堀井On-Line



1184, ‘私は幸せ’

2004年06月30日(水)

 
あるホームページをみていたら、福田純子さんの講演が載っていた。
この人の本を読んだこともあって、さっそく読んだが、奥の深い内容で
あった。そういえば母の口癖に、
「わたしの幼児期に亡くなった父が、自分の守護霊で、いつも私を
見守っていてくれていて、時に助けてくれている。だから何があっても大丈夫なの」
があった。
そう信じていれば、潜在意識の中で父親が自分をコントロールしてくれるのだろう。

まあコピーしておきます、ご覧あれ!

ーーー

始めての方に“私は幸せ”って話を一つだけさせて下さい。
よろしいですか、10分だけ 山岸さんの時間を頂きます。
 
名古屋から博多に帰る時です。新幹線で指定席を探して歩いていると
向こうからキラっと光る奥様がいてとても気になったんです。
“オー素敵”気になった奥様の隣りの席が私の席だったんです。
会釈をして座りました。20分ほど無言状態です。
正式には私がお弁当を食べつづけていた時間ですけどね。(笑い)
食後にコーヒーが欲しくてすみません、コーヒー下さい。
すると横の感じの良かった奥様が口火を切られました
恐れ入りますが、私もコーヒーを頂けますか。オー、ゾクッとしましたね。
第1印象が良かった上に、又、声が良い。根がインタビュアーですから昔から、
気が付いた時には、又、インタビューに入っていました。
奥様どちらからお越しになったんですか
はい、私は千葉に住んでおります。主人が広島の支店長として単身赴任して
おりますため、10日間ほど主人の世話に参ります
というAさんと言う方でした。色んな会話を交わす内、奥様の余りの
笑顔の美しさにインタビューらしからぬインタビューをしたのです。
奥様ーどうしてそんなに笑顔が素敵なんですかー
とても答えにくいインタビューです。ところが奥様は見事に答えてくれました。
奥様ーどうしてそんなに笑顔が素敵なんですかー
まあーありがとうございます
まず感謝、
とっても嬉しいです
自己表現、しかも次
あなた様がそのように言って下さるのであるならば、私の母の生き方が偉大でした
とおっしゃいました。
お母様ってどんな生き方をなさったんですか
はい、私の母は一生涯を通じたった二つの事だけをやり抜いて大往生した
人間なんですよ 二つの事ってなんですか
・一つは朝起きて、一番に鏡に自分の姿を映し出してこう言うそうです。
 今日もこの笑顔で頑張りましょう、私さんって約束する事が一つ。
・もう一つは一日何十回となく、口癖をお持ちだったそうです。
 その口癖は「私は幸せ」。
娘も息子もケンカが無く育ち、理想的な結婚をし、立派なお子さんお孫さんが
全員に誕生。一人の女性の生き様としてこんな理想的な生き方はないと思う。
それもそのはず私は幸せとお念仏のように唱えたお陰なんですよね。
 
おばあちゃんになると大体、ご長男のお家に行く事が多いですよね。
その方そんな事関係なく長男長女と転々と巡るのが老後の暮らし振りだった
そうです。邪魔になるはず有りません。ご長女さんの家にはお舅さん、お姑さん、
ご主人以外のお父さんお母さんがいらっしゃるにもかかわらず
待っていたんですよー、おばあちゃん、お羊羹買って待っていたんですよー
って向かえいれられる、喜ばれる、しかも何時もニコニコニコニコ、
お孫さんの帽子なんか作ってあげながら、誰言うと無く う〜ん私は幸せ
転々と作り物が残っていたそうです。自分から失礼しますと言うことはないそうで。
ちゃんと兄弟から電話があって
もしもしおばあちゃんずいぶん長くそちらにいらっしゃるそうですけど、
そろそろこちらにも回って頂けないでしょうかねとお呼び出しがかかると
ハイハイと転々と娘と息子の家を巡るのが老後の暮らし振りだったそうです。
 
80歳おめでとう誕生日を迎えたそのすぐ後、初めてと言って良い入院でした。
えーおばあちゃん入院だって親戚一同連絡を取り合い、何と2日目には
ベットの回り中親戚だらけで、全国から駆けつけたそうです。
おばあちゃんはとても嬉しそうでした。
よー来たなー、よー来たなー、あー私は幸せー
スーとこの言葉を最後に天上に召されたんだそうです。
 
最後の“言葉が私は幸せって涙が止まらなかった、感動した。
でも奇跡はその後又、起きたんですって。息を引取ったおばあちゃんの顔が
どんどんピンクになり、若くなり観音様そっくりになった時、みんな手を合わせて
あーあんなおばあちゃんのような顔で死にたい、だから、おばあちゃんの
ような生き方をするのだ
私たち親戚一同の願いなのですよー。

そう聞いた時、私はもう涙を止める事が出来ませんでした。
色んな所でこの話をしていまして、新潟で清水先生って町作りの先生がいらして、
その話をするととっても感動してくれて
純子さん良かったよ、感動したよー
男の方も感じられましたか

いやー、良い話だね、僕も小さい時おやじと風呂に入っている時の事を
思い出したんだ
それがどうしたんですか
あんまりお風呂が気持ちよくて、おやじの言う言葉が小さい時はいやでね
なんておっしゃってたんですか
湯に浸かりながら良く言っていたな。あーナンマンダブ、ナンマンダブ(笑い)
おやじって抹香臭くっていやだ。
でもね、その僕が40を過ぎておやじがナンマンダブってお風呂に入る意味が」
分かる様な気がしたんだ。分かる様な年になったんだよ。
だけどね今ナンマイダブと言えばナンミョウホーレンゲキョウも有るじゃないか。
宗教がある人も無い人も誰でも使える現代の念仏はもしかしたら“私は幸せ”
かもしれないよって言われたんですね。
 
この言葉を全世界に広げようと思って、私は幸せ、ありがたい事です。
これは素晴らしい、良い事をしてくれました、よかったよかった、
五つの合い言葉を作りまして、それを作詞し作曲をし振り付けをしてCDを
出しました。
“笑顔で幸せ、3曲詰め合わせ、行きはよいよい私が恐い”という(笑い)
あとで踊ります。皆で踊り出してビデオ発売までしている変な集団なんですけど。
なんかねあなた変わっていますねと言われたら言って下さいね
あなたまだ変わっていらっしゃらないんですねって。
変わっている事が恥ずかしい事でも何でもなくて、本当にありがとうございます
とか、幸せとか、嬉しいとか、楽しいとかニコニコしながら言える私がもしいたら、
それは私を超えた神様の世界で遊ばせて頂いているとおもってます。


http://www.egao-kyowakoku.co.jp/

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2003年06月30日(月)
817、「神話の力 」 −2

単行本
出版社: 早川書房 ; ISBN: 4152035234 ;
(1992/07)
ー私の感想
この本は、私にとって過去に読んだ本の中でベスト5に入る本である。
随想日記でも何回か取り上げてきた。
自分とは何かを考える時、神話に大きいヒントが隠されている。
日本のような島国の神話は「中空」思想が物語の中に隠されている。
左右に相対立するものを配置して中央に中抜きの存在を置いて、ガス抜きの役割をさせている。今も天皇制が中空としての役割として存在しているのが面白い。
西部劇もそうだ。ある町にふらりと現れた主人公が、そこの悪役と対決して苦難の上に、倒して英雄になり、何処かに帰っていく。これが神話のストーリーと同じである。
男は無意識のうちに英雄願望を持っており、女は誰もがシンデレラ姫コンプレックスを持っているという。結婚して10年も経った姉が「今でもシンデレラコンプレックスある。白馬に乗った王子様が何時か迎えに来てほしいという」と私にうちあけたことがあった。
人間なんてのはそんなものだろうが、これも無意識の中の刻印があるためだろう。
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ーレビュー
神話はわれわれに何を語ろうとしているのか。
神話が人間の精神に及ぼす見えない影響を明らかにし、全米に神話学ブームを巻き起こしたベストセラー。

目次
第1章 神話と現代の世界
第2章 内面への旅
第3章 最初のストーリーテラーたち
第4章 犠牲と至福
第5章 英雄の冒険
第6章 女神からの贈り物
第7章 愛と結婚の物語
第8章 永遠性の仮面
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<いま生きているという経験>
  神話は人間生活の精神的な可能性を探る鍵である。
「人々はよく生きることの意味を探していると言いますが、人間が本当に探求しているのは<いま生きているという経験>です。」
この本は、神話学の世界的な権威であるジョーゼフ・キャンベルが、世界各地の詩人や賢者の言葉を使い、私たちに「人生は素晴らしいことだ!」ということを伝えてくれる。
古代の神話が失われつつある現代において、今求められている神話がどういうものか、そしてその中で生きる私たちはどのように生きるべきかを導いてくれる本である。
宗教学や神話学に興味のない人であっても、必ず彼の言葉には自分と共通する物語が探せるはずである。
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アメリカ東部で生まれたキャンベルは幼少時代に訪れた、ニューヨークのスミソニアン博物館でエジプトやインド等の古代の様々な展示物に強く感銘し、天命とでもいうべき神話の探求という彼独自の道を踏み出した。
カトリックの厳格な家庭に生まれ育った彼であったが、その枠に留まることなく、ネイティブ・アメリカン(インディアン)の歴史、伝統と儀式に多大な興味を持ち、研究を重ねた。
そして、双方の宗教の中に、そして他の宗教にも現れる、共通の概念、例えば処女降誕や、聖杯伝説というものを発見し、その意味を読み解いた。
アメリカの名門、コロンビア大学で学び、ヨーロッパへも留学した彼は、神話をただ単に昔話の絵空事と考える人々の概念を大きく覆し、神話を読み解く事を通して、神話が、現在生きている我々に生きる道しるべを提供してくれていることを証明してくれた。

彼の神話の探求は、ほぼ全世界の神話の研究に広がり、ただ机上での研究だけではなく、現地に赴き、体験し、遠く離れた地域での神話の共通点を発見し、神話比較学とでもいうべき新しい分野を開拓した。
また、キャンベルは、心理学者のユングとの交流により、時代を超えた人間の普遍的な心理の探求にも、彼の仕事の領域を広げた。そして驚くべきことに、20世紀の偉大な画家、ピカソやクレー、また、トーマス・マンやジェームス・ジョイスという小説家、ドイツの哲学者ショーペンハウワーというような人々の作品にまでも彼の領域を広げている事は、前代見聞の偉業とも言える。
映画“スターウォーズ”を製作した、ジョージルーカスはキャンベルの英雄伝説の解釈を参考にしたとも言われている。
この本は彼が他界する少しまえの彼の仕事の集大成とも言われるもので、アメリカで有名なインタビュアーであるビル・モイヤースとの対話をテレビ放映されたものの翻訳版である。
最後にキャンベルは神話は時とともに、人々とともに変わり、作られていくもので、現在の我々の次の神話の概念は、「国境線がない宇宙からみた地球に想いを馳せ、COMPASSION(思いやり、慈悲の心)を表現する」ものであるというメッセージを残してくれている。

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2002年06月30日(日)
453,世界で一番に貴方の味方

「大都会の超高級クラブの裏側」というドキュメントがあった。
-お水の青春ー女心の裏表ーが副題であった。
印象順に順不同で書いてみると
・大都会のクラブの「ママとナンバーワンホステスとタイとフィリピンの
 混血のホステスの3人」の内側レポート。
・会員制でお客の情報がパソコンで完璧に把握されている。
 その相手のホステスも決まっており、 気配りを徹底的にしてある。
・指名ナンバーワンーベストスリーを発表、お互い競わせる。
・ナンバー1の女性が店が終わった後、必ずその夜のうちにその日のことを
 ノートにきめ細かく書き込むー書く事でいろいろな気づきとか、
 話題を記憶にとどめる。
 その人の話題書き留めるーそのうち重要な事を情報はパソコンに打ち込む。
 ポイントはその日のうちにやることだという。
・メールと電話をする。
 食事に誘う。事前の準備をきめ細かくしておく。
・銀座などの高級クラブのシステムは世界で日本しかないシステムである。
・男は夜の世界でー嘘と誠の世界を楽しむ
 ホステスは自分総てをかけて男女の際どいゲームを楽しむ

ホステス教育で其処のママが言っていた、
「自分のお客に、世界で一番に貴方の味方と自分を認識して下さい」
「一番大事なことは人格であるーそれを磨く事」
なるほどと思った、そういう店が有ったら行ってみたいものと思った。
一晩10万以上も払ってけして高いと思わせない何かがあるから行くのだろう。その一片を見たようだった。

以前にも書いたが、
銀座ホステスの対談を読んで驚いたことがあった、15年ほど前か。
要旨はー店に出る前に準備を完璧にまで終えている。
孫子の兵法そのものを実行しているだけだ。

あと男は威張りたい動物だそうだ。

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2001年06月30日(土)
[69] 夢について−1

夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。
年に一〜二回熊に追われている夢を見る。
熊に追われて二階‐三階の部屋に逃げるが、どこまでも追いかけてくる。
そこで目がさめるという内容である。

熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。
誰もが経験ある夢である。
一度凄い夢を見た。10年以上前に社内報に書いた文章をコピーしてみる。


霊的体験‐                      
        平成4年 7月
二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで
何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的実感。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからない。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。

そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。

全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。


1183, ショーペンハウエルー哲学について-12

2004年06月29日(火)

 
 ショーペンハウエルは、カントの思想を修正して完成をさせたドイツの哲学者で、
主著は「意志と表象としての世界」である。
(一七八八〜一八六〇)に生き、その思想はカント・ショウペンハウエルと
いうものをつくりあげた。
彼はあくまでカントを自分の理論の前提条件とした。その意味で彼の哲学の出発点は
「カント哲学批判」だった。

「真の実在は盲目的な生存意志であるとし、個々の人間の中に意志として現れ、
 盲目的意志の衝突が相継ぐ結果、苦痛に満ちた人生を送らざるを得ないという厭世哲学」
 を主張した。
 
 この苦痛から解脱する道は、
・芸術活動に専心して個体の意志を克服するか、
・個体はすべて同一の形而上学的本質をもつ意志であると自覚し、他人の苦痛への同情を
 根拠として倫理的に解脱するか、のどちらかであると論じた。
 
 絶え間ない望みと恐怖を伴う欲望の渦に身をゆだねるかぎり、
永遠の幸福と平和は手に入らない、と説いた。
 
 カントは、物自体の世界にやどる意志の働きによって、人間の体は
「自由」な運動をすることができると主張した。
それに対して、ショーペンハウエルは、それは不可能でとして、
意志の働きとそれに関する体の働きは、本当は同じ一つの出来事が二つの側面から
とれえられているいるだけと考えた。
一つは内側から経験されているもの
もう一つは外から経験されているものだ。
このことを、彼は
「動機とは内側から経験される原因である」という有名な言葉でいいあらわしている。
人の倫理観の源になっているのは「同情心」であってカントが信じている理性ではない
と論じた。彼によればこの同情心こそ愛と倫理が生まれてくる基盤と考えた。

彼まで、西洋では東洋哲学は全く知られてなかった。
その東洋哲学はこの時期に西洋哲学と同じ結論に達していたのだ。
これを知った彼は、この発見を書にあらわした。
 
ショーペンハウエルは、人間が閉じ込められているこの世界の地下牢からのつかの間の
解放される方法を一つだけ示している。それが芸術であった。
人は絵、劇、彫刻、とくに音楽を聴いているとき、一生逃れることができない欲望から
自分を解き放つことができるといった。
その瞬間、経験世界の外にある、異なる次元の存在に触れることができると。

 学生時代にショーウペンハウエルを知った時に何ともいえない神秘的なイメージを
持った記憶が生々しい。
ワーグナーやフロイトやトルストイの人生の大きな影響を与えた哲学者として読んで
おきたい人という想いがあった。
多くの偉大な芸術家や作家の若き日の人生の転機のきっかけをつくったのだ。
そして、その36年後の今になって再会した神秘的な哲学者、というのが正直な気持ちである。
そのショーペンハウエルを深く知るためには、カントをいま一度読みなおす必要がある。

彼の後に登場した哲学者のニーチェも、彼の本を読んで哲学者になる決意をしたというから、
よほどの文章力があったのだろう。

 彼が幅広い分野にわたって影響があった理由として
「人のおかれた状況を見通す、たぐいまれなる洞察力と文章家としての才能を合わせ持っていた」
 からだ。
 
 ーーー
 
 ー彼の言葉を書き出してみるとー
 
・医者は人間を弱いもの、弁護士は人間を悪いもの、牧師は人間を愚かなものとみる。
                    ―「パレルカ-ウント-パラリポメナ」―

・我々の肉体が衣服に包まれているように、われわれの精神は虚偽に包まれている。
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・一般に、男性のあいだでは愚かで無知な男が、女性のあいだでは醜い女が愛され、
 ちやほやされる。           ―「幸福のためのアフォリスメン」―
 
・われわれの人生の場景は粗いモザイクの絵に似ている。
 この絵を美しいと見るためには、それから遠く離れている必要がある。
 間近にいてはそれは何の印象も与えない。
                    ―「自殺について」―

・人は通常、金を貸すことを断ることによって友を失わず、
 金を貸すことによってたやすく友を失う。
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・全ての享楽と、全ての幸福とは消極的なものだが、苦労は積極的なものだ。
                    ―「意思と表象としての世界」―

・結婚とは、男の権利を半分にして義務を二倍にする事である。

・謙遜(けんそん)というものは、平凡な能力を持つ人間の場合には単なる誠実であるが、
 偉大な才能のある人間の場合には偽善である。

・人間の幸福の敵は、苦痛と退屈である。
                    ―「随筆」―

・孤独は、すぐれた精神の持ち主の運命である。
                    ―「パレルカ-ウント-パラリポメナ」―

・推理する能力を持っている人はたくさんいるが、
 判断する能力を持っている人は少ししかいない。

・紙上に書かれた思想は、砂上に残った歩行者の足跡に過ぎない。歩行者のたどった道は見える。
 だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。
                    ―「読書について」―

・人の社交本能も、その根本は何も直接的な本能ではない。
 つまり社交を愛するからでなく、孤独が恐ろしいからである。
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・宗教とは蛍のようなものだ。光るためには暗闇を必要とする。
                    ―「パレルカ-ウント-パラリポメナ」―

・信仰の強制は、不信仰を喚起するだけである。

・人はその生涯の40年間で本文を著述し、
 これにつづく30年間において、前者についての注釈を付加する。
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・富は海水に似ている。飲めば飲むほど喉が渇く。
 名声についても同じことが当てはまる
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・人は何でも忘れる事が出来るが、自分自身だけは、自分の本質だけは忘れる事はできない。
                    ―「幸福のためのアフォリスメン」―

・読書しているときは、われわれの脳はすでに自分の活動場所ではない。
 それは他人の思想の戦場である。
                    ―「読書と書籍について」―

・老年の歳月における人生は、悲劇の第五幕に似ている。
人間は悲劇的な最後が近いことは知っているが、それがいかなるものであるかは知らない。
                    ―「幸福ののためのアフォリスメン」―

・読書は他人にものを考えてもらうことである。
 本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない。
                    ―「読書について」―

・知は力なり……とんでもない!きわめて多くの知識を身につけていても、
 少しも力を持っていない人もあるし、逆になけなしの知識しかなくても最高の威力を
 振るう人もある。          
                    ―「知性について」―

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 2003年06月29日(日)
816、『80対20の法則』ー読書日記

 リチャード・コッチ著 
 仁平和夫訳 
 TBSブリタニカ
 
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ー私の解説ー 
 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。
約100年前のイタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスにおける所得と資産の分布を
調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見し、
2つの奇妙な事実に気が付いた。
「わずか20%の人達に資産総額の80%が集中していた」という数理的事実を発見した。
以前からABC 分析や戦略論などがあったが、この本は非常にわかり易い内容であった。
この法則を知っているかどうかで、数倍も人生を濃く生きる事が可能になる。
7つの法則ー最優先事項ーに、要約すると似ているところがある。
人は無意識的に「如何でもよい方の80」を選択しているように思えて仕方がない。 
どの要因の20%が結果の80%を決定するのかを、つねに自分に問いかけてみる習慣を
つけるかだが。 

ー 以下は幾つかのホームページから抜粋したものである。 
■この本の内容
・80対20の法則とは、たとえば、あなたが成し遂げる仕事の80%は、費やした時間
の20%から生まれる。
・あるいは、本の価値の80%は、ページ数にして20%以下の中 にみつけることができる
ことなどをいう。但し、80対20というのは目安にすぎず、 不均衡がもっと大きくなる
場合もあれば、小さくなる場合もある。
★80対20の法則を理解すれば、自分の周りで起こっていることがじつによくわかっ てくる。
 80対20の法則をうまく活かせば、何もかも驚くほど改善する。
★80対20の思考とは、数量分析をせずに、80対20の法則を日常生活に適用することである。

★目に見えない20%、水面下に隠れている20%をみつけ、求めよ。
★80対20の思考の目的は、行動はひとまず忘れ、しずかに考え、心の闇の中に光を 見いだし、
それから行動を起こすことにある。そして、行動を起こすときは、目標をふ るいにかけ、
いちばん大切なものに的を絞り、必要最小限のエネルギーと資源で最大限 の結果を出すために
全力をあげる。

★戦略的ということは、重要なこと、他人にとって以上に自分にとって重要なことに力 を集中し、
計画を立て、断固とした決意で粘り強く、その計画を実行していくことである。
★80対20思考は、経験と思索と想像力に訴えるものなので、線形ロジックの罠から
抜け出すことができる。自分は今不幸だと感じているとしたら、その原因をあれこれ考 えては
いけない。幸せだった日々を思い出し、それと同じような状況をつくり出そうと 考えたほうがいい。
★達成と幸福の80%は、時間の20%の中で起こる。
★重要な鍵を握っている要因はつねに、ごく限られており、それは目に見えにくいこと が多い。
それが何であるかがわかったら、その力をいままでの何倍も活かせる。
★誰でも、偉大なことを成し遂げられる。鍵は努力ではなく、やるべきことをみつけられるか
どうかである。
★もっと努力しようと思うより、好きなことに力を集中したほうが勝つ確立は高くなる。
★すばらしい事を成し遂げるのは、モノを選り分ける能力があり、
一度決断したら迷わない人である。
★ほとんどの人は、自分にとっても他人にとっても価値がないことに、たくさんの時間を費やす。
★価値ある仕事の80%は、使う時間の20%で達成される。
★幸福の80%は、人生の20%で経験する。
★時間のわずか20%を有効に使うだけで、時間が足りないということはなくなる。
★80対20の法則は単純明快である。衆に抜きんでていること、自分がいちばん楽しいと
思うことに全力をあげろ。それが80対20の教えである。
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八〇対二〇の法則は、われわれが何をすべきかを教えてくれる。

◆努力の平均水準を上げるのではなく、努力を一点に集中する。

◆決められたコースを走るのではなく、近道を探す。

◆最小限の努力で、人生の支配権を握る。

◆網を広げるのではなく、網を狭める。

◆多くの分野で平均点を取るのではなく、一つの分野で突出した成 績を上げる。

◆日常生活で、できる限りアウトソーシング(業務の委託・外注)を進める。
 庭仕事でも、自動車の修理でも、自分でやらずにでき るだけ専門家に任せる。

◆よくよく考えて、仕事と会社を選ぶ。できれば、他人に雇われるより、他人を雇ったほうがいい。

◆いちばん得意とすること、いちばん楽しいと思うことだけをやる。

◆水面下に隠れている皮肉な現象や不思議な出来事を探す。

◆重要な分野ではすべて、二〇%の努力が八〇%につながるように 調整する。

◆手当たり次第にチャンスに飛びつくのではなく、気をしずめ、仕 事量を減らし、
ゴールへの最短距離に照準をあてる。

◆脂が乗り切った時期に訪れる「幸運の連続」を大切にし、それを 元手に将来の成功を確保する。

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 2002年06月29日(土)
452,「まあだだよ」

昨夜TVで見た黒澤明作品である、これで見るのが3回目だ。
見れば見るほどその味わいが深くなる。

内田百聞とその門下生だった男達の心あたたまる物語である。
その内容は省くが、見るたびに新しい味わいを感じる
百聞の記念式典で花の贈り物を持ってきた生徒の孫に、
思わず説教をする。もちろん小学生低学年でその意味が解るはずがない。

その内容は普段私が本当に実感している事である。
「自分の好きな事を見つけなさい。そして周囲に惑わされる事なくやりなさい!
自分の持っている範囲で最大限やりなさい!」
私の見る範囲では90涌幣紊凌佑それができなかった人だ。

黒澤作品で目立たない作品ほど味がある。
「夢」という作品もあまり評価は高くなかったが、私の気に入っている作品だ。
黒澤明の隠れテーマは「人間」である事に昨夜見ていて初めて気づいた。

昨夜の百聞の映画の最後の夢がよい、
「子供の時の田舎の田圃でのカクレンボで、
ーもういいかいー まあだだよーという思い出の夢」の内容である。

ー黒澤はやはり世界的映画監督である。

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・・・・・・・

2001年06月29日(金)
[68] 久しぶりの古町

久々に新潟に泊まる。
古町も数ヶ月ぶり、さすがホステスもママも洗練されている。
ただ何処もお客が入っていない。
このところ11時前に必ず帰る、翌日二日酔いがしないぎりぎりの時間だ。
以前ほど面白いと感じないのは年のせいか?
新潟駅前の客引き、異常に多いどういう事だろう。


1182, 秘境・異郷ツアーレッスン −3

2004年06月28日(月)

いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。
旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。
そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。
結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。
そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。
どんな仕事でも、それは共通している。

そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。
ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては存立し得ない
厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。
次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。
ベテランなら解るが、まだ20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。
トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。

北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。
20代半ばなのに、30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと談じ込んで
開けさせたのには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。
そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。
最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。
仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。

やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。
スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。
スペインのカセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。
まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。
厳しい中でも、その環境を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。
                            つづく

ー以前書いた文章をコピーしておきます。
[90] 人生のコツ   2001/12/21

ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。
本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは
ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。

「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り
埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。

その人が言うには「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!
若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で
日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。
しかしどういうわけか死ななかった。
それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を
ほとんど回ってしまった。」

この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。
「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。

その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に
「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。
「あとは好きな事だけをやること」だそうだ。

なるほどと考えさせられた。

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2003年06月28日(土)
815, たそがれ清兵衛

構想十年、山田監督が藤沢周平の時代劇を選び映画化した話題の作。
中年男性が目に涙をいっぱいためて映画館から出てくるという。
昨年、行きそびれてしまい、DVDレンタルがでたら借りようと待っていた。
4月に貸し出し開始の予告の張り出し広告が、レンタルショップに出た。
しかし店頭には中々でなかったが、やっと3週間前に出た。
ところがいつも貸し出し中。それがやっと昨日借りることができた。

 藤沢作品は表題作を始め、どの短編もいじらしく人間くさい主人公と、
普段は見せぬがいざというときに出てくるあざやかな剣さばきの対比が素晴らしい。
作者が晩年に達したといわれるユーモアとペーソスをさわやかに織り成しながら、
剣客小説としての凄絶さも失われないのがよい。
彼の多くの小説の共通点がある。
地方の名も知れぬ小さな藩の中の、風変わりな主人公が、それゆえに周囲からあざ笑われている。
しかしそこで、お家騒動がおこり巻き込まれていく。
そして・・・

早速、映画をみて驚いた。
小説と映画は全くといってよいほど違っていた。

ー映画のあらすじは
 時は幕末。庄内地方の海坂藩の平侍井口清兵衛は妻を亡くし、家には二人の娘(萱野と以登)、
そして老母がいる。そのため生活は苦しく、下城の太鼓がなると同僚の付き合いなどを
一切断って帰り、毎日家事と内職に励んでいる。同僚たちはそんな清兵衛をからかって、
陰で“たそがれ清兵衛”と呼んでいた。

ある日、かつて想いをよせていた幼なじみ・朋江の危機を救ったことから剣の腕が藩士の
噂となり、上意討ちの討ち手として清兵衛が選ばれる。
藩命には逆らえずやむなく承知した清兵衛は、朋江への秘めた想いを打ち明け、
意を決して邸に向かう。愛する家族に背を向け、命を賭けた果し合いに向かった・・・。

ー小説の「たそがれ清兵衛」では、
人間愛(夫婦愛)が描かれている、それと完全並立するかたちで、武士社会の論理も描かれている。
主人公のもとに上意討ちの討手の役がひそかに舞い込む。
実は彼は若い頃には藩内でも一,二を争う剣の腕前であった。
夕方の城中での上意討ちが刻々と迫る中、愛する女房の下がもれてないか気が気でたまらぬ。
が、そこは主人公、相手を鮮やかな腕で始末した後、いそいで女房の下の世話へと急ぐ・・。
病気の妻に優しい主人公。しかし「上意」(主君の命令)により何のためらいもなく、人を殺す。
いやためらいはある。
それは殺害の日には帰りが遅くなるので、妻の介護に差し支えはしないかという心配のためだ。
 また、その後日、殺した相手の護衛が主人公を殺そうとするのですが、この時も、
主人公は実にあっさりとその人物を殺している。何のためらいも、葛藤もなく。
そして平然とその場を立ち去り、妻の元に急いで帰ってゆく。
  ・・・・・

 私はどちらかというと山田洋次の映画のストーリーが好きだ。
やはり、私も映画をみ終わって涙があふれていた。
何ともいえない藤沢と山田洋次の合作がよい。
とくに上意討ちにあう男の生き様に、何ともいえない日本人の悲しさ、美しさが出ていた。

ーーある書評ーーのコピーです。

山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」「学校」は、邦画の中では私のベスト5に入る
くらい大好きな作品です。見る度に涙が溢れて仕方がない傑作ですね。
そんな山田監督が初めての時代劇を作ると聞いた時、普通のチャンバラ映画にはならないなと
密かに思っていました。
黒澤時代劇を敬愛する監督のこと、それまでにはない時代劇を目指すのは当然と言えば当然です。
そこで描かれる世界は、とてもリアリスティックで現代的。
まるで平サラリーマンの生活を見ているかのような感覚です。家族を養う為に仕事に出かけ、
家に帰れば内職する毎日。定時になると、すぐに帰ってしまう付き合いの悪い人って確かに
現代でもいますよね。
そんな人を陰でからかう人がいますが、もしかしたら清兵衛のように家族の為に帰っている
のかもしれない。
家族のあるべき姿、現代人のあるべき姿が、清兵衛という平侍の生活を通して語ること、
それこそ山田洋次監督が描きたかったことのように思います。
映画の後半、清兵衛はある暗殺を命じられます。もちろん断ることはできない。
現代社会で言えば、上司に逆らえない平サラリーマンの姿そのもの。
果し合いの日、周囲は何事もなくいつもの朝を迎えるが、清兵衛にとっては心中穏やかではない。
養わねばならない家族を残し、死ぬかもしれない果し合いに挑む清兵衛の心だけは、激しく
揺れ動いていたに違いない。
朋江に身なりを整えてもらうここでのシーンは、印象的で素敵な名場面です。
果し合い。男なら誰でも一度は迎える真剣勝負。
文字通り、清兵衛は小太刀を握り締めて、死闘に赴いていく。
送り出すのは、妻か恋人か。このようなシチュエーションは、常にどの時代でもあったはずです。
山田監督は、この朝を迎えるまでの清兵衛の生活を、じっくりと描き出している。
それだけに、この時の清兵衛の胸中を思うと、胸が苦しくて仕方がない。
そして、見せ場となるクライマックスの死闘。この余吾善右衛門との一連のシーンは、
従来の時代劇にはない生々しさがあって壮絶です。山田監督の描きたかった思想は、
ここでの清兵衛と余吾善右衛門の会話に最も現れているような気がしました。
やがて迎える爽やかなエンディング。井上陽水の主題歌「決められたリズム」が効果的に
使われていて、素晴らしい余韻を残す作品になっていました。
必見です。

複雑な清兵衛の役どころを繊細に演じる真田広之が素晴らしい。
私の好きなこの役者さんは、どんな役でもこなしてしまう人。
つい最近の「助太刀屋助六」でも好演していましたし、演技派として最も才能のある一人だと思います。そして、ラスト数十分ながら最も印象を残す田中泯さん。
これが銀幕デビューだとは思えない気迫のある演技で、真田と対等に渡り合っていました。
最後の殺陣シーンは、本気で望んだそうです。それだけにリアルで怖ろしかった。
最も重要なこのシーンが成功したのも、彼の存在によるところが大きいと言えるかもね。
もちろん、朋江役の宮沢りえも言うことなしです。「遊園驚夢 華の愛」を観た時にも感じましたが、
本物の女優として着実に成長している人だと思います。頑張って欲しいですね。

http://www.shochiku.co.jp/seibei/

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 2002年06月28日(金)
451,星野富弘ー詩画展

先日、新潟近郊の豊栄の公会堂で彼の詩画展に行ってきた。
数百人が来ていて,何ともいえない熱気に包まれていた。

ー彼の概略は
・私と同じ年の1946年生まれ。
 24歳のとき教師をしていたクラブ活動で、首の骨を骨折して手足の自由を失う。
・入院の2年目より口に筆をくわえて文や絵を書き始める。
・9年後の退院の年に前橋で絵画展を開く。
・その後国内やアメリカ各地で花の詩画展を開く。
・1991年に生地の群馬県勢多郡東村で村立富弘美術館を開く。
   毎年40万人が訪れるという。

彼のことを知ったのは十数年前の「到知」という雑誌である。
対談だったと思うが、その中で「傷口よりあなたの優しさが沁みこむ」
という文が忘れられない。

早速詩画集を買って絵を繰り返し見た。
口で、これだけの絵を書くエネルギーに別世界を感じ取った。

今回の豊栄の「花の詩画展」で彼の絵を同じ目線で直接見て、
自分が彼そのものになって、自分の絵を見ているような気持ちになってしまった。

何か悲しい、しかし底から突き上げてくるような暖かさを感じとった。
更に動けない自分と花が一体化したような。
花も星野という一つの生き物が自分と一体になっていることを喜んでいる感覚。

見方によっては、反対に不自然な絵でもある。

これまで一人の人間に見つめられた花が過去にあっただろうか?
愛情と言葉とエネルギーに包まれ一体化して、絵として表現されたことが。
絵の世界ではあったのか知れないが。

決して幸せでない、動けない自分に対する苛立ち、諦め,怒り、そして
愛がそのまま絵と文を通して迫ってきた。
地方の女性が一生、因縁に縛られ他の世界を知ることなく終えようとしている。
そういう人にとって、その絵と文は今はやりの癒しとなるのだろう。

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2001年06月28日(木)
[67] 月次決算

20年前の創業時より月次決算と毎月監査を実施している。
そしてその報告書を銀行に提出している。
都銀の担当者がいうに県内で大手も含めて殆どなかったという。

不況に入り今になってその実施を慌てて地銀が要求始めていると聞く。
これをきっちりしてあるから権限の委譲ができる。
安心して海外旅行もできた。


1181, カント ー 哲学についてー11

2004年06月27日(日)

カントは、一般的にギリシャ以降の哲学の世界に登場した最大の思想家と
みなされている。

カントは、ドイツのケーニヒスブルクの貧しい馬の蹄鉄屋の家に生まれます。
因果なことに、“ せむし ”で、背中にコブがあり、身体がゆがんで胸が小さく、
生まれついての喘息もちだった。
脈はいつも120をこえ、いつもゼイゼイと今にも 死にそうな子供であったのだそうです。
毎日毎日苦しみながら、それでも17歳を迎えたとき、 父親はカントを「 駄目でモトモト 」
と半ばあきらめつつ、年に数回巡ってくる有名な医者のところへ連れて行く。
そうするとこの医者は、じっとカントの様子を見てからこう言います。
「 あなたは本当に気の毒な身体をしている。辛かろう、苦しかろう。それは医者として
見ただけでわかる。しかし、それは身体だけのことだ。身体は確かに気の毒な状態だけれど、
心はどうでもなかろう。心までも“ せむし ”みたいにゆがんで、息苦しくてゼイゼイ
しているのならともかく、あなたの言うことも心もしっかりしている。
身体のことで辛い、苦しい、といくら騒いでも、父さんや 母さんやみんなが辛いだけで
何にもならない。それよりも、心のしっかりしていることに感謝しなくては。
死なずにいるのはそのおかげなんだよ。
そのことを喜びと感謝にしていけば、身体の方も次第に軽くなって 良くなっていくものなんだ。
このことがよくわからないようだったらお前は本当に不幸なんだよ。」

カントは、家に帰ってからこの言葉をじっと考えます。
人間というのは、 身体あってのものだろうか、心あってのものだろうか・・・。
そしてついにカントは、世界が誇る大哲学者への道を歩み始めた。

終生独身だった彼の生活は、平凡で真面目いっぽうにみえた。
毎日きまった時間に散歩をする姿を見て、街の人は時計の時間を修正をしたという。
しかし彼は、聡明で闊達な楽しい人物だったという。
気に入った人と時間を過ごすことを好み、昼飯はかならず人を招待をしていた。
講義のすばらしさも、今も伝説になっている。

中世以降、哲学を教えることを職業にした初めての人物であり、彼以降は
高名な哲学者が大学教授になるのが珍しくなくなった。
彼は*経験論と合理論の統一*をして観念論をうちたてた。
それは、一言で言えば人間に知りうることと知りえないことを明らかにすること、
言い換えれば「経験」つまり「認識」の成り立つ条件を原理的に究明することによって、
認識能力の範囲と限界を明らかにしようとすることである。

ー難しいようだが、人間の持っている五感の機能の範囲でしか世界のことを理解できない。
盲人に自然の美しさは理解できない。舌のない人にあの美味しい料理の味を味あうことはできない。
反面、5感では感知できない他の世界があるはずである。

カントは
デカルトやスピノザの合理主義にも、ロックやバークリやヒュームの経験主義を超えていた。
・合理論を唱えた人々は「あらゆる認識の基礎ははじめから意識の中にある」と考えた。
 理性を重視し、認識の源泉は理性にあるとする。
 つまり理性だけを信頼し、経験を軽視していた。
・それに対して、経験を通して確実な知識を手に入れようとした経験主義者たちは、
 感覚によって認識できるものしか存在しないと考え、経験を超えたものは何も存在しないと
 唱えたのである。

 カントは経験論、合理論ともに否定している。
哲学史上、カントはこの2つの思想を批判統合し、さらに啓蒙思想を加え、批判哲学を
確立したと位置付けられている。
カントの思想が批判哲学といわれるのは、理性そのものを批判、吟味する立場をとっためだ。 

 近代思想として生まれながら、
合理論も経験論も、人間の認識の対象(自然)は人間から独立して存在すると考えたのに対し、
カントは、「普遍的な真理は、人間が外のものを正しく受け止めるところに成り立つのではなく、
人間が自ら持つ形式によって自発的につくりあげたものについての判断なのである。
そしてこの能力を、人間は経験によって獲得したのではなく、先天的に備えている」と
論じた。

これは、天動説を否定して地動説を主張したコペルニクスにちなんで、
「コペルニクス的転換」と呼ばれる。
しかし、自然科学的な認識として人間が知りうるのはあくまでも現象界における経験の
範囲内での自然の因果関係に限られる。
つまり、経験を超えたもの、物自体を認識することはできないのである。

ー「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則」
これはカントの墓碑銘にも刻まれたカント哲学を象徴する『実践理性批判』の結びの言葉である。
カントはニュートンの自然科学にも大きな影響を受けており、彼の哲学の目的は科学と道徳の
絶対確実性を見出すことにあった。
・「我が上なる星空」とは、自然法則を象徴し、
・「我が内なる道徳法則」とは、人間の意志の自由と自律の上に築かれるべき人生の法則を
 意味している。
カントは生涯をかけて自然界の法則の理論的基礎を築くとともに、
人間一人ひとりの心の法則を追い求めた。

ーカントの
「道徳論」
「人間の尊厳について」
「永久平和のために」
のまとめを、あるホームページからコピーした。

ーーーーーーー

ーカントの道徳論ー

 カントは私たちが何かをする時、「同じ状況なら誰もが同じことを望む」と確信できなければ
ならないとした。これは『定言的命令』といわれ、何らかの目的の手段としてではなく、
無条件に人間の心に生じてくる普遍的妥当性をもった命令である。
この反対が『仮言的命令』で条件付きの命令である。カントによればこの命令は目的を
達成するための手段として用いられているにすぎず、動機が不純なので善くないとされる。
人間は理性的存在であると共に、感性的存在である。
感性によって捉えられる現象界に属するものとしては、自然の法則に従わざるを得ないが、
他方、理性界に属するものとしては道徳法則に従って生きるべきである。定言的命令に従うことが、
人間の道徳的、倫理的に正しい生き方であり、また、道徳法則は良心の命令であり、
一切の目的や条件を超えたものである。

 人間が道徳法則に従うこととは、具体的には、様々な場面で理性が命じる義務に耳を傾けることで
ある。カントは、道徳法則への尊敬だけを動機としてその命令に従うことを義務と呼んだ。
もし義務が果たせなかったとしても、人間は「果たすべきことを果たせなかった」
という良心の呵責を感じる。
そしてその時、自分はその義務に従うことができた、という自由を自覚する。
カントは「道徳的な振る舞いは、自分の損得を乗り越えた結果、出てくるものでなくてはならない」
としている。
つまり、行動が道徳的に正しいかどうかを決めるのは、行動の結果ではなくて心構えなのである。
道徳律を心に留めて行動している、と自覚している時だけ人間は自由意志でいられるのである。
つまり、人間としてどう いう風に行為すべきか、と真剣に道徳法則に直面して、
初めて自由の存在を知るのだ。


*人間の尊厳*

 カントによれば、自律とは自らのたてた道徳法則に自らを従わせることである。
それは、意志のもつ自由という特性によって、行為の主観的な格率(個人の行為を決定する原理)を
普遍的な法則に一致させることに他ならない。
言い換えれば、それは理性の命令であり、義務の声である。
「汝の意志の格率が同時に普遍的立法の原理に妥当し得る様に行為せよ」というのがカントの
説いた最高の道徳法則である。
それ故、自由な意志と道徳法則のもとにある意志とは同じであり、真の自由は自律的自由を意味する。
人間が理性に従って道徳法則を自ら打ち立て、それに対する義務と責任から自律的に行動する
ところに真の人間らしさと自由がある。
カントは、この自律的な自由の主体、神聖な道徳法則の主体としての人間を人格と呼んだ。
そうした人格は人間以外の理性なきものと異なって、常に目的そのものとして絶対的価値を
もつものであり、単なる手段としてのみ扱ってはならないのである。
カントの主張した理想的な道徳的共同体である「目的の王国」は各人がそれぞれ自律的な人格を
手段ではなく目的として尊重する国家である。
「目的の王国」は、カントの言葉で言うと、全ての人間が「幸福を求めて生きるのではなく、
幸福に値する人間になれ」るように、自分に対しては道徳的完全さを求め、他人に対しては
幸福を促進する努力を続けることで建設される。



*永久平和のために*

 1795年発行『永久平和のために』は、難解な文章で有名なカントの著作の中において非常に
解りやすく、今日でもよく読まれている一般思想書である。
この本は現在の国際連合の前身である国際連盟の成立のきっかけにもなったと言われるが、
それは、第一次世界大戦後、アメリカの第28代大統領ウィルソンの「14か条の提案」
に盛られた世界平和秩序維持の原則こそ、カントの『永久平和のために』から学んだものに
他ならないと考えられるからである。

 当時、欧州においては戦争肯定派が多く、永久平和の提案は画期的かつ批判的な考えであった。
執筆の直接の動機は1795年4月にフランス・プロイセン間で結ばれたバーゼル条約への不信
からだという。(事実、両国は10年程後に再び戦火を交えることとなった)

 この本では、殲滅戦を防ぎ、永久平和の展望を開くための諸条件としての第1章の中で、
常備軍の撤廃など6項目の「永久平和のための予備条項」が挙げられており、永久平和が
実現するための具体的な諸条件として、第2章の中で3項目の「永久平和のための確定条項」
が挙げられている。
諸国家間での「国際連合の設立」は、「共和的体制の樹立」、「世界共和国の建設」とともに、
第2章で述べられている。

カントによれば、戦争は個人間のものであろうと国家間のものであろうと、道徳上、悪であった。
戦争が人格の品位を壊し、自由を損なうからである。
「戦争はあるべからず」というのが実践理性(良心)の絶対的命令であり、戦争のない
永久平和こそは人間の到達すべき義務なのである。
われわれは一歩一歩、永久の平和に向かって無限の努力をしなくてはならない。
補説においてカントは、永久平和の到来は「偉大な技巧家である自然」によって保証され、
それは理論的に予言するものではないが、永久平和が単なる空想ではなく、それに向けて
努力することの意義を保証するとしている。

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 2003年06月27日(金)
814, 「ありがとう」の言葉 −6

 昨日、現地見学ということで千葉の越谷に行ったが、どうしても現地の場所がわからない。
たまたま通りがかりの自転車に乗った女の人に聞いたら、そっちに行くから案内をしてくれる
という。ところがなかなか現地のその場所がわからない。
普通なら、途中で「誰かに聞いてください!」というのが当たり前なのに、30分近くも
一緒にさがしてくれた。
人品のよい、かなりの人というのは勘でわかったが、こういう時の親切は本当に嬉しいものだ。
最後にお礼を言おうとしたが、逃げるように帰って行った。
その時ハッとしたのが、「ありがとう」という言葉が心から出ていたことだった。
さがしている間に何回も何回も「ありがとうございます」といっていたのだ。
「ありがとう」といい続けていれば有り難いことがよってくる。
先日から「ありがとう」の言葉を繰りかえしていたために、ありがたい気持ちが伝わったのだ。
もちろん、その人がそれなりの人品の人という前提があったが。
「ありがとう」を口ずさむ習慣を身につけて、実感として自分が一番足りなかったのが、
「ありがとう」という気持ではなかったかということだ。
私の場合は特に亡くなった両親に一日千回いったとしても、足りない。
まして恩師や上司や先輩に対して考えてみると、数千回いっても足りない位だ。
そういう視点で周囲を見渡すと、幸不幸は「ありがたい」という気持ちをどれ位持てるか
どうかで決まってくるのが歴然としている。
何か修身みたいな話だが、やはり歳をとった為なのか?
「やれる親切は可能な限りする」というのが信条なのだが、見知らぬ地で見知らぬ人に困り
果てた時にあってみて、親切心は、教養という面で身に付けておきたいものだと思い知らされた。

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2002年06月27日(木)
450,吉村作治-宗教・教えー3

・スフィンクスはピラミッドの守りの動物といわれているが、 
 実際は「夕陽の神様」で岩を掘りぬいた岩細工である。
・ルクソール神殿は神様の家-ルクソールのオべリクスは肉を刺す串を意味しており、
 二本で一対をなしている。一本はフランスのコンコルド広場にある。
・ピラミッドは現地では「メル」といっていた。
 ギリシャ人が2300年前に多くの人が観光に来ていた時に、パンに似ていることから
 ピラミス(パン)といったのが語源。
・エジプトは予算制度をとっていた。
・彼等の宗教は自然崇拝で多神教であった。
 自然に逆らわない。
 自然循環ー輪廻の考え方の元。
 自分が自分に責任を持つためには自分が循環しなくては。
・魂というカタチのないもの矛盾をどう調節するか、
 矛盾はあってよい、それをどう調節するかがポイント。
 ギリシャ哲学の元となるものが、その2000年前に考え出していた。
・エジプトの42のやってはいけない事の決まりがあった。
 ユダヤ教のモーゼの10戒のうち7つがこの42の中にあった。
 それを神の教えとしてモーゼが創作した。
  ー私の感想ー
 考えてみれば宗教はこんなもの。
 モーゼも十戒も事実を知ればこんなこと。
 旧約聖書も新約聖書もこんなものでしかない。
 しかし真実という面では、それでよいのでは。
ー統一した真実を規定するという面で。

ー時間に対して
 時間の概念もエジプト人がつくった「ある絶対という仮説」である。
 エジプトは10進法であるが、時間に関しては12進法である。
 これは今の世界の趨勢であり、当時のエジプト人がその基礎を創っていた。
 ー夜が12、昼が12。夜は星の位置で決め、昼は太陽で決めた。
 しかし昼の太陽の位置は時期により変わる。
 天文学もそこより・・・・・・

 絶対は元々ないー人間が創ったものだ。
 それを信じるということは、おかしい上に恐ろしいことだ。
 しかし便利なものだ。

以上が今回の講演の内容だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前書いた文をコピーしておく

 ー H0805−エジプト感激の旅  

・まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。
日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。
そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、
現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って,
古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス鏡い覆匹硫Δ篆世料の数々、
今まで何度か海外旅行をしていながら、何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?
と考えてしまったほどだ。

・次に行った“王家の谷”。
 ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々掘られている集団墓地だ。ここで、
 英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。
 また夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と,
 そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
 その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つ,
 メムノンの二体の巨像の神秘的な光景も印象的であった。

・その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス凝の巨大な立像も,
 実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。

・またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”
 という小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、
 一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

・旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという
“四千年が諸君を見下ろしている!”というまさに異様なイスラム社会が,
 大きなカルチャーショックになった。
 丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
 異様さがさらに目立ち、日本人は西欧社会に感化去れているのが対比する事ができた。
 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。
 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、それがイスラム教という。

・カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。
 考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、ゾクゾクと身ぶるいがした。
 今にも起きあがりそうなラムネス兇鬚呂犬瓩箸垢訖堯垢離潺ぅ蕕,
 数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。

  ・・・・・・・・
  ・・・・・・・・
  
 2001年06月27日(水)
[66] ソフト変更

昨日よりこのコーナーのソフトが変わった。
今までのものは70日で書いた内容が自動的に消される。
これは写真も貼れる。

そうなると写真日記とダブルという問題もでてくる。
お笑いも分類のコーナーをつくり、見やすくした。
まだ分類の移行ができてないが、徐々にしていくつもりだ。

昨日は3Dホームページソフトの打ち合わせと、このホームページの変更の
打ち合わをしたが、だんだん形が見えてきた。


1180, 秘境・異郷ツアーレッスン −2

2004年06月26日(土)



このツアーで出会う人が素晴らしい?
私の過去に出会った人の中でも「特A」?の人と出会えることである。
それも、濃厚な空間で共通の趣味ということもあって互いの気持ちを開く。

金を出してまで南米やアフリカやインド・パキスタンなどのシルクロードに危険を
冒してまでくるのだから、よほど好きか、そこに何かすばらしい体験がまっているのを
知っている人である。

旅行をし尽くしたか、大きな人生の忘れ物を捜しにやってくるか、何らかの理由で
その地域に興味がある人か、人生の癒しを求めに来ている人である。
また写真や絵や小説の題材を探している人とか様々である。

職業は役人、先生、商店主、会社役員、主婦、等々いろいろある。
年齢は中高年が多いが、若い人も少なくない。

その人たちと同じ目的で濃厚な時間と空間を供にする。
そこでは普段聞けない面白い話や人生を垣間見ることができる。

一回の旅行で、本や周辺の人では絶対に聞けない濃厚な話が聞ける。
遠藤周作の小説「遠い河」のような、それぞれのおもい人生を背負った人の集団と
赤裸々な日々を過ごすことにもなる。

もう二度と会わないから、本音の話になる。
そこでは、それぞれの旅行経験の情報交換の場になる。
旅行回数と情報の質は、ほぼ正比例をする。

旅行をしていて気がついたことは大まかに
・自然派と遺跡派と欧州派
・アフリカ派とインド派と南米派と中国派
に分類することができる。
                       ーつづく
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・              
2003年06月26日(木)
813, 日暮里界隈

一度、日暮里に行きたい思っていたが、念願かなって知人に夜の日暮里を
案内してもらった。
谷中銀座と日暮里駅の中間を少し入り込んだところに、時代から取り残されたような
場末の飲食街があった。
それが何ともレトロ調で映画のセットの中に入ってしまったよう感覚だ。
知人の会社の東京事務所があったため、よく通ったという店があった。
沖縄出身の60歳位の女将がやっている7~8人位しか入れない沖縄料理の
小さい店であった。

店の名前は『あさと』といって、本人の名字の安里をそのままつけていた。
石垣島出身で、具志堅用高もわざわざ訪ねてきたという。
何とも沖縄料理がおいしい。
豆腐よう、ほしぶどう、ゴーヤーの炒め物、そして泡盛が絶品であった。
そういえばこの数ヶ月、泡盛を晩酌で飲んでいる。
スーパーで売っているが、ブレンドされた泡盛がいやにおいしい。
店の中の全員がお互いの話を旧知のように話し合える感じがよい。
それこそ若い人は皆無という雰囲気がまたよいのだ。

たまたま若い女性が一人入ってきて飲んでいた。
話しかけると「2~3日うちに石垣島に亭主と行く」とのことで、
女将に知り合いの店を紹介してもらっていた。
何か楽しくなって、下の息子を呼びだして一緒に呑むことになった。
本人も目をクリクリさせて、「今時、凄いところがあるものだ!」と驚いていた。
その後にもう一軒、谷中銀座の中にある居酒屋にいったが、
ここも印象深い店であった。大きいメンチカツが何とも美味しい!

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2002年06月26日(水)
449,吉村作治ーピラミッドは王様の墓ではない!ー2

「歴史」ー岩波文庫
に書いてあるが、紀元前ギリシャのヘロドトスがピラミッドを見たときに、
近くにいた老いた神官が「これは何か?」の問いに「王の墓ではないか」
と答えたという。ただそれをヘロドトスが歴史書に書いただけで、
数千年それが信じられてきただけだという。

最近になってピラミッドを造った人達の街が見つかった。
墓や出勤簿が出てきたという。
それまでは奴隷が造ったと信じられてきた。
出勤簿には欠勤の理由が書き込まれていたという。
二日酔い、兄の結婚式等々。

発掘で事実がまったく変わってしまう。

日本では中ぐらいの川が3000本あるという。
エジプトはナイル川一本だけ。

しかしエジプトの農耕地は日本の面積分が今もあるという。

ピラミッドは公共事業という説がある。
それも無用の長物だから意味があるという。
収穫の50佑王様、25佑地主、25佑農民が取った。
する仕事がない時に王様が25佑鬚修慮共事業のために放出したという。

一回だけ200年かけて4,500年前に運河を作った、しかしそれが王様の利益と
判ると二度とそれをやらなくなった。
その後神殿造りに変わっていった。

今地球上で61億人中45億の人間が神がいると信じているという。
当時のエジプトで神について以下のように考えた
・一番良いのは、神などいる訳がないと理解した上でいた方がよいという考え
・二番目に良いのは、神が本当いると信じること
・三番目は神はいないと思うこと
・最低なのは神がいてもいなくてもどうでもよいと思うこと

{これが今回一番面白い内容であったー現代人とあまり変わってない}

日本は古い国と思っているのは日本が世界を知らないだけでしかない。
新しい国だ。AC3世紀にはもうエジプトは終わっていた。

エジプト中には83のピラミッドがあるという。
ほかに50はあるといわれているが、まだ発掘されてない。
王様にも最大5個のピラミッドを持つ者や、ゼロのものもいる。

今は3年に一個の割合で発見されている。
最終出るまでに後200年かかるといわれている。

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2001年06月26日(火)
[64] おまいり

毎日の散歩のユーターンの地蔵様に祈っている言葉がある。
もう4〜5年続けている。

「あの世のお父さんお母さん、運ちゃん(長兄)進ちゃん(次兄)誠ちゃん(次次兄)、
祖父さん祖母さん、親戚の人たち、ご先祖様、そして総ての霊が安らかお眠りください。
仏様有難うございます。そしてご苦労様です。お父さんお母さん有難うございます。
そしてこの世の総ての人達がより良くありますように。
特に大変な人こそより良くありますように。
かさねてお父さんお母さん有難うございます。
今日一日精一杯活きます。そして笑って暮らします。」

大変な人は、今周辺で大きい問題に突き当たっている人の具体名をあげる。
これを続けているせいか、精神のバランスが崩れることはない。


1179, 哲学についてー10

2004年06月25日(金)

ー現在の哲学

現在の哲学はどうなっているのだろう。
現在の哲学を考える時、「構造」主義の概念がベースになっている。
この「構造」とは「構造化されたシステム」をいうのではなく、
無意識であり、自己の限界を次々に乗りこえていく根源的生命力のことをいう。
構造主義とは
[さまざまに変化していく諸現象の背後に隠された深層的で不変な「構造」
(無意識)を探求する]と、いうことである。
解りやすく大雑把にいえば
「哲学であれ何であれ、あらゆる種類の言説は言語の構造であり、それが
すべてである」

その構造主義を唱えたのはソシュールである。
彼は、人間は言語を持つことによって人間になった、「人間は言葉だ」と主張。
構造として「主体の発見があり、言葉は真の創造者だ」とした。

このような構造主義や、脱構造主義が出てきた背景には情報化社会の到来がある。
情報化はデジタル社会といわれ、すべてを情報量で記述する記号社会のことである。
情報化はコトバを持たない人、自在に駆使できない人やシステムが敗北をする
社会といってよい。
その意味で哲学は個々人にとって真正面から取り組みざるを得なくなっている。
哲学は日常実世界には一見無用にみえるが、人生そのものにとって非常に
重要になってきている。
自分のホームページを持ち、そこに自分のコトバで主張することの重要性をあらためて確認した。

「哲学について考える」を書いてきた効用か、いままでとは何か違った目で
「哲学」の本を読めるようになった。
 この程度でだ。

ところで、
本棚には哲学に関する本が何冊かある。
何冊か書いてみると

「哲学のカフェ」 ノーラ・K
「ソフィーの世界」ヨースタイン・ゴルデル 
「哲学を知ると何が変わるか」鷲田小弥太
「哲学がわかった!」鷲田小弥太
「哲学のコテン101物語」木田元
「新哲学入門」三木清
「ツァラトゥストラかくかたりき」ニーチェ
「ユング」コリー・ウイルソン
などなど、30〜40冊以上はあるが、それを理解しているかといえば
話は別である。ー哲学書かどうかファジーの本が何冊かあるので30〜40とした。

哲学者が子供か大衆向けにやさしく書いた本ほど、本質を突いている場合が多い。
難しいことをシンプルに、シンプルのことを深く、深いことを面白くである。
哲学の世界にいつの間にか引き込まれ、難しいことでも解ってくる。

ーまったくの粗い内容であったが、哲学についての概論を終了する。
今度は思いついた順に、哲学者や[実存主義」とかの概念をテーマにして書くつもりである。
次回はデ・カン・ショか、ニーチェあたりか。

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2003年06月25日(水)
812, 変な人が書いた成功法則 ー 読書日記

 昨日、新潟駅のセゾンの本屋で本を眺めていると、ふと見たことのある人がいる。
コンサルトをお願いをしている林さんだ。
先日、産能大学で臨時講師という珍しい経験をさせてもらった人だ。
まさかと思って声をかけたら、やはり林さんである。
これからある会社にコンサルトにいくという。
「面白い本がある!」と彼がいう。
ピンときたので、この本でしょうとその本のところに案内をすると、
やはりそうであった。
先日「大丈夫」というテーマで書いた本だった。
買うには、少し俗っぽい本で、10回に分けて立ち読みで済ますつもりであった。
しかしこれも因縁と買うことにした。

「長者番付日本一」といううたい文句が嫌で買わなかったが、それが買ってみると面白い。
自腹を切るとやはり違う、元を取ってやろうと思う為だ。
元気が出る名言が次々書いてあるのだ。
中村天風の小型バンという内容だが、この不景気に面白い。
ー楽しい生き方を真似をすると、お金と健康と幸せが雪崩のようにやってくる!
というのが、一貫して流れている。
・「しあわせだな〜」を口癖に
・言葉が変わると行動も変わってくる
 何事も千回言葉に出していうと『千回の法則』で心が見違えるほどきれいになる
 口に出せば幸せはあとからついてくる
・外見だけでも人生が変わってくる
・モテる超簡単な口癖
・抵抗力が強いほど幸せになれる

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「変な人が書いた成功法則 」
 講談社
 斎藤 一人 (著)
ー目次
 第一章  千回の法則
 第二章  バランスの法則
 第三章  加速の法則
 第四章  七八点の法則
ー内容ー
 中学卒業後、裸一貫から「日本一の大金持ち」になった著者が説く、
人生を明るく楽しく生きてリッチになる「究極の成功法」!
「仕事がカンタンでなぜ悪い? 楽をするから成功する」
「口に出せば幸せはあとからついてくる」「外見だけで人生は変わる」
「ダメ人間のほうが成功する」など、著者が語る「新常識」の数々には、
幸せになる「宇宙の法則」がいっぱい。「人生に困ったことは起こらない」
と神様が決めているから、誰だって笑いながら大成功する!
内容(「MARC」データベースより)
日本一の大金持ちが極めた努力しない成功法。成功の秘訣は楽しくて仕方が
ない生き方。「千回の法則」「バランスの法則」「加速の法則」「七八点の法則」
にしたがえば、幸せは向こうから雪崩のようにやってくる!

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2002年06月25日(火)
448,吉村作治ー考古学について −1

昨日、彼の講演があったので聞いてきた。
エジプトなど遺跡が好きであった事と彼の本を読んでいたため、
一言一言が非常に興味をもてた。

講演内容を時系列にそのまま書いてみる

・考古学は人間学である 
 骨董屋とは違う
・掘ること自体が面白いー好きにやれと好きに掘らせておくと60日経つと
 虜になる
・自分だけの史料を見つけることができる
・歴史学は批判学であるー歴史上言い伝えられていることは真っ当な事はない
 非難とは違うーそれを検証する事である
・考古学はない史料を探すこと
 図書館の片隅の史料を探す事も発掘という
・一回の発掘のクルーはー60日*20人・現地人100〜150人・
 2000万の費用ーが目安
 今までない史料探し、それを今までの史料と検証する

生き様ーこれは造語
死に様の対語としての造語

全部の人が死ぬ、「生まれ変わり」というのはギャグである。
エジプト人は生きるにあたっての大事なことを発明していた。
ーいろいろな概念をつくっていた
「あの世は何か」という概念をびしっと明確に決め文字に残していた。

・あの世とはこの世ではないーその前提としてこの世を知っている
 死を知るということは前提として生を知っていなくてはならない
・神の住んでいるところ
・西の空に太陽が沈んで、東の空から出てくる向こうをあの世と規定した
・あの世の風景が書いてあるがーこの世と同じ風景でしかない
 想像は人間のイメージの範囲しかできないのは当然だ
 火星人のイメージは人間と同じ頭があって、直立で・・・
                            −続くー

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 2001年06月25日(月)
[63] 秘境ツアーコーナー故障中

3Dホームページ作成中故障発生?明日中に直ります。
ホームページ面白いがメンテとランニング大変!
好きだからやってるが、そうでなくては無理。


1178, 哲学についてー9

2004年06月24日(木)


ー現代の哲学−2

実存主義の大きい影響を受けたサルトルは、たんに優れた著述家としてだけでなく、
劇作家・小説家としても名を知らしめていた。
彼はハイデッガーを研究し、最初の戯曲を発表。
また1943年には哲学上の著作として重要な「存在と無」を書き上げた。
彼の言葉に「精いっぱい生きること」がある。
「社会が課す規制や規則に反発するのは若者であり、
誰でも『自己についてのあらゆる選択権』をもっている」という、彼の言葉に当時の若者が
飛びついた。

現代の哲学を考えると、アメリカのプラグマティズムをあげなくてはならない。
「知識を実践的な活動としてとらえる」考え方である。
18世紀後半アメリカが国家として独立すると、アメリカ特有の新しい文化や思想が
生まれるようになる。その後100年かかって優秀な哲学者がハーバード大学などから
でてきた。バース、ジェームス。そしてディーイである。
バースはプラグマティズムを「言葉に表れた意味を確認する手法、意味論である」と主張した。
彼の一主張で「知ることはひとつの行為」であるというのが印象的だ。

20世紀には分析哲学が飛躍的にのびた時代でもある。
哲学者の多くは学者や科学者ばかりという背景もあった。
論理分析や言語分析などは歴史的に見ても飛躍的といってよいものであった。
人間の知識の本質に対する徹底的な再検討と分析である。

そして構造主義がうまれてくる。

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2003年06月24日(火)
811, 「最良」の敵は「良」である

ある本の冒頭に出ていた見出しである。
ー以下に書き写してみるー

「重要事項を優先すること」は、人生の核心に関する問題といえる。
ほとんどの人は、「やりたいこと」や「やらなくてはならないこと」が
ありすぎて疲れ果てている。自分の時間を最大限に使い果たすために、
そのときどき、あるいは一瞬一瞬、行動を決定することは大変なことである。
「良」か「悪」を見分けることは簡単だ。無駄な時間や愚かな時間の
時間の使い方なら誰にもすぐに分る。

「良」か「最良」かを見分ることが難しいのだ。
「最良』の敵は「良」であることが多いからだ。
あなたにとっての「最良」とは何だろうか。

「最良」のために時間を使うことを妨げているのは何だろうか。
それは意外なことに、あまりに多い「良」が邪魔をしている。
数多くの「良」に邪魔をされて、最優先事項を優先できなかったことを、
ほとんどの人が後悔するのである。・・・・・・・・・・・

ー以上であるが、
「無意識的に小事に取り組んでいるのは、意識的に大事に取り組まないのと同じだ」
と次の項目にあった。
小事が「良」大事が「最良」と考えてみると
小事が最大の敵というのが解る。
小事も大事であるが、それにとらわれて大事を見逃すことが致命傷になる。
目先の緊急を処理することが、いっけん大事そうだが、これが敵である。
「最良」を明確にして、真北(北極点)に向かって常に磁石の針を「最優先事項」
に向けていなくてはならない。

 何かハッとする言葉である。
イトーヨーカドウで「ヘドロー売れ筋外れ商品」の仕入れ原因を調査した。
ーそれがなんと売れ筋商品の品切れをカバーする為に仕入れた類似商品だったー売れ筋を
最良とみて、次善の商品を入れたつもりが、最悪の事態を呼び寄せてしまった。
少し意味がそれたか?人生そのものであると同時に、すべてに当てはまることといってよい。
今の日本の姿といってもよいだろう。
自民党旧守派が常に「足して二で割る」政策をしてきたことが、この「良」といえる。
日本をここまで追い込んだのは醜悪集団が「良」の選択をしてきた結果である。
単なる利権集団屋さえ気がつかない低俗国民に問題ありだが。

最良の「敵」が「良」とは、もっと早く気がついているべきであった!
気がついているほうであったが、それは「良?」の人に比べてか。
最良じゃない自分がいう権利はないか?
しかし真北の選択という面で最良は選ぶことはできたはずだ。
その都度真北を見てきたつもりであったが、どうであろうか。
私が意識的にー敵(良)としてきたことは俗に言う「世間様」である。
それでも一言で「『最良』の敵は『良』である』とずばりいってのけるとは!

「7つの習慣」よりこの本のほうがずばり書いてあってよい!
  
  ーーーーーーーー
「7つの習慣 最優先事項」
  ―「人生の選択」と時間の原則

出版社: キングベアー出版 ;
ISBN: 4906638112 ; (2000/07)
スティーブン・R. コヴィー (著), レベッカ・R. メリル (著),
宮崎 伸治 (翻訳)
ー内容(「BOOK」データベースより) ー
・『7つの習慣』で世界を揺るがせたスティーブン・コヴィーが再び放つ話題のベストセラー、
 ついに登場!「人生の本当の仕事」を探しに、いま知的冒険の旅が始まる。
『7つの習慣』における最大のポイントを徹底追究。

・もっと時間を有効に使いたい。ストレスを感じることなく毎日を過ごしたい。
人生の目的や目標を達成したい。これらを実現させるための原則や法則を詳細に
掘り下げてまとめた。「7つの習慣」の続編。
http://www.asahi-net.or.jp/~gw5k-tksw/business/book/seven/seven_habits.htm
http://member.nifty.ne.jp/hamada/f990704a.htm
ー目次ー
ー第1部
 時計と羅針盤(コンパス)(死の床で、どれくらいの人が、
「人生をもっと仕事場で過ごせばよかった」と思うだろう。
・緊急中毒
・生きること、愛すること、学ぶこと、そして貢献すること)
ー第2部
 最優先しなければならない重要事項を探る(第二領域時間管理―重要事項を
 優先する方法とは
 ビジョンが発するエネルギー役割と役割の間のバランス ほか)
ー第3部
 相互依存の相乗効果(相互依存の現実ほかの人と一緒に重要事項を優先する
 インサイド・アウトからのエンパワーメント)
ー第4部
 原則中心の生き方における"力と安らぎ"(時間管理から自己リーダーシップの確立へ
 結果としての「安らぎ」)
 
カスタマーレビュー
おすすめ度:
9 人中、8人の方が、このレビューが参考になったと投票しています。
ーこれを読むと怠惰でいられなくなる, 2003/03/31
レビュアー: 九州商人 (プロフィールを見る)   宮崎県宮崎市
凄い本です。
大抵の書籍は人間の「脳みそ」に働きかけてきます。しかし行動までも変えてくれた書籍に貴方は
出会った事がありますか?例え行動を変えられたとしてもその行動を継続して維持できていますか?
「ようし、やるぞ!」と燃える事は出来ても継続させる事は出来ない、
そんな事が多くないでしょうか?
この本は「正直者が報われる」ための本です。この書籍に書かれてある事をバカ正直に
実行してみてください。私自身「テレビ依存症」がすっかり直り、仕事への時間配分を
「苦しむ事なく」実行できる様になりました。

毎朝5時起床してますがそれは、「嫌がる自分に打ち勝っているから」ではなく、
この本を読んだ事で「怠惰でいない自分が気持ちいい」という域に達したからだと思ってます。

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2002年06月24日(月)
447,内面処理の仕方ー心の自己処理

昔から自我の強い性格「プライドの高い性格=コンプレックスの強い性格」
でいろいろ行き詰まりなどあった?。
それなりに乗り越えてきたのは、「最後は一人」ということが実感で
解っていることもある。

行き詰まりとかトラブルがあった時の気持ちの処し方で
・一番手っ取りはやいのは、辛らつにその内容を紙に書く。
 自分の気持ちと事象を、とことん書き連ねる。
・それでもどんどん出てくる気持ちの混乱、それをとことん書く。
・脳内に出てきた言葉を全部、書き出す。
 もう出てこなくなるまで書く。
・その内容を読み返す、そして更に書く。
 これを繰り返すと、幾らでも出てくる、それを書き尽くす。
・それをきっちりまとめて、最後は破って捨てる。
・そしてその全てを袋に入れて紐で縛りつけ、
 心の奥にしまっておくイメージを繰り返す。

その時は残るが、時間が経つと全く内面から消滅する。
「割り切」を合理的にしていることになる。
それを中途半端にすると後に残ってしまう。

あとは時間が全て洗い流してくれる事を信じる。
その時間の見積もりをする、これは一年、三ヶ月と、最近は誤差がない。
一番辛いという、連れ添いの死も三年という。

般若心教を暗記してあるのも良い。
全ては宇宙の出来事の些細な出来事でしかないことが自己確認できる。
般若心教は憶えておいた方がよい、心の保険としても。

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 2001年06月24日(日)
[62] あと2週間

あと2週間で北欧ロシア旅行だ。
まだ実感がわかないが、かなりハードな旅行になりそうだ。
南アフリカやシルクロードからみれば、半分ぐらいだろう。
このコースはやはり外せないコースだ。

ペルーにいった時、同行の人に「旅行道という言葉があるならインドは絶対外せない」
と言われて、インドに行ってみて納得したが、このコースもそれに近い何かを直感した。
それが当たっているかどうか?「12日で5カ国、バスあり飛行機あり船ありだ」
毎日が面白そうだ。


1177, 「物語の主人公になる方法」ー読書日記

2004年06月23日(水)

人生は一冊の小説のようなものというが、図書館でいつも見ているコーナーに
新たに新刊本が追加されてあった。
さっそく借りてきて読んだが、実行しやすい手順が書いてあった。
若い人が読みやすい内容だ。
人生ではそろそろ残された人生劇場の幕間もいくつかしか残っていない現在,
物語にどう落ちを入れていくかという面を考えていたので非常に参考になった?
以前、ミッション・ステートメントで粗筋は書いてはあるが。

誰も人生において自分の人生の主人公であるが、
「物語を作家になってつくって、その主人公を自ら演じる」ことを勧める
自己啓発的な本であり、岡本太郎のように「生活はアートだ!」
と唱える人生設計本である。

あまり考えずに日々を暮らして、その結果に対してストーリーを
自分の都合の良いように修正するのが一般的だろう。

 具体的手順として
1、まずは作家の誕生―あなたの内なる作家を呼び覚ます。
2、そして作家としての心構えをこと細かく書いておく。
 ー駆け出し作家が決して忘れてはならないことや、
  空想世界の番人であることなどをー
3、作家はそれまでの過去と訣別する―
  それにとらわれと平凡な物語になってしまう。
4、暗示の影響力を意識をして構想を立てる。

第一の診断―主人公の現状を把握する
第二の診断―お望みの主人公をイメージする
第三の診断―主人公の十二大特性をチェックする
第四の診断―不良プログラムを削除する

物語の主人公になるヒントは3つある。
・1つ目は、
「自分のライフスタイル、その判断は良し悪しではなく、自分が満足すること」
 それが、スターティングポイントであると。
・2つ目は、
「家族や周りの言うがままの人生、受動的なライフスタイルでは面白くないこと」
・3つ目は、
「人生はひとつの物語です。自分の物語を作って、その中で主人公を作って、
 自分の日々の満足度をパーセンテージを出すこと」

人生は自作自演の人生劇場であり、特に大事なのは自分の中の作家としての能力である。
そこで忘れてならないものは、人生に何が必要かという冷徹な目。
人生が自分に何を求めているかに気がつくことだ。
この本の著者は、そこまで到達していないが人生設計を構想するには
解りやすい内容である。

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「物語の主人公になる方法 」
著者/訳者名 : パトリス・ジュリアン/著    
        宰務智子/訳
         出版社名 : にじゅうに
         長岡中央図書館 2004年06・21日
         
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 2003年06月23日(月)
810, 「ありがとう」の言葉−5

 最近は殆んど見られなくなったが、石油スタンドが完全自由化になる以前は、
まだ石油の価格が暗黙のうちに規制されていた。
その際の、ガソリンスタンドの差別化として、お客の車に対して深深と頭を下げるのが
流行っていた時期があった。
 
 30年前に千葉市の千城台で「養老の滝」を始めたとき教えられたのが、
「お客の後姿に頭を下げろ」であった。帰ったお客ではなく、店内のお客に対して見せる為だ。
ガソリンスタンドも同じことだ。
「頭を下げなくともいいから値を下げろ!」といつも思っていたが。

 長年メイン銀行の店長や次長が転勤する時、栄転祝いを贈っていた。
もう10年前のことで問題がないから書くが、ある支店長が転出の挨拶に来たときに、
不思議な顔をして「何も見返りがないのに何で祝い品をくれるのか?」と聞いた。
その時に千城台で教わった話をした。
「こうしていると、直接関係のない、栄転祝いなど関係ない人もくる。
この地を去る時に侘しい気持ちがあるが、ここにくれば気持ちを含めて見送ってもらえる。
その意味で直接の見返りなど全く期待してない」と。
一本やられてしまったという感じであった。
彼が去ってから解ったことだが、金利変更時で当然上がるべき金利が上がってなかった。
彼の指示で、200万は金利が低かった。


「ありがとう」のエネルギーはブラックホール内の特異点から出てくる光という。
これ似ている言葉が「正中心一点無」がある。
この「正中心一点」とは特異点といってよい。
そして「無」がエネルギーである。
無は色即是空・空即是色の空である。

ー先日、サロンのコーナーに載せた内容をコピーしておきますー
 ーーーーーーーー
 ・「あ」というのが「絶対[ぜったい]」という「光源[こうげん]・光[ひか り]・
 命[いのち]の本源[ほんげん]」というのが
 「あ」、全[すべ]ての始[はじ]まり。
・「り」が、らせん状[じょう]」に全[すべ]てが生[う]み出[だ]されて組 [く]み
合[あ]わさっていくという意味[いみ]で、ら行音[ぎょうおん]の「り」を使[つか]っていて、
・「が」が、「か」をダブらせて「輝[かがや]きに輝[かがや]く」という意味[いみ]で、
「無限[むげん]に無限[むげん]に輝[かがや]いている」というのがが」。
・「とう」いうのが「十字[じゅうじ]」にみて、縦横[じゅうおう]の組[く]み合[あ]わせ、
と見[み]てもいいし、また「ありがたし」のた行音[ぎょうおん]とさ行音[ぎょうおん]
というふうに分[わ]けた時[とき]は、た行音[ぎょうおん]が縦[たて]で、さ行音[ぎょうおん]が
横[よこ]。
相対[そうたい]に別[わか]れた両極[りょうきょく]を縦横[じゅうおう]に組[く]み合[あ]わせて
一[ひと]つのものを創[つく]りあげる。

 だから絶対[ぜったい]の無限[むげん]の無限[むげん]の更[さら]に無限[むげん]の
大光明[だいこうみょう]がね 出発点[しゅっぱつてん]にあって、そこから複雑無限
[ふくざつむげん]の創造[そうぞう]活動[かつどう]が行[おこな]われて、無限[むげん]に
輝[かがや]いた最高表現[さいこうひょうげん]が生[う]み出[だ]されて、
それが完璧[かんぺき]に組[く]み合[あ]わさって本当[ほんとう]の全大宇宙[ぜんだいうちゅう]
の姿[すがた]をとってる。これが「ありがとう」という意味[いみ]ですね。

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・・・・・・・・・・

2002年06月23日(日)
446,喧嘩のコツ

・まずは先手必勝、なんでもそうだが
 − 王手・飛車より、先手が怖い
・相打ちを狙う。 ー但し、相手よりより力を込め、弱点を狙う
 自分が傷つくことを恐れて腰が引ける、やるなら相打ち
・逃げ道をつくっておくー 引き際を見つける
 相手の逃げ道もつくるー窮鼠猫を噛む
・短期決戦ーこれも鉄則
・大義をつくっておく
・時には捨て身でも
・長期に喧嘩か短期で戦法を変えるー見際めをする
  ー長期戦は江戸の敵を長崎で討つ方式
  こういう奴の在庫がいっぱいある、男社会は仕方ないが。
  その前に殆んど自滅していくが。

喧嘩はしない事だ、但し仕方ない時は全力ですべきだ。

事業は見方を変えれば喧嘩そのものだ。
事業は弱い相手を探して叩けばいいが。

子狐がけっこう喧嘩を売ってくる、
仲間内に自慢か話題つくりか箔付けの為に。
その場合けっこう面白がってやる。
生理的に楽しくかつラインが作れるからだ。

エネルギーのロスだが、長期戦にすぐ切り替える。
長期戦の相手は徹底的に蔑視する,内面から消滅するまで。
おかげで人間関係で悩むことは少ない、割り切れるからだ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2001年06月23日(土)
[61] 小泉総理メルマガの紹介

[61] 小泉総理メルマガの紹介
らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 感動のスポーツ

[大臣のほんねとーく] 

● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)

 藪医者に至らない医者のことをタケノコ医者という。私が大学院の在学中
で、衛生学を学びながら一方で小児科臨床を1年半ばかり研鑽したある日、
上司の助教授に呼ばれた。

 「宮川村は三重県一の短命村、その調査に一年ばかり行ってはどうか。」
行ってはどうか、は「行ってきたまえ」の命令に等しい。

 平均寿命35歳の短命村へ、結婚間もない私でしたが、妻を残したまま、
赴任した。

 調査とは名ばかり、宮川村の一番奥に旧大杉谷地区があり、約千名の人口
に一カ所の診療所があった。その診療を行いながら、短命の調査研究をやれ
というのだ。

 赴任したのは五月の中頃だったと記憶している。診療所は村立で看護婦さ
んが一人、事務員さんが二人、私の食事や洗濯をしてくれる人が一人、四人
で私を迎えてくれた。診療所の二階が私の住処で、お茶を一杯入れてもらっ
たところで、患者さんの第一号が来たという。

 泣き叫ぶ子供の声に驚いて診察室に入ると、小学校六年生ぐらいの男の子
が床を転がるようにして「痛い、いたい」を連発している。聞けば、耳にコ
ガネムシがはいったという。

 右耳を覗くと、大きなコガネムシがお尻を外にしながら、外耳道いっぱい
に入っている。「どうしましょう」看護婦は私の腕を試すように見ている。
ピンセットでコガネムシのお尻を摘もうとすると、ツルッとすべって、ムシ
はさらに前へ進もうとする。前に進むと、少年は悲鳴をあげて転がった。

 小児科でも耳鼻科でも、コガネムシが外耳道にはいった治療など、習った
ことはなかった。四〇キロ四方、医者なるものは私一人しかいない。「どう
すべきか」患者や家族より、自分の方が心細くなってきた。

 「水を入れたら死なないか」私の言葉に従い、看護婦は水を入れたが、水
がコガネムシの頭の方へ入っていく隙間はなかった。

 一呼吸して、看護婦は手際よく小さい注射器を取り出し、「麻酔液を入れ
ましょう」そういってコガネムシのお尻に注射針を刺した。すぐにムシは動
かなくなり、痛みのなくなった少年は起きあがり、看護婦は巧みにコガネム
シを引き出した。

 以後一年半、私の滞在期間中「婦長さん」と呼び、常に頭が上がらなかっ
た。このときだけでなく、何度も「婦長さん」に助けられて、急場を凌いだ
ことがあった。

 私にとって、医学部のどの教授から教えられたことよりも、この「婦長さ
ん」から教えられたことの方が多かった。お世話になったから言うわけでは
ないが、激務の中で知恵をしぼる看護婦さんの待遇はもう少し考えなければ
ならない。

 現在の保険点数は看護婦さんの頭かずだけを決めている。その仕事内容を
評価すべきだ。医師と看護婦、その教育に違いはあるが、それにしても評価
が違いすぎないか。看護婦さんが辞めて行くのは何故なのか。

 今、私の考えなければならない仕事の一つである。

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[小泉内閣メールマガジン]
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/


1176, 哲学について −8

2004年06月22日(火)


ー現代の哲学−1

ギリシャの国家都市が衰退した後、ふたたび民主的とよばれる社会が出てくるのは
18世紀のフランス革命とアメリカの建国である。
とくにフランス革命は、「愛と自由と平等」をうたいあげた民主主義思想
をヨーロッパ全体に広がるきっかけとなった。
民主主義思想を推し進める為に、個人の自由を社会的平等に結びつける
思想が大きな役割を果たすようになった。
自由を重心においたのが自由圏といわれる資本主義社会であり、、
平等に重心を置いたのが社会主義圏の共産主義社会であった。
そして愛のかわりに憎しみで対立したのが20世紀の時代といってよい。

現代哲学ではヘーゲル哲学の継承者としてのマルクスの思想を上げなくてはならない。
マルクスは19世紀半ばに「共産党宣言」を執筆した。
マルクス主義は一般的な意味では哲学に分類されないが、現代哲学へは大きな影響を与えた。
マルクスの考えでは、当時の産業資本主義社会は歴史的に見て、対立なき社会が出現する
二つ前の段階にあった。彼は、近代科学技術は発展をし続け、ますます失業者を生み出し、
一般大衆は生産手段から疎外されると予想。
資本家と労働者の対立が激しくなり、労働者大衆が資本家階級を打倒すると説いた。
しかし彼の思想はみごとに外れてしまった。権力を持った人間の本音として
エゴイズムと腐敗の温床になっていった。そのエリート集団は資本家より
ブルジョア的になっていた。

また現在の哲学を考えるとき、「実存主義」を考えなくてはならない。
代表的な哲学者としてキエルケゴールとハイデッカーである。
「人間は自己のアイデンティテイに問題を見つけ、自己の経験の不可解さに目を向けて
人生の意味を明らかにしたいとと望む」という考えが基礎になっている。
キエルケゴールーはもっとも倫理的な存在は自己であり、よって最も重要なものは
「個人の主体性」であると主張した。
人間にとって最重要な活動は意志決定であるとした。
実存哲学として代表されるのはサルトルである。

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2003年06月22日(日)
809, 与三八さんー名前と人生

以前にも少し書いた事があるが、私の兄ー三郎と、私ー八郎の仲人の名前が
与三八さんである。ウソみたいだが本当の話である。
本人に以前、意識していたか訊いたことがあるが(^^ゞと笑って答えなかった。
たまたま母に頼まれ嫁さんを探してきたのだが、ブラックジョークのようだ。
兄にしても、私にしても他の何処かで因縁があれば他の人と結婚していたと思うし、
やはり奇遇といってよいのだろう。

名前は、その人の人生をある程度左右するのは間違いない。
(刑務所の囚人に恵とか豊とつく名前はいくらでもあるから一概に言えないが)
私が名前に対して意識しだしたのは20代なかばであった。
「ビルを八つ建ててやろう」と、過去に6棟つくったが、ホテルの第二と第三の増築を
入れると8棟になる。
私の家内は恵子だが、これだけ何事?にも恵まれている人は見たことがない。
そのように生まれてきたようだ。但し亭主には恵まれてはいなかったか?

何かの本に名前の中に人生が隠されているとも書いてあった。
字の組み合わせをパズルのように変えたりすると現れるという。
女性が結婚を繰り返す場合など、恐ろしく運命が変わったりするが名前の組み合わせに
暗示しているケースがあるという。
名前は親が願いを込めてつけるのだから、念が入っている。
その名前を朝から晩まで呼ばれるのだから運命を左右するのは当然である。

私の八はきょうだいで八番目に、兄の名前の三郎は男で三番目に生まれた為につけられたが、
戦災後のドサクサで名前をイチイチつけるのが面倒でつけたのではないか?と邪推している。
母に八は末広がりでよい人生が待っていると度々いわれていた。
中国では八はお金に因縁があるというが、どうであったか?
少なくともお金の苦労はしたことがなかった。
もっとも、これから何か怪しくなってきたが??!!

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2002年06月22日(土)
445,腰痛ー2

この4~5日前よりの腰痛、山場を越したようだ。
数年に一度のひどい状態であった。
現金なもので酒が入ると痛みが激減、あったたまるためであろう。

今は痛みが一進一退の状態、今朝も少し痛みが残っていた。
一昨日より腰痛バンドを買っていたのを思い出して、つけてみる。
熱を腰の部分に持つ。更に通勤途中で腰痛向きのシップを買って張る。

なかなか利くので吃驚する。
今まではホッカイロ一筋であったが、他にもあるのに初めて気づく。
暖めるのがポイントのようだ。
いつも冬場と、この時期の湿気の多いときになる。

腰痛は猿から人間に進化する過程で、
−4つ足から、二足歩行に切り替わったときにー
腰にその過重がきている為に腰痛になるという。
人類の大きい課題だ。

母が腰痛持ちでそれが遺伝したようだ。
今みたいに自宅で座った状態でパソコンを打つのが一番悪い。

これは腰痛を検索したものだ。
http://www.h3.dion.ne.jp/~kumihimo/k/txt/t3-4.htm

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2001年06月22日(金)
[60] 小泉サイト

先日パソコン教室の香月先生が、例の小泉首相のメルマガに入ったという。
そこでついでに私も入る事にしたが、昨日より早速メールが届いた。

首相のその時々の生の気持ちが書き込まれ100万以上の人に届けられるのだ。
これが情報革命か!と唸ってしまう。100万人が見てるというと本人が
一番楽しいだろうと思う。


1175, 哲学について −7

2004年06月21日(月)


ードイツ哲学の時代

イギリスの経験主義哲学につづいて、ドイツ哲学の時代がくる。
18〜19世紀にかけて古代ギリシャに匹敵するほどの哲学がドイツを中心に発展する。

その先がけがカントで、
それまでの合理主義哲学と経験主義哲学を統一させた。
「人が経験することができるのは、身体的なあり方によって枠組みをされており、
その枠組みのなかでしか、個々のものごとの存在を想像することができない」と説いた。
盲人にとって、見ることを理解することができない、嗅覚のない人も臭いについて
理解するのは不可能である。
人間の理解は、その持っている機能の範囲内に限られる。

カントの文章は非常に深遠で難解で、理解することが非常にむずかしい。

カントの思想はショーペンファウアーによって受け継がれ、さらに豊かなものになっていく。

ヘーゲルは絶対的な観念論をうみだした。
彼は「現実世界のすべてとその歴史を、精神的なものが発展していく姿」と考え、
世界と現実は自己認識に到達するための歴史的プロセスと考えた。
その過程は「正、反、合」の三つのプロセスを繰りかえし、すべての変化の理由とした。

マルクスはヘーゲル哲学を基礎として観念論から唯物論を導き出した。
 
ニーチェはあらゆる既存の道徳を攻撃した。
彼は「神が死んだ」という有名な言葉を残した。
当時の価値観はギリシャ哲学とユダヤ教徒キリスト教の教えが土台になっていた。
しかし当時は、その信仰心が薄れていて、自らの価値観を求められていた。
その土壌の上で、多くの偉大な哲学者が輩出したのである。

この頃の哲学者が生み出した思想は現代哲学に大きく影響している。
そして現代の哲学が現れてくる。

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2003年06月21日(土)
808, 大丈夫

一休が死ぬ間際に、自分が死んだ後もし如何にもならなくなった時に開く
ようにと一通の封筒を残した。

そして残されたものが、如何にもならなくなった時がきた時に封筒を開いた。
その中味には「何とかなる!」と書いてあったという話が残っている。
本当かどうか解らないが、一休らしい逸話である。

 先日、本屋で立ち読みをしていたらある本の目次に「女に持てる法」という項目があった。
さてと心トキメイテそこをみて驚いた。常に「大丈夫!」といい続けることだと。
何か肩透かしを食らったようであったが、納得した。
言葉だけでも、誰もが「大丈夫!」といって欲しいのが心理である。
それも女性なら尚のことである。

 最悪の「死」を考えてみても、死んだ瞬間には本人にとって死ではなくなる。
あるのは「死」に対する恐怖である。だから何事も「大丈夫!」といえるのだ。
何事も90数佑、あくまでも不安という恐怖心でしかない。

 話はそれるが「女にもてる法」といえば、九州の学生時代の友人が新潟に遊びに
来たときの話である。
彼は長崎で飲食店を数軒経営しているのだが、女性遊びが大好きだという。
そして、とうとうと女にもてる話が始まった。
実際にもてるのだろう、なかなか含蓄があった。
ー我われ中年はそうでなくても若い人から見たら脂ぎっている。
それを自覚して「演技でよいからポヨーンとして、女には全く興味がない
ようにしていなくてはならない。それで普通の状態に見られる。」

 なるほど一理があるが、勝手に持てているのは自分だけ信じているのが面白い。
経験的にみると「お前は女に持てるだろう!」というと、殆んどの男が舞い上がってしまう。
そして「如何に自分が持てているか」の自慢話が始まる。誰かに実験してみたらよい、
罪のないジョークとして。
少しアルコールの入っている状態で、誠意を込めていえば大部分の男は舞い上がってしまう。
挙句に「お前はもてないだろう。ケチで口が悪い上に・・・」と始まる。
ほっとけバカと思うのだが「もてるのもてないは苦労の結果だろう」というのが持論だ。
もてない男のいい訳か。これも男の永遠の課題だろう。

テーマが変わってしまった。
この不況の中、今度は「ありがとう」だけでなく、「大丈夫」を呪文のように唱えるか。

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 2002年06月21日(金)
444,面白い話ー本??

   http://www.melonpan.net/tatsu/yatta/index.html
 「やった。」坂本達著

図書館の海外旅行のコーナーで面白い本を見つけた。
なかなか面白い。
子供服の「ミキハウス」に勤め数年、何処でもある話で自己逃避も含めて
「海外旅行に出たい」という気持ちが出る。辞表を書く段階で社長の耳に入る。

オーナー社長がそれを宣伝材料?とみて、有給休暇を条件に引きとめる。
そして夢のような4年3ヶ月の旅行記。
なかなか面白い内容であったー本もホームページも。

そして社長の思惑どうり?帰国後その体験をホームページに書き込み、
さらに講演を続けている。それなりに面白い内容である。
少なくとも自分でしたいができなかった事だ。

こういう社会もあるということで目を通してもいいのでは?
またこういうことがあっても、良いのではと思った。


http://www.nikon.co.jp/main/jpn/society/sakamoto/
http://www.melonpan.net/tatsu/
http://www.melonpan.net/tatsu/report/index.php

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2001年06月21日(木)
[59] 3D-ホームページー三回目打ち合わせ

富士総業の小竹さんより3dのホームページの
モニターという話に乗ったがちょっとしたプロジェクトだ。
当たればおお化けする可能性がある。

デジタル文化の1現象を目の当たりにしている。
7月1日を楽しみにしているが凄い世界に入ったものだ。


1174, 哲学についてー6

2004年06月20日(日)


ー経験主義哲学ー

合理主義に対してイギリスとアイルランドから経験主義哲学が生まれた。
合理主義の「理性をとおしてのみ知識が得られる」という主張に対して、
「現実世界の知識は感覚器官をとおして得られる」という論である。

感覚による経験を絶対視する考え方は、合理主義に対してあまりにも対極にあるが、
アメリカとイギリスなどの英語圏では現在の主流になっている。

ジョン・ロックがいみじくも残した言葉がある、
「いかなる人にとって知識もその人の経験を超えることはできない」
経験主義は「人間は物体の観察可能な性質と運動しか観察できないのだから、それを
理解する為にはその性質をとおす以外ない」というロックの認識論が基本になっている。
「現実世界についての理解は感覚をとおした経験から導き出される」というのが
経験主義の中心になった。
彼は自由主義的な民主主義の基礎づくりに貢献した思想家であった。
ロックは、アメリカ独立運動とフランスの革命に、大きな影響を与えた貢献は大きい。

アイルランド出身のバークリーも経験主義者として、大きな位置を占めている。
「意識の内容は、その意識の主体にとって、経験されることのすべてである」
それ以外のことは、存在していることさえわからないという、いまでは当たり前の
ことを合理主義に対する一番いたいところをついた。

経験主義の哲学者としては何といってもヒュームである。
彼は人間を「感覚の束」としてとらえている。
彼はロックと同じく現実世界についての知識は、自分自身についても、
他人についての経験も、実際の経験を通してしか得られないと主張した。
我々が内省をするとき、頭に出てくるのは、感覚をとおして得た経験や思索、感情、
記憶からである。
「私とは感覚の束である」という彼の言葉あまりに有名である。
心理学でいう観念連合ということである。
私たちの行動は欲望や情念によって目的が決められる。
理性が介入してくるのは、目的を達成する為の手段を選び、適応する段階になってからである。
「理性は情念の奴隷」も、ヒュームが残した言葉である。
そして18世紀末から、ドイツ圏において古代ギリシャの時代に匹敵する
哲学が開花していくのである。
                     つづく
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2003年06月20日(金)
807, 心の構造進化ー書き続けるということ

 少し難しい話をすると、
 社会学者のレビィ・ストロースは、人間社会の基本形を
「時計仕掛け型」と「蒸気機関型」に分けた。
・「時計仕掛け型」の社会は実質的に歴史を持たず、構造変化をしない社会
 ー南アメリカのアマゾン奥の部族の人達やアフリカのマサイや・・・・・
・「蒸気機関型」は我々の社会のように進化をしていく社会をいう
 
 この両者の違いを、ストローは「書く」ことによるとしている。
ーといって、「どちらが文化的に優れているかというとむしろ『時計仕掛け型』ではないか!」といえるが、この問題は違う時に考えてみる。
 
 社会だけでなく私たちの心も言葉にして書かない限り「時計仕掛け型」である。内語を書きとどめることによって、人間の心も言葉との相互作用によって構造進化を始める。二年間書き続けてつくづくそれを実感する。

 この随想日記を書き始めて、何かが大きく変わっているのを実感する。
毎日書いている解るのだが、大体が過去の話である。
ということは、過去のことしか書けないのだ。
未来のことも書けるが、結局は過去の前提の上での未来でしかない。
せめて夢か予定の一部だけでしかない。
書くことで、過去の自分を見つめ直すことによって、心の構造進化をしている。

 もし、過去を無理してふりかえないようにしているなら、心に蓋をしていることになる。このように書き出すことによって、心の中の曇りやその奥にある光に気がつく。その意味では、二年以上毎日書き続けたおかげで自分を見つめなおすことができた。心がどんどん構造進化ー私の場合は構造変化だがーをしているのを実感する。そして書くこと自体が面白くなるのだ?!
毎日が一語一会になったしまうのだ。
しかし、いつもネタさがしにキュウキュウとしているが。

(注)ストローズ
ークロード・レヴィ=ストロース

 フランス生まれの文化人類学者(1908-まだ生きている)。
「構造主義」のリーダーとなった人。
あらゆる民族の神話を分析することによって、浮かび上がってくる「構造」を発見することによって、未開社会も、われわれの社会となんら変わらないではないか、と考える。
しかし、彼の神話解釈はそこに共通する「構造」があることを前提としているのでしばしばうさんくさい(と感じる)。
《著書&論文一覧》
『悲しき熱帯』(『悲しき南回帰線』)
『野生の思考』『神話学』etc

 レヴィ・ストロースは、各地に伝わる神話を洗いざらい分析し、それらに共通する法則(=<構造>)を発見する。それまでその地方オリジナルの神話だと思っていたところに、共通する<構造>
が存在するということが分かり、ヨーロッパ社会に衝撃が走る。
自分たちのヨーロッパ文明が最頂点であり絶対であると信じていたら、いわゆる「未開」社会のそれも、その<構造>という点に関しては共通だったからである(ザマ〜)。
聖書に関しても、神様の言った言葉(テキスト)を無視して<構造>を見出せてしまう点において、キリスト教社会たるヨーロッパ社会に同様の衝撃が走る(本当にザマ〜)。
 
 人間個人個人にも<構造>があると言った人がフロイトであり、彼の場合は個人レベルにおける
構造主義者である(岸田秀は、その個人レベルの<構造>は、社会全体にも当てはめることができると言っている)。 インセスト・タブー(近親相姦の禁止)に関して、レヴィ・ストロースは社会成立の必然(女性交換の際の必然)にその起源を見出し、その過程にややインチキ臭さがあるので、
僕としては岸田理論の「幼児の性欲存在説」のほうに共感を覚えてしまうのだが、岸田論とは違っても、そこから社会の<構造>を見出したレヴィ・ストロースには感心を覚えてしまう(岸田秀のインセスト・タブー論を確認するために『哺育器の中の大人』を読み返してみたら、ちゃんとレヴィ・ストロースの名前が出ており、やや嬉しくなった)。
 
 ということで『はじめての構造主義』はおすすめだ。内容もさるものながら、橋爪大三郎の本の構成がまた憎たらしい。第1章、第2章では構造主義の成立過程のみ(音韻論、語学、人類学の説明など)
が書かれているだけで、構造主義そのものの内容は分からないままになっている。第3章に入っても数学について論じられているだけで、構造主義の具体的なイメージが湧かない。
このまま本が終わってしまうのではない読者の不安が最高潮になったところで、「それらをレヴィ・ストロースにつなげると」という文章が始まり、「要するに構造主義とは・・・」
という大まとめに入って、第3章の最後の数ページで一気に構造主義のイメージがつくり上げられてしまう。
音韻論、言語学、人類学、数学の諸説明が最後のまとめですべて構造主義の概要に結びつくのである。
多くの読者はその構成に感動を覚えることであろう。
 
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2002年06月20日(木)
443, 見せ金ーブランド志向心理

ヤクザが1万円札を財布にビッシリ入れ見せびらかす、見せ金である。
中学の同級会で久々に出てきた男がまったく同じ事をしていた。
普段金に困っているから、逆に故郷に帰ってきたときぐらい
金を持っている振りをしたくなるのがミエミエである。
可愛いものだが。

銀座で永くクラブのマネジャーをしていた人の「人の見分け方」の話。
「高価な服装、靴、時計で身を固めている人が一番危ない」ツケはできないという。
外見が金持ちに見える人は、成金とかバブルの成り上がりの人が多い。
実用本位の質素の服装をしている人が一番信用できるという。

何回か会社を潰した人が再び会社を興し、少しうまくいくとベンツに
髭に皮ジャンに高級クラブ、お決まりのコース。
そして数年後夜逃げ、身辺でいくらでもある。

すぐに逆上せ上ってしまう。
結局は事業はそれをしたかったための手段でしかなかったのだ。

それと同じ事が、スナックで見かけるやり手ブスの中年女。
ブランド品を上から下まで飾りつけ、香水の匂いを撒き散らす姿は喜劇。
コンプレックスの裸の王様そのもので、−心理は見せ金と一緒。
それに気がつかないから世の中面白いのだろう。
日本人のブランド好きは上記のやり手ブスの心理そのもの。

それが人間の全ての集約した姿だ、自分の見えない姿でもある。

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2001年06月20日(水)
[58] 一六会について

毎月の16日に第二新館近くの大橋ー料理屋で開かれる平均7〜8人集まる会である。
もともと花園のマルヒロ不動産の後藤会長が開いていた会で、会長が元気な4年前までは
20人以上集まっていた会であった。

亡くなった後も続いていること自体不思議なことで、やはり後藤会長の人柄だったのでは
ないかと思われる。ただ酒を飲んで騒ぐだけなのだが、全く利害のない集まりで
好きなことを言っても喧嘩にもならないのが良い。

ただ流れているのはやはり後藤会長の好きな連中の集まりというコンセプトだと思われる。
なんの気を使わず騒げる場もそうあるもでない。
平均年齢が65〜70歳とすこし高いが、それが何ともいえない味を出している。


1173, つれづれなるままに

2004年06月19日(土)

・先日、競売物件の新聞公示欄を見ていたら、近くのホテルが売りにでていた。
富士銀行が80億の金を出したホテルで何と3億1500万の値段であった。
金に余裕があったら買いたいぐらいだが、色いろ権利が入り組んでいて力に余裕
がないと手を出せないのが残念だ。バブルの大きな傷を残した一つの事例である。
それにしても、この差額は実際誰が損をこうむるのだろう。
間接的に国ー国民なんだろう。
二年前に、このまん前のホテルも20数億が3億5千万で、競売が落とされた。

・最近、昼飯を食べにいってもお客の少ない。
そういえば、私も昼飯の単価が2〜3割も下がっている。
近くに牛丼の「松屋」ができ、他がランチの値段を下げた為だ。。

・一昨日は、宅建主任者の3年に一度の講習会。
長岡郊外のハイブ長岡であった。
大きな会場で500人位が受講していた。
初めて時計を持たずに行ったのが正解で、あっという間に時間が過ぎてしまった。
危険物取扱者の受講もそうであったが、嫌がらずに真面目に講義を聞くのが
ポイントである。
せっかく時間を過ごすなら、その時その時のテーマの中心から目をそむけないのがよい。
宅建の内容は聴いていて面白い。
法律の改正の変化が世相を現している。
何事も、まともに聴いているとなかなか面白いものだ。
大學時代がそうであった、授業とは面白くないという概念が根本から崩れた。
特に専門コースに入ってから面白くなった。

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2003年06月19日(木)
806, 『自分様と馬の骨』 読書日記

 〜なぜ認められたいか? 〜

「ぶざまな人生」「わたしを認めよ!」「まれに見るバカ」
等、彼の文章のタッチの面白さに、次々に買って読んだ。
人間の一番の本音をあまりにもシビアに書いている。
先日、図書館でこの本を見つけたときは、しめたと内心叫んだ。
早速読んでみるとやはり面白い。
「わたしを認めよ!」の続編であり、何ともいえない力がこもっていた。
彼のいっていることは別に難しいことをいっているのではない。
・自分を持して一生懸命に生きればよい、
・ダメならまた自分を立て直してやり直せばよい。
 たとえそれがぶざまな人生であっても。

 「懸命に生きる」とは「自分ひとりの関係」である。
それが自分ー自分様であり、自己が自分になっていくことだといっている。
人間は自分はとるに足りない馬の骨と思うことに耐えられないのだ。
特に比較において。
友人との年収の差、学歴の差、同業他社との利益の差、性経験の差において、
馬の骨として、耐えられないのが人間であると主張している。

 創業を経験すると、人間観が変わるーこれは私だけでないと思う。
自分の骨の髄のエゴイズムを知ることになるからだ。
その骨の髄のエゴイズムから、出発をしなくてはならない。
それを嫌というほど、自分に対して思い知ることになる。
表層で生きている人は、創業のそのリアルな姿を見て冷笑する。
しかし、自分がその立場になれば全く同じ利己主義に落ちざるを得ないことに
気がついていないのだ。また環境がそこまで追い詰めない。

創業は自分ひとりになって、その一人の内語から出発をする。
自己から自分へのプロセスの始まりである。
馬の骨からおれ様への本質的な転換を事業で始めることだ。

ー「自己」と「自分」のちがいについて書いてあるのを少し抜粋してみるー
「自己」とは匿名的個人のことである。
それゆえに、一人ひとりの「自己」は同等の存在価値を持つ。
世界の人口の数だけ「自己」がいる。
他方、「自分」とは何々の某という名前を持った、世界のなかでただ一人
の、この自分のことである。この「自分」に価値がある。
・「あなた」も「わたし」もおなじ個人だから、おたがい大切というのが
 「自己」
・「おまえ」は「わたし」でないから、「おまえ」がどうなっても知ったこたない
 というのが「自分」
この二重性を生きているのが人間である。

ー以上である。
何故ここであえてこの問題を出すかというと、「他人とは何か」を知ることが
生きていくうえの一大事である。それが自分を知ることになる。
その自分の骨の髄はエゴイズムー利己主義でしかない。
そこのところを知らないと、自分の中の悪魔と神と出会うことがない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『自分様と馬の骨』
 勢古浩爾 著
 三五館
 発刊日ー2002年11月
(四六判並製 240頁 
 本体価格1400円 +税)
 長岡中央図書館
 2003年6月15日
◆◆内容紹介◆◆

「仕事のできない奴だと思われたくない」
「ブサイクだなんて陰口を叩かれたくない」
「小心者には見られたくない」
……かくしてすべての人間は生まれてから死ぬまで、
こう叫び続ける。
「俺(私)は馬の骨なんかじゃない!」。 そして、「俺(私)が馬の骨」
ではないことを、両親に、恋人に、友人に、上司に、同僚に、果ては見ず知らずの
他人にまで証明し、認めてもらおうとする。お化粧・ネクタイ選びといった一般生活上の
行為からプチ整形・暴走族といった現代の病理、宅間守・造田博が犯した犯罪までが、
この考え方と深く結びついていると著者は述べます。
これこそが著者曰く「承認論」!
歯切れよく過激にして、斬新軽快な評論です。 とここまででは本書の50%に
しかすぎません。ただの時勢評論にとどまらないのが本書の真骨頂であり、ここから本書は
評論の域を完全にオーバーランし、感動のラストへ向かってほとんど小説・ドラマの
ごとくに諄々、切々と説く、説く、説く……。
誰しもが読めばきっと力の湧いてくるであろうラストの感動=単純な真理
(また遣り直せばよい)に、いかに説得力を持たせられるかのために本書丸々一冊が
費やされたといって過言でありません。「敗北からいかにして立ちあがるか」
「自分で自分を支えていくことはいかにして可能になるのか」――。
自分自身すら溶解しつつある現代において、確固たる自己を打ち立てる方法
(本書が言いたいことはこれだけなのです!)が明らかされます。

【目次】
第1章 瀕死の承認――人間が変わった
第2章 認められたい!
第3章 自分様と馬の骨
第4章 終着駅は犯罪だった
第5章 敗北はなぜ恐ろしいのか――中流崩壊のなかの承認
第6章 最後の承認――言いたいこと

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2001年06月19日(火)
[57] 3D-ホームページ

今日は午前、午後パソコンずけだ。
午前はインテリア山下の南雲さんと、富士総業の小竹さんと3d開発の増嶋さんだ。
そして夕方はパソコン教室だ。
パソコンはやはり凄い世界だ。

このホームページの作成だけでも、背後に多くのエネルギーが入っている。
何気なく見過ごしている中に、情報がびっしりつまっているのだ。
情報革命は時代を大きく変えるだろう。


1172, ビューポイント

2004年06月18日(金)



学習曲線というものがあって、自転車の乗り方や勉強や企業経営も同じである。
新しいことを学ぶということは,S字を横にしたようなパターンをたどる。
初めはゆっくりだが、次第にペースが上がり、ピークに達してから穏やかに
下降するパターンである。エントロピーは学習パターンがピークを過ぎたころに
みられるエネルギーの喪失を意味している。

山道を車で走っていると、何処にもビューポイントがある。
大体が8〜9合目の辺りで、それまでの急勾配から緩やかな坂に変わるところだ。
下界と遠景が遥かかなたに見え、その前後は今までいた道がよく見える。
そこでは駐車場になっていたり、土産物屋や休憩所になっていたりする。
そして、どういうわけか道の枝分かれをしているところが多い。
そこで立ち止まって、自分の歩いてきた道を観察する必要がある。
そこでは一歩後退をして見ることも重要である。
大きな分岐点になるからだ。
人生においても、事業においても全く同じことがいえる。

ジョージ・ランドが「展望点ービューポイント」を喩えている論法が面白い。
頂上への8〜9合目辺りで坂が緩やかになるポイントで、サーファーが
波の衰えを感じて、崩れる前に新しい波に乗り換えるのと同じポイントである。
新しい学習曲線への波に乗り換えるポイントになる。

自分がビューポイントに達したかどうかは簡単に解るわけがない。
しかし注意をしていれば兆候を見つけることができる。
それが過ぎてから初めてわかるケースが多い。
波が最終局面になって、初めて気がつくケースが多いことも事実だ。
とくに事業はそうだ、他人事でない。
その時はブラックジョークではないが、再生のプログラムになるが。

それぞれの人生にとってのビューポイントで違う波に乗り換えることも必要だろう。
乗り換えた波がより合わない波の場合が多いから難しいのだ。

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2003年06月18日(水)
805, 「ありがとう」の言葉ー4

一週間「ありがとう」を、一日おおよそ500回を言った実感を書いてみる。
まずは、気持ちが落ち着いた。特に夜半2時半に目が覚め、この経済の異常事態や
事業のことをあれこれ考えてしまう。
ベッドの中では考えない訓練はしてあるのだが、今の状況は過去になかった異常な事態である。
会社も日本経済もだが。
しかし、その時しめたと「ありがとう」を繰り返すと、あれこれ考えないで済むのだ。
また新幹線の中や散歩やふとした空白時間に繰り返していると、結果的に否定的な考えが
激減している。不思議といえば不思議である。
単純に思えるかもしれないが、何か否定的な感情を消す作用があるみたいだ。
それと、意識をしていると結構細かい時間が多くあることに驚く。
マイナスな時代に、否定的な言葉の毒消し作業がよい。

 死ぬ時に、周囲に対して心の底から「ありがとう」と言っていけたら、残った人に
対して
最高の癒しになる。と同時に自分の死に方としても最高の死に方になる。
その為には「ありがとう」を数万回、数十万回、脳の中に叩き込んでおくというのも
理屈に合っている。

 以下はインターネットで調べた、50年以上「ありがとう」を言いつづけて2億回
言っている人を書いた内容をコピーしておく。
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 昨年の8月に皆さんが集まった席で、おじさんの本を創ることを提案しましたところ、
皆さんには是非、本があるといい、と賛同いただき、又、ありがとうおじさんにお尋ねした
ところ「観音様は33身に変幻自在に変わり世を救う」と快諾してくださいました。
ありがとう村で、毎回4時間、皆さんがおじさんに質問し、おじさんが皆さんに応えると
いう形で今日まで、30回を超えるツアーを行なっており、今も継続中ですが、
その質疑応答の中から、この本は生まれました。珠玉のような回答の随所に大きな愛や
光を感受したのは私だけではないと思います。
 
 この本の決定的な他の本との違いは2つあります。宇宙の根源につながる方法は、
 坐禅だとか瞑想なのですが、他に、ヨーガのバクテイ―や神さまの名前を呼び続けるとかの
 法もあるのですが、あまり一般的ではありません。ところが、この本の主人公である、
 ありがとうおじさんは、驚くべきことに、誰にでも簡単に出来る方法を57年間かかって
 実証してしまったのです。その、方法が余す所無くこの本には記されていると思います。
もし、あなたが素直にこれを捉える事が出来たなら、凄い事なのです。
あまりに凄い事なので最初はなかなか、解らないかも知れません。
しかし、実に簡単なことなので実践し続けていると内側から変化が起こって来ます。
つまり宇宙の根源とつながり、絶対的な幸せに到るノウハウがこの本には書かれてあるのです。
 
 次に、この本には定価が無いという事です。自由価格なのです。
自由価格とは無料ではありません。無料という時には、だれかが、必ずスポンサーに
なっている訳ですが、この本にはスポンサーは存在しません。
何故に自由価なのか?この本の価値が判る人の間で、価格が決められ流通するのです。
この本の価値は大多数の人にとってお金以上の価値があります。
金銭を超えた価値というものは存在するようです。
ですから、価格は付けないことにしました。一人でも多くの方に、広く日本中の方々に
読んで頂きたいと思い、買い求めし易くしたものです。
通常の本の相場というものもありますので常識の範囲内で流通することを願っております。高い安い、損した得したの勘定の入らない世界でみなさんに読んでいただきたいばかりです。
 ありがとうございます。


ーどう 生きたら いいの?ー
 *** まえがき ***

「ありがとうございます」は感謝を表現する言葉だという事は、知らない人はいないでしょう。
しかし、「ありがとうございます」という言葉の中に秘められている、深い意味、そして、
不思議なパワーについて知る人は、とても少ないと思います。既に知る人は幸運と
いわなければなりません。私も、例外なくその一人でした。
滋賀県の山の中にお住まいの、ありがとうおじさんに出会うまでは。
この本に、出会うことになったあなたさまは、実に幸運な星の元に生まれ、そして、
「ありがとうございます」という、とんでもない「生きもの」に出会ったことに、
やがて感謝せざるを得なくなる自分を、発見するかも知れません。
 
 ありがとうおじさんは、昭和16年に日本で生まれました。三歳の時から、
誰に云われた訳でもなく、神仏の前に坐り、朝夕、一時間以上も感謝のお祈りを、
捧げる不思議な子どもでした。
中学生の時には、「僕の、この世に生きてる理由は何だろう?」と深く悩み、その答えが、
どうしても見つからないので、自殺しようと思っていたそうです。
ところがある時、どこからともなく、囁くような小さな声で、
「おい、きみ死んじゃダメだよ!きみの人生の目的を教えるから!」って聞こえてきたそうです。とても不思議なことだけど、その声によって、生きられるようになったそうです。
どんなことを云われたのか?

 この本を読み進んで行く内に解ってくるけれど、少しだけ、ヒントを書かせていただきます。
おじさんの言葉とは、違うけれど、大体、私の説明できる範囲では、人間の
生き方には二通りがある、ひとつは「思いに生きる」こと。もう一つは「感謝に生きる」こと。
「思いに生きる」とは文字どうり、自分自身で色々学んで、計画を立てたりしながら、
自分が満足できるような、身近な家族や、友人も含められたら、それに越した事は無いけれど、
とにかく自分が納得できそうな生き方を「思いに生きる」という。

 一方、「感謝に生きる」とは、簡単にいうと、宇宙の法則に従って、「おかげさま」
に感謝しながら、目の前に現れたご縁を大切に、一所懸命に、しかも楽しく、イキイキ、
ワクワクと耀いて生きること。そんな生き方に周囲の人も感化されて、明るく、楽しく、
生きたくなるような、そんな生き方でしょうか。
 この本に登場する、ありがとうおじさんに沢山の人が押しかけて、色んな質問をします。
 日常の悩み事やら、神仏のこと、恋愛のこと、病気のこと、あの世のこと、それこそ、
 1000以上の様々な質問に、これまた不思議な事に、間髪を入れず答えが返ってきます。
おじさんは、ただ口を開けて、パクパクやってると、そこから言葉が、勝手に出てくるという、
不思議な「何でもおじさん」という感じがします。
 
 私は縁あって、このありがとうおじさんという、世にも稀なる不思議な方のそばで、
 一年間、直接に皆さんの質問、おじさんの応答に、立ち会うことが出来ました。
その貴重な体験の一部をみなさんと分かち合うことが、この本で出来ることを嬉しく思います。
また、みなさまも、今の不安と不満の気が充満し、末期的症状がむき出しの社会の中で
「どう、生きたらいいのか?」という問いに、きっとその核心に気づいて頂けるものと
信じております。
 尚、念の為に書き添えたいと思いますが、おじさんは宗教家ではありません。
宗教を超えた真理を語って下さいます。だだひたすら、感謝の「ありがとうございます」
を唱え、万類のしあわせを祈り続けておられる、徹底した感謝の実践者であり、
奉仕に生きておられる方です。そのことは参加されたみなさんがご存知のことでもあります。
 ありがとうございます。

2002年2月  
 詠人不知  
ーどう 生きたら いいのー

  ー*** 目次 ***

はじめに・・・・・・
まえがき・・・・・・

第1章  ありがとうございます

1・ありがとうございますの本当の意味・・・・・・
2・感謝のなかに全てがある・・・・・・・

第2章  宇宙が自分

1・宇宙の創造とおわり・・・・・・
2・完ぺきな神さまは、なぜ不完全な人間を降ろしたのか・・・・・
3・どん底に行くまでに、何度でもストップをかける神・・・・・
4・言霊は神さまの世界、言葉は思いの世界・・・・・・・
5・神道と古神道の違い・・・・・・・・・・・・・・・
6・共通の天命と個性の天命・・・・・・・・・・・・・・・
7・天命、個性は神さまが中に入ったときに発揮される・・・・・・
8・低い番組を見たがる魂がある・・・・・・・・・・・・・
9・魂の生まれ変わり・・・・・・・・・・・
10・言葉の縛り・・・・・・・
11・ありがとう村に集う人・・・・・・・・
12・新しい世界、本物の世界が必要・・・・・・・
13・人のする事と神の計画との違い・・・・・・・・
14・不登校の子どもの方が正しい・・・・・・・・・・・
15・子どもは親にとってなに?・・・・・・・・・
16・徳の預金を残す・・・・・・・・・
17・病気には二つの見方が・・・・・・・・・・
18・宇宙が自分・・・・・・・・・・・
19・神を感じるには手放すこと・・・・・・・・・・
20・中村天風と同じものが・・・・・・・・・・・


第3章  心配は何も無い

1・憑依ってあるのですか・・・・・・・・・
2・道元さんと古神道・・・・・・・・・・・
3・悟ってる自分が何故修行する・・・・・・・・・・
4・自然と神というものの関わり・・・・・・・・・
5・落ちて骨折することの意味は?・・・・・・・・・・
6・どうして折れた骨がすぐに治ってしまうの?・・・・・・・
7・世界維新〜神さまがひとり一人の中に・・・・・・・・・
8・子どもを授かるということ・・・・・・・・・・・・・
9・家族と仲良くする秘訣・・・・・・・・・・・・・
10・生き方を求める若者たち・・・・・・・・・・・・・
11・本当の自分は宇宙と一体・・・・・・・・・・・・・・
12・教からの開放・・・・・・・・・・・・
13・心配は何も無い・・・・・・・・・・・・


第4章  初めてのインタビュー

1・ありがとうおじさんの修行・・・・・・・・・・・・・
2・おじさんの結婚・・・・・・・・・・・・・・・
3・ありがとう村・・・・・・・・・・・・・・・
4・ありがとうを唱える事による奇蹟・・・・・・・・・・・・・・
5・心の修養道場・・・・・・・・・・・・・・
6・般若心経の祈りの言葉・・・・・・・・・・・・
7・無限の無限のしあわせとは・・・・・・・・・・・
8・神計らい・神さまのお手伝い・・・・・・・・・
9・お祈りはどのように・・・・・・・・・
10・神社仏閣は模型・・・・・・・・・・
11・「私は神です」について・・・・・・・・・・・
12・古神道と惟神(カンナガラ)の道・・・・・・・・・・

あとがき・・・・・・・

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2002年06月18日(火)
441,時間持ち

「金持ちがあるなら、時間持ちという言葉もあってよい」
というのを本で読んだ事がある。

若いときから時間だけは多くあった。
時間のブルジョアといってよい。現在もそうである。
初めは持て余していたが、今は充分?に有効利用をしている?

現在も装置産業を選んでしまった為、時間だけはたっぷりある。
初めの数年は本当のところ、どうしてよいか戸惑った。
小人閑居して不善をなす」というところもあった、今もか。

経営セミナーに出るか本を読むか??しかなかった。 

お金と同じである。
人がお金を持て余さないのは、お金を自分のために使おうとしている為である。
「主体的」に使えるから、お金は幾らあっても持て余さない。
お金は自由の塊そのもの。

時間があるということは、自分で使える自由があるということだ。
時間を持て余すことは、その自由を使いこなせない事。

もう十数年も前の事になるが、ある長岡の不動産屋の社長が
毎日が日曜日のくらい暇な日程の私の姿を見ていて笑っていた。

3月のある日、年度替りで不動産屋が一番忙しい時だった。
奥さんと二人パニックに近い状態に。

その後二人で喫茶店に行った。
本人自慢げに「イヤー忙しいくってね〜」
私「その仕事何パーセント、500円のパートのできる仕事?」
不動「99パーセント」
私「ふーん、あんたの時給はいくら?」
不動「一万円あたりかな!」
私「時給一万が、500円(当時)の仕事をして喜んでいるんだ」
 その後、本人はすぐ一切の雑務をしなくなった。

話しは外れたが、
時間もち(金持ち)とは、主体を持って使いこなしているかどうかだ。

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2001年06月18日(月)
[56] 母のアルバム

昨日母のアルバムを見ていたら、若かりしころの父とその兄弟達の写真があった。
そこでパソコンのアルバムに取り入れようスキャンしたところ、
上部が細くなる写真に映し出された。
何回やってもそうなるので、ひっくり返してやってみてもおなじように上部が細くなる。
怪奇現象化と薄気味悪くなりっていると、TVのBSデジタルラジオから
‘故郷’曲(ウサギ追いしかの川ーーー)が流れてきた。

遇然の一致は解っているがなにか不思議な感覚にになってきた。
仕方がないので隣にならんであった、母の見合い用と聞いていた写真をスキャンする。
何回やっても歪む、かなり小姑に虐められた話を聞いていたので
‘あの世でも上手くいってないのでは’と心配になってきた。
思い出の写真コーナーに載せてある。


1171, 哲学についてー5

2004年06月17日(木)


ー合理主義ー 

近代科学と同時に、近代哲学の芽吹きが始まってきた。
「世界は理性で理解できる」という「合理主義」の考え方である。

初めて合理主義哲学を提唱したのはデカルトである。
16世紀末にフランスに生まれた聡明な学者だった彼は、志願将校としてヨーロッパを
見てまわって、人間の世界が書物の世界より多様性に富んでいることに気がつく。
そして次第に、「人間が芯に確信できるもの、確実に知ることができることが
あるのだろうか」と思うようになる。

人間の思考というものを、哲学、数学、科学の分野から研究を始めた。
出発点に戻って思考する「私は何を知ることができるか」である。
そしてかの有名な「われ思う、ゆえにわれ在り」という結論に達する。

彼は「人間の究極は精神である」という結論から現実世界は精神と物質という
二つの要素から構成されるという考え方を導き出した。
このように自然界を精神と物質、主体と客体、観察する人される人の2種類に分ける
考え方は、西洋人の考え方に組み込まれていく。今日まで哲学者の間で
「デカルト的二元論」といわれてきた。

デカルトは、このシリーズで取り上げなくてはならない一人である。
その時は、より詳しくその思想の内容をマトメテみたい。

彼から後、多くの合理主義哲学の一派があらわれる。
彼らの基本理念は
「現実世界の知識は理性をとおして得られるのである、知覚することによって
得られた情報は本質的に信頼できず、知識になるどころか、間違いの原因になる」
というものである。

デカルトの後にはスピノザやライプニッツのなどが出てくる。
デカルトやスピノザは天才的な数学者であり、この二人にとって数学は
「真に確実な知識を手に入れるための理想的な手本」であった。
彼らは数学者が使っている手法を、現実世界を理解する為に利用できるなら、
あらゆることが解明できると考えた。

我々が何気なく考えていることや、言葉などが殆どすべてが先人に
よって考え出された上のことでしかない。
そう考えると、自分とは何ぞやと考えること自体ばかばかしくなってくる。
                      
                           −つづく
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 2003年06月17日(火)
804, 50歳の頃ー2

ー50歳といえば1996年、平成8年である。
今から見れば、まだ景気の先行きに明るさがあった。
・村山から橋本に首相が変わり。
・狂牛病の0−157が社会的な大問題になっていた。
・携帯電話やパソコン・インターネットがが普及を始め
・この頃から『援助交際』とか『ルーズソックス』が流行りだした。
・アトランタオリンピックが開かれ、マラソンでは有本が銅、柔道では
 野村、恵本が金、田村が銅メダルをとった。
・ロシアではエリツィン、アメリカではクリントンが大統領に再選された。
・国内のベストセラーでは春山茂雄『脳内革命』野口悠紀雄の『超勉強法』
 がベストセラーになっていた。
個人的には
・母が亡くなった年である。海外旅行はエジプト、インカーペルーと
南アフリカに行った。
会社のほうは第三の増築をして、客室が合計500室になった。

こう当時を振り返ってみると、時代背景が個人も会社にも大きく関わっている
ことが解る。また刻一刻と時代が変化している。

個人的にも色いろの出来事があった。
その殆んどが忘却のかなたになっているが、それだかこそ生きていける
のだろう。これからは60,70,80歳の坂を乗り越えていかなくてはならない。
現在とは過去から見たら最長老であり、未来から見たら最年少といえる。
こうして文章を書いているとつくづく実感する。

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2002年06月17日(月)
440,自己不一致の人

誰でも持っている要素である。
組織も対象の人とも合わない、突き詰めてみると自分と合わない人だ。

自分の事といってよい。
・今所属している組織か職業と自己一致しているかである。
・夫婦間の問題
・両親の仲が良かったか

中学時の問題児は両親の不一致である場合が多い。
不幸にしているのは本人にその意識がないことだ。
あと舅・姑の関係も絡んでくる。
家庭内が安定しているかどうかであるし、やはり家系も関係している。

夫婦間を見ていると、いろいろな問題がある。
それがそのまま子供に反映してくる。
あるいは自分に反映してくる。

その蓄積が自己不一致を深めていく。
そしてそれが対象に不満という形で向けられる、実際は自分の問題なのに。
誰もが多かれ少なかれ抱えている問題である。

大手会社が両親が離婚をしている人を入れたがらないのは、
多くの人の中で経験的にそれを知っているからである。
何事も例外はあるだろうが。

言葉を持ってしまった人間が無限の欲を持ってしまった。
アダムとイブが蛇に勧められて食べてしまったりんごである。
しかしそれは有限である。そこに不平が出てくる。
仏様はその欲の対処の仕方を教えた、それが仏教である。

ただ自己不一致も捉え方によっては必要なことがある。
理想主義による不一致、それを埋めるための視点であるからである。
あるいは経営にとって、計画の不一致のフィードバックとして必要な事だ。
前向きな建設的な自己不一致ならむしろエネルギーにもなる。
コンプレックスもそうなのかもしれない。

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2001年06月17日(日)
[55] ジョーク集について


面白いジョークは意外と少ない。
これだけの‘一応面白いジョーク?’集めるのは大変だといえば大変だった!

好きだからできた。
一応半分は吐き出した。
このままいくと一~二カ月ごに在庫が尽きる。  
一応分類をして週1〜2追加していく方式に変わっていくだろう。

ちょっとした本一冊分になる。
二十~三十秒のショートエンターテナーである。
超ミニノートに分類ごとに題目を書いて鞄に入れて持ち歩いている!

そして何もしないとき眺める。
月に一~二回みる。
何回みても思わず笑ってしまう。
他人が見たら薄気味悪いだろう。

暗いといえば暗いか!


1170, 哲学についてー4

2004年06月16日(水)


ー近代科学の芽吹き
近代科学が16〜17世紀にかけて登場してきた。
新しい科学がそれまでの世界観を根本的に変えようとした。

まずはポルトガルのコペルニクスである。
宇宙はこの大地にあるのではなく太陽であるとすると仮定したら、数学的に
解明できなかった問題が多く解決できると指摘をした。
地動説である。
それまで教会が主張してきたことを、聖書に書いてあったことを根本的に
否定することになった。

そしてガリレオ・ガリレイが時の権力者と地動説で真っ向から対立をする。
キリスト教の教義と対立をするため宗教裁判にかけられてしまう。
結局は自分の地動説を放棄させられてしまう。
しかし彼は有名な言葉をつぶやく
「それでも地球は回っている」と。

次に、史上最高の科学者アイザック・ニュートンがあらわれる。
1666年に自分の庭でリンゴが木から落ちるのを見て、引力の意味に気がついた。
彼はそこでリンゴを落下させるために働いている力は、月を地球に引きつけている力、
地球を回らせている力と同じであると気がつく。

近代科学の登場で思想に対する教会の影響力が薄まってくると、
哲学の分野でも合理主義の芽吹きが出てきた。

                     つづく
                     
・・・・・・・・・・
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 2003年06月16日(月)
803,  50歳の頃ー1

 −60歳までの人生
曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。
丁度私が50歳の時であった。
50歳で、母親を見送り(亡くなり)
人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。
あとの人生を如何生きようかという自分への問いかけをしていた。
その翌年、下の子供と家内と3人で南米のギアナ高地に出かけた。
テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を
飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。

 その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』
なら、それ以降の人生を60歳までに詰め込んで生きよう!
『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。
・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう
 等、生き方を変えようであった。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。
本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。
しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心』は良いのではと解釈した。 

 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。
「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。
それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。
その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。
その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今もこうして生きている。
短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」
かなり深い人生の示唆であった。
「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた直後であったから、
尚のこと心に響いた。

 あと2年半で、その60歳に近づきつつある。
「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きることが
できるのではないだろうか。
そして、それまで経験をしたことのない分野を探し出しチャレンジすることである。
その意味では、逆に広い世界に飛び出せるのではないかと考えている。

 最近になり、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSや
テロなどでアフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。
この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。

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 2002年06月16日(日)
439,随想日記の不思議

毎日書いていて不思議な気がする事がある。
気の置けない友人か家内に話す内容を、そのまま正直に書いている。
それが何か非常に気持ちが安定するのだ。

心の中の自分との対話を常に書き込んでいるのである。
悪趣味?といえば、そうかも知れないが、
見られていることを意識して書いている事で一応修正はしてある。
書いた翌日一番で書き直すことは度々だ。

書き続けていて不思議な感覚がどんどん深くなる。
色々の人の日記を見ていても、やはり「ソフィーの世界」
のような不思議な感覚を受ける事がある。
ある意味で開き直っている自分とコントロールしている自分がいる。

もっと面白いのは、過去の自分の文章である。
読み返した時に、空の上から自分を見ている自分の視点が何とも不思議である。
書き続けている事で、その日その時間の心のメルクマールになる。

過去に日記を書いておけばよかった。
反面忘れる事も大事である、書かなかった良さもある。
学生時代の卒業間じか半年分は書いたのがあるが、その時の心情が赤裸々に書いてある。
書くという事は排泄と感じることもあるし、昇華ということもある?
メルクマールでもあるし、呼吸でもあるし、発散でもある。

一度書けばコピーをして、その書き足しもできる。
思考の再深耕が容易になる。
ビルの上からの視線でその方向も見えてくる。

・・・・・・・・・・
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2001年06月16日(土)
[54] つれづれに

朝20000歩歩く。
前日の飲み会のアルコールを抜く為だ。
更に風呂でほぼ完璧!二日酔いなし。
ホームページを開いてから、毎日が楽しい。

パソコンの先生のように、故郷の友人がお互いにホームページを覗きあい
コミニケをしているという。
女性だからできるのだろうが、ある意味で理想に近いコミニヶだろう。
もし知人が私にようなホームページを開いたら毎日か、一日おきに見るだろう。
自分の居間の開放をしたうえで、かつサテライトスタジオを開いたようなものだ。


1169, 秘境・異郷ツアーレッスン −1

2004年06月15日(火)

過去にいろいろ秘境・異境ツアーを書いてきた。
この随想日記の引き出しのコーナに「秘境・異境コーナ」をつくる予定だ。
そのための前段として、このテーマで書いてみる。
このツアーから得たもの学んだものは、あまりにも多い。

今まで書いてきた文章を読み返してみると、想像をはるかに超えた自然や遺跡や文明に
出会い、感動をしてきた痕跡が記録してあった。
実際にこの目で見て肌で感じ取ったことは心の奥底に残るものである。
「うあ〜、何じゃこりゃ!、この地球上にこんな世界が実際にあるんだ、知らなかった!」
と何度も何度も思ったことか。

そこで何よりも感じたのは、世界の広さと、自分の小さな世界である。
自分の満足や不満のことなど、この広い世界からみれば些細なことでしかないと実感できる。
世界では人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかをつくづく悟らされる。
旅行は人間を謙虚にさせてくれる。

10日から半月の旅行でも、秘境に行くには莫大のエネルギーをつかう。
一回の旅行の経験ごとに、間違いなく自分が成長していくのがわかる。
自分の世界が広がり、それだけ内面が深耕していくのがよく解るのだ。
そこの大自然に感動するのは、自分がそこに同化したことであり、自然の中にある
霊性と自分の霊性がつながることになるのだ。
それが精神の若返りの秘薬になる。
といって、多くの旅に出かけたところで人生観が変わっても、人格は変るわけではないが。

「世界は一冊の本と喩えると、旅をしないものはその本を一頁しか読めない」
という。まだまだ、これから先のページが多く残っている。
旅をするのは到着するためではなく、そのプロセスこそ意味がある。
そのすべて楽しみに引き上げることだ。人生と同じである。

秘境旅行という本を1ページごと読み続けている限り、連続線の旅行を
していることになる。それだけ、私にとって強烈な体験でもある。
成田で、飛行機に乗ると逆に「ああ旅行に帰ってきた!」と思ってしまう。
それだけ私にとってインパクトの強い経験である。

ー10年前の文章をコピーしておきます。
この時16回と書いてあるから、現在41回とすると、10年で25回も旅行したことになる。
ーー

H0603
海外旅行について

 二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。
さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。
私の大きな趣味の一つといってよい。
海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。
それぞれ全てがすばらしい。違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、
その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。

初めて旅行したのは昭和四十二年、たしか海外旅行が自由化された翌年だった。
大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。
当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、
オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、
英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。

欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。
帰国して数ケ月はただ呆然としていた。
二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば人生の一大転機のきっかけになった。
それだけ感激とショックは大きかった。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2003年06月15日(日)
802, サッカー観戦記

 先日、知人からサッカーの招待券を貰った。
アルビレックス新潟とサガン鳥栖の対戦である。
こういうチャンスはめったにない、行くことにした。
昨日ー6月14日、場所は新潟市の駅裏から数キロ先である。
去年のワールドカップの為につくった新潟スタジアム、一度見てみたかったから
丁度よかった。雨が気になったが終了後、車に乗ったと同時に降ってきた。
もっとも雨よけがあったが。

 キックオフが14時、その30分前に着くように出かけたが、車の渋滞で開始後30分後
席に着く。初回は一時間前につく予定を立てるべきであった。

やっとたどり着くと会場から、唸りのような歓声が聞こえてきた。
観客席に座った時には、アルビレックスがすでに一点を取られていた。
何とも会場の大きなウネリのような歓声が凄い。
その世界に一瞬に吸い込まれてしまった。 
招待席は相手チームの席、といってほとんどが地元の人たちであった。
若い人ばかりかと思っていたが、年代層は広い。
3万4千人の入場者と場内放送でいっていた。

 試合は一点リードされていた新潟が後半に逆転、2対1で勝った。
攻めまくった新潟がなかなか点が入らず会場が苛立っていたが。
それでも試合の後半に新潟が2点を入れて逆転、非常に面白い内容であった。
これで引き分けを挟んで四連勝である。
サポータが熱くなるのも解るような気がした。
あの熱気の世界も一度経験しておくと良い。

 最近は何事も経験と、チャンスがあれば何でも参加するよう心がけている。
今度は後楽園で巨人戦にいってみたいと思っている。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

002年06月15日(土)
438, 因縁についてー与三八さん

私の仲人の名前である。
私が八郎ー兄が三郎。
兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。
多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサで
じっくり考えている余裕がなかったのだろうか?
シンプルだ・

兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。
三八に与えるで与三八である。
そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。

本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え意識して
紹介したのか」と聞いた。
本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。
まあ面白いものだ。

話が変わるが
最近はあまり行かなくなったが7〜8年までは、よく経営セミナーに行った。
会場の席とか食事等で隣席の人と話すと何処かで因縁がある事が多い。
またかと思うほど何処かで繋がっている。
確率から考えて異常に多い。何かがあるのでは?目に見えない??

あるセミナーで聞いたが、「集まりで同じ姓名の人が集まる確率が、
理屈ぬきで多い」という。また誕生日も月単位で同じ人が集まるという。

会社も斎藤だったら斎藤が集まるという。
以前プロ野球で国鉄で、
「田」のつく人が異常に多くて話題になったことがある。
金田投手のいた頃だ。

自分の名前は大事だ。
名前で無意識で縛られている事が多い。

・・・・・・・
・・・・・・・

2001年06月15日(金)
[53] 北欧ロシアに決定!

朝スイスに決まっていた旅行、急遽‘北欧・ロシア’に変更。
理由は「迷った場合は今先に行っていたほうがよいほう選定基準にする」である。
スイスも捨てがたかったが、‘モスクワとサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館’と
‘北欧の大自然’が捨てがたかった為だ!
ぎりぎり迷い判断するから、後で後悔が少なくて済む。

ぎりぎり迷うのも旅行前の楽しみの一つだ
それだけ多くの情報を真剣に探し、その世界に入るからだ。
あと三週間今からが呼吸を整える時期になる。

たまたま朝、決断後書いた文章で、一度ホームページに載せた後削除した内容である。
  
  ーーーーー

 スイスーアルプスに決定
 6月15日(金)06時52分33秒

かなりハードな10日間の旅行になりそうだ。
スイスの三大明峰(マッターホルン・モンブラン・アイガー)や多くの湖をめぐる。
ミニハイキングも織り込まれており、想像を絶した景色に出会えると期待できる。

ヨーロッパは60過ぎてから集中的に行く予定だったが、今回はどういう風のふきまわせか、
スイスに決まった。一度決めるてしまうと、このコースの、いやヨーロッパアルプスの
素晴らしさがわかってくる。

実を言うと初めての欧州旅行の時と、10年位前のライン下りの旅行でユングラウヨッホは
行っている。特に初回のそれは、非常に印象的であった。

登山列車から見たパノラマは絵に出てくる世界そのものであった。 
‘楽しみだ!’


1168, 笑いについてー2

2004年06月14日(月)

笑いについて、度々この随想日記で書いている。
動物のなかで笑うことができるのは、人間だけである。
人間はちょっと工夫すれば、いつでも笑うことができるし、
笑いの習慣化も可能である。

とくに、自分を笑うことができれば、その効果が倍増する。
自分を深刻に考えている時ほど、可笑しいことはない。
深刻な出来事も10年も経ってしまえば、どうでもよい出来事でしかない。
いや、むしろ滑稽とさえ思える事だ。
笑いは陽気な客観化をしてくれるし、自分自身の癒しになる。

また笑いは周囲の笑いを引き出すことができる。
自分が笑っていれば周囲にも笑いが広がる。
笑いは神が与えてくれた最大の贈り物である。

私の場合以前にも書いたことがあるが、日曜日を笑いの日にしている。
特にTVのお笑い番組みを効率よく使っている。
「新婚さん、いらっしゃい」
「笑点」
「からくりTV]
 前日に録画した「BS笑点」である。
笑ってやろうと、待ち構えていると倍は笑える。
笑うから、可笑しいということが実感できるのだ。
笑えば心が軽くなるし、消化もよくなる。

同じ時間を過ごすなら、楽しい時間を過ごした方がよい。
とくに笑っている時間は人生で最も貴重な時間帯の一つである。
「笑え、笑え、もっと笑え!」
笑ってさえいれば、肩に背負った重荷は半減をする。
すべての悩みは、いずれは時間が解決をしてくれる。

どこの国でも「ジョーク」がある。
日本では落語があったし、川柳もあった。
これは笑いを国民レベルで創作をしていたのだ。
この随想日記にも「ジョーク」のコーナーがある。
最近は書き込みが少ないが。

まあ一番の笑いは、いい歳をして「お笑い」を見て大笑いしている自分だろう。
--
以前書いた笑いについてを貼り付けておきます。
ーー
笑いについてー 1

2001年12月22日(土)

私の最大の素質は腹から笑える事だ!
昔からいろいろあったが、これは子供の時からの特技である。
激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。
笑っていなくては、やってられない!

TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな
顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と学生の時聞いたことがあった。

笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。
でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?

人生から笑いをとったら、残るのは何だろう?
笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように
思える。いや感動・感激もいえる。

魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。
しかしそれは商品でしかない。

実際の(笑)は違う。心、いや魂の緩みだ!
どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。
笑えない時期でも(笑)は別腹であったことは事実である。
その理由は今でも解かってないが、結局は背後に豊かさがあった為だろう。

家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、
大笑いをしていたらしい。
でも本当にそうかと自問してみるとそうでもないか!
「凍りつくような時期」ではどうであろうか?笑いはなっかった!
 
やはり結婚をして,家庭を持ってからはどんな時期にも笑いだけはあった。
それが家庭の効用?か。


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2003年06月14日(土)
801, 一期一会 「一語一会」−2

「一期一会」それは元来、お茶の世界のこころとして
「すべての客を一生に一度の出会いとして、悔いのないようにもてなしなさい」
という意味である。

 私が酒を人と飲む時に常に「一期一会」で飲むことにしている。
そうすると、飲み方が変わるのだ。
ある会が面白かった、といってそれはそのTPOS がたまたま良かっただけと
割り切るのだ。一回ごと徹底的に割り切って飲む。
店でもそうだ、一回こっきりと常に割り切って楽しむ。
そうすると酒の味も、その場の感じ方が全く違ってくる。
スナックなどでボトルを入れる人の気持も解らないでもはないが、私は絶対に入れない。
従ってあまり飲み屋のママにはいい顔をされないが、明日から二度と来ないかもしれない、
という緊張感が良いのだ。
 
 そういえば一期一会の酒を数限りなく飲んできた。
そして、その全てが思いで深い、よい酒であった。
桜と同じである。一回性だからこそよいのだ。
年齢を重ねてくると、この意味が今更のように思い知らされる。
「べき時に、べく事を、べくすべし」を常に意識してことがよかった。
これは酒席だけの事を言っているのではない。

 言語学者の西江雅之のー「ことば」の課外授業ーという本に
「ことば」はその場、その時、一回限りである、という趣旨のことがあった。
ー以下に少し書きうつしてみるー
現実の場では、人はことばを二度と同じようには言えない。
すべての発言は「一回限り」である。
たとえば「これは何ですか」と、同じ調子で二回言ったら、二回目はくどい
と思われます。怒鳴っていったり、これも当然違ってきます。
また何か言う場合には、必ず前後関係があります。それによって嫌味になったり、
単なる質問でしかなかったり、・・・・・・・・・

以上のとおり、ことばも一期一会である。
もじれば「一語一会」といえる。
その意味では「ことば」にもっと注意をして話さなければならなかったと反省している。
それと感銘した「ことば」こそ一語一会と言える。
その意味でー事業百訓というカタチで、その時々に書き残してきたことも一語一会を
記録してきた事になる。
この随想日記もそういうことになる。

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2002年06月14日(金)
437,地球に気が満ちている

朝散歩をしていて、今までにない全身に気が満ちていて驚いた。
何故だろうか、そうだサッカーのせいだ。

一球に地球上の多くの人の気が集まっている、それを毎日見ている為だ。
ワールドカップはサッカーを通した国家間の戦争ともいえる。

オリンピックは多くの競技で行われるが、
サッカーはその時間帯では一試合か二試合である。

それも自国の試合だけでなく、他の国も微妙に関係してくる。
少しのミスが取り返しのきかない致命傷になったりする。
数億いや10億人以上が全神経を集中してみている。

庶民レベルでは、今地球上のイベントでは最大の催事といってよいだろう。
地元で行われることにより、私のようなあまり興味のない人間でも
俄かファンになってしまう。

その為か見ている自分にまでも、そのエネルギーが流れてくる。
地球上がこの期間、人の気で満ち溢れる。
これからは勝ち進んでいく国にそれが集中していくのだろう。

フランスが前回優勝した時のフランスの気は、満ち満ちていただろう。
これとオリンピックが隔年で行われるのだから、丁度よいバランスである。

・・・・・・・・・・
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 2001年06月14日(木)
[52] つれづれに

情報化社会がもたらしている時代の変化をつくずく感じる。
共産社会‐ソ連も東側ベルリンの壁も、遅くなったが自民党ー経政会?も
壊してしてしまった。

情報端末の究極は携帯TV電話だという。
これが普及はじめる3〜4年先は想像不能だ!

この秋玩具メーカーから7〜8万円で撮影機のついた移動式ロボットが売り出されるという。
これだとTV携帯電話に連動すれば家の移動式防犯カメラになり、警備会社の存亡の危機
になりかねない。

ホームページに連動して個人や情報の公開や、お店なども家にいながら観て回れる。
あらゆる場所に固定して置いて、自由に公開しておけば世界のあらゆる場所に、
視界と言う意味で自由に何処でも飛べるようになる。


1167, 哲学についてー3

2004年06月13日(日)



哲学の歴史については、いまさら哲学の授業ではないので大まかに述べると

・紀元前6〜4世紀にギリシャに始まる
 それもソクラテス以前と、以後の分けることができる
 ソクラテス以前は
  最初に登場した特徴は
 ・宗教や権威や伝統とは関係ない、論理で現実や世界を理解しようとした。
  これは、それまでとは全く違った画期的なものであった。
 ・他の人にも自分の力で考えるように説いたことも、それまでに無かったことだ。
 そして、   
  「宇宙とは何からできているのか」
  「何が大地をまっすぐにささえているのか」
  「万物は何からできているのか」
  という根本的な問いかけを突詰めて考えていったのが、最初の思想家のタレスであった。
  またヘラクレイトスが「万物は流転する」という有名な言葉をのこしている。
  この頃ピュタゴラスが、天才的な能力で「ピュタゴラスの定理」で、数学の
  幾何学的概念を考え出した。「平方」や「立法」である。  
    
 ソクラテス以後は
  まずソクラテスが哲学的対話を求めて問答法を生み出していった。
 彼は「友情とは何か」「勇気とは何か」「敬虔とは何か」
 とくに「正義と何か」を問いかけたとき、いろいろな人間や判断や法律などの
 取り決めに対して、その何らかの真実を探り出そうとした。
彼はすべてを疑えと人びとに教え、権力や権威あるという人びとの無知を
徹底的に暴いていった。彼がここまで哲学の代名詞のようにいわれるのは
基本的概念を徹底して疑うことを初めて説いたからである。
ソクラテスは誠実であることこそ、何よりも大切であるとして、神や法に対する義務より
自分自身への義務こそ最も優先にすべしと説いた。

そしてプラトン、アリストテレスへと現在への西洋哲学の基礎がカタチつくられていった。

・その後、哲学でいう暗黒の時代が1000年も続くことになる。
 これは、キリスト教会の影響が大である。
 キリスト教と矛盾するものは、排除すべきものとして、徹底的に吟味された。
 あくまでも哲学としては、キリスト教との結合の範疇でしかなかった。
 トマス・アクィナスがその思想体系を世界観をつくりあげただけであった。
 
 そして、中世になってやっと近代科学がはじまったのである。
                          
                           ーつづく ・・・・・・
 ・・・・・・・・

2003年06月13日(金)
800,「ありがとう」の言葉−3

「幸せの宇宙構造」
ー七つの言葉「祝福神」ーより
 
自分が最も得をする生き方はどういうものでしょうか。
何よりも大事なのは笑って愉快に生活すること。
そのために私たちが発すべき言葉は
・うれしい、
・楽しい、
・幸せ、
・愛している、
・大好き、
・ありがとう、
・ついてるの
七つ(これを七福神ならぬ「祝福神」と呼んでいます)です。
そうすれば健康になるし、つまりは自分の人生にとって大変得になるということになります。人間は自分の発した言葉で自分の人生をつくります。
私の周囲の環境や、自分が立たされた状況はすべて自分の発した言葉によって形成されていきます。ですから、
朝から晩までうれしい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ついてる、と言い続けると、この言葉しか言いたくなくなる人生に囲まれてしまいます。私の周りの多くの人がそうなってしまいました。
 私には最近、次のようなメッセージが届いています。

七つの「祝福神」を年間、五千回唱える人はその言葉を再び言いたくなるような現象が来年、五千回降ってくる。
逆に嫌だ、嫌だ、疲れたという否定的な恨み言葉を五千回発すると、
その言葉を言いたくなるような現象が、来年五千回降ってくると。
もちろん、五万回発すれば五万回、十万回発すれば十万回降ってくるというという意味です。私は自分や仲間たちの身の回りに起こる現象を知れば知るほど、このメッセージが正しいと納得せざるを得ません。
 

 損得勘定で七つの「祝福神」を繰り返し口にしてきました。
でもいつのまにか夕焼けを見ては「きれいだなあ、楽しいな」と感動し、
お茶一杯飲むのでも「ああ、幸せだ。ありがたい」と心から喜べるようになっている
ことに気づきました。口先だけだったありがとうを何万回、何十万回と繰返すうちに、身の回りのありとあらゆることが本当にありがたいと思えるようになりました。
損得勘定でやってきたら、最後には一つひとつのありがとうの言葉に真心が
こもるようになりました。そして、いま本当に幸せを実感しています。
宇宙に対してありがとうの言葉を投げかけていると、誰が一番豊かになり得をするのか。それは自分です。このことに改めて思いをめぐらしていただきたい。宇宙の方程式はシンプルですが、やればやるほどその深さに驚くことでしょう。
・・・・・・・・・・・・・

ー感想文ー
当たり前のことだが、その当たり前のことがこういう時代になればこそ、
失われそうになる。
戦場の真っ只中でこうは言ってられないのも事実だ。
大不況の中で、どうしても暗い風潮に流されやすいからこそ、言葉ー心の
コントロールが必要である。
その意味で心ー言葉だけは明るく、習慣になるまで明るい言葉を繰り返して、セットしておく必要がある。
その意味で一番大事な言葉『ありがとう』を含めた七福神の言葉をセットしておくことは重要である。20年近く前に般若心教を憶えて数万回唱えてきた。その効果は絶大あった。二人の子供と会社の正社員全員も含めて
三桁近い人がこのお経を暗記してくれた事が最大の成果であった。

「ありがとう」を数万回数十万回いうことはそれに匹敵すると直感をした。
特に良いのは細切れ時間をつかえることだ。
もし若い人がこれを実行したら、人間的な暖かさがプラスされ若さの輝きを更に増すだろう。
この小林正観氏の本を、この本を含めて他の著書と供に3冊注文をした。
web上の書店にはなく、直接出版社に電話で宅配にしてもらった。
他の二冊も面白かったら読書日記として書くつもりだが、初回だから面白かったのかもしれない。
いずれにしてもシンプルで解りやすい習慣だ。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

2002年06月13日(木)
436,凄い時代 ー光ファイバーの時代

ADSLを自宅に入れようと思っていたところ、パソコンの
先生に9月まで待ったほうがよいと言われた。
光ファイバーが各家庭やオフィスに入るという。

会社の方の切り替えも考えて、早速NTTにきてもらって話を聞いた。
契約後、導入に3ヶ月位かかるが9月より新潟でも可能という。

そのパンフレットを見て驚いた、インターネットを通さずに
直接メールやチャットが映像でやり取り出来るようになる。
あるペットの好きな人が、映像でチャットで話している,
そこの席が空いていればそこに入り,お互いの顔を見ながら話ができる。
驚きである。

またホームページ内で映像も編集しておけば、いつでもそれをみる事ができる。
今まではスイスの写真を見る事ができたが、今度は映像をみる事ができる。
メールも映像を送れるしTV電話もできる。
ホームページも個人サテライトスタジオになってしまう。

3~4年前では考えられない現象がいまや現実になろうとしている。
携帯TV電話の時代に、これなど当たり前の事かもしれない。
インターネットとホームページに集中しているが、
それを超えた?時代の変化がきている。

光ファイバーの家庭への導入は3年先と考えていたのが、
あと数ヶ月と現実になってきている。
出張が減るのは間違いないだろう。
1000倍~2000倍の大量の情報量が安価になりTV会議や営業活動も
一般的になる。

面白い反面、ナンバーワンしか生存できない競争社会の到来だ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2001年06月13日(水)
[51] 無駄な事なし

人生ふりかえってみて感じる事は無駄な事は全くないという事である。
もっともある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!
それも全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、一番重要なポイント
だったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。ポイントはぼろを羽織ってくるのだろう。
老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖「自分の人生これでよかったのだろうか?」
という問いかけだそうだ。ある本に自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」
という言葉を残していたと、姉より死後聞いてが立ち上がれないほど
ショックを受けたという内容が書いてあったが。
無駄な事だらけという人生もあるのかもしれない。
人生にやはり意味を求めていないと
、失敗だった?という気持ちになってしまうのだろう。


1166, 豊かな時間

2004年06月12日(土)



「貧しい時間」とはなんだろうかを考えてから、「豊かな時間」を考えてみる。

貧しい時間
・虚飾と虚栄に満ちた時間のなかで空虚に過ごすとき
・好きでないことを、状況から嫌々しているとき
等、思い浮かぶが、虚飾と虚栄の時間のなかで空虚?に過ごすことが
豊かな時間の人もいるし、群れていることが真に充実している人もいるし、
刑務所にいるのが一番の充実している人もいるというから、複雑だ。

まあ質の問題になるが。
豊かな時間・贅沢な時間についてソローの言葉がよい。

「生活がいくら惨めであろうとも、そこから顔をそむけずに、ありのままに
生きることだ。自分の生活を避けたり罵倒してはいけない。
生活は、諸君が一番富んでいるときに一番貧しくみえるものだ。
粗捜し屋は天国にだって粗を見つける。貧しくても、生活を愛しなさい。
救貧院に入っていたとしても、楽しくて胸のときめく、素晴らしい時間はあるだろう。
落日は金持ちの邸宅の窓だけでなく養老院の窓からも、おなじようにあかあかと照りかえる。
春が来れば雪は同じように早々とドアの前で溶ける。
おだやかなこころの持ち主なら、そういう場所に住んでいても、宮殿にいると
変わらない満足感や、ひとを奮立たせる思想をいだきながら生きていけるだろう」

自分の本当の時間、自分の真に充実できた時間こそ豊かな時間という。
ありのままに生きることが、そのまま簡素な生活を生きることである。
金や名声よりも、精神を高く、そして真理をもとめる生活がより大事であり、
その時間こそ、豊かな時間といえるのではないか。
自然の美しさや音楽を聞いていて感動したり、心の底から笑うのも豊かな時間といえる。
そのためには、やはり孤独の時間を自分の生活のなかに確保しなくてはならない。
孤独の時間とは、内面へ向かう時間といってよい。

孤独、感動、感謝、自然、真理の追究、笑い、等がキーワードになる。

私にとって散歩が最も孤独であり、孤高な充実した時間になっている。
そういえば、この随想日記を書いているときもそうだ。
そう考えると、本当に豊かな日々を過ごしていることになるが、
不景気で経営の悩みが丁度よいくらいマイナスになっている。
  まあ人生とはそういうものだ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年06月12日(木)
799, 「ありがとう」の言葉−2

「幸せの宇宙構造」
 小林正観著 
 弘園社刊
 
 (昨日の続き)
・・・ある講演会に『ありがとうの実践会』の人が200人ほどいらっしゃったとのことでした。『私は60万回』『俺は70万回』『今はまだ97万回』というような人が次々に現れ、私は驚きました。5万、10万回という人は結構多かったのですが。

 『ありがとう』の回数が5万回あたりで、奇蹟が起こるモードが第一
段階がくるらしい。10万回あたりで、第二モードがくるらしい。
 50万回あたりで第三モードに入り、100万回を越えたあたりで
第四モードに入り、1000万回を越えたあたりで第五モードに入り、
一億回を越えたあたりでは第六モードに入るらしい、というものです。
その『ありがとう実践会』の中に癌の人がいて、20人くらいの仲間が
みんなでその人を囲んで、朝から晩までただひたすら「ありがとう」を
言い続けたところ、その人の癌細胞が無くなってしまった、という例
もあるそうです。・・・・・・

 日本に『ありがとう』を一億回を超えて言い続け、そして今も言い続けている人がいるそうだ。滋賀県住むMさん。年齢は50歳後半です。
子供の頃から一日10時間、一時間で約1000回で、一日平均一万回を
50年間一億8000回で2億を超えているかもしれません。
10万、50万、100万回を超えると、とんでもないことが起こるらしい
ことは、超常現象研究家の私としても大変興味があったが、一億回を超える
とどうなるか、未知なる領域でした。
Mさんの日常的な話を少ししておきますと、一年間、傘を一度もさしたこと
がないそうです。玄関を出ると、降っていた雨がピタリと止まるそうです。
次の建物に入ると雨がザ~と降るという具合だそうです。
たまたま電車に乗ろうとすると、10~20分遅れても、電車が待っている。
それは三次的には電車の事故だったり、物理的な連絡ミスだったりするが、
その意味ある偶然の一致が必ず起こるそうです。
ー本田宗一郎も、そうだったと聞いたことがあるー

 ーありがとうの語源ー
日本語の語源辞典で『ありがとう』の言葉を調べてみた。
語源は『有り難し』からきている。
『存在し得ないこと』『あるり得ないこと』という意味で、
あり得ない事を神・仏が起こしてくれた場合使った言葉である。
神仏を褒めたたえ、賞賛する言葉として存在した。
室町時代以降だそうだ。
『自らの伝言』という写真集が出て、あちこちで評判になったが、
「ありがとう」という日本語で声をかけた水と、「サンキュー」と
声をかけた水とでは、結晶の形が違います。
私に印象では、「ありがとう」の方がきれいで、透明感のある
結晶になっているように思いました。
「ありがとう」は、神仏に対しての賞賛の言葉で、
「サンキュー」は」人に対する言葉なのです。
『ありがとう』は一種のお祈りととらえる事ができます。
神様は「ありがとう」という言葉を聴くとガバッとおきてカウント
するようです。
・・・・・・・・・・・・・
とりあえず、毎日500回を一ヶ月続けてみよう。
そうすると二ヶ月で3万回になるが、私の場合は到達する前に、
不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を数百回言ってしまうから、
涙が溢れることはない。いったという事実は事実である。
毎朝、両親と仏様には5〜6回は言っていたのだが、まだまだ甘いことが解った。
数ヶ月後には仏様みたいになっているか(笑い)。
 
 ーつづくー

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2002年06月12日(水)
435, 酒の話ー2      
−酒飲みの作法ー

女か酒か博打どれか一つは、癖の悪いものがあるものだ?
私の場合それが酒だ。

かなり危ないことが多くあった。
警察沙汰にならなかったっことが不思議なくらいだ。
それでも最近は2年に一度は??

酒で失敗したことで、かなり自分の人生で失ったことが多い。
しかし全然後悔していないのも、それだけ酒が好きということだろう。
更に失った以上に、失ったことで逆に得ていることのほうが多い??
子狐との喧嘩はむしろ??、いやしないほうがいいか?!

酒席はお茶の世界と同じで、一会一期で飲んでいる。
ボトルを入れる人の気持ちが解らない。
従って、非常に楽しい思い出が山ほどある。
ただ飲みすぎて身体を壊さないように、自己ルール化をしてある。
−30数年の痛飲からの知恵である

タブーとしてー自己規制
・一人酒 a 一人で気にった店を探して入るプロセスを楽しむ酒
     b なじみの店に一人通う酒-
・自宅での日本酒の晩酌  −これが一番危ない、蓄積される 。
             自宅で飲んで二日酔いしてる馬?がいる
        ーその代替として7~8年前より紹興酒に切り替えた
・誘い酒ー こちらから誘わない
・二日続けての酒席ー どうしても重なるが
・自棄酒ー面白くない時の憂さ晴らしの酒 −不快さがより深くなる
・子狐との同席ー最近これだけは十分気をつけているつもりだが・・
・人の噂、悪口を話題にしないー 子狐どもの子狐たらしめているもの
・女性と2人だけで飲むことー家内は除くーよった勢いで???
・23時を目途とする
このルールを憶えるまでに数千万の金と、あわや???のリスクを負った。
好きとは、こういうことだ。

実際の酒乱はこんなもんじゃないと聞く。
軽症と思っているが。   一応許容範囲か???
記憶が全く無くなるという、はじめは言い訳と思っていたが。
実際経験してみて、嘘でないことが解った。

「酒飲まずタバコを吸わず100まで生きた馬鹿がいる!」
というが、どうであろうか?

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2001年06月12日(火)

[50] 日本のプロ野球がつまらない!

どうして?もちろん理由は解っている。
野球もいっきょにグローバルになってしまった為だ。
イチロウ効果だ!

いい意味で野球馬鹿の長島監督、もちろん監督としての裸の王様を、
彼も含め皆で遊んでいた!でもそれが自分の姿をと解って
いながら!

アメリカの隷属国家の日本の微笑ましさ!
アメリカは多民族社会の実力社会。野球に関してとくに土壌が違う!
ここまで日本のプロ野球を駄目にした読売新聞の痴呆老人の渡辺某!
老醜の判断ミス!

正しく認可民放の象徴たる日本テレビの壊滅の姿が、
あのミスターのジャイアントである。

スター気取りの巨人選手がグローバルで見た時、
もう言葉でいわないほうがいい
‘巨人大鵬卵焼き’の自分がここまで変わるとは。


1165, 哲学について −2

2004年06月11日(金)

 「私は何をすることができるか」の「形而上学」は事物の本質、存在の根本原理を
 思惟や直観によって研究する学問であるが、
 ーアリストテレスにおいては存在一般を考察する存在論、また超越的なものを探究する
  学問であった。
 ーカントは純粋理性からの認識論をめざした。
 ーヘーゲルは反弁証法的思考を形而上学的と呼んだ。
  
 我々の住む世界の特徴は、空間(三次元)と時間(一次元)から成り立っているが、
その「空間とは、時間とは、そもそも何ぞや」という疑問から、その問いに対する答えを
探そうとする。そこでは信仰にすりかえたり、権威にすりかえることは許されない。

哲学といえば、さきほど述べた形而上学には二つの基本課題がある。
・「存在するものは何か」
・「もし何かを知ることができるとしたら、それはどのようにして可能か」である。
 「存在論」と「認識論」である。
 この何が存在し、何を知ることができるかという課題は哲学で探求される問題の
 大前提である。

哲学を芸術と宗教と科学の違いから見てみると
ー宗教は理より信仰がまずあり、宗教心を育てることに重きを置く。
ー芸術は哲学とものごとの底流にある真実をもとめ、人間を理解しようとするが、
 その手段が絵画や音楽などの作品を通して直接的な感にうったえる。
ー科学もしかりである。真実を追究するが、実験や観察によって答えが出せる問題に限られる。
 物質的な問題が主になる。
フォイエルバッハではないが、
「宗教にとっては、神聖なるもののみが真実である。
哲学にとっては、真実なるもののみが神聖である。」というが、
芸術は、さしずめ作品そのものの感動が真実である。

これらはけっして相反するものではなくどれも宇宙や社会や人間の存在という
不思議を深く理解しようとするものである。
また、直感と批判をどれもが必要としている。
              
                           ーつづく
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 2003年06月11日(水)
 798,「ありがとう」の言葉  −1

 長年生きてきてつくづく感じるのが「幸せ系の人」と「不幸系の人」がはっきり分かれて
いることである。家柄、結婚の相方との相性、本人の品性等いろいろの要素がある。
多くの人を見てきて、不幸系の人に感謝の念が足りない人ー特に両親に
対する感謝が少ない人ーが多いことに気づいた。両親に対する不信感ーが本人を不幸にしている
ことに気がついてないのが、更に不幸を拡大している。その不信感が人間観になってしまうからである。
夫婦間のトラブルー権力争いーが子供を傷つけ、子供が恨みで感謝を忘れてしまうことも起因している。
人間には感謝はしないが感謝される事を求める傾向がある。
昨日図書館で何げなく借りてきた本を読んでいたら、
あるページに目が釘つけになった。
  
  以下に書き写してみる。
ー不思議なことに、心を込めない「ありがとう」でよいから2万5千回ほど言うと、涙が出てきます。
呪文のように言っておくと、その累計が2万5千回を越えたあたりで、突然涙がどっとあふれてくる
ということが、多くの人にあるようです。
その涙というのは、短い人で1時間、長い人で3時間、平均2時間ほどで、とにかく止まらないのです。
こんなに自分の体から涙が出てくるものと思うほど激しく流れ続けます。
この涙が出終わって、そこからまた続けて「ありがとう」
と言おうとすると、今度は心の底から感謝の念がわいてきて、体中が温かい思いに満たされ、
本当に有り難くて「ありがとう」という言葉が出てくるようです。
 
 さらに、心を込めた「ありがとう」が湧いたところから、2万5千回ほど
心を込めて「ありがとう」を言い続けると、なぜか突然「私」にとって奇蹟と思えることが起こる
ようになります。この話をあちこちでしていて、「実際言ったが、そんな涙出てこない!」
という質問を受けました。私はその人達に同じ質問をしました。
「2万5千回に到達する前に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなかったですね」と。
その答えはすべて「言ってました」でした。
「それを言った瞬間、チ~ンという音がして、『ありがとう』の回数が
ゼロになったのだと思いますよ」と答えています。・・・

ー続くー

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2002年06月11日(火)
434,創業の勧め??

過去に創業を何回か繰り返してきた。
好きで自分で望んだ事だから、そう苦ではなかった。

しかしそう甘くもなかった。
その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。
やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で一つづつ
判断していかなくてはならない。ゼロからの出発である。

表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、
キーワードは「発狂」である。
まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに創り上げていく
工程を踏んでいるのだから。

部外者の人は狂っているという。
そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。
基本に忠実にゼロから一人で、一日一日孤独の行為の積み重ねである。

その時、見えるのは人間の浅ましさと嫌らしさである。
これは自分の事でもある、人間の底である。

・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。
・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。
・その積み重ねが事業の出発点である。
・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。
 むしろそれが正しい事を証明してくれている。
・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。
・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・金である。
  それを命を賭けて投資するのである。
  なけなしの金と銀行から借りた資金を合わせて、
  その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 
  それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。
   
 いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。
 コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げしかない。
 500佑寮功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。
 それで実際のところ50佑靴うまくいかないだろう。

 実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても
 後悔はしないと。
   創業は勉強になる!!それでこの程度!

・・・・・・・
・・・・・・・

2001年06月11日(月)
「49」一期は夢 ただ狂え

 世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
                   夢幻や南無三宝
 
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
               
                ー 閑吟抄ー

470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男
が古今集をまねてつくった歌の一つ。
‘人生など一瞬でしかない。なら狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’
と言う内容である。今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった
内容だ。500年前この無名の男の人生‐過去に何があったのだろうか?
今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか!


1164, 哲学について −1

2004年06月10日(木)

哲学について、いつか書いてみたいと思っていた。
といって、これは簡単に書けるテーマではない。
知識の浅さがそのまま露呈してしまうゴマカシがきかないテーマであるからだ。

そうとわかっていても自分のために、まとめてみたいという誘惑にかられる。
挑戦をしてみるが、知識や経験の浅さを露呈しても今更と割りきるが、
しかし恐ろしい。

今まで哲学書で、一番納得したのは末広渉の「新哲学入門」である。
「従来の物的世界像から事的世界観への転回をはかって、認識、存在、実践の三つの側面から、
私たちを捉えている近代的世界観の根底的批判を展開し、新しい知の枠組への案内を試みている」
と、説明文に書いてあったが。
 ーーー

日常におわれていて、ふと日常のおなじパターンを繰りかえしていることに疑問を感じ、
「このことに何の意味があるのだろうか」と疑念を持つことから哲学が始まる。

この随想日記で「世間さま」を茶化して書いてきたが、これも哲学の初歩的なものだ。
「我々が住む世界の基本的な概念と原理に疑問に持つこと」が哲学の始まりである。
前提そのものを先ず把握して、それを疑ってかかることが哲学の始まりだ。
過去の歴史的な偉大な哲学者が、2千数百年にわたり,いろいろな概念を思索して
根本的なことを解明しようとしてきた。
いまさら根本問題を深く考えても仕方がないが、といって避けては通れない問題でもある。

ー哲学そのものについては
カントの哲学の定義が分かりやすい。
 (一)私は何をすることができるか。
 (二)私は何を為すべきであるか。
 (三)私は何を希望してよいか。
 (四)人間とは何であるか。
 
誰もが、漠然と常に考えている問題である。
 第一の問いに答えるのは形而上学であり、
 第二の問いには道徳、
 第三の問いには宗教、
 第四の問いには人間論が答える。
  人間論に含ませてしまえば哲学も簡単であるが。
  
学生時代、自分というものに目覚めた時、そして社会を目の前にしたとき
まず直面するのが、この問いである。そしてわからないまま、とりあえず社会に
飛び出していく。そして晩年になって過去を振り返り、ふたたび後悔という意味で
結果論として問い直す。
(一)私は他に何をすることができたのではないか。
 (二)私は何を為すべきであったのか。
 (三)私は何を希望すればよかったか。
 (四)人間とは何だったのか。
 そして、後悔と、自己満足の間をゆれる。

 哲学はなけっして難しい問題ではない、身近な問いかけでしかない。
                         
                          ー つづく
  ーーーーーーーー
 
 書いていて、恐ろしくなってきた。
 何もわかってないのに、解ったような気になって適当の
 文章を書いているのだから。
 
 目的は、それぞれの有名な哲学者の言葉・思想を何人かまとめておきたい
 前段として、この恐ろしいテーマに挑戦する。
 止めておいた方がよさそうだが。
 
 「ショーペンファウアーについて」等のテーマを、何冊かの本からまとめた
 内容を、冷静にみるのも面白そうだ。
 ダイジェストの本はいくらでもあるが、「哲学について」のテーマで10以上
 書いたら、やはり世界観が変わってくるだろう?
 
                             
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 
 2003年06月10日(火)
797, 流通業界よりみた時代の変化ー

流通業界の事は度々書いているが、10年前の状態と今を比べると段差に
驚かされる。

ー10年前は、
・ダイエーの中内功は、まだ他の会社の建て直しをしていた。
・西武グループの堤清二もバブルの後始末に入ったところであった。
・マイカルーニチイも創業者の一人小林某が、マイカルシティーとかいう、
 アメニティーなど入れた複合の施設をつくっていた。
・長崎屋も駅前型から郊外にその重点を移そうと必死であった。
・ヤオハンは香港に本部を置き中国に出店を始めていた。
・ソゴーも大型店を破竹の勢いで出店していた。
 
 その全てが潰れてしまったか解体である!
時代の変化の激しさを痛感する。
すべて多角化によるエネルギーの分散による競争力の低下で自滅したパターンである。
当時チェーンストアのコンサルタントの渥美俊一は現状に近くなる事を予言していた。

今だに元気のよいのが、イトーヨーカ堂とジャスコである。
それと十数年前に一時潰れそうになったユニーである。
今後10年後はどうなっているか?というと、想像すらつかないのが流通の世界である。
もっとも日本そのものがどうなっているのかも想像を絶するが!
経済的大変動に90涌幣紊禄韻錣譴討い襪呂困澄
愚民の選んだ自民党と官僚の利権維持の為である。
それとアメリカの毒饅頭をタップリ食べさせられたことも背後にある。

若い人は本当に大変だと思う。
大激動時代を生きていかなくてはならないからだ。
話しをもとに戻すと、この情報革命とそれによるグローバル化により
想像もできない流通形態になっいるだろう。
ビジネスの宿泊が3分に1に僅か2~3年で激減する時代である。
当面始まるのが東京周辺の百貨店の淘汰である。
高島屋、東急、松坂屋とか株価欄を見ればいくらでも候補がある。
まだ高島屋みたいに表面化してないところもあるが。

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2002年06月10日(月)
433,自由ほど不自由なものはなし!

自由ほど不自由なものはなし!
誰もが経験がある事だと思うが。

ー至近の例で、
サラリーマン生活をしてきて、待っていた定年がきた時ただ呆然。
こんな筈でなかった、何もできない自分に直面する。
あれだけ求めていた自由に躊躇してしまう。

今まで束縛されていた組織からの自由を求めているだけ。
「自らに由る」という言葉の意味さえ考える余裕も無かった自分に直面する。

如何してよいか判らない。
仕方がないので、それまでの行動をとるしかない。
会社の近くに同じ時間に出勤する。
今まで行っていた喫茶店やスナックなどの溜まり場に行きざるをえなくなる。
目の見えない首輪がそのまま付いたままなのだ、紐まで付いたまま。

そして紐付き首輪を付けて、それまで出たことのない同級会に出たりする。
「元・・などの肩書き」はそこでは何も通用しない事をそこで思い知らされる。
そして他の軽く軽蔑してきた人と同じレベルまで引き摺り下ろされる。
いや彼らの中味のほうがズット詰まっていることに初めて気が付く。

自らに由るとは何か?自ら判断し責任をとることだ。
ただ群れて、その群れと同じ行動をして、
何も考えず判断をしてこなかった自分に初めて直面する。

自由とは本当に厳しいことだ。
人に甘く自分に厳しさが基本になくてはならない。
普通、人間は逆になってしまう、自分に甘く人に厳しく。

自由、平等、博愛のフランス革命の精神。
自由に重きを置いたのが資本主義社会。
平等に重きを置いたのが社会主義である。

自由は平等ではなく公平を求められる。

それまでの平等の意識が根底から崩される。
もう誰も相手にしてくれない小さな自分にはじめて気づく。
公平?社会がすぐに冷たく圧し掛かってくる。
自由はそれに適応できる人には優しく、出来ない人には
厳しく反応してくる。

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2001年06月10日(日)
[48] 同じ人生を

全く同じ人生を生きたい!
私の常識的判断では、90%以上の人は‘とんでもない!’と即座に答えそうだが。
しかし生きていく上で、全く同じ人生を生きたい!と思える人生を生きることこそ
必要な事と、ある人生論の本に書いてあった。

そういえば父がガンで死を悟ったとき、
母に何回も「もう一度生まれ変わって全く同じ人生を生きなおしたい」と言ったと聞いた。
その時はやはりとんでもない!と自問自答したことを憶えている。
最近そうおもえるようになってきた。
 


1163, JR−駅なか商店街

2004年06月09日(水)


最近JRの駅がドンドン変わっている。
JR関連に知人がいる為に、駅内SCの内情を聞いていた。
パテオやセゾンなどの構内専門店街をつくって、いま勢いのあるテナントを誘致する
デベロッパーに変身している。
JRになって、一番変わったところだろう。
身近な新潟駅や長岡駅もこの十年で、全く様かわりをしてしまった。

駅前の「街」を、構内の「駅なか」に取り入れることによって、
根こそぎ顧客を奪ってしまうという発想である。
よいところに目をつけたものだ。
最近はビジネスホテルもつくり始めてきている。

見方によれば駅前商店街の最大の敵のはずだが、彼等はそれすら気がついてない。
まだまだ見ていると、幾らでもネタがある。
映画館・専門学校・カプセルホテル・専門病院、変わったところでは動物用ホテル、
託児所などある。
そういえば、私の学生時代に山手線の駅にステーション・デパートとかいう、
商売気のない専門店街があったが。

考えてみたら、自社でも駅構内の広告代で年300万も払っている。
バカバカしいが、といって駅からのお客が半分以上を占めているから、出さないわけには
いかない。駅前の25万のテナントの賃料と同じである。
最近、新幹線の席の前の網に2冊の通販のパンフレットを置いている。

来年から新潟駅の再開発が始まるが、そこで全く新しい街づくりが始まろうとしている。
オーバーにいえば、そこが新潟の一極集中の場になる可能性を秘めている。
新しい時代に対して、新しいコンセプトで、新しいテナントを組み合わせて、
国や、県、市の援助金をもらってやるのだから、上手くいって当然である。

といって国や県そのものが衰えれば、単なる空虚な空間になる。
最後の賭けになるかもしれない。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 2003年06月09日(月)
796, 至高体験ー読書日記ー2

「歓喜 ー>  理智 ー> 意志 ー> 気  ー>肉体」
至高体験=歓喜の体験、それを知った理智、そして意志にかわる、それが気になり、
肉体に反応する。たとえると野球で9回の裏逆転のホームランを打った。
そして歓喜する、その体験が理智になる、さらなるよい選手・バッターになる意志を固める、
それが気(気合)に変わり、練習をして積み重ねるようになり一流選手なっていく。

 他には薬草や苔類を使う場合と、アルコールを使う場合や、禅などの修業で到達する
場合などがある。教祖様やシャーマンは、この歓喜体験を通して自己より解脱をして理智を得る。
好きなことを見つけ一生かけて続けるプロセスで、この歓喜体験をするケースが多くある。
女性の千人切りも好きな人には、歓喜体験ー至高体験を多くする事になるのだろう。

 音楽会の会場が歓喜に包まれ、アンコールの嵐をTVなどで見かけるが、至高体験をしている。
この瞬間を味あう以前と以後位に感動するのだろう。

そういえば初めてロッキーに行った時も、旅行に行く以前と以後位に感動をした。

ー昨日とは別のホームページよりコピーしてみた。
 ・・・・・    
■覚醒・至高体験とは(1)

◆事例集に入れる基準は?  
「臨死体験・気功・瞑想」の中心になるのは、やはり「覚醒・至高体験の事例 集」です。
さまざまな文献や投稿のなかからこの事例集に入れるにふさわしいと思われるものを
Noboru(このサイトの作成者)が選んで載せています。
そのおおよその基準をまずここで明らかにします。

ところで「覚醒・至高体験」というときの覚醒と至高体験の違いは何でしょうか。
この点については私自身の中では明確な区別があります。最初にこの違いを明らかにしながら、
それぞれの意味を考えます。

◆自己実現した人間  
覚醒と至高体験という二つの言葉は、はっきり区別できるものとして私自身は使用しています。
この区別は、人間性心理学の代表的な提唱者・マズローに負っています。  

マズローによれば、人間は一般に心理的な健康に向かって成長しようとする強い内的 傾向を
持っています。そうした潜在的な可能性を完全に実現し、人格的に成熟し、到達 しうる最高の
状態へ達したと思われる人々のことを、彼は「自己実現した人間」と呼び ました。  

しかし、心理的・精神的に「最高の状態」や「完全な発展」を問おうとすれば、何が
「最高の状態」で、何が「完全」であるのかという価値基準や判断の問題がつねに
つい てまわります。そこでマズローは、客観的・分析的な心理学の方法ではなく、
いわば循 環的方法を採用しました。  

循環的方法とは何でしょうか。とりあえず世間一般で通用している言葉から優れた
「人間性」を意味するものを集め、その用い方や定義をつきあわせ、論理的にも事実の
上でも矛盾するところがあればそれを除き、定義をしなおす。
そしてその定義に適合すると思われる「自己実現した人間」のデータを集め、
それによってもとの定義をもう一 度検討する。  

こうして修正された定義からさらにデータを見直すという作業を繰り返す。
このよう にラセン階段を登るように修正を繰り返して定義を検討していくのが、
循環的方法です。
このプロセスをへて、最初はあいまいだった日常的な用語をますます厳密で科学的な のに
しながら研究を深めていくのです。  

こうしてマズローは、たとえばアインシュタイン、シュバイツァー、マルティン・ブ ーバー、
鈴木大拙、ベンジャミン・フランクリン等の著名人を含む、多くの自己実現し たと思われる
人々を研究しました。この研究を通してマズローが気づいたことの一つは、 高度に成熟し、
自己実現した人々の生活上の動機や認知のあり方が、大多数の平均的な 人々の日常的な
それとはっきりとした違いを示しているということでした。    

平均的な人々の日常的な認識のあり方と区別される、自己実現人の認識のあり方を彼 は
B認識と呼びました。BとはBeing(存在・生命)の略です。こうした認識のあ り方が、
実は覚醒とか悟りとか呼ばれるものとぴったりと重なるといえるのです。

◆至高体験  
ところで、マズローがこの研究を学問的に説得力のあるものにすることが出来たのは、
ごく少数の「自己実現した人間」の研究ばかりでなく、平均人の一時的な自己実現とでも
いうべき「至高体験」の研究をも同時に行ったからなのです。

 「至高体験」とは、個人として経験しうる「最高」、「絶頂=ピーク」の瞬間の体験 の
 ことです。それは、深い愛情の実感やエクスタシーのなかで出会う体験かも知れませ ん。
 あるいは、芸術的な創造活動や素晴らしい仕事を完成させたときの充実感のなかで
 体験されるかも知れません。  

ともあれそれは、一人の人間の人生の最高の瞬間であると同時に、その魂のもっとも
深い部分を震撼させ、その人間を一変させるような大きな影響力を秘めた体験でもある
といわれます。そうした体験をすすんで他人に話す人は少ないでしょうが、しかし、
マ ズローが調査をしてみるとこうした「至高体験」を持っている人が非常に多いことに
気 がついたというのです。  

ここで大切なのは、いわゆる「平均的な人々」のきわめて多くが「至高体験」を持っ ており、
その非日常的な体験が、「自己実現」とは何かを一時的にではありますが、
あ る程度は垣間見せてくれるということです。
何らかの「至高体験」を持ったことがある 者は誰でも、短期間にせよ
「自己実現した人々」に見られるのと同じ多くの特徴を示す のです。
つまり、しばらくの間彼らは自己実現者になるのです。
私たちの言葉でいえば、 至高体験者とは、一時的な自己実現者、覚醒者なのです。  
こうしてマズローは、ごく少数の人々にしか見られない「自己実現」の姿を、
多くの 人々が体験する「至高体験」と重ね合わせることにより、彼の研究の意味をより
一般的 なものにし、その内容をより豊かなものにしたのです。  

以上で、覚醒と至高体験の区別をマズローに負っているという意味が理解いただけた でしょう。
至高体験とは、つかのまの覚醒を意味する言葉として使用しているのです。

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2002年06月09日(日)
432, スイス旅行

スイス旅行日程ー  7月3日(水)〜12日(金)   新日本トラベル

http://www2.plala.or.jp/dontak/Swiss-AlCont.htm
http://www2.plala.or.jp/dontak/map01.html

1日目、 日本航空でチューリッヒへ。          
 −チューリッヒ泊

2日目、 リヒテンシュタインの首都ファドーツ散策と
「アルプスの少女ハイジ」の舞台マイエンフェルトで
ミニハイキングを楽しんだ後、サンモリッツへ。
   夕食は郷土料理ビュントナー・ゲルステンズッペ。−サンモリッツ泊
http://www2.plala.or.jp/dontak/heidi-01.htm
3日目、 神秘的な白い湖を眺める”もうひとつの氷河特急”ベルニナ特急
とディアボレッツァ登頂観光の旅。夕食はマス料理。
   http://www2.plala.or.jp/dontak/glacier1.html −サンモリッツ泊
4日目、スイスの観光列車の中でも最も人気のある氷河特急で
ツェルマットへ。夕食はチーズ料理ラクレット。            −ツェルマット泊
http://www2.plala.or.jp/dontak/mthr01.htm
5日目、登山電車でゴルナグラードへ登り”
ピラミッド”の愛称をもつマッターホルン(希望者は高原ハイキ
ング)。下山後モンブラン山麓のシャモニーへ。
   http://www2.plala.or.jp/dontak/dan04.htm    −シャモニー泊

6日目、 ロープウェーでエギーユ・デュ・ミディへ上がりモンブラン観光。
   昼食はサヴォア料理。
午後、美しいシヨン城を観光しながらモントルーへ。
   夕食はレマン湖産の魚料理とヴォー州産ワイン。  −モントルー泊

7日目、 風景の美しさで有名なパノラマ特急と”山峡の宝石”
   と謳われてエッシネン湖観光を満喫後グリンデルワルドへ。
   夕食はミートフォンデュ。         −グリンデルワルド泊

8日目、 登山電車で名峰ユウグフランヨッホ登頂観光
(希望者はアルプス高原ハイキング)。
   下山後、中世都市ルッツェルン小観光。
  夕食はゲシュネッツェルテス。         ールッツェルン泊
http://www2.plala.or.jp/dontak/Jungfr01.htm

9日目、チューリッヒへ。
   チューリッヒ発日本航空で帰国の途へ。  −機内泊

10日目 成田到着

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・・・・・・・・・・

2001年06月09日(土)
[47] シンクロ二シテ-

これは普通では考えられない、遇然の一致を言う。
‐意味ある遇然の一致と心理学で言う‐特にユングが深く研究ー
私の場合非常に多い。人間個人を考えれば、今生きている事こそ
奇跡‐遇然の一致の積み重ねである。

・ある自死をした元の部下の所に行ったとき起きた、不思議な遇然の一致の
   重なり

・柏崎の義父の葬式の帰り、そち峠で7回の‘虹の下’を通りすぎた考えられない出来事!

・従兄弟が自死をした時の納棺のおり、突風が吹き桜吹雪が舞い散った光景!

・大学を卒業して1年ぶりに池袋の本屋に行ったとき、たまたま学生時代の親友だった
  男が目の前を歩いていた。

・家内の実家で展示会があり、いっしゅのお祭りで地元の道具やが出店を出していた。 
 そこの象 牙の仏像が気になり、帰ってから電話でそれを買いもとめた。
 4〜5日経ってから送られてきて、底をみたら
 家内と同じ銘で恵子と彫ってあったこと。‐その時全身鳥肌が立った!
 等々書けばきりがない。
  
 遠藤周作などは、イギリスにある作家に興味があり、その地を訪ねた折ホテルの
  エレベーターでぶつかった相手がその作家だったと言う。
 葬式とか、自分が行きずっまってヒステリック状態の時とか、気持ちが異常に近いときに
 考えてみるとおき易い。


1162,  「金融資産が狙われている」

2004年06月08日(火)

 
ー日本の恐ろしい未来ー     
 ビジネス社 ー長岡中央図書館 2004年0606

高橋乗宣の最新の書が面白い!
ー 概略を書いてみるとー
「2004年・日本経済」で9月以降の経済の後退と国債暴落と、
日銀による国債の直接引き受けによる日本経済の破綻の危険性の増大を指摘しているが、
 この書では、9月以降ドル暴落の見込みが高まっていることを指摘し、
現在デフレのど真ん中にあり地方から疲弊した日本経済もより深刻な状態が
予想されると一歩踏み込んだ言い方をしている。

これからの日本では、個人個人が自己防衛しなければならない。
双子の赤字が限界に達し、ブッシュの大減税により無理やり上昇させた
アメリカ経済は9月以降必ず失速し、ドルの暴落を呼び、アメリカ経済は
縮小していくだろうとしている。
グローバル市場を管理することは不可能であり市場の実勢に任せざるを
得ない。
 
日本経済がデフレから脱出するためには、実質を伴った財政出動と、
適切な規制緩和が必要であり、適切な規制緩和は新しい市場を作り出す。

 
・今の日本の僅かな株高は、アメリカの演出したもの?
 あと半年で終了ー大統領選挙まで
 アメリカの景気は幽霊景気であり、ドル安、株安、国債安というカタチで
 崩れていく。
 まもなくアメリカ経済の大規模な減税効果は剥げ落ちる

・日本の地方の空洞化は一段と激しさを増す
 地方経済はますます土砂降りがつづく

・深刻なデフレ経済はますます激しくなる

・いまの地価の下げ止まりは一部の地区でしかない

・デフレもリストラも激しさを増す
 人員や設備の過剰感は消えていない

・ドル安基調が本格的になるだろう
 円が80円をこえる場面もありうる

・国債の発行が続いていくと、株価の暴落をまねく
 株価は7000円割れも考えられる

・地域金融のショックがアチコチで生じて、中央に逆流の可能性あり

ー感想
経済ファッショの足音が聞こえてきたといってよい。
なし崩し的に国民の金融資産を「収奪」「劣化」させようとする
政策に切り替えてきているようだ。
国民一人一人が自己防衛をしなくてはならない時代に入ってきたようだ。

「職業を持っていること自体がステータスになる時代になる」というが、
そこまで本当にいくのかと信じられない思いである。
景気悲観論者でバブル期から景気の先行きに警告を発してきたが、流れとしてみていて
彼のいっていることは間違いはない。

徳川幕府から明治政府への転換期、第二次大戦の終戦時期、と比べて
今回の方がはるかに大きい転換期であると考えれば、彼がここで述べていることは
けっして誇張ではない。
情報化と、それと伴う経済現象としてのデフレのインパクトは社会の根本を
変えようとしている。情報格差による弱肉強食はますます激しい時代に
なってきている。
面白いといえば面白いが、大部分の弱者にとっては厳しい時代だろう。

現に、政府系金融機関がかりに融資しても、その資金が大手銀行への債務の支払いへと
還流する仕組みが出来上がっている。大手銀行にしてみても、地価が下がっている以上、
‘貸し剥がし'をせざるを得ない。そうしないと不良債権になりかねない構図になっている。
地方経済は目詰まりを起こし、壊死をしているのが現状だ。
これがデフレの恐ろしいところである。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

2003年06月08日(日)
795, 至高体験ー読書日記 -1

 数年前に買って読んだが、人に貸したまま帰ってこない本である。
当時コリン・ウイルソンの文章の巧さもあって、その面白さに夢中になって読んだ。
インターネットで調べた内容を後でコピーしておくが、至高体験の
内容に対して詳細に情報が載っている。

 私の知人で精神症の人が、鬱の治療薬を飲んで一回だけ歓喜の体験談を話始めた。「それは至高体験といい、薬物を使わなくとも経験できる。またその体質を持った人にはたびたびおこる現象」と説明したところ、その人は怒り出した。「絶対に度々経験ができるはずがない!」と。
「じゃあ長島茂雄はどうなんだ。あの人は過去に他人の体験できない歓喜を数百倍経験しているだろう」といったら、本人は納得をした。
その直前に巨人が10・6?の劇的逆転優勝をしていたからだ。

 この本は19世紀から現在までの精神分析の流れが書いてある。
フロイトやユングなどはマイナスの精神病の患者からの切り口で精神分析をしてきた。これに対してマズローが精神分析を健康人に対して、自己実現などの視点で前向きにとらえた。
 多くの普通人が「至高体験」を経験していることに注目をした。
そしてそれを真正面に分析して解ったことは、超人とか成功をしているほど
この「至高体験」を多く経験しているのだ。成功体験などもそうだろう。
一時巨人の9連覇した選手が多くのチームの監督になったのも、至高体験者の原動力と成功手順の経験を求められた為だろう。

私がいそいそと秘境旅行に出かけるのも、そこで大自然の何かに打たれて「至高体験」を経験するからだ。三桁以上は軽くある。
酒を飲んで騒ぐのも、ミニ至高体験を求めるからだ?少し違うか。

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「至高体験―自己実現のための心理学 」
河出文庫
コリン ウィルソン (著), Colin Wilson
(原著), 由良 君美 (翻訳),
四方田 犬彦 (翻訳
ー内容ー
人間の新しい地平をひらく、悦びの純粋な瞬間「至高体験(ピーク・イクスペリエンス)」。
倒錯や異常といった病理を斥け、あくまでも健康人の心理学の確立を目指した
エイブラハム・マスローの仕事のなかに、『アウトサイダー』のウィルソンが見出した
驚くべき可能性―。十九世紀以降の心理学が辿った複雑な歩みを、分りやすく語った本。

ー目次ー
機械論の時代―デカルトからミルへ
意志の心理学へ―ブレンターノからジェイムズへ
フロイト以降
マスロー、伝記的スケッチ
人間の限界をより高く

ースポーツ医学の分野で解明されつつある現象で、真のトップ
アスリートのみにあらわれるという次元。
それは、ZONE(ゾーン)と呼ばれる現象です。
ここに登りつめること、そして、それを常時日常的に感受する
心理的身体的状況を実現すること、これこそが人類の求めている
一つの到達点ではないか、というのがコリンの主張です。
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2002年06月08日(土)
431,モテル男

世の中に、自称持てる男が多くいる。
そういう男をからかうのが好きだ。
「貴方持てるでしょう!」大体がこれに引っかかる。
そしてレクチャーが始まる。

・まずは[貴方は持てないでしょう。
 けちで努力もしなくては持てるわけがない。]
     (−−)心の言葉
(ほってけ!馬鹿!うっせいこの女貧乏!勝手にそう思っているだけだろう。
 ー貴方が持てたいと思っている相手など傍にいるだけで反吐が?)

・「自分等中年はそうでもないのに脂ぎっている、
 それを如何に隠すかが勝負!」(それは当たっている)
・「とりあえず自分から絶対に積極的にいってはならない」
(ふんふん・・・・)
・「服装と言葉には十分気を配る」
(へーそうか、苦労してるんだ)

日夜それだけを考え努力しているという事だ。
ちやほやされている状態が趣味という事。(負け惜しみ)

逆に持てないという事は、そういう努力もしないで、
表面だけを見て持てたいと思っているということか。
ギラギラした欲をそのまま出してしまう男??

ところでゴッド姉ちゃんが4人もいた立場で育った環境。
いっぱい教訓をいただいている。今度書いてみる。

もてる人(但しここでいうのは自称の人)
は職場とか家庭環境に女性が少ない人か、母親とか女姉妹がいない環境の人。
心の奥に常に女性に対する渇望があるからだろう。
こういう人は奥さんが離婚か自殺など早死にしている人が多い。

クリントンあたりなら、少しは羨ましいが??
くだらない話、しかし人間の一番の本質の話か。

女性もそうだが、そういう人は
こまめに、常に積極的、気配りを欠かさない。
   −どれもないなー??!
関係ないことだがー
昔から,好きなタイプの女性には共通点があった
・身長が162cm当たり
・血液A型
・長女
・お嬢様タイプ
・美人−清そ
・知的
学生時代よりそうだった、自分が好きのせいもあるが。
56歳の男の書く内容でないが。

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 2001年06月08日(金)
[46] ユニクロのホームページ

ユニクロのホームページがよい。
そこで何点か商品を買ってみた。またパンフレットも取り寄せてみた。
ズボンの裾上げもサイズをうちこむと直され送ってくる。

一度注文するとメールで週末その日の特売情報を知らせてくる。

衣料の小売りで私の知っている限り、ネット販売でこれほど買いやすいサイトはない。
サイズ、色、形、管理が大変だと思うが、
そこがコンピューター管理の得意なところ!200メートル先に店があるが、

どーも中年で行くのがおっくうな気分の時に注文する。
こういう部分を一つとってみても、ユニクロのシステムの凄さを感じる。
けっこうネット販売売れているのでは。

http://www.uniqlo.com


1161, 衛星授業

2004年06月07日(月)


アメリカのデンバーのあるコロラド州は校内で銃乱射があったところで、
学校に通わせたくない親が極端に増えているという。
そこでインターネット・ハイスクールが注目されてきており、生徒数がアメリカ全体で、
もう10数パーセントになっているという。
ところが、その方が教育効果が遥かに高いということがわかりはじめ、まてよという
ことになっているとか。

実際インターネット・ハイスクール出身の学力は普通の高校よりはるかに高くなっている
という。そこでは非常にユニークな教えかたをする。
重要なキーワード出てくると手元にあるパソコンに、「それを調べてみてみてください」
という指示がくるそうだ。
生徒は指示されたと同時に検索で調べる。
そこで、さらに専門的なキーワードを調べるようにという指示がくる。
そしてドンドン深く問題を掘り下げていくという。

十年もしないうちに過半数を超えるのではなかろうか。
そして日本も似たような状態になることは間違いはないだろう。

予備校や専門学校もインターネット授業が本格的になったきた。
代々木ゼミとか東進ゼミが取り入れている。英会話もそうだ。
講義中心なら、それで充分である。いやむしろ一流の先生の授業を聴いたほうが
効率がよいはずだ。

考えてみたら、高校受験は受験雑誌や参考書を中心に勉強をしていたし、
大学受験は、それに加えてラジオ講座が中心に変わった。
それが、パソコンや衛星TVによる映像に変わっただけだ。

面白い時代になってきたものだ。

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2003年06月07日(土)
794, 夢とイメージ

 学生時代に3番目の姉が結婚をして、家を建てた時の話である。
その姉は節目ごとに私にノウハウを教えてくれていた。
(小学校5年時の勉強のコツ、中学2年時に具体的な目標のたて方と
挑戦の仕方を教えてくれた)

「実を言うとね、この家と庭と旦那とのこの生活、ずっと願って心に
イメージをしていたの。それがね、このままいま現実にあるんだよね。
夢を持って、イメージまで高めなさい。そうすると叶うんだから。
本当に驚いているんだから」と教えてくれた。

 今ではポール・マイヤーとか、ナポレオン・ヒルとかの本に詳細に
そのノウハウが本に書いてあるが、当時は新鮮な情報であった。
「なるほど夢を持ち、それを目標に変えて、具体的にイメージ化をして
実行していけば夢が夢でなくなる」と解釈した。
建物なら平面図を描き、次にビルのイメージ画を先に書いてしまうのだ。

 女性なら好きな女性のイメージを頭に描くのだ。
しかし世の中には自分の想像を超えた理想の女性がいることを現実に
知った、高嶺の花でしかなかったが。
好きなタイプをイメージ化した為、早めの判断をしないで済んだ。
(ダブルデートで、もう一組が何人も結婚していった)
当時、簡単に一生の伴侶を決めてしまうのが不思議であった。
いま考えると、自分の未来を考えてない人が大部分であった為だ。
私の勝手の見方だったのかもしれないが。

 夢のイメージの類の本を小ばかにして拒否している人がいたら、
とんでもないことだ。
夢の実現の方法論として、高度のシステムとして体系化してあるからだ。
特に若い時に、この知識・情報を持っていると人生を効率よく生きる
ことができる。
全く知らないのと知っているとでは天地の差が出る事は間違いない。
偉人などの自伝を読み、その中で自分を投影して夢を創っていくのが
一般的であるが。
もっと割り切った時の方法論である。
末っ子は、つらい反面けっこうノウハウを貰っていたことになる。

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2002年06月07日(金)
430,自分の居場所

誰もが自分の居場所を持っている。
逆に居場所がすくないということは、非常に厳しい状態の時である。

自宅の自分の場所、会社の自分の場所、通勤の自分の場所、
日祭日の自分の居場所、すべて時間と同時に変わっていく。

20代のある時、ある姉にいわれた。
「あなたはすぐ自分の居場所を作り始める。
まず部屋の中に本と椅子と机に本棚に手帳を配置する。
そうすると、そこにあなたの居場所ができあがる。
座ると何気なく自分の物を机の上などに配置する。
いつの間にあなたの場所ができている。」


その時代だけでなく何時もそうだった。
私だけでなく人間すべてがその筈だ。

居場所とは、
・自分が一人でいても寂しくないところ
・何かをしていて、自分が生き生きしてるところ
・すわり心地の良いところ
 
 そうすると趣味など、そういえるかもしれない。
 それをしている時、それが心の居場所だ。
 毎朝あげるお経もそうかもしれない。


引っ越したら、別に住まいだけでなく、まずは居酒屋,
そして昼飯を食べる店と自分の座る席。

猫でもそれを本能的にあるはずだ、テリトリーとして。

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2001年06月07日(木)
[45] 創業の話

27歳、千葉の千城台で千城ビル建設と養老の滝1122号店の立上げをやった。
準備1年4カ月かかった。その間に一緒に計画に携わった父も亡くなった。
今も忘れられない1973年5月30日であった。

11月07日、店の立上げとビルの完成でパニックの頂点をむかえた。
地獄!・・・・・

その頃写真を撮っているいる余裕などない、
写真日記のそれは千城台を引き揚げたあと、懐かしく行った時に撮った写真である。
全く知らない千葉で我ながらよくやったと思う。

この地獄の中で創業のノウハウしっかり身につけることができたと思う。
自らを空にして、おきて来た問題を一つずつ解決していくしかない。
その時本能的に相手に両手で拝んでいた。

どういうわけか拝まれると人間引き受けてくれるものだと感じた事を憶えている。

軽い気持ちで拝むポーズを時々みると,張りたおしたくなるのそのせいだ。
当時のことを記した文章があるのでコピーをしておく。
また写真も写真日記にコピーしておきます。

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H0907 養老の瀧1122号店、店長の日々

 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであったが、
いざ自分がその立場に立って、その認識の甘さをつくづく思い知らされた。
千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”と“養老の瀧オ−プン”と
“結婚”という、人生の初体験を同時に始めた。
丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となってしまたった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、こちらは全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、
地獄のような日になってしまった。辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、
今考えても、よく持ちこたえたと思う。当初の、2〜3ヶ月は朝8時より
夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。
それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、“24時間(休んでいても仕事のう
ちという)仕事”という立場になった。
サラリ−マンが事業をおこして大部分失敗するのは前者より脱皮できない為である。
大手ス−パ−の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが...。
その厳しさが全く違うのだ。はじめの数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという
位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という
前提があった為乗り越えられたと思うが。
でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、
いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が自然についてくるのだ。
ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。
それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分1人で店を衛らなくてはならない。
酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、
命が幾つあっても足らない位の事件が月に一度はおきた。
恐怖の中で1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。
そこで、大きく唸った。そしてお客に対処したところ腹が据わったのだろう、
お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うちあわせをしておき、
お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、
土壇場に立つと知恵がついてくる。
ただフランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであったと思う。
標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。
創業時の勉強という点で、このシステムは自らに非常に有効に働いたと
振り返って思えるようになった。
                 創業は辛い! 1973.11.07〜


1160, 「武士の家計簿」−2

2004年06月06日(日)



いまの時代にタイミングよく出版された、時の書といってよい。
現在の日本は、第二次大戦の終戦時や、江戸末期から明治維新の時期より大きい
大転換期にある。
この時期に江戸末期の武士がどのような暮らし向きをしていたのか、
どう対処していったかが、彼らの家計簿から大きなヒントを得ることができる。
彼ら猪山家の人たちが語りかけてくる言葉から「過去の人との対話」が可能になる。

「あとがき」の最後の文章が印象的である。

ー大きな社会変動期には「いまある組織の外に出ても、必要な技術や能力をもっているか」
が死活を分ける。家柄を誇った士族達の大部分は、その時点で社会から外れていったのだ。
現状を嘆くより、自分の現行を嘆いて、社会に役立つ技術を身につけようとした士族には、
未来が来たのである。私は歴史家として、激動を生きたこの家族の物語を書き終えて、
自分にも、このことだけは確信をもって静かにいえる。
まっとうなことをすれば、よいのである・・・・・。
ーー
転換期にある日本人にとって、いや自分にとって、この作家の努力によって
彼ら猪山家の人たちより「深いメッセージ」を与えられたといってよい。
「まっとうなことは、一日一日の努力の積み重ねしかない。」
いま問題になっているのは、
個人的にも国家的にも、過去のまっとうでなかった(バブル狂奔)シワ寄せである。
それを一つずつ引っ張り上げて、将来の姿を想定して、まっとうな姿に変えていくしか
方法はない。

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「武士の家計簿」
    磯田道史著  新潮社
      長岡中央図書館  2004年05月29日
 目次

第1章 加賀百万石の算盤係
第2章 猪山家の経済状態
第3章 武士の子ども時代
第4章 葬儀、結婚、そして幕末の動乱へ
第5章 文明開化のなかの「士族」
第6章 猪山家の経済的選択
      
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 2003年06月06日(金)
793, 起業についてー2

 起業について実感のキーワードは「発狂」である。
精神の爆発といってもよい。
よし!やろうと決めた瞬間から、もう全てはプロジェクトの完遂をイメージ
して突き進むだけである。
よほどの粘りと信念がないと突き抜けることはできない。
当然の事だが、簡単には事業を興して軌道に乗せることは不可能だ。
可能にするのは「的」が間違ってない事と、周到な準備と、信念だけである。

 いまの事業を興した時は500佑寮功確率という確信があった。
失敗は許されないし、初めの一歩の重要さを知っていたため、
考えられるだけのことは考え抜いていた。
それと、それまでの成功体験の裏付けがあった。
何事にもいえるが一番大事なことは、成功体験である。
それが実績ということだ。

 それと育ってきた家庭環境が大事ではなかろうか。
10歳位までに,両親の立ち上げをみた経験がなければ、
計画も準備も甘くなっていた。
また20歳で起業をするという決心をして準備していた事もある。
その瞬間から女性に対しては、気を許さなくなった?
どちらを取るかといえば、迷いなく事業の立ち上げであった。
若い時の最大の難関はまずは女性である、創業以外の事を割り
切ることであった。
つまらない男になっていた!それが陰になっていた?ようだ。

 事業を始めるとき、まずは自分の心の問うたことがある。
「経営資源として金を含めた資産を全て『博打の札ー事業』に変えるが、
全てを失っても後悔しないと自分に誓えるか?
そして事業を本当にしたいのか?−−したい!!」
一人の誓いである!今更だが、それだけ勇気と覚悟が必要だった。
おそらく大小にかかわらず誰もが、その位の自問自答はしているのだろう。
いろいろな危機があったが、最後はいつもこの言葉を繰り返していた。
結局は事業経営は博打でしかない!当たり続ける事はない。
最後は裸になる覚悟は出来ている?のが強みである。

 しかし、まだ憶えているが、事業の準備をしていたときのことである。
何か一人でTVを見ているとき、急に不安になり「屋上の手すりの上に立っている
ような末恐ろしい感覚」になったのを憶えている。確か借金を初めてしたときである。
この意識下に隠れた不安が意外と経営の原動力になっているのだろう。
立ち上げで判断を迫られるとき、夜半の2時35分が一番冷静な思考になっている。
しかしこの大津波ー大不況に対して、まだそこまで意識がいってないのは
どういうことだろう?!これからか?

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2002年06月06日(木)
429,両親の死

両親が亡くなった時、一緒に住んでいた。
そしてその死に様から「生きるとはどういうことか」を学んだ。
死ぬとは如何に大変な事を知った。
今ひとつ、死の視点から生を見るということを。

世間とか、娑婆の事を徹底的に割り切って見れるのも、
両親の死から、それがいかに幻想である事を学んだからだ。

結局,残るのは「子供と愛情」だけ。
それと‘生きてきた事’ー乗り越えてきた「行蔵」それだけだ。
意味とは最後の自己慰めかー心の印ということか?

死を自覚した瞬間の人間の「生に対する渇望」のすざましさに、
側にいて身震いした。
その瞬間−死を覚悟した瞬間‘砂漠の真ん中に立たされる残酷さ’を直感した。

‘心’は「主体」と「イメージ」で成立している。
心を失っている状態は、「主体をなくして何も考えられない状態」
と考えれば逆に解かる?

何で‘心’が両親の死の話しから出てくるかと言うと、
両親が死と直面した時に、「主体」と「イメージ」が
湧き出てくる事実を見たからだ。
それは死の恐怖感からくるものである?

特に「主体」が凄い。
人生の全てのことは自分の戯曲でしかない。
それに満足できるか、できないかだ。
死ぬ事はそう簡単のことではない。

昨日の朝、隣の主人が亡くなられた。
今夜通夜、明日葬式に出る予定!

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2001年06月06日(水)
[44] 何の為のホームページ

何でわざわざ個人のホームページを立ち上げ、公開するのか?
   まずはこの疑問
1・わざわざ写真を撮って入れたり、
2.貧しい内面の公開をしたり
3.せっかくとった最重要情報?の公開をわざわざしたり
4.とにかくエネルギーを使わなくてはならない

でもそんなこと、この巨大情報空間から見ればどうでもよい事。
むしろさらす事により、リンクの可能性が大きくなる。

インターネットとは考えてみてば、ホームページ間のネットである。
基本はホームページである。その拠点を個人や会社で持つことは、
情報空間に自分の基地を持つ事になる。
この時代あたりまえと言えばあたりまえである。

ウエブ上に拠点を持つことにより、他のホームページと相互関係になる。
その事をホームページ持ったことで実感できた。

もしホームページを持つまでもないと考えるなら、‘お気に入り’の集積と
その分類を自分のパソコンにきっちりしておくべきだ。
そうした場合どうしても自分拠点を持ちたくなる。
それは自分のパソコン内でいいのだが。
公開してもかまわない場合ホームページがよい。

巨大情報空間にさ迷い出た
子羊というところか。


1159, 「武士の家計簿」

2004年06月05日(土)

いま話題になっている本に、この「武士の家計簿」がある。
激動の時代が、武士の家計簿でリアルに浮き彫りにされている。
現在我々が直面している金融破綻や地価の下落、利権と収賄等々の問題が、
150年前に金沢で全部経験ずみなのが面白い。

・仕事は経理ー加賀藩御算用者(おさんようもの)(経理係)、
・小遣い6千円
・幕末の武士は年収の二倍の借金に苦しんでいた。
 禄高(ろくだか)では江戸と金沢との二重生活をまかない切れなかった。
 わが子に英才教育を施し、早くから出仕して禄をもらうことを考える。
 他の部署と違って御算用者は経理等の能力がなければ採用されないので、猪山家も必死だ。
 そのかいあって、息子の成之も早く採用されて俸禄は親子で二倍の収入になる。

幕末の加賀藩士の家計簿を見つけた慶大非常勤講師の磯田道史氏が、
地道に書き上げた本である。平成13年の夏、彼が現金を16万円を持って神田神保町の
古本屋に駆け込み買い込んだのが始まりである。
これが猪山直之・成之親子が三十七年間にわたってつけた入払(いりばらい)帳
(家計簿)である。
この史料から金沢城下の下級武士の詳細な暮らしぶりが分かるほか、
明治維新後に海軍主計として活躍した猪山一族の隆盛から加賀藩士が日本の
近代化に大きな役割を果したことが解る。
漠然としか知られていなかった武家の生活を、家計簿から読み解いたものである。

 天保十三(一八四二)年、高金利に耐えられなくなった猪山家は家財を売り払い、
借金を完済。「もう二度と借金を背負わない」という決心からまんじゅう一個を買っても
記録する”完ぺきな家計簿”をつけ始めた。
以来、明治十二(一八七九)年まで親子二代が克明な記録を続けた。

 家計簿からは、武家の婚礼、出産、葬儀などの儀式に伴う出費のほか、
習字やそろばんなど子どもの教育に多くの費用が必要だったことが分かる。

金沢の直之から江戸(東京)で暮らす成之への手紙も含まれており、
「犀川の土手でドジョウを焼いて売る士族が出現」
「裕福な商人に武家の娘が嫁ぐ縁組が流行」
 など明治維新後の激変ぶりが記されている。

 維新後、成之が優秀な経理マンとしての手腕を発揮し、海軍省で出世していく
ことについて、著者は「当時、金沢の理数教育は非常に水準が高く、それが
明治の近代化に大きく貢献した」とみている。

 猪山家が加賀百万石のそろばん係(財政担当)をしていたことで、数字に細かく、
なおかつ収入よりも支出が多い借金で破産しかかっていたことが当時の生々しい
生活や社会の実態を記録したことになる。
 
 興味深いのは、江戸時代の武士が結構離婚が多かったこと。
これは、妻の側の財産は独立していたことや,婚家よりも実家とのきずなが
強いためのようだ。
この文書でも、夫が妻に借金を申し込み借用書を書いたり、という事情が
記されている。

冠婚葬祭や病気見舞い、昇進祝いなど、親戚や同僚との義理を欠けない
付き合いが、出世とともに増えていった。そして 交際費がかさんでいった。
武家社会特有の通過儀礼や年中行事もあった。
ある年、猪山家が費用を支出した儀礼と行事は合計二十二回を数えていた。
真っ先に何を削ったかといえば、当主の小遣いだ。
また家財を売り払い、借金返済や利息に充てたりしていた場面もある。

主人の使いに出ては、あちこちから祝儀をもらった家来の懐の方が温かだった
ことが多かったのでは、と著者は推測している。

 猪山家は加賀藩では下級武士で、その上御算用者という身分は
他の武士身分からは一つ下にみられた。

しかし数字に強いという猪山家の能力が認められる時代が来た。
明治維新である。以後、猪山成之は海軍に勤め出世する。

著者は、この家計簿から当時の社会を分析しているが、この切口が新鮮である。
「事実は小説より奇なり」ではないが、人間の生活や社会は、いつの世も
たいして変わらない部分を垣間見た思いである。

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2003年06月05日(木)
792,起業とは−1

 現在アントレブルナー(起業家)という言葉がキーワードになっている。
国家が支援金まで援助して新しい事業を興すことを勧めている。
ベンチャーだけでなく、企業に属している人やすべての社会人に
このマインドが求められるようになった。
 しかしアイデアや着想を練り上げて、プロジェクトを立ち上げ、業績を
あげて、拡大し、次世代にひき継ぐのは至難の業である。
うまくいっても大体が25〜30年で、その生命を終了する。
営業ー不動産などで「千三つ」といわれることがある。
千に三つしか成功しないからだ。
これは2分の1の確立で10回当たった数字である。
起業で成功する確率も同じ事がいえる。
無から有を生み出すのだから、想像を絶する苦痛を伴なう。
コンサルタントの林さんも産能大学での講座では、本当は「起業論」を
やりたかったといっていた。
 
 考えてみたら、小さいながらも27歳から事業の立ち上げを数回経験してきた。
決心をしてから半独立ー27歳、
そして完全独立ー34歳、
と階段を上るように一歩づつ独立をしていった。
私の知人友人に起業をした人が数人いるが、見ていても壮絶である。
想定が甘かったり、少しいうまくいくと拡大ではなく膨張をしてしまう。
自己能力の限界の設定が甘くなってしまうのだ。
他人事ではないが。

 私も何回か立ち上げをしてみて大変であったが、両親の創業を見ていたので、
その苦労の数分の一でしかないことをわきまえていた。
時代の変化の中で、それまでとは違った業種・業態を新たに創りあげるのだから
簡単なはずがないが、しかし手順は一緒である。
今までの常識を否定して、仕掛けとして違う切り口で組立てをするのだから、
覚悟とエネルギーが要るのは当然である。

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 2002年06月05日(水)
428, おしっこをしながら、水を飲む

「おしっこをしながら、水を飲むとそのまま飲んだ水が垂直に排出された感じになる。
 宇宙が身体に流れ込む感じ」という本を読んで、昨日3回も実行してみた。

・まず感じたことは、「こんなことを実際やってみる人は,
 この本を読んだごく僅かな単細胞の人だろうな〜」という気持ち。
・世界広しといえども、こんな経験をした人は殆どいない事を
 してみた自分の可笑しさ。
・現実にはそうでないが、飲んだ水がじかにそのまま排出されるという
 実感が愉快であった。そこには胃も腸もないそのまま出て行く実感である。

ところでそれがどうしたの?と聞かれても答えようがないが、
新鮮な気分と、誰もやったことない体験をしてみた!
という可笑しさで,気分が一新しただけでも価値があった。
  
    何事も経験です!!!!!!!!!!!
  貴方も経験してみたら??!
 
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

2001年06月05日(火)
[43] オークションサイトについて

今日インテリア山下の社長が来られて、
下取りのダンツーの絨毯を1円でネットオークションに出してみた’
と言われたので早速オークションに1000円で入札をしてみた。

またネット上の新しい世界を垣間見た思いだ
(e−ビジネスの新しい可能性の一部を)。
これこそ新しい社会の1つの可能性を現している。

ホームページにしろインターネットで毎日が新しい発見の連続である。
確かにネットバブルの部分があることは否定できないが、といって
ネット社会の方向は事実である。是非このサイト見てみる事を薦めます。
前の頑張ってます!はパソコン教室の練習です。
記念の為残してきます。
http://auction.excite.co.jp/


1158, 年金の話

2004年06月04日(金)



これだけ不景気になってくると気になるのが老後である。
そこで年金がここにきてクローズアップされてきているという。

今年から、58歳を過ぎると年金の予測の数字を希望者に郵送される。
半月前にその内容が送ってきた。
こういう時代、明日何がおきても不思議ではない。
とくに事業をしている立場上、不安の要素があまりにも多い。

ある日、ハイパーインフレがおきて金利が2倍にあがる可能性がある。
また、上越新幹線でテロの爆発がおきても不思議でない。
(新潟駅の新幹線のホームでは、各階段に警察官が二人ずつ合計10人
近く張り付いている)
新潟にアルカイダーの幹部が一年半潜伏していたとかいう情報があったことと
関係しているのだろう。

ハイパーインフレやテロで、会社は一瞬で倒産してしまう可能性を含んでいる。
経営者は何も保証されてない立場にあるから、万一のことがあれば明日からの
生活に事欠くことになる。倒産をした最悪の人を何人も現に見てきているから、
時々凍りつくような不安に落ちいることがある。
それが逆にエネルギー源にもなっているが。

社会保険センターから送ってきた年金の数字を見て少しホッとした事も事実である。
年金支給が63歳と思っていたが、今回の郵送で60からでももらえることを
初めて知った。
・1年7ヶ月経つと(60歳)全く他に収入がない場合で、190万円の年金支給。
・4年7ヶ月で(63歳)で、260万円。
・6年経つと、家内の分を加算すると360万位という。
ー何とか人並みに生きていけそうな金額である。

家内に説明をすると、
「丁度よいようになっているのね!」

セフティーネットとして、あるとないとでは全く違う。
こういう年齢になったのだ。

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 2003年06月04日(水)
791, 鎌倉がよかった

 林さんに大学の授業が終わった後、鎌倉を案内をしてもらった。
家内と私にとって素晴らしい思い出になった。
鎌倉は父方の親戚が駅前で古美術(堀井古美術)の店を開いて、法事などで
数回行っていた。しかし鎌倉の大仏以外は全く未知の世界であった。

 今回初めて解ったことだが、鎌倉にも五山があった。
鎌倉時代に中国の五山制度にならって、鎌倉の禅寺に設けられた五大寺をいう。
室町初期には鎌倉・京都それぞれに五山が定められた。
その後たびたびの改定を経て、足利義満のとき、五山の上に南禅寺がおかれ、
・京五山として天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺、
・鎌倉五山として第一位 建長寺 第二位 円覚寺 第三位 寿福寺 第四位 浄智寺
第五位 浄妙寺 がおかれた。

それぞれに深い歴史があることがはじめて解った。
私達が案内されたのが、第一の建長寺と第二位の円覚寺、それと長谷寺と
‘あじさい寺’の名で親しまれている名月院である。全て印象的であった。
その中で名月院を書いてみると
ー北条時宗が建てた禅興寺の塔頭の一つだっ たが、のちに足利氏満の命令で上杉憲方が
時宗の父、時頼の墓所と して中興した。
1394年上杉憲方の没後、上杉憲方の法名 をとって明月院となったという。
アジサイだけでなく スイセン、ボケ、モクレンなど草花の種類も 多い寺である。

 それぞれが、味わいのある素晴らしいお寺であった。
鎌倉がこれほど良いとは実際のところ知らなかった! 

 昼飯を御馳走になった老舗の中華料理店がよかった。
横浜の中華街にある中華料理店の支店として60年前から営業をしているという。
由緒ある別荘がそのまま店になっている高級料亭風であった。
中華料理も絶品の味であった。
林さんとでなければ、間違っても入れない店である。

 話は変わるが鎌倉でタクシーに乗った運転手が「景気が悪い!」といっていた。
特に今年に入ってから、かなり悪いとか。
鎌倉の一人当たりの地元に落とす金は平均700円?と冗談で林さんが教えてくれた。
ウォーキングスタイルにリュックを背負いコンビニで弁当を買ってベンチで食べるのが
鎌倉の一日観光のスタイルとか。

 母校の講義と鎌倉の散策、一期一会の素晴らしい二日間であった。
 
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 2002年06月04日(火)
427,世間とはー3

世間に住む人々を喩え話で挙げてみると面白い!
娑婆の集約の姿であろう。

・まずはーどぶに浮くボウフラ!!

・そしてチンドンヤー自己宣伝に全て注ぎ込んでいる倒産寸前の!!!
 ーとくに地方は−痴呆になってしまうのだろう!!
 小さい世間の中で如何によい地位をつくるかという幻想に血眼ー痴呆症か。

・太鼓もちー芸者と組み合わせ!!!
 -夫婦で、低脳の痴呆名士に対して夫婦漫才をして売り込む!!
 あの角栄の組織を乗っ取った竹ちゃんも!!
  ただただ太鼓もちの世間士???

・鳶ー不動屋やマイナス情報を探し回るあの男。

・ガマカエルー王様カエル  ノータリンクラブとかに入って偉くなったつもりの人
・宅上犬ー??

世間という心の壁は、自分と他者の問題になってくる。
あいまいな甘えの世界ともいえる。
自分を持ち得ない群集の世界ともいえる。
特に島国のような固定化社会では、その甘さがお互いのクッションの働きになる。
必要悪だからさらに性質が?!。

若い母親のまず社会の第一歩、そう公園の砂場デビュウー。
音羽で幼児殺人があったが、インタビューされた若い同じ立場の母親が
「動機がいたいほど解る」と何人も言っていた。
あれが世間という世界、日本的カースト制度の差別の世界。
あれも範疇だろう。
細かくランク付けされた立場の小さい視点!

しかし情報化社会において、その根本が崩壊してきている。
この情報化が根底から社会を変えようとしている。
日本的世間(社会)主義の崩壊である。
しかし新しいネット世間ができている、空間を越えて。

この位の割り切った眼で見てないと、世間様のゆで蛙になってしまう。

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 2001年06月04日(月)
[41] 20年の通勤

新潟と長岡を20年通勤している。
1年に250日*20年=5000
5000*2800円平均=1400万円になる。
マンションの一つも買える。
2つの地方都市の30分の新幹線の通勤も悪くない。 
仕事と私生活をきっちり分ける事が、より可能になるからだ。
長岡と新潟の気質がまるで違う事も見えてくる。
あくまで対比の話だが、新潟は鷹揚だ。そして明るい。かつクールだ。
反面こと商売という意味の仕事は甘い。反面長岡はマクロという意味で
仕事がいいかげんだ。
人間関係‐付き合いとかなにかで誤魔化してしまう。
長岡で住んで仕事をしていると、
陸の孤島の住人の感覚となってしまって当然だ。
特に中年から老年に至ったとき毒(ストレスのヘドロ化)が
とっぷりたまらないかと?
それなりに知恵で解毒しているはずだが。
5〜6年前までに4回新幹線を乗り過ごした。3回湯沢で泊まった。
それぞれにミニドラマがあった。飲んだ勢いで湯沢でも飲むからだ。


1157, 60対10の法則

2004年06月03日(木)


1昨日、NHKのTVを見ていたらニューヨークの市警が
取り入れた「60対10」の法則の取り締まり方法を紹介していた。
「10佑涼篭茲鮟乎罎靴銅茲蠶まれば,60佑糧蛤瓩鯡ち海頬匹阿海箸できる」
という法則を使って、ニューヨークの犯罪を激減させた事例を紹介していた。

これは「80対20の法則」の応用であろう。
20佑陵彭世80佑陵彖任集中しているというのを、もう一ひねりをして
10佑陵彭世60佑陵彖任集中しているという原理だろう。
20佑糧省の10%で60佑覆里世ら、さらに効率的になる。

本でいうと、「目次」と「前書き」と「終わり」と、太字と図と箇条書きの
ところが20佑陵彭世箸垢襪覆蕁◆崛綾颪」と「終わりに」と箇条書き
部分が半分の10佑箸靴討澆襪覆蕁△修海60佑含まれているという見方だろう。
その本によって、使い分ければよいことになるが。

犯罪のように80佑茲蝓60佑遼蛭箸諒が現実的なケースの方が良い場合がある。
100融箸錣覆てはならないケースもあり、ケースバイケースである。
80対20という法則だけでなく、60対10の法則もあるということを頭にあればよいが。
200佑韮隠娃悪佑慮率の場合が必要な場合もあるから念のために!
仕事や受験などのように効率を求められている場合、平気でこれをする場合がある。
人生はこの場合の方が多いから困ったものだ。

経営もマイナス10にエネルギーを集中して気がつかないから、本当に困ったものだ。

誰だそのバカは?
自分のこと?

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 2003年06月03日(火)
790, [ 産能大学講義]談

 何事も経験と、会社のコンサルトをしてもらっている林さんの
産業能率大学の授業の臨時講師を受ける事にした。
授業70分のうちの60分が持ち時間であった。
場所は新宿より箱根に向かう小田急電鉄で一時間のところにある伊勢原である。

 気楽な気持ちであったが、二日前に講義をいている夢をみた。
あまりにも力みすぎ空回りをして一人芝居をしている夢であった。
何処かで緊張していたのだろう。
ゆっくり話すのがコツというが、力みを抜く事を忘れてしまって空回りをしてしまった夢だ。

 ところが当日は緊張感はゼロであった。
「相手は学生で、実体験をそのまま実感で話せば問題はないだろう」
という気持ちと十分の準備があった為だ。
いざ壇上に上がって驚いた、学生のほうがむしろ緊張をしているようであった!?抽象的な話しばかりの授業が多い中、具体的な異様な?話に逆に興味を持ってくれたようだ。
まあ実務家の話は聞いたことがないから、珍獣でも見ている気分ではなかろうか。

 出席者は50人位で、女学生が半分近くいた。
私語をする学生はゼロ、少し居眠りをしている学生が2名いた。
講義は先日のレジメどおりに進めたが、
カタチ、心観学術態、好きな事を今のうちに見つけて職業にしなさい、
ダンスと歩行、般若心教を暗記しなさい等を話している時は
全員の目が光っていた。
「私の人生で得たエキスを誰か一人でも理解してくれればよい」
という気持ちが少しは伝わったようだ。
しかし禁止用語も使っていたようだ。

また大学で講義など変わった貴重な経験を一つしてみた。
そして面白い経験であった。

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2002年06月03日(月)
426,富豪の館


昨日ラーメン屋で見た週刊誌に、マリナーズのイチローの新しい屋敷が
載っていた。2億5千万にしてはプールはなかったが、豪華な建物だった。
南ベトナムに行った時、サイゴンの元南ベトナム大統領府が公開されていた。
やはり広大で豪華なものだった。

その時の説明で、豪邸の条件の話しが面白かった。
1、映画館を備えている事ーいつでも見たい映画をすぐ見れる状態
2、プールがあること
3、バーがある事ーホームパーテーが開ける事

さらにヘリコプターの離発着の機能がついていれば、さらによしという。
大統領府にその条件が揃っていた。

ホームバーと映画館は一般の家庭に形を変えて入りこみつつある。
TVのホームシアターでいつでも見たい映画を取り込める時代の到来だ。
プールだけは無理のようだ。

以前の日本では、大きい庭と池と茶室、それに法事や正月に
親戚が集まった大きい部屋だ。

こんなものより自由に世界を飛び廻っているほうが好きというのも、
「物より事の時代」のせいか!

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2001年06月03日(日)

昨日ホームセンターのムサシの外食部門のやき肉の店の‘赤大門’に行った。
‐大ジョッキーの生ビールとカルビ定食とカルビとロース四品で2100円であった。
二人だから一人1000円あまり!安いと思った。
長岡の郊外に焼肉の店がここで増えた。
日本人は誰かがやるとそれに集中してしまう。

焼肉は5〜10年前までは3000円以上だった。
それが合理化により半額ちかくなってきたため、新しい客層が増えてきた。
目安のカルビ680〜780円が350〜500円に下がってきた。
焼肉や同士の闘いは高額の店をますます追い詰めていく。
‐写真日記に撮ってあります。

−2004年6月3日記
先日いったら、その店はもう潰れていた。
狂牛病騒ぎでお客が激減したのだろう。


1156, 世間とは−4

2004年06月02日(水)


「世間さま」という、それぞれの人を取り囲んでいる妄想について、
今まで何回も書いてきた。
世間とは、いつの間にか自分で作りあげてきた「バカの壁」でもある。
といって、日本のような島国では、どうしてもお互いに気を使いながら
「世間さま」から自分を守らねばならない悲しい国民性も仕方がない。
藤沢周平の「海鳴り」の中で、ある商人の世間に対する気持を正直に書いてあった。
なるほど作家は、世間というものを鋭く観察するものと感心をした。
私の世間感とほぼ一緒である。
それぞれの世界では、世間の妄想とはこんなものだろう。

−たしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。
世間は時には悪意をむき出しにして襲いかかってきたが、
稀には救いの手を差しのべても来たのである。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。
 
だが善意の人も、一たん利害が対立すると、手のひらを返したように
悪意に満ちた中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。
つまり、と新兵衛はそのころ思ったものだ。
無償の善意などというものを世間に期待するのは馬鹿げていて、
この世はむしろ悪意に満ちていて、隙があれば足元をすくおうとしている
と覚悟をしていた方がいい。

それが、どうにか自分の才覚でまわりと折り合いをつけ、自分自身も
人の足をすくうような真似をして、きわどく世を渡っているうちに。
商人である小野屋新兵衛の身についたようなものだった。

その中で得た一番の教訓は、人に弱味を見せてはならないということだった。
世間に侮られず、憎まれず世間を渡るということは難しいことだった。
だがかりに憎まれても、根性さえしっかりしていれば、商いが潰れるような
ことはない。同業に憎まれながら大きくなった須川屋嘉助のような例もある。
須川屋は人の思惑など屁とも思わず、憎まれれば反発をしてコワモテの
商いをして、ついには誰も手がつけられない大物になった。
だが、人に弱味をにぎられ、侮られるようになると、商いもお終いだった。

人の弱味をにぎり、侮る側に回ったときの世間が、いかに残酷に振舞うか
をみてきている。

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 2003年06月02日(月)
789, 東京見物

 この二日間、東京と鎌倉に行ってきた。
まずは初日の東京見物の話。
さっき帰ってきたところだが、「新潟と地球の僻地」を行ったり来たり
していた世界とは少し違う。

 一泊二日で約16000円の東京宿泊パックである。
新幹線とホテルのパックで、ホテル代が無料ということになる。
指定された列車で、二人以上という条件がつくが安い。
日曜日の8時45分の新幹線で出発する。
家内は上野で降りて、息子に会いに行く。
私は東京駅近くの八重洲ブックセンターに行く。
13時の待ち合わせまで、アッという間に時間が過ぎる。
よくぞこれだけ面白そうな本があるものと驚く。

 その後、家内と丸ビルに行く。
思ったより落ち着いた、奇をてらってないのがよかった。
そこの和食のランチが1800円と高いが、それを感じさせない店であった。
そして日本橋の三越本店に行く。
店員の多いのと、催事場の人の多さに驚く。
それと年配ー60歳から80歳が8割がたであった。

17時半より、はとバスに乗る。
20数年ぶりのハトバスである。
新宿の高層ビルの54階での食事と、お台場をまわるコースで7500円である。
50人以上の定員に12名の乗客である。
世界の刺激の強いところばかり行っていた為か喩えると、
薄いコーヒーをクリープをタップリ入れて飲んだ感覚であった。
お台場も雨上がりの為、何ともいえない趣があったが!
それより、新宿のパックの指定されたホテルが見つからず、危なそうな場所を
さ迷ったほうが刺激的であった。ポイントを効率的に回った!のがよかった。

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 2002年06月02日(日)
425,父・堀井誠作のこと−2

・女性の噂の全くない非常に真面目の人であった。
  家庭人としてこれが一番の基本である。
・非常にシャイなところがあった。

・商売では非常に厳しし反面、それを離れるとやさしいところがあった。
 これは自分で心がけているが、営業を狙ってくるタイプはその隙を狙ってくる。
  年内にその整理に入る!!!!ーこれは自分の話しか!

・その時々の時代に合わせて仕事を変えていったのは、最も学ぶ事であった。

・仕事も私生活も、楽しむ事が基本にあった。
 これも両親からの最大の教えである。

・宗教に関しては、ごく普通の仏教徒であった。
 特に法事などの仏事に関しては非常に大事にしていた。
 これを疎かにすると家が傾くと本当に信じているようだった。
 集り坊主の丁度いいお客様であった。
 所詮はレジャーでしかないのにーこれは私の主観。

・お金に関して父なりの金銭哲学があった。
   ー何を奇麗事を言っても、お金に関しては赤裸々な欲がある。
   −あまりに露骨の欲の塊が金、それをちゃんと見据えろ。
   −金は仕事の楽しみのカス、自分でその楽しみを見つけるべし。

・若い時に肋膜炎になり、戦争に行かないですんだ。
 これがコンプレックスと幸運の両方で人生観の背後にあったようだ。

・どちらかというと、母が男のように芯の強いところがあり、
 逆に父はシャイなところがあった。

・母から聞いた話だが、人間的に面白いエピソードがある。
 −戦前に一年に一商売をすると、一年間一家が生活できるだけの
  利益があったという。その商売が成立すると、50銭ー今でいうと5000
  〜10000円の硬貨を耳に挟んで、嬉しそうに一人で夜食事に行ったという。
    −5円なら解るが,50銭というところが自分に似ている。

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2001/12/21
[151] 世間様

「世間とは 現実にドップリつかった馬鹿な4^5人のこと。」

浪人を重ねるうち悟ったことである。それは諦めと醒めた視点から感じたことだ。

現実とは世間とは「教養のない馬鹿な女と女みたいな男の現象世界」でしかないことを。

それが馬鹿な彼女・彼等にとって、現象が全てだからそうなのだろう。

世間の目、世間様とかは自分の(自己の範囲を自分というなら)日々の泡でしかないのに。

それが解ってないから前に書いたチンドンヤや子狐が出てくる。

その言葉に呪縛されて、一生終えてしまうのが95%いやもとっと多いのでは。

世間様に笑われないようにとか、世間様に迷惑をかけないように!これも大事だろう。

城下町街はこの世間様の世界に入る。彼らの情報(噂)は下ネタか夜逃げか不幸,

それを皆で楽しんでいる。社会と世間の言葉の違いを定義つけておかないと!こういう

世界に迷い込んでしまう。

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2002/06/04
世間とはー3


世間に住む人々を喩え話で挙げてみると面白い!
娑婆の集約の姿であろう。

・まずは私の大好きな???! −子狐 そうあの子狐!!
 ーどぶに浮くボウフラ!!

・そしてチンドンヤー自己宣伝に全て注ぎ込んでいる倒産寸前の!!!
 ーとくに地方は−痴呆になってしまうのだろう!!
 小さい世間の中で如何によい地位をつくるかという幻想に血眼ー痴呆症か。

・太鼓もちー芸者と組み合わせ!!!
 -夫婦で、低脳の痴呆名士に対して夫婦漫才をして売り込む!!
 あの角栄の組織を乗っ取った竹ちゃんも!!
  ただただ太鼓もちの世間士???

・鳶ー不動屋やマイナス情報を探し回るあの男。

・ガマカエルー王様カエル  ノータリンクラブとかに入って偉くなったつもりの人
・宅上犬ー??

世間という心の壁は、自分と他者の問題になってくる。
あいまいな甘えの世界ともいえる。
自分を持ち得ない群集の世界ともいえる。
特に島国のような固定化社会では、その甘さがお互いのクッションの働きになる。
必要悪だからさらに性質が?!。

若い母親のまず社会の第一歩、そう公園の砂場デビュウー。
音羽で幼児殺人があったが、インタビューされた若い同じ立場の母親が
「動機がいたいほど解る」と何人も言っていた。
あれが世間という世界、日本的カースト制度の差別の世界。
あれも範疇だろう。
細かくランク付けされた立場の小さい視点!

しかし情報化社会において、その根本が崩壊してきている。
この情報化が根底から社会を変えようとしている。
日本的世間(社会)主義の崩壊である。
しかし新しいネット世間ができている、空間を越えて。

この位の割り切った眼で見てないと、世間様のゆで蛙になってしまう。

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2002/05/29
世間とはー2

前回では「個人が確立されてない日本では社会が存在し得ないのでないか。
そしてその代わりー世間ー存在している」と書いた。

ある地域に生まれ育って、一歩も外の世界で住んだことがない人は、
世間という枠組みから出ることができないのも仕方がない。
神話の世界でいう蛇である。

その対極にある鷲に憧れを持ち、その合体の龍を創りあげた。
どういうわけか世界中の神話に龍が出てくる。
縛られた世界からの脱出の希求は人間の本質的欲求なのであろう。

羽仁五郎の「都市の論理」に、両親からの自立が人間としての第一歩と書いてあった。
西洋のいう「個人」とは自立した自己ということになる。

まずは職業である、自分で稼いで生きていくのが第一歩である。
次に両親からの影響と環境からの自立である。
自分という意志を持った主体の確立である。
世間というものに対し、戦い挑んで勝ち取る意志である。

両親と周辺のせいぜい20人を、「濃厚な?世間」という。
それを自覚する事である。
「短い人生、ただ狂え!」が、世間様の丁度いい噂の餌になるが。
王陽明に「羊になるな、狼になり羊を食い散らす生き方を!」
というのも、世間に縛られた生き方を諌めたものだ。

個人ー個性とは世間との闘いで創っていくものだ。
世間とは他者とのあいまいな緩衝地帯でもある。
私はそこに生きるそれを『子狐』とよんでいる。
誰にもある要素だ。

もちろん自分にある最も嫌っている影である。
その集約が、そうあの人!

誰もがこう言われれば自分と?考えてしまうのが不思議???!!


世間とは −1

「西洋でいう個人が確立されてない日本では、社会は存在していないのでないか?」
という疑問が以前からあった。
その代わり存在するのは、噂と悪口からでお互い牽制しあう「世間」である。
阿部謹也の「世間とは何か」という本を立ち読みをして、思わず納得した。

現在国際社会で日本が冷笑されるのも、もともと日本では存在していない社会そのものを国際「社会」の中で、
常に世間という日本社会を外に出してしまう為である。
勤めとか事業で、いろいろの地域社会をみてきて漫画的な社会?構造に驚いた。
世間様の存在と、それに対するペルソナー仮面を付けて、
全員して演技している滑稽さである。

それは社会というより、群れという感覚でありその統制は噂と恥の文化である。
ある作家がある部落に住んで、、その滑稽を「気違い部落」という本で著した。
それが売れると、逆に気違い?にされ村八分にされてしまった事が、
話題になったことがあった。

世間に属さない他者は今の日本では人であって人間でない、
と先ほどの「世間とは何か」に書いてあった。  
その地域の集り坊主とか、地銀とかに勤め、支店長あたりになる。
そしてその地域の噂社会の中で、よい人を演技する?のが、
「世間を渡る」という世界。

そして自分とは何かを死に近づいて考えて、気づく?
世間に縛られた小さな一生を、その時初めて悔やむ!
世間とは、幻想社会という事を!

日本の島国的特性そのものだ。

  ーーーーーーーーーーーーー

ー10年前書いた文章をコピーしておきます。

H0407城下街小唄
 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。
その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、
“城下街曼陀羅”がきっちりできており漫画的ですらある。
彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。
特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、彼等の出す“ウワサ”
がその社会を大きく左右する。
それが事実であろうがなかろうが“マンダラ”
の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。
(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。

“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、
今は下火になったのだが、新興の各業界の癸韻亮卍垢十人あまり癸韻、
ゆえに聞くに耐えない“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”なのだが、
そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。
それがおもしろおかしくて集団ヒステリック的につくりあげられており、
自らの名が出るかどうか怯えている。
“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものである。


1155, 「しつけ」の話

2004年06月01日(火)


一昨日は父の命日であった。
今から思うと、父は厳しい人であった。
特に、共同生活と金銭の卑しさに対しては異常なほど神経質であった。

昔は何処の家でも、多くの厳しいしつけがあった。
毎日の生活は「しつけ」という言葉の刷り込みで、ほとんど決められていた。
それが良いのか悪いのかは別として、多神教の宗教の日本にとって、宗教的戒律が
曖昧であるから、生活規範があったのだろう。

欧米では躾をこどもの時に徹底的に叩き込むという。
日本でも以前はそうであった。
中学・高校野球部の優秀な監督が、新任して先ずやることは「躾の徹底」である。

新入社員教育をしていて、タダタダ驚くばかりである。
しつけが殆ど入っていない。
それでも、それを隠して入り込んでくるから敵もさるものである。
両親が躾ができないのだ。
学校も、親の家庭教育が全くなってないことを知り尽くしているため、初めから躾を
入れようとしない。
社会常識や躾をする役割が今では会社の場になっている。

しつけの言葉が色いろあった。
まっとうの家庭なら、当たり前に親が子に教え込んでいるはずなのだが。
それが全くされてないから困ったものだ。

・弱いもの虐めをするな!
・ご飯粒を残しては農家の人に失礼だ。
・嘘はつくな
・自分の事は自分でしなさい
・大人の話しには口を出すな
・玄関の履物は揃えなさい
・早起きは三文の得
・敷居を踏んではならない
・他人の陰口はいうな
・贅沢はするな
・見栄を張るな

等々書けばいくらでもある。

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2001年06月01日(金)
言葉の トリック


宗教家とか占い師そして政治家がつかう言葉のトリックに
次のような方法がある。
宜保愛子がこの方法を多用していた。

1.あなたは悩んでいますね。
2.あなたは転換期にありますね。
3.−−−ははしゃいだ後落ち込んでいますね。
4.小さな動物を殺した事がありますね。
5.近くに水がありますね。ーーーー花が近くにありますね。
6.恋愛に悩んでますね。−若い女性にすべて当てはまるからだ。

これを三十〜四十位使いこなせば占い師か宗教家になれる。
こういう笑い話がある
占い師がある男に子供が2人いますね?と聞くと、
‘いや3人だ’と答えると、
‘そうあなたが思っているだけです!’

人間は自分自身の言葉のトリックに身動きできなくなっていることが多い。

宜保愛子があるTV番組で。
・玄関に花か花の絵がありますね?
・右に回ると居間で左が仏間か物置になっていて、居間の左が台所でーー
と延々と続く。間違えると首をひねりごまかす。

ほぼ私の自宅と一緒であったのに笑ってしまった。
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。
さすがに最近は出なくなった。

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2002年06月01日(土) 424, 父・堀井誠作のこと -1


一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。
早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。

父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。

・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、
 父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3〜5万が一応資産家の目安だったというから、
 もともと裕福な家だった?私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。
 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。
 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、
 かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。

以前父のことを書いた文をコピーしておく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
H0505小説のような本当の話!

 十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。
ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。

生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、
お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。

たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に、
正直に事情を話したところ、父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。

それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。

聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。
そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく考えさせられる
出来事でした。
父の名前は誠作という事もあり、
それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、
それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった次第です。

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2003年06月01日(日) 788, 産能大学ー講義レジメ

  
 来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。

1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状
2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは
4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか
5、現在の景気について

ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。
40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカのチェーンストアに学ぼうとしていた。
ジャスコやヨーカ堂やダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一のもとに勉強会を作った。
それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。

私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の
二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。
その会社もジャスコの偶然だが傘下に入ってしまった。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。
また会社設立から、「ペガサスクラブ」に入会した。

ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
・スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。
 オールシングル 
 統一料金
 ロープライス

ー創業ー創造について
 カタチつくり
(カ・カタ・カタチ)
 カー神・発想
 ター田・型
 チー血・エネルギー・道

ーもし私が、今あなた方であったら、何をするだろうか
 人生のトータルデザインを創る
 ホームページを作成する
 資格を取る
 哲学を学ぶ
 世界を旅をする

ー現在の景気について
 もうよくなることはない
 軟着陸をどういうカタチでするかのレベル

 ・・・
どうなることか、面白そうだ!

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