堀井On-Line



940, ゲーム理論ー2

2003年10月31日(金)

「ミニマックス理論」と「囚人のジレンマ」はゲーム理論の大きい柱になる。
「囚人のジレンマ」は「自分が一番得をしたいと思って選んだ選択肢が、
結果として最適でないものでなくなっている」、それを互いにゲームで競う。

ーそれでは「囚人のジレンマ」とは?
 泥棒の嫌疑がかかっている二人が警察に逮捕され、独房に入れられている。
ただし、物証がないため証言だけが頼り。
そこで警察側は2人に次のような条件を提示した。
1)・2人とも黙秘すれば、証拠不十分で両方が懲役一年
2)・2人とも自白すれば、両方が懲役2年
3)・1人が自白をし、1人が黙秘をすれば、自白側は無罪、 
                     黙秘側は懲役3年
                     
 有利の順をみると、
一、自分だけが自白
二、2人とも黙秘
三、両方とも自白
四、自分は黙秘を続け、相手に自白をされて裏切られる

の順になる。
3)を選んで自分だけを釈放されようとしても、相手も同じく考えているため、
結局は、2)になってしまう。一番良いのは、両方が協調して黙秘をする、
1)である。
しかし、それができないから相手の読みを考えなくてはならない。
そこでジレンマが起こる。
ある政治学者「協調か」「裏切り」かの「囚人のジレンマ」選択をさせる
プログラムをつくって、対戦をさせた。
複雑なプログラムの中で、優勝したのが、「しっぺ返しのプログラム」だった。
「しっぺ返しのプログラム」とは、
1)はじめは協調
2)次回はすべて相手の真似

 これでは一回も勝てない。いつも負けか引き分けしかない。
それでも、一回一回は弱いが総合点でトップを取ることができた。
これぞ失点を最小限にする戦略である。
囚人のジレンマを乗り切る例としてはよい。

ここで注意しなくてはならないのは
「裏切られたらすかさず裏切り返さないといけない」という事だ。
そうしないと、単なる弱者になってしまう。

 この大不況の中、ゲーム理論をは実感として身に沁みることが多い。
長年かけて積み重ねて積み上げてきた利益が、一つのミスで全て失ってしまう。
勝つより負けないことがより重要な時代である。
経営の本質は相撲の喩でいうと「14勝一敗」より「8勝7休」でなくてはならない。
激しい競争社会では一敗が致命傷になる。
 
 何がおきるかもしれない時代、あらゆる想定の中で負けない経営を第一としなくては。
競争対策、成長対策、生存対策のうち、まずは生存対策が優先されなくてはならない
ことを「ゲーム理論」は教えてくれる。
                     ーつづく

・・・・・・・・・・
566,  2002年10月31日(木)
             1968年9月22日
          ーセミナーハウス二日目ー
8時10分前に起床、同室者はまだ二人とも寝ている。
 朝食後、セミナー開始。

 ーケーススタデー
討論開始、いい加減なことをいって恥ずかしい!
もっと深く考える必要があった。
ほかの人がよく学んでいるのが判った。
考え方もベースができているのに今更の感がする。


昼食後、全員で相模湖へ行く。
私と大島君と東レの研修員3人と同乗する。
ー君は一年後輩、呼び捨ては同期、さん付けは
東レの研修派遣の人ーで使い分けているー

東レの野村さんの女性論が面白い。
冗談と真実の紙一重の話がさすが大手の人事部の人は
センスが違うと感心した。車が逸れるが、現地で落ち合う。
早速、釣りをする・・・・・。

帰りは高木の車でセミナーハウスへ帰る。
高木の人間的魅力の深さに驚く。

再び「愛」について討論、最後に国家愛に行き着く。
印象的だったのが
「所詮バケツいっぱいの精液が、愛でしかない!」が印象的だった。
終了後、焼き鳥とビールで夜半の12時過ぎまで語り合う。

ーある時間の断面 −
                 1968年 9月23日  
 ーセミナーハウス三日目ー
8時10分前起床、食後、討論に入る。
「将来の日本」についてのパネルデスカッション。
パネラーは田口、石川、小島、鳥山、高嶋さんであった。

小島君の安保、自衛隊の批判に反論が出る。
かなり白熱した内容であった。

昼食後一時に解散。
高木の車で帰路に着く、東名高速は初めて乗ってみたが名神
より車が多く外国に行っているような錯覚におちいった。

帰寮後、夕飯に出ると大学の知人にばったり会う。
ITAという海外旅行研究会の部長で、昨年欧州行きで知り合った。
寮の近くにバイトに来ているという。奇遇であった。
私の部屋で話をする。アメリカに留学するという。

何か考えていることや話している内容がスケールの違いを感じた。
圧迫を受けてしまった。
彼を見ていると自分にもその力がある筈なのに、どうしてこうも
違うのだろうか?同じ力がある筈なのに。
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感想ー
段々と社会に出る切迫感がこれからの日記に出てくる。
かなり無理をしている自分がそのまま書いてある。
自分の子供を見ているようでもある。
丁度息子の歳ごろだ。
でも行動的であったのに驚いてもいる。

..........................

2001年10月31日
[204] 霊体質ー3
今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。
シンクロニシテー(意味ある、乃至考えられないような遇然の一致)と重なっている。

1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができその下を
  通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。
  かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。

2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」をしたときの事。
  丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。
  それで天侯を憶えていたが、 午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。
  
  3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。
  終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを趣味としていた。
  その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。
  彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。

3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。
  涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。
  
4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が
  待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている
  のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った」

  ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。
 また以前の文をコピ−しておく。


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S6201霊的体験
2001/10/31

私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開する。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。
同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいった。
その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になり、そこで彼の供養も含めて
お経をとなえた。

その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみた。
そして何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっていた。
やはり車中で“C子”さんの話をしていた。
“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせた。
そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社した。

そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確立で
彼女の家の前に車がとまったのだ。
十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのだ。
私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまった。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられないと
いう風だった。私自身またかというのが実感だった。

その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとった。


939, ゲーム理論 −1

2003年10月30日(木)

 一昨夜、コンサルタントの林さんと酒を飲んで「ゲーム理論」の話題が出た。
ほとんど忘れたこともあり、「ゲーム理論」をインターネットで検索して調べてみた。
また本を読み直してみた。
なるほど勉強になる面白い理論である。
一般的にゲームというと、「目標を決め、途中に難関を置き、それを乗り越えながら
達成するプロセスを、第三者か自分自身と競う事を楽しむこと」であるが
「ゲーム理論」というと少し違ってくる。

ー要点を書いてみるとー

「『勝つ』ためには‘損切り’をして『負け』をへらす!」
が一番のポイントと思われる。

  ゲームと仕事に勝つための4原則は
・『勝利』より『損切り』を重視する
・裏切りによる勝利は長続きしないことを知る
・相手も自分と同様に利益を求めていると知る
・あらゆることが起こり得ることを知る
である。

 ーゲーム理論では「相手の存在』が不可欠である。
ゲーム理論は数学理論をもとにしている。
その大前提は、『自分』と『相手』がいて、それぞれが「合理的・利己的」に
「最適な状態」を目指すことにある。
かけひき上手を競うのが「ゲーム理論といってよい。

 ゲーム理論で考えられる世界は、100人が100通りの答えを持ち、
相手の存在と立場を見ながら戦略的に手を打つ。
「生き残り」という至上命題のための戦略、科学体系がこの理論である。

 ーゼロサム社会では勝者以外は全て「敗者」である。
いまのような不況は「ゼロサム社会」とよばれる。
ジャンケンのように誰かが勝つと誰かが負けるという
二つの和がゼロになる条件下のゲームを指す。
 
 ゼロサム社会での特徴は、現状の均衡点どちらにふれても誰かが損をする。
別名、利益の再配分の逆の「損の再配分」といえる。
この結果は「社会の硬直化」だ。
ものごとが決着しなくなり、社会が保守化し、誰も自分の既得権益のみを
守ろうとする。

 ゲームに勝とうとするには、「負けを減らす」ことだ。
勝つのではなく、負けた場合の損失を減らすのは消極的に見えるが
ゲーム理論では最も重要なことである。
「ミニマックス戦略」というこの戦略はこの時代最も重要である。
株式の世界では「損切り」といわれる手法だ。

 ギャンブルがうまい人は、自分の利益が出たときだけ、大穴勝負をする。
それも勝ちの一部だけを賭ける。大穴はほとんど外れる。
それでも利益があがる。
一般的には、負けが込んで、追い込まれて最後の勝負を確率の低い大穴に
すべてを賭けてしまう。そしてすべてを失ってしまうのだ。

 人生は一つの大きなゲームである。
 そして事業もだ。
人生の利益とは何であるか、
愛か、知識か、力か、お金か、誠実性か?
事業もしかりである。
拡大か、利益か、社会貢献か?

 事業を創業することは、まさしくゲームである。
ゲーム以外の何ものでない。

ー以前ゲームについて書いたものをコーピーしておきます。
                  −つづく

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513, 入試はクイズゲーム? - 2002年09月08日(日)

「入試にしても、資格試験にしても、暗記とか理解を捨ててしまえ!
ーゲーム、パズルゲーム、クイズゲームと割り切ってしまえ!」
 というある文章を見て固まってしまった。

「ゲームや遊びの類と割り切ってしまったら、真っ当に受験勉強を
しないはずだ。クイズゲームの能力のレベルを上げたいなら、
過去のクイズゲーム(問題)の質問と答えを徹底的に調べて、
その傾向とか癖の調査を楽しめ!その為の準備を遊べ!」
要するにゲーマーになってしまえということだ。

何事も遊びに昇華した時に能力が飛躍する、入験がそうだと。
自分で試合を創れる男をゲーマーという。
ゲームとは「目標を決め途中に難関を置き、それを乗り越えながら
達成するプロセスを第三者か、自分自身と競う事を楽しむ事」という。
あるレベルを超えると、これが一番重要になる。

自分が事業を始めたとき、そうだった。
自分の練り上げた計画を実行というプロセスを楽しむゲームと
いう要素があった。そこまで計画を自分で内省した。
「計画お宅」といってよかった。

評論家がそれを非難した文を読んだことがある。
「遊びで事業をしている馬鹿がいる!」とか、これは第三者の目。
そこまで練り上げると遊びになっているのが解らないのだ。
いやそのはるか下のレベルの人を言っているのか?
その差も解らないレベルの批評というと、その批評に対しても、
同じレベルの目線という理屈になる。

高校時代に不思議に思っていた「同じ勉強をしてどうして全く違うのだ?」
それが40年経ったいま初めて気づいた浅はかさ!
でも実際社会にでた時から、実践でそれをやってきたから後悔はないが。
あの受験の時の優秀?の人はゲーマーだったのだ。

まあ、それだけではないと思うが。
本当にしたい事、なりたい仕事があったから必至に勉強したとかが
本当のところだろうが。
パズルゲームか、あれは!!?クイズ??
馬鹿馬鹿しいともおもえない。
誰も教えてくれなかった、その事実を。

愚直に挫折をしながら、独り知恵を絞った事も事実である。
それが力を創ったことも確かだ。

でも事業で両親から、その遊びかたを教わっていた!
遊びになるまで集中しろ、継続しろ、努力しろという事だ。
彼らはそれを受験勉強で知っていたのだ・・・??

人間はその人の範囲のレベルしか力はつかないものだ。
のっけから、そう思って真剣に望めば逆に能力が湧き出る。
秘境旅行も「旅行道?というものがあるならば地球の何処を
埋めていこうか?」というゲームになっている?!!


ところでこの随想日記はじつは危ないゲームになっている。
毎日のネタさがしと、その内容の構築がゲームでもある。
全くの無の状態から探し、材料の構築はスリルでもある。


・・・・・・・・・・・・・・

565, ある逸話ーインドで見たこと - 2002年10月30日(水)

インドの空港で帰国の時である。
修行僧のいでたちの男、杖一本をつきながらやって来た。

素足で身に付けているののはパンツ一枚である。
それで飛行機に乗ろうというらしい。
急を聞きつけた警察が数十名が周りを取り囲んだが誰も手を出せない。
空港の制服の女の人が間に立って説明をしているが、どうしても
折り合わないのだ。
パスポートも持たないでパンツ一枚で国際線に乗ろうとしているのだ。

恐らくカースト制で身分が高いのだろう、素裸の男の態度がでかい。
大声で入国査察官を怒鳴りつけているのだ。
恐らく「神の指示で乗れといわれたのに何故乗せぬ」と言っている
ようであった。
最後の結末をみないで飛行機に乗ったが、インドの社会を最後まで
見せ付けられた出来事であった。

インドは普通の感覚では考えられない身分社会なのだ。
牛が堂々と街を我が物顔で歩いているのだ。
宗教上で神聖な生き物なのだ。

以前にも書いたが、20佑里△覲級は餞民で人間とみなされないのだ。
交通事故死でも警察が取り合わないという、牛なら騒ぎになるが。
実際その経験談を読んだ事がある。同乗した車が餞民を轢き逃げしたが、
その後新聞でも何も載ってなかったとか。
轢いた本人も犬を引いた程度としか思ってなかったのに驚いた、
と書いていた。まあ凄い社会である。
一度はこういう社会を見てみるのも必要な事だ。

4年前に書いた文章をコピーしておきます。
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H・10/11
インド旅行記 ー私のみた北インド 

“インドとは...”など滞在一週間のツア−では表現できない。
面白いほど多様な国である。まず印象を列記してみよう。
汚く、臭く、多種多様な人種、動物が“ごった煮”されている国であった。
映画の“深い河”や二本のTVドキュメント、本は五冊読んで実際行ってみて、
ここまで貧しく、奇異に感じるとは!

大部分がバスの異動であったため、点というより線でインドを見れた。
“街の生活”や“田舎の街道”よりみた地域ごとの暮らしが印象に残った。
小さな節穴より垣間見た程度であったとしても沢山の事を見て、
感じ取ることができた。

ヒンドゥ−教の聖地ベナレス。生まれて初めて見た“美しい日の出”
その日の出がガンジスに反射する陽光!そこでの聖なる沐浴の光景!
三千年前とほぼ変わらぬ宗教的行事という。その岸辺での火葬の情景!
帰りの道すがらの物乞いの一団。
ふと気づくとライ病の集団に一人囲まれていた。

インドの2/3が最下層に属し、ほぼ乞食に近い生活をしているといって
オ−バ−でない。野良犬、野良牛、野羊と全く同じ感覚で一緒に生活している。
日本の80%が中流意識とは対極にあるといってよい。
帰ってきて今でも日本が逆に奇異にさえ見えてきた。
−完璧すぎる平等と潔癖症。そして豊かさが。

インドはヒンドゥ−教とカ−スト制を抜きでは理解できない。
おおよそ4階級に身分制があり、皮膚の色により白系(一億人)、
赤系(一億人)、黄色(一億人)、黒色(四億人)に分類されている。
我々が街で目にするのは最下層の人たちが主で、動物並みにしか上層の人より
見られておらず、本人達もそう思いこんでいる!
(ヒンドゥ−教の教えがその裏付けされている)。
白色ほど身なりがキチッとしているのは私達でさえ判断できた。
レストラン、ホテルなどそれぞれ決まっており、決して違う層は入れないという。

・・・・・・・・・・・
[203] 夢ー11
               2001/10/30
 五〜六年前にみた夢で忘れられないのが、自分の葬式の祭壇を見たことだ。
学生時代住んでいた部屋であった。久しぶりに寮の自分のいた部屋を覗くと、
それがあった。恐らくもう‘あの時の自分がもう終わってしまった’というシグナル
だったのではなかろかうか。
何か変な奇妙な印象が残っている。

 どんどん変わっていく中で変わらないのが過去だけだ、しかし夢でさえ
もうあの時の自分は消滅したといってくる。
それから一年に一度位見ていた寮の夢をほとんどみなくなった。

ーまたこんな夢もみた。
中東?の兵隊の自分が絞首刑になる夢である。7〜8年前か。
それを当人になっている自分と、それを上から見ている自分がいた。
その瞬間もう一人の違う自分に移り、やはり絞首刑を経験する夢である。
いやに茶色の埃っぽいイメージが残っている。その前に確か廃墟の建物を訓練で
数人と昇っていた。

 非常にリアルな、前世の自分の過去霊をが夢に出てきた?感覚であった。
これとは全く違うと思うが、瞑想をしていると、突如「タジータジーダ」という人の名前?
が突如出てきた。「なんだこれは?」と今でもそれが何かわからない。
情報のシャワーの中で、脳が勝手にある単語を吐き出したのだと思うが。


938, 「ライフ・レッスン」ー読書日記

2003年10月29日(水)

 各レッスンの内容が愛と真実に包まれている。
「死ぬ瞬間」シリーズは世界的ロングセラーで多くの人に癒しを与えてきた。
ロスの本は何冊も読んだ。終末期医療から死にいく人々から学んだ数々を
わかりやすく説いている。
すべてを終えたとき、「生」と「死」の本当の姿があらわれるのだ。
 
 彼女がマザーテレサに亡くなる数ヶ月前に会ったとき、
ロスに、
「生きることがとてもたいせつと考えているからこそ
死にいく人達と一緒にいることを最大の使命としているのだ」
また「生は一つの達成であり、死はその達成の成果です」と言われたという。

 大部分の人は死を達成とみていないだけでなく、生も達成とみていない・・
死の淵にいる人は、そのことをよく知っている。
ロスは生そのものの大切さについて多くことを教えてくれる。

彼女の本を読んでいると、暗い?内容なのだが、暖かい愛に包まれたような
気持ちになる。

ーまずは、この本の抜粋からはじめたいー

・一生と呼ばれる時間のあいだに学ぶべきレッスンは色々ある。特に死に直面して
いる人々と一緒にいるときにはとりわけ多い。
死に行く人々は人生の終わりに多くを学ぶが、通常は学んだ教訓を生かすための
時間が残されていない。1995年にアリゾナに引っ越した私は、ある年の
母の日に脳卒中で倒れ、麻痺状態になった。
その後数年間は死の入り口にいた。時には数週間で死ぬのだと覚悟をした。
そして幾度も訪れてこないことに失望した。準備は完了していたからである。
しかし、死ななかった。その理由は、私にはまだ学ぶべきレッスン、最後の
レッスンがあったからです。そのレッスンの多くは人の生についての究極の
真実であり、命そのものの秘密である。私はもう一冊本を書きたいと思った。
今度は「死」そのものではなく「生」についてである。

・人には誰でもガンジーとヒットラーが住んでいる。
象徴的な意味であることは当然である。ガンジーは人の中のベストなもの、
もっとも慈悲ふかいものをあらわし、一方のヒットラーは最悪のもの、人の持つ
否定性と卑小性をあらわしているのだ。人生における人ノレッスンとはおのれの
卑小性に働きかけ、否定性をなくして、己のなかにも他人の中にもあるベストな
ものを見つけ出す作業である。人生の暴風に似たそのレッスンは、人をして
本来の人に戻してくれる。人間が地球上にいるのは、互いに癒しあうためである。
これは身体的不具合を癒すだけでなく、はるかに深いレベルでの癒しである。
精神と魂の癒しである。

・人がこういった人生のレッスンについて語るとき、人は完結していない
気がかりな問題の解決について語っている。完結していない気になる問題とは死に
ついての問題ではなく、生についての問題である。'確かに私は豊かな暮らしを
実現した。しかし、本当に生きるために時間を使ってきただろうか?'
というように最も大切な問題である。多くの人々は確かに存在はしてきたが、
本当に生きてはこなかった。それらの人々は完結していない気になる問題に
蓋をするために、膨大なエネルギーを費やしてきた。

・完結していない気になる問題は人生最大級の問題であるから、死に直面したとき
焦眉の急の課題になる。大多数の人々は完結していない気になる問題の多くを
未解決のままで終わる。問題の一部しか解決できない人も多い。

・人生には学ぶべきレッスンがあまりにも多い。
一度だけの人生では習得不可能であろう。でも、学べば学ぶほど未完結の問題が
少なくなり、それだけ充実した人生になり、本当に人生をおくることができる。
いつ死ぬかは不明であるが、死ぬときには、'オーイ神様、私は生きました'
と言えることになる。
   
 ・・・・・・・・・・・・  
 「ライフレッスン」  
 エリザベス キューブラー・ロス (著),
 デーヴィッド ケスラー (著), 上野 圭一 (翻訳)
 角川書店
 
 ー内容(「BOOK」データベースより)
幾多の死に向き合い、自身も幾度となく死の淵を覗いた終末期医療の先駆者が、
人生の最後で遂に捉えた「生と死」の真の姿。
死にゆく人々から学んだレッスンの数々。
愛・喪失・力・罪悪感・恐れ・許し・幸福など、
人生が提示する14のレッスンとその意味を静かに語りかける、
心にしみる一冊。

ー 目次ー
「ほんものの自己」のレッスン
愛のレッスン
人間関係のレッスン
喪失のレッスン
力のレッスン
罪悪感のレッスン
時間のレッスン
恐れのレッスン
怒りのレッスン
遊びのレッスン
明け渡しのレッスン
許しのレッスン
幸福のレッスン

 ・・・・・・・・
ー以下はインターネットで調べた書評であるー
ー書評
 一生のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがあり、
とりわけ死に直面した人たちとともにいるとき、それを実感すると、著者はいう。
人生がわれわれに習得せよ と要求するレッスンを15にまとめている。

 すなわち、「ほんものの自己」のレッスン、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪 失のレッスン、力のレッスン、罪悪感のレッスン、時間のレッスン、
恐れのレッスン、 怒りのレッスン、遊びのレッスン、忍耐のレッスン、
明渡しのレッスン、許しのレッス ン、幸福のレッスンである。

 たとえば、病気とたたかっている人を見ていると、自分とはなにかを知るためには、
「ほんものの自己」でないものをすべて脱ぎすてなければならないということが
分か ってくる。生の終局にあって、人は以前よりずっと純粋に、正直に‥‥
まるで赤ん坊 のように‥‥その人自身になっていくからだ。
「どんな人でも偉大さの萌芽をもっている。『偉大な』人物が、ほかの人たちの
もっていないものをもっているというわけ ではない。
『偉大な』人物はただ、最良の自己のまえに立ちはだかる余分なものを脱ぎすてて
いるだけなのだ。」
結局は、「ほんものの自己」のレッスンが、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪失のレッスン等々のレッスンの根底にあるように思われる。

 人間関係のレッスンでいえば、だれかとくべつな人がいなければ自分は無価値な
 存在 だと感じている人は、その人との関係のなかでも、いずれは無価値性が
 外にあらわれて しまう。求めている全体性や完全性は、自身の内部にあって
 発見されるのを待っている のだ。つまり「ほんものの自己」の発見なのだ。

 喪失のレッスンについても同じことが言える。死という絶対的な限界状況に
 直面してはじめて人は、余分なものを削りとって≪いのち≫のして輝き出す。
 自己の内部に、失われることのないなにものかを見出す。死を前に徹底的な
 喪失を味わい、すべてに「さようなら」をいうこと によって、
 それによってもあせることのない何かをつかむ。 人生に 避けがたい喪失の
 体験によってわれわれは、かけがえのない学びを得るのだ。

 『余分なものを削りとる』作業さえすれば、だれであれなんらかなの場で輝きを
 放つ ことができる。「あなたの本質はもっとも純粋な愛であり、壮大ともいえる
 完全性であ る。あなたは自己を癒し、自己がだれであるかをおもいだすために、
 地上にうまれてき た。おもいだすべきあなたの本質こそが、闇夜を行くときの
 みちびきの光である。」

 これが一生のあいだに学ぶべきレッスンのうちもっとも核心的な部分だろう。
著者たちは、これらのレッスンがいかに深い真実であるかを、印象的な事例や
説得力のある言 葉で語る。その言葉の一つ一つからゆるぎない真実がにじみ出る。
真実から発せられた 言葉のみが持つ強さに満ち、じんわりと心に沁みこむような
感じの本だ。

 本書は、まちがいなく絶筆となるだろうと言われたキュブラー・ロスの自伝
『人生は 廻る輪のように』(角川書店、1997年)のあと、奇跡的に体力を
回復した彼女が、その 弟子であり友人であるホスピス・ワーカー、
デーヴィッド・ケストラーとの協力によっ てまとめたものである。

・・・・・・・・・・・・・・・・
564, 一点集中主義−2 - 2002年10月29日(火)

少ない資源を最大に生かすには集中しかない。
例えで解りやすいのが「錐の論法」だ。
一点にエネルギーを集中することで穴をあける事が可能になる。
それと前回書いた虫眼鏡も然りである。
集中はその中で更に核爆発をも起こす。

集中は潜在能力への穴である。
人間は無限の潜在能力があるといわれているが、
その秘密のトンネルが一点集中である。

マクドナルドのハンバーグや、キューピーのマヨネーズ、
味の素など幾らでも事例はある。

分散も必要だ、一点に集中したものを分散する例として
セブンイレブンがいえる。
50坪の店を一万店出店することで、三越や本体のイトーヨーカ堂を
追い抜いてしまった。

資源が少ないのに、その少ない資源を更に分散をしてしまう。
淘汰されるのは淘汰されるべくしてされているのだ。

何かを始めようとしたら、それまでのやっていた事を全てを
いったん止めてしまう事だ。それか人に任せてしまうかだ。
空即是色である。
人間可能な事は、目前の努力だけだ、それも一点への。

以前書いた一点豪華主義をコピーしておく。

・・・・・・・・・・・・・
2001年12月12日(水) 267,一点豪華主義

1品豪華主義(一点豪華主義)趣味でも、仕事でもー

人生でも総てにいえる事だが、これだけは特別というものに
金をかける、人生の総てをかけることが重要だ。

反面それがアンバランスでもいいかという問題が残るが。
それでもいいかどうかは、やはり本人の問題でもある。

金も、暇も、能力もない人間でもこれは可能だ。
好きな何かを見つけ、一点集中的にエネルギーを注ぐ。
それを続けていれば、それについてプロの領域にたっする。

私のそれは、ご存知のとおり秘境ツアーだ。
他人の評価など全く関係ない、それが好きでたまらないからだ。

パソコンもあと2〜3年経つと、それに近い存在になるかもしれない。
旅行のネタをインターネットに載せるのも、一応理にかなってる。

「絵の好きな人が旅行先で景色を書いている」のを見ると、
人生の一番の奥義を見ているようだ。
一番好きな旅行で好きな絵を描ける幸せは何も変えられないだろう。

ピアノも一曲だけを練習すれば、弾けるようになるという。今度
ピアノの先生について一曲おぼえてみようかと思うが、無理か?


       (2) ─────
 wMWMWw, / ̄7 (好きな事をやろう!)
 W"ヽ /  (感激しよう! )
 (6 ^J^ / /  ────
 |  ̄ノ/ /
・・・・・・・・・・

[202] 霊体質ー2
 
 霊とは全く違う話になるが、初めて日本の南極越冬隊が犬を連れて行った時、
ある時間になると日本に向かい犬が吠え出すという。
不思議に思い日本に連絡をすると、その時間に子犬が南極のほうに向かい吠えて
いたという。何か脳波が数千キロを超えて通じるのだろう。

こういうまだ科学に解ってないことが数限りなくに多い。
そのうちの一つがこういうことにもあるのだろう。

 霊体質に対しての今の私の解釈はー「ヒステリック状況の感覚の鋭敏からくる、
不思議な磁石が何かをすいよせる。
そういう時は状況的にはかなり緊張の状態の時である。
それと夢に近い状況で現象に出る場合が多い。」
きのうのコピーした文の、父の亡くなった時のことも夢だろう。

 それにしても身辺の人の死には不思議なことがおこる。これは次回書く。
人間も30億年の生命の進化?の中で細胞になり、魚になり、陸にあがり鳥になったり、
哺乳類になり、猿になり、ここまできた。
その中で脳の奥にそのすべての記憶と能力が隠されているのは、当然と言えば当然である。
それがヒステリック状態の時に、普段のブロックを越えて自分の中より出てくるのは、
別に不思議でないとも言える。

 それと霊を一緒に考えるのは飛躍だが、といってあの不思議な現象も事実である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H0511妙な夢―(機   
               2001/10/29

 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!

起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、居間に行き、
台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。

ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 
また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずいと
思い下にもどろうとするがもどれない。
かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、
よくある事だそうだ。

こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、
しかし夢ではなかった。

ところで当社の関係先の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。


937, ダイエー優勝

2003年10月28日(火)

 ダイエーがニ連勝の後、ホーム球場に帰ってきた阪神が三連勝をした。
その夜の22時のNHKニュースのスポーツのコーナーの解説者が、それでも
ダイエーが有利だと言っていたと家内から聞いた。
「阪神もダイエーも内向き、ホーム球場になると俄然力を発揮する!」という
解説にいやに納得をした。
ピッチャーのローテーションもダイエーが有利といっていたが。

 それを聞いて、福岡の闘いをみていると、なるほどそのとおりになってきた。
ホーム球場に帰ってきたダイエーが二連勝をして逆転優勝をした。
あとは私の解釈になるが、ダイエーグループの解体で福岡球場の売却問題と、
阪神という電鉄の長年の捩れの問題と星野の退団の問題である。
ダイエーの倒産・解体の方が瀬戸際である違いが出たのだろう。 
それと王監督と星野の人間としてのレベルの違いの差が出たともいえる。
これは「勝てば官軍、負ければ賊軍」の結果論でしかないが。

 家内がダイエーファンというが、ただ安売りが楽しみだという理由でしかない。
どっちにしても大きい背後の問題が優勝の燃料になっていることは確かである。
おそらくダイエーの王監督は引退をするのでなかろうか。
いや辞めないか、辞めれないのが事実だろう。
辞めてほしいのが私の気持ちである。
来年もう一年やって長島がオリンピックに監督で出て引退がよいか。

ダイエーの解体の原因の象徴が、この福岡ドームの多大投資というのが
皮肉といえば皮肉である。
ダイエー創業者の堕ちた中内功が、この皮肉な現象をどういう気持ちで
見ていたかを想像すると何ともいえない気持ちだ。
 こんなものだろう、人生は。
 
 ・・・・・・・・・・・・
 563, 一点集中主義 - 2002年10月28日(月)

人生の体験の中で私が得た最大の教訓がこれだ。
若いときより知っていたらもっと豊かな人生を過ごせたのに
と今更思うが。イロイロの挫折の中で自分の能力の限界を思い
知らされていたから、戦略的にしか生きる道はない事は知っていたが、
その要諦が一点集中であった。

人間の能力とレンズは似ている。
太陽から、人間から、歴史から、エネルギーを集め一点に集中する。
その為には自分が虫眼鏡のレンズになる事だ。

レンズは濁っていては駄目だ。
常にきれいな磨かれた状態でなくてはならない。
その意味で「自分が神になる」といってよい。

それと一点に集中すべき対象の選定だ。
これに近い言葉に一点豪華主義がある。
集中していれば自然にこれになってしまう。
私の場合は秘境旅行だ。今はこの随想テーマ日記だ。
それにウオーキングに読書にあと???だ。

一点集中は言葉では簡単に思えるが、実際は大変である。
捨てるべきものをドンドン創らなくてはならないからだ。

そうそう集中できるものではない。

事業では[シングルルームのデスカウント]である。
それも新潟駅前の花園地区。
4棟に分散をしたのが甘さで残っている。
他に学生服やカラオケはエネルギーの分散であった。

百貨店のソゴウのように駅前に超大型店をつくり、
その大きさが限界を超えてしまった失敗の例もある。

ロスだけで済まないのが分散である。
主体のチャンスロスが一番のロスになる。
若い時から自分の無能を自覚していたから、集中しかないのは
すんなりと受け入れる事ができた。

一点集中のポイントは、一点に向かいその真正面から
中心点に総てのエネルギーを集中する事である。
自分そのものがその中心点になる事である。
それが正中心一点無である。

いま一つがこれを継続する事でであるが、これは今度書く。

・・・・・・・・・・・・・・
[201] 霊体質ー1
 
 作家の佐藤愛子が月刊誌の「新潮45」に連載で、
霊体質に52歳になってしまった体験を書いている。図書館でトビトビ
読んでいるので全て読んだわけでないが、今まで8回シリーズになっている。

 その連載はまだ続いているが面白い。北海道で買った別荘に霊がついており、
そこでかなり激しい霊現象が起こるそうだ。それがさすが作家、きめ細かく書かれて
いる。実際経験したことのない人にとって、考えられない妄想にしか思えない。

 私も父の死の直後から起きた怪現象から、霊体質になった。
(後で昔書いたその時の文章のコピーを貼り付け)
この10年は元に戻り、ほとんど身辺でなくなったが、私の27歳の時だった。
約20年はその体質だったことになる。

かなり共通の部分があるが、家付きの霊というところが違う。
それと私の場合、身体から自分の霊が抜け対するところが彼女にはない。
同じところは、ラップが聞こえたり、動物の何かが被さってくるところだ。
それが起こるまでは全く信じてなかった。ーつづく
ーーーー
H0407霊的体験 ー見聞皆師より

 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を
してみた。死後一週間後に妙な夢をみた。

私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”
という“念”になってしまった夢である。そして夢よりさめた時の妙な気持。
私自身父になってしまった。

 いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。

それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。何か強烈な恐怖感が
おそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”
と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。

まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
最近は少なくなったが、それから幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
佐藤愛子ではないが「霊体質」になってしまったのだろう。


936, 角栄の怨念

2003年10月27日(月)



ーこの選挙の面白さ!
 
 最後の最後まで、何がおきるかわからないのが政治というものだ!
思わぬ動きがでてきた。沈黙を破って真紀子が動いてきた。
実質的に自民党を離脱したのだ。
田中角栄の娘の真紀子が大衆に迎合する「言葉」で、選挙に「突風」を
おこそうとしている。
今の自民党の存続を揺るがす事態である。
小泉の生みの親が、今度は小泉潰しの突風になる可能性を秘めている。

 自民党にとって真紀子の「この突風」を計算外だろう。
自民党という集り集団の自作自演のシナリオが、この2週間の突風で吹き飛き
とばされるのだ。亡くなったボス角栄の娘を怒らしてしまった。
マフィア角栄の子分の恥元(橋本)派と自民党そのものの崩壊トドメの
スイッチを、娘の真紀子が押すのが最も相応しい。
小沢と真紀子と??などが組んで、一瞬ことを起こす可能性が大きい。

 いまの北朝鮮と日本は酷似している。
自民党は金体制そのもである事は誰の目にも確かだ。
悪さの限りつくしたマフィアどもの最後のあがきに、国民は気づいてほしい。
民度の低い国民が、何処まできずいているかの尺度をみる選挙といってよい。

 あんたは何党といわれれば、「政権交代」党である。
政権を変えなくては、その度に灰汁(悪)出しをしななくてはならない。
小泉首相も、自民党体制の中で可能な限り改革をしている。
しかし、その範囲の中でしか出来ないのは自明のことだ。
ソ連の共産党のゴルバチョフが改革をしようとしたが、所詮無理であった。
それと同じことに国民が早く気がつかなくてはならない。

 その意味で、真紀子のこれからの動きが浮動票を反自民党へ動かす大きな
きっかけとなればよい。
 今日からが面白い!
 
 ・・・・・・・・・・・・・・
562, ある時間の断片ー7 - 2002年10月27日(日)
        1968年   9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」だ。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。

・・・・・・・・・・・・・・・・
ー感想ー

日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌も二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でもあった。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が付いて
なかった。寮に、ゼミに、教授に、クラブに、友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、
戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。
馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、
あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによって来た。
一人になれないのが悩みでもあった。あの孤独の都会生活で
最後には友人が吹き付けるように集まったのは、本当に良い青春
の思い出の財産だ。
・・・・・・・・・・・・・・・
[200] 月刊ー文芸春秋
            2001/10/27

 今月の‘文芸春秋’の内容があった。
イスラエル旅行から帰ってきら、毎月読んでいた‘文芸春秋と週間誌’を
買わなくなった。嘘みたいだが本当の話である。
‘図書館で読めばいい’に変わった。

 あまりにも旧約聖書の世界が生々しいのだ。
今更そんなえげつない現象など如何でもいい、軽い話でしかないに
変わってしまった。2〜3月に一回買うか買わないかである。

 しかし今回は違った!テロの特集で、内容はかなり悲観的に書いてあったが、
買う価値は充分ある。
新聞で、インターネットで、TV でその意味はとらえていたつもりであった、
かなりシビアにその意味が書かれていた。
第一次世界大戦に似ている、始まりは(皇太子の暗殺)誰もそこまでいかないと
思っていたが、それは大戦の始まりでしかなかった。
アメリカの中心の世界貿易センターが壊滅した大事件だ。
イラクやアフガン北朝鮮?は攻撃対象になる!
当然考えらないテロも更に行われるだろう,日本も当然巻き込まれる。
それも仕方がない、当然と受け止めていいだろう。

少し本題とそれたが、今回は700円の価値が充分ある。

これからが本題。
新聞と週刊誌と月刊誌の関係が時代によって、どんどん変わっているという。
これに進化したデジタルTVとインターネットと携帯電話の情報手段が加わってきた。
まず新聞は週刊誌の分野を侵す、週刊誌は月刊誌の分野を。

月刊誌は小説等の分野か、専門雑誌の分野により進化、深化していくパターンに
なっていく。一例をとると、新聞は週刊誌のやっている、
「特集もの、解説、カラー写真、連続小説」
などの付加価値につけないと、部数が減っていく。

週刊誌は月刊誌のある専門分野のスペシャリストの手記や、
各種の専門分野を深く入り込んだ記事に入っていく。
月刊誌はそれぞれの特化した専門雑誌に変身していく。

それぞれ勝ち組と負け組みが、はっきりしている。
週刊誌では「週刊文春」、月刊誌では「文芸春秋」が勝ち組。
あとは年代層に特化した「週刊ポスト」、「週刊現代」あたり。

月刊誌では「新潮45」あたりがまあまあといったところ。
あとは専門雑誌の細分化が進む。


935, 『年収300万時代を生き抜く経済学』

2003年10月26日(日)


森永卓郎著
(光文社) 

  怖いものみたさに何回か立ち読みをした。
また書評なども新聞でみた。
買うほどでもないが何か気になる本である。
この文章は実際読まないで書いている。
しかし要点の90佑呂さえているはずだ。

 これからの時代は、アメリカのように1佑両,疏箸牛耳る社会になることは
明らかである。99佑負け組みなら、敢えてわざわざ人生を犠牲にしてまで
働くという発想を変えることだという。
大部分の負け組み と割り切って年収300万を受け入れてしまえばよいと
主張している。それでも、けっして惨めな生活を送ることにならない。
2000年の一人当たりのGNI−国民総所得−では、日本はフランスの1・8倍、
イタリヤの2倍、スペインの2・7倍、その総所得でヨーロッパ人はバカンスをとり、
ちゃんと豊かな生活をしているという。

 もっと身近なデーターもあって、1999年「全国消費実体調査」によると
年収373万の2人以上世帯の耐久財普及率は、
電子レジー92%
エアコンー78%
VTR −71%
自動車 ー73%
だという。
その年の平均世帯年収が760万というから、
この半分以下の年収でこれだけの普及率ならよいとしなくてはというのも肯ける。
発想、見方さえ変えれば、それなりに豊かな生活が可能なのである。

 戦後から右上がりに成長路線の上で生活をしてきた世代が、ここで半分以下の
収入になろうとしているのは事実である。
不安な我々にとっての先行きのレッスンなのかもしれない。

 一部抜粋すると

・「日本に現れるのは新たな階級社会である。それは一般市民が新興の金持ちに
支配され、はい上がることの非常に困難な、安全で安心して暮らせる社会とは、
ほど遠い社会なのである」「1億円を稼ぐサラリーマンが出てくる一方で、
一般サラリーマンの年収の主流は、グローバルスタンダードの300万〜400万円に
まで下がっていくだろう」
・「国民は(このストーリーに気づかずに)金持ち優遇社会への転換という
小泉構造改革を圧倒的に支持しつづけているのだ」

 等々である。
アメリカ型資本主義が正しいとは思わないが、それよりもっと悪いのは、
何でも横並びで皆と同じが良いとする日本の感覚である。
 一佑両,疏箸硲坑広佑良蕕荏箸澆諒向性は変えられない。
この流れが変えられないから、年収300万円に見合う生き方をしろというのも一理ある。

 強者生き残りの生物の原理は情報社会ではしかたがないのだ。
いずれもグローバルの時代は世界的勝ち負けで判断される。
先進国でも300万から400万が平均値であるというから、
10年以内になるのも当たり前なのかもしれない!

・・・・・・・・・
561, ある時間の断片ー6 - 2002年10月26日(土)

             1968年 9月18日

8時10分前に起床、すぐに学校に行く。
夏休みあけ後久しぶりだ。
事務管理を聴講後、石川、奥野など5人と池袋の駅近くの
喫茶ウイーンで話をする。
それぞれが自分の道や将来を模索している姿が自分と
重ねって、独自性が逆に見えて面白い。

その後いったん寮に帰る。
6時半に新宿の紀伊国屋で待ち合わせる。
歌舞伎町のB&Bで飲む。
3人で6000円で高いが気分が高揚をして面白い。

その後三浦というスナックに行く。
以前と変わってないが家庭的雰囲気である。
何とかという以前店で顔見知りの女性と踊る。

ここも面白い、3人で3000円であった。
奥野が気分が悪くなり、急遽自分の部屋で3人で泊まることになる。
私は帰省中の佐々木さんの部屋で泊まる。

           9月19日

翌日も三人で午後の3時までいろいろの事を話をする。
何か今日も予定どうり卒論が書けない。
頭の中に最近熱中して読んだ、精神論の言葉が駆け巡る。
言っていることと、やっていることと違いが大きすぎる。
ファイトファイト、自分の潜在の力よ!!

           9月20日
8時10分前に起床、8時15分に学校に行く。
人事管理の授業後、奥野と兼子と食事、その後図書館で
卒論のまとめをする。

15時にゼミに出席、我々の就職先の説明を
ゼミの全員に報告する。
ゼミ終了後、武澤先生と4年生全員と話し合う。
内容は夏休みのこととか、各々の性格のことを話し合う。

その後近くで食事後、帰寮後再び食事に出る。
そこで寮の先輩で代議士の秘書をしている永田さんと出会う。
唯我独尊の彼独特の考え方があまりに独善的だ。
自分で自分の枠をはめている。それと原因を常に自分以外に
求めているが疑問だ。

寮に帰ると、新橋シノダ寿司の息子でヨーロッパで親しくなった
深井が遊びにくる。一時間ぐらい話し合って帰っていく。
スカイラインのGTだ。何かツマラナソウナ顔をしていた。
不安でたまらない感じだった。

夜半の一時に寝る。

・・・・・・・・・・・
[199] トレード.オフ
               2001/10/26
トレードとは野球のトレードである。
5名トレードすれば、5名首を切らなくてはならない。これがオフである。
ビジネスホテルのもっと合理化できる業態を考えた。カットできるもの、
和室、会議室、ツウィンである。そのぶんシングルの部屋数をとる。
これがトレードオフである。

ホット商品を早くコストカットして、安く、大量に生産、売り抜ける。
その時まずやるのが、トレードオフである。
まずはこれが基本である。

ファッションに10−4−2−1の原理がある。まずシーズン初めに種類を10を
ばら撒き顧客の反応を見てすばやく4に絞る、そして2に最後は1に絞り上げていく。

これも時間を入れたトレードオフと言える。もう20年も前なので、
忘れたが衣料をやっていたとき、冬春夏秋と4シーズンその中に、導入期、最盛期、
仕上期がある。そうすると毎月がどれかにあたる。しかしその年に気候の変動がある。
それを読みながら、10−4−2−1をやっていた。
すこぶる面白いが、目先に捉われる。

自己評価としては5年近く手がけ、100点満点であった。
あまり長くやるとそのドタバタで自己を見失うと判断?丁度いい引き時であった。
しかし面白かった。とくにゲーム化が面白い。
朝礼で予算達成順に並べたり、その日の予算を達成すると、その部門の持ち曲を店内に
流したり、値札に可能な限りの暗号の情報を入れたりした。
仕入れ総量、原価、色別数量、値下げ時期の達成枚数、値札のカラー別による情報化
等々。少し本題からそれたが。

激烈な勝負の世界では、トレード・オフの繰り返しで、より強さを求めなくては
敗者になる。
アメリカのGEは先日のTVで、事業部門のトレード・オフを徹底的に
くりかえしたために、今は超優良企業に変身したと特別報道を放送していた。


934, 成果についてードラッカー

2003年10月25日(土)

 ドラッカーの言葉の中に「成果」という言葉が頻繁に出てくる。
努力そのものでなく、成果をあげることの重要性を説いている。
経営は理屈ではない、結果をいかに出すかだ。
成果能力を問われるのだ。
成果とは長期にわたって業績をもたらし続けることである。
ドラッカーは人生の生き方を経営学を通して教えてくれる。

ーこの成果について、ドラッカーの本より抜粋してみるー

・「成果が自己実現の前提になる」
ー成果をあげる者は、社会にとって不可欠な存在である。
同時に、成果をあげることは、新入社員であろうと中堅社員であろうと、
本人にとって自己実現の前提である。

・「自らの最高のものを引き出す」
ーまず果たすべき責任は、自らのために最高のものを引き出すことである。
人は自らの持つものでしか仕事ができない。
しかも、人に信頼され協力を得るには、自らが最高の成果を
あげていくしかない。

・「成果をあげることは習慣である」
ー成果をあがることは一つの習慣である。
実践的な能力の積み重ねある。
実践的な能力は、習得をすることができる。
それは単純である。あきれるほど単純である。

・「成果をあげるための五つの能力」
ー成果をあがるための実践的な能力は五つある。
第一に、何に自分は時間をとられているかを知り、
 残された時間を体系的に管理をする。
第二に、外部の世界に対する貢献に焦点を合わせる。
第三に、強みを中心にそえる。
第四に、優先順位を決定し、優れた仕事が際立った成果をあげる
 領域に力を集中する。
第五に、成果をあげるように意思決定をする。

・「成果は機会の開拓によって得られる」
ー問題の解決によって得られるものは、通常の状態に戻すことだけである。
せいぜい、成果をあげる能力に対する妨げを取り除くだけである。
成果そのものは、機会の開拓によってのみ得ることができる。

・「アウトプットを中心にそえる」
ー仕事を生産的なものにするには、成果すなわち仕事のアウトプットを
中心に考えなくてはならない。
技能や知識などインプットからスタートしてはならない。
技能、情報、知識は道具にすぎない。

・「成果をあがることは革命」
ー自ら成果をあげるということは、一つの革命である。
前例のないまったくあたらしい種類のことが要求される。
あたかも組織のトップであるように考え、行動することが要求される。

・「努力では習得できない資質とは」
ー習得することができず、もともと持っていなくてはならない資質がある。
他から得ることができず、どうしても身につけていなければならない資質が
ある。才能ではなく真摯である。

・「時間と労力と資源の集中」
ー時間と労力と資源を集中するほど、実際にやれる仕事の数と
種類が多くなる。これこそ、困難な仕事をいくつも行う人の秘訣である。
一時に一つの仕事をする。
その結果、他の人より少ない時間しか必要としない、
成果を上がられない人のほうが多く働いている。

ーー
以上だが、成果をあげるのがマネジメントである。
成果をあげるにはプロセスを踏まなくてはならない。
その為には、仕事いや人生に対して真摯でなくてはと説いている。
学び続けなくてはならないということだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・
560, ある時間の断片 −5  - 2002年10月25日(金)
               1968年ー9月15日

朝7時半に起床、食事の後に東京の寮に帰る支度をする。
裏の家で姉の正子さんと、帰省中の3番目の姉の優子さんと、
甥の宗彦ームーチャンと写真を撮る。

12時5分発の第三佐渡に乗る。いやに長く感じられる4時間だった。
青雲寮につく、懐かしいわが部屋だ。
市川さんが飼っているミケに子猫が2匹生まれていた。

苦手だった先輩の河路さん、欧州行きが延びてまだ寮にいるようだ。
夕食後漫然とTVを見て過ごす。
またマンネリとした寮生活が始まるが、もう残された学生時代の時間はない。
最後はちゃんとして卒業しなくては。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー現在の感想ー
日記を書く習慣を持っていればよかった。
それと写真をもっと多く撮っておけばよかった。

大学を卒業する前年の8月31日から翌年の2月半ばまでに半年間、
気分が高揚としていたのだろう、日記が残っていた。
たまたま6年前に倉庫を整理していたら、その当時の教科書の一番下に
隠すようにあった。

机の引き出しに入れて、読み返している、そして折々に
この随想日記に書いている。一種の躁の状態の自分の気持ちが
そのまま残っている。懐かしい本当に懐かしい!タイムマシンに
乗って当時に帰ったような感がする。

何も変わっていない自分がそのままいるのが奇妙といえば奇妙だ。
社会に出るにあたり不安と希望に揺れているのが懐かしい。
結局私にとって学生時代が人生の縮図であったようだ。
口泡を飛ばして議論をしていた青い時代があった。

・・・・・・・・・・・・
[198] 天の広さ
                 
井の中の蛙,大海の広さ知らず,

この言葉の後の言葉をもじって
‘井の中の蛙大海を知らず!されど天の広さを知る’
この後の「されど天の広さを知る」がいい。世間知らずの学者が考えたか?
「世間知りの、天命知らず」とも考えられる深い味のある言葉だ。

しかし両方でなくては(大海ー世間も天も知らなくては)、
所詮井戸から見た天しか知る事が出来ないのは当然の事だ。
それもこれも全て独り言でしかない、世間ー他人のことは自分の想像で
しかないのだから。

ーーーーーーー
つれずれにー

今更当たり前のことかもしらないが、おかしい!
不況のうえに、このテロから急に何かおかしくなってきたと感じるのは、
客商売をしている為か。

恐ろしいのは、これが序曲ではないかということだ。
全くその日(9月11日)から変わった。かなり多くの人があれーテロをTVで
見ていたことだ。
あまりに劇的過ぎた。アメリカだけでなく、日本も準戦争国になってしまった。
どう考えても簡単に解決はしない問題だ。

新潟駅前の飲食街は9時を過ぎると、ゴーストタウンみたいに人っ子一人歩いてない。
いるのは呼び込みと怪しげな女性だけだ。他人事みたいだがどうなるのだろう?


933, 強みに焦点をあわせよ(集中せよ) ー2

2003年10月24日(金)


 ドラッカーの過去の書物の中から「強み」について、抜粋していた本の項目から
書き写してみた。
この中で印象的な言葉として、「無能を並みの水準にするには、一流を超一流に
するよりも遙かに多くのエネルギーと努力を必要とする」である。
これは人に対しても、自分の中の能力に対してもいえることだ。
自分の不得手を直すより、得意分野に努力を集中すべきということだ。
不得手を直すのは、むしろ害になることもある。
そこに気持ちの集中がいってしまうからだ。
「得手に帆を揚げ」という言葉が日本にもある。
プラス思考にもつながってくる。

 大組織のサラリーマンに嫁いだ姉たちを見ていると、マイナス思考になって
しまっているのが分かる。
まずはマイナスをお互い指摘しあう世界であるからだ。
それがまず必要なこともわかるが、マイナスのカバーに神経を研ぎ減らしている。

ー抜粋ー

・自分の強みはわかりにくい
ー誰もが、自分の強みをよくわかっていると思う。
しかし、たいていは間違っている。
わかっているのは、せいぜい弱みである。

・不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。
ー自分の強みに集中すべきだ。
無能を並みの水準にするには、
一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。

・いまさら自分を変えられない
ー今さら自分を変えようとしてはならない。
うまくいくわけがない。
自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに、力を入れるべきである。

・人と組むかひとりで行うか
ー仕事のやり方として、人と組んだほうがよいか、ひとりのほうよいかを
知らなくてはならない。
組んだほうがよいのであれば、どのように組んだ時によい仕事ができるかを
知らなくてはならない。

・大組織で働くか小組織で働くか
ー知っておくべき大事なことがある。
緊張感や不安があったほうが仕事ができるか、
整備された環境のほうが仕事ができるか。
大きい組織で歯車として働いたほうが仕事ができるか、
小さい組織で大物として働いて方がよい仕事ができるか、
どちらでもよいという者は、あまりいない。

・自らの価値を成果に変える
ー強みを生かす者は、仕事と自己実現を両立させる。
自らの知識が組織の機会となるように働く。
貢献に焦点を合わせることによって、自らの価値を
組織の成果に変える。

・最高のキャリアをつかむ
ー最高のキャリアは、計画して手にできるものではない。
自らの強み、仕事のやり方、価値観を知り、機会をつかむように用意
をしたものが手にする。
なぜなら、自らの得るべきところを知ることによって、たんなる働き者が、
卓越した仕事を行うようになるからである。

・得意なやり方で仕事をせよ
ー仕事上の個性は、仕事につくはるか前に形成されている。
仕事のやり方は、強みと弱みと同じように与件である。
修正できても変更はできない。
ちょうど強みを発揮できる仕事で成果をあがるように、
人は得意なやり方で仕事の成果をあげる。

・・・・・・・・・・・・・

559, ある逸話-外地のガイド - 2002年10月24日(木)

海外の現地の日本人ガイドにはあまりプライバシーを
詳しく聞くなといわれている。
日本で訳ありの経緯できている人が多いという。
イスラエルや南アフリカなど日本人の殆ど行かない所では、
寂しいのだろう、自分で全てを話してくれた。

南アフリカでの話は今でもハッキリと憶えている。
50歳ぐらいの女性であった。
日本の商社に勤めていて、英国人と恋愛結婚して
初めは英国本土に行ったが、平凡な生き方に嫌気をさした旦那の
意向で南アフリカに十数年前にきたという。

ケープタウンに日本人は二十人前後しかいないと言っていた。
日本人同士の付き合いは殆どないとか。
日本人の墓は女性名で一つしかなく、
その墓を見てきたが冷えつく思いだったという。

子供ができた時に子供の名前を日本名にするか、
英国名にするか大モメだったという。
女性の場合、自分が死んだときに生きてきた自分の証明が
残るのは日本名の子供の名前だけになる。
自分という存在が完全消滅してしまうような不安にかられるという。

外人と結婚して外地暮らしは若いうちは良いが、
歳をとった時に辛いと言われているが、自分はそれを知らなかった!
と言っていた。聞いていても身に沁みる話であった。
人生いろいろあるものだ。

10年近く前、ニュージーランドに行った時も70歳近い女の老添乗員が
悲鳴をあげていっていた。
「40数年前に豊かさを求めてこの地に来たが、この地より
日本が遙かに豊かになってしまった。大誤算だった!」
現在は日本も事情が変わり、そうでもないだろうが??!

全ての事は±ゼロである。

・・・・・・・・・・・・・
[196] 本格的チェーン店の出現
                2001/10/24

日本にもやっと国内資本系のチェーン店で本物が出始めてきた。
ユニクロ、家具のニトリ、しまむら、イタリヤ料理のサエゼリア、100円ショップ、
無印良品、全国居酒屋チェーンの一部、そしてーーーー

上記の店は今の日本において本格的なチェーンといっていい。
ホット商品を廉価で提供しているからである。

チェーン理論のコンサルタント渥美俊一が三十年以上前から、口酸っぱく言っていた。
「普段の生活を豊かに!日本の物価は高すぎる。それはチェーンの形態しかできない。」

業態というカタチしか、出来てなかったそれが最近になってやっと出来てきたようだ。
デフレとグローバル化の追い風に乗って。

皮革張りのイタリヤ家具で、皮はイタリア製で木工と製造が韓国製の応接セットがある。
韓国は昔から木工の家具の得意なところ、イタリヤから皮革を輸入して、、
木工と人件費の安さと合わせた韓国製イタリヤ家具が完成する。

実をいうと自宅の家具がそうなのだが、ブランド家具の150万相当の家具が、
30万で買えた。五分の一である、グローバルとはそういうことが可能となる。
100円ショップの原価は27円だそうだ。ほとんどが中国・東南アジア製だ。
100円ショップの凄いところは、300円〜1000円なら要らないが、
100円なら買おうというところに目をつけてところだ。

チェーン店はそれがより可能になる。サエゼリアでもワインなど船一隻丸ごと?運ぶことが
可能となる。イタリヤ料理の材料を直接運ぶことが可能だ。近くの地方スパーの原信の惣菜より
安く、もちろんずっと美味く提供が可能になる。客として不思議にさえ感じる。。
知らない客にとって見えないマジックそのものだ。

マクドナルドはそれを65円ハンバーグで、実現してみせた。
今の海外ツアーと国内ツアーみたいなものだ。
3倍〜5倍の価値の商品が同額だからだ。


932, ある旅行代理店の廃業

2003年10月23日(木)


 ツアー大好き人間として、旅行代理店遍歴を多くしてきた。
初めは日本旅行を母が使っていた因縁と、他の代理店の情報不足の為にブランドに
頼りざるをえなかった。
ところが、民間の安い代理店「新日本トラベル」をつかった姉が
「値段の割りに良かった」という話を聞いて、スペインのツアーに参加してみた。
その添乗員が非常に良かったことも含めて、今までの常識を根底から崩された。
「日本旅行」は、そのブランドを使っているが、旧国鉄感覚の
「お客をお客と思ってない」体質という事に逆に気づいた。
「JTB」と「日本旅行」を使うのはとんでもない間違いである!
親方日の丸が体質から抜けてないのだ。
それは実際、身銭を切る客が一番早く気がつく。

 ところで昨夜、、家に帰ってきたら「世界旅行社」から廃業のお知らせの
葉書が来ていた。
文面をそのまま書き写してみる。
 
   −−−−−
   廃業のお知らせ
   
前略
当社の業務につきましては常々格別のご愛顧をうけたまわり厚くお礼申し上げます。
当社は創業以来、動物、自然、遺跡をテーマにユニークな旅行企画を提供すべく
鋭意努力をしてまいりました。
近年テロ等海外情勢の悪化により旅行業務が低迷する中、なんかと切り抜けて
参りましたのも皆様のお陰と深く感謝しております。
しかしながら誠に勝手ではございますが、この平成15年10月20日をもちまして
旅行業務の取り扱いを終了させて頂くことになりました。
長い間、世界ツーリストをご愛顧頂きまして本当にありがとうございました。
皆様の益々のご発展をお祈りいたしまして失礼させて頂きます。
                           草々
                   
                   世界ツーリスト株式会社
                   代表取締役 浅見真弘
                    銀座ブラジルビル3f
                   
    ・・・・・
   
 この代理店は
「ベネゼイラのテーブルマウンテンとエンゼルフォール」のツアー」と、
「タンザニア」と、
「ケニアのヌーの河渡り」
 に使った。
また会社でも2回使った。
 パンフレットが送ってきた時に、家内がよく潰れないでやっていると心配を
していた会社だ。

 最近は、阪急旅行社や近畿ツーリストなど大手が手をつけてなかった
秘境系の分野に本格的に乗り出してきた。
その上に、アフリカはイスラム教が強い文化圏、どうしても9・11のテロ以来
一般客はさけるようになってきた。
どちらにしても時間の問題であったのだろう。
専門店としては「ワールド旅行社」や「ユーラシア旅行社」とか、
「旅のデザイン旅行社」などがあるが、どうしても値段が高い。

 今は「秘境地区への直行便」が流行になってきている。
乗り換えなしで、値段が2~3割安い秘境系のツアーだ。
お客は殺到するのも当然だ。
チェーン理論でいう、企画発注書の特別商品で、価値の創造商品だ。
私も今年に入り、アラスカとアイスランドと直行便で立て続けに参加をした。
これは大手の代理店しか企画が出来ない。
 その価値を十分感じ取った。
これでは弱小の代理店は消滅するのが当然である。

 何かもの悲しい感じがする。

・・・・・・・・・・・・
558, 仕事と性格形成 - 2002年10月23日(水)


知らないうちに人間の考え方は、自分が実際に携わっている
仕事に影響されているのを最近強く感じる。

私のような大商圏を相手にする仕事の場合、どうしても小商圏を
相手に仕事をする人との考え方が正反対になる。
気が合う相手は大商圏の仕事や、大手相手の事業をしている人だ。

小商圏といえば、お互いの目を気にして「世間様」という考え方を
第一にしなくてはならない。
お付き合いとかの人間関係の中から情報やビジネスチャンスを捉える
事が重要となる。

大商圏を相手にしていると、逆にそれが邪魔になることが多い。
近目と遠目のちがいである。遠視になってしまい近くのことが見えなく
なる、逆に小商圏は近視的視点になってしまう。

この違いの乖離が最近特に大きくなってきている。
最近それを指摘されるが、といって今更変えようとも思わない、
また指摘する人は小商圏相手の仕事をしている人だ。
もっともそのことすら理解できない人だ。
数年前から間隔をおいているが、そうすると大部分の人になって
しまう。最小限の人とのいきちがいは仕方がないと割り切っている。

銀行も政府系や都銀との付き合いに傾く。
人間関係もどうしても地元でない人が多くなる。
地元の人と一切付き合わないで済むから、地元では異様に思われて
いるだろう。
大商圏的生き方として当然の事と受け止めている。

特に父親はこの傾向が強かった、モデルがいるから更にそれで良いと
思ってしまう。
気が付いたら一人というと頑固爺の末路だろうが、その辺の変身は早い。

ある中国出身の作家がいっていた。
「地元で商売をするな、因縁がらみで何も見えなくなる。
他所なら全く関係なく、ビジネスとして割り切れるから。」
全くそのとおりである、ブラックジョーク以下の現象がビジネスで
日常になってしまう。

地方の景気が最近悪いのは、これに近い原因である事はいうまでもない。
情報化でグローバルの時代になってきた為だ。
これからの時代ますます大商圏的生き方の流れになる。
手前勝手か??

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[195] 宗教戦争ー6−
             2001/10/23
 -イスラム原理主義とはー
     ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違い

原理過激派はイスラム教を母体としたカルト教と思えば簡単である。
ややこしいのがイスラムが母体という事である。

モハメッドは一人考えた!「何故アラブ人に偉大なる神がないのか、
預言者がいないからだ。そうだそれを考えている自分が預言者になればいい」
と考えたのだろう。

まずは「コーラン」をユダヤ教の「タルムード」の代わりと考えた。
そんなものだ、宗教とは。

宗教学者ひろさちあ氏が月刊誌に、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違いを解りやすく
書いていた。

ユダヤ教は・・・・「旧約聖書」プラス「タルムード」
キリスト教は・・・「旧約聖書」プラス「新約聖書」
イスラム教は・・・・旧約聖書プラス「コーラン」
   まずベースが旧約聖書である。
三宗教のうち、
・父親的な立場がユダヤ教、その父親から長男のキリスト教が誕生、次男のイスラム教が
 誕生した。
・ユダヤ教では、ーアブラハムが神ヤーヴェと契約を結んだ。
その契約は、人間のほうからは、あなた以外の神と絶対に拝みませんと誓い、その契約に
もとずいて神は人間にあれこれと命令する。その命令が律法だ。したがってユダヤ教は
、本質的にー契約宗教です。

・キリスト教のイエスは「神は我々を愛しているのだ。だから神の奴隷になる必要がない。
我々は自由人だ」と大胆な主張しました。律法に縛られる必要がないと。
本質的にー自由宗教です。

・マホメットはーキリスト教は安息日を守りません。
そういう自由に対しそれはおかしい律法に忠実であるべしとアラブ人向けにつくった。
自由を謳歌して神と律法から離れた長男のキリスト教に対し、もう一度
原理に戻ろうと主張した。
本質的にー原理主義です。

イスラム教にー神の(アラーの)ために戦う「ジハード」と言う概念がある。
もともとモハメッドが異教徒と闘うことー聖戦ーによって確立されたもの。
後世の信徒もそれにならってつねに異教徒と闘い続け、その教えを世界に広げることを
求められた。

その聖典のハデイースは聖戦について、
・たとえ一日でもアラーの道の戦い身を投ずることは、この世とそこにあるものよりより良い
・天国に入ることになる人は、たとえこの地上に何をもっていようと、
 現世に帰ることを望まないが、だだ殉教者だけは別で、彼は神から与えられる恩寵を知っているため、
 現世に戻り,更に10回も殺される事を切に願うのだ

熱心なイスラム教徒は、そのまま本気で信じているのだ。
 要するに殉教;は生より望ましいと思っているのだ。
それが過激派になったのだ。

実際はジハードは日常生活の中で「コーラン」をの原理を全世界に定着することである。
過激派はそれを暴力でと解釈した。


931, 強みに焦点をあわせよ

2003年10月22日(水)

「強みに焦点をあわせる」
経営学者のドラッカーの一番好きな言葉である。
企業にしても人間にしても当てはまることだ。
強者は強みを最大限いかすから強者になり、
弱者は弱みのうえに自己を置くから弱者になるのだ。

 まずは自分の強みとは何かを探さなくてはならない。
過去の中でうまくいった事、埋もれている潜在的な何かを自分で探すしかない。
企業もしかりである。
その強みを活かしていくと、それが違いになってくるのだ。
それを個性というが。
強みを探すとき、「他との違いを探す」方法もある。
違いの中に強みがあることが多い。
弱点に見える中に、強みがある場合もおおい。

一例をあげると、柔道の棟田という重量級にしては、極端に背が低い選手がいる。
彼は外国の背の高い選手に強いのだ。
重心の位置が低い利点を活かして、相手を投げ飛ばす。

 強みを活かし続けると、そこに独自性が生まれてくる。
強みに焦点を合わすと合わさないとでは、時間の中で大きな差が生まれてくる。
ついつい弱点の矯正に気が回って、いつの間にか重心がそこにいってしまう。
弱点を修正することより、強みを活かすことに全力をあげる事だ。
人を使う場合もそうだ。
ついつい弱点に眼がいってしまう。
意識的にその人の強みを探し出して使うことだ。

 私を例にとるとーまた露出だが、
・8人兄姉の末っ子
・両親とも商家の出で商売大好き人間
・私の幼児期は敗戦の真っ只中で、転業の創業期
・末っ子の知恵
・人を内側から多くみている
・負けず嫌い

 これは強みでもあり、弱点にもなる。
少なくとも勤め人より、商売系が向いている。
それも時代の変化に対しての創業系ー転業を活かすのに向いている。

 弱点は自制がきかないで突っ走ってしまう危険がある。
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 557, 基調色-着こなしのコツ  −2 - 2002年10月22日(火)

ある洋服屋だった社長から聞いた話である

ー昔の大金持ちの旦那衆は、目立たない高級呉服を似た柄で何枚も
持っていて毎日着替えていた。
よほどの目が利く人でないと、その違いが判らない。
無頓着にいつも同じ服を着ていると思わせていたという。
チョットした柄の違いのもので、羽織や帯や足袋をかえていた。
そういう粋な着方が本当のお洒落だとかー

基調色を決めておくというのに合い通じる内容だ。

たったこれだけの話の中に多くの教訓が入っている。
シンプル、スタンダード、スペシャリテー、セグメント
のチェーン理論のドライ主義が全て入っている。
一番主義と集中主義である。

目立たないーシンプル、スタンダードー似た柄で、
高価なースペシャリテー、何枚もーセグメントである。
何代も続く家柄という長い時間の中で、体得した知恵なのだろう。

日本も洋服を着るようになって、まだ日が浅い。
着こなしでは当然欧米人に比べ落ちるのは仕方がない。
しかし和服ではチャンと着合わせが出来ていた。

色というと7色が基本となる。
どうしても私などは単色と思いがちだ。
しかし赤一つとっても数千種類もあるという。
理屈からいえば無限のはずだが。
江戸時代はその色の違いを楽しんでいた。
そして自分の好きな赤を決めていたという。

本当にイロイロあるものだ。

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至高体験-1
           2001/10/22
もう10年前に読んだコリン・ウイルソンの‘至高体験’が面白かった。
フロイトは‘性’で、ユングは‘聖’で、アドラーは‘権力’の視点で精神分析を
深めていった。しかし彼ら心理学者は精神症・精神病の患者の医者の立場だ。

これに対して‘非常に健康的な人’の持っている性格的特性とかを調べた。
そしてその共通点を探したところ、普通の人に対して‘至高体験’が多いという事だった。
至高体験とはこれ以上ない感激の極み、絶頂の幸福感をいう。

インドを旅行した時、ツアーで一緒だった女性に「20年前にインドに来たとき、
ハシシー麻薬を吸ったことがある」と言ったので「どういう気分になるのか?」聞いた。
「とにかく楽しくって、笑いが止まらなくなった」とのこと。
しかし薬物は中毒になる。死ぬときの痛め止めの薬物の楽しみに取っておくとよい。

ある姉が嬉しそうな顔をして、「極致の喜びを味わったことがある?」
と数年前か私に聞いた。少し躁鬱の気がある人で、近くにいた義兄がハッとした顔をした。
「まさかオルガニズムの事でも言い出すのでは?」と私もその瞬間思った。

「それでは貴女はあるのか?」と聞いたら、「一度ある」という。
もちろん私がそういう系統ー精神分析とか、心理学が好きということは解らないようだった。
そちら(セックス系)の内容でなかったが、「私は三桁は軽くある」、と答えると
全く信じられない反応であった。「そんな事絶対あるわけはない」という。

「それでは長島が昨年(7〜8年前)セリーグで、10月6日?に大逆転優勝をした時に、
至高体験したのでは。長島は三桁は至高経験をしているのでは?」といった時やっと納得した。

私の場合では、海外旅行で数十回はある。
また事業で一仕事終えた時、緊張感の極めの合間の一瞬の弛緩の時、
あるいは会社の忘年会とかに絶対的幸福感になる。(それだけ盛り上がる)
上げれば限がない。

これはある程度の訓練も必要だ。
会社で昼休みに30分、アルファー波の発生器に‘聴く麻薬の音楽’
(アルファー系音楽)を繋げて、もう10年以上聞いている。(アルバム日記に写真あり)
それを毎日している為か酒を飲んだ時など、直ぐブロックが外れそれに近い状態になる。

少しきわどい内容になるが、コリー・ウイルソンのその本に、「ロシアンルーレットが
その状態になりやすい」と書いてあったことをおもいだした。ピストルに弾一発を入れ、弾そう
を回すやつだ。そして引き金を引く。6分の1で死ぬやつだ。死の緊張感と助かるのを楽しむ。
そして相手と自分が死ぬまでやるやつだ。助かった時の幸福感は至高体験に近いらしい。

家内が不思議そうな顔をして、何人もの友人が「自分を不幸と信じているみたい?」という。
少しは勉強すれば?と思う。生きているそれだけで素晴らしいのに!


930, 自己責任の時代

2003年10月21日(火)


 今日、ある見積もりの結果を見たら、77万円と240万の二つの結果であった。
工事関係は素人が餌食でしかないのだろうか。
当事者が解ってやっているのか、どうかも問題であるが。
 
 今のホテルを創めるとき、客室掃除の下請けの見積もりをとった。
五社から見積りをとったが、最低が月67万で最高が280万。
凄い世界を垣間見た思いをした。

 建設業界は業界そのものが、こういう恐ろしい世界である。
 
 いま道路公団総裁が首を切られそうなり、自民党の癒着の暴露を脅しにして、
情けない醜態を見せている。今までの官僚社会主義世界の暴露と、自民党の
利権汚職構造を露呈してをしてくれるから!、面白いといえば面白い。

 奇麗事で人間信頼の経営などというと、こういう手あいが工事で入り込む。
社員もだが。
ホテルの創業時には二代目の??ビル管理の専務が、二倍の見積もりを
持ってきた。小ばかにしたような面をしていた。
世間様の世界に、だまさて二倍の経費をかけるか、シビアにやるか?
当然後者でやるべきである。
いや前者だというのが、いまだ地方世界でまかり通っている。
地方ー痴呆の崩壊は当分続いて当たり前である。

 いま、マンションをつくらせ、「入居保障の殺し文句」で詐欺に近い商法を
している会社があるが。「つりの計画書」も素人騙しそのものである。
倒産した「ジュエリーをいつでも買い戻すといって販売道具にして倒産した」
詐欺宝石会社より性質が悪い。
「断言してよいのか?」と思われるかもしれないが、事実だから問題はない。
ある人がマンションビル計画の提案に
「入居保障が不可能の場合はどういうケースですか?」の問いに、
「当社が倒産した時」と答えたと言う。
こんな営業保障は、当然行き詰るに決まっている。

 株式の四季報でみると減資をしたり、内容が滅茶苦茶!
月に一度は自宅に営業から電話がかかってくる。
義弟にも電話があるという。
それもしつこく何回もあるという。
ジュエリーの詐欺販売の世界と全く同じである。
これだけもっともらしく広告を出して、よくやるよ!という世界である。
素人に、この手あいを見抜くには限界があるはずである。
 
「マルコー」という会社が以前、違う形で詐欺的商法?でマンション販売をして倒産。
その会社が成長真っ盛りの時に、周囲に「あれは詐欺世界!」と言たが、
誰も「まさか!」という顔をしていた!

・・・・・・・・・・・・・
556, 一秒一円の価値 - 2002年10月21日(月)

[時は金なり]というが、人生という意味でわかり易く考えてみよう。
一秒一円で一生を80年とすると何と25億円になる。
時給1000円のアルバイトとすると、一生で換算すると7億円だ。

時間をお金に置き換えるのはおかしいが、わかり易く考えるに
丁度よい。
高利貸しや銀行はその事を一番知っており、借りる方はその事を一番
解ってない。
海外旅行は大体の目安が一日3〜4万、実質滞在日が4〜5万円
である。

一年を一秒に圧縮すると、一年前が3153万年前になる。
数年前に恐竜がいたことになる。150年前が地球誕生、
400年前がビッグバンになる。

人生を考える時に一日に圧縮して考える事がある。
昼の12時ですでに40歳で、60歳で夕刻の6時である。
そうすると私は17時半あたりになる。このテーマとは関係ない事だ。

製品もグラムあたりで値段を読む事がある。
鉄が安い象徴で、パソコンの半導体が高単価である。

人生で感動の場面は金かプラチナの価値、平凡な日々を
銅か鉛と例えると、可能な限りそういう場面を求めていった方が
よい事になる。

芸術や大自然に可能な限り触れ感動のシャワーを浴びる事だ。

・・・・・・・・・・・・・
[193] まだ生きている!ー漂流
                   2001/10/21
もう古い?話になったが、数ヶ月前に
「33日の漂流の後、奇跡的に助かった漁船の船長」がTVに出ていた。

「スイカが流れてこないかなーとか、おや今日も生きているとか、
なかなか死なないもんだとか、ぼーと考えていた」このような一つづつが
奇跡の原因らしい。

スイカが流れてこないかなーはプラス発想、
なかなか死なないもんだは生に執着しない、
おや今日も生きているのかというは、事故(自己)の客観化、
一人者で、一人船長で、待っている家族もないのも諦念にあったのだろう。

10年位前ののヨットレースの佐野某の漂流記を読んだことを思い出した。
鴎をを捕まえて食べていたらしいが、一種の死の瞬間の倒錯?がすごい。
「乗っているボートごと垂直に数百メートル昇っていった」という。
「それは夢でもない事実としかいえない出来事だった」という。
かれは手記で今でも絶対に事実と信じていると強調していた。

 ユングがそれに似た経験をしている。瞑想をしていてそのまま天に上るくだりである。
インドの上空をどんどん昇っていく、インドの国の地形,青い海,そして地球が
見えたという。それがそのずっと後,宇宙飛行士が見た光景と同じであった。

 中世では人肉を食べた内容が克明に残っていたりした。
子供の時読んだジョン・万次郎を思い出した。


929, 忘れられない「悲しい話」

2003年10月20日(月)

 昨夜は知人の父親が亡くなり、その通夜であった。
87歳の大往生であったが、親の死は傍目で見ているよりずっときつい。
死は直視できない。

 死に関しての悲しい話を書いてみる。
我家の分家は二軒ある。
父が長男で、弟が二人いたためである。
長岡にその一軒がある。
母の7回忌にオバが来てくれた。
86歳で影が薄かったのが印象的であった。
その半年後にあっさり亡くなってしまった。
母の法事で「こういう会に出れるのは最期では」というのが、
もの悲しかった。

 その時の酒席で、「人生で色いろ多くのことがあった!」と言っていた。
その数年前に溺愛していた長男が自死をしていた。
そして、その数年前には近くに嫁いだ長女が癌で亡くなっていた。
そのうえに、長男の葬式を取り仕切っていた長女の亭主も
数ヵ月後に自死してしまった。
その時「自死する気持ちが良くわかる!」といっていたのが気になっていた。
また叔父は40年前に亡くなっていた。
そのことは触れず、ある子供の死のことを打ち明けていた。

「赤ちゃんを病気で死なせてしまった。今の技術では助かっていたのだが、
当時は仕方がなかった。病院から死んだ子供を家に一人で背負って帰るとき、
段々子供が冷たくなって死後硬直をしていくのが背中を通して感じた時は、
本当に悲しかった!」とシミジミ言っていた。

 最後、私にその悲しみを言い残しておきたいのだろうと思った。
聞いているだけで、その時の悲しみが、そのまま直に伝わってくるようだった。
 叔母は天理教の熱心な信者になることで、その苦しみの数々を乗り切った。
最期の最期は、宗教しか人間の苦しみを救うことが出来ないのだろう。

「神はあるかないかでなく、あらねばならない」
という言葉が、こういう話を聞くと納得できる。

・・・・・・・・・・
555, 針と糸 - 2002年10月20日(日)

先日、25年来の知人と酒を飲んだ。
大手の支店長をしていたが、請われて奥さんの実家の
専務に3年前に納まった。地元の中堅の会社である。

義弟が社長で大変だろというと、糸と針の喩えで
自分が糸に割り切ってしまえば問題がないといっていた。

面白く、ずばり本質をついた喩えにいやに納得をした。
社長業を針というのも上手い喩えだ。
時代に対して一点集中で鋭く縫いこむのが社長業だ。
何か耳が痛いが、もっと痛い人が今は多いだろう。

この針と糸の喩えを社長専務の関係だけでなくいくらでも云える。
このテーマ随想日記もそうだ。
テーマが針、それに対しての随想記が糸である。
なかなか良い針が見つからない。
糸なら経験がたっぷりあるから?いくらでも材料はある。

戦略と戦術の関係もそうだし、頭脳と心の関係も、
夫婦の関係もいえるだろう。
夫婦では最近はどっちが針か糸かハッキリしないが。

それを使い分けるのはあくまで主体の自己ある。
最近は布ー服の流行が激しく変わっていくので大変だ。
デザインの選定と工賃も厳しくなっているし、本当!!
・・・・・・・・・・・

[192] 種銭ー2
               
2001/10/20
物覚えのついた4〜5歳のころから、年末の31日にお年玉を姉兄揃って貰った。
それが楽しみだった事を思い出す。

一旦渡しておいて、次の日に全額取り上げられるのだ。
そして貯金通帳に入れられてしまう。高校になるまでそれが続いた。
そして高校に入って暫くすると、なにか株を自分で考えて決めろと言う。
そしてある株を買った。その日から株式のコナーを目を凝らしてみるようになった。

子供のころから、両親に玩具を一回も買って貰った憶えがない。
友達の家に行くと、箱に玩具が一杯入っているのを見て、
信じられなかった事を今でもありありと憶えている。
といってお年玉は自分で稼いだ金でないことも確かだ。

株の上達の本を読んだとき、
「まずは種銭をつくれ、それも強い金でなくてはならない。それは自分が
汗水を流した芯のある金でなくてはならない。そういう金でなくては株で利益は
絶対にあげることは不可能だ」これは事業でも当たり前だ。

しかしこの強い金を創るのが一番大変なのである。
父は子供たちに、我慢をしてまず種銭つくりを教えたかったのだ。
お金に対してシビアなのは、実際のこういう教育があったからだ。
実際のところ、金に対してみるところあまりにも甘い。


928, 介護関係の現状

2003年10月19日(日)

 介護関係の施設や法律を調べ始めて二ヶ月経つ。
一日一日が新鮮な情報が、どんどん入ってくる。
その情報の一つ一つがパズルゲームを解くようだ。

 開発担当のSさんの母親が現在進行中の介護の状態である。
私も亡くなった母親が軽い老人性痴呆症になり、5年間半の介護経験を持って
いる。
この分野には事業チャンスがあるが、立ち上げに時間がかかる上に
法律関係が各省ごとに絡んでいて躊躇する。

 ホテル業に重なるところが多いので、類推が可能なことが利点である。
箱物ー建物と設備とソフトが一体になっている。
そこを一つずつ解きほぐしていけば、意外と簡単なのだろう。
まだまだ全体把握に時間がかかる。

・老齢者専門のアパート・一DKマンション・マンション
・上記の一階に介護業者と食事サービス業者をテナントで入れるもの
・本格的に介護業者を建物の中心に入れて介護を重点にするもの
・3ヶ月までは臨時に介護をするーショートステーのサービスをするもの
・昼だけをみるーデーサービス
・重度の痴呆の老人を収容する特別老人ホーム
などなどである。

 この二ヶ月間、そのタイプの殆どの施設を見てまわってみた。
難しく考えないで簡単に考えないと、頭が混乱してしまう。
ホテルの視点の切口で、参入できるかの見極めがポイントになる。
判断には最低半年から一年近くの情報収集が必要であろう。

 一昨日、柏崎で「結婚式場業者がショートステーに事業転換をする」
という新聞記事を読んで、柏崎の知人の紹介で見てきた。
ブライダルの売り上げが数分の一に激減したため、転業せざるを得なかったようだ。
それでも、決断は素晴らしい。
社長が付きっ切りで説明してくれた。
本格的なもので3億の投資といっていた。
創業社長だから思い切った切り替えが出来たのだろう。

 いろいろ勉強になった。
売り上げの激減に驚いてしまった。
当方の落ち込みなど可愛いものだ。
いま世の中は私の想像を超えた変化が起っていると、この二ヶ月でつくづく
思い知った。
景気の落ち込みと既成の事業の本格的崩壊だ。
 
 捨て身で、狂ったようにリストラー事業構造の転換ーをしないと、
即死をしてしまう事態といってよい。
本気にならなくては生きていけない時代である。
「今更何をいっているのか!」という声が聞こえてきそうだが。

・・・・・・・・・・・・・・・
554, 人生に目的はあるだろか?−2 - 2002年10月19日(土)

ある雑誌に、たまたま数日前に書いた[[人生の目的」について
書いてあった。まさに偶然の一致であった。
京セラの会長の稲盛和夫氏の[[何のために生きるか」
の一文である。
ーー人生の目的とは、心を高めることです。心を純化する。
心を浄化する。人間性を高める。人格を高める。
これが人生の目的です。
波乱万丈の現象に遭遇しながら、その現象に対処しながら、
自分の魂を磨いていくこと。それが人生の目的です。
これを具体的に言い換えると、世のため人のため尽くすことです。
世のため人のため尽くすことが人生の目的と考えてきたが、
心を高めることが、人生の目的であった。

そのために仏教の六波羅蜜の修行をしなくてはならない。
一生懸命に働くことが、利他の心を持つことが、
そのまま人生の目的になるーー

仏教的な人生の目的というところか。
果たしてそうだろうか?奇麗事でしか思えないが。
別に心など磨かなくても、知らずに磨かれているいるものだ。

心の純化などいうことは、汚れているから言いたくなるのではないか。
汚れのない若い乙女に人生の目的など必要ないことになる。
もっとも磨かなければ汚れた小母ちゃんになってしまうか。

今日死ぬ明日死ぬのギリギリの人がこれを読んだら、
そうだそうだといわない筈だ。
戦争で逃げ回っている人もそうだ。
「なにを甘ったるい事を言っていやがる」と思うであろう。

苦しい時に心の修行と思えるのは素晴らしいが。
けっして心の純化だけが目的でないはずだ。

[191] 種銭  
                2001/10/19
事業を興そうとした時、まず問題になるのが事業資金である。
俗に言う種銭である!これが硬くないと芯にならない。

資金の芯が甘くなると、事業そのものが甘くなる。
二代目とか婿養子が事業で失敗するのが、それが解ってないケースが多い。

松下幸之助しても、中内功も出発点でそれなりに財産があった。
全くなかったのは私がしっている範囲では、山種証券を興した山崎種三と、
国際興業を興した小佐野賢治と、ニュー大谷の大谷某ぐらいだ。

そのくらい種銭をつくるのが大変で時間がかかる。
20歳の頃読んだ山崎種三の自伝がおもしろかった。

「米屋小僧をしていた時、鼠を捕まえて警察に持っていくと僅かな報奨金が
もらえた。米屋なのでいくらでも鼠がいる、毎日鼠とりで捕まえ警察に持って行った。
親方の許可を得て、その金でヒヨコを買った。落ちている米をヒヨコにやり育て、
鶏から卵をとって、それを金に変えこつこつ貯めた。それを元手で成長しそうな株を買った。
そうしてそれを拡大して株師になり株の取引会社までつくった」

それをよんだ時、ハッとした。
父親が恐らくその話を知っていたのではと思ったからだ。


927, 「楽しく生きるには」−読書日記

2003年10月18日(土)

 学生時代の日記帳を見ていて気がついたことは、「人生楽しく」をそのまま実行
していたことだ。その点では今と変わりはない。
 よく読むと、議論をしているか、本を読んでいるか、遊んでいるか、
酒を飲んでいるかだ。これは遊びのセンスと個人主義に関係しているようにも思える。
遊びと勉強の重要性が、この日記の中から読み取ることが出来る。
遊んでいなくては精神のバランスを保つことが出来なかった。
今の楽しい気持ちとは違うようだ。
不安と期待と焦りが大きく背後にあった。

「楽しく生きるは」は誰にとっても、生きるうえで大きなキーワードだろう。
それでは、如何したらそれが出来るかを書いた本があるかというとほとんどない。
小さな既成概念に縛られて、その縄の存在すら気がつかずにストレスになる。
そして中年になって大きな挫折感を味わうのだ。
 
 楽しく生きるといっても、「絶望や諦めの中で孤独に向き合い、真の
自分の求めているものを見つけ出し、それを追求するプロセルを楽しむこと」
をいっているのだ。
ーインターネットで「楽しく生きる」と検索をしたら、何冊かあったうちの一冊が
詳細に書いてあった。
詳細に書いてあったから逆に取り上げたといってよい。
これまで何回も、これに近いことを書いてきた。
 ーーーーーーーーーー
・書名 / 「楽しく生きるのに努力はいらない 」
  副題 / 元気がわき出る50のヒント
  著者 / 池田清彦

・書名 / 「楽しく生きる」
 副題 / 私には「会いたいもう一人の自分」がいる
  著者 / 高橋和巳
があった。
 
 さっそく図書館でー「楽しく生きる」高橋和巳ーを借りてきた。
この内容は後で読書日記で書くつもりである。
「楽しく生きるのに努力はいらない 」 池田清彦はインターネットで、
詳細を惜しげもなく紹介をしていた。
 
 私には個人主義の勧めと受け取れたが。
自分を構造的にとらえて、前向きに生きろということか。
以下はそのコピーである。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
書 名 / 楽しく生きるのに努力はいらない
  副 題 / 元気がわき出る50のヒント

  著 者 / 池田清彦
  出版社 / サンマーク出版
  定 価 / 1300円(税別) 
  会員価格 / 1235円(税別) 
  形 式 /
---------------------------------------
著 者 プ ロ フ ィ ー ル
池田 清彦(いけだ きよひこ)
 一九四七年東京に生まれる。現在山梨大学教育人間科学部教授。
日本における構造主義生物学の理論家のひとりである。
『正しく生きるとはどういうことか』(新潮社)、
『分類という思想』(新潮選書)、『構造主義生物学とは何か』(海鳴社)、
『科学は錯覚である』(洋泉社)、
『さよならダーウィニズム』(講談社)、
『虫の思想誌』『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)、
『科学とオカルト』(PHP新書)ほか著書多数。

ー解         説 ー
 
 あなたの人生はあなたのもの。だから、あなたが決断し、あなたが納得すれば、
それが正しい生き方なのです。人には楽しくないことをしない自由があるのです。
「人には愛する権利はあるけれど、愛される権利はない」「道徳に従うも従わない
も、あなたの勝手」「アホな社会をあてにしないで生きる」など、一見毒のある発
言の中に、楽しく生きる50のヒントを小気味よく提示します。

ー目         次 ー
 はじめにまず、知ってほしいこと

第一部 気ままに、かつ「上品」に生きる

 1 道徳に従うも従わないも、あなたの勝手
  人は他人をバカにする権利、他人を愛する権利などをもっているが、他人にバ
 カにされない権利とか、他人に愛される権利とかはない。
 
 2 親切にされたからといって、感謝するいわれはない
  遅刻した人を待つのは自由だが、その相手に対して怒るのはお門違いだ。遅刻
した人も、相手が待っていると期待するのはいけない。
 
 3 臓器移植は下品である
  人の命は何より大事である、というセンチメントは医療資本に利用されるだけ。
  あなたが死でもかわりはいくらでもいるんだよ。
 
 4 あなたの命はあなたのものではない
あなたの命はあなたが働いてつくったわけでも、自分のお金で買ったわけでも
ない。だから、あなたが勝手に処分してはいけない。
 
 5 アホな社会をあてにしないで生きる
重要なのは、あなたが最もこころ楽しく生きることである。国家も法律も会社
も学校も、そのための道具にすぎず、道具は利用すべきもの。
 
 6 昔の考えに見切りをつける
  夫であれ、妻であれ、職であれ、見切る時には見切らなければならない。それ
があなたの将来を左右するといっていい。
 
 7 人は中途半端に生きて、それでよい新しいことを始めようと思ったら、
  思い立ったその時に始めたほうがよい。何も知らなくとも、何も準備して
  いなくともよいのだ。
 
 8 援助交際はいけないことか
  「援交でも売春でも、したいやつはすればいいじゃん。それはその子の勝手じ
ゃん」というのが、まっとうな女子中高生の正しい答えである。
 
 9 恋愛というゲームで、よいプレーヤーとなるには
  死ぬほど相手が好きだからといっても、そのことによっていかなる権利も発生
しない。ふられても相手をうらむ筋合いはまったくない。
 
 10 セックスは運動である
  あらゆるゲームやスポーツと同じように、セックスにおいても大事なのは果敢
  な判断と見切りである。
 
 11 楽しく生きられるのが、一番重要な才能である
  才能がなさそうなのに、楽しそうに生きている人がいる。世界の見方をちょっ
と変えれば、あなたも人生を楽しめるだろう。
 
 12 美人になれば本当に楽しいのか
  美人も不美人も人生を通して見れば、幸福の程度はさして変わらないかもしれ
ない。そう考えるのが楽しく生きるコツである。
 
 13 天才でなかったことを喜ぼう
  天才には凡人に想像のつかない悩みがあるのかもしれない。その間、あなたは
ノホホンとして人生を楽しむことができるのだから。
 
 14 結婚のメリット、デメリット
  結婚は法的な制度であり、場合によっては足枷(あしかせ)になり、場合によ
っては保護になる。あなたがどちらをより多く望むかで結婚を決めよう。

 15 切なくも苦しい、しかし楽しい不倫の醍醐味
  不倫するのはアホだ、不道徳だ、淫乱(いんらん)だと非難する人は、人間が
わかっていない。不倫は奥の深い文化なのであろう。
 
 16 非日常の楽しみはエクスタシー
  人は脳で快感を感じる生物であり、非日常の楽しみによって生み出されるエク
スタシーは一種の中毒症状を引き起こすのであろう。
 
 17 嫉妬するのは楽しく生きるための出発点
  人はかないそうな欲望にのみ嫉妬する。だから、嫉妬を努力に転化して頑張れ
ばかなうかも。ダメなら、見切りをつけてあきらめる。
 
 18 人生に目的など本当はない
  ボーッとしていることが楽しい人は、ボーッしていればよい。本人が楽しけれ
ばそれでよく、趣味に高尚もヘチマもあるもんか。

 19 検診を受けてオロオロするのは愚の骨頂である
  人間は生きている限り、必ず病気になる。ガン検診を受けるくらいなら、酒を
飲んで遊んでいたほうがよほどましであろう。
 
 20 人は死んではじめて一人前
  人生はいつか死ぬから楽しいのであって、永遠に死なないというのは石ころと
同じで、そもそも生きていることにすらならない。

 21 その日暮らしの快楽があるから、老人は楽しい
  息子の嫁に文句言われても、ヘラヘラ笑い、無一文になった時にピッタリ死ぬ
のが、正しい老人の生き方である。
 
 22 年寄りには、もはや未来がない
  ムチャクチャなことをして死んでしまっても別にどうということもないのであ
る。そう考えれば、年寄りも楽しいかもしれない。

 23 生きがいは、他人に依存しないほうが長続きする
  生きがいが仕事そのものでも、仕事の結果出世することでもいいが、ただひた
すら努力することが生きがいというのは感心しない。
 
 24 人生孤独なのはお互いさまである
人とのつき合いで‘ふり’をすることは大切だ。決して不まじめではない。
‘ふり’をしているうちにだんだん本気になっていく。
 
 25 裏切られるのも人生の楽しみの一つ
  裏切られることがあるのは、あらかじめ覚悟しておいたほうがよい。そうして
おけば、いざ裏切られた時のうろたえ方が違う。

第二部 1プラス1で、2以上になりたい

 26 配偶者は赤の他人である
  親や子はとりかえることができないが、配偶者はいざとなったらとりかえ可能。
  しかし、できればそうならないよう努力しよう。

 27 結婚とは、1プラス1を2以上にしようという契約
  片方だけが一以上を満喫しているなら、不満は口に出すこと。とり合わないな
ら、すみやかに三下り半をたたきつけよう。

 28 浮気そのものは本人の自由だが、契約違反ではある
  しかし、その夫婦が幸せなら、横から口を出すのはヤボの極みというより、犯
罪に近いおせっかいだ。浮気はリスクがあるから楽しいのだ。
 
 29 離婚した相手とつき合うのもステキである
  ともにシングルで自立している。自助努力、自己責任にふさわしい愛のカタチ
の一つではないか。家庭内離婚状態よりはずっといい。
 
 30 赤ちゃんの時はただひたすらかわいがる
  一般的に、人は他人に愛される権利はないけれど、赤ちゃんだけは親に徹底的
に愛される権利があるのだと思う。
 
 31 子供をおもちゃにしていると、必ずしっぺ返しがくる
  あなたの夢を子供に託すな。子供のためという大義名分をふりかざしても、子
供はこころの底であなたを冷ややかに見ているぞ。

 32 あなたの子供は社会の中のワン・オブ・ゼムである
  「赤ちゃんが乗ってます」というステッカーを車にはっているバカ親がいるが
、乗っていようがいまいが他人には何の関係もないんだよ。
 
 33 学校は勉強を教えるところ以上でも以下でもない
  勘違いしている人も多いが、お仕着せの道徳教育をするところではない。そん
な学校なら行かないほうがましというもの。

 34 自立しようとする子供に対し、親は口出しするな
  子供が不良とつき合っていようと、おかしな異性と結婚したがっていようと、
親がやきもきしてもどうにもならないのである。
 
 35 親が財産をどう使おうと、親の勝手である
  親の遺産などというのは元来あてにしてはいけないものだ。それはたなぼた所
得だ。親の心配するふりをして、遺産を心配するな。
 
 36 片親が再婚、あるいは同居を望んだら
  いい年をしていまさら結婚なんて、子供としてはずかしい、といったおためご
かしの意見を言うやつは、馬にけられて死んだほうがよい。

  37 老いた親を見るのは切ないけれど……
  実の親だろうと義理の親だろうと、頭にきたらケンカしていいし、口をきかな
くともいい。ただ、弱ってきたらそれなりの対処は必要だ。
 
 38 寝たきり老人やボケ老人の奴隷になるな
  あんまりわがままを言うようなら、時には死なない程度にけとばしたっていい
のである。生活を破綻させない範囲でめんどうを見よう。

 39 兄弟とは淡々とつき合えばよい
  つれ合いや子供の自慢とかは、あまり度がすぎないほうがいい。金の貸し借り
はご法度。親の問題についてはあいまいにしない。

 40 孫に遊んでほしければ、努力をしよう
  孫はジイサン、バアサンと遊ばなくても楽しいことはいっぱいある。血がつな
がっているからといって、孫がなつくことは絶対ないよ。
 
 41 孫が祖父母とつき合うのはボランティアである
  祖父母の昔話は我慢して聞こう。きげんをよくしておこづかいをくれるかも。
なかなか健全な援助交際ではないか。
 42 愛するということは、他人に迷惑をかけるということ
  お互い求めるものははっきりさせよう。相手に何も求めないといった無償の愛
は、ストーカーと同じ自分勝手な思い込みにすぎない。

 43 恋愛でやけどしないための二番目に賢い方法とは
  それは、きっぱりときれいに別れられること。一番目の方法は、最初から恋愛
などしないことですね。
 
 44 人はなぜストーカーになるのか
  かけがえのない私がここにいると錯覚し、相手がわかってくれないと、パニッ
クになる。国のおせっかい教育がこうした人種を増やす。
 
 45 セクハラする人、される人
  セクハラを強要するほうはもちろん卑怯(ひきょう)だが、受けるほうもアホ
である。あとから騒ぐのは騒ぐほうが卑怯である。

 46 みんなで楽しく遊ぶ必要なんて、どこにある?
  好きでもないやつと楽しくつき合おうという建て前が、いじめや‘しかと’
  を 生み出している。友人は数でなく質なんだよ。
 
 47 君子の交わりは淡きこと水のごとし
友人が常にあなたを助けてくれるわけではないし、あなたが常に友人を助けて
やれるとも限らない、ということは認識しておこう。
 
 48 陰口を言われたら、まず相手をほめる
  それでも相手がやめなければ、激しく怒る。怒るのも健康の秘訣だ。最悪なの
はじっと耐えてウジウジすること。これはやめよう。
 
 49 人生は短い。無能な上司とつき合うヒマはない
  仕事の本質以外のところで怒るのが、無能の上司たるゆえん。おだてて動かす
のもいいし、ケンカしてもいい。我慢だけはするな。
 
 50 無能な部下と有能な部下、どっちがほしい?
  無能な部下を使いこなすのが有能な上司。有能な部下を優秀であると認める度
量があるのも有能な上司。つらいけどね。

より詳細は「分類・引き出し」のコーナーの「読書日記」に書いてあります。
ー文字数制限でここまでです。
・・・・・・・・・・・・



553, 基調色 - 2002年10月18日(金)



私に着こなしの事を語る資格はない。
しかし、実質的合理的な着方なら話せる。

背広やブレザーは自分の基調色を決めておく。
背広は細かいストライブの濃紺である。
ブレザーは茶か紺で今は紺だけだ。

背広は7~8年前から、同じに見えるものにしている。
古くなってきたら上下を換えても第三者には解らない。
実際は換えてきたことはないが,昨年は同じ背広を2着買った。

カジュアルのジャンパーやセーターも黒か紺に決めている、
白やネズ色とも合わせられるからだ。

海外旅行ではあまりみっともない着合わせはできない。
ある程度はチャンとした服装でなくてはならない。
欧米人は白と黒を基調にして、あまり派手な色は着てない。

パーテーや外食の時は着飾っているが、昼のカジュアルは質素で
シンプルである。日本人の団体をみると、チンドン屋の集団だ。

自分の基調色の必要性に気づくのに30数年かかった。
基調色を決めておけば、靴下やネクタイや鞄も色を絞るれる。

若いうちは何でも似合うからよいが。
歳を重ねたら、みっともない格好だけは避けたい。
それが色の組み合わせで出てしまう。

最近気がついたが、ネクタイと靴下の色の組み合わせが
重要とのことだ。濃紺なら黒でよいと思っていたが、
ネクタイの色に合わせてもよい。

ネズの靴下を葬式やお歳暮などで貰って履いていたが、
ネクタイを知らないうちにネズの入ってものにしていた。
これは無意識であった。

おしゃれとは本来自分の欠点をカバーするのが目的という。
若い時は長所を引き出すと良い。

[182] 偽悪
                 2001・10・18

この言葉を聴いたとき、‘へーえこんな言葉もあるんだ!’と驚いた。
また言葉のもつ深さと魅力もその時感じた。しかしその時はそれ以上深く考えなかった。
そこでその意味を考えてみた。
この言葉から考えられる言葉は露悪、偽善、露善というところか。
善悪はそれぞれの価値のプラスマイナスの表現でしかない。

偽善もしかり、うけるイメージはその価値観のプラスを演じること、いや実際は
マイナスだがプラスに表面を見せておこうという時に使う。
偽悪はその対極にある場合に使う。

その価値観に捉われないために、むしろマイナスを演じる事をいう。
それを意識して演じて、その価値観がいかにつまらない事をジェスチャーして見せる為にする行為か。


926, 180円ラーメン

2003年10月17日(金)


 新潟市内で目についた180円ラーメン店に入ってみた。
180円のラーメンと、色いろなトッピングを付けたラーメンと、
餃子とチャーハンのセットがメニューの基本であった。
ー何処のラーメン屋もそうだが。

 特別美味いわけでもないし、といって不味いわけでもない。
ただちょっと食欲の無いときや昼飯に食べるのに丁度良い店である。
近所にあって欲しい店でもある。
ポイントは何といっても値段の安さである。
美味しさの追求が今までのラーメン屋の課題であった。
しかし気楽に食べられる値段に対しての盲点が出来ていた。
不味くもない廉いラーメンを腹を足すだけの目的で食べたい時の方が
実際のところ多い。

 現在ラーメンは500円が相場である。それが3分の1である。
いま価格破壊の波にさらされてなかったのがラーメン屋である。
このラーメン店をBSTVで一ヶ月前に紹介していたのを見たことがあった。
関西系で「ラーメン一番」という名前である。

要約をすると
・目標は1千〜千四百店。
・ラーメンのマクドナルドをモデルにしている。
・この値段で提供しようとしたら、徹底的な機械化と大量出店が必要。
・「金鉱を掘り当てたようなもの」との社長のコメント。
 全国は無店地帯
等々であった。

 そういえば何処かの讃岐うどんの店の関係者が「100円」の讃岐うどんを
メニューに目玉商品として取り入れたら、20佑稜笋蠑紊殴▲奪廚砲覆辰燭
話していた。このラーメン屋があちこちに出来たら一般消費者は既存のラーメン
の値段に疑問を持ち始めるだろう!

 いま新規に開店する店は、スーパーセンターやドラックストアー
など価格破壊の店ばかりである。
・・・・・・・・・・・・

552, 人生に目的はあるのだろうか? - 2002年10月17日(木)

この年になると人生の仮決算期に入ってくる。
「自分の人生はハタシテこれでよかったのだろうか?」
「人生に意味などがあるのだろうか?
 有るとすればなんだろうか?」

そういう話が最近面白くなってきた。
人生の目的とは漠然と考えてみるとー

・真にしたい事を見出して一生をかけてやりとおす事。
・そして全エネルギーをかけ一瞬一瞬を生き抜く。
・家庭をつくり、子供を育てあげるなど基本的な人生を生き抜くこと?
・誰かが困っている事を事業やボランテアを通して救うこと。
・歓喜を何度か経験して「この生を受けて本当に良かった!」
 と全身で感じ取ること。
・死ぬ時、本当に良い人生を過ごせたと思える生き方。

意味ある人生とは、こういうこと??
知ること、行動する事、創ること、そして愛すること??

これが絶対だというものは無いだろう。
一番良くないのは、人生を生きてきて最後に後悔すること?
倒産や挫折で最後に号泣すること?
それも人生である。

飯喰て、糞して、ただ死ねばよいか!!
意味などクドクド考えるな!この馬鹿!
所詮は自己正当化か!?

これが落ち!
いや違う??

・・・・・・・・・・
[189] ツアーのプラスとマイナス
                  2001/10/17
ーマイナス面ー

・添乗員、エージェンシーの意図のまま、飛行場に集まり、そのまま機上
 のひととなる。

・そのうち外国の街に着く。そこに当地のガイドが待っており、そのグループは
 外国のエージェンシーのガイドにわたされる。
 そしてお膳立てされたホテルにバスで行く。

・翌日から予定表どおり、市内観光に博物館に繁華街に公園へとぞろぞろと行列。

・ホテルでお仕着せの食事をして、そして飛行場まで無事送ってもらい
 成田に帰ってくる。
 
 「ツアーで旅行する人は主体も無いし、知性もなにも感じられない」
あるもの書きの本の冒頭に書いてあった内容であった。
その人は自称ー知性の塊と自認している人である。
慶応の大学院を出て、ケンブリッジの客員教授をしていたそうだ。
日本の一応知性人と自認しているらしい。
ツアーをほとんどしたことがないと思われる。
時間をまとまって取れる立場にいるから、それぞれの立場が理解できない。

ープラス面ー    

・10数年前よりツアーの利用の仕方が全く変わった、進化したのだ。
 ツアーでなくてはできない事、行けないところに行くように変化した。

・使い分けをするようになった。
 添乗員なしで当地のガイドと空港で会い、そして翌日から手配どうりに
 動くパッケージもある。

・アフリカのサファリキャンプは普通の人はツアーでしか危険でいけない。
 ナイロビなどは単独では、数十回の旅行をしていても危険である。
 こういうところは4〜5名でも全く知らないもの同士でサファリができるのだ。
 外国に行ったことがない人でも、ケニアでキャンプができるのである。

・考えられないほど安い金額で内容は詰まっているのである。

・環境からいって一般の人は2週間が、日本から離れられる限度だ。
 その中に如何に安く、価値ある商品パッケージを出せるかが、
 エジェンシーの役割になっている。

 私はツアーが大好きだ。
 ある目的地に行きたいという主旨のもと、全国からあらゆる人が集まる。
 そしてその縁のもと一緒に時を共有し、また別れていくのがよいのだ。

 個人では絶対に行けない、かつ行く気もしない地に、同じ思いの人と行けるからだ。
 一日あたりの旅費をみると、国内旅行と大して変わらない。


925, 「おん宿かわせみ」

2003年10月16日(木)

  

 ホテルのフロントにたっていると、色いろな人生垣間見みれるという
一宿一飯のサービスと部屋貸しの商売である。
色いろな人が泊まっているのは当然である。
7割がリピータで、何らかのカタチでその人の事情が見えている。

 年に2~3回は、当ホテルの通報で犯罪者が逮捕される。
フロント内に指名手配の写真が数枚張ってあるのだ。
その功績で表彰状と金一封ー5千円を貰ったことがある。

 一月ほど前は広島の詐欺師で、通報をしたら7~8人の刑事が来て連行
していった。
ホテルからの通報ということを知らさない為か、違う捜査で
各部屋を調べているように装って、偶然みつけたようにしていた。
お礼で3千円ほどのケーキを貰ったが。
 
 ロシア人を捕まえようとしたら、一瞬の差で窓から逃走してしまった
こともあった。
大体が、通報があった場合、外に出てくるのを待って逮捕する。
こういう時代のため、最近は得体の知れない人が10人前後はいる。
どう見ても泥棒としか思えない人もいるという。
あまり派手なたちまわりはない。
誰もそうだが、自分の居場所では大人しくしているものである。

 三日前には、5月2日より長期で泊まっていた老人が部屋で亡くなっていた。
偽名で泊まっていたが、警察が所持品で調べたら身元が分ったという。
家出をしていたらしく、親戚が三人駆けつけてきた。
最近になり身体全体が浮腫みはじめていて、コンビニに一日一度出かける
のも大変そうだったという。
推測するには、癌か何かの宣告を受けて死を覚悟で家出をしたのではと?
どういう気持ちで泊まっていたのだろうか。

 死は直視することはできない!
・・・・・・・・・・

551,「エッ、嘘だろう !!」−2  
                - 2002年10月16日(水)

 本当かいな???「ビジネス客数56邑此!」
「観光白書」の宿泊数の激減の実体をみて驚いた。

2001年度の国内宿泊は前年に比べて、「マイナス17諭廖
その中のビジネス宿泊は何と「マイナス56諭廚箸いΑ

 ビジネスの宿泊が、一昨年の1億5700万人から6800万人に激減、
正しく壊滅と言ってよいだろう。
今年度も減少が続いている。そうすると3分の1以下である。
現場からは、「この数年背広を着たお客が激減をしており、
数分の1以下」という話しを聞いていたが、白書で実際の数字を聞いて
現場の話しが裏づけられた。

 その代わり関東圏を中心とした建設関係の現場の作業員の小団体や、
得体の知れないセールスグループが多く泊まっているという。
新潟市内は現在のところ再開発やSCの工事が多い。
下請けは今や地元より全国レベルで集めてくる。
その団体が泊まってくれるのだ。今や作業現場では泊まらない。

 当方は勝ち組みで、昨年は2佑慮困悩僂鵑澄
しかし全国的の実際の数字は、マイナス56佑寮こΔ任△辰拭
チホウ銀行の態度が全く変わったのは、あくまでもその一員と
見た為であった。
その不自然の態度が昨日の情報でやっと解った「なるほど!!!」

 日本の経済が壊滅の状態というのも決してオーバーの表現でない。
負け組みなら前年比マイナス70~80邑困寮こΔ世蹐Α

 こういう情報はマスコミには載らない。
戦略の一つにコスト力が最大の課題になっている。
当社の強さはコスト力である。
こうなった時に強さを発揮できるのが救いである。

 今日のテーマ「エー、嘘だろう?」が
これから多く出てくるのではないか?




・・・・・・・・・・
[188] コロー         2001/10/16

 犬ー子供のころのペットは懐かしい。
猫がいて猿がいて、犬のコロがいた。

 初代コロである。
白と茶と黒の混ざった雑種のムクイヌみたいな犬であった。
一番のおもちゃと同時に友達みたいであった。初めて出会ったころは私の
6歳の頃か。
少し頭が悪く、人がいい?ところがあった、当時は放し飼いで、
時たま行方不明になったりした。近くの高砂園というお茶屋の犬がライバルで、
喧嘩ばかりしていた。家族にも従業員にもお客にも、愛されていた。
最後は病気で死んだが、ペットといえば一番印象に残っているのがこのコロで
ある。

 次のコロは、長岡駅駅裏に10歳の頃住んでた時、前の家主の飼っていた犬であった。九州に引っ越した為、そのまま飼っていた。
細い茶色の猟犬のメス犬で、家付きの犬のせいか陰のある犬であった。
猟犬のため鼠をよく獲っていた。この犬はよく子供を産んでいたが、捨てにいった後一晩中啼いていたのを思い出す。4年後に交通事故で死んだ。

 よくしたもので、その直後小さな柴犬が紛れ込んできた。恐らく逃げ出したのだろうが、愛想ががよくそのまま居つき、10数年後行方不明になった。
学生時代、夏休み等の長期休暇の暇つぶしに、石灯籠に飛び乗る芸当を
教え込んだ。
その犬を散歩に連れて行ったら、橋の欄干に自分で飛び乗った。そのまま彼女の芸になった。

 結婚後は家内がペットが嫌いで飼ってない。


924, アイスランド旅行記ー4

2003年10月15日(水)


  ーつれづれに雑記

・ツアー仲間の話は書いていて面白い反面、物悲しいことが多い。
今回は同じバスではなかったが、痴呆症?の65歳位の女性の話である。
アイスランド最終日に初めて気がついてのだが、そのバスの同行者数人が
面倒を見ていることに気がついたのだ。
それから注意してみていると、全ておかしいのだ。
目が虚ろ、いつも誰かに質問をしているのだが、その結果が違うことをしている。
羽田に着いて、モノレールに乗る時も質問をしながら、結果として違う行為を
していた。まあ人生そのものだが。
帰りの列車で、独り考えてみたら凄い人であったということだ。
軽い痴呆症の人?が独りツアーに参加をして、ちゃんと帰っていったのだ。
決して軽蔑をして言っているのではない!
意志があれば何事も可能ということである。
そこに、その人の人生が全て現れているのだ。

 前回の添乗員がある話をしてくれた。
車椅子の人を家族の人が連れてきて、たった一言「お願いします!」といって、
逃げるようにして帰っていったという。結果としてツアー仲間が最後まで全員
協力しあって無事帰ってきたという。
痴呆症のオバアチャンもあったという。これも全員が最後までみたという。
今回は隣のバスで明らかに同じケースであった?!。
 
・色いろツアーに参加したが、添乗員の面白い人に出会う。
「ヌーの河渡り」の添乗員が、自分がホモと酒を飲んで告白したハプニングが
 あったり、元大手銀行員の経歴の持ち主であったり。
 今回の添乗員が飛びっきり面白い人であった。
 若い女性なのだが、お嬢様なのか、ただバカなのか?
 全て自分のレンズを通してクドクド説明をして話すのだ。
 お客は親位の年齢で、こういうツアーに参加しているレベル。
 何でも解っている相手ということが解らないらしい。
 まず結論を言って、その結論に沿って、その説明をするのが添乗員の当たり前の
 世界と思っていたが、初めから最後までその逆をしているのだ。
 全員がイライラしているのが解る。
 そして全て自分本位を、そのままお客に知らずに出してしまっているのだ。
  しかし良い点もある。「何々でございまーす!」と最後に歌うように鼻声を
 はりあげるのだ。そしていつも現地ガイドと大声で笑って話しているのだ。
 イライラもその声で、ガックリして怒りを忘れてしまう。
 まあしようがないかという諦めを押し付けてしまうのだ。
 これはノウハウであろう。
 
 旅行は普段会えない人に会えるのがよい。

・・・・・・・・・・
550, ビールの飲み方
            - 2002年10月15日(火)

ベトナムに行った時の話だが、朝から晩まで中華系料理。
昼飯も、どうしてもビールが必要になる。
一本なら良いが、異常な暑さの為どうしても二本飲みたくなる。
もちろん350mlだが、脂系の食事のため二本を飲むと
腹の心配になる。

そこで考えたのが、コップに一口分(5分の1)
をついで、ゆっくり味わって飲む事だった。
それが美味しいのだ。少ないビールを味わって飲んだからだ。
その後は全くその事を忘れていた。

先日、図書館で池波正太郎の「男の作法」という随筆集を借りた。
その中でビールの飲み方が書いてあった。
「一口づつ、その都度ついでイッキに飲むこと」
なるほどと納得をした。それと酒飲みの底の深さを改めて知った。

私の場合はそれさえもユックリと飲む事だが。
量の制限がない時も、少量を一気に飲むのも悪くない。
その都度接ぐのが面倒だが、そこを習慣をしてしまえばいい。
ケチクサク見えるだろうが,美味く粋にのむ為だ。

日本酒をお猪口をひっくり返して底についで飲むのが安くて酔うのは
知っていたが。

[187] 強い人    
             2001/10/15
 私の周辺に非常に強い人がいる。
何を持って強いのかと難しいことは横において、
そういう人を観察してみると、10歳位までに両親の愛情をたっぷり注がれている。
逆に弱い人はその時期、両親の不和とかで愛情が中途半端な人が多い。

 精神の柱が愛情で出来ているのではと思われる。
そういう人は、明るい、暖かい、さっぱりしているが反面,我侭だ。
人生の何かを教えられる。

 そこで自身は如何であろうか。
少なくとも10歳までは、多くの人にたっぷりそそがれたことに氣づいた。
両親からはベタベタしたそれでなく、間接的な絹木綿的な感覚の愛情であったようだ。
やはり直接しっかりとじかに愛情を受けた人は違う。

 愛情のなかで親の愛情ほど、強いものはない。一番の自我愛だからだろう。
だからその子は我侭になってしまうのだろう。
子供にとって両親の不和ほど不幸の事はない。
子供に対しては絶対愛と夫婦愛の両輪が必要という事か。


923, アイスランド旅行記ー3

2003年10月14日(火)

 ーオーロラハントー
 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。
その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。
薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラが
カーテン状に広く光っていたが。

 今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。
夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。
感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。

 そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。
天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。
写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。
これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。

 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の
波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。
あとは「 ・・・・・  」である。

 取材できていた共同通信社のカメラマンが、
「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」
と私に話しかけてきた。
「これは実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」
と答えるしかなかった。
その時、涙が出そうになっていた。

 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。
「もういつ死んでもよいと思った!」
「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」
それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。
しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。

 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうだろう!
 
 ・・・・・・・・・・・
 549,「宣戦布告」 - 2002年10月14日(月)

 先日、映画の「宣戦布告」を見てきた。
北朝鮮の拉致事件の帰国も迫っていることもあり、
迫力と現実味のある面白い内容だった。

「日本海沿岸の海に,一隻の国籍不明の潜水艦が海岸近くで座礁した。
浮上した潜水艦からは、戦闘服に身を包んだ男たちが出現、
夜の闇の中に姿を消していった。−−そんな中からかって無かった
未曾有の緊急事態に見舞われる。
そして、今の法律では北朝鮮の戦闘員に発砲すら許されない。
追い詰めるが、一方的に射殺されていく。
そして全面戦争への危機に発展していく姿」をまねいている。

 この危機状況は、現実に起きても不思議でない状況である。
スターリン時代のソ連が、プチの状態で存在しているのが北朝鮮である。
その現実と平和ボケの日本をこの映画はいいたいのだろう。
日本も北朝鮮に似ているのが皮肉だ。
日本の官僚は北朝鮮のそれと全く同じといってよい。
巧くカバーしているだけだが?

 今の経済危機の状況にも酷似しているのが不思議でもある。
相手はアメリカでしかないが??!!
非常事態にも、その危機状況に気がついてない政府と官僚の姿がそこに
あった。

 明日にも拉致をされた5人が帰ってくる。
そのうちの3人が新潟県で拉致をされた人だ。
その姿を見て世論が沸くだろうが、景気にマイナスにならないかと
心配だ。そこにある危機を実感するからだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・

[186] 野村と円楽     2001/10/14

 10年前の話になるが、新潟の大蔵ホテルで野村と円楽の講演会があった。
メインが円楽で前座が野村であった。もちろん私も円楽がまず面白そうで、
野村も面白いのではと期待していった。
まず野村が出てきた、そして黙って会場を見渡し、ニヤッと笑い、
「大部分は女性ですね、私の話なぞ如何でもよいと思っているんしょう。
円楽の刺身のツマぐらいと思ってるのでしょう」実際そうでだったから、
ザワツイテイタ会場はシーンとなってしまった。その瞬間に野村のペースに
聞き手をのせてしまった。

ー要点はー

・自分は投手の練習用のキャチャー「壁」として採用され

・数年後解雇を言い渡された・丁度その時父親が癌になっていた

・直接上司と掛け合い絶対に辞めないと粘りかろうじて首を免れた

・そのぎりぎりのところでどうしたら一流になれるか考えた

・一流の選手は持って生まれた天性ある、努力だけでは埋めがたい差がある

・そこでぎりぎりのところで、どうしたら一流になるための方法を考えたー頭を使ったー
 
 等々、底から這い上がってきただけに、一言一言が経験のうらずけがあるため
説得力があった。
また彼も浪人の真っ最中の状態で、話に力が入っていた。
今までー王、広岡、森と講演を聞いたが、野村だけは底から這い上げって
来たためか、ずば抜けた内容があった。

その日の円楽の話も力が入っていたが、所詮噺家の内容はしれたもの、
しらけた会場の空気が漂っていた 。
さすがキャチャー、瞬間その場を雰囲気をとらえ、自分のペースに捉える術。
今でもありありと憶えている。
キャッチャーは9人の選手のうち、一人だけ逆方向を見ているのだから。


922, アイスランド旅行記−2

2003年10月13日(月)

ーアイスランドを印象順に書いてみる

・何といっても、『オーロラ』である。
 オーロラは二度目だが、前回はノルウエーのトロムソは外れであった。
 今回は一回だけだが大当たり!しっかり目に焼き付けてきた。
 ー明日オーロラについて書く。

・海に突き出た雄大な断崖のディルホゥラエイのパノラマが素晴らしい。
 高さ100mの断崖がどこまでも続く絶景と、断崖から見えた果てしない
 海岸線が何とも美しい。
 北の果てという感じが一番でている場所であった。

・クレーバルバトン湖の背景に広がる景観は、
 正しく月の景色に一番似ているといわれている。
 スターウォーズの映画の場面を思わせる茶色のパノラマが別の惑星に
 いるようだ。
 月探索のアームストロングがここで訓練をしたという。

・氷河から流れ出た滝が、それぞれ素晴らしい。
 何といっても迫力のあったグトルフォスの滝が印象的であった。
 イグアスの滝に似ており、北極のイグアスとう感じだ。
 またスコォガフォスの滝の美しさも忘れることができない。

・霙の中で見た3〜4分ごとに吹き上げるストロックルの間欠泉も
 アイスランドならではのものだ。

・溶岩でできている大地がほとんど国を覆っている。
 土がまだ殆どできていないのだ。
 大地の上を数百年かけてできた20cmほどの苔が土の役割をはたして、
 その上を草が生えているのだ。
 我々は何げない土の上に住んでいるが、数億年かけて有機物の新陳代謝を
 繰りかえして土になっていったのが、このアイスランドに来てよく解った。
 岩山も緑の苔が覆っていて、景色としはアイスランドならではの異様な景色だ。

・少し場所を移動しただけで、景色がドンドン変わっていくのが印象的である。
 テーブルマウンテンや溶岩で出来た岩山、氷河に荒涼とした荒野などなどだ。
 そこに羊と馬が放牧されている。
 その中で目立ったのが、アイスランドポニーという小型の馬である。
 冬でも極北の寒さに耐え、そのまま放牧をしておいても大丈夫だという。
 性格が穏やかで欧米で人気があり輸出用だという。
 
 見た感じとして似ている国としては、ニュージーランドとパタゴニアである。
氷河とどこまでも続く荒涼とした大地と、吹き付ける冷たい風は北も南も一緒だ。

「一生に一度に行きたいアイスランド」という言葉が一番にあっている国である。
    本当に世界は広い!

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548,予定挫折 - 2002年10月13日(日)

ミスマッチの組み合わせの言葉である。
挫折は途中で断念してしまう事で、予定していれば挫折でない。

この組み合わせの意味は、挫折時期を予想しておいて
その準備をしておく事である。

私の場合、大学受験失敗や他の挫折を人生の前半に重ねた為、
挫折の痛みと、反面その必要性を実感をしていた。

必ず生きていくうえで変化と転進の必要性がある。
大体が7年である。
その時期を読み、変化を積極的に自分で創らなければならない。
その時にそれまで続けてきた事を止める、これが予定挫折である。

スキーを子供のとき滑って失速した時、自分から前向きに倒れるコツ
を覚えた事があった。
その方が大事にならないで済むことを繰り返しの中で知った。
柔道や合気道で、まず訓練をされるのが受け身や倒れ方である。
予定挫折を初めから組み込み、その時期がきたら割り切って
しまう事が必要である。節を予定して積極的に創っていく事だ。

ある甥が大手の会社に7年在職後、さっさと辞めて漫画家になった。
有名らしいが漫画を見たことがない。
曰く「入社前から、そう予定していた!デザインで社長賞を貰った
し、自分では為残した事はない。漫画家は自分がなりたかった仕事。
それで生きていけそうだし楽しい!」

私事だが、29歳の時に成り行きで実家の商売をみる事になった。
五年を目安とその時の勘で思った。勿論そう宣言をしていた。
3年も経てば兄弟が一つ舟の舵取りは無理!と実感。

予定どおりに5年で今の事業に転進したが、少しは挫折感があった。
これが予定挫折というのかと苦笑をした。
しかしすぐに次の仕事がたっぷり待っていた。

挫折時期はある程度読めるものだ。
定年退職やリストラとかで、無知の為に中年クライシスに
なってしまうのは、ただ流されて生きているからだ。
準備をする時間はあった筈である、たっぷりと!!



[184] 基本  
             2001/10/13
この20数年春になると、ほぼ毎年のように新入社員の入社前教育をしている。
以前はまる三日、最近はまる一日になった。
真っ白な若い人に教育する楽しみも以前ほど無くなってきた。

結局家庭のやるべき躾や言葉使いを、基本から教え直すことから始めなくては
ならない。本当にどうなっているのかと、開いた口がふさがらない事が多いが、
もうなんとも思わなくなった。

対話形式で基本的な会話・対話の仕方から教えていく!
それはここではどうでもよい話だが、教えるべき要点は

1、本を読むこと
2、日記を書くこと
3、相手の話をきっちり聞き取る事
4、自分の言うべきことを明確にする事
5、メモをとること
6、給料を貰う立場になった事(買い手から売り手の立場の逆転)
7、同質社会ー学校から異質社会に変わった事
8、その会社の制服を着たと同時に、個人はその制服の配役になってしまう事
  等々おしえる。

  しかし一番勉強になるのが、自分自身である。
 毎年春先にこれを真っ白な新卒に教えていると、自分自身にそのまま教える事になるからだ。
 全てが大事な事だ。

読書にしろ日記にしろ今でも続けているのは、これを毎年反駁しているからだ。
本当にこれをきっちりやっている人間の少ない事は、今更言うまでも無い。
それでもこのレベルの文章しかかけないのだから、別に如何という事がないのか。


921, アイスランド旅行記−1

2003年10月12日(日)

         ー2003年 10月4日〜10日
  ーアイスランドという国とは ー
 直行便がアイスランドに初めて出発するという新聞広告をみて
急に思い立ってアイスランドのツアーに参加をしてきた。
行って解ったことだが、今年から捕鯨を開始をしたアイスランドに対して
欧米の観光の予約のキャンセル相次いだという。
その穴埋めということで国をあげての企画であった。

 9月27日、10月4日、10月11日とそれぞれ240名、合計720名
の満員の大盛況。何か秘境?に行った感はほとんどなかった。
もちろん直行便はよいが、乗り継ぎで現地の人の間に好奇の目にさらされて
行くから面白いのだが。
乗り継ぎのエネルギーも大変なものだから贅沢は言ってられない。

 アイスランドと聞けば「氷と火の島」というのが印象である。
一般的には『それってどこにあるんだ』ってことである。
この国の位置はイギリスと北極点の丁度中間に位置している。
大きさは北海道と四国を足した大きさになる。
そこに人口僅か28万人、首都レイキャビックに18万人が住んでいる。

 イメージは極寒の地であるが、実際はそうではない。
・火山の国である為、地熱で温泉があちこちに沸いている。
・更にメキシコ暖流が周辺の海に流れ込んでいる。
・また氷河によって永い年月で出来上がった小さなテーブルマウンテンが
 多くあり、それが北極の冷たい風を防いでくれる。
そのため北極圏にしては暖かく、住めば都のようだ。 

 人口の50佑漁業関係に従事している。
また地熱を利用したビニールハウスで野菜や果物ートマトやバナナやメロン
などが栽培されているのだ。
家も92佑地熱のお湯で暖房されており、地熱利用の発電所も多くある。

  ー日本人の若い女性現地ガイドが面白い内情を話してくれた。
・一見豊かさそうに見えるが、習慣としてローンを組む国民性があり、
 借金でどの家庭も火の車という。
 一般的には手取りで20万足らず、物価が高い為夫婦共働きだという。
 反面社会保障が充実しているため、将来の不安は少ないという。
 医療費は大病の場合は無料とか。
 島国根性で見栄っ張り、外見を飾りたいとか。
ー何処かの国に似ている。
・自殺の割合が、十代ではヨーロッパで一番多いという。
 −これは一日八時間の日照時間に関係している。
・消費税が24佑發△蝓更に小国のこともあり食料以外の殆どが輸入品である。
 そのために物価が非常に高いのが特徴。
 だいたい日本の物価の1・5倍である。
 いかに高いか解るだろう。
・犯罪はほとんど無く、殺人は三年に一度あるかないかという。
 大統府も小さなオフィスのようであった。
・どの人も何処かで人間関係が繋がっているという。
 したがってあまり目立ったことができないとか。
                     −続くー
・・・・・・・・・・・・
547, 人生で一番よい時 - 2002年10月12日(土)

 母から聞いた話である。
母が堀井に嫁いで数年たった時、多くいる小姑との
折り合いがうまくいかず、離婚を覚悟に実家に帰った時の祖母の
励ましの話が良かった。
「一番苦しい時は人生で一番いい時なのよ!」

 私の一番苦しい時に聞いた言葉であった為か、強い印象が残っている。
小姑とイロイロあったと聞いていたが、こういう話しを聞くと納得するものである。
祖母もその経験があるから?その瞬間、その言葉が出たのだと思う。
人生の深淵のある言葉である。
「苦しいときは逃げては絶対に駄目、前向きに生きなさい」
という気持ちの意味が背後にある。

人生から逃げ回っている人が本当に多い。
逃げても、その自分が何処までもついて来るのさえ気づかない。
そしていつも逃げ回ろうとしている。
このような人には「人生のいい時は来ない!」来ても気がつかない。

「苦しみを通り抜けて歓喜に!」というベートーベンの言葉がある。
苦しむから歓喜があるのだ。

マゾはそれをセックスプレーで楽しむのだろう。
 最後の一言は必要ない?!
硬い話を最後で落とす為です?


920, ある時間の断面ー41

2003年10月11日(土)

11月18日 1968年
・11時起床
15時過ぎまで試験の勉強をする。
その後、試験のため大学へ行く。

試験終了後、学食で酒向と偶然会う。
川崎君と三人で「嵯峨」で一杯飲み、その後パブ「エリート」へ行く。
そこで同級の雨宮と角田などに会う。
その後21時過ぎに帰寮。

TVでボクシングの世界タイトルの西城戦がある。
大逆転で西城が勝つ。
面白い内容だった。

その直後、寮内の揉め事の仲裁である。
女性がらみの感情的なものだ。
仕方がないが、色いろ絡まっていてどうなっているのか解らない。
佐藤も好きな彼女ができデートをしていながら、まだ寮内の女性が
忘れられないようだ。この辺になると複雑な感情になる。
出来ることはしなくてはならない、馬鹿馬鹿しいが。


11月19日

・11時起床。
13時半に同級の奥野君が私の部屋に突然くる。
1〜2年の時、席が隣のこともあって親しかったが。
専門課程になってから疎遠になっていたのに。
話をしたかったのだろう。
人生について、倫理観について、その後読んだ本で感銘したことを
必死に話をしていった。特にケネデーの自伝に感銘を受けたというのが
印象的であった。

見違えるように自信を持ったらしい。
男っぽくなったという言葉がピッタシだ。
4時間ばかりして帰っていった。
もうこうして彼と話し合うことは無いだろう。
アパートから一時間以上かけてきたのだから、自分のメッセジーを伝えたかったのだ。

それにしても最近多くの人が吹き付けるように来るのに驚く。
聞き役に徹していることもある。
それと大学最後の時が来ているためだろう。

武沢先生にいわれて、急こしらえに親しいガールフレンドをつくろうとしても無理だ。
といってチャンスは幾らでもある。
理想と現実の乖離か大きすぎるのだ。
妥協はしたくない。


ー200310月10日記ー

毎日も飽きもせず、35年前の日記を書いている。
日記帳を書き写している時は、タイムマシーンに乗って35年前に帰っている
気分だ。どうしてこの時期にこの日記を書いたか記憶が無い。

これが無ければ99.9佑亘困譴討い襪海箸个りである。
他人が見ても全く面白くないだろうが、こういう学生時代の過ごし方として
みると面白いのではないか?
ー数人に面白くないと言われたが。

全く変わってしまった今の自分と,変わってない部分が日記を通して手に取るように
わかる。基本的には変わってない部分が多いのに驚いている。

現在と変わっているのは、当時多くの友人が吹き付けるようによって来ていた。
わざわざ寮まで何人が来ていた。
馬小屋のような寮が面白いという評判で、わざわざ見に来た友人もいたが。
共同生活の中で人間関係にも鍛えられた。

こうしてみると高度成長時代の、時代の上り坂の中に、どういう人生をこれから
生きていこうかという希望と不安満ちていた。
色いろな人間と自分を解放して議論をしてまくっていたのが日記から窺える。
それと実社会に向かって今何をしておくべきかを模索していたようだ。

今から見ると「豊かなお嬢ちゃま・お坊ちゃまの世界」でもあった。
貧乏生活を面白く楽しんでいるようだった。
それと自由な学生時代を満喫していた。

こういう生活をしていた為か、人の気持ちがより読めるようになった。
「この言葉をいう時は、こういう言葉が背後にある」ことが瞬時に解るのだ。
これもオープンな学生時代を過ごしてきたためである。
いずれにしても素晴らしい学生時代を過ごせたことが、この日記帳に
痕跡として残っている。

『ありがとう』という言葉の重みをつくづく感じる。

・・・・・・・・・・・・・

546, 株下がるー非常事態? - 2002年10月11日(金)

株価が一時だが8200円を割った。
8500円までは下がるといっていたが、軽く割ってしまった。
今度は8000円を割り込むかのポイントになってきている。
7500円を割る可能性もでてきた。

8000円を割るということは殆どいわれてなかった。
「どうなるんでしょうか?」と聞いても、誰も経験してないので
コメントのしようのないのが実情だろう。

銀行に金を借りるとき、持合でその銀行株を持たされるケースが多い。
痛むのが銀行だけでなく、持合の会社も足を引っ張られるのが多い。
数年前に地元のスーパーがそれで数億引っかかったことがある。
長銀だった?

今はすでに恐慌スパイラルに入っているのか??
今朝のNHKニュースで、企業への銀行貸付の審査の厳格化を
更に徹底するといっていた。
本当に悪いなら仕方がないが、こちらまで問題会社にされかねない。

小泉は半年か一年以内に頓挫する!
先日までは支持していたが、ここで評価は変わった。
政変が起きる、間違いなく!!!

不況感が更に深った!
マスコミが悲鳴をあげるように大不況を取り上げ出した。
今更という感もないが、どれにしても末期癌患者のモルヒネの
量が足りないというレベルだ。

この十年の繰り返しの大合唱が始まった。
現場レベルの生の声は本当に生々しい話が多い。
地元の会社の倒産や廃業ニュースや噂で、お前もかと呆れる。

昨年の9・11以来、更に時代が変わったのに、
アメリカの株の暴落とイラク攻撃の切迫で、追い討ちをかけて不況感が
ましてきた。ワールドサッカーで隠れていた部分が露骨に表面化してきた。
さらに9月の半期決算の悪化の発表が近づいている。

政府も不良債権処理を本気で処理をしようと腰をあげてきた。
死体の企業の処理に本格的に入るということである。
 
当方は売上は微弱、利益は10月で前年をクリアーする?
たまたまプラス要素が幾つか重なっただけだ。

・・・・・・・・・

[181] テロの影響     2001/10/11

 昨日、月刊誌の「現代」と「文芸春秋」を買ってきて、テロの特集を読んだ。
そして今までのの週刊誌と新聞の切り抜きに目を通して、改めて戦慄をおぼえた。
‘日本は恐慌、世界は?必至の状態’は間違いないようだ!
やはり初め直感したとおり、9月11日以前と以後といえる位の段差のある出来事だ。
その重大さが日ごと増していくことを私のみならず感じているはずだ。

 成田空港はガラガラ、昨日TVで相撲の元横綱の曙がハワイの観光地の宣伝を
していた。40パーセントの客が減ったそうだ。
実際そんなものですんでないと思われる。
実際古町にしても駅前の飲食店も、20〜30パーセントの売り上げが減るだろう。
そうでもなくても死に掛けているのだから、本当に死活問題であろう。

10日まえに古町にいったとき、ほぼ毎日お茶引き(客が一人も来ないこと)で、
廃業直前とある店のママが言っていた。
当ホテルの第二が飲食客の流れの宿泊が多いが、端的にその減少が見えてきた。
新幹線に警官の姿は年に2〜3日しか見なかったのが、数人車内の中を覗き見ている。

 それにしても、あの国会議員の質疑内容のひどい事!日本が6000人殺されても、
黙っていろというのか。国連に提訴して、その判断に従えというのか!アメリカが
その相手を探し出し殺してくれるというのか?
あれが国会で議論されているー実際馬鹿馬鹿しく見てないが見なくとも解る!
国の態をなしてない!どうしてこうなったのだろう?

 アメリカの隷属国家に安住しているためだろう。自民党と社会党(社民党)の  
今の姿がそのまま現状を表している。
「文芸春秋」は内容があった。  
「現代」はひどい。


ある時間の断片ー40

2003年10月10日(金)

ある時間の断片ー40
11月15日
・8時過ぎ学校へ出発。
「人事管理」の授業に出席。
終了後。先生と顔を合わせるが、緊張をしてしまった。
自分に自信がないためか。全て見抜かれているようだ。
授業終了後、高木の車で寮近くまで送ってもらう。
再び、ゼミに出席のため、大学にいく。
15時から17時まで教授と同期の3人と「東レの派遣学生」4人と
議論をする。特に田島が教授に対して好戦的な議論を仕掛ける。
大した神経の持ち主である。そして自信も凄い。
その後、田島と二人で学食で夕食後喫茶店へいく。
カナダに行きたいといっていたが断念をしたと告白した。
その理由を話した。
・カナダの叔父さんから手紙で、甘さを指摘された。
・母から家庭に事情で行かないで欲しいと哀願された。
・アルバイトをしていて、世間の事情がわかってきたこと
・兄夫婦を見ていて、実直に生きる必要性を感じた
・遠くを見つめすぎた、夢のようなことばかり言っていられない
等々理由を挙げた。
20時過ぎに帰寮。22時から机に向かう。


11月16日       1968年
・朝10時半起床。
大学の書籍部へ行く。
どういうわけか今日は誰も会わずじまいだ。
こういう日もあるのだ。
米林の部屋でお茶を飲んで、その後風呂に行く。
その後、間中の部屋で米林と3人で話しをしていると、
大妻女子大の宮本さんが松本さんと遊びに来る。
松本さんの眼に驚く。眼のきれいな人はアマリみたことがないからだ。
色いろな美しさがあるものだ。
その後、食事をして川崎に電話をする。
21時から夜半の2時過ぎまで卒論のマトメに入る。

今日、そういえば先日紹介してもらった飯野さんに電話の約束をしていたが、
しなかった。悪いことをした。いつもそうだが、どうもいざとなると面倒に
なる。また探そうといっている間に卒業だ。それでもいいが。

11月17日   日曜日
・10時起床。
あまり勉強をすることなく一日を過ごす。
夕方座禅みたいなことをする。
夜、佐々木さんと市川さんと瓜生と話をしていると、
佐藤がデートから帰ってくる。
彼はデート、私は余裕がなく電話しずまい。
これでよいのか考えたが、いまの自分はやらなくてはならない事が山積だ。
惨めな侘しさが襲ってくるが、仕方がないことだ。

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545, 物書きの凄み - 2002年10月10日(木)

このホームページで素人レベルで毎日文章を書いているが、
プロは凄いとつくづく思う。
毎日文章を書いているから、それが解るだけの話しだ。
作家の椎名誠が週刊文春に、「赤マント」という連載を書いている。
5年位前に、たまたま買った内容にただただ驚いた。
「新宿駅で、お腹がおかしくなり、トイレに駆けこもうとしたが、
間に合わなかった具体的な事情」を詳しく書いているのだ。

誰もが「あわや!」ということがあるはずだ。
「くそったれ」「クソ!」というとおり、日本人の一番の恥でもある。
「デモノ・ハレモノー出物、腫物ところ嫌わず」というが、
これは「大便、生理」の掛け合わせの言葉だということを最近解った。
アメリカのクソという同意語は「ファック」だ。
海外旅行の心配は、これが最大の事だが。
誰もが過去に失敗の一つや二つや危機一髪はある筈である?

それをネタにして、読者をひきつける凄みはやはりプロでしか出来ない。
その後の「赤マント」に、この文章が大反響をしたと書いていた。
瀬戸内寂聴が「作家は大通りの真ん中で、素っ裸で大文字で
寝ているようなもの」と書いていたが、その凄みを垣間見た思いだった!

露悪趣味と捉えるか、人間的側面の原点の表現と見るかだ。
私など偽悪趣味でしかない??!!偽善もあるが!

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179] 創造について-2
             2001/10/10

創造とは‘カタチ’ にすることである。
言葉を‘か’と‘かた’と‘かたち’にわけて考えると

・‘カ’ は ー神のカー神示ー 発想ーアイデアーインスピレーションであり
・‘カタ’は  −型,形ー  枠組みにする、 システムを作るということに
  なる。
 ( アイデアの実現の計画化ともいえる) 田は字のとうり枠組みであり、
‘か’と‘た’をつけて形になる。
・‘カタチ’ −カタに血(エネルギー)をいれ、カタチにする。

創造について、システム工学の城功氏の本に書いてあった内容であった。
なるほどと唸ったものである。
これはアイデアが出た後、これを実現化していく内容を簡便に分解したもので、
非常にわかりやすい内容であった。

カレーライスを例に取ると、急にカレーが食べたくなったとする。
これがカである。冷蔵庫の材料を頭に浮かべ、スーパーにいって足りない食材を
買い、
仕込む、これが形作りである。そして煮込むこれが血である。

これが国作りでも、会社でも、ビルでもみな一緒である。
かー>かたー>かたちー>これを知らないうちに何らかの形でしている。
もちろんこの文章も、そうである。まずはテーマ次に枠組みを考え、時間を
かけて修正、
そして一挙に書き上げである。


ある時間の断片ー39

2003年10月09日(木)

ある時間の断片ー39
  11月13日 水曜日        1968年
8時起床。
9時に友愛バザーの手伝いで文京区役所に行くが、実際は10時であった。
一時間近くを散歩をして時間を潰す。
売り始めたが、さっぱり売れない。
仕方がないので寮の駒村を呼び出す。
彼が来てから、俄然と売れ出す。
という事は私に問題があったからだ。
如何して売れないかを考えなかったからだ。
16時に帰寮、20時から26時までゼミの予習をして就寝。

11月14日
・9時起床。
9時半に大学に出発。
到着後、掲示板を見ていると川崎とバッタリと会う。
学生証を忘れてきたので、丁度良いので借りて学食で食事。
図書館に行くと雨宮君がいる。一時間近く話す。
彼も面白い人間だ。去年新潟の自宅に二泊していった男だ。
典型的な都会っ子だ。進路を迷っているようだ。
昼飯を川崎と食べる。
その時、川崎に私の毒舌を指摘される。
彼に対して「隙と甘え」があったようだ。
「価格理論」の授業に出席後、石川譲治と「ウエスト・サイド」
へいく。彼はいま私と感情のもつれがあり上手くいってない。
かなり混乱しているようだ。
少し覚せい剤を飲んでいて、時々おかしなことをいうが。
彼からは多くのことを教えられた。

・・・・・・・・・・
544, [シャムネコという店] - 2002年10月09日(水)



10年前にある不動産を買った時のオナーに紹介された店
に「シャムネコ」という店がある。
一年に1〜2回位行っている店で、知人などを新潟の古町に案内する
時に連れて行くと喜ばれる店だ。
一昨日に一年ぶりに行ってきた。

この店の特性が面白いのだ。
・シャム猫が3匹いて、この猫が接客をする。
 この三匹に序列があり、社長、専務、常務と言われている。
 ママは従業員という。
・店に入ると社長が挨拶に来て接客をする。
 自分の役割を知っているのが面白い。
 帰る時は必ず外のエレベーターまで見送る。
・つまみ等を口に持っていっても絶対に食べない。
・社長が疲れると専務が交代に出てくる、そして常務が最後に出てくる。
 序列が出来るまで、死闘がおこなわれたという。

・その店のいま一つの特性は整理をしない店の雰囲気を売っている。
 雑然としているのだ。
 10〜15年前のビデオテープが置いてあったりする。
 阪神の掛布のテープがあったりして見れる。
 夏なのにコタツがそのままあったりする。
・とにかくそこに行くと休まる。自然体の不思議な雰囲気の店である。
 今はないが、ドアに一見お断りの張り紙があって、紹介される前に
 前を通り「変な店がある」という記憶がある。
 その時は恐ろしくて入らなかったが。
・15〜6席あるカウンターが5〜6人も座れないほど昔の変なもので
 溢れている。
 計算ずくで逆転の発想で売っている店である。
 一年に一二度行くに良い店だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[180] 創造ー1 (心観学術態)
                2001/10/09
会社を作るときまずは
1、理念、
2、何をやるか
3、何をモデルとするか
4、どうしてそのモデルをカタチ化していくか、
 
の手順を踏む。

別の例をとれば医者の例がある。
医者に子供の頃助けてもらって、自分も医者になりたいと誓いを立てるーこれが心、
そしてその為に良い進学校に入らなくてはと考えるーこれが視点・観点である。
そして勉強をするーこれが学である。
そのうち成績もトップクラスのノウハウを身につけ、そして医者の卵インターに
なり、学び続け医者の技術を身につけるーこれがーこれが術である。
そして医者になるこれが態である。

・心ー目的、中心点、目指すところ。
(芯・真・親・信・神・心・新・信・深・針・深

・観ー観点、視点
  (感・観・勘・感・歓・完・歓・幹・肝・幹・
・学ーその視点から学ぶ
  (楽・学・愕
・術ー学んだ結果身につく、熟練する
  (術
・態ーそれがカタチとしてみえている
  (態・体・諦
  −−−
心観学術態は、カタチ作りのシステムそのものといってよい。

・ 心ー会社の理念、個人の信念、国の国是−ー芯というところか!

・ 観ー心からの視点、見方といってよい(ある商社の部長が部下の女社員に
  手をだして妊娠させてしまった。帰りのの電車から、20数件の
  産婦人科のネオンが見えたという)
    たとえが悪いが、解りやすい!
・学ー観からの情報収集とか、経験から学ぶ。

・術ー学からくる、体質化、業態化、熟練化
・態ーカタチ

 逆もある。業態−現象から学・観・心を観ていく


ある時間の断片ー38

2003年10月08日(水)

ある時間の断片ー38
11月11日       1968年
昼過ぎに佐藤のところに行くと「多恵ちゃん」から、電話で大妻祭に
招待される。毎日忙しいことだ。
これもアマリ気が乗らずに、佐藤のお供で行ったようなものだ。
講堂で「森山良子のリサイタル」があった。
さすがに彼女の歌は上手い!
一曲一曲が心にしみる歌であった。
しかし腹がへって貧血気味になる。
多恵ちゃんの友人の飯野貞子さんを紹介してもらい、4人で食事をする。
ブラブラ4人と寮の近くまで送る。
飯野さんと話しながら帰るが、真面目そうな面白い子だ。
といって、それ以上の何も感じなかったが。
23時から24時までゼミの予習をして、その後佐藤と明け方まで酒を
飲んで寝る。
11月12日
・明方まで酒を飲んでいたせいか、10時過ぎまで寝ていると、電話が
かかってくる。先輩の永田さんから、文京区役所でバザーの手伝いの
依頼だ。毎日毎日お呼びが良くかかるものだ。
タクシーで駆けつける。電動歯ブラシの販売である。
これは売れそうだと思いきや、殆ど売れない。
隣で30過ぎのオバサンと話をする。
宝石のデザイナーで、渋谷の専門学校で色彩学を教えているとか。
西銀座で宝石店を持っているとか。
彼女の友人の銀座の「モンブラン」のバーのマダムも、バザーの手伝いに来る。
販売よりも、この二人と話している方がずっと面白い。

」結局、この二人と知人が買ってくれたのを含め都合6つしか売れなかった。
がっくりしたが仕方がない。
帰寮後、風呂に行き、食事をして、21時から25時までゼミ関係の本を
読んで就寝。
ー後記ー
最近、急速に武沢ゼミに影響されている。
先生とゼミ同期の4人だ。
非常に個性的である。その4人に段々感化を受けているようだ。
それと教授の影響がここにきて大きい。
気を緩めると、潰されてしまう位厳しい。


・・・・・・・・・・
543, [エッ嘘だろう!!] - 2002年10月08日(火)

[エッ嘘だろう!!]と思わず叫んでしまった。

・自己資本は資本金の2倍以上で、創業時の償却勘定で
 マイナスになった以外は黒字の優良会社と思っていたのに、
 会社の借入金がある銀行の不良債権の可能性があったという。

・政府系銀行の借入れの都合で個人名義で買った
「2箇所の駐車場の土地」の資金を会社から借入をした。
 その役員貸付金が自己資本と同額であった。
 その事情は銀行が解っているのに?金融庁の検査で問題になっているとか。

・金融庁の監査の担当がいうには「個人と会社は別物で、その事情は関係ない」
 という。「自己資本と役員貸付金は相殺するのが筋で、そうすれば
 実質資本金はゼロで、健全会社といえない」とか。
 たまたま節税のため、個人の2物件を会社に売却をする報告に銀行にいって、
 その話を聞いて呆然ー足し算引き算も出来ないのが現状なのだ。
 金融庁と地方銀行の審査レベルの混乱がこういう現象を生んでいる。

・これがグローバルスタンダード?という事なのだろう。
 考えてみれば個人と会社を一体で見るということ自体おかしな話だろう。
 銀行にしても、金融庁にしても「売却をして相殺しなさい!」ともいえない。
 こちらが判断をするしかないのか。
 とんでもない誤解?で、不良会社になっていたのだろう。

 かなりこういう混乱が全国で起きているのだろう。
 今の日本の自滅のある現象だ。
 社会主義世界の崩壊のある断面だろう。

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[178] 忘れられない店ー4(金沢)
ー平家ー鉄板焼き           
             2001/10/08

金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。
4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで
しまっていた。
その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。

落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。
今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りで
ツマミにでる。

大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。

親父が遊び人風の個性の塊のような親父で、その話を聞いているだけでよかった。
当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、
必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。

「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人まで出る始末。そしてすざましい喧嘩である。
たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。
何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で
大あてをして連れていってもらったのだが、
「お前の人生は今日で終わりだ、大穴を当てた味を知ってしまったのだからだ!」
と先輩に説教が始まった。それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。


ある時間の断片  37

2003年10月07日(火)

ある時間の断片ー37
11時9日     
・10時起床。
瓜生のところで、30分お茶を飲む。
その後、洗面をして、今度は佐藤の部屋でコーヒーを飲む。
そこで、大妻女子大祭に行くからこないかと誘われ、尾形と佐藤と
3人で行く。知っている人が居ないし、一人で途中で帰ってくる。
その後米林が部屋に遊びに来る。
風呂に行き帰ってくると、再び米林が来る。
早稲田の二年であるが、哲学や文学などかなり突詰めている。
その後。駒村の部屋でTVデ「ハニーを銃を取れ」をみる。
なかなか面白い。
明日はハイキング、どうなることやら!
11月10日
・6時半起床。
長瀞にハイキング。
お相手は「文化服装学院」。
あまり乗り気がしない。
池袋から、東上線で寄居から長瀞へ行く。
電車の中で少し気分が悪くなる。
長瀞駅で引き返すつもりであったが、持ち直す。
ロープウエーで山頂に行き食事。
その後ゲームなどをして、13時半に山を降りる。
途中で半々に分かれて、16時まで長瀞駅で待つことにする。
駅裏の川辺が何ともいえない景色。
絵に描いたような自然が何とも素晴らしい景観であった。
いつかどこかで見たようなイメージであった。
16時14分の電車に乗る。
佐々木さんと、相手がたの女子大生4人、他のグループと分かれる。
気が乗らず、新宿で3人と分れ帰寮する。
まだ誰も帰ってない、24時まで佐藤とビールを飲む。

・・・・・・・・・・
542, K−1が面白い - 2002年10月07日(月)




1昨夜のK−1が面白い。
これは10年近く前から始まった総合格闘技である。
寝技を認めてないのが、プライドという格闘技と少し違うところだ。
キックと空手とカンフーの頭文字のKの字を取ってK−1にしたものだ。
異種の格闘技だから、たまらなく面白い。

最近はプロレスとの対抗戦やプライドや極真空手との対抗戦があって、
エキサイテングの多い内容が多い。極真空手も最近は苦戦をしている。

この10年間のK−1のトップクラスの選手が全盛期を超えてしまった。
その上に世界には幾らでも強い選手はいる。
昨夜もk−1のナンバーワンの選手が、格闘技を始めたばかりのパンチさえ
まともにうてないアメリカンフットボールの元選手に軽く負けてしまった。

これは見方によってはk−1の全面否定でもある。
相手は筋肉の塊の2メートル、170キロの選手でただ力任せに
パンチを振るストリーファイター。それに負けてしまう、だから面白い。

前回は反対に、プロレスの実戦派の強豪が軽くK−1の選手に負けてしまった。
最近は金網の中で、噛み付きと急所の攻撃以外なんでもあり
の総合格闘技の放映を始めた、もちろんアメリカ本土の内容だが。
寝技が中心になっていて凄惨過ぎる。

最近は月に一度は面白いボクシングかk−1が見られるのがよい。

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[177] 世間様ー2
                 
            2001/10/07
あまりに程度の低い言葉なので書きたくないが、最も実感している言葉として、
その言葉を多用している‘痴呆症(病)の無恥蒙昧’(自身も含め)に捧
げるためにかく。

しかしこの言葉の被害者になったり、加害者になったりしているから
ことは重大だ!それこそ「みな皆いっている」
これが‘世間というやつ’の正体の、いや現象の表皮の世界の(俗に言う世間の)
テクニックとして通用しているからことは重大だ。

ある話を聞いてこれは面白い!利用してやろうという時、
「皆言っている!」と知的レベル低い人間を探していう。
あるいは相手を混乱させる目的に言う。

それでは「皆言っている」にどのようなが含まれているか?

1、誰も言わなくとも自分の主張強調するために使う。
2、一人に聞いたとき、誰かに話を強調するために使う。
3、噂の場合につかう。
4、聞くほうは実際どうか解らないが、それをまた人に使うに都合よい。
5、相手を実際やりこめる場合の言葉のテクニックとして有効。
  (俗物の塊のような男に何回もいわれた)
6、皆ーとは何?程度の低い底レベルの戯言そのもの。
  そのレベルの人種の呼び名。

くだらないことを書いているが、でもこういう世界が世間という事か?


ある時間の断片 35.36

2003年10月06日(月)

ある時間の断片ー35.36
11月8日 −前半
・7時50分起床。
人事管理の授業に出席。
今回こそ試験と思っていたが違った。
授業終了後、朝飯と昼飯を兼ねて食事。
11時にゼミで、それぞれの車で石川島播磨造船所に向かう。
一時過ぎに到着。
そのスケールの大きさに腰を抜かさんばかりの驚きであった。
30万トンの巨大タンカーの大きさに、たたただ呆然とした。
数百人が蟻のように張り付いて働いていた。
組織の意味を教授が教えたかったのだろう。
私は小さなボートに乗っているほうが合っていると思った。
凄いものを目の当たりに見せ付けられた。
工場内のオートマチックの流れも驚きであった。
そこの課長との質疑も面白内容であった。
帰りは教授の車に乗せてもらう。
田島君や小島君は議論が大好きだ。
彼らについていけず一人蚊帳の外という感じであった。
途中渋谷の喫茶店に入り話し合う。
教授の思想について聞いたり、女性論を話し合った。
教授に「社会に出ると良い相手はなかなか居ないから、学生時代に
探しておいたほうがよい」と言われた。
そうならそうと解っていたら、去年にチャンスが集中してあったが。
「さっきの話で、堀井君は女性は打算的といっていたが、自分と比べて
言っているのか、それとも自分が打算的であるが故に女性に対しても
打算的に見えてしまっているのではないか?」と鋭い指摘をされた。
私の全性格を見抜かれているようで恐ろしい思いがした。
教授の女性遍歴を少し話された。
昔同棲していた女性のこと。
そしていまの奥さんとの出会いのことを話された。
教授の思想はアメリカナイズされた極端の個人主義と自分で言っていた。
教授自身、自分の思想にしろ理念をハッキリ言って持ち得ない!とのこと。
分析能力は自信がある。
しかし、それを一つの思考形態の統合するのには、分析で物事が見えすぎる
為に躊躇をしてしまうとの事。
経営学の野田一夫教授は、直感的に思想を持ちえるし、当たっている。
しかし分析に関しては、全く甘いと指摘されていた。
ピーター・F・ドラッガーの受け売りでしかないとか。
しかし、生徒に対する影響度は野田教授の方が上だとも言っていた。
奇麗事は言うが、汚れ役は必ず避けて通る人だとも。

武沢先生は教務部長、野田一夫教授は課長でしかない。
同じ年齢でライバルだが、大学では武沢先生のほうが上だ。
人事管理を専門にしているせいか、流れのままの刹那的なところが
みられた。人事管理哲学があるなら、それこそ先生の哲学になってしまっている
といって良いのではないか。

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11月8日 −後半  ある時間の断片ー36

田島についても、議論好きだが自分の思想とおりに生きはじめているようだ。
彼のように一たん自分を切り離し、そこから再び自分を上から
見つめなおしているのが素晴らしい。
彼もそこで言っている個人主義を、もっと突き詰めて考えてみる必要がある。
彼がそこまで考えるには背景ー家庭環境や生長家庭ーがそれぞれあるのだろう。
信じられるのが自分の能力のみという考えも理解できる。
ゼミの同期の高木・石川・田島君に比べると私自身、自分に対しての
中の能力に対して自信を持ててない。
自己分析に甘さが見られるし、クールさが足りないようだ。
生きてきた家庭環境は生活に関しては全く心配がなかった。
大学生活を寮とクラブと限られた友人と限られていたのではないだろうか。

こうして、世界を見るとあまりに大きいし、無限の広がりを感じる。
いままでの自分はあまりに打算的で、閉鎖的過ぎたようだ。
この学生時代を通して、打開してきたようだが。
22時過ぎ、その後武沢教授のお宅へ行き。一時間位話す。
先生に対してやはり恐ろしいのか、自分の壁をつくってしまう。
24時過ぎに帰寮。その後寝るが、誰か寮生が大騒ぎをしていた。

「深井について」
教授のところから、深井に電話をする。
聖心女子大祭に行くことが急に中止。
でも、そのことを連絡をしてこない。
無神経ではないか。他の約束をキャンセルして予定をつくったのに。
「無神経男」というレッテルを貼られているのが解るような気がする。
少し甘く見ているのではないか?少し突き放してみた方が良い。

・・・・・・・・・
541,幸福と本当の仕事 - 2002年10月06日(日)

何気なく本を読んでいて、自分が事業を通して得た実感が、
ずばり書いてあることがある。そのうちの一つが下記である。
山本周五郎の「青べが日記」の一節である。

ー幸運を望むものよ、お前は3つの事しか為さないのに
10の結果を望んでいる間は、幸運は来ない。
幸運を望む男よ、お前が2つの結果を得る為に、10の事を
したら必ず、幸運は来るぞ。
貧乏をしても、出世していく友に遅れても、本当の仕事(為事)
をこつこつやっているこの力強さ。
白蟻が大黒柱を如何にしてガランドウにするか己が知っているー

事業をしていると、この闘いだ。
2の結果を得る為に10の努力をしてもマイナスになるのが事業の
恐ろしさだ。
「しない方がずっと良かった」という結果との闘いである。
「本当の仕事」をしているつもりが、虚の仕事をしてしまう。
「本当の仕事」をきっちり見つけなくてはなるまい。

知識と情報と経験不足から、それらは起因する。
新しい事態に対する判断を、常に不足状態の能力の中で求められる。
経営は相撲の喩えでいうと「14勝1敗より、8勝7休」
でなくてはならない世界であり、一敗は致命傷になることが多い。

情報と方向が正しいなら、1の努力でで10の結果を得る事が可能な時代でもある。
情報化社会でその傾向がより強くなっている。
現代の不幸は最小の努力で最大の成果ー効率を求められることである。
人間の気持ちまでも効率を求めてしまう事が、不幸にしてしまう。

好きということは最大の努力に対して、それ自身が楽しいことだ。
好きという事と有利という事を混同してしまうことが、人間を不幸にする。
好きの事を有利にする事は可能だが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
176] [自己能力の限界の設定]
                  2001/10/06

この言葉は30年前になるが金沢にいた会社の浅野という人事部長の言葉だった。
何か強烈なインパクトのある言葉だった。

‘自己能力の限界点’から自分の足すべき能力をプラスしていく事と解釈した。
10数年前の講演会でヤクルトの野村監督が(彼の浪人時代)全く同じことを
言っていた。

「自分は三流選手、一流になるために何をプラスすべきかを、
ぎりぎりのところで考え実行してた」
要するに三流をわきまえたため、戦略戦術をたてることが出来た。
それゆえに一流の成績を残す事ができた。

戦術戦略を立てるときに、自己把握なしにたてることは自殺行為でかつ空論でしかない。自己能力の棚卸という事だろう。

自己能力の限界の設定は逆の面でも言える。勝手にマイナスに設定して、
それを理由に何もしないで留まってしまう事だ。


ある時間の断片ー34

2003年10月05日(日)

11月7日       −1968年
・10時半起床。
12時に池袋に出発。
掲示板をみていると川崎と出会う。
「ヤタロー」で食事。
その後、「価格理論」の授業を聴講。
 12月5日に試験とか。
産業関係論が11月21日に試験と帰りに寄った掲示板に書いてあった。
明日のゼミの工場見学の資料を取りに武沢教授の部屋に行くが、助手の
横浜さんが居ない。
川崎君と一時間位喫茶店で話す。
磯部嬢とバッタリ会う。
石川とは上手くいってないみたいだ?
数ヶ月前に行ってきた欧州旅行のことを話したいみたいだ。

17時に帰寮。

・・・・・・・・・・
540,お経 - 2002年10月05日(土)

お経は「般若心教」「観音経」「歎異抄ー第一章」
「生長の家」の経を暗記してある。
別に生長の家の信者ではないが、お経の内容は良い。

お参りとかの時にそれを使い分けている。
「お経を暗記してると何なんになるんだ?」というが、
逆に暗記してない事を考えてみると、その効果は絶大という事が解る。
少なくとも、夜寝れない時の眠り薬になる。
般若心教は「憶える前とその後」といえる位な内面の変化がみられる。
心のベース基地ができる感覚である。

南無阿弥陀仏やアーメンの中に「オーム」という響きが入っている。
オームは宇宙からのある波長と同じという。
暇な時間に「オームオームオーム」とゆっくりと繰り返して
100回位唱えてみると、気持ちが落ち着いて宇宙と一体感
になっているような気になる。

8年前に書いた文章をコピーしておく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーH0605般若心経のすすめ  ー
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”
という講演で般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”
を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき
自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 
立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬にキリストや仏等の教祖が苦難の
上で直感した“絶対無”を観た」のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で少しでも近づける様な気がする。
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[175] 忘れられない店ー3

2001/10/05 11:25 NoName


衣料のデスカウント店で、産地直結の仕入れで大量仕入れ大量販売のはしりで、
全国的に有名な店であった。
大阪、岐阜、岡山、広島の産地に直接仕入れをしていた。
また大手商社からも直接仕入れをしていた。

全国的に超繁盛店で有名にもなっていた。
20年間位は店にはお客が殺到していた。

大家族のため両親からの干渉は一切なく、放任そのものであった。
各自が自分ひとり生きていくのが精一杯の状態であ。
−当時は商売をしているところは、大方そうでなかったかと思われる。

そのプロセスで大光無尽の駒形重吉とかいう男の‘金貸し’の勃興とか、
三条の香具師か露天商の渡辺とかいう人の興こした‘丸大’とか、
十日町の衣料品店の市村とか言う人の興した‘イチムラ’とか、
‘内山商店’とか、大手通りを見ているだけで激しい流れがあった。

私の実家は(特に父は)戦前、津上製作所の津上退助とか、互尊翁といわれた野本某とか、
山本五十六とかに可愛がられ、茶人としてもかなりのレベルの人であったようだ。

怪しげな金貸しの駒形某など馬鹿にしきっていた。反面羨ましそうの面もあったが。
そういえばこの本家すじの山形の元家老の事業家が、私のところに来たことがあった。

10歳までの10年間は遠い彼方の異次元の世界に思える。

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今回旅行はベトナム            2001/10/05
  (11月8日〜14日ー7日間)に決定!
              ー近畿ツーリストー16.8万ー

ガラパゴスかマダガスカル島かベトナムか迷っていた次回旅行が
ベトナムに決定。このニューヨークのテロで本命のマダガスカルが成立せず、
ガラパゴスもどうも出発も怪しげで、今回は自粛も含めてベトナムに決定した。
旅行仲間からベトナムのよさは聞いていて、この2〜3年先の計画に入れていた。

あまり今回のテロの影響の少ないベトナムが手ごろと判断した。
行くなら今のうちがベトナムの合言葉になっていた。
あと10年も経てば今のタイや中国みたいに、西洋社会に染められるからである。

今年はメキシコとロシヤ・北欧と今回のべとなむと刺激の少ないところだった。
来年は西アフリカ、ガラパゴス、スイスアルプスの予定だ、いければの話だが。
何があっても行くのが趣味の世界だ。


ある時間の断片ー33

2003年10月04日(土)

11月6日        ー1968年
・10時起床。
風邪で頭が痛かったが、少し良くなってきた。
12時、佐藤君のところでお茶を飲む。
その後本を読む。
夕方、飯を炊き、刺身を二人前買ってきて食事をする。
風邪を回復するための滋養だ。
食べ過ぎのせいか逆に気分が悪くなる。
21時にレポート用紙を買いに出ると、市川氏と高橋君に会う。
近くの行きつけの「サンキスト」へ飲みにいく。
 となりの30過ぎの女性と話す。
一人で楽しんでいるみたい。
私を田舎の坊ちゃんとか、結婚する典型的タイプとか、気取っているとか、
貶されているのか、褒められているのか解らない。
これが自分の姿なのだろう。
市川さんのおごりだ!
その後3時間、勉強をして寝ようとすると、佐藤のところで
駒村、ブーちゃんと3人で飲んでいる。
私も加わり、どうでもよいような議論が始まる。
どうも攻撃的で、間中のブーちゃんを責める。
他人事でないのに、なにを言っているのか後悔する。
酔っ払いでしかない。
もう少し勉強に集中しなくては、ダメだ。卒業まで時間がないのに。
周囲に動かされすぎだ。
いまの勉強は、自分を納得させるためにしているに過ぎない。


912, 開発部門ーベンチャー

2003年10月03日(金)



 人間も組織も、自然に任せておけば、「最良」を避けて「良」だけをする。
いや良だけでなく、悪をする。
そこで「組織にとって最良とは何かを考え実行する部隊」となる職種とは
なんだろうと考えたら、開発部隊であろう。
それも3年〜10年後の新しい事業の開発行為を専門に動く職種である。

 これを組織的に創るとしたら、「経営・戦略開発室」いや「経営企画室」である。
ラインやサービスとは独立をして「情報と経営・戦略の立案」に専従する職種だ。
組織的ベンチャー部門ということか。
この激変の時代、常にその変化に対して自己革新を続けなければ、
すぐに陳腐化をしてしまう。
そのこと自体も判らなくなるのが組織いや人間というものである。

 ところで、8月21日から開発専門を一人独立をさせた。
毎日、情報とりを開始をした。勿論、ラインの仕事を一切なし。
新プロジェクトの開始である。
二年前と三年前に一ヶ月間だけ期限を切って、二人に開発休暇を与えた。
期限を切れば、ラインの視点を超えることができないことに当時は全く
気がつかなかった。悪く言えば、本気にはなれなかったのも当然である。
開発の必要性に気づきだしたのに、あと一歩であった。

 問題の大部分は組織図にあるというが、その通りだ。
人間そのものの素質という面もあるが、システムー仕組みの問題点として
問題点を捉えてみるべきだということだ。

 開発行為は『外』に対する働きかけて新しい事業チャンスを模索することだ。
自分の庭の中には地表深く掘り下げれば多くの金塊があるかもしれない。
それに気づくためにも、一度外に働きかけなければ。
少なくとも事業に関しては、庭の中にいては何も見えてこない。
小さい会社は社長そのものが一番の仕事になるのだが。

 金物屋はホームセンターには変身不可能である。
それまでの常識がバカの壁になってしまうからである。

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539,至高体験−2 - 2002年10月04日(金)

「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。
この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。
精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人)
は、至高体験を異常に多く重ねているという。

私の至高体験具体的に書いてみる(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?)
ー旅行先でのそれが多い

・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も!
確かイギリスのパブで、それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンの
ビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。
その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の
収穫であった。
中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。
またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。

・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。
その時も、至高といっていい位ぐらいハワイの総てに感激した。
世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。


・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、
何処に行ったらよいか?」といわれたら、カナダのロッキーだ。
多くの旅行経験者はそう言う!
地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。
「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」
であった。この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。

・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。
アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動!
遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の
感動も強烈な思い出だ。


・事業でもそうだ。
初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、
ふとそのビルを見上げた時の何ともいえない絶頂感も良かった。
誰もがその瞬間を持っているはずだ。

・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。

成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね続けることの出来る人だ。
巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。
それがますます至高体験を呼び寄せる。
自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。

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[170] 忘れられないお店ー2   
                2001/10/03
 その店(池津屋)で10年生活した事になる。すざましい日々だっだと思う。
その後長岡駅裏の台町の今の‘父ちゃんラーメン’のところに、
高校を卒業するまでの8年住むことになるが。

 衣料のデスカウントハウスのはしりで、全国的にも有名な店であった。
‘1Fが店’‘2Fが荷捌きと倉庫と事務所’‘3Fが住居’
‘4Fが直しと女子寮’になっており、全宇宙が圧縮されているようであった。

 ネコのタマとサルのタローと犬のコロが同居していた。
そのビルと大手通りが私の遊び場であった。
かなりマセタ餓鬼だったと思うが、誰にも可愛がってもらった。

 特に綺麗な女社員が入ってくると、ぴったしくっついていた。
競合店が出来ると子供心に心配で一人偵察に行った。
毎日の売り上げが気になり、必ずレジを覗いていた。
両親が従業員の評価をしていると聞き耳を立てて聞いていた。

 倒産夜逃げはごく当たり前の日常の話題であった。
今でも年に2〜3回はその頃の夢をみる。
でもクリスマスといえば皆でツリーを作ったり、正月は家族と従業員全員集まり
ご馳走を食べたりして年越しをしていた。      
                          − つづく


911, 恥ずかしい話

2003年10月02日(木)



 誰も長く生きていれば、他人に言えない恥ずかしい話は幾つかあるものだ。
露悪趣味的なところが、この随想日記の特徴の一つでもある。
そこでまずは自分の経験談を幾つか書いてみる。

・早速、昨日の朝のJRの改札での失敗談だ。
新幹線の回数券数枚を背広の胸ポケットに入れておいて、改札の直前に
とり出すのが習慣になっている。
昨日そのチケットを出したら、改札の駅員が奇妙な顔をした。
今までなかったことだ。よく見たら名刺であった。
妙な顔をするのも当然である。
前日に名刺交換をした名刺を回数券と一緒に、胸ポケットに入れていたのだ。
回数券は名刺と同じに作られている。
普断は乗車券しか入れないが、そのことを忘れていた。
 そういえば数ヶ月前、無人改札機に名刺を入れたことがあったが。

・男の人は度々経験するのが、ズボンのチャックの閉め忘れである。
特に朝、慌ただしく出てきたときなどに多い。
学生時代、都内をズボンのチャックをしめ忘れて半日、いやにすれ違う人が
自分の顔を見ていることに不自然さを感じた事があった。そして、その原因を
知った時の恥ずかしさは今でも憶えている。

・紙が顔についていた。
ハンカチを忘れた時に、パッケージのチッシュで汗を拭いていた。
トイレで鏡を見たら、チッシュの紙が顔についていた。
紙を顔に付けて歩いていた!
 ー露悪主義?ハイ!
 
・法事で靴下に大きな穴が開いていて、全員の前で姉に大声で注意されたこと。

などなど、数えればキリがない。
忘れることができるから、生きていけるのだろう。
選挙に出て落選するのも、傍で見ているより本人は(;一_一)(+_+)(^^ゞ(-_-;)
という。

 以前にも書いた事があるが、インドのデリーで長蛇の車のラッシュの中、
ツアー仲間の中年の女性客がお腹?を壊し、公衆の面前で上半身が見える中、
用を足したことがあった。本当にはずかしい思いだったろう。
 作家の椎名誠が週刊誌の連載で、新宿駅でトイレに間に合わなく・・・
その前後の詳しい内容を書いていたが、さすが作家だと感心した。
大好評だったそうだ。

 心の傷にならないためには笑い飛ばすしかない。
それを重ねているうち、面の皮が厚くなるのだろう。

 しかし羞恥心も人間にとって一番大事なことだ。
品位にかかわってくるからだ!
 
 ・・・・・・・・・・・

537, 緩慢なる自殺 - 2002年10月02日(水)

 十数年前の東京の経営セミナーで、漢方の薬局を経営している人から
 聞いた話で、今でもその忠告を守っている。

 ーその内容は
・白砂糖は毒そのもの、絶対に口にしないこと!
 ーコヒーに入れて飲むのが一番悪い。
・缶ジュースも毒そのものー冷やすと甘味が薄れる為、甘味料を異常に
 入れてある。特にコーラは要注意、どうしても仕方なく飲みたいときは
 スポーツ飲料にすること
・インスタント物も可能か限り口にしないこと、やむをえない時は
 冷凍食品にする事。
・内臓ものも口にしないことー焼き鳥とか、レバ焼き。
 ラーメンもたまに食べるのはいいが、常食にしないこと
  −中華そばの汁は骨とかでダシをとってある。
・マヨネーズも危ない。
 今は動物性から植物性に変わっているが、ドレッシングがよい。

今考えてみて、それを実行してつくづくよかったと思う。
今の人を土葬にしても骨が腐らないためにそのまま残るという。
防腐剤のためだ。
 長岡のあるホテルの人から聞いた話だが「裁判調停の為長期で
泊っていた母と子が数ヶ月間、3食カップヌードルを食べていた」
と聞いたことがある。聞いただけでゾッとした。

農家は農薬を使っている現状を知っている為、自分達の口に入れる
作物は無農薬しか口にしないという話を聞いたことがある。
こうなるとエログロの話だが実際のところそれに近いのだろう。
今になって狂牛病が大問題になっているが、知る人ぞしる話である。

「それでも世界で一番長寿なのだから心配することはない」
というのは見当違いで、それは今のお年寄りの話。
そういう食品を若いときに口にしてない。
今の30~40歳以下の人はその保障はない。

「インスタント物」と「缶物」と「砂糖などの糖分」は口に入れないことだ。
そうしないと、緩慢なる自殺をしていることになる。

  ・・・・・・・・・・・

[168] 忘れられないあのお店−1
                    2001/10/02
 このキーワードを聞いただけでも、ある年齢を超えた人なら深い思いに駆られる。
初めてのデ-トで入った店とか、初めて一人で入った店とかのことだ。
これをキーワードに過去をさかのぼると、無限に近い記憶が戻ってくる。

 考えていたら予想を超えて、全く違う思いが底より湧き出してきた。
それが意外と?長岡の大手通りの‘生家の池津屋’という店だ。
要するに幼児体験の自身のアイデンデテーに立ち返るということだった。

 私が3歳の時に両親が当時ビルを建設をはじめた。
その時に仮店輔で木造の家を、今の厚生会館(前は公会堂)の前に引越した。
家の下に、丸たんぼうを入れて移動したのだ。
個人の申請として全国で初めてのビル建設だったという。

 昭和24〜25年の頃で、その時のことをハッキリと覚えている。
ビルの完成、そして引越し、仮ネグラの二階の奥の記憶!

 今の緊張感の数倍あった!
当時の方が圧縮された生々しさが有った。
あの白壁の匂い!そして三階への引越し。
四階に従業員のねぐらと倉庫。
子供ながら色いろあった。
それが(トップページの倉蔵の写真)の中にある。

 考えてみても、異常体験だった。
でも刺激的で悲しくもあり、楽しい毎日であった。
10人の家族と20人以上の従業員の戦場のような毎日!
 そのまま描写したら、面白い小説になるような日々の連続であった。

                −つづくー



910, 人生の縮図

2003年10月01日(水)



 先日、ある世界を垣間見た。
といって書くには、あまりにシビアな世界であった。
しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。

 ある売り物の物件を見にいった時の人生模様である。
生々しい状態であった。
「あるリゾートホテルをどう転用したらよいか見てほしい」と頼まれた。
半年前に経営委託を受けた人が、支払いができないで逃げた直後。
オーナーが嫌気をさして混乱しているという。

 現場に行くと数日前まで営業をしていたのが、ありあり。
給料2か月分をまだ貰えない行き場のないマネジャーや従業員が3人いた。
彼等はそこで働き出して半年、派遣会社の身分で、保障は全くないという。
現在の日本の姿が、そのまま現れている状況であった。

 これ以上の景観がない位の場所にあり、オーナーが半分趣味で建てた
素晴らしいリゾートホテルである。
夫婦して80歳を過ぎた高齢の為、維持が出来なくなってしまったのだ。

 実家の衣料ディスカウントハウスを五年近くみていたときは、そういう現場
は日常茶飯事であった。
夜逃げ直前の現場から買い付けをする場面など、何回も経験してきた。
問屋を数十軒も回っていると、何処かで危ないという噂を聞く。
知らない顔をして平気で乗り込むのだ。
安く良い商品のことしか頭がなかったからできたのだろう。

 しかし今の事業を始めて二十数年は全く無かった。
ー違う形の人生模様は多くあったが、倒産という修羅場は無かった。
その当時はドライに割り切っていたし、深く対象を見る余裕など全くなかった。
しかし、この歳になるとその背後がよく見えるのだ。

 どんな時でも、弱者の立場に立ってはならないのが現実社会である。
自分が経験したこと以外は、何を理屈を言ってもイメージの世界でしかない。
可能な限り経験を積むしかない。
中村天風でないが「積極一貫」で経験を積むしかない。
自分が経験した範囲で対象が見えてくるのを今回つくづく知った。

 ここまで変化が激しい中で、変化に対応するためには、自分が変化の先端に
立つしかない。  変化の拒否は自殺行為である。

・・・・・・・・・・・・・・

デフレと対策
           2002/10/01

現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの
業態の店である。
それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、
現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。

衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。
自転車も、半値か四分の一だ。
電気商品もしかりだ。

落ちないのが公共料金だけである。
ホテルの値段もその様相になった。
ラーメンの値段も落ちてない。
過去の三次産業の異端は価格破壊である。
そうすると落ちてないのが狙い目である。

先日TVで180円のラーメンチェーンを紹介していた。
マクドナルドのように、徹底した機械化を厨房で図っていた。
吉野家や松屋の牛丼も400円を280円に下げた。
そうすると他の甘いラーメン屋とか何でもや食堂のお客が流れてくる。

先日に法事で帰ってきた姉が、面白い温泉旅館にいってきたと教えてくれた。
関東圏の温泉旅館で、4名以上で一泊二食で4500円という。
予約をすると東京周辺のJR駅の近くの三箇所の指定した場所、
にマイクロバスで迎えにきてくれるという。
更に食事のときは従業員が即興の演劇をしてくれたり、
とにかく飽きさせないようにしてあるとか。
社長はつなぎを着て陣頭指揮にあたっているという。
先ずは安く、そして価値があればお客は殺到する。
「もうそういう時代だよ!」とつくづく言っていた。

何かどこかで聞いたことがある話だと思ったら、
そうアメリカの航空業界の異端児で大不況の中、飛躍的に伸ばしている
サウスウエスト航空を温泉旅館版に換えただけの話である。
斜陽産業の温泉旅館が良くぞ考えたものと驚いてしまった!!
(こういうのをベスト・プラクテスという)

客の立場にたてば,全く違った設定ができるのである。
淘汰されている所は、ただ不況と仲間内で傷を舐めあっているだけだ。
発狂してベスト・プラクテスをするか、廃業するかどちらかだ。
今更発狂はできないか??!!
(発狂とは、出来ない人の目から見たベスト・プラクテスのプロセスを
踏んでる姿)



[167] 読書について
                2001/10/01
 読書ー書物はすべての人の学校である、いや大学といっていい。
どこの学校に入ったとしても学べる事はしれている。
学校を出てから学び続けるしかない。
本を読み続けるしかない。

 大学を出ているかは関係ない、生涯本という大学・専門学校に
通い続けなくてはならない。
もちろんセミナーや新聞やTVや、実際の仕事の上で学ぶべることが多い。
しかし読書という分母の上でそれらをやると効率が違う。

 初対面の人でも書物の大学にどの程度通い詰めたかどうか直ぐわかる。
私も反対に見られているのだろう。
本は安い500円から2000円であれだけの情報・知識を買えるのだから。
もし高いというなら、古本屋かブックオフで買えばよい。
それでも高いというなら、図書館がある。

 主知主義ではないが人間として生まれてきたからには、知る事が最も優先され
べき権利であり義務でもある。知れば知るほど知らない事が増えてくる。
知っただけその周囲の未知の部分が増えるからだ。

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