心に据えられている。戦前まで平均寿命が50歳だったが、今では80歳。
それぞれの第二、第三の人生のコースが自ずと多様に分かれてくる。
≪・・植物は種から芽を出し、花を咲かせ、実をつけ、また種をつくり、枯れる。
 同じように動物もまた、親から生まれ、成長し、子をつくり、死んでいく。
このように、一つの生命の始まりから終わりまでに着目すると、それは循環して
いることがわかる。人間もまた、一つの生命で、動物であることを考えると、
他の動植物よりも複雑ではあるものの、それは循環しているように見える。
 すなわち、親から生まれ、成長し、家族をつくり、子供を育て、歳を取り、
そして死んでいくというわけだ。こうした、出生、成長、成熟、老衰、死亡という、
一生の中の規則的な過程を「ライフサイクル」という。とはいえ人間の場合は、
いうまでもなく、たんなる循環ではない。私たちは、たいていの場合、自分の
平均寿命(日本人の場合、およそ八○歳)を知っているので、自分が歳を取って
死ぬまでの人生を漠然と思い描いているかもしれない。けれども、たとえば、
乳幼児の死亡率の高さを考慮しなくてはならないものの、平均寿命が五〇歳を
超えたのは、実は戦後のことなのだ。さらに、人類の歴史を振り返ってみれば、
その大半は一〇代で亡くなっていたと考えられる。つまり、私たちが老いること
と死ぬこととを結び付けて考えること自体が、それほど自明なことではないのだ。
したがって、私たちの人生は、単に生物学的に捉えるのではなく、社会的・歴史的
影響と結び付けて考えられなくてはならない。こうして、「ライフコース」という
概念が必要となる。ライフコースとは、グレン.H.エルダーによれば、個人が年齢
別の役割や出来事を経ながら辿っていく人生の経路である。ライフサイクル論では、
生物学的な加齢が重視され、また、個人が家族の中で成長し、家族を形成し、家族
の中で人生を終えることが前提とされていたために、家族それ自体が注目される。
これに対してライフコース論では、家族の内部だけでなく、学歴や職歴、場合に
よっては兵歴など、社会変化の影響を受けやすい個人のさまざまな活動領域が
重視され、その経歴の複数の束として多様な人生が想定されている。そこでは、
個人は社会変化の影響を受けると同時に、社会変化をつくり出す存在でもある。≫
▼ 三組に一組は離婚する時代。これも一つの選択のコースである。一生未婚の
 ケースもあるし、離婚再婚を繰返すケースもある。事業創業人生を目指した
私のケースも、特殊なライフコースである。時代の社会変化が直撃し翻弄され、
その束が人生になる。元もと覚悟の上のため、最後の結果をスンナリ受け入れる
ことができた。この辺りは経験しないと分からないこと。 空虚しか残らない、
薄笑いを浮かべたライフサイクル論のドブネズミに到底理解など出来ようがない。
・・・・・・
4835,「出羽の守」の功罪
2014年06月10日(火)
  ー(耕論)「出羽の守」の功罪ーより 
 新鮮な海の魚貝などの港で、レポーターが、軽いのりで、
『これって、東京では、高くて・・』などを聞くと、またか〜何様じゃ御前は。 
東京は東京、産地は産地だろうに!と。高校を卒業し上京した時、注意された
のが、私の口癖、『いわゆる○○』。無意識で、『私の言葉では○○』の置換え。
小さな厚い殻から、社会や知識を置換えていた、自身の出羽の守を指摘された
のである。 朝日新聞の文化欄のー「耕論」「出羽の守」の功罪ーが面白い。
  ーまずは、その一つからー
《 あなたの周りにもいませんか。「アメリカでは」「ネットでは」を連発する
 「出羽の守(かみ)」。うんざりすることもあるけれど、聞けばもっともな
 こともある。その弊害と効用とは。
   * ペンギンに飛べと言うな   野島博之さん(予備校講師)
「出羽の守」を抜きにして、日本史は語れません。「中国では」という形で、
実に多様なものを取り入れてきた。古代なら律令と仏教、中世は禅宗、近世は
朱子学がその代表例です。日本の「出羽の守」には二つの特徴があります。
・一つは、「出羽の守」ならではの吸収力を生かして、
 ときどきの文明を高次化してきたこと。
・もう一つは、最初は「出羽の守」で始まったものの多くが、
 やがて日本化・独自化したことです。
日本のものすごい模倣力を示す好例が古代の都です。7世紀の終わり、日本は
中国の古典に学んで、宮城が都の中央に位置する藤原京という壮大な都を築いた。
ただこれは、当時の唐の都とは異なっていました。8世紀初頭の遣唐使が唐の
最新情報をもたらすと、日本は藤原京をあっさり捨て、今度は長安城にならって
宮城を都の北端におく平城京の建設開始。東京スカイツリーを3基も建てた
国家的プロジェクトの直後に、「あれ、ちょっと違うぞ」ということになって、
また3基、別の場所に建て直した感じです。 日本化・独自化という点では、
茶の湯や枯山水がわかりやすい。いずれも禅宗に起源をもち、やがて、追随
しがたい小宇宙とでもいうべき日本独特の様式を作りだしていきました。
よく知られているように、幕末以降、西洋文明の導入にも日本社会は異常な
エネルギーを発揮しています。この過程で、帝国主義的な態度や行動も身に
つけた。欧米諸国は第1次世界大戦のもたらした悲劇を背景にして、そうした
行動様式を転換していくのですが、大国意識を強めた日本は、第1次大戦の
教訓を真剣に学ぼうとはしなかった。そこには仕方のない面もありましたが、
ただこの「出羽の守」精神の決定的な欠如は、後に日本がみじめな敗北を喫する。
 現在の日本は、キャッチアップ型の社会を終え、あらゆるところで「今度は
自分で飛べ」とけしかけられています。でも、日本は飛んだことのないペンギン
のようなもの。突然変異は容易じゃない。夢をあきらめる必要はないけれど、
ペンギンはペンギンらしく、まずは自分の得意技を、とことん磨くべきです。
・・(中略) イノベーションと「模倣の果て」はほとんど同義です。
ぶれずに考えて考えて、また考える。細部にこだわって工夫して工夫して、
また工夫する。この精神が必ずブレークスルーをもたらしてくれます。 
ペンギンは空は飛べないけれど、水中なら自在に動ける鳥類ですから。
                      (聞き手・尾沢智史) 》
▼ 高校を卒業後10年あまり経った後、Uターンで地元に帰って驚いたのが、
「長岡出羽守」の世界。実は現在も驚きは同時進行。 その違和感が強く、
同窓関係と、一部の人以外、殆ど付合いがない。それぞれの地区の出羽守には、
プラス・マイナスの両面がある。 私自身は、さしずめ「堀井誠作(父の名)
出羽守八郎」。流通先進国の米国出羽守で、何時の間にか、流通で米国に追い
ついたら、こんどはネットで、アメリカに先をこされた。ネットは、デジタル
の世界。果てることのない『出羽の守』が出現してきて、その功罪は大きく
なっていく。
・・・・・・
4468, 99・9%は仮説、ですか〜 −6
2013年06月10日(月)
 「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
   * 第5章 「大仮説ー知的設計説」はありえる世界
 宇宙・世界・人間の存在を考えるほど不思議なものはない。特に自然界には
驚くようなことばかり。極楽鳥や孔雀の美しい姿が、デザイン無くして、進化
だけで表現出来るのだろうか。地球という惑星もしかり。これらは知的設計者が
存在すると考えると一挙に解決する。進化論だけでは解決できない疑問があり過ぎ。
そこで神様を、そこに持ち出しても埋めることができない。所詮は、人間が創り
出した絶対者の主役でしかない。我々の住む宇宙以外に10の5百乗の数も
存在し、ループ状の管で繋がっている可能性があるというのだから、何があって
も不思議ではない。いや10の5百乗の宇宙の存在の方が、この大仮説より
遥かに衝撃的である。 ーその辺りを抜粋してみるー   
≪ もしかして、この宇宙は、どこかの実験室で創られたものなのかもしれない…。 
 こういった突飛な考え方を、頭ごなしに否定してはいけません。科学では、
どんな発想もアリなのです。前例がないから、常識からはずれているからと
いって否定するのは、まったく科学的な態度ではないのです。・・「大仮説」と
呼ばれる仮説があります。現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説のこと。
でも、そんな「黒い(まちがっているように思える)仮説」であっても、
頭ごなしに否定することではできません。もしかしたら近い将来、大発見で
これまでの常識がひっくりかえって、大仮説こそが「白い(正しいと思える)
仮説になっているかもしれない。現在、進化論を信じている人が、たった
37%。 いまのアメリカで物議をかもしだしている科学論争に、
「インテリジェント・デザイン説」というものがあります。直訳すると
「知的設計説」ですね。人類の起源の話です。むかしは、聖書の記述通り、
約6千年前に人類は神によって創られたという「創造者説」が一般的でした。
それに対して、すごく原始的な生物から40億年という時間をかけて少しずつ
進化していったものが人類であるとしたのが、ダーウィン(1809〜1882)。
 ひとことでいうなら、知的設計者説というのは、このダーウィンの「進化論」
に対する対立仮説なんです。これは、カリフォルニアサンディエゴ校で
1999年に作られた仮説です。宇宙のどこかに知的設計者がいて、その知的
設計者がDNAを設計して、生物を創りだしたという説なんですね。だからこれは、
形を変えた創造説といえなくない。ただし、聖書に書かれているような神様で
はなく、あくまで知的設計者という言い方をします。 さて、この説を高校や
大学で教えていいのかどうかという議論が、いまアメリカで盛んに行われている
のです。「進化論は正しい、検証された仮説なんです」というように教える
べきか、あるいは「進化論はたくさんある仮説のうちにすぎず、対立する仮説と
してはたとえば知的設計者説というものがあります」というように教えるべきか。 
そういう論争なんです。日本では、まだこの問題は論じられていませんが。 
それでブッシュ大統領が、この問題に関して、後者(知的設計者説)の
ようにしたほうがいいだろうみたいなことを公の場でいって、一気に大騒ぎに
なっているんです。 ・・13歳から17歳までのアメリカの若者に、
ダーウィンの進化論についてアンケートをとった結果があります
それによると、ダーウィンの進化論は証拠によって支持された、検証済みの
科学理論であると思っている人は37%。たくさんある仮説のうちのひとつに
すぎず、それなりに検証されているが確定的ではないと思っている人は30%。
残り33%の人は「わからない」という結果です。これから、若者のあいだ
では進化論が揺らいでいることがわかります。・・ ≫
▼ 実際に我われは三次元の世界しか知ることが出来ないが、
 4次元〜10次元の世界があるという。その次元の存在が三次元の我々の
世界を操作しているとしても、我々には認識しようもない。一神教はアッラー
の神が、それにあたると主張するだろう。最後は宗教問題に行き当たる。
宇宙や世界の存在の不思議が深まるにつれ、認識と判断は困難になっていく。


5929,ネットの未来 ◆ 船螢⊇爾函非リア

2017年06月09日(金)

       <「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著>
   * ネット原住民とは
 この本を読みながら、リタイア後の私は、ネット原住民の仲間入りと、
ほくそ笑んでいたが、彼らは、そんな甘くないコテコテの引籠りの人種。
ネット原住民というより、ネット先住民といった方が正しい。
今では、スマフォが普及して、ネット社会という新世界に大量になだれ込ん
でいる。先住民にとって新大陸で、非常に迷惑という。カメラ機能を使い、
現実世界の楽しみを公開、先住民のプライドも、ズタズタに壊される。
 〜その辺を要約すると
≪世には「リア充」という言葉がある。これは、リアル(現実の生活)が充実
している人で、具体的にいうと、友人や彼女と日々楽しんでいる人をいう。
逆にリア充でない人を「非リア」と呼ぶ。ネット住民は、自らを基本的には
非リアと認識している。非リアに認定される条件は、もともと、もっと厳しく、
彼女がいるかどうか、それも人生の中で一度も彼女がいない、風俗経験すら
ない位でないと、非リアと認定されなかった。ネット上では、自分がリア充で
ないと主張することが重要になる。リア充は、ネット社会で憎悪の対象であり、
迫害の対象になる。
 ネット住民が誰かリア充を呼ぶとき、基本的にはその言葉に敵意が込められ
いる。ネットでよくみる言い回しに「リア充、氏ね」とか、「リア充、爆発しろ」
という。ちなみに、「氏ね」というのは、「死ね」という意味がある。
住民には、複雑な優劣等感が入り混じっている。
 ▽ ネット住民の劣等感の例
・現実社会で友達が少ない
・彼女・彼氏がいない
・学校でいじめられた経験がある
・自分の趣味の理解者がいない 話すと相手がひく。
 ▽ 優越感の例
・PC、ネットの使い方に詳しい
・新しい情報をネットを通じて調べる能力がある
・ネットリテラシー(何をすると炎上するか)に詳しい。
リア充は、最近では、肯定的な意味で使われることが多くなった。
「リア充」と同じぐらい重要な言葉が、「情報強者」「情報弱者」。
つまり、ネット検索で最新の情報、正しい知識を手に入れ得をしている人達。
今では、情報強者とは、賢い人、情報弱者は馬鹿、というニュアンスがある。≫

▼ 一日、16年以上、3〜4時間はパソコンの前に座っている私は、先住民と
 思い込んでいたが、後続の流民の一人、地続きの二つの世界に住む、大部分
の人たちでしかない。新しネット住民は、現実世界を楽しむ「リア充」で、
占められている。先住民は、その居場所を追いやられ、怒りに満ちている。
新大陸に居場所をつくってしまえば、これほど面白いところはない。流民の
私の実感は、<とにもかくにも、落ち着き、充実感があり、面白い!>

・・・・・・
5564,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 〜
2016年06月09日(木)
   * 自転車に乗ってとうとう6年目  火野正平
 「文芸春秋・4月号」に火野正平の『自転車に乗ってとうとう6年目』があった。
私自身が、8年目になるので、これに触発され始めたのではない。兎にも角にも、
直に川辺の自然の中を電動アシストの力を借りて、疾走するのは、この上なく
気持ちがよい。 車輪付のグライダーに乗ったようである。
 数年前から、NHK/BSで、朝食を食べながら、この番組を観るのが
日常になっている。あの目線で、土手を突っ走った直後のため、何か延長上
にいるような錯覚をすることシバシバ。 人懐こい火野の生の声が聞こえて
きそうな文章である。  〜全文を2回に分けて紹介する。
【 最初にNHKプロデューサーの企画を聞いた時、「アホちゃうか」と思ったよ。
普通、火野正平にこんなの頼まないでしょ(笑)。俺が自転車に乗って日本全国を
旅する番組『にっぽん縦断こころ旅』(NHKBSプレミアム)も、今年の三日からの
放送でとうとう六年目。去年の秋に通算五百日を突破したから、一年で百日は
自転車に乗っている。六十六歳でこれだけ乗っている人は、なかなかいないだろ。
確かに自転車は子どものころは好きやった。12歳からこの仕事をやっているけど、
子役で稼いだギャラの大半を自転車につぎ込んでいた。中学・高校では毎日
乗っていたし、サイクリングクラブにも入っていた。大阪の豊中に住んでいた
から、六甲山にもよう上ったな。
 だから番組で久々に自転車に乗ったときも、段差があるとこでは必ず尻を
浮かせていたし、体重移動も自然に出来ていた。スタッフはお尻が痛いって
言っていたけど、俺は痛くなったことはない。俺のケツが凄いのか?って思った
けど、体が覚えていたからなんだろうな。もちろん坂道はしんどい。大山の
鍵掛峠なんて「行くとこやない」って、スタッフもみんな愚痴っていたもの。
 自慢できるのは、これだけ乗っていてコケたことがないこと。昔はかなり
危ない運転をしていたけど、いまコケたら大怪我するかもしれないから、だいぶ
気をつけてる。若い頃はスピードが出すぎて、このまま行くと崖から落ちちやう
から、わざとコケて止める、なんてこともしていた。いま考えると恐ろしなるな。
自転車だと車じゃ見えないものが見える。風も、気温も、雨も感じることが
出来る。道端に虫がいたらそれも分かる。この番組は視聴者から貰ったお便りに
書かれている「こころの風景」を探しに行くのがメインテーマだけど、自転車
だからこそ見つけられる場所もある。たまに「何これ?」っていう場所もある
けどな。単なる路地の曲一がり角とか(笑)。   〜次回に続く〜 】 
▼ 最近、いやに同月同日分の内容が偶然にして出来すぎではと思えるほど、
テーマが同じか、続きものとして被ることが多い。恐らく、脳には自覚できない
何かがあるのだろう。 なんだろう、これは? それと、あの「布置」という
偶然。人生の節目で、己の心の血を、私の傷口に直接的にぬり付けてきた、
大部分の、当人か家族に、病気か事故が生じるのは?
 この年齢になれば、家庭内に、病気や事故の一つ二つはあって然るべきだが。
 数日以内に、「復讐するは我にあり」のテーマを書いてみる。
それにしても、ここまでシリアスの偶然の一致は、我ながら気持ちが悪い?
 いや、気持ちが良い! ですか。
・・・・・・
5199,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 
2015年06月09日(火)
 4月〜11月までの8ヶ月間、雨天以外の毎朝6時半から7時半まで
ポタリング(自転車散歩)を続けて、はや、6年数ヶ月になる。
家に帰った直後、NHK:BS『にほん縦断こころ旅』を見るのが日課である。
通りすがりの車の中から、『いつも見てますよ!』と声が掛けられる。
NHKの印籠を持った『水戸黄門』一行様の行列が、親しみをふりまいて
通り過ぎていく。火野正平は人懐こい風貌、性格が特徴。 町、村の小さな
食堂の食事の場面が地域性があってよい。また、それぞれの地区の人の暖かい
触れ合いも色を添えている。 先日、一人家さきで、休んでいる火野の隣に、
何気なく座って話しかけてきた80歳過ぎ?の老人との会話がよい。
 話の切欠に、老人が、『私の歳が幾つにみえますか?』に対し、
火野が、『そういうには、見た目より、遥かに歳をくっているでしょう』に、
『91歳です』と。確かに10歳は若く見えた・・ 老人は気なく人生を語る。
『戦争で、満州に4年間、抑留され、昭和24年、24歳の時に帰国した。
マイナス30〜40℃には・・』 火野は、『昭和24年は、丁度、自分が
産まれた年だ』と答えていた。 人に歴史ありで、何とも印象に残った会話。
 ーところで、NHKのHPから、この番組の案内をコピーしてみたー
≪  目指すのは、あなただけの「こころの風景」
 俳優・火野正平さんが相棒・チャリオ(自転車)に乗って日本全国を走ります!
その日の旅の目的地を決めるのは、みなさんから寄せられたお手紙です。
「人生を変えた忘れられない風景」「大切な人との出会いの場所」
「こころに刻まれた音や香りの情景」「ずっと残したいふるさとの景色」など、
お手紙に書かれたエピソードをもとに、ひとりひとりの心に大切にしまってある
「こころの風景」を訪ねます。 たくさんの人々と出会い、上り坂にあえぎ、
下り坂に笑う、ぶっつけ本番の旅。(時にはチャリオをつれて、電車やバス、
船、軽トラック!?にも乗ります。)そして1日の旅の終わりには、どんな
「こころの風景」が待っているのか?これまで4年で8,188kmを走破し、
404日間(※)旅してきました。5年目の春は和歌山をスタートし、東海、
そして関東へ。東北の太平洋側を通って北海道を目指す14週間の旅です。≫
▼ 『世界まち歩き』という番組があるが、これは、世界の街を気ままに
 歩いた現場感覚を大事にした内容だが、火野正平・目線の自転車の道路から
みた光景がよい。自分の代わりに、自転車で、各地を見て廻ってくれる感覚が、
親しみを感じさせる。自転車で完走するのではなく、ところどころ、バスや
電車で繋ぐことも抵抗感が全くない。伴走の4人を含めて5台の自転車一行。
他に、地元のNHKのワゴンが、別目線で一行を遠めで撮影している。
 毎朝の一時間の自転車散歩、実感は、あんなもの。ただ違うのは、
早朝であること、毎日、同じ風景であること、そして独りということ。
長距離用サイクリング自転車に対し、私のは、電動アシストクロス自転車。
iPodで音楽を聴いていること。 同じことは、独りごとを言っていること。
 自然を楽しみ、味わっていること! 
・・・・・・
4834,つれづれに ーミニ物語の効用
2014年06月09日(月)
   * ミニ物語の効用
 連日、随想日記を13年も書いてきた効用で、頭の中で、気楽に考え事を
楽しめるようになった。人は誰もしているのだろうが、ミニテーマを決め、
サブテーマと、キーワードを幾つか思い浮かべ、その言葉の羅列を繰返す。
一種の黙想だが、これが頭と心の整理に良い。
 ここでライブで、その実例をしてみる。
【 テーマはー今朝方の夢ー 夜半、というより朝方になるが、寝床で目を
 醒ますと、そこは学生時代の寮の部屋。まさか!と思い、ジッと部屋を観察
すると、やはり当時の部屋。これは、間違いなく夢。しかし、どうも、現実の
ような感じもする。すると、私は誰かの居住部分に無断で寝ていることになる。
まずいとしても、これは夢?それにしても懐かしい!と思っていると、何時の
間にか、そこの学生が、近くに寝ている。そうこうして夢からさめ、ウトウト
した後、覚醒した。現在の随日のテーマ「事業人生を決心して45年、の語り直し」
を書いているが、過去の折折を思い出すに、当時の具体的イメージの細部を
引っ張り出し、糸口にすれば、色いろ思い出されるのでは!と思い至った。
これは、過去の思い出だけでなく、近未来の計画も、可能のはず・・】と。
 そんな暇があったら、TVでドラマか、旅番組を見ていた方が良いと思う
だろうが、目の前の現象を言語化するのも、面白いもの。 NHK朝ドラの
『花子とアン』のハナが、想像の翼を広げて、その文章化を楽しんでいる場面
が度々、出てくるが、それを自分でも身に着ければ、より心が豊かになる。
度が過ぎると、私のような変人、奇人になる?
   * マークX・ジオ
 先週末の土曜の午後、中古だが、マークX・ジオがとどく。家内がオーナー
だが、22年ぶりの車・・ 「車好きの55歳以上向けの多機能が、売り」だが、
実際には、その層には、受けなかったようだ。去年の秋に生産中止になって、
殆ど見かけないことと、荷台にスポーツ自転車を乗せ、近隣の山や海辺で
ミニサイクリングが可能なことが決めてになった。納車後に、初めて乗ったが、
やはり試乗してみるのが筋。 果たして、自転車を乗せて何処かに行って
乗りまわす?どうだろう。燃費がリッター12キロというから、ソアラの
1・5倍の距離を走るが・・ 年齢もあって、もう近くしか乗ることもない。 
もう一つ選定で、自宅と車のバランスもあった。その辺の陰口?まで吟味
すると、こんなところ?  やはり、スポーツ車だったか?
・・・・・
4467,ガン闘病と刑務所暮らし、どっちがきついか
2013年06月09日(日)
 昨日の午後のタカジンのバラエティで、ホリエモンが特別出演した、
「タカジンのガン入院とホリエモンの刑務所暮らしの、どちらがきついか」
の質問に対して笑い飛ばす内容。1年2ケ月の闘病と、1年9ヶ月の獄房生活
の厳しさ、さてどちらか? 前者は多くの人が通る道だが、生命危機の瀬戸際。
後者は、期限付きだが、普通の人にとって特殊な経験で、興味という面で、
ホリエモンの体験談の方が圧倒的に面白い。まあ、関西系のTV番組としても、
各質問が下ネタなどエゲツナイ。 −要点をまとめると
・体重がホリエモンが30キロ減に対し、タカジンは10キロあまり。 
 それは入院と獄内の規則正しい食事と運動量の差。
・現在、ブログの会員がいて、会費840円で、会員1万(有料会員6千)人。 
 これだけで既に月五百万が入ってくる。
・2年半の実刑に対して1年9ヶ月で出所したが、入獄後半年の頃、これが、
 あと二年も続くと思った時と、夜半に死を考えた時が辛かったという。
・地獄の沙汰も金次第。獄内の楽しみは読書、それが買えるかが、大きい。
・楽しみは大相撲のTV観戦と、慰問のショー、それと知人などの面会。
 何がしたいかというと、気心のしれた人との雑談。分かるような気がする。
・「お金は道具」と過って言っていたが、その考えは変わりませんか?
  の質門には、「基本は変わらない」。
・「先のことを考えず、過去の良かったことを思い出し日々を過ごす方が
 良いと聞いていたので、そのようにしていた」とも。
・「極限の中で、何か自分に気づいたことは?」の質問に、
 「忍耐強い自分に驚いた」と。
・獄内で、幾つかの事業プランをたててある。やはり、その衝動は大きい。
▼ 私も倒産という特異体験をして、2年3ヵ月経った。二人ほどでは
 ないが、やはり白眼の中、甘くない日々。失意平然としているつもりだが、
頼れるのは、自分の気持ちだけ。まずは「ウツ」対策。早朝のミニサイクリング
とスポーツジムで三時間の運動と、この随想日記と、幾つかの習慣を淡々と
コナスことで、むしろ健康的であるが、やはり特異体験である。
それにしても、堂々と、自分を曝け出せるホリエモンには驚かされる。
ホリエモンのブログ、一ヶ月無料というから、会員に入ってみようか・・
・・・・・・
4093、私は完全な本 "日本の自殺"ー1を作った
2012年6月9日(土)
 先日、何気なく文芸春秋3月号を借りてきた。この号は二月に図書館内で
田中慎弥の芥川賞受賞作品を読んだ。しかし、トップに取り上げていた論文を
見逃してしまった。最初は最近書かれた内容と思っていた。その内容が的を
得ているので冒頭に戻って見直すと、何と37年前に文芸春秋で掲載された
論文と知り衝撃を受けてしまった。今年一月の朝日新聞の一面で、これを取り
上げた主筆が瞠目したという内容。著者は「共同執筆・グループ1984年」。 
そこに添えられていた要約=「1975年、小誌にある論文が掲載された、それは
高度経済成長を遂げ、繁栄を謳歌する日本に迫る内部崩壊の危機に警鐘をならす
ものだった。それから37年、朝日新聞の若宮啓文主筆が1月10日朝刊の一面で、
この論文に注目し、「『日本の自殺』がかってなく現実味を帯びて感じられる」
と、今なお「予言」の響きを失わない論文を再考していた。
 ーまずは、小見出しを拾ってみる
1 日本没落の予感      
2 ローマ帝国滅亡との類似点  
3 日本が直面する困難    
4 危機は日本人の内部にある 
5 豊かさの代償       
6 現代文明がもたらす幼稚化  
7 デマによる集団ヒステリー 
8 情報の洪水が人間を劣化させる
9 自殺のイデオロギー    
10 戦後民主主義の弊害
11 没落を阻止するために、
 この見出しだけでも、現在の日本の現状分析の項目そのもの。 
敗戦後、日本は物質的に歴史的な復興をしてきたが、精神的には、ほとんど
敗者のまま。現在の日本はギリシャ並み?か、それ以下に荒廃した魂で、茫然
自失の状態である。次回から、見出しごとに、要点を書き出してみる。
「日本の自殺」を、「我々(私)の自滅」と置き換えて読むと、身に覚えの
あることばかり。我々は、私は緑の原野で何をしてきたのだろうか。
欧米が主導してきた文明とは何だったのか。


5928,閑話小題 〜フィリッピン殺人事件

2017年06月08日(木)

   * フィリピンの日本人殺人事件
 ニュースで、フィリピンの日本人2人の不明事件を報じていたのを見て、
「臓器販売シンジケートの犯罪」ではないかと疑ったが、表向きは単純な
保険金狙いの殺人事件のようだが…。一人あたりの上限の2億円も異常である。
宿泊したホテル関係者が、「2人が、寂しそうな顔をしていた」と証言… 
 北欧の刑事ドラマに、子供の臓器を狙ったり、誘拐幼児の販売シンジケート
の犯罪が時々、取上げられる。また、東欧の地元で仕込んだ?妊婦を北欧に
入国、出産させて、販売するシンジケートを取り扱ったのもあった。
 現に似たケースが存在するのだろう。 
  〜ネットニュースの記事から〜
≪フィリピンの観光地で日本人の男性2人が行方不明になっている事件で、
地元警察はフィリピンに住む日本人の男らを殺人の疑いで逮捕しました。
 殺人の疑いで逮捕されたのは、フィリピン在住の長浜博之容疑者(55)
とフィリピン人通訳の男です。長浜容疑者らは、西部のブスアンガ島を訪れて
いた井谷勝さん(59)と新井康寛さん(24)の殺害に関わった疑いが
持たれています。井谷さんと新井さんは、先月30日、島巡りに出発した
まま行方がわからなくなっていました。
「インタープリター(通訳)を間に挟んで、インタビューしてくれ。
私には言いたいことがたくさんある。今の私には、あなた方に聞いてほしい
ことがたくさんある」(長浜博之容疑者)
警察によりますと、フィリピン人通訳の男が「長浜容疑者の指示で、
ふたりは別の島で射殺され、遺体は切断されて海に捨てられた」と供述して
いるということです。一方、長浜容疑者は取り調べに対し、容疑を否認して
いるということです。≫

▼ フィリピンでは、容疑者が日本人でも平気で撮影させるため、自然と、
 シリアスな劇場型刑事もの風になる。 2人を連れていた日本人が、檻から
の「言い訳」が生々しい。 殺して海に沈めたなら保険会社は死亡の認定でき
ないから保険金は下りないことは知っているはず。そんなことを犯人がする
わけがないのに何故? の疑問が残る。解体して海に捨てたとすると、やはり
臓器狙い? あまりに不自然で不可解な事件である。長浜容疑者も実は被害者
で… 背景に何らかの組織がいてとかいうのも、無理がある。マスコミの絶好
のネタになる。実は生きていて、何処かに隠れていて云々も可能性として?

・・・・・・
5563,「オカネがなくても楽しめる社会」に住みたい
2016年06月08日(水)
   * 私の住みたい社会       
 雑誌に、私の現在の生活に似た生活を理想とするレポートがあった。
リタイアをし、年金生活に入って5年余り、隠居という身になっても、修行僧?
のような真面目なスケジュールに慣れ親しんでいるためか、思いの他、不自由も
肩身の狭い思いもない。この生活習慣が、著者の「住んでみたい社会」の生活に
近いから驚いた。4時に起床、この随想日記を書き上げ、ネットにアップした
6時過ぎに(冬期間を除いた)ほぼ毎日、一時間、電動アシスト自転車でミニ・
サイクリングに出る。200M先の栖吉川の土手と、バイパスと、信濃川・土手で
コースの9割以上を占めていて、ポタリングには、これ以上ない快適なコース。
これに午後1時から2時間、近くのSC内のスポーツジムに週5日通っている。
他に週1回のシネマ通いと、月に1回の飲み会を入れれば、もう十分満足である。 
≪   ☆「私の住みたい社会」 青山文平: 
「どんな社会に住みたいか」と問われたら、私は迷わず、「オカネがなくても
楽しめる社会」と答えます。オカネがたくさんある方と、そうでない方とでは、
どっちが多いかといえば、そうでない方のほうと思えるので、社会が「オカネが
なくても楽しめる社会」になれば、誰にとっても楽しい社会になるでしょう。
 しかも、オカネがなくても味わえる楽しみというのは、けっして我慢した
楽しみではなく、けっこう奥深いのです。むしろ、オカネを使って味わう楽しみ
よりも深いかもしれません。 たとえば、もしもいま住んでいる町がすごく歩い
て快い町で、毎日散歩してもぜんぜん飽きないとします。その日々の散歩は、
年に数回行く海外旅行よりも楽しみの深度が深くて、つまりは贅沢であると
言えないでしょうか。そういう町を多く抱く社会はまちがいなく、「オカネが
なくても楽しめる社会」でしょう。
 私は散歩もよくしますが、自転車に乗るのも好きです。気に入った自転車
さえ手に入れれば、あとはほとんどオカネのかからない楽しみですが、残念
ながら、私の暮らしている地域に、自転車で走って気持ちいい景観を待つ道は
数えるほどしかありません。昔、仕事でスコットランドや北イタリアに行った
ときは溜め息が出ました。どこをクルマで走っても、全域、自転車好きなら
よだれが出そうな道ばかりなのです。 ちなみに欧州では、日本ではすっかり
下火になってロードバイクに取って代わられた、クルマで言えばジーブタイプ
のマウンテンバイクもいまだに人気です。マウンテンバイクで走って楽しい
シングルトラックなどの道が、遠征などしなくとも、毎ヨ暮らしている町の
かたわらにあるからです。自転車造びが楽しいかどうかは道しだい。
自転車はいい道を楽しむ遊びであって、マウンテンバイクの不人気はそういう
道がないことを表しているのです。 ・・(中略)
「オカネがなくても楽しめる」遊びが、逆に消費を拡大させるかもしれません。
いま求められている遊びは、そういう深い遊びのような気がします。欧州には
「キャナル.ツアー」という楽しみがあります。実は、欧州には網の目のように
運河が張り巡らされていて、その運河を使うだけで地中海から北海へ抜ける
ことが可能なのです。けっしてカネモチの遊びではなく、定年退職者の夫婦が、
キッチン・ベヅド付きの中古のボートがあれば、あと必要なのは燃料費と、
家にいてもかかる毎日の食費だけです。これまた、「カネがなくても楽しめる」
深い遊びなのです。そういう社会に私は住みたいのですが、いまの日本は、
さて、どうでしょうか。≫
▼ 一月あたり6000円のスポーツジムに、週一のシネマ館通いで月に5000円、
 月に一度の飲み会が10000円、読書の本題は近くの図書館が主で、ほぼゼロ。
毎朝のミニ・サイクリングがゼロ。パソコンとTV代が10000円で、酒と肴で
20000円で、大よそ合計5万円が、月あたりのお遊び代。これが「オカネが
なくても楽しんでいる生活」かどうか分からないが、満足をしている。
 振返ってみて、仕残してしまった悔いが少ないためか、遊ぶ金が欲しい、
何かが欲しいと思わないでいられるのが有難い。それぞれの時節に、充分
楽しんでいたのが大きい。家内の厚生年金受給が、こうなると大きい。
  〜で、以下の文章に、続いていく。
・・・・・・
5198,ライフサイクルより、ライフコースへ 〜1
2015年06月08日(月)
  * 多様に選択される人生 
 ライフスタイルの一つに、10年節や、女7年、男8年、節目節がある。
その視点、振り返ると、思い当たる節がある。ところが、現在では多様な人生が
あたり前になって、それぞれのライフコースという概念に取って代わってきた。
 『本当にわかる社会学』現代位相研究所著の中で次のような論説があった。
≪ 社会学で、ライフコースという概念がライフサイクルという概念を置換する
 形で用いられるようになった背景には、個人の人生の軌跡の多様性への認識が
あるとされている。ライフサイクルを「だれも同じように人生の道筋をたどれる
こと、ある一つのライフコース・パターンが高い頻度で再生産されること」とし、
ライフコースがライフサイクルに取って代わられるようになったのは、みなが
同じような人生を送る社会からいろいろな人生を送る社会へと発展的に進化した
ためであるとする。主として生物学および心理学で発展してきたライフサイクル
研究は,生物としての人間が一生のうちに示すある範囲内での規則的な推移を
考察し,人々の人生を横断する共通の特徴に着目してきた。他方,個人の生活を
取り巻く社会的歴史的文脈を重視する社会学的視点が生かされたライフコース
研究では,個々人の人生の多様性が強調されてきたのである。しかし,20 世紀
後半に入ってライフコースの社会学が多様性の研究に大きく舵を切り、今や
ライフサイクルは古い概念であるかのごとく扱われるようになった。ーつづく≫
 息子2人と甥っ子を加えた9人のうち、3人が独身。あまり独身が不自然でない。
ライフステージ、ライフサイクル、ライフコースの意味をネット検索をすると、
◎ ライフステージlife stage
 個人の一生の発達過程にみられる諸段階。人間の発達には生物的・生理的側面,
 心理的側面とともに社会的側面があり,これらの相互作用を重視しつつも,
 とりわけ社会的側面の発達段階に焦点が当てられる。具体的には,個人の地位・
 役割の大きな変化と段階移行に着目して段階設定がなされることが多い。
◎ ライフサイクルlife cycle
 生命体の一生にみられる規則的変化のパターンをいう。人間のライフサイクル
 においては,出生から死に至るまでの生命現象とともに,学校への入学や卒業,
 就職,結婚などの生活現象にみられる節目や変化パターンが重要な意味をもつ。
 近年では,人々の価値意識やライフスタイルの多様化とともに,ライフサイクル
 概念が前提とする平均的・標準的パターンを設定することには無理があるとの
 批判もなされるようになった。
◎ ライフコースlife course
 社会的存在としての個人の生涯にわたる加齢過程をいう。ライフコース研究
 では,個人の地位・役割のありようと時間的経過のなかでのその変遷,そして
 これに変化をもたらすような社会的・個人的出来事が関心の焦点となる。
 ライフコース研究が登場した背景には,非歴史的なライフサイクル研究の限界を
 超え,個人の生活史と社会の歴史のダイナミックな相互影響関係を捉えよう
 という研究意図があった。
ライフステージの背景の「時流」が、大きくライフステージを左右する。
私のように終戦直後から復興過程を経て、高度経済成長期と、その崩壊期を
生きた者にとって、この3つが鮮明に浮かび上がってくる。
・・・・・・
4833,「事業人生を決心して45年」の語り直しー11
2014年06月08日(日)
   * 創業? 実は、そんな格好いいものでなく、半狂乱!
 あなたが転機に立たされて何か新事業の創業の課題を与えられたとして、
何が考えられるだろう? 具体的には、何も思いつかないのが実際だろう。
そこで、幼児から、その時点までの自分が経験してきた中で、大きは時流に
対し、何か材料を探し、新たな装いをするしかない。それまで、顧客として
何を経験してきただろうか? そう、学生時代に池袋駅の居酒屋と、その後の
勤務先のスーパーの経験と、その近くの飲食店と居酒屋くらい。対象の物件の
道路を隔てた膨大の空地に、近々に5百世帯の団地が計画されている。
それなら、その小判鮫の商店が必要。とすると、テナントビルと、その一角
での手堅い商売。しかし、ノウハウは無い。ならば、それを買えば良い。
そのためには、フランチャイズに加盟すれば良い。で、問題は、その選定。
失敗は、状況から許されない。それも、父の余命が一年での、調査になった。
「第一の協力者の連添いを、真剣に探しておくべきだった!」という後悔も、
先に立たず。とにもかくにも、適切なフランチャイズの本部巡り。
 で、見つけたのが、当時、国内最大レベルの居酒屋チェーンの『養老乃滝』。
さっそく、説明会に参加したが、「駅前立地が基本。郊外型立地は皆無だが、
これからは郊外の時代、非常に面白い立地、是非とも組みたい!」と、乗り気。
考えあぐねた末に、思い切って参加することにした。その具体的内容を13年前
に書いたのを、コピペをしたが、今でも、あのパニックを鮮明に憶えている。 
人間、何事も忘れるから、勇敢になれる。知らないからこそ出来ることがある。
二ヶ月前まで、全く知らなかった家内との結婚。商業ビルの完成。そして、
二ヶ月も経験してない、チェーンの居酒屋の立ち上げ。 その直前には、
最大の後楯だった父の死の中の創業は、極限の事態に自分を置くことになる。
顔は平静だが、気持ちは半狂乱。創業とは、半狂乱というより、狂乱状態で
なければ、出来はしない。それも血だらけで。その傷口が、その人にとって
の事業。それも1〜2年もすれば、その状況を自ら受け入れ、それに見合う
ようになっている。 当時の飲食業界も、逆境の人たちが集まる、
気違い水を飲ませる異様な世界。千葉といえば、首都圏をアメリカに喩えると、
未開の荒野の西部。 江戸っ子にとっては、地方出身者の田舎者も吹き溜りの
地と、一段下に見られていた。そこは、土木作業員や、ヤクザが屯する底知れぬ
世界があった。それなら、狂うしかなかったのが、実情。その後の人生も、
狂いっぱなしだったが、致し方ない。 自分が選んだ道だから! 
だから、面白いのである。
・・・・・・
4466, 余命半年 −4
2013年06月08日(土)
          「余命半年〜満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著 
 * 末期から死ぬまで   
 ー末期の現象をまとめてみると、
≪ 「末期」の一つの定義は、余命六ヶ月以内、である。しかし、その状態の
 悪化は右下がりの直線ではない。 要するに、調子がズッと良かったのが、
急に悪化するケースや、凸凹であったりする。
・緩和治療を行っている患者の場合、死の1〜2週間前まではそれなりに元気
だが、その辺りから身の置き所がないような全身倦怠感が強くなる。また点滴の
量が増えることもあり、むくみが酷くなったりする。この時期が一番、患者に
とってきつい症状。そして歩行が困難になり、トイレに行くのも困難になる。
特に、きれい好き、清潔好きの人にとって辛い。 他にも食べものや水分を
飲み込むのも難しくなる。喋り辛くなり、耳鳴りがして、口はカラカラに
渇くなど様々な苦痛症状が出てくる。だから、1〜2週間前辺りまでに、
できることは早めにしておくべき。 
・そして、余命日単位になると、患者の苦痛も限界に近づき、家族の心労も
募ってくる。この時期に家族を苦しめるのは、患者の混乱、錯乱である。
「つじつまの合わないことをいったり」「周囲の状況が全く理解できなかったり」
「幻覚がみえたり」するなど、大声を上げたり、暴れたりするなど、患者を
見守る家族の苦痛は大きい。 そうだとしても、家族は身近にいることが大事。
無くなる24時間前が、そのピークなる。それが「最後の山」という。
・余命数時間単位になると、痰がつまってゴロゴロ音がずっと続いたり、
呼吸が荒くなったりするが、患者の苦痛はない。 しかし聴覚は最後まで
保たれるので、発言には十分に注意が必要。その中で、家族も辛いだろうが、
傍に付き添うこと。最後は、お医者さんも、教えるだろうから、大声を出す
のではなく、静かに耳元で囁きかけ、手を握ってやったり、身体を擦るのが、
死出への旅立ちにふさわしい。
・最後は、まず呼吸の仕方が変化をし、下あごを突き出すような医学語で
いう下顎呼吸になり、数分から数十分で呼吸が停止する。呼吸停止後、数分で
心臓も停止。その時が、死亡時刻になる ≫
▼ 実際の臨終に立ち会ったのは、近くに住んでいた伯母と、母親である。
 父の臨終は、私が当時、立ち上げていた千葉のビル現場の打ち合わせで立ち
合えなかった。臨終の場面は人生が終わるのだから荘厳だが、厳しく生々しい。 
家族も疲労困憊する。幻覚、幻聴、錯乱などは付きものと割るきるしかない。
母親の子宮から、管につながれ、のたうち回って産まれ出て、それぞれの
一生を生き、最後は管に巻かれ苦痛の中で死んでいく。せめて、その間、
精一杯生き、悔い無い終わりを遂げたいもの。末期を具体的に想定する
ことは、高齢者の生き方を考える糧になる。で、偶然だが、以下文に続く。
  ・・・・・・
4092, 老いの見本帳ーダークサイト −12
2012年6月8日(金)
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦(著)
  * 老いについて ーつれづれに  
 定年とかで現役を退き御隠居暮らしになるのが第二ステージとすると、
寝たきりとか痴呆症になって病院などで誰かの世話になる時期が、第三ステージ
になる。第二ステージが60歳辺りなら、80歳辺りだろう。それまで大よそ
半数が亡くなるので生き延びた者には厳しい現実が待っている。
寝たきりなら、一日一生のような日々を過ごすしかない。人間は生きてきた
ように老いていくのである。第二人称の死を身近でみる限り大往生は少ない。
あるのは不幸にしか思えない死。そのため私たちの社会は嫌老が基本になって
おり、老化を遅れさせるか、隠すことが善と捉えられている。老いの肯定など、
あまり聞かない。 その死に現実問題として日々近づいている老人の心も肉体
も歪まない訳がないと割り切った方がよい。この本は、その歪んだ老人を
真正面から光?を照射している。そうこうみると最後は自分だけの孤独に慣れて
おく必要がある。人間、「人は人、我は我、されど仲良く」が基本。
相手に何かを求めないで、独りで趣味を楽しむのが理想的。古来から社会は
老いを嫌い、可能な限り社会の隅に置いてきた。しかし医学の進歩により
平均年齢が日本では80歳をゆうに超えてきた。定年後、平均20年以上も
生きていかなければならない。それは有難い反面、社会的弱者としての長い
人生が待ち受けていることになる。世の中は青年と壮年を中心に回っている。
老兵は静かに去らなければならない。引き時を見失うと憎まれもの世にはばかる
ことになる。それを自覚出来ないから始末が悪い。老いることは、絶望に近い
意味を含んでいることを忘れないこと。引くべき時には引かなければ。
人生も見切り千両である。歳を取りそこねる人たちは、その逆の漫然と生きて
いる人たちをいう。人生は最期は独り静かに逝くしかない。歳を得たが故の
楽しみを見つけ独り楽しむ、それが良い老い方になっていく。 この本と、
「嫌老社会」長沼行太郎著ーを読んで、ジックリ?老いを見つめると、
背筋が凍る思いになる。やはり一日一生、一期一会で、日々、瞬間瞬間を生きる
しかないということか。娑婆から早々、一歩身をひいて鮮明に見えてきたことは、
世界が大きな断層の真っただ中にあることと、自分の年齢の微妙な立ち位置である。
地球見学の最期は、こんな風景だった。ネット社会など情報化社会の劇的進化と、
それに伴なう社会的激変、そして、地震などの地殻変動、どれもこれも、想像を
遥かに超えたことばかりである。そうこう考えると、長く生きてきたのである。
あと10年が、更に・・


5927,ネットの未来 〜ネットの住民には

2017年06月07日(水)

       <「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著> 
  * ネット住居派と、ネットツール派
 ネットとTVの未来をテーマにした面白い本である。寝室にソニーの
4K・TVを入替をして5ヶ月経過。一日、3〜4時間は、録り溜めの映画か、
ドラマか、ドキュメントを見ているが、一度、TVを入れると別世界になる。
また、廊下を隔てた仏間の机上のパソコン前に4時間は座っている。これも、
座ると同時に、現実世界から遮断され、唯我独尊の世界になる。
この2つのマシーンの未来をテーマなら、面白くない筈がない。
 〜まずは、ネット世界の住人について、まとめた〜
≪ ネットを利用している人には二種類の人種がいる。
 ネットをツールとして利用する人と、ネットに住んでいる人の二種類。
・ネットを便利なツールと思っている人をネットツール派、一般はこっち。
・リアルな現実世界ではなく、バーチャルなネットの中に自分の居場所があると
 思っている人=ネット住処派と定義。著者は、自らを「ネット原住民」とする。
当然、重なるが比重の問題。家内は明らかにツール派で、私はネット住処派。
ここで、「住処派の住人は、パターンとして特別な趣味を持っている人」で、
彼らが困っている共通のテーマが、同趣味を持つ仲間を見つけにくいこと。
マイナーの趣味を持つ人を近くで見つけよとするのは難しいが、ネットだと、
全国から探せるため、比較的仲間を見つけやすい。特に現実社会で仲間を見つけ
にくいオタクはネット仲間と相性がよく、現実社会よりもネットに仲間と帰属
意識をもつ。もう一つのパターンが、そもそも友達が少ないか、いない場合。
現実社会でイジメにあっている人、落ちこぼれている人、そういう人たちは、
現実社会では居心地が悪くて、ネットがにべ場所になります。ネット社会の方で
こそ輝ける人生を送れる、人気者になれる、憩いを感じる、そういう人がネット
住人になれるのです。≫

▼ このテーマ日記も、地元原住民にとって、特殊な切口をするネット住処派
 変人のネタ探しと、上から目線でみるには丁度よい情報源というところ?。
<井戸の蛙、井戸の外の世界は見えずとも、満天の空を見ることができる>が、
ずばり、オタク世界の本質である。
ネットの面白いところが、<内省だけならず、外の数多の「内省」>を気楽、
かつ簡単に出来ること。だから、毎日が面白く楽しい、充実した時間に様がわる。 
要は、「クールヘッド、ウォームハート」の視線で、ネットや、チャネル・
サーフィンが可能になるということ。今では、TVでYouTubeに高画質の動画が
見れるため、ポテトチップオタクも、ネットオタクの仲間入り。自然界を、
現場に立った生の視界を、人間の視力の数倍、数十倍で見ることが可能のこと。
それ故に、毎日が、TV画面で、現実世界でも、過って見たことがない世界に
出会うことになる。映像は映像でしかないとしても、これがバーチャル世界の
住処派の面白いところ。 ハヤブサの首に超高速のカメラをつけて、林の中を
滑空する映像や、南米の祭りで、街中に放たれた闘牛に住民たちが素手で立ち
向かう映像は、迫力満点。 そういうこと!

・・・・・・
5562,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月07日(火)
   * 妹役、さくらの誕生   <山田洋次:名越康文 対談>より
 山田洋次の「さくら」を作り上げたエピソードが面白い。
兄、妹にも相性があって、相性の良いと、本当に可愛いらしい。
駄目な兄と、しっかり者の妹の「さくら」の関係が何ともよい。
浅草に「寅さん」の銅像があるが、今度、「さくら」の銅像が出来るという。
 その「さくら」誕生のエピソードが面白い。
≪ 名越:両親の愛情を十分に受けられなかった寅さんにとって、
 やはり異母妹のさくらの存在は大きいですね。
山田『男はつらいよ』の設定を考えていた時、さくらが生まれるヒントに
 なった話に巡り合ったんです。それは、ある女性作家の、今から四十年以上前
 の実体験でした。彼女はある日、東京から大阪に引越すため、汽車に乗ります。
 そこに、ヤクザになっていた兄がやってきて、久しぶりに兄と妹が再会する。
 そうこうしているうちに、発車のベルがジーンと鳴る。その時、急に兄貴が
「おい、気に入らねえ奴いるか?」と言ったというんです。そういう奴がいたら、
 俺が殺してやる、ということでしょうね。
名越:すごい場面ですね。
山田:この話を知ってから、いろんなことを考えました。一体、お兄さんに
 とって妹とはどんな存在だったんだろう。もしかしたらお兄さんは、
「俺はこいつを不幸にしているんじゃないか」と思えてきて、妹が急にかわい
 そうになったのかもしれない。最後の言葉の意味は、「アイラブユー」です
 からね。もしこの妹をひどい目に遭わせた人間がいたら、俺は生かしちゃ
 おかない、と。
名越:鮮烈な絆の表現です。
山田:だから、寅にはそういう妹がいるんだなと考えたんです。
名越:四十八作を観て気づいたことは他にもたくさんあります。
 たとえば、寅さんって世間にはふられてばかりだと思われているけれど、
 実はかなりモテる(笑)。シリーズの三分の二くらいモテています。
山田:寅に会えて友達になって、「私、とても幸せだった」と言うマドンナは
 たくさんいます。でも、寅は、結婚については、決定的に自信がなかったん
 じゃないでしょうか。結婚生活には、恋愛関係の先に、もう一つ大きなバリア
 があって、それを乗り越えなければ結婚はできない。男と女のドロドロした
 関係が生じることに、寅は我慢できない。そこが寅の哀れさでもある。
名越:寅さんは草食男子のような'ところもある。女性に対する不安や恐怖心を
 持ってますよね。≫
▼ 20歳で、創業人生を志したことで、パートナーの人選に慎重になっていた
 上に、4人の姉たちのドロドロ?した様々な結婚生活の実態も見知っていた。
さらに姉4人との遜色ないバランスを考えると、安易な妥協もできないジレンマ
があった。「この人と一生?」と思うと、そうそういないもの。で、「   」。
 「寅さん」は、あくまで無知故に何ものにも捉われない想像上の人物像。
こんなのがいたら、周囲の人間まで巻き込まれ炎上されてしまう。その際どい
狂気が、物語を育んでいくとしても・・ 

・・・・・・・
5197,歩くことが人間の特徴
2015年06月07日(日)
  養老孟司の対談の中で、「人間の身体は、走るでなく、立っているでなく、
歩くに都合の良いように出来ている」という。考えるとき、独り黙想をしながら
歩くのが良いというのも、歩いている方が自然体のためである。
              ★ 養老孟司対談より
≪ 養老:例えば、歩くのは人間の特徴です。速く走るのは苦手だけれど、長距離
 を歩くのは動物の中で一番得意なのです。そういうことは殆ど教えられません。
 人間は、単に転ばないように重心を移しながらバランスだけで歩いている。
 四つ足の動物は自分の力で体重をまともに移動させなければならないのです。
田部井:人間は走ることではなく歩くのに向いている。そう痛感しながら、
  山を登っているのです。
養老:だから、アフリカで発生して、南米まで行けたのです。あれは歩いて
  行ったに違いない。アジアを通り北米を経てアメリカ大陸の南の果てまで。
田部井:ひづめを持っている動物は走るのに適していると思いますけれど、
  人間の足は歩くためにあって、歩くから身体のいろいろなところが働く
  のだなと思います。
養老:後足に頭が乗っているのはほとんど人間だけですからね。馬とかキリン
  とか、みんな前足に頭が乗っているでしょう。だから、前足がコケると
  頭がコケる。人間の場合、手がいくらコケても頭は平気です。 だから、
  そのぶん手が余った。その手は昔から頭と関係が深いわけで、それは脳
  からすれば大革命なのです。見えている風景が全然達うでしょう。 ≫
▼ 青年期には、読書や、旅行先で、様々な感動があリ、その都度、大きく
 変わっていった。逆に、挫折も大きな変化をもたらした。20歳前後から、
一日、2〜5時間の読書時間を持ってきたが、魂を揺するほどの感動というと、
どれほどあっただろう? 秘境ツアーでも、何度も、その経験をした。
その都度、小さな硬い殻が壊れていき、何かから自由になっていた。
   〜次の言葉も、含蓄がある。
『現実は人それぞれ。あなたの行動に影響するものが、あなたの現実です。 
 知識が増えても、行動に変化する影響がなければ、それは現実にはならない。
「授業を聞いて何か知っても、それによって自分が変わらなければ勉強した
 ことにはならない」・・』 
『知ることは自分が変わること。がんを告知されて、あと半年の命と思ったら、
 同じ桜でも違って見える』
・・・・・・
4832,「事業人生を決心して45年」の語り直しー10
2014年06月07日(土)
   * 千葉・千城台ビル建設計画の着手
 懐かしの金沢から地元長岡に帰って、余命一年の父と千葉の千城台ビルの
建設計画に入る。当時、父親は義兄に、会社経営の大方の権限委譲をしていたが
社長のままだった。右上がりの時代に、長岡も高度成長の恩恵で活況。その中で、
華やかな地元社交界の花形の姉夫婦に、父は幻滅をしていた。まず出を制して入り
を図る生活基本がない上に、城下町の虚構世界が全てと信じているようだった。 
実家の同じ屋敷の前に自宅、その裏に姉夫婦が移り住んで8年ほど経っていた。
現在、私が住んでいる家は、50年前に父が最期の住み家と、贅をこらしたもの。
 父は、現・預金を除いた、会社の株式、本店ビルなど不動産の生前贈与をして、
死後の相続を姉夫婦に独占されない手はずをうっていた。当時で月に百万円の
散財をしていたから、現在にすれば?百万になる。 逆に、生前贈与に対して、
姉夫婦には、母、実兄、私、姉、の4分の1だけの配分に怒り心頭だったのも
みてとれた。それが、父の死後の御家騒動の根になっていた。3歳年上の実兄は、
性格が大人しいく、人を疑うこともなく、私が計画に入った時点で、対立軸が、
私対姉夫婦に移っていた。創業を目指していた私には、具体的実践課題を
与えられたことになり、その成果が試されることになった。これが大変だが、
創業の第一歩が、命懸けのコーチ役の父親が指導する小説のような日々になった。 
千葉の新興住宅地の商業地で、商業ビル建設と、その一角での商売のたちあげて、
成功させるのが、当面の課題。  まず考えたのが、この千城台のような団地の
商業ビルの転がしである。都心からの新しい電車の線路沿いに、千葉県住宅供給
公社などが開発する安い商業地を先行投資をして、ミニ商業ビルを建てて、
テナントを埋めた段階で、資産家に転売する事業を、思い立てた。まず千城台
ビルをモデルケースとして、これが第一歩と位置づけ、踏み出すことにした。 
学生時代に、創業人生を踏み出そうと決心したとき、創業と、軌道に乗せての
転売が、事業として面白そうと、イメージをしていた。これなら合致をする。 
 その計画と、ビル建設をしていた最中、父親が亡くなってしまった。
その間に父と兄夫婦の軋轢が出始めていた。しかし、千城台ビルの立ち上げと、
ビルをテナントで埋まることと、その一角の自らの商売の起業が、当面の大きな
課題になっていた。 ー以下も、偶然だが、13年前の同月同日の内容。
これを見て、奇妙な偶然に驚いている。
・・・・・
2001年06月07日(木)
[45] 創業の話
27歳、千葉千城台で千城ビル建設と養老の滝1122号店の立上げをやった。
準備1年4カ月かかった。その間に一緒に計画に携わった父も亡くなった。
今も忘れられない1973年5月30日であった。
11月07日、店の立上げとビルの完成でパニックの頂点をむかえた。 
を引き揚げたあと、懐かしく行った時に撮った写真である。全く知らない
千葉で我ながらよくやったと思う。この地獄の中で創業のノウハウしっかり
身につけることができたと思う。自らを空にして、おきて来た問題を一つずつ
解決していくしかない。その時本能的に相手に両手で拝んでいた。
なぜか拝まれると人間引き受けてくれるものだと感じた事を憶えている。
軽い気持ちで拝むポーズを時々みると,張りたおしたくなるのそのせいだ。
当時のことを記した文章があるのでコピーをしておく。
また写真も写真日記にコピーしておきます。
ーーーーーーー
H0907 養老の瀧1122号店、店長の日々
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであったが、
いざ自分がその立場に立って、その認識の甘さをつくづく思い知らされた。
千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”と“養老の瀧オ−プン”
と“結婚”という、人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより
高度成長期が弾け、ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、
最悪の出発となってしまたった。そしてオ−プン...!
完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、こちらは全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、
地獄のような日になってしまった。辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、
今考えても、よく持ちこたえたと思う。当初の、2〜3ヶ月は朝8時より
夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。
それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、“24時間(休んでいても
仕事のうちという)仕事”という立場になった。サラリ−マンが事業をおこして
大部分失敗するのは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に
入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが.. その厳しさが全く違う。
はじめの数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が
あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち
向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなる、適応能力が自然に
ついてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”
を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分1人で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の
恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても
足らない位の事件が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で
(他の人にはわからないように)震えた事があった。そこで、大きく唸った。
そしてお客に対処したところ腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んだ。
“これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うちあわせをしておき、
お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵が
ついてくる。ただフランチャイズのシステムは今でも素晴らしいと思う。
標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。
創業時の勉強という点で、このシステムは自らに非常に有効に働いたと
振り返って思えるようになった。
             創業は辛い! 1973.11.07〜 ・
4465, 余命半年 −3
2013年06月07日(金)              
         「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津秀一著
   * モルヒネか、プチッか     
 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、
プチッ(安楽死)と早々に最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。
ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、それにつれモルヒネも強くする
しかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。
著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。
ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。
一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を
減らせる。死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めて
いる、と思われるが、ガンの進行に合わ強くしているための誤解。
末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。 ここで知ったのが、
「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは
別に、痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。で、プチッ=安楽死? 
これは現在の日本では禁止されている。ただし死ぬ前から、その意思表示をして
おけば、医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。
 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。
何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から
死ぬまでの数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。
生きることは大変だが、死ぬのも大仕事である。 父も最期の最期は、モルヒネ
を大量に投与をして亡くなっていった。「苦しみを最小にするに、それはそれで
良い」と著者もいう。ある映画の一場面に、ガンになって入院してきた男に、
古手のガン患者が、こっそり、のた打ち回る患者を数人掛りで押さえ縛りつけて
いる現場に案内、隠れ見る場面があった。義兄のガン末期の似たような場面を
聞いた。父が亡くなる数日前、病院の一室で、頭を掻き毟っている姿もみた。
三人に一人は、このような状態で亡くなっていくのが現実。元気なうち、出来る
うちにすべきことを成すべき。アル中や薬中には、モルヒネは普通の人の数分の
一しか効かない。 酒の絶対量を飲んできた私も、その報いが出る可能性が高い。
「プチッ!」とは、どうも逝けそうもない。モルヒネで恍惚状態も悪くないが。
高校の同級会のメンバーと、中学の男の同級生の四分の一が既に亡くなった。
生きている限り「他人は先、我は後」だが。


5926,閑話小題 〜居間のTVが寿命に

2017年06月06日(火)

   * 居間のTVが寿命に
 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の
ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。
 ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。
居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、
覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。
 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは
7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW
の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り
溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、
どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、一般放送を寝室で見ること
は、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、
レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり
見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり
ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き
の日々である。
 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜
≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05
   * 居間から寝室へ重点移動
★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ
 を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、
ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。
今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、
『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分
転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。
 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、
連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。
★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。
 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間
まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い
が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、
ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、
今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、
実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、
そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター
に閉じ籠りを楽しむしかない。
<50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、
そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに
させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践
できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに
向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫

▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、
 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。
居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、
10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。
今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ?
脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ
と読み込んだら!』の声。

・・・・・・
5561,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月06日(月)
 「基底欠損」を、ネット検索すると
≪ ■概要
 基底欠損とはBasicFaultの日本語訳で、「基本的信頼感の欠如」を意味する。
基本的信頼感とは人間の根源的な信頼関係であり、お母さんと赤ちゃんのような
何物にも代えがたい関係を言います。この基本的信頼感がしっかり形成されて
いますと、精神的にも情緒的にも安定した状態でいられます。
 基底欠損はこの基本的信頼感がうまく形成できていない状態で、そのせいで、
世の中や他者に対して信頼をおくことが難しい状態をいう。言い換えれば、
世の中や他者に自分の身を預けて安心することがなかなかできません。
 パーソナリティ障害では、情緒不安定パーソナリティや境界性人格障害など、
この基底欠損がみられる。≫ とあった。 
――
名越が山田洋次との対話で、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったため、
恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損という」と述べ、
山田監督に、「もし僕が寅さんに『基底欠損ですよ』って言ったら、
『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたところ、
山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』って、自慢するんだろうね。」
と答えていた。 名越の一映画ファン兼心理学者のマドンナ=女優評も面白い。
・吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で
 人から影響を受けない性質」
・竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな
 『ザ・日本女性』」
・都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」
マドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、ない。
▼ さしずめ私は「基底肥大」と前回書いたが、基底欠損と、基底肥大が入り
乱れた歪な性格になる。親の愛情こそ必要なのが人間。その絶対量が、その人
の人生を決めることになる。 何故か、長女のA型の女性に引かれるのは、
優しさと、芯の強さを母親代わりに求めるためか。「この人の、基底欠損、
基底肥大は何か?」と知るだけで、その人となりを知ることができる。
 ところで、日本の基底欠損、基底肥大は何かを、今度、考えてみる。

・・・・・・
5196,閑話小題 〜ギリシャが?
2015年06月06日(土)
   * ギリシャがユーロから離脱?
 ギリシャ危機が再燃している。TVで、現地経済の実態をレポートしていたが、
かなり深刻のようだ。厳しすぎる財政再建を批判し当選したチプラス首相は、
欧州連合(EU)の財政再建路線と衝突し、このまま対立が続けば、ギリシャは
財政破綻とユーロ離脱に追い込まれるのではないかと見られる。
  ーネット検索で、最新レポートをみつけたー
≪ なんでも賭けの対象としてしまうロンドンのブックメーカーでは、
 ギリシャがユーロに残って財政再建を果たすのか、それともユーロ離脱をする
のかの賭けが成立しなくなったという。ギリシャがユーロにとどまることに
賭ける人が殆どいないからだ。ギリシャが現在の路線を強行し、欧州諸国が
それに妥協しないかぎり、ギリシャは財政破綻になり、ユーロ離脱になる。
 2012年の危機の時には、こうした破綻シナリオは回避された。ギリシャの
当時の政府が、現在のチプラス政権よりは厳しい財政再建を受け入れる姿勢を
示したことがある。 こちらの方が重要かもしれないが、2012年の時点では
ギリシャが財政破綻・ユーロ離脱になれば、それがスペインやポルトガルなどの
国に波及する危険が大きかったからだ。もしそのようなことが起きれば、ユーロ
の仕組みそのものが維持できなくなるかもしれない。その場合には、ドイツや
フランスなど健全財政の国だけで、以前より縮小したユーロの制度を再度構築
すべきであるというような議論さえ出ていた。 では今回はどうだろうか。
今回は2012年とは状況がだいぶ違うと言う人も多い。スペインやポルトガルなど
で、財政再建がだいぶ進んできたからだ。ギリシャ国内では何が起きたのだろう。
財政再建するため、歳入を増やすことと歳出を削ることの両方をしなくては
いけない。歳入増は増税しかない。消費税などの税率を引き上げ、また税金徴収
もこれまで以上に厳しく行う。ギリシャでは節税や脱税に近い行為が横行して
いたと言われるが、こうしたところにもメスを入れざるをえない。増税も国民
には厳しいものだっただろうが、歳出削減はより国民の生活を直撃した。
年金が削られ支給開始年齢が引き上げられる。公務員が大幅に解雇され、
医療や介護や教育などの予算も大幅にカットされる。これまで当たり前のように
考えられていた公共サービスが受けられなくなるのだ。 財政再建は重要だが、
それをあまりに拙速に行おうとすれば景気が失速してしまう。景気失速は税収の
縮小にもつながりかねないので、一時的には財政再建の負荷はさらに重くなる。
ギリシャのデフォルトを回避するために、救済団(トロイカ=EU、ECB、
IMF)とギリシャ政府で、瀬戸際交渉が続いている。6月5日、12日、
16日、19日とIMFへの返済が続くため、切迫感が強まってきた。更に、
スペインの選挙で反緊縮を掲げる党が躍進したことで、南欧諸国への「政治的」
伝染が危惧される。ギリシャ政権はドイツに対して第2世界大戦時のドイツ
ナチス占領に対する賠償金として36兆円を請求する暴挙に打って出た
(不思議なことにこの金額はギリシャがこれまでEUやIMFから受けた支援額に近い
数字であり、この賠償金でこれまでの支援をチャラと目論んでいることが明白)≫
▼ ネット(録画)のレポートで、教会が市民に救いの手を差し出している姿を
 映し出していた。【4月下旬、アテネ市内カリフェア地区にある聖ニコラス教会
を訪れた。教会には、貧しい人たちに温かい食事を提供する「スープ・キッチン」
がある。午前中に訪れると、教会の裏手にあるプレハブ小屋から、いいにおいが
漂ってきた。ガス台には大鍋がいくつも並び、大型オーブンにも焼たて料理が
用意されている。この日のメインはローストチキンで、パスタやチーズ、パン
など添えられていた。イリニ・スピリダクさん(82)は、数年前に夫が亡く
なってから、月337ユーロ(約4万6000円)の年金で1人で暮らしている。
「教会のおかげでなんとか生きている。電話、暖房代、電気代も払えない。
ああ、早く死にたい」と嘆いた。 ナディアさん(45)は、病院で清掃員
として働いていたが、5年前に債務危機が深刻化した際に失業した。
建設作業員の夫も職がなく、教会から食料をもらうことで家族4人がなんとか
生活している。「チプラス政権が何かするのを待っている。子どものために
いい方向に向かってほしい。」】・・と。 いずれ、デフォルトがある!
 〜また、偶然だが、6年前にギリシャ問題について書いていた。
――――
3359, ギリシャ問題の深層
2010年06月06日(日)
 現在、欧州ではギリシャを発端にしてPIIGS(豚ども)といわれる
ラテン系を中心にした国々の金融破綻が問題になっている。アメリカ発の金融
恐慌が欧州に飛び火をし危険な状態になっている。 ギリシャがユーロ通貨圏に
入りたかった理由は、防衛面(イスラム教諸国に隣接)と(万年金融破の)
金融面があった。 02年ユーロ通貨加盟を検討していた際、
「財政赤字をGDPの3%に抑えなければならない」というハードルがあった。 
そこにゴールドマン・サックスが「とにかく財政赤字の帳尻を合わせる施策を」と、
エサを差し出した。 追い詰められたギリシャ政府はその誘いにのってしまった
(当時の政権は現政権と同じパソック、首相はシミティス。現首相パパンドレウ
は当時の外務大臣)。財政赤字を3%以下に抑える“魔法”(虚偽)と引き換えに、
GSは観光国としては大きな収入源に目をつけた。ギリシャが空港税の30年分の
収益と将来の宝くじなどの収入を差し出すなどの契約を交わした。 
ギリシャにとっては加盟さえすれば当時のギリシャの外国からの借入金利が
13〜4パーセントから、3〜4パーセントに引き下げることが可能になる。
加盟の結果、さらにお金を低金利で借りまくった結果が深刻な財政危機である。 
加盟のための粉飾決算をしていたのである。そのことを国民はなんの説明も
受けていない。 その上に、ある日突然の「財政破綻寸前宣言」である。
ゴールドマン・サックスはこのような誘いを他にも、複数国に持ちかけていた。 
ギリシャの公務員は4人に1人もいて、国民も納税意識が非常に低い。
それをドイツ、フランスから合理化を要求されると拒否反応を示して国家レべル
のゼネストに入る。4人に1人が公務員だから、どうにも抑えようがない。
ドイツからみれば、「単独であれば1〜2パーセントの金利で済むものを、
まともに働かないギリシャと同じ金利を払う必要があるのか?」と、不満が
出るのは当然のこと。 ドイツ、フランスにとって、アメリカの対抗上、
欧州連合の共通通貨のユーロの価値の創造が必要である。しかし、ギリシャ、
イタリア、スペインなどの国家の存在。「何で私たちの血の滲むような苦労を、
御前らの様な怠け者のためにしなければならないのか、まっぴらだ!」となる。 
ラテン系の南欧だけでない、東には、まだ共産主義の計画経済ボケをした東欧
諸国がある。彼らにも多額の借金がある。彼らは自由競争と今さらいわれても!
という気持ちが残っている。欧州連合が、果たして維持できるかどうかの
土壇場である。 今度の恐慌は、20世紀に残されてきた問題が一挙に噴出、
その破壊であるから、20年は最低でもかかってしまう。
・・・・・・
4831,「事業人生を決心して45年」の語り直しー9
2014年06月06日(金)
  * ドン底の気分の最中、父親が末期癌に! 
 金沢の「いとはん」に1年3ヶ月ほど経ったある日、実家の一番上の姉から
電話が入る。「父が検査で悪性の胃ガンが発見、緊急手術のため東京女子医大
に入院することになった。手術は、ガンの権威の、中山医師が執刀するが、かなり
厳しい事態」という。その瞬間、頭は真っ白。父あればこその自分。20歳辺りから、
ほぼ私の希望を聞き入れ賛同をしてくれて、当時も、自らの育成プログラムの
一貫として金沢で学んでいた。その父が、もしものことがあれば、現在の実家の
事業の力関係は根本から崩れる。父親も、万一のことを考えて、実兄と私のため、
主だった財産の生前贈与をしてあるが、当時の自分は、経験不足。
父が亡くなれば、根本的に地盤が大きく傾いてしまう。ただ、手術が成功する
ことを祈るしかなかった。そして、手術の一週間後、東京女子医大に休暇をとって
見舞いに行くと、母は洗濯物を干すと言って私を屋上に連れ出すが、躊躇をして
何も言わない。その雰囲気からみて、長くはない事を悟る。後で知ったが、
多くの臓器を取り除いたが余命一年。 そして、一月もしないうち、
父親が退院、私も、父の指示で、実家に戻ることになる。
 色いろあったが、金沢は、あまり良い思い出はないが、それでも、綱渡りの
日々の中、面白い日々が続いていた。 何処の世界にいっても、独り、美味い
居酒屋と面白いスナックを見つけ出し遊ぶ術は学生時代から身につけていた。 
これで大いに助かったが・・ 何故か女性に関しては、縛られることが大嫌いで、
適当に漂っているのが好き。幼児の頃から実家の女子社員とか、姉たちの盛りを
過ぎた変容を多く見ているため、今は綺麗だが、その後の・・ それなら、
浅く広く、ふわふわと、適当に、を保っていた方が面白い。
しかし金沢も、あの辺りが限界。 彼氏持ちの同僚が、急に誘ってる?と、
その2ヶ月後、結婚で辞めていった。最近になって、それがマリンブルーの
なせる業というのが解ったが、当時は、女は恐ろしい!と、思っていた。 
女の職場では、同僚と浮いた話は絶対タブーのため、フワフワするしかなかった。 
一人、2〜3回のお茶とか居酒屋が、少し危険だが、適当な距離があればこそ、
良かったことになる。その辺りは、誰も熟知している? 長岡藩と加賀藩とは、
歴史の深さが全く違う!それが、そのまま女性の魅力に、そのまま出ている。
派手だが、堅実で、保守的で、他所ものには親切だが、地元には、その承認を
得ると徹底的にいたわるが、細かいタブーで縛られている点は、似ているが、
より厳しい。そして、急遽実家に!父親の余命一年の事態と、私のUターンで、
静かな小さな池が大きく揺れることになる。どこにもある御家騒動の始まり。
争いの種は、それぞれの立場にとっての理不尽が、怒りと争いの発端になる。
ーこれも偶然だが9年前の同月同日に、金沢のことを書いていた。ー
  やはり、何かがあるのだろうか? 偶然とは面白いもの。 
  その前年も、同じ偶然があった。
・・・・・・
4464,余命半年 −2
2013年06月06日(木)
          「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
  * 遺伝子からみれば、古い個体は新しい個体のため消え去るのが運命
 人生なら良いが、何時までも会社にへばり付き、新しい目を摘み取る人、
それを、自分で気づいてないからタチが悪い。「老兵は、ただ黙って去るのみ」
である。死も時節がある。 ただ悄然と消えていきたいもの。ーその辺りからー
≪ 科学の発展は、おそらく一つの答えを用意したと思われる。つまり人間は
 生物であり、だからこそ本能が、 正確に言えば遺伝子が、「生きるように」
「殖やすように」そして「死ぬように」命じているという考えである。
生物は遺伝子によってマッピングされて出来上がっている。遺伝子は自らが
生き残るために様々な戦略を取る。別の遺伝子と組み合わさって、さらに
優れた遺伝子となるのもその一つの戦略である。そのためには、生物に交配して
もらわねばならない。だから遺伝子によって形作られた本能に従い、生物は
交配し、子孫を残し、種を繁栄・存続するように「なっている」のである。 
要するに、生きるとは、遺伝子の命じるままに従い、結果として「その種の
繁栄のために動く」あるいは「その種の繁栄のために動かされること」である。
遺伝子を残し、遺伝子をより良いものにして、その遺伝子が長く存続できるよう
にすることが遺伝子の欲求であり、それが本能に刷り込まれている。だから皆、
相手を求め、おまけとして快楽が付いて来る交配を行い、危険を冒して子供を
産み、子供が一人で生きられるまでは惜しみない愛情を注ぐ。
それはすべて、「人類という種を生き長らえさせる(人類の遺伝子を残し続ける)」
ためなのである。 この考えによると、死が到来するのも理解できる。
まず交配が行われて新しい個体ができれば、親の遺伝子は子に受け継がれる。
しかも遺伝子の容れ物(肉体)も新しくなっているし、遺伝子の組み合わせに
よってより優秀な個体が生まれているかもしれない。そうすれば少なくとも
「自分の遺伝子を残す」という目的を、遺伝子は果たしたことになる。
つまり古い遺伝子や容れ物は要らなくなる。だから、多くの動物は生殖期後、
長い時間を生きずに死んでしまう。生殖という非常に大事な役目を終えて
しまった以上、もう他に大きな役割はないのである。次に、もし「死」が訪れ
なければ、限られた空間に、個体は限度を超えて殖えてしまうであろう。
そうすれば、結局その生物の相当数は淘汰されなければならない。 ≫
▼ 死ぬのは自然の摂理、それに従うしかない。その時になり慌てふためくが、
 諦めきれないのが知識を持った私たち。「余命半年!」と宣言された時の
衝撃は、計り知れない。昼の間は、まだよいが、独り夜半に目が覚めて、
その恐怖との 闘いは生き地獄だろう。死ぬのが怖いが、余命半年と
悟った時から死ぬまでの苦痛が恐ろしい。だから準備が必要になる。


5925,閑話小題 〜「あきらめる」健康法

2017年06月05日(月)

   * リタイアで神経症の大部分が治る
 6年前、少し前がかりで、会社を整理して御隠居生活にはいった。
何故か、その時以来、様々な神経症が収まってしまった。負担が大きかった
のである。準備期間の15年間を含めた20歳からの45年間、何か憑き物に追い
かけられ、神経を擦減らしていた日々から解放されたためである。このプラス
効果は思いもしなかったこと。
 先日、図書館で見つけた本が、それを解釈している内容。ずばり、
<自律神経を整える「あきらめる」健康法ー小林弘幸著>。
 私は、「あきらめざるを得なかった」だけだったが、以来、少し肩身が狭く
なった気分以外、全身がフワフワと浮いたような気楽な心持ちになっている。
スーパーのレジでドキマギしたり、会話時に相手と目を合わせると過度に緊張
したり、都電内などの視線恐怖症などが、嘘のように消えてしまった。
客商売の職業柄、いつ何時トラブルが襲い掛かっても、対処できる緊迫感を
持っていた日々が、会社清算の決断した瞬間から、45年間、維持していた重圧
から解放されていた。仕事など責任を負えば、誰もがストレスで少なからず
神経症があって当然のことだが。
 〜アマゾンのビュアーの書き込みより〜
≪ 本書は、ネガティブな感情が自律神経のバランスを乱し、結果的に心と体
 に 不調をもたらすとう負の連鎖について分かりやすく説明した上で、この
負の連鎖を断ち切る方法として「あきらめる」ことを提案しています。
そして、「あきらめる」の本来的な意味は、物事を途中で投げ出すような後向き
な態度ではなく、物事の道理をしっかり理解し、執着を捨てるという前向き態度
であるとしています。とはいっても、自分が執着してきたことに対して、そう
簡単に「あきらめる」ことは難しいのが人情…。 そこで、本書は、「ゆっくり、
動く」ことや「あきらめリストの作成」等日常生活ですぐに使えそうな
「あきらめる」習慣を紹介してくれています。この本を読んで肩の力が抜け、
思考もクリアになったように思えます。オススメの一冊です。≫

▼ 自律神経失調症は、対人関係などのストレスによるネガティブな感情を
 起因とする。で、リタイア時には、少し厳しめな日常のスケジュールをたて、
淡々と過ごすことで、内、外のネガティブの嵐から自らの心の芯を護ってきた…
 問題は、夜半に目が覚めた時に起こるネガティブな感情。これを、プラスに
有効に如何に転嫁するかである。 スポーツジムでの、「ヨガ」が終りの仕上げ
に、5分間の『屍のポーズ』がある。マットの上で、大の字になり、死んだつもり
になって、手足の末端から、内臓、頭の緊張を抜いていく。これも慣れるつれ、
緊張感と安堵感で、何かの自縛から解放された感になる。 夜半の覚醒時に、
これをやると、この時間帯が、「銅」の時間帯から、成り「金」に変わる。
ここでいう、「あきらめる」は、「諦める」ではなく、「明らめる」であり、
モノゴトを明らかにすること。その点、16年続けてきた、このブログで、
思いを、書き連ね公開(後悔)している習慣が「心の杖」になっているが、
どうも、それを振り回して他人を殴りつけてもいるらしい。 ったく!

・・・・・・
5560,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月05日(日)
  * 強烈なミヤコ蝶々の母役   <山田洋次:名越康文 対談>より
 なぜか、シリーズの中で印象に強く残っているのが、寅の母親。
ミヤコ蝶々が演じていたが、これがハマリ役。寅の『基低欠損』の原因である
関西のオバアチャン。 私事になるが、終戦直前に焼出された商家再建の中で、
産まれ育った。両親は商売に熱中、私を含めた8人の兄姉たちは、親の直の愛情
を受ける機会が少なかった。その中、末っ子もあって、兄、姉たちだけでなく、
多くの従業員の愛情を一身に受けたのが大きい。両親は、気が向いた時だけ
愛情を注いでくれていた。その代わり、美人の女店員に付いてまわっていた。
 ふと思いついた言葉が、私に関しては「基底肥大」。兄、姉は、終戦の
最中の混乱で、『基低欠損』が大きくあったような。 
〜これは、何れの家庭にいえることだが。条件と原因は、ほぼ同じ働きをする。
≪山田:自覚はしていないけれど心の中に空洞を持っている人間、寂しさを抱えて
 いる人間は、そこを埋めたい埋めたいと意識の下で思っている。だから、時々、
 ヒステリカルに怒ったりしてみんなに嫌われたりするということでしょうか。
名越:寅さんは第二作で実の母親に会います。しかし京都でラブホテルを経営して
 いる母親役のミヤコ蝶々さんがこれまた強烈で、せっかく念願の親子再会を果た
 したのに、「今頃、何の用やねん。あっ、銭か、銭はあかんで」と、サラッと
 言われてしまう(笑)。
山田:撮影した後、そういう残酷な母親を演じさせた僕に、蝶々さんは
 「気にしなくてもいいんですよ」と言うんですよ。「わてはこういう汚い役は
 好きなんや。その奥に、人間のキラッとしたものが見えればそれでええんや」
 と言っていました。
名越:さすが蝶々さんですね。この第二作の中で、蝶々さんは「どの世界に、
 喜んで子供を捨てる親がいるんじゃ!」とズバッと言いす。-このセリフが心に
 残るんです。ぞしてラストシーンでは、橋の下で、寅さんが母を追いかけている。
 あの場面は本当に象徴的で、カウンセリングを山のようにやってきた人間から
 すると、「そうそう、これしかないんだよな」と思います。つまり、子供の方が
 一生懸命、親の「理想像」を作り、それをいつも追いかけているんです。≫
▼ 母親が亡くなった時、医師の依頼で、解剖をすることになった。
 兄二人が、たて続きに不幸な死に至った苦悩で極度のノイローゼに陥って、
数年間、心筋梗塞などで死線を彷徨った中で、心臓の4分1が壊死をしていた
ことがわかった。医師は、よく生き延びていたと、驚いていた。その中で、
生き残った6人に、深い『基底欠損』が、当然あった。青年期に至るまで、何度
も亡くなった兄二人が夢に出てきていた。その傷を抱え、膨大なエネルギーを
要する創業を、我ながら目指したもの。その経験があるため、第三者の批判の
軽さに心底から蔑視ができる。批判は自分の影に対する反映でしかないのが
自覚できない。影口の呟きで、自分の壁をつくっているのが、俗にいう世間人。
 〜で、また偶然だが、以下につづく!

 ・・・・・・
5195,魂が擦り切れるまで哲学に徹したか
2015年06月05日(金)
   * 哲学という気晴らし  〜『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 
 こういう文章を読むと、<この10〜20年、独学で「哲学」を学んできま
した>など、よくも言っていたと自嘲をする。どの道も、命がけでなければ
プロとはいえない。「ひきこもり」と「哲学をする」は、紙一重。
 20歳代に、スランプになると、度々、六日町にある「雲屯庵」という禅寺に
本を持ち込み座禅をしていたが、そこの若い雲水が、時々、「野狐禅など
してもしなくても同じだ」と強烈な批判をしてくれた。若い雲水は命がけで、
禅道を歩んでいるのに、少しの挫折で横たわる代わりの私の野弧禅など、
この馬鹿野郎である。しかし今から考えると、決して無駄ではなかった。
 これと同じことが、哲学の道でもいえる。 〜その辺りから(p91)
≪ 私が哲学にのめり込んだのは大森荘蔵先生に会ったからである。東大
 法学部に進むはずであった二十歳の私は、突如哲学に鞍替えしようと決意した。
その頃、大森先生の書いたものをむさぼるように読んでいた私は、大森先生に
じかに会って、いったいこんな自分でも市民から哲学者という「ならず者」へと
転落する資格があるのか賭けに出た。「駄目だ」というわずかな言葉をも、
視線をも、サインをも見逃さず、その時は哲学を潔く諦めよう。
 こうした悲壮な決意で先生に対したが、思いがけないことに、私は先生から
文句なしの適性を保証されてしまった。「来なさい」と言われ、胸も張り裂けん
ばかりに嬉しかったが、同時に奈落に突き落とされた。ああ、これで俺はもう
まともな市民としては生きていけない。哲学で行き詰ったら、後は死ぬしかない
と思い、泣きたくなるような気分だった。 それがまもなく現実になった。
法学部を捨てて先生の所属する教養学科の科学史。科学哲学分科に進学するや
否や、私は深刻なノイローゼに陥った。現実の哲学に失望したわけではない。
哲学は、そして先生はますますすばらしい存在として私に迫ってきた。だが、
だからこそ、自分に絶望した。そんなにすばらしい世界が与えられたのに、
それを充分活用できない自分の愚かさ、無能さに絶望したのである。
 蛆虫のような老婆を殺した瞬間に、自分もまた蛆虫だと悟った『罪と罰』の
ラスコーリニコフのように。俺は誤解していた、分不相応の高望みをしていた、
俺は真理のために生きることなぞできないのだ、俺はやはり蛆虫として真理を
横目で睨みながら何もわからずに死ぬほかないのだ。そう思った。そう思って、
自分の浅はかさを嘆きながら引きこもり、死ぬことを考えていた。
 ずっと後になって、奥様から「あの頃たびたび、主人は中島君自殺するかも
しれないと言っていました」と聞かされた。そんな苦しい時でも、私を哲学
へと「誘惑した」先生を瞬時も恨んでいなかった。ただ、せっかく見込んで
くれたのに、こんなテイタラクで申し訳ない。そのために死のうかと思った。
それからいかにして「治った」のかは、長い話になるので割愛する。
とにかく、私は門下の仲間たちとはよほど違って不思議なほど転び、蹟き、
滑りながら、哲学を続けている。といって、私は先生に普通の意味で
「感謝している」わけではない。私が駆け込み寺のように先生のもとに身を
寄せてから、本当に辛くきつい人生が待っていた。だが、私はこうしか生き
ようがなかったのだから仕方ない。先生との出会いも運命であり、私が哲学
を志すと「そこに」先生がいたのだ。 先生は私の恩師であろうか? 
いまさら「恩師」などと言えば、「私は中島君の師であったことなどない」
と切り返されるであろう。そうなのだ。私が先生を、一番煩わせた問題児で
あったとは確かであるが、先生は私の恩師なのではない。私は先生に哲学とは
こういうものだということを教えてもらったが、その後いまに至るまでその通り
のことをしていないのだから。だから先生は権威・権力におもねることを蛇蝎
のように嫌った。『哲学の教科書』がベストセラーになり、わずかの褒め言葉を
期待して勇んで病院に見舞いに行った時、「もう少ししたら何か言います」
と言われた。だが、何も言わずに死んでしまった。これもずっと後から聞いた
話であるが、私がウィーンから帰ってきて人より十年も遅れて駒場の助手に
なった頃、「今度帰ってきた中島という男は難しい所もあるが、どうか寛大に
見てくれ」と哲学仲間に訴えていたという。何も知らなかった。涙が出る思い
である。それほど気にかけてくれた先生は、物書き業に堕した私を許してくれ
ないであろう。魂が擦り切れるまで哲学をしていない私を軽蔑するであろう、
それが苦しいので、時折私は必死に叫んでみる。「私は先生とは違うのです、
こういう形でしが哲学ができないのです」そうしながら、「それでいいのだよ」
という先生の優しい言葉を期待する。だが、いくら耳を澄ましても何も聞こえて
こない。≫
▼ 何度も読み返えすたび、その都度、それぞれの青年期の節目の苦悩が蘇る。
 多かれ少なかれ、青年期には、各自が、似たような苦悩を抱えて苦闘するが、
いつの間に現実に同化してしまう。で、娑婆娑婆して、この有様! 色即是空
・・・・・・
4830,「事業人生を決心して45年」の語り直しー8
2014年06月05日(木)
  * 「語り直し」を始めて驚いたことは
 3年前の結末で、オセロゲームの駒が白から黒に変わったと思い込んでいた。
ところが、変わったのは細部の記憶が次々と最近のことのように思い出すこと。
嫌な出来事と思っていた中に、自分自身の姿が垣間みることが出来ることだ。
むしろ、不遇の渦中こそ、人生の醍醐味がある。ただ、気づくか気づかないか。
不遇であればあるほど、周囲の人に親切になる。だから、多くの邂逅が生まれ、
味のある日々になっている。成るほど、人生は面白いものである。生きてきた
課程で、日々、世界が変化している。そして自分自身も、大きく変化している。
特に、20歳代の変化は激しく、留まることはない。金沢にいた頃の会社は、
最後は吸収合併をされて、今は、何一つ残ってない。あるのは抽象画のような
記憶だけ。しかし、これが自分の基礎に大きく根を張っている。
 金沢に来たのだからと、能登一周の観光バスで一日一人旅をしたり、
同僚との東尋坊へのドライブに行ったり、早朝の金沢港でのキス釣とか、
金沢駅前の居酒屋で騒いだりとか、入社前の研修での永平寺の座禅とか・・・ 
 ところで、東尋坊は北陸随一の景勝であり、自殺の名所としても知られている。
同僚から聞いたのが、自殺者の霊が管理事務所に尋ねて来たとか、断崖から
下を見たところ、多くの手が伸びてきたとかは日常茶飯事という。 
 せっかくの金沢なら、茶道でもと思いたち、同僚の女性の紹介で、寮の近くの
家に習いにいっていた。異様な緊張感が漂う中、来ている女性は、なかなかの
若い美人ばかり。週の火・木曜日の週二回のどちらかに行くが、これが心落着く。
それぞれの日で、来ている人が違うが、そこでの美人を見るのが楽しみに
なっていた。ただ、それだけだが、金沢を急遽、去るにあたって、その事情を
師匠に話すと、「ところで結婚相手が決まっているの?」と聞いてきた。
「職場の女性以外に、チャンスもないし、同僚は付合わない主義で・・」
と答えると、「どっちの娘がいいの?」と! 結婚相手など微塵だに考えて
なかったので、「別に!」と答えたが、悪くはないが今さら時間が無い。
考えてみたら金沢での伴侶の選定も考えられた。 浅く広い、いちゃつき
レベルでは、多くの思い出はある。一番、惨めで、嫌なことばかりの日々の中に
こそ、多くの心の痕跡がある。それが青春ということか。人生は多くの
出来事と、その記憶の重なりで出来ていて、「自分」は、その蓄積そのもの。 
そうこう振返ると、創業準備期間の15年の方が、創業以降の30年より、遥かに
エネルギーが入っていたことになる。結果が、どうであれ、野心を持って、
ひたすら日々を過ごしていた20歳代が、人生の醍醐味があったようだ。
 結果としてみて、20歳代は、非常に合理的配転を自らしていたことになる。
今だから言えるが、面白い日々だった。
・・・・・・
4463, 余命半年 −1
2013年06月05日(水)
        「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
 老いるにも準備が必要であるが、死ぬことにも準備が必要のようだ。
「あと余命半年」と悟った時に何をするか?その時には、苦悩と苦痛が頭を
占めて殆ど何もできない。あと半年と悟った時、「準備をしてきて良かった」
と言えるよう、普段から一歩ずつ足を踏みしめて生きなければならない。
それにしても、それほど遠くない未来に、余命半年+−数ヶ月の余命を宣言
されるか、自分で悟る時がくる。これが脳溢血、心不全、交通事故など瞬間死
の数倍の確率というのが現実である。その瞬間から悟りすまして生きるなど、
無理。それまで積み重ねた知識と経験と覚悟を持って、平静に保つしかない。
  ーまずは、「はじめに」より抜粋---- (要約でもある)
≪「あなたの余命は半年です」突然そう宣告されたら、あなたはどうする
 だろうか? とりあえず遺産をどうするか、そこから手をつけるだろうか。
あるいは、かねてより行きたいと思っていた海外に旅行に出かけるだろうか。
いずれにせよ、ぼやぼやしていたらあっという間に半年など過ぎてしまう。
半年・・・たった六ヶ月である。「命はそれまでですよ」と告げられたあなたは、
その半年の間にやるべきことをすべてやり、心にも折り合いをつけて最後を
向かえることが出来る自信はあるだろうか? ・・まさに人の数だけ物語があり、
バッドエンドもハッピーエンドもある。ある時から、私は何がこの二つを
分けるか、あるいは、ある人の終末期に光が包まれるのに、ある人の終末期に
色濃い闇に閉ざされるのか疑問に思った。 結論から言うと、老いる前から
老いることを、病気になる前から病気になることを、死ぬ前から死ぬことを
考え、そこで悲観的になるのではなく、だからこそ一足一足を踏みしめて
生きようと、そう思った人間にはそれ相応の最期が約束されるということが
わかった。老いること、病気になること、死ぬこと、それを事前に考えるのは、
ものすごく精神力を使い、大変な作業である。ともすれば抑うつ的になって
しまうこともあるだろう。しかし、その差は必ずいつか出る。ひょっとすると、
最期ばかりか、明日からも大きな差となって現れるかもしれない。・・ ≫
▼ このところ、老い、病気、死についての本を読むことが多い。 
 読んでいると安らぐのである。どっちにしろ、そう遠くない先に直面する。
その時になって、急ごしらえの準備は、それでしかない。しかし、この本も、
  健康時からの心得、病初期・病中の心得、病末期の心得、死の心得と、
段階をおってるから、シビアで引き込まれる。緩和医療のお医者さんもあり、
著者は、その実態を紹介することで不安を少なくしたいのが、この本の主旨。
 「精一杯生きました。悔いはありません」そういって誇らしげに言える
ための準備、それは「今を幸せに生きる」こと。


5924,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜4

2017年06月04日(日)

  * 母親と供に
 宇宙船内の両親の席の母の隣に座り、一方的に話した内容とは。
≪ 父親も尊敬してましたが、貴女も人間として見上げる存在でした。
 亡くなった時、医師の希望の解剖の結果、心臓の4分の1が壊死していたこと
を知り愕然としました。2人の息子を死なせ、母としての責任と後悔で重度の
ノイローゼに陥ってしまったことは知っていました。それでも、心臓が四分の一
も壊死していたとは。 中学校2年の時に、夜半、心臓発作のため、立川病院の
院長自らが駆けつけて、止まりかけた心臓のマッサージをしながら、大声で、
『堀井さん、自分で生きようとしなければ助かりません。苦しくても生きたいと、
思って自ら立ち上って下さい!』と絶叫していたのを覚えています。
言語に絶する苦しみが当時の私に伝わっていたと思ってましたが、殆ど分かって
なかったということですよね。 白髪が逆立ち、両手を上に突きあげ。私を見て、
「助けて!」と、絶叫していましたね。 その急場を乗越えた後、少しずつ病状が
良くなっていく過程で、新興宗教に助けを求めたり、宗教書や倫理書を熟読する
ことで、苦しみの種を、一つずつ取除いて立上っていく姿を身近で見ることが
出来ました。貴女の生い立ちは、生れて直ぐに父親が亡くなり、男後家の義父に
苛め抜かれたと、ことあるごとに聞いてました。実母も義父に気遣い、表向き
幼女の貴女には冷たくしていたと。 親からの直の愛情を、子供に与えられた
経験のなさが、仕事の忙しさも手伝って、目先、ガムリャラに生きるしかなく、
息子の不幸を招いたと、聞いていました。これは子供の私たちにも影響をあった
ようです。 その反動が、私に集中し、孫のような特別待遇をして貰いました。
結果的に、それが良かったか、悪かったか。貴女は、子供でも分かるような、
宗教書や倫理の本を何気なく、茶の間において、自然に読ませてくれていたのが、
間接的教育だったのですね。
 10年近くの重度のノイローゼの中で気づいたことは、「過酷の環境下での、
『無教養』が、取返しのつかない不幸の原因だった」ということですよね。
私自身も、「知識の絶対的不足」に気づいたのは、地元を離れた学生時代。
オープンハウス的な寮生活で、全国の多くの人と、私生活を共有したためです。
「面白い共同体の寮があって、実に社会勉強になる」と、何処かから聞きつけ、
放り込まれましたが、その実態について、殆ど話した事はなかったですが…
これが絵に書いたような雑多の家庭事情を持った玉石混合の25室の寮。その部屋
には、その友人も多く出入りをしており、良いにつけ悪いにつけ、赤裸々な様々
な品位を垣間見ることが出来ました。これが、面白い別次元の空間。都会の寮や、
アパートなら、こんなものでしょうが… 
 そういう貴女と33年間も同居することが出来、あまりに多くを学ぶことが
出来たことが、この地球ツアーで一番の成果だったようです。両親にならって
何が創業人生を目指してきたのが、この程度で、です。
『ご覧のとおり、そのまま結構!』とは、あなた方を省みると、決して
言えません。何はあれめぐり会えたことが、一番の感謝すべき幸運だったと、
黄昏の日々を過ごしています。≫

▼ 書いて初めて気付くことが、あまりに多い。愛情は与えることであって、
 受けているだけではダメということですね。 

・・・・・・
5559,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜
2016年06月04日(土)

 最近になって、『男はつらいよ』のシリーズの再放送を見なくなったが、
以前は、再放送の度、何度も観ていた。もちろん48作の全部を観ている。
TVの再放送を含め平均3回を観たとして、150回は観たことになる。
特に浅丘ルリ子の、リリー役ものは、5〜6回以上は観ていた。この映画が
始まった1969年は、新社会人として、四日市、神戸、桑名と、転勤生活の中で、
家族の温みを寅さんの実家の団子屋の中に温みに求めていたようだ。 
精神分析医と、『男はつらいよ』の山田洋次監督の対談が、なかなか面白い。
  * 寅は「基底欠損」   <山田洋次:名越康文 対談>より
≪ 山田:寅は「人間というのはこんなにみっともないよね」という恥部も
 見せてくれる。自分が食る分のメロンがないというだけで、「どうせ俺はね、
 この家では勘定に入れてもらえない人間だからな」と言って大ゲンカしたり。
名越:有名なメロン騒動ですね(第15作『寅次郎相合い傘』)。『男はつらいよ』
 を全作観て、僕は寅さんの中にとめどないブラツクホールのようなものを
 感じました。寅さんを心理分析すると、99%は温かいものでできているけれど、
 残りの1%に、ダークマダーのようなものがギューッと凝縮されている。
 それは下手したら温かい99%を無にしてしまうようなすごい闇です。
「俺の気持ちをわかってくれ!」という精神的な甘えも強烈で、カッとして暴れる
 こともしょっちゅう。じゃあなぜ寅さんにこのような攻撃的なエネルギーが
 生まれるのかと考えた時、「基底欠損」という精神分析用語がハッと頭に浮か
 びました。幼い頃、親に甘えても受け入れてもらえなかった。おっぽいが十分
 に吸えなかったとか、抱っこしてもらえなかったとか、満たされるべき欲求が
 満たされなかった。そういう根本的な愛情や安心感の欠如が、大人になって
 から甘えたり、無理を言うことにつながってしまう。寅さんもそうすることで、
 親に拒絶された「欠損」を埋めようとしているんじゃないかと解釈したんです。
山田:とても面白いですね。「基底欠損」という言葉を初めて聞いたし、そういう
 心理学的なことは何も知りませんでした。だけど、寅みたいな人間はどこか心
 の中に空洞があるんだろう、そういう人間って、赤ん坊の時がひどく不幸
 だったと考えて、寅が産みの母に捨てられたという設定にした。≫
▼ 私の母親が、世にも珍しい<ママ父>虐めの被害者。その恨み辛みを、
 ことあるごとに聞いていた。 3人の子供を残して逝った父親の後添えに、
祖母は男後家と再婚、八百屋を維持した。その義父との間に4人の子供が
できたが、義父は徹底して3人を虐めたという。祖母も、男後家の関係上、
3人には冷たくせざるを得く、一番末の母は、幼児の頃から、両親の温みを
知らないで育った。その為、自分の子供に対して、どう愛情を与えて育てて
よいのか、知る由もなく、それが、母親の「基底欠損」である。当然、その
子供も、基底欠損になる。何れも多かれ少なかれ、それを持っている。
両親の温みの実感が無いのも辛いものがあるようだ。  〜つづく

・・・・・・
5194,千年ぶりの「大地動乱期」に入った日本列島
2015年06月04日(木)
   * 「南海トラフ巨大地震」について、
 2011年の東日本大震災以後、日本列島はいつ、どこで地震や噴火が起きて
もおかしくない「活動期」に再び入った。13年には小笠原諸島の西之島近くで
海底噴火があり、溶岩は島をのみ込んで陸地を広げてきた。昨年は御嶽山噴火が
あり、57人が死亡。阿蘇山の噴火もあった。御嶽山噴火から半年、その間に
噴火が次々と起こっている。これは「大地変動の時代」が始まったといことか?
 火山学者で京都大教授の鎌田浩毅が、『新潮45』の去年の11月号や、近刊
『地震と火山』で、1100年前の貞観地震から、大噴火と、「南海トラフ地震」の
可能性を取り上げている。被害は東北大地震の10倍以上と。 〜その内容とは〜
≪「南海トラフ巨大地震」は、10年ほどの誤差があるにせよ、地球科学的に
 発生時期が予測出来る唯一の巨大災害で、その予測は2030年代。
現在は2015年だから15〜20年後になる。 1100年前の地震は
869年 貞観地震(三陸沖)M8.4 大津波
878年 相模・武蔵地震(関東諸国大地震)M7.4 直下型
887年 仁和南海地震(南海トラフ沿い)震度7 巨大津波が発生。
 この貞観地震が3.11に似ていて、9年後にそれぞれ起こった。
これを単純に現在にあてはめると、2011年(3.11の年)の9年後2020年は
東京オリンピック、9年後は2029年に南海トラフという計算になる。・・
 「3・11」以降の日本列島が千年ぶりの大変動期に突入したことは、日本人の
共通認識として必要なことではないかと考えている。二〇三〇年代に起きる
可能性の高い南海トラフ巨大地震は、一〇年ほどの誤差があるにせよ、地球科学
的に発生時期が予測できるほとんど唯一の巨大災害である。こうした、言わば
「虎の子」の情報を活用し、必ずやって来る激甚災害を迎え撃たなければならない。
南海トラフ地震が首都圏を直撃した場合には、国家機能が麻痺する恐れもある。
さらに江戸時代のように、巨大地震の数ヶ月後に富士山が大噴火した場合には、
地震と火山災害が同時にもたらされることになりかねない。
事実、両者の複合災害によって幕府がしばらく疲弊したことが記録に残っている。
南海トラフ日本列島で生きのびる巨大地震が「3・11」の20兆の損害より一桁
大きいダメージを与えることは必定で、日本経済が破綻するだけでなく世界金融
危機を招くと予測する専門家も少なからずいる。今後の日本にとって喫緊の課題
は、その激甚災害をいかにして減らすかである。こうした大きな流れの状況下で、
今回の御嶽山噴火が起きたのである。地球科学者としての視点からは、大地が揺れ
火山が噴火する現象は、日本人にとって避けられない事態である。今後、災害に
対する正確な知識を事前に持ち、ネットを活用しながらリアルタイムで情報を
得つつ、刻々変化する自然現象に向けて手を打たなければならない(拙著
『地震と火山の日本を生きのびる知恵』を参照)。 加え、過度の不安に陥って
しまうのではなく、「正しく恐れる」ことも求められる。今回の噴火をきっかけ
として、我々の大地が千年ぶりの変動期に入ったことを、読者の方々の人生と
仕事のスケジュールに組み込んでいただきたいと切に願う。≫
 また、「サンデー毎日」緊急報告の下では、こう書いている。
≪ 御嶽山噴火は『大動乱時代』の幕開か?
 地球科学者たちは、3年半の東日本大震災以後、日本列島の地盤が長期的に見て、
変動期に入ったことを、各種の観測でつかんでいた。いわば、「3,11」が引き
起こした1000年ぶりの『大地動乱の時代』である。 御嶽山が活動期に入り、
富士山や箱根山などの活火山の地下にあるマグマが、いつ活動を再開しても
不思議ではない状態にある。過去の歴史を振り返ると、海域でマグニチュード9
という巨大地震が発生すると数カ月から数年以内に、近隣の火山の噴火を誘発
する事例がある。20世紀以降、全世界でM9クラスの巨大地震は6回起きたが,
その全てで、地震の数日もしくは数年後に噴火が発生。 869年に起きた
「貞観地震」と極めてよく似ている。9世紀には、地震と火山の多い特異な
変動期にあったが、それは貞観地震をきっかけに始まった。3,11以後、
日本列島は9世紀同様の『大地動乱の時代」に入ったに違いない。・・ ≫
▼ 爆発的な噴火を起こした鹿児島県の口永良部島。噴火直後に火砕流が発生、
 海岸線にまで到達した。気象庁は、噴火警戒レベルを3(入山規制)から、
5(避難)に引き上げ、町は全住民に避難指示を出した。レベル5に引き上げ
られたのは、気象庁が平成19年に噴火警戒レベルの仕組みを導入して初めて
のことだ。桜島、阿蘇山、箱根山など全国各地で火山活動が活発になっている
日本列島。日本人の特性、喫緊の問題以外は楽観的で、「正しく恐れる」こと
から目を背ける性向がある。リアルなドラマ仕立ての『日本沈没』の様相に!
5年後には、東京オリンピックもあることだし、起こった時は、起こった時と!
・・・・・・
4829,「事業人生を決心して45年」の語り直しー7
2014年06月04日(水)
   * 出口王仁三郎の虎穴問答
 ここで大きな問題を起こしてしまった。ナンバーツだった取締役人事部長と
社長と対立の真中に立たされた。新入社員教育以来、私に目をかけてくれ、
自宅に招かれたり食事をしていた部長と接しているうちに、私主導で同期生会を
つくることになった。今から考えてみるとA部長の誘導があったが、それは後に
なって気づいたこと。 何度か会を重ねている内に、「県知事でも招待するか」
という話になって、A部長に相談に行くと「県知事とは懇意にしている」という。
その辺から配送センター所長が、そんな会を作らせてしまった責任問題も加わり、
明らかに社長直の、会潰しが始まった。組合の温床になる恐れと、明らかに
部長派閥の一つと見たのだろう。 県知事からOKの返事を貰っていたので
途中で、今さら止めるわけにいかず。何人かが会そのものを止る動きが出てきた。 
私の立場が、東レの所長と人事部長の関係で、預かりの中途半端な立場で、
非常に弱い。いつ、首になるかもしれない中、その人事部長が辞めてしまった。
その中で、何とか県知事招待の会が開かれたが、その後、知ったことが、県知事
招待の献金の相場が当時の100万(現在では7〜8百)など、私に知る由がない。
それらのストレスで、大酒を飲んだ末に、寮内で、人をはばかることなく、
一晩中、号泣をした。泣いても泣いても涙が湧き出ることを初めて知った。
後年、映画で知ったが、刑務所入所の初日に、囚人が一晩中、号泣するのが恒例
という。 泣き終わって割り切れたのか、まず自から、その会を止めることにした。
 その頃、近くの書店で手にしたのが、大本教の出口王仁三郎の特集の雑誌。
そこに、大本教の弾劾裁判での、王仁三郎の「虎穴問答」があった。
あまりに大くなった大本教に、当時の政府が徹底した弾圧、裁判にかけられた
王仁三郎が、戦時体制を虎に喩えた虎穴問答である。虎穴に落ちてしまった人が、
助かるために、どうすればよいか? を裁判長に問いかけをする。ーネットからー
《 ▽ 大阪控訴院での裁判長との虎穴問答−「人虎孔裡に墜つ」という禅問答
・王仁:「一人の人間が虎の穴へ落ち込んだ場合どうしたらよいか。
  裁判長、あなたはどうお考えになりますか?」
・裁判長:「自分は法律家だからわからないが、どういうことなのか?」
・王仁:「人間より虎のほうがつよいから逃げようとすると殺される。
 刃向かっていっても同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへると殺しにくる。
  どっちにしても助からない。けれどひとつだけ生きるみちがある。
  それは食われてはだめだ。こちらから食わしてやるのだ。食われたら
  あとにはなにも残らんが、自から食わしてやればあとに愛と誇りとが残る。
・裁判長:「うーん」 と嘆声を漏らした。
王仁三郎は、この問答で大本事件を語ったのである。 そして、この問答が
  事件の一大転機をもたらした。》
 この逸話を、自分の立場になぞらえて、その会を止めたが、この経験から
多くのことを学んだ。当時の私は、良くいえば純粋、悪くいえば無知蒙昧。 
が、その後の人生で、節目時の決断に、この経験が、大きく影響をしていた。
「駄目だと思ったら、自ら喰われてやること! 三年前も、最後の最後に、
『自分から喰われてしまえ!』という内語が、後押しをした。「逆境には根を、
順境には枝をはれ」というが、逆境こそ力が蓄える!・・傷だらけの上だが。
・・・・・・
4462, 99・9%は仮説、ですか〜 −4
2013年06月04日(火)
     「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
   * 第3章 仮説は一八○度くつがえる
 東北大震災による大津波で、原発安全神話が一瞬にして崩れ去った。
絶対安全は仮説でしかなかったのである。その事実の前で社会は直ぐに手の平を
返す。私も、あり得ない震災クラスの9・11テロ、リーマンショック、3・15震災で
呆気なく会社が倒産。その辺りは実感している。‘まさか!’が現実に有得ること
を父と自分の経験から学んでいたので、幾かのシェルターを組み込んでいたので
何とかなった。現在の「現在の健康が目先続いていくだろう」という前提も仮説。
全てが一瞬で崩れ去ってしまう。ただ少し早いか遅いか。ーその辺りを抜粋ー
≪ ひとくちに仮説といっても、みんなが正しいと信じているものから、
 ほとんどの人がまちがいだと決めつけているものまで、実にさまざまな種類が
あります。仮説には、白から黒までの幅広いグラデーションがあるのです。
この章では、そういった仮説の信じがたい大逆転劇をみていきましょう。・・・
「医学界の負の遺産、ロボトミー」。エガス・モニス(1874〜1955)という
ポルトガルの医者が、1949年度のノーベル生理学医学賞を「ある精神病において、
ロボトミー手術の治療的価値を発見したことに対して」受賞した。
(この年に湯川秀樹博士が「中間子論」でノーベル物理学賞を得た。)
 ロボトミー手術とは、一口に言って脳の前頭葉の切除手術である。
モニスは、1935年に人間に対して、この手術を始めた。そのきっかけは、
1935年のロンドンでの神経医学会でカーライル・ヤコブセンとジョン・フルトン
という人が、「チンパンジーにロボトミー手術を行ったら凶暴性がなくなった」
という報告を行ったのだが、それを聞いていたモニスがロボトミー手術を
精神病患者に応用することを思いつき、すぐ自分の患者に対し手術をした。
 これは、現代から考えると、まったくありえないこと。モニスは
「この前頭葉切除は、非常に簡単な手術である」といっていきなり数十人の
手術をした。当時は、たとえば統合失調症や躁うつ病に対し、効果的な治療法
がなかったから」という。1952年のクロルプロマジンに始まった薬物療法の
進歩によりロボトミー手術の評価は一変した。結果的には、ロボトミー手術と
いうのはとりかえしのつかない治療法だった。世論が180度変わってしまった。
1946年までに一万人が、この手術を受けている。・・・≫
▼ 時の政権の政策も仮説の典型。政権が変われば一八〇度覆ってしまう。
 イラク戦争のフセインの科学兵器疑惑に、CIAの間違った調査でイラクに
攻撃を仕掛けた。これも、持っているという仮説の上で、調べた結果である。
人生を振る変えると、当てにならない仮設を信じて生きてきた。私だけでなく、
すべての人に言えるから、諦めがつくが、それにしても、である。
逆に過去の色いろな場面で、違った仮説で判断していたら、如何だったか?
という仮説も立つ。考えて仕方がないが、なるようにしか、ならなかった、
ということ。それにしても、大半の人の仮説は楽観的過ぎる!


5923,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3

2017年06月03日(土)

  * 武澤信一教授
 遠くの席に、武澤ゼミの武澤信一教授の姿が見えたので、
 隣席に座って、思い切って一方的に話しかけてみた。
≪ 先生が亡くなられて20年近くになります。
 武澤ゼミの一年間の思い出は、 何もかもが新鮮でした。
・八王子のゼミ・センターでの泊りがけのセミナー。
・NECのコンピュータ工場訪問。
・出光の造船工場の作業現場での組織を一望する体験。
・自由課題の「卒論」に四苦八苦した経験。
・一年に及ぶ、ケース・スタディの討論会。
 様々な企業内トラブルのケースの現象を一次とすると、その背景に、
二次、三次の構造と背景を洞察し、対策を立てる手法を、一年間かけて
学んだことは、何によりも変え難い経験になりました。仏教語で、それを
「真・仮」とも言いますよね。現象を「仮」、二次的構造を「真」と。 
ゼミを終えて部屋から出たとき、目のまえが黄色に見えていました。
人事管理は、それほど、重い仕事ということですよね。
 地頭で考えぬく訓練は、戦場の真中で出来ても、なかなか出来ること
ではありません。創業は、正に、その都度、目の前に現れた困難に対し、
その背景にある構造を直感し、手持ちの材料を組み立て変えて、新たな価値
を作り上げることでした。としても、ドン・キホーテのような、己の姿を
思い出すたびに、赤面しています。先生が亡くなられ、その後、暫く出席
していた奥様が亡くなられた現在も、年に一回、ゼミ出身のメンバーが経営
する赤坂見附のフランス料理店で、数十人が集まって、生前のまま「偲ぶ会」
に変わって今でも開かれています。
ホテルを開業後、一度、新潟の何かの学会のおりに、泊まっていただき、
古町で語りあかしたことが、今でもハッキリと憶えています。≫

▼ <ところで、この宇宙船内とは、何なんでしょうか>という先生の問い
 かけに、<何なんでしょうかね〜>と、赤面する私。父親と、武澤先生が、
私の陰として、「馬鹿なお前は、ひたすら、挑戦と、変化と、己の無知との
闘いを続けるしかと、凝視しているような。で、独り、早朝に、こんな
瞑想をしている。

・・・・・・
5558,閑話小題 〜サプリメント効果
2016年06月03日(金)
  * サプリメント効果
・サントリーのサプリメント、『ノコギリヤシ』。5千円のものが、一万人
 無料という広告文につられてネット注文をし、飲みはじめてから一ヶ月。
効果は2〜3週間後に出るという文面どうりに、効果が出てきた。これまで、
夜半に8割かたはトイレに起きていたのが、今では三日に一度に減っている。
 それに、肌に水気が増えて滑々してきた。 他に、サントリーの別広告で、
『セサミンEX』の格安広告を見て注文し、先のものと共に飲んでいる。
・10年前には様様なサプリメントを飲んでいたが、今では、冬季の生姜湯と、
飲むヨーグルトと、水分補給用のビタミンC入り飲料だけ。 ところが、
年々、体力の衰えを感じてきたこともあって、再チャレンジすることにした。
・これを飲み始めて、身体の方が、待ってましたという感覚。還暦から10年、
明らかに足腰の衰えが顕著。これだけの即効からして、無料提供をするわけだ。
50年来の腰痛と、パソコンの前に一日4時間も座っているためか、前屈みの姿勢
になりがちだが、姿勢も少し良くなったようだ。問題は価格。そこで、格安の
ノコギリヤシのサプリメントがないかとネット検索をすると、あるある。
老いた老いたと身体の不調を愚痴るより、対策を探した方が良い。それより、
節酒が先決だが! 持病の腰痛、栄養バランスの悪さも要因だったのかも。
「老いたら子に従え」でなく、「老いたら、サプリメントバランスに従え」か。

・・・・・・ 
5193,半隠遁五箇条
2015年06月03日(水)
               『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 半隠遁五箇条
≪ 自分のしたくないことは一切せず、世間から半分だけ降りることにしよう。
俗世間からすべて降り切ることは、山ごもりでもしない限り無理なのだから、
妥協案として「半分」だけ人生を降りることにしようと決心、五十歳を潮時に
‘半隠遁生活五箇条’なるものを宣言した。
  1.「清貧の思想」にあらず 
  2. 趣味を追求するなかれ 
  3.不快を避ける 
  4.無理しても快適を得る
  5.金に執着しない、 とした。
・『人は誰も、もうじき死んでしまい、永遠の無が訪れるのだから、何をしても
 虚しいだけである。何をしても、何を成しても、どうせみんな死んでゆく・・』
・『生きることに意味など無い。ただ偶然と偶然が重なっただけで生まれた宇宙の
 中のちっぽけな地球も、いずれ消滅して跡形もなく消滅する。それだけのこと。
 すべては移ろい変わってゆく。永遠なるものなど一切ない。
 その一瞬の永遠の中で、人は生き、必ず死んでゆく。意味などない・・』 ≫
▼ 私と同じ年齢の著者は、半隠遁だが、何度も書いているが、51歳時に、
 似たような?『還暦までに、その後の30年分を生ききってしまう』という、
 逆の選択をし、実行した』 そして、4年前から隠遁生活者。だから、後悔
 の念は少なく、ただ淡々と、今日一日、無事平穏に過ごせればと生きている。 
 現状というより、目標を書くとすると、
   <隠遁生活五箇状> 
1、不快は、あって当然と割り切るー不快の3倍の快を求める
2、辰濃和男著『ぼんやりの時間』 の、「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」。 
  ?、「闇」―蛍と星とダークマターをみつめ ?、「独」―独りでいること   
  ?、「閑」―逆茂木に囲まれて   ?、「怠」―怠け猿のように  
  ?、「懶」―心に余白を持つ    〜を意識して、世界に浸かる
3、その中でも、新しい知識、感動、感謝を貪欲に求め続ける
4、想定死亡年齢を75歳とする。その淵から、一日、一日をみつめ、味わう
5、具体的な死に準備を、一つ一つ実行する 
 まだまだ娑婆ッケがあるが、現実は変な壁が低くなったためか、現実が
面白くて、少年のように好奇心で一杯である。壁が高すぎたのだろう。
それと14年間、随想日記を書き続けてきた蓄積効果と、新たなネットと、
デジタル世界の恩恵もある。 表立っては隠遁だが、内側は真逆のような。
「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」というところ。これもまた、気晴らし!
・・・・・・
4828,「事業人生を決心して45年」の語り直しー6
2014年06月03日(火)
  金沢の16ヶ月でも多くを学んだ。特に印象的だったのが、新入社員教育の
ST訓練(センシビリティ・トレイニング)。社員教育の厳しさは、まずここから
始まった。 まる3日間、同期の男子17〜8名が、トレーナーの人事部長の元、
円座に座り、担当の人事部長に指名された二人が、聞き手と、答え手になり
何かの質問をする。逆質問は一切禁止で、質問の中心に向かい掘り下げていく。
曖昧になると、トレーナーが叱咤する。その逆に質問者と聞手の立場を変える。
ランダムに二人を取替え対話をさせる。他の人たちは、二人の対話から、
グループ全体が共通の無意識の内に入ってしまう。 
 ーそれについて以前書いた内容が以下である。  ー
            359, ST訓練 <2002年03月28日(木) >よりー
【 毎年この時期、新入社員に私が直接する訓練である。もう2〜3回の入社ゼロ
 の年を除いて、前にいた会社も含めて26年間行っている年中行事である。
初めの頃は二泊三日で行っていたのがいたが、一泊二日になり、今では一日だけ。
研修所や旅館を使って密室状態であったのも、現在は事務所で行っている。
センシビリテー・トレーニングを、途中から独自に変えた内容である。当初の
頃は感性訓練を目的としていたが。密室に新入社員を閉じ込め、それぞれ二人に
問いかけと、答える立場を決める。そして彼らにテーマを出させ、そのテーマに
ついてどことん聞き出させる。脇道にそれたり、いいかげんな事を言った時
大声で叱咤する。あるところまで来たら、立場を逆にする。それを密室の中で、
繰り返しそれぞれの相手を変えてやっていく。その中で自分のいい加減さ曖昧さ
を互い気づかせ、表面的会話から、本音の会話へ、更に対話に深めていく。
その中で感性を磨く。あるいはお互いの気心を理解させ、仲間意識や帰属意識を
つくる。組織は人間どうしの意思や情報伝達が基本にある。聞いたことを、
はっきりと他の人に正確に伝える事が前提になる。時間をかけて、叩かれていく
過程で身に付けるものだが。それを初めに、きっちり訓練を入れることを目的
とする。それとリクルートの能力適正試験の内容と、実際の本人の内容の誤差を
見る。ほとんどないが、それでもそれだけで見えない部分がある。ある意味で
一生もう決まっている、その人のソフトのベースもある。この訓練を通して、
自分で把握した事がある。日記を書くこと、本を読む事、人の話を聞くこと、
自分で考える事、理想も持つ事、良い習慣を多く身に付けること、変化する事、
初心を持ちそれを大事にする事である。 】
 金沢でも有効な自己鍛錬をしていた。特に、会社は強くあらねば!
ということを。人生に無駄なことなど何もない。
   * ST訓練とは? ーネットで検索ー
《 ・・この訓練は、通常10人〜15人の小グループに、1人〜2人のトレーナー
 がついて、一週間前後の合宿で行われる。メンバーは、時間を決めて繰り返し
行われる「Tグループ」に参加することを義務づけられますが、グループ内では
「自由」に振る舞うことが出来ます。討議課題や話合いのルールは示されません。
すべてそれぞれのメンバーの関わりの中で決定していくことになる。
つまり「グループの中で起こるすべてのこと」が学習の教材となるのです。
従って、対人関係の感受性、社会的感受性を高め、同時に、状況に適合した
行動を柔軟にとれるような能力を開発するのがこのトレーニングの狙い。
一般的な効果としては次のような点があげられます。
(1) いままで気づかなかった自分に気がつきます。    
(2) 自分と集団の相互作用を体験的に理解します。
(3) 対人コミュニケーションのあり方を原理的に体得します。
(4) リーダーシップを体験的に学びます。
(5) 新しい建設的な動きや創造性が発揮できます。 》   
 実はトレナー本人が、一番、学ぶことがあった。
・・・・・・
4461, 99・9%は仮説、ですか〜 −3
2013年06月03日(月)
    「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
  * 第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく
 自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」
という根源的問いかけになる。しかし、自分の思い込みに気づかない限り、
それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した
思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考え
ようがない。とはいえ、その事実、真実も、思い込みとすると、その立つ場が
なくなる。  ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー
≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。
 逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、思いこみでものを
いいます。では、天才でないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた
仮説をはがせばよいのでしょう ・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある
仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。
われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になり
たっている。「裸の事実」などない。データーを集める場合も、やっぱり
その仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈
するわけです。ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な
世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエータを目撃しても、
「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の
良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。でも本人には意図的に事実を捻じ
曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られている
ことに気づかない。天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついて
いる仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる仮説に
触れてみよ」と、ある科学者がアドバイスをする。あえてタブーに挑戦し、
あらゆる仮説に触れることで、知的な「免疫力」をつけろ、ということ。
たとえば、われわれは自由な民主国家に住んでいますが、あえて専制国家や
共産国家の「思想」にも、触れてみよ、ということです。・・ 
「仮説の呪縛から逃れる万能薬などありません」ですが、できるだけみなさん
の仮説を見比べることにより、支配的な仮説を疑うことができるのです。≫
▼ 自分の仮説(思い込み)に自分で気づくのは非常に難しい。
 気づくようでは、思い込みではないからだ。20数年前のバブルと、崩壊と、
その後遺症が今だに続いている。「土地が限られている日本では土地価格の
崩壊は絶対にない」という土地神話、この仮説が前提にあった。
それが仮説=思い込みということに気づかなかった。だから突然、それが
崩壊すると、日本全体がひっくり返ってしまった。商家に生まれ育って、
身に沁みていたことは、「人生も、事業も舟板一枚下は地獄」ということ。
舟(=店)が沈めば、全てを失うという恐怖。だから、常に万一に備え、
万一の備えをしておくこと。その手っ取り早いのが、普段の生活を合理的
にしておくこと。それさえさえあれば、如何なる事態にも対応できる。
現在、比較的気持ちの落ち込みが少ないのも、「で、どうした!」という
のが幼心から、あったから。周囲の視線が可笑しくさえ思えるのは無知が
見えているから。それも私の仮説でしかない。
・・・・・・
4087, 老いの見本帳ーダークサイト −7
2012年6月3日(日)
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦 (著)
 * 中年と老年の境目          
「森林からサバンナへ」という文章を、ここで書いたが、森林=青年・中年、
サバンナが老年と捉えることができる。私の場合、60歳を大きな目安にして
50歳代を全力で駆け抜けた。そして5年の節目期間を置き65歳で会社を
整理倒産、年金生活に入った。(結果論だが)一年前が、その境目になる。 
ことがことだっただけ、ハッキリしている。
≪ 【人生の総決算】
 六十歳あたりで突如として警察に捕まるようなことをしでかしたり、妄想に
囚われとしたとなると、ある意味でそれが差し当たっての人生の総決算といった
性格を帯びているのではないかと考えたくなる。 だがそれにしては、たとえ
象徴的なものであろうと、あまりにも下らなかったり安っぽく情けなくなって
しまう。人生そんなもんだと言われれば首肯せざるを得ないにせよ、天を仰ぎ
たくなってしまう。歳を重ねていくうちに、人は体力も知力も衰えていく。
少なくとも瞬発力は失われていくだろう。しかしそれを補うかのよう、経験に
根差した判断力や理解力は豊かになり、酸いも甘いも噛み分けた人格者と
なっていくものと思いたい。 にもかかわらず、老いの訪れを待っていたか
のようにして愚かな言動に走りがちなことが少なくないのはどうしたわけか。
もともとの性格だとか生き方が、老いを迎えるに当たって問い直されるのだ
といった言説は、もっともなようでいて疑問符を付けたくなる。
暴走老人という言葉が流行り、それは老いがあるまじき暴力的で非常識で
自己中心的で、頑固老人とか我儘老人とはニュアンスを異にし、むしろ幼稚な
チンピラのような暴発性を秘めた迷惑老人なのであった。彼らの多くは老人で
あることによって敬意を払われることなどなく、精神的に孤立し、世の中に
居場所を見出せず、不本意な毎日を送っている人たちだったようである。
それなりに「まっとうな」人生を送ってきても、六十歳が「人生には、奇妙に
歩調をゆるめて、前進をためらっているのではないか、それとも方向を転じ
ようとしているのではないか、と思われるような一時期がある。このような
時期に人は不幸におちいりがちなものらしい」といった一節に重なるとしたら、
むしろ偶然としか言いようのない要素の関与のほうが当人への影響力は大きい
のではないか。 老年を迎えるということは、あらためて運命のサイコロを
振ることを強いられるということではないのか。 ≫
▼ 心当たりのある考えさせられる一節。太平洋戦争の敗戦直後に生を受け、
 45年間右上がりの経済成長の中、順調にきたが、バブル崩壊からの
「失われた20年間」で、それまでの蓄えを全て無くし、最後は、落城。
私の人生は日本国家の縮図である。リスク管理をしていたので、生活は何とか
なっているが。それにしては、あまりに境目が、はっきりしている。
肉体的衰えが、精神をも蝕むのだろう。「百里の道も九十九里をもって
半ばとせよ」というが、難しいのが老年。味わい深いが難しい!
・・・・・・
3721, ジャズについて −13
2011年06月03日(金)
   * 現代ジャズの新しい動きは?  ー「音楽の本」三枝成彰著より
 ー ジャズのロック化ー 「フュージョン」はこうして生まれた
【 ディキシーランド・スクイルから発し、フリー・スタイルにいたった
 ジャズは、その後、マイルスの前述したアルバム「ピッチェズ・ブリュー」
が予感させたとおり、ロックや他のジャンルと融合・拡散していくことになる。
その結果、レコードショップの棚には「フュージョン」という新しい分類も
できた。フュージョンとは、一言でいえば、ジャズのロック化を進めたもので、
ロックはもとより、ソウルやラテンなど、他の音楽のエッセンスを吸収した音楽。
だが、七〇年代以降のジャズは、もはや五〇〜六〇年代にそうであったようには、
のちに影響を及ぼす斬新なスタイルを生み出す勢いを失ったといっていいだろう。 
なお、八〇〜九〇年代にかけてジャズの周辺で起こったことで、いくらか注自
すべき点もある。ロンドンのクラブに端を発した、踊るためのジャズの再発堀の
動きである。 クラブのDJが特に注目したのが、六〇〜七〇年代のジャズ。
レコードを素材のとして扱うクラブのDJの腕は、ジャズだろうがソウルだろうが
ラテンだろうが、自分が選ぶ曲がフロアの客を気持ちよく踊らせることがで
きるかどうかにかかっている。もともとジャズのルーツが、「踊るための音楽」
だったことを思い起こせぱ、これは面白い現象といえるのではないだろうか。 
もちろんクラシック音楽でも古典派やロマン派がいまなお愛されているように、
ハード・パップを中心としてジャズは聴かれているし、過去のスタイルに回帰して
いるジャズマンもいる。その意味では、ジャズは現在もこれからも生き続ける
音楽といえるだろう。 】
▼ロックとは、電気楽器の使用に特徴があるポプュラー音楽の一種で、
誕生から時間を経て、ロックンロールを略してロックと呼ばれるようになった。
黒人音楽のリズム&ブルースと白人音楽のカントリー&ウエスタンが、異種混合
して出来たもの。そのロックと、ジャズが混合してフュージョンが生まれた。
アメリカ社会の混合が、そのまま音楽で象徴的に現れ出てきた。
それだけ、アメリカ社会は複雑怪奇ということになる。
それが、そのままフュージョンとなったといえる。


5922,閑話小題 〜何か、ほろ苦い話

2017年06月02日(金)


   * 地獄の沙汰も金次第
・再び、地元長岡的な「嫌がらせ」…。玄関のチャイムが鳴るので、出ると、
80歳位の茫洋とした老人が「鉄瓶などがあったら譲って下さい」と。そして、
たまたま玄関わきに置いてある「銅板」を指さし、「これなど売りませんか」と。
唖然とし、怒鳴りつけ追い返したが、怒鳴るほどでもないと後で反省?。
老人とは、これ自体が酒の肴の武勇伝になるため。 「銅板」の言葉自体が、
骨董用語。とすると、やはり石ぶつけ。「お宝鑑定団」で、知っている?
・二年前にも「庭石を何かを売りませんか」と、庭師風の60歳位の男が来訪。
ニベモなく断ったが、後になって腹が立ってきた。要するに石ぶつけ。当たれば
もうけものの魂胆。それと「参加型の嫌がらせ」と、いうところ。常識値の
一桁の値を信じさせる詐欺師そのものの、魑魅魍魎の暗黒の世界だから、面白い。
・「嫌がらせ」と言えば、こういうことも。ある二次会で「こういう飲み代、
その都度、奥さんから貰ってくるの?」だと。素朴の問いだが心臓に突き刺さる。
・「貧すれば鈍する」と思い立った相手から、詐欺ぎりぎりの搾取。母親が、
親しい友人の高価の骨董に狙いをつけ、安値で買った自慢していた。知って
いる人が、知らない人から、口八丁手八丁で買うのが、この世界は許される?。
成る程、古物商が、石ぶつけに来るわけである。<地獄の沙汰も金次第…>か。
「実は私も知らなかった」という言訳が出来るからである。
いずれの世界にも、ドブネズミが隠れ住んでいる。「ドブネズミ!」と気づく
のは、後になってから。 これが… 闇は深い。

・・・・・・
5557,アメリカに見る貧困問題 ―
2016年06月02日(木)
 アメリカの人口の32000万人のうち、6500万人が『低所得者向け食料費補助』
を受けているというから、「2割」が受けている。 それに対し日本の
「相対的貧困率」は16%は、別に驚くことではない。日本には生活保護がある。
貧富の格差の問題で、まず考えるは、自分の子供に期待するのが、第一歩になる。
韓国、中国では、将来の夢を子供に託して、お受験が激化している。日本では、
一時期、「ゆとり教育」を採りいれてしまった団塊世代の子供たちの弊害問題。
 それが、そのまま、格差として表立ってきている。
   * 後半の16〜30 から
 『アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ』(2014/3/データ)
≪16. 一人当たりの平均資産では世界4位に入るアメリカも、中央値はランク外。
17. アメリカの5人に1人の子供が貧困線(1人当たり、1日1.25ドル)
 以下の生活を送る。6人に1人の老人が貧困線以下の生活を送る。
18.アメリカの子供の貧困率は世界で2番目。日本は9番目に高い。
19.アメリカは先進国の中で最も相対的貧困率が高いが、日本も高いグループ。
(相対的貧困とは「ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の
 全人口に占める比率」であり、この率が高いほど格差のある社会といえる。
20. 2012年、1か月以内にフードスタンプ(低所得者向けの食料費補助)
 を受給したアメリカ人は6500万人に上った
21.アメリカの子どものホームレスは約120万人。半分を6歳以下が占める
22. 食事を無償で提供する場所に通うアメリカ人は2006年より46%増加した
23. 上位1%の富裕層が、世界資産の38%を保有している
24. 世界の80%の人は所得格差が拡大している国に住んでいる
25. 先の金融危機の1年後、上位25社のヘッジファンドは総250億ドルの収益を得た
26. ビル・ゲイツが持つ資産は500億ドル。これは世界140国の年間GDPより多い
27. アフリカ大陸の国の資産をすべて合わせても世界の総資産のうち1%
28. アメリカで上位0.01%は平均所得2734万ドル。一方下位90%は平均3.12万ドル
29. アメリカ下院議員で100万ドル以上の資産所持者は58%。
 なお、100万ドル以上の資産保持者はアメリカ全体のうち1%にすぎない
30. 上位5%富裕層が、アメリカのすべての消費のうち37%を行っている
――――
▼ 義務教育の中学時の日本全体がまだ豊かさから、ほど遠いものがあった。
 当時の顔ぶれを成績順に見ると、家庭環境、とりわけ親レベルが、そのまま、
人生にうつし出されている。還暦、古希の会の出席者の現状からみて、そのまま、
拡大した人生を過ごしていたようだ。それぞれの家庭環境のアドバンテージの
格差が、そのまま比例して人生に影響している。欠席者には、人生に恵まれない?
人か、既に亡くなっていた人が多い。フランス革命の理念、『自由、平等、博愛』
は、その真逆の現実があるから、理想として掲げたもの。貧富の面からみても、
人生は不条理である。〜これも偶然だが、2年まえの同月同日の以下に続く〜
 
・・・・・・
4827,金持ちとは、10億以上の純資産を持つ人
2014年06月02日(月)
   * お金持ちの定義とは!
 お金の話題は、何か知らねど面白い!猛獣使いと同じで、危険な野獣を飼い
慣らしている内はよいが、一つ間違えれば喰い殺されてしまう。
金から自由になるには、自由になりたい分、確保しておく必要がある。
  ーこの随想日記内検索と、ネット上から「お金持ち」について調べるとー
< ある統計によると65歳のアメリカ人100人のうち金持ち1人、快適な暮らしを
 送る人4人、まだ働く人は5人しか居ない。あとの56人は政府か家族の援助を
 必要とし、残りの34人は亡くなったそうだ。よく「引退すれば、生活費が減る。
 だからお金はそんなに必要ない」という人がいるが、それは間違い。
 なぜなら生活費は下がるが、医療費は大幅に上がるからだ。多くの保険機関は
 高齢者を制度から締め出そうとしている。これから高齢者はお金を持って
 いれば生きられるのに、お金がないために死ぬということも起きる。>
<金を気にしないで済む生活こそ豊かさ。で、金を気にしないで済む生活は、
 幾らか。 そう考えると、人様々である。平均すると、家一軒があって、
 蓄えが一人あたり1000万で、夫婦で年間収入400万?ところで直接、両親の
 生き方をみて、合理的散在?を学んだ。定額を見定めて、平均して使うこと。
 持って彼岸にはいけないことを世間を見て得た知恵である。 
 所詮は、蓄財は不安の裏返しの行為でしかない。>  (随想日記内)
<【富裕層の定義】ここでは、船井総研の小林氏が独自の方法で算出した
 5億〜10億以上の金融資産を持つと推定できる3万4879人を「超富裕層」、
 1億〜5億未満の金融資産を持つ166万1844人を「プチ富裕層」と定義する。
 小林氏によれば、金融資産を1億円以上保有する個人は全国に169万6723人。
 医師や税理士などのほか、大企業の役員・従業員、さらには公務員でも
 それくらいの金融資産を持つ人は少なくないと。たしかに、民間の給与所得は
 1997年をピークに漸減傾向。しかし「給与の高い会社員同士の共稼ぎ家庭では、
 当人たちも気がつかないうちに1億円以上の金融資産を持っているという
 ことはよくある」(小林氏)。実はさほど珍しくないお金持ちがこの層なのだ。
 わかりやすくするために、「プチ富裕層」と呼ぶ。一方、雲の上の存在とも
 いえる本当のお金持ちは、それに比べればぐっと少なくなる。こちらは
 「超富裕層」と表現しよう。小林氏は、金融資産1億円超の約170万人のなか
 から、職業や住居の特性、そして「馬主である」「高級外車を保有している」
 などの属性を独自にポイント化し、合計してある点数以上に達した人を
 超富裕層と定義づけた。「この方々はおおむね、金融資産を5億から10億円
 以上保有していると思われます」(小林氏)>
▼ 日本のミニオンダラー(1億以上の現金)が170万人。
 一家族×2・3人で、390万人として、3%。 ビリオンダラー(10億以上)が、
3万人×2・3人=7万人として、2000世帯に一軒になる。一般的に小金持ちは、
地方で金持ちの部類だが、全国レベルでは金持ちに入らない。しかし彼らは、
自分が金持ちと誤解しているのが、田舎者ということ。 私見では、
「不動産を時価評価の四割にし、借入を差引いた金額に現金など流動資産を
プラスした総額が一億」か、「自由に使える流動資産が一億円以上」か、
のどちらかが小金持ちになるが、俗にいう『金持ち』には入らない。
この一桁上のビリオンダラー(一千万ドル以上)が、俗にいう金持ライン。
これは国内外、同じ。 バブル期の一時期に、そのライン上に入ったことが
あった?が、今では、家内が小金持ち、私は居候の小間使。「金持ち」も、
相対的な言葉。今ではラーメン屋でチャーシューにすると、家内に
「ワッ、金持ち!」と、曰われる。
<最後のオチの言葉。味付けで、書いているのであって、
  殆ど創作? 念のため!> でも、実態は、こんなものか?

・・・・・・ 
5192,ロシアの小話 ぷらす4つ
2015年06月02日(火)
   * ロシアンジョーク
 ロシア帝国やソ連の圧制の中で、したたかな市民はジョークで、憂さを
晴らしていた。だから、内容は強烈な毒が含まれている。話す方も、聞く方も
命がけ。ジョークは、その内に秘められている毒が理解できればこそ笑いになる。

・ワルシャワの精神病院をソ連の視察団が訪れ、一人の患者に入院理由を尋ねた。
「亡命しようとしたからさ」  視察団は首を捻った。
「我が国なら政治犯収容所に入れるところだが?」  医者が答えた。
「いや、こいつはソ連に亡命しようとしたんです」

・工場の財産を労働者たちがくすねるのを防ぐため、門で守衛が見張っている。
 その守衛が、手押し車に袋を乗せて通り過ぎようとするイワンに目を付けた。
「袋の中はなんだ? イワン」
「おがくずでさ。家でたき付けにするのを監督さんが許可してくれたんだ」
 しかし、守衛はイワンの言葉を信用しない。
「開けるんだ!」 袋の中味がぶちまけられるが、おがくずしか入っていない。
 次の日も同じ場面が繰り返される。
「今度はだまされないぞ。開けろ!」 イワンは袋を開ける。やはり、おがくず
 以外なにもない。三日目、四日目と、同じことが繰り返される。 七日目、
 ついに守衛は根負けしてしまった。
「なあイワン、お前が何かくすねてるってことはわかってるんだ。だけど、
 もうおれは検査しないよ。おれは見て見ぬふりをする。誰にも言わない。
 だから、こっそり教えてくれ。何をくすねてるんだ?」・・ 「手押し車」

・ 監獄で三人の囚人が話していた。
「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ。工場に五分遅刻したもんで」
「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑で」
「おれなんか、時間きっかりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。
 西側の時計を持っているという容疑で」

・ 第二次世界大戦後。終戦直後で皆食べるものに困っていた時代。街中で、
 ある若い女性が一人の盲人に話し掛けられた。白い封筒に入った手紙を封筒の
 表面の宛名の住所まで届けて欲しいのだと言う。帰り道だったため、女性は
 快く引き受けた。そのまま二人は別れたのだが、暫く行って女性は、盲人男性
 が他に要るものがないかと振り向いた。すると盲人だと思っていた男が白い杖
 を小脇に抱え、健常者の様に反対方向に走って行くのが見えた。おかしいと
 思った女性は、近くにあった交番に駆け込み、事情を説明した。
 警官達は宛名の住所に突入し、そこで食用に売られている、山と積まれた
 人間の死体を発見した。封筒には便箋が一枚。そこにこう書かれていた。
  「こいつが今日最後の獲物だ」
▼ ユーモア、ジョークを楽しむには、あるレベルの教養とセンスが必要。
 その隠された捻りを一瞬で理解できないと笑いが浮かばないため、話し手も、
一発芸の要素が必要になる。そこで相手を選ぶしかないが、それが皆無?
<ところで、ロシアの小話を7年前に、取上げていたのを忘れていて、
 分類のにアップの際に気づいた。幸い、重なる内容は一つも無いので、
テーマを「ロシアンジョーク」から「ロシアの小話+4つ」に変更した。
7年前も、時間がタップリあったということか!>
・・・・・・
2008/03/18
2540, ロシアの小話、8つ
 小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。
その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。
ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。
そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を「アネクドート」といいうが、
ロシア人は食事時などに、普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために
作られたブラックジョークだからこそ、毒があり捻りに味がある?
その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を趣味と
している私でも、含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・

・息子が服をボロボロにして帰宅しました。
「どうしたんだ、お前」 ―父親が厳しく問い詰めました。
「隣りの子と喧嘩した」
「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を
買わなければならないじゃないか。」
「だからどうなの。」 ―息子が自慢気に答える。
「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは
 新しい子供を買うことになるだろうさ。」

・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、
 子「お母さん、僕、外国人になりたい」

・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。
 レーニンは針の山でもがき、スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。
 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。
 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。
「とんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」

・ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、
 エリツィンが僅か三年でやり遂げた。それは何だろう?
    答え:国民に社会主義お良さをわからせた」

・16歳の娘を母親が教えています。
「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、
 ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」
「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」

・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」
「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」
「ううん、パパも夢見ているの。」

・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには
 出来立てのビールがあったじゃないか!」
「信じてください、これはそれと同じものです。」

・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。
「ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。
 裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、 
「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」   


5921,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜2

2017年06月01日(木)

  * 帰りの宇宙船内で 〜まずは父親と〜
 宇宙船内に父親の姿が見えたので、隣に座る。
開口一番に聞いてきたのは、<どうだ面白かったか?>である。
 〜その答えは〜
≪ お陰様で本当に面白く満喫しました。子供の頃から、色いろ教えて貰った
 知識と経験に加え、20歳時に創業の志を立て、読書など独学していたことが、
そのまま面白さに味を添えたようです。早寝、早起きと、新聞などの活字情報、
知識を収集する姿を幼児期から見ていた要素が大きい。新たな経験を加える
たびに教えを思い出し、参考にして、生きてきた。貴方が亡くなった半年後に
一緒に計画した飲食ビルの立上げと同時に結婚をしました。 悪いことに、
その時に石油ショックに直撃されたが、テナント部分に、居酒屋と、焼き立ての
ベーカリーを立上げ、一応カタチにし、数年後に、投資金額の二倍で売り抜けました。 
恐れていたとおり、動けないとみて、その隙を姉夫婦につかれましたが、
経営委託の奇策で乗り越え、実家にトンボ返り。任された本店に全エネルギー
を投入し支障なしに引継ぎが出来ました。
これも高校の頃、二度、仕入れの現場で、直に見ていたのが大きかったです。
それが、そのまま貴方の分身のように動けた大きな要因です。
 また、質素倹約と、合理的思考の習慣も大きなベースになりました。
分かっていたとしても、姉夫婦には驚いた。シロアリとは、こういう人かと。
貴方の静かな怒りが、そのまま伝わりました。
 地元経済の御仲間の存在にいるためには何でもござれだったということ。
貴方が一番嫌っていた、あの何も考えようともしない紋付羽織人たち…
根性の良い、母と、実兄も… 二人の姿に当初、茫然自失していたが、それぞれ
役割を果たし乗越えました。それも避けて通れない一本の道の現象と割切れば、
それもこれも許すことができます。その後、姉夫婦も、起業準備不足故に、創業
に失敗。最期は凄惨な結果に終わりました。
という私も、手を広げ過ぎて、9・11テロ、リーマンショック、東北大震災で、
遭えなくダウン。教えの通り実行していた幾つかのシェルターのお陰で、生活の
質を落とすことなく、ここに乗込むことが出来ました。この45年間で世界は
大きく変化しました。ソ連が解体してロシアに縮小。東欧など共産圏も消滅。
中国・共産党も、自由経済を取り入れ、今ではアメリカに次ぐ経済大国に成長し、
現在に至っています。さらに情報化社会が到来、社会の激変ぶりに驚きを持って
います。 地元商店街の「イチムラ」「丸大」「丸専」「大和」「長崎屋」
も消滅、当時、セトモノ屋からスーパーに転身をした「原信」が、一部上場
を成しとげたが、これも、10年?もしないうちに、商社か、ネット系の
資本系列下に統合されるでしょう。 
 父方、母方の親戚の商家も、全て廃業し、一軒も残ってません。 
また、地元の地銀の「北越銀行」も、第四銀行に経営統合が決まり、風前の灯。
あまりにも時代が激変してしまいました。面白いには面白いが、面食らう日々。
 こうして宇宙船内から、地球ツアーを省みると、地球は豊潤で、奇跡的
世界であったと思います。人間という生き物は、ケッタイで、変わった生物と
実感します。 生れ出た先の地球上の役割と舞台で、丁度よい両親と、時代に
巡りあえたことに感謝しています。特に貴方には! 幼児期から、長期に渡る
定期預金を続け、増えていく楽しみと、それを元手でベストのタイミングの
学生時代に、「30日間の欧州を中心とした世界旅行が出来たことが、人生の
ベースを培ってくれました。それが切っ掛けで、ライフワーク「秘異郷ツアー」
を続けることになりました。その先で、「感謝、感動、感謝」の念を、実感を
持って、報告出来るのは、これ以上の幸運はないと思ってます。 若くして
亡くなった2人の兄の分まで、生きた気がします。「有難うございました!」≫  
 辞世の文みたいだが。  

・・・・・・
5556,アメリカに見る貧困問題 ―
2016年06月01日(水)
 今さらだが、世界経済を主導してきたアメリカが変である。その苛立ちが、
泡沫候補のトランプを、大統領選の共和党候補に祭上げる結果となった。
そこで、世界の、それもアメリカ社会、とりわけ貧困と格差の現状はどうか?
と検索すると、<『アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ』
(2014/3/データ)が出てきた。TPPで、太平洋沿岸各国の経済的障壁が取り
除かれると、自動的に日本社会もアメリカと同じようになる。とりわけ地方
経済は、経済的に大きく破壊され、中南米並みの生活水準になっていく。
 その中で、勝組は脱出していくため、国家として、ますます劣化する。
 以下は近未来の日本の姿である。(まずは15を取り上げる)
〜『アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ』〜

1. 上位1%が持つ資産は、下位90%が持つ資産の総量よりも多い。
2. 上位1%の資産で全米の33.8%を占有、2〜10%は37.7%、
  上位11〜50%は26.0%、下位50%は2.5%
3.上位10パーセントで所得は5割、資産は7割を占める
  (日本ではそれぞれ41%と34%)
4. 上位1%の富裕層がアメリカの40%以上の金融資産を持ち、
  上位20%で90%以上を占める
5. 下位50%のアメリカ人の総資産が全米の総資産に占める割合は、2.5% 
6. 上位1%の所得シェアは1980年では10.0%だったが、2008年には21%に増加。
  これは1920年代と同レベル 
7. 1979年から2007年で、アメリカの上位1%の平均所得は34.7万ドルから
  130万ドルに上昇したが、中間層はわずかしか上がっていない 
8. アメリカの2002年から2007年のインカム・ゲインの内およそ7割は、
  上位1%層に入った。これは1920年代と同レベル
9. 世界人口の半分近い30億以上の人は、1日150円以下で生活している
10. 米国一流企業CEOの平均所得は、労働者の平均所得の343倍
11. 低所得職の比率はこの30年でじわじわ上昇、現在では41%が低賃金職
(1982年、中産階級職は職全体の52%を占めていたが、2010年には42%に低下。
 一方で、82年には30%ほどだった貧困階級職は2010年には41%まで上昇。)
12. 1979年と比べ、高校中退者の週給は20%下がり、大卒者の週給は20%上がった 
13. リーマンショックで、GDP比での労働者収入はこの50年間で最低のレベルに
14. アメリカ人の半分は年収300万円以下 
15. 1993年と比べて、アメリカのGDP(国内総生産)は37%伸びたが、
 一般世帯所得は5%しか伸びていない
【 各項目同士、矛盾する数値が含まれているが、深く詮索はしない 】
――――
▼ これからして、終戦直後に生まれ、右上がりだった私達世代は、稀な時代
に生きた幸運に感謝したい思いである。深刻なことは、右上り経済を維持しよう
とする保守政権が、代々、赤字国債を出し続けて未来に膨大な借金を重ねている
こと。最後は、国家財政破綻で、しわ寄せが若い人たちにくる。
 上位1%対99%の格差の問題が、中流階級の消滅として日本にも現れ出る。
イスラム対欧米の対立の象徴がISのテロ。これも1%対99%の世界的戦いである。
少なくとも、ギリシャの社会構造の特権階級3%、市民階級30%、奴隷(貧困)
階級67%の比率は維持しないと。1%と99%じゃ、いくらなんでも!
 しかし、これが現実。それも、情報社会、そのまま露出する!
わが家は、家内は1%、私は99%の住人? (´_`;)トホ (;へ:)

・・・・・・
5191,閑話小題 〜チャーチルの名言 
2015年06月01日(月)
 チャーチルといえば、議会でのジョークだが、多くの明言を残している。
   * チャーチルの名言 
・ 凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時で、風に流されている時でない。
・ 金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし勇気を失うとすべて失う。
・ 好転する前には、悪化するという段階もあり得る。
・ 悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見いだす。
  楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見いだす。
・ 私は楽観主義者だ。それ以外のものであることは、あまり役に立たない。
・ 愉快なことを理解できない人間に、世の中の深刻な事柄がわかるはずがない。
・ 人生最大の教訓は、愚かな者たちでさえ時には正しいと知ることだ。
・ 重要なポイントを突くときは、如才なくやろうとか巧妙にやろうとか
  思ってはいけない。ポイントを一突きせよ。
・ 事前にあわてふためいて、あとは悠然と構えているほうが、事前に悠然と
  構えていて、事が起こった時にあわてふためくよりも、利口な場合がある。
・ 先を見すぎてはいけない。運命の糸は一度に一本しかつかめないのだ。
・ 不利は一方の側にだけあるものではない。
・ 私が義務感と信念に基づいて行動している限り、いくら悪口を
  言われようと何ともない。害になるよりはむしろ益になるくらいだ。
・ 復讐ほど高価で不毛なものはない。
▼ 「運命の糸は一度に一本しかつかめない」は、合点がいく。運命的な機会は、
 一ときしか現れない。つかむには、準備が必要である。危機も、突然、怒涛の
ごとくやってくるため、十年、数十年かけた準備が必要になる。 迷ったら、
逃げ口を用意をして挑むことが人生の要諦だが、それが読めないのが人間である。

・・・・・・
4826,「事業人生を決心して45年」の語り直しー5
2014年06月01日(日)
   * 金沢百万石での経験
� 千葉の新興住宅地のド真ん中の交差点で何か事業を立ち上げるに、
実社会の経験不足はまだまだ。 それと建設期限まで二年間半の期間があった。
そこで、何処かで厳しい修行の場に探し出したのが、当時、厳しい社員教育で
知られていた「いとはん」という衣料チェーン店で、北陸三県に10数軒を出店。
入社して知ったのが、西友との資本提携。会社は大きく動揺していた真只中。
資本提携は、強者が弱者を生きたまま飲み込む残酷な実情であることを、
当時の社長を含めた役員はあまり理解してなかったようだった。その上に、
入社半年後にドルショックが起き、既存店の売上高が、大きく右下がりに
落ちていき、会社内は暗い空気に満ちていた。ジャスコ在職の時は、合併先
への新兵で乗り込む立場から、今度は逆の立場の占領される側の一兵卒。
2〜3年後は辞めると分かっていても、プライドがボロボロ。その惨めさを、
世のサラリーマンが、多く経験しているはず。貧すれば鈍するとは、
よく言ったもの。何がどうであれ、弱者の立場には立たないこと。
 三年前の決断は、こういう経験があればこそ出来たこと。前向きで自ら
崖っ淵に立つのは構わないが、後ろ向きの踏んばりは、避けるべき!という
体験を、早そうに知ることになった。社内は役員の対立などあり、疑心暗鬼の
ルツボ。当時の「いとはん」にとってのブラックスワン(思いもよらいない
震災クラスの事件)が、入社半年後に起きた、ドルショックと、大手スーパー
の進出。私が去った一年後に西友との提携解除、その一年後に、ジャスコと
提携し、北陸ジャスコに会社名が変わり、その後、本体に吸収合併をされた。
� 金沢は加賀百万石の城下町。その歴史の深い文化は、何ともいえない
ミニ京都風の味わいがある。特に、目を見張るような加賀美人が多く、表向き
は男社会。いっけん厳しそうな男女間は、大らか。私の出身地の長岡藩では、
幕末の「お妾禁止令」があって、二号を持つのは、長岡では後ろ指を指される。
しかし、金沢では、勲章を意味していた。 また居酒屋やスナックも、
何ともいえない味わいのある店が多く、料理の味付けは京都風。鬱屈した
会社内の空気から開放されるに丁度良い環境でもあり、青春?真っ只中。
しかし、一日、二時間の読書習慣は何とか維持をしていた。
� 入社後4ヶ月間の配送センターを経験後、武蔵ヶ辻店の靴下売場のあと、
子供服売場へと配置された。 ジャスコも含めて、多くの売場配転から
学んだことは、業種は、メーカー、問屋の販売経路別の店先でしかないこと。
それを業態別の再編成するのが、時の「流通革命」。靴も、洋服も、卵の
販売も、商品の一つでしかなく、とらわれる必要がないこと。ここで、
親しくさせて貰った取締役部長の何気ない一言「自己能力の限界の設定」が、
その後の事業立ち上げの教訓になっていた。しかし、丁度なれてきた金沢の
生活も、入社の一年4ヶ月後に、突然、家からの一本の電話が入った。
                           ーつづく
・・・・・・
4459, 99・9%は仮説、ですか〜 ー1
2013年06月01日(土)
  「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内 薫著
 今さらだが、全て夢幻、思いこみでしかない。現に、事業を色いろ立ち上げ、
40年近く経営。そして三羽の黒鳥の到来で、この結末。思い込みを実行し、
初めは上手くいったが、途中から、「思いの判断」が、「思い込みの判断」
に変化、当然ながら幕切れがあっ気なかった。しかも、その幕切れも、思って
いたのと実際は違っていた。万一の備えを整えてあったこともあり、何とか
乗り越えた?が。創業と準備の苦しみからみれば、数分の一としか思えなかった。
一つ間違えれば自殺に追い込まれるイベントだが、腹を括り手順さえ踏めば全て
は奪わないし、傍で見ていたほどではない。考えてみれば‘99・9%が仮説’も
仮説である。世の中、すべて仮説の上に成り立っていると割り切った方が面白い。
  ーアマゾンの内容紹介ー
「最近どうも頭が固くなってきたなぁ」そんなあなたにつける薬は“科学”。
文系理系を問わず、科学のホントの基本を知るだけで、たったそれだけで、
あなたの頭はグニャグニャに柔らかくなるかもしれないのです。科学の基本…
それは、「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」ということです。思いこみ、常識、
前例、先入観、固定観念…… そういったものにしばられ身動きがとれなく
なっている人っていますよね? 「なんでこんな簡単な話が通じないんだ!」
ってイライラしますよね?そんなときは、この本を読んでみてください。
きっと、ものの考え方から世界の見え方まで、すべてがガラリと音を立てて
変わるはずですから。 
 プロローグ 飛行機はなぜ飛ぶのか? 実はよくわかっていない
第1章 世界は仮説でできている    第2章 自分のなかの仮説に気づく
第3章 仮説は180度くつがえる    第4章 仮説と真理は切ない関係
第5章 「大仮説」はありえる世界  第6章 仮説をはずして考える
第7章 相対的にものごとをみる 第8章 すべては仮説にはじまり,仮説に終る
▼ 科学ですべてが解明されていると思われていることも、突き詰めていくと、
 実は何もわかっていないことが多い。試行錯誤と経験によって
「うまくいくこと」と、その科学的根拠が完璧にわかっていることとは別だ、
と指摘している。アベノミクスも、安部首相が方針を示したのが、今現在、
市場が思惑通りの反応を一時的にしただけ。そうこう考えると、全てのシステム
も「取り敢えずの認識」に基づいての存在であり、決して安定的・決定的・
絶対的な存在ではない。仮説が証明されのが定理。しかし、それさえも殆ど
怪しい。まして、常識とかいうやつのいい加減さ。ここで書いていること自体、
ほぼ仮説か、仮説の紹介。ただ、面白いから、暇つぶしと割り切っているから
続いている。考える大部分は仮説を立て、その証明を探している過程。
これで世人が動いていると思えば、深刻になることはない。
・・・・・・
4085, 閑話小題
2012年6月1日(金)
  * つれづれに ー地方都市の街中の空気
 今日から6月に入った。 何とか世界恐慌になってないが、再び火種が
チラホラしてきた。何時もの話題になるがギリシャ再選挙が、どうなるか? 
それとスペインとイタリアの危機も再燃してきた。4年前には北京オリンピック
終了後に、リーマンショックが起こった。今度はロンドンオリンピックと、
米・韓の大統領選挙待ちになる?のか、早くなるのか。リーマンショックの
次が欧州ということ。今度の大津波は、かなり激しくなるはず。それが中国と
アメリカに連鎖し、日本にも当然、大きなクラッシュがやってくる。 
絵空事でなく、現実問題だから恐ろしい。何処かから「危ない危ないというが、
何にも起きないじゃないか!」と聞こえてきそうだが。実際には彼方此方で
現象で出ているが表に出ないだけ。それだけ、深刻。今年度で「中小企業金融
円滑化法」の延期は終わり、来年度はないのは決定済み。そのため、銀行が
急激に融資先の選別を始めた影響が出始めてきたとか。自宅敷地内の貸家が
去年の10月から空き家になったが、殆んど引き合いがない。昨日、不動産屋
に行ったところ、去年の暮れから、まともな?借り手が消滅。たまに来るのは
アジア系外国人と、生活保護の受給者の転居希望者だけ、とか。
 週間現代の今週号で、「ギリシャ発世界恐慌特集の発火一歩手前の各国の
相関図」を分かりやすく書き出していた。こういう暗い世相を話題を、斜に
構えて敢えてするのは私自身が既に前ぶれの波を直撃を受けたためである。。
この世相の中で明る話題も見つけにくいことも事実である。しかし、これだけ
心が安定し、穏やかな日々も、あまり記憶がない。新潟でホテルを立ち上げ、
5年ほどして一息ついた時以来である。 こういう時は、何か不意をつかれた
危ない出来事が忍び込むから、気をつけないと・・ この状況下、弱り目に、
祟り目で一番打撃を受けるのが日本である。しかし一般的に、のんびりしたもの。
・・・・・・
3719, ジャズについて −11
2011年06月01日(水)
 * アート・ブレーキー −何故あの時にドラム奏者に注目が?  
                ー「音楽の本」三枝成彰著 より
【ハード・バップ時代は、パワフルな演奏を支えたパートとして、
 ドラム奏者に注目が集まった時代でもある。ジャズ・メッセンジャーズを
率いたアート・ブレイキー(一九一九〜一九九〇)はその代表である。まさに
雪崩を打つような連打。徐々に音が大きくなって、最後は怒濤のようにはじける
彼のドラムは、いやが上にもバンドの演奏をホットにうねらせた。
『モーニン』(五八年)のヒットで一世を風靡したほか、バンドからは多くの
有望な新人を輩出したことでも知られる。そしてもう一人、マックス・ローチ
(一九二四〜)も忘れられない。四〇年代にはパーカーやマイルスと共演。
その後は、トランペット奏者クリフォード・ブラウンらとクインテットを結成し、
数々の名演奏を残している。もちろん、このハード・パップ時代には、
他の楽器演奏者にも多くの逸材を出した。名前だけをあげておこう。
・トランペットはリー・モーガン、フレディ・ハバード、ウィントン・マルサリス。
・サックスではキャノンボール・アダレイ、ジャッキー・マクリーン、ウェイン・
 ショーター、ブランフォード・マルサリス。
・ピアニストでは、ホレス・シルヴァー、レッド・ガーランド、
 レイ・ブライアント、フィニアス・ニューボーン、ソニー・クラーク、
 ボビー・ティモンズ、ウィントン・ケリー。
ジャズファンならずとも、名前を耳にする面々が含まれているだろう。それだけ、
ハードパップ時代はジャズがもっともジャズらしく光り輝いた時代であった。】
▼ 知った上で聴くのと、何となく聴いているのとでは、大きな差がある。
 ジャズはアメリカが世界の中心になる、まさに右上がりの世相の中で、底辺の
黒人や、黒人と白人のハーフの人たちの間から、酒場の演奏の即興として生まれた。
それも、時代の動きに合わせて変化をしてきた歴史がある。それらを考えると、
私のような俄かファンがシタリ顔で分かったようなことは言えない。 
年内はパソコンとiPodに入っている曲を可能な限り聴いて、それぞれの
アルバムや曲が、どの時代の流れを含んでいるのか知りたい。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]