堀井On-Line



5098,遊ぶこと ー人間であること −③

2015年02月28日(土)

        〜「人間であること」時実利彦著
    * 遊ぶこと 〜勝負すること
・ 第三の遊びは勝負をすることで、前頭連合野にそなわっている競争意識、
 そのうらはらの劣等感や嫉妬心などの暴発をやわらげようとする。
 人間はオリンピックを頂点に、様々な勝負事を考え出した。勝負の世界には、
 職場の上下は関係ない。仕事の上の鬱憤を、マージャンや、ゴルフ場で晴らす
 ことが出来る。これは、動物世界にはない。
▼ 今ではワールドカップが、その頂点になっている。これは一種、代理戦争
 のようである。もう一つ、仕事や事業をゲーム化して、自分自身との勝負事に
 してしまう自己達成がある。 度が過ぎると勝負依存症になる危険が潜む。
   * 遊ぶこと 〜創造の喜び
・ 第四の遊びは、仕事や芸道、日常の行為に創造の喜びを体得することで、
 もっとも人間らしい人間だけができる崇高な遊びの行為である。趣味に
 生きるということも、そのねらいは同じ。この4つの遊びには、それぞれの
 存在意義があるが、最初の三つは誰でも出来るが、問題は、この、芸道や、
 仕事に、「創造の喜び」を体得することである。人間の尊厳というが、この
 創造の喜びを具現している姿に当てはめることが出来る。どんな僅かな仕事
 でも、どんな厳しい仕事でも、そこに喜びの心が体得できる人間としての
 遊びをしたい。
▼ 仕事でも、創業でも、趣味の世界でも創造の喜びを見出すことが出来る。
 子供のセーターを編む母親の姿が、それを物語っている。
小さいながらも小さな商業ビルなどを立ち上げてきた。初めて手がけた時に、
問題の全てが吐き出された。創造には、まず難問が次々と襲いかかってくる。
そこで、思いもしなかった内なる底力が、湧き出てきた。その過程が、創造
行為になり、そのまま次に繋がる。主体的難問解決過程を「遊び」にすればよい。
・・・・・・
2014年02月28日(金)
4733,心を上手に誘導する方! ー2
     「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
  * 「思い込み」だけでも減量(何でも)できる!
「思い込み(バイアス)に縛られ、何も考えないで一生をおくってしまう」
マイナス面もある。が、その思い込み「世界は、あなたが考える通りにある」
を、プラスに転用すればよい。人間の思いには膨大な可能性を含んでいる。
その思い込みを科学的にやろうという類の本が数多、販売されている。
 ーその辺りを抜粋するー
《 ある調査によって、こういった現象の結果が身体にも影響して出てくると
 証明された。その調査では、ホテル勤務の肥満ぎみの部屋係の人々が二つの
グループに分けられた。肥満方のグループには、部屋の掃除をするとスポーツ
をしたときと同等の負荷が身体にかかり、客室を掃除するだけで痩せる効果が
あるという調査結果を伝えておいた。もう一つのグループには、そのことを
伝えなかった。結果はどうだろう。「スポーツ」効果を伝えたグループの被験者
ほぼ全員が、それまでの生活を変えることなく三週間後に減量に成功したのだ。
もう一つのグループは、体重が減らなかった。この調査結果にもとづけば、
「被験者は自分が痩せると期待していた。だからその効果が表れた」という
研究者の主張は正しいだろう。我々のもつ期待は、ほかの人のことをどう
思うかにも影響する。初対面の人を紹介されるとき、非常に成功した重要人物
として紹介された場合と、どんな人なのか説明なしに紹介された場合とでは、
相手に対する私たちの反応はまったく違うだろう。私たちは無意識のうちに
相手のイメージを自分の期待に合うようにつくり上げてしまうのだ。
この現象は、研究によって裏づけられている。・・
 また、ある学校の教師たちに、あるクラスから無作為に選んだ生徒の
グループに、他の生徒と比べ、成績が平均以上だったという情報が与えられた。
すると年度末に、ある結果が出た。成績がよいとされたグルーブの生徒は、
ほかの生徒より格段によい成績をとった。ほかの生徒よりもよい成績が期待
されたグループの生徒は、より好意的に評価された! もしかすると、教師は
このグループの生徒に甘くなっていたのかもしれない。そして、ほかの生徒に
対するのとは異なる口調で話しかけていたかもしれない。とにかく教師の期待
だけで、そのグループの生徒が変化したことは事実である。
つまりこういうことが言える。私たちが受け取る情報がどんなものであれ、
それを受け敬ったことの結果がいつでも表れる! 私たちの文化、経験、五感、
期待が、私たちを取り巻く世界を唯}無二のものにしている。 だから、
世界は誰にとっても同じというわけではない。先に触れたように、
世界は私たちがとらえるままにある。》
▼ リタイアをして、つくづく気づくことは、「思い込み」にガンジガラメに
 縛れれていた、それまでの自分。それはプラスにもマイナスにもある。
「人間は、思い込みの中でしか生きられない」ことも確か。思い込みを、一度、
離れるために、読書、瞑想が必要になる。思い込みを、冷静に見つめるため、
「良く遊び、良く学び、良く働く」を基準にしているが、もう一つ、空を
イメージしている。前者をドーナツとすれば、真ん中の穴が、空と例えると、
少しは理解できる?で、「思い込み」をドーナツとすると、穴は内的無意識、
ドーナツの外側の周辺が、がユング心理学のいうところの「集合的無意識」。
他のドーナツも、コーヒーもある。
・・・・・・
2013年02月28日(木)
閑話小題 ー熱気球事故
   * 熱気球事故
 一昨日、エジプトで熱気球が墜落して日本人4人を含む19人が死亡した。
ルクソールといえば、屋外博物館といわれるほど多くの遺跡群がある。そこは、
エジプトの都テーベがあった場所で、市域はナイル川によって分断されている。
日が昇る方角であるナイル川の東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿
など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する、
王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にあるツタンカーメン王墓は有名。 
先週、シネマで「ヒンデンブルグ」をみたが、これも超大型の熱気球である。 
熱気球は、初めて行ったケニアのマサイマラで、乗ったことがあった。
7〜8人の定員で、カナダ人のペアのカップルが船長と副船長だった。
オプションで、草原での朝食付きで2万5千円。早朝も真っ暗な中、迎えの
ジープに乗って気球のところまで行く。ジープは、我われを置いて直ぐに
気球の到着する場所へ直行し我われを待つ。出発基地の広場にある気球に、
ボンベの熱風を吹きつけ、膨らます。温風が空気より軽い原理で風船は上昇。
吊らされるバスケットは垂直になっていて、その手すりの内側にしがみ付く。
そして、飛び立つと垂直のバスケットは水平になる。一度浮いてしまうと、
安定をして乗りこごちは良い。それもマサイマラの草原の日の出が見れる
ように時間に設定しているため、景色はこの上ない。着陸地まで一時間近くの
御来光と大草原を見る空の散歩である。シマウマやヌーの群れが眼下にみえる。
目をこらすとライオンが二匹、気球に驚いたのか走っている。改めて感動が
よみかえってくる。ルクソールに一歩、足を踏み入れた時の衝撃は今でも
鮮明に残っている。5千年の歴史が、そのまま伝わってきたからだ。 
この気球からの景色も絶景だろう。私が行った時には時間的に余裕がなく、
乗らなかったが、一万円なら安いし、価値は十分ある。 
今回の事故は、着陸時にガスバーナーの管が折れて3Mの地点から300M
まで上昇して爆発し墜落。船長は、飛び降り命に別状はなかったが、他の
19人は亡くなった。300Mの上空では助かるわけがない。
旅先で、セスナやヘリの遊覧飛行のオプションがあるが、これが絶品である。
他にマッキンレー、イグアスの滝、アスカの地上絵、テーブルマウンテン
などで乗ったが、人生の絶頂のトキである。残念なのは、エベレストの飛行が
天候が荒れて中止になったこと。あまり書かないが、かなり際どいことが
何度もあった。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」である。 不運は仕方ない!
・・・・・・
3991, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? −2
2012年02月28日(火)
* パチンコ屋の仕掛け
 パチンコの売り上げ、10年前に30兆円、現在では20兆円という。ギャンブル
総額が30兆というから、大部分がパチンコ・スロットの売上げが占めている。
子供を含めて一人あたり15万円。これは明らかに賭博であるが、どういう訳か
廃止論が出て来ない。この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と
癒着?の実態がある。それがあって当然というのも異常。チョットした市の郊外
には必ずパチンコ屋がある。 ギャンブルと見なされてない遊びの文化のようで
何の規制もない。 受験が終わって、友人と初めて行ったのがスロットマシーン
とパチンコ屋。 やっと大人を感じる時である。人がギャンブルに嵌りこむのは、
大損しても、稀に勝った快感の記憶が残り、その味を求めて繰返す仕掛けがある。 
業者の方は、勝った際の高揚感や恍惚感を高める工夫をする。
パチンコ店の音楽やパチンコの光と音などである。 そして勝つための技術が
必要と錯覚させる仕掛けをつくる。負けたのは、勝つための技術料金と錯覚
させる。 もう一つ巧妙なのは、ニアミスの仕掛け。スロットの場合、AAAが
当たりの場合、ABAや、AABが出ると、「当たり損ねた」と考える。しかし、
外れは外れでしかない。その辺の気持ちを逆用するようゲームは出来ている。
 ギャンブル依存症の人は、脳内に勝った時に出るドパーミンが長年の間に
多くなっている。 それは麻薬中毒の似ている。iPadを購入して以来、
パソコンゲームに嵌っている。 あるゲームの場合、達成すると、音楽と金色の
星が三つでる。失敗すると、グフフ!とバカにしたような笑い声と軽蔑の絵が出る。 
それも、あと一歩のところで達成できないようになっている。金を賭けている
訳でもないのに、やり始めたら、止めるタイミングが無くなりトイレさえ行け
ないほど熱中する。難しい本を読んだ直後には非常に効果的である。 
私の周辺でパチンコが趣味というのは一人もいないため、20〜30兆円が
ピンとこないが、この金額は国民の何割の人は中毒に近いと伺わせる。 
韓国は、悲惨な悲劇の続出で禁止されてしまった。この不景気で、業界は
壊滅的打撃を受けているはずだが、何故か倒産の話は聞こえてこない。
 ・・・・・・
2011年02月28日(月)
3626, デトックス
  ーまず「デトックス」を、ネット辞書で調べるとー
【 「解毒」や「浄化」という意味で、人間の体内にたまった重金属や、
 余分なミネラルなどを取り除く健康法。体調がよくなる、肌が若返る、
生活習慣病の予防となる、などの効果があるといわれている。従来の健康法は
サプリメントなどによって足りない栄養素を補うという足し算方式だったが、
これは余分なものを取り除く引き算方式。人間の体内には、食品や水道水など
を通じて鉛やアルミニウム、ヒ素などが細胞のタンパク質などとくっついて
蓄積されており、これらはわずかな量でも体に悪影響を及ぼすことが、
最近の研究でわかっている。 脂肪を分解する酵素の働きを妨げるため、
ダイエットがしにくくなることも指摘されており、これらを体内にためない
ためには、効率よく排出する食事に心がける必要があるという。
ゴボウやコンニャクなどに含まれる食物繊維は、余分なミネラルが体内に
取り込まれるのを防ぐ働きがある。タマネギやリンゴ、コリアンダー、ニラ、
ニンニクなどは、重金属をとらえて体外に排出する。肝臓の解毒力を高める
亜鉛やセレンを含む緑黄色野菜などを組み合わせて、取り込まれた毒素を
排出するのが効果的である。 また、不要な成分を取り除く「デトックス
サプリメント」も発売されている。 】
ー以上だが、これとは別の話になるが、活性酸素が人間に溜まると、
これが病気を誘発する。冬を除いて毎日散歩を続けているが、雨などで
数日休んだ後に、久々に歩くと身体全体に溜まった毒素が体外に排出していく
感じがする。これが身体に溜まった活性酸素の排出か?と思ったことしばしば。 
身体に新鮮な酸素を入れると血液が洗われる。またストレスも毒素になる。
知らないうちに溜め込むと病気を誘導する。毒を入れないことと、溜めないこと。
インスタントや冷凍食品の防腐剤、米や野菜にふりかけられた防虫剤などが
長年にかけ我々の身体に蓄積されている。体内の毒素のデットストックを
デトックスするということ。私もデトックスサブリメントとして二種類の酵素を
飲み続けている。とはいえ、毒はたっぷり溜まっているのだろう。子供時代は
インスタント食品や、防虫剤がかけられた米・野菜は無かったので良かったが、
団塊世代の後の世代の人たちは、これから後遺症が出てくるはず。
だから、この言葉が注目されているのである。
・・・・・・・
2010年02月28日(日)
 3261, 日本の将来が暗いのは?
現在の日本が目先に直面している問題は大よそ
 ・二番底は回避できるか   ・財政破綻は防げるか 
 ・米国と中国のどちらに頼るか・企業経営は長期低迷を脱するか 
 ・民主党に期待できるか   ・政界再編成が、どうなるか
 ・当面の少子化をどうするか ・消費税を早急にアップできるか
日本人の平均生存年齢が80歳以上で、世界で一番高いのは知っていたが、
年齢の中央値が44歳とは驚いた。 各国の年齢の中央値は
  日本 43.9歳   米  36.7歳   中国 35.2歳  ベトナム 27.5歳
  メキシコ 26.7歳    ブラジル 28.8歳   ロシア 38.5歳
日本だけが異常に高い数字。 これは国民の年齢と捉えることができる。
これでは日本の将来に対して不安が生じるわけである。
この恐慌の中で、結婚適齢期の人たちの結婚時期が遅くなり、結婚しても、
せいぜい一人っ子。当分は平均値が上がるだろう。 
それは、即、国家税収の減少につながる。 暗くなるのは当然である。
 ・・・・・・・・
009年02月28日(土)
2886, ハリウッド映画のような「アメリカ物語」
2009年02月28日(土)
 今回の金融危機は、歴史の残る大事件であることは言うまでもない。
そして、この金融クラッラシュは、起こるべくして起こった出来事。
史上最低?のブッシュ大統領を8年間に渡って我われは毎日のように見せ
つけられた。そして最後の置き土産として、これまで無かった世界恐慌を
遺してくれた。 何か安物のハリウッド映画を見せられているようだ。
その悪役ブッシュに替わり、善人を演出して颯爽とオバマという史上初の
黒人大統領がデビューしてきた。出演のスターは悪党のブッシュ元大統領、
その補佐としてポールソン商務大臣、ラムス元国防大臣、黒人女の国務大臣
のライス、前大統領のクリントン、その奥様のヒラリー、ブッシュの親父の
大ブッシュ元大統領。更に、その前のレーガン大統領と役者が登場。 
彼らにとっての悪役は、アルカイーダのオサマ・ビン、イラクのフセイン、
北朝鮮の金日生に金正日、ロシアのプーチン。脇役は日本の小泉、イギリス
の歴代首相、などなど、書けば限がない。30年をかけて完成したアメリカ
金融帝国(大統領ブッシュ)に、アルカイーダのオサマ・ビンが2001年
9月11日、乗取った旅客機三機でニューヨークの金融ビルと国防省に突入。
アラブ対ユダヤの対立項をつくる。それに激怒したアメリカは、その本拠地の
アフガンと、疑惑いイラクに戦争を仕掛ける。イラクに関しては、その実、
油田狙いと、原油決済のユーロへの転換を阻止することが後で判明。
その戦費捻出のためアメリカを牛耳ってきたユダヤ人を中心に、秘策を考える。
 さらなるアメリカ需要拡大のために黒人や中南米から流入してきた貧しい人
たちに住宅と自動車を売りつけ、それを証券化して(格付け機関の偽ラベル
張りをして)世界にばら撒く。その上に世界中から輸入をして、見返りに、
紙切れのドルをドンドン刷って交換する。 一度支払ったドルを、今度は
アメリカ国債と交換させて回収すれば、戦費を稼ぐことが出来ると・・
国家謀略である。そこで目をつけたのが、日本と中国である。まずは日本に
円安を誘導して日本の輸出産業にとって優遇を与えて、紙切れと交換する
計略を練りあげ、間接誘導。そして中国には自由主義経済圏への参加費として、
外貨準備金としてのドルの備蓄を誘導。ドルの替わりに中国製商品を輸入する
ことに、まんまと成功。しかし、それにも問題が発生してきた。 右上がりに
上がりするはずの住宅価格が値下がりを始めたのである。そこをキッカケに、
そのシステムが根こそぎから崩壊が始る。 そして、この金融危機である。
そこで対立党の民主党に黒人大統領を選出させて「チェンジ、ウィ・キャン」
とか言わせて、その影で国債を強引に、これまでのように押し付けようとする。
 特に日本は丁度良い隷属国家...
・・・・・・・・・
2008年02月28日(木) 2521, つれづれに
  *新大学生の同棲率が6割だと!
 先日、長岡の知人が事務所に訪ねてきたときの話
「来るときの車の(地元局の)BSNラジオで、新潟大学の150人の学生の
アンケートの結果、友人を見ていて同棲率が、6割という。筑波大学に続いて
日本で二番目というから驚いた。自分は早稲田だが、殆どいなかった。
それにしても地方大学とはいえ一期校だった新大の学生がね〜。
信じられない」と、憤っていた!  
 (字数制限のためカット 2012年2月28日)


5097,遊ぶこと ーうさ晴らし

2015年02月27日(金)

        〜「人間であること」時実利彦著
   * 遊ぶこと 〜うさ晴らし
≪ ・第二の遊びはうさ晴らしである。新皮質の理性、知性に抑圧されている
 辺縁皮質の本能の欲求と情動の心をかなえさせる。人間は、集団生活の中で、
フラストレーションがおき、その辺緑皮質を乱しかねない。そこで、あらゆる
手段で、それを解消しようとする。それは原初から存在している遊び、つまり、
歌であり、踊りであり、お酒(酩酊)である。 新皮質は、アルコールに
非常に敏感で、辺縁皮質がまだまいってないのに、さっさと麻痺してくれる。
ほろ酔い人生は、「鬼のいぬ間の心の選択」、「うさの捨てどころ」になる。
もう一つの手段は、リズミカルな刺激を脳に与えることで、統合の座である
新皮質の活動が弱まり、理性や知性の抑止力が鈍り、そのすきに、心の憂さを
晴らしてくれる。 アルコールで脳を麻痺させ、歌をうたい、踊ることで、
溜まったストレスを発散させる。  (『ルバイヤード』小川亮作訳)
   こよい、また、あの酒つぼをとり出してのう
   そこばくの酒に心を富ましめよう
   信仰や理知のきずなを解き放ってのう
   ぶどうの樹の娘を一夜の妻としよう 
 これは、ハムヤードの有名な4行詩である。
ぶどう樹の娘は、ブドウ酒。酒の効用を心にくいまでに歌い上げている。≫
▼ スポーツジムは「うさ晴らし」に最適である。ポップスなどの音楽を
 バックに、合同でエアロをするのも場所が場所のため、抵抗感がない。
居酒屋もカラオケもしかり。ストレスは万病の元、前向きに発散することだ。
事業も人生も、生きている限りフラストレーションが起きて当然。
その数倍のストレス解消のスケジュールを日常に組みこんでおけばよい。
だから花金(金曜)には、サラリーマンが居酒屋、スナックで羽目を外す。
 これをやり過ぎて、何度か大失敗をした。しかし、これが無かったら、
ストレス障害で早死していた? 私の一番の「憂さ晴らし」は異郷ツアー。
仕事と、アルツハイマーの母との5年半の生活と、事業のストレスが重なり、
非常に危ない状態で、ストレスでストレスを解消するしかないと、敢えて、
短期間で発散できる恐怖の異郷ツアーに参加してきたが、これが即効!だった。
・・・・・・
4732,閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 
2014年02月27日(木)
 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続く。
年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、今さら欲しいモノも、してみたいコトも
然程ない。還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、
日々、面白、可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入が
あるかないかだが、自然に適応するから不思議。同世代が、二ヶ月後から古希。 
残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要
とする、というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、
ここにきて、周辺が寒々とした空気になってきた。貧困問題である。
以前も書いたが、世界と比較した相対的貧困問題である。この東北震災の
影響が今後、さらに深刻になり、日本は貧乏国になることは避けられない。 
  以前にも少し取り上げたが、ーその辺りをネットでみるとー
《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、
 日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査された中では、イスラエル
20.9%、トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。
同年調査された韓国(15.3%)よりも高い率。2009年には調査されなかったが、
かねて貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、メキシコが20.4%
(2010年)である。日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれも
OECDには加盟しているが、先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国
の中でイスラエル、アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。
逆に西欧諸国は大半が10%以下、全調査国中最も低いスウェーデンとデンマーク
の5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。厚生労働省の調査では、日本の相対的
貧困は2009年の時点で16.0%は、データが存在する1985年以降で最も高い数値。
2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年の可処分所得の中央値(254万円)
の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象となる。これは、単身者では
手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、3人世帯で224万円、4人世帯で
254万円に相当。日本は、かっての調査で北欧諸国並みの水準で「一億総中流」
と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて貧富格差が拡大し相対的貧困が
増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は定義が異るので一概に比較は
出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯における年間可処分所得(等価
可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本はアメリカ・イギリス・
カナダ・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、フランス・ドイツと
ほぼ同程度の格差であった。相対的貧困率は、1980年代半ばから上昇している。
この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつも収入は年金しかない「高齢化」や
「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」が影響を与えている。
「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者における格差が拡大して
いない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者が増加、また
非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の格差拡大」
の主要因といえる。》と、やはり深刻である。
▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い
 年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。リーマンショックによる静かな
恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。我われ
世代は「良い時代」を生きてきたが、これから「悪い時代」に生きることになる。 
良い時代を知らないから、それが当り前?
・・・・・・
4365, セックスがあいさつ代わりの類人猿
2013年02月27日(水)
        『あなたのなかのサル』 フランス・ドゥ ヴァール
 読書の合間に、Youtubeの他に、アマゾンのネットサーフィンをしている。
で、見つけたのが、この本である。ボノボの、この習性を知ってはいたが、
立ち読みでも面白い! これが人間の隠された本質かもしれない。
  ーまずは、ともあれ、この中の一節からー
≪ セックスがあいさつ代わりの類人猿ボノボは、発見が遅かったにせよ
人間のタブーに接触のためか、あまり知られていない。何と一時間半に一回
セックスする。体格的にもずん胴なチンパンジーよりスマートで、より人間に
近いと思われるこの類人猿、そのため動物園にもTVのお茶の間にも登場しない。
このフリーセックスというか、挨拶代わりのセックスは、子殺しを防ぐことから
起こったのかもしれない。父親がわからなければ、外から来たオスに殺される
ことが防げる。セックス相手のオスから庇護を与えられるからお得である。
ボノボでは若いメスは相手にされない。熟女が歓迎される。若いメスは性皮の
腫れをパスポートにして、新しい集団におちつくのである。ボノボはメスの
ほうが権力をもつ。メスはほかの集団のオスともセックスすることによって、
オスの縄張りの意味をなくして、ボノボは平和な社会の可能性を開くのである。
 人間はセックスを社会生活から隠す。あいさつ代わりのボノボと違って、
セックス相手をひとりのオスに絞ることによって、育児の支援を受けるのである。
ために家が必要になった。チンパンジーは劣位のオスはセックスをとがめられる。
 人間はチンパンジーのように縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、
メスを囲い込む。子孫や経済の共有がないから外集団との争いが絶えないと
思われるのである。ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる
必要があるのではないかとヴァールはいう。人間はチンパンジーのように
縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、メスを囲い込む。
子孫や経済の共有がないから、外集団との争いが絶えないと思われる。
ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる必要があるのではないか
とヴァールはいう。チンパンジーには集団での権力闘争や序列関係があり、
観察記録には如実にそれが現れる。人間はそれがあたかも存在しないか
のように暮らすから、動物たちの観察記録が参考になる。
 動物たちは序列を明確にする。それをボティランゲージではっきりとわかる
ように表わす。劣位の者は腰を低くしたり、腹を見せる。
人間には序列があるはずだが、それを明確に表わさないし、ときには無意識に
行っているのに意識の底に潜りこませるのである。それを明確に意識の昇らせる
ために、このようなチンパンジーの観察記が役に立つのである。≫
▼ Youtubeに、この映像がある。(今日のバードウォッチに掲載) 
これをTVで放映は出来ないのは当然。人間に最も近い類人猿の永年かけた
知恵というから考えさせられる。食肉系女子を重ねると、いやに納得する。
近親間ではどうかは、分からないが、恐らくないのだろう。
考えてみれば、これが桃源郷の世界ということ? 一時間半に一回ですか!
・・・・・
3990, 日本の、今そこにある危機
2012年02月27日(月)
 産経新聞一面に世界協力銀行の企画部長の論説【日本の、今そこにある危機】
の論説が現在の日本の実態を分かりやすくまとめてある。これが現在の日本。
* 日本のGDP(一人あたり)2000年には世界第3位だったものが
  2008年には23位に低下
* 国際競争力は1990年には世界1位だったが2008年には22位に低下
* プラント(生産設備)輸出では2006年に韓国に抜かれ、今や成約実績で
  3倍以上引き離されている
* 貿易収支は31年ぶりに赤字転落
* イギリスエコノミストは『自動車の海外生産比率が2003年の49%から
  2014年には76%まで上昇する』と予測。
* 日本の国と地方の債務の対GDP比率は213%でイタリアの129%を
  大きく上回っている。
* サマーズ元財務長官(オバマ政権経済顧問)は『日本はもう終わっている』
▼ 莫大な借金を政府部門が抱えているのに金利が上昇せず、円高が続くのは、
 債務の95%を国内で保有しているため。このマイナス・スパイラルも、
ますます加速しているが、これに対し政治が混迷をし思い切った対策が出来ない。
 もう「日本は終わった」のか? 更に東北大震災と、首都直下型地震と、
東海、東南海、南海地震が待ち受けている。これから10年間は、日本は
激しく衰退するしかないのか。 首相は一年しか持たないで交代するパターンを
繰り返し、ある日突然、国家破綻の道をひた走り、国内は空洞化。国民は今そこ
にある危機にさえ鈍感で、ゆで蛙状態。国が滅びるとは、こういう姿か。
充てがわれた民主主義の行き着き先が、これ。 
 ・・・・・・・
3625, 人は人生に何を求めるのか
2011年02月27日(日)
 人生の終盤に差し掛かり、ふと「人間は一生を何のために生きているのか?」
という学生時からの問いが再び俄然と立ち現れてくる。何度も問いかけ、問い
かけられてきた問題だが、この年齢の、その問いかけは自分の人生の奥から
沸きあがってくるから学生時代のそれとは違ってくる。「己の魂を磨くため、
高めるため」というのが、現在のアリキタリな答えになる。キュープラー・ロス
のいうレッスンとは魂を磨き高めるためである。それは社会的に成功したとか、
何かを残したとかいうことより、内側に一歩踏みこんだ自分独りだけの醒めた
問いかけと、その答えになる。 そこで、何度も問かけてきた、「魂とは、
そもそも何ぞや?」という根源的な話になる。魂とは= 物理的には、大宇宙の
中の微細な最大100年間与えられた肉体。それに対し、魂は、己の心の背後に
広がる内的宇宙と、そこに繋がっている己をいう。それは「いま、ここ」から
過去・未来に広がり宇宙に通じている。それを人間は一生をかけ心を通して広げ、
高め、開放していくことが、人生が求めること。 自分の人生が半年、三ヶ月と、
区切られたときに、己は果たして何を求めていたのか、問題が立ち上がる。
「人生は魂の研磨を通して己を高めること」とすると、そこに知識と経験が必要。
求める対象にエネルギーを集中していく過程で己を高めることそのことが人生。 
よく遊び、よく学び、よく働く、こと。その3つを心がければ、自動的に求めて
いるところに近づくはずだが。人生が何を求めているかというフランクルの哲学
になっていくが。 そんな難しいことを考えることもない。 
今ここ、を大事にすればよいのだが!
 ・・・・・・・
3260, 日米「振り込め詐欺」大恐慌    ー2
 2010年02月27日(土)
  ーこの本の論旨というと
「アメリカ発の世界恐慌」がこれから始まるが日本はアメリカに洗脳された
ままなら、アメリカと一緒に崖から落ちて行くだけ。オバマは2年で大統領を
辞任し、ヒラリー大統領が登場する。現在のままでは「日米振り込め詐欺構造」
では日本が潰される。既に「日米振り込め詐欺」で私たちの年金が吹き飛ば
されたも同然で。日本の年金が国債などで吹き飛んで、近い将来には、3分の1
しかもらえない事態になる。しかし、これからはアメリカ処分案が実行される。
アメリカが処理しなければならない金額は4千兆円。 巨大バブル崩壊で
失われた世界の富は総額6〜8京円。その10分の1の処理が必要になる。 
その中で、日本はアメリカの洗脳から脱却しなくてはならない。ここで更に
日本から60兆円を貢がせようと策動する。これからアメリカは横柄な態度で
次から次へと日本に政治謀略を仕掛ける。
▼ 以上だが、隷属国家の日本は、民主党への政権移管でアメリカと日本の
 官僚たちからの呪縛から解放される時である。日本が稼いできた金は、
ドル本位制度とかいうシステムで殆んど絞りとられてきた。この著書は一年前に
書かれたが、著者の言うとおり、鳩山の脱税、小沢の政治資金疑惑など、
明らかに日本の官僚がアメリカに策動された動きになっている。
そして、今度はトヨタバッシングである。 現在が日本にとって大きな節目。
思い切ってアメリカと間を置くチャンス。アメリカは露骨に日本の貯蓄を狙う。 
この数年が経済危機に見舞われるが、大元のアメリカの傷は最小で済む。 
「振り込め詐欺」というより、「抱き込み詐欺」に戦術を変えようとしている。 
ドルを大幅に刷って、世界中のドルの価値を一方的に下げればよいだけ。 
それがドル本位制の正体である。アメリカは軍事だけではない、小麦、
トウモロコシなど、食物の生産国である。軍事と食料で日本など簡単に
コントロールできる。だから、いざとなると日本は腰が引けるのである。 
人口減少と、戦後教育、とりわけ「ゆとり教育」で日本人は、確実に骨抜きに
なってしまった現実がある。 頭と尻尾に、その傾向が大きく現れている。 
ここで、政界再編成を早く実施して、新しい時代に向けた体制をつくらなければ
ならない節目にきている。今さら鎖国もできないだろうし。 
欧州、アメリカが駄目ときたら、紆余曲折はあっても、中国、インドの時代か!
・・・・・・・・
2885,「思い出婚」というが!
2009年02月27日(金)
芸能関係の話も、たまには良いだろう。
  (字数制限のためカット 2010年2月27日)
・・・・・・・・・
2008年02月27日(水)
2520, ライバルはディズニーランド!  ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
*IKEAの日本進出
 欧州を旅行をすると、首都の郊外で「IKEA」の店を見かける。
何度か入ったことがあるが、組み立て家具の店でゴチャゴチャと雑然と
しているが面白い店である。本社はスェーデンにあるが、とにかくセンスがよく、
その割りに(欧州としては)値段が安い。北欧は家に招待しあい家具のセンスを
競い合うのが互いの楽しみという。そのインテリアはシンプル&スタイリッシュ
で洗練されて、手頃な価格になり、日本の消費者にも支持されるのではないか。
それか店としてのエンターティ-メンか!100円ショップも似たようなことを言う!
 そのIKEAが数年前に船橋に開店したことは知っていた。
その後のニュースは聞いてなかったが、数日前の産経新聞の生活欄に
記事が出ていた。日本でも本格的に出展を始めるようだ。 
 ーーーー
 ーIKEAの日本進出ー
*ライバルはディズニーランド
 それはIKEA日本進出の記者発表会でのことでした。競合はどこですか、
という質問に対して、イケア・ジャパン代表取締役はきっぱりとひとこと。
「ディズニーランドです」(字数の関係で中間カット2009年02月27日)
ーー
 日本では、ニトリ、大塚家具、東京家具あたりが、当面の大きなライバルになる。
日本人に組み立て家具が受け入れられるかどうかだが、私は大丈夫と思うが・・
まさか、日本でIKEAの店が見られるとはね!   (。´_`)ノホンジャ!
・・・・・・・・・
2007年02月27日(火)
2156, 幸福に驚く力 −3   (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜
*「物語」の持つ力*           ー読書日記ー
ーまずは、この本の中の「物語」の持つ力と不思議についての面白い
 ところを抜粋してみようー
河合隼雄の「物語とふしぎ」の中で、
「〇〇にとって納得のいく答えが物語になるのだ」
「正しい知識を供給しても人は納得できない場合がある」
「人間の体験した不思議とか驚きを心に収めるために物語はある」という。
人は科学的、客観的にはおかしくても、それでも納得できる方を選ぶという
ことを遠い昔からしてきたのである。河合さんは、それを、「その人と世界
との関わりを示すものとして物語はある」といっている。
「物語とは何か」を根源に立ち返って考えさせてくれる、エピソードがある。
ある人が、南フランスに出かけていって、一面のヒマワリ畑の中にたった。
ところが、彼はヒマワリに圧倒されて、ほとんど気が狂いそうになったという。
その時彼は何をしたか。ゴッホのヒマワリの絵を必死になって思い浮かべた
というのです。そしてその目の前のヒマワリと自分の間にゴッホのヒマワリ
おいて、そうすることで初めて精神の均衡を保つことだできた。
そう話してくれました。つまり、私たちは本当に対象となるものに直に触れて
いるように見えるけれど、いつもそこに何か借りてきて、それを通して対象と
触れ合うことを無意識のうちにやっているんじゃないか。自分と世界と直接結ぶ
ということは物凄く大変なこと。だから、こうだよという物語、それを借りて
くるんじゃないか。 いま私がいう物語には絵も音楽も入っています。
つまり自分は世界とどう関わったかに答え、それを一つの形にしたもの。
それを聞いた時に物語とは何か、ふっとつかめたような気がします。
ある波頭を見ていると、「あっ、北斎の波頭だ」と思わずつぶやく。
もし、北斎のあの版画を見ていなかったら、本当にあの波頭を捉えることが
できたか? ある人がこうつかんで、物語にした。その物語を借りてくること
によって、対象と向き合う。(字数の関係で中間カット2009年02月27日)


5096,遊ぶこと ー人間であること −①

2015年02月26日(木)

        〜「人間であること」時実利彦著
 ある本に、44年前に読んだ『人間であること』が紹介されていた。早速、
倉庫内の書棚で探し出し目を通しているが、当時、読書録をつけてなかったため、
印象に残ったページの折り目と、傍線の箇所と、少しの書込みしか、当時の記憶
はなかった。要約をノートに記録しておく必要性に気づかなかったのが青年期の
最大のミスで。そこで14年前から、随想日記で、公開し記録として残すこと
にし現在に至っている。 それ以前の20年間、2ヶ月に一度、社内報に
『事業百訓』として書いたのがあるが。 『人間であること』を改め読み直すと、
考えさせられる内容。44年の経験が、その意味を理解する裏づけになったため
である。 当時、こんな格調の高い?本を読んでいたと我ながら感心するが、
真に理解していたかというと、疑問である。 ここではページ順でなく、
印象に残っている部分からランダムに選んでみる。まずはー遊ぶことーより。
  * 遊ぶこと ーA
   〜まずは、要約から〜
≪ オランダの分明史家のホイジンガーは、私たちの人間のあらゆる文明は
 遊びから始まったみてとり、‘ホモ・ルーデンス’(遊ぶ人)という書物を
書いている。彼の論旨には全面的に賛成できないとしても、「人間のある姿」と
一つの側面を捉えている。赤ん坊は赤ん坊なりに、子供は子供なりに、大人は
大人なりに、遊びを楽しんでいる。遊びは、動物も遊んでいる。日本猿の子供も
よく遊ぶが、7〜8歳でピタリと遊びを止める。しかし、人間だけは、遊びを
止めない。この答えは、脳の本質を、その仕組みに即すると出てくる。
 遊びを四つの異なる精神によって演出されている。
四つの遊びにはそれぞれ異質で、その存在意義がある。
・第一の遊びは模倣するという心にかきたてられた行動である。動物の脳は、
生まれた時、殆ど成熟しているが、未成熟な部分が模倣行動(遊び)で成熟、
発達する。よく遊ぶ動物はサルであるが、大人になると遊ばなくなる。
 しかし人間は大人になっても遊ぶ。それは人間だけが遊びを必要とする前頭
連合野を発達させているからである。私たち人間は、第二、第三、第四、と
 あの手この手で遊びをやている。・・・ つづく  ≫
▼ 第一は模倣、第二は憂さ晴らし、第三は勝負ごと、第四は創造である。
 それらは次回になるが、私の母が、『仕事も、勉強も、何事も、遊びに
なるまで打ち込むこと』と教えてくれたが、第二、第三は、馬鹿でも出来るが、
問題は第四。これは人間だけが出来る遊びという。この随想日記も、
14年の時間の結果、遊びになっている。     〜つづく 
・・・・・・
4731,閑話小題 ー結婚生活は、忍耐、努力、諦め!
2014年02月26日(水)
  * 結婚生活は、忍耐、努力、諦め!
 朝日新聞の土曜版に、美輪明宏の人生相談‘悩みのるつぼ’があるが、
これが面白い!先週は、結婚歴33年の57歳男性の「妻に振り回されて
いるのですが・・」の相談。
《・質問 <私はマイペースの行動して個人の時間を大事にしているが、
 妻は何時も他人のことを気にし、何か不安があると、口にし、私に共感を
 求めます。総合的に私は、その妻に振り回されています。> に対して、
・答は <いい歳をして何もわかってない。男女は精神的にも、生理的にも
 違っていて考え方が根本的に違うもの。結婚生活とは、忍耐、努力、諦め
 以外のなにものでもない。これが、その正体であり、本質。現在、日本の
 若者たちの間で「シェアハウス」が流行している。言わば共同下宿で、
 一人で生活するのが経済的、精神的に難しかったりする若者が暮らす。
 他人を必要としない時には、離れた部屋にいて、人の息づかいを感じたい時
 には、共有スペースに出ていって話をしたりする。結婚とは、そういうもの
 では? 還暦過ぎて、家に一緒にいるケースが多くなると、この姿勢が
 必要になる。妻を亡くしたことをシュミレーションしてみて、そのプラス
 マイナスを考えれば、自ずと答えが出るはず。妻のマイナスだけを見ずに、
 プラスもを考えて、感謝をしてみれば!> 》と、ギレがよい。
  家に入って3年近くになるが、互いに我が強いため大変だが。その間に、
 40年以上の結婚生活で至った結論が、上記の「シェアハウスと思えばよい!」 
 この三年間では、互いの居間の滞在時間を半々にすること。私がいる時間帯は、
 家内は食事の支度など家事をして、私が書斎で読書とパソコンや、寝室で
 ドラマなどを見る時間帯は、家内が居間と、棲み分けている。 
 就寝時間も私が20時過ぎ、家内が0時。起床時間は私が冬場4時半、
 夏場が4時。家内は7時過ぎ。結婚以来だが、互いに自分のスケジュールを
 淡々とこなすが、2〜3ヶ月に一度は恒例の喧嘩になるが、数日で元に戻る。
 そこに自然と「忍耐、努力、諦め」が滲み出る。色いろ見てきて「独り暮しの
 厳しさ」が分かるため、まず我慢、忍耐!だから、互いに違ったライフワーク
 と、共通の趣味が必要。定年期を向えた日本中の団塊世代が、家庭内では、
 忍耐、努力、諦めの鍛錬の諍いが生じている。私のように、立場が180度も
 逆転した者にとっては、この実感が強い!         
・・・・
4364, 嘘と真実 −3  
2013年02月26日(火)            
    ー『「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著』よりー
 嘘といえば、超能力と霊媒である。少しは本物もあるのだろが、99%は
タネがある。所詮は、思い込みでしかない。世の中の現象、嘘と真実が丁度よい
塩梅で混合している。営業活動は9割方は、これを知り尽くしたもの。絶対量と
質を持ったものが、知らないものへ都合良く誘導する。政治など、まさにこれ。
  * サイキックマフィア
≪ 50年前の1961年の頃、世界心霊主義者協会の理事で、世界で最も
 金を取る霊媒師の一人だったラマー・キーンは、全米各地で交霊会を催し、
神秘体験を求める人たちの前で霊視能力や念動作用、心霊療法などさまざまな
奇跡を演じてみせる。スター霊媒ともなれば湯水のごとくカネが流れ込み、
王侯貴族のような豪邸に暮し、美女をはべらせ最高級のレストランで食事をし、
一流のナイトクラブで札束をばら撒く夢のような生活が待っている。
彼がほかの霊媒とちがっていたのは、虚飾の生活に倦んで正直な生活に戻ろう
と思い直したことだ。彼は『サイキックマフィア』(太田出版)という本を書き、
‘幽霊ビジネス’のカラクリを暴露した。交霊会では、さまざまな"奇跡"が
演じられる。物体移動の実演も、そのひとつで、こんな感じだ。
会場から指名され壇上に上げられた男に、霊媒が訊く。「免許証をなくされたん
じゃない」怪訴そうな顔で、男は反論する。「そんなはずはないよ。免許証は
いつも財布に入れていたんだ」 「だったら、確認されたらどうですか?」
男が財布を開けると免許証はどこにもない。「お捜し物はこれですか?」
霊媒は、胸ポケットから男の免許証を取り出してみせる。もう少し手の込んだ
ものがある。交霊会で、年配の女性に霊媒が尋ねる。「最近、大切なものを
無くされたのではないですか?」そして、それを出してみせる。何ということは
ない。スリを雇って予め抜き取っていた。交霊会前に、広告などで参加者を募る。
霊媒は、その中から適当な人を選んで、人を雇って花を届けさせ、家の中の様子
をうかがい、情報を取る。そして、あたかも霊感があたったように、
その詳細を全員の前でいう。 ≫
▼ 要は事前に情報をとっていて、手品のように効果的に使えばよいだけ。
 どんな社会にも、神秘体験に惹かれる人たちがいて、‘本物の神秘体験’
を求めてオカルト世界を放浪する。そんな彼らのために、‘超能力’を演じ、
効率的に搾取する仕掛けができている。そしてサイキックマフィアが、
そういう連中の情報を互いに流している。キーンが、活躍したのは1960年代。
あれから半世紀が過ぎ、科学は進歩してが、そのテクニックは更に進歩した。
手品師が、こぞって霊媒師に変身していった。
・・・・・・
3989, カーネーション
2012年02月26日(日)
 朝の連ドラ「カーネーション」、初めから見続けてきたが、なかなか面白い。
デザイナーのコシノ三姉妹の母親と実家の商家を題材にしたドラマ。初めの
触れ込みは、「NHKの朝ドラで、一番がらの悪いヒロイン役」だった。これを
見るにつけ、私が育った実家が思い出される。このドラマの数十倍の濃さと
激しいドラマがあった。父が亡くなった後の私の代も次々と問題が起きていた。 
商家の家族には、あらゆる問題が全て現れ出る。この連ドラには、ヒロインの
三姉妹の母親の業が、赤裸々に表現されている。和装店から洋装店への業種
の転換と、親娘の商売上などの葛藤などの実話が背景にあるため非常にリアル。
また主役のタレントも役に憑依したような熱演。ヒロインの思い込みの強さと、
目の前の障害に身体ごとぶつかっていく姿は、私の20歳、30歳の頃の姿を
見ているようである。あの赤裸々の柄の悪さ?は、時代の変化に対応するに
自然に出てくる姿。 時代は商売に関係なく先に動いていく。その変化対応に
捨て身で取り掛からないと難しい。その辺を、このドラマは上手に脚色。 
 実在のコシノ三姉妹の子供の頃からの取っ組み合いの喧嘩も、リアル。 
私が事業を始め気づいたことは、事業に家族や親戚を入れないのが鉄則。 
事業は極限の限界の連続。そこで相打ちになる。コシノ三姉妹は、そのことに
気づいていたようだ。三姉妹の母親の子育ては、殆ど祖母が担っていた。 
浮き役としてのオバアサンの役割が、そこにある。人類の進化にオバアサンの
存在の役割があったという説がある。経験の知恵伝達をオバアサンを通して、
子孫に教えを伝える役割である。その役割を、とぼけたオバアサン二代が、
巧妙に果たしている。 それぞれが主体的に生きてこそ人生ということか。 
いずれにしても同じことだが・・・
 ・・・・・・・
3624, 自己の探究 ー1
2011年02月26日(土)
 「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著)
   ーアマゾンの内容
 悩む人にも、悩まない人にも。偉大な思想家たちの思索をたどりながら、
他者や世界と繋がる自己発見への旅。モンテーニュら偉大な思想家たちの
思索を辿りながら、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのより
よい関係の構築を模索する。
ーー
哲学史から、世界との関係より、自分自身との関係を重視した思想家たち、
ソクラテス、モンテーニュ、パスカル、アミエルなど、を取り上げている。
「自己」の哲学的意味を知りたい人が、その思想家を見つけるための
「カタログ」でもある。どのページを開いて、4〜5行を読むと自己に
対する意味が自己完結しているように書いてあるのが良い。 
≪ 自己への問いは、いわば、われわれに課せられてくる問いなのである。
 日常に亀裂がはいり、自己の存在そのものがひとつの問題であることに
気づかされる時が、われわれに訪れるのである。ひとたびこの問題に遭遇
すると、自己は一種の棘となってわれわれを苦しめることにもなる。
----しかし、その歩みを通じて、自己がどのような存在であり、自己として
生きることがいかなることかが少しずつ見えてくるであろう。自己への旅は、
われわれが自己の多様な側面を解きあかしていく思考の経験であり、
自分との対話や反省の試みを介して自己を掘りさげていく経験である。 ≫
≪ 自己探究という冒険には、終わりがない。それというのも、自己は不断に
 変化することをやめないからであり、自己を探究する視線にも変化が伴うから。 
それゆえ、この冒険は、変化するものをめざす視線と、それ自身が変化する視線
とが交錯するなかでくりひろげられる絶え間ない自問自答の過程である。 
そこでは、見えていなかった側面が見えてくる、自分に疑いなく見えていたと
思っていた側面が疑わしくなる、自分の見方の狭さ、窮屈さが見えてくる、
もうひとつ先を読む見方が自分に求められてくる、というようにして自分を
軸にした思考がくりかえされる。この思考は・柔軟性を欠けば、こり固まって
偏狭な自閉的世界へと入り込んでしまうのかもしれない。 ≫
▼ 60歳を過ぎてから、自分では見えていたと思っていた側面が疑わしく
 なってきた。 老化とは偏狭な自閉的世界に入るプロセスでも。最近、
自分の中に以前から下町などで見た歪んだ顔の老人の姿が合せ鏡になってきた。 
自分の老いを見つめることも自己探究。
・・・・・・・
3259, 世界の深さは、世界を読む人の深さにかかってくる
 2010年02月26日(金)
  *蒟蒻問答
八五郎。昔の伝で上州は安中で蒟蒻屋を営む六兵衛を頼ってやって来た。 
六兵衛さん曰く「丁度村の寺に住職が居なくて困っていた所だから、そこの
住職になれ」と勧められた八五郎、気楽に過ごしていたが、ある日、諸国の
僧侶が問答をしたいとやって来たから、大変。当時は、問答をして負けた方が、
寺を明け渡して出て行かなくてはならない決まりがある。八五郎は、仕方なく、
その日は住職は留守だとして旅の僧を引き取らせますが、また来ると言われ、
困った八五郎六兵衛に相談、六兵衛は自分が住職になって適当に追い返すと
言うので八五郎は代わってもらう。次の日、早速旅の僧がやってくると、
住職になりすました六兵衛。 僧の前に座ったきり口をきかない。
旅の僧は住職が無言の行をしているのだと勝手に思い込んで、身振り手振りで
問答をしようする。自分の胸の前に、指で小さな丸を作って前に突き出すと、
住職に成りすました六兵衛、若い僧を睨み付け、両手を大きく動かして円を書く。
(字数制限のためカット 2012年2月26日)
・・・・・・・・
2884, 被膜で隔てられて
2009年02月26日(木)
        「ことばの顔」ー鷲田清一    中公新社
被膜に隔てられてー ミッシェル・セールの哲学
ーもし君が身を救いたいと思うのなら、君の皮膚を危険にさらしなさいー
何気なく読んでいたら鋭い指摘に、深く納得。
  ーその一部をまとめてみるー
 私たちは傷つくことを深く恐れているらしい。いつも被膜越しに、
防禦壁ごしにものに、出来事に関わろうとする。関心がないわけではない。
強く惹かれるけれど、それにふれて、ぶれてしまうことを恐れるのだ。
そう、火遊びをこわがるのだ。とりかえしのきかない痕跡が残ることを
怖がるのだ。TV、ビデオをまるでマジックミラーをのぞくかのように、
まるで透明人間のように、他人のプライベート空間に入って行きたいと思う。
あるいは殺人事件の現場、他人のセックスを身近でみたいと思う。
 それも自分がその場に身体をもつことなく。
・ホラーや怪奇のビデオは今も人気がある。 バラエティ・ショーも、
 この場合は、自分も実は観たいし参加したいが、画像を通せば簡単に
 参加した気分になれる。
・TV、インターネット、携帯電話、など全てが被膜を通している。
・透明ラップ ー>スーパーの魚や肉も同じ。調理済みにしパックされている。
 私たちは、自分の皮膚をさらさない、避難所に立てこもったままで、しかし
 他者に、異物に関わりあいたいと願う。いや、現代ではその被膜こそが、
 唯一の対象なのかもしれない。物ではなくて媒体そのものが最初の、異物と
 思われない異物なのかもしれない。そうすると、他人でも物でもなく、媒体
 という遮蔽膜が私の環境になっているかもしれない。セールは、(内部)を
 皮膚という表層の効果としてとらえた人だ。皮膚と皮膚とが接触するところに
 〈魂〉が生まれると考えた。唇を噛みしめる、額に手を当てる、手を合わせる、
 括約筋を締める、そうすると〈魂〉が生まれる、と。そう〈魂〉をさらした
 ゲームの中で、ひとはじぶんの存在に触れる。そう、傷の中で、時間がなにか
 のきっかけで思い出したように疼かせるあの傷の中で、そう、負った傷だけ、
 たしかに〈わたし〉は存在する。少なくとも「美には傷以外の起源はない」。
 そういったのはジャン・ジュネである。
 ーー
 以上だが、中高年になって人生を振返ると、この言葉の深さが思い知らされる。 
最近になって、傷の痛みが深く疼く。嫌な記憶がフラッシュのように蘇る。
しかし、その痛みの分だけ〈わたし〉は存在してきたのである。
〈魂〉をさらした分だけ、自分は生きてきた。 そして、その痛みに疼くこと、
それが生きていることになる。情報機器で私たちは何時の間にか囲まれてしまい、
我が身を危険にさらすことが少なくなっている。それが、自分自身の真の危機
であることをしらないで・・ そういう私も年齢を重ねるごと(皮)膜が厚くなる。 
それが老いるということなのだろうか? この恐慌で世界中が情報機器の便利さも
重なり、内籠り傾向になってきた。それが実は恐ろしいことである。 
充分に皮膚をさらした後なら、まだ良いが。中年クライシスや、初老性鬱病は、
その過剰や過小を起因とする。 充分すぎるぐらい曝してきたか? 
こんなものか? 傷の疼きに聞いてみよう!
 ・・・・・・・・・
2008年02月26日(火)
2519, ジム・ロジャーズの講演 −1
2年前にジム・ロジャーズの本を二冊読んだが、なかなか面白い。
その彼が日経新聞の主催の講演会で述べた内容が、この日曜版に載っていた。
 大まかの内容をまとめてみた。 〜世界の大きな流れとして、
*21世紀は中国の時代。= 中国で何か問題が起きたときは投資のチャンス。
 20世紀はアメリカの、21世紀は中国の世紀。娘は完璧な中国語を話せる。
 2003年生まれの娘にとって一番身に付けさせたいスキルだったので覚えさせた。
*アメリカ離れ進む= 私の娘はアメリカドル預金を持っていないし、私も資産を
 ドルから撤退させるつもり。株式もアメリカ及びアジアで現在株価は下っている。 
 配当利回りなどいかなる指標を使ってもアメリカの株式は割高。
 3〜4年周期で上がったり下がったりするだろう。短期売買で儲ける
 人々もいるだろうがすすめはしない。
*日本株= アメリカ株に投資するよりは良いので多少持っているが、
 アメリカの影響を受けない会社に投資したほうがいい。アジアの 水・農業
 関連また中国人の観光に関する会社ならアメリカの影響を受けないので有力。
 私は日本では高齢化関連の会社、幼児関連の会社などをもっている。日本の商品
 のブローカーはこれからリターンが楽しみだ。日本は現在少子化対策をあまり
 していないが、やがて少子化対策に動くと信じ幼児関連の会社に投資している。
      (字数の関係で中間カット11年02月26日)


5095,悪夢の21世紀 ー3

2015年02月25日(水)

   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜③  佐伯啓思著
(7・A)
≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で
成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。
しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを
枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て
生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。
主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す
ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ
など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば
分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された
ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを
参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も
強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。
アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは
「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、
世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。
2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて
ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて
アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」
となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。
アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」
を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、
自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と
見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この
近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、
アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが
1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。
▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、
 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を
つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り
処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって
各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、
そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが
国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、
イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、
ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。
偶然だが、以下の文章につながる! 
・・・・・・
4730,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー4
2014年02月25日(火)
 * 口ーマ帝国の繁栄と共通する国際巨大資本 〜�   
       ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 少しテーマと違う内容だが、国際巨大資本が、ますます肥大化をしている
反面、その恩恵を受けてきた新興国も変調の兆しが出てきた。巨大資本と
ローマ帝国の繁栄と衰退を類推して、その将来を見通すと・・ーその辺りからー
《 ローマ帝国が衰退した第一義的な原因は、ゲルマン人の侵攻とされています。
 しかし、その背景をより深く洞察すれば、�ゲルマン人に国を取り囲まれて、
新たな領土の獲得が困難となったこと、�その結果、戦争奴隷を獲得できなくなり、
ローマ帝国の経済基盤であった農業が衰退したことーのふたつが、実質的な衰退
の原因となったことがわかります。欧州から小アジア、北アフリカまでを制覇した
巨大帝国は、ゲルマン人の武力ではなく、自らの経済力の弱体化によって歴史から
姿を消したのです。 この構図は、現代の国際巨大資本が、新興国や途上国で
資本主義の領上を拡大している姿と似ています。欧米の巨大資本は、労働力の
安い新興国や途上国に工場を設け、安価な製品を先進国に送り出すことによって
巨額の利益を上げてきました。
 ローマ帝国が領土を拡大できなくなってから衰退したのと同じように、
労働力が安価な国を追い求めるフロンティア開拓式の資本主義は、いずれ限界に
ぶつかります。実際に中国では、急激な経済成長によって沿岸部では人件費が
高騰しており、価格を武器に輸出を拡大することが難しくなりつつあります。
 また、「リーマンショック」による世界不況で、欧米の消費は冷え込み、
先進国への輸出によって高成長を実現してきた新興国や途上国は、かつての
高成長を保てなくなってきました。これらの国々に工場を建設して製品を輸出
していた欧米の巨大資本も、同様に成長を保つに四苦八苦しています。
農産物の生産が立ち行かなくなって崩壊に追い込まれたローマ帝国と同じように、
国際巨大資本も"国際分業体制"というビジネスモデルの限界にあと10年か20年で
到達しようとしている。時代や場所が違っても、同じ状況と条件がそろえば
歴史は繰り返すのである。・・・ 》
▼ 世界はアメリカによって実質支配されており、グローバル化などは、
 アメリカ規格の基準の順守を前提としている。情報化によるネット世界も、
その大元はアメリカが握っており、おお方がコントロールされている。
近代化=西欧化だが、それが果たして幸福を意味するか?というと、どうも
おぼつかない。金=神では、幸せになれる訳がない。 私自身を振り返ると、
一日の三分の一以上は、テレビかパソコン生活。確かに面白く、便利だが、
少し不自然。スポーツジムや、電動アシスト自転車にしても、これまで無かった
マシーンを使った文明のリキ。せっかくだから、使わない手はないが、
それに比例して幸せになったかというと疑問である。しかし、私自身、
毎日が面白く、楽しく、時間が足りないほどで、一日がアッという間に
過ぎ去るのも確かで、近代化の恩恵を充分に受けている。 
 幸不幸は、近代化が云々の問題ではなく、生き方の姿勢の問題である。 
現代のローマ劇場が情報機器ということか。
・・・・
4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー7
2013年02月25日(月)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話
 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の
ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の
思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。
≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を
 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の
食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。
その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、
最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが
美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、
義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。
隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、
食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、
「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、
義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから
美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、
その人も納得していたという。≫
▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、
 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、
【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を
用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、
スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から
高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、
いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや
死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを
飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 
読書を薦めてくれる人はいなかった。
・・・・・
3988, 閑話小題 
2012年02月25日(土)
 * アマゾンの「なか見!」が良い
ネットの立ち読みとして最近、アマゾンのサイトの「なか見!」
を覗いているが、これで本一冊の半分以上の情報を得ることが可能。
その上に類似本が自動的に紹介されるので次々とチラ読みができる。
さらに、読者からの感想投稿文の要約が幾つかある。iPadで月々450円を
払うと多くの週刊誌や月刊誌を立ち読みでき、毎日の楽しみの一つである。 
その何冊かはバックナンバーをダウンロードすることが出来る。
バックナンバーでも、コラムとか、趣味のコーナーに面白いのが多くある。
去年の春にリタイアーし、気持ちに余裕ができ、腰を据えてネットや書籍を
読む環境が出来たのと、40数年の縛りから外れたのが大きい。
アマゾンのチラミの「なか見!」も、慣れてくると濃厚な読書タイムになる。 
あらためて「本はすごい!」「ネットはすごい!」と、実感する。
本屋の立ち読みをネットで可能になるのである。図書館と、近くのSCにある
蔦屋の書籍コーナーと、アマゾン内の書籍検索が、現在の私の情報収集の
ネットになっている。 ネット上に、まだ知らない有効なサイトが溢れて
いるのだろうが、私のレベルでしか、有っても、理解できないことも確か。
その人の経験と知識の範囲でしか、物事は理解できない。
だから好奇心と実行力が必要になる。
  * 生涯単身者
 私の従兄弟と私の兄を含めた17人のうち、早死にした私の兄三人を
除いて14人が結婚している。兄三人は既婚年齢を超えないで亡くなったので、
全てが既婚といえる。しかし私の息子を含めた甥っ子が9人にうち未婚が4人。
これから一人が結婚しても、三分一が生涯未婚の可能性がある。50歳まで
未婚の人の割合を「生涯未婚率」というが、1985年までは1〜3%で推移
していたのが、5年後の1990年に二倍の5・6%、2005年には16%で
6人に一人の割合に、現在30歳が50歳になる2030年には男30%が、
女22%と予測されている。今までの家族単位に重きを置く社会通念が、個人
単位になり、生活もコンビやスーパーで調理品や日用品を手軽に買うことが
出きる。目先、結婚する必要性がないのも大きな要因になっている。
ペットの犬は、子犬から飼わないと飼い主とはシックリいかない。
人間も同じで、適齢期を超えた者同士は、丁度良い相手と出会う確率は
歳を重ねるごとに低くなる。 30歳前後の男女と、40歳を超えた
男女とは、相性が年々悪くなっていく。
 ・・・・・・
3623, 日本人発明の食べ物
2011年02月25日(金)
 カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを
作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、
手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために
天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。
カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。
これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、
インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる
ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に
浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに
アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に
日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。
 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。
日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が
つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、
15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食
として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。
酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。
古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに
変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。
 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に
サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。
外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは
日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、
上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。
 ・・・・・・・
3258、日米「振り込め詐欺」大恐慌 −1
2010年02月25日(木)
 日米「振り込め詐欺」大恐慌 
   ー 私たちの年金・保険は3分の1に削られる  副島隆彦/著
[要旨]オバマ大統領は2年で辞任し、世界は緊急の金融統制体制(預金封鎖)
に突入する。日経平均は4500円を割り込んで最安値を更新。金(ゴールド)
も買えなくなるから、今のうちに金にしがみつけ。
これから2012年までに何が起きるのか?
「9.15のリーマン(破綻)ショック」を事前に言い当てた著者の提言。 
年金などもらえると思ってはいけない。ドルは大暴落し、日本もアメリカと
一緒に沈む。暗黒の世界に突入して以後の3年を予測。
 ーカバー裏
・ 米国債とドルの大暴落でこれから「アメリカ発の世界恐慌」が始まる
・ オバマ大統領は2010年にドルを半値まで切り下げて辞任する(後はヒラリー)
・ FRBと米国務省は今から2000兆円のドルを刷り散らす
・ アメリカの「振り込め詐欺」(ネズミ講)で日本の700兆円が奪われた
・ 日本の年金資金の半分が吹き飛んで、もう年金は3分の1になる
・ NYダウ平均は3000ドル台へ、日経平均は4500円を割り込む    
・ 大銀行、大証券といえども潰れないという保証はなくなる
・ 日本も緊急の金融統制体制(「預金封鎖」)に追い込まれる   
・ 金(ゴールド)もいずれ買えなくなる
  〜〜
 この本は、去年の4月30日に発刊されている。アメリカの執拗な日本に対する
謀略は、著者が言うとおりになっている。鳩山の脱税容疑、小沢の政治資金問題で、
元秘書の逮捕など、あまりに露骨な日本攻撃である。ここで、さらにトヨタの
狙い打ち。そして、裏ではアメリカ国債の押し付けが行われている。
そのアメリカは、何処も買う余力がないので、日本にアメリカ国債を買うように
執拗に迫っている。それが、アメリカ「振り込め詐欺」である。
実際のところ、何処が違うのか? 同じである。
・・・・・・・・
2883, 現在のクラッシュは全面事故そのもの
 2009年02月25日(水)
 「現代思想」ー金融恐慌特集ー の中で、
都市学の研究家が、スリーマイル島や、チェルノブイユ原発事故などを
取り上げている仏国のジャーナリストが、今回の金融危機を一連の原発事故と
同じ視線で捉えているところが新鮮である。「歴史」の加速現象が、これらの
重大事故の主要な原動力として捉える。 これらは偶然ではない。
「歴史の加速」より、現実的なものへの加速への移行ではないかと。 
このことを「進歩」という。我われは、「現実主義」の時代を生きているが、
一歩ふみこんで「瞬間の時代」に入ってしまった。このような「できごと」を、
切断という特異《唯一無二》の出来事の分析をすることを勧めたい。
《事故》は一つの発明であり、創出された作品である。「金融活動」は
一つの仮想世界を創出した。しかし、これも現実の一部。この仮想世界は、
植民地に喩えることが出来る異邦性の一形態である。移住可能な遊星の神話。
今回の金融クラッシュの被害者は、サブプライム・ローンをかけた人々である。
彼らは住拠を失いつつある人々である。金融クラッシュは、国家そのものを
不安定にしつつあり、株価や土地などの価値を落としていく。我われは未来の
生きられなくなってきている。そこで、現在しか生きられないが、現在にさえも
生きられなくなっている。それが我われが現在経験していることである。 
これは、原発事故が現に起こったときと同じこと。人は「起きていること」
を見抜かなければならない。無理解は恐れを大きくする。
私たちには恐れている暇など与えられていない。最も恐れるべきは、生活の
全領域まで及ぶ、個人的で内密的やる気無さです。
あれやこれや、個人として行うことに及び腰になることである。
ーーー
解)解ったような解らないような内容だが、要は地球全体に大きな影響を及ぼす
 大災害と捉え、割り切って手を打つべきということ! とにかく次の爆発を
最小限にし、多くの教訓を吸収すべきである。従って、チュルノブイユ原発事故
と同じく二度と起きないように原因を展覧すべきである。ところで、昨日の昼飯
で寄った喫茶店にあった「週刊ポスト」の中で‘たけし’が「今回の大不況は
災害だから、派遣切りにあったホームレスに仮設住宅を与えろ、っちゅうの!」と、
のたまっていた。もしかしたら、誰かが知恵を与えたのでは?と思ってしまった。
世界を覆った大惨事と捉えれば、日本中に一人当たり1万2千円をばら撒くより、
緊急宿泊施設こそ優先すべきことである。そこで、麻生のズレタ感覚を面白おかしく
茶化していた。職安で、仕事を探しに来た若者を相手に「自分の目的を持って
仕事を探しなさい」と言った世間知らずは、あまりに御坊ちゃまと!今さらだが。
シェルターぐらいは作った方がよい。アメリカは教会が、その役割を果たして
いるというが。


5094,タガメ女の正体  ー⑦

2015年02月24日(火)

       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * タガメ女度チェック
 カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。
まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか!
  ☆ タガメ女度チェックシート
1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる
2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける
3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 
4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール
5.習い事に夢中になっている
6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい
7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地)
8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ
9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。
日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ
10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている
11.結婚願望は強かった(強い) 
12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす
13.アルバムが充実している
14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ
15.ディズニーランドが大好き
16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる
17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる
18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ
19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす
20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない
 ・0〜4:タガメ女度20%
 ・5〜10:タガメ女度50%
 ・11〜15:タガメ女度80%
 ・16〜20:タガメ女度100%
▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 
 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、
タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%?
「このオレに あったかいのは インコだけ」
「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。
・・・・・・
4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3
2014年02月24日(月)
 * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア
が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、
浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分
  統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ
  人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に
  進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」
 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。
・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど
  時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、
 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
  あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」
  要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間
  に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間
  であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長
  社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
  頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、
 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ
  人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。
  しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的
  価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
   ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、
  と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる
  吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に
  すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な
  パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを
  センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。
  妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
  このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、
  パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした
  パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、
  それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。
  砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》
  にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。
  ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。
  家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、
  家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので
  用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。
  頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年
 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、
 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 
 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。
 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? 
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)           
 * 親しい友人は何もしてくれない理由   
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著
 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる
事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 
が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている
≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が
 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような
仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も
伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の
人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに
喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に
資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は
心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人
と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の
向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その
‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫
▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。
 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。
独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、
その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると
《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは
そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは
すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に
存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。
群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって
「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。
半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。
何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす
貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も
必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。
・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか)
2012年02月24日(金)
           宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 
ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒
エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ
でしかない裏ずけがで始めてきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを
今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる
ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか
という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという
のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、
その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、
そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の
星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
  ・・・・・・・
3622, お姥捨てるか裏山へ
2011年02月24日(木)
            「日本の名著名言事典」より ー1
* お姥捨てるか裏山へ    「楢山節考」 深沢七郎著
  ーまずウィキペディアの「あらすじ」からー
 山に囲まれた信州のある村。今年も楢山の歌が歌いだされる季節になった。
村の年寄りは七十になると楢山まいりに行くのが習わし。六十九のおりんは
それを待っていた。息子の後妻も無事見つかって安心したし、山へ行く時の
支度はととのえてある。 済ませることはあともう一つ …。
 −塩屋のおとりさん運がよい 山へ行く日にゃ雪が降る−
自分が行く時もきっと雪が降る…おりんはその日を待ち望む。
孝行息子の辰平は、お供で一緒に行くのだが、気が進まず元気がない。
しかし家計を考えて年明けも近い冬の夜、誰にも見られてはいけない
という決まりで背中に母を背負って楢山まいりへと出かけていく。
辛くてもそれが貧しい村の掟なのであった。ー以下の部分が凍りつくようである  
               ―「日本の名著名言事典」紀田順一郎著より
「お姥捨てるか裏山へ 裏じゃ蟹でも這って来る 這って来たとて戸で入れぬ  
 蟹は夜泣くとりじゃない」 山深い村で昔、年寄りを裏山に捨てた因習がある。
或る時、老婆を捨てたところが這って帰ってきてしまったので、家の者たちは
「這って来た、這って来た、蟹のようだ」と騒いで戸をぴったりと締めて中へ
入れなかった。家の中では小さい子が蟹が本当に這つて来たのだと思い込んで
しまった。 老婆は一晩中、戸の外で泣いていた。その泣き声を聞いて子供が
「蟹が泣いている」と云ったのである。 家の者が「蟹じゃないよ。蟹は夜
泣いたりしないなよ、あれはとりが哺いているのだ」と子供などに話しても
わけがわからないので、そう云ってごまかしてしまったのである。
この村では、白米は年に一度の楢山祭の時や、重病人でなければ食べられない。 
早くに嫁を貰うことは愚かなことで、それは少ない食料が減るからである。
「曾孫が生まれる」のは多産や早熟の者が続いているということで、嘲笑の対象。
老いても丈夫な歯を持っているのも恥ずべきで、食い意地が張っていて、浅ましい
と見做される。この村は七十になった老人は、裏の山へ捨てられる。息子が背板に
老いた親を乗せ楢山に登っていく時に一言も喋らず、後ろを振り返らないが山の掟。
▼ それほど遠くない時代に日本の山間部には、こういう風習があったようだ。
 現在の日本は不況不況と騒いでいるが、実際に、こういう時代が来ないとは
いえないことを知らない。隣国の北朝鮮が、これに近い惨状といっても、現実
としては考えられない。それにしてもリアルである。都会などの餓死などの
孤独死があるが、楢山考と何処が違うのだろう。
・・・・・・
3257, 閑話小題
2010年02月24日(水)
  * つれづれに
 半年に一度位、随想日記、書くネタも何も尽きて呆然とすることがある。
この数日が、それだろう。 そういう直後に多くのネタが湧き出てくることも
経験的に知っている。書き続けることの効果を実感しているから維持できるが、
書く気力が萎えるのは如何しようもない。
  * 消費税のアップ
 今年度の国家の税収が、予算より2割のダウン。90兆の支出に対して37兆の
収入しかないという異常事態。こうなれば、消費税のアップしかない。という
ことで、緊急に「来月から議論に入る」というが、目先の増収の手立てはない。
それにしても、あれだけの綺麗ごとで支出をしておいて、何おかいわんである。
パーセントのアップは、我われの収入が5パーセントダウンと同じことである。
これでは、ますます消費意欲が減る。消費税分を値上げはできないところが
大部分だろうから、恐慌にますます拍車をかけることになる。
5年先は、いや3年先の景気を考えると背筋が寒くなる思いである。
  *政界の再編成が動き出した
 民主、国民新党の自民党切り崩しで、二人が移動し、参院の過半数を確保した。
これで社民党の連立からの離反が時間の問題になってきた。次の仕掛けは、
公明党との連立か、自民党の若手をゴッソリと狙うかである。
  *保険業界の現状
 昨日、取引先の保険会社の社長が来社、少し早いが長岡まで車で送ってもらう。
保険業も3〜4社の大手の寡占化が始り、弱肉強食が鮮明になりつつあり、保険の
オバサンや、中小の保険会社の淘汰が激しくなるという。5年で200万人が40万人
に激減し、保険屋難民が彼方此方で溢れるとか。 何処も同じである。 
・・・・・・・
2009年02月24日(火)
納棺師ーおくりびと
 米ロサンゼルスで行われていた「第81回米アカデミー賞」の外国語映画賞
部門にノミネートされた「おくりびと」が外国部門賞に決定した。 この映画の
概要といえば、ひょんなことから遺体を棺に納める“納棺師”となった男が、
仕事を通して触れた人間模様や上司の影響を受けながら成長していく姿を描いた
作品である。10年ほど前に長岡市内の叔母が亡くなった。分家でもあるので
葬式の主催者として準備を手伝うことになった。たまたま喪主の弟の知り合いが
葬儀場の担当者で納棺師であった。納棺師という職業に興味をもって、色いろ
たずねたところ、転職の経緯から、納棺師からみた色いろの人生模様を詳しく
聞くことができた。 以前に火葬場の火夫の手記を読んだことがあるが、
納棺師の話は初めてである。 印象に残ったまま書いてみると
・小さな子どもが亡くなった葬儀は、正視できないほどの哀しみが満ちている。
(字数制限のためカット 2012年2月24日)


5093,タガメ女の正体  ー⑥

2015年02月23日(月)

      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 〜深尾 葉子(著)
   * カエル男度チェック
  有難いことに、タガメ女と、カエル男度チェックシートがある。
まずは、☆カエル男度チェックシート  ( )内は、私自身のチェック
1.パートナーや家庭を大事にしている  (○)
2.周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられる(?)
3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」の言葉がでている(×)
4.住宅ローンを組んでいる(×)
5.月の小遣いは一万〜三万円と決まっている(×)
6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは
 憂鬱というよりもウキウキしている(×)
7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×)
8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×)
9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(?)
10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(?)
11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(○)
12.部下の指導力には自信がある(?)
13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(×)
14.酔うと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言う(?)
15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(?)
16.渡辺淳一の小説が好きだ(×)
17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をいう(×)
18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(×)
19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(×)
20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(×)
 ☆ あてはまった項目の数で、
   0〜4:カエル男度20%
   5〜10:カエル男度50%
   11〜15:カエル男度80%
   16〜20:カエル男度100%
(?)を0・5として加えると、私のカエル度 30%? 
  主観と傍目は違う? だから共生していける!いや、共演? 実演?
・・・・・・
4728,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー2
2014年02月23日(日)
  * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 時代はバブル崩壊辺りから変わってしまった。と共に人間の生き方も、
ここで大きく変化を始めてきた。資本主義の論理の限界もみえた中で、
貨幣に縛られ振り回されている枠を見直そうという動きも出てきている。
先進国といわれてきた人たちと、後進国といわれる地の人たちの文化と、
果たしてどちらが優れているか? それが構造主義である。  
 ー以下の解釈が、明快であり、納得できるー
《「脱コード化」社会においては、貨幣が王に代わって社会の頂点に
 君臨するわけではありません。貨幣は、頂点と底辺の間(言いかえれば
「王座」と「世俗」の間を行ったり来たりと、めまぐるしく回転運動します。
人々は貨幣を追い求めるため、それを資本として活用することで商品や
サービスに換え、より多くの貨幣を手に入れるという生産活動を繰り返す。
「もっと豊かに」「他人より幸福に」という人々の思いに突き動かされて、
貨幣は資本となり、資本はさらに貨幣を生み出し、それが資本として再投下
されます。貨幣はそのような無限の運動を 繰り返すのです。
このように、貨幣が「王座」と「世俗」の間をぐるぐると回り続ける様子を、
浅田彰氏は『構造と力』の中で、「クラインの壺」をモデルに使って解説。
「クラインの壼」とは、境界も表裏もない壺のことです。 
実際の三次元世界では存在しえない形状ですが、円錐形である「超コード化」
社会との対比として、動的な「脱コード化」 社会のイメージを明確化
するために、このモデルを採用した。ここで注目したいのは「脱コード化」
社会においては、「貨幣が、人間の欲動をクラインの壷における反復運動の
エネルギーに転換させることによって、秩序を維持するための装置として
機能している」ということです。・・・
 ここの狙いは、哲学的な「ものの考え方」や「もののとらえ方」を身につけ
「経済予測」に生かす方法を説明することにある。・・現代の資本主義社会は、
人間がお金によって動かされ、生かされる社会であり、人間が幸福になれない
理由はそこにある、という話をしました。では、どうすれば人間は幸福に
なれるのでしょうか。そのひとつの答えとして、浅田彰氏が『構造と力』に続く
『逃走論』で提示するのが、「パラノ」人間から「スキゾ」人間への転換です》
▼ 最近、シルクロードの一つの村々の人たちの姿と、アメリカの都会の人たち
 の姿を比較すると、果たして彼らが先進をしているか疑問に思わざるをえない。
フンザの老人と子供の澄んだ姿と、あのファッションの姿を比べれば一目瞭然。
アメリカの主軸通貨のドルと、米国債を、貨幣と資本に当てはめると面白い。
アメリカ資本が二種類の紙切れで世界を牛耳ってきたことが見えてくる。
その循環の大元を握っていれば、紙切れの発行をするだけでモノが手に入る。
パラノ人間が、スキゾ人間から、ものを収奪してきたのが人類の歴史といっても
過言ではない。ブータンのように、地政学的に隔離されていれば、それはそれで
良いが。だから、生き方として、実社会人の時は、パラノ型で、50歳を過ぎた
辺りから、スキゾ型になる、そのため定年がある。森からサバンナである。  
・・・・・・
4361, 嘘と真実 −2
2013年02月23日(土)          
    「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著
  * うそつき 
 この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。
この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、
自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。
特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく
ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈
をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。
だから生きていられることもある。
ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と
 いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。
「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 
          《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》
「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」
          《犯罪者の起点は、ここから始まる》
「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」
          《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》
「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。
           うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 
          《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》
「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き
 たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の
 自己欺まんを代弁することもある」
 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。
これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」
 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 
                 現在の国内政治にも心当たりあり! 》
「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」
          《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》
「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」
          《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》
「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が
          ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》
「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」
「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい
 ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係
 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》
「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、
          正確な歴史的事実など重要ではないということもある」
「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの
 でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断
 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」
         《リアルのウソが効果ある》
「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、
 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、
「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。
「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として
 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を
 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、
 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。
▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、
 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 
本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、
本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。
利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。
 ・・・・・・・
3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3
2012年02月23日(木)
 ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。
≪「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段
 になって、買ったものが買い物袋に入っていない(しかも10万〜15万円分
足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・
セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで
契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。最近は、成人病でポックリという
のが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる
確立は2割である。それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打
をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。(詐欺的)要素を持った商品を
セールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社ビルが
立派なのは、顧客を信用させる小道具のため。国家予算と保険の売上が同額
というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。
ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の
岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める
  ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条
一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう 
二、加入は必要最小限、を心がけよう
三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する  
四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ
五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けは避けよう
六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう  
七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう 
◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされた。
 それが保険勧誘員。「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」
と勧誘されたと嬉しそうにいう。「典型的保険セールスのキャッチじゃないか。
カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったん
じゃなだろうな」と、私。 断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。
保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも法律の限界を
守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。
マスコミも広告もあるので、それに触れない。私の両親は、数千万はゆうに
払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に
食い物にされていた。
・・・・・・
2881,アメリカの住宅金融の惨状とは −2
2009年02月23日(月)
 ーサブプライム金融恐慌の構造と意義ー伊藤 誠  −2
                   (現代思想ー金融恐慌特集)
ここで著者は二階の建物で、このサブプライムローンを分かりやすく説明。
1Fが、借りてと貸しての間の第一次住宅金融市場をめぐる問題
2F が、一階部分で形成された住宅抵当権を集めて抵当担保証券として束ね、
 販売し取引する第二次市場の問題としている。
ここでは書かれてないが、隣のビルに格付け会社があり、隠れ通路でつながる。
格付け会社の直ぐ上の階には保険会社があって、そこが保険をかけることで
格付けを上げる仕組みになっている。そして、それを世界の金融機関に
ばら撒いていったのである。本人たちはプロの金融マンという自覚だったが、
その実態は態の良い詐欺でしかなかった。本人達の何割かは気づいていたが、
とにかく歩合を稼ぐことしか頭にない連中であった。特に世界を壊滅的に
までしたのは2Fにおいて重層的証券化をしたことに関わっていたことである。
 −−
 このように視覚化して、この問題を考えると分かりやすい。この問題の性質が
悪いのは、2Fの連中が、一階に御客を選ばず住宅を売りつけを推奨したこと。
1Fのものにとって、誰でも良いといえばホームレスにさえ住宅を売りつけた。
更に、住宅の値上がりを前提として、車のローンまでつけていたのである。
その毒に変わる可能性のあるサブプライム・ローンを、他の債権に一割の割合で
混ぜて束ねて売ってしまったから、他の9割の債権まで、腐った債権になって
しまったことは、何度も書かれてきたことだ。その債権は、世界中の金融機関、
そして資産家、中産階級の資産運用として売られ不良債権化しつつある。
この金融恐慌は、世界恐慌に発展・転化するだろうが、「世界恐慌」を専門と
する学者は、1929年の世界恐慌より遥かに大きい者になるという。
この恐慌は三年にわたり深化して、株価の暴落に続き、銀行恐慌の三次にわたる
波状的な大波に見舞われ、アメリカの全銀行の四割の倒産、失業率25パーセント、
デフレスパイラル、世界農業恐慌、再建金本位制による国際通貨体制の崩壊、
国際貿易の収縮、経済生活の崩壊をもたらした。
今回は、これに近い、それ以上ではないかという恐怖が広がり始めている。
しかし、日本の巨大なバブルの破裂、アジアの経済危機、ITバブルの破裂に
加えて、今回の経済危機でも何とか大崩壊が現在でも免れているのは何故? 
諸説あるが、今度考えてみる。
・・・・・・・・・・
2008年02月23日(土)
2516, 人は何年先に標準を合わせるべきか?
                     (。´_`)ノおはぁ。
以前、経営セミナーに通っていたとき、
ー短期目標は5年先に焦点を合わせて現在の戦略を立てるべきである。ー
という言葉が印象的であった。しかし、それを実行しただろうか?というと
非常に疑問である。9・11事件など思いもよらない事件が起きるご時勢だが、
逆に5年というと、読めるのではないだろうか。現在の世界情勢と日本情勢
からみて、この5年間は間違いなく大乱である。根っ子は情報化を起因とした
グローバル化からくる、民族、国家などの既存の体制の崩壊と、創造が始まる
からである。 その意味で、それぞれが選択と集中をした生き残りをしなければ
ならないのである。 まずはアメリカと中国が大きなポイント。

人間にとっても5年先を読んで現在は何をすべきか考えるべきである。
大方の人は7年と、10年か、どちらかがサイクルである。
それは、その人によって違ってくるが、7年をサイクルとするとき3年、5年を
中で切るとよい。「へ」を7年とみると、三年が右上がりで、4年が下がりになる。
これは商売を始めたときの目安となる。 だから、売り上げや利益を維持しよう
としたら翌年から新たに「へ」の字の初年目を始めていなければ三年目のピークを
維持が出来ない。毎年、創業を始めるような革新をしなけらばということ。
「日々新たに」革新してないと現状維持が出来ないということである。
その辺を、しっかりと見極めてないと、右下がりから逃れることが出来ない。
これが意外と出来ないのである。50歳の人だったら57歳の自分を想定して、
現在何をすべきかを考えなければならない。60歳でもよいが・・・
私の場合は+7年=69歳の自分、そこから逆算して現在は何をしたらよいか
考えるべし!ということになる。 それもこれも、どうでもよいか?
という声が、聞こえてくるが!


5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー②

2015年02月22日(日)

   *  『悼む人』が良かった ー②
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、
私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。
小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ
育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。
5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。
家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。
 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては
いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 
 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。
それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。
 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 
後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている!
『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。
 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、
 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。
撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、
失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、
『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、
  確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』である。
その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。
中原中也‘帰郷’の一節「 ああ おまえはなにをして来たのだと…
吹き来る風が私に云う」が、心の底から私に語りかけてくる。
その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」
 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。
・・・・・・
4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」
2014年02月22日(土)  <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 >
   * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり  
 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。
これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに
気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー
《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。
 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・
 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた
 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を
 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、
 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》
▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、
 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、
 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の
 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が
 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。
 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が
 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。
 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。
   * 記憶のモザイク
 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに
入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 
その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある
写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を
思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に
戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、
同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な
それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、
広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。
自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。
「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、
現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、
検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である
当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える
ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが
印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、
痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、
ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。

・・・・・・
4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ
2013年02月22日(金)
  * 久々の百均ショップ
仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ
を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で
一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、
材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を
紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、
この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから
欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。
子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。
で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、
出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。
成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は
私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。
ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので
衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の
ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。
   * 久々の夢の中の母
 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。
それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。
夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では
呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が
母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から
特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、
あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる
たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを
見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、
そこに戻っていくのか。
・・・・・・
3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2
2012年02月22日(水)
 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される
のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 
彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、
3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに
誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。
愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、
家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、
後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。
それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一
も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ
(文春新書)  岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する
【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、
  決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、
 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70)
* 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、
 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に
 関して理解していない。
 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを
  張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を
 販売してきた(p.43)
 ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、
 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、
 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46)
 ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が
 あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189)
 ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 
  1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障)
  2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障  
  3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】
* 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 
 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした
 タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、
 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても
 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。
  ・・・・・・・・                                           
3620, ちょいとした 小話
2011年02月22日(火)
  経済学会にて、ある重大な定理について、多くの質問があった。
 イギリス人: 「その定理は経験によって裏付けられているだろうか?」
 ドイツ人 : 「その定理はいかなる基本定理から演繹されたものであるか?」
 フランス人: 「その定理をフランス語で言ってください」
 日本人  : 「あなたの先生は有名ですか?」
   ――
 ・賢い男 + 賢い女   = ロマンス  ・賢い男 + アホな女  = 妊娠
 ・アホな男 + 賢い女  = 不倫    ・アホな男 + アホな女 = 結婚
 ・賢い上司+賢い部下=業績順調・賢い上司+アホな部下 =余剰人員即削減
 ・アホな上司+賢い部下=能力主義昇進・アホな上司+アホな部下=長時間残業
 ――
  なんでもゲームにしてしまう夫婦がいた。何事につけ勝負を競い、
たがいに掛けあうのだ。その結果、夫は常に欲求不満だった。というのも、
結婚して以来彼は妻に一度も勝つことができなかったからだ。だが夫は自分が
負ける心配のないゲームを思いついた。子供の頃よくやったオシッコ飛ばしだ。
壁に向かって、どちらが高くまで飛ばせるかというあのゲーム。
構造上からいって、自分が勝つことは確実だった。「さあ、ごらん」彼が言った。
「あの壁に向かってオシッコをするんだ。高くまで飛ばしたほうが勝ちだ」
「分ったわ。面白いゲームね。私に先にやらせて」妻は足を広げ、スカートを
まくりあげて狙いをつけた。壁の約二十cmの高さの所に彼女の痕がしるされた。
「よし」男が言った「今度は俺の番だ」彼がジッパーを引き下ろし、モノを取り
出して準備を整えたとたん妻が声をかけた。「待って。手を使うのはナシよ」
 ・・・・・・・
3255, 「都市主義」の限界  −1
2010年02月22日(月)
  「都市主義」の限界 養老 孟司 著    〜読書日記
 ーまずは、概要となるポイントの文章を書き出してみたー
*仮想社会とは、ネットやTVなどのバーチャルなものではなく、我々の脳内に
 作られた社会(=都市)であり、脳による判断のみで社会を構築していくこと
 への恐怖が伝わってくる。「戦後社会の変革を、私は『都市化』と定義してきた。
・・ 戦後の日本がいかに都市化されたか、それがいかに行き過ぎたか、それは
 もはや歴然としている」 『都市化』を脳化ともいう。 都市の全ての物は
 脳が作り出した意識の産物であり、それと対局にあるのが都市生活者が全く
 意識の及ばなくなった自然である。 日本もヨーロッパもアメリカもその状態
 にあり、現代社会に起きるありとあらゆる問題はそのことに帰結するという。 
 少子化に決定的な解決がないのは、子供は「自然」である、と著者は主張。 
 自然は都会で排除されるものである(子供も然り)という。また、都市で起こる
(悪い)ことはすべて「他人の所為」という視点があるからだ。
*文化大革命では「批林批孔」を行っていた。このとき、中国の二大思潮は
 儒教と老荘思想であり、「文化大革命=老荘思想」「中国旧体制=儒教」
 なのだとおぼろげに感じた。「都市主義」対「田舎主義」として、儒教対老荘
 思想、文化大革命も説明している。
*日本で学園紛争がおきたが、同時に中国では文化大革命が、フランスでも
「ラテン区」の騒動がおきている。これらの学生の動きが世界で同時におきた
 のはなぜか? それを氏は「都会と田舎の対立」だったと規定する。
 都会化するためにはエネルギー供給が不可欠である。そのころ石油が安価に
 供給できる体制が整ったことにより、世界中で都市化が急速に進展した。
*急激に進展する「都市化への反応」が世界各地でおきた学生の反乱だった。 
 当時の運動は、反体制を標榜した。 体制」とは、「人間が意識的に作り
 出したもの」である。しかし、当時の若者自身が「田舎」を引きずっており、
 大学は「封建的」で「田舎」的。当時の若者は「都会」的であることを志向
 して「田舎」的である大学に反発、同時に彼らは「都会」主義に反発もして、
 文化大革命の「田舎」主義にも共鳴した。
▼ なかなか、面白い切り口である。多くの国ではの人口の三分二が大都会の
 周辺に住んでおり、その半分〜三分の一が首都圏に住む。東京都民の増加が
止まらないで、何時の間にか1300万人を超えてしまった。首都圏には大よそ
三分一が住んでいる。彼等は、異常な位にそれ以外に住む人を「田舎もの」
と差別。 自分たちは文明の最先端で文化的な生活をしている。
 彼方此方で催事があり、それに触れる機会が多いのは事実だが、不自然な
生活環境である。 「都会人が優位という感情が、目くそ鼻くそを笑うレベル
でないことは学生時代から認識をしていた。そこで産まれ育った人の固定観念は
想像を絶したことを知った。機能を優先させて不自然な環境に住んでいることが
自覚できない。偶然に、下記の同月同日の上海のターミナルの文章が間接的だが、
同じ問題を提起している。    ー つづく
・・・・・・・
2880,上海のバスターミナルにて
2009年02月22日(日)
 19日の「NHK・BSの世界のドキュメンタリー」が、迫真に迫っていた。
今年の中国の正月にあたる「春節」に、上海で撮られたもので、中国の出稼ぎ
労働者の現状を生々しく追ったもの。ーその部分NHKのHPの番組紹介からコピー
《 再訪・上海バスターミナル 〜不況下の帰省ラッシュ〜 》
 中国の人々が年に一度、故郷の家族と水入らずで旧正月を祝う「春節」。
NHKが2年前に取材した、好景気に沸く上海の長距離バスターミナルは、春節の
直前90万人もの帰省客が押し寄せ大混乱に陥っていた。人々は貧しいながらも
明日への期待を膨らませていた。しかし今年のバスターミナルは、打って変わり
閑散としていた。世界経済危機の荒波を被り、出稼者の多くが仕事や生活の基盤
を根こそぎ奪われ、すでに帰郷していたのだ。それでも大晦日のターミナルには、
追いつめられながらも故郷で春節を迎えたいと願ってやまない人々の姿があった。
バス代を工面するのがせいいっぱいで、土産も買えず身一つで帰省する農民工。
給料が支払われず、妻子だけを帰省させて一人上海に残る工員。故郷に残した
我が子に会いたくて、リストラされた夫の反対を振り切って来た母親。
(字数の関係でカット2012年02月22日) 
・・・・・・・
2008年02月22日(金)
2515,  iMacの感想! −2              オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー
 Macを買ってから一月ほど経つ。
これを入れてから2週間もしないうちに4棟のホテルのロビーに6台、
事務所に二台、自宅も含めて9台を導入した。とにかく画面が綺麗なことと大きい
ことでパソコン環境が一変した。そのキッカケが年に数回事務所に訪ねてくる知人が
三年前のパソコンを見て「そんな古いパソコンを使っているのは如何なものか?」
といわれたことである。何かピンとくるものがあり、直ぐ近くある「ヨドバシ
カメラ」に、パソコンを見に行ったところ、最新のオールインワンの「iMac」
を見て気に入り、即座に事務所に一台入れた。旧来のノートパソコンの隣で比較を
してみて驚いてしまった。   (字数の関係でカット2010年02月22日) 


5091,閑話小題 〜『悼む人』が良かった!

2015年02月21日(土)

   * シネマ、 『悼む人』が良かった!
事故現場で、地に躓き、右手を頭上に挙げ空中に漂う何かを捕らえるように
自分の胸へ運ぶ。左手を地面すれすれに下ろして大地の息吹をすくうかのように
胸へ運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす青年…
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
悼むことは、愛を憶えておくことだ!どんな人にも、様々な愛のカタチがあると、
作家・天童荒太の直木賞受賞作『悼む人』を堤 幸彦が映画化したもの。
 イスラム国とか、奇妙なテロ集団が殺伐とした殺人を公開している現在、
ベストのタイミングの内容である。 〜まず、映画サイトのブログより
≪ 天童が『悼む人』を書くに至った発端は、2001年、9・11同時多発テロ事件、
 およびそれに対する報復攻撃で多くの死者が出たことだった。これらの悲劇
だけではなく、世界は不条理な死に満ちあふれていることに改めて無力感を
おぼえた天童に、天啓のように死者を悼んで旅する人の着想が生まれた。
彼は実際に各地で亡くなった人を悼んで歩き、悼みの日記を三年にわたって記し、
その体験を元に2008年、『悼む人』を刊行した。そして2011年、日本は再び
大震災に見舞われ、我々は改めて不条理な死と向き合う事を余儀なくされた。
 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。ふいに目の前から消えてしまった者に対して
誰もが抱く行き場のない思いをどうしたらいいのか。病や事故のような逃れよう
のないことであれ、殺人という加害者によることであれ、かけがえのない「生」
を損なわれた時、人は深く傷つき、苦しむ。静人は旅をしながら、「生」を
奪い奪われる人たちと出会っていく。母を見殺しにした父を憎む男。愛という
執着に囚われて夫を殺した女。末期癌療養に病院でなく自宅を選ぶ母親…。
静人自身も、大好きだった者の死を忘れるという行為に自らを責め続けていた。
「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」
死者に対してこの3つを見つめ、記憶することで、逃れることのできない
「死」を、「愛」によって永遠の「生」に変える。これが、人のできる最善
なのではないか。静人の〈悼む〉行為はそう語りかけてくるようだ。
その「愛」の記憶は、見た人の数だけ無数にある。静人が黙々と死者を訪ね、
その愛の記憶をひもとき、呪文のように言葉にし、祈る姿を見ながら、観客は
個々の「愛の記憶」を呼び起こしていく。そして、自分は誰を、どんなふうに
愛し、誰かに、どんなふうに愛されたであろうか。また、これから誰を愛して
いくだろうか。そんな思いにも繋がっていく。≫   ー評価〜90点
▼ この映画を観ながら、そして、夜半、誰から愛され、愛し、感謝されたか、
 を考えさせられた。最近、思い出てくる記憶は、純粋な気持ちで、感謝された
シーンと、言葉である。その時は、何とも感じなかったことが、数十年の時を
超えて、フッと蘇ってくる。「ダカメ女の正体」の真逆の愛と感謝の照射!
・・・・・・
4726,シェールガス革命 ー3
2014年02月21日(金)
  * シェールガス革命の拡大で日本経済も大復活?
「石油危機で原油150ドルに!」という見出しを、あまり耳にしなくなったのは、
世界的不況に加えて、次のエネルギー源のシェールガス開発が進んでいるため、
その技術を日本が大きく担っていることは、あまり知られてない。 
  ーまずは、その辺りからー
《 米国では、急速にシェールガス社会へとシフトが進み投資ブームになって
 いるが、それを技術的な面で支ているのが日本。もっと言えば、日本の技術力
がなければ、アメリカのシェールガス社会へシフトは実現できないと言ってもよい。
大阪ガスはアメリカのテキサス州で開発権益を取得。現時点で、シェールガスの
本格的採掘は米国やカナダに限られているが、今後、急速に世界的規模で拡大
していくことになれば、日本がもつ圧倒的な技術力が世界市場で席巻することに
なるのは確実。さらには、シェールガス革命のメリットは、製造業の世界だけで
なく、日本の社会全体が享受できるようになる。石油よりはるかに安いシェール
ガスが手に入って、シェールガスを燃料とする火力発電が増えれば、電力の
供給価格は下がる。そうなれば、アメリカと同じように、日本の製造業の競争力
が高まるとともに、工場の国内回帰にもつながる。その結果、雇用も増え、
経済成長にも貢献することになるだろう。》
▼ アメリカ経済の復活は、日本にとっても大きなプラス要素だが、アメリカ
 への属国化が、更に強くなる。タイミングが良かったのか悪かったのか、
東北大震災で原発安全神話が根こそぎ壊れてしまった。同じ危険なら、まだ
危険度の低い自然化石エネルギーへの選択に流れに変わろうとしている。
ということは、地球温暖化と、自然破壊がますます進むことになる。
人間は、自ら作りあげた文明で、自らを破壊する運命にある。最近、パキスタン
のフンザの住民の写真を何枚か見たが、何とも純粋で綺麗な目をしているが、
それに比べ日本も含めた先進国の人たちの人相の悪いこと!
「シェールガス革命の拡大で日本と世界経済も大復活」というより、
それが人類の未来にとって、最悪の結果になるのでは?
・・・・・・
4359, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー3
2013年02月21日(木)    「残酷な世界で生き延びる・・」橘玲著    
 * 貨幣空間は、友達のいない世界    
 40年以上も事業の世界にいたため、貨幣世界にドップリと浸かっていた。
何はさておき事業を最優先にしないと、競争社会では生きていけない。
事業の性格上(装置産業)、人間関係の貸借表の資産を増やす必要がなく
楽だった側面がある。
 ー以下は、政治的空間と、貨幣空間の違いを明確に述べるー。
≪ 友人や知人の政治空間の基本は、敵を殺して権力を獲得する冷酷な
 パワーゲームだ。それに対して貨幣空間は、競争しつつ契約を尊重し、
相手を信頼するまったく別のゲームが行われている。人間社会には富を
獲得する手段として、�相手から奪う(権力ゲーム)�交易する(お金ゲーム)
という二つの方法がある。権力ゲームは複雑だが、お金ゲームはシンプルだ。
誰だってシンプルが良い。だから必然的に貨幣空間が政治空間を侵食していく。
また中間共同体では、それが顕著になる。それはPTAや自冶会、会社の
同期会のような「他人以上、友達未満」の人間関係の総称だ。しかし日本や
欧米社会では、貨幣空間の膨張により、共同体が急速に消滅しつつある。
そんな活動は、お金を払ってサービスを受ければよいというわけ。
貨幣空間があれば、それだけで十分という人が増えてきたのである。
それは、「友だちのいない世界」の出現で、愛情空間がダイレクトに貨幣空間
(市場)と向き合う新しい世界に生きるようになってきた。友人のいない世界
は、愛情空間は夫婦や親子、恋人単位に最小化し、人間関係はますます濃密で
複雑になっていく。かっての人間関係は村的な共同体に分散していたが、
いまでは極限られた一人か二人にすべての感情が集中している。・・・ ≫
▼ 現在、団かいの世代が定年になり、子供たちが巣立った家庭内では老夫婦の
 権力闘争で大変だろう。他人事でないが・・ これらからして、教養と、
ちょっとした小金を持って貨幣世界を独り生きるのがベストに思える。特に
歳を重ねると、残忍の愛憎空間は残酷である。とはいえ、弧族も辛いもの。
どちらも辛いなら、あとは選択の問題になる。貨幣空間もリッチかプアーかで、
全く違ってくる。「金に換えないものもある?そりゃ金額によるだけさ!」
という小話がある。「数百億の資産を残して死んでいくのと、それを全てを
面白可笑しく使い果たして死んでいくのと、どちらを選ぶ?」のの問いの答は、
その人による。私は後者を選ぶ。しかし愛憎空間、いや愛情空間に生きてきた
人は前者になる? 現に、一桁下げると自分自身の問題になる。 
で、「この結果!」という、落ちになる。父親は面白楽しく生き、資産を残し、
 それら全てを生前贈与をして死んでいった。お陰で人生を面白可笑しく
生きられた。 一度限りの人生。三度、万歳と感謝!
・・・・・・
3984, つれづれに ー地震
2012年02月21日(火)
  * 大地震後の数年は非常事態である
 地震学者によると「大地震後の数年間は非常事態という歴史的事実がある」
という。それも500年に一度の大地震は特に非常事態。噴火も厳重注意。
週刊誌の見出しが決して過激でないようだ。 歴史的大地震で日本の全体が
大きく歪んでしまい、その連動が起る前提で対策を取るべき事態である。 
特に東海、東南海、南海トラフ地震と関東直下地震が起こる可能性が高く、
今回の東北地震の規模に匹敵するという。その沿岸にある浜岡原発の休止も
やむを得ない。知れば知るほど、この東北大震災が大規模だったことが
分かってくる。それも津波による原子炉の破壊も加わったことも深刻。 
奇しくもリーマンショックで、500年にわたった欧米中心主義の終焉も
重なり恐慌前夜。その上に首都圏周辺で小さな地震が頻発し、5年で5割
前後の確率?で直下型地震が起こる可能性があるというから・・ 首都圏
在住の人は東海・東南海・南海地震か、直下地震が5年で5割の確率を前提
とし対処するのが筋。ということは、福島第一原子炉による放射能の影響を
加えると、幼児のいる家族は移住を考えるべきだが・・ あとは、勘?
   * 今の政治はやるやる詐欺か
 日本の二大政党政治というと聞こえが良いが、野党は政権を奪取するため
政権与党のマイナス面をとらえ綺麗事の政策を並べ立て、政権を取った時は、
よりよい政策を実行しますと約束をする。いざ政権を取リ実行段階になると、
それは野党時代の綺麗事。その妄想実現のため予算の散蒔きで凌ごうとし借金
の上乗せをする。その結果、国家収入の二倍の予算をたてざるを得なくなり、
現在は国家破綻一歩手前。 それでいて、その数分の一も実行できない
「やるやる詐欺」。 もう限界に来ているが、野党側は、同じスタンスを
とるしか方策はない。しかし一番悪いのは騙される国民。ところで小沢一郎が
「消費税の増税をしたら日本が危ない」と反対をしたが、冷えきった景気の
上に、企業もギリギリの経費節減の上の5%アップは実際に危ないコストアップ。
その上に、電気、ガスなどコストアップになれば民主党そのものが危ない
のではなく、日本が危ないのは本当だろう。 とはいえ、上げないと国家予算
が成り立たなくなる。要は、袋小路にドンドン追い込まれてしまった。
そのツケは弱者に集中してくる。
 ・・・・・・・
3619, 忘却の整理学 −4
2011年02月21日(月)
               「 忘却の整理学 」外山滋比著
  * 忘却はゴミ出しに似ている
 忘却は、ゴミ出しに似ている。この情報化の時代に必要としない情報は、
どんどん捨てた方がよい。そのままに放置しておくと神経に良くない。
「忘却不全症」は、大変なことになる。アメリカに過去の記憶を殆ど憶えて
いる女性がいるという。何歳の頃の日付をいうと、殆ど思い出す。
これは本人にとって非常に苦痛である。 自分を考えただけで、ゾッとする。
忘れるから生きていられる。忘却は不純、不要、よけいなことを洗い落として、
昇華、純化させる作用がある。フロイトは「人間には、嫌なことを忘れさせ、
良かったことを憶えている癖がある」といっている。海外旅行中は普段の
数倍の質量の経験をする。良いこと三分の二、嫌なこと三分の一の思いをする。
そこで嫌な思いを意識的に捨てることにしている。 帰路の飛行機や列車で、
連れ合いと良いことだけを少しオーバーに話し、マイナーの話は絶対にしない。
復習すれば記憶に残ることを経験上、知っているから記憶の調整をしてしまう。
その記憶のコントロールは非常に重要になる。人生でも、これが出来るかどうか。
人の悪口・陰口を趣味にしている人を見かける。他者批判は自分の影を言って
いる過ぎないことを知らないのだ。そのゴミが記憶に溜まって悪臭を放って
いる自分のことを。その辺に教養が出てくる。忘却のノウハウも教養になる。 
ところで痴呆症の現象では、明るいヘラヘラした人の方が多い。何割かは、
怒りの比重の大きい人がいる。性格もあるが、脳は最期は苦痛を与えないように
出来ているようだ。ボケたが勝ちか! 天然ボケもいるが。 若かりし頃に、
脳が加熱をしすぎて変になりかけた時、加熱で浮き上がってきた思いを、ノート
に書き出し、乗りこえたことがあった。これもゴミ出しの一つか。
比較的、文章を抵抗なく書けるのも、こういう経験がある。
 書く行為も、ゴミ出し? かいな。 自分では宝のつもりだが・・
 ・・・・・・・
3254, 大恐慌 入門  −2
2010年02月21日(日)
 ここで考えさせられる一文がある。P241)
< 古今東西、99%までの人が最終的に投資では儲かりません。
 1〜2年、仮に10年間儲けたにせよ予期せぬ変動やトレンドの変化に対応
できず、全て吐き出すのです。
*1980代には生保をはじめとする金融機関は大量の米国債を保有していた
 ものの、急激な円高で損失を出した。
*1990年から始ったバブル崩壊では、大手銀行が持ち合いの株の大幅評価損で
 業績悪化もあいまって、公的資金の導入を余儀なくされた。2003年までの
 株式の暴落で年金基金の存続が危ぶまれ、数多くの年金が解散、やはり国民の
 財産だった株式を売却をした。これらは、外国人投資家が買い捲った。
【投資で儲けることができないのは、投資家が大きなトレンドの変化に対応
 できないということ】です。投資の世界では、トレンドが一方向、特に
 上げの時は比較的簡単なのです。 日本の1945年から1990年までの日本、
 または2003年から2008年までの世界の株式市場などです。 
 基本的に買って持っていればよいのです。
(字数制限のためカット 2012年 2月21日)
・・・・・・・・・
2879, アメリカの住宅金融の惨状とは
 2009年02月21日(土)
ーサブプライム金融恐慌の構造と意義ー伊藤誠−1(現代思想ー金融恐慌特集)
 これまで金融恐慌系の本を20冊近く読んだが、実際の数字をみることが
 なかった。ところが先日読んだ本の中に、非常に分かりやすくあった。
 この数字からみても、アメリカ崩壊という言葉は、決してオーバーではない。
  ーその内容とは、
・住宅金融は2002年から2006年までの景気回復と住宅ブームを圧倒的にリード
 する役割りを果たした。この時期の米国経済の四割は住宅市場に依存する
 もので、結果として住宅金融の残高は2006年には13兆ドル(ドルを当時、120円
 とすると15000兆円)になり、当時の米国GDPと同額になっていた。
 このうちサブプライム・ローンが13パーセントを占めていた。
・サブプライム・ローンの一戸当たりが20万ドルとされており、850万世帯
(一家が三人として)2500万人がこのローンを背負っていたことになる。
 住宅ローンが13兆ドルとして、平均40万ドルとすると何と3250万世帯、 
 三人家族とすれば人口の三分の一が、この時期に住宅ローンによって住宅を
 得たことになる。−日本のバブル直後の住宅ローンの残高が140兆円というから、
 約十倍。それだけでも米国のサブプライム・ローンの方が大きいことになる。
 人口は2・5倍だから、一世帯あたりとすると日本の4倍の大きさで、
 いかに莫大で深刻かがわかる。
・10年間で米国の住宅価格が2倍当たりになっていたというから、半減する
 ことになれば、米国人の三分の一が深刻な経済状況に陥るのは明白である。
 特に値上がりを前提で買っていたサブプライム層にとって深刻である。
・昨年の6月に米国の住宅ローンの8・8%、480万世帯が返済未納か、差し
 押さえになり人口規模では千五百万人近くが、住居を失う脅威に曝されている。
  一昨日にオバマが米国住宅市場の再生策を発表したが、簡単に解決できる
 レベルではない。7兆円の900万世帯を対象にする再生策だが、一世帯
 当たり単純にわっても80万弱でしかない。自動車と住宅は、向う5年分の
 先取りしているというから、最低でも景気回復に5^6年はかかることになる。
 あの「金持ち父さん」が10年近く前に、本屋に平積みしてあったが、
 アメリカでは、この本に従った多くの人が、「貧乏人父さん」になっていった
 のである。 実をいうと私も読んだが・・・
・・・・・・・・・・
2008年02月21日(木)
 2514, 賢人の知恵 −   +.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゜・:*☆
 ーまずは、この本の「はじめに」をコピーしてみる。
著者のバルタザール・グラシアンは、17世紀のスペインで活躍した著述家であり。
イエズス会の修道士。神学者アルトゥール・ショーペンハウエルはグラシアン
の著作のドイツ語訳を手がけ、日本では森鴎外が部分的な日本語訳を発表しました。
哲学者ニーチェは「ヨーロッパはいまだかつて、これほど精妙にして複雑な
人生の道徳律を生んだことはなかった」と記して、またショーペンハウエルも
「人生のよき手引書である」という言葉を残しています。そして現代でも、高名
なテノール歌手であるルチアーノ・パバロッティが愛読書としてグラシアンの
書を挙げているなど、欧米では今もマキヤベリ『君主論』と並ぶ不朽の名著と
して読み継がれているそうです。(字数制限のためカット2011年2月21日)


5090, タガメ女の正体  ー⑤

2015年02月20日(金)

   * 恋愛結婚に恋愛なし
 ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。
そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。
元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では
三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、
実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。
≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に
 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。
そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や
思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を
直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合
がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が
愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても
口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す
「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、
結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、
血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫
▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。
 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から
目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」
で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚=
身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も!
植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。
戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生!  (w_−; ウゥ・・
・・・・・・
4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1
2014年02月20日(木)
   * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義?   
           ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた
ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、
何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 
森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか
の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 
ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要
だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義
であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代
資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 
  ーその辺りを抜粋ー
《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく
  過程を次のように発展段階的に説明する。
 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る
 �超コード化(古代専制国家)  =王様が秩序形成
 �脱コード化(近代資本制)   =王様に代わり貨幣が君臨する
・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり
 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」
 から「超コード化」までの過程が描き出されています。
・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」
  (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」
  (超コード化)に発展するという流れです。
・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている
 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、
 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、
 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。
・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に
 よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、
 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。
・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に
 おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ
 など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と
 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、
 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは
 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」
 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》
▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る
 とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。
 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。
 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に
 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在
 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・
・・・・・・
4358, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −1
2013年02月20日(水)
      「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  *「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」
「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」
分かりやすく言うと、「大それた成功を求めず、自分にあった生きる領域で
一番を目指し、上手くやれ!」ということ。この本には新鮮な切り口の事例が
多く面白い。次回から幾つか紹介する。特徴は弱者の戦法というところか。
これから長く続く乱世に生き延びるには、大成功など求めず、自分の強みを
最大限生かし地道に勝ち抜くしかないという著者の論も一理ある。
   ー内容紹介・アマゾンよりー
 伽藍を捨ててバザールに向かえ!(恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!)
ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超など、
気がつけば世界はとてつもなく残酷。だが「やればできる」という自己啓発
では、この残酷な世界を生き延びることはできない。必要なのは、「やっても
できない」という事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる、新しい成功哲学。
自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本
でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。
人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらは
たいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。
でも、奇跡が起きないからといって絶望することはない。ありのままの
「わたし」でも成功を手にする方法(哲学)がある。残酷な世界を生き延びる
ための成功哲学は、次のたった二文に要約できる。 「藍を捨ててバザールに
向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」なんのことかわからない? 
そのヒミツを知りたいのなら、これからぼくといっしょに進化と幸福をめぐる
風変わりな旅に出発しよう。(本書「はじめに」より)
▼ ここで、≪人間は知能、性格、肉体など遺伝による初期能力の違いにより、
 現代社会において成功できるかどうか決まる。努力や訓練や方法論によって、
「よりよい=より豊かな」自分になることは大方の人はできない。
「人間の能力は平等。努力すれば皆幸せになれる。」という建前を否定し、
人間は生まれながらに「不平等」であるという 前提に立ちながら、
「それでも幸せに生きる」ための方法を提案する。「より認められる」には、
大きな成功を求めず、「自分が好きな分野でいちばん」になるまで対象を
細分化し、集中しろ」。そのための仕組みを“自分で設計”すれば、幸福の
新しい可能性が見出せる。≫と説く。伽藍の世界でも同じ戦法で生き抜く
しかないが、普通の人は尻尾の中の勝ち組になるしかない。
自分の強みを生かし、小さなテリトリーの一番を探し、追求しろということ。
それより、「世界は残酷」をまず知ることだ。
・・・・・・
3983, 生保に入るバカ、入らないバカ ー1
2012年02月20日(月)
 私は保険に入らないバカだが、それぞれ考えがあるので一方的に決めつけは
できない。 日本の生命保険の世帯加入率は90%で、共済と生保を合わせた
年間保険料が40兆にのぼる。一世帯が年間に支払う額が平均45万円で、
22年で1千万、33年で千五百万になる。人生で生保が住宅に次ぐ高い買い物。 
しかし加入者の方は、その意識がない。欧米の加入率は、フランスが6割、
アメリカが5割、ドイツが4割、イギリスが3割6分と、日本の大よそ半分。 
いかに日本が高いかである。死亡保険の保険高は突出して高く、2000年
だが、日本が1600万、アメリカが600万、イギリスが260万、ドイツが
200万だった。生命保険の加入経路の7割が保険のセールスで、親戚や友人の
紹介をされ、加入するケースが圧倒的に多い。生保の営業方法は義理(G)、
人情(N)、プレゼント(P)の頭文字をとったGNP営業の典型。
 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い
死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする
ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を
解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。
その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない
病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的
大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。
 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、
その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、
ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年
かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図
がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。
22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 
それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も
できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 
見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、
相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に
付け込むのが営業センス。
・・・・・・ 
3618,  忘却の整理学 ー3
2011年02月20日(日)
   「忘却の整理学」外山滋比著
 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは
たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、
一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに
気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに
次のようなを紹介してある。
   朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ
 まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。
昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、
「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事
を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事
でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる
ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。
その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。
更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる
ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした
「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを
書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの
内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男
の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。
ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。
忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても
忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。
それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、
目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく
・・・・・・・・
3253, 置き引き?
 2010年02月20日(土)
一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、
最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って
帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした
男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある
売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、
ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを
置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと
見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと
思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて
店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。
その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを
見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審
そうな感じで、その男を見ている。 
(字数制限のためカット 2012年2月20日)
・・・・・・
2878, 閑話小題
2009年02月20日(金)
  *大型店の出店の目玉商品を検証してみた
 新潟駅構内に「ビッグカメラ」が今日オープンする。昨日はプレオープン
というので昼休みに行ってみたが、県内最大規模の一万?というだけあって広い。
三層の店舗になっており、四階から八階までが駐車場で駐車台数が800というから
本格的である。新幹線、在来線、バスのターミナルが集結しているので駅中
ショッピングセンターとしては、これ以上ない場所である。至近距離に大型書店
があるので、既存の専門店を含めると大ショッピングセンターになる。。
これで駅中の100メートルほどにある「ヨドバシカメラ」が、最終的には撤退
をせざるを得なくなるかどうかだ? これに大型のファッションのH&Mと
ユニクロでも出て来れば更に面白くなる。配っていたチラシの毎日の超目玉商品
の中から、「コンパクト・デジタルカメラ」を選んで、価格ドットコムで7〜8点
調べてみた。しかし半分は同じ位、半分は、その7割の値段であった。
バイヤーも調べての値段設定だろうが。イメージとして安いのを優先しているよう。
2GBのSDカードを特価台で囃してしたが、780円など廉くも何でもない。
PCデポでは三枚で980円。新聞の4面の大きさのチラシに9日分の日替わり
特価品を出していたが、買うほうからしたら何処かに欲しい商品があるだろう
から、見ていて面白い。店舗と同じである。この大恐慌?の中、家電の売上が
激減しているというから、経営のサイドも大変だろう。
  *県民所得差 
 先週になるが県民所得の2006年度が発表された。(以前も少し書いたが) 
 この数年は、それほど変わってないが今年度は様変わりするだろうが・・・
 1〜7位までは前年と変わらず。    東京が480万でとトップ。
 沖縄が209万で最下位。       丁度中間の23位が福島で278万。
 新潟県が273万で25位。      全国の平均が307万円。
 (字数制限のためカット 2012年2月20日)
・・・・・・
2008年02月20日(水)
2513, 思い込み
 *緊張と深呼吸
この歳になって、思いもよらない思い込みや、間違いに気づくことがある。
先日のTVで「受験の際、緊張しない方法」について、オヤッと思わず
考え込んだことがあった。「受験場では、深呼吸をしないこと!ほとんどの人は
逆と思い違いをしている。深呼吸はすればするほど、緊張度が高まります。
なるべく深呼吸をしないように、小さく息をするように心かけて下さい」という。
こんなことを聞いたのは始めてである。私の場合は、緊張する場面は、人知れず
深呼吸をしていた。心を落ちつける要点は、深呼吸であるのは自明のことである。
しかし、それが過ぎると緊張を柔らげるところか、逆の効果になるという。
改めて振り返ると、多々、思い当たることがある。その人により、緊張する場面が
違っても、それぞれ極度に緊張する場面があるという。色々の人を見てきたが、
驚くほど多様である。その時の体調によったり、温度差の大きい部屋に入ったり、
食後など、自律神経などの狂いにより、何でもないことに赤面したり、極度の
緊張でパニックになったりすることは多くありすぎて、書ききれないほど。
そして誰もが自分だけではないか?と、それぞれが思い込んでいる。
自分は、緊張症だ、赤面症だ、精神質症だ、・・それぞれが思っていることを
知らないのである。そんなことを言っていたら、生きていけないから乗り越えて
いるだけである。それはよいとして深呼吸が緊張を高めるとは、この歳になる
まで気づかなかった。「リラックスするには、深呼吸をしなさい。
ただ、一度だけにしておきなさいよ。し過ぎると、逆に過呼吸になり
緊張は高くなり逆効果になりますよ。 呼吸は、小さく整えて気持ちを
息に持っていきなさい」ということ。


5089,タガメ女の正体  ー

2015年02月19日(木)

      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * 魂の脱占領化
 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。
この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・
「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に
学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻?
に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、!
  〜ネット検索をすると、以下の内容があった!
≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、
 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、
親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。
それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ
ているかを、まず自覚しないと。≫
≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、
 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。
それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて
いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。
『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」
ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように
日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷
をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが
「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫
▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る
 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を
極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、
世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な
人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で
作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺
していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。
毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、
娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ
ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。
・・・・・・
4724,シェールガス革命 ー2
2014年02月19日(水)
  * 資源大国の地位を失いかけている中東やロシア
 そういえば、以前ほど原油価格に対し敏感でなくなっているのは、
静かな恐慌?で原油需要が減っているのに加え、アメリカのシェールガス革命
が進んで自前でまかなえるようになったため。 この数十年来のエネルギーの
高騰で、この世の春を謳歌した中東、ロシアも、その恩恵が少なくなってきた。
ロシアのプーチンが北方領土問題で、軟化してきたのも、そのため。 
公害問題もあるが、間違いなく新しいエネルギーに重心が移ろうとしている。
 ーその辺りからー
《 シェールガス革命が進めば進むほど、エネルギー価格は下落していく。
 とりわけ、これまでエネルギーの中心にあった石油ほどその影響を大きく
受けざるを得ない。今後、原油価格はどんどん下がり続け、世界のエネルギー
市場の構造は一変することが予想される。周知のように、冷戦崩壊後、経済的に
貧窮していたロシア経済を救ったのは石油や天然ガスなどの資源である。
一般に、原油価格が1バレル80ドルを割り込むと、ロシア経済は苦しくなる。
ロシアは国内産業が未成熟なため、多くの製品を海外から輸入する必要がある。
意外に知られていないが、ロシア最大の弱点は農業。ロシアは多くの農産物を
海外からの輸入に頼っているが、資源が高値で売れないと、外貨を稼ぐことが
できなくなってしまうのである。そこでロシアのプーチン大統領は、天然ガスを
はじめとする資源をアジアに売り込もうと、日本にも積極的にアプローチ。
北方領土問題でのやや軟化姿勢はその苦悩の表れなのである。
 同じように、経済的に厳しい状況に追い込まれるのが中東の産油国である。
1973年に石油危機が生じて以降、中東は現在まで40年もの間、大きな政治力を
発揮してきた。それはひとえに石油の賜物と言ってよい。しかしながら、今後
は中東の産油国に頭を下げなくとも、エネルギーが手に入るようになる。今後、
石油は単なるエネルギー商品の一つにすぎなくなる。中東諸国の凋落に合わせて
苦境に陥ることが予想されるのは、英国ロンドンのシティである。
これまで中東のオイルマネーを一手に集めてきたシティは、中東の地位低下と
一蓮托生になる。シェールガス革命後、欧州の中心は、金融においても
実体経済においても、急速にドイツへと移ることになるだろう。》
▼ 日本も脱原発問題を踏まえ、国内の資源開発に乗り出すだしかない。
 しかし、その海域は地震発生と津波のリスクが存在する。それよりも、
全体の需要が減っていくため、さほど面白みのない分野なのかもしれない。
これもあって、アメリカが当分の間は、力を取り戻すことになる。
何があってもアメリカには、ドルという主軸通貨が健在だ。中東の原油の
決済通貨を盾にドルの裏付けにしていたものをシェールガスが加わるのだから。
・・・・・・
4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2
2013年02月19日(火)
    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  * 愛情空間、友情空間、貨幣空間
 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、
定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを
受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。
家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。
その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を
買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。
金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という
不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。
その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値
のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 
 ーその辺りの要約すると
≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。
 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには
 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。
 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの
 シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。
・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。
 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、
 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット
 ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。
 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 
 だから、愛が無くなるなどありえない。
・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、
 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。
 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、
 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。
 群れから追放されることは死を意味していた。
・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、
 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引
 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間
 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、
 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく
 理解できないのだ。≫
▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが
 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。
 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが
 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。
 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。
 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、
 現実社会を覆ってきたのだから・・・  ーつづく
・・・・・・・
3982, スポーツジムに10ヶ月
2012年02月19日(日)
 スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。
金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。
一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を
動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の
人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て
いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 
元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 
それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう
と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい
視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、
実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、
何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に
通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ
解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、
その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが
ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、
ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」
というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、
ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も
入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と
言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 
現職を含め、お薦め。
 ・・・・・・・
3617, 一連のアラブ世界の騒動は
2011年02月19日(土)
 今年に入って早々から始ったネットで触発されたデモで、アラブ諸国が次々
と政変に至る事態に陥っている。これは、当分の間は続くだろうし、事態は
思わぬ方に発展していく可能性がある。ネット社会に移行しつつある現在、
日本では、まだ地位と肩書きが高ければ偉いと思っている人が多い。 
しかし情報が優先されるネット世界では、そんなものは何の価値も持たなった。 
アラブ諸国のような旧態依然の権力構造国家が、ネット人間によって、当然
のごとく軒並みに崩壊過程に入ってしまった。 年寄り優先、性差別、情実、
肩書き故に威張っていた絶対権力者は、若いネット社会人には、無能な漫画的
老人として、ある日、突然、追い落とされてしまう。それでは、彼らの中の
優秀な人材が、急にとって代われるかというと、そうはいかない。 
情報ネットはフラット化で平等社会にする良い動きもある。 が反面、真の実力
が求められる競争社会でもある。情報社会と知識社会とは違う。情報社会は、
情報が優先されるが、それが知識にまで到達してないレベル。これまで権力
構造の上層部しか持てない情報が共有されるから、否が応でも過去人間は
早々に淘汰される。 ここで知識と情報の違いは何だろうか?という問いが
たってくる。 情報は、本やネット、マスコミ媒体、そして人など、外部から
入ってくるもの。知識は、一度自分の中で消化され血肉になって内側から出る。 
だから情報社会は恐ろしい。事実は一瞬で流れるが、真実は伝わりにくい。 
しかし、一部に偏っていた情報がフラット化をする作用がある。日本では、
現在アラブで起こった問題は、この10年間、いや20年かけて起きて、権力
構造を変えてきた。その辺が、アラブとの知識構造が違うのだろう。 
この毎日の随想日記は、情報の知識への転換プロセスと、書きながら気づいた。
私の触覚が捉えた情報を、起承転結の文章のパッケージ化してしまう。 
そして忘却して、翌年から、毎年読み返すことで、情報から知識への転換をして
いたのである。 鈍くても、5年、10年も繰り返して読めば、知識に転換する。 
努力の割りに蓄積効果が自覚できないのは、基礎教養の土台に問題ありか・・・。 
 話しがそれた。もう一つのネット世界が、旧来の現実世界を破壊を開始した
一例である。 間違いなく、近い将来に中国でも共産党を
破壊するか、大改革を迫ることになる。ここで、モバイル携帯や、タブレット式
パソコンが爆発的に普及しだしてきた。これが更に、ネット世界の力を急激に
増す。 その結果は、誰も想像すら出来ない世界に突き進むことになる。
 ・・・・・・・
3252, 大恐慌 入門 −1
 2010年02月19日(金)
* 「大恐慌 入門」朝倉慶著
 一昨年の9.15のリーマンショック以来、多くの恐慌関連の本を読んで
事態の大きさに呆然としたが、ここにきて少し小康状態を保っている。
冬季オリンピックが終わる頃から本格的な波が押し寄せてくる。既に恐慌は
起こったのである。現在は、緊急措置で平静を保っているだけ。そこで数日前
から数年前から去年にかけて読んだ金融恐慌関連の本を重ねて読み返している。
当時は読み過ごしてしまった内容にハッとすることしばしば。その一冊の
「大恐慌入門」朝倉慶著がある。読んだ時は、「色いろな学者の論を
ダイジェスト的に纏めたもの」と気に留めてなかったが、一年後になって
読み返すと簡明だからこそ納得する。表紙裏に< これまでは「春の散歩道」。
これからデバティブ6京円というスーパーバブルが破裂する。 世界を覆う
「百年に一度の津波」にどう備えるか。> とある。9.15から一年半経つが、
アメリカの投資銀行は瞬間的にホボ消滅、GMとクライスラー、シティバンク、
日本では日本航空が破綻した。それ以外は、あまり目立った動きはなかったが、
これからCDSの破綻が表面化してくる。これに比べたらサブプライム問題は
公園の散歩みたいなもの。一昨年の大晦日に発刊されたが、著者の予告して
いた通り世界各国に国家破綻が現実に問題になってきている。アイスランド、
ギリシャと深刻な問題が表面化してきた。
・このスーパーバブルの崩壊は誰も止めることが出来ないし、
 アチコチで火山の噴火のように吹き出るのは時間の問題。
・オバマは、処理など出来ないで、その責任を問われる悲劇の大統領になる。
 置き土産は、新ドルへのデノミか、大幅なドル安誘導。
・資本主義の崩壊は、これから始まりCDSを抱えた金融機関や、企業の
 淘汰が表面化する。 CDOは、まだ300兆円だが、これから5400兆円
 のCDSの問題が出てきざるをえない。それを解決するのは、世界各国が現在
 の貨幣量を果てしなく増加して、ハイパーインフレにし、その結果、新たな
 貨幣への切り替えを世界中が一斉に実施、CDSをチャラにするしか方法は
 残されてない。まず、ハイパーインフレに転じるに、あと一年はかかるから
 来年から再来年の2012年末辺りに標準を絞っているようだ。
・失業は欧米で9パーセントを超えているが、日本は救済処置で5パーを維持
 しているが10パーは時間の問題。 
 〜まあ、そういうこと! これらを読む限り楽観論は、数年は考えられない。   
・・・・・・・
2877, 自分らしくあれ!
2009年02月19日(木)
 クリントン女史が慌ただしく日本を駆け抜けていった。大学生との対話で、
ある女子大生の質問「女性なのに、どうして、そんなに強くなれるのですか」
に、「自分らしくあることよ」と、答えたのが印象的だった。 
 ーそこで「自分らしくある」ことを、哲学的に考えてみる。 
まずその「自己」を考えると「他者」の問題にぶつかる。他者の中の
「これ=自分」は時間の経過と同時に発生?する。さっき向こうから
歩いていた「これ」が現在、橋に立っている。その時に、さっきの「これ」
が「自分」になる。生まれて今まで他者の間で生きてきた。その他者との
境界線の内側が「私」である。「自分らしさ」とは、それまでの人生で他者
との接点の「あり方」、あるいはその内側の蓄積である。その時点時点で、
何かを追求している在りようが「自分らしさ」である。何かに没頭していて
我を忘れている姿に「自分らしさ」が生まれてくる。初めから「自分らしく
あろうと振舞ってはならない」ということである。役者が仮に信長を演じて
いたとすると、役者が自分の個性を意識した時、大根役者に陥ってしまう。
我を忘れて信長を演じた時に出てくる味が「自分らしい」のである。
クリントン女史は、民主党の大統領候補、クリントン元大統領夫人、弁護士、
上院議員等々の顔がある。その役をこなしているプロセスで出来上がった個性が
「自分らしい」ということ。彼女の場合、どの役をこなしていても、肩書きより
クリントン女史そのものが前面に出ている。これこそ、名優の証拠である。
言葉づらだけを捉えると「自分らしさ」を、多くの人は誤解する可能性がある。
自分らしくとは、取り組んでいる役割や、目標、そして遊びに自分を忘れること。
小林秀雄の「無私の精神」に達することこそ、「自分らしく」なることである。
「何ごとも、魂をこめてすること」で、自分らしさが生まれ出てくる。
・・・・・・・・・
2008年02月19日(火)
2512, iPod nanoを買ってみた! 
 先日、長男が帰省のおりに、ソニーのウォークマンを見せてもらってビックリ。
そこでiMacのパソコンを導入したので、iPodを買ってみようと思い立つ。
iPodの機種にはtouch、classic,nano,syaffle
があるが、その中で何を選定するか、迷った末に、一番小型のnanoに決めた。
アマゾンから注文したが、2時間ほど夢中になって時間を忘れるほどであった。
選定の最後の決め手は小ささであった。直ぐに分かったことはタッチとプッシュ
で簡単に操作でき、何よりシンプルなのが良い。 Macのパソコン同様に、
売り場を何気なく遠くからみるだけで、難しそうで近づきがたかった。
どのように数千曲もの音楽を、小さな器械に入力できるのかが、まず不思議で
あったが、iMacを入れたおかげで、CDを差し込むだけで入力できることが
分かった。まずはミュージック、ライブラリーと開いて、iPodとコードを
つなぐだけで、自動的に入力をしてくれる。 だから若者を中心に多くの人が
飛びついたのである。 (字数制限のためカット2011年02月19日)
.........


5088,タガメ女の正体 ー③

2015年02月18日(水)

   * 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、
この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない!
誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。
 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。
≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠)
 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告”
があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が
実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として
いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。
いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」
そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って
腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が
僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、
『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。
この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは
夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で
にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、
とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も
上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局
従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、
バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’
をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫
▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・
 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的
化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。
この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。
必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? 
タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは!
・・・・・・
4723,哲学はなぜ必要か?
2014年02月18日(火)
  * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!)   
                もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ!?
 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み
続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた?
男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが
あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け
の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、
逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。
 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、
著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また
満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら
言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても
かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、
酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を
あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、
魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ
魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを
乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 
近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう
だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓
 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、
その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、
コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ
ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった
「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。
 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を
学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗
造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの
教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が
必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。
対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から
生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という
言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 
この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で
あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師
なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 
人は己が知っていることしか知らない!
(゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ
o( ̄ー ̄;)ゞううむ  o(´^`)o  ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... 
σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン  (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ
・・・・・
4356, 閑話小題 ー因果一如
2013年02月18日(月)
   * 因果一如
 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 
「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、
原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも
原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に
とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。
なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。
善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を
したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると
納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー
インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。
  * ヨガ・エアロの場にて
 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。
欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と
木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、
縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、
マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで
暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。
「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。
9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の
硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん
ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰
の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている
合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった
というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ
した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、
誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ 
まあ、いいかで時間が過ぎていった。 
・・・・
3981, 閑話小題
2012年02月18日(土)
   * 総下流の時代って言葉は変じゃない?
 最近よく「総下流の時代」という言葉を見かけるが、少し考えれば分かるが
言葉自体が変じゃないか。その意味は、総貧乏。総下流とは今までの下流レベル
に大部分の人がなると、いっているのだろうが。下流とは平均所得半分以下の
収入の人をいうが、そのレベルに大部分がなった時、それは下流ではなく、
それが中流になる。 終戦直後、大部分が貧困に喘いでいた時に、総下流など
誰もいわなかった。 戦争に負け占領され目先を如何にして食いつなぐかで
精一杯で勝ち組もいなかった。現在は一部が総勝ちで、大部分は敗者になるのは
グローバル化時代では仕方がない。その一部の勝ち組の収益を、どう調整するか。 
一時代前まで、総中流と大部分が信じていた良き時代があった。言葉に矛盾が
あるが、総下流、皆でなれば怖くない? のか。
  * スポーツジムに10ヶ月
 スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。金曜と日曜が
公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。一挙に緊張感から
解放された反面、ストレスによるウツ症対策として、身体を動かすことにした。
身近の倒産で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを
見ているので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 
元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。
それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろうと
始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい視線
や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰り返しで、
そう見えてくるから。 シロアリは弱音の気持ちに敏感、何とも思わなければ
直ぐに消えていくのは世界共通の道理。 真面目に通った結果、数年来の足腰の
重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ解消。 それも時間が経つに
つれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、その間にステップ台が交互に
円環に並んだ中央に、若い女性のインストラクターがポップ系音楽に乗って指導
する踊るようなイージーラインがよい。更に、各種のエアロビも気持ちを高める。
 ・・・・・・・
3617, 一連のアラブ世界の騒動は
2011年02月19日(土)
 今年に入って早々から始ったネットで触発されたデモで、アラブ諸国が次々
と政変に至る事態に陥っている。これは、当分の間は続くだろうし、事態は
思わぬ方に発展していく可能性がある。 ネット社会に移行しつつある現在、
日本では、まだ地位と肩書きが高ければ偉いと思っている人が多い。しかし
情報が優先されるネット世界では、そんなものは何の価値も持たなってきた。 
アラブ諸国のような旧態依然の権力構造国家が、ネット人間によって、当然の
ごとく軒並みに崩壊過程に入ってしまった。 年寄り優先、性差別、情実、
肩書き故に威張っていた絶対権力者は、若いネット社会人には、無能な漫画的
老人として、ある日、突然、追い落とされてしまう。それでは、彼らの中の
優秀な人材が、急にとって代われるかというと、そうはいかない。 
情報ネットはフラット化で平等社会にする良い動きもある。が反面、真の実力が
求められる競争社会でもある。情報社会と知識社会とは違う。情報社会は、
情報が優先されるが、それが知識にまで到達してないレベル。
これまで権力構造の上層部しか持てない情報が共有されるから、否が応でも過去
人間は早々に淘汰される。 ここで知識と情報の違いは何だろうか?という問い
がたってくる。情報は、本やネット、マスコミ媒体、人など、外部から入って
くるもの。知識は、一度自分の中で消化され血肉になって内側から出るもの。 
 だから情報社会は恐ろしい。事実は一瞬で流れるが、真実は伝わりにくい。 
しかし、一部に偏っていた情報がフラット化をする作用がある。
日本では、現在アラブで起こった問題は、この10年間、いや20年かけて
起きて、権力構造を変えてきた。その辺がアラブとの知識構造が違うのだろう。 
この毎日の随想日記は、情報の知識への転換プロセスと、書きながら気づいた。
私の触覚が捉えた情報を、起承転結の文章のパッケージ化してしまう。 
そして忘却して、翌年から、毎年読み返すことで、情報から知識への転換をして
いたのである。 鈍くても、5年、10年も繰り返して読めば、知識に転換する。 
 努力の割りに蓄積効果が自覚できないのは、基礎教養の土台に問題ありか・・ 
話しがそれた。もう一つのネット世界が、旧来の現実世界を破壊を開始した一例。 
間違いなく、近い将来に中国も共産党を破壊するか、大改革を迫ることになる。 
ここで、モバイル携帯や、タブレット式パソコンが爆発的に普及しだしてきた。
 これが更に、ネット世界の力を急激に増すことになる。 
その結果は、誰も想像すら出来ない世界に突き進むことになる。
 ・・・・・・・
3252, 大恐慌 入門 −1
 2010年02月19日(金)
* 「大恐慌 入門」朝倉慶著
 一昨年の9.15のリーマンショック以来、多くの恐慌関連の本を読んで事態
の大きさに呆然としたが、ここで小康状態を保っている。冬季オリンピックが
終わる頃から本格的な波が押し寄せてくる。 既に恐慌は起こったのである。
現在は、緊急措置で平静を保っているだけ。そこで数日前から数年前から去年
にかけて読んだ金融恐慌関連の本を重ねて読み返している。
当時は読み過ごしてしまった内容にハッとすることしばしば。その一冊の
「大恐慌入門」朝倉慶著がある。読んだ時は、「色いろな学者の論を
ダイジェスト的に纏めたもの」と気に留めてなかったが、一年後になって
読み返すと簡明だからこそ納得する。表紙裏に < これまでは「春の散歩道」。
これからデバティブ6京円というスーパーバブルが破裂する。世界を覆う
「百年に一度の津波」にどう備えるか。> とある。
9.15から一年半経つが、アメリカの投資銀行は瞬間的にホボ消滅、GMと
クライスラー、シティバンク、日本では日本航空が破綻した。それ以外は、
あまり目立った動きはなかったが、これからCDSの破綻が表面化してくる。
これに比べたらサブプライム問題は公園の散歩みたいなもの。一昨年の大晦日に
発刊されたが、著者の予告していた通り世界各国に国家破綻が現実に問題に
なってきている。アイスランド、ギリシャと深刻な問題が表面化してきた。
・このスーパーバブルの崩壊は誰も止めることが出来ないし、
 アチコチで火山の噴火のように吹き出るのは時間の問題。
・オバマは、処理など出来ないで、その責任を問われる悲劇の大統領になる。
 置き土産は、新ドルへのデノミか、大幅なドル安誘導。
・資本主義の崩壊は、これから始まりCDSを抱えた金融機関や、企業の淘汰
 が表面化する。 CDOは、まだ300兆円だが、これから5400兆円の
 CDSの問題が出てきざるをえない。それを解決するのは、世界各国が現在の
 貨幣量を果てしなく増加して、ハイパーインフレにし、その結果、新たな
 貨幣への切り替えを世界中が一斉に実施、CDSをチャラにするしか方法は
 残されてない。まず、ハイパーインフレに転じるに、あと一年はかかるから
 来年から再来年の2012年末辺りに標準を絞っているようだ。
・失業は欧米で9パーセントを超えているが、日本は救済処置で5パーを維持
 しているが10パーは時間の問題。 
 〜まあ、そういうこと!これらを読む限り楽観論は、この数年は考えられない。                     
・・・・・・・
2877, 自分らしくあれ!
2009年02月19日(木)
 クリントン女史が慌ただしく日本を駆け抜けていった。大学生との対話で、
ある女子大生の質問「女性なのに、どうして、そんなに強くなれるのですか」
に、「自分らしくあることよ」と、答えたのが印象的だった。 
 ーそこで「自分らしくある」ことを、哲学的に考えてみる。まずその「自己」
を考えると「他者」の問題にぶつかる。他者の中の「これ=自分」は時間の経過
と同時に発生?する。向こうから歩いていた「これ」が現在、橋に立っている。
その時に、さっきの「これ」が「自分」になる。生まれて今まで他者の間で
生きてきた。その他者との境界線の内側が「私」である。「自分らしさ」とは、
それまでの人生で他者との接点の「あり方」、あるいはその内側の蓄積である。
その時点時点で、何かを追求している在りようが「自分らしさ」である。
何かに没頭していて我を忘れている姿に「自分らしさ」が生まれてくる。
初めから「自分らしくあろうと振舞ってはならない」ということである。
役者が仮に信長を演じていたとすると、役者が自分の個性を意識した時、大根
役者に陥ってしまう。我を忘れて信長を演じた時に出てくる味が「自分らしい」
のである。(字数制限のためカット 2012年2月19日)
・・・・・・・・・
2008年02月19日(火)
 2512, iPod nanoを買ってみた!   
先日、長男が帰省のおりに、ソニーのウォークマンを見せてもらってビックリ。
そこでiMacのパソコンを導入したので、iPodを買おうと思い立った。
iPodの機種にはtouch、classic,nano,syaffle
があるが、その中で何を選定するか、迷った末に、一番小型のnanoに決めた。
アマゾンから注文したが、2時間ほど夢中になって時間を忘れるほどであった。
 選定の最後の決め手は小ささであった。直ぐに分かったことはタッチと
プッシュで簡単に操作でき、何よりシンプルなのが良い。Macのパソコン同様
に、売り場を何気なく遠くからみるだけで、難しそうで近づきがたかった。
どのように数千曲もの音楽を、小さな器械に入力できるのかが、まず不思議。
 iMacを入れたおかげで、CDを差し込むだけで入力できることが分かった。
まずはミュージック、そしてライブラリーと開いて、iPodとコードをつなぐ
だけで、自動的に入力をしてくれる。だから若者を中心に多くの人が飛びついた。
iMac(パソコン)のライブラリーのコーナーにCDや、インターネットで
購入した曲を記憶させる手間が少しかかるが、これはいたし方がない。
驚いたのは、CDで入力した曲の情報を自動的にテーマや、作曲者、入力順、
聞いた順に分類、羅列してくれることだ。さらに流れている音楽の広告も出る。
これはアマゾンやグーグルと同じ。(字数制限のためカット2011年02月19日)


5087,タガメ女の正体 ー②

2015年02月17日(火)

   
 まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、
収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり
はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の
人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。
  〜概要をまとめると〜
・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、
 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を
 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の
 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する
 ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」
 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の
 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、
 一般の価値観に捉われないことである。
・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に
 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した
 ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」
 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士
 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない
 ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を
 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界
 の地獄」だという不都合な真実」がある。
・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる
 カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。
 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」
 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった
 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。
▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が
 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、
改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ!
・・・・・・・
4722,心を上手に誘導する方! 
2014年02月17日(月)
     「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
  *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ                           
「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、
これは他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。
それだけ、心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分を
テーマにするが、運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、
その為に必要なのが「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアス
に気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。
そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く
なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、
その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、
分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。 ーそのあたりからー
《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。
「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと
思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する
妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの
人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・
ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。
 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、
それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、
ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて
いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。
調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」
と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。
しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。
その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、
紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは
百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている
被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。
一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、
ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、
運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は
私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。
ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、
新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく
心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》
▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。
 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。
運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには
 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、
貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。
この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が
悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた
リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、
このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。
・・・・・
4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ
2013年02月17日(日)
  *「今日という日は、残された日々の最初の日」
 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の
とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年
この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。
60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。
残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、
それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し
実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、
「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。
そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい
生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日
が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 
ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。
面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に
チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では
自己評価は70点だが・・いや、50点か?
  * 常日ごろがあるということ
 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。
しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々
で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日
ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、
そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが
必要になる。ところで真に味わっているだろうか? 
・・・・・・
3980, よかまん ー3
2012年02月17日(金)
  * よかまん節を女子芸大生に素裸で踊らせた
 よくぞ引受け踊った女子大生も凄いし、それをビデオで自分の個展で流した
会田誠にも恐れ入る。 ー 前回の続きから ー
≪ 最近非常勤講師として美大に呼ばれた折など、学生に「よかちん」について
 聞いてみると、ほとんどが知らない」と答えるのです。せいぜいが「ああ、
ラグビーの連中がやってるアレですね。見たことはないけど、話だけは聞いた
ことがあります」程度。どうやら絶滅寸前の状態にあるようです。 僕は
「ざまあみろ」と「こりゃいかん」という、まったく相反する感慨を同時に
受けました。・・ 芸大も近年ご多分に漏れずグローバル化の波が押し寄せて
きており、和洋の相克に揺れた先人たちが必要に駆られ作った、ユニークな
ジャパン・オリジナルの枠組みが、次々と使命を終えつつあります。
それは決しておめでたいニュースと感じられない、複雑に屈した自分がいます。
また「よかちん」絶滅の直接的な原因が、近年の美大における女子学生の驚く
べき増加であることも分っています。僕の学生時代は少数派だった女子が、
今ではどこの美大でも完全な多数派に転じています。女性全般に芸術の才能が
ないなんてよもや思いませんが、それでも極端な変化には不安を禁じ得ません。
同時に、少数派となった男子学生の全体的な覇気のなさ、いわゆる「草食」化
も気になるところでした。日本の美大と美術界は今後どうなるんでしょうか。
そんなことを諸々考えた上で、最近「よかまん」という新しい芸を作ってみた。 
といっても「よかちん」の歌詞を少し変えただけなんですが。
 "数え歌"の部分が以下のようになります。 一つ 開けば、二つ 触れれば、
三つ 見せれば、四つ 悦べば、五つ 入れれば、六つ ムズ.ムズすれば、
七つ 舐めさせれば、八つ 破れば、九つ 擦れば。 小道具の一升瓶は小さな
ザルに変更しました。これを現在東京藝大で油絵を学んでいる、知り合いの
女子学生二人にやってもらいました。二人とも肝の据わった「肉食系」なので、
進んで全裸になってくれました。そしてそれを収めたビヂオを自分の個展会場で
流してみました。それで何かが解決するとは思いませんが、問題提起くらいには
ならないかと思って。というか本当はこの「よかまん」が実際に芸大で流行して
定着し、新しい伝統が生まれるのを夢想するんですが…やっぱり無理ですかね。≫
▼ 女と男は違うので、これが定着するとは思えない。あくまで一人の芸術家の
 お遊びだろうが、これに類したのは、芸者遊びの中では多くあるはず、あくまで
男を楽しませるもの。そういえば、以前の会社の忘年会で、メイクさんのツワモノ
が男の人に座布団を女性の何に見立て、自分が箒を男の何にして・・・
という面白い芸があった。ご愛嬌の範囲だが。
 ・・・・・・・
3615, 忘却の整理学 ー1
2011年02月17日(木)
  「忘却の整理学」外山滋比著
 内容= 頭を働かせるにはまず忘れること。情報・知識でメタボになった頭脳
を整理し、創造・思考の手助けをするのは忘却なのだから。『思考の整理学』続篇
 * なかなかオシロイ本である。 忘れること・忘却を中心に据えた本は
私が知る限り過ってなかった。呼吸は、まず息を吐き出さないと新しい空気は
吸えないと同じで、忘却によって整理され、きれいに片付いた頭で新しい知識や
情報などを取り入れられるために積極的に忘れろという。一度書いた文章をまず
寝かせたり、気分転換すると思いもよらぬ着想が得られたりするのは、忘却効果。 
忘却が知識を選択的に頭の中で熟成させ、時間の風化作用で別次元の高みに体系化
する働きがある。 忘却はランダムに起こるが、それが個性を形作る。
  ー‘まえがき’の以下の部分が、アラスジにもなっているー
・・どうして知識が独自の思考に結びつかないのか。両者間に忘却を考えないと、
説明がつかない。知識をいったんかなりの部分を忘れたあとで、もとの知識から
離れオリジナル思考の生まれる余地が生じる。忘却がないと知識は途方にくれる。
知識は利用されることを待っているのであって、それだけで、思考、創造をおこす
力をもっていない、 むしろ、そのままでは自由な思考の妨げになるおそれは十分。
そんなことをあれこれ考えていて、忘却論に思い及んだ。記憶と表裏をなす忘却が
あるという考え。ナマの知識は使いものにならない。忘却をくぐらせて枯れた知識
のみが新しい知見を生み出す。大工は生木で家を建てないのと同じ。
忘却のアポロギア、弁明を思い立ったのは数年前のことだが、どうして忘却が
これほど長い間きらわれ、怖れられ、卑しめられてきたのか。忘却を称えた
ことばはないものかとそれとなく心がけてきたが、日本には見当らない。 
おしなべて忘却性悪説である、・・ことにコンピューターが異常なほどの発達を
とげて人間の記憶力の価値を暴落させている。知識人ほどその衝撃を強く受ける。
コンピェーターを念頭において人間の知的活動を考えたならば、創造的思考が
もっとも人間らしい活動であることは明らかになるはずで、その独創の土壌に
なるのが忘却である… そういう考えのもとに、この本に収められた諸エッセイ
は書かれている。忘却論ではなく、忘却をめぐるエ・セイを集めたものである。                   
 ーここに書いた内容は、アップした瞬間、ほぼ完全に忘却の彼方になる。
「いま、ここ」に集中すれば、忘却の後々に残る。それがよい!
 ・・・・・・・・
3250, 新・マネー敗戦 −1
2010年02月17日(水)
 以前、NHKスペシャルで「シリーズ  マネー資本主義」を放送していた。
■第1回“暴走”はなぜ止められなかったのか 〜アメリカ投資銀行の興亡〜 
                   2009年4月19日(日)午後9時00分〜 
■第2回 “超金余り”はなぜ起きたのか? 〜カリスマ指導者たちの誤算〜  
                   2009年5月17日(日)午後9時00分〜 
■第3回 年金マネーの“熱狂”はなぜ起きたのか              
                   2009年6月14日(日)午後9時00分〜 
■第4回 ウォール街の“モンスター” 金融工学はなぜ暴走したのか     
                   2009年7月19日(日)午後9時00分〜 
■最終回 危機を繰り返さないために                   
                   2009年7月20日(月)午後7時30分〜 
■ウォール街の“モンスター” バブルは再び起きるのか          
                   2009年12月20日(日)午後9時45分〜 
再放送も含めて食い入るようにみた。 紙切れ(ドルとアメリカ国債)を刷って、
再びアメリカに還流するシステムを追う番組である。そこには、紙切れで世界中
のものを手に入れる仕組みをインタビューや解説で解明していた。
 それは正にアメリカが親のネズミ溝。それがアメリカ資本主義というらしい。
その最大の被害者は、もちろん日本。ところで先日、知人から「新・マネー敗戦」
を一時間ほど借りて、速読をしてみた。 
大筋は、このアメリカ・ドル本位主義の構造の分析である。 
  * 「新・マネー敗戦」 岩本沙弓著   
 ーこの本の概要といえばー《 ネット参照 》
 19世紀から20世紀にかけて繁栄した英国は、絶頂期でデフレに見舞われた。
しかし金本位制を廃止せず緩やかな没落の道を辿った。その英国に替わった
米国は、ドルを世界中に流通させ金本位制を廃止した。実物資産の裏付けのない
マネーの誕生である。バブルが起きるたび、その対策として投入された膨大な
ペーパーマネーはさらなるバブルの原因となった。自国通貨を基軸通貨として
世界に流通させ、ペーパーマネーを溢れさせた米国はさらに原油を用いて、
ドルの価値の維持と産油国経由の米国への還流を図る。 原油決済をユーロで
行う機運が出てきた際には、原油決済通貨をユーロに変更したイラクに対し
戦争を仕掛けてまで自国の繁栄を図ってきた。 それでも原油決済通貨の
変更がなされる現在では米ドル需要の減退は時間の問題。
字数の関係でカット(2012年02月17日)
・・・・・・・・・
2875, ポルトガル人のみた信長と秀吉
2009年02月17日(火)
 「日記をのぞく」ー日経新聞編の一編 ールイス・フロイス「日本史」ー
の中で、ポルトガル人フロイスの見た信長と秀吉の姿が新鮮に写し出されている。
現在、「天と地」をNHKで放映しているが、直江兼継の見た秀吉と信長の姿と
重ねると面白い。 ーその部分を要約すると・・・
 1569年4月に、信長と京都の二条城の建築現場で引見、信長はフロイスを
気にいったようだ。フロイスは1581年3月、再び会うが、安土城を自慢した
かったようだ。彼の見た信長は「中ぐらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は
少なくはなはだ声は快調で、極端に戦いを好み、軍事修練にいそしみ、名誉心に
富み、正義において厳格であった」「酒を飲まず、食を節し、人の扱いには
きわめて率直で、自らの見識に尊大であった」「その鋭い観察眼で捉えたこの
武将の人物は、他の追随を許さぬ迫力と真実性が感じられる」その信長が
亡くなった後に、今度は秀吉を大阪城に訪問する。フロイスの「日本史」の中の
秀吉像は、信長像に比べておおらかではない。「彼は優秀な騎士であり、戦闘に
熟練していたが気品に欠けていた」「身長は低くまた醜悪な容貌の持ち主」
「抜け目なく狡猾」「極度な淫蕩で、悪徳に汚れ、獣欲に耽溺」・・
秀吉の漁色乱交に、生理的は反発がうかがえる。1587年に九州に遠征中に
伴天連追放令を発した。
▼ キリスタンの女性たちが抵抗したので、暴君の秀吉が怒り狂った、
とうのが彼の解釈だ。この「日本史」では、外国人ジャーナリスト?の目で
当時の日本と日本人が体系だって観察されている。その点では信長と秀吉を
現代人の感覚で観察している目に近いと言えるのである。更に、信長の
最期の姿が仲間の宣教師から九州にいたフロイスに詳細な報告が入る。 
 それによると、ー 1582年、6月21日、本能寺の変が起きる。明智方は本能寺
を襲い、「手と顔を洗い終えて身体をふいている信長」を見つけて背中を射た。
信長はその矢を引き抜き、長刀を手に戦ったが、「腕に銃弾を受けると、自らの
部屋に入り、戸を閉じて、そこで切腹をしたと言われ、また他の者は、彼は
ただちに御殿に放火して、生きながら焼死したと言った」更に、「我らが知って
いることは、その声だけでなく、その名前だけで万人を戦慄せしめていた人間が、
毛髪といわず骨といわず灰燼に帰さざるものは一つもなくなり、彼のものと
しては地上に何ら残存しなかったことである」と・・・
 ー  生々しい信長が直に伝わってくるようだ。 


5086,タガメ女の正体  ー

2015年02月16日(月)

         ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、
捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も
吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜
 ≪ タガメとは、体長5〜6・5僂瞭食の大型水中昆虫 ・・
 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。
琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと
撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田
風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。
 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。
場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる
のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。
 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。
そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ
と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。
タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、
「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは
ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。
体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。
番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮
しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿
とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。
 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。
自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった
ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 
 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』
 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない
ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは
といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、
ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫
▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される
 タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」
と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを
パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に
見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙
・・・・・
4721,末期がん、その日のための予習を ー5
2014年02月16日(日)
     ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
 死にいく者を見送るのは辛いが、最も重要なこと!見送る方も、その経験が
自分自身の末期の予習になる。父が余命一年と身内に宣言され、それを察知した
父親の死への不安と恐怖を身近で感じ取った。そして現在、ほぼ同じ年齢に
なり、自分にも、同じような事態が、さほど遠くない近未来にやってくる。
御陰で、長年かけてその時に対し、多くの知識を入れてきた。その時は、
その時だが、長年かけて積み上げた知識は生きる意味を学ぶことであった。
 最後は何もかも失ってしまう人生の残酷さ。これを前提に生きれば、
何事も捨身で立向かうことが可能だったが?
  * 第四章 だいじな人との貴重な時間
・患者は病気のことを話したがっている ーだから、患者の集まりがにぎわう。
               (患者を人間、病気を自分に置き換えられる)
・親しいからこそ話せないことがある ー「がん哲学外来」も、そのためにある。
                  (だからがん患者の体験談の本が売れる)
・患者の日常を支えるのは家族    ー死を前にした生への欲求の乾きを
                    満たすのは家族でも無理!
・30分間黙ったままいっしょにいられる関係 ー傍にいるだけで、来てくれる
              だけで充分。孤独地獄の中、藁をもすがる思い。
・「する」ことより「いる」ことのやさしさ ー御隠居生活の移行は、
              「何かをする」から「世に存在する味わい」へ。
・家族にも見えにくい患者さんの本心 ー当人と、周辺の人の理解は至難の業!
                   割り切るしかない?
・愛しているなら心配するなー心配と愛情は違う。家族は愛情で包むしかない!
・正論が正しいとはかぎらない、  ー家に帰りたい!に対し、同じ無理でも、
                   言い方一つで、傷つけない注意を!
・「がんばれ」が患者の負担になることもー「がんばっているのに、がんばれも」
・家族の「交替要員」はいない ーだから、最期まで見送る覚悟を立てるしかない。
・患者を「第一」に考える ーそのためには、当人にとっての優先順位を考える。
・家族の思いより患者の思い    ーだが、その立場の違いは無限大。
・がんを誰に知らせるかは状況次第 ー患者の立場になって。
・病院への遠慮はいらない     
・病気になる前にしておくことがある ーこの「その日のための予習」は、
                   その最たるもの。
▼ 末期がんのための予習も、変なものだが。とはいえ、その時になって
 からでは無理。死刑宣告と、ほぼ同じ。自分一人が、突然、奈落の底に
落とされ、絶望と、恐怖に、恐れおののくのである。そこで、人間は神を
創作し、常に共にいてくれ、最後は天国に召されるという物語の刷り込みを
数千年にわたり、してきた。最後は、神様にすがるしかない弱い存在が、
知識を持ってしまった人間である。
・・・・・
4354, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー6
2013年02月16日(土)
 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
   * 感動体験を書く
「言葉にならないほどの感動」は数限りしてきた。言葉にしてないが、
感動の場面は脳にシッカリと刻まれているので、それを言葉に替えて文章
にすると、当然よい文章になる。人生を振り返ってみて、自主独立に過ごせた
ことと、感動を目いっぱい経験できたことが、何よりも変えがたい。 
 ー以下は、そのあたりを纏めたものー
≪ 感動したことを思い出し書きなさい、感動したことは忘れない。
 高校時代の同窓に小学校の先生をしていた女性がいます。彼女はやはり
「作文は感動したことを書かせることよ」と話していました。子どもならず
とも感動した話というのは、人に話したいという思いが強いものです。
感動とは心を動かされること。自分の心が動いたということは、とりも
なおさず「そこに自分がいる」ということです。作文が主として自分自身
の表現であることを考えても、感動体験は最上の題材になる。 
感動には二つある。 外からの感動と内から感動です。外からの感動は、
映画をみたりTVでドラマをみたり、本を読んだり、人の話を聞いたりして
経験する。もう一つの内からの感動は、何かに挑戦して得られる感動です。
山登りや受験に合格したとか、達成感にかかわるもの。
 そこで感動と感激の違いというと、「感動」は大自然の美や映画、絵画など
価値のある他者に向けられたもの。「感激」は入試に合格したとかの自分に
かかわること。というと、感激も感動の範疇に重なる。 何かに「あっ!」と、
思ったら、そこに自分があると思えばよい。女性初の国会議員の故加藤シズエ
さんは、一日10回の感動をモットーにしていた感動人間でした。
彼女の対談集に興味深い話が次々と出てくる。「脳というのは不思議なもので、
普段はいちいち覚えたつもりがないことでも、感動して思ったことはどこかの
引き出しに入っている。誰が整理するのか、その脳が整理して必要に応じて
出てくる。なまじ、記憶で試験勉強で覚えたより、感動で覚えることの方が、
自分の身につくということ」という。 ≫
▼「感動した時に、そこに自分がいる」には、納得する。この在庫を多く持って
 いると、色いろな引き出しから、必要に応じあらゆる思い出が引き出せる。
感動体験を意識して文章化をしておくことは最重要のことになる。感動体験
の総体が、その人そのものといえる。感動は求めれば得られること。
特に大自然の懐で体験できる。それも、内なる経験は、そこへの旅路の行程を
乗り越えて、そこに至った喜び、そして、そこにしかない大自然の美しさの
感動が相重なり、至高体験になる。 そうこう考えると、まだまだ文章化をして
ないことになる。書くことが無いとは、書く能力が足りないということになる。
・・・・・・
3979, よかまん ー2
2012年02月16日(木)
  「‘11年版ベストエッセイ集’人間はすごいな」会田誠(美術家)
  ーよかちん節の由来ー
 これが??大学の大根踊りレベルだったら別に、そんなものだが、東京芸大
の宴芸というから中和される。それも自分の個展の入口に堂々と、というのも良い。
品のないこと?この上ないので人には話すことでないが、面白さは格別。
卑猥な芸?も、書き方一つで抵抗なく読むことが出来る。若い時節の男の性欲は
男なら分かるが異常に強い。それを酒宴で、露骨に踊ってみせるのも一興。 
神楽のヒョットコ踊りに、巨根の棒を振舞わして、オカメとの踊りを見たが。
その亜流だろうが、品はないが罪がない。 顔をしかめる人も多いだろうが、
よくぞ・・である。 ー前回の続きからー
≪ 美術大学に代々伝承されてきた宴会芸に「よかちん」があります。
 僕は今から四半世紀以上昔のこと、美大の新入生歓迎コンパか何かの席で
初めて見たように記憶しています。どんなものかというと、宴もたけなわな頃、
やおら全裸の男が登場し、一升瓶を股間に挟んだまま、手拍子をとりつつ
"数え歌"を歌い始めます。
「一つよかちん、なんじゃいな。ひねれば、ひねればひねるほど、よかちんちん。
 あ〜あよかよか、よかちんちん」 この「ひねれば、ひねればひねるほど」
のところで、一升瓶を男根に見立てたアドリブによる(この場合"ひねる")
ゼスチャーが入ります。口述的に受け継がれる芸なので、歌詞のバリエーション
は様々なようですが、僕が知っているところでは、数え歌は以下のように続く。
二つー振れば、三つー見れぱ、四つーよじれば、五つーいじれば、六つー剥けば、
七つー舐めれば、八つーやれば、九つー擦れば。そして十でとうとうよかちんちん
ー と結ばれます。つまりこのような色々な体験をさせれば、良いチンポ
(よかちん)に成長するという、まったくもって脳味噌パーな、でも憎めない
庶民的下ネタ芸なわけです。あと、どうやらルーツが九州ということもあって、
九州男児的マッチイズムの匂いもぷんぷんと漂っています。学徒出陣で出征する
美大生を「よかちル」で送ったという、泣き笑いの昔話をネットで見つけたので、
おそらく戦前からあったものでしょう。浪漫主義華やかなりし明治後期、
青木繁など九州出身者が東京美術学校(現・東京藝術大学)の乱痴気騒ぎの
飲み会で、郷里のお馬鹿芸を披露して喝采を浴びたーそんな空想を僕はして
しまいますが、もちろん定かではありません。いずれにせ、少なくとも僕が
美大生だった1980年代後半まで、油絵科を中心に脈々と受け継がれてきました。≫
▼ この後の文章に、よかちん節があるなら、よかまん節があってよいだろうと、
創作したのが面白い。私も、品位が邪魔をして?
  そこまで思いもよらなかった。一升瓶の代わりに、ザルとは・・ とは。 
Youtubeで調べたが、さすがに無かった。  ーつづき
 ・・・・・・・
3614, 哲学は死の練習になるか
2011年02月16日(水)
 * 哲学は死の練習になるか   ー木田元
死についての特集の中に、木田元の文があった。なかなか考えさせられる
  ーまずは、その抜粋からー
≪ 哲学者ハイデガーは『存在と時間』で「自己の死」についてこう述べている。
 自己の死は「誰にも替わってもらうことができないし、誰の助けを借りる
こともできず、それがくることは確実だが、いつくるのかは決まっておらず、
その先にまわってみることなど決してできない、自己の究極の可能性」と。
そしてハイデッガーは、人間にとって「本来的な生き方」とは、この自己の死を
不断に見据え、それに覚悟を定めて生きる生き方、つまり「死に臨む存在」
なのだと主張するのだ。・・・ 自己の死についてのハイデッガーのこの見方は
まことにユニークだが、まるで『はがくれ葉隠』のように、つねにおのれの死を
見据えて生きるというのが、いったいどういう生き方なのか、私にはうまく
のみこめない。自己の死についてのハイデガーのこうした主張に対しては、
少し年少のフランスの哲学者サルトルも『存在と無』で異論を唱えている。
彼にとって死は私のすべての可能性を無にし、私の人生からすべての意味を
除き去ってしまう、まったく不条理な偶発事なのである。彼に言わせると、
私の誕生が選ぶことも理解することもできない不条理な事実であるのと同様に、
私の死も、理解したり対処したりすることのできない不条理な事実なのだ。
ここで面倒な議論をする気はないが「自己の死」に関してだけは、私もサルトル
に一票を投じたい。こちらの方が私の感じ方に近いからだ。 ハイデガー自身、
『存在と時間』で持ち出した死生観の根にあるのは自分の個人的信念で
あることを認め、どんな哲学的思索も、結局こうした個人的信念を出発点にせざる
をえないのだと主張していたそうである。・・・つまり、私たちは生命の大きな
流れの中から飛び散った一滴のしずくのようなもので、しばらくはそうした個体
とし生きているが、やがてまた元の大きな流れに引きもどされ蕩々と流れてゆく。
それが個体にとっての死なのだ、とそんなふうに思うようになってから体調が
落ちて、あまり永くは生きられそうもないなという気分になったときも、
それほどジタバタしなくなったような気がする。こうした一種アニミステイック
な死生観を整理し体系化すると神道のようなものになるのではないかと思うのだが、
あまり体系化などしない方がよいのかもしれない。 本当に死が間近にせまった
とき、肉体的苦蒲のなかでこんなとりすましたことを言っていられるかどうか
自信がないが、これが今のところ私の死をめぐる想いである。≫
ー以上だが、言葉を持ってしまった人間は、他者の死を身近にみて、自分の死
を思い抱くようになった。死んだ人は、その瞬間に何もないが遺体が残る。
それが死と勘違いするから、妄想が起こるのだが、その妄想を理性で乗り
越えようとしても、それも無理の話である。木田元は、滔々と流れていく
大河に引き戻されて一滴が固体の死のイメージを述べているが、毎年同じ
木に咲く桜の花とも、それぞれのイメージがあるもの。
 ・・・・・・
3249, 最近のベーカリー事情
 2010年02月16日(火)
  * ベーカリーのファーストフード化
 数ヶ月前から週に2〜3回は新幹線の改札口に近いベーカリーで通勤途上、
昼飯用のパンを買っている。サンドイッチや、ナンで惣菜を包んだものや、
カレーパンなど種類が多くあり、値段の割りに美味しい。中でも食べられる。
300円から500円で済み、外食の半値で済む。他に構内スーパーにある弁当とか、
専門店街の菓子屋が売っているオニギリを買っている。その御蔭か週一も外食に
出なくなった。要は気晴らしに出ていた外食が面倒になったのだ。
 ところで、知人が「カテゴリーキラーの外食が新潟郊外の
青山に去年の暮れにオープンした」と話してくれた。
・テイクアウトも、イートイン(店内でも食べる)も出来るベーカリーで、
 レストランのような外観と、イートインのできる客席はレストラン風
・ポイントは、コーヒーが無料で、二杯目が20円
・家族3~4人で、1500~1800円で食事のできる店というのが受けている・・・
 その話を聞いて、「ラブラ万代の地下にあるベーカリーが、コーヒー無料
 にして、その脇にある自由食事スペースのテーブルと椅子をレストラン風
 にした感じ?」というと、その通りという。 成るほど、親子三人でパンや
 ミニピザを2〜3個ほど食べても、コーヒーが無料なら2000円以下で済む。 
 長岡と新潟の新幹線構内にあるベーカリーで、パンを買った
 (字数の関係でカット12年02月16日)
・・・・・・・・・
2009年02月16日(月)
2874, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −2
「規制されたモデル」といえば、戦後日本の20数年の日本経済のモデル
が理想であるが、これは成長モデルそのもの。結局は資本主義経済はバブルの
繰り返すしかないのである。その本質はネズミ溝であるからだ。
 その繰り返しの中で、自由と平等を如何に両立させるかという難しい問題は
人類の永遠のテーマと重ねる。突き詰めると、どれもこれも共同幻想。 
共同幻想でしか人類はコントロールできないとすれば、共同幻想の「正・反・合」
を繰り返すしかない。 更に前回に続いてポイントの部分を抜粋する。
 〜〜 
 *『自由放任的競争』から『規制された競争』
「ケインズが終生説いたのは、実は、グローバリズムへの警戒なのである。
『頽廃的で国際的で個人主義的な資本主義が世界をかけめぐり、国内経済
を破壊することこそ、彼は恐れたのである。『それは、知的でなく、美的で
なく、公正ではなく、有徳ではない。われわれは、それを嫌っている。
いまやそれを軽蔑し始めている』とさえ彼は書いている。
この『資本の気まぐれな浮動』から、一国の経済を守らなければならない。
(字数の関係でカット11年02月16日)
 ・・・・・・・・・
2008年02月16日(土) 2
 509, 新・知的生産の技術 −2
好感の持てる人である。東京の知人が言うには「最近、東京では健康を兼ねて
スポーツタイプの自転車でチョットした移動に活用している人が多くなる。」
という話を聞いたばかりなので、成るほどと感心した。この人の場合は、
携帯用のナビまでつけている。ナビは個人の行動まで自由にしているようだ。
ここまで電子機器が発達し、ソフトも高度化したなら、己を空しくして逆に
無駄取りをして合理化に徹したほうが良いに決まっている。その意味で、
この本は批判が多いかもしれないが、見習うべきことがあまりに多い。
ここまでグーグルが世界に支持をされるには、それなりの内容があるはず。
なら、限度のある自分を徹底的に排除をして、己を空しくして圧倒的なベスト
に従ったほうが良いという彼女の問いかけが、シンプルで訴える力がある。
・補助脳としてのパソコン
・フォトリーディング、親指シフト、マインドマップなど、自分のOSを整え
・アナログとデジタル入力のバランスを使い分け
・マスメディア情報を減らし、実体験、他者体験、良書を三大情報源とする。
・自分以外の感覚器、特に耳をもっと活用する
・そして睡眠はよくとり、運動をよくする
だいたい、これにブログや日記、メモをよく取ること、これが言いたいこと。
大部分が進学にエネルギーの大部分の人が取られているとき、このような
合理性で自己研鑽に勤めれば、そこそこのことが出来ることだ。


5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜③

2015年02月15日(日)

    * 真の友人    【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、
仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に
一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的
に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、
ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で
ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、
何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー
≪  ある日本人がドイツ人に尋ねられた。
 「あなたに友人はどれくらいいますか」
 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、
 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 
  ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 
 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人――
 この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。
 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。
  ドイツ人が驚くのも無理はない。
 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。
 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。
 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。
  しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、
 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても
 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に
 めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫
▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、
 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには
 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、
 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は
 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。
 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。
・・・・・・
 720,シェールガス革命 ー1
2014年02月15日(土)
 数年来、アメリカのシェールガス革命がマスコミで取り上げられた。
アメリカ国内で格安のシェールガスが生産され、エネルギー確保のための原油
輸入から解き放された。その反面、恩恵を受けていた中東やロシアが、原油価格
は下がり続けることになり、世界のエネルギー市場の構造は一変すると予想。
しかし、地下水などの環境汚染問題が出てきている。何事も負の側面は付く。 
 ーあるレポートが、その辺りを詳しく述べているー
   * シェールガス革命がもたらす、5つの大変化  ー泉谷渉
《 現在、アメリカを中心に起こっている「シェールガス革命」は100年に
 一度の大変化と言われている。それはこの変化が単なるエネルギー分野に
おける変化にとどまらず、産業、社会、政治・外交などあらゆる分野に及んで
いくことが予想されているからである。それゆえに「革命」と言われるのだ。
では、今後、シェールガス革命が本格的に進行していくことで、具体的に
どのような変化が起こるのだろうか。次の5つの点を中心に、
この大変化の行方を読み解いていきたい。
 シェールガス革命で起きる「5つの大変化」
1)アメリカ経済は金融、製造業ともに復活し、世界経済をリードし続ける
2)シェールガス革命に伴う大規模投資で、日本の技術力が必要不可欠に
3)資源価格の下落によって、国際関係のパワーバランスに大変化が生じる
4)エネルギーコストの大幅下落で、航空産業が飛躍的に成長する
5)エネルギーコストの下落は製品価格を押し下げ、デフレが深化する 
 まず、安価なエネルギーを手に入れたアメリカは、急速に経済を復活させるに
違いない。現在、アメリカは幾つもの大型ガス火力発電所を建設し、電力会社の
統合を進めるなど、シェールガス社会へ向けて産業シフトを急ピッチで進める。》
▼ 以前ほど原油価格にマスコミが敏感でなくなったのは、このため。
 また急遽、ロシアのプーチンが北方領土などで軟化をしたのは、日本にガスを
売りたいため。日本近海にも世界有数のメタンハイドレート埋蔵量を持つとされる。
本州、四国、九州といった西日本地方の南海トラフに最大の推定埋蔵域を持ち、
北海道周辺と新潟県沖、南西諸島沖にも存在する。日本海の尖閣・竹島を始め
とする領土問題は日本海側のメタンハイドレートが目的とされている。
・・・・・・
4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー5
2013年02月15日(金)         
 * 「人プラス物」で書こう!    
       「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、
「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、
その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと
浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても
けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 
 ・・ こんな川柳があります。
  歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは
 こんな句を詠んでいます。
   夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉
 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。
洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢
していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って
いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて
笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に
亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな
形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。  
 こんな川柳もあります。
   亡夫の靴へふと足入れてみたくなり
靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。
「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン
で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』
の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。
【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、
病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ
という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座
通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に
嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の
まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、
よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。
そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす
と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】
▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって
くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、
「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の
組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男
だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が
現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。
物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の
ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと
驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。
「人プラス物」に、僅かな金か〜 
・・・・・・
2012年02月15日(水)
3978, よかまん
  * よかちん節
 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、
何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て
くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」
か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、
ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を
股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。
 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを
見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が
浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’
人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大
の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」
でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 
次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、
ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・  
 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす)
ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
とお  十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ 
 とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに!
  ・・・・・
3613, 旅ばなし 小題
2011年02月15日(火)
  * マッターホルンの登山ツアー
 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。
それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。
ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。
140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に
4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが
先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、
登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって
試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ
コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して
死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス
を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る
パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、
学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。
スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく
左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない
リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。
天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。
ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、
深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。
 ・・・・・・・
3248,  閑話小題 
 2010年02月15日(月)
 * 力量と品格
 朝青龍の引退について、少し前になるがNHKで特別番組を組んでいた。
その中で「強さが抜群だが、品格に問題だが、その品格というのが、いま一つ
分からない」と、解説の元横綱の北の富士が話していた。「国家の品格」という
本もあり、それについて書いたことがある。「知識とか経験の裏づけから滲み
出る人間性」と、私は理解している。その番組で、北の富士氏は
「一般にいう常識を守ること」と述べていた。一般でいう常識とやらも何だか
分からないが、知識の裏づけのない常識ほど己を抹殺してしまうものはない。
大相撲は品があっても、強くなければ誰も認めない。強い上に、神秘的な綺麗な
オーラみたいなのが出ているイメージを品格というのだろうか。相撲は、神事
に後に余興で力比べをしたことから始った。儀式の一つだから、歌舞伎みたいな
神秘を保っていなければならない。それも、その最高の位にいる横綱は神秘的
イメージも必要というのも理屈である。
  * その人物を知るには
その人物を知ろうとしたら、
・子供時代に、どんな環境かー家族構成と自分の立ち位置(長男、次男・・)
・学生時代など、青春時代に何を求めていたのか? 人生に何を求めたか、
・何を恐れ、何に笑い、何に怒り、何を喜び、何を悲しんだのか、
・何の仕事をしてきたか、
・仕事以外のときに何をしているのか、
・誰を愛してきたか、
・それぞれの時代の友人は、どんな人だったか、  
・奥さんが、どういう人か、子供がどのような人物に育っているか、
・本棚には、どの本が並んでいるか、
  人生を振り返れば自分の外枠が見えてくる。
・・・・・・
2873, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −1
2009年02月15日(日)
「もはや成長という幻想を捨てよう」ー佐伯啓思  
 中央公論 08年12月号が、なかなか説得力のある内容であった。   
  ーまずは、そのいくつかを抜粋してみる。                    
「今回の経済危機の原因は長期的に見ると、20世紀を通じて続けてきた
アメリカ型資本主義による経済発展の行き詰まりである。 資本主義の本質は、
物的生産力を無限に拡張していくことにある。だが先進国では70〜80年代
に社会が成熟段階に達してしまい、人々がさほどモノを欲しがらなくなった。
その結果、製造業に投資しても大きな利潤が出ないので、余ったカネを金融市場
に集めてバブルを常に起こすことで、経済発展をしてきた。人々が高いお金を
払ってまでも手に入れたいと思う『モノ』がもはや亡くなりつつある、という
ことであろう。だからそ、製造業は、過酷なまでの価格競争によって、価格を
下げるほか無いのである。・・
今日、『経済活動の過剰』という問題に真正面から取り組むべきではなかろうか。
確かに、今日、資源はますます希少となり、食糧も希少化しつつある。
食糧の奪い合いが始まろうとしているし、アメリカ人は借金をしてまで
貪欲にモノを買い続けている。人間の欲望は無限であり、モノは有限である。」
  ーー
「グローバル化の第2の波である帝国主義の真相を、英国の経済学者である
ボブソンは恒久的な消費の低下にあると見ていた。・・ケインズこそ、現代
資本主義の最大の問題を消費の低迷に見ていたのである。かくも豊かな社会が
到来すれば、人々はもはやその関心を『モノ』には向けなくなるであろう。
その結果、消費は低迷し、それが資本主義の長期的停滞をもたらすだろう、
というのがケインズの予想であった。『豊かさの中の停滞』である。
豊かさのまっただ中でこそ資本主義は深刻な問題を生み出す、というのである。」
  ーー
「『貧困への恐怖』と『豊さへの渇望』がもはや経済活力の源とならない。
・・もしそうだとすれば、規制緩和や市場競争促進政策は、いっそうの生産能力
過剰をもたらすだけのことであり、それに伴う有効な需要の伸長がないとすれば、
よほど無理なコスト競争、価格競争をしなければ企業は存続できないであろう。
(以下字数の関係でカット 12年02月15日)
・・・・・・・
2008年02月15日(金)
2508, 世界をだました男
 「世界をだました男」 (新潮文庫)    ー読書日記
         フランク アバネイル (著), スタン レディング (著),
以前にビデオレンタルで借りてみたが、あまり印象に残っていない。
先日たまたま図書館で借りてきた後に、アマゾンの中古本を買って読んだが、
なるほど面白い!殆どが実話というが、さかりのついた男のあの手この手の
必死さが面白い。色いろな示唆のある内容で満ちている。この内容の概略を
まとめるだけの価値はある。生粋の詐欺師の話として割り切って読むと面白い。
政治家は、この手の詐欺師まがいが多いのは見ているとわかる!
ーー
6歳から21歳までアメリカやヨーロッパで詐欺を繰り返して二百五十万ドルを
荒稼ぎだした。連邦刑務所で服役後、数々の職業を経て、その手法を逆手
にとって詐欺対策コンサルタントに。(以下字数の関係でカット09年02月15日)


5084,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー⑤

2015年02月14日(土)

   * 夜明けのスキャット −⑤
 一昨日の夢が奇妙! ある男、昨年、ガンになって、慌てふためいていた。
誰かの弱り目をみると、攻撃をしないでいられない性分。ビジネスでも、強者
にはヘツライ、弱者を叩くのが幸い?してか、一応はミニ成功者?で、会で顔
をあわせる度、三度続けて嫌味。その結果?ガンか、大事故?と予知したら、
ガンの結果。 ところが、その会の幹事会があると、先日、電話が入った。
 それもあって、早速、その男の夢をみる事になった。 〜その荒筋は〜
≪ その男が暗い部屋で独り座って、死の恐怖に恐れおののいていた。
 そこで急に仏心がおきて、『どうすべきか教えようか?』と、話しかけると、
『頼む!』と。そこで、『身辺整理を直ぐしなさい。始末は自分でしか出来ない
こと! 残される者にとって、死後、予め整理した分、楽になる上、その行為
そのものが、死の恐怖を和らげる。』と。ところが本人、急に表情が硬くなり、
苦悶の様子。複雑な家庭環境があるのだろうと思ったところで目が覚めた。≫  
 脳は奇妙な物語をつくるもの!(思いこみで)善意を押し付けるべきでない
ことが、ここから学べるが、まあ「身辺整理」という言語が出てきたもの。
   * この奇妙な違和感は何?
 幸福な貧乏人も、不幸な金持ちも存在する。もちろん幸福な金持ちも、
不幸な貧乏人も存在する。 実際に倒産に至って実感したことは、自分も
倒産=悪、と思い込みが、実は過ち!と、この経験であい知った。
 何事も、良い要素、悪い要素が積み重なる重層構造がある。「資金繰などで、
身動き出来なくなる前に、予め到達ラインを決めておいての決断が悪い!」
というなら別だが。倒産=悪の固定観念が中小企業の過半数近くの資金繰り
地獄を招いている。そういう人たちこそ、諸手を挙げて喜ぶから始末が悪い。
その辺が当事者として大きな違和感が生じる。「まさか(坂)自分が!」は、
企業も、個人も、避けて通ることは出来ない坂。 私も含めて、あまりに
ブラックスワンに、無防備、無準備、無知過ぎ! しても同じ? いや違う!
・・・・・・
4719,「余命3カ月」のウソ  ー3
2014年02月14日(金)
 * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 
 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を
矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら
しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー
《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ
 ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が
なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が
ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節
1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。
 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を
本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命
3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。
迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした
「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、
がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の
一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し
つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長
の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」
とつぶやいたそうです。・・・ 》 
▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど
 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの
逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に
宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して
もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、
死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。
死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを
うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に
繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。
酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 
神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから
生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫
に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、
数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。
・・・・・・
4352, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー4
2013年02月14日(木)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * 独自の視点の手立て ー納得/共感/驚き・不思議
 以下は、著者が新聞や雑誌の切り抜きを、「なるほど、納得したり、そう、
そのとおりだ、と感じ入って共感したり、そんなことができるんだ、と驚いた
ことなど」を、納得/共感/驚き・不思議三つのファイルにした中から
選んだ抜粋。分かりやすく納得する。
≪ �納得 ー漫画家・黒鉄ヒロシー たとえば酒場で男女が別れ話をしていて、
 どっちの話を聞いても真実がわからない。 そこにバーテンダーが、
「2人ともバカなんですよ」と言われて問題がす〜と氷解することがある。
 取り入れなければならないのは、このバーテンダーの視座でしょう。
  �共感  ーホスピス医・徳永進ー  日常生活ほど幸せを作るものはない。 
 勤務医のころ、「死の前にしたいことは何ですか」と聞いたら、
「道を歩いてみたい」と言った女性がいたんです。きっと素晴らしい道に
違いない、とついていったら、ありふれたアスファルト道路。右に曲がると、
スーパーがある。いつもの買い物をしてご主人の酒のつまみを作る。
日常が命を支えてるんです。
  ーエッセイスト・岸本葉子ー  覚えている景色があります。
手術して一年もたたない夏の日、マンションの猫の額ほどの庭に下り、草むしり
をしました。汗をかき、終わってきれいな庭を見たらとても満足感がありました。
草むしりとがんは直接関係ありません。しかし、その時「ストレスの原因を取り
除けなくても、スーレスを軽減することはできるのではないかと思いました。」
 �驚き・不思議  ー明治大学教授・諸富祥彦ー(若いころ、ドン底の気分で、
電車にび込みそっになった。どうして思いとどまることができたを自ら語って)
心理学を勉強していてよかった。脱同一化という手法です。一歩下がって自分を
眺める。例えば、「死にたい自分はそこ、私はここ」と、大きな声で言うのです≫
▼「独自の見方」も3つに分類しておくと、自然とテーマが浮き上がってくる。 
 驚き・不思議の意識を持ち世界や、ネットを見れば、数限りない情報が広がる。
そして、共感し、納得する。驚き、感動する心こそ最重要になる。「納得/共感
/不思議・驚き」のキーワードを頭の棚につくっておき、目にふれた情報を、メモ
するか、切り取り、ファイルすれば、テーマのネタ探しのベストの習慣づけになる。
・・・・・
3977, 人生を振り返る時節に
2012年02月14日(火)
 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。
一年近く前に会社も倒産し、事業人生えを終えてしまった。後悔も、未練
も全くないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち
着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 
子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 
大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も
独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から
住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、
それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく
右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の
バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業
も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが
出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。
しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 
時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 
で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が
背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性
老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、
中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし
面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!
・・・・・・・
3612, 無縁社会
2011年02月14日(月)
「無縁社会 〜新たな“つながり”を求めて」NHKスペシャル 2月11日
  =内容=
‘社会に居場所がない’―― ‘無縁’となる人たちは高齢者だけでなく、
すさまじい勢いで低年齢化し、日本列島に無縁社会が広がっている・・・。
「未婚で高齢の親と同居しています。私も無縁死するかもしれません」
「介護で仕事をやめざるをえなくなりました。日々、自分は無縁だと感じます」
無縁社会の放送を見てNHKに寄せられた一万件を超える声。多くは20代から
50代の働き盛りの世代からだ。未婚、離婚、失業、職場での人間関係の希薄化。
若い世代を無縁社会に引きずり込むきっかけはあらゆるところに転がっている。 
この世代に広がる自殺や心中。無縁化した若者たちが社会での居場所も、自分
の存在意義も見失い「無縁死せざるをえない、無縁死してもかまわない」
と考えるようになっている深刻な現状が浮き彫りになる。‘心の居場所’を
作りたい―無縁化した人たちが再び、社会とつながるための様々な試みを通じ、
無縁社会を乗り越えるための処方箋は何か、解決の道筋を模索していく。
▼ この金・土曜日の二日間にわたり、ゴールデンタイムにNHKで放送
されたが、考えさせらる内容だった。知人に孤独死で亡くなった人がいたが、
これは誰もが今後起こりえる問題。 ここでは、正社員をやめさせられ、
非正規社員をしながら食い繋いでいる中年に差掛かった人たちを追っていた。
 また自分が社会から必要とされてないのでは?という挫折感が心底の重しに
なっている。 「縁」という言葉は日本特有の言葉。 一神教の世界では、
絶対神 X を発明し、常に祈ることで神様と共に生きている。 
 聖書が常に傍らにあり、休日には教会に行けば、そこには信者仲間がいる。
しかし日本には身近な周辺の因縁社会が、その役割を果たしてきた。
しかし最近ではプライベート的には、会社も、近所の人たちとの関わりあいが
希薄なってきている。 その中で縁を作るのも並大抵でない。一神教徒から
すれば、その辺がリアルに見えてくる。しかし、彼らの切実な叫びから
聞こえてくるのは凍り付く孤独感。ふと孤独死をした知人の魂が
「御前さん分かるか、この気持ち?」と語りかけてきた気がした。
が、最期は誰もが独り死ぬ。仏様の像の小指と死にいく者の小指に赤い糸を
結んで見送る風習があるが、やはり最後は神様しかないのか。
そういえば無縁墓を両親に頼まれて、毎年、ひとつお参りしているが・・
 ・・・・・・・・
3247, 時事放談
2010年02月14日(日)
 アメリカの露骨な日本タタキが始った。小沢、鳩山の次はトヨタのバッシング。
国内でも時を待ったようにプリウスが槍玉に上げられた。アメリカにとって丁度
良いネタ。次はドル安、円高圧力の再開である。日本を揺さぶるなど朝飯前、
次は年度末にかけて株式あたりの揺さぶり。アメリカの海外に向けての揺さぶりは
北朝鮮かイラン。中国も上海万博までは景気を維持するだろうが、その後の反動期
に狙われる。中国人は「流砂の民」。まとめようとしても 指の間からサラサラと
落ちてしまう。大きな権力で枠組をつくっておかないと体制は崩れてしまう。
しかし20数年続けてきた「一人っ子政策」のプラス面もある。下々は底から
這い上がりたい一心に両親が二人がかりで全エネルギーを注ぎ込む。 
本人は堪ったものではないが、エネルギーが 集中されるから教育効果は大。
日本は、その間にアメリカの骨抜き政策の効果で「ユトリ教育??」が完成。 
(字数の関係でカット2012年02月14日)
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2872, 貧困率 
2009年02月14日(土)
 最近になって、「貧困率」という言葉が話題になることが多い。
 −そこでウィキペディアで調べてみた
  貧困率は、「絶対的貧困率」と「相対的貧困率」とに大別される。
・絶対的貧困率
 当該国や地域で生活していける最低水準を下回る収入しか得られない国民が
 全国民に占める割合の事。相対的貧困率よりも実状を反映しやすいという
 特徴があるが、逆に言えば、「生活していける水準」をどのように設定するか
 によってさまざまな基準があり、設定者の主観が入りやすいという危険を持つ。
・相対的貧困率
 国民の経済格差を表す指標で、「年収が全国民の年収の中央値の半分に
 満たない国民の割合」の事。絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が
 入りにくい。しかし絶対的貧困率と異なり国によって「貧困」のレベルが
 大きく異ってしまうという特徴を持つ。この為裕福な国Aにすむ人が
 相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、貧しい国Bにすむ人々よりも
 ずっと豊かな暮らしをしている、という事もありうる。よって相対的貧困率は
 「貧困率」という名前であるが、貧困を表す指標ととらえるよりも国民の経済
 格差を表す指標ととらえたほうが正しい。
 −−以上だが、貧困率がアメリカは17パーに次いで、日本は15パーの二位。
 アメリカでは黒人・ヒスパニック系が25〜30パーセントに対して白人は10パー。
2000年には日米ともに13・5パーだったことから、その数字はジワジワと上がる。
社会保障の行き届いている北欧はわずか5〜6パーからみれば、異常な数字。
現在の日本の平均収入が307万円だから、大よそ150万がラインだが、実際には
月15万×12ケ月=180万辺り。総中流時代という言葉が懐かしい時代になった。
「ゆとり教育」の世代が社会の中核になってきたが、ますます貧富の差が大きく
なる要素が増えてしまった。 とはいえ社会主義政策の結果の総貧困社会も困る。
社会主義者は現在でも、やり方が間違っていただけと言ってはいるが・・
貧困の恐怖が人間のエネルギーの元になってきたが、それさえ感じられない世代
を「ゆとり教育」が作りあげてしまった。結果として、能力カースト制度を子供
時代から作り上げてしまった罪は大きい。国が衰える背景には、マイナスの
重なりがある。情報社会は、格差の実態をアカラサマに露出するから鬱積が
溜まり爆発するのである。自由主義の拡大は、結果として豊かになる自由もある
が、貧困になる自由もある。「自由、平等、博愛」は人類の永遠のテーマ。 
これも動物である限り共同幻想ということ?
・・・・・・・・・
2008年02月14日(木)
2507, 地頭が良い人      b(’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?
 私の知人に何人か、地頭の良い人がいる。本人も自身の地頭の良いことを
自認している。これは学歴の高低ではなく、彼は常に何かを目標を立てて、
ポイントを把握して、最重要順に実行する手順に入る習性が身についている。
人生の節目を知っており、その時節には自然と変身を始めている。こういう人は、
人の話を良く聞く。そして、その話(情報)を、己の言葉に置き換え行動の手順
に置き換える。小林秀雄の「無私の精神」という文章に行動家の精神パターンを
書いていた。行動家は無私の精神構造になっていて、全てを知った上で、己を
抑え目標を達成する。ある意味で、それをゲーム化をして楽しむことのできる人。
ところで、昨日の日経新聞の新聞広告に「地頭を鍛えるー問題解決に活かす
『フェルミ推定』」−という本があった。気になったので、アマゾンで内容を
調べてみた。買うほどの内容ではないが、一応、概略を私なりにまとめてみた。
 ==
 地頭力とは「未知の領域で問題を解決していく能力の事で、環境変化が激しい
過去の経験が未来の成功を保証するとは限らない現在において重要な 能力と
定義される。まずは、IT化によって手軽な情報を安易に利用してコピーする
『コピペ族』が増加しているが、真に頭を使いこなす者は減少していると
前書きで述べている。地頭力の本質は、「結論から」「全体から」「単純に」
考える3つの思考力である。すなわち「結論から」考える仮説思考力、
「全体から」考えるフレームワーク思考力、「単純に」考える抽象化思考力だ。
地頭が良い人とは この3つの思考力は鍛えることができるものであり、地頭力を
鍛える強力なツールとなるのが「フェルミ推定」である。「シカゴにピアノ調律師
は何人いるか?」。こうした荒唐無稽とも思える問いへの解答を導き出す考え方の
プロセスを問うのが、「フェルミ推定」だ。「フェルミ推定」と呼ばれるのは、
「原子力の父」として知られ、ノーベル物理学賞受賞者でもある、エンリコ・
フェルミ(1901~1954)に由来する。本書では、「日本全国に電柱は何本あるか?」
といった例題やその解答例から「フェルミ推定」のプロセスを紹介しつつ、
「好奇心」「論理的思考力」「直感力」という地頭力のベースとそれらのベース
の上に重なる仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力の3つの構成要素
とその鍛え方を解説している。」未知のテーマに向かうとき圧倒的に効率よく
対処する方法、思考力を 鍛えるための方法、仕事のアウトプットを増やす方法
として大変参考 になる。特に「完璧主義」的傾向のある人はこういう現実的な
やり方 もあるのだということをインプットしておくことはきっと自分の能力
をさらに高めるきっかけとなるのではないかと。地頭力とは「未知の領域で問題
を解決していく能力の事で、環境変化が激しい過去の経験が未来の成功を保証する
とは限らない現在において重要な 能力と定義される。「フェルミ推定」とは 
把握する事が難しく、ある意味荒唐無稽ともいえる 数量について何らかの
推定ロジックによって短時間で概数を求める方法です。
(字数の関係でカット2012年02月14日)


5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー②

2015年02月13日(金)

   * 新幹線の実質大幅値上げ
 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット
を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 
3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 
 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日
通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない
としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため?
それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら!
 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、
農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 
 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。
昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、
お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか?
晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・
 TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。
地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。
家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 
を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが
あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。
 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が
あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。
 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが!
・・・・・・
4718,「余命3カ月」のウソ  ー2
2014年02月13日(木)
* 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 
 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。
ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。
健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。
そういわれれば思い当たることばかり。  ーその辺りをまとめてみるー
・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、
 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。
「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは
 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で
 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、
 眠りからさめると性格が変わるケースがある。
・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。
・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が
 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。
 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの
 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、
 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。
・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤
 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に
 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。
・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき
 でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな
 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、
 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。
・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの
 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、
 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の
 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、
 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。
・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに
 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、
 延びた分、喜ばれるため。
▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され
 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は
2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。
還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、
最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい!
が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」
・・・・・・
4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー3
2013年02月13日(水)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何?
 そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を
書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 
まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。
一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが
見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に
「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 
  ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー
≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章
 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの
言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、
意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。
文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ)
文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる
文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて
書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が
文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。
 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。
文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に
起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。
そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質
の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が
必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト
します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の
最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された
自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは
そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした
とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。
なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も
言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。
また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す
ことです。 ・・・ ≫
▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と
 して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。
記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く
のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き
を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 
記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして?
・・・・・・
3976, 閑話小題
2012年02月13日(月)
  * 冬は濁り酒と辛口の酒のミックスに限る
 二年ほど前から10月から3月にかけて、濁り酒と辛口の酒を一対一の混ぜ
合わせて飲んでいる。濁り酒だけだと甘過ぎ、かつ癖が強いので、何気なく
紙パックの酒を混ぜてみたところ、これが良い。濁り酒は菊水酒造の「五郎八」
(1980円)。辛口は全国ブランドの普通酒を混ぜ、燗にする。
これに水代わりでノンアルコールビールを一本飲む。これで、酔いが襲ってくる。 
濁り酒も色いろ飲んでみたが、値段の割りに「五郎八」が美味い。混ぜ合わせると
水割りにしたように和らぐ。慣れると麹の深みを感じる。一挙に酔いが回るため、
つい飲み過ぎることもない。3千円と千円の酒のミックスと、二千円の酒は、
どちらが美味いのだろうか? 以前、事務所の飲み残しの酒、何種類かを一本の
瓶に入れて冷蔵庫で寝かせて飲んだことがあるが、それが極上の味。
「吉田類の酒場放浪記」という番組で、京都の居酒屋の女将が色々の種類の酒を
カメに入れて当店ブランドにしていた。 自分ブランドは一合パック二つを
混ぜれば可能である。濁り酒と辛口酒のミックスは自分ブランド酒をつくって
いたのである。 混ぜないで二つを交互に飲んでみたが、辛口が負けてしまう。 
ケチ臭い話だが、話題としては面白い?ホットビールとか、焼酎のビール割とか。
 ・・・・・・・
3611, 大相撲八百長事件 ー3
2011年02月13日(日)
 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や
パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 
お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万
と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死
が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。
まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、
今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を
公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が
日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。
だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして
幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が
いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。
一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した
コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男
が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。
幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて
楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。
初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち
星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。
見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを
している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に
なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に
気をつけた方がよい。
・・・・・・・・
3246, 新・欝の時代  −2
 2010年02月13日(土)
  * 「うつ」9つの症状
 うつ病について何度か書いてきた。私は、うつ病は、普通の風邪や胃腸病
などと同じで、精神も発熱したり、傷口が化膿するのは自然であり、手当てを
すれば治ると思ってきた。 知人に、重い躁鬱の人がいたが、医者より私の
見立てに信頼を置かれ、20年近く相談にのった。数年前に癌で亡くなったが、
それは見ていても気の毒であった。「精神の束の大元が制御不能になってしまう」
というのが私の捉え方。その時は病院に入るか静養をとって回復を待つしかない。 
うつ病はれっきとした病気。うつ病は「気分がひどく落ち込んだり何事にも
興味を持てなくなったり、おっくうだったり、なんとなくだるかったりして
強い苦痛を感じ、日常の生活に支障が現れるまでになった状態」。この状態は、
日常的な軽度の落ち込みから、重いものまであり、原因について諸々ある。
「悲しくて苦しくて涙がこぼれ落ちそうになり、胸が強く締めつけられるような
状態が何日も、時には何ヶ月も続くという。うつ病は、内因性うつ病と、
心因性うつ病とに分けて考えられていた。しかし、内因性うつ病でも発症の
きっかけとなる心因があることが多いため、症状の形で分類されるようになった。
 *うつ病の基本的な症状は以下のようなもの
            (○は大丈夫、 ×はその傾向あり、 △は少し)
1.強いうつ気分    ○        2.興味や喜びの喪失    ○
3.食欲の障害     ○        4.睡眠の障害       ○
5。精神運動の障害(制止または焦燥)○  6.疲れやすさ、気力の減退 ○
7.強い罪責感     ○        8.思考力や集中力の低下  ○ 
9、死への思い     ○ 
 このうち、5つ以上が、二週間以上続いた場合に「うつ」と診断される。
私は最近、少し欝っぽいと思っていたが、全部○、全くの思い込みだった。
(1、の強いうつ気分)が、(少しうつ気分ぎみ)だけのこと。何かガックリ?
 ときた。 4つが△なら、軽いウツとってもよいが。 高島忠雄や、小川宏の
「うつ」の症状を聞くと凄惨である。恐慌の時代、ある日突然に株と国債の暴落、
それからくる経済麻痺が何時起きても不思議でない。大部分の人にとって、
生活環境が激変する可能性がある。数年前の調査では、国内のうつ患者は
250万〜300万人とされ、今では500万人の可能性も。高齢者の大部分は、
老人性鬱症という。生老病死の問題が身近になれば仕方がないが・・人生の秋か!
  ・・・・・・・・
 2871、 構造改革路線の罪
 2009年02月13日(金)
「文藝春秋・三月号」や、昨日の読売新聞に、構造改革推進派だった
三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が、新自由主義からの
「転向」宣言を寄稿している。
*まずは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのブログに、彼のコラムが
 載っていたので、要所をコピーしてみる。
「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という
新自由主義的な発想に基づく「改革」は無責任だし、危ないのではないかという
ことを強調したいのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を
招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの
間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。
そのほかにも医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の
「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放って
おいてよいのかという問題意識である。 新自由主義的改革においては、
「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下
「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、
それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、
「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった
新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく日本のよき文化的伝統や社会
の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることが
できるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけ。
そのための方向性はもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、
「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が
社会から脱落していくのを防ぐこと。 このことが重要なのは、「日本の奇跡的
成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考える
からである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、
日本の良さが失われるだろう。 (字数の関係でカット2011年02月13日)
・・・・・・・・・
2008年02月13日(水)
2506, 新・知的生産術 −1     ≪( \(・ω・)/ )≫オハヨゥ☆
 効率が10倍アップする新・知的生産術 ―自分をグーグル化する方法 ー
                   勝間 和代 (著) ダイヤモンド社
 本屋で何度か立ち読みをしたが、「自分をグーグル化する方法」という言葉
が気になって思い切って買った。買うほどの内容かどうかは人によるが、参考
になる部分は多くあった。経済評論家・公認会計士として活躍している著者自身
が実践する効率的情報収集術だから、人脈形成術、読書術など説得力はある。
・IT機器を自身の脳の補助に使い効率を上げ、
・フレームワーク化・簡略化・階層化を駆使して絞込み、
・原理原則を組み立てて、
・GIVEの5乗で情報を共有し人脈作りに役立てるのは、情報化社会の流れを、
そのまま実践した中で得た習慣であろう。私自身、このHPを開いて、確実に10倍は
知識のインプットと、アウトプットは増えた。だからどうなったということはない! 
ただ面白く、やりがいがあり、充実感があるから、現在もつづけている。
その結果、この卑小な人間性を曝け出してしまった反面、公開することで
(私レベルの)質を落とさないように維持をすることができた。その結果、
「考えざるを得ない日々」を作り上げたつもりが??・・で、この程度。
私が著者から学んだことは、ともかく月に15万円の本を買い続けて、
1ヶ月に100冊の本を読み?、そして、それから得たことをギブの5乗の気持ちで
与える姿勢である。良質な情報源(実体験、他者体験、良書)から効率よく
インプットし、各種手法(ピラミッド・ストラクチャー、MECE、ブログ)にて
アウトプットする。それを繰り返すことにより、自分の読み書き能力、
情報処理能力が高める手法である。「1%の本質の見極め」そこから
「具体的な目標設定と目標達成のための 無駄の徹底的排除」の見逃せない習慣。
勝間流1%の本質を見極める6つの技術
 ・フレームワーク力をつける ・ディープスマート力で経験値を重ねる
 ・失敗力をつける      ・ベストプラクティスの共有で学びを分けてもらう
 ・自分の価値を出せないところはバッサリ捨てる ・本代をケチらず良書を読む
『ノートパソコンがある・なしでは、カーレースを車で走るのか、徒歩で参戦
 するかの違いがある』は、全くそのとおりである。奈良時代に、ジェットヘリ
の喩えと、同じである。     ーつづく


5082,閑話小題 〜地方の現場では

2015年02月12日(木)

   * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状
 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。
内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め
られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金
の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体
状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、
ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。
≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜
 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き
 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。
元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。
東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島
には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。
◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税
 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は
1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが
1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、
旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を
滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。
「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、
 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」
「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」
「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」
◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、
 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。
甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。
「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている
こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」
 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・
対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫
▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が
 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、
悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。
 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ!
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』 
・・・・・
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・・
3975, iPad購入半年、経過報告
2012年02月12日(日)
 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン
のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 
先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は
合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる
気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。
 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような
不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、
まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある
ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、
◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 
便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり
付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 
卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。
それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書
を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 
読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。
それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを
自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に
なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon
より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に
iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、
それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート
フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが
向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。
画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 
これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。
  ・・・・・・・・
3610, 大相撲八百長事件 ー2
2011年02月12日(土)
 八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。ウキィペディアに、その一端
が書かれている。あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。
初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。
≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・
北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が
経営した大鳴戸部屋の後援会会長。元力士で力士時代は幕下まで昇進した
ことがある。廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の
名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、第52代横綱・
北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 
黒幕として暗躍したとされ、多大な尽力があったとされている。北の富士と
決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長とし大鳴戸部屋
の最大のタニマチとして存在した。週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに
角界の八百長体質などの裏事情を暴露。しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日
・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤り
であり、元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫
 この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。
しかし誰もが、この事件は不可解であり、何?がらみと思っても、声を高く
いえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。
そこで、優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか
数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は感情のもつれである。
北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう
事件があったのである。 興行世界の一端が垣間見れる。
 ・・・・・・・・
3245, アメリカ一極は終了したのか?
2010年02月12日(金)
 欧州のユーロが、ここにきてジワリ下げてきて、1ユーロ120円割れ
直前で数年前の三分の二である。PIIGS(ポルトガル、イングランド、
イタリア、ギリシャ、スペイン)といわれている国も破綻懸念。
その上に、中東欧のルーマニア、ハンガリーなどの危機もある。ドバイの
バブル破裂の今後も、どうなるか先が見えてない。日本も異常な財政赤字で、
国家も経済も疲弊しきっており、いつ経済の底割れが起こるか分からない事態。
 今年は欧州か日本が発火点になる可能性がある。ところが発火点のアメリカは
大きな変動がみられないのもおかしな話。彼等は不良債権を発行し世界中から
過剰輸入をしたが、その見返りはドル札とアメリカ国債、それと怪しげな債権を
発行しただけ。発行残高の数字が増えただけで、いざとなれば踏み倒せばよい。
支払ったドルも、行き場が無いのでアメリカに戻ってくる仕組み。
 リーマンショックからの金融恐慌で「アメリカの一極体制が終焉した」
と思っていたが、経済雑誌に欧米の数人の学者が、
≪ 経済の寡占化には、歴史的にみても必ず軍事的な圧倒的な優位が必要で、
 アメリカが、いまや圧倒的な軍事力を有している。特に海軍の戦力の影響が
大きく、地勢的に見てアメリカは大西洋と、太平洋に面しており、その海軍力は
世界で圧倒的に強い。中国はもちろん、ロシア、欧州も、どこも、その力は無い。 
その力を背景に、今後ともアメリカは世界一極の中心でありつつける」≫ という。
大英帝国をつくった英国も、当時は大艦隊で世界を圧していた。スペインも同様。
世界が不安定になるほど海軍力がものをいう。 海軍力の上に、さらに圧倒的な
空軍も、核弾頭もある。中国と2G体制など、おこがましいというのがアメリカ
の本音。 日本など、隷属国でしかないのは自明のこと。その暗黙の上で、世界が
成り立ってきた。ところが、この世界恐慌でアメリカ一極体制が本当に終わって
しまったのだろうか。それとも圧倒的な軍事力と情報産業で、その主導権を
持っている強者の立場が、これから続くかどうかの見極めである。
残念ながら、続くのではという論に一理あるようだ。アメリカ一極支配は、
まだ始ったばかりか?それとも飛躍的情報革命の進行は、それさえ呑み込んで
いくか?その辺が面白いところ。この数年が見ものなど、いっていられないか。  
・・・・・・・・
2870, 北半球のミツバチの四分の一が失踪
2009年02月12日(木)
 この日曜日の毎日新聞「今週の本棚」の書評「ハチはなぜ大量死したのか」
ローワン・ジェイコブセン著-に驚いてしまった。(内容はYahooにコピー)、
2007年の春までに北半球のミツバチの実に四分の一が失踪したという。
 結論からいうと
 ーこの「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群」の原因は単一でないが最大の背景は
工業化された農業。不自然な管理がハチたちに強いストレスを与え、免疫抵抗性
を弱め、ダニやウィルスに対する防御を弱めたのである。そこに農薬の複合汚染が
重なり、精密な社会生活を営む巣全体の活動をいわばアルツハイマー状態に陥れた。
病み疲れた働き蜂たちは、採餌の出先で倒れ、巣に戻れず、ただ死んでいった?ー
 それは「もう一つの人間社会を見る思い」と著者は人間の姿に重ね合わせている。
管理され、同一の花畑だけを移動されて、蜜を取らされて、毒(農薬)まで摂取
していれば、当然の結果。自宅で十年ほど前から、ハエと蚊が少なくなった。
夏になると町内単位で各家の庭に毎年薬の散布をしているのが影響している?
 それと近くの河の中に堆積した土砂を徹底的の運び出したこともある。
散歩していて虫の数が激減してしまったのである。ハチの姿は都会で働いている
人を冷静に見れば、酷似している。管理され、会社と自宅という箱の間をラッシュ
の電車で移動する毎日。それが都会人のカッコよさと共同幻想をもって生きて、
定年で初めて働きバチだった己に気づく。一年間、気温良好なオーストラリアで
蜂蜜業を初めたが、大失敗をした内容を書いたことがあった。 四季の変化の
ストレスが無いことと、冬のために蜜を蓄える必要がないため蜜を採らなくなった
のである。都会でノイローゼ、自殺が問題になっているが、自然に触れる機会が
少ないのも原因だろう。この大恐慌も、あまりに不自然な現状を考えるチャンス
を「大自然」が与えたのである。
・・・・・・・・・・
2008年02月12日(火)
 2505,  将来の不安−5    ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
現代をマイナスの視点で照射すると、「不安の時代」といえるだろう。
修羅場を幾つも乗り越えてきたものにとって、「何が不安?」と笑ってしまう
だろう。イスラエル人が日本にやってきて、「この国が不安の時代」と聞いたら
フキ出すだろう。十年ほど前、イスラエル旅行中に「アメリカの高校で乱射事件」
があった。その時の現地に住む年配の日本人ガイドが、「イスラエルでは、ああ
いう事件は起きません!常に敵に囲まれていて内輪もめなどの余裕などない。
兵役中の家族の一員が家に小銃を持ってきたり、町やバスの中には機関銃を
持った兵士が乗っている。アラブ人との殺戮が日常化しているイスラエルに
とって、あのような事件は呆れる以前である」と語っていた。
社会の不安感が、蔓延しているのは逆に言えば平和ボケの結果。アメリカ
の心理学者のシーベリーは「不安は、否定的な結果にすべての注意を向けること。 
不安を持つと、思考や感情の流れを建設的にコントロールすることができなくなる」
「不安は、あらゆる不幸を背負った自分が本当の自分であると、間違って否定的に
考えることである」という。あらゆる不幸を背負うなど思ってしまう。
不安に取り付かれるのは、無知そのものを起因している。そのためには知ること。
だいたい、不安とは世間に対しての意識が起こしている不安定な気持ち。
その世間とは何か?と考えると、身辺の7〜8人だろう。それも程度の低い。
その辺から見据えないと、自分の生きかたが歪んでしまう。夢を常に持ち、
一人で遊ぶ術を身につけていれば、不安感は最小になる。それもこれも、やはり
読書の積み重ねのベースを必要とする。自分を心の底から信じられなければ、
自分の夢を持ち続けなければ「最後は死ぬ?」という人生の一大事を知った
人間の不安を麻痺させることは出来ない。逆に、根源的な問題から目を逸らす
ためには、群れて笑っているしかないのか? それで解消できるなら、それは
それで良い生き方である。笑えるうちに笑っておけばいい!感動できるうちに
感動しておけばいい! 直ぐに泣くときが来るのだから。その時はそれを受け
入れるしかない。あとは野となれ花となれ!しかないだろう。
不安など恐れることもない!宇宙の微細の微細が何をしても、考えても同じ。
一人不安にさい悩まされている。
 (1〜4は、2005年6月3日、7月1,3,6、7日記)


5081,悪夢の21世紀 ー2

2015年02月11日(水)

           『月刊「新潮45」12号』ー悪夢の21世紀ー
 グローバル化は、白人優位の欧米文化の普遍化を意味するが、100年前に、
文明史家のシュペングラーが、その限界を指摘していた。現在は、それが表
だって本格的混迷期に入った状況である。イスラム教徒には、狂気を持った
独裁者が必要で、民主主義は似つかわしくない。 
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜②    佐伯啓思著
( 5 ) 今では世界中、問題だらけ。一方、日本は、外国人から不思議がられる
 ほどのお祭り騒ぎも見られるが、少なくとも世界が置かれている状況を見ると、
 仮装ごっこなどをやって嬉しがっている場合ではない。
  新聞ジャーナリズムも政治家も、現在の世界で生じている相当に深刻で、
 ある意味では破滅的な事態に、眼が飛び出さんばかりの好奇心と実証的厳密さ
 を持って対応してしかるべき。我々の能天気な日常風景とは別に、日本を
 取り巻く状況は実に深刻化しつつあり、我々の日常を組み立てている目に
 見えない骨組みがグラグラ揺らぎだしているように思える。
(6) 100年前に第一次大戦勃発。3、4ヶ月で終わるかとの期待を裏切り、
 4年半続いた。終戦後に世界が一変。欧州が疲弊し、アメリカとソ連が台頭。
 歴史を積み重ねてきた欧州に代わり、歴史を破壊する実験国家のアメリカと
 ソ連が、世界を動かし始めた。文明史家シュペングラーの「西洋世界の没落」
 (1918年)によれば、『欧州は、優れてダイナミックな想像力をもった「文化」
 によって科学を生み出し、産業を生み出し、経済を発展させ、優れた経済制度
 を生み出した。しかし、それが成功し、普遍化すると共に、世界に伝播する
 <文明> となり、欧州から離れていった。 この近代文明は、それを生み
 出したヨーロッパ文化から切り離されて、形式化し、極めて技術的なもの
 となり、味気もなく、内容の浅いものとなった。』
▼ まだ東北大震災ショックから立ち直れない日本。この二人の斬首の画像は、
 寝ぼけ眼の日本に大きなショックを与えた。アメリカは、世界基軸通貨の
ドルを、リーマンショック前後から、三倍に増加したが、殆どドル安には
ならなかった。三割ではなく、三倍も増やしたの係わらずである。
そして、致命的大打撃を受けた金融機関に流し込んで、その窮地を救った。
しかし、欧州も日本も、その手立てを持たない。損害を被るのは弱者の構図。                         ・・・・・・
4716,「余命3カ月」のウソ  ー1
2014年02月11日(火)        
               ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠 (著)                            
   ーアマゾン・内容紹介ー
☆「進行性胃がんで、余命3カ月です。今すぐ手術を」医者にこう言われたら、
 あなたなら、どうしますか? 本書を読めば、余命宣告のカラクリと、
 がん治療の真実がわかること間違いなし! 医者のすすめる「がん治療」で、
 あなたの余命が削られないように、話題沸騰の近藤誠医師が余命宣告の
 ウソにメスを入れた1冊です。
☆ 歩いて通院できるほど体力のある人間が、ある日突然「余命3カ月」
 と診断され、手術や抗がん剤治療の挙句、本当にあっけなく死んでしまう
 ―このような悲劇を身の周りでも見聞きされていないだろうか。
 実は、余命宣告の多くはいいかげんである。治療が命綱の医者にとって、
 余命は短く言うほど「うまみ」が増すのだ。余命を告知される病気は、
 圧倒的に「がん」が多い。がんの本質に迫り、余命宣告のウソを
 暴くことで、患者本位の治療を提言する。
  ーアマゾンのカスタマー・レビューよりー 
・ガンには「本物のがん」と「がんもどき」の二種類あり、本物のがんの殆どは
治療では治らならない(見つかるころには転移してる)。治るのは「がんもどき」
の方だが、それはほっておいても問題のなかったもの。つまり、がん治療はいずれ
の場合にも無意味なものであり、むしろ副作用や感染症や合併症などのリスクが
あるぶん有害であるというのがこの本の根幹に流れる主張です。無駄にあがいて
苦しむより残りの人生をいかに楽しむかというのは価値観の一つとしてありだと
思います。私は共感しませんが。
・例えば、固形がんにたいして抗がん剤が延命に役立つと証明する臨床データ
はないなど、全体的に引用や紹介されている情報は偏っていて、都合のいいもの
だけを持ってきている印象はぬぐえません。がん治療なんてまだまだ未知の分野
で様々な主張があると思いますが、それについては全く触れられてない。
でも結局何が正しいかなんて私のような素人には分からない。私はこの本読む
まで何もしないという選択肢があることを考えもしませんでした。自分や身内が
ガン宣告され、今後の選択肢を模索してる人にとってこの本は選択肢を一つ
広げるヒントになる。この通りにするかどうかはおいて置いて。
▼ この数年来『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠対談)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一)
 『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫)など、怖しい本を
 敢て、取り上げてきた。それに加え、この本である。書店では見かけていたが、
 図書館にいつの間にか並んでいたので借りてきたが、これも、早速買った。
 その時になった時に、慌てないための予習である。これらの本などに影響され、
 4年前から、20年続けてきた年一回の,一日人間ドックを中止にした。
 上記のとおり「どのみち助かるのは助かる!助からないのは助からない!」
 と、判断した。 が、もう一つは平均看護期間が男9年と知ったこともある。 
 男は平均70歳で介護が必要になり、79歳で亡くなる。 介護で9年間を
 薬つけで生きるより、余命数ヶ月で死ぬのも悪くない。平均からみて、元気で
 いられるのは、あと2年?だが、実感が無いのは何故? 老人性鬱症状が日々
 強くなり、他人の粗探しで人相まで年々歪んでいくのが老人。
 気持ちは、50歳前半! 実際のところ、そのギャップが大きい!
・・・・・・
4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15
2013年02月11日(月)
   * 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
3974, 超円高というが
2012年02月11日(土)
 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。
アメリカで4ドル、日本が320円で、一ドル80円で日米が同じ値段になる。
現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイス
は二倍。2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの
日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの消費者物価指数が
30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。
日本はバブル崩壊から現在に至るまで、物価の上昇率がほぼゼロなので、
日本の円高は当然のこと。20年前の円は125円で4割ほど上がっている。
 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入
されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり弱体化していく。
特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 
その結果として国の信任を失い、株式や、近い将来の国債の暴落要因になる。 
日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に
のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆に近づいており、
あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。その時が国債の暴落である。 
国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家
予算と同額になる。そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年
は続いた後、円安という地獄が待つ。それはハイパーインフレという形で、
国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。
更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が、
本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、アメリカに充てがわれた
憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、
10年は茨の道になる。超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。
円高は50円あたりで、一度、いって、150円か200円まで円安になる。
そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がった
だけで、傷つくのは威信である。
・・・・・・・
3609,  閑話小題  
2011年02月11日(金)
  * 多数人数の末っ子は・・
 新幹線の帰路の車内で、少し離れた席からビールを飲んで話している
グループの一人の言葉にハッとした。「自分は大人数の兄弟の末っ子のため何時
も許されてきた。だから、この歳になっても、失敗しても、争いごとが起きても、
許されるのが前提と何処かで思っている。自分には末っ子の甘さが付きまとって
いる」という。これは何か自分が常日頃思い続けてきたことを、誰かが代弁して
いるようだった。三つ子の魂は現在でも付きまとっている。だから女性は親分肌
の長女で、包み込んでくれるような人に惹かれる。ちなみに家内は長女で生意気
だが、最後は赦してくれる? 常日頃、赦していただいて有難うございます。
エッ、赦してない!我慢しているだけですか。よく見ると、長女と多人数の下の
方の次男、三男の組み合わせが多いのは自然のなせる業。逆に長男は次女、
三女がよい?その辺を間違うと離婚が待っている。
  * 日本の政府は巨大か、それとも普通か?
 以前より日本の政府は巨大か、それとも普通か?の議論がある。
ここで民主党が政権をとったはいいが、何の間違いで極左が政権の真ん中にきた。
学生のころの都知事だった美濃部の国政版が現在進行中。3月か6月に自滅する
しかないが、これを立て直すに時間がかかるだろう。そこで、果たして日本は
世界の中で、政府として普通サイズか、巨大なのだろうか? 二重構造で、実は
世界で一番の水脹れの国家になっている。そのため国家財政破綻直前のところに
社会主義者が政権の中枢になってしまったから、何をかいわんである。
一般会計では決して大きくないが、特別会計という母屋の隣の離れが、母屋の5倍
以上はゆうにある。官僚と保守政権が数十年かけて国民の目に母屋しか見えない
ようにして、離れで使い放題。 早くいうと構造詐欺。この財政破綻状態に陥って
も何も変られない事態。 ここを捻って浮かした分を福祉にまわすと極左政権が公約
したが、離れの住人と官僚は、それを軽く明け渡すほど柔ではない。その結果、
財政赤字が更に悪化、最後のダメ押しをしてくれた。その結果、それが大きな圧力
として我われに襲い掛かってくる。IMFの元で再生を図らないと駄目なのか?
 ・・・・・・・・
3244, 真の価値に添う生き方
 2010年02月11日(木)
 私たちは、中年以降のある時期を過ぎると「真の価値に添った生き方に転換
する時期」がくる。死に直面したり、身近の人の死で深い悲しみを経験したり
して、永遠の中の自分の一生の短さを目の当たりにし、世間的な成功、名声、
欲望、快楽、豊かさなどの有限性など取るに足らないと思い、内向的になり、
芸術、大自然の無限性、人間の心温まる邂逅、真理への傾倒、思いやりなど、
全く違う価値観に転換する機会を得る。それまで、宗教や、倫理系の団体などが
述べてきたことに気づくといってもよい。仏教の経典にしろ、バイブルも、
世間から離れた永遠の道理を説いている。 世間の認める属性にガンジガラメの
人にとって、その転換は仙人の様に見えるのだろうが、属性は永遠の中では虚飾
であり、何の価値も無いことなど、義理で参列した葬式でさえ気づくことである。
人間の命そのものより大事なものがあるとすると、相手に無条件で与える愛で
あり、犠牲になる勇気であり、誠実性そのもの。 それに気づくかどうかが、
中年期に、大きな危機を経験し、永遠の存在、宇宙から一歩踏み出し、その外
から自分の意識を冷徹にみるイメージを瞬間でも経験できたかどうかである。
私も人生の危機を何度か経験してきたが、その時に、以上のような、何が大事で
何が重要でないかを、見極めて、敢えて世間的な価値を求める視点を持った
こともあると、いえば嘘になるが、そこまで考えつくして魂を入れないと事業
など立ち上げることなど出来ないことも事実。 だから、ある時期から秘境・
異郷ツアーに嵌ってしまったのは、そこでの見聞は、普通の時間の中から一歩
外に出て、世界の大自然と、遺跡、芸術、風俗に接することで、日常の価値観が
砂粒でしかないことに気づくことである。些細な世間は必滅であり、大自然や、
芸術、愛、誠実性は、不滅であるということが、短時間としても、錯覚?
としても見て取れるからである。 だから、中年以降は、読書といえば、
自然と哲学書に惹かれていくのである。また、好きな音楽に没頭する時間とか、
映画鑑賞も、永遠を直感する契機になるのである。日常という世間の中で
我われは生活をするために、必死に同じ行為をアクセク繰り返す。それは何故。
その繰り返すことが、目的になってしまっているからである。そして、その
日常に質が小さな世界の中で少し良いことに満足し、少し下の人を卑下し、
上の人に嫉妬をしているに過ぎないのである。 その中でも、永遠に接する
ことの出来る時間は幾らでもある。一歩外に出て、近くの森に早朝行ってみる
とか、自転車で川のほとりで日の出を見るとか、週末に畑いじりをしたり、
数えればきりがない。 してないのは、日常にドップリと浸かりすぎという
ことに気づいてないからである。
 ・・・・・・・・
2869, 閑話小題
2009年02月11日(水)
   * 内閣不支持が14パーセント
 朝日新聞の全国世論調査で、内閣の不支持が14パーセントという。
居座れば居座るほど支持が下がる理由を本人は分からないのだろう。
比例投票先は自民が42パーセント、自民が22パーセントの結果は当然。
解散をすれば惨敗だが解散を引き伸ばすと不支持が拡大していくから、小泉
でも担ぎ出して、半分近くが党を割って出て、その後連携する位しか手が無いが、
それさえ出来ないのが現状。地に落ちた自民党が利権を守るためには、その位の
ことをするだろうか? そんな玉など、居るわけな?
  * インフレエンザ予防で「家族の帰国指示」
 見捨てて置けない記事があった。昨日の朝刊に「パナソニックが鳥インフレ
エンザの世界的流行の危険が増したため、欧米とオーストラリアなどを除く駐在員
家族の9月末までの帰国命令を出した」と報じていた。私らの知らない情報がある
のだろうが、何か危なくなってきたことは間違いない。爆発的流行の一歩手前と
いうことは、間違いなさそうだ。どうなるのだろうか?
  * 野村證券の株価が5百円割れ
 野村證券の株価が5百円割れと新聞にあったので、ネットでチャートをみた。
10年前の7分の1、2年前の6分の1、リーマンショックから3分の1に。
日本がバブル時代には、アメリカの投資銀行と類似したことをしていた報いである。
アメリカの債権も売りさばいていない訳がない。 最近は日本国債を売っていると
いうから・・ 彼等の手は、担当が替わったという誠実そうな手書きの文を送って
きて営業にやってくる。ネット証券と、過去の悪行?のため、信用はゼロに等しい。
存在そのものが、必要悪。 なら、近寄らないことである。 アメリカの消滅した
投資銀行と何処が違うというのだろう!
・・・・・・・・・
2008年02月11日(月)
 2504, まっ、いいか!     (。・∀・)ノ゛おっは〜
 最近、独りで「まっ、いいか!」と呟くことが多くなっている。
年齢の為だろうと思っていた。 そこで検索で「まっ、いいか」と入れたら、
「まっ、いいか」と言える子を育てよう協調性のある、柔軟な心の育て方    
                   諏訪耕一/著 という本が出てきた。
[要旨]
本書では、子どもに柔軟な心を育てるための心の成長段階に応じた接し方の
ポイントを、幼稚園・保育園や家庭での27の事例を通して具体的に紹介します。
子どもの理解に必要な、子どもの心の成長の段階や環境との関わりについても
くわしく説明します。
[目次]
第1章 子どもの「心」の成長と環境(心は育てられる?
;子育ての移り変わり―子どもの育ちをうながす環境;心の成長表
;心の成長に応じた「柔軟な心」を育てる接し方)
;第2章 子どもに「柔軟な心」を育てる具体的な接し方
(乳児期―誕生から十二〜十八カ月ごろまで
;幼児期(前)―十二〜十八カ月ごろから三〜四歳(第一反抗期)ごろまで
;幼児期(後)―三〜四歳ごろから六歳ごろまで
;児童期(前・後)―六歳ごろから十四〜十五歳ごろまで)
これを読むと決して、マイナスの言葉ではなく、むしろプラスの言葉のようだ。
決して良い状況ではないが、何とかなるさ!という陽気さ、目の前の事態を、
そして運命を受け入るよう諦めと明るさを感じる。上記をみると柔軟な心と
いうことになるが、好い加減な言葉にも思える。好い加減な心」が良いのか
どうかわからないが・・・・
~
 〜字数制限のためカット 2015年2月11日〜


5080,悪夢の21世紀 ー1

2015年02月10日(火)

   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜
 イスラム国による日本人二人の斬首と、ヨルダン人パイロットの火あぶり
の処刑の写真には驚いた。このテロ集団の名を聞くようになって、まだ半年で、
世相が様変わりした感がする。 図書館で『月刊「新潮45」12号』
ー悪夢の21世紀ーの特集を借りてきた。 その冒頭の佐伯啓思のレポートが、
このニヒリズム的世相の背景を書いてあるが、なかなか秀逸。 
 〜簡潔に纏めたのをネットで見つたのを、数回分け掲載予定。                    
● 特集: 悪夢の21世紀   『月刊「新潮45」1214.12』
   「ニヒリズムに落ち込む世界:京都大学教授佐伯啓思
1、20世紀は二つの大戦と米ソ冷戦によって特徴づけられた「戦争の世紀」。
2、21世紀はもはや大規模戦争は起こり得ないといわれたが、安定した
  世界秩序どころか、今日、世界は益々不安定化している。
  局地戦や地域紛争はいくらでも生じている。
(1) ・21世紀に入た直後、9.1 1テロ。イスラム過激派と米国の対立は深刻化。
・エジプト、リビアなどの独裁政権の崩壊と民主化運動(アラブの春)が生じたが、
 予想通り失敗に終わり、混迷の中から「イスラム国」なる極端なイスラム国家
 の建設運動が発生した。
・イスラム国建設に失敗しても、このグループは「中心をもたないテロ組織」と
 なり、各地でテロを起こすだろう。米国はこれに対抗する有効手立を持たない。
(2) 2008年のリーマンショック:ドルを多量に刷りまくり、金融市場や不動産
 に金を回し、バブルを引起こして景気を牽引する「金融資本主義」の崩壊。
(3) 2010年のギリシャ財政危機。E U全体の不安定化。
 EUはもともと矛盾を内包:通貨統合で経済は統合したが、政治は統合せず。
 →財政・政策の意思決定は各国バラバラ。→ EU全体が繁栄していればよいが、
 ひとたび綻びが生じると、調子の悪い国の政治は不安定化、それがEU全体に
 及ぶ。ギリシャに続き、ポルトガル、スペイン、イタリアは財政危機となり、
 フランスでもEU批判派の勢力急伸。EUはいつ崩壊してもおかしくない状態。
(4) 急成長して、急激に大国化・強国化した中国の動向。ロシアの動向。
 この両国がこれほど大国化するとは、21世紀に入るまでは予測出来なかった。
 特に中国の海外進出は顕著で、国際法もなにも平気で蹂躙する傍若無人ぶり。
 東・南シナ海のみならず、中東、アフリカへも進出。しかも、国内では
 格差問題、少数民族問題、一人っ子政策の帰結のいびつな人口構成を抱える。
▼ イスラム国は、今回の一連で、日本という都合のよい標的をみつけた。
 寝ぼけ眼の、??面した首相が、人道支援で、百億円の資金提供を声明。
それなら、自分たちにも、さもなくば、首を切るか、日本国内でテロを起こす!
と・・ プロバガンダに丁度よい材料で、日本ならリスクは少ない。
この戦い、エンドレスで続くことになるが、これも情報化が根本にある。
・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
3973, 被爆と喫煙リスク
2012年02月10日(金)
 * 改めて知る、喫煙の恐ろしさ!
現在、放射線被爆が問題になっているが、100ミリシーベルトの被爆で
がん死亡率が0・5%増加し、これ以上増えると直線的にリスクが上昇することが
分かっている。 しかし喫煙では、ガンによるリスクは1・6倍に上昇するが、
それに匹敵する被爆量は2000ミリシーベルト。受動喫煙でも100ミリ
シーベルトになる。飲酒、野菜嫌い、運動不足、塩分のとりすぎなど
「巨大リスク群」からみたら100ミリシーベルトなど僅かな誤差レベル。 
但し、幼児を除いての話だが。そうこう考えると、幼子のいる家庭以外は、
それほど心配することもないことになる。「正しく怖れよ」といえる範疇。 
ある資料によると、内部で働いていた東電社員の最高値が678というから、
それでも喫煙者の危険度の三分の一でしかない。私は人間ドッグでCTスキャン
を20年近くも受けているので、かなりの被爆を受けたことを最近知った。
原発事故の被爆が恐るに足らずと言うのではなく、幼児と成人を同じレベルで
考えることはない、ということ。一般的には、放射能が大気に放出し、地面、
海、川に降り注いで、それが農作物や家畜を通して人間の体内に蓄積される。
その内部被爆の危険性は確かに大きい。問題は、その影響が出てくるのは
数年後、数十年後である。そのため子供を持つ親としては、万一を考えて、
その地を離れるケースが多い。 現に東北、関東に在住の子息を帰国させる
ケースが多い。煙草の喫煙のリスクには慣れてしまい平然としているが、
被爆リスクには神経質過ぎるのも問題である。 被爆リスクの問題から、
喫煙の恐ろしさを確認した。危険率1・6倍は、あまりに大きなリスク。
3000ミリシーベルトの死亡率が5割とすると、喫煙者が酒を飲み歩き、
珈琲を何杯か飲むと同じレベル? 分かっていてか、自制不能か、破壊
された原発内の作業員の10倍のリスクを負っている認識がないだけ。
 緩慢なる自殺というより、トリカブトの自殺に近いか。 
これも、タバコを痛飲に置き換えると、自分にも当てはまる。
 ーーー
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の
「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・
 ・・・・・・・・
3243, 新・欝の時代
2010年02月10日(水)
 去年暮れの週刊朝日に、作家の五木寛之と在日韓国人の政治家カン・サンジュン
との対話‘まだ続く「鬱の時代」’が考えさせられた。「これからはすべての分野が
鬱の方向に進んでいく」と、前回の2008年の二人の対談で、そう語った。そして
リーマンショックが起こり、世界、そして日本は先の見えない不安に覆われている。 
ここで二人の対談の要旨を纏めてみると、
・グリーンスパンが100年に一度の危機といったが、そんなものではない、今起きて
 いるのは300年〜500年に一度の恐慌である。現在の世界を支配しているのは
 キリスト教的文化圏。その基盤にある人間至上主義からぬけださないとー五木寛之
・我われの社会は、自由であって人は固定化されないのが大原則のはずなのに、
 現実は格差社会。この問題は、格差があることが問題ではなくて、格差が固定化
 されていることが問題である。  ー五木
・2010年を予感してみると、一瞬、小康状態の年になる。嵐の前の静けさです。 
 でも、その後、暮れから11年にかけ、二番、三番の、大恐慌がやってくる。 
 平安末期から鎌倉への変動のような大変な時代がくるだろう。
 戦後の預金封鎖や円の切り替えなどを思い出す。  ー五木
・こういう不安の時代、人間は「個人」を再発見することになる。 平安期から
 鎌倉にかけての飢饉のとき、人々は身分に関係なく、こころの闇を見つめた。 
 それが一連の現在の宗派の教祖をうんだ。
・2010年の明るい兆しといえば、いろんな関心の中心点が変わってくる。
 これまで医学の辺縁にあった精神科、免疫学、公衆衛生などが中心に
 おかれて、新しい光を浴びることになる。
・そういう時代の中、「諦める」ことからスタートしなければ。 諦めるは、
 「明らかに究める」という読み方をする。今の日本の有り様や自分自身の心や
 地位を「諦める」ことで、新しいスタートをきる。
・「人生とは荒涼たるものだ。人間が生きていることは凄惨なものだし、
 死ぬことは荒涼たるものだ」と五木は『人間の運命』で書いている。 
 ただ、そこを超えると、光が見えてくると!
 ――  以上だが、二人とも暗い性格でマイナーになるが、
 こういう鬱の時代だからこそ彼等の見方も必要になる。どうみても、
現象面では21世紀に入ってから変であるのは周知のこと。最後の打撃だった
9・11テロと、リーマンショックで、これまでの価値観を根底から破壊した。
ソ連が破壊した時は、700年来のロシアそのものが崩壊したとの見方があった。
それに続いた欧米資本主義の崩壊は、世界にとっても日本にとっても、
近代資本主義=欧米主義の 終焉と五木は言うのである。
 その辺のところを押さえてないと、目先の楽観論に惑わされる。
 ・・・・・・・・
2009年02月10日(火)
「強欲資本主義ウォール街の自爆」神谷英樹著    ー読書日記
投資銀行家として24年間、ウォール街の現場で「アメリカ型資本主義」
の有り様を見た批判の書。内幕暴露モノ的で面白い内容である。
アメリカの金融街、特に巨大投資銀行の貪欲な人たちの、異常な資本主義の実態
を暴いている。 そして米国民の過剰消費という「悲しさ」「欲深さ」を指摘。
アメリカの金融が収益全体の4割を占めてしまった。 その先頭を走り続けた
ウォール街の暴走と自爆が、今回の恐慌を生み出したのである。
アメリカの社会と人間の劣化をどう立て直すかを問いかけられたのが金融危機。 
暴走を食い止めるためにルールの根本的修正が必要である。
 ーまずは印象に残った部分を抜粋するー
・「悪いのはアメリカンスタンダード、ウォール街の強欲である」
・「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のもの」 ハイリスク・ハイリターン
 のビジネスを行い、成功報酬はしっかりもらうが、巨額の損失がでたら無関心。
 失敗したら、尻拭いは国民の税金任せがモラルの無いのがウォール街の実態。
・「モノ作り」ができなくなったアメリカが「金融立国」を目指し、成功したか
 に見えたが、行き着いた先は、顧客に目を向けず、数字と戦う強欲な人間たち
 が金を集めるだけの世界。 その結果、1929年の大恐慌以来といわれる悪夢が
 金融界を襲っている。
・「世界一極支配のアメリカ中心世界感」が崩壊し始めた。
・ 市民の消費三昧主義、今借金して楽しんで(消費して)、
  負債は先延ばしの生き方に走る市民。
・「金融マンは実業を営む方たちの脇役に徹するべき」。
 「主役である実業を営む方たちの事業構築を助けるのが金融本来の仕事の
 あり方であり、それこそが身分相応。」しかしファンド・マネージャーに
 興味があるのは、『株主の利益』と『自分の収入』だけである。
・トップラインとボトムラインの間にある項目をいかに圧縮するか熱心に
 取り組むだけである。「給料を減らす。社員を減らす。仕入先を泣かす。
 最大限に借り入れてレバレッジを効かし、支払い金利を膨らませ、税金は
 極力圧縮する。かれらにとっては、これこそが経営の神髄となる」
・アメリカをはじめとする先進諸国、そして世界。借金と消費ならず浪費社会、
 浪費に頼った成長政策。「借りた金で今日を愉しむ」「借りた金で投機する」
 「ノンリコースで借りた金は、返せなくなったら担保物権の鍵を渡せば終わり」
 それを法律で認めてしまった。
・資本主義の行き着いた先が金融市場の国有化とは何たる皮肉であろうか
・日本もアメリカも、経済社会がバブルにまみれ、強欲と拝金に席捲された
 ときに、人の心から大事なものが失われてしまった。 何でもデジタル志向で、
 「0か1」しかない。その中間が配慮できない。
▼ 以上が、印象に残ったところである。「『自由も、放任すると、こうなる』
 という歴史的汚点として、ブッシュから遡ってレーガンまでの大統領の各々
がたが、残る」と思うと何とも不思議な気持ちになる。特にブッシュ親子は
歴史上最低の 指導者として数千年も弾劾される。 哀れといえば哀れ。
 ・・・・・・・・・・
2008年02月10日(日)
2503, 閑話小題 
 *長岡の呑み助から見た夜の世界
毎週のように不景気の実態の話をしているが、地方経済の衰弱ぶりは生々しい。
一昨夜は、中学の同期の女性のスナックに入ったら、今月で27年間の店を閉店
するとか。スナックの中では名前は知れわたっている店で、2年に一度位、
合計7〜8回はいっていた。
 *大相撲の国技の意味
(字数の関係でカット 2015年02月10日)


5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー

2015年02月09日(月)

   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
書斎コーナー、寝室、スポーツセンターで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、これも想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっている
のだろうが、これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切ったこと。
そのまま受け入れている。 世間とかいう修羅世界への私の視線が遥かに
冷たいことを、私が一番知っている。 死んで三日もすれば、300年前に
死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや悩みが消える。 無知は罪!
 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬことを前提に、モノゴトを考え、
判断するというが。去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・
4714,現代のベートヴェン 〜2
2014年02月09日(日)
‘現代のベートヴェン’のゴーストライターのライブの記者会見は、
 「事実は小説より奇なり」を、そのまま地でいく内容。 
 物語風に、現代のベートヴェンの経緯をまとめてみるとー   
              <私もミーちゃんハーちゃんになったもの>
《 18年前に(仮に彼をAとする)Aが作曲家で一旗上げようと思い立った。
 が、才能がない。そこでA自身をタレントにして、作曲はゴーストライター
に任せることを思いつく。親が被爆者であるのを利用し広島被爆二世の作曲家
として売り出した。しかし、それだけでは、いま一つインパクトが足りない。
そこで全聾の悲劇を加えることを思い立ったところ、これが大当たりになり、
NHKスペシャルで放映される。ところが、あまりに売れたため、ゴースト
ライターが恐ろしくなり、止めたいと言い出したが、Aは引き下がれない。
そこで自殺を仄めかして、作曲を強要。とこが、オリンピックのフィギア
スケートのテーマ音楽に取り上げられ、その重圧にゴーストライターは自滅。
週刊誌に、真相を告白。そこで共同会見が行われ、全聾もバラされた・・ 》
▼ これに殺人を絡めれば、刑事シリーズの『相棒』物語になる。
 現に似たストーリーがあった。また、その謝礼金額の安さにおどろいた! 
現代のベートベン・Aの後ろ盾に、誰か企画立案者などがいるはず?
問題は、この件が刑事事件になるかどうか? 会見の記者の質問の鋭さは流石。 
著名なシンガーソングライターに、こういう類の話が多いだろう。「たけし」
には週刊誌の連載や書籍があるが、彼に公然としたゴーストライターがいる。
しかし誰も咎めはしない。「たけし」だからだ。ゴーストライターが本人と対話
しながら、内容をまとめるのだから、別に問題はない。以前、ここで取り上げた
プレーボーイの元編集長の島地勝彦は、有名作家のゴーストライターを自認、
堂々と『乗り移り人生相談』を出版している。二年前に、そのものズバリの
『ゴーストライダー』というハリウッド映画を見たことがあった。
『戦場のピアニスト』などのポランスキー監督が、ロバート・ハリスの小説を
映画化したサスペンス。<元イギリス首相のゴーストライターとして雇われた
平凡な男が、ある秘密に吸い寄せられていくさま>が描いてあったが、
これが面白い!これを題材にした小説をゴーストライダーと組んで出版すれば、
面白いものが出来ること受けあい!
・・・・・・
4347, 暴力団  ー3
2013年02月09日(土)                        
 * 実際にホテル現場であった手口とは   「暴力団 」溝口 敦 (著)
 現場の苦情処理はチーフとマネジャーが対応していたが、ホテルが4棟に
分かれているため支配人と副支配人も直接受け持つ。最後は支配人に来るが、
私のところに来ない。私が出れば浮き役が無くなり引っ込みが効かなくなる。
脅す方も、社長が出た時は、警察に直結するため口先で出せと言っても本気
ではない。彼らは、常日ごろ刑事が宿泊者チェックに来ていることを知らない。
だから脅すのだろう。 しかし常に夜半に刑事が警察にいるわけでない。
刑事とて公務員。基本は自助努力しかない。普段から指名手配書をフロント内に
貼り付けておき積極的に通報するようにしているので、好意的に対応してくれる
が、脅しと分かっていても民事である。そう簡単に表立った口出しはしない。
 ところで、現場での手口である。開業2年目頃の、初めての脅しを鮮明に
憶えている。明らかに暴力団風の男に電話を受け継いだところ切れてしまった。
そこで、「数百万の商談が壊れてしまった。弁償しろ!」と凄んできた。 
明らかに脅しだが、電話の取り次ぎのミスも仲間と仕組んだのは明らか。
さてどうするか・・ ただ謝るしかしかないが、彼らは、そう簡単に脅しで
金が取れないこと知っているので執拗。 最後は、諦めたが! 似たような
ケースで副支配人が二人組にナイフを突きつけられ、数万、強奪されたが、
逃走中に警察に逮捕された。ナイフが逃走の車中にあったので立件が出来たが、
もし無かったら、そのまま釈放されたという。4〜5年前には水商売風の
アベックの女性が、風呂の石鹸を使ったら肌が荒れたと病院に行き、その
診断書を見せて何とかしろ!と凄んできた。これも刑事に相談しても、
難しいという。「示談はしない、裁判所を通して下さい」と突っ張ると、
「10万円で手を打とう」と言ってきた。具体的金額を言うと脅しになり
警察は介入すると聞いていたので、連絡。警察もチンピラの脅しの対応など
御手のもの。 二人が外出をするのを待って、後から歩きながら、
「私は刑事だが、地元の組に挨拶をしてやっているのか?やっているとしたら
組の責任もあり大問題。挨拶無しでは、ただで済まないぞ、どっちなのだ!」
と、気合をかけたら、逃げるように二人は消えた。事務所に、恐喝をしてきた
宿泊の二人組が執拗に電話で脅してきたので、録音をして警察に提出したが、
これまた逃げるように消えたこともあった。要は、ケチなチンピラだが、
持って生れた天性があるが、簡単に屈しない相手を見分ける嗅覚もある。
間違って直接電話に出てしまった時は、瞬間、電話を切る。2〜3回繰り
返せば、二度と来ない。脅しようがないからだ。直接、事務所に乗り込んで
きたことは、一度も無い。それをすると強盗になるからだ。
何度か、彼らの脅しの現場を至近で見たことがあるが、当事者でない
としても、恐怖のどん底に突き落とされる。
・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・・
3607、絵になりますね
 2011年02月09日(水)
「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさを
表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚きである。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが
響くのだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。
 ・・・・・・・・
3242, 葬式は、要らない
2010年02月09日(火)
「葬式は、要らない」 島田 裕巳 (著)
 ーアマゾンの内容紹介よりー
 日本人の葬儀費用は平均231万円。これはイギリスの12万円、韓国の37万円と
比較して格段に高い。浪費の国アメリカでさえ44万円だ。実際、欧米の映画等で
見る葬式はシンプルで、金をかけているように見えない。
対して我が国といえば巨大な祭壇、生花そして高額の戒名だが、いつからかくも
豪華になったのか。どんな意味があるのか。古代から現代に至る葬儀様式を
鑑みて日本人の死生観の変遷をたどりつつ、今激しく変わる最新事情から、
葬式無用の効用までを考察。葬式に金をかけられない時代の画期的な1冊。 
〜この一冊を読んでいるといないとでは、葬式費用は大きく違ってくるはず。
先日の新聞広告に、この本の見出しをみて、以前にあまりに高い葬式費用に
ついて書いたことを思い出した。図書館の本棚に「葬式僧侶と、葬式業者の
ボッタクリ」の内情が書いてある本が数冊ならんでいる。それを宗教学者の
島田裕己が書いたのだから、説得力も増す。最近、不景気も重なりジミ葬の
流れが出来始めてきた。さらにGMSのイオンが葬式に参入するという。 
これは葬式業者にとって大きな脅威である。身内の死で慌てふためいている人
の隙を突いて、世間様並みにというキーワードで、タカルのがナリワイ。 
戒名など、自分でつくれるし、そのほうが葬式坊様につくってもらうよい、
ず〜〜〜とよい。ネットで「戒名のつくり方」とでも入力をすれば、
幾らでも基本が書いてある。直葬でけっこうと、いいづらいのが日本!〜
 * 直葬とは
 葬式をせず火葬だけすることを「直葬(ちょくそう)」という。
これまで我が国では、人が亡くなってからは死亡→通夜→葬儀・告別式→火葬
というステップを経るのが一般的でした。これに対し、死亡→火葬と、
途中の儀礼・イベントを取り払ってしまうのが直葬です。
※ 直葬に対応してくれる葬儀会社をネットで探すには、「直葬+プラン
+(地域名)」で検索するか、葬儀会社特有の呼び名である「火葬式+(地域名)」
で検索するのが、おすすめです。
 * 直葬をどのくらいの人がしているか?
正確な統計はないが、専門家の推定では、2008年時点で東京都下の20〜30%、
地方の5〜10%が直葬だと見られます。直葬そのものは生活困窮者や天涯孤独者
については昔から行われてきたが、一般に広まり始めているのが、最近の特徴。
 * なぜ直葬が増えているのでしょう。
 あくまで仮説に過ぎませんが、次のような要因が考えられます。 
平均寿命の伸長(つまり死亡年齢の上昇)により、社会的儀礼としての葬式
の必要性が薄れた。 格差社会の進展で、生活困窮者そのものが増えている。
宗教、とりわけ仏教離れ。葬式を金銭や時間、手間の点で「ムダ」と考える人が
増えているメディアでの報道により、直葬が「市民権」を得つつある。
 http://www.yuigon.info/keywords/chokuso.html ー遺言情報局
 ・・・・・・・・・
2867, 「ほめる」言葉  − 4
2009年02月09日(月)
人は9割がたが褒められた事がキッカケで成長するという。子どもの頃を
振り返ると納得する。母親が38歳時の子どもだったこともあり、母はことある
ごとに褒めていてくれた。また4人の姉の存在が女性心理からみた
褒める以前の知職を経験的に教えられた。
・下手に女性を褒めないこと ・嫌らしくしないこと ・媚びないこと 
・心を開いているようで開かないこと ・優しくすること 
・何気なく褒めること ・噂話は絶対にしないこと、などである。 
褒める以前に、その人の品性の裏づけがないのは、相手の心に響かない。 
話しは変わるが、十年ほど前のこと。同級生が300人ほどの何かの講演会の
締めの挨拶に立った。その会の後に。同級生が十人ほどいたので急遽、親睦会
を開くことになった。和気藹藹と飲んだ後に、その男が隣に来た。
「挨拶は如何だった?」と聞かれたので、「御前さんも、やっと面(ツラ)
が出来てきたな」と言うと、すかさず「どういう面だ?」と一歩つ込んできた。
そこで思ったまま「我われに笑されている自分を、笑っている面だ。
それが何とも味があった」と、その時の本人の嬉しそうな顔は、忘れられない。 
上手く褒めた時は、褒めた方も嬉しいのである。このところ「褒め言葉」系
の本を数冊読んだためか、無意識で相手を褒めている自分が、そこにいた。
何時の間にか、それが無くならないように習慣の核にしないと。 
先生は幾らでもいるのだから!
 
第三章 相手の成長をうながす「ほめ言葉」 
  ー相手の小さな進歩を見逃さない-精神対話士 Mさん
   −以下は字数の関係でカット(2010年02月09日
・・・・・・・・・・
2008年02月09日(土)
 2502, 「体験と偏見による養生の実技100」
「体験と偏見による養生の実技100」の例が、主観的だが面白い。
  その中で6項目を書き出し、考えてみた。
13、中心は辺境に支えられる。心臓や脳を気遣うなら、
  手足の末端を大切に。指先、掌、足裏など。
  解)フランスの、あの「成り上がり大統領」に聞かせてやりたいもの。
35、人生50年というのは正しい。それ以降はオマケと感謝の日々を送る。
  朝、目が覚めたときには、胸の上で手を合わせて、「きょう一日の命を、
  ありがとうございます」と言う。眠りにつく前には、同じく「
  きょう一日の命を、ありがとうございました」と言う。
  解)もともと、おまけと考えればよい。死を悟ったときに気づくこと。
50、仏教では「われありて、かれあり」という。笑うことは心身によいが、
  泣くことも同じ。涙は魂を浄化する。
  解)泣き笑いか、人生は! (字数の関係でカット2010年02月09日)


5078,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜3

2015年02月08日(日)

         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾 忠則(著)
   * 歯がボロボロ落ちる夢
 どうも歯医者が苦手で、朝晩に丁寧に歯磨きをしてきた。それでも4〜5年
に一度は、虫歯の治療に行っていた。ところが二年前に、詰め歯がとれて、
5年ぶりに治療にいったが、4ヶ月間、毎週のように通院することになった。
ところで、この本に、歯周病についての呟きがあった。〜その辺りを抜粋〜
―― ぼくは60代まで歯医者知らずで来た。それが、2、3年前から肩がこると
 親知らずが時々痛む。今さら抜かなくてもいいでしょうと親しい歯医者に
言われているので助かっている。まだ抜歯の経験がないが、体内から頭蓋骨
の一部を抜きとるなんてこんな恐ろしいことはない。 :May6,201018・42
―― 以前、歯がボロボロ落ちる夢を何度か見た。身近の人が死ぬ予知夢だと
言った人がいたが誰も死ななかった。そういえばぼくの絵の女性は老婆みたいに
歯がボロボロに抜けている。なぜこんな絵を描いたのだろう。May6・201018;46
▼ 最近は、歯がボロボロ落ちる夢はみなくなったが、以前は、一年に一度は、
 みていたが、何か薄気味悪い夢であった。それが一般的にみられる夢と、
この書で初めて知ったが、歯周病のサインだったのだろう。〜ネットによると、
≪ 歯周疾患の有病率は「歯周ポケットを有する人の割合」で示され、
この割合は年齢が上がるにつれて高くなる傾向にあり前期高齢者で53%、
後期高齢者で62%。「国民の8割が歯周病」というが、「健全」以外の割合を
言うのであって、診査した歯のすべてが「健全」と判定された場合のみを指す。
少しでも歯石がついている場合には、健全と評価されなく、「8割が歯周病」
というのは、大げさな捉え方。≫ とある。
 二年前に、診療をしてもらった時、個々の歯の歯周病の進み度を2とか3
と看護師が記録をしていたが、2,3は、まだ許容範囲とか。
・・・・・・
4713,<つまずき>の事典 〜「男神話」   ー3
2014年02月08日(土)
                 <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 「男神話」のバイアス
 森林(俗世間)から、サバンナ(御隠居)に移り住んでみて、森林生活の
思い込みが如何に主観的過ぎたかを思い知る。「男神話」のバイアス
(思い込み)への疑問はサバンナに出て初めて気づいたこと。
 ー以下の文章は、その辺りを、鋭くついている。 
《 私はいつも男であることを嫌悪してきた。男らしさに対するアメリカでの
 全般的な考え方は、憐れむべきもので、一生涯のあいだ寸法の合わない上着
を着ていなければならないことに、似ている。(対照的に、女性らしさとは裸身
を意識する耐えがたい抑圧感ではないかと私は想像している)。「男らしくしろ」
という言い方にしても、侮辱的で、人を罵倒するような感じを受ける。
その意味は、ばかになれ、非情になれ、従順で軍人のようになれ、頭を使うな、
といったことなのである。ーポール・セルー「男神話」エッセイ「男神話」
のなかでセルーがこだわっているのは、アメリカ社会の中で「男らしさ」
の追求がいかに男たちに抑圧的な役割を強いるものであるかという点である。
何しろアメリカの元大統領の例に示されるように、週末の休暇にカウボーイの
格好をしてみせて、常に強い男の演出をしなければ自らの政治生命に支障を
きたす社会なのだ。物を書くという仕事に関しても、男らしい職業と言い難いが
故に、アメリカ作家の多くは自らの「男」を証明するために、大酒飲みである
ことを自慢したり、金銭的成功をめざしたり(富は男らしさの象徴)、ヘミング
ウェイのようにライオン狩りをしたり、といったように、これまで「血のにじむ
ような努力を重ねてきた」のだ。ついにはセルーが「男であることは、特権的で
あるどころか、むしろ無慈悲で懲罰的、重荷である」と嘆くまでに至るを聞けば、
もう他人ごとに思えず、意気消沈する男たちも少なからずいるにちがいない。》
▼ 「男は男らしく、女は女らしく」は疑問の余地がないはずと信じてきた。
 しかし振り返ると、実際に男らしかっただろうか?どうだろう?「男神話」を
信じて、男らしくあろうと必死だった姿が、滑稽で可笑しく、漫画的に思えるは、
熟女?が、よい年をして、「女神話」に乗せられ、高価の化粧品を買って、
必死に化粧台に向かっている滑稽さと同じ。昨日も、ハリウッド映画をみてきたが、
「男神話」そのもの。いま問題になっている「現代のベートベン」も、その虚像
を演じた男の終末劇である。そういう私も、「男神話」を信じて疑わなかった一人。 
信じて演じているが、コスプレ? その視点で世の中を見ると、全てコスプレ?
そうみれば、逆にコスプレを楽しんだ方が面白い?「男」をコスプレしてきた?
・・・・・
4346, 暴力団  ー2
2013年02月08日(金)
           「暴力団 」溝口 敦 (著)
 世界で不法集団が街の真ん中に堂々と事務所を開いているのは日本だけ。
それを一般国民も認めているから最後進国並み。
10数年前になるが、個人経営の居酒屋に営業時間、堂々と組員が営業をする
のだから驚いた。それも暴対法が出来てからは、無くなったようだ。
悪しき民主主義が、こういう人たちの権利も擁護をしていることも事実。
 ーアマゾンのレビュー(感想)にあった次の要約は、分かりやすいー
≪・序盤には、日本の暴力団の概略とその活動内容について書かれています。
 シノギについても、いろんなシノギがそれぞれどういう活動で、どういう
 歴史を持ち、どういう風に行われていて、時勢にはどういう傾向が有るのか、
 どれくらいの収益を上げているのかが、具体的に書かれています。
 また、暴力団だけではなく、隣接する業界(風俗や解体、産廃業界等)が
 どういうふうに関わっているのか(たとえば、ソープやパチンコホール等の
 暴力団へのみかじめ料の基準)などが書かれている。
・中盤では、暴力団員的気質や構成員間の人間関係、刺青の意味・種類や入れる
 動機、アメリカやイタリア、チャイナやタイワンのマフィア、香港の三合会、
 などとの比較を通じて、暴力団とカタギの社会とのかかわりについても言及
 してあります。また、暴対法や暴排条例をはじめ、警察や行政組織、刑事法
 とのかかわり(ウィークポイント)について言及してあります。
・終盤では、従来の暴力団という性格の組織は維持できなくなりつつあること、
 また、それと関連して統制されなくなったアウトローが暴力団にかわる勢力
 (わかりやすく言えばオレオレ詐欺をやっている連中や、海老蔵の事件を
 起こした暴走族上がりのハングレ集団)として台頭の記述があります。≫
≪ 暴力団に会わずにすめば、それがベストだが、会うことになってしまった場合
 の対応などはとても参考になる。ICレコーダーなどの録音機をテーブル に置き、
 「録音させて頂きます」など相手の了解を得る。会っても暴力をふるまわれる
 可能性はほぼゼロ、警察に引張られるので暴力は振るってこないと安心していい。
 相手が脅してきた時は「私たちでは対応できないので警察官に立会って貰います」
 と対応、正面からぶつかることを恐れない、妥協しない相手と思わせること。
 「誰が、どの様な権利と名目を持って、主張しているのか」という点を
 見失わない様に努め、毅然と対応することが重要と。 ≫
▼ 不況の上に暴力団対策法、暴力団排除条例が次々に施行され、
 警察の取り締まりも厳しさを増す中、下っ端の生活は厳しく高齢化が進んでいる。
 台湾の「流氓」は20代前後が中心なのに、日本の広域団体の直系組長クラスは
 高齢化が進み、六代目山口組の「若頭補佐」で40代はゼロ、五代目時代は数名
 いるという。 台湾は若年化、日本は高齢化である。イタリアの「マフィア」は、
 「3名以上で構成され、危害を加える恐れのある者の集団」と人数まで、設定
 されているのに対して、日本の法律では人数などは言及がない。
 「半グレ」は暴力団とも対決できる新集団で、盛り場を変えている。
 暴走族上がりの半グレ集団の関東連合。かつては暴力団員の予備軍だったが、
 半グレは暴力団になろうとはしない。なっても稼げないからだ。
 新潟駅前には、得体の知れない若いグループが屯をし、酔い客や、若い女性に
 声をかけ、店やホステスの勧誘をしている。駅構内の新幹線のコンコースで
 5〜6人が横に並んで声をかけている姿は、もはや司法国家とは思えない。
 警察の動きを携帯で連絡をし合って神出鬼没に姿を現す。逆に4〜5人が
 若い警官二人を無言で取り囲み凄んでいる。荒んだ時代背景がある。
・・・・・・
3971, 閑話小題 
2012年02月08日(水)
  * 携帯とスマートフォン、複数所持7割
 TVの街頭アンケートで、携帯とスマートフォンの複数所持が7割とあった。
私自身、iPhoneのタッチ式の文字が小さくて相性が悪いこともあり、
普通の携帯に逆戻りをした経緯がある。しかし、流れはスマートフォンに雪崩
をうったように切り替わったようだ。街頭インタビューでは、携帯を電話専用に、
スマートフォンをパソコン代わりの情報収集に使い分けているケースが多かった。 
他に、会社用と個人用とか、二台にして使い分けた方がスマートフォン一台より
格安になるとか、色いろな使い分けがあるようだ。 私の場合、iPadを
簡易型パソコンと割り切って、使いこなしているので、携帯に変えたのが逆に
良かったことになる。若者達は、ネットゲームで互いに遊んだり、仲間同士、
ナビを使って現在いる位置を共有したり、テレビ電話をネットで繋げたりして
遊んでいる。 何度も書いているが、iPadで日常生活が変わってしまった。
暇さえあればiPadである。他にも多機能TVも、居間生活を変えた。 
数百の録画か、過去一週間の地上波のゴールデンタイムの面白そうな番組か、
WOWOWの中から選択できる為、面白いものばかり。家内がTVを見ている
時は、パソコンかiPad。横になってiPadで新聞、書籍が見れるのが、
カウチポテト族には有難い。
  * 三丁目の夕陽
 少し前になるが、「三丁目の夕陽」をみてきた。これで3回続けての
シネマ通いになった。こと話題になった映画に関して、外れと後悔したことは
殆どない。 所詮は、すべて夢幻。 現実も、映画も、小説も、全てが虚構。
そう割り切って楽しめばよい。世の流れを、そのまま受け入れればよい。 
ミーちゃん、ハーちゃんを楽しむ。これが家内から学んだこと。それも人生経験
を積んだ後でこそ、その味わいが深くなる。思い込み、先入観が世界を狭くする。 
高度成長期に向かって動き始めた昭和30年代半ばから後半が、時代背景。 
 団塊の世代向けにつくられた映画だが、当時は夢に向かって誰も必死に学び
働いていた、その頃の仄々とした空気が上手く映し出されていた。
そしてバブルと、バブル崩壊、そして右下がりの20年を経て現在に至っている。
暗く淀んだ不景気の中で、明るい未来の予兆が国全体に漂っていた時代を
懐かしむのも何とも複雑。
 ・・・・・・
3606, 大相撲八百長事件
2011年02月08日(火)
 結局、これも携帯電話から致命的な証拠を残してしまった。
去年7月に野球賭博で力士の携帯電話が押収された時から、一部親方衆から
八百長の記録が表沙汰になるのでは?と危惧されていた。力士は携帯の内容を
消去をしてしまえば大丈夫!と思っていたようだ。 しかし携帯の記録は
専門業者を使えば直ぐに現われてくる。 ここで分かったことは、十両の一勝の
相場が20万円。そして互いの前後の場所の貸し借りで清算されるか、違う力士
との貸し借りにも融通されていたことである。「関取の互助会組織」が暗黙の
うちに出来ていて、大関や、十両などからの陥落の際にやり取りされていた。
勝ち星の貸し借りの噂は私が子供の頃からあった。その辺を暗黙のうちに了承し
見ると千秋楽の取組みは面白く、幕下から幕内の大部分を見てきた。
本来、相撲取りに道徳など求める方がおかしい。それらのイカガワシサを含めた
スポーツ兼芸能世界を楽しむのが好角家であり、目くじらを立てる方がおかしい。 
ここで、何故に警察が野球賭博で携帯電話から得た八百長の決定的証拠を表沙汰
にしたのか? 誰もがエッと思ったはず。そんなに警察も野暮ではないはず。
そこには一部報道されている相撲賭博疑惑があるからでは?暴力団が仕切って
いる賭博組織の摘発のため?と思うのは私だけではない。その前に尻尾切りで、
ウヤムヤになるのか? その辺の筋たてを見ている方が面白い。もう一つ政変の
前には意図的に「目くらまし」の事件を立て国民の目を、逸らす力が働く。
3月政変への御膳とみると、成るほど合点する。 相撲を長年みてきた者として、
過去の関取の大部分は、何らかの形で八百長をしてきていると確信している。
最近、怪我の相撲取りが多いのは、八百長がやり辛くなってきたためともいう。
力自慢の見世物という興行世界なら、暴力団や花柳界との出入りがあって当然。
芸者遊びをTVを通し楽しむ世界でしかない。その異質の世界を、一般の常識で
縛ろうという方が不自然。 「相撲取り、関取落ちれば、ただの馬鹿(デブ)」 
チョンマゲをつけ、褌姿で、裸でぶつかりあう神事を割り切って楽しめば良い。
やはり日本的ウヤムヤの延長しかないのか?
 たまたま二年前に、大相撲について書いてあった。
・・・・・・
2866, 大相撲が神事? 
2009年02月08日(日)
 大相撲が日本人力士の大麻吸引で、ますます面白くなってきているが
「大相撲って実のところ何だ」というと、いかに曖昧である。「国技」?
法的には何もない。ただ税金は全面的に免除されていて、理事以上の利権
のネタでしかない。  (字数制限のためカット 2012年2月日)
・・・・・・
3241, 中学同期会にて
2010年02月08日(月)
 中学校の同級・同期生は「選りすぐり前の色いろな社会の原型」
を見ることができる。地方・城下町の駅周辺とくれば尚のこと。 
サラリーマンの家族より、商売人の長男・長女で、家を継いでいる人
が多いのが特徴。ここにきて地方都市の衰退の影響を直接受けて、
全体的に沈んだ雰囲気である。200年近い老舗を廃業した人が
「廃業させてしまったプレッシャーが大きく心に圧し掛かっている」と、
語っていた。新潟県は公共事業王国だった反動は大きく、農工業も中国などの
輸入品に押され県全体が悪化している。それに従い、高齢化も含めて元気が
無くなってきている。同年齢の姿を見て、自分の年齢にハッとする。
たまたま、4年前の昨日の随想日記にあった「老いのキー概念」が、
同じ年代の置かれた状況から見えてくる。
(1)居場所がない(2)社会的役割の喪失(3) 貧困と孤独 
(4)生と死の間のさまよい(5)青春への希求ー自分に青春がなかった
 という疑問等 (6)老年危機ー生きる意味の喪失(7)枯れへの悶え
(8)矛盾する心性(自分の人生の肯定・否定の自問自答)(9)ボケと過敏  
(10)成熟と衰え、その一歩手前というところ? どれもこれも、これから
  誰も直面する問題が羅列されている。還暦を過ぎてから 
(8)矛盾する心性(自分の人生の肯定・否定の自問自答)が覆いはじめている。
  それ以外は、まだだが、いずれじわじわとくるのだろう。  
  人生60、いや70歳代が一番良いというが、準備をしてきたかどうか?で、
  その質が左右する。中学校、そして高校と30年近く同期会が毎年の
  ように開かれているが、地方だからこそ可能なこと。
・・・・・・・・
2008年02月08日(金)
 2501, 無くてはならぬもの −8
 おはよ〜(>ω<。)!!
人生を振り返ると全く、恥ずかしきことのみ多かりき!である。自分の輪郭が
ハッキリして、その卑小性に独り嫌悪感に陥る瞬間が多くなる。これが人生の
秋口の心の風景。 早くいえば基礎教養は足りなかったのである。
俄然と読み始めたのが20歳位だったのが遅かったためだろうか。40年以上は、
一日2〜4時間は読み続けてきた。しかし思春期の読書量が足りなかった。
それも、家庭文化のレベルということもあるが。しかし子供のころから葬式など
で法話を聞き続けてきたし、書画骨董の一流品を見続けてきたし、それでも両親や
兄姉から色々な教えを受けてきたし、生き様を見てきて、このレベルである。 
独り溜息をつく日々である。 後は、どう自分と折り合いをつけるしかない!
ただ面白かったが・・・この一点が救いである!若き時の自分の声のように当時
の沁みた言葉が、本を通して語りかけてくる。
 P−37 アンドレ・ジイドの『狭き門』という小説は諸君のなかにも読んだ
人が多いだろうと思うが、狭き門という題は聖書の有名な言葉からとったもの。
イエスの言葉。「狭き門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。
そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見いだす者が少ない」(マタイによる福音書七の13−14)
この「命にいたる門」ということも、ほんとうの自己を見いだす門という意味。
私たちはすぐにあの夏目漱石の『門』という小説を思い起こすであろう。
あの漱石の『門』の主人公は、友人の妻を奪って自分の妻にするのであるが、
そのエゴイズムのなかで苦しんだあげく、鎌倉の円覚寺に行って坐禅をして
悟りをひらこうとするが、どうしても救われないでまた門をあとにして舞い
もどってしまう。諸君は、ほんとうの自己を見いだすために、どのような門
からはいろうとされるだろうか門はたくさんあるようだけれども、他に道は
ないのかもしれない。「求めよ、されば、与えられるであろう。
捜せ、されば、見いだすであろう。門をたたけ、さればあけてもらえるであろう」
(マタイにょる福音書七の七)とまたイエスはいうのであるが、道を求めるという
心を起こすことが先決問題であるだろう。
 P−38 「何事も人からしてほしいと望むことを、人々にもそのとおりにせよ」
多くの人が、この黄金律を人生のモットーにして生きてきたことを告白している。
自分が幸福になるために、人から多くのことをしてほしいという思いである。
それなら、人々に対してもそのことをしてやるべきである。人から親切にして
もらって嬉しかったら、人にも親切にしてあげるべきである。
 (字数制限のためカット 2012年2月日)


5077,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー③

2015年02月07日(土)

   * 単純ですから・・
 先日、横尾 忠則(著)『その雑念のゴミばこ』の ー単純ですからーを
テーマに書いた影響もあるが、一昨日朝方の夢が面白い。〜その内容とは〜
《 40数年前の金沢シリーズの夢が毎日、続く〜勤務先の売場を歩いていると、
 チーフの二人の女店員の話が聞こえてきた。『堀井さん、彼女が居ない
んだって、絶対に変よ!』と。ムカッとし、『聞こえたぞ!なら変かどうか、
試させろ!』と私。スッと逃げるかと思いきや、『私、単純なの、直ぐ
その気になるの!』という相手は、ツワモノ! しかし、第三者が聞いて
いて拙いと躊躇。チャンス!とするか、危険過ぎるので止めておくか? 》
という潜在脳が作りあげた物語。覚めてみれば? 夢の中でリスクを考え
自制した私も私!古希を過ぎて、こんな夢をみるのも若い? 程度が低い?
 この夢物語は更に複雑?に次のステージに。
《 その数ヶ月後?その女性、彼氏の子を宿し急遽「出来ちゃった婚」で、
退社場面。あの時、勢いで何?なら、私は違った男の子を育ていたと冷や汗 》
 夢に落ちまで付くところが面白いが、夢は夢。潜在意識は、おもろい物語を
創作するもの。当時、これに近いことが日常茶飯事? その一つが夢で再現? 
「君子危うきに近寄らず」だが、せめて夢なら、どうだろう? 落語に
『燗をしているうちに夢が覚め、冷酒で飲んでおけば』と後悔する小話がある。
 昔、大手生命のキャリア某さんと酒を飲んだ時、『保険のオバサンを使う時、
塀の上でギリギリの危ない状態に自分を置かないと、営業成績は上がらない!
特に40歳前後の、あと一花咲かせるか、小母さんで終わるかの女性が一番、
美しい!』という含蓄ある言葉が印象的。確かに若い女性の職場は難しいが、
オバサンは更に難しい!とか。女性職場の男の役割に、じゃれホストの要素?
がある。過半数は一つ間違えると少し危ない状態に身を置くのがコツとか?
 何事も「咽喉過ぎれば熱さ忘れる」だが、極限だからこそ面白さが増す。
峠道、全てが夢幻、夢の跡。ー何ともなやのう うき世は 風波の一葉よー
・・・・・・
4712,閑話小題  ー現代のベートヴェン
2014年02月07日(金)
   * 「現代のベートーベン」のゴーストライターの会見!
 昨日の午後、スポーツジムから帰って居間でお茶飲みTVを見ると、
ゴーストライター・新垣氏の記者会見が始まった。家内は朝から待って
いたようだ。それはTVドラマの一場面のようなシリアスな内容。 
  ーまずは週刊文春 の概要よりー
《 広島生まれの被爆二世で「全聾の作曲家」、佐村河内守氏(50)が、
実際は自分で作曲をしていなかったことがわかった。
 桐朋学園大学作曲専攻で非常勤講師を務める新垣隆氏(43)が取材に応じ、
佐村河内氏のゴーストライターをしていたことを明かした。 氏の代表作
とされる『交響曲第一番HIROSHIMA』や、フィギュアスケートの?橋大輔選手が
ソチ五輪のショートプログラムで使用する曲『ヴァイオリンのためのソナチネ』
も、新垣氏が作った楽曲だった。 新垣氏はこう語った。「公表するべきか
逡巡しましたが、事実を明らかにして自分も詫びなければと思い至りました。
このまま事実を伏せ続ければ、五輪という大きな舞台までもが氏の虚構を強化
する材料にされてしまうのではないか、と」
 また、昨年3月に放送されたNHKスペシャル『魂の旋律〜音を失った作曲家』
で、佐村河内氏が東日本大震災の被災地を訪ね、津波で母親を失った少女の
ために『ピアノのためのレクイエム』を作曲する様子を密着取材したが、
この曲も氏の指示で新垣氏が作曲したものだった。番組では、氏は「全聾」
ながらも「絶対音感」を持つ「現代のベートーベン」と紹介された。》
  ーネットで会見の要所を抜粋するとー
・佐村河内氏は聴力を失っているとされているが、「私の感覚では耳が
 聞こえないと感じたことは一度もありません」。「彼とは普通のやり取りを
 していた。(耳が聞こえないというのは)違うのではないかと思います」。
 作曲をする段階でも「私が録音したものを彼が聴いて(その場で)彼が
 それに対しコメントするということもありました」と具体的な例を挙げ
 「耳が聞こえないことを装っていたと思うのか」との問いにも「はい」
 としっかりと答えた。
・障害者手帳は「1度だけ見せられたことがある」。その時期は
 「彼が自分が耳が聞こえないんだというスタンスを取った、ゲーム音楽が
 発表された後(彼が35歳)あたり」「これからはそういう形で行くという
 話を聞いた記憶はあります」と、その時を境に、外に向けて
 “耳が聞こえない”ということを売りに音楽制作活動をするようになった。
・「最初は私にも耳が悪いことを示していたが、やり取りをしている
 うちに装うこともなくなっていった」。
・「私は佐村河内さんの共犯者です」。「最初に、耳が聞こえないのだと
 言い出した時は戸惑いました。その必要があるのか疑問だった。でも、
 それはこのような環境に立つための方法なんだと了承した。彼は自分の
 キャラクターを作り、世に出した。彼のイメージを作るために、私が協力を
 したということだと思う。私にとってもゴーストとしての役割を果たすため
 には、それ(実は聞こえるという事実)が知られてはならないので、
 なるべくそれがやりやすいような状況を望んでいたのは否めない」
 と自らも「共犯者」として偽りの片棒を担いだことへの思いを語った。
▼ これだけ派手にマスコミを賑わし「現代のベートーベン」と言われた
 「全聾の作曲家」が、ゴーストライターに、記者会見で、暴露される前代
未聞の内容。本当か嘘か、18年間に20曲で700万は、安すぎる。せめて7000万
なら分かるが。其の辺がネックのように思えるが、どうだろう。これは高橋選手
が出場する直前のタイミングを狙ったのは何故?という疑問がたつ。
自作自演の現代のベートベンを演じた佐村河内も、バレなければ、それはそれで?  
これで、オリンピックも、都知事選も、半分は、この方に目が向けられる。 
細川が全聾の作家とすると、ゴーストライターが誰?アメリカのシェール会社
あたり? 彼が勝てば、原子炉全廃に一気に世論が変わる!で、
・・それより、株価の暴落が?
・・・・・
4345, 暴力団  ー1
2013年02月07日(木)
                  「暴力団 」溝口 敦 (著)
 暴力団といえば、ホテル業など狙われやすい。植木鉢や門松の名目で一度、
払えば当然の権利?として付込んでくる。開業当初は執拗に迫ってきたが、
30年間、一度も屈したことは無かった。流しの半グレが客の立場を利用し
タカリってきたが、一度も払わなかった。些細なことでも警察の相談するのが
鉄則。「あそこは警察に直ぐに電話をする」「絶対に払わない」という
情報は、その筋では周知になる。脅された担当は「命が幾つあっても
足らないほどの恐怖」とこぼす。 まずは ーアマゾンの内容紹介ーより
【 島田紳助、衝撃の引退! 人気タレントの社会的生命を閉ざすほど、
 よくスキャンダルになる「暴力団」とは、 そもそも何なのでしょうか?
芸能界だけではなく、あなたの会社や家庭にも秘かに忍び寄っているのかも…
社会の裏にに巣食う「わるいやつら」の正体とは?  [こんな情報が本書で
とてもよくわかります]  ・暴力団はどこにいるのか? 
・暴力団のリクルート活動とは? ・学歴、年収、出世の条件とは?
・芸能人となぜ親交するのか? ・覚醒剤や野球賭博でどのように儲けるのか?
・女はヤクザになれるのか?・なぜヒモが多いのか?・刺青や指詰めのワケは?
・警察との癒着は? ・ヤクザが 恐れる集団とは何か? ・もし出会った
 しまった時の対処法は? 無法な「わるいやつら」にペンで対峙し、
 日本最大の山口組も、暴対の強面警察官も唸らせたノンフィクション作家が、
 「現代極道の基礎知識」を世界一やさしく解説しています。】
   ー要約するとー
≪・暴力団が儲からない商売になっており、絶滅危惧種になっている。
 ・暴力団に代わり、半グレ集団の元暴走族的犯罪集団が勢力を伸ばしている。
 ・暴力団対策法が余り有効ではない一方で、昨年から全都道府県で制定されて
  いる暴力団排除条例は絶大な効力を発揮している。
読むと、いい女を連れて高級車を乗り回すかつてのイメージは完全に払拭される。 
組の若い衆が問題を起こすと組長にまで、警察の手が及ぶ現状の組長は哀れ。
暴力団は斜陽にあり、高齢化が進み、新人のリクルートが進まず、組織が硬直化し
活力を失いつつある。バブルの時は地上げや株式相場で儲けたものもあったが、
今や彼らも風前の灯。失われた20年の直撃をもろに受け、財布は限りなく軽くなり、
派手な生活は出来なくなった。かわって出てきた半ぐれ集団も置かれた状況は同じ。
彼らが持て囃された30年前は遠い過去で、暴走族そのものが全国的に
「絶滅危惧種」状態。最近六本木のクラブで起きた金属バットで殴り殺す事件も、
半グレの関東連合が絡んでいたが、特定の被害者をグループで襲うという行為
自体が女々しいと・・ 本書に「政治家は悪い政治家もいれば良い政治家もいる。
警察官にも悪い警察官もいれば良い警察官もいる。しかし暴力団だけは悪い
暴力団だけで、良い暴力団はいません」とある。そこで求められる資質は、
他の職業にも言えるが、空気を読むこと、相手の顔色をうかがい、少しでも
怯んだ様子を見せれば、たちどころに居丈高になり、弱みを突いてくる。≫
▼ ネットで結ばれた緩やかな半グレ集団が、暴力団にとってかわりつつあるが、
 これとて絶滅倶種。現役のころ、こういう 得体の知れない人種が常時
7〜8人は宿泊していた。それを常に刑事が調べ、後をつけたり、職務質問を
したりし逮捕する。五年、十年のホテル難民も常時、宿泊していた。
その強請りも暴対法が出来てから激減していった。
・・・・・・・
3970, 大型クルーズ船長のオソマツ!と、私
2012年02月07日(火)
 イタリアの大型クルーズ船長の言動に対して日本のマスコミは、騒がない。
世界の航空会社で最低といえばイタリアとインド。海外ツアーで旅行代理店は
イタリア航空を組みこんだものは少ない。 良くいえばラテン系の大らかさ、
悪く言えば大雑把で好い加減。その結果トラブルが非常に多い。 近隣に
サービスとは無縁のイスラム系の国があるので目立たないが、先進国といわれる
国の中ではルーズさに関しては最悪の国。 5千数百人の乗客の船長が我先に
救命ボートに乗って逃げ出す失態は、国家そのものの恥でもある。 
呆れる以前の問題で、誰も馬鹿馬鹿しく批評すらしないのが笑いを誘う。 
その言い訳が二転三転し、イタリア人らしい。 
  ー ネットのニュースーより
【イタリア中部ジリオ島沖で起きた大型クルーズ船「コスタ・コンコルディア号」
の座礁事故で、英BBC放送は18日、伊主要メディアの報道として、過失致死
などの疑い同じルートを通ったことがあるとし「今回は転進を指示するのが遅れた」
と語った。スケッティーノ船長の捜査当局に対する供述調書の内容を伝えた。 
それによると、船長は、乗客を船上に置き去りにして先に船を離れたことを認めた
うえで、自らの意思に反して岸へ運ばれてしまったと供述。 座礁した船の上で
転び、偶然、救命ボートの中に落ちたと主張しているという。 船長はまた、
船を島に接近させすぎたことが事故の原因と認めたうえで、以前にも3、4回、
接近させたと話している。 】
▼ ここで、今回の沈みゆく倒産劇の私が、この船長に重なるところがあった? 
 という思いが出ている。私の場合、何とか二人の年金で生活をしていけるが、
従業員たちは、この時代に生活していくのが至難。 事業を始める時、「始めた
からにはリスクが伴う。全てを失っても後悔はしない」と最悪の想定をしていた
ので割り切りは早い。しかし社員の立場は覚悟が違う上に、生活がかかっている。
生活が確保されている私をみて、あの船長と同じようにみえて当然。そのブザマ
な姿が自分に重なる! これも事業の起承転結の結。リーマンショックからの
売上激減の日々が大変だったので、この厳しさには平然としていられるが、
夜半に独り、あれこれ考えると凍りつく思いがする。これも覚悟の上で始めた
こと。45年の総括は2ヶ月後に行うが、創業準備の15年間の方が、
この事業の30年の数倍の厳しさとエネルギーを要した。準備を十分にして、
時流の風に乗せてしまえば、あとは自動的に流れていく。準備期15年の満足度
80点、30年スパンは60点、45年間で均して70点。最悪の結果としても。
惨劇を身近で多く見てきて、電光石火で終えたのは、不幸中の幸。 
全ての人の人生は本来、無様・・・ 私も、その一人と思えば気持ちが楽。
あの船長、天国から地獄。マフィアからも狙われる!
・・・・・・
3605, 大行進〜中国“小皇帝
 2011年02月07日(月)
 BShi で2月5日(土)午後8:00の
「大行進〜中国“小皇帝”たちの孤独〜」が濃い内容。〜まずは、紹介文から
≪ 急激な経済発展で増加した中国の新富裕層。たった一人の子どもが大事に
 され、何不自由ない環境とモノや金が与えられる。“小皇帝”と呼ばれるその
子たちの中には、親に暴力を振るうなど、問題行動を起こす子どもたちが増加。
そんな手に負えない「悪童」らを更生させようという、型破りな民間学校が
10年前に開校した。名物授業は2週間以上も歩き続ける400キロの「大行進」。
10tトラックで寝起きして毎日およそ8時間、平均40キロを歩き、精神的な
達成感と自信をつけさせること、そして農村にホームステイさせてもらい、
社会体験を積むことが目的だ。番組では大行進する子どもたちに密着。
家庭の問題や将来への不安など、彼らの本音に耳を傾け、歩き続ける中で
自分を見つめ、成長し、あるいは葛藤する姿を追う。≫
▼ 深く考えさせられる内容。日本で似ているのが「戸塚ヨットスクール」。
 これほど厳しくはない。ここで収容されている何人かの小皇帝を通して、
それぞれの親子関係と本人の抱えている問題が浮き出てくる。
何らかの問題は家族の中にある。 集団生活の中で、日記を書くことや、
掃除、互いへの思いやりが出来ていくプロセスを淡々と映し出されている。 
家庭生活を通して父親、母親、そして兄弟から多くを学んで育っていくが、
両親が共働きで一人っ子にはモデルがない。その結果、親も子供も戸惑う。
10歳までの教育、躾で人生は大方決まってしまう。それを10代後半に修正
するのは並大抵ではない。 考えてみたら大人数の家族の中で色々の葛藤と、
教えがあった。身近に、色々な人生を見るのは刺激が非常に強い。
ある意味では、この訓練校の中のようである。中国の一人っ子政策の歪みは
マクロ的にも必ず出てくる。「流砂の民」の傾向が強くなり、エゴ丸出し
国家の要員になる。 日本人の無気力より良いか?
・・・・・・・
3240, 一日、一回でよい
2010年02月07日(日)
「一日、一回でよい!」が、一ヶ月間の諺の‘日捲り’にあった。ツイッター
を始めようかどうか迷っていた時、「まず一日一回書き込むことから始めた」
という勝間和代の言葉に触発され、まず一ヶ月間続けてみようと実施してみた。 
成るほど続けていて「広い異世界を垣間見る面白さ」に気づかされた。 
一日には、朝、昼、晩、夜半と一つのリズムがある。これに沿って一つずつの
習慣を積み上げ、第二の天性を作りあげることでプラスの変化をもたらすことが
可能になる。ウォーキング、随想日記、起床直後の仏前の祈り、新幹線車中の
読書など、一日単位の習慣の重なりがある。その一日単位の習慣の組合わせが、
その人そのものとなる。さらに週一度の習慣、そして、月、年に一度の習慣を
付け加えていく。特に朝晩にベストの習慣を身につけることがポイント。
洗面、トイレ、風呂、三度の食事も、子供の頃から習慣付けられてきたもの。
 秀才とは、予習、復習の習慣のある人。天才とは得意を遊びにした人。 
一日千回、せめて百回「ありがとう」を繰り返すとか、般若心経を唱えるとか、
考え方の意図的なカタチつくりも必要である。『まずは一日、一回の厳守から』
習慣づくりは始る。しかし、これがなかなか難しい! 年に、月に、週に一度
といえば、色いろある。それを自分の絶対言明にして、その実行をしていくこと
が自分つくりということだ。この随想日記も、出始めは同じだった。 
あと一年三ヶ月で十年になる。
 ーたまたま去年の同日に、同じようなことを書いてきた。
・・・・・・・・・
2865, 一つのことに一万時間没頭
2009年02月07日(土)
 昨日の日経で、三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が
全面を使った広告で「今、若者たちへ」という次世代に贈るメッセージを
語っていた。その中に「一つのことに一万時間没頭しよう リベラルアーツ修め、
『志』を打ち立てよ」がよい。 ーそれを要約すると
・若者は「とんがる」のが20代の仕事! 
 自分の能力の限界に本気に挑戦する数年を過ごすべき。
・そのために何か一つのことに一万時間を費やすべきだという
 『一万時間説』を唱える。
・そうするとヒトカドの人物になれる。プロとして認められれば同じような
 集まりである『鉱脈クラブ』に入会できる。
・大事なことは、一万時間も費やして獲得した人脈、知識、スキルを
 その後人生にどう生かすかである。 
・そこで求められるのが「志」、30代に志磨きをすることが必要となる。
 志を磨くには、まず、自分が何のために生まれてきたか、社会のために
 何をなすべきかという『自己認識』が必要。
・そこでは、国際社会で通用する高い教養が必要になる。 
 その第一歩が自国の日本のことを深く知ることである。人間性を磨く、
 要は教養を深め、専門性を磨き、人を説得する努力が求められるということ。
 −−
 これは決して若者だけではない。我われにも当てはまることだ。
一万時間という言葉で気づいたことは、この随想日記、8年弱続けてきたが、
8年×365日×3時間=8760時間で、あと二年で一万時間になる。なるほど、
と自分で納得している。あくまでアマチュアだが、一日も欠かさず続けた効果は
絶大であった。 あと2年で10年が大きな節目である。書き続けることの深さを
体感できたのが最大の収穫である。塵も積もれば山である。20人位の人が
見続けていたようだが、いや30人か? その人たちとは、ここでいう鉱脈
クラブでつながっているのだろう。8年間で自分が大きく変化してしまった。 
 ー効果の一部を思いのまま書いてみると 
・一番の収穫は、書くことが面白くなったことだ。 
・それと自分に自信が持てるようになったこと。 
・自分の限界がはっきりと見えるようになったこと。
・プロのモノ書きの凄みが見えるようになったこと。 
・本の速読が飛躍的についたこと。 
・ものごとの本質の把握力がついたこと。などなど、あげると限がない。
 もっと分かりやすくいうと、以上の文章を三十分で書けるようになった
 ことである。 で、どうした?どうもしないが!定年後に何をすべきか? 
 これまで出来なかった何かを見つけて一日十時間、三年間集中してみたら!
 群れてないで。 


5076,閑話小題 〜火あぶりの処刑

2015年02月06日(金)

   * 火あぶりの処刑
 イスラム国のヨルダン人パイロット兵の処刑の映像には驚いた。
ブログに掲載するかどうか迷ったが・・ 少し考えてみれば、ガンで死ぬ時は、
少しカタチが変わるだけ?いや、違うか? これ、殺伐とした時代の象徴である。
彼らはイスラム原理主義の名を借りた殺戮集団。世相が20世紀前半の第一次、
第二次世界大戦辺りの、ニヒリズム的様相になってきた。 ウネリの元は、
情報端末とネットの普及による情報革命。それはグローバル化と、一強多弱を
推し進め、弱者に格差と差別が曝け出され妬めと怒りが充満していく。
島国日本にとって、テロの不安は少ないが、今後は、そうはいかなくなる。
 初めてイスラム圏に入ったのがエジプト。深夜に入国し、数時間後に飛行機で
ルクソールに向かったが、早朝、街から聞こえてきた、アッラーの祈りの音声。
丁度、ラマダン(断食)の最終日で、ホテルの従業員が殺気だっていた。
 現地の日本人ガイドに、飛行場からホテルに向かうバスの注意。
『ここは、イスラム教の国。私たちは欧米文化の国。まず全ての常識を
横に置いて下さい。違うのです、全く違うことを忘れないで下さい!』と・・
「これだから、秘境・異郷は面白い!」と、思うようになるに、何度かの
経験を要した。世界は、それぞれ違うのである、全てが! 旅行は、日常生活
との差異を求めて外に出て、日常を外の目で見て、考える機会でもある。
原理主義者としても、誘拐、殺戮を容認する思想が現に存在している。そして、
それを脅しとして公開する。彼らにとって、テロも戦争の一つでしかない。
欧米が勝手につくったアラブの、いや世界の国家を否定し、イスラム原理
主義国家という共同幻想を優先し、地域を州と見なすとは、考えたもの。
共同幻想のイスラム原理主義に感化され、『そこでテロで、戦闘に参加せよ!』
と煽られれば、誰にもチャンスがある。まさか、半年前まで、こんな現象が
出るとは誰も思ってもみなかった。 恐ろしい時代である。
 良い時代を、数限りない良い思いで過ごせたと、感謝する日々である! 
東京オリンピックに大きな不安要素が加わった!幻に終わらなければよいが。
・・・・・・
4711,閑話小題 ー最近、記憶術を少しずつ身につけている
2014年02月06日(木)
   * 夢に気づいた私は
 一昨夜になるが、夢の中で、これは夢?と気づいた。数年に一度はあるが、
何時も直ぐ夢から醒めてしまうが今回は違った。その物語こうだ。新潟駅前の
何処かの店に入って何か頼むが、忙しいのか取り合ってくれない。何か変だと、
店外に出ると、そこは目的先ではなく別の店。仕方がないと、他の店に入るが、
そこには誰もいない。そこで駅に向かうが、ポケットに長岡の帰りの切符がない。
もしかしたら車で来たのかと引き返し見渡すが自動車がない。また再び駅前の
広場に戻りながら、これは夢では?と気づくが現実感が強い。そこで、駅前の
広場を改めて見るが、嫌にリアルの光景。よく見ると、最近できた再開発ビルが、
見あたらない。これは、20〜30年前の駅前の光景! そう改めて見直すと、
鮮明な光景が急に曖昧になる。よくあるケース。せっかく夢なら、駅内の
店で美味しいものを食べてやれと階段を上がりかけたところで、目が醒めた。
  * 最近、記憶術を少しずつ身につけている
 このところ遊び気分で、長年、苦手にしていた記憶法を試している。
図書館から何回も『一年で全米記憶力チャンピオンに』を借りてきて、読み返し
ながら記憶訓練をしているが、これが段々、面白くなっている。基本は位置法で、
まず10ヶ所の家の中や、街中のイメージを焼き付け、そこに記憶すべきものを
置いていく。もう一つが、数字を4桁に区切り、身近なモノの値段にしてしまう。
9桁や13桁の最後の端数は、一円を+として、それに付け加える。
7桁の場合は、マイナス一円。39885269なら、3980円+8円の、
いま着ているジャケットに。ズボンが5260円+9円にする。問題は、
値札にその値段をすり込んでイメージする。意味付けをしていることになる。
もう一つは、よく通販のコマーシャルで数字をメロデーですること。
「三九八八♯の、五二六九♭〜〜」これを何度か繰り返すと良い。
遊びとしては手軽で面白い!次に思いついた7893の4251、確か憶えた
と思ったが・・ で、二回目に間違いなく憶えてしまった。
で、上記の二つは当然、脳に焼きついてしまった。
・・・・・・
4344, 感動すると疲れない
2013年02月06日(水)
「感動すると疲れない」何気なくネットで見つけた写真にあった言葉。
疲れないというより、疲れがとれる、という方が本当だろう? 事業の立ち
上げと清算を幾つか経験してきたが、創業を達成した感動は疲れの全てを
取りのぞいてくれた。希望を目的に即し目標をたて、具体的計画にし実行する。
自分の持っている全てを叩きつけたからこそ得ることが出来る心の奥の達成感。
成功すればこそだが何事にも変えがたい感動がある。それは創業だけでない。
今回の清算?も、淡々と終えることが出来たこともあり、厳しいが感動もの。
準備15年、創業以来30年の会社を潰すのも、事業の一環。愛した会社の
最期の看取りも、雲の上から見ている自分がいた。謹慎期間二年が近づいたが、
一連の疲れが取れたかというと、実感として半分。まだ45年分の疲れが
残っているようだ。ただ緊張感の蓄積からくる軽い神経失調症的な症状は、
ほぼ無くなった。これをとるには感動体験を更に積み上げること。
秘境旅行で大きな感動に出会うと、旅路の疲れが逆に、心地よいものに転換する。 
事業も同じ。立ち上げが上首尾に終わりホッとした時に起こる心の奥の感動で、
既に元を取っている。そのため事業清算をしても、後悔の念は全く生じようが
なかった。それは経験してみないと分からないこと。その辺の人が想像する
挫折感とは違う創業者の強みがある。感動と、その蓄積は、魂の財産になる。 
私の人生で、「感動」の場面には恵まれていた。感動は、求めれば与えられる。
絶望も感動も、多く味わった者が豊かな収穫を得ることが出来る。
 ーところで、感激と感動の違いを検索してみると、
【「感動」は、心が物事を受けとめて深く動かされること。多数の人が一度に
 感じるときに、「感動の名演技」のようにも使う。「感激」は、物事に触れて
激しく心が動かされ、なんらかの形で外に表われ出るような場合に多くいう。
かなり感情的で個人的な場面が多い。】とあった。私は、心が動かされることを
感激、魂が動かされることを感動と解釈していた。「感謝、感激、感動」 
体験には、人生の大きな秘儀がある。 同じ人生なら、可能な限り、これを
味わなければ生きている意味(価値)がない。味わった価値は、あの世に持って
いける唯一のもの。それも三日も経てば、全て同じこと。生きているうち感動を
積み味わうことしかない。手っ取り早いのが「シネマ」。そしてTVの映画などだが、
実際の経験には当然、劣る。が、それでも・・
・・・・・・
3969, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー3
2012年02月06日(月)
    * 情報(言葉)の恐ろしさ
「7割の確率で首都圏直下型地震が4年以内に起こる」とうニュースが衝撃的
だったが、土曜日の朝、BS朝日で例の東大地震研究所の教授が、その首都直下
型地震について話をしていた。「首都直下に7割起こるとはいっていない。
 南関東全域で7割の確率で、震源が首都直下の場合、死者1万1千人、
建物消失が85万棟になると算出したのであって、マスコミがそれを編集する
上で、南関東と都心直下の言葉が入れ替わった情報が一人歩きをした」。 
それも研究員個人の見解で、東大地震研究所が発表したのではない、という。 
記事の内容をよく読めば決して嘘ではない。見出しが誤解を生む内容で、
記事の内容も「都心が震源の場合」と書いてある。 情報とは、こんなもの。 
言葉の組み合わせで、受け止め方で、意味合いが違ってくる典型的事例である。
 見出しをそのまま、信じてしまう甘さに自分でも呆れている。 
マグネチュード7の地震は、3・11直後、何度も起こっている。それが南関東で
起こって当然で、実際その地域で小さな地震が多く続いていることから、4年で
7割の可能性が出てきたようだ。東北の沖合で500年に一度の大地震が起こった
ため、周辺で大地震が起こる可能性が10倍になっていることからして、数年間は
特に厳重な注意が必要。 ニュースで早速、スーパーなどで、避難・災害用
グッズ売り場を二倍にしたと報じていた。多くの家庭で準備が始まったようだ。
世界的金融不安の上に、足元の地震の心配。ますます殺伐としてきた。
 とはいえ、首都圏崩壊の可能性?の備えは、充分にしておくべきである。 
・・・・・・
3604, 旅ばなし 小題 
2011年02月06日(日)
   * カナダ・ロッキー山脈の感動
 カナダのロッキーの懐に初めて入った時の感動で世界観が一変した。 
これが地球上に存在しているのか?と。バスの中で眠り込んでフッと
眼を覚ましたときに、「これは夢で現実とは違う」と思ってしまったほど。 
しかし現実と気づいてからは、見る一景色ごとに息を飲んでしまった。
「ロッキーの、この景色を見た前と後の間に一本の線がひかれたようだ!」
という言葉が、次々と展開していく景色を見るたびに浮かんできた。
タイミングとして初めて広大な大自然を見たのが良かった。グランド
キャニオンやスイスアルプスを先に見れば、同じように感じただろう。 
私にとってロッキーが秘境・異郷にのめり込むキッカケになった。
大自然の壮大なパノラマに対する感動が、自分の心に深い何かを与えられた
初めての経験であった。  
  * 秘境ほどトラブルが大きくなる
 あまり人が行かない秘境ほど、問題が次から次へと生じてくる。それも
慣れてくると、こういうものと腹が据わってくる。それを逆に楽しむのが通
というもの。トラブルと思わなければ、それはトラブルではない。人生も同じ、
受け止め方の問題になる。波乱万丈の人生とは、トラブルが多くて浮き沈みが
激しい人生をいう。しかし一つ間違えば破滅を何とか乗り切ってきたに過ぎない。
トラブルを旅行でこなしながら、秘境の自然から何かを頂くのが、その妙味。
良い旅行には、必ず同行者に恵まれる。(例外もあるが?)そして、遠く
離れた大自然の神秘の懐の中で、感動の響きを頂く。神とは宇宙の織り成して
いる力の総称というが、ロッキーを見ていると次々に現れてくるパノラマが
神の姿に思えてくる。
  * 323,ある時間の断片-1  2002年02月06日(水)
 モロッコのマラケシュで、夜半ホテルより馬車に乗り中心街の
「ジャマ・エル・フナ広場」に行った時の話。4人のりの馬車に一緒に
のったのが、同じグループの母娘であった。母親は少し初老性のボケ?が入って
いたか、もしくは「元お姫様」ではという感じの品のよい人で、一人興奮してか
話しまくっていた。その話しが面白い!といって今回の観光のピークの場面。
その街の景色が素晴らしさと、どっちに気持ちを集中してよいのか迷っていた。
世界的に知られている「マラケシュの街並み」も素晴らしいが、その人の話しも
面白いのだ!私はマラケシュの街並みの方をとる。それは座る場所で決まる。
家内はその話の聞き役をとった為、街並みは殆ど見れなかったという。
 その内容とは
ー自分の亭主は日航の機長であった。以前羽田で精神症で大事故をおこした?
機長と同期。実を言うと自分の亭主が高所恐怖症。誰も知らない秘密を私だけが
しっていた。「屋根の修理で震えていた」のを見てしまった。本人に聞いたら
「実をいうとそうだ!」と答えた。こういう話がそのベストタイムに続くのだ、
よりにもよってその時間に!そのTPOSで聞くから、その話が更に面白い!
家内は笑いっぱなし!それに劣らず、その夜景が素晴らしい。
まさしく小説の世界、いや映画の世界といってよかった。同行の娘が傍でハラ
ハラしているのが手に取るようにわかる。母の世話に全神経を帰国するまで
使っていた。  ネタはツキマセン! このての話しなら!
・・・・・・・・
3239, 閑話小題
 2010年02月06日(土)
 * 朝青龍の引退
 朝青龍が引退をした。限界を遥かに超えた所業の数々、同情は少ない。
「一人横綱を4年続けたプレッシャーは想像を遥かに超える。それを一年経験
しただけでも押しつぶされそうだった」と、元横綱の曙が新聞で述べていた。 
解らないでもないが、それでも次から次へと問題を起こしてきた。優勝パレード
でモンゴル国旗をかざすのを何回か見たが、「あれは変だ」とマスコミは口を
噤んでいたのは肯けなかった。私が見てきた歴代の横綱の中では、ずば抜けて
一番強い力士。あの全身から出ている気合も、これまで見てきた力士には無い。 
来場所から、彼の姿を見ることが出来ないが、もし残留しても同じような問題
を起こし続けるはず。引退をしてしまえば、ただの??な大男でしかない。
その段差に、数年は自分でも如何したらよいか悩むだろう。
  * ツイッター、その後
 ツイッターを初めて、一月以上になる。ブログが社会に与えた影響は計り
しれないが、それ以上に、この社会に与えるインパクトは大きくなる。要は
モバイル用ブログだが、知れば知るほど奥行きの深さには驚かされる。
 (字数の関係でカット 2012年02月06日)
 ・・・・・・・・・
2864, 「要約力」を要約する
2009年02月06日(金)
  「要約力」         ー読書日記
 あらためて「要約力」という視点でみると、この随想日記は要約日記と
言い換えることも出来る。毎日の学びや読書や思いなどの痕跡を文章で「要約」
して遺すことである。8年間、欠かさず書き続けたために「要約力」がついた
ことは間違いない。この「要約」の力を一般の人は持っていないようだ。 
決断の場面が少ないのだろう。決断をする時に、何度も、対象を要約して冷静に
見つめる作業の繰り返しが必要だからだ。ここで「情報の要点をつかんで手短に
集約し、かつ全体像をしっかり理解すること」「要約」という作業を
「正しく効率的にできる能力」と「要約力」と定義した上で、「要約力とは
情報を論理的に把握する能力であり、自分の考えや意見を論理的に構成し、
表現する能力」としている。−要約には1.ストックと2.フローと分け、
 1.は情報の圧縮。 2.が目的に応じて整理・統合され強化されたものと
  分類し、要約カプセルと名づけている。−要約力強化には要約メモの習慣を
  勧めている。「要約」のポイントとして 要約すべきところを箇条書にして
  (50字以下.箇条書 10項目以下)前後の因果関係・相互関係から全体の
  文脈が見えるようにするのが良いようだ。更に印象的部分を抜粋すると
 ・要点という「点」を、論理という「線」でつないで全体像を理解すること
 ・記録力には感想力と要約力があるが、どちらもバランスのとれた人間形成の為
  に必要な感想力は、自分の思いや情緒を表現する「個性を感情面で育てる力」。
 ・真の意味で要約力の高い人とは、必要なものを瞬時に抜き出し、
  統合することができる
 ・要約情報とは、連想や関連づけなど同時並行的な思考から生み出される情報
  のエッセンスとし
 ・要約思考を呼び起こすきっかけワードとは「なぜだろう?」「そういえば…」
  「とどのつまりは…」「でも、本当にそうなの?」「なるほど」
 ・ビジネスでは「起承転結」が「起結承転」になる
 ・共感意識は、要約に欠かせない「もう1つの視点」をつくる
 ・自分自身の感情にネーミングしてみる。 5分位の要点読みをして
  概略を把握、仮説要約をした上で、各論に入るのが速読法にあるが、これは
  訓練と習慣で身につけることが出来る。要約は「20対80の法則」ということ。
・・・・・・・・・
2008年02月06日(水)
 2499, 無くてはならぬもの −7


5075,強みを生かす

2015年02月05日(木)

  * 強み生かす ー無駄な努力はダメ―  
ドラッカーのマネジメントの法則に「自分の強み生かす」がある。
この「強みを生かす」について、ネットで簡潔にまとめてあった。
≪ 卓越した仕事を生き生きしている人がいる。彼は単に有能な働き者ではない。
 自らの強みを知り、自らの属する場所を得た人がゆえと、いう。
誰でも、自らの強みはについてはよくわかっていると思っている。 だが、
たいてい間違っている。気づいているのは、せいぜい弱み。それさえ間違ってる
ことが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。
弱みによって何かをおこなうことはできない。どうすれば自らの強みを知る
ことができるか。ドラッカーは、フィードバック分析しかないと言う。
 ドラッカー自身が五十年以上続けてきた方法だ。方法は簡単。まず何かをする
ことを決めたら、「自分はそれに何を期待するか」を記録しておく。
そして九ヵ月〜一年後に、自分が期待した内容と実際の結果とを比較。
フィードバック分析により、強みを生かすために行うべきことが明らかになる。
①成果を生み出す強みに集中する
②誰にでも学べる技能や知識は身に付ける
③専門馬鹿にならない
④成果を挙げるうえで邪魔になっている悪癖は仕事ぶりは直す
⑤人への対し方、礼儀はわきまえる
⑥苦手の分野の仕事は引き受けない
⑦努力しても並にしかなれないことはしない
              ―(プロフェッショナルの条件』)≫
▼ ポジティブ思考は、ただ楽観的だけでなく、己の強みを生かすことで、
 ものごとをプラスに発展させる。幸せは、己の得意分野を生かしている
状態とすると納得できる。「得手に帆を揚げ」、フィードバックをする。
御隠居生活の強みは、「好きなことだけをして、嫌なことをしないで済むこと」
で、因業になっていくが、それで良い。まずは周囲に迷惑をかけないことだ。
・・・・・・
4710,閑話小題 ー遺体の生ゴミ化 
2014年02月05日(水)
 * 献体という死体処理 ー日経新聞2011〜「上手な逝き方」嵐山光三郎ー
 現在、遺体の生ゴミ化が問題になっている。20年以上前だが、姉の一人が、
「私が死んだら、自分の遺体を大学病院に献体する手続きをとった。
葬式は無しだから悪しからず」と宣言。何か呆気にとられた思いだった。
75歳で健在だが、その後、撤回したかどうかは分からない。
当時、思い切った決断だったのだろうが、時代は、大きく変わったようだ。
先日、借りてきた随想集に最近の献体事情があった。
《 いま、大学病院への献体が増えて、病院が困っているという。
 献体は医学生が解剖実習に利用するものだが、解剖したあと、遺族に連絡
すると「お骨はいりません」といって引きとりにこない。献体という名の遺体
処理である。斎場でも「遺骨はいりません」という遺族が増え、火葬場が合同の
収納施設へ入れる。遺体は生ゴミ化した。墓場も火葬場も足りない。
東京では夢の島へ散骨する計画が申し込まれている。海への散骨、樹木葬は
骨をパウダーにする。骨壷に骨をいっぱいつめるのは時代おくれだ。
高齢化社会で死亡者が増えると火葬場の能力を超えた遺体数となり、遺体を
保存する冷凍庫も足りない。さあ、どうするか。この半年間で五回の葬儀へ
行ったが、火葬場でお経もあげずにすます直葬が二回あった。火葬のみの
遺体処理である。ただ、棺の中には花が埋められ、遺体の顔には美しい化粧が
ほどこされている。大村さん(関西学院大学教授、僧侶)は、いまの死に化粧は
アメリカ流儀のエンバーミングで、ベトナム戦争で死んだ兵士をドライアイス
に詰めて本圃へ帰すころから流行した。死人を生きている人のように化粧する
エンバーマーという職業かある。真宗では死体を化粧をせずに、頭を剃り、
遺体から色も欲もみな抜け出して、この世の未練をすべて捨て浄土へ行かせる。
生きているような化粧をしたら、この世への執着が残る。 大村さんに
そういわれると、たしかにそうで、「はよ向うへ行きなさい」
と成仏させるために、エンバーミングなんてしない。・・・》
▼ ネットで遺体の日本人感を調べると、以下のような考え方に出会った。
【精神と肉体の混同、未分離の日本人の死生観が最も露骨に出る。
冬山で遭難死しても、キリスト教なら「霊は去っている。遺体自体はそっと
その場に眠らせておけばいい」・・というのが日本人には「罰当たり」になる。 
精神、霊と肉体、遺体との混同、未分離の考えが習俗の建前となるとき、極度の
遺体自体の重視となる。】
 葬式は、遺体を火葬にする前の家族による当人を見送る儀式。
一神教の場合、天国の神のみもとへ召されるが、無神教に近い日本人は、
それぞれの心の中で生きるという思いがある。そのため、焼かれる直前まで、
生ゴミと分かっていても美しい姿であることが、必要になる。
結局、残るのは写真と言葉と三代残る?資産だけ。
・・・・・・
4343,閑話小題  ーテレビの現状と未来 
2013年02月05日(火)
 先週金曜日のNHK・60周年記念「テレビの未来」について千人アンケートを
しながらパネラーが討論する番組が面白かった。NHK以外の各局のディレクター
も参加していたが、内容は冒頭からシビア。「現在のテレビはツマラナイ、
面白くない」と、街頭インタビューが辛口のものばかり。その上にTVを持たない
人や、不満の多さに各局のディレクターは言葉を失っていた。
無くて困るものの第一がパソコンで47%、携帯が24%で、テレビが22%
には驚いた。これではテレビがパソコンに凌駕された結果になる。 私の場合、
「未来型のTV」を買い替えて二年半になるが、見るのは殆どが録画したものか、
再放送のもの。「テレビが面白くなくなった」「無くても困らない」という
街頭での意見が多いが、私は逆で、「スマートテレビ」に買換えて、バカ
みたいだが、俄然に面白くなった。地デジの全番組を30時間分を自動的に
録画してしまう。ゴールデンタイム19時から24時までを設定すると、
6日間分の全チャンネルが自動的に録画される。それを週間のテレビ欄をみて、
面白そうな順に見る。2〜3日に一本の割合で面白いのが必ずある。 
設定無しだと、全地デジの30時間分が自動録画され、時間が過ぎたものは
自動的に消去される。これに面白そうなBSの旅番組やWoWoWを録画しておけば
見切れないぐらいの面白い番組がストックされる。どんどん録画をし、どんどん
除去する。だから「面白くない番組がない」というのは、面白い番組を見逃して
いることに彼らは気づいていないだけ。 実際、テレビに嵌るのは良くないのは
分かるが、面白いものは面白い。その上に、パソコンでも、TVでも、Youtubeなど
の投稿録画を見ることが出来る・・ ネットゲームを知らない人と気ままに
遊びたくなってきた。 で、再びパソコン教室に通う時期が来たようだ。
居間では横にiPadを置き、TVドラマの合間にネット・サーフィンかゲーム。
ますます馬鹿になっている。 大馬鹿ならよいが、中馬鹿のようだから、
どうもこうも! 最近の話題はTVの内容が多いか。
 ・・・・・・
3968, 民主主義への疑問 ー2
2012年02月05日(日)             
 * 明治元年の五箇条の御誓文 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、
 店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、われわれはよく目にする。
愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは
正しいふるまいをしているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な
行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の
偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした
愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとかうまく使いこなす方法は
ないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形
それ自体は、活気にみちた健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠な
ものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、
「国民のための政治」が実現するはずはない。・・明治元年の五箇条の
御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ
 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ
 ここでまず注目すべきところは第二条である。 
この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、
ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、
すべて心を合わせて、政治・経済の活動に積極的にかかわろう、ということ。
あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も
下も心を一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。
しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、まさに
民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて
根本的な民主主義批判ともなっている。】
▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要。
 一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に求められること。相手の論を叩き
潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、
公論が可能になる。声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。
現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、
 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 
  ・・・・・・・・
3603, 閑話小題
2011年02月05日(土)
  * ほんの5年前までは
 5〜6年前までは、「自分の生活は中の中」と答えた人が53パーセント、
中の下が27パー、合計八割が中流と思っていた。現在はどうだろう? 
中流といえば350万〜650万、上流に近いのが700万以上あたりか。 
2005年に下流社会という言葉が流行語になって格差社会を象徴する言葉になった。
この時の下流は、食うや食わずの状態ではなく、中の下くらいに位置する人を
対象にした言葉だったが、この数年では下の人を対象にするようになっている。 
貧困に「相対的貧困率」という数字がある。平均世帯所得の半分以下の世帯数が、
全世帯に占める割合をいうが、1984年〜1994年の7〜8パーセントが、2000年には
一挙に倍近い15パーに増えてしまった。 最近では、20パーを遥かに超えて
いるのだろう。 下流とは、ウィキペディアによると
≪2007年の国民生活基礎調査では、日本の2006年の等価可処分所得の中央値
(254万円)の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象。これは、単身者
では手取り所得が127万円、2人世帯では180万円、3人世帯では224万円、
4人世帯では254万円に相当する。≫ 
リーマンショック以来、この数字は急激に悪化しているから、2割は貧困層。
ところで、世界の相対的貧困率は、いくらだろうか? 感覚的にみて、
日本の半分以下だろう。とすると、10年、20年かけフラット化していく
プロセスに入ったということか。
  * 百円ショップの楽しみ
 2〜3ヶ月に一度は百円ショップに行っている。新潟では昼休みの運動に歩いて
10分ほどの駅南の「セリア」に。通勤の帰りには元ダイエーが撤退したあとの
越後交通ビルの2Fに「ダイソー」がある。一回に千円程度を買うのが楽しみ。
殆どが衝動買いだが、外れは2割位?。 鞄の中と、机の周りは百円ショップの
商品で溢れている。ノート、電子機器などを入れる袋もの、小物を一時的に置く
カゴ、などなど。 数日前に買ったのが、自転車のカバー。電動アシスト自転車
を千円位のカバーをかけていたが、強風で何処かに飛んでしまっていた。 
そこで、HCで買おうとしたら、家内が曰く「百円ショップで、一度見てから
にしたら!」といわれ先日、セリアに行ったら、材質は落ちるが、留め金付の
ものがあった。百円ショップの商品は機能だけに絞ってあって百円に押し込んで
ある考え方は非常に良い。
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2010年02月05日(金)
 * 狂ってしまった猿
 ニューヨークのブロンクス動物園のアフリカゾーンに近い大型類人猿舎に
「鏡の間」という場所があり、そこに立つと当人の姿が、鉄柵越しの鏡に映る。
その看板に「The most dangerous animal in the world.」と書いてある。
世界で最も危険な動物が「人間」とは痛烈な皮肉である。「象」「ライオン」
などの野獣とは比較にならないほど危険な動物が、生存を賭けた人間世界形成。
鏡の下には、「24時間ごとに19万万匹の割合で増えているこの動物は、
他の動物を絶滅させたことのある唯一の動物です。この動物は、今では地上の
動物の全てを絶滅させてしまう力を手に入れました」と付記されていた。
(字数の関係でカット2012年2月05日)
・・・・・・
2863, アメリカ発 世界自動車危機 −2
 2009年02月05日(木)
この番組で、電気自動車を取り上げていたが、脱化石燃料の流れ加速しそうだ。
自動車の心臓部分はガソリン・エンジンだが、それが電気モーターに変わると、
これまでの自動車の概念が変る。
・「自動車が電気商品になってしまう」のである。 現在一台あたり
 3万点の部品が、2万点で済むという。
・前部のエンジン・スペースが、大幅に減ってしまうのである。
(字数の関係でカット2009年2月05日)
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2008年02月05日(火)
2498, 無くてはならぬもの −6
 ー 一度だけの人生 ― どこに根を張るかー
P−196 他人とばかり比べないで世界中に、私はたった一人しかいないんだ、
とかけがいのない自分という存在ということを、もういちど、しっかり見出して
ほしい、と。あなた方の人生は誰にも代わってもらうことはできないし、しかも
それは二度と繰り返すことができない一度限りの人生なのだ。それが本当に
わかってないと、人生をどう生きるか、という問題は、考えていくことができない。
p−199  たとえどんな小さな仕事でも、自分が一生をかけてやりとげる、
そういう人生の目的を見出してほしい。そうして二度と戻ってこない一日一日を、
そのことに打ち込んでゆく。それは無限の希望なのである。天才とは、努力を
する人間なのである、といった人がいる。私たちの個性というのは、何かに生涯を
通して何かに打ち込んでいく、そういう努力を通して形成されていくもの。
あなたは社会的に成功しなくてもよい。自分がやりたい事を一度かぎりの人生に
打ち込んで努力してみたらよいでは。そのことに10年打ち込んでみたらどうか。
その道ではエキスパートになるだろう。一流大学を出ているなど、誰も問題に
しない。どんな小さなことでも、これが自分がしたいことを生涯を通して行えば、
世界のために何か貢献することができる。それで途中で倒れることがあっても、
一日一日を、そういう仕事にうちこんでいれば、人生はそれで良いのはないか。
P−202 亡くなった和辻哲郎が若いときに書いた「樹の根」というエッセー
を思い出す。「偶然再興」の中に収められた文章だが、「・・・ある時、砂に
食い込んだ松の木の複雑な根を見守ることができた。地上と地下姿があまりにも
違っていたのである。楽しそうに葉先をそろえた針葉と、それに比べ地下の根は。
戦い、もがき、苦しみ、精一杯の努力をしつくしたように、枝から枝と分かれて、
乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量より多いと思われる太い根、細い根を
無数にもって、いっせいに大地に抱きついている。私は、こういう根があることを
知っていた。しかしそれを、目の前にまざまざと見たときに、思わず驚異の情に
打たれぬわけには行かなかった。
ーーー
「順境には枝を張れ、逆境には根を張れ」という言葉があるが、当時、この
「樹の根」のエッセーの言葉が心の支えであった。個性とは、自分が人生をかけ
打ち込んだ中でこそ生まれるもので、むしろ逆境の中でこそ形成される。
38年ぶりに読み返してみたが、私にとって「人生を支えてくれた三冊の本」
の一冊。実は読み返して今、気づいた。それでは他の二冊は何か? 
近々に取り上げてみようか。大本教の出口王仁三郎の本と、新約聖書である。
・・・・・・・・・
2007年02月05日(月)
2134, 時間についての一考察 −1
    b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
最近ますます哲学づいている。今日は「時間」について考えてみる。
その中で「いま、ここ」−現在ーの意味が深い。考えてみても解ったような
解らないような難しい問題である。「いま、ここ」という永遠への控えの間?
には非常に深遠な光と陰を感じる。 感動した瞬間、感激した瞬間、そして
心の奥底から感謝した瞬間、怒り心頭に達した瞬間、人を殺してやりたい位に
憎んだ瞬間、そのどれも自分を構成している骨組みである。その時々のことは、
ほぼリアルに記憶に残っている。その瞬間・瞬間は、過去・未来ではなく
「その時点での今・現在」に経験したことである。
(字数制限のためカット 2010年2月5日)


5074,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜2

2015年02月04日(水)

         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾 忠則(著)
  * 単純ですから・・
 単純にも、様々ある。シンプルに物事の要点を考えるのも、『20対80の法則』
の20への集中と、同じこと。問題は、その組み合わせになる。服装一つとっても、
欧州では、黒が基調。そこに白か赤の小物をポイントに置く。
以前『すべては「単純に!」でうまくいく』ザイヴァート(著)を読んだが、
概要といえば【人は単純なことを複雑に考えてしまう? モノ、金、自身を
シンプルにすれば、ストレスが消えてゆき、仕事も人生もラクになる。】である。
 〜まずは、その辺りから〜
―「私は単純ですから」と卑下とも謙虚ともとれる言い方をする人が結構多いが、
この人は単純の意味が解ってない場合が多い。「あんまり頭を使わない」という
意味だと思うが、単純こそ人間の究極の理想の姿じゃないかね。ぼくも一度は、
「ぼくは単純なんですよね」と言ってみたいものだ。   ーMay 10/2010 13:41
― 人はなかなか単純にはなれないものだ。問題をあれこれいじくり回し、大抵
は複雑にしてしまうので、なかなか問題から開放されない。ーMay 10/2010 13:44
― 単純って、いわゆるアホになること。黒住宗忠という江戸時代の神道の教祖、
ある時、手相を占ってもらった。すると「あなたの相はアホです」といった。
怒られるかと思ったら、忠神は「そうか、わしは長年アホになる修行をしてきた。
それが顔に表れたのか、実に嬉しいことだ」とおっしゃった。ーMay10,201013:49
― 子供の頃、田舎で、「アホ・ボケ・マヌケ」と相手を罵って喧嘩をしたもの
だが、このアホと黒住神のおっしゃるアホとは格が違う。
アホな政治家というアホは馬鹿というアホだ。     ーMay10,201013:59
― ぼくの中にも複数のアホが住んでいるが、なかなか立派なアホになれないまま。
「ツイッターをやっている人間はアホだと週刊誌に書いてあったわよ」と瀬戸内
寂聴さんから電話があった。「私もやろうと思っているのよ」。折角悟った
瀬戸内さんが、ツイッターでこれ以上悟ることになるのかな。ーMaylO,201014:10
▼ 単純といえば、カントの二番目の二律背反、『◎テーゼ:世界は単純な部分
から構成され、世界は単純なものか、またはその単純なものの合成されたものしか
存在しない。◎アンチテーゼ:世界はいかなる単純な部分で合成されたものでない。
また、世界に存在するものは単純なものを含まない。』がある。コンピューター
が、飛躍的進化をしたのは、0と1の組み合わせの二進法をベースにしたから。
 レーガン元アメリカ大統領が、問題に対し、重要度を3つ羅列させ、その3つを、
3つに分け、さらに3つに分けて報告させ、対応をしていたという。
・・・・・・
4709, 閑話小題  ー三毒
2014年02月04日(火)
   * 三毒
「妬む」「怒る」「愚痴る」を三毒。特に女性の職場で、その毒が猛威をふるう。
女の職場は一見、花園だが、一歩立ち入ると、この毒素が満ち溢れている。
だから、そういうものと割り切るしかない。その毒の塊のような元ファースト
レディ(デビ?)が、時どきマスコミを賑わすが、自分をコミックの悪女?
と割り切り、演じているところが良い。 三毒の逆、「敬意」「喜び」「賛美」
をすればよいが、それには訓練がいる。そのため、心身とも豊かさが前提になる。  
   * 母ちゃんこわい!
 最近、どうも図書館で借りてくる本が、<「余命三ヶ月」のウソ>とか、
<末期がん、その不安と怖れがなくなる日>とか、<妻と夫の定年>とか、
マイナーの本が多い。ポジティブも良いが、こういう類が心休まるのは年齢?。 
 先日借りてきた <妻と夫の定年塾ー西田小夜子著>は、どこを開けても、
全てが定年夫婦の『諍い』ばかり。それまでの生活が一変して、妻の支配下に
夫は置かれる。それまで上司の顔色を伺っていたのが、今度は、妻である。
 夫は、「なにかする人」と「何もしないで家でゴロゴロしている蓑虫」
に分かれ、その八割が蓑虫夫という。ところが妻は、数十年かけ進化していて、
その格差が膨大。妻からしたら、そんなバカが鬱陶しいのである。
 著者は「定年よろずもめ事仲裁」を生業にしているが、その実態の事例を
文章にしている。 構図は、「進化妻」と、その配下の「蓑虫夫」の揉め事の
具体例と、解決方法などのコメント。どの事例も、身につまされるものばかり。
   * 我が内なる獣性
 ふと見ると、去年の今日、<トラと漂流した227日 ーシネマ評>があった。
最後の最後の落ちには驚かされた!創業は、この獣性をオブラートにつつみ、
新しい業態をつくること。トラに食べられたハイエナ、キリン、コックが、
旧業態と喩えると、納得する。としても、あの荒れ狂う海で助かればこそ。
その獣性も、もって10年。いつの間に、現象に因われ歯抜けになっていた。
最期に、少し獣性が目覚めたが、それでも、子猫? 
・・・・・・
4342, トラと漂流した227日 ーシネマ評
2013年02月04日(月)                   
 * すごい落ち!ーファンタジーに隠された人肉嗜食?  
  「ライフ・オブ・パイ/ トラと漂流した227日」−シネマ評
 ー まずは、ネットで見つけた「ライフ・オブ・パイ」の評論である。
≪ 獰猛なベンガル虎と16歳の少年が小さな救命ボートで太平洋を漂流する…。
 え?どういうこと?…。「ライフ・オブ・パイ」の奇想天外な設定を聞けば、
こんな絶体絶命の状況から一体どんな物語が展開するのかと、好奇心を
そそられずにはいられない。そして、喰うか喰われるかの緊張関係の中でパイが
見つけた究極のサバイバル方法に、この物語が示唆する命の不思議なパワーを
感じて感動するはずだ。 最初、虎から逃げることばかり考えていたパイは、
やがて、虎を生かすことが自分を生かすことに繋がると気づく。
そして、一緒にサバイバルするという不思議な共闘感を感じるようになる。
敵の存在に、自分を生かしてくれる力をみつけたのだ。この物語には、
こんな東洋的な調和の精神が随所に出てきて、単なる冒険物語を超えて、
生きることの素晴らしさを教えてくれる。敵がいるからこそ、最後まで
生き抜こうと願う。そんなパイの想いに、自分と考えの違う人たちを肯定する
意志が込められている。宗教の違い、民族の違いが多くの紛争の火種になって
いる今の世界で、すべての命を肯定しようとする意志は希望の光だ。
この映画には、その光をあなたの胸に送り届けてくれる力がみなぎっている。≫
▼ 終わりに近づき、ああ面白かったと思っていたところに、最後に「落ち」
 があった。 助けられた後に、遭難した船舶の所有会社の二人が事情を聞きに、
救助され入院しているメキシコまで来る。一通り少年の、この物語を聞いた
二人は、「こんな物語は、誰も信じてくれない。もっと信じられるような
物語が聞きたい!」という。そこで少年が話した物語は、当初、救命艇に
乗っていて、トラに食べられたハイエナやキリンなどは、船のコックなどの
船員の置き換えたもの。トラは少年の中の野獣?で、殺しあい相手を食べ?
生き延びたという筋書き。どちらが本当かは、ハッキリさせてなかった。 
それまでのファンタジーのストーリーが、そこで一変。この落ちが無かったら、
奇抜なファンタジーもので終わったが・・
 映画の導入部分で少年が幾つかの宗教に興味を持って入信していたことや、
動物園で育ち、調教や猛獣の恐ろしさを父親から教えられていた背景を組み
込んであった。ファンタジーとしても、それなりの筋たてがある。
特撮とはいえ、満天の星空の中、鯨が近くで飛び跳ねる場面は圧巻。ベンガル
ドラとの行き詰るような生死をかけた攻防も見ごたえがあった。 95点評。
 ・・・・・・・
3967, 民主主義への疑問
2012年02月04日(土)           
* 近代日本の出発点に立ち返れ! 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
 最近の世界各国の紛争や、国内の政治を見ていて、信じて疑ってもみなかった
民主主義そのものに疑問を持つようになった。中国も、ロシアも体裁は独裁国家
ではないが、実情は独裁国家。 欧米は、隠れた独裁者はいたとしても、国家の
トップは選挙で選ばれた首長が政治を司っている。民主主義は時代が安定の時には
有効だが、大きな時代の変わり目には厄介な代物になり、その使いこなす技は
非常に難しくなる。その民主主義について、分かりやすく書いてある書籍がある。
 長谷川三千子著「民主主義とは何なのか」である。印象的部分を要約してすると、
・ 民主主義とは「国民による国民のための政治」が、その基本形である。
 だが、政治という道が、本当に最良だろうか、という疑問。この原理に従えば
 従うほど、実は「国民のための政治」は遠ざかって行くという、逆説がひそむ。
・ それは、人間という動物がイワシのようにリーダーなしに群れとしての
 行動をとりえない生物で、町内の自治会ですらリーダーを要する。
 指導者なしには政治は成り立たないが、「国民の、国民による」政治という
 原理は、首相であり大統領であれ、全ての指導者は不順な夾雑物であり必要悪。
 そのため常に、そこには指導者に対する不満がくすぶっている。国家が平穏の
 時は、それでも、ちょうど水平飛行を自動操縦で飛行して何とか乗り越えるが、
 ひとたび荒天が国家を襲うと、指導者がその能力を最大に発揮しなければ
 ならない時、深刻な危機にさらされる。飛行機が揺れているとうだけで、
 操縦室になだれ込んで、操縦を妨げれば、どんな飛行機も墜落する。
・ 民主主義はバイキンに似ている。それは強い伝染力を持ち、またたく
 間に国境をこえて広まり、あちこちで出血性の発熱をともなう。
 しかし、このバイキンを駆除すると、完全無欠状態で育てられて子供がひ弱に
 なってしまい、国の健康を害してしまう。独裁国家がそれ。
▼ 日本の政治の混迷が、正に上記の弱点を曝け出している。
 一年で首相交代が生じるのは、トップは民主主義では夾雑物になるため。
その期限が、日本の政治システムでは一年。それに情報化で、トップの威厳も
あったものでない。しかし、世界的動乱に入ってしまった現在、何とか切り抜け
なければ国家破綻が待っている。著者は、ここで明治元年の五箇条の御誓文に、
民主主義のバイキンの毒素を取り除き、それを最上の活性化酵素として活かす
ヒントがあるとしている。  ーつづく
・・・・・・・
3602, 閑話小題
2011年02月04日(金)
  * 日本の政府は巨大か、それとも普通か?
 民主党になって政府の肥大化が止まることがなくなってきた。
社会主義者が政権をとっているから仕方がないとも言っていられない。
あの東京都知事だった美濃部の国政版が現在進行中。 4月か6月に自滅
するだろうが、これを立て直すに時間がかかるだろう。で、果たして
日本は世界の中で政府として普通なのか、巨大なのか?の議論がある。 
実は世界で一番の水脹れの国家になっている。それも国家財政破綻直前で
悪いことに社会主義者が政権の中枢になってしまったから、何をかいわん。
一般会計では決して大きくないが、特別会計という母屋の隣の離れの大きさが
母屋の5倍以上はゆうにある。国民の目は母屋しか見えないように官僚と自民党
が組んで、使いほうだいをしてきた。そして、この財政破綻状態に陥っても
何も手がつけられない事態である。10年前でも国内総生産に対する一般政府
総支出は世界一だが、現在では更に大幅に悪化している。
日本も、この極左政権が最後のダメ押しをしてくれた。
その結果は、来年から大きな圧力として我われに襲い掛かってくる。
  * パン屋の恵方巻き
 昨日、新潟駅のパン屋でパンの恵方巻きを買ってみた。恵方巻などと
いうのを、今年のスーパーのチラシで初めて意識をした。一週間前から、
そのパン屋で恵方巻のポップがあった。そして昨朝、昼飯のサンドイッチを
買おうと思い入ったが、サンドイッチのコーナーに恵方巻があった。
面白そうなのでサンドイッチ替わりに買ってみた。で、中味といえば、
カツとレタスにパンを巻いた上に海苔がかかっている。要は御飯替わりに
パンが巻いたもの。何と海苔とパンが意外と合う。節分の日には、豆まきを
しないかわりに、これを食べるのも良いのかもしれない。よく思い立ったもの!
  ーところでウィキペディアで「恵方巻き」を検索をしてみた
《 最近では、恵方巻(えほうまき)といって、節分に食べる太巻きが
 ブームになっています。節分の夜にその年の恵方→歳徳神の住む方角で、
 その年に吉となる方角)に向かって、目を閉じて願い事を思い浮かべながら、
 無言で太巻きをまるかじりするそうです。》
・・・・・・・・
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
 凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
 凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。
・・・・・・・・
2862, アメリカ発 世界自動車危機
2009年02月04日(水)
 一昨日の22時・Nスペ「アメリカ発 世界自動車危機」には、驚いた。
  ーまずは、NHKの・HPの番組紹介ー
《 20世紀の世界経済を牽引してきたアメリカの自動車産業が、メルトダウン
 ともいうべき崩壊の危機に直面している。2008年、金融危機の炎はまたたく
間に自動車業界に延焼。 旺盛だった自動車の需要は一気にしぼんた。GMを
始めとするビッグスリーは経営危機に陥り、トヨタなどアメリカでの販売で
利益を上げてきた日本のメーカーも深刻な打撃を受けている。なぜこんなことに
なったのか。関係者への取材で浮かび上がってきたのは。長年のビジネスモデル
を延命させるために作り出された「架空の消費」である。売り上げをのばすため
自動車ローンの審査が極限まで甘くされ、ウォール街が推し進めた証券化ビジネス
と手を結んだ車販売のシステムが広がった。それが今回の金融危機で一気に
瓦解したのである。時代は次のビジネスモデルへ向かって急展開を始めている。
大物投資家なども参入し、業界再編後を見据えた電気自動車など環境対応車の
時代への模索が加速している。 自動車業界の歴史的な大転換を、現場の動き
から明らかにしていく。》
▼ 以上だが、これを録画にとって朝晩と二度見たが、アメリカ金融崩壊の
 デルを目の当たり見せられたようだ。GMのローン会社GMAC・元ナンバー
2の人の語る内容がすざましい。GMと、販売会社と、GM子会社のGMACの
三社のシステムの構図は住宅サブプライムの自動車版。販売会社はGMACから、
ほぼ無審査で買い手にローンを組むように依頼されており、ホームレスにも
ローン付きでクルマを販売していたという。そのローンはGMACで各種債権と
混ぜて、格付けがAAAになるように加工され世界中にばら撒いていた。   
(字数の関係でカット 12年02月04日)
 ・・・・・・・・・・
2008年02月04日(月)
2497, 無くてはならぬもの −5    YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ
              佐古純一郎著 「無くてはならぬもの」
  * 何を信じて生きるのか   ー不信の中の絆ー
この本の中で著者佐古純一郎はー「理解しあうことがあってはじめて
信じることができるのではなく、信じることができてはじめて、理解しあう
ことできるのである」と述べている。
 P−164で、 人間が、犬と猫と根本的に違うのは、人間が人格的存在として
つくられたためである。そのことに、どこまで人間はめざめているのだろうか。
本能とか、社会における地位や身分とか、その他いろいろな点で人は千差万別
といえよう。しかしそんな差別は、実は何でもないことであり、人は神様から
つくられていることにおいて、まったく平等である。ー と述べている。
ところで、ここからは私の論になるが、信用を逆手にとって言葉を巧妙に操り、
人間の良心を悪用する輩が巷に闊歩している。それは巧妙であるが、所詮は
中・長期的に馬脚を現しているのである。 自分が騙していること自体に
気づかないから始末が悪い。その手法を一番してはいけない相手に対し巧妙に
仕掛けるのである。 それも、己の行為が騙しという意識がないから、
尚のこと始末が悪い。カントではないが、人間には良心が必要である。
宗教と倫理こそ信じるべき道標である。他人ごとでない自分自身のことでないか。
「これこそ愛」などと思いは、すべてが勝手な思い込みでしかないのである。
人を愛するなど簡単には出来はしないのである!だから親の愛こそ必要となる。 
しかし愛は心だけではなく、力と知恵が必要となる。
以下は、当時の自分の気持ちの中で最も突き刺さった部分である。  
 P−183  じっさいは、私たちは善をしようと思う気持ちが切実であっても、
そういう自分の意思をそむいて悪をしてしまう。パウロはそのことを次のように
告白している、「自分は善をしようとする意志はあるが、それを行う力がない。
・・・私はなんと惨めな存在なのだろう。だれか、この死の体から、わたしを
救ってくれるだろう、」ほんとうに自分の善をなす力のないみじめさを、
このパウロのように、苦悶にまで深く掘り下げないのでないと、宗教の世界に
ふれるということはできないかもしれない。宗教などいらないという人は
毎日の生活のなかで、自分をごまかしているのではないか。自分には他人を
愛する力がないのだということに、みじめさを感じるほど、私たちは、真剣に
他人を愛しようとしただろうか。
▼ こういうことを先に気づくか、後で気づくか?人生は、口先だけでは後で
後悔の日々になる!青春時代の苦悶は、いや人生は、パウロの言葉に収れんする。


5073,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー

2015年02月03日(火)

   * 夜明けのスキャット ー
――前日の夜半(2時半位)、半睡状態の中、淡い金色の球体を思い浮かべ、
その中に入り横たわるイメージを持ったいた。暫くすると、何と20歳代
半ばの金沢時代にスリップをしていた。何故か、金沢時代の写真が一枚も
残ってなかった。境遇的には、どん底だったが、そこは金沢。人間関係も、
華やかで、職場も美人が多く、楽しい面白い時間を過ごしていた。
夢の中の人達は、さらに光り輝いていた。一番辛い時ほど、裏腹に楽しい
ことが張り付いている。それから40数年後に、こんな夢を見るとは、
そろそろ危なくなってきたか? 当時は、「嫌なこと3つに良かったこと、
1つ」だったが、だから、輝くのだろう。それにしても、ほぼ忘れていた
当時の人たちの姿形が、映像として輝き現れ出るとは、脳は不思議である。
――で、今朝方の夢は恐ろしい物語。半睡の中、同じように金色の球体に
入って暫くすると、丸の内の大きなオフィスビルのロビーに、誰か二人と
居た。ところが、トイレに行きたくなって、外に出たが、見つからないため、
戻ってきたが、二人が見つからない。そこでビル内を探していると、
小さな部屋がある。そこに一人の男が居て、『何で自分が、こんな部屋に
居なければならないのだ!』と叫びながら出て行った。どうも、閑職に
追いやられたようだ。そこで、再び、探し回ると、違った部屋に入った。
そこに、10人位の人が、ノウネクタイのYシャツで、並んで立っている。
机は有るが、椅子がない。そこは退職を促すタコ部屋のようだ。
 その内の一人が突然、『謝って元に戻してもらいたい!』と叫び、
入口にいくと、自動的にドアが開き、出て行った。監視カメラがあって、
外出を認めれば出れるようだ。その後、数人が出て行った。そして、
昼休時に、数人の女性が来て、ジャケットを持ってきた。寒いらしい。
 オフィスビルを探しまわった結果、サラリーマン残酷物語を、みた
ストーリーの夢だった。
――何ゆえに、こんな夢を見たのか? その直後、考えてみたがサッパリ
分からない。あの10人がうな垂れた暗い部屋! 何だった? それぞれ、
色いろあったのだろうし、辞められないのだ。実際は、これより酷いのだろう! 
――今になって気づいたが、前日の夢と関連付ければ、当時の私のドン底の
心象風景が、この10人と同じ? 夢は結構、複雑な己を自分に提示する。
夢分析とは、成るほどこれか!前段(前日分)が、光、輝き。後段が、
その背景の暗闇の物語。ビル内を探し回って見たものは、当時の自分の姿。
とすると、あのジャケットを差し入れしてくれたのは??
辛いほど、人には優しくなる。 同時に、人から優しくされる。これが娑婆!
・・・・・・
4708,末期がん、その日のための予習を ー4
2014年02月03日(月)
      「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
   * 第三章 がん細胞が教えてくれること
 ・顕微鏡の下のがん細胞
 ・がんは「身の内のもの」
 ・見た目は悪いが生命力は旺盛
 ・コピーミスは細胞分裂につきもの 
 ・がんは「不良息子」
 ・ギブ・アンド・テイクで水車のように生きる
 ・コントロールからはずれて自由に
 ・がん細胞の驚くべき柔軟性
 ・「尺取虫運動」の着実な歩み
 がん細胞は、みずから生まれ育った場所から、新しい場所位に移動する
 能力を持っている。転移である。
 転移は、播種と、血行性・リンパ行性の二つに分けられる。
  ☆ 播種は、種が飛ぶようにして、広がっていく。
  ☆ 血行性・リンパ行性は、血管やリンパ菅を通って運ばれる転移。
 転移は何故起こるかは分かってないが、それが、彼らの生存理由に
 なっている。がんは転移がなければ、さほど恐くはない。
▼「がんは不良息子」は、言い得て妙。その扱いは、まず理解し、なだめ
 すかし、暴れないよう扱うしかない。不良になるには長年の生活習慣が
 起因していて、頑固で、性格が歪んでしまっている。だから、早めに歪みを
 取り除くことが重要。生活習慣による身から出た錆の要素が大きい。
 不良息子には、多方が良性と悪性の二種類がいること。悪性は、どのみち
 助からない。反面、良性はがんもどきである。がんの成長は、意外と
 ゆっくりしている。1センチのがんは、まず治るサイズだが、その大きさ
 になるに30回の細胞分裂が必要で数年〜十年はかかる「尺取虫運動」。
・・・・・・
4341, イタリア人と日本人、どっちがバカ?
2013年02月03日(日)
「イタリア人と日本人、どっちがバカ? 」ファブリツィオ・グラッセッリ(著)
   * 「南イタリア人と、日本の地方人、どっちがバカ?」
 日本在住のイタリア人が書いた本だが、なかなか面白い。イタリアは、北と南
では民度が大きく違っていて、著者も、その一人だが、北イタリアはドイツを
しのぐといも言われる。 南イタリアは北の植民地的存在で・・ 首都圏と、
他の地方とかいう日本の感覚に似ている。最近の日本は欧州のPIIGSと同じ
レベルか、その下にまで成り下がってきた。まず、ーアマゾン〜内容紹介ーより
《 アメリカ型経済を真似て、私の国はメチャクチャです」。在日20年以上の
イタリア人建築家ファブリツィオ・グラッセッリは、こう語ります。 敗戦後
の奇跡的な復興から、近年の政治・経済・社会の劣化、教育制度の危機、
アメリカ主導のグローバリゼーションまで長い歴史を誇りながらも、今では
「立派な」借金大国である日伊両国には多くの共通点が存在します。国家破産
に向かう今日のイタリアは、明日の日本の姿なのでしょうか。架空のイタリア人
一家(ビアンキ一家)。ミラノの工場で働き、賃金カットの危機にある
ビアンキ氏と憧れの国日本にやって来るニートでオタクの息子。彼らを主人公
にストーリーが展開し、かの国で今、何が起きているかを描くとともに、日本
を少しでも良い国にするための、ウィットに富んだ提言を行っている。》  
 ー 要所を抜粋してみる ー
・「北イタリアだけを取り出してみれば、その経済の成長力や生産性の
 高さは、ドイツよりも上で、事実上「ヨーロッパ随一」であることが、
 よく言われます」(30頁)。
・「お互いがギブ・アンド・テイクの関係で成り立つこうした縁故関係を、
 イタリアでは「クリエンテリズモ」と言います。そしてイタリア人の
 社会は、この縁故関係をもとにした、無数のいわば「利権集団」の集まり
 から成り立っています」(38頁)。
・「イタリアは、近代国家建設の時点で、南イタリアを「絶対に」必要
 としていました。・・・ それは、一種の「コロニアリズム」=植民地主義
 だったと言って良いでしょう」(70頁)。
・「今もなお、イタリア人が「あまり働かない」国民であるというイメージが
 根強く残っているのは、はっきり言って「偏見」でしかありません。それは、
 ヨーロッパの労働者について調べた具体的な統計にも、はっきり表れている」
・「ベルルスコーニは ・・・ イタリアの政治の仕組みを、アメリカ型の
 「新自由主義」に変えること、そして、イタリアの経済を本格的に
 「グローバル化」するという使命を帯びて首相官邸に乗り込んで行ったわけ。 
 ・・ にもかかわらず、その政策遂行に当たって、ローマ政界の政治システム
 に頼らざるを得なかったのです。・・ 結果、ベルルスコーニは、彼のバック
 についていた勢力から見限られ、首相の座を降りることになった」(178頁)。
・「彼らにとって、プライオリティーの最上位にあるのは、
 「国際金融システムを、健全に保つこと」です」(189頁)。
・「バブル経済の興隆と崩壊、そしてその後の「空白の20年」と言われる
 時代に、一番大きく変わってしまったものは、日本人のメンタリティー
 だと私は思います」(207〜8頁)。
▼ 青の洞窟内でイタリアの船頭が、カンツォーネの歌の合間に、
「がんばれ日本」と言っているのをTVでみた。北が南を植民地化しているのを、
この本で初めて知った。その視点からみて、日本も首都圏が日本を支配している。
ということは「地方は首都圏の御荷物」であり、「南イタリア人と、日本の地方人、
どっちがバカ?」の質問になる。その首都圏も8年以内に100%、直下型地震がある
・・「人からコンクリート」は、埼玉周辺の副都心造りが最重要になる。
何がオリンピックか! まだ高度成長期のバイアスが罹っている石原。 
戦後日本のバイアス(偏見)そのもの。
・・・・・・
3966, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー2
2012年02月03日(金)
 京都大の地震研究機関の発表では「5年以内に3割の確率」と東大より
緩めの発表をしている。二つを合わせると、「4〜5年以内に5割前後の確率で
直下型地震が起こる」ことになる。 災害の場合は、厳しい東大の確率に標準を
合わせるべきである。それに東海・東南海・南海地震の可能性は含まれてない。 
それに3・11直後の3月15日に起きた富士山の地震による噴火の可能性もある。
それらを考え合わせると関東・東海地区は何時、何が起きても不思議でない事態。
 前回、「一年以内に9割の確率」に時間を短縮し、確率を高めた仮説を立てた。 
まず何をすべきかの対策が見えてくるからだ。大企業は、その情報は数ヶ月前から
入っていたはず。 スマトラ沖地震に、中国・四川の地震、ペルー地震、
ニュージーランド地震、そして東北大地震は、太平洋を挟んだ地球規模の地殻
変動であり、東北大震災は、東北から千葉にかけての沿岸ぞいに幅200キロ、
長さ500キロにわたる震度7、M9の400〜500年に一度の歴史的大地震である。 
この規模の地震は、近くの地震帯や火山に大きな影響を与え、数年以内に新たな
大地震や噴火を誘発する。 3・11以降に関東の地震帯に異常な動きが見られ、
直下型地震の可能性が7割という予測。ことの重大さは分かっても、職を辞して、
一家で地方に移住できる人は限られる。座して地震を待つしかないのが殆ど。
しかし、東北大震災の惨状を連日ニュースなどで見ているため、出来る範囲の
準備に取り掛かるから、それぞれの静かな疎開が始まる?新潟などは移住に、
もってこい?である。米と、水と、魚があれば何とかなる。それに酒?
 首都圏崩壊の事態にでもなったら、バブル崩壊、そして経済震災二つ、
東北大震災に引き続いて大打撃。国家破綻となり非常事態。
第二次世界大戦の敗戦直後の日本に逆戻り。 銀行閉鎖や通貨切替で、国民は
丸裸にされる。それが7割の確率としたら・・ 外国への疎開も資産家にとって
現実問題になる。他人事ではない、現に私が3つの震災を受け、一歩先んじた。 
 布置という言葉がある。 大きな変わり目に、思いもよらない大きな出来事が
次々に引き寄せられ重なる、という意味。表向きは違う体裁をとった非常事態
政府が出来るはず。首都圏の問題であり石原都知事が首班になるのが自然。 
まともならだが!
 ・・・・・・・
3601,  旅ばなし 小題
2011年02月03日(木)
 * カラコルムハイウェーの旅が一番過酷
トルコ旅行とかイスラエルとか、あらたまって構えてしまうと書くのが
億劫になる。しかし頭にはフラッシュのように色いろのことがよぎってくる。
「閑話小題」を書く時は手抜きか、テーマが浮かばない時の苦し紛れで、
小題として幾つか書いていた。しかし、その方が面白いと指摘され、読み
返してみて成程と思った。何も浮かばない時に書く文章ほど本音がでるから、 
読み手は共感する。そこで、これを旅行雑記としてフラッシュを気楽に書けば、
せっかく脳が呼び出してくる面白い逸話が残せる。この小題を幾つか書き
続ければ、あとで一冊の面白いコラム集になるのでは?と、思いたった。 
47回の旅行には感動の他にも多くの材料がいくらでもある。 現在、
「お絵かき転換ソフト」を使かって過去の写真をブログに思いのまま乗っけて
いるが、ネタは当分?は尽きない。これのコラム版ということになる。
まずの口切は、一番に肉体的に厳しかったカラコルム・ハイウェー。
5年前に書いた私のベスト・ランキングで、一番にあげてあった。  
 ー まずは、その箇所をコピーしてみる。
【《 2005/11/26  辺境へ−2 》ー私が行った辺境を印象深い順にあげる。 
1、やはり一番は中国ウィグル地区のタクマカラン沙漠のホータン〜カジュカル
 〜パキスタン国境のクンジュラフ峠〜カラコルムハイウエー〜フンザ〜
 アフガン国境のペシャワール〜イスラマバードである。
2、アルゼンチンとチリーパタゴニア地方 3、南米のベネゼイラのギアナ高地 
4、タンザニア 5、イスラエル 6、北インド 7、アイスランド 
8、ケニアのヌーの河渡り 9、ネパール 10、シリア・レバノン・ヨルダン 
11、エジプト・・・・   】
 カラコルムハイウェーに入って、その苛酷さに、添乗員と現地のガイドが、
倒れてしまった。 カラコルム・ハイウェーの土砂崩れと、その手配と、難問が
次と襲ってきたからである。同行の人たちもベテラン揃いで、それを責める人は
誰も居なかった。ある箇所で、大きい土砂崩れで中型バスが、その先に行けなく
なり、土砂崩れの向こう側に急遽、地元の10数人乗りのマイクロバスに乗り換え。 
そして土砂崩れの場所を、地元の人を急遽雇い一人ずつ手をつないで、数百m
走って渡った。上から落ちてくる小さな石が鉄砲の弾と同じ原理で、数百mの
勢いで、帽子の上からでも負傷してしまう。その現場ではなかったが同行の一人
が、小さな石に係わらず、頭から血を流してしまった。しかし、面白いといえば
面白い15日間であった。また同行のメンバーが得体の知れないほど教養のある人
ばかりである。
・・・・・・・・
3236, マックファン
 2010年02月03日(水)
 二年前にパソコンを、その半年後に携帯電話を、思い切ってMacにかえた。
どうも以前から携帯電話を使うのが苦手でiPhoneも同じ。しかしパソコン
は非常に気に入っている。しかしTwitterに、iPhoneが端末として
最適というから、これを機会に慣れるようにする。とにかく、電話以外に使うに
小さいのが欠点。 ところが、これの4倍の大きさのタブレット式のパソコンが
Macより発表された。 これは、Twitter同様に、大きな社会的変化を
もたらす可能性がある。
 * iPadについて 
マックが発表したタブレットの端末機のiPadは、iPhone,iPod,
のようにブレイクをするだろうか? 私の結論は、ブレイクするである。 
オプションにキーボードがあり、二台目の小型パソコン代わりに使われるか、
これまでパソコンに挫折した中高年に受け容れられる可能性がある。
画面が4倍になればゲームも使い勝手がよいし、ビデオも、アルバムも、書籍
も、新聞も、これを通してみることになる。ノートにもコピーも可能にもなる。
で、モバイルパソコンと何処が違うか? ノートや書籍と同じように一面という
ところ。さらにタッチパネルで、モバイル携帯電話の数倍の画面のところである。 
仰向けでタッチ方式で見れるのが良い。更にiPhoeを使っていたソフトが
横滑りに使えることが大きい。iPhone,iPodと同列に位置づけられる
はず。 考えてみたら、これはツイッターにもブログにも使える。 
リビングにも寝室用にもなる。更に外出先でも使える。これにはオプションの
キーボードあり、それを付けると普通のパソコンになる。iPhoneが、
いま一つ使いづらいのは、携帯電話の縛りがあり小さいからである。それから
開放されるのが、一番である。まずはゲームや、読書に、映画鑑賞などの映像を
見ることから始る。何処でも気楽に持っていけるのが大きな要素になる。
ツイッターやブログの写真や録画を、場所を選ばす大きな画面で見れるのも魅力。 
等々、考えると1〜2年後には、大ブレークする。 
その前に、iPhoneがブレイク始めたようだが。
・・・・・・・・
2861, 不況景色  −9
2009年02月03日(火)
 果たして「世界恐慌の一丁目一番地」に入ったのだろうか?
1929年より数段大きな恐慌とはいっているが・・ で、どうか?といえば、
既に「世界恐慌の一丁目一番地」に入ってしまっている。それは想像を絶する
規模であり、10年近い期間は続くことになる。それも歴史上最大の規模であり、
人類のありようも変える転換期である。世界GDPの八割を占める20Gの国が
世界非常事態宣言をして、銀行閉鎖、全ての資産を差し押さえなど、国家管理を
する位の可能性もある。新たな新札に切り替えて裏づけは金と原油と幾つかの
穀物などにして、それに応じて国家が為替を決める方法などが考えられる。 
しかし現実に可能かというと疑問だが、非常事態には非常手段もあり?。
この月末・月初の大きな倒産は無かったが、今年からは数年にわたり本格的
倒産が起こる。失業率は十数パーセント、失業者が数百万〜一千万人という
数字が踊る日々になると覚悟をしていた方がよい。他人事ではない、全ての人が、
ホボ全員が何らかの形で影響する異常事態である。昨年の10・11・12月の三ヶ月
の日本のGDPが昨年対比が11・4パーセント減とあったが、これは世界恐慌
に入ったというサインである。日曜日の夜にTVで派遣社員の厳しい現状を
レポートしていた。人間にとって自分の仕事があることが基本。それが無くなり、
収入とストックが無くなると、気持ちが荒んでくる。一度、ルートから離れると、
二度と元には戻れないのが現実。先週の月曜日に録画をしたNHKスペシャルの
派遣の現状のレポートを昨日見たが、一つの派遣の仕事を椅子取りゲーム的に
狙う現実は、あまりに寒々しい。今週の週末の土・日のNHKの夜のゴールデン
タイムに二日続けて、不況と失業の問題を放映するようだ。 
毎日暗い話しばかりで少しは楽しい話?をしろよ!だって? 
それなら・・  アメリカの金融崩壊と、日本の勝ち組と称してきた
連中の惨状を見ているだけで楽しくて楽しくて!大雪崩に巻き込まれて全てを
失う可能性があるのは分かっていても、楽しい! 
(字数制限のためカット2012年2月3日)


5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7

2015年02月02日(月)

         『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆 (著)
* 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』
 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス
を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な
疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と!  
と断言している。 〜その辺りから
≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化
するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。
しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた
中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク
『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。
 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を
四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した
という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた
恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。
 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、
ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が
人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ
進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が
行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。
 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル
解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、
進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、
進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と
起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。
地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、
人間が再生することはない。・・・ ≫
▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、
 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな
ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた
結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。
・・・・・・
4707,<つまずき>の事典 〜分別  ー2
2014年02月02日(日)
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 何ゆえに神はノアの方舟に人間を選んだのだろう?
『ノアの箱舟の上で俺たちは絶えず不可解な気持ちで頭を悩ましていたんだ、
どうして神は他の明かにもっと優れている候補をさしおいて、人類を被保護者と
して選ぶことになったのかって。神がもし他の種を選んでいたら、そのほとんど
は人間なんかよりずっと忠実なことに気づいただろうさ。もしもゴリラを支持
していたら、神への不服従にしたって人間の半分も犯さなかったんじゃないか。
そうなけりゃ第一、洪水だって起こす必要はなかっただろうね。一バーンズー
 箱舟の密航者であるキクイムシが語っている一節。{神が「人類を被保護者
として選ぶ」ことにしたのは、地球環境から言えば取り返しのつかぬ〈過失〉
であったのは間違いない。したがって、あるフランスの皮肉屋の次の言葉は、
紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿であることを自慢している。しかし
猿は祖先が人間であると決して自慢などしないだろう」。したがって、ある
フランスの皮肉屋の次の言葉は、紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿で
あることを自慢している。しかし猿は祖先が人間であると決して自慢などしない
だろう」。』
 ▽ 人間こそ、地球の大気圏の生物にとって、ガンそのもの。
   * 分別
 『どんな愚者でも真実は言えるが、嘘の上手のつきかたには、分別のある人間
   である必要がある』 ーサミュエル・バトラー
 ▽ 今まで平気で真実を誰かまうことなく公言してきた。それも常に上から
  目線で! 時と場合で、嘘と真実を混ぜ合わせて語ることこそ、分別ある
 人間のすること。そうこう考えると、この随想日記の公開は非常に危険。 
 真理と真実を直感したまま書き続けると、分別がついたように錯覚に陥るが、
 愚者の真実は気違いに刃物? 相手を思いやる嘘こと必要である。 
   * 失敗には安らぎがある
 『それは前に数学の試験に失敗して、かえったほっとし、解放感があった時に
 似ていた。失敗というのは明快で、そして確実なものだ。確実なものの中には、
 いつも安らぎがあるのだ。』ートルーマン・カポーティ「最後の扉をしめよ」
 ▽ 強がりか、居直りかもしれないが、<つまずき>の半年辺りから、奇妙な
 心の安らぎが出てきた。不確実な日常の45年間の緊張が切れたこともあるが、
 この安らぎは思いの他。私自身が招いた因果応報と認めれば、人の思惑など
 考える必要もない。実際に経験してこそ分ること。「会社を綺麗に後継者に
 引渡すより、全て失い独り佇んでいる方が良いのでは?」と思ったのは、
 確実なものの中に心の安らぎを感じたため。前者は解放はされなく不安が
 常にまとわりつく。 道理は何処も同じ!である。
・・・・・・
4340, 自己とつきあうということ −6
2013年02月02日(土)
   * ソクラテスと自己の問題     
 「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)   
「人間は無知であり、無知であることに対しても無知である」というソクラテス
の言葉が広く知られているが、それを本当に我われは理解しているかというと
疑問である。無知を自覚した上で、良く生きること、己の心と魂に配慮すること
と2500年も前に、ソクラテスは気づいた。 ーその辺りを抜粋してみる 
≪ ー汝自身を知れー  吟味することのない生は生きるに値しないと見なし、
 よく生きることこそ人間のつとめだと考えたギリシアの哲学者、ソクラテス
(前470〜399)も、自己へ配慮することの重要性を力説した。神殿の壁に記された
「汝自身を知れ」は、神から人間にくだされたメッセージであり、永遠の存住と
しての神と異なり、つかの間の生を生きて死ぬほかはない人間に与えられた
「身の程を知れ」という意味のこめられたものとされる。その言葉は、神殿に
訪れる者たちに「神に過剰なことを望んではならぬ」という自戒を促すものと
みなされる。・・ 。それゆえ彼が強調したのは、おのれの無知に気づき、
すこしでも無知でない状態へと自己を導くことであった。そのために、自己は
配慮されなければならない。無知な状態に脱して、真の知を得るためには、
よく生きる努力、自己の魂への配慮を欠いてはならない。そうしたソクラテス
の信念は、『ソクラテスの弁明』のなかのアテナイ人への呼びかけに明らか。
【 世にもすぐれた人よ、君はアテーナイという、知力においても、武力に
 おいても、最も評判の高い、偉大な国都の人でありながら、ただ金銭を、
できるだけ多く自分のものにしたいというようなことにだけ気をつかっていて、
恥ずかしくはないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮や真実は気に
かけず、精神をできるだけすぐれたものにするということにも、気もつかわず、
心配もしていないというのは。】
 金銭欲や名誉欲といった誰もがとらわれやすいものから、真実をめざして
精神を配慮する方向への転換を説くソクラテスは、当時、嫌味な老人として嘲笑
と反発を買ったかもしれないが、自己に向かう態度を頑固なまでに強調している。
彼は、自己が金銭や他人の思惑などにひつばられやすいものであり、それゆえに、
そうした方向を制御して、ひたすら「自己自身をよくすること」につとめなければ。≫
 ー「よく生きる」という実践ー  しかし、自分自身をよくするとは、いったい
どうすることなのか。「大切にしなければならないのは、ただ生きるということ
ではなくて、よく生きるということなのだ」というソクラテスの周知の言葉は、
どのように理解されるべきか。彼は、よく生きるの「よく」を「美しく」とか
「正しく」と同じ意味で理解すべきと主張しているが、そのために必要なことは、
ブッダの主張と同様に、もっぱら自己の心、魂に配慮することである。≫
▼ 一生かけて自分を覆っていた固定観念を叩き壊してきたつもりだったが、
 振り返えれば、あまり壊れていなかったようだ。壊すほど、その奥には、
さらに頑強なバイアス(偏見)の岩盤が表出してくる。周辺を見渡すと、ゾンビの
群れが、彷徨っているのを見かける。己を忘れ、現実に溺れ死に、墓に埋められた
ミイラが死に切れず徘徊しているのが、ゾンビ。 
・・・・・・
3965, 首都圏崩壊の可能性、7割
2012年02月02日(木)
 数日前に突然、東京大学地震研究所が「首都圏でマグニチュード7クラス
の直下型地震が4年以内に70%の確率で発生する」という研究結果を発表した。
(政府発表は30年で70%だったが)「死者が1万一千、負傷者が数十万、倒壊・
延焼が85万世帯」。東北大震災で10倍以上も、その確率が高くなったという。
85万世帯といえば建物の二割近くになる。「死者が万分の一のなら、それも
仕方がない」と安穏としてはいられない。私が都内在住で幼い子持ちなら
移住を考えざるをえない事態である。外国人なら大挙の帰国も不思議でない。 
直下型地震は過密ビル群の都市ではなす術がない。ビルは津波には避難場所に
なるが、問題は古い建物の倒壊。それにしても、これだけの衝撃的ニュースが、
あっさりと出てくるもの。あとは各自の勘になるが、それぞれ生活事情がある。 
これまでは福島原発の放射能汚染に対して上から目線?で見ていた都民が、
そこより遥かに危険地区に住んでいる現実を突きつけられたことになる。 
神戸淡路震災の死者が6400人以上、負傷者がその7倍も出ていることから、
神戸市の人口が150万人の8倍の人口の東京からみて、十倍以上は出るとして
6〜7万以上が亡くなる可能性がある。その上、首都の一極集中の機能が壊滅
をしてしまう事態でもある。 20年前のバブル崩壊から始まり、9・11、
9・15、3・11震災と経済・自然災害が立て続きに襲われている日本に
とって、首都圏壊滅が4年以内で70%とは、ただならぬこと。
  * ここで、仮説を立ててみる。
≪より現実的に考えるため3年早めて、「首都圏でM7クラスの直下型地震が
 年以内に90%の確率で発生する」という仮説。東京はパニック、現実問題
として企業も政府も、その機能の移転の具体的作業になる。第二次大戦時の、
あの疎開が始まることになる。今まで小さな地震に対して気にしてなかった
都民は、かって無かった恐怖に襲われ、夜も眠れない日々を過ごすことになる。
富裕層は我先に海外か北陸か北海道あたりに家族を疎開させ、外国人は我先に
家族を帰国させ、働き手だけが残務整理のため一部が残る。≫
 実は、これと同じような現象が現在の首都圏では目立ってないが、原発事故
以降に起きている。それが更に徹底して始まる。現に私の会社が3つの災害で、
あっさりと壊滅してしまった。そして、今度は、首都圏? まだ信じられない
のが本当である。まだ東北大地震が継続していて、東北大震災をパート�とする
「東北関東大地震のパート�」が動き出した、という見方をすべき?
 あの地震と津波は、東北関東大地震パート�でしかないとすると? 
パート�が東海・南海・東南海地震の可能性もある。
しかも、景気に対する悪影響は大きい。誰が、この事態で家を建て替えるか、
自動車や、大型家電を、家具を買うだろうか?
・・・・・・・
3600, 誰も書かなかったアメリカ人の深層心理  −3
2011年02月02日(水)
 読んでいて、エッと驚く普通のアメリカ人の考え方や生活が次々と出てくる。
そのアメリカを通して、日本人のマイナーなアメリカナイズされた歪んだ日本
の一面が見えてくる。日本では家族の崩壊が問題になっているが、アメリカでは
想像以上に「家族」を大事にしている。その一つとして、子供と一緒に過ごす
時間を大切にしている。アメリカ人の97〜8パーセントが神の存在を信じている。
それに対し日本人は35パー。あの世の存在は大よそ7割が信じているが、
日本人は16パーである。8割の人が「天国に行くか地獄に行くかを神が判断
する日が来る」と信じているのに、日本人は1パーセントのキリスト教徒なら
いざしらず、殆どの人は信じてない。彼等の日常は神が見ているのである。
その辺が日本とは違う。女子中高生の売春などは、日本人に比べ非常に低い。
競争主義、成果主義もプロテスタントの倫理があってこそ、成り立つのである。
彼等の日常は常に聖書が傍らにあり、教会が心の拠りどころとしてある。
もう一つ著者が指摘しているのは、都会の背景にアメリカには広大な土地での
雄大な自然である。そこには「農村の豊かさ」がある。これが日本ほど格差に
敏感にならないで済んでいる。広大な土地に大自然があり、豊かな農業があり、
聖書を日常の心の拠りどころにして、ペットと住める環境が全土にあるから、
他人の成功に一々目くじらを立てないで済むのである。英国人も日本人も
アメリカ人の陽気さと楽観性に比べると非常に劣っている。
それは、国土の広さと豊饒性がなせることである。 日本青少年研究所が
2002年に発表した「中学生の生活意識に対する調査」によると
・「私には人並みの能力がある」  日本人15・6パー 米国人56・5パー
・「私は他の人々に劣らず価値がある人間」日本人8・8パー 米国人51・8パー
  私は他の人より価値がないと考えていれば、これほど自分を制限する心理はない。
・「自分に起こったことは、すべて自分の責任」日本人25・2パー 米国人59・7パー
 起こったすべてが自分の責任と思えればエネルギーが生じてくる。
 他のせいという日本人とは大きな差が出て当然。薩摩芋なら薩摩芋のままで
 良かった? バナナ(外が黄色で、内が白)は、バナナで良かったか? 
 我々は日本産バナナ? 
・・・・・・・・
3235, 女性だけの健康ジム
2010年02月02日(火)
 ・入会金7500円、・月会員費3500円で、・一日30分だけ 
・何度でもOK ・女性だけをうたい文句に世界中にジムを多く出している
女性専用の健康ジムがある。初め聞いたのが去年の夏の頃に、長岡のスナック
のママさんが「駅前のヨーカ堂の中にあるジムに週二回ほど買い物ついでに
通っている。会費が3500円で週に2〜3回行く。計算すると一回あたり
400円位。コースになっていて30分で終わる。コーヒー代と思えば安い。
買い物ついでに丁度良い気分転換になり、色いろな人と話ができるのもよい」と
、言っていた。「成るほど、面白いシステム」と世間話をしていた。ところが
先日、私の知人が新潟の郊外でイタメシ屋に店舗を貸しているが、不景気で
芳しくないので家賃の値下げに応じたと聞いていた。ところが、そこを経営
している会社が、、同じ店舗で最小の改装で、フランチャイズの主婦向けの
健康ジムにするという。店舗と健康機器には経費をかけず、女性のイラスト
レーターをつけて、次々とプログラムをこなすシステムという。ネットで
調べたら、長岡と同じ系統のフランチャイズ。HPの写真を見ると円を囲う
ように健康機器が置いてあり、真ん中のイラストレターが音楽に合わせて
次々と健康機器をこなすシステム。 鏡はわざと置かないそうだ。
置くと????。 家内は、駅から車で20分ほどのイオンのSCのスポーツ
ジムに週一回通っているが、具体的内容は一切話さない。ここは週一回で、
月に4000円位?のようだが。 自宅の居間には4種類の小さな健康機器を
置いているが、朝晩10分ずつ使用している。腰痛対策なのだが、効果がある。
だから女性専用の30分のプログラムが身体によいのは理解できる。
音楽にあわせ、一台あたり2〜3分運動させ、隣に移動させていけば、
合理的で楽しいはず。しかし男は無理。大元はアメリカのFCというが、
なるほど合理的である。 10分100円というのも在るそうだ!
・・・・・・・・
2860, 若者たちは今
2009年02月02日(月)
  *若者の○○離れ、というが
 ある雑誌の中に「若者の○○離れ」という現象のレポートがあった。
若者は明らかに旧世代とは違った消費行動をとっている。まずは○○とは
《 ・クルマ離れ ・酒離れ ・活字離れ ・新聞離れ ・洋画離れ 
 ・海外旅行離れ ・ギャンブル離れ(マージャン、パチンコ、競馬)etc》
  (字数の関係でカット2012・2・02)


5071,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜1

2015年02月01日(日)

         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾 忠則(著)
 ツイッターを、そのまま本にした面白い本である。たしか糸井重里の
『ほぼ日刊イトイ新聞の本』という、同じようなHPサイトの舞台裏や
対談などを書いた本があったが、この著者・横尾の呟きは、どのページを
ランダムに開いても、引き付けられる内容である。その場で思い浮かんだ
雑念?を、そのまま公開することで、それ自体を価値ある素材にしようと
している。私の随想日記は、一応、起承転結に捉われているが、ただ、
思いのままの雑記。だからこそ、光っていて鋭い。そこで、時系列でなく、
ランダムにパラパラと開いて感応した箇所を拾い上げてみる!
――人生の中で一番初めに自由になった! と思ったのは父が死んだ時だった。
その次に自由になったのは母の死だった。    May 10/2010 13:14
 愛情は実は執着だったことをその時初めて知った。
 愛は相手を自由にさせるが、情は相手を束縛する。 May 10/2010 !3:21
▼ 私にとって父親の存在があまりに大きかったため、父の死に自失呆然。
 その時、創業準備を父親と供にしたこともあり、その死は、『さあ、
これからは、お前一人でやりなさい!」というタイミングになった。
そして、孤独、自由の中の決断の恐ろしさ、不安が、そのままエネルギー
の源と知ることになった。 それから24年後の母親の死。これも、哀しい
出来事であったが、ただ姿が見えなくなっただけで、極く近くにそのまま
いるようで、今でも数ヶ月に一度は夢に出てきている。「愛情は執着」とは、
成るほど! 準備を含めた45年の事業人生、結果のいかんに関わらず、
離れてしまえば、夢幻。執着、後悔、無念など、跡形も無くなってしまう。
残ったのは、行蔵の記憶と、幾つかの書類のダンボールと、冷たい視線だけ。
だからこそ、むしろ、胸の中で愛おしまなければ、生きてきた甲斐がない!
 父母の愛情も、子供にとっても、親にとっても、執着。まず、第一歩は、
そこから離れることだが・・ 愛も、情も、人にとってのベース。
 何をしてきたのだろう、お前は! 外は雨と共に風が吹いている。
で、昨年、一昨年の、以下の内容に続く!偶然だが、お後が宜しいようで?
・・・・・・
4706,<つまずき>の事典   ー1
2014年02月01日(土)                      
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
図書館内を彷徨っていると、そこに住む天使が、その時どきの最適な本に
導いてくれる。今回は、これ。そろそろ節目も終わり、切り替え時期。 
冷静に<つまずき>を見つめ直すに丁度よい本である。
新たな創造前には、崩壊が必要。この挫折経験から、傍からみえた現象は
ワーストだが、私の人生にはベストと仮説をたてると、そう思える。
「これまで信じていたことが、ほぼ全てが間違っていたのでは?」という
視点が、大きな収穫。実際に経験すればこそである。
  ーアマゾンの内容紹介ー
【 世の中楽しいことばかりじゃない!様々な挫折があればこそ生まれた
 名言・名句の数々。"つまずき"の中に人生をみつめ、自分の失敗を笑う
勇気がでてくることばのアンソロジー。英米・日の文学作品・映画・芝居や
ヒットソング・広告コピーから選んだ237句にスパイスの利いたコメントと
原文を添えた。小さな文学事典を兼ねた作家・作品案内でもある。】
   * 新たなチャレンジに迷っている時に
「君はこれまで何度も失敗した、覚えてはいないかもしれないが。
 はじめて歩こうとしたとき 君は転んでしまった。はじめて泳ごうと
 したとき 君は溺れそうになってしまった、そうだったろう?」
▼ 転ぶことも人生の一部。自分の手と足で立ち上り、新しい人生に歩き出す
チャンスでもある。つくづく実感したのは、私にはこれがベスト!ということ。
で、次のチャレンジは?そう、あれ? いや、まだまだ、楽しみが足りない?
   * 世界の涙の総量は一定なのさ
《『世界の涙の総量は一定なのさ。だから、誰か一人が泣きだすたびに、
 どこかで別の誰かが泣き止むんだ。同じことは笑いにもあてはまるよ』と、
サミュエル・ベケット(二十世紀を代表するアイルランドの文学者)は、
ある登場人物に言わせています。もし自分が悲しみに沈んでいる状態にある
とすれば、この世界の誰かのところにあった涙がたまたま自分のところに
集まっているのに過ぎず、そのことによってその人の悲しみや苦しみを密かに
和らげていることになるからだ。もちろん逆の喜びの総量に関しても同じことが
言えるだろう。涙も笑いも実は私たちすべての者が分ち持っているのである。》
▼「泣いても笑っても同じ空」 (ノ∀`)っても(;_;)ても、同じなら、
 笑っていた方が良いが、時に悲しみも必要。「人生、あざなえる縄のごとし」
で、哀しみも、笑いも、同じ束の藁。それが人生。そう思えば、冷静でいられる。
喜怒哀楽のどれもこれも、人類の一定量の共有物と思えば、バランスをもって、
引き出せばよい。ところで、私の人生には哀しみが足りなかった! 実感として、
「喜3、怒2、哀1、楽4」の割合。楽の4を2にし、哀を3で丁度良い?で、
神様は、この結果を与えた!が、今で2? いや1のまま? σ@(゚∀ ゚) クルクルパ
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
・・・・・・
3964, ゲーミフィケーション ー2
2012年02月01日(水)
 【ゲームが未来を救う!?〜広がるゲーミフィケーション〜 
                 25日NHK・クローズアップ現代 】
  * 結構、面白いゲーム化
 私の趣味の一つが「秘境・異郷ツアー」だが、いや、だったが? 
回数を重ねるにつれ、いつの間にかゲーム化になった。旅行中の楽しみの一つに
ツアー仲間の情報交換があるが、ベテランほど旅先をゲーム感覚で構成している。
パリ、ロンドン、ローマとか都会文化を楽しむ都会派。 アフリカ大陸専門の
サファリ派、南米派、インド派、シルクロード派、秘境・異郷派など、それぞれ
の趣味に合わせて行き先を組み立てていく。そして、まず予算と行き先の選定、
旅行代理店のツアーの選定、そして、旅行準備。それが面白く楽しい。 
それで一ヶ月は楽しめる。そして旅行中の10日間、帰ってから、写真や資料の
整理の一ヶ月で、大よそ三ヶ月近く楽しめる。その上、行った先は、毎日何処か
のTV局で放送している。見るたびに、その旅行の延長にいるような気持ちになる。
何ごともゲーム化をして楽しめば、それが記憶をパッケーをする効用になる。
「面白くなき世を面白く」は、自分の経験を、上から目線でゲーム化することと
同じ。その意味で、ゲーム化は日常生活を面白可笑しく活きるノウハウでもある。 
ゲーム機メーカーや、ゲームソフトメーカーには、大きな事業チャンスが限りなく
広がっている。ゲーム機メーカーが、ブルーレイ録画を売り出したが、これなど、
その典型。ゲームは、簡単に知恵が発揮できる場面を提示してくれる。
面白いとは知恵を発揮し生じる感情である。ゲームといえば、最近は聞かなく
なったが、「マネジメント・ゲーム」があった。 社員教育のソフトで、
各自が会社を設立して、戦略をたて、市場の想定をした基盤の中で競争する。
企業とは何かを知るに、もってこいだが、麻雀や将棋を多くこなしたものが有利。 
私は経験ないが、「人生ゲーム」というのもある。これも若いうちにやって
おけば、人生を鳥瞰でき、目先にとらわれない生き方が出来よう。
男女の遊びをゲーム化しているのもいるが。「準備のゲーム化を手順に入れる
習慣」に、人生の秘儀があるようだ。平凡な一日をゲームと生きるとしたら・・
 ・・・・・・・
3599, 誰も書かなかったアメリカ人の深層心理  −2
2011年02月01日(火)
 ーアマゾンー〈レビュー2〉
150年に亘る交流(良いも悪いも)を重ねてもなお違和感を残す日米関係の
底流に何があるのかを的確に指摘。最大の楽天主義国米国と最大の悲観主義国
日本が同じ規範を持ち行動する事はできない。確かにレビューアーの経験でも
80%できれば成功とする米国流positiveさに対し20%できなければ失敗とする
日本流negative思想の差は大きく、常に確執と挫折を経験してきた。
 その原因に筆者は米国(の本流たる人たち)に特徴的な宗教観、価値観、
家庭観等を挙げる。 同時に現在の金融資本主義者は米国の一部の「深刻な
ノイローゼ患者」であり、それを米国の真の姿と誤解したまま日本に導入し、
そうでなくとも 破壊されつつある「心」を失わせた者と日本社会も糾弾。
(著者近著「非社会性の心理学」にも関連)余談だが、日米のpositive/
negativeさはある特定遺伝子の長さ(米国人は長く日本人は短い者が特に管理者
レベルで顕著)が影響しているとの説もあるようだ。こうなると最早理解しても
埋めきれない差異というべきかもしれない。米国の姿を通じて日本を知るための
必読書    〜はしがき〜に、要約が分かりやすくまとめてある。
 要するにアメリカは、「家族」と「宗教」と「権威」を非常に大切にする国民。 
これがアメリカ理解の基礎である。このアメリカの本質を間違えると、アメリカ
理解はとんでもない間違ったものになる。さらに私たち日本人は、我がままと
無責任を個人主義とはき違えるというおまけまでついてアメリカを理解してしまい、
それを受け継いだ結果、日本人の心は崩れてしまった。簡単に日米基軸というが、
世界一楽観主義の国であるアメリカと世界一悲観王義の国である日本との相互理解
がいかに難しいものかを分かっている人は、日本の政治家の中にいる。
アメリカはスーパー楽観主義の国であり、日本はスーパー悲観主義の国。
このことは本文中に詳しくデータを示しながら説明してある。
残念ながら、日本の歴代首相は誰としてこのことを分かっていない。
さらに世界一楽観主義の国でかつ戦勝国が世界一悲観主義でかつ無条件降伏を
した敗戦国に押しつけた憲法が、これまた世界一理想主義で世界一楽観的である。
アメリカを間違って理解することの中には、いろいろと理由はあるが、そのうちの
ひとつは次のことである。アメリカは基本的には今もなおプロテスタンティズム
の倫理が支配している国であるが、アメリカについての情報発信地は偏った局部
の地域になっている。1970年版のギャラップ世論調査で見ると、プロテスタントが
六五%である。ユダヤ教徒が三%であるが、所得の最も高い層の人たちでは倍の六%。
東部の所得の高い人たちの層では、なんと一四%にもなる。
東部の大都市では住民の一七%である。
▼ 一神教のシステムを多神教の日本に入れたマイナスの矛盾が、
 ここにきて一挙に吹き出てきた。とはいえ、それを乗り越えるしかない。
・・・・・・・
3234, 閑話小題
2010年02月01日(月)
  * 何か変である
 民主党が政権をとって動き出したのはよいが、どうも変である。
党是の官僚主導の打破は良いが、検察と元大蔵省査察が官僚の権益を守るため、
権力闘争の尖兵として露骨に動き出した。前より現在の検事総長が??と思って
いたら、八月が交換時期。その先手と思えば合点する。民主党は民主党で、
「次官制度の廃止」の構えである。これは官僚にとって致命傷になる。
官僚の自己保身で行政が混乱させるのは当然の成り行き。国が壊れていく時は、
こんなもの?。「現在の検察はボロボロの汚れ雑巾。これが社会を掃除をすれば
逆に汚すだけ」と、誰かがのたまっていた。今年は日本も世界も恐慌三年目の
土壇場の一年になるのに、この様である。隠されているプライムローンなどの
債権が表面化してくるのが今年辺り。 カンフル剤効果も、何時までも射ち続ける
ことは出来ない。ホテル宿泊からみる景気状況は、明らかに深刻な恐慌の様相を
呈している。今のところまだ失業率が5パーセントそこそこに抑えられているが、
ある日、欧米並みに10パーセントに向け動くはず。結果、社会不安が増大する。
何とも重い雰囲気が増大している。まず現象として出るのが疲弊した地方経済。 
地元の最大規模の会社の悪化の問題が、今週に表面化するという噂がある? 
どうなるのだろうか。
  * 新インフルエンザを、誰も騒がなくなったのは何故?
 最近、如何いうわけかマスコミで新インフルエンザを取り扱わなくなった。
そう、どうもパンデミック騒ぎは、WHOに入り込んだ製薬会社の連中の、
その薬を売らんがためのパフォーマンス?と囁かれ始めた時からマスコミは
製薬会社の謀略説すら報じない。不思議なことに、毎年起こるインフルエンザ
が、ほぼ消えたという。新インフルエンザと、とって代わった!というの変。
成田で、あれだけ水際作戦とかいったのも何だったのだろう。
私も、9月末に東欧旅行をキャンセルをした。世界は、どうなっている?
・・・・・・・・
2859, 「教員社会」の 金とコネの闇
 2009年02月01日(日)
昨日のニュースで、大分で採用取り消しになった教員が採用取り消しの訴訟
を報じていた。たまたま図書館で借りた半年前の雑誌に、大分県教員採用や
昇進の絡む汚職事件についての元小学校教諭のジャーナリストの手記があった。
「大分だけじゃなく、何処でもやっているんじゃないか?」と疑問は持っては
いたが、疑問のとおりの告発内容である。 黒に近い?コネで採用された
現職の大分の教員は、この訴訟で再び針のムシロになる。 
 ー大筋といえば
・新聞社や文部省が全国調査をした結果、どこも歯切れが悪いという。
 いずれの調査も校長や教頭の昇進試験の情報が開示されておらず、
 不透明の部分があまりに多かった。大阪市にいたっては「複数の教員の
 悪意があれば、不正は絶対に不可能とは言い切れない」とあった。
・不正は、受験者の親ー>議員ー>教育委員会のルート
  現職校長ー>教育委員会幹部のルートなどがある。
 大分の件はたまたまやりすぎただけで、その位のことは、何処でもありえる
 ことが実情のようだ。内部を深く知っている関係者からいうと、
「何をいまさら!大分県だけじゃない」が結論だった。
「教員社会」は旧態依然の「金とコネがまかり通っている」、という。
  −論旨は、こんなところだが、大分の場合、逮捕されたり退職に
 追い込まれたのは一部だけで、以前から長年の慣例のコネの合格者がいて、
 現在も??というのが実情?  字数の関係でカット(2012年02月01日)
・・・・・・・・・・
2008年02月01日(金)
2494, 閑話小題         ( *´_⊃`)ノ゜【gOOd morning】
 * 危ない!我が家に毒入り餃子だと
我が家にも、例の話題の中国産餃子があったのである。普段は買わないが、
たまたま割引セールで安いので買ったという。食べてなかったので被害を受け
なかったが、食べたところで数千分の一の確率でしか被害を受けないのだから、
敢えて騒ぎ立てることはない。「食べた何分の一が死んだ!」というなら別だが。
何処の家庭でも起こりえる話だからニュースは拡大するだろう。それより日本の
濃厚の農薬フリカケ米や生野菜は大丈夫なんですか?。「何割?かの農家は
一般に出荷する米は絶対に口にしない」という話を聞いたことがある。
こうなるとエログロの世界だが、これが現実なのか?
この件で無農薬野菜を生産している農家は、喜んでいるだろう。
 * マックのパソコンに入れ替え
会社のWindowsXP未満のパソコンを5台を、決算期を機会に入れ替える。
いろいろ迷ったが、全てをiMacにすることにした。そのうち4台は各棟
ロビーの顧客サービス用である。先日、先行して入れた事務所用のiMac、
やはり別次元の世界である。今日は自宅も、それに入れ替え予定である。
 * いたずらの書き込み
 *嘘のような話
 字数の関係でカット(2012年02月01日)
・・・・・・・・
2007年02月01日(木)
2130, 葬式よもやま話 −1     <(_ _)> おはようございます!   

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