堀井On-Line



5981,閑話小題 〜最後の講義・1 ーランディ・パウシュ教授

2017年07月31日(月)

   * 最後の講義
 「もし今日が人生最後だったらどんなメッセージを残すのか?」
米国の有名大学では“ラストレクチャー”と呼ぶ「最後の講義」が行われている。
広がるきっかけとなった伝説の「最後の講義」がある。10年前、カーネギーメロン
大学のランディ・パウシュ教授。VRのパイオニアであり、ディズニー3Dの生みの
親である研究者。実はその時、がんで余命半年、本当に最後の講義となった。
パウシュ教授が学生たちに語りかけたメッセージ、感動の講義の内容は?
 この講座で語った言葉が、まさに魂の言葉。
≪・なぜ夢の実現の前にレンガの壁が立ちはだかるのか。それは夢に
 対する思いを証明するため。思いの弱い人はここで止まってしまう。

・君たちの時間は限られている。その時間を、他の誰かの人生を生きることで
 無駄遣いしてはいけない。ドグマにとらわれてはいけない。それでは他人の思考
 の結果とともにいきることとなる。他人の意見の雑音で、自分の内なる声をかき
 消してはいけない。

「夢を叶える」ということについて、
・インスピレーションと夢を見る力は無限大だ
・(夢をかなえるためには)交渉は粘り強く、そしてこちらから材料(提案)
 を持ちかけることで道は開けるものだ

 ランディの他の夢について語る。 「NFLのプロ選手になる」という夢。
 これはかなわなかったが、プロ選手になれなかったから学べたことが
 いっぱいあると言っている。
・夢がかなわなかったとしても、子供のころに打ち込んだことは生涯の友になる
・経験とは、求めていたものが手に入らなかった時に手に入るもの

厳しいフットボールの監督が語ってくれた言葉として紹介している言葉。
・間違いを指摘されるのは、君が期待されている証拠だ。
・誤りを指摘されない環境は自分のためにはならない。批判は愛情の証だ。≫

▼ まだまだあるが、次回に。 最終講義の日が「妻の誕生日」。サプライズで
 誕生日の祝いのケーキが出てくる。驚いて壇上に出てきてキスをする場面が、
涙を誘う。最後の最後に、『これは、子供たちに残すための講座』のオチが良い。
 私的なことだが、卒業をしてから10年程経ってのOB会が、大学内の大ホールで
行われると案内があった。「何だろう?」と思いつつ出席すると、それは先生の
最終講義でもあった。その時に、病魔が進んで余命いくばくもないのを覚悟だった
集まりだった。それぞれの年次のグループが壇上に立ち、思いで話をするのだが、
誰もが、先生に対する魂の篭った内容で、2時間の時間がアッという間に経過した。
御夫婦とも亡くなられた現在でも、30〜40人が毎年、集まった会が開かれている。
<紳士たれ。本を読み続けなさい。他人には優しく自分に厳しく。群れるな。
 自分を律しなさい。> 等々…  自分を「絹布団」と喩えていた通り、
肌触りは冷たいが、時間をかけると、温かさが伝わってくるタイプ。その真逆が
多い中、貴重な存在である。私が直接であった人物で、間違いなくNO1の人物。

・・・・・・
2016年07月31日(日)
5616,閑話小題 〜都知事は誰に?
    * 都知事選の結果は?
 都知事選の当日の予測をしてみる。当たるも八卦、外れも八卦で、ずばり、
「小池」である。さほと難しい予測ではない? 最後の止めは、石原慎太郎
の、小池への「厚化粧の女」発言で、女性票が、大幅に流れ込むことになる。
 演説で、鳥越を「売国奴」、小池を「大年増の厚化粧でうそつき」と激しい
攻撃。これでは、逆効果になる。かの石原も、80歳を過ぎて、少し痴呆症が
入り始めたということか。選挙結果を、先読みをして、民進党の岡田代表が、
次の代表選に不出馬を、表明をした。 鳥越を代表に担いだことからして、
当然である。としても、本来なら、官僚上がりが順当だが・・  
   
    * リオのオリンピック、盛上らず
 一週間をきったのにリオのオリンピックが開催なのに、全く盛上りがない。
ジオ熱と、治安の悪さと、設備関係の不安と、政情の不安定で、マスコミ関係者
も、積極的に参加したがらないという。おまけに、大統領が弾劾裁判で、欠席。
ロシアも、直前になって、ドーピング騒ぎで半数近くが不参加。実際、大丈夫
だろうか? 〜ネットで、その辺りを調べると、やはり、甘さが露出する。
【 南米初のリオデジャネイロ五輪の開幕まであと1週間を切ったが、8月5日
(日本時間6日)の開会式を前に、開催準備は最終段階だが、選手村をめぐる
ごたごたが尾を引き、祝典ムードはなかなか盛り上がらない。
 選手村に消防車が急行したのは29日の夕方だった。オーストラリアの入居する
棟で煙が上がり、選手が一時避難。幸いけが人はなかった。 選手村は24日に
正式オープンした。しかし、豪州がむき出しの電気配線や水漏れする水道管の
問題を批判し入村を一時見合わせ。これが騒ぎの始まりとなった。慌てた大会
組織委員会は臨時に600人の作業員を投入し、28日には緊急改修工事の終了を
宣言した。】
▼ リオのオリンピックが決定した直後から、景気が悪化、政情が不安定化
 をした結果、この有様。無事に終わって欲しいものだが、頭と尾っぽが腐り
きった国での開催は、元々、無理があったということか。問題は、テロと犯罪
を、どこまで抑えきれるか?

・・・・・・
5251,二度の地球規模の大爆発 〜地球大進化46億年 ー
2015年07月31日(金)
  ー「地球大進化 第2回 知られざる“生命の星”の秘密」ー
   * 二度の大爆発
生命の絶滅の危機をもたらした大爆発をネットで検索し、まとめてみた。
≪ 二度の全球凍結の後、さらに二度の地球規模の大爆発で、生物は
  大きな岐路に立たされる。
・まずは、内側からの爆発である。 2億5000万年前には地球内部マントルから
巨大な熱の固まりが一気に突き上げる大噴火があった。生物も実に90%以上が
絶滅するという、史上最大の絶滅をもたらし、絶滅のふちに追い詰められた。
その試練の後、恐竜の支配、哺乳類の誕生があり、それらの大量絶滅後に、生物
の化石がほとんど見つからない空白の時代が長く続いた。
 しかし、この大変動がその後の生物の世界に劇的な変化を促すことになる。
大量絶滅から1億年後の世界、つまり今から1億5千万年前(ジュラ紀後期)には、
生物の世界に起きた劇的な変化、それは巨大な爬虫類、恐竜の出現である。
これは30mの体長を誇る草食恐竜、アパトサウルス。そして、この時代の白獣
の王となった肉食恐竜、アロサウルス。こうした恐竜たちは他の生物を大きく
上回る高い活動能力を持っていたと考えられている。一方この頃の私たちの祖先
は、恐竜に怯えながら暮らすネズミのように小さな姿に変えて、かって繁栄を
極めた面影はありません。なぜ私たちの祖先に代わって爬虫類が巨大化し、
地球を支配することになったか。それが大量絶滅後の生物の進化をめぐる大きな
謎となっています。そして、次は外(宇宙)の隕石の衝突へと続く・・
・次は、外側からの爆発。 メキシコのユカタン半島にあるチクシュルーブ・
クレーターは、約6,500万年前に地球に巨大隕石が衝突してできたものである。 
クレーターの直径は約100〜300km、深さ15〜25km、衝突した隕石の大きさは直径
約10km、衝突時のエネルギーは広島型原爆の50億倍を超えたと推定されている。
これで、恐竜が絶滅したといわれる。それで餌でしかなかった小型の生命が、
生延びる機会を与えられ、これが類人猿を生み出す切欠にもなった。 ≫
▼ 生命は、地球規模の大変動に適応させるため、己を変え続けることで、
生延びてきた。しかし、最近では、都市化が端的に示しているとおり、
環境を人間に合わせて変える道を選んできた。それを文化・文明というらしいが、
その結果に一つが、オゾン層の破壊による温暖化問題や、核兵器使用による
人類自滅の可能性、などが出てきた。今世紀中に人類は、死滅する可能性すら
あるという。人類という、地球にとって「ガン」が、文明に隠された爆弾で、
大爆発する可能性があっても何ら不思議でない事態が生じてきた。
・・・・・・
2014年07月31日(木)
4886,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー44
   * つれづれに 〜赤いカップ制度(仕事のゲーム化)    
 話は実家の量販店時代に戻る。 まずチェーンストアの統一伝票を導入
して部門別管理を採り入れた経緯を以前に書いたが、その後日談になる。 
その「仕事のゲーム化」とは・・・
【 まず本店ビルを建てかえ、部門別管理をゲーム化した『赤いカップ制度』
 を始めた。そして劇画のような?日々になっていった。まず部門責任者と、
それぞれ年次売上予算と利益予算を決め、それを月次、日次予算に落とす。
そして各部門単位のレコードの曲を決め、予算達成をすると総務に連絡、店内
に、その曲流す。それで社員の誰もが、どの部門が達成したかを知る。
早い部門だと、日祭日などでは、二時間もしないうちに流れることもある。
逆に、流れない部門は、一週間、二週間経っても流れない。その上、車座に
並んだ朝礼で、成績順に並ぶ。更に月次で一番営業成績の悪いところが、
一ヶ月間、15分の早出で店頭掃除をする。早出代として毎日千円、月3万円を
割り出し、ベストの部門全員に近くの趣味の店のコーヒーカップ・シリーズを、
景品として贈呈。 逆にワースト部門は、真っ赤に塗ったカップを、売場の
何処かに置いておく。(これを現金にするとリアルな競争になるため、若い人が
楽しめて仕事が出来るように配慮をした。)結果、担当の能力が明確に現出する
ため、不振の責任者は追込まれる。これに利益率を換算した結果が明示される。
そのため、責任者は堪ったものでない。その上、週初めのチーフ会議も成績順に
並ぶ・・ 仕入が当てればよいが、外れると、パートまで・・ 担当者には
仕入れ権限も大幅に与えられているため、それぞれが商店主のようなもの・・ 】
▼ 必死さが生み出した仕組みである。都会のファッション専門街ビルは、
 活性化のため、不振店を自動的に排除をするシステムで競わせているが、
同じようなもの。 私が辞めた後に、反動でピンク一色になったのも当然。
桃色は同時に赤色(赤字)も?伴うから始末が悪い・・ 
 35年前、こんなこともありました! とにかく必死だったが、面白かった!
新潟駅前シリーズも、卑怯ツアーも含め、殆どの人は、こういう面白みの
極みを経験しないで死んでいくようだ。 周囲は大変だったのだろうが・・
会社整理の極みゲーム後は、75歳に想定した死の壁が待っている。
どうゲーム化するかだが、これは大変! 余命三ヶ月で、リンゲルの大量投与?
で、何故か、一年前の文章に続く。 
ーー
2013年07月31日(水)
4519, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー5             
      『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
 日本エッセストクラブ編の‘11年版ベストエッセイ集’の「老いた人、瀕死の
人にも希望を」が、二人の説を裏付ける内容。医師も若い時には、その不条理に
思い悩むが、何時の間に、その世界に染まってしまう恐ろしい世界でもある。  
  ーまずは、冒頭の一部を抜粋してみるー
《 * 老いた人、瀕死の人にも希望を  ー榊睦子
 この春、研修医になって独立した息子が忙しい勤務の間を縫って帰って来た。
元気がない。就職したての頃の笑顔が消えている。「仕事はどう?」と水を向けると。
「愚者さんの最期を看取ったよ」と息子。「薬が殺したようなもんだ。」 
どきりとする。息子の話によると、その六十代の終末期の癌患者は、1%の成功例
しかない治療薬を処方された直後に亡くなったという。もちろん主治医は患者を
救う努力を続けて来たし、患者と家族との間でインフォームド・コンセンも
なされている。主治医には何の落ち度もないのだが、息子は、善意の陰に見え
隠れするもの ーその治療薬の臨床例を増やしたい、百に一つの成功の快感を
味わいたいーを見落としてはいなかった。彼は立場上、主治医に対して異を
唱えることのできなかった自分を責めているのである。
「希望」はすべての人にある。余命幾許もない人にもあるはず。この患者は、
もしかしたら、それを奪われてしまったかも知れない。それから数ヶ月経って
息子から衝撃的話を聞いた。同僚の研修医が自死を遂げたという。原因は不明。
大変、優秀であったその研修医は、「笑顔しか思い出せない」と息子が言うほど、
明るく穏やかな人。彼に一体何が起きたのだろうか。
 次は看護師をしていた娘から聞いた話。白血病の末期であったその少女は、
亡くたる数日前に、窓の外に自分がいると言って怯えはじめたが、次第に落ち
着きをとり戻し「お母さん、がっかりしないでね。泣かないでね」と母に言った
後、昏睡状態に陥り、眠るように亡くなったという。少女はその生涯で一番大事
な仕事ー母を慰め励ますことーをやりとげて逝ったのである。
死に行く人にも希望はある。それは前途洋々たる人の場合、桁遠いに重く
大きい悲願と言っても良いのでなかろうか。・・・ ≫
▼一%の成功事例しかない治療薬を提示すること自体問題だが、同じ死ぬなら、
それに挑戦するかの判断は本人次第。当事者になってみなければ分からないこと
だが、私ならどうだろう?早く逝けるなら前倒し?・・ 医師も難しい職業。
人間は全て、死んでしまう。結局は延命の手助け。これも必要だが必ず限界
がある。その上、ビジネスの要素も関わってくる。現状の医師と病院システム
で中では、自分が判断するしかない。
・・・・・・
2012-07-31
もうこれは世界大恐慌 ー
          「もうこれは世界大恐慌」朝倉慶著
  * あの債権は、何処にいったのか?
 不思議でたまらないのが、リーマンショックの原因となった不良債権の行方。
バージン、ケイマン諸島は、世界の金持ちが金融口座をつくって脱税をするもの
と思っていたが、不良債権を塩漬けにする基地でもあった。そこに飛ばして
おけば、鉄の塊に金粉を塗装して置いておくようなもので、実際の金か鉄の塊
かの調査権が及ばない。 永久に隠しておけば良いが、そうはいかない。
もしかして永久に抹殺して封印して置くことも可能なのだろうか。どうだろう?
そうすると、6京円の不良債権は大変だと不安がっている私たちの方が無知と
いうことになる。どうなっているのか金融の世界は?
 ーその辺の記載をコピーしてみるー
≪20年前のバブル期に大損した損失は今だ表に出てこない。
このオリンパスの粉飾はたった一社特有のことなのだろうか? オリンパスが
使ったタックスヘイブン、バージン諸島、ケイマン諸島には大金持ちの資金だけ
でなく、隠れ借金が膨大に隠されている。日本のバブル崩壊の100倍のスケールと
いわれたリーマンショック後、巧みに封印され隠されてきた欧米金融機関の膨大な
不良債権も、やはりこれらタックスヘイブンに眠っている? ジェットコースター
のように激しく上下したオリンパス株は、なぜあれほど上下に動いたのでしょうか?、
裏に何かあるのでしょうか? すべての矛盾が複合的に絡み合っています。
様々な点が線に結ばれる時、いよいよ資本主義という世界の屋台骨が怒濤のごとく
崩れ去るのです。恐ろしくも激しい、驚愕するような大変化のドラマが始まろう
としています。一体昔の損失はどこに消えたのでしょうか? リーマンショック
の後、欧州では大々的に会計制度を変更しました。当時レベル3と呼ばれた証券化
商品でしたが、このレベル3の商品に関しては時価評価をする必要がない、と欧州
当局はお墨付きを与えたのです。通常サブブライムローンを含んだ証券商品は
当時ではほとんど無価値と判定されていたのですが、いわゆる金融破綻を避ける
ための当局の緊急措置として時価評価したら欧州のほとんどの金融機関は
実は債務超過となるからです。≫
▼ 世界中の政府が口裏を合わせて、地下深く隠して表に出さないと合意して
 いたら、短・中期的は表に出ないで済む。要は、金メッキをした金と分かって
いても、それを本物の金として認め、金庫を開けない約束を国家単位で決めれば、
それで通ってしまうのが金融の世界ということなのか。1千兆円の日本の国債も
永久国債にして塩漬けにする手がある。金利が上がったら、その分の永久国債を
刷ればよい。何せ永久に返済無用。何時か破綻が来るというが、そんなのは
知ったことはない、というのがその時点時点の権力者である。日本のバブル崩壊
は、大部分の都銀と、幾つかの証券会社と、多くの会社が倒産、吸収合併で
消えて無くなった。やはり何時までも隠し通せる訳がないのが現実である。 
私も既に世界は恐慌に入っているという論である。


5980,閑話小題 〜知恵という名の書物の第一章は、正直である

2017年07月30日(日)

               【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   * 知恵という名の書物の第一章は「正直」である 〜ジェファーソン
 毎日、16年以上、これを書き続けていると、何もかもを素直に書くしかない。
問題は、正直に書くことで、暴露的内容も出てくることである。その上に、
日常の感情が正直に現れ出て、かなり際どいことを書いたのだろう。
 ここで著者が、
【 最高の自己実現を果たすには、人と自分に正直になり、自らの野心のために
 「不誠実な行動」をしないことです。 なぜなら、人格を向上させ、どんな時
でも内なる心に従い、「正しい選択」をし、「誠実な対応」を心掛けていれば、
誤った方向に道を踏み外すことがないからである。
 自分の信念と相いれない言葉を使ったり、無責任な行動をとらないことを固く
誓うことが、多くの人の心をつかみ、沢山の幸運を招き入れる「マスターキー」
となるのです。】という。
▼ 正直であることが、時として悪い結果を生むことになるが、「我が上なる
 星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」
と、カントの墓石に刻まれているが… 内なる道徳法則が確たるものかどうか。 
――
  
   * 小さな約束を守る  
【 肝心な点は、小さなことでも約束をして守るようにすれば、より大きな
 約束を守る能力が高まることである。 〜スティーブン・R・コヴィー 】
▼ 会社清算とはいえ、会社を倒産させた当事者として、返済の約束を破った
 事実は事実。経済社会では、大きな落伍者としての烙印を押される。65歳を
過ぎて、今さら再起など考えもしないが、最後の着地の失敗は… とはいえ、
何事も受止め方しだい。約束といえば、会合や待合わせ時間の約束。
これは、その人そのものが端的に現れ出る「小さな約束」である。
1人の遅刻は、待っている人数分が掛け合わされることさえ、自覚できてない
現れである。「10分前が基本」の社会常識を知らない最たるもの。異質社会の
経験が少ないため。小銭と同じく、まずは約束時間に神経を配ること。
最後の最後、大きな約束を破った私には、何も言えないが。 
 金と時間に関して、関西系は特に厳しく、東北、北陸は甘い。

・・・・・・
5615,かわいい自分に旅させた ー
2016年07月30日(土)
             <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著>
   * かわいい自分に旅させた 〜A
 40〜50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に
出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。
10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。
あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 
肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。
 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。
では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、
半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、
10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ
は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。
≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を
 もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで
旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する
のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で
あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。
 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが
できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも
眺めるような旅をするようになった。
 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。
先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した
旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の
そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。
より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を
分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ
育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫
 ――
▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。
 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。
それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。
「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、
自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との
同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この
感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 〜つづく

・・・・・・
5250,全球凍結 〜地球大進化46億年 ー
2015年07月30日(木)
ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー
 の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜
《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や
 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で
始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化
してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》
   * 二度の全球凍結
生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。
(二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、
「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから
生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。
何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、
生命は生延びてきた。  〜その辺りから〜
≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の
ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を
集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた
状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。
不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。
 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、
新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。
そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは
ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成
による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。
 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱
になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は
コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、
生命は大型化を可能にした。≫
▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の
大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。
動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。
生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を
選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い!
・・・・・・
4885,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜2
2014年07月30日(水)
        ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ーより
  * 20年後には、どうなっている?  
20年前は、Windows95の発売直前であり、まだパソコンも、ネットも、
携帯電話も普及したての頃。スマートフォンも、タブレットPCもなく、ノート
PCが普及を始めて5年ほど経った頃である。それが今ではスマートフォンと
タブレットPC。 これは未来学者も想像すら出来なかった優れもの。
それからして20年後の予測など、考えられないはずがない。
  ー以下の箇所は、既に現在進行のものが多いー 
≪・二十年後は検索がさらに滑らかになり、何かを思い出したとき、それが
本当に自分の記億なのか、ネット上のデータなのか、区別がつかなくなる。
SF的にいうと「脳の外部化」だ。これからスマホは、腕時計やメガネのように
ウエアラブルで身に着けるようになる。さらに小型化すれば、肉体の一部に
埋め込まれるかもしれない。情報は画面で見るのでなく、プロジェクターで
外部に映し出される。会議で紙の資料を配らなくても、視線と連動して
目の前のテーブル上に文字や絵が投影される。そうなると現実の光景と、
ヴァーチャルな画像とが共存するのが当たり前になる。
・二十年後の地球は、人口が増えすぎて資源が底をつき、経済は低迷して、
あらゆる人が貧乏になっている。資源とエネルギーは最小限にし、情報だけは
ありあまるほど使うのがカッコイイ平均した生き方になる。その次には、限り
ある時間をいかに大切に使うかもかっこよくなる。その時代は、実際に活動する
のでなく、やった気になることで満たされる。自分でエベレストに登るのでなく、
そのヴァーチャル映像を自宅で眺め、疑似体験するのが楽しみになる。
数万人に1人ぐらいは、手間と時間と金をかけて実体験するが、ヴァーチャル
映像の感動に比ぺてせいぜい五割増しが限度という具合。それなら、ほとんど
コストをかけずに疑似体験したほうがいいことになる ・・・(略) ≫
▼ 年金生活と年齢もあるが、以前ほど海外旅行に行きたいと思わなくなった
のは、これまで行った先の写真と 映像をネットで手軽に見ることで擬似体験が
出来ることがある。実際に現地に行った上、ネットで検索したベストのブログの
写真や映像を見ると、その何割かを追体験をした錯覚が起き、記憶そのものが
書き換えられる。二度、三度の繰返しで、擬似旅行体験が、よりリアルになる。
 またシネマではヴァーチャル世界が年々迫力を大幅に増し、実体験より遥かに
刺激的になっている! またスマホとタブレットのネット情報を、大型TVにも
映し出すことが可能になった。物価は上っても、ヴァーチャル情報の値段は
下がり続けるため、疑似体験の価値が限りなく高くなる。インスタントラーメン
を食べながら、高級レストランの食事場面を見て、満足するしかない時代。
缶ビールとツマミをスーパーで買って、居間で「酒場放浪記」で日本各地の
居酒屋で、レポーターと供に、店内の客と一緒に飲んでいる気になっている
視聴者と同じようなもの。これは未来でなく、現在、既に起こっている現象。
目を凝らしてみれば未来は既に起こっている。気がつくかつかないかである。
・・・・・・
4518, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー8
2013年07月30日(火)             
          『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
  * 「断食往生」の具体的工程   
人生など考えてみれば、日々、緩慢なる自殺行為の積み重ね、それが病となって
死に至る。とはいえ、それが中途半端のため、直接、自殺するのも問題を残す。
そこで断食で餓死という方法=「断食往生」もある。
  ー まずはその部分を抜粋して、考えてみようー
《 まず、基本的には、現在の、死に際に医療が濃厚に介入する「医療死」では
 なく、子どもの頃に接した年寄りの死に方、何百万年と続いていたご先祖様の
死に方、「自然死」が希望です。ぼけたり、寝たきりが年余にわたれば、わが家
は家庭崩壊してしまいます。 そこで、タイミングがむずかしいのですが、
完全にぼけ切る前に、山折哲雄さんの提唱する「断食往生」ができないかを
考えています。具体的な工程は、山折さんは教えてないので、中村流に考え、
まとめた「事前指示」が表5。西行さんのように「死に時」が察知できれば、
非常に楽だと思います。できるだけ体内サインに敏感になれるよう、できるだけ
自然に任せて様子をみるというトレーニングを積むようにしています。
○ 中村流「断食往生」の具体的工程
  一、五穀絶ち 7日間  二、十穀絶ち 7日間 
 三、木食 7日間(木食は木の実だけを食べること) 四、水断ち 7日間
これを見ると、すぐ顔色を変えて、医者ともあろうものが自殺を勧めるとは何事
かと、威丈高になる建前論者がいますが、大丈夫です。日本人の自殺願望という
のは、いっそひと思いにとか、注射一本でというせっかちなものです。
このようにほぼ一ヵ月もかけてというのには、よほど強靭な精神力が必要です。
そんな日本人は、極めて稀でしょう。なぜ7日間にしたかには理由があります。
比叡山延暦寺の修行の中に、千日回峰行がありますが、その7百日目位の時に、
断眠、断食、断水の「籠山行」があります。そして、水断ちは9日間以上やると
危ないという言い伝えがあるということを聞いたのと、老人ホームで、一滴の水
も身体に入らなくなって亡くなるまで、7日〜10日が多いという事実を重ねた結果。
 延命治療に間しては、日本尊厳死協会の「いっさいの」ではなく、個別に
「心肺蘇生」「人工呼吸器」「人工透析」「人工栄養」「輸液」に関して指示
しています。 心臓は、もう70年以上も生きているんです。
原因のいかんを問わず、ひとたび停止すれば、そのままでいいのです。》 
▼ 30年の間のホテル営業で、様々な自殺があった。警察からは泊めた方も
当事者として自殺者の動機とか事情が知らされる。自殺者にとって、この世は
苦海で、死ぬだけの理由はそれぞれに十分にある。誰も自殺などしたくない、
死ぬしかない理由が、あるから死ぬのである。 数日後、体調が悪くなって、
「あと三ヶ月です!」と言われれば、死ぬまでの間は地獄。そうこう考えると、
断食往生などの自死も真剣に想定しなければ。大往生など諦め、もがきながら
逝くのも自然だが。
・・・・・・
3778, ユング ー12
2011年07月30日(土)
  * 箱庭療法 ー1
ユングといえば(日本では)河合隼雄、砂遊び療法を箱庭療法に発展させた人。
彼の著書で、その概要は知ることになった。一種の創造療法だろう。幼児の頃、
砂場で山を作ったり、幼稚園で初めて手にしたクレヨンで我を忘れて家や
動物の絵を描いた、あの頃に立ち返り、用意されたオモチャの植物や動物で、
思いのまま自分の内的世界を表現することで、自分の中の何かにつながる方法。 
その辺のことを、あるHPに分かりやすくマトメテあった。
まずは、その部分をコピーしてみた。
≪「箱庭療法」は、1929年、イギリスの小児科医ローエンフェルトが、
 子供のための心理療法として考え出したもの。 ユング派の心理療法家ドラ・
カルフが「砂遊び療法」として発展させた。 後に、日本の心理療法の第一人者
であり、ユング派心理療法家でもある河合隼雄氏が日本に持込み「箱庭療法」
と名づけた。 その方法はいたって簡単。52cm×72cm、高さ7cmの
長方形の箱に砂を入れます。さらに、動物や植物、建物などの様々なおもちゃ、
人形などを用意し、適当な場所においておきます。患者は、箱庭のなかに、
先ほど説明したおもちゃや人形を自由に使って、遊びながら自分の内的世界を
 表現していきます。ここでは、治療者は、特になにもしません。患者を見守る
役に徹します。この「見守る」ことには、深い意味が込められています。
治療者は「見守る」という行為を通して、患者の状態を深く理解していきます。
また、患者は治療者に見守られていることで、安心して自分自身の内面を表現
することができます。1回の治療単位をセッションといいますが、患者が箱庭を
見つめるだけで、なにも表現しないセッションもあります。ただ砂にさわって
砂遊びをしているだけのセッションもあります。こんなセッションのときでも、
治療者は特に指示をしないで、見守り続けます。     ーつづく ≫
▼ 人生を俯瞰すれば、箱庭みたいなもの。色々なオモチャを掻き集めて、
 自分の庭に配置する。それを、小さな箱内でやるのだから、面白いといえば
面白い。言語というと、その限界で真の気持ちが表現できないが、玩具を箱庭に
気ままに配置すると、自分の中の精霊が知らないうちに心の底から湧き出て
きても何ら不思議ではない。私は家庭菜園は知らないが、そこには、箱庭的な
面白さがあるはず。他に遊戯療法というのがある。これは遊びを通して悩みや
問題を表現し、子供の心理的な問題に取り組み、課題を乗り越える。
この場合、次から次へと玩具を変えて落ち着きのないケースが多くなる。
言葉や絵となると、その表現に限界ができるが、玩具の組み合わせは、それを
取り除き具体的なモノを組み合わせることで自分の心が表現される。 
この随想日記は、言葉の箱庭?になるのか?
  ・・・・・・・・
3413, 中学校同期会 −65歳
2010年07月30日(金)
 まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期
の会が開催された。出席者が67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が
亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している「あの世の会」と思うと
一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名の名が
呼び上げられ、黙祷をした。5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、
三分の一の110名の出席者。4割減ったことになる。60歳を過ぎると年々、
老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、何らかの問題が肉体に
出てくる時期にはいった。今回の同級生に卒業以来初ての出席の女性が2人いたが、
どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には懐かしさのあまり
泣いていた人がいた。私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、
頻繁にクラス会を開かれていた。20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ
毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、転居をしたために、
還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから
可能なのだろう。 男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、
まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。それにしても、65歳は長く
生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、
そのことが目的である。それで充分。しかし、恵まれている人は何処までも
恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが人生。九州など
県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。
子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほど合点がいく。
通ってきた道で出会うことは、奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの
宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感。
幹事は大変である。とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる!


5979,自分を超える法 〜1 ー読書日記

2017年07月29日(土)

           <「自分を超える法」 ピーター・セージ著
                 〜自分を超える「5つの法則」>
 今さら「自分を超える法」や「成功の心理学」ではないが、御隠居になって
余裕を持って過去を振りかえって、『成るほど、茹で蛙!失敗するわけだ』と、
わが身を検証するのも、ほろ苦く、寂しい。 
 問題は、悔いが残ったか、充実感があったか。
  〜表紙の帯に〜
  自分を超える5つの法則とは?
・法則1「成功の心理学」
 「成功は80%の心理学と、20%のシステム、または戦略から構成される」
・法則2「お金のつくり方」
 「資金ゼロで起業する方法」、
  つまり「お金」や「ビジネス」に関する考え方を変える方法
・ 法則3「リーダーシップを高める」
 リーダーシップを高めるために必要な
 「感情のマスター法」「人間関係のマスター法」
・ 法則4「世界観をつくる」
 人生に力を与えるような考え方ができるよう
 「世界観のつくり方」を伝授
・法則5「競争に10倍強くなる文章術」
 現在ほど「文章を書く力」が求められている時代はない。
 効果的に伝わる「文章術」
 ―  
 まずは…
  * 法則1、成功の心理学
Key1:成功の心理学より
・「人間の6つの欲求」こそが、人間の行動を突き動かす。
  1、「安定感」 2、「不安定感」 3、「重要感」 
  4、「愛とつながり」 5、「成長」 6、「貢献」
・人生の質は、あなたが居心地のよさを感じられる、不安定感の量に比例する
・行動のさなかでは、恐怖は消える
・真の「重要感」を持った人とは、使命を帯びた偉人
・すべての出発点は「自分が自分を十分に愛すること」
・大きな「成長」を得るには、大きな「失敗」は不可欠
・「力(パワー)」とは、世の中に貢献したいという思いの強さに正比例して
 与えられる
著者のピーター・セージは。
< 聞いただけでは何も変わらない。知っていても行動しないなら、
 知らないのと同じ。>
< お金を取り戻すのは簡単ですが、「時間」は取り戻せません。>と。

▼ 仏法の「世は無常である 怠りなく 努力せよ」を実践すれば、変化が
 生じると同時に、人間の「6つの欲求」が膨らんでいく。そして「安定感」と、
「不安定感」が、押し寄せては、引く交差した生活になる。 そこで、
「良く学び」「良く働き」『良く働く」の『良く』あるために、知識と良識が
必要になるのだが… そこは生身の人間。問題は、『独り』を慎み楽しめるか。
 ところで「自分を超えることって可能?」という問いが沸いてきたが…
「自分を超えなければ、前に進めないだろうが!」の答えが返ってくる。
「前に進まない、進めない生き方もある!」に、「 … 」。

・・・・・・
5614,「死別を体験した方への言葉かけ・九つのNGワード」
2016年07月29日(金)
         『心を癒す言葉の花束 』アルフォンス・デーケン著
 図書館で、何気なく手に取った本だが、なかなか含蓄がある言葉が並ぶ。
葬式で、故人の家族への言葉で、知らずに相手を深く傷つけてしまうNG
ワードを使っていたことに我ながら驚いている。 〜その辺りから
≪ この、「死別を体験した方への言葉かけ・九つのNGワード」の筆頭に、
「がんばろう」が挙げられています。「がんばろう!東北」とか、「絆」と
いったスローガン、そろそろ再考の時期?) 肉親を喪った人たちは、
「がんばろう!」と励まされるのが、いちばん嫌だと口を揃えて言います。
つい安易に使ってしまいがちですが、言われた側としては、口先だけの
安っぽい励ましにしか聞こえません。 また、言われなくとも必死で
がんばっているのですから、これ以上どうがんばれと言うのか・・、と
もっと落ち込みます。⇔(P.62) (:  )は、私の実感の言葉!
  屬んばろう!」 :何を頑張ればよいのか?
 ◆峙磴い討魯瀬瓠」:泣いた方が良いに決まっているのに、何故?
 「早く元気になってね」 :元気になったところで、何になる?
 ぁ屬△覆燭龍譴靴澆よく理解できる」:人それぞれ、分かる訳がない!
 ァ屬△覆燭世韻犬磴覆ぁ廖屬△覆燭里曚Δまし」:と、思っているだけ。
 Α屬發ξち直れた?」  :立ち直れる訳がない
 А峪がすべてを癒すから大丈夫」:これも人さまざま。
 ─屐碧瓦なった方が)長い間、苦しまなくてよかったね」:関係ないだろう。
 「悪業の報いだ」「先祖のたたりだろう」:事実を敢えて言うなよ。
「にもかかわらず(ドイツ語で"trotzdem")」人生を肯定する、ユーモアの心を
持つことの大切さを美しい日本語で優しく語り掛けます。私自身、最近悩みが
多く、そういう中、この本から大いに慰めを受けました。
 クリスチャンでない人にも、混迷や暗闇の中で生きる意味と希望を見出す
灯火となるような本です。聖書の次の言葉も本書に引用されていますが、
まさに真実です。「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。
わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を
生むということを。」(新約聖書ローマの信徒への手紙)⇒P.28。≫
▼ 遅かれ早かれ、誰もが通る道。 あくまで、死は二人称の問題。
 『ご苦労様』が、故人にとって、肉親にとって、適切な言葉だろう。
「何がご苦労様やねん」と言えば、それもそうだが。とすると、これも理屈
だが、 屬發Α△んばらなくてよいよ」◆峙磴だけ泣いて」ゆっくり
休んでた誉犬海譴らよジ紊麓分だけよξち直れなくてよいよ ・・
と、つづくが。 『ご愁傷様!』以外、何も言わないのが思いやりか!

・・・・・・
5249,哲学は生の芸術だ 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年07月29日(水)
              〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 哲学は生の芸術だ
「その人の生き方が、哲学そのもの」とすると、その人生が芸術作品になる。
それは人生を俯瞰すれば、わかる。ということは、志、信念、信条が、その人の
シナリオになる。生き様が、そのまま芸術作品ということになる! 〜p19
≪ ・・哲学は「真理を追求する」学問だと考えられている。高校の倫理社会
 の教師や大学の先生たちが教壇の上で今でもそう言っているし、簡単そうな
哲学解説書にもそう記されているので、みんなそう思ってしまう。
 ところがだ、二ーチェはまったくそんなふうには思っていなかったのだ。
「哲学は論理の正しさがどうのこうのというものではないし、そもそも
哲学は学問ですらない」とニーチェは考えたのだ。
 ニーチェは、哲学は人間が今ここに生きるべき生の本質だと考えた。
生き方が哲学だと思っていた。真理がどうのこうのではなく、まず生き方を
二ーチェは重要視する。だから、論理が正しいから真理だという考え方はしない。
 この生き方が人間としてまっとうかどうかということを問題にする。
このまっとうさとは、社会的、倫理的、宗教的な真摯さの意味ではない。
人間本来のまっとうさを具現化しているかということだ。
 だから、人間はどうあるべきかということをニーチェは生涯をかけて考え、
あとで説明することになるが、人は超人として生きるべきだと考え至った。
さらに二ーチェは若い頃から、
「哲学は芸術的なものであるべきだ」とも考えていた。バーゼル大学での
 就任講演ではすでにこう述べていた。
「きわめて日常的なものが、まったく新しい魅力をもって立ちあらわれてくる
 こと、いな、まるで魔法の力にかかったように、たったいま生まれたものの
 ように、いま初めて体験されるもののように見えるということこそ、
 学問と芸術の共通点である」(秋山英夫「思想するニーチェ一)
伝統とでもいうべき緻密で乾いた論理の果てに見出されたものが哲学では
なく、哲学は生の芸術に貢献すべきものなのだ。ニーチェは知入への手紙
(1888・5/4)で「われわれ哲学者は芸術家と取り違えられるほうが嬉しい」
とさえ記している。これほどユニークな哲学観を持っていた二ーチェの言葉を、
 次に「哲学者の書」からいくつか拾っておこう。
すると、二ーチェが哲学をどう考えていたかが実感できるだろう。
・「哲学は芸術であるのかそれとも学問であるのか。…哲学の目的やその産物
 のうちには芸術がある。しかし、概念による叙述というその手段において、
 哲学は、学問とたったこれだけの引用でも、おおかたの人の哲学に対する
 イメージとまったく異なる考え方をニーチェが持っていたとわかるだろう。
 実際、過去の哲学者でもこういうふうな哲学観を持っていた人はいないのだ。
 これを共有しているのである。それは、詩作芸術の一形式である」
・「哲学者…彼は詩作しつつ認識し、認識しつつ詩作する…」
・「世界構成(別名は哲学)の美しさと壮大さが、今や、世界構成の価値を
 決定するのである。すなわち、それは、芸術として判定されるのである」
・「(哲学以外の)ほかの学問(自然、歴史)は、ただ説明することができる
 のみであって、命令することはできない」
・「哲学者が製作するものは、(彼の著作に先立って、何よりも)彼の生活。
 それこそが、彼の芸術作品である。すべて芸術作品というものは、第一
 には芸術家に、第二には他の人間に、向けられたものなのである」
・「哲学者…彼は詩作しつつ認識し、認識しつつ詩作する…」
・「世界構成(別名は哲学)の美しさと壮大さが、今や、世界構成の価値を決定
 するのである。すなわち、それは、芸術として判定されるのである」
・「(哲学以外の)ほかの学問(自然、歴史)は、ただ説明することができる
 のみであって、命令することはできない」
・「哲学者が製作するものは、(彼の著作に先立って、何よりもまず)彼の生活。
 それこそが、彼の芸術作品である。すべて芸術作品というものは、第一には
 芸術家に、第二には他の人間に、向けられたものなのである」 ≫
▼ 数年前、準備15年、実業30年、合計45年の創業人生について書いた。
 芸術作品と思えないが、一応、物語になる。喜劇か、悲劇か? 両方である。
その生活そのものが世界構成を作りあげていた。一つの気休めは面白かったこと。
・・・・・・
4884,閑話小題  ー「Line」殺人の深層とはー
2014年07月29日(火)
   * 「Line」殺人の深層は
 「Line」による苛めが背景にある?が、ニュースを見たときに感じたこと。
 仲の良かった母親が、去年10月に死んだ後に、父親が結婚。時間からみて、
愛人だった人?とすると、殺したかったのは、友人ではなくて、父親と、
新しい母親。 その転嫁がネット上での虐めの仲間外れ?
【佐世保・高1女子殺害!〜母の死後、少女の生活激変「頭よすぎ変わってる」
産経7月28日(月)
 殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)は周囲から「文武両道で多才」
と評価される一方「暗く、変わった子」とも見られていた。昨年秋に母親が亡く
なって以降、生活が激変していた。女子生徒の遺体は首などが切断されていた
だけでなく、胴体にも切断しようとした痕があった。学校関係者によると、
少女をめぐる環境は1年間で激変。仲が良かった母は昨年10月に他界。
冬季に父親とともに年代別の全国規模のスポーツ大会に出場した際は、
「母のためにもがんばる」と話していた。事件現場となったマンションで1人
暮らしを始めたのは今年4月。大通りに面し、父親の職場に近く、学校へも
徒歩圏。「アニメ好き」が共通点だった女子生徒の自宅とは徒歩で10分ほど
の距離だった。少女は9月から海外留学する予定で、自ら1人暮らしを希望。
父親は「留学の練習」ということで許可したという。進学校に通い、父親の
影響で始めたスポーツだけでなく、芸術的な才能にも恵まれていた。
父親は地元で顔が広く、「誰もがうらやむような名士の一家」。ただ、学校
関係者によると、少女は小学生時代に同級生の給食に異物を混ぜる問題行動を
起こしていた。中学校では小動物の解剖に夢中になっているという噂が広まり、
「少し浮いた感じになっていた」という。】
 佐世保の高1女子殺害の内容が凄惨である。
直ぐに思いついたのが、昨日のブログで引用した内容である。
《 若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。仲間はずれにされない
 ためだ。無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に普及したのは、
メールやツイッターと違って、簡単に仲間はずれができるからだ。例えば三人の
仲よしグループがあるとしたら、LINEで全員が同じ画面とメッセージをやりとり
できる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、Cさんを仲間はずれ
にできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々とスマホを
いじっていることがある。お互いに話さないのは異様だが、実はあれが彼らの
社交術で、誰々とお茶を飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。
・・・》
 複雑な家庭環境の激変の中で、9月から海外留学もあり、ネット上の虐めが、
この犯行になったのだろう。3年前から現在に至るまで、数ヶ月に一度は、想像
を絶する嫌味、嫌がらせがある。その経験を重ねるうちに、「全身全霊を込めて、
首を叩き落とすイメージ」を、相手の顔を見たとき、想い出したとき、持つ。
20回で相手は自分の中では死者・ゾンビに変身。怒りは不思議と消える。
 わざわざ代表してくるのに、??回以上が数人いた?が、墓穴二つになると
直感し中止。佐世保の少女、若いから、実行に移したのだろう!小動物の解剖で、
呪いがカタチを変えて彼女に? 小動物を父親、愛人?に見立て拷問していたと
仮説をすると!真の敵は両親の不和というより、父親? 父親、義母、娘の業火
の日々が永遠に続く! ネットは、恐ろしい。
・・・・・・
4517,スポーツ自転車の勧め! ー4
2013年07月29日(月)
  * マウンテンバイク    「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。 舗装されてない山道などを走る
ため、特徴は丈夫かつ軽快さである。ただ値段の安さに惹かれ買ったが、私の
毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。
  ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー
《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の
マリン郡で、ヒッピー達がビーチクルーザーや実用車などに太いタイヤをつけ、
急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。同時期に
北カリフォルニアでも同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、
一つのジャンルの大量生産で一般に広がっていった。マウンテンバイクの定義は、
【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の
乗用に対応して、軽量化並びに耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等の
向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、用途に
よって様々な形態が存在する。】である。 
 マウンテンバイクは、クロスカントリーバイク、ダートジャンプバイク、
ダウンヒルバイク、などの種類がある。
・クロスカントリーバイク=山道の長距離走行に特化したバイク。
 軽量なフレームに軽量なサスペンションフォークが組み合わされ
・ダートジャンプバイク= ジャンプスタントに特化した、BMXに近いバイク。
 小さめで取り回し易いフレームが、堅牢なクロモリか、十分な補強を
 施したアルミニウムで作られる
・ダウンヒルバイク= 山を下り降りる事に特化したバイク。
 数メートルの崖を飛び降りるなど過酷な環境に耐える強度が必要。
・プレイバイク= 2010年頃よりジャンルが定着し始めたMTBとBMXを
 ミックスさせたバイク。・・・ 》
▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。
 それとママチャリと同じく、普段の生活の何にでも使えるマルチがよい。
親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場
では、丈夫でない見た目だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家から
は「モドキ」とか「ルック車」などと呼んで、良いイメージはない。
その見分けはデザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのも
ある。私のようなスポーツ車初心者に向いている。とにかく軽く小回りがきき、
乗りこなしがスムース。次は、クロスバイクのつもりだが、折畳式も捨てがたい。
スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな生活の中で、
これはソロで出来る手軽な趣味になる。早朝に加えて午後からのポタリングの
習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に使うことも考えてよい。
趣味としてポタリングにするとなると、違った切り口が出来てくる。それより、
まず事故に気をつけなくては。これまで色々なマウンテンバイクを見て、
デザインが違うとしか思ってなかったが、実は、使用目的が違っていたのである。
・・・・・・
3777, ポタリング
2011年07月29日(金)
  最近、面白い言葉ーポタリングを知った。ーネット辞書によるとー
【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光
名所などに自転車を用いる「散歩」的なサイクリングをいう。散走とも言う。
サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】
中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、違う。
毎朝、ウォーキング代わりに、信濃川まで一時間、自転車で散走をしているが、
サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリングがあった。
「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。自転車は野球帽を少し
深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。また電動アシストなら、
エネルギーは普通の自転車の三分の一か、五分の一で済む。近くのSCや図書館に
気楽にいけるのも良い。この御陰で生活が一変したと言ってよい位である。 
イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、目的は自転車に
乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行をする
場合につかう。 東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの場所に
行くことが出来る。現在、信濃川のポタリングが主だが、今度は午後などに
折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングするのも面白そうだ。
そうこう考えると、周囲に面白いことは、山ほどある。ただ気づいていないだけ。 
ベストの敵はベターというが、その通り。それにしても「ポタリング」という
語感がよい。これから少し与太るで,「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。
 陰鬱の時、少し与太らないとやってられない。 でも、自重の時期である。 
で、自転車でヨタルしかないか。少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、
安い折りたたみでも買うか?でも、車で一時間で何処かあるのか考えると?


5978,難しいのは「しないこと」を決めること

2017年07月28日(金)

            【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
              〜デル創業者 マイケル・デル  
   ★ 難しいのは「しないこと」を決めること
 40年前になるが、あるセミナーで知った法則。(以前にも書いたが…)
< 方針とは、「すること」より、「しないこと」を、まず決めること。>
 対象を絞り込むためには、至極当然のこと。当然、自己の強みに帆をたて、
突き進むこと。これはデル創業者❓マイケル・デルも言っていた。
20数年以上、年に2回の「秘異郷ツアー」は、国内旅行、ゴルフ、など幾つか
「しないこと」を決めて、収入範囲で、何とかライフワークとして続けてきた。
残るのは行蔵としての充実感だけと割切って。 バブル期でも、酒は一晩2万
まで、店は5千円以下の単価に決めていた。で、楽しみの極限は充分に味わった
感がある。それと群れないことも… 
・首都圏のセミナーと、同級会と、自分が主催する会合以外は、一切、地元長岡
 の会には「参加しなこと」と決めていた。だから、現在も平然と、地元に住ん
 でいられる。 〜他にも
・肩書が罷り通る会合には顔を出さない(縦関係の強い会合を避ける)
 これは30年間の職住分離の環境が有利に働いた。やるなら徹するしかない。
 傍からすれば、「大変人」そのものだが、割り切ってしまえば、それまで。
・支払いで手形は切らない。姻戚も含め借財のやりとりをしない
・会社には家内、子供を入れない
・女性と一対一の同席をしない(必ず第三者を入れる)
― 
家訓をみると「…すべし」より、「… すべからず」が多い。
ジョブスは、究極のスマートフォンと、タブレットPCを世に出した。
ボタンを端末からカットしたのである。「ボタン」をカット、小型化した
のである。『色即是空』より、まず『空測是空』である。「しないこと」と、
「できないこと」を混同しないこと。
  〜以前、テーマにした内容より〜
――――
2002/11/21
方針について
 ある経営セミナーでなるほどとイヤに納得をした事があった。
「経営方針とは何々をするというのではなく、何々は
絶対にしないという事である」

非常に解りやすいし、ずばり本質をついている。
枠をハッキリ明示して、エネルギーの分散を避けることだ。
何かをする為には何々を守るためには何々はやらないという事を
明示しておく事だ。

家訓などはそういえばそうだ。
住友の家訓は「浮利を追わず」がその典型だろう。

父は「無借金経営」であった。
家訓は
・請け判はするな
・実力以上のことをするな
・質実剛健
・肩書きを求めるな

2代目が家を潰してしまうのは、家訓をふみはずてしまう
ケースが多い。家訓に縛られて何もしないのも問題だが。
老舗や名家は代々続いたその家訓が光り輝いている。

―ー――
「ビジネス・経済の原理原則と学んだ事」のコーナー
2002/01/21
方針ー政策
   * 方針ー政策,いきかた
方針とは、こうしようという積極的枠組みより、これはしないという
マイナスの枠組みであるという。どこかのセミナーの今でいう,カリスマ的
コンサルタントのピーク時点の言葉であったから、聞いていて「本当か?」
と耳を疑った。しかし納得した。
 
解りやすくケースをあげて説明すると
・ユニクロは衣料のカジュアルー普段着以外やらない。
・ヨーカ堂は、流通以外手を出さない。(ダイエー、西武流通グループは?)
・ある会社は絶対借金しないことを社是にしている。
・住友は浮利を追わずが「社是」で、このバブルを比較的軽傷ですんだ。
・静岡銀行も数少ないバブルに対し、頑なに一切それにのらなかった。
 ジャスコ、ヨーカ堂も。

当社も社是で、いくつか規定している。
失敗したケースはそれを外れていた場合である。

生き方も、家訓も考えたらそのケースが多い。
家訓はー父の教えは、
・請け判は押さず
・人に金を貸さず
・共同事業はやらず
・一つの仕事に縛られない、転業はどんどんやれ
・死に金は使うな
・名誉職はつくな
・近所の人と親しくなるなーつかず離れず

硬い商人のごく当たり前のことだが、特に保障人の請け判だけは
繰り返し気をつけるように言っていた。やはり人生の中で数回きた、同級生の?
や親戚がきた。なるほどと思った。

あるビル管理の担当が、「自分は?大を出て大手の会社に勤めていたが、
カミサンが社宅のある奥さんに頼まれ、連帯保証の請け判を押してしまい
破産、会社に居れなくなり、こうして掃除をしている」と言っていた。
ハン一つで人生全て失う。父がこれを言っていたと思った。

父は自身の生き方は無借金だったが、借金の諌めを言った事はなかった。
無借金の自分の限界を見たためであろう。

・・・・・・
5613,恋愛心理学 〜「なんだか感じのいい人!」
2016年07月28日(木)
             『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 雰囲気美人が持つ5つの共通点
 このテーマはネット上で見つけたもの。マドンナを意識した女性は、大方、
この5つの共通点がある。女王の風格である。ただ、ヒタスラ努力はしている。
<健康的で、明るく、清潔感があって、聞き上手、そして誰に対しても平等> 
 これに、自分のプラスαの魅力を知っている。本能的か、道理を知ってか、
経験から身についたのだろう。 これが年齢を経る度に、特に40歳を境に、
恐ろしい「おばちゃん」に変貌する。ここが勝負になる!
≪ 「なんだか感じのいい人!」が持つ5つの共通を上げると、
1.健康的な身体や雰囲気!
 :雰囲気美人は、健康を保つことでその魅力を存分に周りにアピールします。
2.太陽のような明るい笑顔!
 :感じのいい人は、常にポジティブで明るい雰囲気を周囲に発信しています。
たとえ嫌なことがあっても、体調が悪くても、そのネガティブな感情は決して
顔には出しません。
3.ファッションは清潔感重視!
 :流行に流されず、自分らしいファッションを楽しむ女性に好感が持てる。
4.聞き上手で男女問わず惹きつける。
 :相手の話をよく聞いて理解し、相手の気持ちを考えながら次の会話に
 つなげていく【聞き上手】になれば、周囲の人間からは「感じの良い人」
 「頭の良い人」と思われます。
5.全ての人に常に平等である!
:性格に裏表がなく正直であることで、相手に安心感を与えることが
 できます。ハッピーオーラをまとった雰囲気美人になること >
▼ バランスが崩れ、「おばちゃん化」した人の5つの要素は、
 この逆の言葉を並べれば良い。 <不健康そうな、暗く、ファッションは
コテコテか、クスンダ色彩。服装のコーディネートは、ばらばらで、常に他人
の評価をし序列をつける人>が、「おばちゃん」。見る限り8割以上が、
この範疇に入る。 「女を演じることを止めると、おばちゃんになる」
偶然だが、8年前に「叔母ちゃん、について」をテーマにしていた。
――――
2670, おばさん、の話
2008年07月27日(日)
「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。
 ーおばさんとは、
「女という演技を止めた女性」
「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」
「老化のバランスの崩れに対して抵抗しなくなった女性」
「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。

女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。女性が一番美しいのは、
40歳前後という。 おばさんへの、折り返し地点であるからだ。
演技を止めようか、それとも最後の濃艶な女を演じようか、その際(キワ)が光輝く
からである。一子(長男、長女)の子どもから手が離れ、少し余裕が出てくるが、
多くの問題が一挙に押し寄せる時期。
人生の境目でフト我に返ったときに、女の最後の美も失われようとしている。 
「私の人生は何だったのだろうか。男(亭主・恋人)には仕事という生甲斐がある。
自分には、空しい小さな世間しかない。 これでは、自分の人生は浮かばれない。」
等々の妄想がよぎる。肉体的には本格的な老化が始まり、精神のバランスも崩れる。
まさに人生の断崖絶壁に立っているといって過言ではない。 何か解るような気がする。
ここを、そのまま過ぎると「こてこてのおばさん」の弛緩した日々が待っている。 
自分の趣味を持たないで、日々に流されると、「こてこてのおばさん」になる。

そこで、「おばさん」という言葉から、女性の魅力とは何かを導き出してみよう。
・女という魔物の演技を自作自演でする
 男のニーズに合った女づくり
・男とは違う部分を強調し、そこをアピールする
・「美とはバランス」という事実を意識して、バランスの崩れを諦めないでフォローする。
・世間とは、その辺の5〜6人と割り切り、彼らとは違った個性を追求する
  等々になる。
その位のことは、誰でもしている? いや、それを止めないことです!
私の知人の女性が、最近、ある会社の営業に勤めだしたという。間接的な話しだが
「そこはジェラッシック・パークというより、動物園の世界だった」という。
その言葉の中に、何かしら中年にさしかかった女性たちの姿が目に浮かぶようだった。


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5248,遠近法こそ、人間の認識方法だ 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年07月28日(火)
  * 遠近法こそ、人間の認識方法だ  〜哲学『超』入門:白取春彦著
 絵画の手法である遠近法を、ニーチェは人間の「生の根本条件」と提示して
いたとは知らなかった。時間的に、空間的に近くの出来事に大きく影響される。
それも若いうちで、還暦を過ぎる辺りから「遠き日は年とるごとに近くなり」
になっていく。
≪ 『悦ばしき知識』(162)に二ーチェはこんなことを書いている。
「…エゴイズムというものは感情のもつ遠近法的法則だ。これによれば、
近いもの程大きく、また重要に見えるし、その反対に、遠くなるにつれて
すべての事物の大きさと重さが減ってゆく」
 遠近法というこの言い方は二ーチェの著作に頻繁に出てくる。しかし、
現代のわたしたちは「遠近法で考える」という表現をほとんど使わないし、
聞いてもすぐにはその意味がわからない。ふつうは、遠近法は絵を描くときの
基礎的な手法の一つとして理解されている。
つまり現実の距離感をキャンバスの平面に再現するために遠くの物は小さく
近くの物は大きく配置する手法のこと。これを透視画法とか遠近法という。
それが人間の考え方や見方にもあるということをニーチェは指摘したのだ。
さっきの引用例でいえば、エゴイストはいつも自分の利益にばかり関心がある
ために自分の損得にあまり関係のない事柄や人は自分にとって重要性も意味も
ないように感じているのだ、と説明されるわけだ。
 ニーチェはたんに人間のものの見方に新しい名称を与えただけではない。
遠近法による見方というものがなければ人間は生きられないと指摘をしたのだ。
どんな人間にしてもさっきのエゴイストと同様に、これは今の自分に重要、
あれは自分とは縁遠いものだから関わらなくてよい、といった価値の大小や強弱、
切迫性によって判断し、今どころか、この一瞬を生きている。つまり、エゴイスト
とさほど変わらないというわけだ。しかし、このような価値判断こそ、まさしく
人間の認識の仕方であり、生存していくための必須な側面となっている。
 その認識の方法こそ、まさしく遠近法だという。ちょっと考えてみればわかる
ように、みんなの遠近法がそっくり同じだということはない。それぞれに異なる。
だから、価値判断もまったく別々になる。客観的にこの価値だけが正しいとか、
真だということは絶対にいえない。ところが、各人にとっては、その各人の価値
判断こそがもっとも有用なものであり、正しい、もしくは真だと思っている。
そして、そういうふうに思い込んでいるからこそ、人は今の価値を信じ今の行動を
意味あるものとして、この瞬間を生きていけるというわけだ。しかし、それは少し
も自覚的なものではない。本人は遠近法を意識することもない。
なぜなら、遠近法という形式の中でしか人は「物を見る」ということができず、
その枠の中でしか物事を理解できないからだ。
したがって、二ーチェは遠近法を人間の「生の根本条件」だとした。≫
▼ 当り前のことだが、私たちに、それが自覚出来てない。情報化は、
さらに身近な現象を多く、細かく提示する。「時間が解決する」も、その一つ。
まず一歩、その場から離れ、遠くから見る必要性がある。近くのものは遠くに、
遠くのものは近くに。最近、『多宇宙説』が言われはじめた。我々が住む宇宙は、
10の500乗の宇宙の1つでしかないという説。『地動説』と同じ位のインパクト
ある驚愕する説だが、これでは、遠近法など、吹っ飛んでしまう。
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4883,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜1
2014年07月28日(月)
   * この20年間最大の変化と、今後は? 
 毎日、SF世界のような思いもよらない社会的変化が次々と垣間見ることが
できる。「これからどうなっていくのか?」が面白い 
               ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ー
≪・この20年先を読むには、過去二十年間を振り返るとよい。1994年以降の
大きな流れは、ネットが身近になったこと、携帯電話が普及したこと、クレジット
カードを持つ人が増えたこと。現在、これらの機能はスマートフォンに入っている
のだからたしかに便利。しかし若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。
仲間はずれにされないためだ。無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に
普及したのは、メールやツイッターと違って、簡単に仲間外れができるからだ。 
例えば三人の仲よしグループがあるとしたら、LINEで全員が同じ画面とメッセージ
をやりとりできる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、Cさんを
仲間はずれにできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々と
スマホをいじっていることがある。実はあれが彼らの社交術で、誰かとお茶を
飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。
・この二十年間で我々に起きた最大の変化は、考えるよりも先に検索する癖が
ついたことだ。検索することは、考えることとほぼイコールになっている。
例えば、選挙でどの党に投票するか決める場合、かっては自分で考えた。
今はまず検索し、自分が納得できる意見を探そうとする≫
▼ 13年以上、欠かすことなく、この文章を書き続けることが出来たのは、
 検索機能があったため。テーマが決まれば、キーワードの検索で絶対量の
情報をとり、その過程で、考えをまとめていく。それが私にとって考えること。
後は、図書館でのネタ探しと、ネットサーフィンもある。このお陰で、
「脳の外部化」が、間違いなく行われた。一度ネットに上げれば、何時何処
でも、それにアクセスし、内部検索にキーワードを入れると、過去に書いた、
調べた情報のベースから考えることが可能になる。私にとって、この13年間
は、そのベースづくりの期間でもあった。しかし、その底の無さに呆然とする。
・・・・・・
4516, スポーツ自転車の勧め! ー3
2013年07月28日(日)                 
  * ポタリング ーつれづれに  「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 4年近くで、一日12キロ、年に200日として(冬期間を除き)、9千キロ
は走ったことになる。 当然、自転車はボロボロに近い。この本を読むまでは
「月に一度の空気入れ」の鉄則を知らなかったが、息子に「時どき、空気を
入れたほうが良いよ」と言われ、三月に一度の割に入れていた。それとスプレー
式の錆止めを2年前から挿し始めた。 それとHCでパンク修理グッズを見つけた
ので、次のパンクから挑戦するつもり。
 ここでママチャリについて、【日本独自の車種で、通勤、通学、買い物など
あらゆる場面で使えるが、スポーツとしては使いづらい。 日本の道路事情で、
歩道に乗ることを認めていることもあり、スピードが出しづらくなっている。 
現在、都市部で大きな問題の歩道上の自転車事故は、スポーツ自転車とのスピード
の出しすぎによる接触が多く、道路事情に自転車の仕組みも絡んでいる。
 値段も安く、メンテナンスも手軽で、丈夫で、使用頻度も高く、何処にも置ける
気安さがある。値段が安いのが特徴で2〜3年も乗れば、盗まれても諦めがつく。 
スポーツ車では、クロスバイクとマウンテンバイクがママチャリに近い。 
軽さでマウンテンが、次にクロスバイクが適している。  現在、節約も含めて
自転車通勤が都心で多く見られるようになった。また運動として著者のように、
ライダーや、(私のような)ウォーキングからの乗り換えも増加している。 
イオンも自転車専門チェーンを道路沿いに出店を始めた。 日本は自然に恵まれ
自転車でのスポーツ環境が整っている。スポーツや遊びの場面を考えると、
日本に適している。団塊世代が定年をむかえた昨今、自転車は最適である。
もう一歩踏み込みこむかどうか? 鎌倉とか京都に自転車を持ち込み、散策する
のも面白そうだが、東京都内も良さそうだが・・ その前に県内のポタリングか。 


5977,閑話小題 〜つれづれに 梅雨

2017年07月27日(木)

 
〜大相撲も終わったが、優勝は予測通り『白鵬』となり、白鵬一強時代に
 後戻りの感になってきた。 オリンピックまで現役が目標のようだが… 
 
〜高校野球の県代表が日本文理に決まった。今年で長年の監督が勇退という
 から、これで良かったのでは? 試合の時間帯のジムと、大通りには、
 車も人も普段の3分の1。まあ、長閑なものだ。

〜三番目の姉の連れ合いの葬式から10日経った。4人の姉のうち3人が
 千葉市近郊に住んでいるが、連れ合いの2人が亡くなった。一番上の姉が
 10数年前に、その連れ合いが一昨年に亡くなったので、兄・姉夫婦と
 私たち夫婦、12人のうち4人の3分の1が亡くなった。生存の8人の平均年齢も
 後期高齢の境を超える年齢に入っている。生老病死は、さけて通ることは
 できない問題。年齢からして、10年後は、8人のうち4人に? 20年後には、
 「そして、誰もいなくなった」になる。高齢は痴呆問題が出てくる。
 「まだら呆け」が夫婦揃ってとなると、悲惨のようだ。
 3歳年上の兄が葬式の道すがら、「警察から後期高齢者検査で呼出され、
 何とか合格をした」という。私も、3年半で後期高齢者になるのかと、
 改めて実感。心は50歳代で留まったまま。そのギャップがあまりに大きい。
 「人生、二度無し!」と、充分に楽しんだ実感があるのに、もっと遊び、
 楽しんでおけばの後悔ばかり。「じゃあ、今から」の、気力も無し。
 
〜東北、北陸、信越地区で大雨が降っていたが、ここで梅雨あけのようだ。
 で、次は猛暑? 暑さには弱い我が身にとって大変だが、ものは考えよう、
 日中は、クーラーの効いているスポーツジムと、家に籠るのが一番。
 寝室には、一年かけて録り溜めした300本のドラマと映画で、カウチポテト
 生活を楽しめば良い。

・・・・・・
5612,恋愛心理学 〜 女と男のリスクとは?
2016年07月27日(水)        
                   『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 女と男のリスクとは?
ー男女の立場におけるリスクをキーワードにまとめてみるー
≪ 男には、子供が自分のタネでないリスクがある。
 女は、50%は明らかに大丈夫な反面、「やり逃げ」される危険がある。
シングル・マザーに、当然、生活苦が圧し掛かってくる。未婚の母を
含めた母子家庭の過半数以上は貧困層になる現実がある。 野鳥でさえ、
メスは、巣づくり段階ではペアリングをさせないという。逃げられる危険が
あるため。とすると、男は、可能な限り、「やり逃げ」でタネをバラマクのが
本性であるといえる。 他にも、「求愛給餌」といわれる方法がある。
メスがオスに向かい子供のように振る舞い、給餌を要求するもの。
これは、卵を作るための栄養分を取る手伝いをさせることを意味する。 
生理的に男の方が先に「やりたがる」。だが、男は熱しやすく冷めやすい。 
逆に女は熱しにくいが、冷めにくい。 恋愛の3フェスの一ランドを仮想恋愛と
見立て、楽しむがキャバクラ。そこでは、擬似恋愛が行われ、一般的に?
二ランド、三ランドには進まない。≫
▼ 水商売は、金次第で面白いステージを提供するもの。出来れば、一ランド
 を充分楽しみ、二ランド、三ランドを避ければ、早々に不自由の身(結婚)に
ならないで済む。そうこしている内に、婚期を逃した人を多く見てきた。
 スペイン、ポルトガル、ベルギーで7割前後、アメリカで5割、日本では
3組に1組が離婚するという。どの道、リスクがついて回るなら、とにかく、
第二ラウンドに入るしかない。 結婚前に、ある程度の恋愛経験と、失恋の
経験が必要ということになる。
〜偶然だが、7年前に、似たテーマで書いていた。書いてなければ、
忘却の彼方だが、こうして書き残してあると、何か奇妙な感覚になる。
――――
3035,「顔」を哲学すると
 2009年07月27日(月)
 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 
特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな要素になる
のにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。
それでは自分で考えてみることにした。古代よりクレオパトラや小野の小町
など、美人は特別に扱われてきた。考えてみれば顔の部分のバランスと、
全身のバランスが整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。
そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。
また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。
「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。
さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、
感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、人間は顔に興味を抱く。
どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。
男の顔は履歴書で、女の顔は請求書とは、よくいったものだ。
徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの
作品を残している。漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 
晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、
その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 
ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。  
(字数制限のためカット 2012年7月27日)

・・・・・・
5247,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜
2015年07月27日(月)
             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 一蛇の道は蛇一
 妻の目からみた夫の変容の姿が可笑しくもあり、悲しい。
これが嫌なら、途中で人生を下りるしかない。 以下は、妻の目からみた
『生・老・病・死』の移りの現象である。そういう私も、来年に入ると、
【六〇代の妻が七〇代の夫に望むこと】の時節になる。
「孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみ」や、
「風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がなぜ笑っているのか、覚えてない」
 世代に入ることが、それを全く自覚出来てない。〜その幾つかを抜粋〜
≪ ● 二〇代の妻が三〇代の夫に望むことは何か。
一、魅力的な容貌で、金銭的に不自由していないこと
五、適度におしゃれで身だしなみに気を遣うこと
六、頭がよくて機知があること
七、音楽や文学や美術を楽しむセンスがあること
八、妻と家族に思い遣りと気遣いを忘れず、時々プレゼントをすること
九、妻を心から愛し(肉体的に)、ロマンチックな雰囲気作りが巧いこと
 ● 三〇代の妻が四〇代の夫に望むことは
一、まあまあの容貌(とくに頭髪の状態が心許なくなっていないこと)
二、十分に稼いでいること
三、自分がしゃべるよりも、妻の話を聴いていることの方が多いこと
四、妻の冗談にちゃんと反応して笑うこと
八、妻の誕生日や結婚記念日を覚えていること
九、最低週一回はセックスする用意があること
 ● 四〇代の妻が五〇代の夫に望むことは
三 安定的に仕事をして定収入があり、豪華な外食をする程度に
四、妻が話しているときに、一応首を振ること
五、妻が言う冗談の趣旨を理解できること
 ● 五〇代の妻が六〇代の夫に望むことは何か。
二、所構わずゲッブやおならをしないこと
六、健康であること、せめて寝ころびつぱなしに
  なるほど肉体的に衰えていないこと
八、テレビを見ながらでも、妻の作った料理に反応すること
九、せめて週に一度はヒゲを剃り、月に一度は爪を切ること
 ● 六〇代の妻が七〇代の夫に望むことは何か。
一、孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみを
  していないこと
二、風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がどこに入れ歯を置いたか、
  自分がなぜ笑っているのか、覚えていること
六、普段はちゃんと衣服を着用していること
六 肉体的に健康で、家具を動かしたり、電球の取り替えに 役に立つこと
九、せめて三日に一度はヒゲを剃ること
 ● 七〇代の妻が八○代の夫に望むことは何か。
一、息をしていること
二、健康であること・せめて糞尿をこぼさずに便器に命中できる
  ほどの筋カと精神力があること              ≫
▼ 誰にでも訪れる老いのプロセスが、あまりに具体的で笑いを誘う。
「老いるほど、身だしなみに気をつけること」というが、社会的接触が
少なくなるため、身嗜みの感覚が鈍くなる。クロス自転車で、早朝の
ポタリングをしていると、時に、「いい年をして!」という風な視線に出会う。
気にしなければ良いだけだが。そういう人ほど風体が悪いから我慢がなる・・
・・・・・・
4882,閑話小題 〜草食系男子のつくられかた!
2014年07月27日(日)
   * 秘仏開帳 〜エロ本の効用が無くなった現在
「近年、草食系男子が多いのは、ネットで簡単にエロ写真や動画がみれるため」
という説がある。47年前の欧州旅行の御土産は、北欧の道路の売店で売られて
いる無修正のエロ本が通り相場! まず初めの買物は北欧美人の? 到着をした
翌日、早速、各自が数冊買って部屋で互いに見合っていた。 今では・・ 
そんなものはネットで幾らでも。 何ごとも「秘すれば花」。
世阿弥「風姿花伝」の『秘すれば花』の正しい意味は…
 )榲に重要なものは、他人から隠しておかなければならない。
 他人に隠しているものは、本当は大したものではない。
イラストレーター‘みうらじゅん’の以下の説が面白い! 
 ーエロ本は、隠れて見てこそ良いもの
≪ いまは小学生でも、PCのアクセス制限をすり抜ければ、いとも簡単に
女性器の鮮明な画像がゲットできる。 無修正の動画だって苦もなく観られる。
私が子どもの頃は、エロ本を手に入れるのもひと苦労で、それも墨などの修正
入りが当たり前。大人が隠すことで「いいもんだぞ、いいもんだぞ」と思い
込まされてきたようなもの。実際はそんなにいいものでなくても、隠されると
見たくなるし、手に入れたくなる。アソコを「観音さま」と呼ぶほどの有り難み
があった。ネット時代になると、その有り難みはすっかり失われてしまった。
セックスレス、草食系男子、少子化の原因これだと思う。
 「秘仏開帳」は日本独特の文化で、神道の神様も目に見えないように、
日本人は隠されると有り難みを感じる。だから女性器はもっと「秘仏」として
扱うぺきであろう。見慣れてしまえば有難みは消え、あの形状が単にキモいと
感じるようになり、その次には飽きてしまう。女性を口説こうとしない草食系
男子になるのも無理はない。昔のエロ本は表紙だけ美人で、買って開くと中身は
ブサイクな女の子ということが多々あった。最近のエロ画像、エロ動画に出て
いるのは若くて美人ばかり。「こんな美人には一生出会えない」と思う女子が、
映像の中でものすごくサービスしてくれる。身近な女性に興味が持てなくなる
のも当然だ。 政府が本気で少子化対策に取り組むなら、いますぐパソコンと
インターネットの使用を禁止するしかない。≫
▼ 少子化対策も、意外と、こんなところにあるのかも? 姉4人の中の環境
 にあり裸体などを普段の生活で見ていたこともあり、自分から見たいとかいう
のは無かった。姉が読んでいた「週刊実話」とかいうエロ雑誌を胸ときめかし
隠れて読むくらい。父親が男女間のことに関しては特に厳格で、父親っ子だった
こともあり、シモネタなどもっての外。学生時代の悪友に『お前は竹のような奴。
何があっても、最後は何事もなく収まっている』と言われていた。
「真面目な路線の上を面白おかしく生きる」は、家系、血筋。それでも25人の
学生寮で生活していたこともあり、エロテープ、エロ写真を誰かが持込むと、
部屋に集まって?・・ 当時も現在も、草食系と肉食系がいたが、2割が8割を
独占する法則が、当然、存在していた。逆に、2割の肉食系は、どういう訳か
就職先には恵まれなかった。その辺は、ハッキリしている。
・・・・・・
4515, スポーツ自転車の勧め! ー2
2013年07月27日(土)          
               「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
  * 4年間のポタリングからのギアアップの時節 ?  
4年近く前に、「電動アシスト自転車が5万9800円の破格値でスポーツ用品
チェーンのヒマラヤが売り出す」という記事をみて思い切って購入した。
当時は電動アシスト自転車の殆どが10万円以上。そして、まず信濃川まで
試乗してみて驚いた。それまで遥か遠く感じた長岡大橋まで僅か15分。
それも全然、疲れが残らない。それまでママチャリしか乗ったことがないのが、
マウンテンバイクのため軽快で、6段切替で、電動アシストとくれば、その段差
に驚いて当然。それと大手大橋からみる信濃川のパノラマの美しさに感動。  
そこで30年近く続けてきた早朝の一時間ウォーキングを、ミニサイクリングに
切替え、現在まで続いている。 ウォーキングを30年近く続けていたことも
あってか、電動アシストもあってか、体重変動はゼロ。電動アシストでなくとも、
ギアチェンジのスポーツ車で、このコース試乗をしていたら、この方に切替えて
いたはず。この5月のゴールデン・ウィーク明けからは、週に一度は午後から
一時間以上を走り始めている。
 服装は、スポーツセンターで着ているトレーニングウエア。ズボンは時どき、
登山用ズボンにする。 それに網目のベストを羽織る。帽子は網目の野球帽。
これも、そろそろヘルメットに切替える時期。靴はランニングシューズか、
ウォーキングシューズ。中途半端だが、中途半端の入門者なら、仕方がない。 
4年近く乗ってきたマウンテンバイクも、ボロボロ。一日、百円換算からしても
十二分に元をとった感がある。そろそろ電動アシストのクロスバイクか、折畳み式
を考えている。折畳み式なら、「途中までジテツウ」をもじった「途中から
ポタリング」が出来る。近くの観光地などに車で行き、トランクから出して、
ポタルとか・・ しかし、クロスバイクの前輪をワンタッチで外せトランクに
簡単に乗せることができるものがある。どちらを選ぶかだ。著者の本格的
「純競技用のマシン」は、私の年齢では無理? 地元が雪国のため12月〜3月が
走行が出来ないハンデがある。とすると来年春まで待つか? 先が多く残されて
ない?ので、すぐか? 迷うところ。他にオートバイ、スポーツカー、カヌー
など考えられるが・・ 健康と年齢からして、これか。 
・・・・・・
4141, 閑話小題 ーユーロ安など
2012年07月27日(金)
  * ユーロ安が止まらない!
 ユーロが、ついに95円を割ってきた。4年前までは160円代だったのが、
4割以上も下落したことになる。これはスペイン10年債利回りが7.59%に
まで急上昇し、更にイタリアの地方都市が破綻危機に瀕しているなど、
ヨーロッパ金融危機がスペイン・イタリアの地方政府・都市に出始めてきたため。
日本だけでなく、欧州に輸出している中国などが直接影響を受けている。
もしユーロ圏内の国でデフォルトでも宣言されたら、更に国債や株式・為替市場
が暴落する負の連鎖が始まる。やはりロンドン・オリンピックが終わる頃から
荒れた経済が表立ってくる。既に会社経営から退いたので、以前ほどの
心配はないが、それでも日常生活に直撃してくることになる。
このオリンピックが白々しく思えるほど世界の経済は逼迫しているということ。
  * いじめ
 小学校、中学校時の虐めは誰もが何らかのカタチで経験している。
色いろ見てきたが、それぞれが酷いもの。人間に格差と、差別がある限り、自然
発生的に起こるのは避けられない。虐め側は家庭に問題があり、成績が下位か、
性格が捩れていて、自分より下位の人の弱点を見つけ徹底的に攻撃する。
彼らの特徴に徒党を組む習性が強く陰湿な集団リンチ的要素が強くなり、強者に
ヘツライ、弱者に強持てになる。中学校の虐めグループの、その後は、当然?
修羅の人生の人が多い。今回、問題になっている大津市の虐めによる自殺は
タチの悪い虐めのようだが、今日明日にも自殺に追い込まれる直前の小・中学生
が数百、数千人が存在していると考えられる。しかし小・中学校時代の虐め経験
は必要悪の側面がある。特に会社組織は弱肉強食社会。そこには表立たない筆舌
に言い表せない虐めが存在している。そのための免疫を子供時代につくっておく
必要性がある。虐める方も虐められる方も家庭問題による歪みの起因の要素が
大きい。般若の面は差別による虐めの怒りの表出というが。


5976,閑話小題 〜考え方を教えるべきで

2017年07月26日(水)

              自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   ★  考え方を教えるべきで、考えたことを教えるべきでない
 軽いアルツハイマーを患っていた母を 40歳後半から5年半にわたりみて、
見おくった後、さて、残された人生を如何に生きるかを考えた時に、
『還暦までに、80歳までの30年分を生きる』と、思い立った。と同時に、
「哲学」に対し興味が強くなっていった。「考えることを考える」のが哲学。 
「知識」は情報化のため、手軽に、情報端末から数限りなく入手できる。
その半面、熟考しなくなる傾向が強くなる。五感を研ぎ澄まし、六感に結び
付けて、初めて、情報と知識の価値が生まれる。地頭で考えれば考えるほど、
世界が広く、深く見えてくる。逆に、考えない人の頭が透けて見える錯覚?が、
強くなる。「馬鹿な考え、休むに似たり」としても、考えないより、よい。
<で、どうした?> 
<どうも、しません!「馬鹿な考えで少し休んで、遊んだだけです>
――
   ★ 習慣とは
<習慣とは非常に軽いものであり、普段はその存在価値にさえ気づかない。
 だが一度意識すると、非常に重く断ちがたいものであることがわかる。
                 〜投資家・ウォレン・パフェット>
▽「習慣は第二の天性」というが、第一の天性が不足している私にとって、
 この言葉を知った時から、ホッとしたような… 中村天風も、「ヨガを
日常生活に習慣化すべし」と教えている。 誰もが「知的発達障害」であり、
問題は、それを自覚するかしないか…である。自覚をすれば、「習慣」という
重く断ちがたい第二の能力を取入れるしかないことを知る。
 「 好きなことを、好きなだけ出来るスケジュールを組めばよい。」
「上をみれば限がない、下をみれば底がない、横をみれば情けない」
など嘯いてないで、『今を楽しむ習慣を持てばよい!』。さて、チャリで…
 
・・・・・・
5611,恋愛心理学 〜 美貌ゆえの玉の輿はなかった
2016年07月26日(火)
            『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 玉の輿の3つのコース
 私が知る限り、玉の輿に乗ったハッピーエンドは現実には少ない。
同格のつり合いのとれた相手と結婚するのが一般的である。男は容貌で相手
を決めるが、女は経済的能力が選考基準になる。女性にとって、結婚は一度
限りの玉の輿に乗るための機会。 そのためドライにエネルギーを集中する。
 半世紀前の学生時代に欧州旅行をしたが、海外旅行者は20万人。当然、
かなり裕福な家庭の人たち。彼らを見ていると、同格以上でない限り、眼中
にはない。成るほど、シビアである! この世界には、美貌ゆえの玉の輿の
シンデレラは殆ど存在してなかった。 〜その辺りから抜粋〜 
 ≪ 大規模な調査の結果の〔玉の輿」についての結論は、
・まさに「玉の輿仮説」で容姿なためにお金持ちに見初められるというコト。
・2番目は、「同類リッチ婚仮説」でもともとお金持ちだった人同士が結婚する。
・3番目は「糟糠の妻仮説」で、下積み時代から苦労を共に生きてきた2人が
 最終的に富裕層になるというルートです。
彼らは実際のお金持ち妻を調査し、その結婚に至る経緯などを検討した結果、
実際には「玉の輿」型の結婚はほとんどないということを明らかにしました。
 結婚前に「芸能人、モデル、スチュワーデス、コンパニオンなどの」玉の輿に
乗れそうな美貌を売りものにする職業に就いていた人はわずか1・9%で、しかも
その全員が自分の容姿について「容姿は良かった」と思っていませんでした。
華やかな美人がその美貌ゆえに「玉の輿」に乗ったケースは存在しなかった。 
中流階級以上でとくに母親が教育熱心な家庭に育ち、自らも社会で経験を積み
キャリアウーマンとなった女性が、仕事の中で、将来富裕層になる優秀な夫か、
あるいはすでに経済的基盤を両親から受け継いでいる夫と出会うという
「キャリア妻」型が現代の玉の輿婚であるといいます。つまり、現代の
日本では、美貌による玉の輿は困難であるけれども、「知性と勤勉」による
玉の輿は可能であるというのです。 ≫
▼ 中学校の同期会が、二年連続、開かれたが、そこでのシンデレラは殆ど、
 見かけられなかった。中学校は選別前であるため、その機会が多々あっても、
進学につれ出会う人が、自分のレベルに合ってくるため、最終学歴が同レベル
になってしまう。女性にはシンデレラコンプレックスがあるが、これは冷静な
動物としての鋭敏な勘のなせる業。食いつかれた男という小魚は田にすむ
タガメに抱きつかれ、一生、その養分を吸いつかれ人生を終わる。タガメは、
いかに吸いがいの良さそうなのを探す。女は2/3、男は1/2、これで決まって
しまう。「逆さま玉の輿」というのもあるが、能力のない男には「私に人生が
あったの?」という悲惨の人生が待つ。人生は、その節目ごとの判断と決断で
できている。だから、面白いが、現実はシリアスである。

・・・・・・
5246,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜
2015年07月26日(日)
            『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 馬鹿と鋏は使いよう
 馬鹿と鋏の、馬鹿を当時のブッシュ大統領として槍玉に上げている。
9・11テロも、何か不思議な奇妙な事実が次々と出てきた。日本に居ても、
ブッシュの何?は見て取れた。改めてブッシュを考えると、恐ろしい限り。
無能について、他人をとやかくいう資格はないが、自覚はしている。
『軍産複合体』というシンジケートがアメリカには存在し、政治をコントロール
している。それが馬鹿を、次は黒を、そして、その次は女を大統領に据えて、
強力な指令を出す。  〜その辺りから
≪「馬鹿と鋏は使いよう」もまた、ものを気楽にポイ捨てしたり、人をリストラ
 したりすることを戒め、資源の有効活用を説く諺で、実に普遍的な真実を言い
当てているのだが、今のところ、日本以外の地域に類諺を探し当てられず。
もっとも、諺化していないからといって、切れない刃物や無能な者を使い方
次第で役立てる精神や試みまで皆無というわけではない。
 たとえば、2000年のアメリカ大統領選は、モニカ・ルインスキースキャンダル
のおかげで共和党には絶好のチャンスが訪れ、ここで強力な候補を立てれば圧勝
楽勝だったというのに、なぜよりによってブッシュ・ジュニアのような、政治、
経済、法律、外交のどれをとっても無能な候補を立てたのか、私にとっては
長いあいだ大きな謎だった。 (その無残な履歴とは)
・二〇代と三〇代に飲酒運転で逮捕歴があり(妻のローラも十七歳のとき飲酒
運転で級友をひき殺している)、
・名門工ール大には金と権力を持つパパのコネで潜り込み、勉強せずに遊び
惚けていてコカイン吸引で有罪判決を受けたという疑惑のどら息子。
・大学卒業後も酒びたりの自堕落な生活を送り、ベトナム戦争中もパパのコネ
でベトナム行きを免れ、
・パパの全面支援のもと下院議員選挙に立候補したものの落選、またまた
パパの人脈を頼りに石油ビジネスを手がけるも二回も会社を倒産させ、その尻
ぬぐいもパパの息のかかった銀行や同業他社にしてもらったという、何一つ自分
の失敗の責任をとったことのない男。
・さすがのパパも息子にはまともなビジネスは無理と悟り、大リーグ球団
テキサス・レンジャーズの株を買い取って共同経営者に据えた。
四〇歳になるまで、金と権力を持った身内のコネに頼りきりで仕事らしい
仕事をしたことがない、まさに金さえあれば馬鹿も旦那を地でいく男。
・テキサス州知事になってからも、知事としての霧に無関心で、政策の勉強を
嫌いだと公言し、「これほどまでに政策や国家運営にうとい人物が、州知事は
もとより、なぜ、よりによって大統領の座に就きたいと思っているのか」と
周囲に不思議がられている。「なぜ読み書きしゃべる能力が小学生レベルの、
知性も才能も勤勉も努力も欠如した男を」と。
石油価格を牛耳ることで、世界経済に対する覇権を維持し続けたいにとって、
お馬鹿なブッシュが理想的大統領である理由である。
なぜブッシュでなくてはならなかったか、そして、彼が馬鹿であるからこそ、
共和党とそのバックにいる軍産複合体には都合が良かったということ。≫
▼ 日本というアメリカのポチの飼主が、この程度だが、後ろには『軍産複合体』
 という得体の知れないシンジケートが複雑に背景として存在する。小沢一郎が、
過って『首相とシャッポは軽いほうが良い』と口を滑らしたことがあったが・・
娑婆は、馬鹿でなければ出来ないことがある。それが政治というもの!創業もか!
・・・・・・
4881,閑話小題 ーエコ葬〜フリーズドライ葬
2014年07月26日(土)
   * エコ葬儀、フリーズドライ葬
日本では大方が火葬だが、遺体を凍らせる「フリーズドライ葬」が、エコ葬儀と
して注目を集めている。そこでネット検索をしたところ、以下の内容が出てきた。
≪ これを開発したのは、スウェーデン生物学者のSusanne Wiigh-Masak氏。
 科学教室などでも良く使われる液体窒素は、いろいろなものを瞬時に凍らせる
ことで知られています。例えば凍らせたバラの花を手で砕いた映像をなどを見た
ことがあるが、あのようにフリーズドライ葬は、この液体窒素を使用し遺体を
マイナス18℃で乾燥凍結した後に砕いて細かくする。そして水銀などの重金属を
取り除いてから、でんぷんを主材料にする生分解性の容器にいれて埋葬するもの。
原理としてはフリーズドライの食品を作るのと同じ。埋葬した遺体は時間をかけて
土の中で分解し、植物などに栄養を与えてくれることにもつながる。
死んだら皆土に還る…が本当の意味で実現できそうです。まだ、いくつかクリア
しないといけない課題はあるが、この方法を「プロメッション(promession)」
と呼び、費用は約290ユーロ。大よそ4万円。韓国でも本格導入を計画。 ≫ 
▼ 重油で焼かれるイメージは、何か良くないが、乾燥冷凍後に砕かれ土の
 中で分解されるなら?これなら庭の木の下に埋めることも可能? 特に、
災害時に手軽にトラクターにコンパクトな乾燥冷凍機を持ち込めば、処理が
スムースにいく? どちらと問われれば、私はフリーズドライを選ぶが、所詮は
死んでしまえばゴミ。 先日、スーパーで果物を乾燥させたチップスを買って
サクサク食べた・・ あれ。
 ところで以前、イタリアのドキュメントで、マフィアが殺した遺体を処理する
「硫酸入りプール」の存在をレポート。何か、寒々とした後味の悪い内容だった。 
やはり重油で1時間かけ、焼いてもらう火葬が良い?そういえば中国で、遺体
捨場に着の身着のままで捨てられた遺体を映し出すTVレポートを見た。 
それも前にレポートされていた本人の映像が映し出された後に、凍りついた遺体。 
ところで、フリーズドライをセメンに混ぜた墓は? 生々しい?
 位牌程度なら? ・・お後が宜しいようで! 
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4514,スポーツ自転車の勧め! ー1
2013年07月26日(金)
   * スポーツ自転車入門   「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私のは、電動のマウンテンバイク。値段は5万9800だが、これが大当たり!
それまで30年近くのウォーキングの習慣があった為、それを自転車に切替えた
のでスンナリいった。早朝の一時間が、自分へのプレゼントと思えるほど。
   まず ー内容(アマゾンより)ー
50歳の春、肥満体型と高脂血症、高血圧を改善するために手にしたのは、
スポーツ自転車だった。わずか2年で24キロの減量を成し遂げ、体脂肪率は24%
から10%以下に。 明るく楽しく、そして激しく愛車に乗りまくる日々を活写する
とともに、ダイエット成功の秘訣をすべて公開する。
 〜入門書としても最適な本である。主観で、まとめると、こういうこと。
≪ 自転車には、ママチャリとスポーツタイプに、まず分けられる。そして、
 スポーツタイプには、ロードバイク、マウンテンバイクがあり、最近では、
この二つをミックス(=クロス)したクロスバイクが現れてきた。これに
折畳みが出来るフォルディングバイクと、車輪の小さなミニベロがある。
それと色々な競技を楽しむBMXがある。 著者は健康不足を医師に指摘され、
考えあぐねた上にスポーツ自転車を思いつき、クロスバイクを2002年2月から
乗り始めた。しかし暫くして、物足りなさを感じて特別仕様のスポルティーフ
の自転車をつくる。 その後、気がついたのが、ツールドフランスなどで見る
「純競技用のマシンのTREK5500」。これを買ったのが正解で、人生のパートナー
になってしまった。これを買って決めたことが、「毎日乗ること」。 
値段が高いため、一度乗ると、自転車から離れることが出来ない。
公衆トイレなら中に持ち込む。盗まれる危険が高いからだ。そして2年で、
20キロ、体重の10%以上の減量に成功した。そして一年後、更に10%、58キロ
まで体重が減った。定例走行距離が64キロになっていた。
「自転車はすごい。自転車はいい。自転車は楽しい。」と、断言する。 
定年退職をむかえ、体力に自信のない人、健康に不安な人、無趣味の人、
時間を持て余している人、一日中ボッとしている人にお勧め。型はスポーツ車、
出来ればロードタイプがいい。 自転車と思うと目が飛び出るほど高いが、
自動車、オートバイからすれば安い。その価格で、F1クラスのスーパー
レーシングマシンが手に入るのである。こんなことは自転車以外、絶対にない。
〈暇を持て余し、不健康この上ない諸君。 スポーツ自転車を買おう。
買って、毎日数十キロ(20〜50キロ)走ろう。そうすれば体重脂肪率10%
以下は、決して夢でない・・・〉 ≫ 
▼ これは自転車入門書。著者にとっての効用の一つが肥満と血圧の改善。
 ここには書いてないが、自転車で自然の中を汗をかきながら走って見える
景色と爽快感は何もの代え難い。 実際に4年近く信濃川にかかる二つの大橋と
両側の土手を自転車で一周しているので、よく分かる。 年齢が年齢なので
電動アシストだが・・ 著者のように毎日60kmの走行ができれば25kg痩せること
が出来るかもしれないが、普通の人では無理。とにもかくにも、走りまくること。
一度走り出せば、必ず病みつきになる、これは! これを読んだ御陰で、
早朝に行き交う自転車の種類とマニアのレベルが少し見えてきた。 
そして自分のレベルもである。ママチャリでノンビリと走っている人から
レーシングマシーンに乗っている人まで、何組も出会う。そこに電動アシスト
のマウンテンバイク。ママチャリレベルである。一昨日、昼間、20万以上も
する折畳み自転車を乗っているのを見かけた。
それも、この本を読んでなければ分からないこと。
・・・・・・
4140, スポーツジムの景色 ー2
2012年07月26日(木)
 去年の同月同日にスポーツジムについて書いていたので、その一年後の感想
を書いてみる。所用で市外に出てた以外に、気が進まないとかで休んだことは
一度も無い。露骨な卑しい?視線を感じて、何度も止めようと思ったことが
あったが、「とにかく一年」と思っているうちに何とも感じなくなっていた。
その後、各種のエアロビックスのプログラム全てに参加してみたが、三月から
のスローヨガに週二回だけに参加している。(勘違いで一回休んだ以外は全勤)
それと円座に置かれた6台のマシーンと、交互に置かれたステップ台を、
インストラクターの掛け声で12人が参加するイージーライン(30分)を
連続二回と、ウォーキングマシーン(20〜30分)が私の日課。
滞在時間は平均二時間である。16ヶ月になるが、40年、50年以上の
足腰の関節の硬化が徐々に解れてきた実感がする。しかし「養生に預金無し」で、
続けるからこそ価値がある。とにかく雰囲気が明るいのが気に入っている。 
早朝4時過ぎから13時過ぎまでが午前の部で、午後の部は13時過ぎの
スポーツジムから21時に就寝するまで。 その意味で、日課として大きな
位置を占めている。顔見知りになっても軽く会釈するだけ、個人的会話はゼロ。
ただ独り黙々とコースをこなして帰ってくる。この一年で変化したことは、
午前中から午後になったこと。会員は老若男女、幅広い。それらの人が毎日、
同じプログラムに参加する。4〜11月までは一日三時間の運動量は健康に
とって、このうえない。金・日・祭日は、休日と契約規定で参加出来ないため、
近くの市営のスポーツジムに参加をしているが、これも相変わらず通っている。
値段は三ヶ月、1800円で、これも慣れると丁度良い使いかってになる。 
今のところ新しい生活環境の中、何とか肉体も精神も正常を保っている。
人間は働きの中で社会に組み込まれていると思っていたが、そうじゃない
ことが分かってきた。全て一人一人の思い込みで生きているだけ! 
「一日一日を面白可笑しく生きること」ただ、それだけ。ところで時どき
会うスナックのママさん、「毎日、風呂とサウナだけで、他は気が向かない
と行かない」といいう。私の場合、スローヨガだけ参加という使い方もある。
そういえば一言二言話す同じ年代の男性がいるが、ヨガだけで帰っていくが、
六回参加して一回千円としても十分に価値がある。一週間の日程の中で、
他に二回の図書館通いがあるが、他に新しい世界を探す時期にきているが・・
毎日をフワフワ浮いたように気ままにいるのが、こんなに充実感があるとは
思わなかった。母親も家内も、これをやっていたのだ。これが「日々是悠々」
なら、私は数十年も「日々是恐々」だった。
家内からみて、「私は生活を楽しむ人、貴方は働く人」だったか?


5975,閑話小題 〜学びことが好きな人はわずか10%

2017年07月25日(火)

            【自分を磨く言葉 本田季伸著】より
   * 学びことが好きな人はわずか10%、
 ≪「ハーバード・ビジネス・レビュー」によると、学ぶことが好きな人は、
全体の10%程度に留まり、90%の人は社会人になると、勉強すらしないのが
現状。一方、10%の人は、仕事にしろライフワークを見つけ出し自分を追い
込んで、鍛えているため、自らの中に強みを見つけ、それを楽しんでいる。≫
▼ 90%に意識を向け「世間様」という方が本末転倒で馬鹿みたい…
 情報化社会へ激変する中、情報と知識は簡単に入手できる。自分の生きる
意味(価値)を知り、自己変革を続けないと、折角、地球に生を受けたのに
勿体ないじゃないかと生き急いできたが… 根源的自己問答を重ね、生きる
意味を確認するかしないかで… そうして周囲を見直すと、数限りの材料が
転がっている?  映画プロジューサーのジョージ・ルーカスの、
『全ての人が何らかの檻に入れられている。でもドアの鍵はいつも開いている』
のとおり、何が好きなのか、何が強みかを知るため学び続け、外に出る
しかない。その蓄積の差そのままが、現在の私たちの現前に突き付けられる。
私たち檻の住人の、外側の人に対する視線が何とも微笑ましくも悲しい。
檻の外に出た人は、失敗して、がっかりするかもしれないが、外に出ないで
何もしなければ間違いなく悲観絶望する。 一期一会の垂直にたつ瞬時
(感動、感激、感謝)のために、学び続ける必要がある。
 「死んでしまえば、それまでよ!」としても…  

・・・・・・
5610,閑話小題 〜神様の働き
2016年07月25日(月)
    * 神様の働き
 出所は忘れたが、最近、面白い逸話を知った。
【 災害に会った人に、次々と、逃げるように促す人たちを尻目に、
「必ず神様が助けてくださる」と、その場に残ったため、死ぬ羽目になった人が、
天国で、神様に「何ゆえにお助けにならなかったのですか」と愚痴を言うと、
「何人も逃げろと人を通して言いましたよ」と神様が答えた!】。
 なかなか含蓄のある言葉である。5年前から、半年に1度は、見知らぬ人を
含め、嫌味、罵声が飛んでくる。今では慣れたもので心の治癒期間の予測が
可能になっている。一般債権も、労務債権もほぼ無し、自ら清算したことなど、
一般は知る由がない。そこで平然とするしかないが、やはり心は乱れる。
 何度か繰返しているうち。『これは、何かを伝えようとする神の声?とする
と、これは何だろう』と、その都度、考えるようになっている。それは、神様が
己の歪みに光を当ててくれていることに気づかされた。意味があると思えば、
何かが見えてくる。その上、蓄群のそれぞれに神様が、「復讐するは我(神)
にあり」と、具体的な蓄群への罰の事例を見せてくれている。 これが面白い。
ものは考えよう。『神は自らを助ける者を助ける』と同じ道理。学び続けている
こともあり動揺は最小だが、普通なら居た堪れないだろう、これは。
 それにしても、蓄群は程度が、あまりに酷い。『蓄群、珍獣を笑う!
そして、珍獣、群蓄を笑う!』ということか。
〔蓄群=羊のように只管群れることしか出来ない一群。その結果、何も考えない〕
  
・・・・・・
5245,ペットの話
2015年07月25日(土)
 居間の座いすの、障子とガラス戸一枚越しのサッシで囲まれたベランダに、
籠に入ったインコが鎮座している。30数年間、代々にわたって10羽目になる。
平均滞在3年になるが、殆どが逃げていくか、病気で死ぬ。現在のインコの
滞在は4年半。一代前の中型のコガネインコは、頭が良くて懐いていたが、
一年半で病死をした。現在のインコは、オウム科で最小の型で、性格が穏やか。
とにかく癒される。 以下の哲学者のペットに対する指摘が分かりやすい。
   * ペットは教師    ーニーチェ「超」入門ー白取春彦著ーより
≪ 本当の教師はさまざまな角度から能力を自覚する契機を与えてくれる人だ。
 知識など二の次にすぎない。日陰に押し込められている能力を解放さえさせて
くれれば、必要な知識などはおのずと吸収されてくるものだからだ。
そして、そういう真の教師は生身の人間とは限らない。
 書物である場合も多いだろう。風景かもしれない。一皿の料理かもしれない。
ある見知らの人間の態度かもしれない。飼い犬かもしれない。
 犬が教師になるかもしれないというのは隠喩でも皮肉でもない。
人が犬などのペットを飼うのは、本能という自然にしたがういさぎよい態度に
魅了されるからだ。動物はいつも今を生きている。来るべき時間に起きること
を想像して心配したりしない。過去を振り返って悩んだりしない。つねに今を
受けとめて生きている。空腹ならば食べ、空腹でなければ餌に見向きもしない。
素直に本能にしたがい、恥じることもない。欲望を明瞭に露出する。
それでいて、自分だけよければいいという態度をとらない。
喜ぶときは素直に喜ぶ。しかし、多少の我慢とあきらめも知っている。
彼らは真っ直ぐに生きているのだ。 人間もまたそういう生き方に
あこがれている気持ちがあるから、ペットを飼う。
 ペットの癒しというのは、自然に生きることを見せてくれるからなのだ。
その意味で、一匹の犬でさえも、わたしたちの良き教師になりえるのだ。
もちろんそこには、人間が押し込めているものを解放してくれる働きがある。
これこそ、教師と呼ばれるものの最大条件ではなかったか。≫
▼ インコの「ピーコ」、鳴き声の呼びかけで振向くと、たった一つの芸、
『連続枝回転』を3〜8回、最高で50数回もする。居間の席を立って何処か
に行こうとすると、「行くな!」という意思表示と、朝の餌ねだりの回転が、
何とも愛らしい。思いたって餌をやると、必死に食べている途中に、ハッとし、
食事を中断して、枝に移動、回転をする。気持ちが真っすで、今を生きている。
 ペットから、ニーチェに飛躍するが、 〜ニーチェを語る一節から〜
『要するに、世界は無価値、無意味なものだ。この言い方は一見して絶望的な
感じを与えるものだが、人が世界に意味を与え続けている意味で、今の生こそ
が光源なのだと気づかせてくれるものである。』と、ペットは人に教える。
・・・・・・・
4880,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー43
2014年07月25日(金)
   * チェーンストアの組織論の特徴
 チェーンストア組織論の特徴は「3階層」「5職能」 で表現される。
 (少し専門的な内容になるが)
★ 「3階層」 とは<トップ><スペシャリスト><ワーカー> の階層。
 階層を増やさず、可能な限りフラットにし、ミドル・マネジメントを
 増やさないシンプルな組織が特徴。 
 ○ スペシャリストは、それぞれの専門で、店舗なら多くの店の運営を、
  バイヤーなら、各部門の仕入れ経験をこなし、それぞれの商品の専門
 キャリアを多く持っている人をいう。売場では、多くの店と売場を
 経験した店長、次長がスペシャリストに入る。
 ○ ワーカーは、マニュアルに従って作業をする職階の人で、ノンキャリア
 社員、パート、アルバイト。ところが、情報機器の進化で、現場段階の
 ワーカーと、スペシャリストの区分が曖昧になっている。
  スペシャリストの技能が情報機器で簡単に使えるようになっているため。
★ 「5職能」 とは横割りを5つに増やし トップの下で
 <スタッフ> ※トップのためのスタッフ
 <サービス>
 <ライン・スタッフ>    
 <クリエイティブ・ライン> (商品部)〜仕入れ担当で、一般的にバイヤー
 <オペレーション・ライン> (店舗、加工、物流施設の運営)
  の機能で分担する組織である。
▼ 旧来型の組織論のライン、スタッフ、サービスの3職能を、3階層、5職能
で理論付けが特徴! 目新のが<ライン・スタッフ>=ラインのためのスタッフ。 
クリエイティブ・ラインやオペレション・ライン(マネジャー)に付くスタッフ
のこと。ラインの業務プロセス作り、カイゼン、有益な情報・データの提供など
でサポートするスペシャリスト。 これらは、チェーンストア統一伝票システム
から成立した部門別管理と、それぞれのマニュアルが、ベースになる。
それぞれの教育計画は、社員と幹部の登用試験制度と、配転計画のキャリアから
成立する。トップ育成計画と、スペシャリスト育成教育、正社員教育システムに
則って、それぞれ行われる。特にトップ教育は、本人以外には知らされずに
行われるメニューがある。職能として、スタッフとして、新規出店の開発部門、
経営計画作成、サービスの財務などの配転の中で育てられる!
官僚のキャリアの育成計画は、この計画にそって出世競争の中で勝ち残った者が
選択されるのと同じ。右上がりの時代ならよいが、右下がりになると、配転計画
段階で、多くが排除されていくしかない。私自身は、自ら10年目に行うべき
配転計画の判断ミスをしてしまった。それも、自分の限界と割りきるしかないが・・ 
高度経済成長時代の鬼っ子ということか。
・・・・・・
4513, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー7
2013年07月25日(木)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者そのままを私の事前指示書にしたいぐらいだ。そこで早速、図書館から
借りていたこの本を、アマゾンで注文をした。その本に、自分の希望を書いた
ポストイットを貼り付け、仏壇の引き出しに入れておけば、それがそのまま
指示書になる。そして気が向いたらまとめてブログの分類コーナーを作り、
張り付けておけば良い。 実際のところ、気がすすまないのか、面白いのか。 
死際を考えると、すべきこと。ーまずは、その指示書からー
≪  ー 事前指示書(その1)ー    2006年9月17日2 中村仁
「医療死」より「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断力が失われた
場合、下記を希望する(ぼけた時は、ぼける直前に「断食死」を
敢行するつもりだが、タイミングを外す場合も考慮して)。
1 できる限り救急車を呼ばない
1 脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退する
1 原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さない
1 人工透析はしない
1 経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、中心静脈栄養、
  末梢静脈輸液は行わない
1 不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければ
  その時点で取外して差し支えない
   ー 事前指示(その2)ー
1 使い古しの臓器は提供しない
1 葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、
  葬儀会館使用も可
1 読経、死後戒名は不要
1 告別式不要、供花、香典は辞退すること
1 死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ
  (もし、偲ぶよすがが欲しければ、髪の毛か下の毛を刈り取るべし)
1 年忌法要、墓石詣リは不要(但し、死体処理が希望通りにならず、骨が
  残れば、死後戒名、年忌法要行うも苦しからず、墓石詣リも勝手たるべし)≫
▼【一切の延命処置を拒否し、葬式は密葬。坊様の読経も墓も必要としない。
 骨は、先祖の墓に読経なしで、家族の手だけで入れて欲しい。】これが私に
似合っている。父の口癖が「死んでしまえば、それまでよ」。 死ななくても、
「いつ何時、何ごとも、一期一会、瞬時過ぎれば、それまでよ」である。
・・・・・・
4139, 元始、ママは太陽であった ー2
2012年07月25日(水)
  * スナックは「未知なる異空間の社交場」
 著者の言葉そのままに、何処の店も似たかよったりである。
この長期不況のため、客足は激減、スナックの数も同様である。
何とか存続しているのは、昔からの店で固定客を掴んでいる店だが、
話は不景気の話ばかり。やはり還暦過ぎると、以前のような元気は減退、
それにつれて回数も減っている。それでも月に平均二回は通っているが一晩
3〜4軒のハシゴが2〜3軒で帰ってくる。高度成長期の一時期を除くと、
スナックは儲かる仕事ではなくなった。まあ、よく維持していると感心する。 
 一部をコピーする。
≪ 日本全国にスナックはたぶん15万軒ぐらいある。15万軒の扉の中で、
 毎晩『つぐない』や『銀恋』や『麦畑』や『津軽海峡冬景色』が何万回も
歌われて、何十万人もの家族が、何十万人もの家長のママを囲んで和気藹々
夜を楽しんでいる。家に帰れば別の家族が待っているママもいるし、ひとり
暮らしのマスターもいる。 店の中では一緒に遊べる家庭があって、飲んだり
歌ったり、お腹すいたら焼きウドン作ってみんなで食べたり、「今度はどこの
温泉に行こうかなど盛り上がったりしている。この数年でやたぶん200軒以上の
スナックに足を運んできたが、裕福なママやマスターなんて一人もいなかった。
「儲けを考えたら、こんなことやってませんよ」というのは、僕がいままで
インタビューで、一番よく聞いた言葉のひとつ。でも、そこには別の「幸せ」
と呼ぶのは大げさかもしれないけれど、こころのコリをほぐしてくれる温い
なにかが、確かにあった。有名スポーツ選手を射止あたり、年収、何億という
女社長になったり、名家の女家長どして君臨したりオンナ道の「勝ぢ方」にも
いろいろあるのだろう。でも、もし僕がいい年したオバサンだったとしたら、
気の良い常連たちに恵まれた、場末の小さなスナックのママでいる以上の
幸せは、なかなか思いつかない。 ところで一説によると、日本で一番多い
スナック名は「来夢来人」(ライムライト)という。ネットによると、
その名前のママが四人揃ってライムライト・サミットが開かれたといか。
不景気話が中心だったと思うが?・・ スナックを「未知の異空間の社交場に
人生の酸いも甘いも知り尽くしたママが待っていると考えるか、酔っ払い相手
の怪しげな空間として捉えるか」でスナックの価値(意味)も変ってくる。 
カフェやバー、こじゃれたレストランがない町は日本中にたくさんあるけれど、
スナックのない町は殆んどない。共通の異空間を人を求めているのだ。≫
▼ そういえば、タンザニアの年越しに行ったスナックが印象的だった。
 タクシードライバーを中心にした小さな村の中に10坪位の掘っ立て小屋
だが、カウンターがあり、テーブルと椅子が5〜6あるスナック。
そこに30歳位のグラマーの現地人ママがいて、年末の年越しのため10人位
が焼肉パーティーをしていた。私たち日本人5人が、そこに加わり大騒ぎ、
しかし、10メートル先にはハイエナが数匹、唸り声をあげていた。
タンザニアの片田舎にも日本と同じようなスナックが存在していること
自体が奇妙な気持ちだった。スナック、そこは漆黒の異次元の寂しさを
紛らわす共同空間でもある。
 ・・・・・・・・
3773, 閑話小題 ー今場所は面白い大相撲
2011年07月25日(月)
  * 今場所は面白い!
 大相撲、今場所は、いやに面白い!相撲はプロレスと同じでないとしても
「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。いずれにしても数年内に、
これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態
になる」こと必定。「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。
しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。で、まず「あの方」が引退に
追い込まれた。この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に
良くない。興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退
の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、今場所は難しい。で、
・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、
阿吽の談合が大相撲の本来の伝統?「それを今さら何をいっているか!」が、
彼ら役者(親方を含め)の言い分である。それをいっては御終いだが、
事実は事実。現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、
これまでの備蓄金も没収される。せっかく日本的伝統を長年かけ、つくり上げて
きた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 
で、今場所は、どうも、こうも、「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出して
いるから、これほど面白い場所はなかった。今場所は、優勝は大関の日馬富士。
大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 
また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、若手が一挙に十両・幕内に。 
地位は人を作るで、数場所で、それなりの実力が備わってくるはず。
その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。この傾向は数年は続くだろう。
有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、その力が発揮しないうちに枯れて
しまうのが、これまでのパターン。その上に、貸し借り、金銭のやり取りで
昇進が決まってくるから関取になったと同時に変になってしまう。その意味で
当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーン
をはれば良い。ということは古参力士の大量引退劇が始り、相撲自体が新鮮に。 
何処の世界も同じ。老兵は消え去るのみか!


5974,閑話小題 〜「東京都知事選」から一年ですか!

2017年07月24日(月)

   * 「ん〜 ったく、もう!」
 今さっきのことである。このテーマ日記を書きあげて、アップをしようと
したが、以前書いていたのでは?と、HP内検索をかけると、恐ろしいかな、
2年前に、5回にわたって書いてあった。酷似したテーマで、時々、書くことが
あるが… で、急遽、下記のテーマを書いた次第。この程度の拙い文章でも、
全エネルギーを投入しなければ完成不能。 「ん〜 ったく、もう!」である。

   *「東京都知事選」から一年ですか!
 さてと、書上げた今日のテーマ日記に過去分の文章をコピペをしようと、
みると、去年の以下の文章が目に入ってきた。成るほど、その後の経過を鑑み、
読み返してみると、色いろ考えさせられる。魑魅魍魎の利権団体の自民党基盤を
叩き壊しただけでも小池知事の選出が正解か。とすると、「東京オリンピックに
備えた、地味の増田」の当時の判断は間違えていた? これも実際のところ、
分からない。安倍政権の現状が続くと、「国政からの根本的改革のため、小池
都知事を首相に!」になる可能性も出てくる。舛添前知事、前々都知事の
猪瀬直樹を考えると、利権団体に丸め込まれていたイメージしか沸いてこない。
小池知事もポピュリズムでしかない? 「ポピュリズム」をネット検索すると、
【ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、
大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しよう
とする政治思想、または政治姿勢のこと】とある。
現状の一部勝組の利権団体の自民党保守派が牛耳る体制に対抗するために必要
だが、国家間の力バランスに対抗するにはマイナーにもなる。それにしても、
時の権力者は、好い加減なもの。国も地方も、妄信しないこと。最後の最後は、
吾身は私しかまもれない。ポピュリズムの結末は、北アフリカ、中東の民主化
運動を見れば、妄想でしかないことも事実。8〜9割の人の気分に迎合にも
無理がある。

・・・・・・
5609,閑話小題 〜「東京都知事選」談義
2016年07月24日(日)
   * 「東京都知事選」談義
  都知事選が面白い。 ネットニュースでは、
≪ 産経新聞社とFNNが16、17両日、全国を対象に実施した
 合同世論調査で、東京都知事選(31日投開票)についても聞いた。
「都知事にふさわしいと思う人」は、元防衛相の小池百合子(64)が最多。
 ジャーナリストの鳥越俊太郎(76)=民進、共産、社民、生活推薦=と、
 元総務相の増田寛也(64)=自民、公明、日こ推薦=が続いた。≫
消去法からして、まず鳥越は論外。4度のガン手術経験からして進行ガン。
これは、例えると、死刑前の仮出所の身。健常者の数倍の再発の可能性がある。
「何が都知事か」は、誰の目にも明らか。不健全な身体には不健全の判断が
纏わりつく。しかし、都民は、感覚だけで選ぶから、何が起きるか分からない。
それも政治経験ゼロなら、何をか言わんや。 東京オリンピックを考えると、
増田だが、ポチのイメージが強い。すると勝つのは小池と思うが、どうだろう。
 このところ欧米世界は、女性がトップの座に就いている。英国はメイ首相。
米国は、大統領候補クリントン氏が有利。フランスでは極右のルペンが首相の
座を狙っており、ドイツの現首相がメルケン。米国経済界の女性トップは、
イエレンFRB議長である。ローマで市長選が行われ、ラッジが当選。
この流れからして東京都知事も、小池氏? ロシア、中国は、組み易しと
喜んでいるだろうが。一時代前には考えられない現象である。
「私に判断しろ」というなら、東京オリンピックに備え、地味の増田。

・・・・・・
5244,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜
2015年07月24日(金)
             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 寄らば大樹の陰 
 下ネタや、以下のようなグローバルのネタは、悲しいかな、地方では書籍
でしか知る機会がない。ロシア、それも極東は、アメリカ開拓時に酷似して
いるのだろう。 何事も現場に行くと、思いとは違った世界が見えてくるもの。
≪ 六年ほど前、大学の先輩で長年某老舗商社の名物社員だったMさんの送別会
がもたれたことがある。「何を今更、商社員に海外出張や海外赴任は日常茶飯で
しょうが。どうせ飲み会の口実でしょう」 声をかけてくれた幹事のS君に言い
かけて、口をつぐんだ。手渡された案内状の文面から「ヴラジヴォストーク市」
という文字が飛び込んできたからだ。
「まさか……冗談でしょう。モスクワ支店長もつとめたことがあるMさんを」
体のいい肩たたきだと思うんだ。まあ、オレもそろそろかなあ」S君は力無く
微笑んだ。送別会でも、友人たちの誰もがMさんに同情した。
「あいつも今まで気味悪いほど順調だったのに、ついに運に見放されたか」
豪放轟落な快男児として慕われてきたMさんも、この時ばかりはびびっていた。
 ・・「でもね、ほらオレ再婚だから、子供はまだ小さいし、家のローンは
いっぱい残ってるし・・」 声を詰まらせてグイッと杯をあおった。
Mさんは死地に赴く、その場にいた誰もがその時そう思った。
 帝政時代に太平洋に開かれた不凍港として建設されたヴラジヴォストーク市は、
ソ連時代は太平洋艦隊の基地となり、外国人の出入りを禁止したいわゆる閉鎖
都市だった。ゴルバチョフのペレストロイカが始まってしばらくして閉鎖を
解かれた時は、画期的な出来事として騒がれたものだ。
 ところが、たちまちソ連中のマフィヤが集結し、ソ連邦崩壊以降は、激動の
かの地でももっとも物騒な街となった。日本や東南アジア諸国から持ち込まれる
中古車をはじめとする大量の物品が、原価の数百倍、いや数千、数万倍の価格で
取引されるのだから、当然。利益の匂いを敏感に嗅ぎ付けて群がってきた。
経済が破綻し、貧富の差が急激に開いたことによって社会不安が広がる中、
ただでさえ犯罪率がものすごい勢いで上昇するところへ、マフィヤ同士の縄張り
争いが日常化するのだから、たまったものではない。そこへ明らかに金を持つ
無防備な日本人が乗り込んでいくのだ。狼の群れに飛び込む兎、狐の群れに投げ
入れられる鶏、猫の群れに放たれる鼠、蝿たたきの下に飛び込む蝿。標的に
ならない方が不思議である。ホテルや住宅地は、マフィアの合戦の対象になって
いるから、いつ流れ弾に遭うかもしれない。彼を送り出す商社が防弾チョッキを
配給したと聞いた時には、私も膝が震えた。
 そのMさんから赴任後半年ほどして電話がかかってきた。声が拍子抜けする
ほど陽気である。「いやあ、米原さん、寄らば大樹の陰ですよ」何だか心配して
あげて損したなあと思ったほど嬉々としている。そんな私の胸中など察するはず
もなくMさんは得意げに話を続ける。「てゆうか、灯台もと暗しってのかなあ。
クックックックッ。要するにだねえ、この街最大最強のマフィヤが直接経営する
マンションに入居したんですよ。これ以上安全なところはないんだな。
警察なんかよりはるかに頼りになるんだよ、これが」 ・・・≫
▼ ここで、戦後日本が選択した生き方が、まさにこれであったと指摘する。
 世界最強の暴力団=アメリカの傘下に入ることで、自国の安全を確保する
道を歩みざるを得なかったが、これが幸いした。利権を守るため、警察官と
称して殺戮を続けてきたが、アメリカの最大の邸宅内の飼犬として被害は最小?
救いは、そのことを大部分の国民に自覚が無いこと。ポチよ、沖縄は・・
・・・・・・
4879,閑話小題 ー最近、またカラスが・・
2014年07月24日(木)
   * 最近、またカラスが・・
 このところ、若いカラス数羽が自宅の庭周辺のテリトリー争いで、威嚇の鳴声
が鳴響いている。一年ほど前に以下の文章を書いていたが、現在も、その延長戦
が続いている。ポタリングを毎日2時間していて見かける動物は、ほとんどが鳥。
その中でカラスが目立って多い。その上、庭に雀の群れ、小さな地鳥、渡り鳥が
次々とやってくる。 ー去年に書いた内容といえばー
≪ 4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ <2013年05月13日(月)>
 数年前になるが、自宅近くを自転車で走っていると、カラスが低空できて、
二m先に糞を落としていった。「これは果たして私を狙ったか、偶然か? 毎朝
近くを通る度に考えていた。ところが一昨日の朝日新聞のコラムで、四コマ漫画
「ののチャン」が、専門家に質問する形式で、「カラスの糞かけは、意図したか
どうか」を取り扱っていた。よくあるので、取り上げたのだろう。 
答え手は「あくまで偶然で、カラスにとって何ら利益にならない」と、ゲーム説、
カラカイ説には否定的。専門家とはいえ、私のように30年以上、毎朝、散歩や
ミニサイクリングでカラス観察をしていた訳でない。で、私はゲーム説。(中略)
 ・・そういえば、散歩中の小型犬を、カラスが至近距離で威嚇し遊んでいる
のを見たことがある。犬の飼主も、そのやり取りを面白がって見ていたが、
明らかにカラスが小犬をバカにし遊んでいた。 
 ところで昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で4羽のカラスが入り乱れての
空中戦。よく見かけることだが昨日は違っていた。二組の激しい乱闘。初めは
車内で見ていたが、決着がつかないので、一度、車庫に車を入れて門の陰から
みたが、その間7〜8分。 鳴声を聞きつけた他のカラス数羽が駆けつけ、騒然と
した乱闘は、見もの。上下に体勢を入替わり互いの身体をワシヅカミの突つきあい。
4羽が無事に飛びたったのが不思議なほど。 最近、来ているのが、その一羽? ≫
▼ 今回は、他の小さな渡り鳥や、モズも入乱れて、カラスと牽制しあっていたが、
 どうも、我家のインコが野鳥の興味を惹くようだ。で、「カラス除けグッズ」を
ネット?と思ったが、他の野鳥も来なくなる上、無粋。 そういえば近所の土手も、
信濃川河川敷も、野鳥の絶対数が年々減っているのが気がかり。至近距離の田畑
20反も住宅地に変わってしまったがこれも小さな緑地の我家の庭のテリトリー
争いの激化の理由?仕事から離れ、自然と向合う機会が多くなると、今まで見て
見えなかった自然に触れあうことが多くなる。地方の良さは、軽井沢、那須など
に行かなくとも触れ合える! ますます御隠居生活に慣れてきている。
・・・・・
4512, 閑話小題 ーつれづれなるまま
2013年07月24日(水)
   ―つれづれに―
 人生も、あと二年もしないうちに古希。杜甫の詩「人生70 古来 希なり」
の年齢になる。後悔も、満足感もさしてない。人生の終わり間近には必ず後悔の
念に支配されるという。 実際に、こんな時代の断層を経験をするとは思いも
よらなかった。それと地球の絶景をこれほど多く見ることが出来るとは・・ 
日進月歩の情報端末の進化が、日常生活を変えるとは・・ 
 終戦直後に生を受け右上りの時代を40歳半ばまで経験し、その恩恵を受けた。
そしてバブル崩壊と、9・11テロ、リーマンショック、2011年の東北大震災、の
三つの経済・自然震災で、世界が更に変わった。それがあっても良い時代だった。 
団塊世代の一年前に産まれ、時代の恩恵を十分に受けてきた。 バブル崩壊と、
新世紀21世紀の時代変動の中で、何とかソフトランディング?が出来た。
「時代のめぐり合わせが良い世代は、最後までハッピー」という説がある。
現に同年代の人たちは、大方が恵まれていた。 2〜10数歳年上の兄姉達は
戦前・戦中時代派。 時代の価値観に大きく影響されているのが見て取れる。 
両親が明治生まれ、叔父叔母は明治・大正時代に、兄姉は、昭和1桁生まれから
10年代。それぞれの時代に大きく影響されている。それからすると、私は
「終戦生まれで、高度成長期育ち、最後は、その崩壊で御終いの人生」。
そして、日本の本格的衰弱を目の当たりにして最期を迎える。 
長生きをするほど、辛くなる。
   ーいま、ドラッグストアが面白いー
 最近の中小のSCには、スーパーの横に、必ずドラッグストアが並んでいる。
スーパーは生鮮三品を周囲のメイン通路に配置、挟むように日用品と、袋物食品
などを配置している。酒とツマミの買出しに週一、SMと、ドラッグストアに
通って二年になる。 そこでは地元スーパーと、全国チェーンのドラッグストア
との非生鮮食品と日用品をめぐる激しい戦いが見て取れる。
更にSCの入口近くに、コンビニが出店、両者の隙間をつく構図になっている。
ドラッグストアも、ここで色いろ模索をしている。近くにある3つのチェーン
が同時に、食品コーナーを二倍ほど拡張、98円均一の小パックの単身者向け?
コーナーをつくった。 企業規模と、小回りをきかせた、それぞれの特徴を
備えた本格的な戦いになっている。 酒あり、生鮮あり、缶物食品あり、
パンコーナーあり、冷凍コーナーあり、である。消費者も商品と値段に敏感に。 
県内最大の「コダマ」も、いつの間にか、全国チェーンの傘下になっていた。
これに消費税のアップが控え、小売の最前線は更に熾烈な戦いになる。
・・・・・・
4138, 元始、ママは太陽であった ー1
2012年07月24日(火)
 ある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、
  のスナック・ママのレポートが面白い。ーまず、その一部を抜粋するー
≪「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのが
 あったら苦労してないです。スナックのドアがああなっているのは、そこが
家庭だからだ。「家庭的」じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、
ママなりマスターなりと、常連さんたちがつくる「家」のドアなのだ。
ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。 
ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。
僕みたいな一見の客は、知らない家にお邪魔する人間としてドアを開け、奥の
ほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらってもいいですか」とお願い、
「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて上がりこむ。ちゃぶ台やコタツの
かわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も繰り
かえせば、知らないうちに家族の一員になっている、スナックとはそういう場所。
だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、
やたらとバーベキューだのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに
行ったりする。どんなに歴史があるところだって、レストランやショットバー
がそんなことをするだろうか。飲食業にもいろいろあるが、スナックという
業種は、開業するのがいちばん簡単な飲食業でもある。飲み物と乾きもの出す
ぐらいだから、調理師免許もいらないので、一日講習を受けて食品衛生責任者の
資格を取って(よくカウンターの隅とかに青い板が貼ってある、あれ)、保健所
に食品営業許可、警察に酒類販売のための風俗営業の申請をすればいいだけ。
あとは毎月の家賃と、お酒とつまみと氷代と、カラオケのりース代を払えれば
やっていける。バーやキャバクラみたいに女の子を何人も雇うのでなければ、
人件費もかからない。料理店とちがって食材の心配をする必要もないから、
商売としてリスクは、他の飲食業と較べてずいぶん少ない。そのかわり、
儲らない。スナックでお客さんが払う金額というのはふつう、キープポトルを
飲んで3000円から5000円ほどだ。最近では、それくらいで飲み代、歌い放題
という店もたくさんある。ドリンク代を考えれば、カラオケボックスより安上り、
なんてこともある。それで一晩に5人か10人、常連が出来れば上等という店が
ほとんどだから、お金儲けのためにスナックをやってるママやマスターなんて、
日本全国にひとりもいないのではなかろうか。≫
▼ 20歳頃から現在まで46年間、スナック、居酒屋で酒を飲んできた。
 20代後半から30代半ばまでは、仕事に没頭していた為、スナック通いは
少なめだったが、それ以外は、月に二回は通っていた。だから、上記に書かれて
いるのは全国津々浦々、殆ど同じということがよく分かる。 男は傷ついて
誰かに慰めてほしいが、連れ添いは「ツレナイ」ため、外のママ様にお上手を
言って欲しいのである。女の子を置いている店は、クラブの要素を入れて、
疑似恋愛空間をつくってお客を呼び寄せる。アルバイトや、酒好き、男好きの
女性を客に如何に集めるのもママさんの腕。それもこれも、采配一つで店の盛衰
が決まってくる。ただ一つ絶対的基本がある。店は綺麗に磨きあげておくこと。
愚痴を言わないこと。客の悪口を言わないこと。
プロ筋の店が少なくなってきた。客もだが! ーつづく
 ・・・・・・
3772, 閑話小題
2011年07月24日(日)
  * タレントは日本特有の職業人
 NHKのBS番組「クール・ジャパン」で、各国の外国人が日本のテレビ番組
に特殊性を語っていた。日本のTV番組は、それぞれの国からみると、過剰な
ぐらいサービスが徹底していて、特にバラエティー番組に、その傾向が見られる
という。そこにはタレントと称する職業があり、何でもこなすマルチ的才能の
職業がある。  ーそこで、タレントをウェブ辞書で調べてみるとー
【 俳優や歌手以外で、その才能・個性をセールスポイントにTVやラジオに出演
して活躍する人を一般に「タレント」といいます。バラエティーやクイズ番組に
出演している司会者、リポーター、コメディアンなどをさすことが多い。
プロダクションに所属してチャンスをつかむほか、街を歩いていてスカウト
されることなどもある。いずれにしても、きっかけをつかむ運と、魅力ある
キャラクターを持っているという、生まれついての素養が重要となります。】
とあった。このような職業は外国では存在しておらず、日本固有のものという。
また、日本のようなバラエティーも特殊であり、そのテーマに教養を取り上げる
ことなど外国では考えられない。その意味で、日本は遥かに外国を凌いでいるとか。
もし、それぞれの専門家が、それ以外の番組に多く出演しただけで、仲間内で馬鹿
にされる土壌がある。教養番組に出演する時は、背広を着て、厳しい雰囲気が常識。 
ゴールデンタイムに、教養的知識を面白おかしく番組が構成されるなど有得ない
といか。お笑いなら徹底的にお笑いに徹するのが習い。 タレントという存在、
そう言われてみれば不思議である。タレント教授、お笑いタレント、元プロ野球
タレント、タレント代議士、マスコミ出身タレント、など不思議といえば不思議な
存在である。専門職で名をなした人が、そのキャラでバラエティーに出て、
その場を盛り上げる一員である。そういえば、公道で通行人がインタビューを
された時、多くの人が堂々と受け応えする。一億総タレント化の様相でもある。 
しかも今度は携帯電話がパソコン化されてきた昨今、ミニブログなどのツイッター
で、誰もが情報を発信できるようになってきた。その中で、色々な方面の多種の
タレントも出現始めてきた。面白いといえば面白い時代、総白痴化と否定だけは
してはいられない。 それにしても、TVの露出度が高い低いで、その人気度が
はかられる時代、変といえば変である。    バカタレ!
 ▼ NHK[クールジャパン」HPより
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)


5973,閑話小題 〜ヨガの話 ー5

2017年07月23日(日)

   * 中村天風の弟子たち
 敗戦後の日本を急成長させた人たちを育てた天風の教えは、元祖の精神論
として、現在でも読み継がされている。これに「般若心教」の暗記は、隠れた
必須項目といって過言でない。
{天風の弟子たち」で、検索すると以下の内容が出てきた。
≪ 〜2014年03月23日(日) 〜
「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」
この言葉は、かの山本五十六の言葉だが、山本がこのような言葉を残したのも、
中村天風に師事したことが大いに影響しているはずだ。中村天風の弟子には
錚々たる顔ぶれが連なる。
【東郷平八郎、浅野総一郎、ロックフェラー3世、原敬首相、松田権六、双葉山
定次、松本幸四郎7世、堀越二郎、三遊亭円生六代目、北村西望、大佛次郎、
宇野千代、稲盛和夫、松下幸之助…。
時代を作ってきた人々がなぜ、天風に惹かれたのか。
その教えは、今で言うスピリチュアル的思考であり、脳科学システムであり、
整体の基礎そのものでもあった。
同じ時代を生き、人間としての生命を平等に与えられている。
その中で、生き方に違いが生まれてくるのは、心の使い方一つなのだ。
毎日の心がけ一つ。≫

▼ 人間は弱い生き物。中村天風の弟子でシステム工学研究者の
 合田周平さんが『中村天風と六然訓』のなかで触れていた逸話。
< 良寛と同時代に博多の臨済宗聖福寺の住職を務め、多くの禅画を残し
町人からも仙がい�pさんとして親しまれた仙がい�p和尚が臨終の間際に
弟子たちから「何か最後のお言葉を」と求められた。そのときに
残した言葉を中村天風から聞いた名言がある。
和尚は、「死にとうない、死にとうない」と言い続ける。有り難い言葉を期待
していた弟子たちが再度、今のお気持ちをと問うと、「ほんまに、ほんまに」
と答えて息を引き取ったといか。> 誰もが思っている死に対する覚悟など、
妄想でしかないことを現した言葉。アメリカ的合理主義に解釈すると。
< チャレンジ(挑戦)、チェンジ(変化)、コンペティション(戦い) >
の精神になるのだろう。 「たかがヨガ、されどヨガ」… 

・・・・・・
5608,閑話小題 〜中学同期会が去年に続いて
2016年07月23日(土)
    * トランプにみる、アメリカの本音
 いつ消えるか、時間の問題とみられていた泡沫候補のトランプが、あれよ
あれよという間に、共和党候補として選出された。もし彼が当選したら、
世界は一変するだろう。 政治家としてのキャリアゼロで、言いたい放題。
泡沫候補と自認してか?言いたい放題だが、万一、選出されれば、米国も
内向き志向になっていく。日本など有色人種の国に対し、露骨な差別政策を
とってくること必定。逆に、こういうのを大統領にするのも面白いのかも。
日本は、直ぐにでも憲法改正をし、近隣からの攻撃に備える軍事体制をつくり
あげなければなるまい。
   * 中学同期会が去年に続き
 一昨夜は、長岡近郊の蓬平温泉「よまやま館」で、去年の古希の会に続いて、
満70歳の会があった。《17時半、開会。20時に一次会終了。21時半に
二次会終了。自宅到着が22時。古希の会の出席数の六割の40人が出席。
日帰りは私を含め5〜6人。会費1万8千円、日帰り1万円。二次会費2千円。
家に到着が22時。》 司会で少し緊張をしたが、その位が私には良い。
 一番の遠方の出席者は広島。県外では首都圏在住が殆ど。70歳ともなれば、
ガンだったり、連合いが亡くなった直後の喪失感で、激痩せ。神経内科に
通っているとか、人さまざま。「アルジェリア各地の工事関係で10年間
働いたが、非常に辛かった、内戦で、危険を感じたため帰国したが、こんな
過酷な経験など、二度としたくない!」と語る言葉は、悲壮に満ちていた。 
何故か、二日酔いなし。翌朝6時のミニ・チャリは予定どおり。 
70歳代に入ると、みな歳相応のなっているのは仕方がない。
 
・・・・・・
5243,閑話小題 〜今朝方みた、夢分析と現在の心境
2015年07月23日(木)
   * 今朝方みた、夢分析
・今朝方の夢が何とも微妙な内容。パリのホテルを一人で、観光に出発する。
地下鉄に乗って、コンコルド広場に出るが、自分の宿泊先が、何処の街の、
何というホテルか、憶えてないことに気づく。呆然としていると、後ろに何か
気配がする。黒人少年3人が、財布を狙っていた。睨むと、逆に強奪しそうな
雰囲気。 まずい!と思ったところで夢からさめる。 財布を強奪されたら、
パリの街で、如何したのだろう?と不安の襲われる。
 そこで、布団の中で、夢分析。
僅かな金しかない財布以外、何の手がかりが無いのが現在の私。
それもスリに狙われ、危険の中で、ただ呆然としている。
それも襲われる直前に、自分から夢を切断してしまう私が、ここに居る。
実際、襲われたら、警察に事情を話して日本大使館に行くだろう。
あの少年3人は「生老病死」の「老病死」?「生」は、パリを彷徨う自分。
余命三ヶ月、半年と悟った時、もっとドロドロの夢になるのだろう。
 まだ、今のところ、幸せ!ということだ。 
   * プロ野球も、大相撲も面白くなってきた
・大相撲が、一昨日、白鵬が負けたことで1敗が4人になり俄然面白くなった。
しかし、昨日は照ノ富士が白鵬に破れ、関脇栃煌山も大関に破れて二敗、
一敗が横綱二人になったが、まだ何がおこるか分からない。
間違いなく、白鵬は全盛期の力は下降気味。物語としては、照ノ富士が優勝し、
来場所か、翌場所横綱昇進が相撲協会に良いが、そうさせない力を、まだ白鵬
が持っている。もう一つの物語は、関脇栃煌山が優勝して、来場所の大関挑戦。
まだ千秋楽までの4日間がある。面白くなったが、結局、終わってみれば白鵬? 
心情的には病み上りの鶴竜だが。
・プロ野球も、セリーグ、「0強、6弱の6つ巴戦」の様相が面白い!
珍しい現象だが、巨人の原監督が監督としての寿命が既に終わっている
から面白いのだが・・ 選手と共に、勝って喜び、負けて落込んむ原監督。
何かが足りない? 優良選手の在庫オーバーが、大きな問題。どうしても、
監督の後姿に気持ちが集中する。
・・・・・・
4878,閑話小題 ーインコのプライド?
2014年07月23日(水)
   * インコのプライド?
 ストレスで、週に一度は狂ったように籠内を飛び回る。ヒステリックである。
二日前のこと、ヒステリックに飛び回っていた時、水飲み場に身体全体が落ちて
しまい全身びしょ濡れ! その姿を家内と笑って見たところ、怒って拗ねたのか、
駕篭の一番奥の物陰で睨みつけ、半日、何度も呼びかけても出てこない。 
プライドが高く、少し叱ると、少しの間、無視などで怒りを現すが、今回は半日
も拗ねていた。鳥にも三分?を改めて確認した。ラクダも失敗で叱られた場合は
納得するが、理不尽の怒りには、根に持って何か機会に攻撃するとか。
 懐いたペットは、飼主の露出した魂そのもの。下手な?家族より親しみを持つ。 
  ーネットのペット川柳よりー 特に1、7、12、14、19は? 家庭内で・・
 < 1、 挫折して ペットに学ぶ 処世術 (ひまわりさん)> よしよし(,^^)/
 < 2、 散歩中 愛犬モテキ 俺ボヤキ  (婚活男子さん)>
 < 3、 似てますね 嬉しいけれど ブルドック (ゆずママさん)>
 < 4、 家出した 猫が太って 帰って来た (あきちゃんさん)>
 < 5、 犬だけど おやつの時は 猫かぶり  (蘭璃さん)>
 < 6、 まだ残る ローンの柱 かじる犬  (らくちゃんさん)>
 < 7、 飼ってます 犬・猫・鳥と 虫・夫 (りのんぱさん)>   
 < 8、 パパの背を 見たからできる お手と待て (良馬さん)>
 < 9、 まっしぐら 犬も子供も 妻の膝 (伊那のザザムシさん)>
 < 10、 鎖より 絆でつなぐ うちの犬 (おたふくまめさん)> 
 < 11、 ほれ投げろ!遊ばれてるのは我が主人 (醜いカラスの子さん)>
 < 12、 ご飯まだ?ペットにエサやる 妻に聞く(まつながともふみさん)>
 < 13、 もの言えぬ 君は夫婦の 司会役 (犬猫主夫さん)>
 < 14、 妻娘 俺はタローと 連立し (びわこ鯰さん)>   
 < 15、 会釈され 連れてる犬で 思い出す (多国籍さん)>
 < 16、 愛犬に 脛を齧られ 親想う (多国籍さん)>
 < 17、 ペットだけ 動かす妻の 重い腰 (さごじょうさん)>
 < 18、 元彼の 名前と知らぬ 旦那様 (まささまさん)>
 < 19、 ペットより 先に逝ってと 妻が言う (クジラさん)>   
 < 20、 プラズィオン ペットのそばより 俺の横 (はるやすさん)>
▼ どれもこれも切実な問題? 7の<飼ってます犬・猫・鳥と虫・夫>の、
「犬・猫・鳥と」を「ペットのピーコと」に置換えると、家庭内の私の立場!
・・・・・・
4511, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー6
2013年07月23日(火)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者は「・・・延命措置をお断りします」の宣言だけでは不十分と、自分の
事前指示書を作成している。まず事前指示として、以下の項目をあげている。
内容は医師であればこその内容で、そのまま雛形にすればよい。これを機会に、
ブログに書き残しておくつもり。ほぼ著者の指示書を咀嚼するだけだが・・
 ーまず、その部分から抜粋
≪   ー延命措置事前項目ー より
(1) 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内挿管) (2) 気管切開
(3) 人工呼吸器 (4) 強制人工栄養(鼻チューブ栄養、胃瘻による栄養)
(5) 水分の補給(末梢静脈輸液、大量皮下注射) (6) 人工透析 (7) 輸血
(8) 強力な抗生物質の使用  (9) その他
  次に事前指示の項目(表4参照)とは何かについてお話ししていきます。
 � 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内拝管など) 
心臓や呼吸が止まった時に行う治療手技です。  両手で強く胸の真ん中あたり
を圧迫して心臓を動かそうとするため、肋骨骨折は、当然起こります。 
また、心臓が細かく震えた状態(心室細動)で有効な血液を送り出せない
場合、これを改善する目的で電気ショック (AEDはこれです)を行います。
口対口で肺に空気を送り込んだり、手動のバッグを使う場合もあります。
 さらに、気管内に管を入れ、アンビューバッグで空気を送り込んだり、
人工呼吸器に連結したりします。 ひとたび心臓が止まったり、有効な血液量
が送り出されないと、酸素不足に極端に弱い、脳の神経細胞がやられてしまい、
再び心臓が動き出したとしても、その杜絶した時間の長さによって、脳死や
植物状態になって蘇ることになります。 私は、一度心臓が止まれば、原因の
如何を問わず寿命と考えていますので、AEDなどは、平にご容赦というところ。
溺れた子どもなどには、有効な場合もあるが、生きものとしての賞味期限の
切れた年寄は、考えてみるべきでしょう。
 � 気管切開  痰が多く詰まって窒息しそうな場面や脳死の場合に、
のど元に穴を開けます。  ・・以下略  ≫
▼ 生々しいが、それでも、元気のうちに意思を示しておいた方が良い。
 特に(1)などは絶対にして欲しくない。(2)の気管切開、(3)の
人工呼吸もである。(4)(8)も一時的ならまだしも!生かしておくだけの
延命は、お断りである。死亡解剖も一切、お断り。臓器移植も駄目。今まで、
家族とこういう内容の話をしたことがないが、ブログの分類のコーナーに項目を
つくって書き残し、正月で集まった折などに話うつもりである。下手に5年、
10年、生かされたくはない。次回は、著者の事前指示書を考えてみる。 
まだ、早いと思うが、本来は還暦までにすべきこと。
・・・・・
4137, 大方は40歳で右下がり
2012年07月23日(月)
   * 男は40歳でポンコツ化の曲り角!
 少し前の週刊SPA! になるが
 ≪40代会社員のポンコツ化が尋常ではない【証言集】≫があった。
  ー それは、「40代会社員の劣化メカニズムを徹底解明」特集で、
    劣化事例を紹介していた ー  
・「バブルの頃は良かった。友達の付き添いで行った面接で受かったりしたもん」
 と自慢話を連発
・「係長(男・45歳)という役職なのに、部下のミスは部下のミス、絶対に
 尻拭いをしてくれません。ランチに誘われても必ず割り勘。なぜこいつが
 係長になれたのか、我社の七不思議」(代理店・28歳)
・「IT関係の職業なのにも関わらず、僕の上司(男・46歳)はファイルの圧縮
 さえできない。Excelの関数はおろか操作もままならない」(SE・25歳)
 ポンコツ40代を見ていると、「自分はこうにはなりたくない」と誰もが
 強く思うはず。しかし心理学者の和田秀樹氏は「人は40代になると必ず
 劣化します」と断言する。
▼ 現場の一線に立っている人も、管理職としての能力も、30歳代までで
 成長は終わると、いわれている。私の事業人生を振り返っても、右上りが40歳
まで、後は下降?、その後の判断した結果は、右下がりの起因をしたものばかり。
40歳の頃、富士銀行に勤めていた高校の同級生が支店長への出世コースから
外れ出向になったっと聞いて驚いたことがある。激しい競争社会では、その辺が
ピークということ。結局、先が見えエネルギーも出し切ったところで、外に
出さないと、組織そのものが弱体化する。その頃が厄年として男も女も大病や
人生を揺るがす事故や失敗が起きてくる。逆に、その辺に予定挫折として前向き
に自分から転職・転業などの節目をつくる方法もある。 男の一生は大変だ。
への字の右上がりから、下りのテッペンが40歳。下がりきったところで少し
右に流れたところが65歳以降。 少し長い?とすると、最近は80歳以降か。
40歳右下がり説からすると、ピークを維持するため何かを学び続けなけば
ならないことになる。戦後日本を一人の人間と喩えてみると、1985年の
プラザ合意が明らかに右下がりの決定事項。そして、現在66歳とすると、
自分そのもの。4年前のリーマンショックが、次の大きは節目で、
その大津波が今年末、日本と世界を覆い尽くす可能性が高い。
・・・・・
3771, ユング ー10
2011年07月23日(土)
  * ユングのいう、能動的想像とは? 
 ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー
{ 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 
 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、意識を持ちながら夢の中を
観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、
干渉はしない。願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。
魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。この時重要に
なるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現。
書き留めたり、絵に描いたり、粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、
また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが命を
持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、
こちら側に生きながらあちら側に参加する、そんな感じになってきます。
それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き
合ってきた中年期・老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えて
くれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。}
▼ なるほど、面白い。この実例が〈ユングー地下の大王ーコリン・ウィルソンー〉
 にあった。その幾つかを、次回にコピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで
能動的想像をしている本人の潜在意識の世界。いや、更に深い共同意識の世界。
意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像と
いうこと。子供時代の頃の夢を見ている時のマドロミ状態が、こんなものかも
しれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイト
との仲たがいなどで、自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる
妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた欧州の幻覚が、
翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運。
作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の
開放である。重なっている部分は、主人公の魂の開放を通して、読み手を満足
させようとするところ。(全ての小説が、そうとは限らない。)
 ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送して
いる。実際に見てきた以外の所も映し出す。そうすると、当時に立ち返り、
そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の
一つになるのか?老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の
世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。
この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。
 ・・・・・・・
3406, この国の終わり ー3
2010年07月23日(金)
 * 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点
 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に
尽きることのない敵に対処することこそ、人間の知の原点。その典型的な形が、
外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における
攻撃と防御のストラットジーである。恐怖は考えの母であり、不安は考えの
教師である。考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという
能力をも持っていなければ達成できない。疑いの度合いが深ければ深いほど、
そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。
「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが
原点であり、西洋宗教も同じである。それが日本人以外の人間たちが持つ知性。 
一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを古風に言った
言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。
知恵は智慧とも書く。・・・・
▼ー感想: 知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安
 を感じ取り敵に対処する人間の原点をわきまえ知ることである。持っている
知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。
(字数の関係でカット2012年7月23日)


5972,閑話小題 〜ヨガの話 −4

2017年07月22日(土)

          〜写真は「カンチェンジュガ山麓ゴルゲ村」
   * 中村天風の心に残る名言              
≪・「人間はこの世に何しにきたのか?」のカリアッパの質問に、
  三ヶ月、考えた末に、「人間は、この世の中に、宇宙本来の面目である進化
 と向上に順応すべく、出てきたと思います」… 知らないうちに、自分の心の
 奥の潜在意識の中に消極的な観念要素が多く溜まったことが、1つの大きな原因
 になっている。物質文化の時代に、物質本位に生きているから心の働きが鈍くなる。
・絶対に消極的な言葉は使わないこと。否定的な言葉は口から出さないこと。
 悲観的な言葉なんか、断然もう自分の言葉の中にはないんだ
 と考えるぐらいな厳格さを、持っていなければだめなんですよ。
・鉛は鉛、金は金。鉛に金メッキして、俺は金だというような顔をしなさんな。
・意志の力の強いっていうのと、強情っぱりと同じにしてちゃあだめだ。
 強情っぱりっていうのと、意志の力はぜんぜん違うんだよ。
 乱暴と勇気が違うのと同じようにね。
・船に乗っても、もう波が出やしないか、嵐になりゃしないか、それとも、
 この船が沈没しやしないかと、船のことばかり考えていたら、船旅の愉快さ
 は何もなかろうじゃないか。人生もまたしかりだよ。
・良い運命の主人公になりたかったら、心の中に感謝と歓喜の感情を持つことだ。
 感謝と歓喜に満ちた言葉と好意は、人生の花園に善き幸福という実を結ぶ。
・感謝するに値するものがないのではない。
 感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。
・一度だけの人生。だから今この時だけを考えろ。過去は及ばず、未来は知れず。
 死んでからのことは宗教にまかせろ。
・憎い人があろうはずがない。あなた方が何か憎らしいことを考えているだけだ。
・数ある同僚の中からぬきんでて偉くなる人は、結局、偉くなるべき資格を
 持っているんです。その資格とは、
「誰にも言われなくても、日々毎日、実際に努力している」ことなんです。
・「習慣は第二の人生ともいうが、習慣が身についていくと、もう簡単 明瞭。
 その習慣を身に付ける一番良い方法がある。折あるごとに、時あるごとに、
 日に何千回でもいいから「深呼吸」をすることを稽古しなさい。そうすると、
 ひとりでにこの良き習慣が、いざという時に特別の意識しなくとも、肛門が
 締まって、肩が落ちて、おなかに力が入る。 (〜P181)

▼ 日本が右上がりの時代に、「人間は、この世の中に、宇宙本来の面目である
 進化と向上に順応すべく、出てきた」は、最適な信念に成りえた。サルトルの
哲学に大きく影響を受けている。その後、構造主義、脱構造主義の哲学が、西欧
絶対主義を批判、今ではサルトルも過去のものとなっている。しかし、その根が、
ネパールのヨガであるところが面白い。構造主義が南米、ヨガがネパールの奥地。
心、魂の問題を生きる中心におくのも、自然といえば自然か。深呼吸だけでなく、
私的時間のスケジュールなどに、習慣の力を利用することを思い立った。
 その一つが、40歳半ばから65歳辺りまでの年に二回の<秘異郷ツアー>。
私にとってのライフワークになっていた。行蔵としての充実感として残っている。
 中村天風と、HP内検索を入れると、以下の文章が出てきた。

――――
2016/05/11
魂とは、善なる方向に向かっていこうとする意思

   * 魂とは、善なる方向に向かっていこうとする意思
 魂とは何かについて、様ざまな諸説を学んできたが、
<魂とは、善なる方向に向かっていこうとする意思>の説の切口は新鮮。 
そこで思い出したのが、中村天風の言葉。 ソクラテスは、2500年前に、
魂の進化こそ人間の目的という。
  〜天風の哲学から〜
≪ カリアッパ師は遠くの空の彼方を見つめ、誰に言うともなく、つぶやいた。
【お前には人生観らしいものが何もない。その場、その場を生きているだけだと
言われても返す言葉もない。アメリカで医学とやらを勉強したらしいが、逆に
その知識が災いして、ちょっと咳をしても恐れ、不衛生だといっては神経をすり
減らし、オドオドばかりしてる。枝葉末節の学問ばかりして、一番肝心の、
『私は何をするために、この世に生まれてきたのか!』ということを考えてない。
本末転倒もいいところだ!それだったら、死でも仕方がないな。そこから立て
直さなければダメだな!】 カリアッパ師は言った。
【何をするためにお前は遣わされてきた!そのことを考えたことは あるのか!】
 これは、<私たちが生きている意味は宇宙の進化に 同調すること>であると。
教義の最終目的はアートマン(自分)がブラフマン(宇宙)に合 一すること。≫
▼ マルクス・アウレリウス、<人間の心で行う思考が、人生の一切を創る。>と、
 中村天風は、<私たち は自分が考えた通りのものになる。 そのすべてが、
この宇宙を動かしているのと同じエネルギーの力を得ている。> と、いう。
この宇宙の意思が魂ということ。善なる方向に向かおうとする意思こそ、
最も大切なことである。毎朝、仏前で、「この世の全ての人が、善くあります
ように!」と、祈ってはいるが、世人の例外があまりに多すぎて・・
〜これもまた、以下の内容に丁度よくつづく!「良い人」を止めると楽になる。
ハイデッガーのいう、「世人」相手でなく、己の良心に従えば、「ろくでなし、
結構」になる。「世人」の無知はよくない。善い方向(知識)を知らなくては。

――――
2012/05/07
要は、受け止め方である!
 人生、色いろ経験を積み重ねた後に過去を俯瞰すると、その行蔵はどうにでも
解釈できる。 ついてなかった人生としても、視点を変えれば、ついていた人生
と脚色出来る。受止め方次第で過去も現在も、そして未来も変わってくる。 
中村天風は「全ての受け止め方を『積極一貫』にし、肯定的であれ!」と説く。 
人生は問題の山、その中心点が何か考えつくし無心に立ち向かうしかない。
これからは、自分の人生を、どのように受け止めるかが人生の問題になってくる。
受け止め方を変えることは、行蔵の中の要素を仕分け直すことになる。それで、
これからの人生の方向を変える。そのために記憶さえ変えるのが人間の業。 
それは行蔵の要素をどのように解釈するかになる。そこでも知識の絶対量が必要
になる。分別ない人間の身勝手な解釈では、ますます歪になろうというもの。
「運」があるか、ないかは、「運は自ら運ぶこと」と解釈すれば、運そのものが
意志の問題になる。運がない人は意志が弱いと解釈出来るというもの。 
「人生に起こったことは無駄のものなし」と、信じていれば、最悪のことも結果
としてプラス材料になる。 そうこう考えると無知は、それだけで罪の原因になる。 
知らなかっただけで、どれほど多くの失敗を重ねてきたことか。人類も私もである。
初めから自分のミッションを明文化しておけば、それが信念になり、途中経過の
失敗も成功も、受け止め方がハッキリしているので、ブレが小さく済む。 
おい方一つで、荷物も軽くなると、同じ。これからの日本は坂を転げ落ちるよう
に衰退する。そこで何が必要か? 教育制度の再構築と、憲法改正。 

――――     
2007/02/11
2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間         
     「藤沢周平に学ぶ」月刊『望星』・編  −読書日記ー                  
  ー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』ー
山田洋次監督の映画は「男はつらいよ」の48本すべてと、
その他の映画の最近のものは殆ど観ている。彼が「男はつらいよ」
についてのTV特集などで渥美清を語る座談で、多く聞いてきた。
しかし、どういうわけか彼が書いた文章は殆んど読んだことはなかった。

ところが藤沢周平についての評論を24人集めた「藤沢周平に学ぶ」の冒頭の
「藤沢作品を映画化して想うー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』」
の評論があった。彼は幾つか藤沢の映画を撮っているだけあって、心打つ
内容である。人生で誰もがキラキラ輝いていたのである。 そのとき! 
    〜まずは、彼の文章の一節から・・
  
   *幸福とはキラキラと輝く瞬間を持つこと!
「隠し剣、鬼の爪」で、主人公の侍が行儀見習いで女中奉公に来ていた
娘にプロポーズするシーンで、その瞬間、彼女はキラキラと輝くような、
生きていてよかったという幸福感で胸が一杯だったはずです。
僕は、幸福とはキラキラ輝く瞬間を持つことだと思う。人生のうちには、
そんなふうに何度かそういう瞬間がある。あるいはあってほしい。

心の芯から温かいものがフワ~と湧き出るような、そういう短い時間が
誰もが持っている。映画「たそがれ清兵衛」でいえば、父親が幼い子どもを
「高い高い」しながら抱き上げる瞬間、子どもの側からすれば、高々と
持ち上げられて、急に視界が高くなったときの嬉しさ、ああ、いま父親に
高く抱き上げられているのだ、という充足感。子どもはその後、大人に
なるにつれて、人と争ったり、世渡りで苦労したりするが、あの瞬間の
充足感は一生忘れない。幸福ということは、つまりそういうことなのでは
ないかと思います。
(感想)
ー私自身、キラキラと輝く時間は数数え切れないほど多かった。
本当にこれで良いのか?と思うほど多かったといえるのが幸せである。
求めたからだろう。ギラギラでなく、キラキラというのが幸せである。
ギラギラは、心に欲とか不純なものが蓄積している状態で、後には不快が残る?
やはり、幸せは両親の愛情をタップリ注がれた基盤が必要条件になる。
二人の愛の結晶が子供である。 愛は二人で維持していかないと・・・

  *感動体験が「良識」をもたらす
 いまの30歳代くらいまでの若い人の特徴は、子ども時代の体験が
あまりに貧しいということではないでしょうか。 団塊の世代までは、
野原や川原で大勢の友達と遊ぶ楽しさを知っています。
汗だらけになって遊び呆けて、日暮れどき、仲間とアバヨと別れ、家路に
つきながら「ああ、楽しかった」という、身体の中が熱くなるほどの満足感。
そこには兄貴分がいて、喧嘩もあって、仲直りもあって、子どもとはいえ、
小さな世界の秩序があった。そうした中で、人は自然を学び、社会の分別を
学んでいたのです。
 生きていくということはなかなかしんどいことですが、やっちゃいけない
ことはやらないという態度は良識だし、やらなくてはならないことはやると
いうのも良識です。その良識を持っているいるかいないかはということは、
その人が、ああ俺は幸福だな、という感覚を肌身にしみて体験しているか
どうかと、深い関係があると思います。

人間というものは厄介な存在で、恋愛問題だけでなく、家庭、地域、職場、
学校など、集団にはトラブルはつきものです。いったんこじれた人間関係は
修復するのは、面倒なことだけれど、相手の立場に立ったり、相手を変えよと
努力したりする中で、自分自身も変わっていくのです。
もつれた糸をほぐすような悩みや工夫のなかで、人は成熟していくのです。
 (感想)
ーこの視点で、人生を振り返ってみると、何が重要だったのか見えてくる。
本当に目を光らせて自然の中で遊びほうけたものだ。
私らの年代は、本当に遊びまわっていた。
それが中学二年あたりから受験勉強を強いられる。
それも、必要である。
感動体験こそ人生を豊かにさせるものである。
感動体験だけは人一倍してきたが・・・まだまだぜったり量が足りない。
 60歳代の人生のテーマは『もっともっと感動を!』か?


5971,閑話小題 〜ヨガの話 −3

2017年07月21日(金)

   ☆ ヨガを最初に持込んだ天風
 中村天風著『成功の実現』を30数年前に読んで多くの人にも勧めてきた。
天風は初めて日本へヨガを取入れた人で、「積極一貫」の信念が、彼の全てを
現している。この教えを知り、信念の一つに取入れてから人生が大きく変わって
いったようだ。 〜そのの概要といえば〜
≪ 結核を治すため世界を飛び回り、「 世界一の大学者ですら助からないと
言うんだからもう駄目だ 」と、失望のどん底で「 せめて日本で死のう 」と
マルセイユの港を後にします が、偶然にエジプトで停泊中、船に同乗していた
ヨガの大聖人カリアッパ師にめぐり会う。
「おまえはまだ死ぬ運命にない。助かる方法がある。 私について来なさい。」 
その言葉に「サーテンリー。(かしこまりました。)」と一言答えて、行く
先も知らないのに天風はカリアッパ師一行について行く。このカリアッパ師は、
実は「カルマッパ・カキャブ・ドルジェ」(1871〜1922)で、ラマ教カルマ・
カギュ派の第十五世管長でありヨーガの大家だった。
吐血ばかりでやせ細り、死へ向かっていた中村天風はインドと東ネパールの
国境に位置するカンチェンジュンガの山麓のコーグ村で厳しい修行に入ります。
滝の前で瞑想したり、師に出された課題をひたすら考えたり……。
それは、生きるために行なう背水の陣のごとき修行。ヨーガは、悟りや奥義を
師から弟子に口で教える事はほとんどありません。 課題に関しての答えは、
自分で見つけ出さなければいけないのです。初めは、身体の調子にばかり
とらわれていた天風。
 師に「元気か?」と問われ、「どうも、調子がすぐれません。」と返す。
「私は、お前の体の状態を問うているのではない。」とカリアッパ師。
瞑想と師とのやりとりの中で天風は、身体ばかりを意識するのではなく、
「心の持ちよう」で生きていると、心身が変わってくる事を体得する。
やがて、インドの山奥で無の境地を悟った中村天風。それを悟ると、身体はみる
みる良くなっていった。≫

▼ それまでも、様ざまな精神論の本を読み、日常生活に取入れてきたが、
 これほど生々しい体験を背景に説いた論に驚いてしまった。
天風哲学の基本は“笑顔”。悲しい時、つらい時、そんなときは無理にでも笑顔
を、作ってみる。そうすれば自然と楽しくなってくるというのが、天風哲学の
根本にあります。おかしくもないときに、「アハハ」って笑うと、おかしくなる。
【 2005/06/30
  1549, 宇野千代
宇野千代が代表作「おはん」を書き終えた後に、一行も書けなくなってしまった。
そこへ中村天風が
「今度ね、自分の頭の中に舞台をこしらえて、その中でいろいろ、あの女と
 この男とひっつけよう、この男とこの男とこうしようというふうに躍らせながら
 そいつを書いていったらいいだろう」
「出来ないと思うものはできない。出来ると信念することは、
 どんなことでも出来る」と言った。
「いい事聞いた!」宇野千代は、それいらいスランプを脱し、書く文章も変った
 という逸話がある。
この天風の言葉を、スットンと脳に入れてしまう彼女が凄い。 彼女は中村天風
の弟子であり、その教えの実践者である。天風の言葉が、彼女の中で血肉になって
明るく具体的に噛み砕いているところがよい。】
 6年前に改めて読んでおくべきだったが、机後ろの書棚にあったのに、手に取ら
なかったのは何故だろうか。平静を装っていただけで、動転していたのだろう。

・・・・・・
5606,恋愛心理学 〜А,覆射弔粉蕕房罎れる?
2016年07月21日(木)        
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * なぜ幼な顔が重要なのか
 美人顔には、小型犬の幼顔系と、シェパードのような大型犬の丹精顔がある。
幼な顔の無垢性を求める男の心理に何故か納得する。今では、耳にしないが、
「カマトト」という言葉があった。 アニメの美少女は額が広く、目は異常に
大きく、口と顎は小さい。胸は異常に大きく、腰は小さく、脚は長い。これが
男心を擽るようだ。幼顔の女性は、このモデルを目指し変装、いや化粧をする。
 何とことはない、男は、その変装にコロリと騙される。 〜その辺りから〜
≪ 他の男の子を自分の子供として育てる危険回避の方法の一つは、
 なるべく若い個体を配偶者として選択することです。相手の年齢が若ければ
若いほど、性的な経験が少なく、それゆえ自分が配偶者として相手を選択した
場合に、すでに相手が妊娠している可能性は低くなります。とくに相手がまだ
性的な経験がまったくない場合、妊娠している可能性はないので、男性として
自分以外の子どもを育ててしまう可能性はより低くなります。このようなこと
から、若い性経験のない女性を配偶者として選好するという行動が男性側には
進化してきた可能性があります。では、若い個体は何を手がかりに探し出せば
よいのでしょうか。ここで手がかりとされるのが顔なのです。我々が他人の
年齢を判断するときにもつとも重要な手がかりになるのは顔です。
 ある程度の年齢までは顔の構造が手がかりになりますし、また一定の年齢
以上になると肌の質感、しわや白髪などによって年齢を判断します。
 これらのことから、男性は、顔が若く見える個体、すなわち幼型化特徴を
持った顔を魅力的だと思うようになったのだと考えられます。
 確かに、女性は化粧にずいぶん時間をかけますが、そこで行われるのは
肌の質感を若くし(赤ちゃんのような肌にする)、しわを隠すことや、白髪を
染めることです。これは、まさに老化を隠して自分を若く見せるための方法で
あり、これによって女性を魅力的に変身できるわけです。
 平均化に加えて目が大きく、顔の下半分が小さいという幼型化という条件が、
特に女性の外見的魅力を向上させるためには重要である。そして、なぜ重要に
なってくるかといえば、それは女性を配偶者として選択する男性が確実に
自分の遺伝子を残すために、女性が若いことが重要な意味を持っているから
だという可能性が示されました。≫
▼ 「清潔感7割、色気3割」が、理想というが、清潔感はリスクが低いと
 いう潜在意識のなせる業。メイドカフェの魅力も、近いものがある?
それより、内的魅力を磨けというが、男など、そんなことより、短期的には、
まず美的外形に惹かれる。それにしても、女性の異性に対する視線の反応は
異様なぐらい強い。だから、何があっても、まずは褒めること。出来ないなら、
心の底で、「光輝いているね!」と思ってやること。 

・・・・・・
5241,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月21日(火)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 被害届を拒む女性。そして孤独で寂しい泥棒たち
 何か、内容が下ネタになるが、話題としては面白い。そういうこと!
≪「泥棒には入られていません」「絶対に入られていません」と言いはり被害届
を出さない女性がいた。これは被害者のほうに何らかの事情があるのは確実だ。
あるとき、1人の空き巣を逮捕し余罪を追及していくと、100件以上の余罪。
被疑者を捜査用車両に乗せて「引当り捜査」を行う。私はその空き巣被疑者の
自供に基づき被害者宅を訪ね、「お宅に空き巣に入った、犯人を逮捕しています」
と、事情を説明に行くのだが、一件だけ「入られていない」という被害者がいた。
もちろん被害届も提出されていない。実際に空き巣に入られていても、被害額が
僅少であったり未遂であったりした場合は、面倒だなどの理由で警察にさえ届け
出ていないかたも時にはいる。それでも、引当り捜査で行くと、そのようなかた
でも、「忙しくて……、面倒で…」などと言いながらも協力してくれるもの。
しかし、この一件の被害者だけは「入られていない」の、1点張りである。
被害者が帰宅している時間帯にもう一度訪問した。20歳代前半の美人の女性。
「絶対に入られていません、何回言わせるんですか」と怒られてしまった。
そこで被疑者から再度の調べをしたところ、ある物が「机の引き出し」に入って
いたことが分かった。「大人のおもちゃ」であった。事情聴取を女性警察官に
任せることにした。何とか説得し被害届を提出してもらった記憶がある。
金額は6000円で。我々ドロ刑にとって、被害届1枚は「血の1滴」と言われる。 
 大人のおもちゃを持っていた被害者とは話はまったく別ものなのだが、
泥棒は基本的に孤独であり、さびしがり屋が多かった。泥棒は構ってくれる人
がいなくなることを非常に恐れる。孤独な生活を送っている泥棒は、逮捕された
後に取調べを受けるとき、人と人とのつながりを取り戻すかのように饒舌になる
者が多い。不思議と思われるかもしれないが、取調官と別れたくないがために、
やってもいないヤマ(事件)を自供する者さえいる。これを「空ヤマ」と言う。
 ・・たいていの泥棒は、シャバと刑務所の問を行き来している。そうした
泥棒というのは、寂しがり屋が多かった。泥棒稼業を送る彼らは、ほとんどが
一人暮らしで身寄りもなかった。彼らの多くは逮捕され刑務所生活を送る。
刑務所に入っても泥棒は馬鹿にされる存在でしかない。そして、2、3年の刑期
を終えて社会に出てくる。そのとき、彼らのほとんどはあまりお金を持たない。
刑務所では刑務作業に対して報奨金が支払われるが、刑期が2、3年の泥棒は、
刑期中に金を貯めることはほとんどできない。刑務作業で稼いだ金は出所後の
交通費で消えてしまうりだから手元には金はいくらもないのが通常である。
そこで、出所した常習者のほとんどが、更生施設などに身を寄せるしかない
のだが。そこも長続きしない。また、就職して働く者もいるが、給料などの
待遇もよいはずがない。月15万も稼げれば良いほうだろう。彼らは少し
働いて金ができると、たとえばスナックに出入りするようになる。
そうしているうちに、働いて得た金だけではとても足りなくなる・・ ≫
▼ ネットで『女性用大人の玩具』と検索したところ・・ 出るは出るは!
 今度、生まれるなら、老いたら機能不全?になる男でなく、女性ですか。
・・・・・・
4876,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー42
2014年07月21日(月)
   * 31年の新潟~長岡間の通勤
 老いた母親をおいたまま新潟に引越すわけにもいかず、31年間も新潟~長岡
を通勤になった。しかし、高速の乗物空間の往復一時間は読書の最適環境。
私の性格からみて地方の閉鎖性に同化されない為に、職住分離は必要である。
新幹線車内は一度、県外に出たような感覚になる。だから30年も続いた。
それと、機内や高速鉄道の車内は「ぼんやり時間」としてベスト空間でもある。
長岡住民の7〜8割が地元出身者だが、新潟は流入組7〜8割。僅か30分で
世界がまるで違う。それも慣れだが流動が少ないのは良くない。それは、この
三年間で、さらに実感している。排他的で、プライドが高く、烏合で、常に人の
目を伺う比較世界の傾向が強い。それも、外部からみれば越後・新潟の差異範囲。 
ところで、30年の新幹線交通費の総額は、マンションが一つ買えるほど。
全線開通直後、長距離通勤のための税制が変わり、経費で落すことが可能になった。
 何処も所属しないで済んだ代金とみればよい。酩酊しての乗り過ごしは8回。
そのうち3回は湯沢などに宿泊、スナックへ。今から考えると、冷汗もの。
そうこう振り返ると、やはり70歳前半が寿命? 今さら生き急ぐことも、
死に急ぐこともない。今や職住分離の職が無くなり、自宅中心の生活。
新幹線の代りが「ハリウッド映画」と、ポタリング。これで一度、生活圏から
出たような錯覚が、ストレスを最小にしてくれる。
   * スラスラと、思ったことを文章化出来る?
 知人に「思ったままを毎日、書けるのが羨ましい!」と言われたことがある。 
読む方は、2〜3分だが、書き上げる方は、この程度の拙文でも、テーマのネタ
探しを含めたら2〜3時間は軽く掛かっている。これでである。しかし、書き
上げた達成感と、プレッシャーが丁度良い刺激になっている。その後、読返し、
書いている自分は何者?と、ドキッとすることもある。時間が過ぎると、書いた
時点の自分は、別人のような人。 吐いてしまった、書いてしまった言葉は、
二度と戻らない! 言葉は恐ろしいし、それを文章化して責任を持って公表する
のは、更に恐ろしい。そのままの自分の本音が、そのまま出てしまうからである。
そのため、早朝、何度も書き直す。それが考える訓練と、思考そのものになる。
「日々、是、口実」が、分かっていても?自嘲しながら続けている得体の
知れない自分は「何者だろう?」
・・・・・・
4509, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー7
2013年07月21日(日)
         『 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 』ー番場浩之著
 スポーツジムののヨガに週二回、百回以上も続けると、一寸とした動作も
ヨガ的になる。ポタリングの車上の姿勢と呼吸とか、起床の前の屈伸とか、
夜半に目が覚めた時の姿勢と呼吸とか、居間でTVを見ている合間の姿勢とかを、
意識するようになった。これが続けてきた一番の収穫。また早朝の30分の瞑想
も良い。この結果、夜半の半睡の状態も、瞑想のイメージを持つと、心穏やか
に不眠状況を受け入れることが出来るようになる。
  * 3日目ーA 正座から四つんばいになって・・
1、まず正座になって(踵を重ねない)両手を膝の上に自然に置いた自然体から、
  軽く御尻を浮かすようにして爪先を立てて、膝の前で床に手のひらをつく。
  短距離のスタートの姿勢だが、手のひらは地面にベッタリつける姿勢。
2、「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>「深い一呼吸」を入れながら、
  狼が吠えているように、顎を上げ、胸を開き、背骨をそらす。
3、そこから腰を入れ、手をつけたまま立ち膝になり、踵をつけたまま背中
  を丸める。額を膝につけて息を出し切る。
4、緩めて、元の正座に戻る。そこで軽く一呼吸をする。
5、もう一度、1,2の動作をした後、軽い呼吸をしながら、膝裏を伸ばし
  ながら尻を持ち上げる。横からみたら、三角形に見える姿勢である。
6、息を出しながら、かかとに体重をかけ、肘と膝を伸ばした状態で腰を入れ、
  眉間を見あがるようにして顎を上げる。犬や猫が、四つん這いで、背筋を
  伸ばしている姿である。
7、「軽く一息」を入れて緩めたら、ゆっくり息を出しながら、膝をつき、
  「基本単位」に戻す。
 ▼ 犬や猫が寝起きに、これをやっている。背中を丸めたり、反らしたり
  しているポーズである。動物が誰に教わることなく本能的に行う運動には、
  それなりの良さがある。
   * 3日目ーB 手の指を開く体位
1、正座に座り、親指と人差し指で朱印を結び、肘を直角に曲げて前腕は床と
  水平に手の平を上向きにする。 「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>
 「深い一呼吸」を入れながら、手指が反るぐらいに開き、息を止めて、少し、
 その状態を保つ。
2、ゆっくり息を出しながら、最初の基本体位に戻って、軽く一息をしたら、
  もう一度1,2を繰り返す。
3、1を行った後、手指を開いたまま息を止めて少し静止。息を止めたまま、
  ゆっくり親指から順に小指まで折り込んでいく。 最後に、親指を握りこむ
  ように「グー」でしっかり握る。
4、さらに、息を止めたまま、小指から親指まで順に指関節を伸ばした状態で
  開いていく。最後にしっかり開ききった上に、ゆっくり息を出しながら
 「基本体位」の朱印に戻って軽く一息。
5、再度、1、3,4を行う。  ポイントは、どの姿勢の場合でも背筋を
  ピンと伸ばすこと。
▼ ヨガ教室では、正座をして、深呼吸をしながら上に向け延ばした手を、
 逆の手で反らすことを毎回している。あとは、投げ出したフクラハギをバタ
バタ地面に叩くのも居間などで手軽に出来る。常に、小まめにマッサージと
屈伸をする習慣をつければ良いということ。
・・・・・・
4135, 閑話小題 ー父親のこと、など
2012年07月21日(土)
   * おもいのままに 
 緑の原野からサバンナへの移行をした、とか分かったようなことを言っている
割に、話題の中心は世界情勢、特に世界恐慌という大津波襲来の内容が多い。
百年、5百年、千年スパンの大変動の大波が襲来するのを、外海?の地平線に
目を凝らして見つめるのは人情として当然だが、どうも期待半分のようでもある。 
現に到来した時の惨状は、10年〜20年以上にわたる長期的になり想像を絶した
になるだろう。現に私が、その前波で一年前に事業継続を断念したこともある。
しかし裏山に避難して海原をみると地平線の本体の大波は近づいているのがよく
分かる。眼下をみると、これまで通り人々は何も変わることない生活を送る人と、
海辺で浸水が始まり慌てている人もいる。鈍い人は現実に大波が来ないと分から
ないのだ。ただ、それぞれの立ち位置で、問題の大きさが違うから難しい。
5階以上のビルの人にとって、それほど慌てることもないが、目先の生命は
助かっても生活圏が根こそぎ破壊されてしまう 時どき週刊誌に、大津波の襲来と
対応策が見出しに掲載されるが、売らんがための大げさな見出しとして、狼少年の
騒ぎとして見ている。しかし、NHKが特番で危機の深刻さを報じているので、
分かっているはずだが。また私の知人の子弟が外国に留学やビジネスで滞在して
いる人が多い。彼等も二分していて、対策をとる人、とらない人がいる。
どっちにしても、この年齢になれば何があっても先が知れている。初めは、
戦争勃発による株式の暴落から始まり、ハイパーインフレ、そして銀行閉鎖か? 
それもなく、延々と現状が続くのか?そうあって欲しいが、有り得ないこと。
   * 父親のこと
 父については何度か書いたが、年齢を重ねるごとに父親のことを思い出す
ことが多くなっている。年齢が父の晩年に近づいているためだが、どうしも自分と
対比してしまう。 私が父親の42歳時の子供だったこともあり、私を特別視を
してくれていた。その影響はプラスマイナスにも、現在も強くある。
父親の死は最大の子供へのプレゼントという話を聞いたことがある。自立をする
ためだ。その意味で26歳の時に亡くなったことは丁度良いタイミング。 
その頃から創業を始め、結婚も重なり決断は自分独りでするしかない。
経験不足の身にとって一つ間違えると地獄のそれは、結果が直接、跳ね返って
くるため厳しい。それも、自信が無くとも、分った振りをして決めるしかない。 
事業人生の40年間は、特に、その場で瞬時に判断しなければならない世界。
去年の節目から16ヶ月になるが、今だ解放感で空中を浮いているように気持ち
が軽くなっている。現役の方が良かったなど懐かしむ気持ちは今だになれないが、
後悔とか、未練は全くない。父は42歳で終戦を向かえ、10数軒あったという
貸家は長岡の空襲で全て燃えてしまい一財産の殆んどを失い、そこから裸一貫
から第二の人生が始まった。その頃に私が生まれたが、当時の記憶は生まれた
数ヶ月後からハッキリと憶えている。変化変化の刺激的な日々だったから。
その中で必死に働いていた両親の姿が子供心に輝いて見えていた。


5970,閑話小題 〜ヨガの話 −2

2017年07月20日(木)

   * ヨガの話
 義兄の葬式の待合で、ヨガの先生をしている姪の話の中に、「ホットヨガ」
という言葉が出てきた。 最近、よく耳にするため、ネットで検索してみた。
≪ ☆ 「ホットヨガ」とは何?
「ホットヨガ」とは、室温39度前後、湿度60%前後に保たれた室内で行う
 ヨガを意味します。この室温は体を一番柔軟にするとされる温度であり、
多湿な環境は発汗を促します。ヨガのゆっくりとした動きやポーズは、自然
に筋肉を伸ばすことや、インナーマッスルを鍛えることを目的としています。
スタジオヨガとの違いは、ホットヨガは高温多湿の環境で、早い段階から筋肉
を柔軟にするため、より効率的に無理なく筋肉を伸ばすことができる点が挙げ
られます。 汗をかくことは本当に気持ちがよいものです。
 ホットヨガは、あらかじめ室温を高めに設定することで、ゆったりとした
動きでもすぐに体温が上昇し、ヨガによる有酸素運動の効果を高めます。
ただし、大量に汗をかくので、水分補給はこまめに行いましょう。
 ―ホットヨガで行う主な動きの種類―
高温多湿の環境で行うホットヨガのポーズや動きの種類は、スタジオヨガほど
多様ではありません。激しすぎる動きでは、いくら水分補給しても体が追い
つかず、脱水状態になってしまうためです。ホットヨガでは呼吸法とストレッチ
をメインに、普段使わない筋肉を動かします。 また、ホットヨガの呼吸では、
普段の生活で自然に行っている「胸式呼吸」と、お腹の深いところから呼吸を
する「腹式呼吸」を使い分けます。交感神経を刺激する胸式呼吸は、ポーズを
取ったり、体を鍛えたりするときに行います。一方、全身の緊張をときほぐし、
副交感神経を刺激する腹式呼吸は、瞑想やクールダウンしたいときに行うとよい≫。
  ☆ そもそも「ヨガとは何か?」 
YOGAの起源は、紀元前2500年前、インダス文明が起原と言われるが、
 そこは高温多湿な地域もあり、その環境がホットのため、最適なのだろう。
ヨガの語源は、サンスクリット語yuj(ユジュ)から来ていて、「〜と〜を繋ぐ」
という意味がある。
<心と身体><心と集中の対象><自分と他人><小宇宙と大宇宙>
バラバラだったものが、ひとつながりになった状態のことを意味する。≫とある。

▼ 5年半、週に5日、1000回近く参加してきたことも、どの言葉も、どこかで、
 先生が話した説明にあるため、納得できる。ヨガのブームは、ネットの普及で
世界が混沌としてきた中で『私』を取り戻したい欲求が高まったため。
「密室の中で、集団の一員としてやる」のも、素人の私には最適。
2500年前に面白い心の修行を作ったもの。 現在の私に、ほどよく面白い!

・・・・・・
5605,恋愛心理学 〜Α“人顔になるには?
2016年07月20日(水)
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 少しでも美人顔になるには?
 「美人顔が女の価値を高める」と信じた人たちの苦労は並大抵でない。
女性には「容姿のカースト制」があって、序列が決まっている。
そういえば、美人と不美人の二人連れは、ほぼ見かけない。厳しいものだ。
 「美人顔」で、検索をすると様々な面白いのが出てくる。これに亭主の
社会的地位、収入、教養が加味され、瞬時に価値判断をされる。
 〜ネットに「美人顔になるには?」があった〜
≪ 誰だって、本気になれば美人顔になれる要素は十分にあるのです!
 では、美人顔になろうと決意した人たちは具体的にどのような事を
 して成功したのでしょうか?
1.モデルさんや女優さん、「こんな顔になりたい!」という女性を見つける
2.憧れの人になりきって行動してみる
3.「あなたは可愛くなれる!」と鏡の前で自分に言い聞かせる
4.前向きな言葉をたくさん言うようにする
 美人顔になるにはいくつかの条件がある事が分かりましたね!条件の中には、
外見的な事はもちろんありますが、内面が綺麗という事の方がもっと重要だと
思います。いくら顔立が整っていたとしても、話してみて性格がキツかったり、
いつも愚痴ばかりの人だったら、”綺麗な人”よりは”印象が悪い”という人
になっていくのではないでしょうか?
 生まれ持った顔立ちは人それぞれ違います。目が大きい、小さい、鼻が高い、
低いなど、「もっとこんな顔だったらよかったのに!」と思いたい気持ちは
分かりますが、それはあなたの”個性”であり”チャームポイント”でもある。
あなたが、自分のチャームポイントを好きになってあげる所からが、美人顔に
なる為のスタートラインになります! ≫
≪「美女顔」説には3つの有力説があります。最も古典的で、最も有力な説である、
「平均顔説」は、ガルトンが1883年に提唱しました。写真を使い、複数の顔写真
を重ね焼きする方法を用いると、顔の特徴において、重複する部分が濃くなり、
外れる部分が薄くなることで、顔の特徴が徐々に平均化されていきます。
重ねれば重ねるほどに、女性は美人へ、男性はハンサムになります。
これが「平均顔説」の始まりとされています。≫ とあった。
▼ 確かに、美人顔の良いとこ取りのパーツを並べた写真より、平均パーツを
 並べた顔の方が綺麗である。美とはバランスである。良く生きるとは、美しく
生きること。力・知識・愛情のバランスを保つことになる。 で、バランスは?

・・・・・・
5240,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月20日(月)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 南米人の場合
 南米に何度かツアーで行ったが、それは物騒である。事務所に強盗は
日常茶飯事。入られた時に差し出すお金を用意しておくという。見境なく
殺人をするため、とにかく抵抗をしないのが現地の常識。警察も強盗、
泥棒を抵抗なくとも射殺する、とか。
≪ コロンビア人の中にはペルー人と共犯関係を組む者もいた。コロンビア、
 ペルー共にスペイン語で言葉が適じ、ペルー料理屋で知り合ったらしい。
これは中国人も同様であるが、最初はまじめに働く気で日本に来ていても
手っ取り早く稼げる泥俸に渉転職する者もいる。彼らの特徴は、中国人窃盗団
にもましてその手口の荒っぽいことが第一に挙げられる。まず侵入手口だが、
マンション、アパートならベランダ側に回り、ガラス窓を「叩き破り」
「突き破り」等の方法で大きく破るのが特徴の一つ。ここ数年「焼き破り」
という方法で侵入する場合もあるが、石やバールを使い荒っぽく破っている。
侵入後の物色だが、彼らが"仕事"をした現場はまさに「足の踏み場もない」
という表現がピッタリ。あたかも台風が通過したかのごとく部屋じゅうの物が
散乱している。こうした被害に遭われた方々は我が家の状態を見て、荘然自失
の状態。それほど被害現場は酷かった。これは南米人特有のラテン気質の反映
と言えるかもしれない。・・(略)
 南米系の窃盗団の場合、彼らの特徴の一つに、持っていける物は何でも
持っていくということ。パソコンなどは当然のように持ち去っているが、
テレビや炊飯器も盗んでいる。つまり中国人は安物は残すが、南米系窃盗団の
場合はごっそり持っていくのが何よりの特徴。彼らが持ち去った物の中に
信じられないような物まで含まれていた。それは食料品である。その中には
ビール、コーラ、野菜や肉までも含まれていた。南米系窃盗団はそんな物まで
持ち去るのであった。南米系の窃盗団の特徴はそのラテン気質からくるものか、
荒っぽいがその反面極めて大雑把で、そのため貴重品を見逃すという例もたび
たび見られた。・・ ≫
▼ いかに南米が貧しいか窺い知ることができる。中国は、距離的に近いため、
 金目の盗品を持ち帰り処分が可能だが、南米は、そうはいかない。だから、
現在、生活する物資を持ち帰ることも頷ける。近くのアパートに韓国、中国、
フィリピン人が入居しているが・・ 人種というより、そう長居をしないため
「やり逃げ」感覚が危険である。
・・・・・・
4875,意味としての心  ~意味の意味
2014年07月20日(日)
       ー『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ー  
  * 空虚の穴埋めと、意味の発見  〜意味の意味について、再び!
4年前の随想日記で <「人みな骨になるならば」頼藤和寛著>の
『意味の意味について』について書いた。
【 ・・ われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかも。
 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わん
ばかりである。そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の
人生には意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味
だとする謙虚な人物との、いずれが正しいか判断する根拠などない。
思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。… 】
 〜要は、「人生の意味など適当な意味付けでしかない!」ということ。
価値観の価値に、非常に似ていて、人生色いろ!の理屈付け。
それでも、そのことを考えないより遥かによい。
  『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーの中に、
「意味」について解りやすい解釈がある。『意味というミ』の小テーマで、
《 意味とは、意=気持、を充実させることである。私たちの自己は広がり
であり、空間で、器、容器をイメージさせる。そして、たえず欠如や不足、
欠乏を抱え込み、その内容が満たされて豊かになることが、これらの充足願望に
共通する目標であります。その逆の不満や不足を意味する「満たされない」
「足りない」「充実しない」は不幸で不快であり、これが重なると「虚ろ」
「空っぽ」「空虚」など、寒々した空洞体験を出現させる。その空虚の穴埋
として、実のあるものを生み出すこと、多く表現することなどで、充満する
ことで満足する。その充満が得られ、その充満の限界をこえかけギリギリの
ところに止まるならば「たまらない」という快感につながることもある。
そして記号というカラの器を充実させるのが読み取られて味わわれる意味
内容であり、この意味のミも、記号のミになのなのでしょう。 》
 現在、シリーズで書いている『事業人生を決心して45年、の語りなおし』
は、3年前の結果を踏まえた物語の書き直し! それぞれの節目の要素と、
物語の根こそぎの『意味』の変更。 『意味』に一番近い言葉は「価値」だが、
その意味は「物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。
値打ち。有用性。」 目的により、それぞれ人により違っている。
「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、
実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 
逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。 
〜「人間、生まれて、飯を食べ、糞をして、死ぬ、ただ、それだけ( )」
のカッコ内に「?」を入れるか、「!」か、大きく『意味』が違ってくる。
・・・・・・
4508, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー3
2013年07月20日(土)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
  第二章 医療に殺される
 現代医療の根源を問う問題である。現代医療の肯定派の医師との公開討論は
直前にドタキャン。それだけ、根は深い。 裸の王様と同じで、誰かが現代医療
の病巣を指摘しなければならなかった。このような問題を今まで聞いたことがない。 
としても、世界で一番の医療システムであることは、認めてよい。延命医療の
盲信が良くないのである。 数年前の「インフルエンザ・パンデミック騒ぎ」
の時、世界のタミフルの7割が日本に流れたという。振り返ってみれば、普通の
インフルエンザより、遥かに致死率が低かったのである。これは薬品メーカー
の陰謀?=販売戦略でしかなかったが、その総括は全くなされてない。
これと同じで、盲信していると、医療そのものに殺されるてしまう。父親も、
同級生も、治療で、苦しまないで死ねたのが、盲信したため、拷問のような
苦痛?の中で死んでいった?と思うと、すえ恐ろしい。
 ー第二章 医療に殺されるー 
 目次の小項目には、その恐ろしい現実が、そのまま書かれている
・「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医者が作った  
・99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調
・胸部CT検査2回で「避難」レベルの彼ばく      
・「免夜力とがん」と「笑うとがんにならない」のウソ
・病院に寄りつかない人は確実に長生き        
・検診は受けない、自分の血圧も知らない
・がんになったら太りなさい。コレステロールが低いほど早死に 
・今までの日常を保ちながら、がんとつき合っていく
・高血圧のガイドライン操作で薬の売り上げが6倍に   
・教授が執刀? それは危なかった
・同窓会に行かない理由                   
・日本人の寿命が廷びた原因は医療ではない
・「予防医療」センターは「患者を呼ぼう」センター      
・医療検査に近づかないと人生終盤が有意義に
・余命3ヶ月がはやる理由                   
・「医者は治療をすすめる」これは永遠に変わらない
・財政難で検診が変わる                
・がんやインフルエンザを「めしのタネ」にする人々
・世界のタミフルの7割が日本に流れた…       
・ワクチンやってもインフルエンザにかかります
・医療で死にかけても「信仰」は消えない      
・医療は桐喝産業。不安をあおって患者を増やす
・ネズミの実験で成功しても人間の体は別もの   
・2つの薬を抱き合わせる「新薬」商法
・老化と言われたくない症候群             
・大学病院はいい「実験」を受けられる病院
・医療体制はもうじき崩壊する             
・日本人のスリムな体形が手術向きだった
▼ 誰も目先、死にたくない。老いてからのガンを老化現象とみるか、
 病とみるかで変わってくる。現代医療の信頼も共同幻想でしかない。
スポーツセンターの血圧計で、測定したらギリギリ?の125〜140。
子供の頃、両親から聞いていたのが、年齢+90が高血圧の目安だった。
ところが、そこには130と、説明書にある。私の年齢からすれば2割も目安が
下がったことになる。とはいえ、現状の自分の数値を知っておく必要もある。
・・・・・・
4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3
2012年07月20日(金)
        『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
  * 他人志向型人間
「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう
指定された本にリースマン著『孤独な群集』があった。 以前にも少し取り上げた
ことがある。  ー 大まかにいうと
《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、
 実は非常に敏感で、その視線を気にしている「他人志向型人間」が多い。
これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されて
いるため内情を知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》
が、私の記憶として残っている。 そこでアマゾンで調べてみると、
【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間
であります。戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、
そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして勃興する消費主義、
台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への
忠誠とへつらいという軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで
書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で四六時中気にする
ような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかって
のアーティストとは異なり、仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り
切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】と。
 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で
生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の孤独な群集と化してしまう。
特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織
という集団の中に自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位
のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に陥ってしまう。
そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。
その変化が出来ないで、定年後も仕事仲間と付き合うのが一般だが、
「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。
一度、孤立をして、孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、
そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、それはそれで
良いのだろうが・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている
姿もいただけない。 特に男は!


5969,閑話小題 〜ヨガの話 −1

2017年07月19日(水)

   * ヨガ・インストラクターの年収
 20歳代の半ば頃に一年間寄宿していた姉の娘と、葬式で久しぶりに話をした。
結婚をして、フラメンコや、ヨガの先生をしていると聞いていた。
<この5年半で、週に3^5回、合計すると千回位は参加してきた。ところで、
 収入は一回あたり一万円位? 月収20万? 先生になって、どの位? >
に対し、本人、<先生になって10年。趣味レベルのため身分はフリーで、収入
は月20万や、一レッスン1万には程遠く、せいぜい2500円〜5千円の世界。
それも時間枠とか、内容で大きく変化する。スポーツジムの正社員が、ヨガの
資格をとってプラスのキャリアにするのが、一番、良いのでは> と、至って
クール。 【ヨガインストラクターの年収】と、ネットで検索すると、 
【ヨガインストラクターの年収】と、ネットで検索すると、
《  ヨガインストラクターの年収は、
 平均年収:320万円でした。(求人統計)
 平均給料:20万円〜26万円
ヨガインストラクターの平均年収の範囲はおよそ290〜350万円
最大年収:約380万円
※ 個人でヨガインストラクターの仕事をこなす場合は、
「講義1本あたりいくら」という形で報酬を得ることになります。
1レッスンが1時間程度で3000円〜5000円が相場。
 平均1日に2回レッスンが行われているので6000円〜1万円の収入。
さらに自分でヨガ教室を開いているヨガインストラクターの場合は、
人気があれば生徒さんも多く年収も当然ですが高くなります。 》

▼ 姪の場合、生活費というより、趣味的に自由に稼ぎたい範囲のようで、
 切実さは伝わってこないが、スポーツジムのインストラクターをみる限り、
上記のレベルは納得。常に、リフレッシュの変化が求められている。しかし、
内容は基本的に9割は同じ。私の通うジムのヨガの定員が50人で、ほぼ満席
で埋まる。さして広くないスタジオに50人が会したヨガは、その気の集合が、
そのまま伝わってくる。市内のSJが次々と開設されているため、競争が激化
しており、それぞれが特化している。現在はヨガ・ブームもあり、連日、満席。
週5日のうち3日間は、一時間前に、予約チップを取りにこないと、参加
できないのが実情。50人を相手に45分間。エネルギーを取られるだろうが、
2人の先生は、何か非常に楽しそうである。毎日が充実し、楽しいのは、
この文章の完成と、早朝の自転車散歩と、ヨガと、TVの映画とドラマの、
観賞と、上手い晩酌のため。特にヨガは、大きな柱になっている。
 ヨガの目的は、瞑想をスムースにすること。瞑想とは、閉じこめられた五感
世界からスリップをすること。 成るほど、毎日が面白いはずである。

・・・・・・
5604,閑話小題 〜これは既に戦争
2016年07月19日(火)
   * これは既に戦争
 今度はトルコでクーデター騒ぎである。未遂に終わったとしても、数百人は
死んでいるだろう。首謀者と思われる男がTVで反乱軍に降伏のメッセージを
読み上げさせられていたが、よく見ると顔が生々しくはれていた。早そうに
死刑になるだろうが・・ 欧州にいる中東難民の多くを、トルコが資金援助の
見返りに引受けることになった。それらの警備負担は、軍隊や警察のみならず
市民にも重圧としてのしかかる。パリ市内の二つのテロ、ベルギー空港テロ、
バングラデッシュ、ニースのテロ、そしてアメリカ国内にもテロが拡大した。
これは既に戦争である。 これが、国内の治安に危機感を持ったトルコ軍の
クーデター未遂事件につながった。日本国内に及んでないが、どうなることやら。
 決死の爆弾テロは、防ぎようがない。その背景には、情報端末の進化がある。
パソコンゲームに、銃撃の戦闘場面ものが多くあるが、これも、テロの首謀者
にとってシュミレーションそのもの。テロ完遂をゲーム化して、徹底して洗脳
すればよい。たとえば、「カメラ付きドローン」に爆薬を積込み、目的地に
突っこむテロは防ぎようがない。アメリカの総体的な力の低下と、エネルギー
に占める原油の価値の低下と、情報機器の普及が原因。こうなると、アメリカも
保守派の力が増す。もしかして、トランプが大統領の可能性が出てくるが・・
世界は、どんどん壊れていく。その中で、借金大国の日本は、清算を迫られ、
一強多弱の貧富の差が、さらに大きくなる。

・・・・・・
5239,窃盗専門の「泥棒刑事」 −�
2015年07月19日(日)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
 * 外国人窃盗団の手口 〜中国人の場合
 日本人は、単独で、無施錠のドアか、窓のガラス破りが殆どで、現金か
貴金属だけを狙う。中国人は高価なものを中心に何でも手をつける。南米の
窃盗団は、食品から何でも見境なく盗むのが特徴という。〜その辺りから〜
≪ 外国窃盗犯の場合は日本人の窃盗犯と違い複数で侵入することが多い、
 いわゆる外国人窃盗団である。外国人の窃盗団の手ロは一目でわかる。
とにかく仕事が荒っぽい。侵入方法も物色方法もすべてが荒っぽいのが特徴。
2003年が外国人犯罪のピークと言われているが、当初は、この外国人の窃盗団
には手口捜査があまり有効ではなかった。窃盗団のリーダーの指示どおり侵入し
物色するからだ。また、その手口が伝えられマニュアル化されており、日本人の
常習者のように、この手ロならといった具合に、30人くらいに絞れることは
まずなかったのである。  ・・中国人の場合その特徴は顕著だった。
 中国人は地元意識が強く、出身地ごとに集まり徒党を組む性格がある。
この場合、集るのは食材店や料理屋。中国人は味に対して保守的で故郷の味から
離れられない。そこで故郷の料理を出す店に通うのである。たとえば福建省出身
なら福建料理を出す店に、上海出身なら上海料理の店に行くという具合である。
それが窃盗団の構成にも反映されていた。彼らの立ち回り先には、メンバーを
集めるため窃盗団の構成員が常にいて"リクルート"活動を行っていたのである。
こうして誘われた者は上海、北京、東北なら語学就学生や職業訓練生が多かった。
また福建省出身者の場合は密航者が多くを占めていた。福建省出身、上海出身、
北京出身、東北出身の窃盗団はいつでも身近で人員を補給できたのである。
これは泥棒とは別のマフィアもほぼ同じで、中国人の徒党の特徴を示す最も
大きな指標。  中国人の窃盗団の場合、2つのパターンがあった。
一つぱ、正規に入国し語学学校に通ったり、就学ビザや留学ビザを持つ者。
もう一つのパターンは、最初から日本に泥棒のために来日した窃盗団。
 中国人の進入方法では、アパート・マンションの中階以上の玄関から入るのが
特徴であった。「ピッキング」「サムターン回し」といった侵入方法で、中国人
窃盗団の十八番である。この表のドアから侵入するということが中国人窃盗団の
第一の特徴である。次の特徴は集団ですばやく"仕事"を行うことから、その手ロ
は限りなく荒っぽい。彼らが仕事をした現場は目も当てられないくらい散乱
しているのが普通。引き出し内にあるものすべてをぶちまけるのである。
さらに盗んでいく物にも特徴が表れる。日本人泥棒の場合、そのほとんどが現金
か貴金属であり、他のものには手をつけない。ところが外国人窃盗団は金目の
ものとなると洗いざらいかっぱらっていくの。中国人の場合、現金はもちろん、
貴金属も盗むが貴金属は安物には手をつけず高価なものだけ選別して盗むのが
特徴である。現場で選別するのであるから、相当な目利きの人物がいるという
ことになる。そのほかには、ノートパソコンも必ずと言っていいほど盗まれる。
しかしノートパソコンも3年以上古い型だと盗まれないことが多い。また面白い
ことに、新型でも台湾製のパソコンには手をつけていなかった。被害に遭った
ほとんどがソニー、パナソニック、NECなどの日本製のパソコン。≫
▼ 東北大震災のとき、福島第一原発の周辺の家が泥棒に荒らされた映像を
見たが、全ての箪笥、押入れなどが、散乱している様に唖然としたが・・ 
外国人の窃盗団だったのだろう。犯罪に関して、日本もグローバル化に入った。
10年ほど前、関西系の人の話では、住民間の窃盗に対する切実な危機感の
話を聞いたことがあった。
・・・・・・
4874,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー41
2014年07月19日(土)
  * 創業時の取引先の営業関係者が、ほぼ亡くなった!
 毎年の忘年会の常連メンバーを思い浮かべると、ホテル創業時の営業担当の
3分の2が、亡くなっていた。30数年前からの営業関係者なら、さもあり
なんだが。大体が60歳前半のガン。70歳過ぎが、二人。その中で、80歳過ぎ
まで10数年間、古町の老舗料理屋を毎月通っていた近くの不動産屋の遊び人?
がいた。倒れた前日、飲みに誘われたが、先約があったため、他の?かと飲んだ
後、さらに自宅で酔いに任せウィスキーを、一本を空にした翌朝、脳溢血で
意識不明になっているのが発見され、一年後に意識回復することなく亡くなった。
 酒の壮絶死は、後先、身近で見たのは、初めて。私も一つ間違えれば? 
営業担当もあって、ガン死が殆どだが、建設関係は、酒によるガン悲話 
<夫の意に反しての単身赴任の結果、ガンで亡くなり、そのショックで
 奥さんが重いノイローゼに・・云々> 
<営業の酒席の過多でアル中で、離婚>などを多く聞く。営業担当は、飲み屋の
 付けを抱えているため、競争関係者に、その支払いの代償に、自社の利益に
 反する情報を売ることもある?
  * つれづれに 〜語り直しは、内省!
 装置産業は、創業で当てれば天国だが、後は何もすることがない。
立上げで、勢いをつければ枝と幹が出来たようなもの。日常業務は、支配人、
マネジャーの仕事。一棟目の一周の春夏秋冬を経験すれば、二棟目以降は一ヶ月
も過ぎると、何もすることが無くなる。そこで事務所で本を読むか、年二回、
海外旅行で刺激を得ることになる。あとは、お決まり小人閑居して酒。
しかし、お客の生命を守る危険な仕事。火災、ヤクザの脅し、酔客などの苦情、
自殺など、いつ何時、何が起きても対応しなければならないため、常に緊張感が
必要になる。リタイア後、その縛りと、45年間の刷りこみから解放感で、宙に
浮いているよう。『現役時代は良かった』の心持ちはゼロ。現在も、そのまま
同じ。同年代の人の仕事の話を聞いていると『   』。 
 振返ると、その持て余した時間が、人生にとって大きな贈物だったことが、
見えてくる。これは振返ってこそ見えてくること。そうと、当時、もっと意識を
していたら、味わい方も違っただろう。過去は、変えられないが、見方、解釈は
変えることが出来る。 それもこれも、どうでも良いことだが。
・・・・・・
4507, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー2
2013年07月19日(金)
      『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村仁一(著)
 対談ということもあり、目次の小項目がテーマが、ずばりキーワードである。 
これを並べれば概要になる。どれもこれも、今までの思い込みと真逆な内容。
「ガンは悪性なら助からないし、良性なら助かる」それが分かってない。
それを延命させようとしただけ苦痛を与える。自然死こそ本人のため。
私も20年にわたり毎年、胃腸や肺を胃カメラやCTスキャンなど半日検診を
欠かさず受けてきた。結果からすると、2~3年に一度でよかったのでは?
必要がなかった? 早朝ウォーキングを毎日一時間以上を続けてきたことと、
ストレスを溜め込まないことが、私の健康法だった。
   一章 がんの誤解を解く 
・どうせ死ぬなら「がん」がいい 
・治療しなければ、がんはけっこうな病気
・がんが痛むのではない。治療で痛むむ 
・がんの9割に抗がん剤は無意味
・抗がん剤が「効く」とは、しこりが一時小さくなるだけ
・「腫瘍内科医になるのは、おやめなさい」の意味
・ひとりも痛まない老人ホームの「がん放置患者」   
・胃がんも肝臓がんも放置すればラクに死ねる
・手遅れの幸せ。安らかな自然死           
・がんの9割は「末期発見・治療断念」「放置」がいちばん
・家族ががんだとわかったら   ・人間ドックを受けたために、がんで玉砕
・いくらでも見つかる「潜在がん」「がんもどき」   
・がんの集団検診をやめたら、がんが減った"
・この半世紀、日本人の融がん死亡率は変わっていない 
・姉の乳がんが「乳房温存療法」「がん放置療法一のきつかけ
・150人以上の「がん放置患者」を謬て理論と事実が一致 
・本物のがんと「がんもどき」・本物のがんは、見つかった時点で転移している
・「早期がんを手術で取ったから助かった」の誤り
・手術は「人工的な大けが」。傷口が痛み、がんがはびこる 
・スキルス胃がんも切らない方が余命が延びる 
・「抗がん剤が効いた」という論文のカラクリ
・腹永も消える、安らかな自然死  
・「治僚しない」ことに耐えられない日本人 
・「やるからには徹底的に」が医者の性格
・手術で大きな後遺症を抱えて寿命が縮む        
・症状のない前立腺がんを放射線で虐殺
・放置すれば最後まで痛まない胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮がん
・消えるのは「がんもどき」。末期がんからの生還例はない 
・1%の可能性だけ見て99%を考えない"
・西行が桜の下で死ぬ夢を叶えるためにしたこと      
・治療を拒み、飲まず食わずでスーッと逝った"
・食べないから死ぬのではなく「死に時」が来たから食べない
▼ どれもこれも「ガンを老いの病と捉え、抵抗をしないで、従うしかない」
 ということ。西洋医学に限界と無理がある。目先、医療知識のない患者は、
医師の方針に従うしかなく、恒例の手術か、抗がん治療に入っていく。誰もが
自然死を選ぼうとしないのは自然の成り行き。で、管に巻かれて悶え死んでいく。
 「この論を信じるべきか?」で、真逆の真逆の論?「がんで死なない生き方」
中川恵一著を借りてきた。 
・・・・・・
4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2
2012年07月19日(木)
          『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、
心得がある。それを厳格に守るのが個人主義。我々は社会の中に生きている。
社会にはルールや心得がある。それを知った上で自己本位で生きて
いかなければならない。
   * 当然、「自己本位」に心得がある!
≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、
 三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。
第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、
  他人の個性を尊重しなければならない。
第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、
  それに付随する義務を忘れないこと。
第三に、自己の金力を示したいのであれば、
  それに伴う責任を重んじなければならないことである。
 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。
《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳という
ものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃ
しません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。ペテンに掛ける、滅茶苦茶なもので
あります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級
な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から
考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫
▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を
 見い出した。聴衆に対して「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り
当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた個性がそこにぶつかり、
初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きが
かかり、発展し、幸福感と安心がもたらされる」と、説く。このことは定年
退職者にも、同じく当てはめることが出来る。若さを失う要素の一つは周囲に
流されやすくなり、他人本位になることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の
気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いて
しまう。単一民族で、島国では、互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、
自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。
・・・・・・・
3767,閑話小題 
2011年07月19日(火)
  * 女子ワールドカップ・サッカーで日本が優勝
 テレビで話題を盛り上げるため、日本が優勝すると笑いながら言っていた
解説者はいたが、殆どの人は、「日本が優勝するなど有得ない」と思っていた。
ところが昨日、一般の予測に反し日本女子が優勝をしてしまった。
ドイツに買ったのだから、日本がアメリカに勝っても不思議ではないが、24戦
して22敗、二引き分けの相手である。もし勝つなら「何とか引き分けに持ち
込んで、PK戦で勝ちを拾うしかない」と、思っていたのが、正夢になった。
結果的には大震災と原発事故で瀕死の状態の日本に米国が勝ちをプレゼントした
ことになる。 米国の一方的な攻撃の中で、耐え抜いてPK戦に持ち込んで勝利
したのだから、恐れ入る。 その中で、神憑り的な幸運が試合の随所でみられた。
明らかに弱者である日本は、一方的な攻撃に耐え抜く弱者の戦法が、最後に幸運を
引きよせた結果を生んだ。最悪の事態の時に、最悪の出来事を呼び寄せることを
「布置」と、先日、ここで書いたが、逆に、この時期に有得ない幸運?を
引き寄せることも「布置」というのだろうか? 
  * メタボの雀、再会
 昨日の朝、女子サッカーを見た後、何時もの信濃川の川辺のサイクリング・
コースのベンチで、ストレッチをしていると、前に書いたことがあったメタボの
雀が、何時もの通り、50センチ位のところまでやってきた。このところ
見かけなかったので、餌が無かったが、ポケットに手を入れ撒いたふりをすると、
そのあたりを必死に餌を探している。 信濃川の雀、その後、何気なく自転車に
乗りながら観察しているが、餌が豊富なのだろう、全体にメタボ気味のようだ。
  * そろそろ、軽い鬱になりそうな
 三月末を区切りに、自宅に中心の生活に変わり100日余りになる。
だんだん慣れてはきたが、そろそろ軽い鬱がきそうか。早朝、この随想日記の
仕上げと、電動アシストのチャリで信濃川土手のサイクリング、そしてスポーツ
センターと、午前中は過し、午後は流しに入る。映画館、SC、図書館に行ったり、
読書をしたりで、時間がたっていく。しかし、今度は余裕が出来てくると、
周囲の人の視線が見えてくる。 事が事だけに獄門打ち首のサラシの身の上か、
1〜2年は蟄居閉門である。本人には、そんな意識は少ないが、あの視線は、
やはり、そういうことか?という感がする。 元もとアウトサイダーを基本と
してきたので、「その辺の輩」への逆視線はある。 私も人間、環境の動物。
今さらか・・ それ以前の初老性欝か、大震災の背景も?


5968,閑話小題 〜あれから10年ですか

2017年07月18日(火)



   * 昨日は姉の連合いの葬式
 昨日は、姉の連れ合いの葬式で、千葉の新検見川(千葉駅より総武線で3つ
東京より)に行ってきた。千葉には3年程住んだことがあった。20数年前に、
一番下の姉の連合いの葬式と、姪の結婚式以来になる。大学の同級会で年一と、
海外ツアー参加のため立ち寄る以外新潟県を出てことはないので、地方の片田舎
に淀んでしまった実感が甦る。甥姪が、還暦をむかえ、孫が成人になった現実を
見せつけられてしまった。千葉には4人の姉のうち3人が住居を構えているが、
義兄の2人が亡くなった。地元に住む実兄夫婦と実姉夫婦を含めた12人のうち、
亡くなった数が4人で、3分の1になる。 若くして亡くなった3人の実兄を含め
ると15人でカウントすると、15人中7人が亡くなっているため、半数近く鬼籍に
入ったことになる。「他人は先、我は後」としても、これが71歳の心象風景と
いうことか。
   * あれから10年ですか
 一昨日で柏崎沖地震から10年になるが遥か昔のように思える。その一年後の
2008年9月にリーマンショック、2011年3月に東北大震災が、その直後に30年間に
わたって携わってきた新潟駅前のホテル事業の撤退を決断。 自らの生活環境
も激変した。万一の備えを事業設計の段階から取入れていたので、最悪の事態
を逃れたが、痛手は少なくない。近くにある2つの高校の一方の体育館が避難所、
他の高校の運動場はヘリ基地になって避難民を運んでいた。20年は経った感覚。
 当時、その時の日記を読むと、ほぼ忘れている。書き残す重要性を実感する。
両親が太平洋戦争の長岡空襲を、このタッチで書いていたら貴重な資料になる
だろうに。とすると、これも、あと10年もしたら価値が出る? …。
 当時は夢中で、震災の真っ只中にいる感覚は少なかったが、改めてみると、
生々しい。 

――――
2007年07月17日(火)
2296, また地震!どうなってる?まったく!
            才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪
 昨朝の10時過ぎ、居間で家内とお茶を飲みながらTVをみていたら突然、
地響きと同時に揺れが始まった。アレヨアレヨと思っているうちに、揺れが
大きくなって、横揺れから縦て揺りになり茶箪笥の食器が飛び出してきた。
あわてて裸足で食器やガラスコップの破片の中、開きドアを閉めにいった。
慌てるとは、このことだろう。破片で怪我をしなかったものだ。前回の揺れより
大きいような気がしたが、気のせいではないかと思った。すぐに玄関外の獅子の
置物を見たが横に傾いていただけ。庭の石灯籠も小さいのが3つ飛び散って
いるだけで、他の5つは大丈夫だった。前回の地震で壊れものは破壊されて
しまったので、被害は三分の一以下であった。これでは長岡市内で大きな被害
が出ているはずだ!近くに住む実兄に電話をしたら、以前ほどではないという。
TVでは、六強というから前回より激しいことになる。午後三時過ぎに至近に
あるスーパーとドラッグストアが開いているかどうか、ウォーキングの途中に
立ち寄ってみたが、二軒ともしっかりオープンしていた。スーパーの酒売り場は
何ともなかったかのように整然と並んでいた。かなりの量の酒ビンが割れていた
だろうに・・・。惣菜と弁当は買出しのためか商品量は少なかったが、他は
チャンと元通りに並んでいた。地震の危機管理の訓練がしてあったのだろう! 
まあ、合格というより、流石である!客は買出しのためか多く出ていたようだ。
その後、土手でウォーキングをしていると、何と余震が始まったのである。
もう余震は無いものと思っていたので驚いたが、前から歩いてきた三人が何事も
ないように歩いているので、立ち止まったまま揺れの止まるのを待った。
土手の横の住宅が地響きをたてて揺れていた。震度四くらいか思っていたら、
携帯を持った人が震度六と話をしているのが聞こえてきた。まさかと思ったが、
帰ってから家内に聞くと震度六弱の地震があったという。三年近く前に、
あれだけの大地震があったので、日本で一番地震の起きる確率の低い場所!
と勝手に決め込んでいた。それが、何と同じ震度の地震などありえないこと
だった。それが再び起きたのだから、どうなっているのだろう? 本当に、
こういうことが起きるのである。脅かすわけじゃないが、いま東京に住んでいる
なら、一度、じっくり考えたほうがよい! リスクはあまりにも大きい。
たしか今後30年で、大地震が起こる可能性が八割だったと思うが。
刺激を求めるかどうか、その辺が微妙なところだが!柏崎で全壊300世帯、
半壊が600世帯で、死者が一桁とは、信じられない。ますます中越地区は
不景気になる。その後、連絡が取れた柏崎に住む三人の義弟と義妹は無事だった。
ただ家の中はグチャグチャという! 前の地震は殆ど被害が無かったので、
今度は逆である。平々凡々?の日々の中、刺激的なことが満ちている!
それも、そういうものと思えば娑婆娑婆である! 

・・・・・・
5603,恋愛心理学 〜ァ〇笋亮卒兇糧女論
2016年07月18日(月)
          『美人の正体』〜越智啓太著 
    * 私の美女論
 女性は20〜24歳にかけて、美しさがピークになる。後は下がる一方だが、
その実例を姉達などから、<花の命は短かけれ>を見知っていた。20歳代に、
三重、神戸、金沢、千葉、東京などの地域で、それぞれの土地柄の美人が
青春を謳歌していた。あの一瞬の輝きは、一時的なものでしかない? 
一番のピークの時期に、早々、売りつけられて、後は、下がる一方の
奥方を一生、面倒を見ることになった男たちの悲鳴が聞こえてきそう!
 ところで、美容評論家の斉藤薫が、著書で、
< 私が街で振り返ってしまう女性は、いつも決まって同じタイプ。
   清潔感と色気がきっちり7対3の女たちである。> という。
 それを前提に、清潔感のあるファッションと、小物を身に付けるべしと!
女性の化粧は、本来、欠点をカバーするもので、アンバランスを調整する
のが基本。ブランド品でバランスを保つこと自体に疑問符があるとか。
〜そこで、ネットで「美人顔」を検索すると、
 「美人顔と思われる6つの条件」が出てきた。
1.肌がツルツル、スベスベ!
2.綺麗な目をしている・・・二重、一重は関係ない!
3.鼻筋がスッとしている
4.鼻と口の距離が近い
5.いつも口角があがっていて表情が美しい
6.顔全体のパーツのバランスが良い
 しかし美人全員それぞれのパーツを合わせると、逆にアンバランスな顔で
不自然な顔になる。美人顔は、各パーツが完璧な形を持ち合わせているので
はなくて、‘バランス’が良いためである。
 万人が「この人綺麗!」と思う顔とは
1.顔の縦、横の長さのバランスが良い
2.目、鼻、口など各パーツの位置関係が良い
3.目、鼻、口など各パーツの大きさのバランスが良い事が条件
 と言われている。
―――
あれだけ美人と騒がれた当時の美智子皇后も、現在、冷静にみれば、
少し可愛い程度でしかない。美の基準も、年々、変化する際物。
室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふ もの 」
ではないが、「ふるさと」を「お美人」に置換えると、何故か納得。
・・・・・・
5238,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月18日(土)
              『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 泥棒の前科を嫌うヤクザ者
 泥棒と強姦罪と痴漢は犯罪者の中で、地位が最も低いというが・・ 
その中でヤクザが上位というのが合点がいかない。娑婆で、徒党を組んで、
弱者を苛め、恐怖という虚構でショバ代を取るのだから、忌み嫌われるて当然
と思っていたが、あにはからずである。娑婆の世界が、そのまま持込まれて
いるようだ。恐怖心の洗脳は、それだけ強いということ。 〜その辺りを抜粋〜
≪ ヤクザという人種は"男気"とやらを売りにしている関係上、格好をつける
輩である。彼らにとってみれば泥棒などはアウトローの片隅にもおけぬ、極めて
せこい存在にすぎない。実際、刑務所などでは泥棒、つまり窃盗犯は服役者の中
でも最も下位に位置し、受刑者の中で軽んじられている。刑務所内では受刑者
たちは暇に任せていろいろな話をする。そのときまず話題にのぼるのが犯行歴。
つまり「何をして刑務所に入ったのか」ということだ。
 一般的に雑居房ではさまざまな犯罪者が一緒に暮らしているが、そこで威勢
のいいのがヤクザ者。そしていちばん肩身の狭い思いをしているのが窃盗犯、
つまり泥棒である。刑務所のみならず留置場などでもそれは同じである。
泥棒は強姦犯や痴漢と並びどこへ行っても、肩身の狭い思いをする存在。
だが、ヤクザの中にも窃盗の前科前歴をもつ者がけっこういるのである。
その多くは、本物のヤクザになる前の不良時代のものだ。彼らは不良時代
や暴走族時代、何らかの窃盗事件で捕まっている者が意外と多い。
大半がオートバイ盗や部品盗、なかには事務所荒しや、出店荒しといった侵入盗
の窃盗前科をもつヤクザもいる。しかし、本物の組員となってからは泥棒に手を
染める奴はほとんどいない。そして泥捧の常習者であるヤクザというのも、
また聞いたことがない。≫
▼ 刑務所は悪党の巣窟。何度か犯行を重ね、出入りする度に、様々な犯罪
 手口を習得していく。悪党のための悪の教習所の役割になっている。特に、
泥棒同士の手口の方法、手順は具体的だろう。その手合いにあったら、
一般人は、防御が不可能。せめて金目の物は、銀行の貸金庫に預けて置く
しかない。玄関のドアがガラスなので、男物の靴を多く並べて置いているが!
・・・・・・
4873,閑話小題 ー初孫が産まれた
2014年07月18日(金)
   * 初孫が産まれた
 一昨日夕刻、二番目の息子から予定日より半月早い女児出産の電話が入った。
68歳の初孫である。家内が東京に出かけていて留守だったが・・ 嫁さんが、
高齢出産?で、万一を考えて、二ヶ月前から入院をして大事をとっていた。 
出産前に男女の識別は分かっていた?のだろうが、何も言わないことから、
女児だろうと推測をしていた。 亡くなった一番上の姉夫婦に孫がないので、
もしかして私たちも?と諦めかけていたが、これで御祖父さんの仲間入り!
孫は可愛いというが、これだけは持ってみないと? 
   * つれづれにー大相撲の若手人気力士『遠藤』の災難
 現在「遠藤効果」もあって大相撲人気が戻ってきた。一年前とは大きく違った。
八百長が少なくなり?、モンゴル、ロシア、東欧、フィリピイナの混血、エジプト
人などの真剣勝負が、内容を面白くしている。そこに去年、学生横綱だった
『遠藤』が数場所で、幕内に上がってきて停滞していた大相撲人気に火をつけた。
姿かたちと相撲内容に花がある力士で、見ていても面白い! 早速、『永谷園』
のコマーシャルに出演し、取組み前の懸賞金が連日、出るようになった。 
ところが今場所から、その数が横綱よりも多くなってしまい、最後の仕切りで、
館内では横綱を超えた大声援。 そうすると何が起こるか。横綱に勝つのは至難
の技だが、自分と同じ位の力量の遠藤に勝てば、給料分の懸賞金が手に入る上に
注目される。そのため、嫉妬とライバル心を加え、目の色を変えて挑んでくる。
遠藤にすれば堪ったものではない。その中で、最後は6〜7勝をするのだから、
やはり力量があることは確か。これに白鵬、朝青龍レベルの新人、二人
(照の富士、逸ノ城)が加わってきて、他の若手にも火がついてきた。
しかし、遠藤以外に日本人の有望力士が見あたらないのが気にかかる。 
ところで、三役昇進のタイミングに遠藤の四股名が『清水川』に決まったと
数ヶ月前の朝日新聞にあった。清水川は1938年に追手風部屋を創設した、
追手風の生みの親であり、元大関の名前。遠藤をはじめ、勝っても、負けても
面白い相撲をとる力士が、このところ、多く見かけるようになった。
数年前の大相撲存亡の危機の取組みの成果が、一挙に出てきたということ。
・・・・・・
4506, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー1
2013年07月18日(木)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一と、
『がん放置療法のすすめ』の近藤誠が「がん」と「死」を語った内容。
二人は20年以上前から、「がんは手出しをしなければ、痛まず穏やかに死んで
いける。治療せず放っておいた方が生存期間も長い、医者の常識に騙されるな」
と説いてきた。  まずは、ーアマゾンの内容紹介ーより
≪がん、医療の常識を覆す異色の医師対談。がんは放っておくと増殖・転移
し、痛みにのたうち回って死に至る…という悲惨なイメージは、医療界のでっち
あげだった。20年来、「『がん死』のお迎えは最高。ただし、治療しなければ」
(中村)、「がんの9割に抗がん剤は効かない。患者よ、がんと闘うな」(近藤)と
言い続け、実際に多くの「がん放置患者」の穏やかな臨終を見届けてきた2人が、
がんという病、医療の実態、そして人間の死について語り尽くす。≫
ー 印象に残った箇所を幾つか、書き出してみた。これ知っているか知らないかで
 大きく違ってくるー
* 抗がん剤の有効判定が(⇒がんのしこりが一定程度小さくなるだけで)
延命効果は実証されていないこと、逆に抗がん剤で 大きなダメージを受ける
のは正常細胞、不必要な手術と抗がん剤の副作用が苦しみ悲惨な最期を迎える
要因でしかない日本人に多い固形がんは抗がん剤は効果なしなら、やめるべき。
* 50歳を過ぎた男性の2人に1人は、死後解剖すれば前立腺がんが見つかる。
これは放っておいても大きくならない潜在がんで、何の害も及ぼさない。
また、甲状腺がんも、精密に検査できるなら、日本人の3人に1人はかかっている。
 しかし、実際に甲状腺がんで亡くなるのは、全ての死亡者の中のわずか0.1%。
つまり、1000人に1人のみである。* 現在の医学技術で「早期がん」として
発見できるのは、直径1センチ前後の大きさである。この程度の大きさは、
がんの一生の中では30回くらい細胞分裂を繰り返した後の晩期の段階である。
* 最近の研究では、「がんは大きくなってから転移する」というのは間違い
であることが明らかになってきて、「がん細胞はできるとすぐに転移する能力
がある」の方が正しい。
* 著者の経験によれば、逸見政孝さんのようなスキルス性胃がんの場合、
胃の全摘出手術を受けずに放置した患者で1年以内に死亡した例は皆無で、
ほとんどの人は3年以上生きていた。
* 世間でがんと診断される病気の中には、本物のがんと、がんもどきがある。
がんもどきは治るが、本物のがんは発見された時すでに他に転移を繰り返して
いるので治らない。がんもどきは放置しておいても命に関わりがないので、
手術をしてもしなくても 同じ。本物のがんは手術してもすぐ再発するし、
手術で体力が落ちることからかえって死期を早める。本物のがんを放置した
患者の多くは末期になってもほとんど痛まない。患者の多くは最後まで意識を
持ちながら、苦しむことなく枯れ死んでいく。がん治療しようとすると、治療
による痛みに苦しめられ、通常の人間らしい暮らしを根こそぎ奪われてしまう。 
というわけで、がんは治療せずに放置するに限る……。
*「予防医学は患者を呼ぼう医学」「大学病院は、いい実験を受けられる病院」
 など・・・
*「早期発見と早期治療でがんは治る」という世間の常識とは、
現実はまったく逆である。悪性は、関係ない?
▼ 「悪性のガンなら、遅かれ早かれ死んでしまう。それなら手術や抗がん剤
 などの治療などすべきでない」という 二人の主張するのも道理で、身近の人
のガン死をみていると同感である。とはいえ、ガンで死なない注意をしているか
どうかで大いに違ってくるのも確か。タバコを吸い、酒をビールなら二本、
日本酒なら2合以上を飲み続け、ストレスと運動不足などが加わると、ガン
リスクは大きくなるのは当然。還暦まで生きたら、後は野となれ山となれ、か。
・・・・・・
4132, 脳の中の小さな存在
2012年07月18日(水)
 体操の内村航平のインタビューの中の言葉に驚いた。「どうして一秒の間に、
あれだけの回転が出来るのですか?」の問いに対する答えが凄い。
「私の脳の中に小さな自分がいて、彼が冷静に自分を見ていて次の指示を出して
いる。終わってからでも内容を憶えていて、間違いを正してくれる」等であった。 
これは訓練の繰り返しで、色いろのことを自問自答する中から自然に出来上がった
「セルフ」である。その精度が高いため、世界のトップになれたのだ。
その小さな存在には科学的訓練のベースの裏づけがある。擬人化した「セルフ」
には、無意識のレベルに達した自己客観視する自分が、幾重に重なっていて、
直感的連続動作を冷静に見つめていて、瞬間の動作を修正している。柔道でも、
同じような話を聞いたことがある。世界のトップクラス相手の攻撃に対した防御
は、考えて対処するのでは無理、練習の重なりで直感的反射防御まで訓練して
いないと防げないという。世界一流まで持ち上がたレベルの高い「小さな存在」
に、自分を委ねているのと同じである。 親とか、小さな地域的価値観から
一歩も踏み出すことが出来ない「小さな自分」に縛られているそれもあるが、
その辺の下世話な内容は、ここでは止めておく。ここは世界的アスリートの話。 
天才的芸術家や小説家などは、その小さな自分が、冷静に現象の中の本質を直感
して、それを脚色、新たな創造をする。野球のイチロウにしても、こういう右脳と、
左脳の論理が組み合わせが出来た上で、脳の奥で瞬時に動作を指示する司令塔が
あるようだ。 将棋や囲碁の名人にも同じである。 少し話は変わるが、毎朝、
過去の、この随想日記を読みかえしているが、毎日繰り返していると、読み返して
いる自分が別人格として存在しているような妙な気持ちになる。3、5、10年
前の同月同日の自分と対話している毎朝の自分の存在である。
私=自分は、それぞれの瞬間瞬間いて、これを書いていた。しかし、時間の経過
と同時にTPOSは変化していく。その上に自身も変わっていくため、それぞれを
含めた自身の範囲として、「自分」が立ち上がってくる。哲学的になるが、
脳の奥の小さな存在は、言葉だけでなく、直感も持っている。そのセルフの
直感こそ、天の閃きになる。それでも上手くいかないケースもある。
世界を知れば知るほど、自分の卑小さを直感するが、小さな存在は確実に
真の言葉と直感は研ぎ澄まされていく。 真なる自己、真実の時は、感謝、
感激、感動、極限の時、静粛の中に存在する。 この瞬間は永遠である。


5967,人生楽しいかい? −6

2017年07月17日(月)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>

【指令14】衝突をコントロールする
 【指令15】分かち合う
  【指令16】任せる
   【指令17】生きろ

  * 【指令14】衝突をコントロールする
 〜神様は、弱い人間には、それなりの試練しか与えない。しかし、
力のある人間には必ず、それに見合った大きな試練が訪れる。
 一流は相手の力を受け流す。そして、超一流は、触れた瞬間、相手の
敵意を癒す。
 どんな人の中にも活用されない膨大なパワーや自発性、スピード、精度
が備わっている。力みと恐怖(否定的感情)を取り除けば、強力な性質が
目覚め、成長し、あらゆる対立で優位に立てる。
― 
  * 【指令15】分かち合う
 〜人生をかけて取り組み仕事というのは、長編小説の何百倍の分厚い
本をよむようなもの。

  * 【指令16】任せる
 〜指示を出すときは、「自分で判断する余地を残す…」。
自分で判断し、行動することにより、人の能力は最大限に発揮される。
これは、前の「分かち合う」とセット。細かい指示を出さず、大まかな
目標だけを共有する。あとは、自分の裁量でがんばる。但し、情報は共有
する。互いに批判や責め立てず。

  * 【指令17】生きろ
人が生きている、ということは、人間らしく、清々しく生きていることだ。
「生きること」を全力で楽しむこと。


▼ システマの教えは、人生の基本だが、両親の生き様の後姿から、
「何事も楽しくなるまで徹底しろ」を学んできた。楽しいと思えれば、あとは
儲けものと思える。たった一度の人生、「人間らしく、清々しく生きなければ、
生れてきた甲斐がない」と思って生きるかいないとでは、雲泥の差ができる。
 それにしても、その逆の生き方の人が多く見かけるが… 

・・・・・・
5602,恋愛心理学 〜ぁ 嵌人=性格が良い論・悪い論」
2016年07月17日(日)       
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 「美人=性格が良い論・悪い論」
・「美人=性格が悪い」論には、妬みと「天は二物を与えず」的世界観がある。
多くの人は「神様は平等であり、すべての人に等しく才能を与えているのだ」
という、幻想を信じたいと心の底から思っているため、「美人は性格悪い」と
考えたい側面がある。明治時代の「修身」の教科書には「美人は往年、気驕り
心緩みて、却って、人間高尚の徳を失ふにいたるものなきにあらず・・」とある。
明治時代に芸者上がりで「容姿は美しいが、家柄が良くない」という女性が、
社会的地位があり、経済的に裕福な男性と結婚して社会的な地位を上げたという、
いわゆる「玉の輿」現象が発生していた。これに脅威をおぼえたのが、社会的に
高い地位の女性で、顔姿が、良くない女性たちは、あまり良い気持ちを持たな
かったため、美人に対してネガティブな噂を流したという論がある。
・同じ女性をメークアップした状態と、逆にメイクダウンした状態で、実験
参加者に見せた結果、メイクアップした状態の方を「やさしく」「好感が持て」
「陽気」「落着いていて」「チャーミングで」「ファッショナブルで」
「きちんとしていて」「ロマンチックで」あると認知されることが分かった。
土曜日のバラエティーに、普通の主婦をファッショナブルに変身させる番組が
あるが、上記の内容そのものである。
私が、これまで若い女性と接してきた感想は、圧倒的に「美人=性格良い」論。
そして著者の研究結果も、それを示している。美しい人は、善の循環で、プラス
が蓄積されていて、それそのままが顔と全身など美容に現れ出ていることが多い。
5年以上通っているスポーツジムの女インストラクターに、顕著に現れている。
第二の皮膚といわれるファッションのセンスに、それが加わる。 〜つづく

・・・・・・
5237,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月17日(金)
             『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * プロの仕事「二点三角破り」 〜窃盗の基礎知識
 犯罪の4分の3が窃盗。そのうち万引きと空巣が多くを占め、無施錠のドアか、
 窓を割って進入する方法が多い。そこで、プロの「二点三角破り」がある。
≪ 外国人の荒っぽいのに比べると、日本人の泥棒には芸の細かい者が多い。
彼らはクレセント錠近くのガラスをドライバーを使い破る方法を好む。
「こじ破り」という方法でガラスを小さく割り、鍵を開けるのである。
少し具体的に言うと、マイナスドライバー1本を使い、2枚引きサッシ窓の
クレセント錠付近の部分の、ガラスとゴムパッキンの溝にドライバーを差込み、
こじるようにすると、窓ガラスにヒビがーつ入る。同様にもう1本ヒビを入れる。
クレセント錠の付近に2本のヒビが入り、三角形の形に破れるわけである。
これをブ回の仕事「二点三角破り」と呼んでいる。プロ中のプロになると、
2センチくらいに破る者もいる。同様の手ロで「三点四角破り」の常習者もいる。
ごの方法だと音もほとんど出ないしガラスが飛び散ることもない。そうして
破った隙間から指またはドライバーの先端でクレセント錠を開錠して室内へ
侵入するのである。こうした窓破りの道具で最も多く使われるのがドライバー。
しかし、ドライバーを持ち歩いていると、職務質問にあったとき不都合が生ずる
場合もある。そうした職質でドライバーを持っていたために挙げられてしまった
経験をもつ泥棒のなかには、侵入用具のドライバーを直前にコンビニ等で購入
する場合もある。そのほかには、侵入用具を現調する者も多い。
現調とはドロ刑の隠語で、「現場調達」を縮めたものである。現調に用いられる
のが多いのは、「移植こて」である。ベランダ等でのガーデニングには欠かせない
園芸用のスコップである。そのスコップを使い、ガラス窓を「突き破り」
「叩き破り」の方法で破kのである。そのほかでは、石を使う方法もある。
石を靴下などに入れ、それをガラスに叩きつけて割る方法。・・・ ≫
▼ 空巣に入られた経験がないが、20年程前に、仏壇の小さな仏像が
何時の間にか消えたことがあったが、見当はついていたが、警察には
届けなかった。空巣に荒らされた現場の写真を見たことがあるが、箪笥から、
本棚、押入れの全てが引き出され、部屋全体が見るも無残に散らかされた様は、
それは酷いもの。プロは、そこまで徹して捜し出す。
・・・・・・
4872,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー40
2014年07月17日(木)
   * 類似ホテルが2年もしないうちに!
 2年もしないうちに、このコピーホテルが隣地にオープンしたのに驚いた。
近くの居酒屋の主が隣の旅館を買収をして、全く同じレイアウトで建ててきた。 
不意打ちだが仕方がない。私の後を追うように、駅裏に二棟合計350室まで・・ 
更に、ある不動産会社の紹介で富山の材木商が訪ねてきた。 その翌年から、
全国に大量出店をした『αー1』の社長である。
『百億の不動産があるが、その有効活用にビジネスホテルを考えているが、
如何なものか?』 の調査である。そして10年もしないうちに、至近距離に
200室のホテルを建ててきた。現在は?数千室もあるだけに引くに引けない? 
簡単にコピー可能なこれ、何の価値がある?と、深刻に考えてしまった!
その時が、節目。 決断するまで考えられなかったのだから、私もしれたもの。
 当時、雑誌記事で『一時期、ビジネスホテルを成功させたが、嫌気がさし
転業した』人の手記を読み、方向を考えたが、350室から500室への拡大
戦略を止めることはなかった。長期の装置産業のホテル業を選択したことに
問題があったが、10年間の期限を切らなかった方が問題?長期装置のため、
暇を持て余し『ぼんやり時間』を充分満たすことができた収穫でもあったが・・
 「上手く転進して二桁のホテル展開をしていたより、豊潤な時間を充分に
味わうことが出来た」という見方も出来るが、どうだろう? 現在の、αー1、
ルート・インの姿。 どの道、好きで選んだ道、「毒を食わらば皿までも」か。 
それでも万一の備えがあったので、最悪に至らず、こんなことを書けるのだ。 
20年目で気づいたことは、「この事業の営業指数が日本経済の先行指数として
現れ出ている!」ということ。装置産業だけに金利、原油価格、為替などが
直接コストに跳ね返ってくる。 今だバブル崩壊による深刻なデフレから
立直れずにいる日本の近将来に悲観的なのは、先行して大波に流された自分の
裏づけがあるため。 どの道、遅いか早いかの差だが。
この時期の東京オリンピック開催は?それを覆い隠す目暗ましでしかない。
阿部首相の隣に苦渋に満ちた?副首相の顔を見るにつけ、それもヤムナシが、
政冶? 隠れた‘世界恐慌!’ なぜ直視しない?   
・・・・・・
4505, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー5
2013年07月17日(水)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 死んでいくにも準備が必要である。それが具体的に分かりやすく書いてある。
筆者の主催の「死を考える集い」から生まれたのだろうが、分かりやすい。
私も年内には、幾つか選び、実施するつもりである。あまり気持ちが良くないが、
死に装束、骨壷、棺桶、位牌は通販で取り寄せることができるし、戒名は自ら
つくってあるので、書き込めばよい。遺言も、このコーナーで書いたこと、
そのものになるが。ブログをネット上の墓場と想定して書いているので、
別に必要がない。 問題は物の整理だが、「物」より「こと」を重視して
きた事もあり、物は殆どない。会社も消滅、自宅は家内名義。 
一番、重要なのが、「事前指示書」である。
  * 「自分の死を考える」ための具体的な行動十五カ条
1.遺影を撮る               2.遺言を認(したた)める
3.別れの手紙、録音、録画を準備する     
4.「余命6カ月」を想定して、したいことの優先順位を書き出す
5.死装束を誂える             6.骨壷を用意する
7.棺桶を手に入れる(入ってみる)     8.事前指示書を完成する
9.献体、臓器提供の手続きをする      10.墓地、霊園を手に入れる
11.戒名をもらう             12.散骨の手続きをする
13.人生の節目に“生前葬パーティー”を行う 
14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る 15.物の整理をする
 ひとつひとつの項目に対して自分なりの答えを出して、具体的に行動すことで
死がより身近なものになります。死がより身近になるということは、生がより
身近になるということでもあります。
▼ 特別養護老人ホームの医師になって四百人近い老人の死に立ち会った
 体験から、著者は「自然死」の本当の姿を知らない現代医療の本質的問題点
をついている。 同時に「私たちも患者のひとりになり得る」医療に対し、
“まともな”あるべき姿はどうあるべきか、死をどうとらえるべきか?
を問うている。そして50〜60歳代になったら、近代医療と関わるな、
まだ末期ガンを幸運と捉え死んだほうが良策という。 
以下の去年の同月同日の内容が関連している。
・・・・・・
4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方
2012年07月17日(火)         
 ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」   
           〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』加藤仁著
 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人
を超えているという。「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演
『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。
私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。
しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。「定年後の人生こそ、
自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己
本位の生き方に大きなヒントがある、という言葉が痛いほど分かる。
定年後は自己本位への第一歩から始まる。
 ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー
≪*「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして
 好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の
 人間のように立ち竦んでしまったのです。・・そのころ、明治33年、33歳の
 時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。
 そして1年が過ぎ、苦悩が極まった時に、あることに気づきます。
 自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」
 や不安の根本原因だったのではないかということです。(私の個人主義)
*「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらを
 でたらめにただよっていたから、駄目であったということにようやく気がついた
 のです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
 後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似
 をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば
 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に
 吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりといいたいくらいごろごろして
  いました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識と
 いってもよし、とうていわが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしい
 ものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、
 またみんながそれを賞めるのです。」(同前)
ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。
「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで「他人本位」が
 自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」
 から脱出する鍵を握っていると考える。つまり、外から無批判に「鵜呑み」
 で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、
 丁寧に吟味し咀嚼して「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、
 それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。
*「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなり
 ました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安は
 まったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」 
ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を
 告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。
「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、
 次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。
『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! 
 こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて
 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄
 のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を払っても、
 ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。
(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、
 どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで
 行ければ、ここに俺の尻を落ちつける場所があったのだという事実をご発見に
 なって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから
 申し上げるのです』(同前)≫
▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院
 での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。
キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったので
あって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。
・・・・・・
3765, ユング ー8
2011年07月17日(日)
 フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑
だったようだ。ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。 以下の
フロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。
【 1909年3月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 
 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」という有名な事件が起ぎた。
「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。1909年までに、
心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、
通例は精神的な悩みのある思春期の人と関連があることがあきらかになった。
そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、
いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされる
という説が生まれた。ユングはこの説を信じ、ボルターガイスト活動を
「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていた
とき、突然本棚から大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。
「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。
「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明する
ために、しばらくすると、もう一度音がすることを今予言します」。
ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後
ユングに出した一通の手紙から判断して、フロイトは半分以上納得したらしい。
しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。そこで彼は、なんらかの
自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が
熱くなるのを感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。
フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の木材から起こっただけの
ことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、
今日では不可能である。】
▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身について
 いた時期があった。(偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。
この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が薄れて
しまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議
というのが哲学。実際に、そのとおりである。


5966,人生楽しいかい? −5

2017年07月16日(日)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   【指令10】動き続ける
  【指令11】力む
 【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
   
   * 【指令10】動き続ける
 〜姿勢を保ち、呼吸をし、リラックスをする。それができてはじめて、
 冷静に『いま、何が起きているのか』を把握できる。
もっとも平常心を保つことが出来た人間が、もっとも正確に状況を把握し、
もっとも早く危機の訪れに気付くことができる。
 動き続けること。未来の門は、動き続ける人間にのみ開かれる。
「呼吸、リラックス、姿勢、動き続ける。これが、システマの「4原則」。

   * 【指令11】力む
 〜「力む」のは、より深くリラックスをして、回復するため。
「ヨガ」が、「呼吸、リラックス、姿勢、静かに動き続ける」そのもの。
「力」は、抜くことより、入れる方が遥かに楽。
「深くリラックスしたければ、まず深く力むことだ」。

   * 【指令12】成功体験を忘れる
 〜神様が微笑みかけてくるのは、変化を恐れず、動き続けるものだけ。
高度成長時代の成功体験の足枷から抜出せない結果が、私の失敗原因。
耳が痛い。頭では、応仁の乱、明治維新、太平洋戦争の敗戦に匹敵する
断層と理解していたつもりだったが… 分かっていなかったということ。
因果応報で、『ご覧のとおり、そのまま、結構』で、諦めるしかなかった。

   * 【指令13】相手を観察する
 〜「相手の姿勢、緊張、呼吸を観察する」
詐欺師になったつもりで、町中で出会う1人ひとりを観察する。
倒産というのは、経済犯罪であり、当事者は思いのほか以上に、軽蔑の対象
に置かれる。ガンにもスキル性などの悪質のものと、深刻になる前の良質の
ものがある。10ランクの2番目辺りだったが、他者には理解できない。
それは、自分の知識、経験の認識範囲で、決めつけ、物語化しているのが
手に取るように観察できる。犯罪組織系の借金の場合、「逃亡者」のように、
身を隠さなければならないケースを多々見てきた。その恐ろしさを克服するに、
事前の方策をとっておけば、全力で事にあたれる。娑婆とは如何なるものか?
を知るほど、不安は少なくなる。そこには、巧妙な詐欺師など魑魅魍魎が潜む。

▼ 楽しむためには、楽しめるほどの、経験と知識と対策が必要。 当初は、
経験も知識も不足だが、動いているうちに、不足の経験が、自然と身につく
のも事実である。それを楽しめるかは、魂の力量のいかんで決まる。魂を込め
れば、そこには、魂が籠った楽しみが具現する。だが、一つ間違えると奈落! 
<シリアスに、スリル、サスペンス、スピードを持って、ことに当れ!>
 ですか。そこには、愛と、自尊心と、魂のカケラが残る。それで充分。
 
・・・・・・
5601,恋愛心理学 〜 美人・ハンサムの好印象は長続きする
2016年07月16日(土)        
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 美人・ハンサムの第一印象は長続きする
 その人の情報は、包み隠されてない顔と全身のバランスと着ているもので
判断するしかない。全身の集約は特に顔に現れる出る。顔かたちは、長年の
男女の掛けあわせそのままの物語でもある。そのため、その内容を少しでも
良く見せようと、化粧をし、ファッションで飾りたてる。それは、自分への思い
込みの主役のテーマ、早くいえば、化身である。その美人度、化け具合を
ゲームのように衆人同士が楽しむ。特に、出会いの第一印象が決定的になる。
≪ 第一印象の効果はきわめて強力です。なぜこのようなことが生じるのか
 といえば、我々の心の中には「初めに形成された印象はできるだけ変えない
ようにしよう」というバイアスが存在しているからだと考えられる。
 そのため、A君が友好的だという印象が一度生じてしまった場合、もし、
A君が友好的な行動をすれば一ああやっぱりA君は友好的なんだ」と自分の第一
印象を強化する方向に考えますが、A君が逆に非友好的な行動をした場合には
「あれ?やっぱりA君は友好的じゃないのかな」と思って第一印象を修正する
というよりは「A君は、いま友好的でない行動をとったけど、それはたまたま
気分が悪かったからなんだ」とか「そういう行動をとるような状況に置かれた
からやむをえずしたんだ」と考えることによって、もとの印象を変えないように
しているのではないかと考えられています。そうすると、外見の良い人と接した
場合、最初に形成されたときめきと「この人は良い人であるレという第一印象も、
外見のあまり良くない人と接した場合に最初に形成された「この人はあまり
良い人でないかもしれない」という印象も、その後の対人相互作用を通しても
なかなか変わらないということになるのです。≫
▼ クレオパトラは、その第一印象の効果を知り尽していて、その為の場の
 設定のセンスが抜群だったという。考えてみれば、そんなものでしかない。
一番大切なことだろうが。鳥でさえ、するのだから、人間なら当然のこと。

・・・・・・
5236,NHKスペシャル「腰痛」治療革命  ー
2015年07月16日(木)
   * 「痛みへの恐怖」こそ、腰痛原因
 6年前、最後になる重度の腰痛で本気に腰痛対策を次々始めた。
 その時を含めて医者通いは一度もなく現在に至っている。
・まず、ベッドに「低反発シート」と「低反発枕」を、
 事務所に椅子と、居間の座椅子に、「低反発クッション」を設置。
・通販で「座椅子型エビ反りマシーン」を購入、就寝前に、エビ反りを実施。
・縦型振動マシーンを購入、この上に立って足裏を、次に腰を下しマッサージ。
・全自動腰マッサージクッション(パッション)を購入をして、
 これも一日、数回、使用。 以来、重症の腰痛にはなってない。
 一番効果があったのは、低反発シートとクッション。 
しかし、それ以前に、痛みの原因が、「痛みへの恐怖」とは驚き。
「上記を実施しているから大丈夫!」という認知が最大の効果要素とは!
   〜その辺りから
≪  なぜ、脳の鎮痛の仕組みが衰えるのか?
  その大きな原因と考えられているのが、「痛みへの恐怖」。
腰痛に対する恐怖や不安の気持ちが強いと、それがストレスになり、脳の
痛みを抑える働きを持つ部位が衰え、結果として痛みが長引いてしまいます。
そこで今回番組では、専門家とタッグを組み、腰痛への恐怖を減らすことで
痛みを改善するプロジェクトを行いました。その結果は・・・?
・痛みへの恐怖を減らして腰痛を改善するプロジェクト。
映像を見て正しい知識を知るだけでは、恐怖や不安が減らない人もいます。
そうした人に向けて専門家が考えた対策第2弾が
「1回3秒、背を反らす姿勢をとる」というもの。といっても通常の
腰痛体操のように、筋肉を鍛えることが最大の目的ではありません。
この姿勢に秘められた「狙い」とその効果は・・?
・番組が行った対策プロジェクトでは、映像や姿勢など手軽にできる対策に
よって恐怖を減らすことで、慢性腰痛に悩む方の半数以上に改善効果が
見られました。しかし一方で、全く効果が見られなかった人も。
そうした人に対する治療としていま注目されているのが、専門家による
サポートのもとで心理療法を受ける「認知行動療法」です。
オーストラリアの病院では、薬や手術でも効果が得られない重度の患者に対し、
3週間にわたって1日8時間カウンセリングと運動を繰り返すという徹底的
な認知行動療法を行い、大きな成果をあげています。
日本でも3年前、腰痛治療の指針となるガイドラインで、認知行動療法を行う
ことを強く推奨できる「グレードA」に位置付けられた。(慢性腰痛の場合)≫
▼ 心理療法「認知行動療法」で、腰痛が改善するとは驚きだが、半世紀に
亘って腰痛を抱えてきた身にとって、現在でも、釈然としないところがあるが、
話半分としても、グレードAである。私の腰痛は、毎年数回、決まった時期に
自然発生するか、腰を冷やした場合である。重症の場合、一ヶ月。軽症だと、
二週間で収まる。ホッカイロで暖める療法で、母親から学んだ。重症の場合の
苦痛は、言語に絶する。立っても、座っても、横になっても、何をしても、
脂汗が出るほどきつい。
・・・・・・
4871,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー39
2014年07月16日(水)
  * 客室は一日限りの限定販売、在庫の翌日持越し不可品!
 色いろあったホテルの立上げも、学生ショップ共々、無事に軌道に乗せる
ことが出来た。そこで、気づいたのが、<どんなにお客に支持されても、客室
在庫以上は売れない。イベントなどで一万人が市内に溢れかえっても、それ以上
は機会ロス。 逆に当日に売れ残った客室の在庫持ち越しが不可能であること> 
この辺が、この商売の限界で、物販やファッションのような面白みが全くない。
ホテル立上げは派手で面白いが、その後は、客室という単品を売る地道な商売。
ハレと、ケ(質素)がハッキリしている。 まだ学生ショップを兼用をしている
時は、面白味があったが、撤退すると、宿泊客の自殺や苦情以外は、変わりばえ
ない日が続く。 それも新築、増築が続いている内は、刺激があったが・・  
そうこう振返ると、10年が節目時? それもあって、準備期間15年間は、
書くネタは幾らでもあるが、ホテル開業後の15年目以降からは、ネタがない。 
この辺りから母の軽い痴呆症が始まり、その介護と、ストレス解消の秘境旅行に、
暇に任せ行くようになっていた。そして、バブル崩壊の潮流の変化が、デフレと
共に表立ってきていた。20以上あった都銀が、3つに集約された時期である。 
そして、母が亡くなった後の2001年の9・11テロから、地元を含めた地方経済は
大きく落ち込んでいった。 それがそのまま、当方の業績に跳ね返えっていた。
その3年後の中越地震、6年後の柏崎沖地震である。さらに1995年にマイクロ
ソフトがウィンドウ95を出してネット社会が本格的に普及を始めていた。 
そこに携帯電話など情報機器の進化で、根こそぎ、ビジネスのあり方を変った。 
当初、付帯売り上げを含め6千円あった客単価が、最後は3分2以下まで落込み、
これに客数が3分の2になって、会社整理段階で、売上高が3分の1になって
しまった。振返って考えるほど、10年目辺りが、郊外への転進か、撤退時。
この事業、有余った余剰資金と不動産を持ってする事業。私のような小資金しか
ない者は、期間限定で、転進する場合を除いてすべきではない!ということ。 
実際に身に沁みた痛みを伴った言葉である。そんなこと解っていた筈だったが、
バブルは、見境をつかなくさせていた。 でも、心底、面白かった!
・・・・・
4504, 閑話小題 ー最近の大相撲が面白くなった
2013年07月16日(火)
  * 最近の大相撲が面白くなっている
 朝青龍の一連の不祥事も冷めやらぬ内に、「野球賭博」と「八百長」問題が
続き、多くの力士が追放され、体質も一新?以前のような馴合い相撲が出来なく
なったこともあってか、勝負への気迫が格段と増し、このところ面白くなっている。
TVで50年近く観戦してきたが、これだけ真剣で引き締まっっているのも珍しい。
大相撲の面白さは、わずか数秒の間に、多くの要素が詰まっていることにある。
ところで、横綱が下位力士に張り手をするのを見る度に、怒りを感じていた。
逆に下位が横綱の顔を張るのは厳しい上下社会でタブー視され、殆どなかった。
 先日、若手力士が横綱の顔を張ったのには驚いた。これは横綱を含めた一門の
力士から出稽古などで、報復されるだろう・・ また、今度はアフリカ出身の
力士も出てきた。 外国人への開放は、モンゴロイド系だけに絞るべきと思うが、
今さら後には戻れない。神事の余興で神社で行われていた力比べが、興行として
発展したもの。 ムラ社会の中で、ある程度の八百長はあって然るべき。
 柔道の世界にレスリング選手が参入してくるのと同じで、大相撲の性格も
変わっていく。あの小さな円で、色々な人種が一瞬の技を競うのも面白い。
やはり外国人に開放したのは正解ということか。
   * 今さらだが、どうも世界経済が変である
 世界経済を引っぱってきた新興国が、ここにきて変のようだ。
あれだけ元気の良かったブラジルが、何と「来年のワールドカップの当地開催
反対のデモ」が起こっている。経済効果も考えると、マイナスよりプラスの要素
が多いはず。経済的反動で、一般市民の経済的困窮が開催反対運動につながって
いる。あれだけサッカー好きの国民が反対するのは、よほどのことだろう。
これまで元気だった新興国が3重苦にあえいでおり、近い将来、世界的金融危機
が近々に勃発しそうな様相である。数ヶ月前まで一オンス1800ドルまで高騰して
いた金の価格が1200ドル前後まで落ちている。積極的に買いに入っていた中国、
インドなどが緊急に売りに出たため。20Gで世界の主だった首脳が集まり、
持ちこたえていた世界経済に黄色の点灯である。インド中央銀行がドル売り介入
をしたと見られ、世界各国が微妙な空気になっている。エジプトは小麦在庫が
50万トンを切ったと言われる。これは一ケ月で80万トン余り消費する中で、
半月しか備蓄がない中の政治混乱。これに食糧暴動が発生するリスクが高くなって
おり事態は危機的状況。更にEUも、中国も、危ない。表立つまでは、今までの
延長だが、一度起こってしまえば一挙に燃え立つのが世界経済。グローバル化は
弱肉強食を果てしなく強くするが、弱者はネットで繋がり、強者を攻撃する構図
の混乱は当分、続くことになる。壮年まで、敗戦から高度成長期を生きて
こられたことに感謝ということか!
・・・・・・
4130, マネー大動乱  −3
2012年07月16日(月)
 * ユーロの崩壊の可能性?     
        「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著
 リーマンショックをキッカケに欧米が没落過程に入ったといってよい。
世界は人種間、民族間、国家間、すべからくフラットになるプロセスに入った。
それが良いか悪いかは解らないが、これまでとは全く違った激流が押し寄せて
きている。本格的情報化社会のもたらした新時代の到来である。
その中でユーロ圏という人工的な経済共同体が出来たが、壁にぶつかり
 右往左往している。南欧系を抱え込んだため、大きな価値観の差が大きく
立ちふさがっている。もしユーロの崩壊ともなれば、数千年続いてきた
白人主導社会の崩壊に繋がる可能性が強くなる。 
 ー 以下はそれを指摘している部分である。
≪ ユーロというあまりにも人工的にでっち上げられた共通通貨が採用された
ことで、これらの加盟国の勤労倫理が改善するとか、借りたカネは返さなければ
ならないといった市民社会の倫理が浸透するとかの変化があったのだろうか。
人間の働き方や生き方は、制度が変更されたからといって5〜10年でガラッと
変るものではない。むしろ、突然変わってしまったら、南欧ののんびりした
雰囲気を満喫きた観光客を失望させてしまうだろう。ギリシャ、ポルトガル、
アイルランドあたりでの危機対応策が公式に債務不履行と認められるかどうかは
別として、何らかの債務不履行なしでユーロ圏金融市場が再建できると考える
のは白昼夢に近い。ここにきて格付けが大きく引き下げられたイタリアも、
かなり危ない。このへんの金融市場の混乱は既定の事実で、あとは実際に
起きるのがいつになるかというタイミングが興味の焦点ということになる。 
すぐにもやってくるヨーロッパ発の金融危機が打上げ花火のように派手な
ものになろうと、比較的地味に抑えることができようと、これからの
ヨーロッパ経済が回復のない没落過程に入っていくことだけはまちがいない。
これは、決して世界にとって悪いことではない。大した働きもないくせに、
夏は一〜二ヵ月のバカンスをとり、「ヨーロッパはアジア、アフリカ、中南米
の人間より生まれつきできがいいのだから、いい生活をして当然だ」と
思いこんでいる連中は没落して当然なのだ。 第二次世界大戦が終わるまで
(フランスやベルギーの場合は、一九六〇年代まで)、この手前勝手な思いこみ
が通用していた最大の理由は、アジア、アフリカ、中南米の植民地を収奪して
いたからだ。イギリスがその典型だが、戦後のヨーロッパは、慢性的な経常赤字
を垂れ流しながら、慢性インフレによる合法的な借金踏み倒しをすることで、
稼ぎよりいい生活をし、欧州諸民族の人種的優越性という虫のよい思い込みを
維持してきた。 そういう連中が、やっと身の丈に合った生活水準に引きずり
下ろされるのだ。まじめに働ぎ、自分たちの稼ぎの範囲内で生活してきた人たち
にとっては、なに一つ悪いことはない。むしろ、そのタカリ屋たちが、
没落すれば、自分たちの取り分が増える。アジア、アフリカ、中南米の
人たちには、間違いなく歓迎すべきことである。≫
▼ 白人主導のシステムとして、マネーを支配下に置くことがある。
 これまではドルだったが、それに対抗すべしと欧州がユーロという共同通貨を
作り上げた。しかし、それが崩壊の一歩手前に陥っている。恐らく、これから
数十年かけて、新しい通貨システムが構築されるだろうが、その間は恐慌と
戦争などの大混乱が生じる厳しい時代に入った。問題は何時、発火するか。


5965,人生楽しいかい? −4

2017年07月15日(土)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
    【指令7】 視点を動かす
   【指令8】 限界に触れる
  【指令9】 最悪を想定する
 ―
   * 【指令7】視点を動かす
  〜 「視点を変えれば、姿勢が変わる」
< 良い姿勢というのは、自然体で立って、身体を前後左右に揺らす。
 そうやって全身の筋肉が緊張せず、楽に呼吸できるポイントを自分の感覚で
見つけること >
「視点を変えれば、姿勢が変わる」ということ。「視点」と「姿勢」は深く関係
している。視点を変えるだけで、身体の強ばりがほぐれ、呼吸が楽になることが
ある。相手と対峙するとき、眼だけを見るのではない。 少しずつ鼻とか口元、
頭とかをずらしてみる。 中学生の授業中に、『相手の眼だけを見ないで、額と、
口元、喉を見て話しなさい』といわれたことがあった。動物は、見られることに
異常なくらい緊張する。捕獲される者の立場の本能のなせる業である。
―   
   * 【指令8】限界に触れる
<人生は超長距離走。意味なく全力を出しとる奴は、必ず途中で倒れて走り
きれなくなる。日本人に「全力教」の信者が多い。全力を出してないと不安なんだ> 
 パニックから、挫折から、回復した体験の積み重ねこそが、その人間にとって
「本当の自信」になる。ダメージを受けたとき、回復するスキルを持ってない奴は、
本当の修羅場を迎えたとき、平常心を保てなくなる。自分の弱さを知っている人は、
回復を忘れない。20歳半ばの金沢時代の研修での言葉、<自己能力の限界の設定>。
そこをクリアーにしておくと、何が、ドレくらい足りないか見えてくる。
 道理として、3割の余力を残すことと、ここで宣う。

   * 【指令9】 最悪を想定する
 〜人間としてできることは、万が一の事態が起こったとき、最善の対応が
  できる自分でいること〜
 準備期間を含めた45年の事業経験で得たことは、中長期には、想定を遥かに
超えたブラック・スワンが、舞い降りてきて、根こそぎ環境を変えてしまうこと。
想定外の出来事を想定をしておくのは無理としても、長時間かけたセフティネット
の準備は可能。それが可能なのは、創業の事業設計段階からの組入れ。
「逃げるべき時は、逃げる!」こんな当り前のことが、あたり前でないのが娑婆。
攻撃前に、最悪の想定と、対処の熟慮と、瞑想が必要になる。基本、誰も助けて
くれはしない。実情は逆である。

▼ いずれにしても、「知ること、なすべきこと、望むこと」には限界がある。
 だから「好きになり、徹して、楽しむこと」の術を会得しておくべきである。
痛みや苦しみ、しんどい娑婆と向き合い、回復することの繰返しの中で、人間
は成長するのである。楽しむには、それなりの原理原則が必要ということ!

・・・・・・
5600,恋愛心理学 〜◆…業人は意外と持てない
2016年07月15日(金)
 『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 外見的魅力がある人が「意外とモテない」という理由
  恋愛には3つの場面があるという。
・一つは出会いの瞬間。その場合は、美男美女は有利だが、そこまで。
・そして、2つ目の恋愛の場面。この場面で、趣味と、実際の相性、
 育った家庭環境などが複雑に絡むため、頓挫をするケースが多い。
 ここで外見の要素は大きく下がる。誤解をした後、理解して離別する。
 この段階で早々熱がさめるのが成田離婚。だから、幾つか恋愛経験後
 の結婚が望まれる。
・三番目は、互いの役割。長期の恋愛とか、結婚生活。学校で言えば、
 東大の偏差値に例えられる学年1〜2の美男美女が、そのまま結れて、
 添え遂げることはほぼ無い。互いのプライドが高過ぎて、実態との
 違いで仲たがえをする。  
残念なことに男女とも上位2割に8割以上の異性が集まる。そのため、
恵まれた人には、異性経験が多くなる分、魅力が蓄積される。恋愛心理学から
すると、男女とも、多くのチョイ?人に声をかけ、「やり逃げ」を重ねた分、
魅力が蓄積され濃厚な人生経験を得ることが出来る。 何ごとも、世の中、
不平等に出来ている。 世の中、男女とも、「ちょい乗り」「やり逃げ」が
満ている?  〜その辺りから〜
≪ 美人・ハンサムの人が、さほど持てないと口を揃えてる発言は誤りなので
しょうか。じつは一概にそうとはいえません。確かに、彼ら彼女らは注目の的。
クラスの多くの異性がその相手に引きつけられ、おそらく心理学の実験で彼ら
彼女らの写真を呈示されれば「とても魅力的である」とか「ぜひつきあって
みたい」とかの選択肢に○をつけるでしょう。 しかし、本当にアプローチ
されるかは別問題です。第9章で述べたように、長期的な交際を考えれば、
やはり自分と釣り合った魅力度の人と交際するのが、コスト的に一番安くすむ。
相手が浮気するのを防ぐための余計なコストがかかってしまうからです。
そして現実的に、心ではその美人やハンサムにあこがれを持っていても、
実際にアプローチしに行かないということは十分考えられます。このように
考えると、じつは美人・ハンサムは恋愛において大変不利な状況に置かれます。
容姿が普通であれば、自分と釣り合う人はクラスにも会社にも日常生活にも
たくさんいますが、美人やハンサムであると釣り合う人の数は激減してしまう
からです。ちなみに美人度・ハンサム度も測定すると正規分布になることが
わかっていますが、あなたが偏差値70〜71クラスの美人(学力でいえば東大に
入れるレベル)だった場合、クラスの美人(平均よりもほんのちょっと美人)に
比べて、理論上釣り合う人の数は8分の1以下になってしまいます。
これが意外とアプローチされないという感覚の原因と思われます。≫
▼ 学年1〜2の美女は、(ちょい美人)に比べ、釣り合う人の数は8分1以下
 とは驚き。あまりの美人に、もと駄目と軽く声をかけたら、以外と好反応を
示されたことがあったが。短期的には釣合いの取れた相手と機会があっても、
一定期間が経過した後、熱が冷めて辟易し、分かれてしまっていたのだろう。

・・・・・・
5235,NHKスペシャル「腰痛」治療革命  ー
2015年07月15日(水)
  一昨日、NHKスペシャルで、ー「腰痛」治療革命ーを放送した。
< 腰痛は、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が!>
 が、その要点。偶然だが、6年前の一昨日の同月同日(7月13日)に、
私にとって最後の重症?の腰痛について書いてあった。「最悪を覚悟した上で、
上京する!」と決めたと同時に痛さが何故か半減、無事、学校行事に参加して
きたが、決心が痛みを半減させたとは知らなかった。 〜その日の内容から〜
【  3021,卒業40年周年か〜
   2009年07月13日(月)
 「大学卒業40周年記念の集い」に参加してきた。
これまで、20周年、30周年記念の集いにも参加をしたが、良いメルクマール
になってきた。(10周年は、20数年前から企画されたので、『集い』そのもの
が無かった) 今回は、数日前から腰痛が出て、上京など無理の事態だったが、
「這ってでも行く」と決めた瞬間から、痛みが少なくなった。
 まず「前日の金曜日に銀座でクラブの仲間が集まろうよ」の誘いを断り、
当日の土曜日だけを出席すれば何とかなるのではと考えた。出席するとしたら、
前日に東京に行って、クラブ仲間の会の出席は一度ホテルで休んだ後で、
腰と相談すればよいと。「当日に上京するよりも、前日に行き、翌日ギリギリ
までホテルで待機して集いに参加すれば何とかなるはず」ということで決行、
クラブの会にも出席。二日間を乗り切ることができた。最後は覚悟である。】
その時には気づかなかったが、不安と迷いが、腰痛を拗らせていたようだ。
 NHK・HPの  ー腰痛」革命ー の案内より〜
≪ その腰痛、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が!
 治療しても効果がなく、一度治ってもぶり返すなど長引く「慢性腰痛」。
最先端の治療現場では、「脳」の働きを改善し、慢性腰痛を克服する対策が、
大きな成果をあげています。たとえば腰痛 の不安を解消する映像を見たり、
恐怖心を克服する運動をするだけで、改善する人たちがいます。専門的な
心理療法で、極めて重い症状の患者の腰痛が改善するケースも出始めている。
3か月以上痛みが続く「慢性腰痛」の方へ。世界が認めた最新対策を伝える。
・厚労省研究班の調査によると、いま腰痛にお悩みの方は2800万人、
 実に日本人の4人に1人に及ぶと言われています。中でも問題なのは、
3か月以上続く「慢性腰痛」の人が半数以上を占めると考えられていること。
通常なら、腰痛の原因となる腰の骨や筋肉の異常は3か月たたずに改善
するはずです。痛みの大元は改善しているはずなのに、なぜか痛みが
長引く人がたくさんいるというのは、一体どういうことなのでしょうか?
最近の研究で、痛みの長期化(慢性化)に「脳」が大きく関わっている
ことがわかってきました。脳にはもともと、痛みを抑える鎮痛の仕組みが
備わっているのですが、慢性腰痛の人ではその仕組みが衰えていることが
わかってきたのです。 ≫
▼ 現在、3年前からスポーツジムで、週2〜3回のヨガ・エアロに参加。
 これが、セルフ・腰痛治療のかわりになる。これが腰痛の身にとって、
決して楽でなく、数時間は痛みが残る。それでも徐々に良くなっている
から続いている。不安、恐れが、腰痛だけでなく、人生のあらゆる問題に
なっている。大方が、これに潰され、人生を小さくさせてしまう。
この私の対策が、不安・恐怖を凝視し、「正中心一点無」の言葉。
これは極限の場面で前向きになるために絶大な効果がある。後ろ向きは、
最大の内なる敵。腰痛も、「何とかなる。ガタガタするな!」ということ。
・・・・・・
4870,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー38
2014年07月15日(火)
   * 設計と、建設と、ゼネコン・シンジケート
 ビル設計の私の方法は、各階の平面図を設計士と話合い何度か書換えながら
穴があくほど凝視する。その過程で他の戦術などを考える。そうこうすると、
夢の中で、その場に立つまでになる。今では3DやCGがあるが・・問題は設計
担当者と自分レベル。それが、そのまま出る上、後になって隠れた問題が出てくる。
 千葉・千城台と、実家の商業ビルの基本設計担当者が事務所を辞め独立していた。 
その担当者とは呼吸が合い、創造(想像)力が引き出されていた。が、彼は私を
全くの素人と見ていた。私の場合、創造工学などの本を何冊か読み込んでいた。
また学生時代のゼミなどで、ものを考え出したり、作り上げるに、何も捉われの
ないピエロ役「X」を仮想し、暗黙のうちに誰かが演じ、飛躍した案を正・反・合
を繰り返しながら練り上げていた。 千葉、長岡の手掛けた二つのビル設計も、
私がピエロ役(暗黙)をしていたが、それを未熟?にしか思えなかったのか、
一度会った後、居留守を使ってきた。それより、千葉と長岡の露わな姿を身近で
見ていたこともあったか。 この人物、一棟目のホテルの成功をみた後、改めて
組みたいと言ってきたが、許せないのが私の限界。既に故人だが、設計担当として
神がかり的であった。 長期投資は、時代の変遷を乗越えなければならないため、
長期的視点(神的視線)が必要になるが、ところが分かってないのが多い! 
創業は、その都度、会計事務所も、設計事務所も、何もかも変えるのが筋だが・・ 
その甘さが、贅肉として、付いていた。 当初のビル建設から薄々気づいたのが、
建設業界そのものがゼネコン・シンジケートの存在。当時のビル建設の99%は、
その談合で決定されていた。あとの一%は、関係者の熟知した中で、何とか?・・ 
 その網の中で、私は小虫レベル。その都度、何とか努力をしたが、長年かけた
膨大かつ緻密の網目で、雁字搦め。10数年前に社会的大問題になって、大きく
変わったというが? 今でも巧妙に、マフィア化し、巧妙に現存? 相手を
パターン化し、シンジケートが談合で決めた粗筋どおりに、施主を躍らせる集団
詐欺的要素が強い世界。装置産業は、これと、税制のカラクリで、長期的に存続
するのは至難の業である。軌道に乗ったころには、時代遅れの産物になる。
だから、長期の装置投資をする時に、当初からシェルターを組込むしかない! 
創業は上手くいけば天国、失敗すれば地獄。その中間にあるのが煉獄。
そこは <キリスト教の教義において、小罪を犯し地獄に行くまでに至らないが
すぐには天国へ行けない霊魂が、苦しみを受けながら浄化 され最後の審判を
待つ場所、その状態> 老後は、誰しも煉獄状態? 創業は、地獄、天国、煉獄
が直に味わえる。で、シェルター内は、煉獄? 建設業界は、生き馬の目を抜く
修羅世界でもある。偶然だが、以下の文章に続く!
・・・・・・
4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ
2013年07月15日(月)
 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様
なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの
ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、
インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、
死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、
決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、
飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。
生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが
迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が
水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に
なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、
このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して
浮かび上がってくる。  ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラ
に収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映し
だそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に向かって飛び
降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で
自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、橋の柵に足をかけたら管理局
に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を撮影
した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、
遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は
インタビューの情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを
抱えていることがその中で分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇して
いるうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。生死の問題も
あり、それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、
ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら
新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。
人知れず消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪く
ないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!


5964,人生楽しいかい? −3

2017年07月14日(金)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令4】距離を測る
     【指令5】呼吸する
      【指令6】姿勢を整える
       【指令7】視点を動かす
★ 【指令4】 距離を測る
  〜『いつでもここから逃げられる』という余裕があって初めて、
    人と人は「対等」になれるのや〜
 ▽ 私のスタンスは、他者との距離を置くこと。個人主義である。
特に20歳で『創業を目指す』と決めてから、その傾向が強くなっていた。
まず、ベースづくりのため、固定が最大の難敵となる。今も、そのスタンスが
そのまま残っており、誤解を受けているようだが… 新潟駅前で30年間の事業
をしてきたが、4つのホテルのテリトリー内には、暴力団事務所が2つ、3つある。
いつ、何ときに、組員が営業にくる可能性があった。事務所には、裏口を用意し、
逃げ道を作ったいた。一度も対峙することは無かったが、このスタンスは基本。
『閑静』の『閑』の、一本の木を取り囲む塀である。とにもかくも、孤独と、
孤立を心の中に保ってないと… これは両親の後姿から学んだこと。
 たった1センチの距離の違いが人生の別れ道になる。
★ 【指令5】 呼吸する
  〜鼻から吸って、口からフ〜ッと吐く。これが究極奥義、呼吸や〜
 自分が緊張をすれば、相手もまた、緊張する。自分がリラックスれば、
相手もまた、リラックスする。
 平常心である『何となく大丈夫」という感覚こそ重要である。
 ▽ 過緊張ゾーンこそパニックの原点。大抵の人は平常心でいられず、常に
パニック状態であることが多い。平常心ゾーンに回復するには、こまめな「呼吸」
で、回復することこそ、奥義がある。
★ 【指令6】 姿勢を整える
  〜姿勢をまっすぐにし、リラックスして立つ。そうすると呼吸も楽に
 なりし、今より楽になる。〜
 「優秀な戦士とは、健康な戦士である。」その外形は背筋を伸ばした、姿勢。
 ▽ 規律訓練などで、厳しく正されるのが背骨をスプーンにした上に、全身を
弛緩すること。そうすると、呼吸も自然と整うことになる。そして、対峙する者
の眼か、首元をみること。新人訓練をする方は、相手は野獣と理解しおかないと…

▼ 卒業直後に、「正社員としての正規教育」を受けてないと、後あと、
 苦労することが多くなる。転職をする度に、準社員としての立地ふるまいが、
染み込んでいくため。そして、不適応と不自由を混合し、外部に自由を求める。
【指令4・5・6】は、「ヨガ」の教えに重なる。
<周囲の人との距離を図り、姿勢を正し弛緩と緊張を繰返し、静かに呼吸をする>
 で、目的は「瞑想」を深めること。

・・・・・・
5599,恋愛心理学 〜
2016年07月14日(木)          
             『美人の正体』〜越智啓太著 
  * 美男美女には敵わない
 図書館で、何気なく手にとって借りてきた本だが、これが面白い。
これで、「恋愛心理学」の分野があることを初めて知った。考えてみれば、
幼児から恋心が芽生え、老いれば老らくの恋がある。その心理学があっても
不思議ではない。総じて人間は、外見的魅力が高ければ高いほど得をする。
顔が悪かったら何か他でカバーしようとする。ここで、学問等が優秀でも
美男美女には敵わない現実が記載されている。生物学的要因と社会学的要因
の双方から、美人・ハンサムであるほど、頭が良く、運動や音楽でも優れ、
仕事ができ、玉の輿に乗る可能性が高いようだ。
 耳、鼻、口、目などの平均的形相を、そのまま均整をとって組合わせた顔が、
何故か信じられないほどの美形になる。その上に、顔や身体の「左右対称性」
が、健康や知性、社会的な適応と密接に関連している。
 良い顔つきの人には、それなりの人がペアになるため、長年のかけ合わせの
積重ねが、容姿の元になる。しかも、美人・ハンサムは幼少時から周囲の大人
に能力が高いと期待され、結果、努力を重ねるため、能力も比例する傾向にある。
  〜印象に残った箇所の幾つかを抜粋すると
・男性は「相手の子供が自分の子供である確率を上げるため」、
 女性は「やりにげされないため」、それぞれの思惑で相手を選ぶ。
・男性の場合、相手が若く経験が浅いほど自分の子である確率が高いから、
 若くて幼児っぽい容姿に惹かれ、女性は行為の前に鳥でいう「巣作り」を、
 つまり経済性を要求する。
・同じ男性でも高級車に乗っていると魅力的に映る。 女性のWHR(ウエスト
 とヒップの比率)が、体重に関係なく0.7が丁度よいバランスになる。
・多くの写真を合成して平均化していくほど、イケメン・美人度が高くなる。
 ――――
 息を呑むような美人に何人か出会ったが、連れは、?の人が多い。短期的に
丁度良い相手は、長期的相性が良いとは言えない。二人のパッと目は良いが、
さて中味となると? で、世界は不幸に満ちることになる。 美男美女とはいえ、
顔と身体のバランスがとれているだけだが、それで人生を大きく左右されるとは、
何だろう。自分の中の妄想を、そのバランスの良さが、駆り立てているだけだが。
もう一つ、TVや映画の主人公は、当然、美形である。そのハロー効果 ※が、
美形、良い人、有能な人と植付けられた結果が、実態との乖離をうむ。付いてる
機能は、皆、同じなのに。肉体というヌイグルミと、心、魂は別物なのに。 まあ、
一生、気づかず、人生を終えるのだから、それはそれで! でも美人は良い。
 
 ※ ハロー効果とは、心理学者エドワード・ソーンダイク によって名づけられた
造語で、心理的効果の一つ。ある対象を評価をする時に顕著な 特徴に引き
ずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。

・・・・・・
5234,「エリック・ホッファー自伝」 〜Α
2015年07月14日(火)
             「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * ある若い女性との出会いと、別れ
  ホッファーに深い矛盾が見て取れる出来事である。人生で誰もが、
 経験する分かれ道がある。もし、二人の女性の申し出を受け入れていたら、
放浪者として世に受け入れられた哲学者としての彼は居なかった。別れで一番、
傷つくのが本人同士。こういう傷口から深い思索と、新しい出会いが出来てくる。 
時空を超えて悲しみが伝わってくるようだ。 〜その辺りから
≪・ある初夏の朝、レストランから出ようとしていると、赤い列車がシャタック
アベニュー駅に到着するのが見えてきた。こんな早く旅行しているのはどんな
人だろう。列車からは若い女が二人降りたが、手には小さなスーツケースを
持っている。明らかに初めての来訪で、列車を降りた所であたりを見回している。
様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて
「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。彼女たちは驚いたようだった。
二人の女は昼と夜のようにまったく対照的である。一人は背が高くてとても
美しく、もう一人はずんぐりしていて、きれいとは言えない。
「手荷物係さん?」とずんぐりした方がたずねた。「いいえ、給仕係さんですよ」
と私は答えた。みな笑った。私は動揺を隠そうとしゃべり続けた。彼女たちは学生
だろうか。大学はちょうど休みの時期で、次の学期が始まるのは数ヵ月先だった。
サマースクールに出席しようとしているのだろうか。それなら、いろいろと
落ち着くまで時間が要るだろう。「とにかく、そのときまず必要だったのは
朝食である。私はスーツケースを持ち、レストランに案内した。私はテーブル
をとり、カウンターに行き、オレンジジュースと果物とハムエッグを注文した。
食事中も彼女たちは笑いっぱなしで、私を好奇な目で見ている。きれいでない方
の目は私に対する疑いが見てとれた。私は「心配しないでください。別に私は
頭がおかしいわけでもないし、知らない人に声をかけて朝食をご馳走する
趣味はありません。姿を見かけた時に、話したいと思っただけです。
 ・・(略) 彼女たちにはある計画があったのである。ある晩、フレッドが
人生の目的について私を諭した。人間は目的をもっていなければならないし、
自分の非凡な能力を無駄にするのは罪だ、と。彼女はヘレンから最近の物理学
の動向について聞かされていたのだ。そして、私の理論化する才能を生かせば、
奇跡的なことが成し遂げられるはずだし、物理学部の誰よりもすごいことが
できる。並外れた数学の力があれば、アインシュタインのようにもなれるかも
しれない、と彼女は信じ込んでいた。ばかげた話だった。二人の女性が、
私を驚異の人物に仕立てようと決意している。まったく常軌を逸していた。
私は心からヘレンを愛していたが、彼女たちの期待に応えるために、四十歳
まで残されたわずかな人生を費やすのは、あまりにも惨めだろう。おそらく
物理学部の人たちは、すぐに私が偽者だと気づき始めるだろう。どうして自分
に並外れた才能があるなどと信じられよう。もしこのまま彼女たちと暮らせば、
一時の平和も見出せないだろうと思った。私は一刻も早く行動を起こして、
放浪生活に戻らなければならなくなった。こうして収穫期が近づいたある日、
私は何も告げずに、バークレーを離れた。・・・ ≫
▼ 何か、ホッファーの傷の疼きが、そのまま井伏鱒二の詩が代弁している。
 <この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ  
           花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけ が人生だ>
 先短い人生、一時的安住を選ぶか、放浪哲学者の道を選ぶか。
20才代、創業のための自己配転をした節目の孤独感を思い出す。
目指す所が、あまりに遠く、現状に安住できない二重構造の自分が、
存在していた。 極限を乗越えていくのが青春であり、青年である。
・・・・・・
4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37
2014年07月14日(月)
   * 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?
『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、
 45年間の事業で実感した真髄が、そのまま書いてあった。
《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。
 誰しも、自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、
 損をしないようにしましょうと、私はアドバイスをします。》
のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。
ファッションなどの不良在庫の発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化
したもの。 チョッとした違いに消費者は敏感だが、売り手が気づかず仕入れ
をしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れをベター商品で補おう
として不良在庫になって、損失につながる。これ事業も、人生も全く同じ。
10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを
忘れ、目先のベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、
それが駅から一番離れたのホテルと、駐車場。これが、それまでの利益のみ
ならず、本体の経営を揺るがす。ちなみにベストは、関越自動車道からの
東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。
それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。3年前の結果は、
ベストでなく、ベターの選択の結果である。現在も同じことが言えるのでは? 
決して、ベストではない? 流れで、自宅に、そのまま住んでいる。
ところで、私の場合どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の
資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベスト
でなく、ベターだったのか?「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、
問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 
ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! 
アベノミックスは、決してベストではなく、ベターでしかない。
ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を
清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 
当然のことだが! グローバル的には秒読みに入っている。
私、個人は、まさに一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけ。
・・・・・
4502, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー4
2013年07月14日(日)
          『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
*(末期ガンで早々}逝くも地獄、残る(死に損なうの)も地獄
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』
を読むと、老いることも、死にゆくことも、決して甘くないことが分かる。
そう遠くない未来を垣間見ているようで呆然とするが、これは目を背ける
ことが出来ない。子孫を遺す役目を終えた50歳から還暦辺りになったら、
「がん死」がお勧めという。余命6ヶ月と宣言され、幸運と私に思えるか?
 何をしても少しでも長く生きたいと思うのが人情。 近代医学の成果で
長生きをした結果、長生きをし特老に入って死に逝く人を見送り、その悲劇
を実感した著者の率直な実感だから説得力がある。拷問ようなの苦痛を
味わった挙句、息を引き取るのが大半ならば、点滴、薬漬けを拒否し、自然死
に近い状態で死んでいく方が良いのかも。
 胃瘻と鼻チューブなどで延命させるのが果たして本人に良いだろうか。
医療サイドは、出来ること全てを注ぎ、延命させるのが基本であり、家族も
見殺しに出来ないという罪の意識が、拷問に近い状態でも生かそうとする。
それは逆に拷問のため生かしておくことと変わらない、のが分からない。
鼻チューブから栄養をとる違和感は半端でないため、患者は隙あらば
引き抜こうとする。そこで両手を縛り付けるが、それは拷問と同じこと。
患者は食べないから死ぬのではない。死に時が来たから食べないのである。
それを無理に生かそうとするため、拷問状態になる。「できるだけ手を尽くす」
は「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。
そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。
末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、
中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、著者の見方によれば、
これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも
大ごとということ。 そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。
そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した
文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何?
を用意しておくのも必要なことかも。死ぬのは、生きてきたのだから仕方が
ないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。 
 やはり生きているうち今を充実させるしかない。「今ヨリナキニ」である。
それと「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければ
ならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか? 幸せだった日々に感謝
しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れる
かもしれない。死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 
次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、全て準備
をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、
今でも遅くはない・・ 何事も準備である。
・・・・・・
4128, ヨガとは何?という素朴な疑問
2012年07月14日(土)
 スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから
初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。定員50人に、平均40人位
が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 
その中、時どき先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。
無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、そこに気持ちを
集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しない
とかは気にすることはない」という。なる程!いいことを言われる。週二回、
4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」
腰には良いが、少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が
出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、徐々に解けている
のがポーズの積み重ねで実感する。ーそこでヨガの意味をネットで調べてみたー
 ≪  ◇ ヨーガの意味と起源 
 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパや
モヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の印形が出土していることから、
その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として
確認されているのは紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは
「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地
へ行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)
を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの
感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。
このことから「ヨーガ」は、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味するところは
「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。
 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、
仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、王宮から出家して
山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、
その間、瞑想をしたり、断食をしたり、野山で遊行した修行が、まさに当時の
ヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き
残したと云われる「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が
語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。
その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、
物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、
命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、日知り
「聖人」と云ったのです。このように「ヨーガ」とは、「結びつける」
「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」
「技法」として発達してきたのです。それでは何と何とを「結びつけ」
「バランスをとる」のでしょうか?
 それは、�身体と心をバランスよく結びつける。�内なる私(真我)と
大いなる我(宇宙)とを結びつける。�人と人をバランスよく結びつけること。
仏教では、それを三宝と云って、�身体と心をバランスよく結びつけ解放した
人間存在を「仏(ブッダ)」といい�宇宙や自然の法則と自己とを調和させる
生き方を「法(ダルマ)」といい、�人と人とが調和し助け合う平和な社会を
「僧(サンガ)」といって尊んだのです。そしてヨーガでは、その方法を、
具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、運動法(アーサナ)、呼吸法
(プラーナヤーマ)、瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、
ディヤーナ、サマーディ)そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)
等として、 私達に伝えてきているのです。 ≫
▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と
 心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん
でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」
が語源であり、意味は「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」
との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行こと。
 10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して現在も話を
しているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。


5963,人生楽しいかい? −2

2017年07月13日(木)

       <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令1】「よかったこと」に目を向ける
  【指令2】ゆっくりやる
 【指令3】知る
    
 ・【指令1】「よかったこと」に目を向ける
   〜極端のポジティブシンキングは、物事を一面的に捉えている点では、
   ネガティブシンキングと同じ
☆ 人生を振返ると、最悪と落込んでいた日々の中にこそ、光輝くことが
 隠されていた。その時の状況が最悪ほど、そこに、ボロを身にまとった機会
があった。ある意味、人生の極限状況が、磁力になってチャンスを引寄せる。
「よかった背景は、漆黒の闇であった。」 光の「よかったこと」は、
漆黒の中にこそ、隠されていて、輝きを増す。
 
 ・【指令2】ゆっくりやる
    〜ゆっくりとやるだけでも、人は多くの気づきを得る。
   無暗に急いでいる人間は、見落としてはいけない大切なことを
  見落としてしまう。
☆ ここで取上げたジーンズの創業者リーヴァイ・ストラウスの話が良い。
 <彼は、元もと貧乏青年だったが、一旗あげようとカルフォルニアで金を掘り
  当てようと手持ちの物を売りながら、港町に辿り着く。普通なら金山に直行
  するところ、散歩をすることにした。 そこで知ったのが、金を掘るのに、
  丈夫なズボンが絶対的不足をしていること。そこで、手元に残っていた
  テント用帆布でオーバーホールを作って売り、大成功を収めた。>
 
 ・【指令3】知る
 ここで指摘している「世の中の人間のほとんどは、一日の大半をパニック
寸前の異常な心理状態で過ごしている> というのも、一線から振り返りみると、
よく分かる。「ゆっくりやる」と、そのことに気づくことになる。で、次の段階
の「知る」必要性を実感する。ダメな自分を知ると、第一の指令の、
『良かったこと』に目をつけろ、になっていく。
 50年の早朝の読書と、40年近くの散歩とポタリング(自転車散策)を欠かさず
行ってきたが、これが無かったら、間違いなく視野狭窄で神経衰弱に陥っていた。
「視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」の循環が、人生を卑小化させて
いまう。その成れの果てが…? …そういうこと。 全ての人にとっての『私』。

▼ 転職などの人生の転機で、大きなチャンスがあった。 それは、
『色即是空・空即是色』の『空即是色』にあたる「真空」の『空』の働きをする。
それは「ゆっくり」してないと、気づくことが出来ない。極限状況がもたらす
のは、目指したプロセスで得た隠れたチャンスの気づき。『正・中心・一点・無』
の純粋な精神が、極限の中から磁力として現れ出てくる。ここまで来ても、何も
知らずに世間のドロで脳をやられていることさえ気づかない群れ、それも… ?
「顔色を窺って生きるのも一つの生き方」 まあ、面白くないのだろうが。
注)ところで、こんなつまらない内容を、よく毎日書いているか? って答え。
「視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」が、原動力で、17年分の文章が、
原動力になっている。こんなものでしかない自嘲が、気を楽にする。
  〜で、以下に続いていく〜

・・・・・・
5598,閑話小題 〜悪名は無名に勝る/竹中 平蔵
2016年07月13日(水)
    * 悪名は無名に勝る
 一昨日のTVのトークショーで、竹中平蔵が自らを語った言葉、
「悪名は無名に勝る」が、当を得ていた。この番組内で、メンバーと
繰返し竹中の金融政策を言葉を尽くし扱き下ろしていた司会者が、竹中に、
『よくぞ、出演をオッケーしましたね!』に対し返した言葉である。 
「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無関心」。その無関心よりも、
嫌われる方が良い。嫌われるのは、忘れ去られることでない。
 〜この言葉そのままを「ネット検索」をしたところ〜
<渡辺恒雄が、「悪名は無名に勝る」と江川卓を評したそうですが、
「もともとは渡辺美智雄(元副総理)の言葉だ」(朝日新聞2012.11.28)と
発言しています。渡辺美智雄さんが誰からこの言葉を聞いたのか、あるいは
自分で作り出したのか、すでに故人となった方なので確認は不可能>とあった。
 5年前、追詰められ前に事業清算を決断したが、これに尾ひれがついた悪名が
広く流布されたようだ。銀行主導の会社整理は、考えただけでムシズが走る。
 数十年に亘って作り上げていた万一の備えを、もっともらしい後講釈で、
理屈付けをしていたが、無明の蓄群が想像を絶した陰湿な物語構成をされていた
のだろう。それに対し、「悪名は無名に勝る」が、丁度よいブラックジョーク。
「悪行は、無行に勝る」「悪業は、無業に勝る」という言葉も成り立つ。
「行」は、仏教語では、「決断」にあたる。他者の決断の成否を論じるしか
脳(能)が無い人ほど、蓄群の本質が現れ出る。無名は、淀んだ世間の生きる
知恵であり、常に裏話の悪名の材料を必要とする。 元もと、悪名を気にする
程度なら、日常戦場の事業など起こせないし、それが、逆に勲章に思えないと!
 で、恐れたまま無名の城下町縫いぐるみを着たままの一生を無業で終わる! 
   それも一生だが・・ 

   * スポーツジムのロッカールームで
 一昨日、スポーツジムのロッカーの通路の床に人が横たわっていた。
その横の長いすに人が座って様子を見ているが、風呂でも入りすぎて
逆上せ上がっているのを冷やしているのだろうと、軽く考えて、通り過ぎた。
そして帰り支度をしている内に、救急隊員が三人ほど来て、「右腕を上げて
みてとか、足を上げてみて」とか、脳梗塞か、脳溢血かどうかを調べていた。
少し様子を見て、帰ってきたが、その横には担架が置いてあった。こういう
現場といえば、二ヶ月前、信濃川土手でランニングのグループの年寄りが
倒れており、救急隊員に介護を受けている横を自転車で通りすごした。
 昨日も今日も湿気が強く、こういう急患も出るのだろう。
SJでは、年に一回の割合で救急車が玄関前に来ている。

・・・・・・
5233,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月13日(月)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 犯罪の4分3が窃盗
「窃盗」や「盗難」は、日々の生活で起こりえる危険である。それに関して、
事前に知識を身につけておいた方がよい。 〜面白そうな要所を抜粋すると
≪ ・泥棒は初犯はほとんど逮捕できない。一回で終わりという泥棒はおらず、
 常習犯は繰り返す。そのうちに徐々に犯行手口が見え、検挙の端緒をつかむ。
泥棒が犯行を重ねるうち、「あいつは必ずこうやる」という癖が見えてくる。
30年間の警察人生で出会った特徴的な泥棒のエピソードを紹介されている。
・金庫専門ドロはその場で破るか、持ち帰ってゆっくり開けるかの両パターン。
泥棒は軽業師みたいな小柄な人間が多いが、金庫ドロはその理由で大柄の人間
が多い。しかしクマヒラ金庫は持ち帰れない重量のため、開けるのに時間が
かかるので諦めるケースが多い。著者はクマヒラの防盗金庫が破られた話は
聞いたことがない。
・犯人尾行や、取調室でのやり取り、黒帯犯人の大捕り物や質屋との信頼関係
作りなど、隠語も豊富に盛り込んだ捜査裏話も面白い。 外塀がないなど
「プライバシーがない家」の方が狙われにくい。泥棒に狙われやすい場所は
おおむね1階ないし2階と最上階。そして2階でも、ベランダの背の高いところ
が狙われやすい。
・タンスと仏壇から物色するのが泥棒の常套手段。泥棒を捕まえるため質屋
との連携、外国人窃盗団の違いなどが面白い。空き巣の実に7割が窓の侵入。
そして、侵入手口の8割以上が「ガラス破りによるもの」と、
「無施錠の家を狙ったもの」。 ≫
▼ それでも欧米に比べ、日本の治安は段違いによい。目星をつけた
 観光バスに集団スリが車で付いて回るケースが多い。身近で、あまり
空巣に入られた話は聞いたことがない。地方ということもあるが・・
よそ者が目立つこともある。「下着泥棒」の聞きこみにきた刑事が、
「この辺で空巣の話を聞いたことがない」という私の話に、「目立たないが、
アパート内で、結構、多くある」という。アパートの住人は、地元民との
接触が少ないので、伝わってこないのだろう。地元では、長岡花火の日が
狙いどこだろうが、注意勧告が無いということは、泥棒も花火を見ている?
・・・・・・
4868,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー36
2014年07月13日(日)
    * 暴力団事務所がホテル至近に二つ!
 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、
ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。(その後、東跨線橋近くに移動したが・・) 
そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、ドアの外で
誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」
「ここは、どこの縄張りか分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。
修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。
その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人
になるのを見届けて来たのだろう。しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。
その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と来ますよ!」
と平然としている。その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では
受付できません!」と軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その
応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。その結果、その暴力団
事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。それ以来、その後のホテル
建設のゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業して
から分かったことが、ホテルは、ヤクザ、チンピラの絶好の凌ぎの標的。
しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、30年間、
一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ
脅されたが、そのチンピラ二人は、その後、県外の検問逮捕された。開業後、
1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。現場責任者が対応するが、
酔客と、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 
 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 
お客に扮したトレーナーが、大声で無理難題を言うのを、ひたすら受け流す
訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、
民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡
するが、刑事とて公務員、あてにならない! 前門の虎が脅し客なら、後門の狼は
私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の不当行為をなくす
法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、
減っていった。それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団と
知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約
をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎ
が厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、
相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に連絡する相手は、一番の難敵。
犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。そこに恐喝など、
無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 
警察は全ては解決をしてくれないが、直ぐに相談する習慣こそ、大事。
一番悪いのは泣き寝入り!そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。
・・・・・・
4501, 閑話小題 ーバランスボール
2013年07月13日(土)
   * バランスボール
 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて
読むのは初めてである。母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだ。
腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでのギックリ腰から持病
になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが
良いとあった。書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 
さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、その小しかなかった。
小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて
使っているが不安定。スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」
がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。
これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチ
やエビ反りや、上下のバウンドをする。机の横において腰が疲れると椅子から、
これに乗り換える。まだ3日なので効果は分らないが、直感的にみて良いようだ。
ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。
 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。
軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。最後に重いのきたのが
4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。この時のキッカケが、
「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。
あまりに腰が気持ちが良くて、使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 
それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。まずベッドに低反発枕
と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には
低反発クッションを導入。それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。
2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロ
の効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 
特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の歪みを修正してくれる。 
借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰に
かかるというから、私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの
前の椅子に座るので、その負担が実感している。
 ・・・・・
4127, 閑話小題 ーシネマ
2012年07月13日(金)
   * 相変わらずのシネマ通い
 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ?
だが値段の割に価値を感じるからだ。エネルギーを持て余している現在、手軽な
ストレス解消になる割りに毒は少ない。物語に意識しドップリ浸かるのがコツ。
最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。
家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。頭には決して
良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かった
のは、韓国映画の「マイウェイ・12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、
ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分
で月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分
も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、それに洗脳されてしまう。
時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。一つ酒を飲み
交わす場面で、徳利は江戸末期になって出まわるようになったもので、それまで
は鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを背景にした
映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で
80インチのTVを見てきた。80万位だが、ここまで大きいと迫力がある。
月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分。
   * オスプレーの反対運動
 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか
不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、都合が良いのは日本。
飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの
役割もあるので、飛行機と違って、滑走路を必要としないため何処からでも
離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。
沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざ
わざ基地を街の近くにつくった訳でない何故か誰も、このことを言わない。
嫌な臭いがする反対運動である。  話は変わるが、原発に対するアンケートで、
「全エネルギーの25%を原発が担っているが、15%位が良い」、が一番
多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なこと
ぐらいは、分かっている。このままいけば、周辺各国から、寄って集って領土
など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が
十分ある理屈もある。もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も
経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。


5962,閑話小題 〜お笑い、喚問

2017年07月12日(水)

   * ど素人が、何を! 〜お笑い、喚問
 「加計学園」をめぐる閉会中審査の中継が、何とも奇妙なリアルな現実を
浮彫にしていた。そう単純な汚職構造ではないようだ。一般国民は、刑事モノ
ドラマや、映画のフィクション映像に真実を想定できる訓練を受けており、
自民党がかいたシナリオの虚実を軽く見抜いてしまうことを、政権中枢は理解
出来ないようだ。プロの視線を持った国民を、ど素人の政権中枢が騙そうと
する姿が、リアルな映像で、そのまま、現れ出ていた。これでは、支持率が
激減するわけである。 これでも、まだまだ健全は健全である。 
 〜その幾つかをネット検索で拾ってみた。
・≪ 2017年7月10日に行われた学校法人「加計学園」をめぐる閉会中審査で、
 インターネット上の注目を集めたのは、一連の疑惑を告発した前川喜平・
前文科次官の発言ではなく、愛媛県今治市への獣医学部誘致を進めた加戸守行・
前愛媛県知事の約20分間にわたる訴えだった。
前川氏の「行政がゆがめられた」発言に対し、
加戸氏は「岩盤規制に国家戦略特区が穴を開け『ゆがめられた行政が正された』
というのが正しい」と反論。さらには、今回の加計問題を報じるメディアへの
批判も展開するなど、踏み込んだ発言の内容が賛否を広げている。≫
・≪「天下り問題で引責辞任した前川氏に質問する」「不正な天下り事件に
 関わって辞めたことは公然の事実」。この日質問に立った衆参両院の自民党
議員2人は、いずれも「天下り」という言葉を持ち出しながら前川氏や文科省の
対応に疑問を呈した。
 これに対し、前川氏は午後の質疑で、文科省OBでもある内閣官房参与
だった加計学園理事から獣医学部新設に向けた速やかな対応を求められたもの
の応じなかったと説明。「OBから現役への働きかけこそが天下りの弊害だ。
私は政策判断には影響させなかった。そんたくとか、審査を甘くするとか、
そうしたことはすべきでない。天下り問題と、獣医学部の問題を結びつける
のは誤りだ」と切り返した。 ≫
・≪〜森友問題で“疑惑隠し”佐川局長の出世で財務省が失ったもの〜
 財務省の佐川宣寿理財局長(昭和57年、旧大蔵省入省)が、7月の人事で
国税庁長官へと出世する。佐川氏は国会答弁で、森友学園への国有地払い下げ
について「すべての資料を廃棄した」などと繰り返し、野党の追及に一切の言質
を与えなかったことで一気に名前が知られた。国税庁長官は、税務署職員など
全国約5万6000人の組織を率いる次官級の重要ポストだ。この人事に懸念の声
があがっている。
「税務調査は、国税局の査察部が令状を示して行う強制調査は一部で、
ほとんどが任意調査です。この任意調査が拒まれると、大変なことになる。
“疑惑隠し官僚”の佐川氏がトップになって、調査で『資料は廃棄した』と
言われるなど、現場が苦労するのでは」(財務省職員)≫

▼ 誰の目にも、菅官房長より、前川元次官の言葉に真実を感じるのは当然。
 そこには汚職の匂いがプンプンとしている。明らかに権力の乱用。そこまで
追い詰められていることか。 国税庁長官職も、権威があればこそ、これじゃ。
こんな茶番の中継を、私と家内が嘲笑を込め見ていたのだから、非常に深刻だ。
 森友問題が表立たなかった場合、いくらの献金貰っていたのでしょうか?

・・・・・・
5597,閑話小題 〜20歳の自分に言いたいこと!
2016年07月12日(火)
  * 20歳の自分に言いたいこと!
 『現在から、半世紀前の自分に言いたいことがあれば、何だろう?』と、
考えてみた。 実際に実行してきたことも含めて(実行=○、中途半端=△、
実行してこなかった×)書きだしてみた。20歳の夏休みのキリスト教倫理の
教授が課した『人生の展望』の中で、父に倣って『創業を目指す』を、決心
したのが、そして、一歩を踏出すタイミングに父がガンで倒れ、父の土台が
無くなって、独り立ちが出来たことが、大きい。〜思いのまま列記すると〜
・20%の天引き預金をし、時流に乗った株に狙いをつけ買いますこと。(△)
 註)結婚してから、家内名義の給与にし、健康保険と、厚生年金を支払い、
  その残額を預金していたため、40年近く実践していたことになる。
・生き金を使うこと。特に、良書を買い、読み続けること。
 海外に50回以上は出ること。(○)
・早朝の読書習慣(二時間)を持つこと。それも19世紀の西欧文学。
 その要約と、感想文を大学ノートに書き残すこと。それと哲学書を独学で
 よい、深耕し続けること(△)
 註)55歳で、個人のHPを立上げて、毎日アップしたのが、このブログ。
  大学ノートへのマトメ、20歳時分から続けていれば・・ 20歳時分
  から続けていれば・・ それと、19世紀の文学と絵画に対する知識が
  少なすぎた。
・早朝散歩の習慣を持つこと。
 註)30歳代前半より始めたが。 (○)
・10年スパンで、人生を、職業を見つめ直しをすること。(△)
・地元には残らないこと。
 註)30歳直前にUターン。5年後に、新潟駅前に30年間の事業場を持つ。
・親しい友人と連絡を続けること。(年賀はがき等)(△)
・日常の具体的内容の日記を書き続けること。(△)
 註)これも、ランダムには書いていたが。
・20歳代は、人生の花。何でも見て、触れ、友人を多く持ち、暇を見つけ、
 上野界隈の美術館などに通い、作品を通して有名画家の魂にふれること。
 註)20歳代に関しては、捨身で実践してきたが、どうだろう? (○)
・『一期一会』『人生二度無し』で、何事にも「正中心一点無」で挑むこと。
▼ あっちで転がり、こっちで衝突、そっちで、バカをやってきた。問題は
 後味が悪いか良いか、充実していたかどうかである。そうこう考えると、
20歳時の、『創業人生』の決心が、常に心の底で、焦りとなっていたようだ。
それが、原動力になっていた。 最後に、大津波に浚われたが、何とか逃げ
切れた。自分の道を自分で切り開くしかない。その為にも、読書習慣と、
ウォーキング習慣を身につける必要がある。そこが、独りになって考える
時空の場を持てるため。
<基礎を積上げ、固めていけば、人生は必ず豊かに、面白くなっていく!
 感謝、感激、感動の感情心を、自分の行蔵に貯めこんで、時々、手入れを
 すれば、それぞれが増幅する。> と、半世紀前の自分に叫びたい。
読み返してみて、この内容、10年後の自分が現在の自分に叫びたいことと同じ。

・・・・・・
5232,窃盗専門の「泥棒刑事」 −
2015年07月12日(日)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
  * 窃盗専門の「泥棒刑事」が明かす泥棒の実態
 泥棒専門の第三課元刑事が書いた本だから、面白くないはずはない。
30年間、ホテル経営をして中で、常に不審者が数人、宿泊をしていた。
そこに刑事が目をつけて、フロントの宿泊者名簿と、出入りの時間をチェック。 
指名手配、挙動不審者をマーク、尾行などは日常茶飯事。その中で、流しの
チンピラが恐喝をしてくるのが居るから、目くら蛇に怖じず、そのもの。
日本の警察は凄い。駅前のホテルでのチェックは、防犯からみて、効率は良い。
 それにしても、世の中、得体の知れない人間が多い。〜その辺りから
≪ 窃盗には1、侵入盗 2、非侵入盗 3、詐欺盗 4、乗り物盗がある。
 ・1の侵入盗とは空き巣のように、自宅や事務所に侵入する泥棒。つまり、
 住居侵入罪や建造物侵入罪になる場所に侵入し盗みを働くというものである。
その手口は、空き巣、忍び込み、居空き、事務所荒し、金庫破り、旅館荒し、
官公署荒し、学校荒し、病院荒し、給油所荒し、出店荒し、工場荒し、
更衣室荒し、倉庫荒しなど、多岐にわたっている。
 ・2の非侵入盗とは、ひったくりや、スリなど、屋外での犯行をいう。
具体的な手口としては、ひったくり、スリ、万引き、自動販売機狙い、さい銭盗、
置引き、仮睡者狙い、途中狙い、色情盗、等々である。
 ・3の詐欺盗とは、窃盗ではあるが、装ったり、ロ実を設けたり、詐欺的要素の
ある窃盗のことをいう。手口としては、職権盗、慶弔盗、追出し盗、買物盗など。
 ・4の乗り物盗とは、乗り物を窃取するもので、自動車、オートバイ、自転車盗。
 こうして見ていくと、泥棒の種類には空き巣狙い、金庫破り、事務所荒らし、
車上狙い、置き引き、出店荒らし、万引き、自転車盗などがあるが、数が最も
多いのは、自転車盗などの乗り物盗である。
 侵入盗に関しては、空き巣狙いと、事務所荒しである。そしてこの空き巣と
いうのは、「家人等が不在の住宅の屋内に侵入し、金品を窃取する」泥棒をいう。
空き巣の手口というと、千差万別ではあるが、侵入方法ということに限ればある
特徴が見えてくる。まず時間帯であるが、ドロ刑には「宵空き」という言葉がある。
つまり空き巣が発生する時間帯は夕暮れ時が最も多いということである。夕暮れ
あたりが薄暗くなりベランダ等への侵入などで人目につく可能性も多くない。
またその特間帯に帰宅するサラリーマンはほとんどいない。そしてなにより、
通常自宅に人が居れば電灯がつく時間に部屋が真暗であるので不在であることが、
一目瞭然なのである。そして夕暮れ時に犯行に及ぶことが多くなるのである。
 次に侵入場所であるが、いちばん多いのがマンション、アパートなど集合住宅
の一階である。さらに付け加えるならば都市部において泥棒が狙うのはもっぱら、
マンション・アパートなどの集合住宅である。一戸建ては普通あまり狙われない。≫
▼ 時どき、玄関のチャイムが鳴るが、誰も居ないことがある。その内の一つが、
 泥棒が所在の確認のケースがあるという。日本には泥棒の専門職?が、3千人
存在していて、一人あたり数百件の余罪を持っているという。万引きを含めると、
3〜5%は、危ない線上にあるというが・・ 中学の同級生に一人は、危ない?
のが居たことから見て、頷ける。空巣に入られた経験が無いが、知らないだけ
かもしれない。「嘘は泥棒の始り」というが、悪い奴は何事も身近から始める!
・・・・・・
4867,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー35
2014年07月12日(土)
   * 駅前ホテルと旅館の社長たちの抗議
 開業直前のこと、以前の会社の事務長が、わざわざ長岡から近況を知りたいと
開設準備室に訪ねてきて、世間話をしていると、開業予定地の真前のホテル社長
から『これから、伺います!』と一本の電話。 その事務長は長岡近郊で工場を
経営していたが火災のため倒産した経歴を持つ人で、威風堂々としている。
しかし、前の上下関係もあって、私の前では表向きは服従だった! 
当人は元社長なので、それは知り尽くしている。その雰囲気の中、地元のホテル、
旅館の主だった社長連中が7〜8人、ドタドタと乗り込んできた。何だろう?
と思ったが、要は、税込み3980円の価格破壊に対する抗議と圧力のつもり? 
ところが、事務長は、その空気に固まってしまったが、それが、彼らに恐ろし
そうな人に見えたようだ。 それと、私にすれば15年間の準備期間を持っての
覚悟がある。烏合の衆になった彼らの方が、明らかに恐れているのを見て取れた。
そこで『私は、ホテル・旅館の組合に入る予定は一切ありません。問題がある
なら、訴えればよいではありませんか! 名刺を見ると、素人の駆け出しの私に
とって貴方たちは、神様のような存在。それが、こんな、抗議をしてくるとは!』
と、我ながら、冷静な受け応え。 彼らは、罵声を浴びせようにも、得体の
知らない恐持ての来客が腕を組み座っている。その人が、私の一言で絶対命令的
に立ち上り席を譲るのを見て、気を飲まれたのが分かった。 第一、グリーン、
ハイマート、ステーションホテルや、その後、自死?した旅館の主も? で、
ここで知ったのは、何とも大らかな世界の存在。で、数分で、すごすごと、何を
しにきたのか?曖昧のまま、帰っていった。それよりも、事務長、何と面白い
場面に出くわすことが出来たことか。 それとも極限の恐怖だったか? 
私はゼロというより、面白かった!が。現在も、そのまま経営している彼らか、
その子息が、三年前に「そら、見たことか!」と喜ぶ姿が目に浮かぶが、
「それ、逆でしょう?」という考えは、彼らには、あり得ない?毎日が青色吐息
で、この原油高!その世界が全ての彼は、止めるに止められず!万一のシェルター
の備えがあるかどうか?「倒産や、廃業は悪い!」の銀行系価値観の盲信が、
自分を縛っていることすら理解できない。人様の財布の中までは分からないので、
これも私の思い込みか・・ 長岡も、新潟も、まずは、根こそぎの価格破壊が
新規参入の役割。だから、地元では創業など、すべきでない。それまでの売り方、
商習慣を破壊するのが新規参入者の役割。だから既存の人たちを根こそぎ否定
せざるを得ない。で、駄目だったら、止めればよい。そこに当然、軋轢が生じる
が、それを受け止めればよい。そのまま、結構!である。
・・・・・・
4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3
2013年07月12日(金)
          『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
  * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ
 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性が
あるためだが、老いはどうになるものでないのに、病気扱いにし薬漬けにする。 
老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、
自動的に薬中になってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。
保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も商売の要素が
強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。
   ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー
・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション
 (状態にすること)の合成語で、人間が人間にとってふさわしくない状態に
 置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への
 復帰を意味するわけでない。以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく
 助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。
・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない
 「死」に対して、治すためのパターン化した医療措置を行います。これらは、
 せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂し
 さも感じない幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。
・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの
 日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。
・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を
 味わせる」とほぼ同義になっているといっても、いい過ぎではない状況。
・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す
 傾向にあります。こういうことをしていると、欲しくない時にも、無理やり
 口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。
・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに
 生きるか、いかに死ぬかは人生の問題、医療で解決できる問題ではないからです。
・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずに
 ぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に抱え上げようとしても、
 どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治して
 もらおう、苦悩は誰かに解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が
 日本中に溢れています。
・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、
 近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」にすり替えています。なぜなら
 「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。一方、「病」
 には、回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて
 老化が原因か、老化がらみです。今さら、医者にかかって薬を飲んでみた
 ところで、若返らせることは不可能で、根本的には、どうにもなりません。
・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが
 目的になってしまっている点にあります。本来、「健康は、こういう生き方を
 するために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もない
 のに、「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。
▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し
 早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、特老の医師が言うのだから、内容は
シリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが
実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。
成人病で突然死した人と、特老などで不自由な生活をおくっている人と、
どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も
残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。
不自由の長生きも辛いということ。


5961,人生楽しいかい? −1

2017年07月11日(火)

         <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   * 人生楽しいかい?
 『人生は楽しいかい?』の問いかけが題名の本。
現在の私に、そう問われれば、『た・の・し・い』である。 
両親から、「事業でも、趣味でも、遊びになるまで徹すれば楽しめる」と
常日頃から教わってきた。それが可能かどうかを見極めて、一度、始めたら、
徹することと… 。リタイア後に、この指令そのままのように、スケジュール
を立て、毎日を過ごしている。そうでもしてないとバランスを崩し、炎上する
自らの弱さを知るため。これらの指令は現実そのもの。老いの知恵でもある。
SJのヨガを5年4ヶ月、合計千回近く、参加してきたが、この指令の多くが
ヨガに重なる。 毎日が楽しくなければ、大元からグラツクほど、過去の否定
材料が山積みにある上に、老化現象である。外的炎上はあっても、内的炎上は
直接、老人性ウツに直結する。
  〜アマゾンの内容紹介より〜
≪世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ関係者が注目するロシア武術
「システマ」。本書はストーリー形式で、その独特のメソッドを伝えるもの。
 うだつの上がらないサラリーマンの僕が出会った謎のロシア人“ゲオ”。
小太りで一見パッとしないゲオが僕に伝えてくれたのは、ロシア特殊部隊で
 生まれた「人生を変える方法」だった――。
 【システマとは?】 冷戦後のロシア発! 
アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの45か国、250以上の団体で実践。
世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ、関係者が絶賛する人間能力
開放メソッド。
  プロローグ 出会い
 [本書の使い方]
【指令1】「よかったこと」に目を向ける
【指令2】ゆっくりやる
【指令3】知る
【指令4】距離を測る
【指令5】呼吸する
【指令6】姿勢を整える
【指令7】視点を動かす
【指令8】限界に触れる
【指令9】最悪を想定する
【指令10】動き続ける
【指令11】力む
【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
【指令14】衝突をコントロールする
【指令15】分かち合う
【指令16】任せる
【指令17】生きろ        ≫

▼ 15年間の準備期間と、実業30年、計45年間は、上記そのままを、自らに
 指令し、実践してきたようなもの。誰も助けてはくれない現実の中、自作
自演で前に向かって歩くしかない。「そんなこと、全員が、そうしているじゃ
ないか!今さらじゃないか!」といえば、そのとおり。「楽しい」かどうかは、
解釈の問題。要は目的と目標を明確にして、計画をたて、歩んでいるかどうか。
楽しくしていれば、楽しいことが寄ってくる。
<動き続けよ、湖面のように静かに> 現実から目を逸さず、逃げないこと。
「正・中心・一点・無」の心構えで立向かうこと。泣いても笑っても同じ人生。
笑って楽しまなくては。「楽しむ」のは天性もあるが、第二の天性、
習慣化でも身につけることが可能。次回から、それぞれの指令を取上てみる。
 静かに、問題の中心を見続けて、動き続けること。悪貨に染まらないこと。
悪貨なら、染まりようがないか?… 「ところで、昨日は楽しかったか?」。
「早朝の自転車散歩に、午前中のTVドラマに、SJも、夕刻の大相撲TV観戦に…」
上げればキリがない。楽しいことを意識をして探し出したからである。

・・・・・・
5596,閑話小題 〜庭石、売ってもらえませんか
2016年07月11日(月)
 * 庭の石、売らないか
 一昨日、家内が出かけた後に、70歳半ばの土建屋の親方風の訪問者。
玄関先の「赤石」を指差し、『お宅の庭を以前から、見せてもらっていたが、
これなどの庭石を、売ってもらえませんか?』と言う。 そんなことは、
いまだかつて無かったこと。 瞬時に、『そういう意思は全くありません』と
断ったが、その後、30分ほどしてから『失礼もいいとこ!』と、怒りが
起きてきた。お金が窮したと思ってのことか、嫌がらせか! 流石、ここは
城下町・長岡の世界。 こういうのを「石ぶつけ」という。 乗ってきて、
その価値を知らなければ、ただほどの値段で買い叩く。可愛いものだが。
  * 欧米世界は、女性がトップの座に
 英国首相は、メイ氏とレッドソムの女性候補一騎打ちに、結果はいかに。
米国では、大統領候補クリントンが有利。フランスでは極右のルペンが
首相の座を狙っている。また、ドイツの現首相がメルケンである。
米国経済界の女性トップとして、イエレンFRB議長の存在がある。
また先日、イタリアの主都ローマで市長選が行われ、ビルジニア・ラッジが
当選し、ローマ市長となった。この勢いだと、東京都知事も、小池氏が勝利し
そうな空気にある。 ロシア、中国は、組み易しと喜んでいるだろうが。
一時代前には考えられない現象である。
   * 参院選挙で
 参院選挙。 二つの区分のうち、一つは民進党の議員に、もう一つは
維新の党に投票をした。アベノミクスには反対だが、改憲には賛成。
で、とちらを優先か? といえば、改憲。で、二つに分けた。今の内に、
改憲だけはしておかないと!

・・・・・・
2015年07月11日(土)
思いが人生をつくる ー 最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
        『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
   * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、
‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」
 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。
 それは、ユダヤ教、キリスト教も同じこと。 〜その理由とは〜
≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 
 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を
 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない
 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな
 プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を
 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが
 できる」という発言をするのです。
・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、
 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので
 しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、
 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな
 プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて
 いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また
 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り
 のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ
 いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」
 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない
 ような概念のことを考えるのです! ≫
▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。
 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず
フリをすればよい。人は概ね一ランク〜二ランクは自分を買い被っている。
問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、
鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして
人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。
・・・・・・
4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34
2014年07月11日(金)
   * 開業前の戸惑い
 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、
小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備
期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途
採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら
は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の
全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、
それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ
ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して
決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、
それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。
 この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた
環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。
その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。
ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。
『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、
貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に
雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。
『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか
引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が
働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。
それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い
をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、
思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い
ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本
の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデアの
ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。
何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、
丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を
褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。
その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、
誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が
潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 
私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。
その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。
彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事
だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 
商売は常時戦場!決して生易しくない。
・・・・・・
4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2
2013年07月11日(木)
   『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著
  *「治療に関する思い込み度テスト」
「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から
切り捨てている。私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。
現在の医療を信頼してはいけないということ。
特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、
搾り取られるだけ!というのも、至極当然。その結果、何とか長生きした先が
特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで
繋がれる道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー
≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 
1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない今の医療現場では、この真逆
 が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、
 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。
�ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる
�薬を飲まないことには病気はよくならない  �病名がつかないと不安             
�医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない 
�医者は病気のことなら何でもわかる     �病気は注射を打つほうが早くよくなる           
�よく検査するのは熱心な医者だ       �医者にあれこれ質問するのは失礼だ           
�医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず
�大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる 
�入院するのなら大病院・大学病院が安心できる�外科の教授は手術がうまい           
�マスコミに登場する医者は名医だ      �医学博士は腕がいい              
�リハビリはすればするほど効果が出る
 いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、
 ○印がゼロがかなりでした。
�の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。
「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」の編集長は「病気の80%は
医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い
結果になったのが10%弱」と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、
今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫
▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システム
 が必要で、一番の利益になる老人に、可能な限りの医療を施すのも自然である。
問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を知って
おくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療と
いえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる
一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。「あれ程の苦痛なら手術を
しなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。なら、人間ドックも
手術も無用ということになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、
チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・
死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。
生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。
・・・・・
4125, マネー大動乱
2012年07月11日(水)
     「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著
 世界の激動する国際金融危機を解りやすくダイジェストに俯瞰した内容。
著者の視点で日本国内のついての悲観論と、欧米や新興国についての楽観論に
対して、まだ日本はマシと論じている。 それぞれの章ごとに、ポイントになる
部分を書き出して、それについて論じてみる。世界のマネーは動乱に入った。
 ー 第一章 アメリカは財務省・ウォール街複合体に潰される?!
        〜上位一パーセントの総取り!
【 2007年で、最も裕福な1パーセントが合衆国の全ての資産の34.6パーセント
 を所有しており、次の19パーセントの人口が50.5パーセントを所有している。
要は、二割の人口が85パーセントの資産を占めている。逆に連邦政府が定める
貧困ライン(4人家族で2万2千ドル=180万)以下の生活をおくっている人
が4620万人。人口比にすると15パーセントも存在する。信じられないことだが、
生活保護やフードスタンプ(低所得者向け食料配給カード)など、国や州の援助
がなければ生活が出来ない人が47〜8パーセントもいる。失業率は2008年
初頭で5パーセントだったのが、リーマンショックで10パーセントを一時期
超えたが、去年の秋には8パーセントまで下がってきた。ではオバマの失業対策
が上手くいったかというと、そうでなく、職探しを諦めてしまった失業者が、
労働人口から外れた「無業者」になって、失業調査から外れてしまっただけ。
・・アメリカの実質世帯所得は5万ドルで日本円すると400万円。
これも下落傾向にある。】
▼ ネットでその辺を調べたところ、「全人口の上位1%の税引後世帯収入の
 割合は1979年の約8%から2007年の17%に上昇、2倍になった。全人口の上位
5分1の富裕層が受けとる税引後世帯収入は、1979年の43%からさらに上昇し、
2007年には53%だった。言い換えれば、上位5分の1の富裕層の総額は、他の
5分の4所得を超えている。」とあった。現在の日本も、同じ傾向にある。
特に地方の衰退は激しい。世界的みて富裕層といわれる人は100万ドル、
 日本では1億前後の流動資産を持っている人をいう。だいたい1・8%の
世帯が入るとか。50数世帯に一世帯というと、なる程、そうか?である。
身辺を見渡してみて、豊かそうな人は、その位は持っていそうである。
 そういう人たちは、何があっても、しぶとく豊かさを守る知恵がある。


5960,閑話小題 〜居候は肩身が狭い

2017年07月10日(月)



   * つれづれに 〜居候は肩身が狭い
・さて、今日より大相撲。一年のうち4分の1が興業している。
大相撲のある日々と、開かれてない日という位な感覚?である。
今場所は、若手の有望な力士が上位に集中。 昨日の初日だけで3大関、
2横綱が負けてしまった。荒れる名古屋場所の言葉とおり面白くなりそうだ。

・梅雨の大山は越えたようだが、何か鬱陶しいと、気分までふさぐ。
一昨日、スポーツジムで、キーの電池切れのためエンジンがかからず、
充電してあるスペアキーを取りに自宅へと歩きかけると、目前に、タクシー
がいたため事情を話し、家とSCの往復を頼むと、「自分がなおせるのでは」
と 見てもらった結果、程なく、エンジンがかり、ことなきを得た。その後、
バッテリーもあがり気味のため、わざわざ見附まで昼飯をかねて行ってきた。

・居間のTVが完全に寿命。7年3ヶ月になるが。家内共々、平均10時間は
みていたためか、諦めがついた。東芝の『レグザ』だが、これが大当たり。
去年暮れには、寝室のTVを入替えたが、これも満足出来るもの… 
 このレグザと、有機TVの買え替えには、メーカーの販促?の5万円の
更なる値引きがあり、ネット通販で一番安いのを目安に掛け合ったところ、
49万8千が、税込みで35万円まで大幅ダウンに、こち方が呆気にとられた。
息子が先日、新潟駅前の「ヨドバシ」で交渉したが、新型のため値引きなしと
言われたとか。
 昨年暮れは、長岡市内と新潟駅前と10回以上、見て回り、最後に、
「ジョーシン」に、そのプロセスを話して、「今までの20年近くのTVと
冷蔵庫、洗濯機の全て、この店で買っている」と殺し文句の実績を根拠に交渉
すると、思惑通りに最安値で終わった。 問題は、そのプロセスを楽しむこと。
 資金を出す家内は当初、不満顔だったが、思いの外の大幅値引きと、鮮明な
画面に、その後はダンマリ。 寝室が私の専用TV、居間は家内が優先の棲み
分け、というところ。 としても大きい出費の度には居候は肩身が狭い。
 〜で、再び偶然、以下の文脈に続いていく。

・・・・・・
5595,閑話小題 〜貧しさだけは
2016年07月10日(日)
 最近、老人の貧困問題が取り上げられている。そういえば以前、経営していた
会社で、辞めていった女子社員の家庭内問題について、書いたことを思い出し、
ブログ内検索をしたところ、10年ほど前のテーマにあった。(下にコピー)
そこに出てきた母娘以外は、年齢からして殆ど亡くなっている?のだろう。
 嫁・小姑・姑・舅問題などが絡まった複雑な問題だが、その背景は貧困。
豊かさは一瞬で崩れさるが、それを築くには、長年の、何世代の労苦が必要。
情報化社会で、豊かな者は、より豊かに。貧しい人の人は、より貧しくなる
傾向にある。他人事ではない。何とかセフティーネット で事なきを得ているが。
10年前とはいえ、よく、こんな文章を書いていたものと・・ 
 本人には「白馬の騎士」が必要なのだろうが。 先日、読んだ本に、
<「玉の輿」は、元もと幻想。その相手と苦労した結果、豊かそうになること
 なら、有りうるが。>とあった。その結果、貧しくなる事例は有りうるのか。
 適齢期の決断で、何とか、踏みとどまった中で、一番の理由は、バランス。
短期適応、長期不適応の惨状を、あまりに多く見せられていた。
  〜そのコピーから
――――
2006/10/18
2024, ある家庭の事情
               才八∋ウ_〆(∀`●)
これからの内容は本人の同意を得て書いている。(本人の同意なくして
書いたとしたら、本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。
本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてください!」
とのこと・・)
そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題
(嫁・小姑など家に存在する)不条理と貧困である。
Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話。
どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも気の毒な構図である。
それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。
        〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ
ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー  (以下、敬称は略す)
・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区の実家に出戻る。
・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD
 (80歳代前半)がいる。 家は、それほど大きな家でない。
・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。
 そしてAは女子短大を卒業、新潟(私の会社)に就職して5年目になる。
 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職。
・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。
 去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。
・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが
 崩れてしまった。子供二人が家を出ていったことと、母親Fが働けないため
 収入が途絶えたことで、弱い立場の陥り、その結果、鬱病になりかけている。
・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、そのままにしていたら母は
 重度の鬱病になり廃人になってしまう。A一人の収入では母親を引き取れない。
 そこが地獄絵図の世界としても、その家に帰らないと母は間違いなく潰れる。
――――
という内容である。 露骨に言ってしまえば、
 ・「行かず後家」と、
 ・その実家に「出戻ってきた母」と、
 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、
 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、織り成す小さな
‘葛藤ドラマ’である。
Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。
この実家4人の関係の、それぞれの立場が「針のむしろ」。
・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、
・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし
・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、
  旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。
  小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。
・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、お婆ちゃんCと小姑Dの
 バランスが崩れる。

聞いているだけで、小説のような深い煉獄のような世界が見えてくる。
おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。
更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。

結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。
感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、
短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。
赤貧の生活だったのではなかろうか?

その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。
若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。
現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。
その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが・・・
田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう・・・

私が当人だったら、どうするだろうか?
生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう・・必ずいるはず!
「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。
それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。

先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、
永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう?
あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、「明るく生き抜いて欲しい」と
願うばかりである。この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・
それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。

どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、
あまりに設定が・・・・
   
そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。
天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。
苦しみが深いほど、救いも大きくなる。
こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」
坊様には、それが解ってない!
                (*^ワ^*)i バイバイ
――――
▼ 当時は、当主のお祖父さんに問題ありと思っていたが、古希も過ぎ、
 改めて考えみるに、この状況で、身内が何とか助けあう当主の姿勢は、
人間として、崇高ではないかと、思えるようになっている。小さな家に、
本人が帰った上に、叔父が同居となると、6人は、やはり過剰になるか。

・・・・・・
2014/02/27
閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 
 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続く。
年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、今さら欲しいモノも、してみたいコトもない。
還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、日々、面白、
可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入があるかないかだが、
自然に適応するから不思議。同世代が、二ヶ月後から古希になる。
残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要、
というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、ここにきて、
周辺が寒々とした空気になってきた。貧困問題である。以前も書いたが、世界と
比較した相対的貧困問題である。この東北震災の影響が今後、さらに深刻になり、
日本は貧乏国になることは避けられない。 以前にも少し取り上げたが、
 ーその辺りをネットでみるとー
《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、
 日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査された中では、イスラエル21%、
トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。同年調査された
韓国(15.3%)よりも高い率である。2009年には調査されなかったが、かねて
貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、メキシコが20.4%(2010年)。 
日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれもOECDには加盟しているが、
先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国の中でイスラエル、
アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。逆に西欧諸国は大半が10%以下、
全調査国中最も低いスウェーデンとデンマーク5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。
 厚生労働省の調査では、日本の相対的貧困は2009年の時点で16.0%は、データが
存在する1985年以降で最も高い数値。2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年
の可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象
となる。これは、単身者では手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、
3人世帯で224万円、4人世帯で254万円に相当。日本は、かっての調査では北欧諸国
並みの水準で「一億総中流」と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて
貧富格差が拡大し相対的貧困が増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は
定義が異るので一概に比較は出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯に
おける年間可処分所得(等価可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本は
アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、
フランス・ドイツとほぼ同程度の格差であった。相対的貧困率は、1980年代半ば
から上昇している。この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつ収入は年金しか
ない「高齢化」や「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」
が影響を与えている。「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者に
おける格差が拡大していない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者
が増加、また非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の
格差拡大」の主要因。》と、やはり深刻である。
▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い
 年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。リーマンショックによる静かな
恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。我われ
世代は「良い時代」を生きてきたが、これからは「悪い時代」に生きることに。 
良い時代を知らないから、それが当り前?

・・・・・・
5230,閑話小題 〜古希を過ぎると!
2015年07月10日(金)
   * 中国が変と言われてきたが、ついに? 〜
 知らなかったが、一昨日の中国の株式市場で、半数近くの銘柄が、商い
ストップになった。暴落しそうな会社が、それを阻止するために、自主的に、
売買を停止する権利があり、それを実施したため、半数の商いがなかったため。
こういう狼狽の投げ売りには、目先は有効に働くが、大きなウネリを止めることは
不可能である。それにしても一年で株価が2・5倍の方が、よほど異常であり、
その反動があって当然。株主の8割が一般投資家(日本は2割強)というから、
大暴落が起きたら、国家そのものが大揺れになる。また、信用取引が三倍まで
可能で、当り前のように行われているという。当面は腕力で抑えるだろうが、
次のステージが、どうなるか。 昨日は、世界中が固唾をのんだ一日だった。
   * 古希を過ぎると・・
 一昨日、スポーツジムの行くため、車に乗ろうとしたがドアが開かない。 
さて、どうしようか?と迷った。バッテリーがあがったようだ。
・ カード会社の「ロードサービス」か、
・ 自動車保険に電話をしようか、
・ 購入会社トヨペットのサービス部門か?  と迷ったあげく、
何を血迷ったか? トヨペットに、「どうも、バッテリーが切れたようで・・」
と、電話をしたのが間違いの元。早速、サービスが新しいバッテリーを持ってきて、
既存のものが寿命かどうかも確認なしで新しいのに交換し、「2万5千円」の請求。
電話で「バッテリーが変」といえば、相手は商売。交換依頼と解釈して当然?
「まだ、年金受給者の自覚が足りない」と、家内に嫌味をいわれ・・
「一年点検時」にバッテリー交換の時期といわれていたような? その辺りの記憶
は曖昧だが・・ まあ、緩んでいるということ! 年金暮し、こういうのが効く!
・・・・・・
4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33
2014年07月10日(木)
  * つれづれに 〜事業を通した「力と、遊びと、学びと、その背後の闇」
 事業を通して多くを学んだ。その一つが金沢でのこと。追込まれ、気持ちが
深く沈んでいた時、内なる声が浮かんできた。「私は、ここに学びに来ている。
順調で満足しているより、この事態こそが学びではないか。こんな惨めな状態は
二度と経験はできない。現状がマイナスほど、逆にプラスになるはず。
そんなことも分からないのか!」と。そこで現象を改め見直すと、全てが違って
見えてきた。逆境は学び、順境は遊びと、割り切ればよいということか。
3年前も、そのことを思い出し、「こんな経験、二度とない。倒産の当事者に
成りきって、今すべきことを一つずつ処理をしろ」の、内なる声にしたがい
冷静?に取組めた。これは、節目時の対処を何度か経験してきたこともある・・ 
それをみていた、月次経理監査で30年、来社をしていた税理事務所のJさん
曰く、「楽しんでいますね!貴方は現在、何が起き、どういう立場にいるか
分かっていない?」と、呆れ顔。 それに「分かっていないのは彼方!」とも
言えない。偽悪的にいえば「これで創業から終わりまで起承転結の全てを経験
できる! これは立上げからの行蔵を持った私の45年の最期の仕上げ!」
の気持ちが、身体も心も自由にしてくれていた。 表立った心は沈んでも、
こころ根まで折ることはない。痩せ我慢としても、冷たい視線?に対し、
逆照射をしているしかないが。
 ブラックスワンの長期的対策をしてない中小企業の9割?以上の方々が、
その視線で、面白おかしく中傷している自分の姿が分からないのが、ブラック
ジョーク。 他人には、隠れた45年が見えないし、見ることもない。学び、
遊び、働きと、それらから解き放された自由な心、の4分類で考えると、人生が
鳥瞰して見えてくる。 「学び」を切口にすると、マイナスの出来事が真逆に
見えてくる。「遊び」も同じ、現象そのものを遊べばよい。失敗も、遊びで
括ると、ケセラセラ!に、思える。「働き」で括ると、戦略的失敗も、無我夢中
だから・・になる。全てが意味(価値)づけが可能ということ。この3つの
括りも、宇宙的括りの解き放された自由な切口で、包み込めばよい。
死んで3日もすれば、300年前、死んだのと同じになるのだから。
 人生の鳥瞰は面白い!


5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜5 人生の元をとったかい

2017年07月09日(日)

   * 人生の元をとったかい
 ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に
脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。
 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。
 A君が言うには、
『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、
見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら
が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。
ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが…
『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の
非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。
それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を
味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、
広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、
地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。
 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に
溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた
時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。
フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。
30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった
酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問
と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き
だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった
のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人
の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。
2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を
楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 
その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、
私の答えも同じ『充分とった!』。

★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、娑婆も
 漆黒の闇である。 偶然にしても、少し気味が悪い… 

・・・・・・
5594,夫に死んでほしい妻たち
2016年07月09日(土)
          <「夫に死んでほしい妻たち」〜小林 美希(著)>
 TVで、朝からシリアスなテーマ、『夫に死んでほしい妻たち』の特集を
組んでいた。この本をベースにしたのだろう。インタビューをした二人に一人
の割りが、夫に死んでほしいと切に願っていたという。
 団塊の世代が定年に入った現在、各家庭内は、その確執で大揺れ。
「昼間の間だけでも、家から出て行って!」と言われ、行くところといえば、
図書館、公民のSJ、SC、ツタヤの徘徊か、あとは散歩。といえば、私の日常
に幾つか重なるが、私といえば、家では、居間の外に、書斎コーナーのある仏間
と、寝室のTV前のベッドがネットや読書の空間に丁度よいので助かっている?
 何もするでなし、居間でゴロゴロしている夫に妻は辟易、その行き着く先が、
「死んでほしい」と、心から願うのは自然の摂理。そこで、TVのテーマその
ままの「夫に死んでほしい妻たち」を、ネット検索して出てきたのが、この本。
 最初から終わりまで息がつけないほどシリアス。ことは、深刻である。
  アマゾンの〜内容紹介と目次〜より
―――
■内容: 家事や育児において、妻の「してほしい」と夫の「しているつもり」
 の差は、想像よりもはるかに大きい。のみ込んだ怒りが頂点に達した妻の抱く
最後の希望は「夫に死んでほしい」…。 毎朝子どもを保育園に送る。
週に一度は料理をつくる。それだけで自信満々な夫を、妻はどう感じているか? 
やがて、怒りを爆発させることにも疲れた妻は、一人つぶやく。
「死ねばいいのに…」 世の中たちを戦慄させる、衝撃のルポルタージュ!
【目次】
 □ 第一章 子育てという試練! そして愛は殺意に変わる
●第一話  育児休業という罠(38歳・会社員)
・「戦場から逃げる夫」
・共働きは当たり前の時代
・幸せから「産後クライシス」へ
・結婚式前日からの押し問答
・妊娠中でも夫は平然と飲みへ /ほか
●第二話  ほどよく良い夫(41歳・システムエンジニア)
・理想は子どもだけがいる生活
・低燃費男性と勢いで結婚
・夫は「できない部下」
・私の子に気安く触らないで/ほか
●第三話  リビングルームで芽生える殺意(45歳・会社員)
・殺意を抱かせる夫の足音
・妻が忙しくなると夫婦関係が悪くなる
・息子に怒ってばかりいる夫
・夫はただの同居人/ほか
 □ 第二章 「寿退社」は地獄の扉! 専業主婦の呪いの日常
●第一話 キャリアを断絶させられた妻の恨み(46歳・一部上場管理職)
●第二話 娘の病から始まった危機(46歳・パート)
●第三話 夢追い夫との家庭内戦争(39歳・パート)
●第四話 二世帯住宅という牢獄(34歳・主婦)
●第五話 セレブ主婦の仮面の裏側(39歳・主婦)
●第六話 欲しがる妻と欲しがらない夫(47歳・主婦)
 □ 第三章 もう夫はいらない! 団塊妻の恨みは骨髄
●第一話 部活未亡人の嘆き(40代・教師)
・毎日がとにかく部活中心
・こんな暮らしやってられない! /ほか
●第二話 2番目に好きな人との結婚(58歳・看護師)
・40歳の転機
・夫の加齢臭が耐えられない
・「だから女は家にいろ」との戦い/ほか
 □ 第四章 これが夫の生きる道?イクメンたちの現実と理想
――――
▼ 第二章の「寿退社」は地獄の扉! は、今さらだが。そこで、
 互いのライフワークを持って、独りの世界をつくりあげるしかない。
TVで、夫の禁句を紹介していた。「手伝おうか?」である。言い分は、
「定年後の家事は分担の筈なのに、手伝ってやるとはフトドキ千万」である。
夫の人生の果てに待っていたのは、妻という名の鬼である。で、以下に続く。
 そうこう考えると、そこそこの金と、健康と、自由精神が必要である。
「 ああ〜〜〜〜〜〜〜 」の悲鳴が聞こえてきそうである。
――――
2016/04/04
閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜
           『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 産業廃棄物の末路
 第二の人生の準備のない人の末路は哀れである。
この言葉は、著者の淳一が、老後の生き方の講演で、聞こえてきた言葉。
リタイア後、邪魔者扱いされている団塊世代の夫に対する、奥方の、
『男って、定年になったらいらないのよね!』が、耳に聞こえてくるようだ。
私自身が、その一人だからこそ身にしみる。ただ、少し離れた仏間に、書斎・
兼パソコン・コーナーをつくって棲み分けて、何とかバランスがとれている。 
また日中は、互いに違ったスポーツ・ジムや図書館に行ったり、別行動が多く、
それで丁度良い間隔が出来ている。 一般的に、夫は妻より7〜8年も早死に
するが、これも長年の仕事からくる磨耗の結果。
 雄ライオンも、支配下の群れを、何時か、より強いのに敗れて乗っ取られた
後は、離れライオンとしての野垂れ死が待っている。先日、旅行帰り立寄った
居酒屋で、何処かのOBらしきグループ7〜8人が、不在の元同僚の悪口が、
襖を隔て聞こえてきた。退職後も、会社の首輪と紐を付けたまま集まって、
昔の傷口を舐めあっている姿が、痛ましい、というより何とも哀れ。
定年後の寂しさを紛らしているようだが、せっかく解放されて、自由を謳歌
できるのに、今さら何だろう? 飼い主の家が全世界で、それも仕方がない
といえば、ないが。 こういう人が、四六時中、家でゴロゴロしていたら
連れあいは、地獄。そういう私も大同小異。 それでも一日単位では、
スポーツジム、図書館、早朝の一時間のミニ・サイクリングに。週単位で、
シネマと、月単位では、何処かの飲み会に。年単位は、家内の鞄持ちの旅行と、
何とかバランスを保っているだけ。
 一般的に、夫が驚くのが妻の外出の多様さという。何せ、長年の主婦歴と、
横に繋がる人間関係が幅が違う。『あの人は、息子の小学校時代の友達の母親
で気が合うの』とか、『今日は大学の同郷OB会の幹事の打ち合わせ』とか、
地元密着型。 ところが、男は縦社会の他動型ロボットで、指示をされないと、
動けない。 「自由の不自由」で、自失呆然。 家に篭るが、妻から家から、
追い出されて、午前は図書館か、公設のSJ辺り。午後からはSCのベンチで、
人通りを眺める日々。これが慣れると悪くないらしい。
そこで、小遣い格差と教養格差がシリアスに出てくる。   ーつづく
2016/04/05
閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜
           『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 出かけようにも、何処に? 
 『男って、定年になったらいらないのよね!』 リタイア後に、
こんな言葉を投げかけられたら夫は、グサッとくる。これに近い言葉を
週一は投げかけられているが、長年かけられたら生きる気力がなくなる。
 著者は私より12歳年上。この本を発行した2年後に80歳で亡くなった。
私にとって、70歳代を生きる道標のような内容。75歳からの後期高齢期は、
右下がり一方で厳しいらしい。 教訓として、あと5年間、捨身で生きろ!
〜世田谷区内の高齢者10万人のデーターによると、
・65歳以上の高齢者の4人に3人は、自宅内から一歩も外に出ない。
・近所付き合いは、「ほとんど付き合いがない」「挨拶をする程度」が6割弱。
都会の高齢者、特に男性は家に篭りきりで、外には滅多に出かけないため、
急速にボケるらしい。外に出かけようとしても、何処に行っていいか分からない
上に、手持ちの金が少なく、足腰が痛んだりして外出が億劫になる。
 それに比べ女性のキャリアが長いため、日々を楽しんでいる。
 ここで、著者は妻の禁句として、『どこかに出かけたら』の言葉。
これを言われると、すべての夫は居たたまらなくなり、「うるさい!」と、
言いたいが、その気力もなくなり、それが痴呆化を促す。だから、人生設計に
ライフワークを長年かけてつくっておく必要がある。 そこで、『自伝』の作成
を勧める。誰のための自叙伝でなく、自分のための自叙伝と割切ってしまえば、
過去の思い出は、次々と湧き出てくる。
 独立独歩で生きてきたので、リタイア以後の生活に全く戸惑うことはないし、
部下を介して何かをするのより、一長一短があっても、自分の手足でする方が、
物事がはかどる。 以前から実行してストレス解消になっているのが、週一の
酒とツマミと飲料の買い物。買物症候群という精神質症があるが、私のは小さな
ストレス解消。それと嫌なことがあった時の「百均」の買物。一時間で、7〜8個も
買えば、心が晴れる。 高齢期は特に『おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなしものは 心なりけり』の高杉晋作の言葉のように生きるしかない。 
目を凝らすと、面白いこと、楽しいこと、知りたいことが、あまりに多い。 
如何に馬鹿の壁のため、それに気づかなかった?か。
「犬も歩けば 棒にあたる」と、成るほど、昔の人は良いことをいった。
――――
2016/04/06
 閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜
            『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 70歳代、特に後半は、すざましい!
「70歳代、特に後半は、すざましい!」は、医師である著者からみて、私の
同世代からみて、充分に頷ける。 数ヶ月前に70歳代になって感じたことは、
「(3年を見据えた)一年単位でしか、人生計画を立てられない」という実感。
後方から迫ってきた己の死が、真正面から迫りくるような感覚は、やはり60歳代
とは、全く違う。 人生の峠から見えてきた風景も、寒々としてきた。 
  〜その辺りから〜  
≪ 六十代で運動して、体力をつけるのも悪くはないが、外に出てさまざまな
 人と触れ合い、話し合うのは、それ以上に明るく、若返らせるはずである。
 そして七十代、これはなってみて改めてわかるが、すさまじい世代である。
すさまじいとはなにか。これをあえて具体的にいうと、日々、確実に老いて
弱っていく年代、とでもいおうか。
 その前、六十代は老いるとはいえ、まだ鍛えようによっては伸びる、
強くなる余地もないわけではなかった。しかし、七十代はすべて下るだけ。
あれ、こんなことができなくなった、これも無理かと、不可能なことが増える
ばかり。といって、努力しても無駄。 かくして、ここからは「諦めの時代」、
老いてやがて死ぬ、そのための準備期間といえなくもない。
 こう書くと、人生の末期、暗いだけの時代、と思うかもしれないが、
そうともいいきれない。 このすべて終わりに向かって傾き出す、このときに、
とてつもない発想にとりつかれ、動き出すことがある。 たとえば、突然、
動物や植物に異様に熱中したり、今迄と全然、別の仕事に全力を注ぎこんだり、
激しい恋に溺れたり。
 七十代の高齢者とは思えぬ、激しい行為に熱中する人が少なくない。
そう、わたしも七十代後半になって、突然、自らの不能、インポテンツに
ついて書こうと、思いついたけど。これも、七十代の狂気かも。
賀寿のなかで、七十七歳を喜寿としているが、なにをやらかすか知れない、
狂寿としたらどうだろう。とにかく人生、長く生きてみるとそれなりに
妙味に富み、面白いものですよ。 ≫
▼ 夜半に目が覚めて、フッと自分の死を考えることがあるが、ここにきて、
 それが、リアルなフラッシュの塊と、生きてきた人生が小さな丸=(。)
に凝縮して、それが更に点(.)になり、無限の極小になり、消滅していく
イメージが出てくる。 そして我に返ると、その微小の人生が愛しく思える。
その点の中には、両親、亡くなった兄姉、因縁のあった知人たち、恩師が
リアルに生きている。そして行蔵が詰まっている。 我が人生、万歳。
我が両親、万歳。我が恩師、万歳。我が因縁在りし恩人たち、万歳。
残された人生に、万歳。 考えてみれば、『人生はそのものが狂寿』である。
「誰の?」「すべての!」 だったら、せめて心の底で、狂喜乱舞したら?
考えたことが無かった? なら、考えてみたら! 考えている? 本当に?
バカバカしい? バカになってみてから言ってみたら! で、『男はつらいよ』
を見たら!「泣いても笑っても、同じ空」。「狂っても正気でも、同じ空」。
「エライコッチャ、エライコッチャ、同じアフォなら踊らな、ソンソン」か。
それが面倒だから、ウタタネ寝をしている。それもありか! で、残された
時間を、どうしようか? うたた寝で、心の中で狂喜乱舞か、これまでの
人生で培った材料を駆使して、燃焼するか? それもこれも、今さらか。

・・・・・・
5229,閑話小題 〜中国経済が変と言われてきたが、ついに?
2015年07月09日(木)
   * 中国が変と言われてきたが、ついに?
 数日前から、中国の株式が変である。昨年7月以来、株価が2.5倍なら、
当然、反動がくる。それにしても、半数近くが売買停止とは、異常事態である。
これが、隠れていた世界恐慌の現出のキッカケにならなければ良いが。
 〜以下は、ネット上のニュースだが、どうなることか?
≪ 中国リスクへの警戒感が市場に広がっている。上場銘柄の約半数が売買停止
 となる「異常事態」にグローバル投資家は、株式や商品などのポジションを
手仕舞い始めた。実体経済への影響も懸念され、金利は低下、リスクオフの
円買いも出ている。・・
 8日の中国株式市場の上海、深セン取引所では約1300社の企業が売買停止。
全上場企業2808社のうち約45%が売買できない状況となっている。・・
 中国株が下落したこと自体を、市場関係者が驚いているわけではない。
上海総合指数は年初から60%、昨年7月からは2.5倍という急上昇を
みせてきた。 ≫  
   * ギリシャの末期現象と大阪都構想の破綻
 ギリシャが、EUのギリシャの改革案の是非で、大方の予測に反して、
「ノー」を主張する現首相を支持をする選挙結果に終わった。この結果を
携えてEUと交渉するというが、本末転倒は誰の目にも明らか。
気の毒だが、「ヨルダン化」「レバノン化」の茨の道が待っている。
 国家とはいえ、『金が無いのは、首が無いのと同じ』。首無しの彼らが、
地中海のエーゲ海を背景に右往左往する見苦しい姿が、現実問題として、
目の前につき付けられる。ところが、これが近未来の日本の姿である現実を、
誰も語らない。 橋下の『大阪都構想』が、僅差の投票で破綻したが、これと
何か似たところがある。全国各地から大阪市と大阪府の二重行政の甘さに惹かれ
移住してきた連中は、無駄の廃止など、もっての外。その彼らに判断の一端を
委ねることが誤り。その点、ギリシャも同様。 オリンピックの、お祭り騒ぎ
の日本国家も同じこと。ギリシャはEUが見捨てないとタカを括っているが、
果たして、そうだろうか。残留ならドイツのEUの離脱もあり得ること。
 ある日、EUもギリシャも、怒涛のような金融の大混乱が生じて、特に
ギリシャは国家破綻の可能性が強い。 日本の近将来の行方が見ものである。
その時、誰も助けてくれないことが理解できないのだろう、彼らには、
いや、日本もである。 〜以下は、あるHPのコラムだが・・ 
――   何もおきなければよいが・・
《 本欄7月7日付け「9月リスクに身構える市場」で挙げた、米利上げ・
 ギリシャ危機・中国株不安の3つのリスクが早くも共振現象を引き起こし、
市場を揺らせている。なお、引け後の日本時間朝6時台に、ブリュッセルで
ユンケル欧州委員長とトゥスクEU大統領が記者会見。EUホームページで
伝えられる発言は、語気鋭い。「合意できずば、ギリシャは破たんし、
国内の銀行は倒産する。それはないという錯覚に陥っている人がいれば、鈍感と
言わざるをえない。」(トゥスク氏) ユンケル氏は「ギリシャのユーロ離脱は
回避したいが、ユーロ離脱に備えた詳細な計画も既にある。」と明かした。
市場では、「プランB」と呼ばれる非常時対応計画。 独ビルト紙も、
メルケル首相がブリュッセルに持参する「5項目プラン」の中に
「ギリシャのユーロ離脱のケースも含まれる。」と報じている。
たしかなことは、今週中が、ギリシャにとって「ラスト・チャンス」ということ。
「もはや時間的猶予は数週間も無い。」と語られる。 ECB(欧州中央銀行)
保有のギリシャ国債(35億ユーロ)償還が7月20日に迫ることを考慮すれば、
ギリギリの期限設定と言えよう。》   問題は、今日、明日である。
・・・・・・


5958,洗って使える 泥名言 〜3 ーライオンは弱い奴を借りに行く

2017年07月08日(土)

    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * ライオンは弱い奴を借りに行く
  〜 他の章の面白い泥名言が… 〜
<すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> 
 と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、
<三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」>
 だと。 それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。

<ライオンは弱い奴を借りに行く。>
 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、
 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。
 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、
 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。

<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが
 いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの
 なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。>
 キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、
「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 
「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え
〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい!
〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。
 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、
 傷口に悪い。

▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。
 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。
狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、
『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』
『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』…
… など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』
が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。

・・・・・・
5593,幸福の条件とは 〜 ドーダの四分類
2016年07月08日(金)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの四分類
「ドーダ!」という自己愛・威張り動機で人間は行動し、歴史もこれで動く、
という論だが、面白いのは、それを四分類をしたところ。『ドーダ』をネット
検索をしたところ、分かりやすい解説があった。 〜その辺りから〜
≪ この価値は、ドーダという自己愛の表現を、「陽ドーダ」「陰ドーダ」
「外ドーダ」「内ドーダ」の四つに分類したところにある。
・陽ドーダは、ストレートの直球型。「ドーダ、おれはすごいだろう」である。
・陰ドーダは、ひねくれた変化球型。貧乏が清貧になり、粋が乙になる。
 病院での病気自慢や、不幸自慢など、日本のドーダはこの陰ドーダ系が多い。
 筆者は、日本が戦争で負けた、いや、戦争を起こしたことそのものも、西郷隆盛
 の陰ドーダの怨霊が日本人の思考としてこびりついているからだと説く。
 要するに、負けるが勝ち、現実で負けて思想で勝つというやつだ。
・外ドーダは、ドーダの向くベクトルが外に向うこと。その典型がお手本ドーダ。
 お手本を外に求めて、自分がそれに忠実であることを自慢する。日本の学者の
 ほとんどがこのお手本ドーダである。
・内ドーダは、自己の告白の赤裸々さを自慢する赤裸々ドーダ。
 不幸ドーダ(あれ、陰ドーダとどう違うのだろう)、根拠なく自己の国や
 出身地を最高とするお国自慢、愛国ドーダ。≫
――
▼ 「限度なき貧欲」を漫画家の「ドーダ」の一言で、歴史上の難解な事件を
 解明するとは新鮮な着想である。人の心は、この4つが絡みあい捩れている
ため、まずは、一つずつ、とき解いていかなければならない。この随想日記を
書き続けているのも、「どうだ、15年以上も続いているだろう!」の気持ち
が有るため? いや、新たな知識、日々の刻印のため。それより面白いが先に
立つため。「ドーダ」だったら、途中で、止めていたはず。モナコのヨットの
船着場で、夏場、豪華パーティが開かれる。これも主催が、招待者に、
『ドーダ、凄いだろう!』の、見栄のため。世界の金持ちも、こんなもの。
エジプトの古代のファラオが、豪華神殿をつくり、近隣の王族に見せつけて、
戦意を奪ったというが、これも「ドーダ」の典型だろう。当然、事前の知識が
なかった私も、数千年の時間をおいて、腰を抜かさんばかりの動転をした。

・・・・・・
5228,思いが人生をつくる ー◆  礎療プライドは危険
2015年07月08日(水)
        『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
  * 知的プライドは危険
 学生時代、読書の絶対量の少なさを自覚し、知的コンプレックスに陥った。
以来、早朝を中心に2〜5時間の読書習慣を続けてきたが、この程度。しかし
半世紀近く続けると、その量が質の向上に繋がってくるが、大学ノートに、
せめて1ページでもメモの習慣を付けておけばと後悔をし、14年前から、
個人HPで、その内容を記録をし、公開を始めたのが、これ。 自ずから、
8〜9割方の人が、読書の絶対量が少ないことに気づくことになる。
特に地方の人は、それに気づく機会が少ない。そうすると、対話できる
相手が少なくなる。そこで、自分の壁が出来ていく。所詮、それも馬鹿の
壁になるが、それが知らずにプライドになっていく。 これが危険という。 
〜その辺りを抜粋〜
≪ 外見や衣服、もしくは富や地位をひけらかすプライドといった些細な問題は
 取り上げません。もちろんこのプライドも、好ましくありませんが、所詮は
弱い心、もしくは大人気ない心から生まれたもので、心が成熟すれば克服できる。
 より危険なプライドは、「知的プライド」です。なぜならこのプライドは、
成熟した心に現れながら、その存在は明確ではないからです。
熱心な研究や思考の力、もしくは高等教育によって誰かが他人より秀でると、
そこに「知的プライド」、もしくはそれに近い感情が生まれます。
 ある人はこの感情によって、他者を「惨め」と決めつけたり、物事の真意を
つかめない人に対しては、もっとエスカレートして「馬鹿な連中だ!」と叫んだ
りするのです。この類のプライドが、近代の改革を台なしにしています。
利己的な改革に異常なほどに固執している政治家があまりに多く、自分に賛同
しない人を「惨め」ととらえ、この感情を他の民族や先人たちにまでも、
伝染させるのです。・・・
 「私は真理を守るために力をつくします」
そう老いた哲学者に語りかけた若者がいました。
「若者よ、そんなに真理を守ろうとしているは、真理か、
 それとも、真理に対する自分の意見か、どちらなのだ?」
哲学者は、そう静かに質問したのです。
人が真理を知るとき、それを守ろうとしません。なぜなら、真理そのものが
守られた存在だからです。同じように美徳に関しても大騒ぎなどしないのです。
静かに、しかし、明確に、真理は、それ自体が人生の中で人格のようなものと
して存在意義を示しています。人格とは、だれもそれに対して反論したり、
議論できるものではないのです。 言葉や議論は、砂の上に書かれた文字のよう
なものです。それに対し人の行動や人格は、人生という永遠の岩の上に、
けっして消えないように刻みこまれた彫刻のようなものなのです。 ≫
▼ 「世間」を嫌っているのが、私のみすぼらしい「知的プライド」が、
 原因だろうかと、思い浮かんだ。現象をそのまま、事実と区別しない輩。
こういうことは、黙っていればよいものを。わざわざ。知らないということは、
底知れぬ恐ろしさがある。 この「知的プライド」の危険性もだが!
この半世紀も何を読んできたというのか? このことを知るためか!
・・・・・・
4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 
2014年07月08日(火)
  * 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩!  〜後半編へ
 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)
の上司である支店長が、私に面会したいという連絡が入っていた。
当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った応接室で、辞めるに
ついての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が
おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を
辞め、以前に手がけた千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。当行と
して今後の資金計画の全てを協力します!まず千葉のビル売却からですね!』と。
金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない
言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をして
きた帰りに、次の事業計画の最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を
得たとになる。その間、僅か一時間。幸先良い出発になった。地銀の役員
クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 
地方豪族化した彼らでは?それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システム
の価値観で染まった地元権力の残存者には最高の物語? それもいい。
 あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、
そこの契約コンサルタントのW先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、
ありのままを話すと「この事業計画は間違いないでしょう!」の、お墨付き。
私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。もし都銀の
支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することに? 
その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして
貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。
・その前の節目は、実家の会社で、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で
 暴落した冬物で大当て、波に乗せたこと。 
・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が本気で面倒を見てくれた。 
・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角
 商業地の売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。
・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 などなど、節目節目で、何もかも
プラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。どれも紙一重で、
思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。
・・・・・
4496,怒らないって本当は恐い! ー11
2013年07月08日(月)              
  * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる   『怒りの作法』小川仁志著
 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、
考えることで何とか乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが
導き出されてくる。だから、この「怒りの精神論」が身にしみる。
  ーその辺りからー
≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに
対する共感と反発が出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。
それを予め承知した上で怒る必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を
受けたり、怒りに臆病になってしまう。だから怒りには覚悟と準備が必要になる。
覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。それはある種の決断と
いってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。怒るべき時に、
決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項、
怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、
どんな反発が来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。
 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。
特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め
予測して、その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が
数分の一で済ますことができる。そのためには経験の積み重ねが必要だが。 
心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。そこに心の強さが必要となる。 
そのために自分の主張が正しくなければならない。正しければ、怒りは無駄には
ならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあってマイノリティに捉え
られがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 
岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的
にも、他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に
挑む人間である」と言っている。誰からも理解されなくとも、それでも挑み
続ける人間を孤独者と捉えている。孤独とは怒りと深く結びついていて、
それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫
▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。
 過去の怒りが、数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなっ。
50歳位までは過去を振り返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃
から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが多くなってきた。
「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。それもマイナーの怒りの
記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に自嘲する
ことになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、
老いて心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。
 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。
そこに脚色も嘘も加わり、その都度、書き変えられ、違ったものになる。
・・・・・・
4122, 閑話小題ーつれづれに世相
2012年07月08日(日)
   * つれづれに  
 激変する世界と日本の渦中で、一戦を退いた立場で鳥瞰している毎日が
刺激的である。情報化社会の本格的到来で情報はネットから簡単に手に入る。
世界は既に恐慌突入か、その一歩手前で一年先の経済見通しは全く見当が
つかない事態。10年前に現在の事態を誰が想像しただろうか。 
80年前の世界恐慌より遥かに大きい恐慌前夜というが、実際のところ
起こってみないと分からない。しかし、ただ事でないことは確か。こういう
カオスの中では、軍事力しか頼ることが出来ない。それも原爆の保持が前提。
この国は被爆国という建前で、保持をしないという国是?がある。しかい世界
の常識は、この国では通じない。 目先の世界恐慌は避けて通ることは出来ない
ことは誰の目にも明らか。20G会議も、目先の対処療法しか対策がない。 
不安を煽るようなことばかり書いているが、リーマンショックは起こった。 
その原因となった不良債権が世界中の銀行、政府、企業の金庫に塩漬けで
置かれている。それが債権市場か、株式市場で暴落が起こった時に、表立つ。
その火薬庫に火の手が近づいている。ロンドンオリンピックも、この状況の
中では盛り上がらない。数ヶ月ぶりにいった居酒屋の主人の話では、長岡の
飲み屋街は、惨憺たるもの。これも20年近く言われ続けてきたことだが、
他に働き場が無い上に、一日一日を生き抜いているだけ、という何時もの悲鳴
に似た愚痴。歳が歳だけに、行き先は死だけと真顔。前の事業の整理も終わって
身軽になり、身体が浮いたみたいに気軽だが、日ごと何か気が抜けていく。
リーマン以来の経営危機の立場から解放された分、逆に身辺が見えてくる。
世間的価値観を割り切ってしまえば、けっこう面白いことに満ちている。
しかし実際のところ明日、死ぬかもしれない舟板一枚下は地獄もある。
それが人生。天国も地獄も、娑婆にありということか。何はあれ後悔はないし、
ほどほど満足している。自主独立を貫けたのが最大の収穫?
最後は自問自答で自分を説得するしかないか。
 ・・・・・・
3756, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −20
2011年07月08日(金)
     ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー �
  * 楽器編成の基本は、ビッグバンドにあり!  ーP・60
【 ビッグ・パンドにはそれこそ膨大な組合せがあるが、思い切って
 要約してしまえば、ジャズの入門者には次の三つを覚えれば十分だろう。
それは「ビッグ・バンド」「スモール・コンポ」「ビアノ・トリオ」の三バターン。
そしてこの三形態も、基本はビッグ・バンドにあるので、まずこれを見ていこう。
ビッグ・バンドの土台を支えているのはリズム・セクション。リズム・セクション
というのは、ピアノ、べース、ドラムスそしてギターから成っている。
なぜこれらの楽器をリズム・セッションと呼ぶかと言えば、ジャズの要のリズムを
提供するからだ。だがベースとドラムスは先ほどの説明から分かるとしでも、
初めての人は、ピアノとギターがリズム楽器というところがわかりにくいかも。
 クラシックでは、ピアノは、オーケストラをバックに従えたピアノ協奏曲を例に
出すまでもなく華麗な主役であり、ロック・ファンにとって、もちろんギター・ソロ
が目玉になっている。しかしロックでもサイド・ギターが渋くリズムをカットして
いるようにジャズのビッグ・バンドも、ギターはコードを掻き鳴らしつつリズムを
提供している。そしてピアノもまったく同じことをやっているのだ。
そしてそのコード・サウンドを押さえたリズム・セクションに乗って、
ビッグ・バンドの花形楽器ホーン・セクションがバンド・サウンドを吹き鳴らす。
ホーン・セクションというのは、おのおの数名からなるトランペット、サックス類、
トロンボーンのことを指し、これにサックスを受け持つミュージシャンが適宜楽器
を持ち替えて、たとえばフルートなどを吹いたりする。またスイング時代のバンド
では、ベニー・グッドマン・バンドのようにクラリネットが加わることが多かった。】
▼ ビッグ・バンドの楽器編成を基として、ピアノ、ベース、ドラムス、ギターが
 リズム・セッションの基本。ジャズファンの、まず初め憶える第一歩である。 
そこからピッグ・アップしたのが、スモール・コンポとなる。
トランペットはジャズの花形だが、リズム・セッションにならない。
  * ジャズの花形楽器、トランペット
【 ジャズの歴史のところで、サッチモの吹いたトランペットの親戚のような
 楽器としてコルネットが、1920年代は主役だった。しかしモダン期以降は
逆転して、ほとんどがトランペットに変わっていった。トランペットはジャズを
代表する楽器といって過言でない。よく通る高音域と華やかな音色の輝きが、
ジャズのダイナミックな特質と一致しているからだろう。実際ルイ・アーム
ストロングをはじめ、一時代を築くようなミュージシャンにはトランペッター
が多い。代表例はマイルス・デーヴィス、クリフォード・ブラウン、そして
リー・モーガンだろう。】
▼ トランペットが主流なら、トランペットが聞こえたら、
 モダン・ジャズとみてよい?


5957,洗って使える 泥名言 〜2

2017年07月07日(金)

    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * 鉄マン ―性のアスリート 
  何のことやら?の、深く、かつ面白い下ネタが次々とつづく。  
★ <金ちゃんね、夜5回、朝2回なの。これは恋だと思うの> 
 まあ、驚きというか。その下りが… 
《 猛者といえば岩下志麻子ちゃん。彼氏と夜5回。朝2回ぐらいやらないと
 恋じゃないという。普通の日本人のやり方じゃあ単なる御あいさつなんです。
本当に‘鉄マン’だなと思う。もはやアスリート。
 志麻子ちゃんが常々言っているのが、
「私が悪いのではなくてマンコが悪いの」
「私にマンコが付いているのではなく、マンコに私がついているの」
すごいのは、租チンには当たったことがないっていう。… で、巨根の人
だけアソコが赤く光るとかね。そういう人だけを食べているの。だから、
志麻子ちゃんに素通りされたら、男として残念なことになります。まあ、
逆にロックオンされたら困りますけど。》
★ <歴代の女が泣いてわめいて角取ってくれた中古の男がちょうどええ。>
★ <一人3ちんぽ>
 「チンポマエストロ」と呼ばれている知り合いの不倫道の先生の教えで、
「不倫するなら一人3チンポぐらい持っておけ」と。一本に固執するから、
 さまざまなトラブルや事故が起きる。「あの人と連絡がとれない」とキーッ
 とならないために「じゃあ、こっち」「そっちがダメならこっち」と。
 いきなり日曜日に相手の家に「来ちゃった」とかならないように。
 3本を上手くまわしましょう。
 「そもそも向こうが奥さんと二股をかけているんだから、こっちも二股を」
 という「チンポフェアトレード論」を前から主張しているですけど。だから、
 不倫道としては3本まで。あまり多いと、色いろ支障が出てくる。毛利元就
 の3本の矢じゃないけど、3本のチンポの教えとして心に刻んでおいて下さい。
★ <こんな気持ちのいいことでもお金をもられるなんて夢みたい>
 以前、タイで会った若い買春婦の子の言っていたから、色んな人がいる。

▼ 鉄マンから見えてくる人生がある。男と女では、あまりに格差がある。
 男社会は、下スキャンダルに厳し過ぎる感がある。 で、晩年?、
「やっときゃよかった話」になる。
 
・・・・・・
5592,幸福の条件とは 〜
2016年07月07日(木)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの追求
 自己愛丸出しの心の中で叫ぶ「ドーダ!」をキーワードにし、資本主義の
「限度なき貪欲」を解明していく内容。 この随想日記を毎日、書き続ける
心底には、涙ぐましいエネルギーをかけた、さあ、「ドーダ」のためか。
自分では気づいてないが、傍からみえrば自己愛、エゴ丸出しだろう。
 〜その辺りから抜粋〜
≪ 幸福感はそれほど増えないのに、人はなぜ、限りなく富を求めるのか?
 思うにそれは、私の用語でいうドーダのせいです。ドーダというのは
「ドーダ!すごいだろう、まいったか!」と自己愛丸出しで心の中で叫ぶとき
の「ドーダ!」のことで、漫画家の東海林さだお氏の発明になる用語です。
 資本主義の悪弊であるところの「限度なき貧欲」というのは、じつは、
幸福の追求からくるのではなく、このドーダの追求にあるのです。
 このメカニズムを説明するのに、ジェイコム株の誤発注で十億円以上の利益
をあげたと伝えられる「ひきこもりディーラー」の青年を例に取りましょう。
青年はなかなか正直な人で、雑誌のインタビューに答え、「わたしは贅沢
なんてしたくはない。それに、金儲けをしていても苦しいだけだ」と告白する
一方、昨年来の大暴落では、おおかたの予想を裏切って「売り」で大儲けし、
資産を数百億円に増やしたと自慢していました。
 この青年をサンプルとして考えるとよくわかるはずです。人は贅沢をしたい
から、幸福になりたいから、利潤を追求するのではありません。むしろ、自分の
予想の正しさ、着眼の正当性を確認し、それによって「ドーダ、おれはすごい
だろう、天才だろう、まいったか!」と心の中で絶叫したいがために、とことん
利潤を追ってしまうのです。ひとことで言えば、現実の中の人というよりも、
想像力の中の人を相手にドーダしているのです。
 問題はここにあります。現実の人間が相手の場合、ドーダと喝采のやり取り
にはおのずと限りがあります。しかし、想像力の中の人間が相手では、ドーダと
喝采のキャッチボールには限度というものがありません。いくらドーダしても、
喝采はいくらでも続き、これでおしまいということはないのです。
利潤の無限追求が、贅沢がもたらす幸福感という点では限度があっても、ドーダ
においては限度がないのはこのためなのです。 ドーダ恐るべし! 
一度火のついたドーダは果てることがないのです。≫
▼ 著者は、ドーダが「自己愛に源を発するすべての表現行為」であり、
「想像力の中の人を相手にドーダしている」という。そうこう考えると、
世の中、こんな事で動いているのかもしれない。ここで、「ドーダ」を
「陽ドーダ」対「陰ドーダ」、「外ドーダ」対「内ドーダ」という
サブ・ジャンルに分類している。秘境・異郷旅行も、かつて同行したツアー
仲間に対して、「ドーダ、今度は、ここに来ているよ!」と、心の内で、
問答している? しかし、過剰な欲望ではない。その時に、考えられるだけ、
考えて決断した結果で、ドーダは、微塵もない。それがライフワークである。

・・・・・・
5227,「エリック・ホッファー自伝」 〜ァ愿応しえぬ者たち』
2015年07月07日(火)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 適応しえぬ者たち
「季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。
 ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」 
誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。
まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、
適応できないだけかもしれない、 〜その辺りから〜 
≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、
白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。
開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。
人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める
こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを
伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を
なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的
で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど
の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに
冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者
に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた
のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。
 オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住
したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、
重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。
ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。
それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と
絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、
私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に
突き当たったのだ。
 人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、
時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの
を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。
弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。
明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。
弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ローレンス
のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、
人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が
支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動
からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく
出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫
▼ 弱者の立場から、その役割の重要性を看破している。「特別の適応」を
 弱者は見出していく。弱者の自己嫌悪は、通常の生存競争より遥かに強い
エネルギーを放出する。それは、挫折をした節目で、内に向かって出てくる
それである。それが強者に勝利する原動力になる。適応しないことも時に重要
になる。ただし、目的が、そこに有るかどうかが、孤高と弧底?の境目になる。
・・・・・・
4862,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー30 
2014年07月07日(月)
  * 本来、この事業構想は正しかったのだろうか?  ー前半、終了ー
 この事業は、280室で駅前シリーズを終えた後に、郊外型ホテルへ切替えるか、
事業売却であった。そこで節目を作るのが、学生時代に構想した創業型事業人生。
それを作らなかったのが、三年前の結果に繋がった。1985年のプラザ合意直後
から生じたバブルと崩壊は、明治維新と、太平洋戦争敗戦と同じぐらいの大きな
節目である。アメリカの陰謀による経済敗戦であり、更に9・11テロ、9・15の
リーマンショック、3・11の東北大震災である。 それが私の事業にも直撃、
これまで深手になることを読めなかったのが致命傷になった。創業当初の
10年間で、ユデ蛙になったためである。「ご覧とおり、そのまま結構」である。 
これを書いて気づいたことは、創業時に転売した二ヶ所の土地が、実は郊外型
ホテルの立地だったこと。あの時に「もしか、ここがホテル立地?」という
想いはあった。しかし、新幹線開業した直後の上越新幹線最終駅前の周辺に、
執着するのも仕方がない?あと講釈としても、十年目に大きな節目を作るべき
だった。進むべきか、立止まるか、引くかのサイン?があった。 その時、
そのサインを読み違え、戦略を新潟駅周辺に280室から、500室の拡大
戦略をとってしまった。当時、大型チェーンの駅前などの繁華街店舗が急激に
衰退していった。その頃に、ペガサスでは駅前立地から本格撤収を指示していた。
事業構想は10年スパンか、駅前周辺300室内なら正しく、それ以上は致命
的間違い! 新潟駅前シリーズは、バブル崩壊による日本経済、特に地方の
衰退が本格的に始まった中で、舵取りを間違えた結果、最期は、これ。
直接原因はリーマンショックと、東北大震災?で、間接原因は500室の駅前
への過剰投資。だから諦めはついている。歴史的バブル経済の崩壊にかかわらず、
逆に新潟駅前でバブッタのである。これが直接原因で、最後の二つは、
駄目だしの間接原因ともいえる。物語として、私には、これが丁度良かった!
 〜と、思うしかない。 そして、反省の日々! そして、外海には、更なる
大津波の音がする。内海では、その中、祭り(東京オリンピック)の準備で
ミニバブル! 高台からの下界の景色を、妙な気分で見るのも?
「天気晴朗なれど、波高し!」が内海の景色!ここからみえる
人生68〜75年の最期の祭り?が、面白そうだ。
・・・・・・
4495, 怒らないって本当は恐い! ー10
2013年07月07日(日)                     
   * 石原と橋下の怒りについて     『怒りの作法』小川仁志著 
 怒りといえば、石原と橋下。TVで常に怒っている。アメリカの間接統治
のために与えられた憲法さえ変えることが出来ないのが二人の怒りの根にある。
更に実質的に日本は官僚が支配している実態に対しても怒っている。二人とも
怒りを実に巧く使い、改革を実施してきた。実質、占領下の現状に対し、
怒るのが当たり前だが、それを表立てると何故か失脚をする。
 歴代の首相も何故か、独立を企てると失脚してきた。アメリカにとって一年の
首相交代は間接的統治に理想的である。ーその辺りから抜粋して考えてみようー
≪ 橋下大阪市長と、もう一人石原都知事の二人は、事柄に対して本当に怒り
 を示せる人物だということができます。彼らのメッセージはしっかりと
伝わるのです。それが人気の秘訣でもあるのでしょう。彼らはまず怒ります。
そしてその怒りのモードに諭理を載せます。なぜ怒っているのか、なぜ
メッセージを発しているのかが明確なのです。そして筋が通っています。
ただ、両者の怨りの根源は大きく異なります。石原都知事の場合は、偏った
保守思想に恨源があるのに対して、橋下市長の場合は、世の中の不合理さに
対する怒りに恨源があります。 石原都知事は外国人に対する差別的発言に
顕著なように、自分の思想に反する事柄を排除しようとするエネルギーが怒り
の源泉となっているのです。これに対して橋下市長の場合は、弁護士出身
だからというわけではないでしょうが、世の中の不公平に対して挑戦しようする。
・・・ そんな橋下市長がぶち上げたのが大阪都構想です。大阪市を特別区に
分割し、他の市と一緒に再編してまとめようという。 これによって、
大阪市が副都心として活性化するというわけです。 同じ独裁的イメージを
醸し出す二人ですが、いわば石原知事が偏向思想に基づく自己中心型独裁
であるのに対して、橋下市長は、奇しくも彼が解放と表現したように人民開放型
独裁のです。この違いは偏りに怒りの恨源の違いに基でづくものといえます。
私もこうした橋下市長の怒りの根源には、石原都知事の偏向思想と連って大いに
共感します。この共感を持てるかという点は、実はメッセージの威力に影響を
与えます。というのも、共感とは納得感であって、誰もが納得できるというこは、
それだけ論理的だということだからです。≫
▼ 東京と大阪の首長までは、彼らの手法が有効に働いたようだが、
 こと国政においては難しいようだ。遅かれ早かれ政治的謀略で消え去る
可能性が強い。しかし、ここは怒りの話。都会人なら、二人の怒りを理解できた
としても、それが全国区となると、民度からして、理解できないのである。
その意味で、二人は怒りが洗脳され、安穏とした日本という国の実態に怒りが
向いているだろう。それにしても怒らなすぎる日本人は! 考えないからだ。
怒りが私の人生を狂わせたと、少しは思っていたが、そうじゃない、怒りこそが、
大きな原動力になっていた。歳をとったら、少しは大人しくした方がよいが、
これでは怒って当然のこと。 「怒り」の肯定論があるとはね!
・・・・・
4121, 空腹感のすすめ
2012年07月07日(土)
             「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、
ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを取り上げたことがあった。
生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていない。 
著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも
大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、
今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー
  * 空腹のすすめ
≪人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。
 空腹である、ということは、摂取した食料が体に採り入れられ、それが身体
各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、
動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギー
を消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、
今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図。
それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労で
あり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も
恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。
体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。
考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。
少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。
何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。
空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。それなのに現代の日本の
ような先進国では空腹を感ずると食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。
朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり
入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという段階で、ちょっと空腹感
を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を
買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということは
まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな
ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった
新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には
先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに
帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、
 時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。
そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、
腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。
 人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。


5956,洗って使える 泥名言 〜1

2017年07月06日(木)

    
        <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * マンコ一回は数には入らん
 図書館の返却コーナーで見つけた、「サイバラ」の下ネタ、B級シリアス本。
この御堅いブログには相応しくない?が、第3章の『男と女の名言』が…何とも。
「中村うさぎ」ちゃんも、無理がタタって、介護生活。その穴を、岩下志麻子
と、二人が埋めている。 スナックで、酔い客と、ママやホステスと日ごとの
会話は、こんなもの? 聞いたこともない?下ネタが、息をつかないほど続く。
・「無理マン」=私らの頃の高知の田舎の女子の初体験は、和姦と強姦の間の
「無理マン」というのが普通でした。二人きりになって、もう抵抗しても無駄
 だし、殴られるのも嫌だし、まあしょうがないかな、みたいな…
・「マンコ一回は数には入らん」=ヤンキー文化の女子高だったので、みんな
 結構やっている回数が多いです。何回以上やると付き合ったことになるかと
 いう話題になった結果が、これ。
  ー内容紹介ー
≪実父はアルコール依存症。継父はギャンブル依存症で自殺。元夫もアルコール
 依存症。自身も地元高知の高校を退学となり、大検を経て武蔵野美術大学に
進学するも、生活費稼ぎのために、在学中からミニスカパブでホステス、成人誌
で漫画を描く日を過ごした。そしていま“整形手術の帝王”高須克弥氏と熱愛中…
そんな波瀾万丈の半生のなかで、サイバラの人格を形作る土台となった身近な人
の「金言」集です。 その一部を紹介すると――。
・「前科とお金、どっちが大事?」…バイトしていた白夜書房の編集長の言葉。
 猥褻図画を載せて何度も警察に捕まった氏は、「前科なんていくら増えても
 いいじゃない。お金が儲かるんですよ」と繰り返した。
・「半分も払ったのに」 …雀士・小島武夫の言葉。麻雀の負け分をめったに
 払わない氏は、「半分も払えば返したも同じ」という考え方だった。でも、
 誰からも愛されたという。
・「病気は作んなきゃ」……高須氏の言葉。氏が「包茎は悪いこと」という
 認識を世に広めることに成功し、「包茎手術の第一人者」となった経験から。
歴史上の偉人とかビジネスの成功者の名言みたいに輝かしいものではありません。
どっちかというとゲスだったり、身もフタもなかったり、ワケわかんなかったり
するような言葉ばっかり。でも、サイバラの人生の糧となった“言葉の劇薬”≫

▼ 御堅い明治生れの両親の元で生れ育ったため、親元から離れても、すり込み、
 呪縛から離れることが暫く出来なかった。女性中心の職場だったこともあり、
B級グルメ的魅力の女性が多くを占めていたが、地域の魅力を持った愛らしく
美しい人が、それぞれいた。ヤンキー上がりはゼロに近かったが、それでも
面白く、際どいのが4〜5人に1人の割合だったような。驚いたのが、
平気で2人、3人目の相手の物色をする実態。違った相手に気持ちが移るのは
自然のならいか。西原は「えげつない、下ネタの漫画家」でもあるが、これがマタ、
面白い。ここまで明け透けになると、「いやらしい!」の気持ちが吹っ飛ぶ。
 ところで、「洗えば使える」は、あれのこと? 「洗って返してもらえば…」
両親に、生々しい具体的下ネタは控えるように教えられて育ったが、一般家庭
なら至極当然だが。下のことは、「暗黒の大陸」より、「暗黒の密林」ですか。

・・・・・・
5591,私の人生で出あった大断層は
2016年07月06日(水)
   * 私の人生で出あった大断層とは
 日本の断層といえば、戦国時代、明治維新、太平洋戦争の敗戦、そして、
バブルとバブル崩壊による日米経済戦争の敗戦である。敗戦直後に生まれた
私にとっての最大の断層は、ソ連・東欧の崩壊と時を同じくしたバブル崩壊。
 アメリカによる日本潰しだったバブル崩壊について、あまり語られないが、
太平洋戦争敗戦に比する経済敗戦。あれ以来、大規模な金融再編、大型スーパー
や百貨店の倒産、西武鉄道グループの銀行管理などが連鎖して起こった。
 その結果、資産デフレが、10年、20年かけて、じわじわと日本経済の体力を
奪っていた。2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、2011年の3・11
大震災が、更に加わった。そうこう考えると、地方の一中小は、他動的な、
思いもよらない大波に飲まれたら一瞬に消え去るしかない。 私の事業も、
バブルとバブル崩壊の結果、デフレの大波に飲みこまれたことになる。
 バブル崩壊以前の大波といえば、
・大学卒業から2年半後の1971年8月に、ニクソン大統領の発表した、
ドルの金との交換 停止によってドルの価値が急落したドルショック。
・次にオイル・ショックで、1973年(第1次)と1979年(第2次)に 始まった
(ピークは1980年)、原油の供給逼迫および原油価格高騰と、それによる
世界の経済混乱である。
・そして、極めつけは、アメリカの謀略の1985年のプラザ合意がある。
プラザ合意については、バブル崩壊後にさまざまな議論がなされたが、
バブル景気とその後の失われた20年(長期の経済低迷)の起点という
見解がある。
そうこう考えると、私の人生も、世界の政治経済の潮流に漂っていただけ。
もう一つ、1995年のウィンドウズ95の発売と、普及。そして、最近の
スマートフォンとタブレットの普及である。ネット社会が、何時の間にか、
現実社会を覆ってしまった。その結果、頭と足が腐ってきた。

・・・・・・
5226,「エリック・ホッファー自伝」 〜
2015年07月06日(月)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * 運命の出会いと別れ
 ホッファーの放浪者としてのベースは、『旧約聖書』との出あいである。
それを引き合せてくれた運命的邂逅の相手が、雇い主のユダヤ人であった。
<ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である。>
のとおり、ホッファーも放浪労働者として、真理を追究していく道を選んだ。
 〜その辺りから〜
≪・ドイツ系移民の子としてニューヨークで生まれたエリック・ホッファーは、
 7歳で母を亡くし同時に失明。15歳で突然視力が回復すると、また視力を失う
 怖さから本を貪り読むようになる。18歳で父を亡くし天涯孤独の身になると、
 さまざまな労働に従事するかたわら公立図書館を利用して読書に没頭する。
 家系はみな短命で、50歳以上生きた者が誰もいなかった。自分の命も40年
 だと疑う事なく信じていたホッファーが40歳までの"半生"を綴っている。
・ローズベルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく
 無縁だった。言葉を交わした人間の誰一人として、自分の不孝を他人の
 せいにする者はいなかった。
・雇い主のシャピーロとの会話は本の話題が中心で、彼は私が何を読んでいる
 のか知りたがった。彼は大学を卒業しており、死んだ叔父が倉庫を残さな
 かったら、学者の道に進んでいたらしい。つまり、大学教授になる代わりに、
 やり手のくず鉄屋になったのだ。私は贈罪日に倉庫を閉めたのを見て、
 初めてシャピーロがユダヤ人であることに気づいた。それからユダヤ人に
 関する本を読み始め、シャピーロが私に関心を示したのは、彼がユダヤ人で
 あるからだと確信するようになった。ユダヤ人は特別な民族である。
 彼らは神を見つけ出し、その数に比して歴史的に大きな役割を担ってきた。
 <ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である>
 そうした神を崇拝し模倣した西洋においてのみ、機械時代が訪れた。
 中国人と日本人はその発明の才と技術習得力にもかかわらず、機械時代を
 招き寄せられず、西洋から受容しなければならなかったのだ。
 この考えにシャピーロは喜び、ぜひそのことを書いてみるべきだと言った。
・古代の始まりからユダヤ人は、人間の顔に表れる象形文字を判読する能力に
 秀でていた。人間が何をしようと何を考えようと、それは顔に刻み込まれる。
・新たな好奇心が私を旧約聖書へと導いていた。ちょうど筋肉がついてきたという
 意識が、青年をウェイト・リフティングやレスリングへと駆り立てるように、
 精神が成熟してきたという意識が、私を未知の新たな仕事へと向かわせた。
・貧困者に対して非情になるなという訓戒が、争いごとにおいて
 貧者の肩をもつなという冷めた諫言と並存している。
・この世の現実に執着するあまり、古代ユダヤ人は来世のことを考えなかった。
 彼らにとって最高の報酬とは、自分の寿命を延ばしてもらうことである。
・真実を構想して未知のものを思い描き、物語を語る能力は、未知のものを
 探るうえで必要不可欠な才能だ。≫
▼ 放浪労働者から解放される機会が多くあったが、敢えて、その道を
 選ばなかったのは、40歳までしか生きられないという思い込みがあった
ことと、旧約聖書の影響である。しかし、放浪労働者は違っていた。
ただ社会的不適応者でしかなかったが、彼らの群れには魅力が隠されていた。
・・・・・・
4861,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー29
2014年07月06日(日)
  * 新規事業の構想とは
 新規事業は《「仝酋眈η笋如↓箱物を絡めた、妻子などの親戚を入れない、
づ焦箍椎修如↓ゼ蠏いこと」を前提に、自らを捨石と割り切る!》と、自分に
ダメ押しをした。 そして、千葉・千城台ビルと、長岡郊外の更地を売却をして、
新潟駅前の更地一点にエネルギーの集中を、第一歩とした。それに躊躇があるなら、
覚悟が出来てないことになる。 独り落下傘で敵地に舞い降りる決死の覚悟だった。
まずは、千葉と長岡と同じく、孤独、孤立からの出発である。不安と緊張の中で、
漆黒のような闇に向かって、ただ一歩ずつ進むしかない。ところでホテル名は、
学生服メーカーのブランドを付け『ベンクーガーホテル』にした。
その上にツイン、ダブルルームをカットしたシングル専門にして、税・サ込3980円
の価格破壊を仕掛ければ、成功確率は500%!の確信が生まれていた。
これで15年間の準備は一応、出揃った。「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」とは
《新しい内容や思想を表現するために、それに応じた新しい形式や方法が必要で
あるということ。すなわち、いつまでも古い形式にこだわってはならない、
というたとえ。》をいうが、創業も同じ。まず第一歩は独りになり、己を無に
して市場に聞きながら、踏出すのが基本。 事前調査で、ビジネスホテルは
月〜木曜日が、ほぼ満室、金土が5〜6割、日曜が3割、平均稼動8割が目安。
それに対し、学生服は平日が閑散日で、土日が、その三倍の売上げの世界。 
平日はフロントに、土日はショップにシフトをし、回わせば、究極の合理化。
その上、学生服の荒利が4割近くで、値引きはゼロ。軌道に乗せれば、大いに
利益貢献をもたらす。 しかし、学生ショップと、ビジネスホテルの融合は、
短期的にはプラスに働いたが、長期的に失敗。学生服は制服の自由化で右下がり
の衰退が始まっていた。 ホテル名にするなど、言語道断と、十年近く経って
気づくことになる。しかし創業時の二ヶ所の土地転しと、学生ショップの利益は、
二、三棟目のホテル開業に大きく貢献していた。これはこれで、良かった? 
それにしても、何だろう、この男? ドンキ?
・・・・・
4494, 怒らないって本当は恐い! ー9
2013年07月06日(土)
   * なぜ世界中でデモが起こるのか
 現在、北アフリカと中東をはじめ世界中でデモが起きている。
デモは集団による政治のメッセージである。ここでは、格差問題が若者を中心
に怒りとして燃え上がった。その背景には携帯電話という情報機器の普及で、
体制側の腐敗と貧富の格差の情報が隅々まで流されることがある。日本のデモ
のようにお祭り騒ぎで練り歩くだけでは怒りは伝わらない。怒りが伴った暴動
こそ、その意思が伝わる。  ーまずは、その辺りからー
≪ 議論と同じ意味で怒りを道具になるのは、メッセージを伝える感情だから。
 つまり行動である。その中で、一番わかりやすいメッセージの伝達行動は、
デモでないだろうか。 通常、デモは政治的メッセージを発信するために、
集団で練り歩く行為をいいます。デモンストレーションの略ですが、語源は
「示す」という意味を持っている。したがって、デモの本質は、人々が自分の
意思を示す行為である、と言えるのである。しかし漫然と歩いているのでは
効果がない。怒りが示されると俄然と効果が現れてくる。世界で変革を求める
デモが起きているが、それはもっと非日常的な非常事態であってしかるべき。
しかし先進国のデモは、そうでない。特に、日本のデモは、どれもお祭り騒ぎ
である。それは去勢されたから。安保闘争の時に圧倒的な取締で潰えた後、
すっかり大人しくなってしまった。それでも、唯一怒りを伴ったデモらしき
ものは反貧困を掲げた運動だった。派遣切りをはじめ、人をモノ扱いにする
ような新自由主義的な自民党政治に対し、さすがに人々が怒った。
この運動で自民党政治の行き詰まりもあって、ある程度効果があって、
一度政権が交代した。そして、誰もが、貧困が解消されたかに見えたが、
実際は自民党的体質を変えることは出来なかった。反貧困の湯浅誠が、
内閣参与という形で迎えいれられることで去勢されてしまった。・・ ≫
▼ 携帯電話、スマホは、国境を超えて情報を一瞬のうちに世界に行き来する。
 今さらグローバル化を元に戻すことは不可能。それは情報を通して、世界が
平準化していくことを意味するが、様々な格差の拡大を生む。その怒りが
世界中に噴出するのは避けがたいことになる。現に中国が年間十数万件も
暴動が起きている。それが一斉に起きてないから内乱になってないだけ。
社会には、貧困、格差問題は常に存在する。問題は、グローバル化が貧困、
格差を拡大する力になるからである。ということは、世界各地で起きている
デモや暴動は、ますます激しくなっていく。時の権力者は、その矛先を自国
より弱い周辺国に向けるため、国境問題を操作する。グローバル化は
戦争の機会を促進することになる。
・・・・・・・
4120, オニババと、粗大ゴミ
2012年07月06日(金)
  * 女の変容    「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著
 流石に20歳年上の書いた老いについての話は参考になる。奥さんが
曽野綾子なら旦那に対しても厳しいはず。特に「男から見る女性の、対男性
の態度に四つの時期」が面白い。女性は更年期を過ぎる頃から第四期の
オニババ化が始まる。  ーその辺りを抜粋するー
≪ 男から見ると、女の対男性の態度に四つの時期がある。
・ 最初は男を敵視し、警戒し、ことさらに無関心を装う思春期。
・それから特定の男あるいは男たちには打ち解けて、彼のことに心遣いを示し、
 男としては、うん、この女は優しくて、オレの世話を何くれとなく見てくれる、
 と思わせる。これを青春期とする。これは結婚しても数年は続く。
・第三期はオバサン期である。オバサンは家庭の主として独裁権を振るう。
 それに従わない者は、子供であろうと亭主であろうと容赦しない。
 彼女の独裁権が及ばないのは、舅と姑だから、彼らへの鬱憤は専ら、
 亭主にむけられる。舅、姑は亭主の親だからである。
・第四期がオニババだが、こうなると、彼女は世を呪い、人を恨み、身のまわり
 のあらゆる物が、自分の意図と違う状況にあると、すざまじい勢いで叱り
 つける、そのくせ、自分は何もしない。人に指図してやらせるだけである。
 この場合の指図される相手は、多くの場合い、亭主しかいないから、オニババ
 の夫としては、少なくとも肉体的には健康であることが望ましい。 ≫
▼ 数ヶ月前に、色いろあって自宅の名義が家内に変わった。
 予測はしていたが、急に態度がオーナー然として、私は宿六扱い。
ペットに餌をやっていたのを見て、「居候が居候に餌をやっている」だと。
オニババ化の一場面である。この数年で、団塊世代が大量に定年を向かえ
家の滞在時間が多くなった。現在、日本中がオニババと団塊粗大ゴミが
イガミアッテいる。私など平均4時間は外出。ちらほら愚痴が聞こえてきて
いるが、当人にとっては切実の問題。以前読んだ、あるエッセーにあったが、 
定年になった時に、「食事以外は外出するか、自室以外に出ないよう」
妻に言い渡されたという。まあ、現在の私も似たようなもの。
家が大きいので、まだ助かっている・・ 更年期を過ぎ、身体が老化を
始めると過去の思い出が大きな比重を占めてくる。人間の記憶の大部分が
マイナーで占められている。記憶は主語が消えてしまうので、そのマイナー
を身近の人に見ることになる。その槍玉が連れ合いになり、オニババ化が
進んでいき最悪、熟年離婚になる。せっかく、会社の嫌な上司から
解放された挙句に、である。
 ・・・・・・・
3754, ワシも族か〜  ー�
2011年07月06日(水)
  あるブログにあった「ワシも族」、によると、
【・定年で毎日が日曜日状態になった父さんが、
 ・家でやることもなくゴロゴロ 
 ・妻がどこかへ行こうとすると「ワシも一緒に」と着いて来る男性を指す。
 一般的のサラリーマンは、「定年になったら、あれも、これもやりたい」
と考えるが、何をしても中途半端で飽きてくる。 定年で急にはじめても、
アマチュアになるには遅すぎる。最低で10年の準備が必要。
そこで、妻に縋るしかない。 TVのワイドショーで「ワシも族・度」
が紹介されていた。
1)近所で人当たりが良いが、家では無口 2)夫が家事をするのは「手伝い」と思う
3)妻の予定や行動をよくチェックしている 4)妻にはつい、つらく当たってしまう
5)妻の家事に手は出さないけど、口は出す 6)妻のお出かけにはよくついていく
7)妻子を養ってきたとの自負がある
【判断基準】・3個以下:とりあえずは大丈夫? ・4〜5個:ワシも族の素質、
十分です ・6個以上:要注意!見捨てられるかも会社人間の習性で、
「自分では手を出さずに、命令すること」「部下が作成したものを批評し、
自ら積極的に行動しない」が習慣化しているからだ。 】
▼「ワシも族」といえば、私の夫婦間では、家内の方が前より「私もやりたい」
 と、言う方。女なら、それは愛嬌だが。私がネットに夢中になれば、見よう
見まねでネットで情報をとったり、ネット・ショッピングに夢中になったり。
海外旅行といえば、初めは反対するが、私が申し込む直前に「私も行く」と、
のたまう。大反対をしたもの(ハンモック・チェアーや、健康機器)を良さそうか
どうかを見極めてから、都合の良い理屈をつけて始める。それが、今度は逆転。
 私も暇時間のつぶし方は得意だが家内には敵わない。相手は38年、年中である。 
一般的には仕事にネルギーを奪われ、ライフワークの趣味を作り上げてこなかった
ツケが、定年後にくる。でも、それでも妻の後についていくだけ、まだましか。
 いくら東京が好きとはいえ、5日連続とは!驚くより呆れる。
「ツアーに出ているよう」だと! 内容からして価値あるツアーだが!


5955,閑話小題 〜モンテッソーリ教育を受けた有名人

2017年07月05日(水)

   * モンテッソーリ教育を受けた有名人
 20歳の頃に、『創業を目指す』と、志をたててから、俄然、人生が
面白くなっていた。人生の脚本の粗筋が、その時に決まってことになる。
当時の与えられていた学科そのままが、教材になっていた。また与えられた
特権の自由になる時間が素材に思えてきた。その翌年の三年次に行った、
「30日間の欧州ツアー参加」も、四年次の「武澤ゼミ」の入会も、その粗筋が
あればこそ決断出来たこと。緑の原野(社会)に出てからの自己配転による
キャリアづくりも、「人生の脚本」の筋書に沿って進んで行った。
 それが、周囲に対して違和感を持たれていたが。その時期が20才時だった
のが良かったと思っていたが、何か内なる硬い岩盤があった。その岩盤を
最小にすべく、幼児期からプログラムをたて、手順を踏むのだから、納得。
 この教育を受けた有名人をネット検索によると、
≪ オバマ大統領、クリントン夫妻や、日本の皇族にも
 モンテッソーリ教育を受けた人がいるそうな。
  〜主な人物では
・アンネ・フランク
・バラク・オバマ(米国大統領)
・ジェフ・ベゾス(Aamazon創業者)
・ジミー・ウェールズ(ウィキペディア創業者)
・キャサリン・グラハム(元ワシントン・ポスト会長)
・サーゲイ・ブリン(グーグル創立者)
・ラリー・ペイジ(グーグル創立者)
・ピーター・ドラッカー(経済学者)
・ジョージ・クルーニー(映画俳優)
・ウィリアム王子・ヘンリー王子(英国王室)
・ウィル・ライト(ゲームクリエーター)
・ジュリア・チャイルド(料理研究家)など・・
 モンテッソーリの基本的な考え方は、
『子どもの自主性を重んじそれを伸ばしていくこと。』
 日本の教育が個性の尊重に重きを置かず、画一的な教育である
ことに問題意識を持つ親には、興味深い教育法。しかし、モンテッソーリ教育
を受けた誰もが高い能力を発揮できるわけではなく、子どもにも向き不向きが
ある。保育園や幼稚園などにより、導入の度合いは異なります。また、家庭が
その教育法にどう向き合うのか、非常に重要になる。
 この教育が目指しているのは、自立し、周囲に対して思いやりを持てる
人物を育てること。日本の教育では、与えた課題を正確にこなす、ことに
主眼が置かれがちですが、モンテッソーリでは自分で課題を見つけ、自分の力
でやり抜く力が身につきます。発達障害や、貧民の幼児向けのプログラムが、
幼児の英才教育に改良したもの。≫

▼ 今では、スマートフォン、タブレットPCが一般に普及。
 これを幼児の英才教育に活用できる親の教育ソフトこそ、必要とされる。
成るほど、競って慶応幼稚舎に入れるのも、そこには、個性尊重の自由な精神を
守る世界があるのだろう。良い意味の「朱に交われば赤くなる」ということ。
悪い意味では「世間」になる。己の不自由を気付いてないから、それはそれで。
 ああ、それ、自分の指摘ではないですか? 時世に群れて、考えず、狂い水を
飲んで、頭をやられ、無為に過ごしてきた人生こそ、不自由だったのでは? 
 そとには鳥の鳴き声と、雨の飛沫の音がする。
で、この有名人たち、自由だったのだろうか。黄金の人生だったのだろうか。
少なくとも私よりは遥かに自由で黄金の時間を過ごしていたようだが…

・・・・・・
5590,幸福の条件とは 〜
2016年07月05日(火)
 「幸せの条件?」をネット検索にかけてみた
≪ 幸せの3つの条件(『人生談義』松下幸之助より)
   1.自分が幸せだと感ずること。
   2.世間の人びともその幸せに賛意を表してくれること。
   3.人間の共同生活の正しい進歩向上に即したもの。
  幸福のための4条件(『不幸論』中島義道より)
   1.自分の特定の欲望がかなえられていること。
   2.その欲望が自分の一般的信念にかなっていること。
   3.その欲望が世間から承認されていること。
   4.その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない
    (傷つけない、苦しめない)こと。
「どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せだと思っていなければ、
 その人は幸せではない」のです。
幸せの第一条件は、「自分は幸せ」という“自覚”があることです。
それを確かにするのが、実際に“幸福感”を感じて生活することです。
世間からの賛意・承認を得るということは、善いことをする、人の役に
立つのようなものに加えて、人に迷惑をかけない、悪いことをしない
というようなものも含むと思います。≫ とあった。
▼ 年収七百万までは、比例して右上がりになるが、それ以上は、急速に
 角度が下がる。貯蓄も、一世帯3千万が心配しないで済む安心の目安。
「どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せだと思っていなければ、
その人は幸せではない」とあるが、逆に、「どんなに不幸に見えても、
本人が不幸と思っていなければ幸福である」といえる。としても、
何時も金の心配をしなければならない生活は決して幸福といえない。
 資本主義社会とは、貨幣を基準に価値判断をする社会。不条理だが、
割り切るしかない。お金の本質といえは、ずばり、「自由」と「能力」。
「自らに由る欲望の達成」の手段がお金。達成できる力が「能力」。
千円には千円の、百万には百万の、一億には一億の能力がある。
 自由、博愛、平等度が高い社会ほど、幸福度の高い社会になるが、
その前に、人と比較しないこと! 
 そうすれば、自らを縛りつけている枠が取れるため。

・・・・・・
5225,「エリック・ホッファー自伝」 〜
2015年07月05日(日)
           「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 自殺未遂の場面と、覚醒!
 自殺決行の場面をリアルに書き連ねている。自分の走る歩道の足音を拍手
のようだ、というのも、緊張の極まりのためだろう。「口中に、百万本の
針が突き刺さったようだ」というのも迫真がある。 ー以下の場面は圧巻・・
≪ ビンを包みから取り出している間、熱にうなされたような思いがかけめぐる。
 私はビンのふたをはずし、口いっぱいに一気にシュウ酸を流し込んだ。
口中に百万本の針が突き刺さったようだった。激情に打ち震えながら、シュウ酸
を吐き出した。つばを吐き、咳をし、唇をぬぐいながら、暗闇にビンを投げ捨てた。
 つばを吐き、咳をし続けながら、急いで道に戻った。泥道を走り抜け、セメント
道に入った。舗道に響く足音は拍手のようだ。興奮して、独り言を言いながら、
群衆にたどり着くまで走り続けた。ランプも、点滅する信号も、鳴り響くベルも、
路面電車も、自動車も、人間が作ったすべてが自分の骨身の一部のように思える。
ひりひり痛むほどの空きっ腹を抱えて、カフェテリアへ向かった。
 食事をとると、一本の道――どこへ行くのか何をもたらすのかもわからない、
曲りくねった終わりない道としての人生―という考えが、再び頭に浮かんできた。 
これこそ、いままで思いもよらなかった、都市労働者の死んだような日常生活に
代わるものだ。町から町へと続く曲がりくねった道に出なければならない。
それぞれの町には特徴があり目新しく、それぞれが最高の町と主張して、チャンス
を与えてくれるだろう。私は、そのすべてを利用し、決して後悔をしないだろう。
私は自殺をしなかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生した。≫
▼ ホッファーの知的欲求は、盲目の7年間の暗闇の中から生まれ出たのでは
 ないだろうか。死の淵で知ったのは、放浪者として、曲がりくねった道を歩く
ことで、新しい町と出あい、色いろな知識を得つづけるのが自分の人生と悟った。
「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠の
よそ者であること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう」
という思いが、ここで固まった。人生は己の芸術作品である。永遠のよそ者、
他の惑星からの訪問者なら、一つの町に留まらない。町々の間を、自己配転をし、
多くの出あいを求める。これは死の淵に立ってこそ知りうること。
 死んだような都市労働者の日常生活から、放浪者として彷徨いながら、
多くの世界を知っていくことの意味が、ここで理解出来る。これは、地方の
城下町を凝視すると見えてくる。非日常から逃避して、日常に沈み込む
恐ろしさが不気味に迫ってくる。 あのゾンビのような人たち。
『変化、挑戦、戦い』の繰り返しの中から、新しい出あいの機会が現れ出る。

・・・・・・
4860,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー28
2014年07月05日(土)
  * 15年の準備期間の総括! ―チェーンストア理論とは
 多くを学んだ割りに、大きく脱皮出来なかったのは、「根が怠け者」がある。
だから、20歳で創業を目指すと決心したことで、何とか人生を全機
(人間としての機能フルに生かす)でないとしても、その数分の一は生きること
が出来た。終戦直後に生まれ、地元長岡の焼け野原からの時代は間違いなく右上り
の時代。アメリカ占領統治から独立過程で、アメリカ的合理主義が求められていた。
その一つの現象が、アメリカのチェーンストア業態。未開の大陸、流通業の小売で、
合理的業態として、セルフ方式のチェーンストアが、アメリカ全土にあった。 
JC・ペニー、シアーズ・ローバックが当時の雄であった。 現在ではウォルマート
などが主だが・・ 学生時代に、日本の流通革命を目差すペガサス・クラブと、
流通コンサルタント・渥美俊一の存在を知る。当時の都市の駅前には、業種店の
百貨店と中小小売店が賑わいを見せていた。そこに業態店のスーパーを中心とした
新たな流通バイパスの業態店を!というから、これ!と思うのは当然。ちなみに
業種店とは、駅前に残存するが、メーカーなどの売り手サイドの括りで、問屋を
仲介にした仕入を主にした店で、「何を売るか」で、括られる。
それに対し業態店とは、「どのように売るか」で括られた店。セルフ方式で安く
売るスーパーや、ディスカウント店である。コンビニは、車で10分の商圏の中、
10分以内に消費する商品を、24時間営業を、売りにしている。それに対し、
駅前・駅中の靴屋、化粧品店は、あいも変わらず? その為、何時の間にか、
スーパーや、ネットで、売上げは激減状態!
 卒論に「流通革命」をテーマにしたこともあり、チェーンストアのシステムの
話になると我を忘れるが、これ、はまると、意外と面白い!その中で、一番要は、
チェーンストア統一伝票と、その伝票にバイヤーが書き込む仕様書発注である。
それさえ、詳細に書けば、それが、そのまま契約書にもなる。これが曖昧だと、
売り手が曖昧な商品を納入可能になる。 ある規模になれば、生産地で、直接、
メーカーと共同開発の特別発注が可能になる。 このところ、イオンが、イオン
ブランド品に比率を上げているのは、競争激化による。 そこで、トレード・
オフで、ホット商品の無駄をはぶいて数段の値段を下げで、カジュアルにする。
アメリカのディスカウントチェーンは、メーカーと組んで、商品開発から取組んだ
商品を売る、業態店をいう。 値下がり品だけを売る店は、チープ店である。
 小売を科学するとは、流通戦争の中で、生延びる中で生まれてくる。
だから、商売のヒントと原則が、数限りなく積上げられてある。その中で面白い
のが、ロスの概念! 商売をすれば当然、ロスが発生する。
これを、元から予測して、「発生は仕方がないが、最小にする!」という考え方。
これ、人の生き方にも当てはめることが出来る。「思いのまま生きた分、心の傷も、
喪失感が多くなるが、それ以上に得ることがある!」と言い換えることが出来る。 
冒険を恐れて、周囲の価値観の範囲で、人生を終える時に、やりたかったが、
やれなかった機会ロスがあまりに多かったことに気づくが、既に遅し!
そのゾンビが巷に多い。 彼らの敵は、逆の人生を生きてきた人!
・・・・・
4493, 怒らないって本当は恐い! ー8
2013年07月05日(金)
 人間を閉じ込める心の壁と構造について、何度も書いてきた。
「〜をしてはいけません」という心の壁。それについて何も考えずに、そのまま
一生を終えてしまう。そして、心の奥で両親を憎むというのが親子の関係にある。
それに反発し、両親の元から離れるのが親離れになるが、それが出来ないとミニ
ミニワールドでつい果ててしまう。そして、それを打ち消すために、その価値観
を家族をはじめ、周辺に押し付けてしまう。それも無知の自覚無しときている。
小さいほど、満ち溢れたエネルギーは毒を強くする。それで、まずやられるのが
自分自身。あの老人たちの暗い顔が証拠である。
 ーその辺りからを抜粋してみるー
   * フロイトの心の構図と怒り
≪ 怒りという感情を持たないようにするのではなく、いかに上手くコントロール
 するかだが、精神分析医のフロイトは、歴史上初めて、人間の心の構図を明らか
にした。彼は私たちの心は、実は三層構造になっているという。まず人間の根底
にはエス、あるいはラテン語でイドといわれる無意識の心的エネルギーがある。
これに対し、悪さをすると叱られる父親の存在に象徴されるような、ある種の
規範意識が対立します。これを超自我という。これは両親の道徳観が子どもの
心の中に内在化されたもの。従って超自我の多くは「〜してはいけません」という
禁止の形をとります。これは行為だけでなく、不道徳の思いに対しても作用する。
そうして両者は対立することになる。その両者を調停するのが自我です。
両者の対立をうまくコントロールしたり、阻止したりする機能を働かせることで、
自我は発達していく。それは思考をつかさどる意識の領域にほかならない。
つまり、心というものは、学校での三者面談のような構造になっている。
先生役の自我は、常に緊張状態に置かれていて、いつ爆発してもおかしくない。
これを防ぐのが防衛機制という機能です。人は自我を維持するのに危機を感じた
とき、無意識のうちに、その危機を避けようとします。たとえば不愉快の過去を
忘れてしまうために、持ちたくない意識を外に締め出します。これは「抑圧」
という防衛機制の一種です。また、本当の欲求が満たされなかったから他の
ことを行ったのに、それを正当化するため丁度の良い理由を見出すことがある。
手の届かないブドウを、酸っぱいに違いないと決めてかかるキツネのように。 
これを「合理化」という。さらに、自分の願望と裏腹の態度や行動をとる
「反動形成」も防衛機制の一つです。したがって怒りの感情をコントロールする
というのは、フロイトのいう自我が正常に機能して、防衛規制がきちんと働く
ことによってはじめて可能になる。それができないとキレまくることになる。
怒りをコントロールするためにも、自我の形成が大事になってくる。
自我は思考を鍛えるということにつながっていきます。欲望と規範の間で格闘
する自我とは、計算であり、配慮であり、決断にほかならない。 ・・思考を
鍛えて怒りを飼い慣らすことができれば、日常世界がもっと豊かになるはず。≫
▼ サラリーマンが、いちいち怒っていたら、組織の中で生きていくことは
 困難になる。だから、まず、気持ちを押しとどめるしかない。上記の「抑圧」
も「合理化」も「反動形成」も、嫌が上にも身につけるしかない。 そして、
それが性格形成の元になる。組織そのものが一つの人格として三者面談を形成
してくる。それが組織人というもの。それも給料の内と割り切るしかない。
そこに埋没しないためには、ライフワークとしての趣味を持つしかない。
 怒りは、その行き詰まった自分を考えるキッカケになる。「エス」「超自我」
「自我」の心の構図の論は怒りを考える上で理解しやすい。「自我」にとって、
怒りこそエスを正しい方向に導いてくれるということを。それも若いうちにである。

・・・・・・
4119, 閑話小題 ー平均寿命と医療費
2012年07月05日(木)
   * 平均寿命と医療費
 あるレポートに「世界一高い医療費を払っているアメリカで78・3歳、
最低の北朝鮮でも67歳の平均寿命」とあった。アメリカとキューバの平均
年齢は全く同じだが、キューバの医療費はアメリカの一割でしかない。
北朝鮮では年間、たった一ドル。社会主義という背景もあるが両国とも最貧国。 
皮肉ではないが栄養失調ギリギリの粗食は健康に良いらしい。ちなみにロシアが
65歳、インドは64歳である。 日本の医療費は、先進国の平均値より低いが、
女性が86・4歳、男性が79・6歳,男女平均83歳と世界最長である。
こと医療体制をみると、日本は色いろの問題があるにしては最良のシステムに
なっている。現実的にみて、財政破綻状態だが決して住みにくい国ではない。
   * アメリカの学費ローンの実情
 アメリカでは所得水準が下半分以下の家庭に生まれたら、返済義務のない
奨学金を獲得して大学に入ることは不可能という。入学金とか学費などの学費
ローン(総額9兆円)は、全米の学生の三分の二が借りているほど一般的とか。
しかし、このローンの仕組みも多くの問題を残していて、卒業直後に計画的自己
破産による棒引きケースが続出した時期があった。その当時のクリントン大統領
が、罰則として大学を中退しようが自己破産しようが、学費ローンだけは永遠に
返済しなければならない法制化をした。それは当人の許諾を得ずに給与天引きで
ローン返済をする厳しいもの。アメリカは学費ローンに限り厳格のようだ。
日本では本人の学費ローンは、あまり聞かない。大体が親がローンを組むケース
が多い。それにしても日本の大学進学率が五割を超えているのは問題である。
まだ三割なら分かるが。もっともアメリカも5割を超えている。ドイツは三割強、
先進国は4割前後というから、日本が取り立てて高い訳ではない。 
私の年代では18%だったが。


5954,閑話小題 〜東京都議会選挙で

2017年07月04日(火)

   * 都議会選挙で自民が惨敗
 都議会議員選挙、予想の過半数を遥かに上まわる6割減で自民党の惨敗。
それでも23議席も取れただけでも、まだよかった。国会も、これで大荒れに
なっていく。自民の大勝の緩みの結果が、そのまま結果につながった。
阿部首相の明らかな○○を、力で覆い隠すほど、露わに浮かび上がっていた。
映像世界の恐ろしさである。とはいえ、台湾人の女党首の蓮舫では国風に
そぐわない。
 ――
   * 将棋は、藤井4段が初黒星
 将棋で、新人の藤井4段が、29連勝で終わりになった。
対局をした棋士の一人が、彼を、『小学校二年生が、東大試験の答案を20分
で終え席をたったようなもの。それも全問題、正解で… 』と宣っていた。
これから60年生きても、74歳。やはり羨ましいが、早折も有り得る。
 ー―
   * 昨夜は、中学同期会の飲み会
 昨日の午前に電話が入って、昨夜は中学同期会。12人が出席。数ヵ月先の、
泊りこみ同期会の幹事会で、これで今年二回目。最低要員の確保もあるが、
年に4〜5回も出席をすれば、故郷に戻ってきた感覚になると同時に、その度、
己の存在感の劣化と、老化が彼らを透して見て取れるのは、仕方がない?… 
三次会は控えて帰えれば23時過ぎ。その都度、一期一会の念が強くなる。

・・・・・・
5589,閑話小題 〜『エンド・オブ・キングダム』
2016年07月04日(月)
   * 「離脱ドミノ」〜英国の次はフランスか? 
 来年はフランス大統領選とドイツとベルギーも総選挙がある。
これまた、離脱か、残存かを問う選挙になるが、英国に続いてフランスが
離脱をしたらドイツを核とした新たは枠組みの経済圏が出来るのか。
その上、ドイツも離脱をしたら、EUが消滅をする。連鎖の可能性から
して、どうだろう。 先日のスペインの選挙では、EUの維持を選んだが。
 〜ネット上に、以下のレポートがあった〜
≪ Brexitショックを消化しつつ、一定の安定感を取戻したマーケット。
 しかし、市場は先読みする。英国が引き金を引いた「離脱ドミノ」懸念。
Brexitの次はどこか。そこで、最も切迫感のあるリスクを抱える国が
フランス。来年5月の大統領選が、事実上の英国型国民投票と化す可能性がある。
既に、オランド大統領の支持率は10%台前半にまで急落中。いっぽう、
予想される対抗馬の国民戦線党首ルペン氏は20%以上の支持を得ている。
フランス国民の不満がうっ積しているのだ。解雇条件緩和などを盛り込む
労働法改正に対し、労働者は激しく抵抗している。清掃関係の労働者が
ストライキしたときには、パリの街角がゴミの山となり、異臭が漂った。
自然も味方せず、異常気象による集中豪雨がパリを直撃。セーヌ河の水量が
通常より6メートル以上上がり、洪水が発生。一部の地下鉄駅は水没した。
「それもこれも、そもそもEUのせい。」理不尽なまでのEU悲観論は高まる
ばかり。ピュー・リサーチセンターによれば、フランス人の66%がEUは
経済的に失敗と考えている。反動で、移民排斥への共感度は高まる。
「選挙で選ばれていないEU本部の人たちにより構造改革を押し付けられた。」
との反感も強まる。しかし、ドイツとともにEUを礎として支える立場の
オランド大統領は、公式の場で、メルケル首相と並び、EU結束を訴える。
そもそもフランス人には、独一強、独主導への警戒感が根強い。その国の首相
と「EUがんばろう。」とスクラムを組むオランドへの支持率下落は加速する。
「EUより我が国の内情を心配せよ」との批判は高まる。
 フランス国民の間には、英国型国民投票を望む意見も急浮上する。
英国のEU離脱に関しても、「わがままを言う英国が出てゆくのは歓迎。」
との考えも根強い。「英国がEUを離脱するなら、この際、我が国も独立性を
取り戻そう」と発想も芽生える。フランスは英国をライバル視する傾向が強い。
なお、ドイツとフランスの間にも不協和音が絶えない。英国EU離脱交渉に
関しても、オランド大統領は、「ただちに出てゆけ。」といわんばかり。
対して、メルケル首相側には、経済関係が密な英国に、一定の冷却期間を与え、
出来ることなら考え直してほしい、との計算が透ける。EUから最大の経済的
恩恵を受けているのはドイツなのだ。しかし、米国覇権への対抗、中露に対する
団結としての欧州協調路線は崩せないから、英国EU離脱交渉には強い態度を
示さねばならない。独仏は「仮面夫婦」を演じる宿命にあるのだろう。
英国EU「離脱」は、しばしば「離婚」に例えられる。その発想の延長線上には、
独仏仮面夫婦の「離婚」も視野に入る。それは、フランス大統領選挙で、
反EU派候補が勝利するときだ。なお、実は、オランド大統領にも勝算がない
わけではない。フランス国民が、英国内に拡散するRegrexitの惨状を
見て、考え直すシナリオだ。大統領選挙戦ともなれば「英EU離脱に軽軽に票
を投じた人たちの後悔を教訓とせよ。」と訴えるであろう。≫
▼ 非常にわかりやすい内容である。それにしても、長年かけてつくりあげた
 EUも、英国の数人の凡庸な政治家の判断ミスで、一瞬のうちに崩壊する
可能性を含んでいた。凡庸な数人の政治家と、老人と、低知識層によって、
いとも簡単にEUだけでなく、英国連邦そのものの崩壊の危機がつくられた。
1月前に観たシネマ、『エング・オブ・キングダム』は、全世界で大ヒットを
飛ばした『エンド・オブ・ホワイトハウス』の続編で、舞台は英国。その
ロンドンの街中を破壊尽くす“テロリズム”との壮絶な闘いを描いたもの。
皮肉なことに、時を同じくして政治的場面で起こってしまった。
「事実は小説より奇なり」そのものである。恐ろしいことだ。

・・・・・・
5224,「エリック・ホッファー自伝」 〜
2015年07月04日(土)
           「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 希望でなく勇気  
 希望は誰も持つが、いざ実行となると難関が立ち現れ、萎えてしまうもの。
私の経験からして、勇気は「呼吸」である。大きく吸い込み、息を止め、一歩
を踏み出す。そのためには普段より「否定1に対して、肯定3」の思考と行動
習慣が必要になる。  〜その辺りから
<自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。
希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難な
ことにとりかかるのはたやすいが、それをやり遂げるには勇気がいる。
闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、勇気が必要だ。絶望的な
状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである。>
「希望」と「勇気」。どちらも自分の先に対する「可能性」への心の動きだが、
「希望」が思考に留まるものなのに対し、「勇気」は行動を伴うもの。
しかし、自己欺瞞としても「希望」が必要だ。そして、それを実現するには
「勇気」が必要になる。ホッファーは、ここで、ゲーテの以下の詩を取り上げる。
《 財産を失ったのは──いくらか失ったことだ!
  すぐ気をとなおして、新しいものを手に入れよ。
  名誉を失ったのは──多くを失ったことだ!
  名声を獲得せよ。
  そうすれば、人々は考え直すだろう。
  勇気を失ったのは──すべてを失ったことだ!
  そのくらいなら、生まれなかった方がいいだろう。」
               「「温順なクセーニエン」第八集) 》
▼ 「正中心一点無」の言葉が、私の行動の一歩を踏み出す時に、
 思い浮かべる言葉であった。「希望」と「勇気」の間には深い溝がある。
兎にも角にも、その向こう側に向かって飛び越えなければならない。
ネットで「勇気」のポジティブな対語(反対語ではなく対になることば)
として、「智恵」とあった。また、「慎重」も。「智恵」は、「勇気」の
中から生まれ出てくるが、事前の「智恵」も必要である。それが「準備」と
いう計画の具体的練り上げへのダウンに繋がっていく。
・・・・・・
4859,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー27
2014年07月04日(金)
  * 15年の準備期間の総括! ー2
 この準備期間の15年は、緻密に練られたようだが、実際は成行きの要素
が多かった。事業を立上げ、それを転売をする度にアップスケールする創業を
求めた結果が、自然に準備そのものになった。私の性格が外交的というより、
内省的のため、その都度、非常な緊張感が付きまとっていた。医者に診て
もらったら、恐らく、自律神経失調症か、対人恐怖症と診断されただろう。
人間は、気づかどうかだが、全ての精神症の要素を持った総合体で、問題は、
そのバランス。その中で、特に初対面の相手との対面が苦手だったが、いざと
なれば腹は据わるもの。その「いざ」の場面から、自ら逃げるから、精神症
から精神病に陥ってしまう。絶対的父親の元で育った八人姉兄の末っ子が、
父親のような創業を、何を血迷ったか求めれば、精神的限界に立たされて当然。
何とか、その都度、本屋の中の天使に導かれ手にとった本で、乗り切っていた。
 その中で、様々な場面で、多くの判断が求められた。
・大きな問題の一つが、連れ合いである。 右腕タイプか、全く商売の興味を
 示さない家庭的な人? 結果として選んだのが、後者タイプだったが、
 どうだろう? これだけは答えが出ない人類永遠の課題! 右腕タイプは、
 事業が拗れた場合に、相打ちという自滅の危険が生じる。巷に多々みかける!
・次が、現場の要の人材である。これが、なかなか定まらず、直前まで手こずって
 いた。職安やリクルートを介して何人かと面接をしたり、数ヶ月間、使って
 みても、相性が合うのが見つからない。大問題だったが・・
・出揃った事業資産は、駅前の土地(当時の時価1億円)と、長岡郊外の更地
 二ヶ所と、現金1億(千城台の売却)。そこで《事業資産は、博打場に投入
 した掛札!手元に戻らないと、割切ること!》と、何度も自分に念を押す!
 それまでの実家の急場の助っ人の立場が、今度は、全てが直に跳ね返ってくる
 白刃の真只中! 本番の創業が始まる。出発点で、5百%の成功確率の準備を
 整えていた手ごたえは、あった。しかし最後は「後は 野となれ 山となれ!」
・・・・・・
4492, 怒らないって本当は恐い! ー7
2013年07月04日(木)
   * アポロン(光)とディオニュソス(陰)
≪ プロレスで人気レスラーが最初はヒール役に椅子で叩いたりひどいことを
 させます。観客を怒らせるためです。そして観客に、「どうしてもっとやり
返さないんだ」というストレスを十分ため込ませた後、一気に反転攻勢に出る。 
そうすると観ているほうは、ついに発現した怒りのマグマにカタルシスを感じ、
すっきりするわけです。そもそも人間の感情として怒りが具わっているという
点については、哲学者たちもいろんな形で論じています。たとえばニーチェが
『悲劇の誕生』という本の中で、アポロンとディオニュソスという対照的な
世界観を描いたのは、そのことをいいたかったから。アポロンは美と光の神、
ディオニュソスは、狂乱と陶酔の酒神、激情の神です。古代ギリシア人たちは、
アポロン的、つまり表面的に見ると明るくて楽天的だと思われていたのですが、
決してそんなことはない。実は人生の暗黒側面と激しく戦って、それを征服し、
苦しみも哀しみ為すべて受け入れた人たち、いわばディオニュソス的な側面が
あるわけです。その意味では、アポロン的なものはディオニュソス的なものの
影であって、本質的なところで苦しさを受け入れているからこそ、彼らは強く
明るく生きていけたのです。 つまりニーチェによると、ディオニュソスに
象徴される怒りの感情は、むしろ人間の本質であるともいえるのです。
 ・・もともとニーチェの思想というのは、怒りや苦しみを、あるがままに
受け止めることによって、はじめて人は善き人生を送れるとするもの。
これが彼の超人思想の根幹ですから、その意味で怒りは避るべきものではなく、
素直に受け入れるべき感情にほかならないといる。 ≫
▼ 誰にも光と、陰の側面を抱えて生きている。それが厚み、深みである。
 山高ければ谷深しである。人生には美と光の日々と、狂乱と悲観の暗黒の
日々がある。また、それが混合している。それも光の当て方で幾らでも
変わって見えてくるから面白いのである。両親や、社会のバイアス(先入観)
に縛られ、光の当て方さえ知らずに、小さな岩場の穴に閉じ込められている
ことさえ、知らずに一生を終えるのが全て人の人生である。他者に原因を
求めるだけでなく、また自分に原因を求めるでなく、問題そのものに原因を
見出すことが正しく怒ること。怒りを生み出している原因は客観的なもの。
それは粘り強くなければ得ることができないため自然と粘り強くなる。
 今まで、感情についての考察の論を読んできたが、「怒り」を、これほど
肯定している本は珍しい。怒りっぽい私にとって救いになるが、考えてみれば
気が短いだけ。確かに怒りに光と陰がうかび出る。自分に怒り、相手に怒り、
社会に怒り、国家に怒り、運命に怒り、人生に怒っていたら、せっかくの
人生が台無しになるが、正当に怒れば、道は開けるというのか? 問題は、
ディオニュソスを、どう扱うかということ。本当に恐しい相手だが!


5953,閑話小題 〜モンテッソーリ教育 −2

2017年07月03日(月)

   ☆ 「整えられた環境」と教員養成 
 この教育法を知り直ぐに思い浮かんだのが、付属の幼稚園、小・中・高校
コースの出身者である。地元では新潟大学にも幼稚園から中学校まで存在する。
付属コース?を歩んできた何ともいえない空気に抵抗感があった。しかし、大学
の付属校の出身者の団結は強かったが、それを極力、隠していた。 というより、
アナザーの学生は認知できなかったのが本当のところ。受験で大きなエネルギー
を吸い取られ上に、格付けされた人達と歴然とした差があった。それは、付属校
の一貫教育で育ぐ組まれていたようだ。明るく、自由で、誠実で、穏やかで… 
一代や二代では、そう人間は変われるものではない。ただし、幼児教育なら別!
  〜前回の「つづき」より〜
≪ モンテッソーリ教育では、子供たちが安心して自由に遊び、作業のできる
 環境整備が重視される。教室が清潔に保たれ、子供の目線で教室を見渡せる
ことにも配慮が求められる。また、モンテッソーリ教育法における教師の存在は、
教室や教具と同様、整えられた環境の担い手の一つと考えられている。彼らには、
教具などを扱う技術や管理する能力も要求されるが、何より子供を注意深く観察
する態度が要求され、各々の子供たちの欲求に沿ってその教育を提供する注意
深さが求められる。また、子供たちの集中時、それを妨げない心遣いや、子供
の自発性を待つ姿勢も養成コースにおける重要な要素となる。
 晩年のモンテッソーリが力を注いだ教員養成方法は現在も世界各国で実践され、
この厳しい教員養成もモンテッソーリ教育の特徴のひとつにあげられる。… ≫
 人並み外れた名前ばかり。ふと気になったのは、モンテッソーリ教育を受けた
日本人の著名人があまりいないこと。その理由は、日本と世界の教育体制の違い
にありました。日本でモンテッソーリ教育を受けることができるのは幼稚園
もしくは保育園のみ。その数は全国で200程度。また、幼稚園(保育園)を
卒業した後は、小学校でモンテッソーリ教育を行っているところはインター
ナショナルスクール以外にほぼないようです。
 一方アメリカでは、モンテッソーリ教育を行っている教育機関は5000かヶ所
近く。幼児期からモンテッソーリ教育を行い、小中高と続く私立校もあるよう
なんですね。その教育方法は、従来型のモンテッソーリ教育ではなく、現代に
合った手法で取り組む「オルタナティブ教育」ともよばれています。そのため、
幼児期を過ぎてからも継続してモンテッソーリ教育に触れることができるわけ
なんですね。しかし日本では、小学校にあがった時点で他人と歩調を合わせる
ことを教えられ、学力だけで偏差値が決められる日本の教育システム。
「好きなことばかりやる」「好きなことを伸ばす」
モンテッソーリ教育を受けた幼児が、日本の教育システムで開花することは
難しいのが現状なのかも知れません。≫

▼ 8人兄姉の末っ子で、放っておかれて育った身と、清潔に保たれた環境の中、
 要請されたきゅいんの元、一貫教育で育てられた差は歴然として当然のこと。
そこで頼れるのは知恵?のみ。「三つ子の魂」。この段階からプログラムを組み
込まなければ、遅いということ? 人は己の知っていることしか知らない厳然と
した事実がある。とはいえ、『それが如何した!』 だが。
『振返えみれば、知らないことばかり!』 しかし、知っていても同じですか。

・・・・・・
5588,閑話小題 〜4日間の東京日帰りツアー
2016年07月03日(日)
  * 4日間の東京日帰りツアー
 家内は、JR東の「4日間乗り放題のサービス」を使った東京日帰り観光
ツアー。初日は単独でルノアール展などに。 2・3日目は義妹と、その娘を
引きつれスポット巡り。 4日目は、再び単独で、最後の締め。
 ネットで、観光スポットの有名店のサーフィンが趣味。10数年も年に
二度も行き続けているため、手馴れたもの 行き帰りの車中で、死んだように
寝ているので全く疲れないという。私と30年近く、秘境・異郷のツアーに行って
いたのと、丸の内に二年の間、勤務していたこともあってか、隣町に行く感覚。 
 この時期、このサービスを使った中年女性の連れの御のぼりが、新幹線と、
観光スポットに満ち溢れているとか。 何事も、「求めよ、さらば与えられん」。
その間、私の夕食は、コンビニ弁当と、録りだめのビデオ観賞の日々。
「どうしよう?」と、時に躊躇する家内に、「行きたいうち、行けるうち、
迷ったら一歩踏み出せ」と、勧める。どの道、直ぐに行けなくなる、行きたく
なくなることが分かっているため。といってうちに、既に10数年も経った。
 でも、この足の軽さは、私にないもの。
 ―――
  * シネマ、評論    http://creepy.asmik-ace.co.jp/
 一昨日のシネマは、『クルーピー 偽りの隣人』を観た。
あまり気持ちが良さそうな内容でないが、監督が黒沢清にひかれて、
これに決めたが、結果、邦画で90点は私として高評価であった。和製の
サイコパスもの、物語は淡々と展開し、徐々に恐怖の底に観客を引きこむ。 
観客は月初めの1日サービスデー(千百円)のためか、平日にかかわらず
100人以上はいたような。
 〜あらすじ
あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です。
隣家の少女の告白 × 未解決の一家失踪事件。二つの繋がりは、
本当に恐怖の始まり――隣人が“何者”か、知ってはならない。
六年前の一家失踪事件を調べる犯罪心理学者。
愛する妻と引っ越した先の隣人は、人の良さそうな父親と、
病弱な母親、中学生の娘。ある日、その娘が突然告げる。
「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です。」
未解決の事件と、隣人一家の不可解な関係。二つの繋がりは、
本当の恐怖の始まりでしかなかった…。

・・・・・・
5223,思いが人生をつくる〜ジェームズ&リリー・アレン
2015年07月03日(金)
       『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
 アメリカ的成功本のはしりの本。 「人生は考えたとおりのものになる」
良いことを考え、良いことをすれば良い結果が自ずと生じるもの。そして、
逆も。今から思うと、子供の頃から母親が、似たようなことを繰り返し、
私に語っていた。 〜まずはアマゾンの内容紹介より: 
《「心のなかの思考が、私たちをつくっている」アレンの成功哲学は、
シンプルであるがゆえに気づいた人はみな、人生の夢の頂に登っている!
100余年の時を経て、アレン夫妻初のカップリングBOOK。 著者略歴
・アレン,ジェームズ
 1864年英国生まれ。15歳のときに父親が他界。以降さまざまな職業に就いたが、
34歳のとき、思い立ったように毎朝瞑想をするようになる。その後、瞑想から
得たインスピレーションを書きとめ、そのアイデアをもとに19冊の本を出版。
1903年に発表された『As a Man Thinketh』は、当時の世界中の成功者たちに
支持され、今でも多くの人に影響を与え続けている
・アレン,リリー・L.
 1867年英国生まれ。25歳で、当時29歳だったジェームズ・アレンと出会う。
1895年にジェームズと結婚、以降夫の執筆活動を影で支える。
1912年にジェームズが他界したあと、ジェームズ・アレン哲学を世に広める
という使命を悟り、執筆活動を続け、10冊以上の本を出版する
  〜目次そのままが、概要にもなる。
■ 思いはあなたが生みだした子供 〜リリー・L・アレン 
  ・思いはあなたの子供
〜「思い」という私たちの子供たちが人を支配し、世界をも動かしているのです。
  ・恐怖
〜善良で純粋な魂を持つ人にとって、恐れることは何1つないのです。
  ・プライド
〜「知的プライド」は危険ですが、もっとやっかいなのは、
 「スピリチュアルなプライド」です。
  ・疑い
〜すべての人は善であり、誠実だと信じましょう。
  ・誠実
〜誠実になることは、信頼されることです。不誠実は恐怖に満ちています。
 誠実は、恐怖を知りません。
  ・希望
〜「希望」が存在するところには、「健康」「幸福」「純粋」、
 さらには「徳」が存在するのです。
  ・美
〜「美」のみが真理です!そして「美」のみが永遠なる存在なのです
  ・シンプルな法則
〜一度に一つのことだけを考えましょう。心の力を散乱させないようにするのです。
■ 人は思ったとおりの人間になる〜ジェームズ・アレン 
  ・思考と人格
〜人は思考の主人であり、人格の作者であり、状況、環境、運命の製作者なのです。
  ・思考と環境
〜特定の思考を継続すれば、良くも悪くも、その結果が必ず人格と環境に現れます。
  ・思考と健康
〜明るい思考ほど、病を軽くする医者はいません。
  ・思考と目的
〜人は自分の目的を抱き、一心不乱にその達成に前進すべきです。
  ・思考と物事の達成
〜すべての功績は正しい思考の結果なのです。
 それらは同じ法則と手法によって支配されています。
  ・ビジョンと理想
〜あなたが心のなかで賞賛するビジョン、たたえる理想こそが
 あなたの人生をつくり、あなたはそのとおりの自分になるのです。
  ・静けさ
〜真の自制心は力です。正しい思考は勝利です。静けさは力強さです。
▼ <「知的プライド」は危険ですが、もっとやっかいなのは、
「スピリチュアルなプライド」です。> には、ドッキとした。逆と思って
いる節があるからだ。他者をみると解るが、自分となると、それが曇る!
知的も、スピリチュアルも低いから、よりマイナスの人と比較したがる!
・・・・・・
4858,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー26
2014年07月03日(木)
   * 15年の準備期間の総括!
 このテーマを書き始めて改めて思うことは、30年間の新潟駅前のホテル
事業そのものより、その準備期間の15年間の方が遥かにインパクトが強く、
どの場面も、私の実力の極限?を超えていた。無心で取組んだ問題の中心点に
立向かい、堪えていると、その能力が何時の間に蓄えられいく。 
その立ふさがった壁、岩盤にこそ、問題解決の糸口が隠されていた。
そのためには、まず立ち向かうしかない。 節目ごとに、それまでの全てを
かなぐり捨て、それまでの実績を一度‘空’にして、立向かう中で、新たな色
(現象)が立ち現れてくる。何も無いと、逆に、自由に何でも取組め、かつ
考えることが出来ることになる。コップの水を一度、空にすればこそ、新しい
水を入れる事が可能になる。3年前の結果が、ベストと実感出来たのは、多くを
失えばこそ、新たな出発が可能になったからだ。これを書いていても、それぞれ
の節目では後悔しても、今からみれば、それはそれで!と、その時の己を容認
するしかない。 15年間の自己配転の繰返しの中で、基礎知識と基礎経験を
積上げた。一に準備、二に準備、三に準備。この結果で最後は終わったが、
これが私の限界、「御覧のとおり、そのまま結構!」である。 これが限界と
本当にいえる程でもないことは、わかってはいる。
しかし、私にとっての限界は、どれもこれも超えていた。
 ・20〜34歳までが完全独立の準備期間。
 ・新潟駅前シリーズ前半15年が50歳で、第二の節目。
 ・最後が65歳、事業人生の最後の節目になる。 
いずれの場面でも、何はともあれ、目先の創業の成果を上げるしかない!
創業は、いや事業は大相撲でいえば、14勝1敗では駄目で、最低でも8勝7休
でなければならない。まずは、真剣勝負の場に、自分を置いて、あとは出たとこ、
しかない。 どの場面でも、順調に枝と幹をのばし、張っている時より、節目
の時節の方にチャンスが隠されていた。白紙に戻して、考えるからだ。極限に
たつと、それまで得た知識、経験の蓄積が表立ってくるため、それらが消化
されるため、「人生に、無駄は無し」になっている。語り直しだからいえるが、
挫折をした下向きの時ほど、上向きへのヒントを拾うことが可能ということ。
それと、両親の愛情を直に受けていたことが、非常に大きい。これは準備以前
のことになる。この辺が、心の芯になる。 それと高度成長の時代も含めて、
全てに恵まれていた。これが下地にあって、この結果にも何ら後悔はない。 
手作りヨットの遊びは、運航も良いが、準備期間が一番、面白い!今だから
こそ言えることだが・・ なかなか、書き直しもエネルギーがいる!
・・・・・・
4491, 怒らないって本当は恐い! ー6
2013年07月03日(水)         『怒りの作法』小川仁志 著                      
   * 怒りの蓄積がストレスになるが、解消の中にお宝がある
 怒りには、ストレスがたまるデメリットがある。しかし、それを正しく利用
すればメリットになる。2年前の節目時に、まず考えたのはウツ病対策である。
身体を動かすこと。暇を持て余さないこと。周辺の「C」さん?の毒素に触れ
ないことである。それでも、3月に一度は仕方がないと割り切ってはいたが、
彼らの毒はCなるが故に強い。 で、何より身体を動かすことが、まずは基本。
そして、滅多に味わえない経験を、先人の言葉の中から探し出すこと。
そして、最もストレス解消になったのは、この経験と思いを言葉として表現
することだ。「C」さん? の卑しさを言葉として表現し得た時の快感は、
既にそれでストレス解消になる。 ただ、その人に、その自覚さえないから、
罪もない。 ここで紹介している子どもの養育概念に「セキュア・ベース」
という言葉がある。「心の安全地帯」と訳される。子どもが安心して外の世界に
出ていけるのは、親の存在があるからである。誰しも自分の心の平静を保つ
ことのできる場所や状態を求めている。とりわけこの理不尽な社会においては、
なおのこと。怒るという行為は、押しつぶされそうな心を、正常な状態に戻す
機能を果たします。 怒ることが出来るから、人は安心して理不尽な世の中を
歩いていけるのである。映画の物語からして、そうだ。普通、怒りが人を
不愉快にするが、でも主役が冷静に、暴力に対し暴力を持って対峙して問題を
乗り越えたときの快感を味わいに映画館に行くのである。 その怒りは、
見るものを心地よくさせる力を持つのである。だから、この2年間はウツ病
予防と割り切ってハリウッド映画を毎週のように通った。主人公と同化して、
ネガティブの怒りにポジティブに怒りことで、ストレスを発散し、セキュア・
ベースをつくっていたことになる。平静を装っているが、実は、受けている
ストレスは同じ。しかし、それなりの防具を着ているだけ。しかし、一番
身近な家内は、ここぞとばかりに、全身で傷口を直接、蹴り上げてくる。 
そう人生は、甘くない。
・・・・・・
4117, 財政恐慌 ー4
2012年07月03日(火)
  ー ユーロ危機に対する質問群 ー  
「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した」浜矩子(著)
● 1、我々は今どこにいるのか 2、いかにしてここにきたのか 
  3、なぜ、ここにきたのか 4、我々はどこに行きたいのか
≪ 1、今どこにいるのか? =今、我々は閉塞感のさなかにいる。
 2、いかにしてここにきたのか =高度成長期が終わり、ニクソン.ショック
   があり、プラザ合意があり、バブル経済を経て、失われた一年に見舞われ、
   小泉劇場に踊らされ、リーマン・ショックの衝撃を味わい、格差の深化に
   おののき、衰退国家化することを恐れつつ、ここにきた。
 3、なぜ、ここにきたのか? =ここに至る変転の節目節目で、タイミングを
   逸し、流れに身を任せ過ぎ、時流に飛びつき過ぎ、変身を恐れたから、
   ここにきた。
 4、どこに行きたいか?=我々は、ほっと安心できるところに行きた
   がっている。デフレや失業や年金問題や、通貨戦争や国々の財政破綻
   などを心配しなくていい。そのような安らぎの天地を求めている。
● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか どれくらい遠くまで
  行かないと、行きたいところに行けないのか
  ≪今、必要なのは、成長戦略ではなくて成熟戦略だ。大きく積み上がった
  富をいかに上手に分かち合うか。そのための新しいメカニズムを考案して
  いくことが必要だ。そのために、これまでの集権的管理のメカニズムを改変
  する必要がある。中央から全方位にばら撒く時代は終わった。
  地域社会の自己決定力と自己展開力をどう強めるかである。≫  
 ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、
  我々はどうすればわかるのか≪自分にとって最適の場所に着いているのに、
  それに気づかない、これは怖いことである。成長よ再び。円高よ去れ。
  そう願うあまり、対応によっては、着いたはずなのに、その場所を忌避
  していのではないか。 昨日の答えで、明日の質問に答えようとする。≫
 ● 我々は地図を持っているのか=持っているのは古い地図ではないか?
   むかし居たところに戻る地図ではないか。
 ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか=元いた場所が不相応に
   なったため、成長期から成熟期になったため。
 ● 我々はここで立ち止まりたいのか=この場所の良さを引き出していくしかない。             
 ● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか =それは無理。
   それなら、ここを新しい出発点にすればよい。】
▼ 以上だが、アメリカの支配下で一時的にしろ世界第二位の経済大国になれた。
 しかし、既に、その時は終わってしまった。そのことを、まずは悟らなければ
ならない。数年以内に、貧乏国に陥ってしまう。日本こそが財政恐慌の最たる国。
・・・・・・
3751, 閑話小題
2011年07月03日(日)
   ▼ 西鶴人情橋
 図書館で古本の無料配布で貰った10冊の一冊、「西鶴人情橋」を、何気なく
手にとって読んだところ、これが面白い。300頁を毎日1時間半平均で四日で
読み上げた。作家は吉村正一郎。初めて聞く名だが、物語に引き寄せられ、
ドップリと吉村の世界に引きずりこまれた。 西鶴と主役の侍を通した江戸時代
の大阪の物語だが、正統派の侍に対比させ、アクの強い西鶴の人間性を浮かび
上がらせている。脇役の西鶴が実は主役のところがミソ。
  ーアマゾンで概要をみると・・
【俳諧師から草本作家への転身をはかる井原西鶴。亡父ゆずりの豪剣をふるう
磯部信十郎。二人の奇妙な友情を軸に織り成される人間模様の数々。
米相場を左右する大坂商人たちの葛藤と幕閣中枢の暗闘には、謎の美剣士がからむ。
―剣あり、恋あり、友情ありの、浪花元禄時代絵巻。第3回時代小説大賞受賞作。】
とあった。 なるほど小説大賞なら面白いはず。 こういう何気なく読み始めた本
を一気に読むことは以前なら、無理である。最近になって気づいたことだが、
会社経営は膨大のエネルギーが取られていたようだ。しかし一度、肩から外れると、
こんなに楽かと驚いている。 余世に入ったということか! 10年続けてきた、
この随日、もうそろそろ他に切り替えたら?
  ▼ 扇風機が売り場からホボ消えていた
 物持ちの良い我が家の20数年年近く使った二台の扇風機と二台の
冷房も寿命がきたようだ。 (字数の関係でカット 12年7月3日)


5952,閑話小題 ーシネマ『22年目の告白』

2017年07月02日(日)

   * 『22年目の告白 私が殺人犯です』   〜映画評  
 一昨日みてきた邦画、『22の告白^私が殺人犯です』が、思いの外、
面白かった。ネタバラシになるが、名乗り出た得体のしれない殺人犯が、実は
被害者の親族が整形をした人物だったり。ライブで殺人犯と対峙し、追及して
いたキャスターが実は犯人だったり、なかなか面白い逆転が続く。評価・90点
  〜HPの説明より〜
【 2012年の韓国映画『殺人の告白』をリメイクしたスリラー映画。
 〜あらすじ〜 1995年。日本の東京で起きた5件の連続絞殺事件。警察の捜査
もむなしく時効を迎え、未解決事件となる。それから22年後、会見を開き自分が
犯人だと名乗り告白本を出版する。犯人の名前は曽根崎雅人。 彼の告白本は
ベストセラーとなり、表舞台へと現れた彼の行動は日本中を翻弄するが… 】
▼ 思っていたより、暗さ、残虐さ、凄惨さは抑えてあった。それより、仰け
 ぞるような、意外な展開に固唾をのむ場面が続く。ネット上で、韓国映画の
リメイクと知り納得。 面白かったといえる映画にヒットするかしないかは、
見続ければこそ言えること。 何はともあれ、最近、当たりが多い。
 ――
   * 人は、置かれた状況に順応する生き物
 リタイア後の平々凡々の日々に、飽きもせず順応し、結構満足している。
この随想日記を16年以上書き続け、蓄積してきた心のベースがあるからだろう。
人間は状況に順応する生き物。肩の荷を下してしまえば、気張ってきた人生が
逆に何だった?と… 面白く、充実はしていたが、それは今でも同じこと。
 〜以前、ここで取上げた幸せに関する道理〜
《 一般的に考えられる「幸せと、不幸」を取上げ。幸せは、5〜10億の宝クジ
 に当たること、不幸は首から下の麻痺になる頸髄損傷になること。しかし、
アメリカだが、5年以内に95%の人が、その全てを失う。 逆に最悪に思える
頸髄損傷の場合、自殺すら出来ないため、諦めざるを得ないため、その運命を
直に受け入れ、周囲に生かされていることに感謝をするため、幸福感が増す。》
「使い果たす、どこが悪い」は、私の実感にあるが… 宝クジは、如何だろう?
似たようなものか。「状況」というより、「変化」だろうが。状況、環境
の外的変化には、内的な態度の変化が必要だが、前もった準備いかん。
 で、また偶然だが、以下につづく

・・・・・・
5587,幸福の条件とは 〜
2016年07月02日(土)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   *「恒産なければ恒心なし」
 10年前までは、『幸福』という言葉は何故か、何処の場の会話、対話で
軽過ぎる言葉として避けられていた。ところが、長期の不景気などで、社会が
混沌としてきたためか、テーマとして扱われるようになってきた。
 幸福の条件とは、まず生活に支障のない最低限の収入がなければならない。
「貧すれば鈍す」「金持ち、喧嘩せず」「恒産なければ恒心なし」で、人は、
裏づけある豊かさがあってこそ幸せになれる。いかなる場合も、万一の備えが
「先立つもの」があればこそ。蓄えが無ければ、いざという時、何も出来ない。
花街の色男も、前提が金持ち。 〜ここで、まず、それを指摘する〜
≪ アダム・スミスは『道徳感情論』の中でこんなことを述べています。
「健康で、負債がなく、良心にやましいところのない人に対して何をつけ
加えることができようか。この境遇にある人に対しては、財産のそれ以上の
増加はすべて余分なものだというべきだろう」。 たしかに、その通りで、
人間は、健康で、負債がなく、良心にやましいところがなかったら、それで
充分なはずです。収入のさらなる増加は、増加した分に見合った幸せを
正比例的にもたらすというようなことは決してないのです。
 たとえば、健康で、負債がなく、良心にやましいところのない年収五百万円の
Aさんという人がいたとしましょう。このAさんと比べて同じ条件の年収五千万の
Bさんが10倍幸せかといえば、そんなことはないのです。幸せ度を測定する機械
があったとしたら、せいぜいのところ1・2倍くらいの数値を残すにちがいない。
物質的な豊かさのもたらす幸せが正比例的になるなどということは原理的にあり
えないのです。しかしながら、こうしたことが幸福の必要条件であるとしても、
それはあくまで一定以上の収入があった場合に限られます。
生活を維持するのに欠かせない最低限の収入がなければ、人は幸福と感じる
ことができないのです。「恒産なければ恒心なし」です。
 ところで、一昔前の日本人のアンケートに対する回答を見ますと、
「自分は中流である」と考える人の割合が90%近くに達していました。
これは、自分は健康で、負債がなく、良心にやましいところがないばかりか、
一定以上の収入があると考える「恒産あるゆえに恒心あり」の人が90%近く
いたことを意味しています。つまり、日本はかなりの程度まで理想的な社会に
近づいていたのです。
 それなのに、いまはどうでしょう。「健康で、負債がなく、良心にやましい
ところのない」のにもかかわらず、幸せを実感することのできない人々が、
社会の両方の端でどんどん増えてきているのです。片方は、当然、一定以上の
収入を持たない「恒産なし」の人、つまり、ワーキング・プアの人々の増加です。
これらの人々は、最初のうちこそ、健康で、負債がなく、良心にやましいところ
のない状態でいられても、収入が次第に減じていけば、そのうち負債が生まれ、
健康でなくなり、ついには良心に疚しいことまでするようになるかもしれません。
これは、大きな社会問題です。しかし、二十一世紀の社会にとってより解決困難
なのは、もう一方の端、つまり富裕層における不幸せな人々の増加です。≫
▼ 確かに、500万と5000万の収入で、10倍の幸せは得られないが、10倍で
 ないとしても、散在の行蔵は、その中に、何かを残してくれる。より稼ぎ、
より使ってこそ、お金(能力)である側面を持っている。小・中・高・大学と
進学するにつれ、幸せそうな人が格段に増えていく。両親の質?で、その前提が、
ある程度、決定される不条理がある。結婚相手も、つり合いで選ぶケースが多い。
結婚も、「悪貨が良貨を駆逐する」。いや、結婚そのものが、そういうものか。
・・・・・・
5222,閑話小題 〜中学校の古希会 〜
2015年07月02日(木)
   * 中学校・古希での見聞とは
 卒業から古希の会まで半世紀以上、それ以来、初めて出会った人が何人かいた。
また、様々な日々を過ごしている人の話を聞いたが、それがユニークで面白い。
<月に一度、東京駅近くの居酒屋に大学時代の友人が集まり、13〜17時まで
酒を酌み交し、17時半の新幹線で帰ってくる。年に一度ぐらいは、それぞれの
地方の友人の所を訪ねて、地元を案内してもらう。>とか。
<去年、大病をして死線を彷徨い3ヶ月入院した。>とか、女性では、
小児麻痺で、片脚が少し短く、俗にいうビッコをひいていて、何時もオドオド
していた女性が、最近、手術で正常に戻り、見違えるほど明るく、嬉しそうに、
「正直に本当に嬉しい!」と言っていたり、少し暗く神経質だった男が、
明るい人格者風?な教師になって、<出世コースを登るか、教師として現場に
残るかの分かれ道で、現場に残った。それが良かった!> とか、様ざま。
 私のように地方で、肩肘を張っていたのが、9・11テロ、9・15のリーマン
ショック、3・11地震であえなくダウンしたのもいるし、田舎の成功者?として、
金を、これ見よがしにチラつかせていた人が、??で倒れ、死の恐怖に怯えて
いる人もいた・・  駅前を学校区にした中学校は、分類される直前のため、
「人生の事前事後」が漫画的に垣間見えてくる。たかが人生、されど人生である。
還暦より、古希の方が、様ざまな人生が色濃く出てくる。 とすると喜寿は?
   * つれづれに
 新幹線内の焼身自殺があったが、50年間、犯罪?による死者が無かったとは
奇跡的である。 際どい場面を、新幹線内で目撃をしてきたので、「半世紀」も
無かったこと自体が、不思議である。車内や、ホームには隠しカメラとか保安が
緻密になされていることを犯罪者は、知っているため、タブーなのだろう。
新幹線内で時々目にするのが、三国人のエゴ丸出しのマナー不足の振る舞い。
特に子供が酷いが・・親は見てみぬふり。それに対する、日本人の無視の冷やか
な態度と、それさえ分からない彼ら。 ヤクザが、私の前席の一番前に座り、
トイレの手洗所の獲物を狙い、カーテン内に引き込んで・・ 
助ける以前に、その迫力に、唖然と席から見ているだけだった・・ 
酔った労務者風の乗客が母と私に絡んできた時、脅し返したこともあった・・
ほぼ全席、サラリーマンが気に入らなかったか、甘くみたか、やはり労務者風
の男が大声で、「この虚勢犬どもめ」と喚き、悦にいっていたのが、車掌が
来ると、急に大人しく黙ってしまい、その後は、最後まで狸寝入りとか・・ 
その中で、一度も死者が無かったとは驚き。新幹線通勤30年には、色々ある。
・・・・・・
4857,閑話小題 ーつれづれに漠然と!
2014年07月02日(水)
   * ぼんやりと、考えてみると!
 時間とは何だろう? このところ、鳥瞰的に30数年前の時間を超えた
過去の語り直しをシリーズで書いているが、「遠き日は年とるごとに近くなり」
の感が、ますます強くなっている。 新しい気づき、切り口から見える当時が、
新鮮に思えてくる。死んでしまえば、全てが永遠の彼方に消えてしまう
のか?それとも、永遠に経験は刻印され残るのか? 
 私と行蔵の記憶の刻印から成立しているのか? その刻印も、後で書き換える
ことが可能なのか。世間の流説は、ほぼ嘘だが、それを疑わずに信じるものには、
それは真実の記憶になるのか? バカがバカと自覚できないのが世間様。
その彼らが作った妄想を真実がごとく信じ、まかり通るのが俗世界。
そこでしか生きることが出来ない私たち人間? それも小さな世界の中。
 過ぎ去った昔と現在。宇宙的時間からみれば、同じ様なものだが、
間違いなく、時間差の中で違う人が存在している。それが、自己と、自分の、
言葉の意味の違いになる? 刻々変化する世界と、自分の受け止め方の変化。
両者とも、儚い泡のようなものでしかない。なるほど、《ぼんやり》とは、
「闇」―蛍と星にある背景。「独」―独りでいること。
「閑」―逆茂木に囲まれ時空。「怠」―勤勉だけでなく、怠慢も善。
「懶」―心の余白。の様というが、
過去を覗き見ると、それが、ぼんやりと、解るような? 《ぼんやり》と、
《無我夢中》の言葉の対比が、何とも面白い。これからして、無我夢中は、光、
輝きになるが・・ 人生を取り囲んでいるのが、先の5つの一字の漢字。 
ぼちぼち、過ごすしかない。
   * 夢と現実の境目で
 一月ほど前に、久々に大学時代の友人に電話をしたところ、数日後に大腸検査
をすると浮かぬ声。知人で何人か死んでいるのと、検査も初体験で、そのことで
頭が一杯で、落ち込んでいるという。その後、その結果がどうか?は、大腸だけ
に電話を躊躇った。そこで、先日、思い切って携帯に電話を入れたが不在。 
その夜半の夢の内容が、《 居間でウトウトしていると、当人から電話。 
非通知だっが、私ではないか?と、折り返しの電話。そこで『検査の結果は、
どうだった?』と聞くと、『う〜ん』しか答えない。そこで『入院をしているの?』
と聞くと、曖昧な生返事。 まずかったかな?と後悔したが、時すでに遅し!》 
 ところが、朝起きて、暫くして、あの会話は、居間で転寝の現実の電話か、
夢だったか分からない。そこで携帯の着信記録を見て、夢と確認が、今度は、
あれが正夢では?と、気になって、性懲りなく、電話をしたところ、
『ああ、あれ! 単なる胃腸の疲れで、何ともなかったよ!』と、明るい声。
・・・・・・
4490, 怒らないって本当は恐い! ー5
2013年07月02日(火)
  * 哲学者と、ジェファーソンの教訓   『怒りの作法』小川仁志 著  
 ここで、哲学者は怒りについて、どのような教訓を残しているか取り上げている。
・ギリシャの哲学者ピタゴラスが、「怒りは無謀をもって始まり、
 後悔をもって終わる」といっている。・・・
・デカルトは『情念論』の中で「怒りによって真っ赤になる人は、怒りによって
 真っ青になる人より恐ろしくない」と表現している。赤くなる人は、頭に血が
 上っている人でラッパ型。青くなる人の方が余程怖い。最初は事態の深刻さに
 青くなる、しかし、その後、恐ろしいほど冷静に対処することができる実務型。
・ストア派哲学者セネカは、「憤怒より己を抑えるには、他人の怒れるときに
 静かにそれを観察することなり」と提案。
・アメリカ建国の父トーマス・ジェファーソンは、「腹が立ったら 何かを
 言ったりしたりする前に10まで数えよ! それでも怒りがおさまらなかったら
 100まで数えよ、それでも駄目なら 1000まで数えよ」というのがある。
  決して我慢をしろというのでなく、その間に冷静になって考えろ!考えた分、
 良い結果が生まれるということだ。ピタゴラスの教訓は、直情型の怒りに
 対するもの。怒ってばかりいては短い人生のロスだが、ボッとしているのも。
▼「腹が立ったら、10、100、1000まで数えよ!」は、その間に冷静に考えろ
 ということ。私の場合、「二年スパンもの」。正しい怒り方、すなわち問題
解決型怒り方とは、粘り強い思考を持って、正しいエネルギーを使うことになる。
怒りは、目を外らさないで中心点を見続けていると、時間の経過で殆んど収まる。
その鎮静に膨大のエネルギーを投入するが、そこで多くの認識が出来てくる。
この倒産劇の中で、多くの怒りを経験し教訓も得た。 怒りにも、私憤と義憤が
あること。救いようのない怒りと、救いのある怒りがあること。何事も実際に
自分が経験してみないと分からない。今回の一連の私憤はデカルトのいう、
「青くなる怒り」。世界は既に世界が恐慌に深く踏み込んでしまっている。
その直撃で青くなったのは、世界恐慌のウネリの到来を感じたからである。
それも、後に控えている歴史的大津波の到来が見えたからだ。地元も含め、
地方の中小・零細の8割以上はただ呆然と立ち竦んでいる。残る2割の多くも、
時間の問題でしかない。その中で、何処かの首相が、10年後の一人あたりの所得
を150万円増やすと曰わいている。耳を疑うより、怒りが込み上げて来たが、
これは公憤である。「腹が立ったら、10、100、1000まで数えよ!」というが、
挫折は、「二年(スパン)もの」。私の場合は、どうだろう? 自分も周囲に
対しても、腹の底から笑えたが! 「怒らないって本当は怖い!」は、
現在の自分にピッタリ。現在、もっと笑い、怒り、哀しみ、楽しめということ。 
・・・・・・
4116, 財政恐慌 −3
2012年07月02日(月)
「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した」浜矩子(著)
英国の怪物的俳優で異様な喜劇俳優アトキンソンことミスター・ビーンの過って
の持ち役の一つがサー・ベンジャミンだった。サー・ベンジャミンは、ロンドン
市長主催の晩餐会の栄えある舞台で、「人生の不確実性」について語った内容が
新鮮である。この著書で、欧州危機について、この質問を、そのままに答えて
いる形式になっている。
  * ミスター・ビーンに聞こう
【・・ これを考えていくにあたって、皆さんにご紹介申し上げたい人物がいる。 
 その人の名は、サー・ベンジャミン・フレッチャー。イギリスの大物政治家で
自ら交通大臣や社会保障大臣を歴任・下院議長も務めた。彼は架空の人物である
彼を演じて大反響を得たのが、ローワン・アトキンソンである。イギリスの怪物
的俳優で異様な喜劇俳優だ。物言わぬドタバタ男キャラクター「ミスター・ビーン」
としての彼をご存知の皆さんは多いだろう。ミスター・ビーンは何も言わない。
だが、アトキンソンは実は極めて多芸な俳優さん。七変化的な役柄の演じ分けが
得意だ。そんな彼のかっての持ち役の一つが、サー・ベンジャミンだった。 
サー・ベンジャミンは、ロンドン市長主催の晩餐会でスピーチに立つ。 
市長の晩餐会はイギリス恒例のビッグ・イベント。その栄えある舞台で、
サー・ベンジャミンは「人生の不確実性」について語る。 その中身は、
あたかも今日の日本を語っているがごとくだ。「今日、イギリスは一三八○年
以来最大の経済危機に直面している」と、サー.ベンジャミンは口火を切る。
なぜ一三八○年なのかはよくわからない。・・ここから、その「我々がみずから
に投げかけるべき質問群」が並べ立てられてた。この紙面上に再現してみよう。
 ー 我々がみずからに投げかけるべき質問群 ー 
● 我々は今どこにいるのか           
● いかにしてここにきたのか なぜ、ここにきたのか      
● 我々はどこに行きたいのか
● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか 
  どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか
● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、
  我々はどうすればわかるのか
● 我々は地図を持っているのか                 
● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか
● 我々はここで立ち止まりたいのか               
● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか 】
 ▼ これを現在の自分と書き換えて自問自答して考えると、面白い。
 ここで著者は、対象をユーロ危機に置き換え質問に答えている。
それぞれが個々のテーマとして成り立つ質問群。私たちは9・15ショック
という大地震直後の大津波来襲を目前にした茹で蛙。 遊びなされ!


5951,閑話小題 〜道具(手段)が目的を変える時代 ー2

2017年07月01日(土)

  
 * 20〜50%の確率でバーチャルワールド?
 ネットで映像や動画みたり、4kTVで、これまでのTV画像より数倍の鮮明な
映像をみるにつけ、このまま科学進化が進むと、5〜10年後の世界は如何なる
世界になるのか、すえ恐ろしい気がする。既に8kTV以上の画面に研究主体が
移動しているという。 信長が最期に舞ったという『敦盛』。
<人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり>は、桶狭間の戦い前夜、
清洲城の信長は、今川義元軍の尾張侵攻を聞き、まず『敦盛』のこの 一節を謡い
舞い、陣貝を吹かせた上で総攻撃をした。信長だけでない、私たちも、
人生を振返れみれば夢幻のような、一瞬の雷光がごときである。
 〜ネット検索で、「バーチャルワールド?」と入れると明快な書き込みが〜
≪★ この世はリアルかフェイクか。今の常識が永遠の常識だとすれば、愚問。
人類が生活するこの世界がすべてシミュレーションによる造りものだとしたら、
天と地がひっくり返るどころではない。「いやいや愚問なんかじゃないよ」と
言わんばかりに、シミュレーション仮説なるものが世界中の科学者たちによって
熱心に研究されている。
「この世は技術的にとても進んだ文明によって、微に入り細を穿ううち創られた
豊かなシミュレーションソフトウェアだ」とするシミュレーション仮説は、英国
オックスフォード大学のニック・ボストロム教授によって提唱された。
「我々の世界は20〜50%の確率でシミュレーションソフトである」という投資銀行
メリルリンチの発表が、この仮説を煽った。同社が顧客に向けて配布した経済予測
レポートで、急成長している仮想現実(Virtual Reality)、拡張現実(Augmented
Reality)分野の重要性を強調しているのだが、その中に「我々はすでに20〜50%
の確率でバーチャルワールドに住んでいる」と記述されているのだ。おおっぴらに
冗談を言う性格でもない投資銀行が「未来の人類がどこかの時点で過去の人類、
つまり現在の我々をシミュレーションする決断を下した可能性がある」ことを
指摘しているのだから、どうも笑ってすませにくい。
★ もし現在の我々がコンピュータによるシミュレーションの世界に住んでいない
とすれば、未来の人類は高度なシミュレーション装置を造る技術に到達しないまま
滅びてしまったのか、過去の人類をシミュレータに閉じ込めて操ろうとしなかった
のか、いずれの可能性もある。
★ 一方、シミュレーションの中で生きているなら、人類の滅亡が回避された
可能性の証しにもなる。思い切ったこの仮説に、好奇心を大きくくすぐられる。
シミュレーションの中で生きているか否かを証明する方法がない現状において、
仮説は仮説の域を超えることはない。高度化したテクノロジーが不可能を可能にし、
未来が過去をシミュレーションの中に収めるとすれば、その意図はどこにあるのか。
未来の人類は、現実とバーチャルの見分けがつかない仮想現実空間をつくり出す
だろう。脳と人工知能の接続によって、仮想現実を空間につくって見せるという
よりも、脳の作用により“実在しないものが見える”アプローチが一般的になる
かもしれない。
★ 解像度を極度に高められた場合、視覚的にはバーチャルも現実のように映る。
現実のように映れば映るほど、脳は錯覚を起こす。錯覚が持続し、常態化したなら
ば、仮想と現実の境界線は溶け始める。その時、バーチャルをフェイクだと言い
切れるのだろうか。人類が仮想現実を現実のように捉えて生きるようになったと
すれば、仮想という言葉は外れ、仮想現実は現実となる。僕は、テクノロジーは
仮想と現実の境界線を結局溶かしてしまうと考えている。その果てに、シミュレー
ション仮説は仮説ではなくなるかもしれないし、「現実」を再定義する必要に
迫られる。≫

▼ パソコンとTVの前に一日、4時間ずつ、計8時間。起きている半分近く、
 四角の画面を睨みつけ、異空間のバーチャル世界に漂っている。去年の暮れに
4kTVを寝室に入れてから、没入感が何段階か上昇したこともあって、バーチャル
ワールドの世界に没入しているため、上記の実感が強くなっている。映画館より、
鮮明な画面を自室でみるとは思いもしなかったこと。これにゴーグルで360度の
映像空間に入った感覚は? いや〜、実業での、身体を張った恐怖感と、達成感、
挫折感、充実感。 やはり、仮想現実とは全く違う。
 <達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
としても、仮想の味でも十分、価値(味)がある。

・・・・・・
5586,閑話小題 〜70歳は、一つの大きな人生の区切り
2016年07月01日(金)
   * 70歳を過ぎて半年経つが、
 70歳を過ぎて、何かが心の中で大きく変化したようだ。
健康年齢からすれば、いつ何時、寝たきりなど介護生活の入って不思議でない
年齢である。海外ツアーも、70歳を過ぎると団体行動に支障をきたすとして
歓迎されない。また、スナックに行っても、場違いのようである。
それもあってか、還暦を過ぎる頃から、頻繁に同級・同期会が開かれている。 
 振返えみるに、8年とか、10年の人生節目の分岐点で、冷静で、正しい判断
をしていた。いや、正しくない決断に気づいていない可能性がある。
どの決断が正しいか、間違っていたかは、あくまでも、思い込みである。
そこで、「充実をしたいたか否か」を基準に考えるとよい。これからすると、
プラス100の順境と、マイナス200の逆境の出来事も、マイナス200の方が
充実をしていたことになる。その視点で人生を振返ってみると、それぞれの
局面が違った捉え方になる。そこに面白かったが加わっていれば・・
   * 英国離脱決定から一週間
 EUからの英国離脱の国民投票から一週間になる。思わぬ離脱決定で、
株式・為替相場は大きく動揺をしたが、現時点では少し落着いてきた。
リーマンショックのような目先相場の混乱は大きくはないが、5〜10年スパン
からみると、比べようがないほど、複雑かつ歴史的問題を含んでいる。
もしかすると英国連邦の解体も有りうる。 現代に残存している近代の終焉
というと、少し大げさか。 問題は世界のパワーバランスが、大きく崩れる
可能性もある。今年の後半は、何でも有りの状況になってきた。株を買うなら、
軍事関連? それにしても、離脱はないだろう! 英国も地に落ちた。

・・・・・・
5221,閑話小題 〜今年も半分が過ぎた
2015年07月01日(水)
   * つれづれに 〜今年も半分経過した
・そういえば、昨日で今年も半年が経過した。身辺では、さしたる出来事もなく、
 1月15日に古希を向かえ、数日前に中学校の同期の『古希の会』があった。
 身辺では、このくらい。 前の会社の債権関係の動きは一年半、全く無し。
・国内では、小さな噴火が頻繁に起きたが、数百人、数千人単位の死者が出る
 ほどの規模のものは、まだない。しかし、不気味に、頻繁に起きている。
 以前、これほど続くことなどなかった。やはり3・11が契機である。
・経済もアベノミクスで金融が緩んでいるためか、倒産が目立たない。
 安部政権になって、資金供給量が二倍になったにもかかわらず物価は、
 今までは安定してきたが、円安効果で、物価の高騰は始まってきたようだ。
・ギリシャが、今日、デフォルト?になるが、これで、株価大暴落とまでは
 いかないようだ。その行方は茨の道だが、落ちどころは分からない。
 現政権を選挙で勝たせた責任を国民自身が現実で受け止めることになる。
 数年前に、ギリシャに行ったが、地中海の温暖な気候の中で、誰が一生懸命
 働くかである。恵まれた環境が、その原因とは皮肉である。
・自民党と組んだゼネコンマフィアが、オリンピックの箱物をネタに、規模の
 拡大を始めた。自民党に勝たせすぎたツケが、日本にもまわってくる。
 必ず起きるといわれる、大噴火、南海トラフト地震、そして国家財政の破綻を
 考えると、ギリシャ、韓国の後追いをしている。
・一年前にはスガタもカタチもなかった、イスラム国という、得体の知れない
 イスラム原理主義の集団が、世界中でテロを本格化を増してきた。
 ネットで呼びかければ、何処でも共鳴者による爆弾攻撃が可能という。
 まだ日本で起こってないが、これもどうなることやら。
 新幹線から50年。死者が一人も出なかったが・・ついに焼身自殺が出た。
・75歳に死亡推定年齢を決めたが、前後3年のブレを入れると、最短で、
 二年半になる。直ぐだが、その焦りが無いのは、どこかで信じてないから?
 70歳を超えると、背後にあった死の不安が、前方に位置をかえて向かって
 来るというが、成るほど、そのとおりのようだ。
・・・・・・
4856,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー25
2014年07月01日(火)
   * 無我夢中の面白い4年半であった!
 ただ、ひたすら必死に過ごした日々。 この頃に再読をしていたのが
「無私の精神」(小林秀雄著)。
「有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。
現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人。
物の動きに順じて自己を日に新たにするとは一種の無私である。」
何も知らない中で、半狂乱状態だが、無私?で問題に取組んだ4年半。!
その頃、激情を抑えた状態の自分を孫悟空の如意棒に例えていた。
「円形グラフ内の自我99%を抑えた1パーセントの棒に自分に譬え、
孫悟空の如意棒状態にすれば、何事も可能!」と。対象に全身全霊を入れれば、
それは己の入魂の作品。 これは建物にも、システムにもいえる。しかし時間が
経てば、何の未練も無くなるから、心は不思議。 大きく息を吸って大きく
吐いた一呼吸の中に、4年半の現象が入ったような感覚。 長年かけて積上げ
られた老舗の信用が背景に有るか無いかでは雲泥の差も、実感。 現場と、
幾つかのチェーン店のシステムの差が、明確であり、その差さえ埋めれば、
そのまま成果になるため、楽といえば楽である。仕入は、問屋やメーカーには、
大のお客様。慣れると、これほど気分の良い仕事は、他にはないだろう。
反面、一つ間違えると、実績に直に跳ね返える。本店が当時、7億近くの売上
とすると、4〜5億の仕入権限を持つことことになる。それも、産地に現金
支払条件で歩きわたるのだから、これほど、面白い仕事はない! 
更に、これが博打的要素が強い相場物なら、ゲーム感覚になって遊びに昇華
することも可能である。 前任者の数字を落とすことなく引継ぎ、本店ビルを
建替え、残留の大半を入替え、統一伝票システムと、部門別管理で数字を入れ、
ホッとし、自分を振るかえると、今度は自分自身の問題。そのまま留まると、
実兄との舵取りの違いが表立つのは明白。それと私に、権利という基盤が無い! 
それなら、再び外で!になる。 そうこうあって、一年間暖めていた新潟ホテル
シリーズが始まる。 そこで、引継ぎを兄に持ちかけると、その必要はないと、
信じられない言葉! 引継ぎなどなくとも大丈夫と信じて疑ってない。
「何も知らないことを、知らないのである!」‘何も知らないことを、知って
いると知らないとは雲泥の差’ 凍りついた瞬間である。他人事でない! 
日々、何も知らないと自分に言い聞かせてないと、誰しも陥いること。
・・・・・・
4489, 怒らないって本当は恐い! ー4
2013年07月01日(月)                    
   * 怒りの四分類       『怒りの作法』小川仁志著
ここで、直情型から、それをむしろ前向きに捉える問題解決型まで怒りを
4つに分類している。  ーまずは、その辺からー
≪ 『怒りの方法』辛淑玉著の中で、「噴火型』「イヤミ型」
 「放火型」「玄関マット型」「問題解決型」に分類している。
・噴火型というのは、怒りを感じた瞬間から攻撃的になるパターンといいます。
・イヤミ型はその場では対応せずに、まったく関係のないときに、
 ぐさっと胸に刺さることをいうパたターン。
・放火型は、自分では怒りを表現せずに、周りを焚きつけて怒らせるパターン。
・玄関マット型は、踏まれても踏まれてもじつと我慢して、
 怒りの感情を表に出さないパターン。
・問題解決型は、怒りの素を見つけ、すばやく対応するパターンです。
 そして読者には、最後の問題解決型の怒りを勧めています。
この分類は一見わかるような気もしますが、実はあまりうまく整理できて
いるとはいえない。・・(中略)そこでむしろ、怒りを表に出すかどうか、
問題解決に結びつけようとしているかどうかという二つの指標によって
分類すべきだと考えます。そうして改めて分類してみると、
 �表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒り、
 �表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒り、
 �表に出すが、問題解決に結びつけさつとはしない怒り、
 �表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒りの
  4つに分けることが出来る。  それぞれ見てみましょう。
△ まず� 表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒りは、
「自爆型」と呼ぶ。彼らは、ただ単に怒っているものの、それを表情や言葉に
表すことはありません。だから他人は気づかないのです。 しかも怒りの原因を
究明し、それを解決しようともしないのです。したがって、怒りは自分の中で
増幅し、しまいには心身を病んでしまうことになります。あたかも怒りで自爆
してしまうかのように。たちが悪いのは、自爆の際、他人を巻き込むケース。
つまりキレてしまい、他者を傷つけるのです。おそらくこういう人は、
テロリストや無差別殺傷の犯人に多い。
△ 次に、�の表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒りという
 のは、「勤勉型」といえます。 彼らも�と同じく怒りを表情や言葉に表すこと
はありませんが、少なくとも問題解決に結びつけようと水面下で努力はします。
ただ、表に出さないだけに、周囲の理解を得ながら物事を進めるわけには
いかないのです。
△ さらに、�表に出すが、問題解決に結びつけようとはしない怒りは、
「ラッパ型」といえます。怒りを表に出すだけで、一向にそれを問題解決に
結びつけようとはしないのです。いわばラッパのように大きな音を立てて騒ぎ
立てるだけで、問題を解決しようという建設的な姿勢はこれっぽっちもない場合
をいいます。自分の発言に満足しているだけなので、評論家に多いといえるかも
しれません。ちなみにアメリカ軍の消灯ラッパをタップスといいますが、
この語は「終わり」を意味する比喩としてよく用いられます。ラッパ型の怒り
には何の展望も描けないのです。 
△ 表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒り、これを「実務型」
 の怒りということができる。怒りを表に出して他人に認知してもらおうという
もので、それをキチッと問題解決に向けようというもの。≫
▼ 一つの怒りに、この4つのプロセスを経る場合が多い。
 その痛みを時間の経過の中で耐えている間に、考えるという働きが出てくる
からである。怒りっぽい私など、何時も独り心の中で、このプロセスの中にいる。
結局、全ての怒りは時間が解決する。怒りはエネルギーの元と割り切るしかない。
怒るだけ損でなく、怒るだけ得になっていく。
・・・・・・
4115, 財政恐慌 ー2
2012年07月01日(日)
  * 共同債の発行など気違沙汰! 
「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した」浜矩子(著)
 連日のトップニュースがユーロ危機である。一つ間違えると世界恐慌になる
からだ。ギリシャ、イタリア、スペイン、キプロスと、その危機はモグラ叩き
のように次々と出てくる。その都度、ドイツ、フランスを中心にしたEUが財政
対策を打ち出し、何とか乗り越えている。数日前も何とか緊急対策を打ち出した。
しかし、ここまで来たかというのが、「ユーロ共通債」構想。 字のとおり、
ユーロ圏として一本化した債権を発行することで、ユーロ圏で統一的に財政資金
を調達しようとする代物。これまでの、加盟各国が個別に国債を発行するのでは
なく、調達窓口を一本にしようとするもの。ブタちゃん=PIIGSにとって、
これほど有難い国債はない。ユーロと同じく、ごねて、どんどん共同債を発行
してもらえるからである。ギリシャ、スペイン、イタリアにとって、7%近い
金利が遥かに低くなる。金利の低いドイツが逆に高くなるため認める訳がない。
しかし、そうでもしなければ、PIIGS各国は、財政破綻の限界に来ている。
ユーロは暴落し、嫌われた通貨に成り下がった上に、共同債など無理ときている。
何をしてもユーロ構想が、メルトダウンに入るのは時間の問題。著者は、ここで
「ある地域内で単一通貨を導入して、うまくいく二つの条件がある。一つは、
その地域内では、どこも物価水準、失業率、金利、賃金が同じ、要は経済格差が
全くない状態であること。二つ目に、地域内に存在する経済格差を埋める
中央調整装置の存在が前提としている。この二つが存在しているかというと、
否という。著者は、ドイツが前者の経済格差を無くする方向を求め、フランスは、
財政難諸国を救済する仕組みの強化を目指そうとするが、この二つは、根本的に
相容れないもの。現在のユーロは、股裂きの刑にさらされているという。
ドイツもフランスも、今さら、ユーロ圏脱退も出来ない。それをPIIGSが、
その足元をみて、今までの安楽の延長の生活を求めている。それも、時間の問題
が現時点である。何処かの国では、国債発行がGDPの二倍、国家予算は税収の
二倍になっても、その都度、首相を取り替えて、国家リストラを避ける。
ユーロ圏は同じ道を歩きだしただけ。PIIGSを、最終的に準加盟国という名目
にして排除するしか存続の道は無いが、私の見立てになる。恐ろしい日々は続く。
・・・・・・・
3749, ジャズについて  ー「ジャズ完全入門!」−19
2011年07月01日(金)
              ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著
 歴史については「音楽の本」のジャズの章に詳しくあったので、ここは飛ばし、
 「ジャズに使われる楽器とその編成」についての、ポイントを取り上げる。
【 ジャズで使われる楽器は、基本的にクラシック音楽と同じ。違うところは、
 クラシック音楽の音色のメインとなる弦楽器類(ヴァイオリン、ビオラの類)
はメッタニ使われず、ベースは、ジャズでは独自の演奏法を行う。クラシックで
使われないものでジャズ特有のものはドラム・セットで、この存在がジャズらしい
リズミカルな躍動感を作り出すキーポイントとなっている。クラシックの楽器類
マイナス弦楽器(ベースを除く)プラスドラムセットがジャズ特有のタイトで
キレの良いサウンドを作っている。以上のように、楽器そのものより演奏法に
よってジャズらしさが出ている。
* まずは、リズムの強調。ジャズのベースは、音楽の最低音部を受け持つだけ
 でなく、2ビート、4ビートといった基本ビートがハッキリと聴き取れるよう、
クラシックのように弓で持続音を弾かず、指で弦を弾いてリズムを明確にしている。
* 次に、楽器奏法の特徴は、ピアノ、トランペット、サックスといった
 クラシックでも使われる楽器が、どうしてジャズ特有のダイナミックで個性的
な聴こえ方をするのかという、楽器を「ミュージシャンの身体に引き寄せて」
演奏しているからだ。(以下、字数の関係上カット、2012年7月01日

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