堀井On-Line



1093, ユビキタスの時代ーIH式炊飯ジャー

2004年03月31日(水)



数年前TVのコマーシャルで、すし屋がご飯炊きを陰でIH炊飯ジャーで
炊いているのを放映していた。

先日、その炊飯ジャーを買って食べたところ、本当にコマーシャルのように
寿司屋のシャリにそっくりに炊き上がっていた。
一粒一粒たっているようなご飯に出来上がっていた。

「今まで食べていたご飯はなんじゃい!」というのが実感である。
20年以上前のジャーと比べるのだから、当然といえば当然だが。

数年前に寿司屋でTVと同じ場面に出くわしたことを思い出した。
シャリが美味しいので褒めたら、炊飯ジャーで炊いたと女将がいっていた。

電子レンジと冷蔵庫も20年使っているが、両方とも当時15〜20万もしたもの。
今は5分の1になってしまった。機能も含めると10分の1といってよい。

それにしても、我家の電気器具の物持ちがよいのに驚く。
それが当たり前なのかもしれないが、20年前と今の電化商品は全く
別物といってよい。

PDPTVやDVDやビデオやカメラや携帯電話などの技術開発は素晴らしい。
電気売り場に行く度に、その進化に目をみはってしまう。
ユビキタスが、その背後にあるのだろう。

高度の技術が身近な家庭や職場に、どんどん使われだした時に
時代は激変を始めるのだろう。

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2003年03月31日(月)
726, 結婚式で思う

私は結婚式と葬式に参列するのが好きだ。
その中に色いろな人生の圧縮がみえるからだ。

 一般には「人生で集まって褒めてくれる」のは、
「生まれた時と結婚式と葬式の三回」だけだ。
そのうち結婚式だけが、祝福されるているのが自覚できる。

「人生は結婚式で道半ば」ともいう。
それで人生の大半が決定してしまうからだ。
当たりか外れは神のみぞ知るである。

今はジミ婚になってきて「社会の体面や家どうしの対面」というより
「本人同士のお祝い、かつメルクマール」という面が強くなってきている。
以前よりは結婚式に対しては、気楽な式になったようだ。
若い二人が夢を持っての門出を祝うのは気持ちのよいものだ。

 つぎは葬式である。
本来葬式はお祝いであるべきだ。
その人が人生を終えて、無に帰っていくのを送る儀式である。
人生の卒業式である。悲しみであると同時に、その人にとって大きい意味を持つ。

参列して思うのは、その人の生き様がそのまま現れていることだ。
その厳粛な雰囲気がなんともよい。
その人の「魂と社会と世間がそのまま圧縮されている」といってよい。
人が一人亡くなるのは、その人の積み重ねた人生が無に帰ることである。

ごくわずかな身内の人達の心のこもった葬式が好きである。
それぞれの社会的なものもあろうが、今は生き残った人の体面の場になっている。
葬式もそれぞれの残されたものの価値観があるから、とやかくいう問題ではないが。

最近は葬式に出席すると、いつも遺影を常に自分の顔に当てはめて考えてしまう。
その目で会場の人達を見ると、何ともいえない気持ちになる。
「死んでしまえばお終いよ!」と。

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 2002年03月31日(日)
362,ある思い出-慈善

中学の頃の話である。
隣にMという一家がいた。
そこに一歳年上のカッチャンという遊び友達がいた。
その家の裏に倉庫があった。

そこに乞食のような生活をしている親娘が住んでいた。
母親が肺病で、私のある姉にあの家の近くに近寄らないように言われていた。
カチャンの母親が気の毒がって面倒を見ているという。

カッチャンの父親は数年前亡くなり、
母親とカッチャンとその姉と3人の家族であった。
今考えるとカッチャン一家は、その生活を維持するのに精一杯の筈だ。
その苦しい中、その親子を面倒見ていたのだから大変だったろう。

ところが彼女が癌で、なくなってしまった。
神も仏もあるものかである。
残されたカッチャンと姉さんは、おじさんと同居する事になった。

その肺病の母親もまた二年後亡くなった。
そして娘は施設に引き取られていった。

その事を今から20年前に、何かの拍子に思い出した。
そのMという人の心に気がついた。
どういう気持ちでその苦しい生活の中、その人を面倒を見ていたのか。
そしてその中で死を迎えた時の本人の気持ちは、いかなるものだったのか?

人間の一番大事なことは何であるのか?
それとは関係なく、現実は非情に動く。
「愛は世界の中心である」という言葉がわかるが、
反面本当かとも疑問が湧く。

人生で最後残るのは、そういう愛の行為か。
少なくともカッチャンと姉さんには、深く残っているのではなかろうか?
それとその娘の心に!

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<お笑い>
[殿の姉の死]☆☆☆


この小話は7〜8年前に仕入れたが、一番気に入っている1つである。

  殿様と家老が話をしているところに、

家老の家来が緊急にと青い顔して耳打ちをした。

‘殿(家老)の姉ぎみが亡くなったと’家老はてっきり殿様の姉と勘違い、殿はうろたえ

城内は大騒ぎ!その後家老の姉と判明した。家老に殿は怒り心頭、

無礼千万なわしの姉を勝手に殺しおって、打ち首と刀を振り上げた!

その瞬間ハッとして刀をしまった。

  ‘わしには姉がいなかった!’


1092, 大相撲・千秋楽

2004年03月30日(火)

一昨日が大相撲の千秋楽であった。
4人が11日目まで全勝。
最後の一番で優勝が決まった面白い場所であった。
一時のつまらない時期を過ぎたようだ。
外国出身の力士ということを気にしないようにしたら面白くなった。

幕下、十両、幕内前半に有望の歴史が目白押しに出てきた。
大関・横綱になる素質は大体わかるが、それでも多くは外れてしまう。
怪我や病気で伸びが止まってしまう場合が多い。

幕下に「萩原」という17歳の超有望な日本人力士も出てきた。
若手で大関横綱級としては、
他には朝赤龍・白鵬・黒海・琴欧州あたりだろう。
萩原以外が外人というところが面白いが。

モンゴル人だけで37人もいるのだから、何処の国で開催しているのか
錯覚してしまうほどだ。

モンゴルの大草原で羊の肉で育った飢えた彼らに、日本人が敵わないのは
仕方がない。元々はモンゴル相撲がルーツである。

数日前も、総合格闘技のK−1が放映、興奮をしてみていたが、
別に日本人かどうかは全く関係はない。

格闘技に関して、世界には底知れない強い選手が多くいる。
異種格闘技という垣根を取り払ったことが、試合を面白くしている。
さらにグローバル化で、広範囲になったこともある。

野球に、スケートに、K−1に、サッカーなど時間が足りないほど見ていて
面白いスポーツが増えた。

その時間は自分自身という面では何もプラスになるものはない?

いや、ストレスの解消になる?

まあ、難しいことは考えない!

ー以前、書いた千秋楽について書いた文章をコピーしておきます。
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2003/09/22
相撲を考える

大相撲が昨日で千秋楽、朝青龍が優勝をした。
他の格闘技も多くできたこともあるが、最近の大相撲はつまらなくなった。
つまらなくなったという点で、今のプロ野球に似ている。
NHKのBSでメジャーリーグを見るようになってから、全く見なくなった。
 
 以前、「過去の相撲の大一番」を特集していた。
子供の時から相撲が好きであった事もあって、ラジオやTVで大一番は
殆ど見ていた。
・私が見た中での大一番は「栃若の千秋楽の全勝の一番」である。
・大鵬と柏戸の千秋楽の全勝同士の一番も素晴らしい一番であった。
・生まれる前なので見てないが、歴史に残るのが双葉山が69連勝の
 後、安芸の海に負けた相撲も大一番といえる。
 
 栃若が全勝で向かえた千秋楽の前日の逸話がある。
栃錦があまりのプラッシャーに「一人でこっそりと映画に行ったところ、
前の席にやはり若乃花がいた」という。
大乃国・双羽黒・保志・小錦が一度に昇進していく時期も面白かった。 

 相撲は、立合いの一瞬に大方が決まってしまう面白さである。
また数秒間の中に、それまでの二人の全てが圧縮されて出てくる。

 いま人気の高見盛の相撲が面白い。
特に「入魂の儀式」としての、最後の仕切り前の気合を入れる仕草が
人気をよんでいる。それが神憑りになるから見ていて面白い。
緊張を気合に転換するための、純粋な仕草さが受けているのだ。
勝てば胸を張って退場するし、負ければ泣きそうな顔をして引きあがる姿が
滑稽で、忘れかけた人間の原点を見せ付けられるようだ。

 今場所、横綱をかけていた魁皇が逆上せ上がって自滅していった姿が
印象的であった。高見盛の人気に対して個人的嫉妬がアリアリで、
軽くいなそうとしてヒンシュクをかってしまった。
勝負の世界は一瞬の隙がチャンスを潰してしまう。

 朝青龍の弟弟子のモンゴル出身の朝赤龍というのが強くなりようだ。
それと目覚めてきた旭天鵬が一年後には、大関か横綱になっている可能性がある。
とにかく彼等はハングリーだ。
半年前に書いたようにモンゴル大相撲になってしまうか?
日本人には個性的な力士はいても、彼らに対抗しそうなのは殆ど見当たらない。
十両の普天王と豪風というのが面白そうだが。

 面白いもので去年の今日相撲のことを随想日記に書いていた。
丁度千秋楽が、前後にあったためだろう。
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2002/09/22
大相撲ー頑張れ武蔵丸!

まさか貴乃花が千秋楽で同点決勝に持ち込めるとは思ってなかった。
もし優勝をしたら大騒ぎになるだろう。
こういう時に勝つのが大スターであるが、彼はそれを持っている。
しかし心情からみたら武蔵丸の勝利が望ましい。

前回あまりにも貴乃花が劇的すぎた!
武蔵丸のその時の姿がリアルにある記事に書いてあった。
おまけにその為に貴乃花を大怪我をさせてしまい、
かれが負けると、場内に座布団が荒れ飛ぶ。

この一年余り、独り横綱も大変であったろう。
それが7場所も休んだ主役に優勝をさらわれたら、余りに気の毒である。
もし彼が勝ったら、盛り上がった今場所に水を差すことになる。

貴乃花が勝ったら、一応彼の人生の大きな節目になるのではないだろうか。
大横綱の道を歩く為には、今日は負けた方がよいだろう。
大鵬の30回の優勝に向けて、身体を作り直すチャンスだ。
勝てば他の力士に焦点を当てられてしまう。

それにしてもスターの要素を持った若手がいない。
このままでは、ますます人気の陰りが増すだろう。
幕下と十両に元学生横綱の個性派と外人が数人いるが、
輝いているかというとどうか?
他の格闘技で面白のが、どんどん放映されているから八百長体質
があるなら、維持できないだろう。

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2003年03月30日(日)
725, 今日の結婚スピーチ

 今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式だ。
何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。
気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、いやなことがないのを知っているから
流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。

結婚観をそのまま話をするしかないと思ったが、そうはいかない。
初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。
「結婚スピーチー死ぬまで忘れられない話」斉藤茂太著があった。
さすがだ、といってそれを読んでいる時間が少ないので、
やはり自分の話しをする事にした。
今日の11時10分あたりに話している内容を先に書いて出かける。
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・まずはうちの会社の女性ーすなわち花嫁の褒め殺しとして、  
 彼女が陽気であることを紹介します。
 陽気は最大の美徳であり、素質であります。
 陰気は罪悪です。

・結婚は決してよいことことばかりではありません。
 「二つ良いことさてないものよ」という言葉がありますが、この言葉を
 一番実感するのが結婚です。離婚がいまや三割を超えているといいます  が、家庭内離婚を入れたら過半数は破綻です。
 これだけは家電と同じで、当たり外れは長い時間を経って見ないと解りま せん。あとは神のみぞ知るのみです。
 当たりであることを心より願っています。
 
・また結婚は二人の権力闘争です。それも死ぬまで続く泥沼の死闘です。
 これも仕方がありません。それでは如何したらよいか?
 「過去の事は持ち越さない、ぶり返さない」ことです。
 それしかありません。

・私の家内と本当に結婚してよかったと思います。 
 いやそう自己暗示を与えています。
 陽気であり大らかさからです。
 最後は泣くか笑うかです、なら笑う人が良いのではないかと思います。
 
  まあこの程度にしておきます。
 ライオンに食べられそうになったら、耳元にこっそり次の事を呟けば
 ライオンは逃げ出すそうです「私を食べる前に、少し長い演説をさせてく れ!」と。

良い家庭を築いてください。
それと収入の10%以上の天引き預金を習慣にしてください。
以上です。お幸せになってください。

斉藤茂太の「結婚スピーチ」の抜粋は明日か明後日書きます。

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2002年03月30日(土)
361,イスラエル

主観であるが、旅行をしたところに事件がおきる。
ペルー、エジプト、イスラエル、そしてフィジー、ケニアと次々と、
ああそれとパキスタンとネパール。

それから考えると、今度はヨルダンかシリアあたりか。
考えてみたらペルーを除けばイスラム教に関係している。

イスラエルに行った時に危ない感じがした。
まずは入国審査の審査は異常なくらい厳しいものだった。

また国内はあちこちで兵士が機関銃を持って歩いていた。
私用の時も身から離さないようだ。

あちこちの広場に兵隊が駐屯していた。
市場で兵隊が3人血相を変えて走って行く。
その後を商店主のアラブ人が何事かと走って行く。
これが日常のようであった。

アラブ人地区に入るとやはり民度が落ちるのが解る。
4000年の対立は致し方ないのだろう。
3年前の文章をコピーしておく。
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H1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。
四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。
現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。
関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。
旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

印象の強い順に列記してみると、

まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。
この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。
最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院=岩のド−ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場。そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。
そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。
そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。

“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ四十年余り後に、
ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。

ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。
−イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。

“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”
という疑問がでてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。

あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で
一大転機の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】

この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。
六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。
国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。
その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのがはっきりしているからである。
今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
1999.4.14〜4.24

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<お笑い>

[破れ傘 ] ☆☆

ある男 夜 山道に 迷っていたところ 一軒の家があった。

1人の綺麗な後家さんふうの女が 気持ちよく 泊めてくれた。

夜中よからぬ気持ちになり、ついつい夜這いにおよんだ。

どうしてもうまくいかずそのまま寝込んでしまった。

狐に化かされたのだ。朝 山道に一人転がっていたのだ。

そして  そこに一本の破れ傘が落ちていた。

男曰く、‘どうりでさせない訳だ’


1091, 公示価格は時代反映の象徴

2004年03月29日(月)

少し日が経ったが先日、全国の公示地価が発表された。
都心の一部が下げ止まり感とあったが、地方は下落率が拡大していた。
1991年に比べて平均して、商業地で67.6諭⊇斬霖呂43.2猷爾った。
土地と株価は連動するというから、あと10〜20佑浪爾ってよいことになる。

この一年で地方の6大都市などの中核都市以外は、商業地は10パーセント以上の
落ち込みである。新潟もその落ち込みになっている。
地方経済が悪いというが、そのまま地価に比例している。

家内が長岡の自宅の町内の役員会に出て聞いてきた話だが、
近くにある長岡にある唯一の高層貸しビルのテナントがドンドン撤退。
町内費が減って困っているという。
東京まで新幹線で一時間半の長岡なら、それが当然であろう。

事務所を撤退して、そこの出身者の自宅を営業所代わりにして、
月数回出社して報告する会社が、激増しているという話を聞いている。
自然と駅周辺の地価は下がって当然であろう。

デフレの一番象徴的な部分である。
下げ止まり感が無いのが不気味であり、デフレスパイラルもよいところだ。
合理化のため拠点や社宅の売却が一巡しない限り、下げ止まりは無いだろう。

東京一極化、それも東京・品川周辺を中心にした集中化は益々進む。
その反面、地方の衰退は激しくなっている。

80対20の法則ではないが、20の首都圏対80の地方にたいして、
80のエネルギーが首都圏に集中しだしたのだ。
中国などの海外に対する拠点などの情報基地としてである。
これが公示価格の大きく反映している。

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2003年03月29日(土)
724, プロ野球開幕

 昨夜からプロ野球が開幕した。
他に面白いプロスポーツやアメリカの大リーグ中継をNHKが衛星TVで開始した
ために,以前ほどの興味がなくなったが、それでも始まれば別である。
ON時代に育った為に、どうしても巨人中心になるが、それでもよい。
NHKも衛星TVで民放の巨人戦にぶつけて、録画をゴールデンタイムにぶつけてきている。
見るほうも同時に2画面で見るから、その差がシビアに見えてくる。

 今の巨人のトレードはやりすぎという感がする。
その豊富な戦力の巨人を長嶋の支離滅裂の采配で壊していくのが何とも面白かった。
しかし去年それが無くなった原監督巨人は、当然優勝をした。
今年も原監督に気の緩みがない限り優勝するだろう。
昨夜は上原の開幕投手の巨人と、松坂の西武が敗れてしまった。
これだからおもしろい。

 私の好きのタイプは目立たない自力ではい上がってきた選手である。
巨人の清水、斉藤あたりである。
嫌いなタイプは清原のような常に日に当たってないと枯れてしまう優等生である。

 毎日新聞がこの時期に「スポーツ記者による優勝予測」を毎年おこなっている。
セリーグでは中日、パリーグではダイエーが一番多かった。
私の予測は巨人と、ダイエーだが。

 大リーグでは、今年が松井が話題の中心になるだろうが、イチローと
比較されるのは酷である。
イチロウとはレベルが違う。イチロウは自分で自分をつくってきた男。
松井は巨人につくられた男でしかない。
大リーグに対する日本の興味はますます大きくなることは間違いない。
ますますカウチポテト族になっていく。

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2002年03月29日(金)
360,末っ子相続

世界の何処の社会でも長男相続である。
それが当然と思っていたら、末っ子相続の社会があった。
世界は広いそしていろいろあるものだ。

北欧のバイキング社会がそうだった。
成人をすると、男は船に乗り外の社会に出て行く。
最後に残った男か娘が両親の面倒を見るという。
その代わり、家督を相続するシキタリという。

彼等にとっての海は夢を実現する世界。
長男から成人になると、さっさと出て行くのが慣わしという。
それが永年の試行錯誤の中で、ベストのシステムになったのだろう。

広い自然資源があるから、そういうシステムになったのだろう。
力が付いたら広い世界へ旅立つ、大きい自然環境があった為。
バイキングといえば、海賊だ。
40〜50人乗りの海賊船を数十隻を連ねて、村や街を襲ったという。

日本などの農業社会では、すぐにでも男手が必要であり、
外にはそれほどの資源が無かった。
昔から長男以外は都会などに丁稚奉公や女中に出された。
継ぐべき田畑があったが、一家が生活出来るぎりぎりだった。

北欧の場合、せいぜい家と舟ぐらいだったから、長男などは魅力も
引き継ぐ仕事も無かったのだろう。
しかし海や海の向こうに、無限の自然のめぐみと夢があった。

バイキング社会は10世紀から200年ほどしか続かなかった。

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<お笑い>
貧乏人の楽しみ

「月は雲間に隠れたし、貧乏人のおいらにはなんの楽しみは
 ないし!・・・・・・・・・・・・・・」

「おやお前さん今夜もかい!」

「.....   」


1090, ニコイチ

2004年03月28日(日)

私が事業としている「ビジネスホテル」も曲がり角にある。
こういう装置産業は20年~40年スパンの投資になる。

時代の変化に対して、あらゆる仮説をたてて潰しのきく建物にしておかなくては
ならない。以前にも書いたが、私が手がけた建物は殆ど柱が入ってない。
中を掻き出せば、他の転用が利くようになっている。

少し先走ったが、24年前に光ファイバー用の配管が各客室に入っている。
新潟駅前で現在1DKマンションが、この数年ドンドン建っている。
調べるまでは、在庫オーバーと思っていたが、何とほぼ満室という。
驚きであった。

なら在庫オーバーのビジネス客室をそれに転用すればよい。
二部屋の一つの客室を掻き出してミニキッチンと居間空間に変えればよい。
サービスアパートメントへの転用である。

建設業界には元々「ニコイチ」という言葉があったのだ。
マンションの住人が隣が売りに出た時に買い取って改築をしたりする時や、
手狭になった市営アパートを一つにしてしまう場合の用語だという。
「なるほど、そうか!」と唸ってしまった。

現在、多くの建設業者は、不況の煽りで苦境に立っている。
その打開策として「改築・改装」に力を入れ始めた。
古ビルを創り変える仕事もこれからの事業として面白い分野になるだろう。
大変だろうが。

それにしても、転用を前提にして創っていて助かった!のが実感である。
この数年は、この改築?が仕事になりそうだ!
事業から、色いろ人生を学ぶことが実に多い。
長期的視点、鳥瞰的視点、忍耐、人間観察、何よりも自分自身を知ることなどだ。

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2003年03月28日(金)
723, 仰げば尊しー卒業式

 三月といえば卒業式の時期である。誰もが昔の卒業式を思い出す時期でもある。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と卒業式の記憶は鮮明である。
かすかな記憶だが書いてみる。

幼稚園ーその日に多くの玩具を貰ったのが印象深い。
    何か絵本や、その付録のようなものがあった。
    その日のことはいやにリアルに憶えている。
    あまり悲しいとかというの記憶はない。
    その時の同級生数人と今でも会うことがある。
小学校ー何かふてくされていたような気がする。
    壇上に卒業生が全員上がり、呼ばれたら大声で答えたのを憶えている。
    拍手で送られてたのが少し記憶に残っている。
中学校ーこれも校門を拍手で送られたことが記憶に残っている。
    まとまりのあるクラスで、全員がいやに親しみ感じていた。
    「よいクラスの仲間たち」という感じだ。
    数年前まで20年以上クラス会を開いていた。
高校ー校内問題があって、変わった荒んだ卒業式だったようだ。
   この最後の3年のクラスもイヤに変なまとまりがあった。 
   このクラス会も20年近く毎年開かれていた。

大学ー卒業式としては、一番感激した卒業式であった。
   チャペルでお祈りの後の卒業式が印象的だった。
   一人一人が壇上で総長?から卒業証書を貰った。
   その後、学食で卒業パーテーが開かれ、全員がビールで乾杯の後、
   全員でコップを一斉に床に叩きつけ割ったのがよかった。
   学生時代との決別という意味だったのだろう。
   その後、父やゼミの武澤先生と同期の連中と写真を撮った。
   その時に何かこの学校がますます好きになったのを憶えている。
   「もう二度と会わないのでは!」という互いの感慨があったために
   最後の別れという気持ちが強かった。
   その一月前の2月末から四日市のジャスコに既に就業していた。
   卒業後10年単位で、学校が主催で同期生があつまる会がある。
   4分の1の5〜600人が集まる。これも本音でお互い話し合えるよい会である。

   卒業式をキーワードに、過去の節ふしを振り返ると、
   実に恵まれていた時代だった。時代も全てが光り輝いていた!ように思える。
   教授に先輩に友人に両親に、心から感謝ができることが最大の収穫だ。
 
 卒業式からみても一番よい時期というとやはり大学時代だ。
 とくに私の場合恵まれていたようだった。

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2002年03月28日(木)
359, ST訓練

毎年この時期、新入社員に私が直接する訓練である。
もう2〜3回の入社ゼロの年を除いて、
前にいた会社も含めて26年間行っている年中行事である。

初めの頃は二泊三日で行っていたのがいたが、一泊二日になり
今は一日だけだ。
研修所や旅館を使って密室状態であったのも、現在は事務所で行っている。

センセビリテー・トレーニングを、途中から独自に変えた内容である。
当初の頃は、感性訓練を目的としていたが。

密室に新入社員を閉じ込め、それぞれ二人に問いかけと、答える立場を決める。
そして彼らにテーマを出させ、そのテーマについてどことん聞き出させる。
脇道にそれたり、いいかげんな事を言った時大声で叱咤する。

あるところまで来たら、立場を逆にする。
それを密室の中で、繰り返しそれぞれの相手を変えてやっていく。

その中で自分のいい加減さ曖昧さを互い気づかせ、表面的会話から、
本音の会話へ、更に対話に深めていく。
その中で感性を磨く。あるいはお互いの気心を理解させ、
仲間意識や帰属意識をつくる。

組織は人間どうしの意思や情報伝達が基本にある。
聞いたことを、はっきりと他の人に正確に伝える事が前提になる。
時間をかけて、叩かれていく過程で身に付けるものだが。
それを初めに、きっちり訓練を入れることを目的とする。

それとリクルートの能力適正試験の内容と、実際の本人の内容の誤差を見る。
ほとんどないが、それでもそれだけで見えない部分がある。
ある意味で一生もう決まっている、その人のソフトのベースもある。

こういう訓練を通して、自分で把握した事がある。
日記を書くこと、本を読む事、人の話を聞くこと、自分で考える事、
理想も持つ事、良い習慣を多く身に付けること、変化する事、初心を持ち
それを大事にする事、その訓練を通して一番教えられるのは自分だ。

・・・・・・・
・・・・・・・
<お笑い>

殿が太鼓もちに庭で,池の蟹を見て何か面白い小話をつくってみろと命じた。

ウロタエタふりの太鼓もち「そんな俄かにいわれても」と、

怒った殿「何をぬかすか、その位の駄洒落も創れないのか!」

隣にいた小姓「解らないのですか、庭ー蟹と今創ったのが」


1089, その一言が運命を!

2004年03月27日(土)

私の最大の欠点は一言多いことである。
それも親譲りの胸を深く切り裂く言葉を言ってしまう。
子供の頃、父親の言葉の鋭さが一番恐ろしかった。
そして、その部分を引き継いでしまったようだ。

昨夜もスナックのママから以前、「グサリと、その一言で刺してしまった」
状況をリアルに聞かされてしまった。ついついジョークで言ったつもりが
心の一番深いところをついていたからだ。
 本当に困ったものだ。

さらに、学生時代のゼミで現象分析の訓練をしたためか、一瞬で言葉が脳に出て
しまう。当時の日記を読んでいると、その当時言ってしまった「その一言」
の多くが思い出される。

家内も私に負けず言葉が鋭い。
言い違いや甘さに対して、即座に強烈な皮肉で帰ってくる。
言葉に対しては家庭内でも真剣勝負である。
結婚当初になるが、泥酔している私の顔を見て「白ナス!」と言われたことがあった。
鏡を見たら、本当に白ナスのような顔であった。


「言葉の持つ恐ろしさ」をいっている格言が幾つかある。
自戒を込めて列記してみる。

・「神は言葉が持つ破壊的な力から私たちを守っていてくださる!
  鋭い刃物よりも胸を深く切り裂く言葉がある。
  一生胸に突き刺さったまま忘れられない言葉がある」

・「賢者の口は心にあり、愚者の心は口にある」

・「ガチョウのわめき声は、ライオンの爪よりも痛みを感じさせることがある」
  というスペインの諺がある。

・「黙れ、さもなくば沈黙にまさる言葉を口にせよ」
  ーピタゴラス

・「ふさわしいことを話すのだ。それができなくては黙ることだ」
  ジョージ・ハーバード

・「気難しい口調で真実を述べるくらいなら、沈黙を守っていないほうがましだ。
  それは美味しい料理にまずいソースをかけるようなものだ」

  ーー
 
 言葉は人を生かしも殺しもする。
 一度発した言葉は元に戻すことはできない。
 これで人生の幅をいかに狭くしてきたことか。
 
 特に酒の入った時の言葉の鋭さは「気違いに刃物」である。
 酒を飲むときは「一期一会」という気持ちで飲んでいるのが逆に悪いのだ。
 酒は脳に敵を入れ込むようなものだ!
 
 悪口や陰口は言わないようにしているが、逆に目の前では抑えることができない。
 今更、陰口に切り替えるわけにもいかない。
 陰口をいくら言われても、目の前でグサリとやられるより傷は少ない。
 あまり懇意な集会以外は行かないことにしている。
 特に殿様蛙のあつまるところには。
 
  ・・・・・・・・
  ・・・・・・・・
  
  2003年03月27日(木)
722, 「日本酒について」


新潟といえば「酒と魚と米」と美人?である。
新潟の酒に対して書いてみる。
朝日山の「久保田」とか「越の寒梅」などの全国的に知られている酒がある。
全国的でないが、ほぼ匹敵する酒として「麒麟山」や「雪中梅」や「〆張鶴」
「八海山」「マスカガミ」など数え切れないほど美味しい酒が多い。

私レベルの評価なので、かなりの先入観が入るが、「ごく普通の新潟の酒飲み」
の実感を書く。
・「越の寒梅」は確かに美味しい、といって「麒麟山」や「〆張鶴」などの酒と比べて
 ほとんど味のランクは変わらない。ブランドという自己満足という事だろう。
・「麒麟山」と「〆張鶴」と「越の寒梅」を並べて飲んでも、銘柄を当てる事が
 難しい。
・私の好きな酒は朝日山の「吟醸古酒」である。
 ただ一時期飲んだが、今は飲んでない。ワインを飲んでいる感覚になる。
 あとは「〆張鶴」と「辛口菊水」である。」
・地味だが、長岡の老舗の酒の「吉乃川」も美味しい。

あるレベルを超えると酒は同じ味に感じるのも事実だ。
ところで次元の低い話だが、日本酒の場合、二種類の酒を混ぜると
美味しいほうの酒に味が移行する。自分のブレンドをつくるのもよい。
以上のことは新潟の酒好きの人は大体同じことをいうはずだ。

新潟はこと酒と米と魚は間違いなく美味しい!
あとは美人か?

http://www.sakesake.com/kurabetu/12.html


 以下はあるホームページよりコピーしてみました
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  ーー新潟のお酒を楽しんでみましたーー
               ー投稿者 渋谷の庄助
 
 新潟の酒というと、「越の寒梅」「久保田」「〆張鶴」「吉乃川」「満寿鏡」
「八海山」・・・などなど、いくらでも飲みたい銘柄がでてきます。
多くの酒と出会うのが楽しみで、4合ビンで楽しんでいます。
一升ビンに比べると割高になるのが玉に傷。仕方がないか。

ー【越の華】中澄み吟醸酒 冷や
 醸造元:新潟・新潟市  越の華酒造株式会社
 感想:洋梨のような香りが鮮明にして、すぐに消える。含むと岩清水のような
爽やかな喉ごし、やがて口中でキリットしまった辛さと苦味が感じられる。
飲んだ後に鼻からやさしい洋梨の甘い香りが抜けていく。
料理との相性:
.▲欧半松菜の煮びたしなど、さっぱりとした和風の料理に合う。

ー【越の初梅】純米吟醸酒
 醸造元:新潟・小千谷市 高の井酒造株式会社
 感想:芳醇な香りがほんのり伝わり、飲んだ感じはすっきりとして岩清水を飲んだ感じ。
喉の奥にいくと辛口のしびれる刺激が伝わり、すっきりとしたさわやかな感じにもどる。
そして、豊かな純米酒独特の味わいがでてくる。味わいがしっかりと感じられるお酒である。
料理との相性:
‐樵按劼院淵ぅ、松前昆布、数の子の醤油漬け)、
▲織蛙檗淵織魁胡瓜、ワカメ、酢)、
D察▲僖廛螢ピーマン、干しブドウの洋風サラダのフレンチ・ドレッシング和え。
いづれも酒と料理の互い味が引き立ち、両方の味に旨味がでる。
酸味のある料理に良く合う。そして、後味がすっきりとした。
鴨のネギ間とは合わなかった。鴨の味が強く、酒の味が消された。
     
ー【初花】純米酒(吟醸造り60%精米)
 醸造元:新潟・新発田 金升酒造株式会社
 感想:冷やで飲んだ感じはフルーティなやさしい香り、スッキリとした味わい、
喉の奥で深いコクが感じられる。後口にほのかにフルーティな香りが鼻から抜ける。
純米酒の感覚でなく吟醸酒を飲んでいるようだ。
料理との相性:
仝娜擦肇献礇海稜鬟乾沺Ε泪茱諭璽栽造

ー【峰の白梅】吟醸酒・耀
 醸造元:新潟・西蒲原郡 福井酒造株式会社
 感想:冷で飲んだ。淡麗辛口タイプ。
穀物のような香りがほんのり香る。白梅を想わせるような爽やかな喉ごし、
口中でキリットしまった辛さと酸味と苦味と旨味がやさしく調和してすっきりと
した味わい。後味もすっきりして鼻からほんのり穀物の香りが抜ける。
料理との相性:
サワラの唐揚げをポン酢で食す。お互いの旨味が引き立つ。
和食のあっさり味の料理に合う。    

ー【八海山】本醸造酒
醸造元:新潟・南魚沼郡 八海醸造株式会社
 いわずと知れた淡麗辛口の本道をいくお酒。「飲みやすく、飲み飽きしないお酒」
を目指しているので、おでんなどと一緒に飲むとどんどん行けてしまう。
ラベルから見ると濃厚な感じがするが、手間暇かけて造っているので吟醸の感じさえする。


ー【越乃燦月】 特別本醸造
醸造元:新潟・新潟市 今代司酒造株式会社
 感想:ほんのりフルーティでさわやかな口あたり。吟醸酒かと思わせる。
ラベルの絵のように月の光が海を照らすような、穏やかだがキラキラした印象だった。
料理との相性:
.織海療眇瓢匚腓─覆舛腓辰肇團蠅ら)。
 肴が刺激的だったせいか、お酒が柔らかく感じた。


ー【無冠帝】 吟醸酒
醸造元:新潟・新発田 菊水造株式会社
 感想:冷やで飲む。オレンジを思わせるフルーティな香りで清涼感ある上品な
口あたり。今まで体験した吟醸とは趣が違い、香りに特徴を感じる。
食前酒または食中酒としておすすめの酒である。
これは、お気に入りのお酒の1本として自分の好みの酒として登録した。
日本酒度+5、酸度1.4の辛口。ふなくち菊水一番しぼりも有名。
料理との相性:
.織海筌ぅ、カニなどの洋風サラダとの相性もよい

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2002年03月27日(水)
358,縞模様

縞模様は、中世では囚人やらい病や魔女とレッテルを貼られた人に
着せられていた。
悪魔の象徴の模様が由来という。

それがパジャマの模様で着ているのは、どういう理由なのであろうか。
囚人服や病院服と似ているのは?

悪魔の模様であったのが、いつの間にか日常に
使われているのが面白い。

よこしま(邪ま)な野郎だ、という語源がここから来ているとは思えないが。
明治や慶応のラグビー部が確かこの模様であったが、このことを知っている
いるのだろうか。

いや相手がこの模様のために、少し臆してしまうのを狙う効果もあるか。
シマウマは悪魔の馬と聞いた事がない。

そういえば葬式の時、バックに張る布も縞である。
いやあれは縦縞か。

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<お笑い>

ー身内
畑で男急にもようしてきた。一人で異を始めた!妹がそれを見つけ

「兄ちゃん何やっての!そんなんなら私の貸してあげるは!」

兄ちゃん「まさか身内とするわけにいかないだろう!」

妹「じゃあ、手は身内じゃないの?」





1088, 商売人

2004年03月26日(金)



「商才は西進する」とシルクロードの旅行で聞いたことがあった。
ところが、曽野綾子の文章に同じ内容があった。
・東京商人は大阪商人に比べたら子供
・大阪商人は中国商人に比べたら赤子
・中国商人はインパキ(インド・パキスタン)に掛かったら、それ以下
・そのインパキもレバシリ(レバノン・シリア)に掛かったら、問題外という。
もしそうなら、世界一金持ちのはずだが、ここで言う商売人は小商人を言うのだろう。

そのレバシリもユダヤ人に掛かったら、馬鹿なアラブ人でしかないのだ。
ツアーで一番多く現地人と接しる場面といえば、市場などの商売人である。
そして、そこで安物の高値つかみをさせられる。まあ、それが面白いのだが。

商売人といえば、日本でも士農工商というほど一番下に位置づけられていた。
安く買ってきて高く売るのだから、胡散臭さや怪しさがつきまとう。
「男はつらいよ」の寅さんもテキヤという路上商売人である。
瞬間芸でお客を騙してお金を稼ぐ仕事である。

第三次産業といえば流通・サービス業である。
人の集まるところに、その機能が必要とされる。
初めは、自然発生のハエみたいなものである。
しかし、その時代にそったニーズを一番敏感に感じ取るのが彼らでもある。
現在、日本が変になっているのは、商売人の強かさを失っているいるためだ。
これも他人事ではない自戒のことである。

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2003年03月26日(水)
721, グルメ

「貴方は美食家ですか?」と問われれば答えは「ノー」である。
たまたま海外旅行が好きで各地で美味しいものにいきあたったことと、
流通にいた事で外食が多かった事と、過去に箱物をいくつかつくり、
そのプロセスで会食の機会が比較的多かったが。

父が「美食は贅沢」という質素倹約の思想の為に、社会に出るまでは殆ど
美食の経験がない。もっとも時代背景も今ほどの豊かさはなかった。
しかし美味しいものを食べた記憶が少ないのは、美食家ではない為だろう。
味が分るようになるには三代かかると言うが、それもあるのだろう。

ー海外編の印象の深い順に書いてみる。
1、バンクーバーの中華料理店と、北京で食べた「北京ダック」
 これは絶品だった。やはり数千年の歴史の為だろう。
2、ニュージーランドのクウィーンズタウンの中華料理店と
 カナダのロッキーのバンフで食べた「伊勢海老の刺身」
 TPOSもあるだろうが。
3、36年前になるが初めての海外旅行の機上で食べた「ヒレステーキ」
 やはりその旅行で、オーストリアのウイーンの郊外の「ワインと生ハム」
4、シルクロードのホータンから新羅ウイグル地区への道すがら
 の「ラーメン?」と「シシカバブ」
5、サンフランシスコのローストビーフ専門店のローフトビーフ

ー国内では特定しにくいが、大雑把にいうと
1、新潟の駅前のある小料理屋で出してもらった「ふぐ刺し」と「白子のから揚げ」
2、父が亡くなる直前にある長岡の老舗の料理屋が、最後の外食ということを
 知っていて出してくれた、「アンコウと牡蠣料理」
3、ある社長の代理で出席したベルギー大使館の、あるパーテーで
 食べた「フランス料理」
 フランス料理は国内外で美味しいものを食べる機会が多かったが、
 何か違うのだ。
4、佐渡周辺でとれる生牡蠣
5、その朝とれたばかりの鮭のイクラ
6、以前経営セミナーで通っていた箱根にある料理屋の「海老の刺身と海老のみそ汁」

こう考えるとやはり日本の魚料理に美味しいものが多い。
現在のささやかなグルメは長岡駅の「セゾン」にある全国チェーンの魚屋で、
月に3回位買ってくるマグロである。
丁度帰りの時間が半額になっているので価値は充分あるが、買い続けていると、
「これは!」というマグロのトロにいきあたる。
その時間には寿司屋の女将やオヤジが買いに来ている。
まとめ買いをしているから判るのだ。

当り前のことだが、老舗や門構えのよい店の料理は外れはない。

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 2002年03月26日(火)
357,西アフリカー4

今回行った中で、私たちと同じ年格好の夫妻がいた。
100カ国の国を訪れるのが目標で、これで93カ国達成したという。

回数は70回、この5ヶ月は毎月アフリカに来ているという。
エチオピア、マリ、マダカスカル島、ナミビアそして西アフリカ。

現在失業中とか言っていた。お金の方はと聞きそうになったが、
さすがに聞けなかった。私がこのペースで年3回続けても、
10年以上かかる旅行にすでに行っているのだ。

次回はまだ決まってないが、帰ってから決めるといっていた。
本当に旅行が好きでたまらない感じだった。

こういう旅行のマナーとして、プライベートの事には興味を持たないようにしている。
しかし自分の世界をはるかに超えた人と出会うと、どうしてもその世界に
興味を持ってしまう。

金髪に染めていた30歳前後に見えた女性、実は?0歳近くで新婚。
相手の男性は10歳以上若いという。
1?歳の子持ちで月収数百万あり、使い切れないという。
行き帰りはビジネスクラス、アーどうなってるんだろうと
考え込んでしまった。

この5月の連休もアフリカに来るという。
最後は本性が出て、添乗員を怒鳴りつけていた。
来年は傷心旅行か?
色々面白い!

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(お笑い)
「氷水」☆☆☆

アフリカ縦断鉄道、あまりの暑さにある老夫婦の奥さんが氷水が飲みたくなった。

車掌に頼むと、
‘有るわけがない、とんでもない’とのこと。

それでもなんとかと頼みこむと暫く考え込んだ車掌わかりましたと
言って、氷水を持ってきた。

暫くするとまた奥さん飲みたくなった。
チップをはずみ2杯3杯と持ってきてもらった。

更にと言うと車掌困った顔をして、

‘これ以上もってくると死体が腐ってしまう!’


1087, ある日突然

2004年03月25日(木)



ある日突然、今まで順調であった仕事や商売が成り立たなくなる時代になった。
以前は、時計屋が典型的な事例であった。
・25年前に、デジタル時計の出現でアナログ時計の売り上げが激減をしてしまった。
・10年前には駅前旅館も消滅をしてしまった。
・その後、業種店はスーパーなどの業態店の出現で殆ど壊滅した。
・そして、酒屋や米屋やガソリンスタンドなどの規制で守られてきた業界も
 一瞬で壊滅をしてしまった。
・最近では、駅前のあちこちにあったDPEの店もデジタルカメラとプリンターの
 普及で、いつの間にか無くなってしまった。

次は、何であろうか?
全ての経営者が自分のところではないだろかという恐怖の時代になった。
DVDとビデオレンタルの「ツタヤ」が光ファイバーとデジタルTVのドッキングで、
ある日突然消滅するのではという可能性を秘めているとか。

鳥インフルエンザで、京都の養鶏場のオーナー夫婦が「ある日突然」国家的犯罪者に
仕立てられ、自殺に追い込まれた。
経営者なら誰も身につまされる出来事であった。

私の事業もごたぶんに漏れず、「日帰りの徹底」で、打撃を受けている。
これに新幹線がテロに狙われたり、SARD騒ぎが起きたら、ホテルの顧客はゼロに近くなる。
本当に恐ろしい時代である。

あの絶対大丈夫と思われていたNTTや電力会社や郵便局でさえ、一歩間違えれば
明日は解らない時代である。時代の変わり目は、こういうものだろう。
日々の科学技術の進歩が背景にあるのだ。
事業も考えてみれば、情報と技術の能力の差である。
それが情報化で瞬時で格差がなくなってしまったのだ。

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2003年03月25日(火)
720,「お金の哲学」ー3

デフレになって、お金の価値が物の価値より上がってきて、日本ではタブーの
お金に対して関心が増してきている。
過去何千年も祖国を追われていたユダヤ人は特にお金にシビアであるのも、
最後頼るべきはお金や金ダイヤなどの貴金属ということが骨の髄まで解っている
からである。

日本人がお金に対して「お金は汚いもの」とか、「お金のために生きているのではない」
とか言っていられるのは、島国の環境の為である。
世界中にお金を汚いとか、甘く見ているのは日本人だけである。
 
 江戸時代の幕藩体制下の宮仕えの貧乏藩士の建前意識が、美徳としてごまかされ飼い
ならされた結果でしかない。それを儒学で覆い被せて、それしか世界をしらない田舎侍たちを
無垢に信じさせていただけの事。上手く金は汚いものと洗脳してしまったのだ。
惨めな話だが、それがそれだけの世界ならそれでよかったのだろう。
その意味でまだ日本はその影響下にあるのだ。

 「もう人生を終わってしまった敗残者か、成功した人が外装としての理屈」
の為に集まって、鼻声で儒学を楽しんでいる分にはよいが。
これから一生を妻子を養っていかなければならない真っ当な人間に、
その教えをまともに教えている無知な人種がいるのが問題なのだ。

 現在日本がこのような状況にある根本原因は、この「虚勢犬意識」が国民的
潜在意識にあるからだ。
もし一億のお金を貯めようとしたら、5百万の預金をしたとしても20年はかかる。
その為には2000万の収入を20年続けなければならない。
その能力のある人は1000人に一人?いるかどうかだろう。
それだけお金を蓄積するのは時間を要するものである。
実際のところ
二代三代をかけなくてはならない。
 
 商人であった両親から学んだ事は、お金の大事さと、その使い方である。
晩年になってよく父が言っていたのは「お金の使いかた」である。
見栄でなく、本当に自分の好きな事に納得して合理的に、使うことだ。
そこには一点の隙があってはならない。
稼ぐと同じくらい前向きに合理的に楽しむことだった。

 それを聞いていた割に全く身についてない自分は何故??
装置産業の為に、大借金をしているためであるー言い訳か!
大儲けをして現金の山を見たことは一度もない。
「健康法説いて あの世に先に逝き」ではないが、
「金のこと説いてた あのバカ夜逃げをし」ということになる
可能性もあるからあまり偉そうな事を書かないほうがよい。

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2002年03月25日(月)
356,西アフリカー3

ー能力探しー

今回の旅行で面白い人とであった。
予備校の講師でミュージシャン、今度小説を出すという。

年令が31歳、数学の本を何冊か出し、予備校の講師。
今回の旅行で3つの歌を作ったという。

音楽のゴーストライターもやっているという。
ゴーストライターで本は聞いたことがあるが、音楽では珍しい。
ミュージシャンと数学の先生の二刀流ということだ。
CDを数枚出し、有線でトップテンに入ったことがあるという。
「防波堤」は、長岡のスナックで聞いた事あった。
夜バーで聞いた弾き語りがなかなかよかった。

昼からビールを二本飲んでいた。夜もしかり。
話しているだけで、自分の中の創造性が喚起される。

私の目では一応本物に見えた。
エルミナの夕景を見にホテルの海岸に出たら、一人海辺に隣接している
誰もいないスナックでビールを飲んでいた。
声をかけると、夕日で変わる海の色の変化を見ているという。
これはいえない言葉である。

何か変わった人だと気に留めていたが、家内からあの人はミュージシャンで
予備校の講師と聞いて納得した。

その後何回か話す機会があったが、講師とミュージシャンの仕事の特性の
為か、相手を自分の世界に引き込む話術には驚いた。
いや話術ではなく、その人の中味なのであろう。

http://yoshiki-o.hoops.ne.jp/
大上芳樹

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[月曜の朝に ]☆☆☆

−哲学的にも有名なユーモアー

ある死刑囚が月曜日の朝、
死刑執行に引き出され連れられていくときのジョーク、

「ふん!今週も今日から幸先がいいわい!」

(・彼にとって今週がない   
 ・長い間の死刑の恐怖から解放される
 ・目の前の死の恐怖を和らげようとする笑い)


1086, 疑惑

2004年03月24日(水)


台湾で陳総統が0・2佑虜垢悩徳されたニュースを報じていたが、
何か胡散臭い銃撃事件と思いざるをえない事件である。
この事件が無ければ対立候補が絶対有利であったからだ。
自作自演事件?と考えるのが、穿ったみかただろうか。
政治家なら、平気でその位のことをするものだ。
腹を丁度よく横にかすめたものである。
おまけに、隣にいた副総統の足にも当たり負傷をしたという。
弾丸まで車の中で発見されたとか。

対立候補は早速疑わしい状況があったとして『この選挙は無効』と宣言している。
台湾では抗議行動が進んでいるが、後進国の一つの現象と割り切ってみると、
漫画的でもある。
何処かの国の密室政治も外部から見たら、このレベルの世界だとも言えるだろう。

ある月刊誌に『逮捕されたイラクのフセインは替え玉で、本物はアメリカの
手で実際は匿われている』と書いてあった。
まさかと思いつつ読んでいると、なるほど有得ると思ってしまう内容であった。
情報化社会は、実際に表面化している情報が本当かどうか一度疑ってみる必要がある。
情報操作が簡単になったからである。
哲学者が、こういう情報化社会の現象をイチハヤク解剖ー分析ーをしている。
真実と現象の構造を、精密に説明してみせている。

事実と思い込んできたことが、実は虚構でしかなかったというのは
人生を振り返ってみるとよく解ることである。
ソ連邦や東ドイツが崩壊した時に、その共産主義を信じて疑わなかった
多くのエリート官僚が、その虚の崩壊に呆然として精神の異常をきたしたという。
テーマと少し話しは外れたが、今度の台湾の総統の茶番はアマリにお粗末である。

他山の石として見ている分には面白いが。

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2003年03月24日(月)
719, 「私の無名人名語録」

永六輔の「無名人名語録」があるなら、「私の無名人名語録」もあってよいだろう
と考えてみた。

・「会社を良くしようと思ったら、よい人間をどんどん入れることだな!ゴミがすぐ
 浮いてきて、出て行くんだ」ーあるセミナーの隣席の社長が言っていた。

・「事業で大失敗をするほど、どういうわけかその都度大きくなるんだよな〜」
 これも事業を立ちあげた社長から聞いた。

・「地方って3流の人物が親の財産をバックにしてさ、一流と思い込んでいる奴が
 多いだろう。おれは田舎のプレスリーって奴」。

・本当にあった話だそうだが、もう亡くなった往年の二枚目俳優の田宮二郎が
 ある地方の温泉街を歩いていると、「田宮二郎一座」という劇場があった。
 面白がって入ったが途中で腹が立ってきて、座長の所に終わってから行った。
 文句を言うと戸籍を出して、田宮二郎が実名ということが解った。
 ところがその座長曰く「いいですよ、私の名前をそのままつかっても!」
 と逆に言われたそうだ。これこそ無名人?語録である。
 変な逸話をおもいだした。

・「女にしても物にしても、並べて比較するとどっちがよいかすぐ分かるよ。
 比較ほど簡単な科学はないよ」これわたしの経験から出た言葉。

・「オカマって、寝ると凄くいいんだってさ!」高校の同級会で、ある男が言っていた。

・やはり先回の会で、その男に「おまえ市会議員になったんだって?」と聞いた。
 冷かしをかわすつもりで「市会議員になるほどバカではないよ!」と答えた相手に
 すかさず「てっきり市会議員になるほどのバカと思っていたよ!」と言ってしまった。
 本人「・・・・」ムッとしたのが露わだった。「お前は言葉のアルカイダーだ!」
 と言われた。私は言葉の遊びで言ったつもりだったが。

 時間をかければ幾らでも思い出すだろうがすぐ出てくるのはこの位だ。

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 2002年03月24日(日)
355、西アフリカ旅行記−2

今回の旅行は西アフリカのコートジボアールとガーナと
トーゴとベナンの4カ国を突き抜けるバスツアーであった。
人間の頭に例えると、インド洋が顔、大西洋を後頭部とする。
その後頭部にあたります。

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バスツアーそのものを楽しむものだった。

ほとんど景色は変わらず、淡々とした旅行でもあった。
やはり異質性はあった。
東洋人を全く見たことがないようで、彼らの好奇の目に驚かされた。

何処でもそうだが、こういうところは市場が面白い。
各地の市場にいったが、現地の特性があり生活の匂いがしていい。
彼らは写真を撮られることに、異常に拒否反応を示した。

4カ国を短時間で見て、それぞれの政治情勢が手に取るように解った。
当然のことだが、政治の重要性を感じとることが出来た。

奴隷についても、日本でもありえたのでないか。
隣国が海で囲まれていない場合、
戦争捕虜を皆殺しをしないで、隣国に売り払った可能性があった。
戦国時代は負けたほうは、条件をつけない場合は皆殺しであった。

何処がどうという事でなく、トータルで異国情緒を愉しむという旅行であった。
同行者もアフリカのみならず、世界中を行きつくしたツワモノぞろいであった。

私にとって行きたい処の情報の宝庫であった。
もう一つの楽しみの同行者がよかった。
何かを背負い、また降ろしてきた人生のツワモノ達でもあった。

こういうところに来る人は、変わった人というより旅行をしているうちに
ここに行き着いたという人が多い。その中で感性が磨かれたものと思われる。
それと初めから何かのきっかけで来ているか、どちらかである。

これから数人具体的に見てきた人を紹介してみる。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
<おわらい>
[ 彼と彼女の違い ] ☆   

今日は彼と彼女のデートです。映画と食事とお酒、
そしてホテルというお決まりのコース。

帰宅後、その日のできごとで記憶に残っていることを2人は日記に書きました。

--- 彼女の日記 ---
わたしが30分も遅れて行ったからかな。彼は少し不機嫌だった。
1人でどんどん行っちゃうから泣きそうだった。
映画館でもずっと気になった。
でも食事のときは、ちゃんと笑ってくれた。うれしかった。
わたしは彼の笑顔が好きなんだとつくづく思った。

食事はイタリアン。すてきなお店だった。雰囲気もよかったし。
映画の方はまあまあだったかな。あのお姉さん役の女優、なんて名前だったか。
いい感じだった。スーツがよく似合ってかっこいい女性。

お酒を飲んでいるときその話をしていたら、いつのまにかうちの家族の話になった。
彼ったら、うれしそうに聞いてくれた。
もしかして・・。いえそんなこと。

でももしかして・・。ちゃんと考えてくれてるのかな。だとしたらうれしい。
ホテルでもなんだかやさしかったし。
うふ。し・あ・わ・せ。

--- 彼の日記 ---

「した。よかった!」


1085, 「80対20」革命 −3(読書日記)

2004年03月23日(火)

現在、全ての企業は新しいコンセプトの創造と、その業態つくりが
求められている。
その一点に、全てのエネルギーをむかなくてはならない境目の時代である。

ところで、その途方もない
「創造活動」はどのようにして起こるのだろうか?
この書で解りやすく書いている。

・創造活動の一つは、「既存のものを再構築する」ということである。
「日の下に新しきものなし」と旧約聖書にも書いてある。

一万年前の農業革命も、自然の中に元々あったものを再編成をして、
はるかに生産性の高いものにした。
 そして1750年以降の農業革命は、古来の生産様式を再編成をして、
規模と機械の効力を利用した。
現在のバイオテクノロジーは自然の行為を真似をして、その速度を上げ、
新たな変更を行っているに過ぎない。

・第二の特徴は、
「もっとも大きな強力な力を増大させる」というこである。

自然な力は無数にある。生物も生物でないものも。
創造に役立つものはその中の少数のものだけである。
有益なものは少数しかない。
植物の中で、滋養分が多いのは少数である。
栽培方法でも、優れているものは少数である。
生産物の中で、多産のものは少数である。

・創造の第三の興味深い点は、
「創造は、アイデアと個人がぶつかり結託するときに生じる」ということである。
創造の本質は物理的なものではなく、知的なものである。
マイクロソフトのアイデアは砂漠の砂遊びから生まれたのではなく、色々な
アイデアをいじくり回したことから生まれた。
創造に必要なものは、アイデアと個人、それも少数のアイデアと個人である。
偉大な科学的飛躍はすべて、元をたどれば個人や小チームがあれこれ考え
再構築した少数の豊かなアイデアである。

・ビジネスの創造には、第四の特徴がある。
「ビジネスの創造は、顧客にとって価値が向上するものでなくてはならない」
ということである。より多くのものをよりやすく提供することである。

創造をおこなうことが不思議でもなんでもないのは、
科学者の非凡な才能や狂気じみた発明家、霊感を得た起業家だけである。

ところで、
どの企業も事業構造の変革を求められているが、
その更なるイノベーションターゲットを何処に求めるかが課題である。
自分の使っている時間を、いま一度振り返ってみる必要があるようだ。
使っている時間の10から、20倍のものを生み出せるものは無いだろうか?
そう今まで考えたことがあっただろか。
その一点で、もがき、のたうちまわっただろうか?
ノーである。
もっとも大事なことは、この一点を見つけ、もがき苦しむことである。
厳しいが!

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2003年3月23日
718, 「無名人名語録」ー永六輔ー 読書日記


 無名人、普通人、一般人……の片言隻句の集成である。
 誰かが言いそうで、オレが言ってもおかしくない、と思わせる言葉だ。
 こう言っている人はどんな人かと想像を刺激する言葉に満ちている。
 普段バカ話を話している時、こんな事をいつもいっていし、高尚な哲学の話より
 ずっと親近感を感じる内容だ。
 こうなると言葉の収集家といってよい。

ーまえがきー の一部
考えてみると老人たちが何げなくつぶやく「道家」も、江戸時代の「無名人命語録」だ。
少し並べてみる
:堪忍袋の袋を常に首にかけ 破れたら縫え破れたら縫え
:今日ほめて明日悪く言う人の口 泣くも笑うも嘘の世の中
:ぶらぶらと暮らすようでも瓢箪は 胸のあたりにしめくくりあり
:手や足の汚れは常に洗えども 心の垢を洗う人はなし

・「若い奴には教養がないっていいますが、その教養を身につける素養というものが
 ありませんねェ」
・「美人の浮気を不倫というの、ブスの浮気は不貞というの。・・・これも美輪明宏語録」
・「美輪明宏が言っていたけど、美人は三日で飽きる。ブスは三日で慣れる」
・「夫婦喧嘩しててね、ダンナ言葉の言葉に、お国訛りが出てきたらそろそろ注意するの。
 訛ったら、その次は暴力なの。だから、相手の言葉遣いをよく聞くようになちゃった」
・「良く風呂が熱いと文句をいただくんですけど、私どものように団体の多い温泉宿は
 風呂を熱くしておきませんと、とても汚れがひどくてねェ。
 ほどよい湯加減ですと、どうしても浴槽の中で身体をこすります。この汚れがバカに
 なりませんので」
・「生きにくい世の中ってのはわかるけれど、/死ににくい世の中でもあるんですよね」は、
 病床の爺さんだろうかだろうか。
・「旅行をリョコウって読まないでさ、リョギョウって読めば、少しは厳しい感じが
 するけれどね……」は、ツアーコンダクターが言いそうな気がする。
・「インドから日本に来て、驚いたことがあります。
 紅茶にレモンを入れることです。/安い、悪い紅茶を使っているからだと思います」
・「狂言では歩くと言いません。/身体を運ぶと言いますね」 通人のセリフである。
・「死刑囚には/最後にタバコをすすめるのですが、/肺癌になるからと断って/刑場に向かった
 男がいましたよ」
・「農業をやっている事に誇りを持てって言う奴がいるけどさ。
 どうやって?どうやったら誇りを持てるんだよ。
 歴史上、農業をやって誇りを持った奴がいたら逢いたいよぉ!
 誇りなんてものは、周囲を見下したとき持てるものじゃないのかい」
・「日本人妻という言葉があるのに日本人夫と言わないのは何故ですかね。」
・「暴力団がいなくなるようだったら、もうその町は活気が無いってことです。」
・「住宅ローンのこと、子どもの受験のこと、親の介護のこと、そして女房のことを考えている
 うちに自殺しちゃったんだって・・・・。/駄目だよ、バラバラに考えなきゃ。」
・「生きるということは、/生き残るということです。」
 「面白い話はいくらでもある。/でも、面白い話し方は滅多にない」

・「しなやか、したたか、つややか、この三つ、
 これが長持ちするコツだすな」

 『無名人名語録』
  永六輔
 (講談社、1987)
  2003年03月10日
  長岡中央図書館
 ★★★


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2002年03月23日(土)

354,偶然の一致 -時差ぼけ

心理学でいうシンクロニシティーである。
今起きてきて、台所の時計が9時16分で止まっていた。
居間の時計も9時16分で止まっていたのだ。
寝室の時計で6時過ぎである事は確かである。
現在は6時21分のはずである。
腕時計を見たら、9時21分になっていた。
ウソじゃないか!ウソじゃない!
そうすると3っの時間が9時16分に一緒になっていた事になる。
台所の時計は止まり、居間の時計は現在9時35分でどういう訳か
今動いている。腕時計を今見ると9時35分である。
(16分から19分たって35分になっていた為、時間が違う)
シンクロニシテーが起こったのだ!

TVをつけたら9時35分であった。
4っつ目の偶然の一致?いや寝室の目覚ましが壊れていたのだ。
お粗末!これが時差ぼけだ。家内は今も寝ている。
それにしても朝4時に目覚ましを見たとき、いやに明るかった!
それに何の疑問を持たないのが時差ぼけである。

たった今起きた小さい迷事件である。

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<お笑い>
長生きの秘訣


ー百歳のおばあちゃんー長生きの秘訣

百歳のおばあちゃんの処に遊びに来た曾孫、

帰り際に「また来年も元気で会おうね」と言うと、

おばあちゃん不思議そうな顔をして

「お前、体のどこかおかしいのかね?」


1083, 「80対20」革命 −2(読書日記)

2004年03月22日(月)

この本は、簡単に言えば、いま「創造的な個人を中心とした新しい経済」
が出現しつつあり、つまり、個性を発揮して新しく有益なものを作りだす
『80対20人間』こそが次の時代の担い手であり、その一人になりたい人には、
どんなビジネスが可能か、そのための方法があるかを説いている。・・・・・

特徴的なのは、
「何かを創造したいなら、まず自分の20佑離好僖ぅ(強み)を見つけ、
伸ばさなければならない。新しいビジネスをつくりたいなら、ビジネスについて
考えることからはじめてはならない。自分自身について考えることから始める
べきである」
個人の中にある20佑離好僖ぅ(強み)に対して忠実であるべきである。
この並外れたスパイクを自分で見つけ、強力に育て上げなくてはならない。
そして「取るに足りない多数」を外に外注に出し、エネルギーを
「きわめて重要な少数」の20佑肪蹐阿海箸世伴臘イ靴討い襦

20佑凌諭垢寮源裟は80佑凌諭垢裡看椶任呂覆ぁ何とその二乗の
16倍なのである。

・農業革命(10000〜7000BC)ー>
 産業革命(1750〜1850)ー>
 経営者革命(1900〜1950)ー>
 80対20革命(1980〜2020)
 へとニューエコノミーの時代は移行している。
・時代背景という面でみると、
 農業経済ー>市場資本主義ー>経営資本主義ー>個人主義
 へと変化している。
 
 ほとんどの企業が主要な個人を中心に回る時代がやってくるだろう。
 個人のスパイクこそが重要な資源に取って代わるのだ。
 個人主義が資本主義に取って代わるのだ。
 
  −−−−
 以上は私が主観を込めて、まとめてみたものだが、
 優秀な個人が世の中を支配する時代になってくるのか?
 下手をすると、違ったカタチの独裁の時代になるのか?
 結局は動物社会と同じところに行き着くということか?
 (一番優秀な個しか生き残れないのでは?)
 
 等、考えさせられることが多い本であった。
 それもグローバルという単位であるから、企業も個人も激しい競争に
 直に巻き込まれる時代になったのだ。

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2003年03月22日(土)
717, 温帯魚

 事務所で温帯魚を飼っていた時、よく熱帯・温帯魚の専門店に餌を買いに行った。
その時に店の片隅に小さな鯉が、タライにいっぱい入っていた。
場違いの存在に「何でこんなものを売っているの?」と聞いた。
店主が「餌だ」とばつの悪そうに答えた。思わずゾッとした。
料理屋の生簀の魚を見ても何とも思わないのだから、不思議なものだ。
鯉は20~50万が孵化して、選り分けられて数匹以外は肥やしか、餌として売られる。

 事務所で温帯魚を飼っていたとき、2^3日に一匹の割合で魚が消えていった。
不思議だと思ってみていたら、ハリセンボンが目の前で小さな魚を追いかけていた。
まさか、ハリセンボンが食べていたとは想像すらできなかった。
一匹の魚は頭を岩の間に隠したまま、尻尾のほうが三分の一食べられて死んでいた。
もちろんすぐに隔離をした。

 ある種類の温帯魚だけを数匹飼っていたときに不思議な現象をみた。
ある一匹が他の一匹を執拗に追いかけていた。
ところが一番大きい一匹がいつも中に割ってはいるのだ。
たまたまそう見えたのではと思ってみていたが、そうでなかった。
どういうことなのか今でも理解できない。

 ある温帯魚を飼っていたら、あまりにも巨大になり鑑賞用としては耐えられなくなり
全てを店に返してしまった。そして現在は金魚だけである。
ランチュウだけに絞って10匹を飼っている。
 温帯魚を飼っていたときは、どんなに見ていても飽きないのだ。
はたから見ていたら不思議な姿だろう。

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2002年03月22日(金)
353、流通再編ーウォルマートの進出


旅行の留守の間の新聞をみていたら、3月15日付けの日経に
ウオルマートの西友の買収の記事に驚いた。
当然といえば当然だが。

これでジャスコとヨーカ堂とウォルマートとの3極の再編成が
この4〜5年で始まるだろう。

ユニーなどの地方の準大手や中堅企業のSMも、
吸収か倒産のどちらかの選択に迫られる。

この3極の一角も10年以内に倒産に追いやられるのは、
アメリカのKマートの倒産を見れば当然だろう。

自動車業界や電気業界と同じ世界に、流通もおいやられるということだ。
まずはダイエーの淘汰はこの数年で必至だ。そして今最盛期を誇っている
ホームセンターも3〜4年先から倒産の嵐も必至である。

もちろん地元の原信やウオロクなどは、そのどこかに参加するか
消滅しかない、面白い時代になってきた。
といって全ての企業がこの数年で存続か消滅の岐路に立たされている。

最終的にダイエーを買収すると思っていたが、西友とは思ってなかった。
SMのスパーセンター(1500〜2000坪)
あたりを狙ってくるのは当然だ。

仕事人生の前半に流通業に身をおいていたから、その競争世界の激しさに
震撼とする。

地方(痴呆)豪族化していたー(ペガサス主幹の渥美俊一)
痴呆スパーの淘汰に入った。

ー地方豪族化を敢えて説明すると、
自動車販売会社やケーブルTVとか、印刷会社や貸しビルなど持つ
??などの地方スーパーをいう。
ーあくまで渥美談ー

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・・・・・・
<お笑い>
[こわい話ー黙殺]☆☆☆


男A「棺桶にテレコを隠しておいたんだ。
       ‘おい開けろ!’って声がしたはずなんだが」
男B「奥さんビックリしたろうな!」
 
 A「いや俺がビックリしたんだ!」
 
 B「なんで?」
 
 A「昨夜はおくさんがひとりで通夜してたはずが、 
   なんの騒ぎも起きなかったんだ!」


1082, 「80対20」革命 −1 (読書日記)

2004年03月21日(日)



 前著に続いて、早速この本を買ったがなかなか面白い。
この本は、ベストセラーになった「人生を変える80対20の法則」
(TBSブリタニカ、1998年)の続編である。
前著は、ABC分析やパレートの『80対20』の法則を解りやすくまとめてあり、
非常にインパクトの強い内容で、特に80に対する見直しをするキッカケになった。

この新著は更に深耕された内容といってよい。

ビジネスに特化し、「より少ない労力で富と幸せ」を獲得する方法が書いてある。
特に大きな組織から自立し、個人として成功するための方法を、具体例を多数
紹介しているのが特徴である。

もともと『80対20の法則』はパレートが発見をした法則である。
前回も書いたが、ここでおさらいをしてみる。

ーイタリアの経済学者ヴィルフレード・パレートが1897年に発見した法則で
今では社会の様々な分野で実証されている経験則である。
例えば、
「会議では20%の出席者全体の80%を決める」
「営業マンの上位20%が、利益の80%を出している」
「納税者の上位20%が税金総額の80%を負担している」
など、いろいろと当てはまるのです。

これは、自然界にも当てはまる。
例えば、働きアリの集団でも本当に一生懸命に仕事をするのは2割で、
残りの8割のアリたちは、仕事を怠けているという。
「働く2割か、怠ける8割か」が、生まれつき決まっているか、と言うと、
そうでも無い。試しに、働いている2割のアリと、怠けている8割のアリを
分けてみるとまじめに働いていた集団の8割が怠け始めるという。
反対に、怠け者のアリの集団では、2割が働き始める、というから不思議である。
人間の場合ありえないと思うが。

つまり集団をどう選んでも、やがて全員の2割が平均以上に働いて、
残り8割は怠けてしまうという結果に落ち着くのが実験結果という。

ーこれを人間に喩えると…
怠け者を全員解雇して、よく働きそうな人間ばかりを雇用し直しても、
しばらくするとやっぱり、結果は同じことになる。
どこの会社でもみられる「なんで、うちの社員は働かないんだ!」
という悩みが、無くならないことが、このことよりよくわかる。

本書にはこのパレートの法則でいうところの20%を、
自分の中に見つける方法が多く書いてある。

著者はこの本の『主人公』である“80対20人間”について、こういっている。

・「おそらく一パーセントにも満たない人々が、ほぼすべての変化をもたらしている。
 創造力豊かな個人が、これまでの物事のあり方を変えているのである。」
(31ページ)。
・「こうした80対20人間の特徴のひとつは、独自の強みを生かそうとすると同時に、
 多くの弱点をも自覚していることである。
 80対20人間はその弱点を補うため他の個人を必要とする
 −80対20人間が能力を発揮できるのは、周りに他の人たちがいるからなのだ。」
「私が「個人」と言った場合、「個人とその小チーム」の意味であるということを
 覚えておいてほしい。」(38ページ)
                        つづく

以前書いた『80対20の法則』をコピーしておきます。                       
ーーーーーー

2003/06/29
『80対20の法則』ー読書日記
リチャード・コッチ著 
 仁平和夫訳 
 TBSブリタニカ
 ・・・・・・
ー私の解説ー 
 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。
約100年前のイタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスにおける所得と資産の分布を調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見し、2つの奇妙な事実に気が付いた。「わずか20%の人達に資産総額の80%が集中していた」という数理的事実を発見した。
以前からABC 分析や戦略論などがあったが、この本は非常にわかり易い内容であった。
この法則を知っているかどうかで、数倍も人生を濃く生きる事が可能になる。7つの法則ー最優先事項ーに、要約すると似ているところがある。
人は無意識的に「如何でもよい方の80」を選択しているように思えて仕方がない。 
どの要因の20%が結果の80%を決定するのかを、つねに自分に問いかけてみる習慣をつけるかだが。 

ー 以下は幾つかのホームページから抜粋したものである。 
■この本の内容
・80対20の法則とは、たとえば、あなたが成し遂げる仕事の80%は、費やした時間 の20%から生まれる。
・あるいは、本の価値の80%は、ページ数にして20%以下の中 にみつけることができることなどをいう。但し、80対20というのは目安にすぎず、 不均衡がもっと大きくなる場合もあれば、小さくなる場合もある。
★80対20の法則を理解すれば、自分の周りで起こっていることがじつによくわかっ てくる。
 80対20の法則をうまく活かせば、何もかも驚くほど改善する。
★80対20の思考とは、数量分析をせずに、80対20の法則を日常生活に適用することである。

★目に見えない20%、水面下に隠れている20%をみつけ、求めよ。
★80対20の思考の目的は、行動はひとまず忘れ、しずかに考え、心の闇の中に光を 見いだし、それから行動を起こすことにある。そして、行動を起こすときは、目標をふ るいにかけ、いちばん大切なものに的を絞り、必要最小限のエネルギーと資源で最大限 の結果を出すために全力をあげる。

★戦略的ということは、重要なこと、他人にとって以上に自分にとって重要なことに力 を集中し、計画を立て、断固とした決意で粘り強く、その計画を実行していくことである。
★80対20思考は、経験と思索と想像力に訴えるものなので、線形ロジックの罠から 抜け出すことができる。自分は今不幸だと感じているとしたら、その原因をあれこれ考 えてはいけない。幸せだった日々を思い出し、それと同じような状況をつくり出そうと
 考えたほうがいい。
★達成と幸福の80%は、時間の20%の中で起こる。
★重要な鍵を握っている要因はつねに、ごく限られており、それは目に見えにくいこと が多い。それが何であるかがわかったら、その力をいままでの何倍も活かせる。
★誰でも、偉大なことを成し遂げられる。鍵は努力ではなく、やるべきことをみつけら れるかどうかである。
★もっと努力しようと思うより、好きなことに力を集中したほうが勝つ確立は高くなる。
★すばらしい事を成し遂げるのは、モノを選り分ける能力があり、一度決断したら迷わ  ない人である。
★ほとんどの人は、自分にとっても他人にとっても価値がないことに、たくさんの時間 を費やす。
★価値ある仕事の80%は、使う時間の20%で達成される。
★幸福の80%は、人生の20%で経験する。
★時間のわずか20%を有効に使うだけで、時間が足りないということはなくなる。
★80対20の法則は単純明快である。衆に抜きんでていること、自分がいちばん楽しい と思うことに全力をあげろ。それが80対20の教えである。 -------

■80対20の法則ってよく聞くものだが、この本を読むと「一人勝ちの経済」「スピードの経済」とも絡みあい、そのバックボーンとなっている。
 この法則を知るか知らないかは大きな分岐点。

★80対20の法則は、われわれが何をすべきかを教えてくれる。
 努力の平均水準を上げるのではなく、努力を集中する。決められたコースを走るのではなく、近道を探す。最小限度努力で人生の支配権を。多くの分野で平均点をとるのではなく一つの分野で卓越した成績を上げる仕事でも自動車の修理でも、自分でやらずにできるだけ専門家に任せる。
 よくよく考えて、仕事と会社を選ぶ。できれば、他人に雇われるより、他人を雇った方がいい。
 一番得意とすることで一番楽しいと思うことだけをやるあたり次第にチャンスに追いつくのではなく、気を沈め、仕事量を減らしゴールへの最短距離に照準をあてる油が乗り切った時期に訪れる幸運の連続を大切にし、それを元手に将来の成功を確保。

★成功している企業は、努力で最大限の収益を上げられる市場で事業を行っている。そして、投資収益率の絶対水準が高く、なおかつ利益率が競争相手より高くなければ、成功している企業とはいえない
 これはすべての企業にいえることだが、現在最大の「黒字」を上げている市場分野や顧客グループにまとを絞れば、業績を目覚ましく伸ばすことが常に可能である。最も黒字を出している分野に資源を再配分し、他には資源と経費の全体の水準を下げなければならない。社内の不均衡を解消することで、黒字を増やすことができる。最高の黒字を出している会社の部分・営業所・部門などを見つけ、抜本的な改善策をメリット、改善の見込みがなければ、その部分での資源投入をやめることで、それができる。

☆80対20の法則を生かした付加意思決定の原則

極めて重要な決定はそれほど多くはない。何かが決定を下す前に行って目の前に二つの書類を受けがあると想像してみよう。机の上によくある掲載箱と未決箱のような箱の代わりに、重要な決定というラベルを張り、もう一方に重要でないというラベルを張る。そして重要な決定に入るものは20のうち一つくらいであることを思い出しながら、頭の中で決定事項を振り分けていく。重要でないものについては、あれこれ頭を悩ましてはいけない

八十%のデータを集め、使える時間の20%で80%の分析を行い、残りの時間を100パーセントを使って下す。そして、下した決定が100パーセント正しいと信じて、果敢に行動する

下した決定が間違っているかがわかったら、すぐに考えを変える。市場をというのは休みなく動き続けているものなので、山のように積まれた分析結果をより、市場の方がはるかに正しいのだから、実験を恐れてはいけない。間違った決定版にしがみついてはいけない。
市場の流れに逆らってはいけない。

事態が思い通りに突き進んできたら、掛け金を2倍に増やしていく。なぜうまくいっているのかわからなくても、追い風が吹いている間に全力で従う。

★多数より常に少数の方がはるかに重要

★生産性が低い分野から生産性が高い分野に資源をうつすのが、起業家の仕事であり自由市場の本来の役割である。しかし、起業家も市場もその役割を果たしているとは思えない。複雑な企業や官僚組織は言わずもがだ。どこを見渡しても無駄が多い。しかもあきれるほど多い。資源の80%は価値の20%しか生み出していない。従って、真の起業家の前には、常に裁定機会がある。そして裁定機会は、通常思われているよりはるかに多い。

★ほんの一握りの人が価値の大半を創造する

★価値とコスト努力と報酬との間には、常に大きなアンバランスがある

★資源配分は常に間違っている。ほとんどの会社が、低採算の活動に資源を与えすぎ、高い採算の活動に資源を与えなさすぎる。おんぶにだっこの事業は、いつまでたっても自立できない。採算が悪いからもっと資源を与えようというのは話が逆である。

★均衡は幻想。永遠に続くものは何もない。永続的なものがあるとすれば、
それはイノベーションだけである。イノベーションは常に抵抗に会い、多くの場合成功が遅れるが、死に絶えることはまれである。イノベーションに成功すれば、生産性は今よりはるかに高まる。
ある線を超えると、イノベーションの勢いにはだれも抵抗できなくなる。個人であれ、企業であれ、国家であれ、めざましいイノベーションに取り組んだからといって成功するものではない。もう誰にも押しとどめようがないところまでイノベーションを進めた場合のみ、成功するのである。

★大きな勝利はすべて、小さな勝利から始まる。ちょっとしたきっかけで、大ヒットするとは思えない製品、小さな会社、小さな市場・・・。こうしたものが大成功に向けた第一歩になる。
そしてその小さな第一歩は一顧だにされないことが多い。われわれはすでに存在している大きなものに目を奪われがちであり、身辺の新しいさざ波には注意を払わない。それに気付くのは、大きな波になって、上成長が加速し始めてからである。
小さな波に乗った最初に力付いたごく少数の人達だけ、一財産築くことができる。すでにその波に乗っていながら、その重大性に気づかず、目の前に開けた大きなチャンスも逸する人たちは多い。

☆80対20思考は本質的に楽観的である。物事はすべて、思ったよりもたいしたことではないという事実を明らかにするからだ。成果を上げるのに、本当に重要な資源は20%だけである。
残りの大半は、ないよりあった方がよいと言う程度のものである。従って、その20%にもっと力を入れて、残りの80%をもっとましなレベルまで引き上げれば、成果は何倍も大きくなる。

80対20思考をすると、気が楽になる。たったひとつの単純な原因で起こることなど何もない。
必然などということは何もない。均衡は存在しないし、変わらないものは何もない。
不快なことを我慢している必要はない。望んで手に入らないものは何ひとつない。
なにが原因で何が起こるかは、実際のところ、よくはわからない。意外な要因が大きな力を持っていることもある。ちょっとしたことで、状況がガラリと変わることもある。
重要だが決定的というのは、数えるくらいしかない。
そして、どんな状況でも、必ず選択の余地はある。80対20思考は経験と施策と創造力に耐えるものなので、先手ロジックの罠から抜け出すことができる。

自分は今不幸だと感じているとしたら、成功したときを思い出し、それと同じような状況を
つくり出そうと考えた方がいい。仕事で、厚い壁に突き当たったとき、つまらないことを考えてはいけない。
自分の事や人生にとって、なにが本当に重要かを考えた方がいい。
われわれの時間の使い方は合理的ではない。時間は余っている。時間の20%を有効に使いさえ
すればいいのだから。そして、有能な人の場合はほとんど、ほんの一部の時間の使い方はで、
他人に大きな差をつけている。重要な20%の活動に使う時間も倍に増やすほか、週に二日働くだけで、
現在よりも 60%高い成果を上げることが出来る。

★時間も敵ではなく友人として扱う。

★時間の利用法ワースト10。
 ‖梢佑ら頼まれたことをやる。
 △い弔盡き合っていることをやる。
 あまり得意でないことをやる。
 こ擇靴ないことをやる。
 イ燭┐瑳挧發入ることをやる。
 β梢佑ほとんど関心を持っていないことをやる。
Ч佑┐討い燭茲蠅垢任忙間が二倍かかっていることを続ける。
┸頼できない人と仕事をする。
山あり谷ありのサイクルが予想できることをやる。
宇宙電話気に入っている

★時間の利用法をベスト10
 /誉犬量榲に沿った事をやる。
 △い弔發笋蠅燭い隼廚辰討い襪海箸鬚笋襦
 H十%の成果を生み出す二十%のことをやる。
 ず脳限の時間で最大限の成果を上げる方法も考える。
シにはできこないといわれていることをやる。
κ未諒野で波誰かが大成功を収めたことをやる。
Ъ分の想像力を生かせることをやる。
┸佑貿い擦蕕譟⊆分はほとんど遊んでいればいいことをやる。
常識外れの時間の使い方をしていて成功している人と手を組む。
やらなければ生涯出来ない
 ・・・・・・・・・・・・
                        
2003年03月21日(金)
716, 「新潟日報」をやめて50日

地元紙の「新潟日報」をやめて50日になるが、それによる不便は何にもない。
べつに日報に恨みがあるわけでないが、止めてよかったというのが感想である。
自宅で毎朝見ないと何か不安だけだったのだ。

 恐らく次は朝日新聞を止める可能性も出てきた。
家内が朝日新聞を気に入っているから、当分は止めないだろうが。
しかし私の場合、会社に来れば全紙見れるし、各紙のWeb上の新聞でも充分に
こと足りる。
 
 はっきりいって、サイト上の新聞が便利で面白いのに驚く。
さらにブロードバンドのためか映像の内容が面白いものが目立つようになってきた。
本当に時代が変わったと思う。

 先日知人が事務所に来て言っていたが、これからはTVからのインターネット
が主流の時代になるとか。
光ファイバーにパソコン経由か何かで、TVにそのままインターネットが繋がる時代が
もう目の前にきている。

 地元紙がこれだけ早く家庭内から消えるとは思ってなかった。
週刊誌も月刊誌もインターネットをやりだしてから読まなくなった。
またTVも地方局はほとんど見なくなった。
衛星局かDVDの取りだめかレンタルDVDが中心になってきた。
決してオーバーに言っているのでない。

光ファイバーが家庭に本格的に入りだしたら、それに対応してTVやパソコンの
端末もできてくるだろう。面白い時代になってきた。


・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2002年03月21日(木)
352,西アフリカ旅行記

・海岸をただバスでひたすら高速ではしるリゾートの旅であった。

・見えるのはココナツの木とやしの木の林、それと10人位の人が
 引いている地引網。一全岾屬阿蕕い砲修譴見える。
 その道路の反対側にその魚村が見える。

・海には丸太をくり抜いた帆かけ舟の魚船。

・ガーナのエルミナのケープコーストの城塞。
 奴隷を一時収監していた牢獄をもつが、奴隷倉庫の為か陰惨さは
 想像していたより少ない。これが世界遺産かと驚く。
 しかしそれを取り巻く漁村のトータルとしてみれば納得する。

・感動感激の連続の旅とは程遠い事も事実である。

・ここで始めて知ったのは、白人が奴隷を捕まえて売り払ったのでない事だ。
 ガーナのアシャンテ王国を中心とした国々が、他民族を征服していく過程で
 捕まえた捕虜が奴隷として売られていったのだ。
  
 ーほとんどがアメリカ大陸に、2500万人が売られていった。 
 今でもその民族同士の恨みがあるという。
 男が25人女が31人に一台の大砲が、
 相場だったというー大きさにより前後するが。
 男は屈強、女は絶世の美女が条件だった。

 アメリカ大陸の白人が決して悪いわけでない。
 ただそれが売られていただけだ。
 当時の自殺よけの口銜えが悲しい!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同行の人達をみると、過半数以上が一人参加。
ほぼ全員が50回以上の海外旅行参加の人達。
アフリカはほぼ行きつくした「アフリカ大好き人間」の集団であった。
私の行ってないナミビヤ、エチオピア、リビア、マダカスカルは、
大体の人が旅行経験者だ。これは数年のうち行くつもりだ。

行った場所が温暖の気候の為、アフリカ大陸としては
物質的には比較的恵まれていた?
しかし資源が少ない為、世界から取り残されていた。

同行の顔ぶれで変わったところでは、ミュージシャンや商店主などや
茶髪の女性の新婚さん(10歳年上をカバーする為と後でわかった)
・・・・年齢は30歳前後から70代まで
ーーーーーーーーーーーーー
総括として
まだ早いという感じ。
ナミビヤ、エチオピア、リビアなどの後でも良かった。


1081, ST訓練 −2

2004年03月20日(土)



去年の今頃に「ST訓練」について書いた。
ー(後でコピーしておきます)
先日、二年ぶりに新入社員に対する「ST訓練」のインストラクターをした。
30回近くしたことになる。

人の話をきっちり聞く事が出来ない人が意外と多いのに驚く。
特に地方の馬鹿二代目に多い。
優秀な場合や、独りで超越した世界を確立してある場合は、人の話を
むしろ聞かない方がよい場合もある。しかし、それはまれである。

今ベストセラーになっている「馬鹿の壁」
というのは、人の話をきっちり聞けない事を言う。

まずは、相手の話を把握する事と、そして自分の話を相手に手短に話せる訓練を
しなくてはならない。日記を書く習慣のある人は、すでに身につけている。

今の若い人の言葉に対する感覚は10年〜20年前に比べると格段の差がある。
不況の為、質が良くなっていることもあるが、言葉に対する感覚が鋭くなっている。

終了後、総括としてのレポートを書かせたが、全員がほぼ訓練内容を把握していた。
その一つを書きうつしてみる。
これで大体どういう内容か解ってもらえるだろう。

ーーーー

「ST訓練を受けて」   
           佐藤春美 
機言葉について

(1)言葉
今日の訓練で、いかに‘言葉’が大事であるかを改めて考えさせられた。
人間が人間たるゆえんは言葉を使うことである。
しかし「人間」と「動物」を決定的に分ける「言葉」は非常に難しい。
主語をつけたかどうか、副詞・助詞を何にするかで全く違う意味になって
しまうからです。また、起承転結で論理を構成したり、短文にして話すことを
普段何気なくしているが、意識をしていざ話を纏めようとすると非常に難しく
なります。

私は学生時代、手話を学ぶ機会がありました。
そして実際に聴覚障害の人とも交流しました。
そのなかで、私たちが当たり前に使っている言葉での意志交換の
難しさや、手話ゆえの素晴らしさを知りました。

(2)人の話を聴くこと
人との対話の中で大事なことは、人の話をまずよく聴くこと、そして
自分の言いたいことを正確に相手に伝えることです。
まず相手のいうことを把握しなくては、自分の言うことに曖昧さが出るからです。
そして、そのやり取りの触発で自分の考えが飛躍することがあるのです。

(3)自分の考えを纏める
今まで普段の友人や家族との会話で、別に何も考えず話していた。
しかし会話から対話になると、そうはいかない事が解りました。
自分の考えを纏めながら相手に伝えなければならないのです。


供⊆分について

(1)自分とは何か
「自分」を考えると非常に曖昧で、定義することは難しい。
「自」は「他」があってはじめて存在する相対的なもの。
他人と関わりを持ってはじめて自分というカタチが形成される。
他人との関わりで生まれてくる考え方、姿勢、積み重なっている経験、
性格などの要素で形成されている。

(2)他人とは何か
広い意味で言えば、自分以外の人。
つきつめれば、自分と関わりのある価値観の違う人だと思います。
違う経験と立場の人です。関わりのない人は他人とはいいません。
『他人』を考えるということは『自分』を考えることになります。

(3)社会とは
社会は「場」であるともいえる。
人間集合の場の総称といってもよいでしょう。
テーマがあって、時間と空間で構成されるのが「場」です。
人間を喩えにとると、それぞれの人は多くの立場を持っています。
それゆえに人が人間になるのです。
家でいえば子供の立場であったり、姉妹の姉の立場であったり、学校では
生徒・学生であったりします。このようなそれぞれの多くの立場をもって
社会は形成している。


掘△海譴ら社会人に

(1)学生時代は終わりました。
これからは、学生というお客様より、企業人としての(プロとしての)
労働を売る立場に変わったのです。これは責任を伴うということです。
新入社員という甘いは、一歩現場に立たされれば許されません。
お客様にとって、それは関係ないことです。早く仕事を覚えることが
現在私に課された大きい勤めです。

(2)読書
今まで私は趣味として小説を読んできました。
教養とかは意識をしてなく、ただのんびりと読んでいただけのようでした。
今までは、時間は充分にあったようです。
しかしこれからは無い時間の中で(心に残る読書)を心がけようと思います。
『学び』を。私のキーワードにしたいと思います。

(3)日記
二年前より日記を書くようにしていたのですが、どうしても毎日は無理でした。
「こころ」は「言葉」と同じです。
「言葉で残す」ということは「こころ」を記録することです。
内容も大事ですが、継続こそ大事。
それは自分にそのまま跳ね返ってくることになります。
日記の重要性を改めて思いました。
                   2004年3月17日


・・・・・・・
 2002年03月28日(木)
359, ST訓練

毎年この時期、新入社員に私が直接する訓練である。
もう2〜3回の入社ゼロの年を除いて、
前にいた会社も含めて26年間行っている年中行事である。

初めの頃は二泊三日で行っていたのがいたが、一泊二日になり
今は一日だけだ。
研修所や旅館を使って密室状態であったのも、現在は事務所で行っている。

センセビリテー・トレーニングを、途中から独自に変えた内容である。
当初の頃は、感性訓練を目的としていたが。

密室に新入社員を閉じ込め、それぞれ二人に問いかけと、答える立場を決める。
そして彼らにテーマを出させ、そのテーマについてどことん聞き出させる。
脇道にそれたり、いいかげんな事を言った時大声で叱咤する。

あるところまで来たら、立場を逆にする。
それを密室の中で、繰り返しそれぞれの相手を変えてやっていく。

その中で自分のいい加減さ曖昧さを互い気づかせ、表面的会話から、
本音の会話へ、更に対話に深めていく。
その中で感性を磨く。あるいはお互いの気心を理解させ、
仲間意識や帰属意識をつくる。

組織は人間どうしの意思や情報伝達が基本にある。
聞いたことを、はっきりと他の人に正確に伝える事が前提になる。
時間をかけて、叩かれていく過程で身に付けるものだが。
それを初めに、きっちり訓練を入れることを目的とする。

それとリクルートの能力適正試験の内容と、実際の本人の内容の誤差を見る。
ほとんどないが、それでもそれだけで見えない部分がある。
ある意味で一生もう決まっている、その人のソフトのベースもある。

こういう訓練を通して、自分で把握した事がある。
日記を書くこと、本を読む事、人の話を聞くこと、自分で考える事、理想も持つ事、
良い習慣を多く身に付けること、変化する事、初心を持ちそれを大事にする事である。

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2003年03月20日(木)
715, 「退場宣告」-読書日記

 
 借りている手前、銀行の現状を書くことができないのが現在の中小企業経営者。
「よく書いてくれた!」というのがこの書である。
実際現場で起きていることは、大手の不良資産の処理の肩代わりを中小企業に
押し付けている。大手がつぶれると、その資産圧縮に中小企業の貸しはがし
を露骨にしている。担保が足りないとか、金融庁に指摘されたとかいい辛辣に
貸し剥がしている。
 旅行先などで出あう中小の経営者は、貸し剥しの辛辣さに口を揃えて非難の嵐である。
一番の利益の元を虐待をしていれば、必ずその逆襲にあう。
担当には若い役のついてないのを遣し、トップ直談判で貸しはがしと追加担保要求をする。
暴力団と手口は同じである。直接間接の脅しである。
ここまで落ちたかというのが現状である。
この不信感は銀行にとって数年後には致命傷になるのは目に見えている。

 ある人の話だが[地元の「大蔵省の天下り先専用の銀行」に行ったら、「その件は前例がない
から全く考えられません」と50代後半の次長がのたまったのに驚いてしまった。
50代後半の次長にも驚いたが、その旧体質の空気がすべての今の日本の現状をそのまま
現していた。70歳位の頭取が今でも時たま新聞に出てきて、自画自賛をしている姿は
??としかいいようがない。]といっていた。
彼らの言い分も解らないでもないが、金融庁から尺度を急に変えてきて
その基準で自己保全をやれ!ということだから。
といって現場にとって、それは暴力団になれということだが。

ー大筋は以下の通りである(これは私の主観で書きうつしたものだ)

・銀行の経営者はお気楽なエコノミストとは立場が違う。それを忘れてしまっている
 のではないか。彼らは結果を日々問われるプロなのだ。
 不振の言い訳を考える暇があるのなら、難局を打開するスーパープレイにトライし続ける
 べきだろう。それが出来ないのなら、経営者のポジションから潔く立ち去るべきだ。

・日本には昔から「法律は破ってもいいけど、村の掟は守らなくてはならない」
 という感覚があった[田原]

・「金を借りたら返す」という当たり前のルールをみんなが守らない限り、
 自由主義はだだの暴力主義になる[木村]

・日本経済はおかしい。中小企業は失敗したら退場必至の資本主義だが、
 大企業はどんなに失敗しても退場しなくてもよい社会主義。 
 中小企業は貸し渋りにあって続々潰れていくのに、大企業は失敗したら
 債権放棄で救ってもらえる。中小企業の経営者は、包括の連帯保証で身ぐるみはがされる
 のに、子会社に更迭されても、悠々自適の生活が待っている。天と地の差がある。
 アンフェアそのものである。ー田原

・いま中小企業経営者の怒りは,すべて銀行に向かっている。
 日本の構造改革をこばむ元凶は銀行ということだ。
 銀行の本部に行くと必ず言われるのが「金利を上げてもよければ融資の応じる」
 というセリフである。融資されないのだから仕方がない。融資を申し込むごとに
 金利が上がっていく。
 そして経営を軌道に乗せたところで、当然金利の下げを頼みにいくと「業績が上がる、
 つまり利益が上がれば金利を下げてもよい」というセリフ。
 しかし、そもそも金利が高いから利益が上がらない。利益を上がらないようにしておいて、
 それを理由に金利を上げていくのである。ー木村

・木村氏は日本の銀行のことを「不動産質屋」とカンパしたが、まさしく平成不況の
 元凶は銀行であり、さらにそういう銀行の構造改革を進めることのできない金融行政にある。
                                     −田原
・ノンバンクが勝手にリスクを取ってくれて、銀行は一括で大量貸し出しをすればよい
 だけですから。銀行は卸で儲けているんですから。
 卸しなんですよ。どんどん銀行免許を認可する事です。一挙に不良債権のない銀行
 ができるのですから。世の中がいっぺんに変わりますよ。ー木村

ーこの本を読んでいると、怒りと絶望感と哀れみを今の日本に感じる。
 こんな姿を見ようとは思ってなかった。しかしこの中で生き抜いていかなければ
 同じ穴のムジナでしかない。知恵を搾り出して自分を変えていくしかない。

「退場宣告」
著者/訳者名
: 木村剛/著 田原総一朗/著
出版社名
: 光文社
発行年月
: 2002年09月
ISBNコード
: 4-334-97361-2
 
 目次
第1章 構造改革を阻む「日本村の掟」(「日本村の掟」と「グローバリズム」
  のギャップに気づかない政治家と官僚
  誤った企業を守ることに終始したのが「失われた十年」だった ほか)
第2章 世界のルールを知らなかった大蔵省の罪(「ジャパン・イズ・ユニーク」と
 「アイ・ラブ・USA」しかない日本の金融外交
  ロシアにマクドナルドを開店したのは、アメリカの通貨戦略だった ほか)
第3章 行き詰まった小泉改革、逆転の秘策(自民党は田中角栄がつくったビジョンに
  いまだにしがみついているいまの日本の状況はミッドウェー海戦以降に似ている
   ほか)
第4章 退場宣告―日本独自の潜在能力が開花する時(粉飾決算をめぐる日米の
 決定的な差

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年3月20日

旅行中につき書き込みなし

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・・・・・・・・・
<お笑い>
「リンカーンと息子]☆☆

テレビゲームばかりやっている息子に、お父さんは勉強させようと
偉い人の話をしました。
「ジミー。リンカーンって知ってるだろ?リンカーンがお前の年の頃には、
暖炉の明かりで勉強してたんだぞ。それぐらい勉強したんだ」

「ふうん。パパ、ボクも言っていい?」
「なんだ?」

「リンカーンはパパの年の頃には、アメリカの大統領だったよ」


1080, フランチャイズ・ショー −5

2004年03月19日(金)



・一番印象的であったのが「MBE]という会社である。
「メールボックス・エトセトラ」の頭文字の略である。
MBEのサービスは、
 Document,
 Information,
 Logistic
の大きく3つのカテゴリーからなるサービスを中心に、
それぞれのサービスをリンクさせながら、ビジネスや暮らしに欠くことのできない
”必要”に対するサービスを開発・提供している。
各事務所や、SOFOなどのサービス機能の代行といってよい。
面白そうな反面、9佑裡藤知繕發高すぎる。
といって、この不景気にあればこそ便利な機能である。
1DKマンションの一角にコンビニを入れるのと同じように、
SOHO専門ビルの一階にセットとするのによいだろう。

・いま一つ託児所のフランチャイズも面白い。
立ち上げさえしてしまえば、後はノウハウは無いと堂々と言ってのけていた。
絞っているのが1^3歳児で、一年未満と夜間はカットがポイントだという。
成功確率は9割以上だという。
平均30人が定員で、損益分岐点の数字が十数人だという。
大きなショッピングセンターなどの商業集積の近くが面白そうである。

・今回のFCショーには出てなかったが、衛星予備校も面白そうだ。
場所と大学院でも出た人をセットをすれば誰でも可能である。

こういうネットの時代だからこそフランチャイズは受け入れられるのだろう。

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2003年03月19日(水) 714, 難関ー困難性


 学生時代読んだ本に「困難に出会ったら、チャンスと思いなさい。
それを躓きの石にするか、土台の石にするかは貴方の意思できまります」
という言葉があった。
その時これから生きていく人生のキーワードでないかと思った。
事業を立ち上げる目標を掲げていたので、この言葉がストンと頭に入ったのだろう。
 
 そして早速に「修行と事業の立ち上げ」で常に壁が立ちふさがっていた。
今日止めてしまおうか、放棄しようかという時に「土台の石、土台の石、土台の石」
と念仏のように繰り返していた。
他にも「困難性は宝の箱である、そこには必ず鍵穴がある。キーを捜せば必ずある。
キーさえ見つかれば宝が手に入る」という言葉もあった。
また「どんな大きい岩でも筋がある、その筋を叩けば必ず割れる」ともあった。

若い時から事業を立ち上げてきて、段々この意味が実感できるようになってきた。
「次々くる困難のウエーブを乗りこなすことが事業そのもの」と解ってきた。
そうなると、困難に当たることがむしろ面白くなってくるのだ。
一づつこなしていくうちに、どの辺が最大の困難性かも解ってくる。
こうなると、ゲームになってしまうのだ。
こなしていることが脳の奥のほうで面白くなってくる。

若い人が、何かに挫折して断念をしているのをみると気の毒に思うことがある。
精神論そのものになってしまうが、あと一ミリ一センチのところに秘密があるのにと
つくづく顔(ーー゛)を見てしまう。
自分で知識を捉え、それを経験してみなくては解らないことだ。
成功体験とはそういうものである。
小さい成功体験を、徐々に大きくしていくしかない。
最後は成功体験である。それは困難の乗り越え経験である。
それを方法まで、手順になるまで経験で身につけるしかない。

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・・・・・・・・・
2002年03月19日

旅行中につき書き込みなし

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・・・・・・・・・

[ 薬物追放 ] ☆☆   

2人の男が覚醒剤で捕まりました。
そして裁判にかけられましたが、深く反省している2人に対し、裁判長は温情判決。

「刑務所には入らなくていいです。
その代わり街に出て、危ない少年少女に薬物の恐ろしさを話して来なさい。
その子たちが永遠に薬物手を出さないよう、よく説得して来なさい」

3日後、2人は裁判長に結果報告にきました。

まず1人目。
「何人に説得して来ましたか」
「はい。私は36人の少女に説得して来ました」
「それはすばらしい。どうやって説得しましたか」
「絵を使いました。これなんですけど・・
○ o
この大きな円は、クスリを使う前の脳。
そして小さな円は、クスリを使った後の脳です。
どの子も、クスリなんかやってはいけないと納得しました」

「なるほど。よくできました。では2人目のあなたはどうでしたか。
何人に説得して来ましたか」

「はい。僕は298人の少年に説得して来ました。
どの子も、これからは絶対法律を守ろうと言っていました」
「それはすばらしい。どうやって説得しましたか」
「僕もやはり絵を使いました。これなんですけど・・
o ○
刑務所に入る前のあそこと出るときのあそこ! 」


1079, 晴れ間の出来事ーつれづれなるままに

2004年03月18日(木)


車に乗っていて、信号待ちをしていると、家の軒先のガレージで
犬が自分の毛布を引っ張っていた。
日陰から陽があたっている場所に移動していたのだ。
犬のその微笑ましい姿に笑ってしまった。

以前、犬に手を上げて挨拶をしたら、何と手(足)を上げて挨拶をかえしてきた。
私は犬が大好きなのだが家内が大嫌いで、家で飼うことが出来ないのが残念だ。
十姉妹と一緒に入れていたインコを、違うカゴに移したら、インコが焦って
入り口を其処にあった小さな棒でこじ開けようとしたことを思い出した。
動物を見ていると時々信じられない行為をすることがある。

先日、久々の日曜日の晴れ間に土手を歩いた。
この時期、居残り鴨(残り鴨)が、アチコチに5〜6羽づつ群れをなしていた。
彼等は人家近くは逆に安全であることを知っているのだ。
この時期の散歩は冬を越えた何ともいえない春の芽ばいがよい。

近くの河の桜の花の芽がチラホラ目だってきた。
ニュースで、福岡のソメイ桜が咲き始めたといっていた。
東京の桜も今週中にも開花するとか。
給料前の開花は、花見の客目当ての業者には大きなマイナスという。
そういえば去年、京都に深夜バスで見にいってきた。
盛りを過ぎていたが、それでも良かった。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年03月18日(火) 713,
「メシのタネはどこに行った」ー読書日記

 邱 永漢 著の「メシのタネはどこに行った」が面白い。
現在の日本の現状をわかりやすく書いてある。
東南アジアや中国にその工業生産地の地位を奪われ、まさに
地方は空洞化で劣化の道を歩んでいる。
首都圏が世界に向けての工業地帯ー企画と高品質化を提供する発信基地となり、
地方からシフトの変更をしている。

 地方の時代といわれたが、一瞬で終わってしまい、いまや寒風が吹き荒れている。
もう二度と春は来ないであろう。次ぎの日本鉱脈を探っているが、海外に資本と
ノウハウをもっていくしかない。
「国がどうなるかと考える前に、自分が如何したらよいか考えるべきだ」
と日本人一人一人につきつけられている。
みんなで大損をして再出発の時である。
フローが細ってしまえば、ストックは減るのは当たり前のことである。

 ー以下はあるホームページの要約のコピーである。
以下の要約を何回か読めば大筋がわかる。

 ・・・・・・・・
「メシのタネはどこに行った」
 邱 永漢 著
 経済界 刊
  1238円+税金
 発効日 2002年8月8日
 中央図書館 3月15日
   ☆☆☆

1.工業的豊作貧乏のトップ・バッター日本

 日本の富の大半は工業生産によってもたらされたものであり、工業生産が付加価値を
生み出す限り、日本経済は安泰だったし、サラリーが貰えなくなる心配はなかった。
それどころかサラリーは年々上がり続け、円高のせいもあるが、遂にアメリカを追い越して、
世界のトップに立ってしまった。それでも世界中にマーケットがあり、
メイド・イン・ジャパンを売り込める余地が残っている間はまだよかった。
ところが全く予期していなかったことが起こった。輸出で財を築いた日本だが、
輸出で稼いだお金で日本国中が資産インフレになると、一大消費ブームが巻き起こったのも
束の間、国内消費が壁にぶつかってしまったのである。

1989年の株高を頂点として日本の株価も地価も反落に転じたが、それがきっかけになって、
日本が不況に陥ったわけではない。実は工業化社会に転じてからの日本が欠乏と不足を
充たしてほぼ飽和点に達し、豊作貧乏に見舞われるようになったことが日本に大きな変化を
もたらしたのである。
日本の景気を左右するのは実は国内の消費動向であって、輸出の好調、不調ではないのである。
消費の減退は日本経済に重くのしかかっており、お金の流れそのものを変えてしまったのである。
実はそうした認識を私自身もつい最近までは持っていなかっ た。これはひょっとすると60年に
1度あるかないかの大恐慌かもしれないと考え直すようになった。
今の日本で起こってい ることは世界で類例のないことであり、日本がトップ・バッターとして
世界ではじめての経験をしているということにほかならない。
では世界に先んじて日本がおかれている社会条件は何かというと、いち早く工業化に成功して、
世界のトップを行く工業先進国になったということである。その成功によって世界中で最も
稼ぎの多い富裕国になったわけである。

工業化によってつくり出された過剰生産は人間自身がストップをかけない限り、
ライバルが敗退して姿を消すまで続く。従って一時的な勝者はあっても、永遠の勝者はなく、
息の長い殺し合いが繰り返されることになる。ダイエーやマイカルやそごうの業績不振を見れば、
過剰生産のもたらすデフレが企業をどういう形で痛めつけるか、いやでもわかってしまう。
欠乏と不足の時代は終わってしまった。
これから工業化による豊作貧乏の時代が始まろうとしている。

2. 日本の大企業がメーカーでなくなる日

物の不足した時代と物のありあまる時代を昨日の続きの今日と考えてはいけない。
供給が完全に需要をオーバーし、物が売れないことが目立つようになると、値段を下げるか、
生産をコントロールするか、二つに一つもしくは、同時に二つとも手を打つか、以外に方法が
なくなってしまった。
戦後の日本が豊かになったのは工業生産に従事することによって付加価値を生み、富を創造する
ことができたからだが、同じことをやっているうちに付加価値を生まなくなってしまったら、
鉱石の出なくなった鉱山、湯の出なくなった温泉になってしまったようなものだ。
今回必要とされているコスト・ダウンは既に省エネと省力の限界をきわめたあとに更に
要求されているものである。従って、生産工場をもっとコストの安い外国に移動するか、
現地の生産工場に生産を委託して、それを自分たちのルートにのせて売るか、二つに一つの
選択枝しか残っていないところまで一挙に追い込まれてしまったのである。

3.職人日本を襲う戦後最大の危機

日本人はものづくりには熱が入るが、財産を運用してふやすということについて全くと言って
いいほど無関心だった。それに比べると、中国人は物づくりより金づくりに熱心だから、
自分で物をつくるよりも、右のものを左に動かすことによってその差額を稼ぐことに力を
入れてきた。日本に比べて工業化が遅れを取ったのは、むしろこうしたお金優先の思想が
ブレーキになっていると言ってよいだろう。先ず中国人にとって工業化は金儲けための
手段だから、効率が高くてあまり時間がかからない方法を選ぶ。
そのために資本や技術も外国に頼ることをためらったりしない。
世界中の資本と技術がますます中国に集中すると見て間違いないだろう。
また、技術やノウハウを外国に頼りすぎるので、少なくとも近未来では、独自のブランドを
つくりあげることは難しく、極端に言えば、諸外国の委託工場に徹することになる。

日本人の場合は、現地の生産に資本と技術を投じるのだから、そこからの利益が日本企業の
収入になるし、また国際間の格差を利用した流通過程からあがる収入も日本企業の収入になる。
労賃として支払われる分と税金分が現地に落ちるだけで、成熟した日本の取分は資本と経営が
もたらした分に集約されることになる。日本人はグローバル化の中で自分たちの生産者としての
役割をはっきり見定める必要がある。日本のメーカーは今後も世界的規模で生産を展開して
行くのか、それともユニクロのように計画とデザインは日本でやって加工は現地企業に
任せるべきなのか、二者択一を迫られるところまで来てしまったのである。
足元の明るいうちに流通分野だけ残して生産過程から退去する道を選ぶべきだろう。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2002年03月18日
旅行中につき書き込みなし

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

<おわらい>
『それどころ じゃない !』

 ある男、友人のお見舞いに行きました。
「どうじゃな。具合は」
「う・・。ぐ・・」
あちこちチューブでつながれた友人は、しゃべることもできません。

「かわいそうじゃのう。息子さんに何か伝えたいことがあったら、
この紙に書いてくれ。わし、ちゃんと持って行くぞ」
「ぐぅっ!!!」
「どうした!どうした!」

その友人急いで走り書きしたかと思うと、急にぐったりし、
帰らぬ人となってしまいました。

お通夜の日、その息子に会いました。
「あんたに伝言はないかっちゅうて聞いたら、死ぬ1分前にこれを残した。
よっぽどあんたに伝えたかったらしい」

「え・・。これが僕への伝言ですか」

「たのむからチュウブを踏みつけた足どけてくれ!」


1078, 「最後の言い分」ー読書日記

2004年03月17日(水)



図書館で借りてきた「最後の言い分」が面白い。
50人の有名人が語る人生のラストメッセージを、それぞれ短編にまとめてある。

東京新聞編集局 (編集)
ーレビュー

内容(「MARC」データベースより)
死ぬ前に言っておきたいことがある! 各界著名人が語った死生観。
どのような臨終を思い描き、どのような野辺の送りを望むのか。
介護、遺言、葬儀、墓、形見…。五十人五十色の生・老・病・死。
『東京新聞』連載を単行本化。

目次
安部譲二(小説家)
嵐山光三郎(作家)
淡路恵子(女優)
池宮彰一郎(小説家)
五木寛之(作家)
今村昌平(映画監督)
永六輔(作家・放送タレント)
大島渚(映画監督)
大林宣彦(映画作家)
岡田真澄(俳優)〔ほか〕

ー以上がインターネットで調べた内容であるが、
簡易な文章の中に、深い内容がアチコチ見られた。
その幾つかを書きうつしてみる。

・永六輔が、生々しい深い悲しみが直に伝わってくる。
ー「看取るのは感動的でした。ホントウに。こんな感動的なら、看取られたいと
思うくらい」1991年に父、99年に母、そして2002年に妻・晶子さんを見送った。

戒名、遺影、法名、棺はダンボールでいいと言い残した住職の父。

感謝の言葉をつづった遺言と、自ら縫った死に装束を用意した母。

余命3ヶ月と悟った妻は、死にまつわる要望を家族に伝えた。
家族に見守られる中、自宅のソファーで、安らかに息を引き取った。
「母の死の見事さに、ボクよりも女房のほうが感動したのですね。
母のように死にたいって。母とは状況は違いますけど、本人の思い通りに亡くなって。
看取り方は百点満点もらっても良いと思いますよ。

父を亡くしたときは『寂しい』、
母を亡くしたときは『つらい』、
女房を亡くしたときは『虚しい』。

寂しいのもつらいのも、我慢すればなんとかなる。
虚しい時の対処のしかたはちょっと・・・・。
何をもってすれば、虚しさを埋められるか。まだわかってないですね。
習慣だった旅先の電話は、死後一年でやめましたけれど、はがきは今も
出しています。女房あてに、はがきを書いて、ポストに出し、週末、自宅に
帰った僕が受け取る。無駄のように見えますが、はがきはやめないと思いますよ。
面白いから」

・加藤登紀子は永六輔の反対に近い。それぞれの立場があるものだ。
ー「コンサートでも、最後の一曲を何にするかは何よりも大事なプログラム。
お葬式は人生最後のアンコールみたいなものだわね。だからちゃんとやってほしいし、
いいお葬式でしたねって言われるものにって思いはあります」

「畳の上で娘や夫に看取られたいなんて、全然思いませんね。父が急死
したとき、ボキッと折れた人生もいいなと思ったんです。
ギザギザが出ているから、残された人はほうって置けないでしょう。
どうしてもその上をつながなくちゃならないから、現実を受け止めざるをえない。
完結しすぎない父の逝きかたを見て、上手くいったわねと思いましたよ」

・佐高信も彼らしい内容である。
ー「死というものを、あまり大げさに考えたくない。淡々と、日常と同じ歩幅で
歩いて死んでいきたい。野垂れ死ぬより野垂れ生きるちゅう。
死を美化するのは、非常時の思想だと思う。」

「白蓮に純白という陰あり」という、この句が好きでね。結構、白が好きなんです。
白蓮の時期だったら、棺に入れてもらいますか。
行き先は善人たちのいる天国は避けて、魯迅の『天国には行きたくない。なぜなら
聖人君子と付き合いたくないからだ』っていうのがいいね。」

 ーー
この随想日記に「私の遺言」「死について」を書いてきた。
ラストメッセージにはチト早い気がしたが、死は直視し続けると逆に生がみえてくる。
私の場合、
父が亡くなった時は喪失感
母が亡くなった時は自立感であった。
ただ、寂しさは無かった。
二人とも自分の中でしっかり生きていたからだ。
母は今でも月に数回夢にリアルに出てくる。
二人から学んだことは、死ぬのは生きることと同様、そう簡単なことでない
ことだ。

「最後の言い分」も生きている内の戯言でしかない。
でも、戯言が死んだ後のシミにもなる。
残すか残さないかはその人しだいである。

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2003年03月17日(月)
712, 光ファイバー導入半年の実感

 以前も光ファイバーのことを書いたが、導入後半年の感想を書く。
強引に営業に入れられてしまったが、それでもよかったと思えるようになった。
月に一万円もするが、この4月から6千円に値下げの予定とか?
電話代が一切かからないから、5〜6千円あたりが適正プライスだろう。
ADSLでもよかったのではないかと疑問が今でも残っている。
今までの100倍、ADSLの10倍に近い速度だ。
時間が経つほど、その能力の凄みを実感している。
特にホームページが映像に移行しているしているのがよく解る。
古館伊知郎のホームページ「トーキングブルース」8本が
3ヶ月間で5千円とか。

この普及はホームページだけでなく、IT電話など根こそぎ時代を変えるだろう。
実際どうなっていくか誰も解らない。
先日も書いたが、本の読み方が全く変わってしまった。
1度目を通し後に、その本の題名をキーワードにいれて書評を読むのだ。
その後読んだ方が効率的になる。

たまたまネットウエーブで知った人の読書日記を読むと、
今のベストセラーの概略と書評を読むことができる。
8割がたは?内容を把握できる。
それができるのも瞬時にホームページが出てくるからだ。
まだブロードバンドの入り口しか立ってないが、想像すらできない時代に
入ってしまったようだ。

  ・・・・・・・
ー以前に書いた文章をコピーしておきます。
2002年09月20日(金)
  525,−光ファイバー

昨日から、会社のランが光ファイバーでネットされた。
今までの電話線の10涌造ぅ優奪販繕發妊灰好肇僖侫ーマンス
はよくなったが、諸経費等が65万である。
1~2年で元はとれるが、それで1000倍近い速度だ。

自宅では来月半ばに入る。
長岡で導入の一号だそうだ、その証明書も出してくれるという。
何か営業に強引に加入されてしまったが、一号の証明書をもらって我慢だ。
月9000円で、来春5800円に下がる?そうだ。
電話代が無料になるから、その辺が入り時という。

ブロードバンド ポルノと検索入力して、はじめは 定番から
入るしかないか?
「ブロードバンドと何々」の何々をこれからキーワードに
意識をしていくと、面白いものに行き当たるだろう。

愛犬家だったら犬と入れると、犬の画像が出てくる。
おしゃべり日記といれたら、何か話している人の画像が
出てきたりする?
自宅ではADSLが一月前に入ったが、早速ブロードバンドとポルノ
と入れたら、リアルな映像が出てきた。
それから見ていないが、あれはこっそり見るもので、
パソコンで見るのに適してない?

美術館とか博物館などが早速取り入れてくるだろう。
それとサービス関係のホームページも。
これに携帯が連動してくると、さらに面白い時代なってくる。
今まで写真中心の海外旅行のホームページが、写真が出てくるまで
時間がかかりすぎて、見るのに躊躇していた。
その問題は軽くクリアーするだろう。

二紙とっている新聞を一紙にしようかと、今月中に結論を出す。
トレードオフだ。
以前は3紙とっていたが、日経をまずやめた。
この時はWOWOW に加入した時だった。

次は朝日か?新潟日報か?どちらを残すか。
会社に行けば見れるのだから。

今の若い人は新聞を見ない傾向にあるという。
インターネットでネット新聞を見ているという、もちろん無料だ。
死亡広告がなかったら日報もやめたいのだが、全くつまらない!
考えてみたら、とってないのもいいかもしれない??!!
新聞社の斜陽が更に進むだろう。

ヒカリファイバーで3年先には大きな社会的な変化が進むだろう。

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2002年03月17日

旅行中につき書き込みなし

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<お笑い>

「どっちが父親?」

少年が慌てて警察官のところに来て
「大変だお父さんがトラブッテ、喧嘩してこのままでは死んでしまうよ!」

駆けつけた警官が少年に
「おいどっちが父親だ?」と聞いた。

「ぼくも解らないんだ!その件でけんかしてるんだ!


1077, 三分間

2004年03月16日(火)


スピーチ三分、カラオケ三分、電話三分、メッセージのやり取り三分、
スポーツでは、ボクシングが一ラウンド三分、相撲も土俵に上がって立合いまで
三分である。

数年前まで、公衆電話の料金が三分十円だった。
本の立ち読みも大体一冊三分である(私の場合だが)。

インスタントラーメンは、お湯を入れて三分である。
これは意味が違うか?我慢できる時間が三分ということか。

この随想日記の閲覧もユックリ読んで三分である。
これ以上だと、気持ちが他に移り変わってしまう。

集中の一ユニットが三分ということだろう。
効率面から考えると、三分の積み重ねをするのが合理的といえる。

会社の朝礼で「三分間スピーチ」を毎朝各人に持ち回りで
するところがあるが、これは思考訓練と自己表現の場になる。

 岡惚れ三年 本惚れ三月 思い遂げたが三分間
 
これは全く関係ないか。

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  2003年03月16日(日)
711, キャッシュポイント

 このシビアの言葉が気に入った!
ヤクザが恐喝のネタを掴んで「これ脅せる、銭になる!」という瞬間が
キャッシュポイントといってよい。。
 人生の中で、自分では気がつかないポイントがあったはずだ。
私のごく身近の人に、集ることを人生のポイントにおいている人が数人いるが
「これをいっちゃお終いよ」の世界だが。
子供が資産を受け継いだその瞬間も、その人にとってキャッシュポイントである。

 「キャッシュポイント」は、その人にとって経済的に豊かになってしまう、
豊かさの源泉のポイントである。これは誰にでも必ずある。
成功する人は人生のある時点でこのキャッシュポイントを見つけている。
この、「自分の内奥に眠る資産」を現金化する方法を見つけてしまえば恐れるものは
ない。このキャッシュポイントをいかに探って掘り当てるかが重要なテーマである。
これを見つけ、実際にお金に変えることができると、この上ない幸福感を感じる。
本人にとっては「これでお金をもらっていいの?」と考えてしまう感覚である。
そういうものをどんどん掘り進めることがポイントになる。

 しかしこのポイントは結果としてしか解らないことが多い。
この反語としての言葉、失禁ーいや失金ポイントがある。
私も何回かある、致命傷にならなかったから事業が生き延びているが。
キャッシュポイントより失金ー失敗ポイントのほうが厳しいのが現実である。
事業は14勝一敗では駄目で8勝7休の方が優先されなくてはならない世界である。
それまでの蓄積を一瞬に奪い去ってしまう。
上手くいった時も失敗した時も、そのポイントにいきつくまでの準備に全ての
原因が含まれている。

 この言葉はチャンスポイントとも言い換える事ができる。
チャンスはそうあるものでない。やはり準備をしっかりしておかなくては
その一瞬を捉えることができない。
このキーワードをレンズとして過去を振り返ってみると面白い。
やはり自分の意志がチャンスポイントをつくっていることが解る。
逆に危機ポイントをみてみると、その裏腹である。
チャンスは危機であり、危機はチャンスでもある。

・・・・・・
・・・・・・
<お笑い>

「三年峠」

 三年峠で転ぶと3年で死ぬという。
 そこで転んで泣いて帰ってきた。

「どうしようこのままじゃ3年で死ぬ」

 それを聞いた男
「戻っていって20〜30回 転んで来い!」

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「27・27・27」

ニューヨーク のハレムで「27・27・27」と楽しそうに
マンホールのうえを飛び上がっている黒人がいた。

そこをとうりかかった白人が不思議がって、どうしてそんな楽しいのかと尋ねた。
 そして俺にもやらせろと言った。
そして「27・27・27」とその上で飛び跳ねた。

その瞬間黒人はそのマンホールの蓋をひいた。
そして再びその蓋の上で「28・28.28」


1076, 《獄》

2004年03月15日(月)



昨日、何げなく朝日新聞の社会欄を開いたら、<獄>が大きく載っていた。
内容は山本譲二元代議士の獄中の体験談であった。
刑務所の服役の体験談を読んだことがあったが、直視できない異常な世界である。
体験談の文章によると、収監された晩は一晩中誰もが泣き過ごすという。

政治とは清濁併せ呑む世界であり、奇麗事の世界とは違う。。
犯罪になるかどうかは、「洗浄を幾つか通して政治資金を集める体制があるか、
無いかの差でしかない」のも事実である。
全ての政治家は、一歩間違えると監獄が待っているといえる。

この文章を読むと、刑務所だけは入りたくないと思う。
別世界のことではない。ある日思わず、交通事故をおこして動転して轢き逃げを
しないとも限らない。
それとも酒を飲んでいて、隣の客と喧嘩をしてとか・・・・

asahi.comを検索したら、この文があったので貼り付けておきます。

ーーーーーー

−以下は朝日新聞に載っていた内容である。
■《獄》「詫び状」が扉を開けた

看守に促され、栃木県の黒羽(くろばね)刑務所の分厚い鉄扉を抜けると、
妻真由美さん(39)の姿が目に飛び込んできた。
 02年8月13日午前5時。
 刑務所近くの空き地でまんじりともせず4時間をすごした妻は、
 いまにも泣き崩れそうだった。目が合うと駆け寄ってきた。
「お帰りなさい。長い間、ご苦労さまでした」
 抱きとめることができなかった。

 1年2カ月。隔てられた面会室のアクリル板が目の前にあるかのような錯覚に
 山本譲司さん(41)はまだ、とらわれていた。
「苦労はそっちだと思うよ」 看守を横目にそう答えるのが精いっぱいだった。

 東京郊外の妻の実家に着くと、軒先に、1人砂遊びしている息子がいた。
 到着を知った義母(62)は1歳半になった孫を抱き上げると、山本さんの胸に
 押し込んだ。
「パーパ。パーパ」
 罪の重さと、待ちわびてくれていた人のいる幸せとを、体全体で受け止めた。

    □    ■

 衆院議員による秘書給与の詐取という「申し開きのできない」狡猾(こうかつ)
 な犯罪で受けた判決は、懲役1年6カ月の実刑だった。

 早稲田大を卒業後、現在の民主党代表の菅直人氏の秘書を経て、26歳で都議に
 当選した。衆院に転じて2期目。独自の都市政策を掲げ、「民主党のホープ」と
 持ち上げられ始めたさなかの蹉跌(さてつ)だった。01年6月、罪を認め服役した。

 配役(はいえき)先は、刑務所内でもほかの受刑者や見学者の視線にさらされる
 ことのない隔離舎房――知的障害や重い身体障害のある受刑者たち50人のための
 施設だった。

 「大変なんてもんじゃないよ、あそこは。汚物まみれでね……」
 看守は、そこに世話係の一人として赴く山本さんを哀れんだ。

 その通りだった。ろうそくの色分けやひも結びなど繰り返される軽作業に付き添い
 ながら、食事や風呂の介助もする。
 漂う悪臭に吐き気を催しながら、房の床や壁にこびりついた汚物をつめではぐ。
 週に2度、たった10分の楽しみだった入浴は、湯に汚物が浮かんでいることも
 珍しくなかった。

 出所後は、保護司のもとへ月に2回、顔を見せて近況を知らせ、息子と向かい合う
 ほかは何をするでもなく数カ月が過ぎた。

 手元には毎日のように妻から届いた手紙300通と、その返信、それに独房で
 書き連ねた日記があった。

 自らへの戒めと、かつて1票を投じてくれた人々への詫(わ)び状として、
 経験のすべてを記そう――そう意を決し、2階の一室にこもった。
 400字詰めで6千枚。推敲(すいこう)を重ねて800枚にまとめた原稿は
 昨年末、『獄窓記』(ポプラ社)として結実した。

 著書は思いもかけず、閉ざされがちな世間への扉を押し広げた。
「だれも語らず、伝えられることのなかった刑務所での障害者の処遇のありようを
 あなたは初めて記した。話を聞かせてもらえないか」

    □    ■

 今年2月初め、編集者経由でファクスが届いた。刑事事件を起こした知的障害者の
 弁護で知られる副島(そえじま)洋明弁護士(57)からだった。

「失礼ながら、刑務所に入ってくれたあなたに感謝したい」
 
 かけた電話で、面識もない弁護士はのっけからこう言った。
 5日後の昼、戸惑いながら自宅近くの駅の改札で落ち合った。

 お互いの現況、刑事裁判で知的障害者の置かれている現実、刑務所に送られた
 彼らの多くが身寄りがないまま満期出所になること……。塀の入り口までを担う
 弁護士と、その中で過ごした山本さんの話は尽きることがなかった。

 日付が変わりそうなころ、副島さんが言った。
「あんた、知っているかなあ。僕が事件を担当した……30歳ちょっとの男で……」
 
 しばらく説明を聞いた後、山本さんは口を開いた。

 「彼の介助をやっていたのはこの僕です。絵を描いている時の笑顔が忘れられず、
 今でも夢に出てきます」

 副島さんは携帯電話をつかんだ。

 「阿部さん! 僕たちがその後を一番心配していた彼のことが初めてわかった」

 携帯の相手は、東京都八王子市にある知的障害者施設「八王子平和の家」(50人)
 の施設長をしている阿部美樹雄さん(49)だった。

 事件は、自立に向けて一歩を踏み出そうとした彼が平和の家を出て間もなく起きた。
 あてにできる家族もなく、好意で受け入れてくれた滞在先を抜けて街をさまよう
 うちに、一軒の貸家に何事かを叫びながら火を放った。
 母親が失踪(しっそう)するなど家庭の事情が一段と複雑になっていた時だった。

 副島さんや阿部さんは、法廷で服を脱ぎながら奇声を発する彼について
 「受刑は不可能」と訴えた。「こんな法廷は初めてだ」。
 裁判長は戸惑いながらも3年ほど前、長期の服役を言い渡した。
 黒羽刑務所に入ったことはわかったが、弁護士といえども消息を知るすべはなかった。

 2月半ば。彼が取り結んでくれた縁を機に、山本さんは平和の家を訪れ、
 かつて彼がにこやかに耕していた野菜畑に立った。

 「自分の存在に確信を持てない知的障害者に、不条理な環境が幾重にも重なった時、
 不幸にも事件に結びついてしまうことがある。それは私たちの責任です。
 障害に前科が加わってしまうと受け入れ先はまず、ない」と阿部さんは言った。

 山本さんは幼児のように語りかけてきた彼の言葉を思い出していた。
「山本さん、ずっとお友達でいてね。また一緒にお絵描きしようね」

 刑を終えた障害がある人たちを、受け入れる特別な施設ができないか――
 3人の構想は、会合を重ねるなかで静かに動き始めている。

 その一端を担うことになった山本さんは、時給千円の支援スタッフとして
 平和の家に通う。ベテラン職員にも見劣りしない手慣れた介助はいま、
 山本さんの生活の張りであり、糧でもある。(角田 克)

・・・・・・
・・・・・・
2003年03月15日(土)
710,「逆さ仏」の時代

 親が子供の葬式を出す意味である。
戦前生まれの人は、成人までに自然食で育った。
しかし戦後インスタントラーメンが丁度出始めた頃から防腐剤の入った
食品が出始めた。また農薬の散布で毒入りの農産物を口にするようになった。
農家は出荷する農作物と自分たちが食べるー農薬なしの農作物を分けているとも聞く。
最近の人間の骨は腐らないという、防腐剤がたっぷり骨に入っているためだという。
 
 上記の理由で、20年位前に西丸震哉が40歳寿命説を言い出した。
先日も親戚の人が98歳で亡くなったが、7人の子供のうち3人が亡くなっていた。
逆さ仏も今は珍しくない時代になってしまった。

 ある薬局を経営をしている人から、絶対に缶物は口にしないことと教えてもらった。
それと内臓物ー焼き鳥やタラコーや白砂糖やカップヌードルなども毒を口にしている
のと同じとか。緩慢なる毒殺をされているのだろう。
その意味ではスーパーの食品売り場は毒物売り場そのものだ。
少しでも注意をしていれば、その量を減らす事はできる。

 あるホテルの人から聞いた話だが「離婚調停でホテル住まいの母子が半年間
三食インスタント物を部屋で食べていた」と聞いたことがあった。
聞いていて背筋が寒くなってしまった。

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・・・・・・・・・
2002年03月15日
 
 旅行中につき書き込みなし

・・・・・・
・・・・・・
<お笑い>

「血縁関係」

「父さん母さん、おれ結婚するよ!肉屋のローズがOKの返事をくれたんだ」
ジミーは有頂天だったがその夜、父に呼ばれた。

「ジミー、お前に言わなければならないことがある。
実は肉屋のローズは、お前の腹ちがいの妹だ。父さんは若い頃、
ちょっと魔が差してしまったんだ。母さんには内緒だぞ」

ジミーのショックは相当なものだったが、若さで立ち直り新しい恋を見つけた。
「父さん母さん、おれ結婚するよ!パン屋のデイジーがOKの返事をくれたんだ」

でもその夜、ジミーはまた父に呼ばれた。
「ジミー。パン屋のデイジーもお前の腹ちがいの妹だ。
父さんな、魔が差した時期が長かったんだ。母さんには内緒だぞ」

二度目となるとさすがにジミーは父を恨み、母に言いつけることにした。
「母さん聞いてよ。ローズもデイジーも僕の腹違いの妹なんだ。
これじゃ僕、結婚できないよ…」

「まあ!」
母は驚いたが、やがて微笑んだ。

「安心しなさい。ジミー、あなた父さんの子じゃないから」


1075, スペインのテロ

2004年03月14日(日)



・スペインのテロがあったが、次は日本と連想をしてしまう。
「大国?で、60年近く戦争が無いこと自体が異常」と考えたほうがよい。
何かが起こるのは必然と考えておいたほうがよいだろう。
北朝鮮が仕掛けてくる可能性もある。

イスラエルやシリアでは、生の虐殺のすざましい話を聞く。
シリアの前首相のサダトは、テロリストの潜伏している町の住民全て殺して、
町ごと埋めてしまったという。それ以来、シリアではテロは無くなったという。

旧約聖書を読んでいると、預言者が「この町をの虫一匹残らず殺せという神の
お告げがあった」いえば、そのとおりにしてしまう世界である。
一神教は仏教とは違う世界なのだ。
それに対抗する為に「マホメット」がアラブ人ようにイスラム教を創作した。
その争いから、グローバル化になってしまった現在、逃れる事は不可能である。

中国のウイグル地区でイスラムに滅ぼされた仏教国の遺跡を見てきたが、
仏教とイスラム教では(戦いという点で)次元が違う。
だんだんアルカイダの術中に引き込まれているのかもしれない。
これはテロというより戦争のゲリラ戦と考えたほうがよい。
日本は新幹線か山の手線をバズーカ砲一発で大混乱だろう。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年03月14日(金)
709, シンプルー2  

 −ワンプライス・ショップ

私の経営するホテルはワンプライスホテルである。
ホテルは値段を数種類にしておいて、繁盛時期ー夏期や連休や、
週間単位では火水木曜日に高い値段の比率をあげて売るのが常識であった。
それを一切無視してお客本位にしたのが当ホテルだ。
100円ショップもそうだ。

スナックでも、時間性で3千円とか5千円という店がある。
九州の境内の土産物屋で、中学生がいっぱい入っている店があった。
千円均一の店であった。修学旅行の中学生に一番手ごろの千円に絞って品揃えを
してあった。土産物屋でも業態が可能であったのだ。

居酒屋で300円か400円の均一の店を出せばと思うのだが。
料理や酒すべてワンプライスにすればよい。おそらく多くある筈だ。
おでん屋もよいのではないだろうか。
今なら不況なので200円均一にして、ビールなら生ビールだけにして、
千円のセットー5品から出せばよい。
格安なセルフの讃岐うどん屋が流行っているが、これも100円ショップにすればよい。
素うどん100円、トッピング100円とか。

 すべての事にいえるのは「絶対に例外を認めない!」ことだ。
一つでも認めれば意味がなくなる。100円ショップで「200円コーナー」
をという誘惑にかられそうになるが。例外なく均一100円だからよいのだ。
値札をつける必要もないし、値下げの必要もない。ヘドロ商品は2個100円に
すればよい。メーカーも問屋も分かりやすいし、お客の方もそうだ。

 ワンプライスでなくても、ファミリーレストランや居酒屋チェーンでは値段を
3〜5種類に絞っている。「シンプルイズベスト」の典型である。
駄目な店ほど多いアイテムの商品と値段の店が多い。
無知の涙を地にいっている。
こういう眼で見ていると、飲食店ウォッチグになる。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年03月14日

旅行中につき書き込みなし

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お笑い

「どっちもどっち 」

アメリカの軍隊で将校が中国人のコックに
「お前は一生懸命料理を作ってくれる、チンコロと言っていたが
今日から名前で呼ぶことに決めた」

コック
「ありがあとうございます、それなら今日からス―プに小便を
 入れるのを止めます」

・・・・・・・・・・・・

「今の心情? 」

上をみればキリがない   
   下を見れば底がない     
      横を見れば情けない 


1074, ホテル・レストラン・ショー (2)

2004年03月13日(土)

ユビキタス(隠れたコンピュータ)を利用した調理器具や健康器具などが
目立っていた。その一つが電子調理機器である。
IH式の焼肉機器も、その一つであった。
焼肉屋といえば多大な設備投資が掛かる、個々のテーブルに換気機能が必要だからだ。
それがHI方式で、換気設備が必要なくなり手軽に、焼肉コーナーや焼肉店が
出せるようになるという。

また製麺機や小型餃子製造機やパン焼き機とか、職人(経験)の分野への
ハイテクによる代替えが進んでいるようだ。

中国に生産基地を置いて、内装工事や家具を現地で生産して、短期間でコンテナで
送り届ける会社があった。紳士服の一部が数年前から行っていたようだが、建設の
分野まで中国現地生産が出てはじめた一例である。
大よそ国内の3割〜半分の価格をうたい文句にしていた。

他に目立っていたものに、インターネットカフェがあった。
漫画喫茶がいち早くインターネットやゲームを取り入れて新しい業態を
つくりあげていた。若者を中心に社会的認知を得てきてるようだ。
インターネットカフェが出来ると、近くのビジネスホテルの客が激減するという。
個別に仕切られたボックスのリクライニングの椅子で、千円から2千円もあれば
一晩過ごせる。
これにシャワールームでもあれば、別にホテルで寝る必要もないのだ。
カプセル・Hから、更により小さなスペースで済ます流れになってきているのか。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
2003年03月13日(木)
708, シンプルー単純の勧め

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に」というが、
「難しいことをシンプルに」とも言い換えることができる。
何事もまずはシンプルにである。

チェーン理論の基本は「シンプルに、それをスタンダードにしつづければ、
スペシャルになっていく」である。「スペシャルをスタンダードにしていけば、
シンプルになる」ともいえるが。

 デジタルは10進法を0・1の二進法に置き換えたところから出発している。
アメリカの大統領だったレーガンは全ての問題をー「テーマとそれに対して
3分類、それを3分類、さらに3分類と27分類にした報告書を出させて、
それに従い判断していた」という。
この分類こそスタッフの最重要な仕事である。

 自分の生き方をはっきり決めておけば、自然とシンプルになっていく。
それに遵って生きていけば、判断と決断は簡単になる。
複雑になっていくのは、自分のルールや生き方が確立されないからだ。
自分で判断をする主体性があれば、全てがシンプルになっていく。
私の場合は早いうちに創業をしたのが最大のメリットであった。
正しいかどうかは別として、とりあえず主体的に判断せざるをえなかったからだ。

「最期は独り」ということを常に自覚していれば、シンプルに生きられる。
複雑に考える必要もないし、悩みも最小になる。
何事も単純に単純に単純に考えれていけばよい。
画家の山下清などは、それがプラスに働いたのだろう。
シンプルということは、ABC分析でいうAに絞る事でもある。
エネルギーの集中ということだ。
・・・・・・
・・・・・・
2002年03月13日

旅行中につき書き込みなし

・・・・・・
・・・・・・

ーお笑い

「逆もあり」

アインシュタインにある女優が言い寄った。
「貴方の素晴らしい脳と私の豊満な肉体が結婚すれば
             素晴らしい子ができるわ!」
アインシュタイン
「もし貴女の脳と私の貧弱の体の子が
               できたらどうするのですか」
 ーーー

「白雪姫 」

毒りんごを食べ仮死状態の白雪姫の天国の入り口の身上書

 「処女なれど、7箇所の損傷あり」


1073, ホテル・レストラン・ショー (1)

2004年03月12日(金)

先週のフランチャイズ・ショーと同様、五年ぶりに一泊2日で
ホテル・レストラン・ショーに行ってきた。
FCショーの方がエキサイティングだったが、ここも見るべき内容が多くあった。

2会場で3月9日から12日まで晴海のビック・サイトで4日間にわたって
開催されている。
ホテルと飲食関係の調理器具と、家具・設備と、各種ソフトの展示・相談会である。
笑ってしまうほど面白いものや、唸ってしまうものが多くあった。

ーフランチャイズ・ショーと同じく、数回に分けて面白い順に書いていく。

・まずは「厨房機器・用品」のディスカウント・リサイクルチェーン。
新潟にもあるが、それは単独店である。
そこに出店していた店は全国チェーンで、ほしい機器は全国から取り寄せが
可能なのだ。チェーン・ネットの一番良いところが機能しているようだった。
飲食店一軒を、全国から取り寄せたリサイクル品で、半額前後で開店可能という。
店舗の名前もズバリ「テンポスバスターズ」である。

・鰹節屋のコーヒーのドリップ式を真似た、出汁を取る方式にも驚いてしまった。
挽いたコーヒーのように、カツオ節を粒状にして、大型ドリップにいれ、
熱湯をかける。カツオ屋でしか出せないアイデアである。
「カツオ節を削って煮込んだ出汁と同じ味が出る」と若い社長が言っていた。
数ヶ月前に死んだ父親の考えたものだという。
紅茶パックのような、小さい出汁パックの商品化はあるのだろうが?
もし無かったら、面白い商品化が可能なはずである。

・TVで見たことがあるが、「自動式天麩羅揚げマシーン」も面白い。
天麩羅は揚がってくると浮いてくるのを利用して、揚がってくると、金網の
コンベアに乗るようなっている。
入れると、自動的に揚げあがった頃に反対側に出てくるのだ。
よく考えたものである。
チェーンのコロッケ屋がこれで大当てをしているとか。
自動飯盛機を使えば天丼屋が手軽に出来る。
これにカツオパックの抽出した出汁をかければよい。
ある天丼チェーン店がこれを利用しているという。

・笑ってしまったのが、ラーメンの水切り器である。
湯であがったラーメンの水切りは、ラーメンつくりのポイントである。
これをいい加減にすると、麺と出汁の微妙な混ざり具合が崩れてしまう。
しかし全身で振らなくてはならないのだ。
何と、すくい上げた麺を金網ごとに機器に入れると、バキュウムのように
水分だけを数秒で吸い上げてしまうのだ。これには唸ってしまった。
千円床屋の、頭を洗う代わりに掃除機を応用した「吸い上げ機器」
と同じ方法である。
人間のすることは殆ど機械に代行可能なのだ。
その横で人間の腕のようなものが中華鍋を振り上げていた。
これなら美味しいチャン飯が苦労しないで作れそうだった。

                   つづく

・・・・・・・・
・・・・・・・・
2003年03月12日(水)
707, モンゴル大相撲

 先場所の各段の優勝は序二段を除いて全て外人が取ってしまった。
今場所からは、両横綱とも外人である。
外人力士が50数名いるうち8割がモンゴル出身である。
下位の有望力士の大部分が外国力士という。数年後は幕内上位は
大部分がモンゴル人に占められる可能性が出てきた。
今の横綱の朝青龍より強くなりそうな素材を持ったようなのが
私の目で見ても数人はいる。
更に彼らはモンゴルの大地で羊の肉を食べ、馬に乗り自由に生きているため
骨格からして違う。
更に所得が日本の100分の一しかないために、関取になれば数ヶ月で
モンゴルの一生の生活費が稼ぐことができる。
目の色が変わるのは当然の事である。今の日本人が敵うわけがない。

 日本の相撲のルーツはモンゴル相撲という説が有望である。
グローバルの時代、それでもよいと割り切ったほうが良いだろう。
一時代前には考えられなかったことだ。
ロシアに朝鮮にアメリカにモンゴルと面白くなってきたが、
日本人だけと割り切っていた方がよかったのかもしれない!
巨人・大鵬・玉子焼きの時代は終わったのか。

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2002年3月12日

旅行中につき書き込みなし

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<お笑い>

「テスト」

開始5分後---。
「山田くん。テスト中にえんぴつ転がして、何してるの?」
「先生、決まってるでしょ!答をこれで決めてるんですよ」

終了5分前---。
「山田くん、もう全部できてるのに、まだえんぴつ転がしてるの?」
「先生、決まってるでしょ!再度見直ししてるんですよ!」


1072.つれづれにー今日はお笑いの日ー3

2004年03月11日(木)

 
 ーお笑い
      ジョーク・ユーモア辞典より
 
 <持ち物自慢>
 
 男「俺の一物は大きいぞ」
 女「私のは小さいわ」
 ホモ「私のは小さいのと、大きいのと」
 
 女「それって、自慢?それとも卑下?」
 
<ヴァイオリン>
 
 ある夫人がヴァイオリンを習いはじめた。
 毎日毎日熱心に練習ををしていたが、ついに亭主が我慢できなくなって
 叫んだ。
 ーやめてくれ、やめてくれ、お願いだ。さもないと頭が変になってしまう。
 すると奥さんがビックリして答えた。
 ーでもね、貴方、一時間も前にわたし、弾くのをやめたわ。
 
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 
 2003年03月11日(火)
706, スーパーTV-コンビニ戦争

 昨日の21時のスーパーTVの番組が面白い。
私の初めの事業の立ち上げが、郊外型貸しビルであった。
ところがドルショックがカウンターパンチになってしまった。
誰もテナントが入らないのだ。
これが良かったのか悪かったのか?!
いかなる場合でも最悪を想定しなくてはならないことが、骨の髄まで知ることになった。
その一角で養老の滝のフランチャイズに参加して、日本で初めての郊外型居酒屋を始めた。
日経流通の記事に大々的?出た。まあそれはそれでよい!

 二年前に長男が失業した時に、息子の仕事にコンビニと考えた。
そしてまずは情報を取った結果は、すざましい内容で、
開いた口が閉まらない世界であった。
土地持ちの酒屋や、自然消滅寸前の小売店を狙った搾取商売そのもの。
無知の敗者を狙った残酷物語。しかし自殺より良いのかもしれない。
出店では当たりと外れの部分がある。
当たりると本部は、その店を基点として周辺に店を出すのだ。
卑劣そのものの世界である。しかし彼らからすれば他の競合店が出る前に
自社の店を出すのは当然のことである。

 当たり外れは実際のところ店を出してみなくてはわからない。
セブンイレブンの場合、当たりは一日あたり100万円、外れは50万円だ。
平均が62〜63万万である。
外れは、そのマニュアルがあってハイサヨナラの世界。
当たりの場合が、それをダシにして他のオーナーに売りこむ。
無知ー無力のオーナーは、如何にもならないのだ。
「よくやるよ!」という世界である。今の北朝鮮のドン様と人民の世界である。しかし契約の世界なら仕方がないのが現実である。
 
 当然家庭内は崩壊のケースが多くなる。
子供の非行や離婚や自殺が多いのは当然の事だ。
何よりも、商売がなによりすきかどうかが問題になる。
そうでない人が安易にやるから、こじれるケースが多い。
好きな人がヒットしたらこれほど面白い仕事もないだろう。
したがって決してなるべきでないといってはいない。
やる前に熟考して、覚悟をしてやるべきだといっているのだ。
 
 フランチャイジーの立場から見れば、家賃分は入るし一日60万の売り上げがある。
しかし、オーナーは大体夫婦一人当たり時給7百円位の人件費の収入にしかならない。
それで満足するかどうかである。人の褌で相撲をとるとロクなことはないが、能力が
ないことには仕方がない世界である。

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2002年3月11日

旅行中につき書き込みなし


1071, フランチャイズ・ショー −4

2004年03月10日(水)


三日間もいると見る必要のないと思われるものまで見てしまう。
コンタクトレンズ・ショップ、中古ゴルフ用品、中古釣具、結婚紹介所、
近視矯正器具販売、などなど。

以前より関心のあった介護ビジネスも、経営という面で面白い。
数年で投資回収が可能なのだ。
この厳しい経営環境の中で、異質の世界であった。
その中で、デーサービスに絞ったFCがあった。
新潟では乱立ぎみで来年度で飽和状態になるというが、一年で投資回収可能の
ケースもあった。

ところで会場に足マッサージ器具の展示品があった。
毎回、必ず会場で販促をしているのだが、行く度にドンドン良くなっていく。
プロが足を揉んでいるようであった。
足を両側から包み込んで強く圧縮する。
但し上代15万、割引で8万円もしたが、それだけの価値があったようだ。
健康機器もドンドン良いものが出てきている。

フランチャイズ・ショーの会場は今の第4次産業の見本市でもあった。
今の時代、経験をパックにして売ることも買うことも可能なのだ。

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年03月10日(月)
705, 古館伊知郎の世界

 古館伊知郎といえばトーキングブルースである。
この15年間おこなっているトークショーである。
今の時期にBSTVで放映しているが、毎年の楽しみになっている。
今年は「言葉」で、去年は「脳」であった。
一人で2時間、このテーマで話しまくるが、息を尽かさない中味の濃い内容だ。
会場を暗くしてスポットライトを照らし出した中で話すのだが、次から次へと話題が
出てくるものだと感心をする。
見えない相手に対して、独り言をいっている姿がこの「随想日記」に似ている。
ミニトーキングブルースというところか。
ホームページからこの紹介文をコピーしてみたー

[TalkingBluesは、「嘆きや悲しみ」を音楽として綴った黒人達に倣い、楽器をマイクに、
詩をトークに換え、人間が普遍的に持っている悲しみ、嘆き、苦しみを、古舘伊知郎が鋭い
感性で表現すると言う目論みで1988年に始まった。古舘伊知郎が、自分自身の生活や生き方を
ネタとし、世の中を自分の鏡とし、また、自分を世の中の鏡として、不浄な煩悩の奴隷として
生きるしかない自分を含めた人々の嘆きの真意に問いかけてゆく。
そのために、古舘はTalkingBluesの舞台に立ち続ける。]

さらに今回の「言葉」もほとんど忠実に紹介されていた。
詳細は「随想日記の引き出し」コーナーにコピーしてある。
こういうのも情報化社会の一片なのだろう。
 以下はやはりインターネットで調べたインタビューをコピーしておきます。

 ――世の中に情報があふれ返ってます。
「受け手の側が自主性を取り戻すには、情報のラマダン(断食月)か安息日をやるしかない。
たとえば、天気予報の音声を消してモザイクをかければ、だれもが降水確率のあいまいさに
気づくでしょう。窓を開け、湿気やにおい、草いきれを感じて、『よし、傘なしだ』となる。
自分が予報士になれるんです」

 ――テレビをどう位置づけていますか?
 「テレビは受け身で垂れ流し、完全看護じゃないと視聴者に受け入れられないダメな
メディアになって います。テロップ(文字説明)の多用もそう。画面に新聞記事が映って、
赤線引いてくれるなら初めて新聞を読む。そんな層がいる」
 「映画や本なら、投資して自発的に選ぶ。たとえ錯覚でも、人生観が変わったという思いで
感慨を得たいのです。映画や本が本格医療マッサージなら、無料のテレビは15分間クイック
マッサージ。視聴者は目先の刺激を追い求めるインパクト難民だよ。
気持ちが良ければ治療しなくてもいい。それを、いやしとか和みという言葉に差し替えて
いるだけです」
 ――そこでやりとりされる情報も軽く、空疎になっているようです。
 「テレビの視聴率は内閣支持率と似ています。どちらも中身は問われない。
国民は怒ったふりはするけど、小泉さんの支持率が80%でしょ。耳当たりの良い情報だけが
流通している。テレビより石器ねつ造の考古学者のほうが偉いよ。掘って、埋めて、見つけて。
テレビはそういう地道な作業さえしてないもの」
 ――インターネットや携帯電話でのコミュニケーションについては?
 「パソコンでも携帯の画面でも、あやしく無機質に光るものに文字が踊っているのがOK、
という感覚が若者などにありますね。携帯のカバーがはやってるでしょ。
無機質の上に別の無機質をツルとかぶせるわけです。人とつながりたいといっても、
それは近所づきあいじゃない」
 ――若者は人づきあいが苦手なんでしょうか。
 「グルメだったりブランドだったり、自分に情報をまとわせ、武装しないと自己表現が
できない人が増えている。人間関係が空洞化し、心のすき間にインターネットという
勝手口から御用聞きが入ってくる。出会い系サイトなんか典型じゃないですか」

 ――情報社会はこの先どうなるのでしょう。
 「手をかえ品をかえ、情報のインフレ状態が続くでしょう。ただ、もっと長いスパンで考えれば、
情報は要らないという所まで行き着くかもしれない。本当のいやしとか和みとかを希求して
やまない時代になれば、半径5メートルで家族が仲良く暮らせればいい。新聞もテレビも消え、
実感を伴った周囲との意思疎通に回帰していくわけです」
 ――テレビ人として何を極めたいですか。
 「NHKがお茶会の干菓子なら、民放は完全看護のお客様にソフトプリンを出している。
その客が『これから感動モードに入るぞ』と、はるばるプロジェクトX(NHKの人気硬派番組)
へと渡っている状態です。おれも骨のある番組をやりたいと思うよ」
 「たとえば、無名の人が無名のまま生き、何も起こらないという番組。地方の農家の平和な
生活をカメラで5年追い、普通に放映してみせる。『CMの後、予想外の展開が!』の反対です。
スポンサーはつかないでしょうが、どこかの民放がやるならノーギャラで引き受けますよ」

(朝日新聞/2002.1.12)

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2002年03・10
旅行中で書きみなし

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ーお笑い

「世界一の嘘つき 」

禁猟区の近くのスナックである男が猟の自慢を隣の男に始めた。

隣の男
「私が禁猟査察官と解ってますか?」

すかさずその男
「私が世界一の嘘つきとわっかってますか?」


1070, 美容整形医師の「美人の定義」

2004年03月09日(火)


ある月刊誌に書いてあった美容整形医師の「現代美人の定義」が面白い。

ーその文章を書き写してみるー
普通、美人と問われれば「目がパッチリ」「肌がきれい」「鼻が高い」「小顔」
・・・・・と思いがちだが全部間違い。
現代美人とは「顔立ちが整っていること」が絶対条件。
浜崎あゆみの目であろうが、ベッカムの鼻にしても、バランスが悪ければ
立派なブス(ブ男)である。
つまりプロポーションの良いのが美人であり、いくら部品がよくても
組み立てが悪くてはブスなのです。
一点豪華主義の美人は存在しません。むしろ全部地味なほうが美人なのです。
日本の伝統的美人は雛人形に見られるように、目も鼻も口も全て小さく、
平べったい顔をしています。
ヨーロッパの美人はミロのビーナスに見られるように、口も鼻も口も全て大きく、
立体的な顔をしています。
美人に見せるには、全部大きいか全部小さいかどちらでも良いから均一化して、
バランスをとることが重要なのである。日本人は突出することを嫌います。
「出る杭は打たれる」などいって、平均的な小さくまとまった美しさを好みます。
これが美人の基準にもなる。
いま一つは、権力によってその基準は左右される。
北朝鮮では「金正日がいい男の面」になっている。
欧州の貴族は、それだけで顔立ちに係わらず美人美男になる。

ー以上である。

美人バランス論ということか。
中年になってきて、特に45歳を過ぎると急激に体形や顔立ちが崩れるのは
バランスが悪くなる為であったと考えると納得できる。
本来、化粧はそのバランスを直すためするものである。
わざわざ崩している人がいるが。
太りすぎも体形のバランスの崩れを直すため痩せようとするのだ。
固太りの人は、それほど見たほどデブに見えないのはバランスが崩れないから
であろう。
西欧的美人より日本的美人の方が歳を重ねた時に美的段差が小さいのは、
チマチマしているからバランスの崩れが小さく済むためだ。
顔は、その人の家系や過去の集約として現れるが、化粧一つで誤魔化しがきくから
恐ろしい。といって品位などは三日も経てば直ぐ見えるが。

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 2003年03月09日(日)
704, [つかず離れず]ー群れない為に

「つかず離れず」は人間関係の基本である。
「和して同ぜず」ー和同の精神である。
(仲良くはしても、お互い同じでない事を理解することだ)
「隣の芝生は緑に見えます」「隣の花は赤い」は 同じ意味だ。
「味噌汁の冷えない位の距離」は嫁姑の距離である。

以上は相手が良く見える距離を保つことの必要性をいっている。
人間関係には「親しき仲にも礼儀あり」という基本ルールがある。

離婚した女性を見ていると、この距離感の果たす役割の解ってない人が多い。
スナックや居酒屋のママは離婚経験者がほとんどだ。
フレンドリーで、お互いに距離を置かないのが逆にプラスに働くのが
皮肉といえば皮肉である。
お客は群れに来るのだから丁度フィットするのか。

 群れといえばこういう話しがある。
私のある姉が東京圏で、サラリーマンに嫁いで団地に住んでいる。
そこで色々な家庭を見ていて、子供の数の理想は3人以上と言っていた。
「3人以上だと群れという感がする」
「家庭は群れの場、その為にはその数が必要と見える」
といっていたのが印象に残っている。
人間は孤独を求めると同時に、何らかの形で群れてないと生きていけない。

 カナダやアラスカで一人で荒野に住んでいる人が街に出てきて人に会うと、
ハイになって話しまくるという。スナックなどでは多く見かけるという。
何か解るような気がする。
都会のスナックの片隅で一人飲んでいる人は、人間の持つ両面を裏表にした姿である。
群れの中で自分を見失わないためには、自分の世界をしっかり持ち距離を保つことが必要だ。

 朝鮮人は儒教の影響が非常に強く、家庭の結びつきが日本に比べ格段に強い。
それに比べ日本は幕藩体制を300年続けてきた為か、組織に対する所属意識が
強い。侍は藩に〜百姓は5人組に組み込まれていた。
韓国人ー朝鮮人と結婚した人はその文化の違いに驚くという。
基本的には日本人と全くかみ合わない。
とくに男女間の距離感が違うという。韓国では結婚した男は妻以外の女性とはどんな形でも
付き合ってはならないという不文律があるらしい。
夫婦間の愛情は濃密で老夫婦でも小さな布団に一緒に寝る。

 韓国人は情が厚く、寂しさに耐えられないために、家族間の人間関係は深い。
他人同士でも一つの共同体になったときには「親しき仲にも礼儀あり」という日本的習慣は
通用しないという。親しくなったら甘えてもいいという発想があるという。
今でも地方では日本でも強く残っている。韓国人は親しくなればなるほど相手を騙す。
馴染みの店から不景気だから来てくれと電話がかかったら、それはサービスをするという
意味でなく、馴染みだから高い金を払ってくれということになる。
あの北朝鮮の金王朝の異様さは、この濃密さを政治体制にくみ込んだためである。

 韓国的濃密さは日本では一番嫌われる。日本人と韓国人の結婚の話が少ないのは文化の
違いがあまりに大きいからだ。
朝鮮人が日本で「つかず離れず」のスタンスで住むには最適であろう。
在日朝鮮人にむしろいえることか。

いつの間にか朝鮮人論になってしまったが、「つかず離れず」とは正反対の文化である。
逆にいえば、「つかず離れず」こそ日本人の文化といってよい。
色いろな社会に属すことを好む日本人は、「つかず離れず」が一番良いスタンスになるからだ。
属している共同体が、それでいて最優先にする。

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2002年3月9日
西アフリカ旅行中で書き込みなし

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ーお笑い

「サンゼルマンの嘘 」

18世紀に実際にいた大詐欺師サンゼルマンの話。

自分の年は2000歳でキリストとは知り合いだという。
そのふれこみでヨーロッパ中を詐欺をして回っていた。

その従者にある男が聞いた「キリストに会ったというが本当ですか?」
従者「300年しか生きてないので、その頃のことはわかりません」


1069, フランチャイズ・ショー −3

2004年03月08日(月)



変わったものでは、「ブランド物の中古品仲介店」があった。
そのシステムが理にかなっていて面白い。
TVで以前、このシステムの商売を見たことがあるがFCは初めてである。

「その辺街中情報」としては、とっておきの内容である。

ーその内容とは

・対象商品はブランド品だけに絞り込む。
 持ち込まれたブランド品の売価をお客と店が交渉をして決める。
 目安は定価の10分の1だ。また千円以下は扱わない。

・展示した時点で、客は10%を店の展示代金(場所代)として払う。
 40日で売れない場合は、お客が商品を引き取る。

・売れた場合は、店・30諭Ц楜辧Γ僑悪佑亮茲衒になる。
 それでも中古専門店から買い叩かれるよりは有利だという。

・お客はまず50代、40代、そして30代の順で、中年女性が中心とか。
 買い手は掘り出し物を求めて定期的にくる。

・店サイドはリスクはゼロである。
 ブランドの鑑定のノウハウは、フランチャイザーが数日間かけて
 本部で教え込む。高価なもので鑑定が難しい場合は本部に送り届けて
 鑑定をしてもらうという。

・本部からは、全国からオークションで仕入れをしたブランド物が
 送られてくる。
 フランチャイザーの狙いは、その販売経路だという。
 
なるほどFC本部も、店サイドも、売り手も、買い手も、誰もが
有利になることになる。面白いことを考えるものである。

面白いシステムだが、店長の個人的能力が最も必要とされる仕事でもある。

話は全く変わるが、会場をまわっていて、
FCの競合店のことを聞くと、間違いなくお互いにマイナス情報を流す。
特にナンバーワンに対する批判はすざましい。
よく聞いていると、その「立場の範囲の視点」でもある。

より多くの角度の情報がほしい場合は、多くの競合店に聞くにかぎる。
お互いの限界がより見えてくる。
人間関係にも似ているが。
                  続く

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・・・・・

 2003年03月08日(土) 703, 
「金持ち父さん貧乏父さん」ー読書日記

この本を読んで、読めば読むほど納得する事が多い。

もうこの歳でいまさらというひとがいたら何回か読んで、
自分の子供にぜひ説明すべきだ。
貧乏父さんなら失敗談として尚更である。
読んでいて気がついたことは、大阪商人に似ていることだ。
徹底的に節約型で、合理的である。違うのは投資に対しての積極性だろう。
金持ち父さんと貧乏父さんの考え方の違いを書き写してみる

ー金持ち父さん・・上段ー 貧乏父さん語録・・下段ー
・「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」
 「それを買う為の金がない」
・「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社を買う事ができる」
 「一生懸命勉強をしろ、そうすればいい会社に入れる」
・「この家は負債だ。持ち家が自分にとって最大の投資であり、最大の投資
  という人は大いに問題がある」
 「この家は私たちにとって最大の投資であり、最大の資産だ」
・「私が金持ちなのは子供がいるからだ」
 「金がないのは子供がいるかだ」
・「金は力だ」
 「お金には興味がない」 
・「私はお金のために働いているのではない、お金が私のために働いているのだ」
 「お金のために働いているのだ」
・ 「人は損をするのが怖くって、その為に損をする」

金持ちは自分のためにお金を働かせる
中流以下の人間はお金のために働く

「無知」が「欲望と恐怖」を大きくする。
「恐怖と欲望を大きくするのは無知だ。ある程度のお金を持った人の多くが、
金持ちになるほど、それを失ったときの恐怖を強く感じるのは無知のせいだ。
お金はニンジンなんだ。けして手に入らない幻みたいなものだ。
もし馬が自分の姿を遠くから眺めることができれば、自分の立場がわかり、
ニンジンを追いかけることが自分にとってためになるかどうか、考え直すかも
しれないだろう?」
人間の一生が「無知」と「啓蒙」のあいだの絶え間ない戦いである。
人間が自分を知るための情報や知識を求めなくなると、すぐに無知が忍び寄ってくる。

金持ちになりたかったら、お金について勉強しなくてはならない。
「お金の流れの読み方」は高層ビルの基礎に喩える事ができる。
・まずは資産と負債の違いを知ることである。
ー資産は私のポケットにお金を入れてくれる
ー負債は私のポケットからお金をとっていく

「どうやってお金を稼ぐか」でなく、「お金をどう使うか」である。
つまり「稼いだあとどうするか」だ。
一番悪いのは「稼いだ金は全部使う」ことだ、収入が増えた分、支出の増えるだけの事。
だから「馬鹿が金を持つとろくなことが無い」という格言がある。

 普通の人は、まずは夢の確立の為に、家を持ち、車を買い、家庭用品を買い揃える。
ある程度の自己資金を貯めてからすべきなのに。
せめて車は返済をかなりの額を返してから買うべきである。
これらの負債のために一生返済のおわれるのだ。

 著者の感心する言葉は次の言葉である。
ー私だって人並みに贅沢は好きだ。
「人並み」と違うところは、ふつうの人が贅沢品を借金で買おうとするが、
私はそうしないことだ。
借金で贅沢品を手に入れることを覚えた人は、周囲の人が持っているものを
何でも手に入れるという「罠」にはまっていくのだ。
何かほしいものがあると、人はお金を作り出すことでなく借りることばかり考える。
ーお金に関する私の哲学の基本は、資産欄に種をまくことだ。
これは、お金を作るための「公式」といってよい。
ー実践にあたって、いつも覚えておいてほしいことが一つある。
それは「楽しむこと」だ。これは単なるゲームにすぎない。
勝つこともある、負けてそこから学ぶこともある。
でも、どんな時でも楽しむ事だ。勝ったことが一度もない人は、勝つ気持ちより
負けるのを恐れる気持ちが大きいから勝てないのだ。

私の経験からして、要約をすると
・お金の知識について、もっともっと学ばなくてはならない。
・若いうちから、長期戦略を持って自分の財テクを磨き上げなさい。
・自分の収入の中で、種銭を作りー積み立てをして、それで財テクをしなさい。
・お金をつかうことと生活を楽しむ事はイコールではない。
・資産と負債の違いをハッキリさせること。
・考え方が人生を左右すること。
・本当の教育の基本はお金に対する知識であること。

お金に対する知識に対して、これだけ解りやすくストレートに書いてある本に
初めて出くわしたのが実感だ。
そして両親が夕食時にいつもお金と投資と商売の成功談を話していた。
それが最大の教育だったことが確認できたのが最大の収穫であった。

・・・・・・・
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2002年3月8日
旅行中につき書き込みなし

・・・・・・・
お笑い

[ 愛は地球を救う ]    

マザー・テしサは車を運転中、道端の草を食べている男たちを見かけた。
「あなたたち。どうして草など食べているのですか」
「実は・・。食べ物を買う金がないんです。
 飢えをしのぐため、こうして草を食うしか」

「まあ、なんてことでしょう!あなたたち、うちへいらっしゃい」
「えっ。いいんですか。でも、私には妻と2人の子が」

「一緒に連れてきなさい。そっちのあなたも」
「いいんですか。私は子供が8人も」
「かまいません。みんな連れていらっしゃい!」

こうして車にみんな乗り込み、マザー・テしサの家に向かった。
男たちは泣いて言いました。

「あなたはなんて慈悲深いお方だ。感謝します。このご恩は一生忘れません」

「いいのよ。うちの庭の草、よく伸びてるから!」


1068, フランチャイズ・ショー −2

2004年03月07日(日)

主観を込めて「面白い順」に書いてみる。

・まずは「1980円のフグチリ」を売りにしているフグ専門店。
フグ専門店の3分の1値段で、ふぐ料理の価格破壊を目指している。
味は高級専門店にまけないという。
以前TVで見たことがあったが、実際担当者から生で聞く話は格別面白い。
「フグ料理や開店指導やフグの供給」をするという。
客単価は6700円とか。開店資金まで希望なら融通するとか。
現在は東京から30キロ圏がチェーンテリトリーという。
別にフグ屋をする気はないが、何事も好奇心で聞いてみたが、
本当に面白い!

・次は介護ビジネスで、デーサービスだけに特化した業態のFCが面白い。
一日あたり、顧客?一人単価一万円、人件費一人当たり一万、ハード(施設)の
ランニングコストが一日1万。ビジネスとして割り切ると面白そうだ。
30人収容で、職員9人のチームでまわす。
開店指導から軌道に乗せるまでのノウハウの販売である。

・保育園の開店指導主体のFCもあった。
開店が一番大変で、一度オープンをしてしまえば、その後のノウハウは
ほぼないとか。開店ノウハウ販売型FCと堂々と言ってのけるのもよい。

・目立ったのが、インターネット・カフェである。
漫画本とゲームとインターネットの併設のもので、時間制の料金システムのものが
印象的であった。(例:15分ー100円)

・自分史のCD作成の商売もあった。
50万円で写真から履歴や文章などをCDに収め、10年間大手銀行の
貸金庫に預けて置くシステム。死んだ後に配る饅頭本の現代版といえる。
面白いことを考えるものである。
                     ー 続く

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2003年03月07日(金)
702, 心と魂

以前に社内報の事業百訓で、
「心」と「こころ」と「魂」の違いを書いたことがあった。
ーホームページH09/05-見聞皆師
ーhttp://csc.jp/~888888/fr/kenbun/bun_h09.htmー

先日、ある本を読んでいたら、
パソコンのハードデスクを「魂」、ソフトを「心」に喩えていた。

ーその概要は以下に書き写す
 魂と心は厳密に言うと違います
・魂はパソコンでいうとハードディスクやCPUを中心としたハードウエアにあたり、
・心は基本OSを含むソフトと例えることが出来る。

 心の基本形成は、親の心のエネルギーを吸収しながら6才頃に、そのアウトラインが
ほぼ完成するという。
パソコンでいえばウインドウズのインストールを終えた状態。
・「こころ」の核となっているのが魂で、これは生まれながらのもの。
・魂は天命・宿命に関わり
・心は運命を左右します。
・そして双方の共同作業の結果が、あなたの「個性・能力」となって現れる。

魂の進化は心とともに ある。  
パソコンは平成8年春の製品でクロックは120しかありません
150以上を指定してあるウインドウズMeはインストールできない.
メモリーとハードディスクは最大限増設してあるが、クロック増設の手間と費用に
見合うだけの魅力がMeに有りや否や?
深層心理学者のユングは「魂はしだいに進化し、聖なる方向に向かっていく」と
いっている。この進化の方向に関わってくるのが心なのです。
Me(心の向上)を諦めたので、ハードウエアのクロック(魂)は120のままで
進化していません。
  こころの葛藤とは魂と心の綱引きをしている。  
魂は多くの業(ごう、因縁ともいいます)を持っていて、その業は縁あらば表へ
出ようとしています。
それが自己本位の好ましくない事だったら、心がセーブをかける仕組みに
なっているが、本質的には「魂の方が強力」です。
魂が要求している事柄を実行して良いかどうか…を
・「判断するのが心なのです」が、
・「決断するのは魂」です。
心が「ノー」という結論を出すと、そこで魂と心の綱引きが始まるのですが、
魂が心の判断を無視して行動を起こすと、人間社会の中では往々にして問題行動となる。
40にして惑わず、という言葉があるように、どうやら人間は、その年代以上にならない
ことには、「魂を制御できるだけの心は完成しない」ようだ。

ー以上であるが、喩えが解りやすい。

 また他の本で「自己」と「魂」は似ているとか。
自己の背後にある大本が「魂」といってよい。
「自己実現」を「魂をつくること」と言い換えたほうがむしろ解りやすいことからも
納得できる。
魂の喩えとして
・心の親。
・心の故郷
・心の実家
・宗教心
・他己
・御祖先様
・心の積み重ね
・神ーラージX
「心を込める」と「魂をいれる」と言葉の重みが違う。
「魂を入れる」は全身全霊を入れるという意味合いにがある。
そうすると全身全霊ということか。
対象の物事に対して「魂がこもる」ともいう。
一生は「魂をつくること」ということか。
自己実現を図る事だ。

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2002年3月7日

この日から2週間、西アフリカ旅行中で書き込みなし

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「母子家庭 」

先生『お父さんは何してるの?」
生徒「死んでいないの」

先生「じゃーどうして生活しているの?」
生徒「うん大丈夫、毎晩ちがう父さんがお金を置いていってくれるの」

先生「?・・・・・・・!!」


1067, 高級1DKマンション  −2

2004年03月06日(土)

店舗ショーに3日間見学に行ってきたが、その午前中は高級1DKマンションを
見てまわった。
時代の最先端の多くのヒントやノウハウが隠されているからだ。

最新のものは、最近オープンした品川の300室規模のものである。
10日ほど前に資料を取り寄せて前知識を持って行ったが、やはり本物をみると見ないでは違う。
なるほどTVに出てくるようなスタジオタイプのマンションである。
1Fの無機質なロビー、そして最上階24Fの住民だけのプライベート・バー
ラウンジとトレーニング・ルームそして大浴場。
部屋は最新のユニット設備や家具と、電化製品。
朝食は家賃の中に含まれているという。
こんなところでパソコンを打ちながら夜景を眺めていたら、新しいアイデアが
いくらでも出てくるのだろう。
そして最上階で夜景を見ながら風呂でも入ったら、もう生活を落せなくなる。

他にも、共同サービスのない小型の高級(高価格)マンションを幾つか見てきた。
住み慣れた後にくるのは、東京砂漠の殺伐とした心象風景の世界である。
しかし一歩外にでれば、都合の良いことに赤提灯街が点在しているのが
都会の良いところでもある。
私はもう東京のような大都会は住みたくないが。

サービスマンションはアメリカや香港にあったもの。
最近アパマンとかいって、サービスを付加したアパートを売りにしている
雑誌情報誌があるが、そのベスト・プラクテスをしたものだろう。

話は変わるが、品川や新橋や汐留のビル群には驚きである。
ユリカゴメの車内から見る景色は、新しい東京の象徴といってよいだろう。
箱物(ビル)好きとしては、こたえられない景色である。
/////////

2003年03月06日(木)
701, 「最強の勉強法」

本屋のコーナーで何度か目に入っていたが、
衝動買いをしてしまった。ハウツーものとしては面白い。
今になって昔何故ハウツーものをもう少し読まなかった悔やまれる。
まあ仕方がないが。
事業と同じで「プロセスを楽しめ、成果をあげる工夫を徹底しろ」の二つに尽きる。
大体の本は、2時間で殆ど把握できるようになった。
1、まずは前書きと目次と終わりにを中心にポイント読みをする。
2、次に、本に折込を入れる。それぞれの章と目次と太字のところを中心に入れる。
3、インターネットでホームページをさがし、書評と概要を読む。
4、最後の章からポイント読みを逆に遡って読む。
5、できたら随想日記の読書日記に書くためにまとめる。
  以上が2時間だ。
6、一番大事な事は、読書日記に自筆で「目次とレジメを書くこと」である。
 これを過去40年何もしてこなかったのが、人生の最大の後悔といってよい。
 一ヶ月前から始めたが、これがよい。あとで読み直した時は赤のペンで
 書き足すのだ。
 この歳になって悔やまれる事があまりにも多い。 
 いまさら仕方がないが。
・・・・・・・
インターネットで調べた概要をコピーしておきます。

『 不可能を可能にする、最強の学習法!』
吉田たかよし・著
PHP出版より2002年8月9日刊行 
定価1350円(税別)

1.『吉田たかよし』とは
 日本で初めて、NHKアナウンサー出身の医師です。
また、衆議院議員の公設第一秘書として政策立案にも携わりました。
この他、エコノミストや報道記者としての顔も持っています。

2.不可能を可能にした学習法
 そんな『吉田たかよし』も、もともと記憶力は人並み以下で、大の勉強嫌いな普通の人間でした。
にもかかわらず、なぜ数々の不可能が可能になったのか。それは、誰でも成果を上げられる
画期的な学習法を確立したからです。
「ガンバレ!」「集中しろ!」「気合だ!」こうした、精神論だけに頼った勉強法では
結果は出ません。むしろ、あなたの多様な能力を萎縮させるだけです。
学習法には、あなたの秘められた能力を100%開花させるため、とことんまで合理的な技術や
工夫が必要です。また、単なる思いつきではなく、科学的、医学的に裏付けがあることが
求められます。
 これらすべての条件を満たした夢の勉強法、それが『吉田たかよし式学習法』だと信じています。

3.勉強が苦手だという方にこそ、読んでいただきたい
 この本は、ごく限られた『エリートくん』や浮世離れした『勉強オタクくん』を対象にして
いるわけではありません。勉強が苦手な方や勉強嫌いだという人にこそ読んでもらいたいのです。
こうした方こそ、効率的な学習法が必要だからです。自分は平凡だと思い込んでいる方も、
非凡な人生を送れる。それが『吉田たかよし式学習法』の真骨頂です。

4.見出し 本の中身をざっとご紹介します。
ーー目次 ーー
ー第1章 灘高校がすごいわけ
自己解放が能力を伸ばす! 灘高校は学習のルネッサンス。
サラリーマンも必読。暗唱ゴールデンタイムがあなたを救う!

ー第2章 異なる分野を同時に学べ
『理系』+『文系』でリストラも怖くない!
あれは何だ?東大の銀杏並木を白衣の自転車が爆走!

ー第3章 学習のための時間の使い方
永田町マジック!国会議員に学ぶ『朝飯学習法』
目覚めよ!遺伝子に刻まれた潜在能力。

ー第4章 記憶力倍増法
生放送も怖くない!NHKアナウンサーを救った『連想記憶術』
伝説の語呂合わせ『ハタチを過ぎたらオバン』には最強の論理があった。

ー第5章 最強の読書法
国会図書館を征服!「1週間に50冊」を可能にしたマル秘読書術
ツッコミのミラクル!読書の秘策は漫才にあった。

ー第6章 資格試験はワールドカップ
これであなたも合格!韓国チームの勝利に隠されていた試験突破の秘策。
官僚大国ニッポン!勝つためには敵を知れ!国家試験には霞ヶ関を知れ!

ー最終章 人脈を広げて、人から学ぼう
あなたもできる!堺屋太一さんの心をつかんだ私の右手。
一度見たらもう最後!たった一枚で人生を変えた究極の名刺

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー他のホームページのコピーです。
「吉田たかよし式勉強法」
原理論
・機械的な暗記ではなく、興味のおもむくままに。自由に。(p.24)

・疑問を持つ習慣をつける。(p.27)

・新聞記事を読むとき、「この事件の背景は?」と考える。
・権威を信じ込まない。常に疑うことを忘れない。
・ユニークな発想を心がける。(p.31)
・全体像をよく把握しないと独創的な発想は出来ない。
・独自の発想をしようとすると、深い理解につとめるので、血肉となる。
・遠回りのようだが、結局は記憶が長持ちする。
 一方、丸暗記はすぐ消えてしまう。
・丸暗記は脳の細胞の一部しか使っていない。
・なんでも鵜呑みにせず、疑う。身の回りのこと。ニュース。
 考える。答えを推測することが、脳のトレーニングになる。
・テレビをみて、具体的、論理的な感想を持つ。

・アウトプットしてみることが大事。

・適度に運動をすると、脳全体が活性化する。(p.41)
・ストレスの解消にもなる。
・出来るだけ全身を使う。(例: 伸びをする)
・目を休ませる。
・緑の多い公園をジョギング。サイクリング。

・記憶するべきものは、大声で暗唱する。(p.45)
・腹式呼吸で暗唱する。
・出来るだけ肋骨の部分は動かさない。
・丹田(ヘソの2,3センチ下)に意識を集中。
・息を吸うときは、空気をお腹の中に入れるような気分で、 へその下が前へせり出すように。
 息をはくときは、 へその下の部分からせり出すように。
 腹式呼吸は交感神経を抑え、副交感神経を活発にする。
・朝一番に大声で暗唱(e.g. ネクタイをしめるとき)

・ライバルがいる、競争がある、と勉強がはかどる。(p.48)

「四面楚歌」学習(p.53)
・覚えなければいけない事項を書いて、周囲に張る。

マルチ勉強論
異分野マルチ学習(p.58)
・全く異なった分野の勉強を並行して行う。関連性がないほうがいい。 e.g. 法律と数学

・効率が上がる(気分転換になる)。
・ユニークな発想をするには、ユニークなインプット
 → 異分野マルチ勉強。
・出来れば文系と理系の分野を同時に。
・理系は経済学。文系はバイオ、ナノ、ITがお勧め。
・勉強のテーマごとに本棚・机・文房具を分ける。(p.76)
 (吉田氏は、机(場所)や文房具まで分けた。)
・やりたいときが最も効率が上がる。飽きたり疲れたりしたら、 他の分野の学習に切り換える。
・精神的に安定していることが最も大切。スランプなのに無理して 勉強を続けるのは長い目で
 見てよくない。学習は根性でやるもの ではない。
・異分野を学習すると、複眼思考が身につく。(p.81)
  e.g. 医者の眼と、倫理学者の眼

時間活用法
勉強は場所と時間を選ばない(p.85)
・勉強部屋、机以外にも勉強できる場所はたくさんある。
・やみくもに「どこでも」ではため。効率を上げるにはTPOを考える。
・場所よりも時間帯の方が大問題。
・ホルモンの日内変動(サーカディアンリズム)に則った学習が大切。
・通勤時間はゴールデンタイム。
 毎日同じ時間を確保できる。
 景色が眼に入ってくる、雑踏の音が耳に入ってくるのもよい。
・自転車に乗りながら、歩きながら、知識を整理する。
 うろ覚えの事項を(頭の中で)暗唱する。
・読書など、吸収タイプの勉強は難しい。
「条件付け」が有効。 e.g. 「みなと未来」のビル群が目に入ったら勉強を開始する。
・5分に1回でいいから窓の外の風景を見る。
 → 眼精疲労の回復、メラトニン(睡眠誘発)からセロトニン(脳を活性化) への切り換え。
・駅から駅の間がワンセット。その間集中する。
・炭酸ガスを追い払うには「うそアクビ」(p.97)
・お風呂でも勉強。
 布製のガムテープにマジックで記憶したい事項を書いてはる。
 お湯の温度はややぬるめにする。
・トイレでも勉強。(p.100)
 トイレに入るごとに壁に張ったメモを読む。丸暗記によい。
 字は大きくする。またカラーで派手にする。
・就寝直前と起床直後に同じメモを見る。(p.102)
 人は眠っているときに記憶を整理し、脳の中で忘れにくい 形態に置き換えている。
 →就寝直前に覚えたことは、よく記憶に定着している。
→ それを起床直後に復習。
→ 長期記憶。

・文字を音として記憶するのでなく、写真を撮るように、映像で覚える。
・食事中も勉強
 よく噛む
・ニュースを見たり、雑誌を読んだり。
・耳でするものがいい?
・目覚めにもアイドリングが重要(p.110)
・タイマーつきスタンドを使って、光で目覚める。
 セロトニン、メラトニン。

記憶法
マンガを使うとよく記憶できる(要復習)
・映像の力は大きい
・記憶したいことは映像に置き換える(p.120)
・映像と単語が一対一になるようにする。
・喜怒哀楽をこめるようにする。
・ストーリーの力も大きい
・語呂合わせもいい。
・インパクトが重要。エッチなのとか。
・映像も思い浮かべる。
・記憶にはよく眠ることが大切(p.149)
・短期記憶を長期記憶にするには、よく眠ること。
・レム睡眠が重要
・最低6時間は眠りたい。出来れば7時間。

読書
・本は最初から最後まで読もうとしない。
・読むことが自己目的化してはいけない。 (学習効果が上がらなくては無意味)
・読書の下見をして、まず本の全体像をつかむ。
・ページをペラペラとめくって、軽く全体に目を通す。 (吉田氏は1ページ3秒)。
・必要な個所だけを熟読する。
・膨大な情報を取捨選択することが大切。
・ツッコミを入れながら本を読む。読書の最大の欠点は受け身であること。
・自分なりの感想を持つ
 e.g. 本「広さは3ヘクタールです」 自分「広いですね」
・最初は「凄いなー」「本当?」でよい。
・左脳(言語)、右脳(感想)、両方を活性化。
・新聞もまず眺めて、世相、時代風景のうねりを感じる。 (文字情報よりもまずレイアウト)

資格試験
資格試験では、超リアリストになる

・過去問を解いて、傾向を分析。出題者を分析。
・試験と同じ時間帯に同じ科目を勉強する。
・深夜の勉強は体内時計を狂わせるので、試験前はダメ。
・イメージトレーニングもいい。
「3日後のこの時間帯に試験を受けている。」
・コーヒー(カフェイン)を飲んで脳を活性化させるのもよい。
・ビタミン剤の中にカフェインが入っていないか、チェック
・職場の同僚や家族も味方につける。
 仕事の分量など、配慮してもらう。
 応援してもらえる。
・大学受験の参考書も使える(教養を深めるのにもよい)。
 勝利にこだわる「努力」こそが宝物である(p.204)

人脈構築
本当に大事なことは人に教わる(人脈構築)(p.208)
・人に会うと脳が幅広く活性化する。
・講演会を利用する。
・質問をして講師に食い込む。 真っ先に手をあげる。勢い良く手をあげる。
 声も大きくハイ!
・ 司会者の目を見る。 終了後の移動時に声をかけて名刺交換など。質問もする。
・電話で情報が集められる人脈づくり。
・名刺も自己PRに活用すべし。(裏面を有効活用)。
・合コンも人脈づくりに使える。
・人に教えることで自分の知識も整理され、深まる。
・勉強会で討論するのもよい。
「分かりました」はダメ。感想やまとめなどのコメントを心がける。
 他人と知識を共有するべき(教える、教わる、感動を伝える)(p.234)

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2002年03月06日(水)
351,自己配転

キャリアとは、「多くの経験をしてきた」といういみである。
役人の出世コースは若いうちにどんどん配転させ、経験を積ませる。
いわゆるキャリア組である。

会社も「将来の幹部候補」は別に配転コースを組み、それに従いどんどん配転させる。
そのプロセスの中で実績を重ね、適正を見つけ、それぞれのコースにえり分けていく。

仕事も何事も経験がまず第一である。OーJ−Tが基本である。

私も務めで、寝具、日用雑貨、子供服、靴下、配送センター等々経験した。
経営では、飲食で養老の滝ー1122号店、焼きたてのパンのセンチュリー・ベーカリー、
衣料量販店、今のビジネスホテルー学生ショップを経験した。

「よくいろいろの経営ができるね」と聞かれるが、皆一緒である。
商品変われど、システムとして捉えれば全部同じである。
そういう意味で自己配転をしてきた事になる。

ホテルをやるとき、「単品のズボンを一日70本売るのと客室を
70室売るのと何が違う?」と考えたからだ。
何も違わない!ただそれだけ。4千円の値段まで一緒だ。
そしてそのとうりだった。
一つだけ違うところは、それを20^30年、売り続けなければならない事だ。

職を変えていく事とフリーターと何処が違うか、といえば「目的を持ってそれを経験として
蓄積できるか」どうかである。

フリターも結果としてよい場合もある。
それが結果としてプラスになればだが、ほぼ絶望が99佑澄

ある社長がきて「息子が勤めた会社を1年で辞め、フリターになってしまった。
本人が言うに、若いうちにどんどん色々な経験を積みたいという。どういうものか?」
と聞くから「いいじゃないか、ただのフリーターじゃないよ。
自己配転をしようとしているじゃないですか。考え抜いたそれだから素晴らしいよ。
応援してあげなさい」と言うと、本人もそれに気づいたようだった。

目的を持つという事は、人生に意味を多く持たせる。
更に目的に向かって、舵とりを覚えるようになる。

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ーお笑いー
ファンタジー

ー早とちり ー

「どうしてそんなに苦虫噛み潰したような顔をして」
「人にはわからないよ、この気持ちは僕の秘書知っているだろう」

「あの金髪の美人かい」
「そう僕の誕生日に、家にのみにこいというから、喜んで出かけていったんだ」

「それがどうして不愉快なんだ」
「まあ聞いてよ、照れくさいんでカクテルぐいぐい飲んで、適当に酔いが
まわったところ彼女が、意味ありそうにこう言うんだ」

「あなたにビックリさせることがあるんで、私が先に行ってるんで、二分たったら
 来てね」と言うんだ。
「二分たっていってみると、僕の部下たちがいていっせいに
 ハッピバースデーを歌うんだ」

「何てこたないじゃないか。そうときはにっこり笑えばいいじゃないか」

「冗談じゃない、僕は素っ裸になっていたんだ!」


1066, フランチャイズ・ショー  −1

2004年03月05日(金)


この三日間、東京晴海のビッグサイトで行われてたフランチャイズ・ショーに
行ってきた。10年ぶりに行ってみたが、驚いてしまった。
以前は、店舗ショーの一角で行われていたが、現在は独立した大きな会場で
市民権を得ていた。
フランチャイズもネットビジネスという時代の流れにそってきたのだ。

三日間きめ細かく見てまわった感想は、「面白い!」である。
全然飽きがこない、ただただ面白い時間であった。
今回の感想は
「インターネット・カフェ、介護、学習塾、うどん屋」が目立っていた。
その他に、面白いところでは
「幼稚園、中古ゴルフ、中古釣具、ブランド品交換ビジネス、ふぐ屋」であった。

「成功したビジネスモデルのソフトを販売しよう」というのだから、面白いのは
当たり前である。といって怪しげな世界の化け物屋敷でもあるのだ。
生きた化け物世界をリアルで見れるのだからコタエラレナイ!

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2003年03月05日(水)
700, お金の哲学ー2

私の父親と家内の父親は「地方の金持ち父さん」の典型だった。
秘境旅行仲間の人も私を除いて?金持ち父さん母さんである。
 その共通点がある。
・長年をかけて、ひとつ事を成し遂げてきた。
・誠実で真面目な性格である。
・合理的な生活態度が徹している。
 −質素で堅実の塊りといってよいー
・生活の楽しみ方をしっている。
・女性関係は潔癖である。
・常に精神は安定している。
・群れる事を嫌う。

家庭にとっても、これがベースである。
家庭がしっかりしてないと、子供に何かが出てくる。
精神が不安定になったり、社会生活が苦手になる。
クラスの虐めのボスなどは100佑家庭が不和である。
全てが家庭生活、夫婦間の安定が基礎である。
離婚と家庭内離婚が半数以上というから今の子供は大変だ。
いや昔もそうか、下手に離婚できなかったからより大変だった?

話は変わるが、「普通預金に100万円以上」というのが意味深長である。
 これは「お金のたまる人たまらない人」(著者・マネーライター丸田潔)に書いて
あった内容だ。 細かい出し入れに気をつかわないで済むし、気持ちが豊かになる。
有利な運用にチャレンジするのは、普通預金に十分な資金をためた後にすべきといって
いる。サラ金も使わないで済むし、ローンもする必要もない。
今のような低金利の時は、むしろ一箇所の銀行の普通預金に潤沢なお金を入れておいた
ほうがよい。そして買物はデビットカードかゴールデンカードをつかう。
現金を持っているほうが有利の時代であるからこそ、「潤沢な現金を普通預金に」
という理屈になるのだろう。

私も定期にしないで全て普通預金である。会社に全てを投じているので
定期をするほどもないが。
でも何といっても気持ち豊かになる。

以前書いたが、私の場合は常に財布に多めのお金ー7~8万と、家内にわからないお金
(一般にはヘソクリという)がある。といって10万だが。
少し使いすぎたかなという時は、それを使う。
そうしていると反対にいつでもつかえると思うから、使わないで済む。

装置産業は、その装置がある日全くの不良資産になる可能性がある。
特に借入商売のためにデフレには非常に弱い。
これは価値が無いあるのかという自問自答の世界でもある。
話がそれた。

父は収入を土地と堅実な株(当時ー1960年頃ー電力株やガス株)に変えていた。
もっと徹底していたら、より資産形成ができたろうにと母が愚痴っていたが。
男の従業員には給料から天引預金をして、ある金額になるとガス株を買わせて、
その後自宅を造らせていた。
ベストセラーの「金持ち父さん貧乏父さん」の要約を、そのまま実行をしていた。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2002年03月05日(火)
350,プラスの言葉とマイナスの言葉 

ープラスの言葉

楽しい
ヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)v
嬉しい、おいしい、きれいだ。可愛い。美しい。元気だ。丈夫だ。
のびのびしている。満ち足りている。どんどんよくなる。笑う-可笑しい。
全てうまくいっている。すべておだやかだ。ポカポカ暖かい。成功する。
順調にいく。自信がある。かならずうまくいく。

ー実に楽しい。とても愉快だ。とても幸せだ。−

ーマイナスの言葉

悩む。苦しい。悲しいー(+_+)(/_;)(ーー゛)(;一_一)、
腹が立つ。痛い。憎い。辛い。不平。不満だ。泣く。どうしていいかわからない。
暗い。失敗。ぞっとする。意地が悪い。寒い。冷たい。どんどん悪くなる。汚い。
汚らわしい。自信がない。どうしても嫌だ。私ほど不幸なものはない。
-----------

以上がある本からの抜粋だが、
周辺で上手くいってない人が多い。
これは事実だ。上手くいっている人も多い。
周辺でも「信じられないような幸せな一生」を過ごしている人がいる。
私の義母ーである。
こんな人生もあるのかと思えるような、幸せな環境である。

上手くいっている人生と、全く上手くいってない人生とに、
それぞれの共通点がある。

上手くいっている人は「育ち」という言葉で集約できる家系がある。
幸せ系の家系というか、それは親の性格と夫婦間の相性だ。
子供にとって、これは集約された環境といっていい。

上手くいってない人の両親は夫婦仲が悪い。あるいは嫁姑の関係が悪い。
その間がマイナスであるから、自然に言葉もマイナスになってしまう。
その環境に育てば、マイナスの言葉や空気が子供の時から脳にしみこむ。
プラスの人はその反対である。

性格改造は言葉使いの改造である。
言葉は言魂といって、それ自体魂が入っている。
プラスを使っていれば、人生そのものがプラスになる。

自戒の文章である。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
ーお笑い

「旅たち」

修道院から、少女たちが旅立とうとしています。
女性院長がはなむけの言葉を贈ります。
「いいですか。修道院の外には危険がいっぱいです。
一番気をつけなければいけないのは、男という生き物です。
あなたたちにお酒や食事、お金をくれるのと引き換えに、
やつらはあなたたちの服を脱がせ、とんでもないことをします」

「院長。男って、そういうときお酒や食事、お金をくれるんですか?」
「そうですとも]
「でも院長。ここの司祭さまはクッキーだけでしたよ」


1065. つれづれに-今日はお笑いの日ー2

2004年03月04日(木)


ージョーク・ユーモア事典ー

<予言的中>

寝言で未来を予言する少年がいた。
しかも少年の予言は百発百中。
ある晩のこと、父親が突然口走るのを聞いた。
ーパパは明日の正午に死ぬ。

それからというもの一晩中まんじりとしなかった。
仕事を休んで、かかりつけの医者にすっ飛んでいった。
しかしどこも悪いところはなかった。
それでも心配で、精密検査をしてもらったが同じであった。
下手に動くと交通事故などに会うとまずいと自宅でジッとしていた。

刻一刻と正午が近づいてきた。
ついに、時計が12時を打ち始めた。

と、その時コツコツと靴音がして、郵便配達人がやってきた。
その12時を打ち終わった時、郵便配達人はドアの前で
バタリと倒れて、こときれた。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年03月04日(火)
699,「ホームレス作家」−2 読書日記


「ホームレス失格」しか読んでないので「ホームレス作家」は書評できないので、
あるホームページの書評をコピーする。

 周囲に実質ホームレス以下の人が多くいるー最下位5佑澄
周辺と家族にも見放され、誰にも認めてもらえず、数度の自殺未遂の狂言がばれ、
今もその辺を彷徨っている人間だ。
 もうじきホームページを持たない人を「ホームレス」という時代が来るだろう。

「ホームレス作家」 書評 
  ーー・・・−−
石井 英和
  評価:A
  ホ−ムレス生活を心ならずも実体験しつつ著者は、彼等の日々が
「はっきりと記すことは出来ないが、もっと切実で狂おしい何か」への渇望に満たされている
ことを発見する。人類が太古の闇に捨ててきた筈の、恐怖の叫びに満たされた心の地獄。
その底へ落ちてゆきたいという倒錯した欲望が、実は万人の心の底にある。
だから人間は、無理矢理発明した「社会のシステム」を機能させ、それにすがって、
やっとのことで命脈を保ってきた。システムのほころびにはまりこんだ著者は、
「自分は作家失格?夫失格?なおかつ浮浪者失格?」と律儀に自問を繰り返しつつ彷徨い、
この手記をものにする。その視線の先、欠陥だらけの生を送る人間たちとその社会は、
いつかもの悲しいコメディの様相を呈し始める。
世界は実は、一個の壊れたオモチャなのだと知らしめてくれる書。

-------------------------------
 
  今井 義男
  評価:B
  本書をホームレスの一般論として読むのは適当ではない。著者は現役の作家であり、
原稿を書く環境が整い、それを買い取る出版社があれば収入が見込めるのだ。
現にこうして本が出ている。住居を失ったとはいえ家族は施設で保護され、
なにかと気にかけてくれる人もいる。他のホームレスに比べればずいぶんと状況はマシである。
したがって、大変な事態には違いないのだろうが、著者の苦闘ぶりはどこか仮の姿のようで
あまり深刻な印象はない。本文中ボランティアや宗教関係者に対する強固な偏見が見受けられる。
他人が口をはさむ性質のものではないが、彼らがいなければ明日にでも生死にかかわる人たちが
いることにも目を向けてほしい。もの書きならなおさらである。本筋とは離れるが、
著者が三日でクビになったバイト先の<共同出版>の話は実に興味深い。
色んな商売があるものだ。

-------------------------------
 
  唐木 幸子
  評価:A
  この著者は前の年の年収が500万円、通常は1000万円の年収があったという作家だ。
妻子を養うに充分な収入だと私は思う。それでも、こんなにあっけなくホームレスになるのだ。
最近は、ホームレスになる恐怖にサラリーマンでもさらされている。
私だって23年間も月給を貰うのが当たり前の暮らしだが、そういう心配が全くないとは言えない。
でも本著を読んで私は学んだぞ。例えそういう事態になったとしても、
他のホームレスの人々と寄り集まって酒盛りだけはしない。酒を飲む金があったら、
体の汚れや臭いを落とすことに使う。ここが著者が再び社会に戻って来れた分岐点だ。
それにしても居丈高に登場しては著者を貶めるケースワーカーの女は本当に腹立たしい。
このように無知で程度の悪い人間を取り立てる行政は、一体、何の積りなのだ。
こんなのにも負けず、よく頑張ったなあ、この著者。今、どうしているんだろう。
この本が売れて、ちゃんとアパート借りて、奥さんや、あの可愛い娘、産まれた赤ちゃんと一緒に
暮らせていますように。待てよ、そうするとまたホームレスへと…。

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  阪本 直子
  評価:A
  ホームレス作家は、ホームレスではない。金と住む所のない作家、なのだ。
金も住む所もない人間は、普通の人の群れの中には入れない。他人が見てそうと気づかなくても、
彼自身が常に強くそのことを意識し続けざるを得ないのだ。
しかし彼は、ホームレスの群れの中にも入れない。だからホームレス作家は全く一人で、
真冬に夜通し歩き続ける。歩いていなければ、凍死するしかないから。
この本に書かれているのは今年2001年の、本当につい最近の出来事だ。ハードカバーの本だけれど、
雑誌に載る告白手記に近いような生々しさがある。告白手記というものの大概は、
文章を書くことを生業としていない人が書くものなので、殆どの場合、内容はともかくも文章
それ自体は大したことがない。ところが本書の場合はプロの物書きの手記な訳で、
その臨場感はただごとではない。真冬の都会の底冷えが背中に這い上がってくる。

-----------------------------------
 
  谷家 幸子
  評価:A
この本を読み終わった直後、空腹を覚えた私は、コンビニに何か買いに行こうと思って
財布を探した。すると、いつも使っているバッグの中に見当たらない。あれっと思って、
部屋のあちこちを順に見ていったが、やはりない。
ちなみに、そのとき財布の中には珍しく7,8万入っていた。
そして、このとき私を襲った感情は、「恐怖」と呼ぶべきものだった。
つまり、軽いパニック状態に陥ったのである。
しばらくの間、文字通り部屋の中を右往左往した挙句、財布は無事みつかったが、
それにしてもこのときのうろたえぶりは、この作品のもつ強烈なリアリティ抜きには説明しにくい。
瞬間ではあるが、私は心底怖かったのだから。自身の、路上生活者へと到る顛末と、
その日々の実態や感情の揺れ動きを克明に描いたこれは、「ノンフィクション」
などという言葉では表しきれない凄絶さを持つ。必読の一冊だ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「ホームレス失格」書評と概要

−あの「ホームレス作家」の第二弾です。以前、本サイトでもご紹介しましたよね。
 普通に考えると、「そうか、あの企画、当たったもんな。ここは柳のしたにドジョウが
 7匹いる出版界だから、この路線でまた売るんだな」と考えてしまいますが、そうじゃないんです。
 この人、ホントは「連帯保証人」という作品を書いてたんです。
 ところが、これが終盤まで書いてどうも筆が進まない。編集者からは、
 「ホームレス作家という作品はたまたま書けただけで、もう、あなた、書けないんじゃないですか?」
 と言われる始末。でも、そうじゃなかったんです。
 「じりじりするようなリアリティ」が感じられなかったんですね。だから、どうしても乗れない。
 そんな自分を感じていたわけですね。

 では、じりじりするようなリアリティというのはどんなことか?
 それを述べる前に、この人が「ホームレス作家」という作品を出す前、
 出した後の状況変化について話しておきましょう。
 まず、出す前。文字通り、ホームレスでした。夜中の一時半から五時まで、吉祥寺界隈を
 歩き回っていたといいます。そして、始発と同時にホームに入る。 
 そうすれば、暖が取れますからね。食べるものもない。借金や食べ物を頼むと、説教だけされる。
 そんな毎日だったそうです。
 奥さんは子供を連れて出奔してしまいます。「貧乏はもう嫌だ」というわけです。
 小さい子供とお腹に第二子を孕んだ奥さんが頼るのは生活保護しかありません。
 それで、新宿、品川と流れていくんです。

 さて、出版後です。この企画は当たりました。
 出版と同時にテレビで再現ドキュメントなどが放送されるなど、社会的な注目も浴びました。
 しかも初版4万部ですよ。こんな数字は堺屋太一さんでもありませんよ。印税が600万円。 
 このお金があれば、ホームレスから足が洗えます。 
 実際、この人も版元の社長の紹介で家賃5万円のアパートを借りられたんです。
 一年分前払いです。まだまだ残る・・・と思うでしょ?
 ところが、数カ月すると、せっかく買ったテレビやプリンタを売りに行く始末。
 どうしてか?
 
 前に住んで自治体から請求が山のように来たんですね。市民税、健康保険、その他、
 そに個人から借りた返済もある。テレビを見たサラ金から、再び、請求が来る。
 あれこれ払ってると、もう手持ちが数十万円しかない。それだけではありません。
 もっともかかった費用。それは3人の弁護士に払った費用なんです。

 どうして、弁護士など雇ったのか。
 それは品川区の社会福祉部の横暴に対して、個人ではどうすることもできず、
 区議会議員や弁護士で対抗せざるをえなくなったからです。
 しかし、行政というのは勝手なもんですね。担当者は自己保身ばかりが先に立ち、
 てんで市民のことなど考えない。
 市民を騙し、区議会議員まで騙し、それで顔色一つ変えない。
 個性というか、人間性もない、機械のような、仮面をかぶった人たちなんですね。
 おかげで、これだけの印税収入が入ったのに、親子で暮らせないんですよ。
 会わせてもくれない。考えられます?
 それが法律上のことではなく、一担当者、一組織の見解として、邪魔するんですね。
 その理由は?
 どうも、法律違反をして、問題視されることを恐れて、隠しに隠す。
 そう、外務省や警察と同じです。公務員というのは、どうしようもない人種のようですな。
 ホームレスから脱出できた幸福感というか、安心感。
 そして、奥さんと子供たちと暮らせないという空虚。この二つの間を、著者は何度も
 行ったり来たり。「たしかに、この日、私は定住の場を回復して、ハウスレスではなくなった。
 しかし、ホームという言葉が家族の存在を前提とするのだとしたら、
 私はまだホームレスの状態を脱したわけではになかった。そして、これから先も長く、
 この状況を続けなければならないことを、このときの私は知りもしなかったのだ」

 このじりじりするようなリアリティを先に書きたい、そんな魂の叫びが随所に感じられる一冊。

・・・・・・
・・・・・・
2002年03月04日(月)
349、われ思う、ゆえに我あり

「われ思う、ゆえに我あり」この言葉をもじって、
過去の哲学者がいろいろ書いている。

「われ意志す、ゆえに我あり」
「われ笑う、ゆえに我あり」
「われ行動す、ゆえに我あり」
「われ感激する、ゆえに我あり」
等々。
その中で「われ意志する、ゆえ我あり」がいい。
意志するとは、人間の思考の基本といっていいからだ。

意志薄弱はその正反対の言葉だが、意志が固いはモノゴトを
やり遂げるベースである。

「われ??する、ゆえに我あり」の??探しが一種の課題なのかもしれない。

今考えられるのは
ーセックス、夢みる、感動、感謝、耐える、食べる、話す、恋愛、愛、働く、
死ぬ、いきる(生きる、活きる、・・)読書、創る、働く、遊ぶ、・・

いくらでもあるものだ。


1064, つれづれに

2004年03月03日(水)

つれづれにー今日はお笑いの日
ージョーク・ユーモア事典ー

<合い鍵>

小さい女の子が生まれて初めて母親とお風呂に入った。
そして母親の下半身を見てきいた。
ーあら、それってなに?
ーこれはね、天国の入り口よ。
一週間後、娘は初めて父親とお風呂に入った。
そして父親の下半身を指をさしてきいた。
ーパパ、これなに?
ーこれは天国の鍵だよ。
ー天国のドアを開けられるのパパだけ?
ーそうだよ、もちろん。
そうすると娘は不思議そうな顔をして、父親の耳元に口を寄せてささやいた。
ーパパ・・・上の階のおじさんは合い鍵を持っているようよ。

・・・・・・・・
<7歳の坊や>

司祭館から出たとき司祭は小さな男の子がタバコをスパスパ吸っているのを
目撃した。
ーおや坊や、タバコを吸うのはまだ早いよ。いくつだね?
―7歳だよ。吸いはじめてもうだいぶんになる。
ーエッ、なんだって?いつから吸いはじめたの?
ー童貞を失った日さ。
ーいつのこと?
ーもう覚えてない。あの時はへべれけだったからな。

・・・・・・・
・・・・・・・

 2003年03月03日(月)
698, 「都都逸」の世界

 
・信州信濃のしん蕎麦よりも わたしゃあなたのそばがよい
・女房にいえない仏ができて 秋の彼岸のまわり道
・嫌なお方の親切よりも、好いたお方の無理が良い
・好きと嫌いとどれほど違う 命ただやるほど違う
若い頃に、このような都都逸を知りよく口ずさんでいた。
今でも「その味わいに感激した」のが印象に深く残っている。
7~8年前まで、いまは亡くなったが、近くの不動産の社長と
古町の料理屋で、芸者を上げて彼が都都逸を歌っていた。
なんともいえない雰囲気と味があった。
十数年通ったか?

インターネットで調べてみたらもっともっと味がある都都逸がでてきた。
何ともいえない味がする。そろそろ小唄か都都逸を年増のお師匠さんの
ところに習いにいく歳になってきたのか?
芸者でも上げて座敷で歌ったらおつなものだろう。

・都々逸は「七七七五」の二十六字詩。どどいつの起源は、寛政十二年(1800)
名古屋の宿場遊里・東海道宮の宿のお仲という熟女が唄い始め、三十余年
経て東漸したというのが定説である。
名古屋市熱田区伝馬町裁断橋のそばに「都々逸発祥之地]]の石碑がある。
その囃し詞 から、どどいつ節といわれる様になったという。

  ・・・・・・
・お酒飲む人しんから可愛い    
           飲んでくだまきゃなお可愛い
・淋しがりや一本提げて
           淋しがりやに逢いにくる
・私にはしらふで言わせてそのくせずるい
           あなたはお酒に言わせてる
・可愛い女の寝顔にただの
           水がしみじみうまい夜
・あの人のどこがいいかと尋ねるひとに
           どこが悪いと問い返す
・弱虫がたった一言ちいちゃな声で
           捨てちゃいやよいった晩
・9分と9分と互いに許した心と口に
           はっきりいえないあと一分
・朝から嬉しく立つ茶柱に
           逢える布団を陽にあてる
・酒の相手に遊びの相手
           苦労しとげて茶の相手

・・更に・・
・赤い顔してお酒を飲んで 今朝の勘定で青くなる

・諦めましたよ どう諦めた 諦めきれぬと諦めた(伝:都々逸坊扇歌作)

・あついあついと言われた仲も 三月せぬ間にあきがくる

・色はよけれど深山の紅葉 あきという字が気にかかる

・色が黒うて惚れ手がなけりゃ 山のカラスは後家ばかり

・入れてもらえば気持ちはいいが ほんに気がねなもらい風呂

・梅も嫌いよ桜も嫌よ ももとももとの間(あい)がいい

・うちの亭主と炬燵の柱 なくてはならぬがあって邪魔

・団扇づかいもお客によりて あおり出すのと招くのと

・浮気うぐいす梅をばじらし わざと隣りの桃に咲く

・嬉しい首尾したそのあくる日は 仕事出しても手につかぬ

・岡惚れ三年 本惚れ三月 想い遂げたは三分間

・親の気に入り私も惚れる 粋で律義な人はない

・帯も出来たし箪笥も出来た そろそろ旦那と別れよか

・面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしひとり

・おまはんの返事一つでこの剃刀が 喉へ行くやら眉へやら

・岡惚れしたのは私が先よ 手出ししたのは主が先

・逢うて心のくもりも晴れて ふたり眺める 蚊帳の月

・重くなるとも持つ手は二人 傘に降れ降れ 夜の雪

・鬼が餅つきゃ閻魔がこねる そばで地蔵が なめたがる

・可愛いお方に謎かけられて 解かざぁなるまい しゅすの帯

・顔見りゃ苦労を忘れるような 人がありゃこそ 苦労する

・君は吉野の千本桜 色香よけれど、きが多い

・君は野に咲くアザミの花よ 見ればやさしや 寄ればさす

・遅い帰りをかれこれ言わぬ 女房の笑顔の気味悪さ

・おろすわさびと恋路の意見 きけばきくほど涙出る

・お名は申さぬ一座の中に 命あげたい方がいる

・重い体を身にひきうけて 抜くに抜かれぬ 腕枕

・逢うたその日の心になって 逢わぬこの日も暮らしたい

・酒は飲みとげ浮気はしとげ 儘(まま)に長生きし遂げたい

・白だ黒だと喧嘩はおよし、白という字も墨で書く

・末はたもとを絞るとしらで 濡れてみたさの 春の雨
(伝:陸奥宗光作)

・すねてかたよる布団のはずれ 惚れたほうから機嫌とる

・千両万両の金には惚れぬ お前一人にわしゃ惚れた

・添うて苦労は覚悟だけれど 添わぬ先からこの苦労

・便りあるかと聞かれる度に 別れましたと言うつらさ

・猪口々々(チョクチョク)逢う夜を一つに纏め徳利(トックリ)話がしてみたい

・出来たようだと心で察し 尻に手をやる 徳利

・主と私は玉子の中よ わたしゃ白身で、きみを抱く

・花は咲いても身は山吹よ ほんに身になる人がない

・ひとりで差したる唐傘なれば 片袖濡れよう筈がない

・惚れた数から振られた数を引けば、女房が残るだけ

・惚れて通えば千里も一里、逢わで帰ればまた千里

・惚れさせ上手なあなたのくせに あきらめさせるの下手な方

・枕出せとはつれない言葉 そばにある膝知りながら

・ゆうべしたのが 今朝まで痛い 二度とするまい、箱枕

・横に寝かせて枕をさせて 指で楽しむ、琴の糸

・よその夢見る浮気な主に 貸して口惜しい、膝枕

・わたしゃお前に火事場の纏 振られながらも、熱くなる

・面白いときゃお前とふたり、苦労するときゃわしひとり

・おまはんの返事一つでこの剃刀が、喉へ行くやら眉へやら

・岡惚れしたのは私が先よ、手出ししたのは主が先

・逢うて心のくもりも晴れて、ふたり眺める 蚊帳の月

・重くなるとも持つ手は二人、傘に降れ降れ 夜の雪

・鬼が餅つきゃ閻魔がこねる、そばで地蔵が なめたがる

・可愛いお方に謎かけられて 解かざぁなるまい、しゅすの帯

・顔見りゃ苦労を忘れるような 人がありゃこそ、苦労する

・君は吉野の千本桜 色香よけれど、きが多い

・君は野に咲くアザミの花よ 見ればやさしや、寄ればさす

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http://www.ne.jp/asahi/rokusekitei/kamigata/doditu.html

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2002年03月03日(日)
348,否定の否定の落とし穴

「マイナス言葉+ない」という言葉のトリック。
「苦しくない」「悲しくない」・・・
これは意外な落とし穴がある。

否定語を否定するとプラスにみえるが、
それが常態になると、否定語が勝ってしまう。

私の嫌いな「子狐」を例にとる。
否定を否定しているが、そのうち子狐が勝ってしまうのである。
悪貨は良貨を駆逐するのは真実だ。悪貨から離れるしかない。

従ってどうしたらいいか。
父が教えた「近所の人と親しくなるな!」である。
これ以上書くと差し障りがあるから、書いてはいけないが。

近所は否定語の最たるものだ?ー意味深長!
空間は早々変えることができない、真空にしておくべきだ。
一年に一度ぐらいが最高レベルの付き合い限度と、ある本に書いてあった。

言葉は難しい、そのトリックに知らないうちに落ちてしまうからだ。
人間関係も然りだ。

「いやよいやよも好きのうち」の最たるものだ。
嫌いなら離れるべきだ。
人間にもプラスとマイナス要素をがある。
プラス要素の多い人となるべく付き合うべきだ。

マイナス要素(多い)の人は長期的に付き合っていると、
必ずマイナスの毒を飲まされる。今更いうことがないが。
よどんでいる所、人にはガスが溜まる。

マイナスの要素の否定は、その否定よりマイナスが勝ってしまう。
更に否定そのものが、マイナスの加勢する。


1063, 高級1DKマンション−1

2004年03月02日(火)


 高級というよりアッパープライスのマンションという表現が適当だが。
最近インターネットで、最新型の1DKマンションをネットサーフィンを
しながら調査をしている。そして面白そうなものは、資料を取り寄せている。

特徴としては、多くのホテル並みのサービス機能がついているものが多い。
もちろん、高速インターネット付である。
イメージとしては「スタジオ・マンション」という感じである。

ホームページを見ていると、何か別世界に入り込んでしまったような錯覚を
してしまう。情報化社会の時代の新しい空間とは、こういうカタチと
見せつけられたようだ。
またソフトハウスとしても利用可能のようである。

特に新橋や品川や山の手周辺に多く、一室で月20万〜70万もする。
ホテルの1泊3万の部屋を月契約で2万円にしても、月60万になってしまう。
ならば少し高くとも、長期滞在専門の本格的な1DKが求められて当然である。

大規模のものが近々、品川にオープンするが、都心だから入居者があるのだろう。
買って、そこに縛られるより、こういうところを渡り住んで楽しんだ方が
良い。面白い時代になったものだ。

古ビルを買って、情報・サービス機能付き空間に大改築をするのも面白い。
時代の変化に合わせて、既存のものを変える事業も出てきているようだ。

組み合わせを変えることによって、新しい価値の創造をするデザインが
現在求められている。

ホテルプロジェクトを1DKに集中?
「高度化」がキーワードになる。

・・・・・・・
・・・・・・・

2003年03月02日(日)
697, ルーツー2(縦人脈)

ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって
富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。
上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という
出城の城主であった。
 謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の
片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。
その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。

その後、そこで百姓をしていたようだ。
ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、関西ー富山ー新井
ー小千谷ー長岡の流れがある。
また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。
金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。
その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」であった。

その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。
上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。
長岡は10あるかないかで、新潟市では数人しかいない。

20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。
車を止めて、そこから独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない
気持ちになった。
何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ〜という感覚で、何かオーラに包まれたような
気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。
そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。
人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。

家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。
それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。

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・・・・・・・・・


 2002年03月02日(土)
347,心の陰

人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。
人を非難するのは、結局自分の影を非難しているに過ぎないことを,
いっているのだ。

「他者認識は不可知」という論がある。
ー他人のそれを認識はできない、認識したらもう他者のそれでなく
自分のそれを認識しているに過ぎないー

これが理解できるかどうかで、
「人生に背負っている人間関係の重荷」が半分か三分の一に軽減する。
特に「嫌いな人間」に対しては「自己の嫌いな部分」
をみているにすぎないからである。
自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌っているのは、
今でも脱皮できなかった自分の部分を見ているからだ。
自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。

私の嫌いな
「教養のないオバサン」
結局教養のない現実志向も、自分のある一面であるからだ

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ーお笑い
「収賄 」

自眠党経政会
「コネにて(賄賂)一件落着!」
  −−
自眠党経政会陣笠代議士
「なんで警察に呼ばれた?」
自眠党経政会大物代議士
「収賄だよ!」
陣笠代議士
「何で解決したんですか?」
大物代議士
「贈賄だよ!」


1062, 「まず街灯の下を探せ」

2004年03月01日(月)

野口悠紀雄の「超」整理日記「デフレとラブストーリーの原則」の
「まず街灯の下を探せ」が面白!

−暗い夜道を歩いていて、鍵を落としたことに気づいたとする。
どこを探せばよいか ?
物理学者のアドバイスは、「まず街灯の下を探せ」ということだ。

数学の試験問題を解くには、この「街灯の下原則」に頼るしか方法はない。
「当面している問題は、過去に解いたどの問題と同じタイプか」と考え、
それに当てはめて解くのである。最初の発見者は十分な時間をかけたはずだ。
それと同じことを、限られた試験時間内にやるというのは、無理なのである。
つまり、「学校の数学は暗記」ということだ。
必要なのは、問題のパターンを覚えることだけである。
「自分で考えて解かなければならない。しかし、私にはできない。
だから、私には数学的な能力がない」
と思い込んで数学から離れていく人がなんと多いことだろう。
暗記した問題のパターンに当てはめれば解けると確信すれば試験の成績はよくなる。
事例問題を暗記しておくのがよい。
 「街灯が事例問題」の例である。

ー以上であるが、

まずは知らない街に行ったとする。
そうすると、何かの本かのTVか雑誌で聞いたことがある店に行く。
知らない店に行くより外れの確立は少ないだろからだ。
経営でも考えられる。
何かを新規にしようとしたらベストの事例(灯り)を見つけ、そこの灯を頼りに
鍵を探すことだ。

街灯を知識・情報以外に、考えられないだろうか。
意志だろうか、それとも愛だろうか、知恵だろうか、それとも?

情報化社会ほど、情報と知識と、それを活用する知恵が必要とされる時代である。
まずは光り(情報・知識・意志・愛・?)が一番重要になる。

この街灯が情報社会の到来で、世界中に灯ったのだ。
その為には、まずは目指す街灯を探さなくてはくては!

・・・・・・
・・・・・・
2003年03月01日(土)
696, ルーツ −1

ー我家の家系
自分のルーツを探って行けば、ビッグバンにいきあたる。そして宇宙の創造、
地球の起源、生物の起源、動物の起源、人間の起源、日本人の起源、そして家系、
自分になる。
家系といえば最近「家」の崩壊が始まっている。

数年前に佐藤愛子の「家系」が数年前にベストセラーになった。
10数年前にアメリカでも、ある黒人のルーツ探しのTV映画
が放映されて、ルーツ探しがブームになった。

私の家の家系の話をしてみる。
30数年前に父のところに遠い親戚の変わった?おじいさんが訪ねてきた。
「自分ー堀井のルーツを調べたいのだが、小千谷に郷土研究家から詳しい事を調べたい。そのためにはまとまったお金が必要だ。資金援助をしてくれ」
とのことだった。
その場で断ったが、父は「自分が調べて解ったら教える」と約束した。
そしてその小千谷の郷土研究家のところに行って調べてもらった。
そのコピーを子供たちや親戚に配った。勿論私も貰って手元に今もある。

実家の店の屋号が「池津屋」で、道具屋を戦前までしていた。
父は「山本五十六」や「ツガミ社長の津上退助」や「野本互尊」との付き合いがあった。戦前戦後と長岡ではこの「屋号」は老舗として一目置かれていた。
母が実家に嫁いだ時の資産が八萬円だったというから、地方ではミニ資産家
だったようだ。

小千谷の近郊に「池津」の村があり今でも30代続いている「大本の本家」がある。その時に両親が訪ねて行ったと聞いた。
幕末にある先祖が長岡に出てきて古道具屋を開いた。
その孫娘が婿をとって、分家の道具屋を開いたのが2代前の祖父祖母である。本家筋はもう商売を7〜80年前にやめた。
両親は戦争中に道具屋から仏壇屋に転進、戦死が多く大繁盛したという。
           
                          続く
・・・・・・・
・・・・・・・

 2002年03月01日(金)
346, 20歳の頃ーある教授との出会いー3

       武澤信一教授  人事管理ゼミ

私の人生で最大の師は大学の恩師武澤先生である。
もう亡くなられて7年になる。
イメージはキザな気取り屋で、底知れぬ教養人です。
話しているだけでコンプレックスの塊になる。
特に人事管理の世界的権威のレベルと聞いていた。

先生との出会いがなければ、30数年間一日平均2〜3時間の読書を
続けられなかったと思う。
知的コンプレックスを脳の中心に叩き込まれたためだ。

非常に印象は冷たく、傍にいるだけで居たたまれなくなる人だったと思います。
親分肌の正反対のタイプだ。
あだ名は「絹布団」自分でも気にっていたとか。
初めは冷たく感じるが、長く付き合ってもらえれば温みが感じられる。
目上の人で筆不精の私が何回も、手紙や葉書をやり取りしたのは先生が
初めてであった。
                − 遺稿文を載せてみるー

さようなら武澤先生ー   ー武澤先生ご遺稿・追悼文集ー「はげみ」より

武澤信一先生、そして懐かしい武澤ゼミ、八王子ゼミナール、はげみの会、
最終のゼミナールとその晩のコンパ。
そして先生の退職時のはげみの会(最後のゼミナールと称して参加者の全員の
自己紹介と経緯の説明)等々、様々なことが思い出されます。
私の学生時代、いや50年の人生で恩師武澤先生をのぞいて考えられない位、
大きい存在でした。‘ご遺稿・追悼文集’発行の手紙をいただいた時
「よかった」と思わず言葉が出てしまいました。
先生に対する追悼の思いを表現する場が、もやもやした中途半端な気持ちに
あったからです。
立大3年の終わり頃、親友だった石川譲冶さんより「今入っている武澤ゼミ、
素晴らしいから、面接に来ないか」と誘われまま、気楽に試験に行ったのが
武澤ゼミとの出会いでした。
そして入ってまもなく大学3年間の、いや人生の22年間の不勉強に、
呆然としてしまいました。
そして2学期から卒論を書くにあたって、知的コンプレックスは極限に達して
ノイローゼの一歩手前の状態になってしまいました。進路もこのまま果たして
このまま進んでいいものか?直接その迷いを先生にぶつけてしまいました。
その時の武澤先生の一言が「迷いを数字で表現してみなさい!」でした。
その時の自分の答えが忘れることができません。
「51対49」でした。すかさず先生は「それなら、51の方を選ぶべきです!」
しかしその後、最終的に選んだのは49の就職の方でした。
「それなら初めから相談に行く必要がなかったのではないか」という矛盾でした。
その後就職をしたのですが、その後そこを辞め大学に編入しなおし、再び就職後
事業を起こしました。そして現在に至っています。
そのプロセスの中でいつも先生の影が、自分を追い立てていたようです。
また「51対49」が私の人生観の一つになりました。
何事も「51対49」と考えると、迷いも冷静に対処できるのです。
好き嫌い「51対49」差し引き2。
正しい、間違い「51対49」差し引き2・・・・。

1989年の夏、先生が新潟大学で第19回の労務学会全国大会で議長をされました。
その時、私のホテル(シングルイン新潟)に泊まっていただきました。
そして「卒業後の30年のつもる話」を、させていただいた事を忘れる事ができません。
そして新潟の夜をハシゴをして飲み歩いた事も。

ところで武澤先生と最後にお会いしたのは、1993年の「はげみの会」でした。
二次会で先生が異様に元気がないのが、気になっていました。
そして、その会の帰りがけにエレベーターの前で、私の手を握って
「堀井君、遠くから有難う!身体にくれぐれも気をつけて、元気で!」
と上下に激しくふった時、「もしかしたらこれが最後のお別れになるかも?」
と思ってしまいました。
しかしまさか、こんなに早く現実になろうとは・・・。
天国の武澤先生、本当に本当に有難うございました。ご冥福をいのります。

             1996年7月13日発行

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「ローマ法王の車 」

歴代の大物大統領・首相は好色家が多い。
天国でその好色度合いで高級車を与える事にした。
アイゼンハワーはキャデラック、
ケネデーはリンカーン、
フルチチョフはボルガ、と与えられた。

その天国でケネデーがリンカーンを運転していると、
先でフルチチョフが車から降りて、一人大笑いをしていた。
その向こうで、
ローマ法王がローラースケートを乗っていた。

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