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堀井On-Line
| 1032, 「リクルートのナレッジマネジメント 」 |
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2004年01月31日(土)
読書日記ー1 図書館で、この本を買ってきて読んでみて、さっそく会社で3冊を買った。 それだけインパクトの強い内容であった。 現場からの視点でつくりあげたイントラネットの一つのカタチとしての 凄みを感じとることができた。 「普通の会社なら、3日で首でしょうね」と役員がいっていたのもうなずける。 サブタイトルが「やれるものなら、やってみな」もよい。 下の子供が勤めている外資系の会社のホームページに、 丸ビルにある本社の事務所の写真が何枚か貼り付けてあった。 優秀事務所デザイン賞と書いてあった。 机と椅子とノート型パソコンがあるだけ。 ペーパーレスだけでなく、個々人のセクションのコーナーがない。 正月に帰省してきた息子に、「自分のデスクは、どこまで昇進したら もらえるのか」と聞いたところ、「取締役」だという。 全てはコンピューターの中なら、自分の机など必要がないのだろう。 ナレッジマネジメントも、 現場の知恵・情報の蓄積と活用を中心にしたものと、 経営戦略を中心にしたものがあるが、 この本は現場の情報や知識の活用を中心にした内容である。 以下はインターネットで検索をしてコピーした。 これだけでも、何回も繰りかえして読む価値は充分ある素晴らしい内容だ。 ーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーー 限りなく金髪に近い茶髪の女、 森本百々子が 営業がよろこぶために必要なものは ナレッジだったと気づくまでのこと。 営業がほしいと思う情報を 役に立つ形で提供する 「都合のいい方法」をみつけるまでの 試行錯誤と悪戦苦闘。 単にシステムの問題ではなく、 ナレッジが共有され、 利用されていく組織を描いた。 なによりもまず、 画面を開いてもらう 楽しんで使ってもらう そのためのシステム運営。
住宅情報のナレッジマネジメント その担い手たるメンバーは、 なぜかお人好しぞろいだった。 きびしい「教師」と 暴れん坊の「生徒」は 「鉄則」を引き継ぎ、 泣きながら!? 自分たちだけの ナレッジマネジメントを形にした。 最大の成果は、 「ナレッジマネジメントをナレッジ化したこと」 人の顔が見えるシステムが いろんな場所に拡っていく。 お客様サービスセンターを生んだのは 挫折した新規事業のプランナーと マーケティング好きの元経理担当だった。 「お宅の営業、あれなんなの?」 役員の前でテープが流れ、 顧客フォローの「仕組み」は 共感とともに認められた。 リクルート全社に通用する アウトソーシングモデルの確立は 「リクルートらしさ」との 戦いのなかで実現した。 HRの事業企画を考える ナレッジマネジメントの コンセプトとは? ナレッジマネジメントを測定しよう という試みは 「共通の夢について語り合う会社」 というところにたどりつく。 そして北陸へ リクルート流の解釈は、 野中先生の前で披露された。 46の設問をもとに 4000人の従業員が 「職場」について考えた。 横浜アリーナに集まった 3192人の従業員は、 酔っぱらいたちの ”経営に意見す”に笑い転げた。 共通言語を持たない リクルートの従業員に 伝わる言葉を 探していった。 ・・・・・・・ まとめ 経営や事業の 優先課題を ナレッジ的に解決する うまいやり方。
一人ひとりの成長意欲と 能力・コミュニケーション力が ナレッジマネジメントを進化させる。 社外からの考察 野田稔氏(野村総合研究所経営コンサル ティング一部部長) ナレッジとパラダイスを 組み合わせてしまう リクルートという会社。
ナレッジマネジメントとは、日々の営業を行っていく上で個人のなかに蓄積されていく 知恵や知識(たとえば、効果的な企画書の書き方やクライアント企業に関する情報など) を、全社的に共有する手段として注目を集めている手法である。 とはいえ確立された手法はなく、判断基準もあいまいなのが現状だ。 システムの導入と同一視されがちな側面もあり、ナレッジマネジメントの導入が、 逆に営業担当者に細々とした作業を強制させるなどの負担を強いることもある。 リクルートではシステムをひとまず置き、 「経営や事業の優先課題を解決する、うまいやり方」 を「ナレッジマネジメント的なもの」と定義している。 そして、「コテコテにカスタマイズされた」ナレッジマネジメントを体系化していく 様子を、現場の声を織り交ぜながら、ライブ感あふれる筆致でたどったのが本書だ。 2時間もあれば読み切れるが、内容は濃い。 リクルートの企業文化と、ナレッジマネジメントの一例がよくわかる。 「営業がよろこぶことをしよう」という社員サイドの声が、この物語の始まりである。 しかし、現場の声を地道に拾い「よろこぶこと」を探そうとした担当者にとっては、 「地獄の日々」の始まりでもあった。
本書では、「よろこぶこと」の実現手段がナレッジマネジメントと呼ばれる考え方と 似ていることを自ら確認し、システムを稼働させるまでの過程が、まるで実況中継の ように小気味よいテンポで描かれている。 またカットオーバー後に行った数々のデモンストレーションやプッシュメールなど、 リアルとシステムの両面から現場を刺激し続ける努力が涙ぐましい。 一見スマートに見えるナレッジマネジメントの導入の裏には、陣頭指揮に立つ人物の 泥臭い努力があるのだということが改めて痛感させられる。
・・・・・・・・・・ 「ナレッジマネジメント」という言葉は、知識管理、知識経営などと訳されることが 多いが、管理や経営などというと、どうしても堅苦しいイメージがつきまとう。 創造的な知識とは、本来、自由な環境で、自由なコミュニケーションを通じて育まれる はずのものである。しかし、いざナレッジマネジメントをシステムとして導入しようと する際には、斬新なアイデアや知恵のような、本来創造的であるべき知識までも、 一括してトップダウンに管理しようとしたがために失敗する事例も多いようだ。
● 知識を創発する「場」 ナレッジマネジメントが対象とする知識のレベルにもよるのだが、ちょっとした気づきや 知恵、ノウハウのような定型化されていない知識をうまく引出し、さらに新しいアイデア を生み出すような創造的環境を構築するためには、システムの機能というよりは、 むしろ企業文化や風土といったものが重要な要素となるようだ。
ゼロックス やヒューレットパッカード では、全社的に知識を共有するためのサロンや コミュニティの設置を重要なナレッジマネジメントの要素として考えており、 決して押し付けではない社員の自発的な活動こそが知識を創発するモティベーションに なるという観点にたっている。 また、 NTT 東日本法人営業本部では、バーチャルな知識管理の仕組みに加え、 リアルな環境、すなわち、オフィス環境において、知識が互いに交換できるような スペースを工夫した点でユニークな事例といえる。
ナレッジマネジメントとして、何やら高度な IT を用いたシステムの上で行う先進的な ものを想定するとすれば、 このようなややもすれば泥臭いアプローチは少々拍子抜けするかもしれない。 しかし、一方で、立派なドキュメント管理システムや情報交流システムを作ったけれど、 だれも使ってくれなかったとか、現場のノウハウを入力義務としたが、負荷が増える ばかりで、大変な悪評を買った、という話を良く聞く。 使う側が使う価値を見出せなければ、このような情報交流の場は何の意味もなさない。 参加者自らが進んで知識を出し合い、協調しあうような自律的な「場」の提供こそが 求められている。
● ナレッジマネジメントという娯楽 こうした自律的な「場」をネットワーク上に作るために必要な要件、特に使う側が 使いたくなる要件とはなんだろうか ? 筆者は、特に具体案を持っているわけではない。 しかし、あえていうならば、 最も重要なインセンティブはそうした「場」が「楽しいこと」 ではないかと考えている。金銭や業績評価によるインセンティブは、 必ずしも健全な知識交換を促進しないし、名誉や尊敬といったものは、結果として そうなっているのであって、 意図してそのような環境が作れるものでもない。知識交換による知的刺激、議論を 煮詰めて行く充実感、あるいは少々脱線した世間話、そういったものすべてが「楽しさ」 という言葉に集約されるように思う。企業に、より柔軟な思考が求められている現在、 こうした環境を物理的に、あるいはバーチャルに構築できるかどうかが、 創造力を持つ組織となるか、あるいはコーポレートアルツハイマーに陥るかの境目に なるかもしれない。
リクルートにおけるナレッジマネジメントは、決して高度なシステムを構築したと いうことではなく、機能としてはどこにでもあるようなイントラネットをいかに 活発化させるかという、徹底したコンテンツの吟味と宣伝と啓蒙の活動である。 ここには、雑誌作りに共通する、思わずページをめくってみたくなるような楽しさが 意図されている。
知識を交換し、新しい知識を創造することは本来楽しいことであるはずだ。 Linux の開発者で、あり余る名誉と尊敬を集めるリーナス・トーバルスは、 著書「それがぼくには楽しかったから」 の中で、Linux は 「知的チャレンジという娯楽」 であると書いている。ナレッジマネジメントもまた娯楽であっても 良いのではないだろうか ?
・・・・・・・・ ・・・・・・・ 2003年01月31日(金) 667,「成功する読書日記」-読書日記
読書日記帳の基本パターンは
・署名 成功する読書日記 ・著者名 鹿島茂 ・出版社 文芸春秋 ・刊行年 2002年 10月10日 ・買った・借りた日付け 1月19日 ・定価(本体 1429 円+税) ・買ったところ 長岡中央図書館 ・読んだところ 新幹線 ーこの本の引用とレジェメー
これに、書き込んでファイルに溜め込む。 大学ノートに一冊読んだごとに書き込めばよい。 引用やコメントは初めは無理して書なくてよい、そのうちに自然と 書き込むようになる。
とりあえずこれを続けることに意味がある。 ・量がたまってきたら,しめたものである。 ・その為には無理をしないで、事務的に書き続けることだ ・遭遇時情報も大事である。 新聞で見つけて買ったとか、図書館で何時借りて何時返したとか。 ・その評価の☆とりも大事の一つ ・レジュメー特に自分がここが印象的という主観でよいから 書き留めることー写す ・本選びは、自分の気に入った本屋を数軒決めて、定期的に行くこと。 図書館もだ。 ・トイレ、書斎・居間・通勤電車などの本を、そのつど決めておく ・飛ばし読みOK
これを続けていくと、たんに読んだ本を書きとめているより、むしろ 「収集」しているのではないかという感覚になる。 ある程度の量になるとそれがジャンル別になってくる。 そうすると体系化への志向が生まれ、、それ自身が意思を持ち始める。 コレクション的になってきて喜びが生まれてくる。
読書日記や映画日記を続けていると、何時しか、コレクションが 「開かれる」という現象が起こってくる。 一つに集中していたジャンルに、ある日そこに夾雑物が混じりこんできて、 その夾雑物が次のジャンルを導く。これが繰り返されて色々なジャンルが できると、ジャンルそのものの比較検討が可能になる。 SF小説、冒険小説、推理小説、時代小説などなど。 そのジャンル相互の類似と差異が目に付くようになる。 そして「小説」そのものについて、批評意識を抱くにいたります。
量がある域を超えると、「質」という問題を意識にのぼらせる様になる。 この量を超えて「質」を掴めたということは,そのまま「抽象」 を行ったことを意味する。 「量」というのは、思っているよりはるかに重要である。 これを軽んじるものは「質」で躓く。 「量」をこなしてない批評家は信用できない。 随想日記を書き続けていて、その感覚は解る。
理想をいえばー 自分では一切本を持たないで、図書館の本を徹底的に利用することである。 図書館から借りてきた本から必要部分をすべて引用しておき、読書ノートを 書庫代わりにすることだ。但し図書館がすぐ近くにあることが条件だ。
・・・・・・・・・ ーコメントー
以上が大体のこの本のレジェメだ。 これを読んでいて、私の旅行に似ているのに驚いた。 アフリカ大陸、ユーラシア、南米、インド・シルクロード、 オセアニア、イスラム世界といつの間にかジャンルができてしまう。 そして今度はどこのジャンルのどこにしようかという見方で 選択を始める。
そしてジャンルー南米とアフリカの類似と差異を見たり、 アフリカだったら、ケニアとタンザニアの差異と類似が見えてくる。 その為には、とりあえずある量ー回数をこなさなければならない。
この本を読んでいて、何でこれだけ量を読んでいながら読書日記や 映画日記をつけなかったか今更悔やまれる。 こういう本の存在を見つけられなかったからだ。 実際に何回か挑戦したが、ノートに引用しているうちに、書く事に 気をとられてしまい、そのマイナスが大きく足を引っ張ってしまった。 でも、読んだ本と、著者、出版社、買った動機、借りた図書館、 日時位とちょっとしたコメントは書けたはずである。
この習慣は必ず身につけることを誓う!!
・・・・・・・ ・・・・・・・ 2002年01月31日(木) 317,あだ名
中学の同級会に出るとは、男は全員あだ名で呼び合う。 私は「ハチ」である。小学校は「八ちゃん」である。
ある男が「よく巧いあだ名をつけるもんだ」といった。 全くない男が「今考えると、あだ名をつけて貰ったほうがよかった」 そして特に、「おいら」というあだ名の話題になった。
無口の愚直の味のある男で「おいら」というあだ名がピッタシであった。 誰がつけたという話になった。無口の男が重い口を開いた。
おいら「おい堀井お前だ!」 私「エー!・・・嘘だ!」 おいら「中学の一年のときの、皆既日食の時、理科の時間にしき版に墨を塗り、 それをとうして見ようとした。うっかり落としてしまったのをお前が拾い ‘落ちてるぞ、誰んだ?’と聞いた。思わず‘おいらんだ’と言ってしまった。 堀井がその時‘おいら’とつけた」
全く忘れていたが、それを聞き記憶が戻った! 40年ぶりの記憶が一瞬で戻る快感であった。
しかし、その人にとってトラウマー心の傷?ーで残っていたのだろう。 罪なことだ? 参考のため同級生のあだ名を他に挙げてみる 「カボ、ボラ、せ〜の、六角・・・」
考えてみれば「ハチ」と言われることが一番いやだった。 あの年ごろは一番気位が高い。
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1月31日 金曜日 1969年
8時に起床。起きるのがやっとであった。 最後の授業の人事管理である。 武沢先生の授業はこれでおしまいである。 ゼミの高木と喫茶ウィーンに行く。 彼はこのところ角が取れてきた。 面白い奴であった。 スウェーデンに恋人がいて、一緒にヨーロッパに行ったとき別行動で 彼女の家に泊まってきた。その後、どうなったか聞いてないが。 この男の行動力は凄い。
午後はゼミ。 私の人生の最後の授業である。 途中、川崎がきて頼んでいたコピーを置いていく。 武澤先生が比較社会主義的発想と問題中心主義的発想について語られた。 面白い内容でよく理解することができた。 これで終わったのだ、ああ素晴らしい学生時代が!感慨無量であった。 これからは、いままで培ったものが全て試されるのだ。 それを前面に出して発揮しなくてはならない。 面白そうな反面、友人達との別れも辛いものだ。 一歩足を出す為には、捨てるべきは捨てなくてはならない。 栄光の未来と前途に行こう! さて、今日は事務管理しかできなかった。 明日は家格理論と事務管理である。 予定として、10時起床、2時まで人事管理。 15時から18時まで人事管理。
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2004年01月30日(金)
人間であるかぎり、誰もがスランプはやってくる。 要は、それを如何やり過ごすかである。 一般には、いや私の場合は 「亀のようにジッとして時間が過ぎるのを待つ」のが最善であることを 経験上、身につけていた。 スランプは軽い鬱の状態といってよい。
スランプの時は何をしても上手くいかない。 時間さえ経てば、プラスマイナスのサイクルでしかないのが解る。 ところで、スランプになったという経験がほとんどない。 リズムのつかみ方で反転させることもできる。
私の場合万年スランプだから、あえてスランプという必要がないのだが。 三流選手がスランプといっているのと同じこと。 スランプとは「調子がよい」のが「悪くなる」状態であるから、 もともと調子がよくない人が使う言葉でない。
広辞苑には「一時的に調子が出なくなる状態。不調。不振」とある。
朝の仏壇の前のおまいりと散歩で、一日単位でストレスを解消しているので スランプにはなることはないが、「自分でそう言い聞かせている」 可能性もある。 大体スランプと言ったとしたら聞いているほうから、いい年をして何をいって いるのかと笑われてしまう。
といって、あと数年後の60歳過ぎに、初老性鬱病の危険が待っている。 書いていて気が付いたが睡眠と同じだ、「意思と準備と楽観」があればよい。 不調の時期があるから好調があるのだ。 野球の一流選手も、もう立ち直れないのではないかという位のスランプがくる。 しかし、立ち直った時に絶好調になる。 これが一流選手の大きい要素といってよい。 スランプを逆に利用するのだ。 ということは、スランプは必要ということである。
「意思と準備と楽観」がしっかりあるからできる。 スランプを大きなプラスのノウハウを積む機会に変えてしまう。
長期的なスランプは 「枝葉を切って、根を養う」時期と考えればよい。
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2003年01月30日(木) 666,「読書・映画日記」
月に2〜3回はまったく何を書いてよいか呆然とする。 逆に言えば9割がたは何か書くことを抱えていることになるが, 実はそうではない。 従って常に何を書いてよいかアンテナを張っている。 これが一番のプラスの要素になる。 本当のところ止めてしまおうかと数ヶ月に一回の割合で考えてしまう。 特に冬の散歩ができないときは、発想が枯渇してしまう。
好きで書いているから続けられるが、仕事や強制されたものであったら 苦痛は数倍になる。 毎日書き続けていると考えていることが平易に表現できるようになる。 20人か30人に向かって話しかけているとイメージして、楽しんで 書いているのも事実である。
書いているとプロの凄さが見えてくる。それはキャリアの絶対量の差からくる。 仕事にして売れなくては食べていけない、ぎりぎりの状態から来るものだろう。 時間とともに深く広くなっていくのは当然の事だ。 しかしあるところを突き抜けてしまえば面白いだろう。
今度からこの随想日記に「読書・映画日記」を取り入れることにした。 直近に読んだ本と映画のタイトルとレジェメやコメントを書けば、 下手なテーマより内容が充実するし、テーマが枯渇した時などよい。。 実際もう既に「4行日記」と「日本経済の破断界」を書いている。 次は「成功する読書日記」である。 この本がヒントになったが。
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2002年01月30日(水) 316,一生のうちしなくていいこと
谷沢永一の 「一生のうちにすべきこと、しなくていいこと」を図書館で借りてきて、 目を通した。当たり前のことが大部分だが、 シナクテいいことから挙げると ・「隣人と親しくする」- -「近くの人ほど距離を置け」と父のも同じ事を言っていた。 ・世間体をつくろう ・他人との比較 ・出世競争 ・パーテーの参加 ・嫉妬 ・盛大な葬式ーこれに私は結婚式を挙げたい! ・功績を誇ることーそう嫉妬して見える、見る人の視点は別 ・お金の執着ー稼ぎと使いのバランスが大事 ・自分の過去をクヨクヨ思う 10年前、30年前の事をまだクヨクヨしている。 「恨んだ相手は高いびき」という言葉があるが、高笑いであろう。 ・頼みごとをする。人脈を頼みごとのできる人間関係と信じて疑ってない。 不幸な人の特性が、これである事を最近知った!ー依存性 離婚や事業で失敗した人は依存タイプが多い。 ・借金ー事業で借金以外、恥じである。 ・子供の私物化ーこのあたりがその人品の決め手といってよい。 ・運のない人とのつきあいー運のない男ほど、巧妙に電話をかけてくる。 「飲み逃げの??」など、ストリーを作ってくる。 ・卑屈な生き方ー人間皆持っている要素、要はそのコントロール。 いまひとつ卑屈な人間ーに近づかない、近づけない。 共通要素は、仕事に恵まれてない人で、オベッカの上手い人間。 そう、どこにもいる、あの男!
こういうと、自慢かもしれないが、ほぼ全部クリアーしている。 何処かの「同?会」の連中、「ほぼ上記の連中が過半数」をしめている! 私が嫌うより、要するに俗人、プチブルの生き方の否定ということ。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
1月30日 木曜日 1969年
午後本を読んで過ごす。
夕方、予告なしで実家の会社の支店の女店員が二人訪ねてくる。 面食らってしまう。私の常識では考えられない。 仕方がない、すぐにホテルを予約をしてやる。 寮にいた佐々木さんと高橋を誘い新宿で食事。 その後、ゴーゴーに案内をする。 23時に、先に1人で帰寮する。
あの二人、こちらも計画があるのに、何を考えているのだろう。 子供なのだろう。あまり考えないことにする。 長岡で、この正月に「調子のよいことを言った」のだろう。 無責任の言葉には気をつけなくてはならない。
ぜんぜん試験勉強の計画が狂ってしまう。
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2004年01月29日(木)
・ジョブは一般でいう繰り返しの仕事をいい、 ・ワークとは創造的な仕事をいう。
従ってジョブは日常の8時間だけ働いていればよいが、 ワークは24時間働かなければならない。 要するに仕事に知恵を叩き込まなくてはならない。 仕事以外の時間に、知識の蓄積と知恵を出していかなくては ワークとはいえない。 一般的には、この差も認識してないケースが多い。 実際のところ、この数年ワークの仕事をしてきただろうか自分に 問いかけてみると「イエス!」と言いきれない。 現在は問題山積みで、毎日がワークという実感があるが。
学生時代は、その基礎知識と知恵の出し方を学ぶところといってよい。 社会に出ても、その蓄積を何らかのカタチでしていかなくてはならない。 特に情報社会において、変化に対して自らも変化し続けなくてはならない。
一般には、知的労働を含め、ラバー、ワーカー、スペシャリスト、トップ に分けられる。 ・ラバーは主に腕から先の作業を受け持つ人 ・ワーカーは頭は使うが、作業を中心に頭と身体を使う人 ・スペシャリストは、その道のプロとして24時間仕事に従事する人 ・トップは、会社の方向ー方針と内部統括をする人 に分けられる。
ラーメン屋や料理屋の亭主はその全てを受け持たなくてはならないから、 傍で見ているよりズット大変である。
会社が停滞をしたとき、ワークがジョブに変わってしまうケースが多い。 これは会社と人間の両方にいえることである。 人間はジョブに流される傾向がある。 それを回避する為には、変化をおこすことが必要である。 それをするのがワークであるといってもよい。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年01月29日(水) 665, 連れ合いーつり合い
以前ある大手の人事部長に「人の見分ける一番の虎の巻はあるのですか?」 と聞いたことがあった。 「奥さんを見れば、ほぼその人が解る!」 「なるほどな〜、下手な相手とは結婚できないんだ!」 25歳の金沢時代だった。
考えてみれば、その人レベルの相手と結婚するものだ。 酒に酔って思わず「出来ちゃった婚」もあるが、その程度のレベルだ。 知人の長男がそれで結婚し子供ができたが、嫁はもともとの男と 逃げてしまったと聞いた。 養子にして育てているが張り合いができて毎日が楽しいとか。
ある知人の奥さんが子供ができた後、子供が病気になって血液検査の をしたら何と父親が違っていたとか。奥さんは子供を連れて蒸発 したという話を他の人から聞いた。 「事実は小説より奇」というが、正しく色いろあるものだ。
結婚相手を選ぶということは、人間にとっての最大の決断である。 失敗確率が30数�佑世�ら、当たり外れは実際に結婚してみなくては 解らない。お互いの家庭環境に違いもあるし、隠された過去もあるだろうし。
私が独身の時は「家柄ー両親、人柄、学歴、センス、相性」の5項目を 分けてそれぞれを20点として合計100点で判断していた。 でもこれ嫌な感じがするが、一生のスパンで考えると野球の戦力分析に似ている。 やはりバランスがとれていたほうがよい。長い人生このアンバランス が必ず出てくる。 ある知人が結婚の相談に来たので、この判断基準を教えてやったら相手の全てが 80以上であった。納得して結婚したが離婚をしてしまった。 資産家のお嬢様で商売系の家に入ってしまった為か馴染めなかったようだ。 あとは本人しだいという事だ。
割れ鍋にとじ蓋というが、金鍋に金蓋というものもあってよいものを。 あのクリントン元大統領をみると一見金鍋に見えたが、やはり割れ金鍋に とじブタだ、いや金蓋か?
本論に戻るが独身時代、恋愛と事業を立ち上げの両立は無理と経験上? 判断をしていた。そしてここで結婚をしなくてはというタイミングに家内 の話しがあり、自分の目で5項目とも80�佑犯獣任靴拭� その判断が正しかったかどうかはいまだ解らない?世の男は全てそうだ ろうが。 「結婚をしてから大体ー事業も家庭も上手くいっている?また後悔をしてない のだから良しにしよう!」と自分に言い聞かせている。 家内もそうだろうが??
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月29日(火) 315、心と意識と魂
心と意識と魂-その意味ー以前も書いたが!更に。
「彼が彼女を意識したが」を「彼ー>彼女」のー>を意識という。 矢印そのものが意識というと、いまひとつ意識に対し明確な意味が解らなかった のが、矢印ひとつで、解って?しまうのが、不思議である。 絵文字の感覚を考える時、この矢印で考えると、見えてくるように思える。 好きもハートの印で表現したほうが、相手にストレートに通じる場合がある。
ー心は円ー、ー魂は球ーが良い。 心の中心点は何であろうか?正中心一点無で「無」か? その内側は欲求というところ。
「内側を意識で埋めると、円の上側80�佑里△燭蠅縫薀ぅ鵑魄�き、 上が顕在意識、下が潜在意識。上の空欄に小さな四角の書き、そこが自我、 円の中心点がエネルギーの発生点」と何かの本に書いてあった。
心も「こころ」は仏心というらしい。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 1月29日 1969年 水曜日
朝10時に学校へ行く。 寝過ごしてしまった。 川崎と事業部で会う。そこで少し話をする。 彼から今日の分のコピーをもらう。 午後帰寮する。
その後ゼミのレポートを書き上げる。 その後価格理論をやるが、あまりはかばかしくない。 夜半の三時に就寝。
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2004年01月28日(水)
ー心の地下を覗く
「昨日・1月27日の‘メルクマール’に書いた夢分析をしてみる。 ー内容は
『学生時代の日記を随想日記に書きうつしているせいか、当時の部屋に 35年ぶりに行った夢をみた。 小さな押入れの中には当時のものが、そのままあった。 布団に、電気炬燵、実家から送ってきていたコメ、柿の種などなど、 忘れ去っていたものが、記憶としてハッキリしたイメージになっていた。 記憶とは凄いものだ。但し部屋の中は全くの空であった。 押入れの中のものを全て出して、その処分に困っているところで目が覚めた。 夢まで、35年前にタイムスリップをしてしまった。 他人の夢の話ほどつまらないものはないというからこの辺で止めておくが』
以上であるが、 自分の心の奥の階段を掘り下げるとはどういうことかを、解剖してみる。
現在毎日35年前の日記を書いているから、この夢をみたのだ。 おまけに、その前日「眠りについてお話」を書いたことも重なっている。 そして前日眠れない時間を2時間も過ごしたから、神経が鋭敏になっていた。 更に、その日記の内容が益々刺激の深い内容が続いていることもある。
ー我流であるが、夢の把握と解剖をしてみる ・「35年前の部屋に、現在の自分が訪れている設定の場面」の夢であった ・部屋が空室で綺麗であった ・冷静に部屋の中と外の庭と大家の住んでいる母屋を見ていた ・その部屋の押入れの中の当時のものを、時代を超えて記憶として リアルにみていた それを一つずつ押入れの中から出して、冷静に見ていた ・それを処分しようとしているが如何にもならないで困っている
押入れは、22歳の日記そのものである。 押入れの中のものは、毎日の日記の内容であり、当時の出来事である。 処分しようとするが、処分できないのが過去そのものである。 冷静の目は、当時をみている自分の視線である。
以上であるが、単純といえば単純な自分がいる。 箱の中は見なかったが、食べ物が封印されて腐っているようなものもあった。 何か深い意味が含まれているのか、ただ久々に開けた押入れの中の 食料が腐っていただけなのか、それは自分の「良心」の判断になる。
夢は潜在意識の入り口である。 記憶には、人間の、猿の、哺乳類の、動物の、生物の、長い記憶が 刻み込まれている。 それからみれば、35年前と35日前の記憶もさして変わりはない。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2003年01月28日(火) 664,「日本経済の破断界」
十数年前から日本経済の破滅を言い切ってきた元三菱総研専務ー高橋乗宣の 本のタイトルである。 去年の秋に新潟の紀伊国屋で買おうかどうか迷って買わなかった本を 図書館で先日借りてきた。
ー要約を書くとー
・日本経済が凋落した原因を、「ニクソン・ショック」としている。 今になって世界機軸通貨のドルが暴落して騒いでいるが、ニクソン・ショック の時点で終わっていた。
・アメリカがIMF体制をつくった当初、世界の金保有量の66�佑鯤殕�していた。 アメリカは35ドル1トロイオンスの金の交換ルートでIMF体制をつくった。 その体制の前にどこの国もドルを欲しがった。それを利用してドルをばら撒いた。 ドルをばら撒く事がプラスに働いた。 ドルが機軸である限り必ずアメリカへ戻ってきた。 ・ところがドルを手にしてもアメリカ製品を必ずしも買わなくなった。 日本やドイツが製品をより良く安く売り出したためだ。 それが日本やドイツを中心に溜まりだした。 それと同時にベトナム戦争でつかったドルが更にヨーロッパや アジアに流れていった。 それが外国に山のように溜まり、アメリカの公的準備金が激減しだした。 ヨーロッパやアジアの国は金を持ちたがる傾向にある。 アメリカの金が減りだし、発行した金の交換量をはるかに超えてしまった。 それがドル危機である。たび重なるドル危機で1971年に金とドルの交換を 停止する宣言をする。これの意味が深いのだ。
・資本主義は、金を通貨の基準でなり立っている。 その瞬間、ヨーロッパ諸国は固定的な為替関係を放棄した。 しかし日本だけは一週間にわたり、一ドル360円のレートを守ろうとした。 大失態だった。すぐに固定相場を放棄せざるを得なかった。 ヨーロッパとくにイギリスのサッチャーはロンドンのシティーを開放し、 金融のウインブルドン化を行った。 日本は10年かけて金利の自由化を図ったが、市場にゆだねるための規制撤廃 は一切行わなかった。いまだに当座預金のペイオフすら延期するような幼稚な レベルで留まっている。最悪である。市場主義の流れさえ全く理解してない国民 と政治家のレベルを露呈してしまった。
・過去の資本主義の最終段階に入っているが、日本は小手先の自民党の最終漫才 の自己逃避に国民もなすすべもない。自民党はその寄生ー規制で潤っている 業界から献金を受けている為、規制撤廃ができないのだ。 なすべき決断を下さず、実行せず、もう大丈夫、もう大丈夫と繰り返していると、 市場はある日突然、暴力的になる。市場の「自己矯正メカニジム」が働く。 この先送りのツケが必ず来る。 シートベルトをしっかり締めつけ、下げた頭を両手で抱えるー飛行機のハード ランニングが始まる。まずは2003年の3月がどうなる事か?? 先延ばしの典型のダイエーが最終の失敗の露呈を始めた。 ーーーーー 以上が私がまとめた本の要旨だ。
ほぼ大筋は外れてはいない。まずはこの3月がどうなる事か。 イラク戦争と朝鮮戦争をどうこなしていくかが問題だ。 この国の民度ー自民党のあのパフォーマンスー自己逃避をしているレベルを 民度というのだ。
それも仕方がないのか奴隷国家ー西アフリカの奴隷国家以下の現状。 自民党は歴史に残る劣悪政党だ!その猿芝居を信じているのが今の日本だ。 あの歴史的国辱の彼等が 「我々自民の主流派の定義は国家の行き先を真に考えているかどうかにある。 我々は先行きを真剣に考えている故に主流派という」 とのたまっている。
万死にあたいする劣悪集団が、こうも脳が狂ってのたまう。 彼らはいう「自分たちは、こういう劇場政治にとっての生贄だ」 ゴミのー盗人の最後の泣き言だ。 「盗人に三分の利?」いい加減にしろと言いたい。
おそらくこの文章は、私のまだ見ぬ孫や曾孫が見ると思うが 「私の時代にこの劣悪集団と子狐どもが貴方の時代と同じようにいたと、 タイムマシーンのように時空を超えて伝えたかった」という事だ。 如何でもよいことだが。
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2002年01月28日(月) 314、情報化ー 一考察
情報化とは、突き詰めれば[中抜き]ということになる。 横に重層になっていた構造が立てになり直接 世界にさらされる状況といってよいーそれが結果として[中抜き]になる。
銀行を例にとると、都銀、地銀、信金という規模別に、 あるいは地域別に棲み分けていた業態が、一瞬で直接さらけ出されてしまう。 合理化をしないできた地銀以下が,都銀やほかの金融機関、 更に世界の銀行と同列に、競争にさらけ出されてしまう。 結果はすぐ出る。
情報化は競争社会にさらけ出されることである。 地方区が全国区になるようなものだ、いや世界区に。
アメリカの証券会社のメルリリンチが、ネット証券の出現の為この数年で 会社の存続さえ危うくなる時代である。 恐ろしい時代である。
ヒカリファイバーが一般に普及される、5年後がどう変わっているか 楽しみである。 情報化のひとつに画面の情報量の拡大がある。 ハイビジョンTVはその典型といってよい。 その結果、今まで見なかった番組を見るようになる。
カラーTVが出始めの時、全国のファッションが変わったと言う。 カラーに対する情報が、そのまま画面を通して一斉に全国に流れた為だ。
昨日も自民党の集り代議士が、その権限の乱用を暴露されていた。 ソ連の崩壊も、情報化で一般の意志に従わざるを得なかった結果である。
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1月28日 火曜日 1969年
午後、ずっと「人生論」を読み、夕方から再びゼミのレポート作成。 あまり芳しくない。 22時から産関論の試験勉強をする。 明日の一時間目はどうしても出席しなくては。
これからの卒業試験の予定は
29日ー価格理論、ゼミのレポート 30日ー価格理論、事務管理 31日ー人事管理、事務管理 2月1日ー価格理論、事務管理、産関論 2月2日ー事務管理 である。
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2004年01月27日(火)
「新リーダーの研究」 読書日記−2 「目次」の小項目と、それぞれのダイジェストを書き込んだ。 これで内容のほぼ90�佑鯡嵳紊靴討い襦�。 書き込んでいるうちに、ほぼ理解?!をしてしまった。 現在の私にとって、内面の底から湧いて来る自身への声に聞こえてくる。 いまさら高度成長期の「故・伊藤肇の提灯本」ではあるまいが。 古典を引っ張り出して経営のあり方を説く時代ではない。 それをネタに経営者を片っ端から批判し、ランク付けを勝手にしている ことが、今から見るとお笑いだ。 ということは、その本とテープに何万も金を出したということを告白して いることになるが。 時代は移り変わっていく。 深沈厚重第一の資源 磊落剛勇第二の資源 聡明才弁第三の資源 とか、いっていたが。 このことに対して疑いを全く持ってなかった。 今から見ると何だったのか? 高度成長期の一つの人的資源として必要条件だったのだろう。 東洋の考え方とみれば、それはそれでよいが。 チャラチャラしている、馬鹿タレント向けに丁度よい言葉だが。 しかし古典は最も大事である。 誤解ないように! ーーーーーーーーーー 第1章 リーダーの心得 ■ ・ 一国の興亡は指導者にあり −−− ジョパンニ・ボテロの言葉に「偉大な国家を滅ぼすのは、けっして 外面的な要因ではない。それは何より人々の心のなか、そしてその反映 たる社会の風潮によって滅びる」 エリート教育不在が指導者排出の土壌を枯らす。 ・ 恐れられ愛されるカリスマの本質 ーーー リーダーシップというものは非常に複雑である。 勉強をして身に付くものではなく、先天的なものでもない。 非常に多様なものである。 リーダーシップの根源にあるのは、相手の意見を聞いて理解する ことであり、こちらの意見をわかりやすく表現する要素です。 ・ 権威なき権力は必ず腐敗する ーーー 権力は粉飾できても権威はごまかせない 権威の希薄な人ほど権力にすがる ・ 「マイ・スタンダード」を構築せよ ーーー 国際派の経営者ほど日本の独自性を重要視する 独自性こそ国際競争力となる 「グローバル」を超える「マイスタンダード」を ・ 真のエリートを育成せよ −−− 古典を学び己を磨くことに務めよ 「このままでは世の中の枝葉化が進み、狭義の‘専門家’ によって占領される 危険がある」 ・ 志を高く掲げる 高い志で日本流の創造に挑め ・ 「叙勲の辞退」が価値をもつ時代 勲章で人の値打ちが決まるか 叙勲は政財官の癒着 それに値する人ほど辞退する 第2章 経営改革は自己改革 ■ ・ 現状打破の精神を燃やす ーーー 劇的な変身なくして生き残れない 大事なことは、この世は何が起こるかわからないことと割り切ること われわれがこれまでと同じように生き残る為には、われわれ自身が 変らなくては 現状維持の壁を破れるのはトップだけ 現状維持の壁は厚く硬い 組織は新しくつくった時が最高値である。 その後はだんだん酸化をしていくものだ。 経営者の変革は「自己革新」と心得よ 過去の枠組みを大胆に捨てよ ・ 逆境を勝ち抜く異端のパワー −−− 日本中に張り巡らされた現状維持のバリア 逆転の発想で創造的破壊に挑むこと 逆境ほどチャンスの時ーやるべきことが満ちているからだ 正統を超えた異端の革新力が必要 「革命は常に辺境から起こる」 ・ 経営革新はスピードが勝負 ーーー 「先送り」から継承がもたらす「突然死」 「コンセンサス」よりすばやい決断 ・ 決断力をいかに高めるか −−− 準備は悲観的に 行動は楽観的に いき過ぎた楽観は破滅をもたらす そうすると「陰影をおびたネアカ」というのがよいことになる 決断をしたら即実行」を習慣づける ベストコンデション決断に臨む 早朝がよい ・ 「説明責任」を体現せよ ーーー 自分の言葉で語れ 自信がもてるまで練り上げよ 難しいことをやさしい言葉で語れ ・ 甦る経営者の気概 しがらみを断ち切り、過去を葬る勇気を持て ・ 人材を創る教育者たれ ーーー 育てるより育つ環境をつくれ 部下としてより人間として育てよ
第3章 価値情報を選択する感性 ■ ・ 情報洪水をいかに乗り切るか −−− 問題意識を持って情報を選別せよ ともかく問題意識を持って目を凝らせ 特に先行情報を探しだせ 受信能力を研ぎ澄ませ! ・ 複眼思考で変化に対応せよ ーーー 百芸を見ながら一芸に秀でよ 「仲良しクラブ」から自分を遠ざけよ 経済情報だけでなく、深い教養を身に付けよ 両方が要求される時代である ・ 聞き上手はいかなる雄弁にも勝る ーーー 人の話しを聞かくなったら 、リーダー失格 反対者や少数の意見にこそ聞く耳を持て 聞き上手でこそ相手の本心を探り出せ ・ マイナス情報にこそ価値がある ーーー アイアコッカの「7つの戒め」 一、ベストの人材を登用せよ 一、短く言え 一、何を先にするかを決め、優先順位を常にリストアップせよ 一、銭を稼ぐのはラインだ、忘れるな 一、異端者を身辺に置け 一、改革もよいが、商売を忘れるな 一、基本、基本、そして基本をわすれるな ・ 戦略は現場にあり ーーー 変化の予兆は足で歩いてキャッチする 変化してよいものと変化してはいけないものを見極めよ ・ 新聞情報に振り回されるな ーーー それぞれに自己流の読み方がある 第4章 トップの自己啓発 ■ ・ 経営学は人間学と心得よ ーー 人に上に立つとは人を信用すること ・ わが城で「深思高飛」せよ ーー 一人考える時間を創造せよ どんな狭くとも自分の「書斎」をもつこと 「知」の工房で深思する習慣をつけろ 読書に励み、一日一度は精神を集中させる ・ 古典“大いなる世界”に親しむ ーー 古典は時代をくぐりぬけた文化遺産 古典は現代の読み手に向けられる深い問いかけ 長期的視点 多面的視点 本質的視点 という問いかけが必要である ・ 思考も意識も瞬時に転換せよ ーー 10分位の間、自分なりの仮説を3つ立てて考えろ 創意工夫で気分転換を習慣化せよ ・ 「自分のリズム」を大事にせよ ーー 朝のリズムを己でつくれーウオーキングの重要性を知れ ・ 意志の伝達は「簡にして要」 ーー ものごとは「三つ」に集約してしまえ そしてランクを付けろ ・ 「無所属の時間」をもとう ーー 日常空間からの脱却を
第5章 企業経営の核心 「変化対応力」とは何か ■ ・ 組織は腐敗、堕落する 独自のカルチャーを追求せよ ・ 他山の石、以て玉を攻むべし 失敗の本質を研究せよ 賢者は歴史から学ぶ ・ 会社を見る眼、社長を見る眼 「社長13の大罪」 *現場を歩こうとしない *自社株価をあまり気にしない *マイナス情報を無視する *広報セクションを大事にしない *ビジョンや夢を語らない *意思決定が遅すぎる *取巻きにイエスマンが多い *権威と権力を混同する *社外ブレーンの声に耳を傾けない *説明責任がない *組織や人間に対する理解が足りない *マスコミを軽視する 人間が卑しく、人間的魅力に欠ける ・ 「雇用指数」を高めよ ーー 安易なリストラは経営責任の放棄 一人の失業者を出させないという気概が必要 ・ 「判断」と「決断」を識別せよ ーー 「マネジメントとは、結局のところ、失敗する前に方針を変えるように説得 することだと。上手くいっているうちに、いかに変身を図るかである」 含み損を暴くという大決断が必要だ ・ 未来への構想力をもて ーー 未来への構想力 こそ最も大事なことだ ・ 二〇〇〇年は「終わりの始まり」 ーーー 以上だが、グローバル化の時代経営の舵取りは本当に難しい時代に 入った。 今こそトップは大小にかかわらず、知識、情報、知恵などの総合の能力を 問われている。 経営知識にとらわれすぎて、 ー経営を説いてたあの馬鹿 倒産し にならないように、考えぬかなければならない。 ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ 2003年01月27日(月) 663, 小売業売上げの推移
朝日新聞の経済欄で、百貨店とスーパーの「既存店の売り上げ」 が6年連続前年割れと出ていた。 グラフで見る限りの6年間のダウンの数字合計が約20�佑任△辰拭� これを見る限り既存店の多くの店が赤字という事になる。 それも開店した2年目からの店と、勝ち残っている店の平均値である。 これではスーパーなどは新規の店を出し続けないと維持できない。 百貨店は老人狙いやの詐欺商法!!やブランド商法で何とか数字を つくっている?
大雑把にいえば、デフレの値下がりに比例しているともいえる。 ここにきて更に10�涌幣紊稜笋蠑紊殴瀬Ε鵑箸いΔ�ら、 殆ど限界を超えている。厳しい中どうしているのだろうか? 他人事でないが。うがった見方をすればあくまで発表している数字、 実際はこんなものでないはずである。
業種は違うが、街中で見かける自動車の主体が「軽自動車」になった。 以前はマイナーの立場で、スズキやダイハツが隙間を狙い特化していたが、 今や大手の売れ筋の主流になっている。 一台あたりの単価が大きく下がっている。 総売上は大幅に下がっているはずだ。
医療費の3割負担や実質賃金ダウンで更に財布を締めるのは当然のこと。 更にイラク戦争や朝鮮半島の緊張が高まれば、消費に更に水をかける事になる。 何がおきてもおかしくない事態になってきた。 恐慌はそれまでの売り上げの7割まで下がるそうだ。 その事態になった時の体力が、弱体した日本に残っているか心配だ。
マクロの経済政治を考えると、マイナスしか考えられないのが現状である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月27日(日) 313,自分の為の文章作法
日記とか、随想など自分の思いを書いているときの決め事として 「以下のようにしておくといい」と書いてあった。
・誰かがこう言っていたとか、自分がこう言った場合は 「−−−」と言っていた。 ・自分がこう思った、考えた場合は <−−−>と思った。 これだけでも言ったことと、心の中の思いを分ける事ができるという。
いま一つはの分け方は、-これは私が考えた分け方 1・自分の考え思いを<−−>と決め、 2・自分以外の考えや、言ったことや、書いてあった場合を「−−−」と分ける。 3・信念、強い考えを[ーーーー]もつかえる。 4・希望、夢は(−−−)、
これを決めていれば、自他の区分がハッキリして自分の位置づけが解りやすい。 上から重要順に書いてある。
<まず1、からこれを実行しよう>と思う。 文章にいま一つ自分のシステムが入ってくる。
今日から実行だ。
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1月27日 月曜日 1 昼過ぎの2時に起床。 TVをみて、風呂に行く。 21時から翌朝の4時まで勉強。 あと一週間で最後の試験に入る。 意外と内容は難しい。 そう簡単に卒業はさせてくれない。
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2004年01月26日(月)
「新リーダーの研究」 読書日記−1 「叙勲に辞退」が価値をもつ時代
飯塚昭男著の「新リーダーの研究」を図書館で借りて読んだが、 なかなか内容があった。 目次の見出しだけ見ていても、ハッとする内容が並んでいる。
その中で『「叙勲に辞退」が価値をもつ時代』というのが良い。 叙勲は春と秋の定例行事になっている。 批判をしたいが、「貰えないからやっかんでいる」と思われるから、 誰も批判しないで黙っている。
著者は、誰もが普段思っていることを辛らつに書いているのが良い。 私の意見と、著者の意見をミックスして書いてみる。 責任転嫁もできるからよいが、 著者は辛らつである。
・「大人のワッペン」とズバリ言ってのけている。 ーもらって涙をこぼしている姿は可愛いといえば可愛いが。 ・大体が叙勲で人の価値が決められるというのか。 どういう規準でランクをつけるというのだ。 詐欺まがいの元首相と一生を教育や福祉に捧げた人を含めて どういう規準でランクの上下を決めているというのか。 ・総理府の勲章局というのがあって、「全銀連盟」や「鉄鋼連盟」 などの業界団体が推薦者をあげて、各々の所轄官庁に書類を提出。 その中から選ばれるという。 要するに官民の談合で決められるという。 それを総理府などの長官会議で決めたものを、総理がサインをして決定する。 それは政財官の癒着の温存の元凶になっているという。 ーこの本を読んでマスマス馬鹿馬鹿しくなってきた。 ・心ある財界人はほとんど辞退をしているという。 政治家は喜んで、いや自分から働きかけて哀願するという。 政治家は国民を騙す以前に自分を騙しているから、ワッペンで自己証明を しないと御祓いができなくなる。 政治ごろの鑑札?は、言い過ぎか。 文化勲章は認めてよいのではというが、人間国宝というのがあるから それで充分である。 さっきも書いたが国が、いや役人がそれを決めるとはオコガマシイ。 天皇制の一つのフレームなのだろう。
また経営改革は自己改革という言葉にハッとした。 会社の転換期に入っているので、一番実感している。 一番の抵抗勢力は、自分の固定観念と甘さである!
・・・・・・・ 【新】リーダーの研究 ◇飯塚昭男著 ◇1,890円(税込) ◇2000年3月22日発行
<内容紹介> 政党の党首や社長といったトップ・リーダーは、いまや状況のイノベーター (革新者)であって、その自意識が企業の盛衰を大きく左右する。 「改革はトップしだい」ということになる。 単なる利害の調整役、足して二で割るような世話人タイプは必要ないのである。 さて近年において、経営革新でかなりの実績をあげている人たちにある共通点が うかがわれる。従来の物差しでは簡単に測れないような人物という点だ。 むしろ従来の枠組みから外れた人、あるいははみ出た人がかなり輩出している ということだ。 こういう人物はその企業の土壌の中ですんなりと伸びてきたわけではない。 その生い立ち、キャリア、発想、気概においてかなり異質だった。 企業内を、エスカレーターに乗るように順調に上がってきたわけではない。 それだけに自身がトップになったとき、思い切った変革ができたのではないか。 過去のしがらみに縛られることが少なく、また過去の成功体験に埋没しなかった のである。 「革命は常に辺境から起こる」といわれるが、異端こそが危機に陥る一歩手前で 舵を大きく切り替えられるのではないか。 筆者はそれを「正統を越えた異端」と命名しているのだが、いかがであろう。 いまこそ、「正統を越えた異端よ、出て来い」と声を大にして叫びたい。 常識を越えた異端こそ、企業を大きく変えられるのだ。 <本文より>
<目次> 第1章 リーダーの心得 ■ ・ 一国の興亡は指導者にあり ジョパンニ・ボテロの言葉に「 ・ 恐れられ愛されるカリスマの本質 ・ 権威なき権力は必ず腐敗する ・ 「マイ・スタンダード」を構築せよ ・ 真のエリートを育成せよ ・ 志を高く掲げる ・ 「叙勲の辞退」が価値をもつ時代 第2章 経営改革は自己改革 ■ ・ 現状打破の精神を燃やす ・ 逆境を勝ち抜く異端のパワー ・ 経営革新はスピードが勝負 ・ 決断力をいかに高めるか ・ 「説明責任」を体現せよ ・ 甦る経営者の気概 ・ 人材を創る教育者たれ 第3章 価値情報を選択する感性 ■ ・ 情報洪水をいかに乗り切るか ・ 複眼思考で変化に対応せよ ・ 聞き上手はいかなる雄弁にも勝る ・ マイナス情報にこそ価値がある ・ 戦略は現場にあり ・ 新聞情報に振り回されるな 第4章 トップの自己啓発 ■ ・ 経営学は人間学と心得よ ・ わが城で「深思高飛」せよ ・ 古典“大いなる世界”に親しむ ・ 思考も意識も瞬時に転換せよ ・ 「自分のリズム」を大事にせよ ・ 意志の伝達は「簡にして要」 ・ 「無所属の時間」をもとう 第5章 企業経営の核心 「変化対応力」とは何か ■ ・ 組織は腐敗、堕落する ・ 他山の石、以て玉を攻むべし ・ 会社を見る眼、社長を見る眼 ・ 「雇用指数」を高めよ ・ 「判断」と「決断」を識別せよ ・ 未来への構想力をもて ・ 二〇〇〇年は「終わりの始まり」 ーつづく (次回は、この目次の小項目と、その解説を書き込む予定) ・・・・・・・ ・・・・・・・ 2003年01月26日(日) 662, 「他人の血で自分の傷口を洗うな!」
この言葉を初めて聞いた時、その意味をしばし考えてしまった。 相手を傷つけてしまう事は「何らかの意味で自分の問題を相手に投影 してしまった」という事でないか。
いじめっ子は家庭の不和の子が大部分だ。 そのトバッチリを学校で弱い相手を捜して攻撃する卑劣の行為だ。 これが「他人の血で自分の傷口を洗おうとする行為」の典型だ。 あと戦前の日本軍の古参兵の新兵虐めもそうだった。 「新兵の時の虐めをやりかえす」という行為で傷口を洗っている愚劣の行為だ。 必要悪の部分もあるが。
傷ついて膿を心に持っている精神症(精神病)の人も、その苦しさの あまり血の匂い嗅ぎつける。 「自分の人生失敗だった」という敗残者もこういう傾向が強い。 精神に深い傷を持っている。
といって正常の人でも、誰でもその傾向はある。 その軽い症状が「他人の噂しか話す内容を持たない人種」だ。 教養を積んでこなかったオバちゃんだ。男ー子狐もいるが。
これには大きな落とし穴がある。 他人の血で傷を洗うという事は、その傷を目先癒すが 逆にどんどん傷を深くし、さらに黴菌が入ってくる。 それこそ「無知の涙」である。
他人の事といっていられない自分の問題だ。 誰もが心の傷を持って知らないうちに他人を傷つけている。 そして傷つけてきた??・・!! それに気がついているかどうかのだが。
「恨んだ相手は高いびき」 その相手になっているのではなかろうか?
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月26日(土) 312,書くということ
書くということの意味とは
毎日随想日記を書き続けて、いろいろの事にきずく。 書くということは、話すということより、ずっと多くの事を、 意味を感じるようになってきている。 この20年間社内報に隔月に文章を書き続けて、 その継続も含めて意味を感じるようになりました。
その時々のメルクマールだ。 あの時アア考えていたのだ、こういう本を読んで感銘していたのだと。 それが全くやり続けてなかったら何が残っていたのだろうか。 書けば消えずにそのまま残っている。
したがって話すという表現手段と、文章化の手段と一見小さな相違が、 継続という時間の中で無限に近い相違を引き起こす。 つくづく 書き残していてよかったと実感している。
時間が経つとその自己表現が、自己認識になってくる。 したがってそれに書き加えていけば、自己認識が深まる。 そして自己吟味できるようになる。
実をいうと、そのためにホームページにさらし、 自己表現のレベルの維持と、自己顕示のそれを原動力にして 書き続けているのです。
地方にいると例の「子狐の群れ」の中で自分を見失いがちになります。 見失わない為に、これは最低限必要なシャワーでもある。 ー自己詭弁,正当化もいいとこ?
まずは書き出す、そしてそれに筋を通す、そして客観化する、 そして深めていく行為である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月26日 日曜日 1969年
12時起床。 市川さんと食事に行く。 この人、理系がお医者さんのお守りの営業をさせられているためか、 理詰めで社会を理解しようとしている。 人間の、いや社会の、いや自身の嫌らしさを知らない。
その後読書をする。 夜、レポートの作成に入る。 次にマーケッテングのレポートを作成。 夜半の3時に就寝。
今は卒業をする為の集中が必要だ。
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2004年01月25日(日)
かたい話が続いたので、世間話をする。
「プラント5」という最近出店してきたスーパーセンターでの 「100円つめ放題」が面白い。 チョコレートであったり、揚げ物であったり、芋であったり、シシャモで あったりする。先日は枝豆であったが、毎週変えているのがよい。
自分も詰め込むので必死だが、他の客のテクニックが凄い。 店サイドは絶対に文句は言わないことを図々しいオバサンは知っている。 それを解ってかどうか、お互いの顔を見合わせながら詰め込むのが面白い。
大体がB級商品を裸に置いておくのだら、店も客寄せとしてはよいし、客も良い。 最近はSMのウオロクや原信も始めた。前から400円や500円で揚げ物を数種類の つめ放題もあったが、100円というと気楽がよいのだろう。 100円ショップでやればよいだろうが、まだ気がついてないのだろう。
商品の取り扱いが広い上に、アイテム数が圧倒的に多いので見ているだけで 楽しい。冬のせいもあるが、一週おきの我家のレジャーになっている。 アメリカに発したスーパーセンターも、日本の地方から発しているのがよい。
その業態をつくって日本に乗り込んできたウォルマートーが、買収した西友の リストラを発表した。25�佑凌涌�整理という。 スーパーセンターを順次出していくのだろうが、思ったより時間がかかりそうだ。
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2003年01月25日(土) 661,イチロウ−3
彼の話は過去に2回書いている。 一つは、数字を書いたテニスボールをマシーン2百数十�舛播蠅温�ませ 見きわめる練習。いま一つは、小学生の時の日記だ。
最近ある新聞のスポーツ欄にイチローが連載していた中で、印象的だった内容が あった。ーアメリカの��1のピッチャーと対戦した時の話だ。 「�癸韻療蠎蠅里箸�は、決め球を避けて失投を待つ。 自分は違う、彼の一番の決め球を待った。 投手は決め球を投げるために投球を組み立ててくる。 勿論バッターはそれを知っていて他の球を打とうとする。 自分はそんな球に興味はない。ただひたすら決め球を待った。 そしてやっと来た、そしてそれを打った。」 超一流の選手でなくてはいえない言葉である。 具体的に1球目、二球目と全てのボールを憶えていて書いていた。
その球を打つために何回も投手のビデオを見て、タイミングや組立てを 熟知したうえに練習を重ねた言葉である。 彼の言葉から感じるのは、練習の裏づけと情報とロジックである。 その場面をきっちり理路整然と説明できて至極当たり前である。 右脳ーイメージと、左脳ー言語構造が両方交互に全開している状態である。 やはり天才であろう。 自分でも天才かもしれないと書いていた。
あらゆる場面のことを明確に記憶をしていて、イメージとしても脳に残っている。 やはり集中力が異常に高いのだろう。 柔道の山下の講演で同じような事をいっていた。 「相手の一瞬の動きに身体が瞬時に対応するまで練習をする。 考えてできるものではない。全ての行為は練習で完璧に出来上がっている。」 天才いや超一流の所以は、そこまで練習での基礎のレベルが高いという事だ。 凡人はそこが見えない。
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2002年01月25日(金) 311、パソコンの機能と実感-2
実感としてのパソコン書いてみると ・発想機械として、もっともその機能が活用できる。 言葉の並び替えが簡単にできる。そのプロセスで発想が出てくる。 言葉のKJ 法?が安易にできる。コピーも消去も一瞬にできる。
・インターネットを利用した情報収集に最もその特性を使える。
・計算は卓上電卓のほうが使いやすい。
・ホームページとは、自己公開の発信基地と、他のホームページの分類箱。 ウエブ上の応接間兼事務所。
・パソコンを使える人間と,使えない人間の二種類に分けてもいい時代だ。 ー奈良時代に最新のヘリコプターが降りてきて、若い人と子供がすぐ群がって いく人種と,林に逃げ遠回りに見ている人種に分けられる。
・グローバルの情報をもっとも活用できる。
・パソコン等のデジタルの特性はコピーが無限に可能になることである。
・パソコンとは、超高性能の小型コンピューターであるー当たり前のことだが。 それを何処まで自分に取り込めるかが、ポイントになる。特に私らの年代に パソコンアレルギーの人が殆どだ。地方のせいもあるだろうが。
・まだまだソフトの最適なものにあたってないが、必ずあるはずである。 毎日がその発見である。 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 1月25日 1969年
朝、千葉の甥っ子の「ムーちゃん」がTVに出るという。 ロンパールームという番組で30秒位話をする。 物怖じしないところがよい。 一年間、姉のところに居候をしていたので、弟のような存在の子だ。
午後、価格理論の補講に出席。 解ったような解らないような内容であった。 帰寮後、22時から翌3時まで勉強。
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2004年01月24日(土)
一番悪いのは「眠れないことに対するストレス」である。 寝れないときの私の知識とノウハウを書いてみると
・単純イメージの繰り返し、羊の数を数えてみたり、 砂漠の砦で自分がインデアンになって、騎兵隊の兵士を1人ずつ 撃ち殺していったり、 ・色々の可笑しな小話を思い出したり、 ・海外旅行の思い出を一つずつイメージしてみたり、 ・体の器官を頭の頂上から力を抜いていくとか、 ・般若心経をユクッリ、ハッキリ心の中で唱える 等々、寝れないときのネタを仕入れて準備をしておく。 寝れないで海外旅行を全て思い出したことがあった。 3時間かかったが、むしろ楽しい時間であった。
今でも憶えているのは、 実家の商売を5年間従事した時、隔月に夜行列車で仕入れに出ていた。 23時前後の寝台車に乗るのだが、これほど睡眠に悪い環境はない。 線路の継ぎ目の音とか、他のお客の鼾や、駅に着くたびの乗車客の音とか、 最悪の状態である。 翌日は問屋を数十軒駆けずり歩くから、充分の睡眠が必要になる。 初めは苦労したが何事も慣れである。 寝る時に、「ここで睡眠をとるのだ!」という意思を持って寝ると 意外と寝れるのだ。 線路の継ぎ目の音は単純音の繰り返し、その音のリズムに乗ってしまえばよい と考えた。そして、それが即効であった。 その時思ったのは「寝るのは意思」ということであった。
何事も、まずは意思と、それに対する準備が必要ということだ。 それと楽観である。
・・・・・・ ・・・・・・ 2003年01月24日(金) 660, 夢のない話
ツアー旅行をしてると、添乗員から色々な面白い話を聞ける。 ネパール旅行の時の30歳位の女性の添乗員の話が印象的だった。
新婚ツアーの添乗が凄いという。 お互いの旦那のランクが時間とともに、お互いに解るという。 それと女の自分達の評価も見えてくる。 そうするとナンバーワンの旦那に皆が憧れを持つ。 そういう心理が見ていて何とも面白いという。
成田離婚など当然の事。 お互いにこんな筈でなかったと冷めて激しい喧嘩が始まる。 数組が本当に成田離婚になるという。 二組のカップルがお互いの相手を好きになって、編成替えをしてしまった ケースもあったとか。これにはさすがに驚いたという。
添乗でいろいろなカップルを見ていると、結婚だけはしたくなくなると 言っていたのが印象に残っている。 底の浅い男女が表面的なものでお互い結ぶついているのが、露出 して見えるからだ。
そのまま小説になるような題材だ。 サ??のついたオスメスの集団を束ねていくのだから、 これほど人間の生態として面白いものはないだろう。 今は3組に一組は離婚する時代だ。
30年近く前の勤めていた時の話だが、結婚しているはずの人が 駅でオニギリを食べていた。何気なく冗談で「かみさんに逃げられたの?」 と聞いた。本人「・・・・・・」 数ヶ月後、その人が離婚した事を聞いたが後の祭りである。 いろいろある。
「毎日こうもくだらん事をよくかけるな!」という声が聞こえてきそうだ!
・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 2002年01月24日(木) 310、地球を一周する
以前読んだ本でまだ忘れられないのが、「地球のエネルギーの ポイントが西周りで一周する] という説である。その本が何か忘れたが、 まだ社会主義のピークの時代、怪しげなそれと見えた。
中国、インド、アラブ、そしてヨーロッパ、アメリカー現在。 アメリカの時代ももう終わったように感じる。 そしてこれからは再び中国、インドにポイントが移っていく、 あながち間違ってはいない。
日本はもう横丁というところ、面白い説である。 ヨーロッパもアメリカも、使い古しの雑巾にみえる。 アジアはまだ使用前のように感じられる。 真実をついているようだ。
思想的にもこれからは、儒教・仏教的考え方が求められていくと 考えると自然だ。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月24日 金曜日
「勇気を出そう、肉体はどんなに弱くとも精神で勝ってみせよう。 いよいよ25歳だ。一個の男の力の全てが示される年齢に達したのだ」 ベートーベンの言葉だ。
人事管理の授業に出席できず。終了後にやっと着いた。 昼飯をとった後、ゼミの外山と喫茶店へ行く。 そこに兼古が来る。 午後からはゼミに出席、あまり面白くない。 三人ぐらいが勝手に喋っている感じであった。 18時に帰寮。 夜半に寿司を食べに行く。
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2004年01月23日(金)
何回か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。 この時期は、武澤ゼミと寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、 ほとんど全てを占めていた。 特に武澤教授の影響が大きいことが、この日記からうかがい知れる。 ゼミでは、まず一週間前に事例(ケース・スタディー)の用紙を渡される。 その間に対処を考えてきて、それを元に全員で徹底的に議論をする。 その後、その事例研究の答えの用紙を見せられる。 我々の出した結論と、その誤差について更に議論をさせる。 また二班に分かれて議論した結果を持ち寄って、お互いに議論もする。
結果的に、知識と体験をもとになっている地言葉で議論をすることになる。 教授の意見は、要所要所以外はほとんど話さない。 考える為のヒントを与えるだけで、「考えること」を促すのだ。 そして「考えることは如何いうことか」と、更に一歩踏み込んでいく。 自分の中の知識不足を、冷静に自ら気がつくように仕組んである。
いま日記を写しながら気づいたことだが、ソクラテスの「対話法」による 真理の追究を、その中で体験させていたのだ。 素朴で深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的であった。 その結果、卒業まじかに多くの友人が私に集中してきた。 誰もが転換期にたって、迷っていたからだろう。
また社会に出て、事業の組立てに非常に役に立った。 冷静な事実の組み合わせと、仮説の積み上げと崩しの繰り返しの中で 計画の練り上げをしていくのと酷似していたからだ。 ようするに地頭で考えることに役立った。
35年前の日記を読みながら、感想を書いていること自体が自分の深耕をしている ことになっている。 過去の自分と今の自分が向き合って対話しているからだ。 その意味でも、この22歳の日記の写しと公開は良かったと思っている。
ー後記ーこのホームページ内検索で 「武澤ゼミ」で出したら、ほぼ同じ内容が出てきた。 こんなものかと呆れてしまった。 以下である!
ーーーーーー 2002/11/01 ケーススタデー ー1
前回書いたゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。
人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー 各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。
・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。 ・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。 ・それにしたがって議論を始めるのだ。 ・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を 示されるのだ。そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、 8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に見ていた為か、 自分の意見があたるのだ。 寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。
その為か自分のゼミにおける立場が確立されていた。 それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの 組み立てをする面白さを知った。
これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。 人間関係に対して,直感的に論理だって構図になって瞬間に出てくる のが最大の武器になった。
良質な上司には可愛がられるが、逆のケースの場合は大変 な事態になってくる。 この男は何を考えているのかを不安になるらしい。 自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
ーーーーーー 569, ケーススタデー ー2 - 2002年11月03日(日)
毎週金曜日の15時か16時より2時間開かれる。 ゼミが終わると太陽が黄色に見える位疲れていた。 知的訓練など全くしたことがなかったためか?
二年間コースで初めの一年は課題の本を読んで、それの感想と議論。 二年目の前半は事例研究で、後半は各自が自分で事例を創り、 当事者として2時間ゼミの全員に質問と追及を受け、その結果を討論 する内容だった。私は途中二年目からの編入であったが。
他の人を聞き取る場合は刑事のような内容追及がリアルで面白いが、 自分の場合は追求されて、瞬時に物語を創っていかなければならない。 今でもその全て憶えている。
このケーススタデーは「見聞皆師」にあてはめて考える事が出来る。 現象ー事象の中から真理を探し学ぶ方法にもなった 。 また人間関係だけでなく、営業や経営のベストプラクテス− ベンチマーキングにも酷似している。
ゼネコンの営業の社内研修でも、これに似たケースでOFF−JT が行われていると大手のゼネコンの営業の人から聞いたことがある。 流通やサービス業の他店見学も似ている。
サラリーマンの足の引っ張り合いは善意を装ってくる 陰険版か??????!!
現象とあるべき姿の格差を埋める作業だ。 少し違うが、帰納法に似ている。 現象の中の真理の内容を検討して結論に導くという点で??
新しい車が発売されると工場ですべて解体して、 それぞれのパーツで業者やその部門の人達が集まってチェックする のはどこのメーカーでもやっていたという。 今はコンピューター処理でインターネットをフルに利用している のだろう。 これの人事管理版が武澤ゼミのケーススタデー?!
管理されるという事はあまり気持ちのいいものではない。 でも組織体としては、それは必要欠くべからざるものである。
ここでいま一つ学んだ事は、 当たり前のことー自分の能力は自分で創りあげるものという事だ。 最後は独りの自覚で自分造りをしなくてはならない。 習慣づくりといってよい。
問題が逸れたが? 私の辛辣さは、露悪ー露善(偽悪ー偽善)を自分や他人の中で すぐ直感してその原因を構造化するためだろ ー父もそうだったから、その理論的訓練を受けた事になる。
それよりその結果として自分の無知蒙昧をいやというほど知らされた。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2003年01月23日(木) 659, 人間-女心
ー宗親流に書いてみるー
人間の心ほど、いや自分の心ほど面白いものは無いね。 単純で複雑で自分でもコントロールが不可能なものだね。 だからノイローゼになるんだろうな。 それにさ男女の下が絡んでくるからね。 「女の身体の真ん中辺にシンショぶっちゃる穴がある」 という都都逸があるがね。これを即興でつくりかえるとこうなるよ。 「男の身体の真ん中辺に陸釣り用の竿がある」 少し品が無いね!
暇だからさ女という生き物について書いてみるね。 あれほど割り切ってみると単純で可愛い生き物はないよ。 姉が4人もいて、女の職場にいた為に鍛えられたね。 この単純でかわいい存在に。 要するにエゴの塊、これも生理からきているからね。 いつもある姉に言われていたね。 「女なんてね、やられる振りしてやる動物なんだから気をつけな!」 ってね。
女を制すれば世界を制することができるというが、性欲がそれを 鈍らしてしまうんだよ。 女は知っているんだ人間をね、男と比べたら数倍もね。 初めは大人しくしていて、段々図々しくなっていく仕方。 あれは戦術なのか戦略なのか?両方だろうがね。
単独に彼女と接するときは真摯に徹すること。 複数を対象にした時はエテコウー猿のレベルと割り切ることだよ。 泣いているときは、一緒に泣いてやるのさ。 笑っているときは、一緒に笑ってやるの。 合わせ鏡に自分をしてしまうのさ。 彼女たちは、長い時間の中で知恵を持っているの。 男の甘さの嗅覚を。 だから真っ当に相手にしては駄目だよ。
昔からいうだろ 「怒れば泣く、甘やかせればつけ上がる、殺せば化けて出る」 これ本当だよ。 でもね、あつかう時はね、怒り、甘やかせ、褒め殺しにしなくてはね。 理屈じゃないんだから。でも好きだね女!
まあこんなところが大体の男の視点! じゃあまたね。 − 宗親
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月23日(水) 309,壁ー2(言葉の壁)
決断しなくてはならないが、そこに壁があり躊躇するとき 「取りあえず、決断を引き伸ばすか回避する言葉」が「取りあえず」である。
思考停止病といっていい。 「とりあえず、こおしておこう」「とりあえず、大学にいっておこう」 「とりあえず、就職しておこう」 「とりあえず、定年になってから考えよう」 人生の一番大事な事を、その時々に判断をいい加減にさせ、 あるいは先延ばしにさせる言葉である。 この言葉で思考停止の状態になり、決断放棄の一生を過ごしてこなかっただろうか?
そして最後の最後、追い詰められても「取りあえず、今をやり過ごそう」 とする。「取りあえず、取りあえず、取りあえず、・・・・」 取りあえずとは、人生を放棄すると同じ事でなかろうか。
この文も「取りあえず」この辺で止めておこうーブラックジョーク 似た言葉で「でも」がある。ある判断をしようとすると、 「でも、やめとこかーな」「それはそうだが、でも」。
「でも」と「取りあえず」は何かにている。
この川を今渡らなくてはならない、そこで「でも」という渡ったときのリスクが 頭によぎる、「でも、でも、でも」が出てくる。 無意識で使っている言葉の壁である。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・
1月23日 木曜日 1969年
8時起床。 登校後、産関論の授業に出席。 この授業は、これが最後だった。 その後、川崎と喫茶店に行く。 午後は価格理論に出席。 帰寮後、合気道のOB会出席迷ったが、結局欠席にした。
18時から一時間、産関論のレポートを纏める。 21時から勉強を開始。 夜半の2時に就寝。
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2004年01月22日(木)
「経験を盗め」読書日記−2
睡眠は8時間が理想と思い込まされてきた。 しかし、これは統計上の話であって、生物学的な根拠は何もないという。 一般的に、人間に必要な深い眠りは寝入りばなのノンレム睡眠時に集中して 訪れるから、長く眠ればよいというわけではない。 睡眠は非常に多様性に富み、個性的なものである。 10時間続けて寝ればよい人もいれば、2〜3時間づつ寝ればよい人もいる。 「いい眠り」というのは、それは「自分にとっての」ということでしかない。 自分が納得した眠りを見出せれば、それが本人にとってよい眠りである。 ようするに、眠りの唯我独尊を手にすればよいだけである。
草食動物にとって寝ることは命がけである。 夜間に肉食動物に襲われる危険がつきまとっているからだ。 また回遊性のイルカは左右の脳にかわるがわる眠らせているという。
「入眠障害」「中途障害」「早朝障害」「熟眠障害」全てを経験を したが、これで困ったことはない。 ー困ったことがないということは障害とはいわないか? 何度かの挫折で眠れない夜が数限り続いたが。 「寝れないことを苦痛にしないのが大事」と子供の頃から体験上知っていた。 「寝れない時は寝れなくって結構」と思っていればよいと。
私の寝れない場合のコツは、顔、腕、足と力を意識して抜くことを 繰り返していると、いつの間にか寝入ってしまう。 寝れない時は知らないうちにどこか力が入っていることが多い。
ある人から聞いたが「寝れない時は直ぐ起きればよい」という至極単純な方法もある。 寝ようとしないで、三日間ぐらいのスパンで睡眠をとりかえせばよいという余裕を 持てばよい。 睡眠障害も一種の神経症だから、陥った人にとってどうにもならないことも解るが。 セックスにしろ、食事にしても、本能的なものに神は快楽を与えた。 快眠後の爽快感も、その一つだという。 そのためには、あまりの熟睡は寝たという充実感が少ないから逆に良くない。
私の場合は、現在は6時間半が平均である。 特に寝入りっぱなは熟睡をする。誰もそうであろうが。 その時々によって、「中途障害」と「早朝障害」が三日に一度はくるが、 別に苦痛ではないので障害にはならない。 また万年寝不足という経験も全くない。
そういえば睡眠は一日単位の死であると聞いたことがある。 よく生きれば、良く死ぬことができる。 良く一日を過ごせば、良く寝ることができる。 楽しい一日であれば、寝れない夜はなお楽しい。
そうそう良い一日が続かないのが人生だが。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2003年01月22日(水) 658, 躁鬱について
人間は躁鬱質か分裂質かどちらかか、その中間を浮いている存在だ。 そのコントロールが利かなくなって第三者に迷惑をかけたり、 抜け出れないのが精神病になる。 束ねている元が壊れてしまうと精神病か。
北杜夫は躁鬱で有名だ。 彼の随筆を読むと面白い。 彼の場合鬱が長く、躁は短いタイプという。
自分のことを書ているから、彼の躁鬱の話が面白い。 躁はある説によると、子供に帰ってしまう事だという。 そうー躁すると未来志向になってしまう。 欝は逆に過去に向かって沈むことをいう。
大体沈んでいる時は、過去の嫌なことをや嫌な人間に囚われている時だ。 うきうきしている時は、何か明日や将来の楽しみを考えている状態だ。 過去の楽しい状態を考えていることは少ない。 その意味で躁は未来志向の時で、鬱は過去に向かっている時というのは肯ける。
身近に万年鬱が数人いるが、急に20年前の恨みつらみの電話をする。 電話を受けた人は、ただ驚愕をする。
万年躁の人もいる、躁仮面をかぶっているだけかも知れないが。 ある自殺未遂三回の人は鬱の人だ。悪臭が周辺に漂っている。 自分に甘い人で、周辺に甘さからくる膿をばら撒いている。
昔の日記を面白がって随想日記に書いているが、一種の鬱かもしれない。 楽しい鬱などないのだから違うか?
躁病7年説というのもあると書いてあったが、私の周波が7年であるのは 躁質の体質なのかと考えてしまった。三年躁で四年鬱あたりか。 人間は創造をする時は「躁造」−造語ーといってよい。 準備を積み上げた上に「躁の状態」でなければ、そうそう創造は出来ない。
女性などは生理があるのだから多かれ少なかれ躁鬱だろう。 誰でも精神質はある。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月22日(火) 308,人生の損益分岐点
人生の損益分岐点-とは人生で元はとったか?ということ。 何だろうか、そんなもの考えている暇があったらチャレンジするものを探せ! そんなものだ。 おそらく人生にそれを見ること自体、おかしいのかもしれない。 しかし、言葉の遊びとしてスキップをしてみよう。
私の場合、51歳であった。下の子供が大学入試に合格した瞬間であった。 今から5年前である。入学をしてしまえば、後はアルバイトでもすれば卒業できる。
事業で500室ーこれは新潟周辺の客室の最大数(300室)の1・7倍。 母親を見送り、一応目安はたった。その時自分の一つのライン、その表現 が人生の損益分岐点に達成したである。 人間としての一応のなすべき事の達成である。
これからは、純益のそれー自己達成とかいう真にやりたい事の自己満足の 追求だ。まずは家内に「私と結婚してよかったという」本心の満足感! それは今更、無駄か! そして大好きな秘境ツアーの60歳までの50回達成である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月22日 水曜日 1969年
10時に学校に到着。 川崎と会う。 次に河村に帳面を返す。
そして産関研究所に行き、レポートの為の資料を借りる。 東武百貨店でコピーをとる。昼過ぎに寮に帰る。 市川さんが部屋に来る。 会社が平日だが休みのようだ。 彼と話をする。 何か私からゼミで得た知識を吸収しようといているようだ。
その後風呂に行き、読書をする。 22時から0時半まで勉強。 一時に寝る。
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2004年01月21日(水)
「経験を盗め」ー読書日記 ー「眠りについてのお話」
糸井重里と二人の専門家との対談集で、18のテーマになっている。 新幹線の中で、丁度30分で1テーマを読めるのがよい。
「眠りについてのお話」が面白い。 糸井重里×井上昌次郎/矢崎葉子の対談だが、 身近なことなので非常に興味をもって読んだ。 『眠ると意識のレベルが下がり、外界の変化を見たり聞いたり嗅いだりと いうことがほとんどできなくなる。筋肉も緩みます。危険が迫っても急いで 逃げられない無防備の状態で、生きていくのに不利な条件が押し寄せるわけで、 睡眠は危険をともなう、じつは命がけの行為なんです(井上)』 等々含蓄のある話が多い。 この本を読んでかなり眠りの考え方が変わった。 睡眠に関しては、知ると知らないとは大きな違いがある。
ー印象順に纏めてみたー80�諭�は網羅しているはずである。
・睡眠といえば、不眠症が思い当たる。 不眠症には 「入眠障害」 「中途障害」 「早朝障害」 「熟眠障害」がある。 誰もが経験しているはずである。 大体5人に1人が、不眠に悩まされているという。 平安時代の絵巻ものには、まわりが寝静まっている中で、 ひとりだけ起きて、指を折って数える仕草をしている女官 の絵があるという。
・睡眠の異常には、 精神的なストレスのものと 身体内からの異常のものに分けられる。 また睡眠時無呼吸症候群も最近問題になっている。
・人間は進化の過程で、大きな脳を持つようになった。 脳はコントロールセンターみたいなもので、酷使をすると オーバーヒートをしてしまう。その脳をクールダウンさせて、点検して、 疲れを回復させる為に必要になった、それが睡眠の機能だという。
・睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠が組み合わされている。 ノンレム睡眠は熟睡をしている状態をいい レム睡眠は半睡眠状態で眼球が動いている状態をいう。 90分で一つのサイクルになっていて、一晩に何回も繰りかえす。 ーつづく ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年01月21日(火) 657, 四行日記−2
わずか四行を毎日書き続ければ間違いなく自分が変わっていく。 このポイントは最後の「宣言」を肯定語で締めくくる事だ。 これは肯定思考の訓練になる。 毎日書き続けることで、自分の気持や注意に客観的なれる。 「何とか性格構造を変えたい!」と思っている人には良い習慣になる。 また起承転結の訓練にもよい。。 起ー事実、承ー気づき、転ー教訓、結ー宣言 これを書き続けることは、文章作法をそのまま身につけることにもなる。 課題ーテーマ発見、論理性、問題解決、肯定思考を少しずつ身につける 訓練そのものになるのだ。それも身近な事を一つづつ取り上げて。
何気ない事だが、この記号もよい。 事実ー■、 気づきー◆ 教訓ー● 宣言ー★ これを決めておけば、目安になって( ..)φメモを楽にかける。
話が変わるが 、私の考えた「知情意とその他」の4項目日記も 手前勝手だがよい。自分で試みで明日から手帳に書いてみよう。 面白そうだが初心者には向いてないか?
昨日だったら ・知ー送ってきた本に目を通すが面白い。 ・情ーー昨日見たDVDの映画が面白かった。 タイムマシーンの設定が良いのだろうが、その画面のリアルが 素晴らしい。 ・意ー何か時代の変わり目を感じるが、節の面白さを劇画的に見る自分が 可笑しい −(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿ヽ(^o^)丿 でもやはり四行日記の方がわかりやすい! 昨日の四行日記を書くと ■ー四行日記がおもしろい ◆ー身近なことを具体的に考えるのに便利だ ●ー随想日記は少し抽象的過ぎたか? ★ー四行日記を非公開で少し書いてみよう
習慣は第二の天性である。如何によい習慣を多く身につけるかが その人の能力といってよい。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ -オーエス出版社のホームページの案内を コピーしました。
オーエス出版社 「四行日記」 小林恵智 著 副題 たった4行のポジティブな言葉が、未来を拓く!
<もくじ> STEP1 所要時間一日5分の「日記術」 STEP2 4行日記って何? STEP3 4行日記を続けることで身につくさまざまな力 STEP4 何はともあれ、4行日記を書いてみましょう STEP5 実現効果を高める「宣言」の約束 STEP6 4行日記が導く目的・目標のある人生 STEP7 味方にすべきは潜在意識
4行日記の効能 ・自分の強みがわかる ・自分の人生目標がわかる ・論理性、課題発見、問題解決、行動計画能力が身につく ・毎日が、人生が、楽しくなる! 他にもいろんな効能が─詳しくは本書にて!
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月21日(月) 307,方針ー政策
方針とは、こうしようという積極的枠組みより、これはしないという マイナスの枠組みであるという。 どこかのセミナーの今でいう,カリスマ的コンサルタントのピーク時点の 言葉であったから、聞いていて「本当か?」と耳を疑った。 しかし納得した。 解りやすくケースをあげて説明すると ・ユニクロは衣料のカジュアルー普段着以外やらない。 ・ヨーカ堂は、流通以外手を出さない。(ダイエー、西武流通グループは??) ・ある会社は絶対借金しないことを社是にしている。 ・住友は浮利を追わずが「社是」で、このバブルを比較的軽傷ですんだ。 ・静岡銀行もバブルに対し頑なに一切それにのらなかった。 ジャスコ、ヨーカ堂も。
当社も社是で、いくつか規定している。 失敗したケースはそれを外れていた場合である。
生き方も、家訓も考えたらそのケースが多い。 家訓はー父の教えは、 ・請け判は押さず ・人に金を貸さず ・共同事業はやらず ・一つの仕事に縛られない、転業はどんどんやれ ・死に金は使うな ・名誉職はつくな ・近所の人と親しくなるなーつかず離れず
硬い商人のごく当たり前のことだが、特に保障人の請け判だけは 繰り返し気をつけるように言っていた。やはり人生の中で数回きた、同級生の? や親戚がきた。なるほどと思った。
あるビル管理の担当が、「自分は?大を出て大手の会社に勤めていたが、 カミサンが社宅のある奥さんに頼まれ、連帯保証の請け判を押してしまい 破産、会社に居れなくなり、こうして掃除をしている」と言っていた。 ハン一つで人生全て失う。父がこれを言っていたと思った。
父は自身の生き方は無借金だったが、借金の諌めを言った事はなかった。 無借金の自分の限界を見たためであろう。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 1月21日 1969年
14時に学校に着く。 しかし図書館はいっぱいで座る席がない。 仕方なく帰ろうとすると、深井とバッタリ会う。 30分位話をしていると石川と宮崎もくる。 彼等とその後話をする。 その後1人で、新宿の紀伊国屋に行くが思った本がない。 17時過ぎに帰寮。
前から思っていたが、入社前に1人で卒業旅行をしようと思いつく。 それも当てのない阿呆旅行がよいだろう。 最後の学生時代の思い出つくりに良いだろう。 そこでじっくり考えるのもよい。 行こう、いや行くべきだ!
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2004年01月20日(火)
半年近くつづいた22歳の日記もあと一ヶ月足らずで終わろうとしている。 丁度、昨日と一昨日の辺りの日記が内容としてピークのようだ。 この日記を読むと頭が痛くなるので、当日分を書くとき以外読まないことに している。写しながら赤面も良いところだ。 こんは華やかな?日々を、過ごしていたことが不思議でたまらない。 高度成長期真っ只中という時代背景もある。 最後の青春を謳歌してようだ。
昨日の聖心女子大の明美は卒業をしたあと、確か手紙のやり取りを 一回したことがあった。 また、私が結婚をした一年後(5年後)、深井と千葉の私の新婚家庭の 近くまで車で訪ねてきたという。 途中で彼女が気が引けて、U−ターンをして帰ってしまったと後で聞いた。 その時は、彼女はお医者さんと結婚、亭主がニューヨークに行っていたとか。 何ともおっとりした感じのよいお嬢様であった。 好き嫌いというより、彼女たちからは温かさが、そのまま伝わってくるのが 良かった。
一度皆と会おうかという話もあったが、仲に入っていた深井が10年前に 脳梗塞で亡くなってしまった。 世界の違う人たちというのが分っていたので、恋愛感情は全くゼロであった。 全員が、洗練されたかなりの美人であった。 その中で、特に「アユ」は光り輝いていた。 私以外の二人は、その人に結婚を申し込んで振られたと、 深井が死ぬ数ヶ月前に言い残していった。 全く知らなかった。 その意味では、私だけは無傷であった。
こういう女性を見ていたためか、女性の職場を転々として、 同僚の女性を結婚相手という気持を持つことはなかった?? どこか冷静な眼ができていたのだろう。
この時期の自分が大きく揺れていたのが日記帳から窺い知れる。 濁りのない純粋の目も感じることができる。 内面はもっともっと揺れていた。 別に人に見せる文でもないのに、自分に対しても気取りがあることが ハッキリ解る。若いということだろう。 それと精一杯一日一日を過ごしていた日々が懐かしい。
書き残すということは、非常に意味があるとつくづく思う。 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2003年01月20日(月) 656, 四行日記
新聞広告を見て買おうか迷ったが、先日また同じ広告が 出ていたのでやはり買うことに決めwebの紀伊国屋で注文した。
一昨日とどいて要点読みをして要点を把握した。 届くまで自分が4項目にするならどうするか考えてみた。 以下のとおりである。 ・新知識ーこんな事知らなかった −知 ・感情ー喜怒哀楽、感謝感激 −情 ・こんな事してみたい −意 ・ 他・・・・ 以上を考えた。
実際の本の内容は 。事実 −その日の出来事で、心のアンテナに反応した事を一つ選ぶ 。気づき −「あっ、そうか!」と気でいたことを書く 。教訓 −その気づきから学んだ事 。宣言 ー「ありたい姿」を力強く断言
毎日これを続けて書いていけば、膨大の知識と経験が蓄積されるし、 感覚が鋭くなっていくだろう。 小説家は何らかの形でこれを毎日続けている、データーベースの為だ。 日記は ・その日に起きた事実を書き ・その感想ー意見をまとめる ・時系列であるのが特徴だ。
私が続けている随想日記を上級?ならば初心者向きだが、 明快で毎日続けるにはよい。 プロセスは全く同じだ。 「明日は何か書くことが無いか??」が常に頭から離れない。 好きでやっているのだから苦痛はそうでもない。
いざ始めようと思ったら、この四行日記がいい。 一日何らかの出来事はあるはずだ。 それを提起して、感想を書き、その中の学んだ事を書いて、 最後はより広い高い視点を書き込めばよい。 上さんと喧嘩をした時 ・まずその内容ー事実を書き ・そういえば、最近あまり会話が足りなかった事に気づき ・話すのが面倒でも、聞き役にはなれるはずだ ・明日から朝晩に5分はその時間をつくることにする 定期入れにその誓いの文を暗号でもよいから書いておく。 これで日記に十分なる。 −続く
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月20日(日) 306、時代の変遷
時代の変遷に驚いている。
今日、新聞をみて目を疑った。 あのアメリカのKーマートが倒産直前という。
10年位前まで、k−マートといえば全米でウォルマートと小売りの 1〜2を競っていた。加入している流通のコンサルタント会社の 視察旅行でアメリカに二回行き、その合理的システムに驚いたものだ。 米デスカウントストアの草分け的存在で、丁度ピークの時だった。 景気後退とウォルマートとの安売りの競争が、収益悪化に拍車をかけたという。
あの天下のシアーズも数年前経営悪化を報じられたが、ここまで競争社会の 激しさを目の当たりにしようとは。アメリカの流通は大別して「シアーズから、 Kマート、そしてウォルマート」と変遷してきたといってよい。
日本でも西武流通グループも解体され、堤清二が追放。 ダイエーも実質倒産?解体で、中内功が追放。 スーパー四位のニチイーマイカル、長崎屋、ヤオハン、九州の最大手の 寿屋も倒産。チェーン店でまっとうなのがジャスコとイトーヨーカ堂と 専門大店と地方のナンバーワン・スパー位になってきた。
これからIT の時代、ナンバーワンしか生き残れない時代が顕著になってきた。 本の半分以上は、ネット書店で買うようになってきた。ネットも紀伊国屋から、 アマゾンで買うように変わってきた。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 1月20日 1969年
12時起床 午後本を読んでいると、市川さんが会社を途中で引けてくる。 お茶を飲みながら話をする。 何か俗人もよいとこだ。仕方がないのだろう。
その後風呂に行き、食事をする。 突然、ある女性のところに手紙を書きたくなる。 まあ何も意図はないが。面白い文になった。 昨日もそうだが、実際は一人一人お別れをしていることになる。
大学もあと一ヶ月でお終いだ! もう誰とも会うことはないだろう。 出生前の兵隊みたいな気持とはこういうものだろう。 何か今ひとつ読書の幅という点で、物足りなさが残った。
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2004年01月19日(月)
いまさら人生論ではないが、あまり思い浮かぶことがないので 思い浮かぶまま,生きてきて思うことを書いてみる。 まず思う事は、「人生には無駄なことがない」ことだ。 マイナスに思える中にプラスがあり、プラスの中にマイナスがある。 むしろマイナスと思える中にこそ、真のプラスが隠されているようだ。
それはマイナスの方が対象をしっかり吸収する為である。 失恋旅行の方が、対象と一体化をすることをみてもそうだ。 小説も音楽も、絶望の中で聴いたほうが心に沁みとおる。 無駄が無駄にならないのが、人生の意味深く、味わい深いところである。 特に若い時の無駄が深い意味を与えるものだ。 浪人とか長期療養や大学中退などは、その人にとってプラスになることが 多い。じっくり本を読んだり、将来のことや見失っていた周囲のことが 見えてくる。また我慢強さが出来てくる。
マイナスをプラスにする力が年齢を重ねると段々ついてくる。 この力こそ一番重要な要素である。 この力には前向き、積極性、陽気さ、そして集中力が付いてくる。
「知識を多く知っていることが大事でない。美しいということを美しいと 思えることが大事な事」という意味がよく解る年齢になってきた。 また「生きているということは凄いことだ」と思う。 目的をもって、崖っぷちにたっている時こそ「生きている」経験をする。
「人生を商家の一代目、二代目、三代目と考えると面白い」とか。 30歳辺りまでが一代目ー商売の基礎作り 50歳辺りまでが二代目ー必死に維持拡大をする その後が、全てを遊びに昇華して、過去の蓄積を楽しみ尽くす・・・
なるほど上手いことを考えるものだ。 馬鹿三代目にも、それなりの役割があるんだ。 人生50〜60歳以降は馬鹿三代目として楽しむことだ。 「人生晩期は三代目論」か! いいね!
ホームページの検索を調べたら、あったあった。 底が浅いのか、本心の深いことなのか?解らない。 ーーーーーーーー 2001/12/21 [51] 無駄な事なし
無駄な事なし 人生ふりかえってみて感じる事は無駄な事は全くないという事である。 もっともある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!
それも全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、一番重要なポイント だったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。ポイントはぼろを羽織ってくるのだろう。
老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖「自分の人生これでよかったのだろうか?」 という問いかけだそうだ。ある本に自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」 という言葉を残していたと、姉より死後聞いてが立ち上がれないほど ショックを受けたという内容が書いてあったが。
無駄な事だらけという人生もあるのかもしれない。 人生にやはり意味を求めていないと、失敗だった? という気持ちになってしまうのだろう。
2001/06/13
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2003年01月19日(日) 651, 自分の一本の木
「自分の一本の木を見つなさい!」を考える。
これは二つの事が考えられる。 ・何処かの山や近く川端などの具体的な木を見つけておく。 ・心の中の目標やゆめである。
まず具体的な木を考えてみる。 これを見つける為に近くの福島江の桜の木や長岡の悠久山の木を探したが、 まだ見つけてはいない。自宅の松ノ木あたりなのだろうか。
こういう木があって、これが自分の一本の木と真に思えれば、 その木と対話ができる。それが独り言だとしても、その木を通して違った会話に なるはずだ。生命体として反応するとみてよい。
その木がアンテナとして、宇宙の霊に通じている可能性もある。 祈る時に両手を合わせるのは全ての宗教の共通した事だが、 これはアンテナになるからだという。
一本に木を買ってきて、庭に植えるのもよい。 それを自分の木にする事も可能だ。 いずれにしても早く見つけなくては。 「心が疲れたら、鉢の花を買ってきて語りかけなさい。 心が休まる」というが、鉢物の木を買ってきて手軽にしてしまう方法もある。 全くしないよりずっとよい。
心の中の木を考えてみる。 目標・夢である。 ツリー図で実際書いてみると面白い。 大目標・中目標・小目標を幹・大枝・小枝と書き加えればよい。 そうすると根の存在が面白くなる。 「枝葉を切って根を養え!」という時期もあるが。 それと土壌と環境の問題を合わせ考えると幾らでもヒントが出てくる。 難しく考えないで取りあえず幹と枝を感えてみるといい。
実物の木を3月を期限に最終決定する!!
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月19日(土) 305、ホームページ文章作法
毎日テーマ日記を書いていて心がけている事として
・まずはテーマを奇抜に興味をもってもらえるように、 ・数人の知人友人に直接語りかけるつもりで、気楽に ・従って本音で、面白く、自分の言葉で、平易に ・添削をなるべく重ねる ・書きだめを幾つか溜めておく ・いちばんリラックスしている時に書くー晩酌をしながら下書きを書く
ある人が糸井重里に 「貴方の年賀葉書が毎日もらえたら嬉しいのにね」と言われた。 本人は「なに金と手間があれば、毎日だせるさ」と思った。 それがメールにはまり込むキッカケだったという。多人数に軽く文章を 送れるからだ。
そしてホームページを思い立った時、その転用として頭にうかんだという。 私の随想日記も似ている。10日に一回位書いていた随想日記を 「これを機会に毎日書くことを自身に強制する事で、 頭の中を汲み出してしまおう」と試している。 1〜2年は尽きることはない自信があった。
カミサンとは毎日飽きずに何か話している。2〜3日家をあけようものなら、 かなりのネタが幾らでも出てくる。30年近く経っても尽きないのだから、 随想日記のネタが尽きる訳がない。
ということで、 内面を気楽に、しかし本音で、面白おかしく、ブツブツ書いている。
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1月19日 1969年 11時起床。 12時半に、聖心女子大に向けて出発する。 明美とトツに会う。明美から招待券二枚が送ってきて 寮の佐藤と出かけたのだ。 晴海もチッラと見る。
「アンドロマック」という演劇であった。 その中でエルミオレを演じた人が素晴らしい演技であった。 演劇の素晴らしさを知ったようだ。 明美が演出したという。 よくあれだけの人を纏め、仕上げたものと感激をする。 おっとりした彼女の中に、あれだけの知性と能力が隠されているのは 驚きだった。 終了後、気を使わせない為、会わずに帰ってきた。 そのほうが良かったのだろう。 聖心女子大に入ることも初めてで終わりだろう。 昨年の暮れ、女らとの合コンを深井とのトラブルで欠席したが、 これで気持の上で納得ができた。いい思い出になった。
17時に帰寮する。 招待状を送ってきた時の彼女(明美)の手紙である引用だが、 印象的な言葉があった。 「青年は確実な証券を買ってはならない」 ふとこの日記を書いていて思ったことは 「純粋性は手段ではなく、目的にすべきである」
今は毎回が最後のお別れになる。
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| 1019, 「会社にお金が残らない本当の理由」−2 |
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2004年01月18日(日)
二年前に節税が何かないかと考え抜いた。 そこで思いついたのが、個人の事業用資産の三ヶ所を会社に売却をする 「個人の損だし」による方法である。 バブル期に買った個人名義の事業資産を時価で会社に売却をした。 そして個人の会社からの借入金と相殺した。 その結果個人は??の損失が出た。 そして過去2年分の税金の数千万が戻ってきた。 といって会社借入と相殺したので、手元には一銭も残ってないが。 今年も数百万は戻ってくることになっている。 長岡税務署では前例がないという。 といって合法的であるから文句はつけることができない。 税理士が目を白黒していた。 そのような前例が過去に全くなかったからだ。
来年か再来年は、今度は会社の損だしの予定である。 個人が逆に会社の含み損のある物件を買い取ることで会社の含み損を だしてしまう。これで向こう7年は税金を払う必要はなくなる。 この三年を含めると10年間は殆ど税金を払わないで済む? このような知恵は誰も考えてくれない、自分で考えぬくしかない。 実際含み損を出しただけだが。 もっとも会社が利益出せればの話だが。
「資本主義の本質は『ボッタクリ』」について考えてみる。 今のアメリカをみればよく解ることだ。 基軸の金融制度をつくって、ドルという紙切れで他国の資源を持ってくる。 そして、そのドルの価値を下げればよい。所詮は紙切れは紙切れである。 さらに勝手に格付け機関を作って、狙い定めた国の会社のランクを根こそぎ 下げておいて買い叩く。 また国債を日本などに半強制的に買わせる。 これも所詮紙切れである。 そしてドル安に持っていく。 これがボッタクリでなくて、何だというのだ。
税金もそうだ、会社から国がボッタクッテいるのだ。 取られている方は、全くそのことに気が付いていない。
ところでこの著者は新潟県上越市の税理士と先日新聞に載っていた。 地方発というのが面白い。
一億か! それも個人預金が。
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岡本 吏郎 (著) 出版社: フォレスト出版 ; (2003/12/10) Amazon.co.jp 売上ランキング: 27 --------- レビュー
出版社/著者からの内容紹介 10年間、多くの経営を見てきた私が、「会社が本当にお金を残すには どうしたらよいか」を1冊の書籍にまとめました。 現在、経営をされている方はもちろん、起業を望む方やサラリーマン の方にもきっと役立つ内容です。 最終章で数ページに精神論が出てきますが、基本的に技術論です。 精神論でお金が貯まるほど世の中甘くありません。 それが一番言いたかったことです。 この本であなたがわかることは、 ・裏帳簿は絶対必要!その理由と作り方 ・決算書の数字はまったく意味がない理由 ・経営をするうえで知らない人が多い、たった一つの数字 ・これに逆らったらお金は貯まらない「ビジネス万有引力の法則」 ・間違った節約、正しい節約 ・あなたの稼いだお金の本当の価値 ・お金を減らさない逆転発想 ・資本主義の正体を知れば行動も変わる などなど盛りだくさん。 この1冊で、あなたの行動は変わります!! 内容(「MARC」データベースより) どんなにアイデアや発想が素晴らしくても、経営の背景になっている システムがわからなければ会社はつぶれる。その差を知らずに、中小企業が いかに損をしているか、またシステムを利用してお金を残す方法について 詳解する。
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2003年01月18日(土) 650, 債務返済年数
最近この言葉が新聞や本などでよく見かけるようになった。 会社の利益などや償却での現金収支の額が返済に充てると 仮定して債務完済まで何年かかるかをいう。 ー総借り入れをキャッシュフローの金額で割った数字をいう。
当社は今のところ12年である。 装置産業の当社として、無借金と同じ状態が8〜10年であるから あと2~3年でその状態になる。 といって大きい事件がおきて、日本の総生産が2〜3割ダウン、 利益がマイナスになれば、一挙に20〜30年になる可能性がある。
地銀などの「審査能力の崩壊をきたしているところが、 ただ審査基準を当てはめている」のが今の日本の状態である。 当方も危ない会社にされかけたが、貸しはがしの陰湿な口実 だったかもしれない。
今朝の日経新聞に「過剰債務、中小が深刻」と書いてあった。 大手で平均12年に対して、29年という。 深刻なすうじである。 他人事でないのが経営である。 新幹線にテロなどがあったら、売り上げが激減する。 小説といっていられない北朝鮮が控えている。
あと2~3年でかなりの減量感が出るが、今の日本も似た状態だ。 本格的な倒産の嵐を耐えねばならない。
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2002年01月18日(金) 304、パソコンの機能と実感−��
パソコンの機能と実感 これには無限に近い機能?が入っている。
ワープロ、電卓、辞書、写真現像機能、名簿、TV、CD、世界中の 情報を検索できる図書館、情報発信機能ーホームペイジ機能、印刷機、 手帳、ポストイット、ゲームなどあげれば数かぎりない。
万能機械といってよいほど機能が入っている。 10年前の数億円相等のコンピューターの能力が入っている。 これが10万そこそこで買えるのだ。 これを使うかどうかが、仕事だけでなく人生にかかってくるといってよい。
やっとその数百分の一を知っただけだ。これを使って何をすればよいか、 徹底的に考えられるかどうかが,これからの鍵になる。
この一年でやっと人並みに近づいた。 この一年で全く違う世界に一歩足を踏み入れた。 ブラインドタッチを少し出来掛けてきた。 やっと門に入り、その通路を歩き出した感覚だ。
メールも抵抗なくできるようになった。 飛躍的に自分が変化しているのが解る。 デジタルカメラの写真もあまり抵抗なく、やっとホームページに貼れるよう になった。それでも圧縮を抵抗なくする為に時間がかかる。
本も抵抗なくWeb上で買えるようになったのも最近だ。
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9時半目覚める。 二日酔いもよいところだ。 やっと起きて、横浜さんのところを出る。
直接学校へ行く。 田島と学食でばったり出会う。 昨日はゼミに出てこなかった。 彼が言うには卒論を出せなかったということで、ゼミを辞めたと言う。 二日酔いもあってか、怒りが出る。 卑怯だと彼を責めたてる。 また反省をしてしまったが、私がいう問題ではなく彼自身の問題である。 でも寂しいのは事実である。今まで一緒にやってきたのに! あと一歩のところで何をしているのかと思うのは当然だろう。 一番人間として信じていたのに。 時々ハッとする言葉を投げかけていたのに。 最後は挫折なのか。 そういう姿も羨ましいところもある。 見習うべきなのかもしれない、満足のいかない中途半端な卒論を出すより ズット良いかもしれない。
その後、産関論の欠席届を出して、川崎と待ちあわせで来るのを待っていると クラブの高杉と出会う。 高杉とも、如何いうわけか気が合う。 留年などして苦労しているからだろう。 30分ほど今後の進路のことなど話をする。 その後、川崎と喫茶店に行き話をする。 彼は彼のペースで相変わらずいる。 彼は自分の思ったとおりに生きているのが特徴である。 本当にこの学校に入って良かったと思う。 人間性が豊かの人が多いのだ。
寮に帰り、またTVで東大の安田講堂の立て篭もりの攻防を 放映していた。彼等の行動は現実には全く理解できるものではない、 といって、あそこまで駆り立てる何かがあるはずである。 彼らが見ている社会矛盾をもっと見るべきであるが。 その矛盾の中にこれから入っていくのだ。
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| 1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 −1 |
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2004年01月17日(土)
ー読書日記
紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。 タイトルは−93・7�佑硫饉劼�10年以内に潰れるー攻めるだけでは 会社は10年続かないーである。
「初めに」の出しからして刺激的な文章である。 ー「まずはキャッシュで一億を作る。」 社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。 「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。 しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。 そもそも、現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。 総世帯4700万ですから全体の2.3�佑任后� 50世帯に一世帯が一億を持っているのです。 でも、実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。 資金繰りに追われているところが大半です。 何故こうなったのでしょうか? それはほんのチョッとした差から生じています。 そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。 ・・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。 ーとのっけから読み手を引きつけていく。
印象に残ったところを抜粋してみると ・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。 ・今の日本の税制は「かっぱらい」である。 「取りやすいところからとる!」が結論である。 ・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。 その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。 税理士や会計士は無知もいいところ。 ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。 設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。 その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、 税金をボッタクラレている。 ・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。 ・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。 ーこの詳細がナカナカ面白い ・社長で「いい人」ほど儲かってない。 一般常識の世界で生きているからだ。 ロータリークラブとか・・・ それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。 ・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20�諭⊆勸�30�諭� 但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。 内部留保金と未来投資資金として割り切ること ・裏帳簿の勧め・・・・ ・戦略3つ,戦術7つ ・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。 リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。
ー以上が印象に残った内容だ。 ーつづく ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
2003年01月17日(金) 649, 損切り
ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。 題目が 「会社と個人の資産防衛策」 副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー その内容がなかなか面白い。 このパンフレットに殆ど90�佑�含まれている?
その概要を書くと以下のとおりである。
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ! ・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。 −不採算部門の切捨て −不良資産の切捨て −不良幹部ーヘドロの切捨て ー倒産を恐れるな ・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り −まだまだ不動産の大放出が続くと思え −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ ・銀行取引の全面見直し 社長は先手を打って資産を守るべし ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。 −貸してくれない銀行には返さないこと。 −手元流動性資金の確保が絶対に必要 −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人 −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却 ・5年先を読むと先手必勝である。 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・ −不動産の金融商品化が本格的に始まる。 −円資産だけでは危ない時代。 ゴールド・円でドル建て預金 −事業こそ最大の資産だ。 その事業を良くしておく事 それはデフレに勝ている事業だ。
・・・以上がその内容である・・・
「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。 去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。 次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが? ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。 体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。 先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。 こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。
この数年は負け組みの最後の整理が控えている。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 2002年01月17日(木) 303、事業と難関
事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に 思いもよらない何かが起こる。それと当然「事業そのもの」にも、 想定以外のことがおこる。
必ず難関が次から次に起こってくる。回を重ねるうちに、 そういうものだと割り切れるようなった。そしてかなりの極限に追い詰められた時、 「これが今回の丁度ピークのそれ」と冷静に受けとめれるようになった。
そしてその二つが重なってくることが多い。 しかし経験とは凄いものである、それが勘で解る。 ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。 従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。
難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。 それは付き物である。これが一波、これが二波、これが三波と、そして 「これが今回の一番の大波」?とうけながら冷静に対処していく。 一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。 しかしこれ以上の波はないのも解る。それが仕事というものだ。 人生もそうか!
初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。 「そういうもの」ということが解らなかった。気持ちに余裕はなかった。 しかし、親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、帰りに ボロボロの姿を見て、「羨ましい!」のひと言が自分を支えてくれた。
その人は今かなり出世をしたとか聞いている。 その人の弟の葬式に7〜8年前出会ったとき、「私は自己採点は80点だが、 貴方はいくつか?」と聞いたら、「93点」と言っていた。人事系の仕事だから 冷静な点数と思う。
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1月17日 1968年
午後一時にゼミに出席する。 今までのゼミの反省と総括をする。 私の意見は「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」であった。 全体的に同調されたようだった。石川君と私の卒論の発表会的なところも あった。その後ゼミの連中と飲みに行く。 「嵯峨」から飲み始める。 下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、17時から翌朝の5時まで 12時間も飲みまわる。その後数人で横浜さんの部屋で泊まる。 石川とは、「その仮面を剥げ!」とかなりの言ってしまった。 彼も私を辛辣に批判をする。私のほうが過激であった。 あとで謝らなくては!言いたいことを言ったあとで自己矛盾がおこる。 自分が解らなくなってしまう!
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2004年01月16日(金)
前にも少し書いたが、野球のスカウトがまず注目するのは足である。 リトルリーグから大学を経て社会人になるまで観察し続けることもある。 まず足が速いこと、それによって体のバネや筋肉や関節の柔らかさが分る。 野球はランニングに始まり、ランニングで終わる。 大リーガーのスカウトは、特に足にうるさいという。 イチローや、二人の松井も脚力は並外れている。
大相撲でも、入門をすると徹底的に下半身ー脚を鍛え上げる。 股割りから始まり、すり足、四股を教えていく。 そして、足指で土を掴まえるようになるまで足を鍛える。 本場所の相撲を見ていて、足に目があるのではないかと思うくらい微妙なところ で俵の上で残ったりする。そこまで鍛え上げているからだろう。 足を辞書でひくと、 「体を支え移動させる機能。たとえば、動物の下肢、立ちまたは歩行の用をなすもの、 タコなどでは遊泳の用をなすもの」等が書いてある。 足といえば、「足が付く」「足が出る」「足を洗う」「足を引っ張る」 「勇み足」等々、慣用句にもなっているほどだ。 お金のことを「お足」とさえ言っている。これは、走るように去っていくという 意味がある。いずれにしても、自分の体を移動させる重要な機能である。
ところで、足の代用として何が考えられるだろうか。 移動手段として見ると、まずは車である。 免許が無いのは、現代イザリとさえ言われている。 飛行機、船、列車などが考えられる。 このような移動手段の発達が人類の進歩に大きな役割を果たしている。
海から生物が陸に上がってきて進化する過程で、移動手段としての足は 重要な機能となった。 鳥のように前足を羽に進化させて、空を飛ぶということで移動する生物もある。 また蛇のように一切足を持たない生物もある。逆に百足のようなものもある、 ところで、今の乗り物の多くは生物の機能の真似から出来てきた。 車は馬、飛行機は鳥、潜水艦は魚等。 しかし船だけは見あたらないというが。 それと自転車やオートバイなどの二輪車は何だろうか?
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2003年01月16日(木) 648, 流通業界を考える
実家も勤務も前業も流通業界の出身の為か業界のウネリに興味がある。 一般小売店と地方百貨店はほぼ壊滅。その流れが都心の百貨店にきている。 そごう百貨店の倒産、西武流通グループの解体と西武百貨店の再生法。 東急もしかり。三越の不祥事の連続の事態。 これからは高島屋の隠れた問題が吹き出るはずである。
百貨店といっても、その実体は不動産業でしかない。 問屋とアパレル業やメーカーの場所貸しでしかない。 それに優勝劣敗の管理を加えている位だ。 当然、スーパーや大手専門チェーンに侵食される運命だった。
その勝ち組であったスーパーがおかしくなり始めた。 マイカル・長崎屋・九州の覇者の壽屋・ヤオハンの倒産である。 ダイエーは解体過程、西武流通グループは完全解体、西友は外資に 買収された。原因は多角化の失敗である。 アメリカのNO・1であったスーパーのKマートが去年倒産したが、 これはシアーズの生活総合業の真似によるエネルギーの分散の為である。
ダイエーは、野球やリクルートとホテルなどの多角化が本体のエネルギーを そぎ落としてしまった。他もそうだっだ。 勝ち組と見られるヨーカ堂とジャスコは売り上げ経費率が25〜28�佑發△蝓�近々大量出店を見込まれるウォールマートの16�佑裡嫁楸瓩ぁ� 10年後の流通図が、この数字に全て暗示されている。 この2つが合併しても16�佑砲修�落とす事は無理だ。
傍で見ている分には面白いが、これから始まる大競争時代を象徴している。 解体と再統合の繰り返しの始まりだ。
これは今の銀行の先行を明確に現しいている。 地銀以下レベルは40年前の日本の流通業に酷似している。 どう収れんされていくのか? 今年からその再編成が始まる。 これは日本の根底の再編成になる。 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月16日(水) 302、事前の一策は事後の百策に勝る
生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。 これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。
ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、 ああしておけばよかった」ということが出てきても、その 修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。 それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。
宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、 建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。 事前の一策を練る事といえる。
一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーしている プロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。 他人事でないか?!事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。
それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。 十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。
過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く! 準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、 とことん突き詰める事だ。
計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、 必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。
結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。 数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か! ・・・・・・・・ ・・・・・・・・
1月16日 1969年
9時起床。 10時前に大学にいって卒論提出。 万歳!これで頭を痛めていた難問をクリアーする。 内容は満足のいく半分のできであった。 あれだけ努力をして、内容はこのレベルでしかない。 基礎ができてなかったのだろう。 あちこちの文章を切り抜いて、自分の言葉に言い換えただけでしかない。 そこに新しい視点を見つけることは不可能であった。 甘さといい加減さが、この内容が物語っている。 以前の自分はもっと自分に厳しかったはずなのにどういうことだろう。
そういえば今日試験があったのを知らなかった。 これをとらないと単位が取れないという。 欠席届を出して、後はどうなるか様子見である。 一つ大きな心配が増えた。 ゼミの河村と石川と外山と4人で研究室に行き、助手の横浜さんと 話をする。
その後、寮に帰りTVをつけると、 東大の校舎で反代々木系全学連が安田講堂にたてこもって8千人の警察官と 攻防を繰りひろげていた。 まるで戦場である。講堂の屋上からは火炎瓶、空からはヘリコプターが 三機もいて催リュウガスを撒いている。驚くばかりである。 駒村の部屋に行く。彼とは大きな距離を感じる。 その後風呂に行く。 その後部屋に帰ってくると、先輩の永田さんくる。 先日、飲みに行ったばかりだが、また彼と飲みにいく。 先日よりズット落ち込んでいた。 あれだけ強気であった人が、何があったのか弱気なのだ。 もう秘書は辞めて田舎に帰るとか、鼻ー蓄膿症ーが悪くてどうにもならないとか。 午前一時過ぎに帰って、就寝。
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2004年01月15日(木)
あと二年で還暦である。 もうこの年になった!というのが実感である。
60歳までに、60歳以降の余白を全て埋めてしまう生き方をしようと 50歳の時、決心をした。 「10年で30年分を生きる」が、それからのコンセプトになった。 そして8年が経つ。 実際のところ、そうしてきたかというと自信はないが、 そう思って生きてきたことは事実である。 「海外旅行を50回を60歳まで」にと目標としたのも、その一つである。
この随想日記もその一つだ。 60歳を過ぎてからというのが一般だが、約三年前1千を目標にして、 昨年の暮れに達成した。言い残しておきたいことは殆ど書いてしまった感じだ。 あと二年で730日分書けば?もういいだろう。
父が58歳の時、私は中学二年生、 母は、大学一年だった。 その頃、50代後半は凄く年寄りに見えたものだ。 恐らく若い人から見たら、そう見えるのだろう。 年齢を重ねると、マイナスだけでなくプラスも同じくらいあることも知った。 若い時と違った充実をした日々を過ごせるのだ。 経営をしていると、そう心休まる日はない?が、といって毎日の内容が濃い。
この年齢の風景を見てみると、 ・10〜15�佑瞭欝蘋犬�亡くなっている。 ・私の両親の兄弟姉妹と連れ添いは9割以上亡くなっている。 いとこは4割、兄姉は9人中4人亡くなった。 従兄弟で現役で働いている人は一割もいない。 兄姉で働いているのは、兄夫婦と私だけだ。 同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。 こんなものだろう。
生老病死とは、よくいったものだ。 生き、老い、病んで、死んでいくのだ。 それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。 といって死ぬまでは生きているのだ。 また楽しみは無限にある。 「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。
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2003年01月15日(水) 647, ハッピーバースデー
ツアーで、ホテルのレストランで食事をしていると時おり人だかりができる。 宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが全員集まって、 ケーキに火をつけハピーバースデーの歌を歌っているのだ。 小さいレストランの場合は全員が合唱をする。 何とも心が和むひと時だ。 そして本人がケーキを持って、各席に持って回って配るのだ。
キリスト教徒の誕生日に対する思い入れは、日本人と比べるとずっと強い。 それはキリスト教の教えにある。 神から頂いた生命の記念する日に、その場に居合わせた人は神の意思である。 従って祝うほうも心からその人に祝福する。 またケーキもその祝福として、お互い分け合う。 与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。 あの暖い雰囲気には、キリスト教の教えの背景がある。
数年前までは1月15日は休日であった。 その誕生日には一人で飲みに出ることにしていた。 それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。 この日だけは家内は「一人休日に飲みに出ること」に文句を言わない。 休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って誕生日で特別に 飲みにきたと話すと歓待される!勿論それを狙っているのだが。 これを年中行事にしていた。 「その日が休日だから面白い」のであって、いまでは家に大人しく帰る? 勿論今日も会社から貰ったケーキを持って!
誕生日ほど自分と第三者の差が大きい。 子供の頃の家庭では「正月に一度に祝うのだから、誕生祝の必要はない」 と一切やらなかった。 勤めていたときや、以前の会社では朝礼で全員でハッピーバースデーの歌を 歌いケーキを贈り、寄せ書きをしていた。 今は会社でメールで祝いの文章をお互いに送ることにしている、 それとケーキを。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月15日(火) 301、動物の不思議な世界−2
土手で散歩をしている時、ある家の玄関にいるゴールデンリトルバー の一歳ぐらいの犬と目が合った。
思わず右手を上げて「ヨッ!」と挨拶をしたら、 なんとその犬が右前足を挙げて挨拶?をかいしてきたのだ。 「嘘だろう!」というのがその時の気持ちであった。
翌日全く同じ状態で挨拶をしたが挨拶を返さなかった。 そこで考えた、あれは「お手」の感覚で思わず手を出したのではないだろか? 生きていると思わず、いろいろのことを経験する。 でも傑作であった。
中学の時、その当時飼っていた柴犬に悪戯で日本酒に砂糖を入れてなめさした。 はあはあ口で息をはきだし尻尾を振りながら、よろよろと千鳥足で歩き出した。
急に変なことを思い出した。
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ 1月15日 1969年
今日は学生時代最後の誕生日だ。 毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。 このよう見るのは最後だろう。
内容と評価を、メモをしながらみた。 ・北海道代表の武田(女)さんの主張 あまりハッキリした意志が感じられないー65点 ・東北代表の清水さん 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から 自分を見つめられる人間になりたい −70点 ・四国代表の中西さん(女)ー実習教官 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点 ・東海代表の須田さん(女) 女である自分の農業の立場 75点 ・東京代表の守屋さん 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方 若さの代名詞は可能性 75点 ・沖縄代表の宮城さん(女) 沖縄県民の心情ー85点 ・近畿 林さん 精薄施設の女指導員 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点 ・関東代表の関谷さん 自分1人で生きていく心構え 70点 ・九州 河嶋(女) 生活の為働かなくてはならない姉妹について 老人対策など 90点 ・中国代表の吉原さん 非行少年の観察員の主張 心が病んでいる少年達ー80点
以上が私のつけた評価の点数である。 現実にドップリ使っているのだから、仕方がないがもっと 広い視野で自分を見下ろす目が必要ではないか。 可能性の追求をもっと見つめることが大事ではなかろうか。
この目で自分を見つめ直すと、どうであろうか。 流通で生きると決めたのだ。そこで何を可能性として求めるべきだろうか。 そこで自分の基盤を深いものにしなくてはなるまい。 そこで自己建設をしていくことになる。 ここで忘れてはならないのは、他人もそれをおこなっているということだ。 何故、そんなことをしなくてはならないか? 人間として生まれ、最後は死ぬ中で自分の生きた証を残す為である。 それが義務といってよいからだ。 その立場によって、それぞれが違って当然である。 私は今、そのスタートラインに立っている。 誕生日に毎年この番組を見るのが私にとってベストになった。
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2004年01月14日(水)
度々この言葉の書き方を迷うことが多い。 私の場合は、 状況から「疎外感を持っている状態」を「独り」と書き、 数名の一人の場合を「一人」と書いていた。
独りは、独身や孤独などの置かれた状況をいい、 一人は、一が人についている状態で孤立とは違う。 したがって独りという言葉とは少し意味が違ってくる。 数字で言うと一人は「一」で、 独りは「ゼロ」ということか。
辞書で調べると 独り ー単独、孤独「独りになりたい」 一人 ー人数「息子が一人います」となっている。 状況と数の違いということだ。 凍りつくような独身生活と 青春を謳歌している独身生活とは 同じ独りでも、また意味が違ってくる。 老人の自殺は、凍りつくような独り生活に耐えられなくなるケースが多い。 生涯を通じて、自分独りの楽しみを創ってきたかどうかだ。 しかし連れ添いや子供を失った喪失感は、それでもカバーできない場合がある。 この随想日記も早朝、独り居間で書いている。 全く寂しいとか、辛くて書いてはいない。 どちらかというと面白い。 「独り」は「真我」といってよい。 自分の中心点の奥の「正一点中心無」といも言えるだろう。
以下はインターネットで調べた内容をコピーしました。 ーーーーーーーー
「独りって…」
ある人が言ってたよ。 一人と独りは違うとね。 私はその言葉にうなずくよ。 私は独りだけど独りじゃない。 私には、友達も仲間もお母さんもいる。 でも、私は独りです。
どんなに幸せな時間が流れても さっきまで、仲間と笑ってる時間があっても 独りの寂しさはやってきます。 人間、しょせん独りなんです。
・・・・・・・ 一人と独り
一人でいると 独りであることを 強く感じる時がある
二人でいても 独りだと感じたら
待っているのは 悲しい予感
・・・・・・・・・・
−ひとりでいるのは寂しくない?−
誰かに聞かれたことがあった。
「一人は寂しくなんかないよ。」
たしか俺はそう答えたはずだ・・・
でも ―――独りは怖い―――
心ではそう思ってはいたが、外に出すことはしなかった 出しても気付く人はいなかった
「一人」と「独り」の区別を知らない者・・・
彼らは幸せ
「独り」の寂しさを知らないから 「独り」になったことのない”幸せ”な人たち
”孤独”という単語は知っていても理解することは出来ない者達
そう彼らは知らない
知らないから”幸せ”でいれることを
けど
知ってても幸せになる方法を 教えてくれた人がいた
『一人は怖い?』
――怖くないよ。ただ嫌になるだけ――
『独りは嫌い?』
――嫌い――
『じゃ、一緒にいよう? だったら独りじゃないよ』
そういったのは誰だっけ?
・・・・・・・・ 【一人】(ひとり)
1.一人でいること(笑)◎ 2.若い時はよく一人暮らしした〜いとか、一人でいた〜いなんて 言うけどいざ一人になると人恋しくなるものである。 3.毎日、チャットしたり、テレビに話しかけたりする人は、 人恋しさのバロメータはかなり高い。 4.つまり、人間は一人では決して生きられないのである。 5.「ひとり」は独身とも書くんだよね。はぁ… むら
【独り者】(ひとりもの、ひとりもん)
1.独り身。社会一般では独身者の事。狭義では、彼女・彼氏の居ない 人のこと。◎ 2.全く縁のない人のことは「日照り者」と言う。
『解説』独り者が不幸かどうかは、未婚者と既婚者では、何故か意見が 分かれてしまうモノである。 むね
3.「独身」は体に悪く気の毒でもあるので「毒身」とも言う。 4.「独身」は「単身」とも言うが、単身赴任というと大抵所帯持ちである。 5.彼女の心を知りたい一心で修得したテレパシーの一種を「独身術」という。 6.「独り者」の期間が長期国債ファンドすると「変わり者」に変化する。 7.「独り者」と「変わり者」が融合すると「かぶき者」になる。 ☆たくぶん
(参考資料) 【一人】と【独り】の用法
【 暇人 】( ひまじん )
【日和る】(ひよる)
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2003年01月14日(火) 646, 教育を考えてみた
昨日は成人式だった。少し硬い教育を考えてみよう。
過疎の学校の生徒の成績は普通の学校の生徒より かなり落ちるという。 学校の統合や廃校で父兄が反対運動をするが、これは生徒の側から 見たらマイナスである。
常識的に考えれば、一人当たりの先生の比率が圧倒的に多い 過疎の方が成績が良くなってよいはずだ。 それが反対に悪くなるのはどういうことだろうか? いろいろな問題が含まれている。
あまり管理が行届いて、子供の遊びや工夫の目を摘んでしまう事や 子供同士の動物的刺激が最小に済んでしまうからだろう。 小学校高学年から中学にかけての虐めや、ライバルとの闘いが意外と 人間性の基礎をつくっているのかもしれない。 多くの人間との接点の中より人間の基礎がつくられるのが 真実ということだろう。
小学校5年までにその人の能力の基礎は確定してしまっている。 そこのベースより抜け出せないともいう。 小学校や中学を見渡しても、大化けした同級生は全くいない。 逆はいくらでもいるが。
これからの時代は、今までのような学業の成績だけでは 判断されないから難しい。 自分で自分の特性を早く見つけて、自己育成を早い段階で積み上げなくては ならない。
昨日の成人式でノーベル賞をもらった小柴さんが 「やりたいことを見極めて」と言っていた。 「自分のやりたいことを見極めることは、そう簡単なことでない。 食わず嫌いせず、いろいろな事を自分で試してください」と。 もう遅いのか?最後のチャンスなのか?
「あなた何がしたいの?」とある若い人に聞いた。 「何にもない!ただ流されるまま生きていければよい。 この時代何をしても上手くいくはずがない。時代が悪いのだ。」 開いた口が塞がらなかった!でもこれが若い人の半分以上を 占めている感覚である。 大学を卒業しても就職口ない時代、自棄になるのは解らないでもないが。 そういえば地元の?? 問屋の??2代目が同じことを言っていたのを 母から聞いた事を思い出した。 親父が「俺なら幾らでも創業のネタがあるが、ああなっては人生終わりだ」 という内容だった。
「人生どんな時でも前向きに切り開いていく能力」が教育の基本だが。 今の日本の中途半端の挫折がこういう雰囲気をつくっている。 最後は悲観的になったが、教育はすべての基本だ。
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2002年01月14日(月) 300、「心と合理化」
「合理的とは最小の資源で最大の効果を求めることである。 しかし心構えとして必要なことは、最大の努力で最小の効果である」
若いときに出会った言葉である。そして全てに対してその気持ちの構えで とり組んできたー精神論もいいところだ。これは知る人ぞ知ることである。 意外とこれは落とし穴かもしれない。 それを可能とするのが、本当にそれが好きかという根本で決まってくる。
「好きと嫌いはどれほど違う、命ただやるほど違う」という都都逸があった。 好きなことをしての一生と、そうでない一生では天と地の位の差がある。
私の場合、事業と箱作りービル建設である。したがってこの30年、 全く苦労した感はない。周辺に波乱万丈の人生を生きてきたとかいう人がいるが、 それが何なんだとつくづく思う。 好きなことをやってきたという人生こそ大事なことだ、と信じていきてきた。 他人の批評は所詮他人の脳の歪みでしかない。
この前ベトナムに行ったとき、 定年直前のバスのドライバーが二人できていた。 本当に楽しそうに旅行を楽しんでいた!子供のとき自動車に憧れ、 大人になったらドライバーになると決めていた。 本当に夢がかなってよかったとシミジミ言っていた。
決して社会的に高いわけでないが、人生の後半にそれを言えることが最も 大事だと思うようになった。 心とはそういうものだ!
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 1月14日 1969年
11時過ぎに起床。 食後、卒論の最後の仕上げだ。 16時に酒井君がくる。 佐藤の友人で早稲田の男で何か気が合う。 酒を買ってきて、佐藤と三人で飲む。 酒井君に「私は防御が強すぎる。そして直に針を出して、人から自分を 守ろうとする。如何でもよいことまでも突き詰めてしまうと。 自分をあまりに大事にしすぎだと。 もっと自分を下から見るべきである。
・「観念構成のために最もよい燃料は経験である。 直接的な経験は一番上等な燃料になる。こういう経験はいつまでも 身についてくるし、必要な時にはドンドンでてくる」
・「賢人の最も美しいあり方は、きわめて控えめな言葉を使って、 きわめて強烈なことを言うことにある」
・「自分自身の考えを信じること、人知れず深く考え、自分にとって真理で あることは全ての人にとって・・・・・・・・・
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2004年01月13日(火)
図書館の健康のコーナーを見ていたら「足」に関する本が多いのに驚いた。 手にとって読んでみると、ナカナカ面白い。 そこで「足は何のためにあるか」と「足の裏から見た体」を借りてきた。 速読で、印象に残ったところを中心に纏めてみた。
ーその前に足に対する私の知っている範囲の知識を書いてみる。
・相撲取りは足首を見ればよいと聞いたことがある。 どんなに太っていても足首が締まってなければ三役にはなれない。 それと土踏まずが広いことも大事と聞いていた。 子供のときから、力士を見ていて間違いない。 北の湖や大鵬や若の花など歴代の横綱は全てそうだ。 ・また野球選手も、まず見るのは足であるという。 早く走れるということは、全ての可能性を秘めているという。 ・足は第二の心臓、常に刺激を与え続けなければならない。 (風呂時には、念入りにマッサージを続けている) ・人間の老化はまず足より始まる。 足を若い時から鍛え続けておかなくてはならない。 (一日1万4千歩を歩いている)
この本に書いてある内容を印象の強い順に書いてみる。
・人間の効き足は左足である。 ー実験の結果、男女の放尿時には左足に重点がかかっているという。 一番の自然の姿であるからだ。 左足は、体全体のバランスを保つ機能を受け持ち、移動方向を定める。 右足は、攻撃とかスピードをコントロールする。 (前から、効き足はどちらであろうか素朴な疑問があったが、昨日初めて 知った) ということは、一歩踏み出す時は右足からが自然であり、 長く立っている時は、左足に重心を置くほうが良いことになる。 ・人間の一番の特徴は二足性歩行にある。 そして、直立の姿勢の結果として咽喉が真っ直ぐになり、 話す言葉を持つことができた。 ・まず四足動物から4手動物としての猿に進化。 その後、下半身の2手が足に(後退?)進化していった。 そこで2手がさらに進化していった。 ー 続く ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2003年01月13日(月) 645, お金はむき出しの真実
以前にもお金についての一考察を書いたが、さらに書いてみる。
・お金で不幸になるというが、それは他人のお金をいう。 −そのとおりだ!! ・事業、それ他人のお金だってさ!! −それ当たり前の事?? 自己資金の範囲ー無借金の場合、事業といわない?! ・どんな人間でも買収されないものはない!! ただ問題はその金額である。 −凄いシビアの話だね。 でも考えてみれば誰でもそうだろう。 ・お金は自由の塊である。その金に縛られている馬鹿がいる。 −気づいているかどうかだがー ・貧困が犯罪の母であるなら、知恵の不足が犯罪の父である。 −この合体が刑務所の中の真実?? ・お金は不平等を平等にする。それだけ絶対的な威力だ。 ー 世の中の不幸は不平等からきているもんね! ・お金は「力」だけでなく「言葉」である。 −意味をたっぷり含んだ言語だ。 ・借金は自由の人間を束縛する監獄だ。 ー 私など懲役刑。
渋沢栄一の「必要なら樽の水は飲んでもよい。しかし絶対に漏らすな!」 学生時代に「雄気堂々」という小説で読んで、いらい金銭哲学にしている。 それと「樽の水は常に水位は一定にしておく」(これは私の金銭哲学だが)
そういえば「お金の苦労だけはしたくない」は、父がいつも口にしていた。 その為か常に念頭に入れて事業計画を立てていた。 それでも厳しい時代になってきた。
私が見る限り、お金にたいしての知識が一般に薄いように思われる。 特に縁のない人ほど、無さ過ぎる。 馬鹿丸出しで「お金に対してあまり興味が無いんだよね」とのたまう。 それは自分の卑しさー人間の奥底の卑しさに、まだ気づいてないからだ。 特にお金に対して窮したことがないからだ。可愛いものだが。
ものの本に「世の中の悩みの90�佑呂�金やそれに伴なうトラブル」と書いて あった。金の考え方がその人といってよいほどだ。
「財布に10万持って、5千円の買い物をするのと、一万円を持って買い物を するのと、5千円で買い物するのと、借金で買い物するのとではまったく違う ものだ」という話を聞いた事がある。それから財布の中身を倍にした。 それと他にヘソクリを持つようにした。そうするとたまに衝動買いする以外 あまり物が欲しいと思わなくなった。次ぎ考えようという余裕が持てるのだ。
反対もあるが。財布は最小にしておくという方法もあるらしい。 2000円以上持たない主義の人もいる。 身近に金の汚い人がいるが、その人は持たない人だろう。 やはり気持ちに余裕が持てなくなるのだろう。
ーお金について ーのホームページよりコピーしたものです。 ーー故伊丹十三監督・制作の「マルサの女」の一場面:巨万な富を築き最後には、 隠し部屋が見つかりマルサに尻尾を捕まれた脱税者を演じる「山崎努」が、 「どのようにしてこんな財産を築いたのか?」の質問に対し、 「それぞれの器があるが、今ここにお金を水に例えて、コップの中に少しずつ貯めて行く。 殆どの者が少し貯まると喉の乾きからその水を飲み干してしまう。 そのような事をすると貯まるものでも貯まらない。 自分は、そのコップに少しずつ貯めて水がコップを溢れるまで飲まない、 溢れた水はゴクンと飲んでは駄目!舐めるのだ!」と すぐ買うことが出来るから普段は買わないそうである。 庶民は、買いたいものがあれば直ぐ買ってしまう。 ーーー
こんなものだろう。 ・・・・・・・・・・・・・・ 参考のために、以前書いた文章をコピーしておく。
ーお金について -事業百訓より [112] お金について 2001/08/18
以前お金の事に対して書いた、それにより人も殺すし人を助ける事もできる。 体も売る、売春で普通の子女が売春に走る値段は、新卒の給料の一週間分の値段が 世界の共通という。日本なら4〜5万というところか。
仕事をしているとそれが鮮明に見えたり、全く見えなくなったり。 命の次でなく、命と同じくらい大事である。 といって死んだと同時に一円も必要でなくなる。しかし生きている限り必要なもの。
金のない人ほど金に対して軽く見ている。 見ているふりをしているかと思っていたが、そうでない。 私の実感は稼ぐは大変、失うは簡単!である。 銀行はまさしくその管理をしているのだから、解っているはずが全くその正反対と いうのがジョークそのもの。 一番面白い話、あの松下幸之助とかなんとか、下を向いて一生懸命書き物 をしていた。こっそり見たら、金かねかねと書いていたという。 自由の塊というところか、それとも神の代行業に対する神の謝礼か。
H0903 お金について -事業百訓より
誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。これほど重要なモノについて 誰も直視しない。触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。 ズバリお金は“自由の塊”である。世界の大部分のモノが引換に手に入る! 人の心さえも。それほど強力な魔物である。 それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。 反対に上手に使えば従順な召使いになる。
父がよくいっていた“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、その苦労はこの世で 一番の苦労だ!。”“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!” “生き金は使え、死に金は使うな!”“お金の楽しみの(うまくいった仕事の) 結果のもの。”“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。 ”“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。
お金に窮してはじめてそれと気ずく。それを誰も直視しようとしない。 世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。それを認めた上で、 それにとらわれるな!とらわれない為にはお金を貯めろ!”。
父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。 でもお金に対して奇麗な人であった! ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年01月13日(日) 299、動物の不思議な世界
以前テレビの動物番組で目を疑うことがあった。 ハイエナに襲われた小鹿を、カバがそのハイエナを 追い払い、その後小鹿に大丈夫かと思いやっている内容であった。 異種の動物の子供をかばうということが、現実にあった。 その子鹿はすでに死んでいたが、鼻先で起こそうとしていた。 もちろん同種であれば当然かばうだろうが、本能的にそれをしたのだろう。
先日も野生の雌ライオンが、鹿の子を育てているのがニュースに出ていた。 その後水飲み場で、雄ライオンに食べられてしまったといっていた。
以前、温帯魚を飼っていたとき、同種であるが一匹の魚が他の魚を執拗に 攻撃していた。見ていると他の魚が必ずその間に割って入っていた。 「嘘だろう」と見ていたが、何回もそのパターンが続いていた。
長岡の鯛の専門店でのこと、水槽の中を2〜3十匹の鯛の群れが一方の方向に回遊 していた。その時一匹の鯛と目が合ってしまった。その後2時間近く、回ってくる度に 見詰め合っていた。その後スナックにいったが、その話でモチッキリになって、 その鯛を食べに行こうとなりその店に電話をした。 すでに閉店していたが、もちろん実際は行く気はなかった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月13日 1969年
12時半に起床。 午後、姉の優子さんのところに電話をする。 今月中に清書をしてもらった金を払いに行くと約束をする。 川崎から電話でスケートにいけなくなったと電話が来る。 夜、先輩の永田さんが部屋に遊びに来る。 二人で飲みに出る。 かなり弱気になっていた。 今は誰もが気持として不安定のようである。 この人は県会議員になるというハッキリした目標がある。 しかし自信が無くなってきたとか。 こういう先輩が私に悩み事を正直に言ってくるのは、 私の中に客観的な視点をみたのだろう。 武澤ゼミ効果だろう。
私も最近おかしい。 何もするでなし、スランプを抜け出れない。
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2004年01月12日(月)
ここ数年、大相撲がつまらなくなったと書いてきた。
しかし今場所あたりから、何かが変って面白くなってきた。 早くいえば、曙や貴乃花や武蔵丸などが引退したことが大きい。 また元横綱の曙が異種格闘技のK−1に出て、無様な負け方をしたのがよい。 横綱になれば、引退後一試合に一億の興行を張れるのが実証されたことが 重要である。 また国技などといって、特別の存在のように言っているがそれほどでもないことが 解っただけでよい。
ここにきて、ロシアやグルジアやモンゴルなどの出身で、若手で有望な面白い 力士が芽生えはじめてきた。 もう日本人とかいう枠を徹底的に割り切ってみた方が面白い。 それに、あの横綱審議会も解散すべきだ。 ー「死にかけた老人が訳も解らないことを言っている」と誰かが主張しなくては。 (以前週刊誌で、『世の中で要らないモノ』の一つにあげてはいたが) 相撲が「国技」と勝手に名乗っていたことを、正直に告白すべきだ。 ルールも思い切って変えるべきである。その機運が出はじめているが。
相撲の醍醐味と良さは ・神聖な勝負ごとー日本の伝統 ・仕切りと立合いの「気」が良い ・「円の中での、出した、突いた、倒した」の格闘技 ・一瞬(平均 5秒^10秒)の勝負の為に、その背後には膨大の訓練をする。 やはり神秘的な格闘技である。 そこに圧縮された時と雰囲気が出来上がる。 といって、源流はモンゴル相撲やトルコ相撲が背後にあるのは自明のことだ。 「朝鮮系の文化そのものの神社」の奉納の力自慢のお祭りが発生である。 文化国家のフランス大統領が、何故相撲の虜になるのだろうか。 それは、一瞬の気合の中に圧縮された時間に文化を感じ取ることが 出来るからだ。
もっともっと外国巡業に出るべきである。 外国で一年に一度は本場所をしてもよい。 それと、それぞれの相撲部屋にスポンサーをつけて収入を計るべきである。 相撲部屋を会社に売って専属にすべきである。 それとK−1とかプロレスのようにショーアップをすべきである。 場外乱闘もあってよいし、茶髪も認めるべきだ。 そうすれば、注目も浴びるしお金が集まる。 力士の収入も横綱がプロ野球のトップ並みの5億円以上にすれば、 どんどん志願者が集まるだろう。
その点で、いまの朝青龍を徹底的に認めることも重要だ。 あの読売の耄碌爺が出てくるようでは、お終いである。
昔からのシキタリで残すべきは残して、変えるべきところはドンドン 変えていかなくてはならない。難しいところもあるだろうが。 「今の政界のような八百長体質」を変えないと、ますますファンは減るだろう。 最近特に若い人の姿が少ないのが気にかかる。
今までのように外国人が悪役ではなく、スターになる時代が目前である。 大相撲の呼称も「ザ、スモウ」に変えてもよい。
話は変るが、 「高見盛」という現在一番人気のある相撲取りがいる。 彼は何で人気あるのか、直ぐに解った。
彼は神経症である、そしてピュアーなのだ。 それも、ど近眼ときている。さらに、気が優しい。 日本人の、いや、人間の原型である!! だから人気が出るのである。 それを気取らずに、そのまま表現しているから受けるのだ。 相撲の最大の魅力は、凝縮された時間の中の勝負である。 「気」が重要な位置を占めている。 その「気」を、全身に入れるのが良い。 それも館内のファンの歓声ー気を自分の中に取り入れる。 そうすると、「火事場の馬鹿力」が出ることを体験上、解っているのだろう。
相撲談議でした。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年01月12日(日) 644, 呼称の妙味
雑誌の「宝島」が一月三日の読売新聞の全面広告が面白かった。 呼び名を変えれば、日本も変わる(かも)。
「呼称改革」と名をうって今までの呼び名を変えたら、中身もそれにつれて 古い何かが変わり始めるかもしれないという馬鹿馬鹿しい内容だが、 といって唸る内容でもあった。これを全面広告で載せるセンスがいい。 主観的の面白そうな順に並び替えて書いてみる。
女子アナ −TVコンパニオンー変換を打ったら女子穴が出てきた。 官僚 −公僕員 国債 −前借 代表取締役 −代表取り締まられ役 警察官 −正義官 粛々と −適当に 国会議員 −国民奉仕員 公的資金 −失策穴埋め金 道路公団 −迷路公団 外務省 −害務省 公約 -虚約 バツイチ -マルイチ 風俗嬢 -ビタミンガール 未婚 -恐婚 年金 −幻金 テロリスト −ゲロリスト ・・・・・・・・
大体こんなもんだが以下を考えてみた。
暴力団 −巧妙徒党恐喝集団 自民党 −利権擁護巧妙収賄党 社民党 −空想科学夢想党 地方名士 −痴呆迷死 ライオンズクラブ ーオニャンコクラブ 生命保険 −命対象賭け博打 談合 −検察黙認官民共同犯罪詐欺 商工会議所 −談合破り監視会・地域暇つぶし愚痴言い合い所 痴呆名士様肩書き付け合いどころ お歳暮 −ミニ収賄・贈賄 葬儀 −生き残り者の面子場・集り坊主集金祭事 政界 −政治業界
(^┰^;)ゞ (;´Д`) (-.-;)y-~~~ (o_ _)ノ彡☆ _(_ _)ノ彡☆ (・_・ゞ−☆ (/--)/ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月12日(土) 298、酒乱ー2
私の一番のマイナスの特性は酒乱のケがあることだ。 勤めてそれも本格的になったのが、金沢時代からだ。
酔わなくてはやってられない、いや酒に逃げていたのかもしれない。 といってそれで人生を狂わせた、というほどでもない・・??
酒の失敗がない人生を考えてみると、10倍位の人間関係が 広く深くなっていたと思う。 反面、人間関係でABC 分析のBCの人間の排除に一番いいのも確かだった。 そう思い込んでいるのかもしれない、これは負け惜しみか。 「人間はおおよそ失敗するのは、女か酒か賭け事の何れかだ。 もっと詰めれば女か酒かだ」とあるゼネコンのベテランの営業の人がいった。
「貴方は酒の失敗系の人だ、女はない。10年も付き合って一度も、 飲んでいてその場面に近いことがない、必ず尻尾が出るものだ」と。 酒の失敗がなければ、そちらに何かあったと思う。
その意味でぎりぎりセーフというところか。よく警察沙汰によくならなかった ものだ、当たり前のことだが。
私の場合、口害になるから恐ろしい。 いい加減に生きている奴ー大部分ーに対して鋭い刃が向いてしまうのだ。 いや普通に話すことが全て刃になってしまう。 いい加減に生きている自分自身のことを言っているのだから説得力があり、 鋭く?なるのだ。酒が入ると、知らないうちに刃を抜いてしまうのだ。 一番タチが悪いのだろう。
酒の中で一番危ないのが日本酒である。 これで何回失敗してことか!
気違い水とはよく言ったものである。 最大の敵を自分の脳の中に入れることと同じことだ。 酒を入れるとその人間性があらわになる。 卑しい奴は卑しく、凶暴のな奴は凶暴に、暗い奴は暗く、 スケベの奴は助平になる。
「酒も飲まず、タバコも吸わず百まで生きた馬鹿がいる」というが、 それも事実である。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 1月12日 1969年
・「想像は知識より重要だ」アインシュタイン ・アイデアを多く出す為の価格表ー 一つ出すたびに二倍の価格になる。
人をバカにする方法のアイデアを10個を10分で書き上げよ! という設問を考えてみる。 1、TVをなるべく多く見る。 自分で考える時間をなくしてしまう。 2、他人との交友の中に安定を求める。 3、行動に移さないースタートをしない。 4、自分はダメだ、バカと信じ込む。 5、不安定な気持のままいる。自己コントロールをしない。 6、一瞬一瞬をいい加減に生きる。 7、自分の壁の中にのみ生きる。 人の言うことは一切聞かない。本も読まない。 8、自信喪失にする。 9、経験のみに頼る 10、バカな連中だけと付き合う。
こんなものだが。何か二年前の自分そのものだ。 今もそうか?
ー 2004年1月12日AM6:00 記ー こうして35年前の日記帳を写していて、今も昔も変らない自分に驚いている。 そしてあまり成長をしていない自分にも驚く。 人間観察が好きなのだ。 逆にそれにとらわれすぎて全体と自分自身が見えなくなっている視点だ。
また大人数の末っ子の立場で兄姉を一人一人観察してきた上に、社会学という 早くいえば人間学を専攻してしまった為である。
反面、「人生のデザイン」を自分で書いて生きることができた?が。 それが、書かないで生きてきたこととどれほどの差があるのだと言われれば、 何も反論できない?!まあいずれにしても「頭でっかち」だということだ。
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2004年01月11日(日)
他山の石という面で考えてみる。 アメリカの狂牛病による牛肉の輸入禁止は、牛丼チェーンを含めた 飲食業界や食肉業界などに、大きな影響を与え始めてきた。 アメリカの圧力で、早々に輸入禁止措置を解除されるだろうが、 一般の牛肉に対する不信感は、そう簡単には拭い去ることはできない。
「輸入牛肉を使用しない場合は500円の売価で、かつ硬くなってしまう」 と吉野家がコメントしていた。早速、昨日近くの吉野家に行ってみた。 12時前にしては5〜6人しかお客は入ってなかった。 普段はその時間帯はほぼ満席である。年初という面もあるが。
やはり肉は以前とは違い、硬く味も不味くなっていた。 新メニューを注文をしようとしたが、解りづらく牛丼を注文をした。 いままでの牛丼の単品から、他の丼モノのオペレーションは出来てない はずである。 その店は、駅近くの二人だけの従業員の店の為に新メニューは扱ってなかった のかもしれない。 やっと数年前の狂牛病騒ぎの影響が収まってきた矢先、飲食業界は 大打撃である。 グローバル化は、直接世界の影響を受けるから大変である。
昨日、久々に紀伊国屋で定点ウォッチングをしていたら、 新刊本の帯に「10年後には、93.7�佑隆覿箸�倒産」というキャッチフレーズが 書いてあった。面白そうなので早速買ってみた。 既存の企業という点では、それもありえるというのが実感だ。
現在は日本も含めた世界が大転換期にある。 それも数百年単位の大転換期だ。 情報化社会が本格化してきたのだ。 今までは他国・他社の事が、直接に影響をしてくる時代になった。
経営という面では、本当に難しい舵取りの時代である。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年01月11日(土) 643, ハングリー?
日本は「国は大変だが自分は大丈夫という!」という雰囲気で満ちている。 私もそれに近い感覚を持っている。 私の青年期の頃のあのハングリーさは、時代背景もあってか全く感じられない。 昔の日記をおりにつけて書きうつしているが、本当にハングリーであった。
「何かをやれば何かが叶う」という気持ちだ。 今の日本に一番欠けているのがそのハングリー精神だ。
ある逸話で ーオーストラリアに移住した欧州人が、年中花咲くこの地でミツバチを 持ってきたら蜂蜜が欧州の数倍は取れるだろうと目論んだ。 しかし失敗に終わったという。 はじめの年は多く取れたが、年々収穫が下がり最後は全くとれなくなった。 蜂は寒い冬に備えて蜂蜜をとりこむ為に集めるのであって、 年中花が咲いている地ではその必要がなくなる為だという。 なるほどと考えさせられた。
現在アメリカの一流大学の合格者はベトナムやカンボジアの難民か、 その子弟が多いという。 ハーバードなどは20�涌幣紊�彼らで占めてしまって問題になっている。 そこに入って知識を得るしか将来は無いから、死に物狂いで学ぶという。
またソニーの元会長の大賀氏がこの正月の紙面で中国に10数年ぶりに 行って、日本の丁度戦後10年に頃の熱気とハングリーを感じたという。 先年中国に行った時、現地の添乗員が話していた内容が印象的だった。 「日本に留学をした。そこで同じ人間として如何してこんなにまでまで 生活の格差があるのか義憤を感じた。勉強をして必ずあの生活を勝ち取る つもりだ」聞いていて、いつか日本は中国に追い越されるのではと 不安になった。
今の日本はオーストラリアに持ってきたミツバチそのものである。 もうじき大寒波が来るのに、いやすでにその一波がきている。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月11日(金) 297、最近飲む回数が減ったわけ
・何といっても不景気だ、気分的に沈みがちの中飲んでいても旨くない。 誘いも少なくなる。 ・新潟駅と長岡駅に鮮魚店や料理屋の販売店などのテナントが出来た。 通勤の途中に両方がある。これが一杯飲み屋よりもずっと美味しい。 地元の一流の料理屋が出店で割烹料理を売っている。 子供の時の正月料理とほぼ同じ味である。これを帰りの時間(PM6:00) の値引きセールになる。家で食べる方が美味しいという逆転現象がおきる。 ・歳をとってきたー以前ほど赤ちょうちんの雰囲気に親しみを感じなくなった。 ・TVのパフォーマンスの方が楽しい。 以上が理由に上げられる。
サラリーマンのスーパーでの買い物が増えているのと自分の姿が二重写しになる。 週に1回はどちらかの駅の売店で肴のツマミを買う。 家内も外で飲んで帰ってくるより、健全?で、美味しいから文句をいわない。
彼ら店主は、この時代の変化が全く解ってない!これは他人事でない。 何処も全く同じ味の商品!こちらは毎日が生活面では変化の連続だ。 また変化し続けてる店しか行かなくなるのも、当たり前である。
スーパーの食品も冷凍・冷蔵技術や器の高度化や低コスト化で日日向上している。 闘いの相手がどんどん変化している。家でデジタルTV をつけ、パソコンをいじり 買ってきた肴をつまみで酒を飲んでいたほうがずっとよい。 年齢もあろうが。
デフレとライフスタイルが変わってしまったことに気ずいてない。 他人事でないが。 店主よりこちらが舌が肥えてしまったという逆転にも。 毎日が激変である。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 1月11日 1969年
12時に起床。 ジャスコオカダヤに論文を提出をする。 一安心をするが、今ひとつ満足のいくものではなかった。
午後は安心感からか漫然とTVを見て過ごす。 間中のブーちゃんが帰省から戻ってくる。 彼と少し話をする。 何かイヤにソフトになりビックリする。
夜、駒村の部屋に行くと、気分が悪いと部屋に引き篭もっている。 かなり陰鬱になっているようだ。 何かあったのだろう。 自己疎外という奴だ。こちらまで滅入ってしまう。
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2004年01月10日(土)
深夜の底は2時35分と聞いたことがる。 それを聞いた時にハッとした。 過去に大きな決断を迫られた時に目が覚める時間が、 決まって深夜の2時35分であったことだ。
丁度深夜と翌朝の切り替え時間の底なのだ。 そこで決断した内容が果たして正解であったかというと別問題だが。 ギリギリ突き詰めると、そのあたりに一番に頭が冴える。
現在はなるべくベッドの中では考えないようにしている。 しかし決断を迫られたときは別である。 むしろベッドの中の方が陰陽バラエテエーに考えることができる。
最近は夜半の2時半や3時半に目が覚めることが多くなってきた。 この時代の変わり目、判断に迷いが出るからだ。 結果として「真に自分と向き合う時間」になる。 最後は「自分独り!」という実感を、裂け目の時間で経験することになる。 考える上で一番大事なことだ。
話は少しそれるが、木が大地の水を吸い上げ始める時間が 深夜の3時半という。木に耳を当てると聞こえてくるそうだ。
学生時代ことであるが、酔いを強くする為にわざわざ深夜の一時過ぎから 飲み始めたことがあった。4時過ぎあたりになると茫洋とした気分になってくる。 真夜中から朝を跨いだ感じがよい。 若いからできたのだろう。
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ 2003年01月10日(金) 642,DVDのレンタルショップ
DVDのレンタルショップが昨年末にオープンした。 新潟駅近くにある石丸電気が倉庫を改装して出店したが、 お客は入っている。売り出し期間ということで入会費は無料。 レンタル料がベラボウに安い。 7泊8日で100円と200円の二種類ある。 新作は3泊4日で200円である。 結構見ていて雑音が入ったりして見にくい部分があるが、 値段の安さは魅力である。 蔦やに行ったが、270円か450円の間である。
会社の至近距離にあるため非常に便利である。 先日も4枚借りて500円でしかなかった。 奥をみるとカーテンがあってピンクのDVDのコーナーがあった。 ある会で石丸電気に勤めていた人がいた。 販売でもピンク物がよく売れるといっていた。 そのコーナーには結構お客が入っている。 間違っても入ってみることはできない。
感じたのは商品の絶対量が足りない。 今の5倍の量になったらもっと入るだろう。 先日借りたのは「スターゲイト・SG−1]「AI]「ウォーゲーム」 「ザ インターネット」である。 昨夜は「AI]を見たがなかなか見ごたえがあった。 これで100円は安い。採算は合うのだろうか。
韓国産であればDVDのハードは1万円で買える。 時代は変わっている。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年01月10日(木) 296,壁
5〜6年前か、息子の大学入試の作文の課題が「仏教について」であった。 そこで自分ではどう書くか考えてみた。 チャンスがあったらに書いてみようと思うが。
その前年が「壁」であったと聞いて、すぐ自分のそれを考えた。 それを思い出して書いてみる。 「壁というと、まず考えられるのが仕切りの壁で、区分の役割である。 そして心の壁である。それも自分の思考習慣の壁である。
仕切りの壁も人工のものと、自然の壁がある。 人工のものとして一番大きいものとして万里の長城がある。 日本だったら海というところか。
これは外国から国を守る為のものだ。 屋敷の壁、これは家屋敷を外から遮断するものである。 部屋の壁はそれぞれの機能の区分である。
こんな内容であった。何故はっきり憶えているかというと、 日記に書いていた為である。
これに対し、今新たな考えを加えると「言葉の壁」と「習慣の壁」である。 言葉の壁の「取りあえず」「でも」「まいっか」・・・・ そして外国語の壁がある。 習慣の壁、そうそう行動の壁、感情の壁、いくらでも出てくる。
言葉の壁を次回書ててみよう。
・・・・・・ ・・・・・・ 1月10日 1969年
10時起床。 朝食後、12時過ぎに学校に向かう。
13時にゼミに行くが、4年で出てきているのが私だけだ。 武澤先生が急用で欠席であった。 半分遊びで、助手の横浜さんと30分ほど議論をした。 その後、3年全員と喫茶店へ行く。 皆で子供のように騒いだ。 タバコを1分で吸えるかどうかの賭けをする。 結局誰も吸えなかった。
全員でゲームセンターへ行き一時間ほどして、横浜さんと 三年生の3人と寿司屋にいく。 「理念」とは何かが話題になる。 横浜さんがいう「理想像を追い求めるプロセスでの、その人の 方法が理念ではないか」というのが何か変った言葉として印象に残った。 私の考えていたのは「理想像を追い求め一体化を図ること」 とは少し違ったようだ。
また疎外感についても議論をした。 「疎外から立ち直った時、一つの成長過程の変革を向かえるのでは」 という意見に対して、横浜さんは「その反省過程で、他の手段方法を 考え、そのことから自己を第三者として捉えることが前進になる」と 言われたことも印象的であった。 しかし反対にそれに捉われることは、自分の壁をつくってしまう為に 何もできない状況になる独創性が失われてしまうとも考えられる。
「私も考え方が凝固まりだした」という言葉に対して、 「それも現時点では必要ではないか」 「一つの枠を創っていないと 吸収する力を持ち得ないのでは」という言葉も説得力があった。 合気道の師範の黒岩先生も同じことを言っておられた。 「その枠を弾力的かつ吸収力のあるものにすることこそ大事」だと。 その枠を大きくしたり縮めてみたりすることが大事だと。 そこから外に散歩に出たり、旅行をすることが重要ということだ。
夜、市川さんがお茶を飲みに来る。 彼とも2時間以上議論をする。
ー2004年01月09日記 この時期、市川一さんとよく酒を飲みに行った。 といって決して親友というわけでなかった。 酒を飲んで、ただ鬱憤を晴らす仲間だ。 早稲田大で一年先に卒業、薬メーカーに勤めた理学部出身の人だ。 卒業をして1〜2年間、寮にそのままいてもよい不文律があった。 卒業後は一度も音沙汰はない。 「夢をコントロールして好きな女性ー吉永小百合などとセックスが出来る」 と言っていた。何とも面白い人であった。 在学中は、左翼運動の闘士とも言っていた。 当時はプライバシーに一切触れないのがマナーであった。 彼は、いま一番会いたい一人である。
この日記がなければ忘却のかなたの日々である。
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2004年01月09日(金)
昨日「10年日記帳」を買ってきた。 いつも行く書店に、3年日記帳と5年日記帳があり、その横に更に 10年日記帳があった。数日前から迷っていたが思い切って買うことにした。 10年といえば途中で途切れる(死ぬ)可能性もあるが。 10年前にこの日記帳を書きつづけていたら、毎日が面白いだろう。 日記お宅になってしまうかもしれない。
買ってみて、「10年先を白紙で毎日意識してみることが出来る」 のではないかと気がついた。 現在はホームページの随想日記に、35年前と2年前と一年前の日記を コピーして貼り付けている。この為どうしても、後ろ向きになってしまうが、 10年日記の先の白紙を毎日見ることにより、10年スパンで物事をみる目が 知らないうちに身に付くのではないだろうか。更にもっと深い意味が出てくる 可能性もある。ーポストイットで未来の日記を仮定で書き、貼っておくとかー ーありたい理想の姿を現在進行形で書いてみるとかー
年をとっていく自分を見るのが憂鬱になる可能性もある。 反面9年、10年経ったとき後ろ向きになってしまう可能性もある。 その時は亦新たに10年日記帳を買えばよい。
今日から門出の日記の開始である。
随想日記に、過去の当月当日を貼り続けているが、 結果として毎日過去の日記を見ることになっている。 (いや初めから、それを自分で読み直すために貼り付けたが) そうすると、ほぼ同じことをしていることになるが、 白紙を毎日見ることが決定的に違う。
まあどうなることか。 こうして公表してしまえば、書きざるを得ないだろう。 習慣化は第二の天性というから。 これも加えたいが・・・・・
・・・・・・・・・ 2003年01月09日(木) 641, 動物と人間
旅行をしていると、色いろな世界を垣間見れる。特に動物の話しが深い。 ・シナイ半島で聞いた話だが、ラクダが面白い性格を持っているという。 理不尽にいじめたりすると根に持って, 隙を狙って人を殺すという。 理屈に合ってたしなめながら調教なら恨まないという。 人間の気持ちと同じという、何か解るような気がした。 ・ケニアの湖の小さな舟の船頭に聞いた話だが。 目の前にいるカバのグループ一匹が先日ある男を襲ったという。 その男はいつも遠くからカバを馬鹿にしてからかっていたという。 静かに船に忍び寄ってきて襲って、その後死体はあがらなかったという。 何気なく現地の人が話すが内容は新鮮で迫力がある。 ・中国ウイグルのホータンで聞いた話しが面白い。 ロバと人間の関係がよい。 労働力として運命共同体として運搬としてつかうが、死んだら墓をつくり 埋葬するという。何かその地域の特性があらわれている世界だ。 ・アフリカでは野生動物は自動車に乗った人間は絶対に襲わない。 時間をかけた、といっても100年だろうが、お互いの契約ができていると いう。 ・ペルーのチチカカ湖の沖にの葦で作った島に住む住民の世界だ。 驚いたのが、鵜に似た鳥が天敵がいなかったせいか人間を恐れないのだ。 その島民も欲しいときにその鳥をとって食べるのだ。 現場を見て自分の常識から考えられない光景に口を開けたまま呆然とし た。 ・もっと刺激的なのはインドである。牛は神聖な動物とされて最下層の人より 上に扱われているのだ。街で自由に闊歩している。当然誰より自分が上という 事をしっている。餞民が交通事故の場合はほとんど問題にされないが、 牛の場合は大きい問題になる。日本では考えられない。 ・パキスタンでは、街の真ん中で羊を殺し解体している。 日本では勿論、許可をえた場所以外屠殺は禁止されている。
動物との関係は風土や宗教により成り立っている場合が多い。 世界は好奇に満ちている。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月09日(水) 295,夢に日付けをいれる
この正月、TVに出てきた創業社長の言葉である。 「時間を切ってない仕事は仕事でない」のは、言うまでもないが、 夢に時間を入れるとは、その段階から計画に移行したことになる。
夢ー>希望ー>目標ー>計画ー>手順と具体的行為に思考ダウンしていくものだ。 時間を入れるということは具体的目標、計画化に入ることになる。
夢とは長期的な漠然としたものである、時間を入れることにより、短期レベルに、 具体的レベルに引っ張り込むことが可能となる。
人生にビッグな設計図を描いておくことは当然のことだが、時間(日付)のところが 意外と曖昧になってしまう。私が自分の葬式の写真からの視点を、忘れないようにしている のも、人生の終わりー最後日を意識しているからだ。 言葉の遊びか本心か、「2020、0202、0202」」 2020年2月2日ー午前2時2分。 この辺りを目安に、生きてみよう!今年死ぬかもしれなが、後は神の思し召しのままに!
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月9日 1969年
9時起床。 1時45分のの汽車で帰る予定が雪の為に15時に延ばす。 正子さんのところに行くと、2千円の小遣いをもらう。 正子さんは話が面白い。 型にはまってないのがよい。 独創的で、自分の哲学を持っている。
15時の列車にのり、19時に帰寮。 市川さんと早速飲みに出る。 23時過ぎに帰ってきて、0時に就寝。
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2004年01月08日(木)
何気なく図書館で借りてきた本を読んでいたら,ある項目にこの言葉があった。 そうそう手軽に「心が軽くなる言葉があるのだろうか」と思いつつ読んでみて、 ナルホドと思ってしまった。この随想日記も考えてみたら、自分の心を軽く する効用がある! 心を軽くする映画シリーズは「男はつらいよ」であるが、少しテーマから外れるか。
私自身にとって「心を軽くする言葉は何だろうか」と考えてみた。 「何とかなるだろう、何とかならなくなったら、何ともならないでよい。 ただ問題の中心点からは眼はそらさないこと、最善を尽くすこと。 何があっても卑しくはならない事、そして人を騙さないこと」ということか。
この本の中で、ある女性には魔法のような呪文があるという。 引用の引用になってしまうが。
「どうにもならないことは、どうでもいいことだ」
この一説を目にしたとき、スッと肩の力が抜けたという。 努力のかぎりを尽くしたのに成果が出なかった。 といって、誰かを傷つけた訳でなし、死んだわけでもない。 どうしても必要なものなら何とかなったはずだから、どうにもならなかった ことは、それだけのものでしかなかったのだろう。 これがその人の解釈だという。 本人にとって正しく魔法の呪文だったのだろう。
この文章を書いていて、気がついたが今実行している「ありがとう」という 言葉の呪文こそ、「心を軽くする」言葉である。 ウォーキングをして、1千あたりからスッと気持が軽くなるのが解る。
この本ではシンプルな例として ・「しない後悔よりする後悔」 ・「時間はすべてを解決する」 ・「小さなことは気にしないことだ。そしてすべてのことは小さなことだ」 があった。 ところで、この不景気ほんとうに心が重くなる。 心のレッスンと受け止めて、日々過ごしているが。
・・・・・・ ・・・・・・ 2003年01月08日(水) 640 ,ラスベガス
去年の年末にBSTVでラスベガスのショーを連日放映した。 その華やかさにただただ驚いた。 NHKの紅白より豪華で格段の差があった。 センスといい規模といい比べること自体が可笑しいといってよい。 アルゼンチンでタンゴのショーを見て圧倒されたとき、ラスベガスの ショーはこんなものでないのだろうと思った。
先日図書館で借りてきた本に偶然そのラスベガスを書いてあった。 浅田次郎の「絶対幸福主義」である。 彼は仕事の頭の切り替えにラスベガスに年5^6回行っている。 そこでこの街をわかりやすく描写している。
ーラスベガスというのは、カジノだけでなくホテルもレストランも、 全体が堅気ではない。すべてが遊び場、夢の世界なのです。 だから24時間、私を別の自分にしてくれる。 こんな街は世界に二つとないでしょう。 何を求めて年に5回も行くかというとリフレッシュのためです。 いやリライフー生き返る・蘇生するという造語を言わせてもらう。
まずホテルからして面白い。私が滞在しているのは「トレイジャーホテル」ですが。 その名のとおり、コンセプトが「宝島」。で、地下のフロアーに行くと海賊が ウロウロしているんです。隣の「ザ・ミラージュ」は、ホテルそのものが ジャングルになっている。 その隣の「シーザーズ・パレス」は、古代ローマそのままの内装なんであります。 街そのものがワンダーランド。ディズニーランド顔負けであります。 意外と思われる方も多いでしょうが夫婦や家族ずれで来るとさらに楽しいところだ。
どこに行ってもきれいだし、治安がいいし、買い物をするにも世界一というほど ショップが揃っている。洒落たレストランもそこらじゅうにある。 この街の健全性に、私は感動してしまいました。 と同時に、いかに日本人が博打を罪悪してるかを再確認しました。 ・・・・・・・・・ 等々、目に浮かぶような描写である。 俗っぽく言えば 「如何にお金を持つことが大事であるかと、またそれを使うには能力が必要」 ということだ。
私の場合は秘境旅行を、そのままこの文章に当てはめることができる。 「こちとらは、ニセモノのジャングルや古代ローマや宝島じゃないぞ。 本物なのだ」というのも金と能力の限られた人間の負け惜しみだ。 一度ラスベガス行ってみたくなった。 何時も乗換えで飛行場から遠く街を眺めていたがこんな楽しい街なら 行ってみたい。 金をたっぷり持った人種に圧倒されて帰ってくるのが目に見えているが。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月08日(火) 294、正面突破しかないのでは?
今の日本は6掛け規模に収縮になるべき立場にある。 何をもって6掛けかはただ勘であるが、間違いはない。 今の生活を維持をしようとして、それを嫌がりどんどん銀行から金を借り、 雪達磨式に借金が年収の10倍以上に増えていった家庭の状態と仮定できる。
今もその範疇より一歩も出れない状態にある。 「こうすれば、よくなるという」視点より脱却しなくてはならない時期に来ている。 やはりクラッシュに向かって正面突破しかない。 もっとも自然にそうなっていく。しかし今の評論家のほとんどが、 この視点から一歩も出ていない状況である。
ソ連の崩壊までの前提と、それ以降の前提が全く変わってしまった。 アメリカの優待の立場が消滅してしまった、その事実が解ってない。 解っていてもどうにもならないのだ。 この10年ああすれば、こうすればと小出しにいろいろやってきて気づきはじめた。一度清算しなくては、これを小泉首相が建前で言った。 しかし見ていると、まだ腰が引けている。
恐らくクラッシュがおきるだろう、いやおき始めたと言ってよい。 仕方がない、いや長期的にみたらよいことだ。大津波がきている、 しかし全ての知恵を使って各自が自助努力するしかない。 恐ろしいことだが!近じか地元の大手の建?業が倒産するとの噂も入ってきた。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 1月8日 1969年
9時過ぎに起床。 10時半に両親と料理屋の「青木楼」へ行く。 11時から実家の店の新年会だ。 70人ほどの会であった。 大広間にこれだけ集まるとさすがに凄い。 終了後店の二人の女性とボーリング場に行く。 その後4人が来る。 6人の女性とのボーリングは楽しい。 その後、ゴーゴー喫茶に行く。 一時間で切り上げて一人で帰ってくる。 家に変えると、株屋の田中さんがきて父と話をしている。 22時に就寝。
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2004年01月07日(水)
ーマニフェストとフェミニストー
昨年の暮れの「今年の総括」の文章の中でマニフェストとフェミニストを 間違えてしまった。帰省中の息子に指摘されて気が付いて半日で書き換えた。 読んでいるほうからみると、このような漫画的な間違いが限りなく見えるから、 面白いだろう。誤字当て字も読み返していると多い。
実際のところ、この間違いは解っていた。 それでも間違えるのだからどうしようもない。 フ「ァ」ミニストとフ「ェ」ミニストの違いと思い込んでいたのだ。 ところが実際はマニフェストの「マ」と「フェ」の違いであったのだ。 人生は全てが同じような間違いで成り立っているのだろう。
作家の沢木耕太郎が同じようなことを書いていた。 「赤い靴はいていた女の子、いじんさんに連れられていちゃった」 という歌の、「偉人さん」を「いい爺さん」と最近まで勘違いをしていた という。 大学受験のときの問題に、与謝野晶子の「たけくらべ」を「背比べ」 と書いたことを思い出した。 ある姉に、それを知られ何度もからかわれた経験がある。 またボランティアをボランタリーと言ってしまったこともあった。 それも何度指摘されても、いい違えてしまうのだ。 また、去年の今日の随想日記に「野田一夫」の夫を男と間違えて 今さっき書き直したところだ。恥ずかしい事だ。
今回は、帰省中の息子に指摘されて氣が付いたので良かったが、 この随想日記の中で数多くあるのだろう。 読んでいる方は、それを冷笑しているから逆に書けなくなるのだろう。 書いている方は、「馬鹿の公開」と開き直っているから平気?であるが。 今回みたいに明らかに英語力の無さというより、基礎学力の無さが露出して しまうのだから厳しいといえば厳しい。
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2003年01月07日(火) 639, 自己疎外
35年前の事だが経営学の野田一夫教授の授業をうけて数ヶ月。 同級生が手をあげて「自己疎外とは何ですか?」という質問をした。 それに対しては一瞬詰まって「君にはちょっと早い問題だよ!」 と答えた。その時から「疎外」というキーワードが記憶に鮮明に残った。
これは大不況の今の時代にピッタシだから敢えて書いてみる。 組織や地域社会に所属していると孤立している感覚に陥ってしまう。 全ての人が自分をあざ笑っている感覚であり、取り残されている感覚が 疎外感である。誰もが持っている挫折感と絶望感の一番の空虚感である。 死や失業になった時に初めて気づくのだ。
自己疎外感は孤独のブラックホールといってよい。 全ての充実感や存在感を吸い取っていくのだ。 宗教業界の商品作成のデザインの一番の落としどころだ。 それを見抜いて神と共同体を与え愛をささやくのだ。
今の日本に自己疎外を持った人が満ちている。 それは絶対神ーラージXを持たない日本の弱点になっている。
大都会の酒場で一人飲んでいるほうが禅寺で座禅をしているより、 孤独感を感じるのは自己疎外に陥っている状態であるからである。 ところでこのホームページを開いてから自己疎外感が激減した。 疎外感退治にホームページを開くことを勧めます。
疎外感を感じている方が真実に気づいている事も事実である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月7日
11時起床。 12時に食事。 午後は本を読み、甥の慶昭と話をしたりする。 夕方、店でコートを買う。 0時から3時まで勉強をする。 会社の佐藤さんの分析解剖をしてみる。 文章に書いてみると、やはり気がつかなかった部分が見えてくる。 「内容」は・・・・・・・・・?・
ー自己実現について考える。 人生はつまるところ自己実現のプロセスを踏むことだ。 自己実現とは、自分の設計図を書いて、その設計図にのっとって 生きていくことである。それも自分に適したものであるべきだ。 ゼミの同期の一人一人を具体的に考えてみると理解しやすい。 それぞれの特性を生かして自己実現を図るのがベストだ。 私は何だろか。自主独立の行動力だろうか、それとも生真面目だろうか。
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2004年01月06日(火)
一昨日の田原総一郎司会の「サンデープロジェクト」の新聞見出しが 「激突!エコノミスト」であった。 経済予測をエコノミストが議論する新年恒例の内容である。 「小泉構造改革に展望があるか」を中心に議論をしていた。
ー内容をまとめてみると ・今の日本は「粉飾国家」とまで断言をしていたエコノミストがいた。 ・ほとんどのエコノミストが「小泉の構造改革」は失敗をしたと断言。 道路公団の改革は全くの骨抜きにされたと意見が一致。 ・年内の景気は悲観論と楽観論が相まっていた。 ・今年は中小企業の倒産等が大問題になる。 それに伴ない地銀以下の問題が派生してくる。 どのエコノミストも地方経済は最悪と認めていた。 ・政府は、どうにもならないアメリカの国債を買い続けている。 そしてドル安にして、日本の資産を吸い取っている。 アメリカ経済は大統領選挙が終わった来年が問題になる。 ・デフレスパイラスに入ったかどうかに対しては殆ど議論はなかった。 ・来年のペイオフの影響はあまり議論はなかった。
私の目から見て、刺激的な言葉は避けているようであった。 悲観論者は遠慮をして話しているようでもあった 道路建設しても止めるにやめられないのが実情だろう。 半減でもしたら、建設業界は壊滅をしてしまうからだ。 いずれにしても、表面は繕いながら中味は凄惨な状態が避けられない。 「粉飾国家」という状態であると見なくてはなるまい。 他は如何であれ、自社は生き抜かなければならないのが経営である。 この環境の中の舵取りは大変だ。 今更のことだが。 ・・・・・・・・・・ 2003年01月06日(月) 633,、「不幸論」 ー中島義道
図書館で借りてきたユング派の哲学者の中島義道の不幸論が面白い。
幸福論の自己欺瞞を鋭く指摘したあとに、人間の最終結末の死をとらえて 不幸論を書いている。しかしあくまでも幸福論の批判であって、 不幸論そのものを見すえて論じてはなかった。
しかし不幸を座視にして幸福論を批判するのは、逆に幸福論をより鮮明に 浮かび上がらせて理解するのに良い。 幸福の構造は 1、自分の特定の欲望がかなえられていること 2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること 3、その欲望が世間から承認されていること 4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れてないこと 特に1〜3までの実現に4が生じてしまう。
幸福論というと、エピクロスの快楽主義が思い浮ぶ。 「人生において、面白おかしくしたい事をする事が全てに優先されるべき」 バランスが問題になるだろうが。
最近の幸福論としてヒルティやアランである。 ・ヒルティの幸福論はキリスト教の理想的なカタチ ・アランは内省ー解釈の仕方ー気持ちの持ちよう 集約するとこんなものだろう。
私の幸福論はやりたい事を見つけどれだけやったかという 達成主義である。それもあくまで自己欺瞞でしかないのだろう。 愛・知・力という3点に自分の目標値は決め、達成のプロセスが=幸福という 単純なものだ。しかし死を宣告された時にその達成感など何の支えになるかと 考えると、その前に粟粒でしかない。
この不幸論の一番気にいったところを抜粋した
ーだいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。 彼(女)は、 ・まずだれでも幸福になるという基本態度を押し出す。 ・次に、この磁石の上に、自分の体験を重ね合わせて、幸福とは大それたもの でないことを、それは考え方を変えることで誰の足元にもころがっているという、 壮大な建造物ー砂上の楼閣を創りあげる。
これは幸福教の布教にすぎないまやかしである。 幸福そのものが虚妄なのではない。 幸福そのものが、じつはあまりにも高いところに位置する。 幸福が安直に手に入ると思う事が、虚妄なのである。
各人の幸福は自分の五感で探すしかない。 そしてヤコブが砂漠で神と格闘したように、全身全霊でみずからの 人生と格闘した後に、とうてい到達できない事を知って、絶望するほかない。 こういうことを悟った者は幸福でない。 しかし、幸福という幻覚に陥っている者より数段マシである。 ・・・・・・・・ 以上がだいたい彼がこの本で貫いている主張の要旨だ。 私の今の気持ちー敢えて気持ちと書くーは以下である。 両親や身近な人の死に様や生涯をみて、 一生かかって何かをやり終えた人生そのものの判断を幸・不幸という言葉で 論じるべきでない。 それは酔ってる気分の状態を論じているにすぎない。 「酔って気持ちが良いか、悪いかの」 まあ幸不幸は考えないのが一番幸福だ?? ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月06日(日) 292,システム・エンジェニアーSE
ソフトハウスの仕事の柱になるのは、SEである。 去年、下の息子がアメリカの会計系のコンサルタント会社に就職した。 勤めて初めての帰省で、会社の内容ー特にシステムー を少しでも聞いてみた。あまり多く聞くチャンスがなかったが、 「仕事内容は実際何だ?」と聞いたところ、意外な返事であった。
会計を中心としたシステムの「システムエンジニア」であった。 なるほど!と思ったが、当然といえば当然だ。 会社の(システム)改革は、新しい進んだソフトを導入することである。
そこでハッとした、事業も考えてみたらシステム・エンジニアでないかと! 会社作りもそうだ。時代のニーズに対する、新しいシステム設計とそのカタチ 作り(業態)を起業というのでは?間違えていれば即座に破壊される。
GE のウェルチのNO1戦略も事業のシステム設計でなかったか? 設計会社も考えてみれば、システム設計が本来の仕事である。 この事は全ての事業に云える事でないか。少し飛躍した論になってきたが、 情報社会において、「システムとして選択と集中の設計」がもっとも大事な課題 であることは確かである。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ある時間の断片 1月6日 1969年
10時起床。 食後、11時から16時までジャスコに出す論文の下書きを完成。 それにしても集中力が足りない。 構想力や文章力のなさに自分でも情けない。 絶対量の本を読んでなかったツケがこういうカタチになって出ている。
独りになる時間が少なかったのだろう。 その為に、独りになると逆に縮んでしまうのだ。 焦りと、動揺がここにきて出てきた。 リラックスをして自分をもっとしっかり見つめないとダメだ。
このように家に休暇で長く居れるのも、これが最後だ。 こうしてみると、やはり学生時代は人生で一番良い時だったのだ。
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2004年01月05日(月)
一回で終わるつもりであった、あまりにも内容が面白いので 続編を書くことにした。
福田ガ存(このガの漢字がない)の「俗物論」というエッセイが ベースにある。早くいえばタネ本である。
この本でまずとりあげているのが「地域俗物」である。 これには田舎を軽蔑する都会者と、名門旧家を誇ったりする田舎者がいる。 この田舎者の中に、知事・役人などの「実力俗物」と、官公立大学の先生 などの「文化俗物」がいる。それに「ボス型俗物」や「取巻き俗物」、 床の間に座りたがる「床の間俗物」や、常に下座に座りながら、上座の人の 顔色をうかがっている「下座俗物」がいる。 等々、辛辣に書いてある。
更に、「自尊と謙譲」が俗物のキーワードとしている。 注目(尊敬)をされたいが、その気持ちを知られたくない。 けれども、知ってほめてもらいたい。という複雑な気持ちの具合によって、 狡猾な俗物か露骨な俗物にわかれる。 「首尾一貫俗物」「陽型俗物」に「陰型俗物」、性交人数や性能力を 自慢したがる「性的俗物」「肉体的俗物」「精神的俗物」「知的俗物」 などなどある。 読んでいて、一つ一つが思いあたるから面白い。
最近は「情報俗物」が出てきている。 「交際俗物」もナカナカ面白い。 こういう人を知っているとか、付き合っていることを自慢する輩である。 その辺にいる「子狐」である。 「交際を絶っても何ともないと自己の強大さを誇示する「孤高俗物」がいる。 私はこの傾向が強い。 反対に、「誰も自分を理解してくれないことをかこつ女性型形態」としての 「孤独俗物」がいる。福田は更に「一流俗物」に「個性俗物」「趣味俗物」 などを挙げている。 福田自身も俗物を分類分析定義する自分をも「反俗物的俗物」としている。 この傾向も私にはある。
ここまでずべての人間を俗物と指摘されるとウンザリする反面、ここまで 割り切って斜めの視点で観ることも意味があると思うようになる。
福田のいう俗物根性とは、 「世間にたいする自己の関係に不安を感じ、その不安を解消するため、 劣弱な自己を拡大修飾して現実の自己以上に見せかけようとする心理」 と定義している。 彼によれば「人間は、誰もかれもが、自己拡大欲に駆られている」という。 その根っこに「自尊」感情がある。 中心価値がなくなり、さまざまな価値が自らの価値を主張始めた。 人もそれを認めた。伝統的な権威も揺らいだ。 ようするにしゃかいの中から絶対性がなくなり、全てが相対化したのだ。 俗物は、いいかえれば偽者のことだ。二人はお互いに自分が本物で相手が 偽者と怒鳴りあっている。
ーこの本は、このような文章がウンザリするほど延々と続くのだ。 何か自分が惨めになってくると同時に、癒されてもくるから不思議だ。 といって俗物中の俗物のような男は大嫌いだ。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2003年01月05日(日) 632, 自由化\(~o~)/
日本が大きな曲がり角にきている最大の原因は自由化のウエーブである。 特に厳しい業界は規制により守られてきたところだ。 酒屋、米屋、ガソリンスタンド、スーパー、ホームセンター、 金融ー銀行・保険、農家など殆ど全てといってよい。
自民党と結託した利権団体を隠れ蓑にした社会主義の共産党員社会 である。その意味で今のこの混乱はソビエトが崩壊した十数年前の ロシア共産社会の混乱に酷似をしている。
今の自民党はロシアの共産党以下のレベルを演じている。 それを支持しているこの国の民度の低さがますます露呈されている。 その意味でこの3年間は更に激しい破壊の年になる。
システムや能力は激しい競争社会の中でしか進化をしない。 それを否定し理想社会を夢見たのが共産主義や社会主義である。 チャンス平等でなく、結果平等を求めた。 資本主義社会の矛盾の破壊の役割として有効に機能を一時果たした。 現在は、その役割を果たした日本的社会主義の終了過程にある。
自由化とは何か??いや自由とは何?? それぞれが自己責任を背負う事?? それを国家単位で放棄してきたツケがこの数年で一挙に清算過程に入った。
ところでこのホテル業界は規制が全くない。 結果的にこれが非常に良かった。競争対策を常に求められた。 一見大変そうだが、競争対策がシステムに組みざるを得なかった。 従って現在大混乱にある甘さがよく見える。規制ー寄生の甘さである。
例をあげてみると スーパーが大店法に守られ競争対策が全くなされてない。 「存在意義が大店法の存在だけ」という事が露呈してきた。 地方豪族化の漫画的存在が周辺でも見られた。 あと5〜7年後にアメリカのウォールマートに制圧されるかどうかの 瀬戸際にたたされている。その前に自滅もあろうが。
ホームセンターやスーパーの1ロットが最低5000億の世界という。 地方では500億で大企業だ。 その行方が?? ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2002年01月05日(土) 291、一人遊び
孤独に強い人は、これができるかどうかである。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。似ているがやはり違う。
それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか? 結局中途半端のそれをいうのではないか? 字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。
山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。 読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)ということを示すことだ「示単」。これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。 そこで自分の好きのことを見つけ、 それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。
ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。 常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 1月5日 1969年
8時半に起床。 店に11時前にいく。 街には人があまり出ていない。 14時に兄三郎さんの婚約者の「木村恵美子」さんと初対面。 可愛い人というのが感想だ。 17時に店を手伝い、家に帰る。 正子さんに頼まれたものを間違えてしまった。 いい加減な自分に嫌になる。
ー今日の本にダイエーの中内功の言葉が印象に残った。 「われ進むところ常に道なし,荒野の中独り道をつくる」
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2004年01月04日(日)
この著者の 「自分様と馬の骨―なぜ認められたいか? 」 「ぶざまな人生」 「こういう男になりたい」 「わたしを認めよ!」 を読んできたので、「やっと続刊がでてきた!」 というのが、本屋で見たときに感じたことである。
私の人間観にピッタシの人間解剖をする。 馬鹿で可愛い人間を、冷たくも暖かく見つめる視点が好きである。 馬鹿な男を非難していながら実は自分の姿でないかと、ハッと したことは誰もあるはずである。 面と向かって「お前馬鹿か!」とか、歩いていて誰かに聞こえよがしに 「・・・の馬鹿が!」とか、何度言われたことか。 実際そうだから仕方ない。 言い返せないレベル?に対して黙殺をせざるを得ないことが何回もあった。 その時、心の中で「この馬鹿どもが!」「虚勢犬め!」「子狐め!」とか言っている自分がいた。 その言葉の背後には、この「俗物が!」と言う気持ちが込められていた。 しかし、同時に自分も大して変らないのだろうという諦念と自虐もあった。 この随想日記の中に何度も書いてある。 他人の俗物性を指摘しながら、実は私のことだと同じパターンで書いている。 一種の人間関係の自己癒しをしているのだ。
俗物はバカよりも奥が深く、おもしろい。 俗物が俗物たるゆえんはどこにあるのか? 世間価値としての地位、権力、金、女、知識(教養)、モノ、学歴、有名性、 言葉、自尊心…これらの「手段価値をあたかも目的価値として血道をあげる類」 の人間を俗物というのだ。誰も持っている愚かな自惚れの側面をいうのだ。 この世に生きているかぎり、すべての人間は俗物たることは免れないのが 悲しい人間の性なのだ。 俗物は全ての人間を映しだす鏡である。
だいたい「面白く、おかしく、楽しんで生きる」ことは俗物そのもので あろう。人生で、それを追求することは俗物そのものである。
以下の著者のタイトルを一つの文にしてみると面白い
「自分様と馬の骨―なぜ認められたいか? 」 「ぶざまな人生」 「こういう男になりたい」 「わたしを認めよ!」
ー私を認めてほしいのだ。自分様が馬の骨ではないことの証明の為、 「こういう男になりたい!」という自己証明と追求をしないと、 無様な人生になってしまう。 私はその辺の「この俗物が!」とは違うのだから。
誰もが持っている「俗物」としての赤裸々な言葉になる。
ーーーーーーーーー 「この俗物が! 」 勢古 浩爾 (著) 出版社: 洋泉社 目次
第1章 みんな俗物だあ!(「あーあ、かっこつけて」 福田恆存の「俗物論」 ほか) 第2章 男の自尊心、女のプライド(なぜ「俗物」が罵倒語となるのか 聖なる人々 ほか) 第3章 この俗物が!(世間価値に首までつかる いきなりその気か―地位 ほか) 第4章 俗物で悪かったな!(俗物たちの氾濫 俗物のほうがずっと人間くさいか) 第5章 非俗の人(サムライに俗物はいない人間の形式 ほか)
地位、権力、金、女、知識、モノ、学歴、有名性、言葉、自尊心と ありとあらゆるものが俗物化する要因であり、それらに関わる俗物の いやらしさを(あくまで著者の視点で)解説している。 ・自宅のベランダでバーベキューをする家族、 ・ピーコにファッションチェックを受けたがる自信満々の愚女、 ・たかが寿司屋風情やラーメン屋風情のくせに客に食わせてやってるんだ とのぼせあがる店主、それに媚びてありがたく食べさせていただくという 店主以上に輪をかけて情けない客、 ・『トリビアの泉』を購入し早速「それ、3ヘエ」とかいっているやつ・・・ などなど『なんでもかんでも俗物』じゃあないかというほどである。 俗物根性に対するするどい指摘にはどこかむず痒いような鋭さがある。 そしてその強引さと潔さは笑える。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2003年01月04日(土) 631, 文化と文明
文明と文化の言葉の意味を明確にしておきたいと思い辞書でひいてみた。 1、世の中が開け、生活が高度に進むこと 2、人類のあらゆる時代を通じ、人間が自然に働きかけることによって、 みずからも自然状態から脱して作り出してきた物質的・精神的ないっさいの成果。 フンボルト以来物質的文化を文明、精神的文化を文化と呼び分けることが多い。
これまでは 文化の積み重なりとしての遺産を文明。 その現時点の花開いている集合体を文化と理解していた。 時間軸でショートスパンで捉えたものを文化。 ロングスパンのものを文明として捉えていた。
しかしインターネットでで調べてわかった事は以下の事である。 ー各ホームページから抜粋したものを纏めたものであるー ・文化は個々人の心(意識と無意識)であり、 ・文明は人間を取り巻く環境(自然環境、建築環境、社会環境)です。
ー文明とは人間が造り出した目に見える物質的なものに対して 向けられる言葉であるが、 ー文化とは人間の身につけた自らの行動を律する目に見えない精神的なものに 対して向けられる言葉である。 最近の言葉でいえば「ハード」と「ソフト」との違いと言うことになる 「文化」と「文明」という言葉のつく固有名詞を考えて見ればこの違いは より明確になる。 ・「○○文明」と言われるものの多くは「インダス文明」とか「古代文明」 などのように、特定の時代の、しかも特定の人々の社会もしくは その経済的所産を指しており、その多くはすでに歴史の流れの中で過去のものと なっている。
・これに対して、「○○文化」と呼ばれるものは「イスラム文化」とか 「仏教文化」というように、たとえその誕生した時期や地域が特定されるにせよ、 その時代や地域に制約されることなく、その多くは今日まで何らかの形で生きている。 確かに文化と文明とは人間の歴史の中で一体となっており、文明なしの文化、 文化なしの文明などあり得ないのであるが、これらは決して同一のものではない。
高度の文化を持ちながら、しかもずっと低度の文明しか持たない民族がいる ――例えば古代インド人――一方、大いなる文明を持ってきたが、 比較的低い寄せ集めの借りものの文化しか持たない国民――例えばローマ人、 そして現代ではアメリカ人――がいるのである。 歴史の隠れたドラマは、人類の内的価値と外的価値の永遠の闘い、精神と物質、 文化と文明との闘争であるとさえ言いうるであろう。 アメリカとアラブの闘いは文化と文明の闘いと思っていたが、 文化と文化の争いでしかない?
ーー自分である問題を提起すると、一瞬のうちに纏めができることに驚いている。 幾つかのホームページの要点を張り替えただけでチョッとした 学者並みの小論文が出来上がる。 ・・・・・・・ ・・・・・・・ 2002年01月04日(金) 290、歓喜ー2
TVであるが、元旦の小沢征爾のウイーン・フィルニューイヤ・コンサートが 素晴らしい内容であった。 あまり興味のない分野だが、日本人初のこの指揮を生放送ということで 見てみた。もちろんウイーンからの生である。
シュトラウスの「ラデッキー行進曲」やワルツ「美しく青きドナウ」などであった。
それに合わせ他の?お城でダンスを踊っているのが中継されていた。 夢のような世界であった。 指揮者・演奏者・観客が一体になり音楽の世界に入りこんでいる、 歓喜の世界であった。
当然最後はアンコールの拍手の渦であった。 この音楽会でこの曲を聴く前と後、というくらいのインパクトを与えるのが 芸術の力である。あの場面にいたら、その位の気持ちになったのでなかろうか。 歓喜・感激はそれ位のインパクトを人間の心に与えるものである。
音楽などの芸術は、宇宙・大自然の中のあるメッセージを一瞬にとらえ、 作品に仕上げたものであろう。 それを会場の全員がそのまま受け取っているのでないか。 歓喜は当然のことだ。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月4日 1969年 10時に起床する。 食事をして、顔を洗い、新聞を読んだりして時間を過ごす。 午後は裏に住む姉の正子さん宅の屋根の雪下ろしだ。 2時間した。 従妹の旦那の関口さんが来る。 高専の先生をしている。 彼と学生運動から教育論について話す。 気がついたら3時間も経っていた。 気持が若く開放的だ。 先生とはこういうものかと思った。 20時からジャスコオカダヤの論文の構成を考えるが、上手くいかない。 この程度の問題がナカナカ上手くいかない。 如何したのだろう。
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2004年01月03日(土)
基本的には寝正月だ。 元旦は、墓参りとTVと自宅に訪ねてくる兄一家と酒を飲む。 2日は家内の柏崎の実家に行って、お節を食べるのが習慣になっている。 近くの料理屋のものだが、絶品である。 ?万もするとか。お節だけは恒例で贅沢をするという。 実家では子供の時から、「まるやま」という魚屋のお節をとる。 内容は家内の実家の方が、倍位は美味しい。 魚屋と料理屋の差は歴然としている。 仕方がないが。
2日は家内が子供と実家に泊まる為、一人で帰ってきて何処かのスナックで 酒を飲む。今年は家内が日帰りの為に、家でおとなしくしていた。
年末年始の挨拶は一切なしである。
図書館で読んだ月刊誌の中で、正月に対して今の若い人は以前ほどの 思いいれはないという。むしろクリスマスの方に思い入れが強いとか。 正月に対する若者の意識の変化は家庭崩壊の一つの現象と、筆者が分析を していたが、少しオーバーに思えた。。 日本では年越しにマトメテ年をとる習慣があったのも年越しの 思い入れにあったのだろう。 田舎や実家に年二回帰る習慣はやはり根強い
これを書きながら、実家以外で正月をむかえた事の少ないのに気が付いた。 初めて勤めた年に神戸で宿直をしたことと、 7〜8年前にタンザニアでの年越し位である。 あとは全て両親か母親と供にいた。 実家は私が引き継いだ為に、いまも実家で正月を過ごしていることになる。
反面、タンザニアにしても、神戸の宿直は強烈な思い出がある。
以下をコピーしておきます。 ーーーー H10・01 タンザニア・サファリ
アフリカは何と不思議なところであろうか。 行ってくるだけで魂がいやされる。ケニアの南に隣接したタンザニアは、 ケニアの首都・ナイロビより車で5時間のところに国境がある。 ケニアの国立公園は一歩、中に入ると世界中のサファリ観光の為、百年以上の 時間をかけて、整備がされてあった。
しかしタンザニアのそれは全くの未整備、サファリという言葉がまさに ぴったりであった。ケニアよりさらに二日もかけてのサファリの為、 ただ行って帰ってきた感覚だったが、それでも強烈な印象はケニアのそれとは 比較にならない程強い。
�� あのどこまでも続くセレンゲッテ国立公園の大草原の地平線(360度の 視界がすべて地平線である。)ここを車で走っているだけで魂がいやされる。 もちろん生まれて初めてみる360度の地平線である。 �� ンゴロ・ンゴロ国立公園はタテヨコ、16Km×19Kmのクレ−タ−に とじこめられた野生動物達のロスト・ワ−ルドである。 この中に東アフリカのほとんどの種類の動物がとじこめられているという。 自然がつくりあげた自然動物園であった。
�� 大みそかの晩、特別に現地の運転手達に招待されたホテルの寄宿舎近くの スナックのアフリカ式年越しパ−ティのさわぎが一番のハイライトであった。 ホテルから車で15分のところにある掘っ立て小屋風のスナックであった。 街頭があるわけが無い真っ暗な中にあった。 自分がドキュメンタリ−の主役になったような別世界であった。 20〜30人が、そこで潰した羊の肉で酒を飲んでいた。 色っぽい現地のママがいた。その部分はどこの世界も同じだ。 外にも椅子が置いてありバーベキューをしていた。 4〜5匹のハイエナが焼肉の臭いで近くでウロウロしてのが唸り声でわかった。 子供たちはハイエナに襲われないようにバケツを叩きながら遊んでいた。 そして全員で年越しのカウントダウンを数えて、その瞬間歓声をあげた。 少し離れた寄宿舎からも歓声が聞こえてきた。 少しすると、我々に引き上げようという。 これからは危険だという。 喧嘩や暴行がおきる可能性があるからだ。 そそくさと、面白くなりかけたところで帰ってきた。 日本人では、特別に招待された5人であった。
これで4年連続のアフリカだが、いつも担えきれない何かを持って帰ってくる。 そして1回ごとの旅行のたびに、意識が拡大していく事が実感できる。 心の奥深く潜む神秘の領域までとどく体験でもある。神話の英雄が日常の世界より、 超自然的で不思議なものが住む世界に入り決定的な経験、そして勝利を納める、 まさにそれに近い世界を体験する。ますますアフリカ病が重くなった。 ああ、アフリカ、アフリカ、アフリカ。 −1997年12月28日〜1月4日 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年01月03日(金) 630, クロスエンカウンター
仏教学者の紀野一義の講演会で 「ー縁ーの英訳で迷った訳者がキリストの十字架との出会いと人との出会いを 兼ねてクロスエンカウンターと訳した」という言葉が印象的であった。
先日読んだ野口悠起雄の本に 大蔵省にいた時に先輩に「急に出先で講演を依頼された時などの緊急の話題 をつくらなければならなくなった時に、縦軸と横軸のキーワードを探して 話をまとめるとよい」という内容があった。
一つの例として学校でのケースで考えてみると 先生を縦軸、生徒を横軸にすると面白い内容になる。 即興で作ってみると 「生徒を縦軸、先生を横軸に考えてみると生徒と先生のそれぞれの立場 が明確になる。生徒の一生を縦軸とすると、先生やクラスは大きいメルクマールであり、 知識や性格形成にとっても大きい影響を与える。 逆に先生の立場を縦軸とすると、教師生活での担任は先生にとってもメルクマールになる。 その時々のクロスこそ教師にとっても生徒にとっても真剣勝負でなくてはならない・・・」 このことは時間が縦軸、空間が横軸といえる。
商店主の会なら、店主とお客の関係を縦横にして話の構成をすればよい。 取引先と店も縦横にできる。
これをもう一歩進めて「考える中心軸」にすればよい。 対象を縦か横にすえて自分との対比とか、 対立する対象を縦横にして考える軸にすればよい。
一生はクロスエンカウンターの繰り返しである。 そしてその中心は自分だったり神様だったりする。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
2002年01月03日(木) 289,歓喜
「歓喜ー>理智ー>意志ー>気ー>肉体」 私にある知人が転勤で引っ越していく時の挨拶の文書に書いてあった文章の 1文である。「生きてきて人生これだと思う」という内容だった。
その時私がこの文章を解釈するために考えた「たとえ話」がある。 実を言うと私は「たとえ話」を自分の思考法に昔から使っている。
喩えの名人になってしまった?いや迷人か。
この時の喩えは、巨人の9連覇の選手である。彼らの多くが監督、コーチになっている。 もちろんそれだけの才能があったからだが、多くの試合と優勝積み重ねの中で、 上記の内容を全身全霊に体験したからである。
勝ち癖ををつけろということは、こういうことである。 どんな奇麗事をいっても所詮「歓喜ー>理智ー>・・・」の経験にかなわないのは、 それは理智に留まっているからである。
秘境ツアーにいそいそいくのは、自然・歴史の中の対象に感動し歓喜するからである。 薬物とか、酒でそれを求めると「歓喜」のそれだけになってしまうから、不自然の カタチになってしまうからだ。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ある時間の断片 1月3日 1969年
10時に実家の店に手伝いに行く。 17時まで働く。 あまり街には人出はない。 家に帰って食事をする。 22時から本を読む。
そういえば店にいたら中学校の同級生の山本に会う。 中学校以来だが、殆ど変わっていない。 実直な大人しい男だ。 長崎屋に勤めているとか。 同級の阿部さんと遠藤が結婚したという。 思いもよらない組み合わせで驚いてしまった。 そういえば数年前に同級会の2次会で二人が中座をした事を 思い出した。
それと姉の正子さんに長靴を買ってもらう。 お返しに、持ってきたカーネギーの「人を動かす」を贈る。
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2004年01月02日(金)
ー円高デフレの恐怖が襲来する。
この人の本はバブル発生時から一貫して「日本経済悲観論者」である。 中長期的に振り返ってみると、この人のいうとおりになっている。
ー印象に残った順に列記してみる。 ・2005年のペイオフが一つの鍵になる。 金融再々編成によって残る大手銀行は二行になる可能性も。 メガバンク国有化は、日本経済の信用を損なう、そうなる前に 再編成をさせる。 ・いまのデフレとは、銀行の信用デフレが発端である。 銀行がその役割を終えてしまった。 ・さらにリストラ、倒産はつづく。 日本経済は根幹から音を立てて崩れはじめている。 給料はまだまだ下がり続ける。 ・アメリカは内部崩壊をはじめてきた。 この円高ードル安は、日本では更にデフレ圧力になる。 ・EUも深刻なデフレに向かっている。 ドイツ経済が日本化をしていく。 元東ドイツの住民が社会主義的な政策政党に票を入れ始めた。 その為ドイツ経済は競争力を無くし始めた。 日本の生産地が中国に移動したのと同じ現象が ドイツと元東欧諸国と同じになってきた。 ・円高は100円を割る可能性を含んでいる。 79円も割る可能性も十分考えられる。 この水準を割り込めば日本経済は完全に息の根を止められる。 この大不況の中、何とか持ちこたえられたのは輸出のおかげである。 円高はドル安になるといくことである。この輸出が円高で激減する可能性 がある。 またアメリカの国債を持たされた日本は実質の回収が落ちることになる。 等々である。
実際に事業現場に立っていると、この内容は決してオーバーに思えない。 新潟駅前の夜は、火が消えてしまったように静まり返っている。 何処の会社も経費節減の為に2時間以内は日帰り圏にしてしまった。 この数年間でビジネス客は3分の1に減ったという統計も出ている。
「2003年日本経済」では副題はー世界恐慌の年になる!であった。 実際のところは恐慌にはならなかった。だから「今年は、この人の いう通りにはならない」と考えるのはおかしい。 この本では人口の問題には触れてない。 数年先から、本格的な人口の減少が続く。 他には若い人の質の低下の問題がある。 まだ何とか持っているのは、団塊の世代が踏ん張っているからである。
こと日本に関しては悲観的材料が多すぎる。 生存対策をまずは第一にしなくてはならない時代である。 この情報化社会は世の中を激変させている。 健康食品も本も、インターネットで注文するようになった。 近く「ユニクロ」があっても、わざわざインターネットで注文をする。 電化製品も必ず「価格ドットコム」で最低値段を調べて、近く大販店で 値段交渉をするようになった。
まさかこんな時代をみることになるとは思ってもいなかった。 大不況になっているのではなく、違う時代への過渡期の整理過程と 見るべきなのだ。整理されないよう自分を変えていくしかない。 会社も自分も社会もである。 ・・・ 「2004年日本経済」 ー円高デフレの恐怖が襲来する。 出版社: 東洋経済新報社 ; (2003/11/14)
内容(「MARC」データベースより) 急激な円高、企業収益の悪化、株価の下落、長期金利の暴騰…。 市場がドルを見離したとき、最悪のシナリオが日本を襲う。 危機寸前の日本経済を徹底予測。「人民元」の次のターゲットは「円」だ! ー目次 プロローグ 日米為替戦争が勃発する 第1章 景気予測―小泉自爆型政策の末路は経済破綻 第2章 デフレ経済―デフレの本質を見抜けない愚かな政府 第3章 金融不安―現実味を帯びてきた金融再々編の可能性 第4章 企業経営―「市場のルール」を貫かなければ、企業の再生は遠い 第5章 世界経済―日米欧同時デフレの深刻 エピローグ アジア経済統合で日本の技術を生かせ
ーーーーーー ーーーーーー 2003年01月02日(木)
629, 英国人はまず道具を揃える
今回-パタゴニアの添乗の人がイギリスに詳しい人で色々のことを教わった。 その一つに 「イギリスではゴルフやハイキングをする時は思い切った良いものをまず揃える」 「まずは形から入る!」 この言葉がいやに説得力があった。 長い歴史の中からの知恵を感じ入った。 しっかりした道具を買ってしまえば簡単には止めることができない。 覚悟ができると言う事だろう。 目的を見定めて手段のしっかりしたものをそろえるという事だ。
道具だけ揃えて持つことを趣味にする人がいるが、それはそれで趣味なら 良い。 チャーチルが持ち物は若い時から超一流のものしか持たないことにして いたという逸話を思い出したが、今回の内容と関係ないか?!
機能優先であまり物に拘らない生き方をしてきた事が果たして良かったのか? 少し疑問があった矢先に聞いたので印象に残ったのだろう。
ブランドものは値段の価値のあるものが多い。 といって、それだけを追いかけている人を見ると疑問を感じる。 ブランド=価値と勘違いをしてしまうからだろう。 しっかりした道具を揃えることとは意味が全く違うが。
道具はすぐ揃えるが、三日坊主の人があまりに多い。 私の場合三日坊主の経験は少ない、学生時代の英会話があったが。
ーーーーーー ーーーーーー 2002年01月02日(水) 288、捨てる技術
捨てる技術という本が数年前、ベストセラーになった。 それに対し、立花隆が全く正反対の立場であった。
その本を読み数年前、思い切って本を八割かた捨ててしまった。 そして後で後悔した、といってさっぱりしたことも事実だ。 矛盾が残った。
先日図書館で野口悠紀雄の「超」整理法3を借りてきて読み、感じるところがあった。 パソコンの「ゴミ箱」の考え方である。−とりあえず捨てるのである。 後で拾いなおすことができる。
「バッファー」という概念である。ショックを吸収するための緩衝器である。 「廃棄バッファー」が重要だという。
ベストセラーの「捨てる技術」と立花隆の反論の中間の?方法である。 具体てきにいうと「多分必要でない書類を」収容する封筒をまず作ること、 次にそれを収容する箱を作ることである。要するに「保存ごみ」である。 保存することによって捨てることができる。
捨ててしまった中に宝があったのに?といつも疑念が残っている。 分ければ、資源になるのに?とかも。
「到知」という雑誌を捨てようかどうかかどうか迷っていたが、そうだ自宅の 倉庫に整理しておいて置けばいい!とか、新しい考えが出てきた。
新聞の切り抜きもしかり、「随想日記の保存分類ごとに封筒を作り」 放り込んでおけばいい。
ホームページを立ち上げ、運営してきづいたことは、 ホームページの本質は、ストックでなくフローであるということだ。 それがそのままストックになっていく楽しみだ。 捨てる技術がそのままシステムでできることだ。
ーーーーーーーー ーーーーーーーー 1月2日 1969年
朝8時にたたき起こされる。 9時過ぎに店に出発。 新年の初売りの手伝いである。 初めは支店で一時間位働く。 雪のためか人の出は少ない。 その後本店で17時過ぎまで手伝う。 18時に帰宅をする。食後団欒。 22時過ぎのNHKの「出会い」という番組がよかった。 最後の出た新婚の話がよい。 その愛が美しく、人の気持の神秘的な美しさがよく出ていた。 その前に出ていた40歳位の女性の20年前に話もよかった。 よい正月の話として記憶に残るだろう。 年賀はがきが友人から届いている。
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2004年01月01日(木)
新年になった。 新年の何ともいえない雰囲気が好きである。 神社に行ってお参りする習慣はないが、雪が積もってない時は お寺に墓参りに行くことにしている。 ただ坊様のところには、新年の挨拶は行かない。
今年は、日本経済に関して正念場になる。 閏年は、アメリカ大統領にオリンピックがある年だ。 国内では、これに参議院選挙がある。 来年のペイオフを控えての銀行の大編成を避けることは出来ない。 参院選挙を終えた後に、大きな倒産が続くだろう。 大手4行の合併問題とか、地方銀行の倒産や合併が進むだろう。 経済は更に一段落ちになる。
そうそう甘い年ではないだろう。 今年と来年は何とか持つのではないか、むしろ2006年からだろうという説も 肯けるが。
今年の旅行は北極圏の「グリーンランド」と 激安の何処かを、二回は行くつもりだが。
会社では、一年をかけて一棟を長期型ホテルに変更。 和風ファーストフードを3軒のオープン予定? 二億近くの投資になるが、どうなることか。 ??億も、?+2億の投資も、ここまできたら同じである。 いずれにしても予断を許さない時代になった。
国内で、テロやSARDが何時発生してもおかしくない。 新幹線で、もし起こったら窮地に立たされかねない。 牛丼屋やハンバーグ屋や焼き肉屋が、ある朝のTVニュースで 突然に窮地に立たされる。 テロやSRADというカタチで、自分に何時向かってくるかは解らない。
ある地元の会社の二代目が社長になって、新任の挨拶に来た。 本人曰く「挨拶に回っていて誰一人として、おめでとうと言ってくれる人が いなかった」 もちろん私も「おめでとう!」など言えなかった。 1000人の従業員を抱えて如何するのだろかという方が心配であった。 今、フリーの状態で、その規模の会社を引き受けるか?と言ったら 誰もがノーというだろう。 年末に日航の子会社のリネン会社を買収と新聞に大きく載っていた。 攻撃するしかないと記事に載っていた。 時代は変った。
激変な時代、舵取りはそう簡単にはいかなくなった。 時代は氷河期に入った。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2003年01月01日(水)
628, お正月の意味
今日はお正月、その意味をインターネットで調べてみた。
お正月の意味はお正月さま、年神様という先祖の集合霊をいう。 この霊が各家に帰ってくる。 12月13日は家を祭場する準備のすす払いの日という。 門松は神様の依り代で、神様が何処に帰ったらよいかの目印の 為に置くという。
お雑煮は帰ってきた神様に供えたものを下げて一緒に食べるごった煮 をいう。その餅に宿る霊魂をお年玉という。今はお金を貰うことだが 本来の意味は先祖の霊魂をいう。 子供の頃一家揃って年末の御参りをしたのも、年始参りもその為だ。 歳暮は、お正月に親元や実家で神様と一緒に食べる為に持ってくる 酒や食料をいう。 そういえば、旧家などで貰うお歳暮は貝柱だったりする。
お盆も同じように先祖を迎え入れる行事である。その準備を始めるのが 七夕だそうだ。 何かいつも何気なく過ごしている中に先祖崇拝の風習があったのだ。 日本的風習の中に盆暮れに実家に帰省をして仏壇参りやお墓参りは 良い。最近は海外旅行に変わりつつあるが。
ホームページのサイトをサロンに載せてある。 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年01月01日(火) 287、リセットの年
今年のキーワードは「リセット」と,年末に挨拶に行った銀行支店長が言っていた。 実際のところそのとうりである。
21世紀的なものへの、変わるべきところへのリセットである。 自分自身に対しても同じことが言える。世界、日本にとって政治経済で 白紙からの出発の年といっていいだろう。その背後は 情報革命の本格的影響が本流になってきたためだ。
何を変え、何を更に充実すべきかよーく見きわめなくてはならない。 ここで一歩間違うと、とんでもない事態に陥ってしまう瀬戸際の年である。
まず変わらなくてならないのは 、自分の脳からであろう。 どう変わらなければならないか、新年じっくり考えてみる。 やはり個人はホームページの充実、会社も社内ネット化とホームページの充実である。
あとは今の事業の棚卸である。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
ある時間の断片 1月1日 1969年
8時起床。 食後、あと一寝入りをする。
11時過ぎに、実家の店の佐藤さんが新年の挨拶にくる。 その後、事務所の女事務員が数名挨拶に来る。 また、近くの分家の堀井明ちゃん夫妻と従妹のまり子ちゃんも来る。 相変わらず可愛い。彼等と裏に住む姉の正子さんの所に行く。 一時過ぎまで、まり子ちゃんと話をする。 小学生までに私のアイドルであった。
母屋に戻ると、会社の五十嵐君が新年の挨拶に来る。 彼は小学校の同級生だ。 兄の三郎さんと三人で酒を飲む。
その後、父と二人でお寺三軒を新年の挨拶に回る。 そして、また裏の姉の所に遊びに行って、ボンカルタをする。
夕食後、TVを見ていると二番目の姉の旦那の弟で、長岡高校の 同級生だった、花井衛さんが遊びに来る。 彼とはいやに気が合う。一年に一度は何処かであっていた。 二時間以上、積もる話をする。 彼は松下電器に入社予定だという。 隠れた逸材である。 彼も社会にでるということで塞いでいた。 同じなのだ。
今年は社会への門出の年でもある。 今日、衛さんに「何か言葉にとらわれている」と注意された。 揚げ足取りをしている部分だ。 気をつけないと。
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