堀井On-Line



1061, ロード・オブ・ザ・リング

2004年02月29日(日)

この映画の三部「ロード・オブ・ザ・リングー王の帰還」を見てきた。
一つの魔力を秘めた指輪の争奪の物語だが、ストーリーより、感想を書くことで
何かを感じ取ってもらえばよい。
一部を初めて見たときは、その特撮の迫力や、背景の田園や広大な自然の美しさと、
物語の内容の面白さに圧倒された。そして二部に続き三部も迷わず見てきた。
私のような年配が見ても、全然違和感のない面白い内容である。

特に特撮が素晴らしい。一部二部三部と段々と迫力が増している。
二部もそうだが、数十万の兵隊が激突する戦闘シーンの迫力はハイテクをフルに
使ったものだが、これを見るだけでも十分価値がある!
スターウォーズなど見てきた中でも、迫力は今までの映画で一番であった。
映画館の音響効果も含めて、進化し続けているのが解る。
要するに日ごとに面白くなっている。
10年前の映画と、現在とでは隔世の感がある。

3時間20分、一瞬も目をそらせなかった。
三部作で340億円の制作費と、15ヶ月かけて製作されたというが、
なるほどアカデミー賞のトップにノミネートされるわけである。

次は「ラストサムライ」を見てこなくては。
気持ちは若い?いやガキなだけか!

・・・・・・・
・・・・・・・

お笑い 
 「水上を歩く」

キリストとモーゼがガリヤラ湖で魚釣りをしていたがさっぱり釣れない。
二人は退屈になり「なんか面白い遊びはないか」ということになった。

それでミラクル遊びになった。
モーゼがまず「4000年前の奇跡をおこしてみよう」
という事になり「水よ裂けよ」と声をかけた。
すると水が二つに裂けふねが湖の底に落ちた。

そこで(底で)キリストがわしの番と水の上を歩き出すと、
ドボドバと水の上にもぐってしまった。
「足に穴があくと、やっぱし水の上をあるけないか!」


1060, 職業性格形成論−4

2004年02月28日(土)

ー「営業屋性格形成論」−2

「職業性格形成論」から「営業屋性格形成論」へと続き、今度は
「ゼネコン営業性格論」を書いてみる。
むしろ「ゼネコン営業論」になるが。

営業の世界で、私が知っている範囲で一番すざましいのがゼネコンと保険屋
である。
再開発を数十年にかけて追いかける仕事もあるし、談合という公務員
と組んだ国家犯罪をつるんでやる仕事まで様々である。
接待などで一つ間違えばアルコール中毒になってしまう。
また癌になる確率も非常に高いという。
接待をしているつもりが、逆に丸め込まれることも多い。
自分の仕事に疑問など持つこと自体許されない世界である。
情報渦巻く中で的確な判断も要求される仕事でもある。

営業の付き合いで、飲み屋のツケで数千万円も背負って家庭破壊をした
ケースや、癌になってしまったとか、ゼネコン営業残酷物語は無残である。
最後は身も心もボロボロにされ放りだされてしまう。

新潟県の談合の主は、「大成建設」になっているとか?
どぶ沼の国家犯罪プロジェクトに組み込まれた中で仕事をするのだから、
イタリアのマフィアの世界と酷似している。
縄張りがあり、そこには利権が張り付いている。
さすがにマフィアのような殺人や暴力装置は持っていないようだ。
県や市町村の役人が収賄で逮捕されるが、氷山の一角でしかない。

この談合システムも、ソ連の共産党が崩壊した時の様相になってきている。
情報化などの大きな時代の流れの為、内部からも漏れはじめたのだ。
また長野県の田中知事や横浜市長などが、その壁を壊そうと熾烈な闘いを
始めてきたからだ。実際、身体を張った命がけの仕事である。
ゼネコン営業形成性格論とは全くことなる、程度の低いゼネコン談合世界
の話になってきた。

ゼネコンといえば、ビルや再開発や港湾や公共事業など大型物件を扱う
仕事である。
足で歩いて情報を探して時間をかけて、とことん食い込んでいく高度な
営業テクニックとセンスが要求される。
接待とか付き合いの中で、営業チャンスを模索しなくてはならない。
1佑涼罎ら可能性を追求していく世界である。
その為には、駄地獄と天国の境に常に身を置かなくてはならない。
人間的に大きく成長するか、半ヤクザみたいになってしまうかどちらかだ。

一棟のビルには、現場だけでなく営業の汗と涙と血が多く流されている。

ゼネコン営業とは少しそれるが、
以前、営業のトップセールスにホステスをしていた女性が活躍をしていた
ことがあった。ホステス経験があるならトップセールスは得意だろう。
逆にホステスが、お客を相手に保険のセールスをしているケースもあるが。
デパートの営業も詐欺ギリギリの世界である。
年寄りを集めて、飯を食べさせ、奇麗事をいって、一種の集団詐欺まがい
のことをしていた。いや今もしている。
一昔前のことだが三越があまり辛辣の手口が大問題になった。
今でも、その後遺症が残っている。

ゼネコンの営業は、成果が見えるカタチで残るのが最大の慰めになる。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2003年02月28日(金)
695, お金の哲学−1

「お金のたまる人たまらない人」と「金持ち父さん貧乏父さん」
と「ホームレス失格」を読んで金銭哲学を考えてみた。

私の両親は教育といえば金銭哲学の話をメインといってよいほど
繰り返し繰り返し話をしていた。
今から考えると、それは人生哲学であり、如何に生きるかということであった。
この本の90佑藁梢討繰り返し話している内容であった。
ー思いつくまま書いてみるー
・浪費をしないことー人生の楽しみを浪費に求めないこと
・自分の趣味を持つ事ー人生を楽しむこと
・時代の変化を早く見つけ、その変化をチャンスに変えること
・常に蓄えを増やす事ーチャンスに即金を出せること
          −最悪に備える事
・借金は最小にー
・勤勉であること
・仕事を楽しむこと
・勉強をし続けることー教養を積むこと
・肩書きや仲間付き合いは最小の人と、しかし最高の人と
・投資物件をつねに抱いていること-投資をし続けること

・生活レベルを上げないこと
・「飲む、買う、打つ」は身を滅ぼす
・銀行の恐ろしさを十分知るべし
・神仏に対しては真摯に、とくに墓は大事に
・保証人には絶対になるな
・死に資産は持たない
・質実剛健であることー贅沢や肩書きは敵と思え
・情報はもっとも大事
・自宅は可能な限りよい家を造り、生活は質素に

長岡商人は大阪商人の流れをくむという。
御朱印船の影響が残っているためだ。考えてみれば面白いものだ。
新潟は天領であった為、江戸の影響が今でも残っている。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
 2002年02月28日(木)
345,20歳の頃 -ある教授との出会い−2 

 野田一夫教授

経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。
ドラッガーの訳者だからだ。

忘れられない授業がある。
確か3年の時の6月の初旬あたりである。
 
講座は「経営学」である。
その時の感激を今でも忘れられない。
学生時代の自分の中で色々な内面のビッグバンがあった。
その中で「Aクラスのショック」であった。
ーその内容とはー

諸君、同じ人間として生まれたからに、
せっかくこうして学んで人の上に立とうというなら、
ロマンローランの「ベートーベンの生涯」をぜひ読んでみなさい!
ベートーベンは音楽家でありながら、耳が聞こえなくなってしまった。
音楽家にとっての難聴は致命的である。
それを乗り越え、その心を作曲したのが「運命」である。

この本の中の彼の手紙に
「絶望を突き抜け歓喜に!」
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実に拠ってだけでも、
不幸に耐ええることができる!」という言葉がある。

不幸のどん底の中の意志の言葉だから素晴らしいのだ。
この本を買って繰り返し読みたまえ!

これから諸君は何らかの形で指導者になる人間だ。
素晴らしい本を読みたまえ。勉強をもっともっとしたまえ。
何処でも席を座るならこそこそ隅に座るな!真ん中に座りなさい。

大体がこんな内容であった。この時から何かが変わったように思えた。
野田一夫教授は当時、ドラッガーの訳者として高度成長期の
売れっ子教授で、今でいうタレント教授的なところがあった。
自信と個性の塊のような人で、
人をある方向に駆り立てるカリスマがあった。

その後立教を辞めた。
多摩大学の創立総長として、何度かTVでお目にかかった。
更に宮城大学も同様に創立に関わり総長をされていた。
ドラッガーが愛読書になったのも野田教授のお陰である。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
お笑い
ー政治コーナー


「アイヒマンの改宗」 ☆☆
 
死刑の直前アイヒマンがユダヤ教の改宗を申し出た。

その意図は?   
??????????

‘一人でも多くのユダヤ教徒を殺したかったから’

-----

「ロシアのジョーク」

スターリンとレーニンとフルシチョフがボートに
乗っていて、沈没した。
「助かったのは誰でしょう?」

「 国民! 」


1059, サバイバル

2004年02月27日(金)

今の日本経済は「サバイバル・ゲーム」化していると言われる。
そこでサバイバル(生き残り)を考えてみる。
(というより、ある雑誌の文章を土台に考えを書いているだけだが)

アメリカの軍事「サバイバル・マニュアル」には

・まず「生きる望みを失わないこと」とある。
生きる望みを失わない為には、ハッキリした目的がなくてはならない。
アメリカの軍事のサバイバルの第一の精神が、まずは生き残るという意志を
挙げているところが意外である。
究極のところに立てば、まずは気持が大事ということだろう。

・次には「今までの生き方では生きられなくなった場合をいう」
「現在置かれている現状、いわゆる状況を、正確に、早く掌握すること」
とある。そして最適な方法を考え抜く。
方法が決定されれば危険を乗り越えて行動することだ。

まずは生き方を根こそぎ変更することである。
とにかく、逡巡が一番悪い。
何か自分のことのようだが、日本という国家もだ。

以上のサバイバルの意味から、現在日本の企業の全てに要求されているのは、
この情報化社会の大変革の中、生き抜くという意志と、今までのやり方を
根本的に作り変えることだ。
その為には、現在置かれている状況を正確に、早く掌握することである。

どの経営者に会っても言っていることは
・時代は、我々の想像を超えて変化をしている。
・今までの延長のやり方ではもう生き延びることは不可能だ。
・生き残る為のスキルを徹底して磨き、一点突破していくしかない。

最後の生き残りの5〜10佑砲覆覦戮離汽丱ぅ丱襪貌った。
厳しいが面白い時代である?ほんと!

弱肉強食の時代に本格的に入った!

いつの世も
「勝てば官軍、負ければ賊軍」である。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
 
 2003年02月27日(木)
694, ハウステンボスの倒産

20年前に、チェーン理論のペガサスクラブの渥美主幹の言葉が印象的に残っている。
「いま色々なリゾート開発とかテーマパークがブームになっているが、
あれは後背人口が3000万以上でないと成り立たない。日本では関東しかない。
大阪でさえ難しい」であった。
「なるほど全くそのとおりである!」と納得したのを憶えている。
「浦安のデズニーランドが上手くいっているのは、関東の3000万のある上に、
日本全国とアジアの数億人の後背人口があるからだ」と加えていた。
 
 その後バブルが発生して色々な計画が発表された時に
「本当にバカでないか!」と冷笑していた。
別に私が考えてことでない、その情報を知っていただけだ。

新潟では「ロシア村」「トルコ村」、長岡ではゼネコンの「スペースシャトル村」
が計画され全て頓挫した。聞いていて無知もはなはなしいと思っていた。
再開発の90パーセントもこの類だ!!
今年オープンする「トキメッセ」はその最も最悪下劣の計画である!
このテーマではないから省く。

現在になってこれらの計画のボロが露出しているが、この計画と遂行した犯罪者は
引退したか、あの世にいっている。日本という国はどういう国だろ??
いつの間にか、ボタンを掛け違えてしまったのだ。
このツケの支払いが、今の若い人たちの10年〜50年後に回ってくるのだ。

5〜6年前にハウステンボスに行った時その計画の合理性に驚いて、
こういう例外があるのかと目を見張った。
特にテーマパークにあわせたオランダ風のマンションや住宅を造って販売して
いるのに驚いたものだ。といって2回以上行きたいとも思わない。

デズニーランドなら別だろうが。

この「2回以上いってもよい」と思わせるには、高度のノウハウが必要のはずだ。
今は大型PDPTVが家庭内に入り、居間がテーマパークになってきている。
映画館もしかりである。
私の場合、PDPTVが入ってから飲みに行く回数が半減した?
テーマパークはバーチャルが最大の売りだが、今の映画はデジタル技術でその過激さ
が飛躍している。

ハウステンボスの倒産は今の時代を象徴している。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
2002年02月27日(水)
344,「神話の世界 」 -1
 
キャンベルとモイヤーズの対談集を読んだ。
この本は私の愛読書の一冊でもある
「シェーン」をはじめとする西部劇の大部分は、[神話のストーリ]
の転用であるという。
主人公がある街に流れてくる。
そこで悪に遭遇して、正義感からその悪と対決し退治をする。
そして何も報酬を求めず黙って去っていく。
「英雄の理想像」である。

英雄の立場からすると大いなる旅に出て、そこで色々な困難に遭遇をする。
それと闘い勝利して「大きい精神的な何か」を得て故郷に帰っていく。
アメリカ西部劇の全てに共通しているストーリである。

「スターウオーズ」も、そのストーリーが背後に一本通っている。
現代の神話、西部劇である。

今話題の「千とチヒロの神隠し」もその筋道だ。
桃太郎、一寸法師などの昔話もそうだ。
挑戦、闘い、変化ー成長、の成長過程が全て含まれている。

我々もそのプロセスを重ねて成長していく。
神話はそういう意味で「人間の一番の本質」といってよい。
誰もが自分を一生を貫いている神話を持っている。
自分にとって誰もが主役、皆が大将である。
「脱皮できない蛇は死ぬ」という諺があるが、神話のない人生をいう。

西部劇をみていて、そこに懐かしいアイデンティテーを感じる。
そこに内面の深奥の旅を経験する為だろう。
蛇と鷲の闘いを絵でみたり、TVのドキュメントを見て興奮を覚えるのは、
「地に縛られている蛇」と「飛躍の象徴のわし」の戦いを、
「自分の内面、過去の経験」で知っているからである。

英雄は鷲である。飛躍とは地に縛られている自分からの飛躍である。
蛇は縛られている自分でもある。その自己葛藤がその闘いである。
蛇は人間がまだサルの時、森に縛られていた時の天敵である。
本能的に嫌うのは、その時の記憶が遺伝子に残っているからだ。

その合体が龍である。羽の生えた蛇である。
何処の世界にも龍という架空の動物がいるのは、人類共通の想像的産物である。
願望の結果である。
神話の中によく大きい鳥に乗り、はるかかなたに旅をする世界共通の物語も
その形を変えたものである。大鵬という大鳥もそうだ。

実は私の「秘境の旅」もこれに似ている!
一時の蛇から、森からの飛躍のバーチャル版といっていい。
鳥を飛行機と喩えることができる。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
お笑い

ー政治ものコーナー
「チャーチルのユーモア 」☆☆

ある女議員が皮肉をこめて
「もし貴方が私の主人なら、紅茶に毒を盛るわ!」

チャーチル
「もし貴女が妻なら喜んで飲みますよ。」
ーー

当時獣医は社会的に低く見られていた。
チャーチルが獣医をしていたという噂があった。

野党議員が議会でそのことを質問した。
「もしそうなら、貴方をみてあげますよ!」

 議会は大爆笑だったそうだ。


1058, 赤ちゃんは左手で抱っこする

2004年02月26日(木)


母親は右利き左利きに関わらず、赤ちゃんを左手で抱っこする。
聖母マリアの絵も左手で抱っこしている。
これは母親の心臓の部分に赤ちゃんの耳が当たるためである。
心臓音は赤ちゃんがお腹にいた時に聞きなれた懐かしい音で、落ち着くためだ。

「子犬が母犬から引き離されて泣き止まない時は、目覚まし時計を
布に包んで一緒に置くとよい」と聞いたことがあったが、心臓音の役割を
果たすためであろう。そういえば猿も左手で子供を抱いている。

人間は幼児期に、母親にしっかり抱きしめて育てられる体験が必要である。
母親の心臓音をしっかり聞きながら、直の愛情を与えるたかどうかが、
その人の一生を左右する。
心臓音は赤ちゃんにとっての宇宙音といってもよいだろう。

両親の幼児期の愛情の温みがそのまま伝わってくる人と、その逆の人がいる。
幸せ系の人は当然前者で、不幸系の人は後者である。
その意味で、スランプ時には子守歌や童謡を聞いて親の温みを思い出すとよい。

ホテルの宿泊客で、若い母親が赤ちゃんを部屋に置いままピンクサロンに
働きに出ている場面を見たことがあった。
残された赤ちゃんは頭を掻き毟って一人泣いていた。
何かこの赤ちゃんの一生が既に見えているようであった。

先日、アメリカと、中国と、韓国と、日本の若い人の「性や結婚観や家庭」などの
意識調査の結果が出ていた。アメリカはキリスト教、中国や韓国は儒教が背後にある
為か、保守的であるように思えた。
しかし日本の若い人の意識は、ただ亡国の腐りが末端に出ているとしか思えなかった。

すべての基本は家庭にある。
特に夫婦間を如何に円滑にするかが基本である。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年02月26日(水)
693, 「ホームレス作家」

新潟の駅にも40人ぐらいのホールレスがいる。
段ボールを見かけるが、昼はさすがに寝ている人は見かけない。
かれらは昼どうしているのだろうか不思議と思っていた。
時たま駅の待合のベンチで、目を宙に浮かして不安そうにしている姿がある。
ひとつ人生を狂ってしまえばホームレスになる可能性は誰にもあるし、あったはずだ。

深夜はコンビに入ったり、たださまい歩き、朝になると、電車に乗ったり、
喫茶店に入ったりして仮眠をするという。
彼らホームレス仲間では、炊き出し場所の情報は敏感で、仲間内ですぐ知れ渡るという。
身なりは何とかきれいにするように気を使うとか。

先日TVで、空き缶の廃品回収で生活しているホームレスをドキュメントで放映していた。
最近では読み捨ての雑誌を集めて、100円で売るのがはやっている。
新潟駅の中でも見かけたことがある。
何処かの?ホテルが、客の置いていった週刊誌をホテルの前の自販機で
売っていた。ホームレスがやっているのは卑しいのではない、生きる為だ。
客の置いていった雑誌を利益のために売るとういうのが卑しいのだ。
卑しさを売っている事になる。
他人事でないが、変形学生服を売っていたことがあるのだから!
もっと悪いか!

「ホームレス作家」という本を書店でよく見かけていた。
先日、図書館でその続編の「ホームレス失格」という本を図書館で見かけ借りてきた。
かなり厳しいl生々しい内容であった。

この作家の本で本人は気がつかないが、お金に対する感覚が非常に甘い。
だからホームレスになったのだろう。
出版後に印税が入ると、すぐに使ってしまうのが文面に現れていた。
お金など、そうそう入ってこない事が全く解ってない。
借金や税金をばら撒くように払うのだ。
大事な事だが、「まずはホームレスを脱出する事だろう!」と教えてやりたいが、
本人は何も解ってない。
一人一万円の店に平気に入るのだ。こちとら、この10年間に一度も入った事もない!
何を考えているのだと。何も考えてないのだろう。
まあいいかホームレスを説教しても仕方がないが。
  −−ーー
パソコンで検索したら書評が出てきた。
コピーをしておくが、これを読めは十分だ。

ー『ホームレス作家』松井 計著
半年間の実体験つづる
 不況はますます深刻化し、失業率も増加している昨今、町に出ればホームレスの人を
見かけるのも珍しくなくなっている。
 本書は、家を追われてホームレスとなった作家が、食うものも食えず腹を空かせながら
路上生活をするルポであり、自らの生活をつづったノンフィクション。
普通のルポだと潜入取材で、一時的に路上生活を体験することはあるかもしれないが、
本書はそうした取材ではない。

 自らが公団住宅の家賃を払えずに滞納し、強制的に退去処分を受け、その日から
住む家がなくなってしまった経緯をありのままに書いたものである。
そのために、記述内容が著者の個人的な事情に終始するので、ルポというより私小説
ノンフィクションと言うべきかもしれない。

 一家そろって家を追われたといっても、妻と娘は区役所の世話で寮を紹介され、住む所と
食べ物の確保が出来たから、後は著者だけがどう生活の糧と寝場所を得るかという問題になる。
現役の作家でありながら、やっていけなくなったのは、妻の病気で本の執筆がままなら
なくなったからである。しかも、当てにしていた出版の企画や預けていた原稿がボツになり、
路上生活は半年間余りと長期化する……。

 明日はわが身ではないが、他人事(ひとごと)として読めない迫力があるのは、
今の時代の不況が背景にあるからだろうか

・・・・・・・・・・・・・・・
『ホームレス作家』は、公団住宅の家賃が支払えず、強制退去処分を受ける。
身重の妻と三歳の娘は新宿区役所の斡旋で福祉施設で保護してもらえることに
なったが、男は保護してもらえない。作家は、コンビニに入って寒さをしのい
だり、六時間で九百八十円の漫画喫茶でうたた寝をしたり、二十四時間営業の
ファミリーレストランで、お替わり自由のコーヒーだけ取って、朝まで粘った
りする。カプセルホテルは一泊四千二百円もするので、よほど懐に余裕がない
限り泊まれない。

 食事は安売りのハンバーガー屋、牛めし屋、一○○円ショップ(カップラー
メンやクッキー)などを利用する。大型スーパーではから揚げや刺し身、アイ
スクリームなど様々な食材が試食に供されることがあるので、見逃せない。ビ
ールやワインの試飲もある。
 こうしてみると、ホームレスでもなんとか生きていけそうだが、気をつけな
ければいけないのは臭いである。体が異臭を放つようになったら、元の生活に
戻ることはできないだろう。そこで、作家は次のように考えた。

   もし、私が路上の生活から抜け出すことを望んでいるのなら、ルールが
  要る。自分を縛るルールが。この時私が決めたルールはたった二つだった。
  一つは路上では横にならないこと、もう一つは残飯を漁らないこと、であ
  る。
   その二つを守れる限り、私は<住む場所のない小説家>でいられると思
  った。そうでなければただの浮浪者だ。私は浮浪者にはなれない。浮浪者
  の生活を見下しているのではない。私は彼らのように生きる覚悟もなく、
  それだけの生命力もないのだ。

 作家はまた、路上生活をしながら収入を得る方法を思いついた。

  気分が少し楽になると、また、生きる意欲が湧いてきた。ポケットには
  まだ三百円と少しの金がある。これを有効に使うべきだ。これだけの金額
  でどこかに泊まるのは無理だから、食費にするしかない。ブロードウエイ
  を出て早稲田通りに入った辺りに、一○○円ショップがある。あそこで何
  か、腹に溜まるものを買おう。そう考えながら歩いていると、ある大型の
  古書店が眼についた。所謂、新古書店と呼ばれる大型のチェーン店である。
  「ツイてるぞ」
   私は思った。確認すると、ポケットには小銭が三二六円残っていた。消
  費税を含めても、一○○円の本が三冊買える。私は店へ入り、迷わず一○
  ○円コーナーへいった。このチェーン店には単行本、新書、文庫、まんが
  のそれぞれに一○○円コーナーがあるが、私がいったのは単行本の一○○
  円コーナーである。残りの金を有効に遣うため、私はセドリをやろうと考
  えたのだ。

 セドリとは、古本屋で買った本をそれより高い値段で売って、利ざやを稼ぐ
ことである。作家は職業柄、古本のめききがきく。おまけに本書の作者は、古
本屋をやっていた頃、セドリの経験があった。
 新古書店の一○○円コーナーには、普通の古書店なら少なくとも倍の値段で
買ってくれそうな本がいくらでもあった。その中から厳選して三冊を三○○円
で買い、それを他の古本屋に持ち込んで交渉すると七八○円になった。四八○
円の利益である。そんなことを繰り返しているうちに、所持金が三千円にふく
れあがったのである。

 そのうちに、彼は作家としての矜持を思い出した。
 書こう。総てを残そう。

  私の脳の奥深いところから、書け、書け、と命じる声が聞こえていた。妻
 とのことも、そして、路上での生活の逐一も、嘘偽りなく記して残せ。臆す
 ることなく・恥じることなく、繕うことなく、飾ることなく、総てを書け
 ――と。もしも私が作家であり続けることを望むのであれば、それ以外に何
 ができるというのか――と、その声は命じていたのである。

 かくして、小説『ホームレス作家』は誕生した。売れ行きは順調で、今のと
ころは本屋のベストセラーの棚に並んでいる。作家ならばこその一発逆転満塁
ホームランである。

 めでたしめでたしといいたいが、不安材料もある。高次脳機能障害の妻は、
精神のバランスを崩し、子育てや家事がまともに出来ないという。同居すると、
作家は専業主夫もしなければならないが、そうなると、原稿執筆に専念するわ
けにいかなくなる。そもそも、『ホームレス作家』になったきっかけは家事に
追われて、原稿執筆がままならなくなったからである。

 それにしても、専業主夫までするとは、『ホームレス作家』は生真面目で、
健気な男だと言わざるをえない。わがまま勝手なむかしの破滅型私小説作家と
は比較にならないほど立派な人格者である。友人のミステリ作家谷田勉の『ホ
ームレス作家』評は象徴的だ。

  今のあなには魅力がない。いつも何かに脅えていて、小市民的に過ぎる。
 多くの友人があなたから去っていっても、それでもぼくがあなたと付き合お
 うかと思うのは、あなたにある種の魅力があるからなんだ。それは常識なん
 か無視したあなたの無頼な生き方じゃなかったの?今のあなたにはそれがな
 い。
                            (2001/10/01)
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
2002年02月26日(火)
343、ある時間の断面-4

 1968年 9月10日
7時5分起床。
掃除に食事、9時半より11時半まで勉強!
その後長岡の明治大学の1年の田村君と話す。
2〜3日まえにやはり勉強の為に来た男だ。

夕食後7時半より、午前様と「神」について話す。
午前様「一という数字はあるが、一という実体はない。
それを一といえば一であるが、一でないといえば一でない。
一は万物であるともいえる」
「人間は実体だけでない、魂であり、永遠的なものである。全ては
生き続けている。」
デカルトの「我思う、故に我あり」の言葉を引用された。
「誰もが神の要素を持っている、磨くかどかだ」
「人間の見る聞くは5感6感の働きでしかない。
それを超えた存在はいくらでも存在する。
それは修行によって初めて知る事ができる。」
「神が罰を与えるのは、困らせる為でなくそれにより、
間違いを知らしめる為である。」
御前様と話していると自分の無知が露出されてくる。

明日は座禅を8時にくむ予定である。

ーーーーー
               9月11日
御前様が座禅の指導をしてくれる。
解ったような解らないような!

9時から夜9時まで座禅に挑戦!計8時間休み休みだ。
午前中は雑念だけだ。午後からは少し集中できる。

感想はただ疲れただけだ。
当然ながら禅の事はさっぱり解らない。
ここの2週間近くは、充実したものだった。

明日からは娑婆である、楽しみだ。
これから高橋さんと根本君と送別会だ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

[歴史的小話]☆☆☆

 ジードとその連れの前に女の人が歩いていた。
 連れがジードに
‘ あの女性のロングソックス何でとめているんですかね?’
 と聞くと、

 ジード曰く‘ヘアピンじゃないですか’

ーこの意味、数分間全く解らなかった。
そして、一人でニヤリと笑った。


1057, あかさたな はまやらわ

2004年02月25日(水)


以前から不思議と思っていたが、
笑い声は、何故か
・「あ行」と「は行」に並んでいる。
あはは   ははは
いひひ   ひひひ
うふふ   ふふふ
えへへ   へへへ
おほほ   ほほほ

ある本を読んでいたら、「言葉の不思議」という内容で
それぞれの行ごとの類似性を紹介していた。
(少しこじ付けかと思いつつ、それなりに説得力があった)
ー以下のとおりである。 

・「カ行」は、自分の主張や激しい感情を外に出すものが多い。
「かんかんがくがく」「カッとする」
「きりきりする」
「苦労する」「悔しい」
「喧嘩」「喧々ごうごう」
「高圧的」
・「サ行」は、静かな感じが多い
「細心」
「神経」
「住む」
「繊細」
「楚々としている」
・「タ行」は戦い系が揃っている。
「戦う」
「血」「力」
「強い」「強い」
「抵抗」「徹底」
「闘争」
・「や行」は優しい系の気の軟さの言葉が多い。
「優しい」
「ゆかしい」
「よよと泣く」

偶然ともいえないのが不思議である。

私の名前は八郎である。
ハチというと何か闘争的である。
兄は三郎である。
サブは大人しい感じがするが、兄の性格は大人しい。

名前にも霊力がこもってしまうのだろうか。

少し話はそれるが、
一番最初の「あ」と、最後の「ん」には深い意味があるという。
「あ、しまった!」の時につかう「あ!」は仏教語で「許し」という意味が
あるという。その中に深い意味を感じる。

 私の場合は「あ〜あ」が口癖だが。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
2003年02月25日(火)
692, 「わたしを認めよ」ー3 読書日記

<面白そうなところを抜粋してみた> 

ーわたしをみよー 自己証明をめぐる闘争
 
 あなたのまわりを見渡してみるとよい。
いや、あなた自身をかえりみるだけで十分だ。自分の無意識の言動の大部分が、
いかにつぎのような動機に基づいているかがわかるにちがいない。
世の中のほとんどすべての関係が、つぎのような証明動機に満ち満ちているかが
わかるにちがいない。

ー自分がいかにうつくしいか、いかにカッコウいいか、いかに可愛いか、
いかに若いか、いかに頭がよいか  ーこれからはーいかにーを省く。
勇気があるか、度胸があるか、ユーモアがあるか、明るいか、優しいか、
いかに凄い体験をしたか、気がきくか、仕事ができるか、正しいか、
ものがわかっているか、忙しいか、金持ちか、ケンカガ強いか、酒が強いか、
ざっくばらんか、大物か、太っ腹か、もてたか、セクシーか、性技巧に優れているか、
自己犠牲ができるか、子供思いか、親思いか、義理堅いか、正義感が強いか、
努力をしたか、苦労したかー
(こうもくどくど列挙が文章上、下品だが、ここまで書かないとわたしの気持ちが悪い。 
ご寛容を。)・・・・

ーつまり、わたしたちはこのようにいいたいのだーー
わたしを見て、わたしを振り向いて。
わたしを気にかけてくれ。
わたしを好きになって。
わたしを知って。
わたしを理解してくれ、と。
わたしを見る他人の「視線」。
わたしたちの自己証明は、すべて他人の「視線」をひきつけることに
費やされる。
この、わたしを見よ、と。

・・・・
 鷲田はさらにこのようにつづけている。
あるいは、生きることのプライドを、追い詰められたギリギリのところでも
もてるかどうかは、自分が無条件に肯定された経験をもっているかどうか、
わたしがわたしであるというだけで全部認められた経験があるかどうかに
言い換えてもいい。その経験があれば、母がじぶんを産んでしばらくして
死んでも耐えられる。
こういう経験がないと、一生どこか欠乏感を持ってしか生きられない。
あるいはじぶんが親や他人にとってじゃまな存在ではないかという疑いが
払拭できない。つまりじぶんを、存在する価値あるものとして認めることが
最後のところできないのである。

 鷲田は、家族による「無条件の肯定」は「じぶんを、存在する価値のあるもの
として認める」と書いているが、わたしはこれを、家族の無条件の承認は、
じぶんを、存在する意味のあるものとして認める、というふうにいいかえたい。
意味の承認は、価値の承認、より無条件であり、より根源的であると考えるからである。
わたしの考えでは、「無条件」ということは、「価値」からはでてこない。
なぜなら、「価値」は交換可能(相対的)だからである。
じぶんという存在の「価値」を証明を求めはじめるのは、家族以外の関係性
においてである。
すなわち、ひとりの異性(あるいは多くの異性)との性的な関係や、
社会的な関係においてである。

ー感想ー
 かの文豪のドストエフスキーが24歳の時に「貧しき人々」が認められ文壇に出た時の話だ。
当時の著名な評論家のネクラーソフが、その原稿を読んで感動し、
友人と連れ立って、夜明けにわざわざドフトエフスキーを訪ねて「きみは天才だ」と
激賞したという。
 その時の気持ちを、ドフトエフスキーはこう記している
「胸がおどる!これが成功なんだ!だが、私にとってなにより嬉しかったのは、
彼らの思いやりだった。朝の4時に、二人は目に涙をためてやってきてくれた。
感激で胸が満ちあふれた」
彼のような暗い感じのする男でも、認められということは最大のこれからの作家生活で必要な
事であった。
  ーーー
私の母の口癖は「人を認めてあげなさい!だれもが認めて欲しいのだから」であった。
両親の呪縛があったとしたら、
「両親の期待を失望させてはならない!」だ。
両親の期待にこたえることであった。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
お笑い
ー下ネタコーナー

[男のさが]☆☆☆

ある男が交通事故に遭って病院にかつぎこまれた。
その男の怪我を調べて 医者が小声で看護婦に
「左半身不随になりそうだナ」というと、

男は、意識は混濁しているのに、イチモツを一生懸命、
右に寄せ始めた。


1056, 千回の力

2004年02月24日(火)


「何事も千回続けると、何かが見てくるか、何かを感じるようになる」という。
散歩時に「ありがとう」を言い続けて、千回を越えたあたりから何かが変わる。
心から「ありがとう」の言葉が出てくるのだ。

そういえば、この随想日記も千回を去年の暮れに達成をした。
千回を達成した安堵感の為か、その後何も考えたことがなかった。
そこで改めて
「何か変わった事や感じることがあっただろうか」
を内省をしてみることにする。

・ものを見る眼が全く変わった。
 ー記者の目、書き手の目で現象を見る習慣がついた。
・テーマ探しを無意識にするようになった。
・そして、そのテーマに対し内省をするようになった。
・脳内サテライトの面白さを実感できるようになった。
・自分が知らない読者や、子孫を意識をして書くようになった。

「何かが見えたか」と問われれば、別に何も見えないし、
「何か感じたか」と問われても、何も感じない。
しかし、書き始めた以前と、それ以降という感がする。
脳内を公開することが想像する以上のインパクトを自分に与えていることに
なっている。
書いている内容に対してコンプレックスも自信も、全くない。
ただ考え、感じた全てを、書き込んでいるだけだ。
その集積が、基地としてのネット上にあることは異様な感じである。

「石の上にも三年」も大よそ千日である。
一つの言葉を気持ちを込めて千回いえば、大よそのことが達成可能になるという。
「駄目だ駄目だ!」と自然に流されれば、繰りかえしてしまうものだ。
言葉は、意識して使わなくてはならないと解っているが・・・


・・・・・・・・
・・・・・・・・
  
 2003年02月24日(月)
691, 「わたしを認めよ!」−2「読書日記」

 ー 気になったところを書きうつしてしてみた。

「ふつう」の意味とは・・
 普通の生き方というのがどういうものかは教えてくれない。当然である。
 だれも知らないからだ。
 わたしが考えるふつうとはこういうものである([[普通」と区別する)。
 奴隷みたいな退屈な生き方が上と下の中間(中流)に落ち込んだ普通だとするなら、
 目指されるべきふつうとは、みずから選びとった〈中間〉のことだ。
 普通が惰性なら、ふつうは意思である。
 すなわち、その場その時に可能な限り最善の判断をしようとすること、
 それがふつうである。
 たしかに、普通に生きていくのは簡単ではない。けれどもふつうとは困難にして容易である。
 できるかぎり認識と思考の元手をかけて、どう考えてみても自分にとってはこれが最善であり
 最も正しいとおもうことを、覚悟してやるしかないのである。むろん判断は一回かぎりではない。
 覚悟もまた一回かぎりではない。

 ・・・「断念」について・・
・いうまでもなく、自己承認は挫折の連続である(それゆえくりかえし打ち立てられなければ
 ならない)。自分はよくやっている、だれが認めなくても自分が自分を認めるという弧絶した
 自己承認には限界がある。
 すくなくとも、わたしが承認する一人の他者から、わたしは根本的に承認されているという
 自己確信は不可欠である(たとえ錯覚であれ、この確信がなければ、そもそも
 〈少しだけ大きな他者〉などただの戯言にすぎない。そこまで個人は強くない)。
 世界のなかで、わたしはすくなくともひとりの人間から承認されているという確信さえない
 ところには、ほんとうの勇気や元気は出てこない。
 ところが、ここには根本的な逆説がある。だれも認めてくれなくても、
 自分はあくまでもふつうを一生懸命生きるという覚悟のない者には、
 他人からの信頼に値する承認はもたらされないという逆説である。
 承認は循環するのだ。
 その場その時に、最善の判断と選択を求めつづけたあとになにが残るか。信頼するに足る承認が
 わたしに残る、とわたしは信じるが、それと同時に、ある種の断念が残るとおもう。
 家族、性、社会も、金も、セックスも、有名であることも、そしてあくまでも自分らしく  
 ありたいという欲求さえもが断念されるとおもう。
 人事をつくしたあとの行方さえ、断念しなければならない。
 わが はからいには あらずという言葉が、私の頭の奥にいつも響いて消えません。
 「なるようにしかならない」と思い、さらに、しかし、おのずと必ずなるべきようになるのだ
 と心の中でうなずきます。
 そうすると、不思議な安心感がどこからともなく訪れてくるのを感じる。
(五木寛之『他力』講談社)

 この安心感のなかには、人事をつくしたあとに、もしそれでも承認がもたらされない
 のなら、それはしかたがない、という断念がある。
 もう、それでいいではないか、という断念の強さがあるとおもう。
   ・・・・・・・

 ちなみに著者は1947年生まれの団塊ではあるが「平凡パンチ」にも「朝日ジャーナル」
 にもかすらず生まれてこのかたドライヤーをただの一回も使ったことがなく、
 麻雀牌を握ったこともなく、クラブ・バー・キャバレーの類の店には一歩も足を踏み入れた
 こともなく、競馬場競艇場競輪にも無縁で、車の免許持たずカラオケも基本的には好まず、
 赤提灯にも無縁ゴルフもやらず、どんなサークルにも属していない洋書輸入会社の勤め人という。

ー感想
 地方にいると「部落」的噂社会に呆れかえる。
 もっとも都会は内幕情報社会だが。
 この三層の元−下層は「魂」で、その次は「社会」そして「世間」になる。
 
 子供時代は「世間」レベルしか見えない。
 成人になるにつれて「社会」レベルに生きる比重が大きくなり。
 成人の後半になるにつれて、魂の世界比重が更に大きくなる。
 前に書いた「厭なことはなるべくやらない!」の世界である。
 
 三層の世界をきっちり意識していれば、特に世間の現象をクールに対処する事が
 できそうなのだが。
                        ーつづく
                        
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 2002年02月24日(日)
341,遊びについて−1


人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。
そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。

まずその達人を事例で考えてみる。
一番身近では母がそのプロ?であった。

戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、
父とともに苦労の連続であった。そして長男、次男の連続の
不幸な死で今の重症のノイローゼーになった。
心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。
亡くなった時、医師の要望で心臓を解剖したら、心臓の4分の1が壊死していた。

それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを遊びに全て向けていった。
約40年近く遊びきって亡くなった。
日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。
毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。

子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。
遊びの重要さもそのため学んだ。
重点としてだが父は「働く人」、母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。
ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。

「遊び」を儒教的影響の為かキリスト教的倫理観の為か、
罪悪と教えられてなかったか。
子供のころ誰もが、毎日目を光らせて遊んでいた。
ただただ無心に遊んでいた。
あの遊びをいつの間にか我々は忘れてしまった。


人間は生きていかなくてはならない。
その為に働かなくてはならない。
競争に打ち勝たなくてはならない。
その為に勉強もしなくてはならない。

しかしそれだけでは、それだけの人生だ。
それがクロなら、その対象の白が必要になる。
どちらが大事かでない、どちらも必要なのである。
それを特に母の生き様から学んだ。

一般的にいうと、遊びの優先順位があまり高くない。
どうしてだろうか、やはり生活をしていかなくてはならないからだ。
そして厄介な不安という心理がある。
その為に、お金をセッセと溜め込まなくてはならない、
「馬鹿な?生き物」である。

遊びとは、「好きな事をして、それを楽しむ事」をいう。
そうすると、仕事も遊びになりうる。
天才はその典型であろう。

あの子供の時の遊びを我々は忘れてしまった。
何でも遊びの対象にした「遊び心」を。
純真の心を失っているからだ。
「純真な遊び心」をいつの間にか忘れてしまった。

「遊んでないで、笑ってないでもっと真面目にやれ!」
と暗示をかけられてないか?

私の趣味の一つにウオーキングある。
初めは腰痛対策であった。今は大事な趣味ー遊びになっている。
純真に楽しいーヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vのである。

その中に純真な遊び心が躍動を始める。
何々のためにといった場合は、遊びでなくなる。
それを乗り越え、純真な遊び心になった時点で「遊びに昇華」する。

パソコンもそうだ、このホームページもそうだ。
そこまで持ち上げる必要性を人生で学んだ。
「遊びになるまで集中する」という事か。

これから散歩だ!

・・・・・・・
・・・・・・・

お笑いコーナー
ー下ネタ

弁護士が奥さんとパリの酒場で飲んでいると、
いわくありそうな(娼婦ふう)女性がにやりと笑いウインクをしてきた。

 弁護士、心中しまったと思いながらも平然と、
‘イヤ−ちょっとした仕事の知り合いで’としらばくれて言った。

 奥さんもすかさず
‘どっちらの方(かた)の、ビジネス?’


1055, TVが面白いー上海建築家コンテスト

2004年02月23日(月)


上海の変貌には、ただただ驚きである。
今の中国を象徴しているのが、「上海の高層ビル群」といって過言ではない。
怒涛の勢いで変貌している都市の姿が、そこにある。
その高層ビルの設計家を何人か紹介しながら、現在の中国事情を紹介する
TVの番組の内容を紹介してみる。

現在の上海は、各国の設計家の高層ビルの展示会のようなものだ。
その中で最近、中国人の若手設計家の計画をした高層ビルが最近目立つように
なってきており、そのいくつかを紹介していた。

「新秀賞」という優秀な若手設計家に与えられる賞があり、若手設計者にとって
大きな権威への登竜門になる。
実際に設計した高層ビルと、そのコンセプトに対して専門家数人の審査がある。
そして多くの設計者の中から、5人に賞が与えられる。
TVでは、その内容を詳細に紹介していたが、普段日本では見る機会がない面白い
切り口であった。

19世紀末から20世紀にかけて建られた「リーロン」という低層の住宅が、
上海市内の60佑鮴蠅瓩討い襦
その再開発として、次々に高層ビルが建てられている。
既存の住民は、安く優先的にそこに入居できる。
上海市全体の都市計画の模型があったが、完成時点では殆どロスや
サンフランシスコのように、高層ビルが林立する予定になっている。
それも新しい斬新な設計ときているから、21世紀そのものだ。

15年ほど前に北京と上海に行っているが、新しいビルは皆無。
わずか15年で、全くちがう都市に変身してしまった。
数年前に北京にも一泊をしたが、その時も、ただただ驚いた。
新空港から北京市内まで、高層の住宅ビル群の建設ラッシュであった。

現在の中国の政治体制は日本の戦後に似ている。
社会主義体制が高度成長に必要条件といえる。

日本はアジアの横丁になってしなうのか?
前門の狼がアメリカ、後門の虎が中国になるのだろうか。
いや、既になっている!

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
 2003年02月23日(日) 690, 「わたしを認めよ!」



「ぶざまの人生」「まれに見るバカ」が何とも面白い内容であったので
三たび「わたしを認めよ!」を買ってしまった。
これも前書にまけず面白い内容であった。
この3冊は日常の心の何気ない事を取り上げているから、
ひき付けてはなさない内容になる。
「なるほど、なるほど!」という説得力がある。
人間は誰でも褒められれば、解っていても有頂天になる。
人が褒めてくれない時は、自分で周囲に褒めてくれるように誘導さえする。
−「私って若く見えるでしょう?」
 「あの人と自分はどっちが若く見える」
 この場合明らかに自分の方が若く見える時のみいう。
 その反面、自己認証が歪んだカタチとして貶しに入るケースがある。
 私の嫌いな痴呆迷士と子狐に、このタイプが多い。
褒めるということは認証として、一番大事なことである。
しかし、認証はもっと深い意味の話である。
前書きと要約を書きうつしてみる。
 
   ・・・・・・・・

「わたしを認めよ!」
洋泉社新書018
著者名 勢古浩爾 (エッセイスト)
ジャンル 心理学・社会学
発刊日 2000年11月22日
買い入れ日 2003年2月19日
購入場所 新潟セゾン
価格 680円
★★★

まずは「まえがき」の要約
ー我々は認められたがっているーもっと厳密にいうと「承認」されたいのだ。
「まじめでおとなしい」性格!、これは明らかに揶揄を含んだ否定の言葉である。
 わたしには、「まじめでおとなしい」ことのどこが悪いのかまったくわからないが。
 この言葉は自己証明にならないのだ。
 根本的には、自分という存在を証明したいのだ。
 人間は承認原則と証明原則の力学として読み解く事ができる。

ー内容  
・人間は、「承認」を求めて生きている。自分という存在の意味が他人から否認されるとき、
 人は絶望し、あるいは暴発する。
 人は、自分の何をどのように認めてもらおうと欲しているのか。
 狂おしいまでに「承認」を求める人間の心理構造とはいかなるものかを考察し、
 現代日本における承認の実態を解き明かすとともに、最終的な承認である「自己承認」を
 手に入れるための心のありようを探る内容である。
 何より、「人間に必要なのは、自分の『価値』を『肯定』してもらうことではなく、
 『意味』を『承認』してもらうことだ」と主張している。

ーそれでもわたしが生きる意味とはなにか?
 わたしたちが世界のただひとりからも「理解されたり、認められたり、必要とされたり」
 しないとき、自分が生きる意味を失ってしまう−−−。
 ・古典的承認(家族、性、社会)、
 ・現在的承認(金、「セックス」、「自己」)、
 ・反承認(「自分」)
 など承認のかたちの三層を踏まえ、
 この「承認」への欲望をいかに自分の生に捉えなおすことができるかを指し示す
 他人の毀誉褒貶に翻弄されない自己承認の道を語っている! 

 古典的承認・現在的承認・反承認。なるほど美味いタームである。
これを「我が人生三枚舌悦楽教の三層スキーマ」=「世間・社会・魂」にあてはめると古典的承認
 とは世間あるいは社会における承認であろう。
 そして反承認とは?

  この「自分」にとっては、もはや他人による承認など一切無用である。
 他人を承認もしないし他人から承認してもらう必要もない。「自分」は自分が承認するからという
 自己満足と、自分が世界だという全能感、これが1990年代を特徴づける反承認である
(とはいえ、1990年代の主流は依然として現在的承認である。
そのなかの先端部分が反承認として突出する)。
 反承認は突然変異ではない。
かつての「新人類」がそうであったように、あきらかに現在的承認の正嫡子である。

 反承認とは魂のことだ。
 世間がどうであろうと社会がどうなってもいい、
俺はベートーヴェン弦楽四重奏NO.16を聴いて随喜の涙を流す。
魂にとって世間も社会も究極的には無関心事なのである。
 そうなのだ。魂にとって世間も社会も故に当然に承認も不要。
 私が私であればそれでいい。
かくして魂は自律する。すなわち存在は関係を止揚して自律するのである。
 起て万国の存在者よ

ー感想ー
・社会的の承認をまずは求め、と同時に一般の承認ー世間の承認を求め、
 世間も社会も、そんなものどうでもよいという 自分の魂の世界を求める
 ―わたしがわたしを認める世界を求める。
 これが 「わたしを認めよ!」 の三層である。
 これが人生の意味なのかもしれない。
 こうして毎日随想日記を書いているのも、
 潜在的に自己承認を求めているのだろう。
  
 ただ自己承認を強要してくるやつがいるから始末が悪い。
 自信がないからだ!
          
                       ー つづく
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
 
 002年02月23日(土)
340,ある時間の断片ー3 

    1968年9月2日
            六日町 雲頓庵

朝6時に目が覚める。6時半に顔をあらい掃除をする。
食事の後、「流通革命」を後半100頁を読み終える。
そして昼飯。小千谷の根本医院の長男がやってくる。
二浪とか「つらいだろう!」

13時から17時半まで「流通機構の話し」
を読む。中央公論の流通の切り取りも読む。
何か集中が足りない。21時半に禅堂にいって座禅をくむが、
何かごそごそという音がする。

こわごわ見ると猫みたいなのがいる。一瞬凍りつく!
よく見ると小さなイタチみたいだ。
皆を呼びにいく。全員でそれを追いかけまわす。
逆に歯をむいてくる。
とりあえず戸締りをして、次の日にする。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
                  
  1968年9月3日

目が覚めるが時計が止まっていて何時かわからない。
本堂に行くと6時10分、顔をあらっていると、住職が昨日の動物を
退治しようと長い棒を持ってやってくる。

そして気合もろともその動物をたたき殺す!凄い気合だ。
よく見るとイタチでなくモモンガであった。
顔を見ると可愛い顔をしている。少し気の毒に思った。

昼飯後、住職とわれら3人組で裏山に茗荷を取りに行く。
それが結構面白い!かごで3杯とる。午後の勉強は3時になる。
急に将来のことを考えると、不安が押し寄せる。

相変わらず、読書のペースが遅い。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
お笑い

[インデアンの娼館にで]☆☆☆

白人のある男がインデアンの娼館で若いインデアンの女を買った。
いざベッドインでおんなが「クエックエッ」と身をよじる、それなりに満足をして
下のバーで飲んでいると、玉突きで遊んでいるインデアンの男達が時たま
「クエックエッ」と言っている。

マスターにあの「クエツクエッ」ってどういう意味だと聞いてみた。

マスター曰く
‘穴が違う!’  


1054, 職業性格形成論−3

2004年02月22日(日)



ー「営業屋性格論」が解りやすく、面白いから取り上げてみる。

仕事柄、営業の人と接することが多い。
営業にも色いろな種類があるので一括りには出来ないが、彼等には
大きな特徴を見ることができる。
「褒めること」と「世間情報の内幕情報屋」を武器にする。
遵って、その人の人柄が出てしまうのだ。
一つ間違えば信頼を失い「汚い子狐」として軽蔑の対象になる。
その為には、自分の良い部分を相手に示し、信頼させるがポイントになる。

営業といえば、外商や代理店や飲食業や店のママなど挙げればキリがない。

姉から聞いた話だが、欧州旅行のツアー仲間のリタイアをしたばかりの人の
成功話が印象に残っている。
「営業活動で、キーマンが名古屋コーチンの鶏肉が大好物という話を聞いて、
雛を買ってきて、最良の餌と水を与えて育て上げ、潰して、その肉をお歳暮として
持っていき続けた」という。ここまですれば誰でも心が動くだろう。
逆に、その位しなくてはプロとしての営業にはなれない。

昔は金持ちや偉い人には「太鼓もち」や「芸者」が、お世辞や芸のサービスを
売っていた。現代では、クラブのママやホステスやバーテンなどが代わって、
その役割をするようになった。現代芸者・太鼓持ちというところか。

営業活動で、職務としてキーマンに「どっこいしょ」と持ち上げ、
心の隙を見つけて営業をスムースにするスキルを求められる。
人好きの人でないと勤まらないだろう。
必死になれば人好きになるだろうが。

営業は自社の商品を売るのが目的であり、その良さをアピールするのが仕事になる。
そのために、相手の気持を開かなくてはならない。
その際たるものは保険屋の営業であろう。
第一保険の日本ナンバーワンの手記を読んだことがある。
トップセールスに相手を絞って、徹底的にお客のサイドに立った保険の
システムを組んでやるという。
そのために顧客大部分が、顧客の知人の紹介でのネットされたものだという。
セールスの機能を保険会社の代行ではなく、顧客の代行と切り替えたのである。

昔から営業のやり手は仕事が終わった後のアフターファイブから仕事をする。
または自分の休みの土曜日を遊びを兼ねた営業をかける。
仕掛けを自分の知恵をつかってフリーの時間外につくっているケースが多い。
へドロといわれる人がいる。時間内しか仕事をできない人である。
公務員系の子息を一般の会社に入れると、本人だけでなく周囲に??を
もたらす。別に本人責任でないから問題は深くなる。

父から聞いた話だが、戦前に骨董屋をしていた時、地元の大手の社長への
トップセールスを思いついたという。
女好きという話を聞いて母に電話をさせたところ直接出てくれたという。
そして骨董商をしているが会ってくれと言ったところすんなり会ってくれた
という。もちろん父がいったそうだが。
やはり知恵をつかっての営業ということだろう。その後、その人のキッカケで
多くの大手のトップを紹介してもらったという。

何事も必死になれば道が開かれるということか。
そこから性格が磨かれるのだろう。

セールスは品性が基本になくてはならない。
品性は普段の生活の中から築くものだ。
家系もあるが?

耳が痛い?!


・・・・・・
・・・・・・


 2003年02月22日(土)
689, 人生の「かたち」

ーいやなことはやらない!

51歳になった年に、母を見送り(88歳で死亡)、下の子供が大学に入学。
事業では新潟駅前で500室の客室数の完成で、人生の丁度目安がついた年ー
人生の分岐点の年であった。
その時に、「好きな事をやり、厭なことは可能な限りやらない」という方針をたてた。

ところが同じような記事が産経新聞に出ていた。
哲学者の中島義道氏の文章で
ー私流人生の「かたち」ーの{「厭なこと」はなるべくしない}であった。
きしくも、私と同じ歳で、やはり6年前に決心したというから不思議なものだ。

ー私よりずっと徹した内容で、人生を半分降りようと決意したという。
・社会的成熟を拒否し、世間体を投げ捨て、どんなに嫌われようと、排除されようと、
 いやなことはなるべくしない
・親戚とか友人の冠婚葬祭は一切省く、大学の校務はギリギリ最低限のことしかしない。
 −5年前と2年前に亡くなった両親の法事にも一切参加しなかった。
・自分の実感から離れる社会的慣用句(「世間語」)を語る事を完全にやめる。
 −感謝してない時は「ありがとう」といわない、心のそこからそう思わない時は
 「おめでとう」と言わない。
・あまった膨大の時間、18歳の少年のように「生きるとはどういうことなのかな〜。
 まもなく死んでいくとはどういうことなのかな〜」とか考えている。
・楽しいかといえば、全然楽しくはない。むしろすざましく不幸である。
 しかし、自分の人生のカタチと諦めている。

先日亡くなった同級の知人が、その正反対でドップリとその世界で必死に
自分を演じていたのが対照的であった。
でも彼の立場は、それが不可能の立場であった。

6年前に考えたのは、「本当に好きな事は何か?」「いやなことは何か?」であった。
・好きな事は秘境旅行、ウォーキング、事業、読書、居酒屋通い、映画、
 随想を書くことであった。それと世界を広く深く知ることだ。
・今までの付合いの見直しである。
 「世間体に生きている度合いの高い人」は可能な限り寄せ付けない。
 勿論、それすら解らない人もだ。
・プレッシャーのかかるセミナーや会合には可能な限り出ない。
それを割り切って一づつ確実に実行する。

そんなことをいったって、不可能だろうし、高慢でないか!と聞こえるかもしれない。
そのとおりかも知れないし、バカなたわごとと解っている。
でも、中島義道氏のようには徹する事は難しいが、少なからず実行している事は
事実である。

このホームページを開いてから、誰かとどこかで繋がっている実感が強くなった為に、
更にこの傾向が強くなってしまった。
中島氏のように多くの読者を持っていれば、その姿そのものを共感する見えない
仲間の存在があるから可能になるのだろう。
自分の人生のカタチは自分で創っていくものだ!

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年02月22日(金)
339,笑う人 

 ベトナムに行った時に出会ったバスのドライバーという人。
旅行の最中、ほとんど笑いっぱなしであった。
あるいは人を笑わせていた。

お笑いの芸人も2種類いるという。
普段の生活の中で「全く笑わない人と、笑いっぱなしの人」と。

その人に「如何してそんなにわらえるのか?」聞いた。
「母親が何時も笑っている人で、その影響だ」という。
職業が「観光バスのドライバー」というから、それに磨きがかかったのだろう。

ハワイに初めて行った時のバスのドライバーが「ポパイにそっくりな顔」
をしていた。そして初めから最後まで運転しながら、
ニコニコしながら鼻声で歌っていた。
こんな陽気な笑いは、かって見たことが無かった。
ハワイにピッタリであった。

あそこまでは無理としても、訓練すれば半分は可能な筈だ。
土壌と、また特に母親の影響が大きいのだろう。
子供は何らかの形で両親の分身なのだ。

会社に毎年新人が何名か入ってくる。
研修を終えて恒例の歓迎会が毎年楽しみである。
若い女性が研修から解放され、「純粋な笑いの渦」にその会がなるからだ。

知人の数名もそれを知っていて、招待されるのを待っている。
ちょうどこんな感じである。
   
 ー(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
お笑い
ー下ネタコーナー

[ 一発の銃弾 ]  ☆☆  

スミスは狩猟用の双眼鏡を買うため、ライフル持参で店に入りました。
「お客さん、この双眼鏡はいかがです。どんなに遠くでもはっきり見えます。
ほら、あの丘の上に僕の家があるんですが、ここからでもはっきり見えますよ」

「どれ」
双眼鏡を目に当ててのぞきこむと、スミスさんは突然ゲラゲラ笑い出しました。
「お客さん?どうしました?」
「あはははは。きみの家で、裸の男と女が走り回ってる」
「な、なんだって!」

店員はぶるぶる震える手で双眼鏡をのぞきこみ、やがて意を決したように
銃弾を2個取り出しました。

「…お客さん。そのライフルであいつらを撃ってください。
1発は妻の頭、もう1発は男のナニをふっとばしてください。お礼はします」

「そう?じゃあもう一度双眼鏡を」
スミスは双眼鏡をのぞき、やがて言いました。

「あのさ。今なら銃弾は1個だけでできそうだよ」


1053, 判断と決断の狭間

2004年02月21日(土)


人生振り返ってみると、判断と決断の間に大きな溝があった。
この溝で救われたこともあった反面、大きなチャンスを失ったことも多い。
「判断」とは、正しいか、正しくないかという物差しで計るものであり、
「決断」とは、強いか、弱いか、早いか遅いかによるものによる。
そこで心すべきは決断の仕方である。
状況をいくら分析しても、それが意思決定につながらなければ無意味になる。
といって、そこには責任が伴うから、その狭間を冷静にみる視点が必要になる。

判断をしたら、それだけであたかも決断したような錯覚に陥り問題を先送りして
しまいがちになる。
判断は人間の首から上の作業によるものだが、決断は人間の知・情・意のすべてに
深くかかわり合う、つまり全身全霊を駆使して決めるということである。
そして判断の優先順位と決断が直前におこなわれる。
そこに人生観や価値観の問題がでてくる。
そして、その曖昧さが溝になる。

人生は、その溝の中で泳ぐ魚のようでもある。
だからこそ面白いのだ。

分裂症という鮫もいるが。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 2003年02月21日(金)
688, ストレス

先日亡くなった同級生の偲ぶ会で、彼の死因について話しが出た。
直接原因は癌であったが遠因がストレスだろうと意見が一致した。
その場の全員が人生で一番厳しい一里塚にさしかかっているから解るのだ。
その場でAが「堀井お前ストレスなど無いだろう!」
わたし「ゼロ!」。
Bが「堀井、お前は与える方だ!」
爆笑であった!!

ところで彼らは、「ストレスの解消法をあまり解ってない?」と思えた。
ストレスの潰し方は、他のストレスで潰すのが一番本能的な簡単な方法だ。
しかし、それは更なるストレスの蓄積をしているに過ぎない。
わたしの経験からいうと、「独りになりきるしかない!」
それが全く解ってない、号泣せざるを得ない立場になって初めて気がつく!
それでも気がつかないだろう。

ストレスだけは、気をつけないと。
いつの間にか溜め込んでいるのに気がつかない人が多い。
群れるしか能がないから、ストレスの雪だるまになる。
「人間は孤独の存在!」である、また「群れていなくては生きられない存在!」でもある。
この二律背反を使い分ける事が必要である。

私の場合はお経とか、ウオーキング、旅行、読書、映画で発散する。
それとイヤな事は繰りかえして考えないようにしている。
この随想日記もストレスにもなるし、反面ストレス解消にもなる。

ここで一句
バカいうな やることだけは やっている

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2002年02月21日(木)
338,「世界がもし100人の村だったら」


この本が最近話題になり、インターネットで早速買ってみた。
本屋で立ち読みをしたら、買わなかったと思う。
ほとんどが「TVで放映されている内容」でしかなかった。

昨日、印象に残ったものを「サロンのコーナー」に、
デジタル写真で撮り、貼り付けておいた。
もっと色々な内容があるはずだ、そう思って買った。

すぐ考えたのは、「日本がもし100人の村だったら」が書けるのではないか、
という事であった。日本人は2番煎じはうまいのだが。

ただ「テーマ」がよい!ーいや問いかけといった方がいいか。
今まで難しいと意識しなかった問題が見えてくる。
テーマの決め方で、問題を深く捉えることが可能になる。

「国家予算」も「県の予算」も、「100人の村だったら」
の喩えでもして解説をしてくれたら、一般の人も関心を持つ。

ある人の文章が巧くなった。
何故だろうと考えたら、いつの間にかテーマをつけていた。
テーマは円でいう中心点である、芯ができた為だろう。

テーマ日記を書き続けて、少し自分の頭がよくなったような気がする。
テーマを考えるのと、その内容の構成をするからだ。
また書きながら、違う視点にも気づくからである。

100という数字が分かりやすいのと、村の住民という喩えがよかった。
山下清が何か考える時「兵隊の位でいうと,どのくらい?」
と問いかけるのと似ている。
単純だが一番の中心をつく。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
お笑い
ー下ネタコーナー

「はしたない! 」
 
  ‘一念勃起’

失業中の年配の男と飲んでいた時、「自分もここまできて失業、
一念発起してやり直さなくては」と真面目な顔をして言うから、

今更なにを!という意味で思わず
「一念発起でなく、一念勃起だろう!」
と言ってしまった。
隣で見ず知らずのご夫人方が聞こえたのか、

 大声で‘あはあはは!’


1052, アンドロマック

2004年02月20日(金)


学生時代に見た唯一の演劇である。
そして、知人がその演出をした事もあって真剣に見た記憶がある。
内容を殆ど憶えてなかったので、早速インターネットの検索で調べてみた。
そして、その時の内容が蘇ってきた。
ギリシャ神話の登場人物が題材となるフランスの古典悲劇で、 トロイ戦争の
後日談として描かれている。

お互いの片思いからなる4人の登場人物が織り成す愛憎から悲劇が
生まれる内容であった。
エルミオーヌ役の女性の熱演が特に光っていた。
彼女が全てを失って嘆き悲しむシーンで終わった姿が脳裏に浮かぶ。
記憶とは面白いものである。

以下は、その劇の内容だ。

・・・・

そのギリシャの勇将ピリュスはトロイ戦争により捕虜として連れ帰った
アンドロマックに恋心を抱き、その息子アスティアナクスを軍の意に叛いて
不当に匿っている。

その彼の宮殿に、今は亡きギリシャの総大将アガメムノンの息子オレストが
訪れる。表向きは敵将エクトールの遺児をギリシャ方に取り返すための使者と
しての訪問だが、オレストの心中は愛しいエルミオーヌを連れ出すことばかり。
オレストはピリュスに会い、遺児の引渡しを要求するが、ピリュスはこれを
拒絶する。

オレストは再び戦争が起ころうとも、彼の心の中には今やアンドロマック
への愛しかないのだ。
しかしアンドロマックは、亡夫エクトールへの貞節を守り彼の愛を受け付けない。
却って婚約者・エルミオーヌの許へ戻るよう、ピリュスを諭すのだった。
 
一方エルミオーヌは、許婚ピリュスに裏切られた怒りと嫉妬のあまり、
彼とアンドロマックの仲を裂こうと謀る。
そして、自分を愛するオレストの心を知りながら、彼を計略に巻き込むのだった。
それは、敵国の遺児を匿うピリュスを、裏切り者としてギリシャ軍に攻略させる
というもの。

だが、遺児をとるか、エルミオーヌをとるか、という選択をせまられたピリュスは、
意思を翻して、遺児を殺し、エルミオーヌを妻にすると告げる。
 思いもよらない展開にオレストは、エルミオーヌをかどわかしてでも
ギリシャに連れ帰る決心をする。
 
 最愛の息子の命が奪われると知ったアンドロマックは、エルミオーヌの
許に命を乞いに行く。彼女は以前、エルミオーヌの母エレーヌの命を助けた
ことがあるのだ。

しかし憎いアンドロマックの言葉を、エルミオーヌは聞き入れるはずもなかった。
息子の命を助けるべくアンドロマックに残された最後の手段は、ピリュスの
愛を受け入れることだけ。

侍女に諭されたアンドロマックは、気が進まないながらピリュスにすがる。
自分につれないアンドロマックにわざと冷たい仕打ちをしていたピリュスは、
これを受け前言を取り消して再び彼女に求婚する。アンドロマックは息子の命を
守るため、自らの命を絶つ決意をして、これを承諾するのだった。
 
 二度までもピリュスに裏切られたエルミオーヌは、彼への憎悪に目がくらみ、
オレストをたきつけピリュスを殺す計画を立てる。
アンドロマックとピリュスの婚礼の日。オレストはギリシャ軍を率いて
ピリュスを襲う。そしてこの悲劇には、意外な結末が待っていたのだった。



以上が検索で調べた粗筋だが、チョッとした内容をこのように一瞬で調べられる
ことが不思議である。これが情報化ということだろう。
作者はジャン・ラシーヌで17世紀の作家である。
この一月も演劇が自由劇場で開催されていたようだ。

自分の壁をつくらず何事にも興味を持つことが大事だと、この歳になってきて
実感する。バカの壁が頑強に取り囲んでいるのが、自分では見えない。
他人からはよ〜く見えるのだが!そして振り返ってみると。
 地方は刺激が少ないこともあるが。
 
 ・・・・
 ・・・・
 2003年02月20日(木)
687,サラ川(サラリーマン川柳)


毎年この時期になると、第一生命のサラ川(サラリーマン川柳)が発表になる。
Webで調べコピーしてみた。
 
ー朝日新聞Websieー
 第一生命は17日、恒例となっている「サラリーマン川柳コンクール」の入選
 100編を発表した。
 サッカーW杯やノーベル賞、タマちゃんなど流行や話題性の高いテーマを選んだ作品が
 多かった一方、中高年サラリーマンやその家庭の悲哀がにじんだ作品も目立った。

 「髪型は息子ベッカム、父ジダン」
 「年収はゴジラ松井の一打席」のお父さん。
 「オヤジギャグうちの主任は冷やし系」
 「言ったあと、これセクハラか?聞く上司」とからかわれ、
 家庭では
 「午前様妻のイビキにホッとする」。

 「タバコより体に悪い妻のグチ」と嘆き、
 「顔だけがブランド品でない女房」と文句も出るようだ。
 娘にも
 「大そうじ今年も娘がかたづかぬ」とあたるが、
 結局は
 「不景気で家族の団欒(だんらん)取り戻す」。

 そんなサラリーマンに、
「人生は川の流れとタマがいう」というのも実感がこもっている。
 
  ・・・・・・・・・・・・・

歴代第一位の作品 ■

第15回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位   ー デジカメの エサはなんだと 孫に聞く ー浦島太郎

第14回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ードットコム どこが混むのと 聞く上司ー ネット不安

第13回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ープロポーズ あの日に帰って ことわりたい ー恐妻男

第12回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ーコストダウン さけぶあんたが コスト高 四万十川 ー信彦

第11回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位 ー わが家では 子供ポケモン パパノケモン ー万年若様

第10回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  △[早くやれ]] そう言うことは 早く言えー 新舞い

第9回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ー『ゴハンよ』と 呼ばれて行けば タマだった ー窓際亭主

第8回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ーやせてやる!! これ食べてから やせてやる!! ー栗饅頭之命
(くりまんじゅうのみこと)

第7回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ー連れ込むな! わたしは急に 泊まれない ー紫式部

第6回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ーいい家内 10年経ったら おっ家内ー 自宅拒否症

第5回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位 ー まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる ー遠くの我家

第4回 サラリーマン川柳コンクール
 第一位  ーボディコンを 無理して着たら ボンレスハム ーとなりのトトロ


・・・・・・・・・・・・・・・
02 7.27
 サラ川   役員会、肩書きなければ、老人会
02 9.17
 慎一作   別れぎわ、おもしろかったよ、ありがとう
02 8.6
 サラ川   妻怒る、どれがバレたか、様子見る
 サラ川   財産はネコにゆずると言いだした   
 サラ川   一時停止おまわりいないこと確認
 サラ川   ムカつくと言ったら吐けばと返された
 サラ川   充分に腐らせてから捨てる母
 サラ川   物忘れ怖くてへそくり隠せない
 サラ川   ゴハンよと呼ばれて行けばタマだった   
 サラ川   ダイエット グラムで痩せてキロで肥え  
  万川   愛想の良い店員は経営者  
  万川   イタリアへ行きたいけれど歯が抜けた

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

 2002年02月20日(水)
337,ホームページの為の文章作法−2


随想日記を書き続けてまず考えたことは、負担にならないで、
如何に自然体で書きつづけるか?
そしてそのノウハウは?

・まず数人の前で話を毎日することを想定した。
・気取らず、自然体で書く。
・自分の為に書くー書いていて楽しい文にする。
・話題の底がつきるまで書く 、
 いや尽きた時こそチャンスと考える事にした。
・毎日15~20人の人に読んでもらえるまで、内容を上げる。

3週間ぐらい前、定点観測の本屋でコピーライターの書いた
「文章上達トレーニング」という本を買った。
「話すように書く」が、自分の方法と同じだったからだ。

・「話し言葉で」下書きするー最も親しい人に話しかけるように書く。
・そしてそれを文章化する。
・更に文章らしくなるように手を入れる、
      が要旨である。
文章作法の基本は「起承転結」である。
それを「結承転結ぐらいという気楽な感覚で、いいたい事をまず明確に書く。
いい文章とは分かりやすい文章だ。けして美文をいわない。
人に話す時は、必ず話している内容は筋は通っているものだ。
そのまま書けばよいというのも肯ける。
それが難しいのは、かまえたり飾ろうとするからだ!

「葉書の書き方」の方法論の本の中に
「まず結論を初めの2〜3行で書き上げてしまえ!」というのがあった。
その後は、流しでよい。それを先に書いてしまえば後は気も楽になるし、
すらすら日常のことが出てくる。
それを実行してから葉書や手紙を気楽に出せるようになった。

随想日記も基本はそれである。
それとなるべく短文にすることだ、ようするにシンプルにする。
短文なら誰でも書ける。それを重ねていけばいい。
読むほうも、読んでいて読みやすい。

気取らず、自身の言葉で書く。
あと書き換えをなるべく多くやる。上達の訓練はそれしかない。
その点でパソコンはいい。いくら書き換えても汚くなることはない。

それと意外なポイントとして、短時間で一気に書き上げることだ。
何事も気合だ。それを何回か添削する。

それと書きだめを幾つか書いておく。
書きだめと思って書くと気楽に書けるからだ。

・・・・・・・
・・・・・・・
お笑い
ー下ネタコーナー
4、[ 父と子 ]  ☆☆☆  

分娩室では、若いお母さんがお産の真っ最中でした。
「あ!頭が出ましたよ!顔も出ましたよ!がんばって」

そのとき ---。
その顔だけのぞかせた赤ん坊は、しっかりこちらを見つめて言いました。
「あんた、おれのおやじ?」
「えっ・・。いえ、違いますよ。私は看護婦・・」
「あそ」

赤ん坊は言い残し、もぞもぞと再び中に戻ってしまいました!
驚いた看護婦は医者を呼びに行きました。

するとまた赤ん坊が顔だけ出して
「あんた、おれのおやじ?」
「いや違う。私は医者だ」
「あそ」

もぞもぞと中に戻ってしまいました。
そこで、仕事中の父親を呼びに行きました。
赤ん坊は顔だけ出して尋ねます。

「あんた、おれのおやじ?」
「そうだよ!お前のお父さんだよ!」

それを聞いた途端、赤ん坊ははい出て、こぶしで父親の頭を殴りました。

 「よくも毎晩、おれの頭を小突きやがったな!」


1051, Tvが面白いー銀座ホステスの面接

2004年02月19日(木)

先日、BSTvで放送した「ニューヨークのデート・カウンセラー」を取り上げたが、
翌日も面白い人間模様を見ることができた。
銀座の有名クラブのママ三人が[銀座ホステス]希望者との面接であった。
現役ホステスや女子大生と面接をして、気に入ればその場で採用をする。
三人の応募者とも採用をされたが、なかなかの迫真の内容であった。

銀座ママの質問内容はやはりシビアである。
・何故銀座ホステスになりたいのか
・どういうスキルを持っているか
・男(ひも)がいるかどうか
・本人の頭の回転と品性
等々を、質問をしながら見ている。

生き馬の目を抜くような世界で生きてきているママは、華やかな背後にある
ドロドロした激しい競争社会を知り尽くしている。
そして、その華やかさを求めてきた女達の行く末を多く見ている。
その一人のママに、最近本を出した[双子屋]の妹の方の「ますいさくら」が
出ていた。その本を図書館で借りてきて読んだが、虚飾は虚飾でしかなかった。

希望者の三人というと、
キャバクラのナンバーワンの、見るからに「お水の女」の人と、
32歳の子持ちホステスと、
現役女子大生(現在京都でアルバイトでホステスをしている)
が面接希望者であった。

面接を通して、それぞれの人生がだんだんと浮かび上がってくる。
水の世界は、好きで入る人、生活の為に入る人、自己逃避の為に入る人、
興味本位と色いろある。やはり水の適正というのがあるのだろう。

夜の世界ほど虚と実がはっきり分かれている世界も珍しい。
店サイドは一夜の虚を売るのが仕事。
お客は、その虚を解っていて買いに来る。
身体を売るわけでなし、男女の微妙な遊びを売る「クラブ」という商売は
世界中で日本しかない特殊のものだという。

銀座の高級クラブといえば、座って5〜10万?という世界。
そこで満足をさせて帰ってもらうのだから、ホステスの人選も非常に難しいはずだ。
その面接を(演出部分もあるとしても)TVの番組みに仕上げるから驚きである。
これも情報化の一つであろうか。

こんなの見て感心しているのだから、自分の程度が知れるが!
何でも見てやろうというのがモットーと思いつつ、真剣にみてしまった。
(これも、まれに見るバカか!)

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年02月19日(水)
686, まれに見るバカ−読書日記  −5

ー バカの定義ー

バカの定義をこの本の中から抜粋してみた。

・小谷野敦「バカのための読書術」の中で
「当面、哲学とか数学とか、抽象的なことが苦手、というような人のことである」

・勝谷誠彦「バカとの闘い」で、
 「バカとは人間に与えられた志を追うという能力を捨てて、
 馬や鹿のように、本能のまま目先の欲望のためだけに生きている輩をいう」
 と書いている。で、何故かくもバカが多くなったかというと「戦後のアメリカ
 軍の洗脳教育で、バカをバカと指摘する美しき日本の風習が否定されたからだ」
 といっている。

・立花隆「東大生はバカになったか」で
 基本的知的能力を欠くというのでなく
 「教育の目的とは現制度の賛美者をつくることでなく、制度を批判し改善する
 能力を養う事である」と書いている。
 そこでまたー人間、教養がないとどうなるかというと、幅が狭い近視眼的人間
 になる。教養とは、幅広く全体を見る巨視的能力を身につけることをいう。

・吉野敬介「やっぱしおまえはバカじゃない」
 本当のバカというのは、すべてを要領よくこなし、何ひとつ本物に行き着けない
 奴の事をいっている。
 要領のよさや、要領だけで世渡りのうまさを吹聴するヤツはバカの第一条。
 自分だけの小さな規準で満足しているヤツ。これが第二条。

以上がバカ規準として書いてあった内容だ。
わたしがバカと信じてきたのは吉野敬介にほぼ近い!
「誰もがバカであるから、あまりいわれても気にしない事だ」と気休めを
考えているのが一番バカということだ。
「つくづく自分てのは、バカだな~」が結論!
                  ー 終わり
                  
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 2002年02月19日(火)
336,ある時間の断面 −2

       −1968年8月31日日記帳より

今日雲頓庵(禅寺)に来る。卒論の勉強の為だが、予想どうりのところだ。
早速座禅をくんでみる。足が痛くなり無我の境地にさほど遠い。
しかし現在の自分が求めていたもののヒントを与えてくれそうだ。

ここに慶応大学を卒業して弁護士の試験勉強をしている高橋さんと、
立教女学院の短大生が10人位いる。面白い人ばかりで明日帰ると言う。

帳面を忘れてきた。
これから当初の目標の計画立てだ。

ーーー      
          ー9月1日
朝5時に目が覚める。6時半に起き
早速掃除をする。朝食前に高橋さんと裏山に登ってみる。
たった今鐘の音が聞こえてくる。深夜の鐘もいいものだ。
昼、彼女らが帰る、何か寂しい。
昼飯時にこの寺の後見人という人と話す。
午後は離れの一室で「流通革命」を100ページと「流通機構の話し」
を60ページを繰り返し読む。
勉強の集中力が足りないのがいらだつ。
明日より気を入れなおさなくては。
夜は10時にうとうとしてしまった。
      後記ー独りで夜30分禅堂で座禅をくんでみる。
   ロマンチックな感がする。誰も見ていないので自分との闘いだ。

ーーー
捜し物をしていたら「日記帳」が紙袋の底より出てきた。
半年分が書いてあった。

過去の自分との対面である。

ー2004年02・19日記
もう終わったので、コピーするのを躊躇ったが?

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

お笑い
ー下ネタコーナー

3、「お互い様」

浮田さんの奥さんは男とベッドの中。
しかも男というのは、夫の親友です。

その真っ最中、突然、電話がかかってきた。
「もしもし…そう…わかったわ、じゃあ」
「どこからだ?」
「夫よ」

「なんだって!大変だ、すぐ逃げないと!!」

「大丈夫よ、今貴方と飲んでいるっていう電話だから」


1050, 客観性ってのは何?

2004年02月18日(水)

 金沢にいた頃(25歳の頃)の話になるが、
「客観的に」という言葉を、よく使っていたところ
「客観的というが、客観的と勝手に思っているお前の主観ではないか?
俺は客観という言葉が嫌いだ」と言われて、ドキリとした思い出がある。
親しかった金沢大学を出たばかりの寡黙の哲学的な男であったから、
なお答えに窮した。
それから客観的という言葉を控えるようになった。

「事実」は「客観的事実」と「自己ー主観」にわけることができる?が、
その「客観的事実」も突きつめれば、あくまでも「主観」でしかない。
主観と客観の違いは、あくまでも情報量の比較の世界でしかない。
または自分を隠す手法になるケースが多い。
(多いほど客観的といっているにすぎない)
真理を追究する科学者は、その目指すところは「客観的事実である」
それも、次の真理へのステップでしかない。

この随想日記も、「自己の主観」を第三者の目に曝けだして客観性を
鍛えていることになるが。
今まで書いてきた文章を読みかえして、支離滅裂の内容は自分自身でも
妥協できないものだ。
「自己主張ー主観」が客観的?に充分耐えられことがまず重要になる。
その意味で、常に内省を繰りかえさなくてはならない。

文章化は自己客観化への一歩といってよい。
テーマの内容を起承転結のスジ道をつけることは、脳の機能を有効に使うことになる。
「万物の霊長類と人間は自身を特別視できた最大のポイントは言葉を持った」ことだ。
この随想日記を書くようになって、それまでと比べて自分の考えをより客観視
出来るようになった。それも55歳過ぎてからのこの三年間である。
書き手としての視点を外と内に向けざるを得なくなったからだ。
随想日記というからには「起承転結]をハッキリさせなくてはならない。
これが思考能力を飛躍的に伸ばしてくれている。
特にインターネットの検索が使えることが最大の武器になった。
テーマさえ決まれば情報はいくらでも取れる。

今まで、社内報の原稿や手紙を書くときは、メモ用紙に下書きして、書き足し
や書き直しをした後に、清書をしていた。
ところが現在は、パソコンに思いついたことを随時書いた後に文章化と添削を
するようになった。これで書く量が飛躍的に増えた。
またパソコンを開けば、そこが書斎になってしまうことで、隙間時間に気楽に
書き込めるようになった。

文章が(紙という物質を媒体をしていたものが)パソコンの画面という非物質の媒体に
なってしまった。気楽に他の文章をコピーをして貼り付けて加工さえ可能になった。
紙から開放されたのだ。これは書き手にとって革命的な大事件である。

文章化が客観性への第一歩なら、ここで飛躍的に変化したことになる。
紙に書くこととワープロでは、自転車と飛行機の差以上であろう。
だから毎日こういう随想日記も書けるのだ。
ここにきて当初の五分の一のエネルギーで済むようになった。

本を出すことを考えている訳でもないし、興味本位で書いているだけでもない。
自転車から飛行機に乗りかえて、今までとは違った視野ができたことの自由さと
一日単位の達成感が味わえるから書いているのだ。
自己慰安が最大の動機かもしれないが。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 2003年02月18日(火)
685, 値段のカラクリ

ダイヤモンド価格の話である。
世界で一般にダイヤと金は物質的な価値基準になる。
動乱で最後もって逃げる物質として、コンパクトで便利な塊である。
どこの世界でも通用する。

買った宝石を高価と思っていたが質屋に持っていったら、ぜんぜん値段が
つかないことはよくあることだ。
じつは、宝石の原価には、面白い原則があるという。
全体の値段が高いものほど、原価の占める割合が大きいのだ。

たとえば、100万クラスの指輪だと、原価が20〜30万。
ところが、20万だと、原価は1〜2万いやそれより以下だ。
宝石は買ったと同時に10分の以下になると考えてよい。

数ヶ月に一回位、5〜8割引の宝石などのチラシが入ることがあるが、
あれはゴミ?である。それで満足するのもそれでよいが。
規格外の小さいゴミを飾り立てているのだから、面白い。
20万クラスの宝石が売れた場合、原価が10%だが、
・メーカーが15
・卸商が25
・最終の販売店が50
三越や伊勢丹や阪急などの百貨店は、地下の食品で釣って、1〜2Fの
宝石・装飾品売り場で、無知の客を吊り上げ詐欺師商法に近い事をしている。

詐欺?を自覚しているから、詐欺るためにあらゆる仕掛けをつくってある。
50佑里い筍牽悪佑陵益を得る為にあらゆる手段を使うのだ。
これしつこくいうが、三越や高島屋が実際やっているのだ!
老人を集めて、飯を食べさせて、詐欺同然の商法を今も実際やっているのだ。

十数年前に、ハワイの飛行場の免税店のテナント料が、売り上げの70数
が報道された事があった。
売れ残りのブランド物を10〜20倍の価格をつけて売っているのがばれてしまった。
JTBとか日本旅行が安いツアーで、詐欺同然の店に連れて行って騙して、
原価10%の商品を売りつけていた。

無知という事は、本当にかわいそうなことだ!
今の日本のデフレも、こういう仕掛けが壊れているだけでしかない。
これはデフレというのだろうか?
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 2002年02月17日(日)
334,私の読書法

やはり速読法が中心だ。
それも「要点集中主義」だ。
その典型が図書館で可能な限り(10冊)借りてきて、居間の「私の居場所」
の横に積んでおく。食事やパソコンをイジッテッル合間にチョイ読みをする。
通勤で行き帰り読む。

そして返す時間が詰まってくる、もちろん週10冊は読めない。
そうすると要点を見ざるを得ない状態になる。
本はその状態でないと、読まないことが多い。
返す期間が決められていると、要点をみざるを得ない。

これは買うに値すると判断するとすぐ「ネット」で注文をする。
買った本は、すぐ折込に入る。
本の端を重要な箇所を折り込んでしまう。
目次、各章、終わりに、図と絵、太字のページを折りこむ。
そうすると、その時点で自分だけの本になってしまう

そして身近においておく。
読んでいて、いやパラパラと開いていて、ここは重要と思うと左下を折り込む。
折込にも情報を入れる。左上は図示と絵。

急ぐ時は、終わりより逆にめくっていく。
そうすると、どういう訳かポイントが良くわかるのだ。
それでも時間が無い時は、この本から一つだけ情報を取るという視点で
集中する。
一つはあるものだ、特に「目次」か「終わりに」でそれを探す。

いま一つ実行していることは、本屋に週2回は寄る。
通勤途中の二軒のどちらか一軒だ。
本屋も毎日のように、売れているコナーの本を入れ替えている。
定点観測である。
立ち読みで要点読みが結構できる。

都会ー東京の羨ましいのは神田も含め大書店が多いことだ。
情報格差の一番象徴的なところだ。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
 お笑い
ー下ネタコーナー

「小ささ自慢 」
 
チリとアルゼンチンとペルーの娼婦が小ささ自慢をしていた。

チリの女「私の頭が小さすぎてピッタシなのがないので、
わざわざパリまで買い物に行くの。」
 
アルゼンチン女「私も足が小さすぎてこの辺に良いのがないので、
 
ニューヨークまで行くの」


ペルーの女、顔を赤らめて
     
「私のあれの時、バンドエイドを使うの」


1049, お金の教訓

2004年02月17日(火)

「お金はむき出しの真実である」というが、これだけ本音と建前が
かけ離れているものも珍しい。
今まで随想日記に、お金に関して何回か書いてきた。
といって、本当に解っているのかというと疑問である。
一番金にシビアな坊主も[布施の分だけ経を読む]とかいう。
滑稽といえば滑稽である。

世の中の悩みの大部分が金の悩みという。
ということは、殆どの悩みは金で解決可能ということになる。

金に対する[金言」をまとめてみようと何冊かの格言集をみたが、
なかなかこれはというのが無いが、その中から幾つかあげてみる。

・「もしも心がすべてなら、いとしいお金は何なのだ?」
  ー都都逸
・「金勘定 しているいる妻は 美しい」
  ー川柳集より

・「私は金のためにこの世界に入った、芸はあとでついてきたものさ」
  ーチャップリ

・「10中89、お金は急場を救ってくれる」
  −ジョン・ウェイン

・「お金と知識はあの世にはもっていけないよ」
 生きているうちに使えと!あればだが。

・「お金があれば、どんな悲しみにもたえられる」
  ー財多ければ、悲しみ少なしー
  ー財布軽けりゃ 心が重いーというのもある。

・「小指切れとは当座のことよ、金が泣くなりゃ手まで切る」
  ー都都逸

・「貧乏は貧乏人を追いかけ、金は金持ちを追いかける」
   ユダヤの諺というから恐ろしい。

・「金のない人は、京都の茶屋で遊ぶ資格あらへん」 
  という芸子はシビアである。
 これは昔から欧州の社交界では当たり前だったとか。

・「金と頭とチ○ポはいきているうちに使え」
 と、本田宗一郎が言ったとか。 
  まあ彼が言うからよいのだろう。

ある統計によると
65歳のアメリカ人100人のうち
・金持ち1人、
・快適な暮らしを送る人 4人、
・まだ働く人は 5人しか居ない。
・あとの 56人は政府か家族の援助を必要とし、
・残りの人は亡くなったそうだ。
 よく「引退すれば、生活費が減る。だからお金はそんなに必要ない」
という人がいるが、それは間違いだ。
生活費は下がるが、医療費は大幅に上がるからだ。
多くの保険機関は高齢者を制度から締め出そうとしている。
これから高齢者はお金を持っていれば生きられるのに、お金がないために
死ぬということも起きるのだ。

本屋のエンドに平積みに[300万で生活する方法」というような本が
目立つようになってきた。
最近出た本では、さらに「200万で生活する法」まで引き下がってた
本が出てきた。
この大不況の中に他人事ではない。

調べてみると過去に多く、金について書いている。
いま読んでみてもシビアで面白いが、では実践でというと??
書いている分には面白いが、金に追いかけられだしたら地獄である。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 2003/01/13
お金はむき出しの真実

以前にも「お金」を取り上げてきたが、さらに書いてみる。

・お金で不幸になるというが、それは他人のお金をいう。
               −そのとおりだ!!
・事業、それ他人のお金だってさ!! −それ当たり前の事??
          自己資金の範囲ー無借金の場合、事業といわない?!
・どんな人間でも買収されないものはない!!
 ただ問題はその金額である。       −凄いシビアの話だね。
                 でも考えてみれば誰でもそうだろう。
・お金は自由の塊である。その金に縛られている馬鹿がいる。
                   −気づいているかどうかだがー
・貧困が犯罪の母であるなら、知恵の不足が犯罪の父である。
                  −この合体が刑務所の中の真実??
・お金は不平等を平等にする。それだけ絶対的な威力だ。
          ー 世の中の不幸は不平等からきているもんね!
・お金は「力」だけでなく「言葉」である。
                 −意味をたっぷり含んだ言語だ。
・借金は自由の人間を束縛する監獄だ。
              ー 私など懲役刑。

渋沢栄一の「必要なら樽の水は飲んでもよい。しかし絶対に漏らすな!」
学生時代に「雄気堂々」という小説で読んで、いらい金銭哲学にしている。
それと「樽の水は常に水位は一定にしておく」(これは私の金銭哲学だが)

そういえば「お金の苦労だけはしたくない」は、父がいつも口にしていた。
その為か常に念頭に入れて事業計画を立てていた。
それでも厳しい時代になってきた。

私が見る限り、お金にたいしての知識が一般に薄いように思われる。
特に縁のない人ほど、無さ過ぎる。
馬鹿丸出しで「お金に対してあまり興味が無いんだよね」とのたまう。
それは自分の卑しさー人間の奥底の卑しさに、まだ気づいてないからだ。
特にお金に対して窮したことがないからだ。可愛いものだが。

ものの本に「世の中の悩みの90佑呂金やそれに伴なうトラブル」と書いて
あった。金の考え方がその人といってよいほどだ。

「財布に10万持って、5千円の買い物をするのと、一万円を持って買い物を
するのと、5千円で買い物するのと、借金で買い物するのとではまったく違う
ものだ」という話を聞いた事がある。それから財布の中身を倍にした。
それと他にヘソクリを持つようにした。そうするとたまに衝動買いする以外
あまり物が欲しいと思わなくなった。次ぎ考えようという余裕が持てるのだ。

反対もあるが。財布は最小にしておくという方法もあるらしい。
2000円以上持たない主義の人もいる。
身近に金の汚い人がいるが、その人は持たない人だろう。
やはり気持ちに余裕が持てなくなるのだろう。

ーお金について ーのホームページよりコピーしたものです。
ーー故伊丹十三監督・制作の「マルサの女」の一場面:巨万な富を築き最後には、
 隠し部屋が見つかりマルサに尻尾を捕まれた脱税者を演じる「山崎努」が、
「どのようにしてこんな財産を築いたのか?」の質問に対し、
「それぞれの器があるが、今ここにお金を水に例えて、コップの中に
 少しずつ貯めて行く。
 殆どの者が少し貯まると喉の乾きからその水を飲み干してしまう。
 そのような事をすると貯まるものでも貯まらない。
 自分は、そのコップに少しずつ貯めて水がコップを溢れるまで飲まない、
 溢れた水はゴクンと飲んでは駄目!舐めるのだ!」と
 すぐ買うことが出来るから普段は買わないそうである。
 庶民は、買いたいものがあれば直ぐ買ってしまう。 ーーー

こんなものだろう。


・・・・・・・・・・
以前書いた文章をこぴーしておきます。

お金について -事業百訓より

[112] お金について

以前お金の事に対して書いた、それにより人も殺すし人を助ける事もできる。
体も売る、売春で普通の子女が売春に走る値段は、新卒の給料の一週間分の
値段が世界の共通という。日本なら4〜5万というところか。

仕事をしているとそれが鮮明に見えたり、全く見えなくなったりする。
命の次でなく、命と同じくらい大事である。
といって死んだと同時に一円も必要でなくなる。
しかし生きている限り必要なもの。
金のない人ほど金に対して軽く見ている。
見ているふりをしているかと思っていたが、そうでない。
私の実感は稼ぐは大変、失うは簡単!である。

銀行はまさしくその管理をしているのだから、解っているはずが全く
その正反対というのがジョークそのもの。
一番面白い話、あの松下幸之助が下を向いて一生懸命書き物をしていた。
こっそり見たら、金かねかねと書いていたという。

自由の塊というところか、
それとも神の代行業に対する神の謝礼か。

ーーーーー
H0903 お金について -事業百訓より

 誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。
これほど重要なモノについて誰も直視しない。触れたがらないのはその本質が
あまりにも“現金”だからである!。
ズバリお金は“自由の塊”である。世界の大部分のモノが引換に手に入る!
人の心さえも。それほど強力な魔物である。
それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。
反対に上手に使えば従順な召使いになる。
父がよくいっていた“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、その苦労は
この世で一番の苦労だ!。”“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”
“生き金は使え、死に金は使うな!”“お金の楽しみの(うまくいった仕事の)
結果のもの。”“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。”
“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。
お金に窮してはじめてそれと気ずく。それを誰も直視しようとしない。
世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。それを認めた上で、
それにとらわれるな!とらわれない為にはお金を貯めろ!”。

父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。
でもお金に対して奇麗な人であった!

                      2001/08/18
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 2003年02月17日(月)
684, まれに見るバカー読書日記ー4

 男・獲物ー獲得法
第2章「バカ本を読む」の中の酒井冬夏「バカ・ゲット」がおもしろい。 
1995年に流行った「バカゲット」とは、「バカ」な男を「ゲット」する、
自分に「安らぎ」と「安全」を与えてくれるバカ男ー獲物を獲得する意味である。
この獲得のマニュアル本である。

目次は「コンセプ」「マーケッングリサーチ」「アポイントメント」
「営業」「交渉」「プレゼンテーション」「接客」「契約」などあって、
男と女の関係もビジネスと思わせる仕掛けがある。
・男は「クライアント」であり、
・自分は「会社」であり、
・結婚は「プロジェクト」であるというわけである。

ところが一転、
・社内で「獲物」を探すのが「近海漁業」であり
・「合コン」は「遠海漁業」
・なんでも手を出すのが「そこ引き網」
・ずっと付き合って結婚するのが「一本釣り」
・同性からの紹介は「おとり漁法」
・シャイなふりをするのは「定置網漁法」
・光りモノでおびきよせるのが「ルアー釣り」

女としては「らくして生きる」ために、こういう「バカ」を「ゲット」するための手練手管、
言葉遣いが、懇切丁寧に手ほどきされている。
つまり「バカ」男を「ゲット」する「バカ」女の本である。

ー感想ー
こう書いてあると、結婚とは何か基本的に考えてしまう!
わたしも「バカおんな」にゲットされた「バカおとこ」だ。
晴れて、バカの夫婦が成立して、子バカが生まれるのだ。
まあここまで考えたら結婚はできない。
男などこの本をしっかり読んでおかないと、とんでもないバカ女に一生を棒に振る
ことになる。

さらにこの本には「正しいバカの選び方」という部分がある。
・・・
間の悪い男のコ。いますよねぇ。
男の子ってデリケートな生き物なのです。
要領が悪くって、タイミングが悪くって、不器用で、いつもチャンスを
逃してしまう。
・・・・こういう男の子に愛の手をさしのべるのがワタシ達の役目。
こういう男のコがターゲットであります。
ワタシタチが求めるのは「安らぎ」と「安全」です。
だから、
・結婚生活に向いている男のコ
・よりラクできる相手
・よりコントロールしやすい相手
を選んだほうが、勝手に生きられるというモノです。


感想ー30代半ばまで女の職場のこういう中で、ふわふわ浮いて泳いできた!
その辺が一番面白く辛いところだったが。
個人は誠実に、集団としては猿として割り切っていればよかったが。
以上のような漁りは、誰にも必要であり、その漁場でいかに仕掛けを
つくり、その中から選定しなくてはならない。
その魚が一生の伴侶として当たりかはずれは五分五分ときているから面白い。
早ければ新婚旅行で判別できる。24時間密着するのだから。
TVでも当たり外れは五年経たないとわからない、人間は一生経って
も気がつかない人もいるが。

バカ本を読んで、ニヤニヤしながらパソコンに打ち込んでいるのが
一番バカだ!

・・・・・・・
・・・・・・・
 2002年02月17日(日)
334,私の読書法

やはり速読法が中心だ。
それも「要点集中主義」だ。
その典型が図書館で可能な限り(10冊)借りてきて、居間の「私の居場所」
の横に積んでおく。食事やパソコンをイジッテッル合間にチョイ読みをする。
通勤で行き帰り読む。

そして返す時間が詰まってくる、もちろん週10冊は読めない。
そうすると要点を見ざるを得ない状態になる。
本はその状態でないと、読まないことが多い。
返す期間が決められていると、要点をみざるを得ない。

これは買うに値すると判断するとすぐ「ネット」で注文をする。
買った本は、すぐ折込に入る。
本の端を重要な箇所を折り込んでしまう。
目次、各章、終わりに、図と絵、太字のページを折りこむ。
そうすると、その時点で自分だけの本になってしまう

そして身近においておく。
読んでいて、いやパラパラと開いていて、ここは重要と思うと左下を折り込む。
折込にも情報を入れる。左上は図示と絵。

急ぐ時は、終わりより逆にめくっていく。
そうすると、どういう訳かポイントが良くわかるのだ。
それでも時間が無い時は、この本から一つだけ情報を取るという視点で
集中する。
一つはあるものだ、特に「目次」か「終わりに」でそれを探す。

いま一つ実行していることは、本屋に週2回は寄る。
通勤途中の二軒のどちらか一軒だ。
本屋も毎日のように、売れているコナーの本を入れ替えている。
定点観測である。
立ち読みで要点読みが結構できる。

都会ー東京の羨ましいのは神田も含め大書店が多いことだ。
情報格差の一番象徴的なところだ。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
[お笑いコーナー]

笑いの真髄
(以前一回書いた内容だが、その後先に面白いエピソードがあったので
今一度書く。)


ある男暇をもてあまし、知り合いの娼婦の館の女主人の所に遊びに行った。

「何かオモシロイコトないかね」と言うと、2Fのある部屋で裸になって
待っているように言われた。

その部屋で待っていると鶏が1羽投げ込まれた。

鶏姦をという事かと面白くなり鶏を追いかけまわし、やっとのことで事を成し遂げた。

1週間後また退屈になり、再びその女主人のところにやって来てまた
「何か面白いことがないか」と聞いた。

今度は3Fのある部屋に行くように言われた。

その部屋に行くと薄暗闇の中、数人の男が隣の部屋の黒人3人と白人女3人の
スワッピングを隠れみていた。

一緒になって見ていたが、あまりに面白いので隣の男に声をかけると、
その男曰く

「いや1週間前はもっと面白かったよ、
       馬鹿な素っ裸の男が鶏を追いかけて鶏姦をしていた。」

ーーー
 この話面白いのでけっこうあちこちで話しているが、
各人の反応がそれぞれ面白い。

Aという男に話すとニコリトモせず黙って聞いていたが、

「そうだよな、卵を産むんだよなー」

私もそこまで考えてなかったので、思わず「そうだよなー」と同調してしまった。

また知り合いの女性にからかって言うと、赤い顔をして

「それって可能性あるの?」

もちろんAの話をしてやった。本人ニヤニヤして「納得!」
ーーー
この鶏姦の小話、一番笑いの本質をついている。

笑っていた自分が実はもっと笑われていた。
それが一瞬のうちに逆転する面白さである。


記入日時 2001/07/21/12:59:45


1048, デート・カウンセラー

2004年02月16日(月)



最近、TVが面白い。
特にBSTVが色いろな世界を鋭く切り取っている内容が多くなった。
普段知ることができない世界を垣間見れる。

一昨日のBSの、[地球ウォーカー]の
ニューヨークのデート・カウンスラーの目を通したドキュメントがよい。
結婚相手を見つけるチャンスが少ないのが大都会の独身者の悩みという。
特に女性の場合、チャンスが少ない。
大都会は同姓愛が多くて、出会いパーテーを開いても男性の数が
少ないのが悩みになる。10対8といっていたが、実際はもっと少ないようだ。

この33歳のティナというブロンドのデートカウンセラーの目を通した
ニューヨークの独身女性の結婚問題を掘り下げていた。
女性20人位のセミナーで色いろの講義をしているのだ。
現在、学生時代の日記を書き移しているが、男の立場からみても合点
することが多い。
結論からいうと
[ありのままの自分に自信を持って、オープンに積極的にあれ。
ただし、これには守るべき原則がある!」という。

ーその原則とは
・直前(その場)のデートは断る
 4日後に引き延ばすこと
・相手の言動を分析しない
 勝手な分析などしないで軽く考えること
・女性の場合、支払いは相手に
・あせりは絶対に見せない
・メールの返事は3回に一回ぐらいにしておく

 等々である。
 
 この番組に出てきた独身女性を見ていると(いや大方)、
 男性不信の人が多い。
 前の男性が駄目であっても、次の人が駄目とは限らないのだ。
 男性は、その女性を理解するのに平均4ヶ月かかるという。
 従って、あまり先?を急ではいけないと。
 
 ニューヨークでは50涌幣紊領ズ率というから、結婚は大問題になって
 いるという。だから「デート・カウンセラー」という職業が大うけなる。
 ー男性の多い店とか、スポーツバーに行ってチャンスを自らつくり、
 気楽にーというのが要約であった。
 いい人に出会うためには「下手な鉄砲数撃ちゃあたる」も必要なのだ。
 
 簡単に最適な相手が見つかる訳がないが、といってそうチャンスが
 あるわけがない。
 上手く結婚まで持ち込んでも50涌幣紊亮最圓硫椎柔も
 あるのだから本当に難しい問題でもある。
 
 特に若い人に言いたいのは、
 「理想と現実の違いをはっきりしろ!」
 その為には
 「若さにありがちな自己過大評価と過少評価(特に過大)を
 修正しろ!」
 「表面的な魅力と同じくらい内面的な魅力をつくれ!」
 「若い時は二度とない、片思いでも良いから死ぬほどの恋をしてみろ」
 
 こんなこと人にいえた柄か?
 全くその通りです!
 
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 
 2003年02月16日(日)
683,まれに見るバカ−読書日記-3

バカの罪状以下のごとし。
1、バカはやかましい
 ついでにいっておくと、バカはじっとしていない。
 つねにうろうろしている。
2、バカは群れて力を持つ
 バカはバカを呼ぶ、バカの盛り上がりは、まさに僻みもあるのか、
 どうだ、バカはこんなに楽しいのゾッ、というほど凄い。
 「とにかくバカは群れたがる」ゴルフにマージャンに居酒屋に。
3、バカは恥をしらない
 まずは言い訳から入る。言い繕う事の恥を軽くみている。
4、バカは自分の頭で考えない
 何でもかんでも「如何したらよいか」と他人に聞くものがいる。
 自分の頭で考えないものは、何ごともしたがらないやつである。
5、バカには話が通じない
 バカは自分が正しいと思っているから、何をいっても話にならない。
 聞く耳を持たないのである。そのバカに「正しい」という観念だけが
 宿っているのが不思議である。自分バカである。
6、自分がバカだと夢にだに思わない。
7、バカは自分から一ミリも外にでれない。
 自分は世間に100mも出ているくせに、自分自身からは一ミリも出れない。
8、バカはいやらしい。
 この手には学歴バカが多い。手の込んでいるバカである。
 建前と本音を使い分けているが、その隔離に自分が気がついていない。
9、バカは横にならう。
 つねに横一線。自分ひとりで何もできなくて、
 おなじバカを味方につけようとする。ほかのバカに見限られると、
 そいつらをバカよばわりをする。

半分近くは誰もがその要素は持っているが、全てという奴がいる?
嘘みたいだが本当だ!・・ひょっとすると自分の可能性もある!?
わたしの周辺のバカを上げてみよう。

・チンドンヤバカー 年中自己宣伝の選挙運動をしているバカ
・地方名士バカー  痴呆迷氏(死)
・太鼓もちバカー  痴呆迷氏に取りつこうするゴマすりバカ
・芸者バカー    上記の女版
・酔っ払いバカー  酔うと全く人格が変わってしまうバカ ー誰だ?
・本読まぬバカー  現象と事実と真実の差が理解できないバカ
・資格バカ
・早打ちマックバカー すぐ?EXしまうバカ、???させるバカ
                      ー 続く
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年02月16日(土)
333、20歳の頃 −1

立花隆の「二十歳のころ」が面白そうなので
ネットで買い寄せた。

本屋で立ち読みをしていたが、実際に買い読み始めるとこれが面白い!
立花隆と東大の立花ゼミ生が「各界著名人や無名の人の20歳のころの事」
をまとめたものである。

一番の人生の不定形の可能性の塊のころである,
と同時に一番不安定のころでもある。

そして一番その後の「人生の基盤」を作っている時期でもある。
私の周辺の人を見ていると「大学時代何をしていたか」
で人生が決まってしまったように思える。

その頃遊びほうけていたり、ただ漫然と大学生活を過ごしてきた人は、
今もその延長にいる。人生の要所であることに若さゆえ気づかない。

「さすが立花隆!」と思うのは、「ホームページ上でサイバー大学という形」
で進めていったことである。ゼミのメンバーと同じ年代の人と、
普通なら、これをやらなくては絶対会えない各界の人から、色々な啓示を
受けたことだ。それもホームページ作りを通してである。
まったく羨ましい限りである。
人生のOFF−J−T,いやOFF−L(LIFE)−Tそのものだ。

私の二十歳頃を近くに書いてみよう。
それより学生時代の頃になるか。

屋上から「通行人の自分」を眺めているみたいで面白い。

ー2004年2月16日記
この文章が、恐らく「22歳の日記」を公開するキッカケになったのだろう。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

「22歳の日記」に変わり、ジョーク小話を載せます。
内容は、ホームページのコーナーからで新しいものではありません。
のっけから下ネタですが、我慢をしてみていると「とてつもなく面白い」
ものもあります。
何回読んでも、面白いものは、その都度笑えます。

ー下ネタコーナー
1、「面白い遊び」

トムが息子のジミーをつれて友人の家に遊びに行った。
その息子が喜んで大騒ぎ。トムは息子のジミーに子供部屋にいって
「何か面白い遊びを教えてやって遊んでやりなさい!」と二人に言った。

そして暫くするとジミーは一人戻ってきた。その息子は二度と戻ってこなっかった。
帰りの車の中でトムはジミーに不思議がって「どんな遊び教えたんだ?」と聞いた。

トム「別にどうってことないよ。
       マスターべー・・・・を教えてだけだよ!」

 ‘禁じられた遊び!−−キン(い)じられた遊び!’
               
               おそまつ


1047, 「22歳の日記」の終わりに

2004年02月15日(日)

今日で学生時代の日記が終わっていた。
何時から何時までという日付の無いフリーの日記帳なのだが、
丁度よいタイミングで最後のページで、最終日の今日だけレポート用紙が
貼り付けてあった。いま一冊の日記帳にあと半年位は書いていたと思うが、
ハッキリした記憶が無い。

この日記を書き移していて「恵まれていた環境にいた」とつくづく思う。
「寮生活に、一ヶ月の欧州旅行、ゼミ、クラブ、教授、両親、友人」
と多彩な環境が重なっていたことに驚いた。
そこには地方出身の、土がタップリついた、純朴な姿がそのままあった。
この時期に培ったものが一生ついてまわることを、振り返って実感する。
それと真面目な姿も、今も昔も一緒である?

大学の専門分野の授業が結構面白かったことと、
全く知らない分野を、色いろ知ったのが最大の収穫であった。
また知識や情報や人脈の重要さをつくづく実感をした。
知的好奇心がこの時期にやっと芽生えたのだから、かなりの遅咲きであった。

大学の知識などは、実社会に出てからの経験や読書などの蓄積からみたら、
微々でしかない。
「大学を出てないから駄目だ」
という自分の思い込みという石をつくらないで済んだのも収穫であった。

当時の学生時代の背景が、昭和40年代前半だったというのも恵まれていた。
特別恵まれていたのではなく求めるものがあったから、見返りに対象が
反応した部分もあった。

この時代のポップスは黄金時代といわれている。
高度成長期の波に乗って、素晴らしい歌が次々出ていた。

恵まれた時代にあたった世代は、最後の最後まで恵まれるようだ。
年金も、丁度よいようになっている。
同世代の人をみていると、仕事などでハッピーエンドの人が多い。

学生時代に真面目に過ごした人は、その後の人生で順調のようだ。
マージャンや女性狂いをしていた人は、あまり恵まれた人生ではない。
知識や生活の基盤をつくっていなかったためだ。
その一人が自分でもあるが。

寮にクラブにアルバイトに酒にと、全て中途半端であった。
しかし、それに気づいて産能大に入りなおして基盤直しをした?が、
それでも取り返しがつかなかった。
それほど甘いものではない。
基盤はそう簡単には造り替える事はできない。

この日記から、温みを感じ取れるのも確かである。
私の人生を振り返って
「恵まれていた、ついていた、面白かった、ありがとう」
がキーワードにある。
この日記を見る限り学生時代も全く同じである。

この日記を、つまらないという人と、リアルで面白いという人が二分していた
ようだが、少なくとも私にとっては、リアルで面白い内容であった。
自分の地偕の、あるフロアーに迷い込んだようなものだからだ。
この日記の最後にも感想を書いてある。

 もう、こんな赤裸々な日記は書けない!

・・・・・・・
・・・・・・・
2003年02月15日(土)
682, まれに見るバカ −読書日記 −2

ー印象的なところを抜粋するとー

人はバカに生まれるのでない。バカになるのである。
親子という縦の系列によってバカになり、友人・社会という
横のつながりによってもバカになる。・・・
 
なぜ容易くバカになるのか。理由ははっきりしている。
人間は楽な事を選ぶ生き物だからだ。できることなら責任なんか
負いたくない。他人の心配などまっぴらである。
難しいことより易しいこと、苦しいことより楽しいこと。
不自由より自由。貧乏より裕福。まどろこしい事よりすぐ成果が見えること、
に流される。努力するのも金輪際イヤである。
 これらの諸条件を満たすのは必然的にバカになる。自分中心主義で、
物知らずに、自分の頭で考えることができない。考える努力もしない。
だから人に頼りたくなり、人の責任にしたくなる。
このようにして人はいとも簡単にバカを志向する。
だから親がバカだと子供はつらい。「バカ」を刷り込まれるからだ。

バカになるのに訓練や努力はまったく必要でない。
欲望と感情だけがあればよい。そしてどんな人間でも欲望と感情だけは
もっているのである。・・・
もしバカになったら、それはどこまでも自分の責任である。
責任がなくとも、自分で負わなくてはならない。
  ・・・・
バカがひとりで死ぬまで山の中で生きているのならどんな罪もない。
しかしそのときは「バカ」であることじたいが無意味であろう。
ひとりだけならバカも賢いもないのである。
バカの罪状以下のごとし。
ーつづく
感想ー2

・人間は他人のバカは見えても、自分のバカが見えないものである。
 他人のバカは、実を言うと自分バカを見ているにすぎない。
 「他者認識不可知論」ー他人の事を理解する事は不可能だ。
 理解したと同時にそれは自分自身のことでなるからー
 他者にみえるバカは、わが内なるバカを自己確認しているだけでしかない。
 自分の可笑しく悲しい影といってよい。
 だから書くほうも読むほうもお互いに共感をしてしまうのだ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年02月15日(金)
331、自分を愛すること

我々は「自分を愛することを罪悪」と知らないうちに,
教え込まれてこなかったか。
人間のいや生物の「遺伝子にはエゴイズムが書きこめれている」という。
まず自分のエゴイズムをハッキリと認めよう。
そしてそのコントロールをすべきだ。

自己への愛が自己陶酔やエゴイズムと混同され、否定されている。
私たちの大部分が、実は愛を経験していなかったのではないか?
経験してきたのは、実は[報酬]であった。

どこかの「チンドンヤ」のように第三者の容認を目指しているのを、
本当の愛といえるだろうか?
第三者の影を探し続けている「子狐」的偽愛・偏愛を愛と勘違いしていた。

まず自分自身を愛し、魂を育てることが「愛」の第一歩である。
その前に人を愛そうとしたり、人に愛されることを求める。
それはオカシイと考えもしない、世界の大部分がそういう人で満ちている。

別にエゴイズムを勧めているのではない。
他人に対する愛の希求を、まず自分に向けよ!
自分の魂に慈愛を与えよ!である。
自分のやりたい事を見つけやることが、魂に慈愛を与えることになる。

それを第三者に求めることを「愛」と勘違いしている。
真にやりたいことを、第三者に求めていないか?

第三者にそれがある訳が無いことを解ってない。
新約聖書に「汝を愛するように、隣人を愛せ」という最も象徴的な
真理がある。汝を愛せない人間が隣人を愛することができるのだろうか。
聖書もまず隣人を愛せとか、自分への愛を否定はしていない。
宗教的な文章になってきた。

それを知っている人間は他人のそれも解る。
自己欺瞞が世界に満ちている。
解ってない人間が奇麗事を言う。
他人のアラを探す、無能だからそれしかないのだ。
 
こういう一生を「無能松の一生」という。
私の知人に典型的な奴がいる。
もっとも、悲しいことに一番に自分に似ている!

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2月15日

昨夜のことで、本当に自分が嫌になる。
いい加減な自分に嫌悪感を感じる。

あとは、思い残すことなく社会に出よう。
学生時代は終わったのだ。

ーこれからの予定として
2月17日に先生のところに最後の挨拶
2月19日にゼミの工場見学
  11時〜18時
その後、2日間長岡に帰る。

2月26日にジャスコ入社式のため四日市に出発
     3月2日まで、入社前教育

ーーーーーーーー

以上で半年続いた日記が終わっている。

その続きを書いていたかどうかは記憶がない。
書いていたかどうかは五分五分である。
この一年後、カード型の分類日記を一年間書いた記憶がある。
その一年後、全てを捨ててしまった。
本当は捨てなければよかった。

この日記よりもっと激しいことが書いたあったようだ。
それだけ、その後の一年は激しい一年であった。
心身ともボロボロになっていた。
大學を出て、十数年は誰もがそうだろうが、一生分の問題を吐き出し
解決してきた。
三十代半ばからは楽だったのは、それまで精一杯生きたからだ。

それにしても、凄い?20代~30代を過ごしてきたものだ。
他の人のことは解らないが、私は限界ギリギリのところだった。
読んでいて気づいていると思うが、やはり背景は恵まれていたのだ。
時代に、両親に、そして先生に、友人に。

月並みの言い方になるが「ありがとうございます」という言葉の重みを
つくづく感じる。
今も、当時も一番足りない気持である。
「ありがとう」という言葉は、言っても言っても尽きないのが人生と
振り返って実感する。

この時代の人達に「ありがとうございます」と手を合わせて、
この青春日記を終了する。 
少なくとも書き写している間は当時にタイムスリップをしていた。
毎日続いた一時のタイムスリップも、今日で終わってしまった!
あまり過去に住むのは良くない。

今年の9月からの同月同日の日記として、再び貼り付けるかどうかは、
その時考えるが「もう見たくはない」のが現在の気持ちだ。
半年も経てば気持ちが変わる可能性があるが。

当時のこの男の頭をなぜてやりたい。
そして「35年前よ、さようなら!」と、
腕がちぎれるほど何時までも手を振りたい気持ちである。

 当時と同じように少し感傷的になってしまった!

「あたらしき 明日の来るを信ずといふ
 自分の言葉に うそは無けれど〜  啄木」
  
この日記帳の表紙にデザインとして書いてあった詩である。
日記帳の下欄には、啄木の詩や日記や書簡集が印刷をしてあった。

しかし詩心は芽生えなかった!


  ーーーーーーーー
  ーーーーーーーー
 
  明日からは、換わりに、次のシリーズとして、
 このホームページの「お笑いのコーナー」の、
 ジョークと小話を貼り付ける。
 少し品のないところもあるが!
 100話以上ある。5月まで続く予定である。


1046, ノンアルコールに切り替えて

2004年02月14日(土)


ノンアルコールビールに切り替えて10日ほど経つ。
アルコール度は0.5佑曚匹如普通のビールの10分の一程度だ。
500mmのビールを、350mmのノンアルコールしたのだから体調はよい。
紹興酒一合位を今でも飲んでいるので、一晩のアルコール量はオオヨソ
半分になったことになる。

今のノンアルコールは一度ビールを造った後に、アルコールを抜く製法を
とっているためか以前のような不味さはない。
面白いもので慣れてくると、こんなものかと気にならないし普通のビールを
飲みたいとも思わなくなった。
その代わり週に一度外で飲むビールが、ことさら美味しい。

別に体調を壊したとか、糖尿病とかの対策でない。
知人が自宅での晩酌をノンアルコールに切り替えたと聞いて、
試してみただけだ。年齢からみて丁度よいタイミングということもある。
何時でも飲めるという気楽さと、駄目だったら元に戻せばよいという
余裕があったためか、スンナリとチェンジできた。

ノンアルコールに切り替えてから、2回外で飲んだ。
ビールは殊更美味しかったが、普段の外での酒量の半分?しか飲まなかった。
これが思わない収穫であった。
家での酒量を半分にすると、外の酒量が反比例でなく正比例することが解った。
身体が受けつけなくなってくるのだろう。

40歳の記念に断酒をして、1年近くで挫折をした経験がある。
今から考えてみると、断酒でなく酒量を半分にする工夫をすべきであった。
それでも10年前から、自宅ではビールと紹興酒だけしか飲まないとか、
外での一人酒はしないとか、自分からは誘わないとかの工夫はしていたが。

日本ではアルコール依存症は7人に一人だという。
本屋の立ち読みだが、チェックリストをみて私はアルコール依存症ではない。
しかし酒癖が悪いことは間違いはない。
「私から酒をとったらクソ真面目な面白くない男が残るだけだ」
と勝手な理屈をつけているが、酒飲みの動機は大体こんなものだろう。

いずれにしても適量以上の酒は最大の害悪である。

適量以上の酒の味も、「たま」にはいいものだ。

  注[たまー魂、霊、珠、田間]

・・・・・・・
・・・・・・・

2003年02月14日(金)
681,「まれに見るバカ」ー 読書日記 ー1

「ぶざまな人生」が面白かったので、同じ著者のこの本をインターネット
で取り寄せた。とにかくスッキリする!
「わが内なる馬鹿」というところか。
わたしも辛辣だが、ここまでひどくはない!
読んでいて私など可愛いものだと思ってしまう本である。
こんな本を書いてみたいものだが、無理だ。
下手な書評などより「まえがき」と「あとがき」を抜粋した。

ー表紙裏ー
人の世に一定程度のバカがいるのは常識である。
「浜の真砂はつきぬとも、世にバカの種はつきまじ」と。しかし、そうは知りつつも、
平成の世にわが日本につぎつぎとバカが異常発生している驚くべき事態をいったいどう
考えればいいのか。性別も年齢も、収入も地位も関係がない。
さらには有名人・無名人も問わない。
なぜ、こうした事態がこの国に出現したのか?「バカ」の生態と由来とその現状を
あますところなく伝え、読む人に不思議なことに、生きる勇気が湧いてくる「当世バカ」
生態図巻。

【目次】
第1章 バカはなぜ罪なのか
/第2章 バカ本を読む
/第3章 現代バカ著名人列伝
/第4章 現代無名バカ列伝
/第5章 わたしの嫌いな10のバカ言葉
/第6章 一言バカの諸君
/終章 バカを寿ぐ


まえがきー「バカが幸福になると手がつけられない」

わたしはバカがきらいである。
なぜなら、バカはバカであるからである。
と、厚顔にも公言するくらいなのだから、当然わたしはバカでない。
と、自分で否定する奴に限ってバカだという説があるが、でもバカでない事を
主張する。二回否定するする奴もまたバカだという説を聞いたことがないから、
これでわたしは非バカは証明された、と納得していただきたい。

50年も生きていると、さまざまなバカに遭遇するものである。
だが、幸いなことに、バカのかたまりという全身バカには意外と出会わなかった。
そこそこのバカ、「折々のバカ」、時々発症する季節バカには随分とであったが。
わたしもかってはその一員っであることはあったが(30歳まで)。
しかし広く世の中を見渡してみると、感動的なことに、正真正銘のバカは
やはりいるものだ。長ずるにつれて、全身バカも少なからず存在するものだ、
ということがわかった。

本書は、そのようなまれに見るバカ(だけでない)の生態に関する物語である。
・・・・・
本書での「バカ」は、学歴なんかとはまったく関係がない。
性別も年齢も、収入も地位も関係がない。
うれしいことに、一流大学を出ていて一流企業に勤めていて法外な収入があって
地位がありながら、掛け値なしの「バカ」という者もいる。
悲しい事に、学歴も地位も収入ないけれど、やはりどこから見ても
やはりバカ「としか言えないような人」も当然いるのだが。
本書は「バカ」の定義にはこだわらない。一方的にわたしが、こいつが「バカ」
だと思った人間が「バカ」なのである。
  ・・・・
バカになにをいっても無駄である。なぜなら、他人の言葉など右の耳から
左の耳に素通りしてこそバカだからである。
内省するバカなど語義矛盾もはなはだしい。・・
現在の日本は、「幸福になったバカ」の天国である。
  ・・・

 感想文−1
ーーこの文章だけでも何かすっきりする。
わたしの書きたい事をすべて書いてくれているようでいて、
わたしのすべてを書かれているようだ。
以前も書いたが、「男はつらいよ」の中で、頭の軽い男に「このバカ!」と言った人
にその男が「バカにバカという奴が一番バカだとお母ちゃんが言っていたぞ」
とやり返す場面があったが。
一番バカが書いていると思って読んでいると、奥行きが広い本に思える!?

                          ーつづく
新書
著者: 勢古浩爾
出版社:洋泉社
ISBN:4896916018
サイズ:新書 / 248p
発行年月: 2002年 01月
本体価格: 720円
WEB紀伊国屋
 ☆☆☆

・・・・・・・
・・・・・・・
2002年02月14日(木)
331,、お見舞いの手紙− 堀井正子さんへ

お見舞い申し上げます。
どう見舞ったらよいか?私の仕方で最善と考えてこの本
(フランクルの<生きる意味について>)を贈ります。
非常に深い内容のある本です。
今度の貴女の病、あなた自身にコペルニクス的大転換
(人生に何を要求するかより、人生そのものが貴方になにを求めるか?)
の問いの大転換のチャンスです。
この本を読んでいるうちに、何かが見えてくるのではないでしょうか。
<過去の総てを肯定し、容認すべし>

父が死を目前にした時「もう一度、同じ人生を・・」と言っていました。
これは非常に深い言葉だったと思います。
それも知識より触発された言葉でなく「苦しみの底より掴んだ言葉」
だからこそ父のこの言葉を素晴らしいと思います。

貴女の場合
「池津屋とともに生き、そしてそこを去り倒産、そして音楽の先生
という人生」はそのまま安穏とした人生より、はるかによかったという見方です。
自分の人生の総てを肯定する見方です。

この数年父の心境が判りかけています。
「社会的自分を一度すてて、真なる自分」を今一度じっくり見つめ直す時期です。
「過去の総てを肯定する視点をもつべし」これは私が言った言葉でなく
フランクルがいっている言葉です。
神が一日だけ、この世の中にある人を呼び戻したそうです。
総てが光輝いて見えたそうです。

娑婆の人間に「何故それが見えないのか?」
「どうでもよいこと、娑婆の表象」に流されているからだと思います。
そのゴミの中で生きているからです。
それを餌の種にしているからです。
  これを機会に真実に生きてください!
                ご自愛のほど!
                    ー魂の言葉ー
                  2000年11月30日
               ー 八郎
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2月14日 金曜日 1969nenn

10時起床。
17時に、池袋の松山寿司で行われるゼミの「我々の追い出しコンパ」に
出席をする。和やかな時間を過ごすが、石川と雲行きが怪しくなった。
同期の田島も出席をしていた。
卒論を出せなかったのでやめたといっていたが、やはり寂しそうな顔をして
いた。武澤先生と話をしながら泣いていたようだ。

私も気が緩んだのか、好き放題のことを先生に言ってしまった。
そんなことを言えた柄でもないのに。
先生の最後の贈る歌が感動的であった。
三年生からの贈り物で電気スタンドをもらう。

武澤ゼミに入って本当によかった。
自己疎外に陥り、反発も感じ、苦しんだ。
しかし、それもゼミに対する私自身の能力不足が原因である。
これだけの思い出を、このゼミに入ったおかげで得ることができたのは
青春の財産になる。
本当によかった!

その後、2次会で私が幹事をする。
そこで先生の前に座り込んでクダをまく。
先生に見得を切ったのだ。
バカもいいところだ。

最後の最後、石川と殴り合いをしてしまった。
どういうことか、過去に一度も乱れたことのない自分が
今日は本当におかしい!


1045,  マ〜コー 堀井正子に捧げる −2

2004年02月13日(金)

ー姉の3回忌(3日前)の供養のための思いを書く。

亡くなってまだ二年だが、もうズット昔のような気がする。

20代の頃、遊び相手に丁度良かったのだろう、大学時代は東京、
勤めている時は京都、金沢と訪ねてきた。
観光がてらに遊びに来たのだ。
12歳違いの姉というので、気が楽だったのだろう。

亡くなる前年の5月に自宅に遊びに来た。
本人も、最後かもしれないという気持があったのだろうか。
13時から17時近くまで4時間近く、一人話しまくっていた。
その時の写真を、当時このホームページのサロンに載せた。
大手通の四つ角にいた頃のことや、亡くなった兄のことや、手術のことや、
現在の病気の状態を話していった。

「大學を出てなかったことが一生に大きなハンデであった」と言っていたのが
印象的であった。特に芸大に行けなかったことが無念であったと。
「取あえず父の死んだ71歳まで生きるのが目標で、あと4年は生きるつもり」
と言っていた。まさか半年後に亡くなるとは本人は思ってなかったようだ。

「スキルス性(悪性)の癌ではないが、保険を有利にもらう為に、
知り合いの医者が悪性の癌と診断書に書いてくれた」と言っていた。
その時ピンときたのは、「実際にスキルス性ではないだろうか」
という素朴な疑問であった。
数日後にすぐ上の姉に[直感だが、そう長く生きれそうもないから、
理由をつけて、会えるうちに多く会っておいた方がよい」と電話をした。
そして、その年の10月に再入院後、翌年の2月に亡くなってしまった。
享年68歳であった。

長女と末弟ということで気が合ったことは事実である。
半分は息子のような気持ちがあったのだろう。
昔から「A型、長女、ウエット、お嬢様」タイプの女性が好きだったが、
今から考えるとシスター・コンプレックスだったのだろう。
家内には結婚してからシスコンと言われてきたが。
4人も姉がいれば仕方がない。

大人数の末っ子は、兄姉に苛められる?反面、それぞれの生き様を直接
見ることができる。
先生の悪口や、恋愛話?結婚話や、色いろな噂などなどが聞いていて、
それぞれ見ていて良く解る。
姉兄の中で、一番夫婦仲が良かった。
長女と旦那が末っ子という組み合わせが良かったのだろう。
組み合わせも、夫婦の機微に大きな影響を与えるようだ。
悪い例もあるが、具体的に書くと差支えがあるから書くのを止めておく。

派手な、カリスマを持った、大姉御というのが
正子さんの一生を貫いていた。

自分のステージを持った、本当に面白い人であった!
 
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

  2003年02月13日(木)
680, 自殺志願

昨日の朝のニュースで自殺志願を報じていた。
インターネットで知り合った若い男女3人が自殺をしているのが発見されたという。
インターネットの検索で自殺志願のキーワードを入れてみたら、
あるホームページに、すばらしい文章が載っていた。
以下をコピーしておく。
 ・・・
 私は死に場所を探していた。
脱サラして始めたラーメン屋も、思うように上手くいかずに借金だけが残り、
40を過ぎてやっと手に入れたマイホームも、結局、手放す羽目になってしまった。
働き口も、そう簡単には見つからない。妻も私に愛想尽かして家を出て行き、
弁護士まで立てて離婚を迫ってくる。子供達も皆、妻の味方だ。
今の私にあるのは借金だけで、他にはもう何もなかった。
夢も希望も、明日を生きる気力さえ残っていなかった。

「ここにしよう。」
私は、自殺の名所で知られる、断崖に立っていた。
ここから飛び降りれば、簡単に死ぬことが出来る。一歩、足を踏み出せば、
もう苦しむ必要はない。日が沈むのを待って実行する事にしよう。
沈む夕日は、私の心を穏やかにした。そして、この夕日が消えた時、
私も人生を終えるのだ。最高の演出じゃないか。

「おい!」
私はビクッとして振り返ると、一人の老人が立っていた。
顔を見て、更に驚いた。
「親父!」
夕日のせいで、ハッキリとは見えないが、間違いなく親父だった。10年も前に死んだ
はずの親父が、何故こんなところにいるのだ?
「そう見えるか。」
親父はそう言いながら、私に鞄を差し出した。
「5000万円入っている。使え。」
私は訳が分からなかった。夢でも見ているのだろうか?
「これは貸すんだぞ。20年後に、ここに返しに来いよ。まったく、
金のせいで命を捨てるなんて、バカらしいと思わんか。」
夕日が沈み、辺りが暗くなると、親父の姿はもう消えていた。
だが、札束のギッシリと詰まった鞄だけは確かに残っていた。

それから私は、その金で借金を返済し、一生懸命に働いた。親父との約束を果たす為に。
妻とも一度は離婚したものの、数年後に復縁した。子供達も結婚して、幸せな生活を
送っている。
そして、瞬く間に20年の月日は流れた。私も70を過ぎ、物忘れが多くなったものの、
親父との約束の日が今日だという事は、ハッキリと覚えていた。
私は必死で働いて貯めた金を鞄に詰め込むと、あの時の断崖へと向かった。
約束を果たす時が来たのだ。

丁度、あの時と同じような夕日。
本当ならもう死んでいたはずの自分が、こうやって、またここにやって来た。
何やら不思議な気分だ。そして、親父はまた現れるのだろうか。夕日が海に沈み始め、
辺り一面がオレンジ色に染まる。
その中で、座り込んで沈む夕日を見つめている男の姿が見えた。
すぐに分かった。親父ではなく、20年前の私がそこに座っていた。

ー感想を書いてみるとー

父親が現れて与えた5千万円は希望・意志ではなかろうか。
「20年後に約束どおりそこに行くと、若いときの自分がいた。
そして当時の自分に声をかけたのが父親でなく自分であった。」
という落ちがよい。
死ぬほどの苦しみ絶望も、人生で経験しなくてはならない事だ。
5千万に匹敵する事かもしれない。
丁度その時の彼にとって、苦しみを超えた意志こそが5千万の価値が
あったのだろう。

・悪魔の囁き・
ーこれを書いているのは宗教系の巧妙な餌ではないか?ともウガッタ見方も
できる。これを求めてクリックしていったところが、危ない商売の宗教の
「??学会」だったり、「??の科学」だったりする。
カルトはやるから、そのへんは!!
自殺よりは、それでもいいかあたりがオイシイ餌だから。
簡単に自殺など考えない方が良い。
「このカルト教団どもが、アフリカのエイズのボランテアをするか!」
自殺志願者は餌であっても救済の目的でない!
念のために!
・天使の囁き・
悪魔にだまされてはいけません!
これは経験を積んだ人間しかいえない究極の救いの物語です。
この人にとっての究極の中から取った人生の真髄なのです。
もし貴方が「??学会」とかを自分の価値で切り捨てているなら
それは間違いです。
それで救われるなら、その人にとってのベストなのです。
それを乗り越えてこそ人生である。
のりこえる時の出会いがそれならそれで良いじゃありませんか!

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2002年02月13日(水)
330,真実の時

真実の時

闘牛に「真実の時」という瞬間がある。
闘牛士が最後の止めを刺す瞬間、牛もそれを悟り最後の力を
振り絞って突進しようとするその「一瞬の間」
ーこれを「真実の時」という。

葬式の火葬場で最後に釜に最愛の人を入れる瞬間もそうだ。
最も親しい人との別れの瞬間もそれだ。何回見ただろうか。
いや両親の経験をしている、叔母も。
昨日もその場面を経験した。

感動の絶頂の時もそうだ。
バンジージャンプの落下している瞬間もそれだ。

純粋に泣いているとき、笑っているとき、怒っているとき、
そして悲しんでいるとき、そして楽しんでいるとき、
感動しているとき、をいう。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2月13日  1969年

11時に学校にいく。
兼古と昨日の件で先生と話した内容を話す。
彼とは1〜2年の時親しかったが、このところは何か気持が通じなかったが、
何か以前の感覚になっていた。
兼古とも、これが最後の話になるだろう。
一度だけの人生で、本当によい学生時代をおくれたことを感謝しなくては!


1044, 職業性格形成論−2

2004年02月12日(木)

「職業性格論は一理あるかもしれないが矛盾も多い」と考えられる。
確かに大雑把な論である。
警官を例にとっても、彼等にも色いろな性格もある。
それはどの職業の人にもいえることだ。
といって職業の性格形成に対する影響は大きい。

「職業の特性」と「本人の特性」とが、掛け合わさレて「職業性格」ができあがる
と考えると納得ができる。
その意味で、会社を選ぶのではなくまずは職業を選ぶべきである。
その掛あわせがポイントになる。
それが悪いと、自分の特性が引き出されない。

人間の性格は、両親や地域や兄弟の順位などが複雑に絡み合って形成されている。
したがって一概に一括りにはできないが、両親・兄弟姉妹・連れ添いと、
選んだ職業は大きな要素になる。

ある町の飲食店の開店で、家内と待合で待たされた。そこで、
見るからにクラブのママさん風の人が、予約で入っていくお客に挨拶をしていた。
その姿が今でも目に焼きついている。
「あの人はどこどこの頭取、あの人はどこどこの社長様」と仰ぎ見るような眼で
小さな声でいっている。
「何じゃ、このボケ!」と、ヤッカミ半分でママ様を軽蔑の目で見ていたが、
家内が
「あの人、うちの子供の同級のお母さんで、長岡の一番高い店のママさんだって!」
とのたもうた。
「ああ、これではあのお馬鹿さん達、喜んでくるわけだ!」と思った。
このケースなど職業性挌形成論の典型である。
職業性挌形成論にしては程度の低い話になったが、こんなものだ。
威張りたい奴と、おだてを仕事にしている奴が出会う場所も有ってよいが。
でも、あのような純粋に仰ぎ見られたら、その店に行きたがるだろう。
なるほど一番の高級店のママ様である。

逆に、「職業性挌とは何か」を徹底的に考えてみることが必要ではないか。
早く割り切って、その性格や生活に慣れてしまうことだ。
そして身につけることだ。
落語や将棋に「内弟子制度」があるが、職業性挌(生活)を24時間、
師匠と生活をすることによって、身につけるためである。

「いまの職業性格とは何か」じっくり考えてみよう!

「有能な営業」は太鼓持ちの「どっこいしょ」と、もち上げるノウハウを
身に付けている。
20年前から、この営業はいつ誉めるか、それぞれの人を観察をしてきた。
自然と身に付いているが面白い。
それと「内幕情報屋」の媒体も骨身についている。
危ない相手でもある!

こんどは、営業屋性格論でも書いてみようか!
悪口になる可能性が大であるからやめておこう?

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

 2003年02月12日(水)
679, イヤなやつー2

ー良い人と偽善ー
先日書いた河盛好蔵の文章をから
「イヤなやつ」の要素は以下である

・他人の幸福より不幸を喜ぶ感情の悪さがある。
・自分ではできるだけ怠けて、人をはたらかせ、その功を自分だけで独り占め
 をしたいというズルさと、欲の深さがある。
・権力者にはなるべく逆らわないで、
 進んでその権力に媚びようとする卑しさがある。
・自分に寛大で、他人には厳しくって、エゴイストの部分が非常に多い。
・ケチで、感情高くって、他人の不幸にそ知らぬ顔をする。

 反対に「良い人とは如何いう人か」を考えると

・他人の不幸を悲しみ、幸福を共に喜び
・自分に厳しく、他の人より多く働き、その功を他の人に与え
・感情は常に冷静である

十数年前に経営セミナーで聞いた、香港の財閥と結婚後死別してオーナーになった
日本人の女経営者の心訓を思い出した。
「人には優しく自分に厳しく、いつもニコニコと、人に良かれと思って生活する事」
であったが、相通じるところがある。
ほうっておけば「イヤなやつ」になるのを、この言葉を繰り返す事で
自省する言葉である。
それを意識して生活をすれば、初めは偽善?だとしても、真善の人間に
近づけるのではないだろうか。
その意味で「偽善を次善としてなせ」も一理ある。

目先に都合のよい人が「良い人」も確かに間違いがない。
所詮、「よい人、悪い人」というのは、このレベルのでしかない。
でも「良い人」の方が、お互いに良い。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2002年02月12日(火)

329、夢日記ー13 
 自己喪失感

こういう経験ー夢をみたことがありますか?

「全く無能で白痴の何の取っ掛りのない自分」に呆然としている夢。
夢から覚めても、しばし呆然としている。

自己喪失感というか、虚空の自分を実感した感覚である。
それこそ「自己中心絶対無」でなく、
・自己中心絶対無能、
・自己中心絶対虚空
・自己中心絶対自信喪失

何か聞こえてきそうだ!
「実をいうと、自分はその塊だ!」

あの恐ろしさ!
独り社会から引き離され、虚空をさ迷っている魂。

ある人に話したら「 自己喪失感というやつでないか」といった。
永年連れ添った人を失った人が経験するのが、あの夢の感覚かもしれない。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
2月12日

武澤先生に会ってもらって話を聞いてもらう。
もしかしてと思い、自主留年の可能性も言ってみた。
しかし、あくまでも学生時代の郷愁に浸っているだけではないかとのこと。
自己納得だけで、客観的ではないと言われた。
むしろ社会に出て、自分をぶつけたほうがズット良いというのも理解した。
食事をご馳走になりながら何か説得されているようであった。
このところ、周囲にあまりに影響されすぎたようだ。
迷惑をかけたにしても、先生と一対一で直接話すことは初めてだった。
何か一人芝居をしているだけなのか。
しかし真剣な一瞬であった。
「いい歳をして」という思いが残った!


1043, 随筆はプロが書くもの! −3

2004年02月11日(水)



           ー つづき
      
6−文章のヘソ
 
 一番大事なのは、書き出しである。
 そこで「つかみ」が重要になる。
 テーマで興味を持たせて、書き出し部分でひきこむようにする。
 テーマがピッチャーなら、ヘソの部分がキャッチャーになる。
 そして最後に捻りを入れる。
 書き出しと締めくくりの間に 3っのキーワードを置くとよい。
 書き手は同時に自分の文章に対する「冷酷な読者」である。
 
 一年・二年前の同月同日の文章を毎日貼り付けながら読み返して、
 文脈のいい加減さを自分で見て、再び添削をすることがある。
 文脈の甘さを見るのは気持ちのよいものではない。

7−文章の訓練
 
 私の場合は、この毎日の日記が文章の訓練になっている。
 また一年二年前の文章も、最近になって添削を始めた。
 一度書いた文章を何度も添削するのが私にとっての訓練である。
 重ねれば重ねるほど、短く良くなるから不思議である。
 本当は良い文章をどんどん盗作するのが一番良い訓練になるというが。
 そこまでは自分に要求していない。
 
8−文章の品格
 
 文章は品格がなくてはならない。
 そういわれると、どう書いたらよいか迷いが出る。
 ただ具体的な下ネタとか、不快になるような話題は避ける。
 「それは・・・、彼の趣味」「これは私のおもてなし」とか、こういうような
 体言止めはあまりしないほうが良い。まして一つの文章に二つ以上使うのは
 禁じ手である。
 流行語とか紋切り型の言い方、いわゆる手垢のついた表現はやめておくこと。
 どうしても文章には、その人の人格がでてしまう。
 人格の悪い人は、ついつい悪口が出てしまう。
 評論家で片っ端から政治家や経営者の悪口をいう人がいる。
 当たっていればいるほど、その人の人格を疑ってしまう。
 批評は悪口になりがちである。
 ストレス解消になるが、あとで読んでやはり反省をする。
 
9−文章とユーモア
 
 品格に関係するが、ユーモアも大事な要素だ。
 ユーモアは、文章を楽しく読ませるための調味料のようなものである。
 しかし、これを下手に使うと品格を失う。
 ユーモアは自分が楽しんではならない。
 相手を楽しませるセンスが要求される。
 私の場合は、ブラックジョークになってしまう。

10−悪口は書くな
 
 過去の文章を読み返していて悪口を書いた内容は、いい気持ちがしない。
 それが国家や社会であったとしてもである。
 読み手の心の中は、誰も、決して嫌なことは読みたくない。
 良いこと楽しいことを読みたいのだ。
 書いていると、ついついそのことを忘れてしまう。
 目先書いていると楽しいが、やはり他人に曝すことになる。
 
 
ー以上目次に要点を書き足した。
 普段の何げないことを、面白おかしく、品格をもって、そして味付けをして
 毎日書くことはそう簡単のことではない。
 しかし、それでも書いていると止められなくなるのも事実である。
 
以下の詳細は次の機会に書く。
ー特別講義
 リンボウ先生のコンピューター文章術

コンピューターで書いたほうがよい文章が書ける。
コンピューターはキーボードの方が書くのは断然早い
コンピューターは推敲の名人
コンピューターはもろ刃の剣
横書きか縦書きか

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

 2003年02月11日(火)
678, 聞く耳持たぬ人

以前は「話しまくる人」というテーマで書いたが、似ているが少し違う。
喋り捲る人は、相手の反応をみてフィードバックしながら話す(違う人も多いが)。
しかし聞く耳持たぬ人は、相手の言おうとしている事に元々関心もない。
何を言っても耳の中に石が入っているとしか思えないほど、人の話が聞けない。

逆に相手の言わんとすることがストーンと入る人がいる。
耳から脳にストレート入ってしまう人だ。
ストーンと入る人が20諭∩瓦入らない人が20佑搬臑梁臺未任る。

全く入らない人をみわけるのは意外と難しい。
一見聞いている風なのだが。
相手の意見をただ薄ら笑いして聞いているふりをしているからだ。
会話にも対話にもならない。その人の声(いや音)位にしか思ってない。

「相手は何を言おうとしているのか、それに対して自分の考えは如何か。
それを吸収して・・・」など全く考えられない。
20佑い辰燭、もっと多いかもしれない。
以前はそうでなかったが、年とともに聞く耳を持たなくなった人がいる。
(自分もだが)読んでいて自分ではないかと思ったら、そう貴方のことだ!

まあそれはいいとして、自分もその傾向が強いと思ったら
聞き手側になる事を意識して日常の生活の中で訓練する事だ。
もっともそれすら聞けないだろう。

心を閉ざしているのとも少し違うのだ。
性格だろうか。そう本を読まないのだ!
読まないから、何故読まなければならないのかが解らない。
読んでいても、その言わんとする中心からずれたところしか理解できない。

まあこの位にしておこう、20佑凌佑盡ている可能性がある。
いや見ていない!
聞く耳を持ってないのだから。

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
 2002年02月11日(月)
328,マ〜コ  −堀井正子に捧げる

マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)
姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
彼女の話である。
ー供養も含めて書く。

「声楽家になりたかった」が口癖であった。
「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが
人生の分かれ目になった。

兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。
家族の間に立ち、気苦労をした一生だった。

長岡社会から一歩も出たことがなく、
その卑小性・特異性を全く自覚できないのが特性であった。
「城下町の特性」をそのまま価値観にして生きた。

性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている
可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、
全神経を使っていた。
その面では母に似ていた。

「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。
独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。

人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。
もって生まれた才能であろう。

後半ー40歳過ぎは事業で失敗。
それからは音楽の先生として、200人を越える弟子がいたとか。
好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。

おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を
演じているのだろう。
           安らかにお休みください!
                       さようなら。
           
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・
  
2月11日  1969年

14日の最終コンパの件で河村、石川、田口君のところへ電話をいれる。
あと武澤先生に電話をする。
現在の自分は混乱をしている。
今を支えるのに精一杯である。
特に今年に入って色いろあったが、この数日その反動がきている。
あまりに激しい一日一日の刺激的な日が続いた。
振り返ってみると、この二年間は自分の人生とって大きな分岐点の年になった。
それまでの20年分を圧縮した二年間だった。


1042, 随筆はプロが書くもの! −2

2004年02月10日(火)

「文章術の千本ノック」 −読書日記ー2

この要点を目次に書き込みながらまとめてみる。
品格もあるようだから、心して文章を書かなくてはならない。
(ー>が要約である)

序ー文字を惜しめ

−>お金と文章はケチなほど良い.その為には最小限に書く心がけが必要だ。
 書き直しと添削を繰り返すことが重要である。
 文章は明らかに芸術的な営為である。
 簡単なデッサンではない。
 
1−文章の第一要件は[客観性」にあり

ー>客観的な「批判」というプロセスを通過したものでないと、他人が読む場合には
 耐えられない。エッセイは常に書こうとする「外」にいて、外からこの「世界」を
描写するのをエッセイとはいわない。
 エッセイは一度内側から書いて、それを外側の眼で眺めかえさなくては
 ならない。
 エッセイ(随想)と随筆は、明らかに違う。
 エッセイは、一言で言うと「論理的文章」と定義したらいい。
 論理のない文章はエッセイではない。
 見てきたこと、生きてきていてこう思うとか、文化論だとか、
 その中にある論理を読んでもらうのがエッセイである。
 
 「随筆ってものは素人が書くものではないと思います。」
 「これが天下の真実というもので、功なり名を遂げたプロの作家が、
 趣味で書くものです。あるいは松平定信のようなお殿様が、日ごろの生活の中で
 心に浮かぶ『よしなごと』をぼつぼつと書き付けたというものが随筆であって、
 これはよほど文章力があるとか、その人の人生が面白いとか、
 その人の観察力が鋭いとか、描写力が秀逸だとか、そういう経験と筆力が
 物を言う世界なんです、随筆は。」
 随筆は論理性より、プロがつれずれに書くもので論理性は逆に求められない。
 
2−エッセイと観察
 
 エッセイにはまずテーマがなくてはならない。
 そのテーマをどういうふうに論理を展開するかがエッセイの一番の醍醐味になる。
 エッセイは「あ、おもしろい」と思う切り口が必要である。
 我々は多くのものを雑にしか見ていない。
 団子だったら団子という概念でしか見ていない。
 その団子を取り上げて面白おかしく描写をするのがエッセイである。
 人が見ないところまでよく観察して、人が読んでくれるような文章にするのが
 エッセイである。

3−論旨の方法
 
 論述には、難しくいえば帰納法と演繹法がある。
 結論をまず出して、その要素を面白おかしく書く演繹法的手法と、
 謎を残しながらプロセスで引っ張りながら、最後にひねった内容にする
 手法がある。
 私の場合は両方を使うことを心がけているが。
 最後にヒネリを入れたニヤと笑わす手法である。
 これは自然に出てくる?
 いや性格か?

4−文体の問題
 
 文体には敬体と常体とある。
 敬体とは「です・ます」調と言われています。
 常体とは「だ・である」調と言われている。
 何もいわないと男性は常体で書く。
 敬体は形容詞がつかいにくくなる。
 従ってエッセイは常体で書くのは当然のことである。
 
5−テーマと寸法
 
 テーマにも、大きいテーマ、小さなテーマがある。
 テーマが小さければサイズを小さくしなくてはならない。
 大きなテーマは長い文章になってしまう。
 小さなテーマを小粋にまとめるのが随想の醍醐味である。

ー続く

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年02月10日(月) 677, イヤなやつ

「ぶざまな人生」があるなら「イヤなやつ」のテーマが
面白いだろうと調べたら有った有ったーサブテーマだが。
河盛好蔵が昭和33年に週間朝日にかいた「人とつき合う法」の第一章に
かいてあった「イヤなやつ」という文章があった。
一部を書き写してみる。

ーー「私自身のことを考えてみると、私まず人に快感を与える容貌の持ち主で
ない。性質についていえば、他人の幸福より不幸を喜ぶ感情の悪さがある。
自分ではできるだけ怠けて、人をはたらかせ、その功を自分だけで独り占め
をしたいというズルさと、欲の深さがある。権力者にはなるべく逆らわないで、
進んでその権力に媚びようとする卑しさがある。・・・・・
自分に寛大で、他人には厳しくって、エゴイストの部分が非常に多い。
ケチで、感情高くって、他人の不幸にそ知らぬ顔をし、・・・・
考えてみると「イヤなやつ」要素・条件をことごとく持っている。
そしてそんな事を、あけすけに書いたほうが、かえって得になると
ひそかに計算しているのであるから、われながら謙悪にたえない」
-------------------
  
以上であるが、読んだ人はドキッとするはずだ、自分の事だからだ!
私など更に弱い相手には威張り、こすっからいし、馬鹿なくせに
より馬鹿が大嫌いで、酒癖が悪いし、書いていてイヤになる。
しかし「人間はイヤな奴の程度が高いか低いかの差」の存在でしかないのも
知っている。
仏教でいう四苦八苦の中にも「怨憎会苦(おんぞうえく)」
:怨み憎む人と出会わなければならない苦ーがある。

人間誰でも持っている要素で、かつ何処かでいつも気にしている言葉
でもある。男は一歩外に出れば7人の敵がいるというがー8人の味方もいるが、
敵から見たら「イヤなやつ」になる。
私などいつも言われてきたし、特にイヤなやつである。
ところでそれが如何したという開き直りがある。
私など言葉という凶器?があるから、いらない敵までつくってしまう。

ところで「いい人」とはどういう人か考えた事があった。
ある純朴な?居酒屋のママさんが人の好き嫌いがハッキリしていた。
あの人はいい人だ、いやな人だと明け透けにいっていた。
よく聞いているとー自分では気がついてないが、自分にとって今その時
都合のよい人が「よい人」、不快の人や都合の悪い人が「イヤなやつ」
であった。
単純明快のところが大変面白いが、度が過ぎると問題だ。
彼女いつもストレスの塊になっていた。

人間という奴は本当に面白い!
「イヤなやつ」をやったり、「よい人」をやったりしながら
色いろ人生を過ごしていく。
夫婦なんて、この両方の織りなす柄を創っていくようなものだ。
嫁姑の関係も、その際にある。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

 2002年02月10日(日)
327,新幹線の乗り越しー4回!

通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。
たて続きに3回乗り過ごした。
いまから10〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。
初めは湯沢で泊まった。

飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。
10時半過ぎであった。
大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。
湯沢の情緒が漂っていた!

その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い
「割りかん」で帰ってきた。
長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。

3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。
折り返しの新幹線で帰ってきた。

5年位前の乗り過ごしが面白かった。
ウソみたいな本当の話である。
正月の3日か4日であった。
乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、
どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。
そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい「値引を交渉!」

「自分には値引きの権限が無い,駄目!」
酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。

たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。
事情を話し、「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、
ちょっと待てと電話をしてくれた。
そして安くしてくれるホテルがあるといいう。

助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、
何と初め値段交渉をしたホテルであった。
そしてその若い方がその社長であった。

そして飲みに行こうという。
それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。
但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。

その後、湯沢で一番の高級のクラブで2時間、正月という事もあって
大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのスナックを知っていたー

次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。
だんだん恥のさらけ出し?

「気違い水ー酒」を飲んだドラマがいろいろある。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2月10日  1969年
 
昨夜のショックで、助手の横浜さんと会って話をする。
自分の底の浅さを赤裸々に話すが、普段は厳しい事をいう人が優しいのだ。
誰もが持っている底を曝け出したことに理解をしたのだろう。
たまたま会った深井にも話すが彼も同じ反応だ。
この時期に誰もが持っていることでしかないのか。
動揺をしているだけだ。
それぞれが、この時期精一杯なのだ。
得たことより、得れなかったことに眼がいっているだけだ。

今日池袋駅で見た出来事が印象的であった。
階段を手探りをしながら上っていた盲人に女の人が手助けをしようとするが、
拒否をしたのだ。見ていると、誰の手も借りずに歩くことを自分に課して
いるようだ。
その内面がそのまま出ているようだった。
いまの自分に、あの姿が必要である。


1041, 職業性格形成論

2004年02月09日(月)

条件と原因とは同義語である。
職業は人間の性格まで決定をしてしまう。
先日書いた「わたしは悪い不動産屋」の中で、「不動産業者は瑕疵を
探してしまう癖が人間性までも出てしまう」と書いた。
その時に以前から書いてみようと思っていた「職業性格形成論」をまとめて
みたくなり、早速書いている。

・サラリーマンに嫁いだ姉をみていて驚いたのが、ミスに対して異常に
 神経をつかっていることである。
 対象のプラスではなく、マイナスのミスだけ眼がいってしまう性格に
 変ってしまったのだ。 組織人だった旦那の影響である。
・母がそうである。いつも話が1・5倍から2倍に膨らむ。
 すぐ上の姉にいわせると、値入れを1・5から2倍にするのが原因だという。
 そのシビアな指摘に驚いた。
・代議士ならサシズメ数十倍のハッタリが性格になってしまう。
 それと虚言癖だ。
・作家も虚言癖の傾向になるか、観察眼で物事をみる性癖になる。
・警官は、全て犯罪捜査の視点でみてしまうようだ。
 警官という職業自体、必要悪の部分がある。国家内の法律遵守の
 暴力装置だからだ。
・先生は、常に教えたくて仕方がないとか、生徒を比較するように社会も
 比較順序をつけてしまうという。
・私の仕事は装置産業、一度投資をすると15年〜20年はどうしようもない。
 あとは社会情勢次第。そうすると、マクロ的な世界や社会に興味を
 持ってしまう。 
 
 面白いものである。
そう考えてみると、誰もが自分で思いあたるだろう。

サンマというタレントをみると、普段生活があのままという。
常に話しまくっているかパフォーマンスをしてないと不安になるといっていた。
TVタレントや俳優は、私生活のすべてが演技の勉強になっている。
そして演技と実生活が混同してしまうという。

そこまでいかないとプロとはいえないのだろうが。
職業は生きていく上で重要な位置を占めているものだ。
但し、何事も例外の人はいる。

当たり前のことだが、泥棒や犯罪も職業にすべきで無い。
人間性まで泥棒になってしまうからだ。
いや、泥棒の性格の奴がなってしまうのだ。
中・高校の時、粋がって他人の小物を盗みまわっていた人がいた。
泥棒にはならなかったが、結果は似たような人生を過ごしていた?
これは「三つ子の魂 百までも」か。


・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年02月09日(日)
676, ぶざまな人生ー4(読書日記)

ー偽善論

この偽善論がなかなか面白い。
偽善主義者を、もともと偽善者ではないと切り捨てている。
偽善者以前ということだ。
善を隠れ蓑にしながら、相手を実害を与え、自分は実利を取ろうとする奴だ。
「不幸の事件を逆手に使い、自分はあたかも最大の同情者のように振る舞い、
実利を得ようという輩」だ。
これは汚い欺瞞者であり、詐欺者である。
身辺に幾らでもいる?!

不可避的な偽善には、少なくとも善がある。
真実の善など本当にあるのか。
どこでどうやって見分ける事が出来るのか。
偽善をなせ。それを、あるかないかわからない真善に次ぐ、次善となせ。
一生偽善をなせば、それが真善である。
偽善でいいと思う、「偽善」でしかなしえない「善」がこの世の中にある。
私は「偽善」を憎むほど、善を成すものでない。

ー以上が著者の言わんとするところだ。
「真善などあろうか?それなら偽善を次善としてなせ!」とは思い切った事を
いう。所詮、善悪とは個人、社会、宗教が創りあげた価値観でしかない。
その基準が、どれほどの価値があるものか?
偽善いや善悪という言葉そのものが怪しいのだ。

「人を殺すのは悪でないというのか?」
もちろん悪いが、戦争で相手国の非戦闘員を殺してしまったとして、
それもどこまで悪と言えるだろか?全てが状況だ。
その為に初めて旧約聖書が善悪の基準を創った。

孟子の性善説と荀子の性悪説があるが、これも何を基準に善悪といっている
のだろうか。あくまで両面を言っているだけだ。
それなら、手っ取り早い「偽善とやらから、世間体のいう善と思える奴を、
仮面を被って次善と割り切る」という著者の論法も肯ける。
偽悪の方がまだましと思っていたが、偽善も必要か?

偽悪の背後にあるのは善ではない?
偽善の背後は悪じゃない?
次善論じゃないか?

よっしゃ、早速褒める訓練本でも買ってきて、カミサンや居酒屋やスナックの
ママから褒めてみようか?下心がないのだから偽善と違うか?
褒めるのは偽善でなく、義務か!

・・・・・・・・
・・・・・・・・

 2002年02月09日(土)
326,イルカのような人

イルカはどんな状況でも楽しみを見つけ遊ぶという。
私の身辺にイルカのような人がいる。

「今日如何して一日を楽しむか」それしか頭に無い。
オリンピックといえば、一月前からそれを楽しみに待っている。
始まれば夜半でも寝ずに見る。
ウインブルドンのテニスが始まれば、これも然り。

毎日のTVも当然いくつか楽しみの番組がある。
一日が楽しむ為にフルに使われるのだ。
昼は誰か友達と安くて美味しいランチを探し食べている。

その為か顔までがイルカのようになってしまっている。
笑い顔なのである。
必ず笑いのネタを何処からか見つけてきている。

働くことは大嫌い!
遊びならどんなハードな事でも平気、
仕事は少しやると顔がはれ寝込んでしまう。

2〜3人のグループで常に群れているところが、
更にイルカに似ているところだ。
そういう人は今でいう癒しを周囲に与える。
それが唯一のの社会的貢献だ。

こういう人は西欧系の人では当たり前のタイプかもしれない。
我々の年代の日本ではすくないが、若い人ではいくらでもいるのだろう。

社会学で人間には二タイプに分けられるという。
仕事タイプの人と、遊びタイプの人とに。
難しくいうと
「仕事タイプをホモ・ハーベン」
「遊び人タイプをホモ・ルーベン」
という。

いるかのような人は「遊びタイプ」の典型である。
これで一生終えるだろう。
母親がこれに劣らず、一生を楽しんでいる。
家系からきているから間違いない。

人生とは、このような人には幾らでも楽しみを与える。
反対の人には、いくらでも苦しみを与えるものである。
何か法則があるのだろう。

この視点でみると私はシャチというところ?
いや、オットセイか!

・・・・・・・

2月09日  1969年

昨夜も一昨夜もショックが続く。
留年をして、もう一度やり直そうかと言う気持ちが出る。
といって今更躊躇するのはオカシイのではないか。
高木も留年という。
客観的に耐えられないとしても、一応卒論を書き終えたことは間違いない。
いろいろあって動揺をしているのは解っているが。
真面目に考えすぎである。
気持ちがボロボロなだけだ。
もっと冷静にならなくてはなるまい。 


1040、 ドタ勘

2004年02月08日(日)

ある経営者の言葉の「ドタ勘」が印象に残った。
ドタキャン(土壇場でのキャンスル)をもじったのだ。
土壇場の勘を信じて、決断していくしかない時代になった。
そこまで日本経済は追い込まれている。
ぎりぎりのところで、思い切った現場からの叩上げの勘と判断を信じて
実行をしろといっているのだろう。

その感覚が今の日本に欠けているという。
自信を失っているのだろう。
その場限りの対策しか立てられなくなっているのが、日本が現状だ。
アメリカ従属国家の末路のこの時期、日本に必要な開き直りの言葉でもある。

何度か創業を経験をしてきて、実際のところ格好いい理屈はなかった。
ドタン場の勘で、発狂状態?になって突き抜けてきた。
崖っぷちに立って初めて知恵と勘がでてくる。
集中せざるをえないからだ。
積極一貫とは、前向きに極み(崖っぷち)を積み重ねることである。
しかし、その極み立つためには緻密な計画と長年の準備が必要である。

それが見えるのは、それをしてきた人間だけである。
その他の人には、それがドタバタ「勘」にしかみない。
ついているという「運」の良さにしか見えない。

運が良いとは勘が良いということである。
勘が良いとは、経験からくる暗黙知が良いということだ。
暗黙知とは崖っぷちで積み重ねた知識と研ぎ澄まされた深い眼である。
 
 それこそがドタ勘である。

解ったような事をいえた柄でないか、本当!
・・・・・・・・
・・・・・・・・
2003年02月08日(土)
675, ぶざまな人生ー3

ーおれ様の人生と馬の骨の人生ー
この本にはなるほどと合点する面白い内容がいくつもあった。

人間の存在とは
1、この世でたった一人しか存在しない人間ー「自分」・・「自分様・オレ様」
2、他人から見ると、その他大勢のなかの一人 ー「自己」・・「馬の骨」
この二つを同時にもつ存在である。
この二つの認識を持つことが重要である。

個人主義とは、もともと集団的価値よりも個人的価値を上位に置く
対集団的な考え方だが、それが個人に向けられた時には、たった一人のオレ様である。
お互いに馬の骨同士「個人」であるがゆえに、お互いの唯一性を尊重することになる。
それが個人主義であり、その領分を守るのが自分ー自らの領分である。
利己主義は、自分だけがこの世でたった一人しか存在しない人間としか認めない。
他人と自分の領分も理解できない輩である。
以上が「オレ様と馬の骨論」である。

人と話していて驚くことがある、ある二代目が皮肉交じりに
「お前は金儲けだけは上手いからな!」と私に言ったことがある。
この言葉の論外に「オレ様の仕事は金儲けでなく、お前ー馬の骨のやっていることは
金儲けでしかない」という自惚れの気持ちがありありであった。
「人間とは自分に都合のよいように自分を買い被っている存在に自分で
気がついてない」と、呆れたのを憶えている。
この手前勝手さは誰もが、勿論自分も形を変えて基本にある。
それがこの馬の骨論で、ずばりと書いてあった。
「みんなが大将!」というところか。

私が怒ると知らずと「あの馬鹿が!」とか、「あの馬鹿どもが!」という言葉が
頭をよぎるが、おれ様という意識がそう言わしめるのだろう。

以前「世間様」論を書いたことがあったが、世間様とは自分の領分をわきまえない
集団主義者のことである。

いや集団主義というより仲間主義の連中である。

・・・・・・・
・・・・・・・
2002年02月08日(金)
325、いまによくなるさ!必ず!

こういう時代だから、この言葉が大事だ!
といって、これは手を打っての話だ。
「最善をつくして天命を待て」の時の言葉だ!

考えてみたら、心の奥で何時もこう呟いていた。
歌に「明日がある、明日がある、明日があるさ・・・」
とかいう歌があった。「明日がある」も似た言葉だ。

「何とかなるさ」も同じ意味か。
今更、一休和尚の話しをしても仕方がないが敢えてする。
「死んだ後どうにもならなくなったら開けよと、一通の封筒を
残して死んだ。そしてどうにもならない時に開けたら(どうにかなるさ!)
と書いてあった」

実際今まで生きてきて何とかなってきた。そして良くなってきた。
実際起こりうることより、それに対する不安の方が10倍は大きい事は、
誰も経験済みである。海外旅行ほどその段差を実感する。

今の悪い状態に対して悲観するのでなくて、よくなる方策を考え抜き
実行すればーーーー「今によくなるさ!」

「今の日本はそれをやっているのだろうか?」

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2月8日  1969年

小林が寮に約束どおりに訪ねてくる。
彼と話しているうちに、若さとエネルギーの新鮮さに感化されてしまった。
私の卒論を見せると、構成のいい加減さをつかれる。
私としては、昨日以上にショックであった。
一年がかりに書いた卒論も、基礎と基本のいい加減さを見透かされた。
自分の為の自分の作文でしかなかったのか。
根本からやり直すことは今更むりである。
先日の反撃をしたかったのだろうが。

いま気がついたことは、破ったと信じていた殻から、全く出てなかったことだ。
友人の批判に耐えられないレベルということか。
批判者は批判者で気にすることはないが、しかし隙をつかれてしまった。
動揺が一日一日と激しくなる。
卒業間近というのに。
いや間近だから動揺しているのだ。


1039, 鳥インフレエンザ

2004年02月07日(土)


・[人から人の感染阻止に全力 最悪なら10数億人感染も ありうるとのこと。
 アジア各地で猛威を振るう高病原性鳥インフルエンザについて、世界保健機関
(WHO)西太平洋地域事務局の感染症地域アドバイザー、押谷仁博士(44)
 は一月三十一日、マニラで共同通信のインタビューに答え「最悪の場合、
 世界人口の30%が感染する事態も想定される。封じ込めが緊急の課題だ」
 と指摘、国際社会が対応を誤れば十数億人が感染する恐れもあると警告した。]

・「SARSはむしろ封じ込めやすい病気。ハクビシンなどの動物から人に
 感染したとみられるが、その後は重症者からしか広がらなかった。
 だがインフルエンザは無症状の人からも広がる」
 如何して、これに対して問題にするかといえば、スペイン風邪の過去の事例が
 あるからだ。

ー上記は鳥インフレエンザのweb上の記事の内容である。

今回の鳥インフレエンザは、スペイン風邪より性質が悪いといわれている。
冒頭にあるように、最悪の事態も考えられる。
もし世界に蔓延をしたら大パニックになる可能性を含んでいる。

スペイン風邪は
1918年、当時の12億人の半分にあたる6億人が罹り2500万とも5千万人が死亡した
といわれている。
スペイン風邪も当時の氷づけの遺体の細胞から、鳥を感染源にしていると
昨日の新聞に載っていた。

当時は第一次世界大戦の為に、情報コントロールがあり人類史上の最大の事件にも
かかわらず、あまり取り上げられてこなかった。

エイズ、狂牛病、SARS、そして鳥インフルエンザと人類にとって大問題の病気が
次々に起っている。
背後に何かあるのではとさえ思われるほど危ない事件ばかりである。

スーパーの店頭は毒の山と聞いていたが、マンザラ嘘でもなさそうである。
何を食べたらよいか迷ってしまう。

ベトナムやタイなどでは鶏がどこにでもいて、生きた鶏を市民が買って
調理している。こういう環境では感染が広がりやすいという。

海外旅行の代理店は、まさしく踏んだりけったりである。
アフリカ、中近東、アメリカ、そしてヨーロッパは駄目。
そこで中国、東南アジアに活路を求めていた矢先、そこも駄目なら文字通り
八方塞がりである。

何かのキッカケで世界恐慌になる可能性も含んきた。

ところでSARS騒ぎが全く出てこないのが不思議である。
中国では情報コントロールでもしているのだろうか。

 ーーーー
ー以下はスペイン風邪についてホームページから調べた内容であるー

・スペイン風邪
大正 7(1918)年の春から翌年にかけ、世界中で猛威をふるったインフルエンザ。
発生はフランスのマルセイユといわれます。
当時、ヨーロッパでは第一次世界大戦の最中であり、西部戦線でにらみあって
いた両陣営で爆発的に拡がり、まもなくフランス全土を覆(おお)い、
やがてスペインへと拡がっていきました。
 
 また、ほぼ同時に中国・インド・日本でも発生、スペイン風邪は短期間で
世界中に蔓延(まんえん)することとなりました。
当時世界人口は約12億人でしたが、なんと2,500万人がスペイン風邪で
死亡した(一説には4,000万人)といわれます。
30人に1人も死んだことになる。現在なら2億人が死んだことになることを
考えると、想像を絶する出来事であったのだ。

日本でも2,500万人が感染し、38万人が死亡しました。
インフルエンザウィルスに対する知識がなく、効果的な治療法もなかったため
起きた悲劇といえますが、インフルエンザウィルスは進化が非常に速く、
すぐに新しいタイプが誕生するため、交通機関が発達し、病気の伝播(でんぱ)
速度が速まった現代では、最も恐れなければならない病気の一つとなっています。

当時なぜ大問題にならなかったかというと、第一次大戦で情報管理化にあった
ことが大きい。
この大流行はほぼ一年で終息をしたが、わずか一年でこれだけの多大な犠牲者を
出したのは、人類史上、特異な大事件であったことだ。
今回の鳥インフレエンザは、この風邪より性質が悪いといわれている。
冒頭にあるように、最悪も考えられる。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

 2003年02月07日(金)
674, ぶざまな人生−2 (読書日記)

立ち読みをもとに、前回「ぶざまな人生」というタイトルで書いた。
先日、本屋で再び立ち読みをしたら、「前書き」と「あとがき」が余りにも
面白い内容につられ、思わず買ってしまった。
下手な要約を書くよりずっと文章に味があるので、そのまま写し書きする。

ーー表紙ーー

ーぶざまこそ人生の醍醐味と見つけたり!

人生50年も生きていれば、時に不偶感に苛まれ自信を失い、世間に屈してしまうことがある。
金がない、愛されない、学歴がなく社会的地位もない、有名でもない、おまけに流行にも
ついていけない。だが、これらはけっして「ぶざま」を意味しない。
人生とは他人に見せるものではなく実際に生きるものだからだ。
「人間の人生」(=運命)に翻弄されながら、それでも「自分の人生」(=意志)を垂直に
立て生きようとすること、それだけが決定的なことなのだ。
「ぶざま」を自覚しなければ、生きている資格がない。

まえがきー「中小零細企業」の人生論

人生、である。
しかも、ぶざま、である。
ははあ、「ぶざま」といって一端下げておき、しかし一転して、「ぶざま」こそ
人生そのものでナイかと持ち上げ、さあ元気に生きていこうぜ、と口先だけの
空元気で鼓舞しようというんだろう、手口が見えているぞ、と思われるかもしれない
があたってない。「ぶざま」は「ぶざま」である。いまさら人生論か、50年古い、
と思われるかもしれないが、

・・・・とおりいっぺんの人生論など、興味がない。
成功した経営者や哲学者や有名な評論家とか宗教家とかいったつぶしの利く
人間が書くものと相場が決まっている。
しかし、彼らの人生論はおおむね「大企業的ー立派で高尚」の人生論である。
それに対して本書は、全然つぶしの利かない普通の中年男が書くそれである。
いわば「中小零細企業」的人生論である。
日本の会社の95佑中小零細なのに、だれもが5佑梁膣覿箸陵佑平誉犬
送りたがる。無理もないが。・・・・・・・・・・・・・・

人生という言葉に魅力がないかもしれないが、人生そのものは誰にもあるものだ。
いま「人間の人生」(簡単に言うと、運命)の真っ只中にいるのだ。
けれどその中でも、「自分の人生」(簡単に言うと、意志)だけで順風漫帆
に生きている人間は「人生」に直面しないだろう。
「人間の人生」と「自分の人生」のせめぎあいの中にある人間が「人生」の波
をもろにぶつかるのだ。中年こそ、「人生の辛酸」ということが身に
こたえる年代なのである。・・・・・・・・・


ーー以上が概要である。ーー

この文章が延々と続くのである。
それでは「あとがき」になるが、またこれが味のある、素晴らしい内容だ。
抜粋する。               
                        

あとがきー「だが大切なのは立ち上がることだ」

 ・・・・ベルザーは子供のスチィーブンに言う。「パパの過去から
お前が何かを学ぶとしたら、誰も憎むなということだ。もし憎んだら、
おまえはひどいことをしたその人間になってしまうということだ」

心配いらないよ。おまえは強い心を持っているからね。
人生では、失敗もするし、ころびもする、だが、大切なことは立ち上がることだ。
・・あきらめるなよ。
面倒なことになった途端に降参する人間は多い。そういう連中は学校をやめて、
知ったかぶりをして、そして何をやってもすぐにあきらめてしまうんだ。
・・・・パパは子供を育てようしているんだ。
本気で望むなら、実現できないことなんて、何一つないんだよ。
決めるのは自分だ。・・・最後までがんばりなさい。
自分に正直に生きていけば、何も心配要らないよ。
・・・
最後に
責任ある大人として、年をとり分別も備わった今では、誰の人生も完璧
でないし、普通でさえないということが解るようになった。
誰にも過去があるし、誰にでも問題がある。
人生は、自分で切り開いていくものだ。
自分が目指すのは、優しくて謙虚な人間、
思いやりがあって助言を与えてくれる父親、そして夫になること、
ただそれだけだ。毎日毎日、僕はとにかく全力を尽くしてがんばっている。

ーー以上があとがきである。ーー
ぶざまな人生を認めてしまって、生きたいように生きることだ!!

                       ー 続くー
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 2002年02月07日(木)
324,中村天風

この人の本を読んで人生観が変わった。
基本は人生は「積極一貫」である。
言葉を大切にしろ、何気なく使ってる「言葉の力」に気づかずにいる。

「言葉のコントロール」をすべし。「プラスの言葉、積極的言葉」を使うべし。
 ‘何か元気の出る本がないか’とい聞かれたら迷わず天風を薦める。

・「積極一貫」がその中心
・「誠心誠意」がその背後にあり、「良心」が発生源である。
・なにげなく話す言葉は、どうしても「マイナスの言葉」になってしまう。
 常に注意を払い,充分に気をつけていなくてはならない。
・天風が瞑想の果てにつかんだものは「人間は受信体だ!」ということだ。
 その為に、「独りだけの時間」をもち、「心を澄み渡る」ようにしておくべし。
 そうすると「感受性」が高まる。

ー最近また天風の本を一日一回目を通している。
 理由は簡単である、トイレに置いた。
 一週間置いたが、コウカテキメンで毎日が気分がいい。
 単純なものだが、何か力が底から湧いてくる。
 言葉にどうしてもマイナスが出るが、それを一日一回でも窘めてくれる。

「人生の花園に常によき花を咲かし、よりよき実りをつくらなくちゃ。
 それが自分の義務だもん。」            -天風
 
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 2月7日 1969年

9時起床。
10時に食事。
その後、登校後に人事管理の試験であった。
まあまあのでき、よくて優、悪くても良だろう。

試験の後、川崎と兼古と価格理論の教授の西山教授のところに行くが
不在であった。アメリカの、グリーンスパン教授と親交がある人だ。
その後、三人でボーリングに行く。150点、私としては上出来であった。
その後、帰寮。

19時半から、私の追い出しコンパだ。
今までは送る立場であったが、今日はついに自分の番になってしまった。
蒲生と高橋をのぞいて全員が出席をしてくれた。
少し白けた感もあったが、最後まで永田さん、市川さん、間中、佐藤、
尾形と残ってくれた。
酔っていたが、市川さんに「私から全てを吸収しきってしまった」という。
まあ、そうだろう。最後に佐藤が泣いてくれたのは嬉しかった。

それにしても、市川さんとは、この二年間は週末は必ず食事に行っていたのに。
如何したことか解らない。そんなものか、この男は。
ショックであった。

一人一人、いろいろなカタチで別れていかなくてはならない時なのだ。
それにしても、市川さんの最後の言葉は何なんだったのか。
怒るより、むしろ呆れてしまったというのが本音である。
寮にそのまま居座る為の、デモンストレーションのつもりなのだろう。

毎日毎日が、あまりに刺激が強すぎる!


1038,  「わたしは悪い不動産屋」−2

2004年02月06日(金)

以下の内容は、この本の書評というより、仕事で不動産にかかわってきた
私の目から見た不動産業に対する批判と知識である。

この本を読む限り、不動産屋とかマンション屋は全て悪徳のように思えるが、
実際はそうではない。真面目な不動産屋が大部分である。
しかし、20諭は悪徳に近い。
80対20の法則がここでも当てはめることができる。
その20佑80佑琉さをする。
しかし、それを素人は見抜けるわけがない。
80佑料盈匹良堝飴魂阿砲20佑琉徳要素が含まれていると考えた方がよい。
完全な物件は無い、それをよい部分だけを誇張していまうのだ。

知り合いに面白い善意の不動産屋がいる。
自分は何も社会倫理に反する事をしていないが、
彼は不動産屋の習性で、物件に対する瑕疵を見つけて冷静な判断をする。
それが彼の仕事である。ところが、それを親しい人間にも、それをしている。
そのことを自分で全く解ってない。
純粋で、善意で、無意識で、人間の瑕疵をさがしてしまている自分に
気が付いてない。
その瑕疵を純粋に相手を変えて言ってしまう。
悪意なしの無意識の世界の恐ろしさの深さがある。
ー商売性格形成論を今度かいてみよう。

不動産業の業よりも、誰もが持っている人間の業であるが。
人間は誰も善意の悪党の要素を多く含んでいる。
人間論になってしまった。まあ他人事でない。
違うカタチで自分の生き方で、同じことをしていたのだろう。
生きるということは、こういうことなのだろう。
純粋性の恐ろしさと、深さがある。
不動産屋は、なるべく相場より安く値づけをして早く商売を成立させたい。
その為に対象のケチとあら捜しをするのが習性になっている。

不動産取引は、情報の売り買いである。
長期物件の売買で生きていく糧を長年かけて網を張っていく世界だ。
蜘蛛の巣に情報がかかってくるのを待つ商売である。
少しマイナスの視点で書いているが、それだけ深い世界ということだ。
そして無くてはならないビジネスである。

不動産屋をみていると、それぞれの個性がある。
野球のバッターに例えると
・バント専門
・ヒットバッター
・ホームランバッター
・代打専門
と、それぞれの特性がある。
・バントは、アパートなどの仲介を中心に扱う
・ヒットは、マンションや住宅の売買を得意とする
・ホームランは億単位のビルの取引を狙う1発屋
・代打は、そういう情報を得て、長期物件に不得意の人に代わりに時間をかけて
 得点を得るために三割〜半額をもらうことを裏契約をして共同作戦をする人
 
 等々、生臭い情報を探し求めて利益を探しだす世界である。
 自分を、その世界にサラシテ生きてきたからよく解るのだ。
 
 トンビという仕事もある。
事務所を持たないで、情報を売り買いしているハイエナ的な仕事である。
饅頭のアンコという言葉もある、情報のやり取りで利益を分け合うのだ。
         
                    ー つづく
・・・・・・・・
・・・・・・・・

2003年02月06日(木)
673, 笑点

毎日新聞で,毎週日曜日の夕方のTV演芸番組の「笑点」を特集していた。
ー要点を書くと
・1966年から37年近い長寿番組である。
・16佑了訥偉┐鬟灰鵐好織鵐箸望紊押せに20佑魃曚洪裕と崛箸澄
・過去に初代が立川談志、2代目が前田武彦、3代目が南伸介
 4代目が20年前から現在の三遊亭円楽である。
・この大喜利には9人の構成作家がいる。持ち寄った100問を
 2週分の収録として6問まで絞り込んむ。
 「旬の話題」と「同じ問題はやらない」がモットーだという。
 問題とその解答を同時に考えるという。
 軽妙に答えているが、全て作家の創ったものだ。
・映画の寅さんのマンネリズムを逆手に魅力にしているという。
・長寿の秘訣は「腹8分目の姿勢」である。

私が学生時代に始まった番組で当時から楽しみに見ていた。
立川談志が司会で、円楽や毒蝮三太夫や歌丸、小円遊がいたのを
はっきりと覚えている。
特に歌丸と小円遊の掛け合いが面白い間合いであった。
集団芸の古典落語というところか。

この番組と映画「男はつらいよ」はいつの時代でも見ていた。
やはりかなり練りこまれた質問と答えの背景には、それなりの
影武者がいたのだ。

http://www.ntv.co.jp/sho-ten/
http://home7.highway.ne.jp/chikao/shouten/link.html
当初の内容をホームページでコピーしてみた。

1966年 毎週日曜日16:30〜17:10の枠で放送開始。

「演芸」「談志とゲストの対談」「大喜利」の三部構成。
司会者と大喜利レギュラーの平均年齢は28歳、
真打ちは談志と円楽だけで、あとの4人は二ツ目だった。

大喜利レギュラー:
三遊亭円楽、桂歌丸、柳亭小痴楽(のち梅橋、故人)
三遊亭金遊(のち小円遊、故人)、林家こん平
座布団係:三升家勝松(現 桂文字助)

1967年 1月29日
座布団係変更
石井伊吉 (毒蝮三太夫) に交代。
1969年11月9日
出演者が大幅に変更される。

現在も親しまれているオープニングテーマ曲
『笑点のテーマ』が披露される。作曲は中村八大。
実は、二代目司会者・前田武彦の作った詞もあった。

大喜利レギュラー:
三遊亭歌奴(現 三遊亭円歌)、三遊亭金馬、
桂歌丸、三遊亭小円遊(故人)、三升家勝二(現 三升家小勝)、
柳家さん吉、柳家小きん(現 柳家つば女)、林家木久蔵
11月9日
座布団係変更
三遊亭笑遊 (現 三遊亭円遊) に交代。
1970年7月18日
司会が三波伸介に交替。

1970年 6月21日
座布団係変更
桂米助 と 小野千春 に交代。
7月18日
座布団係変更
松崎真 に交代。

ーー大体こんなものだったーー

・・・・・・・・
・・・・・・・・

 2002年02月06日(水)
323,ある時間の断片-1

モロッコのマラケシュで、
夜半ホテルより馬車に乗り中心街の「ジャマ・エル・フナ広場」
に行った時の話。
4人のりの馬車に一緒にのったのが、同じグループの母娘であった。
母親は少し初老性のボケ?が入っていたか、もしくは「元お姫様」
ではという感じの品のよい人で、一人興奮してか話しまくっていた。

その話しが面白い!
といって今回の観光のピークの場面。
その街の景色が素晴らしいのに、どっちに気持ちを集中してよいのか本当に
迷ってしまった。
世界的に知られている「マラケシュの街並み」も素晴らしいが、
その人の話しも面白いのだ!
私はマラケシュの街並みの方をとる。それは座る場所で決まるのだ。
家内はその話の聞き役をとった為、街並みは殆ど見れなかったという。

その内容とは
ー自分の亭主は日航の機長であった。
以前羽田で精神症で大事故をおこした・?機長と同期。
実を言うと自分の亭主が高所恐怖症。
誰も知らない秘密を私だけがしっていた。
「屋根の修理で震えていた」のを見てしまった。
本人に聞いたら「実をいうとそうだ!」と答えた。
こういう話がそのベストタイムに続くのだ、よりにもよってその時間に!
そのTPOSで聞くから、その話が更に面白い!家内は笑いっぱなし!
それに劣らず、その夜景が素晴らしい。
まさしく小説の世界、いや映画の世界といってよかった。

同行の娘が傍でハラハラしているのが、手に取るようにわかる。
母の世話に全神経を帰国するまで使っていた。

ネタはツキマセン!
このての話しなら!

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2月6日  1969年

産関論の試験は、まあまあよかった。
途中で、クラブの仲間の小林(仮名)とバッタリであう。
喫茶店で、彼と話す。
何かチグハグでかみ合わない。
ここで司法試験に挑戦をすることにしたとか。
ここにきて、思いつきで受かるほど甘いものではない。
動機が浅いのが私でも解るのに。
本人は、その甘さを指摘されたことが気に障ったようだ。

8日に、再び会うことを約束をする。
私の寮に来るという。
クラブで親しかったが、これも最後になるだろう。
親父が不動産屋で、取引の何かがあって刑務所に入っているとか。
どういうことか解らない。
帰寮後、人事管理の試験勉強だ。
あまり集中ができない。


1037, 「わたしは悪い不動産屋」

2004年02月05日(木)

 
 読書日記−1

本屋で何回も立ち読みをしていたが、ついに買ってしまった。
知り尽くしている私が読んでも、面白いのだから素人は是非読むことを勧めます。

こと不動産業界に関しては、一般の素人は非常に用心すべき世界である。
最近よく目にするマンションでAP?とかいうマンションがあるが、
知る人ぞ知る危ない典型の??である。
建設業界やマンション業界すべてを、素人なら危ない世界と認識しておくべきだ。

内装の一枚内側の設備などは、どうなっているか解らない。
会社は何処も火の車、何時潰れたもおかしくないのが内情である。
彼等はどこで手を抜くか、目に見えない配管とかの隠れたところしかない。
その結果は、買って10年〜20年経ってから欠陥として出てくるから始末が悪い。

間違いなく10年〜15年で五分の一以下に確実になるのに、20〜30年ローンで
買わされている。無知そのものが罪だというが、露骨に自分に帰ってくる世界である。
マンションを10年前に買った人のいまの相場を聞いてみればよい。
殆どが5分の1以下である。

ファッションの服やバックは、一年経てば五分の一である。
コストからみると、買った瞬間2分の1である。
本人もそれでよいと納得した買っているので、それはそれでよい。
それと同じ感覚でマンションや住宅を買ってしまうことが問題なのである。

新興のマンションメーカーはファッションマンションとして割り切って
お客の無知を狙っているのだ。それが消費者の意向ならそれでよいと。

酷いといえば酷いが、飛びつく無知も無知である。

以下はホームページから調べた概要である。
                 ー つづく
 ーーーーーーー
 のっけから意表をつくタイトルだが、実際にはない土地を売るなどの
いわゆる地面師みたいな本当に悪い不動産屋なら、捕まって免許剥奪、
不動産屋も解雇である。
従って、この本で扱うのは、あくまで合法の範囲で、どのように不動産屋が
インチキ臭いことをするのかといった話である。

 やはり多いのは、買い換え住み替えにまつわるはなしで、買いを先行して
買い契約をしたはいいが、売りが思うようにいかず、結局、二束三文でしか
現在の住居が売れないため、ローンをささえきれず、両方の家を手放さざるを
得なかったという悲惨な話である。
これは不動産屋が「おたくなら××万で売れますよ」と無責任なことを吹き
込んだことが悪いのだが、もちろん合法的な営業活動の範囲と言えるだろう。

 あとは、やはり、その物件の悪いことは不動産屋は自分から進んで
言わないということだろうか。雨の日は道が冠水するとか、古屋のある土地の
水道管が錆びているとか、ひどいのは、土地の一部が公道になっていたことが
建て替えるときになってわかったというものもある。

 当たり前といえば、当たり前かも知れない。
要は疑ってかかれと言うことだろうか。これらは、チェックすれば買い主が
自分でわかる話なので、悪い不動産屋を語るということは、不動産の本質を
論じることにもなっている。あと、不動産屋の暮らしぶりというのもわかり、
不動産屋になるのも悪くないかななどと思わせ、好著であると思う。

 結局のところ、この作者は、気の弱い客に対してたまに強引に契約を
迫ることがある程度で、本当のワルではない(らしい(笑))。
不動産屋というあこぎな職業に日々良心を痛めながらお客のために仕事に
励むいい人である(かのように描かれている)。
これから不動産をと言う人は読んでも悪くない。
ーーーー
レビュー

Amazon.co.jp
現役の不動産関係者が、不動産業界の裏事情と、悪徳セールスパーソンの
さまざまな手口を明らかにした衝撃の1冊。詐欺まがいの悪質な手口から、
合法ではあるが、買い手がだまされそうな不動産業界の「ジョーシキ」までが、
当事者の声で生々しく紹介されている。
本書によると、不動産業界では、安く不動産を買い取るために、
サクラを使って「こんなに高いの?」と言わせてみたり、他の不動産屋に
頼んで安い価格で声をかけさせてみたり、といったことがまかり通っている
というのだから開いた口がふさがらない。それでいて買い手に対しては、
「一生に一度、二度あるかないかという大きな買い物なのに、不動産屋の
いうことを鵜呑みにして、自分たちはまったく勉強しない『バカさ加減』
を思いしらせてやることも、不動産というものをよく理解するには重要な
ことだと思う」などと言い放つ。
不動産業者のしたたかさが伝わってくるようである。


もちろん、不動産業者の悪質な手口を紹介して終わり、というわけではない。
客に対する警鐘を鳴らした後は、不動産売買の際に知っておきたいさまざまな
基礎知識やアドバイスも提供してくれる。新築と中古物件の違いや、
買い替えの際の注意点、不動産の資産価値の測り方、契約に関する基礎知識、
悪徳業者の見極め方などは、ぜひとも押さえておきたいところだ。
また、契約ごとに印鑑登録を破棄する老人の話をはじめ、適宜興味深い
トピックをはさんでいるので、楽しく読み進めることができるだろう。
人生における最大の買い物を成功させるためにも、ぜひ読んでおきたい。
(土井英司)

大倉辰吾 (2000/12/16)
王様文庫 三笠書房

目次

1章 '不況'時に生き残る不動産屋の手口
2章 不動産屋がつけ込む顧客の'無知'と'無理'
3章 顧客が知らない不動産屋の常識
4章 悪い客たちの危ない綱渡り
5章 '賃貸'で生き抜く街場不動産屋のたくましさ
6章 不動産屋の本音のホンネ


・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年02月05日(水)
672,嘆きの部屋

・高校同級の土田氏が入院でわずか3週間で亡くなった。
 食道がんで肺に転移もう末期だったという。
 一瞬で地獄の底に突き落とされた恐怖は言語に絶するものだったろう。
 「病院には嘆きの部屋」があるとモッケイクラブを事務所の部屋で開い
 ていた時に、看護学校の末期医療専門の女の先生が来て話してくれた
 ことがあった。

・絶望のその気持ちや混乱を大声で喚くことで静める防音の部屋が
 どこの病院にもあるという。
 もう他人事ではない年齢だ。
 本人しか解らない死の恐怖!
 死を自覚してから死ぬまでの時間、それまで生きてきた全ての人生を圧縮
 した時間が流れるという。
 キュ−プラー・ロスという「死ぬ瞬間」という本を出している死の見取りを
 専門にしてきた人が、その本で究極の死を受け入れの心理過程を書いている。
 確かまずは拒否、怒り、取引ー自分との、受容。

・父が死ぬまでの一年間、しっかりとその時間の中でそのプロセスをみた。
 生への渇望ーその砂漠の真ん中に一人取り残された生への渇きの極限状態だ。
 その時父に「昔の哲学者がー本人にとって死はない!という話をした。
 死んだ瞬間それは自分でないから、生きている限り自分の死は存在しない。
 存在するのは他人の死だけだーエピクロス」と。
 父がその時ホッとした顔で「死について初めて解ったような気がした」
 と答えた対話が鮮明に残っている。
 それまでの父の口癖は「死んでしまえばそれまでよ!」であった。

・死ぬのは仕方がないことである。ただ後悔をして死にたくない!
 いや、後悔したっていいじゃないか、死んでしまえば全て無なのだから。
 生まれる時も独り、死ぬ時も独り。
 生きている時も独りだ。ただ忘れているだけでしかない。
 考えてみれば、生まれる前の状態に戻るだけ。
 誰もが生まれる前の状態と、死んだ後の状態が生きている時でも
 取り囲んでいる。寝ている状態はその際に戻っているのだろう!

 以上、死のおさらいでした!
 
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 
  2002年02月05日(火)
 322、一人旅 ー「北海道」編

 「 北海道一周、九州一周、紀伊半島、能登半島」
 けっこう経験しているが、世界一周の一人旅の経験はしてない。

人見知りするためか、どちらかというと「一人旅」は苦手だ!
といって振り返ってみると、結構経験をしていた。
若い時の一番人見知りの時期ほど旅をしているのは、若さのエネルギーか?
そのいくつかを書いてみよう。

今回は北海道である。
大学の4年の時である。今でいうと自己逃避か、はやまた気取りか。
いやそうしなくてはならない「自身の何か?」であった。
かっこよく言えば行き詰った自己打開ということだったのか?
といって、それほど無理した旅行でなかった!

殆ど記憶に残ってないが、確か列車の乗り継いで青森へ!
そして連絡船で函館?そして札幌、釧路、根室、知床、網走と汽車を乗り継いだ。
書いていていて、多くのことを思い出してきた!

印象的なことが結構ある。
やはり青春の一番の思い出の一つである。
自分ながらよく行ったものである。
世界への一人旅へ出なかったのが悔やまれる?
いや当時はまだ無理だったのか?

あの時何故日記を書かなかったのか?書いておけばよかった!
何か何処かの山の上によじ登り、尾根を歩いたのを思い出した!
一人に対して何の寂しさとか、不安は何もなかった?
いやあったが忘れてしまったのか?

函館の函館山から見た夜景を鮮明に思い出した。
屈斜路湖、摩周湖、層雲峡と・・・・
一応振り返ってみると、やるべき時にやるべき事はやっていたようだ。
30数年たって、この旅行を初めて振り返ってみた。
行方不明のアルバムに写真が残っている筈だが。

青春時代はいつも大きい壁があった。その為フラストレーションが
マグマのように溜まっていた。
それがエネルギーになっていたのだろう。

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2月5日 1969年

11時に「価格理論」の試験であった。
あれだけ必死の勉強をしたが、満足がいかなかった。
帰りは、川崎と一緒だった。
帰寮後は、今日の試験のショックでやる気が起きない。
いや、昨日のこともあるか。
産関論の試験勉強をする。
あまり熱が入らない。
しかし途中から集中ができた。
その中でヤマをかけた。
どうなるか分からないが、まあいいだろう。


1036, 一人遊び −2

2004年02月04日(水)

以前「一人遊び」を書いたことがあるが、再び書いてみる。

一人遊びができれば人生の問題の大部分を解決できるだろう。
自己完結をしたことになるからだ。
一人で散歩をして、読書をし、一人食事をして、一人で考え、一人街を歩き、
一人買い物をして、一人で旅に出て、一人仕事をする。
一人遊びは人生を通して、特に晩年に要求される。
これは訓練と練習で身につけることが可能である。
しかし長い年月の積み重ねが必要である。
その積み上げた一人の楽しみを知ってこそ、人との楽しみも数倍に膨らむ
ものだ。

いま35年前の日記を書き写しているが、一人でよく遊んでいたことに驚く。
若かったことと、遊ばなくては神経のバランスが保たれなかったのだろう。
それが結婚を機にして、一人遊びのカタチが変ってしまった。
本屋まわりや、散歩や、読書や、ホームページの書き込みや、
図書館通い、などなどの一人遊びをしている。
大人数の末っ子ということもあって、あまり人に気をつかうのが嫌なのだ。
といって、多くの人の周りにいたいのだ。

ノイローゼとか、精神症は他者に依存をしようとする姿勢から生じる。
群れの中で自分を見失っていくのだろう。

連れ添いに先立たれて、友人も次々に亡くなった時に真の一人遊びに
なるのだろう。

以前書いた「一人遊び」の内容をコピーしておきます。
ーーー
2002/01/05
一人遊び

孤独に強い人かどうかは、一人遊びができるかどうかにある。
一人で楽しみを見つけ遊ぶ・・・、
書いていて気がついた、それって「お宅」でないか。
似ているがやはり違う。

それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのでは?
結局中途半端のそれをいうのではなかろか?
字のとおり「お宅」は部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。

山登りや釣りなどは、一人遊びの典型である。
別にそれをお宅とはいわない。
読書好きの人もお宅といわない。

ところで私の強みは孤独に強いことだ?
人に何かを求めないこと、求めてもそこに何もないことを、経験上知っている。
結局人間最後は一人だ。
自分をボールに見立て、一人でバウンドさせていくしかない。
そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくる。

「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)を示すことだ
「示単」。これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。
そこで自分の好きのことを見つけ、
それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。

ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。
常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
「人は人、我は我、されど仲良く」が、一人遊びの本筋である。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年02月04日(火)
671, アルカイダー

「お前は言葉のアルカイダーだ!」
土田氏の葬式に出たときの「しのぶ会」で,ある同級生にいわれた言葉である。
同級生『ヘンな奴に何をいわれても「あの馬鹿!」で済むが、お前の奴は
ズバリ核心を言うからな〜。・・・・お前は言葉のアルカイダーだ』
私『じゃ〜お前は下半身のアルカイダー!』
同級生『・・・・・・』
これは私の瞬時の答えである。
同級生同士が酒を飲んで他愛もないことを言い合っていただけだが。

「何々のアルカイダー」は何でも使えそうだ。
銀行のアルカイダー化が今の日本を駄目にしているとか。

私の学生時代の専攻が「社会学の人間関係学科」だったから、
どうしても人間の本質を話すので、聞く人はグサリとくるのは解る。
別の男が『それよりもっと凄い言葉がないか?』と言ったが出て来なかった。

それではアルカイダーが正当化されるか?
自殺を正当化して、それを武器にするテロは正当化されるものではない。

城下町のような固定化社会では、なるべく波風を立てないで真実より目を逸らす
方がよい。でも言いすぎであるのも事実である。

 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 
  2002年02月04日(月)
 321、宗教的真実について−1

・「もし、私の聖書の読み方が正しいとすれば、神があるがままの
人間を愛される、あるべき人間の姿を期待して愛されるのではないのです」
(ジョセフラブ・神父)

この言葉でハッとした。あるべきという視点で人を見ていなかったか? 
マイナスをマイナスとして愛すということ?
だから、こうあるべきとかいう自分の価値観で、人を見るべきでないという
理屈は納得する。

宗教は真実を気ずかしてくれる。

・「聖書は事実でないかもしれないが、真実である」
これもいい言葉である。
聖書の創世記では「アダムとイブの時代」は7000年前という。
150億年前のビッグバンとはあまりに差がありすぎだ。

私が神に対する知識といえば
「人間を自然をここまでならしめている天地創造の存在」
「人間の創り出した手前勝手な絶対的存在」
「人間が持っている共通意識の絶対存在」
「言葉が造り出した理想的バーチャルの世界の絶対者」
「人間が創りだした自然現象に対する畏れの神格化」

・・・・・・
・・・・・・

2月4日 火曜日 1969年

朝8時半、母屋から電話で起こされる。
誰だろうかと、思ってでると中条さんだ。
アルバイトで知り合った人だ。
石原慎太郎と美濃部の都知事選挙で、数日間宣伝カーでマイクを
ガナッタ連れであった。数日そのアルバイトからの帰路、寮が近くにあり
飯田橋の駅から二人で話をしながら帰った。
富山県のおっとりした芯の強い人だった。
その後オーストリアに留学をした寮隣の部屋の河路さんと親しくなった。

その妹分の洋子が、今日これから荷物をまとめて帰ってしまうという。
洋子は躊躇をしていたようだった。
本人と話をしていると、胸がつまって何も言えなくなる。
自分がおかしくなって涙が出る。
彼女も泣いていたようだ。

三年の時によく合コンで気があって何時も一緒だったが。
学生時代で女性では一番心が通じた一人であった。
私の好きなタイプの品の良い、素素としたお嬢様タイプの美しい人だ。
一年間全くの接触が無かったのに、このタイミングの電話は厳しい!

中途半端に、何もいえないで電話を切ってしまったが。
見送りに行くべきであったのだろうが、不意なので思いもつかなかった。
でも、これから故郷に帰ろうという直前に電話をくれたのは嬉しい。

そういえば、去年の二月初めやはり(仁科)ヨウ子という名前の人が、
これから帰るという電話が来たのを思い出した。
女性の場合、そういう時誰かに電話や手紙を出したくなるのだろう。

毎日のように一人一人と別れになる。

部屋に帰ってきて再び寝る。
何かどうにもならない自分に対してヤケ寝しかない。
13時に起きて食事をして、そのあと試験勉強をして風呂に行く。

その後、彼女に2時間かけて手紙を書く。
恋愛感情はなかったが?やはり寂しい。
はっきりいって、自分でも自分の気持ちがわからない。
しかし一度も誘わなかったことが恥ずかしい。
心からぶつかってきてくれた事がよい思い出だ。
いい加減さを突いてくれたことも、はっきり憶えている。

と強がっていても、今かなり動揺をしている。
仕方のないことだ、今さら時間は戻せない。
お前は傷つくのが怖いだけなのだ。
その自分をどうしようもない。
また、1人と最後のお別れだ。
いまの、それは一生会う事がないだろうから、キツイ。

いまは学生時代そのものと別れているのだ。

自分ももうすぐ旅立つ!


1035, 随筆はプロが書くもの!−1

2004年02月03日(火)



図書館から借りてきた
「文章術の千本ノック」(林望著)を読んでいたら、

「随筆ってものは素人が書くものではないと思います。」と冷酷に書いてあった。
「これが天下の真実というもので、功なり名を遂げたプロの作家が、
趣味で書くものです。あるいは松平定信のようなお殿様が、日ごろの生活の中で
心に浮かぶ『よしなごと』をぼつぼつと書き付けたというものが随想であって、
これはよほど文章力があるとか、その人の人生が面白いとか、
その人の観察力が鋭いとか、描写力が秀逸だとか、そういう経験と筆力が
物を言う世界なんです、随筆は。
だから、『私は随筆を書きたい』と最初から思っちゃいけません。
随筆を一つの余録として出てくるもの。何か会社経営なら会社経営でもいいし、
小説でもいい、何でも一つの仕事をずっとやって、その生活の中で随想と
いうものが出来上がってくるのであって、どうやったらうまく書けるという
ものではない。これは趣味であって、文章力のない人が書くと、
単なる雑文となってしまいます。」

ー以上の内容からすると、私のような中途半端な人間が随想を書くのは
身分不相応ということになる。

さらに
「皆さんの文章は、ほとんど無駄ばかりですね。書かずともいいことばかり。
よい文章からみれば、それらは不純物のようなもので、普通のアマチュアの
文章は、これが当たり前です。
山本夏彦さんは、切って切って、どんどん切りまくって、意味が通じなく
なる寸前のところでやめると言っておられました。要はお金と文章は
けちなほどよい。」

ここまで読むと、「いま書いている文章は自分でナンジャイ」と嫌悪感に
襲われてしまう。みる人からみたらとっくの昔に気づいて、冷笑してみて
いるのだろうと思うと恐ろしくなってきた。(少し誇張だが)
これにへこたれずに書くつもりであるが、少なくとも駄文・雑文を
書いているということを忘れないでいようと思う。
この程度しか書けないが、書き直しだけは何回かするしかない。
3年近く書いてきて、自信を持ち始めた矢先に、この文章は丁度よい
タイミングであった。
いや、そういうことにしておこう!

ところで、随想と随筆の違いは、
「想い」とそれを「書き下ろした」に違いだろうか?
それとも、このようなことを書くことを不純物が混ざるというのだろうか?

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年02月03日(月)
670, 「三分で右脳が目覚めた」

 これは新聞広告の本の題名である。
最近本屋や図書館でよく目にする著者である。
若い人や女性向の文章を書くが、内容はなかなか鋭いものが多い。
副題が
ー日常生活で簡単「右脳トレーニング」ー
 自分の中に眠る不思議な力

この見出しだけで恐らく80佑鮓世た圓している。
ーそれを抜粋してみると・・下行は私の主観だ
・読書は、右脳を目覚めさせる
 −一見左脳だが、イメージと連想を刺激する

・右脳を働かせれば、面倒なことに巻き込まれない
 −動物的感が面倒な事を察知する
・右脳人は、やりたいことに2番がない
 左脳の人は、一番2番で行ったり来たりする
 −絞込みがしっかりできる
・右脳人は、企画書を一行で書ける
 −一番の要点を把握してある
・「褒める」は右脳、「けなす」は左脳
 −褒めるはトータルの中の光が見える。けなす事は批判ー批評に
 とらわれる
・ドタキャンの時、右脳の人は映画館に行き、
 左脳の人は「なぜ、急に?」を考える
 −瞬間判断ができるかどうか、なぜ急にはあとで考えればよい
・左脳の人は、絵を輪郭から描く
 右脳の人は、中心から描く
・写真は、ファイルに入れずに、レイアウトをして貼ろう
 ー主観を大事にして、レイアウトで自分の世界を創りあげる
・右脳の人はブランドをバラバラにくみ合わせて着る。
 −自分のコーデネート創りあげる
・左脳の人は実行より調査がすき
・味は、その前の行動で決まる
「・・・・のあとのビールがおいしい」
 −行列をして食べたラーメンは美味い
・「寂しい」と感じるのは、落ちこんでない証拠だ
 −???
・125歳まで生きると決めると、今が変わる
 −せめて80歳を生きることを決めようか

  ーーーーー
以上だが、「褒める」が右脳の人というのが納得できる。
これも訓練と営業センスが必要だ。
それより光と影の光を見て,指摘する事がよい。
どうしても影に眼がいくものだが、観光をすればよい?

・・・・・・・
・・・・・・・

 2002年02月03日(日)
320、ほぼ詐欺

この世の中には詐欺に近い商売がある。
40数年まえダイヤモンドを当時の80万で母が買った。

今でいうと1千万円に近い値段である。
確か「必ず物価と共に上がる」といっていた。

母が亡くなった時、遺産総額の把握の為に鑑定にかけた。
なんと120万だという、500万くらいだろうと思っていたため、
その安い値段に耳を疑った。

ほぼ詐欺に近い商売をしていたことになる。
せいぜい20万ぐらいのダイヤを、4倍にして売っていたことになる?
口先だけの騙しの世界といっていい?

ドラマで同じような内容をやっていた。
「買うまでの楽しみを売っている」のだから詐欺でないとか。
貴金属の世界はそういう世界である?

長岡の唯一のデパートがほんの数年前まで、これに近い商売をやっていた。
年寄りを集め食事を出し、虚栄心をくすぐるやり方で「屑のような商品」を
売りつけていた。
それも半ボケ老人を集め、詐欺そのもの!
三越が20年近く前、大問題になった詐欺商法をやって表面化した。

三越のブランドを詐欺?で悪用したのだ。
補聴器の世界がそうだ。あれは年寄りをだます詐欺だ。
でも誰も親身になって見てくれないから、仕方がないのか?

そう言う視点で言うと全てに言えるかもしれない

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2月3日 月曜日 1969年

12時過ぎ起床。
14時に学校に向け出発。
学食で食事をしていると,深井がくる。
昨夜、彼のことを考えたばかりなのに、すぐに会うとは。
試験(価格理論)はまあまあの内容であったが、
もっとできたはずだが。
帰りは川崎と兼古と本屋によって帰ってくる。
食事をとって、22時から試験勉強だ。
かなり難しい内容だ。一番の難敵である。

さて、今日TVで京大生の書いている手紙の内容が印象的であった。
その表現能力には,驚いてしまった。
ところで、このことから色々考えてしまった。
・・・・・・・
今月の予定は、試験終了後、2日東京にいて、長岡に帰る。
その後、2日後に旅行に出かけようと思うが、気持に余裕ができるだろうか。
一週間の予定だが。
プラトンと(対話編)と福沢諭吉の(福翁自伝)を持参しようか。
そして、そのまま直接東京に帰ろうか。どうなるか、あとは心の向くままだ。
あと一度長岡に帰り、背広を持ってくる予定だ。
しかし、どうしようか・・・?


1034, ダヴィンチが知的障害?

2004年02月02日(月)

ある本を読んでいて、目が釘付けになった。
天才といわれている、レオナルド・ダヴィンチとアインシュタインと
エジソンが知的障害だったという。
天才の90佑梅毒という話は知っていたが、この3人が知的障害だった?

エジソンが3ヶ月しか学校に通わなかったことは有名な話である。
典型的な注意欠陥障害のハンデキャップを負っていたという。
注意欠陥障害といえば注意散漫と思われがちだが、反対に注意が
一点に釘付けをされて、他に移動できない障害も含まれるという。
これは日常生活には不便であるが、この障害を反転させて強みとして
活用した事例と捉えることができる。
彼の異常な集中心は、その欠点を逆転して強みに変えたと解釈できる。
彼は暗算が全くできなかったという。

アインシュタインも、何と暗算が殆どできなかったという。
心の中で言葉で考えることができず、ひたすらビジュアルでしか考えることが
できなかった。
そのためにビジュアルで思い描く能力が異常に発達した。

ダヴィンチもアインシュタインと同じ障害を持っていたといわれる。
だからこそ、ビジュアルの視覚に頼る能力が発達したのだ。
語学能力は全く駄目で、そのかわり、せっせととスケッチに励んだ。
読字能力の障害を、視覚能力を活用することで矯正したのだ。

知的障害を持って克服をした人は枚挙がない。
左脳が働かないからこそ、右脳を異常に発達させていった。
そして、その後に左脳を修正をしていった。
特に、こういう時代は右脳が重要になる。
といって左とのバランスがより求められるのだ。
彼らの凄いのは、左脳をうまくカバーできたことだ。

戦後の日本の教育は左脳が駄目なら、そこで全てを否定して切り捨ててきた。
そう考えると、学校教育そのもの自体の誤りがよく理解できる。
TVタレントの黒柳徹子も、エジソンの注意欠陥障害に近い状態だった。
大問題児で、学校では手に負えなかったという。
しかし注意が一点に集中する能力は、タレントとして一番要求される。
彼女はその能力を伸ばしていったのだ。
美空ひばりも楽譜が読めなかったという。
しかし一度、音あわせで全て憶えてしまったという。

それにしても、あらゆる分野に能力を発揮をしたダヴィンチが知的障害とは
驚きであった。
あらゆる分野の積み重ねの上に特性ができあがるものと思っていたが、
「変形を逆に利用して個性にまで持ち上げていた」とは!

「長島茂雄は馬鹿かどうか」という議論があるが、以上の理屈からいえば
彼は天才ということだ。
あの野球に対する異常なほどの取り組みは、この三人に共通するものと
同じである。

毎日が新しい発見である。
知的障害ーいや痴的障害?の自分として、非常に励まされた。
ただ能力が発揮できなかったのが違うが。
それはただ馬鹿ということか!

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
 2003年02月02日(日)
669, ぶざまな人生

本屋で見かけた本のタイトルである。
「ぶざまな人生」というタイトルにハッとさせられる。
軽く1分程度立ち読みした程度だったので概要は主観的になる。

「人生を捉えてみると誰もが皆ぶざまな人生だ。それを初めから割り切
って自分のやりたいよう、生きたいように生きるべきだ」という内容だ。
シビアなタイトルだが、皆「ぶざま」という言葉に呪文をかけられて
いる。
誰もが本当はぶざま人生じゃないか、見っともないという他人への
思惑など捨て切って、自分のやりたいことを、やりたいように生きるのが
本当だ。

政界のプリンスと、この前まで言われていた鳩山由紀夫だって、
最後は見っともない醜態を曝け出してしまったではないか?
でもこれからが本人の真の力が湧き出てくるかどうか試されるのだろう!
凡人が「ぶざまな人生」と初めから割り切れるかというとなかなか難しい。
よほど哲学的に裏づけか信念が必要だ。それがその本の主旨だったようだ。

「ぶざま」という言葉を使う人は「教養のない中年のオバサン」だろうが。
心の奥に誰もが「ぶざまな人生だけはおくりたくない!」
あるいは「みっともない最後だけは人に見せたくない」というのがある。

自分の人生を顧みて、ぶざまとも格好よかったとも思ってない。
それではやりたいこと出来たか?というと、こんなものかという感がする。
ただ専攻が人間関係学であった為、人生のトータルデザインを考えて
生きてきた。
自分の真にやりたい事を一生通して追求するのは自明の事であった。
「ぶざま」という言葉自体が「世間様」という虚構の言葉である。

それでは「ぶざまな人生とは、どういう人生だろうか?」
その言葉にやはりこだわって何も出来ないで終わってしまった人生のことだ。
それなら「初めから人生はぶざまなものと割り切ってしまえば、
開き直った生き方が出来る」。

「悟りということは、如何なる場合では平気で死ぬ事かと思っていた事は
間違いで、如何なる時でも平気で生きていることであった」
正岡子規の病床六尺の言葉である。
これは「ぶざまな人生を平気で生きることが悟りである」と言える!

完全な人生を求めるな!そんなものは元々ある訳がない。
しかし知らないうちに社会的動物として完全を人生に求めてしまう。
完全でなく充分な人生しか存在しない、それが人生というものだと
割り切ってしまえばよい。
充分の人生を初めから求めるべきだ。
それを脇で見たらぶざまに見えることもあろうが。

親戚・姉兄や知人を見ていてカッコウいい人生の人など殆どいない。
遠くから見ていて例外の人がいたら、ただそう見えるだけだ。
 
 書いていたら気分が楽になった!!

・・・・・・
・・・・・・

 2002年02月02日(土)
319、我が内なる無能性ー具体的内容

我が内なる無能性を具体的話に書いてみる。

周辺にいる特にいる「だめな奴ーあれ」ーなんか虐め!
ーこの特性をあげてみると

1、一回も脱皮したことがない。
  一生をただ何も考えず、そのまま流れている。
2、「他人の目」が全ての価値観ーしたがって[自分の本心]が何かわからない。
  価値という言葉も全く理解できない。
3、その前提として、本を読んだことがない。ーこういう人が本トウにいる。
  ー思考能力ゼロ!!!!!!ーそれだけならいいが、毒ガスを撒き散らす。
4、その結果、仕事に恵まれてない。
  ー会社ではヘドロといわれてる。
5、チャレンジとか闘いを、仕事で人生で経験してない。
  ー逃げ回っている。
6、他人と対話ができない。
  ー聞いているふりの名人で、ただ自分の話を喚いているだけだ。
7、「かにの甲羅」を心の周りにがっちり固めている。
8、関心は誰かの噂話しかない。全てが蟹の餌でしかない。
9、群れたがるーノータリんクラブ、
  ー青年会議所、町内会にでたがる。(人間関係が即仕事になる場合は除く)
  仕事上の利害の関係あるなし関係ない。
10、人の肩書きを利用したがる。
  -貶すことで自己肯定しようとする。
 
 何かどこかの街の旦那衆みたいな話だ。
 そして自分の家柄とか誇ってる。
 ー自分に関係ないのに、かつ虚構でしかない!
 「どこかの同?会の要約人間」みたいだ。

 そこに更に濃いヘドロが何人かいる。
 その特性の共通点を挙げると、

a, 本を読まず、人の話を聞かない地元有名校卒ー変なプライド持ち。
b, その結果として、ヒラのまま。
  名刺に何とかが付いている場合がある。ー肩書?長とか。
  それを周囲が皆知っているのに、しかし本人の唯一の誇り。
c、,取得権益でまだ持っている会社ー地銀や地方TV局???
  その為現在、存続の危機にある。
d, ?男が多い。
e, それ(内容がない事を)を隠すため、日々努力しているのが愛想学である。
 
何処の会社も、何処の街にも一杯いる!そうあの男!
そしてあれも!ー「あれ」と言う言葉がぴったし!
ここで書いてはいけないのかも。

これ経営学にしっかり書いてあること。
但し、この正反対の特性としてだが。

これを平気で話すから嫌われている、それも濃いヘドロに!
ー真面目すぎるのかなー?
「自分のことを書いているのか」と思った?
だから、我が内なる無能性なのです。自身でもあるからだ。

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2月2日 日曜日 1969年 

13時まで就寝。
それから夕方まで勉強をする。

夜、市川さんが部屋に来る。
有神論、無神論を議論する。
その系統は、彼の得意分野で、コテンパンにやられる。
中途半端な知識が露呈してしまった。
それでも新約をギリギリのところで読んだ経験があるが、
科学的・哲学的の系統にとらえた本は皆無であった。
これからの人生では、避けて通ることのできない心の奥底の問題である。
その系統の本を読んで、からかって仕掛けただけだろう。
勤めると、こういう小手先が効くのだ。

翌朝の3時過ぎまで勉強、ラーメンを食べて就寝。
まだ集中が足りない。
もっと身を入れなくては。


1033, ストレスについて

2004年02月01日(日)

この題名で何回か書いたと思うが、再び書いてみる。
自己不一致の状態が引き起こすマイナスの蓄積からストレスは生じる。
この解消に対して一番手っ取り早いのは、新しいストレスで前のストレスを
消してしまうことである。マイナスでマイナスをけしてしまうケースだ。
失恋をしたときは、新しい恋愛と失恋で消すのが簡単である。
しかし根本的な解消をしたことにはなってない。
心の奥に蓄積されて、へドロ化して隠されるだけである。
しかし、その臭いはいつの間にか周辺に漂っていることに本人は気づかない。

「ストレス」は例えば、ボールに圧力がかかって、ひずんだような状態 のことを
いう。 このとき、ストレス状態を引き起こす要因を「ストレッサー」という。
これを取り除かない限り本当の解決にはならない。

残念ながらストレスをなくすことはできない。
生きている限りストレスは続く。 そこで如何に対処するかが重要になる。

ストレスとは、本来、生物が外的あるいは内的な刺激に適応していく過程そのものを
概念化したものだ。気候が変わればそれに適応し、飲み水が変わればそれに適応し、
心理的なショックを受ければそれに適応していく、そうした環境に適応していく時の
反応とプロセスのことをストレスという。

 我々の意志とは関係なく、自然環境は常に変化していくし、我々の心も自分では
どうにもならないくらい急激に変化する。
こうした外的・内的環境の変化に適応していくということが、「生きる」
ということだから、「ストレス」という言葉は「生きる」という言葉の
同義語ぐらいに考えてみてもいい。

人間は、悲しみでも、喜びでも同じ反応プロセスをたどってその刺激に適応して
いこうとする。その状態をいうのだから、生きることそのものであるといってよい。

情報化社会において、毎日多くのストレスにさらされて生きている。
適度なストレスは人間の活動のエネルギー源になるが、ストレスが大き過ぎて
体の防衛機構を上回ると、心やからだにさまざまなトラブルが起きる。

ストレスが原因となる病気には
「心身症、神経症、軽症うつ病」などが知られている。
過度のストレスは「生活習慣病」の発症にも影響を及ぼし、免疫力を低下させる。

私の場合は、毎朝の散歩と仏前のお祈りと海外旅行とTVのお笑いを見ることと、
合わない人種のいるところに行かないことを対策としている。

外的・内的環境の変化に対する「不安」が原因の場合のケースが多い。
一番のストレスは、連れ合いが亡くなったケースと離婚と失業という。
これは内的・外的環境の変化の一番身近な深刻なケースである。
連れ合いとの別離や失業も、一生の内に避けて通ることはできないことだ。

まあ良寛の「災難もあうべきときにはあうがよい」ではないが、
運命として割り切らなくてはなるまい。割り切れないからストレスになる。
仏教の諦念とはそういうことなのだ。割り切ることも諦めなくてならないのだ。
そうすると、般若心経を暗記をして毎日唱えていればよい。
最後は、人間は宗教に頼らなくてはならない動物だというが。

知識を持ってしまった猿は、この情報化でますますストレス過大に悩まされる。
しっかりした神の定義を自身でして、心の中の部屋の神棚を作っておかなくては
ストレスに追われる日々を送ることになる。

ーーーーーー

2003/02/21
 ストレス

先日亡くなった同級生の偲ぶ会で、彼の死因について話しが出た。
直接原因は癌であったが遠因がストレスだろうと意見が一致した。
その場の全員が人生で一番厳しい一里塚にさしかかっているから解るのだ。
その場でAが「堀井お前ストレスなど無いだろう!」
わたし「ゼロ!」。
Bが「堀井、お前は与える方だ!」
爆笑であった!!

ところで彼らは、「ストレスの解消法をあまり解ってない?」と思えた。
ストレスの潰し方は、他のストレスで潰すのが一番本能的な簡単な方法だ。
しかし、それは更なるストレスの蓄積をしているに過ぎない。
わたしの経験からいうと、「独りになりきるしかない!」
それが全く解ってない、号泣せざるを得ない立場になって初めて気がつく!
それでも気がつかないだろう。

ストレスだけは、気をつけないと。
いつの間にか溜め込んでいるのに気がつかない人が多い。
群れるしか能がないから、ストレスの雪だるまになる。
「人間は孤独の存在!」である、また「群れていなくては生きられない存在!」でもある。
この二律背反を使い分ける事が必要である。

私の場合はお経とか、ウオーキング、旅行、読書、映画で発散する。
それとイヤな事は繰りかして考えないようにしている。
この随想日記もストレスにもなるし、反面ストレス解消にもなる。

ここで一句
バカいうな やることだけは やっている



・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
 2003年02月01日(土)
668, 昨日で新潟日報を止めた!

生まれた時から?地元にいる時は必ず日報と朝日新聞と日経は
毎朝の日課で目を通していた。
特に新潟日報の地元の経済欄と死亡広告は必見と思い込んでいた。
ところが数年前より家内が日報がつまらない止めようと言い出した。
「全く見る内容がない、ひどい!」と言う。
それでも決断を先延ばをしてきた。

ところが去年、光ファイバーをNTTの営業に強引に?入れられてしまった。
今考えてもADSLで充分であった。
その時トレードオフとして、その上乗せ分として、今度こそ日報を
止めると決心し、今日の2月より止めてしまった。
それとレンタルでいれている浄水器も止めた。
100胆茲暴侏茲織后璽僉爾離ぅン水が無料で貰えるからだ。
これでプラスマイナスゼロである。

会社に行けば見れることだし、10日も経てば不自由を感じなくなるだろう。
以前BSTVとWOWOWをいれた時は日経新聞を止めた。
全く不自由は感じなかった。

新聞を若い人は見なくなってきているという。
去年暮れ日報が配達をされない事があった。
その時、担当の人から家内が「近所の100世帯近くのうち
うちも含めて3軒しかとってない」と聞いた。
それまでは過半数はとっていると思っていた。

私の例が示すように新聞メディアはどんどん衰退の傾向になる。
あとは朝日だが、これは当分止めないがいつかその日がくるだろう。
インターネットのWEB新聞で済むからだ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2002年02月01日(金)
318,神話の世界ーパプア・ニューギニアの世界

5〜6年前か、パプアニューギニアの現地人のドキメントがよかった。
いまでもその内容を全て憶えている。
たまたまその現地のある部族の撮影をしていた時、隣の部族とトラブルになり
あわや戦争の一歩手前までの状態になった。
といって弓や槍の武装である。
かなり危ない緊張感になっていて、徒党を組み軍隊のような示唆行為を
繰り返していた。

その時期が数年に一回の踊りの全国大会の直前であった。
かなりの緊張の中、踊りに参加するため車で出かけるが、
いつ襲われるかの危険なたびであった。そして飛行機に乗る。
その前に彼らが海を見る場面がよかった。波が信じられのだ。
波を洪水の水が押し寄せてきたと勘違いして、震えているのが可笑しい。

そして踊りの会場で、彼らは事前から「変わった踊り」のため優勝候補に
なっていた。
12〜20人がいろいろな化粧をして踊るのだ。
そこにトラブルの相手の部族もきて、向こうで練習をしていた。
お互い無視しているふりをしながら、お互いを意識している。
そして競技が始まった。当事者の踊りがすばらしく優勝か、
それに準じる賞をもらった。
その時である、隣村の部族の長が和解に来たのだ。

彼らは踊りを通して、同じ地域の共通のアイデンティテーを観たのだ。
そして和解!下手な小説、映画よりずっと劇的で感動的であった。
もちろんやらせでない。
神が宿っているようであった。いや踊りの中に宿っていたのだろう。

そのビデオ知人に貸したが、子供が間違え録画をしてしまい消滅、今はない!
その前に何回も再放送でやっていた。
何回も見た。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2月1日  1969年

2月になってしまった。
学生最後の日々が、飛ぶように去っていく。
もっと遊び、もっと勉強をしておけば良かったという気持と、
自分なりに精一杯の学生時代をすごせて気持ちが入り混じっている。
あと一ヶ月だが、社会に出れば学生時代のようにはいかないだろう。
しかし、変るべき時は変らなくてはならない。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]