堀井On-Line



5129,失業率9割の国、ナウル共和国 〜1

2015年03月31日(火)

 先日のTVレポートで、ナウル共和国の現状を報じていた。
街中、大相撲の小錦、曙のような肥満体の人が、何をするでもなく
ブラブラして姿があり、国民の9割が失業者。 欧州諸国に"発見"される
前は主に漁業で自給自足の生活をしていたが、イギリスの植民地時代には
強制労働に徴用され、そして独立後はリン鉱石の輸出により何もしなくても
基本給が勝手に口座に振り込まれるようになった結果は・・ 〜ネットより〜
≪ 2007年に日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』の取材班が訪れた際、
 日中の街中を無為にうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた
・面積:21平方キロM 〜バチカン、モナコ公国に次いで世界で三番目に狭い
・人口:9322人(2011年)〜バチカン、ツバルに次いで世界で三番目に少ない
・失業率は実に90%。そして、残り10%のうち95%は公務員
 働いていない方が「正常」とみなせるレベルの数字。
 アメリカ国務省によると、公務員以外の労働者は僅か300人。
 ほとんどの国民が労働を知らず、勤労意欲もない国民が労働しなくなった
 ため、肥満も加速。肥満比率は8割を超えて世界一
ナウル国は、サンゴ礁の上に何百万年もの間にわたって海鳥のフンが堆積して
できた島。その海鳥のフンは長い年月の間にやがて良質なリン鉱石へと変質。
そのリン鉱石を採掘し、海外へ輸出することによって、ナウルは莫大な富を
得ることになった。そのため、
・税金無し、教育、病院、電気代は無料
・結婚した人には政府から新居が提供され
・飛行機をチャーターして海外にショッピングに行く人も
・自炊なんてしない。缶詰やミネラルウォーターを買う
 もしくは、外国人経営のレストランに行く
・徒歩で出かける人もまばら。移動手段は車かバイク
・リン鉱石の採掘作業も他国からの出稼ぎ労働者に。
 働いているのは、国会議員と政府の役人だけ(100名足らず)
・1980年代には国民一人当たりのGNPがアメリカ以上、日本の倍に
・全世代に年金(基礎給与)を支給 ≫
▼ ところが、そのリン鉱石が掘り尽くされ、枯渇した現状は、糖尿に
蝕まれた無気力な肥満体の住民だけ。 欧米文化に翻弄され、最後は、
こうなるという事例で知られるようになった。「リン鉱石立国」として
1968年に独立国家となった繁栄は、無計画な採掘で15年と持たなかった。
採掘できる資源には限度があることは、分かっていたはず。
しかしリン鉱石で稼いだお金の半分は国民に分配、残り半分は政府
により国外への投資に向かったが、これもホボ失敗。
・・・・・・
2014年03月31日(月)
4764,閑話小題 ー3年前の日記より ー2
  * 昨日で、あの日から三年になった
 先日、3・11災害から3年経った、と書いた。そして10年日記帳から、
3月9日〜19日までを書き写した。今度は、会社整理の日々になる。先日に続き、
2011年3月20日〜4月2日の二週間。(一般債権がほぼゼロもあり)自宅も、会社
の事務所にも一度も抗議電話も押しかけが無かった。債権者会議も当然無く、
無事、切り抜けていた。それもあってか、計画倒産の噂が流れたが、そんな
ことは出来よう筈がない。事業計画をたてる段階から、万一のリスク管理
(下の数値ライン設定と、避難のためのシェルターを長年かけ用意)をしていた。
これを計画倒産と言われれば、それまでだが・・ これを書き写していて、
涙が出そうになったが、面白いと懐かしがっている自分もいる。
・3月20日(日):この連休明けから、具体的手順に入る。差し迫ってきた。
    モーニングショーでは、大震災を詳しく報じている。それもあるが、
    私も、ある意味、被災者である。 あとは、流れに任せるしかない!
・3月21日(祭日):TVで週末の東京の歌舞伎町、新橋、銀座、魚河岸など
    中継していたが、震災のためいずこも閑散。昼食は近くの
   ‘サエゼリア’で。満席だが、被災民と思しきグループが目立った。
    これが現実である。
・3月22日(火):新潟の万代のラブラに行くが、人は閑散。 昼飯は
    ケンタッキーの鳥ハンバーガー。コンサルトの林氏にメール。
    今日、決断をしたが、この2〜3ヶ月、特に動揺をしている。
    この災害が、後押しをしたのは確か。
・3月23日(水):大矢、斎藤、弁護士と事務所で、状況について
         最後の話合い。17時〜18時半。
・3月24日(木):16時40分に弁護士と打ち合わせ。厳しいが、しかたがない!
・3月25日(金):弁護事務所で、弁護士と打ち合わせ。最後の決断の確認。
・3月26日(土):NTTで、携帯電話の会社から個人への切替の手続きをする。
・3月27日(日):NTTへ、再度、手続きをしなおしに行く。
・3月28日(月):整理の具体的手順に入る!身体が浮いたようで、
頭はフル回転。違う人格が入り込んでいるようだ。 
・3月29日(火):会社には行かず、個人の整理のための手順の幾つかを踏む。
久々に際どい危機感の中の自分が、いる。
・3月30日(水):13時より、弁護士二人に女子事務員と、現金など経理部門
の引渡しを大矢と私、5人で始める。そして、17時に正式に
弁護士の宣言で、30年以上の会社が消滅をした。 
全員、起立をしてm(_ _)m。
・3月31日(木):9時10分より、弁護士と二人、第四、商工中金、新潟信金
の順にまわる。何処も、豆鉄砲をくらった様子。
        :13時、従業員を集め、解雇の言い渡し。全員が不安そうな
顔をしているのを見て、気持ちが切れ涙を流す。
        17時、車で帰路の途中、Iさんより携帯に電話。迷ったが、
これも記念と、18〜20時半まで長岡駅裏の居酒屋で酒を飲む!
Iさんも、まさかと信じられない顔。
・4月01日(金):13時半、弁護士と会社の事務所で打ち合わせ。
15時、昨日の説明会で出席できなかった5人に説明。
         18時半〜燕のKさんと燕で酒を飲む。3人の就職先の依頼を。 
21時44分で長岡に帰る。
・4月02日(土):県内の親戚に数人に事情の電話。仙台の学生時代の行方
不明だったO君より無事の電話。5分の差で助かったとか。
前に仙台の住所にハガキを出していたのが、遅れて届いていた。
▼ 良質もあるが、悲しいとか、惨めとかいう感傷的気分はゼロに近い。
 目の前の一日をひたすらこなし過ごすしていた。それは今も同じだが。
 それでも「喉ぼと過ぎれば熱さ忘れる」で、何事も2年半〜3年。
 陰湿の嫌がらせはないことはないが、慣れてしまえ、「理解出来る範囲で
 見ている方々の程度の測量」で遊ぶ楽しみになる。これは実体験でないと
 分かるはずがない。その意味でも、自分観察、人間観察でベストの経験。 
 救ったのは長期のリスク管理?
・・・・・・
2013年03月31日(日)
4397,「武士道」という諸悪の根源         
  * 「武士道」という諸悪の根源   《「世間」の捨て方 ー3》
「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前
のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。
その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。
それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー
≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。
「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは
主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・
この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。
・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。
戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、
雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。
鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫
▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と
 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも
奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、
人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の
身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など
信じるなどもっての外。  ーウィキペデアで葉隠れをみると
≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 
 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈
されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、
山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、
死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル
に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に
近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国
主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活
に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本
としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。
 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。
商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が
必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を
遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。
絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、
世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
・・・・・・
2012年03月31日(土)
4023, シングルイン、31年間の総括 ー5
  * どこで間違えてしまったのか?
「会社の寿命30年説」を検索したところ、日経ビジネスが1983年に総資産額の
ランキング分析を基に唱えたもの、とあった。私の事業も、この説のとおり
30年で寿命を向かえた。 創業当時、私が30歳代半ば、当時のマネジャーと、
次長は20歳半ばから後半。30年後の現在、3人の平均年齢が60歳近くになって
いた。ホテル4棟の平均年齢も25年になっており、引き時と見ることができる。 
 ここで、三つの震災などの外的要因を別にして、
「この事業、何処で間違えてしまったのか?」という問いを立ててみる。 
◎ 首都圏から新幹線2時間圏内の駅前ホテルの客室需要が数分の一に
  落込む予測が出来なかったのが大きな原因。
◎ 更に企業の営業活動のあり方が、この20年間に根底から変わった。
  20年前のバブル崩壊と、ソ連・東欧の崩壊で東西の垣根が無くなり、
  グローバル化が日本の国力を根こそぎ奪ってしまった。その意味を捉える
  ことが出来ず、思い切った方向転換を出来なかった判断ミスが次の要因。 
◎ それに加えて1995年にマイクロソフトが、ウィンドウ95を発売、
  パソコンが飛躍的に使いかってが良くなり、爆発的に普及した。
  それにネットが結びついたネット社会が現実社会の上位に出来てしまった。
  これで、ビジネスのあり方が根本的に変わってしまい、経済も社会も、
  スピードと変化が激しくなり、それが資産デフレと物価デフレをもたらす。 
◎ 首都圏と地方という経済と社会の関係が、首都圏と東南アジアとへシフトが
  変わっていった。そのため、日本の地方の力を大きく削いでしまった。 
  それにリーマンショックと、東北大震災が重なり致命的大打撃になった。
 ー 以上を、簡約すると、
* 20年前のバブル崩壊の影響が、ここまで日本を弱体化させる
  重大性が理解できなかったこと。
* 資産デフレと、物価のデフレが、これほど長期に続くと読めなかったこと。
* 情報化で、ネット社会が現実社会の上位に出来上がり、経済・社会を
  根こそぎ変えたスピードが、ここまで早いとは。要するに、バブル崩壊と
  情報化がもたらす影響の大きさの読みが甘かったこと。
  30年前は新潟駅に新幹線がオープン。新潟駅周辺は活気に溢れていた。
  しかし10年後のバブル崩壊で、20の都市銀行も三行になっていった。 
  時代の激変がもたらす影響を理解できず、バブル後に、さらに客室数を増加。
  これが最大の間違い。間違ってなかったとしても、それも時代の大津波が
  襲って破壊しているだろうから、どこで間違えたのだろうか?という問いが
  間違えていることになる。 継続しているじゃないか?というが、
  良くて半分、悪いと五分の一。 これに原油高に、消費税のアップ。
 ・・・・・・・
2011年03月31日(木)
3657, つれづれに
 私にも大きな試練と転機がきた。65歳ということか。 
毎日が、原発事故の悪化を示すニュースである。本格的な恐慌へ一歩
踏み込んだようだ。 今日は、ホテル開業30周年になるが、・・
違う意味でのメルクマールになる!偶然だが、去年の下の文章が身に沁みる。
 ・・・・・・・・・
2010年03月31日(水)
 3292, 人みな骨になるならば ー8
 * くぐり抜けた境地   (p−237)
ーまずは、スカッとする?部分を抜粋するー
            (人によれば、冷水を浴びせらた感じか!)
 これまで縷々と述べてきたことは、要するに世界はわれわれに対して、
期待するほどには親切ではないが、危惧するほど冷酷ではないということだ。 
もちろん、われわれの幸運・不運によっては、期待する以上に慈悲深かったり、
また危惧していた以上に残酷だったりするが、それにも特別な意味などない・・
 究極の課題は、われわれがあらゆる無用な縛りを脱ぎ捨てて、自分だけの
人生を積みあげることである。それはたぶん海岸で砂の城を築くような児戯で
しかないだろう。いずれ波が浚っていき、後には元の砂浜が残るだけだろう。
そのことが何故、かなしむことなのだろうか。われわれは僅かな時間でも立派
に砂の城を積み上げたのに。この事実だけは何も否定できない。神であろうと
宇宙であろうと。われわれの人生というものは、ひとつのモニュメント
≪記念碑≫である。それだけで意味や価値の有無など関係ないのである。・・ 
誰も認めたがらないことだが、おそらくわれわれ一人一人の人生は無駄である。
われわれの人生は将来だれにも顧みられることのない記念碑なのだ。
歴史的・空間的に座標を持ちはするが、束の間に開花して終わるモニュメント
でしかない。 早晩、誰も憶えている人が居なくなってしまう無駄な記念碑
こそが、われわれ一人一人の生涯である。無駄ならせめて輝く無駄でありたい。
この場合、「何もかもが無駄なら、輝こうが輝かなくても同じだろう」
という野次には抵抗力をつけておこう。 単に、くすんでいるより、輝いて
いた方が良いだけだという、切り返せなくてはならない。この「無駄である」
という自覚を通してしか、われわれは知的な、あるいは心情的な束縛から抜け
きることが出来ない。「無駄である」という覚悟がないと、現世のさまざまな
意味や価値や人道や正義に惑わされてしまう。臨斉義玄が警戒した「人惑」とは、
これら総称したものである。・・意味や価値の雲海を抜けきった先には、実は
何もないのである。それを解放と感じることができない人々は、元の古巣に
戻るしかない。・・ 「おそらくわれわれの一人一人の人生は無駄である」
「無駄であるという自覚を通してしか、知的な、心情的な束縛からぬけきる
ことができない」「人生が無駄であると悟ることで、意味や価値の雲海を抜け、
その先が実は何もないことを知り、それが解放と感じる境地が全てである」と。 
般若心経の色即是空、そのものではないか。それを虚無主義とかいうベールで
包んで、色=現象の世界の絶対言明としている全てを根こそぎ掘り起こし、
そんなものは何ということはない!と、断じているのである。 虚無も決して
マイナスではないのである。 チロリか
 ・・・・・・・・
2009年03月31日(火)
2917,日本人の8人に1人が鬱病!
 現在日本人の8人に1人が鬱病という。女性と男性の割合は、女性2に対し
男性1、の割合で女性の方が倍になる。イタリヤ人は4人に1人の割合というから、
陽気なイタリア人のイメージとは、かけ離れている。私自身は20歳代半ば
まで少しは欝的だったが、本質的には陽気。 欝は青年期は誰でも通る道。
精神的な落ち込みは独りで乗り越えてきたが、落ち込む余裕さえ無かったのが
実情。20年ほど前になるが、取引先の営業の人が重い躁鬱になってしまった。
病院の塀の上から内側に落ちるかどうかの際どい場面が何度かあったが、
何時の間にか、その病気の聞き役になっているうち、コントロール役になって
しまっていた。その人も数年前に亡くなったが、「原因」は、プライバシーに
関わるから書けないが・・。本人の口から欝の状態をこと細かく聞いたが、
壮絶の一言である。 家中の家財をバットで叩き壊すなど・・ 
自分ではコントロール不能とか云々。亡くなる数年前から、自分で危なくなると、
医者に行って入院を10日ほど願い出て、落ちつくと退院をしてきた。
そうなると精神病ではなく、精神症というらしい。病と症の境は、周囲に迷惑を
かけるかどうか。精神も肉体も同じで、病である。医者と相談をして、発症した
ときは薬を飲んだり入院をして俗世界から一歩引けばよい。そのことを本人が
相談にくるといい続けていた。欝になる前には必ず異常な躁状態になる。
そうすると周辺から電話がかかってきて、「欝の発生の予告」が来る。 
そして、何時ものパターンが始るのである。 今回の調査の結果の「8人に1人
が鬱病」には驚いたが、周りをみると、そういえば・・。2〜3家族に一人に
なるから深刻。生真面目で、常に誰かに頼っていて、周りに気づかいをしすぎ、
自然の笑いの無い人。私は自分の弱さを知っているので、予防の知識を充分に
積んだが、それでも最近の不況は心を暗くする。 毎朝ウォーキングをし、
仏壇前で5〜6分瞑想的な祈りをし、美味い酒でも飲んで憂さを晴らせば欝に
なりようがないと思いきや、そうでもない。歳をとると何らかのカタチで
欝的状態がついてまわる。そりゃそうだ。一つずつ病が加算され、身体は
老いていき、友達・親兄弟は亡くなっていけば、欝状態になるのが自然である。 
この世界恐慌は「グローバル欝」を誘発する。それを利用して戦争を起こし、
チャラにしたのが、これまでの方法。これからは、無いとは言えないのが世界。 
突き詰めると、やはり戦争??
・・・・・・・・・
2008年03月31日(月)
2553, ヒルティの幸福論    ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 アランの幸福論といえば、次にヒルティの幸福論を取上げなければなるまい。


5128,閑話小題 〜副操縦士の心の闇

2015年03月30日(月)

   * 副操縦士の心の闇
 世に多く存在する‘うつ病’を持つ人は、副操縦士の心の闇の一端を理解
出来るだろう。子供の頃からパイロットを夢みて、すべてを捧げてきた純粋な
青年が、その世界の過酷の実態を知り、会社と社会を恨むようになり、
それが蓄積をしていったようだ。 報道によると《 ・・元恋人は同僚の客室
乗務員で、副操縦士と昨年5カ月間交際していた。副操縦士は普段は優しかった
が、仕事の話になると急変。「給料が安い」と怒りをぶちまける一方、契約が
更新されるか、不安を見せていた。突然、元恋人に怒鳴り散らしたかと思えば、
トイレに長時間こもったりした。「墜落する!」と叫んで目覚める夜もあり、
ある時、「いつか僕は全てを変えることをしてみせる。誰もが僕の名前を知り
忘れないだろう」と語ったという。当時、元恋人は気にもとめなかったが、
墜落を知って思い出したという。元恋人は精神疾患とは薄々気づいていたが、
本人は内緒にしていた。副操縦士は格安航空会社の親会社ルフトハンザ航空
によると、長距離便の機長になることを夢見ていた。「健康の問題から自分でも
不可能と分かり、思い詰めて(故意の墜落を)してしまったのではないか」と、
元恋人は話している。》 
 重度の‘うつ病’で病院から「勤務不可」と診断書を出され、自棄になり、
機体もろ共の思いが、こういう結果になってしまった。4年前の一連で、長年の
備えをしてあり、過去の経験も含め、想定内として辛うじて大きく落込むことは
無かったが、それでも一つ判断を間違えると、重度の‘うつ病’が、口を空けて
いた。だから図書館やネットで、節目時に読むべき本を探し、貪り読むしかない。
その危なさを楽しめるまで、突詰めれば、後は、時間薬が解決してくれる。
 副操縦士にとって、操縦士としてのエリートコースから外れ、格安航空会社の
待遇が、あまりに悪く、その不満で、‘うつ病’になり、その立場さえも、維持
出来なくなれば、スチュワーデスの彼女との付合いも、結婚も失われてしまう。
 操縦士というスペシャリストが、突然、その資格を失えば、恐慌一歩手前の
欧州では、新たな就職先は皆無。あるのは失業者か、ワーカーしか残されてない。
私が彼の立場なら、燃え尽き症候群になっている。 二年前に、高校の同級生が
老舗の自営店の不振から、‘うつ病’になって、自死をしたが、他人事では
なかった。ドップリと、小さな世界に浸かると、他の世界が見えなってしまう
のも致しかたがないが・・ ホテル業を30年していた中で、2〜3年に
一度は、自殺者が出るが、当事者として、その自殺理由が警察から報告がくる。
それには、そこに至る深い理由と、闇を垣間見ることができる。 過去を振り
返ってこそいえる戯言、『生きている内が花』などの世界は、そこには皆無!
そう遠くない近未来に、うつ病より恐ろしい?「余命○ヶ月!」が待ている?
 で、偶然だが、以下へと、物語は続く! 明日が無いという恐ろしさ!
・・・・・・
4763,最後だとわかっていたら
2014年03月30日(日)
  * 最後だとわかっていたら  ーひと言でいいのですー吉川直美編より
 アメリカのマレック という女性が、わが子を亡くしたときに書いたもの。
2001年の同時多発テロで、貿易センタービルに一機目が激突したあと、救助の
ために最初のビル内に突入した数百名のレスキュー隊の一人で、行方不明に
なってしまった29歳の消防士と言われたが、それは誤報)
 ー母親の悲しみが、そのまま直に伝わってくる文章である。少し長いが・・
 ーー
      『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より
あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら 
一言だけでもいい・・「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも 
約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず

もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための 
ほんのちょっとの時間を どうして惜し んだのかと

忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」
を伝える時を 持とう  そうすれば もし明日が来ないとしても  
あなたは今日を後悔しないだろうから
 「最後だとわかっていたなら」ノーマ・コーネット・マレック 
▼ もし漠然と80歳が自分の寿命と考えていて、来年にでも余命半年と突然、
 宣言されたと仮説をたてると、現在の年齢が68歳として、差し引き11年が
失われることになる。自分の未来を子供とすると、その衝撃と哀しみが、
この詩に重なってくる。そうすると、いま何をすべきかが浮かんでくる。 
人生をもっともっと深く愛しなさい! 家族・友人を大事に、親切にし、
供にあることに感謝しなさい! もう一度、人生を見つめ直しなさい!になる。 
今日一日、清く正しく美しく、何事にも興味を持って、感謝して生きることだが。
若き日の追憶で、もっともっと、人生を燃焼しておけばと後悔するが、
それを何故、いま現在しないのだろう?
・・・・・・
4396,宇宙は何でできているのか −2
2013年03月30日(土)
             「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗.10のマイナス35乗の世界 ー2 
【 宇宙は10の27乗メートル、素粒子は10のマイナス35乗メートル。これが、
 私たちが存在する自然界の「幅」。その両端にある宇宙研究と素粒子研究の
 あいだに62桁もの「距離」がある。ところが最近、まったく関係なさそうに
 見える2つが、実は密接につながっていることがわかってきました・・】 
  これが、この本のポイント。
今回は素粒子になるが、どうも10の−35乗という世界の実感が沸いてこない。
137億光年の彼方より私を逆照射して、更に8桁小さい素粒子の世界を科学の言葉
として突きつけられたのである。それを実感じろという方が無理。
 「人間の大きさを一として、外界は137億光年の広がり、内は、その広がり
を逆算した、更に8桁も小さな素粒子。そして、宇宙と素粒子は同じようなもの? 
何なんだろう、これは?  ーまず、この辺りのポイントの箇所を抜粋ー
≪ ちなみにリンゴー個と原子-個の大きさの比は、天の川銀河と地球の大きさ
 の比と同じぐらい。天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個
程度の大きさしかない。さて、原子1個の直径は、10の−10乗メートル。
かつては、これが「この世でいちばん小さい素粒子」だと考えられていました。
しかし、やがて原子も「内部構造」があるーつまり「もっとバラバラにできる」
ことが判明します。原子の中心には「原子核」と呼ばれるものがあり、その
まわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10の−10M)」
とは、電子が回る軌道の直径だったわけです。そして、電子の軌道から原子核
までの距離は、決して近くありません。地球と人工衛星ぐらいの距離感を
イメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに
小さく、10のマイナス15乗メートル。電子の軌道の10万分のーです。もちろん
ミクロの世界の話ですから、私たちの目から見ればどちらも同じようなものです
が、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。
原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。この原子核の
発見によって、「素粒子」のサイズは一気に小さくなりました。ところが、
話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造
があり、その陽子や中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。 
その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、クォークこそが真の
「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても
10のマイナス19乗M。かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真中に
ある原子核とも4桁違うのです。さらに重力と電磁気力、そしてあとで説明する
強い力と弱いカも統一すると期待されている「ひも理論」は、素粒子の大きさは
10のマイナス35乗Mだと考えられています。≫
▼ 世界は「ウロボロスの蛇」(蛇が自分の尾っぽを齧っている絵)で、
 宇宙研究と素粒子研究の二つが密接に繋がっていて原理的に同じという。 
「天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさ。
これが10の−10乗。素粒子は−35乗」と言われても、実感など出来ようがない。
ただ「物は事の変化の過程の有り様」という意味が少し分かるような気がする。
振り返れば過去は夢幻でしかない。いや現在もである。「実は宇宙のエネルギー
の96%が、他の宇宙からループ状の管の先から無限に注ぎ込まれている」
と言われても、「何それ?」の話になる。 まあ、面白い!
・・・・・・
4022, シングルイン、31年間の総括 ー4
2012年03月30日(金)
  * あの日から今日で会社の一周忌
 あの日から、今日で1年になる。17時を持って弁護士二人、女事務員二人、
私と、役員二人が同席の中、「今日の17時を持って会社は消滅をしました。
ご苦労さま!」と弁護士が宣言、全員起立をし深々と頭を下げた瞬間、31年間
の(株)ホテル・プロジェクトは消滅した。3つの会社実印と通帳の全てを
弁護士に引渡し、総務・経理関係全ての弁護士事務所への引継ぎが始まった。 
3月18日に会社解散を決めた瞬間から整理手続きが始まったが、全てドラマ
仕立てのよう。 翌日31日9時から、銀行に弁護士と事情説明にまわり、午後
13時に従業員全員を集めて解雇の言い渡し。その後に退職手続きに入った。 
修羅場には異常に強い方だが、不安そうに事情を聞いている従業員の姿を目の
当たりに見て、「気の毒。悪かった。」という言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、涙が
溢れ出てしまった。 弁護士の手順は慣れたもの。一つずつ流れが進んでいった。 
丁度、東北大震災と原発事故の進行が重なり、現実離れした映画の渦中にいる
ような日々。新潟駅周辺には、自国に逃げ出す中国人と韓国人が溢れていた。 
自分では冷静と思っていたが、実際は動転していたようだ。「交通事故だけは
気をつけて下さい。普段の数倍の確率で起きるのが通例で、大よそ一割の人が
事故にあいます。」と、弁護士に何度も注意された。実際にマスコミが騒ぎ出す
のは、その一週間後になった。弁護士が「直接原因は、東北大震災」と流した
ため、ニュースは全国レベル。家に隠れるのは精神上悪いので県外のホテルでも
行っていようか、弁護士に相談すると、「ここで後ろ向きの行為は、良くない。
家にいるべき」という。これも一理と納得。 日曜日18時のドキュメント
「バン記者」のスタッフから、「一連を取り上げたい」と早速電話が入ったが、
もちろん断った。毎月、月次決算のために30年間、事務所に来ていた会計
事務所の担当が、「あなたは、処理過程を楽しんでいる。何が起こっているか、
理解していないのでは」と、呆たようにいう。腹を据えてしまえば、後は冷静
にコトに従うしかない。全力で事に取り組めば、自然と体が浮いたように動く。 
それが活き活き楽しんでいるように見えたようだ。 冷静に振り返ると、
創業の生みからみれば、万一の準備を備えていれば、苦しみは数分一。
それが第三者には見えない。長年かけ準備をし30年も続けた事業は、行蔵
として強く残るもの。 死や人生と同じである。考えれば考えるほど、
この事業に心底、感謝している。 結果に、悔いも、未練もない。
「 ご覧のとおり、そのまま結構! 」
・・・・・・・
30年前の3月31日を前にして
2011年03月30日(水)
  * 創業30周年の日を前にして ・・
 そういえば、明日が30年前の命がけで始めたホテル開業の日である。
当時の名前はベンクーガーホテル。その一月前の2月28日にホテルの一角で
デザイン学生服をオープンをしていた。いま思い出しても、良い時代だった。
一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが
話題をよんだ。平日はホテルに集中。土日は学生服を販売する変ったホテル。
チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、創業前
に人材を集めるのが大変な時代。当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。
ホテルなど誰も経験者がいない中で、右往左往の緊迫した日々が懐かしい。 
何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。
私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、
当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。平均給与は数倍に上がって
いるに関わらずに。ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、
2008年の9・15のリーマンショック。そして、この大震災。その中で特に日本
は、その都度大きく変動した。自分の人生を振りかってみて、時代の要請に
そって能力をつくり上げ成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。
事業は30年が大きな節目になる。その節目がきた。
・・・・・・・・
3291, 人みな骨になるならば ー7
2010年03月30日(火)
  * 健康法は一種の信仰である
 ー まずは、その一部を抜粋してみる ー
長年医者をやっていて、少しは自分でものを考えたことのある人は、
病気や寿命は畢竟するところ「運」ということを知っている。昔ならとうに
亡くなっている人が、現代医療で長生き出来たケースもあるが、現代に生を
受けた強運である。次に、感染や、悪性腫瘍、循環障害の大半は不運に起因
するところが多い。出会いしかり、遺伝・体質しかり、生活条件しかりである。
これに無理に生活習慣病と名づけ、本人の素行いかんで完全に予防・解消できる
という発想は希望的観測や信仰に近い。ただ皆がそうであることを熱望している
から信じられているだけだ。健康や寿命まで運次第というと不安だからだろう・・
 ありとあらゆる健康法をしたところで、それは入手できる限りのお守りを
持っているのと大差がなく、死病を発する時にはやはり発するのである。
5歳で白血病になる幼児や、20歳過ぎてクモ膜下出血をおこした青年に
とって、健康法がいかなる意味があるか。・・  むしろ健康法とは一種の
信仰なのである。本当かどうかは二の次である。「これさえやっておけば」
「これをやめておけば」は、健康と長寿が保証されるかを信じこむことで不安
を紛らわせているに過ぎない。つまり健康法とは念仏とかわらないのである。 
たしかに健康法や健康習慣をつづけることは念仏百万遍と同じ安心感につながる。
 ・・少なくとも無心で念仏を唱えることは精神衛生によろしい。もし当人に
とって健康食品が美味しく、スポーツが楽しく、タバコが嫌いで、規則的な
生活が好きなら、念仏が趣味と同じで、それに越したことはない。それは本質的
に健康法ではなくて、単なる好みの問題である。 ・・結局、健康法や養生法と
いうのは、いくぶん不確かな「何かのための手段を確保しようとする試み」
以上のものではない。むしろ大事なのは「何か」のほうであって・・
モーツアルやショパンが作曲そっちのけで健康法に没頭して長生きして孫に
囲まれゲートボールを楽しんだとして、後代のわれわれにとって何の意味も
ないし、彼等はモーツアルトでもショパンでもない。さらに、言えば、
古今を通じて健康法や医療によって最終的に死を免れた者は絶無である。
▼ 現在も健康法を色いろ続けている。ウォーキングは30年近く続けているし、
健康食品も幾つか飲み続けている。しかし、「そんなものは御守りでしかない」
「それを続けていることで安心しているに過ぎない」とまで言うのか。
私は、もしウォーキングを続けていなかったら、間違いなく高血圧などの
成人病で、死んでいるか、重症になっていると、今でも信じている。しかし、
それをしているから少し不節制をしても大丈夫という慢心が出ることも事実。
「酒飲まず、煙草も吸わずに、百まで生きた馬鹿がいる」というが、
「酒を飲み、煙草を吸って、百まで生きた奴がいる」になる。実際は、やはり
不摂生をした方が早死している。ストレス解消に、徹夜で煙草を吸いながら
マージャンしている人に、癌や高血圧になる人が多いのは誰の目にも明らか。
それで死んでも、死ななくても、その程度でしかない?ということか。 
 ・・・・・・・・
2916,とんでもないことなんだよ!
2009年03月30日(月)
(字数制限のためカット2012年3月30日)
・・・・・・・・・
2552, アランの幸福論
 2008年03月30日(日)
「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、
そしてアランがある。 この3つは世界の三大幸福論と言われている。 
アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。
 1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を
 書きつづけ、このコラムは「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、
 第一次大戦が勃発する1914年までにこうしたプロポを3078編、さらに大戦後に
 約2000編を新聞や雑誌に書けた。健全な身体によって心の平静を得ることを
 強調。全の不運やつまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。また社会的
 礼節の重要性を説く。「幸福であることは他人に対する義務である」
 「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自分が
 幸福になることである」「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。
 自らよじ登っていかなければならないのだ」「上機嫌療法を行うと、物事を
 気持ちの良いシャワーのように受け流し、筋肉をのばししなやかにし、食欲が
 すすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」「もし道徳論を書かねば
 ならなくなったら、私は、上機嫌を第一位におくだろう」「新年の贈りもので
 私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、貰ったりすべき
 ものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。これこそ、
 交換によって増大する宝物である。あなたがどこへ投げ捨てても、それは芽を
 出し、花を開くだろう」「運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間
 にも、新しい世界が生まれているのだ」「嘆きも悲しみも、鳥と同じ。
 ひょいと留まっては、飛びさっていく」「まず自分がほほえまなくて、
   (字数制限のためカット2011年3月30日)


5127,「魂」の思想史 ー④

2015年03月29日(日)

    
       〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
  * ゴッホの魂 ーA
 ゴッホの魂は、ルター派のひとつ、カルヴァン派の職業観から生まれ出て
くる「働く神」であった。貧しかった彼は、いつも神から「退けられた者」
という劣等感にさい悩まされ、それが、そのまま、魂のエネルギーとして
絵画の中に残っている。  〜その辺りから(p27)〜
≪ ドイツ人のマルティン・ルター(1483〜1546)がカトリック権力者たちの
 信仰姿勢にプロテスト(抗議)したのが始まり。ルターによれば、信仰は、神と
信者の直接的な関係を本質としており、両者の間で唯一認められる媒介項は
聖書だけだとなります。カトリックの総本山ヴァチカンの豪華な教会装飾などは
邪道の最たる例となります。質素に信仰に励み禁欲的に労働に従事することが
称えられ、贅沢、無駄遺い、怠惰は批判されました。聞くべきはイエスの言葉。
「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」
天上の神も地上の神イエスも労働に専念しているのだから、神に喜ばれたけれ
ば、禁欲的に働かなければいけないというわけ。こうしたルターの禁欲的労働
思想をさらに神中心に改革したのがジャン・カルヴァ(1509〜1546)でした。
人類を救済する全権は神が握っている。救われる人を神はすでに選んでいる
(「予定説」)。 では、「選ばれていること」は何によって分かるか、その証は
何なのか。カルヴァン派の人々は、自分の職業を神から与えられた天職とみなし、
それに禁欲的に励んでいられることが「選ばれていること」の証だと考えた。
こうなると、誰しも、この証を示そうと自分の仕事に真剣に従事するように
なります。同時に、職についていない人間は、神から「退けられた者」と
みなされ、蔑まれます。カルヴァン派の労働論にはもう一つ注目すべき点が
ありました。労働を個人の問題ではなく、社会への貢献・社会にいる人々への
隣人愛と捉えた点です。隣人愛といっても、神中心に考えられているわけです
から。まず神への愛があり、それから同じ社会に生きる人々への愛があるが、
端的に言えば、人類を愛する神に愛をもって応えねばならないということです。
カルヴァン派にとっても神は基本的に「働く神」でした。その神は神自身に
合わせて人間の社会を働く集団にしようと欲した。人類の幸福を願って、
そう欲した。こうした人類に寄せる神の愛に応えるべく、労働社会に役立つ
労働をしなくてはいけない。神への愛の証とて社会に役立つ仕事、社会の人々
を愛する仕事をしていなければいけないとカルヴァン派は考えていた。
(略)・・「逆境にいる人々に平和と安ぎを与える。」これがゴッホにとって、
愛するということの第一義でした。この愛に照らして神学部の受験勉強は役に
立たないと感じられたため、彼はこれに興ざめし、アムステルダムの赤線地帯
の補助説教師に、ボリナージュ炭田の見習い伝道師に、身を転じていった。≫
▼ ロンドンのナショナルギャラリーのゴッホの‘ひまわり’の前に立った時、
 その漂っている空気に立ち竦んでしまったが、その作品が、ゴッホの2千点
ある作品の中で、最高傑作のひとつだったことを最近知ったが、納得である。
ひまわりに関しては、次回に取り上げる。
・・・・・・・
4762,私を癒したのは、許しである
2014年03月29日(土)            
  * 究極の許しとは    ーひと言でいいのですー吉川直美編より 
 キリスト教的ケースの中の、私の規範を遥かに超えた世界である。
究極の心の傷には、究極の対応がある。8人兄弟の末っ子で、親の目が
届かないところで、いつも誰かから揶揄われてきた反面、許されてもきた。
そのため、許されるのが当然という甘さがつきまとっている。しかし、
許されないことが人生には数多くある。以下の許しのプロジェクトには、
非常に教えられる。人生には色いろあったが、許し、許されているのである。
  ーまずは、そのケースよりー
《『正義は私を癒してくれなかった。私を癒したのは、許しである。
 ーデビー・モリス』 米国には、人を殺して服役している被害者と、
殺された被害者の家族が面会をする、和解のためのプロジェクトがある。
コーディネーターが間に入って、文通からはじめて、慎重に長い時間を
かけて面会に向けて双方を整えていきます。実際の記録映像を観る機会が
ありましたが、若い女性を襲って銃で撃ち殺した少年と、その女性の母と
妹が初めて顔を合わせる場面。極度に張り詰めた空気の中で挨拶が交わされ、
当然、会話もはずみません。加害者の少年は顔をあげることもできず、
緊張と恐れで体調を崩していました。観ているだけでも胃がせり上がってくる
ような重苦しさの中、家族は、「ずっとあなたに一つのことを訊ねたかった、
そのためにやってきた」と切り出します。それは、愛する者を失った日から
知りたいと願って、叶わなかったこと。警察も裁判所も答えてはくれなかった。
やはり、「なぜ殺したのか?」「娘を返して」と訴えるのでしょうか。
  母親が静かに問いかけます。
「私の娘は、最期に何かを言い残しませんでしたか? 最期の言葉を
 知りたいのです、」
  沈黙のあと、少年は泣き崩れて、言葉を絞り出します。
「あなたを許します……。あの人はそう言いました。」
「……やはりそうでしたか。娘ならそう言うと思っていました。」
「……許してください。」
ひとしきり、肩を寄せ合うように涙を流すと、亡き人の許しの宣言が憎しみ
の連鎖を断ち切ったかのように、いつしか彼らは談笑はじめていました。
最後は、少年の体調を家族のように気遣って別れました。許しは簡単では
ありません。どうやっても許せるはずのないものを容赦することなのです。
ですから、この物語を理想として押しつけることをしてはならないのです。
それでもなお、これは誰にでも起こり得る、解放の物語であると信じています。》
▼ 結局、殺された側と、殺した側の溝は広く、深い。殺される間際に、
「あなたを許します」と言うなど、深い信心がなければ言えないこと。
そう言っただろうと確信していた母親も素晴らしい。そうこうみると、人間
には、宗教が必要である。例え、幻想でも、それが深まれば、やはり人間の
魂をすくうことになる。人生には、自分の力では、どうにもならないこと
ばかり。だが、一つずつ、一人で解決しなければならない。そして、最後は
許し、許され、生きていくしかない。それにしても、すざましい事例である。
・・・・・
4395, ヘリコプター勉強法
2013年03月29日(金)
            ー超「超整理法」より
 ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、
ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。野口悠紀雄著
『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。
本など一番のキーポイントを見つけ、そこだけ集中して学ぶ方法である。
10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何ですか?」と聞かれた
ことがあった。直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。
その時に自然に出てきた答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を
分けている。後者の場合、読みに足りる部分を主観的に読む」であった。
その答えがベストでないが、初めから対象に従うのでなく、主観的に読む
ことでポイントを把握するやりかた。 随想日記を毎日書いていると主観的
でなければ続けることは不可能。そのため、読書感想文は自ずとヘリコプター
読書法になる。この本の何処が一番の要点か、まず探す。小説と哲学書以外は、
まともに読まない。80対20の法則で、20だけ拾い読みをするだけ。図書館で
借りて読むことが多く、10冊は机の前に積んで置いて、時どきパラパラと流し
読みをし、その後アマゾンの内容紹介と書評を読む。そこに幾つかのピン
ポイントが表示され、関連した本の紹介まである。20分も流し読みをすれば
八割は把握できる。それを纏め書き残せば、後々まで、残る。だから面白く
病みつきになって続いている。
 ところで国内外のパックツアーも、ピンポイントを揃えてパックにしている。
ポイントだけに舞い降りると点で、「ヘリコプター旅行法」ということになる。 
旅通の人は小ばかにするが、ツアー好きな私など、元もと旅行と思っていない。
専用ヘリで富士山頂上などの観光ツアーで充分。何も麓からの登山をしたいと
思わない。富士の頂上から下界を眺めるだけで充分。旅とツアーは違うのである。
情報化の時代、熟読とヘリコプター勉強法を分けておくべきである。
検索にキーワードを入れれば、情報と他人の知識は幾らでも手に入る。
その意味で、幾ら時間があっても足らないぐらい、面白くて仕方がない。
幸せなことだが、いつ死を含めブラックスワンが舞い降りてくるか分からない。
楽しめ、笑え、悲しめ! 今のうちである。
・・・・・・
4021, シングルイン、31年間の総括 ー3
2012年03月29日(木)
  * 計画倒産というが
 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで
倒産したのではないので、言われて当然である。売上が10年で三分の一に
減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。
それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。  
そこで計画倒産について考えてみる。何度か、ここで書いたが、私の理解して
いる意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、
現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 
そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、
≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり
 資金ショートをして倒産する場合をいう。しかし同じ倒産でも、事前に継続
不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」
という。計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、
噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、
「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。
 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、
最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。幼児の頃から、何時も夜逃げ話を
聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産を
つぶさにみていた。それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、
運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。
それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。二年続けて2割半ば
減少していた売上が、三年目に入っても、とどまることなく続いた結果である。
そこで、色いろシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショート
が明白。会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の
資金繰りに駆け回っているのが実態。現時点は下から4割レベル」という。
しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、ある程度、払えるのは、
今しかない、とシュミレーションの数値は示している。 7月には地デジ化
のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え
予定がある。両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして
正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。30年の現事業
経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。春恒例の催事が、ほとんど中止、
宿泊のキャンセルが続いた。その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃
は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。この躊躇は、差引き4倍の打撃。」
そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、
答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。
 ・・・・・・・
地震 ーつれづれに ー14 
2011年03月29日(月)
 * 自主的退避の言葉の持つ意味とは?
「自主的退避」と、福島原発事故で30キロ圏の住民に対して退避を勧めている。
この言葉の持つ意味を考えると、「本来は退避勧告をしたいが、その前に自主的
に退避できる人は、早めに退避してください」「それぞれの事情に応じて自分で
退避してください」 ということだろう。当初より政府の発表は常にパニックを
起こさないように情報を流しているが、それも重要のことである。 ところで、
この原発事故で何で電力不足になるのだろか?それは関西と東京の周波数が
違う為、関西電力から東京電力へ電気送ることは出来ない国の解決できない
大問題がある。違っていた方が一部業者の利益になるためである。それが、
この電力不足の最大原因とマスコミは問題にしない。マスコミは、広告費を
電器メーカーなどから得ているため、これを問題にできない面がある。
UC圏の周波数でさえ、統一してあるのに、単一国家の日本が、この有様である。
 * 全国チェーンと地元チェーンの力の差
 家内が、3・11災害以降、「ヨーカ堂が凄い凄い」が口癖になっている。
近くに、スーパー原信があるが、そこの多くの欠品が、ヨーカ堂には揃って
いるという。先日も東京に住んでいる息子にトイレットペーパーを送ったが、
原信との商品力が違う上に、送料が格段に安いという。こういう時に、会社の
総合力が商品力に出てくるのである。特に全国チェーンは、災害時こそ自分たち
の全国区の強さを発揮して、信用を高めるチャンスと、平時より災害時対策を
している。 原信は郊外型SC内に店舗があるため駐車をしやすいこともあるが。
 ・・・・・・・・
3290, ツイッターが詰まらない?
2010年03月29日(月)
 ツイッターを勧めた友人から、次のようなメールが入った。
《おはようございます。昨日書きかけのメール残して帰り、加筆しております。
書きかけのメール完成させて、送信します。ツイッターのことですが、私、
どうも疑問に思っている事があり、貴方にお伝えしたく、メールしました。
と言うのは、ツイッターを見ても、貴方のツイッター以外あまり価値が無い
ように感じております。つまらないのです。貴方みたいな、「ツイ友?」でも
出来ればまた変わってくると思いますが、まだわが友にはツイッターをしている
者はいません。良い方法があれば教えて下さい。》  
 以上ですが、恐らく時間が無いのが半分以上の理由。 
 ― 何度か、自分も上記のような気持ちになったことがある。
・しかし、とに角フォローの相手の呟きを、ことあるごとに
 見ていると面白くなっている。
・色いろのツイッターと、そこに貼り付けてあるブログとフォローから
 ネットウェーブをして、相性の良いフォロー先を見つける。
・また#(ハシュタグ)の先の呟きの世界も面白い。面白くなるまで、
 粘るしかない。(絶対に面白いから)
  ー以下は知人へのメールの返事。
 非常に基本的な問いなので、思いのまま書いてみます。
実は、私も同じような壁があり、若い人のように気楽にフォロー先の人に
話しかけられません。それでも、#bentou #obenntou の長野と八丈島の人に
「美味しそうですね」とか、発信すると返事が返ってきます。 もっとも、
この二人と貴方だけですが。以前、学生時代の友人との40年来のやり取りの
文を随想日記に去年8月に書きましたが、その人もツイッターを開始しました。
私の影響かどうかは分かりませんが、ツイッターのフォロアーに仙台の同年代
といえば、彼ではないかと思っています。しかしツイッター上で話していません。
(字数の関係でカット2012年03月29日)
・・・・・・・・・
2915,昔、地方と東京に6種類の金持ちが居たそうな
2009年03月29日(日)
日本には戦後、地方に6種類の金持ちがいたという。
そして、現在彼等の多くが消え去ろうとしている。
・山林家     ー>輸入材、人件費の高騰で資産価値の激減
・酒造業者     ー>清酒離れで、戦後4000から1700に
・商店街の老舗旦那  ー>郊外化で、ほぼ消滅
・地場の建設業者   ー>公共事業が激減、談合の締め付け
・医師         ー> ??
・地場産業のオーナー経営者 ー>中国、東南アジアからの格安な輸入品
 の流入高校の同級生の親の何割かが、この中に入る。そして現在も似た
ようなことを続けている。この数年で、その多くが死ぬか没落を始めた。 
私は商店街の老舗?商店主の??息子。(自覚しているので御勘弁を!) 
誰も彼も、彼らの息子なら、同じ?いや、御立派なのもいる?(自分だけは
マトモと思っているようだ)これに大農家で再開発などで買収された家も
入るが、これだけは安泰? この30年、地方は没落の流れであったが、首都圏と
東海産業ベルトラインは世界に向けての輸出を基盤とし、日本を引っ張ってきた。 
ところがである、そこが壊始めたというから絶望的と言わざるを得ない。
「昔、東京には6種類の金持ちが居たそうな」と言われる日が来つつある。 
・政治ゴロ、・官僚ゴロ、・土地成金ゴロ、・情報ゴロ・?・?
・・・・・・・・
2008年03月29日(土)
ー読書日記ー ディズニーの言葉
一言一言が胸に響く言葉ばかりである。原点を大事にしている創業者の理念が、
ディズニーランドに、そのままあふれている。一匹のネズミ(ミッキーマウス)
がチャップリンが原型と始めて知った。あの大きな靴、上着はチャップリンの姿。
なるほど、それならわかる! 自分の好きなことを人生を通して追求してきた
ディズニーの言葉だから、言葉の中に魂が入っている。 
・なかでも一番大切なのが“自信”、自分を信じるということだ。ひとたび、
 こうと思ったら、盲目的に一片の疑いもなく、それにのめり込んでいくこと。
・幸福とは心の状態を言う。 物事をどう見るかだ。幸福とは満足する
 ことだと思っているが、これは金持ちであることを意味してはいない。
・男は仕事のために家族を犠牲にしてはならない。
・本を適切なタイミングで読む、ということはとても大切である。
・好奇心はいつだって新しい道を教えてくれる。
・ディズニーの成功を支えている最も重要な要素は 遊び心と 好奇心だ。 
 遊び心とは、笑うことを愛する、というアピールをする気持ち。好奇心
 とは、常に人間の心にあって想像力によって刺激されて生まれたものだ。
・夢を実現させる秘訣を知っている人にでも、越せない壁があるなどとは、
 どうにもしんじられない。私が思うに、その秘中の秘は 4つの“C”
 で要約される。好奇心(Curiosity)、自信(Confidence)、
 勇気(Courage)、不変性(Constancy)だ。
・すべての芸術家は何よりも先にまず喜びを与える人である。
 他人を楽しませることが好きな人は、やはり同じように
 自分自身の喜びと満足を得ているのである。


5126,閑話小題 ー 大塚家具の顛末

2015年03月28日(土)

   * 大塚家具の顛末
 父娘の経営権をめぐっての争い、娘側が勝ったが、当然の成り行き。
百貨店的経営モデルか、専門量販大店モデルか、の経営方針の違いによる
仲違いに親子の情実が絡んだようだが、情報化社会は父親の経営モデルを
良しとしない。リア王に、何か重なって見えるのは私だけではないだろう。
専門大店への切替となると、会長・子飼いの社員の大部分がヘドロとして、
処分されるが、これを良しとしない彼らが会長と組んで生残りを図ったとも
考えられる。しかし出資者からみたら、娘サイドを支持するのは当然のこと。
この結果、アメリカのファンドが大儲けをしたというが。それにしても、
会長の老醜、見苦しい! 老兵は黙って去るべし。それは、このブログにも
いえる事。ただ沈黙を守っていれば良いものを、恥かしげもなく、ったく!
   * 旅客機乗の道連れ自殺
 ドイツのエアバス機墜落で、検察当局は、《同機を故意に墜落させた
副操縦士の自宅で押収した書類に「勤務不可能」とする内容が見つかった》
と報じた。数年前に、燃えつき症候群の傾向があったというが・・ 
これで、当分、機長と副機長、トイレに気楽に行けなくなった?
これは道連れ自殺というより、149人を巻きこんだ虐殺? 消息不明の
マレーシア航空でも意図的な事故であることを示す証拠があり、このような
事故はここ1年5カ月で3件となり、死者は416人に上る、という。
これだけは、実際のところ防止は無理。当初、このニュースを聞いた時、
<テロリストによる操縦士の家族を人質にとったテロの強要の可能性がある>
とみたが、乗員にも同じ宗教の人も混じっているため、それは無いか。
・・・・・・
4761,ぼんやり時間をしてますか?
2014年03月28日(金)
            ーひと言でいいのですー吉川直美編 より
   * ぼんやり時間
 これを読んで気づいたことが、3年前からのリタイアで「ぼんやり時間」が
少なかったこと。当時、心配したのが、心の空白からくるウツ症である。
それも初老性ウツを、周辺で何人か見ている。そこで、無為の時間を最小にする
ことを第一にすること。そのために、早朝から、寝るまでミニ・サイクリングと、
スポーツジム通いで運動をすること。そして、ブログ作成、ネット・サーフィン、
TVの連続ドラマと、週一の映画館通いなどを組込んで置くことで、まずは
3年間を乗越えることにし、合間に、寝室、書斎で空白を置くことにした。 
それが私の「ぼんやり時間」。 〜その箇所から〜
《「ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間である。
 単に漠然と貴いと言っている訳ではなく、この間に、本人はどの程度意識
しているか分からないが、必す貯えられているものがある。」〜串田孫一より
  一日の予定が、朝から晩まで有意義な計画で埋め尽くされてはいませんか。
スケジュール帳に有益な予定が 隙間なく詰まっていないと、人生を無駄に
しているようでそわそわしませんか。白紙の部分は無益な時間ではなく、自由
な発想が与えられ、想像力が羽を伸ばすぼんやり時間、たましいの息継ぎ時間。
 箸休めがあってこそ濃厚な時間も引き立つのです。 お気に入りのカフェで
コーヒーを味わう。風に流れる雲をなんとはなしに目で追いかける。公園の
ベンチに座って子どもたちの遊ぶ声に包まれる。仕事の合間にふと手を止めて、
雨の音に耳を澄ます。そんな無為な時に、ゆらりと身を任せてみましょうか。》
▼ この30数年間、何事も「遊び、仕事、学び」と、分けて、重なりの合間
 に余白時間を入れてきた。それが瞑想だったり、独りボ〜と物思いにふける
時間だったり、散歩だったり。ここで気づいたのは、ご隠居の現在、ボ〜と
する時間を、より多く持つこと。ポタリングをしていると、信濃川の土手で、
ぼんやりベンチにいる人を見かける。散歩の休憩か、ぼんやりが目的なのか? 
「ぼんやり」を検索したところ ーぼんやり時間 辰濃和男著ーがあった。
今日にでも図書館で探してみるが、面白そう 欧州では夏場など、避暑地で、
何をするでなく浜辺で無為の時間を過ごすのが最高のレジャー。
生活圏から離れ、綺麗な空気の中で「ぼんやりする時間」が最高の時間と
すると、早朝のポタリングと、午前中の三時間近い書斎でのフリータイムが
私の「ぼんやり時間」? 違う!これな日常の範疇!
・・・・・・
4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
2013年03月28日(木)
           「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ
本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人
に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が
存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」
は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、
これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・  
  =まずアマゾンのー内容紹介ーより=
≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は
何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子
が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、
素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、
逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。
本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、
「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」
「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、
限りなく小さくて大きな物語。≫  ーキーポイントの部分の抜粋ー
【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が
 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・  
たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。
ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、
建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」
「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。
では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに
直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転
する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。
でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は
「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ
(10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して
おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。
もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを
すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる
宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると
「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので
「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる
「天文学的な数字」のスケールなのです。】
▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と
 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある
可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。
他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー
を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、
正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。
それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に
刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく
・・・・・・
4020, 事業生活39年の、独り語り ー6
2012年03月28日(水)
 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。
そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、
 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの
問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく
時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして
商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も
あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的
にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗
展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 
そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、
慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。
≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、
自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地
(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という
人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような
日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの
激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間
プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち)
仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する
のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に
近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が
あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち
向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が
自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”
を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ
をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件
が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう)
震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに
従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。
フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、
マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 
 創業は辛い!  1973.11.07〜   ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の
 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地
に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー
を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
3290, 地震 ーつれづれに  ー13
2011年03月28日(日)
  * メルトダウンが始った?
2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。
メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる可能性があるのか?
急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、
どうなるのだろう? 大使館が大阪や京都に移動したり、外国人が大挙して
帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は
日本人の茹で蛙だけか! 
  * 関東大震災
 今だ現在進行中の世界的にみても最大規模の大震災の真只中に日本はいる。
この津波により破壊された原発事故も、現在も予断を許さない事態。最悪の
シナリオとして日本壊滅の事態もありえるのか。現在は「東北、北関東の壊滅」
レベルだが、これが「東北・関東壊滅」だけでなく「日本壊滅」もありえる。
実際のところ水の汚染が進んだら本州壊滅が現実的になる。千年に一度の国家
的危機の大震災に発展するのか。  ところで百年来の大震災といえば、まず
思い浮かぶのが関東大震災である。
  ー そこで、ネットで関東大震災を調べてみたー
【 関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日(土曜日)午前11時58分、
 神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9、
海溝型の大地震(関東地震)による災害。死者・行方不明者14万2800人 
地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。
それが大惨事につながった。】
死体が山のようにつみ上げられいる画像をみたことがある。この時
「朝鮮人が日本人を襲撃している」という風評が飛び交い、数千人の朝鮮人が
殺害された。東北関東大震災からみるとマグニチュードは遥かに小さいが、火災
が人的被害を大きくした。この東北関東大地震は人口密度の低い東北という
こともあり死者は関東大震災に比べれば少ない。しかし大津波と原発事故で
本州壊滅の危機に立たされてしまった。 まったく恐ろしい限りである。   
 ・・・・・・・
3289, 「離婚確率」が30% !
2010年03月28日(日)
「離婚確率」が30%になったと新聞で報じていた。40年前の4・5倍。
  まずは、ー先日の新聞記事によるとー
≪ 結婚した人が離婚する確率が約3割に上ることが25日、厚生労働省の統計
 で分かった。最低だった40年前と比べ約4・5倍に増えている。離婚件数は
平成14年をピークに6年連続で減少傾向にあるが、離婚する確率は上昇し続け
ている。・・平成17年に結婚した人と離婚した人の割合は1対0・3だった。
この割合が今後も変わらないと仮定すると、結婚した人の約30%が離婚する
ことになる。同様の計算を過去にさかのぼると、昭和40年に離婚した人の割合
は約7%で、以降、上昇が続いている。≫とある。
 7〜8年前に、25パーから30パーセントになったと聞いた気がするが・・
離婚経験者が何気なくいう本音に、心の傷を感じるとることがある。「自分には、
勿体ないほどの人だった」と、同時期に二人から聞いたことがある。 新たに
若い連れ添いができ、幸せそうな人の何気ない言葉に心の闇が覗く。
家庭内離婚も含めると、半数以上は破綻しているというが・・ 我慢・我慢、
そして我慢か、それとも三割?女性の方も、その傷は浅くはない。女性の場合は
世間知らずで、亭主がバカに見えて、愛想を尽かすのだろうが、それでは己は
というと、自分がまるで見えてない。母子家庭の半数以上が、年収200万
以下の貧困層という現実が待っている。亭主をバカにするのが世間一般のよう
だが、生理的に相性が悪いのは致し方ない。「結婚生活は煩しいが、さりとて、
独りでは殺伐すぎる」というところだが、相性の悪いのは如何にもならない。
5年ほど前にTVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映、
ここでも取り上げた。一方的に出て行った嫁さんが理想的な転進をした内容だが、
あれは罪作りである。殆どが究極の苦しみを味あう。昼間笑って布団で泣いて?
いや、反対もあるか? 他の相手を見つけておいたり、準備金をつくったり、
憎しみは何をしでかすか分からない。 それが夫婦というものか? 
オカメと般若は紙一重?
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2914,新潟駅再開発事業が4年目に入る
2009年03月28日(土)
 来週になると新年度だが、「新潟駅再開発事業」が4年目に入る。
H18年度~H27年度の10年計画が駅と線路の高架と、駅裏広場と、前期の道路
整備、H28年度~H37年度の10年間は駅前広場と、の後期の道路整備になる。
(字数の関係でカット2012年03月28日)
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2550, 閑話小題  
2008年03月28日(金)
  * 盃の中に蛇がいる!
 何気なく図書館の本を捲っていたら、この言葉が合った。
「英国詩人のホープという人の言葉」だが、私など何度か、その蛇に噛み付かれ
たものである。酒を飲んでいると思っていたら、その盃の中の蛇に飲みこまれて
いた経験が、あまりに多い。大蛇だけではなく、内臓まで食い散らしてる。
「本当の敵は沈黙している」と、フランスの詩人のバレリーの言葉にあるが、
黙っている敵こそ、恐ろしい。汝の名は酒!ということか?
  * 偏見のかたまり
「故郷より一歩も出たことの無い人は偏見のかたまりである」
 (ゴルドニー・18世紀の喜劇作家)これは地域の問題だけでなく、
自分の職業、固定観念、学問から一歩も出てない人に対していえる問題である。
地方にいると、それをつくづく感じることがある。人間は誰しも偏見の塊と己
を割り切った方がよい。だから、常に外の世界に触れる必要があるということ。
それと、あらゆる分野の本を読み続けていないと、偏見の穴の中に入り込む。
  * 世逃げのすすめ(ひろさちや著)
(字数の関係でカット2012年03月28日)
・・・・・
2007年03月28日(水)
2185, 政令指定都市とは?       おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ
新潟市が4月1日より浜松市と政令指定都市に指定される。
といって、それについて殆ど知られてないのが実情。そこで、
政令指定都市について調べてみた。(字数の関係でカット2014年03月28日)


5125,洞窟の壁画 

2015年03月27日(金)

   * フランス、ラスコー洞窟の洞窟画
 8年前に購入した写真集、『世界のスピリチュアル・スポット』を
見ていたところ、「ラスコーの洞窟画」があった。以下は、そこに
書かれている説明文である。そこで、ネット検索をしたが、その規模の
大きさと、絵画の躍動感に改めて驚いた。面白半分の落書程度と思って
いたが、現代の画家も驚くほど、高度の技術を持った本格的な壁画・・・
 ≪1940年、フランスのドルドーニュ県で、ヴェゼル渓谷の土手を探索して
いた4人の少年が迷子の犬を探していたときに木の下に穴があるのを見つけた。
そしてそれがきっかけとなり、地元の住人すら存在を知らなかった洞窟が発見
された。洞窟の中には約17.000年前、数世代にわたって創作された、馬、野牛、
鹿などの彩画、線刻画が保存されていた。はるか昔に衰退してしまった文明で、
ある特定の物事がなぜ行われたかを正確に知るのは困難である。
 だが、この洞窟が気軽な落書きの場でなかったことは明らかだった。
科学者で探検者でもあり、「先史学の父」と呼ばれたブルイユ神父は、道具や
ランプは散乱しているものの、人間が住んだ形跡がないことを指摘した。
この洞窟は何か特別な目的、おそらくは神聖な目的に限って使用された場所に
違いなかった。惰報が十分でないがゆえに、こうした場所がどういうかたちで
神聖だったのかについては、さまざまに議論を呼ぶものである。文書のかたち
でも口承ででも歴史が残されていないため、それぞれの主張を裏づけるものが
ないからだ。これらの壁画は狩猟の成果を表現したものと主張する説があれば、
猟の成功を祈願する共感呪術か、大地の「子宮」の内部で豊穣を願うシャー・
マンの儀式だったという主張もある。芸術的な内容から見るなら、壁画を描いた
人々の技術はそうした文脈を表現する上で大いに貢献した。彼らは洞窟内部の
凹凸を最大限に利用して多くの動物に立体感を与えることに成功し、なかには
高い天井を駆ける動物すらいた。画家たちの観察は正確である。彼らは対象を
熱知し、動きやカ、速さを表現することに多大な努力を払った。壁画は、
それを描いた人々にとって、単に目を楽しませるもの以上の重大な意味が
あった。これは、日常とは異なったレベルの意識領域に属す絵なのである。≫
▼「地下に長く伸びる洞窟は枝分かれし、壁画が集中している大空間などが幾つ
 かあって、洞窟の側面と天井面には、数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿 ・人間
・幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印してあった」という。
それも、数世紀にわたり描かれたというから、呪術のひとつだったのだろう。
最古の洞窟壁画は、20年前に発見されたショーヴェ洞窟絵で3万2千年前のもの。
古代人の魂そのもの。世界は広く深いわりには、現代人は、あまりに底が浅い! 
・・・・・・
4760,そんなに長生きしたいですか ー8
2014年03月27日(木)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 死に時を忘れた日本人が多過ぎる!
ここでは「ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢がある」
ことを提案している。
寝たきり時間が、男性6・1歳、女性7・6歳もある。問題は、不自然な形で、
生かしておくこと。それなら、ある年齢になったら病院に行かないこと。 
                   ーその辺からー
《 病院へ行かないことの利点として、
 ・第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
 ・第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
 ・第三に、よけいな病気を見つけられる心配がないこと。
 ・第四に、時間が無駄にならない。第五に、お金が無駄にならない。
 ・そして最後に、精神的な負担が減るということを挙げられる。
誰もが死ぬことと、苦痛に対して恐怖を覚え、自然の寿命を受け入れられない。
多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い、
そちらの方が死よりも苦しい余生になる。》
 ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』引用の
「タオス・ペブロの古老の言葉」(ネイティブ・アメリカンの詩)がよい!
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
 わたしの畑は、もう耕されることはない。
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
▼「自然体で、死時がきたら、受け入れなさい。介護9〜14年、寝たきり
 6〜7年半で長生きするより、病気を受け入れ、放って、早そう死んだ方が
良い!」というのも道理で、老人ホーム医の言葉だから重く響いてくる。
「ある年齢」とは、各自違うのだろうが、還暦から古希の間だろう。私は医者
に一切行かなくなったのが4年前の64歳。私の死に時を75歳にしているが、
どうだろう? 今の酒量では無理? もう充分生きた気がする。
 最近、ー私は、生きていることが好きなんだ!ーの言葉が、心に焼き付いた。 
今の私の心境である。生きてきて、実感で、良いこと二つに嫌なこと一つ
だったが、歳をとるにつれ、その比率が近づいて現在は半々。
これからは逆転し、最後は嫌なことが多くなるのだろう。 
それでも「生きることが好き!」と、思いたいもの。
・・・・・・
4393,閑話小題 −つれづれに
2013年03月27日(水)
 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど
散歩する姿はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さ
を凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。
毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったこと
になるが、自転車はボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電
で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、
持つかどうか。あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走った
ことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの
脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根
をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。
これで春の訪れを知るとは・・・
 * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。アフリカ大陸に
グーグルアースの地球儀を回転すると、画面の下に各地のツアーガイドの写真が
10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。
YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすく
なった。 また以前より写真とHPなどの貼り付けが多くなっていた。スマート
フォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。
改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。
マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾンなどが世界に与えた変化は、
あまりにも大きい。
 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。
こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。ところが一昨日、
一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断され
コルセットを付けて帰ってきた。私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。
しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。
時間が解決するのを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは
酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は重い腰痛はない。
スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、
季節の変わり目は鈍痛になる。50,60歳代の4割は腰痛に悩まされる
というが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 
・・・・・・・
4019, シングルイン、31年間の総括 ー2
2012年03月27日(火)
 ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めて
しまうと、30年は維持しなければならない。その間に経営環境は激しく変化
するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。立ち上げは
華々しく面白いが、その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、
やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、「ビルは
長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。
具体的には、骨組みを太くして、可能な限り柱を入れないこと。構造上、
難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の
「ビルは、神からのさずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」
が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。
千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化
するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。だから、
売りに出すと即売になって当然である。買い手の全部が、ホテルか建設関係者。 
それが分かるのだろう。この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚は
一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。また初期投資二億全てを
失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、
平然としていられるのは、その覚悟の上で始めたため。妻子を会社に入れ、
連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。それと職住を分けること。
また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さない
ため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、その家族にも多大な
迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を
言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。この人たちは明日から失業者。 
その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。取引先に支払う分、最後まで
残って残務整理をしてくれた社員に回すべきだったのか?これで良かったのか? 
自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、計画
倒産疑惑の流布がある。銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 
私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。  
・・・・・・
3653, あと一月で10年
2011年03月27日(日)
 何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 
で、この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。で、何だったのか? 
常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。
ここで何年に一度、書き続けている効用を取り上げてきた。論理思考が
培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、同月同日に
書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くてはならない
存在になっている。常に変わったことや、面白いことに出合うと、その場で
自然に起承転結の文章化をしてしまう癖がついてしまった。
「記者の目で論理を組み立てる習慣」という、現象に隠された本質を、
あらゆる角度からみる視線である。 ところで10年一区切りで実はホッと
したところもある。この随想日記を休むことも考えている。一度休むと、
再び書くことが面倒になるが・・ 「一日も休まない」というのは
実は大きなプレッシャーだが、反面それが張りになっていた。 
何も書かないとなると、頭が変になってしまうかもしれない。
書くということは、自分の心の開放でもあり自由を獲得している部分がある。 
それにしても、10年も続いたものと自分自身が驚いている。
「偉そうなことを書いているが、その様は何だ」が、読み手の心理。 
それを分かっていても、偉そうなことを書くことで、自分を開放をする
面白さもある。 65歳、そろそろ自分の痕跡の消しに入る時期に入った。 
このまま書き続けるか、それとも形態を変えるか? 書くことの秘儀は
少しは?分かった。書き出すことで、その背後にある膨大の世界を僅か
ながらでも知覚できたことが何よりも変えがたい収穫であった。 
節目の時であることは間違いない。 
・・・・・・・・
3288, 人みな骨になるならば ー6
2010年03月27日(土)
  * 意味の意味
 ーまずは、意味深長?の部分を抜粋してみるー
 いろいろと思索した挙げ句、いにしえの賢人たちは「人生に意味があるか
どうかという問題に対しては客観的な解答があるのではなく、各人が自らの
人生に意味を付与するかどうかにかかっている」といった暫定的結論に達した
もようである。これは、ずいぶん心もとない結論である。こちらの理解の仕方に
よっては、「みなそれぞれ勝手に意味を見出しなさい」といっているだけ。 
だれも、われわれ一人一人の人生に意味・意義・価値などを保証してくれては
いない。われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。
それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わんばかり
である。 そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。自分の人生には
意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味だとする
謙虚な人物との、いずれが正しいかを判断する根拠などない。思いたい
放題であり、思った者勝ちのようなところがある。なぜこのような次第になる
のだろうか。おそらく「意味」とか「意義」とかの言葉の起源に問題がある
ように思われる。 それらは「目的」などと同様に、古代人の日常生活の中から
生まれてきた概念である (全ての言葉がそうなのだが)。大昔、まだ人類が
人生やら宇宙やらをそれほど真剣に考えておらず、毎日の生存や空腹のことで
頭がいっぱいであった頃、なんらかの対象や行為が役に立つものかどうかが
最大の関心事であった。そして、自分や身内にとって大切なことが、すなわち
「意味」をもち「意義」のあるものであった。「目的」もまた本来は、欲求の
向かうゴールであり、その達成のために努力という投資と、さまざまな「手段」
を講じなければ到達点にすぎなかった。・・たぶん人生や宇宙には「意味」も
「目的」もないはずである。それらもまた木登りや航海と同様、一つのプロセス
には違いないから、「結果」はあるであろう。あらゆるプロセスは、特定の時点
をとれば「結果」を伴うからである。その結果を意味や目的と読み替えることは
できるだろうが、それなら宇宙や人生の意味と目的は消滅すること、ないし永遠
に溶け込んでいくこと、あるいは繰り返されることに他ならない。 
単なる繰り返し(永劫回帰)には意味がないであろう。存在するものはいずれ
消滅するのだから、存在の最終的な結果は消滅ということになる。しかし、
こんな結末は意味や目的と言えるだろうか。もしそうなら、われわれの誕生の
目的はわれわれの死亡ということになる。それゆえ結果があるからといって
「意味」や「目的」があるとは言えない。「意味」や「目的」というのは
単なる結果ではなく、目指すべきものであり、さらに、あくまでも
「自分(われわれ)にとって」という但し書きがついていなければならない。
宇宙や人生に、自分(われわれ)にとっての意味や目的があるとしても、
それは人間だけの話である。
▼ 人生の意味など、後づけの自己正当化でしかないのは自明のこと。 
 独りブツブツ呟くように支離滅裂のことを書いている? この随想日記
のようなもの? 「意味とは、価値に非常に近い言葉」と信じていた。だから、
意味・意味と生半可に語る人に、「それを価値・価値と置き換えれば、
自分エゴの意味づけに気づくのに!」と、何時も内語で呟いていた。
 意味など自分の都合のよい筋書きの為のエゴというと、少し歪んでくる?
エゴは決して悪くはない、但し他人の犠牲を・・
 ・・・・・・・・
2913,ホテル&旅館 大淘汰
2009年03月27日(金)
新聞広告に、週刊ダイヤモンドの特集記事が載っていた。 
「ホテル&旅館 大淘汰」である。さっそく書店で買って読んだが、
大体予測したとおり直撃の惨状。 内容は東京圏内の外資系高級ホテルと、
日本の御三家、リゾートホテル・旅館の不振を取り上げたもの。ホテルマン
45年歴の日本ホテル協会会長が「初体験」というほどの急激な売り上げダウン
に見舞われて激しい値引き競争で収益が激減しているというもの。
ー概要を大きくマトメルと
・外資系ホテルが壊滅状態で、安売りのジレンマに陥っていて、
 開発ラッシュが一転して 全国で開発の中止、延期が続出
・日本の「御三家」ーオオクラ、帝国、ニューオータニーが沈没  
 特にオオクラは内部崩壊に瀕している
・能登のホテル百万石も破綻、身売りが多発していて、変化に対応
 できない事態沖縄も観光ブームに沸いていたが一転、閑古鳥が鳴いている
  以上が、この特集の骨子になる。
▼ 全てにわたり、11月以降は二桁のマイナスが続いている。
 ホテルは在庫の蓄積は効かないので日ごと売って何ぼの商売、この世界恐慌?
は、新規に出店した外資系のホテルにとって、根底から揺らぐのも肯ける。
ハッキリいえば、何処も「稼働率激減、市場は壊滅状態」というのが、
ビジネス、都市型ホテル、リゾートホテル、大型旅館など全ての業態でいえる
緊急事態。最近開業したホテルの多くは、実需ベースというより、
「再開発の最大化」のための誘致の傾向が強かった。それに行き場のない
外資の資金が後押しをしたことも重なってバブル現象。大阪、名古屋のホテル
も総崩れで20パーセントのダウン、大阪や中国、韓国などのアジア圏の売上げ激
減。名古屋は自動車業界の惨状が直撃、悲惨な事態である。地元の新潟でも、
外資系のビジネスホテルが数軒オープンしたが、バブルの様相の感がしていた。
その上に11月下旬より、極端な稼働率の下落が顕著になっており、深刻という面
では同じ。特に4月からの年度変わりからの予約の状況が非常に悪いのが気がかり。
「1〜2年なら何とか凌げるが、後は誰も分からない」というのが大部分の実感
だろう。3年先に、まず一棟が新潟駅再開発の道路拡張の買収予定に入っている
目安があるのが救い。しかし大津波が覆いかぶさってきている事実は厳然ある。 
<一日、一生>の思いで生きるに丁度よいか?


5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない

2015年03月26日(木)

  * つれづれに 〜ボンヤリしながら
「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に
増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、
数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、
減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、
アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・
 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間
かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ
ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識
をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か!
 ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ
のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。
目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、
この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間
(ま)でするが・・  
  * オープン戦の原・巨人が変? 
 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。
セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の
監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の
消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り
がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム
を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、
味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、
その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう!
原に実績があるため? 
・・・・・・
4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
2014年03月26日(水)
              ーひと言でいいのですー吉川直美編
  * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート
 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外
に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る
に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を
何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験
する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 
 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から
生じてくる  ーその辺りから!ー
《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の
 あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し
合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】
ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした
人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 
ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも
愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに
心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に
命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、
寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り
戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の
痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》
▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、
 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、
そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。
それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の
先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった
現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、
そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま
生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀
に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で
洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 
自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも
人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は!  
・・・・・・
4392, 暴走老人!  −2
2013年03月26日(火)                
  * 待つことをめぐる考察 ー時間編  「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
 イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば
「待つこと」で大半は占められている。列車を待つ、車内で目的地に着くのを
待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど待たされることばかり。
最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち
合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチでネットサーフィンやゲームを
していればば、別に喫茶店でなくてもよい。それは待つ喜びも失われたこと。
 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。
現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、
相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが
求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり
つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員
カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ
がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した
発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が
きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、
今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて
ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために
生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの
フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで
割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の
書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。
8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を
こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、
マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に
とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、
パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を
始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の
前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと
私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。
生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ
ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。
「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
    準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、
   閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 
 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。
 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、
   勘定足って銭足らずの典型。
 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな
   右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが
   三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック
   以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 
   東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は
   9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 
   東北大震災は最後のとどめ。
 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、
   ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%
   の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、
   退職金払い済み。
 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 
   それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる
   と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた
   ビルは、売り出すと同時に即売。設計の中に売却前提で計画してあるため。
▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。三つの経済・自然災害
 が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、借金をしてする事業ではない。
そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネス
のあり方が変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになった。 
結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。
・・・・・・
3652, 地震 ーつれづれに ー12
2011年03月26日(土)
  * 外国人が大挙して帰国、 そして身近に避難民が! 
 日ごと、原発の放射能の起こるべきマイナーの影響が一つずつ、
現れ出てきている。御用放送局のNHKのニュースと、広告料金で成り立って
いる民法の流す情報など信じるに足りない、と仮説を立てると、現在流されて
いる事態の本質は知ることが出来ないのは当然のことと思い知る。東北は壊滅
状態とは間違っても記事に出来ない。毎日、枝野官房長官の発するコメントは
建前の上っ面の情報でしかない。外国人が我先に逃げ出していることを考えると、
地球史上最大規模の危機とみるべきである。 政府は事実の情報を風評とて
否定することしか、パニックを抑えるしかない。現状の進展を一般には小出し
にするしかないのである。放射能の摂取量が10倍、100倍から何時の間
にか数千倍になっている。しかし、外国は容赦なく事実を報じるから、
そのギャップがみえてくる。 ところで、家内が昨日、自転車で郵便局に
向かっていたところ、中年の女性に福島弁で「郵便局は何処ですか」と聞かれ、
「自分も行くところだから、ご一緒しましょう」と、自転車を降りて話しを
聞きながら案内したという。その内容とは、「自宅が30キロ以内にあり、
家族で車で避難してきた。しかし、自分は透析を受けているので、中央病院に
近い比較的良い公立のデーサービスの施設に一人でいる。原発は政府は安全
というので、信じていたのに、こんなになってしまった」と。
その施設に三年ほど亡くなった母親を週二回、世話になったことがあった。
大きな娯楽室があるが、そこのステージの上で暮らしているとか。30キロ
以内なら、もう元の生活に戻れるかどうかである。その人の顔色が悪く正視
できなかったという。駅には、大きなリュックを持った親子連れの姿が多く
みられる。本当に、これが現実なのか信じられない日々である。この事態で、
経済活動は大幅に減ることになる。それだけでない、今年の就職の内定の
取り消しと首切り、そして倒産が大幅に増加することになる。身が凍る思い
である。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。
・・・・・・・
3287, 人みな骨になるならば ー5
2010年03月26日(金)
 * ザインとゾルレン   
ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。 
・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞
として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」という意味になる。
それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、
といったニュアンスの言葉。「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」
と訳したほうがよいことも多い。
・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」
「そうあらねばならない」といった意味で、抽象名詞としては「当為」と
訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。
「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のこと。
たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしては
すぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、ザインとしてはここでこうして破帽
のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。
このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、
ザインというのは単に現状というだけでなくゾルレンと対比される
「ていたらく性」を帯びる。本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザイン
なのよ、といったところ。前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴。 
そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは必ずしも歓迎すべき
ことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。だれしも一皮
剥けば骸骨が現れることは簡単に証明できる。ただ最近は手術場を除いて、
生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。
ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨
にすぎないというのは直視するにしのびがたい。いくらなんでも骸骨はあんまり。
人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。しかし、それは
あくまでもゾルレンなのであって、あいにくとザインとしてはやはり愛想のない
ことにおぞましくも骸骨しか存在していない。ここで悟るべきである。
ゾルレンというのは願望や想像、あるいは強制にしかすぎず、実証も提示も
できないものであることを。ゾルレンは信じることが出来ない対象であることを。 
これに対してザインは見ることも、触ることもできるものである。
▼ ザインが唯骨論の骨の存在で、ゾルレンは神の似相である、というのは
 言いえて妙である。ゾルレンは願望や想像、あるいは強制に過ぎないと言う
のも刺激的である。こうあるべき、というのも幻像の最たるもの。等々、著者
の虚無の論も肯けるというより、優しく聞こえてくる。 それも経験と年齢を
重ねたためである。 閑吟抄の、チロリ チロリ チンチロリの「何しょうぞ 
くすんで 一期は夢よ ただ狂え」の虚無とは類似をしている。 成すべき、
などの建前より、今生の世は夢 と割り切り、狂ったように生きることこそ、
虚無を突きぬけた言葉である。何をしても、成るようにしかならないのだから、
目の前を精一杯、何かに打ち込むしかないということ。それも、捨て身で。 
それが狂うということ。 この二つを冷徹な目で、己に対してみつめることだ。
それが骨になったものの視線である。
 ・・・・・・・・・
2912,金を使うなら頭を使え!
2009年03月26日(木)
 榊原英資vs岩井克人の対談 「金を使うなら頭を使え!」
                  ー新潮45ー09年2月号
 ここで学者と元大蔵官僚の二人は、この金融危機の深刻さをアッサリと
論じている。 既にアメリカの金融全体に8兆ドルを投入していたのである。
それだけ深刻ということになる。AIGだけをとっても潰すことができない。
潰せば残っているゴールドマンサックスなども倒産してしまうからである。
といって対処主義では、ここだけで数百兆円も投入せざるを得なくなる。
ということは、結果は知れたこと。 新ドルの切り替えか、国家デフォルト
しかないことになる。 ーまずは要点を抜粋してみるー
榊原は、
・「アメリカ政府とFRBが金融セクターに入れてある資金が8兆ドル(800兆)
 で、アメリカの金融システム全体が公的な管理に入っていると述べている。
・アメリカの消費が落ちなかったのは消費者金融のおかげだったが、
 それが壊滅した現在、国民は消費行動を変えざるを得なくなったという。
・金融危機ー>金融収縮ー>資金繰り難、倒産ー>マイナス成長ー>
 不良債権の増加ー>金融危機の拡大というスパイラルに入ってしまう
 可能性が大としている。 (字数の関係でカット2011年03月25日)  
・・・・・・・・・
2548, 一神教vs多神教 ー2
2008年03月26日(水)     (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪


5123,「魂」の思想史 ー③

2015年03月25日(水)

     〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
   * ソクラテスを魅惑する魂
 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。
魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜
≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ
 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。
声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも
分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま
現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテスは
強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。
 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった
と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、
あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない
既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識
の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。
彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて
いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな
魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。
そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。
無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。
しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。
彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、
まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫
▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、
 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視
するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る
ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』
とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する
神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような
認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする
時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。
現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと
されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、
神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、
心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した
こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、
弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、
こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・
 ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム
・・・・・・
4758,閑話小題 ー冒険家の憂鬱
2014年03月25日(火)
 ーベスト・エッセイ2012ー探検家の憂鬱 角幡唯介
  * 35歳の冒険家の憂鬱 
 ある随想集で見つけた少し哀しい話題。友人に晩婚の人が何人かいたが、
35歳ぎりぎりで結婚をした。モテ過ぎの人は、女性が逆に敬遠するようだ。
以前、女性の適齢期をクリスマスケーキに例えた時期があった。
22、23をピークに、24、25と日毎に価値が下がっていく。現在は違うが、女性の
職場には、23歳停年制の暗黙の戒律があった。若くて綺麗な娘が毎年、入社して
人気が日毎、凋落するのに耐えられない。そこで、早めに本命を掴んでおいて、
あとは少しでも良いのを探す! が、最後は、この程度と諦めて結婚していく。
著者は、35歳男の婚活についての本音だから、納得させられる!ーまずは、抜粋ー
《 婚活女からみた人間の価値判断の基準は意外と単純なところにあり、男で
 いうと34歳と35歳の間に引かれるラインが、それにあたるのではないか。
つまり女性陣の多くは私の年齢を聞いた瞬間、頭の中で四捨五入して、35歳は
40歳側の人間ーおっさんーという仮借なきカテゴライズをしているような気が
するのだ。さらに悪いことに私は探検家という日本で数人しかいない珍しい
肩書を名乗っている。名刺的には「ノンフィクション作家・探検家」としている
のだが、ノンフィクション作家などという普通の肩書は探検家を前にすると、
アマゾン州にそそぐタパジョス川みたいなもので、ほぼ存在しないに等しい。
そのことを証明するように、私はこれまで何度も、どんな文章を書いているん
ですかと質問されたことがない。聞かれるのは、どんなところに行ってるんです
か、そこで何をするんですか、何のためにそんなことするんですか、マゾか
サドかといえばマゾですか、といった質問ばかりなのだ。 ・・ 酒も入って
気持ちよくなってくると、ついついキャバクラにいるような気分になってきて、
あることないことをペラペラしゃべってしまう。やれ雪崩に三回埋まって死に
そうな目に遭ったとか、チベットで滑落して九死に一生を得たとかの話を
お酒の力を借りて講談調で話すのだ。面白いことに、そういう話をすると女性
の目は必ず変わる。もはや場の主役に躍り出たような気分になっている私は、
その目の色の変化を肯定的に捉え、今、女たちは俺のことを男の中の男だと
思っている、などと有頂天になるが、実際のところ女性陣の目の色が変わった
のは、私を男の中の男だと思い始めたからではなく、対象外と思い始めたから
であることにはその場では決して気がつかない。翌日に次回の約束を取り付け
ようと、お気に入りの女性に意気揚々とメールを出し、数日待っても返事が
来なかった時に初めて気がつく。コンパに来る女性は通常、交際相手を求めて
いるから、四十歳の側に属した探検家を名乗る、安定的な生活基盤がない
どころか生存基盤すら危うい男をつきあう対象と見なすわけがないのだ。
もし年齢と職業がネックになっているという推測が正しいのであれば、長年
憧れてきた世間的な幸せを私が享受する可能性は、いよいよしぼんでいく。》
▼ 私自身の経験では、それが27歳。21歳から26歳までは、終戦直後の生まれ
 のため、同年代の数が極端に少ない上に、数歳下の数が異常に多いため、
在庫からして非常に有利の状況。その割に?だったが、それでも早いうちから
声がかかっていた? しかし、姉4人の最低ラインがあるため、クリアーする
相手は、なかなか見当たらない。要は、さほど持てなかっただけだが、
27歳になると同時に、塩を引くように、声がかからなくなった。ここが潮時と、
思った矢先、紹介されたのが家内である。家内も同じような動機だった? 
だから、著者の悩みが分かるのである。先行きどうなるか分からない事業を
創業をするといっても、何の手掛かりもない。誰も、結婚相手として認めない
当時の私の状況に似ている? 結婚の時節は、それぞれあり、それを逃すと・・  
生涯独身が男3人に1人、女4人に1人の時代が来つつある厳しい時代である。
特に女性は、相手の選択で大きく人生が変わってくるから・・
・・・・・・
4391、大衆は何も考えない
2013年03月25日(月)
    * 劇場版「相棒の映画感想
 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、
物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 
 ーまずは、専用サイトの内容よりー
【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。
 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事
・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行
本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた
疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う
伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて
いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】  
 ー私の主観で要約するとー
≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が
 ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを
知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察
トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と
マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 
キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや
銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の
打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。
 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。
 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。
 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。
  現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、
アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。
貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。
映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで
Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから
立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と
(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、
「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が
あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。
・・・・・・
4017, 事業生活39年の、独り語り ー5
2012年03月25日(日)
 最初に事業として手がけたのは、ジャスコを辞めて、一年間の遊学時に
見つけておいた千葉市郊外の千城台の更地。父は自分の死期を悟り、ビル建設
の助言を通した父の経験則の直伝の日々になっていた。準備に入って10ヶ月後
に父は亡くなった。千城台ビルの完成前5ヶ月前である。「千葉シリーズ」は、
ビル建設の一年半と、 実務の二年間の合計三年六ヶ月取り組んだことになる。 
この三年半も熾烈の日々。(20歳〜40歳までは、常に似たようだったが。)
そのビル内で、居酒屋の養老の滝1122号店と、焼きたてのセンチュリー・
ベーカリーをオープンさせた。恐いもの知らずで、捨て身でよくやった!もの。
ただ無我夢中であった。 その時、実家でトラブル発生。急遽、店舗二店とも
知人の伝手で経営委託をして長岡にUターン。危ない綱渡りである。
人間にはイザというと、自分で決め込んだ能力を遥かに超えた力が湧き出てくる
ことを、この経験から知った。ビル投資5千万に対し一億で売り抜けたが、新潟
のホテル開設資金の資本金になった。千葉の千城台はジャスコ勤務の後に産能大
に通っていた時に確保したもの。 新聞で県の住宅供給公社が造成した団地の
商業地区の売却を目にしたのが始まり。ところで父は、実家の事業に携っている
婿取りの姉夫婦と、実兄と、私の関係を心配をしていた。 そのため亡くなる
数年前に突然、家に呼び出され、会社の株式と、主だった会社名義の土地を、
私と、母と、兄と、姉に、4等分の相続を宣言し、名義を変えてしまった。
これがトラブルのタネ。その時、姉夫婦は呆然自失。父は地方名士志向の姉夫婦
を見限っていた。ところが父の死後、生前贈与以外の父名義の財産を姉夫婦が
都合良く分配していた。その上、間接的に「母親と、兄と、私の会社株式を
自分たちに譲れ!」と迫ってきた。 それ以前に、「父の死後の社長は母親」
という父の遺言書を無視をして、母を説得、義兄が社長になっていた。 
私は「乗取り陰謀」と激しく、それを認めた母親をなじっていた。それもあり、
私が千城台ビルで、二軒目の焼きたてパン屋を開店した直後に、「主だった
従業員を引き連れて出る。それとも・・」と迫ってきた。御家騒動の勃発。 
起こるべきして起こった騒動だが、母と実兄は、二人の豹変に動転し、怒り
心頭だが、私には、想定とおり。 大学を出てからの熾烈な日々が、
「この程度の問題処理など朝飯前!」ぐらいにしか思えなくなっていた。
千葉の知人に相談したら丁度良い人を知っていた。 急遽、その人と経営委託
をして実家に戻ることになった。これも丁度良い、節目。しかし朝飯前と思って
いたが、ここも過酷な日々が待っていた。地方名士を自認していた姉夫婦の
後釜に、馬鹿息子がクーデターを起こして帰ってきたという街の冷たい視線と
流布の中で、私にとっては第二の創業。姉夫婦にとって、手際よくUターン
するとは思ってもいなかったようだ。それより我慢を重ねてきた母の激怒が、
全て。 私もイザという時の見極め(正中心一点無)は、持っていた。
・・・・・・・
3651, 地震 ―つれづれに  ー11
2011年03月25日(金)
 * 凍りついてしまった経済
  この地震で、日本経済は凍りついてしまった。 
・リゾートホテルは歓送迎会がほぼキャンセル。駅前ホテルもビジネス客は皆無。 
・生鮮野菜も恐ろしくて、他産地物でも敬遠。水はペットボトルしか安心できない。
・知人の子供が住宅の契約直前になって、業者の方から契約を断ってきたという。
 資材が入手出来るかどうか混沌として、期限までに住宅の完成が確約できない。
 その場合、遅延金を払わなくてはならないので、当面契約は出来ないのが事由。 
・飲食店も期末期首の稼ぎ時に、歓送迎会の予約がほぼストップ。
・甥っ子が宇都宮でチェーンのファッション店に勤めているが、全く商品が売れ
 なくなり頭を抱えているとか。  これでは、経済恐慌になってしまう。
空中の放射能が雨と一緒に浄水場に注ぎ込み、水道水が汚染されたということは、
ただならぬこと。この福島第一原発の河口付近の海から安全基準の127倍の
放射性物質が発見されたと、読売が一面トップで報じていた。
それから連想されるのが魚の汚染。近海ものの魚も危ないとしたら、何を口に
したらよいのか?恐ろしい限りである。そろそろ農家は田植の準備に入る時期に
入ったが、収穫の秋口に、米が売れるかどうか心配だろう。 
売れるのは、外米と古古米だけという奇妙な現象になることすらある。
一日一日が放射能漏れの深刻さを露呈するニュースであれば、
景気は悪くなる一方のは当然だろう。
  * 奇妙な数字の一致
 9.11は9時46分、神戸は早朝の5時46分、そして、
この3.11は14時46分。偶然だろうが、46分が一緒!
 いま一つが  2001年 09.11
       + 2011年 03.11
       =  012年 12.22 は マヤの歴の終わりの日。   
 偶然の一致だが面白い!
 ・・・・・・・・
3286, デフレの実感
 2010年03月25日(木)
  2月末より本格的デフレ・インスパイラルに入ったようだ。
 内容を面白くするため少しオーバーな表現かどうかは??。
・先日、3月でエコポイントのタイム・リミットということで、買って7年半
 経つ50インチのTVの買い替えを考えて大型家電を三店舗まわってみた。 
 今度は65インチの薄型TVで、4〜5年前は100万前後していた。
 数年もすれば50万を割るだろうと思っていたが、何とエコポイントを差し
 引いて30万円。隣にあった一番ホットのLEDのシャープの60インチが
 37万円である。 信じられない!である。もし本気になれば、あと数万円は
 下げられる? 現在のTVはパイオニアのPDPで充分に満足している。 
 今でも画質は、現在の店頭のものと遜色ない。しかし地上波への変更が
 (特殊なので)数万のマシーンを入れないと映らないという。そこで、少し
 心が動いたが、このデフレの中で一年後には更に下がると判断し、この機会の
 購入は止めにした。次はデジカメとビデオカメラ、これも値崩れが激しい。
 新商品になる度に新しい機能が加えられ、値段が安くなる。
・アパートの値崩れも激しい。現在は三万円代の中での価格競争になっており、
 5万代に入ると、よほど間取りの良いものしか入り手がないという。自宅の
 まん前の20世帯以上ある二軒のアパートは、この数年で数軒しか居なくなった。
 築20年は経っている割りに値段が高いためだろうが??。 大東建託とかいう
 20年入居一括借上げの会社があるが、以前から会社が倒産するリスクを
 オーナーは考えていないと懸念していた。こういう時節h、特に危険である。
・建築関係も、ますます価格競争が激しくなり、ギリギリの状態が続いている。 
 中小は、特に厳しく、何とか助成金で食いつないでいるが、必ずクラッシュが
 あるはず。店をまわっても、元気の良いところは、業態としてディスカウント
 を長年かけて作り上げてきたところ。100円ショップ、ユニクロ、ニトリ、
 サエゼリア、回転寿司、蔦屋など。それも店舗がスーパーストア(超大型店)。 
 デフレ・スパイラルは、ハイパーインフレの露払いである。後ろに控えている
 ハイパーインフレが恐ろしいのである。これが国家破綻という奴だ。
 一度、ガラガラポンと破綻させないと、あの世界に撒き散らされた猛毒は排除
 は出来ない。それがリアルに動き出してきたということ! 事実は事実である。
 ・・・・・・
2911,人生は作品である
2009年03月25日(水)
「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 
「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。
 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という
ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 
本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄
合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 
だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者
の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの
内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。
(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 
 (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)


5122, 社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 〜3

2015年03月24日(火)

       ―ポル・ポト―ある悪夢の歴史〜フィリップ ショート(著)ー
  * ポル・ポト ―自国民の二割を虐殺した男
 国家権力は絶大だが、空想的社会主義者が持つと、こうなるという事例。
家庭を否定し、産まれると、引き離し、数字を記印し呼んでいた。
虐殺の実行者が、その少年達が担っていたというから恐ろしい。
   〜まずはアマゾンの商品説明より
≪ カンボジアで二十世紀の歴史に汚点を残す大量虐殺がなぜ起きたのか?
 人口700万人のうち150万人が犠牲になった、クメール・ルージュ/カンボジア
共産党首領ポル・ポトの伝記。極度の秘密主義を貫いた彼の生涯は、これまで
闇に包まれていた。しかし本書は、その軌跡を追い、クメール・ルージュ組織、
粛清、権力奪取、大量虐殺、失墜、死までを、綿密な取材とインタビュー、
膨大な資料を駆使して克明に描き出した、「決定版」といえる大著。
 パリ留学から帰国したポル・ポトはクメール・ルージュを組織し、「都市=
ブルジョア思想に毒された場所」「農村=革命の前衛」という図式を掲げて農村
をオルグ、独自の共産主義路線を推し進める。彼は背後に隠れ、血の粛清に
基づく恐怖政治で支配を固め、プノンペン占領を果たす。都市人口の大量移動、
通貨・商業の廃止、家族制度の廃止と共同の食事、強制労働など、極端な空想
社会主義は多大な犠牲者を生むことになる。まさに「悪夢の歴史」だ。
大量虐殺はなぜ起きたのか? 蛮行と悲劇の全貌を暴いた本書は
我々に問いかけるが、それは重く、根深い。≫
▼ ポルポトは空想社会主義を信じ、通貨・商業の廃止、強制労働、家族制度
 の廃止を貫き、反抗する者はすべて拷問・虐殺。国民の4分の1を抹殺した。
両親から引離された子供が、その拷問の執行者。1970年頃から2000年までの
30年の間、カンボジアで起きた権力闘争や虐殺の詳細の多くが書籍で語られ
ているが、その内容たるや、想像を絶している。出世のため、地方の役人が
しでかし、それを見て見ぬふりの毛沢東とは違い、ポルポトは、その具体的
指示を出した確信犯。 ヒトラー、毛沢東、スターリンに匹敵する虐殺が、
10数年前までアジアであった事実は痛ましい。国力の向上には優勝劣敗の弱肉
強食のシステムが必要だが、大多数を占める弱者を如何に守るかが問題になる。
それも文化人を狙いうちにしたのだから、国家として絶望的な所業である。
他にも、中国による、チベット民族120万人の虐殺があるが、何故か世界の
マスコミは誰も語ろうとしない。最後の最後、守ってくれるのは国家だが、
ひとつ権力者の選定を間違うと、こういう事態も有りえるということ!
 で、日本では、世界恐慌へまっしぐらの中、東京オリンピックに向け、
アフォノミクスと、お金を無制限に漆黒の闇に、ばら撒いているのだから!
・・・・・・
4757,閑話小題 ー今場所は、面白かった!
2014年03月24日(月)
  * 今場所は面白かったが
大相撲が再び人気が戻ってきつつあるが、今場所が思わぬ展開で面白い場所。
不調で負け越しの瀬戸際だった琴奨菊が、二人の横綱に勝ったことで、俄然
面白くなった。結果は鶴竜の優勝と、横綱昇進が決まったが、大相撲の醍醐味が
楽しめた。 まだ入門一年の、遠藤が三役力士と互角で闘うのだから、古参力士
のプライドに火がついたこともある。後半まで全勝だった二人の横綱が、
二人の大関に負ける展開は近年、珍しい展開。更に若手に突然、超大物?
二人が現れ出てきた。今場所は、白鵬時代の終わりの始まりの場所。
鶴竜は、その性格の大人しさのため、実力があるにかかわらず、いま一つ
だったが、先々場所の前半に負けこんで、大人しい性格に火がついてしまった。 
これで、モンゴル三横綱の時代が2〜3年は続き、遠藤、豪栄道と、
二人の超大物?の時代に移っていくのだろう。
  * 高校野球も田中の御陰で、面白くなってきた
 田中投手のヤンキースへの破格の契約金で、高校球児に大きな夢を与えた。
「アメリカンドリームを、自分も?」である。まさか田中が、イチロウ以上の
評価の選手になろうとは、驚き! 情報化で誰でも情報が入手可能の時代。
親子鷹で、科学的にノウハウを積み上げれば、異能の投手術を持つ選手に
育成可能である。逆に天才的スポーツ選手は親子鷹でないと難しいのだろう。
そこには当然、科学的な管理がある。冬期オリンピックで活躍した選手は
全て、そうである。あるところまで行くと、国がコーチをつけるのだろうが。
  * 一昨夜半見た夢
 一昨夜半見た夢が、驚き。 あるコンサルタント事務所の一室で、
マネジメント・ゲームの進化した研修を数人がしている。誰かに紹介されて
特別見学をしている自分が、疎外感に陥る。そこで、そのゲームに参加したい
と申し出ると、「ある私立小学校の創業の計画書」と、進化したタブレットPC
を渡される。計画書には、創業参加希望者の名が数名あって、まず、タブレット
で希望者の履歴を調べ、面接をするように、更に、資金計画書の作成も
タブレットでするように申し渡される。それを遂行するには膨大なエネルギー
を要する。しかし、その気力が私には全くないことに気づき、その場で参加を
取りやめる。その隣の部屋には、どこかの新興の社長が、ある事業計画の報告を
自慢げにしている。 ところで、そのタブレットが、面白いのである。
ある居酒屋チェーンの店頭に、タブレット(付属しているカメラ)を向けると、
その情報が自動的に出てくる。(誰が社長で、役員の経歴、財務内容、
コンセプト、店内の様子)が、である。このマシーンを使った事業の創業
ゲームで、ほぼ現実と変わりのないリアルなもの。 何か私の潜在意識の
一部を垣間見た思いである。その担当者の冷たい視線と、あの部屋は、
資本主義社会と私の脳内? あの部屋の中に過っていたのである。
・・・・・・
4390, ブラック・スワン ー3
2013年03月24日(日)
「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」ナシーム・ニコラス・タレブ著
  * 2023年までに予測されるブラック・スワンは?
 これから10年後の2023年までに予測されるブラック・スワンは、何だろう。
大雑把でいえば世界恐慌と大戦である。今世紀に入って13年だがが、9・11テロ、
リーマンショック、3・11に代表される多くの黒鳥が、舞い降りてきた。 
さらに、その黒鳥の仲間が近くに来ているが、いつ舞い降りるのか分からない。 
地震などの天変地異、経済動乱、戦争が何かのキッカケで突然起ことになる。
しかし、恐れていては何も出来はしなし、あとは備えをするしかない。
ブラック・スワンは、歴史的大事件だけでなく、身辺の出来事にも起こっている。 
人生はマサカという形で、ある日、突然に、我われに襲いかかる。特に断絶の
境目には起きやすい。情報機器の進化は、とどまることなく進化し、情報や知識
は大量に私たちに押し寄せ、それがブラック・スワンを呼び寄せる(天変地異を
除くが)。これだけは、来てみて初めて分かること。1〜2年スパンでは、
イランの核施設へのイスラエル攻撃。それと欧州危機と破綻か、分裂か、朝鮮
戦争の勃発あたりか。地震か富士山噴火も考えられる。「まさか」だから、
こう書いていること以上のことが起こるはず。10年前に、現在まで舞い降りて
きた黒鳥を想像できようはずがない。昨日、シネマで「相棒」劇場版をみてきた。
《殺人事件の背後に、官僚と政治家による銀行閉鎖の「X−day」のネット上
での暴露が隠されていた・・・》というリアルな脚本。数日前にキプロスで
銀行閉鎖があったこともあり、現実味がある切実な問題。明日にでも、ここで
書くが、アベノミクスの批判とも受け取れる内容。意図的にハイパーインフレを
起こし、銀行閉鎖を? ウソでないから、恐ろしい。ある日を境に、黒鳥が
一定の間隔を保ちながら、次々と舞い降りてくる。今世紀に入って現在に
至るまで、舞い降りてきた黒鳥ように。
・・・・・・
4016, 事業生活39年の、独り語り ー4
2012年03月24日(土)
 昭和30年後半辺りから、駅前百貨店と既存商店街が主な流通経路だったが、
新たにスーパーが現れてきた。既存の流通経路では大量生産、大量消費の物流が
対処できなくなったためである。そして書店には「流通革命論」などが、並ぶ
ようになっていた。実家が衣料量販店だったこともあり、それに注目するのは
自然の流れ。 渥美俊一著のシリーズの「チェーンストアへの道」下地にした
「流通革命」を武澤ゼミの卒論のテーマにした。それもあり、就職先が
「ジャスコ」。その一期生と言えば聞こえはいいが、三社合併の先兵として、
合併先の矛盾の先頭に立つのが役割。そして一年で辞職、産能大に編入し、
その一年後に金沢を中心に衣料店チェーンを展開していた「いとはん」
(後にジャスコに吸収合併された)に一年半、勤務した。フィールドでの、
ジャスコ、いとはんは俗にいう修行。 その産能大時代に、三番目の姉の家の
二階に居候させてもらった。 絵に描いたような話だが、その姉が貸家として
千葉市郊外の5万人ほどの新興住宅地の千城台に、貸家を持った直後だった。 
姉、曰く、「ここは、数年で土地の値段が数倍になる。もうじき団地の真ん中の
四つ角が格安で売りに出される。あれは絶対買い得。」 そして、暫くすると
新聞広告に売り出し広告が出ていた。 千葉県土地供給公社が、「大規模団地
を造成し、購入希望者の抽選会を公開で行い、当選者に売却」とあった。 
外れて元々と、申し込みをして、公開抽選会に行ってみた。 そころが5倍と
10倍の競合だった二箇所のうち、5倍だったところが当選したのである。
 そこで実家に帰って父に告げると、にべもなく、ノー。「明らかに数年で二倍
になる権利を捨てることはない。私に買ってくれと いうのでなく、会社名義で
買うべきだ」と三日間、朝から晩まで父に張り付き、イエスの返事をもらった。
もちろん会社名義である。その売却条件が二年半以内の建物の着工。現場での
一年だけの現場経験では、まだ精神的体力が足りないのは自他とも認めるところ。
あと二年の経験が必要と当時、厳しさで知れ渡っていた金沢の「いとはん」
に二年の条件で入ることになった。その後、そこで私が何か事業を立ち上げる
前提があった。 成る程、「いとはん」は聞きしに勝る厳しさ。西友の資本傘下
に入った直後で、社内全体は動揺の渦の中。 金沢は加賀百万石の気風があり、
気位の高さと、どんよりした暗さと、人間味の深さがある独特の空気。 
 男は武士顔、女は京都顔。何ともいえない味がある。外づらは良いが、
内づらはウワサ社会の城下町である。社内は、被占領会社の惨めな空気が
ドップリと浸かっていた。 そして色いろあった一年半後に、実家の姉から
「父が末期ガンで、あと一年!」という知らせが入った。20歳の時に創業
人生を決めてから、この瞬間までが、「創業の準備期間」になった。 
振り返ってみると、激しく厳しい経験だったが、全てが合理的。特に、
産能大の一年は勉学と、千城台の土地購入は人生を大きく変えることになる。
・・・・・・
3650, 精神科医師の幸福論 ー2
2011年03月24日(木)
 * 精神科医師の恋愛論とは?
 ーなるほど、面白い恋愛論である。まずは、その箇所からー
≪ 昔ならば片思い程度で済んでいたものが、スターの追っかけやストーカー
 と派手になってしまうのは、今の「自分」への不満がそれだけ強く、相手を
脱自の手段とすることに躊躇がないからだ。 ・・ 恋愛とは、本来、相手の
幸福を願うことであるから〈お互いが、人生を満足できるように親切をすること
〉と定義すると、ここでも、�−1お互いの人生が満足のゆくようなもので
あるように望み、手助けすることと、�ー2 お互いが人生に満足できる人間に
なることを望み、手助けすることのふたつの領域があることになる。しかし、
恋愛では、先に述べたように、新しい自分になって、見るもをの聞くものが
新鮮になるという脱自が起きなくては、それこそ恋愛という感じにはならない。
つまり�こそが、恋愛の本質的な領域だということになる。それはどういうこと
かというと、�の、プレゼントを贈り合い、おいしい食事を共にし、一緒に
旅行・映画に行き、楽しい会話をする… といったモノ・コト(経験)の数々は、
それだけでは恋愛にならないということで、実際、以前の時代は、相手がこの種
のサービスを提供しようとすると、賢い女性たちは、「あんまり甘やかさないで
下さい」と断ったものだった。次に�の領域はというと、これまたふたつあって、
�ー1 は、一緒にいると、(自分ひとりでいるよりも)のびのびとでき、
リラックスできるというようなこと。ここでは、のんびりと二人で町を歩いて
回ったりすることに象徴されるように、かなりはっきりとした幸福感のような
ものが意識されていて、それは結婚を決意するときの理由に「一緒にいても気を
つかわないですむから」とか「彼といると、寛げるんです」というのが多く
挙げられることからも分かる。それに対して、�−2の領域の、二人が互いに
高めあうというのは、今は、全く人気がない。というのも、人生の課題を
達成して自分を高めるというのが、たとえ恋愛していようが、相手から干渉
されてはならない個人の最も重要な領分だからである。≫
▼ 愛・恋は自我の変容でしかないが、�、�−1、�−2の間で揺れ動く
 ところが恋愛心理なのだろう。年齢によっても変化をする。この視点で、
色々な恋愛をみるにつけ、それぞれの歪みが見えてくる。
その歪みこそ、恋愛の恋愛の所以になる。
・・・・・・・
3285, 人みな骨になるならば ー4
2010年03月24日(水)
  *文化・文明は「裸のサル」を守るカプセル
 ーまずは「文化:文明はサルを守るカプセル」説の部分を抜粋するー
 文明の総体は全て物質的な鎧にすぎない。だいたいにおいて物質的な侵害
からは防いでくれるが、それでも疫病や事故といった不運を増やすことも
減らすことも在る。 ・・サバンナの頃の不運は減ったが、大都会に住むこと
による不運がとって変わっただけである。幸いなことに文明には文化といった
非物質的な相棒が付き物だった。つまり我われは文明という即物的なカプセル
とともに、文化という精神的なカプセルにも守られている。・・
「疑似環境」こそが文化に他ならない。ヒトと宇宙の間には文明や文化という
疑似環境が作られるのだ。文明も文化も、第三惑星に棲息する弱々しい
「裸のサル」を守るために、そのサルによって分泌された粘液性のカプセル。
しかもカプセルの一部がこのサルの自我なのである。人間集団は自ら分泌した
文明と文化というカプセルにより自らを防御する。なによりもまず寒暑、飢餓、
外敵などからわれわれを守る。いわば人類の生命線を守っている。
また人間の心理が物理的宇宙から浸蝕されていくのも防ぐ。いわば宇宙と人間
のインターフェイスであり、人類の守護神である。それほどの守護神が宇宙の
冷淡さや不条理から、われわれの心理を守らないはずがない。われわれ人間集団
の内部に、それなりの合意が得られそうなルールが誕生する。掟、タブー、
戒律、法その他である。これらによって、われわれの集団内部に限って理不尽は
最小限に磁められることが期待される。だれもがゆえなく害せられてはならず、
また一定の手続きによってのみ加害者は処罰されるようになる。かくして法治
国家のもとで暮らすかぎり、社会生活の上で勧善懲悪や信賞必罰といった道理
がおおむね通用するようになった。
▼「文明も文化も、第三惑星に棲息する弱々しい『裸のサル』を守るために、
 そのサルによって分泌された粘液性のカプセル。・・ いわば宇宙と人間の
インターフェイスであり、人類の守護神である。」というのは言いえて妙。
そんなものに一々汲々とするな、というのも肯ける。 所詮そんなものは、
人間世界の中の通貨のようなもの。神も、文化・文明も、人間が共同幻想で
つくり上げた分泌物でしかないのは、身近な故人の脳をイメージとして透して
みれば明らかのこと。映画の「猿の惑星」の文化・文明と、人間のそれは
ドコが違うというのか。
 ・・・・・・・・・
2910, 閑話小題 
2009年03月24日(火)
 * ジュンク堂が大日本印刷に買収だと
 数年前に新潟駅南〈裏)に大型書店チェーンのジュンク堂が出店した。
御蔭で、隔週は必ず行くようになったが、それでは買うかというと買わない。
面白そうな本をメモを取りアマゾンで買う。持ち帰るより、年間送料契約
2千円を払えば後は幾ら注文しても送料はかからない。それと一度冷静に
なれるので、衝動買いを避けることもできる。
   (字数制限の関係でカット2,012年3月)
 * パーク24が「マツダレンタカー」を買収
(字数制限のため、カット2010年3月24日)
・・・・・・・・
2546, パリ高級娼婦館女主人の告白 −4
 2008年03月24日(月)
やくざや娼婦の世界にも階級がある。差別だけは人間の性なのである。
弱肉強食の世界では、ついて回ることと割り切るしかないのか。
  *やくざと娼婦の階級
やくざ社会の人間たちは、自分たちの行動をさして自覚もせず、
大きな子どものようにふるまっていました。彼らはグループに属し、
その中で権利と義務を持ち、名誉の掟`というルールと階級を重じていた。
 ・階級の一番上には詐欺師、
 ・次に力自慢の暴力分子(カツアゲ・・・)
 ・そして一番下に売春婦のヒモがいました。 ヒモたちは、さらに
  自分たちの女が勤める場所別で、それぞれの階級に分かれていた。
  ドレーヌ寺院の界隈、オペラ座界隈、ブロデル通り界隈といった具合に。
 ・犯罪者の最下級は強姦犯でした。
(字数制限のため、カット2011年3月24日)


5121,「魂」の思想史 ー

2015年03月23日(月)

   
         「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健 (著)
 魂と心について、これまで多くここで取り上げてきた。秘境の大自然で
感じる神秘的感動は、そこに宿る神霊と、自分の魂との邂逅になる。
だから、急き立てられて、行くのである。この邂逅は、心の奥底に蓄積
され熟成され、次の神秘的感動に磁石のように引き付けられていく。
  ーまず、アマゾンのないよう説明よりー
≪ 合理主義と功利主義を基調とする近代。ゴッホ、ニーチェ、ボードレール
から岡本太郎、三島由紀夫まで―、彼らは時代の趨勢に齟齬を覚えつつ、魂の
声に引き寄せられ、思策と表現を行った。曖昧で無限定な概念でありながら、
人々を揺り動かしてきた「魂」とはいったい何か。人間の内部と外部を通わせる
その働きに、著者は現代人が見失ってしまったものを看取する。
近代の異端者を通して生の息吹に触れる異色の思想史。≫
▼ 魂の振動といえば、大自然や芸術作品だけでなく、父親との
 魂との邂逅の経験がある。それ以来、10年あまり、変な感覚が
とりつかれていたが・・ 今では抜けている。〜以前書いた内容から〜
≪  霊的体験‐  平成4年 7月
20年近く前になるが、父の死後49日まで何度か不思議な体験をした。
死後一週間位か妙な夢をみた。私自身父の気持が乗移り、“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい!”という“念”になった夢である。
夢の“念”は父そのもの。父と一年身で苦しんだ為に“念”が自身に、
実感できた。目覚めた時、父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的体験。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった実感。
これだけは経験した人間ではないとわからない。また死後二〜三日後の夢も
強烈な夢(?)であった。夜半に強烈な恐怖感がおそってきた。その時、
父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と思ってしまった。
と同時に廊下を隔てた仏間より強烈な“引力”が足をひっぱった。
その瞬間ベットにしがみついたが、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがり
トイレに行った。全身汗びっしょりになっていた。まだまだ不思議な
出来事が多くあった… あれ以来、10数年にわたり、幽体離脱とか、
妙な霊的体験などを多く経験した。 最近は少なくなったが・・ ≫
魂とは何かの解釈もあるが、脳には底知れない何かが刻みこまれている。
そこには地球上に生命が誕生して20億年の経験が記憶されているのだから。
・・・・・・
4756,閑話小題 〜スポーツセンターの景色
2014年03月23日(日)
  * ホリデイ・スポーツセンターの景色
 スポーツセンターに通い始めて3年になる。中学、高校の同級生数名が
来ているが、時間帯が違うため、あまり顔を合わせることはない。色いろな
コースがあって、フルコースが8100円(税抜)、デイコース10〜17時が5500円
(税抜)、他にもペアーコース、夜間コースなどがある。私が通っているのが
デイコースで、金曜日定休と、日・祭日が不可である。 閑散の時間帯が
12時から14時で、13時前〜15時前が私の滞在時間である。デイ会員の時間帯は、
30〜60歳代の中高年の女性が過半数以上を占めている。その他は、リタイアー
の初老から、夜勤の仕事の人、夜間高校生、スナックのママさん風の人。
おお方、群れる人と、ソロの人が分かれ、私はソロ。見知らぬ人との何気ない
世間話が私は苦手。そのため学校関係と仕事関係の知人と挨拶をする程度。
ジムで顔見知りの人とは殆ど挨拶も会話をしないで、自分の決めたコースを
消化して、帰ってくる。それでもスポーツクラブの雰囲気が、明るく開放的で
気に入っている。ここのキャッチコピーが『遊ぶ、楽しむ、フィットネス』 
《身体を動かすことの楽しさ、汗をかく爽快感を求めていて、「楽しく体を
動かしていたら、知らない間に効果が出ていた」というような、初心者や運動が
苦手な人が気軽に楽しめることをコンセプトとした店づくり》とあり、
そのままが雰囲気として現れ出ていて、私にはベストのシステムである。
早朝から、読書、パソコンなど、独りで、決まった日程を淡々とこなして
いる中、人いきれの中でのエアロなどの共同動作が気持ちを和らげる。 
     ー以下はホリデイHPの紹介文ー
【 従来のスポーツクラブはどちらかと言えばアスリートやスポーツ愛好家を
 ターゲットにしてきたが「当スポーツクラブ」は競技力や技術力の向上を
目指すのではなく、運動本来の「楽しさ」を伝え、運動を通じて「健康」に
なってもらうことを第一に考えています。「ホリデイスポーツクラブ」が
目指しているのは、会社員が会社へ行ったり学生が学校へ通うように、
「ホリデイスポーツクラブ」が人々の日常に溶け込み、継続して毎日楽しく
適度に体を動かしていただくことで多くの人々が健康になっていくことです。
『遊ぶ、楽しむ、フィットネス』をキャッチコピーに、まずは体を動かすこと
の楽しさ、汗をかくことの爽快感を多くの方に知っていただき、「楽しく体を
動かしていたら、知らない間に効果が出ていた」と言っていただけるよう、
初心者や運動が苦手な方が気軽に楽しめることをコンセプトとした店づくりに
取り組んでいます。】
 自宅から車で3分のSC内に、月に6千円足らず(20日間として、
一日に3百円)とすると非常に価値がある。
・・・・・
4389, 「うつ」かもしれない ー4
2013年03月23日(土)      
 * 「うつ」による自殺  ー「うつ」かもしれないー 〜磯部潮著
 自殺の八割が精神疾患になっていて、その六割がウツ病。何と自殺者の
半分がウツ病による。自殺は一昨年まで10数年間、3万人を超えているが、
実際は4万と推測される。ということは二万人がウツ病による自殺をして
いる恐ろしい病である。もし原発の被爆で毎日55人が亡くなったとしたら、
外国人の大方は即刻、帰国するはず。それが何故か、ウツ病に対して
騒がない。ガンと同様に初期発見・早期治療をすれば大部分が治るのに、
それには疎い。「ウツ」による自殺を促進する最大の因子は「視野狭窄」。 
絶望感にとりつかれ、「自分は絶対に治らない」「治ったところでどうなる」
という考えにとれわれ、結果として死にたくなる。全ての人に心を閉ざし苦しむ。
前の会社の取引先の営業が高校の後輩もあり懇意にしていた。 ところが、
責任者になって暫くすると重い躁鬱病になった。その過程で、私のところにも
相談に来ていた。「躁鬱は、あくまで病気の一つ、恥ずかしがることはない。               
医者に行って治療すれば回復する。ただし放置したりすると手遅れになる
恐ろしい病」と、再発する都度繰り返し説いていた。そのうちに、会社の
役職を降り、平社員として営業を続けいていたが、最期は癌で亡くなった。
 親戚の人の自死の葬式に参列した時に、誰かが「何で自ら死ななければ
ならないのでしょうね」と囁いたところ、「死ぬほど苦しかったためですよ」
と、誰かが答えたのが印象に残っている。心も治療しないで放置しておけば、
傷口がタダレて苦痛は耐えきれなくなるが、第三者は全く気づかない。
数年前、幼馴染が倒産、離婚、引きこもり、アル中で崩壊していく過程をみた。
最後は娘の住んでいる県外に行ったが、壮絶そのもの。幼児期から、このような
話を聞かされ育てば、万一に備えるのは当然。ウツは、その知識と前向きの心
(言葉)の習慣化が必要である。心は壊れやすく、儚く、繊細。 
だから大事に扱わないと!
・・・・・
4015, 閑話小題
2012年03月23日(金)
   * つれづれに
 変わりばいのない日が続くが、それも良い。 首都圏、特に東京の下町に
住む人たちは、直下型地震で不安だろう。震度7は、観測以来、神戸震災と
中越地震と東北大震災以外に起きたことがない。そのため大都会の直下型の
場合、なすスベがない。引っ越す決断も下せないし、下町の人ほど都会っ子の
軽さも重なって長野、高崎、新潟に住むのは都落ちという惨めさが強い。
 私が東京在住だったら、一年以内の引越しを考える。勤務が東京で仕事上、
難しいなら大宮か熊谷に引越し、そこから通勤する。夜間か土日の直下型地震の
場合は被害を免れるのでリスクが半減する。 家族のリスクが半減する上に、
帰る家が残る。 ところで去年の今頃は、会社の閉鎖を決定、無我無中で整理の
手順に入っていた。同時に東北大震災と、原発事故が進行中で、非常事態の
刺激的な日々。 何ごとも動き始めると、次々とすべき手順が現れ出てくる。 
決断を少し早めると打撃は半分で済むが、少し遅れると二倍になる経験則を
持っていたため、マイナスエネルギーの重圧は4分の一で済んだ。止め時は、
あの三月末しかなかった。 べき時に、べき決断をして本当に良かったが、
奇しくも30周年記念日の前日に会社消滅とは・・・ 
   * ウドンの素
 自宅での昼飯は大方、カレーか冷凍の讃岐ウドンかキシメンかチャーハン。 
冷凍ウドンとキシメンには、私が業務スーパーで買ってくる「ウドンの素」
を使っている。 ところが先日のTVで、このウドンの素が多くの下味に使える
料理の紹介特集をしていた。鍋の下味、味噌汁、生ラーメン、チャーハン、
生卵、卵焼き、炊き込み飯、などが格段に美味しくなるという。ウドンのダシ
といえば、昆布とカツオとの混合。それが素なら、ウドンダシ以外に使えて当然。
何ごとも、その枠を取り払うと、色いろ応用できる事例。家での隠し味は昆布の
出汁を使っているが、それにカツオ節を混ぜれば同じ? 
以前、「ホテル・レストランショー」で、カツオ節を粒状にしたダシ専門
会社が出店していた。 ウドンの素をを納豆にかけてみたら、なるほど美味い。
色いろなフリカケがスーパーに並んでいるが、隠し味の素のネタが、あるはず。
春の高校野球を含めて、サバンナもサバンナ(日常生活)なりに、面白い。
 ・・・・・・
3649, 地震 ーつれづれに ー10
2011年03月23日(水)
  * 日本経済がどうなるのだろうか?
 リーマンショックで死に掛かっていた日本経済は今後どうなるのだろうか? 
  ● まずは聞き及んでいる危なそうな話。
△ 地元のNSGなどの専門学校と、新潟大学などが卒業式と入学式を自粛。
  そのため稼ぎ時の美容室とホテルが大打撃。
△ 優先的に被災地が優先されるため、地元業者への建材の入手が困難になり、
  経営の根幹に関わる問題になっている。物から人へと民主党の政策のため、
  今回のような震災になると重機の絶対量が国内で激減。
   このような事態になると民主党の政策そのものが否定されたことになる。
△ 公務員の期末、期首の移動の歓送迎会が殆ど中止勧告。この時期に、
  当てにしてきた飲食店も大打撃。駅前などの繁華街は閑散としており、
  入店客は皆無の状態。
△ 注文していた商品が入荷したと家電チェーンから電話があったが、
  「節電のため、午後一時からの営業時間」という。学生が上京などで
  家電を揃える時期にである。
△ IT化で出張などが激減している上に、日帰り圏の地方の駅前ホテル
  などが大打撃を受けている上に、これ。厳しさが身に沁みる。
△ 高校野球の特別枠の佐渡高校では応援団を出さないことに決定。
△ この震災は12〜16兆円の直接損失というが、間接損失を含めると、
  その何倍になる。国民総生産はマイナ10数パーセントの可能性がある。
△ 東北・関東の農業、牧畜は雨などの水で汚染され、壊滅状態に。
△ 計画停電は夏まで続く上に、ガソリン不足が経済の足を引っ張る。
  ピークの夏では25パーの電力不足になる。恐ろしい限り。
・・・・・・・・
3284, リーマンブラザーズ、最後の4日間
 2010年03月23日(火)
この三連休は、家で大相撲やプロ野球、そして録りだめていた映画を見てすごス。
その中で「大暴落 サブプライムに潜む罠」の続編 「リーマンブラザーズ 
最後の四日間」を二度みてしまった。実録的なドラマ仕立ての内容だから緊迫感
が満ちていた。多くの本やNHKのドキュメントを見ていたため、引き込まれて
しまったのだろう。ギリギリまで何とか救済されると思っていたリーマンの
重役達の姿がリアルである。
 ーまず「リーマン・ブラザーズ最後の4日間」の解説をWOWOWのHPからー
世界金融危機を象徴する、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズの崩壊。
それまでの舞台裏を、実話に基づいて描いた英国発ドラマ。歴史に残る4日間を
再現した衝撃作。2008年秋に始まった世界金融危機を象徴するリーマン・
ブラザーズの崩壊。それに至るまでの内幕に迫った英国のTVムービーを
《WOWOWプレミア》で日本初放送。 世界金融危機からほぼ1年後の09年9月に
英国BBCで放送されたばかりの最新作だ。 2008年9月12日の金曜日。
NYのタイムズスクエアにあるリーマン・ブラザーズの本社に激震が走る。 
米国第4位の規模を持つ証券会社・投資銀行であった同社だが、前年に発覚した
サブプライムローン問題の影響で、同年6〜8月期の純損失が39億ドルにも達した
と判明したからだ。それから同社が倒産するまでの4日間、同社の経営陣は
合衆国政府などに救済を求めながら何とか社の延命をめざしたが、同社の株価
の急落を止めることはできなかった。 しかしその背後には金融界や米政府を
含む様々な思惑がうごめいていた…。
実話に基づき、歴史に残る数日間をリアルに再現した衝撃の実録ドラマだ。
▼ メルリリンチ社社長とバンク・オブ・アメリカの社長の買収交渉の株式
買取の値段交渉の場面がシビアである。当時の財務長官のポールソンが
アメリカの金融機関の長たちと難局を協議する場面も圧巻。ポールソンが、
リーマンを見放したときの言葉、「何処から倒れるかだ、まずリーマンが
倒れただけだ」が印象的。
・「人は99パーセントが動物で、1パーセントが人間。その一パーセントで
変になってしまう。しかし貴方たちは、その逆と思っていないか?」
(字数の関係でカット2012年03月23日)
 ・・・・・・・・・
2909, 寝入る瞬間を経験したことがあるか? −2
2009年03月23日(月)
 学者・マギー著「哲学人」が、自宅近くの長岡中央図書館にあった。
この本の冒頭に、5歳の頃に「寝入る瞬間がわかるかでどうか」を3歳上の姉
に聞いたところ、「そんなことを憶えている人がいるわけがないでしょ」と
軽く言われ、そこで自分の眠る瞬間を見張っていたが、出来なかったという。 
それをキッカケに7〜8歳の時に指を見つめて一本ずつ曲がるかどうか
試したら、一本ずつ曲がったのを驚きの目で見つめたという。そして10歳
では・・と、身近な疑問が次々と起こってきたという。400pの分厚い本
で上下巻あったが、30分ほど図書館で「寝入る瞬間の経験を何故できないか」
の部分を調べたが、調べた限りではなかった。 これは簡単に論証するには
至難ということである。 カント哲学の分野ということだろうか?
 前回、軽くその答えを書こうとしたが、訳の分からない内容になったのは
当然のこと。マギーが、その後の人生で寝入る瞬間の経験をしたことはなかった
ようだ。もし経験していれば、正直にそこで書いているはずである。 
それを経験したことのない人や、哲学的に「寝入る瞬間を経験することが不可能
と論証された」を信じる人がいるとしたら、私の経験はウソと判断するはず。
しかし、私は間違いなく、その瞬間を経験したのである。数十分の一か、数百分
の一の刹那であったし、それは夢ではなかった。「あ、見た!」という感覚を
今でもはハッキリ記憶している。マギーが「寝入る瞬間を何故、経験できないか」
の論証があるとしたら、如何なる論か推測したが、あまりの好い加減と恥じて、
それならと懲りずに考えたみた。こと、この件に関して私は実際の経験をして
いるのであるが、そうであれば、この大哲学者より私の経験が優っている。
それなら、もし彼が好い加減な論の推測を気楽にできることになる。 
  ーその後の推論は次のようになるー
「寝入る!と思って寝れない。ということは意志では無理である。意志の奥に
ある無意識が引き込む世界で、意識の世界でコントロールは出来ない。その瞬間
は膨大な無意識の世界が意識を無に引き込む刹那な瞬間であり、それは意識は
捉えるには、その瞬間はあまりに短い。その瞬時を見るなどありえないほど、
膨大の瞬時の集まりが大きい。 更にいうなら、無意識(寝入った世界)が
引き込む精神作用は意識世界の作用でコントロール出来るほど浅くはないのは
経験済みである。その瞬間を見るのは、神の姿を見るのに等しいといってよい。
無意識とはそれ位、生物の膨大な記憶が刻印されている。・・ ー
 こんなところだろうが、好い加減なことは大して違いがない。
「神の姿を垣間見た」と類推するのは、言い得て妙だが。
・・・・・・・
2545, パリ高級娼婦館女主人の告白 ー3
2008年03月23日(日)         ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 女主人の一番の栄誉が、J・F・ケネディが館に来訪したことだろうか?
当時、こういうことを言ったら消されただろうが、時間の経過で身に危険が
ないと判断したためだろう。真偽のほどは解らないが嘘までデッチあげない
だろう。所詮ズボンから下のことは、こんなものだろう。政治家は言葉である。
国民に方向をしっかり告げて、底からエネルギーを沸かせればよい。
ともかく、この本、どの部分を読んでも、具体的でおもしろい!
 ーー
ある朝、私はアメリカ大使館から電話をもらいました。「大変重要な人物)が今、
パリにおしのびでいらしていますが、最高に品格のある女性を望まれています」
その話し相手はつけ加えて言いました。
「彼に、その女性があなたの館から来たということを、知られてはいけません。
 私たちは彼女のことを、大使の友だちのマヌカン(モデル)として紹介します」
「まったく問題ございません。私のところにそういった場にふさわしい
パーフェクトなイギリス女性がおりますので、彼女を送ります」  
翌日、娘はとてもエキサイトしてオフィスにやってきました。
「クロード、大統領だったのよ」「えっ、どこの?」と、地球の
支配者達に、何の感動を覚えなくなっていた私は、ぼんやりと尋ねました。
(字数の関係でカット2011年03月23日)


5120,「魂」の思想史 ー①

2015年03月22日(日)

    
       〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健 (著)
   * 「魂」とは何か
「魂」の思想史などと、難しい問題を勇敢に取上げたものと恐れ入る。
それもゴッホ、ニーチェ、ボードレールの魂についてなら、面白いはず。
 その‘まえがき’の魂の解釈が、明快で、解りやすい。  
≪  〜魂、その捉えがたさ、その恐ろしき魅力〜
 もやもやとした何か、そのたましいとは何なのでしょうか。
「人の生命のもとになる、もやもやとしていて決まった形のないもの。
 人が死ぬと、肉体から離れて天にのぼると考えられていた」 が、
 辞書にある説明です(『新漢和大辞典』)。
漢字で「魂」と書きますが、同じ辞書によれば、左側の偏「云」が
「雲、もやもや」を表し、右側の「鬼」は「おぼろげな形をして、
 この世にあらわれる亡霊」となります。似たような言葉に霊があります。
漢字の成り立ちから意味をさぐると、上部の「雨」と「一」の文字が
「連なった清らかな水たま」、下部がそれに接する清らかな(巫)を表し、
合わせて転じてできた意味が「水たまのように冷たく清らかな神の力や
たましい」となります。魂の雲、霊の雨水は、単なる比喩ではありません。
これら漢字の文化を成り立たせ支えてきた人々は、雲や雨水に霊魂を感じて
いたのです。人間の内部だけではなく、外部の自然界にも魂や霊を感じて
いたのです。 この感じ方は、西洋の宗教用語でアニミズムにあたります。
生物だけでなく、石や水などの無生物にも生命、霊魂を認め、その特別な
表出に神聖なものを感じとっていく立場です。洋の東西を問わず、宗教の
基層になりました。 注目したいのは、このアニミズムという言葉の語源、
ラテン語のアニマです。このアニマのもともとの意味は、そよ吹く風の息吹
であり、そこから大気、人間の吐く息、生命、そして魂という意味が生まれた。
魂という言葉はここでも自然界とつながりを持っていたわけです。仏語
で、魂を意味する言葉、アームの語源はこのアニマです。英語で魂はソウル
ですが、この語源はどうやら、ドイツ語の魂ゼーレと同じく、古ゲルマン語
の湖あるいは海を意味するサイウィズにあるらしいのです。人間の魂は湖
あるいは海から生まれ、肉体の死後そこへ帰っていくという古いゲルマン人
の伝承に端を発しているようです。もやもやとした雲、数限りない雨滴が
どこからともなく吹き寄せる風の流れ、大きな水の広がり。・・ ≫
▼ 42年前に、父親が亡くなって数日、父親の魂が、私の魂に入ったような
 体験をした。以前書いた内容は次回で再び取上げるが、不思議な経験である。
これだけは、実際に体験しないと分からないこと。 人の心は複雑怪奇で
奥行は深い。池田昌子の著書に、『魂とは』を図書館から借りてきて読み
始めたが、これが面白い。5年ほど前に『魂』をキーワードに、本人の
著書を元に、再編集したもの。  ー宿命は魂にありー 池田昌子
・・・・・・
4755,そんなに長生きしたいですか ー7
2014年03月22日(土)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 早いーうまいー安いー
 現状の終末医療の現状を知れば知るほど、恐ろしくなる。以下の内容が現実。
《 ある医療講演会で、こんな話を聞きました。「早い!うまい!安い!」
 という看板のスライドを見せて、これはある牛丼屋の宣伝文句ですが、
うしろに「治療」という言葉をつけると、そのまま病院のキャッチフレーズに
なるというのです。たしかに、早い治療、うまい(上手い)治療、安い治療は
患者にとって最良のもの。講演者はさらに続けて言いました。
「『治療』の代わりに、「死」という言葉をつければ、今度は理想の末期医療
になります」早い死、うまい死、安い死というわけです。なるほど、うまいこと
を言うなと、私は感心しました。・・ その発想だけでは現実は立ち行かない。
患者はほとんど見込みがなくても治療を求める、医師は治療すればするだけ
儲かる、この状況では、医療費が膨大になって当然。そろそろ冷静になって、
現実をしっかり受け止め、無駄な延命治療から死を支える医療に転換すべき
ではないでしょうか。 死を支える医療は、よけいな治療をしません。
医療費が安くなれば、患者側も自己負担が少なくてすむし、国民の医療費も
削減されます。これで困るのは、無駄な治療で収入を得ている医師だけでしょう。
早い死というのは、患者を見捨てることでありません。苦しむ時間を短くする
という意味です。病気や老いと闘いながら、精いっぱい生きてきた人も、死が
近づくとどうしても衰弱します。食事や排泄などが自力でできなくなり、これ
以上生きることの意味が見出せなくなってしまいます。それを理想主義的な
励ましで無理にがんばらせたり、延命治療で長引かせるのは残酷なことです。
死は自然の成行きですから、どこまでも抵抗するのは不毛です。極論かも
しれませんが、死が避けられない状態になってから、少しでも長くとあがくのは、
手遅れだと私は思います。そうなる前に時間は十分あったはずです。・・・ 》
▼「終末期医療費が全老人医療費の2割を占める!とか、国民一人が一生に
 使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬を
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。 
良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
犯罪的システムではないか。
・・・・・・
4388, 「うつ」かもしれない ー3
2013年03月22日(金)           
* ウツの治療 ー「うつ」かもしれないー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 ウツ症とウツ病の境は、日常生活に支障をきたすかどうか、軽症か重症かは、
「死にたくなる度合い」がが目安という。逆にいえば、それだけ苦しいのである。 
身近にも自死した人が何人かいる。共通しているのは、真面目で、几帳面、感情
は表に出さず、周りの人を思いやる心優しさがある。また、考えに弾力性がなく、
自分一人に固まっている。 こういう人が暴発すると秋葉原の無差別殺人のよう
になる。私がウツ病に何で興味があるかというと、人間の原点が、見え隠れする
かである。人生は生易しくはない。要は難題への対処である。息をつくところが
ないと、ストレスが蓄積していく。ウツの治療には、「薬事療法」と「認知療法」
がある。薬事療法は、医者と相談して症状にあった薬をみつけ最小を前提に治療
すること。それに対し認知療法は、ウツの人の持つマイナス思考、悲観的考え方
を修正するスキルをいう。私は昔から、その類の本を身近において常に手に
取ってきた。その一つに中村天風の一連の「積極一貫」の哲学の本がある。
これは本当によい。 ウツによる歪みが固定化されると、「視野狭窄」に陥り、
自殺の危険性が出てくる。だから普段より予防剤として、少し気持ちが落ち
込んだとき手にする習慣をつけておくとよい。この本にある、
「「5つのコラム」も心のコントロールによい。
1枚の紙に5つのコラム(欄)を作って、何か問題が起きたときの状況や
自分の考えを書き留めていく方法で、頭であれこれ考えるよりも、冷静に
客観的に検討することができる。5つのコラムのうち、(状況、感情、自動思考)
の3つは、自分の「認知のゆがみ」をはっきりとさせるのに役立つ。
あと2つのコラム(別の見方・考え方と最終的な心の変化)を合わせて
書いていくことで、「認知のゆがみ」を直すに役立つ。
 第1コラム 状況(気持ちが落ち込んだり、不安になったときの出来事)
 第2コラム 感情(不安、怒り、悲しみなど))
 第3コラム 自動思考(不快な感情を経験するときに心に浮かんだ考え)
 第4コラム 自動思考とは別の見方・考え方
 第5コラム 最終的な感情と考え(心の変化)
ここで詳細を省くが、ネット検索で「5つのコラム」で調べると、事例が
数多く出てくる。 著者は、日常生活での日々の習慣づけは大変なので、
第三と、第四だけを頭に思い浮かべるシュミレーションを薦めている。
書いるうちに自分の思考の癖が見えてくるだけでも効果がある。
心は荒馬のようなもの、時間と愛情をかけて乗りこなしていくしかない。
 ・・・・・・
4014, 事業生活39年の、独り語り ー3
2012年03月22日(木)
  * 武澤ゼミ (20歳の頃 ーある教授との出会いー3)
 高度成長の真っ只中、創業人生が面白そうと20歳の時に思い立ち、色いろ
の教授に触発された。その最大の恩師が、人事管理の武澤教授である。
その後も、ゼミOB会に2〜3年に一度は参加していた。10年前に亡くなられた。
【 1024, 22歳の日記−2   ー武澤ゼミについて
 何度か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと
寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、ほとんどを占めていた。その中で
武澤教授の影響が大きいことが、当時の日記からうかがい知ることができる。
ゼミでは、一週間前に社内トラブルの事例(ケース・スタディー)の用紙を
渡される。その間に対処を考えて、全員で徹底的に議論をする。 
その後、その事例研究のベストの答えの用紙を見せられる。そこで私たちの
出した結論と、その差異について更に議論をする。また二班に分かれて、
それぞれが議論した結果を持ち寄り、互いに議論する。その結果、知っている
限界の知識と体験をもとにした、それぞれの地言葉(赤裸々)の議論になる。 
教授は要所要所以外はほとんど話さないで議論の推移を聞いている。
考えるヒントを与え、議論を通して「考えること」を促す。そして
「考えることは如何いうことか」と、一歩踏み込んでいく。そこに各自の
知識不足を自ら気づく仕組みになっている。当時の日記を写して気づいたが、
ソクラテスの「対話法」の真理追究を、そこで体験させていたようだ。 
素朴に深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的。
対話の訓練が友人に受けたのだろう、卒業まじかに多くの友人が私に集中
してきた。誰もが卒業という節目で迷っていたからである。武澤ゼミで学んだ
ことは、社会に出て、事業の組立てなどに非常に役に立った。冷静な事実の
把握と、仮説の積み上げと崩しの、繰り返しの中で計画の練り上げをして
いくのと酷似していた。要は地頭で考える訓練であった。 】
▼ 振り返ってみて、事業人生で学生時代の3人の教授と、コンサルタントの
 渥美俊一に大きな影響を受けていた。渥美コンサルタントは、カリスマ的
流通革命の指導的立場にいた。 学生時代に、鈴木教授に「意志」の自覚。
野田教授に「統合(経営)」。武澤教授に「分析(冷静)」を学んだ。
独り総括をしていると、「私の人生は結局は何だったのだろう?」という、
基本的な問いが、立ち上がっては消える。人生など何の意味(価値)もない
こと位は分かっていても・・哲学を学生時代に、より深く追求しておくべき
だった。それもこれも還暦過ぎれば、それがどうした!でしかないとしても。
・・・・・・
3648, 地震 ―つれづれに  ー9
2011年03月22日(火)
  * 日本経済はガタガタ
 TVで、新宿・歌舞伎町、新橋駅界隈、秋葉原、渋谷などの先週末の繁華街や
箱根などのリゾート地の客の激減の様子を放映していた。魚河岸では7割も普段
よりお客が激減しているという。 街は節電で、真っ暗で、放射能が漂っている
かもしれない中、外食も買い物もする気にもなれない。先週の長岡駅と新潟駅中
専門店の店内には、お客の姿は皆無なほど見られない。朝から晩までTVで、
100年、1000年来の大震災の惨状や、原発の放射能漏れが報じられていれば、
買い物や外食をすること自体、後ろめたい気持ちになる。これが短期的現象で
すめばよいが、そうはいかないだろう。3月11日から日本は全く違う時代に入った。
比較的東北から離れている関西以南は、関東に比べて落ち着いているが、これも
時間の問題。損害は12兆円というが、原発事故への不安心理が景気にもたらす
影響はあまりに大きい。 昨夜、自宅近くのイタ飯屋のサエゼリアには避難民
のグループで満席であった。 着の身着のままの服装が痛々しい。
  * 想定外の歴史的惨事に、あまり責任を追及しないがよい!
 この地震は想定外の歴史的大震災。原発がたまたま巻き込まれ本州全体が
壊滅する可能性もある。政府対応が悪いとか流布されているが、それより被害を
最小に収めることが最優先にされるべき。その中で民主党が野党に協力を求めた
にも関わらず拒否をした。彼らは今だ、この惨事に対する認識が薄い証拠である。
現在の日本の稚拙な実態が、そのまま現れ出てしまったと言えよう。 
ここは災害大連合内閣で望むべきで、これで自民党は最期の命綱を自ら切り
落としてしまった。数日内に自民党バッシングの嵐になる可能性がある。
民主も酷いのは分かるが・・・ 
 ーー
3283, 人みな骨になるならば −3
2010年03月22日(月)
 人生、60歳を過ぎて、そろそろと考えていた矢先に、この百年か五百年に
一度の大恐慌である。「最後のレッスンを神が与え給ってくれたのか」と気を
取り直し取り組んでいるが、それでも弱気になると、
「自分の人生とは果たして何だったのだろうか」という原点的な問いかけが出る。
 一応、人生の課題は無難に? 解いてきたつもりだったが・・。
丁度、良いタイミングにー「人生の課題」という幻想ーという言葉が飛んできた。  
  著者は私と同じ年齢で、9年前にガンで亡くなっている。 私の中・高校の
同級生が、この10年間で何人も亡くなっている。その彼等の天国からの代弁
とイメージをして読むと、なかなか味わい深い内容として聞こえる。
 死者の視線で見れば、人生の課題も何もかもが幻想でしかないのである。
それが虚無ということ。
  * 「人生の課題」という幻想 ーの項目の一部を抜粋
「時々、宇宙における自分たちの位置を思い出してみることで、我われを
幻惑する我われ自身の分泌物たる通念を相対化してみるのは、どうであろうか。 
『人生の課題』というのは一つの幻想である。事業といっても世間に流通して
いる貨幣や評判を集めているだけである。国事に奔走するといっても、特定の
サル集団と利害を共にしているだけのこと。マイホームの夢は巣作りでしかない。
 有名になることは多くの人に個体識別されるという意味である。もちろん、
そうした目標は馬の眼の前にぶら下げる人参ほどの効果はあるだろう。
馬が走るには、何らかの動機が必要で、少なくとも何かから逃げるといった
走り方より、何かを目指した走り方が元気が出る。人参を追っている馬は、
虎から逃げている馬より、幸せだろう。何よりも重宝するのは、このような
鳥瞰的な視点を得ることは、われわれが『人生の課題』達成に敗れたり疲れた
時にそれを天空から鳥瞰して、それほど大したことがないと達観することを
容易とする。どれもこれも宇宙の一大事にはほど遠い。われわれが失恋したり、
事業に失敗して大騒ぎをすることも、宇宙から俯瞰すれば似たようなレベル
でしかない」(p116) ー幻想としても、目先の課題をキーワードに
解決すること、それが「骨になる間」のお勉めでは?と、思うのだが。
 それも、これも、「衣食たって礼節を知る」が、あってこそ
云えるのではないか。これも、幻想か?
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2908, 「ドレス」という名のクラブ?
2009年03月22日(日)
 二年ほど前に、クラブの新規開店の案内と一緒に1千円の割引券入りの同封
された封筒が手元にきた。「ドレス」という名が印象的で、「同じドレスなら
『赤いドレス』の名のほうがインパクトが強いのに」と思いつつ、記憶から
消えてしまった。 その一年後に、開店一周年記念の案内が再びきたので
チャンスがあったら一度行ってみようかと思いつつ、これもまた記憶から
消えてしまった。ところが、先日連れの人と居酒屋で飲んだ後、何時もの
スナックに向かって歩いていたら、「ドレス」が入っているビルの前で、
そのことを思い出し、入ってみることにした。 
(字数制限のためカット 2012年3月22日)
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2544, パリ高級娼婦館女主人の告白 ?2
2008年03月22日(土)
 ともかく内容が異世界である。だから面白いのだが。こういう人間のベース?
の世界を、真っ只中の人物が書いているのだから、一言一言が生々しく小説の
ようである。 特に性欲からくる人間的な本性がリアルである。人間研究という
面で、顕わで可愛いが、人間の一番、弱い側面でもある。 娼婦の後ろにヒモの
存在が、あまりに悲しい。髪結いの亭主とか似たような男は周辺に幾らでも居る。
「娼婦に殆どヒモが居る」というのは始めて知ったが。こういう連中が都会には
蠢いていて、鵜匠のように見えない糸を操っている。
 次の内容を少し脚色を変えた物語が、今でも現在進行中なのである。。
  *娼婦はヒモがつくる
彼女たちの大部分は、田舎からパリにお手伝いの口を探しにやってくるのです。
当時 ジュロと呼ばれていたヒモは、金持ちのようにしゃれた身なりで、彼女
たちの到着を駅で待ち伏せしていました。娘たちは小さなスーツケースを持って、
ちょっと途方に暮れた様子で、プラットホームに降り立ちます。
手に雇い主の女主人の住所の書かれたメモを握りしめ、とまどっています。
男は何らかの口実を見つけて、娘たちに近づくのでした。こうして、娼婦獲得
のため、お定まりの小粋なラブストーリーが始まるのです。
「地下鉄はあそこですよ。でも、その前にコーヒーでも飲みませんか」
田舎の雌牛たちになれ親しんできた娘にとって、都会のざわめきはいらつきを
覚えます。カフェの中で初めて出会った男に自分の行く先を説明するのでした。
彼は驚いて「へえ。君の行く先って、あの夫人のとこ,.」「あなたはその方
のこと、ご存じなの?」と、娘はさほど驚きもせずに尋ねます。
「もちろん、彼女を知らない人なんかいないよ。
   (字数制限のためカット 2011年3月22日)


5119,がんばれ〜!の絶叫 

2015年03月21日(土)

    * 風に立つライオン 
 映画の冒頭の場面が、アフリカの大地を少年たちが横一列に手を組み
歩いていく。そして、暫くして地雷の爆発がする。子供を使った地雷探し。
ケニアの病院研究所から国境近くの病院に派遣された医師は、そこが
実質、野戦病院であることを知る。そこは戦闘で腕や足を切断したり、
縫い合せる治療が中心の中で、主人公が、日の出の中、大地に向かって、
「がんばれ〜!」と何度も絶叫する。しかし終盤、極限の日々の中で、
自身に向けた絶叫と告白する。 見終わった後、内容が重いため、面白い
とか、ストレス解消より、何も考えられなかった。しかし、夜半、映画の
様々なことが、思い出されてきた。最後は、殺された後、行方不明になる。
 さだまさしが、この話を知り、感動して書いた原作『風に立つライオン』
を映画化。 そのまま題名の曲名にした歌がある。 〜内容説明から
≪1987年、日本人医師・航一郎(大沢たかお)は、大学病院からケニアの研究
施設に派遣される。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーの自伝に感銘
を受け医師を志した航一郎にとって、それは願ってもいないチャンスだった。
しかし、それは恋人との長い別れも意味していた。父の跡を継ぎ、女医として
離島医療に従事する貴子(真木よう子)を遠く日本に残さなければならなかった。
理想を胸に研究と臨床の充実した日々を送っていた航一郎は半年後、現地の
赤十字病院から1か月の派遣要請を受ける。物見遊山のつもりで赴いた彼は、
重傷を負って次々運ばれてくる少年が、みな麻薬を注射され戦場に立たされた
少年兵である事実に愕然としながらも、この病院への転籍を志願する。
過酷な状況ながらも生き生きと働く航一郎は、医療団からの信頼も厚かった。
一方、同病院に看護師として派遣されてきた和歌子(石原さとみ)は、確かな
スキルと手際の良さで、航一郎と時折ぶつかりあいながら互に認め合っていく。
そして、心に傷を抱えた少年たちを「オッケー、ダイジョブ」と温く包み込む
航一郎は、いつしか少年たちの良き友であり、師となっていた。
そんなある日、病院に少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれる。 彼は銃傷よりも、
両親を目の前で惨殺され、麻薬でかき消された心の傷が甚大だった
 ― 航一郎は、そんな彼の心の闇に真正面から向かっていくのだが…≫
▼ 20代30歳代の頃、もう極限!という場面で、左手を充電池に、右手を
 手動のトッテに見立て回転をし自らに充電する仕草をしていた。もう一つ、
自分をボールにイメージをし、初めは小さく、徐々に、大きくバウンドさせる
イメージ。本能的行為だったが、不思議なことに、極限ほど、気力も体力も、
湧き出る。そうこう考えると、極限の彼が絶叫をしないでいられない気持ちが
現れ出ている。 重いが、心に残る内容。 エンディングの歌が良い!
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4754,そんなに長生きしたいですか ー6
2014年03月21日(金)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部羊著
   * 「表の安楽死」「裏の安楽死」
 ガン末期の殆どは安楽死だが、当然、裏と表が存在する。ーその辺りからー
《 安楽死は、患者を死に至らせるというショッキングな行為である。
 方法としては、人工呼吸器はずし、塩化カリウムの注射のほか、筋弛緩剤や
インシュリンの致死量投与などがあります。いずれも患者には強い苦痛は
ありませんが、おどろおどろしい印象は拭えません。このように必ず死に
至らしめる方法を使う安楽死を、私は「表の安楽死」と呼びたいと思います。
それに対して、「裏の安楽死」は、必ず死に直結するわけではないけれど、
ほぼそれに近い行為を指す。「積極的」「消極的」という呼び方もありますが、
「表」「裏」のほうが実態に近いと思います。「裏」の安楽死は、当然のこと
ながら「表」よりはるか以前から行われていました。方法は、大量の鎮静剤の
投与や、強心剤の中止、透析や血漿交換や人工呼吸の見送り、栄養の漸減など。
誤解のないように書き添えますが、もちろん必要もないのに大量の鎮静剤を
投与するわけではありません。耐えがたい苦しみを見かねて投与するのです。
苦痛が激しいと、通常量では眠らないので必然的に大量に使われる。
そのとき、家族には副作用で死ぬかもしれないとは必ずしも説明しません。
自分たちが、安楽死を選択したという意識を与えないためです。・・ 》
▼ ここで一人の女性の安楽死をさせるかどうかギリギリの、ケースが
 書かれている。安楽死を懇願され、迷ったが留まった。その結果、一時的に
良くなったが、その後、さらなる苦痛の挙句、亡くなった。懇願されたときに
死なせてやればよかったか、一時的にでも回復したことで良しとするか・・  
普段は医者の口から語られない患者の悲惨な苦痛が、あまりに生々しい。
死ぬ時は、多かれ少なかれ悶絶をして亡くなっていくことは分かっているが・・ 
身近な人の臨終に何度か立会ったが、最後は、家族の了解の中で、医師が呼吸
装置を外し、息を止めている。時どき、積極的安楽死を槍玉にあげた問題が
生じるが、拷問のような苦痛の中で、安楽死をさせるのは当然である。
自分の死を考えると、牛丼屋のように、「早く、うまく(上手)、安く」
あげて欲しい!のは誰しも同じことになる。
・・・・・
4387, 暴走老人!
2013年03月21日(木)
               「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
「暴走青年、暴走中年?」のように生きてきたので、今さら暴走老人でもない。
しかしツアーで関西系は言いたい放題が多い。特に大阪のオバチャンより
オジサンが図々しいが、最近は関西系老人が目立っている。歳を重ね歯止めが
きかなくなったのだろう。数ヶ月前に近所を徘徊している痴呆?老人に、
傍につかれ怒鳴られ続けられ、殴りかかれそうになった。最近2〜3度、
顔を見たことがあった老人。何か怒りの先をみつけ、毒を叩きつけているよう
だった。 駅前派出所に届け出たが、怒鳴りでは事件にならないという。
激変する時代から放置された人生に怒り(毒)が蓄積しているようだった。
新潟駅前周辺の地元老人に、こういう人たちを多く見かけた。他人事ではない。
酒を飲んだ自分に時々、彼らの影をみてしまう。ーアマゾンの内容よりー
【待てない、我慢できない、止まらない「新」老人は、若者よりもキレやすい。
現代社会に大量に生み出される孤独な老人たち。その「暴走」の底に隠されて
いるものとは? 老人たちの抱えた、かつてない生きづらさを浮き彫りにする。】
 ーレビューよりー
≪ 小説家の著者は、私と同様、日常生活でたまたま見かけたこれら
「暴走する老人」たちの姿をきっかけにして、現代の激変する「時間」感覚、
「空間」感覚、そして今やマニュアル化した「感情」に老人が暴走する理由を
探るが、あくまでも「暴走老人」は手がかりであり、本質ではない。著者は、
暴走行為は激変する環境に乗り遅れた、あるいは読み違えて「孤立」した
人間の反動的行動と指摘。つまり、断絶的な世代間ギャップが問題ではなく、
暴走はあらゆる世代に共通する連続的な現象となりうるのである。
感覚がまちまちな孤立した個人間の感覚の衝突は、さながらホッブズのいう
「万人の万人に対する闘争」状態である。しかも、個人を律するはずの常識や
規範さえも、日々更新され続けており、今後も加速度的に拡大していくに違い
ない。急激な情報化社会が逆説的に孤立を生み、闘争(=暴走)状況を作り出し、
それももはや止めようがないというのであれば、私は生きていくために今後
どうすればいいのか、途方にくれてしまう。 ≫
▼ 老化は、肉体面では自覚できる。しかし精神面での弛みも出るのである。
 決して孔子の教えのようにはならない。「・・、40にして迷わず。50で
天命をしる。60で耳に順う。70にして心の欲する所に従って、のりをこえず」
ところが、これが真逆になる。「40にして迷い、50でも天命など遥か彼方。
60で自分の人生を悔い。70歳にして呆然自失で暴走化する」これが、最近
みられる老人である。高度成長期の良き時代に生きてきた世代が、低成長の暗い
時代に、老人の枠に入れられ情報機器を使いこなせず、取り残され、直ぐに
切れてしまい暴走を始めたのである。あの歪んだ老人と、理想的な老人像とは、
あまりに懸け離れている。この時代は40〜50年の変化は、昔の4〜5百年
  の変化に等しい。その変化に取り残され、一人彷徨い切れる。
そういう私も似たりよったり。粗大ゴミの成れの果てか。
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4013, 事業生活39年の、独り語り ー2
2012年03月21日(水)
  * 野田一夫教授のこと(20歳の頃ーある教授との出会いー2)
 それまでの、寮とクラブが中心だった付き合いが、この頃から微妙に変化
していった。専門課程の三年になると卒業後が見えてくる。そこでドラッガー
を日本に紹介した野田一夫教授の「経営学」を選択した。その授業に驚いた。
≪ 2002/02/28 20歳の頃ーある教授との出会い−2(随想日記より)
 経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。ドラッガーの訳者。 
忘れられない授業があった。確か3年の時の6月の初旬あたりである。 講座は
「経営学」である。 その時の感激を今でも憶えている。学生時代の自分の中で
色々な内面のビッグバンがあった。 その中で「Aクラスのショック」であった。
ーその内容とはー【 諸君、同じ人間として生まれたからに、せっかくこうして
学んで人の上に立とうというなら、ロマンローランの「ベートーベンの生涯」
をぜひ読んでみなさい!ベートーベンは音楽家でありながら、難聴になった。
音楽家にとっての難聴は致命的。それを乗り越え、その心を作曲したのが
「運命」である。この本の中の彼の手紙に「絶望を突き抜け歓喜に!」
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実に拠ってだけでも、不幸に
耐ええることができる!」という言葉がある。不幸のどん底の中の意志の言葉
だから素晴らしいのだ。この本を買って繰り返し読みたまえ!これから諸君は
何らかの形で指導者になる人間だ。 素晴らしい本を読みたまえ。
勉強をもっともっとしたまえ。何処でも席を座るならこそこそ隅に座るな!
真ん中に座りなさい。】 大体がこんな内容であった。
 この時から何かが変わったように思えた。野田一夫教授は当時、ドラッガーの
訳者として高度成長期の売れっ子教授で、今でいうタレント教授的なところが
あった。自信と個性の塊のような人で、人をある方向に駆り立てるカリスマが
あった。その後立教を辞めた。多摩大学の創立総長として、何度かTVで
お目にかかった。更に宮城大学も同様に創立に関わり総長をされていた。
ドラッガーが愛読書になったのも野田教授のお陰である。 ≫
▼ この授業の直後、30日の欧州一周旅行に出発をした。そのカルチャー
 ショックは、あまりに大きな衝撃であった。21年間の小さな固定観念が
根こそぎ壊された。欧州文化と文明に直に触れ、また夜は連日、飲み歩き。
毎日、見るもの聞くものが、面白く、驚愕の連続。 この時期に、黄色人種の
日本人である自分を逆照射はベストだった。自分は、世界の広さも、深さも、
実は殆ど知らなかったことを、知ったということ。しかし、求めれば、知識も、
経験も、富も、自分の努力で得ることが出来ることに目覚めた。
その準備期間が学生時代ということに気づいた旅行になった。
・・・・・・
3647, 自己の探究 ー2
2011年03月21日(月)
    「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著)
 第二章の「関係としての自己」で、ソクラテスと自己の問題をあげている。
   * 汝自身を知れ  ー P28 ー
人間は無知であり、無知であることに対しても無知なのである。それゆえ
ソクラテスが強調したのは、何よりもおのれの無知に気づき、すこしでも
無知でない状態へと自己を導くことであった。そのためにこそ、自己は配慮
されなければならない。 無知な状態を脱して、真の知を得るためには、
よく生きる努力、自己の魂への配慮を欠いてはならない。そうしたソクラテス
の信念は、『ソクラテスの弁明』のなかのアテーナイ人への呼びかけに明らか。 
世にもすぐれた人よ、君はアテーナイという、知力においても、武力においても、
最も評判の高い偉大な国都の人でありながら、ただ金銭を、できるだけ多く
自分のものにしたいというようなことにだけ気をつかっていて、恥ずかしくは
ないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮や真実は気にかけず、精神を
できるだけすぐれたものにするということにも、気もつかわず、心配もして
いないというのは。 金銭欲や名誉欲といった誰もがとらわれやすいものから、
真実をめざして精神を配慮する方向への転換を説くソクラテスは、当時嫌味な
老人として嘲笑と反発を買ったかもしれないが、自己に向かう態度を頑固な
までに強調する。彼は、自己が金銭や他人の思惑などにひっぱられやすいもの
であると考えた。それゆえに、%A


5118, 社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 〜3

2015年03月20日(金)

       ―ポル・ポト―ある悪夢の歴史〜フィリップ ショート (著)ー
 * ポル・ポト ―自国民の二割を虐殺した男
   〜まずはアマゾンの商品説明より
≪ カンボジアで二十世紀の歴史に汚点を残す大量虐殺がなぜ起きたのか?
 人口700万人のうち150万人が犠牲になった、クメール・ルージュ/カンボジア
共産党首領ポル・ポトの伝記。極度の秘密主義を貫いた彼の生涯は、これまで
闇に包まれていた。しかし本書は、その軌跡を追い、クメール・ルージュ組織、
粛清、権力奪取、大量虐殺、失墜、死までを、綿密な取材とインタビュー、
膨大な資料を駆使して克明に描き出した、「決定版」といえる大著。
 パリ留学から帰国したポル・ポトはクメール・ルージュを組織し、都市=
ブルジョア思想に毒された場所、農村=革命の前衛という図式を掲げて農村を
オルグ、独自の共産主義路線を推し進める。彼は背後に隠れ、血の粛清に
基づく恐怖政治で支配を固め、プノンペン占領を果たす。都市人口の大量移動、
通貨・商業の廃止、家族制度の廃止と共同の食事、強制労働など、極端な空想
社会主義は多大な犠牲者を生むことになる。まさに「悪夢の歴史」だ。
大量虐殺はなぜ起きたのか? 蛮行と悲劇の全貌を暴いた本書は我々に問い
かけるが、それは重く、根深い。≫
▼ ポルポトは空想社会主義を信じ、通貨・商業の廃止、強制労働、家族制度
 の廃止を貫き、反抗する者はすべて拷問・虐殺。結果として国民の4分の1を
抹殺した。両親から引離された子供が、その拷問の執行者。1970年頃から2000年
頃までのカンボジアで起きた権力闘争や虐殺などの詳細の多くの書籍で語られ
ているが、その内容たるや、想像を絶している。出世のため、地方の役人が
しでかし、それを見て見ぬふりの毛沢東とは違い、その指示をした確信犯。
ヒトラー、毛沢東、スターリンに匹敵する虐殺が、10数年前までアジアであった
事実は何とも痛ましい。国力の向上には優勝劣敗の弱肉強食のシステムが必要
だが、大多数を占める弱者を如何に守るかが問題になる。それも文化人を狙い
うちにしたのだから、絶望的な所業である。他にも、中国による、チベット民族
120万人の虐殺があるが、何故か世界のマスコミは誰も語ろうとしない。
・・・・・・
4753,そんなに長生きしたいですか ー5
2014年03月20日(木)
      『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 老人力より、満足力、感謝力を
 著者は私より10歳若いので、老いの実感が少し違うのは仕方がない。
老いは、60歳代は重症の病がない限り、ある意味、一生で最良の時節!
が分ってない? 夕暮れ時の楽しさである。70歳代も、その延長とみるのは、
無理があるが、人による。兄姉4人が70代だが、実際の心情は分からないが、
不幸でもなさそうだ。問題は、後期高齢者といわれる75歳以降。 
 ーここで紹介しているインディアンの教えの次の一節が良い!
《  おまえは(若者)わたし(老人)に言う、
    去年という年に住むご老人よ、
    昔の歌を歌うご老人よ、
    目を覚まして
    現実の世界を見てごらんなさいと。
   わたしはおまえに言う、
    どこにも住んでいない若者よ、
    雑音しか聞くことのない若者よ、
    世界はわたしの内部で育ってきた
    だからわたしは歳月とともに豊かなのだ。  
       (「今日は死ぬのにもってこいの日』ナンシー・ウッド著              
  老人は弱るからこそ、深い知恵をつけられる。失敗し、挫折し、何度も
  あきらめを経験するからこそ、新しい地平が見える。若さや元気ばかりに
  すがりついていては、知恵や満足から遠ざかるばかりです。
  だから幸福な老後を目指すなら、自らの境遇をあれこれ言う前に、
  満足力のをつけたほうが早道ではないか。
  ・・ 老人の知恵として、欲望にはきりがないと悟り、‘無頓着力’
  ‘満足力’‘感謝力’をつけたほうがいい。 それができれば、
  浅はかな若者たちも自然な敬意を抱くようになるでしょう。 》
▼ 若いうちは、感激力、感動力、感涙力が優先されるが、老いたら、満足力、
 感謝力、諦念力が必要というのは、現在、実感していること。ここでいう
「世界はわたしの内部で育ってきた だからわたしは豊かなのだ」は、老いて
こそ、実感できる言葉。老いれば老いるほど、世界は私の中に収まり、さらに
広がっていく!ネット社会は、その点、非常に便利になる。今のところ長生き
したいが、歳を重ねるにつれ、どう変化していくか? 歳月、人を待たず。
・・・・・・
4386, 「うつ」かもしれない ー2
2013年03月20日(水)
     ー「うつ」かもしれない ー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 ウツは躁鬱の躁の反動による「哀」の肥大による。その他にも連れ合いの
喪失、病気、失敗、トラブルなどあるが・・ バランスをとるには気分を切り
替えて、その肥大に喜と楽を加えることだ。これは意識すれば可能である。
   * ウツは、「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加による
≪ 「うつ」というのはある意味、人間の正常な反応の一つです。喜怒哀楽の
「哀」であり、私たちの日常に溢れています。ではなぜ「哀」だけが突出するか。
実は、こういう疑問の立て方に最大の欠陥があるのではないか。つまり「哀」
の突出ではなくて、「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加こそが、
「うつ」をもたらしていると思うのです。人間の基本的な感情である「喜び」
「怒り」「楽しさ」は、ある意味、積極的な他人との関わりのなかでしか
産出され得ない。それに対し「哀しさ」は、積極的な他人との関りだけでなく、
関りから撤退することでも産出されます。つまり、対人的な関わりの希薄さの
先鋭化こそが、「うつ」の増加を促進させる最大の因子ではないかと思う。
戦争のときに「うつ」が減るとされるのは、戦時中は人々の結びつきが強く
なるからかもしれません。現代は価値観の多様化した社会だと言われています。
そして思考力に若干の柔軟性を欠くとされる「うつ」の人たちは、そのような
価値観の急速な変遷に対応することが困難であるために、「うつ」になると
考えられてきました(10年程前までは、診断根拠として「うつ」になりやすい
性格「病前性格」が重視されていました。価値観の急速な変化に耐えられない
ために「うつ」になるというのは、「病前性格」があると想定した上での
仮説です)。そういう一面も確かに存在するでしょう。≫
▼ ウツを「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加によるという見方は
 初めて。そのため独り遊びが出来れば、ウツになりようがない。独り遊びは
喜怒楽を満たしてバランスをとる効果がある。 女性が男の二倍もウツ病になる
のは、独り遊びのチャンスが少ない社会構造にもある。 今回も、二年間が
大きな節目と精神面には気をつけていた。まずは、冬期間二時間、夏場は三時間
の運動をする。この随想日記に集中する。週に一回はシネマに行く。読書の時間
を必ず持つ。就眠直後の4〜5時間は熟睡する工夫をした。スーパーやドラッグ
ストアで、一人で酒と肴や身の回りの買物をする。月に1〜2度は飲みに出る。
年に数度は地元から出ること、などを意識的にすることで何とか乗り越えてきた。
これは喜と楽を自分でつくり出すことになる。一日一生と、淡々とスケジュール
をこなしていれば、哀しみは肥大しない。それが出来ないのが、病。これも無知
による要素が大きい。群れてきた人は特に注意!「独りになれよ!群れてないで」
・・・・・・
4012, 事業生活39年の、独り語り ー1
2012年03月20日(火)
  * 意志の確定
 倒産から一年経つ。 過ぎてしまえば、アッという間だったが、ハードラン
ディングであることは間違いない。一年間は頭を冷やすということで事業総括
をしなかった?9・11テロ以来の10年の年計グラフの数字が、時代の大きな
断絶、「20世紀型既存業態の事業は全て終わった」と、語りかけていた。 
ネット世界が、もう一つ、現実世界の上に出来上がり、グローバル化を促進、
NO・1しか事業として成立しえない世界が現れてきた。そう見極め判断すれば、
割り切るしかない。そして、リーマンショックと、東北大震災である。 
私にとって40年近い事業が、この結果に終わったことは致命傷。
しかし事業人生の総括を一年経った現在、しておかなければならない。 
元々、実家が商家であり、終戦直後に生まれた時から、創業の真っ只中が幼児期
だったため、激しい日々が3つ児の魂に刻まれていた。 そして20歳の時に、
自分も創業をしたい!という気持ちが立ち上がってしまったことを以前ここで
書いていた。 まずは、そのコピーから
  * 20歳の頃ーある教授との出会い-1 2002/02/25
≪ この頃は大きなターニングポイントの時期であった。土がたっぷり付いて
 いた田舎青年が、それを必死に振り払い「自分に目覚め始めよう」としていた
時期であった。キリスト教倫理の教授に「将来の自分の設計」のテーマを夏休み
に与えられ、「生まれて初めて」に真剣に将来を考たレポートを出した。
その内容に対し心の入った文章の返事が返ってきた。200人の学生に対し、
これだけ長い心のこもった返事を書くもかと感激をした。それとも
「自分の熱意を込めた内容に対する特別の返事」だったのか? 
鈴木教授という名前と、授業内容が心のこもった内容であった事を憶えている。
私のその時書いた内容は、一ヶ月考え抜いた内容。初めて第三者に自分の心情を
書いた。いや書かされたのかも知れない。要旨は「両親の生き方」に対し
姉兄はその激しさ厳しさにしり込みをした。そして安易な生き方を選んだが、
自分は父の生き方を選ぶことにする。 今になって特に「父の生きかた」に
男として魅力を感じるようになった。もしかしたら、「兄二人が20歳過ぎで
不幸な死に方をした」ことも書いたかもしれない。心のこもった返事とは
「その中で、よく父の生き方を肯定をした。そしてその生きかたを選んだ貴方の
決心が心から嬉しい。貴方が自分自身で考え抜いて判断したこと、そのことが
素晴らしい!」というな内容。この時点で自分の生き方が変わった。
いや決まったように思える。もともと決まっていたのかもしれないが。 
 俄然それから目標がハッキリした。
「事業を起こそう!人と違った生き方をしてやろう!父が目標だ!≫
▼ それから45年後に倒産に至ったが、傷は、それほど深くない。
 ハッピーエンドとしても、大して変わりがないというと、虚勢になるが、
しかし私の人生は肯定するしかない。しかし充実はしていた。これを書いた
夏休み以降から俄然、日々が面白くなった。まずは、自分づくりが始まった。 
志を立て、目標を持つと人生は変わる。そして授業の科目を見渡すと、全てが、
そのための学問。そして、寮の先輩も同僚も、全てが個性的人間に見えてきた。 
丁度、将来に目覚める時期だった。
・・・・・・
3646, これまでの人生は何だったの?
2011年03月20日(日)
 地震 ―つれづれに 二題 ー9
  * これまでの人生は何だったの?
 九死に一生を得て、避難所に来た人のインタビューが生々しい上に哲学的。
ある中年女性が、「全ての生活を失って、これまでの生活と人生は何だろうか
考えてしまった」と呆然自失とした言葉が印象的。死など考えてもみなかった
人が突然、「あと数ヶ月」と宣告されて、これまでの人生を振り返った時の
言葉と同じである。これまでの生活全て目前で喪失してしまった純朴な人が、
走馬灯のように現象世界を呆然と振り返ったとき、「人生50年夢幻」の実感が
みてとれる。これは、まる一週間前に起きてしまった日本という国にとっても
同じ。この日を境に日本は、大きく変わってしまったのである。この事実を
見極めないと、判断を間違ってしまう。 また、「現在起こっていることが、
いまだ現実として受け入れられない」という言葉も、悪夢としてしか受け
とめられないのである。空ろな顔をした少女が行方不明の母親を探しながら
絶望的な声で「オカーさん」と叫んでいる姿は何をか言わんである。
一瞬で大津波が生活に襲ってきたとき、ただヒタスラ逃げるしかない。
そこで助かった人は、身ひとつしか残ってない。家族と家など全て失い、
避難所で何もなすすべが無い人が多く見かけられる。まさにホームレスの状態。
「私一人が生き残ったが、それが良かったかどうか、今でも分からない」
は、厳しい!
   * TVを見るたびに、絶望的な事態になっていく!
 ホウレン草と牛乳に基準値を超える放射能量が検出されたのに続き、
今度は水道から放射性ヨウ素が検出された。福島の、この時期のホウレン草
はビニールハウスでの栽培というし、牛乳の中にというと、タダゴトでない。
かなりの放射能が既に放出されているという事実を表している。最悪に向かって
ことが進むと、本州は壊滅するというのが。決してデマでないことになる。 
死の雨が農産物に行渡れば、我々に待っているのは言わずと知れたこと。
だから在日の外国人は、そそくさと帰国していったのである。函館か、九州に
でも長期旅行と考えてもみたが、何を今さら・・ 充分に生きてきたから、
数年早いか遅いなら、ジタバタすることもない? 
この数年、地球破滅を取り扱った映画を何本かみてきてが、
直面するとは、今でも信じられない日々である。 
・・・・・・・・
3281, 5千台、トヨタ車販売をした人の死
2010年03月20日(土)
 会社の車の保険の更新が毎年、この時期にある。いつもトヨタの営業の人から
電話がある時期にかかわらず、電話が来ないので事務の人が電話をしたところ、
「二日前に急に具合が悪くなり病院に行ったが、肺炎で昨日亡くなった」という。
そういえば去年のいま時分、数年ぶりに事務所に訪ねてきたが、ビックリする
ほど痩せこけていた。本人が言うには、「インドに行って帰ってきたら歩けない
ほど目眩がしたので病院に行ったら、何か訳の解らない奇病。 半年間、入院
をしていたが命にかかわる病だった」という。「たまたま紹介をしてもらった
先生が良かったので助かった」とか。初めに見てもらった病院の先生が好い
加減な先生で、処方箋の薬を貰いに行った薬局の窓口に人が、「あの先生は
当てにならない、他の病院に行った方が良いですよ」というので、知人の紹介で
新しい医者に行ったところ、奇病が分かって半年間、入院し命が助かったという。 
この中に現在の医師問題など多くの医療問題が隠されている。 
で、昨日の地元紙の朝刊に、本人の死亡広告が出ていたが、アッサリと人は
亡くなるものと驚いた。 加齢とともに、こういうことが多くなるのだろう。 
(字数制限のためカット 2012年3月20日)
 ・・・・・・・・
2906, ユングの世界のような夢
2009年03月20日(金)
 最近不思議なユング的?な夢をみる機会が多い。夢自体が不思議であるが。
  ーその一つを披瀝してみよう
 あるビルのような場所にいて、右の数メートル先にエレベーターがある。
そのエレベーターは、違う次元へ上がるようで、危険なイメージが漂っている。
ところが、上からエレベーターが下りてきて、数人の人間がドアから出てくる。
ところが全身何も着てない上に、全身が全て皮膚だけのノッペラの人間のカタチ
をした一団。階上から逃げてきたようで、私が反対にある違うエレベーターに
彼等を誘導し下界に連れて行く。その後そこに戻るが、禁断の上階への
エレベーターに乗ってみたくなる。思い切って乗ると、いつの間にか異次元の
天空に自分がいる。 時は40年前の20代前半である。そこには当時の
懐かしい人がいる。何もかも解放された天空の中で、全てが許されて洗い
流されている。しかし自分は、ここいることに疑問を持つ。もしかしたら、
あの皮膚だけの人たちと同じように、自分のそれからの過去が消されるのでは
と不安になる。 そのあたりで夢から醒める。
▼ 出来すぎたユングの世界ともいえる内容である。死と生の二つが重なり
 あった内容とも解釈できる。上階へのエレベーターで上がっていった先は
時空を超えた純粋意識。下界へのエレベーターは現実社会の世界で、横に
流れている日常である。面白いのは上階〈上界)から降りてきた人が
ノッペラの皮膚だけの(個性を削ぎ取られた)人間集団である。
その彼等を違う下り専用のエレベーターというところも面白い。心の構図
ということか。この随想日記で、人生をビルに喩え、10年単位でフロアーを
分けて何をすべきか云々を書いたのが影響したのか。その時に屋上から
見える外界のイメージが天国へと一歩踏み込んだ場所だろうか。
 ・・・・・・・・
2542, ロシアの小話、8つ( おまけ ) ー2
2008年03月20日(木)
・交通事情
*東京発モスクワ向けアエロフロート機内で突然モーターが動かなくなった。
 乗客はパニックに陥った。すると操縦席のドアが開いて、パラシュート姿の
 機長が出てきた。「皆様ご安心下さい。地上に救援を求めに行ってまいります」
*新潟発ナホトカ行きの大型旅客船が沈みかけている。 船内放送「乗船の
 皆様方の中で、切符を分割払いでお求めになったお客様。どうぞ1番初めに
 救命ボートにお乗り下さい」
・「もしもしニコライ先生ですか?女房が盲腸の発作で大変なんです。すぐに
 来て下さい!」「落ち着きなさい。あなたの奥さんは私が3年前に盲腸の手術
 をしましたよ。いいですか?人間には2つ目の盲腸はありえないんですから」
「はい、その通りです。でも先生、人間に2人目の妻がいても不思議ないですよね」
・「酔っぱらうってどういうこと」「ここにグラスが二つあるだろう 
 四つに見え出したら 酔っぱらったってことだ」
 「お父ちゃん そこにグラスは一つしかないよ」
・ 「あなた、指を入れるときは、指輪はずすっていう約束だったじゃないの」 
 「これ、腕時計だよ」
・旦那が予定外の帰宅。妻は愛人を無理やり窓から飛び下ろさせた。 
 落ちながら男は思う、「神様、私はなんて愚かなのでしょう!彼女のところ
 に首を突っ込んだが最後、今地面に叩きつけられて私は死ぬ。家には妻、
 子供、団欒。あそこに座っていれば、テレビでも見ていれば、茶でも
 飲んでいれば....。」 ボサッ。 柔らかい土の上に落ちました。
 体を起こし汚れを叩き落として、「畜生、頭の中にやたらとくだらん
 ことが浮かんで来るもんだぜ。」
・一人の男がバーに入り、バーテンダーに賭けを申し出た。 彼は言った。
「あそこの床にグラスを置いて、20フィート離れたとこから小便を一滴も
 こぼさずに命中させてやる。これに50ドル 賭けよう。ただし、こぼれた
 小便はお前さんが掃除しなけりゃならんがね 」 バーテンダーがこの賭けに
 乗ったので、男はグラスを床に置いた。そして、そこから20フィート(約6m)
 離れると、小便をバーの中全体に撒き散らした。小便は通路、床、バーの
 中にいた者のグラス、そしてバーテンダーにまでひっかかった。
 バーテンダーは、勝ち取った50ドルに笑みを浮かべながらバー内を清掃した。
 すると、賭けに負けたはずの男が笑い出した。 バーテンダーは訊いた。
 「おい、あんたは50ドル負けたんだぜ。なんで笑ってられるんだ 」
 男は答えた。 「外の歩道に突っ立ってるヤツがいるだろ。オレは、
 あいつに200ドルを賭けたのさ。このバーに入って、小便を撒き散ら
 して、バーテンダーに、笑みを浮かべながら掃除させてやるってね 」
(字数制限のためカット 2012年3月20日)


5117,カエル男の末路 −2

2015年03月19日(木)

       ー日本社会を埋め尽くすカエル男の末路ー深尾葉子著 
  日本社会を築いてきたのがカエル男。「依存としがみつき」を良しとして
 物事の本質(国債、原発事故、政治改革等)にメスを入れない?政治と社会。
そのカエル男社会の治安を乱したホリエモンは、世論に推された検察のシナリオ
で逮捕された。小さな井戸では蝦蟇カエルは、ジャマのようだ。
   * カエル男の4つのタイプとは
 ★ 依存型カエル男(妻にしがみつく) 
  〜月の小遣い1〜3万。独立や転職を「妻、子供がいる」
  と断念したことがある。私服がダサい。妻の話をよくする。〜
 ★ 攻撃型カエル男(家庭外で鬱憤を晴らす)
  〜議論が大得意。親分肌。ミスを部下に押し付ける。使えない部下を
  怒鳴りつける。接客態度が悪い居酒屋で、怒鳴りつける。
 ★ 自己犠牲型カエル男(終身雇用にしがみつく)
  〜35年の住宅ローンを組んでいる。何年もスーツとYシャツ以外の
  服を買ってない。自分は「そこそこ甲斐性がある」と思っている。
  自分は定年まで会社に居れるが、若い後輩は気の毒と思う。
 ★ 現実逃避型カエル男(自己啓発と絆に逃げ込む)
  〜若い愛人がいて、仲間内で不倫自慢をしている。酔っ払うと
  愚痴を言ってしまう。会社は居心地が良く、サービス残業も良しとする。
  休日はイオンや、ヨーカ堂で過ごすことが多い。
▼ 攻撃的型と、現実逃避型カエルは、我身に覚えがある。どの要素を
 誰もが少なからず持っている。『今夜は遅くなる!、○時にはカエル』と、
あいも変わらず毎晩、鳴いている。ひたすら均質性を求める池や田圃では、
彼等のコピーの子カエル、子タガメを再生産をする。大都市へのアクセスが
30分以内が国民の7〜8割を占める日本で、このシステムに何の疑問を
持たない善良な人たちが、日々を過ごす。この「箍」から逃れるには、
アメリカ的価値観から逃れれば良いが、そこは世間様とかが立ちはだかる。
 このシステムは、悲しいかな、敗戦国日本の行きついた姿。これに
スマフォが行渡ったのが、現在の社会現象に現れ出ている。
・・・・・・
4752,閑話小題 ー6年ぶりのパソコンに挑戦中!
2014年03月19日(水)
   * 6年ぶりのパソコン
 四月半ばのWindowsXP終了にともなって、新しいパソコンを導入して三週間。
(年金暮しで、ローンだが)これまでのPCは、iMacにWindowsVistaをのせて
6年以上使ってきたが、XP終了後からは本来のMac画面を切り替えて使う予定。
現在、ブログは今までのPCを使っているが、徐々にWindows8に移行をしていく。
 数ヶ月かけ、迷いに迷った末に選んだのは、ソニーの21インチのテーブル
トップ(大型タブレット)と、デスクトップの両用が可能。「型落ち」
(一シーズン前の秋冬シリーズもの)で、三割以上の値段が下っていた。
3・9キロと軽いので、居間と寝室と書斎に手軽に持ち運べて、使い勝手は
理想的。ほぼタブレットPCと同じ機能で、充電が出来て、WiFi機能もあり、
家では、無線で何処でも持ち運び可能。当然、6年前のVistaとの使いかって
の段差が大きい!「パソコンは四年で入れ替えるべし」の意味を実感している。 
SEの知人の助言、「新規の選定は、タッチ式が前提!」も、なるほど納得。
 パソコンは、デスクトップ、ノート型も、「タッチ式、直感的画面操作」
の流れである。 これで一挙にパソコン難民が使いこなせることになる。
慣れるに、iPadと同じく3ヶ月〜半年はかかるが、面白い!iPad以来の興奮。
旧来のWindows/Vistaが、本来のiMacになるので、アップスケール(脱皮)。
iPadも含めて果てしない情報機器の進化の恩恵である。この進化も、メガネ、
腕時計、チョッキなどウェアラブルPCになっていく。 面白い時代である。
   * 追憶の写真旅
 Yahooのブログに、過ってツアーで行先の写真を、ネット上で探し載せて
いるが、これが奇妙な感覚で面白い!同じ対象を違う人の視線で見ると、
自分が見ているような錯覚が起こる。例えば長岡花火を、後日、ネット上
からみると、分かるはずだが、違う視線を幾つか加えると、その時の臨場感
が鮮明に思い出される。実際は、混雑の中のお祭り騒ぎが加わり、面白み、
迫力が違うが、それでも、ネットで行先の写真をみて、感じとった一瞬は、
当時を彷彿させる。現場感覚があるのが、追憶の旅を面白くする。
それはTVの旅番組で同じ。後退的だが、情報化の恩恵の味わいも良い。
・・・・・・
4385, 「うつ」かもしれない ー1
2013年03月19日(火)
     ー「うつ」かもしれない ー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 うつ病に関しての書評を幾つか書いてきた。
【2012/05/09 本当は怖い抗うつ剤】
【2012/01/23 他人を責める「新型うつ」について】
【2011/11/24 「現代型うつ」とは】
【2010年02月13日(土)「うつ」9つの症状】【3246,新・欝の時代】
【2007/06/05 2254 ビョーキな人々探訪記 *鬱病について】
【2006/10/27 2033, 躁鬱病について】【2005/12/18 1720, 生きるのがつらい】
【2003/07/15 「阿弥陀堂だより」−映画日記】 よく書いたものだ。
 平均、それぞれ4回として、9×4=36回は書いたことになる。
それぞれの視点で切り口を変えた本は、病気というより人間の本質を教える。
著者は年に何人も死なせている。だから、うつ病の恐さを知り尽くし警告する。
  ーアマゾンの内容紹介ーより
【 私が精神科医として働き始めて、二〇年近く経ちます。その間、私自身が
 把握しているだけで数十人のうつ病の受け持ち患者さんが自殺しています。
必ず毎年、数人の患者さんが自殺してしまうのです。そしてその度に
「もっと適切な方法があったのでは」「私が主治医でなければ自殺しないで
済んだのではないか」という慚愧の念に強くとらわれます。(略)・・
 今回、うつ病の本を書くにあたり、これまで私の記憶から排除しようと
していた、死に至った患者さんたちのことを思い起こしました。(本文より)】
 ここで、一般に「「うつ」は、心のカゼであり、早期治療でクスリを飲めば
治る」というような解説が多いが、著者はこのような考え方を明確に否定し、
「うつ」に罹った人のうち一定数は必ず自殺する」という認識をしている。
 本来「うつ」としてきっちりと治療すべき人を「自律神経失調症」として
安易に診断していたり、「うつ」で休職した人を無理に早く職場復帰させる
ことはとても危険であるという。
 以下の九項目のうち五つ以上該当し(1と2のどちらか含まれる)、
  それが二週間以上続いていたら「うつ」と判断される。
1、一日中気持ちがしずむ 2、これまで好きだったことが楽しく感じられない
3、急に体重や食欲が落ちる 4、眠れない、あるいは眠りすぎる  
5、ソワソワと落ち着かなくなったり、反対に動作が鈍くなる
6、毎日体がだるく、なにもする気がしない  7、自分をダメ人間だと考える
8、なにも決められなくなり集中して考えられない  9、死にたいと思う
▼ 多くの「うつ」に関する本を読み、身近の人の相談にのったり、青年期の
 ウツ症状の時、独りで本などを読み乗り越えてきたが、人間の心身は生もの。
いつなん時、襲いくるか分からない。これは慢性病になる可能性があり、下手
をすると死に至る病。九項目の中で、一つか二つはあるが、それも一瞬の間だけ。 
そういえば、節目時に、「虚無感」に陥ったことがあった。あの不思議な捉え
どころない自信喪失というか、虚無感、脱力感。 振り返ってみても底知れぬ
心の状態である。現在の私の状況、最もウツになりやすい事態だが、戦争時に
ウツは出ないのと同じ。それと遊んでいる? とすると痴呆かい
・・・・・・
4011, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー4
2012年03月19日(月)
   ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ーキングスレイ・ウォード著
 * 実業界には三種類の成功者群がある  ー 翻訳者の、後書きより ー
【 実業界には、三種類の成功者、つまり二億ドル人間と、二千万ドル人間と、
 二百万ドル人間がいるといわれます。二億ドル人間は、自分の起こした事業を
世界的規模に育てあげて市場を征服することに夢を託す本来的な企業家、実業家。
その結果蓄積される個入の財産は二億ドル(約二百四十億円)を下らないでしょう。
一方、二千万ドル人間は、むしろ経済的な成功の成果である富で普通の人には
できない豪華な生活、つまり豪邸に最高級車、使用人がいて、海外の別荘で
ゴルフといった生活を楽しみたい人たちです。二千万ドル(約二十四億円)以上
の財産がなければ、そのような生活は望めません。そして二百万ドル人間は、
ウォード氏のような人たちです。製造業の例をあげるなら、二億ドル人間は
ホンダの創業者本田宗一郎、二千万ドル人間はホンダと創業をともにした
本社の幹部や部長たちと、関連会社の部品などの経営者たち、二百万ドルは
自営業の域を出ない下請けの町工場の事業主ということになるでしょう。 
二百万ドルは家族を養い、善良な市民の務めを果たしながら二百万ドルの資産
を築けば、よくやったと自分をほめてやれる、ごく普通の金銭感覚を失わない
市井の入です。本書で述べられているウォード氏の意見が私たちの共感を呼び、
私たちにとって適切な助言になるのは、ウォード氏がビジネスマンとして
成功しながらも、市井人の心を失わない二百万ドルであるからです。 
お金は生活を保証するもの、人生にはお金で買えないもっと大切なものがある
というのがウォード氏の持論です。大企業の創業者の人並みはずれた才能、
努力、そして時代を彩るまばゆいばかりのドラマをウォード氏に期待する
ことはできませんが、人生の成功者としてのウォード氏の功績は、決して
彼らに劣りません。ウォード氏は普通の人たちの普通の悩みや喜びを語る
ことによって、人生の成功者になるための秘訣を明らかにしています。 】
 ▼ 三種の成功者の分類が面白い。 娑婆は、それで色分けをして
人の価値を決めていく。日本でも、この数値が百〜二百万、千〜二千万、
一〜二億ドルと少し下がるが、こんなもの。これが人間の価値と信じて
疑わないのが、俗に言う世間様。一歩ひいてみると滑稽に見えるが、世の中
の9割が金で買えるという幻覚の中にいると、それはそれで目安になる。
3つの震災で実業界から退場してみて、「娑婆など死んで三日も経てば、
‘それがどうした!’でしかない儚い世でしかないのが分かる。
逆に、これも肯定してみるのも一つの理で面白い。事業人生を決心してから
去年までの45年間は面白かったが、赤裸々の人生。しかし45年間を通じて
人間社会の実態を多くを学ぶことが出きた充実感が残った。
それも3つの大震災で崩壊。敗者の弁かい!
 ・・・・・・
3645, 地震 ―つれづれに  ー8
2011年03月19日(土)
  * 震災 まる一週間
 地震も、昨日でまる一週間になる。当初は、ここまでの大震災とは思って
もいなかったが、時間が経過するにつれて、歴史的な大震災の姿が現われ出て
きている。その上に原発事故の誘発である。大津波だけでも歴史的大災害の上に、
大爆発をして日本中が被爆をしたら本州全体が破綻してしまう可能性がある。
3月11日から日本は、全く違う国になってしまったのである。村山が首相に
なった時に神戸震災、そして今度の首相で、この大震災である。現在、我われは
誰もが身近にデジタルカメラとビデオを持ち歩いている。そのために生生しい
写真とビデオが、あらゆる角度から映し出されている。それが規制無しでネット
で多く飛び交っている。その結果リアルの現実が直接、目前に突きつけられる。 
一つ例に挙げると、私の学生時代の友人が、仙台を気に入って終の棲家として
仙台飛行場近くの漁村に住んでいる便りを貰った。恐らく巻き込まれたのでは
と、その村の名前を検索したところ、その地の震災の惨状の写真が、その村の
ブログに載っていた。跡形もない村の惨状に、驚いてしまった。。
   * 原発事故のリアルな現実
 福島原発事故で、20〜30キロ内の屋内退避が県外退避に転換され
大型バスでの移動が始った。この圏内には14万人が居住していて、今後、
一斉に退避が始まるが、問題はガソリンや食料がないこと。米国などでは、
80キロ圏内の避難を指示しているが、福島原発の80キロ圏内には、更に
数十万人がいる。最悪の大爆発が生じて、放射能が日本中を覆うことになれば
日本壊滅になってしまう。 それが、この数日中に発生する可能性が大と
いうから、何をいわんかである。 リーマンショックで疲弊している上に、
この大震災と原発事故の二重の打撃は、日本経済は致命傷になってしまう。 
まず早急に消費税などの直接税が20パーセントも現実問題になる。
これは15パーの収入減と同じことになる。もちろん、この事態では当然、
受けいれるしかないが、体力を消耗してしまった中小企業は致命傷になる。
日本全体が被災者という現実がある。
 ・・・・・・・
3280, 人みな骨になるならば ー2
2010年03月19日(金)
  * わたしは特別か?          
ー まずは、次の部分の抜粋から  P−41
自分だけは大丈夫と感じる原初的な感覚を、E.エリクソンは「基本的信頼」
と名づけた。幼児期における適切な保護か養育者との愛着関係によって成立して
いるかに信じられている。個人差はあるだろうが、相当の怖がりやでも心の底に、
「自分だけは大丈夫だろう」という最低限の楽天性が備わっている。たしかに、
数百の卵子と、数億個の精子のうちの、一つずつが合体することでも大変な
奇遇である。・・ われわれは生きているというだけですでに、宝くじを三回
買って三回とも当たったぐらいラッキ-な人物なのである。そのことを特別な
存在だと感じても不思議ではない。もちろん、自分が特別だと感じる根拠はそう
した生物学的事実によるのではなくて、われわれが直接的体験として自分しか
与えられていないといった心理学的(認識論的)事実に基づいている。 
われわれは各自の心しか直接に知ることがない。それ以外はすべて憶測である。
目の前にある花やコップでさえ、自分の感覚を信じないことには「在る」と
断定できない。ましてや自分以外の全人類は「在る」のかもしれないが、他方
すべてが幻影や書き割りのようなものなのかもしれない。コギト(われ思う)は
不確かだが、スム(われ在り)だけは確かなのだ。そもそも現在の自分の在り方を
「存在」と規定しないかぎり、それ以外に存在を規定する原理はない。
しかし、そんな特別な存在が地球上に何十億とひしめいているらしいのである。
そのことを認めたとたんに自分が特別でもなんでもないことを思い知らされる。
なにしろ、自分は特別だと実感している人間が自分以外にも六十億近くいる
ようなののだ。これならあきらめるしかない。わたしは特別な存在ではなく、
せいぜい六十億分の一の特別さにすぎない。宇宙において、わたしが生まれたり
死んだりすることの重要性は、地球の裏側でアンデスのインディオの一人が
生き死にすることの重要性と何らかのかわりのないものである。・・・
「人間は特別」という価値観は人間だけにしか共有されてないからである。
 ー
 人間は誰も、自分は特別の存在と思っている。で、還暦を過ぎて、そろそろ
ゴールが目前と感じ、自分の存在が必要とされないと気づいた時、特別の存在の
はずの自分が、逆に邪魔なものと思い悩むことになる。初老の身体の変わり目と、
それに気づく時期が重なり鬱症・鬱病という人生の節目が訪れる。 
宇宙の視点からみて「わたしは特別ではない」のは当たり前。
その当たり前のことを知らないまま、一生を終える。
・・・・・・・・・
2905, 寝入る瞬間を意識したことがあるか
 2009年03月19日(木)
 * 寝入る瞬間を経験したことがあるか?
ある随想に、「寝入る瞬間を経験しようと狙っているが、まだ経験をしてない。
それは死ぬ瞬間に類似しているのではないだろうか?云々・・・」とあった。
以前ここで書いたことがあるが、10年ほど前に、その経験をしたことがある。
その時に「過去の二万回で初めての経験だから貴重の経験だろう。無へ狭間の
瞬間の実感してみた」と記憶として刻印した。 具体的に、どうだったか?
というと、「TVを消した時の画面の感覚で、一瞬のスッと小さな点に意識が縮小
し消えいく感覚。もしかしたら、死ぬ時は、あの感覚ではないだろうか。」
一般的に多くの人が経験していることなのか、してないかは、私は知らない。 
先日、図書館で借りた「現代哲学がわかる」というAERAMOOKという
雑誌の特集号の中で、マギーという哲学者が「哲学人」という著書で、
「何故、人は眠る瞬間を意識できないか?」というテーマで論じていると。
(詳細は書いてなかった)とすると、その瞬間は意識できないことになる。
しかし私は、その一瞬を捉えたのは間違いない事実。私が特殊経験をしたのか、
それともマギーが正しいのか? ネットで「寝る瞬間をけいけんしたか」と
検索したが解答はなかった。ーマギーの「何故、寝入る瞬間を把握できないか」
の論旨を知りたいが、私の推論をしてみる。<寝入ったとは意識が無くなると
いうことだ。 意識が無意識への瞬間など捉える由はないのは、その瞬間の
無の際を経験しようがないのは自明のことだ。見たという一瞬の知覚は、
まだ寝入っていない意識であり実は寝入ってなかったのである。
意識から無意識への移行の瞬時など膨大な無意識が小さな意識の一瞬の補足
できようがないのである。向こう側(寝入ったサイド)から見ると、その
瞬間=扉は、すでに無の世界である故、その瞬間など捉えられない・・ >
ーマギーは、こんなわけの解らない論旨ではないはずだが。しかし、私は
間違いなく、その瞬間を捉えた事実は事実としてあるし、夢ではなかった。
マドロミの中で、漂うことは何時ものことだが。
今度、この本を読んでみるつもりである。
・・・・・・・・・
2541, ウェブ時代 5つの定理 ?3
2008年03月19日(水)
まず梅田望夫の第四の定理について述べている部分を抜粋してみる。


5116.社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 〜2

2015年03月18日(水)

   * 迫害されたウクライナ人
 スターリンという悪魔 ーウクライナ人のジェノサイド「ホロドモール」。
  〜ネットによると、
≪ 1928年から1932年にかけ、ウクライナの農民が入れられたのは、
コルホーズではなく巨大な監獄のようなもの。村にいながら軍隊に包囲され、
飢えるままにされた。たとえ村から逃げ出せても都市に入ることはできない。
都市も軍隊に包囲されていた。その飢饉は、過ってロシアが経験したことが
ないほど厳しいもの。およそ一年半の間に人口の五分一の500〜700万人が
飢えて死に、人々の一部は、死んだ家族の肉を食べてかろうじて生き延びた。
 その迫害は、コサック撲滅政策という側面があった。当時のソビエトは、
コサックを迫害していた。コサックは、もともとウクライナ人の農奴から発生
した人々の集団。 当時のウクライナではユダヤ系の資産家が地主となり、
ウクライナ人の農奴が耕すという状態が続いていたため、ユダヤとウクライナ
の顕著な対立がありました。1932年12月27日、国内パスポート制が導入され、
農民達は農奴さながらに村や集団農場に縛り付けられた。ウクライナの国境
は封鎖され、自由な出入りは許されなくなった。遂に人々は病死した馬や
人間の死体を掘り起こして食べるに至り、その結果多数の人間が病死し、
赤ん坊を食べた事さえあった。通りは死体が転がり、所々に山積みされ、
死臭が漂っていた。≫
▼ スターリンがウクライナを計画的に絶滅させようとした酷いものだが、
 近年、ロシアはウクライナのクリミア半島を併合をした。その歴史を知ら
ない訳がない鳩山元首相が、クリミアに尻尾を振って行くとは言語道断!
北朝鮮、中国、ロシアという隣国が、ジェノサイドの過去を持っている中で、
海に囲まれ、平和ボケをした日本は、この現実を知ってか知らずか内向き。
グローバル化では、閉鎖的体質はマイナスにはたらく。アメリカ大統領の
トルーマンによる、東京大空襲と、広島、長崎の原爆投下も、一般市民の
大虐殺だが、何故か誰も声高に言わない、いや言えない? 軍事的にも、
経済的にも、日本はアメリカの統治下にある既成の事実に慣化されている。
・・・・・・
4751,そんなに長生きしたいですか ー4
2014年03月18日(火)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部羊著
   * 老後に安住の地があるか? 
《 この結論は「ない!」である。グループホームも、「認知症介護の切り札」
 として、マスコミで好意的に紹介されているが、現場は凄惨。グループホーム
は施設基準が緩いので、質のばらつきが大きくて住宅・不動産業界からの参入も
多く、専門性に疑問も生じる。職員は経験者が条件だが、無資格で働けるため、
最低賃金に近く、過酷な介護を担わせられたら、やめるか、手を抜くか、暴発
するか、いずれにしても、かなり危険な状況が多い。有料老人ホームの実態も、
ふれ込みはパラダイスだが、実態は大いに疑問のところが多い。介護企業の施設
も、本当に良いサービスをすれば評判が良くなり、顧客も増えるが、経営が
不安定になると、その理念など、簡単に捨てられる。公的な福祉は営利でない
ので、ある程度は信頼できるが、人手が足りなかったり、順番待ちが長かったり、
効率、工夫の点で、企業に劣っている。その点、企業の方が良いが、何か釈然と
しないものが残っている。・・徘徊の激しいおばあさんが、脳梗塞で寝たきりに
なったとき、世話をしていたお嫁さんがやつれた顔で「これで楽になります・・」
医師として不謹慎かもしれませんが、私は心から「よかったね」と思いました。》
▼ 老後の不安で大きいのが、終の住まい、生活がある。老いるほど、そこは
 決して安住の地ではなく、いずれも、非常に危険で、厳しい状況のようだ。
それも、薬漬けで脳をやられた廃人として、ただ生きているだけとしたら・・ 
 私たちは、その恐怖と不安のため、僅かな年金を節約して預金をする。
しかし、お金の余裕が有る無しに関わらず、「安住の地は無い」のである。
それなら、元気のうちが花。その日、その日を目いっぱい生きるしかない。
そう割り切ったら、妄想など当てにしないで、そのままを受け入れるしかない。
出来ることの一つが、死の知識の予習。もう一つは、般若心経の暗記か、
その読経の習慣である。色即是空、空即是色と諦念を心に植え付けることだ。
 安住の地は、心の奥底にしかない、ということ。 家は浄土真宗だから
南無阿弥陀仏の読経もあるが。安住の地など、考えてみたら、あるわけない。
誰もいない海の真っ只中で、安住の島を求めて彷徨っている漂流者の心持ちで
しかない!で、偶然だが、去年と2010年の同月同日の、以下の内容に続く! 
・・・・・・
4384, 背筋が寒くなる「一生時計」
2013年03月18日(月)
  * あと2時間しか残されていない?
 野口悠紀雄の「クラウド「超」仕事法」(講談社)を読んでいると、
その中に恐怖の「一生時計」というコラムが載っていた。アナログの時計で
一生を表すもので、1周が80歳になっている(日本人男性の30歳時における
平均余命が50歳であることを考慮して、80歳としている)とすると
40歳で時計上の6時の数字を針が指すことになる。著者の年齢からしては
10時半を過ぎている。それまでの経歴と歴史的事件が時計時間に振り分け、
人生を鳥瞰することが出来る。著者は、あと1時間半しかない。
その針が一刻一刻進むのを見ると背筋が寒くなるはず。これを応用した
一年時計も作れる。歴史的事件における自分の立場や、残り時間を鳥瞰する
にはアナログ時計を図示すればよい。 それからすると私の人生時間は
午後の8時過ぎ。あと4時間になる。
 これ商品化されている。買うかどうか迷っている。不摂生もあり、二時間
あるかどうか。それも不意に止まる可能性が充分ある。この年齢になると残存
時間も当てにならないのは周囲をみれば分かる。父は71歳で亡くなった。
一生時計では9時。あと一時間しかない。一番上の姉が12年前に現在の
私の年齢で亡くなった。時刻は8時である。 事業も二年前に清算したし、
やり残したことは殆どないが、せっかく与えられた時間を味わなければ。
あと一時間も5時間も永遠の時計からしたら、一瞬。この一生時計を机の前に
置いて刻々と過ぎていく時を眺めるのも一興か。目を背けて、まだまだ高を
くくっている。50から還暦まで残された人生分を圧縮して生きた分、
焦りは少ない。父の口癖、「死んでしまえば、それまでよ!」が実感。
 実際に同じ年代の人の4人に1人が既に亡くなっている。どの人をみても、
良い死に方には思えない。これが人生である。下記の2010年03月18日に、
「人みな骨になるならば」頼藤和寛著について偶然、書いてあった。
重ね合わせて読むと、連動する。
・・・・・・・
4010,デジタル化の波間で
2012年03月18日(日)
  * 愛蔵書120冊を電子化
 蔵書70冊を業者に送り電子化した書籍がメールで送付されてきた。
それをダウンロードし、iPadに入れた。去年の暮れに50冊を電子化して
いたので、合計120冊をiPadに入力し終えた。これでiPadに120冊
の本と、2000曲の音楽が入力された。 外出先でiPad立ち上げれば、
そこが「自分の居場所」になる。かって読んだ書籍が瞬時に読めるのと、
目次の上覧のページ検索に見たいページの数字を入れると瞬時出てくることと、
 電子シオリを気楽に挟めるのがよい。 上覧のシオリの部分を押しておくと
次回に、そのページが出てくる。分類ごとに本棚が作れ、並べ替えも気楽に
できるうえ、本棚の移動も気楽にできる。これでは、数年で紙から電子ブック化
の流れは大きくなり、紙出版は半減するはず。
パソコンも、ノート型からタブレットへ流れは大きく変化する。
  * 朝日新聞デジタル版
 電子新聞は、新聞社のブログがあるので必要はないのでは?と躊躇したが、
半年とってから決めようと、とりあえず入ってみた。朝日新聞の場合、新聞を
とっていると、プラス千円でよいが二つ必要かどうか?だが、今のところ、
その価値は認める。紙面の場合、その日が過ぎると二度と目にすることはないが、
これだと、過去一週間分が、直ぐに読めるところが良い。それと、当日の記事
内容で、気になった部分を再び読み返し、コピーできるところが便利である。
これは電子書籍にもいえる。デジタル化は、映画、TV、書籍、新聞などを
根こそぎ変えている。それがグローバル化を促進し、時代を激しく変動させる。
  ・・・・・・・
3644, 地震 ―つれづれに  ー7
2011年03月18日(金)
 ここまできたら、今更だが、原発事故の順序が一号機、三号機、二号機、
四号機、次に、6号機の順番である。ジクザグに一つおきに重ならないように
火災が発生している奇妙さである。 すべてが手遅れのため、隣り合わせの
爆発を避けるため一つおきにガス抜きをさせているとみると整合する。
メルトダウンを始めた原子炉は最後まで行き着く(暴発)しかないと
実しやかに言われている。Jリーグのサッカーの欧州出身監督は殆ど帰った。
欧州はチェルノブイリ原発事故の情報を持っているので、その恐ろしさを
知っているため。それが現在進行形で最悪に向けてカウントダウンに入った?
 その最悪とは何?だろうか考えると。ますは本州が全滅の上に、地球上に
大量の放射能をバラマクことである。 少なくとも原発??キロ以内は、
立ち入り禁止地区になり、当分は国内の米・野菜が一切、食べられなくなる? 
雨水も飲めなくなるとすると?それが広島の数千倍?の放射能を放出であれば? 
それを誰も口には出せないのが現状。評論家は、その最悪の想定値の場合、
広島や、チェルノブイリ事故と比較して語らない。もし語ったらパニックに
なるからだ。フランスとアメリカが、特別便の飛行機で自国民の救済に向かった
という・・ 日本を壊滅させるほどの大被害をもたらすものとしたら? 
まずは一番の被害者は、今回の津波の被災者になる。 至上最大の原発事故が
目前に迫っている現在、大津波と、いま正に東北・関東地区に襲うとする原発
事故が重なっているところが、不思議である。新潟も福島から200キロの
ところに位置して、安全といえない場所である。 しかし、今回の政府は
首都圏の三千万の住民に万一に備える警告をしていない。むしろ、逆の情報を
流している。何故、国家非常事態宣言をしないのか! 万一に備え逃避の準備
を呼びかけないのか!この程度の人物が何ゆえ首相なのか!今日から明日が、
一番危ないと思われる。とはいえ、何処に逃げればよいのか? 200キロも
500キロも同じと放射線の専門家医師が言っている中で、ジタバタしても
同じということか。それにしても、日本人は暢気である。自分もだが・・
たまたま去年の今日、虚無主義の論が書いてあった。
人みな骨になるのだから、今更がたがたすることもないか!
 ・・・・・・・・
3279, 人みな骨になるならば −1
2010年03月18日(木)
         「人みな骨になるならば」 頼藤和寛 著
 なかなか面白い人生論である。 副題がー虚無から始める人生論ーである。
初めから終わりまで、「人はみな骨になるならば」の虚無の思想が、どの言葉の
後ろにピッタリと付いている。といって、読んでいて気分が悪くならないのは、
本人の持っている温もりのためか。この本を書き終わった数年でガンが発見され
亡くなった。そのプロセスを書きのこした本
「わたし、ガンです ある精神科医の耐病記」も出されている。
「斯う居るも 皆骸骨ぞ 夕涼み」(一茶)の句が、この本のテーマである。
そして次から次へと繰り返される虚無思想。
・「誰しも認めたがらないことではあるが、おそらくわれわれ
 一人一人の人生が一種の無駄である。」とか。
・「我々には何十年という時間が与えられてしまっている。・・どうあがいて
 みたっって、逃れられない人生という檻のなかに?我々は産み落とされて
 しまったからには、檻の仕組みや外側がいかようであれ、にもかかわらず、
 その檻の中で 一舞いしてみせる?しかないではないか」
・「人生に、意味なんて無い。けど、何かに意味を見出さないと人は生きて
 いけない。だから、自ら意味を作る。それはまるで、無神論者が祈る神の
 ようなものだ」とか。宇宙人?の視線である。
   ーここで「エゴ・トリップ」という幻想を紹介している。
【「わたしが生きようが死のうが大したことは、といった現実は非常に
 不愉快な現実である。たぶん宇宙から見れば、一匹のゴキブリや一本の松が
生きたり死んだりするのと大して変わりない。この現実から逃れるため人間は
実にさまざまのことをしてきた。われわれの自我は、その酷薄な現実に堪え
られないようだ。それに堪えるために人間は自分の意味を膨らませるために、
自分を誇大視するか、あるいは自分が属する何かを大層なものにするか、
に心をくだいた。・・自分の存在を「なにものでもない。」という実態から、
「なにものか」であるような幻想へと昇格させようという営みの全てを
エゴ・トリップという。 自分を膨張させようとする、あえない試みである。
 これは子供の背伸びから、青年の客気、男女の虚栄や見栄、年寄りのあがき
に至るまで、およそ人間の煩悩や業の全てに浸透している動機のひとつである。 
宗教的な修行や脱俗ですら、それによって自分を特別なものに昇格させたい
という目論見が透けて見える。 】
 ー考えてみれば、われわれの生活の中で何らかの努力をもった営み全てが、
エゴ・トリップと考えると、人生そのものがエゴ・トリップゲームになる。 
しかし、秘境ツアーで大自然の美しさや広大な姿に触れて、感動した経験を
多く持つ身にとって、それはエゴ・トリップとは違う、と思うが、どうだろう。
特別に昇格したいのでなく、対象に自分が溶け込んでしまう経験そのものが
良いからである。すべて夢の中 か〜 そして、すべてがエゴ・トリップで
しかないのか? そう思うと気が楽になるが!
 ・・・・・・・・
2904,清水洋の経済危機
2009年03月18日(水)
 この人のセミナーを東京まで行って何年前から聞いてきた。
今年の彼のセミナーの案内がきたが、去年に二度出席したので、
今年は行かないと判断した。ところが案内のパンフレットに、そのDVDを
販売するとあった。セミナーは3万8千円、二万円なら安いが関連の本が十冊
買うことが出来る。といって、時が時だけに現場の生々しい視点からの現状の
情報も興味深い。去年、三回の彼のセミナーを知人とシェアをした(二度私が
参加し、一度は取引先の社長が参加)。今回も再びシェアをと声をかけた。
それが昨日の午前中に届いたので、午後から4時間部屋でパソコンを通し
聞いてみた。今回は一切メモを取らないで一度、脳にいれた後に、印象として
残った言葉を待つ実験をしてみることにした。「脳に残らないのは、
必要としないこと」という言葉を思い出したからである。
 −印象を、そのまま書いてみると・・・
・ハイパーインフレが数年後に起こる。そのタネを現在、世界中で公然と
 蒔き始めた。その芽が出てくるのが、数年後である。間違いなく、ある日に
 爆発的に発生する。
・不動産の暴落は、さらに大きく起きてくる。買いにきた初めの客に迷わずに
 売るべし。不動産の供給過剰は、これからの時代の趨勢である。東京の
 マンションや売りアパートは半値以下。それでも買い手がいなくなった。 
 銀行が金を出さないからである。 不動産の市場は想像を絶した惨状。
・三百年続いた近代工業主義社会が、この恐慌で間違いなく終焉した。 
 日本のバブル崩壊後に何とか主導してきた輸出立国モデルが崩壊した。
 これに替わるモデルが全く見当たらない現在、日本の将来に悲観的である。
・さらに少子化問題は、今後の日本にとって非常に大きなマイナス条件。
・金(きん)は、今後数年後には6〜7000円まで上がる。金が上がる
 というより、貨幣の価値が下がる。今度の金融恐慌に対して、世界中の
 トップが取れる政策は、ペーパーマネーを増発してハイパーインフレを
 起こすしか手立てはない。世界の資産家は、金の買い集めを始めている。
・実感として、そうじて40パーセント減である。政府は中小企業を潰さない
 ことを金融庁に指導している。その手立ての一つは、リ・スケジュール
 (返済計画の見直し)であり、それを利用すべきである。
・政府も銀行も信用すべきでない。自分の身は自分で守るべし。
▼ 以上だが、聞くたびに話しは辛らつになっている。私の事業は不動産の
 要素が7〜8割を占めるから、深刻である。再開発地区の物件だから、
救いがあるから、何とかやれているが・・・
 ・・・・・・・・
2540, ロシアの小話、8つ
 2008年03月18日(火)
小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。その中で、一番
スリルとサスペンスがあったのはソ連の体制時の小話だろう。ひつと間違えば、
秘密警察に連行されシベリアに流される。そのギリギリの中で、ひねりを
入れた小話を「アネクドート」といいうが、ロシア人は食事時などに普段人
には言えない鬱憤をぶちまけるために作られたブラックジョークだからこそ、
毒があり捻りが味がある? その幾つかインターネットで探してみたが、
ブラックージョーク収集を趣味としている私でも、なるほどと含み笑いを
してしまう。まずは、強烈なやつから順に・・ 息子が服をボロボロにして
帰宅しました。「どうしたんだ、お前」? 父親が厳しく問い詰めました。
「隣りの子と喧嘩した」「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい
服を買わなければならないじゃないか。」「だからどうなの。」 
ー息子が自慢気に答える。「あの子を見てみればいいんだよ。
あの子のお父さんは新しい子供を買うことになるだろうさ。」
・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、 
子「お母さん、僕、外国人になりたい」
・・・・・・・・・・
2007年03月18日(日)
2175, 14歳の君へ ー読書日記   (~Q~;)  おはよう??ファ?
  =「宇宙」について=
「14歳からの哲学」に引き続き、今度は「14歳の君へ」という本を買った。
(字数制限のためカット 2012年3月18日)


5115,吉本隆明の「幸福論」

2015年03月17日(火)

    * 老齢の幸福論
  吉本隆明の「幸福論」に、青年期、壮年期、老年期に分け、
 その老年期を更に三つ、老年期(65〜74)、超老年期(75〜84)、
 老年第三期(85歳以上)と分けている。現在の後期高齢者を二分割し、
 老年第三期を加えたもの。 私は、老年期半ばの69歳で、しっかりした
 老年になるが、その自覚はあまりに少ない。だが、歳月人を待たず!
  〜印象に残った箇所を抜粋すると
・「老年では、1年先のことなんか考えない、考えたって無駄。幸、不幸を
 ちいさく刻んで考え、ちょっとしたイイ気分でも、それで幸せ。な感覚」
・「一般に日本の場合は、孫と親と自分の三代は、理想的には同じ家にいて、
 老人は子供とうまくいってなくても孫とはそんなことないから、孫の相手を
 してる間は楽しいよ、ということです。」
・「老人っていうことは、心身両面が慢性的うつ病である」
・「嬉しいとか、辛いとかを、縮めて考えること。
  どっちも、そう長く続くものじゃないってね。」
・「人間の幸福・不幸とか、人生の目的は何とかは、若いときに考えるもの。
  年をとったら、長い周期で考えるのをやめることじゃないかな、何事も
  短い周期で考えればよい。」
・「自分の主治医は、自分。自分が良いと思ったことを自分でやるしかない」
▼ 一日一日をかみ締めて日々是好日で生きるしかない。老いてきた実感は、
 長生きは、思いの外、厳しい!ようだ。以前、身近な誰かが言っていた言葉、
『まさか、自分が年をとるとは考えてもいなかった!』が、言いえて妙である。
老いは誰もが通る道。『子供しかるな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ』
が老いの先。父のように71歳で逝くか、母親のように88歳を目指すか? 
 やはり、想定を75歳が? 「良いこと3に、悪いこと1」を目指し、
日々是好日、ということか。 探すと、確かに幾らでも面白いことはある!
四苦八苦に、十二楽二十四楽で対処するしかない。「老いの愉楽」ですか。
 私の場合、傷口が深いから、その二倍、二十四楽四十八楽でいくしかない!
・・・・・・
4750,閑話小題 〜マレーシア機不明はテロとすると
2014年03月17日(月)
  * マレーシア機不明で、謎深まる
   ー まずは、断片的ニュースより
《 マレーシア機不明 乗客のうち2人が盗まれた欧州連合(EU)加盟国の
 パスポートを悪用して搭乗していた可能性があることが、当局の発表や
 関係者の発言で8日に明らかになった。3月8日 》
《 ナジブ首相は、首都のクアラルンプールを離陸したマレーシア航空機の
 通信手段が離陸からほどなくして、意図的に切られたことを明らかにした。
 機体はその後、マレーシア東海岸の上空で航空管制のレーダーから外れ、
 西に向きを変えたという。そして、マレー半島を横切り北西へ向かった。
 離陸から約1時間25分後には、軍のレーダーからも姿を消した。
 こうした機体の動きについてナジブ首相は「こうした情報は(操縦士でない)
  何者かが航空機を操縦したと考えて矛盾しない」と述べた。
 また通信衛星のデータを解析した結果、軍のレーダーから消えた約6時間後
 の午前8時11分に機体の信号が衛星にとらえられていたという。レーダー
 のスイッチを切った上で当初のコースを外れ、6時間も飛行していたことが
 明らかになったマレーシア航空機。3月15日)》
《 機長は反政府派のアンワル・イブラヒム元副首相の熱烈な支持者であり、
 元副首相は先日3月7日、同性愛罪で禁固5年の実刑判決を受けた。
 消息不明になったのは翌日。なんらかの抗議か? 3月16日 》
▼ 当時、中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が開催されていたが、
 それに対するメッセージの可能性がある。「3月1日に発生した雲南省
 昆明駅でのテロ事件」や、「北京・天安門の毛沢東の肖像画汚す」事件も、
 党への不満。その一連とすると、非常に恐ろしい事件になる。
 消息が不明とすると、既に自爆をしたと見るべきか?それとも、何処かの
 国に侵入して撃ち落とされた?か。もし、機長がテロ犯としたら、北京の
 全人大に突っ込むことも可能だったが、その防御体制が出来ていただろうか?
 もし、実行されていたら「ソ連と同じような崩壊過程に入るほどの事件。 
 真相は、まだ分からないが、機長そのものがテロの実行犯としたら、
 「事実は少説より奇なり」になる。 中国の政治・経済バブル崩壊も
 チョットしたキッカケで起こる可能性を含んでいる!
・・・・・・
4383, 黒鳥は、いつ舞い降りてくるか分からない
2013年03月17日(日)              
 * 不測に備えよ!
       「なぜ多重債務者がベンツに乗れるのか?」鳥巣正樹 (著)
自家用車は20年以上前に買ったソアラである。現在も、ほとんど故障する
こともなく、乗り心地もベスト。スポーツタイプもあってエンジンも劣化した
感はない。燃費はL7キロだが、遠出は少ないのでガソリンは月に1万円。
当り外れでいえば、当りの車。査定ゼロで借金のカタにもならない。ところで、
「弁護士に全面委任したがよいが、どこまで信頼してよいものか?」
「個人保証分の債権のため個人破産をすべきか?」と戸迷っていた時、知人に
この本を紹介された。しかし殆ど読まないうちに忘れていたが、先日、書棚で
見つけ出し読んでみた。破産は債権者からすれば何も回収できない最悪の事態。
今回、余裕資金があるうちに弁護士に駆込んだのも債権者からみたら善し悪し。
破産は以前と違い個人への保護ネットと、この一連の経験の過程で知った。
著者は「最後の手段として、ぎりぎり、とっておくべき」という。
事業再開の意思など更々ないので破産を避ける必要性がない。ただ
「気持ちの問題、しないで済むものなら」と、現時点では、しない方針。 
著者の論からして、それが正しいようだ。ここで、「債務者の方が債権者より
強い立場にある」というが、実感である。まずは弁護士費用を用意しておく。
それ以前に長年かけ備えをしておくこと。黒鳥は、いつ舞い降りてくるか
分からない。  ーアマゾンの内容紹介ーより
≪ 合法的に、正々堂々と、借金を踏み倒す方法があった。
「借りた金はゼロになる!」。ズバリ、これが“新・債務整理論”。
本書では、事業ローン・住宅ローンをはじめ、多重に借金を抱える債務者を
救う借金返済術を大収録。「6億円の借金を踏み倒し、手元に残した1億円で
再スタートを図った社長」「4億円の借金を踏み倒し、家を手放すことなく
ベンツを乗り回し続ける社長」「3億円の借金を踏み倒し、事業再生に成功した
社長」など、合法的に借金をゼロにして、人生を再スタートさせた事例をもとに、
目からウロコの対応策を伝授します。父親の借金が原因で苦しい幼少時代を
余儀なくされた著者が、その復活劇から学んだ“踏み倒しノウハウ”が詰まって
います。借金は返すのがもちろん大前提だが、不幸にして返せない事態になった
場合、借金のために死ぬ必要はない。自己破産だってしなくてよい(自己破産は
最後のカード)。債権者だって人間、ハートとテクニックで開ける道もある。
そのためには筆者のようなプロに相談すべしという内容。
本書は、事業の借金や住宅ローンを返せなくなった人向けに書かれた本。≫
▼ 弁護士の当たり外れはある。30年来の会計事務所のグループで、
 同じ建物内の弁護士だったので安心していた。しかし、弁護士は債務者の
利益より法的正義を優先する立場。それを踏まえて対処すべきである。
債権者である銀行は、元もと損しない仕組みができている。長期事業のため
リスクヘッジを数十年積み上げてきた。が、「自分は大丈夫!」という気持ちが
あったことも事実。9・11、リーマンショック、3・11など想定できようがない。
何とか雪崩に巻き込まれる直前に決断。辛うじて最悪を逃れた。とはいえ
準備期間を入れ45年かけた事業崩壊。 そう簡単に割り切れないのが人情。
「問題の中心を凝視し続け、弱気にならない」それが長年の経験の対処法。
中小は個人保証が前提。奥さんの連帯保証を避け、奥さん名義の給与を
与えて、預金をするのは中小企業が出来る特権。そのためには、倒産、会社
整理=悪の考えを捨てること。誰ひとり、助けてはくれないのが娑婆!
家内も含め、両親からの染付いた情報と体質が、最後の拠りどころ。
・・・・・・
4009, 昼間、何してる?
2012年03月17日(土)
 数年前の集まりで、久々の高校時代の同期に「Uターンをして毎日、
何をして過ごしている?」と聞いたことがある。それと同じ質問を現在、
自分がされた。その時、「スポーツセンターとか、図書館とか、暇を持て余す
ことはない現在の私と同じような答えであった。それでも、暇そう、としか
思えなかった。私はアウトサイダーで群れることが好きでなく、同級会以外は
一対一の付合いが多い。 それもあり、月に平均二度の飲み会以外に知人友人
との接触が少なくても平気である。ブログなどで、自分の気持ちを開放し書いて
いるので孤独感は無い。ジムで人の中で運動していることも気持ちが落ち着く。
 参考のために、昨日の一日のスケジュールを、そのまま列記すると
4:20 起床ー>随想日記の下書き修正、ネットへアップと、翌日分の荒書。
6:50  コーヒー・タイムと、新聞閲覧とTV(モーニングショー)
7:40  朝食と、TV       8:20 風呂
9:20  書斎で読書、パソコン
11:00 昼飯(牛丼店)後、   11:30アピタのシネマで映画
13:40 スポーツジムへ (ホリディSJが休日のため、公営のミニSJへ)
14:40 図書館、ドラッグストア、給油
16:00 居間で休憩後、書斎で読書
17:20 TV(大相撲)、晩酌 TV(録画)
20:00 パソコン・・・     21:20 就寝
▼ 金曜と日曜は民間のジムが使えないため公営のジムに行く。
4月〜11月は、4時半に起床、6時まで、この随想日記の書き上げと、
そのアップと、翌日分の下書きをする。その後、一時間かけて信濃川の
二つの大橋を自転車で一周する。飲み会が月に平均二回。アピタのシネマに
月2〜3回。ランチが週2〜3回。図書館と蔦屋は、週一。この合間の隙間
時間に、iPadで、読書、ゲーム、ネットサーフィン、電子新聞・雑誌を
見たりする。私として充実しており、一週間はアッという間。
  ・・・・・・
3643, 大地震 ―小題二題  ー6
2011年03月17日(木)
  * やはり国家非常事態宣言が必要では!
 非常事態宣言が可能な法律があるかどうか知るところではないが、超法規で
期限を決めて、警察、軍隊、消防、金融政策をトップレベルで決定する権限を
与えた臨時的組織体制をつくるべきである。一番相応しくない人が、最悪の時に
トップにいる不幸も、日本の宿命である。 といって、今さら、この急場に
首の挿げ替えをしている時間はない。宣言と、メンバーの顔ぶれを並べ、
迅速に動いている姿をみ見せるだけで国民は安心するはずだ。空ろな顔をして、
メモを読んでいる姿をみるにつけ、パニックに火をつけるだけ。 武道館を
本部にして、政府機関のトップと、そのスタッフを集め、情報の共有化を迅速
にして、即決即断しないと、被災者も、これからの被災者もすくわれない。
  * 原発事故難民が新潟にも
 昨日、車で新潟から長岡までの帰り途中にラジオで、「福島からの避難民
の方は、この電話番号・・に電話を下さい」と放送していた。避難所の紹介。
東北自動車道が閉鎖されているためか、高速自動車道は車で満ちていた。
TVで、ぞくぞくと逃げてきた被災民が新潟市の体育館などに詰め掛けている
画面を映し出していた。その前に、ホテルに一泊しシャワーを浴びる宿泊客の
車が駅前に溢れている。 三人の男性の宿泊客が、「宮城から食料と、生活雑貨
の買出しにきた。街には死体が散乱していて、死臭が凄い。」と言っていた。
関東も関西方面に避難している車が多くあるという。日ごと、この災害の影響が
私たちにも迫ってきている。 避難のため、得別便を日本に飛ばす国があったり、
大使館の機能を関西に移動している国もある。我々は、ただ座して放射能の被爆
を受けるしかないのか! 大して先が残されてないので、諦めがつくが、
若い人たちや、日本国家を考えると、絶望的になるのは当然のこと。 
まだ、発生より6日目でしかない。
・・・・・・・
3278, 哲学者は神について、どのように語ったか ー6
 2010年03月17日(水)
  * ニーチェの「ルサンチマン」
 「財力や権力より、魂の美しさに価値があり、他者を愛し、他者のために
尽しなさい。貧しき者は幸いである。」と説くキリスト教。 その道徳も、
弱者の自己防衛にすぎないと主張したニーチェ。弱者同士が欲望を否定し、
弱者同士が慰めあう考えに矛盾を感じ「死後の天国」という幻想のため善行を
積むことを「奴隷の道徳」と否定、天国のことを考え、この世の生を否定する
ことを、死への意思と非難した。神、天国が幻想と暴いたニーチェは
「神が死んだ」と宣言をした。宗教そのものが弱者がつくり出した幻想と
堂々と当時、言い放ったのである。キリスト教を教会も、権力者も、弱者を
「貧しきものは幸いである」で、納得させるに都合が良かったのである。
彼は人間の生の原動力を「力への意志」と考えた。誰も自分をパワーアップ
して生きたいもの。しかし、大部分の人は挫折をし恨みや憎悪(ルサンチマン)
を抱えて、小さく生きている。要は、この世の生に向き合わず、宗教のいう
天国や来世を幻想して生きるのである。その幻想をキッパリと捨て去り、
今の、この世を生きることを肯定せよと主張したのである。神が死んだことで、
神によって規定されることなく、無限の可能性を持ったともいえる。
キリスト教で絶対的な神は、人間を創造する存在だったが、しかし、神が
死んだことで、人間こそが真の創造者になった。人間は何を創造するか
というと、「超人」である。超人とは、「人間は神なしですませる為に、
勇気、頭脳明晰、自負、独立性と苛酷性を持った人間」である。超人は、
そうした強靭と知恵とを持って、その生を生きます。生の苦痛に耐えて、
それを肯定することは、自分の運命に堪えることになる。悲惨でも、その
「運命を愛すること」のみが必要にとされるのである。人間は、「生まれ、
生きて、死んでいく」、この意味のない有為転変が永遠に続くだけだが、
自分に与えられた運命を良く生きることで、この永劫回帰の苦痛を克服できる
のである。各々の運命を愛しながら生きることが大事なのである。
一応、彼で近代が終わったといってよい。権力者や、それにつながる聖職者
にとって大多数の弱者をコントロールするに宗教ほど都合良いものはない。
ヨーロッパ人が、アフリカやアジアに進出する前段階に、キリスト教の普及を
したのは、そのためである。アーリア人がインドを占領し、ヒンズー教を
つくり、カースト制度を植えつけたのも、それである。
 ・・・・・・・
2903, 日本は輸出立国か?
2009年03月17日(火)
 野口悠紀雄は、その著書「世界経済危機」で、「アメリカの金融立国に
対応して円安にして資金を供給し、かつ円安メリットを最大限利用して輸出
立国をつくりあげた日本はアメリカと同罪である」と断じている。
ところが果たして日本が輸出立国かという素朴な疑問が生じるのも事実である。
そこで他国のGDPの輸出比率はどうなっているか調べてみたところ、意外な数字。
・中国 37パーセント    ・韓国 37パーセント
・ロシア 30パーセント   ・欧州平均 50パーセントの数字であった。
・原油輸出国のクエート 56パーセント。他の産油国では90%以上だろう。
これからみると日本は輸出立国と果たしていえるのだろうか。しかし輸入が
13〜4パーセントになるので、輸出をしなければ国が成り立たない。特に
資源輸入国なので、それを稼ぎ出さないければならない。石油などのエネルギー
を20兆円、食料6兆円の輸入をしているから、少なくともそれだけの輸出を
確保しなければならない。食料自給率が40パーセントを割ったことも、
日本にとって不利である。とはいえ、日本は中国など世界中に工場を移転して
るので、一概に輸出立国を否定はできないが・・。
世界はグローバル化している中で、企業も国際化しないと生存できない時代。
アメリカのサブプライム問題で、日本の産業をリードしてきた輸出産業の崩壊
は、国の存亡の危機。特に今年が最重要の年である。 現在の日本の政治は、
それに対応しているのだろうか?と考えると暗澹とした気持ちになってしまう。 
非常事態には、非常体勢が必要なのに、何をしているのだろうか?
・・・・・・・・・
2539, 閑話小題  2008年03月17日(月)
 *三月の風景
三月は何ともいえない雰囲気で好きである。節目の時だからだろう。
「誰々が、どこそこの大学に合格した、入社した」とか、駅には卒業式の羽織袴
の姿と、小・中・高校を卒業した少年少女のエネルギーが街に溢れかえる。
近くの散歩コースの土手の雪が融け、小さな犬の散歩の姿が見られるようになる。
春の到来ということだ。 企業は退社する人と、入社する人の交差の不安定の
時期になる。野球のオープン戦と開幕戦が始まり、サッカーの開幕、大相撲
春場所が始まり、春の高校野球、そして卒業式の学生の姿が初々しく微笑ましい。
一年の節のの時節ということだ。
 *サブプライムローンと毒入り餃子
(字数の関係で中略ー2012年3月17日)
 *骨美人と水美人
(字数の関係で中略ー2010年3月17日)
・・・・・・・・
2007年03月17日(土)
 2174, 14歳からの哲学ー 2  オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
今回は池田晶子の真骨頂の部分といってよい「死について」考えてみよう。
以前に「あたりまえことばかり」という著書の中でも、死について述べている。
(いや、彼女のあらゆる著書の中で述べているが・・)最近、「死」について
考えると心地良いのはどういうことだろう。死を考えることは、生を考えること、
人生を考えることだからである。いや歳をとったということか。「あたりまえの
ことばかり」の中の、章 生きているとはどういうことかーの一節から・・
 ー死を知らないくせに、そのくせ知ったつもりでいる。
普通、死は恐い、恐怖、不安であり、いずれは死ぬという前提で人生を送っている。
他人の死ぬのをみて自分に当てはめて類推しているに過ぎない。自分が死ぬという
経験は絶対にありえない。もう一つの勘違いは、死体を見て、それで死を見た
と思う。ここが大事なことですが、死体は死ではないことに気づくと色いろな
ことがわかってくる。死体は物質ですが、死そのものは物質ではない。それでは
「死とは何か」の一般的な答えは、「無になる」ことです。無というものは
無いから無なわけです。無は存在しない。存在しか存在しない。したがって、
「死ぬことは無になること」という言い方によって、言われている無という
ものは無い。すなわち死はない、ということになります。にもかかわらず、
なぜ無い死を在ると思って人は生きていくのか。その視点を手に入れると、
死があると思って生きているこの世の光景が、可笑しく見えてくる。無いものを
在ると思っているのですから。思い込みですね。世の中のすべてが、錯覚の上で
動いている、これは面白い。ですから、死が存在しないと気がつきますと
「人生」という言葉の意味するところがまるっきし変わってくる。やがて死ぬ、
どうせ死ぬとは言えなくなる。なぜなら死は無いのだから、人生の意味は
まるっきし変わってくる。
 「あたりまえのことばかり」よりー
(字数の関係で中略ー2015年3月17日)


5114,カエル男の末路 −1

2015年03月16日(月)

        ー日本社会を埋め尽くすカエル男の末路ー深尾葉子著   
   * カエル男の正体とは
 〜まずは、アマゾンの紹介内容より〜
≪『タガメ女の正体』の第二弾にして姉妹作! タガメ女に箍めとられてカネと
 社会的リソースを搾取される「カエル男」が、日本の政治、経済を動かし、
部下や下請け会社、取引先といった周囲の関係者を搾取の”倍返し”で支配する
さまを、豊富なケーススタディをもとに紐解く。ビッグデータ、グローバル化が
いかに進行しようとも、日本の男たちの「カエル男」的体質が変わらない限り、
日本は失速し続け、ますます家庭生活は生きづらくなる構造矛盾を撃つ!! ≫
  〜印象に残った箇所を抜粋すると・・
* タガメ女とは、「収入のある男をガッチリと捕まえ、その財布のヒモを握る
 「専業主婦」。あるいは、共働きであっても、子どもや夫をコントロールし、
 家庭という王国の支配者として君臨する女性。・・
 「マンションや一戸建てと引き換えに結んだ35年間の住宅ローン。
 給料はすべて妻に吸い上げられ、渡される月の小遣いはわずか1万円。
 自由にできるカネがないので、まったく身動きがとれない。さらに、朝から
 晩まで命を削るように働き、ようやく休日がきたかと思えば”家庭サービス”
 という奉仕も求められる。カネと社会的リソース(労働力、経済的価値)を
 吸い尽くされ、気がつけば皮と骨だけになり死んでいく」(p.6)
* 「タガメ女・カエル男システム」はもはや食い止めることができないほど
 日本社会に蔓延(略)・・  たしかに「タガメ女・カエル男システム」
 の自己防衛本能には凄まじいものがあります。 恐らく、もうこの衝突は
 避けられません・・ ただ、ひとつ希望を言えば、衝突はしても「沈没」は
 避けることができるかもしれません。船の針路は帰ることができなくても、
 最善を尽くすことで正面衝突を避けることができる。そのため必要なことは、
 ひとりひとりの「生き残りたい」という強い思い。・・ 自分の人生を自分の
 力で生き、その命をまっとうするごとく普通の「ひとりの男」になればいい。
 いや、男も女も、まず「ひとりの人間」になるべきでしょう。その上で真に
 助け合う繋がりを紡ぎ出してゆく必要があります。だれかから搾取され、
 だれかを支配するような「ぶらさがり」の連鎖を断ち切って、ひとりでも
 多くの男たちがカエル男から脱却したとき、この日本は本当の意味で
 一人前国家になれるのかもしれません。」(p.200-)
* カエル男の4つのタイプとは
  依存型カエル男(妻にしがみつく)
  攻撃型カエル男(家庭外で鬱憤を晴らす)
  自己犠牲型カエル男(終身雇用にしがみつく)
  現実逃避型カエル男(自己啓発と絆に逃げ込む)
▼ 次回、この4つのタイプを中心に取り上げるが、どれもこれも
 身に覚えがある要素。特に攻撃的カエルは! 阿部首相を、その典型的
タイプと看破している。団塊の世代が定年に入った昨今、これらのカエルが、
家庭内で、ダガメと対峙しているが、これでは不景気が加速される。
・・・・・・
4749,そんなに長生きしたいですか ー3
2014年03月16日(日)
      『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 長寿の具体的危険とは
 長寿社会の陰で、老人に多くの危険が迫っている。そういう私も、母親の
介護で多くの経験をした。傍から見たら・・? 第三者と、当事者、そして
介護をする立場とでは全く違うのである。そして今度は、自分の番が近づく? 
その前に死にいくつもりだが、これだけは神(自然)の思し召し。いま出来る
ことは、前知識を蓄えておくことと、覚悟しかない!ーその辺りを纏めるとー 
《 簡単に死ねない時代に、長寿なるがゆえの危険が数多く控えている。
医療制度のため、そう簡単に死ねないのである。そこに当然、周囲との軋轢が
出て弱者の年寄りに危険が迫ってくる。特にプチ虐待は深刻。昔は、ものが
食べられなければ、自然に静かに死んでいけた。今は鼻からチューブを入れ
たり、胃ろうをつけたり、点滴や輸液で補い、生かし続ける。
食事補給だけでなく、呼吸も循環も、排泄も、あらゆる生理機能が人工的に
補助され、なかなか死ねないのである。長生き=善という考えを無批判に肯定
したため、死なせてやる視点が全くない。
 ー危険といえば
・孤独と憤懣の危機 :老いれば老いるほど強くなる。そして、短気になり、
 周囲と馴染めなくなる孤独な老人。
・自殺の危機 :元気で長生きで、優しい家族に囲まれても、危険がある。
 老人の自殺は、独居や夫婦二人の世帯より、二世代、三世代同居の方が多い。
 そこでは、子供が中心になり、収入も子供が得てくる。自分は役に立たない、
 いらない存在という鬱憤が蓄積し、自死につながる。
・マスコミ報道に踊らされる危険 :世間では、‘最悪のことを想定する’
 という考えは、あまり歓迎されない。どうしても‘良いこと’‘あるべき姿’
 に目がいってしまう。マスコミ報道は、老人虐待や少子高齢化社会の危機に
 切迫した警鐘をならすが、これは、老人世代を甘やかすことになる。
 常に完璧な、こうあるべき視点で、報じるから、老人の不満と、我が儘が
 蓄積していく。そこには、欲望肯定主義の陥穽がある。ただアンチエイジン
 だけでは幸せになれない。もっともっとという気持ちが、不満を増長
 させる。そして、孤独と憤懣のあげく、自殺への道になる。》
▼ 私自身の5年半の介護経験からして、母親当人は大変だったはず。
 そういう時期には、他の問題が重なるため、家族全体が、極限的危機状況
になる。肉体も、精神も老化のため弱体化し周囲に問題を投げかけるが、受け
止める余裕がない。寝たきり平均6〜7年とすると、あと5年も経たないうち、
その時期に入ることになる。アンチエイジングなどしないで、自然に任せて
いた方が良い!というのも肯ける。自死の権利なるものが何故無い?
・・・・・・
4382, ブラック・スワン −2
2013年03月16日(土)
 ブラック・スワン ー2
       「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」タレブ著
  ーまずは、「あるブログの要約」から ー 
≪ 歴史に接すると、人間の頭には3つの症状が出る。
1. 分かったという幻想。世界は実感するより遥かに複雑だが、
皆何が起こっているか自分には分かっていると思い込んでいる。
2. 振り返ったときの歪み。 我々は後付けで物事を解釈しがちになる。
(歴史は人が経験する現実よりも、本で読んだほうが分かりやすい)
3. 現実に起こった情報を過大評価する。権威と学識のある人は不自由になる。
特に物事を分類し始めると、それに縛られる。科学が導き出した結論の
いくつかは、めったに起こらないことが与える効果を過小評価したり、
完全に無視している。だから、現実の世界では使い物にならないケースが多い。
めったに起こらない出来事(黒い白鳥)を見るのに不自由だと、
他にも色々な事が起こる。
1. 最初から目に見える一部に焦点を当て、それを目に見えない部分に一般化。
2. はっきりとしたパターンを欲しがる自分を満足させる講釈で自分をごまかす。
3. 黒い白鳥なんていないかのように行動する。
4. 目に見えるものが全てとは限らない。歴史は黒い白鳥を隠し、
 それが起こるオッズを見誤らせる。
5. 私たちは素性のはっきりとした不確実性の源ばかりに注目する。
しかし、それらは黒い白鳥のリストとしては具体的すぎるので、
その結果、なかなか思いつかないその他の黒い白鳥は無視してしまう。
人間は現実に起こった物事に対して、やたら法則を作りたがる。
いったん法則の仮説を構築すると、その後はその仮説を立証しようとする
行為のみに熱中してしまう。歴史とは「後から起こったことの効果を
合わせて見た一連の事象」のことである。911テロ後の約3ヶ月間に、アメリカ
国内で交通事故で死亡する人が約1000人増加。これはテロの影響で飛行機に乗る
人が減り、その代わりに車で移動使用とする人が増加した結果である。実際、
飛行機事故よりも自動車事故の方が遥かに確率が高い。
 人々を2つのグループに分け、ピンぼけの消火栓の写真を見せる。
それが何だかわからないほどのピンぼけである。一方のグループには、
解像度を10段階に分けてゆっくり上げる。もう一方のグループにはもっと
すばやく5段階で上げる。そして、同じ解像度のところで、各グループに何の
画像かを尋ねる。すると、画像が消火栓と見分けられるのが早いのは、段階の
少ない方のグループであった。つまり、与えられる情報が多いほど、それだけ
人は仮説を多く作って、どんどん間違った方向に結論を持っていってしまう。≫
▼ 現在も、黒鳥が何羽か近くに来ているが、ほとんどは日常に気をとられ、
 自分に直接関係ないだろうと思っている。リーマンショックの直撃で、まさか
私が、この事態になるとは思ってもみなかった。9・11テロで直接、事業の根幹
を揺らぐとは、思いもよらなかった。まさか、1000年に一度の東北大震災が、
直撃しようとは。地元の中越の大地震二つも、まさかの黒鳥である。
人生にとってのブラック・スワンといえば、突然、目の前に突きつけられる
「死」である。必ず誰にもスワンは舞い降りてくる。私の人生時計は夜10時。
闇は深くなってきたが、生きている限り黒鳥は気配だけ。
・・・・・・・
4008, 閑話小題 ースローヨガなど
2012年03月16日(金)
  * 昭和的価値が人々を苦しめている!
 図書館で、何気なく月刊誌「新潮45」をチラ読みをしたところ、
ある対談の中で印象に残った言葉があった。「良い大学を出て大企業に入るか、
公務員になり、マンション買って、子供を二人つくり、とかいう戦後の昭和的
価値から抜け出せないで、苦しんでいる人が多い」という内容。特に、団塊世代
の親子、とりわけ子供の心に、その断層があり、両者が、その葛藤に苦しんで
いる、ということ。 ここで現役から退いて一年、昭和的価値観に影響された、
それまでの人生が見えてくる。学生時代の専攻が社会学だったこともあり、
卒業後も社会の潮流に興味を持ち、昭和的価値観を突き放し鳥瞰していたつもり
だった。しかし振り返ると終戦後から高度成長期の昭和的価値観に縛られていた
自分に、あらためて気づいた次第。 特に地方は昭和的というより、戦前戦中
の日本的価値観が失われず、そのまま残っている。それを良しとするには、
情報化がそれを許さない。そのため、その年代の横の繋がりが強すぎ孤立化
傾向が強い。 それを絆というらしいが・・ 大量生産、大量消費を目指した
昭和が終わり、情報化もあり、グローバル化の波が大きく覆い被さってくる。
その昭和の価値から抜け出れない人たちが、財布を握りしめているため
経済は停滞、少子化もあり経済は最悪の事態に突き進んでいる。
  * スローヨガ
 スポーツジムで二週間前から「スローヨガ」に参加を始めた。入会当初に
3回、参加したことがあるが、腰にきつかったため、それ以降、参加するのを
止めていた。 イージーラインを続けて二回するのが習慣になり、それが私に
とってベストになっていた。ランニングマシーンのウォーキング30分に、
イージーライン(25分)を連続二回に、週二回のスローヨガ(50分)を
加えたことになる。チャレンジ10と勝手にキーワードを決めて昨日で4回目。
この言葉を繰り返しながら通っている。腰痛改善のためのコースと思えるほど
腰が軽くなる。40坪位のエアロビスペースに30〜40人。男の参加は4人。
殆どが常連で、最後列からみると全員、姿勢がよい。 まずは、あと6回は
参加すれば、恐らく常連になるだろう。 
 ・・・・・・・
3642, 現在、我々は歴史的災害の真っ只中にいる!
2011年03月16日(水)
   地震 ーつれづれに −5
 時間が経つにつれて、この歴史的大震災の凄みが現われてきている。
「震度7、M9、死者2万、津波の高さ20メートル、三陸沖の太平洋側
幅500キロにわたる広域の大震災である。その上、チェルノブイリ原発事故
以上?の福島原子力発電所の事故が生じていて、それを加えると世界的、
歴史的な大震災が現在進行形で進んでいる。」 まず、このことを認識して
おかないと! その心臓部の格納容器が爆発をしたら、日本だけでなく
世界中に放射性物質を撒き散らすことになる。一度、メルトダウンが始ると
止めるのは不可能。最悪の場合、本州の全滅もあるかもしれない。
それより、まず被災民に放射能が直接ふりかかる深刻な問題がある。 
株は二日間にわたり暴落をしている。これをきっかけに日本が本格的経済
恐慌に突入する可能性が出てきている。そこで非常事態宣言が発令され、
銀行閉鎖が行われ、預金移動や、貴金属などの取引に規制がかけられる可能性も。 
こういう隙を狙って中国、ロシアが日本の領土や技術を、アメリカは金融を
混乱させる?。 リーマンショック来の恐慌の最中の最悪期に、さらに最悪の
ことが起きたのである。まず株式、そして国債の暴落。その結果、アメリカへの
属国化は、さらにすすむ。「まさか、まさか、まさか」の出来事が、この20年
以上にわたり、眼前に次々と現れてきていた。その最大のリーマンショックの
本格的大津波が、まず日本に押し寄せてきている最中に、この歴史的大震災。
その結果、世界も日本発世界恐慌の瀬戸際にたっている。特に、この数日の
原発事故の推移を直視しておかないと! 
 東北新幹線、東北自動車道は完全麻痺、復興の目処がたっていない。
そのため新潟県の高速と、新幹線がバイパスとして使われている。
ことと次第によっては、地震、原発難民の受け入れ基地になる可能性すらある。
事態を知れば知るほど、背筋の凍る思い。これが起こってしまった現実である。
 ・・・・・・・
3277, 大恐慌 失われる10年
2010年03月16日(火)
   「2009-2019年  大恐慌 失われる10年 」浜矩子/高橋乗宣 (著)
  ーまずはアマゾンの内容紹介からー
■これから「10年恐慌」が始まる!
 アメリカドルは基軸通貨としての価値を失い、今後さらなる保護主義、
 統制経済へと突入していく。ユーロもドルに替わる基盤ができておらず、
 現在の大恐慌の痛手を直接こうむっている。リーマンショックに端を
 発した金融危機は、カネがカネを回す「金融IT化」「金融工学化」
 「金融証券化」の結末である。それゆえに、1929年恐慌とは異質なもの。
 これからの10年は「失われる10年」となるのか。その時、日本はどのような
 経済システムの中に組み込まれていくのか。大恐慌後の世界を、浜矩子、
 高橋乗宣2人の論客が読み解いていく。
■負の連鎖は世界各国に波及している 
 大恐慌の津波は、アメリカ本国よりもむしろ欧州各国に直撃していると
 言っていい。ユーロがアメリカドルに替わる基軸通貨となり得ないことが、
 各国の状況、IMFのこれまでの不始末から言及することができる。
●老衰死のイギリス
 サッチャー改革で巻き起こったイギリスバブルは、ロンドン一極集中で、
 地域格差を生んだに過ぎなかった。日本のバブルの轍を踏んだイギリスは
 「失われた10年」を経験する
●自閉症のドイツ 
 旧東ドイツのワーカー待遇改善で賃金格差縮小の狙いが、大恐慌で不透明に。
 立ち直りのきっかけを失ったドイツは、今後ネオナチの台頭の可能性も。
●目立ちたがりのフランス
「フランス・ナショナリズム」はどこまで突き進むのか?国外から入ってくる
 企業の締出しでサルコジ政権の実像が浮かび上がる。
●相変わらず身勝手なアメリカ
 オバマは自由主義、市場主義に別れを告げるのか? 貯蓄傾向が高まっている
 アメリカの消費は確実にブレーキがかかる。明らかになったドルの崩壊から
 1ドル=50円時代がやってくる。強烈な保護主義、統制経済となった時、
 日本は生き残れるのか?
暴走する国家は、今後、迷走する国家へと変貌を遂げる。さらにリセッション
する国、ギブアップする国、再びランディングを遂げる国……。
「失われる10年」は、我々にどんな教訓を示してくれるのだろうか。
 ーー
 この本、何を言いたいのか何度も目を通したが、よくわからない。
二人が対談をしているわけでもなく、対策を述べているわけでもない。
イギリスを中心とした欧州はダメ、アメリカは終わった。
中国もアメリカ目当ての輸出がダメで内需を目指そうとしているが、
日本でさえ輸出頼みを克服するため内需拡大を目指したがダメだったのに、
中国が成功するわけがないと切り捨てている。「この10年間は大恐慌で
大混乱、失われた10年になる」と結論づけている。 
甘い期待は無理ということである。
 ・・・・・・・・
2902, 脳と仮想  ー2
2009年03月16日(月)
     「脳と仮想」茂木健一郎著    ー読書日記
 ー印象に残った部分を抜粋してみるー
・広大なグランドキャニオンの前に立とうが、北極のオーロラを見上ようが、
体験する広大の光景は全て脳内現象である。世界に脳だけあるといっている
のではない。そんなことは当然のことだが、外部から入った刺激に基づいて
脳のニューロンが活動しなければ、我われは広大の宇宙を表象することは
できない。逆に、もし広大な宇宙が無くても、脳の中でニューロンがある
時空的な様式で活動すれば、私たちは広大な宇宙を表象することになる。
もしそうなら、逆理が浮かび上がる。もし私たちが体験することが全て脳内
現象なら、私たちは何故、広大な宇宙を思い浮かべることが出来るのか?
いかに、私たちの思い描く世界は、脳内現象として一リットルの空間に閉じ
込められていながら、無限定の空間を志向することができるのか? ・・
「熊本より東京の方が広い。東京より日本のほうが広い。日本より・・・」
で切ったが、三四郎に男はいった「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と。
・「真理がどこにあるかといえば、それは仮想の世界にあるというしか言い
ようがない。どこかの博物館に、これが真理でございますと飾ってあるわけが
ないのである。私たちの精神の中枢に仮想がある。そのように考えると、
「見る」ということの本質も違って見えてくる。
・現実のどこにもない仮想は、現代人の心の中でも中枢の位置を占めている。 
私たちの精神は、頭蓋骨の中の「今、ここ」の局所的因果性の世界と、
「今、ここ」に限定されない仮想の世界にまたがって存在する。
私たちの精神は、本来的に二重国籍者。
・脳内に閉じ込められているだけでなく、心の本質的な属性をとらえた概念が
「志向性」である。志向性とは、心が何かに向けられた状態をいう。
・私が恥じたのは、人間がそもそも生きものであり、それであるがゆえに、
厳しい生存条件に置かれてきたことを理屈で判っていても、感覚的に忘れて
いたことである。つまり文明に飼いならされていたのである。
真実は恐ろしい姿をしている。 人間は、なぜ、「平和」という仮想を
生みださなければならなかったのか。「愛」という仮想を生み出さなければ
ならなかったのか。平安仏教を特徴付ける「極楽浄土」というヴィジョンは、
どのような生の必然性から生み出されたのか。・・ 私たちの意識の中で
生み出される様々な仮想は、このうえなく厳しい人間の生存の中で、私たちの
心が傷つき、その傷が治癒される際に放射される光のようなものはなかったか。
▼ 考えてみたら、自分に対しても、頭に浮かんで考えている相手にしても、
 社会も、全て「仮想」でしかない。「精神の中枢に仮想がある」と自覚
すると、良きにつけ悪くにつけ仮想している自分を見ている自分も仮想という
ことに気づく。自分の頭蓋骨の中の一リットルの脳は自分でさえ得体の
知れない世界である。
・・・・・・・・・
2538, 一神教vs多神教
2008年03月16日(日)
   (字数制限のためカット2015年3月16日)


5113,ホロコーストを生き延びて

2015年03月15日(日)

  * 囚人番号A26188〜ホロコーストを生き延びて〜
          〜15年3月11日 水曜 午後6時〜6時50分〜
 先日、大相撲が終わり何気なくまわしたチャンネルが、この番組。
当時の凄惨な収容所や、殺された人たちの写真と共に淡々と語る老婆
へニアの話に、我を忘れ見入ってしまった。転々としたどの収容所でも、
奇跡的に助かり生き延びた内容は、想像を絶した生き地獄。 途中で、
この番組を数年前に見ていたことに気づいた。 ポーランド、ソ連を
中心に500〜600万人が虐殺されたホロコーストは残酷の極み!何度見ても、
その悲惨さに驚愕をする! 〜NHKのHPの、その紹介記事から〜
≪ 1939年のドイツによるポーランド侵攻は、ある少女の運命を狂わせた。
 靴工場を経営する父と母、3人の兄弟と幸せに暮らしていたヘニアは、
マイダネク強制収容所、「シンドラーのリスト」の舞台として知られる
プワシュフ強制収容所、アウシュビッツ強制収容所、終戦時のベルゲン・
ベルゼン強制収容所と、4つもの収容所を転々とし、偶然と機転、そして
時には他人に助けられて奇跡的に生き残ったのだ。
 現在南アフリカで静かに暮らす彼女は、ホロコーストを知らない若者が
増えていることに危機感を抱き、今まで夫や息子にも話さなかった悲惨な
過去を明らかにすることを決めたという。目の前で日常的に繰り返された
ナチスの残忍な行為の数々、アウシュビッツ解放前に強いられた“死の行進”、
家族の行方―ホロコーストを生き延びた“囚人A26188”ヘニア・ブライヤー
が、壮絶な体験のすべてを語る。≫
▼ 20世紀といえば、スターリン、毛沢東、ヒトラー、ポル・ポトなどが、
 大量殺戮を重ねた世紀。彼らは国内や隣国の人民を1〜2割も殺戮した、
というから、平和ボケした日本では想像すら出来ない事態。 現在も、
北朝鮮が同じような状況にある。社会主義も資本主義も駄目というなら、
何が良いのか? その上、情報機器が飛躍的に進化する中、政治体制が、
それを持った大衆をコントロールするのは至難の業である。その行着く先は
混沌とした世界。そして極端な原理主義が、世を覆い、同じような大量殺戮
の世が再び、生じる可能性が出てきた。人間は本当に進化したのだろうか?
・・・・・・
4748,そんなに長生きしたいですか ー2
2014年03月15日(土)
      『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著 
  * 長生きは苦しいらしい 〜こんなはず、なかった!
 両親二人の死に際を身近に見たが、死のは甘くはない。父は70歳、母は
88歳だったが、死は傍でみていて直視できない。しかし死んでしまえば、
それまでよ。その私も父の死の年齢まで、あと2年。 父は、余命一年で、
スキルス性胃ガンが発見され、宣言のとおり亡くなった。そうこう考えると、
いつ何時、何が起きても不思議でない危険水域に入っている。ところで、
「長生きは苦しい」ことは、老人仲間の会話以外は、どうもタブーのようだ。
 まず、第一章から、このテーマを取り上げている。著者は、老人デイケアを
中心としたクリニック医の経験から、その苦しみを数多見て、老人の
「死にたい願望」が如何に強いかを述べている。 ーその辺りより抜粋ー
《・「心臓発作で死にかけた老女が生きかえって「まだ、死にません」に対し、
 「そんこと言わないで。長生きしていたらよいこともあるでしょう」と慰め
でいうと、声を荒げ「いいことなど何もない。苦しいこと、辛いことばかり、
このまま死んだほうがどれだけましか」と・・
有料老人ホームに診断に行くことも多いが、そこで「朝、起きて死んでいたら、
どれよどよいか」「階段からこけて、そのままポックリいけたら、どれほど
よいか」という嘆きの声が多い。・・
・よく耳にするのが、「こんなことになるとは思わなかった」という嘆き。
◎腰痛と膝の変形に悩む老人が、歩行器にすがりながら顔をしかめます。
 「若いときから山歩きで鍛えてきたのに、こんなに腰や膝がいかれるとは。」
◎脳梗塞で右半身が麻痺した老女が、口惜しげに問いかけます。
 「健康には人一倍気をつけて、身体に悪いことは何もしなかったのに、
 なんでこんな病気になつたのでしょう」
◎頑固そうな男性が腕組みのまま、撫然としてつぶやきます。
「年はとりたくないもんですな。引退したら司馬遼太郎の全集を読もうと
 思うてたのに、目がかすんでとても読めん」 多くの老人が、予想外の状況に
 悩み、苦しんでいるようで。しかし、それらはありふれた老化現象のようです。
・脳梗塞やその他の病、それはどうやら老いというものが、だれにも初体験
 だからのようでした。七十歳になった人は、みんな生まれてはじめて七十歳
 になります。八十歳も九十歳も同じ。老人ははじめての老いの中でとまどって
 いるのです。こんなことになるとは思わなかったという老人の多くは、老いを
 楽観していたのではないでしょうか。老いても元気な人を見れば、なんとなく
 自分もそうなれると思ってしまう。逆に、老いて苦しんでいる人を見ても、
 自分はそうはならないだろうと。今、長生きを望む人たちも、今の体力に
 近いまま長生きできると思っている・・・》
▼ これを読んでいると、老いていくのが末恐ろしくなる。還暦を過ぎて、
 まる八年になるが、どうだったろう? 良いことも、悪いこともあったが、
やはり生きていて良かった。時代の変化の激しさと、情報化による恩恵が良い。
不謹慎だが、倒産劇も事業人生の終わりの仕上げのドラマ仕立で、面白かった?
これも人生の味。いつ何時、上記の状態になるかもしれない危機感が、この
状況で、日々を面白くしている! 長年の準備と、独りを慎めばこそ!
・・・・・
4381, ブラック・スワン −1
2013年03月15日(金)
        「ブラック・スワン」ナシーム・ニコラス・タレブ著
 衝撃的で、世界の見方は一変しなくとも大きく変わるはず。どうも、近くに
数羽、来ているが、何の化身か分からない。恐ろしそうなのは分かるが・・
人間など儚いもの。  ーまずは、アマゾンのないよう説明からー
■「ブラック・スワン(黒い白鳥)」とは何か?
 むかし西洋では、白鳥と言えば白いものと決まっていた。そのことを疑う者
など一人もいなかった。ところがオーストラリア大陸の発見によって、かの地
には黒い白鳥がいることがわかった。白鳥は白いという常識は、この新しい発見
によって覆ってしまった。「ブラック・スワン」とは、この逸話に由来する。 
ほとんどありえない事象、誰も予想しなかった事象の意味である。タレブに
よれば、「ブラック・スワン」には三つの特徴がある。一つは予測できないこと。
二つ目は非常に強いインパクトをもたらすこと。そして三つ目は、いったん
起きてしまうと、いかにもそれらしい説明がなされ、実際よりも偶然には
見えなくなったり、最初からわかっていたような気にさせられたりする。
■ 世界の見方を変える書
 私たちは自分で思っているほど実際には物事をよくわかっていない、
とタレブは言う。彼はそんな現象を長年研究してきた。私たちはどうでもよくて
取るに足らないことにばかり気をとられてしまう。そして相変わらず重大な事件
に虚をつかれ、そんな事件が私たちの世界を形づくっていく。本書でタレブは、
私たちにはわかっていないとわかっていることのすべてを語る。
「ブラック・スワン」に立ち向かい、それを利用できる驚くほど簡単な方法を
提示する。  ーまずは、レビューよりー
≪ ブラック・スワンが象徴するのは、理論というものを「検証」することは
 非常に難しく、「反証」することは非常にたやすい、ということ。我々は常に
ブラック・スワンを発見してからしか、ブラック・スワンを含む理論を作れない。
サブプライム問題に代表されるような、ファイナンス理論が想定していない事態
は、そもそも理論で管理することが不可能なこと!金融論や投資理論を少し聞き
かじると、リスク、期待値、確率、変動率などわかった気になる。しかし、
そうした業界で議論されているリスクとはカジノゲームと同じで計測できる
リスクに過ぎず、私たちが現実に直面する現実は、計測自体不可能な不確実性
の方が圧倒的に多い。そしてちょっと判った気になった程度が、実は一番危険
だと本書は教えてくれる。「黒い白鳥」とは極めて稀な出来事の象徴である。 
一羽の黒い白鳥が舞い降りただけで、それまですべてのことが崩壊する。
しかも、世間は判りやすい講釈のついた黒い白鳥には過剰反応する一方で、
講釈になじまない黒い白鳥の存在可能性は無視される。それが重大な結果を
もたらすにも関わらずだ。毎日たんまり餌をもらって暮らしていた経験主義的な
七面鳥は「世界は気前よく餌をくれる人間でいっぱいだ」という世界観を抱く。
ただし、その経験主義的な七面鳥の世界観は感謝祭の前日に崩壊する。
限定された経験から安易に結論を導き出すことへの警鐘。 たしかに、
今回の金融危機で沢山の七面鳥が悲鳴を上げたことは間違いない。≫
▼ 9・11、リーマンショック、3・11は、ブラック・スワンそのもの。
 「まさか」の出来事で、起こって初めて気づくこと。これは、このような
 歴史的大事件だけでなく、日常の中の出来事で多く見られる。
 だから、人生は面白く、刺激に満ちている。
 ・・・・・・
4007, 共喰い
2012年03月15日(木)
             「共喰い」田中 慎弥 (著)
 スポーツセンターからの帰路、図書館により文芸春秋に目を通したところ、
芥川賞受賞作の「共食い」が載っていた。一時間あまりで読んだが、初めから
終わりまで父と愛人と産みの母と主人公のシモネタ(異常な性生活)が続く。
受賞記者会見で、田中の世間に触れたことが殆んどない未知(無知)世界への
戸惑いの挑戦的態度がユニークで幼稚である。この小説は、近年の都会的軟弱
傾向の中で、生々しい性の世界が地方の地熱と相まって露な人間の本性を描き
だしている。主人公と私が同じ年齢で高校二年の設定が、気味悪さを増幅した。 
   まずは ーアマゾンの内容紹介ー
≪ 第146回芥川賞受賞作「共喰い」――昭和63年。17歳の遠馬は、怪しげな
 仕事をしている父とその愛人・琴子さんの三人で川辺の町に暮らしていた。
別れた母も近くに住んでおり、川で釣ったウナギを母に捌いてもらう距離にいる。
日常的に父の乱暴な性交場面を目の当たりにして、嫌悪感を募らせながらも、
自分にも父の血が流れていることを感じている。 同じ学校の会田千種と覚えた
ばかりの性交にのめりこんでいくが、父と同じ暴力的なセックスを試そうとして
ケンカをしてしまう。一方、台風が近づき、町が水にのまれる中、父との子を
身ごもったまま逃げるように愛人は家を出てしまった。怒った父は、遠馬と
仲直りをしようと森の中で遠馬を待つ千種のもとに忍び寄っていく... 
川辺の町で起こる、逃げ場のない血と性の臭いがたちこめる濃密な物語。 ≫
▼ どんよりした、田舎町での父子の葛藤の物語。数ページも読まないうちに、
 その世界に引きこまれていった。 自閉症?の田中ワールドである。その中で
主人公の二人の母親と父の愛人が、いやに生々しく浮かび上がっていた。
この作品に対して石原慎太郎が異議をとなえ芥川賞の選定委員を辞職した。 
地方の性の温もりを、どう捉えるかである。地方は逃げ場のない土着がゆえに、
ドロッとした人間関係が渦巻いている。その中での性の問題は深く、
それぞれの小さな地縁と 交友の中で発酵している。  
 ・・・・・・・・
276, 大暴落 サブプライムに潜む罠
2010年03月15日(月)
 一昨日、Wowowで、「リーマンショック」の映画化をした
「大暴落 サブプライムに潜む罠」を放映した。ロンドンの一人のトレーダーを
通して、サブプライム問題を具体的な物語にしたもの。ニュースやドキュメント
で返済不能になって売りに出されている住宅が度々、映像に出てきた。
その家族の姿がリアルに浮かび出されていた。アメリカはまだ物件を引き渡せば
免責され個人破産においこまれないが。(日本は破産まで追い込まれてしまう) 
この金融恐慌の一番の被害者は日本である。悲観的になるというより最悪の事態。 
現状は「茹で蛙」で身動きが出来ないで、ただ呆然としている状態。年金など
にも関わってくるから他人事ではない。この金融恐慌、「たまたまリーマンを
潰したことが想定外の金融恐慌になってしまった。」というのではなく、
アメリカが戦略的に金融恐慌を仕掛けてきたとしか思えないのである。
まだ、誰も言わないが。 ーその番組の概要をNHKのHPにあったー
 2008年9月に始まる株価大暴落。ロンドンの金融街で活躍するエリート、住宅
ローンを専門に扱うブローカー、住宅ローンを組んだ警備員、3人の男の人生は…
「大暴落 サブプライムに潜む罠」は09年7月に英国BBCで放送。米国でサブ
プライムローン問題が発覚する前の07年、ロンドンの金融街シティの金融マン
たちもまた、空前の好景気に沸いていた。多くの家庭が 不動産を担保に融資を
受ける中、住宅ローンの営業マン、デイヴは住宅ローンを組み込んだ証券を
売りさばき、法外な利益を上げていた。ある日、昔の同級生で警備員をしていた
ジムに出会ったデイヴは住宅ローンの契約を持ちかける。 だが1年後、株価の
大暴落はジムばかりでなく、英国中の人々の生活を一変させる…。
▼アメリカでは、トレーラーなどに住む破産者がニュースの映像に映し出される。
・・・・・
2901,のど自慢全国大会
2009年03月15日(日)
 昨夜、NHKで「のど自慢大会」があった。参加1万組の中から選ばれた
15組というだけあって、誰がチャンピオンになっても不思議ではないほど
素晴らしい内容。初めから最後まで涙が溢れた状態で聞いていた。彼らの歌が
一期一会のステージだからである。ジェロ、北島三郎、和田アキ子が、15人
の歌が終わった後に歌ったが、彼らの歌に敵うわけがない。
土曜日のゴールデンタイムに歌えるチャンスは一生に一度、全てを、一曲に
かけた魂の雄叫びに自然になっていた。盲目の少女がチャンピオンになったが、
優勝をして貰った大きいトロフィーを北島三郎が代わりに持とうとするのを拒み、
最期まで重そうに抱えながら歌った場面が感動的であった。あの重さは一生
忘れることができないだろう。恐らく専門家が15人それぞれにプロが歌と
振り付けの指導をしたのだろうが、素人の初々しさに加味されて何とも
いえない雰囲気をかもし出していた。 現在は、カラオケやスナックで素人が
プロ並みになっているが、それにしても上手い。 哲学的にいうと垂直に魂が
入っている(一期一会・・永遠)のである。またNHKの演出も良かったのも
見逃せない。それぞれの歌の背景にある人生劇場を浮出していた。
歌は人生劇場を情念化した時空の世界で、歌っている間は、その世界に
我を忘れて没入しているのである。現実だけでは人生は、あまりにも厳しく
過酷である。別世界を持たないと人は生きることだ出来ない。
それが読書の世界であったり、酒の世界だったり、趣味の世界だったり、
それぞれある。「のど自慢」を哲学的に考えることもないが、情念の世界を
無視することもない。そういえば、月に1〜2度はスナックで、カラオケを
歌うのが習慣になっている。何で人は歌いたくなるのだろうか?それは物語を
求めているからだろう。物語を歌で辿っているのである。ミニ自己実現、
そして、ささやかな宴ということだ。また一年に一度の楽しみが増えた。 
歳を重ね人生の深みが少しは見えてきたか!
・・・・・・・・・・
2537, パリ高級娼婦館女主人の告白 ー1
2008年03月15日(土)
                ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
 ニューヨーク州のスピッツァー知事による買春疑惑が表面化したと
昨日のTVで放送していた。疑惑は、連邦捜査当局による高級売春組織
摘発の中で浮かび上がったもので、先月中旬、訪問先のワシントンのホテルに
ニューヨークから高級売春婦を呼んだ際、売春組織への電話が当局に盗聴され、
同知事と特定された、という。 疑惑を受け「家族を裏切った。家族と州民に
謝罪する」と事実上、疑惑を認め辞任の意向。2期8年間の州司法長官を経て、
2006年、民主党から知事選に出馬し当選。07年1月、州知事に就任した。
州司法長官時代には、売春組織の摘発にも積極的に取組み、高い評価を得た。
そこで思い浮かぶのが、マダム・クロード著 「愛の法則?パリ高級娼婦館
女主人の告白 」である。 ーこの本の紹介文と著者の履歴からして面白い。
ー1960年代から70年代、パリで最高級売春宿を経営していたマダム・クロード。
フランス通の訳者が、その数奇な人生、知られざるフランスの裏面を紹介。
彼女の洗練の秘密は?女性の本当の幸せとは?「パリの粋」が見えてくる一冊。 
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」)
 グリュデ,クロード
1923年、フランスに生まれる。
’62年、友人ナディーヌから売春宿を受け継ぎ、「マダム・クロード」となる。
以後、70年代初めまで、各国の王や大統領、政治家を顧客とし、営業を続ける。
’74年、ある政治家との関係を巡り、クロードの館は閉館へ。
’77年、税金問題から逃れるため、アメリカに渡るが、’85年フランスに
 帰国したところを逮捕され、以後4カ月刑務所に収監される。出所後、
 2番目のネットワーク作りを開始するが、このことで、再度刑務所に収監。
’86年より、PR業、結婚相談所、美容アドバイザーなど様々な仕事に就く。
’94年、自叙伝『madam』(ミシェル・ラフォン社)を出版
ーー
ここの館の顧客名簿にはアラブの王族や欧州の貴族、ケネディー大統領はじめ
各国の政治家、大金持ちが名をつらねていた。ここを足場にフランスを代表する
映画女優、皇太子妃や伯爵夫人にのし上がった娼婦が数多いという。
マダム・クロードは、自身が少女時代に修道院で尼さんから受けた躾を、
街の売春婦に変身プログラムをつくり、整形手術、肌の手入れ、性の技巧、
ダイエット、ファッション、ハンドバックの中味に至るまで微にいり、細に
いり指導していったという。下手な子女よりもズット品良く仕上げたのだろう。
これを切っ掛けに、この本は見直されるだろう、恐らく!   ーつづく


5112,タガメ女の正体  ー⑧

2015年03月14日(土)

       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
   * 結婚の格言が何か、違って読めてくる!
 タガメ女とカエル男のシステムを知った後に、結婚の格言を読むと、
その意味が少し違って思える! それだけ、この切口のインパクトが強い!
 印象的なのが ー結婚とは、熱病とは逆に、発熱で始まり悪寒で終わる
(リヒテンベルグ)ー 干からびたカエルとタガメの溜息姿が目に浮かぶ。
☆ よい結婚はあるが、楽しい結婚はめったにない。〜ラ・ロシュフコ
☆ 恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。〜リヒテンベルグ
☆ 四ヶ月の交際が一生を保証するだろうか?      〜ルソー
☆ 男と女が結婚したときには、彼らの小説は終わりを告げ、
  彼らの歴史が始まるだろう。         〜ロミュビリュズ
☆ 女が再婚する場合は先夫を嫌っていたからで、男が再婚する場合は先妻
  を熱愛していたからだ。女は運を試し、男は運を賭けるのだ。〜ワイルド
☆ 人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、
  記憶力の欠如によって再婚する。       〜アルマン・サラクル
☆ 結婚とは、彼の権利を半分にし、義務を二倍にする。〜ショーペンハウアー
☆ 結婚は、多くの短い愚行を終わらせる。一つの長い愚鈍として。〜ニーチェ
☆ 三週間互いに研究しあい、三ヶ月間愛し合い、三年間喧嘩をし、三十年間
  我慢しあう。 そして子供達が同じことをまた始める。 〜テーヌ
☆ あらゆる人智の中で結婚に関する知識が一番遅れている。〜バルザック
☆ 不本意な結婚をした男にとって、彼女は妻ではない。敵だ。〜プラウトウス
☆ あらゆる真面目なことで、結婚が一番ふざけている。  〜ボーマルシェ
☆ 結婚とは、ただ一人のため残りの人々をすべてを断念せねばならぬ
  行為である。                    〜ムーア
☆ 結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ
  入りたがり、カゴの鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。 〜モンテーニュ
☆ 男は結婚により女の賢を知り、女は結婚により男の愚を知る〜長谷川如是閑
▼ まだ現役のうちは良いが、退役後、20年以上の家庭内生活が待っている。
 その上、6年の介護生活といえば、地獄? 短い愚行と、長い愚鈍の果てに!
としても、やはり家庭を持ってみなくては! カエルからすれば、バイロンの、
「ずいぶん敵持ったけど、妻よ、お前のような ヤツは初めてだ。」(>_<ウッ!
   で、偶然だが、以下の文章につづく!
・・・・・・
4747,そんなに長生きしたいですか ー1
2014年03月14日(金)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
 4年前から、18年続けてきた一年一度の「一日人間ドック」を止めた。
別に、深く考えた訳でなく、毎年、同じことの繰り返しでしかない。
検査で早期発見をしても、悪性なら助からないし、良性なら助かる。
それならば現象が現れてからでも同じこと。それをわざわざ、定期検査を
するのは洗脳されているのではないか?の疑問もあった。それと
「60歳までに、人生を生ききった、元をとった」という思いがある。
この数年、近藤誠と中村仁一の「ガンとは闘うな!」の影響もある。
お二人は、薬漬け、抗癌治療、健康診断そのものに疑問を投げかけているが、
この著者・久坂部は、アンチエイジング、長生き、そのものに疑問を投げる。
   まずはーアマゾン内容ーより
《 何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるか? 長寿をもてはやし
 抗加齢に踊る一方で、平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。
多くの人にとって長生きは苦しい。寿命は不公平である。だが「寿命を大切に
生きる」ことは単なる長寿とは違うはず。どうすれば満足な死を得られるか。
元気な内にさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。 
数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。》
 ー‘はじめ’からしてシリアスであるー
「本書は、長生きの良くない面にスポットを当てています。だから、
基本的にはいやなことを書いています。なぜそんないやなことを書くか
というと、巷にあふれる健康長寿情報にはあまりにウソが多いからです。
そんなきれい事ばかりを聞かされていたら、この先どうなるのか。
ますます老いや長生きが苦しくなってしまう。その危機感が強くあります」 
   ーあるレビューよりー
【 著者は現役の医師。「長寿」に対する日本人の考え方、医療のあり方に
 疑念を抱き続けてきました。そんな著者が臨床例を紹介しながら、長生きの
よくない面にスポットを当てて解説します。「今や早死にの危険は減ったけど、
長生きの危険が高まっている」という逆転現象。むしろ、長生きすることを
「リスク」と捉える傾向すらあるそうです… 身体は死のうとしているのに、
それを無理やり引き留めるのだから、死が苦しくなるのは当たり前。
延命治療のこういう側面には、なかなか気が付きません。誰もが初体験である
「老化」そこに大きな不安が生じるのは誰でも同じです。しかし、そこに
つけ込んだビジネスの多さに驚かされます。本書ではそれらの実態を踏まえた
うえで、改めて理想の「老い方」、そして「死に方」を提案してくれます。
長寿を願い、健康情報に振り回され今を忘れていませんか?
遠い先ばかり見て未来に逃げず、今を十分生きていますか?  】
▼ 最近、自分の血糖値や血圧の話題をしている人に違和感を覚える
 ようになった。「ああ、この人、洗脳されている」と。子供の頃、老人へ
の悪口に、「死にそこない」という言葉があった。現在、それを言ったら
袋叩きになるが、著者は、「死にそこなわないで、自然に任せて逝きなさい」
と勧める。死にそこなった老人たちの実態を見ているからだ。
・・・・・・
4380, 閑話小題  ーある相撲取り
2013年03月14日(木)
   * 長岡駅裏の道路拡張工事
 長岡駅裏から東バイパスまでの大通りの拡張工事も完成に近づいてきた。
40年以上もかかっている。当初は市役所などの施設を東バイパス近くに
移転する計画だったが、地主の反対などでSCなどに変更し、三年前に完成。
毎日、その一角にあるスポーツジムに通っている。自宅から150M位の
大通りの一角には、大東建託がマンションと、セブンイレブンが完成間近か。
これで近くにローソンとセブンイレブンがあれば、ますます便利。
   * ある相撲取り
 日本人を父に持つフィリッピン・ハーフの力士が二人が新顔として幕内上位
に上がってきた。その一人が枡ノ山という力士。 肺の持病のため、20秒以上
相撲をとると呼吸困難になる。母親の離婚のため、一度フィリッピンに帰国
したが生活が困窮し、一度断念した力士の夢と生活のため母と日本に戻ってきた
経歴を持つ。母は日本で看護士として働いている。 取組直後は呼吸困難のため
激しく息を切らす。「スタミナは一般人の半分以下」と、本人も認めている。
そのため激しいぶつかり稽古は無理で、特別メニューをこなしている。
相撲はブチカマしで押出しだけ。その必死な姿と、本番終了後の激しい息遣いが
共感をよぶ。20歳そこそこの青年が、生活のため必死に闘っている姿が、
身体全体に現れ出ていて、ドラマそのもの。 力士生命は、長くないのは自明。
これも人生である。もう一人、大卒で幕下からデビューしたての千代大龍という
力士がいる。三役に直ぐになるだろうと思っていたら、糖尿病になってしまった。
これは、力士にとって致命傷。食事制限で太れないうえに体力維持も大変になる。 
その後、身体が一回り小さくなったが、それでも勢いで幕内上位に上がってきた。 
昨日は横綱に初金星である。短命の力士生命を本人も知っていて、必死に闘う
姿が心をうつ。最近は、力士の人生を土俵上で見るようになってきた。
・・・・・・・
4006, 宇宙は本当にひとつなのか ー8
2012年03月14日(水)           
  * 超ひも理論とは    「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
【 これまで電子などの素粒子は大きさをもたない点として考えられてきました。
 ですが、素粒子をただの点として考えると、つじつまの合わない、ことが出て
くるようになってきたのです。そこで、考えられたのが素粒子は実はひもだった
と考える理論です。これが超ひも理論につながる最初の考え方でした。
素粒子が実はひもだったというのは、突飛な発想のように感じると思います。
どうすれば、今まで点だったものをひもとして考えられるのでしょうか。
超ひも理論でいっているひもは、とても小さなもので、その長さは一〇の
三三乗分の一マイナスセンチです。小数点の後にゼロを三二個並べた後に
一が来るくらい小さいものなので、私たちは見ることができません。 
超ひも理論では、私たちが素粒子だと思っていたものは、実は振動して
広がっているひもなのですが、あまりに小さいので点だと思い込んでいたという。 
今まで点だと思っていた粒子の正体がとても小さなひもだったという超ひも理論
が正しいものだったら、宇宙の姿も大きく変わってきます。まず、宇宙は
一〇次元でなければいけないことになります。一次元の時間に加えて空間は
九次元ということですので、私たちが目にすることのできる三次元空間の他に
小さな異次元が六次元あることになります。加えて、プレーンと呼ばれる
三次元空間の膜も確かに存在して、物質はその膜に貼りついているという
ことも、理論が正しいことになります。】
▼ 物質をカタチつくっていた素粒子が、実は振動して広がっているヒモ
 だったとすると、モノとは何かという原点から考え直さなければならなくなる。
その超ひも理論が正しいと、宇宙が10次元なければならなくなり、空間が
9次元なければならないという。それから、多元宇宙論が導き出されるという。
「物質は、コトの一時的現象」という話を聞いたことがあった。
コトのエネルギーから生じるのが振動なら、素粒子と思っていたのがヒモ状の
振動と同じことになる。人間の感動も魂の振動。下にコピーしてある,
二年前の3月14日のーカントの神について、どう語ったかーが、宇宙論を
読むと符合する部分が多い。その前年分もか。
 ・・・・・・
3640, 大地震 ーつれづれに ー3
2011年03月14日(月)
* これからは原発の放射能漏れと大爆発の可能性がクローズアップをする。 
 まず現在、何が起こっているか頭を整理してみよう。
明治三陸地震以来の岩手、宮城、福島県沖の活断層が400キロにわたり起こった
地震と大津波。世界的にみても、今回の地震は最大規模の一つになる。
 1番 チリ地震(M9.5 1960年) 2番 アラスカ湾地震(M9.2 1964年) 
 3番 スマトラ島沖地震(M9.1 2004年)
 4番 東北地方太平洋沖地震(M9,0 2011年)
  カムチャッカ半島地震(M9.0 1952年) 
 今回の規模は、日本の歴史的にみても、一番大きな地震と津波。
人的被害では、関東大震災がある。1923年9月1日(土曜日)午前11時58分32秒、
神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9による災害。
死者・行方不明者 14万2800人。地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なった
ことから、136件の火災が発生しめ死者が甚大になった。今回のように、地震、
津波、石油の備蓄基地の火災、市街地の火災、原子力発電の爆発と放射能漏れ
など起こりえる全てが重なってしまった震災は過ってなかったこと。 
地震災害研究者からみたら、これほど研究材料の多い災害はない。
* この土・日曜日のTVは、東北・関東大震災の報道で一色。
 リアルタイムの生々しい内容に時間を忘れて終日、見入っていた。
三陸海岸には津波に対する警戒もあり監視カメラが多く設置されており、
個人のビデオカメラなども含め多くの映像が映し出されていた。 
日がたつにつれてYoutubeなどから多くの映像が出てくることになる。 
急な避難のため体一つで逃げてきた人が大部分。帰る家も金も無くした被災民は
今後、大変だろう。年寄りなら生活保護があるが、中年の人は、この大不況の中、
生活していくのは大変。 それでも、助かっただけでも良かった。 
 ところで、福島原発から200キロもはなれた女川原発の放射能の値が、
福島原発から流れてきた放射能で、普段の観測地値の400〜700倍になった。 
すると300キロ位しか離れてない新潟も何らかの影響を受けることになる。
 一回ごとの発表が、どんどん悪くなっているのが気がかりである。
深刻な事態になっているのだろう。大爆発の可能性も考えていないと! 
家に閉じこもっているしかないのか? 
・・・・・・・
3275, 哲学者は神について、どのように語ったか ー5
 2010年03月14日(日)
 * カントは神の問題を、どう片付けたか
 哲学の問題は古代以来、「世界は何で出来ているか」「神は存在するか」
「真理とは何か」「自由と自然因果律の関係」等、大きく4つに分け考えてきた。
人間の「理性」に絶対的な信仰を置き、これらのテーマについて壮大な哲学を
構築してきた。それについて、カントは、その問題自体が無意味と切って捨てた。 
カントは、「世界」「真理」「神」は、元もと、理性の外にあるとした。
神も含めて、理性では認識しようがないとした。 カントは、もし神がいる
としたら、客観(本質)は神のみが認識できる。人間の理性は限界があるから、
人間が相手に出来るのは、もっぱら世界の現象でしかない。カントは、世界を
神のみで知る「本質」の世界と、人間が「理性」によって認識できる「現象」
の世界に分断してしまった。本質の世界は、理性では捉えることができないと、
一蹴してしまった。 多くの哲学者が悶々として苦しんできた問題を、
そこで切り捨ててしまった。 そうこう考えると、神の存在そのものを問うこと
自体が無意味ということになる。神は、この宇宙の外の存在者と仮説をたてて、
その内なる人間の理性で、その存在を問うことと自体が初めから無理。
 ウィトゲンシュタインの「語りえるものは明晰に語り、語りえないものは
沈黙を」と同じことになる。「哲学は真偽の分からないことばかり語っている、
判断の出来ないことを語ることなかれ!」と。だから、誰かに
「神は存在するか」と問われたら、上記のような説明がベストになる。 
とはいえ、神について、のっけから考えることを遮断するのも問題である。 
理性で現象だけを追い本質を分断することになる。人間は言葉を持ってしまい、
イメージとしての死の恐怖を植えつけられてしまった。その恐怖から逃れるため
客観としての宗教が必要である。人生そのものは振り返ると夢・幻でしかない、
と感じる。それなら、その人生の光を包む暗黒のイメージに光の根源を入れて
おくこと、それも人生をかけて、つくりあげることも大事なこと。
アッラーの神、ヤホバ、何でも良い。 イスラム教徒の祈りなど、
非常に理にかなっている。あれは光の根源の祈りである。
 偶然、気づいたが、去年の同日、書いた以下の内容に続く。
 ・・・・・・・・・
2900, 脳と仮想
2009年03月14日(土)
  「脳と仮想」茂木健一郎著     −読書日記
松井孝典の「レンタルの思想」の中のキーワードの一つが「共同幻想」で、
以前、読書日記で取り上げたことがある。 ーウィキペディアによるとー
< 共同幻想とは、複数の人間で共有される幻想である。 日本の思想家である
 吉本隆明が用い、有名になった言葉である。吉本は、自分の共同幻想とは、
マルクスの用語である上部構造と同じ意味であり、ただ手垢がついているから
使いたくなかったと述べている。 吉本隆明は、著書「共同幻想論」で
人間関係は、3種類に分類されると提唱した。
▼ 自己幻想 = 個人と個人の関係。 ー芸術がこれに当たる。
       他者には影響を及ぼさないため、無制約に自由である。
▼ 対幻想  = 個人と他者とのプライベートな関係。
       家族・友人・恋人がこれに当たる。
▼ 共同幻想 = 個人と他者との公的な関係。 
       国家・法律・企業・組合がこれに当たる。>
ー以上だが、これを読んで、いささかショックであった。日本社会を構成
している「世間」=地域社会をみていると、地域の共同幻想を抱いている
集団社会が露出して見える。また宗教団体も教祖様の教えの刷り込みをした
共同幻想集団のことも明白。自己幻想も、対幻想も、多くの幻滅を経験した
結果として、所詮は自分も、自分を取り巻く社会も幻想で成り立ち、
そのバブルと破裂の繰り返しているだけということが分かった。
死に直面したり、リタイヤをする時に初めて、勤めた会社を含めた全てが
共同幻想の中で、自己幻想と、対幻想を持って生きてきた自分に直面する。
 図書館で茂木健一郎著「脳と仮想」を借りてきた。 幻想と仮想と、何処が
違うのか? 似たものなら、脳との関係はどうなっているのか?と、考えながら
読んでみた。この本のテーマの「仮想」は、飛行場で5歳の姉が妹に問いかける
「ねえ、サンタさんていると思う?」という何気ない一言から始まる。
サンタクロースという仮想の現われ方、その我われの現実の生活への作用の仕方
の中にこそ、人間が限りある人生を生きる中で忘れてはならない何ものかがある。 
それを徹底的に追求した本である。ヒントは吉本隆明の「共同幻想」から得たのだ
ろうが、それは書いてない。しかし、切り口は鋭く説得力がある。
次回には、印象に残った部分を書き出してみるが、「共同幻想論」に劣らない。
般若心教の「色即是空 空即是色」にも通じる道理でもある。
・・・・・・・・・
2536, 意志するということ!
   2008年03月14日(金)
ーある作家の大病経験からー     っ´Ι`)っ { おはよう
 作家の石川好の大病経験の手記が、「生老病死」の「 老病死」を迎えるに
当たって、示唆を与えられた内容であった。彼は以下の文章を書く4年前に
リュウマチに罹り、印度の病院に入院した経験から病気経験だけでなく
人生の在り方まで学んだようだ。ーまずは、その部分を書き出してみた。
 とくとご覧あれ! 
病床に伏して思い知ったのであるが(今更気がついたとて遅きに失するので
あるが)、体力のある人間はおのれの体力を過信するものである。もし仮に
わたしの体の一部にでも弱い部分があったのなら、日常生活においても仕事に
おいても、病気いうことをわきまえ、自重していたはずなのだが、体力に
自信のあるわたしはそれまでひたすら走り続けたのであった。無病息災という
言葉があるが、重い病気を患い、むしろ一病息災が望ましいと思ったのである。
入院中インドの医者の、その技術的なレベルが優れていることに驚くとともに、
医者と患者との関係がいかにあるべきかを巡回してくる毎に話しかける、
その見識に、わたしは深く心を打たれたのであった。
(字数制限のためカット 2015年3月14日)


5111,僕の死に方 −2

2015年03月13日(金)

    * 死への絶叫
 最期の著者の叫びが、生々しい。知人が次々と亡くなっているが、
このような内なる叫びをしていたのだろう。著者が死期を悟った一月前からの
具体的記述のため、心を打たれる。死に際は、これが実態。誰も通る道である。
20年以上も前に、『死ぬための生きかた』と、続刊『生きるための死にかた』
という、様々な死に際の手記をマトメタ本を読んだことがあるが、それは
生々しい!  この、一節から   〜p161
≪ あと一年半の命のところ、苦しい治療を受ければ3ヶ月伸びることに
 なるらしいが、一年半のままで終わっていい。最後まで、こうしてやりたい
ことをやり、妻とふたり、長いことおしゃべりして死んでいけるのがいい。
寿命が三ヶ月延びる治療で苦しませるのは、本人のためになるのだろか。
家族が精一杯のことをやったと思えるだけのために、0・01%もない
奇跡のため、国の治療費を無駄使いするのは本意ではない。
 正直、自殺したい。
 でも、もう、それもできない。
 体がまったく動かない。
 率直に言うと、今すぐ死にたい。この苦しみから解放されたい。
 誰かが死なせてくれるなら、頼んで死ぬという気持ちにもなる。
 でも、もう動けない。 歩けないから、ベランダにもたどり着けない。
 飛び降りようにも飛び降りられない。
 痛くて苦しくて、胸の周りがなんとなくもやもやして、生きた心地がしない。
 このまま逝ってしまうかもしれないと思っているけれど、まだ生きている。
 天命に従うしかないのだろう。
 自分の人生を選択してきたつもりだったが、
 最後の最後になって、終わりの瞬間を選べないとは。
 でもいい。
 自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。
 濃い人生だった。そのことを誇りに思う  ≫
▼ 近所に住んでいた家内の友人が、似たような肺の病気で亡くなった。
 通夜で聞いてきた「息が出来なくなった断末魔の苦しみ」は、壮絶!
大方の人が、このような思いで死んでいくのだろう! 明日は我が身。
ここに、生への希求(砂漠の中で一滴の水を求める渇き)が書かれてない。
その渇きと、苦痛と、苦悩は、直ぐにでも死にたくなるほど辛いのである。
死ぬ時は、のた打ち回って死ねばよい。そうして生まれてきたのだから!
・・・・・・
・4746,閑話小題 ーソロモンの指輪の物語 〜2
2014年03月13日(木)
  * 情報端末と、ソロモンの指輪  <つまずき>の事典>中村邦生編著
40年近い事業生活の中で、人に縛られることを嫌い、心の自由を大事にしてきた。
ところが、振り返ってみると、自分でつくりあげた思い込みに、勝手に雁字搦め
になっていたようだ。このところ、パソコンやデジカメ、テレビの機能が飛躍的
にアップ。知識、情報面では、非常に自由になって、面白く、楽しい反面、自由
の持つ危険が発生してきた。この「ソロモンの指輪」、まさに情報機器とネット。 
  ー以下の内容が、それを暗示しているー
【ソロモンの指輪とは、その指輪を持つ者は、あらゆる動物・植物と会話する
 ことができると言われる魔法の指輪。ソロモンとは、古代イスラエルの富と
知恵にすぐれた王であり、誰よりも賢く、どんな難問でも解決したといわれる。
ソロモン王は、名誉や財を求めず、知恵のみを求めたため、神が褒美として
神の名前を彫った指輪をさずけたとされる。その指輪は知恵のみでなく、他の
すべての力の源になった。ソロモン王は、その指輪の力、動物や植物たちと話
をし、悪霊たちを秘法をもちいて操り、平和に導いたとされます。
神の守護によって守られた指輪の力が絶大だった。】
▼ スマートフォンやタブレットPCこそ「現代のソロモンの指輪」。格差の源に
なる情報が大衆に行き渡り、誰も平等に入手できるようになったが、問題は一つ
(指輪)だけでなく、大方の人たちに入手可能になったこと。検索で、あらゆる
知識と知恵が、簡単に現出するのだから、人間が道具を持って以来の20万年来
の大革命!も、過言でない。そのパソコンの進化もとどまることがない。最近、
ローンだが、新しいパソコンを入れたが、その段差に戸惑っている。
6年来なら当然だが。よりコンビニエンスになっている。これにiPadがあれば、
隙間時間を手軽に楽しめる。その点、世界中の多くの人たちが、ソロモン王に
なった。とにかく、日々が面白い! 豊かさの定義は「心配しないで済む金と、
自由の時間と、健康と、少々の教養があること」だが、それが持てないから
苦労する! ソロモンの指輪というより、首輪にならなければよいが・・ 
シネマも、自転車、TV、タブレット、時計、台所、車、何もかもがユビキタス
で成り立っており、その恩恵を受けているが、マイナスも蓄積している。
ただし、ご隠居生活の身には、素晴らしい指輪である。
・・・・・
4379, 「世間」の捨て方  ー2
2013年03月13日(水)                
 * 世間の奴隷が発する、二つの質問 ー「世間」の捨て方ーひろさちや(著)
≪ 聖徳太子は「この世の中は何なんだ?」の疑問に、「世間虚仮、唯仏是真」
 と答えている。この虚仮は、「自分をコケにしやがって」の虚仮である。
早い話、私たちの生きている世間は「嘘偽り」ということ・・ その嘘偽りの中、
人間は、つい「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるか」と自問自答。
そういうことを考えて生きること自体、世間の奴隷になっている証拠。
それらを考えることは、自分で手枷、足枷をはめて奴隷になっている。
そういった物差しなど捨てて、もっと自分らしさを求めようではないか。
世間の中で生きているには、それらから逃れることは出来ませんが、幸か不幸か、
今の日本も滅亡までのカウントダウンが始まった。出世間には最適のタイミング。
少しずつでも、世間のしがらみから、抜け出すときである。お釈迦様は、
「自灯明、法灯明」と説いている。これは自分自身を灯明にしなさい、
ということ。それより、「世間のどれいになってはいけない」ということ。≫
▼ 世間の奴隷の優等生になるなら「孔子」を、奴隷から逃れるには「老子」
 を、その中庸なら「孟子」に従えばよい。それから超越するに仏の教えを灯明
にすればよい。世間という言葉には、「現象にドップリ浸かった考えない人たち」
という意味がある。その感覚世界だけの幸せと生きがいを求めるの人たちを、
著者は世間の奴隷という。趣味など自分の世界を持って、そこに生きていれば、
そこに身近な7〜8人の人を立ち入れないことだ。その趣味の世界にも世間がある。
したがって、孤独の世界をつくっておかなければならない。
孤独の世界は、求道の中にある。「学び、遊び、働き」のそれぞれの場面で、
個として守らなければならない。それが出来ない人たちが世間の奴隷になる。
生きがい、幸福を自問自答するのは、それはそれでよい。問題はとらわれない
こと。「進歩したい、向上したい」という気持ちも、考えてみれば、世間向け
の気持ち。とにもかくにも面白く、楽しくなければならない。
最期に、「ああ、面白かった!」と言えればよい。
新潟駅前の事業を総括して一つ言える、「ああ、面白かった!」。
本心である。それだけでない、事業の創業を決心してから、現在に至るまで、
本当に面白かった。 咽喉ぼと過ぎればだが・・ そうこう考えると、
感謝、感激、感動こそ人生である。
・・・・・・
4005, 宇宙は本当にひとつなのか ー7
2012年03月13日(火)
  * 人間原理とは   「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
【 この宇宙の物理法則を見なおして見ると、人間が出現するための条件が
 そろうようにできているのです。例えば、暗黒物質があるおかげで、星や
銀河が生まれましたし、量子力学の法則の存在するおかげで、原子が潰れずに
存在でき、私たちの体も壊れずにすんでいます。また、私たちの世界は三次元
空間が大きく広がっていて、それ以上の次元はとても小さなっていると
考えられる。空間が三次元に広がっているお陰で太陽系が存在できています。
太陽系は、八つの惑星をはじめ、たくさんの天体が太陽の周りを回っています。
もし、大きく広がっている空間が四次元以上だったとしたら、太陽の周りを回る
たびに少しずつずれてしまい、同じところをグルグルと回ることができなくなる。
一方大きい空間が二次元しかないと、DNAの二重らせん構造をつくることができない。
生物が存在できるかどうか怪しいものです。・・ そのようなことを一つ一つ
考えていくと、この宇宙はうまくできすぎているのです。たくさんの条件をもった
宇宙がランダムにつくられていったと考えるにはできすぎているというところから
考えられたのが、人間原理です。人間原理によると、人間が存在できるように
宇宙の条件がそろえられているのは、ある意味で当たり前のことなのです。
宇宙のことを観測するのは人間。人間が存在できる条件を満たしていないと、
人間が生まれません。人間が生まれないということは、観測されないわけなので
存在しない、もしくは存在しないのと同じです。たくさん生まれた宇宙の中で、
ごく稀に条件がそろった宇宙に人間が生まれ、そのような特殊な宇宙だけが科学
の対象になり、私たちが見ることができるという理論になっています。・・
 自然法則やその中に含まれる物理定数は、人間のような高度な生命を生み出す
のに丁度適した構造になっている。これはファイン・チューニングと呼ばれる。
人間原理は、このファインチューニングという現象に対する説明を与える。
宇宙の自然法則と物理定数が生命の存在を許す絶妙なバランスを取っている事の
理由を説明する議論には、他に、知的な存在を仮定する宗教的な立場として
創造論あるいはインテリジェント・デザインがある。それに対して、
人間原理は超越的な存在を仮定しない自然主義的なアプローチである。 】
▼ 人間原理の「人間が現に存在をして認識するから宇宙が存在をする」は、
 カントの対象に対する認知の貼り付けの認識論に似ている。宇宙の広ろがりを
知るほど、人間の存在と知能の不思議さを改めて思うことになる。「丁度良い」
が、我々人間にも、住んでいる環境にも言えること。それを再確認するに、
「ありがとう」を口癖にするのがベストになる。宇宙論も、最後は精神論か。
 ・・・・・・
3,639、大地震 ーつれづれに ー2
2011年03月13日(日)
 今回の地震の被害地・三陸地区はリアス式の入り組んだ海岸のため津波を
増幅させ、被害を大きくした。1896年の「明治三陸地震」は津波高さ 38M、
死者不明者が2万2千人が出た。その37年後の1933年の「昭和三陸地震」
では、高さ28メートル−死者不明3千人、M8・1であった。 今度の津波は
7メートルだが、津波の広がりは格段に大きいもの。 名称は本来は
「平成三陸地震」が妥当だろうが、広範囲から最も頻繁に使われているのが
「東日本大震災」。しかし「東北地方太平洋沖地震」と名称されたようだ。 
インド洋の大津波をビデオで何度かみたが、それに似た大津波を日本でみよう
とは思ってもいなかった。色々な映像をYoutubeなどで見るにつけ、巨大津波に
驚きざるを得ない。 今回の地震は、北海道から九州までにわたっており、
広範囲が特徴的である。 その中で首都東京に津波が発生しなかったことが、
不幸中の幸い。もし海水が流入したら国家機能が大きく麻痺をするになる。
東京都内は地下鉄が網羅しており移動が非常に便利である。
それが浸水したら都民の足は大きく損なわれる。 関東・東海大地震も遠くない
将来、必ず起こるといわれている。それにしても、大津波の映像の迫力には
驚かされた。釜石に押しよせた大津波の海水の流入や、広範囲の津波が海岸線を
飲み込んでいく場面には息をのんでしまうほど。 地震から発生した大津波、
市街地や住宅地の火災、石油基地のタンク火災、原発の放射能漏れなど、
全ての問題が噴出してしまった。 特に、原発の爆発と放射能漏れという
大問題が生じたが、この数日は目を離せないことになった。世界のマスコミ
にとって、これほど映像として引き付けらるネタはない。それがリアルタイム
に世界に流されるのだから、日本の株、国債、円にとって大打撃になる。
明日開かれる市場によっては、本格的恐慌に入る可能性がある。
弱り目に祟り目の循環が始るのだろうか? 土木・建設業界に
とっては神風になるが、日本経済には大打撃になる。
 ・・・・・・・
3274, ビックカメラの店頭は今!
2010年03月13日(土)
 大型家電チェーンの店頭は時代の世相をそのまま現す。新潟駅新幹線
出口の近くに位置して今まで10年以上あった「ヨドバシ・カメラ」がある。
同じ駅中に競合の「ビック・カメラ」がオープンして一年になる。
「ヨドバシ」は、これまで数年ごとに思い切ったレイアウトの変更をしてきた。
それを見ていると、その時どきの時代の流れが見て取れた。携帯電話、デジカメ、
パソコン、薄型TVの位置関係と種類と量だが。 ビックカメラの店頭は、
ある意味で駅周辺では現時点では一番ホットなところ。で、店頭をみると、
向かって一番左側に携帯があり、中央に入って直ぐにモバイルパソコンが
10種類以上展示してある。店のメインになる位置である。
そして、その後ろに最新の薄型TVが並んでいる。両方とも、売り場の至近
距離にあり、「これが現在のパソコンや薄型TVのホット商品ですよ」という
紹介である。モバイルパソコンは、小さくて何処へでも移動しやすい。 
これだったら、常に持ち歩きが可能である。 各メーカーはiPadを意識
しているようだ。 で、ドチラ?といえば、やはりiPadを選択する。
モバイルパソコンに、ツイッターが組み合わさって、この数年で社会が一変する。
他のメーカーも似たような商品を出すだろうが、iPhone、iPodに
なれた客はiPadを選択する。私も会社も、自宅もMacのパソコン。
さらに、携帯もiPone、音楽もiPod。 立派なMacFanである。
 情報化の更なるウネリはマスマス大きくなるばかり。その元は、すべて
アメリカ発である。ところでMacがデジカメに興味を示したら、どんな
カメラを創ってくるのだろう。今のところカメラやビデオを一つの機能として
しか見てないが、思わない切り口があるはず。で、新聞をみていたら、
デジカメの裏面が全てiPhoneのような画面でタッチパネルの新商品の
紹介記事があった。見るからに面白そうである。家電の店内は夢があってよい。
・・・・・・・・・
2899, イオンの誤算
2009年03月13日(金)
 イオンには大学を卒業直後、ジャスコの創業期に一年在社したことがある。
まだジャスコ・オカダヤという名前で、三社合併の一期生。僅か一年でも
全エネルギーをようした記憶がある。その後のジャスコの躍進は目を見張る
ものがあったが、地方の郊外型SCに全エネルギーを傾けたことと合併が最大戦略
ポイントであった。辞めた直後に三菱商事と組んでダイヤモンド・シティを
設立したのを憶えている。その7〜8年後に長岡に立ち寄った元同僚の話によると、
「SCが大当たりで、テナント料だけで元が充分とれ本体の出店はイニシャル
コストも、ランニングコストも零になる」という。
  (字数制限のためカット 2011年3月13日)
・・・・・・・・・
2535, 今年のフランチャイズ・ショーの感想
2008年03月13日(木)            ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ?♪
二年ぶりにホテル・レストランショーと、フランチャイズショーを見てきた。
晴海に出来たビッグサイトで毎年開かれているが、30年来毎年行っていたが、
この数年は隔年にしている。おおよそ大会場を二回周る。一度目は大雑把に
見て周り、二周り目は気になったところに行く。もともと店舗ショーと、
一緒に行われていたが数年前から分離、開催されるようになった。ただ不景気
のためか、年々勢いがなくなっている。 
 〜今回、面白いと思ったのを挙げてみると、
*木製のカプセルホテルのベッドである。
 家具屋が忠実に防音をテーマにして作ったもの。ホテルのテナントが撤退した
あとに狙いを付け提案型にしたのがポイント。当方にぴったりだが、少し値段が
高いのが玉に瑕だが、木製のカプセル内は寝ていても 抵抗感が無いのがよい。 
 何か押入れの中で寝ているような感覚になる。 しかし木工団地の家具屋に
行って特別仕様でつくれるレベルである。 だから提案型にしなければ、
誰もが自分で家具屋と組んで作るだろう。
*次に面白いのが電子レンジ・炊飯器。
 (字数制限のためカット 2012年3月13日)


5110,僕の死に方 −1

2015年03月12日(木)

        ー僕の死に方 金子哲雄著ー
 流通ジャーナリストの著者が亡くなった後、この本が出版され週刊誌などで
話題になった。その本を先日、図書館で見つけ借りてきた。亡くなる一月前から
執筆したため、内容は生々しい。TV番組でスーパーや家電店で、安く購入する
コツをフレンドリーに解説する姿を度々見かけていた。 〜アマゾンより〜
< 突然の余命宣告。絶望の中でやがて彼は「命の始末」と向き合い始める。
 その臨終までの道程はとことん前向きで限りなく切なく愛しい。2012年10月、
「肺カルチノイド」という急性の難病により、41才という若さで急逝した流通
ジャーナリスト、金子哲雄さん。死期を悟った金子さんは、会葬礼状まで生前に
用意し、自分の葬儀をプロデュース、自らの死をも「流通ジャーナリスト」
としての情報発信の場にした。まさに、みごとというほかないその最期・・ 
 しかし、彼が「余命0」宣告を受け入れ死の準備を整えるまでには、
乗り越えなければならない悲しみ、苦しみ、そして何より、最愛の妻を残して
いくことへの葛藤がありました。死の1か月前から、最後の力を振り絞って
書き上げた本書には、その一部始終が綴られています。
  【担当編集からのおすすめ情報】
《 金子さんのマネジャーから担当編集者宛に、「金子さんが肺カルチノイド
という病気を患い、もう助からない。本人が会って話したいと言っているので
来てほしい」という連絡を受けたのは、亡くなる1か月前のこと。
40代で死ぬということがどういうことか、妻に何を残せるのか、気持ちに
どんな変化が起きるのか・・金子さんはそれらを書残したいと言いました。
 亡くなる直前までパソコンで書いた言葉が生々しい。『病気だけは想定外。
描いていた未来が、病気になったことで見えなくなった。病気になった後は、
遠い将来の目標に向かうわけにいかない。自分にとっては苦手な、今日一日、
この瞬間、瞬間を重ねて生きるという生き方に変えなくてはならなくなった。
これではどう生きていったらいいのかわからないとも思った。遠い未来が
見えない状態で生きていくことは、自分にとってはきつい。でも、明日、
今日、今と、ごく近い未来を目標に生きるのにも、少し慣れた気がする。』》
▼ 50歳半ばから、次々と友人が亡くなっていく。そして、徐々に自分の番?
 かと、不安が増す。想定死亡年齢を75歳とすると、残された時間は6年。
それも、いつ余命を告げられても不思議でない。父の享年の71歳まで二年が
当面の目標。そして次が、オリンピック開催辺りになる。介護期間が、平均
9年というが・・ このような、死にぎわの体験本を多く読んできたが、実際
に直面するのとは全く違う? それから死ぬまで、それまでの一生分を生きる
ことになるが、これも人生の一部。プッツンが良いが、恐いが、のたうちも!
・・・・・・
4745,閑話小題 ーあれから三年
2014年03月12日(水)
  * 現実に経験し、そうなってこそ、知ることがある!
危険水域に入っているのは解ってはいたが、それでも、倒産など、その数ヶ月
前までは、思いもしなかった。当時、前年比20%半ばの売上減が三年目に
入っても続いていたが、それでも何とかなる!という、気持ちがあった。
そして年末の支払に、予備資金を一時的に、手を付けざるを得なくなった。
3年来の売上が半分、10年間で、三分一まで、売上ダウン。その事態は10前
には考えられないこと。予備資金を使いざるを得なくなった事態と、年次決算が
償却前で赤字が事業断念と予め決めていた。資金枯渇前の事業断念は、当然。
 その前に、家族や知人の連帯保証人による借入や、高利貸しの借入もあるが、
子供の頃からの倒産に関する見聞で、タブーは分かっていた。資金繰りに
追われる前に、前倒しの実質自己精算の決断をしたことは、ここで書いてきた。 
三年経った現在、振り返ってみて、ベストの決断時だったと、自己総括している。
 5つの事業物件も順調に売却でき、四割近い自己弁済が出来た。後で知ったが、
平均の弁済率は11%とか。金融機関では40%以上が目標になっている。
 林原、林原生物化学研究所、林原商事のグループ中核3社が、同じ頃に会社
更生法適用を出した。その弁済率が93%というから、銀行と、何処かの国の
共同陰謀?の疑いを持たれるのは当然。酷いものである! 事業物件の弁済の
ための売却相場は、半値八掛(4割)が通り相場。その差額は、誰かが利益を
得ていることになる。 事業が、この結果で終わって、どうだろう? 
私の人生にとって、ベストだったか、ワーストだったか。仮に、ベストだった
としての要素を集め、筋立てを組立てると、それなりの物語になる。
「老後は、年金生活範囲で、ごく普通に暮らせれば良しとすると、緊張感の
中で、神経を尖られてきた40年の事業人生より遥かに良い」というのは、
自己欺瞞?。 会社の代わりにスポーツジムか、図書館に通う生活も悪くない。 
「自分(人間)が、ここに現在あるのは、ビッグバン以来の奇跡の連続の結果。
だから、何事も受け入れ、何とかなる、と思っていれば何とかなるもの。 
この経験で物事を多角度で見れるようになった。 
物ごとは、受けとめしだい!ということ。
・・・・・
4378, 閑話小題 ーあれから二年か
2013年03月12日(火)
   * あれから二年
 大震災から二年経つ。 また30年に亘った新潟駅前事業の整理も、それを
機会に断行した。事業物件の売却などで4割近く銀行に返済。残る6割強は
回収機構から数年掛かりで百万を目安に買い取ることにした。別に買い取る
必要もないが、成り行き次第。 事前の依頼は、「綺麗に終わりたい!」。 
弁護士、「事業整理に100点はない、せいぜい70点」。
私、「それでは、70点にしてください!」。 
で、その70点?で終え、自己完結したと思っている。しかし、これまでの
社長の立場が今度は落伍者。「それがどうした!」と開き直るしかない。 
自宅を家内が買い取り、肩身が少し狭いが、今までの
生活は大して変わらない。 長期の装置産業のため、時代変動のリスクヘッジを
長年かけ積み上げてきため平然としているが、倒産の9分9厘は悲惨なことは
幼児期から見聞きし、分かっていた。それも一歩離れてしまえば、「夢幻」
の過去の話になっていく。 東北震災の影響は、これからである。
その上に、リーマンショックの不良債権が奥底に隠されている。欧州危機、
チャイナリスク、イラン・イスラエル問題、北朝鮮リスクなど、問題が山積み。 
過去10年を振り返ってみると、地元では中越地震と刈羽沖地震、東北大震災。
そして世界的な大地震の頻発。 金融危機としてリーマンショック、欧州危機
が起こった。政治面では、アフガン、イラクへのアメリカによる攻撃。
北アフリカや中東では、独裁国家の崩壊の連鎖など激動だった。しかし、今後
10年は、それ以上の大変動が起るはず。その中で事業経営は至難。2001年
の9・11テロの時点で、その影響を悲観的にみて、現在を予測したら、誰も
信じないはず。そうこう考えると、少しでも早く、事業整理か、思い切った縮小
をすべきことになる。これ10年前の自身に向けた言葉でもある。リーマンシ
ョックも、東北震災も、その予兆はあった。しかし、大事件ほど、誰もが
「まさか!」で、何もしないし、出来ない。先日の、NHKのBS/TVで、
地震学者が、首都圏の直下型と、南海トラフ地震は間違いなく起こると予言
していた。リーマンショックの不良債権は表立つし、ユーロ圏の崩壊も、
イラン・イスラエル戦争も、間違いなく起こる。そうこう考えれば、まだ、
現時点は世界的動乱の序曲に過ぎない。悲観的過ぎる?その中でのサバイバル、
面白そうと嘯いていられない。夢幻でなく、これは現実。10年後に、これを
どんな事態で読むのだろう。いや、生きていないか?
・・・・・・
4004, 3・11から一年
2012年03月12日(月)
 去年の今の頃、リーマンショックから三年目に入り売上の激減が止まらず
事業整理の検討を始めた矢先、3・11が起きてしまった。それまであった
迷いと躊躇が吹っ飛び、その一週間後の3月18日に整理の最終決断をした。 
この地震規模が千年に一度の、三連動の太平洋沿岸沖500キロに及ぶ大震災。 
それが大津波を伴って原子力発電所を直撃した歴史的大震災であった。
その上に、この規模の大地震は今後、数十年にわたり他の地震帯や火山に
大きな影響を及ぼし、再び大地震が起こる可能性が大きい。その一つが首都圏
にあり、何時、首都直下型地震が起きても不思議でない事態。日本経済にとって、
失われた20年間で国家体力を消耗した上での大震災。この経済的マイナスの
影響が、今後、大きく覆い被さってくる。更に悪いことに欧米の経済は世界恐慌
一歩手前。よくぞ、ここまで悪い条件がつづくもの。
  ー 東北大震災の最終被災をまとめてみるとー
・ 死者、行方不明が19000人。そのうち行方不明者が3155人もいる。
・ 避難生活者が34万人。 半分が仮設住宅に住んでいる。
・ 仕事を失ったままの人が 4割
・ 家族が離ればなれが   3割
・ 福島では原発事故の避難者12万人(県外避難者が6万3千人)で、
  そのうち三分の一は福島県には戻る気はない。
・ 日本にある原子力発電54基は、二基を除いて停止。その二基も1〜2ヶ月
  で停止予定。原油がホルムス海峡の封鎖が何時、起こるか分からない。
・ 欧州発の世界恐慌も、秒読み段階にきている。
▼ 他人事ではなく、私も間接的の被災民でもある。直接原因はリーマン
 ショックだが、最後の一撃が、この震災。昨日は一周年で、地上波のTVでは、
 終日、その報道を流していたが、このイベントを期に、次の関東直下型地震に
 シフトが移るのは、世のならい。日本は、過って経験をしたことのない
 マイナス坂を転げ落ち始めた。数十年にわたった安穏とした時代が長すぎ、
 ゆで蛙状態が現状。リーマンショックの経済大津波が、そこに来ているのに!
・・・・・・・
3638, 大地震 ーつれづれに
2011年03月12日(土)
 数年前に地元の中越地震、柏崎・刈羽地震を身近で経験したばかりなのに、
更に国家を揺るがすような大地震に遭遇しようとは。事務所のある新潟駅前では
震度4の震度だったが、揺れかたが広域の地震のような気がした。直ぐにTVを
つけたところ、リアルタイムに生々しい地震と津波が中継されていた。
特に大津波が海の彼方から押し寄せてくるのを据付カメラが写しだしていた。
そういば先週みた映画「ヒア・アフター」で、ヒロインの一人が大津波に襲われ
九死に一生を得る場面があった。津波に飲み込まれ流される場面は圧巻だった。
しかし、これは現実である。 TVの画面は長い海岸線に何波も線を描いて押し
寄せてくる場面がリアルである。 その上に、お台場のビルや、石油基地の
タンクが炎上している場面などが生々しい。夜になっても全国彼方此方から
津波が注意報が流されていた。観測が始って以来最大のM8・8の大地震。 
規模は東北全体と関東甲信越にわたっている。この文章を書いている現在でも、
現在進行形で余震が発生しており、TVからライブで流れている。
江戸時代には、地震が多発していたというが、1896年 明治の三陸地震-岩手県
綾里 の津波高さ 38.2 M - 死者不明者 22,000 人が知られている。
今回は、7メートルだったが、被害は、死者が数千か、数万人になるのか。
東北6県の人口合計と東京都の人口は、ほぼ同じ。もし関東に地震が起きて
同じような大津波が襲ってきたと想定したら被害は莫大になる。結果として、
これまで起こっていた東北の地震は、この地震の予兆ということになる。 
今朝も震度4の地震があった。これだけの大規模の地震に対して、即応は無理。
救援を待っている被害者が多く存在してことを思うと心が痛む。まさか、まさか、
まさか、で、今でも現実として受け止められないの大方だろう。 国内では
部分的な地震は多くあっても、これだけ広域にわたった地震と、津波は私が
知っている限り初めてである。そういえば、学生時代の友人が仙台飛行場
近くの河口辺りに住んでいるが大丈夫だろうか心配だ。
病いのある連れ合いがいるので動き辛いはず。
・・・・・・・
3273, 東京大空襲より65年
2010年03月12日(金)
 一昨日の3月10日で東京大空襲から65年というが、新聞では殆んど
扱ってなかった。東京の住民10万人がアメリカによって虐殺されてのである。
その日にマスコミが取上げないのは如何いうこと? 長崎も、広島も、同様の
殺戮をしているが、これも一般住民を狙った殺戮。日本人は人が良いのか、
馬鹿なのか? 敗戦国へのソ連の扱いを見ているので、恐ろしくて言えない。
 ー「東京空襲」をウキィペディアで調べると
東京大空は、第二次世界大戦中にアメリカ軍により行われた、東京に対する
焼夷弾を用いた一連の計画的かつ大規模な戦略爆撃の総称である。東京は、
1944年11月14日以降に106回の空爆を受けたが、特に1945年3月10日、4月13日、
4月15日、5月25日に大規模な空襲を受けた。通常「東京大空襲」と言った場合、
規模が大きかった1945年3月10日の空襲を指すことが多い。太平洋戦争中に
行われた空襲の中でも、とりわけ民間人に被害を与えた空爆。死者、合計10万。
▼ 以上だが、戦争とは、そういうものだとはいえ、罪ない虐殺は重大な犯罪。
 その後、アメリカは朝鮮とベトナム、アフガン、イラクで同じような殺戮を
繰り返している。アメリカ支配者層の輩は、日本人などイエローモンキーとして
数段下に見下している。そうでなければ、こんな残酷なことをしない。
もっとも、スターリンのソ連では国民を数千万も殺戮したし、毛沢東支配下の
中国では文化革命下2000万とか3000万の国民が殺戮された。狂った
猿の最たるものである。アメリカは戦争を金融に当てはめ、金融工学で
100年にわたり世界の金融を支配していた。そして、このザマである。
その直轄支配国が、この日本である。マスコミも、自民党も、官僚も、
その宦官でしかなかった。それに最近になって気づいたのだから、私は何? 
それさえ気づいてないのが、現在の日本人の大多数。そして、これから10年、
世界は恐慌の嵐になる。「東京と名古屋に原爆が二発!東京は金融恐慌。
名古屋は輸出壊滅」と恐慌本の見出しにあった。もっとも、世界中が
原爆が落ちているようだが、目に見えないところが不気味。
 ・・・・・・・・・
2898,現在、歴史的転換期の真っ只中
2009年03月12日(木)
 現在、我われは途轍も大きな歴史的転換期に立っている。
・東欧・共産圏と、ソ連の解体を20年前に見せつけられた。誰も自分の
 生きているうちにソ連が解体するなど想像すら出来ないことであった。
・その直後から、パソコンによるインターネットや携帯電話などによる
 情報革命を目の当たりにした。
・21世紀の初頭の2001年9月11日にはニューヨークの二つの
 ビルに旅客機による自爆テロが起きた。
・そして今度は、アメリカ資本主義帝国の破綻と世界恐慌である。
 それとアメリカで歴史上初の黒人の大統領が誕生した。
この一連の出来事は、何か得体の知れない歴史的な転換期に我われが立たされて
いることを知らせている。近代という名のロシアを含めた欧米主導の進歩と共同
幻想が破壊したことである。そして、欧米の暗示から醒めた世界中の民族と、
これまでの欧米の文明の衝突が数十年にわたり本格化する岐路に立っているのが、
現在地ではなかろうか。そうすると、今年にかけてイスラエル国内?のアラブ
地区での虐殺が象徴的に際立って見えてくる。世界の中東・イスラエル化が今度
の行き着くところだろうか。アメリカはイラクを捨てて、戦線をアフガンまで
下げようとしているが、イラクからの名誉ある撤退のための方便とも考えられる。 
最終的には日本まで下げてくる可能性もある。アメリカの国力が、この恐慌で
大きく疲弊してしまったからである。そこで日本は大きな選択を迫られる。
・中国と距離を置いて、アメリカ、カナダ、ロシア・シベリア地区、
 日本のラインの同盟を組むか、
・中国、韓国、台湾、アジアと組んだブロック化の仲間入りをするか、
・何処とも距離を置いた欧州のスイス的な方向か、になるだろう。
どれをとるにしても、日本の国力があまりに疲弊しているので、大きな問題が
次から次へと起きるだろう。今までのアメリカのポチの存在であることは不可能。
 私の人生だけでも、世界の激変を多く目撃することができた。時代の激変という
面で何世紀も生きたような。濃厚な時代を生きることが出来た!ということ。
・・・・・・・・・・
2008年03月12日(水)
「金と口の出し方」?2
ー「金と口の出し方」の問題に対して、更に書き写してみよう。
「金は出すが、ロは出さない」、「金は出すが口も出す」という言葉がある。
それで、この金と口の出し方について、いろいろ考えて見た。
・まず、金を出す方の立場から。金は出すが、口は出さない、という結構な人。
寄附などこれに当たるだろうが、ほかにそんな奇特な人はまずいないだろうと
思われるが、それが、意外にある。銀行の預金者。それから、日本の納税者。
ただし、政治献金を出す大企業も、口先ではそんなことをいうが、むろん大嘘、
ほんとうは次項に属する。金は出すが、口も出すというのは、社員に対する社長。
テレビのスポンサー。それから、たいていのパトロン。金は出さないが、口は出す
という勇ましいのは、ろくに税金も払わないで、何とか国家に文句をつける方々。
もっとも一方で、政治家とは公然脱税業であると心得て、これもほとんど税金を
払わないくせに、国防だの教育だのに、大きな顔をして口を出す政治家がワンサ
とあるのだから、アイコである。金は出さないが、口も出さない、というのは
アカの他人である。
・次に金をもらう方の立場から。金は出せ、その代り口を出してもいい、という
のは大抵の場合、女房がそうだろう。正確にいえば、口を出してもがまんする
しかないということだろうが。金は出せ、口を出すな、というのは、セガレや
娘が親に対していいたいせりふだろう。金を出さなくてもいい、その代り口も
出すな、というのは、アカの他人に対しては、こういうよりほかはない。
金は出さなくてもいい、しかし口を出してくれ、という人。 
こんな人はいない。 『半身棺桶』
 ―ー
以上だが、これはゲゼルシャフトとゲマインシャフトの混同の話になる。
(この難しそうな話は後日、読書日記で書いてみるつもり)己と他者の関係の話
にもつながってくる。一般的に、他人の知恵を借りるのはタダというのが一般の
通り相場である。それを如何に他者(本)から引き出し、それを己の知恵に
摺りかえるのが読書の効用である。話は変わってしまったので元に戻す。
「金は出さないが知恵を出してくれ」ってのが、何人かいる。無料コンサルトを
当然のように求めてくる人。それも、交互の利益になるならいいだろうが、
そうじゃない人の場合・・
・・・・・・・・
2007年03月12日(月)
 2169, 書店のカテゴリー・キラーの業態 オッ(*^○^*)ハ?ヨウサン!
土曜日の朝、新潟駅裏に開店した『ジュンク堂』について書いていた。
コーヒータイムに、その日の朝日新聞・土曜版の一面トップをみたら、なんと
ジュンク堂社長のインタビュー記事の特集をしていた。偶然にしては出来すぎ。
「意味ある偶然の一致」である。それより「私の感覚も悪いものではない!」
とほくそえんだが・・  ーこの朝日新聞の内容をまとめてみると、
・最新の池袋本店は地上9階、地下1階で日本最大の2000坪の売り場に
 約150万冊が並ぶ。  (字数制限のためカット 2014年3月12日)


5109,閑話小題 〜一ヶ月足らずで、4年ですか!

2015年03月11日(水)

   * あと一ヶ月で、4年になる!
 『咽喉過ぎれば熱さ忘れる!』だが、日々好日を心かけ過ごしている。
もう、債権機構からの弁護士への問合せもなくなり一年近くになる。
あと一年の5年が一つの目安。去年の今頃は、消費税の未払い分の件で、
弁護士事務所で国税の調査を受けたり、住友系債権回収機構から、郵貯
の個人年金を数十万を差し押さえられたりしたが、その後は何も無し。
 この稀な経験のない人や、社会は、倒産=悪と勝手に決め付けるが、
この経験を通し分かったことは、何事も±の両面、いや多面があること。
病と同じで良質の内に先手を打つことで、悲惨な結果を避けることが出来る。
それには事業設計段階から、万一の備えを組み込んでおく必要があった。
 事業整理の目安を、資金繰りに追われる下ライン(中小企業の3分1)か、
(装置産業もあるが)営業赤字に陥った段階を自主清算?と予め決めていた。
そしてリーマンショックから二年半、そのラインに触れた瞬間に決断。
そのため、準備段階を含めた45年間の事業人生で、資金繰りの苦労を
一切なしで終えることが出来た。一般債権、労務債権は、ほぼゼロ。
これらも一般常識からみて不思議のようだ。その上に、そのまま自宅に住んで、
何も変わらない状態が憶測の世間話をつくっている?のだろが、それを許す
ほど現実は甘くないのは周知のこと。何とか軟着陸だったが、15年の準備
期間と30年間の新潟駅前事業、合計45年間のエネルギー体(会社)を、
自ら潰すのは自殺に似ている。その苦悩、恐怖、痛さ、辛さが分かる筈がない。
それぞれが、そのレベルの価値感を講釈をするだけ・・ 得たもの失った
ものが多いが、その間、魂が被植民地化されてなかったことも事実。
 ニーチェが、『価値は、全てある観点から見たものに過ぎない。
確かな真理などというものはない。ただ、様々なパースペクティヴ
(=観点、見方)があるだけ』と述べている。 という、この論も、
私の枠内の価値の羅列で、身勝手な論法でしかない。日々、是、口実か。
でも、シリア性からすれば、この結末も悪くはなかった?  (>_<) おもろ!
 少し考えれば分かるだろうが、こんな面白い経験もない!
幼児の頃から子守唄代わりに聞いていた、何?を自分が現に経験している。
大体、その認識は教養と、両親の質に比例をして、洗脳された共同幻想のまま、
勝手に「決め打ち」をするが、それが鮮明に見えてくる。 カントの認識論に、
「対象に認識が従うのではなく、認識が対象を従える」が、そのまま、鮮明
に見えてくる。それも共同幻想の認識とくるから・・娑婆など、軽薄そのもの。
いや、軽薄は、私の方ですか!    (〃゚д゚〃) (*ノωノ)テッ
――――――
4744,閑話小題 ー3年前の日記より
2014年03月11日(火)
  * あれから三年経ったが
 3月11日といえば、東北大震災から三年になる。
10年日記帳には具体的な現象を記録しているので、振り返ってみる。
 震災と、倒産への、生々しい日々が書かれている。人生の大きな節目に、
こういうことが重なるのが不思議である! 忘れたいが、そうは言って
いられない。直視し、現在を見つめ直すしかない。それにしても、日本の
政治は明らかに変!
・2011年3月09日(水):昨夜半、数時間、眠れず。 正午、轡田氏、
 事務所に来訪。2時まで。 事業断念に向け具体的になってきた。
 年齢からしても、こんなものか。終わりの始まりということ。
・3月10日(木):16時〜17時45分(会計事務所と弁護士事務所の共同
 センターの一室で)支配人、副支配人、会計事務所の担当Jさん、
 弁護士と、打ち合わせ。6月か、ゴールデンウィーク明けか、秋口か? 
・3月11日(金):14時から支配人と、前日の話合いの内容をチェック。
 決断は私がするが・・ その時に、14時46分に大きな揺れ。どうも、
 揺れ具合が、普通ではない。これは何処かで大地震が起きたはずと
 TVを入れると、東北で、過ってないほどの大地震と報じている。
 そのまま見ていると、とにかく海辺の人は非難するよう絶叫。
 新幹線は不通、17時過ぎに長岡に向け、バスで帰ることにした。
・3月12日(土):昨日の地震は、時間が経つにつれ、想像を絶する惨状。
 津波で多くの街が水没していく内容がリアル。昼は近くのイタ飯屋の
 サエゼリアで食事。
・3月13日(日):報道が、福島原発の崩壊に向いている。TVは全局、
 この震災関連。福島は、かなり危険な状況。 YouTubeをみると、
 さっそく、リアルな投稿が多く流されている。
・3月14日(月):新幹線が不通のため、車で新潟に向かう。高速道路に
 車がいやに多い。新潟回りで東北に向かっている。
 11時に福島原発の二つ目が爆発、かなり危険のようだ。
・3月15日(火):福島原発、3つ目が爆発、ますます危険になってきた。
 そういえば、学生時代の友人の奥野君が、仙台の海辺に終の棲家にして
 いるはず。東京の加藤君に電話をする。奥野君とは連絡取れず!
・3月16日(水):今日予定していた林さんとのコンサルト、この混乱で、
 中止。原発事故が、差合っての大問題。もしかしたら、金沢か、山陰
 あたりに避難? それより、会社のことがある。明日か、明後日に
 決断しないと!
・3月17日(木):前日は、車で自宅に。(新潟に16年間赴任していた
 大学時代の友人)東京の三崎君に電話を入れる。東京は、平静という。
 それより、明日にでも会社存続か、断念か、の決断である。
・3月18日(金):為替介入があって、79円ー>81・4円へ。大震災から、
 まる一週間になる。これで日本は新たな領域に入る。
 今日の、二人の役員との打合せで、事業断念を決定する。
 来週、弁護士と、その手続きに入る予定!
▼ 東北震災の中での、大きな節目。何か、いま一つ、現実感が無かった。
 しかし、動物的な感覚が、茹で蛙の自分を支配して、目の前の処理案件を
 淡々と一つずつこなしているのが見て取れる。 毎月、30年間、月次
 決算に来ていた会計事務所の担当が、「楽しんでいるように見える。
 不謹慎!」と、言われたが、この事態に現実感を持って動いては
 いられない。修羅場は修羅場で違う人格が現れ出る。ただ、後悔や、
 逡巡はしていられない。身近がまず、手のひらを返すのは当然だが・・
 あるのは、節目時の隠れた野生の感覚。 3月19日以降は、後日に
 書き出すが、この内容、自分でも、面白いのだから、第三者は、
 もっと面白い? 書き残す醍醐味か、変質者か? それでも大震災の
 ドサクサに、助けられた。
・・・・・・
2014/11/06
閑話小題 ー倒産は甘塩からい味がする

    * 倒産経験もまた、価値ある人生体験と捉えると
 『倒産は甘塩からい味がした!』をテーマとして書くと、こうなる。
≪ 時どき『闘病と、倒産体験ほど貴重な人生体験は他に無いのでは?』
という考えが頭によぎる。 倒産体験をプラス面で光をあてると、具体的な要素は
幾らでもある。私のケースは、自分で立ち上げた会社を潰したため、起承転結の
「結」が、それ。元もとの立ち位置がアウトサイダーのスタンスもあるが、何事もなく
無事に後に継がせれば中途半端な起承転々。そのどちらが良いか悪いかは、
受け止め方次第である。 事業内容の悪化に比例して辛らつに変わる銀行と、
身近の人たち。予め分っていても不快だが、時間が経つにつれ、これが面白く
思えてくるから不思議。更に、あれだけ沈んでいた気持ちも、二年、三年と
過ぎると、時間薬効果で元に戻ってくる。 その直前・直後の一ヶ月間は、身体と
気持ちが宙に浮いてように動いて、それが意外と痛面白いとさえ感じていた。 
30年来、月次決算に通っていた経理事務所の担当が、
『何か楽しんでいるようですが、自分の立場が分かってないようですね。』
と、言われてハッとしたが、実は、分かってないのは御当人。この感覚は当事者
しか知り得ないこと。何事でも、無我夢中に行動している時ほど面白いことはない。 
実際、こんな貴重体験は滅多に経験出来きないし、一度は味わうのも良よい!
とは、今でこそ言えること。一日一日を区切って、一期一会と割切って乗越える
しかなかったが・・ 「この人、こう受け止めている」が、過って、様々なケースで
自分も受止めていたので、それが分かる。 ボケ役の落語家が震える声で
「バカ野郎〜、その程度か、御前さん!」と思っている自分が、そこにいる。
これも、万一のセフティネットがあったため言えることだが、敗者は敗者、
「日々、是、口実!」になる。「事前、事後とでは、これまでも違っていた」
というのが実感。「開き直り」か。 ≫ 
▼ これを冷静に?読み返すと、こう思って日々を過ごさないと精神の安定を
保てなかったが、冷静な自分がいたことも確か。 それでも大波の中、思わず
水を飲んで、窒息しそうになっていた? 『何事も、最善と思えば最善に、
最悪と思えば最悪になるから、こう捉えていた方がよい』ということか。
これは、大病、大事故にも言換えが可能? 
 少し話が変わるが、実兄が7〜8年前に倒産した時のこと、居酒屋で、慰めで、
彼の親しい友人の実名をあげて『大病で死ぬわけでなし、決して最悪の事態では
ないよ。Oさんは、無事に会社整理をしたが、実は末期肺ガンかもしれない。
これは最悪の事態でないよ!現に生きていられることに感謝をした方が良いよ』
と、慰めたが、その2年後に、本当にOさんが肺ガンになって入退院を繰返して
いるという。この年齢になると、内なる黒鳥がいつ舞い降りてきても不思議でない。
 まだまだ、当時の森の中での夢をみる。 ・・当然のことだが。
・・・・・・
4377, 「世間」の捨て方  ー1
2013年03月11日(月)
           ー「世間」の捨て方 ー ひろ さちや(著)
 創業は、既存の業界を根底から否定し全く新たな形態をつくること。
起業だけでなく、何かをなすということは、社会、世間に距離が出来てしまう。 
社会学を専攻した影響もあるが、内から目線(信念)と、自分を見つめる
上から目線が強くなる。この経済の大津波に押し流されても平然?として
いられるのは長年かけて作ったバイアスがあるから。世間など、とうの昔に
捨て去ってきた。しかし世間にどっぷり浸かってきた人には、新鮮で奇異
だろう。 ーまずは、アマゾンの内容紹介ー
【 景気に振り回される生き方はやめよう。世間はいつも狂ったもの。
 社会と距離をおき自分だけは愉快に楽しく暮らせばいい。
そのための考え方を 語り尽くす本。】  ーまえがきーより
≪ 「自己中心」の反対は何でしょうか? わたしは、それは「世間中心」だと
 思います。普段、わたしたちは「世間中心」で生きています。無意識の
うちに世間を気にしているのです。世間に気兼ねをしています。子どもの
ころから、わたしたちは「そんなことをすると、世間の人から笑われますよ」
と言われ続けてきました。「世間の人から褒められる人間になりなさい」
「立派な人になりなさい」と教えられてきた。つまり、世間の「期待」
に応えることが求められていた。しんどい生き方ですね。
 よく考えてみてください。世間の「期待」に応えるといっても、その「期待」
が何なのか、あなたに分かっていますか? 
企業が「期待」する模範社員は、おとなしくて、あまり自分の意見を言わず、
仲間と協調する人間でしょうか? それとも、独断専行的ではあるが、行動力
のある人間でしょうか?場合によって違っています。とすると、あなたが企業の
「期待」に応えるためには、場合場合に応じて自分を変えねばなりません。
どう変えればよいのかさっぱり分からないままに、ともかく自分を相手に
合わさねばならないのです。疲れますよ。そんなことをしていると、人間失格
になってしまいます。だから、わたしたちは世間を捨ててしまいましょう。
世間の「期待」なんかに応えなくていいのです。だいたい優等生というのは、
相手の「期待」に応えようとして、うじうじ悩んでいる人間です。
いままでの時代は、そんな人間がある程度幅を利かせていたかもしれません。
でも、これからの時代、世の中がどう変わるか、誰も予測できません。
とすると、優等生的生き方をしていてはだめなんです。「世間中心」では
なしに、もっと大胆不敵に「自己中心」でいきましょう。
・・世間のほうがどうしてよいか分からず、われわれに気兼ねしているのです。
いまの時代をそのように読んでいます。本書において、わたしは自己流の時代
の読み方に従って、われわれの今後の生き方を考えてみました。これまで誰にも
言わなかったことですから、きっとあなたの生き方の指針になると思います。
ぜひお読みいただきたいと思います。 ≫
▼ 学生時代の武澤ゼミでのケーススタディ。15人位で、会社内のトラブルの
 現象の問題点と背景を捉え、原因と対策の意見を出し合い円座で議論する訓練。
プリントされた問題点には、多くの要素が隠されている。その答えは思いも
よらない分析と回答が用意されている。ゼミの出した結論と、それを対比し、
更に議論する。よい経験をしたものである。そして社会に出てみると、それぞれ
の具体的構造が、リアルに見え過ぎ戸惑うほど。事業の立上げには理想的経験。
で、最後は経済恐慌など三連発で、この様。でも、悔いもない。それを選択した
のが、私なのだから。東北震災の被害者は、その世間を根こそぎ失ってみて、
絆の暖かさと、逆に無意味さを感じ取っているはず。世間消滅も善し悪し!
・・・・・・・
4003,宇宙は本当にひとつなのか ー6
2012年03月11日(日)                  
* 多次元宇宙論と多元宇宙論 ー2 「宇宙は本当にひとつなのか」村山斉著    
 ♠ 多元宇宙論とは  ー 宇宙は一つではない ー
◇「多元宇宙」= 暗黒エネルギーを説明するためには、相対性理論と量子力学
 を1つにした新しい理論が必要だ。その最有力候補の超ひも理論のよれば、
 まだ未完成だが、膨大な宇宙が存在するという結果が出てしまう。
 これが宇宙は10の500乗個も作られたという「多元宇宙」という考え方だ。
◇ ー三次元のサンドイッチー
 これまでの話をまとめると、多次元宇宙とは、宇宙自身は一つで、私たちが
見ることのできる三次元空間以外にも別の方向があるというものでした。
しかし多元宇宙は、その前提が大きく変わります。宇宙自身が一つではなく
たくさんあるという考え方が多元宇宙です。多元宇宙というアイデアの一つの
例として、三次元空間がサンドイッチのように何層も存在するというものが
考えられます。これは私たちが生活する三次元空間がいくつもあるのではないか
ということですね。 しかし、この場合は、たくさんあるといっても、全体から
見ればひとくくりの空間の中に収まります。ということは、一つの宇宙の中に
私たちが実際に見ることのできる空間と同じような三次元空間がいくつもある
ことにすぎないのです。実際、重いものを、この三次元空間の中に置くと、
別の三次元空間に影響が出ます。例えば私たちの宇宙が図の「宇宙」とします。
「宇宙2」にある星や物質は私たちの星や物質とぶつかったり反応したりする
ことはできません。しかし三次元方向で近くに来ると重力では引き合います。
もしかすると暗黒物質は重なった別宇宙の物質という説がある。
▼ 暗黒物質と暗黒エネルギーは、別宇宙の物質と考えると理にあう。 
 ヒモ理論が10次元の異次元宇宙の可能性を説いている。この本でも述べて
いるが、「人間原理」という、カント哲学風の「宇宙を認識するから
宇宙は存在する」という素朴な説が立ち現れる。
・・・・・・・
3637, 「みずうみ」 茨木のり子
2011年03月11日(金)
だいたいお母さんてものはさ  しいん としたとこがなくちゃいけないんだ
名台詞を聴くものかな!
ふりかえると お下げとお河童と 二つのランドセルがゆれてゆく 落葉の道
お母さんだけとはかぎらない 人間は誰でも心の底に しいんと静かな湖を
持つべきなのだ 田沢湖のように深く青い湖を かくし持っているひとは
話すとわかる 二言 三言で それこそ しいんと落ちついて 容易に増えも
減りもしない自分の湖 さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖
教養や学歴とはなんの関係もないらしい 人間の魅力とは たぶんその湖の
あたりから 発する霧だ早くもそのことに 気づいたらしい 小さな二人の 娘たち
 ーー
 みずうみとは、 内省する時間、孤独の時間、過去を省みている時間。
この畔で水面にうつった周囲の景色や現在の自分の姿を眺めて、我を忘れ
佇んでいる静粛が永遠に通じる。
・・・・・・・・
3272, 裏読み日本経済  ー2
2010年03月11日(木)
 * 9・11テロを予測していた投機筋
為替のディーラーをしていた著書「新・マネー敗戦」に刺激的な文章があった。
「・・・2001年の7月からスイス買いが始っていたのである。それは、何らかの
危機が迫っているを察知していた投機筋がいたからだ。当時、北米からの資金が
スイスに大量に流れているという構図があった。 さらに、欧州通貨でみても
スイス買いが進んでいるのが英国ポンドである。ユーロではスイス売りが進んで
いるのに、ポンドでスイスが買われているということはつまり、欧州通貨内で
みる限り、米ドルに何かが起こることを示唆しているともいえるのだ。
以上の理由から、米国発、あるいは北米発の金融危機が起こるかもしれないとう
漠然とした予測が脳裏をよぎり、ドル・スイスに関しては「ドル売り・スイス
買いにしたままで、二ヶ月後の9・11を迎えた。これは偶然の一致の域を
超えていた。明らかにスイスはニケ月前から危険信号を発していた。
このトレードセンターの崩壊を明らかに察知し、それで儲けようとした一団が
いたのである。9・11の夜ほど、肉食系投資家という見えない存在の恐ろしさ
を感じたことはなかった。」ところが、先日に購入した「ドル亡き後の世界」
にも、「・・この日の一週間前から航空会社の株式の出来高が10倍になり、
航空会社株には大量の空売りが入っていた。このテロ後に、これらの投資家は
天文学的な大儲けとなった」とあった。誰がいったいテロが起こることを知って
いたのだろうか。当時、週刊誌に一時取り上げられたが、その後、何時の間に、
そのことを取り上げなくなった。世には、私たちの知らない世界があるようだ。
あのテロはアメリカ軍事産業の業界に膨大の需要を発生させた。 数日前に
民主党の国際局長の議員が、9・11陰謀説を取り上げたことに、アメリカが
異常な反応を示した。 陰謀説の仮説は充分に説得力があるからだ。 
更にいえば(私の説だが)リーマンショックも、「100年に一度、500年に
一度の大恐慌になることを見越した陰謀」という仮説も成り立つ。 
これは私が当時から疑問に思っていたことである。6千兆円以上の返す当てない
国債を、毒入債権をアメリカ国内だけでなく世界中にばら撒くことにより、
一度、現在の通貨をチャラにするチャンスになった。グリーンスパンに
「百年に一度の世界恐慌」と言わせ、フレーズにしてしまい何度も流し、
それなら新しい貨幣制度もいたし方あるまいと洗脳させ、まずは新しいドルに
替えて裏にもぐった金を表に叩き出し、その後、踏み倒しのための新ドル、
それも交換価値の数分の一に一方的に下げる。 9・11も、リーマンショックも、
元もと仕組まれていた借金チャラのための大芝居という仮説が、
生々しく筋として通ってくる。
 ・・・・・・・・・
2897,自民党はすでに死んでいる
2009年03月11日(水)


5108,閑話小題 〜地動説以来の大発見

2015年03月10日(火)

   * 面白ネタ〜地動説以来の大発見
 誰かとの会話に使える、ある面白いネタを紹介する。
以前、ここで取上げた村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」を、
世間話風に、思うまま書いたもの。
《 天動説から自動説のコペルニクス的転回を知っているよね。
 ところが、それに匹敵するか、それ以上の宇宙的大発見が2003年に
観測された。星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の
4・4%で、目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないもの。
残る96%は何かというと、23%が暗黒物質で、約73%が暗黒エネルギー。
それを合わせると、残りの96%で、元素エネルギーを合わせ100%。
しかし、その正体は殆ど、つまり宇宙の殆どが分かってなかった。ところが、
その暗黒物質が分かる一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から
出てきた考えが、宇宙はもっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかも
しれないという宇宙多元論。多くの宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが
十分小さかったものがわずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。
そのダークマターと、ダークエネルギーが違う宇宙からループ状の管を通って、
この宇宙に流れ込んでいる。ビッグバン以来、宇宙が拡膨張しているが、
遠くに行けば行くほど、濃度が低くなるはずなのに、全然薄くらないのは、
ダークマターとダークエネルギーが、この宇宙に流れ込んでいるため・・ 
その物質の大きさが、マイナス10の35乗。他の宇宙の数は10の500乗も
存在するという。ところで、人間のサイズを1m単位とすると、この宇宙の果て
まで10の27乗で、光の速度で138億年、かかるらしい!100億は
10の27乗。直径で276億光年の広さになる。私たちはマイナス10の
35乗と、プラス10の27乗の世界に生きていることになる。》
 この話、受けるはずだが、現実に溺れている知的興味の無い人は白ける?
「それがどうした?」と訝る、あの男?の顔が浮かぶ。相手を選ばなければ。
 「で、どうしたの?」 「・・・ どうもしません」 外は天風が吹いている。
・・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換
2012年02月24日(金)
宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵する以上に変わった。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の大きな衝撃的進展。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。
ここで、残る96%は何か? というと23%が暗黒物質で、約73%が
暗黒エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素エネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の
一つでしかない裏ずけがで始めてきた。学生時代にビッグバンとブラック
ホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを今でも憶えている。その後の科学の
飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られるようになった。その一つに
ブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないかという説。
それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったというのを
最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った
人間が、その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、
所詮は、そこまでということが分かる。私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、
周辺の星を吸い込んでいる。それは、他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・
2012/03/03
宇宙は本当にひとつなのか ー2
        「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
 先日、「宇宙論のコペルニクス以来の大転換」について書いたが、
そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。私にとって、世界観が
ひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを
考えると息苦しくなるほど。宇宙の果てがあるのか、時間の始まりがあるのか、
神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?などの問いは、
この本を読んでしまうと根底から揺らいでしまう。前提が宇宙がひとつ、
だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を突きつけられれば、
今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。コペルニクスの地動説が
事実と知った時のキリスト教徒のようなもの。これは万物の存在に根底から
問い直しを迫った宇宙論になる。
「宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %は
正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の暗黒エネルギーが占めている。
それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、それら
は他の宇宙から、私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方もない説。 
まず、「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。
  * 私たちの知っている宇宙
・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。
・ 星の成分は光を分析することで解る。 
  温度が高い場所ではどんな物質でもガスになる。
  光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。
  このスペクトラムの欠けで元素がわかる。
・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核が
  くっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。
  このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。
・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 
  月は7分。太陽系の中で恒星は太陽だけ。次に近い恒星はケンタウルス座
  プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。
  太陽系は中心から28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、
  まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動く。
・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のように
  つながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。
  これを宇宙の大規模構造という。
・ 60億光年位の範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質を持つ。 
  これを宇宙原理という。
・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器
  「大型ハドロン衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。
  ここでは、ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、
  つまり、異次元があるという証拠になる。そうすれば、異次元の中を運動する
  物質の暗黒物質の正体もわかるかもしれない。
 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、
  ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね
・・・・・・
2012/03/06
宇宙は本当にひとつなのか ー3
       「宇宙は本当にひとつなのか」 ー村山斉著
「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」「多元宇宙」
が、この本のキーワード。まず「暗黒物質ーダークマター」から取り上げる。
  * 「暗黒物質ーダークマター」とは?
 目で見えなく正体不明だが重力を持つように観測されるものを
暗黒物質と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。
このためには、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加して
いなければならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な重力に
よって曲げられている。これから暗黒物質が存在していることがわかる。
そもそも、この暗黒物質がなければ、地球も、太陽も、星も、銀河も生まれ
なかった計算になる。この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この瞬間
にも私達の周辺、身体をすり抜けている。暗黒物質の有力候補がアクシオンと、
超対称性粒子のニュートラリーノであると理論的に予言、期待されている。
ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星すべてが原子で出来ていると
結論。銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、見えないが
重力を持つもの(暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーション
から暗黒物質が存在しないと現在の宇宙は存在しなかったことになる。 
最新の宇宙研究の現場は、この「暗黒物質」を捕える一歩手前まで来ている。 
 現在、仮説としては「暗黒物質は異次元から来る使者であるという可能性」
が、まじめに議論されている。
  ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー
【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。ですが、
 その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。ここで疑問になるのが、
残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を占めるのが
暗黒エネルギーなのです。全部足すと誤差の範囲でちゃんと100%になる。
暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますが正体はわかりません。】
【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の中の
銀河の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。
最近の観測では銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが
分かるのか?重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。
重力レンズ効果とは、アインシュタインが予言したもので、光は重力に
引っ張られて曲がる。そのため、遠くにある銀河や星の光は変形し地球に届く。
この重力レンズ効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。
暗黒物質の分布地図作りではっきりしたことは、暗黒物質は原子ではない、
つまり宇宙にある物質の8割以上は、原子ではないということ。】
【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球なども
すぐに通り抜けてしまう物質です。電子やニュウトリノと同じような小さな
粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】
▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、
 どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から来たというなら、
ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かってくる
のでは?と思われる。
・・・・・
 このシリーズ、8まであるので、三年前の随日を読んでください。


5107,閑話小題 〜「セルフディアローグ」とは

2015年03月09日(月)

    * 「セルフディアローグ」とは
  ー内なる親愛なる対話相手は、数年後の私と
 「セルフディアローグ」という言葉があった。 内語の自己対話である。
創業計画や、事業計画を練るとき、思い浮んだことをノートに書きなぐり、
独り内語を声に出して、テーゼ、アンテーゼ、そしてジンテーゼへの対話をする。 
  〜この言葉をネット検索で調べると〜
≪ セルフディアローグとは、内語たる自己対話の相手(対自)を、自分を大切
 にしてくれる友人として対話すること。日記が、これ。ディアは「親愛」、
ローグは「言葉」。親友が失敗したとき、励ましたり慰めたりするが、自分が
ミスを犯したとき、何ゆえ自分を怒ったり自己卑下したりするのか。対話の相手
を外部から刷り込まれた自己認知を中心にしないで、親愛なる対話相手を自分の
中に作るのです。≫ とあった。
 読書も、日記も、随想も、そこに自己対話。この随想日記も、一種
「セルフディアローグ」になるが、後年、再読する時、当時の自分との自己対話
が何とも奇妙。それも毎朝、過去の同月同日分を読み返し内省する。一種の瞑想? 
写真家が動物や大自然の景色をシャッターチャンスを待つ間、独り頭の中で、
言葉を探すという。それは被写体と、自分との間に生じるセルフディアローグ
でもある。『対話の相手を外部から刷り込まれた自己認知を中心にしないで、
親愛なる対話相手を自分の中に作るのです。』が、よい。
 私など、このブログの想定したビュアーと、来年、再来年の同月同日の自分を
「親愛なる対話相手」としている。だから、どうしても本音の吐露になる。
・・・・・・
4742,閑話小題 ー大相撲が始まるが・・
2014年03月09日(日)
  * 面白くなってきた大相撲!
 今日から大相撲が始まるが、久々に有望力士の三人が出てきた。
遠藤、モンゴル出身の「照の富士」、「逸ノ城」(実業団優勝で外国人初の
幕下15枚目付出しで、先場所から入った)である。1〜2年後には、役力士
として、次の大関候補になっているはずだが、怪我があるため断定は出来ない。
私の目では、モンゴルの二人は、白鵬、朝青龍クラスの要素があるようだが、
どうだろう。「遠藤」は相撲センスがあるので、大関になれる逸材だが騒がれ
すぎで潰される? 一連の不祥事の危機感もあってか、相撲が真剣勝負になり
俄然面白くなっている。ここで大関の鶴竜が、地味だったが徐々に力をつけた。
先々場所から、その力が開花し、横綱候補になったが、性格が大人いのが弱点。
真面目で、こつこつ稽古をするタイプで好感が持てるが、横綱は図太さが必要。
このところ上位陣に個性的力士が揃ってきた。ブルガリア出身の碧山あたりが、
突然、大化けの可能性がある。今場所は、色いろ楽しめそうだが、相撲協会の
体質が変わってないのが、気にかかる。
  * へ〜、そうか!
 一昨日のシネマの中で、「人はオナラを一日、平均14回する」
と言っていた。身に覚えのあるのは4〜5回?だが、意外と多いのに驚いた。
白人は腸が短いため、回数が多い? 大家族の商家の中で育ったこともあって、
暗黙の内に、鼻ほじりやオナラなど人前の不調法は厳禁であった。
「海外ツアーでは、日中、ほぼ皆無」を考えると、環境にもよる。
動いているとガスは溜まらない? ヨガにガス抜きのポーズがある。
仰向けになって、脚を曲げ、膝の上から両手で抑えて腹に圧迫を数分続ける。
これを50人でするから壮観。ところで、欧米人、本当に14回もするのか〜 
・・・・・・
4375, 閑話小題 ーシネマ評論
2013年03月09日(土)
   * フライト ーシネマ評論ー   ー90点評
― まずは、荒すじから、    
≪ フロリダ州オーランド発、アトランタ行きの旅客機が飛行中に原因不明の
 トラブルに見舞われ、3万フィートから急降下を始める。機長のウィトカーは
とっさの判断で奇跡的緊急着陸に成功。多くの人命を救い、一夜にし国民的英雄と
なる。しかし彼の血液中からアルコールが検出され、ある疑惑が浮上し・・≫
▼ この隠れテーマは「アル中機長の崩壊ドラマ」。そのアル中毒を隠すため
 覚醒剤を使っている二重構造の複雑な筋書き。搭乗の直前まで酒と女に浸り、
それを隠すため覚醒剤を吸って職務につく。ところが悪天候。アルコールのため
操縦を誤り、墜落の危機に陥る。しかし覚醒剤が効いたのか、奇跡的な機転で
墜落を逃れる。そしてマスコミで一躍、ヒーローになるが、機内でも度の強い
アルコールを飲んでいた。 ところが回収された殻ビンから発覚。航空会社は、
隠そうとし、本人も、騙し通そうとする。裁判で逃げ切ったと思われたが、
最後の最後に、良心の呵責で重度のアル中を告白する。アル中の手記などで、
その実態を幾つか読んだことがあるが、それをハリウッド版にしてリアルに
演出していた。私も酒癖で多くの失敗を重ねてきたので、身につまされた内容だ。 
  * 草原の椅子 ーシネマ評論ー
 アラスジは、≪ バツイチで、年頃の娘と二人暮らしの
 遠間憲太郎に、50歳過ぎてから三つの運命的な出会いが訪れる。
一つは、取引先の社長・富樫に懇願され、いい年になってから親友として
 付き合い始めたこと。
二つは、ふと目に留まった独り身の女性・貴志子の、憂いを湛えた容貌に惹かれ、
 淡い想いを寄せるようになったこと。
三つめは、親に見離された幼子、圭輔の面倒をみるようになったこと。
 憲太郎、富樫、貴志子の3人は、いつしか同じ時間を過ごすようになり、
交流を深めていく中で、圭輔の将来を案じ始める。年を重ねながら心のどこかに
傷を抱えてきた大人たち。そして、幼いにも関わらず深く傷ついてしまった少年。
 めぐり逢った4人は、ある日、異国への旅立ちを決意する。そして、世界最後
の桃源郷・フンザを訪れたとき、貴志子が憲太郎に告げる。
「遠間さんが父親になって、私が母親になれば、あの子と暮らせるんですよね」≫
▼ 7000メートル級の山々の間にあるフンザ。そこの、目がきらきら輝いていた
 子供たち、そして何ともいえない雰囲気のある地元の素朴な人々。
遠くに光輝いていたウルタル山。私の見たフンザは、映画の画面で見たものより
遥かに輝いていた。ここで、多くの写真を撮ってきた。最近みる映画は殆どが
ハリウッドもの。 陰鬱の時代に「ドンパチもの」で、ストレスを発散する
ものが多い。その中で、スローライフの中年のファンタジーものの映画も良い。
フンザもよいが、旅そのものが絶品だったことを、この映画で改めて知った。 
人生、万歳三度である。逆に人生に三度万歳をしろ!ということ。ー90点評
 ・・・・・・
4001,4000回の随想日記 ー2
2012年03月09日(金)
「11年も休むことなく2〜3時間もかけてエネルギーを入れて、それが何?」
という疑問が立ち上がる。そのことは私自身が、まず感じていること。40歳
後半から60歳まで、秘境・異郷旅行に年数回行っていた折に、義母が家内に、
「何で好きこのんで、そんなところにワザワザ出かけるのか分からない」と、
首を傾げていたという。これと同じ。そこで大自然の懐の中で出会う感動は、
実際に経験しないと分からない。毎日、一文章を書き上げる習慣で得られる
知識と情報の蓄積が、物事の視点を変ていく面白さは、実際に書き続けないと
分からないのと同じ。1ヶ月ほど前に朝日新聞の投稿欄に面白い。要約をすると
≪ 自分は退職後、ボランティアで忙しく充実した日々をおくっているが、
 聞くところ、定年後、暇を持て余して図書館で時間潰しをしている人が多い
という。それなら自分のように人のため、世のために、ボランティアをする道
がありますよ!≫  一見、正しく、道理である。ボランティアこそ定年後の
人生の義務かもしれない。 しかし図書館に通い人生の経験の糧を得た後の
読書もベストの時間の使い方になる。問題は自分のボランティアに酔いしれて、
読書三味の人が、ただ時間潰しにしか思えない自惚れに気づかないこと。
その人の人生の余白の埋め方は当人が決めること。それを批判する知性が問題。
万人が、このことと似た勘違いをし自画自賛をしている無知の自分に気づかない。 
四千回も書き続けている自分に自己満足をしているのと、ボランティアを自画
自賛している人を合わせ鏡にして、そのバカさを、自覚していない愚かな自分が、
ここにいる。自分のため、11年、書き続けてきた、ただそれだけのこと。 
人生は、経験と知識と感動を得ていく旅路である。面白いのは、書いている
プロセスで、自分の枠組が自然と浮かび上がり、内側を覗き見えてくること。
 ・・・・・・・
3635, 他のせいにするな!
2011年03月09日(水)
  「自分の感受性くらい」 茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを
怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな  
しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな  
なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを  暮らしのせい
にはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を  
時代のせいにはするな  わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい  
自分で守れ  ばかものよ
▼ 自分を批判する目が失われることが、老いの一現象かもしれない。
 若い人でも、心が老いてしまっている人がいる。その目は他人にいき、
己の乾いた心が硬直しているのが見えなくなってしまっている。
「駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄」 
が身に沁みる! とはいえ、100年、500年来の地殻変動であることは確か。
「駄目な一切」を「時代のせい」ではなく、「他のせい」にするな、
ということ。 感受性が鈍るから。
 ・・・・・・・
3270, 焼き鳥は何故串刺しにするのか?
 2010年03月09日(火)
 図書館で書棚を見ていたら「焼鳥は何故串刺しか?」という本があった。
「何々??」と手にとってみたが、成るほどと思う部分があった。
迷ったが借りてはこなかった。記憶に残ったことといえば、ー串刺しにするとー
・何本食べたか出す方も、食べる方も分かりやすい。
・串は食べやすい。箸を使うことなく串を口に持っていける。
・皮、ハツ、モツ、軟骨など、多品種にできる。
・焼き台で焼くのに串が最適。 (かつ火が通りやすく、生焼きを避ける)
・肉や内臓の切れ端が無くすことができる。
・内臓など安い材料のものを、串に刺すことで、見た目に良く見える。
 このように、改めて考えると要領を得ている。
最近、串刺しをしないで、材料を焼くだけの焼鳥を居酒屋で見かけるが、
何か様にならない。串焼に刺した肉や魚などを鉄板の間に挟んで焼く専門店
がある。駅前に一店しか成立をしないが、焼き鳥の方が人気が高い。
 串ものといえば串団子がある。これも串刺しにすることで一々箸で摘むこと
なく食べることができる。蒲焼も串を通して焼くが、出すときは串を抜く。
焼き鳥の焼き台で一本一本がクルクル回転するものや、ベルトコンベアで
一回転する間に自動的に焼き上げるものもある。また火も炭のような金属を
熱して焼くものなど、色いろな工夫もされてきている。冷凍は客に嫌われる
ので、食肉屋が串に刺したものを配達するのもある。豚肉や内臓を串に刺す
焼とんは、戦後の食糧難のときに苦肉の策でできたという説がある。
最近、スーパーなどで中国製の冷凍のものを見かけるが、やはり焼き鳥屋で
酒を傾けながらが良い。
 ・・・・・・・・・
2895, 不況景色 −9
 2009年03月09日(月)
去年の9月15日以来、毎日が恐慌の進行のメルクマールを書く日々。
この一年で中国で二千万人、アメリカで四百万人の失業者が増加。直近の
12・1・2月の三ヶ月でアメリカは200万人が失業をし、それは年率にすると
800万人。中国は今年は更に二千万人が失業するという。日本も水面下で失業が
増え続けている。来月辺りから爆発的な倒産とリストラにより失業者の激増が
予測される。昨日の朝日新聞の一面トップで「失業者 雪崩打ち生活保護へ」
ー1月は最多116万世帯ーと報じていた。
5年前の2004年の100世帯、14年前の1995年の60万世帯、
25年前の79万からみると、異常な増加。この事態の中では当然だが、
それが更に大幅に失業者が増加し続けるのである。
・日本では、夫65歳、妻60歳以上平均で、収入平均が17万、
 支出が25万。残りは預金の取崩しや子供からの援助など。
・国民年金も40年払い続けて、満額で一人当たり6万6千円、
 二人で13万あまりだから、ギリギリまで働かないと個人営業者は
 生活できない構造になっている。
・支出25万円の内訳は、食費6万、住居2万、水道光熱1万6千、
 保健医療1万6千、交通通信2万7千、その他11万1千円。
地方では、最低生活は月に15万円と税務所の担当から聞いたことがある。
中小会社や、個人営業者は船板一枚下は地獄。だから日々が刺激があって
面白いが、反面、常に最悪の事態を常に想定して生活している。この百年か
数百年に一度の恐慌は弱者を土壇場に追い詰めることになる。イギリスでは、
あのロイドが国家管理になり、4大金融機関のうち2つが国家管理になって
しまった。まずは世界の銀行が破綻しているが、これからは実体経済がやられ
企業倒産が続くことになる。その影響をモロに受けざるを得ない事業のため、
毎日が生きた心地がしないが、成るがままに身を任せるしかない。今さら
ジタバタしても、しなくても同じことである。現金商売というのが、目先は
何とかしてくれる。1〜2年は何とか大丈夫? 二年後には駅前再開発による
道路拡張で「一つのホテルの買収計画」が具体化するので、まずは二年さえ
凌げばよいことになっている。 まあ何とか成るようになってはいるが・・
それすら、大津波は根こそぎ破壊するかもしれない、それが世界恐慌である。
・・・・・・・・・
2008年03月09日(日)
産経新聞のトップページに5回にわたって連載さっれた梅田望夫の
【ウェブ時代 5つの定理】が面白い。梅田の本を読むのは4冊目になるが、
今のところ外れはない。  その5つの定理とは、
その1 アントレプレナーシップ  その2 チーム力 その3 技術者の眼      
その4 グーグリネス 自発性に導かれた「時間」 その5 大人の流儀  
になっているが、まずは1と2の概要をまとめてみよう。
* 第1定理は「アントレプレナーシップ」(起業家精神)。
 新しい物事に対する積極的意欲、リスクを引き受けて果敢に挑む姿勢、
不確実な未来を楽しむ精神の持ちよう、飽くなき探究心や冒険心や没頭、変化を
求める心、自分の頭で考え続ける力、始めたら徹底して勝つまでやりぬく気持ち、
といった要素がこの言葉には含まれる。
≪シリコンバレーの存在理由は「世界を変える」「世界を良い方向へ変える」ことだ。
 そしてそれをやり遂げれば、経済的にも信じられないほどの成功が手にできる≫
これはアップル創業者兼CEOのスティーブ・ジョブズの言葉。
 「アントレプレナーシップ」を支える「常軌を逸した熱」は、
「やりたいことをやる」という気持ちと、「社会をより良くしたい」という
思いの組み合わせによって持続する。お金が最優先事項では長期にわたって
そういう熱が持続しない。倫理性と経済性が融合したシリコンバレーの
そんな独特の論理が、仕事の面白さを倍化させ、強い「働く意欲」の源。
* 第二の定理はチーム力
≪Aクラスの人はAクラスの人と一緒に仕事をしたがる。Bクラスの人は
 Cクラスの人を採用したがる≫
この言葉をシリコンバレーでは格言としてよく耳にする。Aクラスの人は、
自分を向上させたいと常に思っているから、自分より優れた人と一緒に働きたい
と考えるが、Bクラスの人は実力に不安があるから自分よりも劣った人を採用
してしまう、という意味である。チーム編成においてはAクラスの連鎖を作る
べし。イノベーションを生むには、選りすぐりのチームを組成するところから
始めなければならないという経験則が、この言葉の背後にある。
≪世界を変えるものも、常に小さく始まる。理想のプロジェクトチームは会議も
せずランチを取るだけで進んでいく。チームの人数は、ランチテーブルを囲める
だけに限るべきだ≫ 
 これはサン・マイクロシステムズ共同創業者のビル・ジョイの言葉である。
マイクロソフトもアップルもグーグルも、すべては数人のチームによる熱狂的な
没頭から始まった。「世界を変える」イノベーションを生む一番大切なことは、
資金でも設備でもなく、 情熱を持ったわずか数人の力を結集して爆発させる
「チーム力」にある。
▼ この二つはソニーの創業時の井深や盛田などと同じである。日本にも筑波
 という素晴らしい都市があるが、そこの個性的な創業者の姿は見えてこない。
研究都市だから、少し違うとしてもである。


5106,閑話小題 〜韓国が変

2015年03月08日(日)

   * 韓国が変
 今さらだが、ますます韓国が変。韓国フェリー転覆事故、そのセウォル号
オーナーの変死事件。そして大韓航空の一連が収まったら、今度は米国大使
への傷害事件。あまりに何もかもが雑。 前大統領と現大統領の素質もあるが、
政権維持のための日本に対するバッシングは見え見え。韓国は、ほぼ米国に
経済占拠をされ、殺伐とした空気。隣には北朝鮮が存在し、米国の経済圧力
との板ばさみ。国民の7〜8割が海外移住を望んでいるというが。
それらを象徴する事件。これも近未来の日本の姿? 世界が動乱期に入って、
一番弱い?朝鮮半島が、その象徴として現れ出た事件。とすると次は日本? 
南欧?中国? 大統領が換わるたび、その劣化が鮮明に見えてくるのも、
如何なものか! ところで、ネットに以下のような日本との対比があった。
1.日本人男性と女性ともは韓国人より「やや小柄」
2.性格は日本人より直情的、直感的
3.日本人の平均年収は韓国人の約2倍
4.韓国は日本よりも少子高齢化が進んでいる
5.韓国の失業率は世界で2番目に低い
6.韓国の学生の読解力は世界一位
7.美容整形をしたことのある韓国人は日本人の2倍以上
8.韓国の強姦件数は、日本の40倍以上
9.窃盗事件、殺人事件ともに日本が件数が少なく、麻薬事件は日本が多い
10.韓国人の幸福度は低く、自殺者が多い。自殺率は10年世界一
 隣国のことを言ってはいられないのが日本。国家予算が、収入に対して
二倍になっても、その削減が出来ない事態。目先、5年後の東京オリンピック
に目を向けさせ、その事実から自己逃避をしているだけで、そのツケはくる。
ある日、国債と、株式相場の暴落となって襲いくる。で、「日本は、もっと変」
・・・・・・
4741,閑話小題 ーソロモンの指輪の物語 〜1
2014年03月08日(土)
    * 「ソロモンの指輪」の物語が面白い!    
  まずは、ーネット検索の内容からー
【 昔、ソロモン王は、悪をはたらく72人の悪魔たちを真鍮でできた器に
 入れて封じ、湖底深くしずめたとされます。しかし時を経て、そうとは
知らないバビロニアの民が湖底より引き上げて、封を開けてしまった。 
かくして人と悪魔がともに住む時代がやってきた。時が経つにつれ、ソロモン
王自ら望まなかった名誉をも手に入れていた。外国の女性もふくめ妻700人、
側女300人も仕えさせるほどとなっていた。賢明なソロモン王でも、長い間
ライバルもなく、一人勝ちの状態が続けば慢心する。それを見た神が罰として、
悪霊を遣わした。 その悪霊は、ソロモン王に化けて、知恵の象徴である
ソロモン王の指輪を奪い、海深くに投げ捨てた。悪霊はその後、ソロモン王に
なりすまし、本物のソロモン王を城から追い出した。指輪を失ったソロモンは、
知恵も誉れも無くし、自分を王だといっても信じてもらえず、物乞いしながら
生きながらえる毎日でした。やがて3年の月日がたち、ソロモンは、別の王国の
王宮料理人と知り合い、見習い料理人となりました。 そのうち彼の料理が気に
入られ、そして王女に慕われるようになりました。 やがて二人は結婚を決意。
しかし、王様は、料理人との結婚を許さず、二人を砂漠に追放した。
二人は砂漠を彷徨い歩くうち、運よく海岸へ出て、とある漁港へたどり着く。
空腹を満たすために、そこの漁師からなんとか水と魚を分けてもらい、魚を
調理しようとお腹をあけると、神の名が刻まれた指輪がでてきました。
その昔、悪霊に海へと捨てられた彼の指輪だったのです。それを指にはめると、
たちまち力が蘇った。ソロモンは、その指輪を着けてエルサレムに戻り、偽の
ソロモン王を倒して王座を取り返ました。 そして、ともに砂漠をさまよった
王女を唯一の妻として一生幸せに暮らしました。】
▼『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)からの三部作と、前日譚にあたる
『ホビットの冒険』が3部作として、2012年から2014年にかけて2部が公開され、
2部まで、都合5作を見てきたが、これが面白い!旧約聖書外伝のこの
「ソロモンの指輪」が原型かどうか? キリスト教圏の人たちにとって、
誰も知っている物語。その辺りが、欧米と日本人の見方の違いになるが・・
ところで、生まれてこの方、指輪などしたことがなかった!
・・・・・・
4374, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー6
2013年03月08日(金)            
 * 平等も格差も遺伝子に組み込まれている    
       「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著
 チンパンジーに、既に平等が埋め込まれているとは驚きである。
長年の間の試行錯誤の結果である。ということは、それから進歩した人間は、
平等から一歩進めて「公平」という概念になる。この辺りが一番難しい。
容姿も、能力も、人種も、生まれてきた環境も、その人によって違っている。
当然のことながら、人間は不平等に生まれつく。しかし、チンパンジーの
遺伝子に平等も格差も組み込まれている意味を考えてみる必要がある。 
  ーその辺りを抜粋するー
≪ 二頭のチンパンジーを、真ん中をガラス窓で仕切った部屋に入れ、
 片方にキュウリを与えるえるとおいしそうに食べる。ところがもう一方の
チンパンジーにバナナが与えられると、いきなり怒り出して、手にしていた
キュウリを壁に投げつける。さっきまであんなにうれしそうだったのに。
霊長類学者のドゥ・ヴァールは、こうした観察結果から極て重要な発見をした。
平等はチンパンジーにとって、けっして譲ることのできない「基本的猿権」。
 ぼくたち人間も、「平等」に強いこだわりをもっている。人種差別でたくさん
の血が流れるのも、バックパッカーがぼったくられに延々と文句をいうのも、
同じ人間として平等に扱われていないと感じるからだ。でも平等が遺伝子に
刻み込まれた生得的な価値観なら、なぜ世の中は格差社会になるのだろう。
それは、「格差」もまたぼくたちの遺伝子に刻印されているから。
 初対面の二頭のチンパンジーを四角いテーブルに座らせ、どちらにも手が
届くところにリンゴを置くと、互いに取りあう。負けがつづくと威嚇の表情を
見せるが、喧嘩にはならない。互いに先取者に所有権があることを認めている。
 ところが同じことを何度も繰り返すうちに、どちらか一方がリンゴに手を
出さなくなる。からだの大きさなどさまざまな特徴から二頭の間で自然に序列が
生まれ、いちど階層が決まると、下位のチンパンジーは上位者にエサを譲る
ようになる。保育園や幼稚園でも、子どもたちを集団で遊ばせるとごく自然に
階層が生まれ、リーダーが決まる(とくに男の子の場合、この傾向は明瞭)。
サルやヒトには、相手と自分の関係を測り、無意識に支配したり従ったりする
強力なちからが働いている。人間の耳には、五〇〇ヘルツより低い周波数は
意味のない雑音(ハミング音)としか聴こえない。ところがぼくたちが会話を
すると、最初はハミング音の高さがひとによってまちまちだが、そのうち
全員が同じ高さにそろう。 ひとは無意識のうちに、支配する側に
ハミング音を合わせるのだ。≫
▼ サルの研究では、サルと人間の重なる部分から、人間の本質を探っていく。
 特にサル社会の「平等」と「格差」との微妙な調整がポイントとなる。
生まれて死ぬまで、高校、大学、会社、事業、結婚相手などの選定が延々続く。
  その結果、都会では、住む地域まで格差ができる。その最たるものが皇居。
アフリカの王族国家を見れば、システムの馬鹿馬鹿しさが見て取れるのに、
自国になると分からない。
 ・・・・・・・
4000, 4000回の随想日記
2012年03月08日(木)
 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。旅行中も「書きだめ」
をしたのを知人に頼んでアップをしていたので、ほぼ休まず書いてきた。
自分でも11年近く四千も連続して書いたと驚いている。次は五千が目標だが、
四千回を契機に、時どき休むことにする。また五千回に到達した時点で半年位は
休むつもりである。この程度の文章は誰でも書けるが、一応自分で納得した
内容を書き続けるのは大変である。充実感があり、習慣化したから可能だった。
「チョット聞いてよ。こんなことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、
クマサンに自慢気に話している感じである。もちろん、自分のために整理し
知識として残すのが目的だが、せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける
動機づけにしている。気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いた
ため、それが、そのまま伝わっていたはず。それも四千ともなると、自分の脳内
そのものでもある。自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。
今では、その日書いた分を含めると11年分の同日の自分に出会っている。 
書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議で
奇妙な感覚になる。だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰で毎朝、
心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、気力が
無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。しかしブログに
字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、過去に書いた文章をカットする。
それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減な文章を書くと数年も
しないうちに、自分の手で削除することになるので、内容の質を落とせなく
なる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、あとに戻せない。
何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 
注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。
時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、
書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、価値が出来てくる。 
また分類ボックスの一番下に、過去の文章の検索が出来るようになっている。 
時々、検索をすると、キーワードの入った文章が出てくる。もし、秘境旅行、
と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。これは記憶の検索になる。
 以下の、千、二千、三千も、それぞれ検索で調べたもの。 
・・・・・・・・
2003/12/30
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をして休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かが間違いている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」
のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)。
だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、
実際のところ面白いだろう。いま考えてみると、随想日記を書き始めた日を境に
自分が間違いなく変った。一日一日が充実してきた。20〜30人位?の人に
毎日読まれていると思うと、見守られているような感覚になる。作家などの
物書きが必死になって書くのも解るような気がする。死ぬ前に全てを消し去る
のもよいし、また書き残すもよいのだろう。いずれにしても50年以上は残らない
のだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。そうすると生前葬の
遺言みたい、いや墓みたいなものだ。 ところで実感としていうと
一番勉強になり良いのが、自分。
・テーマ探しに46時中頭が1杯    ・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し   ・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。
といってこの程度の内容であるが。ス〜と書ける日はよいが、全く書けない
日がある。それでも何とか書くからよいのだ。
・・・・・・
2006/09/25
2001, 二千日の随想日記! おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・
 この随想日記が昨日で2千回目になった。母の十周忌の命日というのも
何かの因縁である。 (字数制限のためカット 2014年03月08日)
・・・・・・・
3634,  閑話小題   
2011年03月08日(火)
 * てっぱん
 毎朝のNHKの連続TV小説の「てっぱん」が面白い。私生児?の19歳の女性の
目を通して家族問題をテーマにしたもの。舞台は大阪と尾道。下宿先の訳あり
の住人たちが個性的で人情があり、互いを支えあっているという設定。
実際の社会は、この夢のような暖かさはない。逆に虐めと見下げの中で、
本人は崩れていく。往年の美女、藤純子がお祖母さん役で、番組そのものを
引き締めている。全体に流れている湯気が出ているような暖かさは、
家族崩壊が問題になっている中、大きな問いかけになっている。
それにしても、19歳のヒロインの持てること。逆に周囲の男たちの持てない
ことが何か不自然である。 それがTV小説であるが。それと、ここには悪役、
三枚目役が全くといってよいほど出てこない。 それも良いのかもしれない。
 * 携帯電話の買い換え
 先日、家内の携帯電話の買い替えのお付き合いをした。 私の携帯電話を
半年ほど前に、iPhonからドコモに買いかえたばかりなので、家族割引
もあるので家内もドコモにした。 私も家内も型落ちのゼロ円のもの。
しかし半年前には2〜3万はしたもの。その二つを比べると、その差に驚いて
しまった。携帯は日進月歩なのである。売り場は半分はスマートフォンで占め
られていたが、これまでの携帯電話ではカメラ機能が強化されたものがメイン。
数年で、大部分がスマートフォンになるのだろう。世界中の情報が、これら
端末情報機器から大量に流される時代。一時代前までの社会的格差は、その
まま情報格差に比例していた。それが、フラット化していけば、社会的格差が、
これまでと違ったカタチになってくることになる。これが北アフリカ、中東の
アラブ圏で起こっている変動として現れている。パソコンも、卓上、ノート、
そしてタブレット型と進化をしてきた。携帯電話からスマートフォンへ雪崩を
うって移行を始めたが、これがどの方向に変化していくのか? スマート
フォンとタブレットの境目は、どの辺になるのだろう? 35歳が子供の頃から
ゲーム器やパソコンに慣れ親しんで育ってきた年代の分岐点となる。
その人たちが社会の中心点になろうとしている現在、時代は大きく変わった。 
もう化石人間などという言葉は、誰も使わなくなった。誰もが使えるように
なってきたからだ。しかし、情報格差は、違う意味で果てしなく広がり出した。
 ・・・・・・・・・
3269, ドル亡き後の世界
2010年03月08日(月)
   「ドル亡き後の世界 」副島 隆彦 (著)
 10年ほど前から、著者の副島の本を何冊か読んできた。
何か山師的な表現で眉唾ものだが面白い。外れも多いが潮流は的を得ている。 
この本も買おうか迷ったが思い切って注文をした。(そして、土・日曜の二日間
ジックリと読んだが、これからの具体的な恐慌のスケジュールが書いてある。)
 ー以下は、ポイントを荒筋にまとめてみた。 恐ろしいことだが、こんなもの。
・FRBの「景気回復宣言」は大本営発表で、大嘘。 アメリカの景気は冬季
オリンピックが終了後の2010年3月頃から崩れ始め、いったん持ち直すものの、
2010年末にアメリカは恐慌に突入し2012年が大底となる。 
まずは株、為替、債権は世界的に暴落し「金融恐慌」が顕著になる。
一ドルが80円を割り、60〜70円代に、ダウ平均は6000〜7000ドルまで低落、
日経平均も5000円を割る。
・オバマ政権は経済的な失敗から任期途中で辞任する。
・日本はいまだ米国債を購入しているが、中国は米国債を徐々に売る準備を
 している。RMBS、CMBS、CDOなどの金融派生商品のリスクが一気に顕著になる。
・アメリカは借金を返せなくなり、デノミ、計画的インフレを引起さざるを得ない。
・このプロセスで、中国のプレゼンスは必然的に高まる。
 アメリカ中心の世界は崩壊し基軸通貨としてのドルは地位を失う。
・個人資金の保護のためには「金」や成長可能な日本株を底値で買うべし。
                 (株価が5000円を割ったとき)
・国家戦略において、アメリカの国家戦略に勝る国はない。軍事力は他国を
 圧倒、食料も世界一、金(ゴールド)も圧倒的に保有。ドル暴落で借金棒引き、
 穀物の暴騰などで逆に潤う。アメリカの借金や財政から考えて、ドル暴落や
 大恐慌が起こって一番得をするのはアメリカである。 結局は世界が
 アメリカは借金の棒引きをしてしまう。これが国家戦略というもの。
・1ドル=10円時代の到来も有りうる。日経平均は4,500円を割るのは二年以内?
・ドルの暴落後は、ハイパーインフレーション、そしてデノミが起こる。
 日本は米国債や外貨を溜め込んでいるので、日本国民の資産が吹っ飛ぶ
 可能性が大。既に800兆円もアメリカに貢いでいる。
・アメリカは現在、増刷した紙切れドルで米国債を買う禁じ手を使っている。
 アメリカ自身がもう自国通貨を信用していない。各国の大使館に現金を
 送って現地通貨に替えている。2012年の底を経て、3年かけて世界の
 覇権はアメリカから中国に移る。したがって2015年には中国が新しい
 世界覇権国になると予言。 上海万博が開かれる5月1日から10月31日
 までは、世界経済や相場に何度か暴落はあっても決定的なものにはならない。
 上海万博が無事終わったその後にアメリカ発の大恐慌が起こり、世界経済は
 地獄を見る。その過程では、日本でも日経平均が一時、5000円を割り、
 1ドルが70円を割ると言う。
  
▼ 以上だが、100年、いや500年に一度の変わり目、
  これより劇的なことが起きても不思議ではない。
 ・・・・・・・・・
2894,厭世的時勢に、楽天であること
2009年03月08日(日)
「厭世」とは、まず自己を厭うがゆえに世界を厭う心の習性をいう。
「楽天」とは、幼児の頃から両親を初め周囲から愛され、それ故に自分を
愛する心の習性をいう。人生を振り返ると、悲しいこと、苦しいこと、不安、
恐怖心など、多くの精神的苦痛があったが、なぜノイローゼや自殺に追い込まれ
なかったかというと、それ以上に楽しい、面白いこと、明るい展望があったから。
 いや、それを見守ってくれる家族・友人があったからである。そのもとは幼児
体験、そう両親の絶対的な愛情が基本。楽天性は、まずは親子関係の中でジックリ
と育てられる。基本的に親は子どもに絶対的な愛情を降り注がなければならない。
しかし家庭内にも色いろの事情がある。幼児期に父が事業に失敗してしまったり、
両親の不仲もある。最近では離婚確率が家庭内離婚を含めると過半数。
その中で自分を楽天的性格にするためには、教養を自ら積むしかない。 
最近になって「楽天は意思」とつくづく思う。人間は誰でも心の底は楽天で
ないと生きていけない。「自分だけは大丈夫!」と思っているからこそ、
エネルギーが、生命力が、発露してくるのである。いずれにしても、誰もが
直ぐに死んでしまうのだから、生きている間は、面白可笑しく生きること。
ただし、将来の見通しだけはシッカリと立てた上だが。だから楽天には長期的な
生存確保が前提になる。毎日、安心して日々を過ごせる生活力があり、時代の変化
に堪えられる力を持ち、それ故に互いの信頼を維持できることが基本になくては。
その前提がないと心が不安定になり、厭世家になるのである。楽天家過ぎて
ホームレスになった人はいても、楽天的なホームレスは、一部を除けばいない。
このブログをみると悲観論者と思われるかも知れないが振り返ると楽観主義者?。
(字数制限のためカット2,012年3月8日)


5105,社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔

2015年03月07日(土)

       「毛沢東の大飢饉〜史上最も悲惨で破壊的人災」
                   フランク・ディケーター(著)
  * 毛沢東の大飢饉
 もう四半世紀前の1989年になるが、北京経由の桂林へのツアーで、
現地人ガイドが桂林で何気なく発した言葉に驚愕をした。
『文化大革命の時、それぞれの村に死体が山のように積まれていた。
私の村でも、積まれているのを見た。桂林では、あそこ!」と、指をさす。 
 現地で生々しい虐殺の話を聞くのは初めて。日本では、聞けない話。
旅行当時、北京の天安門広場近くには通勤途上の人民服の人が乗る自転車で
溢れていた。 資本主義的近代化?に向かう一歩手前の中国の姿だった。
  〜アマゾンの案内より〜
<15年以内にイギリスを追い越す」と宣言した毛沢東が始めた「大躍進」
政策は、人肉食すら発生した人類史上まれに見る大飢饉と産業・インフラ
・環境の大破壊をもたらした。香港大学教授が中国各地の公文書館を精査。
同館所蔵の未公開資料と体験者の証言から「大躍進」期の死者数を4500万
(大半が餓死。うち250万人が拷問死、裁判なしの処刑死)にのぼると算出。
中国共産党最大のタブーの全貌を明らかにし、北京が震撼した衝撃の書!>
  =投稿者の内容より=
≪ もし地獄というものが、あるとすればこの時期(1958〜1962)
 の中華人民共和国の姿であろう。この大躍進の前に、小躍進という大災害
があり、主としてスターリンのソホーズ・コルホーズを、中共がまねをして、
同じような飢餓と腐敗を味わったのであるが、たくみに、フルシュチョフと
張り合う形で、イギリスの鉄鋼生産量を追い抜くという、ばかげた、いや、
恐ろしい計画が、毛沢東がその権力維持の為に、発動される。それが大躍進
という地獄。共産主義国家において、しかも独裁者のもとでは、一度動き出した、
この地獄のプランは止められない。止めようとする者は地獄に落とされる。
およそ、考えられる地獄の様相はすべて盛り込まれている。単に餓鬼地獄だけで
なく、暴力、強姦毒殺、自殺のような他殺、親殺し、子殺し、人身売買、人肉や
泥、糞尿を食べる人、食べさせられる人、あらゆる冷酷のかたち、あらゆる
サデズムの形態で現実におこなわれる。発狂、逃亡、集団死、強盗、暴力
あらゆる悪徳、腐敗、無恥、がどのようにどこでおこなわれたかを、綿密に
書いていく。墓場から死体を掘り出し、あるいは飢餓で死んだ死体を肥料に
してまく。この歴史を国民に教えることはタブー。このような地獄のうえに、
その誤りを指摘する劉少奇を粛清するために、毛沢東は第一次文化大革命、
第二次文化大革命へと権力維持装置をフル回転させるわけだが、ここで
日本でも教養人にファンの多い周恩来などは、自分の命を守る方に
うごいていたこと忘れてはならない。身近な人が、身近な人に襲い掛かり、
子供といわず、婦女子、老人をたたき殺す、その異常死の数4500万人
ともいわれた大躍進の地獄は、人々の心から、忘却されてない。≫
▼ これに文化大革命を加えると、7〜8千万人が死んだというから、
 人口の一割に当たる。もし日本だったら一千万人が犠牲である。
1958〜1962年なら私が中学校の頃、隣国では、こういう惨劇が!
・・・・・・
4740,<つまずき>の事典 〜   ー8
2014年03月07日(金)
  * 「他人歓迎」       <つまずき>の事典> 中村邦生編著
 既に亡くなったが、長年、連続テレビ映画の『ララミー牧場』の解説をし、
「さよなら、さよなら、またお会いしましょう」で終わる名調子の淀川長治
の言葉を紹介している。
☆ 『 映画は、ただ娯楽というだけじゃなくて、いつでも人間勉強させて
 くれるので、私は映画に命をかけました。ちょっと大げさですけど、映画
 への愛が今日の私を作りました。(中略)そして私は、映画から3つの
 言葉を学びました。「がんばれ、苦労、来い」。二番目は「他人歓迎」。
 “他人”という言葉を持ちなさんな、みんな仲間と思いなさい、映画は、
 そう言っていました。もう一つは「私はいままで、嫌いな人に一人も会った
 ことがない」。映画を見ていて、こういう言葉が出てきた時に、私はメモ
 しました。家に帰ってから、それを身につけようとして、今日まで来て、
 どうやらどんな人とも仲良しになれる気持ちになりました。愛は、本当に、
 豊かな人生をもたらしてくれます。』  :淀川長治「美学入門」より
  〜ネット調べると、以下も、なかなか良い〜
☆『愛というものがあるからこそ、人間は美しく生きられる。
 愛のない人間は汚い。お金だけで行きている人間は汚い。
 アメリカの言葉にもあります。「金で買えるすべてのもの、それは悪魔
 でも買える。しかし・・金で買えないものを持っているのが、人間。」
 それは、愛ですね。愛は金では買えませんね。そういうことも映画から
 教えられました。』         :「大人の学校ー入学編」
☆『キザな言い方だが、講演するときもこのあと私はきっと死ぬのだと
 自分に言い聞かせることにしている。するとその講演に命をかける。
 二時間がまるで20分ぐらいの勢いでしゃべってしまう。講演の後は
 汗でびっしょり。けれども不思議なことにこの方が疲れない。思いっきり
 やったという私だけの満足感が疲れを忘れさせる。』『人は必ず死ぬ。
 一日を十分生きなければ損だ   :格言[いつも人生最後だと思う]
☆『チャップリンは幼少時代ひどい苦労をなめた。貧しさのあまり頭が変に
 なった母とチャップリンは二人暮らしになった。父を5歳で失った時に
 母は発狂した。腹違いの9歳の兄はこの家から逃れて船のボーイになった。
 5歳のチャップリンは食べるものがなくなってマーケット裏に捨てられた
 残飯を拾ったこともあった。その苦労がのちのチャップリン喜劇の中で
 いかに生きて描かれているかがわかるのである。それにこの母が実は
 偉かったのである。気が鎮まって正気を戻すと、小さな我が子を枕辺に呼び
 「イエス様はお前が運命を全うすることをお望みなのだよ」と何度も諭した。
 つまり自殺をするなということである。それは小さな我が子に言うよりも
 苦しい自分に言って聞かせたのであろう。 そのチャップリンの苦労が
 のちに幸せの花を咲かせたのである。思えば神様は人間を豊かに幸せに
 するためにいつも苦労させるのだ。:格言[苦難のあとに幸せの花が咲く]
▼ チャップリンのコメディの基本となる「悲惨な生活の喜劇化」。
 彼の芸は道化師の芸からの頂きで、「サーカスのネタばらし=自分自身
のネタばらし」である。少年の頃から、お金を稼ぐため、大道やステージに
立って注目を集めるために道化師の芸を盗んだ。子供の頃の生活のための
知恵は、万人の心をうつ。『一日を十分生きていれば、どんな場面でも
乗越えることが可能である』が、それが一番難しい。 
『一日を充実させる』さえ心掛ければ、十分!
・・・・・
4373, アフォノミックス
2013年03月07日(木)
  * アベノミクスは、アフォノミックスか
 アベノミクスを揶揄して「アフォノミックス」とは、よくいったものだ。
経済評論家浜規子が先日、アベノミクスを問われ、「アフォノミックスそのもの。
死に掛けている病人にホルモン剤を投与するようなもの。気持ち悪い。今さら
経済成長などおかしい!」と切り捨てていた。日銀総裁の黒田氏の国会答弁の
内容についてどうですかに対して、「日銀総裁になりたいポチが尻尾を振って
いるだけ」と、これまた辛らつだが、当を得たりと納得をした。
この事態を招いた戦犯の主犯格の安部と麻生が、首相、副首相とは漫画の世界。
殆どが、それを知っているから恐ろしい。7月末の参院選までのミニバブルか、
あと二年が限界とみてよい。それでも見渡す限り阿部しか見当たらないのが現実。
一度、チャラにになるなら、早めに息の根を止めるのも仕方がないのか。
この付けは、5年、10年後に覆いかぶさってくる。ところで韓国経済が変。 
円安も効いて、あの元気にみえていた経済も崩壊過程。 輸出依存度を見ると、
日本 14% 、中国26%、アメリカ10%に対し、韓国は50%。日本は貿易立国と
言 われるが、実際には内需大国。それにしても韓国の輸出比率が異常に高い。
欧州危機と中国の経済停滞の影響を直撃し、急激に悪化している。
世界的動乱になると、国力がある方が有利。資源があり、海軍と空軍が断然
強いアメリカが当分は世界をリードする。体力を疲弊してしまった日本は、
当分、アメリカの属国として生きていくしかなく、TPPの参加は当然のこと。
明治維新も、太平洋戦争の敗戦も、今回も、アメリカに屈した開国になる。
アメリカにとって、どれも世界戦略の一つでしかない。韓国、台湾、日本が、
アメリカの軍事、経済の中国に対する前線基地。中国も北朝鮮を庭先の番犬で
飼っている。ここにロシアが絡んでくると、1930年代から太平洋戦争の様相に
酷似してくる。とすると、保守本流の安部と麻生の出番も分からないでもない。
「天気晴朗なれど、波高し」である。いや、「能天気なれど、波高し?」
 ・・・・・・
3999, 宇宙は本当にひとつなのか ー4
2012年03月07日(水)
  * 暗黒エネルギー
 ー 次に宇宙の全エネルギーの73%を占める暗黒エネルギーについてー
【 暗黒エネルギーは暗黒物質と並んで、宇宙を作るものの中で正体がわかって
 いないものです。正体不明のエネルギーなので、暗黒エネルギーといっている。
 暗黒物質のほうは10年以内にその正体が明らかになるのではないかと期待が
 持てるようになってきたが、宇宙の全エネルギーの73%を占めると考えられて
 いる暗黒エネルギーは、まだ糸口がつかめていない。今のところ、私たちは
 暗黒エネルギーを見ることも感じることも出来ない。しかし宇宙のエネルギー
 の約四分の三を占めているものが、どこか一部の場所に偏って存在するとは
 考えられないので、私たちの周りに既に存在することになる。 暗黒物質も、
 暗黒エネルギーも、それが分かっていないのに、物質とエネルギーとに分けて
 いるのはなぜか。一番の違いは、宇宙が大きくなると暗黒物質は普通の物質と
 同じように薄まるのに対し、暗黒エネルギーは薄まらない。
 暗黒エネルギーを発見するきっかけは非常に遠くの宇宙で起きた超新星爆発。 
 超新星の観測から宇宙は常に膨張し、その膨張速度は速くなっていることが
 分かった。宇宙には、目に見える星や銀河などより、目でみることの出来ない
 暗黒物質のほうが多く存在する。ところが、宇宙が広がっていけば、その分
 薄まっていきます。そうなると、宇宙のなかのエネルギー密度が低くなり、
 宇宙の膨張速度は遅くなると、物理学者は考えていた。ところが、観測結果は
 そうでなかった。宇宙が大きくなるにつれて、どこからからエネルギーが
 湧き出る。何故そうなるのか。それは宇宙が大きくなっても薄まらない
 何かがある。それを暗黒エネルギーと名づけた。】
【 宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。宇宙が広がる
 たびに増え続るエネルギーが必要で、そのため考えられたのが暗黒エネルギー。
 有力な仮説は真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り返してエネルギーを
 持っている説。この説により真空エネルギーを計算すると120桁も大きな値に
 なり宇宙は引き裂かれてしまうことになる。そこで素粒子を点でなく、小さな
 ひもだという超ひも理論が登場し、宇宙は1次元の時間、目にできる3次元、
 小さな異次元が6次元(カラビ・ヤウ多様体)の10次元ということになる。
 超ひも理論は重力を含む力の統一が出来る可能性がある。超ひも理論は特異点
 を持つブラックホールが熱を持つという問題に解を与えた。アインシュタイン
 の重力理論はまちがっていて、宇宙は加速膨張しないとする人たちがいる。
 彼らは超ひも理論の一つにより泡宇宙となるとの提案をしている】
▼ 「宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。
 宇宙が広がるたびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため考えられたのが
暗黒エネルギー。 有力な仮説は、真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り
返してエネルギーを持っている」という説が分かりやすい。真空の中に
エネルギーがあるというと、仏教の「空即是色」が思い浮かぶ。 この本を
キッカケにし、「宇宙オタク」のブログを幾つか見たが面白い。
広大な宇宙に興味を持つと、シャバの世事に囚われている自分が見えてくる。
 ・・・・・・・
3633, 「中東革命」の行方 −2
2011年03月07日(月)
 * 新たな独裁の可能性にマスコミは甘すぎる?
ー 次の視点も、なかなか考えさせられる ー
≪1月から2月に掛けてチュニジア、エジプトで次々と起こった民主革命に
ついて、筆者に思い浮かぶのがこのトックヴィルの洞察だ。この革命に対する
マスコミの反応は一言でいえば慎重な楽観主義である。通常、国際ニュースに
ついて、国内と海外の新聞の間に切り込みの鋭さの違いがあり、立場にも若干
異なる点が見られるのだが、今回の場合、内外格差も国内格差もほとんどない。
おそらくアメリカ国務省でさえ事態を掌握できないほど急速に出来事が展開した
ためなのだろう(なぜ、出来事の展開がかくも急速だったのかという点について、
各紙はアラブ世界へのインターネットの普及を原因として指摘する)。
 チュニジア、エジプトの国民が腐敗した独裁体制と平和裡に決別し、民主化を
実現したという「美談」にも関わらず、内外のマスコミが手放しでこの出来事を
賞賛できない理由は、言うまでもなく「イラン革命」の経験である。
民主化は結構だが、それが結局、強硬なイスラム思想に立った新たな独裁体制に
つながったら困ると認識されているわけ。トックヴィルの洞察が重要なのは
まさにこの点だ。結局、新たな独裁制に行き着くのか、イスラム原理主義が
中東に浸透する結果になるのか、それを占う大きな要因は、今後、民主主義
への体制移行期においてどれだけアナーキーが深刻になるかである。
今回のチュニジア、エジプトでの民主革命は、この点に若干希望が持てる。
なぜなら、流血を伴うことなく実現されたからである。暴力によって生まれた
新体制は、その維持のためにも暴力を必要とする。同時にその暴力に反発する
国民の暴力を誘発する。今回はそれを避けられるかもしれない。もっとも
エジプトの場合、軍による移行体制という現状から、民主革命はまだ序の口。
もし今後、軍が強圧的な態度に出て、国民の反発が強まった場合、次の衝突
では流血が起こる。アメリカを中心とする西側諸国は、軍を監視して移行期を
スムーズに進展させる責任を持つ。≫
▼ イスラム教が、何で民主化というのか? 彼らの民主主義は独裁打倒
 ということで、欧米の民主主義とは違う。要は、他の文明圏との経済格差が
TVなどで露出されたこともある。特に恵まれてない若者層に不満が浸透している。
 独裁者たちの国家の私物化も露骨。同じことは欧米でもあるが、それぞれの
階層の中で飼いならされ満足しているのだから今さら
・・・・・・・
3268, 哲学者は神について、どのように語ったか ー4
2010年03月07日(日)
  * キルケゴールの「宗教的実存」
 キルケゴールは、「個人の生は3つの段階を経て深化する」と主張した。
1、美的実存:  美しいものを求めて、そのときそのときの享楽を求める
         生き方である。 ドンファン的生き方。
2、倫理的実存: よいことをし、社会的の規律を守り、習慣などに従い、
         全てに道徳的な生き方。
3、宗教的実存: 神である絶対者との関係の中で生きることにより、
         真の人生を手に入れることができる生き方。
 この宗教的な生き方も、二つに分けた。「宗教性A]と「宗教性B]である。
「宗教性A」は、自力救済を試み、自分の主体や理性によって自分を支配しよう
 とする。しかし、それはキエルケゴールによると罪になる。 
 支配するのは神である。(字数の関係でカット 12年03月7日)
 ・・・・・・
2893, 年寄りの持病自慢は、老人の猥談だと!
2009年03月07日(土)
50歳半ば頃から同級会では、年金か成人病の自慢のしあいか、
誰かの死の話が中心になる。青春時代に自分の体つきや身なりを気にしたり、
性体験を陰で話したり、猥談を話したくなる時期があるが、それと同じく、
自分の「体調」や「病気体験」について語りはじめる老人の「健康談議」を
「老人の猥談」というらしい。五十歳代半ばの下半身の衰えは男の共通の話題。 
その次は癌体験か糖尿病か心臓病などの成人病の披露のしあい。
(字数の関係でカット 12年03月7日)
・・・・・・・・・
2529, 山田風太郎 のアフォリズム
 2008年03月07日(金)
彼の本が好きで、何冊か図書館で借りて読んできた。暗い中に何ともいえない
温みがあり、2年に一度は彼の本を読んでいる。また亡くなる前に朝日新聞に
『あと千回の晩飯』が連載したことがあった。なかなか文に鬼気迫る内容だった
ことを憶えている。 先日も『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、著作群の中から
の警句やアフォリズムなどを一冊にまとめたもので読みやすい。
手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。
以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の山田風太郎
のアフォリズムなどを抜粋コピーしたもの。
★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」
★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」
★「みんないう。いつか死ぬことはわかっているが、「今」死にたくないのだ」
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、
 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」
★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。
  しかし、お前にはおれがわかっていない〉」
★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、
  いかにばかばかしいことであったかを」
★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」
★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。いかなる
 人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」
★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」
(字数の関係でカット 09年03月7日)


5104,閑話小題 〜絶食系男子・女子

2015年03月06日(金)

   * 絶食系男子・女子
 いつの時代にも、様々な男女のタイプがいる。学生時代は、志すところが
あってか、機会は有り余るほどあったが、特定の相手はいなかった。卒業の
半年前に、ゼミの教授に「学生時代に相手を見つけておきなさい」と言われ
焦って探したが時、既に遅かった。しかし、勤務先は女性の職場、それぞれの
転勤先には、こんな美人が実際に存在しているのに驚かされた。対象の年代は、
団塊の世代で、私の世代は終戦直後の男の絶対数が少なく、環境として非常に
恵まれていたため、一人に固定されると、その特権を放棄することになる。
そこでフワフワしているのが、最適。それも、22〜27歳の間だけ。 昨今、
肉食系、草食系と言われていたが、今では絶食系男子、女子が増えているとか。
過去に一切、付き合ったこともないし、その気がない?と街頭インタビューを
していたが、「傷つくのが怖い」「自信がない」「面倒だ」「理想の人が
いないし、いても相手は無理」とか、様々。どれもこれも身に覚えがある。 
 誰も無意識で、自分のレベルより1〜2ランク上の相手を望むが、情報化は、
それをテレビや、ネット上で具体的に提示する。そのうち、それが最低条件に
変化していることに気づかない。悪いことに、映画やTVドラマで、理想的
ヒーローやヒロインの虚像を焼き付ける。現実に、そんな相手は存在しないし、
いても相手はミスマッチとなる。で、どえらい失恋を重なるうち、諦める
しかない。次は拒食系男子・女子が出てくる? ところで、その番組の中で、
「レンタル彼女・彼氏」があるという。ただ数時間デートをするだけで、
何も?無しで、二万数千円。その方が気楽で良いという。解らない時代だ。
・・・・・・
4739,<つまずき>の事典 〜   ー7
2014年03月06日(木)
* 私は人一倍こわわがり屋!(植村直己)<つまずき>の事典>中村邦生編著
 誰でもこわがり屋で、神経質である。もし、そうでないなら無知か、無神経
である。それを登山家の植村が逆に準備を周到にすることで乗り越えてきた。
私も、人一倍こわがりで、神経質の性格を乗越えてきた。初めてのケニアも、
 生きて帰れるかどうか、到着するまでは恐ろしさで震えていた。でも、
サファリ地区に入れば、何とことはない、世界で名だたるレジャーランド。
要は、決心できるかどうか。人生と同じである。 ーその辺りを抜粋ー
《 ☆ 人から「そんなに次次に危険を冒してこわくないのか」と、よく
 聞かれるがとんでもない、私は人一倍こわがり屋。危険に直面したとき、
自分だけはなんとしても生きたい、と思うのである。普段の生活では表に出ない
利己的なものが、危険に遭遇した時、あらわれるのである。ー植村直己『冒険』〜
 植村直己(1941~84)は登山家・冒険家。兵庫県生まれ。モンブラン、
キリマンジャロ、南米のアコンカグア、エペレスト、北米のマッキンリーと
世界初の五大陸最高峰登頂者となった。チョモランマを除いては単独登頂。
他にも、アマゾン川を筏で下ったり、北極圏一万二千キロを犬ゾリ単独走破
などを成し遂げた。この希有の冒険家も明大山岳部に入りたての頃は、
新人の中でも最もパテが早く、使いものにならなかったという。
 この『冒険』は一九八○年刊行の自伝的冒険記。引用は単独行への新たな
挑戦を語る章の一節。この「利己的なもの」という言葉に続けて、
「北極圏の犬ゾリ旅行のとき、ひとたび食糧が欠乏して生命に危険を感じると、
それまで家族のように接してきた犬も食糧に見えた」と告白している。
植村直己は「未知の世界に立ち向かうとき、私はあらゆる準備に時間をかける。
そして、成功への可能性が見つかったとき、初めて行動に移る」と自他ともに
認める慎重居士であった。しかし一九八四年、マッキンリーの冬期単独初登頂
に成功した帰路、消息を絶った。43歳の誕生日を迎えた後であった。
この登頂は南極大陸横断という挑戦に備えてのことだった。》
▼ 長期の設備投資の事業をしてきたが、20〜30年以上の投資のため、
 多くの時代の波に曝されることになる。判断と、決断は、それを前提にするが、
そんな先が読める訳がない。そこに底知れぬ恐怖感がまとわり付く。そのため、
万一の備えをつくっておくしかない。今回の一連で、大部分の人が計画倒産と
思ったようだが、そんな小利口なことなど、私に出来ようがない。出来るのは、
再投資の度に、リスク管理を積み重ねてきた。そこには利己的な自分が顔を出す。
 気が小さく、愚鈍で、利己的な自分と常に出会うことになる。
だから綺麗ごとが綺麗ごとと自覚できない人の心中が透けて見えてくる。
ドラマと、現実は違う。その内面は、ドラマでは表現できない。
それは、自分で経験するしかない。
・・・・・・
4372, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー5
2013年03月06日(水)               
  * セックス原理主義から遺伝子中心主義へ    
         「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著
 フロイトがユングにとってかわって久しい。そのユングも科学の進展のためか、
これまた時代遅れになっている。フロイトの説くエディコンプレックスの人間の
本性は、あまりに極端である。身近にいると、性欲対象から逆に外れてしまう。 
幼児期からの女友達と結婚するケースが殆ど無いことをみても分かること。
 ーまずは、その辺りを抜粋してみるー
≪ 幸いなことに現在では、エディプスコンプレックスがまったくのでたらめ
 だということが証明されている。フロイトは、男の子の母親への欲望は生得的
なもので、それを文化的に抑圧し近親相姦をタブーとすることで社会が成立して
いると考えた。でもそうすると、ヒトとほとんど同じ遺伝子を持ちながら
文化的なタブーのないチンパンジーやオラウータンなどの類人猿は、近親相姦で
子どもを産んでいることになる。ところが詳細な野外調査によって、彼らが
じつに巧妙な方法で近親相姦避けていることが明らかになった。たとえば人間に
いちばん近い類人類ボノボは、思春期になるとメスが冒険的になり、故郷を
離れてほかの群れに加わる。それに対して内気な雄は、母親とともに群れに残る。
この無意識のプログラムによって、ボノボの兄弟姉妹が性交することはない。
遺伝子的にみて、近親相姦はきわめて不利な繁殖方法だ。・・
 ・・・いま精神分析に代わる新たな‘こころの原理’が登場してきた。
ダーウィンの進化論を、遺伝学や生物学、動物行動学、脳科学などの成果を
踏まえて検証し発展させようとするもので、進化心理学(進化生物学、社会生物学)
と呼ばれている。ダウィンの理論は、生物は自然淘汰によって、より効率的に
子孫を残こそうに進化してきたというものだ。長い進化の過程を生き延びて
こなければいまここには存在しないのだから、これは考えてみれば当たり前で、
コロンブスの卵みたいな話だ。
この単純な理論で、キリンの首が長くなったり、クジャクの尾羽が絢欄豪華に
なったり、生物学的にはチンパンジーと大して変わらないヒトがとてつもない
知能を持つようになった理由がきちんと説明できる。進化論はナチスの宣伝に
利用されたり、聖書の教えを否定する冒�と批判されたり、なにかと評判が
悪いけれど、現代の進化論(新ダーウィニズム)はさまざまな知の領域を横断
してとても洗練されたものになってきている。 ・・・ ≫
▼「遺伝子は、自らが生き残るために生物の身体を使う」という。 
 当分は新進化論が主流だろう。結婚相手は、北海道とか、九州など遠くの
地域の人の方が、遺伝子的にも良いと聞いたことがある。地方から一度、
都会に出たほうが、色いろな人と接する機会が多くなる。それは海外にも言える。
その遺伝子の性格は非常にエゴが強いときている。遺伝子も、乗り移った身体が
弱ければ、そこで終わってしまう。 ところで、孔雀の絵柄、誰がデザイン
したのでしょうね。
 ・・・・・・・
3998, 宇宙は本当にひとつなのか ー3
2012年03月06日(火)
         「宇宙は本当にひとつなのか」 ー村山斉著
「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」「多元宇宙」
が、この本のキーワード。まず「暗黒物質ーダークマター」から取り上げる。
  * 「暗黒物質ーダークマター」とは?
 目で見えなくて正体不明だが重力を持つように観測されるものを暗黒物質
と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。このため
には、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加していなければ
ならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な重力により曲げられる。
これから暗黒物質が存在していることがわかる。そもそも、この暗黒物質が
なければ、地球も、太陽も、星も、銀河も生まれなかった計算になる。
この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この瞬間にも私達の周辺、身体を
すり抜けている。暗黒物質の有力候補がアクシオンと、超対称性粒子の
ニュートラリーノであると理論的に予言、期待されている。
ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星はすべて原子できていると結論。 
銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、見えないが重力を持つもの
(暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーションから暗黒物質が
存在しないと現在の宇宙は存在しなかったことになる。最新の宇宙研究の現場で、
この「暗黒物質」をつかまえる一歩手前まで来ている。現在、仮説としては、
「暗黒物質は異次元から来る使者という可能性」が、まじめに議論されている。
  ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー
【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。
 ですが、その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。ここで疑問に
 なるのが、残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を
 占めるのが暗黒エネルギーなのです。全部足すと誤差の範囲でちゃんと
 100%になります。暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますが
 その正体はわかりません。】
【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の銀河
 の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。最近の観測では
 銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが分かるのか?
 重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。重力レンズ効果とは、
 アインシュタインが予言したもので、光は重力に引っ張られて曲がる。 
 そのため、遠くにある銀河や星の光は変形して地球に届く。この重力レンズ
 効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。暗黒物質の
 分布地図作りではっきりしたことは、暗黒物質は原子ではない、つまり宇宙に
 ある物質の8割以上は、原子ではないということ。】
【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球なども
 すぐに通り抜けてしまう物質です。電子やニュウトリノと同じような小さな
 粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】
▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、
 どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から来たというなら、
 ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かって
 くるのでは?と思われる。
 ・・・・・・・
3632, 「中東革命」の行方 −1
2011年03月06日(日)
  * 「中東革命」をなぜ手放しで喜べないか
 竹森 俊平(慶大学教授)の中東革命をなぜ手放しで喜べないかの、
毎日新聞の論説が面白い。「アメリカのデモクラシー」を著した19世紀の
フランスの社会思想家、トックヴィルは民主主義の支持者だったが、
同時に民主化された国の先行きに不安を抱く「慎重な楽観主義者」であった。 
 そのトックヴィルの洞察とは、
≪ 貴族が政治を支配する君主制の下では、社会はいくつもの階層に分断
されるが、個々の階層内での団結は強い。そのため国は「利益集団」の連合体
という形態を取り、その集団の抵抗があるため、国全体を君主の意思で自在に
動かすことは困難で、君主制が「独裁政治」に転化することは稀である。
これに対して、国民の間の身分の差を認めない民主主義の下では階層に基づく
利益集団が消滅し、誰もが一個人にしか過ぎない。しかるに、巨大な社会の
中での個人の力は僅かだから、国民は「個人」として行動する場合には微弱。 
そのため国家、社会の動きに国民は脅える。とくに一番国民を脅えさせるのは
「アナーキー」である。しかも軍事的革命によって民主主義が確立した場合に
国民のアナーキーへの恐怖は大きくなる。 力によって維持されていた体制が、
その力とともに崩壊したあとの混乱を誰もが経験しているからだ。 
結局、この無政府への恐怖が、国民を「絶対権力願望」へと駆り立て、
独裁制を生む。 こうした経緯で誕生した独裁制は、君主制の下で発生した
独裁制よりも強権的である。なぜなら君主制の下では、国民は「意に反して」
誕生した絶対権力に対し抵抗し続けることができるが「意に従って」誕生した
民主主義の下での独裁制には抵抗し難いからである。 しかしマスコミは
「慎重な楽観主義」として民主主義をみている。≫ −つづく
▼ 独裁国家の崩壊は、王政国家の崩壊より性質が悪くなる。
 今回のエジプト、チュニジア、リビアのような時代遅れの独裁国家の存在
を許し、崩壊後も同じような独裁者を生むことになる。スターリンも然り。
王政が軍事独裁者が取って替わっただけでしかない? 北朝鮮も、中国の
共産党の体制も、同じ似ている。軍隊は共産党所属である。だから騒動が
起きても、軍部は民衆より共産党につくしかない。共産党もそのの子弟が
代々上層を占めている。競争社会は格差を生み出し、その蓄積が社会構造を
作ってきた。その構造が突然、崩れても新たな理想的なシステムは、
簡単につくれるはずがない。
 ・・・・・・・
3267, 哲学者は神について、どのように語ったか −3
 2010年03月06日(土)
 中世が終わると、キリスト教の影響から脱した反動から16世紀以降特に、
素朴な信仰は色あせてくる。その中で、バスカルは神への信仰を語っている。
人間は卑小なものだが、その卑小さを知るがゆえに偉大であると。彼は、
「人間は考える葦である」という有名な言葉がある。「人間は一本の葦に
すぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である」
すべての人間は幸福を目指して行動をするが、最終的には「人間は死刑囚だ」
と嘆き、その不幸から逃れるためには来世の幸福を望むしかないと考える。
遺稿に遺作の「パンセ」がある。《パスカルの賭け》という断章がある。
「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?― いや、どちらかを
選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。― そう。 
だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」
すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。
賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。
勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。
しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、
失うのものは何もない。反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。
その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。
死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けた
とき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるから。
▼ なるほど、理にかなっていると学生時代に「パンセ」を読んで納得した
ことがある。パスカルは、理性を根拠に神の存在を証明したデカルトに反対す。
有限な人間の理性では、無限な神を理解できない。神を理解できるのは
「心」と、えた。彼が考えた神は「ヤコブの神」という。旧約聖書の登場人物
たちの語りかけ、導いた神こそ本当の神であり、デカルトの神は「哲学者の神」
にすぎないという。若いときの私にとって、非常に新鮮な感覚で、
大きな影響を受けた一人である。
・・・・・・・・・
2892, オーラをみたことがあるか?
2009年03月06日(金)
 オーラを見たことがあるか?というと、殆どの人は見たことがないのでは? 
一般的にオーラがかるというと、「貴乃花を見たときに、オーラが見えた」
という人は、弟子に前後5〜6人に囲まれて熱狂的なファンの間を歩いている
姿の全体のエネルギーの威圧感を言っている。「光の手」という本に、
「人間の体にはエネルギーフィールドがあり、7つのチャクラがある云々」
とあった。それを一般的にオーラというのだろうが、実は私は一度だけ
オーラを見たことがある。15年ほど前、母が痴呆症になった時に三年ほど
毎朝、車で20分の長岡ニュータウンの丘陵公園に母親を連れて、車椅子で
誰も居ない広場の散歩道を歩いている時のこと。大きな広場を坂道をやっと
上がりきった瞬間に前方から朝の陽光が雲間から私たち二人を照らした。
その時に車椅子の後ろから見た白髪の母に虹のようなものが包みこんでいる
のが見えたのである。 逆光が私の位置から母の白髪を通して見たため光の
加減もあったのだろう。早朝の誰も居ない坂道の幻想的背景もあってか、今も
心に焼き付いている。その半年後に二番目の姉夫妻が千葉から母を訪ねてきた。
その時のオーラの話をしたところ、そこに行きたいという。そこで母と姉夫婦
と私の4人で車でドライブがてら行ってみたところ、そこで義兄が面白い
ことを言った。「私が学生時代に登山で似た体験をしたことがある。
早朝の山頂で日の出をみていた時のこと。自分の影が朝日に映し出された時に、
その光景がオーラのように感じ取られ何とも不思議な感覚になった。
その感覚とソックリのような気がする」とのこと。自分のオーラを影の中で
見たのだろう。これは経験した者でなければ分からないこと。
自分の感覚にはバクテリアの発生から進化を20億年以上かけてしてきた
蓄積がある。それを何かの折に、底知れない何かを感じるのは何ら不思議
のことではない。 この年齢で人生を振り返ると、色いろの経験をしてきた
のである。過去に数百、数千億人が人生を過ごしてきたのだから、
信じられないほどの蓄積が存在している。それを可能な限り知ること、
これも生きるということである。まったく、人間には自分というバカの壁が
強固に張り付いている。  しゃ〜ないが・・・


5103,悪夢の21世紀 ー7

2015年03月05日(木)

    * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜⑦
   ー価値は、すべての観点から見たものに過ぎないー
 「価値」を、一つの点に修練される「遠近法」の、それぞれの立ち位置
 の観点でしかない、というのも面白い! 今まで「価値」の意味の解釈で、
 最も合点がいく。情報化で、それぞれが違った立居地から情報の受発信が
 出来るため、それが逆にニヒリズムを起因する。 
(13) ≪ 誰もが、広い意味で、何かの「専門家」になってしまっていて、
 特定の論点にしか関心を持てなくなってしまった。それぞれの観点を総合
 することが出来ないのである。かくて、我々の世界像は、巨大なピカソ状の
 壁画のようなもので、そこには統一もなければ、まともな論争も生じない。
 全てがちぐはぐだ。それこそ、ニヒリズムの特質で、ニーチェも言うように、
 ニヒリズムとは、統一も、目的も、真理も失われた状態である。≫
(14)≪『ではどうすればよいのか。このニヒリズムの時代には、残念ながら
 容易に答えなど見つけられるすべもないのです。ニーチェは、価値は、全て
 ある観点から見たものに過ぎない、といいました。確かな真理などという
 ものはない。ただ、様々なパースペクティヴ(= 観点、見方)があるだけだ、
 というのです。われわれは、結局、特定のある「パースペクティヴ」から
 見ているに過ぎない、というわけです。その意味では、誰もがある特定の
 専門家もどきにならざるを得ません。それはそうでしょう。そのことが悪い
 わけでもないのです。・・ 「パースペクティヴ」といったときには、
 すでにおぼろげながら、ある遠近法が忍び込んでいるのではないでしょうか。
 ある特定の観点、という自覚そのものが、おぼろげながら遠近法を想定して
 いるのではないでしょうか。少なくとも、様々な「パースペクティヴ」が
 バラバラになっては困るのです。それらの観点が文字通り、ひとつの点に
 収斂してくれなければ困るのです。・・この遠近法の収束点を与えるものは、
 やなり、我々の構想力以外には無い。この構想力は、決してグローバルな
 市場競争や大衆化した民主主義や新しい技術革新の延長上に置かれるもの
 ではありません。それらは、世界を一層混沌へと落し込むでしょう。』≫
(15)≪『そうではなく、われわれが、われわれの歴史的経験と文化を確認
 しつつ、しかも日常の常識(コモン・センス)に立ち返って将来の社会像や、
 よき生というものを構想する力というほかないでしょう。それは決して
 専門主義からは出てこないものなのです。一種の総合力と構想力なのです。≫
▼ ニヒリズムでは、世界は救われない。やはり総合力、構成力が必要である。
 民主主義、自由主義が正しいと信じてきて、今さら何を信じろ!というのか。
長くとも、10年先に生きているかどうかと、考えると虚無になるが、せっかく
地球に奇跡的に生を受けたのだから、知る限りの知識と経験を貪欲に求めて
やろう、と生きるべきだが。 
・・・・・・
4738,<つまずき>の事典 〜   ー6
2014年03月05日(水)
* 据え膳食わなねど高楊枝の後悔と・・ <つまずき>の事典>中村邦生編著
人生の黄昏時になると、若い時の愚行と共に、
絶好の機会でありながら、犯さなかった愚行の悔い?が交差する。
  ーここで紹介している内容からー
《「男が最も悔やむ愚行は、絶好の機会でありながら犯さなかった愚行です。」
                    ヘレン・ローランド『男への案内』
ヘレン・ローランドは、アメリカのジャーナリスト・作家・主に若い女性への
愛と結婚をめぐるユーモラスで、皮肉な寸言を得意とした。例えば、「結婚前、
男はあなたの言ったことを夜中あれこれ考えて眠らずにいるが、結婚後はあなた
の話がまだ終わらないうちに眠ってしまうものなんです」といったように。
 o(・`ω´-+) --☆Wink…o(;-_-;)oドキドキ♪ _+)(/_;) 
 引用の警句「絶好の機会でありながら・・」を読んで、忸怩たる思いが込み
上げてこない男はいないだろう。もちろんこの種の「愚かさ」は、特に男だけに
限られたものではないが。しかしこれはやはり男のもの。つまり「悔やむ」
という未練の引きずり方のだらしなさにおいて、男独自のものである。
そもそも「絶好の機会」などというものからして、常に後になってみなければ
気づかないようにできている「機会」なのだ。》  (“o(>ω<)o”))オシイー!! 
▼「あの時、もし、愚行をしてしまったら、どうだったか」を考えると、
 やはり留まる理由があったから。逆に「愚行の失敗の結果が現在の自分」
と思うと、これまた複雑な心境である。「踏みとどまって良かったのか、踏み
とどまらずに云々・・」などを考えることが、引きずっている男の哀しさ。
結婚を考えると、解りやすい! 男は強力な下半身のエネルギーによる愚行で
結婚相手の判断を狂わせ、一生かかって後悔する。その結果が世の男たちの、
 姿だが。「若気のいたりの愚行が無いのが一番の愚行、若気のいたり!」と、
今東光が身の下相談で言っていたが。
「いい女、いい男」は、「いい女、いい男に見えるため、思えるだけ!」
というのが解らず、家庭内離婚を含め、大部分が一生かかって後悔する。
人生の大部分が愚行で成立している。「絶好の機会」は「絶体的危機」だった。
・・・・・・
4371, 歳を取りそこねる人たち ー3
2013年03月05日(火)                  
    「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日武彦(著)
  * 嫌なジジイの自覚 
 人は歳をとるにつれ、嫌なジジババになっていく定めにある。肉体と精神が
緩んでくる結果である。自分で気づかないが、世代の違う人から見れば、60歳
過ぎればシッカリした老人である。 ーシビアに述べている部分を抜粋するー
≪ おそらく、わたしは老いていくに従い偏屈で意地悪で寂しい老人となって
 いくであろう。ひと筆描きの描写で事足りそうな「いやなじじい」で片づけ
られてしまうだろう。いやなじじいであることはその通りであるにしても、
そのようにタイプ分けされてオシマイー そんな呆気なさが付いて回る老人たち
の孤独感や屈託には、そうした粗雑な決めつけを受けがちな立場に由来している
部分が予想以上に大きい気がしてならない。 とはいうものの、たとえば人品
卑しからぬ「かくしゃく」とした老人がアンフェアなことをすると、わたしは
必要以上に失望し立腹してしまう。イメージに忠実でなかったから、と。
強がりを言ってまでも独りぼっちの生活を送っていた井杉あやが、風邪を契機に
急に弱気になったりすると、左知子は裏切られたように感じてしまう。
勝手なものである。老いることとは、自身の在りようを一方的に決めつけられ、
それを甘受させられることなのである。つまり物語を押し付けられることに
他ならない。しかもその物語は、なべて安っぽく底が浅い。
不良少年にまつわる物語のように。 P−66≫
≪ 60歳あたりで急に妄想的になったり、精神的に不安定になる人が結構いる。
 改めて考えてみると、彼らの胸の内に若さに付随する筈の楽しいことや
充実感を享受し損ねたという未練や不満が「損をした」という感覚で漂っている
のではないだろうか。その恨みの気持ちが、世の中から取り残された、見捨て
られたという実感と合体すると、そこに被害者意識が生まれることになる。
それは往々にして「だから自分は何をしても許される」といった放漫さや尊大さ
につながる。そうした心の動きが、異様なほどの自己中心的な行動として顕現
することになるのではないか。たとえば暴走老人や高齢者の万引きとか。P−208≫
▼ 噂話そのものが、安っぽく底が浅いもの。その物語が、さらに書き加えられ
 魔女狩りのようになっていく。特に老人は、その手の名人になっていて、歳を
重ねるにつれ嫌なジジ、ババに色濃くなっていく。往々にして人生の総括期に、
思いもよらないことになり、それまで全く気付かない肯定すべき材料が一挙に
自己嫌悪の対象に下落してしまう事態になる(私も)。癌だったり、連れ合いの
喪失、初老性欝、事業の倒産など生々しい事態が急に圧迫する。
円熟などの妄想は一瞬に吹っ飛ぶ。いきなりオセロゲームのように人生の
行蔵が裏返しになってしまう。それも、こういった事態は幾つか重なる。 
不幸論は、こういうところから成り立つ。問題は、独りに成りきれるかどうか。 
孤独に徹っし、受け入れるかどうか。それらも含めて、人生を味わう心掛けが
最後の一里に必要になる。他人に嫌しさは見えても、自分のそれは見えづらい。
・・・・・・
3997, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー3
2012年03月05日(月)
 ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ー キングスレイ・ウォード著
 この本の中で7人の人が提唱している「若いための十の秘訣」がある。
その共通点は、次のようになる。これは年齢に関係ない人生の秘訣でもある。
 * 若いための十の秘訣
1、人生に好奇心を持ち、冒険を恐れない ー自主的であること
2、あらゆる年代の人たちと接する場を持つ
3、何ごとも最善を尽くせ ー諦めず、忍耐強くあれ
4、楽天的であれ、これは考え方の訓練で可能になる ー障害を挑戦と受け止める
5、ユーモアのセンスを持つ 
6、運動をする。散歩、ヨガと、スポーツジムなど。 ー健康が一番の財産
7、教養を身につける。そうすれば、いろいろな人たちと気楽に付き合える
8、家族、友人を大切に ー友好の関係を当たり前でなく、
             壊れやすいものとして維持とメンテに心がける。
9、自分自身の最大の長所を見つめ、自分を好きになれ 
             ー本来の自分を受け入れること
10、今日一日を大切に生ききること
▼ どれもこれも、老化は逆の力が働くもの。ここには書いてなかったが、
 これらを実現するための少々のお金が必要である。それと思いやりと、家族。 
 一つバランスを崩すと、誇りない人生になってしまう。
・・・・・・
3631, 入試投稿漏えいには驚いた!
2011年03月05日(土)
 韓国で数年前に摘発された入試漏えい事件からしばらく経つが、
日本でも似た事件が発生した。起こるべくして起こった問題で、氷山の一角か
どうかは誰も今のところは分からない。中国ではビジネスとして成立っていると
マスコミで報じている。眼鏡などに超小型の撮影機を埋め込んで、それを
近くの受信機で受け取り、回答をメールにして携帯電話などに送り込めばよい。
犯人は逮捕されたが、これらから大掛かりな不正合格ビジネスが成立してくる?
機器の高度化に防犯がついていけるかどうかだが、無理だろう。
本人にすれば、カンニングにネットを使っただけで、これほどの大騒ぎになる
とは思ってなかったようだ。 せいぜい、学校当局の厳重注意ぐらいしか考えて
いなかったのでは。この手際からすると、帯電話を使ったカンニングのキャリア
ではないか?と疑われる。過去の分まで記録が残っているはずだから、キャリア
なら情状酌量の余地はなくなる。そうこう考えると、かなりの受験生が、
これまで入試投稿で合格をしてきたと疑うことができる。こういう暗記した
問題を解く入試方式はアジア特有のもの。そろそろ、入試そのもののあり方を
考える時に来ている。高校までの、本人の総合評価と、大学独自の能力検定
などを加味した判定方式など・・ それより大学の選定によって、その人の
人生が大きく変わることも間違いはない。京大が早稲田、同志社より、よい
とは限らないが、そこで出会う教授、先輩、友人等から受ける影響は膨大。
学校のブランドは伊達ではないことも確か。一流大学のビリの方が、三流大学
のトップより格段に良いことは、周知の事実。「田舎の学問より、京の居眠り」
という諺がある。
・・・・・
3266, 大阪市の支出の半分が生活保護費
2010年03月05日(金)
 昨日の朝のTVで「大阪市税の6091億の半分近くが生活保護費
(2863億)に消えている」と報じていた。大阪は他より生活保護を受け
やすいとは、聞いてはいたが・・ 13世帯に一世帯が給付を受けており、
アパートの前に「このアパートに入居すると生活保護がもらえます」
という看板が出ているのがあるとか。 他と比べると5倍以上である。
人口230万人で国の2%で、国の1割の生活保護費である。ネットによると、
大阪市の予算は1兆7千憶円。国や大阪府の交付金、その他税収で、公債発行は
千二百憶で済んでいる。市債合計は5兆円))夕張の次の、市の破綻の候補。
「これは日本の将来の姿?」とキャスターがコメントをしていた。
これでは厚生年金や国民年金などかけないで、最後は大阪市に移住して生活保護
を受ければよい。大阪は、社会党と共産党の支持基盤が前より強い地区。
これが成れの果てといわれても仕方がない。民主党が自民党の自壊のため政権を
取ったは良いが、綺麗ごとを並び立てた22年度の予算。税収の二倍以上の予算。
国家破綻へまっしぐら。 大阪市の拡大版を国家として、やろうとしている。
もう国家としてのコントロールが不可能と市場が判断をすれば、
国債と株式の暴落圧力が一挙に高まる。 
・・・・・
2891, 末期自民党政権
2009年03月05日(木)
 自民党が最後の醜態を露出している。その最後に相応しいのが麻生首相と
思えば腹が立たない。どうして、こうなったのであろう。 以前のような
ドスのきいた首相がいなくなった。
・三角大福中は、叩きあげで派閥を率いていた。
 早くいえば「汚職」ギリギリの塀上で集金し手下の面倒をみていた。
・その後、安部晋太郎、宮沢喜一、竹下登という半二代目が派閥を率ていた。
・更に小粒の村山、橋本竜太郎、小渕、森などが続いて
・小泉が一言パフォーマンスを駆使して改革という幻想を
 国民に抱かせて何とか自民を持たせた
・極めつけが直近の安部、福田、麻生首相である。ひ弱な二代目、
 三代目が とても一国を率いる器ではない。
劣化の最たる者が政権にきゅうきゅうしている姿は、亡国の醜態そのもの。
首相は学歴とか、血筋で務まるものではない。それぞれの世界で、
叩き上げでのし上がったものしか、国のトップになれない。
下から這い上がってきたからこそ、庶民の気持ちをくみ上げることができる。
麻生に関しては全く大衆の生活が分かってないのを大衆が直感で解った。
第二次大戦を潜り抜けてきた連中が消滅してしまった。では、なぜ彼等が首相
になれたのか?といえば、彼等でもやれる環境が、そうさせたのである。
そしていざ地球規模の危機に際して、これほど程度の低い首相に国民は茫然自失。
あのレベルの失言で済んでいるだけ!まだ良いとしなければならない。
実際は致命的ミスが出ないかハラハラ。それだけではない、自民党そのものも
劣化の最たるもの。ところで今度の小沢の第一秘書の逮捕は、タイミングから
見て明らかに国策逮捕である。検察の頭からして腐りきっているから始末が悪い。 
これで更に国民に自民は嫌われること必定。これは歴史に残る腐りきった
自民と検察(官僚)の仕組んだ猿芝居として残る。日本は世界恐慌に先駆けて
突入したというのに。4〜5月には株価が6千円はおろか5千円を割るのでは?
・・・・・・・・・
2008年03月05日(水) 
「千年、働いてきました」                          
  「千年、働いてきました」ー老舗企業大国ニッポン が面白い。
三ヶ月に一度、金融を中心にコンサルトをしてもらっている林さんから、
是非面白いから読んでみたらというメールが入った。さっそくアマゾンから
(中古だが)この本を取り寄せたが、成るほど面白い。
まずは最も面白い部分を書き出してみると
*「世界最古の会社はどこの国にあるだろうか?」。企業の寿命が30年と
 いわれる中で、我が国日本に578年から創業している会社がある。
 聖徳太子に招かれ百済(中国)から来た職人の技術を持った会社である。
・他にも、創業して千三百年にもなろうかという北陸の旅館、
・千二百年以上の京都の和菓子屋
・同じく千百年を超える京都の仏具屋  
・千年を超える薬局といった具合に、開業当時に思いをはせると、
 気が遠くなる店や会社ばかりである。
*日本には創業100年以上の老舗企業が10万社以上あると推定されている。
 これほど老舗が多い国は世界でも例がない。こんなにあるのは、
 アジアだけでなくヨーロッパにもない。
*伝統は革新の連続である。
*製薬トップの武田薬品(1781年)、大手ゼネコンの鹿島建設(1840年)や
 竹中工務店(1610年)、化粧品トップの資生堂(1872年)、ゲーム機の
 任天堂(1889年)、楽器最大手のヤマハ(1887年)など・・ 大手デパートの
 ほとんどが江戸時代に創業した呉服店から発展しているし、三井、住友
 の様なロスチャイルドより古い歴史を持つ財閥も存在する。
*初代目から11代目に当たる福田さんは、こう言った。
 「身の程をわきまえるというのが、ずうっと貫かれてきたのではないかな。
 バブルの時など、それはもう土地を買えとか言われたんですが、・・
 『コア・ミッション』=使命の核心=から離れてはいけない、
 というのはわかっていました」(字数の関係でカット2012年3月5日)


5102,閑話小題 〜空を飛びまわるニワトリ

2015年03月04日(水)

   * 空を飛びまわるニワトリ
 以前だが、TVニュースのレポートで、神社で野生化したニワトリが、
樹木の枝を飛びまわっている姿の記憶がフラッシュしてきた。このニワトリ、
野犬に追われ、やむなく飛んでいるうちに、飛べるようになったようだが、
これは、人間の能力と同じ現象ではないか。野犬から身を守る生死の境で、
普段、使わない本来もっている羽の機能を使ったためである。生命が生まれて
20億年、現在の人類の祖先から20万年、経過している。脳には、生命として、
動物として、人間として、あらゆる生死をかけた経験が蓄積され、それを使い
生き残ってきた。その記憶が脳と身体に刻印されているのが、究極の危機から
目覚めてくる。その一つに火事場の馬鹿力がある。後家の踏ん張りも?
 私なんぞ、境内の木々の枝をコケッコと鳴いて飛びまわるニワトリ?
枝の上から、柵内の飛べないニワトリをみていると、何か人間の姿に?
   * つれづれに
 ☆ この30年近く、我家のペットはインコ。いまので10代になるが、
 名前は「ピー子」。7代まではボタンインコだったが、8代目がメキシコ・
コガネインコ、そして4年前から、世界で最も小さいルリハ・インコである。 
性格が大人しく、絵から抜出したように可愛いが、年を重ねる度に、野生が
顔を出し、攻撃的になる。外出先から帰ると、駐車場から察知し鳴きさけぶ。
このインコも驚いた時に、飛んで逃げるが、普段は飛べない。人間と同じだ。
 ☆ 先週の金曜日に観たシネマ『アメリカン:スナイパー』を観た。
 中東で160人を射殺したスナイパーが、退役後、心的外傷を負った男に射殺
される。その心的外傷の男が何ゆえ射殺したのか考えてみたが、私の結論は、
「自分が殺害したアラブ人への償いを、その英雄を射殺することで果たした?」
と考え至ったが、どうだろう。 キリスト教原理と、イスラム原理主義
との戦いが、21世紀の大きなウネリになる。 もう、おちおちアフリカ、
中東に旅行に行けなくなってしまった?
・・・・・・
4737,<つまずき>の事典 〜   ー5
2014年03月04日(火)
  * 思い出のグリーングラスの意味  <つまずき>の事典>中村邦生編著                  
 半世紀近く前の学生時代、トム・ジョーンズが大ヒットを飛ばし、森山良子が
日本版で歌った「思い出のグリーン・グラス」の歌詞の意味を、この本で初めて
知った? 当時、その意味を知っている人が多かったのだろうが、現在になって
知ろうとは! この原曲の本当の意味は「若い死刑囚が、執行の朝、望郷の夢
から醒めた哀しい歌だった」 当時、何も知らなかったのか? 
知っていて、その心情を深く思わなかったのだろうか?その方が、もっと酷いが。 
当時の底の浅さが、思いやられる! 多くの人が死の直前に走馬灯のように思い
出す故郷は、こんなものだろうか。ーあるブログから、元歌の歌詞の訳を引用ー
 ーー
故郷の街並みは昔と同じ    列車を降りると 両親が迎えに来てくれている
通りを走ってくるメアリーが見える    金髪でさくらんぼのような唇の
故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ  そうなんだ 皆が迎えに来てくれる
両手を差し伸べて 優しく微笑みながら 故郷の緑に触るのは気持ちが良いものだ

古い家はまだちゃんと建っている   壁は干からびてひび割れてはいるけれど
そして僕が遊んだあの古い樫の木もある 愛しいメアリーと一緒に小道を歩くんだ
金髪でさくらんぼのような唇の   故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ

そして僕は目覚める 辺りを見回してみる   僕は灰色の壁に囲まれている
そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と
看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる
夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ それから僕は故郷の緑に触れることになる

そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ  あの古い樫の木陰のところに
皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ
ーー
▼ Youtubeで、この歌を改めて聞いてみた。 この意味を知ってから聴くと、
 歌が違って聴こえてくる。私の幼児の頃の家と、家族と、店の人たちを、
思い浮かべると、魂の故郷に帰ったような気がする。熟年になってきて、
死が近い将来?に近づいてきた現在、この歌の味わいは、ことさらである。
 そういえば、この随想日記で「白い雲に乗って」のテーマで、
書いたことを思い出した。〜以下
・・・・・
2007/02/10  
2139, 白い雲に乗って ー両親の思い出  ー1
  
 夜半に幻想的な夢をみた。 小さな白い雲があった。
それに乗ると、ふかふか浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。
そこは4歳の頃の世界におりたようだ。
すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。
両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。
そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。
一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、
四階には従業員と姉達の部屋があった。
白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。

 三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、
そこでラジオから童謡とか歌謡曲が聞こえていた。
店には若い女店員が多くいて、ぼくを「ハッちゃん」
と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。
コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。
そして三毛猫のタマとコロがジャレている。
その空間には何時も緊張感がただよっていた。

 燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。
初めて死をみた瞬間だ。いやに首の下の赤い色が印象的だ。
そこを出たところには大きな通りがあり、多くの人が歩いている。
小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、
その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。

 そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園。
周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと
並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。
何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。
夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。
ぼくは間違いなく、ここにいる!

・・・・・・
2007/02/18
2147, 白い雲に乗って ー2
         b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
 先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。
前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。
如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。
その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での
微妙な世界に立っているようだ。    
    ーー
白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。
そこは前回よりリアルな当時の世界があった。
中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、
母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。
そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。
面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。
母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。
恐らく入れるだろうと思った。
 家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの
同じくらいの友達のところに行った。
やはり最近できた大きなビルのところの子だ。
何か遊んでいると楽しい!

 その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。
手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、お母さんが
「落第したのかもしれないけれど、そんなことないはずだが・・」と言う。
ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。

 クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリー
の飾りを買いに二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。
ツリーに吊るす色いろなものを二人で選んだ。
小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。
それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。
ラジオのクリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと
飾りつけた。ツリーの電飾がいやに奇麗だ!
こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。
あれは誰だろう?
翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。
雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。
    
 突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。
何処に行ったのだろう、皆は!
白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。
目をつぶって白い布団を被った。
 目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった
               (o ・д・)ツ  バイ!
 ズットここにいるのだ。
何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか?
忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。
何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか?
    
 そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。
泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない!
ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか?
ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。
でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。

 両親は忙しそうに働いている。
その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。
その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。
父チャンがいて、ぼくも含めて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。
外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。
三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。
何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。

 しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から
上がってきた。札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。
嬉しそうな顔をしている。何か自分が白い雲の中で浮いているような
感じがしている。ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。
あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。

 ここは間違いなく大手通の世界である。
どうして、ぼくはここにいるのだろう!
それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか?
    
というところで、目が覚めてしまった。
幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。

・・・・・
2007/04/25
2213, 白い雲に乗って ー3
          (・_・) ノ オハヨウ!
 お風呂に入った直後22時過ぎにクラッシック音楽を聴きながら就寝する。
就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。
そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。
起床前の2時間が半睡状態の時間になる。
その時間が、ある意味でゴールデン・タイムになる。
夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?のである。

以前、書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った
内容を書いた。夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である
(いや白朝夢か)。白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に
入ると、記憶がドンドン出てくる。脳の奥行きの深さに驚いてしまう。
 ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。
50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。
殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。
立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、
ず〜と刺激の強い世界の思い出である。

白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、
愛情に包まれた夢のような日々であった。ドラマをみているような、
自分そのものが舞台劇の小さな子供の役者を担っていた。

初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。
それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。
海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。
それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。
よほどショックだったのだろう。

 ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の
1946年1月15日である。越後長岡の東神田で産湯をつかり、
長岡駅から100�先繁華街の四つ角に三月後に戻ってきた。
百日風邪になり、「もしかしたら駄目かもしれないと医者に言われた」
と、父は口ぐせのように言っていた。
私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、
もう一人2歳で亡くなった兄がいた。
父が42歳、母が38歳の時の子供である。
そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。
16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、
最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない)
終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない
条件があった。産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は
刺激の強い環境にあった。

 東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。
リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。
そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに止め、
衣料品店に転業をした。

 そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、
近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築。
個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか?
その記憶が一つ一つ記憶として残っている。
人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの大手通の
ビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜
交々も日々だった。 本当に刺激的な日々だった。
                  ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ


5101,悪夢の21世紀 ー6

2015年03月03日(火)

   * ニーチェが看破したキリスト教の価値観 
(12)≪ 思想家ニーチェは、来る200年はニヒリズムの時代になる、と言った。
 ニーチェが死んだのは世紀の変わり目1 9 0 0年だった。ニヒリズムは人々が
 共有できる大きな価値観の崩壊。キリスト教が約束した福音も近代主義の福音
 も、ヨーロッパが生み出した大きな価値観であった。人々の幸福を保証する
 ものだったはず。ニーチェはそんな価値観は脱ぎ捨てろと言った。キリスト教
 や近代主義の理想にとらわれては駄目と言った。そんな幸福はちっぽけなもの
 だし、人はそんな価値によっては幸福になれないと言うわけ。 ニーチェは
 キリスト教は人間を見苦しいまでに自虐的な存在にし、自由や平等や人権などを
 唱える近代社会は極めて偽善的で欺瞞的ないやらしい社会だ、と言った。
 今日アメリカがグローバルな正義として打ち出している自由や民主主義、平等
 や人権、公正な市場経済などは、ニーチェの発想からすれば、何とも欺瞞に
 満ちたインチキくさい正義だとの論理。ニーチェの言い分が全面的に正しいか
 は別としても、今日、最早、自由や民主主義、平等や人権、公正な市場経済
 など無条件に信じられない。この「正義」の背後に、「力」の競争や闘争が
 隠されていることに誰もが気づいてしまったから。だから、市場しか見てない
 者は、規制改革を徹底して行い競争を強化すれば経済は効率化できる、という
 ことしか眼中にない。成長戦略しか見ていない者は、教育から観光から
 エネルギーから人間の生命や医療まで、すべていかにG D Pを押し上げるか、
 の観点からしか見ていない。人権主義者は、女性の職場であれ、家庭であれ、
 学校であれ、人間関係を権力関係としてしか見ていない。政治学者や政治
 評論家は、もっぱら政治を民主化という観点からしか見ていない。ある種の
 ナショナリストは、すべて中国が悪い、韓国が悪い、という観点に立つ。
 一方、平和主義者は憲法9 条にしか関心がない。≫
▼ ニーチェは、近代社会を偽善的、欺瞞的、社会と看破し、その根源が
 キリスト教にあるとした。人生振り返って、哲学では、ニーチェに一番、
影響を受けていた。特に欧米主義にドップリ浸かっている自分に徐々に
気づく過程が私の人生だった。世の論説をみると、ニーチェが看破した
価値観に即して論じているようだ。そして、世界は益々動乱になっていく。
20世紀の半ば1946年に、地球上に人間として生まれ、21世紀を15年を生きたが、
あの世からの視線で見直すと、面白い時代の狭間を生きてきた事を思い知る。
・・・・・・
4736,<つまずき>の事典 〜  ー4
2014年03月03日(月)
           <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 言ってはならぬ、闘いが無益などと
 人生の終盤に、あまり良い結果ではなかった?が、自分の人生を
全面否定する気持ちは最小である。気持ちは「天気晴朗なれど、波高し」。
 この詩は、誰にでも訪れる人生の終焉で、励ましを与えてくれる。
《  言ってはならぬ、闘いが無益などと
   努力も傷手も無駄などと
   敵はなお息絶えず、怯むこともなく
   事態は相も変らず元のとおりだ、などと。
 ーアーサー・ヒュー・クラフ「言ってはならぬ、闘いが無益などと」P-44
アーサー・ヒュー・クラフはイギリスの詩人。ラグビー校でトマス・アーノルド
に習い、その息子マシューと生涯にわたる親交を結んだ。マシュー・アーノルド
の追悼詩の傑作「サーシス」はクラフを悼んだもの。「言ってはならぬ、
闘いが無益などと」は窮地にあってなお不屈の心をうたった詩として知られる
(引用は冒頭の一節)。また第二次大戦中にチャーチルがルーズベルトへの放送
の結びにこの詩を引用し、イギりス国民を励ましたという逸話を持っている。
クラフには「一度も闘わないよりは、闘って敗れた方がましである」
という有名な言葉もある。  》  
  ーネットで、調べたところ、以下の訳があった。   
【 悪戦苦闘しても無駄だ、
  骨折り損だし、怪我をするだけだ、
  敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、
        結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。
  希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂に終わることもある。
        もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、
  まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、
        君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。
  疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、
       いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。
  それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、
       そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。
  夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、
       光が射してくるのではない。
  東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、
       西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。 
               ー平井正穂編『イギリス名詩選』より 】
▼ 現在の私に、一言一言が実感として響いてくる。 何もしない人ほど、
 いや出来なかった人ほど、「闘いが無益で、努力も痛手も無駄」と言い張る。
闘いもない、さしたる努力もない人生ほど、毒が溜まり、精神を腐らせている。
その毒を、他人に?に向け、吐き出すしかない人々の哀れさを、この節目で
タップリと見せて貰った。「世界は広い。そして深い!」人類は成功によって
導かれてきたが、その背後には99%の失敗と挫折がある。それが人生だ。
・・・・・・
4369, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー8
2013年03月03日(日)
     「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * そもそも書く手順とは
 12年間、毎日書き続けてきた。そして文章作法の本も数冊、読んできた
割りに満足出来る内容に全く至ってない。しかし、この本には多くの基本を
改め確認することが出来た。以下のルールも量を書くうちに身についてきたが、
話の筋たてのヒントが理路整然と書き連ねてある。ー私なりに、要約してみた。
 ≪ ー まずは箇条書き、そして起承転結
 ・ まず頭に浮かんだことを箇条書きにする。そして、それを起承転結の順に
  ナンバーをふる。起承転結は漢詩から生まれたもので、起句、承句、転句、
  決句、からなる。起句で文章を起こし、承句でこれを承(う)けて、転句で
  その単調さを破り、内容をガラッと一転させ、決句で全体をまとめる。
  その中で一番大事なのは「転」。この捻り、転しが、その人の特徴になる。
 ・ 行き詰ったら、初めから読み流し最初からの流れに乗ること。
  これを面倒ぐさがらずやること。すると、すっと次の考えが出てくる。 
  他に、散歩に出ること。頭が煮詰まって何も浮かばないときは、その方が、
  新しい考えが浮かんでくる。 行き詰らない方法として、「また」
  「そして」「しかし」「おそらく」「たぶん」といった接続詞や副詞も、
  文章を前進する働きをしてくれる。要は、次の文章が浮かんでくる
  ところで、一休みの働きになる。
 ・ アイデアはすぐに書き留める ー何処であろうと、思いついだ時に
  メモをとっておくこと。とにかくメモ魔になる。書き留めることは、脳に
  刻み込むことでもある。長期保存された事柄は、書き留めたことが多い。
    ー 現在・過去・未来の順に書く
 ・ 現在は、今の状況、過去は、その今の状況をもたらした背景、そして
  未来は、その状況が今後どうなるかーですから、その順に書いていけば
  話の筋が組み立てられる。情報伝達で、この3つは欠かせない。
  ・・文章は自由自在に「時」を操ることが出来る。文章は現在の状況を
  書きつつも、近未来、近過去を行ったり来たりできます。
    ー 書き出しで興味を引く
 ・ ハッとすることをズッバと書いて興味を引く。 
  気の利いた一文で、さっさと終わる
 ▼ プロの書き手には、それなりの定石がある。量を書けば良いのではない。
  量から質を高めるには基本が必要になる。定石を知っているといないとでは
 大きく違う。「現在」を基点に、「過去」そして「未来」の順を意識する、
 しないのとでは、大きく違ってくる。この12年間で、論理脳が出来てしまった
 ようだ。 ああでもない、こうでもないと、独りで言葉を組み立てている。
 感じ取り、思い、考える。これを自動的に脳内で誰もがしていることだが、
 問題は文章化をして残すかどうか。 「で、残して、どうなるの?」という
 問いには、「どうも、こうもなりません!」

・・・・・
3995, 宇宙は本当にひとつなのか ー2
2012年03月03日(土)
        「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
 先日、「 宇宙論のコペルニクス以来の大転換 」について書いたが、
そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。私にとって、世界観が
ひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを
考えると息苦しくなるほど。宇宙の果てがあるかどうか、時間の始まりが
あるのか、神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?
などの問いは、この本を読んでしまうと根底から揺らいでしまう。
前提が宇宙がひとつ、だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を
突きつけられれば、今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。
コペルニクスの地動説が事実と知ったキリスト教徒のようなもの。 
 これは万物の存在に根底から問い直しを迫った宇宙論になる。
「 宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %
は正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の暗黒エネルギーが占める。
それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、
それらは他の宇宙から、私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方も
ない説。まず「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。
 * 私たちの知っている宇宙
・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。
・ 星の成分は光を分析することで解る。温度が高い場所ではどんな物質でも
  ガスになる。光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。
  このスペクトラムの欠けで元素がわかる。
・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核が
  くっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。
  このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。
・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 
  月は7分。 太陽系の中で恒星は太陽だけ。次に近い恒星はケンタウルス座
  プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。
  太陽系は中心から28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、
  まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動く。
・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のように
  つながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。
  これを宇宙の大規模構造という。
・ 60億光年くらいの範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質を
   もっている。 これを宇宙原理という。
・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器「大型ハドロン
  衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。ここでは、
  ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、つまり、
  異次元があるという証拠になる。そうすれば、異次元の中を運動する物質の
  暗黒物質の正体もわかるかもしれない。
▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、
 ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね。
・・・・・・
3629, 閑話 小題ー二題
2011年03月03日(木)
  * クライストチャーチ
 ニュージーランドはチョットした旅行やショートスティーには良いところだ。
オーストラリアの右下にある日本の北海道と九州が上下に並べたような島国。
北より南の島の方が見るべきところがおおい。私には非常に良い印象が残る。
今回の地震があったクライストチャーチは南の島のオーストラリアよりにあり、
ロッキーのバンフに雰囲気が似ている。この国は、こじんまりとした自然豊か
だが、冬はかなりの寒さになる。近くにあるクインズタウンの小さな街並みが
すばらしい。クライストチャーチは観光地だが、最近は日本人学生の語学研修
に人気がある。クイーンズタウンから6時間ほどにある氷河のミルフォード
サンドが印象に残っている。山あり、氷河あり、港があり、高原ありで、
日本人が好む国である。一見、豊かそうだが、実際はそうでもなさそうだ。
そういえば、現地人の姿は全くといってよいほ見かけなかった。
  ーニュージーランドのバンジージャンプー H7・05
 四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム。
まさに“身も氷るおもい”そのものであった。あの飛びこみ台は死刑台と同じ
感覚ではないかとその瞬間思えた。立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。
自分は何でこんな事をしてしまったのか。 まさか自分がここより飛びおりる?  
…本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。そういえば現地の日本人ガイドが
私の申し込みに、四回も私の目をみて念をおしたのも頷けた。また、その後に
のったジェット・ボートの現地の運転手が、その事を聞き“クレージー”。
  * ‘ありがとう’と‘ごめんなさい’
 人間の精神活動の根本に、この二つの言葉がある。 これを使いこなせれば
人間関係は、よりスムースにいくのだが。それが意外とむずかしいのである。 
子供に対する躾で、この二つの言葉を素直にいえるようにするのが、第一歩。
それと‘おはようございます’‘こんにちは’‘おつかれさま’‘ごくろうさま’
は社会人の初めに訓練される。最近の若者に、この言葉が聞かれなくなっている。 
今年の学卒の3割は、就職ができないが、正社員とアルバイトの差が、この辺の
一年間の訓練、躾が入っているかどうかの大きな分岐になる。フリーター癖の
ついている人は、まず挨拶がまともに出来ない。これは20歳前後までに訓練
されないとなかなか組織人として長年生きていくに難しくなる。
 ありがとう、ごめんなさいは、互いの心を開かせる働きがある。
外国旅行では、サンキュー、ソーリーは、イエス、ノーより頻繁に使う。
互いに迷惑をかけないが、基本にあるからだ。  
・・・・・
3264, 哲学者は神について、どのように語ったか ー1
2010年03月03日(水)
 神について「一神教と多神教について」以外はは書いたことは殆どなかった。 
書けるほどの知識も宗教体験もない。そんな恐ろしいことがかける訳がないし、
結果として無知を曝け出すことになる。今さらだが。それなら、哲学者が神に
ついて、どのように書いてきたかなら調べることが出来る。
もし、あと半年しか命がないとしたら、永遠の命の存在としての神について、
真剣に考え救いを求めるだろう。「あの世は、あるのだろうか」
「生まれ変わりは」「この私の人生とは何だったのだろうか」
「神が存在するとしたら、自分は、その大元に帰っていくのだろうか」等等・・
古代のプラトン、中世のトマス・アクィナス、近代のカントなどの哲学者が、
神について書いている。
  * まずはプラトンのイデア界(本物の世界)の考えが面白い。
【 我々が生きる、今ここは、人が真に生きる世界ではない。前世のイデア界の
 世界で、完全な美や真実を目にしている。しかし生まれてきた現世では、
 そのことを忘れていて、この「世」の美しいもの、真実、良いものをみると、
 それを思い出す。このイデア界の憧れは、この世ならぬ完全なものへの憧れで、
 この世の中での有限なものの恐怖と表裏一体としている。】
  * 次にローマ帝国期のAC3頃のプロティノスは、
【 プラトンの哲学の流れをくんで、プラトンのイデアと同じく、この世に
 根拠を与えているものを想定し、それを一者(ト・ヘン)となずけた。
 それは絶対的な超越者、人間が把握することも、表現することも出来ない。
 それは一者でさえなく、存在に先立ち、すべてを含む完全なものという。
 一者は完全なるがゆえに、力が満ち溢れ、外に溢れ出る。世界は、一者からの
 流出物と位置づけている。この一者からヌース(精神)が生まれる。
 これが一者の思惟の世界。これがプラトンのイデア界にあたる。そして、
 プシュケー(霊魂)が生まれる。さらにこれが、ヌース(精神)からイデア
 を受け取り、物質と結びついて、我われが感じ取る感覚の世界をつくる。
 これが世界をつくられる。流出のプロセスである 】
【 一者は、流出を行っても完全性を損なわない。太陽の光がどんなに
 照らしても、その力を失わないのと同じである。ただ、遠ざかると太陽の
 ように光も熱も弱まるように、そのレベルが低くなる。ヌース、プシュケ、
 物質の順に、一者から遠い存在になる。】
【 人間は、物質である肉体を持ち、そこに霊魂を持っている。その物質に
 逆行して、一者を目指すのが人間のあるべき姿。それは忘我の境地でなされ、
 そこで人は知性の光に満ち溢れる。一者のことをプロティノスは「神」という。
 忘我の境地になれば、人間は神と神秘的な合一が果たせる、という 】
  ー 以上だが、プラトンにしろ、プロティウスにしろ、説得力がある。 
 プロティウスの論理と、そのイメージは、キッチリと頭に叩き込んでいた
方がよい。 いざという時の生から死へのイメージが沸いてくる。般若心教と
同じような感覚として、安らかな気持ちになれる。考えぬかれたイメージ。
 ・・・・・・・・
2889,プーチンのリスト
 2009年03月03日(火)
 一昨日の三月一日のNKKスペシャルの「 揺れる大国 プーチンのロシア
《プーチンのリストー強まる国家資本主義?》 」が、今後の世界の方向を暗示
する内容であった。米国もまたAIG、シティ、GMなどを政府管理下におき
建直しを図ろうとしている。
  ーまずは、NHKのHPより、その番組説明をコピーしてみるー
オイルマネーの流入で、いちやく経済大国となったロシア。去年秋の金融危機
以降、プーチン首相のもとで進む経済対策、支配の強化によって、財界はかつて
ない大混乱に陥っている。ロシア経済の繁栄を支えてきた外国資本が一気に去り、
頼りは国家が貯めこんだ資金だけとなった。ソ連邦崩壊後、市場経済化の中で
急成長してきた新興財閥は巨額の負債を抱え、国の支援を受ける代わりに国から
送り込まれた監視役を受け入れざるを得ない状況に陥った。
プーチン首相は、国家が蓄えた巨額の資金を振り分ける企業を選別する
「プーチンのリスト」の作成を指示。財閥たちはリスト入りをかけて熾烈な
争いを繰り広げ、そのことがプーチンによる財界支配を強化していく。
 (字数制限のためカット 2012年3月3日)
・・・・・・・・・
2525, 国家を斬る
2008年03月03日(月)
「佐藤優 国家を斬る」佐藤優, 宮崎 学,(著)  ー読書日記ー
佐藤優のみならず、イーホームズ・藤田東吾社長、そしてヤメ検の田中森一
の本を読んで国家の腐敗、特に官僚の腐敗の実態に、ただただ驚く。それが
司法の検察まで及んでいるのだから救いがない。
元々、腐っているのが、露見しただけということも言えるが。
 (字数制限のためカット 2011年3月3日)


5100,悪夢の21世紀 ー5

2015年03月02日(月)

   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜⑤
  ー 自由、民主主義の普及こそ混乱の元凶ー
 最近では、「アラブの春」の一連の独裁国家の打倒。その結果、現れ出た
のが、「イスラム国」。キリスト教原理主義のアメリカが主導する世界に対し、
独裁者から解放されたイスラム教徒たちは、対抗するためイスラム原理主義に
向かうのは自然だが、それにしてもモハメッドの頃の戒律厳守とは・・。
( 9 ) ≪ 欧米的価値観の勝利? 現状はそれどころではない。
 イスラムとアメリカの対立が益々激化。民主化したはずのアラブは混迷に
中に迷い込み、新興国を巻き込んだ市場経済のグローバリズムは、資源や
市場をめぐる果てしない競争へ突き進んでいる。しかし、自由、民主主義の
普遍性、市場競争の普遍性などの近代主義こそが混迷を招く張本人。
だから、事態はかなり厄介である。近代主義を押し進め、グローバル化
していることそのものが問題。だから、今日生み出されている様々な
危機的な事態を乗り越える方法が見当たらない。自由、民主主義、
人権思想、市場経済のグローバル化や技術革新によって問題は解決しない。≫
(10) ≪ 人々の自由が拡大すれば拡大するほど、人々は益々自由を求め、
 その自由は相互に衝突する。それを調停するのは最後には「力」になる。
民主主義は問題を解決しない。民主主義そのものが、多数という「力」の原理。
イスラム教のような人民主権でなく「神権政治」を訴える宗教が出てくれば、
民主主義は有効性を失う。人々が豊かさを求めて市場競争をするほど、利害は
衝突する。グローバルな市場競争は、徐々に帝国主義的な様相を示してゆく。≫
(11) ≪ 今日の世界的な人口増加と新興国の経済成長を前にすれば、
 資源問題、環境問題、食糧問題の三点セットは、すでに世界的な問題。
世界的な問題とは、「世界」が我々の外にあるものではなく、我々も
そこに含まれ、いやがおうにも当事者になってしまっているという意味。≫
▼ 中東問題は、数千キロ離れた海の向こうのことだったが、ネット社会は、
 その生々しいテロや処刑を一瞬にして現前させる。この川崎中一殺人事件は、
明らかに、イスラム国の斬首の映像に影響されたもの。「目には目を、歯には
歯を」は、ハンムラビ法典や旧約新約両聖書に出てくる。我々は、これを
「やられたらやり返せ」という意味で使っているが、同害報復までの法で、
過度な報復を防ぐためである。「倍返しとかダメ」と。4000年前、すでにこの
ような、争いの拡大を防ぐ知恵があった。原理主義の衝突はニヒリズムを生む。
老いは、日々、ニヒリズムを強くする。しかし、生きているうち!いまのうち!
で、二年前の内容が、偶然だが続く! 
・・・・・・
4368, 歳を取りそこねる人たち ー2
2013年03月02日(土)
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日武彦 (著)  
「老いると独自の当惑や釦の掛け違いによる問題、恥や失望や悔しさが待ち
受けている」というのが本当のところ。そして最期は死ぬのである。
その中で幸福であるために、幸福とは何かを常に自省しなければならない。
  * 幸福のふたつの文脈
≪ 近頃の私は、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになった。
・ひとつは日常における安寧とか平和とか、つまり波風の立たない平穏の毎日
 である。それは往々にして退屈に感じたり、無価値に映る。だが、大病を
 患ったり危機の状況に追い込まれると、つくづく【当たり前の日常】
 の有難さに気づく。現代社会における大問題として、年齢を重ねたなりに
 淡々として、維持していく筈の【当たり前の日常】が、老人にとって
 手の届かない危惧が挙げられてないだろうか。
・幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、
 楽しいこと、満足感を得ること―― そのよう躍動的で高揚感をもたらす事象
 との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとって十分喜ばしい
ことが、別の人にはむしろ物足りなさや悔しさを惹起することなど幾らである。
 こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを
 告げる日差しの変化とか、隣人から土産にもらった鯵の干物の美味さとか、
 窓の向こうに見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とが
 まったく同じ赤であったことに今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、
 学生時代に読んだ小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、
 そういったもので十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズ
 をしたくなるような晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく幸福の滴を
 感じ取ることができる。それが年寄りになることの醍瑚味だと信じてきた
 (へいや、今でも信じている)。… ≫
▼ 幸福とは、当たり前の日常を受け入れる「受容」と、驚き、楽しみ、
 満足感をえる「新鮮な事象との出会い」にある。自虐的な性格もあり、
倒産すら楽しんでいた自分がいる。ならば、老いていく自分を楽しむには、
これは最適。 ー次のアマゾンのレビューが解りやすいー
《 老いるとはいかなることか、そのかたちの探求を試みる。自己の人生の
 なかで出会ってきた様々に個性的な老人たちや、小説に描かれた味わい深い
老人たちを参考にしながら、その探求の過程において示されるのは、著者の
考える素敵な老いや適切な「年寄り」のかたちも若干はあるが、ほとんど、
みっともなかったり、哀しかったり、ときには常識をはずれさえするグロテスク
な老いの姿。他者と生き別れ死に別れた孤独のなかで、死の可能性が充実した
ゾーンへと入っていく時、空間の戸惑いのなかで、人間が抱えている厄介な
ものが唐突にあらわになる。老いるとは、あらゆる出来事に対する達観した
精神の獲得といったようなものではなく、人生が与えてくる難儀さに傷つけ
ながら、なんとか過ごしていくことではあるまいか。》
 肉体も精神も老いぼれ朽ち果て、無になる。それで良いではないか。 
ただ、噂話や愚痴を言い合う老人の群れに入らないことだ。
・・・・・・
4735,閑話小題 ー冬期オリンピックも終わり
2014年03月02日(日)
  * 冬期オリンピックも終わり
「オリンピック騒ぎも終わりつつある。お祭りだから、何もいうこともない!」 
なら、話が始まらない。ワールドカップのサッカーと同じように、国家の威信を
背負っての闘いだから熱くなる。期待とおりメダルを取れた人も、取れなかった
人もいた。オリンピックには魔物が棲むという言葉のとおり、思いもよらない
ハプニングが起こる。 極限の緊張の中で、プラスにもマイナスにも身体が
違った反応をする。フィギアの浅田麻央、引退表明をしていたのが、ここで急に
妙なことを言い出した。もう選手寿命が明らかにピークを過ぎたのは、誰の目
にも明らか。 幼いのだろうが・・ この娘は、今が辞め時!葛西選手とは違う。
  * 今年の雪国長岡は、この十数年来の少雪
 表日本を含めた日本中が寒波に襲われ大雪で騒いでいるが、こと豪雪地区の
越後長岡は、10年来の少雪だった。例年は、12月半ばに70〜80cm位積もり、
その後、1月半ばから下旬にかけて、1・5〜2m位の積雪になるが、今年の
二度目の積雪は例年の半分以下。この時期、(庭師や建設業者などが副業)
除雪業者は、完全に当て外れ。豪雪は稲作にとって地下水の貯水源になるため、
降らないと何らかの影響が出てくる。 で、先日、1月初旬以来、一時間程の
ポタリング(自転車散歩)をしてきた。近くの土手を、自転車一台が通れる
ほど、地面が雪間から出ている所を恐る恐る走った。しかし雪に乗り上げ、
アワヤ転倒になりかけた。まさか二月の下旬にポタリングとは・・ 
さすがに、信濃川の土手は走行不可。 今日の午後も予定している。
・・・・・
3994, 時代が生んだ、ボーカル・アンドロイド
2012年03月02日(金)
  * 初音ミクには驚いた
 最近、NHKニュースや「クローズアップ現代」で取り上げられた
「初音ミク」には驚いた。 検索で調べたブログに次にようにあった。
≪ ◎ 思いが伝わる声を作れ 〜初音ミク 歌声の秘密〜
 ステージ上で歌って踊る日本発のCGキャラクター「初音ミク」。 
世界中でライブが開かれ、人気が急上昇している。人気の秘密は、
その自然な歌声。ある声優の声を録音し、その声の素材から合成しているが、
人間の脳の認知の仕組みに最新技術が組み込まれている。 
 最近、音声合成技術は飛躍的に進歩し、社会に深く浸透し始めている。
特に注目されているのが医療の分野。声帯の切除を行う喉頭がんや、ALS
など進行性で筋力が低下する運動ニューロン疾患などで、声をだすのが
難しい人たちに、音声合成技術によって、再び自分の声を取り戻して
もらおうというのだ。音声合成技術の最先端を伝える。 ≫
≪ ◎ 初音ミクーカルチャー&エンタテインメント
 パソコンの音声合成ソフトによって作成されたボーカル・アンドロイド。 
札幌に本社のあるクリプトン・フューチャー・メディアが2007年8月に発売した
『VOCALOID2』で、現実には存在しないバーチャル・シンガーである。メロディ
と歌詞を入力すると、合成音声がその通りに歌う。YAMAHAが長年研究してきた
周波数ドメイン歌唱アーティキュレーション接続法を採用しているので、
母音と子音がなめらかにつながり、実際の人間と変わらないような日本語に
なっている。キャラクター・ボイスは声優の藤田咲の声だが、それを元にし、
自身でパソコンの画面上のピアノのキーでメロディを打ち込み、歌詞を日本語
で入力することで、音声合成された声でメロディに合わせて自在に歌わせること
ができる。強弱の変化やビブラートをつけたいときも、音符をダブルクリック
するだけで簡単に編集できる。まるで音楽CDのプロデューサーやディレクター
の気分になることができるソフトなのである。 ≫
▼ いまではカラオケで好きな曲を歌うと、モニター画面に初音ミカの歌声と
 姿が出てくる。 また初音ミカのライブが開催され、会場にはバーチャルの
初音ミカが現れ、歌い踊る。こうなるとSFの世界である。 Youtubeには、
そのソフトを使った多くの初音ミカが歌う音楽が投稿されてある。それは
バーチャルのCGキャラクターを通して、自分の曲を世に問うことになる。
設定が年齢が15歳、身長が158センチだそうだ。 
バカみたいと言えば、そうだが、ライブの映像の歌とフリは面白い! 
  ・・・・・・・
3628, 閑話小題
2011年03月02日(水)
  * 女子高生が電車内で毛を剃っていた
 先日の朝日新聞(全国版)投稿欄で中年女性の投稿に目を奪われた。
「電車内のこと、小千谷辺りで女子高生がやおら剃刀で脛毛を剃り始め、
さらに腿の毛まで剃っていた」という。化粧をしていたとか、スカートから
ジーンズを変えている目撃談はあるが、ついに毛まで電車内で剃るとは恐入る。
その手順からして、今回が初めてとは思われなかったという。
年々、中高生の質の低下が問題になっている。新幹線内では見かけないが、
在来線や駅構内での学生の横暴無人の言動に唖然とする。こうなると質の低下
云々の話では無くなってくる。携帯電話、パソコンなどから、色いろな情報が
入ってくるが、それぞれのレベルに無制限に入るのだから、プラス・マイナスの
拡大が進むことになる。以前、有名カメラマンが電車内の女子高生の荒れた
写真を公表した。魚は頭と尻尾から腐るというが! 
「今の若い者は!」という古来からの小言がある。 今さらだが・・・
・・・・・・・
3263, つれづれに 
 2010年03月02日(火)
  * 冬季オリンピックは終わったが
 オリンピックの賑わいも、昨日まで。今日からは現実がまっている。
この商売は不景感が直に伝わってくる。実感は「大津波が静かに荒れている!」
というところか。狼少年ではないが、狼がいても今さら騒いでも仕方がないと、
鍵をかけて家の中でジッとしている、という喩えか。民主党、本当に大丈夫? 
革命ごっこはいいけど、社会と経済が壊れてしまえば、もともこうもない。
  * 「津波と高波と高潮の違い」とは
「高波、大波」は、一般的な波で大きな波。「高潮」は、台風などで水面が
盛り上がる現象。気圧がさがる事によって、水が上に持ち上がる現象をいう。 
カトリーナの被害はこれである。「津波」は、地震などによる海底の振動や隆起
によって水が持ち上げられて起こる。持ち上がった水が周りに広がっていく現象。
震源地の周囲が一様に一時的に水面が上昇、海岸線の海面が一気に上昇して、
津などの内陸まで水が押し寄せる。チリ地震のように地球の裏側まで到達する
こともある。「津波」と「高潮」は「水面が上昇する」現象において同じ。
海底の隆起によって起こった水の盛り上がりは、当然元の水位に戻ろうとする
ので、津波による水位変化は一時的。高潮は、気圧が上昇するまで続く。
津波は地震だけでなく土砂崩れで湾が一気に埋まってしまったりする場合にも
起こる。「津波」が英語で「TSUNAMI」なのは、ハワイの日系人が「津波だ」
と言ったことが語源とされている。潮が一気に引いたのを見て、日系人が経験則
から「津波がくる!」と避難を促したことが切っ掛けである。
チリ地震をきっかけに、数年前に起こったインド洋の津波の映像を幾つか
iTuneでみた。現在、100年に一度の恐慌という大津波が世界を襲っている
ことと重ねると、とんでもない事態がわかる。まず日本に、そして欧州に、
そして、中国に連鎖していくのだろうが。
・・・・・・・・・
2888, 天地人と先祖
2009年03月02日(月)
 現在、「天地人」を日曜日の20時の連続ドラマで放送している。
NHKの、このゴールデンタイムのドラマは20年来見なかったが去年から
み始めた。今年は地元越後の上杉家・家老の直江兼継が主人公で、先祖の縁が
あるので面白い。堀井の家系は小父谷市近郊の片貝に、30代近く続いた総本家
がある。4代前の祖先が江戸末期に長岡に出てきたと子供の頃から聞いていた。
その堀井家の総本家に父が亡くなる数年前に訪ねていったという。ご先祖様は
上杉謙信が亡くなった後の起きた御家騒動【御館の乱】で負けた影虎の家来で、
その火中に小父谷郊外の片貝の池津の村に落ちてきたという。
 (字数制限のためカット2011年3月2日)
・・・・・・・・・
2524, 酒は涙か溜息か 
2008年03月02日(日)
「酒は憂さ晴らしに逆効果 」ー東大がラットで実験ー 
という記事が先日の地元紙に載っていた。
 ーまずは、その内容をー
憂さ晴らしに酒を飲んでもむしろ逆効果? 嫌なことを思い出した直後に
アルコールを摂取すると、かえってその記憶が強められることを松木則夫
東京大教授(薬理学)らがラットの実験で見つけ、28日までに米専門誌の
電子版に発表した。人の場合なら、嫌なことを忘れようと酒を飲んで一時的に
楽しくなっても、翌日には楽しいことを忘れ、嫌な記憶が強く残ることを
示しているという。松木教授は「酒を飲まずに、嫌な記憶に楽しい記憶を
上書きしてしまうのが良いのでは」と“しらふの気分転換”を勧めている。
実験で、かごに入れたラットに電気ショックを与え、恐怖を学習させると、
かごに入れただけで身をすくめて固まるようになる。チームはいったん
固まった直後のラットに飲酒相当のアルコールを注射した。その結果、
注射しないラットと比べると、かごの中で固まり続ける時間が長くなった。
その効果は2週間続き、記憶が強くなったと判断されたという(共同通信社)
▼ 以上だが、20年以上前になるが、ある取引先の営業の人に 
「私は、不味い酒は飲まない。自棄酒とか、気分を紛らわせる酒は、ますます
気分も体調も悪くする。 楽しい酒を選んで飲めば気分は更に良くなるが、
その逆を金を出してすると逆効果になる。」と言われた。その日以来、忠実に
守ってきた。10年ほど前に、高校の同級生に「おい堀井、御前な、自室で
酒を飲んで、二日酔いをした経験をしたことがあるか?」と言われ、
そういう経験の記憶は殆どない。色々の挫折の末に独りで部屋に篭って飲み
ざるをえない酒の味を言いたかったのだろう。そいうば私の好きな歌に
古賀政男の「悲しい酒」がある。
1 酒は涙か 溜息か  心のうさの 捨てどころ   
2 遠いえにしの かの人に  夜毎の夢の 切なさに
3 酒は涙か 溜息か  かなしい恋の 捨てどころ  
4 忘れた筈の かの人に  のこる心を なんとしょう
 「かの人」を、「かの憂さ」、「恋」を「傷」と置き換えると、
中小企業のオヤジや、サラリーマンの赤提の憂さ晴らしと同じになるか! 
これを歌っていると何とも面白く楽しくなるのは如何いうこと?  
飲まなきゃ、やってられないことは、よーく解るが!「しらふの気分転換」
じゃ晴れないから飲むんじゃないか!ったく!! ってのが、おちか!


5099,悪夢の21世紀 ー4

2015年03月01日(日)

   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜
  20世紀にソ連、中国と、科学的ユダヤ教にカタチを整えた社会主義も、
 現実社会では通用しないことが実験の結果分かった。そして21世紀。
スマフォなどの情報機器とネットの普及で、情報格差が無くなりつつあるが、
そこは情報コントロールがきかない世界。混乱は、日々、激しくなっている。 
(7・B )≪ しかし実際にアメリカには色々な側面がある。
 「自由」と言いながら 結構「規律」は厳しく「国家の力」も強い。
 「民主主義」と言いながら「差別」もかなりある。「平等」を唱えながら
 大きな「所得格差」がある。「個人主義」や「自己責任」と言いながら、日本
 などよりは、はるかにコミュニティーやボランティアが発達し、キリスト教の
 影響の強い宗教大国。だから、アメリカといって単純に一括りには出来ないが、
 ここで言うのは、「近代主義の福音」を使命としているのがアメリカだった。
 この近代主義の福音は、< 自由や民主主義の確立、市場経済の拡大、絶え間
 ない技術革新により、人は一層大きな幸福を手に入れることが出来ること>
 であり、「聖書の福音」に代って、現代ではこの世俗的な福音が新たな宗教に
 なった。アメリカこそがその伝道師の役割を買って出て、今日、世界中の
 かなりの人々 が、この福音を信ずるようになった。
 アメリカは、この世俗的な福音によってグローバル化を徹底して推進。
( 8 ) その帰結はどうだったか? 最終的な答えは出ていない。
  アメリカの歴史観、例えばフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』では、
 いずれ、自由や民主主義、人権思想、市場経済などが世界化して、そこで
 「歴史は終わる」はずだった。市民革命によって市民の自由や平等が確立し、
 第一次大戦によりドイツやオーストリアの皇帝主義が排除され、第二次大戦
 によりファシズムが打倒され、冷戦によって社会主義が葬り去られた。
 その後の対テロ戦争やイスラム過激派との戦争に勝利すれば、自由、民主主義、
 市場経済などの理念は世界化し、「歴史は終わる」はずだった。≫
▼ 世俗的福音で、世界は平準化されるはずだった21世紀が、我々の目の前に
 姿を現してきた。20紀はイデオロギーの戦いで、数千万の人民が虐殺された。
 それを踏まえた21世紀は、比較的安定した時代を予測していたが、それは
 幻想で、現実は、もっと激しいイスラム原理主義と、キリスト教原理主義の
 壮絶な争いの様相で始まった。人類滅亡の可能性すらありえる様相である。
・・・・・・
4734, 心を上手に誘導する方! ー3
2014年03月01日(土)
      「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
  *「凄くプライベートのことを質問してよいですか?」
 この本にあった、人の心を惹きつける一言「凄くプライベートのことを
質問してよいですか?」である。同じ質問でも、この一言を置くと、質問された
相手も、周囲もエッと注目をする。たったこれだけで、である。
「あなたの趣味は何?」というより、「凄くプライベートな質問だけど、
あなたの趣味は何ですか?」と聞かれれば、エッと思ってしまう強烈な添え
言葉が、これ。「凄くプライベートのことだけど、(間をおいて)昨日、偶然
入ったラーメン店が大当たりで・・」というと、ありきたりな話でも、凄く
プライベートの話を聞いてしまった気持ちにさせる。
「凄くプライベートの質問だけど、どうして、そんなに綺麗なの?」と、
今度、誰かに言ってみようか? 冗談だが。ところで「凄くプライベート
のことだけど、私、堀井さんのファンなの」と、言われたことがある。
当人にフィアンセがいたので、気楽に言ったのだろうが。その時は何とも
思わなかったが、40年以上の年月が経った現在、この一言を、これを書いて
いて、遠い記憶の底から湧き上がってきた。当時、失意のドン底の時だから、
少し光っていたのだろう。今度は、その引き継ぎで、若い女性にでも言って
やりたいが、若い時分に若い人に言われたから良いのであって、この年齢だと
誤解されかねない? スポーツジムか、趣味の会で、誰かが突然、
「凄くプライベート・・」と前置きして、「貴方の趣味は何ですか?」と
聞いてきたら、〈よくぞ聞いてくれた(内語)〉と、勿体なぶった上に、
喜んで話すはず。 まず秘境ツアー、ブログ、週一のシネマ通い、そして
ポタリングに、酒の失敗談にと材料は幾らでもある・・ 
 とすると、ブログで毎日書いているのが実は、これ。だから見る方から
したら面白いのだろうが、結局は自慢話?それを知っているから、書く方も、
偽善より露悪、いや偽悪の内容になっていく。でも、それが自分の心の傷を
癒やす? ところで、凄くプライベートのことを質問してもよいですか?
・「あなたは、何ものですか?」
・「何で、ここにいるのですか?」
・「いま現在、充実してますか?」
・「自分の人生、肯定できますか?」
・「今の答えは、本当ですか?」     
 これを何度か、考えてみると、底の浅い自分の心が透視できる!
・・・・・・・
2003年03月02日(日)
 697, ルーツー2(縦人脈)
  ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって
富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の
時代、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という出城の
城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、
小千谷の郊外の片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。
その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。その後、そこで百姓をして
いたようだ。ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、
関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人と
いう流れも時代によって変わってきている。金沢にいた時(25歳)によく
いった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に
行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。その時入った食堂の電話帳で
堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。上越市も新井も
小千谷も本当に多いのだ。長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。
20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた。
車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない
気持ちになった。何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ?という感覚で、
何かオーラに包まれたような気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」
に行った時に同じ気分になった事があった。そこで亡くなったある僧の墓を
訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。
家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の
収穫だ。それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。
・・・・・・・・・
2002年03月02日(土)
347,心の陰
 人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。
人を非難するのは、結局自分の影を非難しているに過ぎないことをいっている。
「他者認識は不可知」という論がある。ー他人のそれを認識はできない、認識
したらもう他者のそれでなく自分のそれを認識しているに過ぎないー
これが理解できるかどうかで、「人生に背負っている人間関係の重荷」が
半分か三分の一に軽減する。特に「嫌いな人間」に対して「自己の嫌いな部分」
をみているにすぎないからである。自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌って
いるのは、今でも脱皮できなかった自分の部分を見ている。
自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。
私の嫌いな「教養のないオバサン」結局教養のない現実志向も、
自分のある一面であるからだ
・・・・・・
3993, 閑話小題 
2012年03月01日(木)
  * ペットのインコ
 雀ぐらいの大きさのルリハインコのピーが我が家に来て一年あまりになる。 
前のインコの存在感が大きくケタタマシかったので、今度は小さな大人しい
インコにした。 とにかく可愛い。少し攻撃的だが人懐こく、常に鳴き声で
呼びかけてくる。そこでガラス越しのベランダに目をやると、止り木で
デスプレイの連続回転を続けて7〜10回はする。とにかくかまって欲しい
ようだ。前のインコを風邪で死なせたこともあり、この越冬は注意しているが
何とか越えそうだ。 ペットも家族に同化してくると心があるのが分かる。
カゴを置いてあるベランダにはサッシの囲いがあり外気とは一応遮断されて
いるが、それでも殆ど寒さは変わらない。障子を開け姿がみえている時は
大人しいが、閉めると騒ぎ出す。二日か三日に一度はヒステリックが起き、
狂ったようにカゴの中で飛び回る。本来なら餌を求めて森を飛び回っている
のが、小さな空間に押し込まれ、飽食なら、さもありなん。
   * 「貯蓄ない」世帯、過去最高の28・6%
 ネットのニュースに、次のような記事があった。
【 金融広報中央委員会が22日発表した2011年の「家計の金融行動に
 関する世論調査」によると、2人以上の世帯で「貯蓄がない」と答えた
 世帯の割合が28・6%に上り、調査を始めた1963年以来、過去最高
 となった。 貯蓄の平均値は1150万円で、前年より19万円減った。 
 人々の実感に近い中央値(答えた世帯の中間の値)は前年より80万円
 少ない420万円だった。貯蓄残高が1年前に比べて「減った」世帯は
 40・5%で、「増えた」世帯(21・3%)の2倍近くになった。
 減った理由は「収入が減ったので取り崩した」が43・3%で最も多く、
 景気減速が家計に大きな影響を与えている。調査は11年10〜11月に
 全国8000世帯を対象に訪問と郵送で行い、回収率は47・5% 】
▼ 家電などの一般ローンと住宅ローンの残債もあるので、実際の家計は
 苦しいはず。平均値と中央値の大きい乖離は、老齢化した金持ちに預金が
 偏っているため。 世代間格差も、今後ますます広がる傾向にある。
 失なわれた20年で、急速に家計が苦しくなった実感がヒシヒシと伝わる。
 二人以上の世帯で貯蓄ゼロが三割、中央値が400万は厳しい。
 持家があっても、資産価値が暴落ときたら、家計をしめるのは自然の理。
 それに地震列島が大きく歪んで動き出したときたら・・
・・・・・・・
3627, 「生きがい」について
2011年03月01日(火)
「生きがい」という言葉を最近、以前ほど聞くことが無くなったが、
私の学生時代は「生きがい論」ばやり。「この子は、私の生きがいなの」と
母親が子供に対していうケースとか、趣味に没頭している時などに対していう。
「現在している仕事に生きがいを感じない」と聞くこともある。この不況の
中では生きがいより、食べていく方が優先される。やはり生きがい論は経済
成長の時代にあっている。 「生(活)きている、かい!」ということ。
*この子が生きがい、という時は、この子の幸せのため骨身を削って
 働いている時にいう。自分の子供、家族に献身している幸せである。
*夢や希望に向かって没我をしている時にも「生きがい」という言葉が出る。
 両者とも未来に向っている時の充実感がある時である。 
 また、そこに価値=意味を感じ取ることが出来る時に「生きていて良かった」
 「生きている価値がある」と思うのである。 
ところで、「生きがい」という言葉は、日本だけの特有の言葉という。 
哲学は人生の意味、価値は論じるが、それを主体的に感じとる
「生きがい」は、日本人特有のもの。ネット辞書には、「生きるに値するもの。
生きていくはりあいや喜び」とある。「生きるに値するもの」とは、対象の中に
見出すことだから、まず自分の価値を見定めていなければならない。
そのためには時間をかけエネルギーを注いで、多くの困難を乗り越え満足
出来た結果、心の底から「生きがい」が生じる。従って、若い人が
「生きがいを見出せない」というのは、当然のことで、それほど薄っぺらなもの
ではない。しかし若いうちから「生きがい」に足る目標、対象を探すことは必要。 
基準は好きになれるかどうかである。何ごとも無我夢中になれる対象に
向かっていけば、それが生きがいになる。
 ・・・・・・・・
3262, 久々のジョーク −8
 2010年03月01日(月)
* レストランで財布を落とした男「千ポンド入りの財布を落とした。見つけた
  人に百ポンドはらうぞ!」というと、奥のほうから「俺は二百ポンド払う!」
* 教会での結婚式に参列していた小さな男の子が小さな声で母親に訪ねた。
「ママ。あの女の人ドレスはどうして白いの?」
「白いウェディングドレスは,幸福の色なのよ。人生で一番幸せな日に着るの」
「フーン」男の子はしばらく考えて,また聞いた。
「じゃ、ママ。なんで隣の男の人は黒い服を着てるの?」
*「ママ、新婚旅行って何?」「結婚したばかりの男の人と女の人が一緒に
 旅行することよ」「ふうん、ママもパパと行ったの?」
「行ったわよ、とても楽しかったわ」「その時ボクも一緒に行ったの?」
「もちろん行きましたとも。「行きはパパと一緒に、帰りはママと一緒にね」
* A子が久しぶりに車を運転していた。 その時、母親が心配そうな声で
 彼女の携帯に電話を掛けてきた。「もしもし、A子?母さんよ。今どこ?」 
「東名高速に入ったところ」 「東名高速!気をつけて!今ニュースで言ってた
 んだけど、そこを逆走してる狂った女がいるんですって。あなた見なかった?」
「見た見た!一台じゃないわよ」「え?」「さっきから何百台も逆走してるわ」
*「どうしたんだ?そんな暗い顔をして」「ああ…。実は俺、もうすぐ父親に
 なるんだ…」「本当か! おめでとう! でもなんで喜ばないんだよ?」 
「妻にまだ話してないんだ…」
* 週刊誌の人生相談のコーナーに、読者から次のような手紙が送られてきた。
「ボクは20歳の独身男性です。六ヶ月前から、誰が見ても魅力いっぱいの女性と
 同棲しています。彼女は美しくて、利口で、愛想がよく、かわいらしくて……
 僕たちはお互いに声を張り上げたことなど一度もありませんし、口げんかで
 二人を包み込む青空にかげりがさすなどといったこともありませんし、
 そこでお伺いします。僕は彼女と結婚するべきでしょうか?」 
回答者はただ一行、こう返信した。
「そんな素晴らしい関係を台無しにするのは、おやめなさい」
ー字数の関係でカット(2012年0301)
・・・・・・・・・
887,日本は輸出立国か?
2009年03月01日(日)
野口悠紀雄は、その著書で、
「アメリカの金融立国に対応して、日本も円安に誘導して資金をアメリカに
供給し、かつ円安メリットを最大限利用し輸出立国をつくりあげた。
金融恐慌は日本も同罪である」と断じている。しかし統計の数値からみて、
果たして日本が輸出立国かという素朴な疑問が生じるのも事実である。 
他国のGDPの輸出比率をみてみると、意外なデーターがある。
・中国 37パーセント・韓国 37パーセント・ロシア 30パーセント
・欧州平均 50パーセントの数字。(中は大きなばらつきがあるが)
・原油輸出国のクエート 56パーセント。他の産油国では90以上だろう。
 対して日本は 15パーセント なのである。間違いだろと思ってしまう数字。
 これからみると、日本は輸出立国と果たしていえるのだろうか。しかし輸入も
13〜4パーセントがあるので輸出は必要である。
ー字数の関係でカット(2012年0301)
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2008年03月01日(土)
2523, 賢人の知恵 ?2
 面白そうなところを幾つか選んで、考えてみる!人間や、それを構成して
いる社会などは数百年経っても、簡単に変わるものではない! 人間は全て、
飯くって、?!して、寝て、死ぬのだからだ。    
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“知恵を備えていることが最大の幸運であり、それがないことが最大の不運だ”
ー解ー 知恵は知識が醸成され出てくるもの、そうでないのは浅知恵。
“言葉は飼いならされてない野獣と同じ、一度解き放つと戻ってこない。”
 ー解ー 全く、これでどれだけ無駄をしてしまったか!
“第三者の悪口を言うのは、下手な駆け引きでしかない。”
“運のいい人を見分け、ついていない人からは逃げるに限る。”
“大事なのは知識より知人である。”
“落ちぶれた人とはかかわりを持たないほうがいい。”
“友人に貸しがあるなら、つまらないことで返してもらわないこと”
“うそをついてはいけないが、すべてを明らかにする必要もない。 ” 
 うそも方便だが、その方便がつけないから・・・?
“敬愛される立派な人と行動を共にしていれば、その威光のおかげで、
 こちらまで輝いて見える”と言う反面次の次のページで、
“「自分より光っている人は、・・相手の方が常に注目や栄光を集め、
 こちらはそのおこぼれにありつくだけだ。
 ・・自分より優れた人とではなく、平凡な人と肩を並べて歩くこと”
“平凡な人と付き合おう。自分より優れた人と一緒にいると自分が
 目立たないから。”など、矛盾もしている。
“みんなが王になれなくても、一人ひとりが王にふさわしい行動を目指す
 ことが可能だ”
 ー解ーこれが少し分かりかけたのが、最近になってから。神と言換えてよい。
“自分という作品を完成させようではないか”
 ー解ー この人は、牢につながれたのが完成か?でも、この方が素晴らしい!
”賢人は、何ごとも偶然はないことを知っている。ただし運命に身を任せるより、
 自ら運命を切り開いていく人になろう。よく考えればチャンスに敏感でいる
 こと以外に成功の道がないことがわかるはずである。”
 ー解ー 何がチャンスか、それを常に問いかけていないと敏感になれない。
“持てる資源を一度に使い切らないこと。今の境遇を保ちたいなら、後方に備え・
 蓄えを用意しておこう。失敗の恐れがあっても、利用できる援軍があれば力は
 倍になる。後方部隊は、前線より重要といえるだろう。彼らは信頼と不屈の
 精神で成り立っているからだ。常に大事をとることを考えよう。
 ー解)当時の彼に孫子を知るはずないが、孫子の兵法と同じことを述べている。
“人には七年ごとに転機があるという。これを精神向上のためのしよう。
 最初の七年は知性の誕生で、その後七年ごとに新しい美徳が輝いてあらわれる。
 この間に起こる変化を意識して、うまく手助けしよう。変化は新しい地位や
 仕事などの形でごく普通にあらわれるかもしれないが、かなり大きくなるまで
 気がつかないときもある。人は、二十で孔雀のように気どって歩き、
 三十で獅子のように吠える。四十で酪駝のように節制家となり、五十で
 蛇のような陰険さを身につける。六十はくだらない犬、七十はする賢い猿、
 そして八十は……、何も言うまい。”
 ー解)ーくだらない犬のとしになったか? それにしても辛辣である!                                    

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