堀井On-Line



879, 敗戦の時 ー有事の時代に突入

2003年08月31日(日)


『会社と個人の資産防衛セミナー』
2003年8月27日 池袋・かんぽ会館
             12時30分〜17時
               講師清水洋
                −中央会ー主催

東京で先日『会社と個人の資産防衛セミナー』に参加してきた。
以前この随想日記に、この講師の本の感想文を書いたことがあるが、
実際のところどうなっているか聞いてみる時期にきていた。

 講師の清水洋の本を二冊読んでいたが、実際参加してみて、
日本の現状の酷さに驚かされた。

彼は税理士をしていると同時に、会社の再建・再生・債務対策などの
指導に奔走している。
その生々しい一言一言がドラマで面白くさえあった。
40人ぐらいの参加者全員が食い入るように聞き入っていた。
そのためか、講師も熱が入っていた。

ー要点を印象順に書くと

・近い将来、間違いなく国債の暴落・金利上昇・ハイパーインフレになる。
 それに備えてヘッジをしておくべきである。
 動産ー金ーなどに換えておくべきだ。
 銀行は預金封鎖もあり得る。
 戦前の預金閉鎖の法律が残っており、閣議決定だけで可能である。

・年間1万9千社が倒産といっているが、実際は転廃業を含めると
 22万社が消滅している。これは関東大震災が目に見えないカタチで
 毎年おきている以上のことだ。

・今年140兆、来年が150兆、再来年が170兆円の国債発行の予定。
 −という事は、一家の借金にすると毎年500万円の借金が増えている
 ことになる。破綻をはるかに超えている状態である。

・それをカバーするのは国債しかない。
 そろそろ銀行が、その買取に難色をはじめてきた。
 次の手段として小口にして国民に売り始めた。
 歴史的にみて、そうせざるを得なくなった時は国家財政の破綻の時期。
 第二次世界大戦の敗戦直前に、戦時国債が多発された。
 それを信じ買い取った国民は財産を失った。
 金やドルに換えていた人もいたという。そういう人が大資産家にとって
 かわった。いま無知蒙昧な国民がこぞって買い始めている。

・現在は大清算時代の有事の時だ、今までの考え方では自己防衛は不可能だ。今までの常識を全て捨てることだ。

・不動産はまだまだ値下がりが続く。
 良質の不動産と、それ以外の不動産の価値の差がますますつく。

・借り入れは可能な限り返し少なくすること。

・政治家の旧守派と官僚と財界の利権のトライアングルが国家を破綻に導いている。
 国民がその自民党を支持している。
 この程度の政党の嘘に騙されている国民そのものが悪いのだ。
 
・日本政府は世界最大の金融機関である。
 郵貯に、年金、多すぎる税金をかき集め、政治家と官僚が好き放題使っている。
 道路に橋に第三者機関によるホテルや体育館などなど。
 すべて採算割れ。 
                     ーつづく


878, 「何故なれない富士山が世界遺産に!」

2003年08月30日(土)



 先日のNHKTVの「クローズアップ現代」をみていて驚いた。
「富士山が世界遺産の指定から外れてしまった」と真面目に取り上げていた。
「馬鹿たれ、ユネスコの世界遺産とは何ぞや知っているのか!」
こんなものはフランスの一部の利権屋の既得権のワッペンの世界でしかない。そのことを西アフリカのツアーで嫌というほど知らされた実感である。
 
 そのツアーの謳い文句が、「世界遺産を見てまわる旅」であった。
ところが、その世界遺産というのが見るに耐えない塵以下の代物だった。
殆ど意味のない、小さな小屋が世界遺産という。これは詐欺以下の世界である。
添乗員曰く「これは詐欺の世界で、世界遺産はそういう西欧のラベルーワッペンの代物でしかない!」。
「うっせい、この野郎!それを謳い文句でパンフレットに載せて、つれてきたのはどこのどいつだ!」と心の中で思ってもすでに遅かった。

 NHKの番組で「何故、富士山が世界遺産から外された?」と真面目に取り上げていたのだ。このことを解ってNHKも放送しているのだろうが、まさか「天下のユネスコの世界遺産とはその程度のものだ」とも放送できないのだ。
何の意味がない世界遺産をタップリ時間と金をかけて行って、ゴミ?を見せつけられた経験がいわせているのだ。

 この文章をみて「私の偏見で決めつけているいるのではないか?!」
と考えるかも知れないが、実体験でこの目で見た事実である。
どうしても西欧の価値観で決められるのだ。
自分たちが過去に統治していて、今も関係の深い観光資源に甘くなる。
「こんなもので遺産はおかしいし、まだ富士山が選ばれてない」と、
その時も添乗員が言っていた

 ノーベル賞も、「もっと質が悪いもの」と考えると世界が違って見えてくる。あくまで欧米の政治的価値観のレベルでしかない。
馬鹿みたいなのが、この表象世界である。
しかしそこに住んでいるのが人間でもあるのも事実であるが。
特に閉ざされた国の日本人は、世界遺産とかノーベル賞という言葉だけで
信じてしまう傾向があまりにも強い。
更に地方にいると、こういう視点を持つこと自体が変人扱いをされてしまう。

「他の星の住人の視点」をこういうグローバルの時代こそ必要ではあるまいか!
フランスでは大統領に当選すると、まず大統領マニュアルを徹底的に叩き込まれるという。その中に「地球儀を数メートル離れたところからみる習慣化の訓練」があるという。それを知ったときは、なるほどと納得したものだ。
自宅では、TV の横に100円ショップで買った地球儀が置いてある。
会社では、机の横に子供が使っていたボロボロの地球儀が置いてある。
時たま稀有壮大のことを考えるのは、そのせいだ。

100円ショップというところが自分でも(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿!
週に数回は地球の旅の番組をTVで見るときに手にとって見るが、非常に便利である。
話は少し変わってしまった。


877, 女の盛り時ー女とオバサンの境い目

2003年08月29日(金)

 十数年前に、第一生命の叩上げの財務の人と飲んだ時期があった。
女性を知り尽くしている人という感じであった。
こと女性に関しての一言一言が相通じるものがあった。
私も姉が4人もいたり、女性の職場にいたため、女性の裏表を知っているつもりであった。
しかし体を張って保険をとってくる女性の管理職を経験してきた人の言葉には、全く違う響きがあった。

・保険勧誘はギリギリのところの女性を動機付けていなくてはならない。
 部下とは塀の上に一緒に立って(男女の中という意味)いないと仕事にならない。その危なさが何とも面白い。

・女性の盛りは40歳からの数年である。丁度人生の曲がり角で一番
 危ない時である。
 その危なさが微妙に女性の魅力になっている時期である。
 オバサンになるか、今一度最後の花を咲かせるかの境い目が何とも良い。
 
 なるほどと思って、その視点で見つめなおすと全くその通りである。
高峰秀子が何かの本で「女性は45歳が境い目で、急激に坂道を転げ落ちるように変わっていく」と実感で書いていた。
何か第一生命の人の言葉と相通じるものがあった。
女としての最後の輝きが全身から出てくるのだろう。
その時期に、私の姉たちと従姉が葬式で同席した。
その年齢の境い目の前後の姿を、そのまま目の当たりに見てしまった。

 しかし、チャンと身奇麗にしていれば、その年齢の魅力は出てくるものだ。年齢を重ねれば重ねるほど、自己管理が必要ということだろう。
それは男女に関係なくだが。
 内面がそのまま表に出るから恐ろしいのが歳の蓄積である。
昨夜も同級会の幹事会で悪臭を撒いていた「おれは中卒だ!」が口癖の
漫画に出てくるような職人がいたが。
同級の女性達も、年齢の割りにちゃんとした魅力を保っていた。
長年の品位が魅力になってくるのだろう。


876, 「2003年、日本国破産<対策編> 」

2003年08月28日(木)

  ーYEN(円)と国債が紙クズとなる日が近づいている !?

この内容も前回の本に劣らないほどショッキングである。

・まずは2003年に前兆があらわれる(4年前の文章)
 ー金利上昇、円安、デフレの終了
・2005~7年にはかなりの事があらわれる
 ーインフレのスタートなどのスタート
・2010年ー国家破綻などが私たちの前に重大な脅威として本来の姿を
現す。
 国の借金が雪ダルマ式にふえていき、
 20誘瓩ぅぅ鵐侫譴嚢駝雲験茲暴殿腓紛式劼生じ始める。
・2010~2015年
 日本がIMF管理下に入る可能性もある。
 (ハイパーインフレと経済の大混乱)
・2025年ー国家破産と老人大国化で政府そのものがぼろぼろに。
 
 インフレ以外は現在の日本は既にその状態であるといっても過言でない。
そして著者が書いている2003年になっても、大した対策を立ててない。
そうすると、この本の通り最悪を想定しなくてはならない。
最近になって、事業をこの規模にとどめていて良かったと思うようになった。いややり過ぎだったのかもしれない。
昨日以前読書日記に書いた「財産をなくす人財産を残せる人」の著者・清水洋のセミナーに東京まで行ってきた。内容を明日書くが絶望的な見解であった。

ー以下は、インターネットで調べたものをコピーしたもの− 
   ・・・・・・・・・・
「2003年、日本国破産<対策編> 」
手を打たない者はハイパーインフレで全財産を失う
いますぐに、全財産の1/3をドルに換えろ !!
(第4章サバイバル戦略より)
国家破産を生き残るための全てのノウハウを満載

著者 浅井隆
出版社 第二海援隊
定価 本体価格 1400円+税

ープロローグ
楽観的になれるのは、グラフを逆さまに見た時ぐらいだ

第1章 1兆%のハイパーインフレ(戦前のドイツ)か、お札の紙クズ化
 (終戦直後の日本)か――国家破産の猛威

・通貨が本当の紙クズになる時
・お札に裏面を刷る時間もない
・一生分の預金が封書一通の切手代よりも安くなった
・インフレで打撃を受けるのはいつでも中産階級と頭の固い金持ち
・年率60〜120%のトルコのハイパーインフレ
・日本国の財政状況はトルコとなんら変わりない
・かつて日本が体験したハイパーインフレと徳政令
・再現! 国家破産による徳政令

第2章 あなたの住んでいる町が倒産する!!――地方自治体が破産する時

・前代未聞の財政状況
・街や県が破産すると起きること
・わずか10年で借金が3倍になった!?
・地銀と自治体が無理心中
・東京都自ら“このままでは都財政は破たんする!”
・日本の全自治体の3分の2に破産の危機
・浮上した“三セク”問題
・もうすぐやってくる「大増税時代」

第3章 これから一体、何が起きるのか!?

・1000兆円を超える破滅的借金
・「日本無駄遣い列伝」
・もはや戦時並みの犠牲を覚悟すべきである
・今後を予測するために押さえるべき7つのポイント
・悲しい現実
・低金利が招いた国債バブル
・国が破産すると本当に何が起きるのか
・これが国家破産が引き起こす6つの現象
・2010年までのタイム・スケジュール

第4章 生き残りの方策――どうすれば、国家破産から大切な財産と企業を
 守ることができるのか

・宮澤財務相の重大発言
・経済だけでなく、社会の枠組みが変わる
・早く手を打った者の勝ち
・生き残りのための心得
・国家破産へ向けてのサバイバル戦
ープロローグ
もし、あなたが「タイムマシンに乗せて一度だけ過去のある時代に連れていってあげる」といわれたら、どの時代に行きたいと思うだろうか。
私ならば、即座に[[一九二三年のドイツ」と答える。
なぜか!?

実は一九二三年のドイツでは人類史上最悪の経済的大混乱が発生していたからだ。
現在の私たちから見るとちょっと信じがたい規模のインフレ(詳しいインフレ率は第一章参照)が発生し、全国民とりわけ中産階級の財産はあっという間に紙クズとなってしまった。
目もくらむようなハイパーインフレの中でついにドイツ人たちの頭はおかしくなり、ヒトラーを求めるようになる。

そしてその唯一の原因こそ、国家破産だったのだ。
国家破産ほど恐ろしいものはない。
そして私たちの住む日本も当時のドイツに似た状況に突き進んでいる。

私は前著〈警告編〉で、現在の日本国の全ての借金(つまり国と地方自治体と
財投の三つを合わせたもの)は八○○兆円と書いたが、ついに財政学の専門家で政府の'顧問'も務める学者が「その額はすでに一〇〇〇兆円を超えている!!」(第三章九三ページ参照)と断言し始めたのだ。
しかも彼は「破滅的状況です」とまで言い切っている。

理由も明白だ。
多くの経済学者も財政学者もGDP(いまの日本でいえば五〇〇兆円)の二倍までが
国家が耐えられる借金の限界だとはっきり言っているからだ。
それをすでに超えてしまっているのだ。

私たちを乗せた「日本丸」は一体どこへ行こうとしているのか。
そして、どのような手を打てば私たちは助かることができるのか。
本書〈対策編〉はそれへの解答である。

「楽観的になれるのは、グラフを逆さまに見た時ぐらいだ」
二一世紀の幕が切って落とされた二〇〇一年一月末のこと、真白い雪におおわれた
厳冬のスイスアルプス山中の小さな村に全世界の政財界のトップが一堂に会した。
その顔振れと陣容は先進国首脳会議・サミットをもはるかにしのぐもので、
日本からは森首相(当時)だけでなく、石原東京都知事まで出席した。
この集まりこそ、一部の人々から'陰の世界支配会議'とささやかれる「ダボス会議」であった。

ところが、この会議の冒頭初日からアメリカの超VIP、エリート支配層から日本の'ある問題'について重大な懸念表明と警告が相次いだ。
では、その問題とは何か。
それこそ、日本のすさまじい財政赤字の問題だった。

特に米金融界代表からの懸念表明が相次ぎ、
中でも米大手証券ゴールドマン・サックスのカーチス副会長からは
「楽観的になれるのは(日本の財政赤字の)グラフを逆さまに見た時ぐらいのものだ」と皮肉たっぷりに批評された。
よその国の彼らが危機意識をもつぐらい、いまや日本の財政赤字の問題は私たちの想像をはるかに超えて、世界経済全体の大問題となり始めているのだ。


875, 「ライフスタイル革命」 ー(4)

2003年08月27日(水)

 この本を読んで数日前から、食事のとり方を変え始めた。
独りでは不可能で、まずは家内の協力が必要だ。
直に今までの食事内容を変えることは不可能のことは解っている。

まずは朝食後に果物を食べていたのを、食事前に変えた。
次に冷蔵庫にミックスジュースのパックを入れておいて、やはり食事前
に飲むことにした。

次は昼飯である。
今までいっていた店のメニューで果物かジュースを置いてある店が
一軒だけあった。バイキング方式の店である
880円と少し高いが、バイキングの中にデザートがあった。
早速昨日の昼飯にいってみた。
バイキングは食事の組み合わせを自分できるのがミソだ。
 
 次の順で口に入れた
・グレープにブドウの巨峰があった。それを4切れずつ食べ、
・次に野菜サラダ
・そして冷やし中華
・最後にホタテのフライと、鶏肉のから揚げを一個ずつ
・後はから揚げに添えてあったミニトマトと茄子の煮込んだもの
・最後は冷やしコーヒーを飲んだ
ご飯と味噌汁はとらなかった。

普通なら
・まずはご飯と味噌汁
・鶏肉のから揚げを2個とイカのフライ2個
・タクアンと野沢菜
・うどん
・果物とミニケーキ
・最後に冷たいコーヒー

 今まではその店には月に一回位しか行かなかった。
いつも胃にもたれて、一度行くと当分行きたくなくなるのだ。
しかし昨日は食べ終わった後は、嘘みたいにスッキリした食後感であった。
これなら週一日は行ける。あと4日分を探さなくてはならない。
いずれにしても、一ヶ月間は大胆に?店探しをしてみるのも面白い。
一日は回転寿司で二皿を野菜ものをたのむとか。
あと三日は、どこかで女性向のランチか何かを探せばよいか。
ゲームと思って昼飯さがしをしてみよう。
まあ暇ということだ。

 夜は、飲みに行かない日のアルコールの量を減らすことだ。
果物か野菜をまず口に入れる習慣も大事だ。
今更もう遅いが、やらないよりはずっとよいはずだ。
まあ半年から一年がかりになるが、ウオーキングに劣らないぐらい
大事な習慣づけになる。


874, 『2003年、日本国破産[警告編]』

2003年08月26日(火)


            ー 読書日記
以前、浅井隆のホームページを私のサロンのコーナーで紹介した。
読めば読むほど不安になってくる本である。
日本はくるところまできた。
第二の敗戦というが、国民が自覚してないのが恐ろしい。
毒饅頭をタップリ食べさせられて、いまさらどうにもならないのが現在の
日本である。
天皇制に対して何の疑問を感じない日本人が、北朝鮮の国民と何処が違うと
いうのだろうか。
全ての前提を疑ってかかるというが、その前提を疑っている自分も
その前提で考えているのだろうが。

ー以下はあるホームページからの抜粋だ。

現在日本国が抱える借金の総額は、なんと1000兆円。
1万円札で積み上げると、エベレストの1000倍の高さになる。
日本が破産すると、いったいどんなことが起きるのか?
・瞬間20%(年率)のインフレ
・消費税35%、
・1ドル=200円の超円安、
・長期金利10%弱、
・デフレ(不況)
数年後に日本で起こるかも知れない「事態」に対する警告の書である。

第1章 大いなる誤算
誰が一体悪いのか (後は野となれ山となれ作戦)
あまりにも重大な誤算
かつて起きたことはこれからも必ず起こる
なぜ、賢明なドイツ国民がヒトラーに支配されたのか
日本がおかれている危機的状況
耳の痛い情報を聞こうとしない日本人
ツケの先送りで全てを誤魔化した九〇年代
結局、あなたの財産が担保に !!
国家破産へのタイムリミット


第2章 一千兆円の脅威
天文学的借金が日本経済とあなたの生活を吹き飛ばす
日本国の破産を予告するこれだけの事実
もはや「杞憂」ではすまない
ついに出た決定的証拠
国家を信用しすぎてはいないか
すでにサラ金地獄に !?
またもや引き下げられた日本国債の格付け
恐るべき内部資料
大本営発表を鵜呑みにするな


第3章 郵貯・年金が抱える一〇〇兆円の時限爆弾
日本道路公団だけで二五兆円の返済不能の債務
世界最大の“銀行”郵貯の中身
日本の個人金融資産の三割が不良化している
郵貯のお金はどこへ行ったのか
行き先は特殊法人と政府系金融機関
国家予算の表と裏
小泉元郵政大臣の警告


第4章 恐慌か、ハイパーインフレか
九〇年代に行われたツケの先送り
デフレという名の苦難
検証・バブル崩壊時に起きたこと
誤った政策が致命傷に
愚行!ツケの先送り
行き場を失った資金が破綻寸前の日本国債へ流れる
永遠に採算の合わない特殊法人へつぎ込む郵貯マネー
「六〇年国債」(?)のおぞましさ


第5章 いまや日本国は一三〇〇兆円の債務超過
ついにわかった本当の数字
氷山へ向かってまっしぐらの日本丸
大蔵省筋のリークによって国の本当の数字が公表された
初公開!国のバランスシート
すでに「生き残り」を考える段階にきている

・・・・・・・・・・・

著者 浅井隆
出版社 第二海援隊
定価 本体価格 1400円+税

あなたが「タイムマシンに乗せて一度だけ過去のある時代に連れていってあげる」といわれたら、どの時代に行きたいと思うだろうか。
私ならば、即座に[[一九二三年のドイツ」と答える。
なぜか!?

実は一九二三年のドイツでは人類史上最悪の経済的大混乱が発生していたからだ。
現在の私たちから見るとちょっと信じがたい規模のインフレ
(詳しいインフレ率は第一章参照)
が発生し、全国民とりわけ中産階級の財産はあっという間に紙クズとなってしまった。
目もくらむようなハイパーインフレの中でついにドイツ人たちの頭はおかしくなり、ヒトラーを求めるようになる。

そしてその唯一の原因こそ、国家破産だったのだ。
国家破産ほど恐ろしいものはない。
そして私たちの住む日本も当時のドイツに似た状況に突き進んでいる。

私は前著〈警告編〉で、現在の日本国の全ての借金(つまり国と地方自治体と財投の三つを合わせたもの)は八○○兆円と書いたが、ついに財政学の専門家で政府の'顧問'も務める学者が「その額はすでに一〇〇〇兆円を超えている!!」(第三章九三ページ参照)と断言し始めたのだ。
しかも彼は「破滅的状況です」とまで言い切っている。

理由も明白だ。
多くの経済学者も財政学者もGDP(いまの日本でいえば五〇〇兆円)の二倍までが国家が耐えられる借金の限界だとはっきり言っているからだ。
それをすでに超えてしまっているのだ。

私たちを乗せた「日本丸」は一体どこへ行こうとしているのか。
そして、どのような手を打てば私たちは助かることができるのか。
本書〈対策編〉はそれへの解答である。

「楽観的になれるのは、グラフを逆さまに見た時ぐらいだ」
二一世紀の幕が切って落とされた二〇〇一年一月末のこと、真白い雪におおわれた厳冬のスイスアルプス山中の小さな村に全世界の政財界のトップが一堂に会した。
その顔振れと陣容は先進国首脳会議・サミットをもはるかにしのぐもので、
日本からは森首相(当時)だけでなく、石原東京都知事まで出席した。
この集まりこそ、一部の人々から'陰の世界支配会議'とささやかれる「ダボス会議」であった。

ところが、この会議の冒頭初日からアメリカの超VIP、エリート支配層から日本の'ある問題'について重大な懸念表明と警告が相次いだ。
では、その問題とは何か。
それこそ、日本のすさまじい財政赤字の問題だった。

特に米金融界代表からの懸念表明が相次ぎ、中でも米大手証券ゴールドマン・サックスのカーチス副会長からは
「楽観的になれるのは(日本の財政赤字の)グラフを逆さまに見た時ぐらいのものだ」と皮肉たっぷりに批評された。
よその国の彼らが危機意識をもつぐらい、いまや日本の財政赤字の問題は
私たちの想像をはるかに超えて、世界経済全体の大問題となり始めているのだ。

そうした中で、いよいよ国家破産へ向けての本格的カウントダウンが始まった。
ついにアメリカの格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)が日本国債の格付けを引き下げたのだ。
「ついに」といった意味は、これまでもう一方の格付け会社の雄・ムーディーズは二回も日本国債の格付けを引き下げていたが、S&Pの方は「日本には膨大な貿易黒字と個人金融資産があるから大丈夫」として最上級ランクに据え置いていたからだ。

それが二〇〇一年二月についに引き下げへと動いたということは、重大なコトがいよいよ始まったことを示唆している。さてそこで、ちょっと想像してほしい。ここに、巨大なカベがあったとする。
あなたがそのカベに向かって車を運転していると思っていただきたい。
徐々にアクセルを踏み込んで加速していったが、そろそろブレーキをかけなければ
いけないのにさらにアクセルを踏み込んでしまった。

引き返し不可能地点がすでに目の前にせまっている。
いま急ブレーキを踏めばまだ助かるかもしれないというその瞬間に、悪魔がフトあなたの耳もとでささやいた。
「大丈夫ですよ。国債はまだあんなに売れているではありませんか。
あのカベは幻想にすぎないのだから、もっとアクセルを踏み込んでごらん」。

かくしてあなたはカベに激突死することとなる。
いまの日本国はまさにこのような状況なのだ。
では、あなたの助かる手立てとは何か?

--------------------------------------------

ー以上だが、本当にこの日本どうなることか?
この記事は週刊誌に4年前に書かれた内容なのに、このとおりに
なってきている。改革といっても、遅々として進まない。
現状はむしろこの内容以上にわるいのかもしれない。

 丸井の青木社長がこの人の本を10年前読んで、それに対処してきたという。著者は社長に呼ばれて「おかげで数百億の損をしないで済んだ」と
感謝をされたとか。
先日、丸井が本社を除いて全社員が子会社に転籍にするリストラ策を
発表した。勝ち組の典型と思っていた丸井が先手を打ってきたのだ。

すごい時代だ、常に先手を打っていないと生き抜けないということか!



873, 「ライフスタイル革命」ー読書日記(3)

2003年08月25日(月)



 この本の面白いのは、特に日本人が信じてきた常識を根底から否定しているところである。
・牛乳・ヨーグルト・卵は、健康食品ではないと断じている。
 骨租しょう症は、牛乳の消費の多い国ほど多発している。
・「朝食信仰」はウソだ。
・人間の体は、動物を食べるようにできてない。
・食後のデザートでなく、食前の果物をとること。
 食後の果物は腐敗の元凶
・食前の果物と、主食をサラダにすることでエネルギー増と体重減を導く。

 この本に書いてあることは、全て正しいかどうか解らないが、
少なくとも胃腸と体の細胞には良さそうである。
朝飯から昼飯そして夕飯と段々と胃腸に重くしていくのも肯ける。
医学校が教えてきた「栄養学」が時代遅れの危険なものとさえ指摘している。
果物こそ人間にとってもっとも完全な食べ物というのも納得できる。
ライオンなどの肉食動物は同じ肉食動物を襲わないのは、その肉が自然の原理に合わないからだ。
また牛乳神話も否定している。人間は3歳を過ぎると牛乳を消化できない
ようにできている。
中国人はあまり牛乳を飲む習慣はないが、ほとんど骨租しょう症にはならない。今アメリカでは肉を食べない傾向がどんどん強まり、禁肉運動がおき始めている。

私自身は、
・なるべく肉食より魚をとる。
・砂糖や甘いものを食べないこと。
・インスタントものは避けること。
・主食は量を少なく。
等々心がけてきたが、果物と野菜中心を主食に切り替えることになろうとは?
でも何か方向としては間違ってない。この一ヶ月をかけて徐々に実行していく予定である。
朝昼なら何とかできそうだが、夜もといったら無理だろう。
いずれにしても、食生活の根底にかかわる問題だから、しっかり内省をして納得してから実行をしなくては。
早速、図書館にその類の本を探したが一冊もなかった。
ベジタリアンの本もほとんどなかった。
それより酒の量を控えることが一番大事なのだが。


872, 「ライフスタイル革命 」−読書日記(2)

2003年08月24日(日)


 要約すると
 朝昼食は、果物かジュースとサラダをメインにとり、
 夕飯はフレッシュジュースをとった後、なるべく魚料理か軽い肉食をとる
 習慣をつけろということだ。
 かなり荒っぽい要約であるが、私にとって青天の霹靂の知識だ。

私たち人間の体は、
・生命に必要なもの
ー自然の法則に基づいた健康作りのための条件ー体にふさわしい食べ物、
 純粋な水や空気、日光、十分な睡眠、運動、良い人間関係である
・生命を脅かすもの
ー毒ー薬、アルコール、タバコ、カフェイン、加工食品、多量の動物性食品など
 である。
 人間は、この両者と関わりを持っている。
 前者が与えられれば体は健康になり、後者が与えられれば病気になる。
 
 後者は現代の私たちの生活の中に満ち溢れている。
このような要素にたっぷり浸かっている人間を「子狐」といって忌み
嫌っている。暴力団の事務所にたむろするような悪臭を放っている
輩である。

 紀元前3800年に造られたエジプトのピラミッドに刻まれた言葉を、
この本の訳者は以下の通り紹介している。
「我々が食べているもののほとんどは余分なものといってよい。
人は食べたものの4分の1の栄養で生きているにすぎない。
残りの4分の3は病気の原因となり、そのおかげで医者は暮らしていけるのである」
果物は空腹を満たしてくれるし、体によいエネルギーを与えてくれる。

 またジョエル・ニューマン博士は次のように警告をしている。
「私たちは食べ物についての正しい知識を応用することによってしか、
体を完全な健康状態に保っておくことはできない。知識とそれを利用しよう
という意思は、病気を闘う武器となれる。自然は不注意を見逃してくれない。
そして無知であることは悲惨な状態をもたらすだけである」
以下は参考資料である。
   ・・・・・・
   
「ライフスタイル革命」
―私たちの健康と幸福と地球のために

・キングベアー出版 (1999-11-28出版)
・ダイアモンド,ハーヴィー ・ダイアモンド,マリリン【著】
・松田 麻美子【訳】
 販売価:\2,100(税別)

ここには、地球上の生き物として私たちが守るべき
「人間の原則」が記されている。
 知ってはいけなかった「衝撃の事実」の数々。
第1部 生き物としての「人間の原則」―「ライフスタイル革命」
  を支える理論と哲学(自然の法則に基づく「ライフスタイル革命」
 ;ダイエットとは何か ほか)
第2部 豊かな人生を送るための「行動プログラム」
 ―「ライフスタイル革命」実践への道(美食が地球と人間をダメにしている;
  朝食は無理に取らなくてもいい ほか)
第3部 「ライフスタイル革命」のための四週間メニュー
第4部 特選レシピ一覧
第5部 日本の読者のみなさんへ

ー近況報告!!
レビュアー: takemaru0206 (プロフィールを見る) 大分県別府市

この本を読んで一ヶ月が経ちましたので、結果を報告させていただきたいと思います。
・朝は100%果汁ジュース(みかんかりんご)とフルーツ(みかん、イチゴ、りんご、
 パイナップル、びわ、バナナ)の中から3〜4種類を食べました。
・昼は、野菜の盛り合わせ+ドレッシング(お好みで、私はフレンチドレッシング
 でした)、ご飯、味噌汁、豆腐、キンピラゴボウかほうれん草を食べました
・夜も同じようなメニューを摂取しました。

体重が73キロだったのが65キロまで落ちました。体脂肪率も25%から20%になりました。
慎重は172センチです。友達にも痩せたと言うわれ、自分でも痩せたなぁと言う
実感があります。この間肉類は一切摂取しませんでしたが、最近では肉が食べたい
という感覚がなくなり、むしろ生野菜が食べた!という気持ちになります。
これほど野菜がおいしいとは思いませんでした。胃に優しく、しかも食べたという
満足感も得られ今までのダイエット方法とは一味も二味も違うと思います。

本に書かれている内容とは少し異なるかもしれませんが、毎朝の食事で果物とジュース
の組み合わせと昼夜の食事で生野菜を取れば誰だってやせられると思います?
体に害があるやり方ではないのでだまされたと思って一度試してみてはいかがかと・・・

最近20歳になり10代の時みたいに暴飲暴食は避け、健康について考えなければ
いけなかった時に偶然本屋で読んだ本がこの本でした。
ここに書かれている事が世界中の常識になる日が来ることを楽しみにしています。


871, 「ライフスタイル革命」ー読書日記(1)

2003年08月23日(土)


―私たちの健康と幸福と地球のために
       食事の「3つの基本原則」

 ー私の感想文
 目から鱗という感覚だった。パラダイムの大転換である。
「主食を果物か、そのジュースにしろ」
それも朝昼飯をそれに徹しろというのだから。
猿出身の人間にとって長い進化の歴史を考えれば、そういわれればそうか
と思ってしまう。
 なるほど世界で1200万冊突破の超ベストセラーの本だと思った。
この本は、自然健康法の基本的な考えと生命科学を、論理的、かつ
分りやすく結びつけている。

 ここで問題にしているのが、食べ物の選択である。
現代人の多くが、間違った選択をしていると指摘、その最たるものが
「一日30品目をバランスよく食べる」であると。
持っている地図とコンパスが間違っていれば目的地に決して到着しない。
その正しい地図とコンパスが、この本であるとか。

・私たちの体に最もふさわしい食べ物とは何か
・それを、いつ、どのように食べるか
という基本原則を書いている。

 このツールを生かせば、誰でも永続的な「スリムな健康体」を入手する
ことができる。すべての人が永久にエネルギーに満ちあふれた、疲れ
知らずの人生を展開していくことが可能になると説いている。
この本は我々のパラダイムを修正してくれる。
我々は類猿人である。猿はまずは森で果物と木の実を食べていた。
人間は森から平原に出て肉食になった。
しかし、それが人間の身体を蝕んでいるのだ。

この本の要点は食事の「3つの基本原則」につきる。

・水分を多く含んだ食べ物(果物と野菜)を豊富にとること。
・食べ物は正しく組み合わせ、たんぱく質食品と炭水化物食品を
 一緒にとらないこと。
・果物は(胃が空のとき)正しく取ること。

ー具体的にはー
・一日の始めはー新鮮なフルーツジュースで始まる。
 他に欲しければフルーツサラダか、新鮮な果物だ。
 ただし、缶詰は禁物である。ナッツ類も良い。
 果物は身体が欲求するだけ食べても良い。

・昼飯はーまずは果実のジュースを飲んで、その後に大盛りのサラダがメイン。
 全粒小麦のパンにバターを塗ったもの、あるいはスープも
 良いだろう。ご飯に味噌汁も良い。

・夕飯は、まずはフレッシュ・ベジタブルジュースカクテルを一杯。
 軽く蒸した野菜の取り合わせとサラダ。
 あとは魚に肉料理。
                      つづく


870, 5回目の乗り過ごし

2003年08月22日(金)

 昨夜、5回目の新幹線の乗り過ごしをしてしまった、6年?ぶりである。
コンサルタントの林さんと新潟の沼垂で痛飲、22時16分の最終列車で寝込んでしまった。気がついた時は既に長岡を通過してしまっていた。
仕方がなく浦佐の駅前のビジネスホテルに泊まってきた。
最終に乗るくらいなら泊まると決めていたが、酔った勢いの判断ミスであった。

ホテルを始めた頃、東京からの新幹線で大宮で降りる予定のサラリーマンが新潟まで寝過ごしてきた。財布は空で宿泊代は無し。
「宿泊代と帰りの切符代を貸してもらえないか」と頼まれた当時の大矢マネージャーが気の毒なのでその通りに応じたという。
本来は警察に行けば何とかしてくるはずだが、気が動転していたのだろう。他人事の話ではないが。

以前「乗り過ごしについて書いた文章」をコピーしておきます。

・・・・・・・・・
2002/02/10
新幹線の乗り越しー4回!


通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。
それぞれに思い出がある。
たて続きに3回乗り過ごした。
いまから12〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。
初めは湯沢で泊まった。

飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。10時半過ぎであった。
大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。
湯沢の情緒が漂っていた!

その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い
「割りかん」で帰ってきた。
長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。

3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。
折り返しの新幹線で帰ってきた。

5年位前の乗り過ごしが面白かった。
ウソみたいな本当の話である。
正月の3日か4日であった。
乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、
どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。
そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい
「値引を交渉!」

「自分には値引きの権限が無い,駄目!」
酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。

たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。事情を話し、
「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、
ちょっと待てと電話をしてくれた。
そして安くしてくれるホテルがあるといいう。

助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、
何と初め値段交渉をしたホテルであった。
そしてその若い方がその社長であった。

そして飲みに行こうという。
それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。
但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。

その後、湯沢で一番の高級のクラブで2時間、正月という事もあって大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのクラブを知っていたー

次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。
だんだん恥のさらけ出し?

「気違い水ー酒」を飲んだドラマがいろいろある。


869, 「ロバート・アレンの実践億万長者入門」−2

2003年08月21日(木)

     ― 生涯続く無限の富を得る方法
 
この歳で、いまさら億万長者になって無限の富を得て何とかではないが、
一生を通じて億万長者になる方法論には興味がそそられる。。
そしてこの本の中には、なるほどと納得するものが多い。
当たり前のことだが、その当たり前のことが解らないものだ。
「お金はむき出しの真実」なるがゆえに、太陽と同じように直視できない。
おまけに複利で増殖をしてくるから、その蓄積は力を持ってくる。
その上に「むき出しの力」になるから恐ろしい。

ー以下いくつか印象に残った箇所を抜粋してみるー

・「お金で成功する秘訣は、使った残りを貯金するのではなく、
 貯金した残りを使うことである」
 ーこれなど「天引き貯金」という言葉があるほど当たり前のことだが、
 じゃあ実行しているかというと意外としてない。
・節約したお金は、稼いだ金と同じくらい価値がある(デンマークの諺)
 ーこれも考えれば考えるほど含蓄がある。
・もしお金がものを言うなら、私には補聴器が必要だ。
 −ほとんどの人にいえることだ。
・30秒で生活費を20~30雄鏝困垢詈法として
「あなたの持っているクレジットカードをすべて取り出して全部切って
しまいなさい。統計上、この単純な行為が自動的に、ほとんど苦労なく、
続く12ヶ月間の生活費を平均30雄鏝困垢襦廚修Δ澄
 −アメリカの場合は特にそうだろう
 
 ある姉の甥っ子が私の父の節約癖を子供の頃に馬鹿にしていた。
その姉夫婦は浪費家で、その親の影響があった。
その時その姉夫婦の将来がはっきり見えたことを覚えている。
現在無残なほど生活に困窮している。
金を馬鹿にすると必ず金に復讐される身近な事例だ。

 アメリカの億万長者ポール・ゲッティが「成功の秘訣は?」と尋ねられて
「私は麦わら帽子を秋に買います」と答えた話は有名である。
需要の下った時節の、値段の下がった秋に買えば、何分の一の買いは
誰でも可能だ。
彼の凄いのは、この哲学をすべての買い物に適応したことだ。
油田も、ビルも、ジェット機も、アートコレクションもすべてこの哲学で
買い物に適用した。彼の頭の中には常に「卸売価格」という言葉があった。
誰も欲しがらない時に買い、需要が高くなった時に売る自然の法則
という長期的視点を常に持っていたのだ。
ロバート・アレンはこの本で、最低90日単位の計画を勧めている。
「90日後に必要なものをより賢く買うためには、今日何をすればよいか」
と説いている。出費コントロールが、収入を増やすことより、はるかに
簡単であることを強調している。

「毎月50ドル節約する50の方法」がなかなか面白い!
ーこのうち幾つかを抜粋してみるー
1、買い物はショッピングリストをつくって、そのリストどおりに
1、いま残っているクレジットカードの残高をすぐに完済すること
1、映画はやめて、レンタルビデオ・DVDに
1、外食をやめて内食を
1、ランチは弁当持参で
1、その本を買ってはダメ、図書館であるかないか確認のうえで
1、パレードを見よう。ピクニックをしよう。ただのエンターテーメント
  はけっこう楽しい
1、バスに乗って、タクシーとは縁をきる
1、そのスポーツクラブはやめて、近所のジムかほとんどただの健康センター
  へ切り替える
1、ブランド物はやめて、無印良品をかう
1、会員制大幅ディカウント店の会員になろう
1、高い専門店はさける事
1、オンラインでライバル店の値段を比較する
1、自動洗車機は使わず、自分で洗車する
1、暖房を入れる前にセーターをいま一枚着ること
1、お風呂のかわりにシャワーを
1、宝くじは買わない。稲妻にうたれる確率より低い
1、まずは自分自身に支払いを。一日1ドル預金を
1、ソファーなどで見つける小銭をためておく貯金箱を買おう

 などなどである。
最善を尽くす人に対して、ものごとは最善の展開をする。
そのリアルに反応するのがお金だ。
お金に対する考え方が、その人の人生を大きく左右する。
守銭奴の「恥欠き、義理欠き、人情か欠き」も考えものだ、といってお金を
軽蔑するのはそれより遥かに下である。
地方で先祖伝来の土地を引き継いで、アパートか駐車場の家賃の収入があり、夫婦共働きで、あまり派手な生活をしないで、お互いの趣味が同じで、
その範囲の中で収入を目いっぱい楽しむのが、この時代一番幸せなのかも知れない。

 そうすると、亭主が浮気でもはじめるか?!


868, 「ロバート・アレンの実践億万長者入門」ー1

2003年08月20日(水)


  ― 生涯続く無限の富を得る方法
 
 全米でベストセラーのこの本、著者が長年にわたって蓄積したきた
ノウハウを読みやすく、解りやすく、実践しやすく、具体的に書いてある。
しかしちょっとしっかりした女性なら誰もが実行している内容が多い。
その当たり前のことが多くの人が解ってないのだ。
だからこそ全米でベストセラーになる。
よく読んでいると「長期的に貯まる生活習慣をたてよ」ということだ。
その長期的合理的システムを生活習慣に組み込むことを具体的に説いている。
私の両親が教えてくれたことだ。

 子供の時から大晦日、お年玉を兄姉全員が貰った。
そして全員に貯金通帳をつくり、半強制的に預金をさせていた。
姉たちには結婚の基礎資金にしていた。
結婚数年後に、それを元銭にして家を建ててやった。

 私の場合は特別に高校に入ると同時に株を買えと勧められた。
「何を買うか株の銘柄を調べて、自分で選択せよ」という事だった。
自分は当時、ある持病を持っていた。
その特効薬ができたという新聞記事を読んでいたので、その会社の株を買った。
「科研」という会社であった。それから株式の欄を毎日見るようになった。
父の狙いは経済に興味を持たせ利殖をおぼえさせようということだった。。
株を買って以来、今日まで株のコーナーを見ない日は殆どない。

                  −続くー

以下はインターネットで調べた内容をコーピーした。
  
  ・・・・・・・・・・・・・・
「ロバート・アレンの実践億万長者入門」
ロバート G. アレン (著),  
今泉 敦子 (翻訳), 神田 昌典 (翻訳)
価格: ¥1,800
  ・・・・・・・・・
ー レビュー ー
頭金なしで不動産を購入する方法(もちろん一括購入ではない)を記し、
全米ベストセラーとなった『Nothing Down』(邦題『ナッシング・ダウン』)の著者、ロバート・G・アレンによる資産運用術。
元手をほとんど、あるいはまったくかけずに「家にいながら1日1000ドル稼ぐ」
「年収をあと5万〜10万ドル多くする」方法などはにわかには信じがたいが、
読めば著者の意図がわかる。

・ まず多くの「金持ち本」同様、億万長者になるために必要な知恵や経済観念、
身につけるべき習慣が論じられている。その主旨は、1日1ドルの投資、
1セント単位の支出の把握や削減といった地道な努力が結果として実を結ぶと
いうもの。

・加えて収入面では、複数の収入の流れをつくり、利子、印税、
コミッション、賃料収入といった「一生型収入」を得ることを必須としている。
容易ではないが、大きく稼ぐには妥当な筋道といえよう。

ー 肝心の億万長者になる方法については3分野が挙げられている。
・その1つ「株式投資」では、
金融商品の種類や売買のタイミングなどが
論じられている。内容は投資関連の本などでよく語られているもので、
それほど新鮮味は感じられない。

・2つ目は著者の専門分野である「不動産」で、
格安不動産を見つける方法や頭金をゼロにして購入するテクニック、
転売で稼ぐ方法などが披露されている。日本の不動産事情も考慮する必要が
ありそうだが、そのゲリラ的なノウハウにはただ敬服する。

・3つ目が「マーケティング」で、
マルチ商法や自費出版、各種情報コンテンツの販売、ライセンスビジネス、
インターネット販売などが論じられている。知的財産の販売が中心であるが、
その価値を引き出すマーケティング手法にヒントが詰まっている。

億万長者になる直接の方法ではないもの、特定のスキルを要するもの、
日本の事情とは異なるものなどもあり、即実践できる項目は多くない。
ただ、大金を稼ぐためのアイデアは確実に学べる。また、身の丈から始める
ビジネスの可能性が幅広く検討されていて、フリーの在宅ビジネスを
手がける人には刺激になるはずだ。
とにかく試すことでしか、真価のわからぬ1冊である。(棚上 勉)

ー内容ー
一生続く「複数の収入の流れ」の構築法を教える。自分の財務状態を
コントロールする方法、家にいながら1日1000ドル稼ぐ方法、年収をあと
5万〜10万ドル多くする方法などを伝授。

  ー目次ー
・イージー・マネー
・10分間で億万長者!
・マネーツリー・フォーミュラ
・経済的自由を生み出す山脈
・株式市場で成功する
・不動産で大きく稼ぐ
・抵当流れと転売で稼ぐ
・ネットワーク・マーケティング
・情報ビジネス
・ライセンシング
・インターネット
・バランスをとる
・分かち合う


867, 情報化社会ー時の変わり目

2003年08月19日(火)



 先日も、中古本をアマゾンを通して買った。
買うほどに欲しいとは思わないが、図書館にはない。
いつも本屋の平台に山積みになって何回も手に取っているが、
いつも迷っている本が何冊かはある。

 その一冊が先日も書いた「借りた金は返すな」であった。
送料も含めて半額なら買ってやろうという本であった。
なるほどこういう需要の本もあるのである。
送り主は、ある県の接骨・指圧師の印があった。
何かそれを見てこの本の内容からして不思議な感覚になった。
こういう販路が何か不思議で仕方がない。
情報化社会は根底から世の中を変えているのが実感できる。

 今では、イラクの国民とイギリスの国民がインターネットで、
アメリカの軍事介入の件で直接議論をしたり、運動サークルをつくって
現場の生々しい情報が行き来しているという。
もう情報操作とか言う時代ではなくなっている。
国というものがダンダン希薄になって、個人は「国」より「地球」を問題に
するようになっている。
わずか10~20年前には、外交当事者さえやり取りしていなかったことが、
市民レベルで簡単にやり取りされている時代になっている。
この衆議院選挙で政治家が、この動きを読み違える可能性がある。

 私でさえも今度の選挙は民主党に入れると宣言している。
理由は簡単、自民党県連が小泉でなく旧守派を党首選で支持をすると表明した
からだ。もう真紀子とか、訳のわからない個人に入れるつもりはない。
あくまで政策優先である。

 話は変わるが、先週の日曜日の「サンデープロジェクト」で
「閉鎖寸前の赤字工場が奇蹟の復活、驚きの秘密!」というタイトルで、
ある合理化の放送をしていた。
トヨタとリクルートが合弁会社で、両社の社員が数人が依頼された赤字工場に
乗り込み半年間トヨタ方式の合理化を取り入れるドキュメントだ。
本社から16日かかっていた工程を5日にするように厳命された為に、
工場の在庫が膨れ上がっていた。
それを3日まで工程を詰めた上に、在庫を激減させ黒字に転換させてしまった。
「トヨタの合理化のノウハウ」を「リクルートのシステムで販売」する
ドキュメントである。

IBMの同じような「システム販売の説明会」に出席してきた知人から、
その生々しい話を聞いたことがある。
物流システムを提案、一年間の合理化された部分の半分をシステム料として
支払う出来高払いのシステム販売である。

 そういえば以前面白い夢をみた事を思い出した。
合理化の夢で、システムそのものになった夢である。
そのくらい突き詰めないと合理化はできないのだろうが、夢のない夢だった。


866,「タイムクエスト」ー読書日記 -3

2003年08月18日(月)



私がこの本で一番気にっているのは
著者ハイラム・スミスの個人の憲法」である。
この価値観を読む時、彼が自分を理想とするイメージがそのままでている。
建設士が建物の完成した姿をイメージしてあるように、彼をそのまま
イメージできる。

ー「ハイラム・スミスの個人の憲法」

1、心を込めて思い尽くし、力の限り神を愛している

2、隣人を自分と同じように愛している

3、神のすべての戒めに従っている

4、謙虚な人間でいる

5、傑出した夫、そして父親でいる

6、父母との思い出を大切にしている

7、知的成長を育んでいる

8、すべてにおいて正直でいる

9、最高の言葉で話すようにしている

10、頑強で健康な身体を維持している

11、時間を大切にしている

12、経済的に自立している

13、毎日独りになる時間を取っている

14、人々の生活を変えている

15、人の話をよく聴くようにしている

16、常に生活に秩序を求めている

 以上を彼はかなり背伸びをした価値観としている。
近いとすら思ってないと正直に書いている。
しかし、その価値観と目標は本人から流れ出たものである。
敬虔なクリスチャンであることが滲み出ている。

 このように毎日「完成したハイラム」の像をビジョンとして生活していれば、自分が目指す人間になる為の具体的な行動を取ることが簡単になってくる。自分の価値観を精査して重要順を決めてしまうと、それを基準に
自分の計画や判断が合理的にできるようになる。
また他人の意見に惑わされなくなる。
そして、時々日記に各項目に対して、自分と対話すればフィードバックになる。また内省を合理的にしていることになる。
8の「すべてにおいて正直でいる」について、現在の自分はそうであろうか?「あの時のあの事は大きい妥協をしていたのではなかろうか?」と。
これを続けていればそれぞれの項目が積み重なることになる。
その積み重ねが、自分を心安らかにしてくれる。


865, 同級会−2

2003年08月17日(日)

 昨夜は中学の同級会いや同期会があった。
小学校は一学年の同期が100人足らずのため、5年に一度の同期会に
なっている。中学校の同期会は今回が初めてであった。

 クラスで親しい男が卒業して以来初めて出席していた。
名刺を見たら「日本レコード協会」の専務理事の肩書きであった。
ということは、日本の歌の世界の隠れたドンだ。
ビクターの取締役になり、その後関連会社の設立に参加。
その後今の仕事をしているという。かなり重い仕事と言っていた。
早稲田を卒業後、ビクターに入社。
初めの仕事が、桜田順子など3人娘の教育係だったという。
森進一など有名人は殆ど旧知の仲とか。
「自分ほど面白い経験をした人間は少ないのではないか」
としみじみいっていた。

 中学だけをみてみると、その時の成績順で人生が決まってしまっている。
ちなみに一番だった男が慶応大学の教授(数年前に死亡)、二番がこの人、
三番が自衛隊のえらいさんになっている。後は保険会社の支店長、学校の先生など。
成績の悪い人はあまり恵まれた人生ではないようだ。恐ろしいものだ。
「何を持って恵まれた人生か?」という疑問があるが、あくまでも表面的な
ことだ。あと二年で60歳、皆その歳を目安に生きてきたようで心境は複雑のようだ。
しかし会えば、心は今だ中学生だ。
クラスでは50人中既に7人亡くなっている。
そのうち男は5人で2割になる。
最近亡くなった人の殆どが癌だ。
 
 地元に住んでいると、小学校、中学校、高校の同級会に出席する機会が多くなる。
30歳すぎから仕事や子育てに余裕が出るためか、それぞれ頻繁に開かれる
ようになってくる。私も30歳前後に地元に帰ってきてからは出席をするようにしている。
学生から社会人に脱皮の20代は、学生時代の人間関係から一度離れることが人間形成で必要である。その為に30代辺りから自然に開かれるのだろう。
同級会は40歳が社会的に最前線に立っているときであり、担任の先生の定年時期も含めて一番良い時である。
クラスによって全く開かれないか、頻繁に開いているかどちらかだ。
地元にまとめ役がいるかどうかで決まるようだ。
前も書いたが、私の従姉は地元で中学の同級生13名が3ヶ月に一度も欠かさず50年近く開いている例もある。
こうなると賞賛すべきかどうか迷ってしまう。

 小学校は5年に一度、中学と高校は毎年のように開いている。
ほとんど出るようにしているが、年齢を重ねるとともに段々子供時代に帰っていく。最近感じてことは、50歳を超えたら間隔を置くほうがよい。
特に学歴が上がっていくにつれて間隔が開けたほうがよい。
家庭や会社の変動がおきてくる時期で不安定になるからだ。
大学の10年に一度の大学主催の同期会がよい。
500人ほどが出席。教会でお祈りをした後、大食堂で立食パーテー。
その後に記念写真を撮る。
集合時間の2時間前に行き友人と会い近況のなどの情報交換。
2次会はあるグループ、3次会は違うグループとハシゴをする。
それが楽しいのだ。

 以前この随想日記で書いたものをコピーしておきます。
まあ真面目に書いたいるものだが、読みなおしてみると、殆ど同じことを書いている。歳をとったという事か。

・・・・・・・・・・
同級会 −1

この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。
但し同窓会はでないようにしていた。
同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで
気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。

・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。
・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。
 今年から復活する?
・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が
 亡くなられて今は出席していない。
 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。
 これが素晴らしい。
我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいものである。

中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、
「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。
知人は最近同級会を始めたが、それまでは殆んど開いてなかったという。

先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、
年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。
世の中上には上があるもので、それも13人だという。

面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、
上に行くほど明確に世界が広くなっている。
「学校をでたら、10〜20年は学校の友人とは付き合わない方が
よい」と聞いたことがある。人間としてアップスケール出来なくからだ。

大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人の
グループに出くわして驚いてしまった。当時と何も変わってないのだ。
すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・・。
それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。

地方には長男長女が多い。それ以下はどうしても外に出るケースが多い。
不景気になってくると、全体に暗い会になりがちである。
高校の同級会は年毎に少なく、暗くなる。
地元じゃ大手の会社に勤めているか社長だ。
それまで胸を張っていたような人ほど元気がない。
また出席は10年前の半数以下になっている。

倒産、倒産直前、リストラ、早期退職など暗い話だけだ。
日本で現在長岡が一番不景気だともいわれている。
毎月のように廃業、倒産がおきている。
次は何処が噂のネタになっている。

同級会は40前後が一番良いといわれている。
社会的にも絶頂で、先生も定年近くで、女性も子供の手が離れる時期だ。
50歳過ぎると、お互いに我侭が出てくるし遠ざかる時期でもある。
それと死亡が目立ってくる時期だ、5年ぶりの小学校で100人の同期で
5~6人も亡くなっていた。その年になったということだ!


864, ミッション・ステートメント ー改訂版

2003年08月16日(土)

  
  死ぬ時に、「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
 恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」
 と心から感謝していえる人生を生きる。
 
 ーイメージとしてー
 80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリを
 している。陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな
 絶頂にいる。
 
  海外旅行も行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。
 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで昔を
 懐かしみながら好きな歌を歌っている。

=そのために以下の憲法を制定する=
  ー堀井八郎の憲法ー

1、健康であること
 
 (1)食べ物に注意すること
  ・肉食や揚げ物はなるべくさけ魚食に心がける
  ・砂糖・甘味類、インスタント類はさける事
  ・腹八文目に
 (2)定期的に健康食品を飲むこと
 (3)運動を一定量とること
   ウオーキングを一日平均14000~15000歩を確保すること
 (4)ストレスをなくすこと
    ー精神的な健康に勤めること 
  ・一日千回「ありがとう」を言い続ける 
  ・毎朝仏壇に「お経」を唱える
  ・頭の固い人には近寄らない
  ・笑いを生活の中に取り入れること
   ー日曜日を笑いの日にする
  TVで「お笑い番組」を3本以上必ず見る
  ・好きな「秘境・異境ドキュメントTV」や、レンタルDVD
   で映画を週数本はみること。
  ・布団の中ではマイナス思考はしないこと。
   
2、家庭生活を大事にする
 
 (1)家内には自分の伴侶として生きてきたことに満足感を
  もってもらうよう勤める。
 (2)子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」
  と自信を持っていえるような人間になるー人生を送る。
     子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところに来て
    くれるような人間になる。。
 (3)家内とは時間の許す限り一緒の時間を楽しむ
   
3、会社の繁栄維持のために全力を注ぐ
 
 (1)常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を
  保つことを誓う。
  存続は社長としての第一の義務であり、その為には
  常に新しい知識を導入していかなくてはならない。
 (2)65歳を引退の時期とみなす。そのための準備をいまから始める。
 (3)会社を良くしておく事は経済的自由を得る為の絶対条件である。
    全力をあげて集中しなくてはならない。

4、自分が自分の人生の創り手であることを認識し、
 自分だけに与えられた役割を果たす。 
   そのためには
 
 (1)経済的に自由であること。
  ・合理的な生活を図る
    贅沢・無駄を廃した生活をおくる
    特に出費に気をつける
  ・最悪に備えた準備は常にしておく
 (2)信頼に足る人間を目指す。
  ・人から信頼されるように勤める
   ー信頼に足りない人間は排除する
    人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることに
    するが,卑しい人間は身辺に近づけない。これはよりシビアに
    徹底する
   ー約束は守る
   ー正直である
   −自分の範囲で可能な限り人助けをする
   −悪口・中傷・批判等は言わない。またそれを生活の糧に
    している人は排除する
 (3)自分の天性を大切にする。
  ・アイデアをどんどん積み上げる
  ・新しいことを常に学び続ける
   −常に新しい変化に注意を向けることとする
  ・倫理的・論理的であること
  ・明るさを大事にする
  
5、何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って
  気楽に 変化を受け止めていける人間になる。 
  
  (1)何事も「一期一会」と真摯に向き合う。
  (2)いついかなるときも「積極的な態度とユーモアと誠実さ」
  をもつ。
  (3)心の声に従って自分の価値観や信念によって行動しよう。
   それに対する批判・悪口は全く無視する。
 
6、自分の趣味の世界を深めていくこと。
 
 (1)海外秘境・異境旅行を年2~3回は可能限り行くこと。
    ー年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける
     60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう
   最大限努力する。70歳までに70回を次の目標とする。
 (2)ウオーキングは毎日続けること。
 (3)話題の映画やDVDを見続ける。
 (4)随想日記を書き続けること。
   ーホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、
    情報の蓄積倉庫でもある。その維持発展に努めなくてはならない。
    特に、随想日記は大きな発信媒体かつ蓄積倉庫でもある。
 (5)読書を幅広く読むこと。
 (6)気の置けない人との居酒屋通いを続けること。
 (7)常に何事にも興味を持って面白おかしく追求する。
   ー新しい変化に注意を向けることとする。
   デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置くこととする。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・

以上が先回書いたミッション・ステートメントを叩き台にして
書き換えたものだ。
前回より解りやすく一段良くなったようだが、まだ何か足りないような
気がする。
実際、いま実行しているのが倫理的事項以外が、大部分のような気がする
からだ。
この改訂にやはり3時間の集中時間がかかったが、今一度書き直すべきか。




863, 「タイムクエスト」ー読書日記 (2)

2003年08月15日(金)

ベンジャミン・フランクリンの13価値観を自分にどの程度
実施しているか,100点満点で主観で自己採点をしてみた。

1、節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
      ー40点   
2、沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
      −50点
3、規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。  
      ー75点
4、決断  なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
      −80点
5、節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。   −90点 
6、勤勉  時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。
      無用の行いはすべて断つべし。
      −85点
7、誠実  いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
      口に出すこともまたしかるべし
      −80点
8、正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を
      及ぼすべからず。
      −75点
9、中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、
      激怒を慎むべし。
      −60点
10、清潔  身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。
      −70点
11、平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
      −90点
12、純潔  成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて
      頭脳を鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるが
      ごときことあるべからず。
      −65点
13、謙譲  イエス及びソクラテスに見習うべし。
      ー??50点

ー以上の平均は70点である。

「馬鹿め、傍目では全て50点以下!謙譲など零点かマイナスだ!」
という声が聞こえてきそうだが、これはあくまで自己評価だ。
平均点70点というのが自分でも 面白いが。
しかし3〜11はこんなものと思っているが、実際どうだろうか?
それにしてもアメリカ大統領になろうという人は、若いときから心構えを
自分で創ってしまうのだから。
それも今でもそのまま使えるのがすごい。
子供の時に伝記を読めというが理解できる。
いま「世界旅行記101」という古今東西の迫真の体験のダイジェスト集を
読んでいるが、これがまた面白い。
一人一人の個性と奇伝・異聞が次次とでてくる。
その中からいろいろな著者のミッション・ステーツメントが聞こえてくる。
二十歳の頃から、生きるということに対して設計図を書いていた為、
これに近い事を考えていたが、今から考えてみると文章化をすべきだった。
まあいいか!


862, 「財産を無くす人、財産を残せる人 」

2003年08月14日(木)

   ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術-
ー読書日記


清水洋/著
出版社名 アスカ・エフ・プロダクツ
出版年月 2001年7月
本体価格 1,500円

[目次]
PROLOGUE 危機の時代―「危ない」か「機=チャンスか」;
1 新たな資産家、没落する資産家―今、目の前の決断の差が資産作りの分水嶺になる;
2 デフレ時代のチャンスをつかむ人、逃す人―「平成の徳政令」を味方にする;
3 デフレ時代の「逆転の発想」―このチャンスを活かせる人、活かせない人;
4 身近なところから資産対策を始める人、できない人;
5 この先五年間、日本経済の最悪状況に生き残れる人、残れない人;
6 危機にあえぐ中小企業―雇用を創出する会社、雇用を無くす会社

ー私のマトメタ内容ですー

時代を見極めよ、そして早く決断を!

その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると
・「デフレ基調」に変わった。
・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。
・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。
・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。
・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。
・これから5年間は「最悪期」に入る。
・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。
その結果
 ・不動産価格は5分の〜10分の1
 ・株式は5分の1から20分の1
 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1
 ・失業率は15~20
 ・消費税は15~20
になる。

以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。
更にこの動きは拍車がかかるだろう。

企業としては、この流れに対して
・総資産の圧縮と借入金の圧縮
・知的集約の企業形態に変身
・固定資産を手持ち流動資金への変換
 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。
・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する
・公的部門の民営化時代に先手を打つ
等への変身への決断をしなくてはならない。

以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみて
さっそく取り寄せて読んだ本である。
これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。
以前書いた随想日記をコピーしておきます。
・・・・・・・・・

2003年01月17日(金) 649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?

その概要を書くと以下のとおりである。

・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 −不採算部門の切捨て
 −不良資産の切捨て
 −不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 −まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 −より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   −貸してくれない銀行には返さないこと。
   −手元流動性資金の確保が絶対に必要
   −絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   −担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 −国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 −不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 −円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 −事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。

・・・以上がその内容である・・・

「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。

この数年は負け組みの最後の整理が控えている。


861, プライドー2

2003年08月13日(水)

 プライドは失意のどん底の時とかマイナスの状態の時に出てくる膿でもある。その状態が逆にエネルギーになる場合もある。
その為には、常に本を読み続けなくてはならない。
心の膿がたまっている状態が「子狐」にしてしまうのだ。
したがって子狐は本を読まない人ともいえる。

「プライドを捨てるだけのプライドを持て!」と、ある飲食チェーンの
創業オーナーが言っていた。
「表面的な面子などのプライドを捨て、心の奥の芯ー真ーの自己尊厳としてのプライドを持て」「捨てて捨てて捨てて、最後に残るプライドを持て」という意味だ。
自信のない人、失敗ばかりしている人ほどプライドが高いのは、捨てられるだけの実績と自信がないからだ。

 捨てられない典型としては二代目とか、中途半端なインテリに多い。
何でプライド?と考えたら、彼等は表面的繕いとしてのそれしかないからである。といって表面的繕いのプライドを捨てられないのが人間の人間たる由縁であるが。表面的繕いとしてのプライドと真のプライドとの隔離が若い頃の特徴である。それを一生続けて死ぬときに「自分の人生は何だったのだろうか!」と悔やむ人がいる。それが失敗の人生である。

 「そういうお前こそ、その歪んだプライドが尻尾に出ているぞ!」と誰かに看破されているのかもしれない。自分の姿は見えないし、私も相対で言っているだけだからだ。
「最後の拠りどころのプライドを持つのがどこが悪いのか、それを否定したら人間生きていけないのではないか?」という声が聞こえてくる。
最後の最後、表面的繕いのそれしかないのだから、それで仕方がないともいえるが!「夢」「志」を持てなかった人は、それでもよいのだろう。

 「おいプライド!たかがプライド!されどプライド!あ~あプライド!」


860, プライド -1

2003年08月12日(火)


 プライドについて考えてみる。
プライドとか自負心を自分で意識する時は、「逆境の時」とか、
「あまり自分の意にそわない時期」に多い。
プライドー自己尊厳ーとは程遠いと思われる人ほど、プライドが高いのに
驚いた経験をしたのは私だけでないだろう。
新潟では長岡人を「異常な位プライドが高く、閉鎖的で彼らだけで群れたがる」
と評している。常に小さい世界で誰かを意識せざるを得ないからだ。
まあ地元の悪口になるから、長岡人の話はやめておく。

 プライドが何故マイナスの状態の時とか、マイナスの人の心の状態に
現れてくるのか考えてみる。
「自分の子供がよい会社にいるのを誇りに思う」とか
「自分のやってきたことに誇りを持っている」とかに表現される。
それは誰かとか、何かに対しての満足感を表す言葉である。
その背後には、他と比べて、
・自分の収入は誰より多い
・誰よりも名声がある
・学歴は誰誰よりも高い
等々、常に比較の世界に生きている人の言葉である。

 自分の価値観をしっかり把握していれば、そんなことは如何でもよいことだ。
私が嫌っている「子狐」世界は、その比較の世界に生きているからである。
その小さい世界しか知らない無知の住人だからだ。
そういう人ほど表面的利害を求めて彷徨っている。
それも隠しプライドー子狐の尻尾ーをたれ下げながら。
彼らには本当の深い喜び、満足感、充足感はない。

 比較の世界に生きている人間に、自分の心の奥の芯の歓喜があろうはずがない。
彼らは、そのプライド故に嫉妬、羨望、憎しみが異常発生してくるのだ。
比較の世界では、上から見下ろすだけでなく、下からの歪んだプライドも出て来る。
ある会など、見ても無残な歪んだプライドの世界である。
常に誰かの悪口、中傷の歪んだ暗い比較の世界である。
真の価値観を持ち得ない人が、他者に対して持つ歪みが変形した世界になっている。自己宣伝に精を出しているチンドンヤ、噂を餌に営業をしている
??、太鼓持ちなど多士済々で面白いといえば面白いが。
それも如何でもよいことだが。

                  −つづく


859, 「タイムクエスト」ー読書日記−1

2003年08月11日(月)

ーベンジャミン・フランクリンの13価値観ー
 
この本は一年位前に読んだ本である。
「7つの習慣ー最重要事項」のさらに具体的内容を掘り下げている本である。
『ミッション・ステートメント』に焦点を合わせてある内容である。
先日本棚を見ていて、読んだことに気がついた。
中途半端に読みぱっなしということか。
この本と『7つの習慣』を二年前に読んでいて、「ミッション・ステートメント」を創ってなかったのだからいい加減なものだ。

何かの「良」がこの「最良」を阻んでいたのだろう。

この本の中のベンジャミン・フランクリンの13価値観が面白い。
これを元に著者のハイラム・W・スミス が自分の憲法を創っているが、
それは次回に書く。それと13の価値に対する自己評価もチェックしてみる。

ーそのフランクリンの13価値のところを書き写してみる。
 
 ベンジャミン・フランクリンが22歳のときに自問自答した。
「私の人生で大事なことは何だろうか?」
この時から、彼は12の価値観と考えを進めていく。

 そしてその一つ一つに説明を加えていく。その結果次のようなものが出来上がった。
初めは謙遜がなかったが、あるクエーカー教徒の友人に見せたところ、その友人は最後に謙遜がないことを告げた。

 フランクリンに対して彼は親切にも彼が、高慢な人間だと一般に思われていることを教えてくれた。いくつかの例を彼はいちいち例を挙げて説明してくれ納得した。
そして、最後に英語でわずかに4語の説明文を加えている。
「イエスおよびソクラテスに見習うべし」
(ImitateJesus and Socrates)

 彼は自分の生活を13週に分けて、一週ごとに13ある価値観の一つずつ焦点をあてて、自分の行動が価値観にあったものになるよう努力したという。

 78歳のとき、彼は回顧録にこう書いている。
全体的に言えば、かねてから願っていた完璧さには到達できず、それより
はるか下にとどまってしまったが、どの努力をしない私と比べれば、より善良な人物になることができた」

「謙遜」については、率直にこう言っている、
「私はこれを体得したと自信を持って言えはしないが、その見かけがそれなりにできたと思う」

ーベンジャミン・フランクリン13価値観

1、節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
2、沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
3、規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
4、決断  なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
5、節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
6、勤勉  時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。
      無用の行いはすべて断つべし。
7、誠実  いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
      口に出すこともまたしかるべし
8、正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
9、中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、
      激怒を慎むべし。
10、清潔  身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。
11、平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
12、純潔  成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるが
ごときことあるべからず。
13、謙譲  イエス及びソクラテスに見習うべし。

 ・・・・・・・・・・・・

「TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究」

ハイラム・W. スミス (著), Hyrum W. Smith (原著),
黄木 信 (翻訳), ジェームス スキナー (翻訳)
価格: ¥1,715
出版社: キングベアー出版

ーレビュー
ユタ州でコンサルティング会社のCEOを務める著者のハイラム・W. スミスは、ベンジャミン・フランクリンから強い影響を受けた人物で、アメリカ社会の時間管理に関する洞察に満ちた見解を本書で展開している。
「生活の慌しさは日々増していくばかりである。単調な日常業務に急き立てられ、私たちは一心不乱に走ることを余儀なくされるが、結局は一つ所に留まっているに過ぎない」。時間と出来事の、ひいては生活のコントロールを取り戻すために著者が行う提案は非常に興味深く、目標の設定、計画的行動、そして安心領域からの脱出について示唆を与える。著者の鋭く焦点を絞った管理についての複合概念は、「心の安らぎ、すなわち充足や幸福が最高潮に達した感覚」に到達することを目的とした「出来事管理」を実現するための素材ともなっている。
因みに、著者が経営する会社のセミナーや製品の推奨文句は不要であろう。
内容(「BOOK」データベースより)
本書の大きな特長は、時間管理を出来事管理と捉えることにより、生活のコントロール度合を高める点にあります。そして、人間の行動を基本的な欲求のレベルまで掘り下げ、単なる効率だけを考えた時間管理では決して味わうことのできない、永続的な「心の安らぎ」を獲得することができるとしたのです。

ー 目次

第1部 あなたは「時間」をコントロールできる(「時間」を奪還する
「価値観」を発見する
「心の安らぎ」を体験する
「安心領域」から脱出する
「計画的行動」を実行する)
第2部 あなたは「行動」をコントロールできる(「行動と気持ち」を合致させる
「現実とニーズ」を検証する
「誤り」を修正する)
ー貴方は貴方という帝国の独裁者です。
何でも思うまま自分をコントロールする事が出来るはずなのですが、
最近、国内運営が芳しくありません。原因は「無力感」「怠惰」といった
テロ組織が貴方の帝国内に存在しているからです
てくれる。


858, 縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ

2003年08月10日(日)

 一昨夜、飲んだ相手は今年になって一生に一回有るか無いかの大きい事件が二件たて続きに起きた。そういうものだ。
あと一回は覚悟しておいた方がよいのではと忠告をした。

ホテルの立ち上げを創めると、必ずといってよいほど普段なら起きない事件が次々に身辺におきる。本当に不思議なものだが、波動が高くなっている為だろう。
「縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ」となずけて、その波乗りを楽しむ位でないと
神経をやられてしまう。創めたからには突き抜けなくてはならない。
その三つが同時にくることがあるが、これは縦、それは横、あれは斜めと冷静にみれば、こういうものだと腹が据わるものだ。

縦揺れは仕事の中の揺れ、横揺れはプライベートの何か、斜め揺れはそれ以外の中でおきる。こんなもんだろうと直視しながら一つずつこなしていくしかない。それも一つ一つが極限の出来事である。

 そしてピークの出来事が重ねてやってくる。それは経験を重ねると見極めがつく。
それは「もう駄目だ!」という限界につきあたった時である。
同時に「ああ今回はこの程度か!」と心の奥の声がする。
遵って仕事をいかなる場合でも楽しもうという意志がなければならない。
これは仕事だけでなく、人生一般にもいえる事である。

一昨夜は以上の話を話をしていた。それまでは順調な人生を歩いてきた人だ。
神様は必ず平等に試練を与えるものだと最後は説教調になってしまった。


857, 閑吟集-チロリチロリチンチロリ

2003年08月09日(土)

 
  よのなかはちろりに過ぐる ちろりちろり (49)

 何ともなやのう 何ともなやのう うき世は風波の一葉よ (50)
 
 何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十古来稀なり(51)
 
 ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に
                        あじきなき世や(52)
 
 夢幻や 南無三宝 (53)
 
 くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して (54)
 
 何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ (55)

ー 大意ー
世の中は、ちらっと、瞬く間に過ぎる。
ちろり、ちろりと。
浮き世は「風波の一葉」でいいじゃないか。古希まで生きられる人間が「古来まれ」
でもかまわない。「水の泡」「露の間」のようなはかない「夢幻」の世。
「夢の夢の夢の」ような世間だからこそ、すべてを肯定して「狂へ」ばいい。

ー数年前にこの「閑吟集」の一節を読んで、この歌の中に流れている諦念と
反面、強烈なエネルギーにショックを受けた。
その翌年の年賀葉書に書いて出したりもした。
またコピーをして、知人に配ったり、手帳にはさんで、この一節を暗記をした。、
そして数ヶ月間近くいつも口ずさんでいた。
たまたまモロッコ旅行の飛行機やバス移動の中で一人口ずさんでいた。
その時の自分の気持ちをそのまま歌にまとめてあるようだった。

 一種の無常観を歌っているし、「ちろりちろり」には茶化したユーモラスな
感じが漂っているのがよい。「ちろりちろり」と人生はあっという間に過ぎて
いくものよと、諦念混じりに笑っているのが心の琴線に触れてくる。

 反面、強烈な現世肯定の歌にもとれた。
「狂う」とは常軌をいっした行動ととれるし、、ある物事に集中する意味にもとれる。
びくびくと、したり顔をしてつまらない一生を送るより、ただひたすらに「狂う」
ように集中して生きろと。この世の儚さをそのままに受け止め、一期の夢と見切る
覚悟があればこそ、人は「狂う」ことが出来るのだ。
読み人知らずの作者が5百年近くの時間を越えて語りかけているようだ。
 
 「世間」を「男女の仲」の意味もあり、そう解釈するとまた意味が違って来る。
「ちろり」は、昔、酒を暖めるのに使った、「銚釐(ちろり)」という道具を
連想すると、男女の交わりを暗示していることになる。

・・・・・・・・・
あるホームページの感想文をコーピーした。


ー宇羅道彦の「春風録」
断言命題/現代状況構造分析*「閑吟集」より

 なにしょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え          
                       「閑吟集」より             

詩を書いていた若い頃、万葉集から芭蕉までの歌を新潮社の日本古典文
学大系を買い込んで一気に読んだことがあった。          

以来、閑吟集の上記の歌が心に残り、時として口ずさむ。      
最近の世情を見るにつけても、古人のこの歌の心が思われる。    

これを刹那主義と見ては誤るだろう。               
文学者にも、時代背景からして明日をも知れぬ大衆の退廃的刹那主義と
する見方もあるが、くすんだ学者らしい愚かで浅はかな見解である。 

退廃的刹那主義を生きるものに「一期は夢よ」という自覚があろうはず
がない。                            
厳しい社会状況において人が見ることを強いられるのは、平時には日常
性の中に隠されている人の生の本質である。            

ここに歌われているのは、苛酷な人生に正面から立ち向かう大衆の心意
気である。                           

ニーチェはその永劫回帰の思想を「これが人生か、さればもう一度!」
と語ることであらゆる苦悩を含めた人の生の全体を肯定してみせた。 

この歌もまたニヒリズムの地平を突き抜けたところで歌われている。 
「ただ狂え」という言葉はそこにおいて初めて発せられるものだ。  

過ぎた日々や失ったものに執着しこだわるとき人はくすむ。     
ぬかるみを生きる湿った感性である。               
ただ狂うためには振り返らず、今だけを見つめて生きるあくまで乾いた
感性が求められよう。                      
ニーチェはこの精神をツァラツストラのなかで<軽みの霊>といった。

苛酷な状況にあって人が局面を打開する可能性があるとすれば、まさに
この歌の心を手に入れた時をおいて他にない。           

ここには禅の悟りにも近い覚悟と、人の生への究極の認識が直感的に表
出されている。
乱世の暗黒を生きた大衆は、それに応じた充分力づよい人生を生きた。
この歌はいわば、その証である。                 

生きることが困難な時、それでもかけがえのない人生をどう生きるか。
あたうる限り、味わい深く存分に生きることが目指されよう。    
くすんでいては瞬く間に人生は終わる。一期は夢よ、ただ狂え!   


856, 経済評論家ー高橋乗宣の本

2003年08月08日(金)

 
 高橋乗宣の『日本経済、価値革命のうねり』と『日本経済の破断界』
とたて続けに読んでみて、日本経済の悲観論者の論とはいえ背筋が寒くなる。
彼はバブルの最中から今の日本は大恐慌になると警鐘をならしていた。
そしてあまりの悲観主義ゆえか三菱総研の理事からおろされてしまった。
しかし大筋として彼の言ったとおりになってきている。
「数年前は地獄の釜の蓋が開いた!」と言っていたが、
今は「地獄の釜の熱湯が溢れ出てきた!」といいたいだろう。

「日本経済の破断界」によれば今頃は恐慌でパニックに陥っているはずだが。
彼はむしろ早くパニックになるか、一時銀行を国家管理をすべきと言っている。
地方の私の事業の立場からみても、明らかにデフレスパイラルに入ってしまった
と実感する。総事業費の3分の2近く返済をしているのに、借入金は借入当時
より重くなった感じがする。デフレスパイラルの直撃を受けているためだ。
なす術がないとも言っていられないのが事業である。
銀行の露骨な貸し剥がしなど水面下でおこなわれている。
このお盆は、経済の先行きをじっくり考えようと思う。

以前書いたものと、検索で調べたものを以下にコピーしておきます。
・・・・・・・・ 

『日本経済、価値革命のうねり』
―恐慌の地響きと収縮する国の姿
 
 高橋 乗宣 (著)
 出版社: ビジネス社 ;
 価格 1500円
ーレビュー

内容(「MARC」データベースより)
この国が、完全に収縮を始めるまでにあと3年、時間がない!
未曾有の恐慌を受けて立つ、あなたの備えは万全か。日本経済が直面している
まやかしの改革を抉り出し、新しい経済のパラダイムの導出を試みる。
ー 目次
 序章 実行なき政権の罪
第1章 悪貨の時代が始まる
第2章 インフレ待望論という幻
第3章 いま財政に何が求められているか
第4章 収縮を続ける「この国の姿」
第5章 戦争に揺れる世界経済
最終章 経済恐慌とその活路
・・・・・・・・・

『日本経済の破断界』
  ―資本主義は崩壊し市場主義の専制が..
 
純金と直接的にも間接的にもリンクしない、いわば「新しい資本主義」
のひとつの形である「市場主義」。資本主義にかわる次の経済原理が求められて
いる今、市場主義を始めとする、知っておきたい経済の常識を解説する。
 
なすすべもなく日米欧同時景気後退の波にのみ込まれつつある世界を俯瞰しながら、
日本の先行きを展望する経済時評。
「この先、内需主導でデフレから抜け出せる」という楽観論を論破。
その根拠である在庫調整の一巡が、米国の「テロ特需」頼りだったことを指摘する
一方で、政府のデフレ対策の無策ぶりを告発する。デフレの大病巣である銀行への
「信用デフレ」と、その根っこに横たわる不良債権問題を早急に治療しなければ
2003年3月に日本経済はクラッシュすると警告。
・・・・・・・・・・・・・・
2003年01月28日(火) 664, 「日本経済の破断界」

十数年前から日本経済の破滅を言い切ってきた元三菱総研専務ー高橋乗宣の
本のタイトルである。
去年の秋に新潟の紀伊国屋で買おうかどうか迷って買わなかった本を
図書館で先日借りてきた。

ー要約を書くとー

・日本経済が凋落した原因を、「ニクソン・ショック」としている。 
 今になって世界機軸通貨のドルが暴落して騒いでいるが、ニクソン・ショック
 の時点で終わっていた。

・アメリカがIMF体制をつくった当初、世界の金保有量の66佑鯤殕していた。
 アメリカは35ドル1トロイオンスの金の交換ルートでIMF体制をつくった。
 その体制の前にどこの国もドルを欲しがった。それを利用してドルをばら撒いた。
 ドルをばら撒く事がプラスに働いた。
 ドルが機軸である限り必ずアメリカへ戻ってきた。
 
・ところがドルを手にしてもアメリカ製品を必ずしも買わなくなった。
 日本やドイツが製品をより良く安く売り出したためだ。
 それが日本やドイツを中心に溜まりだした。
 それと同時にベトナム戦争でつかったドルが更にヨーロッパや
 アジアに流れていった。
 それが外国に山のように溜まり、アメリカの公的準備金が激減しだした。
 ヨーロッパやアジアの国は金を持ちたがる傾向にある。
 アメリカの金が減りだし、発行した金の交換量をはるかに超えてしまった。 
 それがドル危機である。たび重なるドル危機で1971年に金とドルの交換を
 停止する宣言をする。これの意味が深いのだ。

・資本主義は、金を通貨の基準でなり立っている。
 その瞬間、ヨーロッパ諸国は固定的な為替関係を放棄した。
 しかし日本だけは一週間にわたり、一ドル360円のレートを守ろうとした。
 大失態だった。すぐに固定相場を放棄せざるを得なかった。
 ヨーロッパとくにイギリスのサッチャーはロンドンのシティーを開放し、
 金融のウインブルドン化を行った。
 日本は10年かけて金利の自由化を図ったが、市場にゆだねるための規制撤廃
 は一切行わなかった。いまだに当座預金のペイオフすら延期するような幼稚な
 レベルで留まっている。最悪である。市場主義の流れさえ全く理解してない国民
 と政治家のレベルを露呈してしまった。

・過去の資本主義の最終段階に入っているが、日本は小手先の自民党の最終漫才
 の自己逃避に国民もなすすべもない。自民党はその寄生ー規制で潤っている
 業界から献金を受けている為、規制撤廃ができないのだ。
 なすべき決断を下さず、実行せず、もう大丈夫、もう大丈夫と繰り返していると、
 市場はある日突然、暴力的になる。市場の「自己矯正メカニジム」が働く。
 この先送りのツケが必ず来る。
 シートベルトをしっかり締めつけ、下げた頭を両手で抱えるー飛行機のハード
 ランニングが始まる。まずは2003年の3月がどうなる事か??
 先延ばしの典型のダイエーが最終の失敗の露呈を始めた。
 ーーーーー
 
以上が大体の私がまとめた本の要旨だ。

ほぼ大筋は外れてはいない。まずはこの3月がどうなる事か。
イラク戦争と朝鮮戦争をどうこなしていくかが問題だ。
この国の民度ー自民党のあのパフォーマンスー自己逃避をしているレベルを
民度というのだ。

それも仕方がないのか奴隷国家ー西アフリカの奴隷国家以下の現状。
自民党は歴史に残る劣悪政党だ!その猿芝居を信じているのが今の日本だ。
あの歴史的国辱の彼等が
「我々自民の主流派の定義は国家の行き先を真に考えているかどうかにある。
我々は先行きを真剣に考えている故に主流派という」
とのたまっている。

万死にあたいする劣悪集団が、こうも脳が狂ってのたまう。
彼らはいう「自分たちは、こういう劇場政治にとっての生贄だ」
ゴミのー盗人の最後の泣き言だ。
「盗人に三分の利?」いい加減にしろと言いたい。

おそらくこの文章は、私のまだ見ぬ孫や曾孫が見ると思うが
「私の時代にこの劣悪集団と子狐どもが貴方の時代と同じようにいたと、
タイムマシーンのように時空を超えて伝えたかった」という事だ。
如何でもよいことだが。



855, 「借りた金は返すな!」ー読書日記

2003年08月07日(木)

 
 本屋の平台に最近山積みになっていている。題目からして刺激的である。
中小の経営者の知人が、この本を読んで目が洗われる思いだったといっていた。
潮流が恐慌状況の為、ベストセラーになっていると家内も言っていた。
その人から借りようかと思っていたが、最近会うチャンスがなかった。
webのアマゾンからある本を発注する時に偶然この本を見つけた。
中古本もあり半額以下で買える。迷ったが買ってみた。
読んでみて、中小精細企業の経営者なら、会社の良し悪しに関わりなく読む価値があると思った。
ここに書いてあるようなことをやらなければならない事態に陥らないようにすることが、もっとも大事であると思えた。
新幹線で読んでいたら、隣席の人の冷たい視線を感じた。
公衆の面前で読む本ではないのだ。
 
 20~30年の長期の投資物件を事業としている為、計画段階で最悪を想定して
資金調達をする。余裕があっても抵当枠一杯の借り入れをして、資金余裕を
十分すぎるくらい持つ。それだけ用心をしても結果的に丁度よいか足りないぐらいになる。時代がどんどん変化していくためだ。
この本でも、会社を傾ける人は資金に対してあまりにも甘いと指摘している。

 連帯保証人など青酸カリを飲むと同じことと思っていたが、その知識のない人は平気で判を押してしまう。連帯保証は銀行にとって都合がよいが借りる方にとって、これほど冷酷な制度はない。先進国では日本だけだという。
江戸時代の隣組の制度を銀行が悪用しているためだ。
その連帯保証の断り方まで書いてある。
私は子供の時から両親に数百回も「保証人の請け判だけはするな!」「手形は切るな」と言われてきた。
この本に「親からの遺言で保証人にだけはなるな」を口実に使え!と書いてあったのに驚いた。「宗教上の教えで絶対にダメ」というのもあった。
「父か親戚が請け判をして倒産したのでこれだけはしないことにしている」でもよい。
実際に身近の人が何人か頼ってきた事があった。
上手いもので、まずは断れないような状況をつくる。
次に一瞬、封筒の連帯保証書を置いて気楽な感じで押させそうとする。
詐欺の手口とほぼ同じである。それも・・・・・・・・・?
 あるチェーン店の社長などは銀行の支店長との飲み会を設定して、借入の話を持ち出し間接的に保証人の話に持ち込もうとしたりもした。
いつも姑息の手を使うので有名な人だが。その支店長もぐるかと疑ってしまった。金に切羽詰った人間は何でもするものだ。

 誰もが、いつその立場に陥るかわからない時代になってきた。
『借りた金は忘れろ』という続編の本も出ている。
いずれにしても前向きの本ではないが、街金融に手を出すような愚行を避ける為にも読んでおく必要がある。

以下はインターネットで調べた書評である。
 ・・・・・・・・・

『企業再生屋が書いた 借りた金は返すな!』
 加治将一/八木宏之
 アスキー・コミュニケーションズ

ー内容
借金を合法的に減らす裏技を教えてくれる、目からウロコの本。借りた金は
絶対にどんなことをしても返さなければいけない、と思っているお人好しの
日本人は、それ故に追いこまれ夜逃げや自殺、自己破産をする破目になってしまう。
そんなことをしなくても全然問題ない、と教えてくれる本書は、ある意味人助けであり、多くの人が金の問題から救われるだろう。

特に最初の方は日本人のお金に対する常識をひっくり返す重要な論説が多い
金融機関が会社や個人に対してお金を貸すというのは、慈善事業でやっているのではなく、れっきとしたビジネス行為です。したがって、貸して儲けるのは彼らの商行為ですから貸し先の経営が悪化して回収できないのは、金融機関の見込み違いだったということになるわけです。
 お金を貸す方はプロであり、そのプロが見込みを間違えたのなら、そのリスクはみずから背負ってしかるべきなのです。
銀行を見てごらんなさい。庶民から預かったお金に利息は払いません。
集めた金を中小零細企業に低利で貸してくれるならまだしも、「貸し渋り」
どころか、今や「貸し剥がし」が主な仕事です。
 自分たちの失敗で不良債権はどんどん膨らみ、立ち行かなくなった銀行は国から税金をジャブジャブ注いでもらって、それでもダメ。なのに銀行の経営者の誰か一人でも責任を取った人がおりますか?(略)
 こんな銀行にいじめられっぱなしで、「借金を返せないのは自分が悪い」なんて考えたら、それこそ人がよすぎます。
「借りた金を返」さない、その方法とは。簡単に抜き出すとこういうことになる(これは一例)。
どうしても資金繰りのめどが立たず、返済の減額交渉をしなければならない状況になったとしても、事前に状況を説明しておくのとおかないのでは大違いです。
前もって話しておけば、すぐに交渉が成立することが多いのに対し、いきなりの場合は、話すら聞いてもらえないというケースもあり、その対応にはまさに天と地ほどの差があります。
で、交渉でどうするかというと、「リスケジュール」というのをする。
リスケジュールとは、返済の条件変更のことです。要するに、「月々50万円の返済額を25万円に減額してほしい」とか、「月々10万円は払えないけど、4万円なら払えます」といった交渉を、金融機関とすることです。(略)例えば、月々60万円の返済金を2年間だけ25万円に変更できたとします。
すると差額の35万円×24ヶ月で、840万円が浮きます。
これは840万円を新しく借りたのと同じことになります。
最初にも書いたが、連帯保証人がどれだけ怖いか、という話。
「連帯保証人」というのは、自分が借りたわけでもないお金を、主債務者の代わりに、原則一括で返すという、まったく理不尽な役回りです。こんな制度は即刻廃止すべきです。
(略)これはアメリカだけに限ったことではなく、今や連帯保証人制度のある国の方が珍しいのが実情で、現在このような悪しき習慣が残っているのは、発展途上国か日本を含めた東洋のごく一部の地域くらいのものなのですね。
 そもそも連帯保証という制度は、封建制度の悪しき名残であり、戦時中に
はびこった地域連帯責任、親族連帯責任、職場連帯責任などのあらゆる連帯責任と同じ発想で、一種の合法的な「拉致、人質制度」です。
とにかくデフレ、不況と言われている現代、「いざ」という時に慌てないために読んでおいたほうがいい必読書。金が回らなくなってからでは遅いかもしれないのだ。


854, 閑話休題

2003年08月06日(水)



 全くテーマが浮かばず如何してよいか解らない日がある。
まあほとんど毎日だが。そこが面白い面もあるが。
それでも強引に書いた文章ほど後で読むとよいから不思議なものだ。
そうこう考えていたら、あるホームページに「閑話休題」というテーマがあった。これから無理にテーマを決めないで、時々「閑話休題」で書きはじめることにした。書いた後でテーマを書き換えればよいし、そのまま閑話休題としてもよい。

 野口悠起雄の「超文章法」の中で、テーマの探し方に「窓から飛び降りそうなくらい大変なものである、考え尽くしてひねり出すしかない」と書いてあったが、それを読んで学者でもそうかとほっとした。
それと「文章上達は量をこなして、校正と推敲を重ねるしかない」と本音で書いていた。結局は努力努力努力しかない。

 一見なにげなく書いてある文章に、それだけのエネルギーと時間が入っている。逆にいえば、プロほど想像を絶するほどの絶対量と、その校正と推敲を重ねているのだ。
これはすべての分野にいえることで、プロの世界はそうそう甘くはない。
気楽な「閑話休題」を、時たま挟み込むのも本音がでて面白いだろう。
いまもテーマを意識しないためか次々とキーが動いてくる。

 話は変わるが、昨日隣家で建前があった。
100坪の敷地に二階建てで延べ50坪位の結構大きい家だ。
夕方帰宅したら、屋根の下地も含めて建前が終わっていた。
家内が言うには「20~30人が蟻のように取り付いていた」とか。
夕方には子供たちを集めて、上棟の祝いで何かをばら撒いていたという。
大きいクレーン車が次々と加工された材木を吊り上げ、鳶が組み立てていく。
いま流行の何とか工法という奴で遠くの工場で加工して持ってくるのだろう。

 新しい家は、その人たちにとって仮の天国の世界の創造である。
本人達はいまが一番嬉しい時期だ。
いままでは隣家に広い庭の空間があったが、これからは光が少なくなる。
仕方がないが。


853, 熊の世界

2003年08月05日(火)


 昨夜のゴールデンタイムのNHKスペシャルで岩合光昭の「北極熊」を
放映していた。
そういえば先月行ったアラスカのツアーで、ガイドの伊藤さんから熊の生態の
話を多く聞いた。
熊は他の動物と違い、仲間内の共食いが日常当たり前の世界。
子供が生まれて8割から9割が途中で殺され、その大部分が他の熊に食べられて
しまうという。
雄熊が実の子供を食べてしまうだけでなく、メスも度々食べられてしまう。
そういえば20年位前に週刊誌に、北海道の動物園の熊牧場で1頭の熊が
他の全部の熊に食べられてしまう顛末の連続写真が載っていた。
人間の常識をはるかに超えた世界がそこにあるという。

 動物写真家の星野道夫も熊に最後に食べられてしまった。
襲われた瞬間の熊の顔のクローズアップの写真が最後の彼の遺作になった。
動物写真家は原野に何日も一人じっと潜み、カメラを構えシャッターチャンスを待つ。
その間彼等はいろいろな言葉をくり返し暖めるという。
写真も言葉も深くなるのも当然である。
グリスベアーのテリトリーに入ったブラックべアーはすべて殺されるという。
そのため棲息がクロスすることは絶対にないという。

 話はそれるが、人間の夢に出てくる熊は現実の恐怖の変形という。
長い歴史の中で熊の恐ろしさが脳の遺伝子が残っているためだろう。
過去に多く熊に襲われる夢を多くみた。

 あるホームページに熊の夢のエッセーが載っていた。
面白いのでコピーした。熊を不安の無意識の象徴として読むと面白い。
これにほぼ同じ夢を何度もみた。

・・・・・・・・・・・・・
   「熊よ、何故?」

ああ、また見てしまった。

熊が出て来る夢である。

それはときに、ヒグマだったりツキノワグマだったりする。

いつだったか、グリズリーだったこともある。

高校生の頃からだと思うが、

ボクは、熊に襲われる夢をたびたび見る。

無論、見たくて見るわけではない。

夜中にフトンの上で、

「どうか、熊が出て来ませんように。」

とお祈りしてから寝ることすらある。

そんな祈りも空しく、熊のヤツ、出るときは出るのである。

「夢なんだから、いいじゃん。」

とのたまう諸氏、夢を侮ってはいけない。

ボクは、熊に襲われる夢を「熊夢(クマユメ)」と呼んでいるが、

熊夢にうなされて目覚めた朝は、最悪な気分である。

なぜ夢の中で怯えなければならないのか、

もう腹立たしいやら、やるせないやらで、

気分は、ブルーを通り越して焦げ茶色になってしまう。

しかも最近、この熊夢のヴァリエーションが多様化してきている。

昔は、山歩きをしていて熊に遭遇するというパターンが多かった。

熊の種類も本州に生息するツキノワグマで、現実っぽい夢だった。

ところがある夜、ヒグマが出てくる夢を見てしまったのである。

その夢とは、こうである。

ボクは北海道山中にあるロッジに泊まっていた。

そして理不尽にも、朝方、ロッジにヒグマが侵入したのである。

一番奥の部屋にいたボクは、玄関から浸入したヒグマが、

手前の部屋にいる人達を次々と襲っていく音を聴いた。

怯えつつも、部屋から脱出しようと窓の方を見やると、

窓の外にも3頭ぐらいのヒグマがウロウロしているではないか!

そうこうしているうちにも、玄関から浸入したヒグマの咆哮と、

ガサガサした足音が近づいてきて大ピンチである。

ヒグマは、ドアをガリガリッと引っ掻いて破壊しに掛かった。

巨大なヒグマがあっさりとドアを壊し、姿を現したその瞬間、

ボクは間一髪で、ベッドの下に潜り込んだのである。

ついに部屋に侵入したヒグマは、鼻息も荒く辺りを嗅ぎ回り、

やがてベッドの方に、その鼻面を向けた。

ベッドの下から息を潜めてそれを見ていたボクは、

もう、身も凍てつかんばかりの恐怖である。

ああ、見つかって食われるーっ!と半ば観念していると、

ヒグマの奴、何を思ったかベッドの上に乗りやがったのである。

そして、あろうことか、ベッドの上で跳びはね出したのである。

彼奴め、完全に遊んでいるとしか思えない。

その巨体の重みに、ベッドのスプリングは軋み大きくたわみ、

下にいるボクは、横隔膜がつぶれるんじゃないかと思うほど、

ムチャな圧迫を受け、声も出せずにもがき苦しんだ。

倒したレスラーの上でツイストを踊るタイガーマスクのように、

ドスン、バタンと熊は容赦なく飛び跳ね続けたのである。

そんな、いつ終わるとも知れぬ理不尽な苦しみの中、

ボクは、目を覚ましたのである。


心臓に悪い夢である。

現実には北海道に行ったことさえないのに、

何故、そんな妙に臨場感のある夢を見てしまうのか。

とにかく、そのヒグマの熊夢を何年か前に見て以来、

色々なシチュエーションで熊が来襲するようになったのである。

しかも、理不尽に襲ってくるのは必ず獰猛なヒグマである。

ツキノワグマの場合は、遭遇の仕方に脈絡のあることが多い。

ボクは、アホらしいと思いつつも、モンモンと悩んだ。

モンモン。

モンモン。

……何故、熊夢を見てしまうのか。

ひょっとして、熊と特別な因縁でもあるのか。

前世が、熊狩りのマタギだったとか。

そんなことはどうでもいい。いや、そんなことはどうでもいいのだ。

意識するから、夢に出てくるのだ。

だから、気にする必要はない……。

と思っていた矢先、先日、現実に熊に遭遇してしまったのである。

ひょんなことから、信州乗鞍岳に車で登ったのである。

乗鞍岳は、3000メートル級の山でありながら、

山頂近くの2700メートル付近まで車で登ることができる。

つまり、楽して夏の高山地帯を満喫できる貴重な山なのである。

冷たくてきれいな空気を心ゆくまで味わったボクは、

上機嫌で、乗鞍スカイラインを下って行った。

もちろん、ボクの脳裏にはクマのクの字もよぎることはなかった。

標高も低くなり、樹々の鬱蒼と繁る林道を走っていたとき、

突然、それは起こった。

車の30メートルぐらい前方を、黒い獣が横切ったのである。

体長2メートルぐらいの毛むくじゃらの獣……。

紛れもなく、ツキノワグマである。

素速く横切ったので、一瞬のことだったのだが、

それだけでもう、因縁めいたものを感じずにはいられなかった。

今回は横切っただけだったが、次は危険な遭遇をするかも……。

そもそも、なぜわざわざボクの車の前を横切ったのだろう……。

そう考えれば、今回の目撃は偶然のものではなくて、

熊の思わせぶりな予告なのではという気がしないでもない。

ということは、次回は、森でバッタリ遭遇……。

ウキャー!!

「森のクマさん」を地で行く展開……。

などと、クダラナイこじつけが頭の中をグルグルと回ったのである。


とにかく、意識しないようにしようと切に思うこの頃である。

って、そう思っている時点でいくらかは意識しているのだが……。


          End


852, 孤独について −3

2003年08月04日(月)

 『人は人、我は我、されど仲良く』と武者小路実篤がいっていたが、それこそそれぞれの「独」を認め、かつ自分の「独」を大事にする言葉である。
『和して同ぜず』も母校の長岡高校の校是であるが、意味がほぼ同じだ。

 孤独を特に感じるのは、一人旅であろう。
若い人のバックパッカーの聖書になっている沢木耕太郎の『深夜特急』という小説に、「独り言をブツブツ言いながら一人、旅をしていた」と書いてあった。サルトルのいう「即自」と「対自」の会話である。
青年期によく国内だが一人旅をした。
一人旅に出なくては精神のバランスが崩れてしまいそうであった。
帰ってくると何か大きなものによって満たされる感じがよかった。
旅行の最中は寂しいということは全く無かった。
誰かと対話をしていたのだろう。
旅は孤独のプラスの異次元の世界に浸れる。
いま振りかってみて、「旅日記を克明につけておけばよかったのに」と悔やまれる。

 「孤独」というキーワードで検索をしていたら、脳性麻痺の青年のホームページが出てきた。「孤独などと軽がるしく使うな!」とどやされたようだった。口がきけない人や、盲目の人の孤独感は想像すら出来ない。
私の強みは「孤独に強い」と思っていたが、とんでもないことと思い知った。「孤独は人を殺さないが、絶望は人を殺す」という言葉をアンドレ・マルローがいっているが、孤独の中の絶望に潰されてしまうのが問題なのだ。
その時こそ愛読書が一番自分を癒してくれる。
大いなる孤独ー作家の心ーとの出会いが本を通じて可能になる。
孤独であればあるほどその邂逅が大きくなる。

 いま一つの孤独で考えさせられるのが老人の孤独であろう。
結婚後、母と同居をしている時にトラブルが何回かあったときに、
母が「独り暮らしの孤独の知人がいっぱいいる。彼等はどんなにトラブルがあっても、子供から離れてはならないとシミジミ言っている。我慢をしなくては」とポツリと言った事があった。
知人に数人家庭内離婚者がいる。
ほとんどが浮気から出ているケースだ。
それでも離婚をして一人暮らしよりましの為だろうか。
一番嫌いなのは、孤独と孤立の違いも解らない輩だ。
群れたがる内なる羊である。


851, いま政治が面白い

2003年08月03日(日)

 私は政治嫌いであるが、今の日本の現状を見ると、そうはいっていられない。
自由党と民主党が合併決定、この秋に向けて政治が面白くなってきた。
小沢は首相にさせたい一人であるが、ここで彼の身を捨てた合併はさすがである。
管代表独りでは看板として頼りないが、小沢と二人となると全く違ってくる。
米英並みに選挙公約と閣僚予定者を並べて政策による選択を直接国民に訴えてくるだろうから、今までの手法や感覚では選挙に勝てない時代である。

 自民党も趨勢として小泉首相を下ろしたいが、万一旧守派が自民党総裁選挙で勝った場合、民意に反しているという理由で総選挙は惨敗するの誰の目にも明らかだ。
その方がむしろお国のためになる。小泉もそのことを解っているので橋本派などを挑発しているのが漫画的である。

官僚政治家の亀井がいまさらのように出てきて、公共事業のばら撒きを餌に
甘言を並び立てているのは哀れな今の日本を代表している。
疲弊している地方経剤の利権屋の支持を求めているのだろうが、いまさら彼等の力は一般の声に反するために大きなマイナスになる。

 今の日本は思い切った構造改革をしないと、10年以内に国が壊滅してしまう。
それでも利権のためには構造改革したくないのが自民党議員の本音である。
自民党解体のためには一番手っ取り早く、橋本派推薦の新しい総裁の元で国民の真意を問うべきだ。

 選挙になると自民党の特に橋本派から多くの偽改革派ー月光仮面のオジサンが出る。
それを演じるためには総裁選挙で小泉指示に回る可能性がある。
そのために橋本派の一本化は無理だろう。どうみても小泉は有利である。
新潟県は反小泉で決定した。私の意に反しているので今度の衆議院選挙では民社党に入れることにした。これは恐らく私だけでないだろう。
今度は、地域としても「個人より公約を優先するだけ民度が高いか低いか」
が問われるのだ。

 政治は何がおきるか解らない、盆明けから目が離せない動きが出てくるだろう。
政治も情報化で利権屋政治家の姿をリアルに映し出してしまう。
北朝鮮の緊迫した動きが本格的になってくるだろうから、
それに合わせて最適な指導者を選ばなくてはならない。


850, ミッション・ステートメントー自分の憲法

2003年08月02日(土)

ー原案ー

・死ぬ時に、「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
 恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」と心から感謝できる
 人生を生きる。

・自分が自分の人生の創り手であることを認識し、自分だけの役割を果す。

・いついかなるときも、「積極的な姿勢とユーモアと誠実さ」を保つこと。

・私の隠された能力は人を癒すことだ、その能力をより磨きをかけることで 
 社会と周囲の人に貢献していく。

・何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って気楽に変化を
 受け止めていく人間になる。
 また何事も「一期一会」と真摯に向き合う。

・心の声に従って自分の価値観や信念によって行動する。
 それに対する批判・悪口は全く無視する。
 
・子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」と
 自信を持っていってもらえる人間になるー人生を送る。
 子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところにやって来てくれる
 ような人間になる。
 家内には私の伴侶として生きてきたことに満足をもてるように勤める。

・会社に対しては、常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を保つ
 ように努力をする。
 存続は社長としての第一の義務であり、その為には常に新しい知識を導入
 するよう努力をする。

・健康には十分気をつけて80歳を大きい目標にする。
   
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ー 具体的には

1、ホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、
 情報の蓄積倉庫でもある。その維持発展に努める。
 見ていて自他共に面白く魅力に満ちた内容にする。
 特に、随想日記は重要な発信媒体かつ蓄積倉庫としていく。

1、毎朝の散歩は一日のスケジュールで欠かせてはならない健康習慣
 として必ず実行する。1万4千~5千は維持する。

1、年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける。
 60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう最大限努力する。 
 70歳までに70回を次の目標とする。

1、事業は65歳を大きい目安とする。
 そのための後進の育成を考えていく。
 デフレの中、借入金の圧縮に勤める。

1、常に新しい変化に注意を向ける。
 デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置く。

1.人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることにする。
 但し卑しい人間は絶対に近づけない。
 我が内なる卑しさを判断材料にする。これはもっとシビアに徹底する。

1、純粋に助けを求めてきた時は、自分の力の範囲で答えることにする。

1、教養娯楽面では、読書や映画をレンタルやBS・TVを通して可能な限り
 吸収する。

1,80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリをしている。
 陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな絶頂にいる。
 丁度海外旅行も100回目で、行きたいところはすべて行った満足感で
 満ちている。
 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで昔を懐かしみながら好きな歌を歌っている。


  ・・・・・・・・・・
 以上であるが、やはり大きな手直しが必要に思われる。
 現在の延長線上でしかないからだ。


849, ありがとうの話ー7

2003年08月01日(金)


「幸せの宇宙構造」を読んで、「ありがとう」を一日500〜1000回
いい続けて50日が経つ。
日が経つほどに、驚くほど気持ちが安定するようになった。
もともと気持の安定化は般若心教などで訓練していたが、「ありがとう」効果は
即効性がある。
簡単に「瞑想と同じ状態」になるため、細切れ瞑想が手軽にできるからだ。

『言葉はレストランのオーダーのごとし』というが、
言い続けていると注文どおりの料理が運ばれてくる。
「ありがとう」といっていると「ありがたいこと」がどんどん運ばれてくる。

「ありがとう」を歳の数×1万回をいうとその辺から、それまでと違う現象が
どんどん出てくるという。
私の場合57万回になるが一日千回として、一年半以上かかる事になる。

「ありがとう」を言い続けているうちに、言葉と一体化して無我になった状態が、
仏教でいう悟りに近い状態ではなかろうか。
宇宙の特異点の「正中心一点無」の状態である。
その無からエネルギーが湧き出てくる感じだ。

私の場合、マイナス思考が出てきたとき、自動的に「ありがとう」を言うことに
している。現時点ではこれが一番自分にとってプラスになっている。
人間は一日7~8万回考え、その大部分がマイナス言葉というから、
これは非常にプラスである。
この随想日記を読んでいる人に「ありがとう」シリーズは好評で多くの人が
「ありがとう」をいい始めるようになった。
ありがたいことだ。
「ありがとう」のとうは「十」と「当」の意味が含まれているという。
ありが十は「十に一つしかないこと」
ありが当は「めったにないに当たること」という。
なるほどと思う。

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