堀井On-Line



909, 巨人軍の原監督の更迭について

2003年09月30日(火)

「巨人・大鵬・玉子焼き」の世代に生きてきたものにとって、
巨人は大きな存在であった。
しかし、この数年は年々興味が薄れる一方だ。

「今回の原の更迭?まあ当然だろう」と思う位である。
しかし堀内恒夫が監督と聞いて、少し興味がわいてきた。
今の原では来年勝てる感じは全くしないが、堀内なら思い切った改革が
できそうだからだ。
「悪がき」といわれた堀内の、監督としての実力は未知数だが。
原監督は長島前監督のあくまで延長だ。
翌年は、長島更迭ショックでチームがまとまり一団となって優勝した。

 つぎが悪かった。ペタジーニや外国選手を金に糸目を付けずに入れた。
個人主義の塊のアメリカのベースボール選手が一挙に、
日本野球の典型的な巨人に入れば、チームがガタガタになるのは当然だ
ー結果論だが。
それに清原などの外様などの寄せ集めのチームに更に、数億をかけて
ペタジーニを入れれば、微妙に全体の結束が緩むのは至極当然である。

 長島のように、少し頭の??いカリスマがトップにいればこそ、
何とか束ねることができたのだ。そこに更に強烈な我侭?なペテタジーニを
入れることで、何かが狂って当然である。

 堀内といえば十数年前、経営セミナーで巨人の名物寮長の講演を聴いた
内容を思い出した。
初めは堀内は悪がきで生意気で手が付けられなかったが、歳を重ねるにつれて
良くなっていったという。「あれは必ず巨人の名監督になる」
と言っていた。

 しかし江川のことは口を極めて悪く言っていた。
江川を監督とかコーチにという話は全く聞いたことがない。
それぞれの特性があるのだろう、解説なら良いようだが?

・・・・・・・・・・・・・・・・・
535,同級会 - 2002年09月30日(月)


 この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。
但し同窓会はでないようにしていた。
同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで
気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。

・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。
・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。
 今年から復活する?
・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が
 亡くなられて今は出席していない。
 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。
 これが素晴らしい。
我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいものである。

 中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、
「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。
知人は最近同級会を始めたが、それまでは殆んど開いてなかったという。

 先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、
年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。
世の中上には上があるもので、それも13人だという。

 面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、
上に行くほど明確に世界が広くなっている。
「学校をでたら、10〜20年は学校の友人とは付き合わない方が
よい」と本で読んだ事がある。人間として脱皮できなくなるという。

 大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人の
グループに出くわして驚いてしまった。当時と何も変わってないのだ。
すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・・。
それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。

 地方には長男長女が多い。それ以下はどうしても外に出るケースが多い。
不景気になってくると、全体に暗い会になりがちである。
高校の同級会は年毎に少なく暗くなる。
地元じゃ大手の会社に勤めているか社長だ。
それまで胸を張っていたような人ほど元気がない。
また出席は10年前の半数以下だ。

 倒産、倒産直前、リストラ、早期退職など暗い話だけだ。
日本で現在長岡が一番不景気だともいわれている。
毎月のように廃業、倒産がおきている。
次は何処が噂のネタになっている。

 同級会は40前後が一番良いといわれている。
社会的にも絶頂で、先生も定年近くで、女性も子供の手が離れる時期だ。
50歳過ぎると、お互いに我侭が出てくるし遠ざかる時期でもある。
それと死亡が目立ってくる時期だ、5年ぶりの小学校で100人の同期で
5~6人も亡くなっていた。その年になったということだ!

・・・・・・
166] 映画         2001/09/30
昨日‘千と千しろの神隠し’を見に行ってきた。

何故いい年をしてアニメ映画?
動機は簡単TVで1700万人以上が、この二〜三ヶ月で見たといっていたからである。

なるほど面白い!三条まで行く価値があるかはさておいて、
広い範囲の客層が楽しめる内容であった。

軽くみれば軽くみれるし、深くみれば深くみれる内容であった。スターウオーズは
神話が背後にあるし西部劇もそうだ。

神話は[ある主人公が遠い旅をして、その先で大きい経験をして帰還する]のが骨子だ。
桃太郎、一寸法師もしかり、ギリシャ神話も全てそうだ。

このアニメの大筋はヒロインの少女と両親が道に迷い、魔界に迷い込んでしまう。
そこでいろいろな経験をして、最後に両親を助けだし目出度しのストリー。

ーーーー
ところで話が全く違うが、マイカルに帰りに入ったがみごと倒産直後の店であった。
食品売り場で生鮮売り場が閉鎖されていた。この映画を見て、マイカルを覗き、ジャスコを覗き
帰ってくるには丁度いい。









908, 医師?それとも技師?

2003年09月29日(月)


 お医者様の話をしてみよう。
そして、これから書くことは極論と捉えてもよいし、
今の医療業界の実態そのものとして捉えてもよい。
少なくとも、この位のシビア視点を持ってないと、今回の患者のように
モルモットにされて殺されてしまう。
こんなことは元々、日常茶飯事とみなくては、この事件の異常性が理解
できない。あのエイズの血友病の放置と根は同じだ。
   ・・・・・・・
・慈恵医大の医者が、今回とんでもない事件で逮捕された。
これに近いことが日常茶飯事に行われていることは医者仲間では当たり前?だ。一部真っ当?な医師以外は、?9佑い筺△擦瓩董0佑こういう連中とみて、過言ではない世界である。
こういうのが医師としてまかり通っている。

・倫理のレール上で患者をみるのが医師だろうが。
考えてみれば解ることだが、そんな倫理を学ぶ前に技師としてのノウハウ
が求められるのだ。
従って本来の医者ではなく、未熟な技術者が宗教の教祖顔をして悪行をする
のも納得がいく。
こんなのが医師という名で、「また殺したの?」と仲間同士の会話をして、
日常手術をおこなっているということは知っていた。
 
 ほんの数年前まで2時間以上待たして、数分の治療をして数千・数万の
治療費を国家と患者に請求していた世界だ。
ーいや今も大都会では変わってない。
その一端が今回表面化しただけだ。

 その呆れた現象を何回見たことか!国が滅ぶ時はこんなものだ。
あの慈恵医大のようなケースは誰も知っていて、今まで見てみなかったふりを
していただけだ。
決してオバーな表現でない事は、医者が一番よく知っている!
良心的医師こそ、その事実をよく知っているのだ。
良心的倫理観のない医師は、本人自身その異常性に気がつかない。
まだ一部の医者の真っ当なのがいるだけ、批判を書いているのだ!!
 
 彼等にとって、患者はモルモット以下の存在だ。
「それが何だ?!」という声が聞こえてくる。
医師は本来、人間の命を救う職業だろうが。
技師以下の連中に占められているお医者様業界の実態を、今回の事件が暴露した。

 医師も普通の人間だということを逆に、理解してやらないと駄目か?
自分の身は自分で守らなくてはならない!本当。

 ・・・・・・・・・・
 

534,「少し早めな遺言」 - 2002年09月29日(日)

50歳過ぎたら毎年ごとに、遺言を毎年書いておくべしとの事。
数年前から書こうと思っていたが、ほとんど書いてなかった。

殆んどというと、少しは書いていたのかというと、
会社の机の中の封筒に子供二人と家内に、
5年前に数行書き始めてそのままのものがある。

照れくさくって書けないのが実情である。
図書館で借りた「少し早めの遺言」という本が面白い。
作家やタレントなどの有名人が面白可笑しく書いている。

実際のところ、こういうタイトルで書けといっても、
ある程度フザケテしか書けないだろうが。
でも半数はけっこう真剣に書いている。

ーフザケテ?書いてみると,私の場合こうなるだろう!!
実感で書いてみる。
・財産は家内半分、息子二人はその半分づつ。
 ー事業は続いていれば価値があるが、そうでなくては価値はない。
 まあ大した事はないから、その点は気にしないでいてよい。
 大学を出した時点で、親の責務は終わっているので当てはしない事。

・辞世は「恵まれて 面白可笑し 悔いはなし あとは野となれ花になれ」
    「有難う、面白かった悔いはなし 情報社会の 激変の中」
  ーこれ今即興で・・・
・今度生まれてきたら、また同じ両親の元に生まれ、同じ家内?と一緒に
 なりたい ー同じ条件で生まれる事はないから大丈夫だが!
 ー参考のために、家内は嫌だと20年前に宣言された!

・子供たちには怖い父親であったが、あなた方も優しい父親でなく
 怖い父親になってください。ただ困っていたら、その時出来る範囲で
 優しく助けてやってください。

・ー子供たちにー父親訓として
 真面目な路線の上を、面白おかしく生きてください。
 性悪説の路線の上を、性善説で生きてください。
 人生二度なし、燃焼した人生を送るように。
 クールヘッド、ウオームハートで。
 人と違う人生をプラスに前向きに生きること。
・ー家内にはー
 死ぬときは必ず傍にいるから安心していてください。
 お蔭様で明るく楽しい人生でした。
 −何事も深刻にならず、鳥の羽毛のように軽く生きる事ができました。
・ー家訓として残しておく言葉はー
 他人との金銭の貸し借りはしない事
 請け判ー特に保証人には絶対にならない事
 小銭を大事にする事ーそうしないと大金が使えない。
 生き金は使え、死に金は使わない
 贅沢は敵、質素に、簡素に生きる
 法事や墓参りは必ずする事ー坊主の布施は最小にーこれは私の意見
 近所の人とは親しくしない事ー但し挨拶だけはしっかりと
 商工会議所や町内会や青年会議所には要注意???!!!
   −業種によるが、同種の情報媒体は避ける事!
 −下記の参加は避ける事ー
 ロータークラブ、ライオンズ、商工会議所ー青年部とかの???
 読書などの教養だけは身につける事

書いていて面白くなってきた。
この随想日記そのものが遺言そのものだ!
更にー
・姉兄には
 お世話になりました。
 皆様の分まで生きたようにも思います。
何か真剣に書いてしまった。

・・・・・・・・・・・

[165] 創業の思い出-20年になるが  
                 2001/09/29

 ホテルの社長と称する連中が押しかけてきた。
現N・S社長、G.Hの息子?(現社長?)、現D・Hの社長、
w・Hの息子だそうだ。ーどうであれ社長は社長だー名前は!−私もか。

あいた口が閉じなかった。何だコリャ!土人か。アフリカの槍を持った???。
これは成功だ!と心のなかで直感した。それより面白かった。

 曰く「値段を垂れ幕に出すとはけしからん!顔をただ見たいから来た、
値段を表示するのは可笑しい」
私「これだけの尊敬すべき先輩がこう言っているなら言うことを
聞きましょう。その皆さんがこうして団体で来るのはどいう訳ですか」

 自分たちは疾しい事をしている負い目が、彼らにあった。
おどおどしていた。そこだけはしっかり見ていた。
次の日に垂れ幕を下ろした、そんなことどうでもよかった。

 一人の強さとはこういうものか、反面闘いのない世界とはこういうものかと。
こんな程度か!地方は面白い!小手先の世界だと。
馬鹿にされたのも、気きずいて?なかったみたいだ。

この連中のビジネスホテル協会とか。価格協定談合組合ということらしい。
いまでも残骸として残っているという。長野はその5年後実質解散したという。

5歳の頃、両親から全く同じ話を聞いていた。あの連中のあの感覚を!
20年前のその時期に、新?ビル管理?の馬鹿専務が、気の遠くなるような
漫談を言っていた。内容は可哀想で言えない。
それぞれの視点がある。
とりあえず楽だった。
繊維の世界との差がありすぎた。


907, 万事、引き際!

2003年09月28日(日)


 何事も引きどきが大事である。
空手の突きの力は、突き出す力より引きの鋭さがポイントとなる。
引きを意識して打つとよい。
学生時代に「合気道」で学んだ幾つかの一つである。

飲み会大好き人間だが、数回?いや数十回の失敗をしながら致命傷が無かった?のは、この事を知っていたからだ。

 朝起きたら、隣に知らない女性が寝ていたという事は全く無い!
多くの泥酔の中、危ない場面の中を辛うじて切り抜けてきたのは、
「帰り時」を知っていたからだ。

 学生時代、一時少し危ない同級の薬中?の男と、2年近く親友の時期があった。
「『お前は竹のような人間だ!』何があっても、何もない!」と言われた。
危ない場面を何回も遭っても、染まらずに元に戻ってしまう、ということだ。

 引き際が常に頭にあったからか?
それとも自分の殻から抜け出れなかったからか?
株でも事業でも、損切りができればプロだろう。
下世話の話になるが、遊び人(下経験が多い人間)は、経験上「引き際」
のタイミングをよく知っている。きよう(短期視点)貧乏でしかないが。
神(長期視点)からみたら虫観でしかない。

 人生も仕事も引き際が大事だ???????????
それができないのは、初めから織り込んでないからだ。
原監督もあっさり辞任したが、それでよい。

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533, 離婚事情 - 2002年09月28日(土)


現在は三組に一組が離婚するそうだ。
先日ある会で年配の女性が面白いことを言っていた。
「現代は少子化の為、嫌だったらいつでも帰ってきてもいいと
娘を送り出す。更に子供を連れてくれば一緒に暮らせるからだ。
一子、二子の結婚でお互いに希少価値がある。だから平気ですぐ離婚を
する」といっていた。

数年ぶりに知人に会ったら同じような事をいっていた。
息子が子供を連れて離婚をし、裁判で息子の方が親権をとったという。
息子1人では育てられないから、引き取って育だてているといっていた。
でも新しい子供が家庭に入り楽しそうであった。

それにしても三組に一組は多い。
わからない事は無いが、長く連れ添っていれば愛情がわくものを?
一家族に一人はいることになる。親子三〜四組うち一組になる。
ということは、この文章を気をつけて書かなくてはならない事になる。
読んだほぼ全員傷つけかねない。実際のところ、そこまで多くない。

以前TVで、離婚をした中年の女タレントと数人が口をそろえて
「離婚をして本当によかった!!」と言っていた。
それを黙って聞いていた小沢昭一が
「苦労を友にしてきた連れ添いと、歳をとって昔の楽しい思い出や
苦労話をお茶を飲みながら、しんみり話す味もいいもんだよ」と反論。
気の強そうな女性たちにとってカウンターパンチになってしまい、
その場がシーンとシラケの場になってしまった。

居ればうるさいし居なくては寂しいのが夫婦というものだ。
離婚をした独り者の飲み屋のママは連休が嫌だといっていた。
どうにもならない気持ちになるという。
家族の基本はやはり夫婦である。
現在の少子化もひどい、平均1・3人という。
人口維持の為には2,1人が必要という。
少子化が進めば更に離婚率が増すのだろうか。

好きになる相手は自分の持ってない部分をある人に惹かれる。
うまくいっているうちはいいが、一つかみ合わくなると破綻しやすくなる。
昔、足入れ婚というのがあった。結婚の籍をいれず仮結婚をさせる。
今も同棲があるが、周囲も仮結婚と認めて合わない時は
いつの間に別れさせてしまうという。

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[164] 目的と手段      2001/09/28

 目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。
‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。
営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、
営業が反対に手段になってしまう。

何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。
手段を楽しむ事は大事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。
といって目的を忘れて手段に没頭してしまうのが、人間の人間たるゆえんである。

 以前‘ダンスと歩行’という文章を書いたが(後記)まさしくその喩えがピッタシである。
目的は達成したと同時に次の目的の手段になる。
ドアについたら次の部屋のドアへの出発点になる。

 至近の例で旅館の二代目が商工会議所の部会の長に選ばれ、
イベントにウツツをぬかし廃業に追いこまれた例。
どこかの街のことだが、やはり二代目が青年会議所理事長になり‘街の活性化’
とかを政治家やゼネコンに煽てあげられ、真にうけて社長業を放棄・・・・・、
いまや????とか。まあこれだから娑婆は面白い。

 目的が何かも解ってないから、手段が出てこないのか。そう考えれば彼にとって
逆転も何もないのか!そのあたりが本当のところか?

ーー他人のことをいえた事か!どこかの馬鹿(私のこと)、
自画自賛のホームページにウツツをぬかし、つまらん事を飽きもせず毎日書いて。
馬鹿の脳内をさらけ出し恥さらして!−カミサンには冷笑され・・・・。ーー

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H0609歩行とダンス

 丸山圭三郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”
という二人の対話が面白かった。
“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。
ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。

 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。
非常に含蓄のある面白い内容である。人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。
今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、“よしこの仕事と
チーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と一人笑った。

 大手商社に勤めている友人と酒をのみながら右の話をしたら、
本人いわく“私はさしずめ、ホーク・ダンスだな!。
好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。
それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。

 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながら
パターンをマスターし、かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。
ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。
ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。
そしてその反対に逆の人も。


906, 金魚の話

2003年09月27日(土)

 あるスーパーセンターのペット売り場の金魚売り場に行くと、
今まで見たことがないような元気な「黒いランチュウ」がいた。
仲間とは群れず、一匹水槽の中を泳ぎまわっているのだ。

 指を水槽につけると、人懐こく指を動かした先をついて回ってきた。
事務所の水槽は丁度定員一杯だったが、
「凄い!二度と巡りあうことがない!」とポケットマネーで即座に買った。
少し高かったが。

 事務所の水槽にはランチュウだけ12匹いるが、現在その中を一匹
我が物顔で泳ぎ回っている。
5倍もある一番大きいボス?と、顔をつけて餌を奪い合い食べている。
大きいヤツは普通の数倍、餌を食べなければならない。
その為には水面に口をつけてバキュームのように,浮いている餌を
吸い取っていく。
これと同じ食べ方を一匹だけ、この凄いヤツが早くも身につけた。
餌をやろうとすると、水面を飛び上がる勢いで餌にくいついてくる。
殆どが群れているが、一切群れないのがよい。
まだ数週間しか経ってないが、日ごとに大きくなっていくのが判る。

 こういう奴が、鳥でもいた。
エネルギーが満ち満ち溢れているやつだ。
無毛性のインコのヒナで手を差し出すと、必死で身体を摺り寄せてきた。
後で買っておけばよかったと後悔した。

 金魚でも弱いやつは、入ってくると既存のヤツに水槽の片隅に追いやられ、
一〜二週間で死んでしまう。隅のほうを向いてジッとしている。
動物社会と同じである、いや人間社会と同じだ!
所詮人間も金魚も同じだ。

 結婚した頃に、ランチュウを数匹飼っていた。
その一匹が水面を跳ねるのだ。
突如、水面に向かって泳ぎだすのだから、跳ねるのとは少し違うが。
遊んでいるようであった。なるほど金魚にも遊びがあるんだとビックリした
ことを憶えている。

 ランチュウの愛好のホームページがある。

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 532,「一人娘とホモに気をつけろ!」 - 2002年09月27日(金)

 息子二人が大学の入学の為、上京する時に注意した事があった。
お盆に下の息子が帰省した時に、居酒屋で彼等から聞いて思い出した話だ。
その時「一人娘とホモに気をつけろ!」と言ったという。

 「知っていれば、何処かで気をつけるだろう」と、注意しておいたのだ。
それにしても、変わった面白い注意をしたものだ。
せっかく育てた子供を、他人の家の子供にしたくないという心配が、
そう言わせたのだろう。あとは息子がホモもまずい。
後では取り返しのきかない。
特に都会ではそういうのが多い。

 女姉妹だけの長女とか、一人娘は要注意だ。
本能的に、よい獲?がいないかと目を光らせて狙っている?
これは注意をしておけば避けられる事だが、それでもよいなら問題ないが。

 あと幾つか注意したと思うが、「本を読め、色いろなアルバイトをしろ、
ゼミに入れ、クラブにも入れ、大学でしか経験できない事を可能な限り
経験しろ」等々、いったことを思い出した。

  大学時の経験が一生の圧縮だ。

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[163] ] チンドンヤー 2   
                2001/09/27
 チンドンヤのことは以前にも書いたが、再び書いてみる。
チンドンヤの意味はその辺の英雄である。
鞍馬天狗や月光仮面である。それにはまず弱者が必要となる。
そして悪役が必要になる。

 そして本人-主役のチンドンが始まる。
自作自演の阿波踊りだ。本人はその主人公。
何回悪役にはまってしまったか。
次に観客も必要になり観客作りをやる。

 それを自身の利害をかけてやるか、にゃンにゃン(恋愛ごっこ)でやる。
私はすぐ気ずくが本人は大真面目!全てベッドインの小道具だ!そして破局!
この前もそうあったっけ、またその前も、その前も・・・。
特に狡すからい女は上手い!当て馬と本命を数名つくりその糸の手繰りをやる。

以前身近にほぼ詐欺に近い借金を重ねていた人がいた。
その手口をみていると、自分でまずストーリーを書く。
そして忠実にその主人公を演じるのだ。事実がばれないと踏んでやる、
しかし何度も重ねればその筋書きは見えてくる。
ヤクザ用語で「絵図を書く」と言うらしい。
ストーリをつくって素人に因縁をつけ、ゆすり取る。

 ヤクザが1〜2年に一度はこの手口で宿泊をして、ゆすりの因縁をつけてきた。
迷わず警察へ連絡。ホテルは警察の派出所みたいところが解らないようだ。
彼らのワンパターンの手口は
「仲間から電話を入れさせ、手違いで切れたことにする。そして数百万の商談が壊れた」
という手口である。
もう少しまっとうな絵図でも書けとも言えず、警察に電話をかけるのが手順。
実際相手にしている担当は何回あっても命が縮むという。

請け判ー(保証人の)を狙ったかなり陰湿の例もあった。
こうなると執念に近いが。
これをまっとうな知恵使えば!といいたくなる。


905, 物を置かない努力

2003年09月26日(金)

 TV番組の自宅訪問で、デザイナーのコシノ・ジュンコが、
家では「物を置かない努力」を心がけている、といっていた。
「なるほど!」と納得してしまった。
家の中のデザインは無機質で、シンプルであった。
カラーは白と黒だけ、空間そのものがデザインという感じであった。
さすがデザイナーの住むところは違うものだと感心をした。
コシノ・ジュンコビルの最上階の広いワンフロアーを住居に当てていた。

 以前、事務所の部屋に来た知人が『机には一切物をおかないこと』
と注意をしてくれた。
「会社の机は物事を考え判断するところ、空即是色の空にしておけ」
ということだ。銀行の支店長室は無味乾燥な位に何も置いてない。
場所が少ない場合とか、仕事柄置きっ放しの方がよい場合が大部分だが。

 私の欠点の一つは、書類管理が苦手なことである。
このホームページに、その一端が出てしまっているようだが。
頭の中の書類?を公開することで、管理せざるをえない状況にしておく
目的もあるが。

 せめて机の上にモノを置かないことだけは守るようにしている。
モノの置きっぱなしは、後まわしの一番身近な習性である。

 ごく身近に?全てを後まわしにしようとする人がいる。
判断ができないのだ。周辺はやりかけの山になっている。
まあ書類やファイルに関しては私であるが。
確かに判断をのばしてよかった事もあるが、身近なことは即決の方がよい。
「孫子」も兵法では速攻を説いている。

 海外の旅行に出ると一日おきに、バックの全てを出して整理をしている。
これは長年の旅行経験からの知恵である。
10分で済むし、出発の時に慌てないで済む。
圧縮されたバッグの中はすぐに混沌として、小さい空間にかかわらず
必要なものが何処にいったか判らなくなる。
そのままだと、気持ちまで落ち着かない。

ところが、机の中やファイルや書類等になると、後回しにしてしまう癖が
ついている。

 経営者や弁護士や代議士は、まず秘書をどう機能として取り入れるかが
ポイントになる。
サービス機能ー総務管理が組織創りの第一歩だからだ。

 家に住んでいて、キチットしているのは気持ちが良い。
生まれたときから必ずお手伝いさんがいた。
父が潔癖症であったのもあるが、常に整然と片付いていた家であった。
しかし、いまは??!!である。
それでも居間と寝室の私のテリトリーは整然?としているが。

さあ今日は、事務所の机周りの整理をしよう!
   ・・・・・・・・・
 
531, 天皇制度について - 2002年09月26日(木)

 国家感だから書くのに少し気が引けるが,避けては通れない問題だ。
島国とか離れたスカンジナビア半島のように、
あまり外部との入れ替わりの無い国では,
王室を国家の体制としておいておく方式もあってもよい。
また多神教の場合の統治にも王室が有効となる。

 ユダヤ教やキリスト教やイスラム教のようなラージXの
一神教には共通の価値観がある。
アメリカの大統領の宣誓式でバイブルを手に宣誓をするのは、
一神教のラージXのアラーの神に国民の前で国家への奉仕を
約束をすることである。
旧約聖書では王を認めてない。

 日本の神話で神が出てくる。
彼の左右には必ず二人の対立したセカンドがでてくる。
対立をする間に中央の神が存在して、真空ー中空としての役割を果たす。
変化の乏しい島国では丁度よい役割を果たす。
良くいえば弾力的システム、悪くいえばいい加減なシステムになる。
今の日本の窮状はそのいい加減なシステムの弱点が出ている為である。

 アメリカが日本を占拠した時にアフリカとか東南アジアやインドの
占拠方式をそのまま当てはめ、天皇制の維持で国家体制の維持に利用した。
明治維新で日本という国家をつくろうとして、京都の天皇に目をつけた。
天皇家をシャッポ−帽子にした。

 ー国家のつくり方として
・先ずは帽子が必要である。警察の帽子といっしょである。
・次に暴力装置として内向けに警察、外向けに軍隊が必要になる。
・それと決め事としての憲法。

 戦後はその決め事ー憲法をアメリカに押し付けられ、
天皇も占領に都合がよい為、そのまま押し付けられた??!!
その名の下に戦争で死んでいった国民をこれほど馬鹿にした話はない。
少なくとも昭和天皇は変えるべきであった。
それと居を京都に帰すべきであった。

 裸の王様と同じで、誰もが解っていながら?口に出せない。
あの北朝鮮と同じである。
ドン様が存続しているのは、恩恵を受けている軍部の存在である。
天皇もしかり、宮内庁を縮小しなくてはならない時期はいずれ
やってくるだろう。
議論を避けて通ってはならない問題だ。

 石原慎太郎が「天皇家は朝鮮人のルーツを持つ」といっていたが、
それは古墳をみると明らかである。
日本こそ多民族国家である。その時々でいろいろの民族が浸入してきた。
台湾だったり、朝鮮だったり、アイヌ系だったり、南方系だったりした。
そしてその都度いろいろな一族が大きい勢力をもった、
それの一つが天皇家である。
千年以上続いているのが素晴らしいといえば、全くそうだが。

 欧州の王室のように、質素な一般大衆とさほど変わらない
慕われる王室に自然となっていくだろうが。
その為には、まずは京都に居を移ってもらわなくては!
予算も今の130億円から30億位に削って!

・・・・・・・・・・・・

[162] 手順     
             2001/09/26
 人生を生きてきてつくづく思うことは,どう学びどうそれを
実現してきたかというとである。大学を出たとか高校を出たとかは二の次、
しかしそこで何を学びなにを得たかがポイントのように感じる。

 私の場合、浪人が一番勉強になった。そこで得たものは、
そこにたつと「ぎりぎりの線に立つと」知恵が出てくるということだ。
そこで手順を身につけたことだ。

 人生の若い時にこれを身につけないと、人生の後半に問題にあたったとき
その解決に苦労する。
ぎりぎりの崖っぷちにたってはじめて、手順は身につくのではなかろうか。
それも前向きである必要がある。

 チャレンジの中で自分を追い詰めて
(その中で自己をぎりぎりのところに立たせる中で)、知恵が出てくる
プロセスを手順というのではないか。

 30数年いろいろな仕事を手がけてきた。
仕事は違えど同じことがある、それがプロセスである。
どこの世界にいっても馬鹿な二代目がいる、そしてプロセスをみて笑う。
創業のプロセスは傍目でみてミットモナイ姿でもある。

 
 プロセスは直線的にいかない。
それが傍目からでは解らないからであろう。
「目的と手段」の手段に似ているが手順はその両方を含む。
「空即是色」のところもある。空にしてそこから手順を踏むからだ。


904, 讃岐うどんの店−2

2003年09月25日(木)

 9月2日に『讃岐うどんの店』というタイトルで書いてから、3週間経つ。
その後、新潟の郊外にある店に7〜8回通っている。
 何かヒントがあるようだからだ。

・いつも感心するのは、お客の滞店時間が短いことだ。
 平均15分で出ていく。
・並んでからレジまで3~4分で済む。
 ウドンは注文をして、平均15秒で出てくる。
・毎回、色いろな組み合わせができ、何回通っても飽きない。
・値段が安いことも驚きである。
 特に100円のかけウドンは価値がある。
・外国の飛行場などにあるセルフ方式で、トッピングできるのがよい。
・若い女性や女子高生が平気で一人で食事をしている。

 面白そうなので、今マスコミで話題を集めている「はなまる」という
讃岐ウドンのチェーン店のFCの説明会にいってきた。
新潟のワシントンホテルの会場で、社長が直接説明をしていた。
「まだ100店だが、数年のうちに1000店にする」と言っていた。
聴く前はハッタリだろうと思っていたが、可能性は充分あるようだ。
婦人ファッション関係の出身で、
「ダサイ讃岐ウドンの店を、若い女性でも平気で入れるブテック的な店」
が店舗のコンセプトと言っていた。
 聴いていて、これは本物かと思った。
・今まであるものを、
・時代のニーズに合わせて、
・提供方法を変えることで、
価値を作りかえることー業種から業態に置き換えることー
を忠実に実行している。

ホームセンターも、スーパーも、
・郊外に大きい店と駐車場をつくり
・セルフ方式で
・より多くのアイテムを
・ディスカウントにして売る
業態にしただけである。

その意味で、面白い可能性のある商売であろう。
ホテルも、いま一度新しい業態という視点で、見直す時期に来ている!
一番の課題である。

去年の今日も焼肉屋の『新業態』の店の分析をしていたー後にコピー
たくもう、全く成長してない自分を見る思いだ!
分析している暇があったら、ホテルの新業態を死ぬほど考えろ!という言葉が
心の奥から聞こえてくる!


・・・・・・・・・・・・・・・・

讃岐うどんの店 - 2003年09月02日(火)

 最近ブームになっている讃岐うどんのチェーン店に行ってきた。
100円からの讃岐うどんを食べられる客単価400円の店だ。
揚げ物などを皿に取り、うどんを注文して勘定をする方式をとっている。
社員食堂のセルフ式をそのまま讃岐うどん屋に取り入れた業態である。

・一回目に食べたのが「肉コロッケと、掻き揚げと、普通の讃岐かけうどん」
で約500円であった。
・2回目は、「100円の小のかけうどんにオニギリとハンペンと天ぷら」で
400円であった。

 客層は家族ずれからサラリーマン風とOL とばらついていた。
一組あたりの滞店時間が20分位で、非常に短いのが特徴だ。
近くにあったら週に一度はいくだろう。
気軽で300〜400円で済むからだ。

 ガソリンスタンドと同じで、セルフ方式そのものが受け入れられている。
セルフ方式を取り入れて、美味しい?ものを安くしているところがミソだ。
家族で美味しいものを食べにいくところではない。
お腹を満たす為に行くところだ。

 新潟駅前の自社の事務所の近くに牛丼の「松屋」も開店予定だ。
おそらく週に一度は行くことになる?だろう。
遅かれ早かれ、この業態の讃岐うどんチェーン店も出てくるだろう。
客単価の低いところをねらった店が求められているからだ。
今までの単価の半額が目安である。

 これは一時的ブームで済むのか、このデフレの時代の大きな潮流にそった
ものなのか、今のところ判断はできない。
しかし、セルフ方式の合理的システムは流れに沿っている。

 最近の居酒屋チェーンも闘いの中から、必死にそれぞれの新しい業態の
店を創ってくる。いかに消費者に受け入れられるかの闘いである。
その闘いを避けた店は受け入れられなくなる。
その意味で個人経営の居酒屋はますます苦しくなっていくだろう。

 飲食店のウォッチングは身近で判りやすく面白い!
趣味といってよい。
・・・・・・・・・・


530,焼肉屋の新業態の店? - 2002年09月25日(水)

郊外に以前地元のホームセンターが経営していた焼肉の店があった。
一昨日、代替わりをして新しい焼肉屋なっていた店に入ってみた。

以前の店に2~3回同じ時間に行ったが誰も入ってなかった。
入ってビックリ、17時なのに9割がたの席の埋まりであった。
一時間後の18時に帰る時には3組の待ち客がいた。

客は殆どが若い人であった。
前の店は値段の割りにおいしい店で、カルビが¥480円だった。
周辺に同じような店が5~6軒もできた為もあるが。

新しい店は内装は全く変えてなく、変わったところは「しゃぶしゃぶ」
と「焼肉」が食べ放題で、1480円であった。
普通の単品もあり、以前の店より単品は一割ほど安い程度であった。

「ハナマサの食べ放題」もあるが、違うのは普通の焼肉屋と
同じメニューで、その皿の肉はどれでも注文をすればその都度持って
くる方式である。

前の店もこれと同じやり方をすれば、上手くいったと思われる。
100席以上の郊外型の店で、店員が数名が走り回っていた。

焼肉の新しい業態の店である、よく考えたものだ。
しゃぶしゃぶの単品で「牛ロース3人前と野菜と丼物とビール2本」
で3500円辺りであった。
肉は決して美味しいとはいえないが、その業態がなかなかよい。
「cha cha]という店で、何処かのチェーン店の新業態かと「検索」で
調べたが、全く無かった。

店に入ると必ずどういう業種で業態で時代に合っているかどうかという
視線で見るとなかなか面白い。
こうすればいいのにな〜と思う店があまりに多いが、
いうわけにいかない。

[161] 自然体(自然態)
2001/09/25 07:01 NoName


 あまり気張らず、心配せず、そのまま、自然のまま、なるがまま、
生きていく生き方。目の前の出来事に気を取られず、
その背後の流れに従う行き方。
「自然体の経営そして生き方が大切」

 15年前かパレスホテルの経営セミナーに出ていたとき、
その時の時勢の勢いにのっていたある経営者がいった言葉である。
丁度必死に仕事をしていた時の不自然の自分にピッタシの言葉であった。
浪人を何回か経験していて少なからず身につけていが、
しかしかなり印象深い言葉であった。

 丁度ホテルという長期物件を手がけて、
その意味‐長期の装置産業の難しさにきずき始めた為もあった。
その後この言葉に生き方がかなり影響された。
目の前の困難に対してあまりジタバタしないで済んだのも、この言葉のおかげだった。

 7〜8年前南アフリカを旅行した時、あまり添乗の経験少ない中年の女性の添乗員が、
出発前に成田で言った言葉が印象的であった。
「この旅行全てのトラブルが起こるはずです!起きた時に一つずつ
解決していきましょう。自然体しかありません。無理せずそのままでいきましょう」

「なるほどいいことを言うな、でも素人だな!」とそう思った、
そしてそのとうりになった。その言葉が最期まで利いていた。
トラブルも旅行の一部、慌てずそれをうけとめ、そしてそれを楽しむこと。
自然体そのものであった。たしか法華経に自然法爾(じねんほうじ)という
言葉があった。イスラムの「すべてアラーの神の思し召し」もこれに似ているところが面白い。

もうひとつ似たのに、名人の域に達した落語家もこれに近い。


903, 「仏像の不思議!」

2003年09月24日(水)

 随想日記で多くの不思議について書いてきたが、仏像の不思議について
書いてみる。ー度、少し書いた可能性があるが。

 20年前のことだが、家内の実家の会社で毎年、倉庫でお客を集めて
「お祭りを兼ねた展示会」を開いている。
お祭り・騒ぎ大好き人間として、時々レジャーを兼ねて遊びに行っていた。
初めて行った時のこと、地元の古道具屋の出店で仏像などを売っていた。
多くの道具の中で、気になった象牙の仏像があった。
精巧な彫りでかなりのモノであった。

 半分冷やかしで値段を聞いたら、40万円という。
冗談で、15万円といったら、怒ってしまった。
「気が変わって値を下げるなら、家内の実家に置いていってください。
お金は後で送金しますから」」といって別れた。
買う気は全く無かったのだが、少し惜しい気持ちになっていた。
ところが数日後、その仏像が請求書と供に会社に直接送ってきた。
そこまで下げるとは思ってなかったのでビックリした。

 しかし気に入った仏像であったので、実際のところ嬉しかった!
何げなく仏像の台座の下を見て、背筋が凍る思いであった。
家内と同じ「恵子」という作家の名前が掘ってあったのだ。
たまたま一緒にいた人も、その話を聞き、その仏像を見て青くなった。
「霊気が漂っている、すぐにお寺に収めた方がよい」と忠告をしてくれた。
確かにその仏像には、霊的な不思議な念が入っている感覚があった。
しかし、今でも自宅にあり「家内の守り本尊」?として大事にしている。
いくつかの偶然の一致が重なっただけの話だろうが、それにしても不思議な
出来事であった。
ただ数珠が地震で倒れた際に欠けてしまったのが残念である。
商品価値は三分の一だろう。

 仏像といえば子供の頃、父から聴いた話がある。
父が以前「高村光雲」の仏像を買ったら、家で不幸があったという。
「いわく付き仏像」と聞いていたが、半信半疑で気楽に買ったという。
気味が悪くなって、すぐ売ったという。
ところが、それを売った家でも、不幸がおきて即転売したという。
「仏像は気をつけて買わないと駄目である」と聞いていた。

 −しかしこの仏像は悪い因縁モノでなく、守り本尊のようである。
 仏像は彫師や、拝み手の念が入っている。
 不思議なことがおきても何も不思議ではない。

 若い時は、不思議ということは殆ど無かった。
しかし、歳を重ねれば重ねるほど、不思議の経験を多く積むようになった。
不思議としか思えないことが、あまりにも多くあった。
生きていると、思いの他の経験がドンドンおきてくるのだ。
そして、そこに不思議な深い経験をする。
 これが人生である。


529,人の一生 - 2002年09月24日(火)

仏教説話でよくきく内容だが、
怪獣?に追われて古井戸の紐につたわり下りようとすると、

・上からはその動物が覗?込んでいる。
・周囲の岩から蛇が首を出して狙っている。
・下には大蛇が大口を開いて、落ちてくるのを待っている。
・しがみついている紐を鼠が齧っている。

・怪獣は現実。
・周囲の岩から首を出している蛇は、四苦八苦などの病気悩み災害。
・下の大蛇は死。
・鼠は歳月ー死への。
・紐は生命。
人間の一生を例えた仏教説話である。

これからみると仏教は暗い不安な宗教ともいえる。
また井戸は内面ー孤独ともいえる。

こういう喩えのストーリは如何であろうか?

ー熊に追われ井戸に逃げ込んだら、そこは酒の涌く井戸であった。
鼠や蛇がそこにいて、酒で酔っている。好みの美人もそこで酔っている。

この際自分も飲んでみたところ、その酒の美味いこと。
あまりに美味いので飲みすぎて泥酔してしまった。
ふと外をみると追いかけてきた熊ー現実もいなくなっていた。

それまでの記憶をすっかり忘れて外にでると、いないはずの熊に
食べられてしまった。
これ、酒で失敗した男の話でしかないか?
何回熊に食べられた事か???!

・・・・・・・・・・・・・
[157] 自殺
2001/09/24 09:49 NoName

 ホテルオープン後10年で初めて自殺が出た。
やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。
まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。
「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」
‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。

 まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。
その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。
そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。
その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。
ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。

 そして5年後再び自殺、そしてその2年後から毎年1人出ている。朝7時前電話があると、
ああまたか!ヤクザの脅しか自殺かと!最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。
「ヤクザは自動的にに3秒で‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事が
マニュアル化してあるからだ。これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」
間抜けな流しのそれが来るが、すぐ青い顔をして出て行く。
今はもう止めた。最期の部屋に泊まって戴いて有難うと思うようにしている。

 自殺の方法とその事情は当事者として、
詳しく耳に入るがその深遠さに身も竦むことがある。
見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、
お湯を一杯溜め睡眠薬とウイスキーを飲んで溺死。
もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。


902, 「守護霊との対話 」

2003年09月23日(火)



 母が晩年よく
「私には守護霊がいて、一生を通して、いつも守っていてくれたような気がする」
といっていた。母の守護霊は、母が幼児の時に亡くなった実父といっていた。

『幸せの宇宙構造』を書いた小林正観と中川昌蔵氏の対談集が、図書館にあった。
早速借りてきて読んでみたが、なかなか面白い内容であった。
他愛のないものといえば、それまでだが。

 精神や意識に対する知識が少ない人には、具体的に守護霊という表現で
無意識の力を呼び寄せる大きな方法になるだろう。
それこそ、ストンと直感できるからだ。

 一般的には、守護霊といっても、何かピンとこないものだ。
『そんなものは、お前自身の神社だろう!勝手にしろ!!』と考て当然だ。

 ところで『お前の守護神は誰だ?』と問われれば、私は間違いなく両親だ。
潜在的に自分の中にあるコントローラの抽象として捉えればよい。
 
 −−−−−−−−−
 『守護霊との対話 』
 ー内容ー
「幸せの宇宙構造」を書いた小林正観と中川昌蔵氏の対談集だ。
80年余り「守護霊に守られて生きてきた人の実例体験記。
電気街・大阪日本橋の草分けである、「中川無線電機」の創業者社長、
中川昌蔵さんが、「臨死体験」を境にその職業を辞め、
「何のために人は生きるのか」「何のために企業があるのか」
といったことを説き始め、守護霊との対話が始まりました。
20年守護霊と一問一答してきた結果、「わかった」と思われるいろいろな
構造を正観さんにより、分かり易くまとめられています。

◆目次より◆
・宇宙意識 
・バランスと調和 
・私の体は誰のもの
・神仏界の構造 
・輪廻転生

 金額:1,500円  
発行所:弘園社
 発行日:1998年7月18日

・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・

ー以下はインターネットから検索したものである。
 面白いといえば面白いー

ー守護霊
 守護霊はすべての人についているという訳ではなく、また一生の中で何度か
入れ代わったり、不在である時期もあります。
守護霊は主に先祖など、血縁である場合が多いのですが、必ずしも
そうという訳でなく、縁ある他人である場合も まれにあります。

 守護霊の仕事は基本的に「守ること」です。
守りの程度は霊 個人の生前からの性格に由来することも多いようです。
おせっかいで、何でも先回りして助けるタイプの霊、わりと放任主義で
大怪我をしない程度に見守るタイプの霊など、さまざまです。
ですから、おせっかいな守護霊がつくと怪我は未然に防がれ、運命の人でない
相手への恋はキズつく以前にうまくはいかず、と、いろいろな面で過保護な
位にガードされます。

 放任主義の守護霊だと、傷ついて初めて失敗を覚えさせるような感じで、
出会いや交際も多いが、その度に傷つき別れたり、人間関係や仕事などでも
悩みが多くなりがちです。前者は恋愛の経験も比較的少なく、無難な友人に
囲まれ、人生の波もあまりなく平凡です。
 
 後者は壁にぶちあたったら自分で乗り越え、学習し、人間的に成長します。
人生を海に例えると、守護霊は灯台、自分は小船です。
放任主義でも、進むべき道や決定的に危ない場所は指し示してくれます。
しかし、守護霊は、守護している人間には基本的に直接的な干渉はしません。
守護している人間に声を掛ける事も、人生の手助けを大きくすることもしません。
服や鎧と同じく、本人の身を守ってくれるものである、という霊だと
認識すればよいでしょう。

 守護霊も、もとは人間ですから、転倒しそうな時にかかえおこしてくれたり、
こける前に気付かせてくれるように、トラブルの程度を和らげてくれることは
あっても、守護霊に祈ったからと言って宝くじを当ててくれたり、
就職の斡旋はしてくれません。
その人自身の基本的な人生の路線から外れないように見守るのが仕事です。

 また、守護霊が強いからといって、運が強くなるとか、幸せになれると
かいうものでもありませんし、弱めだからといって強化する方法も、霊能者や
その他の人間の手によって入れ替えたり、抜いたりすることもできません。
また守護霊を選ぶこともできませんし、守護霊の格を持たない霊は守護霊には
なれません。

 守護霊がいないとどうなるのかというと、灯台のない夜の海を自力で航海
するような状態になります。
仕事も人間関係も、なんとなくうまく行かず八方ふさがりで、心も不安定に
なりがちになるか、意外な富に恵まれる成功時と全てをうしなう失敗時の
ような大きな落差がおこる場合もあります。

 良くも悪くも、全て自力で前に進まなければなりません。
ずっと守護霊が居ないままなのか、というとそういう訳ではなく、これは前任の
守護霊から後任の守護霊に変わる空白時期や引き継ぎ期間におこりがちです。
その期間は長くて数年、数ケ月かかることもまれにありますが、たいていは
気付かない位の日数のようです。

 そして新しい守護霊の力が発揮され始めると、うまくいかなかった状態や
トラブルも解消し、場合によっては服装や趣味、嗜好や気分も変わる場合が
あります。守護霊の交替は一生の中で何度かあります。十代の頃に1度
変わる事が多く、思春期などと重なることから、さらに心が不安定で面白く
なくて、周囲との関係もうまくいかない場合が多いです。
そして守護霊がきっちり交替し終えると、普通か並以上に運勢が波に乗り、
以前に比べて雰囲気なんかも変わったな、と言われる場合もあるのです。

 また守護霊は、その霊の生前の得意分野だった能力を伸ばしてくれたりする
指導者的立場を取る場合もありますし、性格や嗜好に影響を及ぼす場合も
よくあります。
直接指導するというわけではなく、守護霊の性格と本人の性格がダブるような感じです。 
 ーーーーーーーーーーーーーーー
 ーこのソフトは字数制限があるため、「分類のコーナー」でより多くの
 内容がコピーしてあります。
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貧すれば鈍するー - 2002年09月23日(月)

私の周辺に不幸を絵に書いたような人が数人いる。
 「何をしてもうまくいかない人」である。 
 20対80の法則からいうと、その20佑凌祐屬烹牽悪佑
 不幸が集中するたぐいの話である。
 
  彼らの共通項とは
・甘さの塊である。そしてそれを周辺に押し付ける。
 人の甘さの隙を捜し続け、そこに擦り寄っていく。

・その結果群れたがる!一人になりきれない要素が非常に強い。
 腐った納豆?のような人だ。お互い粘粘絡み合っている。

・暴力団の事務所はそういう溜まり場だ。

・言い訳だけを常に考え行動しようとする。

・以前、ある会に入りたいと60歳を過ぎた男の人が来た。
 入会希望の手紙の内容も、初対面の時も「以前リストラされた時の
 虐めの話である。」そんなこと誰も心の奥に幾つかあるものだ。
 いい歳をして、他人に言うようなことでない。
 それを慰めてくれる人を探しているのだ、暗い顔をして。
 もしそういう人がいたら私も苛めたくなる。
 その人は一回で来なくなったが。
 自分は高卒でここのレベルについていけないという理由だった。
 馬鹿!大卒といっても私も含め馬鹿ばっかりだということが解らない。
 大学はそのコンプレックスを持たないだけでもいく価値があるのか?
 と思いたくなる。

・ある土地を買った時、隣地に挨拶に行った。
 その奥さんが初対面にかかわらず、買った土地の前のオーナーの
 悪口雑言である。その数年後旦那が脳梗塞になった。
 
・一番身近な連れ添いとの信頼関係がまず壊れている!
 浮気とか、嘘ごまかし、裏切りをまず一番の身近から始めている。
 最悪の場合、自殺とか、ストレスで早死にしている。
 その場合父親も本人も親子揃っての場合が多い。
 2~3の事例ではない。そういうのを家系というのだ。

 結局若いときに基本を創ってなかったのだ。
 家系等の環境もあるが。 
 「マイナス思考の何処が悪いのだ」と強がりをいう。
 マイナス思考にもよいところがあると、そこだけプラス思考をいう。
 漫才だー実際にマイナス男から聞いた。
マイナス思考はよくないは差っぴきプラスになるが、
 マイナスに対するプラスならかけあわせればマイナスだ。
 ブラックジョークにもならない。

 そういう男の呟きが聞こえてくる。
 マイナスマイナスというが、何をもってそういうのか?
 あんたの影の話ではないか?
 とんでもない!それさえ自覚できないその神経が、
 その原因になっている。

 耳が痛い??自分にも誰にも備わっている要素だからだ!
「貧すれば鈍する」になるからだ。

そうならない為には、自分で貧しないように律するしかない。
貧するには物質的な事と精神的なことがある。
物質的には貧乏をしない為には、時間をかけた蓄えが必要だ。
目安は収入の20佑箸?無理か。
死ぬその日までは金がかかる、しかし死んだら一円も掛からない。
ここのところが難しい。
精神的な豊かさも金と一緒で永い年月の蓄積が必要だ。

自分が貧したらなるべく人に接しない事だ。
また逆に貧した人には近寄らない事だ。
その人の血が付くからだ。
自分のマイナスを周辺の人にばら撒くからだ。
自分の傷口を他人の血で洗おうとする。
・・・・・・・・・・・
創業は発狂-デフレに向けて   
                  2001/09/23

20年前の事業百訓に書いてあった言葉だ(その時の実感として)。
全く違うものを創るとき、この感覚でないとやれなかったからだ。
常識でなく自分の信念で全く新しい業態造りにチャレンジする時、
この感覚-あるいは精神状態が必要であった。

‘本当にこれで大丈夫か、いや大丈夫だ!’という迷いの中で最後は
どうにもなれという捨て身の中で得た感覚であった。
今その感覚が残っているであろうか、考えてしまう。

もし第二の創業期と考えると、その発狂は何か?とことん考えなくてはならない。
藤田田がハンバーグを240円から130円?に下げたとき、やはり考えるだけ考えた
のではないか。
そして平日としても65円に値下げの時も、そうであったと思う。
想像を絶していたからだ。そして今やそれが常識になっている。

デフレで大不況は現実、その中でこれは顧客の絶対的支持を得た。
もちろんそのための仕組みつくりも計算の上で。
今までなかったデフレの現在、思い切った発想の転換が迫られている。
全ての商売で言えることだが、思い切った値下げの感覚に切り替えなくては
ならない時期にきている。
その時発狂の感覚でないとデフレの時代についていけない。





901, 相撲を考える

2003年09月22日(月)

 大相撲が昨日で千秋楽、朝青龍が優勝をした。
他の格闘技も多くできたこともあるが、最近の大相撲はつまらなくなった。
つまらなくなったという点で、今のプロ野球に似ている。
NHKのBSでメジャーリーグを見るようになってから、全く見なくなった。
 
 以前、「過去の相撲の大一番」を特集していた。
子供の時から相撲が好きであった事もあって、ラジオやTVで大一番は
殆ど見ていた。
・私が見た中での大一番は「栃若の千秋楽の全勝の一番」である。
・大鵬と柏戸の千秋楽の全勝同士の一番も素晴らしい一番であった。
・生まれる前なので見てないが、歴史に残るのが双葉山が69連勝の
 後、安芸の海に負けた相撲も大一番といえる。
 
 栃若が全勝で向かえた千秋楽の前日の逸話がある。
栃錦があまりのプラッシャーに「一人でこっそりと映画に行ったところ、
前の席にやはり若乃花がいた」という。
大乃国・双羽黒・保志・小錦が一度に昇進していく時期も面白かった。 

 相撲は、立合いの一瞬に大方が決まってしまう面白さである。
また数秒間の中に、それまでの二人の全てが圧縮されて出てくる。

 いま人気の高見盛の相撲が面白い。
特に「入魂の儀式」としての、最後の仕切り前の気合を入れる仕草が
人気をよんでいる。それが神憑りになるから見ていて面白い。
緊張を気合に転換するための、純粋な仕草さが受けているのだ。
勝てば胸を張って退場するし、負ければ泣きそうな顔をして引きあがる姿が
滑稽で、忘れかけた人間の原点を見せ付けられるようだ。

 今場所、横綱をかけていた魁皇が逆上せ上がって自滅していった姿が
印象的であった。高見盛の人気に対して個人的嫉妬がアリアリで、
軽くいなそうとしてヒンシュクをかってしまった。
勝負の世界は一瞬の隙がチャンスを潰してしまう。

 朝青龍の弟弟子のモンゴル出身の朝赤龍というのが強くなりようだ。
それと目覚めてきた旭天鵬が一年後には、大関か横綱になっている可能性がある。
とにかく彼等はハングリーだ。
半年前に書いたようにモンゴル大相撲になってしまうか?
日本人には個性的な力士はいても、彼らに対抗しそうなのは殆ど見当たらない。
十両の普天王と豪風というのが面白そうだが。

 面白いもので去年の今日相撲のことを随想日記に書いていた。
丁度千秋楽が、前後にあったためだろう。

・・・・・・・・・・・・・・
2003年03月12日(水) 707, モンゴル大相撲

 先場所の各段の優勝は序二段を除いて全て外人が取ってしまった。
今場所からは、両横綱とも外人である。
外人力士が50数名いるうち8割がモンゴル出身である。
下位の有望力士の大部分が外国力士という。数年後には幕内上位は
大部分がモンゴル人に占められる可能性が出てきた。

 今の横綱の朝青龍より強くなりそうな素材を持ったようなのが
私の目で見ても数人はいる。
彼らはモンゴルの大地で羊の肉を食べ、馬に乗り自由に生きているため
骨格からして違う。
 
 更に所得が日本の100分の一しかないために、関取になれば数ヶ月で
モンゴルの一生の生活費が稼ぐことができる。
目の色が変わるのは当然の事である。今の日本人が敵うわけがない。

 日本の相撲のルーツはモンゴル相撲という説が有望である。
グローバルの時代、それでもよいと割り切ったほうが良いだろう。
一時代前には考えられなかったことだ。
ロシアに朝鮮にアメリカにモンゴル人と面白くなってきたが、
日本人だけと割り切っていた方がよかったのかもしれない!
巨人・大鵬・玉子焼きの時代は終わったのか。

・・・・・・・・・・・・・
 2002年09月22日(日) 527, 大相撲ー頑張れ武蔵丸!


 まさか貴乃花が千秋楽で同点決勝に持ち込めるとは思ってなかった。
もし優勝をしたら大騒ぎになるだろう。
こういう時に勝つのが大スターであるが、彼はそれを持っている。
しかし心情からみたら武蔵丸の勝利が望ましい。

 前回あまりにも貴乃花が劇的すぎた!
武蔵丸のその時の姿がリアルにある記事に書いてあった。
おまけにその為に貴乃花を大怪我をさせてしまい、
かれが負けると、場内に座布団が荒れ飛ぶ。

 この一年余り、独り横綱も大変であったろう。
それが7場所も休んだ主役に優勝をさらわれたら、余りに気の毒である。
もし彼が勝ったら、盛り上がった今場所に水を差すことになる。

 貴乃花が勝ったら、一応彼の人生の大きな節目になるのではないだろうか。
大横綱の道を歩く為には、今日は負けた方がよいだろう。
大鵬の30回の優勝に向けて、身体を作り直すチャンスだ。
勝てば他の力士に焦点を当てられてしまう。

 それにしてもスターの要素を持った若手がいない。
このままでは、ますます人気の陰りが増すだろう。
幕下と十両に元学生横綱の個性派と外人が数人いるが、
輝いているかというとどうか?
他の格闘技で面白のが、どんどん放映されているから八百長体質
があるなら、相撲人気はますます落ちていくだろう。

・・・・・・・・・

[154] 性善説と性悪説   
               2001/09/22

 以前、身近に[おれは性善説だ]と口癖の男がいた。
本当に性善なら‘それを売り言葉に使うのがおかしい’という事も解らない。

 人間なんぞ性善も性悪もごちゃ混ぜになっているもの。
光のあて方でどうにもとれる。「性悪の路線の上を性善で走れ」
あたりが少しもっともらしいのかもしれない。

 善良は、ある状態ー苦労やぎりぎりのところに立ってない状態ー
でいっている戯言でしかないというと、言い過ぎか。
善悪とは、多様にあり解釈の結果でしかない。
詐欺師やその手合いはその事を熟知している。
従って善良という言葉の衣服を綺麗に着こなす。

 本当に世の中、悪がいる!芯からの悪党がいる。
その人間が‘俺こそは実は性善’だと信じていたら、手のつけられない
悪党になれる。それか、政治家いや政治屋向きであろう。

 自分中に隠れ住んでいる‘邪悪なるものと神聖なるもの’と、とことん付き
あってみれば、性善説や性悪説は見方の一片でしかない事にきずくはずだ。

 どうでもいいことだが、言葉の遊びレベルでいっているだけだが。


900, 『 V・E ・フランクル』についてー2

2003年09月21日(日)

彼の言わんとすることは
ー「よく働き、よく遊び、よく学べ」ということだ。
「よく」あるためには、この3つのバランスがとれてなくてはならない。
よく働くためには、よく遊び、よく学ばなくてはならない。
よく遊ぶためには、よく学び、よく働かなくてはならない。
よく学ぶためには、よく働き、よく遊ばなくてはならない。
 
 私の場合は、
・よく働くは、現在の事業の発展・維持である。
バブルがはじけて大変だが、5年~10年先を読んで、事業構造の変換が当面の
課題である。
・よく遊ぶは、ウォーキングや、秘境旅行、映画・TV鑑賞。
・よく学ぶは、読書や人間・社会観察である。
 この3つはそれぞれ重なり合い、同じであったりする。
この「随想日記」は私にとって3つが含まれている。
「何を」という目的・目標をハッキリさせ、
そのプロセスを楽しみや遊びになるまで、徹底することだ。

 フランクルは死と常に隣りあった異常な状態の中で、人間の可能性を見た。
その「人間の可能性」を大学に復帰して講義をするイメージが、
彼を収容所から生還させたのだ。収容所で作業のため整列して歩いている
時に、数綻紊ら見ている自分がいたと書いていた。
これなど究極の体験から生じる脳の昇華であろう。

 彼のコぺルニクス的大転換は「人生に何かを求めるのでなく、
人生が何を求めているか」を常に問い続ける重要性に気づいたことだ。
それも死の収容所の究極の状況の中でだ。
初めて読む人は、
・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年
・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
  諸富祥彦  大和出版
 がよいのではなかろうか。
真っ暗な中にさしこむ太陽の光のように、輝き光っている人間の可能性を
見ることができる。

 以前にも書いたが、自分の赤ちゃんの服を編んでいる姿の中に
さっき書いた要素が全てー愛・創造(能力)・知が含まれている。
この随想日記も考えてみれば同じである。
好きなことや人を見つけ、心を込めてすれば何事も後悔をすることはない。
そして、その対象は、半永遠的に残る。

・・・・・・・・・・・・
526,社会の変化 - 2002年09月21日(土)


日本も社会の価値観が根本的に変わろうとしている。
この失われた10年間で政治も企業も宗教も権威が失墜してしまった。
一昔前の一流企業といわれるところが、倒産や赤字や不祥事で
全く権威を消滅してしまった。
代議士や大臣を偉いと思う人が全くいなくなってしまった。
宗教もしかり、「集り」という姿がオウム教で露出してしまった。

「家」という制度も根こそぎ変わろうとしている。
江戸時代から続いてきた「日本的家制度」が、新しい年代の出現や
我々の意識の変化で根こそぎ変わってきている。
家のオモヒの仏壇も仏教がまだ権威を保っていた時の文化だ。
法事も地味なものになるだろう。

農家や商家が激減し始めきたことも「家制度」の崩壊の原因になっている。
家業としての商売や職業が成り立たなくなってきた。
周辺でも多い事例として、実家にUターンで帰ってきたが、
家業が成り立たなくなり再び都会に帰っていくケースが多い。
「帰ってこないほうが良かった」といって。
初めから帰ってこないケースも多い。

結婚式も最近、当人が会費制度でやる地味婚が増えてきている。
家どうしの顔ミセから、本人達のお祝いの会に変わっている。
家単位の行事が一づつ消滅か縮小してきている。
葬式や法事もこれに近づいてくるだろう。
何かの本に、「家業一代、家二代の時代」と書いてあった。

私の場合、この十年間で年で数回海外ツアーに出ているせいか、
更にこのホームページを開いたせいか、人間関係の感覚が変わった。
趣味の同じ人と、側にいなくとも何かどこかで繋がっている感覚がある。
気持ちの距離感が変わってしまった。
やはり情報革命が背後にあるのだろうか。

・・・・・・・・・・・
             2001/09/21

第三次世界大戦開戦!ーほんと!まだピンとこない。
しかし一日一日とその重みを感じる。

長期になる宗教戦争だ。怖いのは北朝鮮が関ってきたかどうかである。
30~40%の確率で関っていると見る。あの男ー金正日なら可能性大だ。
その場合もちろんアメリカは原爆を使う可能性がある。
そうすると日本海側の原発がまず狙われるだろう。

 また日本は世界恐慌を狙ったイスラム過激派に狙われて当然である。
パレスチナの癸欧殺されたので必ず大事件がおきると思っていたが、
まさかここまでのテロをやるとは!

 企業はまず生存対策に全てのエネルギーを向けなければならなくなった。
競争対策、成長対策などいっていられなくなった。
一年後の世界の経済環境は想像も出来ない。
今の若い人は大変だと思う。この宗教戦争の中を生きていかなくてならないからだ。
それも大きいツケを払いながら。


899, 《V・E・フランクル》について

2003年09月20日(土)


十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。
そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。
人生丁度まがり角であったためであろう。
その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。
彼の「意味」発見のための3つの問い
・「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」
・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」
・「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」
この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』
『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、
フランク心理学では考えている。


特に以下の分析には深く納得をした。

ー自己超越のための3つの意味(価値)ー
1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味
          =仕事・子育て・学問・芸術
       ー力への意志
2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味
          =自然・芸術・愛
       ー愛への意志 
3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで
        得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化
        ※自身が何らかの喜びに満たされていること
       ー知への意志 

人生には発見されるべき価値や意味がある
 (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる)
 (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である)
 (3)人生の意味  (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す)
  ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である

ー私が読んだ本は以下であるー

・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録
 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳)
  みすず書房  1985年

・「それでも人生にイエスと言う」
 V・E・フランクル 山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1993年

・「宿命を超えて、自己を超えて」
 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1997年

・「<生きる意味>を求めて 」
  V・E・フランクル  諸富祥彦(監訳)
  上嶋洋一・松岡世利子(訳)   
  春秋社   1999年

・「フランクル回想録:20世紀を生きて」
  V・E・フランクル  山田邦男(訳)  
  春秋社   1998年

・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年

・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
  諸富祥彦
  大和出版

ー印象的なところを「検索」で調べてコピーしたー
 
ーーーーーーーー  
『夜と霧』(みすず書房、1971年新版)

収容所での体験を描写することによって語っているのは
「人は変えようのない運命に直面したときでも、それに対して取る゛態度゛というのは自ら選ぶことができる」という真実です。

「精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態の下においても、外的にも内的にも存しつづけたということを示す英雄的な実例は少なくないのである。強制収容所を体験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは優しい言葉、あちらでは最後のパンの一斤を与えて通って行く人間の姿を知っているのである。
そしてたとえそれが少数の人数であったにせよ――彼等は、人が強制収容所の人間から一切を取り得るかもしれないが、しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由、をとることはできないということの証明力をもっているのである。
「あれこれの態度をとることができる」ということは存するのであり、収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う数千の機会を与えたのであった。
その内的決断とは、人間からその最も固有なもの――内的自由――を奪い、自由と尊厳を放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、「典型的な」収容所囚人に鋳直そうとする環境の力に陥るか陥らないか、という決断なのである。」

 生きていれば、誰しも避けがたい苦悩に直面するわけですが、そういったときに、「どのような゛態度゛を取るのか」というコトが問題となってくるのだと思います。変えられない運命に絶望しニヒリズムに陥ることや、責任を転嫁して他者を
恨むこと、現実逃避のために自暴自棄になることは簡単だけれども、フランクルは、そういった態度は人間としての自由と尊厳を放棄した態度だ
と言っているのだと思います。

「〜生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。苦悩と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである。
 一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命をそれが彼に課する苦悩とを自らに引き受けるかというやり方の中に、すなわち人間が彼の苦悩を彼の十字架としていかに引き受けるかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況にあってもなお、生命の最後の一分まで、生命を有意義に形づくる豊かな可能性が開かれているのである。」

 変えようがない事実そのものをそのまま認識し、そこから自分はどうするのか・何が出来るのか、といった自らの可能性を考える態度。
それは、苦しみを受け入れ、苦しみに耐えながら、苦しみと共に生きていこうとする態度。人はこのような苦悩を正面から受け取る態度を取ることによって初めて、その苦悩を乗り越え、自己をさらなる高みに引き上げることが出来るのだと思います。ここにおいて、苦悩の持つ意味・価値が創り出されるのでしょう。

 フランクルは、このように苦悩を超えることによって生み出された価値というのは、他の価値とは次元の違うものであるとしています。
彼は、それは如何なる外的状況(例えば、傍から見れば「失敗」であったり「不幸」であったり「悲惨」であったりするような状況)に関係なく得るコトの出来る価値だと述べています。

 このように、苦悩を自己の飛躍へと転化することというのは、きっと誰にでも可能なことなのだろう、とわたしは思います。わたしたちの苦悩が収容所での経験を凌駕するほどの悲惨なものでないのなら、この、人間が運命に対して挑むことの出来る唯一のやり方、「事実を受け入れ、そこから生きていくという姿勢を取るコト」は、わたしたちにも可能だろうと思うのです。
フランクルも本の中で、このような態度を取ることが出来た人が過去において一人でもいたという事実そのものが、「人間がその外的な運命よりも内的にいっそう強くありえる」ということの証しとなると述べています。

 わたしたちはともすれば、自分を取り巻く様々な運命的な制限(生まれや能力、容貌、環境などなど)に落胆し、成す術もなく空虚な気分になりがちなワケですが、しかし、これらの変えようのない事実をしかと受けとめ、その苦しみに塗れながらも、どうにかして何かをしていこうという姿勢こそが、わたしたちを
内的な成長へと導いてくれるのだとフランクルは言っています。収容所の中でさえ、そのような偉大な所業を成し遂げた人間がいるのなら、現代に生きるわたしたちに出来ないはずがないでしょう。全ての苦しみをかかえる人が、それぞれ立っている場所から自己と自己に与えられたモノを見つめることによって、それぞれの意味を見出し、苦しみを乗り越えることが出来るはず。
わたしはそう思っていたりします。


「真の運命を正しく耐え、率直に苦悩することは、それ自身、行いであり、まさに人間に許される最高の成就であり業績である。」(『神経症の理論と治療』より)

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525,光ファイバー - 2002年09月20日(金)

昨日から、会社のランが光ファイバーでネットされた。
今までの電話線の10涌造ぅ優奪販繕發妊灰好肇僖侫ーマンス
はよくなったが、諸経費等が65万である。
1~2年で元はとれるが、それで1000倍近い速度だ。

自宅では来月半ばに入る。
長岡で導入の一号だそうだ、その証明書も出してくれるという。
何か営業に強引に加入されてしまったが、一号の証明書をもらって我慢だ。
月9000円で、来春5800円に下がる?そうだ。
電話代が無料になるから、その辺が入り時という。

ブロードバンド ポルノと検索入力して、はじめは 定番から
入るしかないか?
「ブロードバンドと何々」の何々をこれからキーワードに
意識をしていくと、面白いものに行き当たるだろう。

愛犬家だったら犬と入れると、犬の画像が出てくる。
おしゃべり日記といれたら、何か話している人の画像が
出てきたりする?
自宅ではADSLが一月前に入ったが、早速ブロードバンドとポルノ
と入れたら、リアルな映像が出てきた。
それから見ていないが、あれはこっそり見るもので、
パソコンで見るのに適してない?

美術館とか博物館などが早速取り入れてくるだろう。
それとサービス関係のホームページも。
これに携帯が連動してくると、さらに面白い時代なってくる。
今まで写真中心の海外旅行のホームページが、写真が出てくるまで
時間がかかりすぎて、見るのに躊躇していた。
その問題は軽くクリアーするだろう。

二紙とっている新聞を一紙にしようかと、今月中に結論を出す。
トレードオフだ。
以前は3紙とっていたが、日経をまずやめた。
この時はWOWOW に加入した時だった。

次は朝日か?新潟日報か?どちらを残すか。
会社に行けば見れるのだから。

今の若い人は新聞を見ない傾向にあるという。
インターネットでネット新聞を見ているという、もちろん無料だ。
死亡広告がなかったら日報もやめたいのだが、全くつまらない!
考えてみたら、とってないのもいいかもしれない??!!
新聞社の斜陽が更に進むだろう。

ヒカリファイバーで3年先には大きな社会的な変化が進むだろう。

[151] 世間様      
                      /09/20
「世間とは現実にドップリつかった馬鹿な4^5人のこと。」
浪人を重ねるうち悟ったことである。それは諦めと醒めた視点から感じたことだ。
現実とは世間とは「教養のない馬鹿な女と女みたいな男の現象世界」でしかないことを。
それが馬鹿な彼女・彼等にとって、現象が全てだからそうなのだろう。

 世間の目、世間様とかは自分の(自己の範囲を自分というなら)日々の泡でしかないのに。
それが解ってないから前に書いたチンドンヤや子狐が出てくる。
その言葉に呪縛されて、一生終えてしまうのが95%いやもとっと多いのでは。
世間様に笑われないようにとか、世間様に迷惑をかけないように!これも大事だろう。
城下町街はこの世間様の世界に入る。彼らの情報(噂)は下ネタか夜逃げか不幸,
それを皆で楽しんでいる。社会と世間の言葉の違いを定義つけておかないと!
こういう世界に迷い込んでしまう。
 ーーーーーーーーー
(10年近く前に書いた文章に似たような内容があったのでコピーしておく。)
H0407城下街小唄

 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。

その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており
漫画的ですらある。彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。

特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、彼等の出す“ウワサ”がその社会を
大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが
“マンダラ”の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。(“ウワサ”として)

彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。

“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、
今は下火になったのだが、新興の各業界の癸韻亮卍垢十人あまり癸韻ゆえに聞くに耐えない
“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”なのだが、

そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。それがおもしろおかしくて
集団ヒステリック的につくりあげられており、自らの名が出るかどうか怯えている。

“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものといえよう。


898, 携帯TV電話を買った!

2003年09月19日(金)

 ある飲み会で、ついに「携帯TV電話」を持っている人がいた。
数回飲んでいたが、携帯TV電話を持っているとは知らなかった。
今年の4月に28000円で買ったという。
アニメ系ソフトや携帯電話などのソフトの開発の仕事をしている為、利用
価値があるのだろう。
仕事仲間の殆どが携帯TV電話を持っており、仕事内容の打ち合わせに
最適だといっていた。
東京の仲間内の事務所にカメラが据えてあり、よくアクセスするとか。
また音楽が大好きで幾つかの録画をダウンロードしてあり、フルに
使っているという。
「普通のiモードの携帯の10倍の価値を感じる」といっていたのを
聞いて私も買うことに決めた。 

 実際に手にとってみて、SFの世界にいるような気持ちになった。
その人がアクセスした事務所の照明をつけたり消したり、室内の音声まで
聞こえてきたのには驚いた。

 まずはアダルト系とか、出会い系サイトに利用されるだろう。
まだ綺麗なTV放送は見られないが、あと数年経つと今とは全く違った
画面が見られるようになるという。
メーカーの研究所で次世代の液晶画面の開発がすすんでいるとか。

 まだ買ったばかりで殆ど利用方法が解らないが、これは面白そうだ。
カメラ付を来月にでも買おうとしていた矢先、
思わぬキッカケでTV付を買う羽目になってしまった。
値段は1万9800円で半年で三分の二に下がっていた。
もちろんカメラ機能が併設してある。

 私の場合、周辺では誰も持っていないので、他人の公開している
部屋や事務所でも覗き見してみるつもりだ。
そう、スナックや居酒屋の店内を覗くのも面白そうだが。

 もう少し使い込んだら再び話題の取り上げてみるつもりだ。
それより、紹介してくれた相手とTV電話をして使いかたを教わるのが
一番実用的だ。
 これを持っている??でもいたら一番よいのだが、無理か。

・・・・・・・・・・・

524,北朝鮮を考える - 2002年09月19日(木)

 解りやすく北朝鮮を要約するとー
得体の知れないマフィアの親子が国家を乗っ取ってしまった。
そして?鹿息子が自分を「偉大なるドン様」と国民にいわせている。

・やりたい放題、偽札は国家単位で生産する。
・武器を狂信的国家に製造して売りつける。
・麻薬も国家的生産体制でつくり、隣国のマフィアに売る。
・更にある平和ボケの隣国に銀行をつくり、どんどん金を高利で集め自国
 に移動する。
・スパイのネットワークを周辺の国に張りつけて、その国民を自国に
 連行はする。
・ある隣国の野党そのものを買収をして連合をする。
・最近はミサイルを造り、ある虚勢された?隣国の上を飛ばす。
・原爆まで生産、それを狂信国家に売りつけようと企んでいる。

 しかし、そのマフィアのパパが死んでしまった気の小さい僕ちゃんが
とんでもないミスをやらかしてしまった。狂信国家のテロリストと
組んでアメリカに対抗しようとしていたが、こともあろうに
アメリカの象徴のユダヤビルを2つ吹き飛ばしてしまった。
さらに3000人の命を奪ってしまった。

 この報復はすぐに始まった。
日本の銀行の締め付け、日本への侵入に対して衛星TVでの厳重
チェック、食料援助の凍結。
2〜3年後のアメリカの間違いない攻撃!

 そこで隣国に韓国と同じ手法で、詐欺の計画をたてた。
あたかも友好のふりをして援助が目的のパフォーマンス。
しかし人質の8人の殺害もばれてしまった。

 恐らくこれは国論がいくら脳天気でも硬化する。
これは日本国家にとっても数年先のアメリカの攻撃に、賛成に傾く。
脅かしで原発の一つや二つ爆発をさせるかもしれない。
この国もやっと、危険という意味でグローバル化してきたというところか。

 与えられた民主主義ほどやっかいなものはない。

・・・・・・・・・・・・・・
「再びホームページ‐5ヶ月 の実感」 2001/09/19


・個人のサテライト・スタジオだ。
・個人の応接間だ。-WEB上に開いた個人応接間。
・個人のお店だ。
・個人の自己実現の場だ。
・個人の楽しい過去の行蔵、
    楽しい今の楽しみの場、
    楽しみな未来の計画の場。
・唯我独尊の独り言の場。

・この5ヶ月間の全エネルギーを注ぎ込んだ。
・自分がどんどん変化していくのが面白い。
・過去の内面に溜まっていた何かが一挙に出てくる感じだ。
・文章力が飛躍的についた。
・なんといっても1日30分も触ってなかったパソコンを、
 5〜6時間以上触るようになった。
・パソコン教室に通うようになった。
・同時に多くのソフトを知った。
・写真をメインにしたアルバムホームペイジから始めるのが
 一番の早道である。
 
以上であるが、これから1000項目のテーマを随想日記に書き込むのを
目標にしようか。


897, イルカの話ー2

2003年09月18日(木)



 先日、NHKで「野性の発見ーイルカとロビン・ウイリアム」
という内容のドキュメントを放送していた。
ロビン・ウイリアムは私の数少ない好きな性格俳優の一人だ。

 そういえば去年の今頃、イルカの話を書いた。
イルカの能力は底知れぬものがある。
鏡を見て自分と認識できる動物は、一部の類人猿とイルカしかいない。
先日のTvで、イルカに鏡を見せている場面が何とも面白い。
自分の顔を人間のように、いろいろの角度から見たり、表情をつくっていた。
そして笑っているようにさえ見えた。

 イルカは牛がそのご先祖様で、進化して6000万年が過ぎている。
イルカのひれと牛の蹄は同じものであるという。
ーイルカの特殊能力をあげてみると
・ハワイの研究所のイルカは60の手話と2000の文章を理解できる。
・人間の動きをすばやく捉えて、そっくりの物まねをする。
・一致協力して、ボラを陸に追い上げて捕る漁法を持っている。
・セックスそのものを楽しむ数少ない動物の一つである。
・イルカは心に傷を持っている人をすぐに見分ける。
 その能力を取り入れたイルカ療法がある
 
 去年、NHKスペシャルで「漁民とイルカが共同で漁をする」内容を
特集していた−後記コピー

 彼等は自分のサインのような個々の音を持っている。
人間が違う知性と交流できるとしたら、イルカだろう。
人間の想像をはるかに超ている進化した動物の可能性がある。
 
 二つのドキュメントとインターネットの検索で、
ちょっとしたイルカ専門家きどりだ。
 これが情報化というものか。

・・・・・・・・・・・・
510, イルカの話 - 2002年09月05日(木)

 最近癒しという面でイルカが話題になっている。
先日NHKでブラジルの漁村で野生のイルカと漁民の共同の
ボラの漁をドキュメントで放送していた。
湾の浅瀬でイルカが追い込んだボラを漁民が投げ網でとる。
イルカは、そこより逃れたボラを待っていて取るのだ。

 イルカが浅瀬に逃げ込まれる直前の一部のボラを取るのだ。
何代にわたっての親娘のイルカに、そのノウハウが受け継がれている。
その湾の60頭のうち20頭がそのノウハウを持っている。
面白い内容だった。

 猿と犬の中間位の能力があると云われている。
特に彼らの出す音波言語で、かなりのレベルの情報の交換が
行われている。人間との言語交換は不可能といわれているが、
もし可能になった時は、コペルニクス的大転換がおこるはずだ。

いかなる状況においても遊びを忘れず、
また人間の気持ちに対して、非常に敏感に反応する。

検索で調べた「イルカのホームページ」の内容をコピーしておきます。
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[イルカは病人を特別扱いする ]

 イルカやクジラ、ゾウなどはけがをした仲間の動物をかばう性質があり、
イルカは人間の中から病人を選び出すことができるらしく、
その病人を特別扱いするらしい。
イルカは人間の血圧の状態や脈拍がわかるようであり、
右半身が麻痺している人が海に入れば、
イルカは必ず不自由な右側を支えるような位置にまわってきて泳ぐ。
多くの泳いでいる人の中に自閉症の人がいれば、その患者の側に行くそうだ。
イルカと一緒に泳いだ人は自分はイルカに特別扱いされたと言い、
自分の存在を認めてくれたと喜び、自分の存在価値も認めてもらえたと
自信をつけさせる効力まである。


[イルカの不思議な力]
 
 イルカがどうやって治すのかは現在では科学的に説明しづらく、
イルカ療法に関しての本によってそれぞれ違う。
超音波のようなもので治すとか、気で治す、
テレパシーのような超能力があるなどといろいろ書かれているが、
確実な証拠はなく、未知の能力であるのかもしれない。
病人がよくなるというのは実際にあるが、
イルカだけが効果の源であるとは言い切れない。
広い海に出ること、太陽に当たること、多くの人に援助して
もらい水に入ることなども効力のあるすばらしい体験であると言える。

 心の病の治療にイルカが使われています。
その第一人者はベッツィー・スミス博士。
彼女は自閉症の子供をイルカと泳がせました。
すると、感情を表にだしことのなかった子供たちに変化がおきたのです。
喜びを表現したり笑い声を発したりしたのです。

彼女の言葉を借りると、
「イルカは超音波を使って、対象がどのようなコンディションであるかを
理解します。相手の体に不自由があったり、気分がおちこんでいたりと
いった状況を敏感に察知しイルカのほうから患者にちかよってきて」
人々を癒すのです。

  ・・・・・・・・・・
 イルカのメッセージを伝えたい
・高度に発達した文明を持ったアトランティス人は、イルカだった
 という説がある。
・別の説では、アトランティス大陸が沈没したときに、人々がイルカに
 姿を変えたとされている。
・いや、イルカはシリウスという恒星から、地球の変革を助けるために
 やってきた使者だという人もいる。
 
 いずれにしても、大昔からイルカは私たち人間と深い関わりをもってきた。
ギリシャに「デルフォイの遺跡」というのがある。
デルフォイとは、ドルフィン、つまりイルカのことだ。
古代ギリシャ人は自分たちを導く神の化身として、イルカを祀っていたのだ。
ギリシャ神話には、水難に遭った人を救ったイルカの話や、
少年と仲良く遊んだイルカの話が数多く残されている。
 同じようなエピソードはニュージーランドやカリブ海、
さらにはアジアのベトナムでも語り継がれている

ーーーーーーーーーーーーーーー
523, 本屋と書籍出版社と問屋 - 2002年09月18日(水)

本屋の世界が特殊ということがあまり知られてない。
書店の問屋に2大勢力がある、日販と東販だ。

・荒利が20諭∧嵒兵由の世界。
 価格は再販制−定価販売で、値引いては売らない。
 問屋への注文は本の間に挟まっている注文書を販売時点で抜いて、
 注文をするシステムであるー現在はバーコードがついている。

・本屋の棚割とか在庫数は問屋の指導で決められている?
 問屋は情報システムを本屋に売っていることになる。
 解かりやすくいえばいえば、本屋は不動産業そのものといえる。
 ある立地を確保して、本屋をやる!といえば問屋が飛びついてくる。
 そして棚割りと在庫数の決定をする。
 フランチャイズシステムに酷似している。
 イトーヨカ堂の鈴木敏文社長は大手問屋の課長の転職者だ。
 小売は情報システムの販売という事を熟知していたから、
 社長まで登りつめたのだろう。

・20佑旅嗟の内訳はー人件費が40諭地代が7~8諭電気光熱費が
 などの経費が30諭∨引きなどが3~4佑離蹈垢寮こΔ世蹐
 ーこれは私の推定だが。

・本の価格は、初版でコストが回収されるように値付けされている。
 大体の話だが、価格の分岐点は単行本で,
 。初版1〜2万部で1700円あたりである。
 。2000〜2500円だと初版は8000部あたり。
 。3000円にしておけば、3000部あたりでよい。

・単行本の中から、売れた本は文庫本に選ばれて書棚に残っていく。
 値段は半額から三分の一になる。

これからデジタルの時代といえ、本は残るといわれている。
それもビジュアルの要素が多く入った解りやすい本が。

そういえば本屋ではそういう本が多くなった。
文庫本にもカラー写真がたっぷり入った本も目に付くようになってきた。
かなり難しい哲学の本を3年前に買ったが、大きな絵入りと解りやすい
解説が空間にたっぷり入った本であった。居間のTVの横に置いてある。

最近は左のページが原書になっていて、右に難しい英語の解釈や
解説がしてある本もある。
これを読めば一応原書を読んだ事になるように、出版社もあの手この手で
知恵を絞っている。普通の人でも原書が読める時代だ。

そういえば、街の小さな書店がどんどん姿を消している。
大きなチェーン店にとって代わっているのは、どの業種も同じだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

[148] アフガン国境      
                   2001/09/18
カイバル峠ーアレキサンダー大王が通った峠ー
ーー昨日間違ってけしたため今日改めて載せるー自宅のパソコンにコピーー

中近東シリーズ、インド・パキスタン・シリーズとこの2年旅行して見てきたそのままが、
1〜2年後大きいニュースになるのが必然か。その前がペルーやケニアであった。
異郷をキーワードに行っていたのが、こういう結果になってしまったのだろう。
しかしツアーレベル(観光客レベル)でしかないのもわかっているつもりだ。

もっとシビアに言えば旅行で帰ってきて、どうだった?ときかれてもベラベラ喋れない!
というのが本当のところだ。かなりのお金を払ってなんで?とは一回思ったことはない。
しかしそこで見たものは、感じたものは、得たものはその数十倍もあるからだ。
したがってこう言う機会にしかいえないからあえて言う。

シルクロード!の昨年の旅行、考えられない社会の連続であった。
パキスタンが注目の世界に入る事を前提にシルクロードのバスの世界で垣間見た世界を
書いてみよう。表面的の話を!

ーバスの中で現地添乗員ー
「ここの部落は自治区です!治外法権の世界です!排他的な民族です、外を見たら目を絶対に
あわせないでください!」
「ここの部落は近親相姦の平気な部落です!従がってかなり民度と部族としてレベルの低い
世界です!」

「ここは麻薬と銃器の世界に対する密輸基地です、あの大邸宅の内側はホワイトハウスの
中より物理的にはるかに豪華な世界があります!警備もその数倍の仕掛けがあります!」

「この街は麻薬と銃の暗黒街ーマフィアにむけた秘密基地です、あの店の名前が麻薬やと
堂々と書いてあります」

「ここからアフガンまで2時間の街道の200メートルまではパキスタンの管理下、
その向こうの道路は密輸通り!みて見ぬふりです!」

芥子の花はその辺に咲き放題!その辺で石に混ざっているヒスイをさがしていたら、
ある女性が上から落ちてきた小さな石に当たった、しかしその速度のため頭は血だらけ
ーもちろん帽子の上でこうなるのだから!

あちこちで落石事故!自分たちだけは絶対大丈夫という信念の中で、
まずパキスタン添乗員が疲労で倒れ、次に我われの添乗員が倒れ!気を張っていた自分が、
最終のフライトの飛行機の中で、死ぬほどの下痢!脱水!トイレの前の席で30分ごとの
脱水状態!もちろん生まれて初めての経験

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
参考に為にシルクロードの旅をコピーしておく。

H1207シルクロード15日間の旅

"人生とは基本的には、うまくいかないものだ!"という誰かの本を読んで、
この命題をこの旅行で解いてやろうと出発した。そして帰ってきて、一つ解った事がある。
うまくいくカギとは、それがこの文章の内容であり、この旅行であった!
(少々のリスクと困難のむこうにあるもの、それは?)うまくいかないのは困難を恐れてしまうからだ!

=旅は人生の縮図!

北京に一泊、そしてウルムチに一泊。さらに天山、タクマカラン砂漠を越えた西域南道のホータンに一泊。
そこよりマイクロバスを乗りついでパキスタンへ。
世界の屋根、パミール高原を越えヒマラヤの桃源郷フンザ王国とペシャワールへの二千km以上を走破して
イスラマバードへ、文字通り命懸けの旅行であった。軽い気持ちで行って、"とんでもない旅行をしてきた!"
というのが、帰ってきての総括の気持ちだ。やはり十日間入院したというツアー仲間よりの手紙が早速届いた。

こんなリスキーさは日本の常識をはるかに超えていた。でもこれこそ旅の醍醐味でもある。
旅とは異質との出会いであり、その接点で自己の異質(本質)に気付く事でもある。

その点で今回は異質の出会いの連続といってよかった。ホータンはその最たるものであった。
街の大部分はロバにひかれた荷車にあのウィグル族などの何ともいえない風貌の老人ときれいな女性達、
目の前がクラクラしそうな感激。

そして旅の仲間二十名を乗せた車はホータンより西域南道を右手に
タクマカラン砂漠を見ながら五〇〇kmの道のりカシュガルに向かう。カシュガルを二泊後、
シルクロード最大の試練といわれるクンジュラブ峠(標高四九四三m)の峠を越え、七〇〇〇m超級の山々を
間近に臨みながら、中国よりパキスタンへとバスは走りぬける。
ここで四名の仲間が軽い高山病になる。

カラクリ湖よりみたコングール峰とムスタガータ峰の七〇〇〇mを越えた山の美しさに圧倒される。
翌日より右手にインダス川が流れ、カラコルム山脈が左右に続いているカラコルム・ハイウェーに入る。
ハイウェーとは名ばかり、軍事道路の為安全面はゼロ。危険きわまりない。
あちこちで土砂崩れの工事の横をすりぬける。一万人の軍隊が待機して一〇〇〇km以上のハイウェーを
補修工事をしているという現地ガイドの話。当然何回も足止めをくう。
三〇〇mの巾の土砂崩れの道路を現地人の臨時のサポーターを一人ずつ、手をつないで落石の中を走りぬける。

そして向こう側で臨時にチャーターしたバスに乗りかえる。ところが、ところがそのバスの運転手がスピード狂、
六時間以上、右手が川の流域まで一〇〇〜二〇〇mの断崖の道路を一〇〇以上のスピードで突っ走ったのだ。

アメリカで"スピード"という暴走バスの映画があったが、そのカラコルム版そのものである。
まさしくジェット・コース!に乗っている気分!全員顔面蒼白、そして無言!といって誰も文句をつけない!
それを楽しんでいるのだ。"あの崖くずれの中の走破と、この暴走バス!日本に帰っても誰も信じないだろうな!
映画の世界そのものだ!リアルというより逆にバーチカルの世界みたいだ"と誰かがいっていた。

そして桃源郷・フンザに命からがらについた。翌日、ジープ六台で上部フンザのグルミット村へ、
カラコルムの山脈に囲まれた峰より見るホッパー氷河がすばらしい!
そして、向こうに見えるゴールデンピークの美しさ。真っ青の空と濃い田園の緑のフンザの村々と純朴な村の人々、
あとは絶句!。

そしてアフガン国境に向かう。ここは九つの部族の自治地区!実際は治外法権の無法地帯。
麻薬と武器の世界にむけての密輸基地である。
国道の右がパキスタンの法則が通用。観光用のバスには軍人が二人拳銃をかまえてバスの前後の席にすわる。
テレビでこの国境の街のドキュメントをアフガン戦争時に見た事を思い出した。
そこも含めてヘレニズムと仏教の融合の地、ガンダーラになる。

ペシャワール付近に残るガンダーラ美術の仏跡がある。ヘレニズムと仏教が見事に融合された仏像の数々。
鼻筋が通った巻き毛の頭髪、人類史上で最も美しい東西文化融合の結晶ともいわれている。
そして、そこで騙されて買わされた仏像とコイン!旅行より帰ってくると哲学者的になる。
同じ言葉が旅行前と後では全く違ってくる!

旅行はトラベルの言語でもあるトラブルとつらい事が圧縮して
何倍もふりそそいでくる。しかし、その先にその何倍、いや何十倍もすばらしい感動・感激に出会う。
だから危険を冒してまでも行く。それは人生そのものだ。少々のリスクと信念、を持ってたちむかった時、
すばらしい感動・感激が心を開いて待っている!それをつくづく実感させられた旅であった。

2000.6.2〜6.15

追記

あ!そういえば川のむこうに見えたシルクロードにあった岩でできた小さな丸いテントを思わせる宿坊が
三蔵法師が実際に泊まったものという。今まで遠い存在の法師が本当に身近に感じられた。
と同時にあの距離を危険な難所を無数乗り越えて往復した信仰・意志を実感した千数百年の時間をこえて
エネルギーとその偉大さがそのまま伝わってくる旅でもあった。


896, 言いわけ読本 ー読書日記

2003年09月17日(水)

塩田丸男
白水社 P230
\1,900
2000年3月30日
中央図書館ー2003・09・14日

ー感想
言いわけの評判は古今東西かんばしくない。
といって言いわけが無くなればよいのかというと、そうではないだろう。
言いわけも考えてみれば、原因追求の不可欠な要素とも言える。
また、自分を正当化するためにも必要な部分があるだろう。

この本では、文学 日本 エッセイ 歴史上の人物から現代人まで、
古今東西の多くの人が、紆余曲折のなかで思わず口にした逆境の
自己主張を摘出しながら、人生の苦境と人間の業の一端を示している。
言いわけもここまで集めると見事といわざるをえない。
そこで人間の滑稽さと本音を見ることができる。
これを読んでいるだけで、人間勉強になる。

 面白そうなところを、書き写しながら、自分の言いわけの場面を多く
省みてみた。その時は言いわけとは思わなかったが。
特に、最後に心の内奥で、自分に対して強引に言いわけをしている時の
歪みが、今更のようにリアルに目に浮かぶ。

 この本を読むまでは、言いわけの悪い面だけを見ていたようだ。
言いわけを『言いわけ』している本として捉えると全く面白い。
言いわけの言葉の奥にある深い真実?があるからこそ、その言葉が浮かび
上がってくるのだろう。
知人で枕詞が言いわけの人がいる。
こうなると芸術の域になる。
また小泉首相の一言コメントの言い訳もすばらしい!
ーこれ皮肉

 全てのことに対して『言いわけ』を通す人が読んだら、当をえる本だろう。
言いわけの真骨頂は「浮気に対しての言いわけ」である。
「だまし続けてほしかった!」という相手に対するマナーであろう。
この本は切り口そのものですでに、読者を引き込んでしまっている。


ーー印象に残った順に幾つか書き写してみたーー

・それは駒とは違う。坂田三吉が銀になって泣いているのだ。
 坂田三吉(13世名人関根金次郎との対局で不覚の手を指して)

・ジンギスカンは日本人だったのだ
 関東軍(日本が満州に進出する理由を聞かれて)

・行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に関せずと存じ候
 勝海舟(福沢諭吉に江戸無血明け渡しの批判に対して)

・投句したのは別の人よ。私は被害者です
 ある盗作女性)(文部大臣奨励賞受賞作が盗作で取り消されて)

・女にとって悪い社会は、本当は男にとっても悪い社会よ
 中山千夏(参議院議員になった才女が離婚するにあったって)

・学問するには多額の金銭が必要です
 ベートーベン(ゲーテにお金の無心の手紙を書いて)

・主さんを客ではなくて亭主同様と心から思っているのさ
 ある遊女(客の前でうっかりオナラをしてしまって)

・後悔してないんです。死んだ人には悪いけど
 阿部定(稀にみる猟奇事件「!−>・」をふりかえって)
 ーところで、「!−>・」の意味解る?
  解る人にはわかるはず!・阿部定を知らない人は無理

・通常の人間関係以上の強い結びつきがほしかった
 矢野暢(元京大教授が秘書にセクハラで訴えられて)

・自分にとって、女性の局所は入れるところであって、 
 出てくるところじゃない
 笠井信輔(フジテレビのアナウンサーが妻の出産に立ち会って)

・なんにもつけてなかったなんて、うそよ。ラジオをつけていたわ
 マリリンモンロー(売り出し前オールヌードを撮っていたことに対して)
 
・私がルールブックだ
 二出川延明(ジャッジに抗議する西鉄の三原監督を斥けて)
・・・・・・・・・・・・・・・

522,勉強法ーノートのとりかた--3 - 2002年09月17日(火)

以前にも「鳩山家の勉強法」でも書いたが、
レオナルド・ダビンチやモーツアルトなどの過去の天才のノート
やメモの共通点があるという。

・絵と図を中心として、そこに文章を書き込んでいる。
 空間配置を中心にしてある。
 知識としてより、創造のエネルギーが、
 それを共通項として必要としていたのか、直感的なのか?

・似た方法として、左か右に普通のノートをとり、
 反対側に絵や図や遊びなどの自由のコーナーにしてある。
 
 考えてみれば、脳そのものが右脳・左脳と二重構造になっている
 いるから、そうする事が自然で効率が良くなる。

 このような箇条書きも、してないよりはず〜とよいが、
 できたら空間配置のほうが良いのだろ。
 
 空間配置の中でフルに○と→をフルに使ってそれぞれの関係を 
 現しながら、解りやすく表現する事が重要だ。

 考えてみたら、これはある目的を達成する為、
 中世から現在まで、見取り図、発想法、かつ記憶の手段であった。
 また対象をわかり易くする為の手段でもあり、準備作業でもあった。
 
 今はパソコンに変わろうとしている。
 私の場合パソコンのワープロ機能の活用で、毎日の随想日記が可能になった。
 
 この画面で左がこのワープロで書き込め、左にノートパッドに
 ペンで自由に手書きで書き込めるソフトあると、便利のはずだが。
 もうあると思うが?いやないか?デジタルとアナログの融合になるのだが。
 
 「天才のノート」というソフトを創れば、売れると思うが!
 手書きも、タイプで打ち込める混合のソフトだ。
 アナログから脱皮できてないレベルの発想か?
 
 携帯電話の絵文字はその先をいっているのか??
 絵文字の組み合わせは、まったく違った可能性を含んでいる。
 時代は技術はどんどん変わっていくが、可能な限りついていくつもりだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前書いた鳩山家の勉強方」をコピーしておく。
 
ー鳩山家の「勉強法」ー

何回か立ち読みをして買うかどうか迷っていたが,
先日買って読んで面白かった。
しかし本来ある技法を、とってつけたような内容も多かった。

最近ノウハウ書に凝っている。
以前はノウハウ書などの小手先の本を甘く見るところがあった。

ところがそれが思い込みでしかないことが、この年で解った。
ノウハウ書ばかり偏るのがよくないのであって、
技術の宝庫であることは間違いない。

この本もそうだ。
ノートのとり方一つでも目から鱗である。
私の場合あまり勉強が得意でなかったこともある。

最近凝っている速読法もそうだ。
10倍とはまだなってないが、3~5倍早く読めるようになった。
うそみたいな話だが。

10歳ぐらいのときに、ある姉が教えてくれた。
「一科目だけでいいから、勉強して一番をとりな!」
これが小学年の後半、算数だったと思うが一番になった。
それがきっかけであった。
そして中学二年の時、・・・・・と。

さてこれで印象に残っている順に書くと!
・ノートの左右の書き分け
  左にキチット先生の教えたことを、ノートにとる。
  右に 右脳的に 絵とか自分の 形に遊びを入れて書き換える。
 また、そのときの部屋の様子や、他のことも書き加える。
 ダビンチのノートもそうだ。
 絵と文を交互に空間を広く取りながら書き込む。
 広くとった空間にどんどん書き加える。
・あと問題集を徹底的に解く。
 それもどんどん答えを見ながら、先に進む。
・本は全体をとりあえず読む。
 そして後ろのほうから、逆読みをする。
 推理小説の犯人を先に知った上で、
 そのストーリーを読み解く方法を勉強法に取り入れる。
・黒板を周辺に置き、いま覚えるべきところを書き込む。
・勉強をすることが楽しい雰囲気を作る。
 音楽はアダージョなどの、アルファー波の出る音楽を流す。
・黒板で自分が先生になったつもりで、生徒に教えるように演技してみる。
・暗記は繰り返し暗記をすれば、誰でも憶えられる。
・頭の切り替えの為、ポイントごとに遊びを入れる。
・最も大事なところは、勉強と終わりに集中させる。
・あくまで本人の主体性を尊重する。

これは別に写したわけでなく、自分の印象に残った順に記憶から記している。
受験なら、どこそこの大学と具体的に目標を決め、
その科目を集中して勉強する。
それも高校一年の時から割り切り、
他の授業は割り切って進級すればよいレベルにする。

こういうのを戦略的勉強法というんだろうが。
でもそれを出来なかったが、「生き方で戦略的に生きてやれ」
と、学生時代に意識できた収穫もあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

147] 機動捜査隊     2001/09/17

7〜8年まえになろうか。当ホテルで年平均二〜三人の犯罪者を逮捕している。その協力の功績で、機動捜査隊が表彰状をやるから私に来いとのこと。
「何いってるのか!来るのはお前らの方だろう」と思ったが、「面白そう!」という誘惑に負け行くことにした。まずは車で若い私服の機捜隊が迎えに来た。

そして、機捜の新潟本部についた。10人ぐらいの機捜が玄関で整列をして出迎え。
「面白い!そして気分がいい!かっこいい!」だった。そして捜査隊長の部屋に!暫くすると隊長が部下を連れてお出まし!世間話をする間もなく写真班が2名きて、撮影バチバチとられた。そしてそれから表彰状と金一封の授与式と続く。

まあいいや、いい経験だ!と有難く戴いた。そしてまた会社まで送ってもらった!彼等はまっさらな目で見ていて、新選組みたいな一体感を感じとった。ウエットな親分子分という感じであった。それが異様であった。
こんな人間関係まだあるのか!という感じであった。

‐さてこの内容が面白いのは、これからであるー

その一年近く後に、機動隊の若い男と第三シングルインのマネージャーをしていたAさんが、結婚するという。そうすると、あれは何だったのか?機捜に紹介された機動隊の人とか?

ーこんなものか世間は! まあ人生面白い!であった。



895, 超一流選手の共通項

2003年09月16日(火)

ー世界柔道選手権とプロボクシング世界タイトル戦-

 この五日間の世界柔道選手権が面白かった。
昨日まで5日続けて男女の八階級と団体戦の試合がおこなわれた。
2年に一度おこなわれるもので、オリンピックと同じ位の権威のあるものだ。

 何といっても井上康生の強さが目立った。
背の低い棟田と大柄の外人との勝負も面白い内容であった。
二日目と三日目は、殆ど目に付く内容は無かった。
個人戦の最終日は、無差別級の鈴木桂治の強さと、女子の田村亮子の
安定感が印象的であった。
 
 また一昨日は、ボクシングのスーパーウエルター級の世界タイトル
マッチがあった。
5階級を制覇したオスカー・デラ・ホーヤと、3年前に負けている
シェーン・モズリーの因縁の試合であった。
デラ・ホーヤは前人未踏の6連覇を目指しており、デラ・ホーヤの有利と
いわれていた。
しかし結果としてモズリーが僅差で勝った。
二人とも、スピードと高度のテクニックが売りの選手。
見ていても、玄人好みのする稀にみる好試合で、最後の最後の瞬間まで
息の抜けない試合であった。
ここまでお互いの技が磨かれていると、芸術の域に達しているといってよい位だ。

 柔道にしても、ボクシングも世界の一流選手には共通項がある。
野球のイチローもそうだが、身体が相手の動きに自動的に反応するまで、
練習を積み上げてあるのだ。
間一髪で、お互いの技を外すことができ、攻撃もできるのだ。
見ていると、優勝をするのが、いかに至難であるかがわかってくる。
一つの技に反応するのに頭で考えていては勝てない。
特に優勝候補の場合、弱点を徹底的についてくるし、得意技に対する
防御に全てをかけてくる。それでも、その得意技で勝つのだから、
普通の練習では不可能。科学的に徹底して鍛え抜かれている。

 この二試合に、メジャーリーグの試合と、大相撲に、『お笑い』にと、
一日TVの前に釘付け。これに3時間の散歩に、スーパーに、図書館に、
パソコンに、居酒屋(あかちょうちん)にと、
根を詰めた、しかし充実した一日であった。

・・・・・・・・・・・

521,「世の中を良くする為には」 - 2002年09月16日(月)



昨日の昼、なにげなくみた映画のなかで、薬中のホームレスが、
橋から飛び降りようとする見しらずの女性を助ける時の言葉がよい。

「なぜ助けようとするのか?」という瞬間の問いに、
「自分を助けてほしい、貴女を助ける事でしか今の自分を救われない!
たった今まで薬のことしか頭になかったが、いま気づいた!
貴女を救う事が自分を救う事だということを!頼む私を助けてくれ!
死ななでくれ!」この男の哀願に女性が自殺をとどまる。

中学の初めての授業で先生が出した自分への課題。
ーこの一年間で、世界を変える方法を考え実行してみよう!!−
ある少年の考えた課題ー「3人の人に役立つ事をする誓い。
それをして貰った人は他の3人に役立ちをわたす、
それが鼠算に伸びれば世の中が良くなる」という自分の創った課題を
実践しようとした。しかしことごとく失敗した。

その一つが薬中のホームレスを自宅のガレージで立ち直らせる事であった。
しかしその期待に答えられなかった男が、元の生活に戻って失敗した。
しかし人を救う何かをしなくてはというのが残っていたのだ。
それがその女性を救った。
その少年がいう
ー日々の生活に慣れきってしまい、良くないことが変えられないんだ!
怖いんだ、変化する事が。良いことをしたら、次に渡せ!ー
耳が痛いが、なかなか味のある内容であった。

その子供の運動がマスコミに知ることなり、全米に大きな運動として
広がっていくのだが??
シックスセンスの子供役がその男の子を演じていたが、
素晴らしい心理描写を演じていた。
「可能の王国」という題であった。

最近TVの内容が面白い!

・・・・・・・・・・・・・

[146] チンドンヤ   2001/09/16

 社会学をやっててほんとうによかった!!!!!
これは‘個人とその集合体の社会’の学問である。 
それを解っていたから、(反社会的でなく?)超社会的に社会的とかを
全く気にとめないで?済んだからだ。

チンドンヤー(自分の仮面)ーペルソナーを演じないで済んだからだ。
仮面を演じている‘こっけいな姿’を嘲笑しながら?
チンドンヤ(その姿が自身でもある?)になりざるを得ない。 

 同級生だった男に、必死になってチンドンヤをやっていたのがいた。
俺は英雄ー正義の味方、−ここからが面白い。
「俺のやることは特別の自分(英雄を演じているチンドンヤ)のやることだから
正しい!」ーー「したがって俺様のやることに、皆従え!」

 その必死さがかわい一が。
それを(仮面)利用してせいいぱい背伸びしているところが哀れである。
近くの親戚にもこの論法の男?がいた。
「自分は特別の存在である、その特別の存在の自分のやる事は全て正しい」
という思い込みだ。
ー考えてみれば誰もがもっている要素だから、目くそ鼻くそか!


894, 「バカの壁」読書日記ー2

2003年09月15日(月)



「バカの壁」を常に感じ取っている。
過去を振り返ってみれば、よくわかるはずである。
子供に遡るほど小さな視界の世界ー壁が立ち塞がっている。
その壁を一つずつ乗り越えるのが、人生でもあり成長である。
学生時代、ある友人に「大爺」といわれたことがある。
「地方の固定観念の塊」と「両親からの価値観の殻」を感じ取って
批判したのだ。
学生時代の一番の収穫は、この壁‐殻を可能な限り叩きこわしたことである。
そのためか、地方にいると全く価値観が合いあわない。

 壁は乗り越えれば乗り越えるほど、多くの壁が立ち塞がってくる。
「バカの壁に気がついてくる」といってもよい。
メジャーにはメジャーの壁、マイナーにはマイナーの壁がそれぞれある。
この随想日記も、バカの壁の提示でもある。

 自分の壁を認識するのに、
過去の喜怒哀楽の極みを内省してみるのがよい。
一番、喜んだこと、怒ったこと、悲しかったこと、楽しかったことを
書き出してみることだ。それと好きなことや人、嫌いなことや人を
考えてみることだ。
感動・感激・感謝の極みもそうだ。
それが、その人の限界であり、プラスの意味の壁である。
その壁の上に立って、その向こう側を眺めると、自分が何をすべきかが
見えてくる。バカの壁を一番乗り越えるヒントが見えてくる。

私のバカの壁を乗り越える方法を幾つか書いてみる

ー新しい習慣をプラスしていくことである。
・ウオーキング
・お経ー般若心経
・読書
・本屋と図書館通い
・パソコンー随想日記
・頭の固い人との接触を避ける
・常に新しいこと現象に興味をもつ
・意識して感激・感動の場面に近づく
・秘境旅行に行き続ける

等々を時間をかけて習慣化していくことだ。
チャレンジ・コンペテション・チェンジの繰り返しのサイクルを
維持すること、中村天風のいう「積極一貫」である。
バカほど、こういう本は読まないものだが!
バカとは頭の固い人ーバカの壁がびっしり囲んでいる人のことだ。
  そう貴方、いや自分のことだ。


ーこの本の感想を書いてみると

「内容を理解もせずに、うわべだけを見ただけで知っただけで、
わかっているという思いこんでしまう恐ろしさ」を提示している。
「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」「都会と田舎」
等々は違うとして「二元、論」の考え方で主張している。
現代世界の三分の二が「一元論」者の中で限界がきているとしている。

「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に
経験するのがいい」というのが一つのテーマにもなっている。
「物事は全面的に良いものではなく,良い面と悪い面があるものだ」と捉え,
「一元論」を否定し,「二元論」を提唱しています。

 一般に良いこととされる言葉--たとえば「個性重視」,「効率化」,
「景気回復」「人間性」なども,両面から捉て論じている。

「個性重視」... 個性というが、個性は簡単には捉えることができない
「効率化」..... 人員削減された人を如何考えるか
「景気回復」... 回復の場面で無いのに、無理をしているのでは
「人間性」..... 人間性は、価値観の一つでしかない

「いくら話してもわかってもらえない」
「想いがどうしても伝わらない」
 誰もが味わう苛立ち、不快感。それを解くキーワードは「バカの壁」である。
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもある。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードと断じている。
この壁についてわかると、周辺の話が通じない人の思考が理解できる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じないのかもわかってくる。誰もがぶつかる人生の問題について、
「こんなふうに考えてみては」と様々な視点を提示したエッセイである。

ー気になった文を抜粋しておきますー

・私はいつも脳について話すんです。
「あんたが100諭∪気靴い隼廚辰討い燭辰董⊃欧討い覺屬亮分の意見が
入っていないだろう。3分の1は違うかもしれない。67佑世茵
あんたが言っていることの100誉気靴い隼廚辰討い襪任靴腓Α
間違えることを考えに入れれば、自分が100誉気靴い隼廚辰討い燭辰
50佑牢岼磴辰討い襦廚箸いΔ海箸任后
バカの壁というのは、ある種一元論に起因するという面があるわけです。
バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。
向こう側が存在していることすらわかってなかったりする。

・安易に「わかる」、「話せばわかる」、「絶対の真理がある」などと
思ってしまう姿勢、そこから一元論に落ちていくのは、すぐです。
一元論にはまれば、強固な壁の中に住むことになります。
それは一見、楽なことです。しかし向こう側のこと、自分と違う立場のこと
は。見えなくなる。とうぜん話は通じなくなるのです。

・・・・・・・・・・・・
『バカの壁』
著者 養老孟司
出版社: 新潮社
(2003/04/10)
☆☆☆☆★

 ー著者からの内容紹介ー
「いくら話してもわかってもらえない」「想いがどうしても伝わらない」
誰もが味わう苛立ち、不快感。それを解くキーワードは「バカの壁」だった!
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもあるはず。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードだ。
この壁についてわかると、身の回りの話が通じない人の思考がわかる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じない
のかもわかってくる。誰もがぶつかる人生の問題について、
「こんなふうに考えてみては」と様々な視点を提示したエッセイ。

ー内容
イタズラ小僧と父親、イスラム原理主義者と米国、若者と老人は、なぜ互いに
話が通じないのか。そこに「バカの壁」が立ちはだかっているからである。
いつの間にか私たちは様々な「壁」に囲まれている。
それを知ることで気が楽になる。世界の見方が分かってくる。
人生でぶつかる諸問題について、「共同体」「無意識」「身体」「個性」「脳」
など、多様な角度から考えるためのヒントを提示する。

ー目次
第1章 「バカの壁」とは何か
第2章 脳の中の係数
第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞
第4章 万物流転、情報不変
第5章 無意識・身体・共同体
第6章 バカの脳
第7章 教育の怪しさ
第8章 一元論を超えて

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520, 宇宙について - 2002年09月15日(日)

宇宙についての知識がこの10~20年で、飛躍的に観測等で伸びた。
以前事業百訓で書いた内容をコピーしておこう。
これを書いてから数年後の7~8年前に、
NHKスペシャルで数回にわたり放送した内容がよかった。
あまりの壮大な内容に驚いた。

地球の特異点はビックバン、ビッククランチ、ブラックホールの3つある。
宇宙は130億年前あたりに大爆発があり時空をつくっていて、
今も膨張している。
最後には限界点まで行くと、収縮をはじめて消滅する。

宇宙にブラックホールが存在して周辺の星などの物質を飲み込んでいる。
それがある一点にむかっていくポイントがビッグクランチという。
あるところまでいくと、反転してビッグバンになる。

この宇宙は、その大きなブラックホールでもあり、
数億のブラックホールを抱えている。
それぞれのブラックホールもその中に宇宙を抱えており、
それぞれがビッグバンとビッグクランチをくり返している。

ある説によるとブラックホール内のビッグクランチが限界に達すると、
違う宇宙に管のようなトンネルを通ってつながっているといわれている。
当時3~4回この再放送を見た為、しっかりと頭に入っている。

当時感じたことは「何だこれは人間の生死と同じではないか」という
妙な気持ちであった。
15年前の文章に比べると、飛躍的な宇宙知識の飛躍でもあった。
あれから7年もっと科学知識は飛躍したはずだ。

TVだからこそ、その高度の内容を理解することが出来たのであって、
本でこれだけの内容の理解は、今の自分では無理だ

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S6209事業百訓 

“宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると−
  我々の宇宙は百二〇〜百五〇億年前にラグビーボール大の素粒子が
   ビック・バン(大爆発)により生じた。
  そのひろがりは(a)二千億の太陽で一つの宇宙(銀河系)を形成 
          (b) その銀河が百億存在しているところまで確認され
  地球誕生は四十六億年前であり、太陽のまわりの細かい隕石がぶつかりあって
  拡大して生じたもの。
  三十億年前に生命が地上に誕生
  数百数万年前、猿が誕生
  五万年前にホモ・サピエンス(今の人類)が出現
  文明は五〜六千年前以前にはじめてうまれた。
  宗教(仏教、キリスト教)がおよそ二千〜二千五百年にうまれ
  現在の地上の人類は五十億人であり、過去人類として出現した数は
  およそ八百億人という。
  その人間も五十兆の細胞で構成されており、脳細胞は百三十億である。
  以上の背景を持っておよそ八十年間の寿命を全うする。子供の頃、胸にワッペン、
  片手にお菓子をもって、好きな女の子をおいまわす。
  女の子は大人をまねたママゴト。それを少し拡大した事を一生を通じて、
  何等不思議ともおもわずくり返す。
  
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             2001 09・15 
  [145] 宗教戦争ー4
大事件を当然の上で私の主観を書く!

恐らくアフガン、イラクや??は国の壊滅に近い状態、
そしてイスラエルの過激派の幹部のかなり数が年内に抹殺されるだろう!
いやそれが必然の世界にはいった。虐殺がその連中になされる。
これが宗教戦争だ。その反面今のようなテロが行われるだろう。

しかし、アメリカの全体の力を考えた時、今回の事件は微弱の損害でしかない。
別にアメリカの力の過大評価でない、大儀名分を与えたからには力と力の戦いだ。
気の毒なのはイスラム教徒だ。宗教は民族の魂であると同時に自我でしかないのに。
自我と自我の戦いが始まる。神という名のもとで虐殺が始まる。
う簡単に済む問題でない。4000(旧約)年対1300年(コーラン)の戦いでもあるからだ。宗教全面戦争になるのか。

アメリカにとってアラブのメッカが破壊されたようなもの。
驚天動地だろう。何をやりだすかわからない。 
旧約はかなり生々しい、生きた補虜を尻から杭を打ち込むのだ。
最近その遺体がかなりの数発見されたという。それだけ残酷になれるのだ。

宗教戦争は恐ろしい。今回はイスラム圏にとってあまりにも不利だ。
                          2001/09/15


893, 「バカの壁」ー読書日記−1

2003年09月14日(日)


 以前から気になっていた本だが、ついに買った。
この人の本を多く読んでいたので、立ち読み程度でよいと思っていた。
しかし金を出して、手にとって読むと真剣度と理解度が全く違う。

人間は、本気になって知ったこと以外「バカの壁」に囲まれている存在である。
教養とはその「バカの壁」をいかに多く取り除いた状態の程度といってよい。
といってその壁は取り除けば取り除くほど、更に自分を取り囲んでいる多くの壁に
気がつく。

 この本では、「詳細を知らず、かつ知ろうともせずに上辺だけを見みて、
わかっていると思いこんでしまうことの恐ろしさ」を指摘している。
「わかっている」という思い込みの怖さである。
「人間は全てそんなものだが」と書いた後、そこで「人間を解っているつもりの
自分の壁」に気付いて驚くことが度々ある。
小さい世界から一歩も外に出たことのない住人は、この壁が頑強に
取り囲んでいる世界が全てである。その壁に囲まれている自覚すらないから
更に恐ろしい。そういう壁が全ての人に存在している。

 「知識と常識」「科学的事実と科学的推論」「意識と無意識」「脳と身体」
「都会と田舎」等々は、違うものであるという「二元論」の重要性を説いている。
「ものごとには良い面と悪い面があるということを認識しよう。それには実際に
経験するのがいい」というのがテーマでもある。

 一般に良いこととされる言葉--
 たとえば「個性重視」,「効率化」,
 「景気回復」「人間性」なども,考えるとそうである。
「個性重視」... これは最近あまりいわなくなったが、我がままの人間とどこで
        線を引くのか
「効率化」..... 仲良しクラブも良いところがある?のではないか
「景気回復」... ハイパーインフレになっても良いから目先の阿波踊りが良いのか
        ー景気回復が本当に良いのか
「人間性」..... いい訳に使う言葉に最適である

「物事は全面的に良いものではなく,良い面と悪い面があるものだ」と、
「一元論」を否定し,「二元論」を示唆している。
話せば分かる,という世の中にするためには,多くの人が「一元論」の考え
方から脱却し,「二元論」を受け入れることが必要としている。

・「いくら話してもわかってもらえない」
・「想いがどうしても伝わらない」
 誰もが味わう苛立ち、不快感。
それを解くキーワードは「バカの壁」である。
それぞれの固定観念ー常識こそ「バカの壁」ともいえる。
「'話せばわかる'なんて大嘘だ」と思ったことは誰にでもある。
「バカの壁」こそが、コミュニケーションの断絶を解くキーワードである。
他人の壁はよく見えるような気がするが、実際見ているのは自分自身の壁の
場合が多い。

 この壁についてわかると、身の回りの話が通じない人の思考がわかる。
大人と子供、上司と部下、さらにアメリカとイラクとでなぜ話が通じないのかも
わかってくる。誰もがぶつかる人生の問題について、「こんなふうに考えてみては」
と様々な視点を提示している。
「相互理解」という言葉も考えてみれば、「相互誤解」と皮一重ということである。
                         −続く
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 眠れない夜に

眠れない夜にどういうわけか、こうすると不思議によく眠れる。
・仰向けになり全身の力を抜く。

・頭から額にかけて力を抜くー次に目とその奥、鼻と口、
 首と肩、両手、両足と気持ちをその都度そこに集中して力を抜いていく。
 そうすると、自然に寝ていても何処かに力みが入っているのが分かる。

・完全に力が抜けた状態で、一番楽しかったことを考える。
 私の場合海外旅行の大体3番目のあたりで睡眠に入る。 
 それでも眠れないで、過去に行った全ての「思い出し旅行」
 に3時間かけたことがあるが。それはそれで楽しい時間であった。

・眠れないときは寝ようと考えず、眠れない状態で自然に任せることだ。
 それでも眠れないのが不眠症だろうが。
 月に一度位は、夜半に目が覚め寝つけなかったりする。
 でも苦にはならない。ポイントはマイナス思考の差し込む魔の時間に
 しないことだ。
 これは注意していれば防げるのが不思議だ、訓練の結果だが。

・羊の数を数えるとよいという説があるが、私の場合逆に疲れてしまう。
 何かの本に面白い内容があった。
 「アメリカの西部の砂漠の深い渓谷をイメージする。自分はインデアンの
 イメージで、騎兵隊の待ち受けている。彼らは狭い渓谷に入ってきた。
 その一人一人を狙い撃ちをする。一人一人が自分の銃で撃たれて死んでいく。
 彼らはそれでも何処に潜んでいるのか、いくらでもいるのだ。
 それでも執拗に一人一人を撃ち続ける。眠りに入るまで。」

これをやるチャンスはまだないが、何か寝てしまいそうな感じだ。
寝付きのよいほうだが、不眠症の人の焦りも解る。
不眠症の原因は、寝れない時間の過ごし方が下手ではないか?
その時間を空想や過去の楽しい思い出を楽しめばと思うのも、
当人でないからだ。
2002/09/14
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宗教戦争−3

[姉のメールに是非見てみろとホームページのアドレスが載ってました。
今回の事件の写真が載ってます。 http://www.tch.org/~russb/wtc/ ]

初めてエジプトに行った時の事を忘れられない。
深夜にカイロに着き、ホテルで寝入った瞬間妙な音で目が覚めた。
丁度ラマダンの期間で早朝より街中コーランの祈りの声が流されるのだ。
何か異様な世界にきてしまったと感じた、強行軍で数時間の眠りの後直ぐ朝食。
レストランに行くと、ボーイ意がラマダンの為か苛苛していて皿を投げつけるように置くのだ。
バスに乗ったと同時に若い女性の日本の現地ガイドが曰く
「この国に来たら、キリスト文明の感覚を全部すてて下さい。
ここはイスラムの世界ですから。腹を立てるだけ無駄な事、車に轢かれたら、
轢かれたほうが悪いというのがこの国の常識。私もこの国に来た初日にひき逃げを見て
動転した。土産物屋やほぼ釣りは誤魔化す、文句をいって取り返さない方が悪いという国です
から。はやく慣れてください。」
なるほどとそこで身構えた。しかし何回もそれをやられていると、
怒りを抑えられなくなるほど露骨であった。

その中で逆に、いつの間にアメリカ文明にドップリ漬かっていることにきずいた。
ラマダンー断食ーの時期とはいえ街中、ある時間になるとあちこちで全員が頭をひれ伏している
のは、日本人には全く考えられない姿であった。都合のいい事、悪い事総て‘アラーの神の
思し召し’それで済むのだ。全員でアラーといっていればそれは気分はいいだろう。

メッカでの数十万のイスラム教徒が一同に集まり祈る姿は、TVで見ても感激する。
それを信じて、共同意識で祈ったら恍惚になるだろう。
このイスラムの神ラージXとユダヤとキリスト教のラージXが同じだから始末が悪い。
イスラエル人のラージXをマタイがローマ人や女性に解放してキリスト教をつくり、
マホメットがアラブ人に解放してイスラム教をつくった。

ユダヤ教対アラブの戦いが旧約聖書(かなり大雑把だが)新約聖書対コーランの闘いに
なったのだ。
西欧社会の正義とアラブ社会の正義は全く違うのだ。
今まではイスラエル対アラブ諸国の図式が欧米対イスラムの闘いにに換ってくる

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H0805エジプト、トルコ感激の旅  エジプト編 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。

まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。日本ではまだ縄文の時代、
これを造りあげた高度の技術があったのだ。

そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス鏡い覆匹硫Δ篆世料の数々、
今まで何度か海外旅行をしていながら、何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?
と考えてしまったほどだ。
 
次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、
かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも
入ってみた。
 
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿とそこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も
印象的であった。
 
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス凝の巨大な立像も実際
そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という小さな帆かけ舟の
夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという
“四千年が諸君を見下ろしている!”というまさに異様なイスラム社会が
大きなカルチャーショックになった。

丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化去れているのが逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。

我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。

カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。

まだ今にも起きあがりそうなラムネス兇鬚呂犬瓩箸垢訖堯垢離潺ぅ蕕眇千年をこえて
不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった


2001/09/14


892, 危険物取扱主任者講習会

2003年09月13日(土)


 先日の午前中「危険物取扱主任者」の3年に一度の法定で義務付けられた
講習会に出席してきた。
主に、ガソリンスタンドやタンクローリーや、大型ビルや、ホテルなどの
軽油や重油を扱う設備をおく事業所に一人は必要な資格である。
この資格を取るには結構、試験が難しい?
一日4時間、2週間は集中しなくてはならない。
参考のために、宅建は夜間の講習会に5ヶ月通って、更に家で3時間平均
集中して勉強して、合否確率は50佑任△襦

 この講習会の参加は7回目になる。
これに宅建の講習会が数年に一度あるから、大変といえば大変だ。
今回の場所は三条の地場産業振興会館であった。
第三セクターの豪華な、しかし有っても無くてもどうでもよい箱物である。
5百人は入る大会議場で、空気と温度は最適に保たれていた。
そのせいか、ほとんどの人が講師の話を真剣に聞いていた。
いつもは三分の一は寝ている人がいるのだが。
帝国ホテルやパレスホテルの会場より快適なのだ。
こんなものは、新潟県に一つや二つでよいはずだ。どうなっているのか?
これも補助金ばら撒きの箱物の典型だろう。
 
 ホテルの場合は、全くといってよいほど注意することが無いので
寝ていてよいのだが、ガソリンスタンドの従事者の場合そうはいかない。
何事もそうだが、関係ない話でも真剣に聞いていると結構面白い。
あれだけ硬い内容にかかわらずでだ。
「何事も楽しんでやれ」と、思って聞いたからだろう。

 危険物を扱っている事業所は年々減っているようだ。
ガソリンスタンドの廃業が増えているためだ。
それに比べて事故は年々増えているという。
何処も経費節減のため、人手が足りず事故につながっているという。
「何処も同じ秋の空」ということだ。

硬い内容だったので、駄洒落を一つ 
 ー空から鳥が落ちてきた・・・コトリ
 
 これじゃつまらないなら、私の創作連想駄洒落
 ー空から人が落ちてきた ひとい
 つまらない?それじゃ
 ー空からストーカーが落ちてきた 人〜か
 もっとつまらない? いい歳をして!
   朝っぱらから

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勉強方ー速読法−2

10年近く前までは、構造やキーワードなど二の次にして、
初めのページから読んでいた。
そして本は汚さないようにして、古本屋に売る気もないのに!
本棚は途中で投げ出した本の山であった。

月に2〜3冊を買ってきて、半分ぐらい読んで投げ出し、
ただ読んだという満足感で終わっていた。
読み返しも大してしなかった。

大きい転機は近くに地方にしては大型の図書館が出来たことだ。
読みたい本が山ほどあった。
借りてきて少し読んで1〜2週間で返した。
そして再び借りる。通って借りているうちにとりあえず目次と
前書き、後書きを読むようになった。

そして2年前より借りられる量が5冊から10冊に増えた。
ポイントはギリギリ借りて、居間のTVの横に積み上げておく事である。
2年前に速読法に興味を持った、必然である。
丁度図書館に5〜6冊あったのだ。
それが前回書いた概容である。

10年前からみれば、10倍以上の速度と量になっている。

随想日記を含めたホームページを開いてからは、
書き出す量が10倍いや20倍以上になった。
やはり、第三者にさらけ出すということ大事だ。
アウトプットがあればインプットの力も強くなる。
そういう意味で物書きは、長い時間の中で膨大の循環がなされている。
生活とプライドをかけて書いているから、当然に違うわけだ!

インプットとアウトプット力は数十倍になった。
といっても、あくまで10年前の自分との比較だが、
ブラックボックスとしての自身の処理能力の革新である。

2002/09/13

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[143] 宗教戦争ー2
この事件はキューバ危機・ケネデ−暗殺・ソ連崩壊に位置ずけられる
とんでもないテロである。

元大蔵省の榊原某と寺島実郎が言っていたのが一番本当だろう。
「恐慌とか株価が云云とかのレベルでない、
とんでもない広がりの宗教戦争の本格的な始まりといってよい。」

世界中が今かたずをのんで、成り行きを見ている。
株価の相場にしてみると、2000円の下げに値する出来事だ。

そうなると!もう違う頭の切り替えをしなくては。
‘9月11日の前と後’というくらいの段差が出てくるだろう。
「彼らは世界恐慌を狙った!」と寺島実郎が言っていたが、
戦略的に見るとふかい狙いだ。

我々の日常に関係ないといっていられない事態でもある。
日本ももちろん巻き込まれるだろう。

ハイジャックの飛行機を4機同時に突っ込むなんて、
考えられない事をするのが宗教の恐ろしさだ。

旧約聖書の世界に入りつつある。
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「イスラム対ユダヤ・キリスト宗教の宗教戦争の参考の為
以前書いた文をコピーしていく」


H1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。

四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。

現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。

その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。

関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。

人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。

旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。

また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

印象の強い順に列記してみると、

まずは何といってもエレサレムである。
イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。

この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。

イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。

イスラム教の重要な寺院=岩のド−ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。

そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。

そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。

“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、
キリストが死んだ四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員の
ユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。

−イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が
でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。

あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で一大転機
の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】

この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。

六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。

男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、
国を守る為のものというのがはっきりしているからである。

今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
[1999.4.14〜4.24 -ryokou ]

2001/09/13


891, 9・11に思う

2003年09月12日(金)



 アメリカの9.11テロから2年が経つ。
この日を境に世界が変わった。
アメリカにとって、テロとの全面戦争に入った。
無条件に「テロ容認国家とテロ集団を破綻させる戦い」に全てのエネルギー
を注ぎ込む決意をしたのだ。100年戦争の突入である。
まずはアフガニスタン、そしてイラクである。
いまイラクの戦後処理に手こずっているというが、そんなもの当初からの
予定の範囲でしかない。

 次は北朝鮮、そして中国。
ロシア?とは取引済みのことは当然。
表面はポーズで和平交渉をしているが、戦争をするための一里塚でしかない。
まずは、兵糧攻めを徹底的し、戦争をせざるを得ない状態まで追い込む。
そして、戦争は至極当然に始まるだろう。
その間にある日本は一番の標的になることは間違いはない。

 私の9.11の出来事があった。
丁度その時、私が居間のTVの前でうたた寝をして、寝室に行こうと
していた時であった。就職をしたばかりの下の子供が帰省中であった。
寝室のTVで二人はその事件があったことを知っていたが、居間で私とチェンジの
タイミング、歴史的事件と解っていながら無視をして黙っていた。
寝室から開放されて、居間にきたのに今更呼ぶことがないと。
翌日、初めてその事件を知ったが、二人はそんなことは全く知らぬ顔。
たまに帰ってきた子供と家内に怒ることも出来ない。
これが私の9.11であり、家内の私に対する可愛いテロ?である!

 テロの後の一ヶ月は、ライブで見たか見ないかが話題の中心であった。
ライブで見たという話を聞くたび腹がたった。
多くの人が見ていたのには驚ろいた。
今でも9.11になると腹が立つ。
昨夜その話をすると、「『ありがとう』を回数いっている割にくだらない事に
拘っているのね」と軽くいなされてしまった。
まあいいか。

 --今日から、一年前と二年前の同日の随想日記をコピーします。
暇だったら、読んでください。
三年日記帳のつもりで読み返す習慣をつけるためです。

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勉強方ー速読法

昨年から今年の前半は、ホームページ立ち上げとその為の
パソコンの勉強であった。

今年の前半からは、「読書法と文章作法を中心とした勉強法」
に集中した。
特に読書法の方法論が目から鱗という内容が多く、じっくり
身に付けるというより、いろいろな方法論の知識に気がいった。

しかし読めば読むほど、それだけ吸収力が確実につく!!
更に集中力とポイントの把握が飛躍的に付いた。
空の上から下の動物の群れをみる鷲のような感覚が強くなった。

共通の内容は大体がこんなものだ

・まずは前書き、後書き、目次を集中して読んで骨格を把握。
 −これは10年以上前から実施していたが。
・キーワードをさがす。
・図や箇条書きや太字のところを読む。
・それが終わったら最後の章からポイントを探しながら、
 一とおり流し読みをする。
・常に目次をベース基地にして各論を読む。
・旅としての読書か、旅行としての読書かハッキリ分ける。
 (読書そのものを楽しむのかーA、知識を多く得たいのかーB)
 両者の速読の仕方がまったく違う。
 前者ープロセスを楽しむにも早読法がある。

次がこの1年間に仕入れたポイントである
・目をスキャンに例えて、
  一ページをなぞる、
  そして半ページをなぞる、
  4~5行の段落でなぞってから
  2~3行ずつ飛ばし読みをする。ーー A、B両方可能
・とにかくページをパラパラと何回も目を通す。  ーーB
 目から脳に多くの情報が無意識で取り込まれるという。
・間違っても、初めから終わりまでまともに読もうとしない。ーーB
 楽しみとしての読書は別。
・段落の初めの2~3行を読んだあとは、流し読みをする。 
 ー大体が10~20行で段落になっており、一目で塊りは分かる。
 その一割の2〜3行に大部分の情報が載っていることが多い。−−B

自分で発見した方法は
・折込をいれる。ー前書き、目次、後書き、項目、図、まとめ
 箇条書きに。大項目ほど折込を大きくする。
・マーカーを引くより、ポストイットを縦に半分にきり、その部分の上に
 貼り込む。
・とにかく繰り返して読む。ー一冊に重要なポイントは少ないと
 割り切ってしまう。 
 −本より3~4つの最重要の部分のつまみ食いで十分と割り切る。

実際のところ本はまだまだ情報化とはいえ、まだまだ一番の情報の宝庫だ。
また合理的手段である。
2002/09/12


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[142] 宗教戦争

今朝おきて初めてアメリカのテロのニュースを知る。

・株を持っていなくってよかった!
・次に全面宗教戦争の可能性!
・そして恐慌の引き金にならなければよいが!
まずそう思った。

3日前の日曜日TV映画で、イスラム系アラブ人によるニューヨークの
ある地区の無差別テロの「マーシャル・ロー」というのを見たばかり。
さすがアメリカ映画と思ってみていた。それは劇場公共の場を狙った
無差別テロで、今回のテロに酷似していた。
かなり迫力のある内容であった。

その桁違いの内容が現実に起きようとは思っていなかった。
21C最大のニュースと解説が言っていた。
厳重な警戒態勢の中で行われたのが重大だ。
今日から、戦争・恐慌も含め何が起こっても不思議でない。
数万でなく、数百万単位の死者の起きる戦争になる可能性がある。

恐ろしい事件だ。
2001/09/12


890, バックナンバー 4

2003年09月11日(木)


 
 最近の傾向として、読書日記と映画日記が多く占めるようになっている。
ネタがなくなると、図書館や本屋で「何か読書日記として書くに適当な本」
を探している自分に気が付くことが度々である。

 一瞬で消え去る考えや気持ちを( ..)φメモにする習慣を身に付けた効果も大きい。旅行先で撮る写真に似ている。
またバックナンバーのテーマを見ているだけで、内容の80佑鮖廚そ个后
これは非常にプラスに働く。忘れている場合は内容を読み返す。
特に読書日記を読み返すことが多い。そのプロセスが復習や思考にもなる。
その結果として知識から知恵へ転換を促すこともある。

 自分の得た情報や知恵を、そのまま公開していると、仏教の「与」という
意味が実感できる。与えると与えた対象と「〜と」になる、という。
別に与えている訳でないが、公開することにより「〜と」になっている部分
がある。多くの人に与えれば多くの人「と」つながることになる。
多くのものを与えれば、更に多くのものを逆に得ることができる。
仏教の真髄である。
人生を長く生きれば生きるほど、体験上その意味が解ってくる。

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2003年09月05日(金)  884, マンション事情 new
2003年09月04日(木)  883, 脅しの手口
2003年09月03日(水)  882, 競売物件
2003年09月02日(火)  881, 讃岐うどんの店
2003年09月01日(月)  880, 敗戦の時 ー有事の時代に突入 −2
2003年08月31日(日)  879, 敗戦の時 ー有事の時代に突入
2003年08月30日(土)  878,「何故なれない富士山が世界遺産に!」
2003年08月29日(金)  877, 女の盛り時ー女とオバサンの境い目
2003年08月28日(木)  876, 「2003年、日本国破産<対策編> 」
2003年08月27日(水)  875,「ライフスタイル革命」 ー(4)
2003年08月26日(火)  874, 『2003年、日本国破産[警告編]』
2003年08月25日(月)  873, 「ライフスタイル革命」ー読書日記(3)
2003年08月24日(日)  872, 「ライフスタイル革命 」−読書日記(2)
2003年08月23日(土)  871, 「ライフスタイル革命」ー読書日記(1)
2003年08月22日(金)  870, 5回目の乗り過ごし
2003年08月21日(木)  869, 「ロバート・アレンの実践億万長者入門」−2

2003年08月20日(水)  868, 「ロバート・アレンの実践億万長者入門」ー1 new
2003年08月19日(火)  867, 情報化社会ー時の変わり目
2003年08月18日(月)  866,「タイムクエスト」ー読書日記 -3
2003年08月17日(日)  865, 同級会−2
2003年08月16日(土)  864, ミッション・ステートメント ー改訂版
2003年08月15日(金)  863, 「タイムクエスト」ー読書日記 (2)
2003年08月14日(木)  862,「財産を無くす人、財産を残せる人 」
2003年08月13日(水)  861, プライドー2
2003年08月12日(火)  860, プライド -1
2003年08月12日(火)  860, プライド -1 new
2003年08月11日(月)  859, 「タイムクエスト」ー読書日記−1
2003年08月10日(日)  858, 縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ
2003年08月09日(土)  857, 閑吟集-チロリチロリチンチロリ
2003年08月08日(金)  856, 経済評論家ー高橋乗宣の本
2003年08月07日(木)  855,「借りた金は返すな!」ー読書日記
2003年08月06日(水)  854, 閑話休題
2003年08月05日(火)  853, 熊の世界
2003年08月04日(月)  852, 孤独について −3
2003年08月03日(日)  851, いま政治が面白い
2003年08月02日(土)  850, ミッション・ステートメントー自分の憲法
2003年08月01日(金)  849, ありがとうの話ー7

2003年07月31日(木)  848, 10の小法 new
2003年07月30日(水)  847, 海は見ていたー映画日記
2003年07月29日(火)  846, 人生の目覚まし時計
2003年07月28日(月)  845, 親父の小言   わが愛息へ
2003年07月27日(日)  844, パイロゲン
2003年07月26日(土)  843, SF小説作家・小松左京の21世紀検証
2003年07月25日(金)  842, エンドレスの巡礼
2003年07月24日(木)  841, 初めての経験ーユースブック
2003年07月23日(水)  840, プロジェクトー
2003年07月22日(火)  839, あいうえおー生き甲斐測定法
2003年07月21日(月)  838, アメリカの世界戦略を知らない日本人
2003年07月20日(日)  837, 民間校長ー腑におちる教育を!
2003年07月19日(土)  836, 私のクレートジャーニー
2003年07月18日(金)  835, 丁度よい
2003年07月17日(木)  834, 沖縄の中学生のリンチ殺人事件

2003年07月16日(水)  833, 孤独について −2 new
2003年07月15日(火)  832,「阿弥陀堂だより」 −映画日記
2003年07月14日(月)  831, アラスカ旅行記ー6
2003年07月13日(日)  830, アラスカ旅行記ー5
2003年07月12日(土)  829,アラスカ旅行記ー4
2003年07月11日(金)  828, アラスカ旅行記−3
2003年07月10日(木)  827, アラスカ旅行記ー2
2003年07月09日(水)  826, アラスカ旅行記 −1
2003年07月08日(火)  825,ある時間の断片ー32
2003年07月07日(月)  824,ある時間の断片ー31
2003年07月06日(日)  823,ある時間の断片ー30
2003年07月05日(土)  822,ある時間の断片ー29
2003年07月04日(金)  821,ある時間の断片ー28
2003年07月03日(木)  820,ある時間の断片ー27
2003年07月02日(水)  819, 恵まれていた時代に生きて
2003年07月01日(火)  818,12の宮

2003年06月30日(月)  817,「神話の力 」 −2 new
2003年06月29日(日)  816,『80対20の法則』ー読書日記
2003年06月28日(土)  815, 「たそがれ清兵衛」
2003年06月27日(金)  814, 「ありがとう」の言葉 −6
2003年06月26日(木)  813, 日暮里界隈
2003年06月25日(水)  812, 変な人が書いた成功法則 ー 読書日記
2003年06月24日(火)  811, 「最良」の敵は「良」である
2003年06月23日(月)  810, 「ありがとう」の言葉−5
2003年06月22日(日)  809, 与三八さんー名前と人生
2003年06月21日(土)  808, 大丈夫
2003年06月20日(金)  807, 心の構造進化ー書き続けるということ
2003年06月19日(木)  806, 『自分様と馬の骨』 読書日記
2003年06月18日(水)  805, 「ありがとう」の言葉ー4
2003年06月17日(火)  804, 50歳の頃ー2
2003年06月16日(月)  803, 50歳の頃ー1
2003年06月15日(日)  802, サッカー観戦記
2003年06月14日(土)  801, 一期一会 「一語一会」−2
2003年06月13日(金)  800, 「ありがとう」の言葉−3
2003年06月12日(木)  799, 「ありがとう」の言葉−2
2003年06月11日(水)  798, 「ありがとう」の言葉  −1
2003年06月10日(火)  797, 流通業界よりみた時代の変化ー
2003年06月09日(月)  796, 至高体験ー読書日記ー2
2003年06月08日(日)  795, 至高体験ー読書日記 -1
2003年06月07日(土)  794, 夢とイメージ
2003年06月06日(金)  793, 起業についてー2
2003年06月05日(木)  792, 起業とは−1
2003年06月04日(水)  791, 鎌倉がよかった
2003年06月03日(火)  790, [ 産能大学講義]談
2003年06月02日(月)  789, 東京見物
2003年06月01日(日)  788, 産能大学ー講義レジメ
2003年05月31日(土)  787, 「加熱する新潟のホテル戦争・NHK」をみて
2003年05月30日(金)  786, 「随想テーマ日記」は自分史
2003年05月29日(木)  785, 一期一会(すすき野の夜)

2003年05月28日(水)  784, 芸術家と芸人 new
2003年05月27日(火)  783, 新婚さんいらっしゃい !
2003年05月26日(月)  782,ドイツが揺れ始めた
2003年05月25日(日)  781, 父が亡くなって30年
2003年05月24日(土)  780, またおきた「意味ある偶然の一致」
2003年05月23日(金)  779, 茨城 のり子の詩
2003年05月22日(木)  778, 私が10歳の頃-1956年
2003年05月21日(水)  777, 何ともいえない日々が続いている。
2003年05月20日(火)  776、「ドラッガーとの対話」−読書日記ー2
2003年05月19日(月)  775、「ドラッカーとの対話」ー読書日記 −1
2003年05月18日(日)  774, 30歳の頃(1976年)
2003年05月17日(土)  773, 日本が真に独立をするためには
2003年05月16日(金)  772, 家電の買い方
2003年05月15日(木)  771、ゆっくり急げ!
2003年05月14日(水)  770、 私が二十歳の頃-時代背景
2003年05月13日(火)  769,「私が20歳の頃」ー読書日記
2003年05月12日(月)  768, 規制緩和
2003年05月11日(日)  767, 不動産屋と喩え
2003年05月10日(土)  766, いまスナックでおきていること
2003年05月09日(金)  765, 流砂の民
2003年05月08日(木)  764, 「カリスマへの階段」
2003年05月07日(水)  763, 地方差別
2003年05月06日(火)  762, あるホームページ
2003年05月05日(月)  761, 歌は過去に向かって歌うもの

2003年05月04日(日)  760, いかに生きたか いかに生きるか new
2003年05月03日(土)  759, 陽気と陰気
2003年05月02日(金)  758、ある医師の夢
2003年05月01日(木)  757, ミスマッチ
2003年04月30日(水)  756, 全日本柔道選手権−2
2003年04月29日(火)  755, 「怒る技術」ー読書日記
2003年04月28日(月)  754, サエゼリアで思うこと
2003年04月27日(日)  753, 孤独について考えてみた
2003年04月26日(土)  752, SARSの不安
2003年04月25日(金)  751, 不思議-シンクロニシテー
2003年04月24日(木)  750, ある人生
2003年04月23日(水)  749, リオのカーニバル
2003年04月22日(火)  748, 思い込み
2003年04月21日(月)  747, 散る桜残る桜も散る桜ー2
2003年04月20日(日)  746, 笑われている自分を笑っている面
2003年04月19日(土)  745, 散る桜、残る桜も散る桜
2003年04月18日(金)  744, まずは一日一図から  −2 
2003年04月17日(木)  743, 『金持ち父さんの子供はみんな天才』−2
2003年04月16日(水)  742,『金持ち父さんの子供はみんな天才』−1
2003年04月15日(火)  741, デフレと対策 −2
2003年04月14日(月)  740, 深夜特急
2003年04月13日(日)  739, 睡眠時無呼吸症候群
2003年04月12日(土)  738, NTTの現状から時代の変化をみる
2003年04月11日(金)  737, 若い人の価値が下がってしまった
2003年04月10日(木)  736, まずは「一日一図」から

2003年04月09日(水)  735, ホームページを開いて二年 new
2003年04月08日(火)  734, またまたお金の話ー銀座のママの・・
2003年04月07日(月)  733, 30年間着ている礼服
2003年04月06日(日)  732, 「こうすれば良くなる」??
2003年04月05日(土)  731, 前提を疑ってかかるという事
2003年04月04日(金)  730, 「ほめ芸王」ー読書日記
2003年04月03日(木)  729, 「イヌが教えるお金持ちになるための知恵」
2003年04月02日(水)  728, 天国と地獄
2003年04月01日(火)  727,「結婚スピーチ 」-読書日記
2003年03月31日(月)  726, 結婚式で思う
2003年03月30日(日)  725, 今日の結婚スピーチ
2003年03月29日(土)  724, プロ野球開幕
2003年03月28日(金)  723, 仰げば尊しー卒業式
2003年03月27日(木)  722, 「日本酒について」
2003年03月26日(水)  721, グルメ
2003年03月25日(火)  720, 「お金の哲学」ー3
2003年03月24日(月)  719, 「私の無名人名語録」
2003年03月23日(日)  718, 「無名人名語録」ー永六輔ー 読書日記
2003年03月22日(土)  717,  温帯魚
2003年03月21日(金)  716, 「新潟日報」をやめて50日
2003年03月20日(木)  715, 「退場宣告」-読書日記
2003年03月19日(水)  714, 難関ー困難性
2003年03月18日(火)  713, 「メシのタネはどこに行った」ー読書日記
2003年03月17日(月)  712, 光ファイバー導入半年の実感



2003年03月16日(日)  711, キャッシュポイント new
2003年03月15日(土)  710,「逆さ仏」の時代
2003年03月14日(金)  709, シンプルー2 −ワンプライス・ショップ
2003年03月13日(木)  708, シンプルー単純の勧め
2003年03月12日(水)  707, モンゴル大相撲
2003年03月11日(火)  706, スーパーTV-コンビニ戦争
2003年03月10日(月)  705, 古館伊知郎の世界
2003年03月09日(日)  704, [つかず離れず]ー群れない為に
2003年03月08日(土)  703, 「金持ち父さん貧乏父さん」読書日記
2003年03月07日(金)  702, 心と魂
2003年03月06日(木)  701, 「最強の勉強法」
2003年03月05日(水)  700, お金の哲学ー2
2003年03月04日(火)  699,「ホームレス作家」−2 読書日記
2003年03月03日(月)  698, 「都都逸」の世界
2003年03月02日(日)  697, ルーツー2(縦人脈)
2003年03月01日(土)  696, ルーツ −1
2003年02月28日(金)  695, お金の哲学−1
2003年02月27日(木)  694, ハウステンボスの倒産
2003年02月26日(水)  693, 「ホームレス作家」
2003年02月25日(火)  692, 「わたしを認めよ」ー3 読書日記
2003年02月24日(月)  691, 「わたしを認めよ!」−2「読書日記」
2003年02月23日(日)  690, 「わたしを認めよ!」
2003年02月22日(土)  689, 人生の「かたち」
2003年02月21日(金)  688, ストレス
2003年02月20日(木)  687, サラ川(サラリーマン川柳)
2003年02月19日(水)  686, まれに見るバカ−読書日記  −5
2003年02月18日(火)  685, 値段のカラクリ
2003年02月17日(月)  684, まれに見るバカ ー読書日記ー4
2003年02月16日(日)  683,まれに見るバカ−読書日記-3
2003年02月15日(土)  682, まれに見るバカ −読書日記 −2
2003年02月14日(金)  681,「まれに見るバカ」 ー 読書日記 ー1

2003年02月13日(木)  680, 自殺志願 new
2003年02月12日(水)  679, イヤなやつー2
2003年02月11日(火)  678, 聞く耳持たぬ人
2003年02月10日(月)  677, イヤなやつ
2003年02月09日(日)  676, ぶざまな人生ー4(読書日記)
2003年02月08日(土)  675, ぶざまな人生ー3
2003年02月07日(金)  674, ぶざまな人生−2 (読書日記)
2003年02月06日(木)  673, 笑点
2003年02月05日(水)  672,嘆きの部屋
2003年02月04日(火)  671, アルカイダー
2003年02月03日(月)  670, 「三分で右脳が目覚めた」
2003年02月02日(日)  669, ぶざまな人生
2003年02月01日(土)  668, 昨日で新潟日報を止めた!


889, バックナンバー 3

2003年09月10日(水)


 昨日に続いて、随想日記を総括してみる。
このように毎日書いていると、自分の気持がそのまま文章の中に出てしまう。
自分の頭の中で考えているのは所詮こんなものでしかないのだ。

 テーマを絞り出して文章を書き終わってから、以前書いた事を思い出し、
調べたら殆ど同じ内容であったことを数度経験をした。
単細胞でおなじことを飽きもせずよく書いたものと呆れた。
そういう時は以前の文章のほうが良いのだ。

 自分が考えたと思っていたことを、過去に読んだ本の中で見つけて、
その考えが借り物でしかなかったことに気づいた経験をしたのは
私だけではなかろう。
また全く同じ本を何回か買ってしまった経験も数回した。
 
 これを読み返していて、自分の知識の境界線でもあるようだ。
いや自分の世界の限界線といってもよいだろう。
その意味では自分の棚卸でもあるのだ。


2003年01月31日(金)  667,「成功する読書日記」-読書日記
2003年01月30日(木)  666,「読書・映画日記」
2003年01月29日(水)  665, 連れ合いーつり合い
2003年01月28日(火)  664, 「日本経済の破断界」
2003年01月27日(月)  663, 小売業売上げの推移
2003年01月26日(日)  662, 「他人の血で自分の傷口を洗うな!」
2003年01月25日(土)  661, イチロウ−3
2003年01月24日(金)  660, 夢のない話
2003年01月23日(木)  659, 人間-女心
2003年01月22日(水)  658, 躁鬱について
2003年01月21日(火)  657, 四行日記−2
2003年01月20日(月)  656, 四行日記
2003年01月19日(日)  651, 自分の一本の木
2003年01月18日(土)  650, 債務返済年数
2003年01月17日(金)  649, 損切り
2003年01月16日(木)  648, 流通業界を考える
2003年01月15日(水)  647, ハッピーバースデー
2003年01月14日(火)  646, 教育を考えてみた
2003年01月13日(月)  645, お金はむき出しの真実
2003年01月12日(日)  644, 呼称の妙味
2003年01月11日(土)  643, ハングリー
2003年01月10日(金)  642,DVDのレンタルショップ
2003年01月09日(木)  641, 動物と人間
2003年01月08日(水)  640 ,ラスベガス
2003年01月07日(火)  639, 自己疎外
2003年01月06日(月)  633, 不幸論ー中島義道
2003年01月05日(日)  632, 自由化\(~o~)/

2003年01月04日(土)  631, 文化と文明 new
2003年01月03日(金)  630, クロスエンカウンター
2003年01月02日(木)  629, 英国人はまず道具を揃える
2003年01月01日(水)  628, お正月の意味
2002年12月31日(火)  627, パタゴニア旅行記ー9
2002年12月30日(月)  626, 葬式仏教の由来
2002年12月29日(日)  625, 朝鮮戦争の不安
2002年12月28日(土)  624, 今年の総括
2002年12月27日(金)  623, 新しいパソコンについて
2002年12月26日(木)  622, パタゴニア旅行記ー8
2002年12月25日(水)  621, 電子辞書を初めて買った実感
2002年12月24日(火)  620, パタゴニア旅行記ー7 −話しまくる人ー
2002年12月23日(月)  619, パタゴニア旅行記ー6
2002年12月22日(日)  618, パタゴニア旅行記ー5−広尾のお犬様
2002年12月21日(土)  617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4
2002年12月20日(金)  616,パタゴニア旅行記−3
2002年12月19日(木)  615, パタゴニアの旅行記ー2
2002年12月18日(水)  614,パタゴニア旅行記ー1
2002年12月17日(火)  613,爆笑再開発-新潟駅前再開発
2002年12月16日(月)  612,ある時間の断片-26
2002年12月15日(日)  611,ある時間の断片-25
2002年12月14日(土)  610,ある時間の断片-24
2002年12月13日(金)  609,ある時間の断片-23
2002年12月12日(木)  608,ある時間の断片-22
2002年12月11日(水)  607,ある時間の断片-21
2002年12月10日(火)  606,ある時間の断片-20
2002年12月09日(月)  605,ある時間の断片-19
2002年12月08日(日)  604,ある時間の断片-18
2002年12月07日(土)  603,ある時間の断片-17
2002年12月06日(金)  602,ある時間の断片-16
2002年12月05日(木)  601,ある時間の断片-15
2002年12月04日(水)  600, カットスロープ
2002年12月03日(火)  599, 忘年会
2002年12月02日(月)  598, 八ちゃんの時代ー2
2002年12月01日(日)  597, スーパー床屋 −2

2002年11月30日(土)  596, スーパー床屋は席貸業
2002年11月29日(金)  595, ある時間の断片ー14
2002年11月28日(木)  594, パソコンの恩恵
2002年11月27日(水)  593, 八ちゃんの時代
2002年11月26日(火)  592,ーこころにのこった詩ー2
2002年11月25日(月)  591, ある時間の断片ー13
2002年11月24日(日)  590, 愚か者と馬鹿者
2002年11月23日(土)  589, 癒しについて

2002年11月22日(金)  588, 服装は着る言葉です new
2002年11月21日(木)  587, 方針について
2002年11月20日(水)  586, 不気味
2002年11月19日(火)  585, ある時間の断片ー12
2002年11月18日(月)  584, ーこころのかぜをひいたら
2002年11月17日(日)  583, 風邪のひき方
2002年11月16日(土)  582, NTTと日本の現状
2002年11月15日(金)  581, PDPTV
2002年11月14日(木)  580, 中国の陰と光
2002年11月13日(水)  579, ある時間の断片ー11
2002年11月12日(火)  578, 読書について
2002年11月11日(月)  577, 一人旅
2002年11月10日(日)  576, ある時間の断面ー10
2002年11月09日(土)  575, つれづれに学生時代のこと  ー2
2002年11月08日(金)  574, つれづれに-学生時代のこと
2002年11月07日(木)  573, 健康機器
2002年11月06日(水)  572, ある時間の断面ー9 
2002年11月05日(火)  571, ひしょひしょ話
2002年11月04日(月)  570, 仕事と性格形成−2
2002年11月03日(日)  569, ケーススタデー   ー2
2002年11月02日(土)  568, ペイオフー断末魔
2002年11月01日(金)  567, ケーススタデー   ー1
2002年10月31日(木)  566, ある時間の断片ー8
2002年10月30日(水)  565, ある逸話ーインドで見たこと
2002年10月29日(火)  564, 一点集中主義−2
2002年10月28日(月)  563, 一点集中主義
2002年10月27日(日)  562, ある時間の断片ー7
2002年10月26日(土)  561, ある時間の断片ー6
2002年10月25日(金)  560, ある時間の断片 −5 
2002年10月24日(木)  559, ある逸話-外地のガイド
2002年10月23日(水)  558, 仕事と性格形成
2002年10月22日(火)  557, 基調色-着こなしのコツ  −2
2002年10月21日(月)  556, 一秒一円の価値
2002年10月20日(日)  555, 針と糸
2002年10月19日(土)  554, 人生に目的はあるだろか?−2
2002年10月18日(金)  553, 基調色
2002年10月17日(木)  552, 人生に目的はあるのだろうか?
2002年10月16日(水)  551,「エッ、嘘だろう !!」 −2
2002年10月15日(火)  550, ビールの飲み方
2002年10月14日(月)  549,「宣戦布告」
2002年10月13日(日)  548, 予定挫折

2002年10月12日(土)  547, 人生で一番よい時 new
2002年10月11日(金)  546, 株下がるー非常事態?
2002年10月10日(木)  545, 物書きの凄み
2002年10月09日(水)  544, [シャムネコという店]
2002年10月08日(火)  543, [エッ嘘だろう!!]
2002年10月07日(月)  542, K−1が面白い
2002年10月06日(日)  541, 幸福と本当の仕事
2002年10月05日(土)  540, お経
2002年10月04日(金)  539, 至高体験−2
2002年10月03日(木)  538, 光ファイバー  −2
2002年10月02日(水)  537, 緩慢なる自殺
2002年10月01日(火)  536, デフレと対策
2002年09月30日(月)  535, 同級会
2002年09月29日(日)  534,「少し早めな遺言」
2002年09月28日(土)  533, 離婚事情
2002年09月27日(金)  532,「一人娘とホモに気をつけろ!」
2002年09月26日(木)  531, 天皇制度について
2002年09月25日(水)  530,焼肉屋の新業態の店?
2002年09月24日(火)  529, 人の一生
2002年09月23日(月)  528, 貧すれば鈍するー
2002年09月22日(日)  527, 大相撲ー頑張れ武蔵丸!

2002年09月21日(土)  526,社会の変化 new
2002年09月20日(金)  525,光ファイバー
2002年09月19日(木)  524,北朝鮮を考える
2002年09月18日(水)  523,本屋と書籍出版社と問屋
2002年09月17日(火)  522,勉強法ーノートのとりかた
2002年09月16日(月)  521,「世の中を良くする為には」
2002年09月15日(日)  520, 宇宙について
2002年09月14日(土)  519, 眠れない夜に
2002年09月13日(金)  518, 勉強法ー速読法−2
2002年09月12日(木)  517, 勉強法ー速読法
2002年09月11日(水)  516,デフレと流通大乱
2002年09月10日(火)  515, 眠りの瞬間
2002年09月09日(月)  514,大相撲−貴乃花のこと
2002年09月08日(日)  513, 入試はクイズゲーム?
2002年09月07日(土)  512,パンプローナの牛追い祭り
2002年09月06日(金)  511,こころの添削
2002年09月05日(木)  510, イルカの話
2002年09月04日(水)  509,株安の不気味
2002年09月03日(火)  508, 長野県知事選に思う
2002年09月02日(月)  507,私の世界十大ニュース
2002年09月01日(日)  506, 孤独について
2002年08月31日(土)  505, 独り言
2002年08月30日(金)  504, 男時と女時
2002年08月29日(木)  503,「10,4,2,1の法則 」  -2
2002年08月28日(水)  502, 40才の禁酒ー隠れ酒の味
2002年08月27日(火)  501,[10.4.2.1の法則]
2002年08月26日(月)  500, チアリーディング日本選手権
2002年08月25日(日)  499,幼稚園の砂場で学んだこと
2002年08月24日(土)  498, ワイルド・ダック
2002年08月23日(金)  497, 最近つくづく思うこと
2002年08月22日(木)  495, 熊(現実)からの逃避-2
2002年08月21日(水)  494,熊(現実)からの逃避ー煮詰まった時 -1
2002年08月20日(火)  493, 女の盛り
2002年08月19日(月)  492,二人のTAKESHI
2002年08月18日(日)  491,ー恐ろしい夢−

2002年08月17日(土)  490, 随想テーマ日記の効用 new
2002年08月16日(金)  489,送り火ー母への追悼文
2002年08月15日(木)  488, 毎日が刺激的−2
2002年08月14日(水)  487,アメリカンインデアン
2002年08月13日(火)  486, 今日はお盆
2002年08月12日(月)  485,「我思う故に我あり」-1
2002年08月11日(日)  484, 思い出のメロデー
2002年08月10日(土)  483, 経営セミナーにて  −2 
2002年08月09日(金)  482, 毎日が刺激的
2002年08月08日(木)  481, ある信条 -経営セミナーにて
2002年08月07日(水)  480,「心に残るとっておきの話」
2002年08月06日(火)  479, 楽観と意志
2002年08月05日(月)  478, 100円ショップ
2002年08月04日(日)  477, 人口問題と今後の日本
2002年08月03日(土)  476, ある老女の遺書ー2
2002年08月02日(金)  475, ある老女の遺書−1
2002年08月01日(木)  474, ある小学6年生の作文
2002年07月31日(水)  473, 一言タレント
2002年07月30日(火)  472, 近くの川の鴨


888, バックナンバー 2

2003年09月09日(火)


 バックナンバーを見ながら、今まで書いてきた随想日記を総括してみる。

 まずは読書日記や映画日記の感想文。
あの時、あの本を読んでこんなことを考えていたのかがリアルにわかる。
日記は未来の自分に対して書くものだということが、一番わかりやすい事例といえる。

 映画もそうである。感想文を書いてないと、単なる娯楽で終わって
しまうものが多い。それはそれでよいが、文章化をきっちりしていると、
自分のメルクマールとなる。
また映画日記を書き続けていると、映画の見方が変わってくるのが解る。
その世界に意識的に飛び込みと同時に、冷静な目が養われているのだ。

 日記としての追悼文も姉と両親には書いていたが、親戚や友人の場合も
書いた方がよいことに気がついた。故人に対して一番の供養になる。

 こうして書いていると、いかに毎日つまらないことに振り回されている
自分に気がつく。それをいつの間にか鳥瞰してしまう作用が書いていて解る。

人が見ていたら、こんな面白いものはないのではないか。
他人の内面の棚卸と陳列変えと改築を傍観しているようなものだ。
また誤字なども冷静に見れるからだ。

一番面白いのは実は自分だが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


2002年07月29日(月)  471,下着泥棒 new
2002年07月28日(日)  470, いい人とは
2002年07月27日(土)  469,チンパンジーの話
2002年07月26日(金)  468,戦略について
2002年07月25日(木)  467,内山由蔵さんへの手紙
2002年07月24日(水)  466,内山由蔵さんからの葉書
2002年07月23日(火)  465,流離のランチャー
2002年07月22日(月)  464,煮た豆
2002年07月21日(日)  463,再び業態について
2002年07月20日(土)  462,臭いのするような話し
2002年07月19日(金)  461,海外旅行のもう一つの難関
2002年07月18日(木)  460,スリにあう
2002年07月17日(水)  459,危機一髪
2002年07月16日(火)  458,一期一会
2002年07月15日(月)  457,スイス旅行記ー2-マッタホルンの凧揚げ
2002年07月14日(日)  456,スイス旅行記 
2002年07月02日(火)  455,地球をサッカーボールに喩え
2002年07月01日(月)  454,面白かった!!
2002年06月30日(日)  453,世界で一番に貴方の味方
2002年06月29日(土)  452,「まあだだよ」
2002年06月28日(金)  451,星野富弘ー詩画展
2002年06月27日(木)  450,吉村作治-宗教・教えー3
2002年06月26日(水)  449,吉村作治ーピラミッドは王様の墓ではない!ー2
2002年06月25日(火)  448,吉村作治ー考古学について  −1
2002年06月24日(月)  447,内面処理の仕方ー心の自己処理
2002年06月23日(日)  446,喧嘩のコツ
2002年06月22日(土)  445,腰痛ー2
2002年06月21日(金)  444,面白い話ー本??
2002年06月20日(木)  443, 見せ金ーブランド志向心理
2002年06月19日(水)  442,皆がそう言っている−世間様のヘドロ言葉
2002年06月18日(火)  441,時間持ち
2002年06月17日(月)  440,自己不一致の人
2002年06月16日(日) 439,随想日記の不思議
2002年06月15日(土) 438, 因縁について  ー与三八さん
2002年06月14日(金)  437,地球に気が満ちている new
2002年06月13日(木)  436,凄い時代  ー光ファイバーの時代
2002年06月12日(水)  435, 酒の話ー2      −酒飲みの作法ー
2002年06月11日(火)  434,創業の勧め??
2002年06月10日(月)  433,自由ほど不自由なものはなし!
2002年06月09日(日)  432, スイス旅行
2002年06月08日(土)  431,モテル男
2002年06月07日(金)  430,自分の居場所
2002年06月06日(木)  429,両親の死
2002年06月05日(水)  428, おしっこをしながら、水を飲む
2002年06月04日(火)  427,世間とはー3
2002年06月03日(月)  426,富豪の館
2002年06月02日(日)  425,父・堀井誠作のこと−2
2002年06月01日(土)  424, 父・堀井誠作のこと -1
2002年05月31日(金)  423, 酒の話−1
2002年05月30日(木)  422, ピラミッドの風景  -たとえ話
2002年05月29日(水)  421,世間とはー2
2002年05月28日(火)  420,世間とは
2002年05月27日(月)  419,「金融腐敗列島」
2002年05月26日(日)  418,価値観の変遷
2002年05月25日(土)  417,人生の負け組みと勝ち組み
2002年05月24日(金)  416,鳩山家の「勉強法」
2002年05月23日(木)  415、「テーマ日記を書き始めて一年  ー2」



2002年05月22日(水)  414, サッカー直前の馬鹿話! new
2002年05月21日(火)  413,ー印象に残っている両親の言葉ー
2002年05月20日(月)  412, 次の旅行の予定
2002年05月19日(日)  411,自分の人生のつくり方 -いろいろな悩みー3
2002年05月18日(土)  410, 自分の人生ー  いろいろの悩み−2
2002年05月17日(金)  409, いろいろな悩み
2002年05月16日(木)  408, 人間を犬に例えるとシビアに・・ −2
2002年05月15日(水)  407,ホームページを開いて一年
2002年05月14日(火)  406, 倒産の後先ー2 -失敗の条件
2002年05月13日(月)  405, 新潟駅前界隈ー3  ー 駅前の変遷
2002年05月12日(日)  404, 結婚と離婚ー3 −夫婦というもの-
2002年05月11日(土)  403, 結婚と離婚ー2

2002年05月10日(金)  402,結婚と離婚 new
2002年05月09日(木)  401, 腰痛
2002年05月08日(水)  400, 末っ子はつらいよー2
2002年05月07日(火)  399, 末っ子はつらいよ
2002年05月06日(月)  398,新潟駅前界隈ー2
2002年05月05日(日)  397, たとえ話ー人間の姿を犬に例えるとシビアなわけ?
2002年05月04日(土)  396, 光の旅人
2002年05月03日(金)  395, 文章作法−1 (文章作法は人生作法?)
2002年05月02日(木)  394,「人生を変える至福の散歩」
2002年05月01日(水)  393, 倒産の後先
2002年04月30日(火)  392, 「全日本柔道選手権」
2002年04月29日(月)  391, 休日の風景
2002年04月28日(日)  390, 因縁と果報 new
2002年04月27日(土)  389,  どういう時代に?
2002年04月26日(金)  388, 温度差
2002年04月25日(木)  387, 習慣ー極限
2002年04月24日(水)  386, 宗教的タカリ
2002年04月23日(火)  385, 安楽死
2002年04月22日(月)  384, 我が内なる無能性−2
2002年04月21日(日)  383,チンパンジー
2002年04月20日(土)  382,能力とは
2002年04月19日(金)  381,システム販売
2002年04月18日(木)  380, 姉正子さん
2002年04月17日(水)  379,外国人犯罪
2002年04月16日(火)  378,不況
2002年04月15日(月)  377,「知ったかぶりをするな」
2002年04月14日(日)  376,新潟駅前界隈
2002年04月13日(土)  375, 「テーマ日記」を書き始めて一年
2002年04月12日(金)  374, 主観と客観(喜劇と悲劇)
2002年04月11日(木)  373, 何故マイナス思考になるのか
2002年04月10日(水)  372, 不安解消法


2002年04月09日(火)  3 71,花見 new
2002年04月08日(月)  370,なりきる
2002年04月07日(日)  369,植民地経営
2002年04月06日(土)  368,リオのカーニバル
2002年04月05日(金)  367,「携帯TV電話」は究極の情報機器。
2002年04月04日(木)  366, 速読法
2002年04月03日(水)  365,ミカン集中法
2002年04月02日(火)  364,新入社員歓迎会
2002年04月01日(月)  363,人に好かれる方法
2002年03月31日(日)  362,ある思い出-慈善
2002年03月30日(土)  361,イスラエル
2002年03月29日(金)  360,末っ子相続
2002年03月28日(木)  359, ST訓練
2002年03月27日(水)  358,縞模様
2002年03月26日(火)  357,西アフリカー4
2002年03月25日(月)  356,西アフリカー3
2002年03月24日(日)  355、西アフリカ旅行記−2
2002年03月23日(土)  354,偶然の一致   -時差ぼけ
2002年03月22日(金)  353、流通再編ーウォルマートの進出
2002年03月21日(木)  352,西アフリカ旅行記
2002年03月06日(水)  351,自己配転


887, バックナンバー -1

2003年09月08日(月)

バックナンバー

 今まで書いてきた、テーマ随想日記のバックナンバーである。
バックナンバーをクリックして内容を読めるソフトもあるが、手間が
かかるため今のソフトを使っている。
書初めの頃は、サロンのコーナーと混同して空のものが幾つかあるが、
「宗親日記」が別にあるから、総数はこんなものだろう。

 それにしても、よく書いたものだ。
「間違い字」が所々見られるが、殆ど内容を忘れているので再度読んでも
新鮮に思える。それだけエネルギーを入れてきたのも事実である。
とりあえず1千項目の目標は年内で達成する。
「自分史」であると同時に、「遺書」にもなる。
まだ見ぬ子孫の眼も意識して書いている。

 書いていて、初めの頃は戸惑っていたが、今は面白くさえある?
習慣化が一番の要点である。
言葉にまとめることの重要性が書き続ければ続けるほど解ってくる。
そのうちに自分の心の構造が見えてくる。
そして、その構造の建替えさえ可能になってくる。

 社内報で旅行記や事業百訓を書いていた頃は、他の人の文章のドロボー
もしたが、今はほとんどない?
ー文章術などに「初めは他人の文章を盗みなさい!」と書いてあった。
プロなら問題ありだが、素人が上達する一番手取り早い方法だ。

 書き続けていて、作家や学者の文章の深さや味がより理解できる
ようになった。
しかし随想とは「その人しか書けない文章にこそ、味わいと良さがある」
という。過去の文章を時々読んで見るのも楽しみである。
誤字、意味不明を見つけて自嘲することを覚悟で。

「引き出し」の『バックナンバー』のコーナーを
「その他・バックナンバー」から今日、独立させた。
ここに載せようとしたが原稿用紙20枚以内でないと拒否
された。残りは明日載せるつもりだが。
可能な限り載せてみるが、『引き出し』コーナーで見てください。

・・・・・・・・・・・


2002年03月05日(火)  350,プラスの言葉とマイナスの言葉  new
2002年03月04日(月)  349、われ思う、ゆえに我あり
2002年03月03日(日)  348,否定の否定の落とし穴
2002年03月02日(土)  347,心の陰
2002年03月01日(金)  346, 20歳の頃ーある教授との出会いー3
2002年02月28日(木)  345,20歳の頃 -ある教授との出会い−2 
2002年02月27日(水)  344,「神話の世界 」 -1
2002年02月26日(火)  343、ある時間の断面-4
2002年02月25日(月)  342, 20歳の頃ーある教授との出会い-1
2002年02月24日(日)  341,遊びについて−1
2002年02月23日(土)  340,ある時間の断片ー3 
2002年02月22日(金)  339,笑う人 
2002年02月21日(木)  338,「世界がもし100人の村だったら」
2002年02月20日(水)  337,ホームページの為の文章作法−2
2002年02月19日(火)  336,ある時間の断面 −2
2002年02月18日(月)  335,読書について
2002年02月17日(日)  334,私の読書法
2002年02月16日(土)  333、20歳の頃 −1
2002年02月15日(金)  331、自分を愛すること
2002年02月14日(木)  331,、お見舞いの手紙     − 堀井正子さんへ
2002年02月13日(水)  330,真実の時
2002年02月12日(火)  329、夢日記ー13  自己喪失感
2002年02月11日(月)  328,マ〜コ  −堀井正子に捧げる
2002年02月10日(日)  327,新幹線の乗り越しー4回!
2002年02月09日(土)  326,イルカのような人
2002年02月08日(金)  325、いまによくなるさ!必ず!


2002年02月07日(木)  324,中村天風 new
2002年02月06日(水)  323,ある時間の断片-1
2002年02月05日(火)  322、一人旅 ー「北海道」編
2002年02月04日(月)  321、宗教的真実について−1
2002年02月03日(日)  320、ほぼ詐欺
2002年02月02日(土)  319、我が内なる無能性ー具体的内容
2002年02月01日(金)  318,神話の世界ーパプア・ニューギニアの世界
2002年01月31日(木)  317,あだ名
2002年01月30日(水)  316,一生のうちしなくていいこと
2002年01月29日(火)  315、心と意識と魂
2002年01月28日(月)  314、情報化ー 一考察
2002年01月27日(日)  313,自分の為の文章作法
2002年01月26日(土)  312,書くということ
2002年01月25日(金)  311、パソコンの機能と実感-2
2002年01月24日(木)  310、地球を一周する
2002年01月23日(水)  309,壁ー2(言葉の壁)
2002年01月22日(火)  308,人生の損益分岐点
2002年01月21日(月)  307,方針ー政策
2002年01月20日(日)  306、時代の変遷
2002年01月19日(土)  305、ホームページ文章作法
2002年01月18日(金)  304、パソコンの機能と実感−
2002年01月17日(木)  303、事業と難関
2002年01月16日(水)  302、事前の一策は事後の百策に勝る
2002年01月15日(火)  301、動物の不思議な世界−2
2002年01月14日(月)  300、「心と合理化」
2002年01月13日(日)  299、動物の不思議な世界
2002年01月12日(土)  298、酒乱ー2
2002年01月11日(金)  297、最近飲む回数が減ったわけ
2002年01月10日(木)  296,壁
2002年01月09日(水)  295,夢に日付けをいれる
2002年01月08日(火)  294、正面突破しかないのでは?
2002年01月07日(月)  293、男はつらいよ
2002年01月06日(日)  292,システム・エンジェニアーSE
2002年01月05日(土)  291、一人遊び
2002年01月04日(金)  290、歓喜ー2
2002年01月03日(木)  289,歓喜
2002年01月02日(水)  288、捨てる技術
2002年01月01日(火)  287、リセットの年



2001年12月31日(月)  286、良質の人材とは-
2001年12月30日(日)  285、フィジィ‐について
2001年12月29日(土)  284、[大倒産時代]
2001年12月28日(金)  283、創業の頃ー2
2001年12月27日(木)  282、同姓同名
2001年12月26日(水)  281、夢日記ー12
2001年12月25日(火)  280、喩え話
2001年12月24日(月)  279、飲み助考ー隙間風
2001年12月23日(日)  278心の開放のために!
2001年12月22日(土)  277、笑いについてー
2001年12月21日(金)  276,ーべきことを、べき時に、べくすべき
2001年12月20日(木)  275、後回しー我が内なる無能性
2001年12月19日(水)  274,一卵性双生児
2001年12月18日(火)  218,喜怒哀楽
2001年12月17日(月)  272,人生は問題解決のプロセス
2001年12月16日(日)  271,今年の驚愕?
2001年12月15日(土)  270,本屋と図書館
2001年12月14日(金)  269,再開発の愚
2001年12月13日(木)  268,インターネットの時代
2001年12月12日(水)  267,一点豪華主義
2001年12月11日(火)  266,基軸の日、基軸の時間
2001年12月10日(月)  265,運について
2001年12月09日(日)  264,税務調査ー2
2001年12月08日(土)  263,玉突き事故
2001年12月07日(金)  262,強請りーその手口
2001年12月06日(木)  261,ブランド品
2001年12月05日(水)  260倒産ー2
2001年12月04日(火) 259[259] 日吉川でなく、栖吉川の間違い!
2001年12月04日 火 258 忘れられない言葉
2001年12月03日 月 257 [257] 日吉川のかも、今年は多い。100羽位か
2001年12月03日 月 256 [256] 税務調査が正しい言葉だが、敢えて捜査を使った。
2001年12月03日 月 255 税務捜査
2001年12月02日 日 254 愛の貧乏大作戦
2001年12月01日 土 253 イケスの魚
2001年11月30日 金 252 倒産
2001年11月29日 木 251 [251] ーーーーーーーーーーーーー
2001年11月29日 木 250 [250] 新コーナー
2001年11月29日 木 249 夢についてー12
2001年11月28日 水 248 [248] ベトナム旅行土産
2001年11月28日 水 247 銀座ナンバーワン ^2
2001年11月27日 火 245 [245] 秋
2001年11月27日 火 244 チアリーデング
2001年11月26日 月 243 大相撲
2001年11月25日 日 242 ゼネコンー2
2001年11月24日 土 241 健康法
2001年11月23日 金 240 土日.祭日のすごし方
2001年11月23日 金 239 ―写真
2001年11月23日 金 238 糸井重里のインタネット的
2001年11月22日 木 237 ―写真
2001年11月22日 木 236 ―写真
2001年11月22日 木 235 糸井重里のインタネット的
2001年11月21日 水 234 ゼネコンの世界-1
2001年11月20日 火 233 イチロウ
2001年11月19日 月 232 人生の三つの坂
2001年11月18日 日 231 ベトナム旅行記ー3
2001年11月17日 土 230 抽象概念と具体概念
2001年11月16日 金 229 ―写真 ハノイで見た水上劇
2001年11月15日 木 228 ―写真 
2001年11月15日 木 227 ―写真 ホイアン市内の日本橋
2001年11月14日 水 226 ―写真
2001年11月13日 火 225 ―写真 ホイヤン市内観光
2001年11月12日 月 224 ―写真 ハロン湾
2001年11月11日 日 223 ベトナム旅行ー2
2001年11月10日 土 222 ベトナム旅行記−1
2001年11月09日 金 221 ただいま!
2001年11月08日 木 220 実感の言葉
2001年11月07日 水 219 無駄な事なし
2001年11月06日 火 217 夫婦別姓
2001年11月05日 月 216 クルージング
2001年11月04日 日 215 オカマバーー2
2001年11月03日 土 214 オカマバー
2001年11月02日 金 213 ーゲゼルシャフトとゲマインシャフトー
2001年11月01日 木 212 テストーこんなサイト見つけた。
2001年11月01日 木 205 春画
2001年10月31日 水 204 霊体質ー3
2001年10月30日 火 203 夢ー11
2001年10月29日 月 202 霊体質ー2
2001年10月28日 日 201 霊体質ー1
2001年10月27日 土 200 月刊ー文芸春秋
2001年10月26日 金 199 トレード.オフ
2001年10月25日 木 198 天の広さ
2001年10月24日 水 197 ―写真
2001年10月24日 水 196 本格的チェーン店の出現
2001年10月23日 火 195 宗教戦争ー6−
2001年10月22日 月 194 至高体験-1
2001年10月21日 日 193 まだ生きている!ー漂流
2001年10月20日 土 192 種銭ー2
2001年10月19日 金 191 種銭
2001年10月18日 木 190 駅前旅館
2001年10月17日 水 189 ツアーのプラスとマイナス
2001年10月16日 火 188 コロー
2001年10月15日 月 187 強い人
2001年10月14日 日 186 野村と円楽
2001年10月13日 土 184 基本
2001年10月12日 金 183 ―写真 
2001年10月11日 木 182 偽悪 2001/10/21
2001年10月11日 木 181 テロの影響
2001年10月10日 水 180 創造ー2 (心観学術態)
2001年10月09日 火 179 創造について-1
2001年10月08日 月 178 忘れられない店ー4(金沢)
2001年10月07日 日 177 世間様ー2
2001年10月06日 土 176 [自己能力の限界の設定]
2001年10月05日 金 175 忘れられない店ー3
2001年10月04日 木 174 ―写真 
2001年10月04日 木 172 このテーマ日記について
2001年10月03日 水 170 忘れられないお店ー2
2001年10月02日 火 169 ―写真 
2001年10月02日 火 168 忘れられないあのお店−1
2001年10月01日 月 167 読書について
2001年09月30日 日 166 映画
2001年09月29日 土 165 創業の思い出-20年になるが
2001年09月28日 金 164 目的と手段
2001年09月27日 木 163 チンドンヤー 2
2001年09月26日 水 162 手順
2001年09月25日 火 161 自然体(自然態)
2001年09月25日 火 160 ―写真 
2001年09月24日 月 157 自殺
2001年09月23日 日 156 ―写真 
2001年09月23日 日 155 創業は発狂-デフレに向けて
2001年09月22日 土 154 性善説と性悪説
2001年09月21日 金 153 ―写真 
2001年09月21日 金 152 宗教戦争ー5
2001年09月20日 木 151 世間様
2001年09月19日 水 150 再びホームページの実感‐5ヶ月
2001年09月18日 火 149 12345
2001年09月18日 火 148 アフガン国境
2001年09月17日 月 147 機動捜査隊
2001年09月16日 日 146 チンドンヤ
2001年09月15日 土 145 宗教戦争ー4
2001年09月14日 金 144 宗教戦争−3
2001年09月13日 木 143 宗教戦争ー2
2001年09月12日 水 142 宗教戦争
2001年09月11日 火 141 (日本的)カースト制度−3
2001年09月10日 月 140 (日本的)カースト制度−2
2001年09月09日 日 139 カースト制度−1
2001年09月08日 土 138 夢についてー10
2001年09月07日 金 137 ピラミッド
2001年09月06日 木 136 プラス思考-「131 」―誤削除により再ー
2001年09月06日 木 135 熊
2001年09月05日 水 133 事前の一策は事後の百策に勝る
2001年09月03日 月 130 内幕情報やー暗い子狐
2001年09月02日 日 129 人間関係
2001年09月01日 土 128 地獄の舗装
2001年08月31日 金 127 特異点
2001年08月30日 木 126 まだ生きている!
2001年08月29日 水 125 目には目を歯に歯を
2001年08月28日 火 124 酒乱-
2001年08月27日 月 123 NoSubject
2001年08月27日 月 122 虎穴問答
2001年08月26日 日 121 不調のインターネット通じる
2001年08月25日 土 119 つれづれに
2001年08月24日 金 118 パソコン故障ー2
2001年08月23日 木 117 ‘もの’より‘こと’の時代に
2001年08月22日 水 116 パソコン故障
2001年08月21日 火 115 夢についてー8
2001年08月20日 月 114 メキシコ旅行記
2001年08月19日 日 113 法事
2001年08月18日 土 112 お金について
2001年08月17日 金 111 数ヶ月ぶりの古町
2001年08月16日 木 110 正中心一点無
2001年08月15日 水 109 偽坊主
2001年08月14日 火 108 夢について-7
2001年08月13日 月 107 「私の死亡記事
2001年08月12日 日 106 坂之上小学校ー同級会
2001年08月11日 土 105 写真コーナーが移転
2001年08月10日 金 104 自己不認識
2001年08月09日 木 103 センチュリーベーカリー
2001年08月08日 水 102 夢について−6
2001年08月07日 火 101 倒影ー2
2001年08月06日 月 100 あら!たのし
2001年08月05日 日 99 現地日本人ガイド −2
2001年08月04日 土 98 現地日本人ガイド
2001年08月03日 金 97 NoSubject
2001年08月02日 木 96 旅行で出会ったー普段会えない人ー
2001年08月02日 木 95 写真コーナー故障中
2001年08月01日 水 94 倒影について−1
2001年07月31日 火 93 旅行で出会ったー普段会えない人
2001年07月30日 月 92 変わった人ーとの出会い
2001年07月29日 日 91 人生のこつ -2
2001年07月28日 土 90 人生のコツ
2001年07月27日 金 89 城と教会そして宮殿
2001年07月26日 木 87 エルミタージュ宮殿
2001年07月25日 水 86 ホームページ用3dソフトが完成
2001年07月24日 火 85 NoSubject
2001年07月23日 月 84 北欧で感じた事
2001年07月22日 日 83 バイキングについて
2001年07月21日 土 82 人生がモチーフの公園
2001年07月20日 金 81 無事に帰ってきてよかったせすね。
2001年07月20日 金 80 北欧ロシア旅行記
2001年07月19日 木 79 NoSubject
2001年07月08日 日 76 行ってきます!
2001年07月07日 土 75 夢について−5
2001年07月05日 木 74 死について
2001年07月04日 水 73 夢についてー4
2001年07月03日 火 72 3D-ホームページ延期
2001年07月02日 月 71 夢についてー3
2001年07月02日 月 70 夢についてー2
2001年06月30日 土 69 夢について−1
2001年06月29日 金 68 久しぶりの古町
2001年06月28日 木 67 月次決算
2001年06月27日 水 66 ソフト変更
2001年11月21日 水 65 テスト
2001年06月26日 火 64 おまいり
2001年06月25日 月 63 秘境ツアーコーナー故障中
2001年06月24日 日 62 あと2週間
2001年06月23日 土 61 小泉総理メルマガの紹介
2001年06月22日 金 60 小泉サイト
2001年06月21日 木 59 3D-ホームページー三回目打ち合わせ
2001年06月21日 木 58 一六会について
2001年06月19日 火 57 3D-ホームページ
2001年06月18日 月 56 母のアルバム
2001年06月17日 日 55 ジョーク集について
2001年06月16日 土 54 なんとなく
2001年06月15日 金 53 北欧ロシアに決定!
2001年06月14日 木 52 つれつれに
2001年06月13日 水 51 無駄な事なし
2001年06月12日 火 50 日本のプロ野球がつまらない!
2001年06月11日 月 49 一期は夢 ただ狂え
2001年06月10日 日 48 同じ人生を
2001年06月09日 土 47 シンクロ二シテ-
2001年06月08日 金 46 ユニクロのホームページ
2001年06月07日 木 45 創業の話
2001年06月06日 水 44 何の為のホームページ
2001年06月05日 火 43 オークションサイトについて
2001年06月05日 火 42 (無題)
2001年06月04日 月 41 20年の通勤
2001年06月03日 日 40 焼肉ーデフレ?
2001年06月02日 土 39 パソコン教室の薦め
2001年06月01日 金 38 言葉の トリック
2001年05月31日 木 37 父の28回目の命日!
2001年05月31日 木 36 初めてのパソコン教室
2001年05月29日 火 35 一人暮らしのあの頃
2001年05月28日 月 34 糸井重里サイトを見て感じた事
2001年05月27日 日 33 デフレ実感
2001年05月26日 土 32 34年ぶりの文章化
2001年05月25日 金 31 写真日記コーナー開設!
2001年05月24日 木 30 青雲寮(わが青春)
2001年05月24日 木 29 バックナンバー :
2001年05月24日 木 28 人生のコツ
2001年05月23日 水 27 ホームページを開いて3週の実感
2001年05月22日 火 26 お笑いコーナーの開設
2001年05月21日 月 25 チャレンジ100
2001年05月21日 月 24 つれずれに
2001年05月19日 土 23 随想日記―テーマ日記
2001年05月19日 土 22 どうも不調
2001年05月17日 木 21 バーチャルで日銀ツアー
2001年05月17日 木 20 ドッグファイト
2001年05月15日 火 19 不思議な世界の広がり&ミスの指摘
2001年05月15日 火 18 書いている本人が不思議な世界―畑山さんに
2001年05月15日 火 17 赤面―自嘲―入力ミス
2001年05月14日 月 16 不思議な感覚…今後が楽しみ
2001年05月14日 月 15 つれずれに‐変化の中で
2001年05月13日 日 14 図書館通い
2001年05月12日 土 13 新潟木鶏クラブ
2001年05月11日 金 12 連休あけの顧客動向
2001年05月10日 木 11 お勧めホームページサイト
2001年05月10日 木 10 ホームページ開設おめでとう
2001年05月09日 水 9 開設おめでとうございます
2001年05月09日 水 8 開設おめでとう
2001年05月09日 水 7 BSTVについて
2001年05月07日 月 6 ユニクロが面白い
2001年05月06日 日 5 ホームページの可能性
2001年05月05日 土 4 連休はパソコン・ウオーキング・TV・外食三昧
2001年05月04日 金 3 ウオーキングについて
2001年05月03日 木 2 つれずれに
2001年05月02日 水 1 今日ホームページ完成


886, 「ありがとうの言葉」ー8

2003年09月07日(日)


 昨日の散歩で何回『ありがとう』をいえるか試してみた。
8500回であった。

 今日は1万回に挑戦をしてきたところだ。
1万回は2時間以上ふるに言い続けて初めて可能になる。
言い続けるにしたがって、忘我の境に入っていくのがわかる。
7000~8000回が、その入り口であった。
回りが全く遮断され「ありがとう』の言葉に一体化してしまう。

 カウントを間違わないように指先に集中するのがポイントだ。
そうしないと、すぐに何かを考えてしまうからだ。
右指を十単位、左指を百単位で折ってカウントをする。
カウントも、時間で計る方法と、距離で計る方法がある。
今の私には指折りが最適のようだ。
慣れてきたら時間か距離の計測に変るつもりだ。
散歩の歩数は、初めは万歩計であったが、今は時間で計っている。

 散歩に「ありがとう」を言い続けるのが一番良いようだ。

 この随想日記を読んで一番初めに反応してきた、ある社長は一日
平均6000回言っているという。
また彼が紹介した知人の数人が、「幸せの宇宙構造」を10~20冊買って
周囲に配っているという。
ありがたいことだ。
反対に一週間の約束で貸して、2ヶ月以上経った今も返してこない人もいる。
「ありがたい」と思えば約束を守っているはずなのに。
読んでないのか、馬鹿なのか。
「貸したら帰ってこない」と思わなくてはならないのは解っているが。

「幸せの宇宙構造」を読んで、『ありがとう』を言い始めて3ヶ月が経つ。
気持ちが安定をしたことが何よりの成果である。
それと、人に対して寛容になったようだ???
ミニ瞑想を繰り返しているようでもある。
否定語は相変わらず使っているが、すぐに「ありがとう」という言葉で
消してしまうのが良い。


885, 遥かなるアルゼンチンタンゴ

2003年09月06日(土)


 先日、NHKのBSTVで「遥かなるアルゼンチンタンゴ」の
2時間番組を放送していた。
昨年末にアルゼンチンに行って、本場のアルゼンチンタンゴのショーに
感激した余韻が残っており丁度よいタイミングであった。
(感想文は後にコピー)

番組はアルゼンチンタンゴの歴史や由来、超一流のタンゴの踊りを交えた
内容の濃いものであった。
アルゼンチンタンゴは踊りだけでなく、歌も庶民の悲哀と愛を歌い続けてきた。
バンドネオンといわれるアコーデオンやバイオリンなど中心とした
タンゴオーケストラもある。

ー以下はその放送に流れるナレーションを纏めたものである。

 禁断の踊りの魅力に満ちた哀愁の漂う街ブエノスアイレス。
その隅々までタンゴの一部になっているようである。
パリの街の売春宿の踊りとして有名になった時、時の法王が、そのあまりの
過激さに、「タンゴ禁止令」をだした。
 その時パリにやってきていたカシミール・アイーンが、法王に直訴をした。
そして法王の眼のまで実際におどって見せた。
それをみた法王が感動して、禁止令を撤回したという逸話が残っている。

 この世界中を魅了している踊りの歴史は深くはない。
南米のアルゼンチンのブエノスアイレスに、世界中の踊りや歌を携えて
船乗りたちがながれてきた。そしてそこの男女が互いを誘惑しあった踊りである。
キューバのタバネロや、スペインのフラメンコが混ざり合い出来上がっていった。
執拗に互いの身体を密着しあった踊り、それをアルゼンチンタンゴと
いうようになった。

 男女が誘惑しあうタンゴの原点はいつの世にも変わることはない。
変な気取りを全て捨てて鳥のように誘惑しあう姿が美しい。
男女が身体を離して踊るのではない。
二人は密着しあって一つになる踊りである。
彼らはタンゴから人生そのものを学んだ。

 ブエノスアイレスは犯罪が少ないという。
男女の欲望はタンゴをとおして発散できるし、出会いの場が多い。
ダンス場が街のあちこちにあり、入場料はマンドリン(飲み物付き)で
200円ばかり、眼が合えば一時の恋人になる。
音楽の続く3分間はお互いに相手にゆだねる。
全く知らない人でも、ダンデーな男と艶やかな女になれる、
それがアルゼンチンタンゴである。

ー以上であるが、何よりも男女の誘惑しあう踊りがイヤラシクも何もない。
スペインのフラメンコは一人踊りか、集団で踊るかだ。
それに対して、男女二人が体を密着して誘惑しあう。
 ・・・・・・・・・・・・・
ータンゴの歴史
 タンゴがうまれたのは今からおよそ130年位前のブエノスアイレスの
場末といわれる。ジャズよりもずっと昔からタンゴが存在していたことになる。
タンゴを生んだのはプエノスアイレスにやつてきたイタリア系とスペイン系の移民たち、自然に生きてきた牧童ガウチョ、黒人の子孫たち、それも社会生活からハミ出してしまったやくざ者たちである。

 彼らが自分たちの娯楽として作り出したダンス音楽がタンゴとなったのだ。
だからタンゴにはそれぞれが生れ故郷で親しんできた昔楽が入り込んでいるし、望郷を思わせる哀愁あるメランコリックなメロヂィーを持っているのである。

 タンゴが他の地域へとひろまり始めたのが1920年代。
きっかけはそれまでダンス音楽だつたタンゴに「歌」という表現形式が現れたことといわれる。それから楽譜産業、レコード産業の発展も大きく貢献した。それと並行してパリを中心にしてタンゴは世界的流行を見せ始める。

 その後はアメリ力の映画や音楽に押されてしまうが、1940年代に復活、フアン・ドミン」・ペロン大統領とその妻エビータのナショナリステイツクな政策も助けとなって第二の黄金期を迎える。

 1950年代後半から経済悪化にともない、小編成グループが増加、
アストル・ピアソラを中心とした現代タンコ・への歩みもスタートする。
 今、アルゼンチン・タンゴ・界では昔からのスタイルも、現代的なスタイルも、男性歌手も女性歌手もあり、ダンサ一も数多く活躍し、とてもパラエティに富んだ趣味、芸術に発展したのである。

  ・・・・・・・・・

2002年12月21日(土) 617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4

 アルゼンチンタンゴがすばらしい!
昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が
女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。

 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。
その踊りが西欧の人達に認められていった。
従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。

 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが
2時間以上にわたって繰り広げられた。
全く期待をしていかなかったのが良かったのか、
初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。

 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。
今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。
辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。
この旅を締めくくるに最高のイベントであった。
写真を見てもらえれば解るはずだ。
よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。

この旅行は心に多くのものを残してくれた。


884, マンション事情

2003年09月05日(金)


 先日、新潟市内のマンションを見てまわった。
モデルルームを見るかぎり、マンションはなるほどすばらしい。
ここで住んでもよいかな〜というのが幾つかあった。

 マンションは宝石を買うのと同じで、買った時が一番の高値のとき。
買った後は、急カーブで価値が限りなく落ちていく。
一戸建て住宅にもいえるが、デフレの時代は更にこれが加速される。
純朴な庶民に夢を売っているのだということが、よーく解った。
結婚に似ているが、全てにいえることだ。

 マンションの売れ行きを見ているかぎり、恐慌の世界とは程遠いようだ。
新潟市内に、いつの間にか多くのマンションが建っていた。
そして、その殆どのマンションの完売には驚いた。

 一戸建てなら、数十佑瞭金が必要だが、マンションならそれが必要がない。
ローンで三十数年の延払いが可能で、アパートの家賃を考えれば目先安く感じる。
売る方からみれば、最高の営業ネタになる。
払う方は30年以上縛られてしまうことになる。
以前はやったジュエリーの世界に似ている。
売りつけてしまえば、10年・20年以上経った時の商品価値に責任ない。
20年以上経ったマンションを見れば、それが良くわかる。
マンションも毎年のように、ドンドン進化していくのだ。

 しかし、マンションの良さもある。
一戸建住宅のメンテや町内の付き合いやゴミ掃除などから開放される。
また比較的良い立地に住むことが可能になる。
何事も 一長一短である。
結婚相手と同じで、そう簡単に変えられないから事前調査が十分に必要だ。
実際住んでみないと解らないことが多い。

 しかし、私みたいなマンション嫌いでも、実際住んでみたいと思うのだから
若い人にとっては魅力があるのだろう。


883, 脅しの手口

2003年09月04日(木)


 こういう(ホテル)客商売をしていると、低脳ヤクザやチンピラの因縁付けの
脅しが付きものである。対処する一番厳しい場面になる。
そこがマネジャーや支配人の仕事でもある。

 何かに因縁をつけて脅し取ろうというのだから、手が込んでいる。
しかし、ホテルを脅して金にしようとするのは、非常にリスクが高い。
ホテルによるだろうが、ヤクザなどのプロはそのことを知り抜いているから、あまり脅しには来ない。
ホテルは警察の派出所に近いことを体験上知っているからだ。
それでも脅しの素人?が1~2年に一度位、「無知の涙」という感覚でくる。

 ー今回の顛末を書いてみる
やくざ風のアベック客の女が湿疹が出たと騒いだ。
深夜に支配人や副支配人やマネジャーまで呼び出されて、病院まで連れて行って、そこでさらに大騒ぎ。翌日20万で手をうとうと本音を出してきたという。警察に連絡したが、こういう微妙なクレーマーを装った脅しには彼ら警察の方法・技術があるようだ。
ホテルの外で、そっと近づき「ここの縄張りの組事務所に挨拶をして仕事を
しているのか!これ以上騒げば、しょっ引くぞ!」と囁いたら、二人は2度と顔を現さなくなった。刑事曰く「20年前の手口でしかない!」

 この位の騒ぎは、大体が2年に一度ぐらいある。
電話の取次ぎミスを演出をして、「数百万の取引の損を出してしまった、
どうしてくれる!」と凄んで暗に金をせびる手口が数回あった。
彼等は責任者を外に呼び出して、決着を付けようとする。
外の呼びだしに出てくるかどうかが「金になるかならないか」の分岐点だ。

 常に得体の知れないヤクザ?が泊まっており、現場は緊張状態にあるのが
ホテル業である。因縁など如何でも付けられる因果な商売である。
支配人やマネジャーも大変といえば大変な仕事である。
これに自殺騒ぎが1~2年に一度の割りにある。

 現場にいると、平岩弓枝の「御宿かわせみ」ではないが、色いろの人生が
宿泊客の中で垣間見れるという。
流れてきたソープ嬢は、初めから自分の素性を明かすという。
経験上、刑事に怪しまれるからだ。夜出て行って、明け方帰ってくるからだ。
また連れ込みを公然と入れるホテルには逆に泊まらないという。
仕事とプライバシー?をハッキリ分けてないと身が持たないのだろう。

 数年間、泊り込みの客が2人いるという。
アパートにも入れない事情があるようだ。
 
 ホテルは刑事の仕事の宝庫だ。
常に宿泊名簿とホテルの出入りの時間を調べている。
そして尾行をするという。
本当に得体の知れない客が最近多いという。
フロントの中には指名手配の写真が数枚張ってある。
素人はそのことを知らないのだ。
一年に2~3人は通報で捕まる、ホテルを出たところでだが。

しかし警察はあくまでも公務員であることも間違いはないが。


882, 競売物件

2003年09月03日(水)


 以前から、裁判所が差し押さえを売り出す「競売物件」に興味があった。
不動産業者で、競売物件専門の業者もいるという話も聞いていた。

 先日、最近の競売物件を数軒見て回った。
それなりのリスクがあるが、抵当等を奇麗にして改装して売れば
結構面白い商売になる。
調べたら相場の半額から六割のあたりに値がついていた。
やはり古い好感の持てるような物件は少ないが、値段からみたら
価値はある。

 この時代は競売物件専門を扱う仕事も面白い事業になるのではないだろうか。
恐慌により、競売の割安物件が出てくるからだ。もっとも買いが少ないから、
リスクも多くなる。その為には充分な資金量が必要なことが絶対条件である。
カタチを変えたハゲタカファンド?とも言える。

 ある不動産業の人の話だと、最近は素人が手を出すという。
近くの土地を知り尽くしている人が狙って買い取って、改築をして売り抜る。
お金と感覚が研ぎ澄まされていれば可能である。
プロも驚いてしまうという。

 アメリカでは、家を買い、日曜大工で時間をかけて改築・改装をして、
より高く売り抜けて、また新しい家を買って同じことを繰り返すという。
一般の人は家を利殖対象の物件と割り切って、引越しをするのが当たり前に
なっている。そのために、ホームセンターが早くからできたという。
日本もこれからは、そういう時代になるだろう。

 しかし、競売物件は扱うのは、よほどの知識がないと難しいのも事実である。
趣味で数年かけて、競売物件を探し続ければチャンスは必ずあるはずだ。
何事も、そのプロセスを楽しむ趣味とすればの話だが。
膨大のエネルギーがかかるからだ。
 
 そうは簡単には儲からないものだ。


881, 讃岐うどんの店

2003年09月02日(火)



 最近ブームになっている讃岐うどんのチェーン店に行ってきた。
100円からの讃岐うどんを食べられる客単価400円の店だ。
揚げ物などを皿に取り、うどんを注文して勘定をする方式をとっている。
社員食堂のセルフ式をそのまま讃岐うどん屋に取り入れた業態である。

・一回目に食べたのが「肉コロッケと、掻き揚げと、普通の讃岐かけうどん」
で約500円であった。
・2回目は、「100円の小のかけうどんにオニギリとハンペンと天ぷら」で
400円であった。

 客層は家族ずれからサラリーマン風とOL とばらついていた。
一組あたりの滞店時間が20分位で、非常に短いのが特徴だ。
近くにあったら週に一度はいくだろう。
気軽で300〜400円で済むからだ。

 ガソリンスタンドと同じで、セルフ方式そのものが受け入れられている。
セルフ方式を取り入れて、美味しい?ものを安くしているところがミソだ。
家族で美味しいものを食べにいくところではない。
お腹を満たす為に行くところだ。

 新潟駅前の自社の事務所の近くに牛丼の「松屋」も開店予定だ。
おそらく週に一度は行くことになる?だろう。
遅かれ早かれ、この業態の讃岐うどんチェーン店も出てくるだろう。
客単価の低いところをねらった店が求められているからだ。
今までの単価の半額が目安である。

 これは一時的ブームで済むのか、このデフレの時代の大きな潮流にそった
ものなのか、今のところ判断はできない。
しかし、セルフ方式の合理的システムは流れに沿っている。

 最近の居酒屋チェーンも闘いの中から、必死にそれぞれの新しい業態の
店を創ってくる。いかに消費者に受け入れられるかの闘いである。
その闘いを避けた店は受け入れられなくなる。
その意味で個人経営の居酒屋はますます苦しくなっていくだろう。

 飲食店のウォッチングは身近で判りやすく面白い!
趣味といってよい。


880,  敗戦の時 ー有事の時代に突入 −2

2003年09月01日(月)

  
  彼が新宿のビルの上から東京を見ると、
 「大震災の後の無残な街の姿に見えてくる」という。
 このセミナーを聞いていて、その無残な国の真っ只中に置かれて、
 何も手をうってこなかった自分の鈍さに、背筋が凍る思いであった。
 99佑凌佑箍饉劼手をうってないとしても、大震災から疎開する1%で
 なくてはならないのが経営であり、時代を生き抜くということだ。
 
  この内容を一ヶ月かけて熟慮して、手順に一つずつ落としていくつもりだ。
去年からの対策を含めて戦略は進行中だが、装置産業はこの有事では
大きいハンデになる。
 返済能力が10~15年以内なら「良い借金」の範疇というから、一応大丈夫だ。
 四棟のホテルのうち2棟が新潟駅再開発の道路拡張にかかる。
 ついているのだろうが、しかし有事である。
 ある日売り上げが半分ということもあり得る。
 今は返済能力が100年や500年はざらというが、
その仲間内に入ってしまう可能性も無いとはいえない。
 
 逆に考えれば、大チャンスである。
  
  その為には、自宅などの全ての資産を売払い、その全てを
金ーゴールドに換えておく位の覚悟がいる。
 頭の固まった私に果たして、それができるだろうか。
 できれば今の大震災を軽く乗り切ることができるはずである。
 どこまで決断できるかであろうが。
 全てを賭けたゲームとして割り切っていけば面白いだろう。
 
  このセミナを再度聴きに来ている人が数人いた。
 何かわかるような気がした。凄い時代なのに、普段の生活の中では実感が
 わかない。
 多くの資料を貰ってきて、何度も何度も読み返しているが、
考えれば考えるほど 日本の惨状に驚きざるを得ない。
 
     『今は有事なのだ!!』
 
 「今頃わかったのか?」という声が聞こえてきそうだが、
 実をいうと実感として、正直そうである。
 有事の意味の捉え方もあるが。
 
 
以前に書いた読書日記をコピーしておきます。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
   
「財産を無くす人、財産を残せる人 」
     ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術-
ー読書日記


清水洋/著
出版社名 アスカ・エフ・プロダクツ
出版年月 2001年7月
本体価格 1,500円

[目次]
PROLOGUE 危機の時代―「危ない」か「機=チャンスか」;
1 新たな資産家、没落する資産家―今、目の前の決断の差が資産作りの分水嶺になる;
2 デフレ時代のチャンスをつかむ人、逃す人―「平成の徳政令」を味方にする;
3 デフレ時代の「逆転の発想」―このチャンスを活かせる人、活かせない人;
4 身近なところから資産対策を始める人、できない人;
5 この先五年間、日本経済の最悪状況に生き残れる人、残れない人;
6 危機にあえぐ中小企業―雇用を創出する会社、雇用を無くす会社

ー私のマトメタ内容ですー

時代を見極めよ、そして早く決断を!

その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると
・「デフレ基調」に変わった。
・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。
・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。
・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。
・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。
・これから5年間は「最悪期」に入る。
・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。
その結果
 ・不動産価格は5分の〜10分の1
 ・株式は5分の1から20分の1
 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1
 ・失業率は15~20
 ・消費税は15~20
になる。

以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。
更にこの動きは拍車がかかるだろう。

企業としては、この流れに対して
・総資産の圧縮と借入金の圧縮
・知的集約の企業形態に変身
・固定資産を手持ち流動資金への変換
 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。
・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する
・公的部門の民営化時代に先手を打つ
等への変身への決断をしなくてはならない。

以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみて
さっそく取り寄せて読んだ本である。
これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。
以前書いた随想日記をコピーしておきます。
・・・・・・・・・

2003年01月17日(金) 649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?

その概要を書くと以下のとおりである。

・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 −まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   −貸してくれない銀行には返さないこと。
   −手元流動性資金の確保が絶対に必要
   −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 −不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 −円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 −事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。

・・・以上がその内容である・・・

「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。

この数年は負け組みの最後の整理が控えている。

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